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無印良品映画の頁(2)
日日是労働セレクト165
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第165弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト165」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たので報告しよう。1本目は、『美しい星』(監督:吉田大八、「美しい星」製作委員
会〔ギャガ=ジェイ・ストーム=朝日新聞社=日本出版販売=ガンパウダー〕、2017年)である。原作とは
だいぶ異なるが、現代化しないと成立しない映画をよくここまで作ったと思う。それほど違和感を感じなか
ったからである。分野的にはSF作品なのだろうが、むしろ「不条理」を描いたのではなかろうか。しかも、
人類に警鐘を鳴らしながら……。似たような作品としては、『団地』(監督:阪本順治、「団地」製作委員
会〔キノフィルムズ〕、2016年)を挙げておこう。UFOが登場する他、どことなく漂うユーモアも共通すると
思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  三島由紀夫の異色SF小説を『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督が、舞台を現代に変えて大
 胆に映画化した人間ドラマ。ある日突然、異星人として覚醒した一家が地球を救おうと奮闘する姿を
 描く。一家の主で気象予報士の重一郎をリリー・フランキーが演じるほか、亀梨和也、橋本愛、中嶋
 朋子がその家族役として出演する。

   〔あらすじ〕

  “当たらない”ことで有名なテレビ気象予報士の大杉重一郎(リリー・フランキー)は、仕事も暮
 らしも家族関係も悪くない現状に満足していた。そんなある日、空飛ぶ円盤と遭遇し、重一郎は火星
 人として覚醒する。やがて、息子の一雄(亀梨和也)も水星人、娘の暁子(橋本愛)も金星人として
 覚醒し、それぞれが世界を救うという使命を果たそうとするが、さまざまな騒動に巻き込まれる。

 他に、中嶋朋子(伊余子=重一郎の妻)、春田順一(鷹森紀一郎=自友党の参議院議員)、佐々木蔵之介
(黒木克己=鷹森の第一秘書)、武藤心平(三輪直人=同じく第二秘書)、羽場裕一(今野彰=ニュースキ
ャスター)、友利恵(中井玲奈=アシスタント気象予報士)、川島潤哉(加藤晃紀=プロデューサー)、板
橋駿谷(茂木潤=ディレクター)、坂口辰平(長谷部収=アシスタント・ディレクター)、若葉竜也(竹宮
薫=ストリート・ミュージシャン)、樋井明日香(イズミ=同)、藤原季節(栗田岳斗=大学生、広告研究
会に所属)、赤間麻里子(丸山梓=水販売)などが出演している。
 原作との大きな違いは、核時代の危機を地球温暖化のそれに取り換えているところである。比較的スムー
ズにその変更を果しているが、重一郎をお天気キャスターにするアイディアが効果を発揮しているのだろう。
 2本目は、『ラビット・ホラー3D』(監督:清水崇、「ラビット・ホラー」製作委員会〔バップ=電通=
ファントム・フィルム=EPICレコードジャパン=小椋事務所〕、2011年)である。以下に挙げるように、清
水監督の作品は7本観ているが、『呪怨』の2作を除いて、いずれもパッとしない。アイディアはいいのだ
が、詰めが甘い感じがする。

  『呪怨』、監督:清水崇、「呪怨」製作委員会〔パイオニアLDC=日活=オズ=ザナドゥー〕、2002年。
  『呪怨2』、監督:清水崇、「呪怨2」製作委員会〔パイオニアLDC=日活=オズ=ザナドゥー=
   角川書店=東京テアトル〕、2003年。
  『稀人』、監督:清水崇、アット エンタテインメント=アドネス=ジャパンケーブルキャスト=
   カルチュア・パブリッシャーズ=パノラマ・コミュニケーションズ=ユーロスペース、2004年。
  『ユメ十夜』、監督:実相寺昭雄/市川崑/清水崇/清水厚/豊島圭介/松尾スズキ/天野善孝・河原
   真明/山下敦弘/西川美和/山口雄大、「ユメ十夜」制作委員会〔日活=IMAGICA=I&S BBDO=ダイ
   コク電機〕、2006年。
  『戦慄迷宮』、監督:清水崇、ショック・ラビリンス・フィルム・コミッティ2009、2009年。
  『非女子図鑑』、監督:清水崇/豊島圭介/山口雄大/深川栄洋/川野浩司/オースミユーカ/塚本連平、
   「非女子図鑑」製作委員会〔ニューシネマワークショップ=エピックレコード ジャパン=ビデックス=
   ディー・キューブ=ボイス&ハート=ブループリント〕、2009年。
  『ラビット・ホラー3D』、監督:清水崇、「ラビット・ホラー」製作委員会〔バップ=電通=
   ファントム・フィルム=EPICレコードジャパン=小椋事務所〕、2011年。

 これも、物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  ヴェネチア国際映画祭3D映画部門の審査委員長を務めた清水崇監督が、国際的に活躍するカメラ
 マン、クリストファー・ドイルとタッグを組み、かつてない超立体的3D映像を作ることに成功。近
 年めきめきと頭角を現した若手女優・満島ひかりを主演に迎え、物体が前に飛び出す表現を多用して、
 観る者を驚愕の世界へ引き込んでいく。

   〔あらすじ〕

  学校でキリコ(満島ひかり)の弟大悟(澁谷武尊)がウサギを殺し、その後、失踪してしまう。し
 かし、父親の公平(香川照之)はそのことに触れず、無口になってしまう。口のきけないキリコは家
 の押入れの向こう側に何かがあることに気付き、また、そこに弟がいるのを確信し、そちらへ足を踏
 み入れようとする。

 他に、緒川たまき(響子=大悟の母)、大森南朋(小野寺=精神科医)などが出演している。一応、ホラ
ー映画なのだろうが、怖くないし、筋書も支離滅裂だった。観客を怖がらせることを使命とするならば、も
う少し工夫してほしい。
 3本目は、『ユリゴコロ』(監督:熊澤尚人、「ユリゴコロ」製作委員会〔日活=東映=ポニーキャニオ
ン=木下グループ=ニッポンプランニングセンター=イオンエンターテイメント=双葉社=ポニーキャニオ
ンエンタープライズ=クラオス〕、2017年)である。なかなか物語に入っていけなかったが、「劇中劇」の
描き方が面白かったので、「これはイケるぞ」と思ったのに、結末は芳しくなかった。細部を丁寧に描いて
いるので、そこそこ面白かっただけに、少し残念である。もっとも、殺人鬼役の吉高由里子や、リストカッ
トを繰り返すみつ子役の佐津川愛美は、難しい役をきっちりこなしていたと思う。小生もリストカットを繰
り返す癖のある人を知っているが、かなりリアリティがあった。
 これも、物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  ミステリーを得意とする沼田まほかるのベストセラー小説を映画化。ある日、余命わずかな父親の
 書斎で殺人者による手記を発見した青年が、恐ろしき事件の真相に迫っていく姿を描く。殺人者であ
 るヒロインの美紗子を吉高由里子、発見者である青年を松坂桃李が演じる。監督はラブストーリーか
 らホラーまで幅広いジャンルの作品を手がける熊澤尚人。

   〔あらすじ〕

  カフェを営む柳原亮介(松坂桃李)の日常はある日突然、崩れ去ってしまう。父親(貴山侑哉)が
 余命わずかと診断され、婚約者の千絵(清野菜名)は姿を消してしまったのだ。それらを受け止めき
 れないなか、亮介は実家の押し入れで“ユリゴコロ”と書かれたノートを発見する。そこには人を殺
 めることでしか自分の生きる世界とつながることができない女性の衝撃的な告白がつづられていた。

 他に、吉高由里子(美紗子)、松山ケンイチ(洋介)、佐津川愛美(みつ子)、清原果耶(美紗子=中学
生)、平尾菜々花(美紗子=幼児)、木村多江(細谷)、 金井勇太(ジョー=中国料理「盛京亭」の店員)、
清水伸(佐藤)、小久保寿人(田中)などが出演している。
 数奇な運命を辿るしかない人の一生は本当に辛いものだと思う。吉高、松山、佐津川、松坂、貴山、木村
の俳優陣は、それぞれの人生を過不足なく演じていたと思う。もう少し筋書を練れば、「傑作」になった可
能性があると思った。繰り返すが、残念である。


 某月某日

 DVDで邦画の『関ヶ原』(監督:原田眞人、映画「関ヶ原」製作委員会〔東宝=アスミック・エース=住友  
商事=電通=ジェイアール東日本企画=木下グループ=ジェイ・ストーム=朝日新聞社=毎日新聞社=時事
通信社=WOWOW=阪急交通社=東急エージェンシー=時代劇専門チャンネル=GYAO=日本出版販売=中日新聞
社=コーエーテクモゲームス〕、2017年)を観た。
 NHKの大河ドラマを派手にしたような印象である。つまり、あまり面白くない。原作を読んでいないので、
物語について行けず、しばしば登場人物とそれを演じている俳優が誰なのかを気にしつつ観ていた。戦国時
代の合戦ものを作りたがる人々はいつの時代にもいて、かの黒澤明も『影武者』(監督:黒澤明、黒澤プロ=
東宝映画、1980年)や、『乱』(監督:黒澤明、ヘラルド・エース=仏/グレニッチ・フィルム・プロダク
ション、1985年)などで試みていた。その他、『風林火山』(監督:稲垣浩、東宝=三船プロ、1969年)と
か、『天と地と』(監督:角川春樹、「天と地と」委員会、1990年)とか、『のぼうの城』(監督:犬童一
心/樋口真嗣、「のぼうの城」フィルムパートナーズ〔TBSテレビ=アスミック・エース エンタテインメン
ト=毎日放送=CBC=東宝=小学館=C&Iエンタテインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=ADK=ジェイ
アール東日本企画=WOWOW=ハピネット=TBS R&C=RKB毎日放送=北海道放送=静岡放送=中国放送=ヤフー・
ジャパン=日販=サイバード=朝日新聞社=シブサワコウプロダクション=テレビ埼玉=東北放送=テレビ
山梨=TSUTAYA=新潟放送=TOKYO FM〕、2011年)とか、挙げれば結構あるだろうが、いずれもそれほど面白
くない。たぶん、このジャンルは小生には合わないのだと思う。黒澤明の時代劇でもそうだが、『七人の侍』
(監督:黒澤明、東宝、1954年)などの規模で作った方がよほど面白いのではないか。大金をかけて合戦絵
巻を描破したいという気持は分からないでもないが、つい「やめておいた方がよいのでは」などという言葉
が出てしまうのである。ともあれ、役所広司が演じた一風変わった徳川家康像や、太閤秀吉に扮した滝藤賢
一の渾身の演技などもあり、何とか面目は保っている。もちろん、主演の岡田准一や脇を固める平岳大は頑
張っていたとは思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  戦国史上最大の合戦である関ヶ原の戦いを描いた司馬遼太郎のベストセラー小説を岡田准一、役所
 広司ら実力派俳優の共演で映画化した時代劇。正義で世の中を変えようとする石田三成や、天下取り
 の野望を抱く徳川家康ら、武将たちそれぞれの思惑がつづられる。監督は人間ドラマの描写に定評の
 ある原田眞人。

   〔あらすじ〕

  天下取りの野望を抱く徳川家康(役所広司)は、豊臣秀吉(滝藤賢一)の不興を買う金吾中納言・
 小早川秀秋(東出昌大)や秀吉恩顧の武将たちに取り入ろうとし、石田三成(岡田准一)はそんな家
 康のことを面白く思っていなかった。そんなある日、福島正則(音尾琢真)や加藤清正(松角洋平)
 ら三成に恨みを抱く武将たちが三成の屋敷を襲撃。家康の影響力が強まっていくことに不安を抱いた
 三成は、上杉討伐に向かった家康を挟み撃ちにしようとし、関ヶ原での決戦が始まる。

 他に、平岳大(島左近=三成の腹心の部下)、有村架純(初芽=伊賀者、三成の犬になる)、北村有起哉
(井伊直政=家康の腹心の部下)、伊藤歩(蛇白、阿茶=家康子飼いの間者)、中嶋しゅう(赤耳=伊賀者、
上杉家に仕えていたが、三成の間者となって家康を暗殺しようとするが失敗)、和田正人(黒田長政)、キ
ムラ緑子(北政所=秀吉の正室)、大場泰正(大谷刑部=三成の同志)、中越典子(花野=三成側の医術を
心得た女)、壇蜜(女僧妙善)、西岡徳馬(前田利家=豊臣政権の五大老の一人)、松山ケンイチ(直江兼
続=上杉家の家臣)、麿赤兒(島津維新入道)、久保酎吉(本多正信)、春海四方(安国寺恵瓊〔えけい〕)、
堀部圭亮(八十島助左衛門)、三浦誠己(島津豊久)、たかお鷹(長寿院盛淳)、橋本じゅん(毛谷主水=
黒田家の使い番頭〔ばんがしら〕)、山村憲之介(島信勝=左近の息子)、宮本裕子(銀亀)、辻萬長(柳
生石舟斎宗厳〔むねよし〕)、田島俊弥(柳生五郎右衛門宗章=石舟斎の四男、小早川秀秋に仕える)、永
岡佑(柳生又右衛門宗矩〔むねのり〕=石舟斎の五男)、荒木貴裕(磯野平三郎)、安藤彰則(渡辺甚平)、
金子太郎(塩野清助)、井上肇(蒲生蔵人)、山口孝二(杉江勘兵衛)、北岡龍貴(前野兵庫)、藤倉みの
り(前野舞)、荻野みかん(多々=初芽の姉)、成田瑛基(李烈)、辻本晃良(上杉景勝)、生島翔(宇喜
多秀家)、猪熊恒和(長束正家)、川中健次郎(前田玄以)、大西孝洋(浅野長政)、鈴木壮麻(小西行長)、
杉山英之(明石掃部〔かもん〕)、田邊和也(大久保猪之助)、塚本幸男(平岡頼勝)、関口晴雄(細川忠
興)、齋賀正和(池田輝政)、尾崎右宗(浅野幸長)、西原誠吾(加藤嘉明)、緑茶麻悠(於美屋の方)、
楠本千奈(於千奈の方)、安藤裕子(於辰の方)、高野万優(辰姫=三成の末娘)、河城英之介(佐吉=三
成の幼少時)、山崎清介(毛利輝元)、中村育二(増田長盛)、天乃大介(本多忠勝)、吉村界人(松平忠
吉)、田中美央(可児才蔵)、福富ゆき(みや)、円地晶子(みつ)、和田菜々(淀殿)、松島圭二郎(中
馬太蔵)、原田遊人(島津・柏木源藤)、清水直子(一の台)、大川ヒロキ(菅六之助)、林卓(現代の少
年)、鴨川てんし(かいわれさん=その連れ)などが出演している。
 劇中、以下の言葉に出遭った。いずれも初めて耳にする言葉であった。

  放下師(ほうかし):大道芸の一種。 中世から近世初期にかけて、放下師・放下僧と呼ばれる芸人
            の演じたもの。 品玉しなだま・輪鼓りゆうごなどの散楽系の芸や、小切子こ    
            きりこを打ちつつ歌う放下歌などを演じた(コトバンクより)。
  女僧(にょそう):女性の僧侶。尼(あま)。比丘尼(びくに)(コトバンクより)。
  狼心狗肺(ろうしんこうはい):人の心が残酷で、欲深いことのたとえ。「狼心」は狼のように冷
                 酷で欲深い心、「狗」は犬のことで、卑しさや狡賢いことのたと
                 え、「肺」は心の奥や心のそこのこと(四字熟語辞典より)。
  母衣(ほろ):日本の武士の道具の1つ。矢や石などから防御するための甲冑の補助武具で、兜や
         鎧の背に巾広の絹布をつけて風で膨らませるもので、後には旗指物の一種ともなっ
         た。ホロは「幌」「保侶(保呂)」「母蘆」「袰」とも書く(ウィキペディアより)。
  鯨波(げいは):合戦の際、士気を鼓舞するために大勢で同じに発する叫び声(weblio辞書より)。
          当該作では、家康たちが「エイエイオー!」と叫んでいた。

 なお、語り部は木場勝己である。


 某月某日

 DVDで洋画の『グリーンブック(Green Book, 2018)』(監督:ピーター・ファレリー〔Peter Farrelly〕、
米国、2019年)を観た。『バグダッド・カフェ(Bagdad Cafe Out of Rosenteim, 1987)』(監督:パーシ
ー・アドロン〔Paul Rudolf Parsifal "Percy" Adlon〕、西独、1989年)を観たとき以来の手応え十分の作
品である。
 アメリカ合衆国が抱える三大差別問題は、「女性差別(sexism)」、「年齢差別(ageism)」、「人種差
別(racism)」と言われるが、とくに最後の差別はとても深刻で、たびたびこの問題をめぐる話題が世界に
発信されている。とくに、「アメリカ最南部(Deep South)」の各州はこの傾向が強く、当該映画にも露骨
に表現されている。日本における「人種問題」はそれほど深刻ではないだろうが、かの国ではかなり大きな
問題であると言ってよいだろう。<ウィキペディア>から関係項目を引用してみよう。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、内容に変わりはない。


 *********************************************

   〔ディープサウス〕

  ディープサウス(Deep South, 「アメリカ最南部」と訳されることもある)は、 アメリカ合衆国南
 部の中の文化的、地理的な下位地域区分であり、 植民地時代以後に拡張された南北戦争以前の時代の
 南部の州(「オールドサウス」と呼ばれる)の区分とは異なる。

  この用語には、様々な定義が存在する。

アメリカ連合国を創設した7州:サウスカロライナ州、ミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、
               ジョージア州、ルイジアナ州、テキサス州
文化教養事典(the Dictionary of Cultural Literacy)より:
               ジョージア州、フロリダ州、アラバマ州、ミシシッピ州、
               ルイジアナ州
アメリカ人科学基金(the National Endowment for the Humanities)より:
               アラバマ州、アーカンソー州、ルイジアナ州、ミシシッピ州

 「ディープサウス」は通常、ルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州、ジョージア州、サウスカロ
 ライナ州の5州に対する言葉として定義され、またミズーリ州、ケンタッキー州、ウェストバージニ
 ア州、デラウェア州を含む「境界州」や フロリダ州やテキサス州の周辺の南部州とははっきりと異
 なる。またアーカンソー州、テネシー州、ノースカロライナ州、バージニア州の「アップランドサウ
 ス」(またはアッパーサウス)は、ディープサウスとは明確に異なるもうひとつの南部の地域である。
 ディープサウスの2006年の人口はおよそ2,100万人と見られている。
  フロリダ州は地理的に最南端の州ではあるものの、第二次世界大戦後、他の地域から南フロリダへ
 のかなりの量の移住者がいることから、現代の「ディープサウス」の用語の使用から除外されること
 がある。しかしながら州の一部、とりわけパンハンドル地域(w:Florida Panhandle)と北部地域は、恐
 らく「南部」に含むことが可能である。20世紀前半のジョージア州アトランタと、戦後のノースカロ
 ライナ州シャーロット、フロリダ州オーランド、フロリダ州ジャクソンヴィルなどの南部州の都市部
 エリアも、経済的機会と温暖な気候を求めてやってきた移民の波を吸収してきた。この移住は地域の
 明確ないくつかの文化的特徴を薄めてきた一方で、さまざまな文化的伝統の混合は、例えばルイジア
 ナ州ニューオーリンズやアラバマ州バーミングハムがそうであったように、南部の特徴のある都市文
 化には不可欠な要素でもあるとも言える。
  19世紀と20世紀の大半は、ディープサウスは、南北戦争においてオールドサウスの経済を壊滅させ
 た北の団体として共和党をライバル視し、圧倒的多数で民主党を支持してきた。しかしながら、1960
 年代に民主党が公民権運動の支持を表明すると南部民主党員(ディキシークラット)は次々と共和党
 に鞍替えし、以来ジョージア州出身のジミー・カーターが民主党の指名を受けた1976年の選挙の時を
 除き、ディープサウスは共和党候補に投票する傾向を強めてきた。1990年代から、多くの政治的な場
 において、例えばもう一人のジョージア人で一度下院議長になった共和党のニュート・ギングリッチ
 など、引き続き共和党候補の支持へとシフトしている。

   〔アメリカ合衆国の人種差別〕

  アメリカ合衆国の人種差別 (:Racism in the United States)は、アメリカ合衆国での主要な課題
 である。
  アメリカ合衆国での人種差別は、多数派の白人(White Americans)・ヨーロッパ系(European
 Americans)・非プロテスタント以外の人種に対する差別が主であり、ヒスパニック・ラテン系、ア
 フリカ系、アジア系、アラブ系、ネイティブ・アメリカン、またヨーロッパの悪しき伝統をも引き継
 いだ同国では、半世紀前に比べれば大幅な改善がなされたとはいえ、マイノリティであるユダヤ人
 (ユダヤ系アメリカ人)などもその対象となっている(反ユダヤ主義)。
  南北戦争時代のエイブラハム・リンカーン大統領による奴隷解放宣言、ケネディ大統領時代のマル
 コム・Xやキング牧師による黒人差別撤廃運動に代表されるように、人種差別撤廃(Anti-racism)の
 動きは長い歴史を持つが、まだ完全に撲滅されたとは言えない状況にある。
  2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件、2009年にバラク・オバマが米国史上初のアフ
 リカ系の大統領に就任して以降(厳密には、オバマは黒人の父と白人の母との混血)、白人の異人種
 に対する反発が強まっており、人種偏見に基づくヘイトクライムが増加および過激化しているほか、
 異人種間結婚(白人と非白人の結婚)を認めるべきでないといった意見が出るなど、法律上の平等と
 は別に、差別感情の高まりを示す傾向が近年出始めている。またオバマの次の大統領であるドナルド・
 トランプになると、トランプ自身が差別問題に関し無理解であることをほのめかすような発言をする
 などしており、今後の情勢は不透明である。

   〔歴史〕

 ○ インディアンに対する差別

  アメリカでの最初の人種差別は、1700年代ごろからの北東部における先住民のインディアンに対す
 るものである。
  もともと多様な生活を営んだインディアンたちを、プリマス植民地に乗り入れてきたイギリス人が
 駆逐したことを皮切りに、インディアンは次々に入植者のために土地を奪われ、分散させられていっ
 た。アメリカ東海岸を始め、ニューハンプシャー州や、アーカンソー州、オハイオ州など多くの各州
 では、「インディアンは混血して絶滅した」として、存在しないことにされている。
  インディアンはまた、黒人と同じように、白人入植者によって奴隷にもされた。インディアンもジ
 ム・クロウ法の対象だった。
  もともと、インディアンたちは白人(Whiteman)と彼らが呼ぶイギリス人たちとの共存を模索しよ
 うとしていたが、多くの白人は非文明的未開部族とみなして土地を奪って排除し、差別した。また、
 西部開拓が進むにつれ次第に西部にも白人入植者が押し寄せ、ドーズ法などによってインディアンの
 社会が破壊された。黒人(ネグロイド)が奴隷として白人社会の下層に置かれたのに対し、インディ
 アンの歴史は、そのものを同化し、絶滅させようという合衆国の民族浄化政策との戦いの歴史である。

 ○ メキシコ系住民に対する差別

  アメリカ合衆国の成立前後にはまだ国境線が確定しておらず、各国植民地などの周辺諸国との紛争
 が絶えなかった。とりわけスペインの影響を色濃く残すメキシコとはアラモの戦いのような大きな戦
 争が起きることがしばしばあり、メキシコ系住民を敵国の野蛮人として扱った経緯がある。現在では
 このような歴史的経緯に加え、就労目的で不正に入国を企てる者が後を絶たず、また既に不正に入国
 しているメキシコ系住民が多くなっているため、周囲の人々との軋轢を生んでいる。

 ○ アフリカ系住民に対する差別

  イギリスは1800年代頃からアフリカ大陸で暮らす黒人たちを金の力や暴力などによって捕らえ、奴
 隷としてアメリカに販売し大きな利益を上げた。また、黒人奴隷たちは商人たちによって売買された
 りもした。
  特にアメリカ合衆国南部では黒人奴隷を多数買い入れ、広大な平野を農地として開拓させるととも
 に農業の働き手として用し、農業が大きな発展を遂げていた。黒人奴隷は人間ではなく、単なる労働
 力としか認知されなかったため黒人に対する差別を強めることとなった。
  南部にも人道的見地から黒人奴隷反対派の住民は多くいた。そのため、中にはそれらの黒人奴隷反
 対派の住民らが、奴隷撤廃派の多かった北部への逃亡を手伝うこともあった。
  一方、19世紀中期の北部は工業発展の緒に付いたばかりで、豊かな南部との経済的格差があり、次
 第に南部と北部の対立は増していた。そのため、黒人奴隷を労働力として利用する南部のやり方に異
 を唱える奴隷反対派が北部の住民に非常に多かった。また、北部が目指していた工業による産業振興
 には多数の労働力を集約する必要はなく、奴隷制を廃止されても北部には大きな打撃とはならないの
 も大きな理由の一つであった。
  そのため、1860年の大統領選挙では奴隷制が大きな争点となり、結果、奴隷制反対を唱えた共和党
 のエイブラハム・リンカーンが当選した。
  しかし、南部では奴隷制が廃止されると労働力確保に大きな問題が生じるとともに、これまで奴隷
 として抑圧されてきた黒人の不満が爆発し暴動に発展することもあったことなどから、遂に同年4月12
 日に南北戦争が開戦した。その際の先制攻撃は南軍によるものであった。
  黒人は今でも様々な面で社会的に差別を受けている。ある調査によると、黒人に多い名前で求人に
 応募すると、連絡をもらえる確率が50%低くなるという。2017年の米国勢調査局調査によると、連邦政
 府が定めた貧困ライン(18歳未満の子供が2人いる4人家族で年収約24,858ドル以下)未満の人口の
 割合(貧困率)において黒人の貧困率は約21.2%で、白人の約8.7%の約2.4倍にのぼる。また、貧困線
 の2倍までの人を含めた場合は、黒人は約44.6%となり、白人の約27.0%の約1.7倍となる。経済的格
 差も世代を超えて固定化がしつつあり、貧困率の高さは犯罪率の上昇や教育水準の低下、就職機会の
 減少につながると懸念されている。
  また、公式的に黒人への差別につながる法律や制度や慣習が撤廃された時代以降に生まれた若年層
 の世代の間でも、黒人への差別感情が消えていないことを示唆する事件も発生しており、黒人差別問
 題の根強さを浮き彫りにしている。

 ○ アジア系住民に対する差別

  南北戦争の前後頃から大陸横断鉄道の建設が始まり、清国から移住してきた中国人などアジア系住
 民が労働力として多用された。アジア系住民はその風体や衣服あるいは生活習慣、宗教などが欧米系
 住民と違うことから偏見を生み、差別の対象となり、中国人排斥や排日運動が起こった。
  さらに第二次世界大戦が勃発すると、日系人は敵性民族として強制収容所に送られその私的財産が
 没収された。また、アメリカ生まれの日系人に対しては、先祖の国日本につくか(=強制収容所送り
 となる)、それとも生まれた国アメリカにつくか(=兵士として激戦地に送られる)の選択を強要し
 た(代表的なのは士官以外が日系人と言う第442連隊戦闘団。ただしこの部隊については多大な戦果
 を上げた為、現在においては尊敬の対象とされる。また、この部隊が派遣されたのはヨーロッパ戦線
 である。元々収容所送りの件を日本に宣伝されるのを防ぐ為の措置)。戦後になって、日系人に対す
 るこれらの差別的仕打ちは、自由の国アメリカとして誤りではなかったかとの批判が起こっている。
  1980年代、日本がバブル景気によって世界的にその市場を広げていた際、世界中の様々な市場が打
 撃を受けた。アメリカでも例外ではなく、とりわけ家電や自動車の市場が奪われると、その結果アメ
 リカ国内では失業者が増え、その失業者や家族を中心に日本製(Made in Japan)製品の不買運動や日
 本人敵視の風潮が生まれた(ジャパンバッシング)。中国系住民のビンセント・チンが日本人と間違え
 られて撲殺される事件も発生している。これはアメリカ経済が立ち直った現在ではあまり聞かれなく
 なっているが、日本車の躍進で打撃を受けたゼネラルモーターズの企業城下町であるデトロイトでは、
 工場労働者がアジア系に対し非友好的な態度で接するなど、文化ではなく経済摩擦を発端とするイメ
 ージの悪化が根強く残っている。
  学校でのアジア系に対するいじめは、他人種よりも酷く、10代のアジア系アメリカ人のうち、半数
 以上が学校でいじめられた経験があると回答。これに対して黒人やヒスパニック、白人では1/3程度で
 ある。フィラデルフィアの学校では2009年にアジア系の生徒に対する集団暴行事件が発生、被害者は
 1日で26人に上り、うち13人が重傷を負って集中治療室で手当てを受けた。この学校では、アジア系
 生徒が身の安全が確保されるまで登校を拒否するストライキに発展した。アジア系は、他人種に比較
 して、うつや自殺の割合が突出している。2009年、アメリカの司法省と教育省が10代の学生を調査し
 た統計によると、31%の白人、34%のヒスパニック、38%のアフリカ系が「学校でいじめを受けたことが
 ある」と答えたのに対して、アジア系学生の場合は54%に達するという結果が出た。

 ○ アラブ系住民に対する差別

  イラン革命以後、アラブ諸国はアメリカと対立することが多くなったため、イスラム教を信奉する
 アラブ系住民に対する差別も拡大している。特に9.11同時多発テロ事件以降ではアラブ系住民=テロ
 リストと差別的に見られることが多くなっており、公共の場所での執拗なセキュリティチェックが行
 われることもある。またアメリカ人はアラブ系やイスラム関連施設に対し憎悪の矛先を向けており、
 アラブ系が嫌がらせを受けると言う事件があった。
  また、アラブ系住民は「髪は黒色で、肌の色が浅黒く、ターバンを巻いている」というステレオタ
 イプがあるためか、外観が似ているシーク教のインド系住民がアラブ系住民と間違われ、言われなき
 差別や取調べを受けることもある。

 ○ カトリックに対する差別

  もともとアメリカは大航海時代に大西洋を渡ってきたプロテスタントの手によって開発された経緯
 があり、現在もプロテスタントの社会的地位は高い傾向にある。それゆえカトリックは差別の対象に
 なりやすい。この風潮はとりわけ政治の世界で色濃く、歴代のアメリカ合衆国大統領でもプロテスタ
 ント系がほとんどであり、カトリック信者で大統領に就任したのはジョン・F・ケネディのみである。
  それゆえ、アメリカでは支配階級のことを、時に皮肉の意味をこめてワスプ(WASP)と呼ぶ。WASP
 とは、W = White(白人)、AS = Anglo-Saxons(アングロ・サクソン人)、P = Protestant(プロテ
 スタント)のそれぞれの頭文字を取ったものである。

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 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  第76回ゴールデン・グローブ賞で作品賞など最多の3部門に輝いた、実話を基にした人間ドラマ。
 人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部を舞台に、黒人の天才ピアニストと、彼に雇われたイ
 タリア系の用心棒兼運転手との旅を描く。『メリーに首ったけ』などコメディを得意とするファレリ
 ー兄弟の兄ピーターが監督を務める。

   〔あらすじ〕

  カーネギーホールの最上階に住居を構え、ホワイトハウスでも演奏したことのある天才黒人ピアニ
 ストのドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ〔Mahershala Ali〕は、差別の色濃い
 南部での演奏ツアーを計画する。ニューヨークのナイトクラブで用心棒を務めるイタリア系のトニー・
 ヴァレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン〔Viggo Mortensen〕)を運転手兼用心棒としてスカウトし、2
 人は黒人用旅行ガイド(=グリーンブック)を頼りに南部へと出発する。

 他に、リンダ・リンダ・カーデリーニ 〔Linda Cardelini〕(ドロレス=トニーの妻)などが出演してい
る。
 さらに、<ウィキペディア>にも詳細な記事が掲載されているので、こちらも引用しておこう。もちろん、
執筆者には深謝したい。なお、一部改変したが、容赦されたし。

   〔ウィキペディアの記述〕

  『グリーンブック(Green Book)』は、2018年のアメリカ合衆国の伝記コメディ映画。ジャマイカ
 系アメリカ人のクラシック及びジャズピアニストであるドン"ドクター"シャーリーと、シャーリーの
 運転手兼ボディガードを務めたイタリア系アメリカ人の警備員トニー・ヴァレロンガによって1962年
 に実際に行われたアメリカ最南部を回るコンサートツアーにインスパイアされた作品である。
  監督はピーター・ファレリー。主演はヴィゴ・モーテンセン。共演はマハーシャラ・アリ、リンダ・
 カーデリーニら。第91回アカデミー賞では作品賞など三部門で受賞した。

   〔概要〕

  本作は、シャーリーとヴァレロンガに対するインタビューや、劇中にも登場したヴァレロンガの妻
 宛ての手紙に基づき、監督のファレルや、ヴァレロンガの息子であるニック・ヴァレロンガによって
 製作された。
  題名は、ヴィクター・H・グリーンによって書かれたアフリカ系アメリカ人旅行者のための20世紀半
 ばのガイドブック「黒人ドライバーのためのグリーン・ブック」にちなんで付けられている。
  本作は、2018年9月11日にトロント国際映画祭で世界初公開され、観客賞を受賞した。2か月後の
 2018年11月16日、ユニバーサル・ピクチャーズからアメリカ合衆国で劇場公開され、世界中での興行
 収入は2億4,200万ドル以上である。2018年のナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で作品賞を受賞、
 また、AFIによって2018年の映画トップ10の1つに選ばれた。他にも数々の賞を受賞したこの映画は、
 アカデミー賞の作品賞、脚本賞および助演男優賞(アリ)を受賞し、また主演男優賞(モーテンセン)、
 編集賞にノミネートされた。全米製作者組合賞 劇場映画賞およびゴールデングローブ賞 映画部門 作
 品賞も受賞し、アリはゴールデングローブ賞の助演男優賞、全米映画俳優組合賞助演男優賞、および、
 BAFTA賞を受賞した。 
  本作は批評家から大方肯定的なレビューを受け、2人の俳優のパフォーマンスは賞賛されているが、
 映画内での歴史的な描写の不正確さと、いわゆる典型的な「白人の救世主」の描写について批判を集
 めている側面もある。

   〔ストーリー〕

  舞台は1962年のアメリカ。ジム・クロウ法の真っただ中、トニー・“リップ”・ヴァレロンガはニ
 ューヨーク市のナイトクラブで用心棒をしていた。ある日、彼が働いている「コパカバーナ」という
 ナイトクラブが改装工事のため閉鎖されてしまう。新しい仕事を探している矢先に、アメリカ中西部、
 ディープサウスを回る8週間のコンサートツアーの運転手を探しているアフリカ系アメリカ人のクラ
 シック系ピアニスト、ドン・シャーリーとの面接を紹介される。ドンは、トニーの肉体的な強さや、
 物怖じしない性格を見込んで彼を雇うことにした。トニーは妻と子供2人の家庭を持っており、親戚
 も多いため、クリスマス・イブまでに自宅に帰るという約束のもと、ツアーに出発する。ドンのレコ
 ードレーベルの担当者は、アフリカ系アメリカ人の旅行者がモーテル、レストラン、給油所を見つけ
 るためのガイドである「グリーンブック」1冊をトニーに提供する。
  旅の始まりに早速ドンとトニーは衝突してしまう。ドンはトニーの粗野な性格や行動にうんざりし、
 彼の行動や言動を直すよう口を酸っぱくして注意するが、トニーはドンの言う「洗練された行動」を
 とるよう求められることに不快感を覚えていた。しかしツアーが進むにつれて、トニーはドンの類稀
 なるピアノ演奏の才能に感銘を受ける。ところが、ステージから下りたドンに対する彼の招待主と一
 般の人々から受ける差別的な扱いに、彼は改めて動揺してしまう。ツアー中にドンが入店したバーで
 彼が白人男性のグループにリンチされた時には、トニーが彼を救い、ツアーの残りの間、トニーはド
 ンに1人で外出しないように叱責する。
  旅の間中、ドンはトニーが妻に手紙を書くのを助けていた。トニーはドンに、離別した兄弟と連絡
 を取るように促すが、ドンは自分の職業柄と名声によって兄弟と離別し、妻とも別れたことを話す。
 南部ではドンがYMCAプールで同性愛者の白人男性と出会ったところを警官に咎められたが、トニーは
 ドンの逮捕を防ぐために警官に賄賂を贈り事なきを得る。ドンはトニーが彼らの逮捕を無かったこと
 にするために警官に「報いた」ことに憤慨した。その後、2人は日没後に黒人が外出していることを
 違法とされ警官に取り押さえられてしまう。車から引きずり出されたトニーは、ドンを侮辱した警官
 を殴打してしまい、2人は逮捕される。収監されている間に、ドンは彼の弁護士に電話したい旨を警
 官に伝え、外と連絡を取ることに成功する。だがドンが本当に電話したのは当時の司法長官ロバート・
 ケネディで、自分たち2人を解放するよう警官に圧力をかけて貰うことに成功する。
  アラバマ州バーミンガムでのツアーの最終公演の夜、ドンは演奏するために招待されたカントリー
 クラブの、白人専用レストランへの入場を拒否されてしまう。ドンは「このレストランで食事を取る。
 それが出来ないのなら、今夜は演奏はしない」とオーナーに言い放つ。オーナーはトニーに100ドル
 を提示し「ドンを説得してくれ」と頼むがさらに侮辱的な発言をしたためトニーは殴りそうになるも、
 ドンの言葉で思いとどまる。ドンはトニーに「君が演奏しろというのなら今夜演奏する」というがそ
 れに対してトニーは「こんなクソなところはやめよう」とクラブを後にする。トニーはドンを黒人の
 ためのブラックブルースクラブ「オレンジバード」で夕食をとらせるために連れて行く。ドンの高級
 な服装は他の客の疑惑と好奇の視線を集めた。2人はそれを無視しカティサークと「今日のスペシャ
 ル」を頼むとウエイトレスは白人と黒人のコンビから「あなた、警官?」と訊くが、トニーは「そん
 なことあるかい」と答えドンが世界一のピアニストであると伝える。すると、ウエイトレスは「言葉
 より聴かせて」とステージのアップライトピアノを指す。ドンはショパンの練習曲作品25-11を弾き、
 演奏が終わると客は拍手をもって絶賛し、お店の箱バンドがステージに上がりブルースを奏で始める
 とドンも合わせてアドリブを披露する。
  トニーとドンはクリスマスイブまでに家に帰ろうと家路を北に急ぐ。途中で彼らは警察官に止めら
 れるが、警官は彼らのタイヤのパンクを指摘し助けようとしたのであり、彼らに対して嫌がらせはし
 なかった。その後、トニーは眠気と戦いながら「モーテルで休ませてくれ」というもドンは「あと少
 しだ」と励ます。そしてNYに帰って来た車を運転していたのはドンであった。ドンはトニーを自宅前
 で降ろし帰宅する。執事が「お荷物を帰しましょうか?」と訊くと「今日はもう家族のところへ帰り
 なさい」と促し、執事は微笑んで「メリークリスマス」と挨拶する。トニー家では帰宅したトニーに
 「どんなことがあったか」を皆が訊く。1人が「あのニグロはどうだった?」と言うとトニーは「そ
 の言い方はやめろ」と諭し、その姿を見てトニーの妻ドロレスは微笑む。8週間の旅で夫の黒人に対
 する偏見は減ったのだ。旅立つ前に時計を預けた質屋の夫婦が「トニーの親戚にお呼ばれした」とパ
 ーティーを訪ね、一同は歓迎して迎える。そしてドアを閉めようとしたトニーがふと気付きドアを開
 けるとそこにはシャンパンボトルを持ったドンがいた。トニーは「ようこそ!」と喜んで2人は抱き
 あう。トニーはダイニングにいる親戚一同に「紹介する、ドクター・ドン・シャーリーだ」と紹介す
 ると親戚一同は一瞬固まるも「彼の席を作れ!」と歓迎の意を表す。そしてドンとドロレスは紹介し
 挨拶の抱擁をする。そしてドロレスはドンの耳元で「彼の手紙を書くお手伝いをしてくれてありがと
 う」とお礼を言い、ドンは少し驚き、お互いに見つめあいながら微笑んで、もう一度挨拶の抱擁をす
 る。

   〔キャスト〕

  トニー・“リップ”・ヴァレロンガ:ヴィゴ・モーテンセン(大塚芳忠)
  ドクター・ドナルド・シャーリー:マハーシャラ・アリ(諏訪部順一)
  ドロレス・ヴァレロンガ:リンダ・カーデリーニ(中村千絵)
  オレグ・マラコビッチ:ディメター・マリノフ(飛田展男)
  ジョージ・ダイアー:マイク・ハットン(佐々木啓夫)
  ルディ:フランク・ヴァレロンガ(石住昭彦)
  キンデル:ブライアン・ステパニック(てらそままさき)
  ロスクード:ジョー・コーテス(高桑満)
  アミット:イクバル・セバ(英語版)(村治学)
  ジョニー・ヴェネス:セバスティアン・マニスカルコ(英語版)(内田岳志)
  チャーリー:ピーター・ガブ(梅津秀行)
  モーガン:トム・ヴァーチュー(大滝寛)
  ボビー・ライデル:ファン・ルイス(田所陽向)
  プロデューサー:P・J・バーン(森宮隆)
  アンソニー:ルイ・ベネレ(魚建)
  ニコラ:ロドルフォ・ヴァレロンガ(吉富英治)
  フラン:ジェナ・ローレンゾ(田中杏沙)
  ルイ:ドン・ディペッタ(赤坂柾之)
  リン:スハイラ・エル=アーター(東内マリ子)
  フランキー:ギャビン・ライル・フォーリー(新田早規)
  カーマイン:ポール・スローン(蓮岳大)
  マイキー:クイン・ダフィ(こばたけまさふみ)
  ポーリー:ジョニー・ウィリアムズ(林大地)
  ゴーマン:ランダル・ゴンザレス(ボルケーノ太田)

   〔製作〕

  2017年5月、ヴィゴ・モーテンセンが出演するための交渉が始まった。監督はピーター・ファレリー、
 脚本はトニー・リップの息子であるニック・ヴァレロンガとファレリー、ブライアン・ヘインズ・カ
 リーが務めている。
  同年11月30日、モーテンセンの出演が正式に決定し、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ、
 イクバル・セバ(英語版)がキャストに加わった。同週に正式に製作が開始した。2018年1月、セバス
 ティアン・マニスカルコ(英語版)がキャストに加わった。
  スコア作曲家のクリス・ボウワーズは、アリに基本的なピアノ技能を指導した。また、演奏する手
 のクローズアップが要求されるシーンでは、アリの代役としてピアノを演奏した。

   〔音楽〕

  映画のサウンドトラックのために、ファレリーは作曲家であるクリス・バウワーズのオリジナル楽
 曲と、シャーリー自身の楽曲を組み入れた。

   〔公開・興行収入〕

  本作は、2018年9月11日のトロント国際映画祭で世界初上映された。本作は、アメリカで2018年11月
 21日に公開される。
  2018年11月16日、本作は全米25館で限定公開され、公開初週末に32万429ドル(1館当たり1万2,817
 ドル)を稼ぎ出し、週末興行収入ランキング初登場22位となった。

   〔評価〕

  本作は批評家からおおむね称賛を受けている。Rotten Tomatoesでは映画批評家が79%の支持評価を
 下し、また平均評価は10点中7.28点となった。MetacriticのMetascoreは52人の批評家により、100点
 中69点となった。第91回アカデミー賞の作品賞では同じく有力候補として注目を集めていた『ROMA/
 ローマ』と並んでノミネートされ、結果、本作が受賞した。
  一方で、絶賛ばかりではない。本作のアカデミー賞作品賞の受賞に対して、同じく作品賞にノミネ
 ートされていた『ブラック・クランズマン』のスパイク・リー監督は不快感を表すコメントを残し、
 同様に作品賞候補になった『ブラックパンサー』の主演チャドウィック・ボーズマンも、不満をあら
 わにした。メディアでも批判を主張する人は少なくなく、米紙ロサンゼルス・タイムズのジャスティ
 ン・チャン記者は、本作の作品賞を「『クラッシュ』以来最悪のオスカー作品賞」と酷評。SNSでも苦
 言が相次いだ。
  これらの批判の背景には、主人公であるトニー・リップの役柄が「黒人を差別から救う救済者」と
 して誇張された伝統的すぎるキャラクターだったこと、また、シャーリーの遺族から「この映画が伝
 説のピアニストと家族の関係について観客に誤解を与えるような解釈をしている」との抗議も受けて
 いたことがあるのでないかと指摘されている。

 以上である。たしかに、事実に基づいて描かれている割には、常套的なシーンも多く、批判も正当だと看
做せる根拠もある。しかし、あれだけ人種差別のいやらしさをみせつけられると、この映画を支持する気持
にならざるを得ないだろう。チェロ弾きのオレグがトニーに対して語る「(ドクター・シャーリーがこのツ
アーに旅立った理由として)天才だけじゃ足りない。人のこころを変える勇気が必要なんだ」という台詞は、
観ている者にも言えるのではないか。「人種差別に対して不快感を持つだけでは足りない。自分のこころの
中の差別や偏見を変える勇気が必要なんだ」、という風に。
 念のために、彼らが回った地域を以下に記しておこう。

  New York City(1962)→ The Bronx(NEW YORK)→ Pittsburgh(PENNSYLVANIA)→
  Hanover(INDIANA)→ Louisville(KENTUCKY)→ Raleigh(NORTH CAROLINA)→
  Macon(GEORGIA)→ Y・M・C・A(Macon)→ Little Rock(ARKANSAS)→
  Baton Rouge(LOUISIANA)→ Tupelo(MISSISSIPPI)→ Jackson(ALABAMA)→
  Birmingham(ALABAMA)→ New York City

 シャーリーが演奏するピアノはスタインウエイ(STEINWAY)のみ、1956年(本ツアーの6年前)にナット・
キング・コール(Nat King Cole)がバーミンガムで袋叩きにあったこと、ボビー(ロバート)・ケネディが  
司法長官だったこと、シャーリーが「人間の尊厳(Dignity)」の重要さを語ること、「日没後黒人禁止地域」
が存在していたこと、黒人用トイレのみすぼらしさ、黒人の農夫を見詰めるシャーリー、シャーリーが毎晩
カティサークを愛飲すること、テーラーでシャーリーが試着を断られたこと、若い頃のシャーリーはブラー
ムス、リスト、ベートーベン、ショパンなどを弾いていたが、ポピュラー音楽に転向するように勧めらたこ
と、トニーの親戚が、われわれの先祖には、ダ・ヴィンチ(他の親戚にミケランジェロと訂正された)を手
伝った人がいることを自慢していたこと、ケンタッキー州で、≪Kentucky Fried Chicken EAT IT HERE or
Take It Home≫の看板があったこと、そのフライドチキンにトニーがかぶりつき、シャーリーにも勧めてい
ること、トニーがドロレスに送る手紙の文面の甘ったるさ、トニーが護身用のピストルを発砲したこと、な
どが印象に残った。
 最後に、彼らのその後のエピソードが語られているので、それを引用して(一部、改変)、この記事を締
め括ろう。

  ドクター・ドナルド・シャーリーは、ツアーを続け、作曲とレコード(たとえば、≪Orpheus in
 the Underworld≫)は大評判になった。ストランビンスキーは、彼の妙技は神の域だと評した。フ
 ランク “トニー・リップ” ヴァレロンガは、コパカバーナの仕事に戻り、やがて給仕長になった。
 トニーとドクは、2013年に両名が死去するまで終生友人だった。

 以上である。やはり、「泣ける映画」は貴重である。


 某月某日

 DVDで邦画の『亜人』(監督:本広克行、映画「亜人」製作委員会〔東宝=電通=アミューズ=講談社=ジ  
ェイアール東日本企画=KDDI=日本出版販売=ひかりTV=ローソンHMVエンタテインメント=LINE=GYAO〕、  
2017年)を観た。桜井画門の漫画を原作としているが、この漫画に関してはほとんど知らなかったし、読ん
だこともない。映画はVFXを駆使した作品であるが、常識を超える映像には出遭えなかった。むしろ、オーソ
ドックスな作りと言ってよいかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。なお、配役に関しては、<ウィキペディア>を引用させていただいた。併せて、
感謝したい。

   〔解説〕

  絶対に死なない新人類“亜人”と人類との戦いを描き、テレビアニメや劇場映画化された桜井画門
 の人気コミックを佐藤健主演で実写映画化したSFアクション。事故によって自分が亜人だと知り、絶
 望に苛まれながらも、人類に戦いを挑む亜人たちに立ち向かっていく青年の運命を描く。監督は『踊
 る大捜査線』シリーズの本広克行。

   〔あらすじ〕

  病気の妹・永井慧理子(浜辺美波)を救うために研修医となった永井圭(佐藤健)はある日、事故
 により死亡。ところがすぐに生き返り、自分が「亜人」だと知る。国家に追われ続けたあげく、非人
 道的な実験のモルモットとなることを悲観した圭の前に、人類に牙をむく亜人最凶のテロリスト、佐
 藤(綾野剛)が現れる。だが、佐藤が描く亜人の未来に共感できず、圭は自分の運命に葛藤する。

 他に、玉山鉄二(戸崎優=厚生労働省から派遣された亜人担当の職員)、川栄李奈(下村泉/田井中陽子=
戸崎の部下の亜人)、中村育二(厚生労働大臣)、城田優(田中功次=佐藤の仲間)、千葉雄大(奥山真澄=
佐藤の呼びかけに応じて仲間になった亜人)、山田裕貴(高橋=佐藤の部下の亜人)、平埜生成(ゲン=高
橋の弟)、國本鐘建(平沢=戸崎に雇われている黒服の1人)、永岡佑(真鍋=同)、品川祐(猫沢=佐藤
ら亜人テログループに武器を供給するヤクザ)、高杉亘(SATの隊長)、吉行和子(山中=田舎で一人暮らし
をする老女。圭を亜人と知りながら匿う)、鈴木健一(岩清水憲明=アナウンサー)、大林宣彦(藤川翔=
日栄大学文理学部心理学科教授)、HIKAKIN(本人役)、堀内正美(石丸竹雄=フォージ重工業社長)、志賀
廣太郎(警備部長)などが出演している。
 たぶんファンが多い作品だと思うが、小生には少し退屈だった。とくに、「黒い幽霊」の存在は、説得力  
に乏しい。すなわち、ファンには悪いが、安直な設定に見えた。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので報告しよう。両者ともに、どこかほっとするような後味のする作品であった。人
気女優の長澤まさみが両作品にまったく異なる役柄で出演しているからかもしれない。
 1本目は、『グッドモーニングショー』(監督:君塚良一、「グッドモーニングショー」製作委員会〔フ
ジテレビジョン=東宝〕、2016年)である。田村正和を主演にしたTVドラマに、『パパはニュースキャスタ
ー』(TBS系列、1987年)があるが、それを連想した。もっとも、当該ドラマは、その存在こそ知ってはいる
が、鑑賞した記憶はない。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  中井貴一が次から次へと降りかかる災難に翻弄されるワイドショーのキャスターを演じ、その波乱
 の一日を描くコメディ。同僚女子アナからの告白、番組打ち切りの危機、立てこもり事件の現場取材
 など、度重なるピンチに挑む男の奮闘をつづる。主人公に迫る勘違い女子アナを長澤まさみ、立てこ
 もり事件の犯人を濱田岳が演じる。

   〔あらすじ〕

  朝のワイドショーでメインキャスターを務める澄田真吾(中井貴一)は、サブキャスターの小川圭
 子(長澤まさみ)から番組中に交際を発表すると迫られ、さらにはプロデューサーの石山聡(時任三
 郎)から番組の打ち切りを告げられる。そんな状況の中、都内のカフェで立てこもり事件が発生。犯
 人の西谷颯太(濱田岳)から「澄田を呼べ!」と要求されるが、澄田は過去の事件が原因となり、現
 場へ出る事ができなくなっていた。

 他に、吉田羊(澄田明美=真吾の妻)、松重豊(黒岩哲人=警視庁の刑事)、志田未来(三木沙也=新人
アナウンサー)、池内博之(秋吉克己=チーフディレクター)、梶原善(館山修平=ヴェテランの特集担当)、
林遺都(松岡宏二=報道担当の熱血漢)、大東駿介(府川速人=中継担当のメカオタク)、木南晴夏(新垣
英莉=男勝りの芸能グルメ担当)、小木茂光(久文始=報道部長)などが出演している。
 基本的に喜劇タッチではあるが、ブラック企業に絡む「格差社会」の暗部をさりげなく描いており、その
点で見所があった。小生は震災以来ほとんどTVを観ることがなくなったが、TVの影響力の多大さを疑ってい
るわけではない。むしろ、TVの影響力に負けないようなスタンスをとるための処置である。「くだらないこ
と(芸能スキャンダルなど)を真面目に考えること」は、けっしてくだらないことではない。TV業界はその
逆説を生きているのだと思う。大袈裟かもしれないが、ワイドショーはその「精髄」と言えるだろう。
 2本目は、『50回目のファーストキス』(監督:福田雄一、映画「50回目のファーストキス」製作委員会
〔ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント=日本テレビ放送網=パルコ=読売テレビ放送=KDDI=ジェイ
アール東日本企画=GYAO=講談社=Plus D=札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ放送=
広島テレビ放送=福岡放送〕、2018年)である。アメリカ映画の『50回目のファースト・キス(50 First
Dates, 2004)』(監督:ピーター・シーガル〔Peter Segal〕、米国、2005年)のリメイク作品である(筆
者、未見)。もっとも、最初に連想したのは、『博士の愛した数式』(監督;小泉尭史、アスミック・エー
ス エンタテインメント=博報堂DY メディアパートナーズ=IMAGICA=住友商事=東急レクリエーション=
新潮社、2006年)だった。「短期記憶障害」をモチーフにしているからである。映画やTVドラマを観始めた
頃から、「記憶喪失」が登場する作品は山ほど観ているが、いつも思うのは、「安易な設定だなぁ」という
ことである。しかし、作品世界にスムーズに入ることができれば、悪くはない。この作品もほんわかしてい
て、鑑賞後の後味はよかった。
 物語を確認しておく。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  交通事故の影響で新しい記憶が1日で消えてしまう短期記憶障害を負った女性と、彼女に対し毎日
 思いを伝えようとする青年との純愛を描くラブストーリー。「勇者ヨシヒコ」シリーズなどコメディ
 を得意とする福田雄一監督が、数々の作品でタッグを組む盟友・山田孝之とのコンビで、長澤まさみ
 をヒロインに迎え、ロマンチックな恋物語を紡ぎ出す。

   〔あらすじ〕

  ハワイ(オアフ島)でコーディネイター(ツアーガイド)をしている弓削大輔(山田孝之)はある
 日、カフェ<KENEKE'S GRILL>で藤島瑠衣(長澤まさみ)という女性と出会い、恋に落ちる。翌日、同
 じカフェで会った瑠衣は大輔のことを覚えていなかった。実は彼女は交通事故の後遺症で新しい記憶
 が1日で消えてしまう短期記憶障害を負っていた。彼女を思う父親の健太(佐藤二朗)と弟の慎太郎
 (太賀)はその事実を隠していて、事情を知った大輔は毎日、彼女に愛を告白する。

 他に、ムロツヨシ(ウーラ山崎=大輔の親友、食堂を経営)、勝矢(味方和彦=大輔がアルバイトをして
いる旅行ガイド会社の社長)、山崎紘菜(高頭すみれ=同じく社員)、大和田伸也(名取医師=瑠衣の主治
医)、Myhraliza G.Aala(スー=カフェ<KENEKE'S GRILL>の店員=瑠衣の母の親友だった)、Blake“Brutus”
La Benz(ニック=同)、ミッキー・カーチス(同店の馴染客)などが出演している。
 寺尾聡が演じた博士は記憶が80分しか持たないので、1日は大丈夫な瑠衣よりも重症である。もっとも、
当該作品において登場するトムは10秒しか持たない。したがって、<I am Tom.>を連発していた。瑠衣には、
「ゴールドフィールド症候群」という病名が付いていた。星座(大輔は天文学を研究している)と恋と記憶
喪失とハワイ……何というロマンチックな組み合わせだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『私が棄てた女』(監督:浦山桐郎、日活、1969年)を観た。この映画は「家族研究への布石
(映像篇02)」に登録済みで、再見ということになるが、40年以上も前に観たきりなので、まったく記憶
から抜け落ちていた。すなわち、初見とほぼ変わりない。浦山桐郎の会心作と言ってよく、こころに重く響
く映画である。また、原作(『わたしが・棄てた・女』)の遠藤周作の小説も映画化に成功している作品が
多く、当該作もその一つである。ちなみに、浦山桐郎監督の鑑賞済み作品、同じく遠藤周作原作のそれを以
下に挙げてみよう。

   浦山桐郎監督の作品

  『キューポラのある街』、監督:浦山桐郎、日活、1962年。
  『非行少女』、監督:浦山桐郎、日活、1963年。
  『私が棄てた女』、監督:浦山桐郎、日活、1969年。
  『青春の門』、監督:浦山桐郎、東宝映画、1975年。

   遠藤周作原作の作品

  『私が棄てた女』、監督:浦山桐郎、日活、1969年。
  『沈黙 SILENCE』、監督:篠田正浩、表現社=マコ・インターナショナル、1971年。
  『真夜中の招待状』、監督:野村芳太郎、松竹、1981年。
  『海と毒薬』、監督:熊井啓、「海と毒薬」製作委員会、1986年。
  『深い河』、監督:熊井啓、「深い河」製作委員会=仕事、1995年。

 それぞれ4本と5本観ているが、それなりの手応えがあった作品ばかりである。これらの作品群の中で、
とくにこの1本を挙げるとすれば、『海と毒薬』が最も印象深い。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。なお、<Movie Walker>や<ウィキペディア>の記事には、けっこう事実誤認の部
分があるので、訂正しておいた。たとえば、小林トシ江ではなく、トシエ。阪口美奈子ではなく、坂口。八
郎やキネは森田姓ではない、など。さらに、園佳也子は出演していないと思う。

   〔解説〕

  遠藤周作の原作『私が棄てた女』を、『若者たち』の山内久が脚色、『非行少女』以来五年ぶりに
 浦山桐郎が監督した。撮影は『男の掟』の安藤庄平。

   〔あらすじ〕

  自動車の部品会社に勤める吉岡努(河原崎長一郎)は、専務の姪の三浦マリ子(浅丘ルリ子)との
 結婚を控えていたが、あまり楽しくはなかった。かつては学生運動に青春を燃やした自分が、いまは
 刹那的な快楽と利益を追う並みの人間の一人になっているのを自覚していたからだ。ある夜、努は旧
 友の長島繁男(江守徹)のアドヴァイスを受けて、防衛庁に努める長嶋の友人の太田(山根久幸)の
 接待のお相伴としてクラブの女を抱いた。実は、その女は森田ミツ(小林トシエ)の友人で、深井し
 ま子(夏海千佳子)といった。そのしま子から努はミツの噂を聞いて愕然とした。彼女は、努が学生
 時代に遊び相手として見つけた女工だった。愛情もなく、肉体だけのつながり、将来への希望もない
 中で努が肉体だけを楽しむだけ楽しんだ上、海岸におきざりにして逃げてきた女、それがミツだった。
 下宿も替えた努に、ミツが胎児を中絶したことなど知る由もなかった。こうしてミツとの関係を断っ
 てから、努は今の会社に勤め、マリ子から愛された。社長一家との顔合せに向かう途中で努は偶然ミ
 ツを見かけ追いかける。突然の再会にミツは泣き崩れるのだった。顔見せの宴で努はしたたか泥酔し
 たが、それでもマリ子の愛は変らなかった。しかし、努の心には、ミツを無残に見捨てたことへの慚
 愧の思いがあったのだ。とにかく、努はマリ子と結婚した。一方、ミツはその頃、借金をかかえて失
 意の日を送っていたが、女工時代からの仲間でもあったしま子から努の結婚のニュースを聞いた。そ
 れでも彼女は努との思い出を大事にしているのだった。ミツはひょんなことから知り合ったキネ婆さ
 ん(岸輝子)の入った養老院に住み込みで働くようになる。その頃、努は都心のアパートに新居を構
 えたが、何かしっくりゆかなかった。ある日、努は業者の接待にきたホステスのしま子からミツの近 
 況を聞きミツに会った。その日二人は結ばれたが、その様子をしま子の情夫の武隈(江角英明)が撮
 影していた。やがてマリ子の許にかつて努がミツに送ったラブレターが送られてきた。かねてから不
 審に思っていたマリ子は、養老院で働くミツを訪ね、手切金をつきつけたが、手紙はしま子の仕業だ
 ったのだ。それに気づいたミツはしま子から写真のネガを奪って焼いた。そして怒る武隈に窓から外
 に逃げようとしたミツは転落死する。努は彼女の死を知って始めて、ミツを本当に愛していたことを
 知った。それを告げられたマリ子は努を罵倒してアパートを出て行く。努の悪夢が始まる……。妊娠
 を告げられたマリ子がアパートに戻ると、努とキネ婆さんの息子の八郎(加藤武)が将棋を指してい
 る。ミツの写真と手紙を燃やしたマリ子はつぶやく。「ミッちゃん。何故あなたは死んだのか。何故
 あなたはもっと生きつづけて私を苦しめなかったのか……」。

 他に、加藤治子(三浦ユリ子=マリ子の母)、辰巳柳太郎(清水修一=吉岡が務めるシミズ自動車の社長)、
織賀邦江(清水綱子=その妻)、大滝秀治(清水修造=シミズ自動車専務)、北原文枝(清水友枝=その妻)、
中村孝雄(清水修巳=修一の息子)、坂口美奈子(清水由起子=修巳の妻)、小沢昭一(大野義雄=吉岡の
同僚)、佐々木すみ江(沖縄料理「てる」の女将)、遠藤周作(産婦人科医)、佐野浅夫(堕胎医)、露口
茂(刑事)、浜村純(しま子の手引きでミツの春を買おうとした男)などが出演している。なお、配役の一
部は推定である。
 長島の台詞で面白いのがあった。吉岡に向って、いわく、「そろそろ日本だって車乗り回す奴と、その掃
除でもする奴とで分かれてくるんだからな」である。まさに、「勝ち組」と「負け組」の格差社会を予言し
たような台詞であった。また、吉岡の台詞も意味深であった。マリ子に向って、いわく、「ミツは俺さ。俺
はミツじゃないが、ミツは俺だよ」である。ミツの吉岡に対する純粋な愛を表現している言葉であろう。な
お、この作品は、『愛する』(監督:熊井啓、日活、1997年)と題名を変えてリメイクされている。酒井美
紀が森田ミツを、渡部篤郎が吉岡努を演じている由。<ウィキペディア>によれば、「内容はほぼ原作に沿っ
ているが、時代設定など現代風にアレンジされている」由。観たい映画のひとつであるが、今のところ小生
は未見である。
 ところで、原作と当該映画とではだいぶ物語が異なる。よって、以下に、原作のあらすじを挙げておこう。
これも、<ウィキペディア>のお世話になる。執筆者に感謝したい。

   〔原作『わたしが・棄てた・女』のあらすじ〕

  大学生の吉岡努は、拾った芸能雑誌の文通欄に名前のあった森田ミツと知り合い、2度目のデート
 の際、裏通りの安旅館に連れ込み強引に体を奪う。しかし、やや小太りで田舎臭いミツに魅力を感じ
 るどころか嫌悪感すら覚えた吉岡は、以後一切彼女に会わなくなった。吉岡を一途に愛し続けるミツ
 であったが、彼女の手首には赤いあざがあった。
  大学を卒業した吉岡は、勤め先の社長の姪である三浦マリ子と親しくなり、かつてマリ子がミツと
 共に同じ製薬工場で働いていたことを知る。さらに当時開業したばかりのトルコ風呂へ行き、ミツが
 ここでも働いていたとトルコ嬢から知らされる。気になった吉岡は、ある日ミツと再会するが、彼女
 はハンセン病の疑いから御殿場の療養所に入所しなければならないと涙ながらに訴える。そんなミツ
 に対し吉岡は御座なりな言葉をかけ、逃げるようにその場を立ち去った。
  始めは療養所に強い抵抗を抱いていたミツであったが、その環境にも次第に溶け込むようになり、
 程なくして自身のハンセン病は誤診だとが分かる。それまでにない喜びを感じ東京へと戻ろうと御殿
 場駅で汽車を待つミツだったが、そこで偶然にも三浦マリ子と再会する。近々結婚すると幸せそうに
 話すマリ子を見て、ミツは言い知れぬ孤独感に苛まれ、奉仕の日々を送る修道女たちを手伝うために
 自ら療養所へと戻ってしまう。
  マリ子と結婚した吉岡は、ミツのことが気になり療養所宛に年賀状を送る。しばらく経った頃に一
 人の修道女から長い文面の返事が届き、年末にミツが交通事故で死亡したことを知る。その手紙には、
 ミツが死ぬ間際に遺した「さいなら、吉岡さん。」という言葉が記されていた。

 ところで、当該作品は公開されるかお蔵入りになるかでもめた作品だそうだが、小生はいつどこで観たの
だろうか。1969年封切なので、小生は中学校3年生だったころである。映画の内容からして、もしかすると
母親と一緒に観たのかもしれない。もしそうだとすれば、母親はその題名に惹かれたのだと思う。
 次に、『悪魔の部屋』(監督:曽根中生、にっかつ、1982年)の感想文を記そう。幻の映画復刻レーベル
DIGのコマーシャル(『私が棄てた女』の特典映像)を観ていたときに、この映画は鑑賞済みであることに気
づいたのである。日活ロマンポルノの1本として公開されているが、封切のときに観たのか、あるいはヴィ
デオ化(DVD化ではない)されたときに観たのか定かでない。1982年と言えば、小生は薹が立った大学3年生
のころ(28歳くらいか)で、勉強ばかりしていたので(文字通りに受け取ってほしい)、ポルノ映画を観た
とは思えない。したがって、やはり、後年になって、レンタル・ヴィデオで観たのだと思う。もっとも、こ
の映画を観た動機が、ジョニー大倉と中村れい子の組合せに惹かれたからだと思う。前者(キャロルのメン
バーとしてではなく、役者として)は、『遠雷』(監督:根岸吉太郎、にっかつ=ニュー・センチュリー・
プロデューサーズ=ATG、1981年)で、後者は『水のないプール』(監督:若松孝二、若松プロ、1982年)で
印象付けられている。しかしそうなると、やはり公開のときに観ているのだろうか。今となってはどうでも
いいことであるが……。とくに、中村の容貌は小生の好むところだったので、「タモリ倶楽部」(テレビ朝
日、1983-84年)での登場を喜んだ記憶がある(ときどき、この番組は観ていたはず。しかし、TVを所有し
ていなかった小生は、いったいどこで観ていたのだろうか)。だとすれば、やはり公開のときに観ているの
か。そうだとすれば、「勉強ばかりしていた」というのは小生の記憶のすり替え以外には考えられない。案
外、勉強の合間にポルノ映画を見に行っていたのかもしれない。まったく記憶にないけれども……(笑)。
ところで、『復讐するは我にあり』(監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1979年)の主人公・榎津厳(緒形
拳)が学者に化けたときに発した台詞である「学問の前後左右に女あり」を思い出した。浅野ハル(小川真
由美)に、「学者さんも女を買うんですか」と訊かれたときに出た台詞だったような気がする。これも記憶
違いかもしれないが……。いずれにしても、もう遠い昔の話である。
 さて、この映画も物語を記しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  呪われた出世の秘密をかかえて復讐に燃える男とその犠牲になる女の官能と破綻を描く笹沢左保の
 同名小説の映画化。脚本は曽根中生と佐伯俊道、監督は『太陽のきずあと』の曽根中生、撮影は『快
 楽温泉郷 女体風呂』の水野尾信正かそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  日本のホテル王として君臨するシルバー興業会長・伏島京太郎(内田良平)の御曹司・裕之(堀内
 正美)と結婚した世志子(中村れい子)は、何不自由ない優雅な日々を送っていた。しかしその幸福
 が根底から崩れる日がやって来た。夫の部下だと名のる男に連れ出され、義父がオーナーをつとめる
 ホテルの一室に監檻され犯されたのだ。何度も逃亡を試みるが、男の獣のような欲望の前には屈せざ
 るを得ず、強制的な凌辱の日々が続いた。男は、中戸川不時(ジョニー大倉)と名のり、京太郎の悪
 辣非道な事業拡張のために旅館を経営していた一家は離散を余儀なくされ、両親は自殺したと告白す
 る。世志子も、伏島一族の世間体をはばかるばかりの冷淡な態度に、自分の内で何かが変わったこと
 を知る。数日後、中戸川は、京太郎に身代金を要求しホテルに呼び出した。取引きの最中、喘息の持
 病持ちの京太郎が常用しているカプセルに毒物を混入し、新聞は中戸川の思惑通り、出張先で京太郎
 が死亡したことを伝えた。翌日、中戸川は身代金を世志子名義にした預金通帳を渡し、二人で新たに
 旅立とうといった。世志子も、中戸川との新生活を夢見、新しい生命が宿っていることを告げた。中
 戸川はその言葉を聞いて茫然とした。実は、京太郎こそ中戸川の実父で彼は強姦によってこの世に生
 を受けたのだ。その屈辱的な出世を呪い、実父を処刑したはずであった彼が、今同じことをしてしま
 った。中戸川は自分を処刑しなければもはや実父殺しの正当性がなくなると叫び、ホテルの部屋から
 飛び降りた。

 他に、岩崎優子(中戸川綾子)、河西健司(中戸川洋介)、成瀬昌彦(松原)、中村まり子(家政婦)な
どが出演している。いわゆる「監禁もの」であるが、その状況から愛が芽生えるのは、やはり「ストックホ
ルム症候群」に関係があるのだろうか。これも判然としない。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、報告しよう。1本目は、『白日夢』(監督:愛染恭子/いまおかしんじ、アー
トポート=ベルヴィー、2009年)である。原作は谷崎潤一郎の戯曲で、4度映画化されている由。<ウィキペ
ディア>に詳細な記事があるので、先ずはそれを引用してみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変もし
くは割愛したが、ご寛恕を乞う。


 *********************************************

   〔解説〕

 『白日夢(はくじつむ)』は、谷崎潤一郎の戯曲。全4幕から成る。歯科の治療を受けに来た青年が同じ
患者の美しい令嬢を見るうち、麻酔の昏睡の中で白日夢を見る物語。1926年(大正15年)、雑誌『中央公論』
9月号に掲載された。
 1922年(大正11年)発表の戯曲『白孤の湯』と『白日夢』を元に書いたヌードショーのレヴュー『白日夢』
は、1959年(昭和34年)2月から5月まで、谷崎のお気に入り女優・春川ますみ出演で日劇ミュージックホー
ルで上演された。
 『白日夢』の翻案作品はこれまで4度の映画化があり、最初の1964年(昭和39年)版は映画化の際に、監
督・武智鉄二の脚本が掲載された雑誌『シナリオ』に、谷崎が「『白日夢』の映画化に寄せて」という一文
を贈っている。この映画は警視庁が映倫にカットを要請し、猥褻映画として有名になった。1981年(昭和56
年)版は佐藤慶と愛染恭子による本番が話題となった。

   〔原作のあらすじ〕

  第1幕

  夏の昼間、都会の或るビル6階にある歯科医院では、様々な患者が虫歯の治療を受けている。治療室
 には手術台が2台あり、待合室からは治療室の様子が見え、両室の間に受付の机と椅子があり、治療
 室の奥のドア付近に長椅子がある。
  歯科ドクトルが2台の手術台の患者を交互に診て治療をこなしていく中、ある青年患者が待合室に
 入って来た。顔が青白く痩せている貧乏な洋画家風の青年は神経質そうに、他の患者が血に真っ赤に
 染まったうがい水を吐き出す様子に怯え、目を覆ったりしていた。
  そこへ1人の若く美しい令嬢が待合室にやって来た。色白でおとなしそうな令嬢は黒っぽい単衣を
 着ていて、胸や臀部の肉づきが着物の上からも窺われた。青年はすっかりその令嬢の方に目を奪われ
 た。俯きながらも青年の凝視を感じる令嬢は、着物の襟などを気にしている。
  「葉室さん」と呼ばれた令嬢が先に治療室に入り、次に青年が「倉橋さん」と呼ばれて手術台にか
 けた。不安そうな青年の横では、令嬢が上の前歯の裏側に金を詰める治療をしていた。やがてドクト
 ルが青年の方に来て、抜歯のためにノボカインを注射した。眼を閉じた青年は両手を上げ、物を探る
 ように指をワナワナさせ、やがて眼を閉じたまま戦慄が止んだ。
  治療音の響く中、令嬢の顔が蒼白になり、脳貧血で意識を失った。あわてたドクトルと看護婦2人
 が、急いで介抱している様子を、青年は眼を見開いてそっと見た後、また目を潰えた。令嬢は長椅子
 の方に運ばれて、帯や襟を緩められて寝かされた。青年はドクトルに虫歯を抜かれ、顔面蒼白になり
 気が遠くなった。
  瞑目した青年が昏睡状態になったことを確認して怪しい笑みを一瞬浮かべたドクトルは、看護婦2
 人に外ドア付近に誰もいないこと見回らせた後、令嬢にマスクをかけクロロホルムを滴らせた。ドク
 トルから指示された看護婦2人は昏睡した令嬢を奥の部屋に運んでいった。

  第2幕

  夜の大百貨店の屋上庭園らしき所で納涼展覧会が行なわれ、中央の噴水前の植木鉢が並ぶ所々のベ
 ンチの一つに、何かを待つように息を凝らして倉橋青年が座っている。やがて浴衣を着た葉室令嬢が
 両親と一緒に現われ、景色を展望しているが、時々周囲を気にしていた。そこへドクトルが夫人と10
 歳くらいの息子を連れてやって来て、令嬢と目配せしたのを青年は見ていた。
  お互いの家族が展望に夢中になっている中、ドクトルと令嬢はその場を抜け出し、青年は2人の跡
 を追った。それぞれの家族が、行方不明になった娘や夫を捜して去っていくと、再びドクトルと令嬢
 がそこへ戻って来た。ドクトルはすでに自分のものになっている令嬢とどこかで密通するために予約
 の電話をかけに行った。
  ベンチで1人待っている令嬢の前に青年が現われ、悪いドクトルから令嬢を救おうと、ベンチの前
 に跪き令嬢の手を取って説得した。青年は、「彼奴があなたを誘惑したんだ」と訴え、令嬢を罠にか
 けた悪魔のドクトルを殺すと宣言する。その言葉を物影で聞いていたドクトルは、気味の悪い嘲笑を
 浮べていた。

  第3幕

  日中の大阪の心斎橋筋のような、静かで人通りの賑やかな街路の中央に、令嬢の屍骸が仰向けに横
 たわっている。令嬢は黒い単衣を着ていて、乱れた着衣の襟元と手首に血痕があるが、顔は安らかに
 眠っているかのようであった。しかし街路沿いの商店では日常と同じように通行人が品物を見たり、
 店の小僧が自転車で出かけたりしている。
  そこへ、刑事と巡査が青年の腕を抱えながら、屍骸の前にやって来た。青年の髪や服装は滅茶苦茶
 になり、手には血のついた短刀があった。何故女を殺したのかと刑事が問いただすと、青年は、この
 女は僕を欺いたと叫び、妻子ある男と不義をした「淫婦」だと大声で連呼した。それに気づいた通行
 人たちは、いっせいに令嬢の屍骸と青年を取り巻き、「人殺し!」と口々に罵り、青年の「淫婦」の
 連呼と相重なる。

  第4幕

  第1幕と同じ歯科医院の治療室で、意識を回復した令嬢が身支度を整え、長椅子に座っている。青
 年は手術台の上で寝かされ、アンモニアによりドクトルと看護婦2人に介抱されていた。ドクトルは
 青年にブランデーを飲ませて、手術台を立て起した。
  一方、完全に回復した令嬢は立ち上がってドクトルにお礼の挨拶をし、医院を後にした。青年の方
 は、少し休んでいくようにドクトルに促され、令嬢の去った後の長椅子によろよろと進んでいった。
 すでに待合室にいた新しい患者らが治療室に入り、ドクトルは治療のため手を洗い始めた。

   〔登場人物〕

  歯科ドクトル:35、6歳。面長の色白で背が高く、髪の毛が濃い。白衣の下にはリンネルのスッキリ
         したパンツを穿き、白い靴下で黒の短靴。無表情で終始冷静な態度。
  看護婦AとB:20歳前後。2人とも美人ではないがクリクリとした丸顔で同じようなタイプ。化粧
         っ気がなく、赤茶けた髪をひっつめに結い、たくしあげた袖から肉感的な腕、裾の
         下からは逞しい脛と太い素足が見える。純白の衣と対照的な粘土色の肌が蠱惑的で、
         黒人の奴隷女を思わせる。顔面の筋肉が動かず無愛想で機械的に人形のように働い
         ている。
  青年:26、7歳。貧乏な洋画家風の服装。痩せて青白く陰鬱な表情。名前は倉橋。
  令嬢:18、9歳。端正な鼻と涼しい瞳。柔和で気品のある丸顔。慎ましやかで内気な態度。非常に色
     白で口紅が際立つ。髪は漆黒でツヤツヤしているが薄めで、濡れた絹のように頭に密着して
     いる。黒っぽい明石の単衣の着物。小さな白金のダイヤの指輪をしている。名前は葉室。
  他の患者たち:治療を嫌がり泣きわめく6、7歳の男児とその祖母らしい婦人。和服の老紳士。34、
         5歳の会社員風の男(中村)。口の中の膿で右頬がひどく腫れた15、6歳のニキビだ
         らけの少年丁稚(小池)。その他3名

   〔白日夢の中〕

  青年:歯科医院の時と同じ服装。令嬢をドクトルから救おうと意気込む。殺した後は令嬢に欺かれ
     たと叫ぶ。
  令嬢:名前は葉室千枝子。百貨店の屋上庭園の場面では浴衣姿。両親やドクトルの妻への後ろめた
     さや堕落を感じながらも、ドクトルを好きになっている。心斎橋筋の場面では、歯科医院の
     時の着物と同じ恰好で屍骸になっている。
  歯科ドクトル:妻子持ち。すでに令嬢を犯している。お互いの家族を騙して令嬢との密通の機会を
         作る。正義漢の青年の様子を蔭で見て、薄気味悪い嘲笑を浮べる。
  令嬢の両親:真ん中に娘を挟んでベンチに座る。
  歯科ドクトルの妻子:妻は27、8歳。子供は10歳くらいの男の子。
  その他の人々:屋上の納涼客。青年を逮捕して取り押さえている刑事や巡査。街路や商店街の通行
         人たち。

   〔レヴュー化〕

  7周年記念・グラン・ヌ・フォリース『白日夢』
  1959年 2月26日-5月5日 日劇ミュージックホール
  演出・構成:丸尾長顕
  出演:小浜奈々子、春川ますみ、ほか

   ※ 『白孤の湯』と『白日夢』を混成したヌードショー。プログラムには、「観客になって楽しみ
    たい」という谷崎潤一郎の談話が寄せられている。春川ますみは谷崎の希望で出演となった。

   〔映画化〕

  1964年版『白日夢(Daydream)』
   監督:武智鉄二
   脚本:武智鉄二
   出演者:路加奈子、石浜朗
   音楽:芝祐久
   配給:松竹
   公開:1964年6月21日
   上映時間:94分

 公開時の惹句は、「獣性の歓喜にのたうつ白い女体! セックスの本質を衝く!」である。芸術か猥褻かで
物議をかもした作品である。

  キャスト

  路加奈子:歌手・葉室千枝子
  石浜朗:青年画家・倉橋
  花川蝶十郎:ドクトル
  松井康子:看護婦
  小林十九二:患者の老人
  小沢茂美:患者の少年
  坂本武:デパートの守衛
  吉田道紀:クラブのボーイ
  御木きよら:煙草売りの女
  奈良あけみ:患者の美女
  三鬼陽之助:通行人
  ほか

  スタッフ

  監督:武智鉄二
  企画:武智鉄二
  原作:谷崎潤一郎
  脚本:武智鉄二
  撮影:菅沼正義
  美術:芥川敏
  編集:金子半三郎
  音楽:芝祐久

  1981年版『白日夢』
   監督:武智鉄二
   脚本:武智鉄二
   製作:池俊行、前田有行
   出演者:佐藤慶、愛染恭子
   音楽:芝祐久
   撮影:高田昭
   編集:佐藤浩
   配給:松竹
   公開:1981年9月12日
   上映時間:110分
   配給収入:5億円

  キャスト

  佐藤慶:ドクトル
  愛染恭子:葉室千枝子
  勝然武美:青年・倉橋順吉
  川口小枝:看護婦
  矢生有里:同
  川口千枝:美しい女
  殿山泰司:守衛
  茂山千五郎:浮浪者
  ほか

  スタッフ

  監督:武智鉄二
  製作:池俊行、前田有行
  原作:谷崎潤一郎
  脚本:武智鉄二
  撮影:高田昭
  美術:小澤秀高
  編集:佐藤浩
  音楽:芝祐久
  助監督:荒川俊昭

  1987年版『白日夢2』
   監督:武智鉄二
   脚本:武智鉄二
   出演者:愛染恭子
   撮影:杉村博章
   配給:松竹
   公開:1987年2月7日
   上映時間:90分

  キャスト

  愛染恭子:葉室千枝子
  霧浪千寿:錦戸さかえ
  速水建二:田之辺慎吉
  谷口真樹:看護婦A
  松岡愛子:看護婦B
  金子英明:車掌
  菅貫太郎:ドクトル

  スタッフ

  監督:武智鉄二
  脚本:武智鉄二
  撮影:杉村博章

  2009年版『白日夢』
   監督:愛染恭子、いまおかしんじ
   脚本:井土紀州
   出演者:西条美咲、大坂俊介
   音楽:碇英記
   製作会社:アートポート、ベルヴィー
   配給:アートポート
   公開:2009年9月5日
   上映時間:80分

 2010年(平成22年)春より新東宝配給にて、全国の成人映画館にてピンク映画と同時上映の形で拡大上映
もされた。この2009年版は設定・ストーリーとも原作に大幅な変更が加えられている。
 当作品は本番であるかどうかは謳っていないが、愛染監督により、大坂俊介・坂本真ら濡れ場を担当する
男性俳優に前貼りを貼らずにセックスシーンを演じさせるという独自の演出手法で官能シーンを撮り上げた。

  キャスト

  西条美咲:葉室千枝子
  大坂俊介:倉橋誠一
  鳥肌実:日高
  小島可奈子:日高さゆり
  坂本真:宇波弘樹
  福永ちな:村井敦子
  姑山武司:青年
  渡会久美子:久美子
  飯島大介:沼田
  菅田俊:露木

  スタッフ

  監督:愛染恭子、いまおかしんじ
  製作:松下順一、窪田一貴
  プロデューサー:小貫英樹
  企画:加藤東司
  原作:谷崎潤一郎
  脚本:井土紀州
  撮影:田宮健彦
  美術:羽賀香織
  編集:目見田健
  音楽:碇英記
  照明:藤井勇
  録音:沼田一夫
  助監督:伊藤一平
  制作協力:円谷エンターテインメント
  制作:本田エンターテインメント

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 以上である。レビュー化の際の演出・構成として丸尾長顕の名前が見えるが、何十年ぶりかで出会った名
前である。

 1981年版の『白日夢』が公開されたとき、ハードコアという触れ込みで、『愛のコリーダ』(監督:大島
渚、アルゴスフィルム=オセアニック=大島渚プロ、1976年)と同様、かなり話題となった。もっとも、小
生は未見である。原作も読んでいないので、当該作品(2009年版)が「文芸映画」に値するかどうかは判然
としないが、小生の見立てではよくあるタイプの「ピンク映画」としか言えない。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  谷崎潤一郎の戯曲を映画化した官能作。1981年版で主演し、一大センセーションを巻き起こした愛
 染恭子と、ピンク映画界の鬼才いまおかしんじが共同監督を務めてリメイクした。

   〔あらすじ〕

  警官の倉橋誠一(大坂俊介)はある日、空き巣の通報を受け、美しく清楚なたたずまいの女性・葉
 室千枝子(西条美咲)と出会う。後日、歯科医院で助手として働く千枝子と再会し、いつしか恋心を
 抱くようになるが、彼女は歯科医の日高(鳥肌実)と不倫関係にあった。

 他に、菅田俊(露木=興信所の探偵)、小島可奈子(日高さゆり=歯科医日高の妻)、坂本真(宇波弘樹=
倉橋の同僚警官)、福永ちな(村井敦子=沢村千尋〔葉室千枝子の本名〕の親友)、姑山武司(青年)、渡
会久美子(久美子)、飯島大介(沼田=不動産屋)などが出演している。
 鳥肌実は『タナカヒロシのすべて』(監督:田中誠、プログレッシブピクチャーズ=ジェネオンエンタテ
インメント=ヒューマンコミュニケーションズ=バップ=ネルケプランニング=グレコジャパン=小椋事務
所、2004年)での個性的な演技で覚えた俳優だが、この作品では別に彼でなくてもよいと思った。大物俳優
の菅田俊もけっこう重要な役で登場するが、マロン・パフェを食べるシーンが面白かった。いかつい風貌と
のギャップが笑いを誘うのだろう。さて、作品そのものついての感想だが、一応大人のファンタジーだけれ
ども、かなり「支離滅裂」になっていた。その辺りの処理をもう少し丁寧にしてほしかった。
 2本目は、『何者』(監督:三浦大輔、映画「何者」製作委員会〔東宝=アミューズ=電通=ジェイアー
ル東日本企画=朝日新聞社=KDDI=日本出版販売=ローソンHMVエンタテイメント=GYAO〕、2016年)である。
大学生のいわゆる「就活」奮闘記だが、それなりに工夫が織り込まれていて面白く鑑賞した。ここ数年、小
生のゼミ生は順調に就活をこなしているので、あまりその点で頭を悩ませることはないが、当事者にとって
は身につまされる物語ではなかろうか。ところで、「就活」とい耳慣れない言葉を知ったのはいつ頃だった
だろうか。初めて耳にしたとき、「焼売のカツ」を連想した。たぶん、10年以上前のことであろう。蛇足な
がら、「合説(=合同説明会)」という言葉が学生の口から発せられたとき、それを聞いた小生は「豪雪」
を連想したことを記しておこう。
 DVDのBONUSとして、キャリアデザインスクール「我究館」の館長である熊谷智宏氏が映画の解説を務めて
いるが、けっこう参考になった。やはり、「就活」には上手と下手がいて、小生の目にも、この子は大丈夫
だけれども、あの子はちょっと……という具合に、学生には失礼ながらある程度の品定めができる。「コミ
ュ力(=コミュニケーション能力)」という言葉が登場するが、まさに小生もそれが一番大切だと睨んでい
る。いくら潜在能力が高くても、それを本人が表現に及ぶことがなければ、短い時間でその人の実力を量る
ことはできないからである。
 物語を確認しておく。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『桐島、部活やめるってよ』で注目を浴びた、直木賞作家・朝井リョウのベストセラーを映画化し
 た青春群像ドラマ。力を合わせて、就職活動に挑む5人の大学生たちが、自分が“何者”なのかを模
 索していく姿を描く。佐藤健、菅田将暉、有村架純ら若手実力派が多数共演し、等身大のキャラクタ
 ーに命を吹き込む。

   〔あらすじ〕

  演劇サークルで脚本を書いていた二宮拓人(佐藤健)、拓人が思いを寄せる田名部瑞月(有村架純)、
 瑞月の元カレの神谷光太郎(菅田将暉)、瑞月の友達の小早川理香(二階堂ふみ)、その同棲相手の
 宮本隆良(岡田将生)。5人は就職活動の情報交換のため、理香の部屋に集まるようになる。力を合
 わせて就活を進めるが、内定は決まらず、お互いの就活へのスタンスや取り組み方の違いに嫌悪感を
 抱き、人間関係に歪みが生まれていく。

 他に、山田孝之(沢渡=理科系の院生、内定はすでに出ている)などが出演している。5人プラス1人の
キャラクター分析と、上記の熊谷氏のコメントを以下にまとめておこう。

  二宮拓人:冷静分析系男子……強い夢を持っている
  田名部瑞月:地道素直系女子……現実順応型タイプ
  小早川理香:意識高い系女子……前に出過ぎるクラッシャー(議論を壊す人)
  神谷光太郎:天真爛漫系男子……コミュ力全開タイプ
  宮本隆良:空想クリエーター系男子……人と違う就活がしたい
  沢渡(サワ先輩):達観先輩系男子……理系の勝ちパターン

 さらに、携帯電話のツイッターの文字が何度も画面に出て来るが、気になったものを以下で挙げてみよう。
ちなみに、このような手法は、『(ハル)』(監督:森田芳光、光和インターナショナル、1995年)が嚆矢
だと思うが、当時感じた新鮮さはもはや色褪せている。もっとも、効果的であることは今でも変わりはしな
いが……。

 (二宮)合同説明会は、志望業界を決める場ではなく、自分の視野を広げる場所。そのために大切なのは、
     人気企業だけではなく、あまり知られていない企業のブースにも参加することだ。
 (二宮)webテストは時間配分がポイント。解けない問題は諦め、解けそうな問題に時間を回す。問題のレ
     ベルと自分の実力から「捨てる問題」と「拾う問題」をすぐに判断することが必要だ。
 (宮本)就活している人達は皆、地図を失っているように見える。大きな波に呑みこまれて、本来の自分
     を忘れている。がんばるがんばるって、何にために? 誰のために?
 (烏丸)この年になると、これまでの友達がみんな社会に出て行く。みんながんばれ。俺もがんばる。そ
     れを演劇で伝えようと思って、今日も舞台の上にいるよ。
 (二宮)自信があった面接で落ちたり、全然ダメだった面接で通ったり、就職活動には確固たるものさし
     がない。よって『内定』というものも、思いも寄らないタイミングで出るのかもしれない。

 その他、二宮の「裏ツイッター」も登場し、その方が本音が聴けて面白いのだが、ネタバレになるので、
ここでは割愛させていただく。なお、一番こころに残ったのは、サワ先輩の次の言葉である。

  「俺、ツイッターとかやってないからよく分んないけど、たった140字が重なっただけでさ、ギンジ
   と隆良一緒に束ねて片付けようとすんなよ。どっちかというとさ、ギンジはお前に似ているよ」。

 同感である。二宮はいつも自分を含めた周囲のことを冷静に観ているつもりだが、サワ先輩の目には、そ
うは映らないのである。たまにではあるが、小生も人物判断の場に駆り出されることがあるが、いつも気に
かけていることは、この人の自然体はどんなだろう、である。繕った言葉や表情に用はないからである。
 ところで、鑑賞済みなのに登録漏れしていた作品がひとつ判明した。『悪魔の部屋』(監督:曽根中生、
にっかつ、1982年)である。幻の映画復刻レーベルDIGのコマーシャルで鑑賞済みであることに気が付いた。


 某月某日

 DVDで邦画の『月と雷』(監督:安藤尋、「月と雷」製作委員会〔東映ビデオ=博報堂DYミュージック&ピ
クチャーズ=エー・チーム=日本出版販売=パラダイス・カフェ〕、2017年)を観た。原作が、『紙の月』
の角田光代だったので、TSUTAYAで借りてみた。最初はどうなるかと思っていたが、時間の経過とともに納得
のいく展開となり、いい感じで物語が閉じられていた。今年の鑑賞映画のテーマは「文芸映画」なので、そ
の意味でも有意義な鑑賞であった。原作を読んでいないので、機会があれば読んでみたい。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  直木賞作家・角田光代の同名小説を『海を感じる時』の安藤尋が映画化。結婚を控えた泰子の前に、
 かつて半年間だけ一緒に暮らしたことがある父の愛人の息子・智が現れる。これをきっかけに、2人
 は一緒に母親や異父妹、智の母・直子の元を訪ね歩くが……。出演は『終戦のエンペラー』の初音映
 莉子、『彼女の人生は間違いじゃない』の高良健吾。

   〔あらすじ〕

  “あたしはこれから普通の家庭を築き、まっとうな生活を重ねていく”。結婚を控え、そう考えて
 いた辻井泰子(初音映莉子)の前に、かつて半年間だけ一緒に暮らした父の愛人・直子(草刈民代)
 の息子・東原智(高良健吾)が現れる。20年前、直子と智が転がり込んできたことで、泰子の家庭は
 壊れたはずだった。根無し草のまま大人になった智は、再び泰子の人生を無邪気にかき回し始める。
 “邪魔しないであたしの人生”。普通の幸せを願っていたはずの泰子は、智とともに自分の母親、異
 父妹、そして直子を訪ねることで、平板だった自分の人生がたちどころに変わっていくことに気付き
 始める……。

 他に、藤井武美(佐伯亜里砂=泰子の異父妹)、黒田大輔(山信太郎=泰子の婚約者)、市川結衣(吉村=
泰子の同僚)、村上淳(辻井=泰子の父)、木場勝己(岡本=直子に声をかける男)、服部真湖(田中一代=
泰子の実母)などが出演している。
 細部が命の映画なので、実際に観てもらわないとニュアンスが伝わり難いと思う。現実に直子みたいな女  
性が存在するかどうかは分からないが、いても不思議ではないと思わせるところがミソだろう。草刈民代は
そんな女性をしれっと演じていた。主演の初音映莉子は、『ノルウェイの森』(監督:トラン・アン・ユン
〔Tran Anh Hung〕、「ノルウェイの森」パートナーズ〔アスミック・エース エンタテインメント=フジテ
レビジョン=講談社=産経新聞社=WOWOW=電通=住友商事〕、2010年)で、ハツミ(永沢の恋人)役を演
じていた。この泰子は、一見して流されるようなところがある一方、どこか芯の強い感じがいい。


 某月某日

 DVDで邦画の『三つの愛』(監督:小林正樹、松竹大船、1954年)を観た。同じ監督の同じ年に作った映画
なのに、前回観た『この広い空のどこかに』(監督:小林正樹、松竹大船、1954年)とはまったく様相の異
なる作品であった。後者がリアリズムの映画であるのに対して、前者はかなり観念的だからである。脚本の
違いがそのことに与っているのは明らかである。おそらくその脚本を書いた人の性別の違いも関係している
のではないだろうか。そんな気がしてならない。つまり、とかく男は観念に走りたがり、それとは対照的に、
女は現実にしがみつくのだから……。もっとも、脚本としては、圧倒的に後者が優っていると思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  小林正樹が『壁あつき部屋』に次いで、自ら書き下したオリジナル・シナリオにより監督する作品。
 撮影は『陽のあたる家(1954年)』の井上晴二。出演者は『ママの新婚旅行』の山田五十鈴、『陽は
 沈まず』の岸恵子、『伊豆の踊子(1954年)』の三島耕、募集少年の森昭治、細谷一郎などである。

   〔あらすじ〕

  高原の静かな村に大学教授をしながら細々生計を立てている翻訳家の志摩修平(山形勲)と幸(山
 田五十鈴)の夫婦が住んでいた。一人息子の平太(森昭治)はいわゆる「特異児童」で、蝶を追い鳩
 を愛し、鳥の鳴き真似をしては野山を駈けずり廻っていた。村の村会議員で造酒屋の松田孝造(進藤
 英太郎)の許へ中川郁二郎(細谷一郎)という笛の上手な少年が母親のふみ(望月優子)に連れられ
 て奉公にやって来た。学校へあげてやるというのは名ばかりで、ていのいいタダ奉公に雇われたので
 ある。何時かこの寂しい二人の少年は友達になるが、村人たちは何かと特異児童の平太をつまはじき
 にした。新しく小学校の音楽教師に赴任して来た里見通子(岸恵子)と教会の牧師で修平の友人の八
 杉神父(伊藤雄之助)だけが平太に優しくしてくれた。八杉は妻町子(文谷千代子)に裏切られたこ
 とから神に仕える身となったのである。通子にも西田信之(三島耕)という絵描きの恋人がいたが、
 貧しい二人には結婚さえ自由にならなかった。仕事の都合で、修平は東京へ転宅しようとする。しか
 し、幸と八杉に言われ平太のためこの土地に留まることに飜意した。八杉も町子の罪を許した。信之
 と通子とはお互いの愛情の中に美しく生きつづけた。郁二郎も貧しい母を考えて苦しい中に生き抜い
 ていた。しかし平太は小鳩を親鳩の許へ帰してやろうとして木から落ちて死んだ。平太の墓には「神
 の許に帰りし誠実な魂、小鳥を愛せしよき友」と刻まれた。平太の鳥が大空に放たれ、幸の目は涙に
 にじむ。どこからか歌声が聞えてくるようだ。いつの世にもただ真実に厳粛に生き抜いてゆく人間に
 のみ歌われる歓喜に寄せる歌声が……。

 他に、川口憲一郎(勇夫=郁二郎の弟)、桜むつ子(清子=孝造の妻)、日守新一(馬力引き)、末永功
(小学校の先生)などが出演している。

                                                 
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