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驢鳴犬吠1906
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驢鳴犬吠1903
 月が替わりましたので、「日日是労働スペシャル」の続篇をお届けします。「日日是労働スペシャル
XCI(東日本大震災をめぐって)」が正式名称ですが、通称を用いることにしましたので、「驢鳴犬吠
1903」となります。そういうわけで通称を用いますが、内容に変わりはありません。主として、
今回の大災害(原発の過酷事故を含む)に関係する記事を掲げますが、特定の個人や団体を誹謗中傷す
る目的は一切ありません。どうぞ、ご理解ください。人によっては、多少ともショッキングな記事があ
るかもしれませんので、その点もご了承ください。なお、読み進めるほど記事が古くなります。日誌風
に記述しますが、後日訂正を載せるかもしれません。あらかじめ、ご了解をいただきたいと存じます。
 また、ご質問、ご意見等のおありの方は、muto@kochi-u.ac.jp 宛にメールをいただければ幸甚です。

                                            
 2019年3月31日(日)

 今日は年度の最終日です。明日以降の仕事の準備のために出勤しています。現在、17時25分です。夕食を
いただいてから、後半戦に突入します。
 現在、18時30分です。残務を片付けたら、今年度の仕事はすべて終了します。
 現在、19時55分です。今日中にやらなければならない業務はほぼ了えました。残務は明日以降に回します。
明日は、辞令、会議2件がノルマです。そろそろ帰ります。

                                              
 2019年3月30日(土)

 現在、18時05分です。何だかやる気が起きなくて、ダラダラしていました。夕食をいただいてから、少し
仕事をしようと思っています。

                                                
 2019年3月29日(金)

 現在、12時10分です。そろそろ昼食でしょうか。2018年度は、事実上今日で終了します。月曜日から新年
度ですから、少しずつテンションをあげていきたいと思っています。
 現在、22時10分です。今日は雑用で潰してしまいました。そろそろ帰ります。4月に入ると、各種オリエ
ンテーションがありますので、その準備のために、たぶん明日も出勤すると思います。
 現在、22時45分です。事実上の今年度が終了しました。明日は残務整理です。
                                                                                                     
 2019年3月28日(木)

 現在、14時25分です。昨日同様、昼食をいただきましたので、午後は自由に使えます。

 さて、再び『反貧困 ── 「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠 著、岩波新書、2008年)の一部を抜書
してみましょう。


 ************************************************

  すべり台社会

p.30 ・日本社会は、「すべり台社会」化しているのではないのか。
  ・ワーキング・プアの存在が、そのことを端的に示している。

p.31 ・引用:「非正規で働けば、より高い失業リスクにさらされる。派遣労働の合間、または企業業績の  
        わずかな変化の影響で、失業の憂き目に遭うことがある」。

 * 『予告犯』(監督:中村義洋、映画「予告犯」製作委員会〔TBSテレビ=WOWOW=ジェイ・ストーム=
  電通=CBCテレビ=C&Iエンタテインメント=MBS=ジェイアール東日本企画=東宝=TCエンタテイン
  メント=日本出版販売=RKB=HBC〕、2015年)という映画あります。そこで描かれている派遣社員の実
  態が参考になると思います。「日日是労働(臨時版)1703-1706」に当該映画に関する記述があ
  りますので、以下に引用してみましょう。


 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 1本目は、『予告犯』(監督:中村義洋、映画「予告犯」製作委員会〔TBSテレビ=WOWOW=ジェイ・ストー
ム=電通=CBCテレビ=C&Iエンタテインメント=MBS=ジェイアール東日本企画=東宝=TCエンタテインメン
ト=日本出版販売=RKB=HBC〕、2015年)である。中村義洋と言えば、この手のエンタテインメント作品を
作らせれば、現在の日本で5本の指に入る監督だと思う。彼の作品は、以下のように、12本観ている。もち
ろん、出来不出来は多少あるが、いずれも外れではないところが凄いと思う。

 『アヒルと鴨のコインロッカー』、監督:中村義洋、『アヒルと鴨のコインロッカー』製作委員会〔アミ
  ューズソフトエンタテインメント=スカパー・ウェルシンク=デスペラード=ダブ=読売広告社=東日
  本放送=河北新報社〕、2006年。
 『ジャージの二人』、監督:中村義洋、メディアファクトリー=TBSサービス=スモーク=ザナドゥ=Yahoo!
   JAPAN、2008年。
 『チーム・バチスタの栄光』、監督:中村義洋、「チーム・バチスタの栄光」製作委員会〔TBS=東宝=
  「このミス大賞」連合=MBS=CBC=RKB=HBC=S・D・P=朝日新聞社=TCエンタテインメント=クロスメ
  ディア〕、2008年。
 『フィッシュストーリー』、監督:中村義洋、「フィッシュストーリー」製作委員会〔アミューズソフト
  エンタテインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=テレビ東京=CJ Entertainment=衛生劇場=パル
  コ=ショウゲート=スモーク=Yahoo! JAPAN〕、2009年。
 『ジェネラル・ルージュの凱旋』、監督:中村義洋、「ジェネラル・ルージュの凱旋」製作委員会〔TBS=
  東宝=「このミス大賞」連合=MBS=CBC=RKB=HBC=S・D・P=朝日新聞社=TCエンタテインメント=ク
  ロスメディア〕、2009年。
 『ゴールデンスランバー』、監督:中村義洋、「ゴールデンスランバー」製作委員会〔アミューズ=東宝=
  博報堂DYメディアパートナーズ=CJ ENTERTAINMENT=KDDI=スモーク=Yahoo! JAPAN=ショウゲート=
  朝日新聞社=TSUTAYAグループ〕、2010年。
 『奇跡のリンゴ』、監督:中村義洋、『奇跡のリンゴ』製作委員会〔東宝=博報堂DYメディアパートナーズ=
  幻冬舎=KDDI=ジェイアール東日本企画=読売新聞社=Yahoo! JAPANグループ〕、2013年。
 『ナゾトキネマ マダム・マーマレードの異常な謎 出題編』、監督:上田大樹/鶴田法男/中村義洋、ナゾ
  トキネマ「マダム・マーマレードの異常な謎」製作委員会〔TV TOKYO=SCRAP〕、2013年。
 『ナゾトキネマ マダム・マーマレードの異常な謎 解答編』、監督:上田大樹/鶴田法男/中村義洋、ナゾ
  トキネマ「マダム・マーマレードの異常な謎」製作委員会〔TV TOKYO=SCRAP〕、2013年。
 『白ゆき姫殺人事件』、監督:中村義洋、「白ゆき姫殺人事件」製作委員会〔松竹=松竹ブロードキャス
  ティング=集英社=ジェイアール東日本企画=ぴあ=博報堂=GyaO!〕、2014年。
 『予告犯』、監督:中村義洋、映画「予告犯」製作委員会〔TBSテレビ=WOWOW=ジェイ・ストーム=電通=
  CBCテレビ=C&Iエンタテインメント=MBS=ジェイアール東日本企画=東宝=TCエンタテインメント=日
  本出版販売=RKB=HBC〕、2015年。
 『残穢 -住んではいけない部屋-』、監督:中村義洋、「残穢 -住んではいけない部屋-」製作委員会〔ハピ
  ネット=松竹=エイベックス・ミュージック・パブリッシング=GYAO=ソニーPCL〕、2016年。

 作品の傾向としては、『藁の楯』(監督:三池崇史、「藁の楯」製作委員会〔日本テレビ放送網=ワーナー・
ブラザーズ映画=OLM=講談社=Yahoo! JAPAN=ジェイアール東日本企画=読売テレビ放送=札幌テレビ=ミ
ヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2013年)と『東京難民』(監督:佐々
部清、「東京難民」製作委員会〔キングレコード=ファントム・フィルム=シネムーブ〕、2014年)を合わせ
たような味わいだった。インターネット社会になって初めて成立する作品なので、21世紀らしい映画と言えよ
う。
 物語を確認しておこう、例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  ネット犯罪の恐怖を描いた筒井哲也による同名コミックを生田斗真主演、戸田恵梨香共演で映画化した
 サスペンス・スリラー。ネットに犯行予告動画を投稿しては実行していく新聞紙製の頭巾を被った謎の集
 団“シンブンシ”と警視庁の女性捜査官との戦いをスリリングに描き出す。監督は『白ゆき姫殺人事件』
 の中村義洋。

   〔あらすじ〕

  新聞紙で作られた頭巾を被った姿の男〔奥田宏明=ゲイツ〕(生田斗真)が、集団食中毒を起こしたも
 のの法律の穴を突き開き直る食品加工会社に制裁を加える旨を予告する動画を投稿。警視庁サイバー犯罪
 対策課のキャリア捜査官・吉野絵里香(戸田恵梨香)は、『シンブンシ』と呼ばれる例の制裁を予告する
 者について捜査を始めるが、食品加工会社の工場が放火され予告の通りになってしまう。それからも無思
 慮な言動などのためネット上で炎上した者への制裁の予告と実行が度重なり、やり口をまねする者も出現。
 ついには政治家の殺害を予告する動画までアップされ、『シンブンシ』は社会現象になっていく。

 他に、鈴木亮平(葛西智彦=カンサイ)、濱田岳(木村浩一=ノビタ)、荒川良々(寺原真一=メタボ)、
福山康平(ネルソン・カトー・リカルテ=ヒョロ)、宅間孝之(岡本大毅=サイバー犯罪対策課の刑事)、
坂口健太郎(市川学=同)、小松利昌(金子=同)、増岡裕子(馬渕=同)、窪田正孝(青山祐一=ピット
ボーイ六本木店店員)、小松菜奈(楓=ラーメン屋「増本」の店員)、田中圭(北村=公安課の刑事)、滝
藤賢一(栗原=IT会社の社長)、本田博太郎(加藤=元印刷会社経営者)、小日向文世(設楽木匡志=衆議
院議員)、長木玲奈(吉野絵里香の幼少期)、仲野茂(石田清志=現場監督)、輝山立(岩渕颯太=ターゲ
ット001)、北本哲也(西啓吾=同じく002)、細田善彦(田端正義=同じく004)、野間口徹(ハ
ローワーク職員)、村松利史(年配の労働者)、中村ゆうじ(手配師)、ブラザートム(イベントの司会者)、
菜々緒(レッドクァンタムのCMモデル)、名高達男(警視庁副総監)、山中茂樹(アジサンフーズの逆ギ
レ会見の男)、池田宜大(記者)、沖田裕樹(保田=ピットボーイ厚木店店長)、眼鏡太郎(面接を受けて
いる男)、品川裕介(IT会社社員)、増井剛(同)、小久保寿人(同)、竹倉愛(同)、松下貞治(ピット
ボーイ新宿店店長)、永嶋柊吾(シンブンシに憧れる少年)、高畑百合子(テレビのアナウンサー)、岡田
泰典(同)、秋沢淳子(同)、出合正幸(設楽木の秘書)、仁科貴(トラックの運転手)、宮本大誠(刑事)、
田中登志哉(同)、島津健太郎(公安課の刑事)、小沼傑(同)、重田千穂子(救急病院の受付)、長野克
弘(親方風の男)、藤本静(警察病院の看護師)、増田晋(レッドクァンタムCMナレーション)などが出
演している。なお、配役の詳細に関しては、<ウィキペディア>を参照した。
 以下のような台詞がこころに刺さったので、記録しておく。

 奥田:(ヒョロに対して)ごめんな、こんな国で。
 奥田:(吉野に対して)あなたには、分からない。
 青山:(刑事に対して)あなたには、分からない。大きなことじゃなくても動くんです、人は。それが誰
    かのためになると思えば。
 奥田:(吉野に対して)頑張れるだけ幸せだったんですよ、あなたは。
 吉野:(奥田に対して)世界には生きる価値があるのよ。

 ある立場(第三者的な立場)から見れば、奥田の論理も吉野の論理も、いずれも正鵠を得ていると思う。
しかし、立場が異なれば、相手の論理はまやかしにすぎず、どこまで行っても平行線のままだろう。この作
品は「雇用」をめぐる深刻な問題を扱っており、その点で『東京難民』に通じるところがある。また、イン
ターネットで度外れた宣告をする点で『藁の楯』に似ている。いずれも優れて現代的な社会問題なので、こ
の映画を観ながら、いろいろなことを考えた。上で、「頑張れるだけ幸せだ」という奥田の発言を採り上げ
たが、阪神・淡路大震災のとき、被災者がヴォランティアの人から掛けられる「頑張れ」という言葉に強く
反撥した話を思い出した。たしかに、もがいてももがいてもどうにもならない人からすれば、うまくいって
いる人からの励ましの言葉はかえって鬱陶しいのかもしれない。小生にも経験があるが、簡単に飛び越せる
ように見えるハードルが、とてつもなく高く見えることがあるのだ。その人が飛び越えようと試みるまで、
周囲の人びとは黙って見ているしかない。本人自身が周囲のサポートを求めてから、初めて助け舟を出して
も遅くはないのである。
 また、フィリピン出身の少年は、父親(加藤のこと)を探しに日本を訪れているが、その際の費用は、腎
臓を売却することによって得ている。当然のごとく、『闇の子供たち』(監督:阪本順治、「闇の子供たち」
製作委員会〔セディックインターナショナル=ジェネオン エンタテインメント=アミューズ〕、2008年)を
連想したが、実際にこのような事例があるのだろうか。あっても何ら不思議ではないと思ったが、奥田の
「ごめんな、こんな国で」という台詞は、限りなく重い。

 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 * この映画の本筋ではないのですが(ただし、伏線の役割を果たしています)、主人公ゲイツ(生田斗真)
  と、IT企業社長の栗原(滝藤賢一)との遣り取りが印象深い。正社員を夢みて頑張っているゲイツに対す
  る栗原の応対は、血が通っている人間のものとは思えないからです。

  ・引用:「失業しやすく雇用のネットからこぼれ落ちやすい非正規労働者ほど、実は社会保険のネット
       にも引っかかりにくい」。
  ・三層であるべきセーフティネットが、三段構えになっていない。

p.32 ・引用:「「三層」と言えば、一つをすり抜けても次で引っかかる三段構えの安全網をイメージで
        するが、非正規労働者にとって三つのネットはワンセットであり、そこから丸ごと排除
        されている。一段目から落ちる人は二段目も三段目も素通りしてしまう構造になってい
        る」。
  ・OECDは、税と社会保障移転による相対的貧困率削減が日本ではきわめて少ないと指摘。
    → その原因は、セーフティネットの排他性にある。

 * 貧困率:所得が低く経済的に貧しい状態にある人が全人口に占める割合。絶対的貧困率と相対的貧困率
  がある。絶対的貧困率は、十分な所得がないため最低限の生活必需品を購入できない人の割合。世界銀
  行では、1日の所得が1.90米ドル相当額(貧困ライン)未満で生活する人を絶対的貧困層と定義してい
  る。相対的貧困率は、国民の所得分布の中央値の半分に満たない世帯の割合。先進国では、絶対的貧困
  状態ではなくても相対的貧困層となる場合がある(デジタル大辞泉)。

   国内における所得格差を示す指標で、しばしば国家間の貧困度合いの比較にも用いられる。絶対的な
  貧困度を指す概念ではなく、相対的貧困度を示している。OECDは、相対的貧困率を、世帯の等価可処分
  所得が、全国民の等価可処分所得の中央値に満たない国民の割合、と定義している。スウェーデン、デ
  ンマークなどの北欧をはじめ西欧諸国の多くが10%を下回り、メキシコ、トルコ、米国は17%ー18%と
  きわめて高い。日本は2006年現在、15.7%で、先進国では米国と並んで、貧困率の高い格差社会となっ
  ている(百科事典マイペディア)。

 ** 絶対的貧困率:必要最低限の生活水準を維持するための食糧・生活必需品を購入できる所得・消費水
  準に達していない絶対貧困者が、その国や地域の全人口に占める割合。世界銀行では1日の所得が1.90
  米ドルを貧困ラインとしている。絶対的貧困の基準は国や機関、時代によって異なる(デジタル大辞泉)。

 *** 相対的貧困率:ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の全人口に占める比率。[補説]OECD
  (経済協力開発機構)では、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が
  全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者としている。相対的貧困率は、単純な購買力よりも
  国内の所得格差に注目する指標であるため、日本など比較的豊かな先進国でも高い割合が示される。平
  成24年(2012年)の日本の貧困線は122万円、相対的貧困率は16.1パーセント〔平成25年国民生活基礎調
  査より〕(デジタル大辞泉)。

p.32-33 ・引用:「彼/彼女たちは、一度雇用のネットからこぼれ落ちたが最後、どこにも引っかかるこ
          となく、どん底まで落ち込んでしまう。だから「すべり台社会」と言う」。

  日本社会に広がる貧困

p.33 ・貧困者を所得の観点から吟味してみると、年間を通じて働いているにも拘らず、年収200万円未満と
    いう人が1,000万人を超えている現実。
  ・高齢者では、無収入が5.3%、月収10万円未満が40.0%に達している。

p.34 ・高齢者人口内での相対的貧困率は、男性24.9%、女性42.0%にも上る。
  ・子どもの貧困率は、OECD加盟国24ヵ国中10番目に高い14.3%である。

p.34-35 ・貧困者を資産の観点から吟味してみると、いわゆる「貯蓄なし所帯」が23.8%(2005年)と、
      10年前の約4倍に達している。

p.35 ・これらの背景にあるのは、「雇用環境の悪化」である。
  ・企業業績(売上高/経常利益)は、2006年度に過去最高を記録しているにも拘らず、日本の労働分配
   率は2001年以降減り続けている。

p.35-36 ・経済アナリストの森永卓郎の指摘。
      「日本では2002年1月から景気回復が始まり、名目GDPが14兆円増える一方、雇用者報酬は5兆
       円減った。だが、大企業の役員報酬は一人当たり五年間で84%も増えている。また、株主へ
       の配当は2.6倍になっている。ということは、パイが増える中で、人件費を抑制して、株主
       と大企業の役員だけが手取りを増やしたのだ」。

p.36 ・引用:「その結果、戦後最長の景気上昇期間を経験していながら、従来であれば好況期には減少し  
        ていくはずの生活保護受給者が増大していく、という異常事態に立ち至っている」。
  ・「可処分所得(給与やボーナスなどの個人所得から、税金や社会保険料などを差し引いた残りの手取
    り収入、つまり自分の意思で使える部分)が生活保護基準未満である世帯の割合」を世帯類型別に
    割り出した結果、以下の世帯で貧困率が上昇している(橘木俊詔/浦川邦夫)。
    (1)高齢者世帯
    (2)高齢者世帯を除いた単身世帯(就労世帯)
    (3)母子世帯
    (4)子どものいない夫婦世帯
  ・捕捉率も低いので、貧困層の数は、1,000万人に達する。

p.37 ・唐鎌直義の指摘によると、「ワーキング・プア(働いているか、働ける状態にあるにも拘らず、憲
    法二五条で保障されている最低生活費(生活保護基準)以下の収入しか得られない人たち)」に関
    しては、所得の低い10%の世帯がその状態であるという。

p.38 ・少なくとも、一部の統計・研究を見るだけでも、日本社会全体に貧困が広がっていることが分かる。

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 本日は、この辺りで打ち切りましょう。次回は、「2 皺寄せを受ける人々」から言及しましょう。

 現在、22時15分です。本日の雑務を片付けました。そろそろ帰ります。明日も、本日とほぼ同様の業務に
なる予定です。

                                                  
 2019年3月27日(水)

 現在、14時5分です。昼食をいただきましたので、午後は自由に使えます。

 さて、再び『反貧困 ── 「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠 著、岩波新書、2008年)の一部を抜書
してみましょう。


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p.19 第二章 すべり台社会・日本

    1 三層のセーフティネット

  ・引用:「いわゆるセーフティネット(安全網。以下、単に「ネット」と略することもある)は三層構
       造を持っている。雇用(労働)のネット、社会保険のネット、そして公的扶助のネットだ」。

  雇用のセーフティネット

p.21 ・引用:「非正規労働者とは、期間の定めのある短期の契約で雇用される労働者のことで、パート・
        アルバイト・契約社員・派遣社員を広く含む。今や、全労働者の三分の一が非正規であり、
        若年層では45.9%、女性に至っては、五割を超えている(53.4%)」。
  ・さらに、商店主や農家など、自営業主の生活の厳しさも露わになっている。
  ・いわゆるフリーターの年収は約140万円で、年収200万円以下の給与所得者が、100万にを超えている
   (2006年)。
  ・引用:「労働の対価として得られる収入によって生活を支えていく、というこれまでの日本社会の
       「あたりまえ」が「あたりまえ」ではなくなったのである」。

p.22 ・引用:「未だかつて正規雇用を募集しても人が集まらず、非正規雇用を自ら望む人たちが多数を占
        めたという時期はない。「自由で多様な働き方」をも求めて、人々が非正規労働に流れて
        いったとする考え方は後付けであり、実際のプロセスを歪曲している」。

p.23 ・引用:「当時(1990年代)の経団連が「新時代の「日本経営」」(1995年)で、労働者を「長期蓄
        積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」に三分類し、一部の主力正社員以
        外は派遣や請負による非正規でまかない、それによって人件費を軽減して企業業績を好転
        させようと提唱した」。

p.24 ・非正規労働者の特徴
    (1)大企業の正社員のような安定した地位がない。
    (2)賃金が安い。
    (3)短期の雇用打ち切り(雇い止め)による失業のリスクが高い。
    (4)働くことが生活を成り立たせるネットの役割を果たしていない。
  ・非正規労働が蔓延する中で、正規労働者にも圧力がかかっている。
  ・引用:「何時間残業しようとも一定時間分しか残業代のでない「みなし残業代」を盛り込んだ雇用条
       件で、月収20万円未満で働く正規労働者が増えている」。
  ・引用:「また、そもそも残業代を支払わないために、役職だけ管理職名をつける手法も横行している
       (「なんちゃって正社員」「名ばかり管理職」とも言われる)」。

 * 『ブラック会社に勤めているんだが、もう俺は限界かもしれない』(監督:佐藤祐市、ブラック会社
  限界対策委員会〔アスミック・エース エンタテインメント=パルコ=アミューズソフトエンタテイン
  メント=関西テレビ放送=共同テレビジョ=Yahoo! JAPAN〕、2009年)という映画あります。そこで描
  かれているブラック企業の実態が参考になると思います。「日日是労働セレクト70」に当該映画に関
  する記述がありますので、以下に引用してみましょう。


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 5本目は、『ブラック会社に勤めているんだが、もう俺は限界かもしれない』(監督:佐藤祐市、ブラッ
ク会社限界対策委員会〔アスミック・エース エンタテインメント=パルコ=アミューズソフトエンタテイ
ンメント=関西テレビ放送=共同テレビジョ=Yahoo! JAPAN〕、2009年)である。「2チャンネル」がモデ
ルであることは間違いがない「Bチャンネル」への「スレタイ」が進行係となって、元ニートの悪戦苦闘記
がコミカルかつシビアに展開する痛快現代劇である。つまり、よくできた悲喜劇である。ニートを卒業して、
晴れてプログラマーとして入社した大根田真男(通称「マ男」)を待っていたのは、黒井システム(株)と
いうブラック会社だった。ブラック会社を判定する法則があるので、以下に列挙してみよう。

 法則その1 就業規則があるにも拘らず、残業が当たり前。
 法則その2 何日も徹夜が続くことがある。
 法則その3 社内に情緒不安定な社員がいる。
 法則その4 必要経費が一切認められない。
 法則その5 同僚のスキルが異常なほど低い。
 法則その6 従業員の出入りが激しい。

 マ男が入社した黒井システムは、すべての法則に該当するのである。さあ、彼はどうなるのか……といっ
た物語である。細部までよく描けているので、まったく飽きずに最後まで観通すことができた。興味のある
人には是非鑑賞していただきたいので、物語については割愛する。おそらく、つまらないと思う人は少ない
と思う。主な出演者を記しておこう。小池徹平(大根田真男=主人公)、田辺誠一(藤田巧己=優秀で人柄
もよい先輩社員)、品川祐(阿部道大=傲慢なリーダー)、池田鉄洋(井出哲也=リーダーの腰巾着)、マ
イコ(中西亜矢子=藤田に気のある派遣社員)、中村靖日(上原学=腋臭がきつい情緒不安定な社員)、田
中圭(木村翔太=大手から移ってきた野心家)、千葉雅子(瀬古さだ子=社長の愛人で経理担当)、森本レ
オ(黒井策士=黒井システム社長)、朝加真由美(大根田佳子=真男の母)、北見敏之(大根田真次=真男
の父)などが出演している。「定時帰宅」は都市伝説で、デスマ(death march)〔死の行進=不眠不休〕は
当たり前、IT業界のピラミッド(縦社会)の恐ろしさがこれでもかと描かれていた。井出が「オイシイ、
ジューシー、トレビアン」と叫ぶが、「OJT(on-the-job-training)」のことを指しているらしい。ちょっ
と、緊張緩和になっていた。なお、画面に文字が頻出する点では、『(ハル)』(監督:森田芳光、光和イン
ターナショナル、1995年)に似ている。

 以下に、一応「解説」と「あらすじ」を示しておきましょう。例によって、<Movie Walker>のお世話にな
ります。執筆者に感謝します。なお、一部改変しましたが、ご寛恕を乞います。

   〔解説〕

  巨大ネット掲示板への書き込みから生まれた実話を小池徹平主演で映画化。過酷な職場へ就職して
 しまった主人公と、個性的な同僚たちとのやりとりが笑いを交えて描かれる。

   〔あらすじ〕

  イジメを受けて登校拒否を繰り返し、8年もひきこもっていた26歳の大根田真男(小池徹平)は、
 母・佳子(朝加真由美)の事故死をきっかけに一念発起、プログラマーの資格を取得して小さなIT企
 業“黒井システム株式会社”に就職する。だが、入社初日から納品日間近でテンパっている社員たち
 は真男に目もくれず、しかも何の手違いか真男はマ男(まおとこ)とあだ名を付けられてしまう。横
 暴な殿様キャラで責任感もやる気もないリーダー・阿部(品川祐)、ガンダムおたくのお調子者でリ
 ーダーの腰巾着・井出(池田鉄洋)、挙動不審な上原(中村靖日)、社長の愛人と噂され、必要経費
 を一切認めない経理のお局様・瀬古(千葉雅子)、唯一まともそうな先輩・藤田(田辺誠一)をのぞ
 けば超クセ者ぞろいの社員たち。度重なる阿部と井出の嫌がらせにも負けず、黙々と仕事に取り組ん
 でいたマ男は過酷な残業が続く中、自力でプログラムを完成、人生初の達成感を覚える。その成果が
 認められ、マ男はプロジェクトリーダーに大抜擢される。そんな中、井出の大失態で納期達成がピン
 チになるが、藤田の機転でなんとか危機を回避、一同はプロジェクト完遂を祝して打ち上げへ。その
 席で派遣社員の中西(マイコ)に呼び出されたマ男。もしや告白、と浮かれたのも束の間、中西は藤
 田が好きだと宣言する。ある日、大手企業から早大出身のエリート・木村(田中圭)が転職してくる。
 マ男は木村の教育係を務めるが、彼は会社を乗っ取ろうと目論んでいる野心家だった。木村の横暴な
 やり方に職場は混乱、傍若無人な木村の言動で職場は一触即発状態になるが、そんな地獄のさなか、
 マ男の父・真次(北見敏行)が倒れたという知らせが入る。病院に駆けつけるマ男。「終わった、全
 てが終わった」。それでも何とか帰社したマ男だったが、オフィスでは木村がプロジェクトの納期を
 早めたことが原因で、かつてない大喧嘩が繰り広げられていた……。

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  社会保険のセーフティネット

  ・社会保険の種類
    被用者(雇われて働く人)のための保険
   (1)厚生年金
   (2)雇用保険
   (3)健康保険
   (4)労災保険
    自営業主や高齢者のための保険
   (1)国民年金
   (2)国民健康保険
    その他の保険
   (1)介護保険

p.25 ・引用:「法律上は、たとえ非正規であっても、一定の要件を満たしている場合には雇用保険・健康
        保険等の(企業に課せられる)加入義務が生じるが、実際には少なからぬ非正規労働者が
        フルタイムで働いているにもかかわらず、加入しない会社がたくさんある」。
  ・失業給付の実態も、お寒い限りである。

p.26 ・国民健康保険の実態も芳しくない。2006年現在で、480万世帯(19%)、金額で9.85%という高い
    滞納率が問題になっている。
     ⇒ 小生は、実際に健康保険に入っていない(事実上、入れない)人を何人か知っている。収入が  
      少ないために、入りたくても入れないのである。
  ・引用:「路上で暮らす野宿者は言うまでもなく、いわゆる「ネットカフェ難民」の73.2%は健康保険
       に加入していない」。

p.27 ・引用:「保険証がなく医療費を支払えないために受診が遅れた末に死亡した人は、2005-2007年の
        二年間で少なくとも29人いたとされている」。
         ⇒ これはうろ覚えですが、昭和20年代の国民皆保険が成立していなかった時代には、盲
          腸で亡くなった人がかなりの数に上っていた由。医者にかかればお金が要りますが、
          それを懸念して手遅れになるケースが多かったらしいのです。
  ・こうして見ると、社会保険のネットからも、多くの人たちが漏れてしまっていることになる。

  公的扶助のセーフティネット

p.28 ・日本の公的扶助制度しては、「生活保護制度」がある。
     ⇒ 昨日も触れましたが、いろいろ問題がある制度です。これは伝聞ですが、どうやら生活保護を
      受けているらしい中年男が、同じくそのような境遇にある若い男に向って、「いいか、絶対に
      働くなよ。一度保護を切られたら、再申請は難しいぞ」と語っている現場に居合わせたそうで
      す。齷齪と働くに身にとってみれば、こんな会話は聞きたくないですよね。また、生活保護を
      受けている人を「ナマポ」(生活保護の、生を「ナマ」、保を「ポ」と読む)という蔑称で呼
      ぶことがあるそうですが、これは明らかに差別だと思います。

 参考文献:NHK取材班 著、『NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃』、宝島SUGOI文庫、2013年。

  ・しかしながら、それよりももっと深刻な状況がある。北九州市では、生活保護を受けられずに、また  
   は生活保護を廃止されて餓死するに至った事件が三年連続で起こっている。
  ・「捕捉率(どれだけの人たちが生活保護を受けているのかを示す指標)」から推測されることは、か
   なりの生活困窮者が生活保護制度から漏れていることが分かる。

p.28-29 ・引用:「この背景にはさまざまな要因があるが、「どんなに生活が苦しくても、生活保護など受
          けたくない」という制度そのものに対するマイナスイメージが根強いことと並んで、自
          治体窓口で申請させずに追い返す「水際作戦」が全国で横行していることが大きな要因
          としてある」。

p.30 ・生活保護と言うと、「必要のない人が受けている」や「不正受給者がいる」と言われることがあるが、
    2006年の不正受給件数は14,669件である。しかし、600万人から850万人に上ると考えられる、本当に
    必要なのに保護が行き渡らない人の数と比べると、さほどの数字とも思われない。なお、必要のない
    人に支給されることを「濫給」と言い、本当に必要な人に行き渡らないことを「漏給」と言う。
     ⇒ 濫給も漏給もどちらも問題ですが、雇用を増やす工夫も大事だと思います。「働かざる者食う
      べからず」は、古今東西、かなり普遍的な道徳律でしょう。もちろん、病気や障害、あるいは
      非自発的失業により「働きたくても働けない人」は除外されます(ウィキペディア)。

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 今日はこの辺で打ち切りましょう。次回は、「すべり台社会」(p.30)に言及します。

 現在、22時10分です。やっと雑用を片付けました。そろそろ帰ります。明日は、今日のつづきになるでし
ょう。

                                                  
 2019年3月26日(火)

 現在、13時10分です。お昼ご飯をいただいたので、これから何に着手しようかと考えているところです。
とりあえずは、来年度の講義のノート作り辺りが第一候補です。

 さて、再び『反貧困 ── 「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠 著、岩波新書、2008年)の一部を抜書
してみましょう。


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p.7 ・妻の直美さんも貧しい家で育った。その上、高校在学中から神経症的な病状が出始める。
  ・その後、専門学校に通ったり、アルバイトをしたり、いろいろ試みたが長続きしなかった。
  ・一念発起して上京し、そこで久さんと出会う。

  工場派遣で働く

p.8 ・久さんは、妻の実家で結婚式を挙げ、地元で就活を始める。水産加工業の仕事と派遣・請負業の仕事
   を天秤にかけ、結局、収入の多い後者を選んだ。
  ・引用:「(自動車部品工場での)序列は明確で、正社員がトップ、その次がパート・アルバイト、派
       遣はさらにその下の立場で「派遣には休憩がなかった」という」。
  ・N総業からの仕事のオファーはけっこうあったが、ラインのスピードが速いために、見送った。

p.9 ・手取り10万円では、とてもやっていけない現実。
  ・古株の派遣社員の士気は低かった。
  ・引用:「(彼らの)話によると、給料は自分たちの手元に入る前に、半分近くピンハネ(中間搾取)
       されているらしい。「サラ金と同じように規制してくれたらいいのに」と彼は願う」。
  ・引用:「消費者金融の金利のように、派遣・請負業の中間マージンにも上限があれば、もう少し「働
       けば生活していける」ようになるのではないか」。

 * 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』(監督:森崎東、キノシタ映画、1985年)
  という映画があります。それとの関連でピンハネの実態を描いた記事が「日日是労働セレクト77」
  にありますので、それを以下に引用してみましょう。


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 某月某日

 DVDで邦画の『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』(監督:森崎東、キノシタ映画、
1985年)を観た。聞きしに勝るほどのバイタリティに溢れた映画である。沖縄出身のストリッパーと原発ジ
プシーのコンビが中心となって、その周囲をそれぞれの立場の人間群像が躍動する悲喜劇と言えばよいか。
彼の作品は6本しか観ていないが、それぞれ個性的な出来である。とくに、デビュー作の『喜劇・女は度胸』
と『釣りバカ日誌S<スペシャル>』は印象深い。なお、当該映画では「森崎」の文字が用いられており、
崎が「たつさき」ではない。

 『喜劇・女は度胸』、監督:森崎東、松竹、1969年。
 『男はつらいよ・フーテンの寅』、監督:森崎東、松竹、1970年。
 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
 『塀の中の懲りない面々』、監督:森崎東、松竹映像=磯田事務所、1987年。
 『釣りバカ日誌S<スペシャル>』、監督:森崎東、松竹、1994年。
 『ニワトリはハダシだ』、監督:森崎東、シマフイルム=ビーワイルド=衛星劇場、2003年。

 この作品も「原発」関連映画で、幻想的な場面を盛り込んだ『人魚伝説』(監督:池田敏春、ディレクタ
ーズ・カンパニー=ATG、1984年)とは色合が異なり、より社会性の強い作品に仕上がっている。物語を確認
しておこう。例によって、<goo 映画>の力を借りる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容
いただきたい。

  旅回りのストリッパーであるバーバラ(倍賞美津子)が名古屋に帰って来た。沖縄集落の中のタケ
 子(小林トシ江)が経営する飯み屋の二階が彼女の住居で、内縁の夫の宮里(原田芳雄)と親友のア
 イコ(上原由恵)が待っているはずだった。その日は、バーバラの弟の正(片石隆弘)とタケ子の娘
 のタマ枝(竹本幸恵)、和男(久野真平)の不良中学生三人が修学旅行からはずされた腹イセに積立
 金強奪騒動を起こし、人質の野呂教諭(平田満)が縛られ、物干し台に転がされていた。宮里は原発
 を転々と渡り歩く労働者である「原発ジプシー」で、ヤクザの仲間入りをしている。バーバラとは沖
 縄のコザ暴動以来の間柄で、彼女はそろそろ、二人で堅気の仕事に就いて結婚したがっていた。バー
 バラは宮里の顔を見るや、アイコのことを聞く。アイコは福井の美浜で原発労働者相手の娼婦をさせ
 られていて、宮里の手引きで逃げて来たが、前日、美浜へ帰ってしまっていた。バーバラは、宮里が
 ヤクザに寝返ってアイコを帰したと思い込み、学校をクビになった野呂を鞄持ちとして再びドサ回り
 の旅に出た。そして、美浜に向かう。殺されたと思っていたアイコは元気だった。彼女は好きな男、
 安次(泉谷しげる)を葬ったところであった。学校を追われた正たちも宮里とともに美浜に来ていた。
 事故で死んだという安次は、本当は原発で作業中に廃液漏れで被曝し、事故隠しのためにボート小屋
 に監禁されていたのだった。アイコは一計を案じ、安次を死んだことにして埋葬するが、後日、ヤク
 ザの目を盗んで安次を墓から掘り出し、バーバラと野呂を仲人に墓場で結婚式をあげる。二人は浜を
 急ぐが、海上の船から銃で撃たれてしまう。バーバラや正たちは、アイコと同じ境遇にあるフィリッ
 ピン女性のマリア(ジュヴィ・シバリオス)にもヤクザの魔の手が迫っているのを知り、マリアを連
 れて名古屋にもどる。そして、老船長(殿山泰司)の船でフィリピンまでマリアを連れて密航しよう
 と考えた。マリアを追ってやって来たヤクザの戸張(小林稔侍)は、宮里にアイコ殺しの代人として
 自首しろという。宮里は拒否し、戸張を銃で撃つが、暫く後、戸張の子分に撃たれてしまう。よろよ
 ろと外に出る宮里をヤクザとつながっている鎧刑事(海宮辰夫)が待っていた。そして、瀕死の宮里
 から銃をもぎ取ったバーバラが刑事めがけて発砲する。

 他に、左とん平(大内教頭)、乱孝寿(ギン子)、などが出演している。原発のシーンはリアルで、どう
やって取材したのか少し気になった。なお、「原発ジプシー」という言葉は、フリーライターである堀江邦
夫が1979年に発表したノンフィクション(筆者、未読)で遣われたのが嚆矢である*。また、いわゆる「ジ
ャパゆきさん」と言われている女性が登場するが、毎食カップめんしか与えられずに客を取らされる苛酷な
境遇として描かれている**。

 * 『原発ジプシー』(げんぱつジプシー)は、日本のフリーライターである堀江邦夫が1979年に発表した
  ノンフィクションである。
   日本において原子力発電所(以下「原発」という)の定期点検時には、原発を運転する電力会社の正
  社員ではなく関電プラントなど原発の保全業務を担当する会社の下請け企業に一時的に雇用された労働
  者が、点検業務にあたる。
   ノンフィクションライターである堀江は原子力発電所の「素顔」が見えない事にいらだちを感じ、19
  78年9月から翌1979年4月にかけて、実際に「労働者」として原子力発電所での作業に従事した。美浜原
  発(関西電力)、福島第一原発(東京電力)、敦賀原発(日本原子力発電)で就労した経験をもとに彼
  ら労働者をジプシーになぞらえて「原発ジプシー」と呼んだ。1984年には文庫版の発刊に伴い加筆が行
  われ、2011年には、本文中堀江以外の人物に関する記述の多くを削除し『原発労働記』と改題して発刊
  された。 なお、1979年に初版を出した現代書館からも、2011年5月『原発ジプシー』〔増補改訂版〕と
  して復刊されているが、こちらはノーカットで収録・加筆されており、さらに、文庫本の『原発労働記』
  では削除された1984年文庫版への「あとがき」も収録されている。
   文庫版のあとがきによれば、出版後に反響として300通以上の手紙が寄せられた。また、電力会社が本
  書では仮名であった登場人物の本名を割り出そうと「血まなこになっている」との後日談が、かつての
  同僚からもたらされてもいる。
   堀江は本書によって、当時の臨時雇用の原発労働者や労働環境に関し、以下のような問題提起を行っ
  た。
   給与のピンハネ:1人の労働者に対し元請け企業から日当15,000円が下請け企業に支払われていると
  推定されるものの、労働者自身には5,500円しか渡らず、9,500円を下請けがピンハネしていると考えら
  れ事例が紹介される。
   労働災害:電力会社が労働災害を嫌う事例が紹介されている。筆者が作業中に3週間の怪我を負った
  際には、事故を隠したいなどの理由により、雇用した下請け会社の安全管理者より、治療費を会社で負
  担し休養中の給与も補償するとの申し出を受けている。また、労働者が会社に労災を認めさせたものの、
  会社から原発構内以外の場所で負傷したことにするよう求められた事例が紹介される。
   労働者の被曝:労働者の放射線被曝を防ぐ意識が低かった頃は、人手が足りなければ放射線管理教育
  もせずに放射線管理区域に労働者を入れて被曝させるなど、放射線の管理が杜撰であった例が紹介され
  ている。労働者の中には、自分の被曝が原因となって生まれてくる子供が障害を持つことを心配する人
  もいる。 原発で働く前に生まれた子供は健常であったが原発就労後に生まれた子供に指がなかったため
  転職した事例が紹介される。就労者の子供が奇形をもって生まれた例を見聞きしたことも紹介される。
  ただし、これらが放射線障害に起因した現象とは断定していない。
   外国人労働者との格差:ゼネラル・エレクトリックの労働者が日本に来て福島原発の修理をしたり、
  敦賀原発など他の原発でも就労している事例が紹介されている。こうした外国人労働者には日本人労働
  者より高い数値にセットしたアラームメータを与えられ、1日に700ミリレムを被曝するものの数日で交
  代する例もあった。給料は非常に高額であったが、彼らの出身はスラム街であったり、刑務所を出た者
  であったりしたと言われていた。計画線量が日本人労働者の10倍の1,000ミリレムであった事例もあった
  (<ウィキペディア>より。一部改変した)。
 ** ジャパゆきさんとは、1970年代後半から急激に増えた、日本に出稼ぎに来る東南アジア人女性のこと
  を指して呼んだ語である。この言葉は1983年に流行語になった。
   戦前には、九州島嶼部などの経済力に乏しい地方の女性が、経済的に繁栄する東南アジアの港湾都市
  などに多数出稼ぎ渡航し、娼館で娼婦として働くなどして郷里に送金するという状況があり、「からゆ
  きさん」と呼ばれた。こうした状況は戦後になって人々の記憶から遠のいていたが、山崎朋子のノンフ
  ィクション文学『サンダカン八番娼館 底辺女性史序章』や、その映画化作品である1974年公開の映画
  『サンダカン八番娼館 望郷』(監督:熊井啓、東宝=俳優座、1974年)の中で、貧しい田舎の女性が
  ボルネオの娼館で働く「からゆきさん」として描写され再びよく知られるようになった。この日本から
  外国へという「からゆきさん」との対比で、外国から日本への出稼ぎ女性を、山谷哲夫が名づけたもの
  で、「ジャパゆきさん」という言葉が生まれた。
   こうした人たちが増えた背景として、日本の経済が伸び、世界的な経済格差が大きくなったことがあ
  げられる。日本で半年も働けば国へ帰って家が建てられると言った話が広がり、日本で働くことにあこ
  がれや夢を抱く女性が増えた。
   日本の水商売にエンターティナーとして女性達を連れて来るプロモータービジネスが、利益の高い商
  売であったことと合致し、当初はフィリピン、後に東南アジア各国の女性をタレントとして来日させる
  ようになった。
   当時はまだ外国人女性がめずらしいこともあり、とまどいと好奇程度であったが、80年代前後から急
  激に増えた事で多くの問題が出てきた。風俗への流出、不法滞在、売春強要、タコ部屋労働、給与不支
  払い、暴力団介在などで悲惨な状況に追い込まれた女性も多くある。
   こうした被害女性は不法滞在が多く被害を警察に訴えられないため、潜在的には相当の数に上ったと
  見られ、こうした人たちの人権を守るため1980年代以降、多くのボランティア団体が人権保護のために
  活動している。
   日本で働く外国人女性の数が非常に増え、すでにめずらしい存在でなくなったこともあって、「ジャ
  パゆきさん」という言葉も死語になりつつある。雇用する側、される側において人権問題への認識が高
  まり、法体制の変化もあって前述の様な被害に遭うケースは減少してきている。しかし、不法滞在や差
  別、法的不備など、解決すべき問題も残されている(<ウィキペディア>より。一部改変した)。 

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p.9-10 ・先に挙げた水産加工業の仕事を探すが、経験者や外国人労働者の採用が優先され、いずれも不採
     用になった。→ 結局、再び、派遣・請負の仕事を探す。

p.10 ・2007年、夫妻は再び東京に派遣された。東京郊外にある武蔵村山市の工場で、コンビニ弁当を作る
    仕事だった。この工場は、桐野夏生(きりのなつお=女性)のベストセラー小説『OUT』の舞台で
    ある。

 * 映画『OUT』(監督:平山秀幸、「OUT」製作委員会[ムービーテレビジョン=テレビ東京メディア
  ネット=衛星劇場=毎日放送=エムズ・シンジケーション]=サンダンス・カンパニー、2002年)に
  関する記事が「日日是労動セレクト17」にありますので、それを以下に引用してみましょう。


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 某月某日

 『OUT』(監督:平山秀幸、「OUT」製作委員会[ムービーテレビジョン=テレビ東京メディアネット=衛星
劇場=毎日放送=エムズ・シンジケーション]=サンダンス・カンパニー、2002年)を観た。全体にユーモア・
タッチで描かれているのでまだまだ救いがあるが、現代の闇を気分が悪くなるような物語に仕上げている。
夫がリストラされ、子どもとのコミュニケーションも不全である香取雅子(原田美枝子)、義母(千石規子)
の世話に明け暮れる吾妻ヨシエ(倍賞美津子)、買い物依存症の城乃内邦子(室井滋)、ギャンブル狂の夫
に悩まされ続けている山本弥生(西田尚美)の四人の女性とその周囲の物語である。なお、四人は弁当製造
の深夜アルバイトをしている。
 バカラに狂っている山本健司(大森南朋)の妻弥生は、夫を懲らしめるつもりでズボンのベルトを首に巻
きつけて締め上げたが、本当に窒息死してしまう。始末に困った弥生はアルバイト仲間の雅子に電話をして
呼び出し、死体となった夫を見せる。もちろん、雅子は最初自首を勧めるが、なぜか歯車が狂って死体を始
末することになる。同じアルバイト仲間のヨシエと邦子も、それぞれの事情から死体解体の作業に加わるこ
とになる。それに、私設カジノ(山本健司がバカラに嵌ったところ)の経営者である佐竹(間寛平)、町の
金融屋の十文字(香川照之)などが絡んで一騒動……という映画である。人間関係が複雑になった現代の縮
図を描いているが、とても寒々しい。他に、やくざ者(田中要次)、トラック運転手(吉田日出子)などが
出演している。こういう映画を観ると、「人にもっと優しくしなければならない」とつい思ってしまう。

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 ・小説では、多くのブラジル人労働者が働いていたが、新田夫妻が行った工場では、七、八割が中国人学  
  生で、残りが五十代、六十代の女性パートだった。

p.11 ・当初の労働条件とだいぶ異なり、二人は5日間でやめた。

  ネットカフェ暮らし

  ・引用:「(仕事を)やめれば、同時に住む場所も失う」。

 * 映画『晴れたらポップなボクの生活』(監督:白岩久弥、ジェイディ・スター、2005年)に、仕事を失
  うと同時に住む家も失う話が出て来ますので(「日日是労働セレクト25」)、それを引用してみまし
  ょう。


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 2本目は『晴れたらポップなボクの生活』(監督:白岩久弥、ジェイディ・スター、2005年)である。
ところどころ作り過ぎの感はあるが、おおむね楽しめる映画である。15年間ホームレスになって逃げてい
た男ユウさん(池畑慎之介)が動き出し、それに金魚の糞よろしく付いて廻るボク、尚樹(矢部太郎)。
ボクは会社を辞めた後、寮を追い出されたのであるが、いつの間にか定職のないホームレスになっている。
住所がないから定職に就けず、定職がないから部屋が借りられない、という究極の悪循環である。しかし、
そうなるには、煙草をやめるよりも簡単だった。それでも、河川敷にあるダンボール・ハウスの住人にな
って、結構楽しくやっていたのである。仲間は、台湾生まれのヤンさん(板尾創路)、彼と同居している
美幸さん(片桐はいり)、その美幸さんに惚れている高田(「たかだ」ではなく「たかた」と発音する)
さん(温水洋一)、自衛隊上がりで、今は綺麗な服(女性の服)を着ることが生き甲斐のマーちゃん(木
村祐一)、ホームレスに生活保護を受けさせて、法外なマージンを取っているNPO男のゲンセン(山田雅
人)、それに、いつも野球のキャッチャー・マスクを被っているユウさんである。ユウさんは元ヤクザで、
どうやら15年前に殺人を犯して逃走していたらしいことが分る。こまごまとしたギャグが全篇に鏤められ
てあり、その一つ一つを楽しむことができる。一例だけ挙げておくが、ファミレスに入っていったユウさ
んが、店員に「あのう、昨日ここに煙草を忘れていったのですが……」と言うと、店員はたちどころにお
客の忘れ物である数種類の煙草を持ってくる。もちろん名前も書いてないし、だいいち後日取りに来る人
間もほとんどいないので、遠慮なく好きな煙草を獲得することができる、という裏技である。軍司(左と
ん平)の店で飲むシーンがあるが、そこにユウさんの昔の恋人千枝(多岐川裕美)が訪ねてくる。軍司か
ら教わったからである。15年分のうらみつらみを吐き出すが、ユウさんは無言で応える。千枝の台詞で面
白いのがあったので、下に収録しておこう。

  法律に時効はあっても、女に時効なんかないんだよう。

 よほど愛してなければ言えない台詞である。俳優の池畑も多岐川も左も年を取ったが、それぞれ枯れた
演技を見せてくれた。ホームレスが重要な役柄を演じる映画としては、この他に『赤い橋の下のぬるい水』
(監督:今村昌平、日活=今村プロ=バップ=衛星劇場=マル、2001年)、『デラシネ』(監督:中原俊、
ライズピクチャーズ=ルートピクチャーズ、2002年)、『死に花』(監督:犬童一心、東映=アミューズ=
テレビ朝日=東映ビデオ=IMJエンタテインメント=毎日新聞社、2004年)などがある。他に、梅津栄(本
田という名前のホームレス)、山城新伍(ユウさんの父)などが出演している。

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 * 映画『ホームレス中学生』(監督:古厩智之、「ホームレス中学生」製作委員会〔東宝=フジテレ
  ビジョン=よしもとファンダンゴ=よしもとクリエイティブ・エージェンシー=ワニブックス=電通=
  セディックインターナショナル=バーニングプロダクション〕、2008年)も、それまで住んでいた家を
  失う話ですが、こちらの方はまだ救いがあるようです。これも、「日日是労働セレクト73」に記事が
  ありますので、引用してみましょう。


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 某月某日

 DVDで邦画の『ホームレス中学生』(監督:古厩智之、「ホームレス中学生」製作委員会〔東宝=フジテレ
ビジョン=よしもとファンダンゴ=よしもとクリエイティブ・エージェンシー=ワニブックス=電通=セデ
ィックインターナショナル=バーニングプロダクション〕、2008年)を観た。お笑いコンビ「麒麟」の田村
裕の自叙伝が原作である。2007年8月31日にワニブックスより刊行されており、ベストセラーとなっている。
TV化もされ、だいぶ話題になったことを覚えているが、小生は未読である。さて、物語であるが、例によっ
て<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  大阪の中学校に通う田村裕(小池徹平)は、明るいクラスの人気者だった。中2の夏休みを迎える
 にあたって、気になる同級生の女の子からデートにも誘われた。有頂天となる裕だが、集合住宅の自
 宅に帰って愕然とする。ドアの前には黄色いテープを張られて、放置された家具は差し押さえ物件と
 なっていたのだ。兄の研一(西野亮廣)や姉の幸子(池脇千鶴)も帰宅して呆然とする中、自転車で
 やってきた父である一朗(イッセー尾形)が、家族の解散を宣言する。兄や姉の心配を振り切った裕
 は、ひとりで生きていこうと決意する。ホームレス中学生となった裕の住居は、公園の滑り台だった。
 空腹は水を飲んで凌ぐ。近所に住む子供たちとはバトルを繰り返す。時には研一がアルバイトしてい
 るコンビニエンスストアを訪ねて、弁当を御馳走になる夜もあった。ある日、裕は親友の川井よしや
 (柄本時生)と顔を合わせる。裕を気づかったよしやは、自宅に彼を連れて行った。よしやの母であ
 る道代(田中裕子)と父の正光(宇崎竜童)は、家族同然に裕を迎え入れた。その気持ちの温かさに、
 涙を堪えきれない裕。バラバラに暮らしていた裕と研一と幸子は、よしやの両親と民生委員の西村ス
 ミ子(いしだあゆみ)の配慮で、ボロアパートに三人で住むことになる。そんな心遣いに感謝しなが
 ら、新たな田村家の生活がスタートした。どんなに貧しくても、兄弟三人が団結すればやっていける。
 そう考えながらも、短期間でハードな経験を経てきた裕は疲れていた。家族って何なのだろう? 裕
 の疑問は止まらなかった。そのうち、裕たちのために援助を惜しまなかったスミ子が脳溢血で倒れて、
 急逝する。その悲しみの中で、裕は7年前に亡くなった母親の京子(古手川祐子)のことを思い出す。
 母がいたから、現在の自分もあるのだ。その真理に気がついた裕は、もういちど明日から生き直そう
 と心に誓った。

 他に、黒谷友香(工藤夏美=裕の先生)、紅萬子(河内良子=近所のおばちゃん)、キダ・タロー(裕に
声をかけるおっさん)、笑福亭松之助(鳩のパンの耳をやる爺さん)などが出演している。裕の親友である
よしやを演じた柄本時生がいい味を出していた。この俳優は柄本明と角替和枝の次男で、柄本佑の弟である。
世の中に「貧乏話」は数々あるが、一風変わった作品に仕上がっていると思う。日常の当たり前のことや、
それを共に生きている家族が、この上なく大切であることをさりげなく描いている。同じく子どもの「遺棄」
を扱った作品に『誰も知らない』(監督:是枝裕和、『誰も知らない』製作委員会、2004年)があるが、あ
の絶望的な暗さに比べると、こちらにはまだ救いがある。状況がいくら困難でも、人は力を合わせれば何と
かなる。まして、家族が力を合わせれば「鬼に金棒」なのである。

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 * 最近の映画である『東京難民』や『予告犯』でも同様な物語が展開しますが、ここでは題名を挙げるだ
  けに留めておきましょう。

 ・新田夫妻は、所持金の関係から、ネットカフェに泊まる生活に突入する。なお、いわゆる「ネカフェ難
  民」については、<ウィキペディア>に詳細な記事があるので、以下で引用してみよう。できるだけ原文
  のままに留めたが、一部改変させていただいた。執筆者に感謝したい。


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   〔ネットカフェ難民〕

 ネットカフェ難民(ネットカフェなんみん)とは、いわゆるホームレスの一種で、定住する住居がなく、
寝泊まりする場としてインターネットカフェを利用する人々のことを指す造語。略称はネカフェ難民(ネカ
フェなんみん)。

  <概説>

 これまで過ごしていた自宅や寮などの住居を諸般の事情で退去させられ、24時間営業のインターネットカ
フェや漫画喫茶などをホテル代わりにすることで夜を明かし、主に日雇い派遣労働と呼ばれる雇用形態で生
活を維持している者を指す。こういった定住場所を持たない(持てない)者の多くは、かつてはドヤをはじ
めカプセルホテル、深夜をまたいで仮眠が取れるサウナや健康ランドなどを生活の拠点としていたが、2000
年代に入ると、深夜に長時間・低額料金で利用可能な「ナイトパック」やシャワールーム、個室席などを備
えた、インターネットも利用可能な複合カフェが普及した。その後、値下げ競争が激化した東京・蒲田地区
などで、ネットカフェ難民の存在が目立つようになった。
 厚生労働省は2007年(平成19年)8月28日に初の調査結果を発表した。それによると、店舗への調査から推
計される2007年(平成19年)時点でのネットカフェ難民の人数は5,400人だったという。また、当初は若年労  
働者が中心であると想定されていたが、本調査では30歳代-50歳代など幅広い年齢層に亘っており、性別は男
性6割に対し女性が4割であるとされた。また雇用形態は非正規雇用が中心であるものの、完全失業者や正
社員も見られた。
 しかし、この調査に対して、貧困問題に取り組むNPO法人『もやい』事務局長の湯浅誠は以下のような盲点
を指摘している。

 ○ 「週1-2日といった利用頻度が少ない者」や、ファーストフード店や個室ビデオ店といった他業種の
  店舗を利用する事例もあり、「それらが調査対象から外れている可能性がある」とした。
 ○ 後述のように、調査対象となるネットカフェにとってセンシティブな調査であり、イメージダウンにも
  繋がることから、実態より少なくなっているのではないかとの見方を示した。

 また、東京都で2016年12月-2017年1月にかけてネットカフェなどの24時間営業の店舗でアンケート対象店
舗をオールナイトで利用する者の内、住居喪失がどの位いるのかの実態調査を行い、都内で1日あたり推計約
4,000人(オールナイト利用者に占める構成比25.8%)、そのうち「住居喪失不安定就労者」(住居喪失者の
内、雇用形態が派遣労働者・契約社員・パート・アルバイトの者)は約3,000人(住居喪失者に占める構成比
75.8%)であることが分かった。
 さらに、年齢構成別では、20代が約12.3%、30代が約38.5%、40代が約19.7%、50代が約28.9%であり、
最も多い年代は30代であり、ネットカフェ難民が若年者だけではないことを示している。週に3-4日程度以
上を昼夜滞在可能な店舗で寝泊まりする者が約9割を占め、住居喪失者等の約43.8%が寝泊まりに路上を利
用しており、寝泊りに路上を利用する頻度は「週に1-2日程度」が約57.2%で最も多く、次いで月に1-2
日程度(約22.0%)であった。

  名称について

 2007年(平成19年)1月28日に、NNN系列のドキュメンタリー番組『NNNドキュメント』が、住所不定でなお
かつネットカフェに泊まり歩きながら生計を立てている若者を密着取材し、「ネットカフェ難民 漂流する貧
困者たち」と題して放送した。当時、同番組のチーフディレクターであった水島宏明は、この名称について
「周囲から孤立し、未来への展望が抱けず、(かつて自分が取材した)難民キャンプを連想し、“難民”と
いう言葉でしか表現できないと思った」と述べている。また、「違う言葉であれば、これほど注目されたり、
厚生労働省などが対策に乗り出すことはなかったと思う」とも述べた。その後、他のマスメディアもこの言
葉を引用するに至った。
 この年の末には、新語・流行語大賞のトップテンに「ネットカフェ難民」が選ばれ、日本における貧困や
格差社会の問題を象徴する言葉の一つとして定着した。ただし、受賞者には水島ではなく、同年9月に刊行
された『ネットカフェ難民 - ドキュメント「最底辺生活」』の著者である川崎昌平が選ばれている。

  業界団体の反発

 一方、「難民」という語のイメージが悪いとして、業界団体である日本複合カフェ協会(JCCA)は、「ネ
ットカフェ難民は“差別語”だ」とする声明を発表、今後は使用を控えるよう訴えた。理由は、これまで業
界を挙げて幅広い層に店を利用してもらおうと「ファミリー向けの個室」やネイルサロンを設置するなどの
経営努力を進めてきたが、報道の影響により、「あたかも浮浪者風情の人が夜な夜な集まり犯罪の温床とな
っている」というイメージを植え付けられ、客足(特に女性客)が遠のき、風評被害とも言えるダメージを
受けたのだという。また、「ネットカフェでは、どのような方でもお客様であると認識しており、難民とは
考えていない。(広辞苑の定義を引用しながら)そもそも難民の定義に当てはまらない」、「ネットカフェ
難民は地域によってはいるかもしれないが、大きな社会問題ではない」との認識を示した。
 また、厚生労働省はJCCAに対し、前述のネットカフェ難民の実態調査への協力を打診したが、「“ネット
カフェ難民ありき”の調査手法」だとして、協力を拒否した。さらに、同協会は「ネットカフェ難民の存在
をことさら問題視して対策費を計上しようとしている」などと同省の姿勢を批判する持論も展開した。

  <主な要因>

 日本テレビによる一連の報道では、以下のような事例がある。

  家庭内の問題

  ○ 両親の離婚や失業に伴い経済状態が悪化、進学などが困難となり、低学歴、もしくは手に職を持たな
   いまま社会へ出ざるを得なかった。
  ○ 家族(特に親の再婚相手)との不和。
  ○ 親・配偶者からの虐待やドメスティックバイオレンスの被害から逃れるため。

  雇用・健康上の問題など

  ○ 失業による家賃の滞納。
   寮住まいの派遣・請負労働者であれば、雇い止め(失業)と同時に退去させられる(参照:派遣切り)。
  ○ 高齢であったり、持病や障害により就労が困難。
  ○ 児童養護施設出身を理由に不当に差別され、正規雇用への就労が困難。

  <ネットカフェ難民の生活>

  日雇い派遣などの非正規雇用では家賃・水道料金・光熱費・通信費(携帯電話)など最低数万円単位の
まとまった金を捻出するのが難しい。毎日仕事にあり付ける保証がない上、日払いで賃金が受け取れるとし
ても、その日暮らしを維持することだけに使われ、余剰分がほとんど出ず、貯金することができない。条件
によっては月当たり平均の家賃額や自炊などによる生活形態と比べてかえってコストが掛かってしまう。ネ
ットカフェを宿泊施設替わりの休息の場にする他、フリードリンクを利用して糖分やカロリーの確保、新聞
やテレビの視聴、インターネット利用など、最低限度の文化や情報に接する場として利用する。

  ファーストフード店

 ファーストフード店の24時間営業店舗で夜を明かす人々を指す「マック難民」なる造語も生まれた。この
他にも、ネットカフェと同様に深夜営業の個室ビデオ店を生活の拠点としている者もおり、寝泊りする場所
はネットカフェのみに限らない。

  格安コインロッカー

 ネットカフェ難民の中には、コインロッカーを物置代わりに利用する者が多い。写真は東京・大田区の蒲
田駅近辺に設置されている8時間100円で利用可能なロッカーの一例で、前述の『NNNドキュメント』で取材
を受けた若者らも利用していた。また蒲田駅周辺では、ネットカフェ難民が発生するよりも遥か以前の1995
年頃から月額3,000円程度の月極コインロッカーも設置されていた。

  携帯電話

 携帯電話は、ネットカフェ難民に多いとされる日雇い派遣労働者が人材派遣会社からの出発コール(出勤・
現場到着報告)・終了コール(勤務終了報告)・新規派遣先の前日確認などに利用する。2000年代になって
から、携帯電話の月々の支払い明細書を電子メールで送付するサービスを実施している携帯電話事業者があ
るので、住所不定の人物でも契約時に現住所と身分証で契約を済ませていれば、後にネットカフェ難民とな
ってしまった場合でも携帯電話の使用は可能であるが、プリペイド式携帯電話の場合でも、申込書に固定電
話番号(または他の携帯電話番号)と住所の記載を求められるなど契約審査が厳格化しており、運転免許証
などの提示だけでは簡単に購入・契約できない場合もある。

  <問題点>

  「住所不定」となることによる問題

 住所不定の状態が長期にわたる場合、職権消除により住民票が抹消される可能性がある。この場合、新規
の移転先が存在しないため、住民票の復活が認められず、浮浪者と同様の法的問題を抱える。たとえ職があ
り、所得があっても、新規に銀行口座の開設ができない。また、住民基本台帳への登録がないと印鑑登録も
できず、実印を必要とする高額の契約(賃貸住宅の借入契約、自動車や住宅の購入など)は契約相手に拒否
される。「賃貸住宅が借りられないから住民登録ができない」「住民登録がないから実印登録もできず、賃
貸契約ができない」という悪循環に陥る。現時点で寝泊まりする短期賃貸マンションや簡易宿所の所在する
住所では住民登録が受理されない場合があるため、ホームレスが独力で住所不定状態を脱出することが困難
な法的障害の一つとなっている。この他にも、クレジットカードや消費者金融などの契約時に信用調査で契
約を拒否される可能性がある。
 また、新たに運転免許証の取得ができない。既に運転免許証を取得している場合、免許証の更新には送付
された更新通知書を提示するように指示されているが、これは必ずしも必須ではない。しかし、職権消除に
より住民登録が抹消されている場合は、法的に「住所が変わっている場合」に相当するため、証明書類の提
出を要することから書類不備として受理されず、「住所がないので更新できない」事態が発生する。
 疾病などにより就労が困難になった際に生活保護申請でトラブルになる可能性がある。例えば、「住民票
所在地」と「現在地」が異なる場合、現在地自治体が窓口業務をたらい回しにしようとする。生活保護の申
請権は絶対性が保証されているが、役所が生活保護の申請自体を不正・違法に拒否する可能性が高い。本来
は、職権消除により住民登録がない場合でも生活保護の対象となる(生活保護法第19条二による職権保護)
が、やはりトラブルが発生する可能性が高い。
 他にも、選挙人名簿は住民基本台帳を基に作成されるため、職権消除されて相応の期間が経った後は選挙
権を実質的に喪失してしまうなどといった公共サービスの受益権や公民権に関わる障害も負う。
 ここまでの状況から、ネットカフェ難民も種々の場で通用する身分証明書類を取得できる手段は事実上限
られてしまい、何らかのきっかけで携帯電話契約の内容更新をする際、本人確認ができないという理由で携
帯電話事業者から回線を一時停止されるなどの不利益を被る可能性が出てくる。ここで携帯電話回線を失っ
てしまった場合、社会的な関係すら一切絶たれてしまう重大な危機に瀕することになる。
 埼玉県蕨市の他、ごく一部の市町村において、インターネットカフェでの住民登録を認める救済措置を採
る事例も出始めている。

  ネットカフェ難民と「犯罪」

 ネットカフェ難民の犯罪被害、あるいはネットカフェ難民自身が犯罪の加害者となるケースが報道されて
いる。

 ○ インターネットオークションを利用して、各種イベントのチケットを転売する「ダフ屋行為」で生計を
  立てたり、あるいは置き引き、ゲームソフトやビデオグラム(DVDなど)を窃取(万引き)して転売する
  といった窃盗行為で生計を立てているネットカフェ難民が存在する。
 ○ ネットカフェの個室席は防犯上の理由で施錠できないため、利用客を狙った窃盗を行う者がいる。

 これらの点では、店側もセキュリティボックスを設置し、その利用を呼びかけるなどして、トラブルの発
生を防止している。しかし、ネットカフェ難民を犯罪加害者・被害者としないため警察の定期的な巡回が必
要との意見もあり、実際に銀行やコンビニエンスストア同様「警察官立寄所」のステッカーを貼付し定期的
な巡回を受ける店舗も多い。
 同様の問題はホームレスの多い地区の公立図書館でかなり以前から顕在化していた。一部のホームレスが
図書館の椅子、視聴覚ブースでの居眠りを目的として来館する、また彼らが深い眠りに落ちているうちに所
持する金品を奪う「しのぎ」等の形でも発生している。

  感染症の問題

 インターネットカフェは通気性が悪い上に不特定多数の人が利用するため、結核などの感染症の感染経路
になりやすいとの報道がある。特に、ネットカフェ難民は寝不足、偏食などで健康状態が芳しくない上、体
調が悪くても病院に通う金や健康保険証のない人が多いこともあり、ネットカフェ難民が感染症のキャリア
となりやすく、感染経路になる一因とされる。実際に2005年(平成17年)には、神奈川県川崎市の店舗で男
性客がキャリアとなり、結核の集団感染が発生した(この際の感染者は従業員のみ)。また、新型インフル
エンザの国内流行時にもネットカフェ難民が感染を拡大する恐れが指摘されており、流行時には店舗の閉鎖
も検討されていた。

  <対策>

 厚生労働省は2008年度(平成20年度)から都市部のハローワークに就職支援専門員の配置を始めた。
 東京都も同省と連携し、同年4月から全国の約4割を占める都内のネットカフェ難民を対象に、住居や生活・
就職等についての相談支援に応じる窓口『TOKYOチャレンジネット』を開設した。現時点で何らかの仕事に就
いており、自立に向けて意欲的であると判断された人を対しては、住宅・生活資金として最大60万円の無利
子での貸し付けを行う他、同省から派遣されたキャリアカウンセラーが、面接の対応法や履歴書の添削など
のアドバイスも行うという。また、大阪府と愛知県も、同年5月に同様の相談窓口を開設した。

  貧困ビジネス問題

 政府や自治体のみならず、エム・クルーやツカサ都心開発などといった民間企業も独自にネットカフェ難
民や生活困窮者の支援に乗り出しているが、支援とは名ばかりの違法行為も横行しており、弱者を食い物に
する「貧困ビジネス」と指摘されている。
 その中でも、埼玉県蕨市などに所在する『CYBER@CAFE(サイバーアットカフェ)』は、「住民票登録がで
きるネットカフェ」をうたい文句にしており、物珍しさもあってか、2008年(平成20年)以降、多くのマス
メディアが取材に詰め掛けている。同店を運営する明幸グループ代表取締役CEOの佐藤明広は取材に対し「ネ
ットカフェ難民のために何かできないのかな、と」、「ネットカフェを漂流の場ではなく、人生の足場に」
との思いでこの店をオープンさせたと述べている。しかし、NHK総合の『クローズアップ現代』など一部のメ
ディアは、同店の経営手法には脱法行為が多いと指摘している。

  <ネットカフェ難民に関する発言>

 石原慎太郎は東京都知事在任中の2008年(平成20年)10月、「一つの新しい風俗。ネットカフェは1,500
円だが、山谷は200円、300円で泊まれる宿がいっぱいある。(ネットカフェ難民を)大変だ、大変だという
のは、メディアのとらえ方もおかしいんじゃないか」と述べ、マスコミ報道が「ネットカフェ難民が苦境に
陥っている」という内容に偏っていると主張した。これに対して台東区長が抗議を行ない、石原は後日、会
見で「数字が違うところがあった」と訂正したことがある。台東区によると、山谷地区には2008年(平成20
年)現在、簡易宿泊所が約160件あるが、多くは1泊当たり2,000円程度で、1,000円以下の宿泊所もあるが、
200円から300円程度で宿泊できる施設は存在しない。

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 ・自分はともかく、妻にはネットカフェでの寝泊まりはきついと考えた久さんは、アルバイト情報誌で妻
  の住み込み就労先を探した。

p.12 ・妻の方は一息つくが、久さんは「野宿」を余儀なくされる。
  ・引用:「どこで寝ればいいかわからないし、上手に暖を取る方法も知らない。そもそも怖くて眠れな
       い。それでも久さんが公園に長時間いると、近隣住民が警察に通報し、追い出された。
  ・本の取次の配送の仕事を見つける。
  ・引用:「職場には300人ぐらいが働いていたが、久さんは200人ぐらいは自分と同じ「宿なし」だった
       のではないかと思っている。

p.13 ・引用:「50日間のネットカフェ生活で一番辛かったのは、泊まり始めて二週間ぐらいから、店員の
        対応が急にぞんざいになったことだった。「隣に並んだ客には丁寧に受付するのに、自分
        はもう「客扱い」ではなかった」。きちんとした接客サービスをしなくても明日も来る人
        だと思われたからか、それともネットカフェで暮らさざるをえない人たちへの差別意識か」。

  生活相談に<もやい>へ

p.14 ・新田夫妻の、なかなかうまくいかない生活指針。

p.15 ・「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」(著者の所属する団体)に相談。
  ・「なぜもっと早く相談しなかったのか」という問いに対して、「手持ちのお金がなくて、相談すらで
   きないのではと思っていたから」という回答。
    ⇒ この国は、国民が窮状を訴える機関さえ不備なのかと思うと、とても「近代国家」とは名告れな
     いと思う。
  ・結局、生活保護を受けることに。
  ・引用:「家賃が一日遅れただけで締め出されてしまうような住環境は住居としてふさわしくないと主
       張して、通常の賃貸借アパートに転居した」。

  貧困は自己責任なのか

p.15-16 ・引用:「(両親がいなかったり、貧しかったり、疾患を抱えていたりする場合は)しばしば「極
          端な事例」、「レアケース」として個人的な不幸・不運の問題と片づけられがちだ。
          また、20年にわたって非正規労働を転々とする、具合が悪くて仕事が続かない、とい
          った部分は「根性が足りない」、「計画性がない」と非難されやすい」。

p.16 ・引用:「這い上がろうにもそれを支える社会の仕組みがない」。
  ・引用:「夫妻は、文字通り孤立無援で生きてきたように見える」。
  ・引用:「誰にも頼れない状態の放置をそのまま正当化するのが自己責任論だが、自己責任論を声高に
       主張する人も、自分一人で生きてきたわけではないだろう」。

p.16-17 ・引用:「本人の責任として片づけるにはあまりにも多様な人たちが、日々新たに貧困状態に陥っ
          ている。そのことは、現代の日本社会に人々がが貧困化する構造的な要因があるのでは
          ないか、という疑念を生じさせる」。

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 小生の通った小学校での話ですが、随分と印象に残っていることがあります。どの先生が語ったのかはす
っかり忘れましたが、ある先生が、「わが校には生活保護を受けている家庭の児童はいません」と発言した
のです。「生活保護」の意味を薄々知っていた小生は、少し誇らしく思うのと同時に、何か嫌な臭いも感じ
たことを覚えています。それは、当時推奨されていた「小さな親切運動」に対する感覚と少し似ていました。
いわゆる「道徳の時間」に、児童ひとりひとりに「今日は、電車の中でご老人に席を譲りました」といった
類の発表をさせることがあったのですが、小生はその偽善性に辟易していました。また、そういうことの好
きな人も多く、「ふん」と思っていたことも事実です。もちろん、「小さな親切」そのものに異論のあろう
はずがありません。そうではなくて、そのような奇特な行為をあえて人前で発表することにこそばゆさを感
じていたのです。「小さな親切」は人知れず行うべきで、そうであってこそ、意味があるのではないかと今
でもそう思います。
 さて、「生活保護」の件ですが、実際に受けている人のことを何例か知っておりますが、まず大事なのは、
「そのことを意識して相手に接することはしない」ということです。そこに至った事情を深く知りもせず、
何らかの同情や憐れみをかけることは、当人に対する侮辱になりかねないからです。しかし同時に、先の発
言をした先生の気持も分からないではありません。自分は生活保護を受けずに自立している人間である。し
たがって、自分の生活は肯定される、と。「スクール・カースト」について調べていた時に気づいたことで
すが、昨今の若者には、「一軍を目指す人は特別の人であって、自分とは関係がない。下手に一軍を目指し
て失敗したら、二軍に留まることはできず、三軍に向けて真っ逆さまに落ちて行くだけだ。だから、そこそ
この二軍ぐらいでいい」と考えている人があまりに多いということです。だから、コスパを常に意識してい
て、無駄なことは一切しない。もちろん、世知辛い世の中を渡っていくには、そのような割り切った考えが
有効であることぐらいは小生にも分ります。しかし、「○○バカ」のような人物が天然記念物となり、皆が
皆「無難」を目指してばかりいては、社会の空気は淀んだままに留まるしかないでしょう。あるいは、「今
だけ、金だけ、自分だけ」の「三だけ主義」が跋扈し、世の中の改善は遠い夢と成り果てるでしょう。少な
くとも、「抜苦与楽」をよしと認めるならば、他者の苦境に目を瞑ることはできないはずです。
 湯浅誠の主張に少し耳を傾け、日本の貧困問題を考えることの意味はこれで明らかになったでしょう。次
回は、「第二章 すべり台社会・日本」に言及する予定です。

 現在、21時10分です。もう少ししたら帰る準備をします。明日も今日とほぼ同じだと思います。

                                                 
 2019年3月25日(月)

 現在、10時10分です。20分後に会議が入っています。今週で3月も終わりを告げ、今年度が終了します。
息つく暇もなく来年度が始まりますので、少しずつ準備のピッチをあげていきたいと思います。

 季刊詩誌『舟 174(2019・冬)』(レアリテの会、2019年)に、以下のような文章を見つけたので、転載
してみましょう。執筆者から許可を得たわけではないので、問題がある場合は、muto@kochi-u.ac.jp にご一
報ください。直ちに、削除します。なお、ほぼ原文通りです。


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   後記 ● 『詩歌と戦争』を読んで

  「舟」174号をお届けします。
  今朝の新聞に「トランプ米大統領が中距離核戦力全廃条約からの離脱を表明すると、ロシアのプーチン
 大統領は2日、条約の履行停止をすぐさま宣言し、新型ミサイルを開発する対抗手段を承認した」という
 記事、そしてつづいて「米国もアジアや欧州で中距離ミサイルを新たに配備…」、配備する候補として日
 本がその対象になるかもしれないということです。ちょうどいま読んでいた本『詩歌と戦争』(中野敏男
 著)と関連しているようでおどろきました。その部分を概略で紹介させて頂きます。

   一九四五年の敗戦によって日本は、朝鮮と台湾を初めとするそれまで支配していた植民地・占
  領地を放棄し、領域支配としての「植民地支配」の時期はそれで終った。
   しかしまず国際関係という視野から見て、そのことによりそれまで植民地主義的な差別を含ん
  だ関係がすべて清算されたかというと、「基地国家」と名指しされてきた戦後日本のこの地域に
  おける地位に、その一端を明瞭に捉えることができる。「基地国家」というのは、これまでのと
  ころ日本国内ではあまり耳慣れない言葉であるかもしれないが、一歩日本を離れて韓国など近隣
  諸国に行くと、とりわけ研究者たちの間でよく使われる概念として通用している。
   そしてこれは、日本では「戦後」と呼んできているこの時期に、日本を含む東アジア地域で実
  際に戦争が続いてきたことにしっかり気づいていれば、まことに重い事実認識を示す言葉である
  と理解できる。

  「基地国家」という言葉にショックを受けました。沖縄の基地問題を、頭では大変なことだと思いつつ
 も、これまでなんとなく遠いことのように感じていた自分に気がつきました。じつは自分も「基地国家」
 の住人なのに、当事者意識がうすかったのだと思います。
  前述のミサイル配備の新聞記事は、沖縄のみならず、まさに日本列島そのものが米国の「基地国家」な
 のだということをいま現実突きつけられていると痛感させられるものです。オリンピックに浮かれている
 あいだにどんな国に変貌するのか…。
  『詩歌と戦争』には次のようなことも述べられています。詩を書く者にとって大事なことなのこちらも
 概略ですがご紹介します。

   一連の戦争翼賛のための詩集の第一弾として重要な意味をもった『詩歌翼賛』第一号は、「日
  本精神の詩的高揚のために」と副題をつけられ、高村光太郎、島崎藤村、蒲原有明、室生犀星、
  千家元麿、北原白秋、佐藤春夫、尾崎喜八、三好達治、草野心平ほか数名の作品が選ばれている。
   とくにひときわ際立って甲高い調子の北原白秋の「紀元二千六百年頌」。しかし、島崎藤村の
  「千曲川旅情の歌」などの作品は、主題は国家でも戦争でもない。また室生犀星の「ふるさとは
  遠きにありて思ふもの」と詠嘆する作品、千家の「朝飯」という作品なども直接には戦争に関係
  する言葉はない。
   というのは国民の士気を高揚させるのはなにも一本調子の愛国詩や戦争詩ばかりではなく、む
  しろ人々の情感に深く訴える抒情の力が大きく寄与するのである。
   抒情的な文学や詩は、この国への心情的な一体感を形づくるために大いに利用されてきた。

  戦争協力した詩は一本調子な愛国詩や戦争詩だけでなくむしろ抒情的作品の方だということ。そういえ
 ば、戦争映画や軍歌がなぜ哀愁や郷愁をそそるようにできているのかふしぎでした。
  16歳で敗戦を迎え、仲間と詩を志した「舟」創刊人の西一知は、短歌的抒情、情緒的な詩に対してつね
 に批判的でしたが、このような事実、当時の空気をふまえた言葉でした。
  『詩歌と戦争』に書かれている内容は関東大震災から、アジア・太平洋戦争へとつづく時代の民衆の文
 化史をたどったものですが、東日本大震災以降よく聞かれる「癒し」、「絆」、「元気をもらう」、「感
 動をもらう」など、最近増えたことばにも中野氏が指摘するような危うさ、自然発生的ではないものを感
 じとるのは私だけでしょうか。
  当事者としての反省がなければこれからますます重要となるアジア諸国との友好は望めず、ふたたび過
 去のあやまちをくりかえしかねません。政治家だけではなく私たちひとりひとりが意識を変えなければな
 らないのだと思います。(後略)

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 この「後記」は、おそらく編集兼発行人の大坪れみ子氏の筆になるものと推測されますが、久しぶりに共
感できる文章に出遭ったような感じがしました。とくに、小生は「絆(きずな)」という言葉が嫌いで、震
災以来押しつけがましく感じていた言葉の最たるものです。この漢字は「絆(ほだし)」とも読み、けっし
ていい意味ばかりではありません。たとえば、サマセット・モーム(William Somerset Maugham、1874
年-1965年)の『人間の絆(Of Human Bondage, 1915)』も、通常「にんげんのきずな」と読ませるよ
うですが、内容的には「にんげんのほだし」だと勝手に考えています。連帯とか協働とか、たしかに人間は
互いに助け合って生きていかなけばならない存在者ですが、意に染まない団体や組織に無理矢理入れられる
のは敵わないことだと常に思っています。憲法改正案のひとつである、憲法十三条の「すべて国民は、個人
として尊重される」の「個」を取るという考えもそれに通じます。あるいは、ツービートの一世を風靡した
ギャグである「赤信号、みんなで渡れば怖くない」にも、大袈裟に言えば同様の臭いを感じます。
 もちろん、宗教的なものか否かを問わず、信念をひとつにして、国民が一丸となって取り組むべき事柄も
あるでしょう。たとえば、国民の間にじわじわと広がっている「貧困問題」などがそれに当ると思います。
しかし、「不敗の論理は腐敗する」という言葉もあるように、ファシズム的な一体感を醸すとすれば、「ち
ょっと待てよ」と思いたくなります。近視眼的な施策に飛びつくよりも、鳥瞰的かつ長期的なものの見方に
もう一度立ち戻って、何が一番大切かを、個人個人で考え直す道を探っていかなければならないと思います。
それらの考えを持ち寄って、国民相互がさらに高次の判断をするのは、それからでも遅くはないでしょう。
そんな感慨をもたらしてくれた文章でした。

 現在、21時10分です。今日のノルマはほぼ終了しました。映画鑑賞をしたいと思っていたのですが、もう  
遅いのでそろそろ帰り支度をします。明日は、突発事項が出来しない限り、一日中自由裁量時間になる予定
です。

                                                
 2019年3月24日(日)

 現在、13時20分です。金曜日に卒業式があったので、今年度はほぼ「ジ・エンド」と言ってもよい状況で
す。実際のところ、今日はお花見日和の休日ですが、「節句働き」の真似事をしに大学に来ています。ひと
つ雑務を片付けたので、のんびりムード蔓延です。とても静かな環境で、来年度の仕事等に着手したいと考
えています。

 さて、再び『反貧困 ── 「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠 著、岩波新書、2008年)の一部を抜書
してみましょう。


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p.3 第一章 ある夫婦の暮らし

  ゲストハウスの新田夫妻

   * ゲストハウス(guesthouse, guest house)とは、訪問者のための宿泊施設、母屋とは別に用意さ
    れた建物。国賓などを迎え入れる設備は迎賓館(The Guesthouse)と呼ばれる。安価な簡易宿泊施
    設。簡易宿所、B&Bの類。
     母屋とは別に準備された客人向けの住宅のことをゲストハウスと呼ぶ。
     世界の旅行者の間では、比較的安価な料金で利用出来る、バックパッカーの利用などに主眼を置
    いた安価な宿泊施設を指して使われることが多い。それらは、ホテルとは違い、部屋によってはト
    イレ、バスルームがない場合もあり、共用のものを利用する。月単位の料金設定をしているところ
    もあり、そこではアパートのように長期滞在も可能である。
     かつて日本においてはシェアハウス、シェアルームのことを、ゲストハウスと称していた業者も
    いたが2010年代頃には廃れた。
     また日本において、ひとつの建物を借り切って行う結婚式をゲストハウスウェディング、または
    ハウスウェディングと呼ぶ場合がある(ウィキペディアより)。

  ・夫は四人部屋、妻は二人部屋に。
  ・お金のない人たちにとって、初期費用43,000円で一月いられるのはありがたい。

p.4 ・当時の夫の年齢は38歳、妻は24歳。人によっては、一戸建てを構えてもおかしくない年齢である。
   このような事態になったのは、果たして「自己責任」なのか。

   * 自己責任(ウィキペディアより)

    自己責任という言葉は現在多義的な言葉となっている。反対の意味の語として「連帯責任」が
   ある。
    第一に、「自己の危険において為したことについては、他人に頼り、他人をあてにするのでな
   く、何よりもまず自分が責任を負う」という意味がある。「お互いに他人の問題に立ち入らない」
   という価値観によるものである。アメリカ社会における国家観に立脚した行政改革・司法改革に
   よる事後監視、事後救済社会における基本原則の一つである。もっとも、この原則は十分な情報
   と判断能力がない場合には妥当しない。
    第二に、「個人は自己の過失ある行為についてのみ責任を負う」という意味がある。個人は他
   人の行為に対して責任を負うことはなく、自己の行為についてのみ責任を負うという近代法の原
   則のことである。
    第三に、「個人は自己の選択した全ての行為に対して、発生する責任を負う」という意味があ
   る。何らかの理由により人が判断能力を失っていたり、行為を強制されている場合は、本人の選
   択とは断定できないため、この限りではない。
    なお、「証券取引による損失は、たとえ予期できないものであっても全て投資者が負担する」
   といわれることがあるが、これは、上記第一あるいは第三の意味の責任が証券取引の分野に発現
   したものと捉えられよう。証券取引はもともとリスクの高いものであるから、たとえ予期できな
   い事情により損害が発生したとしても、投資者が損失を負担しなければならないということであ
   る(参照⇒投資家の自己責任原則、損失補填の禁止)。

     さまざまな例

    例えば、「内容の正確性が担保されていないウィキペディアに各自の判断で参加することによ
   って生じた損害は、全て自己責任に帰される」というように用いられる。この言葉には英語のOwn
    riskの直訳的な意味が含まれており、契約などにおける免責事項の根拠として広く用いられて
   いる。ただ、例えば窓に施錠し忘れて邸内の所持品が窃盗にあったケースにおいては、「窃盗犯
   によって所持品が滅失・毀損・消費され、取り戻し不能になる危険が発生すること」が自己責任
   の内容であり、自己責任を理由にして、警察官の職務怠慢が正当化されたり、捜査費用を被害者
   に負担させられるわけではなく、また窃盗犯の刑罰が軽減されたり、所有権が国家により没収さ
   れるわけではない。また司法手続によらない自力救済(英:self-help)は、司法手続の確立した
   現在の社会においては急迫の場合を除いて原則として禁止される。
    経済学では、外部性の問題がある。たとえば企業が大気を汚染することを負の外部性と呼ぶ。
   これに対し、たとえば浄化設備を設置した政府が大気を汚染した企業から税を取った場合、これ
   を内部化(自己責任化)という。ほかにはリスクとインセンティブのトレードオフが説かれる。た
   とえば保険会社が全てのリスクを負担すると仮定した場合、被契約者は危険を回避する意欲を完
   全に喪失するものと考えられる。これをモラルハザードという。
    「自己責任」は本来、他者に対する責任転嫁をいましめる言葉であるが、他者に対して責任を
   負うべき者の責任回避だけでなく、強者が弱者を救済することを拒否した上、嘲笑する口実に利
   用される危険性さえある(たとえば前述の例では警官の職務怠慢が正当化される訳ではない)。

     「自己責任論」が話題となった事例

    日本

   1999年8月14日の玄倉川水難事故
   2004年4月7日のイラク日本人人質事件
   2005年12月に発覚したマンションの耐震偽装問題

    奥谷禮子のように、格差社会・過労死を肯定する根拠に用いる経営者も存在する。貧困格差は
   労働者の怠慢、過労死は労働者の自己管理の失敗による当人の自己責任であるから、経営者側に
   責任や救済義務はないとする主張である。

    韓国

   韓国では、2007年ターリバーン韓国人拉致事件の際に自己責任論が主張されたことがある。

  ・引用:「自己責任論とは、「現在の望ましくない結果をもたらした責任は、本人自身にある」とい
       う主張だ」。
  ・しかし、新田夫妻の場合、それが当てはまるのだろうか。

  貧困の中で

p.5 ・夫の久さんは、12歳にして両親を失っている。
     ⇒ 小生が12歳のころと言えば、我儘放題の生活を送っていたと思う。その時点で両親を失ってい
      たとすれば、想像しただけでもゾッとする。
  ・その後、伯母の家に引き取られるが、居場所を得ることができず、15歳と三ヵ月で一人暮らしに。

p.6 ・生命保険の件もうやむやのままである。

     参考:夏目漱石の『こころ』。

  ・ガソリンスタンド → メッキ工場 → 自衛隊 → おもちゃ販売 → パチンコ → 旅館と、職業を
   転々とする。衣食住完備の仕事だからというのが大きな理由。
  ・2005年に上京するまで、17年間で約30ヵ所の職場を転々としている。
  ・経済的なきつさ以外にも、世間から「仕打ち」を受けている。
    → キリスト教の教会も警察も、困り果てた彼に対してけんもほろろだった。それが、彼のここ
     ろの傷になった。
  ・38歳で上京。後に妻となる直美さんと出会う。

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 本日は、ちょっと別のことにかまけていたので、中途半端なところで中断しました。このつづきは、明日
以降に書き込みます。

                                                
 2019年3月22日(金)

 現在、15時10分です。卒業祝賀会に参加してから大学に来ました。2件の雑用を片付けたので、これから
は自由裁量時間です。昨夜は卒論生(1名は卒業しない)とともにコンパを楽しみました。新しい環境に飛
び込む卒論生諸君、いろいろあるだろうけれど、先ずは人生を楽しみましょう!
 非常に興味深い記事をネットの中で見つけたので転載します。もちろん、問題があれば直ちに削除します
ので、ご一報ください(muto@kochi-u.ac.jp)。なお、ほぼ原文通りです。


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  DIAMOND ONLINE(鈴木貴博:百年コンサルティング代表)より 2019.2.15

   セブンにくら寿司、「バイトテロに法的措置」が止むを得ない理由

 2019年2月9日、回転寿司大手のくら寿司(くらコーポレーション)がSNS上に不適切な動画を投稿した
従業員の処分を発表しました。この事件は、くら寿司の厨房と思しき場所で、従業員が一旦ゴミ箱に棄てた
魚を取り出し、再びまな板に乗せようとしたという動画です。
 実際には、棄てた魚はそのままにされ、寿司として提供された事実はないと言いますが、それでもこれは
客の立場から見れば不安というか不愉快な動画であり、くら寿司の評判を落とすことになりました。
 そして、この動画投稿に関係した従業員はすでに解雇されただけでなく、くら寿司から刑事・民事にわた
る法的な措置を検討されているということです。法律の専門家によれば、従業員ないしはその家族に数百万
円の賠償金が請求される可能性があると言います。
 くら寿司の不適切な動画が投稿された翌日、セブン-イレブン(セブン-イレブン・ジャパン)でも不適切
動画が投稿されました。それはセブン-イレブンの従業員がおでんのしらたきを口に入れて、またそれを口か
ら取り出すという動画でした。口から出したしらたきはゴミ箱にきちんと捨てたといいますが、これも客か
ら見れば不愉快な動画で、「本当に捨てたんだろうな?」、「手は洗ったのか?」という生理的な疑念が湧
いてしまいます。
 セブンでも、この従業員はすでに解雇されたとともに、くら寿司同様に法的措置を検討中だと発表してい
ます。
 同じ時期に、牛丼大手のすき家でも、従業員がすき家の厨房でおタマを股間にあてる仕草をする動画が投
稿されて、問題になりました。ちゃんと洗って殺菌して使ってくれるといいのですが、とにかく問題投稿が
続出しています。
 このような画像や動画については、2017年頃に一度ツイッターに立て続けに投稿されるという「不祥事ブ
ーム」が起きたことがあります。ローソンの冷蔵庫に従業員が横たわるとか、吉野家の従業員がテラ豚丼と
いうメニューにはない独自の料理を厨房でつくって材料を無駄にしているとか、とにかくおバカな動画の投
稿が流行したのです。
 そしてそのときも、関係者は処罰され、こうした行為は「バカッター」と呼ばれました。SNS上ではこ
のような投稿者は「これで人生オワタ」と揶揄されて、一時期下火になったのですが、ここに来てまた行為
が再燃した観があります。投稿メディアがインスタグラムに移行した関係で、再びブームが起きたのでしょ
うか。そのこともあって、今回の一連の事件は「バカグラム」とも呼ばれるようになりました。
 今回のトレンドが以前と大きく違う点は、企業が法的措置でその損害をきちんと請求しようという動きが
ある点です。不適切投稿をした従業員や家族に数百万円と言われる賠償金を払うことができるかどうかは別
として、きちんとそれを請求して裁判に訴えようという企業の姿勢が、今回は明確になってきたということ
です。

   企業の狙いは「抑止力」 ── 問題は社員教育ばかりなのか

 では、くら寿司やセブン-イレブンといった企業から見ると、そのことはどのような意味があるのでしょう
か。
 両社とも基本的な狙いは「抑止力」だと考えられています。ただ解雇するだけではなく、実際に数百万円
レベルの損害賠償が請求されるのだという事実をつくることが重要で、その前例があることで新しい事件が
起きにくくなるだろうという考え方です。
 2017年のバカッター事件の際には、不適切投稿が行われたという事件は企業の不祥事だとされました。言
い換えると、従業員に対する教育がなっていなかったからこのような事件が起きたわけで、問題は企業の不
適切な社員教育にあるというのが世間の批判でした。そしてその考え方は、今回も含めて正しい考え方です。
 企業の不祥事というものは、従業員の不適切な行為からなされるものです。不正会計や贈賄、安全性検査
の回避など、新聞を賑わす企業の不適切な行為は日々報道されています。それは本質的には、企業の不祥事
と呼ぶべきことです。
 これを「バカな従業員が不正会計を行ったせいで、企業が損害を被った。だから、その従業員を告訴しま
す」と言い出したら、企業の責任とはいったい何なんだという話になってしまいます。
 ですから、今回、不適切投稿をした従業員を企業が訴えるというのは、本質的にはおかしいことではある
のです。不適切な従業員教育をしたのが悪かったのであって、損害が起きた原因は企業にあると考えるのが、
従来的な考え方としては正しいはずだからです。

   警察官1人が不祥事を起こすと ── すべて「けしからん」となる理屈

 しかし、「そうも言ってはいられない状況になってきた」というのが、今回法的措置を行った企業の本音
でしょう。彼らは、従業員教育として必要な措置はきちんととっているはずです。セブン-イレブンの場合、
全国2万店舗で数十万人の従業員がいます。その1人が不適切な行動をとっただけで「企業の教育がアウト
だ」というのでは「防ぎようがない」というのが実態です。
 これは実は、警察官の不祥事とよく似ています。警察官の中には一定人数、犯罪に走る人間がいて、これ
が発覚しては新聞沙汰になるということが毎年のように起きます。それをもって国民は「けしからん」とい
うのですが、問題は警察官の人数が約26万人(定員ベース)もいるということです。
 約26万人というのは、家族の人数も含めれば政令指定都市の規模の人間組織です。それだけの人間がいれ
ば、確率的には必ず犯罪者が発生します。大きな社会には確率的に一定数の犯罪者が生まれるからこそ、警
察が必要なわけです。
 ですから警察の不祥事ゼロというのは、理想ではありますが、社会学的に言えばその達成は無理な相談で
す。
 今回の事件の本質はそれと同じで、教育しても必ずそれを守らない不届き者は出てくるというところに問
題の本質があります。ですから、抑止力が必要なのです。

   バイトに緊張感を与え続ける ── 法的措置が示す企業の「限界」

 私事ですが、まだ18歳だった当時、マクドナルドでアルバイトとして働いていたことがあります。マクド
ナルドのバイト仲間は仲が良くて、いつもバイト明けには一緒に遊んでいたのですが、その中の人気者だっ
た男の子が突然、解雇されたことがありました。ある日、出勤すると事務所に「不正行為により解雇」とい
う紙が表示されていて、バイト仲間みんながショックを受けたのを覚えています。
 彼がやったことは、揚げたフライを冷ましておくトレイに残った揚げかすを口に入れたことでした。お腹
が空いていたときに、うっかりやってしまったそうです。彼が解雇されたことで、バイトの間に緊張感が高
まったという効果が実際にありました。そんな些細な緩みも、ここでは許されないということです。
 今回問題になっているのは、それよりもはるかに大きな緩みで、損害賠償額が数百万円だとしても、抑止
力としては大手チェーンの数千人から数十万人いるバイトのかなりの人数に対して効き目のある「教育的事
例」になるでしょう。しかし同時に、数千人から数十万人いるバイトの中のほんの一握りの愚かな人には、
きっと抑止力にはなりません。不適切動画の投稿は。繰り返し発生することでしょう。
 限界はわかっている。しかし、組織を引き締めないともっと頻繁に再発する──。今回の法的措置は、企
業から見れば仕方のない対処だということでしょう。

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 周囲の人々が困ったり、不愉快になるようなことをあえてする人はどこにでもいて、小生だってその一人
かもしれません。しかし、「どこまでが洒落で、どこからが不適切な行為か」の線引は案外難しいと思いま
す。この記事を読んで、おおむね共感しましたが、あえて「訴訟社会」を招くような世間の風潮には疑問に
感じる部分もあります。バカッター(バカグラム)たちの行為は、ただの「おふざけ」であることが多いと
思います。とくに、インターネットが普及した昨今では、年齢の多寡に拘らずそのようなおふざけは一種の
「息抜き」として行われているようです。ただの「おふざけ」に対して目くじらを立てるのはいかがなもの
か……というのが昭和の考え方でしたが、平成に入ってから、さまざまな分野で原理原則を遵守することの
大切さが説かれるようになりました。もちろん、これは間違ったことではないのですが、それが行き過ぎる
と「息苦しい社会」が現出して、より陰険な行為が蔓延るような気がします。もっとも、企業からすれば、
従業員の「おふざけ」が企業イメージを下げ、それがきっかけで倒産に追い込まれることすらあるとすれば、
笑って済ませられる問題ではないと思います。したがって、そこにはおのずと行為の是非を分ける基準があ
るはずです。小生自身は、やはりJ.S.ミルの「他者危害原則(The Harm Principle) *」が有効だと考えて
います。少なくとも、他者に危害を与える可能性がある行為は慎むべきでしょう。ただし、ミルも断言して
いるように、他者に「不愉快(displeasure)」を与える行為は、他者危害には当らないと思います。お互
い様だからです。もし、自分にとって不愉快なことをする輩が周囲にいたら、避けて通るしかないのかもし
れません。


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 * 池田光穂「危害原理・危害原則(The Harm Principle The J.S. Mill's)」より

 危害原理とは、ある個人の行動の自由を制限する(=干渉する)際に、唯一可能なのは、その個人が他人
に対して危害を加えることに抵抗することだけである、という原則のことをさす。
 この抵抗の中には、広義の不服従や攻撃も含まれるが、この範囲にはさまざまな解釈が可能である。なお
危害原理は、他人に危害を加えてはならないという道徳を意味するものではない(ただし、危害原理からこ
の道徳を論理的に引き出す(=演繹)することは可能である)。また、危害をもたらす未来における危険性
(=リスク)を拡大解釈して、予防としてその個人の自由を制限する根拠を引き出すことは論理的にはでき
ない。
 この原理はジョン・スチュアート・ミルの自由論 (1860)の所論による。この原理を述べた当該箇所は次
のように書かれてある。

 “ That principle is, that the sole end for which mankind are warranted, individually or  
 collectively in interfering with the liberty of action of any of their number, is self-protection.
 That the only purpose for which power can be rightfully exercised over any member of a civilized  
 community, against his will, is to prevent harm to others.” (J.S. Mill, On Liberty, 1860)

 「その原理とは、人類が、個人的にまたは集団的に、 だれかの行動の自由に正当に干渉しうる唯一の
  目的は、自己防衛だということである。すなわち、文明社会の成員に対し、彼の意志に反して、正
  当に権力を行使しうる唯一の目的は、他者にたいする危害の防止である」早坂忠訳(ミル 1967:224)。

 「その原理とはこうだ。人間が個人としてではあれ、 集団としてであれ、誰の行動の自由に干渉する
  のが正当だといえるのは、自衛を目的とする場合だけである。文明社会で個人に対して力を行使す
  るのが正当だといえるのはただひとつ、他人に危害が及ぶのを防ぐことを目的とする場合だけであ
  る」山岡洋一訳、(ミル 2011:26)。

 ここからわかるように、ミルは“Harm Principle” という用語を自ら発案したわけでなく、この用語の中
に、ミルの危害に関する原理・原則を提案したものを後の人たちが危害原理として採用したものなのである。
 ちなみに、ミルはこれは「判断能力が成熟した」大人にのみ原則が適用することができると、次のように
言う。

 「この原則は判断能力が成熟した人だけに適用することを意図している。子供や、法的に成人に達し
  ていない若者は対象にならない。世話を必要としない年齢に達していないのであれば、本人の行動
  で起こりうる危害に対しても、外部からの危害に対しても保護する必要がある。同じ理由で、社会
  が十分に発達していない遅れた民族も、対象から除外していいだろう」(ミル 2011:27)。

 21世紀を生きる文化人類学者からみると若干悲しい「遅れた民族」という概念を、あまり針小棒大化して、 
彼は植民地主義者だとか白人の帝国主義者の傲慢と判断しても、我々の世界と時代道徳で、ミルを判定する
という誹りを受けてしまうだろう。ミルの著作は、この時代を生きた英国の産業革命のまっただ中の市民生
活や、ビクトリア朝時代最盛期の大英帝国の植民者の人種主義や、当時の社会の「進歩や発展」思想をたっ
ぷりと含んでいるにも関わらず、ミルの危害原則の時代を我々もまた共有しているからである。
 ミルのこの原理から、導きだせるものは以下のような 前提である。

 (1)社会生活を営む成人は、他者に危害を加えなければ、基本的に何をしても自由である、あるいは、
    そのような権利を有する。
 (2)社会は、ある個人が他者に対する危害をおこなおうとする時にのみ、ある個人がもつ行動の自由に
    制限をかけることができる。
 (3)自由な個人と、それに干渉する社会との関係は「他者に対する危害」を中心に考えることができる。

 みなさんは、このミルの危害原理・危害原則を用い て、医療の分野での議論でどのようなことができるの
か考えてください。

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 もちろん、この池田光穂氏の記事にもおおむね賛意を表します。
 現在、21時15分です。そろそろ帰り支度をします。
                                                 
                                                 
 2019年3月20日(水)

 現在、10時15分です。15分後に会議があります。午後は「教職カルテ」面談で、アドヴァイジーと会う約
束になっています。今日の義務はそれだけですので、本格的に来年度の仕事に着手したいと考えています。
 現在、16時15分です。会議も面談も終了し、少しほっこりしています。さて、何に着手しましょうか。

 さて、来年度の「(共)倫理を考える」は、テキストとして『反貧困 ── 「すべり台社会」からの脱出』
(湯浅誠 著、岩波新書、2008年)を使用しますが、以下にその一部を抜書してみましょう。


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 使用するテキストは日本における貧困問題を扱っている新書ですが、「反貧困」というタイトルに関心を
抱きました。本書のカバーの折り返しに、コピーとしてこんな売り文句が書かれています。

  うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活まで転げ落ちてしまう。今の日本は、「すべり
 台社会」になっているのではないか。そんな社会にはノーを言おう。合言葉は「反貧困」だ。貧困問
 題の現場で活動する著者が、貧困を自己責任とする風潮を批判し、誰もが人間らしくいきることので
 きる「強い社会」へ向けて、課題と希望を語る。

 以下に、その見出し(目次)を掲げておきましょう。

 まえがき

 第I部 貧困問題の現場から

  第一章 ある夫婦の暮らし

       ゲストハウスの新田夫妻/貧困の中で/工場派遣で働く/ネットカフェ暮らし/生活相
       談に<もやい>へ/貧困は自己責任なのか

  第二章 すべり台社会・日本

      1 三層のセーフティネット
       雇用のセーフティネット/社会保険のセーフティネット/公的扶助のセーフティネット/
       すべり台社会/日本社会に拡がる貧困

      2 皺寄せを受ける人々
       食うための犯罪/「愛する母をあやめた」理由/実家に住みながら飢える/児童虐待の
       原因/親と引き離される子・子と引き離される親/貧困の世代間連鎖

  第三章 貧困は自己責任なのか
  
      1 五重の排除
       五重の排除とは/自分自身からの排除と自殺/「福祉が人を殺すとき」

      2 自己責任論批判
       奥谷禮子発言/自己責任論の前提/センの貧困論/“溜め”とは何か/貧困は自己責任
       ではない

      3 見えない“溜め”を見る
       見えない貧困/「今のままでいいんスよ」/見えない“溜め”を見る/“溜め”を見よ
       うとしない人たち

      4 貧困問題をスタートラインに
       日本に絶対的貧困はあるか/貧困を認めたがらない政府/貧困問題をスタートラインに

 第II部 「反貧困」の現場から

  第四章 「すべり台社会」に歯止めを

      1 「市民活動」「社会領域」の復権を目指す
       セーフティネットの「修繕屋」になる/最初の「ネットカフェ難民」相談/対策が打た
       れるまで/ホームレスはホームレスではない?/生活保護制度の下方修正?/「反貧困」
       の活動分類

      2 起点としての<もやい>
       「パンドラの箱」を開ける/人間関係の貧困/自己責任の内面化/申請同行と「水際作
       戦」/居場所作り/居場所と「反貧困」

  第五章 つながり始めた「反貧困」

      1 「貧困ビジネス」に抗して ── エム・クルーユニオン
       日雇い派遣で働く/低賃金・偽装請負・違法天引き/貧困から脱却させない「貧困ビジ
       ネス」/労働運動と「反貧困」/日雇い派遣の構造

      2 互助のしくみを作る ── 反貧困たすけあいネットワーク
       労働と貧困/自助努力の過剰/社会保険のセーフティネットに対応する試み

      3 動き出した法律家たち
       北九州市への告発状/大阪・浜松・貝塚/法律家と「反貧困」/日弁連人権擁護大会/
       個別対応と社会的問題提起

      4 ナショナル・ミニマムはどこに? ── 最低生活費と最低賃金
       「生活扶助基準に関する検討会」/最低賃金と最低生活費/最低生活費としての生活保
       護基準/知らない・知らされない最低生活費/検討会と「もう一つの検討会」/「一年
       先送り」と今後の課題

  終章 強い社会をめざして ── 反貧困のネットワークを
      
       新田さんの願い/炭鉱のカナリア/強い社会を/人々と社会の免疫力/反貧困のネット
       ワークを/貧困問題をスタートラインに

  あとがき

  本書に登場した団体連絡先一覧

 それでは、「まえがき」に言及してみましょう。要点を抜書します。少しだけ小生の解釈が入っているか
もしれませんが、おおむね著者の原文通りです。

 ○ 家族5人、一月の収入が5万円(手取り)で暮らしていけるのか。
 ○ かつて、貧困状態に追い込まれている人々は、労働市場から排除された失業者が大半だったが、近
  年では、就労しているにも拘らず生活していけない人々も増えてきた。
 ○ もはや、「働いているのに食べていけない」という生活相談も珍しくない。
 ○ 社会全体が地盤沈下を起こしているのではないか。
 ○ もう、「働いている人は労働相談、働けない人が生活相談」という区別は成り立たなくなった。
 ○ 日本社会にも、「ワーキング・プア(英:working poor)」という言葉が浸透してきた。
 ○ その言葉は、働いているか、働ける状態にあるにも拘らず、憲法二五条で保障されている最低生活
  費(生活保護基準)以下の収入しか得られない人たちのことを指す。
 ○ 日本では、このワーキング・プアが増えているのに、政府が調査をしないので、「日本の貧困はま
  だたいしたことはない」という認識に留まっている。
 ○ そのような政府の見解は、「日本の貧困は、世界の貧困に比べたら、まだまだ騒ぐに値しない」と
  いう世間一般の素朴な考え方に後押しされている。
 ○ 国連が定める「絶対的貧困線」(一日一ドル)を超える収入があれば、貧困ではないと言えるのだ
  ろうか。
 ○ 貧困の実態は所得のみから理解されるべきものではないし、また貧困の指標は一つではない。
 ○ 本書の第I部では、以下の4つの観点から「貧困問題」を考察している。
   (1)日本社会にどうして貧困が広まったのか。
   (2)貧困が広まる中でどんな問題が起こっているのか。
   (3)そもそも貧困とはどのようなものか。
   (4)日本政府は貧困問題に対してどのような立場を取っているのか。
 ○ 第II部では、人々が貧困問題にどのように立ち向かっているのかを扱っている。それを、以下に挙
  げる3つの分野の活動に分類している。
   (1)労働分野
   (2)社会保険分野
   (3)公的扶助の分野
 ○ その一つ一つはまだ小さな動きでしかないが、それらが相互に連携し、ネットワークを構築するこ
  とで、貧困問題を無視し続ける日本政府に現状を直視し、対策を講じることを求めている。
 ○ 一度転んだらどん底まですべり落ちてしまう「すべり台社会」の中で、「このままいったら日本は
  どうなってしまうのか」という不安が社会全体に充満している。
 ○ このような不安を抱えながらも、現状を変える努力を諦め、この現状を受け入れつつ、その中で生
  き残る算段をしている人が多い。
 ○ われわれ日本人は、自分たち自身の力で大きく社会を変えた経験を持たず、そのため、社会的な連
  帯を築こうとする気持になれないでいる。
 ○ しかしながら、アメリカ合衆国のように、貧富の差が極端に激しい社会には抵抗感を抱いている。
 ○ したがって、「このままではまずい」と「どうせ何をやっても無駄」との間をつなぐ活動を見出さ
  なければならない。
 ○ 貧困は誰にとっても望ましいものではない以上、それを改善する道を発見しなければならない。そ
  のような社会を「強い社会」と名付けよう。この「強い社会」を実現しようとする気持があれば、
  われわれ日本の社会も、「捨てたものではない」のである。

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 昭和の半ばに生まれた小生からすれば、現代など「貧困」とはとても思えないのですが、それは自分と自
分の周囲しか見ていないから陥りがちな考えであって、貧困に喘ぐ人が意外に多いことを知らなければなら
ない、と思い直しています。
 ところで、小生は、日本映画の中から、戦後の日本人の倫理観の変遷を炙り出そうとしていますが、以下
の映画などは、随分と「貧困問題」に関して考えさせられた作品群です。

  『どっこい生きてる』、監督:今井正、新星映画=劇団前進座、1951年。
  『牝犬』、監督:木村恵吾、大映東京、1951年。
  『生きる』、監督:黒澤明、東宝、1952年。
  『山びこ学校』、監督:今井正、八木プロ=日本教職員組合、1952年。
  『暴力』、監督:吉村公三郎、東映京都、1952年。
  『女ひとり大地を行く』、監督:亀井文夫、クヌタプロダクション=炭労北海道支部、1953年。
  『日本の悲劇』、監督:木下恵介、松竹大船、1953年。
  『太陽のない街』、監督:山本薩夫、新星映画=独立映画、1954年。
  『どぶ』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1954年。
  『狼』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1955年。
  『洲崎パラダイス 赤信号』、監督:川島雄三、日活、1956年。
  『赤線地帯』、監督:溝口健二、大映京都、1956年。
  『真昼の暗黒』、監督:今井正、現代ぷろだくしょん、1956年。
  『楢山節考』、監督:木下恵介、松竹大船、1958年。
  『にあんちゃん』、監督:今村昌平、日活、1959年。
  『裸の島』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1960年。
  『武器なき斗い』、監督:山本薩夫、大東映画、1960年。
  『不良少年』、監督:羽仁進、岩波映画製作所、1961年。
  『にっぽん昆虫記』、監督:今村昌平、日活、1963年。
  『嵐を呼ぶ十八人』、監督:吉田喜重、松竹京都、1963年。
  『越前竹人形』、監督:吉村公三郎、大映京都、1963年。
  『死闘の伝説』、監督:木下恵介、松竹大船、1963年。
  『赤い殺意』、監督:今村昌平、日活、1964年。
  『肉体の門』、監督:鈴木清順、日活、1964年。
  『飢餓海峡』、監督:内田吐夢、東映東京、1965年。
  『白昼の通り魔』、監督:大島渚、創造社、1966年。
  『ドレイ工場』、監督:武田敦、「ドレイ工場」製作・上映委員会、1968年。
  『少年』、監督:大島渚、創造社=ATG、1969年。
  『裸の十九才』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1970年。
  『どですかでん』、監督:黒澤明、四騎の会、1970年。
  『家族』、監督:山田洋次、松竹、1970年。
  『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
  『遊び』、監督:増村保造、大映東京、1971年。
  『小林多喜二』、監督:今井正、多喜二プロダクション、1974年。
  『鬼畜』、監督:野村芳太郎、松竹、1977年。
  『はなれ瞽女おりん』、監督:篠田正浩、表現社、1977年。
  『復讐するは我にあり』、監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1979年。
  『赫い髪の女』、監督:神代辰巳、にっかつ、1979年。
  『十九歳の地図』、監督:柳町光男、プロダクション群狼、1979年。
  『泥の河』、監督:小栗康平、木村プロ、1981年。
  『さらば愛しき大地』、監督:柳町光男、プロダクション群狼=アトリエダンカン、1982年。
  『楢山節考』、監督:今村昌平、東映=今村プロ、1983年。
  『天城越え』、監督:三村晴彦、松竹=霧プロ、1983年。
  『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
  『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
  『肉体の門』、監督:五社英雄、東映京都、1988年。
  『無能の人』、監督:竹中直人、ケイエスエス=松竹第一興業、1991年。
  『ダンボールハウスガール』、監督:松浦雅子、キューフロント=電通=シネカノン=クリーク・
   アンド・リバー社、サイブロ=ネットクリエイティブ=東映ビデオ、2001年。
  『アカルイミライ』、監督:黒沢清、アップリンク=クロックワークス=デンタルサイト、2002年。
  『誰も知らない』、監督:是枝裕和、『誰も知らない』製作委員会、2004年。
  『晴れたらポップなボクの生活』、監督:白岩久弥、ジェイディ・スター、2005年。
  『自虐の詩』、監督:堤幸彦、「自虐の詩」フィルムパートナーズ〔S・D・P=松竹=ジェネオン
   エンタテインメント=竹書房=衛星劇場=電通=スカパー・ウェルシンク=日販=オフィス
   クレッシェンド=パルコ=Yahoo! JAPAN=エイベックス・エンタテインメント〕、2007年。
  『赤い文化住宅の初子』、監督:タナダユキ、「赤い文化住宅の初子」フィルムパートナーズ〔トライ
   ネットエンタテインメント=ビクターエンタテインメント=スローラーナー〕、2007年。
  『トウキョウソナタ』、監督:黒沢清、Fortissimo Films=「TOKYO SONATA」製作委員会〔博報堂DY
   メディアパートナーズ=ピックス=Entertainment Farm〕、2008年。
  『ホームレス中学生』、監督:古厩智之、「ホームレス中学生」製作委員会〔東宝=フジテレビジョン=
   よしもとファンダンゴ=よしもとクリエイティブ・エージェンシー=ワニブックス=電通=セディック
   インターナショナル=バーニングプロダクション〕、2008年。
  『ノン子36歳(家事手伝い)』、監督:熊切和嘉、日本出版販売=東映ビデオ=ゼアリズエンター
   プライズ、2008年。
  『ブラック会社に勤めているんだが、もう俺は限界かもしれない』、監督:佐藤祐市、ブラック会社限界
   対策委員会〔アスミック・エース エンタテインメント=パルコ=アミューズソフトエンタテインメント=
   関西テレビ放送=共同テレビジョ=Yahoo! JAPAN〕、2009年。
  『ヒミズ』、監督:園子温、「ヒミズ」フィルムパートナーズ〔ギャガ=講談社〕、2011年。
  『苦役列車』、監督:山下敦弘、「苦役列車」製作委員会〔東映=木下工務店=キングレコード=東映
   ビデオ=東映チャンネル=Yahoo! Japan=日本コロンビア=マッチポイント=ビターズ・エンド=
   東京スポーツ新聞社=ソニーPCL=niconico=CGCGスタジオ〕、2012年。
  『子宮に沈める』、監督:緒方貴臣、paranoidkichen、2013年。
  『もらとりあむタマ子』、監督:山下敦弘、「もらとりあむタマ子」製作委員会〔エムオン・エンタテイン
   メント=キングレコード〕、2013年。
  『0.5ミリ』、監督:安藤桃子、ゼロ・ピクチュアズ=リアル・プロダクツ=ユマニテ、2013年。
  『百円の恋』、監督:武正晴、東映ビデオ=スタジオブルー、2014年。
  『東京難民』、監督:佐々部清、「東京難民」製作委員会〔キングレコード=ファントム・フィルム=
   シネムーブ〕、2014年。
  『予告犯』、監督:中村義洋、映画「予告犯」製作委員会〔TBSテレビ=WOWOW=ジェイ・ストーム=
   電通=CBCテレビ=C&Iエンタテインメント=MBS=ジェイアール東日本企画=東宝=TCエンタテイン
   メント=日本出版販売=RKB=HBC〕、2015年。
  
 ざっとこんなところでしょうか。「貧困」が直接のテーマという映画は少ないと思いますが、いずれも鑑
賞するに値する作品群だと思います。なお、選択から漏れ落ちた作品もあるでしょうが、今のところはこれ
だけに留めておきましょう。
 さて、今日はこのくらいにしておきましょう。次回は、「第一章 ある夫婦の暮らし」の抜書を試みるこ
とにします。

 現在、20時20分です。今度は映画鑑賞に切り替えたいと思います。
 現在、21時25分です。他の用件を片付けていたので、映画鑑賞は取りやめにしました。明日は18時からゼ
ミ生(卒論生)とのコンパです。小生が多少とも料理に関わる予定ですので、少し憂鬱です。
 さて、そろそろ帰ります。

                                                 
 2019年3月19日(火)

 現在18時5分です。夕方開催の会議も終了し、本日のノルマは終了しました。とりあえず、夕食を摂りに出
かけます。
 現在、22時15分です。そろそろ帰ります。
                                                                                                    
 2019年3月18日(月)

 現在、13時50分です。昼食をいただいたので、午後は来年度に関わる仕事をしようと思っています。
 現在、19時です。たった今、夕食をいただいて参りました。今日の業務は終了しておりますので、
後半戦は映画鑑賞の時間に充てます。
 現在、21時35分です。そろそろ帰ります。明日は夕方から会議があります。
                                                                                                    
 2019年3月15日(金)

 現在、11時5分です。雑用を片付けているのですが、それが終わったら昼食ですね。
 現在、18時40分です。小生の所属するコース・学部にとって気になる結果が出たので、本日の業務はほぼ
終了となりました。少しだけ、ホッとしました。夕食をいただいてから、今日の後半戦に入ります。
 現在、20時30分です。少し雑用を片付けたので、これからは自由裁量時間として使えます。邦画を鑑賞す
るつもりです。
 現在、21時30分です。そろそろ帰ります。

                                                 
 2019年3月14日(木)

 現在、17時50分です。今日のノルマは果たしました。さて、これからどうしましょうか。

                                               
 2019年3月13日(水)

 現在、13時ちょうどです。今日は会議日で、10分後に最初の会議があります。
 現在、17時50分です。本日の業務は終了しました。夜は歓送会です。

                                              
 2019年3月12日(火)

 現在、7時30分です。今日は大学にとって大事なイベントがある日なので、早朝出勤です。恙なく事が運べ
ば幸甚です。
 現在、13時10分です。イベントは無事終了し、お昼ご飯をいただいて来ました。14時から会議があります
ので、その準備作業にとりかかります。
 現在、17時50分です。今日のノルマを果たしたので、映画鑑賞をしようかと考えています。
 現在、23時50分です。映画を観て、ブログを書いていたら、こんな時刻になってしまいました。明日は会
議日で、夜は歓送会ですので、そろそろ帰ります。
 帰ろうと思って念のためにメール・ボックスを覗いたら、対応すべき事柄がいくつかありました。それを
片付けましたので、今度こそ帰ります。現在、24時20分です。

                                             
 2019年3月11日(月)

 現在、12時55分です。今日はとくに義務はありませんので、来年度の構想を練りたいと考えています。雨
模様だったこともあり、一昨日、昨日ともに大学には来ませんでした。少し疲れ気味だったので、いい休養
になりました。
 今日は3・11から数えて8年目になります。来年度も「福島原発事故を考える」を開講する予定です。
風化させてはならないと思うからです。
                                                                                                      
 2019年3月8日(金)

 現在、12時45分です。15分後に会議が開催されます。それが終われば、自由裁量時間となります。自己点
検・自己評価への入力をしようかと考えています。
 現在、14時40分です。会議は終了しましたので、これからは自由裁量時間です。
 現在、20時45分です。今年度の業務はほとんど終わったので、安堵の気持でいっぱいです。しかし、もう
来年度のことを考えなければなりません。貧乏、暇なしです。
 現在、21時35分です。今週のすべての業務が終了しました。帰ります。

                                                 
 2019年3月7日(木)

 現在、10時5分です。花粉症、首痛、背中の違和感など、肉体的な不快感を払拭させて、早く仕事に没頭し
たいのですが、なかなかです。今日こそは懸案事項を終わらせます。自分に、大ファイト!
 現在、17時になろうとしています。業務の方は順調とはいかず、少しずつこなしています。他の雑用が入
らなければ、もっと打ち込めるのですが、仕方ないですね。
 現在、18時15分です。一応、懸案事項は終了しました。ホッとしています。
 現在、21時45分です。そろそろ店仕舞いにします。明日は、来年度の教務関係の打ち合わせが主な議題で
ある「(拡大)教務委員会」にオブザーバー参加する予定です。

                                                
 2019年3月6日(水)

 現在、13時10分です。午前中は確定申告に行ってきました。毎年のことですが、面倒です。しかし、国民
の義務を果たしているわけですから、喜ぶべきなんでしょうね。午後は、文書づくりに勤しみます。
 現在、16時30分です。文書づくりをしようと思ったのですが、雑務が頻繁に入って来るので、今はDVDで
日本映画を観ています。文書づくりは夕食後に取り掛かろうと思います。夜は静かで専念できそうですから。
 現在、21時45分です。今までに経験のないことが起こりました。デスクトップ上にある筈のフォルダーが
ひとつ消えていたのです。間違ってごみ箱に入れた記憶がないので、奇々怪々です。復旧作業のために、い
ろいろ工夫しました。その結果、何とか復旧させて事なきを得ました。しかし、謎は謎のままです。この後
別のサイトにブログを書いた後、全データのUSBへのバックアップを図りたいと思います。
 現在、23時40分です。原因が分かりました。別のフォルダーの中に入り込んでいたのでした。念のために
調べていたら判明したという次第です。不思議を不思議のままにしておくことは精神衛生上よくないので、
こんなに遅くなったことを後悔しておりません。明日こそは、懸案事項(文書の作成)を終わらせたいもの
です。もう、尻に火が付いた感じです。

                                                 
 2019年3月5日(火)

 現在、14時45分です。15分後に、会議が1件あります。それが終了したら、また文書づくりです。今日こ
そ片をつけたいのですが、どうなりますか。
 現在、23時30分です。もう遅いので帰ります。明日は「確定申告」に行こうか行くまいか、今のところ迷
っています。

                                                
 2019年3月4日(月)

 現在、8時55分です。5分後の会議を皮切りとして、今日は6件の会議が目白押しです。15時頃からは自由
裁量時間になると思いますので、懸案の文書作りに励みたいと考えています。
 15時を少し回りました。6件あった会議がすべて終了しました。これより、自由裁量時間です。さて、何
に着手しましょうか。

                                                
 2019年3月3日(日)

 今日も早朝から大学に来て仕事をしています。現在、8時半を少し過ぎたところです。朝ご飯はいただきま
した。文書整理はほぼ終わりましたので、今度はメールの整理にかかろうかどうか迷っています。ともあれ、
15時から会合がありますので、それに合わせて行動する予定です。
 重要な会合は終了しました。折をみて、夕食をしたために外出します。その後は、何をするかまだ決めて
いません。
 映画を観ていました。偶然ですが、「原子力」がキー・ワードの邦画でした。「日日是労働セレクト159」
で公開するつもり(3月下旬か4月上旬のころ)ですが、以下に先行して掲載します。


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 DVDで邦画の『宇宙人東京に現わる』(監督:島耕二、大映東京、1956年)を観た。いわゆる「空想科学映
画」と呼ぶべき作品である。やはり東宝とは一味違う野暮ったさがかえって新鮮だった。パイラ星人が登場
するが、ヒトデ型星人で、どう見ても猿芝居の域を出ない。しかしながら、山形勲や見明凡太朗といった重
厚な俳優が大真面目にこの荒唐無稽な物語の一翼を担っているので、この頃としては新しい映画の可能性を
追求することも大事だったのだろう。『ゴジラ』(監督:本多猪四郎、東宝、1954年)が公開されてから2
年しか経っていないので、東宝への対抗意識があったのかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『怪盗と判官』の小国英雄が脚本を書き、『新女性問答』の島耕二が監督、『婦系図 湯島の白梅』
 の渡辺公夫が撮影を担当した。主なる出演者は『娘の縁談』の川崎敬三、『応仁絵巻 吉野の盗賊』
 の山形勲、新人苅田とよみ、永井ミエ子など。色彩は大映カラー。色彩指導には画家岡本太郎が当っ
 ている。

   〔あらすじ〕

  宇宙の中のパイラと呼ばれる星から地球を観測していたパイラ人は、近頃地球上で頻々と起る原子
 雲を見つけ、自分たちがその昔、原子力の破壊力を戦争に使う使わないで苦労したことを思い出した。
 そして、おろかな地球人に、自分達が如何に原子力を平和的に使ったかを知らせるために宇宙船に乗
 り地球に近づいた。そんなことを知らない地球では空飛ぶ円盤が現われたといって騒ぎ、東京城北天
 文台長の小村芳雄博士(見明凡太朗)や助手の磯辺徹(川崎敬三)、小村の従弟で物理学者の松田英
 輔博士(山形勲)らが怪円盤研究に腐心していた。宇宙船では地球への連絡地を日本と決め、次々と
 パイラ人の使者を送ったが、その形の奇怪なために人々は恐れて近づかなかった。業を煮やしたパイ
 ラ人はその一人を天野銀子という名の日本の女に変身させて地球に送った。銀子(苅田とよみ)は松
 田博士の家に入り込むことに成功した。パイラ人特有の明晰な頭脳を持つ銀子は博士が密かに発見し
 ていた、原水爆以上のエネルギーを持つ爆発物ウリュウムの方程式を読みとり、博士に自分の正体を
 打明けながら、地球上にその研究を発表するのは狂人に刄物だから止めろと注意した。博士は方程式
 を焼き捨てた。その頃、新天体Rが現われ、地球と衝突する軌道を進みつつあった。世界は驚愕し、
 R破壊の為に各国の原水爆が一斉に発射された。しかしいずれも不成功であった。某国の手先は松田
 博士を誘拐し、方程式を書かせようとした。危いところをパイラ人の使者たちに救われた博士は、地
 球上には残さない約束で銀子に方程式を書いて渡した。パイラ人によってウリュウムが作られ、その
 爆発力でRは消え、地球は救われた。銀子は宇宙船に乗って地球を去って行った。

 他に、目黒幸子(磯辺徳子=徹の母)、南部彰三(磯部直太郎=同じく父)、永井ミエ子(小村多恵子=
小村博士の娘)、平井岐代子(松田清子=英輔の妻)、苅田とよみ(青空ひかり=踊子/二役)、小原利之
(平野健一=新聞記者)、岡村文子(お花=居酒屋「宇宙軒」の女将)、渡辺鉄弥(三吉=酒屋「三河屋の
倅)、八木沢敏(パイラ人第二号)、夏木章(同じく第三号)、津田駿二(同じく第四号)、斎藤紫香(紳
士振った男)、原田ゲン〔言偏に玄〕(船員)、泉静治(酔客 )、花村泰子(芸者)、谷謙一(用心棒)、
杉田康(新聞記者)、河原侃二(高島博士)、早川雄二〔有三〕(警官)、フランク熊谷(天文台の通信士)
などが出演している。
 結局、「原子力を平和利用しなければならない」という、「デュアル・ユース」の喧伝に徹した映画だっ
た。要するに、牧歌的だったとしか言いようがない。なお、似たような物語に、『妖星ゴラス』(監督:本
多猪四郎、東宝映画、1962年)があるが、こちらの方がはるかに説得力があった。

 **********************************************


 このころの「原子力」キャンペーンは、子どもだった小生にも影響力が大きく、少なくとも、『鉄腕アト
ム』や『エイトマン』などを通して、「原子力は平和利用しなければならない」というメッセージを頭の中
に刷り込まれたと言ってよいでしょう。小生が「原子力は廃絶しなければならない」に変わったのは、中学
生の後半ごろではなかったでしょうか。少なくとも、それまで待たなければならなかったのです。
 明日も早いので、もう帰ります。

                                                
 2019年3月2日(土)

 本日は休日ですが、大事な用事に加えて、諸々の整理も大量にあるので、出勤しています。現在、9時ちょ
うど。さあ、待ったなしの勝負です!
 現在、17時40分です。だらだらしていたので、何もしてないのと同然です。これから夕食をいただいて、
少し気張ります。
 現在、21時25分です。やる気が出なくて難儀していたのですが、もう少し仕事を続けます。明日も大事な
用事があるので出勤するつもりですが、この時期は仕方がないですね。

                                                
 2019年3月1日(金)

 現在、10時5分です。月が替わりました。今日も花粉症で苦しめられそうですが、何とか懸案の業務をこな
したいと思っています。さて、どうなるでしょうか。
 現在、13時15分です。少し外出したのですが、覿面でした。顔中花粉の攻撃に晒され、目はショボショボ、
鼻はグズグズ……早くこの季節が終わってほしいものです。それでも仕事はしなくてはなりません。午後も
頑張ります。自分に、大ファイト!
 現在、14時40分です。1時間半ぐらいが経過したのですが、何も片付いていません。絶望的です!
 現在、21時少し前です。本日目論んだ仕事の三分の一くらいは消化したと思うのですが、もう限界です。
もう少し片付けたら、帰るつもりです。明日も出勤しなければならないので、明日また再開ということにし
ましょう。

                                                
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