[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
武藤 整司
思想系の学問に興味のある人へ
日日是労働セレクト7
家族研究への布石(映像篇03)
日日是労働セレクト16
家族研究への布石(映像篇04)
日日是労働セレクト20
日日是労働セレクト22
日日是労働セレクト26
日日是労働セレクト30
日日是労働セレクト1-3
日日是労働セレクト52
家族研究への布石(映像篇07)
思想系の読書の勧め
日日是労働セレクト63
日日是労働セレクト72
日日是労働セレクト88
武藤ゼミとはどんなゼミ?
日日是労働セレクト100
日日是労働セレクト102
日日是労働セレクト106
日日是労働スペシャル XLII (東日...
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト112
日日是労働セレクト122
家族研究への布石(文献篇05)
日日是労働セレクト137
日日是労働(臨時版)1703- ...
家族研究への布石(映像篇15)
日日是労働セレクト151
驢鳴犬吠1901
驢鳴犬吠1902
日日是労働セレクト157
日日是労働セレクト158
驢鳴犬吠1903
驢鳴犬吠1904
講義と演習
日日是労働セレクト159
日日是労働セレクト160
驢鳴犬吠1905
驢鳴犬吠1906
日日是労働セレクト161
日日是労働セレクト162
驢鳴犬吠1907
日日是労働セレクト163
驢鳴犬吠1908
驢鳴犬吠1909
日日是労働セレクト164
驢鳴犬吠1910
日日是労働セレクト165
無印良品映画の頁(1)
驢鳴犬吠1911
日日是労働セレクト166
日日是労働セレクト167
驢鳴犬吠1912
無印良品映画の頁(2)
驢鳴犬吠2001
日日是労働セレクト168
無印良品映画の頁(2)
 新しいサイトを立ち上げます。題して、「無印良品映画の頁」としました。あまり有名ではないけれども、
小生が鑑賞した映画の中で、これはと思う映画を紹介します。主に邦画を取り上げますが、洋画にも少しは
気を向けます。なお、小生のブログにすでに記事のあるものは、それを引用するかたちをとります。記事の
ないものは、思い出しながらその感想を記したいと考えています。SOULSに書き込むこともあと数ヶ月で終
了します。その記念行事(最後のあがき)として行おうと思っています。あまりに忙しいので、その流れに
掉さして、ますます忙しくなろうという目論見です。
 なお、「無印良品映画の頁(1)」で紹介した映画が10本を越えましたので、今回からは、「無印良品映
画の頁(2)」として掲載します。

                                                  
 「無印良品映画」その11 『東京暮色』


 某月某日

 『東京暮色』(監督:小津安二郎、松竹大船、1957年)を観た。観始めて少し経ってから、「以前に観た
ことがあるな」、と思った。杉山周吉(笠智衆)が、娘婿の沼田康雄(信欣三)と一緒に、沼田の書斎でウ
イスキーを飲む場面(周吉は口をつけない)で確信した。「だいぶ以前に観たことがある」、と。したがっ
て、2度目の鑑賞である。ほとんど筋は覚えていなかったので、初めて観たのとさして変わりはない。若干
の難点を除いて、よくできた作品である。
 銀行の監査役である杉山周吉には、かつて三人の子どもがあった。しかし、昭和26年、息子を冬山で喪っ
ている。残る二人は娘で、長女の孝子(原節子)は上記の沼田の許に嫁いでいる。したがって、独身の次女
明子(有馬稲子)との二人暮らしである。必要に応じて家政婦の富沢(長岡輝子)がやって来るようだが、
どこか寂しい一家である。周吉は帰りがけに「小松」という居酒屋に立ち寄ったりすることもある。小松の
女主人(浦辺粂子)とも懇意の様子である。小松の客(田中春男)も混じって三人で話すうちに、数日前娘
婿の沼田(大学の教師らしい)が学生を伴って小松に来たことが周吉の知るところとなる。沼田はだいぶ酔
っていた様子で、帽子を忘れていったという。このシーンが物語の発端となる。やがて、沼田とうまくいか
ない孝子が娘の道子(森教子)を連れて里帰りをするのである。上記の沼田の書斎での場面は、周吉が心配
して沼田家の様子を窺いにいったときのものである。ところで、子どもたちの母親喜久子(山田五十鈴)は、
明子が三歳の折、愛人と手に手をとって駆け落ちしたらしい。今は五反田にある「壽荘」という雀荘を、現
在の夫の相島栄(中村伸郎)と一緒に切り盛りしている、という設定である。
 さて、ある日、周吉の妹の竹内重子(杉村春子)が周吉の銀行を訪ねて来て、昼食を誘う。景気がいい様
子で、うなぎを奢るというのだ。世間話をするうちに、数日前、重子にとっては姪に当たる明子が訪ねて来
たことが話題になる。明子は重子に、理由も明かさずいきなり「金を貸せ」と言ったそうである。金額は五
千円で、当時としては比較的高額の金である。「友達が困っているから」というのが、後で周吉が明子に質
したときの理由であったが、どうしてここで分からなかったのだろうか、と思った。もちろん、子どもを堕
ろす費用であることを、である。たとえ父親の周吉には無理でも、叔母の重子は女だから察することができ
たかもしれない。しかし、「純潔教育」世代の叔母には、明子の男との奔放な行為は想像の埒外だったよう
である。明子は短大を出て、英語の速記学校に通っていることになっているが、いつの頃からか、学生の木
村憲二(田浦正巳)とつきあい始めていた。彼の住む相生荘に足繁く通っているうちに、彼の遊び仲間であ
る川口登(高橋貞二)や富田三郎(須賀不二夫)とも仲良くなる。そうこうするうちに、川口が「悪漢」と
呼ぶ富田が二人を嗾けて、とうとう男女の仲にしてしまったのである。なお、小津映画は比較的上品な作風
であるが、この映画においては、劇中「ラージポンポン」や「ズベ公」などのどぎつい言葉も飛び出し、そ
の点でも異質な作品である。ともあれ、子どもができたことを知った明子は、もちろん相手の憲二に相談す
るが、彼はぐずぐずと逃げているだけで、仕舞いには「本当に俺の子か」と口走る始末である。深夜喫茶で
憲二が来るのを待っていたときにも、彼はやってなど来ず、挙句の果てに、刑事の和田(宮口精二)に挙動
不審を咎められて実家に通報されたりしている。このときは孝子が引き取りに行くが、ここでも明子に対す
る父と姉の対応は間違えている。孝子は問題を先送りにしたがるし、寝ずに待っていた父も、明子をきつく
叱ることができないのである。憲二に絶望した明子は堕胎の決意をする。その際の費用を叔母に無心したの
である。結局、叔母の重子には断られたので、周吉の友人の関口積(山村聰)に泣きついて金を手に入れ、
堕胎手術を受けることになる。手術に当たった女医の笠原(三好榮子)はいかにもといった風情で、明子の
悲壮さが痛々しい。なお、費用は三千円で、比較的安いと思った。手術の当日、蒼褪めた顔色のまま帰って
きた明子に対して、実家に厄介になっている孝子は、何があったのか気付かない。ただ、妹を寝かしつける
だけである。明子の胸の内を察することができないという点に関しては、まことに迂闊な一家である。明子
は、姪の道子のあどけなさに接して、号泣するしか術はないのである。
 話は、もうひとつ進行する。それは、母の喜久子と二人の娘との遣り取りである。最初、明子が壽荘で母
親の喜久子に対面する。上記の遊び仲間と遊びに来ていたのである。明子には誰だか判らなかったが、喜久
子には状況から判断して自分の娘の明子だということが判る。明子が昔住んでいた近所の小母さんだという
触れ込みで、根掘り葉掘り杉山家の様子を尋ねてくる。明子はやや不審に思いながらも、その場は素直に対
応している。その後、姉の孝子にそのときの様子を話すが、孝子はその女性こそ自分たちの母親であること
を確信する。もっとも、そのことを明子には明かさず、後日独り黙って壽荘を訪れ、母親と対面する。孝子
は、母の喜久子に久闊を叙する遑さえ与えず、「妹には母親であることを名乗らないでくれ」と言い捨てて
帰るのである。喜久子はこの孝子の言葉と態度に深く傷つくが、返す言葉がないのである。
 話はいよいよ終わりに近づく。喜久子が自分の母親であることを知った明子は、単身喜久子のところに出
向き、「自分はいったい誰の子なのか」と、母親に詰問する。そのときの会話が奇妙なので、引用しておこ
う。

 明 子:わたし、いったい誰の子よ。
 喜久子:誰の子って、あんたわたしの子じゃないの。
 明 子:うそ! わたしは本当にお父さんの子なの。

 2番目の明子の発言がおかしいことは一目瞭然であろう。もっとも、気が動転していて、このような発言
になったというふうにも解釈できるが……。明子は母親にも絶望して、ますます自暴自棄の状態に陥る。カ
タストロフィーは直ぐそこに来ている。それはこんな流れである。明子と憲二が行きつけの中華そば屋珍々
軒で二人は邂逅するが、その際の憲二の態度の情けなさに憤慨した明子は、彼を殴打して店を飛び出すので
ある。間もなく近くの踏み切りで事故騒ぎが持ち上がる。明子が電車にはねられたのである。事情をよく知
らない店主の下村義平(藤原釜足)であったが、行きがかり上病院に付き添ってくれる。しかし、肝心の憲
二は逃げてしまうのである。まったくもって、最低の男である。近くの病院に担ぎ込まれた明子の許に、周
吉と孝子が駆けつけて明子を励ますが、ついに還らぬ人となる。
 葬式の後、孝子が喜久子のところに喪服姿で伺い、明子の死を告げる。あなたのせいでこうなったと言う。
これは復讐の言葉そのものである。ここで喜久子は一種の踏ん切りをつけ、先だってから夫に誘われていた
室蘭行きを決心する。彼の地へと発つ前に、喜久子は杉山家を訪ね、明子の霊前に花を手向けて欲しいと孝
子に乞う。黙ってその花を受け取る孝子。淋しく去る喜久子。今晩の夜行で旅立つことだけを告げて……。
玄関先で泣き崩れる孝子であったが、結局上野駅に見送りには行かなかったのである。
 数日後、孝子は沼田の許に帰ることを父に告げる。両親あっての子育てである、と言うのだ。道子を明子
のような目にあわせてはいけない、とも言うのである。まことに救いようのないドラマであり、人生の悲哀
に満ちた作品である。しかし、立場こそ違え、黙って堪える周吉と喜久子に、歳月の重みがあった。やがて、
孝子にもこの重みに気付く日が訪れるのだろうか。


 以上が、「日日是労働セレクト13」にある記事である。この作品は、小津映画の中で最も暗い色調の物
語であり、公開当時の評判も芳しくなかった。しかしながら、あの偽善的な家族映画ばかり作る小津にあっ
て、この作品こそ人生の真実を伝えているという点で、小生としては高く評価せざるを得ない。たしかに、
若い頃は、『東京物語』(監督:小津安二郎、松竹大船、1953年)に代表されるような、しみじみとした味
わいの作品がこころに沁みたものだが、歳月を重ねるにつれて、この種の作品はまったくのフィクションで
あって、現実にはあり得ないことをいやというほど感じるようになったのである。したがって、小津自身が
失敗作と断定する評価をあえて覆して、このサイトに紹介しようと思い立ったのである。なお、これと同じ
ような事情の映画として、『風の中の牝鶏』(監督:小津安二郎、松竹大船、1948年)を挙げておこう。
 この作品において、やはり一番気になる人物は有馬稲子が演じた杉山明子である。女優としての彼女の印
象はそれほど強くはないが、『波の塔』(監督:中村登、松竹大船、1960年)に出演したとき(当時、28歳)
の彼女は、怖いほど美しかったことを覚えている。当該作品では、すでに25歳とはいえまだ幼さを宿してお
り、その意味で女性としてはこれからだが、随分と難しい役を仰せつかったものだと思う。
 ところで、幸いなことに、この作品は<ウィキペディア>に掲載されているので、それを以下に引用してみ
よう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞いたい。

 『東京暮色』(とうきょうぼしょく)は、小津安二郎監督による1957年の日本映画。

   〔概要〕

  小津にとっては最後の白黒作品であり、昭和の大女優、山田五十鈴が出演した唯一の小津作品でも
 ある。『東京暮色』はジェームズ・ディーンの代表作であるハリウッド映画『エデンの東』(1955年)
 の小津的な翻案とされる。どちらも妻が出奔しているが、『エデンの東』では兄弟だった子どもたち
 が姉妹に置き換えられている。次女明子役に当初岸恵子を想定していたが、『雪国』の撮影が延びて
 スケジュールが合わなくなったため、有馬稲子がキャスティングされた。
  本作は戦後の小津作品の中でも際立って暗い作品である。内容の暗さもさることながら、実際に暗
 い夜の場面も多く、明子役の有馬稲子は全編を通じて笑顔がない。このような内容に、共同脚本の野
 田高梧は本作に対して終始批判的であり、脚本執筆でもしばしば小津と対立、完成作品に対しても否
 定的だったとされる。小津当人は自信を持って送り出した作品だったが、同年のキネマ旬報日本映画
 ランキングで19位であったことからわかるように一般的には「失敗作」とみなされ小津は自嘲気味に
 「何たって19位の監督だからね」と語っていたという(ちなみに前作『早春』は6位、次回作『彼岸
 花』は3位である)。與那覇潤は杉山周吉が「京城」へ赴任した時に妻が出奔した点に着目する。彼
 は『戸田家の兄妹』での天津、『宗方姉妹』の大連とあわせて「天津-大連-京城」という一連の地名
 の連鎖に志賀直哉の『暗夜行路』の影響を見る。
  「菅井の旦那」役の菅原通済は『彼岸花』、『秋日和』など戦後の小津作品にワンポイントでよく
 出ているが、本職は俳優ではなく実業家であり、昭和電工事件(1948年)への関与も疑われた人物。
 劇中、川口(高橋貞二)が明子の苦境を面白おかしく語るシーンで、高橋貞二は当時人気があった野
 球解説者小西得郎の口調を真似ている。「なんとー、申しましょうかー」は小西のよく使ったフレー
 ズである。

   〔あらすじ〕

  杉山周吉(笠智衆)は銀行に勤め、男手一つで子供達を育ててきた。ところが、姉の孝子(原節子)
 が夫との折り合いが悪くて幼い娘を連れて実家に戻ってくる。妹の明子(有馬稲子)は短期大学を出
 たばかりだが、遊び人の川口(高橋貞二)らと付き合うようになり、その中の一人である木村(田浦
 正巳)と肉体関係を持ち、彼の子を身籠ってしまう。木村は明子を避けるようになり明子は彼を捜し
 て街をさまよう。中絶費用を用立てするため、明子は叔母の重子(杉村春子)に理由を言わずに金を
 借りようとするが断られ、重子からこれを聞いた周吉はいぶかしく思う。その頃、明子は雀荘の女主
 人喜久子(山田五十鈴)が自分のことを尋ねていたと聞き、彼女こそ自分の実母ではないかと孝子に
 質すが、孝子は即座に否定する。喜久子はかつて周吉が京城(ソウル)に赴任していたときに周吉の
 部下と深い仲になり、出奔した過去があったのだ。明子は中絶手術を受けた後で、喜久子がやはり自
 分の母であることを知って自分は本当に父の子なのかと質す。

   〔スタッフ〕

  監督:小津安二郎
  脚本:野田高梧、小津安二郎
  企画:山内静夫
  撮影:厚田雄春
  美術:浜田辰雄
  録音:妹尾芳三郎
  照明:青松明
  音楽 : 斎藤高順
  装置 : 高橋利男
  装飾 : 守谷節太郎
  衣裳 : 長島勇治
  現像 : 林龍次
  編集 : 浜村義康
  監督助手:山本浩三
  撮影助手:川又昂
  録音助手 : 岸本眞一
  照明助手 : 佐藤勇
  録音技術 : 鵜澤克己
  進行 : 清水富二

   〔キャスト〕

  沼田孝子:原節子
  杉山明子:有馬稲子
  杉山周吉:笠智衆
  相島喜久子:山田五十鈴
  川口登:高橋貞二
  木村憲二:田浦正巳
  竹内重子 : 杉村春子 (文学座)
  関口積 : 山村聰
  沼田康雄 : 信欣三 (民芸)
  下村義平 : 藤原釜足 (東宝)
  相島栄:中村伸郎 (文学座)
  刑事:宮口精二 (文学座)
  富田三郎:須賀不二夫
  小松の女主人 : 浦辺粂子 (大映)
  女医笠原 : 三好栄子 (東宝)
  小松の客 : 田中春男 (東宝)
  前川やす子 : 山本和子
  家政婦富沢 : 長岡輝子 (文学座)
  バアの女給 : 櫻むつ子
  バアの客 : 増田順二
  松下政太郎 : 長谷部朋香
  堀田道子:森教子
  菅井の旦那:菅原通済 (特別出演)
  深夜喫茶の客:石山龍児

 以上である。比較するために、<Movie Walker>の記述も以下に掲げてみよう。

   〔解説〕

  『早春』以来、久々に登場する小津安二郎、野田高梧のコンビが執筆した脚本から小津が監督した
 話題作。父を裏切って家出した母を求める娘の激情を描く。撮影は『あなた買います』の厚田雄春。
 主演は『白磁の人』の有馬稲子、『大番』の原節子、『暴れん坊街道』の山田五十鈴、『顔(1957年)』
 の笠智衆。他に『情痴の中の処女 天使の時間』の高橋貞二、『近くて遠きは』の杉村春子、『正義派』
 の田浦正巳、それに山村聡、信欣三、中村伸郎、宮口精二、浦辺粂子、三好栄子、藤原釜足、増田順二、
 長岡輝子のヴェテラン。菅原通済が特別出演している。

   〔あらすじ〕

  停年もすぎて今は監査役の地位にある銀行家杉山周吉(笠智衆)は、都内雑司ケ谷の一隅に、次女
 の明子(有馬稲子)とふたり静かな生活を送っていた。長女の孝子(原節子)は、評論家の沼田康雄
 (信欣三)に嫁いで子どももあり、あとは明子の将来さえ決まれば一安心という心境の周吉だが、最
 近では心に影が芽生えていた。それは明子の帰宅が近頃ともすれば遅くなりがちで、しかもその矢先、
 姉の孝子までが沼田のところから突然子どもを連れて帰ってきたからだ。明子には彼女より年下の木
 村憲二(田浦正巳)という秘かな恋人があった。母親がいない寂しさが、彼女をそこへ追いやったの
 だが、憲二を囲む青年たちの奔放無頼な生活態度に魅力を感じるようにいつかなっていた。しかも最
 近、身体の変調に気がついた彼女が、それを憲二に訴えるとそれ以来彼は彼女との逢瀬を避けるよう
 になった。そして、焦慮した彼女は、憲二を探して回ったが、その際偶然に自分の母についての秘密
 を知った。母の喜久子(山田五十鈴)は周吉の海外在任中にその下役の男と結ばれて満洲に走ったが、
 いまは東京に引揚げて麻雀屋をやっていたのだ。すでに秘かに堕胎してしまった明子には、これはさ
 らに大きな打撃であった。母の穢れた血だけが自分の体内を流れているのではないかという疑いが、
 彼女を底知れぬ深淵に突落してしまったのだ。蹌踉として夜道へさまよい出た彼女は、母を訪ねて母
 を罵り、偶然めぐりあった憲二の頓にさえ怒りに燃えた平手打を食わせ、そのまま一気に自滅の道へ
 突き進んで行った。その夜遅く、電車事故による明子の危篤を知った周吉と孝子が現場近くの病院に
 駈けつけたが明子はほとんどもう意識を失っていた。その葬儀の帰途、孝子は母の許を訪れ、明子の
 死はお母さんのせいだと冷く言い放った。喜久子はこの言葉に鋭く胸さされ東京を去る決心をした。
 また、孝子も自分の子のことを考え、沼田の許へ帰っていった。雑司ケ谷の家は周吉ひとりになった。
 所詮、人生はひとりぼっちのものかも知れない。今日もまた周吉は心わびしく出勤する……。

 他に、森教子(沼田道子=孝子の娘)、中村伸郎(相島栄=喜久子と駆け落ちした相手の男)、杉村春子
(竹内重子=孝子や明子の叔母)、山村聡(関口積=周吉の友人)、須賀不二男(富田三郎=木村の遊び仲
間)、高橋貞二(川口登=同)、長谷部朋香(松下昌太郎〔ウィキペディアでは政太郎となっている〕)、
山本和子(前川やす子)、菅原通済(菅井の旦那 )、藤原釜足(下村義平)、三好栄子(笠原=女医)、
宮口精二(和田=刑事)、長岡輝子(富沢=杉山家の家政婦)、浦辺粂子(居酒屋「小松」の女将)、田中
春男(同じく客)、島村俊雄(「お多福」のおやじ)、桜むつ子(バアの女給)、増田順二(バアの客)な
どが出演している。
 小津安二郎監督の他の作品はそれほどでもないが、当該作品はもう一度観てみたいと思っている。できれ
ば、映画館で観たいものである。



 「無印良品映画」その12 『ありふれた愛に関する調査』


 某月某日

 『ありふれた愛に関する調査』(監督:榎戸耕史、エリメス=サントリー=日本テレビ、1992年)をDVD
で観た。冒頭から主人公の情けない格好が映し出されるので、どうなることかと思っていたが、だんだん面
白くなってきた。しがない探偵稼業の男(奥田瑛二)の物語であるが、個性的な人物が絡むことによって、
都会のお洒落な映画に仕上がっている。この探偵は最後まで名前が出ないが、それなりに一所懸命に振る舞
っており、黒崎というやくざ稼業の人物(津川雅彦)に利用されてはいるが、阿ったり諂ったりすることも
なく、口では自分が最低であることを強調するが、そのくせそこそこの誇りをもっていることを示している。
つまり、格好悪さが逆に渋みを出して格好良く見えるのである。さて、この探偵が佐野雅子(小林かおり)
という人妻に仕事を依頼される。夫(四谷シモン)の浮気調査である。調査の結果「黒」と出たが、雅子に
は虚偽の報告をする。経緯から、あっさりと雅子とベッドを共にするが、好かれたというわけではない。雅
子によれば、夫以外の男と寝てみることによって、何かを確かめたかったのである。また、探偵は初老の男
(寺田農)の改造拳銃の餌食にもなりかけるが、フィリピーナ(ルビー・モレノ)から5,000円の代価として
貰った聖書のお陰で死なずに済んだりする。この物語に一段落すると、今度はやくざ同士の抗争の道具にさ
れる。塾経営や原発の口入れ屋で荒稼ぎをしている青木(すまけい)と、昔気質のやくざ(サングラスとハ
ジキの渡世)である滝村(川地民夫)とを対立させ、漁夫の利を得ようとする黒崎の手先に図らずもなって
しまうのである。黒崎の狙いはまんまと当たるが、やくざ世界の汚さに探偵はうんざりする。しかし、自分
が探偵にしかなれなかったのと同様、黒崎もやくざにしかなれなかったことをある程度認めるのである。
 さて、今度は美貌の依頼人絡みの話である。探偵は「世界の天気予報」に出演している「お天気お姉さん」
の有梨子(池田昌子)が好きであるが、当の本人が依頼にやって来たのである。一度だけ関係をもった男か
ら、きわどい写真が送られてきたが、何とかしてくれという依頼だった。調べてみると、大坪という麻薬の
バイニン(世良公則)だった。接近して事情を訊いてみると、恐喝ということでもないらしい。しかも、探
偵は、またもはずみから依頼人と寝てしまう。すったもんだした末、大坪は有梨子と一時海外に姿を眩ます
ことになった。お別れの印に探偵と逢うが、これがいけなかった。警察ややくざの組織から追われていた大
坪であったが、予想外の人物の狙撃にあったのである。バーテンの塚原(松澤一之)だった。女(どうやら、
有梨子は塚原とも関係をもっていたらしい)と薬の両方を失って絶望したのだった。黒崎は有梨子の娼婦性
を危険視していたが、その洞察が的を射ていたことが判明したというわけである。探偵はまた日常に戻るし
かなかったのである。探偵のサラリーマンに寄せる思いが少し面白かった。朝には嫌悪、夕方には憧れ、七
月と十二月には嫉妬を感じるというのである。他に、中島ひろ子、シーザー武志、田山涼成などが出演して
いる。ちなみに、英語の題名は《Investigation of a Typical Love》である。


 某月某日

 『ありふれた愛に関する調査』(監督:榎戸耕史、エリメス=サントリー=日本テレビ、1992年)に関
して書き忘れたことがあるので、一言。滝村という昔気質のやくざが出てくるが、それを演じたのは川地
民夫である。滝村は青木(すまけい)という新興やくざを殺すが、そのときの殺しの理由と殺し方につい
て言及したい。実は、『野獣の青春』(監督:鈴木清順、日活、1963年)という映画で、川地民夫は野本
秀夫という役を演じているが、この野本は、母親が黒人兵相手の娼婦であったことを大変気に病んでおり、
それを口にした人間の顔を剃刀でずたずたにするような男であるという設定だった。一方、問題の滝村は、
母親が六十歳を過ぎながらまだ娼婦をしており、それを気に病んでいるという設定である。この事実を青
木から指摘された滝村が逆上して青木を殺すのであるが、そのときの凶器が剃刀なのである。自身がやく
ざ、母親が娼婦、凶器が剃刀という点で、滝村は野本の焼き直しということになる。このような設定を行
った背景には、川地民夫自身の進言があったのか、あるいは似たような人物をかつて演じたことのある川
地民夫に白羽の矢が立ったのか、どちらかではないだろうか。こんなことは映画と何の関係もないかもし
れないが、妙に気になったので書き留めておく。また、母親がどんな生き方をしているかが、その子ども
にとって非常に大きなファクターであることを身に沁みて感得した。このことも付け加えておこう。


 以上が、「日日是労働セレクト13」および「日日是労働セレクト14」にある記事である。この作品は、
主演の奥田瑛二はもちろんのこと、脇を固める男優の個性が光る映画である。脚本(荒井晴彦)もいい。た
ぶん2006年頃観ているが、かなり記憶に残っているところをみると、印象深い映画であったことは間違いな
い。関川夏央原作『名探偵に名前はいらない』は読んでいないが、機会があれば読んでみたいと思う。
 奥田瑛二と言えば、何となくしょぼくれた役が似合っており、以下の映画(いずれも主演)などがそれに
当るだろう。

  『極道記者』、監督:望月六郎、大映、1993年。
   注:続篇が二篇あるが、たぶん未見。
  『少女・an adolescent』、監督:奥田瑛二、ゼロ・ピクチュアズ、2001年。
  『でらしね』、監督:中原俊、ライズピクチャーズ=ルートピクチャーズ、2002年。

 自分で監督した作品も他にあるが、『長い散歩』(監督:奥田瑛二、「長い散歩」製作委員会〔ゼロ・ピ
クチュアズ=大喜=朝日放送〕、2006年)の刑事役などもそれに当るかもしれない。もっとも、デビュー作
の『もっとしなやかに もっとしたたかに』(監督:藤田敏八、にっかつ、1979年)から、そのキャラが固ま
っていたとも言えるだろう。
 物語を再度確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  しがない中年探偵の孤独の日々と淡い恋心を哀愁漂うタッチで描いたハード・ボイルド。関川夏央
 原作『名探偵に名前はいらない』の映画化で、脚本は『リボルバー』の荒井晴彦が執筆。監督は『…
 これから物語 少年たちのブルース』の榎戸耕史。撮影は『殺人がいっぱい』の野田悌男がそれぞれ
 担当。

   〔あらすじ〕

  男はひとり暮らしのしがない探偵(奥田瑛二)。結婚の身元調査と猫探し以外はなんでもする。楽
 しみといえば美人のお天気ねえさんの有梨子(池田昌子)が出る世界の天気予報を見ることぐらいの、
 くたびれ加減も様になってきている中年探偵だ。そんな彼のもとに仕事の依頼が来る。夫、佐野(四
 谷シモン)の不倫を疑う人妻・雅子(小林かおり)の家へ行く。調査の結果、外に子どもまでいるこ
 とが判明するが、探偵は本当のことを言えないまま雅子と寝てしまう。そのころ、ヤクザの組長の黒
 崎(津川雅彦)は、同じグループ内で対立する滝村(川地民夫)と青木(すまけい)を裏で操ろうと
 画策。くされ縁の黒崎の言うがままに動いた探偵は、自分がヤクザの抗争に一役かってしまったこと
 で落ち込んでしまう。そんな時、彼のもとに新しい依頼がきた。依頼人は何とテレビのお天気ねえさ
 ん、有梨子。彼女は一夜をともにした男を探していた。実物の登場にとまどいながらも、半分インテ
 リで半分娼婦のような彼女に魅入られてしまう探偵。やがて彼は、ヤクの売人の大坪(世良公則)を
 探し出すが、驚いたことに2人は女の口説き文句まで同じで、お互いの中に似たものを見い出し親近
 感を持つ。しかしその後、大坪が有梨子と付き合っていることを知った探偵は、彼の客でもあるバー
 テンの塚原(松澤一之)を脅して、大坪を呼び出す。大坪に嫉妬心を抱きながらも、ヤクザと警察に
 追われている彼を逃がそうと口添えする探偵。だがその時、大坪は麻薬中毒だった塚原の銃弾に撃た
 れ死んでしまう。自分が大坪を呼び出したばかりに死に追いやってしまったと落ち込む探偵。やがて
 大坪の死を知った有梨子も、そのまま探偵の前から去って行く。そして数日後、いつもと同じ朝を迎
 える探偵に新しい依頼が舞い込むのだった。

 他に、寺田農(初老の男)、ルビー・モレノ(フィリピーナ)、中島ひろ子、シーザー武志、田山涼成な
どが出演している。



 「無印良品映画」その13 『月曜日のユカ』


 某月某日

 2本目は『月曜日のユカ』(監督・中平康、日活、1964年)である。主演の加賀まりこ(ユカ役)の魅力
が縦横無尽に炸裂する作品である。ユカは性的に奔放な女という設定で、「パパ」と呼ぶ中年の船荷会社社
長(加藤武)と、ユカと一緒になりたいと思っている青年修(中尾彬)との間を行ったり来たりしている。
母親(北林谷栄)が永らく娼婦をしていたらしく、その影響だと思われるが、とにかく男を喜ばすことが生
き甲斐なのである。ただし、その思いは打算的な男どもには通じず、ユカの回りの男は皆破滅してゆくので
ある。「誰とでも寝るが、キスはさせない」という設定になっているが、それは幼い日に母親と黒人との接
吻を垣間見たことに由来しており、今風に言えば「トラウマ」か。ところで、この映画が製作された時代に
は、敗戦直後の進駐軍将兵と日本女性との間に生まれた物語が背景を彩ることが多いのではないか。いくつ
か例を挙げておこう。『浮雲』(監督:成瀬巳喜男、東宝、1955年)。『ゼロの焦点』(監督:野村芳太郎、
松竹大船、1961年)。『にっぽん昆虫記』(監督:今村昌平、日活、1963年)。『野獣の青春』(監督:鈴
木清順、日活、1963年)。『肉体の門』(監督:鈴木清順、日活、1964年)、などである。もっとも、若い
人にはピンとこないかもしれない。なお、監督の中平康は、傑作『狂った果実』(日活、1956年)の監督で
もある。またさらに、デビュー作がF.トリュフォーの絶賛を受けたこともあるそうである。全体に斬新な工
夫が凝らされており、当時としてはかなり「進んだ」映画だったのではないかと思わせる。他に、フランク
と呼ばれる元恋人(梅野泰靖)、クールな奇術師(波多野憲)、巡査(日野道夫)などが出演している。


 以上が、「日日是労働セレクト16」にある記事である。この映画は、主演の加賀まりこの魅力を十二分
に引き出した作品で、中平康の実力が窺い知れる。彼の作品は6本しか観ていないが、いずれも水準を超え
ていると思われる。タブーを気にして、描き方に遠慮があったり、踏み込みが足りなかったりすることはな
く、逆にあざといまでに誇張表現を曝け出すこともない、実に勘所を心得た演出をする監督だと思う。

  『狂った果実』、監督:中平康、日活、1956年。
  『あいつと私』、監督:中平康、日活、1961年。
  『危(やば)いことなら銭になる』、監督:中平康、日活、1962年。
  『泥だらけの純情』、監督:中平康、日活、1963年。
  『月曜日のユカ』、監督・中平康、日活、1964年。
  『黒い賭博師』、監督:中平康、日活、1965年。

 他に、機会があれば、『紅の翼』(監督:中平康、日活、1958年)、『砂の上の植物群』(監督:中平康、
日活、1964年)、『変奏曲』(監督:中平康、中平プロ=ATG、1976年)などを観たいと思っている。
 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  安川実の原作を『学園広場』の斎藤耕一と倉本聰が共同で脚色、『光る海』の中平康が監督した風
 俗ドラマ。撮影もコンビの山崎善弘。

   〔あらすじ〕

  横浜の外国人客が多い上流ナイトクラブ“サンフランシスコ”では、今日もユカ(加賀まりこ)と
 呼ばれる十八歳の女の子が人気を集めていた。さまざまな伝説を身のまわりに撒きちらす女、平気で
 男と寝るがキスだけはさせない、教会にも通う。彼女にとっては当り前の生活も、人からみれば異様
 に映った。横浜のユカのアパートで、ユカがパパと呼んでいる船荷会社の社長(加藤武)は、初老の
 男だがユカにとってはパパを幸福にしてあげたいという気持でいっぱいだ。ある日曜日、ユカがボー
 イフレンドの修(中尾彬)と街を歩いていた時、ショーウィンドウを覗いて、素晴しい人形をその娘
 に買ってやっている嬉しそうなパパをみた時から、ユカもそんな風にパパを喜ばせたいと思った。ユ
 カの目的は男を喜ばすだけだったから。だが、日曜はパパが家庭ですごす日だった。そこでユカはパ
 パに月曜日を彼女のためにあげるようにねだった。月曜日がやって来た。着飾ったユカは母(北林谷
 栄)とともにパパに会いにホテルのロビーに出た。今日こそパパに人形を買ってもらおうと幸福に充
 ちていた。だが、ユカがパパから聞されたのは、取り引きのため「外人船長と寝て欲しい」という願
 いだった。ユカはパパを喜ばすために、船長(ウィリアム・バッソン)と寝る決心をした。その決心
 を咎める修にユカはキスしてもよいと告げる。ユカを殴り出て行く修。ユカは幼い頃母親の情事を見
 ていたのを牧師(ハロルド・コンウェイ)に咎められたことを思い出すのだった。修が死んだ。外人
 船長に抗議するために船に乗り込もうとして事故死したのだった。ユカは修にキスをして波止場を立
 ち去る。パパとの約束通りユカは船長に抱かれた。落ち込んだユカだったが、埠頭でパパと踊り狂う。
 踊り疲れたパパは海へ落ちてしまう。溺れ沈むパパをしばらく見ていたユカだったが、やがて無関心
 に去って行った。

 他に、波多野憲(奇術師)、梅野泰靖(フランクと呼ばれる元恋人)、日野道夫(巡査)、フランク・ス
ミス、榎木兵衛、堺美紀子、谷隼人、山本陽子などが出演している。



 「無印良品映画」その14 『陸軍残虐物語』


 某月某日

 2本目は『陸軍残虐物語』(監督:佐藤純彌、東映東京、1963年)である。陸軍内務班の非道ぶりを描い
た作品であるが、「残虐」は少し大袈裟か。小生は、若干の戦争映画や、野間宏の『真空地帯』、堀田善衛
の『広場の孤独』、大岡昇平の『野火』、安岡章太郎の『遁走』、古山高麗雄の『プレオー8の夜明け』、
黒島伝治の『渦巻ける烏の群』などの戦争文学を通してしか軍隊という組織を知らないが、この映画で描か
れている世界はほとんど既知のことに属していた。その意味で、「残虐」は大袈裟だと思うのかもしれない。
なお、地理学者の飯塚浩二に『日本の軍隊』(岩波現代文庫)という名著がある。小生は、この本で東条英
機の度外れた「精神主義」(彼によれば、敵の飛行機は「弾」で落とすのではなく、「精神」で落とすのだ
そうである)の実質を知った。
 さて、物語であるが、昭和19年(1944年)の春、乾四四九一部隊から、犬丸二等兵(三國連太郎)と、戦
友の鈴木一等兵(中村賀津雄/現・嘉葎雄)が脱走するところから始まる。直接の原因としては、不寝番を
していた犬丸二等兵が逆上して、用足しに起きてきた亀岡軍曹(西村晃)を厠で刺殺したからである。亀岡
軍曹の所業に耐えかねた末の犯行であるが、鈴木はこの行為に同情して、一緒に脱走したのである。もちろ
ん、鈴木にも個人的な理由があったが、それは後述する。鈴木は直ぐに逮捕されるが、犬丸は逃げ延びる。
しかし、結局実家で自決するのである。
 映画は、犬丸の回想シーンと逃走シーンが交互に展開してゆくという構成になっている。犬丸は、動作は
のろいが誠実な性格で、彼には周囲の反対を押し切って結ばれた恋女房のウメ(岩崎加根子)がいる。彼女
は、舅(加藤嘉)と姑(沢村貞子)とに仕えて、犬丸の除隊をひたすら待ちわびている、という設定である。
周囲に祝われて入隊した犬丸を待っていたものは、理不尽な陸軍内務班のしきたりであった。押川兵長(南
道郎)が新兵を集めて演説をするが、そのときの彼の台詞を収録してみよう。音声から拾ったので間違いも
あるだろうが、その際はご寛恕されたし。

 「軍の主とするところは戦闘にある。そこで、日常の起居動作、ものの名称、すべてが地方と違ってく
  る。地方とは兵営外の一般社会をいう。これは股引ではなく、袴下(こした)という。これをシャツ
  ではなく、これをジハン(襦袢のことか)、ズボンのことを軍袴(ぐんこ)または袴(はかま)、上
  着を上衣または軍衣、ポケットを物入という。そしてこれはカラーではなく襟布(えりふ)という。
  では、今から自分が着てみせるから、皆も私物の服を脱いで軍服に着替える。……注目。皆軍服に着
  替終ったな。つまり、正式に皇軍の一員になったわけである。お前たちの中には、地方で相当の地位
  の者や学問のある者もいるだろう。しかし、軍服を着た以上、そんものは一切関係がなくなる。一様
  にちょん星(一つ星の意味か)の陸軍二等兵である。お前たち以外の者は、すべて上級者であるから
  して、命令には絶対服従しなければならない。分ったな」。

 かくして、犬丸彌七は陸軍に入隊したのであった。犬丸は人並み外れて体力はあるのだが、要領が悪いの
で「いじめ」の対象になる。しかし、それによく堪えていたのである。下着を盗まれていたぶられたときも、
先輩の鈴木一等兵に「軍隊では盗る者よりも盗られる者の方が悪い」(いわゆる「員数合わせ」が何よりも大
事)と言われる始末である。しかし、彼の誠実さは段々と鈴木の心に沁みてきて、そこに友情が芽生え始め
る。ところで、犬丸と同期の二等兵に矢崎(江原真二郎)がいた。この兵隊は大学出で、要領よく立ち回っ
て幹候(幹部候補)試験を受験したいと思っていた。亀岡軍曹に取り入ってうまくいきかけたが、「饅頭事
件(犬丸の饅頭を盗んで食った)」の発覚をきっかけにその夢も潰えてしまった。鈴木が見咎めて、白日の
下に晒されたからである。鈴木にさらなる屈辱的な思いをさせられた矢崎は、彼に復讐するつもりで、彼の
銃の撃茎を厠の糞溜に投げ捨ててしまうのである。そして、自分は指を落とそうとするが、失敗して医務室
に仰臥している。そこに亀岡軍曹がやってくる場面が興味深い。亀岡軍曹の台詞を書き記してみよう。

 「矢崎、そんなら俺に教えろ。鈴木の撃茎を抜いてどこやった。分っているんだぞ、俺には。幹候を受
  験できなくなって、軍隊に嫌気が差した。兵役免除になるために指を切ろう。だが、その前に鈴木に
  報復したい。そこで撃茎を抜き取る。どうだ。軍隊の中のことなら裏の裏まで見通しだ。お前なんか
  にごまかされやせん」。

 なお、その際、亀岡軍曹が「陸軍刑法第二編 罪、第三章 辱職ノ罪」に言及している。以下に引用して
みよう。

 「第五十五条 従軍ヲ免レ又ハ危険ナル勤務ヲ避クル目的ヲ以テ疾病ヲ作為シ、
  身体ヲ毀傷シ其ノ他詐偽ノ行為ヲ為シタル者ハ左ノ区別ニ従テ処断ス
  一 敵前ナルトキハ死刑又ハ無期若ハ五年以上ノ懲役ニ処ス
  二 戦時、軍中又ハ戒厳地境ナルトキハ六月以上七年以下ノ懲役ニ処ス
  三 其ノ他ノ場合ナルトキハ五年以下ノ懲役ニ処ス」

 矢崎の行為は、この第五十五条違反だというのである。さらに、撃茎を粗末に扱ったのは、「軍用物損壊
未遂」というわけである。軍法会議にかけられることを恐れた矢崎は、亀岡に何もかも打ち明けて、助けて
くれと懇願する。亀岡にとってみれば、撃茎が出てこなければ班長たる自分の責任にもなるので、必死で矢
崎を説得し、これが功を奏したのであった。撃茎の在り処が判明したので、早速亀岡は糞溜浚いを鈴木に命
じる。結局、撃茎が発見される。協力を申し出た犬丸が見つけ出したのである。しかし、進んで自ら糞溜に
入ったのが裏目に出て、無実の犬丸が犯人にされてしまうのだった。まことに理不尽極まるが、この程度で
話が終わるわけではない。さらに、後日面会に来たウメを、亀岡軍曹は言葉巧みに河原に誘き出して、これ
を犯してしまうのである。実は、亀岡自身も地主に妻が犯されて泣き寝入りした過去をもっている。したが
って、女一般に対して憎悪を抱いているという設定である。なお、二人を見つけた鈴木がこれを告発すると、
亀岡のみならず上官までもが揉み消そうとするだけなのであった。このことが伏線になっており、やがて夜
が来る。不寝番の犬丸に向かって、亀岡軍曹は「お前のかあちゃんはお前にはもったいないぞ」といったか
らかいの言葉を投げつけたのである。この言葉で、犬丸の堪忍袋の緒が切れる。有無を言わせず刺殺に及ぶ
のである。犯行後、鈴木に促されて脱走するが、結局実家で縊死したウメの姿を見出して、もはやこれまで
と自決するのである。捕まった鈴木は中隊長(中山昭二)の罵声を浴びるが、ふてぶてしくうそぶく。「ふ
ん、帝国軍人、隊長当番として信頼……。手前(てめえ)の下男か奴隷のつもりでいやがったくせに」、と。
実際、鈴木は中隊長の家で、「隊長当番は上等兵候補だ」などとおだてられて、薪割り、洗濯、風呂の焚き
つけと、こき使われていたのである。私的制裁も私的雑用もすべて「公務」扱いされては、兵隊は身が持た
ないし、だいいち精神衛生上も悪いに決まっている。軍隊内部の腐敗は、こういうところから始まるのであ
る。最後は、激戦中ということもあって、罪一等を免じられた鈴木が前線に送られる場面で終わっている。
まことに救いのないドラマであるが、下士官仲間の大谷伍長(今井健二)が殺された亀岡に向かって吐く、
「この男も軍隊がつくったんだ」という台詞が印象深かった。


 以上が、「日日是労働セレクト16」にある記事である。この映画は、軍隊の「ぐ」の字も知らない者の
胸にも、帝國陸軍内務班への嫌悪を抱かせる上で恰好の作品である。ここまでひどいのかと思うが、同時に、
場合によってはもっとひどいのではないかと思わせるところが、この映画の優れたところである。
 ところで、小生は、戦前・戦中・戦後を通じての日本人の倫理観の変遷に関心を持っており、研究の対象
でもあるが、その一環として、戦争映画(ただし、邦画限定)のリストを作っているので、以下に掲示して
みよう。文字通りの「ドンパチ映画」もあるが、アジア・太平洋戦争がもたらした戦中・戦後の傷跡を描い
た映画も数多く含まれているので、小生と同じような興味を抱いている人には参考になるかもしれない。な
お、一部「アジア・太平洋戦争」とは直接関係のない作品も含まれているが、「軍隊ならびに戦争関連」と
いう範疇に入るという意味でそれを排除しなかった。ご諒察願いたい。



 年代別主要鑑賞「軍隊ならびに戦争関連」邦画一覧   2019年12月7日現在(◎印は必見映画)

  1930年代

 『五人の斥候兵』、監督:田坂具隆、日活多摩川、1938年。
 『上海陸戦隊』、監督:熊谷久虎、東宝東京、1939年。
 『土と兵隊』、監督:田坂具隆、日活多摩川、1939年。
◎『戦ふ兵隊』、監督:亀井文雄、東宝文化映画部、1939年。

  1940年代

 『燃ゆる大空』、監督:阿部豊、東宝東京、1940年。
 『空の少年兵』、監督:井上莞、藝術映画社、1940年。
 『勝利の基礎 海軍兵學校の記録』、監督:中川順夫、理研科學映画社、1941年。
◎『ハワイ・マレー沖海戦』、監督:山本嘉次郎、東宝、1942年。
 『翼の凱歌』、監督〔演出〕:山本薩夫、東宝映画、1942年。
 『男の意氣』、演出〔監督〕:中村登、松竹、1942年。
 『決戦の大空へ』、監督:渡辺邦男、東宝映画、1943年。
 『マライの虎』、監督:古賀聖人、大映多摩川、1943年。
 『海軍』、監督:田坂具隆、松竹京都、1943年。
 『一番美しく』、監督:黒澤明、東宝、1944年。
◎『加藤隼戦闘隊』、監督:山本嘉次郎、東宝、1944年。
 『雷撃隊出動』、監督:山本嘉次郎、東宝、1944年。
 『陸軍』、監督:木下恵介、松竹大船、1944年。
 『怒りの海』、監督:今井正、東宝、1944年。
 『東京五人男』、監督〔演出〕:斎藤寅次郎、東宝、1945年。
 『わが恋せし乙女』、監督:木下恵介、松竹大船、1946年。
 『女性の勝利』、監督:溝口健二、松竹大船、1946年。
 『像を喰った連中』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年。
 『手をつなぐ子等』、監督:稲垣浩、大映京都、1947年。
 『風の中の牝鶏』、監督:小津安二郎、松竹大船、1948年。
 『夜の女たち』、監督:溝口健二、松竹京都、1948年。
 『わが生涯のかゞやける日』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1948年。
 『蜂の巣の子供たち』、監督:清水宏、蜂の巣映画部、1948年。
 『静かなる決闘』、監督:黒澤明、大映、1949年。
 『異国の丘』、監督:渡辺邦男、新東宝=渡辺プロ、1949年。
 『悲しき口笛』、監督:家城巳代治、松竹大船、1949年。

  1950年代

◎『きけわだつみの声 日本戦歿学生の手記』、監督:関川秀雄、東横映画、1950年。
 『また逢う日まで』、監督:今井正、東宝、1950年。
 『曉の脱走』、監督:谷口千吉、新東宝、1950年。
 『泣くな小鳩よ』、監督:毛利正樹、新東宝=青柳プロ、1950年。
 『曉の追跡』、監督:市川崑、田中プロダクション、1950年。
 『武蔵野夫人』、監督:溝口健二、東宝、1951年。
 『少年期』、監督:木下恵介、松竹大船、1951年。
 『ブンガワンソロ』、監督:市川崑、新東宝、1951年。
 『夜來香(いえらいしゃん)』、監督:市川崑、新東宝=昭映プロ、1951年。
 『わかれ雲』、監督:五所平之助、スタジオエイトプロ=新東宝、1951年。
 『雪割草』、監督:田坂具隆、大映東京、1951年。
◎『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
◎『真空地帯』、監督:山本薩夫、新星映画、1952年。
 『本日休診』、監督:渋谷実、松竹大船、1952年。
 『モンテンルパの夜は更けて』、監督:青柳信雄、新東宝、1952年。
 『上海帰りのリル』、監督:島耕二、新東宝=綜芸プロ、1952年。
 『二人の瞳』、監督:仲木繁夫、大映、1952年。
 『死の街を脱れて』、監督:小石榮一、大映、1952年。
 『暴力』、監督:吉村公三郎、東映京都、1952年。
◎『雲ながるる果てに』、監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、1953年。
 『太平洋の鷲』、監督:本多猪四郎、東宝、1953年。
 『ひめゆりの塔』、監督:今井正、東映東京、1953年。
 『戦艦大和』、監督:阿部豊、新東宝、1953年。
◎『ひろしま』、監督:関川秀雄、日教組プロ、1953年。
 『早稻田大學』、監督:佐伯清、東映、1953年。
 『やっさもっさ』、監督:渋谷実、松竹大船、1953年。
 『野戦看護婦』、監督:野村浩将、新東宝=兒井プロ、1953年。
 『チャタレイ夫人は日本にもいた』、監督:島耕二、大映東京、1953年。
 『沖縄健児隊』、監督:岩間鶴夫、松竹、1953年。
 『君の名は 第一篇』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1953年。
 『君の名は 第二部』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1953年。
 『君の名は 第三部』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1954年。
 『二十四の瞳』、監督:木下恵介、松竹大船、1954年。
 『さらばラバウル』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
 『勲章』、監督:渋谷実、俳優座、1954年。
 『娘十六ジャズ祭り』、監督:井上梅次、新東宝、1954年。
 『潜水艦ろ号未だ浮上せず』、監督:野村浩将、新東宝、1954年。
 『日本敗れず』、監督:阿部豊、新東宝、1954年。
 『この広い空のどこかに』、監督:小林正樹、松竹大船、1954年。
 『叛乱』、監督:佐分利信/阿部豊、新東宝、1954年。
 『浮雲』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1955年。
 『たそがれ酒場』、監督:内田吐夢、新東宝、1955年。
 『人間魚雷回天』、監督:松林宗恵、新東宝、1955年。
 『美わしき歳月』、監督:小林正樹、松竹、1955年。
 『二等兵物語 女と兵隊 蚤と兵隊』、監督:福田晴一、松竹京都、1955年。
 『ビルマの竪琴(総集版)』、監督:市川崑、日活、1956年。
 『人間魚雷出撃す』、監督:古川卓巳、日活、1956年。
 『軍神山本元帥と連合艦隊』、監督:志村敏夫、新東宝、1956年。
 『泉』、監督:小林正樹、松竹大船、1956年。
 『壁あつき部屋』、監督:小林正樹、新鋭プロ、1956年。
◎『異母兄弟』、監督:家城巳代治、独立映画、1957年。
 『明治天皇と日露大戦争』、監督:渡辺邦男、新東宝、1957年。
 『地球防衛軍』、監督:本多猪四郎、東宝、1957年。
 『戦雲アジアの女王』、監督:野村浩将、新東宝、1957年。
 『憲兵とバラバラ死美人』、監督:並木鏡太郎、新東宝、1957年。
 『黄色いからす』、監督:五所平之助、歌舞伎座=松竹、1957年。
 『暖流』、監督:増村保造、大映東京、1957年。
 『日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里』、監督:森一生、大映東京、1957年。
 『波濤を越えて 真珠湾入港』、監督:村田達二、新東宝教育映画部、1958年。
 『い号潜水艦 白骨の帰還』、構成:中井義、新東宝、1958年。
 『姑娘と五人の突撃兵』、監督:並木鏡太郎、新東宝、1958年。
 『憲兵と幽霊』、監督:中川信夫、新東宝、1958年。
 『重臣と青年将校 陸海軍流血史』、監督:土居通芳、新東宝、1958年。
 『天皇・皇后と日清戦争』、監督:並木鏡太郎、新東宝、1958年。
 『果てしなき欲望』、監督:今村昌平、日活、1958年。
 『夜の素顔』、監督:吉村公三郎、大映東京、1958年。
 『日蓮と蒙古大襲来』、監督:渡辺邦男、大映京都、1958年。
◎『人間の條件 第1部・純愛篇/第2部・激怒篇』、監督:小林正樹、にんじんくらぶ=歌舞伎座映画、1959年。
◎『人間の條件 第3部・望郷篇/第4部・戦雲篇』、監督:小林正樹、人間プロ、1959年。
 『独立愚連隊』、監督:岡本喜八、東宝、1959年。
◎『野火』、監督:市川崑、大映東京、1959年。
 『潜水艦イ-57降伏せず』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
 『氾濫』、監督:増村保造、大映東京、1959年。
 『グラマ島の誘惑』、監督:川島雄三、東京映画、1959年。
 『荷車の歌』、監督:山本薩夫、全国農村映画協会、1959年。
◎『私は貝になりたい』、監督:橋本忍、東宝、1959年。
 『社長太平記』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
 『金語楼の三等兵』、監督:曲谷守平、新東宝、1959年。
 『キクとイサム』、監督:今井正、大東映画、1959年。
 『海軍兵学校物語 あゝ江田島』、監督:村山三男、大映東京、1959年。
 『月光仮面/悪魔の最後』、監督:島津昇一、東映東京、1959年。
 『東支那海の女傑』、監督:小野田嘉幹、新東宝、1959年。
 『静かなり暁の戦場』、監督:小森白、新東宝、1959年。
 『南國土佐を後にして』、監督:齋藤武市、日活、1959年。
 『明治大帝と乃木将軍』、監督:小森白、新東宝、1959年。
 『闇を横切れ』、監督:増村保造、大映、1959年。

  1960年代

 『独立愚連隊西へ』、監督:岡本喜八、東宝、1960年。
 『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』、監督:松林宗恵、東宝、1960年。
 『電送人間』、監督:福田純、東宝、1960年。
 『あゝ特別攻撃隊』、監督:井上芳夫、大映東京、1960年。
 『皇室と戦争とわが民族』、監督:小森白、新東宝、1960年。
 『太平洋戦争 謎の戦艦陸奥』、監督:小森白、新東宝、1960年。
 『地獄』、監督:中川信夫、新東宝、1960年。
◎『人間の條件 第5部・死の脱出/第6部・曠野の彷徨』、監督:小林正樹、松竹大船=文芸プロにんじんくらぶ、1961年。
 『続・悪名』、監督:田中徳三、大映京都、1961年。
 『女は二度生まれる』、監督:川島雄三、大映東京、1961年。
 『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
 『東京の夜は泣いている』、監督:曲谷守平、新東宝、1961年。
 『永遠の人』、監督:木下恵介、松竹大船、1961年。
 『名もなく貧しく美しく』、監督:松山善三、東京映画、1961年。
 『五人の突撃隊』、監督:井上梅次、大映京都、1961年。
 『飼育』、監督:大島渚、パレス フィルムプロダクション、1961年。
 『恋にいのちを』、監督:増村保造、大映東京、1961年。
 『新・悪名』、監督:森一生、大映京都、1962年。
 『秋津温泉』、監督:吉田喜重、松竹大船、1962年。
 『黒の試走車(テストカー)』、監督:増村保造、大映東京、1962年。
 『喜劇・駅前温泉』、監督:久松静児、東京映画、1962年。
 『零戦黒雲一家』、監督:桝田利雄、日活、1962年。
 『どぶ鼡作戦』、監督:岡本喜八、東宝、1962年。
 『金門島にかける橋』、監督:松尾昭典、日活=中央電子影公司、1962年。
 『山河あり』、監督:松山善三、松竹、1962年。
◎『拝啓天皇陛下様』、監督:野村芳太郎、松竹大船、1963年。
◎『続・拝啓天皇陛下様』、監督:野村芳太郎、松竹大船、1963年。
◎『陸軍残虐物語』、監督:佐藤純彌、東映東京、1963年。
 『太平洋の翼』、監督:松林宗恵、東宝、1963年。
 『青島(チンタオ)要塞爆撃命令』、監督:古澤憲吾、東宝、1963年。
 『海軍』、監督:村山新治、東映、1963年。
 『第三の悪名』、監督:田中徳三、大映京都、1963年。
 『武士道残酷物語』、監督:今井正、東映京都、1963年。
 『死闘の伝説』、監督:木下恵介、松竹大船、1963年。
 『みんなわが子』、監督:家城巳代治、全国農村映画協会=ATG、1963年。
 『海底軍艦』、監督:本多猪四郎、東宝、1963年。
 『肉体の門』、監督:鈴木清順、日活、1964年。
 『馬鹿まるだし』、監督:山田洋次、松竹大船、1964年。
 『馬鹿が戦車(タンク)でやって来る』、監督:山田洋次、松竹大船、1964年。
 『帝銀事件 死刑囚』、監督:熊井啓、日活、1964年。
 『無責任遊侠伝』、監督:杉江敏男、東宝、1964年。
 『越後つついし親不知』、監督:今井正、東映東京、1964年。
 『執炎』、監督:蔵原惟繕、日活、1964年。
 『香華(全篇・後篇)』、監督:木下恵介、松竹大船、1964年。
 『銃殺』、監督:小林恒夫、東映、1964年。
 『兵隊やくざ』、監督:増村保造、大映京都、1965年。
 『続兵隊やくざ』、監督:田中徳三、大映京都、1965年。
 『血と砂』、監督:岡本喜八、東宝=三船プロ、1965年。
 『太平洋奇跡の作戦・キスカ』、監督:丸山誠治、東宝、1965年。
 『清作の妻』、監督:増村保造、大映東京、1965年。
 『ユンボギの日記』、監督:大島渚、創造社、1965年。
 『あゝ零戦』、監督:村山三男、大映東京、1965年。
 『日本列島』、監督:熊井啓、日活、1965年。
 『大日本殺し屋伝』、監督:野口晴康、日活、1965年。
 『陸軍中野学校』、監督:増村保造、大映京都、1966年。
 『陸軍中野学校・雲一号指令』、監督:森一生、大映京都、1966年。
 『ゼロ・ファイター 大空戦』、監督:森谷司郎、東宝、1966年。
 『新・兵隊やくざ』、監督:田中徳三、大映京都、1966年。
 『兵隊やくざ脱獄』、監督:森一生、大映京都、1966年。
 『兵隊やくざ大脱走』、監督:田中徳三、大映京都、1966年。
◎『赤い天使』、監督:増村保造、大映東京、1966年。
 『湖の琴』、監督:田坂具隆、東映京都、1966年。
 『愛と死の記録』、監督:蔵原惟繕、日活、1966年。
 『憂國』、監督:三島由紀夫、東宝=ATG、1966年。
 『酔いどれ博士』、監督:三隅研次、大映京都、1966年。
 『兵隊やくざ俺にまかせろ』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
 『兵隊やくざ殴り込み』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
◎『日本のいちばん長い日』、監督:岡本喜八、東宝、1967年。
 『あゝ同期の桜』、監督:中島貞夫、東映京都、1967年。
 『陸軍中野学校・竜三号指令』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
 『陸軍中野学校・密命』、監督:井上昭、大映京都、1967年。
 『ある殺し屋』、監督:森一生、大映京都、1967年。
 『雪の喪章』、監督:三隅研次、大映東京、1967年。
 『父子草』、監督:丸山誠治、東宝=宝塚映画、1967年。
 『陸軍中野学校・開戦前夜』、監督:井上昭、大映京都、1968年。
 『兵隊やくざ・強奪』、監督:田中徳三、大映、1968年。
 『連合艦隊司令長官・山本五十六』、監督:丸山誠治、東宝、1968年。
◎『肉弾』、監督:岡本喜八、「肉弾」をつくる会=ATG、1968年。
 『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』、監督:小沢茂弘、東映、1968年。
 『あゝ予科練』、監督:村山新治、東映、1968年。
 『セックス・チェック/第二の性』、監督:増村保造、大映東京、1968年。
 『新・網走番外地』、監督:マキノ雅弘、東映東京、1968年。
 『喜劇・駅前開運』、監督:豊田四郎、東京映画、1968年。
 『あゝひめゆりの塔』、監督:舛田利雄、日活、1968年。
 『昆虫大戦争』、監督:二本松嘉瑞、松竹、1968年。
 『黒部の太陽』、監督:熊井啓、三船プロダクション=石原プロモーション、1968年。
 『とむらい師たち』、監督:三隅研次、大映京都、1968年。
 『日本海大海戦』、監督:丸山誠治、東宝、1969年。
 『橋のない川(第一部)』、監督:今井正、ほるぷ映画、1969年。
 『少年』、監督:大島渚、創造社=ATG、1969年。
 『あゝ海軍』、監督:村山三男、大映東京、1969年。
 『あゝ陸軍 隼戦闘隊』、監督:村山三男、大映東京、1969年。
 『日本暗殺秘録』、監督:中島貞夫、東映京都、1969年。
 『喜劇 一発大必勝』、監督:山田洋次、松竹、1969年。
 『女体』、監督:増村保造、大映東京、1969年。

  1970年代

 『最後の特攻隊』、監督:佐藤純彌、東映東京、1970年。
 『橋のない川(第二部)』、監督:今井正、ほるぷ映画、1970年。
◎『戦争と人間 第一部 運命の序曲』、監督:山本薩夫、日活、1970年。
 『風の慕情』、監督:中村登、松竹、1970年。
◎『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
 『ある兵士の賭け(THE WALKING MAJOR)』、監督:千野皓司/KEITH ERIK BURT、ISHIHARA INTERNATIONAL
   PRODUCTIONS、1970年。
 『激動の昭和史・軍閥』、監督:堀川弘通、東宝、1970年。
 『シルクハットの大親分』、監督:鈴木則文、東映京都、1970年。
◎『戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河』、監督:山本薩夫、日活、1971年。
 『日本女侠伝 激斗ひめゆり岬』、監督:小沢茂弘、東映京都、1971年。
 『激動の昭和史 沖縄決戦』、監督:岡本喜八、東宝、1971年。
 『あゝ声なき友』、監督:今井正、松竹=渥美清プロダクション、1972年。
◎『戦争と人間 第三部 完結編』、監督:山本薩夫、日活、1973年。
 『戒厳令』、監督:吉田喜重、現代映画社=ATG、1973年。
 『海軍横須賀刑務所』、監督:山下耕作、東映、1973年。
 『四畳半襖の裏張り』、監督:神代辰巳、日活、1973年。
 『心』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1973年。
 『サンダカン八番娼館 望郷』、監督:熊井啓、東宝=俳優座、1974年。
◎『あゝ決戦航空隊』、監督:山下耕作、東映、1974年。
 『無宿(やどなし)』、監督:斎藤耕一、勝プロダクション、1974年。
 『樺太一九四五年夏 氷雪の門』、監督:村山三男、ジャパン・ムービー・ピクチュア、1974年。
 『球形の荒野』、監督:貞永方久、松竹、1975年。
 『絶唱』、監督:西河克己、東宝=ホリプロ、1975年。
 『青春の門』、監督:浦山桐郎、東宝映画、1975年。
◎『不毛地帯』、監督:山本薩夫、芸苑社、1976年。
 『風立ちぬ』、監督:若杉光夫、東宝=ホリプロ、1976年。
 『はだしのゲン』、監督:山田典吾、現代ぷろだくしょん、1976年。
 『大空のサムライ』、監督:丸山誠治、東宝映画、1976年。
 『任侠外伝 玄界灘』、監督:唐十郎、唐プロ=ATG、1976年。
 『八甲田山』、監督:森谷司郎、橋本プロ=東宝=シナノ企画、1977年。
 『HOUSE ハウス』、監督:大林宣彦、東宝映像、1977年。
 『惑星大戦争』、監督:福田純、東宝映画=東宝映像、1977年。
 『皇帝のいない八月』、監督:山本薩夫、松竹、1978年。
 『炎の舞』、監督:河崎義祐、東宝=ホリプロ=ホリ企画制作、1978年。
 『ダイナマイトどんどん』、監督:岡本喜八、大映、1978年。
 『英霊たちの応援歌・最後の早慶戦』、監督:岡本喜八、東京12チェンネル、1979年。
 『あゝ野麦峠』、監督:山本薩夫、新日本映画、1979年。

  1980年代

 『二百三高地』、監督:舛田利雄、東映東京、1980年。
 『東京大空襲 ガラスのうさぎ』、監督:橘祐典、大映映像=共同映画全国系列会議、1980年。
 『野獣死すべし』、監督:村川透、東映=角川春樹事務所、1980年。
 『動乱』、監督:森谷司郎、東映=シナノ企画、1980年。
 『連合艦隊』、監督:松林宗恵、東宝映画、1981年。
 『泥の河』、監督:小栗康平、木村プロ、1981年。
 『近頃なぜかチャールストン』、監督:岡本喜八、喜八プロ=ATG、1981年。
 『大日本帝国』、監督:舛田利雄、東映、1982年。
 『この子の七つのお祝いに』、監督:増村保造、松竹=角川春樹事務所、1982年。
 『にんげんをかえせ』、監督:橘祐典、子供たちの世界に被爆の記録を贈る会映画製作委員会、1982年。
 『ニッポン国・古屋敷村』、監督:小川紳介、小川プロダクション、1982年。
◎『戦場のメリークリスマス』、監督:大島渚、日本(大島渚プロ=朝日放送)=英国、1983年。
 『日本海大海戦・海ゆかば』、監督:舛田利雄、東映東京、1983年。
 『小説吉田学校』、監督:森谷司郎、フィルムリンク・インターナショナル、1983年。
 『丑三つ村』、監督:田中登、松竹映像=富士映画、1983年。
 『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
 『瀬戸内少年野球団』、監督:篠田正浩、YOUの会=ヘラルド・エース、1984年。
 『零戦燃ゆ』、監督:舛田利雄、東宝映画=渡辺プロ、1984年。
 『修羅の群れ』、監督:山下耕作、東映京都、1984年。
 『上海バンスキング』、監督:深作欣二、松竹=シネセゾン=テレビ朝日、1984年。
 『風の谷のナウシカ』、監督:宮崎駿、徳間書店=博報堂、1984年。
 『ビルマの竪琴』、監督:市川崑、フジテレビジョン=博報堂=キネマ東京=東京国際映像文化振興会、1985年。
◎『海と毒薬』、監督:熊井啓、「海と毒薬」製作委員会、1986年。
 『犬死にせしもの』、監督:井筒和幸、大映=ディレクターズ・カンパニー、1986年。
 『野ゆき山ゆき海べゆき』、監督:大林宣彦、日本テレビ=ATG=バップ、1986年。
◎『ゆきゆきて、神軍』、監督:原一男、疾走プロダクション、1987年。
 『はいからさんが通る』、監督:佐藤雅道、東映、1987年。
 『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
◎『火垂るの墓』、監督:高畑勲、新潮社、1988年。
 『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
 『肉体の門』、監督:五社英雄、東映、1988年。
 『追悼のざわめき』、監督:松井良彦、欲望プロダクション、1988年。
 『ぼくらの七日間戦争』、監督:菅原比呂志、角川春樹事務所、1988年。
◎『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
 『あ・うん』、監督:降旗康男、東宝映画=フイルム フェイス、1989年。
 『226』、監督:五社英雄、フィーチャーフィルムエンタープライズ、1989年。

  1990年代

 『北緯15°のデュオ』、監督:根本順善、N&Nプロモーション、1991年。
 『八月の狂詩曲』、監督:黒澤明、黒澤プロダクション、1991年。
 『ひかりごけ』、監督:熊井啓、ヘラルド・エース=日本ヘラルド、1992年。
 『きけ、わだつみの声 Last Friends』、監督:出目昌伸、東映=バンダイビジュアル、1995年。
 『君を忘れない』、監督:渡辺孝好、「君を忘れない」製作委員会〔日本ヘラルド=ポニーキャニオン=デスティニー〕、1995年。
 『深い河』、監督:熊井啓、「深い河」製作委員会=仕事、1995年。
 『三たびの海峡』、監督:神山征一郎、「三たびの海峡」製作委員会、1995年。
 『南の島に雪が降る』、監督:水島総、田崎真珠=リバース、1995年。
 『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
 『地雷を踏んだらサヨウナラ』、監督:五十嵐匠、チームオクヤマ、1999年。
 『白痴』、監督:手塚眞、映画「白痴」製作実行委員会=手塚プロダクション、1999年。

  2000年代(2000-2004年)

 『十五才 学校IV』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ放送網=住友商事=角川書店=博報堂、2000年。
◎『日本鬼子(リーベン・クイズ) 日中15年戦争・元皇軍兵士の告白』、監督:松井稔、「日本鬼子」製作委員会、2000年。
 『ホタル』、監督:降旗康男、東映=テレビ朝日=住友商事=角川書店=東北新社=日本出版販売=
  TOKYO FM=朝日新聞社=高倉プロモーション、2001年。
 『バトル・ロワイアル 特別篇』、監督:深作欣二、「バトル・ロワイアル」製作委員会〔東映=アム
  アソシエイツ=広美=日本出版販売=MFピクチャーズ=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ〕、2001年。
 『ムルデカ 17805』、監督:藤由紀夫、東京映像制作、2001年。
 『美しい夏キリシマ』、監督:黒木和雄、ランブルフィッシュ、2002年。
 『鏡の女たち』、監督:吉田喜重、グループコーポレーション=現代映画社=ルートピクチャーズ=グループキネマ東京、2002年。
 『この世の外へ/クラブ進駐軍』、監督:阪本順治、松竹=衛星劇場=角川大映映画=朝日放送=エフシー・
  ビー・ワールドワイド=セディックインターナショナル=システム デ=КИНО、2003年。
 『赤い月』、監督:降旗康男、東宝=日本テレビ=電通=読売テレビ=読売新聞社=日本出版販売=SDP、2003年。
 『バトル・ロワイアルII 【特別篇】REVENGE』、監督:深作欣二/深作健太、東映=深作組=テレビ朝日=
  WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ=日本出版販売=TOKYO FM=セガ=東映ビデオ=
  東映エージェンシー、2003年。
 『零<ゼロ>』、監督:井出良英、「零<ゼロ>」製作委員会〔ケイエスエス=プログレッシブピクチャーズ〕、2003年。
 『スパイ・ゾルゲ』、監督:篠田正浩、スパイ・ゾルゲ製作委員会〔表現社=アスミック・エース
  エンタテインメント=東宝=セガ=日本情報コンサルティング=オービック=イマジカ=カルチュア・
  パブリッシャーズ=テレビ朝日=サミー=フィールズ〕、2003年。
 『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
  メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
 『笑の大学』、監督:星護、フジテレビ=東宝=パルコ、2004年。
 『IZO(イゾー)』、監督:三池崇史、ケイエスエス=オフィスハタノ=エクセレントフィルム、2004年。
 『機関車先生』、監督:廣木隆一、「機関車先生」製作委員会〔プラウドマン=ユーティーネット=
  テアトルアカデミー=ウィザードピクチャーズ=日本ヘラルド映画=電通=テレビ朝日〕、2004年。

  2000年代(2005年-2009年)

 『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
◎『亡国のイージス』、監督:阪本順治、日本ヘラルド映画=松竹=電通=バンダイビジュアル=ジェネオン
  エンタテインメント=IMAGICA=TOKYO FM=産経新聞社=デスティニー、2005年。
 『八月拾五日のラストダンス』、監督:井出良英、ブロードバンド・ピクチャーズ、2005年。
 『男たちの大和/YAMATO』、監督:佐藤純彌、「男たちの大和/YAMATO」製作委員会(東映=角川春樹事務所=テレビ朝日=他)、2005年。
 『17歳の風景』、監督:若松孝二、若松プロダクション=シマフィルム、2005年。
 『赤い鯨と白い蛇』、監督:せんぼんよしこ、クリーク・アンド・リバー=東北新社、2005年。
 『鉄人28号』、監督:冨樫森、T-28 PROJECT〔電通=キングレコード=メディアウェイブ=衛星劇場=
  テレビ朝日=ジェネオン エンタテインメント=GENEON ENTERTAINMENT USA=クロスメディア〕、2005年。
 『バルトの楽園(がくえん)』、監督:出目昌伸、東映=シナノ企画=日本出版販売=TOKYO FM=
  テレビ朝日=加賀電子=読売新聞=福島民報社、2006年。
 『となり町戦争』、監督:渡辺謙作、フューチャー・プラネット=角川ヘラルド映画=衛星劇場=パパドゥ音楽出版、2006年。
 『出口のない海』、監督:佐々部清、「出口のない海」フィルムパートナーズ〔松竹=ポニーキャニオン=
  住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=スカパー・ウェルシンク=IMAGICA=講談社=メモリーテック=Yahoo!
  JAPAN=朝日新聞社=東京都ASA連合会=アドギア=メーテレ=山口放送=朝日放送〕、2006年。
 『ユビサキから世界を』、監督:行定勲、フォーライフミュージックエンタテインメント=ランブルフィッシュ=ケーブルテレビ山形、2006年。
 『地下鉄(メトロ)に乗って』、監督:篠原哲雄、METRO ASSOCIATES〔ギャガ・コミュニケーションズ=
  ジェネオン エンタテインメント=テレビ朝日=メ?テレ=電通=松竹=IMAGICA=LDH=アドギア=
  ミコット・エンド・バサラ=デスティニー〕、2006年。
 『紙屋悦子の青春』、監督:黒木和雄、バンダイビジュアル=アドギア=テレビ朝日=ワコー=パル企画、2006年。
 『最終兵器彼女』、監督:須賀大観、「最終兵器彼女」製作委員会〔東映アニメーション=東映=
  東映ビデオ=スカパー・ウェルシンク=小学館=シリコンスタジオ=アミューズメントソフトエンタ
  テインメント=博報堂DYメディアパートナーズ〕、2006年。
 『ゲド戦記』、監督:宮崎吾朗、「ゲド戦記」製作委員会〔日本テレビ放送網=電通=博報堂DYメディア
  パートナーズ=ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント=ディーライツ=東宝〕、2006年。
 『パッチギ LOVE & PEACE』、監督:井筒和幸、「パッチギ LOVE & PEACE」パートナーズ〔シネカノン=
  ハピネット=SHOW BOX=読売テレビ=メモリーテック=エイベックス・エンタテインメ ント〕、2007年。
 『俺は、君のためにこそ死ににいく』、監督:所城卓、「俺は、君のためにこそ死ににいく」製作委員会
  〔東映=シーユーシー=東映ビデオ=シーイーシー=日本テレビ放送網=ゲオ=日本出版販売=産経
  新聞社=所城卓事務所〕、2007年。
 『北辰斜にさすところ』、監督:神山征二郎、映画「北辰斜にさすところ」製作委員会=神山プロダクション、2007年。
 『魍魎の匣』、監督:原田眞人、「魍魎の匣」製作委員会〔エムシーエフ・プランニング2=ジェネオン
  エンタテインメント=ショウゲート=朝日放送=バンダイネットワークス=小椋事務所〕、2007年。
 『母(かあ)べえ』、監督:山田洋次、「母べえ」製作委員会〔松竹=テレビ朝日=衛星劇場=エフエム
  東京=読売新聞東京本社=名古屋テレビ放送=住友商事=博報堂DYメディアパートナーズ=日本出版販売=
  ヤフー=朝日放送〕、2007年。
 『夕凪の街 桜の国』、監督:佐々部清、「夕凪の街 桜の国」製作委員会〔アートポート=セガ=住友商事=
  読売テレビ=双葉社=読売新聞大阪本社=TOKYO FM=東北新社=東急レクリエーション=シネムーブ=
  ビッグショット=広島テレビ=福岡放送=山口放送〕、2007年。
 『明日への遺言』、監督:小泉尭史、アスミック・エース エンタテインメント=住友商事=産経新聞社=
  WOWOW=テレビ東京=ティー ワイ リミテッド=シネマ・インヴェストメント=CBC=エース・プロ
  ダクション、2008年。
 『火垂るの墓』、監督:日向寺太郎、「火垂るの墓」フィルム・パートナーズ〔テレビ東京=バンダイ
  ビジュアル=ポニーキャニオン=衛生劇場=佐久間製菓=トルネード・フィルム=ジョリー・ロジャー=
  パル企画〕、2008年。
 『私は貝になりたい』、監督:福澤克雄、「私は貝になりたい」製作委員会〔TBS=東宝=ジェイ・ドリーム=
  博報堂DYメディアパートナーズ=毎日放送=朝日新聞社=プロダクション尾木=中部日本放送=TBSラジオ=
  TOKYO FM=RKB毎日放送=北海道放送=他 JNN全28局〕、2008年。
 『石内尋常高等小学校 花は散れども』、監督:新藤兼人、近代映画協会=バンダイビジュアル=テレビ東京=シネカノン、2008年。
 『クヒオ大佐』、監督:吉田大八、「クヒオ大佐」製作委員会〔モンスター☆ウルトラ=ショウゲート=
  ティー・ワイ・オー・アミューズソフトエンタテインメント=メディアファクトリー=パルコ=日活・
  チャンネルNECO=アスミック・エース エンタテインメント〕、2009年。
 『真夏のオリオン』、監督:篠原哲雄、「真夏のオリオン」パートナーズ〔テレビ朝日=東宝=博報堂DY
  メディアパートナーズ=バップ=小学館=木下工務店=デスティニー=日本出版販売=朝日放送=
  メーテレ=朝日新聞社〕、2009年。
 『斜陽』、監督:秋原正俊、ミッドシップ、2009年。
 『パンドラの匣』、監督:冨永昌敬、「パンドラの匣」製作委員会〔東京テアトル=ジェネオン・
  ユニバーサル・エンターテイメント=シネグリーオ=パレード=GIP=河北新報社〕、2009年。
 『THE CODE/暗号』、監督:林海象、2008 THE CODE プロジェクト、2009年。

  2010年代(2010年-2014年)

◎『キャタピラー(CATERPILLAR)』、監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2010年。
 『聯合艦隊司令長官 山本五十六』、監督:成島出、「聯合艦隊司令長官 山本五十六」製作委員会、2011年。
 『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』、監督:平山秀幸、「太平洋の奇跡」製作委員会〔日本テレビ
  放送網=バップ=東宝=DNドリームパートナーズ=読売放送=電通=読売新聞社=札幌テレビ=ミヤギ
  テレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2011年。
 『この空の花 長岡花火物語』、監督:大林宣彦、「長岡映画」製作委員会〔長岡商工会議所=(社)長岡
  青年会議所=(社)長岡観光コンペンション協会=長岡まつり協議会=NPO法人復興支援ネットワーク・
  フェニックス=長岡ロケナビ=市民映画館をつくる会=新潟県フィルムコミッション協議会=長岡都市
  ホテル資産保有株式会社=新潟綜合警備保障株式会社〕、2011年。
 『一枚のハガキ』、監督:新藤兼人、近代映画協会=渡辺商事=プランダス、2011年。
 『日輪の遺産』、監督:佐々部清、「日輪の遺産」製作委員会〔角川映画=NTTドコモ=IVSテレビ制作=シネムーブ〕、2011年。
 『コクリコ坂から』、監督:宮崎吾朗、スタジオジブリ=日本テレビ放送網=電通=博報堂DYメディア
  パートナーズ=ディズニー=三菱商事=東宝、2011年。
 『陸軍登戸研究所』、監督:楠山忠之、アジアディスパッチ、2012年。
 『はじまりのみち』、監督:原恵一、「はじまりのみち」製作委員会〔松竹=衛星劇場=サンライズ=静岡新聞社〕、2013年。
 『少年H』、監督:降旗康男、「少年H」製作委員会〔テレビ朝日=トライサム=博報堂DYメディア
  パートナーズ=朝日放送=クリーク・アンド・リバー社=メ?テレ=北海道テレビ=九州朝日放送=
  朝日新聞社=神戸新聞社=講談社=GyaO!〕、2013年。
 『図書館戦争』、監督:佐藤信介、“Library Wars" Movie Project〔TBSテレビ=角川書店=東宝=ジェイ・
  ストーム=セディックインターナショナル=CBC=MBS=WOWOW=毎日新聞社=HBC〕、2013年。
 『風立ちぬ』、監督:宮崎駿、「風立ちぬ」製作委員会〔日本テレビ放送網=電通=博報堂DYメディア
  パートナーズ=ウォルト・ディズニー・ジャパン=ディーライツ=東宝=KDDI〕、2013年。
 『爆心 長崎の空』、監督:日向寺太郎、パル企画=メディアファクトリー=日本スカイウェイ=長崎放送=
  長崎ケーブルメディア、2013年。
 『奇跡のリンゴ』、監督:中村義洋、『奇跡のリンゴ』製作委員会〔東宝=博報堂DYメディアパートナーズ=
  幻冬舎=KDDI=ジェイアール東日本企画=読売新聞社=Yahoo! JAPANグループ〕、2013年。
 『ペコロスの母に会いに行く』、監督:森崎東、「ぺコロスの母に会いに行く」製作委員会〔素浪人=
  TCエンタテインメント=フォーライフミュージックエンタテイメント=東風〕、2013年。
 『アオギリにたくして』、監督:中村柊斗、ミューズの里「アオギリにたくして制作委員会」、2013年。
 『永遠の0(ゼロ)』、監督:山崎貴、「永遠の0(ゼロ)」製作委員会〔東宝=アミューズ=アミューズ
  エンタテインメント=電通=ROBOT=白組=阿部秀司事務所=ジェイ・ストーム=太田出版=講談社=
  双葉社=朝日新聞社=日本経済新聞社=KDDI=TOKYO FM=日本出版販売=GyaO!=中日新聞社=西日本
  新聞社〕、2013年。
 『人類資金』、監督:阪本順治、「人類資金」製作委員会〔木下グループ=松竹=テレビ東京=講談社=
  ハピネット=ギークピクチュアズ=Cross Media International=GyaO!=КИНО〕、2013年。
 『0.5ミリ』、監督:安藤桃子、ゼロ・ピクチュアズ=リアル・プロダクツ=ユマニテ、2013年。
 『野火』、監督:塚本晋也、海獣シアター、2014年。
 『小さいおうち』、監督:山田洋次、「小さいおうち」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=博報堂
  DYメディアパートナーズ=衛星劇場=日本出版販売=ぴあ=読売新聞東京本社=エフエム東京=博報堂=
  GyaO!=朝日放送=名古屋テレビ放送=北海道テレビ放送=北陸朝日放送〕、2014年。
 『野のなななのか』、監督:大林宣彦、芦別映画製作委員会=PSC、2014年。
 『バンクーバーの朝日』、監督:石井裕也、「バンクーバーの朝日」製作委員会〔フジテレビ=東宝=FNS27社〕、2014年。

  2010年代(2015年-2019年)

◎『日本のいちばん長い日』、監督:原田眞人、「日本のいちばん長い日」製作委員会〔松竹=アスミック・
  エース=テレビ朝日=木下グループ=WOWOW=巌本金属=読売新聞社=中日新聞社〕、2015年。
 『ラブ&ピース』、監督:園子温、「ラブ&ピース」製作委員会〔キングレコード=アスミック・エース=
  GYAO=フィールズ〕、2015年。
 『この国の空』、監督:荒井晴彦、「この国の空」製作委員会〔吉本興業=チームオクヤマ〕、2015年。
 『杉原千畝 Persona Non Grata』、監督:チェリン・グラック〔Cellin Gluck〕、「杉原千畝」製作委員会
  〔日本テレビ放送網=東宝=D.N.ドリームパートナーズ=読売テレビ放送=電通=ポニーキャニオン=
  読売新聞社=小学館=小学館集英社プロダクション=JTBグループ=中日新聞社=BS日テレ=
  シネバザール=札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ放送=広島テレビ=福岡放送=
  福井放送〕、2015年。
 『母と暮らせば』、監督;山田洋次、『母と暮らせば』製作委員会〔松竹=テレビ朝日=博報堂DYメディア
  パートナーズ=ジェイ・ストーム=博報堂=日本出版=メ?テレ=長崎新聞社=講談社=北海道テレビ放送=
  住友商事=木下グループ=松竹ブロードキャスティング=読売新聞社=朝日放送=GYAO=こまつ座=長崎
  文化放送=九州朝日放送〕、2015年。
 『おかあさんの木』、監督:磯村一路、「おかあさんの木」製作委員会〔東映=木下グループ=テレビ朝日=
  東映ビデオ=BS朝日=東映アニメーション=東海大学山形高校=朝日放送=メーテレ=クオラス=朝日
  新聞社=毎日新聞社=北海道テレビ=九州朝日放送=東映チャンネル=広島ホームテレビ=KHB
  東日本放送〕、2015年。
 『ジョーカー・ゲーム』、監督:入江悠、「ジョーカー・ゲーム」製作委員会〔日本テレビ放送網=東宝=
  ジェイ・ストーム=読売テレビ放送=バップ=博報堂DYメディアパートナーズ=KADOKAWA=日本出版販売=
  シネバザール=札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ放送=広島テレビ=福岡放送〕、
  2015年。
 『ソ満国境 15歳の夏』、監督:松島哲也、映画「ソ満国境 15歳の夏」製作委員会、2015年。
◎『この世界の片隅に』、監督:片渕須直、「この世界の片隅に」製作委員会〔朝日新聞社=エー・ティー・
  エックス=Cygames=TBSラジオ=東京カラーフォト・ウィングス=東京テアトル=東北新社=バンダイ
  ビジュアル=双葉社=マック=MAPPA=ジェンコ〕、2016年。
 『葛根廟事件の証言』、監督:田上龍一、インディペンデント、2017年。


 以上である。◎に関しては、たぶんに恣意的なので、ご海容いただきたい。映画としての質が高くても、
戦争映画としてはさほどでもない作品には◎を打たなかった。これもご寛恕を乞いたい。この他、シリーズ
ものとしては、『兵隊やくざ』や『陸軍中野学校』が優れていることを指摘しておきたい。
 ところで、『菊と刀 日本文化の型(The Chrysanthemum and The Sword ─ Patterns of Japanese
Culture)』(by Ruth Benedict,1946)の中に、こんな文章を見出したので、以下に引用してみよう。なお、
日本語訳は長谷川松治(講談社学術文庫)である。

  「(旧制)中学校に進まない少年たちは、軍隊教育において同じような経験(=中等学校の上級生
   は下級生を顎で追い使い、手をかえ品をかえしていじめる)をすることがある。平時には、青年
   は四人の一人の割合で兵隊に取られた。そして、二年兵の初年兵いじめは、中等学校や、それ以
   上の学校の下級生いじめなどよりもはるかに極端なものであった。将校は全然それにはかかわり
   がなかった。また下士官も、特別な例外を除いては、関係しなかった。日本人の掟の第一の個条
   は、将校に訴え出ることは、自己の面目を失うことになる、というのであった。それは兵隊たち
   の間だけで片がつけられた。将校はそれを、兵隊を「鍛える」一方法として容認していたが、関
   与はしなかった。二年兵は、前の一年間に積もりに積もった数々の遺恨を、今度は初年兵の方へ
   持ってゆき、初年兵を辱めるいろいろ巧妙な方法を案出して、その「鍛錬」のほどを示した。徴
   集兵はしばしば、軍隊教育を受けて出てくると、すっかり人間が変わったようになり、「真の猪
   突的国家主義者」になると言われてきたが、この変化は、彼らが全体主義的国家理論を教えられ
   るからではなく、またたしかに天皇に対する「忠」を吹き込まれるからでもない。屈辱的な芸当
   をさせられる経験の方が、はるかに重大な原因になっている。家庭生活におて日本流のしつけを
   受けてきた、そしてアムール・プロプル(amour-propre)〔自尊〕ということにかけてはおそろ
   しく真剣な青年は、そのような事態に置かれるとすっかり理性を失い、獣的になりやすい。彼ら
   はなぶりものにされることに堪えられない。彼らが排斥と解釈するこれらの事態が、今度は彼ら
   を辛辣な拷問者にする(339-340頁)」。

 「いじめられた人間は、いじめた人間に復讐をなしとげた時に、「いい気味だ」と感じる(341頁)」……
これも、ベネディクトの言葉だが、ある程度普遍性を持つものと思われる。もっとも、犬丸二等兵が逆上し
て亀岡軍曹を厠で刺殺した際、果たして「いい気味だ」と思っただろうか。公憤でもなければ、私憤ですら
ない、野獣的な本能がそうさせたように見えるのは、小生だけであろうか。
 再び物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  『こまどりのりんごっ子姉妹』の棚田吾郎がオリジナル・シナリオを執筆、佐藤純彌が第一回目に
 監督した残酷もの。撮影は『警視庁物語 十代の足どり』の仲沢半次郎。

   〔あらすじ〕

  補充兵として召集された犬丸彌七〔弥七〕(三國連太郎)は、最愛の女房ウメ(岩崎加根子)の視
 線に見送られて部隊入りした。品田中隊に配属された犬丸二等兵は軍務に忠実に服従したが、万事に
 鈍な彼はビンタや嘲笑を浴びるばかりだった。なかでも班長の亀岡善治軍曹(西村晃)は軍紀に厳し
 く、何かと犬丸は彼の鉄拳を受けた。矢崎忠義二等兵(江原真二郎)は亀岡に巧みに近づき小器用に
 立廻っていたが、その行動は同僚達の反感をかった。なかでも鈴木直吉一等兵(中村賀津雄〔=嘉葎
 雄〕)は、にがにがしく思っていた。彼は犬丸の面倒をよく見てやった。或る日、犬丸の特配品を盗
 みこれを鈴木に目撃された。この事件がもとで、幹部候補生への望みをたたれた矢崎は、彼等を恨ん
 だ。彼は犬丸が手入れした鈴木の銃の撃茎を厠に捨て、自分は指を切って兵役を免がれようとした。
 兵器検査を前にした亀岡は、自分の責任になるのを恐れ、矢崎を徹底的に糾問、厠に捨てたことを白
 状させた。鈴木と犬丸は悪臭たちこめる汚物の中で跪き、四つ匍いになり、やっと撃茎を発見した。
 犬丸は鈴木の銃を手入れした直後の出来事だったので営倉に入れられたが、鈴木が矢崎に罪を白状さ
 せたので営倉から出された。ウメが面会にやってきたが、犬丸の口から隊の不祥事件の漏れるのを恐
 れた中隊長の品田大尉(中山昭二)は、亀岡に面会させた。亀岡は犬丸が重営倉入りになっていると
 威し、拒みきれないウメを犯した。たまたまウメの姿を見た鈴木からこれを聞いた犬丸は、半信半疑
 だったがウメの護府袋を見て深く肩を落した。鈴木は犬丸を伴って訴えたがもみ消されただけだった。
 ウメが生きがいだった犬丸は悩み続け、真相が知りたい一心で亀岡を追求したが、亀岡はこれを突っ
 撥ね、あげくのはてに獣のように犬丸を殴り続けた。人間としての堪忍の限界をこえた犬丸は、抜き
 放った帯剣を手に、亀岡の背後から恨みの一撃を加えるのだった。

 他に、亀石征一郎(土屋中尉)、大村文武(宮島見習士官)、織本順吉(臼杵准尉)、玉川伊佐男(中原
曹長)、今井健二(大谷伍長)、滝川潤(植村)、岡本四郎(香取)、安藤三男(塩沢)、南道郎(押川兵
長)、相馬剛三(藤山)、久保一(三好)、最上逸馬(坂口)、三宅一(川瀬)、菅沼正(週番司令)、北
山達也(週番士官)、加藤嘉(犬丸清作=彌七の父)、沢村貞子(犬丸トキ=同じく母)、楠侑子(品田里
枝)、岡部正純(班長A)などが出演している。
 なお、陸軍内務班の様相を描いた作品でもっと有名なのは、やはり『真空地帯』(監督:山本薩夫、新星
映画、1952年)であろう。当該作品と併せて観ると、その実態がよく分かると思う。
 さらに、<ウィキペディア>にもこの映画に関する記事があるので、それも引用してみよう。上と比較対照
すれば、さらに理解が深まるだろう。


 『陸軍残虐物語』(りくぐんざんぎゃくものがたり)は、1963年公開の日本映画。三國連太郎主演、佐藤
純彌監督。東映東京撮影所製作、東映配給。併映『警視庁物語 全国縦断捜査』(南廣主演、飯塚増一監督)。

   〔概要〕

  佐藤純彌の監督デビュー作。"天皇"の名のもとに、"絶対服従"を強いられ、"人間性の喪失"のみが
 唯一の逃げ道だった大日本帝国陸軍内務班を舞台に、"皇軍"という美名のもとに加えられた"残虐"の
 物語をリアルに描く。

   〔ストーリー〕

  最愛の女房ウメに見送られて品田中隊に配属された犬丸弥七二等兵は軍務に忠実に服従したが、万
 事に鈍な犬丸はビンタや嘲笑を浴びた。亀岡善治軍曹は軍紀に厳しく犬丸は亀岡に何かとリンチを受
 けた。矢崎忠義二等兵は幹部になろうと亀岡に取り入り同僚たちの反感を買った。ある日、鈴木直吉
 一等兵は犬丸の特配品の饅頭を盗む矢崎を目撃。矢崎の幹部候補生への望みは絶たれる。鈴木と犬丸
 を恨む矢崎は、鈴木の銃の部品を便所へ捨て、自身の指を切断して除隊しようとする。矢崎と犬丸は
 糞溜めに潜り込み部品を探す。犬丸の妻ウメが面会に来るが、亀岡は言葉巧みにウメを強姦する。ウ
 メが生きがいだった犬丸は亀岡を追求する。

   〔スタッフ〕

  監督:佐藤純彌
  脚本:棚田吾郎
  企画:吉野誠一、矢部恒
  撮影:仲沢半次郎
  美術:近藤照男
  音楽:佐藤勝
  録音:鳥巣隆
  照明:森沢淑明
  編集:長沢嘉樹
  助監督:降旗康男

   〔キャスト〕

  犬丸弥七:三國連太郎
  鈴木直吉:中村賀津雄
  亀岡善治:西村晃
  矢崎忠義:江原真二郎
  品田大尉:中山昭二
  土屋中尉:亀石征一郎
  宮島見習士官:大村文武
  臼杵准尉:織本順吉
  中原曹長:玉川伊佐男
  大谷伍長:今井健二
  植村:滝川潤
  香取:岡本四郎
  塩沢:安藤三男
  押川:南道郎
  藤山:相馬剛三
  犬丸清作:加藤嘉
  犬丸トキ:沢村貞子
  犬丸ウメ:岩崎加根子
  品田里枝:楠侑子
  班長A:岡部正純

   〔製作経緯〕

  企画

  1961年9月、東映東京撮影所(以下、東撮)所長に赴任した岡田茂(のち、東映社長)は、社会派映
 画がメインで当たる映画が1本もなかった東撮に大鉈を振るい、古手監督を一掃して、新進気鋭の若
 手監督を抜擢した。"戦記路線"を打ち出す時期を狙っていた岡田が、同期の吉野誠一プロデューサー
 が提出した企画を採用し、佐藤純彌を監督昇進させたのが本作である。岡田はこの東撮所長時代に"〇
 〇路線"という言い方を発案し、次々と新機軸を打ち出した。"東映ギャング路線"、"やくざ路線"に次
 ぐ新路線として、本作を"戦記路線"と名付け、路線化する予定であったが、後述する理由で"戦記路線"
 は本作一本のみで終了している。

  脚本

  脚本の棚田吾郎と三國連太郎、西村晃、中山昭二ら、出演者の多くに軍隊の経験がある。またシナ
 リオの初稿があがった時に監督の佐藤と吉野プロデューサーが岡田所長に呼ばれ、岡田から自身の軍
 隊に於ける理不尽な実体験をシナリオと関係しながら3時間聞かされた。岡田の初プロデュース作、
 『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』(1950年)は、日本初の「反戦映画」ともいわれる。

  逸話

  本作の2ヶ月前に公開された今井正監督『武士道残酷物語』のタイトルも岡田の命名。当時グァル
 ティエロ・ヤコペッティ監督のモンド映画『世界残酷物語』の影響で日本映画界に"残酷ブーム"が起
 きていた。岡田が"残酷"に似た"残虐"という言葉を取り入れ『陸軍残虐物語』とタイトルを付けたら、
 右翼や学生やくざが反撥し東映に押し寄せた。「何だこのタイトルにある『残虐』とは。そんなバカ
 なことがあるか! 責任者出て来い」と抗議するので、岡田が軍隊上がりの社員数名を引き連れ応対
 した。「バカなこととは何ですか。あなた、軍隊の経験があるんですか。我々はみな、軍隊経験者で
 すよ」、「いや、そんなことはあり得ない」、「あり得ないことはない、実話ですよ、これは」など
 と言い合いになり、結局今後この手の作品は作らないという条件で収まった。このため製作時に"戦記    
 路線"と名付け路線化を予定していたが、"戦記路線"はこれ一本のみで終わった。

  評価

  朝日新聞映画欄の名物記者・井沢淳も褒めて、社内評価も高かったが興行は振るわなかった。三國
 連太郎は「佐藤純弥さんの最高傑作ではないでしょうか」と述べている。佐藤が本作で第14回(1963
 年度)ブルーリボン賞新人監督賞を受賞している。

 以上である。小生も三國連太郎に同感したい気持である。小生の父親は軍隊経験こそないが(「理転」で
免れている)、旧制中学校時代に、上級生からビンタを喰らい鼓膜が破れた経験をもつ。人の話を聴き取る
ことがやや苦手だったので、数々の不利益を被り、そのせいで性格はだいぶ歪んでいたのではないだろうか。
亡くなった人を、しかも自分の実の父親を貶すことはあまりいいことではないだろうが、父親との関係にお
いて小生自身の性格も形成されているので、自分の人生が昔の軍隊とはまったく関係ないとはけっして言え
ないのである。



 「無印良品映画」その15 『果てしなき欲望』


 某月某日

 『果てしなき欲望』(監督:今村昌平、日活、1958年)を観た。以前にもこのブログで書いたと思うが、
小生が最も高く評価している日本の映画監督は今村昌平である。彼は、一般的評価からしても、黒澤明、溝
口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男、木下恵介、市川崑などの錚々たる先輩監督に、けっして引けを取らない
と思う。とくに、『復讐するは我にあり』(監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1979年)を観たときの衝撃
は忘れられない。それでは、第一人者と目される黒澤明以上に小生が彼を高く評価する理由は何だろうか。
ともすればヒューマニズムの甘さに流されがちな黒澤作品に、年を経るごとに物足りなさを感じてきたから
だと思う。つまり、今村流辛辣表現が小生の体質に適合するのだ。もっとも、邦画で一番好きな映画は何か
と訊ねられたら、たぶん『ツィゴイネルワイゼン』(監督:鈴木清順、シネマ・プラセット、1980年)と答
えるだろうから、評価と好みは微妙に異なるのである。ともあれ、この『果てしなき欲望』を観て、改めて
今村監督の並々ならぬ力量を見た。
 さて、物語は、戦後10年経って、姫野というところに4人の男と1人の女が集まる。男はそれぞれ元軍人
で、大沼上等兵(殿山泰司)、沢井一等兵(小沢昭一)、山本一等兵(加藤武)、中田兵長(西村晃)の4
人である。女は元軍医の橋本中尉の妹でお志麻(渡辺美佐子)という。集まった理由はただ一つである。10
年前にドラム缶に詰めて埋めたモルヒネ(六千万円相当)を掘り起こし、それを山分けしようという寸法で
あった。ところが、埋めた場所は元陸軍病院の庭だったはずが、いまでは商店街の一角を占める肉屋になっ
ていた。仕方がないので、近所の貸家を借り、そこから穴を掘って目的のドラム缶を目指すことになったの
である。結局、全員破局へとまっしぐらに進んでゆくのであった。その後のエピソードは割愛するが、無駄
なシーンのまったくないすばらしい演出だった。「悪党の上前をはねる」や「欲に年季を入れる」というの
がこの作品のキーコンセプトだが、言葉だけに終わらなかった。それぞれの役者が持味を出し切っているか
らだろう。他に、狂言回し役の悟(長門裕之)、その恋人リュウ子(中原早苗)、悟の父(菅井一郎)、洋
品屋の菅井(柳沢真一)、刑事(芦田伸介)、リュウ子の母親(三崎千恵子)、商店街の抜け目のない老人
(高品格)、出前持ち(高原駿雄)などが出演していた。渡辺美佐子の悪女役はすでに『野獣の青春』(監
督:鈴木清順、日活、1963年)で鑑賞済みであるが、小生の子どもの頃の彼女のイメージはいわゆる「良妻
賢母」だったので、そのギャップが面白い。口の端に付け黒子をしているが(たぶん、そうだろうと思う)、
あれは誰のアイディアだろうか。お志麻のキャラクターを引き立てていた。他の役者も大変上手だったが、
なかでも菅井一郎の因業役と高品格のとぼけ役は絶品であった。さらに、中原早苗が懐かしかった。この人
は、「口煩い女」をやらせたら天下一品であったが、若い頃からずっとそういうキャラクターを押し通して
きたんだな、と改めて確認した。人間喜劇(重喜劇)を描かせたら、今村昌平がやはり第一人者だと思う。
この作品が立派にそれを証明している。


 以上が、「日日是労働セレクト19」にある記事である。この映画は、戦後の混乱期を描いている点で、
「時代性」を感じさせると同時に、人間の限りない欲望を活写している点で、時代や地域を超えた「普遍性」
も兼ね備えている。今村昌平監督の作品は「重喜劇」と呼ばれるが、ブラック・ジョーク(ユーモア)が大
好きな小生からすれば、彼こそ小生の映画に期待するものを叶えてくれる監督はそうはいない。彼の監督作
品のうち、小生が鑑賞済みのものを以下に挙げてみよう。

  『盗まれた欲情』、監督:今村昌平、日活、1958年。
  『西銀座駅前』、監督:今村昌平、日活、1958年。
  『果てしなき欲望』、監督:今村昌平、日活、1958年。
  『にあんちゃん』、監督:今村昌平、日活、1959年。
  『豚と軍艦』、監督:今村昌平、日活、1961年。
  『にっぽん昆虫記』、監督:今村昌平、日活、1963年。
  『赤い殺意』、監督:今村昌平、日活、1964年。
  『「エロ事師たち」より 人類学入門』、監督:今村昌平、今村プロ、1966年。
  『人間蒸発』、監督:今村昌平、今村プロ=ATG=日本映画新社、1967年。
  『神々の深き欲望』、監督:今村昌平、今村プロ、1968年。
  『復讐するは我にあり』、監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1979年。
  『ええじゃないか』、監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1981年。
  『楢山節考』、監督:今村昌平、東映=今村プロ、1983年。
  『女衒・ZEGEN』、監督:今村昌平、東宝=今村プロ、1987年。
  『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
  『うなぎ』、監督:今村昌平、ケイエスエス=衛星劇場=グループコーポレーション、1997年。
  『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
  『赤い橋の下のぬるい水』、監督:今村昌平、日活=今村プロ=バップ=衛星劇場=マル、2001年。

 以上である。この他、小生が観ていない作品が2本ある。機会があれば、もちろん鑑賞したい。

  『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』、監督:今村昌平、日本映画新社=東宝、1970年。
  『11'09''01/セプテンバー11(11'09''01 September 11, 2002)』、監督:今村昌平 他(オムニバス)、英国=仏国、2003年。

 中には今一いつものキレが感じられない作品もあるにはあるが、おおむね傑作揃いである。当該作品は、
今村監督としては、この「無印良品映画の頁」において言及した2本目のもので、それほど有名ではないが、
是非このサイトで取り上げたい作品であることは言うまでもない。前回(『神々の深き欲望』)、これを必
見映画に含めなかったが、『にあんちゃん』以前の初期三部作として、まだ今村カラーが定まっていないと
思ったからである。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  時価六千万円のモルヒネ発掘をめぐって、欲につかれた人間の醜さ滑稽さを描くスリラー・コメデ
 ィ。『オール読物』所載である藤原審爾の原作を、鈴木敏郎・今村昌平が脚色、『西銀座駅前』の今
 村昌平が監督した。撮影は『赤い波止場』の姫田真佐久。『続 夫婦百景』の長門裕之・中原早苗に、
 渡辺美佐子・西村晃・小沢昭一らが出演。

   〔あらすじ〕

  八月十五日 ── ある駅のホーム。胸に星のマークをつけた五人の奇妙な人物が集った。彼等の目
 的は終戦の日に、軍医橋本中尉がこの町の防空壕に埋めたモルヒネを掘出すことだった。橋本中尉は
 十年後に従卒三人と山分すると約束していた。集った五人。すでに死亡した橋本中尉の妹と称する妖
 艶な女志麻(渡辺美佐子)。薬剤師の中田(西村晃)、大阪の中華料理店主の大沼(殿山泰司)、ヤ
 クザの山本(加藤武)、それに中学校の教師と名乗る沢井(小沢昭一)。それは約束より一人余計だ
 った。目的の防空壕の場所には肉屋が建っていた。彼等は二十メートル離れた所の空屋を不動産会社
 の名目で借り、地下を防空壕まで掘ることにした。強欲な家主の大乃湯金造(菅井一郎)は、長男の
 悟(長門裕之)を雇わせる条件で家を貸した。五人は工事費を作るため一旦帰郷した。抜けがけを狙
 う大沼は一足先に帰って沢井と組もうとしたので、中田や志麻との間が険悪になった。ところが帰阪
 した山本が強盗を犯したため、四人は急いで穴を掘り始めた。悟は肉屋の娘リュウ子(中原早苗)と
 恋仲で、男たちは二人の密会を見て刺激され、志麻に挑んだ。男たちを撥ねつけた志麻は一番穴を掘
 った者に自分をやるといった。男たちは奮起して穴を掘り進める。祭りの夜、疲労困憊した男たちが
 町内会にただ酒を飲みに行く。リュウ子と痴話喧嘩をした悟は志麻に誘惑された。その時、突如山本
 が現れ、彼女に躍りかかった。山本は脱走してきたのだった。再開発のため彼等の家を含む商店街が
 後五日で壊わされることになった。山本も加わり穴掘り作業が進められる。立ち退き前夜、反目し合
 っていた山本と沢井が格闘し、沢井は山本を殺した。立ち退き当日、遂に穴掘りが肉屋の真下に来た
 時、沢井はドラム缶を発見した。ところが、落ちて来たドラム缶の下敷きになって惨死した。志麻は
 何も知らない悟に一緒に逃げようとそそのかす。大雨となり商店街の取り壊し作業は順延される。そ
 の夜、中田は大沼に興信所からの調査書を読んで聞かす。橋本中尉は他殺の疑いがあり、中尉の内妻
 だった志麻とその情夫中田が逮捕されるも容疑不十分で釈放されたとあった。余計な一人は中田だっ
 た。中田はナイフで大沼を脅し、自分が多分な分け前を受けるように約束させる。志麻は毒入りのビ
 ールを大沼に飲ませて殺した。毒に気づいた中田だが志麻に包丁で刺殺される。これを見た悟は急を
 町内に知らせた。豪雨の中を志麻はモルヒネを持って逃げた。ところが、警察に追いつめられ、工事
 中の橋の上から逆まく川に落ちて死んだ。翌朝、川におびただしい死魚が浮いて、その白い腹を初秋
 の陽射しにさらした。

 他に、高品格(滝爺)、河上信夫(金山)、三崎千恵子(きよ)、柳澤愼一(菅井)、芦田伸介(刑事一)、
秋津礼二(刑事二)などが出演している。
 殿山泰司、西村晃、加藤武、小沢昭一、菅井一郎、高品格と並べると、戦後の名脇役がずらっと勢揃いし
ている感がある。これに、小松方正、多々良純、浜村純、森川信、左卜全、遠藤太津朗、小池朝雄、嵯峨善
兵、内田朝雄、小沢栄太郎、山茶花究、成田三樹夫、安部徹、天津敏、今井健二、佐藤慶、戸浦六宏、上田
吉二郎、川合伸旺、大滝秀治、蟹江敬三、金子信雄などと挙げていくと切りがない。やはり、脇あっての主
となってしまうのは、小生の偏見だろうか。



 「無印良品映画」その16 『県警対組織暴力』


 某月某日

 2本目は『県警対組織暴力』(監督:深作欣二、東映、1975年)である。久し振りに東映の実録系ヤクザ
映画を観たことになる。深作映画と言えば、もちろん『仁義なき戦い』シリーズの『仁義なき戦い』(監督:
深作欣二、東映京都、1973年)、『仁義なき戦い・広島死闘編』(監督:深作欣二、東映京都、1973年)、
『仁義なき戦い・代理戦争』(監督:深作欣二、東映京都、1973年)、『仁義なき戦い・頂上作戦』(監督:
深作欣二、東映京都、1974年)、『仁義なき戦い・完結編』(監督:深作欣二、東映京都、1974年)が代表
作であるが、これらに見劣らない出来であった。もっとも、主演の菅原文太は、今回はヤクザではなく、警
察官の役(久能徳松)である。昭和21年、大原武男(遠藤太津朗〔=辰雄〕)が西日本の地方都市である倉
島市に大原組を旗揚げ。昭和31年、大原組分裂。三宅組長、独立宣言。同年、三宅組長が殺されるが、犯人
不明。昭和33年、大原組長逮捕。抗争終結。昭和35年、友安組(三宅派)組長友安政市(金子信雄)、解散
声明。昭和37年、友安政市、市議選挙に当選。昭和38年、大原組と川手組の抗争始まる。ここから物語は始
まるが、ヤクザと警察の癒着が一応のテーマではあるにしても、単なる娯楽映画には留まってはおらず、笠
原和夫会心の脚本が深作の名演出と相俟って「傑作」の域にまで達している作品だと思う。演技陣もお馴染
のメンバーで、この頃ピラニア軍団として売り出すことになる、川谷拓三(川手組の松井卓)や室田日出男
(広谷組の幹部柄原進吾)もしっかりと活躍している。他に、広谷賢次(大原組組長代理)役の松方弘樹、
川手勝美(川手組組長)役の成田三樹夫、県警のエリート警部補海田昭一役の梅宮辰夫、刑事吉浦勇作役の
佐野浅夫、刑事河本靖男役の山城新伍、刑事塩田忠二郎役の汐路章、県議会議員で警察委員長の菊池東馬役
の安部徹、大原組長のアンコ(腰巾着)である小宮金八役の田中邦衛、広谷の情婦(後に、久能の情婦)麻
里子役の池玲子、日光石油倉島製油所の所長久保直登役の小松方正、久能の妻玲子役の中原早苗、倉島署の
池田刑事課長役の藤岡重慶、県警の三浦刑事二課長役の鈴木瑞穂、広谷の舎弟沖本九一役の曽根晴美、バー
「珊瑚」のママ役の弓恵子、広谷の鉄砲玉である庄司悟役の奈辺悟、派手に殺されるヤクザ平田芳彦役の片
桐竜次などが出演している。見所はたくさんあり、ヤクザ映画が嫌いではない人には一見の価値あり、とだ
け記しておこう。もっとも、小生自身は、傑作凡作を問わず、この手の映画を散々観ている。


 以上が、「日日是労働セレクト20」にある記事である。この映画は、大ヒットシリーズである『仁義な
き戦い』シリーズの続篇に当るが、意外に知られていないのではないか。忘却されがちなのは、思うに、そ
の題名のせいではないか。あまりにもベタで、なぜこんな題名のまま公開されたのだろうかと不思議に思う。
そのような事情は、『あゝ決戦航空隊』(監督:山下耕作、東映、1974年)にも言えることで、この頃の東
映の基本方針だったのであろうか。それとも、脚本の笠松和夫の趣味なのだろうか。「ネーミングを工夫す
れば、もっと興行成績も上がっただろうし、後世にもその名が残りやすかったのに……」と思うのは、果た
して小生だけであろうか。もちろん、小生は両作品ともに「傑作」と看做しているからである。
 深作欣二監督の作品は以下に挙げるように、39本観ている。当該作品は、そのうちの3本の指に入ると思
うので、小生としてはかなり高く評価している作品である。

  『ギャング対Gメン』、監督:深作欣二、東映東京、1962年。
  『ギャング同盟』、監督:深作欣二、東映東京、1963年。
  『狼と豚と人間』、監督:深作欣二、東映東京、1964年。
  『ジャコ萬と鉄』、監督:深作欣二、東映東京、1964年。
  『脅迫(おどし)』、監督:深作欣二、東映東京、1966年。
  『解散式』、監督:深作欣二、東映東京、1967年。
  『恐喝こそわが人生』、監督:深作欣二、松竹、1968年。
  『黒薔薇の館』、監督:深作欣二、松竹、1969年。
  『血染の代紋』、監督:深作欣二、東映東京、1970年。
  『君が若者なら』、監督:深作欣二、新星映画社=文学座、1970年。
  『仁義なき戦い』、監督:深作欣二、東映京都、1973年。
  『仁義なき戦い・広島死闘編』、監督:深作欣二、東映京都、1973年。
  『仁義なき戦い・代理戦争』、監督:深作欣二、東映京都、1973年。
  『仁義なき戦い・頂上作戦』、監督:深作欣二、東映京都、1974年。
  『仁義なき戦い・完結編』、監督:深作欣二、東映京都、1974年。
  『新・仁義なき戦い』、監督:深作欣二、東映京都、1974年。
  『仁義の墓場』、監督:深作欣二、東映京都、1975年。
  『県警対組織暴力』、監督:深作欣二、東映、1975年。
  『新・仁義なき戦い 組長の首』、監督:深作欣二、東映京都、1975年。
  『資金源強奪』、監督:深作欣二、東映京都、1975年。
  『新・仁義なき戦い 組長最後の日』、監督:深作欣二、東映京都、1976年。
  『やくざの墓場・くちなしの花』、監督:深作欣二、東映京都、1976年。
  『暴走パニック・大激突』、監督:深作欣二、東映京都、1976年。
  『ドーベルマン刑事(でか)』、監督:深作欣二、東映京都、1977年。
  『北陸代理戦争』、監督:深作欣二、東映京都、1977年。
  『柳生一族の陰謀』、監督:深作欣二、東映京都、1978年。
  『赤穂城断絶』、監督:深作欣二、東映京都=東映太秦映画村、1978年。
  『復活の日』、監督:深作欣二、角川春樹事務所=東京放送、1980年。
  『魔界転生』、監督:深作欣二、東映京都、1981年。
  『蒲田行進曲』、監督:深作欣二、松竹=角川春樹事務所、1982年。
  『道頓堀川』、監督:深作欣二、松竹、1982年。
  『人生劇場』、監督:深作欣二/佐藤純彌/中島貞夫、東映、1983年。
  『上海バンスキング』、監督:深作欣二、松竹=シネセゾン=テレビ朝日、1984年。
  『火宅の人』、監督:深作欣二、東映京都、1986年。
  『いつかギラギラする日』、監督:深作欣二、日本テレビ放送網=松竹第一興業=バンダイ、1992年。
  『忠臣蔵外伝 四谷怪談』、監督:深作欣二、松竹、1994年。
  『おもちゃ』、監督:深作欣二、東映=ライジングプロダクション、1998年。
  『バトル・ロワイアル 特別篇』、監督:深作欣二、「バトル・ロワイアル」製作委員会〔東映=アム
   アソシエイツ=広美=日本出版販売=MFピクチャーズ=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ〕、2001年。
  『バトル・ロワイアル II 【特別篇】REVENGE』、監督:深作欣二/深作健太、東映=深作組=
   テレビ朝日=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ=日本出版販売=TOKYO FM=セガ=東映ビデオ=
   東映エージェンシー、2003年。

 さて、この作品の物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝し  
たい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  広島抗争事件を背景に一人の悪徳刑事を通して地方誓察の腐敗、捜査刑事とやくざの癒着ぶりを描
 く。脚本は『あゝ決戦航空隊』の笠原和夫、監督は『仁義の墓場』の深作欣二、撮影は『まむしと青
 大将』の赤塚滋がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  昭和32年。大原組内紛による倉島市のやくざ抗争は、反主流派・三宅組長の射殺と、大原武男組長
 (遠藤太津朗)の逮捕で一応終止符を打った。三宅派の友安政市(金子信雄)が組を解散後市会議員
 となってから市政の腐敗が目立ち、友安の可愛がる大阪の流れ者・川手勝美(成田三樹夫)が組を結
 成して以来、大原組の留守を預る若衆頭・広谷賢次(松方弘樹)との小競合が頻繁に起こるようにな
 った。昭和38年。倉島署、捜査二課の部長刑事・久能徳松(菅原文太)は、暴力班のベテラン刑事と
 して腕をふるっていたが、現在の警察機構では久能がどんなに実績をあげても、昇進試験にパスしな
 い限り、警部補にはなれない。彼の10年先輩の吉浦勇作部長刑事(佐野浅夫)がそのいい見本であっ
 た。二人はそれぞれ、やくざを取締るにはやくざの分際まで落ちなければ職務を全うできないと心得
 ていた。久能は6年前、三宅組長を射殺した広谷の犯行を見逃してやって以来、二人は固い絆で結ば
 れている。今度も久能は友安が川手組の縄張り拡張のために職権を乱用したことを突き止め叩き潰し
 た。倉島地区の暴力取締り本部が再編成されることになり、県警本部から若手エリート警部補・海田
 昭一(梅宮辰夫)が赴任した。海田は、「法に厳正」、「組織に忠実」、「やくざとの私的関係を断
 つ」と、三点をモットーに本部風を吹かせた。海田のやり方に反撥した吉浦は退職した。時同じくし
 て久能は妻の玲子(中原早苗)に離縁状を叩きつけられた。数日後、吉浦は川手組の顧問となり、久
 能は捜査班から遠ざけられた。翌日、大原組長出所祝いの花会で大原は再び逮捕され、組の解散を迫
 られた。これらは友安に買収された海田の描いた絵図だったが、追いつめられた広谷は久能を責めた。
 そして、海田に反抗した久能は自宅待機を命ぜられた。一方、窮地に立たされた広谷は、吉浦をホテ
 ルに監禁し、海田と取引きした。これを無視した海田は、久能に広谷説得を要請した。自らの意志で
 広谷に接近した久能は、川手組の解散、広谷等の減刑、という条件で自首を納得させた。「花道じゃ
 けん、カッコつけさせてくれ」と言って久能に手錠をはずさせた広谷は、突然海田の拳銃を奪うと車
 に飛び乗った。久能は腰の拳銃を抜きざま広谷の頭部を射った……。昭和40年。倉島署内の一派出所
 の巡査・久能徳松は、バイクで巡回中、接近して来た一台の乗用車にはねられ即死、交通事故として
 処理された。

 他に、山城新伍(河本靖男)、汐路章(塩田忠二郎)、林彰太郎(下寺)、有川正治(得田)、森源太郎
(丹保)、藤岡重慶(池田)、北村英三(大坪)、笹木俊志(佐山)、鈴木瑞穂(三浦)、中村錦司(正岡)、
鈴木康弘(塚田)、室田日出男(柄原進吾)、奈辺悟(庄司悟)、成瀬正孝(大貫良平)、曽根晴美(沖本
九一)、藤沢徹夫(三杉寛)、田中邦衛(小宮金八)、小田真士(住岡清治)、川谷拓三(松井卓)、高並
功(水谷文治)、野口貴史(柳井)、小松方正(久保直登)、安部徹(菊地東馬)、国一太郎(岡元秀雄)、
池玲子(麻理子)、弓恵子(美也)、小泉洋子(ユリ)、橘麻紀(カスミ)、白井みどり(千代美)、松本
政子(光代)などが出演している。
 昭和と令和とでは、世の中もだいぶ変わってきたのではないか。昔は素人と玄人の区別がはっきりしてお
り、それなりの秩序と不文律があった。今はカオスの時代で、集団同士の境界線が曖昧模糊としており、ご
く普通の人が何かをきっかけにして大胆不敵な犯罪者に成り下がる時代でもある。もちろん、昔を懐かしが
って懐古趣味に浸るわけにはいかないが、「コンプライアンス(法令遵守)」のような杓子定規な規定では
なくて、何かこう腹にグッとくる道理みたいなものが必要だと思う。昭和にはそのようなものがまだまだあ
ったような気もするが、小生の見込み違いだろうか。



 「無印良品映画」その17 『でらしね』


 某月某日

 2本目は『でらしね』(監督:中原俊、ライズピクチャーズ=ルートピクチャーズ、2002年)である。ホ
ームレスの画家を世に出すために、画廊の女が苦労するという物語。どちらかというと「好み」の映画。と
くに、奥田瑛二演じる水木譲司(1954-2002)の画伯振りがよかった。思うに、誕生年が小生と同じという設
定だから共感も倍増するのだろうか。ちなみに、奥田自身は小生よりも4歳くらい年上のはずである。本編
で使われている絵も全部奥田本人が書いたそうで、才人は違うと思った。堕落した中年の画家が河鍋暁斎の
「枯木寒鴉図」(明治14年作)を観て感動する辺りは通俗的だが、全体によくまとまっていると思う。これ
は中原監督も映像特典のインタヴューで述べていることだが、カット・バックが多用されているために少し
分かり辛いが、全体を観れば納得できる仕掛けになっている。配役も乙で、ホームレス仲間として三谷昇
(アカちゃん)と田鍋謙一郎(キイちゃん)を起用しているが、ベスト・キャストであると思う。とくに、
また田鍋が出て来たので嬉しくなった。彼はこういう使われ方が一番よいと思う。また、三谷昇の配役は妥
当であり、『どですかでん』(監督:黒澤明、四騎の会、1970年)を思い出す人も多いだろう。さらに、成
瀬労という俳優(顔は知っていた)もホームレスを演じているが、こちらの方は本物としか思えない。「す
ごい」と思った。画廊の女は黒沢あすか(橘今日子)。この人を見るのは3回目(『火火』、『嫌われ松子
の一生』)だが、独特の雰囲気をもった女優だと思う。飛躍して欲しい。もう一人の画廊岡本光太郎役は益
岡徹。この人は文句なし。さすが無名塾出身である。他に、掛田誠(青木鉱泉の主人)、篠原さとし(焼肉
屋の店員)、木下ほうか(医師)などが出演している。なお、映像特典のインタヴューで奥田瑛二が映画一
般についていろいろ語っているが、それを聴いてこの人をいっぺんに惚れ直した。中でも一番印象に残った
のは、「一本の映画を作り放しにしないで何年もかけて育てるべきだ」という発言である。小生のように、
旧作を渉猟している人間にとって、「言い得て妙」の発言であった。蛇足ながら記しておくと、中原俊監督
は同年に『富江・最終章/禁断の果実』(大映=アートポート、2002年)というまったく傾向の異なる映画
を作っている。こちらの方は依頼作品だろうか。ところで、このブログの読者ならばまさか知らない人は少
ないだろうが、「でらしね」はフランス語の受動分詞「根っこを引き抜かれた」から作られた名詞で、「故
郷喪失者/根なし草」の意味である。小生もデラシネなので、もちろんホームレスには関心がある。


 以上が、「日日是労働セレクト20」にある記事である。この映画は、芸術家を主人公にしているので、
興味津々である。主演の奥田瑛二の少し気取ったところが嫌いだという人もいるが、小生は逆にそこがいい
と思う。娘二人は芸能人(映画監督と女優)だし、柄本明の家族も親戚だから、何となく芸能臭がして嫌だ
というわけだろうが、スキャンダラスなところは希薄なので、芸能一家でいいじゃないかと思う。さて、そ
の奥田瑛二が主人公の映画である。彼が主人公の映画は、すでに『ありふれた愛に関する調査』(「無印良
品映画」その12)をラインナップしているので、ここに取り上げるのはどうかとは思ったが、この映画の
印象はかなりいいので、採用することにした。中原俊監督は才能豊かな人で、小生は以下のように7本観て
いる。

  『宇野鴻一郎の 姉妹理容室』、監督:中原俊、にっかつ、1983年。
  『櫻の園』、監督:中原俊、ニューセンチュリー・プロデューサーズ=サントリー、1990年。
  『12人の優しい日本人』、監督:中原俊、ニューセンチュリー・プロデューサーズ=サントリー=日本テレビ、1991年。
  『コキーユ 貝殻』、監督:中原俊、松竹、1998年。
  『富江・最終章/禁断の果実』、監督:中原俊、大映=アートポート、2002年。
  『でらしね』、監督:中原俊、ライズピクチャーズ=ルートピクチャーズ、2002年。
  『DV ドメスティック・バイオレンス』、監督:中原俊、フルメディア=バイオタイド、2005年。

 おそらく、『櫻の園』や『12人の優しい日本人』が代表作ということになるだろうが、当該作品もなかな
かの味わいがある。最近はあまり縁がないが、近作も観てみたい監督の一人である。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  ひとりの女性との出会いにより、再生していく男を奥田瑛ニが熱演する人間ドラマ。撮影と同時進
 行で絵を描き下ろし、画家としても活躍する自身とオーバーラップするような魅力溢れる演技を披露。

   〔あらすじ〕

  妻子に逃げられ、生きる希望を失った画家の譲司は、ダンボールの切れ端に絵を描きながらホーム
 レス生活を送っていた。そんなある日、彼の絵の才能に目をつけた画商の今日子が、譲司を画壇にデ
 ビューさせようと説得する。

   〔キャスト〕

   水木譲司        奥田瑛二
   橘今日子        黒沢あすか
   岡本光太郎       益岡徹
   アカちゃん       三谷昇
   キイちゃん       田鍋謙一郎
   青木鉱泉の主人     掛田誠
   焼肉屋の店員      篠原さとし
   岡本画廊の事務員・容子 宮沢美保
   医師          木下ほうか
   看護師         木村明子

                                                  
 小生は、今年度、講義のテキストとして、『反貧困 ── 「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠 著、
岩波新書、2008年)を用いたが、その時の参考資料に当該映画を挙げるべきであった。どうして漏れ落ちた
のかは定かでない。念のために、その資料を以下に掲げておこう。


 「(共)倫理を考える」資料01        2019年度・1学期(金曜日・2限)

 小生は、日本映画の中から、戦後の日本人の倫理観の変遷を炙り出そうとしていますが、以下の映画など
は、随分と「貧困問題」に関して考えさせられた作品群です。

 『どっこい生きてる』、監督:今井正、新星映画=劇団前進座、1951年。
 『牝犬』、監督:木村恵吾、大映東京、1951年。
 『生きる』、監督:黒澤明、東宝、1952年。
 『山びこ学校』、監督:今井正、八木プロ=日本教職員組合、1952年。
 『暴力』、監督:吉村公三郎、東映京都、1952年。
 『女ひとり大地を行く』、監督:亀井文夫、クヌタプロダクション=炭労北海道支部、1953年。
 『日本の悲劇』、監督:木下恵介、松竹大船、1953年。
 『太陽のない街』、監督:山本薩夫、新星映画=独立映画、1954年。
 『どぶ』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1954年。
 『狼』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1955年。
 『洲崎パラダイス 赤信号』、監督:川島雄三、日活、1956年。
 『赤線地帯』、監督:溝口健二、大映京都、1956年。
 『真昼の暗黒』、監督:今井正、現代ぷろだくしょん、1956年。
 『楢山節考』、監督:木下恵介、松竹大船、1958年。
 『にあんちゃん』、監督:今村昌平、日活、1959年。
 『裸の島』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1960年。
 『武器なき斗い』、監督:山本薩夫、大東映画、1960年。
 『不良少年』、監督:羽仁進、岩波映画製作所、1961年。
 『にっぽん昆虫記』、監督:今村昌平、日活、1963年。
 『嵐を呼ぶ十八人』、監督:吉田喜重、松竹京都、1963年。
 『越前竹人形』、監督:吉村公三郎、大映京都、1963年。
 『死闘の伝説』、監督:木下恵介、松竹大船、1963年。
 『赤い殺意』、監督:今村昌平、日活、1964年。
 『肉体の門』、監督:鈴木清順、日活、1964年。
 『飢餓海峡』、監督:内田吐夢、東映東京、1965年。
 『白昼の通り魔』、監督:大島渚、創造社、1966年。
 『ドレイ工場』、監督:武田敦、「ドレイ工場」製作・上映委員会、1968年。
 『少年』、監督:大島渚、創造社=ATG、1969年。
 『裸の十九才』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1970年。
 『どですかでん』、監督:黒澤明、四騎の会、1970年。
 『家族』、監督:山田洋次、松竹、1970年。
 『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
 『遊び』、監督:増村保造、大映東京、1971年。
 『小林多喜二』、監督:今井正、多喜二プロダクション、1974年。
 『鬼畜』、監督:野村芳太郎、松竹、1977年。
 『はなれ瞽女おりん』、監督:篠田正浩、表現社、1977年。
 『復讐するは我にあり』、監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1979年。
 『赫い髪の女』、監督:神代辰巳、にっかつ、1979年。
 『十九歳の地図』、監督:柳町光男、プロダクション群狼、1979年。
 『泥の河』、監督:小栗康平、木村プロ、1981年。
 『さらば愛しき大地』、監督:柳町光男、プロダクション群狼=アトリエダンカン、1982年。
 『楢山節考』、監督:今村昌平、東映=今村プロ、1983年。
 『天城越え』、監督:三村晴彦、松竹=霧プロ、1983年。
 『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
 『肉体の門』、監督:五社英雄、東映京都、1988年。
 『無能の人』、監督:竹中直人、ケイエスエス=松竹第一興業、1991年。
 『ダンボールハウスガール』、監督:松浦雅子、キューフロント=電通=シネカノン=
  クリーク・アンド・リバー社、サイブロ=ネットクリエイティブ=東映ビデオ、2001年。
 『アカルイミライ』、監督:黒沢清、アップリンク=クロックワークス=デンタルサイト、2002年。
 『誰も知らない』、監督:是枝裕和、『誰も知らない』製作委員会、2004年。
 『晴れたらポップなボクの生活』、監督:白岩久弥、ジェイディ・スター、2005年。
 『自虐の詩』、監督:堤幸彦、「自虐の詩」フィルムパートナーズ〔S・D・P=松竹=ジェネオン
  エンタテインメント=竹書房=衛星劇場=電通=スカパー・ウェルシンク=日販=オフィス
  クレッシェンド=パルコ=Yahoo! JAPAN=エイベックス・エンタテインメント〕、2007年。
 『赤い文化住宅の初子』、監督:タナダユキ、「赤い文化住宅の初子」フィルムパートナーズ〔トライ
  ネットエンタテインメント=ビクターエンタテインメント=スローラーナー〕、2007年。
 『トウキョウソナタ』、監督:黒沢清、Fortissimo Films=「TOKYO SONATA」製作委員会〔博報堂D
  Yメディアパートナーズ=ピックス=Entertainment Farm〕、2008年。
 『ホームレス中学生』、監督:古厩智之、「ホームレス中学生」製作委員会〔東宝=フジテレビジョン=
  よしもとファンダンゴ=よしもとクリエイティブ・エージェンシー=ワニブックス=電通=
  セディックインターナショナル=バーニングプロダクション〕、2008年。
 『ノン子36歳(家事手伝い)』、監督:熊切和嘉、日本出版販売=東映ビデオ=ゼアリズエンタープライズ、2008年。
 『ブラック会社に勤めているんだが、もう俺は限界かもしれない』、監督:佐藤祐市、ブラック会社限界
  対策委員会〔アスミック・エース エンタテインメント=パルコ=アミューズソフトエンタテインメント=
  関西テレビ放送=共同テレビジョ=Yahoo! JAPAN〕、2009年。
 『ヒミズ』、監督:園子温、「ヒミズ」フィルムパートナーズ〔ギャガ=講談社〕、2011年。
 『苦役列車』、監督:山下敦弘、「苦役列車」製作委員会〔東映=木下工務店=キングレコード=
  東映ビデオ=東映チャンネル=Yahoo! Japan=日本コロンビア=マッチポイント=ビターズ・エンド=
  東京スポーツ新聞社=ソニーPCL=niconico=CGCGスタジオ〕、2012年。
 『子宮に沈める』、監督:緒方貴臣、paranoidkichen、2013年。
 『もらとりあむタマ子』、監督:山下敦弘、「もらとりあむタマ子」製作委員会〔エムオン・エンタテイン
  メント=キングレコード〕、2013年。
 『0.5ミリ』、監督:安藤桃子、ゼロ・ピクチュアズ=リアル・プロダクツ=ユマニテ、2013年。
 『百円の恋』、監督:武正晴、東映ビデオ=スタジオブルー、2014年。
 『東京難民』、監督:佐々部清、「東京難民」製作委員会〔キングレコード=ファントム・フィルム=
  シネムーブ〕、2014年。
 『予告犯』、監督:中村義洋、映画「予告犯」製作委員会〔TBSテレビ=WOWOW=ジェイ・ストーム=電通=
  CBCテレビ=C&Iエンタテインメント=MBS=ジェイアール東日本企画=東宝=TCエンタテインメント=
  日本出版販売=RKB=HBC〕、2015年。
 『万引き家族』、監督:是枝裕和、『万引き家族』製作委員会〔フジテレビジョン=ギャガ=Aol Pro.〕、2018年。

 ざっとこんなところでしょうか。「貧困」が直接のテーマという映画は少ないと思いますが、いずれも鑑
賞するに値する作品群だと思います。なお、選択から漏れ落ちた作品もあるでしょうが、今のところはこれ
だけに留めておきましょう。


 以上である。当該作品にはホームレスが登場するが、「貧困」がテーマではないので、このリストから外
れたと考えるのが無難かもしれない。もちろん、今まで生きてきて、「自分がホームレスだったら」という
想定をしたことがないわけではないが、「とても無理」がいつもの答えである。その自由さには憧れるが、
衣食住の大幅に不足する生活にはとても耐えられないと考えるからである。



 「無印良品映画」その18 『光の雨』


 某月某日

 4本目は『光の雨』(監督:高橋伴明、シー・アイ・エー=エルクインフィニティ=衛星劇場、2001年)
である。この映画は、高橋伴明監督の才能と、出演者全員の熱演と、スタッフの努力の結晶とが相俟って、
「傑作」の域に近付くまでに仕上がっていると思う。題材としては、『突入せよ!『あさま山荘』事件』
(監督:原田眞人、東映=東京放送=アスミック・エース エンタテインメント=産経新聞社、2002年)と
併せて観れば、相互に理解が深まると思う。今日は時間がないので、後日感想を記そう。


 某月某日

 さて、『光の雨』(監督:高橋伴明、シー・アイ・エー=エルクインフィニティ=衛星劇場、2001年)
についてもう少し書き込んでおこう。この映画は、ヴィデオ化されるとき「連合赤軍事件」という副題が
ついたように、1971(昭和46)年から翌年にかけて起った連合赤軍による集団リンチ致死[殺人]事件を扱
ったものであり、例の「あさま山荘事件」の前段階を描いている。正直言って、このような描き方は斬新
であるとともに、まさにこういう描き方をすることが今の時代の要求であると思った。同じ題材を、真正
面から描いた『突入せよ!『あさま山荘』事件』(監督: 原田眞人、東映=東京放送=アスミック・エ
ース エンタテインメント=産経新聞社、2002年)とは、その点で本質的に異なる作品だと思う。映画は、
この時代の一部の若者を直接描いているわけではない。立松和平原作の『光の雨』を、CMディレクターの
樽見省吾(52歳)(大杉漣)が映画化することになり、配役をオーディションで一般公募する。それと併
行して、若手映画監督の阿南満也(33)(萩原聖人)がメイキング・ヴィデオの製作を依頼される。樽見
は映画製作が初めてだから、事実上は阿南の方が先輩監督ということになる。さて、阿南は若手俳優たち
にインタヴューをし始めるが、彼ら彼女らが30年前の事件の当事者である若者たちの気持が把握できずに
戸惑っていることを知る。もちろん、それはまだ若い阿南にとっても同様で、なぜ仲間同士が殺し合わな
ければならなかったか、まっ たく理解できないのである。1972(昭和47)年、連合赤軍事件、衝撃の初
映画化。「革命をしたかった。生きるすべての人が幸福になる世の中を作りたかった。革命を夢見た20代
の若者たちは、なぜ14名の同士を殺してしまったのか」……と言われても、リアルタイムでなければ分ら
ないことが多すぎる。造反有理、帝大解体、打倒米帝、武装闘争、アジテーション、オルグ活動、立て看、
機関誌[紙]、自己批判、総括援助、反革命、殲滅戦……60年安保闘争から70年安保闘争に至る「政治の季
節」を彩ったアイテムの数々である。あさま山荘事件はリアルタイムでテレヴィ放送され、高校生だった
小生も熱心にその動向を「見物」したことを覚えている。小生の入学した都立上野高校は、学生運動の余
波を受けてさまざまな改革(生徒会解散、学生服廃止、試験制度廃止、ゼミナール制度創設など)を余儀
なくされた高校であるが、小生が入学したとき(昭和45年)には闘争の余燼が燻っていたとはいえ、すで
に「おそかりし由良之助」であった。入学当時、一部の生徒が校庭でデモ行進をしているのを見たことを
記憶しているが、それも新たな活動の呼び水にはならなかったのである。東大紛争の挫折から、多くの学
生や生徒は闘争から身を引いてしまったからである。 しかし、一部の過激派は地下に潜って非合法活動に
手を染めるようになった。内ゲバが熾烈を極めるようになったのもこの頃からであろう。小生自身はノン
ポリだった(と言うよりも、何のことだかさっぱり理解していなかった)ので、学生運動には冷ややかな
視線を送っていたが、無関心ではけっしてなかった。ただ、「彼ら運動家の方法論はやはり間違っている」
と思っていた。暴力嫌いの小生としては、ゲバ棒だって嫌なのに、火炎瓶や鉄パイプなどは言語道断だと
思っていた。しかし、それもほんの数年生まれるのが遅かったからの感想にすぎないかもしれない。いわ
ゆる「団塊の世代」の集団的無意識に対する無理解は、現代の若者とさして変わらないのではないかと思
う。やはり、小生は「シラケ世代四無派」であって、彼らとの溝は深いのである。とはいえ、現代の若者
の断絶感とはもとより違うだろう。小生は、連合赤軍のメンバーと同じ時代の空気を吸っていたのだから。
したがって、小生の立場は、樽見省吾と阿南満也の中間に位置していると言える。もっとも、樽見の方に
限りなく近いが……。
 獄中にいる革命共闘の最高指導者三橋信之(29)(金山一彦)の許へ、指導部の上杉和枝(27)(裕木
奈江)が面会に来て、武装闘争に伴う武器調達の要請を受け、銃砲店を襲う(1971年2月17日)。それ以
前に交番を襲って(1970年12月18日)失敗し、死亡した浜田真二(川瀬陽太)の二の舞を演じることを避
けて、襲う先を銃砲店にしたのだろうか。それはともかく、まんまと襲撃に成功する。警察は25万箇所に
及ぶ犯人逮捕のローラー作戦に出たが、何人かを逮捕したもののグループ全体を潰滅させるまでには至ら
ない。そのうち、革命共闘は、革命を目指す上で軌を一にする赤色パルチザンのメンバーと合流し、山岳
地帯に籠って軍事訓練を開始する。赤色パルチザンの最高幹部は倉重鉄太郎(27)(山本太郎)で、立て
板に水の弁論家であるとともに、革命のためならどんなことでもするという冷血漢でもある。やがて来る
殲滅戦に備えて、少しでも反革命的な要素(化粧をすること、皆と同じ食事を摂らないこと、官憲に革命
家であることを見破られるような行動をすることなどもそれに当たる)があれば、これを洗い出し潰して
ゆくのだ。最初の犠牲者になったのは、革命共闘の兵士である黒木利一(23)(鳥羽潤)と、同じく今村
道子(22)(小嶺麗奈)であった(1971年8月11日)。「総括援助」の名の下に反革命的要素への自己批
判を行わせ、精神的・肉体的な拷問を加え、徐々に行き場をなくしてゆき、最後は自滅を待つ方法である。
陰湿かつ卑劣な方法に見える。ある日、革命共闘の兵士北川準(22)(蟹江一平)が、官憲に立ち向かう
態度がなっていないという理由で総括を要求される。この場面を撮影しているとき、樽見監督は北川準役
の青年の演技に何度もやり直しを要求し、最後には「革命戦士って何だ」という言葉とともに、一息入れ
ようと提案する。ところが、その後、樽見は「消えます。映画のために」という言葉を遺して失踪する。
それ以前に、監督の許に匿名の葉書(立松和平の『光の雨』の読者アンケート用の葉書)が来ており、そ
こに「革命の/核角飛車取り/西瓜売り/誰何するのに/返事をせぬか」という短歌めいた言葉が書かれ
てあったのである。また、同じ葉書にあった「2.24 0時」と「文学部一号館」という言葉を頼りに、
阿南が見当をつけて行ってみると、果たして樽見がそこにいたのである。彼によれば、30年前の学生運動
の当事者の一人だった彼が、あるとき裏切り行為を働き、そのために上記の歌を詠んだ青年を死なせてし
まった過去があるという。したがって、もう 映画を作ることができないというのである。ちなみに、樽見
は、失踪前に、出演者の一人の「学生運動華やかりし頃、何をやっていたのか」という質問に対して「麻
雀」と答えているが、質問者の「私はチャンタが好き」という発言に、何のことか分らない、という反応
を示している。言うまでもないが、チャンタは麻雀の一般的な役のひとつで、これを知らなければ麻雀を
知らないと言われても文句は言えないはずである。つまり、監督には、麻雀に現を抜かしていた時代はな
いのである。この辺りから、監督の過去の秘密への伏線が敷かれていると言える。そして、失踪の本当の
理由は謎のまま、結局阿南が残りの部分を撮影して映画は完成するのである。日付と粛清された兵士や幹
部の名前が画面に浮かぶ。メモとしては、他の要素も書いておくが、映画では、日付と名前だけなのであ
る。

 1971年12月31日 北川準(22)革命共闘兵士(蟹江一平)
 1972年1月1日 河村哲也(22)赤色パルチザン兵士(白石朋也)
        谷口淳子(22)革命共闘兵士(西山繭子)
 1972年1月4日 戸張真(22)革命共闘兵士(大柴邦彦)
 1972年1月7日 高田ゆみ(25)赤色パルチザン兵士(高橋かおり)この人のみ、
        元アイドルという設定で、高取美奈という名前がある。つまり、
        女優の高橋かおりが高取美奈というアイドルの役を演じており、
        劇中でその高取美奈が高田ゆみに扮しているというわけ。いずれ
        も「高」の文字がついており、ややこしい。
 1972年1月9日 新川次郎(22)赤色パルチザン兵士(金子貴俊)
 1972年1月18日  大沢守男(25)革命共闘指導部(松田直樹)
         この人は死刑(アイスピックで刺された上、首をタオルで絞め
         られる)。
 1972年1月20日  田所良春(25)赤色パルチザン兵士(恩田括〔まとむ〕)この
         人も死刑。
 1972年1月30日 赤津利和(29)革命共闘兵士(佐藤貢三)
         浦川秋子(25)革命共闘兵士(川越美和)
 1972年2月4日 月田てる子(25)革命共闘兵士(板谷由夏)
 1972年2月12日 松村伸(27)革命共闘兵士(西守正樹)

 他に、革命共闘の指導部であり、上杉の夫でもある玉井潔(25)(池内万作)、劇中で製作される映画
のプロデューサーの大山賢一(52)(塩見三省)、革命共闘指導部の夏目洋太(24)(山中聡)、革命共
闘兵士の戸張善二(19)〔戸張真の弟、配役された二人も実の兄弟という設定〕(一條俊)、革命共闘兵
士の宇野咲子(22)(矢澤庸)、同じく岡崎伸江(23)(関川侑希)、逃亡する革命共闘兵士の五十嵐俊
哉(23)(近藤大介)、同じく矢崎マリ(24)(玄覚悠子)、赤色パルチザン幹部の及川厚志(25)(大和
屋ソセキ)、赤色パルチザン兵士の森中広志(23)(三上大和)、谷本一、田付貴彦、松井涼子などが出
演している。


 以上が、「日日是労働セレクト21」にある記事である。この映画は、そのテーマ、物語の複雑な入れ子
構造、細部が活き活きとしている演出、出演者の迫真の演技、スタッフの並々ならぬ情熱など、褒め上げて
も切りがないほど優れていると思う。若い人には、「連合赤軍事件」と言っても、知らない人が多いだろう
し、知っていても歴史の一齣くらいにしか思わないだろう。小生は微妙な立場である。いわゆる「学生運動」
に荷担したわけではないし、共鳴したわけでもない。ただただ、「傍観者」として立ち会っただけである。
1969年の「東大安田講堂事件(攻防戦)」も、警察側の「散水」の映像が脳内に残っているだけで、幼い野
次馬としての感慨しかない。しかし、一連の「連合赤軍事件」が起こった時はすでに高校生になっており、
ある程度の背景を知ってはいた。そもそも現実の物理的な暴力に対して強い抵抗感があるので、何とも表現
しようのない「嫌悪感」が支配していたが、それとは裏腹にどこかで面白がっていた節もある。当時は、所
詮「対岸の火事」くらいにしか思えなったのだろうと推察できる。小生の中高時代は、ベトナム戦争と学生
運動のニュースが毎日耳に胼胝ができるほど報道されていた一方で、高度経済成長の波に乗って日々生活全
般の向上が見込まれた時代で、小生自身は「極楽トンボ」のような生徒だったことを覚えている。だから、
「革命」などできっこないと思っていたし、運動家には冷ややかな目を向けていたと思う。もっとも、体制
側に与するつもりもなく、高校生の時は「全方向マシンガン」を自認していた。つまり、何もかも気に食わ
なかったのである。そんな小生だから、学生運動家に同情こそすれ、共鳴はできなかった。かと言って、現
実の日本の実態を反省することなく、ひたすら勝ち馬に便乗して突っ走る気もなかった。実に、「出口なし」
の心境であった。ごく若い時代を終えて、いざ青年、壮年、中年、老年と年齢の階段を昇って来て初めて分
かることだが、どんな時代にも避けて通れぬ道があって、それが必然か偶然かはともかく、その道を歩き始
めたら止まれないことがある。だから、赤軍であれ、警察であれ、それぞれの譲れない線があるのだ。これ
を生半可な立場から否定してはいけないと思う。
 さて、連合赤軍の「山岳ベース事件」(1971年-1972年)や「あさま山荘事件」(1972年)、さらには東ア
ジア反日武装戦線「狼」による無差別爆弾テロ事件として位置付けられる「三菱重工爆破事件」(1974年)
には陰惨な印象を受けざるを得ないが、それを描く立場によって、微妙に様相を異にする。したがって、と
くに「あさま山荘事件」に絡んだ映像作品を比較してみることには意味があると思う。それでは、当該映画
の他に、どういう作品があるのだろうか。以下に挙げる三作品がそれに相当する。

  『食卓のない家』、監督:小林正樹、MARUGEN、1985年(筆者、未見)。
  『突入せよ! 『あさま山荘』事件』、監督:原田眞人、あさま山荘事件製作委員会=東映=東京放送=
   アスミック・エンタテインメント=産経新聞社、2002年。
  『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』、監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、
   2007年。

 それぞれについて、概要を検討しよう。

 (工事中)

                                                 
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=5829
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.