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 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第143弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト143」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『やくざ坊主』(監督:安田公義、大映、1967年)を観た。お気楽な時代劇アクションであり、 
ピカレスク・ロマンの香高き娯楽作品である。主演の勝新太郎は、この頃すでに『悪名』(1961年)、『座
頭市物語』(1962年)、『兵隊やくざ』(1965年)などで名を売っており、押しも押されもせぬスターダム
に伸し上がっていた。続篇として、『続・やくざ坊主』(監督:池広一夫、大映京都、1968年)〔筆者、未
見〕も製作されたが、さすがにシリーズ化はされなかった。当時、市川雷蔵と並んで大映の弗箱スターだっ
たので、さぞや忙しい日々を過ごしていたのであろう。この主人公の竜全という坊主、何でもありの破戒僧
であるが、どこか憎めないところがあり、勝新が演じたさまざまなキャラクターの中でも、けっして見劣り
はしない。やはり悪党が出てこないと映画として面白くなく、その点でまったく痛快であった。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『若親分兇状旅』の高岩肇がシナリオを執筆し、『悪名一代』の安田公義が監督した、悪僧を主人
 公とするアクション時代劇で、撮影は『ひき裂かれた盛装』の森田富士郎が担当した。

   〔あらすじ〕

  江戸のあるボロ寺に、刺青をした破戒坊主、竜全(勝新太郎)が転りこんで来た。たまたま、その
 寺で、聖天一家と蛇の目一家の出入りがあり、聖天松五郎(杉山昌三九)は、蛇の目の源蔵(堀北幸
 夫)らを全滅させて岡場所の縄張りを握ったが、竜全はその聖天に会い、縄張りをゆすった。怒って
 斬りかかる聖天を、竜全はあっさり火箸で片づけてしまった。二組のやくざを消した竜全は町の人気
 者になり、早速、売れっ妓のお辰(小川真由美)に言い寄ったが、汚い格好の竜全に、お辰は振り向
 きもしなかった。竜全は次の日から、寺男の権六(多々良純)、島破りの三次(山本一郎)を使って、
 寺で連れ込み宿を開業、そのうえ、ゆすり、賭場の開帳と、悪徳商売を始め、大儲けをした。小判の
 顔を拝んだお辰は、今度は前とは打って変り、竜全に対しては愛想がよかった。ある日、岡場所に目
 をつけた第三のやくざ井桁一家が、ひそかに機会を狙い、竜全に近づいてきた。そして竜全の所業を
 見て寺社奉行に密告、彼を捕えさせようとしたが、竜全は咄嗟の機転でその場を逃れた。そんなとき、
 金貸しの甚兵衛(玉置一恵)に騙されて身を売ろうとしたお鶴(三木本賀代)を助けた竜全は、代償
 に彼女の身体をいただいたのだが、やがてお鶴は、権六の隠し金を盗んだ三次とともに寺を去った。
 一方、竜全は、井桁の大八(小松方正)の用心棒である柏真十郎(成田三樹夫)に狙われ、また同心
 近藤(金内吉男)の追及に商売もうまく行かなくなってきた。そのため、近藤の不正を探し出して脅
 したが、近藤を操っているのは処刑されたはずの大悪党疾風の猪八(渡辺文雄)であり、猪八とは女
 郎屋巴屋の勘助の正体と知った。近藤はやがて猪八に殺され、悪徳坊主竜全は岡場所と寺を賭けて猪
 八、井桁の大八、柏と対決することになった。竜全は、傷つきながらも、彼ら一味を倒したのだが、
 次の朝、役人たちの手で岡場所も、寺も立入禁止にされてしまった。再び無一文となった竜全は、未
 練がましい権六を置き去りにして、独り新規まきなおしを計ってこの町を去っていった。

 他に、久保菜穂子(おえん=大八の妾)、五味龍太郎(虎松=大八の子分)、藤川準(金蔵)、西岡弘善
(弥十)、石原須磨男(賭場の客)などが出演している。竜全は文字通り悪党だが、他の悪党を退治すると
いう意味で、並の善人にはけっして真似のできない超越の人なのである。多々良純を久しぶりに見たが、さ
すがに上手い。成田三樹夫の浪人姿も決まっていたと思う。


 某月某日

 DVDで邦画の『暖流』(監督:増村保造、大映東京、1957年)を観た。岸田國士原作のこの作品は、以下に
挙げるように都合3回映画化されている。なお、当該作品は、当時の「現代」に焼き直している。したがって、
主役の日疋と石渡は、ともに戦争孤児という設定である。

  『暖流』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1939年。「日日是労働セレクト126」、参照。
  『暖流』、監督:増村保造、大映東京、1957年。
  『暖流』、監督:野村芳太郎、松竹、1966年〔筆者、未見〕。

 戦前のメロドラマだが、登場人物のキャラクターがくっきりしており、その分歯切れがよい。3作品の主
な登場人物の配役を記しておこう。一部、<ウィキペディア>を参照した。

                     吉村版        増村版        野村版        
  日疋祐三(主事)          佐分利信       根上淳        平幹二朗
  石渡ぎん(看護婦)         水戸光子       左幸子        倍賞千恵子
  志摩啓子(病院長の令嬢)      高峰三枝子      野添ひとみ      岩下志麻
  笹島(啓子の婚約者)        徳大寺伸       品川隆二       細川俊之
  志摩泰英(病院長)         藤野秀夫       小川虎之助      笠智衆
  志摩泰彦(病院長の息子)      斎藤達雄       船越英二       仲谷昇
  志摩滝子(泰英の妻)        葛城文子       村田知英子      夏川静江
  志摩三喜枝(泰彦の妻)       森川まさみ      清水谷薫       岸田今日子
  糸田隆蔵(事務長)         日守新一       潮万太郎       桑山正一

 それなりの配役で、興味深い。とくに、笹島役の品川隆二はキザで冷淡な男の感じがよく出ていた。典型
的な敵役二枚目俳優といったところか。もっとも、その後、彼はTV時代劇の『素浪人 月影兵庫』などで、焼
津の半次のイメージが頭の中で醸成されたので、小生にとっては新鮮であった。左幸子と野添ひとみは、増
村監督の「過剰な演技」指導によく耐えたと思う。日本の女性像の殻を破ろうとする監督の意図がはっきり
していたので、大袈裟な演技もよく似合っていた。主役の根上淳は生真面目さがよく表現されていたと思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  岸田國士の同名小説の再映画化である。前回は昭和十四年、吉村公三郎監督、佐分利信、高峰三枝
 子、水戸光子主演、今回は『青空娘』のコンビ、白坂依志夫が脚色、増村保造が監督した。撮影は、
 『透明人間と蠅男』の村井博。主演は『駐在所日記』の根上淳、『九人の死刑囚』の左幸子、『地上』
 の野添ひとみ、『駐在所日記』の船越英二、南左斗子、それに品川隆二、叶順子。大映カラー。

   〔あらすじ〕

  日疋祐三(根上淳)は病床にいる恩人の志摩泰英博士(小川虎之助)から病院の建てなおしを依頼
 されて何年ぶりかで東京の土を踏んだ。病院内は院長の息子泰彦(船越英二)の無能をよいことに、
 その腐敗は目にあまるものがあった。日疋は堤看護婦(下平れい子)の自殺事件で看護婦の石渡ぎん
 (左幸子)と知り合い、彼女から病院内の情報を手に入れることになった。やがて日疋はぎんから愛
 情を寄せられるようになったが、彼は院長の娘啓子(野添ひとみ)に憧れに近いものを抱いていた。
 啓子の婚約者笹島(品川隆二)の素行をなかば義務のように調べたが、その女性関係は乱脈をきわめ
 ていた。日疋はそれを啓子にありのまま伝えたが、啓子はかえって日疋を軽蔑した。そんな啓子も笹
 島の情事の現場に出あってから笹島の求愛を退けるのだった。院長の死は病院乗っ取り派の連中には
 もっけの幸だったが、日疋は関西の資本家を動かすことに成功、新院長も決定し、乗っ取り派を追放
 することができた。病院が新しい組織と陣容で立ち直ったのを見た日疋は辞表を提出することに決め
 た。病院をやめ派出看護婦となったぎんは、最後の機会にと啓子を呼び出したが、啓子も今は日疋に
 愛情を抱いていた。二人は互いに日疋との結婚を胸に秘めて、冷い空気の中で別れた。志摩家を訪れ
 た日疋は、陽の傾いた波打際で、啓子から愛情を打ち明けられたが、「遅すぎました。すでに僕はぎ
 んと結婚することに決めました」と語り、啓子はふたりを明るく祝福するのだった。

 他に、村田知英子(志摩滝子=泰英の後添え)、清水谷薫(志摩三喜枝=泰彦の妻)、大山健二(金谷内
科部長)、小杉光史(田所外科部長)、春本冨士夫(津留博士)、伊東光一(風間博士)、高村栄一(榊博
士)、潮万太郎(糸田隆蔵=事務長)、杉田康(真岡=事務長の甥)、小原利之(和久井=新しい事務長)、
住友久子(熱馬秋子)、金田一敦子(篠田高子)、南左斗子(中川冴子)、小泉順子(松下達子)、松平直
子(安達和子=モデル、笹島の愛人)、村田扶実子(橋本=婦長)、加治夏子(副婦長)、久保田紀子(恵
美=看護婦)、叶順子(秀子=同)、半谷光子(栄子=同)、楠よし子(邦江=同)、響令子(徳子=同)、
山茶花究(相良=製薬会社社長)、吉井莞象(藤休丹後)、目黒幸子(雪枝)、高野英子(咲子)、星ひか
る(煙山=弁護士)、伊藤直保(守衛)、武江義雄(若い事務員)、小田桐桂子(看護婦A)、宮戸美知子
(同B)、三宅川和子(同C)、桜井喜美子(若い看護婦)、中田勉(アパートの住人)、杉森麟(渋谷=
医師)、飛田喜佐夫(藤田=同)、伊達正(竹中=同)、高田宗彦(体操教師)、藤山浩一(ディレクター)、
新宮信子(助手)、三角八郎(アパートの管理人)、丸山明宏(劇中の人)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『女の勲章』(監督:吉村公三郎、大映東京、1961年)を観た。その存在さえ知らなかった映
画であるが、さすが吉村公三郎、痒いところに手が届く演出である。通俗的でありながら、人間の暗部をコ
ンパクトに描写しており、少なくとも作品を観ている間は登場人物が活き活きとしていた。おそらくその通
俗性ゆえにあまり評価されていないのかもしれないが、小生としては「傑作」と呼んでも差し支えないと思
う。60年安保の翌年の作品でありながら、華やかなファッション界の裏側を描く辺りは、並の映画監督では
なし得ないことであろう。映像的工夫も台詞回しも抜群で、スピーディな流れの中に、実に複雑な要素を惜
しげもなく詰め込んでいる。原作は山崎豊子、脚色は新藤兼人なので、人間観察の鋭さは折り紙つきである。
しかし、それを映像化することは容易ではないだろう。無駄なシーンなど一切ない110分であった。小生が
鑑賞済みの吉村作品を以下に掲げてみよう。オムニバス作品を含めると、11作品になる。

  『暖流』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1939年。
  『安城家の舞踏会』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年。
  『像を喰った連中』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年。
  『わが生涯のかゞやける日』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1948年。
  『偽れる盛装』、監督:吉村公三郎、大映京都、1951年。
  『暴力』、監督:吉村公三郎、東映京都、1952年。
  『夜の河』、監督:吉村公三郎、大映京都、1956年。
  『大阪物語』、監督:吉村公三郎、大映京都、1957年。
  『女経(じょきょう)』、監督:増村保造/市川崑/吉村公三郎、大映、1960年。
  『女の勲章』、監督:吉村公三郎、大映、1961年。
  『越前竹人形』、監督:吉村公三郎、大映京都、1963年。

 以上である。いずれも人間模様が克明に描かれており、どれひとつとっても半端な作品はない。戦前から
映画を撮ってきた苦労人の骨の太さを感じる監督である。生涯30本弱の作品があるらしいので、3割くらい
は観ている勘定になる。なお、「家族研究への布石(映像篇)」と「武藤ゼミとはどんなゼミ?」とに登録
している小生の観たい作品は、以下の10本である。いずれ機会があれば、すべて鑑賞したいと思っている。

  『西住戦車長伝』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1940年。
  『嫉妬』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1949年。
  『自由学校』、監督:吉村公三郎、大映東京、1951年。
  『源氏物語』、監督:吉村公三郎、大映、1951年。
  『西陣の姉妹』、監督:吉村公三郎、大映京都、1952年。
  『夜明け前』、監督:吉村公三郎、近代映画協会=劇団民芸、1953年。
  『千羽鶴』、監督:吉村公三郎、大映京都、1953年。
  『足摺岬』、監督:吉村公三郎、近代映画協会、1954年。
  『貴族の階段』、監督:吉村公三郎、大映、1959年。
  『襤褸の旗』、監督:吉村公三郎、「襤褸の旗」製作委員会、1974年。

 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  山崎豊子の新聞小説の映画化で、『「挑戦」より 愛と炎と』の新藤兼人が脚色し、『婚期』の吉
 村公三郎が監督した。撮影は『若い仲間』の小原譲治。

   〔あらすじ〕

  船場のいとはん育ちの大庭式子(京マチ子)が神戸の魚崎でこじんまりした洋裁教室を開いたのが
 四年前、生徒もふえて大阪進出を計画したのが一昨年だった。式子は八代銀四郎(田宮二郎)を相談
 相手に選んだ。彼は大学を出た布地問屋の息子で、事業欲にもえる野心家であった。銀四郎の活躍で、
 甲子園に式子を院長とする聖和服飾学院が開校した。式子には、内弟子として長年つかえてきた三人
 のデザイナーがいた。津川倫子(若尾文子)、坪田かつ美(叶順子)、大木富枝(中村玉緒)である。
 倫子は中でも野心的で、三ッ輪織物の販売宣伝課員である野本敬太(内藤武敏)と関係し、彼を通じ
 て学院に三ッ輪の生地を提供させ、学院内でいい地位を得ようとしていた。しかし、倫子の企みはす
 ぐ銀四郎に見破られ、式子と銀四郎を一層接近させる原因となっただけだった。関西デザイナー協会
 のファッション・ショーで、式子のデザインが“新しい大阪のモード”として脚光を浴びたのは、銀
 四郎の友人で新聞記者の曽根英生(船越英二)の力が大きかった。学院の経営はとんとん拍子に運ん
 だ。夏、六甲ホテルに泊まった式子と銀四郎は、霧の夜結ばれた。銀四郎は、倫子とは学院が心斎橋
 に本校を建てた場合甲子園分校の院長にする条件で、かつ美には京都分校を、また富枝には縫製工場
 を任すという約束で、次々と関係を結んだ。銀四郎の事業欲はとどまるところを知らなかった。フラ
 ンスのランベールの型紙を購入するために、式子は渡仏することになった。出発の前日、彼女は銀四
 郎が、三人の弟子と関係を持っていることを知った。式子はみすぼらしくむせび泣いた。フランスで
 は、国際仏文学会に出席していた白石教授(森雅之)の骨折りで、ランベールとの取引きに成功した。
 式子は白石の胸にもたれたかった。帰国した式子は、銀四郎に白石との結婚話を持ち出した。ランベ
 ール・ショーの利益も、本校も分校もすべて譲渡すると言った。しかし、銀四郎はその申し出を承認
 するはずもなかった……。

 他に、三津田健(大原泰造=洋裁学校連盟理事長)、細川ちか子(大原京子=泰造の妻のデザイナー)、
日高澄子(伊東歌子=デザイナーのひとり)、村田知栄子(安田兼子=同)、滝花久子(きよ=大庭家の女  
中)、宮川和子(白川洋子)、伊東光一(平山=大坂毎日新聞事業部長)、杉田康(倉田=三ッ輪織物パリ
駐在員)、早川雄三(病院に取材に来た新聞記者)、穂高のり子(看護婦)、市田ひろみ(モデルA)、三
浦友子(同じくB)、松本幹二(六甲ホテルのボーイ)、田中美津子(ウェイトレス)などが出演している。
 光と影の交錯が物語を盛り上げており、踏切の警報機の光などが実に巧みに利用されていた。情事に関し
ても、そのものズバリを描くことなく、かえって鑑賞者の想像を逞しくさせる効果があった。また、洋裁学
校の詳細に関しても、原作者の取材が行き届いており、短い時間でその全容が分かるような工夫がなされて
いた。たとえば、大庭式子が「聖和服飾学院」を開講した際の挨拶の言葉なども、細部にリアリティが籠っ
ていた。以下に、その挨拶の言葉を挙げておこう。式子が、洋裁学校は単なる花嫁学校でもなく、ある種の
職業教育をする学校でもなく、若い女性の造型的な教養を学ぶ所とした上で、次のように語っている。

  「私の申しますデザインというのは布地をデザインすることだけを意味するものではございません。
   日常生活のデザイン、つまり、ひとりひとりの個性と感受性とによって、生活様式、生活環境が
   美しくデザインされ、生活そのものを快適に、詩的に形づくってゆくものでございます」。

 〔ウィキペディア〕によれば、原作者の山崎豊子が、近藤年子という、大阪・船場生まれで大阪・東京で
店舗展開したファッション・デザイナーの許に足しげく通って、取材を重ねたと言われている。また、上田
安子服飾専門学校創設者の上田安子も創作の参考にした由。ただし、物語はもちろんフィクションで、その
虚構を支える材料だったのだろう。なお、1962年と1976年に、いずれもフジテレビ系でテレビドラマ化され
た。また、今年(2017年)もTV化されているので、現代の視聴者の興味を惹くテーマでもあるのだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『夏の妹』(監督:大島渚、創造社=ATG、1972年)を観た。大島監督の主だった作品はかなり
観ているが、未鑑賞の1本だった本作は、彼とATGとが関わった最後の作品の由。ATGが一枚噛んだ作品を以下
に挙げておこう。全部で、7本ある。ただし、うち2本は配給のみ。

  『忍者武芸帳』、監督:大島渚、創造社、1967年。(配給のみ)
  『絞死刑』、監督:大島渚、創造社=ATG、1968年。
  『少年』、監督:大島渚、創造社=ATG、1969年。
  『東京◯争戦後秘話』、監督:大島渚、創造社=ATG、1970年。◯=占+戈(「戦」の略字)
  『新宿泥棒日記』、監督:大島渚、創造社、1969年。(配給のみ)
  『儀式』、監督:大島渚、創造社=ATG、1971年。
  『夏の妹』、監督:大島渚、創造社=ATG、1972年。

 本作を鑑賞することによって、大島監督がATGに関わった作品は全部観たことになる。順番をつけることは
けっこう難儀だが、最も優れた作品は『絞死刑』か『少年』のどちらかであることは動かない。本作は沖縄
問題を扱っているが、大分ライトな作品なので、どこか牧歌的な印象を与える。その背後にある沖縄の真実
をある程度知らなければ、ただの青春映画と看做されてしまうかもしれない。大島流の硬直した台詞が滑稽
感を煽るが、いつもの大島組に加えて栗田ひろみ、りりィ、石橋正次、殿山泰司が加わったところに妙味が
ある。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  本土復帰にわきかえる沖縄を舞台に、戦中、戦後を通じて日本と沖縄を引き裂いた愛と憎しみを、
 沖縄の美しい自然を背景に、少女の心情を通して描く。脚本は『儀式』の田村孟と佐々木守、監督は
 脚本も執筆している同作の大島渚、撮影は『男一匹ガキ大将』の吉岡康弘がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  夏休みも近い日、菊地素直子〔愛称:スータン〕(栗田ひろみ)の許に一通の手紙が届いた。大村
 鶴男(石橋正次)という沖縄の青年からで、彼の父は、彼が小さい時死んだものだと思っていたが、
 最近、母の大村ツル(小山明子)から素直子の父の菊地浩佑(小松方正)が鶴男の父らしいと知らさ
 れたというのである。そして、「夏休みには沖縄へ遊びに来てほしい」、と結んであった。夏休みが
 来た。素直子は、彼女のピアノの家庭教師で、かつ父が再婚しようとしている若い女性、小藤田桃子
 (りりィ)に鶴男のことを打ちあけ、鶴男を探しに二人で沖縄へ旅立つ。姉妹のように仲むつまじい
 女同志の船旅。船中で二人は、桜田拓三(殿山泰司)という老人と知り合った。彼は戦前、戦中の沖
 縄への熱い憧憬と深い贖罪の念を抱き、誰か自分を殺してくれる相手を探しに沖縄へ行く、と言うの
 であった。やがて船は那覇へ着いた。そこで素直子は沖縄語を観光客に教えて金を稼いだり、ギター
 で流す一人の若い男と知り合った。彼は、実は鶴男なのだが、もちろんお互いに気付かない。二人は
 親しさを増していった。兄妹のように、恋人同志のように。一方、桃子はホテルに届けられた鶴男か
 ら素直子宛の手紙を受取り、素直子に黙って、ひそかに鶴男に会った。鶴男は桃子を素直子と思い、
 また桃子は、鶴男に惹かれていき、人違いであることを告白できなくなる。浩佑が沖縄にやって来て
 国吉真幸(佐藤慶)に会い、また鶴男の母ツルとも再会していた。その席に照屋林徳(戸浦六宏)が
 現れた。彼は名人といわれる琉歌の老歌手で、沖縄戦において体験した日本軍の残酷行為に深い怨み
 を抱き復讐の一念に燃えている男である。桜田拓三も同席した。殺されたい男、殺したい男である、
 桜田と照屋が対峙する。日本と沖縄の戦中、戦後史を貫く彼らの愛と憎しみと怨念が激しく葛藤する。
 桃子、素直子も加わり、一同に会した。そこで素直子はツルに問いただすもはぐらかされる。翌日、
 桃子は鶴男と会い二人は愛を交わす。その現場を素直子が物陰から目撃していた。「桃子のバカヤロ
 ー、ギターのバカヤロー、鶴男を探しもしないであんなことを……」。素直子の瞳には大粒の涙が光
 っていた。砂浜で浩佑たちが歓談していた。そこに素直子が現われる。遅れて現われた鶴男と桃子。
 そこで素直子はギターの青年こそが鶴男だと知らされる。昔話が始まる。浩佑は大学時代、親友の国
 吉から妹だといってツルを紹介され、国吉が学生運動で入獄中にツルを犯した。国吉は出獄してツル
 からそのことを聞き、彼もまたツルを犯した。男二人の間に座って、今は見事な女丈夫となったツル
 はもう心揺らぐことなく静かに微笑むのだった。翌日、浩佑と桃子がひと足先に帰京。素直子も帰京
 すべく鶴男に別れを告げる。船中から素直子は一隻の小舟に乗っている桜田と照屋を見た。「あいつ
 らまた魚を釣ってお酒を飲むつもりだ」とあきれた素直子は立ち去る。

 他に、地元の人と思われる人々が大勢出演している。疑似的な近親相姦の雰囲気は、日琉関係を象徴して
いるのだろうか。小生にはそう見えた。桜田拓三役の殿山泰司が語る、沖縄の娼館と娼婦の話は面白かった。
彼でなければ出せない味が十分に出ていたと思う。なお、出演者のひとりであるりりィは昨年の今頃亡くな
っている。合掌。


 某月某日

 DVDで邦画の『鉄砲玉の美学』(監督:中島貞夫、白楊社=ATG、1973年)を観た。ATGが製作に関わる映画  
だが、撮ったのは既成の大物監督の中島貞夫である。たしかにそれまでの東映色とは色合が違い、かっこわ
るいチンピラの生態を描いている。小生が鑑賞済みの中島作品を以下に挙げておこう。全部で24本ある。<ウ
ィキペディア>によれば、現在のところ生涯62作品の由。小生としては4割弱の鑑賞率であるから、結構観て
いることになる。さらに、「家族研究への布石(映像篇)」には登録していないが、次の作品は観ている蓋
然性が高い。たぶん観ていると思うが、記憶が曖昧だからである。

  『くノ一忍法』、監督:中島貞夫、東映、1964年。* 監督デビュー作
  『温泉こんにゃく芸者』、監督:中島貞夫、東映京都、1970年。

 今、<ウィキペディア>と<Movie Walker>を調査したが、観ていることが判明した。前者に関しては、併映
された『散歩する霊柩車』(監督:佐藤肇、東映、1964年)を鑑賞したことをはっきり覚えているからであ
る。後者に関しては、その筋書を読んで思い出した。殿山泰司と女屋美和子の遣り取りを微かに思い出した
のである。なお、前者は成人指定映画であるが、小学校4年生のときに観たことになる。小学生を入場させ
た当時の映画館「月島東映」のおおらかさと言ってしまえば身も蓋もないが、とにかく父親と観に行った記
憶がある。たぶん、新聞の映画広告欄で『くノ一忍法』の「忍法」という文字に反応したのだと思う。当時、
小生は「忍者もの」にはまっており、それで父親にねだったのだろう。横山光輝の人気漫画『伊賀の影丸』
(『週刊少年サンデー』、1961年-1966年連載)を連想したのだと思う。成人映画だと知って父親は内心焦っ
たのかもしれないが、何にも言わなかった。そういうことに頓着しない人だったような気がする。おそらく、
現代では考えられないかもしれないので、あえて記しておく。なお、これを機に、両作品ともに「家族研究
への布石(映像篇)」に登録しておく。ちなみに、中島作品62本中の26本となり、これで鑑賞率は四割を超
えた。
 さて、中島貞夫の代表作は「日本の首領(ドン)」三部作だと思うが、当該作品も毛色が違うという意味
で十分に代表作に数え上げられるだろう。

  『893愚連隊』、監督:中島貞夫、東映京都、1966年。
  『あゝ同期の桜』、監督:中島貞夫、東映京都、1967年。
  『日本暗殺秘録』、監督:中島貞夫、東映京都、1969年。
  『懲役太郎・まむしの兄弟』、監督:中島貞夫、東映京都、1971年。
  『まむしの兄弟・懲役十三回』、監督:中島貞夫、東映京都、1972年。
  『まむしの兄弟・傷害恐喝十八犯』、監督:中島貞夫、東映京都、1972年。
  『鉄砲玉の美学』、監督:中島貞夫、白楊社=ATG、1972年。
  『脱獄広島殺人囚』、監督:中島貞夫、東映京都、1974年。
  『唐獅子警察』、監督:中島貞夫、東映京都、1974年。
  『暴動島根刑務所』、監督:中島貞夫、東映京都、1975年。
  『沖縄やくざ戦争』、監督:中島貞夫、東映京都、1976年。
  『バカ政ホラ政トッパ政』、監督:中島貞夫、東映京都、1976年。
  『やくざ戦争 日本の首領(ドン)』、監督:中島貞夫、東映京都、1977年。
  『日本の首領(ドン)・野望篇』、監督:中島貞夫、東映京都、1977年。
  『日本の仁義』、監督:中島貞夫、東映京都、1977年。
  『日本の首領(ドン)・完結篇』、監督:中島貞夫、東映京都、1978年。
  『総長の首』、監督:中島貞夫、東映京都、1979年。
  『人生劇場』、監督:深作欣二/佐藤純彌/中島貞夫、東映、1983年。
  『瀬降り物語』、監督:中島貞夫、東映京都、1985年。
  『激動の1750日』、監督:中島貞夫、東映、1990年。
  『新・極道の妻たち』、監督:中島貞夫、東映京都、1991年。
  『首領(ドン)を殺(と)った男』、監督:中島貞夫、東映=東映ビデオ、1994年。
  『極道の妻たち 危険な賭け』、監督:中島貞夫、東映京都、1996年。
  『極道の妻たち 決着(けじめ)』、監督:中島貞夫、東映、1998年。

 以上である、上記の2作品を併せて、26本ということになる。
 物語を確認しておこう。先ずは、<ウィキペディア>の「概要」を引用してみよう。映画が製作された背景
に触れているからである。執筆者に多謝。

   〔概要〕

  東映ヤクザ映画の監督の一人として、義理と人情に厚くて格好良いヤクザが活躍する任侠路線のプ
 ログラムピクチャーを撮り続けていた中島貞夫であるが、1970年代に入ると、あまりにも様式に捕ら
 われたその路線は行き詰まりを見せ始めた。そこで中島は、監督に自由に映画を撮らせることで知ら
 れるATGに撮影の場を移し、あえて格好悪いヤクザの姿を撮ることでその突破口を見つけようとした。
  同年には深作欣二監督の『仁義なき戦い』が公開され、任侠路線から実録路線へと、ヤクザ映画の
 主流が大きく移り変わることとなる。『鉄砲玉の美学』はそのさきがけとなった作品であり、深作と
 並んで東映実録路線の二大巨頭として君臨することとなる中島貞夫の、時代の転換期における暗中模
 索が見られると言う点で映画史的に重要な作品である。
  重要な作品でありながらビデオ化・DVD化が全くなされず、視聴が極めて困難であったことと、伝説
 的なロックバンドである頭脳警察が主題歌・劇中歌を歌っていることもあって(当時はヤクザ映画の
 主題歌としてロックが使われるという時点で異例だった)、90年代以降のシネフィルの間ではカルト
 中のカルト映画として知られることになる。 なお、2017年3月14日に主演の渡瀬恒彦が亡くなったこ
 とを受け、同年8月に初めてDVDが発売されることが決まった。

 記事の通り、小生も鑑賞を熱望していた映画のひとつであり、「主演の渡瀬恒彦の死去がきっかけとなっ
てDVDが発売されることになった」という点に感慨深いものがある。
 次に、<Movie Walker>を引用しよう。これについても、執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご
寛恕を乞う。

   〔解説〕

  一人のチンピラが“鉄砲玉”として、僅か数日の短い間だが、彼がかつて夢想すらしなかった充実
 した時間を経験して死んでいく。脚本は『木枯し紋次郎 関わりござんせん』の野上龍雄、監督も同
 作の中島貞夫。撮影は『温泉スッポン芸者』の増田敏雄がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  関西に本拠を持つ広域暴力団天佑会は、九州に進出するために、同会に所属するチンピラ、小池清
 (渡瀬恒彦)を“鉄砲玉”としてM市へ飛ばすことに決めた。この頃、清は何もかもツイていなかっ
 た。兎のバイもまったく思わしくないし、情婦のよし子(森みつる)とも喧嘩したし、ハジキ一挺に、
 自由に使える現ナマが百万円! 「やりま!」……たった一言、清の返事は短かかった。M市での初
 めての夜。恐怖と緊張で全身を硬わばらせながらも、清は「天佑会の小池清や」と名乗って、精一杯、
 傍若無人に振舞ったが、どこからも反撃の気配すらなかった。酒はいくらでも飲めた。面白いように
 女が寄って来た。一寸した傷害事件がキッカケで、清は最高の女を手に入れた。地元の南九会の幹部・
 杉町の情婦、潤子(杉本美樹)である。もはや清は何も疑わなかった。最高に生きるということはこ
 ういうことや! M市から離れた静かな地方都市(都城)を潤子と腕を組んで散歩する清には、ヤク
 ザの顔は微塵もなく、ただ、満ち足りた平凡な一人の若者の顔しかなかった。こうして波は二十四歳
 の誕生日を迎えた。だが、その日、潤子の姿が彼の前から消えた。呆然とする清。M市へ来た当初、
 一刻たりとも傍から離さなかったハジキは、遂に意外な方向に向けて発射されることになった。天佑
 会の九州進出が中止されたことにより、バックのなくなった清めがけて南九会の反撃が開始された……。
 数時間後、潤子と二人で行く約束をしていた霧島行きのバスの中に息絶えた清の姿があった。

 他に、碧川ジュン(律子=清の目の前でレイプされた女)、小池朝雄(杉町=南九会の幹部)、松井康子
(ゆき=清がドライヴに誘った女)、荒木一郎(五郎=清の麻雀仲間)、大木正司(修=同)、広瀬義宣
(安夫=同)、川谷拓三(南九会のチンピラ)、西田良(刑事=清に撃たれる)、遠藤辰雄(ヤクザ幹部=
声の出演)、千葉敏郎(同)、大月正太郎(同)、斎藤寿也(同)などが出演している。
 チンピラ役で出演している川谷拓三が売れるきっかけとなった「東映ピラニア軍団」(1975年、結成)は
まだ存在せず、当該映画の役柄も清以上に情けないものであるが、その風貌と演技には独特のものがあり、
小生は彼が売れっ子になる前から気になっていた俳優のひとりである。TVドラマでの死に方が半端でなく、
それで記憶したのだと思う。なお、ピラニア軍団の発起人は渡瀬恒彦その人である。


 某月某日

 DVDで「座頭市」シリーズを2本観たので報告しよう。どちらも大映ではなく勝プロダクションが製作した  
作品で東宝が配給している。永らく観たかった作品であるが、TSUTAYAには置いていないので、未鑑賞だった。 
最近になってDVDを入手したので、早速鑑賞に及んだ次第である。
 1本目は、『座頭市御用旅』(監督:森一生、勝プロ、1972年)である。勝新太郎にとって恩人とも言え
る森一生監督の作品である。というのも、鳴かず飛ばずの二枚目俳優であった勝新が、『不知火検校』(監
督:森一生、大映京都、1960年)で一皮むけたのであるが、そのときの監督が森一生だからである。その作
品においても盲目の人物を演じているが、勝新の当り役となった「座頭市」の先駆とも言える。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  昭和三十七年『座頭市物語』以来のシリーズ二十三本目。脚本は『渡世人 命の捨て場』の直居鉄
 哉。監督は『皆殺しのスキャット』の森一生。撮影は『片足のエース』の森田富士郎。

   〔あらすじ〕

  師走の風が吹き抜ける荒涼たる原野を行く座頭市(勝新太郎)は、旅姿の女がやくざに襲われてい
 るのを救ったが、女の持っていた二十両は奪われ、その上身重な躰は陣痛が激しくなっていた。寒風
 の荒野に盲目のにわか産姿……。それでも市の苦闘で新しい生命が誕生した。それは母親の生命とひ
 きかえではあった。「野州・塩原の佐太郎に……」。いまわのきわに残した父親の名で市の行先は決
 った。その市を憎悪の目で追う小さな影があった。健太(岡本健)は、母・お志乃(新條多久美)の
 腹痛を見かねて人を呼びに走り、弟の出産と母の死だけを目撃したのだ。一方、塩原に着いた市は、
 老目明しの藤兵衛(森重久彌)に佐太郎(明石勤)の住居をたずねるが、佐太郎は八年も前に飛び出
 し、お八重(大谷直子)という妹が一人、旅籠で働いていた。市は、お八重に赤ん坊を渡せば役目は
 果たせると思っていたが、この平和な街に札つきのやくざ、鳴神の鉄五郎(三国連太郎)が乗り込ん
 で来て、お八重の借金二十両のカタに、彼女の躰を狙い始めた。兄の佐太郎が作ってくれる筈の金は
 まだ届かない。それにしても二十両を作るのは難儀な仕事だ。やがて、十手捕縄を狙う鉄五郎のため
 に藤兵衛は斬られてしまう。無気味な男が座頭市だと知った鉄五郎は用心棒集めにかかった。そんな
 大晦日の塩原に佐太郎が帰ってきた。どこに隠れていたのか健太が佐太郎に飛びつく。渡世人仲間で
 は腕を知られた佐太郎も、妹を救うため、恋女房の仇を討つため捨身で市をつけ狙う。除夜の鐘まで
 あと半刻。鉄五郎の用心棒で居合の達人相良伝十郎(高橋悦史)、代官所の捕方、佐太郎が、市の命
 を奪おうと塩原神社の境台で待ちうける。そして座頭市は捨身で危機を切り抜ける。

 他に、酒井修(清次=藤兵衛の倅)、秋山勝俊(鹿沼の政吉)、深江章喜(仁助)、石橋蓮司(権六)、
蟹江敬三(庄六)、大川修(伝三)、しめぎしがこ(投げ節お駒)、近江照子(お松)、正司玲児(団九郎)、
正司敏江(梅助)、笑福亭仁鶴(豆六)、田辺一鶴(講談師)、玉川勝太郎(浪曲の口演)などが出演して
いる。まったく忘れていたが、田辺一鶴を久しぶりに見た。やはり、うるさかった。
 2本目は、『新座頭市物語・折れた杖』(監督:勝新太郎、勝プロ、1972年)である。何度も観たような
シーンの連続であるが、勝新自身がメガフォンをとっているので、映像としては新味がないこともなかった。
もっとも、カメラマンの森田富士郎が語っていたが、やはり監督としては素人で、アイディア倒れになるこ
とも多かったらしい。これは、大映監督の田中徳三も語っていたことがある。ともあれ、大映が倒産してか
らの作品であるから、勝新としては気苦労も多かったに違いない。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  “座頭市”シリーズ二十四作目。今作は勝新太郎がこのシリーズ初めて、『顔役(1971年)』に引
 き続き二本目の監督作。脚本は犬塚稔、撮影は『座頭市御用旅』の森田富士郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  三味線をしっかりと手に握った座頭市(勝新太郎)が銚子の港へ向かっていた。偶然の事故で、市
 の目の前で死んだ行きずりの老婆のぶ(伏見直江)から彼女の娘に形見の三味線を届けるよう頼まれ
 たのである。銚子の宿、女郎屋“扇屋”に娘、錦木(太地喜和子)がいた。市は錦木を身請けする金
 を稼ぎに賭場へ向かった。一人の母親の切ない願いをかなえてやるために。賭場の貸元、鍵屋万五郎
 (小池朝雄)は、漁師たちを無理矢理賭場へ誘い、金ばかりか船までもまきあげていた。万五郎の狙
 いは、港の実権を握ることである。その賭場へ市が現れ、五十両をなんなく稼いでしまった。怒った
 万五郎は、飯岡助五郎(大滝秀治)から“百両首の座頭市”の廻状が回っていることもあり、子分た
 ちと用心棒神条常盤(高城丈二)に市を狙わせた。五十両で錦木を身請けした市は、錦木に指一本触
 れようとはしなかった。ところが錦木には、市の情が分らず、盲目の市を持て余すのだった。一方、
 万五郎は銚子の港を着々と自分のものにしていった。実権を握った万五郎は市の命を狙うべく、綿木
 の馴染みの男、丑松(中村賀津雄〔嘉葎雄〕)を使い錦木を人質にとる。そして、丑松は、錦木を庇
 う市の両手の甲に銛を突き刺したのである。その後、万五郎は用のなくなった丑松を殺し、錦木をふ
 たたび女郎屋に戻す。とうの昔に人なみの夢や幸福など捨てさり、昨日、今日と別の男に抱かれるこ
 とに仇花を咲かせる女になってしまった錦木。だが、何故か市の後姿に女心がゆれ、涙がにじむのだ
 った。両手のきかなくなった市にとどめをさそうとした万五郎一味。絶体絶命の市。しかし市は、刺
 された掌に抜き放った仕込み杖を固く縛りつけ最後の反撃にうつり、危機を脱する。そして、おじ気
 づいた万五郎一味を相手に怒りの仕込み杖を振り回すのだった。

 他に、吉沢京子(楓=扇屋の小女)、小梅秦寛(新吉=楓の弟)、春川ますみ(お浜=扇屋の女将)、青
山良彦(安房屋徳治郎)、藤岡重慶(猪之吉=万五郎の子分)、松山照夫(伊八=同)、田島和子(花里=
扇屋の女郎)などが出演している。
 勝新が座頭市を演じる「座頭市」シリーズは全部で26本あるが、これで25本観たことになる。残るはあと
1本、『新座頭市物語・笠間の血祭り』(監督:安田公義、勝プロ、1973年)のみとなった。面白いことに、
勝新の当り役シリーズである「悪名」や「兵隊やくざ」も残り1本を残して全作品を鑑賞している。それぞ
れ1本ずつ残っているので、かえって後の楽しみである。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので報告しよう。どちらも1969年に公開された映画で、戦争の名残りや70年安保の雰  
囲気が幾分かは感じられる作品であった。もっとも、その色調は両者でまったく異なっている。
 1本目は、『喜劇・一発大必勝』(監督:山田洋次、松竹、1969年)である。なぜかTSUTAYAに置いてなか  
ったので、これまで未鑑賞だった作品である。DVDを入手したので、早速鑑賞に及んだ次第である。山田洋次
の作品は以下に挙げるように83本観ているが、出来の悪い方に属するのではないか。興行成績も振るわなかっ
たようである。山田監督は『男はつらいよ』シリーズの他、佳品もたくさんあるが、当該作のように外れも  
ある。プログラム・ピクチャーの大御所としては、仕方がないことなのだろう。
 なお、( )内の数字は、「日日是労働セレクト」のナンバー。当該ナンバーのサイトに感想文がある。
(──)は、「セレクト」に感想文なし。

  『二階の他人』、監督:山田洋次、松竹大船、1961年。(22)
  『下町の太陽』、監督:山田洋次、松竹大船、1963年。(──)
  『馬鹿まるだし』、監督:山田洋次、松竹大船、1964年。(23)
  『いいかげん馬鹿』、監督:山田洋次、松竹、1964年。(23)
  『馬鹿が戦車(タンク)でやって来る』、監督:山田洋次、松竹大船、1964年。(24)
  『霧の旗』、監督:山田洋次、松竹大船、1965年。(7)
  『運がよけりゃ』、監督:山田洋次、松竹、1966年。(23)
  『なつかしい風来坊』、監督:山田洋次、松竹大船、1966年。(31)
  『愛の讃歌』、監督:山田洋次、松竹大船、1967年。(27)
  『九ちゃんのでっかい夢』、監督:山田洋次、松竹、1967年。(27)
  『喜劇・一発勝負』、監督:山田洋次、松竹、1967年。(97)
  『ハナ肇の一発大冒険』、監督:山田洋次、松竹、1968年。(26)
  『吹けば飛ぶよな男だが』、監督:山田洋次、松竹、1968年。(26)
  『男はつらいよ』、監督:山田洋次、松竹、1969年。(──)
  『続・男はつらいよ』、監督:山田洋次、松竹、1969年。(──)
  『喜劇・一発大必勝』、監督:山田洋次、松竹、1969年。(143)
  『家族』、監督:山田洋次、松竹、1970年。(──)
  『男はつらいよ・望郷篇』、監督、山田洋次、松竹、1970年。(──)
  『男はつらいよ・純情篇』、監督、山田洋次、松竹、1971年。(──)
  『男はつらいよ・奮闘篇』、監督、山田洋次、松竹、1971年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎恋歌』、監督、山田洋次、松竹、1971年。(──)
  『男はつらいよ・柴又慕情』、監督:山田洋次、松竹、1972年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎夢枕』、監督:山田洋次、松竹、1972年。(──)
  『故郷』、監督:山田洋次、松竹、1972年。(11)
  『男はつらいよ・寅次郎忘れな草』、監督:山田洋次、松竹、1973年。(──)
  『男はつらいよ・私の寅さん』、監督:山田洋次、松竹、1973年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎恋やつれ』、監督:山田洋次、松竹、1974年。(7)
  『男はつらいよ・寅次郎子守唄』、監督:山田洋次、松竹、1974年。(7)
  『男はつらいよ・寅次郎相合い傘』、監督:山田洋次、松竹、1975年。(7)
  『男はつらいよ・葛飾立志篇』、監督:山田洋次、松竹、1975年。(7)
  『同胞』、監督:山田洋次、松竹、1975年。(11)
  『男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け』、監督:山田洋次、松竹、1976年。(7)
  『男はつらいよ・寅次郎純情詩集』、監督:山田洋次、松竹、1976年。(7)
  『男はつらいよ・寅次郎と殿様』、監督:山田洋次、松竹、1977年。(7)
  『男はつらいよ・寅次郎頑張れ!』、監督:山田洋次、松竹、1977年。 (7)
  『幸福の黄色いハンカチ』、監督:山田洋次、松竹、1977年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎わが道をゆく』、監督:山田洋次、松竹、1978年。(8)
  『男はつらいよ・噂の寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1978年。(8)
  『男はつらいよ・翔んでる寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1979年。 (8)
  『男はつらいよ・寅次郎春の夢』、監督:山田洋次、松竹、1979年。(8)
  『遙かなる山の呼び声』、監督:山田洋次、松竹、1980年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎ハイビスカスの花』、監督:山田洋次、松竹、1980年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎かもめ歌』、監督:山田洋次、松竹、1980年。(9)
  『男はつらいよ・浪花の恋の寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1981年。(9)
  『男はつらいよ・寅次郎紙風船』、監督:山田洋次、松竹、1981年。(9)
  『男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋』、監督:山田洋次、松竹、1982年。(9)
  『男はつらいよ・花も嵐も寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1982年。(9)
  『男はつらいよ・旅と女と寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1983年。(10)
  『男はつらいよ・口笛を吹く寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1983年。(10)
  『男はつらいよ・夜霧にむせぶ寅次郎』、監督:山田洋次、松竹、1984年。(10)
  『男はつらいよ・寅次郎真実一路』、監督:山田洋次、松竹、1984年。(10)
  『男はつらいよ・寅次郎恋愛塾』、監督:山田洋次、松竹、1985年。(11)
  『男はつらいよ・柴又より愛をこめて』、監督:山田洋次、松竹、1985年。(11)
  『キネマの天地』、監督:山田洋次、松竹、1986年。(──)
  『男はつらいよ・幸福の青い鳥』、監督:山田洋次、松竹、1986年。(11)
  『男はつらいよ・知床慕情』、監督:山田洋次、松竹、1987年。(11)
  『男はつらいよ・寅次郎物語』、監督:山田洋次、松竹、1987年。(11)
  『男はつらいよ・寅次郎サラダ記念日』、監督:山田洋次、松竹映像、1988年。(11)
  『ダウンタウン・ヒーローズ』、監督:山田洋次、松竹、1988年。(7)
  『男はつらいよ・寅次郎心の旅路』、監督:山田洋次、松竹、1989年。(12)
  『男はつらいよ・ボクの伯父さん』、監督:山田洋次、松竹、1989年。(12)
  『男はつらいよ・寅次郎の休日』、監督:山田洋次、松竹、1990年。(12)
  『男はつらいよ・寅次郎の告白』、監督:山田洋次、松竹、1991年。(12)
  『息子』、監督:山田洋次、松竹、1991年。(──)
  『男はつらいよ・寅次郎の青春』、監督:山田洋次、松竹、1992年。(13)
  『男はつらいよ・寅次郎の縁談』、監督:山田洋次、松竹、1993年。(13)
  『学校』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ=住友商事、1993年。(22)
  『男はつらいよ・拝啓 車寅次郎様』、監督:山田洋次、松竹、1994年。(13)
  『男はつらいよ・寅次郎 紅の花』、監督:山田洋次、松竹、1995年。(13)
  『学校 II』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ=住友商事、1996年。(22)
  『虹をつかむ男』、監督:山田洋次:松竹、1996年。(97)
  『男はつらいよ・寅次郎ハイビスカスの花〈特別篇〉』、監督:山田洋次、松竹、1997年。(13)
  『学校 III』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ放送網=住友商事=角川書店=読売新聞社、1998年。
   (23)
  『十五才 学校IV』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ放送網=住友商事=角川書店=博報堂、2000年。
   (28)
  『たそがれ清兵衛』、監督:山田洋次、松竹、2002年。(──)
  『隠し剣 鬼の爪』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ=住友商事=博報堂 DYメディアパートナーズ=
   日本出版販売=衛星劇場、2004年。(──)
  『武士の一分』、監督:山田洋次、「武士の一分」製作委員会〔松竹=テレビ朝日=住友商事=博報堂
   DYメディアパートナーズ=日本出版販売=Jドリーム=エムエフ東京=読売新聞東京本社=ヤフー=
   マガジンハウス=朝日放送=名古屋テレビ放送〕、2006年。(42)
  『母(かあ)べえ』、監督:山田洋次、「母べえ」製作委員会〔松竹=テレビ朝日=衛星劇場=エフエム
   東京=読売新聞東京本社=名古屋テレビ放送=住友商事=博報堂DYメディアパートナーズ=日本出版販
   売=ヤフー=朝日放送〕、2007年。(72)
  『おとうと』、監督:山田洋次、「おとうと」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=博報堂DY
   メディアパートナーズ=衛星劇場=デンナーシステムズ=日本出版販売=FM東京=Yahoo ! JAPAN=読売
   新聞=朝日放送=名古屋テレビ放送=木下工務店〕、2010年。(臨1703-1706)
  『東京家族』、監督:山田洋次、「東京家族」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=
   博報堂DYメディアパートナーズ=講談社=日本出版販売=ヤフー=ぴあ=読売新聞東京本社=エフエム
   東京=朝日放送名古屋テレビ=中国放送=九州朝日放送=北海道テレビ放送〕、2013年。(88)
  『小さいおうち』、監督:山田洋次、「小さいおうち」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=博報堂
   DYメディアパートナーズ=衛星劇場=日本出版販売=ぴあ=読売新聞東京本社=エフエム東京=博報堂=
   GyaO!=朝日放送=名古屋テレビ放送=北海道テレビ放送=北陸朝日放送〕、2014年。(122)
  『母と暮らせば』、監督;山田洋次、『母と暮らせば』製作委員会〔松竹=テレビ朝日=博報堂DY
   メディアパートナーズ=ジェイ・ストーム=博報堂=日本出版=メーテレ=長崎新聞社=講談社=
   北海道テレビ   放送=住友商事=木下グループ=松竹ブロードキャスティング=読売新聞社=
   朝日放送=GYAO=こまつ座=長崎文化放送=九州朝日放送〕、2015年。(130)
  『家族はつらいよ』、監督:山田洋次、「家族はつらいよ」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=
   木下グループ=博報堂DYメディアパートナーズ=松竹ブロードキャスティング=読売新聞社=博報堂
   =朝日放送=日本出版販売=GYAO!=メーテレ=講談社=九州朝日放送=北海道テレビ放送〕、2016年。
   (131)

 以上である。なお、未鑑賞作品は以下の通りである。「シネマ歌舞伎」を除いて、機会があればいずれ鑑
賞するつもりである。

  『虹をつかむ男 南国奮斗篇』(1997年)
  『シネマ歌舞伎 人情噺 文七元結』(2008年)
  『シネマ歌舞伎 連獅子』(2008年)
  『京都太秦物語』(2010年)
  『家族はつらいよ2』(2017年)

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  藤原審爾の原作『三文大将』を『吹けば飛ぶよな男だが』の森崎東と山田洋次が共同で脚色し、山
 田洋次が監督した喜劇。撮影は『喜劇・大安旅行』の高羽哲夫が担当。

   〔あらすじ〕

  内海に面したある工業都市。荒木つる代(倍賞千恵子)は、この煤煙都市でバスの車掌をしていた。
 彼女には、服役中の夫(役者、不詳)と赤ん坊がいたがまだ若く、同じ長屋の住人保健所員の左門泰
 照(谷啓)は、ひそかに想いを寄せていた。ある日、つる代のバスに長屋の連中が、大きな箱を持っ
 て乗り込んで来た。四人は紋付や背広に威儀を正していたが、どことなく落着かなかった。というの
 は長屋の同僚馬さん(いかりや長介=写真)が河豚にあたってポックリ逝き、左門が寄贈した棺桶代
 を酒代にしてしまったからだった。馬さんの骨つぼを前に、バカ騒ぎをする連中。左門は烈火の如く
 怒ったが、酔っ払いが相手では所詮話にならなかった。この様子を見ていたお祈り婆さん(役者、不
 詳)が、崇りを予言し、的中させた。ボルネオ帰りの大男団寅吉(ハナ肇)が長屋に乗り込んで来た
 のだ。彼は、振舞い酒を飲み、おとなしく弟分の死を悼んでいたが、やがて大暴れをはじめ、遂に長
 屋の連中に馬さんの骨粉を飲ませる始末だった。翌朝、長屋の面々は、腹痛と下痢で大騒ぎ。左門は、
 寅吉がボルネオのコレラを持ち帰ったのでは、と心配した。やがて、長屋の連中は、旅行費を寅吉に
 献上して厄払いをした。ところが寅吉は、一年後には再び舞いもどり、長屋の連中を困らせた。寅吉
 の行為に業を煮やしたつる代は説得に努め、左門は勇気をふるって暴れ者の寅吉に重傷を負わせた。
 やがて寅吉は、左門の看病で回復した。そして、服役中の夫から離婚費用に三十万円を強要されてい
 るつる代のために、左門と協力しあった。ある日、寅吉が工事現場から、わざと転落した。それは労
 災金目当ての芝居だったが、下で見守っていた左門の頭上に落下、左門は悲惨な最後をとげるのだっ
 た。通夜の日、酔払い狂乱状態になった寅吉は、棺桶から左門を引出し、死骸をふり廻した。ところ
 が、その衝撃で左門の心臓が再び活動を始めた。やがて、左門はつる代に求婚した。しかし、つる代
 はなぜかその申込みを断るのだった。半年後、左門は工業地帯の埋立地で働く寅吉とめぐりあい感慨
 にひたっていた。

 他に、田武謙三(荒木定吉=つる代の父)、桑山正一(杉野源三郎=長屋の住民のひとり。「兵曹長」と
呼ばれている)、佐山俊二(石川誠=同。綽名は「五右衛門」である)、佐藤蛾次郎(野田松吉=同。「の
ん太」と呼ばれている)、犬塚弘(横路巡査)、野々浩介(保健所所長)、芦屋小雁(つる代とその夫の仲
介役)、左卜全(医者)、武智豊子(バスの乗客の老婆)、山本幸栄(穏亡)、大塚君代(ふみ)、志麻ゆ
き(マリ子)、 光映子(お品)、水木涼子(かめ)、戸川美子(菊枝)などが出演している。
 2本目は、『女体』(監督:増村保造、大映東京、1969年)である。「にょたい」ではなく、「じょたい」
と読ませる。間違いなく、増村保造しか撮れない「シャシン」である。誰が、主演の浅丘ルリ子のこの狂態
を引き出すことができただろうか。たぶん、誰もできなかっただろう。日活時代の彼女とは一線を画するよ
うな演技で、かなり驚いたことを記しておこう。浅丘ルリ子と言えば、体重40キロを割り込む細身が有名だ
が、それにしてもかなり痩せていた。しかし、体力がある。根性がある。女優魂がある。相手となった男優  
陣がたじたじだったので、彼女を見ているだけでもこの映画には価値があると思った。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  『ボルネオ大将 赤道に賭ける』の池田一朗と『千羽鶴(1969年)』の増村保造が脚本を共同執筆
 し、増村が監督した女の愛と業を追求したドラマ。撮影は『女賭博師丁半旅』の小林節雄。

   〔あらすじ〕

  浜ミチ(浅丘ルリ子)は挑発的で魅惑に満ちた女である。私立大学の理事長小村卓造(小沢栄太郎)
 の息子小村行夫(青山良彦)に強姦されたミチは、慰謝料として二百万円を要求したが、行夫の姉の
 石堂晶江(岸田今日子)に侮辱的な扱いを受け、小村家に激しい敵意を抱いた。一方、スキャンダル
 を恐れた卓造は婿である秘書の石堂信之(岡田英次)に処理を一任、信之は妻晶江の意志に反して二
 百万円を支払った。ミチは思いやりのある信之に愛を感じふたりは激しく求めあった。ある日、ミチ
 が信之との情事を告げて晶江をはずかしめた。それを知った信之は、ミチが他の男とも交渉のあるこ
 とを目撃、彼女と別れる決心をした。信之の見た青年は加納五郎(川津祐介)という画家だった。信
 之はミチを捨てられなかった。そのため五郎から手切金を要求され、卓造から預っていた裏口入学金
 2,800万円の一部(500万円)を流用して支払った。だが、五郎はミチと別れないばかりか、金の出所
 を追求するとうそぶいた。信之はそんな五郎を誤って殺してしまった(過失傷害致死)。やがて保釈
 された信之は、妻を捨て、職を捨てて、ミチとの愛の生活に飛込んだ。たが、例の2,800万を元手とし
 て開いたバー「蝶」の経営が行きづまり、加えてミチの束縛を嫌う奔放な性格からふたりの間に亀裂
 が生じた。ミチはやがて信之の妹石堂雪子(梓英子)の婚約者秋月一郎(伊藤孝雄)に心を寄せるよ
 うになった。清潔で男性的な秋月は、ミチの誘惑を拒んだか、ミチは自分の愛を殺すことが出来なか
 った。深夜のドライブに秋月を誘い出したミチではあったが、無理心中に失敗。そして信之にも去ら
 れてひとりぼっちになったミチは「また素敵な男を見つければいいわ……」と咳いた。ミチは酔った。
 そして、よろける足でガス管をひっかけ、永遠の眠りについた。

 他に、早川雄三(浜源作=ミチの叔父、 ラーメン店を経営)、北村和夫(弁護士)、伊東光一(裁判長)、
中条静夫(バー「蝶」のバーテンダー)、中田勉(バアの客A)、小山内淳(同じくB)、三笠すみれ(ホ
ステスA)、川崎陽子(同じくB)、仲村隆(秋月の手術の執刀医)、白井玲子(事務員)などが出演して
いる。
 いくつかの台詞が振るっていたので、以下に記しておこう。

  石堂信之:俺たち戦中派にとって、戦後は余計な人生さ。いつ捨てたって惜しかないよ。
  弁護士(信之の法学部時代の同級生):しかし、増えるぞ、ああいう女は。大都会での一人暮らし。
                    家庭にも道徳にも縛られん。経済成長の産物か。
  ミチ:わたしは女よ。愛する以外にやることがあって。昔の女なら、生活のために一人の男とくっつく
     けど、今はわけなく食べられるもの。何だってできるわ。

 東京オリンピック、大阪万博、70年安保……少しずつ世の中が変わっていく様子を、冷静に見つめた増村  
保造の独創性が光る。もちろん、題名は「女体」であるが、それに応えた浅丘ルリ子の「精神の勁さ(メン
タル・タフネス)」を大いに称えるべきであろう。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので報告しよう。どちらも、増村保造監督、若尾文子、田宮二郎のトリオ作品であ
る。1本目は、『爛』(監督:増村保造、大映東京、1962年)である。「ただれ」と読む。ある人の生活が
乱れているとき「爛れた生活」と呼び、人と人との関係が乱脈を極めている場合「爛れた関係」などと表現
するが、その「ただれ」である。けっして火傷などによって肉体的な損傷を受けた場合を指しているわけで
はない。いかにも大映色に染まった映画で、小生の好むところである。これは半分ジョークと受け取っても
らいたいが、東宝は気取り屋、松竹は女々しい、日活は粋がり、東映はええかっこしい、新東宝は安っぽい。
それに比べると、大映は大地にしっかり足をつけて、人間の真実を容赦なく暴くところがいい。「映画は大
映」の謳い文句もまんざら故なきことではない。もちろん、少しどぎついきらいがあるが、映画だからそれ
も愛嬌である。プログラム・ピクチャーでしか味わえない「邦画界のB級グルメ」と呼んでも何ら差し支え
はないだろう。とくに、増村監督のメニューはバタ臭いところがよい。イタリア留学はけっして伊達ではな
かったのである。どうやら、角川映画が旧大映の版権を買い取ったのか、続々と古い作品がDVD化されてい
る。小生にとっては慶ばしいことで、先々の愉しみの一つとなっている。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  徳田秋聲の原作から『献身』の新藤兼人が脚色、『うるさい妹たち』の増村保造が監督した文芸も
 の。撮影は『誘拐』の小林節雄。

   〔あらすじ〕

  キャバレーのナンバーワンだった葉山増子(若尾文子)が、浅井(田宮二郎)に妻がいると知った
 のは同棲して暫くたってからだった。女給時代の友達雪子(丹阿弥谷津子)も近くの安アパートで歌
 手あがりの青柳(船越英二)と精気のない生活を続けていた。増子をとりまくそんなただれた暮しの
 しみが、増子にこびりついてくるような日々だった。そんな或る日、浅井の妻柳子(藤原礼子)が増
 子のアパートにどなりこんで来た。浅井は本妻の柳子にはつくづくいや気がさしていた。喘息の発作
 を交えながらヒイヒイ嫉妬に泣きわめく柳子との生活を清算しようとする浅井。そんな男のいい加減
 さも増子にはよく判った。とうとう浅井は小林弁護士(中条静夫)を立てて柳子と離婚した。浅井と
 増子は前より良いアパートに移った。柳子は郷里の座敷牢で狂い死にした。寝ざめの悪い増子は柳子
 の寺詣りをした。その帰途、友達の芳子(弓恵子)を訪ねた。元将軍〔シンガポールの勇将〕(永田
 靖)の奥様におさまっている芳子は、子どもを生んで老夫の死後も自分の地位を守るつもりだという。
 それを聞いた増子は、やっとつかんだ自分の「妻の座」に不安を感じた。そんな時、増子の姪の吉岡
 栄子(水谷良重〔=二代目水谷八重子〕)が訪ねて来た。果樹園の息子の室鎮雄(仲村隆)との縁談
 を嫌って家を飛び出して来たのだ。栄子は浅井の許しを受けて増子と一緒に生活することになった。
 増子は子どもを生める身体に返してもらう手術を受けるため、入院した。その留守中、浅井と栄子は
 関係を持った。これを知った増子は栄子をはげしくののしり追い出した。だがそれでも不安な増子は
 芳子と相談して栄子を結婚させることにした。結婚の前日、栄子と浅井は山のホテルで秘密の時間を
 もった。しかし、それを知らない増子は栄子の花嫁姿を見て満足気だった。

 他に、倉田マユミ(道代)、浜村純(達夫=増子の兄)、殿山泰司(吾郎=柳子の兄)、春本富士夫(小
宮)、早川雄三(小島=浅井の同僚)、市田ひろみ(みどり)、須藤恒子(柳子の母)、宮川和子(咲枝)、
十朱久雄(咲枝の旦那)、池上多加子(千鶴子)、原田げん〔言遍に玄〕(ブルークインのマスター)など  
が出演している。
 脚本を書いているのは新藤兼人である。彼自身が監督を務めている映画は野暮ったいものが多いのに、脚
本を書かせると俄然「粋な作品」に仕上げてしまう。不思議なお人である。1962年の作品なので、平成生ま
れの若者には分からないだろうが、かなり昭和臭い事柄が散見できた。例を挙げれば、先ず、女性のストッ
キングがシームレスではないということ。次に、祖母の年齢を訊ねる場面で、「六十八歳」という回答に対
して「それは長生きだね」という反応が返って来るが、現代ではあり得ないだろう。さらに、栄子の「洋裁
学校に通いながら勤めにも出たい」という希望に対して、増子が「東京の学校を出ると田舎(この作品では、
福島県)ではけっこう幅が効くのよ」と語っているシーンがあった。これも、現代では多少ともピント外れ
になるのではないか。また、当時、7分間に1組の離婚が成立していたらしいが、多いのか少ないのか、不
明である。最近の数字は知らないが、これも変化しているだろう。現代は3組に1組のカップルが離婚して
いるらしいが、「離活」という言葉があるくらいだから、もはや珍しいことではない。ちなみに、浅井が柳
子に支払った慰謝料は200万円だった。これも多いのか少ないのかは分からない。増子の生活は、家賃5万
5千のアパート(現在ではマンション)暮らしであり、月に10万円の生活費の由。増子の兄の達夫に言わせ
れば、とても贅沢である。彼の住む福島の田舎では、7人家族で生活費は1万3千円。彼我の違いは明らか
である。したがって、「1万5千円くらいのところに住んで、4万円を貯金すればいいのに」と娘の栄子に
こぼすが、栄子は取り合わない。漬物だけで暮らす田舎とは違うというのだ。達夫が鮨を食べるシーンがあ
るが、さすが名優の浜村純である。その台詞と裏腹に、実に美味そうに喰らっている。皮肉が効いている、
と思った。浅井は外車のセールスマンだが、株でも儲けているらしく、贅沢が可能なのだ。戦後の典型のよ
うな男女が「爛れた生活」を成立させているのである。捨てられた妻の柳子は、座敷牢のようなところで悶
死するが、「早く吹っ切った方がよいのに」と誰もが思うだろう。しかし、彼女の気持も分からないではな
い。兄の吾郎のようにはいかないのだ。サイド・ストーリーもなかなか面白かった。雪子と旦那の青柳の挿
話である。金持の娘を騙し損なったり、ドサ回りに出ても汽車賃を稼ぐのが精一杯という体たらくである。
増子が別れればいいのにと言うが、雪子にしてみれば腐れ縁を切ることができない。これも、増子の生き方
を逆照射している挿話であるが、実に効果的であった。
 2本目は、『女の小箱・より 夫が見た』(監督:増村保造、大映東京、1964年)である。これは黒岩重吾
の原作を映画化したものだが、推理小説仕立ての作品を男と女の物語に仕立て直しているので、やや構成に  
難があると思った。後の大映テレビのような愛憎劇が展開するが、今となってはあまりスリリングではなく、
登場人物の人間像も作り物めいていた。とくに、主人公の石塚健一郎の宗旨替えには納得がいかなかった。
自分の成功のためには女を食い物にすることを厭わなかったはずなのに、簡単にこころを入れ替えている。
説得力がないと思った。ともあれ、最後のシーン(瀕死の男に女が縋りつくシーン)がまったくリアリティ
を欠いていたので、それまでの伏線が活かされていないと思わざるを得なかった。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  黒岩重吾原作『女の小箱』より、『犯罪作戦NO・1』の高岩肇、『風の武士』の野上龍雄が共同で
 脚色、『現代インチキ物語 騙し屋』の増村保造が監督したサラリーマン・スリラー。撮影は『若い
 樹々』の秋野友宏。

   〔あらすじ〕

  川代誠造(川崎敬三)は、敷島化工の株式課長だ。今、株の買占めに悩まされる敷島は、その防衛
 に必死で、川代も家をあけることもしばしば。妻の那美子(若尾文子)はそんな夫との生活に耐えら
 れず、友人に誘われるまま、高級バー「2・3」で遊ぶようになった。バーの経営者である石塚健一郎
 (田宮二郎)は事業欲が旺盛で敷島の乗取りを企てるつわもの。石塚は郡美子が川代の妻と承知の上
 で誘惑した。石塚はマダムの南條洋子(岸田今日子)を妻同然に扱ってはいたが、金を引き出す目的
 で、銀行の頭取(見明凡太朗)との枕営業をやらせていた。一方、誠造も石塚の情報を得るために、
 「2・3」の美人秘書である青山エミ(江波杏子)と関係した。上でも触れたが、株の買占めに、洋子
 は何かと手をつくしていた。那美子が誠造の情事を知った直後、エミは何者かによって殺害された。
 当初、犯人は誠造であると看做された。那美子は一度は夫のアリバイ造りに偽証したものの、石塚の
 苦境を知り、夫を裏切り石塚のアリバイを証言した。すべてに失敗し会社の地位をも失った誠造は、
 那美子に身体を売って石塚に株の買占めから手をひくよう懇願してくれと頼んだ。意を決した那美子
 は石塚との情事にふけった。石塚は株の代金を洋子との手切れ金にし、那美子との新しい生活に入ろ
 うとした。ところが、那美子が洋子の家で見たのは、石塚の血塗れの身体であった。

 他に、千波丈太郎(吉野元男=石塚の使用人)、町田博子(津村光枝=那美子の友人の女医)、小沢栄太
郎(大曽根大作=敷島化工の大株主)、早川雄三(那美子の兄)、中條静雄(株屋)などが出演している。
 那美子は猛烈サラリーマンの妻であるが、「私はいやよ。夫の犠牲はいや」とのたまいながら、株を買い
戻すために夫の頼みを聞いて石塚に自分の身体を預けている。「私は愛されたいだけ」という台詞も取って
付けたようで、この作品は増村保造の代表作のひとつに数えられているようだが、小生に言わせれば「失敗
作」に近いと思う。たぶん、妖艶な若尾文子の魅力が前面に押し出されている演出なので、その点が買われ
ているのだろう。若尾の肢体を描くシーンには吹き替えのヌードがきわどく挟まれており、増村得意の演出
になっている。したがって、若尾の魅力は十分に伝わって来るが、田宮ともども、映画の出来に関しては、
あまり誉められても嬉しくないのではないだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『近頃なぜかチャールストン』(監督:岡本喜八、喜八プロ=ATG、1981年)を観た。小生が
鑑賞した、ATGが製作に関わった映画の69本目である。ずっと観たかった映画のひとつであるが、期待通りの  
出来だった。さすが岡本監督、ブラック・ユーモアに磨きがかかっている。彼の鑑賞済み作品を以下に挙げ
ておこう。全部で24本あるが、全39作品のうちの6割くらいは鑑賞していることになる。今後、とくに観た
い作品はないので、岡本監督に関してはほぼ鑑賞し終わった感がある。

  『独立愚連隊』、監督:岡本喜八、東宝、1959年。
  『暗黒街の顔役』、監督:岡本喜八、東宝、1959年。
  『独立愚連隊西へ』、監督:岡本喜八、東宝、1960年。
  『暗黒街の対決』、監督:岡本喜八、東宝、1960年。
  『暗黒街の弾痕』、監督:岡本喜八、東宝、1961年。
  『どぶ鼡作戦』、監督:岡本喜八、東宝、1962年。
  『江分利満氏の優雅な生活』、監督:岡本喜八、東宝、1963年。
  『戦国野郎』、監督:岡本喜八、東宝、1963年。
  『ああ爆弾』、監督:岡本喜八、東宝、1964年。
  『血と砂』、監督:岡本喜八、東宝=三船プロ、1965年。
  『侍』、監督:岡本喜八、三船プロ=東宝、1965年。
  『日本のいちばん長い日』、監督:岡本喜八、東宝、1967年。
  『殺人狂時代』、監督:岡本喜八、東宝、1967年。
  『肉弾』、監督:岡本喜八、「肉弾」をつくる会=ATG、1968年。
  『赤毛』、監督:岡本喜八、三船プロダクション、1969年。
  『座頭市と用心棒』、監督:岡本喜八、大映京都=勝プロダクション、1970年。
  『激動の昭和史 沖縄決戦』、監督:岡本喜八、東宝、1971年。
  『青葉繁れる』、監督:岡本喜八、東宝、1974年。
  『吶喊』、監督:岡本喜八、喜八プロ=ATG、1975年。
  『ダイナマイトどんどん』、監督:岡本喜八、大映、1978年。
  『英霊たちの応援歌・最後の早慶戦』、監督:岡本喜八、東京12チェンネル、1979年。
  『近頃なぜかチャールストン』、監督:岡本喜八、喜八プロ=ATG、1981年。
  『ジャズ大名』、監督:岡本喜八、大映、1986年。
  『助太刀屋助六』、監督:岡本喜八、日活=フジテレビジョン、2001年。

 ATG関連映画は3本あるが、いずれも独特の味わいがあり、彼でなければ作れない映画であろう。撮りたい
映画のために自宅を抵当に入れた逸話は有名であるが、もはや絶滅危惧種とも言える「映画バカ」のひとり
と言ってよいだろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  非行中年グループと非行少年の奇妙な交流を描く。脚本は『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』の
 岡本喜八と利重剛の共同執筆、監督も岡本喜八、撮影は『関白宣言』の加藤雄大がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  一九八一年、八月五日。非行少年小此木次郎(利重剛)は行きずりの少女(根本由美)を追いかけ、
 婦女暴行未遂でブタ箱に入れられた。次郎はそこで、無銭飲食の中高年たちに出会う。彼らは自分た
 ちを独立国〈ヤマタイ国〉の国民と称している。翌朝、それぞれに釈放されるが、次郎は彼らのこと
 が気になり、お手伝いのタミ子(古舘ゆき)とヤマタイ国を探した。何とそこは、蒸発中の次郎の父
 である小此木宗親(藤木悠)が彼らに無償で提供していた家作で、母の小此木政子(小畠絹子)が立
 ち退きを迫っていた。そこへ乗りこんだ次郎は、敵の身内であることがバレて、スパイは死刑と宣告
 されるが、帰化を条件に許される。かくして、おかしな共同生活が始まるが、老人たちに、十八歳の
 少年は宇宙人のように見える。やがてヤマタイ国は次郎の母、小此木家に宣戦布告する。その頃、ヤ
 マタイ国の家の下に不発爆弾が見つかった。そこへ、保険金殺人事件を追う大作警部(財津一郎)と
 若い中町刑事(本田博太郎)、関西から来た殺し屋の飯室(寺田農)などが絡み、少年と彼らが出会
 った十日目の八月十五日、不発弾が爆発、ヤマタイ国はフッ飛んでしまった。そして、領土を捨てた
 ヤマタイ国の国民は、流浪の旅に出発した。

 他に、山崎義治(小此木一郎=次郎の腹違いの兄)、小沢栄太郎(総理大臣)、田中邦衛(陸軍大臣)、
今福将雄(外務大臣)、殿山泰司(文部大臣)、千石規子(大蔵大臣)、堺左千夫(逓信大臣)、岸田森
(内閣書記官長)、平田昭彦(寺尾=市会議員)、滝田裕介(警察署長)、速水典子(婦人警官)、中村
たつ(大作の妻)、伊佐山ひろ子(パブのママ)などが出演している。
 大作警部は8月15日が退職の日だが、退職金を妻に届けるように中町刑事に託して、自分はヤマタイ国の警  
察庁長官に納まってしまう。彼の妻は、その退職金をあてにしており、すでに26インチのTV、クーラー、ス
クーター、Wベッドを注文済みである。次郎は自称「独立非行少年」であり、これは岡本監督の出世作であ
る『独立愚連隊』に通じるものがある。次郎は童貞だが、「昔の青年は赤線などで童貞を捨てたものである」
という話に花が咲く。新宿二丁目は学割で1円50銭だったと外務大臣が言うと、「それは高い」と文部大臣
が応じ、玉の井は1円20銭だったとのたまう。小此木宗親の人生は「逃亡人生」であり、徴兵、赤紙、警察、
憲兵から常に逃げており、その逃亡癖は半端ではない。ヤマタイ国の「非核三原則」(つくらず、もたず、
もちこませず)は、核兵器ではなく女のことである。後に、タミ子が内務大臣として入閣するが、これは例
外。大蔵大臣は戦中従軍看護婦をしていたことになっていたが、実は従軍慰安婦だったことを打ち明ける。
総理大臣は「知っていた」と応じ、大蔵大臣は号泣する。この辺りなど、戦無派にはなかなか共鳴できない
ところだろう。その他、奇抜なアイディアに満ちており、痛快な映画であると言えよう。


 某月某日

 月が替わった。今月は今月でいろいろ大変である。気合を入れ直して、年末まで驀進しかない。
 ところで、すでに「家族研究への布石(映像篇03)」に登録してある作品を観た。20年以上前、ヴィデ
オで観た記憶があるが、寝ぼけ眼で観たので、よく覚えていなかった。したがって、今回の鑑賞は実に新鮮
だった。改めて観たのは、『鬼の詩』(監督:村野鐡太郎、鐡プロダクション=ATG、1975年)である。藤本
義一の直木賞受賞作品の映画化で、大阪の芸人の一代記である。この手の作品には希少価値があり、ATGが絡
むのも無理はない。村野監督の映画は以下のように3本観ているが、いずれもどっしりとした趣きある作品
に仕上がっている。

  『富士山頂』、監督:村野鐡太郎、石原プロモーション、1970年。
   「日日是労働セレクト101」、参照。   
  『鬼の詩』、監督:村野鐡太郎、鐡プロダクション=ATG、1975年。
  『月山』、監督:村野鐡太郎、櫂の会=鐡プロ=俳優座映画放送、1979年。
   「日日是労働セレクト124」、参照。

 物語を確認しよう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  明治末期の大阪の寄席で活躍した桂馬喬を主人公に、上方芸人の芸に対する執念と壮絶な生涯を描
 く。原作は藤本義一の同名小説である。脚本は藤本義一と杉浦久、監督は脚本も執筆している『富士
 山頂(1970年)』の村野鐵太郎、撮影は『夜にほほよせ』の吉岡康弘がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  ほんの一刻、明治の末に、大阪の寄席で桂馬喬(桂福團治)は居並ぶ大家の落語より人気を集めた。
 桂馬喬は「桂馬狂」ではないかといわれた。まさにその芸は「狂」であった。しかし、もともと狂っ
 ていたわけではない。孤児の馬喬は養父(井川比佐志)の遺志を継いで芸人となった。最初の彼は古
 典一途の生真面目な落語を披露していたが、お茶子の露(片桐夕子)との結婚を境に、積極的な性格
 に変った。それまでの馬喬は手踊りと芝居咄しを得意とする人気落語家・桂露久(露の五郎)の芸を
 邪道として軽蔑していたのだが、今の彼は、露久の芸を盗み、己れの芸にすべく、一挙一動を真似る
 のだった。そんなある日、突然、露が流産で死んだ。その日から馬喬の姿が消え、一カ月後、まるで
 幽鬼のような姿で現われた。以後、馬喬は、幽鬼のような姿で、盲目の乞食巫女を演じ、客席は涌い
 た。しかし不幸なことに馬喬は天然痘にかかってしまった。病は癒えたが、その顔は無残なあばた顔
 に変形した。だが、馬喬の芸への執念は、自らの顔を利用した鬼の咄しを考え出して、高座に復帰し
 た。客は馬喬を鬼に見たてて、自分たちが高座の鬼をいじめている錯覚におちいるのだった。他の誰
 もが真似できない芸を馬喬は己れのものとした。客の馬喬に対する加虐趣味はエスカレートし、つい
 に馬喬は自分の歪み窪んだあばた顔に煙管を吊した。今日は一本、明日は二本と、客は何本の煙管を
 吊るすかという期待で集って来た。煙管の林の中に鬼の泣き笑いの顔があった。一本でも多く吊るそ
 うと、馬喬は顔の窪みを深くするために、食を絶った。馬喬が自らの顔に十数本の煙管を吊して、露
 の位牌の前で死んでいたのは、それから間もなくのことだった。享年、35歳であった。

 他に、中原早苗(お藤=露久の女房)、信欣三(鍼灸医)、本郷淳(桂せん馬)、早川雄三(月亭文都)、
伊達三郎(仁輪加)、入江洋佑(医師)、蛍雪太朗(文雀)、一輪亭花咲(詩吟師)、浮世亭歌楽(剣舞師)、
(以下、両者は対談として)笑福亭松鶴、藤本義一などが出演している。なお、天然痘のあばたのことを、
「みっちゃ」という由。

                                                 
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