[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
思想系の学問に興味のある人へ
日日是労働セレクト11
家族研究への布石(映像篇03)
日日是労働セレクト24
日日是労働セレクト28
日日是労働セレクト29
日日是労働セレクト1-3
思想系の読書の勧め
日日是労働セレクト69
日日是労働セレクト71
家族研究への布石(映像篇10)
恣意的日本映画年間ベスト1
武藤ゼミとはどんなゼミ?
家族研究への布石(映像篇11)
日日是労働セレクト98
日日是労働セレクト102
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト112
日日是労働セレクト120
日日是労働セレクト121
驢鳴犬吠1609
家族研究への布石(映像篇14)
家族研究への布石(文献篇05)
ATG映画のページ
日日是労働セレクト137
日日是労働セレクト138
花摘みの頁<02>
【新選】平成日本映画百選
驢鳴犬吠1712
日日是労働セレクト144
驢鳴犬吠1801
高知文学学校などのレジュメ集
日日是労働セレクト145
驢鳴犬吠1802
「高知市民の大学」講演レジュメ集
日日是労働セレクト146
驢鳴犬吠1803
驢鳴犬吠1804
日日是労働セレクト147
2018年度版「福島原発事故を考え ...
家族研究への布石(映像篇15)
驢鳴犬吠1805
日日是労働セレクト148
日日是労働セレクト149
驢鳴犬吠1806
日日是労働セレクト150
驢鳴犬吠1807
日日是労働セレクト151
驢鳴犬吠1808
日日是労働セレクト152
驢鳴犬吠1809
2018年度版「男女共同参画社会を ...
驢鳴犬吠1810
日日是労働セレクト153
驢鳴犬吠1811
日日是労働セレクト154
日日是労働セレクト155
驢鳴犬吠1812
日日是労働セレクト149
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第149弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト149」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『敦煌』(監督:佐藤純彌、「敦煌」委員会〔大映=電通=丸紅〕、1988年)を観た。佐藤純
彌監督作品らしい大作で、構想15年、製作費45億円という触れ込みである。一説には、小林正樹監督が1963
年に立てた企画といわれ、そこから数えると四半世紀に及ぶことになる。エキストラ10万人に加え、4万頭
の馬によるロケーションが敢行された由。佐藤監督の作品は、以下に挙げるように14本観ている。いずれも
エンターテインメント大作として成功しており、その点では実力派の監督と言えよう。

  『陸軍残虐物語』、監督:佐藤純彌、東映東京、1963年。
  『最後の特攻隊』、監督:佐藤純彌、東映東京、1970年。
  『ゴルゴ13』、監督:佐藤純弥、東映東京、1973年。
  『新幹線大爆破』、監督:佐藤純彌、東映東京、1975年。
  『君よ憤怒の河を渉れ』、監督:佐藤純彌、永田プロ=大映、1976年。
  『人間の証明』、監督:佐藤純彌、角川春樹事務所、1977年。
  『野性の証明』、監督:佐藤純彌、角川春樹事務所、1978年。
  『人生劇場』、監督:深作欣二/佐藤純彌/中島貞夫、東映、1983年。
  『植村直己物語』、監督:佐藤純彌、電通=毎日放送、1986年。
  『敦煌』、監督:佐藤純彌、映画「敦煌」委員会〔大映=電通=丸紅〕、1988年。
  『おろしや国酔夢譚』、監督:佐藤純彌、大映=電通=東宝、1992年。
  『私を抱いてそしてキスして』、監督:佐藤純彌、東映、1992年。
  『男たちの大和/YAMATO』、監督:佐藤純彌、「男たちの大和/YAMATO」製作委員会(東映=角川春樹
   事務所=テレビ朝日=他)、2005年。
  『桜田門外ノ変』、監督:佐藤純彌、「桜田門外ノ変」製作委員会〔一般社団法人 いばらき映像文化
   振興協会=映画「桜田門外ノ変」製作組合=ユニークブレインズ〕、2010年。

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  戦乱の世、11世紀のシルクロードで、敦煌の文化遺産を守ろうとした青年の活躍を描く。井上靖原
 作の同名小説の映画化で、脚本は『必殺! ブラウン館の怪物たち』の吉田剛と『植村直己物語』の
 佐藤純彌が共同で執筆。監督は同作の佐藤、撮影は『春の鐘』の椎塚彰がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  11世紀の宋。科挙の試験に落ちた趙行徳〔佐藤浩市)は、街で西夏の女(三田佳子)を助けた礼と
 して、西夏への通行証をもらった。西夏の文字に興味をもった趙は西域へと旅立つ。灼熱の砂漠を尉
 遅光(原田大二郎)の隊商とともに歩いていたが、途中で西夏軍漢人部隊の兵士狩りに会い、無理矢
 理入れられてしまう。隊長の朱王礼(西田敏行)は文字の読める趙を重用した。漢人部隊がウイグル
 を攻略した際、趙は美しい王女ツルピア(中川安奈)と知り合い恋におちた。二人は脱走を試みるが
 失敗、趙は西夏の皇太子・李天昊(渡瀬恒彦)の命令で都へ文字の研究に行くことになった。二年後、
 趙が戻ると、李はツルピアと政略結婚しようとしていた。趙も朱にもどうすることもできなかったが、
 婚礼の当日ツルピアは自殺した。ツルピアに思いを寄せていた朱の怒りは爆発し、敦煌府太守・曹延
 恵(田村高廣)を味方につけて李に謀反を起こした。敦煌城内で死闘を繰りひろげる漢人部隊と西夏
 軍本部隊。初めは漢人部隊が優勢だったが敦煌城に火矢が放たれ、朱側は火に包まれた。戦うことよ
 り文化遺産を戦火から守ることに使命を見出していた趙は、教典や書物、美術品などを城内から莫高
 窟へ運び込んだ。それから900年が経ち、莫高窟からこれら文化遺産が発掘され、敦煌は再び世界の注
 目を集めたのだった。

 他に、新藤栄作(段茂貞)、柄本明(呂志敏)、綿引勝彦(西夏の女を趙行徳に売った無頼漢)、蜷川幸
雄(没蔵嗣又)、鈴木瑞穂(野利仁栄)、辻萬長(孫史衝)、伊藤敏八(呉憲)、加藤和夫(絵師)、頭師
孝雄(劉智順)、頭師佳孝(陳玄達)、大滝秀治(ナレーター)などが出演している。
 このような作品は必ずこうなるといった描き方だったが、さすがに砂漠の戦闘シーンは迫力があった。そ
れだけでも一見の価値ありと思った。


 某月某日

 DVDで邦画の『千羽鶴』(監督:増村保造、大映東京、1969年)を観た。川端康成がノーベル文学賞を受賞
した記念に製作された作品だそうである。それにしても、なぜ『千羽鶴』なのだろうか。しかも、1953年に
同じ大映で作成された『千羽鶴』(監督:吉村公三郎、大映京都、1953年)〔筆者、未見〕のリメイクであ  
る。さらに、当初は市川雷蔵が出演するはずのところを、体調を崩して(その後、他界)、平幹二朗が代役
を務めている。なお、増村保造監督の46本目の作品の鑑賞ということになる。彼の作品は全部で57あるので、
鑑賞率は.807となり、ついに八割を超えた。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  ノーベル賞作家川端康成の原作を『強虫女と弱虫男』の新藤兼人が脚色し、『盲獣』の増村保造が
 監督した文芸もの。撮影はコンビの小林節雄。

   〔あらすじ〕

  三谷菊治(平幹二朗)は、鎌倉円覚寺の参道で千羽鶴の風呂敷を抱えた令嬢に仏日庵への道を尋ね
 た。菊治は、生前父がよく通ったというお茶席を見たいと思っていた。栗本ちか子(京マチ子)のお
 茶席には、太田夫人(若尾文子)と文子(梓英子)の母娘も来ていた。父親がこよなく愛した太田夫
 人は、久しぶりに会う菊治に感慨深げだったが、逆に父の愛に満たされなかったちか子は、お見合い
 相手として自分の弟子の稲村ゆき子(南美川洋子)を紹介した。清楚な美しさを待ったゆき子は、菊
 治が最前境内で会った令嬢だった。お茶会の帰途、太田夫人は父親の面影を残す菊治に、心を乱した。
 菊治が帰宅すると、待っていたちか子が持前の強引さで稲村今嬢との結婚を勧めた。しかし、太田夫
 人は菊治を求め、菊治は文子から交際を絶つように懇願されながら太田夫人から離れることが出来な
 かった。父(船越英二)が毎年茶会を開いていた日、ちか子がゆき子を三谷家に招いた。菊治は、乙
 女らしいゆき子と談合するうち、それがちか子の紹介でなければと思った。ちか子が、太田夫人に、
 「二人の結婚の邪魔をしないように」と電話をしたのはそれから間もなくのことだった。しかし、太
 田夫人は、文子の眼を逃れるように、衰弱した体を菊治のもとに運んだ。その夜、太田夫人は、自ら
 生命を絶った。十七日も済んで、文子は母の形見の志野の筒茶碗を菊治に贈った。それからひと月ほ
 どたったある日、ゆき子が結婚した。その夜三谷家を訪れた文子は、母の形見の志野を割って欲しい
 と言いだした。菊治はそれを父の形見の唐津の茶碗と並べ、文子と向いあって坐った。しかし、文子
 の茶筅を持つ手がふるえ、やがて二人は結ばれた。よろめきながら立上った文子は、志野の茶碗を庭
 石に投げつけ、暗闇の中に姿を消した。翌朝文子はいずこかへ旅に出てしまった。その夜、菊治は、
 「文子さんは、死ぬつもりかも知れませんよ」というちか子の言葉をうち消すように、父の形見を庭
 石に叩きつけた。

 他に、新宮信子(菊治の母)、北林谷栄(とよ=三谷家の女中)、三笠すみれ(ゆき子の友人)、武江義
雄(菊治の同僚)、目黒幸子(中年の女)、花布洋(神田の事務員)、増田佳湖(下宿の女の子)、松村若
代(下宿の母親)、原昌一(八歳の菊治)、永野裕紀子(文子の幼女時代)などが出演している。
 川端康成が原作の映画は何本か観ているが、一番通俗的だし、増村保造の作品としても見劣るものであっ
た。大映倒産前の悪あがきだろうか。なお、原作は短篇連作の形式を採っており、順番に、千羽鶴/森の夕
日/絵志野/母の口紅/二重星という題名がついている。原作の小説自体は、内容の過激さを和らげるよう
な描写でしっとりとした味わいがあるが、映画の方は腥く、増村監督独特の美学は影をひそめていた。


 某月某日

 一昨日、講義の中で、「良心の呵責」という言葉を遣った。あるいは、「良心の呵責に苛まれる」という
表現を用いたのかもしれない。そこで、学生に質問してみた。「この良心を英語にするとどんな単語に当る
のか」というものである。最初に当てた学生は、《parents》と発音したようである。聞き取りにくかった
ので、何度も言ってもらって、やっとその学生が「両親」と勘違いしていることに気づいた。もちろん、小
生のほしかった答えは《conscience》である。語源的には、ラテン語の《con-》(共通する)+《scientia》
(知識)に由来する言葉で、「良心」=「人々の間で共通する知識」という等式を学生に見出させたかった
のである。思惑は見事に外れ、学生の一部はこの一連の「悲喜劇」を直ちに理解したと思うが、多くの参加
学生は、何が問題になっているのかさえ分からないような顔を浮かべていた。少々がっかりしたが、どうに
も仕方がない。
 また、ある講義で、「第二次世界大戦後、民族が分断した国にはどんな国があるか」と質問したところ、
辛うじて大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の分断に気づいた学生はいたのだが、ベトナム、ドイツ、大陸
中国と台湾などについては、こちらが答えを用意しても、何のことか分からないといった顔をされた。まさ
に、隔世の感とはこのことである。ベルリンの壁が崩壊したとき(1989年)、世界史の一端に触れていると
いった感慨があったが、30年も経てば風化してしまうようだ。ともあれ、小生と歴史を共有していない学生
に、どうしたらその内実を伝えることができるのか……これは教師としていつも悩まされる課題である。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観た。いずれも増村保造監督の作品で、44本目との45本目の鑑賞ということになる。全57
作品なので、鑑賞率は.789になった。
 1本目は、『濡れた二人』(監督:増村保造、大映東京、1968年)である。若尾文子と北大路欣也という
異色の組合せである。こじんまりとした漁村が舞台なので、『火まつり』(監督:柳町光男、プロダクショ
ン群狼=シネセゾン、1985年)を連想した。両者に共通の要素として、北大路欣也が野性味あふれる海の男
を演じているからでもある。原作は笹沢左保の『喪失の女』である。笹沢左保と言えば、股旅小説の『木枯
し紋次郎』シリーズが有名だが、現代小説にも長じており、題名はすっかり忘れたが、ある雑誌で読んだ読
み切りの現代小説がとても面白かったことを覚えている。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  笹沢左保の原作『喪失の女』を『君が青春のとき』の山田信夫と重森孝子が共同で脚色し、『積木
 の箱』の増村保造が監督した。撮影は同じく『積木の箱』を担当した小林節夫。

   〔あらすじ〕

  野崎哲也(高橋悦史=TV局勤務)と万里子(哲也の妻=雑誌編集者)は、お互の会社勤めに忙しい
 日々を送っていた。そんな毎日に不満を覚える万里子は、毎年夫婦二人だけの旅行を計画して来たが、
 まだ実現したことはなかった。今年もまた哲也が、仕事の都合で旅行の中止を口にする始末だった。
 そんな夫に対する不満は、万里子をひとり旅に駆りたてた。小さな港町に降りたった万里子は、夕陽
 を浴びて行き交う漁船や黙々と働く若者たちの姿を清々しい気分で眺めた。以前、万里子の実家で働
 いていた勝江(町田博子)の一家は、温かく万里子を迎えた。だが、その歓待にもかかわらず、万里
 子は心の寂しさを隠すことが出来なかった。勝江に勧められるまま、万里子は哲也に電話をかけた。
 しかし、哲也の声は仕事の多忙を告げるのみで、万里子の最後の期待ははかなく崩れ去っていた。憤
 然と立ちつくす万里子に、明るい声をかけたのは鵜狩繁男(北大路欣也)だった。その晩、繁男が友
 人の昌夫(平泉征〔成〕)を伴って万里子を訪れた。万里子は繁男の無遠慮な態度に驚いたが、話合
 ううちに彼の素直さに好感を抱くのだった。そこへ哲也から「明日行く」との電報が届いた。繁男は
 いたたまれず万里子に愛を告白し、「哲也は来ない」と断言した。万里子は、うわべではそれを否定
 したものの、繁男の直情的な言動に動かされた。そして哲也との結びつきを翌日の到着に賭けるのだ
 った。翌日、繁男と万里子、昌夫と繁男の婚約者京江(渚まゆみ)の四人は駅に哲也を迎えに行った。
 だが、降りる乗客の中に哲也の姿はなかった。その夜、万里子は哲也に訣別の手紙を書き、翌日繁男
 と小船の上で結ばれた。だが、万里子が戻った時、勝江の家を哲也が訪れていた。万里子はすべてを
 哲也に告白し、それを許した哲也は会社に帰っていった。万里子が、繁男から罵られ、哲也から離縁
 の知らせを受けたのは、その翌日だった。

 他に、小山内淳(勝江の夫=漁師)、早川雄三(岩科水産の社長、繁男の実父、昌夫の親代わり)などが
出演している。万里子は富士見峠(南伊豆)の岩地民宿(数軒ある)の辺りにある勝江の家に泊まるが、民
宿の統一料金は、一泊二食付で880円とあった。渚と若尾の吹き替えヌードシーンが何度か登場するが、あま  
り効果的ではないと思った。増村のエロースはいいが、エロはあらずもがなだからである。
 2本目は、『足にさわった女』(監督:増村保造、大映東京、1960年)である。大女優の京マチ子のコメ
ディエンヌぶりが見どころとなっている作品。澤田撫松の原作『足にさはつた女』の3度目の映画化である。
以下に、その3作品を並べてみよう。

  『足にさはつた女』、監督:阿部豊、日活、1926年〔筆者、未見〕。
  『足にさわった女』、監督:市川崑、東宝、1952年〔筆者、未見〕。
  『足にさわった女』、監督:増村保造、大映東京、1960年。

 先ず、阿部作品のキャストを挙げておこう(ウィキペディアより)。

  岡田時彦:文学青年・松戸夢男
  梅村蓉子:或女・春日井浜子
  島耕二:私立探偵
  谷幹一:昔の許婚者・新田
  滝花久子:その妻

 次に、市川と増村の重要な配役を挙げておこう。

      市川版                     増村版

     刑事:池部良              刑事(北八平太):ハナ肇
      女:越路吹雪              女(塩沢さや):京マチ子
    小説家:山村聰             小説家(五無康祐):船越英二
  小説家の姪:岡田茉莉子              該当者、なし
   女の弟分:伊藤雄之助           女の弟分(野呂走):大辻司郎
    女万引:沢村貞子            女万引(筑前春子):杉村春子
     重役:見明凡太朗          重役(岡田六右衛門):多々良純
     警視:藤原釜足                   警視:見明凡太朗
  大阪の警部:村上冬樹               該当者、なし
  熱海の巡査:加東大介                厚木の巡査:潮万太郎
  掏摸の老婆:三好栄子                   老婆:浦辺粂子
 該当者、なし                      雑誌記者:田宮二郎

 これを見ると、配役が異なっているが、見明凡太朗が両者に出演していることが分かる。リメイクされた
作品には、この手の話題には事欠かないので、それも楽しみの一つである。阿部作品はともかく、市川作品
は一度観てみたいと思った。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  沢田撫松の原作から、『ぼんち』の和田夏十と市川崑が脚本を書き、『からっ風野郎』の増村保造
 が監督した喜劇で、今回は三度目の映画化。撮影は『犯罪6号地』の村井博。

   〔あらすじ〕

  東海道線上り特急列車「つばめ」の中。大阪界隈では、ちょっとした腕ききのスリ専門のデカ・北
 八平太(ハナ肇)は休暇で上京中だ。その隣に彼にぴたりとくっついて腰掛けているのが美人スリの
 塩沢さや(京マチ子)。現行犯じゃなければ八平太には手も足も出ない。食堂車ではお偉い作家の五
 無康祐(船越英二)が、「この世に美人のスリなんていやあしねえ」と怪気焔をあげている。トンネ
 ルの中で停電した。車内は大さわぎ、腹の出た重役タイプの男(多々良純)〔名刺の肩書には、東京
 テレビ顧問、大阪綿布顧問、第七製薬相談役、山八証券株式会社社長とある〕が狙われた。休暇中と
 はいえデカとして黙ってはいられない。盗難品は名刺入れだけだった。さやも腕がにぶったか……。
 八平太は今度やる時は俺につかまるようにやれと説教した。ところが、彼女も可哀相な女だった。戦
 争中、父がスパイ嫌疑を受け厚木村を追い出され、遂には自殺した。天涯孤独な彼女は、お定まりの
 転落コースに落ちたというわけ。そこで稼ぎためた金で厚木に帰り、盛大に父の法事をやろうという
 のが彼女の狙いだった。センチで美人に弱い八平太の、ホロリとしたスキに彼の財布をさやがスった。
 さやは八平太をまいて姐さん株の筑前春子(杉村春子)のドヤに急いだ。ところが、そこで法事の金
 をスられたのに気がついた。列車の中で面倒をみてやった薄汚い婆さん(浦辺粂子)の仕業だ。法事
 の金を作らねばならない。ひっかかったのは何と五無先生だった。彼女の身の上話に同情した先生、
 ポンと七万円を現金で出した。彼女がズラかったのはいうまでもない。厚木は変った。さやは昔の奴
 らを探しに交番へ飛びこんだ。続いて八平太と五無先生が現われた。彼女は先生にアッサリと金を返
 した。先生は彼女を小説のネタにしようとタクラんだ。東海道線下り列車の中。八平太の心境は複雑
 だった。刑務所入りを望んで警視庁でタンカをきった。八平太にいかれたさやは、ジュース缶一つ盗
 んで八平太に御用になった。このまま大阪に着けば八平太がさやの面倒をみるよりしようがない。デ
 カ商売にもおさらばするよりしようがない。どうやら八平太の方がさやにまいったらしい。それにし
 ても、さやの足は素晴らしい。

 他に、大辻伺郎(野呂走=女の弟分)、田宮二郎(花輪次郎=雑誌記者)、見明凡太朗(警視庁の警視 )、
ジェリー藤尾(学生)、谷啓(列車ボーイ)、植木等(からむ乗客)、町田博子(厚化粧の女)、潮万太郎
(厚木の巡査)、春本富士夫(厚木の皇后洋服店店主)、江波杏子(塩沢姓の若い女性)、大川修(愚連隊
風の男)、犬塚弘(熱海駅の駅員)、湊秀一(警視庁の巡査)、杉田康(拳銃を売る男)、小山内淳(拳銃
を買う男A)、井上信彦(同じくB)、守田学(同じくC)、谷謙一(公安官)、高村栄一(黒ソフトの男)、
夏木章(機関手)、楠よし子(厚木の女) 、谷謙一(公安官)、安田伸(トランプ博打の男)、桜井センリ
(同)などが出演している。
 ガード下の貼紙には、「核兵器を日本に持ち込ませるな/総評」とあった。厚木基地のジェット機発着の
騒音は凄まじかった。さやの親戚連中に対する復讐も、「歴史(米軍が駐屯すること)が解決した」という
北刑事の言葉からすると、厚木が昔の面影をすっかり喪失したことこそが、復讐になるのであろう。喜劇仕
立てではあるが、増村流の皮肉が随所で顔を出している作品である。
 ところで、「刑事と女掏摸の恋愛」と言えば、石川達三の小説『転落の詩集』がそんな設定ではなかった
か。高校生の頃読んだのですっかり忘れているが、けっこう面白かった記憶がある。機会があれば、読み返
してみたい。


 某月某日

 DVDで邦画の『雪の喪章』(監督:三隅研次、大映東京、1967年)を観た。三隅監督ということで期待した
が、凡作の域を超えていなかった。配役もどこかちぐはぐだし、肝心の主役である若尾文子や天知茂も、い
つもの冴えが感じられなかった。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容されたし。

   〔解説〕

  水芦光子の原作を、『日本名勝負物語 講道館の鷲』の八往利雄が久々に脚色し、『眠狂四郎無頼
 剣』の三隅研次が監督した文芸もの。撮影は『女の賭場』の小林節雄が担当した。

   〔あらすじ〕

  昭和五年、妙子(若尾文子)は金沢一の老舗、金箔商狭山家に嫁いだ。先代を継いだ夫の国夫(福
 田豊土)は優しく、姑りつ(吉川満子)も美しい妙子が殊のほか気に入りで、妙子の生活は正しく幸
 福そのもののように思えた。だがそうした幸福は、国夫と女中せい(中村玉緒)との関係を知ったそ
 の日から、妙子から去ってしまった。狭山家の“働き手”ではあるけれども、妙子は、夫や姑の意に
 反してでもせいを追い出そうと決心した。しかし、すでにせいが妊娠していたことを知ると、絶望の
 あまり妙子は家出してしまった。雪山で失心していた彼女を救ったのは狭山家の番頭日下群太郎(天
 知茂)であった。彼は秘めていた妙子への慕情を訴えるのだったが、そこへ飛びこんできた国夫を見
 て、逃げ去った。やがて妙子も彦一を出産し、せいの子は京太と名づけられ、こうして彼らの一種奇
 態な生活(妻妾同居)が始まった。数年後の冬、折りからの強風で狭山家は全焼した。戦争激化の事
 情もあり、国夫夫婦は大阪の取引先である東屋を頼って行った。ここで妙子は初めて貧しいながらも
 生甲斐のある生活をした。だが一枚の赤紙が夫を戦地へと奪ってしまった。東屋も閉鎖になり、軍需
 会社で成功を収めていた群太郎が路頭に迷っている妙子を救おうとしたが、妙子はそれを断った。二
 人の心は微妙に揺れたが、そこへ前触れもなく胸を病んだ国夫が帰ってきた。今は金沢の旅館「くす
 もと」の女将になっているせいから手紙がきて、病弱な夫をかかえた妙子は涙をのんで金沢に戻った。
 やがて終戦、ある晩妙子はまたも夫とせいとの不倫の現場を見てしまった。だがせいは過労で倒れ、
 自分の死後旅館は群太郎に譲るつもりだと国夫と妙子に打明け、息を引きとった。一カ月後の雪の日
 に、国夫もせいの後を追うように喀血して死んだ。さらに数年後、狭山家の金箔業を引継いでいた群
 太郎も妙子への実らぬ愛を抱きながら、やはり大雪の降る日にこの世を去っていった。

 他に、北原義郎(桐野三治=妙子の兄)、白井玲子(三治の妻)、深見泰三(東屋=金屏風屋)、浜世津
子(群太郎の妻)、花布辰男(今村)、山川ワタル(彦一)、福原真理子(彦一の恋人)、月丘千秋(仙女=
狭山家先代の妾)、中田勉(建築業者A)、河島尚真(同じくB)、春本泰男(貸席の主人)、三島愛子(そ 
の妻)、笠原玲子(小婢)、横江弘子(狭山家の女中)、日高加月枝(同)、松村若代(同)、山下三千代
(同)、小島美沙(同)、飛田喜佐夫(箔職人)、中原健(同)、井上大吾(同)、志保京助(同)、喜多
大八(同)、森田健二(同)、石田俊介(箔職人)などが出演している。なお、配役に曖昧なところがある
が、原則として<Movie Walker>に従った。
 群太郎が妙子に対して、因縁の金屏風を譲ろうとするシーンがあるが、妙子は戴く理由がないと躱す。そ
の時の群太郎の台詞が光っていた。いわく、「人間、一生のうちには、理由もなく何かしてみたくなること
があります」、と。幾日か過ぎて、金屏風は今や妙子が仕切る旅館「くすもと」に届く。しかし、その帰途、
群太郎は脳溢血で亡くなるのである。金屏風は、いわば間一髪で間に合ったというわけである。運命が翻弄
した四人の供養をするために、ひとり生き残った妙子は、薔薇を筆頭にしてありったけの花を注文する。そ
れは葬式というよりも、結婚式にこそふさわしい花々であった。


 某月某日

 DVDで邦画の『女は抵抗する』(監督:弓削太郎、大映東京、1960年)を観た。『嵐を呼ぶ男』(監督:井  
上梅次、日活、1957年)を思わせる作品である。さらに、当時流行ったロカビリー・ブームを取り込んでい
る。実際、その一翼を担った山下敬二郎や平尾昌章が出演している。ミッキー・カーチスが参加していれば
「ロカビリー三人男」の揃い踏みだったが、残念ながら彼は出演していない。その代り、坂本九やザ・ピー
ナッツが顔を見せている。主役の八代美恵は、おそらく渡辺プロダクションを立ち上げた渡邊美佐がモデル
だろう。1960(昭和35)年と言えば、60年安保の年だが、その点についてはまるで触れられていない。そこ
がいいのだろう。ジャズマンが政治に関わるはずがないからである。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  女プロモーター・渡辺美佐をモデルにしたもので、『あゝ特別攻撃隊』の長谷川公之の脚本を、市
 川崑に師事していた弓削太郎が初めて監督した。撮影は『野火』の小林節雄。

   〔あらすじ〕

  矢代美枝(若尾文子)の父はベテランの興行師だったが、仲間の妨害から手持ちのバンドを横取り
 されプロダクションの崩壊とともに死んだ。美枝にファイトが燃えはじめたのはその時からだ。卒業
 を目前にした女子大生美枝の行動が開始された。人気ジャズ・バンド「グリーンガイズ」のリーダー
 である久慈明(川口浩)を口説いて、人気を二分する「ゴールデンキングス」とのジャズ合戦を企画
 した。美枝は久慈と、そして相手バンドのリーダー佐山宏(片山明彦)をマネージする白崎興行の社
 長白崎(高松英郎)をも口説いてその実現に成功した。空前のヒットだった。勝負は久慈の「グリー
 ンガイズ」が勝った。敗けた白崎は、かつて美枝の父の世話を受けながら父をあざむき死に追いやっ
 た男だった。矢代プロダクションの代表となった美枝は、さらに活躍した。彼女に時折批判と忠告を
 する久慈は、美枝を愛していた。ジャズは、まもなくブームの波から消えていった。美枝はロカビリ
 ーに目をつけた。劇場側ではこの企画を危険視した。美枝はお百度を踏み、ようやく実現した。成功
 だった。ロカビリーは完全に十代を支配した。しかし、そのロカビリー・ブームもマスコミから放り
 出され短命に終ってしまうことを美枝はすでに見抜いていた。次の流行はなんだろう。彼女にもまだ
 つかめないが、いつもたくましい闘志に燃えている。

 他に、宮川和子(藤村由紀子=美枝のシンパ)、大山健二(由紀子の父)、滝田裕介(赤間=ジャズ評論  
家)、北原義郎(向井=中央劇場支配人)、森矢雄二(中山正夫=グリーンガイズのメンバー)、入江洋佑
(三池修一=同)、渡辺鉄弥(木下浩=同)、月田昌也(原良三=同)、山下敬二郎(川島永二郎)〔ただ
し、映画の中では、そのまま「山下敬二郎」と呼ばれていた〕、大川修(小沢淳)、平尾昌章(二谷浩)、
水木麗子(水野英子)、三浦友子(久子)、由利真紀子(久美)、三保まり子(マリ)、江波杏子(光子)、
山川あい子(春代)、立花宮子(事務員)、土方孝哉(愚連隊A)、金沢義彦(同じくB)、黒須光彦(同
じくC )、藤巻公義(キャンプ廻りのバンドマン)、坂本九、ザ・ピーナッツなどが出演している。
 美枝は、「ビジネス・ウーマン」と自称している。ジャズ→マンボ→カリプソ→ロカビリィ→コーラス→
ロカ・バラード→???という流行の移り変わり。ハヤシライス80円、カツ丼100円、親子丼100円、タクシ
ーの初乗り料金80円、米軍キャンプ廻りのバンドマンのギャラが800円、久慈が佐山のために用立てた金額が
5,000円、美枝が偽軍人に騙し取られた金額が50万円……いずれも時代を映していた。中央劇場は日本劇場が
モデルだが、ここで開催された「日劇ウェスタンカーニバル」は、1958年2月から1977年8月まで全57回公演
(実際は56回)された音楽フェスティバルの由(ウィキペディア)。小生は日劇で東京オリンピック(1964
年)の開会式を観ているが、音楽フェスティバルにはたぶん一度も出かけていない。しかし、あの円形劇場は
妙に懐かしいから不思議である。

                                                 
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=5734
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.