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無印良品映画の頁(2)
日日是労働セレクト164
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第164弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト164」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『この広い空のどこかに』(監督:小林正樹、松竹大船、1954年)を観た。久々のエイジ映画  
である。少し盛り込み過ぎの感があるが、庶民の暮らしや気持がよく伝わる映画で、懐かしく感じた。脚本
を手掛けた楠田芳子の台詞回しがとてもよいと思った。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『三つの愛』の小林正樹が木下恵介の妹楠田芳子の脚本によって監督する。『荒城の月(1954年)』
 の松山善三が潤色し、『えくぼ人生』の森田俊保が撮影に当る。出演者は、『真実の愛情を求めて 
 何処へ』の佐田啓二、『二十四の瞳(1954年)』の高峰秀子、『悪の愉しさ』の久我美子、『君に誓
 いし』の石浜朗、小林トシ子のほか、田浦正巳、大木実、日守新一、浦辺粂子、三好栄子など。

   〔あらすじ〕

  森田登(石浜朗)は明るい夢見がちな青年だったが、彼の友人で苦学を続けている三井(田浦正巳)
 は、登の言葉を信ぜず、現実の生活に絶望していた。登の家森田屋酒舗は、川崎市で酒屋を営んでい
 るが、生活は楽ではなかった。ひろ子(久我美子)は森田屋の主人良一(佐田啓二)の許に嫁いで来
 たばかりだが、戦災で足が不自由になり、婚期を逸した義妹泰子(高峰秀子)や良一の義理の母しげ
 (浦辺粂子)の間でつらい立場にあった。職を探しに上京したひろ子の幼友達の信吉(内田良平)が、
 帰郷の前にひろ子を訪れた時、しげと泰子はひろ子と信吉のあいだをいろいろと臆測し、ひろ子のこ
 ころは激しく動揺した。しかし良一のやさしい理解のある態度に、ひろ子は必ず良一と幸せな家庭を
 築こうとこころに誓った。泰子は足が不自由という劣等感、彼女から去って行った恋人に対する憎し
 み、身障者同士を一緒にしようとする周囲の人々の態度などによって、冷たい、かたくなな性格にな
 っていたが、森田屋の昔の使用人俊どん(大木実)が泰子の足が不自由になった今でも昔と変らぬ愛
 情を持っているのを知ると、俊どんの故郷、赤石山麓に住み一緒に幸福を得たいと願った。泰子の希
 望を取り戻した明るい手紙を読み、またひろ子の心情を知ったしげは、次第にかたくななこころを解
 き、登の家には明るい笑顔がみられるようになった。

 他に、小林トシ子(房子=信吉の妹、カフェの女給)、中北千枝子(夏子=泰子の女学校時代の友人)、
日守新一(今井=近所の人。競輪と焼酎が好き)、光村譲(その息子)、棚橋マリ(息子の嫁)、三好栄子  
(近所の老婆。よく味噌を買いに来る)などが出演している。
 三好栄子扮する近所の老婆は嫁の悪口をしげにこぼすが、恋愛結婚反対論者である。現代でもそんな人が
いるかもしれないが、いればいたで骨董品扱いにされるであろう。「初めっからみんな自分のもんだって顔
して乗り込んでくるですよ、近頃の娘は……」などとのたまうが、しげにももちろんその傾向はある。「昔
の女はお嫁に来てから旦那を好きになったもんだ」などというような台詞がその証である。あるいは、「わ
たしらの頃の嫁は、姑に言われる前に先々のことに気を遣った」といったニュアンスの台詞もそうであろう。
しかし、その母親の気持を知ってか知らずか、登は「お母さんのときと同じじゃ女は助からない」といった
反論を試みる。その他、現代では滅びつつある生活形態(たとえば、酒や醤油は量り売り、洗濯は手洗い)
や、一般的な考え(たとえば、女の幸せは結婚にある)が随所に見られ、小生にとってはとても興味深かっ
た。なお、アルバイト、ガールフレンドといった外来語は普通に使われている。
 ものの値段等も参考になった。ニコヨンで働いている夏子の日給は300円だそうである。その夏子の息子が  
盲腸になって泰子に泣きついてきたとき、良一が差し出したお金は5,000円である(当時としては大金)。醤
油を一升売って儲かるお金は16円。お寺さんへのお布施は500円(登は高いと言った)。その登が本代と称し
て母のしげに無心した金額は1,000円。三井のアルバイト(家庭教師兼下男)は昼食付きで日給100円。彼は、
ラーメンを食べたこともない苦学生で、一日二食で頑張っている由。良一がひろ子のために買ってあげたセ
ーターが2,500円。鮭缶よりもコンビーフ缶の方が高価で、登と三井が「うまい」と言っていた。ひろ子がレ
シピを見ながら作った料理はカレーラースと酢豚。泰子の不幸話の背景に流れてくる音楽は、ベートーベン
のピアノソナタの8番(悲愴)。ひろ子がタンゴを良一とともに踊るシーンがあるが、そのときの曲はお馴
染みの「La Cumparsita(ラ・クンパルシータ)」。その他、競輪のシーン、プロ野球のシーン、貸しボート
のシーン、山歩きのシーン、お化け煙突のシーンなどが上手に組み込まれていた。ひろ子が考案した魔法の
ボール(それを受け取った人は、仕事が見つかったり、恋人ができたりする)も面白かった。それを素直に
受け容れてそのボール(もちろん、エア・ボール)を投げる良一も素敵である。その他、当時のさまざまな
風俗習慣(酒屋のツケ払いや御用聞きなど)を知ることができた。なお、しげの台詞である「商人は儲けは
薄いが、日銭が入って来るから何とかやっていける」とか「兄弟に一生面倒をみてもらう女は不幸せだ」な
ど、小生もだいぶ以前には何度も聞いたような台詞であった。おそらく、後のTVのホームドラマなどでさ
んざん用いられた台詞であろう。泰子の「(戦争のせいで)女は余っている」も、戦後の台詞としてはかな
り普遍的であったと思われる。三井の「アルバイトをしなきゃ、学校に行けない」や「こんな世の中で、せ
めて一所懸命になれるのは学問だけだな」も小生のこころに響いた。なお、森田屋で飲んでいる酔客の台詞
も面白かった。お代わりを注文したときの台詞で、「釣りはいらねぇから、味噌をくれ」である。そう言え
ば、小生の父親も、酒の肴が尽きたとき、よくネギ味噌を嘗めていたことを覚えている。


 某月某日

 DVDで洋画を2本観たので、報告しよう。いずれも京都のTSUTAYAで借りたDVDで鑑賞した。以前から観たか
った洋画で、それなりに満足した。
 1本目は、『現金に手を出すな(Touchez pas au grisbi, 1954)』(監督:ジャック・ベッケル〔Jacques
Becker〕、仏国=伊国、1955年)である。ジャン・ギャバン〔Jean Gabin〕の重厚な演技が決め手の映画であ
る。もっとも、現代人には少しかったるいか。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『肉体の冠』のジャック・ベッケルが一九五四年に監督したパリ下町映画。アルベール・シモナン
 の小説から、シモナン、『幸福の設計』のモーリス・グリッフ、ベッケルの三人が脚色した。撮影は
 『妄執の影』のピエール・モンタゼル、音楽は『巴里の空の下セーヌは流れる』のジャン・ヴィーネ。
 『愛情の瞬間』のジャン・ギャバン、『お尋ね者』のルネ・ダリー、『巴里の気まぐれ娘』のジャン
 ヌ・モロー、『情婦マノン』のドラ・ドル、リノ・ボリニらが出演する。

   〔あらすじ〕

  パリの裏町にマクス〔Max〕(ジャン・ギャバン)とリトン〔Riton〕(ルネ・ダリー)の、仲のよ
 い遊び人が住んでいた。二人はオルリ飛行場に運びこまれる五千万フランの金塊に目をつけその強奪
 に成功した。そしてほとぼりのさめるまで隠しておき、いずれ現金にかえるつもりだった。ところが、
 リトンがある日ナイトクラブの女ジョジ〔Josie〕(ジャンヌ・モロー〔Jeanne Moreau〕)にうっか
 り金塊のことを口走ってしまった。ジョジは麻薬密売のボス、アンジェロ〔Angelo〕(リノ・ボリニ=
 リノ・ヴァンチュラ〔Lino Ventura〕)の情婦だったのでマクスとリトンが金塊強奪犯人であること
 が筒抜けになってしまった。アンジェロは早速二人を捕えて金塊の隠し場所をつき止めようとしたが、
 マクスは逆にアンジェロの動向を探って彼の企みを知った。翌朝、マクスはリトンを足止めして臓品
 故買商の伯父ピエロ〔Pierrot〕(ポール・フランクール〔Paul Frankeur〕)を訪れ、金塊の処置を
 つけようとした。その留守中、リトンはジョジへ報復に行き、アンジェロ一味にひどい目にあわされ
 て拉致された。マクスは必死になってリトンの行方を探すが判らない。そこヘアンジェロから、五千
 万フランと引換えにリトンを渡すという電話がかかって来た。金か友情か迷った挙句、マクスはリト
 ンを救う決心をした。マクスは金塊を車に積みこんで指定の場所に赴いた。リトンと引換えに金塊を
 受けとったアンジェロはその場で二人(マクスとピエロ)を射殺しようとし、烈しい車上の射撃戦が
 始まった。そしてアンジェロの車は火を発して一命を失った。金塊はふたたびマクスの手に戻ったが、
 相棒のリトンは重傷、警官隊は刻々迫って来る。金か友情か、またしても迷ったマクスは、結局友情
 にひかれリトンを連れ、金塊を捨てて逃げのびた。しかし、重傷のリトンはついに絶命してしまった。

 他に、ドラ・ドル(ローラ〔Lola〕)、マリリン・ビュフェル(ベティ〔Betty〕)、 ドニーズ・クレー
ル(ブッシュ〔Bouche 〕 )などが出演している。いかにもフランス映画らしい味わいだが、意外にもフラ
ンス・ギャング映画の先駆け的作品の由。<ウィキペディア>にも、詳細な記事があるので、それを以下に引
用しておこう。執筆者に深謝。

   〔概要〕

  パリの暗黒街に生まれ育ち、ギャングたちの実情を熟知した異色の作家であるアルベール・シモナ
 ンが1953年に発表した同名ベストセラー小説が原作で、シモナン自身も脚本に加わっているが、原作
 に比べるとストーリーは映画向けに簡略化されている。"Touchez pas au Grisbi"という題名は原作で
 主人公が吐いた警告の言葉にちなむが、映画内ではこのフレーズは用いられていない。
  仲間同士の仁義を重んずる昔気質のやくざ者と、彼らに手段を選ばず取って代わろうとする新興ギ
 ャングたちとの金塊争奪にまつわる闘争を主題に、老いを迎えた闇の世界の男たちの寂寥をも描いた、
 アメリカ製ギャング映画とは異質なタッチの作品である。ギャング映画に付き物の銃撃戦などアクシ
 ョンシーンも含まれるものの、重点は登場人物同士の会話や行動を通じた細やかな心理描写に置かれ、
 枯淡な風格を備える作品となった。
  数日間の抗争過程の描写に無駄なく絞り込まれた脚本と、職人肌の監督であるベッケルの腕によっ
 て手堅く仕上げられ、主演のジャン・ギャバンにとっても第二次世界大戦後の代表作となった。また
 翌1955年の作品である『男の争い(Du Rififi chez les Hommes,1955)』(ジュールス・ダッシン
 〔Jules Dassin〕監督、仏国、1955年)と並んで、以後20年ほどに渡って隆盛を極めたフランス製ギ
 ャング映画のはしりともされている。ギャバンは以後最晩年まで、ギャング映画での大親分的な役柄
 での主役ないし準主役を多く演じることになる。
  プロレスラー上がりで負傷を機に俳優に転身したリノ・ヴァンチュラは、本作が本格的な映画初出
 演であり、映画公開当初は本名のリノ・ボリニ名義でクレジットされている。俳優としての経験は浅
 かったが、個性的な風貌で敵役を演じ、共演したベテランのギャバンからも称賛を受けた。ヴァンチ
 ュラもこの映画での成功で、1950年代後半以降のフランス製ギャング映画に欠かせない俳優の一人と
 なった。
  なお、"Grisbi"はフランスの俗語で「(せしめた)カネ、獲物、お宝」といったニュアンスを持つ
 が、日本語題名を付けるにあたり、これに敢えて「現金」という訳と「げんなま」という日本的俗語
 のルビを当てた名コピーライターが誰であったかはわかっていない(この日本語題は名邦題として評
 価は高く、後発になった小説の翻訳にあたっても流用されている)。日本でも公開当初からテーマ曲
 共々ヒットした。

   〔あらすじ〕

  ギャングのマックスとリトンは若い頃からの相棒であったが、初老にさしかかり、共にやくざ稼業
 からの引退を考えていた。最後の大仕事と、オルリー空港で5千万フランの金塊強奪に成功、ほとぼ
 りが冷めるまでマックスが隠し持っていずれ換金する計画であった(映画では強奪シーンは描写され
 ず、既に強奪が行われてからの顛末が描かれる)。
  静かな隠退生活を待ちながら素知らぬ顔で日々を送るマックスだったが、金塊をせしめた秘密を、
 日頃から不注意なリトンは自分の入れ込んでいたナイトクラブの若い踊り子・ジョジィに漏らしてし
 まう。実はジョジィは、売り出し中の麻薬密売組織のボス・アンジェロの情婦であり、マックスとリ
 トンはアンジェロから付け狙われる事になる。
  アンジェロの手の者から危うく難を逃れたマックスは、自身の隠れ家にリトンを匿い、彼の甘さと
 自分たちはもう若くはないという現実を諭すが、リトンは独断でアンジェロと対決し、拉致されてし
 まう。
  リトンの愚かさに苛立ちつつ、二人の腐れ縁を追想し、マックスは忸怩たる感慨に耽る。ほどなく
 アンジェロから、リトンと金塊の交換が持ちかけられてきた。
  これは罠に違いない、と悟ったマックスは、仁義なき振る舞いに及んだアンジェロを倒してリトン
 を救うため、旧友・ピエロらと共に、隠匿していたサブマシンガンと虎の子の金塊を携え、取引の場
 へ赴く。だが闘いの末に待っていたのは、勝利と呼ぶには余りにも苦い結末だった。

 小生も間もなく65歳を迎えることになるが、マクスの気持がよく分かる。もし、小生がマクスの立場であ
ったならば、やはり現金(げんなま)よりもリトン(親友)を取るだろう。リトンに向けて、「この間抜け
野郎!」と口走りながら……。
 2本目は、『ダーティハリー5(The Dead Pool, 1988)』(監督:バディ・ヴァン・ホーン〔Buddy Van  
Horn〕、米国、1988年)である。第一作の『ダーティハリー(Dirty Harry, 1971)』(監督:ドン・シーゲ  
ル〔Donald "Don" Siegel〕、米国、1972年)を観たのは、どこの映画館であったか。もしかすると、当時よ
く通っていた「銀座文化」だったかもしれないが、今となっては判然としない。ともあれ、一発で、クリン
ト・イーストウッド〔Clint Eastwood〕が演じるハリー・キャラハン刑事の虜になったことを覚えている。
もっとも、俳優としての彼のファンになったのは、日本では「マカロニ・ウエスタン」と言われた作品であ
る、『荒野の用心棒(PER UN PUGNO DI DOLLARI, 1964)』(監督:ボブ・ロバートソン〔Bob Robertson〕=
セルジオ・レオーネ〔Sergio Leone〕、伊国、1965年)や、『夕陽のガンマン(For a Few Dollars More,
1966)』(監督:セルジオ・レオーネ、伊国、1967年)などにおいてであろう。とくに、後者のマンゴー
〔Mango〕役はとても恰好よかった。なお、イーストウッドは、アメリカ合衆国のTVドラマである『ローハ
イド(Rawhide, 1959-1965)』にも出演しているが、小生自身が幼かったので、観てはいるが誰が出演して
いるのかは皆目分からなかった。それに、そんなことを意識する年齢でもなかっただろう。もっとも、『夕
陽のガンマン』を観たときも、マンゴー役がイーストウッドだったことなどつゆ知らず、後で気づいたこと
である。なお、一連のマカロニ・ウエスタンの作品において、エンニオ・モリコーネ〔Ennio Morricone〕が
音楽を担当しており、この両作品ともに、テーマ曲が素晴らしいことを付け加えておこう。
 さて、当該映画である。さすがにイーストウッドも老けたので(当時、58歳)、渋さは相変わらずだが、
ハリーの顔付はもう初老の様相であった。しかし、恰好よいことには変わりはない。5作目に当る作品があ
ることは知っていたが、これまで鑑賞の機会がなかった。いい頃合に観たとは思う。ジャン・ギャバン同様、
彼に老いが忍び寄っているからである。
 これも、物語等を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  自らも標的にされた連続殺人事件に立ち向かうハリー・キャラハン刑事の活躍を描く。「ダーティ
 ハリー」シリーズ4年ぶりの続編。製作はデイヴィッド・ヴァルデス、監督は『ダーティファイター 
 燃えよ鉄拳』のバディ・ヴァン・ホーン。スティーヴ・シャロン、ダーク・ピアソン、サンデイ・シ
 ョウの共同による原作をもとに、スティーヴ・シャロンが脚色。撮影は『ハモンド家の秘密』のジャ
 ック・N・グリーン、音楽は『ブラックライダー(1986年)』のラロ・シフリンが担当。出演は『ハ
 ートブレイク・リッジ 勝利の戦場』のクリント・イーストウッド、『アンタッチャブル』のパトリ
 シア・クラークソン、『容疑者(1987年)』のリーアム・ニーソンほか。

   〔あらすじ〕

  サンフランシスコ市警察の“ダーティハリー”ことハリー・キャラハン〔Harry Callahan〕(クリ
 ント・イーストウッド)刑事は、シスコ随一の賭博の元締ルー・ジァネロ〔Lou Janero〕(アンソニ
 ー・シャルノタ〔Anthony Charnota〕)を、持ち前の強引な方法によって逮捕したところであった。
 その模様はテレビを通じて報道され、ハリーは一躍市民の間で有名人となった。そのテレビをじっと
 見つめる人物がいた。そして、「死亡予想」と記された人物リストに、ハリーの名を書き込むのであ
 った。ハリーはその夜、ジァネロの部下に襲撃されるが愛用のマグナムであっさり片付ける。翌日、
 その西部劇まがいの銃撃戦を上司のドネリー部長〔Captain Donnelly〕(マイケル・カリー〔Michael
 Currie〕)やアッカーマン課長〔Lt. Ackerman〕(ダーウィン・グッドウィン〔Michael Goodwin〕)
 は非難するが、彼の新しい相棒として中国人のクワン〔Al Quan〕(エヴァン・キム〔Evan C. Kim〕)
 をつけることにした。早速殺人事件が起こった。殺されたのは低予算の恐怖映画に出演中の人気ロッ
 ク・アーティストで、致死量の麻薬を打たれていた。現場検証にクワンと駆けつけたハリーは、そこ
 で以前から彼の捜査方法に興味を持っていたという女性レポーターのサマンサ〔Samantha Walker〕
 (パトリシア・クラークソン〔Patricia Clarkson〕)に出会う。だが捜査には収穫はなかった。ハ
 リーとクワンは聞きこみにまわったチャイナ・タウンのレストランで4人のチンピラによる強盗事件
 に遭遇するが、見事に倒す。だがチンピラの流れ弾に1人の男が当たり死んでしまった。その男は死
 んだロック・アーティストが出演していた映画の経理を担当していた男だった。しかも、男は手に、
 「死亡予想」と書かれたリストを持っており、ロック・アーティストの名ばかりかハリーの名も書か
 れていた。ハリーは、その映画の監督のピーター・スワン〔Peter Swan〕(リーアム・ニーソン
 〔Liam Neeson〕)をマークするようになる。その間にも女流映画批評家のフィッシャーやテレビ司
 会者ノーランドら、いずれもリストに書かれた人物が殺されていった。遂に犯人の魔の手はハリーに
 及び、クワンと乗った車が爆薬を積んだリモコン・カーに追われ、クワンが重傷を追う。やがて犯人
 は、監督のスワンではなく、彼の狂信的なファンで分裂症と診断されたハーラン・ルーク〔Harlan
 Rook〕(デイヴィッド・ハント〔David Hunt〕)であることが分かるが、ハリーたちが彼のアパート
 に駆けつけた時には、ルークはすでに次の標的、サマンサをおびき寄せていた。ハリーはサマンサが
 連れ去られたらしい映画のロケ現場に向かい、遂に狂信犯ルークと対面する。サマンサを助けるため
 にマグナム44を手放したハリーだが、息づまる死闘のすえ、最後は大きなモリを使ってハリーは犯人
 を倒すのだった。

 他に、Darwin Gillett(Patrick Snow)、Christopher Beale(D.A.Thomas McSherry)、John Allen Vick
(Lt. Ruskowski)、Louis Giambalro(Gus Wheeler)などが主演している。リモコン・カーのアイディアは
面白かったが、全体に平板で、脚本も演出も並の映画であった。イーストウッドは、いまだ現役の俳優・監
督だが、今後は、新作を漁るよりも、上で挙げた西部劇に再び親しんでみたい気分である。
 ちなみに、シリーズ完結篇としての『ダーティハリー6(The executioner, 1994)』 (監督:ジョン・
アーヴィン〔John Irvin〕、米国、1994年)という作品が、「妄想映画大王(The Phony Movie Tycoon)」
というサイトに載っているが、もちろんそんな作品はこの世に存在しない。あまりに破天荒な企画なので、
以下にほぼ全文を引用してみよう。執筆者に最大の敬意を捧げたい。

 * 問題があれば、直ちに削除しますので、muto@kochi-u.ac.jp にメールをください。


 *******************************************

 『ダーティハリー6』:1994、アメリカ

  The executioner

   <スタッフ&キャスト>

    監督…ジョン・アーヴィン
    キャラクター創作…ハリー・ジュリアン・フィンク&R・M・フィンク
    原案…マイケル・フロスト・ベックナー&エリック・レッド
    製作…クリント・イーストウッド
    音楽…ラロ・シフリン
    脚本…エリック・レッド

    ハリー・キャラハン…クリント・イーストウッド
    ダグラス・ベル…ダレン・E・バロウズ
    ルイス・ワシントン…カートウッド・スミス
    ラリー・メドウズ…ビリー・ドラゴ

   <ストーリー>

  サンフランシスコ市警殺人課の刑事ハリー・キャラハン(クリント・イーストウッド)は、その荒
 っぽい捜査方法から“ダーティ・ハリー”と呼ばれている。彼の相棒になった刑事は、ほとんどの人
 間が捜査の途中に犯罪者に殺されて殉職している。
  ある日、殺人犯を発見したハリーは走って追い掛けるが、相手のスピードに付いていけずに息切れ
 してしまう。向こうで待ち構えていた刑事が犯人を逮捕するのを確認したハリーは、心臓を押さえて
 その場に座り込み、「そろそろ潮時かな」とつぶやいた。
  ハリーは刑事課長のルイス・ワシントン(カートウッド・スミス)に会い、退職を考えていること
 を話す。ルイスはハリーを引き止めようとはせず、「それじゃあ、お前にとっては今度の男が最後の
 相棒になるわけだな」と告げる。
  ハリーの相棒だった刑事は、最近の事件で殉職していた。そのため、新しい相棒として新人のダグ
 ラス・ベル(ダレン・E・バロウズ)がやって来た。ダグラスは、かつてハリーがコンビを組んでい
 たジョージ・ベルの息子だった。
  ハリーは「よろしく頼むぜ」と言って握手を求めるが、ダグラスは手を出さずに冷たい態度を取る。
 ダグラスはハリーに、「上からの命令なのでコンビを組みましたが、あなたの捜査方法に協力する気
 は全くありません」と告げる。
  ダグラスの父ジョージは、ハリーと共に捜査をしている途中で犯人に殺害されていた。そのため、
 ダグラスはハリーの勝手な行動が原因で父親が殺されたと考えていた。ダグラスにとって、ハリーは
 憎むべき存在だったのだ。
  銀行の頭取を乗せた車が、豪邸から外へ出ようとしていた。しかし、外に出た直後に、向こうから
 来た車に当たりそうになってしまった。その車から出てきたラリー・メドウズ(ビリー・ドラゴ)は、
 いきなり頭取と運転手を射殺する。
  事件現場に到着したハリーとダグラスは、頭取の車に残されていた紙を見せられる。そこには「明
 日の午前10時までに1,000万ドルを用意しなければ、次の犠牲者が出る」と、サンフランシスコ市長に
 対して金を要求する言葉が書かれていた。
  翌日の午前10時、市長の元へメドウズから電話が掛かってきた。金は用意できたかと尋ねるメドウ
 ズに、市長はもう少し待ってほしいと告げる。市長は時間稼ぎをするつもりだったのだが、メドウズ
 は「では、次の犠牲者が出る」と言って電話を切る。
  出版社の社長がタクシーに乗り込んだ。しかし、タクシーは指示した目的地とは全く違う方向へと
 走って行く。不審に思った社長が運転者に声を掛けると、人気の無い場所で車が止まる。そして運転
 していたメドウズは社長を射殺した。
  メドウズはタクシーの中に、再び金を要求するメモを残した。今度も翌日の午前10時がタイムリミ
 ットとなっている。犯人が元過激派グループの一員だったラリー・メドウズであることは、警察もす
 ぐに突き止めた。しかし、彼の居場所が分からない。
  ハリーはメドウズと親しかった過激派グループの一員ヘインズを尋問する。彼は何も知らないと言
 うが、ハリーは殴り付けて証言を得ようとする。ダグラスはハリーを羽交い締めにして、「あなたの
 やっていることは捜査ではなく単なる暴力だ」と非難する。
  市長は金を用意し、メドウズからの電話に答える。メドウズは取り引きの現場を指定し、市長が1
 人で金を持って来るよう指示する。市長は金を持って現場に向かうが、多くの刑事がメドウズに分か
 らないように張り込んでいる。
  1人の男が市長に近付き、いきなりアタッシュケースを奪って走り去ろうとする。慌てて刑事が男
 を取り押さえるが、彼はメドウズから指示された通りに動いただけだった。それは刑事が張り込んで
 いることを確かめるための、メドウズの罠だったのだ。
  メドウズは市長に電話を掛け、「次の犠牲者が出る。今度は1人では済まない」と告げる。ハリー
 はヘインズに銃を突き付け、メドウズの居場所を尋ねる。ヘインズは自分は知らないが、ハーモンと
 いう男なら知っているかもしれないと話す。
  ハリーはダグラスや同僚刑事と共にハーモンの元を訪れて彼を捕まえるが、一緒にいた男は逃げ出
 してしまう。ダグラスが男を追い詰め、銃を向けて出てくるよう告げる。男は柱に体の右半分が隠れ
 て見えない状態だが、後ろを向いたままで手を挙げる。
  男は怯えたような声で、「出て行くから撃たないでくれ」と口にする。その弱々しい声を聞いたダ
 グラスは、「撃たないから出て来い」と告げて銃を持った手を下げる。次の瞬間、銃声がして男が崩
 れ落ちた。ダグラスが振り向くと、拳銃を構えたハリーが立っていた。
  ダグラスは「殺す必要は無かった。これは私刑だ。あなたのやっていることは正義ではない。あな
 たは刑事としては不適格だ」とハリーを批判する。ハリーは「そうだろうよ」と言っただけで、その
 場からゆっくりと去って行く。
  同僚の刑事が、うつ伏せに倒れている男を足で仰向けにする。彼に呼ばれて近付いたダグラスは、
 男が右手に銃を持っているのを目にする。同僚刑事は、「もしハリーが撃たなかったら、お前は殺さ
 れてたかもしれないな」と告げる。
  ある豪邸で、結婚パーティーが行われている。花婿と花嫁を、親族や友人が笑顔で祝福している。
 花婿の父親がグラスを掲げた瞬間、彼は姿を現したメドウズに射殺される。続いて、パーティーの列
 席者がマシンガンで皆殺しにされる。
  警察ではハーモンの尋問が行われていたが、彼はメドウズについて何も知らないと言うばかりだっ
 た。そこへハリーが現れ、ハーモンの眉間に拳銃を突き付けてメドウズの居場所を吐くよう強要する。
 ハーモンは「人権侵害だ。弁護士を呼べ」と騒ぐ。
  ハーモンは「マスコミに全て喋ってやる。そしたら刑事をクビになるぞ」と言うが、ハリーは「元
 から辞めるつもりだ。どうせクビになるんだから、お前を殺してから辞めるか」などと答える。怯え
 たハーモンは、メドウズの居場所を知っていると口にする。
  メドウズが廃墟となった工場を隠れ家にしているとハーモンから聞き出したハリーは、ダグラスや
 同僚刑事と共に現場へ向かう。ハリー達はメドウズを発見し、銃撃戦となる。ハリーとダグラスは、
 別の方向からメドウズを追い込むことにした。
  ハリーは慎重に歩いていくが、その動きをメドウズが物陰から覗いていた。全く気付かないハリー
 にメドウズが銃を向け、引き金を引こうとする。その瞬間、銃声と共にメドウズが崩れ落ちた。ハリ
 ーが銃声のあった方向を見ると、ダグラスが立っていた。
  ハリーはダグラスに近付き、「よくやった」と声を掛けて落ち着かせようとする。その時、彼らの
 背後でメドウズが体を起こし、銃を構えてハリー達を撃とうとする。しかし、素早く振り向いたハリ
 ーが弾丸を発射し、メドウズの眉間を撃ち抜いた。
  ハリーはダグラスに、「一つだけ言っておく。俺は自分のやっていることが正義だなんて、一度だ
 って思ったことはないぜ」と告げる。そしてハリーは警察バッジを外し、炎の立ち上がっているドラ
 ム缶に、それを無造作に投げ込んだ。

   <解説>

  破天荒な暴れっぷりで幾多の犯罪者に鉄槌を下してきた刑事、ダーティハリー。彼が活躍するシリ
 ーズが、ついに完結を迎える。1971年から始まったシリーズが、6作目にして終幕となるのだ。それ
 はまるで、1つの時代の終焉を意味するかのようにも思える。
  大爆発も、カーチェイスもない。銃撃戦はあるが、それほど激しいものではない。アクション映画
 ではあるが、アクションに頼るのではなく、人間ドラマを重視している。苦味を帯びた男の生き様が、
 観る者の心に強く刻み込まれることだろう。
  法律と正義の狭間で戦い続けてきたハリー。今回、彼は自身の刑事としての生き方を問われること
 になる。彼のやってきたことは、本当に刑事として正しいことだったのか。それとも正義などではな
 く、単なる私刑であったのか。
  その答えを、ハリーが言葉で明確に示すことはない。いや、最初から明確に答えを出すことなど不
 可能なのかもしれない。だが、映画を見た人には、おそらくハリーのメッセージが伝わるはずだ。怒
 りと哀しみが同居する、痛烈なメッセージが。
  ハリー・キャラハンを演じるのは、これが当たり役となったクリント・イーストウッド。マカロニ・
 ウェスタンのヒーローだったイーストウッドは、“ダーティハリーシリーズ”のヒットによって、ハ
 リウッド映画界でも認められる存在となった。
  ラリー・メドウズを演じるのは、『デルタフォース2』、『サイボーグ2』のビリー・ドラゴ。そ
 してダグラス・ベル役は、彼の息子であるダレン・E・バロウズ。ルイス・ワシントンを、『ロボコ
 ップ』、『フォートレス』のカートウッド・スミスが演じている。
  監督は『戦争の犬たち』、『ハンバーガー・ヒル』のジョン・アーヴィン。『山猫は眠らない』の
 マイケル・フロスト・ベックナーと『ヒッチャー』、『ブルースチール』のエリック・レッドが原案
 を練り、エリック・レッドが脚本を書き上げた。
  主演のクリント・イーストウッドが製作を担当している。彼は製作に携わっただけでなく、作品の
 シナリオや演出にもアイデアを出している。音楽を手掛けているのは、このシリーズを3作目以外は
 全て担当してきたラロ・シフリンである。

   <蛇足>

  というわけで、“ダーティハリー”シリーズの完結編をデッチ上げてみました。たぶん、実際にパ
 ート6が作られることはないと踏んでますので。ちなみに個人的には、「このシリーズは1作目で終
 わっておけば良かったかも」などと思ったりもします。
  どうでもいいことですけど、この作品のキャスティングを考えている段階で、TVドラマ『たどり
 つけばアラスカ』でエドを演じていたダレン・E・バロウズが、ビリー・ドラゴの息子だと知りまし
 た。そう言われてみると、確かに顔が似てますなあ。

    なお、この映画は存在自体がフィクションです。
    こんな映画、実際にはありません。

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 あまりに見事なので、驚いた次第である。


 某月某日

 現在、京都の某ネカファエでキーボードを叩いている。夏休みの恒例行事だが、結構楽しい時間である。
 さて、邦画を5本観たので、以下に報告しよう。鑑賞映画に関しては、実に7月2日以来の書き込みなので、
一箇月半以上のインターバルがある。
 1本目は、『十二人の死にたい子どもたち』(監督:堤幸彦、「十二人の死にたい子どもたち」製作委員
会〔日本テレビ放送網=ワーナー・ブラザーズ映画=バップ=読売テレビ放送=文藝春秋=読売新聞社=
KDDI=オフィスクレッシェンド=札幌テレビ放送=宮城テレビ放送=静岡第一テレビ=中京テレビ 放送=
広島テレビ放送=福岡放送〕、2019年)である。大学の掲示板に宣伝フライヤーが貼ってあったので、その
存在は知っていたが、鑑賞会では観ることができなかった。よって、真っ先にTSUTAYAで探した作品である。
 「希死念慮」という言葉を知ったのはいつ頃のことだろうか。「自殺」を「自死」に置き換えることも最
近の慣習である。誰かが語っていたことであるが(残念ながら、出所は忘れた)、自殺には「SOS〔助けて
くれ〕自殺」と「leave me alone〔放っておいてくれ〕自殺」があり、前者は死から免れることが可能だが、
後者は一度や二度失敗してもたいていは死に至る由。小生の周りの人間にも、自殺した人はけっこういて、
その度にこころを痛めたが、取り返しのつかないことなので、せいぜい冥福を祈るしかない。小生のにわか
判断によれば、当該作品のテーマも、ここで挙げた「SOS自殺」に当たるものと言ってよいだろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕をこう。

   〔解説〕

  杉咲花、橋本環奈、高杉真宙、新田真剣佑ら若手実力派たちが豪華共演するサスペンス。安楽死を
 求めて廃病院の密室に集まった12人の未成年の男女が、予期せぬ出来事の連続に疲弊していく。映画、
 TVドラマ、舞台など多岐にわたる活躍で知られる堤幸彦監督が、人気作家・冲方丁の同名小説をスリ
 リングに映画化した。

   〔あらすじ〕

  安楽死を求めて廃病院の密室に集まった12人の未成年者たち。主催者のサトシ(高杉真宙)、いじ
 められっ子のケンイチ(渕野右登)、ゴスロリ少女のミツエ(古川琴音)、両親が警察官なので推理
 好きのシンジロウ(新田真剣佑)、ファザコンのメイコ(黒島結菜)、高度な知性を持つアンリ(杉
 咲花)、吃音のタカヒロ(萩原利久)、学校の人気者ノブオ(北村匠海)、不良のセイゴ(坂東龍汰)、
 ギャルのマイ(吉川愛)、目立つことが嫌いなユキ(竹内愛紗)、そして、謎の少女・リョウコ(秋
 川莉胡)。ところが、彼らはそこで13人目のまだ生温かい死体を発見する。あちこちに残る不自然な
 犯行の痕跡や、次々起こる奇妙な出来事に彼らの安楽死は阻まれる。計画は彼らしか知らないはずの
 ため、この12人の中に殺人鬼がいるのかと探り合う一同。死体の謎と犯人をめぐって嘘と騙し合いが
 交錯するなか、彼らの死にたい理由が生々しくえぐられていく。いつ誰が殺人鬼と化すかも分からず、
 パニックは最高潮に達する。彼らは安心して死ねるのか、それとも怯えながら殺されるのか……?

 他に、とまん(ゼロ番)などが出演している。この手の密室劇は何本も観ているが、出来のいい方だと思
った。とくに、時間経過のトリックを捻出する脚本(倉持裕)の妙は秀逸であった。新田真剣佑は、父親の
千葉真一〔JJソニー千葉〕の面影があったので、なんとなく懐かしかった。
 2本目は、『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(監督:李闘士男、「家に帰ると妻が必ず
死んだふりをしています。」製作委員会〔カラーバード=ハピネット=リーライダーす=PHP研究所=日本
映画投資=アミューズ〕、2018年)である。この作品も、題名だけは知っていた。安田顕が主演を務めてい
るので、迷わず借りた。
 以下、上と同様である。

   〔解説〕

  「Yahoo!知恵袋」に投稿されるや話題になった、妻の奇妙な行動の理由を探る男性の質問を基に
 したラブストーリー。榮倉奈々が妻を演じ、ワニに食べられたり、戦国時代の落ち武者になったり、
 15パターンの“死んだふり”を熱演。安田顕演じる夫の困惑ぶりもおかしい。監督は『神様はバリに
 いる』などユニークな作品を得意とする李闘士男。

   〔あらすじ〕

  結婚3年目のサラリーマンの加賀見じゅん(安田顕)が仕事から帰宅すると、玄関で妻のちえ(榮
 倉奈々)が血を流して倒れていた。じゅんはあわてて介抱するが、その血はケチャップで、ちえは死
 んだふりをしていただけだった。理由は何も言わず、ただ笑うだけのちえ。それ以来、ワニに食われ
 る、銃で撃たれる、頭に矢が刺さっているなど、毎日のように死んだふりをする妻に、じゅんは呆れ
 ながらも徐々に不安を覚えるようになっていく……。

 他に、大谷亮平(佐野壮馬=会社の同僚)、野々すみ花(佐野由美子=その妻)、浅野和之(蒲原課長)、
品川徹(横山クリーニング店店主)、螢雪次朗(会田進一=ちえの父、「末廣鮨」の大将)、新島勝夫(ア
イスモナカ屋)、峰村リエ(横山クリーニング店の常連客)、半海一晃(同)、久ヶ沢徹(医師)、太田美
恵(ちえの母)、横山芽生(ちえの幼少時代)、星野園美(マンションの管理人)、松澤匠(TV画面の出演
者)、ぼくもとさきこ(同)、荒木誠(同)などが出演している。
 品川徹は、TVドラマ『白い巨塔』(フジテレビ、2003年)で、解剖学教授の大河内清作を演じていたが、
その時の重厚な演技が忘れられない。今回も、とても素敵な好々爺を演じており、榮倉奈々との絡みも微笑
ましいものであった。80歳をゆうに越えているが、元気で頑張ってほしいひとりである。夏目漱石の「月が
綺麗ですね=I love you.の日本的意訳」も、久しぶりに思い出した。もっとも、<ピクシブ百科事典>によ
れば、それは俗説で、信憑性は低い由。
 3本目は、『検察側の罪人』(監督:原田眞人、映画「検察側の罪人」製作委員会〔東宝=ジェイ・スト
ーム〕、 2018年)である。この作品は、今回鑑賞した邦画の中でもっとも面白かった作品である。もっと
も、ラストの〆がイマイチだったので、「傑作」とは言い難い。
 以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『犯人に告ぐ』の雫井脩介による同名小説を木村拓哉&二宮和也主演で映画化した社会派ミステリ
 ー。都内で起きた殺人事件の捜査を巡って、かつての未解決殺人事件の重要参考人である男を執拗に
 追い詰めるエリート検事・最上と、その捜査方針に疑問を抱く若手検事・沖野が激突。2人が葛藤し
 ながら、“正義とは何か?”を問う。

   〔あらすじ〕

  都内で発生した殺人事件を担当することになった東京地検刑事部のエリート検事・最上毅(木村拓
 哉)と駆け出しの検事・沖野啓一郎(二宮和也)。最上は複数いる容疑者の中から、すでに時効を迎
 えた未解決殺人事件の最重要容疑者であった松倉重生(酒向芳)という男に狙いを定め、執拗に追い
 詰める。最上を師と仰ぐ沖野は、自白を引き出そうと取り調べに力を入れるが、松倉は犯行を否認し
 続けるばかり。やがて沖野は、最上は松倉を犯人に仕立て上げようとしているのではと疑問を抱くよ
 うになる。二人の検事は、事件の審理を巡り互いの正義を賭けて対立する。

 他に、吉高由里子(橘沙穂=検察事務官)、平岳大(丹野和樹=法曹界出身の代議士、最上の親友)、大
倉孝二(弓岡嗣郎=松倉とは別の容疑者)、八嶋智人(小田島誠司=松倉の国選弁護士、沖野と橘の熱心な
働きかけに応じる気のいい人)、音尾琢真(千鳥=被害者の息子、ヤクザ)、田中美央(小池孝昭=大会社
の法律顧問、最上の仲間)、大場泰正(前川直之=弁護士、同じく最上の仲間)、谷田歩(青戸公成=担当
刑事)、矢島健一(高島進=有力政治家)、キムラ緑子(桜子=小池行きつけの料理屋のマダム)、芦名星
(運び屋の女)、山崎紘菜(最上奈々子=最上の娘)、三浦誠己(船木賢介=出版業界の男、橘の検察暴露
本を企画している)、阿南健治(田名部管理官、最上とともに松倉を死刑台に送りたいと思っている警察官)、
赤間麻里子(小田島弁護士の妻)、長田侑子(久住由季、かつて松倉に殺された少女)、黒澤はるか(藤尾
検事)、東風万智子(丹野尚子=丹野の妻)、松重豊(諏訪部利成=最上のポチになる経済ヤクザ)、山崎
努(白川雄馬=高名な弁護士)などが出演している。
 平岳大は、ますます父親の平幹二朗に似てきたと思った。この役にふさわしい熱血漢を演じている。一番
印象に残ったのは、諏訪部利成役の松重豊である。ロシア製の拳銃マカロフと、イタリア製の拳銃ベレッタ
を、それぞれ「ロシア娘」、「イタリア娘」と隠語で呼んでいたシーンには笑った。得難いバイプレイヤー
のひとりである。主演の木村拓哉、二宮和也も、これまでの小生の評価を覆す演技をしていた。もちろん、
吉高由里子は抜群だった。大倉孝二なども、昔の「性格俳優」を彷彿させる演技で、これも得難い俳優のひ
とりだと思う。その他、細部は割愛するが、実に細やかな演出をしている。「動的事実認定力」などの検察
用語も興味深かった。
 4本目は、『麻雀放浪記2020』(監督:白石和彌、「麻雀放浪記2020」製作委員会〔東映=大一
商会=山陽鋼業=シネバザール=竹書房=文藝春秋〕、2019年)である。
 原案の阿佐田哲也の『麻雀放浪記』は、小生の高校時代のバイブルであった。そういう意味で言えば、残
念な作品ではあったが、ある程度は楽しめた。もう「麻雀」の時代ではないことがよく分かった、というこ
とかもしれない。白石監督の心境の変化だろうか。
 以下、上と同様。

   〔解説〕

  真田広之主演で映画化されたこともある阿佐田哲也のベストセラー小説を、『孤狼の血』の白石和
 彌監督が大胆に映像化したコメディ。1945年から2020年にタイムスリップした天才ギャンブラーの青
 年が、麻雀を武器に激動の時代を生き抜く姿を描く。映画監督としても活躍する斎藤工が主人公の坊
 や哲を怪演し、ふんどし姿も披露する。

   〔あらすじ〕

  1945年の戦後日本から2020年にタイムスリップしたギャンブラー・坊や哲(斎藤工)。そこは、開
 催されるはずだった東京オリンピックは中止になり、人口は減少、AI(人口知能)が労働を担うよう
 になり街には失業者と老人が溢れる世界だった。驚きの未来を目にした坊や哲だったが、思わぬ状況
 の中、麻雀での死闘の火蓋が切って落とされる。

 他に、もも(ドテ子=江島多加子)、竹中直人(大恩寺くそ丸)、ベッキー(八代ゆき/AIユキ)、的場
浩司(ドサ健/ミスターk)、小松政夫(出目徳/ヤン)、堀内正美(女衒の達)、岡崎体育(ドク)、ピ
エール瀧 (杜=有力政治家)、ヴァニラ(量産型AI搭載セクサロイド)、音尾琢真(麻雀番組のプロデュ
ーサー)、村杉蝉之介(高村)、矢島健一(林田)、土屋和彦(麻雀五輪の実況アナウンサー)、舛添要一
(本人役=麻雀五輪の解説者)、井口成人(謝罪会見の司会者)、信太昌之(借金取りのヤクザ)、吉澤健
(チンチロリンの老人)、伊武雅刀(ナレーション)などが出演している。
 それにしても、雀牌の積み方のひどさはどうなのか。かつて加賀まりこ嬢もへたくそだったが、それ以上
にひどいと思った。麻雀ブームは去ってから久しい。本当の麻雀はどこに行ったのだろうか。
 5本目は、『来る』(監督:中島哲也、『来る』製作委員会〔東宝=ギャガ=ジェイ・ストーム=ジェイ
アール東日本=KADOKAWA=日本出版販売=ローソンエンタテインメント=ギークピクチュアズ=LINE〕、
2018年)である。
 「子育て」の大変さは経験のない小生にもある程度は分かるが、実際に悪戦苦闘している父母の皆さんは、
身に染みる映画ではなかろうか。
 以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『告白』の中島哲也監督が、岡田准一をはじめ、豪華キャストを迎えて描くサスペンス・ホラー。
 声と形をまねて、人の心の闇に迫り来る怪物と、霊媒師たちの戦いが繰り広げられる。岡田が怪異現
 象を目の当たりにするオカルトライターを、霊媒師の血をひくキャバ嬢役の小松菜奈やその姉で霊媒
 師役の松たか子も強烈なキャラクターを演じている。

   〔あらすじ〕

  香奈(黒木華)との結婚式を終え、幸せな新婚生活を送る田原秀樹(妻夫木聡)が勤める会社に謎
 の訪問者が現れる。取り次いだ後輩・高梨重明(太賀)の伝言は「チサさんの件で」とのことだった
 が、秀樹の脳裏に疑問がよぎる。チサとは、妊娠した香奈と喜び勇んでつけたばかりの娘・知紗の名
 で、まだ二人しか知らないはずであった。結局、訪問者の正体はわからぬまま、“それ”と会話した
 後輩は謎の死を遂げる……。2年後。イクメンパパとして知紗を溺愛する秀樹の周囲で、超常現象と
 しか言いようのない怪異な出来事が相次いで起こり始める。何かに狙われているのではないかと恐れ
 た秀樹は、オカルトライターの野崎和浩(岡田准一)と、霊媒師の血をひくキャバ嬢・比嘉真琴(小
 松菜奈)とともに調査を開始。だが、田原家に憑いている“何か”は想像をはるかに超えた強大なモ
 ノだった。民族学者・津田大吾(青木崇高)によると、その“何か”とは、田原家の故郷の民族伝承
 に由来する化け物ではないかという。そんな中、真琴の姉で、国内最強の霊媒師・比嘉琴子(松たか
 子)の呼びかけで、全国から猛者たちが次々と田原家に集結。かつてない規模の“祓いの儀式”が始
 まろうとしていた……。

 他に、柴田理恵(逢坂セツ子=霊媒師)、石田えり(秀樹の母)、蜷川みほ(香奈の母)、伊集院光(ス
ーパーの店長)などが出演している。
 ホラー映画としてはどうかと思うが、「子育て」の大変さを伝える映画としては成功していると思う。さ
らに、パフォーマンスに過ぎない「子育てごっこ」の醜悪さを伝える映画だと思った。なお、琴子が野崎に
語る「配偶者、子ども、友人を作らないのは、失うことを畏れているからで、その点で私と似ている」は、
小生にとって納得できる言葉であった。小生も、たぶん「子煩悩」になると思う。だから、子どもは作らな
いのである。
 今日は、旅先のなので、映画の感想文もこの辺りで打ち切ろうと思う。付け加える点があれば、後日に。

                                                 
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