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日日是労働セレクト155
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第155弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト155」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『スパイ・ゾルゲ』(監督:篠田正浩、スパイ・ゾルゲ製作委員会〔表現社=アスミック・
エース エンタテインメント=東宝=セガ=日本情報コンサルティング=オービック=イマジカ=カルチュア・ 
パブリッシャーズ=テレビ朝日=サミー=フィールズ〕、2003年)を観た。篠田監督の作品は、以下のよう  
に15本観ているが、3本の指に入る佳品だと思う。

  『乾いた花』、監督:篠田正浩、松竹大船、1964年。
  『暗殺』、監督:篠田正浩、松竹京都、1964年。
  『処刑の島』、監督:篠田正浩、日生プロ、1966年。
  『心中天網島』、監督:篠田正浩、表現社=ATG、1969年。
  『無頼漢』、監督:篠田正浩、にんじんくらぶ=東宝、1970年。
  『沈黙 SILENCE』、監督:篠田正浩、表現社=マコ・インターナショナル、1971年。
  『化石の森』、監督:篠田正浩、東京映画、1973年。
  『卑弥呼』、監督:篠田正浩、表現社=ATG、1974年。
  『桜の森の満開の下』、監督:篠田正浩、芸苑社、1975年。
  『はなれ瞽女おりん』、監督:篠田正浩、表現社、1977年。
  『悪霊島』、監督:篠田正浩、角川春樹事務所、1981年。
  『瀬戸内少年野球団』、監督:篠田正浩、YOUの会=ヘラルド・エース、1984年。
  『鑓の権三』、監督:篠田正浩、表現社=松竹、1986年。
  『少年時代』、監督:篠田正浩、藤子スタジオ=テレビ朝日=小学館=中央公論社=旭通信社=シンエイ
   動画、1990年。
  『スパイ・ゾルゲ』、監督:篠田正浩、スパイ・ゾルゲ製作委員会〔表現社=アスミック・エース
   エンタテインメント=東宝=セガ=日本情報コンサルティング=オービック=イマジカ=カルチュア・
   パブリッシャーズ=テレビ朝日=サミー=フィールズ〕、2003年。

 以上である。題材が題材なだけに、よくぞ挑戦したと思う。それどころか、作っただけでも手柄だと思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。

   〔解説〕

  巨匠・篠田正浩が念願の企画を実現させた歴史大作。戦争へと突き進む日本に存在した国際的スパ
 イ、ゾルゲの暗躍を軸に、昭和初期の激動の時代をスケール豊かに描く。

   〔あらすじ〕

  1895年、アゼルバイジャンの油田地帯の町・バクーで、ドイツ人の父とロシア人の母の間に生まれ
 たリヒャルト・ゾルゲ(IAIN GLEN)は、昭和16年秋、尾崎秀實(本木雅弘)と共に国防保安法及び治
 安維持法違反の容疑で検挙され、特高警察の厳しい追及に遂に共産主義のスパイであることを認めた。
 米国人ジャーナリスト、アグネス・スメドレー(MIA YOO)の紹介でゾルゲと尾崎が出会ったのは、
 昭和6年の上海。当時、朝日新聞社上海通信局に赴任していた尾崎は、「列強からアジアを救いたい」
 という信念から日本上層部の情報をゾルゲに伝え、ゾルゲはそれをモスクワの赤軍第四本部へ送った。
 その後、ドイツ新聞記者を装い東京のドイツ大使館に出入りするようになったゾルゲ。オイゲン・オ
 ット大佐〔後に、駐日ドイツ大使〕(ULRICH MUHE)〔MUHEのUにはウムラウトが付く〕の力添えでヒ
 ットラー率いるナチスに入党した彼は、それからも、近衛内閣嘱託、さらに南満州鉄道嘱託となった
 尾崎や、大使館から入手した国家機密を無線でモスクワの赤軍第四本部へ送り続けたが、スターリン
 (PETER BORCHERT)の粛正が激しさを増すと、二重スパイではないかと疑われ、宣戦布告無しのドイ
 ツ軍ソ連侵攻の情報は無視されてしまう。やがて、時代は目まぐるしく変化し、第二次世界大戦直前。
 母国での信頼を回復していたゾルゲは、尾崎からもたらされた御前会議で決定した日本軍の南進策を
 モスクワへ打電する。報せを受けたソ連は、兵力をドイツ軍に集中させスターリングラードの戦いで
 圧勝。しかし、これを最後に任を解かれる筈だったゾルゲは、尾崎と共に逮捕され、3年間の獄中生
 活の後、1944年11月7日、「国際共産主義万歳」という最後の言葉を残し処刑されたのであった。

 他に、椎名桔平(吉河光貞=思想犯専門の検事)、上川隆也(特高“T”)、葉月里緒菜(三宅華子=ゾ
ルゲの恋人のひとり)、小雪(山崎淑子=ヴェケリッチの妻)、夏川結衣(尾崎英子=秀實の妻)、永澤俊
矢(宮城与徳=沖縄県出身の画家、秀實の同志、最初「南龍一」と名乗った)、榎木孝明(近衛文麿=公爵・
首相)、WOLFGANG ZECHMAYER(マックス・クラウゼン=ゾルゲの同志のひとり)、ARMIN MAREWSKI
(ブランコ・ド・ヴェケリッチ=同)、CATHERINE FLEMMING(カーチャ=ゾルゲの妻)、KAREN FRIESICKE
(ヘルマ・オット=オイゲンの妻、ゾルゲの浮気相手)、竹中直人(東條英機)、岩下志麻(近衛千代子=
文麿の妻)、大滝秀治(西園寺公望)、麿赤児(杉山元=陸軍大臣)、加藤治子(1990年の華子)、佐藤慶
(墓守)、石原良純(中橋中尉)、花柳錦之輔(昭和天皇=大元帥)、吹越満(西園寺公一=公望の孫)、
鶴見辰吾(牛場友彦=近衛文麿の秘書)、津村鷹志(内務省の男=“T”の上司)、河原崎建三(朝日上海
通信局長=尾崎秀實の上司)、原口剛(本庄繁=侍従武官長)、不破万作(見物の男)、観世榮夫(能/善
知鳥)、LENA LESSING(アンナ・クラウゼン)、MARIAN WOLF(ディレクセン大使)、MAX HOPP
(ショル少佐、後に中佐)、MICHAEI GHRISTIAN(マイジンガー大佐)、ALEXANDRA FINDER
(キーファ秘書)、MAREK WLODARCZYK(ベルジン大将)、JURIJ ROSSTALNYI(ウリツキー大尉)、
ROBERT MIKA(ラヴレンティ・ベリヤ)、JAREK WOZNIAK(ヴィクトール)、ROGER PULVERS
(新聞記者)、GEORG O.P. ESCHERT(ケテル)、VINCENT GIRY(U.S.MP)、野田よし子(クララ)、
松永恵美(モニカ)、峰岸みくさ(ベルタ)、下出丞一(バーテン)、神野寛子(受付嬢)、麻丘しのぶ
(女中)、菊池康二(大橋秀雄=吉河の部下)、松村穣(拘置所通訳)、津田健次郎(報道カメラマン)、
鶴岡大二郎(栗原中尉)、佐藤学(安藤大尉)、田中弘太郎(青年将校)、秋間登(刑務所看守)、りゅう
雅登(満鉄司会者)、野村信次(避難訓練の男)、江口ナオ(娼婦)、沈莉輝(上海の少女)、江口達也
(大陸浪人)、木村翠(華子の母)、福井友信(日光の通訳)、岡村洋一(緒方竹虎=東京朝日新聞主筆)、
山本哲也(肖像画の軍人)、大島隆弘(逓信省通信士)、金子達(高橋是清=大蔵大臣)、 中村方隆(街
頭写真屋)、石毛誠(インテリ失業者)、福井晋(ロシア語の男)、篠田正浩(山崎淑子の父親)などが
出演している。
 戦前を復活させることはきわめて困難だと思うが、SFXなどを駆使して、かなりリアリティを感じさせる映
像作りに成功していると思う。役者の演技もなかなかのもので、とくに外国人の活き活きとした演技は特筆
ものであった。スターリン役の俳優がスターリンそっくりだったことは愛嬌だとしても、主人公のゾルゲ役
を演じたイアン・グレンを筆頭に、皆優れていると思った。どのような経緯でキャスティングを行ったので
あろうか、少し気になった。


 某月某日

 DVDで洋画の『ラスト・ラン 殺しの一匹狼(THE LAST RUN, 1971)』(監督:リチャード・フライシャー
〔Richard Fleischer〕、米国、1971年)を観た。フライシャー監督と言えば、つい2週間前に『センチュリ
アン(THE NEW CENTURIONS, 1972)』を観ているが、まったく傾向の異なる作品であった。後者が生真面め
な「警官もの」であるのに対して、本作は「ギャングもの」(フィルム・ノワール)だからである。典型的
な「犯罪映画」であるにも拘らず、きちんと人間が描かれているのではないか。たぶん、脚本がしっかりし
ているからだと思うが、どこかにアラがないかと思いつつ観ていたが、ほとんどなかった。つまり、面白か
ったというわけだ。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  犯罪者だった運び屋が、平穏で孤独な生活に耐えきれず、命を賭けた最後の脱出行を試みるアクシ
 ョン映画。製作はカーター・デ・ヘブン、監督は『トラ・トラ・トラ!』のリチャード・フライシャ
 ー、脚本はアラン・シャープ、撮影はスヴェン・ニクヴィスト、音楽はジェリー・ゴールドスミスが
 それぞれ担当。出演は『パットン大戦車軍団』のジョージ・C・スコット、トニー・ムサンテ、トリ
 ッシュ・ヴァン・デヴァー、コリーン・デューハースト、アルド・サンブレルなど。

   〔あらすじ〕

  ハリー・ガームズ〔Harry Garmes〕(ジョージ・C・スコット〔George C. Scott〕)は、9年前、
 運び屋稼業を引退し、妻子を連れてここポルトガルに渡った。しかし幼い息子が死に、妻も男を作っ
 て去ってしまい、今は孤独で退屈な日々を送っている。そんなある日、脱獄者をスペイン領内からフ
 ランスへ運ぶという仕事が舞い込み、ガームズはこれに賭けた。愛車、57年型BMWを入念に手入れ
 し、娼婦モニーク〔Monique〕(コリーン・デューハースト〔Colleen Dewhurst〕)に金を預けて出発
 した。予定の場所で脱獄者ポール・リッカード〔Paul Rickard 〕(トニー・ムサンテ〔Tony Musante〕)
 を拾って、山道をひた走るガームズは、リッカードの横柄な態度に閉口した。リッカードの指図で、
 彼のガールフレンド、クローディー〔Claudie Scherrer 〕(トリッシュ・ヴァン・デヴァー〔Trish
 Van Devere〕)を同乗させたBMWは無事国境を越え、予定通り待ち構えていた車に誘導されてある
 場所に到着した。役目を終えたガームズは約束の金を受け取り去ろうとした。しかし、リッカードと
 クローディーが危ないと直感、すぐさま後を追った。果たして2人は、ボイラー室で殺されようとし
 ていた。ガームズはピストルを使って2人を救出し、スペイン国境に一目散に車を飛ばした。乗りか
 かった船、ガームズは2人と一蓮托生の身となってしまった。逃走を続けるうち、ガームズはリッカ
 ードが何故脱獄した上で殺されるのか、不思議に思って問いつめた。リッカードはやっとわけを話し
 始めた。4年前、彼は組織の命を受け、3人である大物を狙った。殺しは失敗し、彼はスペインに高
 飛びしたが、9か月前につかまり、5年の刑を食らった。そして再びその大物を襲撃する計画が立ち、
 組織が彼を脱獄させたが、所定の場所にいたのは敵だったのだ。事情をのみ込んだガームズは、再び
 BMWを走らせた。間もなく2台の車があとをつけてきた。ガームズは素晴らしいドライブ・テクニ
 ックを駆使して、1台をスピンアウトさせ、もう1台を崖下に突き落として振り切った。クローディ
 ーはリッカードの粗暴さに耐えられず、次第にガームズにひかれ、ガームズも、家も船も売り払って、
 アメリカで彼女との平和な暮らしに入ろうと思っていた。しかし、クローディーは、結局リッカード
 と別れることができなかった。船を手配し、3人で北アフリカへ渡ろうとしたガームズは、金を受け
 取るためにモニークを訪ねた。突然、ドアの影に隠れていた敵がおどり出て、ガームズは右足を射た
 れた。ボートに駆け寄る2人を待ち受けた敵を、ガームズは数発の弾を食いながらも射ち倒し、静か
 に砂浜に崩れ落ちた。

 お洒落な犯罪映画とでも言えようか。日活全盛時代の「無国籍アクション映画」の雰囲気があり、ハリー・
ガームスには二谷英明、娼婦モニークには轟夕起子、脱獄者ポール・リッカードには和田浩二、その恋人ク
ローディーには芦川いづみではどうだろうか。もちろん、お遊びだが、何の根拠もない空想の配役でも楽しめ
る……そんな映画だった。なお、George C. Scottは、アカデミー主演男優賞を辞退しており、なかなか気骨  
のある役者であることが分かる。だから、ガームズのようないぶし銀の男臭い役にはまるのであろう。なお、
Trish Van Devere は、彼の私生活上の5度目のパートナーでもある。どおりで、息があっていると思った。


 某月某日

 DVDで邦画の『三浦和義事件 -もうひとつのロス疑惑の真実-』(監督:東真司、三浦和義事件製作委員会、 
2004年)を観た。TSUTAYAにある邦画DVDのラインナップの中で、観ようか観まいか散々迷った作品の中の一  
篇である。今年の映画鑑賞の対象ジャンルは「社会派映画」なのだが、広義に取れば当該映画もその範疇に
入ると解釈して借りた。たぶん、10年以上前から鑑賞するかどうか迷ってきたので、少しはけりがついたと
いう思いである。本来ならば、実際に起こった「事件」をおさらいすべきなのだろうが、ネットにいくらで
もそれらしい情報が残っているだろうから、敢えて触れないでおく。よく知らない人、興味のある人は、自
分で調べてほしい。
 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  妻への殺人容疑をかけられ、逮捕された三浦和義の人物像に迫る人間ドラマ。“ロス疑惑”と世間
 から注目を浴び、逮捕された三浦和義が、その後裁判で無罪を勝ち取るまでの苦難を、三浦氏本人の
 証言をもとに描く。

   〔あらすじ〕

  ロサンゼルス市内を旅行中の三浦和義夫妻が、突然何者かの襲撃を受ける。妻は銃弾を頭部に受け
 後に死亡、和義本人も脚を撃たれる重傷を負う。事件は海外で日本人が遭遇した悲劇としてマスコミ
 でも大々的に取り上げられる。それから1年後、後妻の良枝と新たな夫婦生活を歩んでいた和義のも
 とにマスコミから1本の電話が入る。それは、和義が愛人と共謀し妻を保険金目当てで殺害したので
 は、とする疑惑だった。以来、マスコミの執拗な取材攻勢が始まる。地位や名誉を失いながらも、和
 義は必死で無実を訴え続ける。しかし反論空しく遂に和義は逮捕され、事件にピリオドが打たれたか
 に思われたのだが……。

 主な出演者は、高知東生(三浦和義)、宝生舞(良枝=和義の後妻)、杉浦太陽(中田五郎=三浦和義に
個人的な興味を抱くフリー・ライター)、鶴田さやか(鈴木君子=ネクスト編集長)、乱一世(安野=週刊
文秋記者)、螢雪次郎〔雪次朗〕(小林刑事)、村野武範(弘川弁護士=殴打事件・銃撃事件弁護団のひと
り)、ラッキィ池田(谷ディレクター)、薬師寺保栄(榎本)などである。
 主人公のモデルである三浦和義はもうこの世にいない(2008年、米国ロサンゼルスにおいて死没。享年61
歳)。あの一連の騒動は何だったのかも、やがて深い闇の中に消えていくであろう。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので報告しよう。両作品ともに中途半端な出来としか言いようがなく、脚本を練る上
で時間が不足しているのではないかと思われる。最近、この手の作品が多く、素材はいいのに、まだ生煮え
のまま公開されている感じがする。ちょっと、厳しすぎるかもしれないが、貴重な時間を費やして鑑賞して
いるので、甘い批評は避けたい。
 1本目は、『東京無国籍少女』(監督:押井守、東映ビデオ、2015年)である。前半の設定には期待感が
あり、美術をめぐる物語かと思ったが、後半は意外な展開となり、完全に物語が崩壊していた。この手の作
品に出遭うと、村上龍の『五分後の世界』のできそこないのように感じてしまい、監督の意図も分からない
わけではないが、共感できない。いったい、何が狙いなのか?
 とりあえず、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』の押井守監督が、『TOKYO TRIBE』の
 清野菜名を主演に迎えたサスペンス。傷ついた女子高の生徒が、その才能を利用しようとする教師や
 嫉妬を募らせた同級生たちに囲まれた日々を過ごすうちに、やがて日常が崩壊してゆく。ラスト15分
 は衝撃の展開。   
          
   〔あらすじ〕

  女子美術高等専門学校で日々、創作活動に励む生徒たち。その中に、かつて“天才”と呼ばれた藍
 /釉(清野菜名)がいた。事故による怪我の影響で心に傷を抱えた彼女は、今は眠ることも出来ず、
 授業もドロップアウト。ただ1人、謎のオブジェを作り続けていた。そんな藍を再び広告塔として利
 用するため、教頭/書記(本田博太郎)は全てを黙認。だが、決して学園の外に出そうとはしなかっ
 た。特別扱いされる藍を苦々しく思う担任教師/政治委員(金子ノブアキ)と、嫉妬を募らせる同級
 生たち。執拗なイジメと嫌がらせを受けながらも、藍は唯一、自分の身を案じてくれる保健医/軍医
 (りりィ)にも心を開くことはなかった。やがて、心が休まることのない憂鬱な日々は、藍の中で目
 覚めた“なにか”によって崩れ始める……。群発する地震。響く大量の鳥の羽音。学園内に流れ続け
 るクラシック音楽。そして繰り返される謎の声“お前はなぜ、ここにいる?”……。

 他に、田中日奈子(沙羅=藍の同級生)、吉永アユリ(優里=同)、花影香音(莉奈=同)、高橋美津子
(裸体モデル/傷病兵)、村澤実祐(釉=吹き替え)、Frik Brown(敵将校)、Sergey Kuvaev(敵兵士)、
Nazari(同)などが出演している。
 学生らのデッサン用の裸体モデルが控えている際に読んでいた本がホッブズの『リヴァイアサン』だった
が、何か意味があるのだろうか。また、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)
が登場するが、もう少しその辺りを丁寧に扱ってほしかった。藍と兵隊の戦闘シーンは、面白いことは面白
いけれど、背景が見えないので、まったくリアリティを感じなかった。いずれにせよ、成功している作品と  
は言い難い。
 2本目は、『雨にゆれる女』(監督:半野喜弘、「雨にゆれる女」members〔ZEROMNI=Office Shirous=
CIRQUE PARIS PRODUCTION=altana〕、2016年)である。連想した映画は、『赫い髪の女』(監督:
神代辰巳、にっかつ、1979年)や、『水の女』(監督:杉本秀則、アーティスト・フィルム=日活、2002年)
である。とりあえず、ジメジメした感じの付き纏う映画であった。坂本龍一や吉本ばななが、甘口のコメン
トを寄せているが、どうだろうか。とくに、坂本龍一は、60年代の独立系監督である大島渚や吉田喜重の名
前を挙げて、そこに同じ匂いを感じているようだが、本気でそう思っているのならば、ピント外れだと思う。
彼らには政治的な背景があるのに対して、当該作品にはそのような尾鰭は一切ないからである。それは、ど
ちらがいいとかの問題ではない。まったく、色合いが違うのである。この作品にしても、脚本が練れている
とは思えない。2016年4月27日に向けて、主人公がカレンダーに×を入れているシーンがあるが、たぶん殺人
の時効(以前は15年だった)を暗示しているのだろう。東大阪市の路上における精神科医殺人事件が発生し
たのは、2001年4月27日だからである。もっとも、殺人などの凶悪犯罪は現在時効が廃止されているので、
この物語のカレンダーのシーンは無意味ということになる。だいいち、自分の父親を殺した相手と、ベッド
を共にするだろうか。また、その疑いのある男に近付く手段がそもそもおかしい。そのためだけに、チャラ
男と付き合っていたのだろうか。その後、千葉の海岸のシーンも唐突だし、観ていてイライラする場面のオ
ンパレードだった。思わせぶりで映画の筋を引っ張るのはやめてほしいものである。
 とりあえず、この作品も物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクーらの作品で音楽を担当する半野喜弘の監督デビュー作。過
 去を隠し、別人として暮らす男。ある夜、同僚が家にやって来て無理やり女を預けていく。次第に惹
 かれていく二人だったが、哀しい運命の皮肉が待ち受けていた……。出演は、『るろうに剣心』シリ
 ーズの青木崇高、『天の茶助』の大野いと、『セトウツミ』の岡山天音。

   〔あらすじ〕

  “飯田健次”と名乗り、完璧な別人を演じている男(青木崇高)。勤務先の工場で真面目に働いて
 いるが、人との関わりを拒む彼の過去を知る者はいない。ある夜、同僚の下田(岡山天音)が家にや
 ってきて、惚れた女が男から逃げたいと言うので匿ってほしいと頼む。健次は断ろうとするが、最後
 には渋々引き受ける。工場に警察がやってきて、工場で盗みを働いた下田が捕まったと伝えられる。
 理美と名乗るその女(大野いと)も正体は謎に包まれていた。健次は、理美の前では偽装をやめるよ
 うになる。ある夜、過呼吸を起こした理美を健次が抱きしめて介抱し、二人の距離が縮まる。理美に
 求められ、健次は自分のことや理美と同じ名(さとみ)の亡くなった姉のことを語り出す。釈放され
 た下田が理美を連れて行こうとするが、健次との親密さに激怒する。理美は下田をつっぱねる。ある
 雨の日、理美はナイフを手に、27日だけが四角で囲まれたカレンダーを見つめる。帰って来た健次に、
 「くぼかわのりおって誰?」と理美が詰め寄る。健次は白を切るが、問い詰める理美にうろたえなが
 ら家を飛び出す。家に戻らない健次を心配した理美が工場にやってくる。健次に追い返されるが、そ
 れでも待とうとすると、業者の二人組が理美に絡んでくる。たがが外れた健次はものすごい剣幕で男
 たちに暴力をふるい、工場をクビになる。そして二人の過去が明かされていく……。

 他に、水澤紳吾、伊藤佳範、中野順二、杉田吉平、吉本想一郎、河野宏明、原田裕章、上田辰也、遊屋慎
太郎、山田紗椰、森尾寧仁、鶴町梨紗、森岡龍、地曵豪、十貫寺梅軒などが出演している。青木崇高は名前
を知っている程度の俳優だが、大野いとは、『愛と誠』(監督:三池崇史、「愛と誠」製作委員会〔角川書
店=ハピネット=東映=テレビ朝日=OLM=NTTドコモ=木下工務店=エクセレントフィルムズ=コンセプト
フィルム=ホリプロ〕、2012年)における高原由紀役が印象深い。『続・愛と誠』(監督:山根成之、松竹、
1975年)では、同じ高原由紀には多岐川裕美が扮しており、甲乙つけがたいと思ったことを覚えている。ど
こか陰のある女を地で演じられる女優ではないかと思うが、どうだろうか。


 某月某日

 DVDでドキュメンタリー映画の『ニッポン国・古屋敷村』(監督:小川紳介、小川プロダクション、1982年) 
を観た。先に観た日活作品とは真逆と言ってもよいような映画で、退屈な部分もないことはないが、全体を
通して日本人の原点に触れたような感動があった。生活するには過酷な地域であるにも拘らず、そこで生を
営む人々は、さまざまな理由からそこに棲みつくようになったのだろう。「苛政猛於虎也(苛政は虎よりも
猛し)」という中国の故事成語があるが、この映画で採り上げられた「虎」に当るものは、冷害である。現
在、山形県上山(かみのやま)市にある古屋敷は、標高400-500メートルに位置し、夏も短い。稲の生育にと
っては悪条件が揃っており、実際まったく稲穂に実が付かないこともあるという。一般に、「ヤマセ」と言
われる冷気を伴った風は、この地方では「シロミナミ」と呼ばれる。この映画では、この稲の生育に関する
話題が冒頭を飾る。関係する複数の学者の協力を得て、かなり詳細な考察が行われている。冷気の次は、土
壌の話がしばらく続く。そして、稲と鉄の集積層の関係が科学的に説明される。
 それが一通り終わると、今度は話ががらりと変わる。2,500万年から400万年前の貝の化石の話になる。こ
の界隈が大昔は海だったのではないかというわけである。その後、婦人消防組の話、道路が出来てかえって
生活が苦しくなった話、炭焼きの話、村から出たアジア・太平洋戦争時の戦死者の話、熊猟と鉄砲の話、養
蚕の話、生き残り兵士の話、ラッパの話などが織り込まれてゆく。いずれも耳慣れない話ばかりなので、さ
もありなんとは思うが、実に興味深い話の連続であった。
 佐藤忠男の『日本映画300』(朝日文庫、1995年)にこの映画に関するコメントがあるので、それを以
下に転写してみよう。

  ドキュメンタリー製作グループである小川プロダクションの面々が、十年近くも東北の村に住み込
 んで、自分たちで田んぼも作って村の生活にとけ込みながら作った長編記録映画である。前半は、ほ
 とんど科学映画である。小川プロが本拠をおいて田をつくっている山形県上山市牧野より、ずっと谷
 の奥のほうへのぼったところに極端に過疎化している古屋敷という集落があり、そこがこの年、冷害
 で打撃を受けた。冷害とはなにか、なぜ起るか、そのことを小川プロは、古屋敷の人々の協力を得て
 調べる。南の山脈からおりてくるシロミナミと呼ばれる冷気が問題なので、立体の地理模型をつくっ
 てドライアイスの冷気を高地から流すというような実験もやってみる。これを見ていてわかることは
 冷害の原因だけではない。小川プロの人々がこの田んぼにいかに強い関心を持っているかということ
 である。さらに彼らは、その田のひとつの稲の根の状況を見るために田を掘り、その結果、地表から
 十五センチほど下に赤い色の土の層があることを発見する。そして、その赤い土の層が永年の耕作を
 つうじての土壌の鉄分の沈下を意味していることを論じ、映像で説明する。この結論は、その田の持
 主が父親から言われていた、この田には堆肥を入れすぎてはいけないという教えと一致する。
  以上はまったく科学的な展開である。しかしそこには科学以上のものが表現されている。それは、
 ひとつの谷間の気象や、一枚の田の土壌がそれぞれじつに個性的な特徴を持った生きものであり、そ
 の生きものとしての生理を経験的に知っていて、その変化に生き生きとした関心や思いやりを持って
 つきあっていくのが農民だということである。農民が土を愛する気持というものは観念的にはずいぶ
 ん言われるが具体的には容易に表現できない。それをこの映画は表現している。
  そうして、農民の土と結びついた気持をくっきりと描いておいたうえで、この過疎の村にいる農民
 たちに、その人生について語ってもらう。これがひとりひとり、じつに面白い。というのは、彼らが、
 取材する人々に本当に心を許して語っていることが良くわかるからである。
  生涯ただただ山中の細道を炭焼きの炭を担いで運びつづけたお婆さんの、生涯いちばんの驚きは、
 山中で突然、見知らぬ若い美女に出会ったことだった、というようななんでもない話を、じつに切迫
 した意外性とユーモアをもって聞くことができるのである。

 主なスタッフを記しておこう。製作:伏屋博雄、監督:小川紳介、撮影:田村正毅、現地録音:菊池信之、
助監督:飯塚俊男/見角貞利、撮影助手:林鉄次/野坂治雄、現地進行:畑中広子/白石洋子、整音:浅沼  
幸一、編集助手:見角貞利/広瀬里美、詩:林迪夫、音楽:関一郎、画:藤森玲子、題字:庄司孝志、炭焼
き技術指導:佐藤仁吉、ネガ編集:高橋辰雄、録音:小川プロ・スタジオ、光学録音:港リレコセンター、
現像:ソニー・PCL。
 最後に、林迪夫の詩を転写しよう。この映画の終盤に朗読される詩である。

   矢尻の部落(むら)・貝の部落(むら) (抄)    林迪夫

  赫い河原の望む
  河岸段丘の痩せた畑から
  縄目模様の土器の欠片が
  鍬の刃先に 砕かれて出てきた
  土の中で火花が散り
  鋤返す手を止め
  掌に載せると
  矢尻石だった

  ぼくも 姉も
  驚きの声をあげ
  汗で濡れた懐に仕舞いこんだ
  姉は 顔を赤らめ
  乳房のあたりを
  土にまみれた掌で 撫でていた
  その頃 ぼくは 少年だった

  炭焼窯あとからは
  貝の化石が出てきた
  ぼくの部落(むら)では
  炭を焼く者は 居なかったが
  山添いの部落(むら)では
  どこの家でも
  炭を焼いて暮した
  石となった貝は
  二千万年
  三千万年
  いや もっと遠くを
  生きてきたのかも知れない
  貝は海の底
  深い海溝の際で
  濃緑色の藻の群生に囲まれ
  オホーツクの季節風
  南下する寒流の奥の彼方
  滅びの夢など 抱くことのもなく
  生きてきたのだ
  かつて海溝の深部であった
  山峡(やまあい)を伝って下りてくる
  シロミナミ
  風のようでいて
  風ではなく
  雲でも 霧でもなく
  音も無く稜線消え
  眺望の果ての限りまで包みこむ
  隠された生存のはざまで
  人びとが
  猪
  熊
  青猪(あお)
  シロミナミを突きぬけて
  飛翔する鳥たちと共に
  部落(むら)を創った日のことは
  まだ記憶に新しい

  シロミナミ 晴れた日
  人びとは畑を拓く
  樹を焼き
  石の鍬ふるい
  粟
  蕎(そば) 麦を播き
  いのちの糧とする
  石の矢つがえ
  飛礫(つぶて)の筒を抱えて
  山に入るのも
  けものたちとの 共存の往来
  命といのちが重なり合い
  血は 更に太い流れとなって
  部落(むら)を貫流する
  人は生き
  けものは人となる
  けもの生き
  人はけものとなる
  部落(むら)びとの肌は
  冷気に堪えた山肌
  人びとは けもの言葉を話す
  
 なかなかの詩である。最後に、次のテロップが出て、3時間半に及ぶ映画は終了する。

            昭和56年7月3日 午後4時
             シロミナミが下りてきた


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので報告しよう。いずれも「日活ロマンポルノ」の作品で、1980年代前半の雰囲気が  
よく現われていると思う。知らない人もいると思うので、<ウィキペディア>のお世話になろう。執筆者に感
謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。ちなみに、性的な表現に関しては、時代性と作品の性格
に鑑みて、なるべく暈さないように扱った。ご海容いただきたい。

  日活ロマンポルノ(にっかつロマンポルノ)とは、1971年(昭和46年)から1988年(昭和63年)に
 かけて日活(1978年〔昭和53年〕に社名変更し『にっかつ』)で映画制作された日本の成人映画のこ
 とである。
  1950年代後半、さまざまな悪条件下で映画製作を再開した日活は多くのヒット映画を送り出し、日
 本映画の黄金時代を支えた。ところが、1960年代後半から次第に映画の観客数減少や経営者のワンマ
 ン体質などで経営難に陥り、映画製作が困難になった。そこで、ダイニチ映配時代の中心作風だった
 「エロ路線」を前面に押し出し、かつ採算面から低予算で利益が上がるジャンルの作品として、成人
 映画を主体に変え、「日活ロマンポルノ」が誕生した。当時の関係者の証言によれば、それまでの日
 活で製作した一般向映画よりも、収録期間や製作費などは半分以下であったという(実際、路線が発
 足したばかりの頃、社内ではロマンポルノは「小型映画」と仮称されていた)。

 以下、割愛するが、興味のある人は当該<ウィキペディア>のつづきを参照してほしい。若い頃、小生も
断続的にこれらの作品群を観ているが、ほとんど題名を覚えておらず、「家族研究への布石(映像篇)」
にも登録していない作品がかなりあると思う。以下、同サイトに登録している「日活ロマンポルノ」作品
を掲げてみよう。中には、その範疇外のものもあるかもしれないが、だいたいの目安で選んでいると看做
していただきたい。

  『エロスは甘き香り』、監督:藤田敏八、日活、1973年。
  『濡れた荒野を走れ』、監督:沢田幸弘、日活、1973年。
  『四畳半襖の裏張り』、監督:神代辰巳、日活、1973年。
  『実録阿部定』、監督:田中登、日活、1975年。
  『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』、監督:田中登、日活、1976年。
  『貴婦人縛り壺』、監督:小沼勝、日活、1977年。
  『悶絶!! どんでん返し』、監督:神代辰巳、日活、1977年。
  『人妻集団暴行致死事件』、監督:田中登、日活、1978年。
  『団鬼六 縄化粧』、監督:西村昭五郎、日活、1978年。
  『さすらいの恋人 眩暈(めまい)』、監督:小沼勝、日活、1978年。
  『天使のはらわた 赤い教室』、監督:曾根中生、日活、1978年。
  『もっとしなやかに もっとしたたかに』、監督:藤田敏八、にっかつ、1979年。
  『十八歳、海へ』、監督:藤田敏八、にっかつ、1979年。
  『赫い髪の女』、監督:神代辰巳、にっかつ、1979年。
  『Mr.ジレンマン 色情狂い』、監督:小沼勝、にっかつ、1979年。
  『少女娼婦 けものみち』、監督:神代辰巳、にっかつ、1980年。
  『女教師 汚れた放課後』、監督:根岸吉太郎、にっかつ、1981年。
  『団鬼六 蒼い女』、監督:藤井克彦、にっかつ、1982年。
  『白薔薇学園 そして全員犯された』、監督:小原宏総、にっかつ、1982年。
  『ピンクカット 太く愛して深く愛して』、監督:森田芳光、にっかつ、1983年。
  『ダブルベッド』、監督:藤田敏八、にっかつ=ニューセンチュリープロデューサーズ、1983年。
  『セーラー服 百合族』、監督:那須博之、にっかつ、1983年。
  『宇野鴻一郎の 姉妹理容室』、監督:中原俊、にっかつ、1983年。
  『宇能鴻一郎の 濡れて打つ』、監督:金子修介、にっかつ、1984年。
  『桃色身体検査』、監督:滝田洋二郎、にっかつ、1985年。
  『高校教師・成熟』、監督:西村昭五郎、にっかつ、1985年。
  『いたずらロリータ 後からバージン』、監督:金子修介、にっかつ、1986年。
  『はみ出しスクール水着』、監督:滝田洋二郎、にっかつ、1986年。

 煽情的な題名が並ぶが、いわゆる「ピンク映画」と比べると大分おとなしい。また、内容的にも、現代の
AV作品とは比較しようがないほどソフトである。かくして、1980年代後半、家庭用ヴィデオデッキの普及
に伴って、「日活ロマンポルノ」の役割は消滅していったのである。
 1本目は、『高校教師・成熟』(監督:西村昭五郎、にっかつ、1985年)である。一方では、結婚生活の
不毛性を描いているが、他方では、男子高校生と女教師という、いわゆる「禁断の関係」を扱っている。も
っとも、題名から推すと後者の方が中心となるはずだが、中途半端に終わっている感が強い。北見敏之が出
演しているが、彼もポルノ映画で演技力を磨いた口であることが分かった。その意味で、斜陽時代の映画界
において、日活ロマンポルノの果たした役割は大きいと思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  男子生徒のギラギラした欲望の視線を浴びながら、結婚を夢見る三流私立高校の女教師の姿を描く。
 脚本は『美加マドカ 指を濡らす女』の斉藤博、監督は『蘭の肉体』の西村昭五郎、撮影は『ヴァージ
 ンなんか怖くない』の山崎善弘がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  三流私立男子高の女教師、石間佳代子(赤坂麗)は毎日、数百名(624名)の男子生徒の欲望の視線
 にさらされている。少年とて、むせるような男の臭いに、生身の女の体は意志に反して反応してしま
 い、彼女はその熱い体を、同僚の国語教師、正岡悟(北見敏之)にあずけた。しかし、正岡にとって
 佳代子とのセックスは肉欲だけのものであり、彼には麻倉由美(久我冴子)という恋人がいた。それ
 でも佳代子は、“先生とやりたいよ”などのいたずら電話や手紙に悩まされており正岡に身をまかさ
 ないではいられないのだった。佳代子は休暇を取り、学生時代の友だち、米田しず子(渡辺良子)を
 訪ねた。しず子は佳代子のかつて恋人だった米田邦雄(中田譲治)と結婚しており、二人は小さな旅
 館を営んでいる。邦雄も昔は教師だったが、校内暴力に悩み、生徒を刺して辞職した過去がある。し
 かし、佳代子の寂しさは、夜の二人の営みの声にまぎれることはなかった。翌日、邦雄は佳代子を車
 で駅まで送り、途中、二人はモーテルに入った。しず子は、佳代子の孤独を知り、邦雄に彼女をなぐ
 さめるように頼んだのだ。佳代子は一時的な逃避に過ぎないと知りつつも、邦雄とのセックスを楽し
 んだ。しかし、東京に帰ると、正岡と由美の夫婦のような生活を見せつけられ、再び孤独感に包まれ
 る。そして、訪ねて来た三人の生徒を部屋に入れてしまい、佳代子は輪姦されてしまう。佳代子が自
 殺しようとすると、邦雄がやって来て、なんとか思いとどまった。だが、数日後、由美が入籍したこ
 とを知らされる。ある早朝の体育館、佳代子の上におおいかぶさった生徒が果てていく。「結婚でき
 るのかな、君たちと」。グランドを歩く佳代子の顔から涙が消え微笑が浮かんでいた……。

 他に、依田浩介、坂本薫平、三谷新人、梅田弘次、横田楊子などが出演している。
 2本目は、『白薔薇学園 そして全員犯された』(監督:小原宏総、にっかつ、1982年)である。『高校教
師・成熟』が「静」の作品ならば、こちらの方は「動」の作品と言ってよいだろう。男子高生と女子高生と
いう対比もあり、両者はまったく印象の異なる作品同士となっている。身も蓋もない題名が付いているが、
展開的にもハチャメチャで、どうやって収拾をつけるのかと思って観ていたが、「何ごともなかった」とい
う〆方には驚いた。一種の「バスジャック」映画でもあるが、この手の作品はいくつかあるので、以下に挙
げみよう。

   〔洋画〕

  『ダーティハリー(Dirty Harry, 1971)』、監督:ドン・シーゲル〔Don Siegel〕、米国、1972年。
  『スピード(Speed, 1994)』、監督:ヤン・デ・ボン〔Jan de Bont〕、米国、1994年。

   〔邦画〕

  『女囚さそり・第41雑居房』、監督:伊藤俊也、東映東京、1972年。
  『EUREKA〈ユリイカ〉』、監督:青山真治、電通=IMAGICA=サンセントシネマワークス=東京テアトル、
   2000年。
  『バスジャック』、監督:深沢佳文、オールインエンタテインメント、2014年〔筆者、未見〕。

 『バスジャック』は未見であるが、その他の作品はいずれも面白く観た記憶がある。とくに、『ダーティ
ハリー』はその後シリーズ化されたように、強烈な印象の映画だった。「パニック」ものは、設定からして
サスペンスの要素が強く、とくに「バスジャック」は閉鎖的空間のために撮影しやすいと思われ、多くの監
督が作りたがるのであろう。
 物語を確認しておく。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  研修旅行に向かう途中でバスジャックされた女教師、女生徒たちと犯人の争いを描く。脚本は『生
 録 盗聴ビデオ』の伴一彦、監督は『ズームアップ 聖子の太股』の小原宏裕、撮影も同作の杉本一海
 がそれぞれ相当。

   〔あらすじ〕

  女子高、白薔薇学園の教師、栗田亜矢子(三崎奈美)は恋人の竹田(明石勤)とのアメリカ行きを
 断り、生徒を連れバスで研修旅行に向かった。生徒の一人、森田尚美(宮本麻代)は途中のドライブ
 インで恋人の辰夫(田浦智之)と逃げだす予定だった。さらに、中村葉子(太田あや子)という生徒
 の兄・研二(上野淳)が、妹が先生から受けた侮辱の仕返しをしようと、辰夫と一行を待ちかまえて
 いた。もう一人の仲間が来ないので、二人は浮浪者の剛三(港雄一)を仲間に入れバスを襲った。バ
 スの中は大騒ぎとなり、亜矢子は生徒をかばうために、剛三に身をまかせた。しかし、これでコトは
 済まなかった。三人組はブスな生徒をバスから降ろすと、再び走り始めた。一方、降ろされた三原よ
 しえ(美野真琴)たちは、後から来たトラックを止めると、事情を話し、バスを追った。その頃、亜
 矢子と生徒たちは全員裸にされ、三人組に好き放題に犯されていた。そして、一行はあるモーテルに
 入ると、全員を縛りあげた。そこへ、トラックの運転手、渡辺(溝口拳)と芹沢(片岡五郎)がモー
 テルに飛び込むと、アッという間にバスジャック犯人をやっつけてしまった。しかし、全裸で縛られ
 ている亜矢子を見て興奮した渡辺と芹沢は生徒たちの眼の前で亜矢子をもてあそんだ。しかし、亜矢
 子は恥ずかしいと思いながらも、二人にさからう気持はなかった。翌日、生徒全員と亜矢子を乗せた
 バスは、一日遅れで目的地に向かっていた。バスの中には、昨日の悪夢を忘れたかのように賑やかな
 笑い声が溢れていた。

 他に、山地美貴(荒木理花)、織田倭歌(広瀬絵里)、吉原正皓(村田=バスの運転手)、水木京一(モ
ーテルの管理人)などが出演している。栗田先生が、15時間も遅れた言い訳を「社会見学」と呼んだが、あ
る意味で、たしかに「社会見学」なのかもしれない。なお、研二と葉子は、兄妹の近親相姦の関係である。


 某月某日

 DVDで洋画の『センチュリアン(THE NEW CENTURIONS, 1972)』(監督:リチャード・フライシャー
〔Richard Fleischer〕、米国、1972年)を観た。フライシャー監督と言えば、SF映画の傑作『ミクロの決死
圏(Fantastic Voyage, 1966)』(監督:リチャード・フライシ ャー、米国、1966年)を思い出すが、ある
意味でそれに優るとも劣らぬ出来であった。というのも、この作品はリアリズムに徹しており、原作者の経
験が十分に活かされたつくりになっているからである。しかも、次々と移り変わるシーンは、時間系列とし
てはだいぶ経過しているにも拘らず、そのつなぎ方が絶妙なので、まったく混乱することなく頭に入って来
る仕掛けになっている。これはかなり高度な技術と言えるだろう。さらに、俳優陣も監督の意図に十分に応
えており、その点でも優れていると思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  ロサンゼルス警察の巡査部長、ジョセフ・ウォンボーの原作をもとに映画化された制服警察官の物
 語。原題の“新百人隊”とは、ローマ時代治安をうけもった“百人隊”からとったもので、現代の治
 安のをはかる、という意味を持っている。製作はアーウィン・ウィンクラー、ロバート・チャートフ、
 監督は『トラ・トラ・トラ!』のリチャード・フライシャー、脚本はスターリング・シリファント、
 音楽はクリンシー・ジョーンズが各々担当。出演はジョージ・C・スコット、ステイシー・キーチ、
 ジェーン・アレクサンダー、スコット・ウィルソン、ロザリンド・キャッシュ、エリック・エストラ
 ーダ、クリフトン・ジェームズなど。

   〔あらすじ〕

  警察学校で激しい訓練を終えたロイ・フェラー〔Rot〕(ステイシー・キーチ〔Stacy Keach〕)が
 配属されたのは、ロサンゼルスでも最も犯罪の多い地区の警察署だった。街のパトロールが主な仕事
 だった。彼の他にも新米が2名いた。ガス〔Gus〕(スコット・ウィルソン〔Scott Wilson〕)とセル
 ジオ〔Sergie〕(エリック・エストラーダ〔Erik Estrada〕)だ。ロイの相棒はこの道23年の大ベテ
 ラン、キルビンスキー〔kilvinski〕(ジョージ・C・スコット〔George C. Scott〕)だ。仕事はた
 えまなくあった。夫婦喧嘩の仲裁からコソドロ、そして殺人事件まで扱い、地味で忍耐のいる仕事だ
 った。最初の数週間は何事もなく過ぎたが、ガスとホワイティが大事件にぶつかった。パトロール中、
 黒人の経営する店に強盗が入り、犯人を追ったガスが、誤って店の主人を射殺してしまったのだ。罵
 りが浴びせられ、父を殺された息子の鋭い眼がガスを刺した。一方、ロイの妻のドロシー〔Doroth〕
 (ジェーン・アレクサンダー〔Jane Alexander〕)は、明け方近く帰るロイとのすれ違いの毎日に耐
 えられなくなっていた。ある朝2人はついに感情を爆発させてしまった。その夜、ロイとキルビンス
 キーはパトロール中、酒屋にあやしい人影をみとめた。近づいたロイは車に潜んでいた犯人に散弾銃
 で射たれ重傷を追った。ドロシーは警官をやめるよう頼んだが、彼にはその気がなかった。2人はこ
 の事件を契機に離婚した。数週間後、キルビンスキーは定年で退職していった。20数年間、パトロー
 ル専門にやっていた男だ。フロリダで娘と暮らすといって去っていった。しかし、その生活は数カ月
 しか続かなかった。娘の家は狭すぎて一緒に暮らせなかったのだ。全ての望みを絶たれたキルビンス
 キーは拳銃で自殺を計った。彼の自殺はロイに大きな衝撃を与えた。気持がすさみ、勤務中にも酒を
 飲むようになった。そんなある晩、パトロール中、車に乗った女とトラブルを起こし、酔って車にひ
 きずられたロイは傷だらけになった。これによって停職3週間の処分を受けた。3週間後、処分が解
 けて再びパトロールの仕事が始まった。その日の夕方、下町をパトロールするロイの車の前に女がた
 ちふさがった。夫婦喧嘩かと思ったロイは、女の家の階段を上がろうとしたが、扉の陰にひそんでい
 た男に撃たれた。男は精神異常者だった。ロイは腹を撃たれ、数分のうちに息をひきとった。それは
 新しい恋人との結婚を目前にひかえた事故だった。

 他に、ロザリンド・キャッシュ〔Rosalind Cash〕(Lorrie)、クリフトン・ジェームズ〔Clifton James〕
(Wiltor)などが出演している。ベテラン警官と新人警官の「バディ〔buddy〕もの」は、よくある設定だが、
このキルビンスキーとロイとの関係は、傍から見ていて気持のよいものであった。両者ともに不幸な死に方
をするが、これも人間の定めかと思うと、「サヨナラだけが人生だ」を実感してしまう。アメリカン・コメ
ディの『ポリスアカデミー(Police Academy,1984)』(監督:ヒュー・ウィルソン〔Hugh Wilson〕、米国、
1984年)を観たときの衝撃は忘れないが(その後、シリーズ化した)、本作のような生真面目な作品も捨て
がたいと思う。


 某月某日

 DVDで邦画の『池袋ヤンキー戦争』(監督:城定秀夫、GPミュージアムソフト、2010年)を観た。元々Vシ  
ネマとして企画された作品であるが、名古屋シネマスコーレで劇場公開されているので、小生の「家族研究  
への布石(映像篇)」にカウントすることにした。もっとも、『夜がまた来る』(監督:石井隆、ビデオチ
ャンプ=キングレコード=テレビ東京、1994年)なども当初はVシネマの企画だったが、主演をオファーさ
れた夏川結衣が劇場公開を望んだので、監督の石井隆がそれを了承し、劇場公開に向けて動いたという経緯
があるらしい。当該作品は佳品だし、その後の夏川の活躍を省みると、石井隆の判断は間違っていなかった
と思う。なぜなら、『ヌードの夜』(監督:石井隆、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=サントリ
ー、1993年)で得た資金を、『夜がまた来る』に注ぎ込んだらしいからである。映画ファンのみならず、監
督にも主演女優にも「結果よし」というわけである。さて、肝心の『池袋ヤンキー戦争』であるが、低予算
ゆえの限界はあるにせよ、新しい才能を感じさせるつくりで、映像的にも買えると思った。もちろん、通俗
に流れた場面も多く、その意味で「傑作」とは言いがたいが、それなりの評価をしてもよいと思う。城定監
督の作品は以下のように3本観ているが、いずれも独特の切れ味があり、面白いと思う。

  『隣人ポータビリティ(Love your Neighbor)』、監督:城定秀夫、フルモーション、2007年。
  『池袋ヤンキー戦争』、監督:城定秀夫、GPミュージアムソフト、2010年。
  『タナトス -むしけらの拳-』、監督:城定秀夫、「むしけらの拳」製作委員会〔GPミュージアムソフト=
   ヒューマックスコミュニケーションズ=レオーネ=ユナイテッドエンタテインメント=ミュージック
   シネマズジャパン=NPO法人日本ベトナム交流センター=ラフター〕、2011年。

 主演の朝比奈あかりは、AV女優としての経歴が長く、現在は引退しているらしい(ウィキペディア)。
もっと女優としての活躍を望みたいが、果たしてどうだろうか。
 「たそがれ高洋の戯れ言」(ネット情報)にコメントが載っているので、それを引用させていただく。

   * ご本人の了解は取っていないので、もしこのブログがお気に召さない場合は、muto@kochi-u.ac.jp
    にメールをください。直ちに削除します。なお、一部改変しましたが、ご寛恕を乞います。

  〔映画『池袋ヤンキー戦争』とか『花と蛇3』から抜粋〕

  低予算映画だが、ストーリー展開はしっかりとしていて分かりやすい。都会に出てきた若者達の居
 場所。仕事というか、日々生きていくだけで精一杯の若者群像。めいめいばらばらだった個人を少し
 ずつまとめていく存在がいる。こんな時代だから、お互いに張り合っていたら消耗するだけ。一種の
 ユートピアを作っていた。文化や風俗が絡むと、正直だけでは生きていけない。あぶくのように銭が
 行き交う。するとそこには当然のようにヤクザが入り込む。ヤクザの手先として、すぐお隣の存在の
 若者が利用される。ヤクザの手口は分かっていても逃れようがない。ここら辺が本当に痛々しいとこ
 ろだ。主演の朝日奈あかり(亜美)の家庭もああなりゃそうなるでしょうの典型。周りを見渡せば、
 こんな境遇で耐えている人のなんと多いことか。ということで、ヤクザに反発、対決する。負けは見
 えている。そこで先が読めるスカルズのリーダーは、自らが犠牲になる。先をよんだはずが、ずるい
 奴はもっとえげつないから。まあ、どこで溜飲を下げるか、その持って行き所はうまい。ところで、
 リーダーの隼人こと恵美秀彦さん、作品のなかでもそうだが、実生活でもかっこいいらしい。スタイ
 リストで社長、そして俳優。なんかそのことの方が、ずっと心配になってくる。

 他に、友田彩也香(香奈)、鈴木慶(コージ)などが出演している。


 某月某日

 DVDで「温泉」と「芸者」が冠としてつく邦画を2本観たので、報告しよう。いずれも東映の作品で、『温
泉こんにゃく芸者』(監督:中島貞夫、東映京都、1970年)などの系列に属する。小生は未鑑賞であるが、
『温泉あんま芸者』(監督:石井輝男、東映、1968年)に端を発している由。
 1本目は、『温泉みみず芸者』(監督:鈴木則文、東映、1971年)である。主演は池玲子、デビュー作で
ある。僚友とも言える杉本美樹も新人として助演している。落語に「艶笑落語」(別名:艶話/バレ噺/お
色気噺)という分野があるが、さしづめ当該作品は「艶笑映画」とも言えよう。なお、以下、性的な表現が
あるが、作品の性格と歴史的な背景を考慮して、そのままにした。あらかじめ、ご理解いただきたい。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  西伊豆の土肥温泉を舞台にくりひろげられる温泉芸者の艶笑喜劇。脚本は『温泉こんにゃく芸者』
 の掛札昌裕である。監督は脚本にも参加している『すいばれ一家 男になりたい』の鈴木則文で、撮
 影は『女渡世人』の古谷伸がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  伊勢志摩の港町で一杯飲み屋を営む多湖初栄(松井康子)と二人の娘、圭子(池玲子)、幸子(杉
 本美樹)の母娘は美人として評判がよかった。ところが初栄は生来の淫乱性。抵当に入っている先祖
 の墓を買い戻すために、百万円を目標に貯めている金まで若いつばめに持ち逃げされる始末。そこで、
 圭子は仕方なしに、東京のトルコ風呂(現在のソープランドに当る)に働きに出るが、偶然、社長の
 久兵衛〔作品内では、「ゼンベイ」と聞えた〕(芦屋雁之助)と知り合い五十万円もらう。数日後、
 初栄が伊豆の土肥温泉から“すぐこい”と打電してくる。駈けつけた圭子に、初栄は借金を肩代りし
 てくれと泣きつく。初栄は、圭子が送った五十万円を手にすると性凝りもなく若い男を作り、士肥温
 泉に遊びにきたが、その金を持ち逃げされてしまったのだ。窮した圭子は、借金返済のために温泉芸
 者として働くことになり、初栄も女中に雇われることになった。ようやくここでの生活になれた頃、
 この静かな温泉町の静寂を破って、時ならぬ混乱がまき起こった。無限精流の流祖を名乗る竿師段平
 (名和広)、師範代の黒竿段吉(岡部正純)、高弟のピストン健(大下哲矢)が、芸者の引き抜きに
 やってきたのだった。彼らはベットを共にした芸者を意のままに、他の土地に鞍替えさせてしまう温
 泉場荒しである。政界筋〔作品内では、「厚生省」の名前が出ていた〕をバックに持つ彼らを追い出
 すわけにもいかず、町の役人衆も頭を痛めていたが、結局、初栄と圭子、妹の幸子の母娘が、彼らの
 相手をし、倒さなければならなくなる。勝てば三百万円の褒賞金がもらえるとあって、初栄のいきり
 様は大変なもの。海岸大明神の夜祭りに湧き立つ浜辺の邸宅で、そのセックス試合は開始された。

 他に、小池朝雄(馬場敬太郎=板前)〔作品内では、「マジマ」と聞えた。たぶん、「馬島」と書くのだ
ろう〕、葵三津子(三津江=馬場を慕う女性)、山城新伍(広瀬=性具研究家)、芦屋雁之助(マムシホル
モンの社長=二役)、殿山泰司(徳造=土肥温泉の組合長)、由利徹(西山=初栄の男のひとり)、大泉滉
(太田=文教省大学局局長)、三原葉子(土肥館の女将)、川谷拓三(工員)、芦屋雁平(吉川=マムシホ
ルモンの社長秘書)、女屋実和子(桃子=芸者)、千原和可子(夢路=同)、早坂くるみ(〆奴=同)、大
芝かほり(豆千代=同)、黒葉ナナ(喜久丸=同)、田中小実昌(文教省純潔教育課課長補佐)、佐藤重臣
(役人)、団鬼六(同)、島田秀雄(朝吉)、沢淑子(松江)、牧涼子(旅館の女将)、岡嶋艶子(中年女)、
那須伸太朗(高利貸)、秋山勝俊(置屋役人)などが出演している。菅原文太がカメオ出演しているが、ク
レジットにはない。なお、小松方正がナレーターを務めている。ちなみに、配役に関しては一部筆者の推測
である。これも推測であるが、小池朝雄が扮した板前の名前に「馬」の文字(馬場であれ、馬島であれ)が
つくのは、馬並の「巨根」から採ったのだろう。
 ラストシーンで、初栄が「女が一人の男に縛られる愚」を諭しているが、この映画を観ていると、本当に
そう思う。蛇足であるが、題名は『温泉たこつぼ芸者』の方がはるかにふさわしいのに、なぜか「みみず芸
者」となっている。いずれも女性器に関わる隠語であるが、「蛸壺」ということばは頻繁に登場するのに、
「蚯蚓千匹」ということばは一度も出てこないからである。
 2本目は、『温泉おさな芸者』(監督:鷹森立一、東映、1973年)である。上記の作品とは打って変わっ
て、いわゆる「健康なお色気」に溢れた作品である。筋書もなかなか面白く、新鮮な感じだった。
 物語を確認しておこう。以下、上記と同じ。

   〔解説〕

  三人の女子高校生が、旅行の費用を作るためアルバイト芸者に扮し伊豆の温泉街を舞台に大活躍す
 るポルノ喜劇。脚本は今子正義、監督は脚本も執筆している『ボディガード牙』の鷹森立一、撮影は
 『麻薬売春Gメン 恐怖の肉地獄』の星島一郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  東京の私立高校3年生の速野征代(田辺節子)と穴沢良子(沢リミ子)は、この夏休みに沖縄旅行
 のプランをたて、旅行費用を稼ぐためにと、伊豆・天城温泉へやって来た。まん婆さん(武智豊子)
 が経営する茶屋に女中として住み込んだが、実はこの茶屋は、芸者の置屋でもあった。ある日、二人
 の芸者が都合で、お座敷に出られなくなってしまい、まん婆さんは、急拠、征代、良子をインスタン
 ト芸者に仕立あげると、これが大好評で、征代、良子も芸者をはじめることにした。一方、この話が
 別の置屋をやっている和泉みつ(三原葉子)の娘・かおる(深田ミミ)の耳に入った。競争心旺盛な
 かおるも負けじと、自分も芸者になった。やがて、温泉中は三人の高校生芸者の話題でもちきりにな
 り、征代、良子、かおるの三人も次第に仲良しになった。ある日、三人三様、それぞれ見知らぬ男と
 デートするが、まだウブな三人、襲われたとたん悲鳴を上げて逃げだした。丁度運良く、以前、ヒッ
 チハイクの時知り合ったダンプの運転手・倉田忠治(南廣)に会い、三人は危機一髪のところを救わ
 れた。その頃、温泉に政府の視察団が来ることになったが、団長の中田代議士(田中淳一)のお目あ
 ての芸者奈々(小林千枝)が顔に傷をつけてしまい、座敷に出られなくなってしまった。代議士の機
 嫌をそこなえば補助金が出なくなってしまう。これを知った征代、良子、かおるの三人は、代議士の
 座敷にのり込み大奮闘。三人の努力が実を結び、代議士は三人にぞっこん惚れ込み、補助金の件も無
 事落着となった。三人はこれを機会に、アルバイト芸者を止め、願望の沖縄旅行へと出発した。

 他に、河野洋子(春駒=芸者)、オモトサヨ(桃千代=同)、章文栄(子ねこ=同)、富田仲次郎(金原=
組合長)、大泉滉(田村=旅館の番頭)、山城新伍(須田=東日医師会幹事)、佐藤晟也(毛塚=同)、相
馬剛三(別所=同)、伊達弘(馬島)、滝島孝二(神田)、玉川長太(久米)、畠山麦(平石)、太古八郎
(森山)、亀山達也(奥村)、太宰久雄(春川=緑山女子短期大学英文学教授)などが出演している。
 倉田忠治に扮している南廣と言えば、『点と線』(監督:小林恒夫、東映東京、1958年)で、デビュー間
もない頃、いきなり主演の三原紀一役を演じているが、甘さを含んだ苦み走ったいい男で、印象に強い俳優
のひとりである。得意のドラムを活かして、気のいい男を演じているが、実に爽やかである。とりあえず、
こんな男は数少なくなったと思った。また、まん婆さんに扮している武智豊子は、この人しかできない演技
を披露し、貴重なバイプレーヤーであったことを改めて感じた。「ラーメンだってインスタントなんだから、
芸者もインスタントでいい」といった台詞を吐くが、奇しくも玄人と素人の境界線が曖昧になってきた時代
を表現しているのかもしれない。あのねのねの「赤とんぼの唄」(作詞:清水國明/作曲:原田伸郎/唄:
あのねのね、1973年)や、コインロッカーに赤ん坊が捨てられた事件や、田中角栄のそっくりさんの登場な
ど、十分に時代を感じさせた。三人の高校生芸者も、今ではありえないと思うが、この頃だったらありえた
ような気がする。昭和と平成の明らかな違いと言ってもよいだろう。現在、「基礎倫理学 II」で昭和と平
成の相違を検討しているが、よい材料となった。

                                                 
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