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日日是労働セレクト159
日日是労働セレクト147
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第147弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト147」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『白鷺』(監督:衣笠貞之助、大映東京、1958年)を観た。偶然ではあるが、この作品で3
本続けて1958年製作の映画を観たことになる。前2作の『氷壁』や『夜の素顔』は現代でも製作可能だと思
われるが、当該作品はどうだろうか。『雁』(監督:豊田四郎、大映東京、1953年)〔「日日是労働セレク
ト120」、参照〕や『流れる』(監督:成瀬巳喜男、東宝、1956年)〔感想ブログなし〕のような味わい
があり、やはり50年代でなければ製作不可能のような気がする。なお、衣笠貞之助監督の作品は、以下に挙
げるように全部で7本観ている。

  『狂った一頁』、監督:衣笠貞之助、新感覚派映画聯盟、1926年。
  『地獄門』、監督:衣笠貞之助、大映京都、1953年。
  『薔薇いくたびか』、監督:衣笠貞之助、大映、1955年。
  『月形半平太 花の巻 嵐の巻』、監督:衣笠貞之助、大映京都、1956年。
  『鳴門秘帖』、監督:衣笠貞之助、大映京都、1957年。
  『白鷺』、監督:衣笠貞之助、大映東京、1958年。
  『歌行燈』、監督:衣笠貞之助、大映東京、1960年。

 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  新派の舞台でお馴染の泉鏡花原作悲恋物語の映画化。衣笠貞之助と『赤線の灯は消えず』の相良準
 が脚色、『大阪の女』の衣笠貞之助が監督、『共犯者』の渡辺公夫が撮影した。『娘の冒険』の山本
 富士子・野添ひとみ、『おーい中村君』の川崎敬三、『母の旅路』の佐野周二らが出演。

   〔あらすじ〕

  明治も末のある年のこと。浜町河岸の料亭辰巳屋には、差し押さえに立ち廻った債権者たちの声が
 無情に響いていた。その最中、一人娘のお篠(山本富士子)は、自分が幼い時から親しんできた伊達
 白鷹画伯の「春近し」と題する名品を待合・砂子〔いさご〕に預けに出た。こうして白鷹画伯の一幅
 だけは債権者の手から救われた。お篠は「小篠」と替え芸者となった。面倒を見る砂子の女将・おと
 り(賀原夏子)は、小篠にご執心の船成金・五坂熊次郎(佐野周二)に小篠を取りもとうとの算段を
 している。小篠も、嫌な奴とは思っても、大事なお客とあれば、三度に一度は勤めねばならない。だ
 が、白鷹画伯の愛弟子・稲木順一(川崎敬三)の文展入選の祝いで座敷に呼ばれ、ともに「春近し」
 に見入ってから、お篠の心は急速に順一に傾いていった。順一が、苦しんだ酒の介抱のお礼といって
 持参した色紙には、清水にたたずまう一羽の白鷺が描かれてあった。「あなたの印象です」と順一は
 言った。彼の心にも、小篠が宿ったのである。この二人の様子に気づいた五坂は、おとりに矢の催促。
 おとりは、「ご前様からはお前に大変なお金が出てるんだよ」と、小篠に引導を渡した。がっくりと
 うなだれた小篠は、消えいるように五坂のいる洋室へ歩き出した。小篠を待つ順一の部屋の襖がすー
 っと開いた。顔青ざめた小篠が音もなく入って来て、隣の部屋へ。ところが、そこには誰もいなかっ
 た。その頃、小篠は五坂のいる洋室で自分の喉を突いていたのだ。小篠の死出の衣裳となった長襦袢
 には、かつて順一が心をこめて描いた白鷺の図柄が、色も鮮やかに染めぬかれていたという。

 他に、入江洋佑(稲木孝=順一の弟)、清川玉枝(五坂秀子=熊次郎の妻)、信欣三(津川作造=伊達白
鷹ゆかりの人)、見明凡太朗(巽喜平=お篠の父)、小夜福子(巽さい=同じく継母)、武内聖二(巽芳雄=
同じく弟)、小泉朋子(巽お年=同じく妹)、巽弥平(上田吉二郎=喜平の兄、相撲茶屋の主人)、高松英
郎(巽与吉=その息子、お篠の従兄)、野添ひとみ(伊達七重=白鷹の娘)、三宅邦子(伊達類子=同じく
妻)、竹里光子(おこう=待合「砂子」の女中)、町田博子(おむら=同)、橘公子(おいね)、細川ちか
子(いく=待合「水月」の女将)、村田知英子(おえい)、大美輝子(お滝)、白井玲子(おとみ)、角梨
枝子(和歌吉=芸者、小篠の味方)、種井信子(雛子=お篠時代の友人)、清水谷薫(花千代)、南左斗子
(郁子=孝のガール・フレンド)、瀬古佐智子(弥生=同)、水木麗子(久子=同)、中條静夫(松田=辰
巳屋の債権者のひとり)、丸山修(睦屋=同)、南方伸夫(小野=同)、花布辰男(金融業者)、大山健二
(水月の客)、伊東光一(同)、小沢栄太郎(巡査)などが出演している。
 月並な表現もきちんと重ねればしっとりとした味わいを生じさせる、という見本のような作品であった。
ともあれ、山本富士子や角梨枝子の芸者としての佇まいは堂に入っていた。今の若い人には少し無理かもし
れない。蛇足ながら、入江たか子がお篠を演じた『白鷺』(監督:島津保次郎、東宝東京、1941年)という
先行作品があることを記しておこう。


 某月某日

 DVDで、1958年に大映東京で製作された邦画を2本観たので報告しよう。まったく傾向の異なる映画ではあ  
るが、比較的大きな役で(一方は主役)菅原謙二が出演しているところは共通している。どちらも深刻な人
間ドラマであるが、臓腑を抉るような深刻さではない。端的に言えば、ありふれた悲劇である。
 1本目は、『氷壁』(監督:増村保造、大映東京、1958年)である。後の、『妻は告白する』(監督:増  
村保造、大映東京、1961年)〔「日日是労働セレクト22」、参照〕と同工異曲であるという説が存在する
が、それほど似ているとは思えない。だいいち、小生の感想をご覧になれば一目瞭然だが、この『妻は告白  
する』という作品をさほど評価していない。それどころか期待外れだったとも書いてある。言い換えれば、
増村監督の手腕が十分に発揮されるようになるのはもう少し後ということになる。登山に人間の愛憎劇が絡
む作品としては、『黒い画集・ある遭難』(監督:杉江敏男、東京映画、1961年)〔「日日是労働セレクト
102」、参照〕を連想した。人の目が届かない山岳における出来事だけに、とかく下界の人間の憶測を誘
発するが、それだけ人の目(世間)というものが、良きにつけ悪しきにつけ、人間行動の抑止力として働い
ていることが分る。当該作品では、「ナイロン・ザイルが切れたか切れなかったか」が一つの焦点となって
いるが、この点に関してだけは小学生のころから知っていた。誰か(たぶん母親)から聞き知ったのであろ
う。『氷壁』という題名も、『氷点』(監督:山本薩夫、大映東京、1966年)〔「日日是労働セレクト25」、
参照〕と同様、妙に印象的な題名として記憶している。なお、増村保造監督の43本目(全57作品)の鑑賞作
品である(鑑賞率 .754)。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕願いたい。

   〔解説〕

  朝日新聞連載の井上靖の同名小説の映画化。『悲しみは女だけに』の新藤兼人が脚色し、『暖流
 (1957年)』のコンビ増村保造が監督、村井博が撮影した。主演は『春高楼の花の宴』の山本富士
 子、上原謙、『母(1958年)』の菅原謙二、『江戸っ子祭』の野添ひとみ。その他、川崎敬三、山
 茶花究、浦辺粂子などが出演している。色彩は大映カラー。大映ビスタビジョン方式。

   〔あらすじ〕

  魚津恭太(菅原謙二)と小坂乙彦(川崎敬三)は元日の明け方前穂高の北壁にしがみついて吹雪と
 闘っていた。あと10メートルほどで岩場がつきるという時、猛然と谷間から雪が吹き上げ、二人を結
 びつけていたナイロン・ザイルが切れ、小坂の体は転落して行った。どうしてザイルは切れたのか……
 間もなくナイロン・ザイルの衝撃実験が八代教之助(上原謙)の手によって行なわれた。教之助は、
 皮肉にも死んだ小坂が命をかけて慕い、そして過去に一度だけ関係のあった八代美那子〔特報と予告    
 篇では、「美奈子」となっていた〕(山本富士子)の夫だった。実験の結果、ザイルは切れなかった。
 問題になったザイルは魚津が勤めている新東亜商事の兄弟会社の製品であったため、彼の立場はさら
 に苦境へと追いこまれた。ところが、小坂の死が他殺か自殺かと騒然たる世論の中で、終始魚津を理
 解しつづけたのは支社長の常盤大作(山茶花究)だった。魚津は美那子を無責任なスキャンダルの渦
 から救おうとしていたが、今では小坂と同様に美那子を慕う自分を知った。一度断念された小坂の死
 体捜索が再開され、それには小坂の妹かおる(野添ひとみ)も加わった。発見された死体にザイルは
 きちんと結ばれていた。遺体を焼いた翌日の夜、かおるは魚津に結婚してほしいと打ち明けた。兄を
 焼く火の色が彼女を真剣な思いに導いたのだ。愛してはいけない美那子への思慕を清算し、かおると
 結婚しようという意志を固めるため、魚津は飛騨側から前穂の単独登攀を試みた。そして、かおると
 は徳沢小屋で落ち合い一緒に帰京して結婚することを約束した。ガスが濃く流れて視界がよくきかな
 い岩壁を進む魚津の耳に地鳴りのような重苦しい音が重なり合い、次第に轟々たる響きになって追っ
 て来た。徳沢小屋では、明日会える魚津が登りつつある前穂の峰を、かおるが静かに見つめていた。
 その峰の姿は無気味な肌色をみせて妙に明るい空にそそり立っていた。魚津の到着の時刻になっても
 彼は現れなかった。捜索隊が出され、かおるは再び愛する人の遺骨を胸に、故郷へ帰らねばならなか
 った。美那子は駅へ彼女を送った。かおるは冷く澄んだ何かにつかれたような表情をしていた。美那
 子は自分の敗北とでもいうようなものを感じた。かおるの汽車は西へ去り、美那子は居合わせた常盤
 に挨拶をし、駅を出て行った。再び、空虚な家庭へ帰るために。

 他に、浦辺粂子(小坂の母)、伊東光一(小屋番のS)、河原侃二(上条信一)、大山健二(時松専務)、
杉田康(清水=魚津の同僚)、夏木章(宮川=山岳部における魚津の先輩だった新聞記者)、守田学(松枝)、
原田げん〔言遍に玄〕(吉川)、目黒幸子(小母さん)、高村栄一(浜岸の主人)、橘喜久子(恭太の母)、
飛田喜佐夫(新聞記者)、山口健(同)、川島祥二(同)、高田宗彦(テレビの解説者)、藤巻公義〔潤〕
(小坂の同僚)、金田一敦子(八代教之助の秘書)、中條静夫(料理屋のスタッフ)、丸井太郎(新東亜商
事の社員)などが出演している。この作品でも山茶花究は際立っていた。思うに、今ではほとんど絶滅した
真に豪放磊落タイプの男だからである。
 作品の意図を示す予告篇の惹句を以下に記しておこう。

  霧と氷と吹雪の真只中にそそり立つ
      大自然の氷壁と
  人間の孤独な心の中にかくれ立つ
      感情の氷壁

 なかなか洒落ている。「山岳映画詩」を自称するだけのことはあるだろう。山の詩人ロジェ・デュプラの
名前も登場する。また、常盤の弔辞にも、似たような表現があった。これも以下に記そう。

  死が充満している場所へ/自然が人間を拒否している場所へ/技術と意志を武器として/戦いを挑む/
  それはたしかに男の戦いだ!/そうじゃないか。

 ナイロン・ザイルに関しても、登攀時に必要な荷物の確認のところで、さりげなく触れている。それは、
こんな風である。

  1月1日5時半出発。魔法瓶に紅茶を入れ、クラッカー、チーズ、チョコレート、干しブドウ、
 羊羹等の食料品をザックに入れ、ザイル、ハーケン、カラビナ、ハンマー、鐙、フェルトザックも
 点検して入れる。一応、ナイロン・ザイルは、このたび初めて使用。

 若い人ならばピンと来ない言葉としては、「積雪一尺(30センチメートル見当)」とか、「三等寝台(寝
台車の一番料金の安い寝台)」などが登場した。また、最近ではあまり耳にすることもなくなった「雪山賛
歌」も歌われている。小生の子どものころは「山男の唄」などとともに、よく歌われたものである。登山人
口が減っているわけではなく(逆に、山ガールや50-60代の中高年登山者は増えている)、何となく古臭いか
らだろうか。
 2本目は、『夜の素顔』(監督:吉村公三郎、大映東京、1958年)である。三部作というわけではないの
かもしれないが、同じ「夜」の文字がタイトルに入った作品の1本である。念のため、以下にその3本の作
品を示しておこう。

  『夜の河』、監督:吉村公三郎、大映京都、1956年〔「日日是労働セレクト67」、参照〕。
  『夜の蝶』、監督:吉村公三郎、大映東京、1957年〔筆者、未見〕。  
  『夜の素顔』、監督:吉村公三郎、大映東京、1958年。

 『夜の蝶』だけ観ていないので、機会があれば鑑賞したい。この3作品で、京マチ子、山本富士子、若尾
文子らが競演しているので、大映女性映画の粋と言ってよいかもしれない。ともあれ、女性映画の雄である
「松竹」とは一味も二味も違うと思う。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『不敵な男』の新藤義人のオリジナル・シナリオを、『一粒の麦』の吉村公三郎が監督したもので、
 自己の野望のため権謀術数を弄して舞踊界の花形になった一人の女の半生と、それを追い越そうとす
 る若い弟子の葛藤を描いたドラマ。撮影は『一粒の麦』の中川芳久。『赤線の灯は消えず』の京マチ
 子、『一粒の麦』の若尾文子をはじめ、根上淳・菅原謙二・細川ちか子・小野道子・坂東簑助らが出
 演する。

   〔あらすじ〕

  1944年(昭和十九年)、海軍航空隊南方基地。空襲下、軍慰問の踊子・朱実(京マチ子)と、慰問
 係士官・若林中尉(根上淳)はジャングルの奥深い防空壕の中で結ばれた。1947年(昭和二十二年)、
 東京に引揚げて来た朱実は、小村流の家元・小村志乃(細川ちか子)に弟子入りした。やがて六年後、
 朱実は、志乃が歌舞伎俳優の中村十次郎(坂東蓑助)と踊りたいという念願を利用することより、自
 分の飛躍を図った。修善寺温泉で十次郎に逢い、色仕掛けで彼を説きふせた。発表会の結果、志乃が
 老醜、古色蒼然と叩かれたの反し、朱実は新鮮溌溂と絶賛された。朱実は、志乃のパトロン猪倉(柳
 永二郎)を誘惑し、彼の後楯で菊陰流を創立した。舞踊研究所の落成披露に贈られた花輪の一つに眼
 を止めた朱実は、動揺した。若林の名があったのだ。安アパートに彼をたずね、二人は久々の抱擁に
 ひたった。やがて、朱実と若林は結婚した。そして、封建的な家元制度反逆という歌い文句で、師匠
 と弟子の関係を、教師と生徒に置きかえ、月謝制度を公演という手に替えて、全国を公演して歩いた。
 しかし、仕事の成功に比例するように、借金がかさんだ。朱実の家まで、担保入れる始末だった。や
 がて、朱実は日本舞踊家聯盟を結成、彼女の勢力は舞踊界から抜くことのできぬ強固なものになった。
 ところが、朱実の地位を狙うものがあった。内弟子の山本比佐子(若尾文子)である。比佐子は若林
 と結ばれていた。その現場を見られた若林は、朱実の許から去って行った。そして、比佐子と舞踊研
 究所を始める準備を、蔭で進行させていた。朱実は、バレーを盛りこんだ舞踊劇「日本の夜明け」を
 公演することに成功した。その初日、朱実は舞台で突然倒れた。間もなく、楽屋で彼女は息をひきと
 った。比佐子は記者たちに、「わたくしが立派に跡を継いで参ります」と昂然と言い放った。

 他に、菅原謙二(雨宮=医師、朱実が芸者をしていた頃付き合いのあった男)、小川虎之助(高梨=高利
貸し)、船越英二(成瀬=作曲家)、浪花千栄子(絹江=朱実の育ての親、幼いころから散々朱実を食い物
にしている箸にも棒にもかからない女。もっとも、こういった女になってしまうのも、あながち本人だけの
責任ではないような気がする)、小野道子(くに枝=志乃の忠実な弟子)、岸正子〔仁木多鶴子になってい
る資料もあるが、岸正子が正しい〕(筆子=朱実の忠実な弟子)、町田博子(ゆき=菊陰家の女中)、滝花
久子(昔は京都で鳴らしたこともある山口の門づけの女)、伊東光一(記者A)、杉田康(記者B)、早川
雄三(別の記者)、尾上栄五郎(家元)、石井竜一(三郎=朱実のお抱え運転手)、星ひかる(山口の旅館
の番頭)、穂高のり子(成瀬の妻A)、八潮悠子(成瀬の妻B)、南左斗子(パン助)、市田ひろみ(同)、
立花宮子(朱実の弟子)、清水谷薫(同)、如月敏子(同)、明石百合子(同)、奈良ひろみ(同)、原真
理子(同)、木村るり子(同)、見明凡太朗(ハイヤーの運転手)、中條静夫(南方航空隊の隊長)、夏木
章(カメラマン)、飛田喜佐夫(同)などが出演している。日本舞踊の世界を詳しく知っているわけではな
いが、日本舞踊とその批判者というと、花柳幻舟のことが思い出される。もっとも、当該映画の主人公とは
だいぶ生き方が違うが……。いずれにせよ、少しスリラー色が加えられているので、この映画の鑑賞者の中
には改めて「女は怖い」と思った人も多いだろう。ただし、12歳から春を鬻ぐように強要されれば、どうし
たって朱実のようになってしまうのではないか。臨終に際して己の生い立ちを語る朱実の姿に、誰であれ口
出しなどできないのではないだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は明るいコメディ。2本目は、トラジディではあるが、どこか
救いのある作品である。
 1本目は、『閉店時間』(監督:井上梅次、大映、1962年)である。隠れた傑作があるとすれば、この作  
品こそがその候補にふさわしいと思った。内容、台詞回し、テンポ、リアリティ、演技、バランス、メッセ
ージ性、ナチュラル感など、すべてが計算され尽くされており、脚色したのが白坂依志夫と知って、道理で
と思った。この人は、とくに『野獣死すべし』(監督:須川栄三、東宝、1959年)〔「日日是労働セレクト
112」、参照〕の脚色で注目した人である。もちろん、監督の井上梅次の手腕も素晴らしい。ほとんど瑕
瑾のない作品に仕上がっている。彼は日活の監督というイメージが強いが、1960年にフリーになってからは、
東映、松竹、大映、東宝(宝塚映画)でメガホンを取っている。元々新東宝の監督でデビューしているので、
大手六社の映画会社を総なめにしたことになる。ただし、題名はいただけない。地味すぎるからである。し
かし、「それでは何にするか」と問われても直ぐには思い浮かばない。したがって、このさりげないタイト
ルでも構わないのだろう。ここにも、ヴェテランの巧みな技があるのかもしれないからである。
 今回も若尾文子が主演している。その他、野添ひとみ、江波杏子が出演しているので、当時の大映の若手
女優陣が揃っていることになる。プログラムピクチャーではあるが、当時のデパート売場の様子が克明に描
かれている。もちろん、細部において現代とは異なるが、むしろ現代を先取りしている点で、増村保造の作
品と言われたとしても、たぶん疑わないだろう。むしろ、大袈裟な表現を極力抑えたところに、増村以上の
巨匠の味があると思った。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  読売新聞に連載された、有吉佐和子の原作から『うるさい妹たち』の白坂依志夫が脚色、『黒蜥蜴
 (1962年)』の井上梅次が監督したBG(現代のOL)もの。撮影もコンビの中川芳久。

   〔あらすじ〕

  松野紀美子(若尾文子)、藤田節子(野添ひとみ)、牧サユリ(江波杏子)の三人は、同じ高校か
 ら東京の丸高デパート(高島屋がモデル)へ入社した仲良しだ。紀美子は呉服売場、節子は食料品売
 場、サユリはエレベーター・ガールと三人とも職場は違うが、短かい休憩時間を利用してはお互の悩
 みを話し合うのだった。真面目だが勝気な紀美子は、「女性は男性と対等でなければならない」と信
 じている。だから新入社員の生方誠(川口浩)が、ことごとに女性を軽蔑したそぶりを見せるのが我
 慢できない。紀美子は何かと生方に対立するが、いつしか恋に発展して行った。一方、節子はいたっ
 て家庭的な女の子、生活の充実を漠然と求めて働いているうちに、出入りの食品会社「大友屋」の出
 張社員である竹井安雄(竹村洋介)と知り合うようになった。今時珍らしいほど堅実な青年である竹
 井を節子はだんだん好きになった。だが、食品売場の中山主任(村上不二夫)は、この二人の仲を良
 く思わなかった。問屋の店員とデパートの売子が交際するのはいけないというのだ。何かにつけ竹井
 に言いがかりをつける主任をみると、節子は憤りを感じないわけにはいかなかった。エレベーター係
 のサユリは恋愛を自由に楽しむ主義、閉店時間になると派手な化粧をして夜の街へとび出すのだ。そ
 のうち彼女は宣伝部の畠英也(川崎敬三)と知り合った。妻子のいる彼と恋を楽しむサユリ、だが、
 そんな彼女でもふっと淋しくなることがあった。やがて畠は彼女に内証で姿を消した。派手好きなサ
 ユリはもうデパートに嫌気が差し、とうとうバーに鞍替えしてしまった。節子は主任にいじめられな
 がらも、竹井をかばい、二人の健康な家庭を築こうと未来に夢を馳せるのだった。また、紀美子と生
 方は喧嘩しながらも相手の良さを知るようになり、売場主任の森川課長(潮万太郎)の仲人で結婚す
 ることになった。慌ただしい閉店時間、彼女たちはそれぞれの生活へと解放されて散っていくのだ。

 他に、大木実(鶴岡=声優、紀美子が通うテープ・ライブラリーの先生)、渋沢詩子(稲子)、紺野ユカ
(久江)、田中三津子(良子)、宇野良子(元子)、花井弘子(和子)、中条静夫(荒木)、石井竜一(富
沢)、結城千里(恵子)、夏木章(新津)、長谷川峰子(三谷友子=「大友屋」の出張社員)、八潮悠子
(美千代)、若松和子(バー「とと」のマダム)、三浦友子(奈美)、川畑愛光(小原 )、松本幹二(ケイ
坊)、吉葉司郎(サユリのボーイフレンドA)、山中雄司(同じくB)、日高加月枝(加藤)、星ひかる
(デパートの保安係)、早川雄三(中年のクレイマー)、新宮信子(和服の女)、岡崎夏子(社員食堂のお
ばさん)、花野富夫(テープ・ライブラリーの青年)、藤野千佳子(同じく少女)、目黒幸子(メガネの婦
人客)、三島愛子(婦人客)、土方孝哉(エレベーターの若者)、横山明(若者A)、丸井太郎(同じくB)、
伊達正(お上りさん老夫婦)、橘喜久子(同)、白井玲子(女店員A)、一条淳子(同じくB)、楠よし子
(婦人客A)、藍三千子(同B)、竹里光子(同C)、有島圭子(同D)、赤沢未知子(客A)、本田有樹
子(同じくB)、佐藤八郎(同じくC)、松村若代(同じくD)、谷謙一(薬剤師)、萱みゆき(書籍売場
の子)、小山内淳(キッチンのコック)、三角八郎(酒屋の店員)、大川修(リョウ=サユリのBF)など
が出演している。
 この作品でも、今では死語となったBG(ビジネス・ガール)やアベック(仏語。カップルと同義)とい
う言葉が登場する。タクシーの初乗り料金は70円である。面白いのは節子の台詞で、「あなた(紀美子)の
売り場では7万円の訪問着、わたし(節子)の売り場では7円のコロッケ」というのがあった。サユリが美
容パックをするシーンや、すっぴんから厚化粧に至る過程を入念にトレースするシーンもあって、それも興
味深かった。「女性は暇つぶしか小遣い稼ぎで働きに来ている」という認識も、一部の女性には当然の感覚
だった気配がある。だから、紀美子の「男性と女性はどこまでも対等であるべきだし、何でも共同しなけれ
ばならない」という考えは、この当時としてはだいぶ進歩的だったと言えるだろう。したがって、「古いし
きたりや身分の上下は撤廃すべきである」という紀美子の主張は当然の帰結だったし、それに生方も共鳴す
るのである。
 デパート特有の符丁も面白かった。小生は高校生の頃(45年ほど前か)デパートならぬスーパーマーケッ
トでアルバイトをしたことがあるが、レジ打ちやサッカー(ビニール袋に商品を入れる係。今ではほとんど
の店で存在しない)の仕事を主に担当した。店員同士の間では符丁があり、たとえば、トイレが五番、万引
注意が三番という風に、お客さんには分からないようになっていた。この丸高デパートでも独特の符丁があ
り、お客様は五八(五八「四十」で、「始終〔来て下さるように〕」に通じるから)、ご飯は八八(「米」
という字を分解すると八十八になるから)、おトイレは四四(「シーシー」になるから)などがあった。ち
なみに、小生が関東にいたころは、トイレは「ちょっと横浜」というのがあった。横浜の市外局番が「045」
なので、「おしっこ」と読めるからである。その他にも、「録音」(音入れ=おトイレ)というのもあった
し、「執行猶予」(シッコー猶予)なんてのもあった。山では、男子は「雉撃ち」、女子は「花摘み」など
という洒落た表現もある。要するに、言葉遊びであるが、こころの余裕にもつながるので、小生は全面的に
肯定している。
 2本目は、『美わしき歳月』(監督:小林正樹、松竹、1955年)である。生真面目な映画で少し肩が凝る
が、昭和30年前後の時代をよく伝えている映画だと思う。ただし、予定調和的すぎて、物足りない。とくに
最後のシーンはまったく予想していなかっただけに、拍子抜けだった。きっと、小生としては、不幸な結末
を望んでいたからだろう。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『荒城の月(1954年)』の松山善三の脚本を、『この広い空のどこかに』の小林正樹が監督し、
 『路傍の石(1955年)』の森田俊保が撮影する。出演者は『息子の縁談』の久我美子、『おとこ大学
 新婚教室』の佐田啓二、『おふくろ(1955年)』の木村功、『亡命記』の小林トシ子、『姉妹(1955
 年)』の野添ひとみの他、織本順吉、田村秋子、小沢栄、佐竹明夫などである。

   〔あらすじ〕

  時岡桜子(久我美子)は祖母(田村秋子)と東京田村町に花屋「千草」を経営している。亡兄の友
 人で医者の今西四郎(木村功)、キャバレーの太鼓叩き仲尾(佐田啓二)、鉛工場で働く袴田(織本
 順吉)らは折々訪れ、今西と桜子は相愛の仲である。ある日、祖母は交通事故に巻き込まれ、老紳士
 (小沢栄〔栄太郎〕)の親切で今西の病院に送られた。仲尾はアプレ振って強がっているが根は淋し
 がりやで、幼友達由美子(小林トシ子)を自分のキャバレーに勤めさせ、彼女の子どもや病気の母の
 面倒を見ていた。交通禍が縁で老紳士と祖母の交際が始まり、度々店を訪れるうちに桜子を次男悠二
 (佐竹明夫)の嫁にと言い始めた。悠二とドライブに出た日、桜子は今西が由美子と一緒にいるのを
 見かけ、その上今西が秋田の伝染病研究所に転勤と決まり、一人で行くというのを桜子は由美子のた
 めにだと思ってしまった。一方、袴田は工場主任の佐藤(須賀不二夫)と喧嘩し傷を負わせ、警察に
 連行された。秘かに彼を慕う今西の妹紀久子(野添ひとみ)は彼の身を心配した。仲尾は今西が由美
 子の母を診察に行ったことで桜子に誤解されたことを知り、桜子の気持を和げようと務めた。また、
 今西は由美子が仲尾を愛していることを確めた。今西の出発の日、仲尾の尽力で警察を出た袴田は、
 紀久子らと彼を駅に見送った。桜子は今西の勤務先を見に一緒に行くことになり、二人を乗せた汽車
 を陸橋の上から仲尾、由美子、その子どもの三人が見送っていた。

 他に、東野英治郎(四郎、紀久子の父)、沢村貞子(同じく母)、石黒達也(志垣悠輔=老紳士の長男)、
山形勲(病院長)、J.C.Heard(ドラマー)などが出演している。佐田啓二が、『君の名は』の「真知子巻
き」をからかった唄を歌うシーンが面白かった。まさに、自分が主演した作品を愚弄しているからである。
おそらく、それによって、仲尾の屈折した精神を表現したかったのだろう。「桜子」という名前から、話題
が煙草に飛び火するシーンがあった。戦前に存在した高級煙草(戦後も別の銘柄としてこの名前の煙草があ
った)の「チェリー」である。英語は敵性語ということで、「櫻」に改称された煙草である。この煙草の値
段が12銭のとき、「ゴールデンバット(金鵄)」は7銭、「光」が10銭だった由。舗道が赤レンガで敷き詰
められたとき、わざわざ歩きに行ったという台詞もあった。どこか外国に来たみたいで、雨の日がとくにき
れいだそうである。この辺りの感性は何となく分かる。キャバレーの様子も、クリスマス事情も、何やら古
めかしい。しかし、紛れもなく、小生が生れた60年前の日本がここにはあると思った。
 なお、時岡、志垣、四郎などは、音から聞き取った名前なので、表記は小生の当て推量であることをお断
りしておく。


 某月某日

 DVDで若尾文子主演の大映映画を3本観たので報告しよう。彼女が演じた女性はいずれもタイプが異なり、
いわば「三変化(さんへんげ)」(以前、松山容子主演のTV時代劇『琴姫七変化(ことひめひちへんげ)』
という番組があったが、それを思い出した)を愉しむことができたというわけ。これも以前の話だが、高峰
秀子が、『二十四の瞳』(監督:木下恵介、松竹大船、1954年)と『浮雲』(監督:成瀬巳喜男、東宝、
1955年)で、まったくタイプの異なる女性を短期間の間に演じ分けたことに驚嘆したことがあるが、女優と
してたくさんの顔を持つことは誇っていいことだと思う。ただし、若尾文子の場合は、1955年から1964年の
十年間(22歳から31歳)の間の変化なので、年齢も重ねているし、それほど大変なことではないのかもしれ
ないが……。
 1本目は、『薔薇いくたびか』(監督:衣笠貞之助、大映、1955年)である。ずいぶん間延びした映画で、
時間の流れが非常にゆっくりしている。もっとも、それが不快というわけではなく、むしろアナクロニズム
を愉しむことができる作品である。東京藝術大学の音楽学部が登場するので、少し懐かしかった。というの
も、小生が通った都立上野高校は芸大の隣にあり、しかも、ときどき音楽学部の学食に潜り込んで、ランチ
を戴いていたからである。上高生には默許されていたのだが(一応、守衛さんには挨拶する)、それは美術
学部も同様で、こちらの方にも何度かご厄介になった。音楽学部はフォーマル、美術学部はエクストラオー
ディナリーといった感じで、実に対照的だったことを覚えている。ただし、音楽学部のランチは当時の高校
生には高額で(A、Bとグレードがあり、200円近くだった気がする)、その代わり頗る美味しかった。
 余談はこれくらいにして、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者
に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  小山いと子の原作を『次男坊判官』の衣笠貞之助と相良準が共同で脚色し、『川のある下町の話』
 の衣笠貞之助が監督にあたる。撮影は『火の驀走』の渡辺公夫。出演者は『月に飛ぶ雁』の若尾文子、
 『暁の合唱(1955年)』の根上淳、『お嬢さん先生』の南田洋子、『麝香屋敷』の長谷川一夫、『楊
 貴妃』の京マチ子、『火の驀走』の山本富士子、『幸福を配達する娘』の菅原謙二、船越英二の他に、
 市川雷蔵、勝新太郎(学生服姿)、林成年、村田知英子、市川和子、矢島ひろ子、三益愛子などのオ
 ールスター出演である。

   〔あらすじ〕

  松島真一郎〔予告篇のクレジットでも「真一郎」になっているが、劇中では「真一」としか発音さ
 れない〕(根上淳)は芸大の音楽部を受験する妹光子(南田洋子)の送り迎えをするうちに、妹と受
 験番号を互に呼び合う美しい女性を知った。光子は合格したが、その一一七番の女性は落ち二度と顔
 を見せなかった。その女性桐生弓子(若尾文子)は東京に近い農村に育ち、野々宮幸子(京マチ子)
 に師事してピアノを習っていた。数日間の知り合いとは云え、真一郎の面影は鮮明に弓子の胸に焼つ
 いた。同じ村の財産家市岡鶴夫(船越英二)に望まれ弓子は嫁ぐこととなったが、結婚の約束だけで
 嫁に行き先方の気に入らねば追い返される風習「足入れ」をしなければならないのである。弓子は上
 京し友人沢田道代(山本富士子)と共に芸大へ光子を訪ねたが、彼女の授業は休講で逢えず、また名
 を知る術もなかった。一方真一郎にも舞踊家山村御風(長谷川一夫)の妹富子(矢島ひろ子)との縁
 談があり、御風は妹のことを真一郎に頼むと弟子素風(市川雷蔵)を連れて欧洲へ旅立った。真一郎
 は弓子が忘れられず彼を愛している富子は悲しんだ。真一郎の親友芹沢五郎(菅原謙二)は真一郎の
 恋を知ると、すべてを忘れるために東南アジアへ出張するように勧めた。出発前、真一郎は新聞に一
 一七番の行方を訪ねる広告を出したが、そのために弓子は結婚二日で追い返されねばならなくなった。
 初めてすべてを知った母よし江(三益愛子)は、弓子に心からわびた。そして時はたち、真一郎と弓
 子はついに結ばれた。

 他に、小澤榮〔小沢栄太郎〕(松島辰郎=真一郎の父、松島時計の社長)、村瀬幸子(松島順子=同じく  
母)、見明凡太朗(桐生敬之助=弓子の父)、入江洋佑(桐生敬治=同じく弟)、宮島健一(桐生茂吉爺)、
村田知英子〔知栄子〕(市岡高子=鶴夫の母)、林成年(市岡松夫=同じく弟)、市川和子(市岡福子=同
じく妹)、北原義郎(福井譲=光子の夫になる人)、勝新太郎(高倉明=光子の芸大合格祝いに駆け付けた
大学生)、伏見和子(渡辺澄子=芹沢と一時期付き合った女性)、高松英郎(柳定夫=松島時計の技師)、
早川雄三(芸大の試験会場の係員)、杉田康(大学堂のボーイ)、品川隆二(福井譲の友人)などが出演し
ている。
 真一郎は「純潔を結婚の最大の条件」と看做して、「足入れ」の過去を持つ弓子を一時遠ざけたが、野々
宮先生の「貞操はこころの問題である」という言葉に動かされて、弓子を受け容れている。現代の若者がど
う感じるかは分からないが、そういう時代もあったということは忘れてはならないと思う。弓子や真一郎の
苦悩は、いくぶんかの時を経て別の境地にアウフヘーベンさせるものだったのである。その他、バイロンの
詩「人もし耳を持ちなば、もの皆音楽たらん」が出てきたり、ヘリコプターでビラ撒きをしたり、新聞広告
の「一一七番に告ぐ/至急/渋谷三二九一番に電話されたし/一一九番 兄」が物語の分岐点になったり、
電話に交換手を通した「特急」があったり、にわかには判然としないシーンが沢山あった。小生のように古
いしきたりをある程度知っている世代でさえ戸惑うのだから、若い人にはピンと来ないことの連続ではない
だろうか。
 2本目は、『温泉女医』(監督:木村恵吾、大映東京、1964年)である。本作での若尾文子は、『薔薇い
くたびか』の弓子とは打って変わって、ドライでクレバーな女性を演じている。題名からして気楽なコメデ
ィであることは予想できたが、意外にも面白かった。主演のひとりである丸井太郎は後に自殺しているので
(一説には、五社協定の犠牲になったとされている)、映画界の浮沈の厳しさを感じながら観た。下手に売
れるよりも、息の長い脇役を務めた方がよかったのかもしれない。
 さて、これも物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『瘋癲老人日記』の木村恵吾と、『夜の配当』の田口耕三が共同でオリジナル・シナリオを執筆、
 『瘋癲老人日記』の木村恵吾が監督した喜劇。撮影は『温泉巡査』の宗川信夫。

   〔あらすじ〕

  伊豆のとある温泉町。一名「子宝温泉」と呼ばれるこの町は、医者といえば高血圧の老人薮内大作
 (菅井一郎)ただ一人。息子の昌彦(丸井太郎)は医大を卒業しながら目下勘当中という変り者。代
 診を依頼した薮内医院に現われたのは、美貌の女医塩月イサオ(若尾文子)だった。てきぱきしたイ
 サオの診察ぶりは次第に人気を呼び、押すな押すなの大繁昌となった。ある日、イサオは芸者の豆福
 (三原葉子)から紹介されて半玉吉弥(姿美千子)を知った。本当は看護婦さんになりたいという吉
 弥に、イサオは妹のような愛情を感じた。一方郊外の養蜂園で蜂蜜エキスの研究に余念のない昌彦は、
 友人のホテル「宝来」の若旦那淳吉(山下洵一郎)に、吉弥への慕情を告白された。気の弱い彼は、
 恋の橋渡しを頼んだ。一計を案じた昌彦は、お座敷に吉弥を呼び人物テストを試みたが、丁度その時、
 独身の空しさを感じたイサオが吉弥を座敷によんだので、その様子を覗いた昌彦と淳吉は見つかって
 散々お灸をすえられた。しかし、この日からイサオの心に昌彦は面影を残した。やがてイサオが東京
 に帰ることになった日、イサオは吉弥を落藉し、看護婦学校へ入れるよう手続した。その祝いとイサ
 オの送別会の夜、昌彦は彼女に求愛した。昌彦の勘当も解け、結婚式を挙げたイサオ、昌彦は、子宝
 温泉おしどり医者第一号となって、スタートした。

 他に、飯田蝶子(おたみ=薮内家に古くから使える婆や)、渋沢詩子(大村=薮内医院の看護婦)、中村
鴈治郎(多平=旅館「松の井」の主人)、宮川和子(松子=多平の若い妻)、春本富士夫(旅館「菊水」の
番頭)、柳家金語楼(岡村源吉=魚源の大将)、飛田喜佐夫(同じく従業員)、ミヤコ蝶々(犬を連れた面
倒な客)、林家三平(花嫁が湯あたりした花婿)、弓恵子(麻雀の女)、大川修(同じく麻雀仲間)、穂高
のり子(自殺未遂の妻)、南都雄二(その夫)、大山健二(旅館「松の井」の客)、響令子(その妻)、早
川雄三(バスの運転手)などが出演している。菅井一郎と飯田蝶子、および、菅井一郎と中村鴈治郎との遣
り取りは、まさに芸術の域に達している。いい役者とはこういう人たちを言うのである。
 3本目は、『安珍と清姫』(監督:島耕二、大映、1960年)である。これで、若尾文子が出演している小
生鑑賞済みの映画が3本追加ということになった。ここで、以下に、小生が今までに観た彼女が出演してい
る映画をピック・アップしてみよう。

  『死の街を脱れて』、監督:小石榮一、大映、1952年。
  『祇園囃子』、監督:溝口健二、大映京都、1953年。
  『勝敗』、監督:佐伯幸三、大映東京、1954年。
  『薔薇いくたびか』、監督:衣笠貞之助、大映、1955年。
  『赤線地帯』、監督:溝口健二、大映京都、1956年。
  『処刑の部屋』、監督:市川崑、大映東京、1956年。
  『日本橋』、監督:市川崑、大映京都、1956年。
  『青空娘』、監督:増村保造、大映東京、1957年。
  『一粒の麦』、監督:吉村公三郎、大映東京、1958年。
  『最高殊勲夫人』、監督:増村保造、大映東京、1959年。
  『氾濫』、監督:増村保造、大映東京、1959年。
  『次郎長富士』、監督:森一生、大映京都、1959年。
  『美貌に罪あり』、監督:増村保造、大映東京、1959年。
  『浮草』、監督:小津安二郎、大映東京、1959年。
  『女経(じょきょう)』、監督:増村保造/市川崑/吉村公三郎、大映、1960年。
  『からっ風野郎』、監督:増村保造、大映東京、1960年。
  『ぼんち』、監督:市川崑、大映京都、1960年。
  『安珍と清姫』、監督:島耕二、大映、1960年。
  『好色一代男』、監督:増村保造、大映京都、1961年。
  『女の勲章』、監督:吉村公三郎、大映東京、1961年。
  『女は二度生まれる』、監督:川島雄三、大映東京、1961年。
  『新源氏物語』、監督:森一生、大映、1961年。
  『妻は告白する』、監督:増村保造、大映東京、1961年。
  『雁の寺』、監督:川島雄三、大映京都、1962年。
  『爛』、監督:増村保造、大映東京、1962年。
  『しとやかな獣(けだもの)』、監督:川島雄三、大映東京、1962年。
  『雪之丞変化』、監督:市川崑、大映京都、1963年。
  『女系家族』、監督:三隅研次、大映、1963年。
  『越前竹人形』、監督:吉村公三郎、大映京都、1963年。
  『温泉女医』、監督:木村恵吾、大映東京、1964年。
  『女の小箱・より 夫が見た』、監督:増村保造、大映東京、1964年。
  『獣(けだもの)の戯れ』、監督:富本壮吉、大映、1964年。
  『卍』、監督:増村保造、大映東京、1964年。
  『清作の妻』、監督:増村保造、大映東京、1965年。
  『刺青(いれずみ)』、監督:増村保造、大映京都、1966年。
  『氷点』、監督:山本薩夫、大映東京、1966年。
  『赤い天使』、監督:増村保造、大映東京、1966年。
  『妻二人』、監督:増村保造、大映東京、1967年。
  『砂糖菓子が壊れるとき』、監督:今井正、大映、1967年。
  『華岡青洲の妻』、監督:増村保造、大映京都、1967年。
  『積木の箱』、監督:増村保造、大映東京、1968年。
  『不信のとき』、監督:今井正、大映東京、1968年。
  『座頭市と用心棒』、監督:岡本喜八、大映京都=勝プロダクション、1970年。
  『男はつらいよ・純情篇』、監督、山田洋次、松竹、1971年。
  『ある映画監督の生涯 ──溝口健二の記録』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1975年。

 以上である。現在のところ、若尾文子の映画出演作品は159本あるが、そのうち45本が鑑賞済みということ
になる(鑑賞率 .283)。これから先も幾本かは観る予定なので、約3割が最終目標だろう。1952年のデビュ
ー時からほぼ毎年1本は欠かさず観ているので(1969年で途切れるが、その年の『千羽鶴』は観る予定なの
で、1971年まで継続する。その後、1975年、1987年、2005年に1本ずつ出演している)、彼女の映画人生を
ほぼトレースすることになるだろう。ところで、彼女が出演している映画を初めて観たのはどの作品だった
のだろうか。子どものころから「きれいな女優さん」というイメージあるので、TVドラマが初見かもしれ
ない。というのも、彼女が出演している映画は成人向きのものが多く、子どもには縁が薄いと思われるから
である。もっとも、1953年の『十代の性典』シリーズ(3本あるらしい)は子どものころからその存在を知
っていた。たぶん、母親が何かの折に誰かとこのシリーズを話題にし、それを小耳に挟んだのではないかと
思われる。子どもながら「何か、怪しい」と感じた記憶がある。子どものころに認知したきれいな女優さん
というと、若尾文子の他にも、香川京子、津島恵子、入江若葉、浅丘ルリ子、香山美子、山本富士子、岸恵
子、佐久間良子、岩下志麻、山本陽子、小山明子、新珠三千代、安田道代(大楠道代)、星由里子、酒井和
歌子などが印象に残っており、なぜか吉永小百合、松原智恵子、和泉雅子の日活三人娘にはあまり感じるも
のがなかった。その後、日活でデビューした梶芽衣子を熱烈に支持することになるが……。もちろん、他に
も魅力的な女優さんは星の数ほどいるので、ここで挙げた名前はたまたまである。さて、若尾文子であるが、
やはり群を抜いて色っぽい女優さんで、熱烈に支持しているわけではないが、大映との相性を考えると、本
物の「女優」と呼べる数少ない人ではないだろうか。
 だいぶ脱線したので、この辺りで、当該作品の感想を記しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『はったり二挺拳銃』の小国英雄の脚本を、『男は騙される』の島耕二が監督した、紀州道成寺に
 まつわる伝説からの悲恋物語。撮影も『男は騙される』の小原譲治。

   〔あらすじ〕

  清姫(若尾文子)は紀州真砂の里の庄司清継(見明凡太朗〔クレジットでは、凡太郎〕)の娘であ
 る。関屋の長者友綱(片山明彦)は清姫に縁組みを申出ていたが、彼女は見向きもしなかった。一日、
 狩に出た清姫は手許狂い、旅の僧安珍(市川雷蔵)を傷つけた。清姫は介抱した。清姫はおのれの美
 貌に目もくれず避けるようにする安珍にいらだたしさを感じた。火祭りの夜、傷もいえた安珍は雑踏
 をさまよう。その後を清姫がつけていた。やがて、安珍は山間の出湯に傷口をひたし、経文を唱えた。
 と、裸身の清姫が近づいてきたのだ。彼女は恋心を訴える。安珍は苦悶した。とみると、清姫は狂気
 のごとく哄笑し、湯気の中に姿を消した。……安珍は道城寺で修業にはげんだ。彼の心をもてあそん
 だ清姫は後悔にさいなまれていた。友綱が、真砂の里へ水を引くことを条件に、縁組みを強引に清継
 へ迫った。里の庄司としての清継の弱点をついたのだ。安珍の消息を聞いた清姫はじっとしていられ
 なかった。瀑布で無心に経文を誦する安珍にしがみついた。過ちを詑びた。抱擁する二人の背後には
 虹が美しい弧を画いていた。……清姫は友綱との縁組みを承諾したという清継の言葉を冷くはねかえ
 した。安珍は真砂の里の近くに来ていた。しかし、村のため清姫に会わないでほしいという庄司の館
 の下僕の言葉に、安珍はやむなく道成寺へひき返した。清継は、友綱への申開きのため自らの命を絶
 つ決心をした。苦しい息の下から、安珍と添いとげるように清姫に言い残して死んだ。下僕から安珍
 のことを聞いた彼女は、安珍の後を追った。清姫の姿を見た安珍は、一瞬ためらったが逃げるように
 駈け出した。日高川の舟着場にたどりついた安珍は、舟を急ぎ漕いだ。清姫がやってきたときには、
 舟はない。清姫は日高川に身を投げた。本堂で倒れていた安珍は夢を見た。清姫の体が大蛇と化し、
 梵鐘の中に身をかくしたおのが身をその炎で焼きつくすという夢を。安珍は清姫の亡骸を見つけた。

 他に、浦路洋子(桜姫=左大臣藤原忠平の息女)、小堀阿吉雄(道覚=安珍とともに修行中の僧)、毛利
郁子(早苗=道覚と駆け落ちする娘)、荒木忍(増全=雲水)、南部彰三(義円=道成寺の管主)、花布辰
男(佐助=清継の腹心)、毛利菊枝(渚=清姫の婆や)、石原須磨男(村人A)、岩田正(同じくB)、堀
北幸夫(農夫A)、 藤川準(同じくB)、小松みどり(女占い師)などが出演している。
 この作品における若尾文子は情熱の女人である。「安珍・清姫伝説」に関しては、<ウィキペディア>に詳
細な記述があるので、そちらを参照されたし。歌舞伎舞踏の演目のひとつである『京鹿子娘道成寺(きょう
がのこむすめどうじょうじ)』は、道成寺を舞台とした、「安珍・清姫伝説」の後日譚の由。
 

 某月某日

 DVDで邦画の『海底軍艦』(監督:本多猪四郎、東宝、1963年)を観た。東宝お得意の特撮映画で、特技
監督はもちろん円谷英二である。轟天号という海底軍艦が登場するが、『惑星大戦争』(監督:福田純、東
宝映画=東宝映像、1977年)〔「日日是労働セレクト73」、参照〕でも同名の軍艦が登場する。ただし、
こちらの方は宇宙船である。子ども騙しのお気軽映画ではあるが、この手の映画を作ると必ずこうなるとい
った見本のような映画であった。最近観た『酔いどれ博士』(監督:三隅研次、大映京都、1966年)で、花
子という名前の看護婦を演じた小林哲子が登場している。ムウ帝国皇帝という役柄で、およそ荒唐無稽では
あるが、それなりに雰囲気を出しているので感心した。とても魅力的な女優と言えよう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。なお、詳細な配役や映画の成立事情などについては<ウィキペディア>による。
興味がある人はそちらを参照されたし。

   〔解説〕

  押川春浪の“海底軍艦”より『のら犬作戦』の関沢新一が脚色、『マタンゴ』の本多猪四郎が監督
 した特撮もの。撮影もコンビの小泉一。

   〔あらすじ〕

  広告写真家旗中進(高島忠夫)と助手の西部善人(藤木悠)がモデルと狙っている美人がいた。光
 國海運専務楠見(上原謙)の秘書で神宮司真琴(藤山陽子)だ。ある夜、旗中が楠見と真琴の車をつ
 けていたとき、不思議なことが起った。楠見と真琴がムウ帝国工作隊員〔23号〕と名乗る男(平田昭
 彦)に、誘拐されようとしたのだ。旗中の活躍で奇怪な男は海に消えていった。ムウ帝国とは、約一
 万二千年前、太平洋の真中で繁栄を誇った大陸だが、それが一夜にして大地震のため海底に沈んだと
 言われていた。楠見専務は元日本海軍技術少将、そして真琴は敗戦の夜、行方不明となった潜水艦長
 神宮司八郎大佐(田崎潤)の忘れ形見だという。この事件の裏には何かありそうだった。そんなある
 夜、楠見のもとにフィルムが届けられ、その箱には「日本国民に告ぐ ── ムウ帝国」と書かれてあ
 り、その内容はさらに驚くべきものであった。海底に没したムウ帝国は、その偉大な文明を駆使し、
 今なお海底王国として繁栄しているというのだ。そして再び地上に帰り全世界を支配しようというの
 だ。ただ一つムウ帝国の苦手は神宮司大佐がある島に健在であり、海底軍艦ともいうべき強力高性能
 の潜水艦を造っていることだ。楠見閣下は部下であった神宮司大佐の所在を知っているはずである。
 今ここに神宮司に対し建艦中止命令を出さない時は、全世界はムウ帝国によって破壊されると思え、
 と告げられてあった。この予告を裏書きするように、世界各地で原因不明の大事故が多発した。事態
 を重視した楠見は、真琴、旗中、西部らと共に南海の孤島へ飛ぶことにした。神宮司大佐に会い、海
 底軍艦の出動を要請するためである。まさにムウ帝国と海底軍艦との世紀の争いは開始を告げようと
 しているのだった。

 他に、小泉博(伊藤=警視庁刑事課長)、佐原健二(海野魚人=雑誌『実話之友』記者)、田島義文(天
野=海軍一等兵曹)、坂本晴哉(山田軍曹)、北あけみ(リマコ=水着モデル)、雨宮貞子(メモ子)、藤
田進(防衛庁長官)、高田稔(防衛庁幹部A)、津田光男(同じくB)、大友伸(同じくC)、沢村いき雄
(丸徳タクシーの運転手)、伊藤久哉(進藤=誘拐された土木技師のひとり)、桐野洋雄(同じく技師)、
小林哲子(ムウ国皇帝)、天本英世(同じく長老猊下)、長谷川弘(藤中尉=轟天建武隊副長)、手塚勝巳
(その他の防衛庁幹部)、熊谷二良(同)、山田圭介(同)、中村哲(貨物船船長)、中山豊(同じく見張
り)、岡豊(三原山の旅行客)、権藤幸彦(同)、宇野晃司(三原山の警官)、緒方燐作(同じく自衛隊員)、
大塚秀男(防衛庁幹部/タクシー転落現場の警官)、広瀬正一(ムウ帝国人)、小川安三(猊下の横にいる
ムウ帝国人)、土屋詩朗(轟天建武隊軍曹)、安芸津広(船の男)、澁谷英男(丸の内の自衛隊員)、大前
亘(自衛隊レーダー係)、三浦敏男(同)、河辺昌義(三原山の登山客)、広田新二郎(猊下に仕えるムウ
帝国人/三原山の登山客)、山路恵介(刑事)、鹿島邦義(轟天建武隊下士官/ムウ帝国人)などが出演し
ている。
 ムウ帝国が世界を攻撃したとき、パナマ運河が爆破され、イタリアのベニスが全市壊滅、香港は廃墟と化
すという新聞記事が登場する。それにも拘らず、登場人物に切迫感がなく、台詞回しも稚拙であった。年少
者を意識して作っているからだろうか。なお、原子力潜水艦のレッドサタンはあえなく水圧により爆発して
いる。轟天建武隊が駐屯する南海の孤島は鉱山資源の宝庫で、露天掘りが可能な、黄鉄鉱、ボーキサイト、
マンガンの鉱脈が見える。こんな島が、敗戦以来20年発見されることなく存在し続け、あまつさえ轟天号を
秘密裏に建造することなど、まるであり得ない話である。もちろん、それ以上にムウ帝国の存在こそが信じ
られないのだから、これでいいのかもしれない。なお、轟天号発想の原点となった、日本帝国海軍の伊四百
型潜水艦は実在した。もちろん、ターゲットをマイナス273度に冷凍化する「アトミック冷凍砲」は、大怪
竜マンダ(ムウ帝国の守護神)同様、存在するわけがない。1960年代の「大冒険科学活劇」など、所詮こ
んなものである。


 某月某日

 DVDで邦画の『曉の追跡』(監督:市川崑、田中プロダクション、1950年)を観た。「暁の○○」と言えば、 
戦前の短距離走者(1932年に開催された第10回ロサンゼルス五輪の100メートル競走で6位入賞)だった吉岡
隆徳の「暁の超特急」が有名だが(当時読売新聞記者だった川本信正が名付け親である)〔ウィキペディア
より〕、映画の題名としても、当該作品の同年に『曉の脱走』(監督:谷口千吉、新東宝、1950年)が公開
され、名を馳せている。両者ともに池部良が主演であり、かつ新東宝が配給しているので、命名法に何か関
係があるのかもしれない。なお、以下に示すように、いずれも筆者未見であるが、「暁の○◯」という題名
の邦画はまだ他に少なくとも3本はある。

  『暁の門出』、監督:伊奈精一、新興キネマ東京、1939年〔筆者、未見〕。
  『暁の合唱』、監督・清水宏、松竹大船、1941年〔筆者、未見〕。
  『曉の脱走』、監督:谷口千吉、 新東宝、1950年〔「日日是労働セレクト36」、参照〕。
  『曉の追跡』、監督:市川崑、田中プロダクション、1950年。
  『暁の非常線』、監督:小森白、新東宝、1957年〔筆者、未見〕。

 思うに、『暁の○○』という題名は、もはや古風なのだろう。だから、現代では、ピンと来ない題名のよ
うな気がする。
 物語と配役を確認しておこう。今回は、<ウィキペディア>および<ぴあ シネマクラブ>のお世話になる。執
筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『暁の追跡』は、1950年10月3日に公開された日本映画。カメラを交番の中に据え、ドキュメンタリ
 ー・タッチで警官の活躍を描いたもの。のちの様式美に至る様々な手法を模索していた時代の佳作。
 1947-1951年まで新東宝に在籍していた市川崑は、数々のメロドラマを作っている。この作品はそれら
 とは違った野心作で、カメラを交番の中に据え、ドキュメンタリー・タッチで警官の活躍を描いたもの。

   〔あらすじ〕

  新橋の交番で警邏担当の巡査である石川道夫(池部良)は、ヒューマニズムに燃える好青年である。
 ただし、その理想主義は、同僚の山口巡査(水島道太郎)にとっては青臭く見える。子どもが病気だ
 と聞いて田部巡査(柳谷寛)の代わりに職務に就いた彼に対して、それは間違った判断であると決め
 つけられる。同僚の檜正治巡査(伊藤雄之助)が誤って発砲して三好巡査(澤村昌之助)の腕を怪我
 させる事件が起こった。その処分が免官と決まったとき、石川は上司にくってかかっている。「人間
 を見る前に人間を枠の中に嵌めてもいいのか。それでは、警察は軍隊と一緒じゃないか」、と。この
 とき同席した石黒警部補(石黒達也)は、「警察は特殊な職業なんだ。警察精神を敢行しようとすり
 ゃあ、命を捨てなならん場合もある。ある場合には枠も必要だ」と答えている。この映画が、「國家
 地方警察本部」後援、「東京警視(示+見)庁(廳)」援助とあるので、このような遣り取りも必然
 だったのだろう。石黒は「糞意地の悪い下士官タイプ」と檜によって罵倒されるが、警察の威信を保
 つには、石黒のような人間も必要だと思わせるから不思議である。山口巡査も、「社会秩序を乱す者
 は皆が皆犯罪者だ。それを取り締るのが警察官の任務だ」とはっきり語っている。石川の理想は警察
 をあえて必要としない社会だが、現実を凝視すれば、むしろ山口や石黒の方が正論に見える。それを
 裏付けるように、警察官をやめてキャバレーのバンドマンになった檜に対して、石川は嫌悪感を露わ
 にするのである。ところで、この石川には若い恋人がいる。友子(杉葉子)という名前の、中華料理
 店「珍々亭」の店員である。この友子にも石川は変人扱いされるが、もちろん理由がある。ある事件
 で逃走した犯人の舟木(長濱藤夫)を追いつめた際に、彼の責任ではないのだが、舟木が轢死する事
 態に陥ったのである。その未亡人のふじ(北林谷榮)を弔問したり、舟木の妹の雪江(野上千鶴子)
 を慰めたりする石川の気持が分からないからである。石川は、困っている人を助けたいだけなのであ
 る。戦後まだ5年しか経っていない時代(昭和25年)であるから、困っている人は山ほどいる。皆貧
 しいし、戦争の傷跡もあちこちに残っている。石川は警察の冷徹さに一時嫌気が差すが、やがて思い
 直す。警察の仕事に誇りを持ているようになったからである。舟木絡みの事件が頻発する。雪江も殺
 される。石川も悪漢グループ一網打尽作戦に出動して、山口の殉死に遭遇する。いい奴も悪い奴も、
 皆必死である。最後に、納豆売りの少年の声が暁の街に響き渡るのである。

 他に、田崎潤(伊達巡査)、江見渉(相馬八郎=犯人グループのひとり)、三原純(津川警部補)、菅井
一郎(人見捜査主任)、島田友三郎(加藤刑事)、岩宮忠三郎(吉村刑事)、今清水基二(小田切巡査)、
藤原釜足(佐野巡査)、久保春二(佐伯警部)、清水元(野上=洋服のセールスマン、檜の先輩)、高木昇
(森川)、西川敬三郎(銀次郎=チンピラ)、富田仲次郎(阿久根倫三=麻薬密売団のボス、表向きは運送
屋)、高堂國典(友子の勤めている珍々亭の親父)、横山運平(麹町の老人=相馬八郎の消息を伝える老人)、
清川荘司(キャバレー「ブルー・クイーン」のホール・マネージャー)、大倉文雄(ビルの管理人)、中村
是好(舟木家の家主)、三条利喜江(厚化粧の女)、原文雄(交番に電車賃30円を借りに来た男)、若月輝
夫(酔漢A)、佐川滉(同じくB)、山室耕(刺青の男=スト破りの男)、田中義雄(舟木の子ども)、伊
藤忠(田部の子ども)、岡崎夏子(中年の婦人)、山川朔太郎(株屋の中原)、鮎川浩(ねぼけ男)、岡崎
夏子(中年の夫人)、山川朔太郎(株屋の中原)、三條利喜江(厚化粧の女)などが出演している。
 敗戦5年後に当る、50年代初頭の日本を活写している点でも、この作品は貴重だと思う。とくに、本物の
廃墟を使ったロケは、迫力満点であった。


 某月某日

 DVDで邦画の『美貌に罪あり』(監督:増村保造、大映東京、1959年)を観た。題名とは乖離するような
内容だが、山本富士子、若尾文子、野添ひとみが競演しているので、それもありかと思い直した。増村保造
監督の42本目の鑑賞作品である(鑑賞率 .737)。
 高度経済成長期の影響で、東京近郊の農家は、先祖代々受け継いできた土地を売る流れとなる。物語の内
容はかなり異なるが、『遠雷』(監督:根岸吉太郎、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=
ATG、1981年)や、『さらば愛しき大地』(監督:柳町光男、プロダクション群狼=アトリエダンカン、1982
年)を連想した。まだ1950年代であるから、それほど先鋭的ではなく、牧歌的な雰囲気すら漂うが、戦前か
らの流れを汲む儒教的な道徳観が廃れ切っていなかったからだろう。吉野家の刀自がオート三輪で揺られて
いくとき、去りゆく旧家を振り返るシーンに哀感があった。登場する女性も、今風のドライな考えもなくは
ないが、やはりどこか古風な昔の女のままである。いわば、日本の過渡期を描いた貴重な作品ですらある。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  川口松太郎の小説を『吹雪と共に消えゆきぬ』の田中澄江が脚色、『氾濫』の増村保造が監督した
 メロドラマ。撮影も『氾濫』の村井博。

   〔あらすじ〕

  東京近郊にある蘭作りでは名の通った吉野庭園の女主人吉野ふさ(杉村春子)は、二度の結婚とも
 夫に先立たれ、父の違う二人の娘を育ててきた。長女の菊江(山本富士子)は農園の生活を嫌い、女
 流舞踊家になろうと家を出た。妹の敬子(若尾文子)も、そんな姉に反撥を感じながらも単調な田園
 生活に焦燥を覚えた。若い農夫の清水忠夫(川口浩)は、その敬子を愛していた。忠夫には妹かおる
 (野添ひとみ)があった。生れつき口が不自由で聾唖学校に通っているが、蘭作りの名人・隣の農場
 の息子谷村周作(川崎敬三)を慕っていた。若手舞踊家藤川勘蔵(勝新太郎)の内弟子となった菊江
 は、上達も早く勘蔵の期待と愛情をうけた。ところが勘蔵の後援者・料亭粂川の女将おくめ(村田知
 栄子)は、自分の娘・春枝(三宅川和子)と勘蔵を一緒にさせたいばかりに、家を出て行けと言った。
 菊江を愛する勘蔵はアパートに移った。心を痛めた菊江は自分名義になっている吉野庭園を売って師
 匠の家を買取ろうと、ふさに相談したが、ふさと敬子の猛反対にあった。菊江は前からあった周作と
 の縁談を断り勘蔵と世帯を持ったが、生活は苦しくパーティのアトラクションに出たりした。一方、
 敬子は、秘かに受けた日東航空のスチュアデス試験に合格、忠夫の愛を振切って家を飛び出した。忠
 夫が羽田空港に訪れても野心に燃える敬子は振向かない。そこで片倉一郎(藤巻公義〔潤〕)という
 青年と知り合い彼の毒牙にかかろうとするが危く逃れ、今は忠夫のことを懐しく思い出す身。庭園で
 は……菊江との結婚を諦めた周作が見合したというので、かおるは大きな打撃を受けた。しかも、公
 団の土地買上げで庭園を手放すという、谷村さく〔=周作の母〕(村田扶実子)の話も彼女にはショ
 ックだった。希望を失ったかおるは鉄橋を歩いていた。轟然と電車が走りすぎた。そのあとに、かお
 るがうずくまっていた。周作が彼女を見つけた。月明りの道の上に求愛の字を書くかおるを周作は、
 ひしと抱きしめた。

 他に、潮万太郎(谷村吉造=周作の父)、春本富士夫(藤川勘吉=藤川流の舞踏家)、夏木章(下川=勘
蔵を後援する新聞記者)、星ひかる(長沢=同じく後援者)、穂高のり子(和田=スチュワデスの先輩)、
見明凡太朗(佐平=吉野家の親戚筋の花屋)、平井岐代子(芦川夫人=敬子たちを招待した女性)、千蔵恵
美(芸者とめ子=勘蔵の元弟子)、赤沢未知子(芸者きんや=同)、響令子(森下嬢=周作の見合相手)、
大山健二(住宅公団の理事)、磯奈美枝(とり=粂川の女中)、半谷光子(おみね=同)、目黒幸子(アパ
ートの女)、小原利之(パーティの幹事)、飛田喜佐夫(バスの運転手)、大川修(村の青年)などが出演
している。なお、一部の配役は、クレジットにないものを含めて筆者の推測である。


 某月某日

 DVDで邦画の『一粒の麦』(監督:吉村公三郎、大映東京、1958年)を観た。吉村監督の作品は、『女の
勲章』(監督:吉村公三郎、大映東京、1961年)〔「日日是労働セレクト143」、参照〕以来の鑑賞で、
都合12本目となる。脚本に新藤兼人がかんでいるので、近代映画協会の作品といってもよいくらいである。
北国出身の中学生が東京に集団就職する話というと、『裸の十九才』(監督:新藤兼人、近代映画協会、
1970年)を連想するが、両者の間には雲泥の差がある。後者は刑死者の永山則夫を題材として扱っている
からである。日本の高度経済成長期、地方の中学生は「金の卵」と呼ばれて、東京などの大都会に集団で
就職した。当該作品でも、その様子が克明に描かれている。もっとも、その実態は暗く、希望に燃えて社
会に飛び立った中学生たちの将来に対する夢と、当時の現実との間には深い暗渠があったのである。それ
にしても、当時の中学校の先生は大変である。おそらく、現代ではこんな面倒なことはけっして行われて
いないだろう。昔の人には人情があったと言えばそれまでだが、小生は現代人に人情がなくなったとは思
っていない。かたちを変えただけである、と思いたいのである。題名は、「ヨハネによる福音書」(12章
24節)の次の言葉から来ている。引用してみよう。

   一粒の麦
   若し地に落ちて死なずば
   唯一つにてあらん
   若し死なば
   多くの実を結ぶべし

 これはイエスの言葉であるが、教育者にも通じるところがあると思う。もっとも、当該作品で描かれてい
るような中学教師はもはや存在しないだろう。「仰げば尊し」も形骸化してから幾星霜経っただろうか。人
情だけでは飯は食えない。それは確かである。しかし、人情を欠いた世界に人は生きていけない。このこと
は漱石の時代から変わっているわけではない。どんなかたちであるにせよ、教育には理想が必要である。た
だ働くのではなく、少しずつでもいいから、人間としての豊かさを身に着けながら働くのでなければならな
いだろう。そんなことを考えさせてくれる映画であった。なお、小生のルーツは福島県なので、「○◯だべ
した」や、「○◯だない」や、「○◯だぞい」などの方言が懐かしく聞こえた。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容願いたい。

   〔解説〕

  地方の中学を卒業して東京に集団就職する少年少女たちと、彼らを見守る教師の姿を描いたもの。
 新人千葉茂樹に新藤兼人が参加した共同脚本を、『地上』の吉村公三郎が監督、『悲しみは女だけに』
 の中川芳久が撮影した。『嵐の講道館』の菅原謙二・若尾文子が主演する。

   〔あらすじ〕

  福島駅を臨時編成の集団就職列車が出発した。この中には平田中学の井上正治先生(菅原謙二)に
 引率された生徒たちが乗っていた。彼らは上野駅に着き、職安の係員によって各雇主に引渡された。
 渡辺梅夫(高島稔)はそば屋「一茶庵」へ、新井香代(田中三津子)は大沼病院へ、西山強(木下雅
 弘)は須山自動車修理工場へ、小原実(中根勇)、遠藤次男(杉本五十八)、吉岡権三(松山英太郎)
 の三人は鉄工場へ、坂田四郎(小林信介)と斎藤誠(金澤義彦)はガラス工場へ、小泉夕子(安城啓
 子)、谷本明子(肥山昭枝)、道田かつ(如月敏子)は浜松の織物工場へ、それぞれ就職していった。
 郷里に帰った井上先生は、相沢校長(東野英治郎)から来年も就職の世話を頼まれた。勉強する暇も
 なく、これが真の教育者であろうかと、疑問を持つ彼の気持は重かった。そんな彼を励ます同僚の沼
 田イチ子先生(若尾文子)と結婚することになった。第三日曜日……強や香代たちはガラス工場に四
 郎と誠をむかえにいった。工場は突貫作業で二人は休めなかった。沼田先生の結婚式の晩、東京の職
 安からガラス工場で働く二少年が逃亡したという電報が来た。井上とイチ子は直ぐ上京した。警察に
 保護されていた四郎と誠に会って事情を聞いた。二人は約束と違う労働条件のひどさを訴えた。同席
 した尾形ガラスの工場主(上田吉二郎)は、中小企業の苦しさを理由に、反省の色さえみせなかった。
 井上先生は浜松の工場まで職を探しに行った。そこでは工場が不況で職どころではなかった。このこ
 とを知った同郷の代議士塚本善五郎(大山健二)の世話で二人は就職できた。このことは政治色の強
 い美談として郷里に報道された。井上先生のところに来る便りは、明るいものばかりではなかった。
 織物工場がつぶれて、明子は浜松の喫茶店へ、夕子は温泉マークの女中に。強は三輪車の運転免許を
 取った。だが工場の事故のため、失業してしまった。鉄工場に働く実は体をこわし、家にもどらされ
 た。井上先生の心中は暗くなるばかり。イチ子先生に学校だけが教育の場でないといわれ、ついに手
 をあげてしまう。強は実の代りに鉄工場に就職できた。その面接の日に、母(田中筆子)が死んだ知
 せが届いた。しかし、職を失くしたくないために、家に帰ろうとしなかった。井上先生は強の気持を
 知って校長に来年の就職係を申出た。少年たちは一生懸命に働いた。そして、今年も福島駅から就職
 列車が発車する。雑踏の中に井上先生の懸命な姿もみえた。

 他に、石黒達也(北山中学校の大野田先生)、杉田康(武藤=江東職安の職員)、見明凡太朗(職安所長)、
伊沢一郎(沼田一郎=イチ子の兄)、小笠原まり子(西山町枝=強の妹)、浦辺粂子(おしの=誠の母)、
殿山泰司(須山自動車修理工場の工場主)、夏木章(同じく工員)、多々良純(「福島民報」の記者)、潮
万太郎(蕎麦屋「一茶庵」の店主)、三角八郎(同じく店員)、十朱久雄(浜紡織の社長)、伊東光一(鉄
工所の工場長)、早川雄三(同じく工員)、藤巻潤〔公義〕(同)などが出演している。なお、一部の配役
は、クレジットにないものを含めて筆者の推測である。
 尾形ガラスの工場主は、四郎や誠たちに、「月給2,500円のところを1,500円、休みはなく夜業あり、その
上夜学にも通わしてくれない」という詐欺まがいのブラックぶりで遇している。これでは逃げ出すのも当然
だろう。もっとも、尾形にも言い分があり、大手に太刀打ちするためには仕方がないのである。なお、逆さ
クラゲ(旅館「桃園」)の料金は、御宿泊800円より、御休憩300円よりだった。驚いたことに、劇中で登場
する丸石自転車や福島民報は実在する企業である。現代では考えにくい設定である。


 某月某日

 DVDで邦画の『恋にいのちを』(監督:増村保造、大映東京、1961年)を観た。いわゆる「プログラム・
ピクチャー」の一篇。増村監督の映画は、これで41本鑑賞したことになる(「日日是労働セレクト137」、
参照)。全作品数が57本であるから、鑑賞率は7割を超えた(.719)。
 キャストも地味目で、かえってよかった。藤巻潤が主演の映画はさほど観ていないが、やはりライヴァル
の田宮二郎ほどのオーラはない。むしろ、後年の『ザ・ガードマン』(TVドラマ)での印象が強く、好青
年ばかりで悪役ができないところが田宮に勝てなかった理由のひとつだろう。相手役の江波杏子もまだブレ
イク前だし、三角関係の一角を占める冨士真奈美〔眞奈美〕も『黒い賭博師』(監督:中平康、日活、1965
年)を観て以来だと思うので、懐かしかった。この人も、むしろTVドラマで知った女優のひとりである。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  川内康範の週刊誌連載小説を、原作者と下村菊雄が共同で脚色し、『偽大学生』の増村保造が監督
 したメロドラマ。撮影は『顔(1960年)』の小原譲治。

   〔あらすじ〕

  加納清司(藤巻潤)は、父義次(大山健二)の友人、花田重造(山茶花究)の経営する自由政治社
 の記者となった。一人娘いずみ(冨士真奈美)との結婚話が持ち上った。だが、清司の心は重かった。
 雑誌の編集方針が極端に右へ傾いていることへの疑惑だった。いずみを愛することもできなかった。
 さらに、父の義次が行方不明になっていることもあった。たまたま、料亭猿若苑の一人娘(実際には
 伯母と姪の関係)である富士美琴(江波杏子)と知り合い、彼女に惹かれた。ある夜、竹林志津子と
 名のる女(倉田マユミ)が清司の許を訪れた。「お父さまは私のところにいます。明晩終列車で甲府
 へ……」と言った。列車の中でようやく義次を見つけた時、義次の背後にいた男が拳銃で彼を倒した。
 この男は麻薬中毒者の中溝泰助(浜村純)といい、意外にも美琴の父親だった。志津子がまた訪れ、
 義次は花田たちと麻薬の取引をしており、足を洗おうとして殺されたのだといった。清司はいずみと
 結婚し、花田の内情をさぐることに意を決した。美琴も納得し芸者になった。そして、自らも花田の
 ところにとびこんだ。雑誌の売行きは悪く、経営困難になっていた。副社長になった清司は、花田に
 対策を迫った。花田のいう金策とは、中国人の李玉堂(神山繁)と麻薬の取引きを仲介する仕事だっ
 た。李は取引の条件として、美琴をもらい受けた。取引きは猿若苑で行なわれた……。

 他に、水戸光子(富士照代=美琴の伯母)、高松英郎(玉井刑事)、潮万太郎(岩村=雑誌『自由政治』
の編集長)、小山内淳(中村=同じく記者)、伊東光一(渡辺博士=美琴の主治医)、仲村隆(田岡医師)、
原田げん〔言遍に玄〕(玉井の相棒刑事)、村田扶実子〔クレジットでは「林田」となっていたが、単なる
誤植であろう〕(女中A)、目黒幸子(同じくB)、千歳恵美(芸妓A)、美山かほる(同じくB)、曽根
綾子(同じくC)、大川修(李の配下の男A)、水村晃(同じくB)などが出演している。
 美琴といずみはおよそ対照的な女性として描かれているが、もちろん、増村が前面に押し出したかったの
は美琴の方で、いずみはその際立たせ役である。冨士真奈美も美琴の役をやれないことはないが、損な役柄
を引き受けて十分に古いタイプの女(男の愛を待つタイプ)を演じていた。これもまた見事と言えよう。江
波杏子の魅力は当然なのだが、劇中で変わった動き(身体の傾かせ方など)を頻発させて、新しいタイプの
女(自分で運命を切り開くタイプ)を演出していたのではないか。清司の口説き文句を引き出す際の、琴を
爪弾くシーンもなかなかよかった。その直後のキスシーンが一風変わっていながら、なお自然な流れだった
からである。脇役陣の、山茶花究、潮万太郎、浜村純、神山繁、高松英郎らは、もちろん手堅い演技をして
いる。とくに山茶花究の芸達者ぶりは、いつ観てもほれぼれする。
 1960年代前半の映画なので、まだまだアジア・太平洋戦争の傷跡が顔を覗かせる。加納の父は元陸軍少将
という設定だし、花田重造も大陸浪人のひとりで、肚が据わっている。その他、従軍看護婦(竹林志津子)、
特務班の兵隊(中溝泰助)、スパイ(加納義次)、陸軍伍長(玉井)などの言葉が頻発する。玉井刑事が加
納清司に、「これでも元陸軍伍長だ。ニューギニアに行ってたよ」と語った際、「人を喰った仲間ですな」
と加納はからかうが、玉井は返事をしなかった。この時代の戦争体験者は人には語れない辛酸を山ほど舐め
たのだと思う。


 某月某日

 数日前、コンビニで、以下のような漫画本を3冊入手した。

  『水木しげるの戦記選集』、水木しげる 作、宙〔おおぞら〕出版、2018年〔第6刷/初版2010年〕。
  『水木しげるの戦記選集 太平洋戦争 大進撃』、水木しげる 作、宙〔おおぞら〕出版、2018年
   〔第3刷/初版2011年〕。
  『水木しげるの戦記選集 太平洋戦争 大激闘』、水木しげる 作、宙〔おおぞら〕出版、2018年
   〔第3刷/初版2011年〕。

 パラパラと頁を捲ったところ、いずれもどこかで読んだような気がする作品ばかりで、あまりに懐かしく
てつい買ってしまったのである。水木しげるとの出会いは貸本時代の『墓場鬼太郎』だと思うが、あまりに
強烈な印象だったので、水木しげるのその後の活躍にはこころから喜んでいた。さて、上記の戦記物だが、
やはり貸本時代に読んだのだろうか。その点ははっきりしない。少し暇になったら、ゆっくり味わってみた
い作品群である。


 某月某日

 DVDで邦画の『お受験』(監督:滝田洋二郎、松竹=角川書店=衛星劇場、1999年)を観たので報告してお
こう。小生も小学校入学以前に面接を受けた記憶があるが、公立校だったので、もちろん「お受験」の雰囲
気ではなかった。ただし、越境入学だったので、その辺りの駆け引きがあったのかもしれない。どうやら、
小生には「注意欠如・多動性障害(英: attention deficit hyperactivity disorder、ADHD)」の兆候があ
ったので、小学校1・2年次の担任教師の受けはよくなかった。毎日のように、怒鳴りつけられたり、腿を
抓られたり、背中に物差を入れられたりした。それでも、全然めげなかったので、ますます教師の怒りを買
ったのではなかったか。後年、ある人からこう言われたことがある。「昔でよかったね。今だったら、きっ
と薬漬けにされているよ」、と。これはかつてADHDの疑いがあった小生の意見であるが、そんなものは経過
観察していれば済むことで、いずれは改まるのではないか。その間の教師の負担は大きいが、それも仕事と
割り切れば可愛いものである、と。もっとも、そんな意見が簡単に通用するとは思えないので、問題は複雑
である。一概に言えることではないが、子どもには厳しく、かつ優しく接するべきで、強制力を発揮すれば
するほど、結果はよくない方向に向かうのではないか、と。手前味噌になるが、小生の母親は小学生の頃は
とても厳しかったが、中学校に上がった途端、小生の自主性を重んじるようになった。その厳しさも理にか
なっており、小生が納得するまで手を弛めなかったのではなかったか。子どもにも、けっこう大人の道理は
分かるものである。厳しく、かつ優しかった点で、母親に対してこころの底から深甚の感謝の念を捧げたい。
 さて、本作であるが、予定調和の謗りを免れないような出来ではあるが、ほのぼのと温かくなる物語でも
ある。主人公を演じる矢沢永吉がロック界のスーパースターなので、演じているちょっと冴えない人物との
ギャップが新鮮だった。田中裕子の母親ぶりも堂に入っていた。子役の大平奈津美もこの夫婦にぴったりは
まり、21世紀の家族の一つのあり方を示唆しているようにも見えた。
 滝田洋二郎の作品は、以下に挙げるように12本観ているが、ロマンポルノから問題作まで幅広いジャンル
をカヴァーする監督である。作品群を眺めていると、本作はむしろ彼にとっては異色作かもしれない。

  『連続暴姦』、監督:滝田洋二郎、新東宝、1983年。
  『コミック雑誌なんかいらない!』、監督:滝田洋二郎、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、
   1985年。
  『桃色身体検査』、監督:滝田洋二郎、にっかつ、1985年。
  『はみ出しスクール水着』、監督:滝田洋二郎、にっかつ、1986年。
  『木村家の人々』、監督:滝田洋二郎、フジテレビジョン、1988年。
  『僕らはみんな生きている』、監督:滝田洋二郎、松竹、1993年。
  『眠らない街 新宿鮫』、監督:滝田洋二郎、フジテレビジョン、1993年。
  『お受験』、監督:滝田洋二郎、松竹=角川書店=衛星劇場、1999年。
  『陰陽師』、監督:滝田洋二郎、東北新社=TBS=電通=角川書店=東宝、2001年。
  『壬生義士伝』、監督:滝田洋二郎、松竹=テレビ東京=テレビ大阪=電通=衛星劇場=カルチュア・
   パブリッシャーズ=IBC岩手放送、2002年。
  『陰陽師 II』、監督:滝田洋二郎、東北新社=TBS=電通=角川書店=東宝=MBS、2003年。
  『おくりびと』、監督:滝田洋二郎、「おくりびと」製作委員会〔TBS=セディックインターナショナル=
   松竹=電通=アミューズソフト エンタテインメント=小学館=毎日放送=朝日新聞社=テレビユー
   山形=TBSラジオ〕、2008年。

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  娘の小学校受験と父親のリストラ、平和な家庭に起こった騒動をコミカルに描くファミリー・ドラ
 マ。監督は『シャ乱Qの演歌の花道』の滝田洋二郎。脚本は『ショムニ』の一色伸幸。撮影を『しあ
 わせになろうね』の栢野直樹が担当している。主演は、『RUN&RUN』の矢沢永吉と『大阪物語』
 の田中裕子、映画初出演の子役・大平奈津美。

   〔あらすじ〕

  ひとり娘の真結美(大平奈津美)の私立小学校へのお受験を控えた富樫家。主人の富樫真澄(矢沢
 永吉)は健美食品の陸上部に所属する実業団マラソンランナー。妻の利恵(田中裕子)は、真結美の
 お受験に燃える専業主婦だ。ある日、真澄は役員待遇で子会社への出向を命じられるが、そのとたん
 本社の債務を押しつけられて倒産。真澄は職を失ってしまう。だが、真澄にとっては、実業団ランナ
 ーとして湘南マラソンに出場できなくなることが重大だった。お受験の面接の練習に出かけた塾で、
 塾長・橘要(西村雅彦)の「お父さまのご職業は?」の質問に、「無職です」と答える真澄。もちろ
 ん、利恵も驚いたが、咄嗟の判断で「主人は専業主夫で、自分が家計を支えている」と答えた。それ
 から、富樫家は一変した。利恵の言葉通り、真澄は専業主夫となり利恵が外で働いた。そんな生活の
 中で、真澄はいつしか湘南マラソンに市民ランナーとして参加することを決意するが、湘南マラソン
 の日と真結美のお受験の日取りが重なってしまう。真澄は、マラソン会場へ向かうが、途中、彼はコ
 ースを外れて別の方向へ走り出してしまう。彼が向かったのは、聖園小学校だった。ランニング姿の
 まま面接会場へ向かった真澄は、驚く面接官を前に家族3人で面接を受けるのであった……。

 他に、大杉漣(古本監督)、鈴木一真(中村橋夫=富樫の後輩ランナー)、徳井優(庄場晴之=同)、余
貴美子(千秋みどり=お受験仲間)、野島愛輝(千秋勇一=みどりの息子)、小林恵(杵塚マユミ=中村の
彼女)、広岡由里子(橘深雪=橘塾長の妻)、笹野高史(菅野=健美食品の部長)、本田博太郎(本多昇一=
同じく社長)、螢雪次朗(夕張=富樫の出向先「健美ビューティ」の社員)、藤扇里(同じく秘書)、永島
敏行(トーマス栗田=富樫家の家族写真を撮る写真家)、岸部一徳(聖園小学校校長)、もたいまさこ(教
頭)、秋山菜津子(献血ルームの看護婦さん)、小久保佐和子(同)、橘雪子(墓石会社社長)、小柳友貴
美(聖園小学校の先生/老婆)、山中聡(健美陸上部員A)、岡本博幸(同じくB)、北風寿則(同じくC)、
大山健(同じくD)、笹川功二(同じくE)、谷川真理(トレーニング中のランナー)、Ren(湘南マラ
ソンランナー)、谷上真太郎(同)、井上康(同)、木下ほうか(花嫁行列の花婿)、星山達朗(新興宗教
の勧誘員)、でんでん(爺さん市民ランナー)、小形雄二(駅員)、安田博美(庄場の妻)、高梨亜矢(本
多社長の奥さん/塾アインシュタインの先生)、大沢在昌(クラブの客)、河野治彦(同)、塩原恒夫(ラ
ジオ実況中継アナウンサー)、宇佐美彰朗(橋本=ラジオ実況中継解説者)、高岡陽子(古本の妻)、金澤
くれは(庄場の娘)、妹尾龍弥(同じく息子)、西脇礼門(健美食品組合員A)、城戸光晴(同じくB)、
小島純一(同じくC)、松原征二(同じくD)、沖田弘二(出向先の社員A)、森下能幸(同じくB)、高
野信弘(同じくC)、佐藤広義(同じくD)、金井良子(同じくE)、山下賢治(本多社長の運転手)、前
田哲(トーマス栗田の助手)、田中陽子(リエ=コンパニオン)、秋山昌代(ミキ=同)などが出演してい
る。
 なお、富樫真澄は、実在する「福岡国際マラソン」3位という輝かしい実績を持つランナーという設定で
ある。福岡国際マラソンと言えば、かつては、 瀬古利彦(4回優勝)、中山竹通 (2回優勝)も走ったハイ
レベルの大会である。ちなみに、劇中に登場する「湘南マラソン」というのはおそらく架空の大会で、2007
年より「湘南国際マラソン」という大会は実在する。最後になるが、出演者のひとりである大杉漣が最近急
逝した。偶然ではあるが、彼は上で挙げた『連続暴姦』に出演しており、ピンクリボン賞主演男優賞を受賞
している。気さくな、感じのいい俳優だったと思う。合掌。


 某月某日

 DVDで邦画の『億万長者』(監督:市川崑、青年俳優クラブ、1954年)を観たので報告しよう。脚本協力に、
安部公房の名前も見える。当時の世の中を諷刺した人間喜劇だが、日本全体がまだまだ貧しかった頃なので、
現代の若者が鑑賞に及べば、「これがかつての日本の姿か」と驚き、とても信じられないのではないだろう
か。幸か不幸か、小生は当該映画の製作・公開年に生まれているので、少しも驚きはしないが……。エイジ・
シネマは久し振りで、25本目の鑑賞ということになる。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  青年俳優クラブの自主作品。『わたしの凡てを』の市川崑が監督に当り、脚本は作家で『壁あつき
 部屋』のシナリオを書いた安部公房、漫画家の横山泰三、『明日はどっちだ』の長谷部慶次、『わた
 しの凡てを』の和田夏十が市川崑と協力して執筆し、『どぶ』の伊藤武夫が撮影に当り、『泥だらけ
 の青春』の伊福部昭が作曲を受けもった。出演者は『学生心中』の木村功、『噂の女』の久我美子、
 『三つの愛』の伊藤雄之助、『雲は天才である』の岡田英次、『石中先生行状記 青春無銭旅行』の
 左幸子、『若旦那と踊子』の高橋豊子、『太陽のない街』の信欣三、加藤嘉、多々良純、北林谷栄等
 である。

   〔あらすじ〕

  税務署徴税係の館香六(木村功)は無口な小心者。二十三人の子どもを抱えて汚職をしている伝三
 平太署長(加藤嘉)からは不成績をどなられ、その娘でアプレの麻子(左幸子)からは軽蔑されてい
 る。アルマイト会社社長東太賀吉(多々良純)は欧米旅行の途中、旅客機がヒマラヤに衝突して死亡、
 未亡人の山子(北林谷栄)は十八人も子どもがいるから納税はできぬという。失業者贋十二(信欣三)
 も子沢山(十八人)で税金なんか念頭にない。この家の二階の間借人鏡すて(久我美子)はニコヨン
 をしながら原爆の製造に夢中だ。伝署長は会社重役に招待され、芸者花熊(山田五十鈴)が彼を抱き
 こもうとする。花熊の十三番目の旦那で、やっと小菅から出て来た団海老蔵代議士(伊藤雄之助)が
 復縁を迫ると、「私は十三人の子どもを養うため他の旦那をとったから」とにべなく拒絶する。数日
 後、館は署長から「麻子を見習え」といわれ、二人で贋の家へ徴税に出かける。麻子は贋の長男でニ
 ューフェースの門太(岡田英次)と、子どもを生まない話で意気投合する。無視された館は決然と贋
 に差押えを通告した。東山子は館を呼んで、半ば脅迫的に一万円を持たせ税金ごまかしの汚職に引入
 れる。驚いた彼はその金を鏡すてにくれてやる。館は花熊から「脱税メモを作って発表すれば不正に
 勝つ」といわれメモ作成にかかる。麻子は門太の子どもを孕んであわて出し、館に相談するが彼はメ
 モに心を取られて相手にしない。メモは出来た。所が花熊はそれを脱税者に高く売付けて儲ける計画
 だった。それを小耳にした館は呆然と街をさ迷ううちにメモを落す。鏡すてに館は二人で原爆を造ろ
 うと勧められるが、彼は驚いて逃出す。メモは検察庁に拾われ大問題となった。彼は署長や花熊の制
 止を振切り、敢然と行政監察委員会に証人として立ったが、とたんに口が利けなくなり、身ぶり手ぶ
 りで大童になったが、狂人としてつまみ出された。団海老蔵は自殺し、贋の一家は門太を除いて原爆
 マグロを食べ一家心中をした。その時二階では鏡すてが原爆第四号の実験にかかった。来合せた館と
 門太は屍体を置き去りに、反対の方向へ夢中になって逃走した。

 他に、高橋豊子(はん=十二の妻)、関京子(鏡らん)、織田政雄(袋善助=鶴亀葬儀社)、薄田つま子
(袋善助の妻)、春日俊二(重役タイプの男)、織本順吉(野党の代議士)、西村晃(大阪弁の納税者)、
高原駿雄(交通巡査)、清村耕二(タクシーの運転手)、原泉(孫の出生届を区役所ではなく税務署に持っ
て来た老婆)、嵯峨善兵(行政監察委員会委員長)などが出演している。
 なお、この映画における「日本新名所」は、数寄屋橋、小菅刑務所、赤坂料亭、羽田飛行場である。いず
れも東京にあるが、現代日本から見れば、少しピントが外れているのではないか。ビキニ環礁における水爆
実験が話のネタになっているが、この後、『生きものの記録』(監督:黒澤明、東宝、1955年)や、『第五
福竜丸』(監督:新藤兼人、近代映画協会=新世紀映画、1959年)が撮られているので、その先鞭をつけた
かたちになっている。鏡すては広島生まれで、家族は皆ピカドンにやられている。数寄屋橋で、「か弱い平
和を守るためには、是非原爆や水爆を造るべきだ」、と訴えている。当時の逆さクラゲは、御休息百円、御
宿泊五百円である。館の月給は、税金を差し引いて九千と飛んで五円。少ないのか多いのか、判然としない。
ともあれ、不思議な味わいの映画だった。

                                               
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