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「高知市民の大学」講演レジュメ集
 小生は2006年-2017年まで、「高知市民の大学」運営委員会委員を務めておりました。その際、公開した講
演などの発表レジュメ(小生のものに限定)の原稿が若干残っておりますので、以下に公開します。ご笑覧い
ただければ幸いです。一部改変しておりますが、内容に決定的な差異はありません。

                                                  
 <第60期 高知市民の大学 総合コース こころ>(2006年10月3日-2007年1月30日)のレジュメ

 第1回 こころと人格 -人間と人間でないもの- (10月3日) 高知大学人文学部教授 武藤整司

 「種が同じである」という点と、文化を共有するという点で、人間は互いに共通性を有していると考えら
れる。しかし、最近では、人格の有無によって人間をそれ以外から区別する動きが出て来ている。人格を、
「自己意識をもつ」に読み替えると、自己意識をもたない(後天的に失った)人間は生物学的な意味での人
間であることには変わりはないが、人格をもっていることにはならず、したがって、「生殺与奪権」が他者
に委譲される虞がある。この場合、胎児や脳死者がその境界例となる。論者は、ソリテス・パラドックスの
援用により、人間をより広く受け容れることを強調し、「生命の尊厳(SOL=Sanctity of Life)」と「生命
の質(QOL=Quality of Life)」を天秤にかけ、後者を重視する傾向を批判した。

 キーワード:人格、自己意識、胎児、脳死者、人工妊娠中絶、尊厳死、ソリテス・パラドックス、
       SOL、QOL、道徳共同体。

 (以下、割愛)

                                                  
 高知市民の大学(第64期)総合・金曜コース「家族」

  シラバス:「今、なぜ、家族なのか?」

  現代社会の諸問題は、家族の問題と深い関係があるという仮説のもとに、改めて「家族」を主題的
 に考えてみようと試みることが本講座の趣旨です。さて、その手始めとして、「家族」という言葉か
 ら、筆者が普段身近に接している学生諸君が何を連想するのかということを調査し、その結果を分析
 することを通して、家族問題の諸相を明らかにしてゆきたいと思います。それは、高齢者介護の問題
 であったり、家庭内暴力の問題であったり、熟年離婚の問題であったり、ニートやひきこもりの問題
 であったり、躾や教育や幼児虐待の問題であったり、家事の分担の問題であったりして、極めて多岐
 にわたる要素に満ちております。もちろん、それらを網羅的に捉えてすべてにわたって論じることは
 不可能なことでしょう。そこで、筆者は、15回22時間余という限られた時間の中で、何を論じればよ
 いのかを考え、さまざまな分野にわたる研究者や実務家をお呼びすることにしました。それぞれ、家
 族をめぐってきっと興味深いお話をされることでしょう。どうぞ、こころゆくまで「知の世界」を堪
 能していただきたいと存じます。


 「今、なぜ、家族なのか?」                     2008年10月3日
                 
                                 高知大学人文学部 武藤整司

 はじめに

 高知市民の大学の第64期、総合・金曜コースの「家族」をテーマにした講座にようこそいらっしゃいまし
た。講座の目的は、いろいろな角度からテーマである「家族」を浮彫にすることによって、聴講者の皆さん
に改めて「家族」について深く考えていただくきっかけを提供しようとすることです。

 1.社会問題と家族

 ○社会問題に通底するものは「居場所」ではないのか。
 ○居場所は、「家族」の問題と深く関係している。

 2.学生諸君が「家族」という言葉から連想すること

  1位 血縁(関係)、兄弟(姉妹)
  2位 子(ども)、結婚
  3位 愛(情)、家
  4位 親
  5位 離婚、(一家)団欒、父、母、旅行、絆
  6位 ペット、食事、晩ご飯[夕食]
  7位 けんか、夫婦、安心、核/拡大家族、DV[家庭内暴力]、反抗(期)
  8位 居場所、サザエさん、食卓、扶養、出産、家事、虐待、ひきこもり、育児、依存、強制(力)、
    里帰り、共働き、親戚、保護、教育、帰省、しあわせ、信頼(関係)、実家、やすらぎ、助け合い、
    つながり、あったかさ、祖母、笑顔、テレヴィ、(家事の)手伝い、炬燵

  ☆家族のイメージ(代表例)

  ○「外」ではなく「内」
   ポジティヴなイメージ:「温かい」、「やさしい」。
   ネガティヴなイメージ:「強制感」、「逃げられない」。
   「世代」、「死」、「時代」などの概念が家族を通して実感できる。
  ○くつろげる場所
   叱責が人間関係を壊さない(雨降って地固まる)。
   (もちろん限界があるが、基本的に)何でも許される。
   空気のような関係。
   家族は無条件なもの。
  ○血のつながり
   父親、母親、子どもで構成される。生殖家族と血縁家族。
   わがままが可能、素の自分、落ちつける。
   以前は大家族が普通だったが、現在は珍しい。
   くつろぎとほだし。

  ☆家族をめぐる問題点(代表例)

  ○DVや虐待があっても、他人が介入しにくい
   法律が適用されにくい。
   中流家庭の増加にともない、ひきこもりやNEETも増加する。
  ○離婚
   虐待(性的虐待)。
   熟年離婚と「濡れ落ち葉族」(めし・ふろ・ねるの三語族の成れの果て)。
  ○家族は何で始まり、何で終わるのか
   同性同士の家族は存在するか(同性愛の結婚を認めるか)。
   夫婦別姓問題。
   《Broken Family》の訳語。崩壊家族、欠損家族、単親家族、わけあり家族。

 3.家族の行方

 こうして見て来ますと、家族に期待する面と、家族ゆえの悩みが多数存在する面があることが分ります。
父親像、母親像もだいぶ変わりました。また、戦後、結婚観もだいぶ変わったと思います。たとえば、戦前
からの常識では、女の幸せは結婚でした。「嫁」としての本分を全うすれば、嫁ぎ先に根付くことができ、
それこそが女の幸せと謳われたのです。ところが、『下町の太陽』(監督:山田洋次、松竹大船、1963年)
という映画において、その考えは否定されます。主人公の寺島町子(倍賞千恵子)という女性は、婚約者の
毛利道男(早川保)の「黙って俺について来い」という言葉に反撥しています。そして、出世主義ではない
北良介(勝呂誉)に惹かれてゆきます。世間体や経済面だけを結婚の条件にしなかったのです。わたしは、
東京オリンピックを境にして、戦後の道徳観(民主主義と個人主義)が戦前の道徳観(儒教道徳がその根底
を担っている)を凌駕し始めたのではないか、という見通しを持っていますが、まさにこの映画が作られた
頃がそれに当ります。もっとも、現代でも、「玉の輿」を狙う女性はいくらでもいますが……。なお、一頃
流行った「三高(背が高い、高学歴、高収入)」も、必ずしも女性の本音ではないようです。やはり、深い
尊敬と愛情を抱ける人を結婚相手として求めているようです。さらに、家庭における性役割の見直しも始ま
っています。何年か前のことですが、国連の重職に就く男性が退職するとき、その理由として「子育て」を
挙げておりましたが、正直申し上げて、そのときは違和感を覚えました。しかし、今ではそうではありませ
ん。何年か先には、男性の育児休暇の取得も珍しいことではなくなるでしょう。家族あるいは家庭という
「居場所」は、どう変わってゆくのでしょうか。心の休まるオアシスになるのか、厳しい現実社会のアジー
ル(避難場所)になるのか、それとも、互いに監視しあい、憎みあう牢獄になるのか、いずれにしても、家
族ひとりひとりの心掛け次第なのですが、それでは何も語らないことに等しいので、いくつかの居場所確保
の方法を提案したいと思います。なお、これは、家族にだけ通用することではなく、一般にも言えることで
す。

  (1)生き方の多様性を認めること。
  (2)いわれのない差別を排すること。
  (3)互いの生存権について真剣に考えること。
  (4)各人の自律性を高めること。
  (5)人を機能や役割の面だけで判断しないこと。
  (6)制度やシステムの機械的運用を避けること。
  (7)各人が、「その場その場に応じた行動とは何か」を考える習慣をつけること。
  (8)厳罰主義や減点主義は人の心を荒廃させることを知ること。
  (9)これら一切のことを大人が弁えること。
  (10)「人間には居場所が必要であること」を幼児期から教え諭すこと。

 人は、人と交わって生きてゆくしかありません。家族や家庭は、その最も基本的な単位です。それがうま
く機能しなければ、人間の心は病んでしまいます。治療より予防の方が効果的です。是非、自分の家族のこ
とをもう一度見つめなおしてください。おそらく、改善点が直ぐに見つかるでしょう。「人生とは、人が生
きることではなくて、人と生きることである」と語った人がいました。わたしは、言い得て妙だと思います。
             
                                            (了)

 どうも、ご清聴ありがとうございました。またのお越しをスタッフ一同お待ちしております。

 (以下、割愛)

                                                
 高知市民の大学(第64期)総合・金曜コース「家族」(予備)

 「家族と食事」                                2008-9年
                
                                  高知大学人文学部 武藤整司

 兼好法師の自足

 兼好法師は、『徒然草』(第百二十三段)で、「無益のことを成して時を移すを、愚かなる人とも、僻事
する人とも言ふべし。国のため、君のために、止むことを得ずして為すべき事多し。その余りの暇、幾ばく
ならず。思うべし、人の身に止むことを得ずして営む所、第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。
人間の大事、この三つに過ぎず。饑ゑず、寒からず、風雨に侵されずして、閑かに過すを楽しびとす。たゞ
し、人皆病あり。病に冒されぬれば、その愁忍び難し。医療を忘るべからず。薬を加へて、四つの事、求め
得ざるを貧しとす。この四つ、欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むを奢りとす。四つの事倹約
ならば、誰の人か足らずとせん」(「人の身に止むことを得ずして営む所、第一に食ふ物、第二に着る物、
第三に居る所なり。人間の大事、この三つに過ぎず」に、筆者による下線あり)と書いています。

 粗食の効用

 昭和30年代前半ぐらいまでの日本人の伝統的食事(米を中心に大麦、稗、粟などを主食とし、豆類、海藻、
小魚、芋類、季節野菜が副食、塩や醗酵食品の味噌、醤油、酢を調味料とする食事)が最も理にかなってい
るそうです(歴史的、文化的に長期の経験科学に基づいて育成された食であり、栄養バランスがとれ、食物
繊維が豊富で、健康にいい。これに牛乳を加えるとほぼベスト)。具体的には、飯、一汁一菜(場合によっ
てはさらに一品)、香の物、といったところでしょうか。贅沢品(牛肉や寿司など)は、晴れの日などに口
にすればよいのです。しかし、理屈では分かっていても、なかなか実践できないのが人間の悲しいところで
す。せいぜい粗食を心掛けたいものですが……。

 食品添加物について

 食物や経口性医薬品関連の危険に関する物質や事件、あるいは公害問題に発展した事項を以下に挙げてみ
ました。すべて説明できる人は、「食」に関する事情通です。
 森永砒素ミルク事件、カネミ油症事件、化学調味料、人工甘味料、サッカリン、酸化防止剤、着色料、チ
クロ使用禁止、ユリア食器、プリマハム事件、ポッカ事件、グリコ・カフェオレ事件、O-157、雪印牛乳汚
染、ダイオキシン、環境ホルモン、スモン病(キノホルム)、サリドマイド、水俣病(有機水銀中毒)、イ
タイイタイ病(カドミウム中毒)、インスタント食品、ジャンク・フード、ポスト・ハーベスト、ブロイラ
ー、養殖問題、狂牛病(肉骨粉)、遺伝子組み替え食品。

 食に関する現代的問題

 (1)自然からあまりに離れてしまったこと。
    例:「養殖」や「促成栽培」などは工業的発想。
 (2)「商業至上主義」ゆえに、「健康コスト」に目が向けられなかったこと。
    例:インスタント食品、冷凍食品、スナック菓子。
 (3)「工業技術立国」を打ち出したために、農林水産業が蔑ろにされたこと。
    例:減反政策、一次産業従事者の激減・高齢化・後継者問題。
 (4)必需品と贅沢品が本末転倒したこと。
    例:グルメブーム、朝食抜き、ジャンク・フード。
 (5)危険物質に対して鈍感でありすぎたこと。
    例:食品添加物の容認、製造者の無責任、行政の怠慢。
 (6)家族が一堂に会して食事をする習慣(一家団欒)が廃れつつあること。
    例:孤食の問題、外食産業の発展、包丁のない家庭。

                                         (了)

                                                 
 第67期高知市民の大学 総合コース(火曜日) 
                                  2010年4月6日‐7月20日

 「死をめぐる講座」コーディネーター:高知市民の大学運営委員 武藤整司

 第1回(4月6日) 「生命選択の時代 -人工妊娠中絶と尊厳死-」 

                     高知大学教育研究部人文社会学系人文社会科学部門教授 
 
                                  武藤整司

 今日、「生命選択の時代」が到来したと言われています。誕生に際しては、人工妊娠中絶、人工授精、デ
ザイナー・チャイルドなどの問題、逝去に際しては尊厳死や脳死の問題が問われています。かつてわたした
ち人間の生死は、神あるいは自然の裁量に委ねられていたはずですが、それを人間が操作しようとしている
のです。わたしたちは、これらの問題を虚心坦懐に見詰める必要があるのではないでしょうか。

 講義前半

 〔講義のテーマ〕

  あなたは小さな「生命(いのち)」をなかったことにできますか?

 ○わたしたちの時代は「生命選択」の時代である。
  「人工妊娠中絶」の容認。「尊厳死」≒「慈悲殺(mercy killing)」?
 ○二つのタイプの倫理学(SOLとQOL)
  (1)「生命の尊厳(the sanctity of life)」に基礎を置く伝統的倫理学
  (2)「生命の質(the quality of life)」を重視する新しい型の倫理学
 ○ジョン・ロック(John Locke, 1632-1704)の定義によれば、人格とは「自己意識を有すること」に尽
  きます。すなわち、自己意識こそが「人格の基礎的条件」なのです。図式的に示せば、次のようになる
  でしょう。 

                 ┌─ 生物学的意味での人間 ○
   「自己意識を失った人間」──┤
                 └─ 人  格       ×

 ○人格の五つの特徴
  (1)意識、とくに苦痛を感じる能力。
  (2)問題解決能力としての理性。
  (3)単に強制されたり、本能的に行為するだけではなく、自分の意志に基づいて行為できること。
  (4)コミュニケーションの能力。
  (5)自我の概念と自己意識があること。
 ○エンゲルハートによる人間の生命の三つの領域

  ┌─────────────────────────────┐
  │精子      人間の単なる生物学的生命         │
  │卵子                           │
  │胎児  ┌───────────────────┐    │
  │脳死者 │重度精神            幼児 │    │
  │受精卵 │障害者  社会的意味での人格   老衰者│    │
  │細胞  │   ┌──────────┐ 知的 │    │
  │    │   │道徳的共同体を構成す│ 障害の│    │
  │    │   │る厳密な意味での人格│ ある人│    │
  │    │   └──────────┘    │    │
  │    └───────────────────┘    │
  └─────────────────────────────┘

 ○「生命操作」の問題。「デザイナー・チャイルド(パーフェクト・ベイビー)」は、家畜の改良とどう
  違うのでしょうか。
 ○排卵誘発剤がもたらす多胎妊娠における「減数手術」の問題。
 ○人工妊娠中絶の問題
  優生保護法〔現・母体保護法1996年施行〕(第2条)による「人工妊娠中絶(abortion)」の定義はこ
  うなっています。
   「人工妊娠中絶」とは、胎児が、母体外において、生命を保続することができない時期に、人工的に、
    胎児及びその付属物を母体外に排出すること」……これを刑法は禁止しています。
    旧 優生保護法1948年〔現・母体保護法〕>刑法(堕胎の罪)→死文化
 ○それでは、中絶が認められるのはどういう場合でしょうか。
  (1)遺伝性身体疾患
  (2)強姦による妊娠
  (3)妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある場合
     (第14条:施行の翌年に追加)
 ○アメリカ合衆国における「生命尊重派(pro-life)」と「選択権尊重派(pro-choice)」の対立。
 ○それでは、中絶が必要な理由にはどういうものがあるでしょうか。
  (1)母体の生命の危険
  (2)胎児の異常(妊娠16-17週の羊水を検査して先天的異常の有無を判断する技術は、先端医療の中で
     も早くから確立している。今日では、別のもっと早い時期での診断が可能)
  (3)強姦による妊娠
  (4)計画外妊娠
  (5)貧困(飢餓)
  (6)人口問題 など
 ○「選択的中絶(selective abortion)」の問題
  障害者(ハンデキャップを背負った人)の事前抹殺であり、権力者による弱者淘汰を目指す優生思想の
  復活につながるという強固な反対意見も起こっています。
 ○妊娠三期説
  (1)最初の三ヶ月 …… 中絶の自由を承認。
  (2)中間の第二期 …… 母体の健康保護のための法的規制も可。
  (3)第三期〔胎児の母体外生存可能性(viability)が発生〕…… 中絶禁止。
 ○中絶の一般的論点
  (1)胎児が人間かどうか、人間はいつ人間になるのか(線引問題)。
     「人格に似ているが人格ではないもの(some person-like non-persons)」の扱いの問題。
  (2)胎児の道徳的身分。胎児の権利か、母体の権利か。

    参考:芥川龍之介の「河童」。

 ○保守的立場
  (1)神のみが生命の創造主。
  (2)人間には罪なき人間の生命を奪う権利はない(私見:罪人でもその人の生命を奪う権利などない)。
  (3)人間の生命は受胎の瞬間に始まる。
  (4)胎児の発育のいかなる時点における中絶も罪なき人間の生命を奪うことである。
 ○その他、「自己意識要件(the self consciousness requirement)」に基づくリベラル派や、女性の身
  体の支配権に基づく中間派がある。
 ○最後にヌーナンの科学的根拠
  「一つの精子が人間にまで成長する確率」2億分の1に対して、「自然流産を回避して、人間にまで成
  長する確率」5分の4。
 ○「不幸な子供を産まない運動」の意味
 ○「間違った出生(wrongful birth)」や「間違った生命(wrongful life)」という言葉

 以上のことを知った上で、自分の立場を構築してみましょう。


 講義後半

 〔講義のテーマ〕

  あなたは家族の「ダイイング・メッセージ(dying message)」をどう受け取りますか?

   参考文献:『山椒大夫・高瀬舟 他四編』、森鴎外 作、岩波文庫。
        (苦しむ弟の剃刀を抜いてやる=一種の慈悲殺)

 ○安楽死と治療停止
  ・「安らかな死(euthanasia)」=「良い死」?
  ・「尊厳死(death with dignity)」の問題。
  ・《death with dignity》……死そのものに尊厳があるわけではない。したがって、《dignified death》
   という言い方にはなっていない。
 ○「安楽死」概念の問題点
  ・「死の容認(allowing to die)」
  ・病院が実施できる違法でない死の介助
   (1)麻酔剤による痛みの緩和
   (2)病気に対する積極的治療をある時点以降停止すること
  ・「死ぬ権利(right to die)」をどう捉えるのか。
  ・レイチェルスの議論 ── 消極的安楽死を批判し、患者のさらなる苦しみを増すような選択は、
   「人道主義的な衝動(humanitarian impulse)」と相容れないとするもの。
  ・T.L. ビーチャムの議論 ── 積極的と消極的の区別の重要性の擁護
    ⇒「楔論法(wedge argument)」(一旦危険な楔が打ち込まれると以後事態はなしくずし的に不安
      定化し、「滑り坂(slippery slope)」を転げ落ちてゆくことを非難するもので、滑り坂論法
      とも呼ばれる)と、規則功利主義の論法とから、ビーチャムは、積極的安楽死と消極的安楽死
      との区別を重視する(レイチェルスの反論に対して)。
    ⇒「人命の尊重を教える原則もこの滑り坂論法の過程でだんだん腐蝕し廃棄されることになるだう」。
  ・「規則功利主義」:社会は公益・社会的福利にとってより善い結果、より大きな効用をもたらす規則を
            優先して採用すべきとする考え方。
  ・論争の集約点:「死の容認=消極的安楽死」は、積極的治療の停止と特別の延命装置の撤去に限られる。
  ・「人工呼吸装置」(その長期間の使用は「通常外の(extraordinary)」特別の措置とみなされる)を
   外すか否かという議論から、「強制栄養(involuntary forced feeding)による延命」の是非をめぐる
   議論へと移った。
 ○「安楽死」をとりまくわが国の状況
  ・戦後の「安楽死事件」は10件足らずであるが、つい最近、女医による当該事件が起こっている。
  ・さまざまな論議:(医療現場から)末期に限り18歳以上の患者の自己決定権を尊重し、無理な延命治
   療をしない(1997年、富山医科薬科大学倫理委員会、「リビングウィル尊重の基本方針」)。
  ・「安楽死」は犯罪であるが、その違法性が阻却される場合を示す判断が出た(東海大学安楽死事件横浜
   地裁判決)。
  ・「医師による安楽死の4要件」
   (1)耐え難い肉体的苦痛
   (2)死が不可避、かつ死期が切迫
   (3)肉体的苦痛を除去又は緩和する他の代替手段がない
   (4)生命の短縮を承諾する患者意思の明示
    以上の4条件すべてが具備した場合に限って、医師による措置の結果としての死(消極的安楽死)
   を容認できる。すなわち、その違法性を阻却できる、としたのである。
    ⇒ 48年前(1962年)の名古屋高裁判決の「安楽死容認の6要件」を更新するもの。そこでは、
     (5)医師の手によること、(6)その方法が倫理的であること、が数えられた。その趣旨は、
     横浜地裁判決でも受け継がれている。(3)にあるように、「肉体的苦痛」のみに限定している
     ことにも注意。すなわち、「精神的苦痛」は排除される。これは、オランダなどと相違。
  ・「尊厳死」は、患者の価値観を中心にした安楽死観念であり、他者による安楽死措置の是非という、
   われわれにとっての問題の次元とはいったん区別する必要があるだろう。
  ・「自己決定」に至る意思形成は、実は周囲の優生思想や功利主義社会からの強制による危険性も大き
   いのである。本当は「死にたくはない」が、周囲の迷惑を考えて、「死にたい」という表示をする。
    ⇒ メタ・メッセージ(ポリ・メッセージ)
  ・ホスピス・ケアと「死期を早める」措置とは一線を画すべき。
 ○最近のわが国の論議──日本学術会議報告『尊厳死について』(1994)
  ・「延命治療中止の意義」
   (1)判断能力を有する末期患者
      延命治療の停止は医師の倫理に悖るものではない。苦痛の緩和措置の義務。
   (2)植物状態の患者
      事前の意思表明(living will)に基づく
       ⇒ 「再確認できない本人意思」の問題「気が変わる」という事態をどう処理するか。
        「遺言」は日付の新しいものが有効。
  ・「強制栄養」の中止に関しては、180度の転換がある。これまでは、患者が拒否しても中止を認めるべ
    きではないと考えられてきた。
 ○「尊厳死法」に対して異議申し立て。「元気な者が、法律の威を借りて、ある種の人間に死ぬ権利を与え
  てやるなどということは、どう考えても許されることではない」。
 ○「積極的安楽死」と「医師による自殺幇助(Physician-Assisted-Suicide)」。
 ○オランダなどにおける、慣例としての「積極的安楽死」。注意すべきは、安楽死措置の要件として、
  「精神的苦痛」でもかまわない、という点である。
 ○「個人の自律意識の成熟」や「ホームドクター制による医師との信頼関係」というオランダの特殊事情
  を考慮しなければならない。つまり、そのまま日本に適用できることではない。           
 ○「自律原理」も「恩恵原理」も、また、「無危害原理」や「正義原理」を含めた倫理理論は、欧米の近代
  合理主義に棹さす欧米型バイオエシックスであって、けっしてそのままわれわれのパラダイム(模範)に
  なるべきものではない。

 以上のことを知った上で、自分の立場を構築してみましょう。

 註:本日の講義は、以下の参考文献に基づきます。

 『バイオエシックス入門〔第三版〕』、今井道夫/香川知晶 編、東信堂、2002年。


 (以下、割愛)

                                                 
 第74期 高知市民の大学「災害を語る ─ 文学を中心に据えて ─」
        
                         (金曜日・総合コース)2013年10月-2014年2月

  第1回(10月4日〔金〕)「日本映画に描かれた災害」  担当:武藤整司(高知大学・人文学部)

 はじめに

 2011年3月11日、東日本一帯を、マグニチュード9の大地震が襲いました。凄まじい揺れ方だったに違いあ
りません。その少しあとで、津波が押し寄せました。こちらの方の被害も甚大でした。追い打ちをかけるよ
うに、福島第一原発が爆発事故を起こしました。人間の浅知恵を嘲笑うかのように、自然はその猛威を振っ
て人間を弄んだのです。
 亡くなった人、怪我をした人、持病を悪化させた人、新たに病気を得た人、家族を喪った人、故郷を捨て
て避難を余儀なくされた人、財産を喪失した人、仕事を放棄しなければならなくなった人……さまざまな不
幸が一挙に押し寄せてきました。遠く高知で暮らす筆者の生活も少しばかり影響を受けました。しかも、2
年以上経つというのに、少しも立ち直った気分になれません。しかし、世間では、震災などどこ吹く風、す
でに風化してしまったかのように振る舞っている人々もいます。たとえば、東京にオリンピックを誘致する
プロジェクトも、手放しで快哉を叫ぶことができる事柄でしょうか。しばし、阪神・淡路大震災(1995年)
のときはどうだっただろうかと考えてみますと、これほどの深い絶望はなかったことに思い当たります。お
そらく、半永久的に未解決のまま厄介者を抱えていかなければならない原発事故を伴っているからでしょう。
 1945年8月15日、日本は「ポツダム宣言」を受諾して新しい時代を迎えました。戦争には敗れましたが、多
くの人々は平和を満喫できる日々を喜んだと思います。敗戦直後は相当貧しかった日本も、高度経済成長期
を経て、経済的には繁栄を謳歌できるようになりました。もはや人々は、「戦後」という言葉をあまり口に
しなくなり、凄まじいスピードで突っ走る「現代」という乗り物の乗客になったというわけです。それは、
途中下車は一切許されず、目的地すら教えてもらえない乗り物。ブレーキは故障してしまったのか、まった
く効かないかのようです。そして、3・11を迎えました。いったい、わたしたちは、どうしてこんな乗り物に
乗車してしまったのでしょうか。せめて、ブレーキの故障の原因ぐらいは知っておきたいものです。
 さて、繰り返しますが、東日本大震災以降、日本の前途はますます暗澹としてきました。しかし、高知の
知性と文化を担うべく設立された高知市民の大学では、ただ手を拱いているわけにはいきません。高知市民
を啓蒙し、これからの高知市はどうあるべきかを、市民とともに考えていかなければなりません。その一助
として、このたび、「災害を語る ─ 文学を中心に据えて ─」を企画しました。もちろん、災害への対策
に関しましては、さまざまな分野でいろいろな試みがなされていることは明らかです。いまさら、「災害」
を講座のテーマにすれば、市民の皆さんもちょっと食傷気味に思えるかもしれません。そこで、多少とも迂
遠とはいえ、文学の方面からも「災害」を論じてはどうかという企画が持ち上がりました。したがって、当
初、当該の講座名も「(仮)災害と文学」だったのですが、それでは少し狭いということもあり、もう少し
分野を拡大して、「災害について語る」という講座にシフト・チェンジさせました。これからは、戦後では
なく、3・11を起点としてわたしたちの現状を吟味しなければならないでしょう。そのような思いがあって企
画した講座です。メニューもバラエティに富むように工夫しました。
 さて、本日のテーマですが、さしあたり、これまで日本映画に描かれてきた災害(天災、人災、戦争など
を含む)を検討することを通して、日本人の災害に対する心構えを探ってみたいと思います。具体的には、
先ずは災害の分類を試み、災害に対する人間の態度を検討し、災害が人間に何を黙示しているのかを探求し
てみたいと思います。

 参考資料(1) 年代別主要鑑賞済「軍隊ならびに戦争関連」邦画一覧

 1930年代
  『上海陸戦隊』、監督:熊谷久虎、東宝東京、1939年。
  『土と兵隊』、監督:田坂具隆、日活多摩川、1939年。

 1940年代
  『燃ゆる大空』、監督:阿部豊、東宝東京、1940年。
  『ハワイ・マレー沖海戦』、監督:山本嘉次郎、東宝、1942年。
  『決戦の大空へ』、監督:渡辺邦男、東宝映画、1943年。
  『マライの虎』、監督:古賀聖人、大映多摩川、1943年。
  『一番美しく』、監督:黒澤明、東宝、1944年。
  『加藤隼戦闘隊』、監督:山本嘉次郎、東宝、1944年。
  『雷撃隊出動』、監督:山本嘉次郎、東宝、1944年。
  『陸軍』、監督:木下恵介、松竹大船、1944年。
  『風の中の鶏』、監督:小津安二郎、松竹大船、1948年。
  『夜の女たち』、監督:溝口健二、松竹京都、1948年。
  『静かなる決闘』、監督:黒澤明、大映、1949年。
  『異国の丘』、監督:渡辺邦男、新東宝=渡辺プロ、1949年。

 1950年代
  『きけわだつみの声 日本戦歿学生の手記』、監督:関川秀雄、東横映画、1950年。
  『また逢う日まで』、監督:今井正、東宝、1950年。
  『暁の脱走』、監督:谷口千吉、新東宝、1950年。
  『泣くな小鳩よ』、監督:毛利正樹、新東宝=青柳プロ、1950年。
  『武蔵野夫人』、監督:溝口健二、東宝、1951年。
  『少年期』、監督:木下恵介、松竹大船、1951年。
  『ブンガワンソロ』、監督:市川崑、新東宝、1951年。
  『夜來香(いえらいしゃん)』、監督:市川崑、新東宝=昭映プロ、1951年。
  『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
  『真空地帯』、監督:山本薩夫、新星映画、1952年。
  『本日休診』、監督:渋谷実、松竹大船、1952年。
  『モンテンルパの夜は更けて』、監督:青柳信雄、新東宝、1952年。
  『上海帰りのリル』、監督:島耕二、新東宝=綜芸プロ、1952年。
  『二人の瞳』、監督:仲木繁夫、大映、1952年。
  『雲ながるる果てに』、監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、1953年。
  『太平洋の鷲』、監督:本多猪四郎、東宝、1953年。
  『ひめゆりの塔』、監督:今井正、東映東京、1953年。
  『戦艦大和』、監督:阿部豊、新東宝、1953年。
  『ひろしま』、監督:関川秀雄、日教組プロ、1953年。
  『早稻田大學』、監督:佐伯清、東映、1953年。
  『君の名は 第一篇』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1953年。
  『君の名は 第二部』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1953年。
  『君の名は 第三部』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1954年。
  『二十四の瞳』、監督:木下恵介、松竹大船、1954年。
  『さらばラバウル』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
  『勲章』、監督:渋谷実、俳優座、1954年。
  『浮雲』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1955年。
  『ビルマの竪琴(総集版)』、監督:市川崑、日活、1956年。
  『異母兄弟』、監督:家城巳代治、独立映画、1957年。
  『明治天皇と日露大戦争』、監督:渡辺邦男、新東宝、1957年。
  『人間の條件 第1部・純愛篇/第2部・激怒篇』、監督:小林正樹、にんじんくらぶ=歌舞伎座映画、1959年。
  『人間の條件 第3部・望郷篇/第4部・戦雲篇』、監督:小林正樹、人間プロ、1959年。
  『独立愚連隊』、監督:岡本喜八、東宝、1959年。
  『野火』、監督:市川崑、大映東京、1959年。
  『潜水艦イ-57降伏せず』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
  『氾濫』、監督:増村保造、大映東京、1959年。
  『グラマ島の誘惑』、監督:川島雄三、東京映画、1959年。
  『荷車の歌』、監督:山本薩夫、全国農村映画協会、1959年。
  『私は貝になりたい』、監督:橋本忍、東宝、1959年。
  『社長太平記』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
  『金語楼の三等兵』、監督:曲谷守平、新東宝、1959年。
  『キクとイサム』、監督:今井正、大東映画、1959年。
  『海軍兵学校物語 あゝ江田島』、監督:村山三男、大映東京、1959年。

 1960年代
  『独立愚連隊西へ』、監督:岡本喜八、東宝、1960年。
  『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』、監督:松林宗恵、東宝、1960年。
  『電送人間』、監督:福田純、東宝、1960年。
  『あゝ特別攻撃隊』、監督:井上芳夫、大映東京、1960年。
  『人間の條件 第5部・死の脱出/第6部・曠野の彷徨』、監督:小林正樹、松竹大船=文芸プロにんじんくらぶ、1961年。
  『続・悪名』、監督:田中徳三、大映京都、1961年。
  『女は二度生まれる』、監督:川島雄三、大映東京、1961年。
  『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
  『東京の夜は泣いている』、監督:曲谷守平、新東宝、1961年。
  『新・悪名』、監督:森一生、大映京都、1962年。
  『秋津温泉』、監督:吉田喜重、松竹大船、1962年。
  『黒の試走車(テストカー)』、監督:増村保造、大映東京、1962年。
  『喜劇・駅前温泉』、監督:久松静児、東京映画、1962年。
  『拝啓天皇陛下様』、監督:野村芳太郎、松竹大船、1963年。
  『続・拝啓天皇陛下様』、監督:野村芳太郎、松竹大船、1963年。
  『陸軍残虐物語』、監督:佐藤純彌、東映東京、1963年。
  『太平洋の翼』、監督:松林宗恵、東宝、1963年。
  『青島(チンタオ)要塞爆撃命令』、監督:古澤憲吾、東宝、1963年。
  『海軍』、監督:村山新治、東映、1963年。
  『第三の悪名』、監督:田中徳三、大映京都、1963年。
  『武士道残酷物語』、監督:今井正、東映京都、1963年。
  『肉体の門』、監督:鈴木清順、日活、1964年。
  『馬鹿まるだし』、監督:山田洋次、松竹大船、1964年。
  『馬鹿が戦車(タンク)でやって来る』、監督:山田洋次、松竹大船、1964年。
  『帝銀事件 死刑囚』、監督:熊井啓、日活、1964年。
  『無責任遊侠伝』、監督:杉江敏男、東宝、1964年。
  『越後つついし親不知』、監督:今井正、東映東京、1964年。
  『執炎』、監督:蔵原惟繕、日活、1964年。
  『兵隊やくざ』、監督:増村保造、大映京都、1965年。
  『続兵隊やくざ』、監督:田中徳三、大映京都、1965年。
  『血と砂』、監督:岡本喜八、東宝=三船プロ、1965年。
  『太平洋奇跡の作戦・キスカ』、監督:丸山誠治、東宝、1965年。
  『清作の妻』、監督:増村保造、大映東京、1965年。
  『ユンボギの日記』、監督:大島渚、創造社、1965年。
  『あゝ零戦』、監督:村山三男、大映東京、1965年。
  『陸軍中野学校』、監督:増村保造、大映京都、1966年。
  『陸軍中野学校・雲一号指令』、監督:森一生、大映京都、1966年。
  『ゼロ・ファイター 大空戦』、監督:森谷司郎、東宝、1966年。
  『新・兵隊やくざ』、監督:田中徳三、大映京都、1966年。
  『兵隊やくざ脱獄』、監督:森一生、大映京都、1966年。
  『兵隊やくざ大脱走』、監督:田中徳三、大映京都、1966年。
  『赤い天使』、監督:増村保造、大映東京、1966年。
  『湖の琴』、監督:田坂具隆、東映京都、1966年。
  『愛と死の記録』、監督:蔵原惟繕、日活、1966年。
  『兵隊やくざ俺にまかせろ』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
  『兵隊やくざ殴り込み』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
  『日本のいちばん長い日』、監督:岡本喜八、東宝、1967年。
  『あゝ同期の桜』、監督:中島貞夫、東映京都、1967年。
  『陸軍中野学校・竜三号指令』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
  『陸軍中野学校・密命』、監督:井上昭、大映京都、1967年。
  『ある殺し屋』、監督:森一生、大映京都、1967年。
  『陸軍中野学校・開戦前夜』、監督:井上昭、大映京都、1968年。
  『兵隊やくざ・強奪』、監督:田中徳三、大映、1968年。
  『連合艦隊司令長官・山本五十六』、監督:丸山誠治、東宝、1968年。
  『肉弾』、監督:岡本喜八、「肉弾」をつくる会=ATG、1968年。
  『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』、監督:小沢茂弘、東映、1968年。
  『あゝ予科練』、監督:村山新治、東映、1968年。
  『セックス・チェック/第二の性』、監督:増村保造、大映東京、1968年。
  『新・網走番外地』、監督:マキノ雅弘、東映東京、1968年。
  『喜劇・駅前開運』、監督:豊田四郎、東京映画、1968年。
  『あゝひめゆりの塔』、監督:舛田利雄、日活、1968年。
  『昆虫大戦争』、監督:二本松嘉瑞、松竹、1968年。
  『日本海大海戦』、監督:丸山誠治、東宝、1969年。
  『橋のない川(第一部)』、監督:今井正、ほるぷ映画、1969年。
  『少年』、監督:大島渚、創造社=ATG、1969年。
  『あゝ海軍』、監督:村山三男、大映東京、1969年。
  『あゝ陸軍 隼戦闘隊』、監督:村山三男、大映東京、1969年。

 1970年代
  『最後の特攻隊』、監督:佐藤純彌、東映東京、1970年。
  『橋のない川(第二部)』、監督:今井正、ほるぷ映画、1970年。
  『戦争と人間 第一部 運命の序曲』、監督:山本薩夫、日活、1970年。
  『戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河』、監督:山本薩夫、日活、1971年。
  『あゝ声なき友』、監督:今井正、松竹=渥美清プロダクション、1972年。
  『戦争と人間 第三部 完結編』、監督:山本薩夫、日活、1973年。
  『戒厳令』、監督:吉田喜重、現代映画社=ATG、1973年。
  『サンダカン八番娼館 望郷』、監督:熊井啓、東宝=俳優座、1974年。
  『あゝ決戦航空隊』、監督:山下耕作、東映、1974年。
  『無宿(やどなし)』、監督:斎藤耕一、勝プロダクション、1974年。
  『樺太一九四五年夏 氷雪の門』、監督:村山三男、ジャパン・ムービー・ピクチュア、1974年。
  『球形の荒野』、監督:貞永方久、松竹、1975年。
  『絶唱』、監督:西河克己、東宝=ホリプロ、1975年。
  『不毛地帯』、監督:山本薩夫、芸苑社、1976年。
  『風立ちぬ』、監督:若杉光夫、東宝=ホリプロ、1976年。
  『はだしのゲン』、監督:山田典吾、現代ぷろだくしょん、1976年。
  『八甲田山』、監督:森谷司郎、橋本プロ=東宝=シナノ企画、1977年。
  『HOUSE ハウス』、監督:大林宣彦、東宝映像、1977年。
  『惑星大戦争』、監督:福田純、東宝映画=東宝映像、1977年。
  『皇帝のいない八月』、監督:山本薩夫、松竹、1978年。
  『炎の舞』、監督:河崎義祐、東宝=ホリプロ=ホリ企画制作、1978年。
  『英霊たちの応援歌・最後の早慶戦』、監督:岡本喜八、東京12チェンネル、1979年。

 1980年代
  『二百三高地』、監督:舛田利雄、東映東京、1980年。
  『東京大空襲 ガラスのうさぎ』、監督:橘祐典、大映映像=共同映画全国系列会議、1980年。
  『野獣死すべし』、監督:村川透、東映=角川春樹事務所、1980年。
  『動乱』、監督:森谷司郎、東映=シナノ企画、1980年。
  『連合艦隊』、監督:松林宗恵、東宝映画、1981年。
  『泥の河』、監督:小栗康平、木村プロ、1981年。
  『大日本帝国』、監督:舛田利雄、東映、1982年。
  『この子の七つのお祝いに』、監督:増村保造、松竹=角川春樹事務所、1982年。
  『戦場のメリークリスマス』、監督:大島渚、日本(大島渚プロ=朝日放送)=英国、1983年。
  『日本海大海戦・海ゆかば』、監督:舛田利雄、東映東京、1983年。
  『小説吉田学校』、監督:森谷司郎、フィルムリンク・インターナショナル、1983年。
  『丑三つ村』、監督:田中登、松竹映像=富士映画、1983年。
  『瀬戸内少年野球団』、監督:篠田正浩、YOUの会=ヘラルド・エース、1984年。
  『零戦燃ゆ』、監督:舛田利雄、東宝映画=渡辺プロ、1984年。
  『修羅の群れ』、監督:山下耕作、東映京都、1984年。
  『上海バンスキング』、監督:深作欣二、松竹=シネセゾン=テレビ朝日、1984年。
  『ビルマの竪琴』、監督:市川崑、フジテレビジョン=博報堂=キネマ東京=東京国際映像文化振興会、1985年。
  『海と毒薬』、監督:熊井啓、「海と毒薬」製作委員会、1986年。
  『犬死にせしもの』、監督:井筒和幸、大映=ディレクターズ・カンパニー、1986年。
  『ゆきゆきて、神軍』、監督:原一男、疾走プロダクション、1987年。
  『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
  『火垂るの墓』、監督:高畑勲、新潮社、1988年。
  『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
  『肉体の門』、監督:五社英雄、東映、1988年。
  『追悼のざわめき』、監督:松井良彦、欲望プロダクション、1988年。
  『ぼくらの七日間戦争』、監督:菅原比呂志、角川春樹事務所、1988年。
  『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
  『あ・うん』、監督:降旗康男、東宝映画=フイルム フェイス、1989年。
  『226』、監督:五社英雄、フィーチャーフィルムエンタープライズ、1989年。

 1990年代
  『北緯15°のデュオ』、監督:根本順善、N&Nプロモーション、1991年。
  『きけ、わだつみの声 Last Friends』、監督:出目昌伸、東映=バンダイビジュアル、1995年。
  『君を忘れない』、監督:渡辺孝好、「君を忘れない」製作委員会〔日本ヘラルド=ポニーキャニオン=
   デスティニー〕、1995年。
  『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
  『地雷を踏んだらサヨウナラ』、監督:五十嵐匠、チームオクヤマ、1999年。
  『白痴』、監督:手塚眞、映画「白痴」製作実行委員会=手塚プロダクション、1999年。

 2000年代(2001-2004年)
  『十五才 学校IV』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ放送網=住友商事=角川書店=博報堂、2000年。
  『ホタル』、監督:降旗康男、東映=テレビ朝日=住友商事=角川書店=東北新社=日本出版販売=TOKYO
   FM=朝日新聞社=高倉プロモーション、2001年。
  『バトル・ロワイアル 特別篇』、監督:深作欣二、「バトル・ロワイアル」製作委員会〔東映=アム
   アソシエイツ=広美=日本出版販売=MFピクチャーズ=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ〕、
   2001年。
  『ムルデカ 17805』、監督:藤由紀夫、東京映像制作、2001年。
  『美しい夏キリシマ』、監督:黒木和雄、ランブルフィッシュ、2002年。
  『鏡の女たち』、監督:吉田喜重、グループコーポレーション=現代映画社=ルートピクチャーズ=
   グループキネマ東京、2002年。
  『この世の外へ/クラブ進駐軍』、監督:阪本順治、松竹=衛星劇場=角川大映映画=朝日放送=
   エフ・シシー・ビー・ワールドワイド=セディックインターナショナル=システム デ=КИНО、
   2003年。
  『赤い月』、監督:降旗康男、東宝=日本テレビ=電通=読売テレビ=読売新聞社=日本出版販売=SDP、
   2003年。
  『バトル・ロワイアル II 【特別篇】REVENGE』、監督:深作欣二/深作健太、東映=深作組=テレビ
   朝日=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ=日本出版販売=TOKYO
   FM=セガ=東映ビデオ=東映エージェンシー、2003年。
  『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
   メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
  『笑の大学』、監督:星護、フジテレビ=東宝=パルコ、2004年。
  『IZO(イゾー)』、監督:三池崇史、ケイエスエス=オフィスハタノ=エクセレントフィルム、2004年。
  『機関車先生』、監督:廣木隆一、「機関車先生」製作委員会〔プラウドマン=ユーティーネット=テア
   トルアカデミー=ウィザードピクチャーズ=日本ヘラルド映画=電通=テレビ朝日〕、2004年。

 2000年代(2005-2009年)
  『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
  『亡国のイージス』、監督:阪本順治、日本ヘラルド映画=松竹=電通=バンダイビジュアル=ジェネオン
   エンタテインメント=IMAGICA=TOKYO FM=産経新聞社=デスティニー、2005年。
  『八月拾五日のラストダンス』、監督:井出良英、ブロードバンド・ピクチャーズ、2005年。
  『男たちの大和/YAMATO』、監督:佐藤純彌、「男たちの大和/YAMATO」製作委員会(東映=角川春樹
   事務所=テレビ朝日=他)、2005年。
  『17歳の風景』、監督:若松孝二、若松プロダクション=シマフィルム、2005年。
  『赤い鯨と白い蛇』、監督:せんぼんよしこ、クリーク・アンド・リバー=東北新社、2005年。
  『鉄人28号』、監督:冨樫森、T-28 PROJECT〔電通=キングレコード=メディアウェイブ=衛星劇場=
   テレビ朝日=ジェネオン エンタテインメント=GENEON ENTERTAINMENT USA=クロスメディア〕、2005年。
  『バルトの楽園(がくえん)』、監督:出目昌伸、東映=シナノ企画=日本出版販売=TOKYO FM=テレビ
   朝日=加賀電子=読売新聞=福島民報社、2006年。
  『となり町戦争』、監督:渡辺謙作、フューチャー・プラネット=角川ヘラルド映画=衛星劇場=パパドゥ
   音楽出版、2006年。
  『出口のない海』、監督:佐々部清、「出口のない海」フィルムパートナーズ〔松竹=ポニーキャニオン=
   住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=スカパー・ウェルシンク=IMAGICA=講談社=メモリーテック=Yahoo!
    JAPAN=朝日新聞社=東京都ASA連合会=アドギア=メーテレ=山口放送=朝日放送〕、2006年。
  『ユビサキから世界を』、監督:行定勲、フォーライフミュージックエンタテインメント=ランブル
   フィッシュ=ケーブルテレビ山形、2006年。
  『地下鉄(メトロ)に乗って』、監督:篠原哲雄、METRO ASSOCIATES〔ギャガ・コミュニケーションズ=
   ジェネオン エンタテインメント=テレビ朝日=メーテレ=電通=松竹=IMAGICA=LDH=アドギア=
   ミコット・エンド・バサラ=デスティニー〕、2006年。
  『紙屋悦子の青春』、監督:黒木和雄、バンダイビジュアル=アドギア=テレビ朝日=ワコー=パル企画、
   2006年。
  『パッチギ LOVE & PEACE』、監督:井筒和幸、「パッチギ LOVE & PEACE」パートナーズ〔シネカノン=
   ハピネット=SHOW BOX=読売テレビ=メモリーテック=エイベックス・エンタテインメント〕、2007年。
  『俺は、君のためにこそ死ににいく』、監督:所城卓、「俺は、君のためにこそ死ににいく」製作委員会
   〔東映=シーユーシー=東映ビデオ=シーイーシー=日本テレビ放送網=ゲオ=日本出版販売=産経
   新聞社=所城卓事務所〕、2007年。
  『北辰斜にさすところ』、監督:神山征二郎、映画「北辰斜にさすところ」製作委員会=神山プロダク
   ション、2007年。
  『魍魎の匣』、監督:原田眞人、「魍魎の匣」製作委員会〔エムシーエフ・プランニング2=ジェネオン
   エンタテインメント=ショウゲート=朝日放送=バンダイネットワークス=小椋事務所〕、2007年。
  『母(かあ)べえ』、監督:山田洋次、「母べえ」製作委員会〔松竹=テレビ朝日=衛星劇場=エフエム
   東京=読売新聞東京本社=名古屋テレビ放送=住友商事=博報堂DYメディアパートナーズ=日本出版
   販売=ヤフー=朝日放送〕、2007年。
  『夕凪の街 桜の国』、監督:佐々部清、「夕凪の街 桜の国」製作委員会〔アートポート=セガ=住友
   商事=読売テレビ=双葉社=読売新聞大阪本社=TOKYO FM=東北新社=東急レクリエーション=シネ
   ムーブ=ビッグショット=広島テレビ=福岡放送=山口放送〕、2007年。
  『明日への遺言』、監督:小泉尭史、アスミック・エース エンタテインメント=住友商事=産経新聞社=
   WOWOW=テレビ東京=ティー ワイ リミテッド=シネマ・インヴェストメント=CBC=エース・プロダク
   ション、2008年。
  『火垂るの墓』、監督:日向寺太郎、「火垂るの墓」フィルム・パートナーズ〔テレビ東京=バンダイ
   ビジュアル=ポニーキャニオン=衛生劇場=佐久間製菓=トルネード・フィルム=ジョリー・ロジャー=
   パル企画〕、2008年。
  『私は貝になりたい』、監督:福澤克雄、「私は貝になりたい」製作委員会〔TBS=東宝=ジェイ・
   ドリーム=博報堂DYメディアパートナーズ=毎日放送=朝日新聞社=プロダクション尾木=中部日本
   放送=TBSラジオ=TOKYO FM=RKB毎日放送=北海道放送=他 JNN全28局〕、2008年。
  『クヒオ大佐』、監督:吉田大八、「クヒオ大佐」製作委員会〔モンスター☆ウルトラ=ショウゲート=
   ティー・ワイ・オー・アミューズソフトエンタテインメント=メディアファクトリー=パルコ=日活・
   チャンネルNECO=アスミック・エース エンタテインメント〕、2009年。
  『真夏のオリオン』、監督:篠原哲雄、「真夏のオリオン」パートナーズ〔テレビ朝日=東宝=博報堂DY
   メディアパートナーズ=バップ=小学館=木下工務店=デスティニー=日本出版販売=朝日放送=
   メーテレ=朝日新聞社〕、2009年。
  『パンドラの匣』、監督:冨永昌敬、「パンドラの匣」製作委員会〔東京テアトル=ジェネオン・
   ユニバーサル・エンターテイメント=シネグリーオ=パレード=GIP=河北新報社〕、2009年。

 2010年代
  『キャタピラー(CATERPILLAR)』、監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2010年。
  『聯合艦隊司令長官 山本五十六』、監督:成島出、「聯合艦隊司令長官 山本五十六」製作委員会、
   2011年。
  『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』、監督:平山秀幸、「太平洋の奇跡」製作委員会〔日本テレビ
   放送網=バップ=東宝=DNドリームパートナーズ=読売放送=電通=読売新聞社=札幌テレビ=ミヤギ
   テレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2011年。
  『この空の花 長岡花火物語』、監督:大林宣彦、「長岡映画」製作委員会〔長岡商工会議所=(社)長岡
   青年会議所=(社)長岡観光コンペンション協会=長岡まつり協議会=NPO法人復興支援ネット
   ワーク・フェニックス=長岡ロケナビ=市民映画館をつくる会=新潟県フィルムコミッション協議会=
   長岡都市ホテル資産保有株式会社=新潟綜合警備保障株式会社〕、2011年。
  『一枚のハガキ』、監督:新藤兼人、近代映画協会=渡辺商事=プランダス、2011年。

 参考資料(2) 観ておきたい原爆・原発・災害などを背景にした邦画

 『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
 『ひろしま』、監督:関川秀雄、日教組プロ、1953年。
 『ゴジラ』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
 『生きものの記録』、監督:黒澤明、東宝、1955年。
 『純愛物語』、監督:今井正、東映東京、1957年。
 『美女と液体人間』、監督:本多猪四郎、東宝、1958年。
 『第五福竜丸』、監督:新藤兼人、近代映画協会=新世紀映画、1959年。
 『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
 『愛と死の記録』、監督:蔵原惟繕、日活、1966年。
 『昆虫大戦争』、監督:二本松嘉瑞、松竹、1968年。
 『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
 『日本沈没』、監督:森谷司郎、東宝=東宝映像、1973年。
 『ふたりのイーダ』、監督:松山善三、映画「ふたりのイーダ」プロ、1976年。
 『はだしのゲン』、監督:山田典吾、現代ぷろだくしょん、1976年。
 『原子力戦争 LOST LOVE』、監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年。
 『太陽を盗んだ男』、監督:長谷川和彦、キティフィルム、1979年。
 『復活の日』、監督:深作欣二、角川春樹事務所=東京放送、1980年。
 『地震列島』、監督:大森健次郎、東宝映画、1980年。
 『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
 『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
 『夢千代日記』、監督:浦山桐郎、東映京都、1985年。
 『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
 『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
 『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
 『夢』、監督:黒澤明、黒澤プロ、1990年。
 『ビキニの海は忘れない』、監督:森康行、映画「ビキニの海は忘れない」制作実行委員会、1990年。
 『八月の狂詩曲』、監督:黒澤明、黒澤プロダクション、1991年。
 『罵詈雑言』、監督:渡辺文樹、BARI・ZOGONオフィス、1996年。
 『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
 『千里眼』、監督:麻生学、「千里眼」製作委員会〔東映=小学館=小学館プロダクション〕、 2000年。
 『東京原発』、監督:山川元:グランプリ=オメガ・ピクチャーズ=日活=衛星劇場、2002年。
 『昭和歌謡大全集』、監督:篠原哲雄、光和インターナショナル=バンダイビジュアル、2002年。
 『鏡の女たち』、監督:吉田喜重、グループコーポレーション=現代映画社=ルートピクチャーズ=グループ
  キネマ東京、2002年。
 『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
  メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
 『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
 『鉄人28号』、監督:冨樫森、T-28 PROJECT〔電通=キングレコード=メディアウェイブ=衛星劇場=
  テレビ朝日=ジェネオン エンタテインメント=GENEON ENTERTAINMENT USA=クロスメディア〕、2005年。
 『日本沈没』、監督:樋口真嗣、TBS=東宝=セディックインターナショナル=電通=J-dream=
  S・D・P=MBS=小学館=毎日新聞社、2006年。
 『日本以外全部沈没』、監督:川崎実、クロックワークス=トルネード・フィルム=ウェッジホール
  ディングズ=角川ヘラルド映画=ジャパン・デジタル・コンテンツ信託=リバートップ、2006年。
 『夕凪の街 桜の国』、監督:佐々部清、アートポート、2007年。
 『感染列島』、監督:瀬々敬久、「感染列島」製作委員会〔TBS=東宝=電通=MBS=ホリプロ=CBC=
  ツインズジャパン=小学館=RKB=朝日新聞社=HBC=RCC=SBS=TBC=Yahoo! Japan〕、2009年。
 『USB』、監督:奥秀太郎、NEGA、2009年。
 『希望の国(THE LAND OF HOPE)』、監督:園子温、The Land of Hope Film Partners、2012年。
 『おだやかな日常』、監督:内田伸輝、「おだやかな日常」製作委員会、2012年。
 『放射線を浴びたX年後』、監督:伊東英朗、南海放送、2012年。
 『遺体 明日への十日間』、監督:君塚良一、フジテレビジョン、2013年。

  * 参考資料(1)と重複する日本映画も含みます。


 (以下、割愛)

                                                
 第80期 高知市民の大学『「市民の大学」が語る高知の過去・現在・未来』
        
                           (金曜日・総合コース)2016年9月-2017年1月


「これからの高知に必要なこと」 武藤整司(高知大学・人文社会科学部)

                            2016年12月16日(金)18:30?20:00
                          (於 高知市文化プラザかるぽーと 11階大講義室)

 現在、高知大学では、「実のある地域連携」に向けて、さまざまな試みがなされています。「地域協働学
部」の新設は言うまでもなく、共通教育科目の「課題探求実践セミナー」を地域関連科目として全学必修化
するとともに、専門教育における課題探求・問題解決型授業もあわせて実施するようになりました。すなわ
ち、地域に目を開いた実践的研究や教育が重視されるようになったというわけです。もっとも、それはごく
最近の傾向というわけではなく、すでに20世紀の終わりころから、旧「生涯学習教育研究センター」などを
介しても研究されてきたことであり、筆者も、「高知県における再利用・再生・改修の研究」「高知県にお
ける職業創造の研究」「高知県における高齢者介護体系創設の研究」などの必要性を訴えてきました。そこ
で、筆者が関わる「課題探求実践セミナー」の参加学生の地域(とくに、高知)に対する意識などを踏まえ
ながら、上記三つの課題に関して、いくばくかの管見を披瀝してみたいと思います。

 〔参考資料〕

  ○ はじめに

 わたしの専門は哲学ですので、具体的に高知の未来を策定するようなビジョンを示すわけではありません。
むしろ、夢想に近い戯言を弄することになるかもしれません。したがって、皆様の「お耳汚し」のつもりで
語りますので、どうぞ気楽に聞き流していただけば幸甚かと存じます。

 ○ 課題探究実践セミナーについて

 大学改革に伴う授業改善の一環として、共通教育の初年次必修科目として、「課題探究実践セミナー」が
本格的に導入されました。わたしは、同僚とともに、2015年度から担当しておりますが、その際に記した報
告書の一部を以下に示したいと存じます。

 班ごとの第一課題
  ラーメン班    高知の山の利用
  ざるそば班    高知の水路には防護柵がないところがある
  きつねうどん班  高知の時給はなぜ安い

 ハイライト課題
  水曜市の見学

 班ごとの第二課題
  ラーメン班   「高知の子ども向け娯楽」
  ざるそば班   「高知の観光」
  きつねうどん班 「高知の治安」

 次に、2016年度は、以下の通りです。

 生卵班(10名)   第一課題:はりまや橋
           ハイライト課題:ゴミの出し方
           第二課題:馬路村
 卵焼き班(10名)  第一課題:観光(高知城)
           ハイライト課題:病院および福祉施設
           第二課題:祭り
 目玉焼き班(10名) 第一課題:自転車
           ハイライト課題:水路
           第二課題:釣り(水辺のレジャー)

 ○ 大学と地域の連携について

  地域連携研究案(その1)

 題目:高知県における再利用・再生・改修の研究
 研究対象:過去の循環型社会の研究、外国の循環型社会の研究、製品素材の研究、学際的再生学の構築、
      ヴォランティア学の創設、法整備、啓蒙運動、等。
 担当学問の候補:物質科学、経済学、経営学、法学、政治学、歴史学、等。

  地域連携研究案(その2)

 題目:高知県における職業創造の研究
 研究対象:産業構造の研究、新規産業創造の研究、総合的高知研究、法整備、啓蒙運動、等。
 担当学問の候補:自然科学全般、経済学、経営学、社会学、政治学、法学、等。

  地域連携研究案(その3)

 題目:高知県における高齢者介護体系創設の研究
 研究対象:総合的医療看護福祉学の構築、法整備、啓蒙運動、等。
 担当学問の候補:医学、看護学、社会福祉学、経済学、政治学、法学、倫理学、等。

                                 ご清聴ありがとうございました。

                                                 
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