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 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第159弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト159」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『裸の太陽』(監督:家城巳代治、東映東京、1958年)を観た。穿った見方をすれば、『太陽
の季節』(監督:古川卓巳、日活、1956年)のアンチ・テーゼの提示を目論んだのかもしれない。言い換え
れば、いわゆる「太陽族」とは真逆の生き方をしている若者の物語と言ってもよい。家城監督の作品は、以
下に掲げるように7本観ているが、いずれも彼の人柄が滲み出ているような作風である。古臭いが、日本人
の清々しさを上手く引き出していると思う。とくに『雲ながるる果てに』は、特攻映画の最高傑作だと思う。

  『悲しき口笛』、監督:家城巳代治、松竹大船、1949年。
  『雲ながるる果てに』、監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、1953年。
  『ともしび』、監督:家城巳代治、新世紀プロ、1954年。
  『姉妹』、監督:家城巳代治、中央映画、1955年。
  『異母兄弟』、監督:家城巳代治、独立映画、1957年。
  『裸の太陽』、監督:家城巳代治、東映東京、1958年。
  『みんなわが子』、監督:家城巳代治、全国農村映画協会=ATG、1963年。

 さて、本作であるが、働く若者、とくに旧国鉄の釜焚きにスポットライトを当てた物語である。蒸気機関
車(C 59182/D 6058)が陰の主役と言ってもよい。ややきつい勾配で車輪が空回りするシーンがあるが、砂
を零して摩擦を高めレールとの噛み合わせを図ることは知らなかった。砂パイプが詰まって人力でそれを行
う主人公の決死の行為を観ていると、鉄道マンの誇りがひしひしと伝わってくる。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  機関車のカマ焚きの青年が主人公の物語で、氷室和敏の原作を、『氷壁』の新藤兼人が脚色、『異
 母兄弟』の家城巳代治が監督した青春篇。撮影は『季節風の彼方に』の宮島義男。『奴の拳銃は地獄
 だぜ』の江原真二郎、『鴬城の花嫁』の丘さとみ、『清水港の名物男 遠州森の石松』の中原ひとみ、
 『炎上』の仲代達矢らが出演している。

   〔あらすじ〕

  驀進する機関車……ハンドルを握るのは機関士の崎山建造(高原駿雄)、助手は木村雄二(江原慎
 二郎)。崎山は妻の房江(星美智子)の出産が明日なので落着かない。木村には房江の妹で森田ゆき
 子(丘さとみ)という恋人がいる。二人は十万円の結婚資金を貯めている最中。その木村は明日は一
 緒に海水浴に行くのでウキウキしている。仕事が終って木村が乗務員詰所に戻った。そこでは親友の
 前田次郎(仲代達矢)が同僚たちに囲まれて、不穏な空気が漲っていた。同僚の瀬戸(曽根晴美)の
 金がなくなり、日頃競輪に凝ったりして素行の悪い前田が疑われたのだった。木村は前田をかばった
 が、彼は何も弁解しなかった。喫茶店で木村とゆき子は、海水着を買うために貯金を下すことに決め
 た。寮から印鑑を取っての帰り、木村は前田に会い、金を貸してくれと言われる。一度は断ったもの
 の、何か事情があるのを察し、貯金1万7千3百円を全部貸してやる。ゆき子はせっかくの楽しみが
 駄目になって怒り出す。二人で町を歩いている時、ビアホールから出て来る前田をみかける。木村は
 金の使い道を詰問した。二人は大喧嘩になり、警察に連行されてしまった。怒りもとけたゆき子は、
 警察から戻った木村に何とかして海に行こうという。ところが翌日、木村は警察を出てから行方不明
 の前田の代りに勤務を命じられる。これで海水浴もとうとう駄目になった。ゆき子は崎山から事情を
 聞かされ、しぶしぶ姉のお産の手伝いに行く。浮かない気持で寮に帰った木村のところへ、河合富子
 (岩崎加根子)が前田に貸した金の礼をいいに来た。昔、前田は富子を愛していた。富子はそれを知
 らずに他へ嫁いでしまった。前田は富子が忘れられなかった。最近前田が富子に会って、富子の夫の
 忠夫(冨田浩太郎)が胸を病んで困っていることを知った。そこで前田は手術のための費用の工面を
 してやったのだ。木村もゆき子も前田の愛情に感動し、昔の仲良しに戻った。木村とゆき子は海水浴
 の代りに、改装のために開放されていなかったが、近く再開する予定の峰山公園プールに飛び込むの
 であった。

 他に、中原ひとみ(きみ子=房江とゆき子の妹)、飯田蝶子(いね=建造の叔母で産婆、建造と房江の赤
ん坊を取り上げる)、杉義一(尾形=木村の先輩)、高津佳男(畑山=木村の仕事仲間、一緒に相撲を取る)、
清村耕次(北川=同じく同僚)、高木二朗(大中=同)、岡部正純(宮部=同)、岡野耕作(峰岡=同)、
北川恵一(戸田=同)、小林寛(高田=同)、石川良昭(山本=見習い)、田口耕平(立花=東京の専門部
に栄転する予定の秀才)、山形勲(運転助役)、織田政雄(指導助役)、神田隆(終点駅の助役)、織本順
吉(木村武市=雄二の兄)、東野英治郎(吉田老人=元機関士、現在はアイスクリーム売り)、潮健児(車
掌)、花澤徳衛(乗客のひとり、プールの管理人でもある)、関山耕司(積荷監督)、柳谷寛(キズモノの
水着屋)などが出演している。
 丘さとみが現代劇に出演しているのを観るのは、もしかすると初めてだろうか。スクリーンの中の彼女を
意識したのは、『宮本武蔵』5部作(監督:内田吐夢、東映京都、1961-5年)の朱美役で、武蔵をめぐって
お通と恋の鞘当てをするのではなかったか。それとも佐々木小次郎の恋人だったか、記憶があやふやである。
小学生のころの小生はお通役の入江若葉が大好きだったので、丘さとみはいわば「邪魔者」として映ったよ
うな気がする。
 警察署の標語が少し面白かった。下に掲げてみよう。

  心の締り戸の締り/出すなスピードゆるむな心(萩の宮警察署)

 よほど「心」の好きな警察署らしい。ものの値段もいくつか見て取れたので、それも記しておこう。

  コーヒー 50円/サンドウィッチ 50円/トースト 30円(喫茶店)
  ハムサンドイッチ 60円/クリームソーダ 60円(別の喫茶店)
  生ビール(中) 100円/同じく(大)150円/チーズクラッカー 50円/そら豆 30円(居酒屋)
  キズモノの水着 650円/同 750円/子ども用の水着 300円

 また、左党の産婆(助産婦)のいねの台詞「そういう顔つきじゃあまだ生まれやせんよ。目を吊り上げて、
脂汗流して、七転八倒の苦しみをしなきゃ生まれやせんのだから」が面白かった。『Tomorrow 明日』(監督:
黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年)にも産婆(賀原夏子)が登場する
が(妊産婦役は桃井かおり)、この人もいねと同様酒好きだったはずである。もしかすると、黒木監督は、
本作の影響を受けているのかもしれない。これは蛇足だが、いねが歌うシーンがあって、『有楽町で逢いま
しょう』(作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田正/編曲:佐野鋤/唄:フランク永井、1957年)を歌っているのだ
が、かなり音痴だった。雄二とゆき子のキスシーンもある。ゆき子は雄二に唇を許した後、結婚するまで取
っておくつもりだったと語っている。これなども、「太陽族」に対する反撥を感じる。


 某月某日

 DVDで1950年代の邦画を2本観たので報告しよう。どちらも存在することすら知らなかった映画であるが、
この手の邦画は最近になって続々とDVD化されているので、嬉しい限りである。
 1本目は、『牝犬』(監督:木村恵吾、大映東京、1951年)である。現在、『美と破壊の女優 京マチ子』
(北村匡平 著、筑摩選書、2019年)という本を読み始めているが、その表紙を飾っているのが、この『牝犬』
のスチール写真である。右足を籐椅子の端にかけ、ビールの入ったコップを右手に持って、正面をキッと睨ん
でいる構図である。まさに、京マチ子らしいワン・ショットと言えよう。彼女が出演している、小生が鑑賞済
みの邦画を以下に掲げてみよう。都合28本ある。

  『羅生門』、監督:黒澤明、大映京都、1950年。
  『偽れる盛装』、監督:吉村公三郎、大映京都、1951年。
  『馬喰一代』、監督:木村恵吾、大映東京、1951年。
  『牝犬』、監督:木村恵吾、大映東京、1951年。
  『雨月物語』、監督:溝口健二、大映京都、1953年。
  『あにいもうと』、監督:成瀬巳喜男、大映東京、1953年。
  『地獄門』、監督:衣笠貞之助、大映京都、1953年。
  『薔薇いくたびか』、監督:衣笠貞之助、大映、1955年。
  『楊貴妃』、監督:溝口健二、大映東京=香港/ショー・ブラザーズ、1955年。
  『赤線地帯』、監督:溝口健二、大映京都、1956年。
  『月形半平太 花の巻 嵐の巻』、監督:衣笠貞之助、大映京都、1956年。
  『穴』、監督:市川崑、大映東京、1957年。
  『忠臣蔵』、監督:渡辺邦男、大映京都、1958年。
  『夜の素顔』、監督:吉村公三郎、大映東京、1958年。
  『次郎長富士』、監督:森一生、大映京都、1959年。
  『鍵』、監督:市川崑、大映京都、1959年。
  『浮草』、監督:小津安二郎、大映東京、1959年。
  『女経(じょきょう)』、監督:増村保造/市川崑/吉村公三郎、大映、1960年。
  『足にさわった女』、監督:増村保造、大映東京、1960年。
  『ぼんち』、監督:市川崑、大映京都、1960年。
  『女の勲章』、監督:吉村公三郎、大映東京、1961年。
  『女系家族』、監督:三隅研次、大映、1963年。
  『他人の顔』、監督:勅使河原宏、東京映画=勅使河原プロ、1966年。
  『千羽鶴』、監督:増村保造、大映東京、1969年。
  『華麗なる一族』、監督:山本薩夫、芸苑社、1974年。
  『ある映画監督の生涯 ──溝口健二の記録』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1975年。
  『金環蝕』、監督:山本薩夫、大映、1975年。
  『男はつらいよ・寅次郎純情詩集』、監督:山田洋次、松竹、1976年。

 おそらく最初に京マチ子が出演していることを意識したのはTVドラマ以外では『他人の顔』ではなかった
か。印象深い作品としては、『鍵』、『浮草』、『ぼんち』、『女系家族』あたりだろうか。『夜の素顔』
も通俗的ながらインパクトのある作品で、女優としての面目躍如といった演技を見せている。本作は初めて
観るが、京マチ子らしい女性の役である。この他、今後、彼女の出演している『源氏物語』(監督:吉村公
三郎、大映、1951年)、『細雪』(監督:島耕二、大映東京、1959年)を鑑賞する予定なので、確実に30本
は観ることになる。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  脚本は『宮城広場』の成澤昌茂と木村恵吾の共同で『熱砂の白蘭』に次ぐ木村恵吾の監督作品であ
 る。撮影は『密林の女豹』の山崎安一郎である。出演者の主なものは、『情炎の波止場』の京マチ子、
 『青い真珠』の志村喬、『江の島悲歌』の久我美子、他に北林谷栄、根上淳、加東大介、見明凡太朗、
 藤原釜足などの助演陣である。

   〔あらすじ〕

  東和生命保険会社の経理部長堀江亘(志村喬)は「石部金吉」と異名がある通り、勤厳実直で今日
 を築きあげた人物であった。ところが部下の一人が会社の金を使い込んだことから、ふと浅草のレヴ
 ュー劇場へ足を踏み入れ、エミー(京マチ子)という踊子に会った。そして会社の集金三百万円入り
 (二百万円は小切手、百万円は現金)の鞄を紛失した。その鞄を取り戻したい一心でついにエミーと
 深入りする破目になってしまった。堀江はそのままずるずるとエミーにひかれて港町にキャバレーを
 開店して落着いた。三十年間病身な一人の妻・たみ(北林谷栄)を守り通した堀江も、エミーの豊満
 な肉体の虜となってからは、まるで牝犬のあとを追いまわす牡犬的の存在となって、エミーに引きず
 りまわされていた。その頃、白川圭一(根上淳)というサキソフォンを吹く男が店に雇われ、エミー
 は彼に興味を感じ始めた。しかし圭一がエミーを問題にしないとなると、エミーは本気で圭一に好意
 を感じはじめ、堀江はそんなエミーに対して一途な嫉妬に狂い、ついにエミーを刺し殺してしまった
 のだった。

 他に、久我美子(由記子=堀江の娘)、加東大介(的場五郎=エミーの兄)、狩野新(北村)、見明凡太
朗(野上=東和生命の社長)、藤原釜足(松田=同じく課長)、小杉光史(山崎)、宮原恭子(マリ子)、
利根はる恵(アサミ)、山田禅二(床屋)などが出演している。
 志村喬が謹厳実直な役柄を演じる作品としては、直ちに『生きる』(監督:黒澤明、東宝、1952年)を連
想したが、本作の役柄の方が面白いとは言える。とかく真面目な人が軌道を外れると落ちるところまで落ち
ると言われるが、色恋の果ての刃傷沙汰とはやはり物悲しい。まともな人間ではない「牝犬」に惚れた男の
お定まりと言えば言えるが、いつの世にもこんな男は掃いて捨てるほどいる。だから、観ていていらいらし
たが、同情心の欠片も浮かばなかった。時代を映す映像としては、蒸気機関車の煙が線路脇の家の中まで侵
入しているにも拘らず、誰も窓を閉めようとはしないところか。暑いので、いちいち閉めていたら、面倒だ
からであろう。
 2本目は、『チャタレイ夫人は日本にもいた』(監督:島耕二、大映東京、1953年)である。題名はセン
セーショナルだが、内容は地味な作品である。性的に不能な夫のある婦人が、ただ一度の過ちで妊娠してし
まい、その結晶の娘との葛藤と和解の物語である。50年代の邦画には音楽家や画家が登場する作品が多い気
がするが、この作品にも画家が登場する。宇野重吉がその役を担っているが、あまり画家には見えない。
 物語を確認しよう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  文藝春秋所載の川口松太郎の原作を『怪盗火の玉小僧』の八柱利雄が脚色し、『十代の性典』の島
 耕二が監督した。『秘密(1952年)』の高橋通夫、『サラリーマン喧嘩三代記』の大森盛太郎がそれ
 ぞれ撮影、音楽を担当している。『姫君と浪人』の岡謙二、『喧嘩笠(1953年)』の轟夕起子、『怒
 れ三平』の若尾文子、他に字野重吉、宮崎準、芥川竜子、有馬圭子などが出演。

   〔あらすじ〕

  鬼才酒井恭平(宇野重吉)の遺作展で、高島家出品にかかる元中将高島之通(岡譲二)の令嬢咲子
 (若尾文子)の肖像画がもっとも世評をかった。しかしその画は咲子自身の手で切り裂かれ、陳列目
 録から姿を消す。咲子の慮外な行為は酒井の墓にまいる母朋子(轟夕起子)をかいま見ての激情のし
 わざだった。その夜、朋子は二十年来の秘密を咲子に打ち明けた。……大正期。金沢師団配属の少佐
 高島は北陸大演習参加中、火薬事故で大腿部を負傷、以来朋子との間に児をもうけることを諦めねば
 ならなかった。朋子は若さゆえの悩みも抑え不幸な高島にいよいよ献身的にかしずいた。高島は昇進
 をつづけ、やがて陸軍次官となる。その記念にも、と肖像を依頼した若い画家が酒井である。肖像の
 出来やら人柄やらが気に入った高島は、爾後酒井の面倒を何くれとみるようになるが、酒井の恋情と
 抑えつめた彼女自身の年来の不満が、とある夜、朋子に生涯一度のあやまちを犯させ、しかもその結
 果、彼女は妊娠した。一時は激昂した高島もやがて静かな諦めに沈み、朋子を赦したばかりか、生れ
 くるその子を正式にわが子として認知する。咲子はこうして生れ、育った。アジア・太平洋戦争を経
 て、高島も、また朋子を慕うあまり一生独身をつらぬいた酒井も死んだ。……話を聴いて咲子は母の
 結婚の不幸と苦しみを理解した。彼女が母の心からな祝福をうけて嫁いでゆく日、ウエディングドレ
 スを着た咲子を見て、朋子に安堵の表情が浮かんだ。

 他に、五十嵐洋子(咲子の少女時代)、花布辰男(高島一馬=之通の弟、軍医)、宮崎準(青年将校A)、
早川雄二〔雄三〕(青年将校B)、芥川竜子(女学生A)、有馬圭子(女学生B)などが出演している。
 D.H.ロレンス(David Herbert Richards Lawrence,1885-1930)の作品『チャタレイ夫人の恋人(Lady
Chatterley's Lover,1928)』は伊藤整が翻訳して「猥褻裁判」にまで発展したが、現代人からすれば、隔
世の感がある。この映画はいわばキワモノであるが、他の題名の方がよかったのではないだろうか。なお、
『十代の性典』同様、この映画でもスコッチの<VAT69>が登場する。島監督のお気に入りだったのだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『十代の性典』(監督:島耕二、大映東京、1953年)を観た。小学校の4年生の頃だったかも
しれない。何かのついでに、母親がこの映画を話題にしていたことを覚えている。だから、だいぶ以前より  
その存在を知っていた邦画である。子どもごころに、「何となくあやしい映画」という認識があった。まさ
か観ることができるとは思っていなかったが、DVD化されたので、鑑賞に及んだという次第である。偶然であ
るが、島耕二監督の作品を連続で観ることになった。まったく傾向の異なる作品であった。観る前には、ち
ょっとした不良少女が登場するのかと思っていたが、あにはからんや、ずばり「純潔教育」あるいは「良妻
賢母教育」に支えられた映画であった。宣伝文句としては「性教育の劇映画」とあり、学校によっては鑑賞
を禁じたというエピソードもあるらしい。
 冒頭と幕尻で、常安田鶴子という女性の医者が特別出演している。その語りを以下に記してみよう。耳か
ら拾ったので正確ではない。

   〔冒頭〕

  黒板に、以下の文字が書かれており、女性の身体の内部構造が図示されている。

   月経が止る
   全身的の変化
   皮膚の変化
   食べものゝ好みの変化

  これらを背景に、常安田鶴子は語る。

   以上、説明しましたように、受胎から出産まで女性は人間の誕生に大きな役割を受け持っている
  のです。やがて母となる日のために、あなたたちは今、刻々成長続けています。ですから、女性と
  してのこの大きな使命にけっして臆病であってはならない。けれども同時に、厳粛でなくてはなり
  ません。なぜならば、正しい結婚に入るまでは、処女性は大切に守らなければならないからです。
  恋愛も結婚もすべてこの女性の生理を正しく認識した上で、人生の大事な今の時期を自分の力で将
  来の幸福へ導いてください。

   〔幕尻〕

   このようにして、正しい結婚に入るまでは、あくまでも処女性は大切に守らなければなりません。
  そうして、夫を愛し、子どもを育て、平和な家庭を営むことは、人間として、女性としての最大の
  幸福であります。ですから、女性としての……(この後、聞えなくなる)。

 小生が生れる前年に封切られた映画なので、だいぶ古いし、風俗も人々の考え方も現代とは大きく異なっ
ている。いまどき「純潔教育」など時代遅れも甚だしいが、もちろん一理も二理もある。つまり、否定すべ
き主張ではけっしてないところに人間の生き方の複雑さが存している。「処女性(virginity)」を逆手に
取った<BAR GIN>(ジンしか置いていないバー)という名前の店が登場するが、男性諸氏は、結婚相手とし
て「処女」であることを希望している。女性もそのことを気にしているが、思春期だから仕方がないだろう。
「ばかばかしい」とも言えるし、「大事なことだよね」とも言える。ともあれ、人によっていろいろな考え
方があっていいのではと思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、だい
ぶ事実誤認と思われる箇所があるので大幅に改変した。ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  企画及び脚本は『明日は日曜日』の土井逸雄と、脚本には須崎勝弥に赤坂長義が協力している。監
 督は『リンゴ園の少女』の島耕二、撮影は相坂操一の第一助手だった中川芳久の第一回担当である。
 出演者の主なものは、『街の小天狗』の若尾文子と見明凡太朗、『あの手この手』の津村悠子、『神
 州天馬侠(1952年)』の澤村晶子と長谷部健、『ひめゆりの塔(1953年)』の小田切みき、千田是也、
 東野英治郎、小沢栄などの俳優座幹部に、女医常安田鶴子、『二十の扉』の柴田早苗などの特別出演
 がある。

   〔あらすじ〕

  十七歳の高校生西川房江(南田洋子)は生理日の変調からふっと同級生高梨英子(若尾文子)の財
 布を盗み、これに不良生徒の大川(久保明)がからんでようやく事件がうるさくなったところを、教
 師小野(宮崎準)の温情ある処置で大過なきを得た。財布より発見された英子へのラヴレターが学生
 たちの口の端に上るが、英子は当の恋人……上級生三谷かおる(澤村晶子)の心が最近大学生新田尚
 樹(長谷部健)の上に移ったことを悲しんでいた。一方、事件以来何かと傷つきやすい房江は、路上
 で一万円の包みを拾う。すぐ届けようとは考えたものの、電燈料の欠納で集金人に頭を下げつづけの
 父留吉(東野英治郎)の姿をみると、たまらなくなって一千円を抜き出す。そのまま届出ることがで
 きず、穴を埋める算段に心を痛めながら、街をさまよった。数ケ月後。……英子の傷心をあとにかお
 るは卒業し、新田、美校生の中津川麻子(津村悠子)らをめぐる若いグループの一員となる。グルー
 プの諏訪湖行きの計画には、乙女らしい警戒心からのりかねていた彼女も、その当日訪れた英子の稚
 げな情熱がただうとましく思われるまま、俄かに出発を決心した。スケートに熱中のあまり転んで血
 のついたセーターを脱いで露わにしたその肉体に、優しい平常と打って変る獣的な新田の眼差しを感
 じた。恐怖と絶望とで、彼女は狂気のように湖岸に走り、身を投げる。実は、過去に男に犯された経
 験があり、ずっと苦に病んでいたのであった。愕き、後悔にひしがれた新田は、父親の修平(千田是
 也)にひたすら首を垂れるのであった。

 他に、見明凡太朗(啓之助=英子の父)、姫路リエ子(好子=同じく母)、松永倭文子(優子=同じく妹)、
赤野庫太郎(秀夫=同じく弟)、鳩えり子(時子=かおるの母)、小澤榮〔栄太郎〕(献太郎=麻子の父)、
小田切みき(倉田町子=魚屋、英子の中学時代の同級生)、江原達怡(工藤=英子にラヴレターを送った同
級生)、北原義郎(新田や麻子の友人)、奥秋不二夫〔品川隆二〕(同)、黒田剛(小沢=同)、山田禅二
(町子の紹介で房江を保証人なしで雇う気のいい居酒屋の大将)、柴田早苗(房江に同情する教師)などが
出演している。なお、配役は一部小生の推定である。デビュー当時の品川隆二が別名で登場している。あの
何となくニヒルな感じがいい。
 時代を感じさせるアイテムがいくつか出てきた。拾圓札や聖徳太子の仟圓札、蓼科観光バスのナンバーが
「長2ー7」(ロング・ノーズ)〔「長」は、長野県の意味だろう〕、シームレスではない女性のストッキ
ング、等々。しかし、<VAT69>というスコッチは今でもある。なお、英子たちの通う「不忍高校」は実在し
ないが、小生の通った上野高校の近くであることは間違いない。おそらく、「不忍池」付近にある高校とい
う設定なのだろう。バス停の「池の端」(もちろん、上野にある「池之端」のこと)も、何となく懐かしく
感じたことを記しておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『宇宙人東京に現わる』(監督:島耕二、大映東京、1956年)を観た。いわゆる「空想科学映
画」と呼ぶべき作品である。やはり東宝とは一味違う野暮ったさがかえって新鮮だった。パイラ星人が登場
するが、ヒトデ型星人で、どう見ても猿芝居の域を出ない。しかしながら、山形勲や見明凡太朗といった重
厚な俳優が大真面目にこの荒唐無稽な物語の一翼を担っているので、この頃としては新しい映画の可能性を
追求することも大事だったのだろう。『ゴジラ』(監督:本多猪四郎、東宝、1954年)が公開されてから2
年しか経っていないので、東宝への対抗意識があったのかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『怪盗と判官』の小国英雄が脚本を書き、『新女性問答』の島耕二が監督、『婦系図 湯島の白梅』
 の渡辺公夫が撮影を担当した。主なる出演者は『娘の縁談』の川崎敬三、『応仁絵巻 吉野の盗賊』
 の山形勲、新人苅田とよみ、永井ミエ子など。色彩は大映カラー。色彩指導には画家岡本太郎が当っ
 ている。

   〔あらすじ〕

  宇宙の中のパイラと呼ばれる星から地球を観測していたパイラ人は、近頃地球上で頻々と起る原子
 雲を見つけ、自分たちがその昔、原子力の破壊力を戦争に使う使わないで苦労したことを思い出した。
 そして、おろかな地球人に、自分達が如何に原子力を平和的に使ったかを知らせるために宇宙船に乗
 り地球に近づいた。そんなことを知らない地球では空飛ぶ円盤が現われたといって騒ぎ、東京城北天
 文台長の小村芳雄博士(見明凡太朗)や助手の磯辺徹(川崎敬三)、小村の従弟で物理学者の松田英
 輔博士(山形勲)らが怪円盤研究に腐心していた。宇宙船では地球への連絡地を日本と決め、次々と
 パイラ人の使者を送ったが、その形の奇怪なために人々は恐れて近づかなかった。業を煮やしたパイ
 ラ人はその一人を天野銀子という名の日本の女に変身させて地球に送った。銀子(苅田とよみ)は松
 田博士の家に入り込むことに成功した。パイラ人特有の明晰な頭脳を持つ銀子は博士が密かに発見し
 ていた、原水爆以上のエネルギーを持つ爆発物ウリュウムの方程式を読みとり、博士に自分の正体を
 打明けながら、地球上にその研究を発表するのは狂人に刄物だから止めろと注意した。博士は方程式
 を焼き捨てた。その頃、新天体Rが現われ、地球と衝突する軌道を進みつつあった。世界は驚愕し、
 R破壊の為に各国の原水爆が一斉に発射された。しかしいずれも不成功であった。某国の手先は松田
 博士を誘拐し、方程式を書かせようとした。危いところをパイラ人の使者たちに救われた博士は、地
 球上には残さない約束で銀子に方程式を書いて渡した。パイラ人によってウリュウムが作られ、その
 爆発力でRは消え、地球は救われた。銀子は宇宙船に乗って地球を去って行った。

 他に、目黒幸子(磯辺徳子=徹の母)、南部彰三(磯部直太郎=同じく父)、永井ミエ子(小村多恵子=
小村博士の娘)、平井岐代子(松田清子=英輔の妻)、苅田とよみ(青空ひかり=踊子/二役)、小原利之
(平野健一=新聞記者)、岡村文子(お花=居酒屋「宇宙軒」の女将)、渡辺鉄弥(三吉=酒屋「三河屋」
の倅)、八木沢敏(パイラ人第二号)、夏木章(同じく第三号)、津田駿二(同じく第四号)、斎藤紫香
(紳士振った男)、原田ゲン〔言偏に玄〕(船員)、泉静治(酔客 )、花村泰子(芸者)、谷謙一(用心
棒)、杉田康(新聞記者)、河原侃二(高島博士)、早川雄二〔有三〕(警官)、フランク熊谷(天文台
の通信士)などが出演している。
 結局、「原子力を平和利用しなければならない」という、「デュアル・ユース」の喧伝に徹した映画だっ
た。要するに、牧歌的だったとしか言いようがない。なお、似たような物語に、『妖星ゴラス』(監督:本
多猪四郎、東宝映画、1962年)があるが、こちらの方がはるかに説得力があった。


 某月某日

 DVDで邦画の『二等兵物語 女と兵隊 蚤と兵隊』(監督:福田晴一、松竹京都、1955年)を観た。久しぶり  
に昭和50年代の映画を観ることになったが、定番とはいえ帝國陸軍内務班の様子が窺える物語であった。も
っとも、喜劇タッチなのでかなりそのエグさは減殺されており、内実はこんなものではなかったであろう。
伴淳演じるところの古川二等兵の最後の演説は、たぶん多くの日本人のこころに沁みたことであろう。戦争
に負けて10年が経過しているが、彼の思いは戦争を知らない小生にも伝わってくるので、それは間違いない。
本作はシリーズ化されて都合10本製作された由であるが、機会があれば全部観てみたい。『ぴあ シネマクラ
ブ』に関連記事があるので、それを引用してみよう。

   〔二等兵物語シリーズ〕

  梁取三義の原作を、伴淳三郎と花菱アチャコのコンビで映画化した松竹の軍隊喜劇シリーズで、1955-
 61年にかけて全10本が製作された。年代、場所、役名は毎回まちまちだが、伴淳三郎・花菱アチャコの   
 コンビは不変。すばしっこいが慌て者の伴淳と正直いちずで要領の悪いアチャコの両二等兵が、悪徳上
 等兵らと巻き起こす騒動が描かれる。伴淳とアチャコのトウの立った二等兵ぶりが笑いとともに哀愁を
 呼び、折からの復古調ブームも重なり予想外のヒットを記録した。第1作から第7作までは梁取三義の
 原作が使われたが、第8作以降は全シリーズの脚本を手掛けた安田重夫によるオリジナル・ストーリー
 で新シリーズ化を狙った。しかし、マンネリ化はまぬがれず結局第10作で打ち止めとなった。最終作
 (酒井欣也)を除く全シリーズを福田晴一が監督し、“伝七捕物帳”シリーズと並ぶ代表作とした。

 このころ製作された『二等兵物語』とは別に、『金語楼の三等兵』(監督:曲谷守平、新東宝、1959年)
という作品も喜劇タッチの好編だったことを覚えている。なお、少し後になるが、『与太郎戦記』シリーズ
(大映、1969-70年)も観たい映画シリーズのひとつである。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  梁取三義の小説を『母笛子笛』の舟橋和郎と『お役者小僧 江戸千両幟』の共同脚色者の一人、安
 田重夫とが共同脚色し、同じく『お役者小僧 江戸千両幟』のコンビ福田晴一が監督、片岡清が撮影
 を担当した。主なる出演者は『おんな大学』の伴淳三郎、関千恵子、『若き日の千葉周作』の花菱ア
 チャコ、『柔道開眼』の宮城野由美子、『絵島生島』の山路義人、『燃ゆる限り』の幾野道子など。

   〔あらすじ〕

  終戦も間近い昭和二十年六月、古川凡作(伴淳三郎)は令状を受けて入営する朝、急な神経痛の発
 作で足腰が立たなくなった。乳母車で入営した発明心に富む凡作は、「不髄の身が乳母車で入営」と
 思わぬ英雄扱いを受けた。新聞でこれを読んだ初瀬悦子(宮城野由美子)の叔母の山元鶴子(和歌浦
 一子)という女性が感激のあまり、悦子を連れて慰問に来てくれ、凡作は有頂天だった。だが、軍隊
 生活は正気の沙汰とは思われないほど厳しい。ある夜、こっそり悦子と逢った凡作は弾薬庫の近くで、
 うっかり煙草の吸殻をこぼれた石油の中に捨て、やっとのことで消しとめたが、駈けつけた中隊長の
 若林彦一(山路義人)から殊勲甲と激賞され、従卒に抜擢された。役目は隊長とその妾である清水マ
 リ(関千恵子)との連絡係である。だがへマをやったばかりに、隊長の奥方である若林静江(幾野道
 子)からマリと結婚しろと迫られた。凡作は親友柳田一平二等兵(花菱アチャコ)の親子愛に持前の
 義侠を発揮して、柳田の招集解除を交換条件にマリと式をあげた。ところが、隊長は言を左右にして
 約束を果たさず、金鵄勲章でごまかしてしまった。凡作は悦子の誤解を解くため、軍需工場へ出かけ
 て行き、証拠の金鵄勲章を見せて悦子の疑いを晴らした。やがて終戦の日、若林隊は大混乱に陥り、
 中隊長以下古参兵たちがあさましくも物資を奪い合うのを見るや、怒りに燃えた凡作は機関銃で脅か
 して、全員を整列させた。そして、日頃のウップンを思い切り晴らしたうえ、彼らに反省を求めた。
 一同の心にも凡作の熱意は通じ、全員は一つ心になって泣いた。復員の日、迎えに来た悦子と柳田の
 息子に「これから何の発明をするの」と訊かれた凡作は、「いつまでも平和がつづく機械を作るのだ」
 と昂然と答えた。

 他に、松井晴志(柳田三太=一平の息子)、伊藤智子(中村たみ=凡作の入営に付き添った女性)、柳紀
久子(野尻敬子=悦子の友人)、磯野秋雄(伊藤二等兵)、西川ヒノデ(塚口二等兵)、大友富右衛門(部
隊長)、中原伸(佐々田少尉)、高屋朗(菊岡伍長=班長)、天野刃一(吉原軍曹)、山田周平(本間上等
兵)、生方功(大橋上等兵)、玉島愛造(守衛)、有木山太(バイオリン弾き)、戸上城太郎(憲兵将校)、
三笠輝子(若林家の女中)などが出演している。伴淳やアチャコの芸は相変わらずだが、やはり味がある。
「芸人」とは、彼らのためにある言葉であろう。

                                                  
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