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日日是労働セレクト138
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第138弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト138」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。

                                                 
 某月某日

 本日17時より、SOULSが停止する由。したがって、急ぎ足で書き込みを終わらせよう。なお、今日は時間が
限られているので、簡単に記述する。
 さて、DVDで2本の邦画を観たので報告しよう。およそ「映画」という同じ枠組で括ることができないほど
懸け離れた作品同士である。もっとも、それぞれの世界は独立して存在していながらも、同じく人間の営み
を描いたものである点では、もちろん両者は通じ合っている。人間の世界が時空を経て大きく変わってきた証
左であるとともに、変わらないものがあることを告げているようである。
 1本目は、『ふり袖太平記』(監督:萩原遼、東映京都、1956年)である。美空ひばりのために作られた映
画のひとつで、当時の娯楽時代劇の典型といった趣がある。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改 
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  東海道はふり袖姿、秘宝鍵型の鏡に映る悪の影……剣、唄、恋と、ひばり・橋蔵のコンビが奏でる
 明朗爽快篇。“平凡”所載、ニッポン放送連続放送劇斎藤豊吉の原作から『快傑修羅王』の八尋不二
 が脚色、『隠密秘帖 まぼろし城』の萩原遼が監督、『逆襲獄門砦』の吉田貞次が撮影を担当する。
 主な出演者は『ロマンス娘』の美空ひばり、『海の百万石』の大川橋蔵、『水戸黄門漫遊記 鳴門の
 妖鬼』の浦里はるみ、『復讐侠艶録』の片岡栄二郎、その他堺駿二、星十郎、松浦築枝、吉野登洋子
 など。

   〔あらすじ〕

  安房の館山、名家里見家の血筋菅谷織部正(有馬宏治)は六千石の大身で江戸定勤の旗本。唄の巧
 い一人娘小浪(美空ひばり)は乳兄妹の屋敷番、露木新太郎(大川橋蔵)と大の仲好し。だが彼女の
 母かね(松浦築枝)は家老駒木飛弾守(吉田義夫)の奸計で離別され、飛弾の妹、側室繁野(東龍子)
 が正室となっている。飛弾は繁野の娘小百合(美鈴れい子)を立て、菅谷家乗取りを計る。手始めに
 盗賊の疾風の次郎吉(星十郎)を利用し江戸城の書物庫から里見家改易次第書を盗ませ、失脚を企む。
 加えて次第書から、里見家血筋の嫡女に伝わる十万両の謎を秘めた手鏡の所在を知り、探索に乗り出
 す。だが、一足先に十万両を一人占めにと考え、安房へ向う次郎吉。一方、内命で安房に赴く老中田
 沼意次(青柳竜太郎)の隠密幾江小市郎(片岡栄二郎)は途中、飛弾の密偵、女賊の濡髪おえん(浦
 里はるみ)と知り合う。問題の鏡は祖母さよ(田島艶子)から小浪に譲られていた。次郎吉は菅谷家
 に侵入したが新太郎の出現で失敗、毒害の手段に出る。ために小浪は祖母殺しの冤罪で、新太郎に書
 置と鏡を残し出奔。後を追う新太郎は男装の小浪に逢い、頼みにする保品の代官大村陣内(矢奈木邦
 二郎)の許へ旅を続けるが、とある宿で捕方に囲まれる。彼は血路を開いて小浪を逃すが、そこに現
 われた飛弾の短銃で激流に転落。だが小浪が辿り着いた代官屋敷は飛弾に占拠されていた。この頃、
 新太郎が敵の裏をかいて乳母に預けた鏡は、めぐりめぐっておえんの手に。彼女をかばう小市郎と飛
 弾一味の乱闘にまぎれて鏡を奪った次郎吉は代官所裏山の多宝塔で宝を発見。そこに死んだ筈の新太
 郎が現われ、捕われの小浪を救う。彼の正剣に一味は全滅。無実の罪も晴れた織部正の祝福を受け、
 小浪と新太郎はここに目出たく結ばれたのである。

 他に、堺駿二(源八郎=小浪のお目付け役)、源八郎(大河原五左衛門)、中村時十郎(村越左膳)、吉野
登洋子(市村みゆき=役者)、金剛麗子(お鉄=旅籠の女将)、遠山恭二(右京)、森田肇(杏庵=医師)、
小金井修(仙三)、岸田一夫(巾着切の熊)、小田部通麿(半次)、百々木直(寅松)、陽田重利(木山彦四
郎)、中野雅晴(片野吉之進)、藤木錦之助(大野長助)、山口博(狂言方の清三)、梅村直次郎(門番)、
仁科克子(女中)、中野文男(文次)、原京市(捕手頭)、島田秀雄(同)などが出演している。
 2本目は、『予告犯』(監督:中村義洋、映画「予告犯」製作委員会〔TBSテレビ=WOWOW=ジェイ・ストー
ム=電通=CBCテレビ=C&Iエンタテインメント=MBS=ジェイアール東日本企画=東宝=TCエンタテインメン
ト=日本出版販売=RKB=HBC〕、2015年)である。
 残念ながらもう時間切れなので、この映画には後日言及しよう。

                                                 
 某月某日

 DVDで洋画(アクション映画)を2本観たので、報告しよう。
 1本目は、『猿の惑星:新世紀(Dawn of the Planet of the Apes)』(監督:マット・リーヴス〔Matt
Reeves〕、米国、2014年)である。本場アメリカのアクション映画を観るためと、昔懐かしい『猿の惑星』
の新ヴァージョンを知るためということで、比較的新作を観てみた。このような映像はVFXの力を借りない限
り不可能なので、映画の新技術の日進月歩には目を瞠るものがあると思う。
 <ウィキペディア>に恰好の記事があるので、引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文  
通りである。


 *********************************************

  『猿の惑星:新世紀』(さるのわくせい ライジング、原題:Dawn of the Planet of the Apes)は、
 マット・リーヴス監督、アンディ・サーキス、ゲイリー・オールドマン、ジェイソン・クラーク、ケリ
 ー・ラッセル出演による2014年のアメリカ合衆国のSF映画である。20世紀フォックスのオリジナル版
 『猿の惑星』シリーズをリブートした2011年の映画『猿の惑星: 創世記』の続編であり、フランチャイ
 ズ通算では8作目である。

   〔ストーリー〕

  人間と同様の知性、そして人間に頼らないエイプ(猿)としてのアイデンティティを得たチンパンジ
 ーのシーザーが仲間とともに人類に反旗を翻し、ミュアウッヅの森に逃げ込んでから10年後……。
  1人の感染者から始まったALZ113ウイルスによる感染症、通称猿インフルエンザは地球規模の感染
 を引き起こし、死亡を含む重篤患者を生むパンデミックとなった。各国の検疫体制は役に立たず、パ
 ニックと混乱のうちに人類は数を減らし、お互いの殺し合いに発展し、人類による文明は崩壊した。
  一方、高い知能を手に入れた猿達は、シーザーが定めた「エイプ(猿)はエイプを殺さない(ape
 not kill ape.)」という掟の下でミュアウッズの森の奥に集落を築き、互いに助け合う平和な生活を
 送っていた。猿達の生活はシーザーの敷いた教育により、チームプレーでの大規模な狩りや、手話ア
 メスラン・アルファベット・口頭を交えた高度なコミュニケーションが可能なほどにまで発達しつつ
 あった。
  そんなある日、猿達の集落に武装した人間が侵入し、巡邏していた猿に怪我を負わせるという事件
 が勃発。偵察隊の報告からゴールデンゲートブリッジを渡った先のサンフランシスコのダウンタウン
 の一角の建築半ばにて放棄された高級ショッピングモールと摩天楼に、人間の集落が存在する事を知
 ったシーザーは軍勢を率いて人間の集落へ赴き、「エイプは争いを望まない。二度と近づくな」と互
 いの不可侵を宣言して去る。馬に乗り、言葉を使う猿達の姿を目の当たりにし、人間達は驚愕するこ
 ととなる。
  それでもなお再び侵入してきた人間の一人マルコムを捕え、事情を尋ねるシーザー。実は、猿の集
 落内に水力発電施設があり、燃料が尽きかけていた人間達はどうしてもそれを使用可能にする必要が
 あった。知性を持った猿達との開戦を考えるドレイファスの意見に対し、三日間だけの猶予を与えら
 れたマルコムは、作業許可を得る為に技術チームと猿の集落を訪れたのだった。
  事情を汲んだシーザーは悩みつつも、「弱っている今こそ人間を殲滅するべきだ」というボノボの
 コバからの進言を退け、マルコム達に水力発電施設での作業を許可する。作業中の崩落事故や、禁止
 したはずの銃の持ち込み発覚、シーザーに反発したコバの乱入などのトラブルに見舞われつつ、マル
 コムの真摯な態度を信じたシーザーら猿の協力もあって、マルコム達は作業を完了し人間のコロニー
 へ電力を供給する事に成功した。
  一方、かつて実験動物として虐げられた恨みから人間を信じる事が出来ないコバは、自身の提案が
 却下された事をきっかけにシーザーへのクーデターを画策する。人間から盗んだライフルでシーザー
 を狙撃したコバは密かに猿の集落に火を放つと、一連の行動を人間によるテロ攻撃としてでっちあげ、
 シーザーの代理リーダーとして実権を掌握。シーザーの息子ブルーアイズをはじめとする雄猿達を扇
 動し、人間の集落に対する戦争を仕掛けてしまった。フォードポイントにあったかつての軍の武器を
 奪った猿達の攻撃に対し、ドレイファスら人間達も反撃するが、怒りに燃え、数と勢いで勝る猿達に
 は敵わず、あっという間に制圧された。その結果、人間達の多くが捕虜として囚われる。猿による人
 間の支配が始まったのだ。
  マルコム達に助けられたシーザーが手術の為に運び込まれた先は、パッシフィックハイツにあるか
 つて彼が育て親のウィルと幸せに暮らした家だった。だがそのウィルももうここにはおらず、廃墟と
 化している。マルコム達による弾丸摘出手術を受け、シーザーは一命を取り留める。シーザーはウィ
 ルとの思い出に浸りながら重要な決断をする。偶然、マルコムと遭遇したブルーアイズはシーザーの
 生存を知った事でコバから離反、シーザーの指示に従い囚われの人間と仲間を解放し、コバを止めよ
 うと奔走する。
  コバたちが占拠した摩天楼に到達したシーザー達。シーザーは群れの主導権を取り返し争いを収め
 るため、暴走するコバに直接対決を挑む。手負いのシーザーは苦戦しつつも、仲間の猿達に銃を向け
 たコバを取り押さえ、なんとか勝利を収める。「エイプはエイプを殺さない」と命乞いするコバだっ
 たが、一線を踏み外した彼をもはや生かしておくわけにはいかなかった。シーザーは「コバはもはや
 エイプではない」と突き放し粛清する。
  猿同士の闘争を終えたシーザー。しかしドレイファス達が呼び寄せた人間の軍隊が接近しつつあり、
 猿と人間の全面戦争はもはや回避不能な状況へと進んでいた。「War was already started」と言って、
 マルコムとの新しい絆に別れを告げたシーザーは、この闘いがエイプが種として生存するための闘争
 であると自覚し、勝利への決意を燃やす。

 *********************************************


 上でも書いたが、どうしたらこのような映像を作れるのか、感嘆せざるを得ない。エイプたちの立ち振る
舞いや表情にしても自然そのものだし、その上に激しいアクションを加えるのだから、相当に高い技術が要
求されることは間違いない。映画の可能性がどこまでも拡がることを告げる映画であった。なお、物語に関
しては、よくあるタイプの展開で、その点では新味はなかったと言えよう。なお、当該作品の前作と次回作
がある由なので、機会があれば観てみたい。
 2本目は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード(Mad Max: Fury Road)』(監督:ジョージ・ミラー
〔George Miller〕、豪州=米国、2015年)である。この映画も懐かしいシリーズなので、つづけて観てみた。
だいぶ時間が経過しているせいか、前のシリーズとは似ても似つかない作品ではあるが、四輪やオートバイ
を用いたアクションは半端ではない。どうしたらこんな映像が撮れるのかについては、『猿の惑星:新世紀』
と同様、小生などには皆目見当もつかない。したがって、ただただ感嘆するしかない。
 この作品も<ウィキペディア>に恰好の記事があるので、引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、
ほぼ原文通りである。


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  『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(マッドマックス いかりのデス・ロード、原題:Mad Max:
 Fury Road マッド マックス: フューリー ロード)は、2015年公開のオーストラリアの映画作品。2012
 年7月から12月までアフリカのナミビアで撮影された。前作『マッドマックス/サンダードーム』以来、
 27年ぶりに製作された『マッドマックス』シリーズの第4作である。
  日本では2015年6月20日に公開。本作は『マッドマックス2』と同様に、英雄誕生譚(貴種流離譚)
 など世界各地の英雄神話を研究した神話学者ジョゼフ・キャンベルによる著書『千の顔を持つ英雄』
 をテーマとしている。
  第88回アカデミー賞では10部門にノミネートされ、最多の6部門を受賞した。

   〔あらすじ〕

  核兵器による大量殺戮戦争勃発後、生活環境が汚染され、生存者達は物資と資源を武力で奪い合い、
 文明社会が壊滅した世界を舞台とする。
  砂漠化し荒廃したウェイストランド(荒野)で、元警官マックスは、過去に救えなかった命の幻覚
 と幻聴に煩わされ、狂気に侵されているのは世界なのか自身なのか曖昧になる中、生存本能にだけ突
 き動かされV8インターセプターを駆る。流浪の途上で暴徒らの襲撃に遭い捕縛され、シタデルとい
 う砦に連行されたマックスは、インターセプターを奪われた上に身体を拘束され、環境汚染からの疾
 病を患う住人に供血利用される。そこではイモータン・ジョーを首領とした独自教義を持つ好戦的な
 集団の支配のもと、潤沢な地下水(アクア・コーラ)と農作物栽培を牛耳ることで成り立っている独
 裁社会が築かれていた。ガスタウンへと向かう取引当日、ジョーの部隊を統率するフュリオサ・ジョ・
 バッサ大隊長は、ジョー一族が受胎出産させることを目的として監禁していた5人の妻(ワイブス)
 であるスプレンディド、トースト、ケイパブル、ダグ、フラジールの身柄を秘密裏にウォー・リグに
 搭乗させ、フュリオサの出生地である「緑の地」に匿う逃亡計画を、3,000ガロンのガソリン(guzzoline)
 取引を隠れ蓑に東へと進路を変えて実行に移す。部下の背任行為と、妻たちと、その胎内の我が子を
 奪われたと知ったジョーは配下の戦闘集団ウォーボーイズを引き連れ、友好関係にある人食い男爵と
 武器将軍の勢力を援軍に追走を開始する。マックスはウォーボーイのニュークスの常備用「血液袋」
 として追尾車両に鎖で繋がれワイブス追走の争いに巻き込まれることになった。
  追跡劇の最中に砂嵐に遭遇し、追走車両がウォー・リグの追突によって大破、手足の拘束を解くこ
 とができたマックスは、フュリオサたちを制圧する。一人でウォー・リグに乗り込むが、フュリオサ
 仕様にさまざまな改造が施されていたため、結局は同乗する事になる。また、ジョーの直々の命令で
 ウォー・リグに乗り込んだものの失敗した上に、ジョーのお気に入りの妻が死亡してしまったことで
 戻れなくなったニュークスも、ワイブスの一人であるケイパブルに啓蒙されて一行に加わることとな
 る。一昼夜をかけて走破した場所でかつての仲間である鉄馬の女たちに出会うことが出来たが、土壌
 汚染の進行で既に目的の地は失われていることを知り、フュリオサは慟哭する。
  それでもなお、ワイブスと鉄馬の女たちと共に、荒廃した地へとあてのない旅に向かおうとするフ
 ュリオサに対しマックスは、ジョーさえ除けば生きて行ける可能性の高いシタデルに戻るように諭す。
 マックスの提案に同意し、主不在の砦に向かって激走するフュリオサ一行を発見し、ジョーの軍勢は
 追撃をかける。犠牲も出る中、3日間に渡る逃走劇と過去の精算に決着をつけるべく、フュリオサは
 深手を負ったままジョーと直接対峙し、遂にジョーは倒される。そしてニュークスの捨て身の戦法で
 渓谷拱門の突破に成功、ジョーの配下達も排除される。フュリオサは危篤状態に陥ってしまうが、マ
 ックスはできうる限りの救命措置を施し、告げることを拒んでいた己の名前を明かす。一行は砦に凱
 旋し、ジョーの圧政から解放されたことで、フュリオサは群衆に歓迎される。人々の流れに逆らい、
 砦から去ろうとするマックスを見つけ、目を合わせたフュリオサは、無言の笑みをもって彼を見送る
 のだった。

 *********************************************


 この作品に限らないことだが、最近のアクション映画は単なる「アクション」を超えて、現実にはあり得
ないシーンをいかにリアルに描くかが勝負の分かれ目となっている。もっとも、物語は、「愛と平和を求め
て」という極めて普遍的なテーマに貫かれているので、その点では旧態依然とも言える。「憎しみと戦争を
求めて」よりははるかに好ましいので、もちろんそれで構わないと思う。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を3本観たので報告しよう。最初の2本は、フリーRPGゲームから生まれた実写版『青鬼』のヴ
ァージョン1と2である。3本目はウエンツ英士が主人公を演じる『ゲゲゲの鬼太郎』の2作目である。
 1本目は、『青鬼』(監督:小林大介、「青鬼」製作委員会〔アミューズメントメディア総合学院=TCエ
ンタテインメント=TBSサービス=ドワンゴ=tvk=サンテレビ〕、2014年)である。いわゆる「脱出」型ゲ
ームで、閉鎖された空間からモンスターの手を逃れて脱出すればゲーム・クリアーというタイプである。け
っこう怖いが、予想もつかないような展開ではないので、真夜中に観てもさしてビビらなくて済む程度であ
る。俳優は若手ばかりで、とくにワルの卓郎を演じた陳内将が印象に残った。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  いつ現れるかわからない敵をよけながら仕掛けを解き閉じ込められた洋館からの脱出を図るフリー
 RPGゲーム『青鬼』を実写化。同ゲームは完成度の高さや恐怖感が人気を呼び、ニコニコ動画やYou
 Tubeにアップロードされた関連動画は再生回数5,000万回を突破、2013年にはゲーム『真かまいたち
 の夜 11人目の訪問者』のシナリオを手がけた黒田研二によりノベライズ化された。主演はアイドル
 グループAKB48のメンバー、入山杏奈。本作が映画初出演作品となる。ほか、『ALWAYS 三丁目の夕日』
 シリーズや『生贄のジレンマ』の須賀健太、若手男性俳優集団D2の一員で『特命戦隊ゴーバスターズ
 THE MOVIE 東京エネタワーを守れ!』に出演した陳内将ら若手実力派俳優が集結。

   〔あらすじ〕

  なかなかクラスになじめないでいた転校生のシュン(須賀健太)は、化け物が現れるという噂があ
 る無人の洋館ジェイルハウスの前で同級生たちと会い、一緒に中へ入っていく。屋敷内には怪しげな
 音が鳴り響き、窓の向こうから何かが血走った目で見てくる上に、突如甲冑の兜が転がり、あまりに
 も不気味な様子だった。洋館から出ようと玄関の扉に手をかけるが、一向に開かない。閉じ込められ
 たことに気付き怯える6人に、青い影が迫ってくる……。

 他に、入山杏奈(堀川杏奈)、陳内将(卓郎)、聖也(ヒロシ)、古畑星夏(美香)、尾関陸(タケシ)  
などが出演している。
 2本目は、『青鬼 ver.2.0』(監督:前川英章、「青鬼 ver.2.0」製作委員会〔アミューズメントメディア 
総合学院=TCエンタテインメント=TBSサービス=dwango〕、2015年)である。登場人物名は同じであるが、
まったく別の物語であった。ちなみに、配役もすべて入れ替わっている。こちらの方がゲーム性が高く、いろ
いろ楽しめる仕掛けがあった。その分、ヴァージョン1よりも恐怖度は下がっているが……。
 これも、物語を確認しておく。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  関連動画の視聴回数が5,000万回を越える人気フリーゲームを原作にしたホラー映画第2弾。洋館に
 閉じ込められ、“青鬼”と呼ばれる怪物に襲われた少年たちの恐怖を描く。本作では、ゲーム中で、
 “ファッティー”と呼ばれる青鬼の亜種が登場。さらなる恐怖を体感させる。出演は『地獄先生ぬー
 べー』の中川大志、『紙の月』の平祐奈。
  註:音引「ー」部分は、波線。文字化けするので「ー」で代替した。

   〔あらすじ〕

  ひろし(中川大志)と杏奈(平祐奈)は、不登校になっているクラスメイトのシュン(タモト清嵐)
 の様子を見るため、彼の家に向かっていた。しかしその途中、ひろしは稀に見る奇妙な模様をした蝶
 に誘われるように、怪物が現われると噂される屋敷ジェイルハウスへ足を踏み入れてしまう。同じ頃、
 シュンを不登校に追いやったクラスメイトの卓郎(松島庄汰)、美香(久松郁実)、たけし(勧修寺
 玲旺)の3人は、肝試しの動画実況をするため、同じジェイルハウスへ入ってゆく。無人のはずの屋
 敷内に響き渡る怪しげな物音。扉の向こう側からこちらを覗き込む青い影。嫌な予感を覚えて脱出を
 試みたものの、既に出入り口は塞がれていた。行き場を失くした一行に、この世のものとは思えぬブ
 ルーベリー色の巨人が忍び寄る。ひろしはこの事態が、シュンの制作したゲームの世界とリンクして
 いることに気づくが……。

 ひろしを演じた中川大志がなかなかよかった。この手の映画では、必ずと言ってよいほどクールな秀才タ
イプの人物が登場するが、大昔の『ひょっこりひょうたん島』の「博士」を連想した。
 3本目は、『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』(監督:本木克英、2008「ゲゲゲの鬼太郎」フィルムパートナ
ーズ〔松竹=フジテレビジョン=電通=バーニングプロダクション=テンカラット=バンダイ=読売広告社=
Yahoo! JAPAN〕、2008年)である。安心して観ていられるが、予想通りの展開で、少し物足りなかった。この
年は、『ラブファイト』(監督:成島出、『ラブファイト』フィルムパートナーズ〔ミコット・エンド・バサ
ラ=テレビ東京=ジェネオン エンタテインメント=コアプロジェクト=東映ビデオ=東映チャンネル=大広=
テレビ大阪〕、2008年)が作られた年でもあるので、北乃きいが輝いた年でもある。
 物語を確認しておく。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  水木しげるの人気怪奇漫画を、ウエンツ瑛士主演で実写映画化した大ヒット作の第2弾。連続失踪
 事件の謎を追う鬼太郎が、その裏で暗躍する悪しき妖怪たちと激闘を展開する。

   〔あらすじ〕

  女子高生の比良本楓(北乃きい)は、妖怪・濡れ女(寺島しのぶ)によって手にウロコができる呪い
 をかけられた。このままでは、全身にウロコができて、やがて死に至ってしまう。そんな相談を受けた
 鬼太郎(ウエンツ瑛士)たちは、その呪いに封印するためには、古の楽器を集めて“護人囃子の儀”を
 行わなければならないと知る。早速、猫娘(田中麗奈)やねずみ男(大泉洋)、砂かけ婆(室井滋)と
 子なき爺(間寛平)らで楽器を探す鬼太郎だが、その過程で千年前の濡れ女の悲劇を聞かされる。人間
 の海人(萩原聖人)に恋をした濡れ女(人間名は「なみ」)は、人間となって夫婦関係に結ばれた。し
 かし、彼女が妖怪であると知った村人たちは、“鬼道衆”として二人の仲を引き裂き、濡れ女を封印し
 たのだった。そして、楓は“鬼道衆”の末裔であり、それゆえに封印を解かれた濡れ女から呪われたの
 であった。 自身の家系の行為を知った楓は、激しいショックを受ける。さらに、人間でも妖怪族でも
 ない“幽霊族”である鬼太郎も先祖は同じように、人間から滅ぼされたという事実をぬらりひょん(緒
 形拳)から聞かされる。彼もまた衝撃を受けるが、それでも楓をはじめとする人間たちを妖怪の魔手か
 ら守りたいと考えた。異国の妖怪である夜叉(ソ・ジソプ)から攻撃を受け、猫娘も倒れた。鬼太郎チ
 ームは絶体絶命のピンチに、楓は自分を犠牲にして、ぬらりひょんの怨念ゾーンへと旅立つ。そこで濡
 れ女と対面した楓は、人間のことも信じて欲しいと伝える。鬼太郎の配慮で、甦った海人と再会を果た
 した濡れ女は、彼の真実の愛情をようやく知った。人間の怨念から生まれた妖怪ガシャドクロは倒れ、
 楓も現世へと戻ることができた。そして、鬼太郎への恋心も隠せない楓だが、二人の間にある壁も思い
 知る彼女は、後ろ髪をひかれる想いで別れを告げるのだった。

 他に、田の中勇(目玉おやじ=声)、河本準一(琵琶牧々)、ブラザートム(竹切り狸)、星野亜希(竹
切り狸の女房)、上地雄輔(さとり)、佐野史郎(蛇骨婆)、笹野高史(井戸仙人)、向井地美音(三つ木
霊ハルカ)、佐々木麻緒(同じくヒビキ)、荒木博斗(同じくワタル)、柳沢慎吾(一反木綿=声)、伊集
院光(ぬり壁=声)、中川翔子(文車妖妃)、岡本玲(友子)、夏生さち(エリ)、山下結穂(部長)、田
村泰二郎(漁師)、有福正志(同)、小豆畑雅一(同)、稲葉さゆり(雨の中の女性)、泰来陽(赤子鬼太
郎)、友安一翔(なみと海人の子ども)、軽部真一(つるべ火)、中野美奈子(まくら返し)、梅津栄(長
老)、京極夏彦(鬼道衆の頭目)、津嘉山正種(閻魔大王=声)などが出演している。
 アクション・シーンも多く、そこそこ面白かったが、何と言っても、佐野史郎が演じた蛇骨婆と室井滋が
扮した砂かけ婆とのやりとりが一番面白かった。佐野史郎は相当楽しんでいたと思われる。なお、この映画
は、緒形拳の遺作でもある。合掌。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を4本観たので報告しよう。1本を除いていずれも安易な脚本の娯楽アクション映画であるが、
それなりの見せどころもなくはなかった。最後の1本は、期待していなかった分、とても面白かった。今年
の鑑賞のテーマは「アクション映画」であるが、まさにそれにふさわしい出来だったと思う。
 1本目は、『妖怪大戦争』(監督:三池崇史、『妖怪大戦争』製作委員会〔角川映画=日本映画ファンド=
日本テレビ〕、2005年)である。過去に同名の『妖怪大戦争』(監督:黒田義之、大映京都、1968年)とい
う作品があり〔筆者、未見〕、再登場する妖怪があるものの、全体としてはリメイクではないようだ。三池
流の、どんなジャンルにも挑戦しようとする姿勢を貫徹するために製作された作品であろう。言い換えれば、
失礼ながら玉石混交の「石」に当たる作品である。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  1968年製作の名作活劇を鬼才・三池崇史監督が神木隆之介ら豪華俳優陣を迎えて大胆にアレンジ。
 弱虫の少年がヒーローに変身し、妖怪たちを率いて悪霊軍団との対決に挑む。

   〔あらすじ〕

  両親の離婚に伴い、母・陽子(南果歩)の実家のある鳥取の田舎町に暮らしている10歳の稲生タダ
 シ(神木隆之介)は、神社のお祭りでその年の“麒麟送子”に選ばれる。麒麟送子とは、世界に平和
 をもたらす正義の味方で、それに選ばれた子どもは大天狗(遠藤憲一)が守る伝説の聖剣を取りに山
 の洞窟に行かなくてはならないのだが、臆病者のタダシにはそれが出来ない。ある夜、タダシのじい
 ちゃん〔稲生俊太郎〕(菅原文太)が書置きを残し、姿を消してしまった。心配するタダシは、じい
 ちゃんが待つ大天狗の穴へ急ぐもそれは彼の勇気を試す麒麟送子の先導役である妖怪“猩猩”(近藤
 正臣)とその仲間の“川姫”(高橋真唯)と“川太郎”(阿部サダヲ)だった。実は、彼らは、人間
 に捨てられた機械などの廃棄物の怨念と日本古来の妖怪たちとを大怨霊“ヨモツモノ”の力で混ぜ合
 わせた、新種の悪霊“機怪”を使って人類を壊滅させようとしている、古代先住民族の怨念の蘇りで
 ある魔人・加藤保憲(豊川悦司)の計画を阻止するため、麒麟送子に力を貸して欲しいと思っていた
 のだ。こうして、妖怪たちに悪意がないと分かったタダシは、彼らとともに大天狗の洞窟で聖剣を取
 ることに成功する。ところが、そこへ乱入して来た加藤の手先である鳥刺し妖女“アギ”(栗山千明)
 らによって剣を折られ、タダシになついていた“スネコスリ”(声:竹内順子/佐々木麻緒)も拉致
 されてしまった。加藤の卑劣なやり方に、悪霊軍団に戦いを挑む決意をするタダシ。そんな矢先、ヨ
 モツモノが取り憑いた機怪工場が首都・東京へ向けて飛び立った! 後を追うタダシたちは、アギに
 捕らえられていた刀鍛冶の妖怪“一本ダタラ”(田口浩正)に聖剣を打ち直して貰うと、お祭りと勘
 違いして東京に集まって来た日本全国の妖怪たちと力を合わせ、果敢にも加藤に挑んでいく。そして
 壮絶な戦いの末、遂に“小豆洗い”(岡村隆史)の小豆パワーで加藤を倒すのだった。それから十数
 年後、大人になったタダシ(津田寛治)は今も母の実家で暮らしている。しかし子ども時代とは違い、
 彼にはもうスネコスリの姿は見えなかった。

 他に、宮迫博之(佐田=雑誌「怪」編集者)、成海璃子(稲生タタル=タダシの姉/のっぺらぼう)、佐
野史郎(雑誌「怪」編集長)、宮部みゆき(宮部先生)、大沢在昌(読書好きのホームレス)、徳井優(駐
在)、板尾創路(たこ焼屋のアナウンサー)、ほんこん(屋台のオヤジ)、田中要次(よういちの父)、永
澤俊矢(安倍晴明)、津田寛治(タダシの父=二役)、柄本明(牛舎の農夫)、花原照子(老農婦)、萩原
利映(嫁農婦)、Erico(よういちの母)、吉野憲人(少年時代の佐田)、渡部翔(よういち)、西村
陵(かずお)、山崎宗一郎(なおき)、足立弾(ぶん)、瀧本勝代(遺影)、伴遼太(同)、根岸季衣(砂
かけ婆)、三輪明日美(ろくろ首)、吉井怜(雪女)、蛍原徹(豆腐小僧)、石橋蓮司(大首)、忌野清志
郎(ぬらりひょん)、竹中直人(油すまし)、荒俣宏(山ン本五郎佐衛門)、京極夏彦(神ン野悪五郎)、
水木しげる(妖怪大翁)、塩田時敏(魍魎/牛頭)、NORIYASU(撥鬼)、荒俣泰子(飛緑魔)、松久保頼子
(鍛冶が媼)、武良悦子(柳婆)、今井久美子(姑獲鳥)、藤倉みのり(化け猫/毛倡妓)、マメ山田(野
寺坊/小鬼)、赤星満(雨降り小僧/百目)、いか八朗(納戸婆/小鬼)、舟山弘一(塗り壁)、玉槁健太
(袖引き小僧)、広野健至(三つ目小僧/一つ目小僧)、大竹博之(木霊/かみきり)、NC赤英(かみきり/
烏天狗)、播田美保(震震)、藤山信雄(手の目)、四方宗(山童)、森崎えいじ(泥田坊)高槻祐士(生
はげ)、荒川真(青坊主)、関田安明(瀬戸大将)、小林大士(おとろし/ぬっぺぼう)、清水武子(姥が
火)などが出演している。
 2本目は、『ゲゲゲの鬼太郎』(監督:本木克英、「ゲゲゲの鬼太郎」フィルムパートナーズ〔松竹=フ
ジテレビジョン=電通=スカパーウェルシンク=バーニングプロダクション=PPM=バンダイ=読売広告社=
Yahoo! JAPAN〕、2007年)である。多少とも話題になったが、小生にとっての「鬼太郎」とはだいぶイメー  
ジが異なっていた。ねずみ男の衣装も綺麗すぎて、ピンと来なかった。もっとも、大泉洋は好演していたと
思う。猫娘役の田中麗奈はまあまあか。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  水木しげるの同名マンガが満を持して実写化。鬼太郎にウエンツ瑛士、ねずみ男に大泉洋、猫娘に
 田中麗奈、子なき爺に間寛平ら、個性豊かな俳優陣が集結したSFアクション。

   〔あらすじ〕

  鬼太郎(ウエンツ瑛士)が暮らすのは、人智の及ばぬ彼方に存在する妖怪世界。父親の目玉おやじ
 (声=田の中勇)、猫娘(田中麗奈)、子なき爺(間寛平)、砂かけ婆(室井滋)ら仲間たちに囲ま
 れてのんびり日々を過ごす鬼太郎だったが、ある日、人間世界から手紙が届く。助けを求めたのは小
 学生の三浦健太(内田流果)。健太の父・晴彦(利重剛)と高校生の姉・実花(井上真央)と暮らし
 ている団地では、テーマパーク建設のために裏山の神社の解体工事が開始されてからというもの、毎
 日のように不気味な妖怪たちが出現し、住民を恐怖と混乱に陥れていたのだ。それと同時に、妖怪世
 界でも大事件が起きていた。強大で邪悪な力を持った妖怪石が、地下深く厳重に封印されていたにも
 かかわらず、忽然と消えたのだ。ひょんなことから、その妖怪石を見つけたのは鬼太郎の悪友・ねず
 み男(大泉洋)だった。金にがめつい彼は、妖怪石を高価な宝石だと勘違いし、さっさと骨董屋・珍
 宝堂(六平直政)に売ってしまう。だが、ちょうどその場に居合わせた三浦晴彦が、妖怪石の魔力に
 惑わされて、思わずそれを盗んでしまった。はっと我に返った晴彦は、健太に内緒で妖怪石を託す。
 やがて妖怪石を隠し持つ健太と実花の姉弟に、恐るべき敵が忍び寄り始めた。妖怪世界と人間世界の
 独裁支配を目論む狐の妖怪・空狐(橋本さとし)だ。妖怪石を手に入れようとする空狐に、鬼太郎は
 戦いを挑む。こうして、さまざまな妖怪を巻き込む史上最大の戦いの幕が開くのだった。

 他に、YOU(ろくろ首)、小雪(天狐)、中村獅童(大天狗裁判長)、谷啓(モノワスレ)、西田敏行(輪 
入道)、竹中直人(蕎麦屋のオヤジ)、モト冬樹(教師)、神戸浩(百々爺)、松澤一之(正人=田中家の  
夫)、広岡由里子(さち子=同じく母)、鈴木かすみ(愛=同じく娘)、柳沢慎吾(一反木綿=声)、伊集
院光(ぬり壁=声)、石原良純(見上げ入道=声)、デーブ・スペクター(傘化け=声)、きたろう(ぬっ
ぺふほふ=声)、安田顕(天狗ポリス=声)、立川志の輔(化け草履=声)、石井一久(べとべとさん=声)、
川越美和(健太の母)、土井よしお(警官)、高木壮太(妖怪バンドのメンバー)、飯島カズヒロ(同)、
前田マサト(同)、山崎ごう(同)、藤田美歌子(飲んだくれの妖怪)、康実紗(無口な妖怪)、谷口高史  
(井上刑事)、猪野学(前田刑事)、田村ツトム(若手の刑事)、芦屋小雁(管理人)、前田航基(勇)、
小山浩暉(亮)、植松真美(看護婦)、藤みずき(主婦)、中川絵美(同)、笠井信輔(男おばさん)、鶴
田忍(開発会社社長)、日野陽仁(現場監督)、北島義明(作業員)、湯川崇(同)、大石昭弘(同)、軽
部真一(つるべ火)、藤井隆(貧乏神)、竹嶋康成(天狗裁判官)、柴田洋子(ろくろ首の胴体)、加藤重
樹(見上げ入道)、東田達夫(天狗ポリス)、仲野毅(気狐)、中島宗博(同)、山元隆弘(同)、小倉敏
博(同)、塚田知紀(同)などが出演している。
 ちなみに、『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』(監督:本木克英、「ゲゲゲの鬼太郎」フィルムパートナーズ、
2008年)〔筆者、未見〕という続篇もある由なので、機会があれば観てみたい。「ぬらりひょん」に扮した
緒形拳(遺作)を観たいからである。
 3本目は、『戦国自衛隊1549』(監督:手塚昌明、「戦国自衛隊1549」製作委員会〔角川映画=
日本映画ファンド=日本テレビ〕、2005年)である。これも『戦国自衛隊』(監督:斎藤光正、角川春樹事
務所、1979年)〔筆者、未見〕の焼き直し(原作:半村良)であるが、物語はだいぶ異なっているので、半
村良は「原案」となっている(原作:福井晴敏)。かなり無理のある設定なので観ていてはらはらしたが、
かろうじて辻褄を合わせていたと思う。両作品を比較したいので、機会があれば1979年版の方も観てみたい。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  1979年の名作活劇『戦国自衛隊』を福井晴敏原作により、リメイク。戦国時代へタイムスリップし
 た自衛隊部隊の救出に向かうチームの活躍を、特撮映像満載で活写。

   〔あらすじ〕

  2003年10月13日。陸上自衛隊・東富士駐屯地で秘密裡に行われた人工磁場発生器の実験中に事故が
 発生し、的場毅一佐(鹿賀丈史)率いる第三特別実験中隊が460年前の戦国時代に飛ばされた。それ
 から2年後、過去の世界での過干渉が原因と思われる虚数空間“ホール”が日本各地に出現、現代日
 本を侵食し始めた。そこで、研究本部所属の神崎怜二尉(鈴木京香)は、歴史を正すべく、救出オペ
 レーション部隊“ロメオ隊”を結成すると、元特殊部隊“Fユニット”の一員である鹿島勇祐(江口
 洋介)を招集し、二度目のタイムスリップに挑む。現地での活動制限時間は74時間26分。それを過ぎ
 ると二度と現代に戻ることは出来ない、危険なミッションだ。かくして、1549年の世界へとやって来
 た鹿島たち。ところが、救出対象だった筈の的場は、自衛官という身分を捨て正史の織田信長に成り
 すまし、強大な軍事力で戦国の世を支配。MHD電池を利用して世の中をリセット、この時代から軟弱
 な平成日本を強靭な国家に作り変えようとしていたのだ。このままでは、歴史は大きく塗り替えられ、
 鹿島たちの時代が消失してしまう! しかし、鹿島や神崎らの活躍により的場の野望は打ち砕かれ、
 タイムリミットぎりぎり、多くの犠牲者を出したもののロメオ隊も無事、現代へ帰還するのであった。

 他に、北村一輝(飯沼七兵衛利睦)、綾瀬はるか(濃姫)、伊武雅刀(斎藤道三)、中尾明慶(藤介=木
下藤吉郎)、生瀬勝久(森彰彦=三等陸佐)、嶋大輔(三國=陸曹長)、的場浩司(与田=二尉)、高畑淳
子(各務野)、宅麻伸(蜂須賀小六)、入江雅人(紅林=二尉)、井上肇(堀田道空)、山下真広(柴田勝
家)、横塚進之介(佐久間信盛)、唐渡亮(三島軍兵衛)、水橋研二(木下)、井川哲也(高梨=二尉)、
和田慎太郎(有野=三尉)、東地宏樹(山瀬=二尉)、辻本一樹(谷口=二尉)、羽柴誠(井川=二曹)、
杉本凌士(松沢=三曹)、七海智哉(長峰=三曹)、津野岳彦(中西=一曹)、小島晃(村瀬=一曹)、平
野貴大(上田=二曹)、岩間天嗣(船田=三曹)、松下哲(大崎=二曹)、野村明広(鈴木=三曹)、森啓
祐操(杉崎=二曹)、北谷内耕介(操舵手)、金原泰成(運転手)、高野弘樹(助手席の隊員)、武田頼政
(ロメオ隊員)、宮澤寿(同)、高垣顕(同)、山根和馬(同)、久保和明(同)、徳原晋一(同)、叶雅
貴(同)、むかい誠一(同)、神卓(同)、松原誠(同)、柄沢次郎(武将)、森脇史登(森田=曹長)、
恩田括(織田信長)、細川智三(隊員イ)、岡田幸樹(隊員ロ)、中江寿(隊員ハ)、河西祐樹(張り番)、
大橋寛展(同)、松本航平(自衛官)、岡けんじ(護衛)、石丸ひろし(同)、藤田清二(作業兵)、徳井
広基(同)、新家子一弘(織田信秀)などが出演している。
 4本目は、『将軍家光の乱心 激突』(監督:降旗康男、東映、1989年)である。千葉真一〔JJ Sonny
Chiba〕が率いる「ジャパンアクションクラブ(JAC)」が参加しているだけあって、とても痛快であっ
た。上の3本と比べても、群を抜いてアクション・シーンが豊富で、しかも質が高かったと言えるだろう。
存在すら知らなかったので、もっと評価してもよい映画だと思う。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  将軍継承に絡み我が子・竹千代を殺そうとする徳川家光と、それを守ろうとする藩士達との攻防を
 描く。原作・脚本は『姐御(1988年)』の中島貞夫と『花園の迷宮』の松田寛夫が共同で執筆。監督
 は『別れぬ理由』の降旗康男、撮影は『恐怖のヤッチャン』の北坂清がそれぞれ担当。主題歌は、THE   
 ALFEE(「FAITH OF LOVE」)。

   〔あらすじ〕

  将軍・徳川家光(京本政樹)は性格、容貌が自分と似ていないという理由で長男・竹千代(茂山逸
 平)を嫌って佐倉藩に預け、次男・徳松を溺愛していた。その上将軍継承に絡み、阿部重次(松方弘
 樹)に対して竹千代を殺すよう命じていた。ある日、竹千代を幕府の刺客団が襲ったが、石河〔いご
 う〕刑部(緒形拳)ら凄腕の浪人達が護衛していたため、事無きを得た。佐倉藩主・堀田正盛(丹波
 哲郎)が家光の陰謀を考えて備えていたのだ。石河刑部と家光、阿部の間にも因縁があった。かつて
 石河は妻を阿部によって家光の側女として無理矢理召し上げられていたのだ。それが、お万の方(二
 宮さよ子)であった。幕府から竹千代に元服式を行うので江戸城へ出仕するよう命令がきた。罠と知
 りつつ竹千代は石河らに守られながら江戸城へと向かった。途中で幾度となく幕府の刺客に襲われた
 が、命知らずの浪人達は竹千代を守り抜いた。石河も一騎打ちの末、阿部を破ったのだった。石河も
 命を投げうって、竹千代を江戸城のへと導き、死に際に矢島局(加納みゆき)に毒を塗った小刀を渡
 して竹千代を頼んだ。家光はお万の方に竹千代を毒殺するよう命じたが、かつての夫・石河が命を賭
 けて守ろうとした竹千代を殺すことはできなかった。家光はついに自分の手で竹千代を殺そうとする
 が、矢島局に小刀で刺されたのだった。

 他に、真矢武(堀田正俊=正盛の一子)、織田裕二(砥部左平次)、浅利俊博(祖父江伊織)、荒井紀人
(郡伝右衛門)、成瀬正孝(土門源三郎)、長門裕之(多賀谷六兵衛)、胡堅強〔フーチェンチアン〕(猪
子甚五右衛門)、千葉真一(伊庭庄左衛門)などが出演している。
 JACのメンバーも凄かったが、特筆すべきは胡堅強で、素晴らしい身のこなしだった。中国武術の使い
手として、世界的に有名らしい。その棒術は観ていてほれぼれする程であった。その他のアクションも素晴
らしく、とくに馬の扱いがこれほど決まっている映画は稀だと思う。物語は、もう少し捻りを入れた方がよ
いかと思ったが、単純でも構わないと思い直した。とにかく、アクション・シーンを堪能する映画だからで
ある。

                                                 
 某月某日

 DVDとYou Tubeでそれぞれ1本ずつ邦画を観たのでご報告。DVDの方は、『人間魚雷回天』(監督:松林宗
恵、新東宝、1955年)である。新東宝の戦争映画は独特の味があり、また、今となっては貴重なフィルムな
ので、以前から観たいと思っていた作品のひとつである。特攻兵器「回天」(ないしは、その前身の特殊潜
航艇「甲標的」)を描いた映画は他にもいくつかあり、小生が鑑賞済みの邦画(当該作品を入れて10本)は
以下の通りである。

  『海軍』、監督:田坂具隆、松竹京都、1943年〔「日日是労働セレクト114」、参照〕。
  『潜水艦ろ号未だ浮上せず』、監督:野村浩将、新東宝、1954年
   〔「日日是労働セレクト125」、参照〕。
  『人間魚雷回天』、監督:松林宗恵、新東宝、1955年。
  『人間魚雷出撃す』、監督:古川卓巳、日活、1956年〔「日日是労働セレクト102」、参照〕。
  『潜水艦イ-57降伏せず』、監督:松林宗恵、東宝、1959年〔「日日是労働セレクト19」、参照〕。
  『海軍兵学校物語 あゝ江田島』、監督:村山三男、大映東京、1959年
   〔「日日是労働セレクト92」、参照〕。
  『海軍』、監督:村山新治、東映、1963年〔「日日是労働セレクト20」、参照〕。
  『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』、監督:小沢茂弘、東映、1968年
   〔「日日是労働セレクト21」、参照〕。
  『出口のない海』、監督:佐々部清、「出口のない海」フィルムパートナーズ〔松竹=ポニー
   キャニオン=住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=スカパー・ウェルシンク=IMAGICA=講談社=
   メモリーテック=Yahoo! JAPAN=朝日新聞社=東京都ASA連合会=アドギア=メーテレ(音引は
   波線の代用)=山口放送=朝日放送〕、2006年〔「日日是労働セレクト37」、参照〕。
  『真夏のオリオン』、監督:篠原哲雄、「真夏のオリオン」パートナーズ〔テレビ朝日=東宝=博報堂
   DYメディアパートナーズ=バップ=小学館=木下工務店=デスティニー=日本出版販売=朝日放送=
   メーテレ=朝日新聞社〕、2009年〔「日日是労働セレクト74」、参照〕。

 その他、回天は出てこないが、潜水艦が登場する映画は他にもいくつかある〔『潜水艦ろ号未だ浮上せず』
(監督:野村浩将、新東宝、1954年)「日日是労働セレクト125」、参照〕が、それらについては割愛す
る。その代り、<ウィキペディア>で「回天」が詳述されているので、その一部を引用してみよう。執筆者に
感謝したい。なお、ほぼ原文のままである。


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  回天(かいてん)は、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷であり、日本軍初の特攻兵
 器である。

   〔特徴〕

  「回天」という名称は、特攻部長大森仙太郎少将が幕末期の軍艦「回天丸」から取って命名した。
 開発に携わった黒木博司中尉は「天を回らし戦局を逆転させる」という意味で「回天」という言葉を
 使っていた。秘密保持のため付けられた〇六(マルロク)、的(てき)との別称もある。
  1944年7月に2機の試作機が完成し、11月8日に初めて実戦に投入された。終戦までに420基が生産さ
 れた。兵器としての採用は1945年5月28日のことだった。
  回天は超大型魚雷「九三式三型魚雷(酸素魚雷)」を転用し、特攻兵器としたものである。九三式
 三型魚雷は直径61cm、重量2.8t、炸薬量780kg、時速48ノットで疾走する無航跡魚雷で、主に駆逐艦
 に搭載された。回天はこの酸素魚雷を改造した全長14.7m、直径1m、排水量8tの兵器で、魚雷の本体
 に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に一人乗りのスペースを設け、簡単な操船装置や調整バルブ、
 襲撃用の潜望鏡を設けた。炸薬量を1.5tとした場合、最高速度は時速55km/hで23キロメートルの航続
 力があった。ハッチは内部から開閉可能であったが、脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の成否に
 かかわらず乗員の命はなかった。
  操作方法は搭乗員の技量によるところが多かった。手順としては、突入直前に潜望鏡を使用して敵
 艦の位置・速力・進行方向を確認、これを元に射角などを計算して敵艦と回天の針路の未来位置が一
 点に確実に重なる、すなわち命中するように射角を設定。同時に発射から命中までに要する時間を予
 測。そして潜望鏡を下ろし、ストップウオッチで時間を計測しながら推測航法で突入する。命中時間
 を幾分経過しても命中しなかった場合は、再度潜望鏡を上げて索敵と計算を行い、突入を最初からも
 う一度やり直すという戦法がとられ、訓練もそのように行われた。しかし、作戦海域となる太平洋の
 環礁は水路が複雑であり、夜間において潜望鏡とジャイロスコープを用いての推測航法で目標に到達
 することは十分な訓練を経ても容易ではなかった。当時の搭乗員は「操縦するのには6本の手と6つ
 の目がいる」と話していたという。
  回天が実戦に投入された当初は、港に停泊している艦船への攻撃、すなわち泊地攻撃が行われた。
 最初の攻撃で給油艦ミシシネワが撃沈されたのをはじめ、発進20基のうち撃沈2隻(ミシシネワ、歩
 兵揚陸艇LCI-600)、撃破(損傷)3隻の戦果が挙げられている。アメリカ軍はこの攻撃を特殊潜航
 艇「甲標的」による襲撃と誤認し、艦上の兵士はいつ攻撃に見舞われるかという不安にかられ、泊地
 にいても連日火薬箱の上に坐っているような戦々恐々たる感じであったという。しかし、米軍がこま
 めに防潜網を展開するようになり、泊地攻撃が難しくなってからは、回天による攻撃は水上航行中の
 船を目標とする作戦に変更された。この結果、搭乗員には動いている標的を狙うこととなり、潜望鏡
 測定による困難な計算と操艇が要求された。
  回天の母体である九三式三型魚雷は長時間水中におくことに適しておらず、仮に母艦が目標を捉え、
 回天を発進させたとしても水圧で回天内部の燃焼室と気筒が故障しており、エンジンが点火されず点
 火用の空気(酸素によるエンジン爆発防止の為に点火は空気で行われた)だけでスクリューが回り出
 す「冷走」状態に陥ることがあった。この場合、回天の速力や射程距離は大幅に低下し、また搭乗員
 による修理はほぼ不可能であったため、出撃を果たしながら戦果を得ることなく終わる回天が多く出
 る原因となった。また最初期は潜水艦に艦内からの交通筒がなかったため、発進の前に一旦浮上して
 回天搭乗員を移乗させねばならなかった。当然のことながら敵前での浮上は非常に危険が伴う。回天
 と母潜水艦は伝声管を通じて連絡が可能だったが、一度交通筒に注水すると、浮上しない限り回天搭
 乗員は母潜水艦に戻れなかった。また、エンジンから発生する一酸化炭素や、高オクタン価のガソリ
 ンの四エチル鉛などで内部の空気が汚染され、搭乗員がガス中毒を起こす危険があることが分かって
 いたが、これらに対して根本的な対策はとられなかった。
  潜水艦は潜れば潜るほど爆雷に対して強くなるが、回天の耐圧深度は最大でも80メートルであった
 ため、回天の母艦となる伊号潜水艦はそれ以上は深く潜行する場合は回天を破損する覚悟が必要であ
 り、敵に発見された場合も水中機動に重大な制約を受けた。そのためアメリカ側の対潜戦術、兵器の
 発達とあいまって出撃した潜水艦16隻(のべ32回)のうち8隻が撃沈されている。戦争最末期に本土
 決戦が想定された際は、回天も水上艦を母艦とすることが計画され、海上挺進部隊の球磨型軽巡洋艦
 3番艦「北上」をはじめとして松型駆逐艦(竹等)や一等輸送艦が改造された。

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 以上である。なお、詳細は、直接<ウィキペディア>の同項目を参照されたし。さらに、「回天」を主題に
した作品として、上で挙げた邦画以外にも以下の作品が挙げられている。

  『南太平洋波高し』、監督:渡辺邦男、東映、1962年〔筆者、未見〕。

 「特攻」と言えば「神風特攻隊」が有名であるが、「海の特攻隊」とも言われた「菊水隊」も比較的知ら
れていると思われる。上で言及したように、回天などの特殊潜航艇は10本以上の映画に登場しているので、
少なくとも1本くらいは観たことのある人も多いだろう。もっとも、小生がこの映画を観ながら真っ先に連
想したのは、飛行機の方の特攻を描いた『雲ながるる果てに』(監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、
1953年)〔「日日是労働セレクト4ー6」、参照〕だった。主要な登場人物のひとりに木村功が起用されて
おり、どちらの作品においても「特攻」に疑問をもっている青年を演じているからである。たとえば、恋人
と海岸を歩きながら、「何という時代に生まれてきたんだろう」という台詞を吐いている。もちろん、特攻
という特殊な状況を受け止め、従容として死地に就く仲間もいる。とくに、主人公の朝倉に扮した岡田英次
の静かな心境は、特筆に値する。なにしろ、他の仲間が芸者買いをしている間、読みかけていたドイツの哲
学者カントの『純粋理性批判(Kritik der reinen Vernuft)』(レクラム文庫版)を読了するくらいだから。
そして、それは、以下のような最後のテロップ(一部、文字を変えた)につながっている。

   回天特別攻撃隊
   よし 其の名は
   消え去るとも
   謂われなき暴力への
   抵抗として
   永遠に
   歴史の審判者たれ

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  回天特別攻撃隊員津村敏行の手記を、『若者よ! 恋をしろ』の須崎勝彌が脚色したもので『慈悲
 心鳥』の松林宗恵、西垣六郎がそれぞれ監督、撮影に当っている。出演者は『億万長者(1954年)』
 の岡田英次、木村功、『女性に関する十二章』の津島恵子、『慈悲心鳥』の和田孝、その他、高原駿
 雄、沼田曜一、宇津井健、加藤嘉、殿山泰司、丹波哲郎、西村晃などである。

   〔あらすじ〕

  戦争末期、嵐部隊大津島海軍基地では、戦局挽回のために、水中時攻艇回天の猛訓練が行われてい
 た。隊員の大半は学徒動員の予備士官だった。多くの犠牲者を出し、また同期生岡田二郎(和田孝)
 が命を失ったことから、彼らはこの作戦に対し懐疑的になっていた。慶応大学から来た関屋中尉(沼
 田曜一)は彼らを理解し、大野上水(殿山泰司)、田辺一水(加藤嘉)ら従兵は彼らに同情したが、
 隊長陣之内大尉(原保美)は軍人精神で押切っていた。出撃した村瀬一夫少尉(宇津井健)と、北村
 兵曹(佃田博)が生還した。玉井少尉(木村功)らは喜んだが、同輩に罵倒された北村は一人悩んで
 いた。出撃命令が下りた。川村少尉(高原駿雄)は自分の回天に珠数をかけて祈り、ある者は碇荘で
 酒と女に我を志れた。玉井は碇荘の一室で、恋人真鍋早智子(津島恵子)と最後の逢瀬を楽しんだ。
 朝倉少尉(岡田英次)は一人宿舎に残り、田辺一水と語り明かした。関屋、朝倉、村瀬、玉井らを乗
 せた潜水艦伊36号が出発した後、早智子はひかれるように海に身を投じた。潜氷艦が赤道直下に至る
 頃、敵の駆逐艦に遭遇し危くなった。関屋は回天に乗り、駆逐艦に体当りをした。艦隊司令から帰投
 命令をうけた時、敵艦隊の出港をキャッチした。朝倉、玉井、村瀬らは最後の別れを告げ回天に乗っ
 た。故障して海底に横たわる朝倉、早智子の写真を見つめて突っ込む玉井、必死に目標を追い突撃す
 る村瀬、それぞれの人生を終えた瞬間である。

 他に、小高まさる(松本=村瀬と親しい水兵)、坪内美子(千代=碇荘の女将)、丹波哲郎(海軍の軍人)、
高橋昌也(同)、西村晃(回天の整備兵)、伊澤一郎(潜水艦伊36号の艦長)、増田順二(同艦の軍医長)、
神田隆(司令)、織本順吉(回天搭乗員のひとり)などが出演している。
 以下に、印象に残った項目を少し書き出してみよう。

 ○ 回天の潜望鏡は「特眼鏡」という名称である。
 ○ 頭部炸薬は、約1.6トンである。
 ○ 朝倉の台詞「大学ってところはいいところですねぇ」は、同じ帝大出身の田辺に向けられた言葉であ
  るが、「自分の生命を見詰める習慣を養えることができたから」がその理由である。果たして、今の大
  学はこのような機能を残しているだろうか。
 ○ 朝倉の心境は、カントの最後の言葉と言われている「これでよい(Es ist gut.)」に帰着した。
 ○ 回天搭乗員には、青酸カリが与えられた。特攻に失敗した際には、捕虜になることを避けるためである。
 ○ 潜水艦を数える単位として、「杯」を用いていた。少なくとも小生の耳にはそう聞こえた。
 ○ 木村功の相手役は津島恵子だったが、当然の如く『七人の侍』(監督:黒澤明、東宝、1954年)を連
  想した。

 以上である。太平洋の藻屑と消えた回天搭乗員の冥福を祈る。合掌。
 さて、You Tubeの方は『東京五人男』(監督〔演出〕:斎藤寅次郎、東宝、1945年)である。まさかYou
Tubeで観ることができるとは期待していなかったので、正直嬉しかった。もっとも、非常にフィルムの状態
が悪いし、細切れの映像をつなぎ合わせて観たので、観るのにかなり骨を折った。しかし、その甲斐あって、
1945年秋頃の東京の状況を少しは知ることができた。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『磯川兵助功名噺』の斎藤寅次郎が演出した作品である。

   〔あらすじ〕

  横山辰五郎(横山エンタツ)、藤木阿茶吉(花菱アチャコ)、古川六郎(古川緑波)、北村権太
 (柳屋権太楼)、石田松男(石田一松)の五人は徴用工として東京から遠い軍需工場で働いていたが、
 終戦とともに焦土と化した東京へ帰って来た。彼らの家は罹災し家族は壕舎生活をしている。そして
 東京は闇の横行と飢餓と失業の中に喘いで人心は荒んでいた。五人の男は互いに力を合わせ東京復興
 に努力しようと誓い、前の職場へ帰って行った。都電の運転手と車掌である横山と藤木は交通道徳を
 忘れ無秩序と喧騒に殺気立つ人々を和やかにしようと努力する。石田は食糧配給所に勤めている。今
 日配給所の運行は全家庭の最大関心事であるのに、実際は無駄な手続きと時間、労力の浪費を必要と
 し、市民生活に非常な不便を与えている。石田はこれを改革し主婦たちに出来るだけ便宜を与えよう
 と努力する。古川は薬屋であるが売るべき薬は一つもなく、妻を失ったヤモメの彼は、疎開中の唯一
 人の子ども一郎(小高つとむ)のために買出しに出かけ自分の衣服までも脱いで吾が子のため食料を
 持ってゆくのである。北村は国民酒場に働いているが、酒場の主人(永井柳筰)は公衆に売るべき酒
 を胡魔化して金持ちや権力者にヤミで売り私腹を肥やしている。北村はそれを黙認し得ずに忠告する
 がかえって叱られ酷使された。このように五人は彼らの町を少しでも住み良くしようと懸命の努力を
 している時、金持ちや権力者は悪徳商売や暴力団を仲間に入れて大衆の必需物資を秘かにかき集めて
 金儲けを企み、その上五人の男を始めとして町の住人たちをその町から追い払おうとする。堪忍袋の
 緒を切った五人は悪徳漢を葬るためがぜん奮起するのである。

 他に、戸田春子(お末=横山の女房)、田中筆子(お邦=藤木の女房)、飯田ふさ江(初江=配給所に勤
める娘)、鳥羽陽之助(軍需工場の社長)、石田守英(櫻丘綜合配給所の所長)、森川君子(所長の妻)、
高勢實乗(強欲な百姓)、登山晴子(その娘)、豊原みのり(同)、原文雄(窓口の係りの男)、光一(人
相の悪い暴力団)、谷三平(同)、江藤勇(髭の生えた検査員)、藤間房子(耳の遠い老婆)、田邊よね子
(子沢山の主婦)、山田長政(医者)、松川彩子(看護婦)、大庭六郎(国民学校の先生)、高堂國典(善
良な百姓)などが出演している。
 上に倣って、以下に印象に残った項目を少し書き出してみよう。

 ○ 耳の遠い老婆が孫のためにミルクを所望したところ、配給所の所長は、隣組組長の判、町会長の判、
  ならびに町会で申込み申請書をもらい、区役所に行く。そこで今度は申込書をもらって、詳しく書き込
  み、所帯主の判を捺す。それから警察に行って証明書をもらい、さらに医者の診断書をもらう。それら
  一式を揃えてここへ出せば、ミルクは渡してあげるという。呆れた石田は、それを無視して、老婆にミ
  ルクを渡して、「手続きはわたしがします」という。所長は嫌な顔をする。その後ろに、「親切第一」
  という文字が書かれた額が飾ってある。皮肉であろう。
 ○ なお、この配給所に文句をつける主婦がいる。たぶん、横山の女房お末であろう。いわく、「真夏に
  炬燵を配給し、寒波が来てから蚊取り線香、うちわ、蠅叩きを配給するとは、どういうことか」、と。
  係員が「来年お使いください」と答えると、「今の配給で来年まで生きていられるのか」と応ずる。
  おそらく、実際にもこれに近いことがったのだろう。
 ○ 何でも配給の時代であったが、切符がなければ何も手に入らない。たとえば、ある日の配給所の黒板
  には、こう書かれてある。

     十五日

    大根 一人 十匁
    九時ヨリ 配給シマス
    本日ノ配給ハ
    第二組ヨリ 第二十五組マデ

 ○ 「配給所五訓」というのも出てくる。
  一、能率第一主義、一、時間厳守、一、量目正確、一、迅速丁寧、一、清潔○◯(○○は不明)
 ○ 国民酒場でも、インチキなお酒(工業用のメチルアルコール)を飲んだ客は、首が曲がってしまう。
  中には失明した人もいたと言われている。
 ○ 欲しいものは、米、砂糖、石鹸、罐詰、純毛の毛布などである。以前、『もの食う人びと』(辺見庸)
  で、難民が戴いて喜ぶ物資として、毛布、石鹸、砂糖が挙げられていたが、まさに敗戦直後の日本も同  
  じだったことが分る。
 ○ 電車の乗客が眠っている間に靴を盗まれている。石田の自転車も、ちょっとした隙に盗まれている。
  これらの窃盗は、人心が荒廃していたことの証左である。
 ○ 芋が配給されたとき、多くのご婦人が参集している。そこで、石田は「のんき節」を歌っており、そ
  のときの歌詞に「婦人参政権の投票のときにも並んでほしい」というのがあった。
 ○ ものの値段として、着物80円、シャツ50円、猿股12円、下駄30円というのがあった。簡易住宅も売り
  出され、2,400円であった。
 ○ 「櫻丘綜合配給所」はやがて「櫻丘協同組合」と看板を替える。
 ○ 都電の行き先は「日比谷」であった。
 ○ 疎開から子どもが帰ってきた。国民学校の先生(校長)が、くだくだと演説をぶっている。
 ○ 下駄と草履を左右に履いていることを注意されたとき、これだと盗られる心配がないと応じている。
 ○ 町医者の看板に、「内腸外科」という診療科目があった。これは初めて見た。なお、診療時間は朝の
  8時から夜の8時までだった。日曜・祝日は午前中か、休診だった。だから、看護婦が、日曜日には病
  気にならないでほしいと言っている。
 ○ 最後に、デモ行進のシーンがあるが、主要な要求は「三合配給、絶対確保」だった。

 以上である。戦争はすでに終わっているので、貧しいながらも、何となく和やかな雰囲気がある。ほぼ予
想通りだったが、当時の様子がよく分かる映画であった。

                                                 
 某月某日

 You Tubeで邦画の『東京の宿』(監督:小津安二郎、松竹蒲田、1935年)を観た。たぶん、小津作品として
は27本目の鑑賞である。サイレント映画であるが、弁士なしでも十分に分かる内容となっている。
 物語を確認しておこう。今回は、<ウィキペディア>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『東京の宿』(とうきょうのやど)は、1935年(昭和10年)11月21日公開の日本映画である。松竹
 キネマ製作・配給。監督は小津安二郎。モノクロ、スタンダード、サウンド版、80分。
  坂本武主演の「喜八もの」の最終作。原作のウィンザアト・モネはWithout Moneyのもじりで、小津
 安二郎・池田忠雄・荒田正男の合作ペンネームである。第12回キネマ旬報ベスト・テン第9位。

   〔あらすじ〕

  喜八と二人の息子・善公と正公は、職を求めて工業地帯をさまよい、おたかとその幼い娘の君子に
 出会う。ある夜、喜八は飯屋をやっている昔なじみのおつねと偶然に出会い、彼女は仕事を見つけて
 きてくれた。おたか親子と親密な時間を過ごした後で、君子が病気(疫痢)にかかってしまうと親子
 ともども消えてしまう。喜八が酒屋でヤケ酒をあおっていると、何とおたかが酌婦として酒を持って
 きた。喜八は彼女を叱るが、おたかは涙ながらに娘の入院費用で仕方なかったと弁解する。親子を何
 とかしようと、喜八は一大決心をする。深夜、喜八は息子たちに、お金をおたかのいる病院に送り届
 けさせると、おつねに子どものことを頼み、警察へと向かうのだった。

   〔キャスト〕

 坂本武(喜八)、岡田嘉子(おたか)、突貫小僧(善公)、末松孝行(正公)、小嶋和子(君子)、飯田
蝶子(おつね)、笠智衆/西村青児(巡査)などが出演している。
 喜八は熟練の旋盤工らしいが、職にあぶれている。「狂犬病予防デー」のお蔭で、野犬を役所に連れてい
くと、40銭になる。3人の一食分の飯代が30銭見当だから、犬が飯に見える。萬盛舘という安宿を塒にして
いるが、手元不如意の場合は野宿になる。ギリギリの生活というわけだ。暗い色調は仕方がないが、人間は
描けていると思う。善公と正公の間で、「虎とライオンはどちらが強いか」という問いをめぐって喧嘩しそ
うになるが、「キング・コング(1933年に映画化)が最強だ」の一言でうやむやになる。子どもの描写とし
ては、秀逸だと思った。君子を「坊や」と呼ぶシーンがあるが、この頃のこの言葉は男女共通だったらしい
ので、違和感はない。『マダムと女房』(監督:五所平之助、松竹蒲田、1931年)〔「日日是労働セレクト
125」、参照〕にも、同様の場面がある。おつねが登場するシーンで理髪店が映るが、「理髪舗」となっ
ていた。始めて見た。なお、『非常線の女』(監督:小津安二郎、松竹蒲田、1933年)〔「日日是労働セレ
クト134」、参照〕にも登場するが、「クラブ歯磨」という名前は滑稽である。もっとも、これは正真正
銘の「歯磨き粉」の商標で、現在のクラブコスメチックスの商品の由。小生はバーとかクラブとかの類だと
勘違いしていた。だから、滑稽に見えたのである。なお、岡田嘉子が杉本良吉と樺太国境を超えてソ連に越
境したのは、この映画が撮られたわずか3年後の1938年(昭和13年)のことである。

                                                 
 某月某日

 You Tubeで邦画の『瀧の白糸』(監督:溝口健二、入江たか子ぷろだくしょん、1933年)を観た。 幼少
のみぎりよりその名前は知っていたが、こんな物語だということは知らなかった。新派悲劇の当り芝居らし
く、とても悲しい物語であった。なお、映画化は6回されており、本作は2番目に当たる。監督名および瀧
の白糸役と村越欣弥役の名前だけは挙げておこう。ちなみに、原作は泉鏡花の「義血侠血」(青空文庫で読
める)である。以下、<ウィキペディア>のお世話になる。

  1915年版 監督:細山喜代松 瀧の白糸:不明      村越欣弥:不明
  1933年版 監督:溝口健二   瀧の白糸:入江たか子 村越欣弥:岡田時彦
  1937年版 監督:広瀬五郎   瀧の白糸:久松三津枝 村越欣弥:大内弘
  1946年版 監督:木村恵吾   瀧の白糸:水谷八重子 村越欣弥:夏川大二郎
  1952年版 監督:野淵昶    瀧の白糸:京マチ子    村越欣弥:森雅之
  1956年版 監督:島耕二    瀧の白糸:若尾文子   村越欣弥:菅原謙二

   〔あらすじ〕

  女水芸人「瀧の白糸(本名:水島友)」は旅座仲間の南京出刃打(なんきんでばうち)の寅吉一座
 とことごとく対立していた。危機を救ってくれたのが高岡で乗合馬車の御者として働く村越欣弥だっ
 た。欣弥が忘れられない白糸は卯辰橋(現在の天神橋)で再会し、欣弥が金のために学問を断念した
 ことを知った白糸は、自分が仕送りをすることを約束し、欣弥を支援する。欣弥への仕送りはしばら
 く続くが、人気の低迷とともにそれもままならなくなり、また芸人仲間の若い連れを駆け落ちさせる
 などして南京出刃打の恨みを買う。白糸は一座のために高利貸しの岩淵から金を借りたが、300円を
 持って帰るときに南京にそれを強奪される。岩淵と南京がグルであることを責めようと白糸が岩淵を
 訪れた折、誤って岩淵を刺し殺してしまう。白糸は勉学に励む欣弥の元を訪れるがあえなく逮捕。検
 事は学業を終えて初めて検事席に立つ欣弥であった。拘置所を訪れる欣弥に白糸は正直に裁いて欲し
 いと懇願し、法廷で切々と真実の大切さを説く村越の言葉に白糸は凶行を自白し、舌を噛んで自殺す
 る。その後を追うように村越もピストルで己が命を絶ったのであった。

   〔配役〕(クレジットより)

 入江たか子(瀧の白糸)、岡田時彦(村越欣弥)、菅井一郎(岩淵剛三)、村田宏寿(南京出刃打)、浦
辺粂子(お銀=南京出刃打の女房。一座の男と駆け落ちする)、見明凡太郎(新蔵=木戸番)、瀧鈴子(撫
子=新蔵の恋人)、田中筆子(下宿の婆や)、大泉浩二(権次)、大原譲(丹次郎)、沖悦三(老検事)、
小坂信夫(刑事)、川瀬隆司(南京の口上)などが出演している。
 なお、この映画は、松田春翠のはからいで消滅を免れた作品の一つで、松田フィルムライブラリーの提供
である。サイレント映画であるが、女性の弁士の詳しい描写や台詞が伴うので、まるでトーキーを観ている
ごとくであった。
 瀧の白糸は水芸であるが、その他に、猿芝居、女軽業、山雀(やまがら)の芸当、剣の刃渡り、活(い)
き人形、名所の覗き機関(からくり)、電気手品などが紹介されていた。白糸の台詞に、「二十四にもなっ
て、高島田に厚化粧でもあるまい」というものがあった。この頃では、年増の部類だったのであろう。なお、
欣弥が務めていた馬丁(べっとう)が御する馬車は、「開化の利器」と呼ばれていた。蛇足ながら、水芸の
指導を行っているのは、松旭斉天勝である。

                                                 
 某月某日

 DVDとYou Tubeで邦画をそれぞれ1本ずつ観たので報告しよう。DVDの方は『座頭市 あばれ火祭り』(監
督:三隅研次、勝プロ=大映京都、1970年)である。シリーズ第21作目に当たる。製作媒体の関係からか、
TSUTAYAには置いていない作品のひとつなので、このシリーズは久しぶりの鑑賞となった。以下に挙げるが、
未見の作品は残り3作になった。機会があれば、いずれ観てみたいと思っている。

  『座頭市御用旅』、監督:森一生、勝プロ、1972年〔筆者、未見〕。
  『新座頭市物語・折れた杖』、監督:勝新太郎、勝プロ、1972年〔筆者、未見〕。
  『新座頭市物語・笠間の血祭り』、監督:安田公義、勝プロ、1973年〔筆者、未見〕。

 かなり斬新なシーンもあるにはあるが、さして成功しているとは思えない。さらに、つながりが悪く、そ
の分瑕疵の多い作品に留まっている。小判の風鈴、点字の手紙、目無しの骰子などにはたしかに驚かされた
が、どうれだけの効果があっただろうか。むしろ、物語の本筋から離れているような気がする。「勝はアイ
ディアマンであるが、そのアイディアが往々にして作品から浮いてしまい、全体のバランスを崩してしまう
傾向にある」と、かつて田中徳三が指摘していたのではなかったか。当該作品はその「典型」と言えなくも
ない。少し残念でさえあった。とりあえず、冒頭の文字を写し採っておこう。

  天保の頃、/関八州に散らばる親分衆を/次々にその支配下におさめて/
  巨大な組織をつくりあげた/大親分がいた。/百姓 町人 商人たちから/
  「お礼金」という名目の/闇の年貢ともいうべきものを/吸いあげる組織である。/
  他にも、処々方々の賭場から上る/テラ銭の一部が権利金として/彼のふところに
  入ってくるのだから/その金額は尨大なものであった/この大親分を、/
  「闇公方さま」と人々は呼んだ/暗黒街の/将軍さまという意味である。

 もちろん、大前田英五郎のような大親分ではなく、どちらかと言えば貧相な親分である。どうしてのし上
がったのかは不明であるが、さすがに森雅之、けっこう様になっていた。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  「座頭市」シリーズ二十一本目。脚本は『忍びの衆』の山田隆之と脚本初執筆の勝新太郎が共同で
 あたり、監督は『兇状流れドス』の三隅研次。撮影は『座頭市と用心棒』の宮川一夫が担当。

   〔あらすじ〕

  喧嘩と聞いて助っ人に加わったものの、相手がただの百姓で、闇の年貢の強制的な取り立てと知っ
 た座頭市(勝新太郎)は、思わず仕込杖で子分たちを斬り捨ててしまった。ところが、その子分衆が、
 盲目ながら関八州に睨みを利かす暗黒街の将軍「闇公方」(森雅之)の組織につながるものであった
 から、座頭市を必ず消すようにという厳命は一夜のうち全国に伝わった。市はその夜、妾市で、もと
 旗本の若妻だったという女(吉行和子)を助けた。銭金に物言わす卑しい商人(田武謙三)の手に落
 ちたのが、市には我慢ならなかったのだ。だが、このあと土蔵の二階でともに一夜を過したことから、
 市は夫の浪人(仲代達矢)からも、生命をつけ狙われる羽目となった。暗殺指令が出ているなどとは
 夢にも思わぬ市は、黒子の貸元(金田龍之介)の家に襲名祝いにいくのだが、黒子の子分に案内され
 た湯屋で市はいきなり十数人の刺客に襲われた。湯舟に潜って辛じて第一撃をかわし、斬り伏せてし
 まうが、長居は無用の殺生を重ねるだけと、市はふたたび旅に出る。意外にも、町外れには、襲名披
 露の祝い盆で隣りに坐り合わせて以来探し求めていたお喜代(大原麗子)が旅姿で市を待っていた。
 「盲者は愛に飢えている、腕の立つ男よりも女がいい」と闇公方が放った刺客として市を殺す使命を
 帯びているが、市の献身的な愛情にほだされどうしても刺すことができなかった。お喜代の変心を知
 った闇公方は、親兄弟も同罪と、一度は後継者に指命した右の貸元(西村晃)を捕えて、お喜代の呼
 び戻しを図る一方、闇公方は市を策略に陥れるべく飛脚を送った。そうとも知らず、花会の招待を受
 けた市は、余興にと進められ、池の真ん中、浮き御堂のような盆茣蓙にと進んでいくが、これが罠と
 気付いたときには、渡しの板は外され、迫った火槍を切り捨てたはずみに、池の水面は文字どおり火
 の海となった。水に潜って対岸に這い上った市は、ものも言わず阿修羅のごとく暴れ廻った。狼狽し
 た闇公方が右の貸元たちを人質にしたためさすがの市も仕込杖を手放さざるを得なかったが、次の瞬
 間、市の隠し持っていた火箸が見事に闇公方の首を貫いていた。翌日、市は河原で浪人と対決したが、
 浪人の気魄はすさまじく、勝負は相打ちのように見えたが、倒れたのは浪人の方だった。

 他に、ピーター(梅次)、田中邦衛(馬子)、近藤洋介(面の貸元)、なべおさみ(妾市における競り役
の男)、長沢純(黒子の貸元の子分)、正司玲児(茶屋の亭主)、正司敏江(その女房)、吉田義夫(妾市
を取り仕切る貸元)、浜田雅史(その子分)、北村英三(貸元衆のひとり)、五味龍太郎(同)などが出演
している。
 You Tubeの方は『浅草の灯』(監督:島津保次郎、松竹大船、1937年)である。昭和12年の映画で、そろ
そろ軍靴の音が大きくなり始めた頃である。浅草オペラが登場するが、残念ながら小生とは縁が薄い。ドイ
ツに留学された方に聞いた話であるが、彼の地ではオペラの上演はごく普通のことなので、日本との差はか
なりあると思われる。小生自身、ミュージカルは好きな方なので、本場のオペラを体験したい気持はある。
もっとも、外遊する気持はさらさらないので、先ずは実現不可能であろう。
 さて、佐藤忠男の『日本映画300』(朝日文庫)に関連記事があるので、それを引用してみよう。

   浅草の灯          島津保次郎監督     松竹大船 1937年

  かつて浅草は、日本で最高のアミューズメント・センターだった。とくに関東大震災の前の数年は、
 当時のいちばんモダーンな西洋大衆演劇であるオペレッタが日本の歌手たちによって上演されて人気
 を呼んでいた。これが浅草オペラである。映画も邦画洋画とも最初の上映は浅草六区の映画街ときま
 っていたから、最新作を見たい熱心な映画青年、映画少年たちは電車代を節約して映画館の入場料に
 まわすために遠くから歩いてでも浅草に通った。他方、浅草は古くからの伝統的な盛り場だから、や
 くざも根を張っているしごろつき(「ごろつき」に傍点)も多い。ここに魅せられて通いつめる青少
 年も不良視される傾向があり、オペラに熱中して通って部隊のスターたちに声援を送る青年たちもペ
 ラごろ(「ペラごろ」に傍点)と呼ばれた。
  「浅草の灯」は、そんな、新しいものと古いものとが入りまじって日本でいちばん活気のある街だ
 った一九一〇年代の浅草の風俗を再現した映画である。当時、現代劇の二枚目としてはトップの人気
 スターだった上原謙がオペラの歌手。しかもいつもただ優しいだけの美男ではなくて、やくざを相手
 に体をはって純情な田舎出の少女を守る颯爽たる青年である(戦後のリバイバル上映のとき、アメリ
 カ軍の検閲で暴力はいけないということになって彼がひとりで数人のやくざをたちまちのうちにノシ
 てしまう名場面がカットされてしまったのはまことに残念!)。そしてこの田舎出の少女がやがて彼
 と名コンビになって晩年のJRの広告のフルムーンのポスターまで共演する高峰三枝子。二人が会う
 場所は当時のいちばん高層建築だった通称十二階という塔である。この上原謙のヒーローに頼まれて
 少女をやくざの手から救うために一肌脱ぐ気っぷのいい若い歌手仲間のひとりに若き日の笠智衆がお
 り、彼らに協力して彼女をかくまうペラごろ、じつは画家志望の芸術青年が夏川大二郎。オペラ一座
 のプリマドンナで座長の奥さんでもある気性の激しい女性は杉村春子である。杉村春子はもともと音
 楽の先生から新劇の女優になっていたので、歌える女優として迎えられて映画初出演だった。
  というわけで、歌手志望の純情な乙女の貞操を地元の親分とその手先の毒牙から守るために、オペ
 ラのヒーローたちさながらに女性崇拝を理想とする青年たちが、日頃のお芝居そのまま、いい恰好し
 て活躍するという話であるが、名手島津保次郎の、その大正期風俗の描写が素晴らしい。十二階の見
 える歓楽街、オペラ、そしてそこに生きた人々。

 以上である。なお、解説とあらすじについては、<allcinema>を引用する。執筆者に感謝したい。さらに、
配役に関しては、クレジットおよび関連ネット記事に従った。

   〔解説〕

  浜本浩の同名小説を池田忠雄が脚色し島津保次郎が監督した。監督デビュー前の吉村公三郎が編集
 としてスタッフに名を連ねている。主演の高峰三枝子は劇中で歌うシーンが注目され、翌年に歌手デ
 ビューを果たした。1956年に田中重雄監督が、1964年には斎藤武市監督が『浅草の灯 踊子物語』と
 して再映画化している。

  〔あらすじ〕

  戦前の浅草。小杉麗子はオペレッタ劇場〈日本座〉の売れっ子コーラスガールだった。資金難に陥
 った劇場主の女座長は、成金に麗子を売り飛ばして金を得ようと企んでいた。しかし座員たちは、麗
 子と恋に落ちる画学生を巻き込んで、座長の野望を阻止。怒った座長は劇団を潰そうとするのだった。

  〔配役〕

 上原謙(山上七郎=オペラ歌手)、高峰三枝子(小杉麗子=コーラスガール)、夏川大二郎(「ポカ長」
こと神田長次郎)、西村青児(佐々木紅光=座長)、杉村春子(松島摩利枝=プリマドンナ、座長の妻)、  
坪内美子(お龍=射的屋の店員)、藤原か弥子(吉野紅子=コーラスガールのひとり)、徳大寺伸(飛鳥井
純=肺結核を患っている歌手仲間)、河村黎吉(大平軍治=トスキナの主人)、岡村文子(呉子=同じく女
将、軍治の女房)、斎藤達雄(藤井寛平=年配の歌手仲間)、武田秀郎(半田耕平=麗子を狙っている金持)、
笠智衆(香取真一=歌手仲間)、磯野秋雄(仙吉=地回り)、赤城正太郎(福松=同)、日守新一(太公)、
近衛敏明(仁村=ボカ長と同じ下宿の医学生)、山内光(荒川監督)、伊東光一(桜木=貧乏詩人)、小林
十九二(香具師)、大塚君代(カルメンの踊り子)、東山光子(同)、森川まさみ(同)、出雲八重子(同)
〔別の資料では八雲恵美子であるが、クレジットでは出雲八重子〕、小牧和子(同)、河原侃二(奥役)な
どである。

                                                 
 某月某日

 You Tubeで邦画の『東京のえくぼ』(監督:松林宗恵、新東宝、1952年)を観た。「戦争映画」や「社長」
シリーズなどでお馴染みの松林監督のデビュー作である。新人とはとても思えない出来で、過不足ない演出
はヴェテランの作品と比べても遜色がない。脚本の小國英雄/須崎勝彌も素晴らしい。実は、『暴力』があ
まりに陰惨な映画だったので、同じ年に製作された映画で明るいものはないかと探したところ、「これがそ
うに違いない」と睨んで観てみたのである。直感に狂いはなかったと思う。上原謙と丹阿弥谷津子のカップ
ルも実に新鮮だった。ちなみに、松林監督の作品は、以下のように、これまで17本観ている。

  『東京のえくぼ』、監督:松林宗恵、新東宝、1952年。
  『青春ジャズ娘』、監督:松林宗恵、新東宝、1953年。
  『社長三代記』、監督:松林宗恵、東宝、1958年。
  『潜水艦イ-57降伏せず』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
  『社長太平記』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
  『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』、監督:松林宗恵、東宝、1960年。
  『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
  『社長道中記』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
  『太平洋の翼』、監督:松林宗恵、東宝、1963年。
  『社長外遊記』、監督:松林宗恵、東宝、1963年。
  『社長紳士録』、監督:松林宗恵、東宝、1964年。
  『社長忍法帖』、監督:松林宗恵、東宝、1965年。
  『社長行状記』、監督:松林宗恵、東宝、1966年。
  『社長千一夜』、監督:松林宗恵、東宝、1967年。
  『社長繁盛記』、監督:松林宗恵、東宝、1968年。
  『社長えんま帖』、監督:松林宗恵、東宝、1969年。
  『連合艦隊』、監督:松林宗恵、東宝映画、1981年。

 考えてみれば、デビュー作の主人公はまさに「社長」だから、その後の作品の嚆矢となったというわけで
ある。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  三ツ木プロと新東宝の提携によって青柳信雄と高木次郎とが製作を担当、『水色のワルツ』で青柳
 信雄と共同監督に当たった松林宗恵が監督に当たっている。撮影は『惜春(1952年)』の小原譲治で
 ある。出演者の主なものは『朝の波紋』の高峰秀子、『惜春(1952年)』の上原謙、『恋の応援団長』
 の小林桂樹、丹阿弥谷津子の他、柳家金語楼、古川緑波、小倉繁などである。

   〔あらすじ〕

  河上伸子(丹阿弥谷津子)は紀之國屋物産の入社試験に行く途中のバスの中でスリ(鮎川浩)に財
 布をすられた。いち早く気がついた彼女は、自分の傍らに立ってニヤニヤ笑っていたロイド眼鏡に口
 ひげの男(上原謙)がてっきりスリだと思って、警察へ突き出した。その時立ち会った婦人警官は伸
 子の親友峯京子(高峰秀子)だった。伸子はその後で入社試験を受けて、みごとに難関をパスし、紀
 之國屋物産の社長秘書事務係に採用された。ところがその社長がその日から失踪して行方不明という
 騒ぎになった。翌日その新聞記事を見て驚いたのは伸子と京子であった。昨日伸子が突き出したスリ
 がその社長だった。出社第一日、伸子と社長の紀の國屋文太郎との最初の対面では、社長の前に山積
 みされた書類が伸子を窮地から救ってくれた。そして文太郎から、めくら判(映画のママ)を捺す機
 械のような自由のない社長業の嘆きを聞かされたのであった。伸子は京子と相談して文太郎を脱出さ
 せ、伸子の家に預かることにした。眼鏡を取り口ひげを剃った文太郎は、貧しいが人のよい人々が住
 む裏町に住んでみて、初めて人生の真実に触れたような気がした。それと同時に伸子を通じて会社の
 状況を従業員の立場からつぶさに知ることができた。伸子の父大作(柳家金語楼)の紹介で紀之國屋
 の子会社の職工に就職した文太郎は、やがて時期を見てその正体を現し、会社を改革するとともに名
 実ともに備わった社長として第一歩を踏み出したのだった。

 他に、清川虹子(河上八重=伸子の母)、古川緑波(林長十郎=紀之國屋物産の専務・六代目番頭)、小
倉繁(木村徳兵衛=社長秘書)、田中春男(武さん=酒屋「三河屋」の主人)、小林桂樹(巡査)、江川宇
礼雄(紀之國屋罐詰工場用度係長)、伴淳三郎(紀之國屋汽船社長)などが出演している。
 印象の強かった事柄を、以下に掲げてみよう。

 ○ 伸子の財布の中身:百円札3枚/十円札12枚/五円札1枚/一円札1枚/五円玉2つ/一円玉3つ……
                総計439円。
 ○ 八重の言葉「悪口じゃなくて、批判」が面白い。
 ○ 新聞の見出しとして、社長の失踪を「第二の下川総裁事件?」と報じている。もちろん、国鉄総裁の
  「下山定則総裁」を連想せざるを得ない。
 ○ ある日の社長の日程

    一通り決済をした後、紀之國屋汽船へと向かい、そこでも書類に判を捺す。その後は……

    三時:高橋一郎氏告別式 参列
    四時:大和久練太氏結婚披露宴 出席
    四時半:新東京交響楽団結成祝賀会 列席
    五時:火星號沈没遭難者追悼會 参列
    五時十五分:太田家金婚式祝宴 出席
    六時:関東工業重役招待
    六時半:北海道産業招待
    七時:小谷次官招待
    八時:三坂デパート重役招待
    八時半:鶴亀映画會社招待宴
    九時:運輸會社社長の御招待

     ……この時点で、まだ4箇所も残っている。

 ○ あまりにタイトな日程のために、文太郎は慶弔をあべこべにしてしまうことしばしばであった。
 ○ 山本専務の言葉「太閤秀吉に竹中半兵衛あり、徳川家康に南光坊天海あり、紀伊国屋文左衛門に林長
  五郎あり」は、もちろん自負の現われである。
 ○ 文太郎は、「社長」という自分の仕事を「捺印工」と自嘲している。
 ○ 文太郎は、本当はホルン吹きになりたかった。「遠き山に日は落ちて」(ドヴォルザーク「新世界」
  より)などを吹く。
 ○ 文太郎は「めくら判」を「詐欺」のようなものと看做している。
 ○ それを承けて、大作は「お釈迦さんの寝言」と揶揄している。
 ○ 伸子が思わず「社長さん」と口にした時の言い訳として、「(木下)左千男」と名乗ることにする。
  発音が似ているからである。
 ○ 大作の言葉「母親の思想を悪化させる」が面白い。
 ○ 社長印がないために書類がストップしたとき、用土係長→用度課長→用度部長→総務部長→工場長→
  本社という風に、案件が盥回しにされる。
 ○ 大作の飲酒(焼酎)を規制するために、酒屋である三河屋の武さんに、八重は「空樽を洗った水も売
  らないでくれ」と頼んでいる。
 ○ 紀之國屋グループは、「罐詰」の他に、証券、銀行、汽船、ホテル、レストランなどをその傘下に収
  めている。
 ○ 大作の言葉「人間誰だってめくら判を捺している。もっと、人間を信頼しなくちゃ」が、文太郎の身
  に染みた。
 ○ 大作の言葉「直に「長」の字が付くようになるよ」は昭和臭い表現である。
 ○ 文太郎の言葉「ものを作るのは大変なことだ」は、同じ年に製作された『生きる』(監督:黒澤明、
  東宝、1952年)のモチーフの一つである。上記の「盥回し」も同映画に出てくるので、相互に何らかの
  関係があるのかもしれない。
 ○ 社長の失踪を、周囲の者は一種の「ストライキ」と看做している。
 ○ 最後の辞令の言葉「社長秘書事務係を免じ社長妻に任ず」に対して、伸子は唇の「めくら判」を捺し
  ている。

 実にほんわかする映画であった。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『暴力』(監督:吉村公三郎、東映京都、1952年)を観た。吉村監督の未見の作品ならば何
でも観てみたいと思っているのだが、その内の1本が念願叶って鑑賞することができたというわけである。
最近まで存在すら知らなかった映画ではあるが、実に掘り出し物であった。彼の作品は、以下で挙げるよう
に都合10本観ているが、その中でも出色の出来だと思う。

  『暖流』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1939年。
  『安城家の舞踏会』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年。
  『像を喰った連中』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年。
  『わが生涯のかゞやける日』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1948年。
  『偽れる盛装』、監督:吉村公三郎、大映京都、1951年。
  『暴力』、監督:吉村公三郎、東映京都、1952年。
  『夜の河』、監督:吉村公三郎、大映京都、1956年。
  『大阪物語』、監督:吉村公三郎、大映京都、1957年。
  『女経(じょきょう)』、監督:増村保造/市川崑/吉村公三郎、大映、1960年。
  『越前竹人形』、監督:吉村公三郎、大映京都、1963年。

 以下に、未見作品で、とくに観たいと思っている作品も挙げておこう。

  『西住戦車長伝』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1940年。
  『嫉妬』、監督:吉村公三郎、松竹大船、1949年。
  『自由学校』、監督:吉村公三郎、大映東京、1951年。
  『源氏物語』、監督:吉村公三郎、大映、1951年。
  『西陣の姉妹』、監督:吉村公三郎、大映京都、1952年。
  『夜明け前』、監督:吉村公三郎、近代映画協会=劇団民芸、1953年。
  『千羽鶴』、監督:吉村公三郎、大映京都、1953年。
  『足摺岬』、監督:吉村公三郎、近代映画協会、1954年。
  『貴族の階段』、監督:吉村公三郎、大映、1959年。
  『襤褸の旗』、監督:吉村公三郎、「襤褸の旗」製作委員会、1974年。

 一応、10作品を挙げておくが、他にも触手が動く作品が目白押しなので、現在最も注目している監督のひ
とりであることは間違いない。新藤兼人監督らと一緒に近代映画協会を設立しているが、新藤監督と比較し
た場合、大手映画会社で製作している作品も多く、その分営業的に期待できる監督であることが分る。もち
ろん、新藤監督を軽く見ているわけでなく、作風の違いといってよいだろう。
 さて、当該作品であるが、先ずは日高澄子の熱演が特筆ものであろう。彼女を認知したのはいつだっただ
ろうか。おそらく、気の強い芸者の役だったと思うが、作品を同定できない。小生の個人的好みが反映して
いることは言うまでもないが、ここに描かれている女性はたいへん魅力的であった。作品の最後の方で、単
なる「アプレ・ゲール」と看做されているが、それは上辺だけで、かなり芯の強い、しかも人情の分かる女
性ではないだろうか。時代や環境のせいで突っ張っているが、案外涙もろい人情派の女性だと思う。
 脇を固める俳優陣もいい。とくに、菅井一郎や新藤英太郎の悪党コンビ、木村功と内藤武敏のチンピラ・
コンビ、珍しく従順な女を演じている浪花千栄子、その元夫でルンペンにまで落ちぶれた男役の殿山泰司、
盲目の女性を好演している若山セツ子など、実にすばらしかった。モノクロームの映像も時代に即しており、
世間的にはさほど評価されていないようだが、小生にとってはまさに「傑作」だった。なお、あまり目立た
ないのは、その『暴力』というそっけないタイトルが災いしているからではないだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『偽れる盛装』、『西陣の姉妹』と関西の社会悲劇をテーマにしてきた近代映画協会の吉村公三郎
 監督、脚本家新藤兼人のコンビが初めて東映に持ち込んだ作品である。撮影は宮島義勇、出演者は、    
 『西陣の姉妹』の日高澄子、菅井一郎、殿山泰司、進藤英太郎に加えて、『恋風五十三次』の若山セ
 ツ子らである。

   〔あらすじ〕

  大阪のとある歓楽街の片隅に位置する日の出横町。そこには浮浪者の群れ、空き巣、万引き、刑務
 所から直行した男、どれもこれも一癖ありげな翳を持った人生の黄昏族が集っている。この街のアイ
 マイ宿、ことぶき屋の娘孝子(日高澄子)は、養父の山田(菅井一郎)に強いられてポン引きをして
 いる。またストリップ小屋の支配人富坂(新藤英太郎)は孝子の肉体を狙っており、山田を通じて口
 説き落とそうとしている。しかも、孝子は、山田を恐れる母のせつ(浪花千栄子)、盲目の妹の静子
 (若山セツ子)、山田に追い出された実父の助蔵(殿山泰司)をかばって、その日暮らしで生きてい
 た。ことぶき屋に宿泊した若い女の鉄道自殺、女流作家(夏川静江)の社会探訪、狂える詩人(役者、
 不祥)、この街にとってはありふれた数々の事件の中に、犯罪者の高見勉(木村功)と木島隆次(内
 藤武敏)がもぐり込んできた。孝子は高見にひかれ、高見たちの落ちていく四国の牧場に憧れた。そ
 の牧場こそ孝子を泥濘から救う唯一の場所だと思えた。しかしせつたちを説いて四国行きを決心させ
 た夜、山田の密告により高見と木島は官憲によって捕縛される。孝子の夢は無惨につぶれた。その夜、
 浮浪者となっている助蔵が酔っぱらってことぶき屋に入り込み、せつをはさんで怒号を繰り返す。そ
 の二階では孝子への思いを遂げられなかった富坂が盲目の静子に挑み、静子は逃げようとして階下に
 落ちて負傷する。山田と助蔵はその静子を前にして乱闘を始め、激怒した山田は孝子やせつにまで暴
 力をふるう。孝子は今や一切の憤りを込めて、遂に山田を刺殺した。虐げられた女のせめてもの反抗
 であった。しかし、この街にとっては所詮他人事である。今日も雑多な人の群れが忘却の彼岸に歩み
 を続ける。狂える詩人は敗残と絶望の詩を相変わらず絶叫している。

 他に、松浦築枝(自殺した初子の母親=推定)、赤木春恵、金剛麗子などが出演してる。最初、木島役が
誰か分からなかったが、そのうち内藤武敏であることが分った。中年を過ぎてからは、正義派のインテリの
役が多かったので、なかなか分からなかったのである。
 印象の強かった事柄を、以下に掲げてみよう。

  ○ 日の出横町では、50円あれば一日食える。10円か20円で栄養価のあるものを購えるからである。
  ○ 狂える詩人が吟唱している詩は、萩原朔太郎の『氷島』の詩の一節らしい。
  ○ 社交は賭博が主で、生活意欲を失った怠惰が街を支配している。
  ○ 映画館、女剣戟、ストリップ・ショーの三本柱で成り立っている劇場がある。
  ○ 路上床屋もおり、10円から20円で頭も刈れる。
  ○ 市民の権利はないが、義務もない。
  ○ 映画『現代人』(監督:渋谷実、松竹大船、1952年)の看板が見える。
  ○ 「カストリ新聞」という言葉を孝子が口にする。「カストリ雑誌」*と同様の代物だろう。
  ○ 「上海帰りのリル」、「トンコ節」、「ヤットン節」などが聞えてくる。
  ○ 「びっくりコーヒー」というメニューが喫茶店にあり、通常のコーヒーの倍の値段である40円である。
  ○ ことぶき屋の対面に「麝香風呂」という看板がかかっている。
  ○ パン助(=パンパン、街娼)が通行人よりも多い。多くは昼の勤めをもっており、夜に商売している。
  ○ パン助は必ずハンドバックをもっているので、それが目印。
  ○ 温泉マーク(=連れ込み旅館)「きよ元」の料金は、休憩300円、宿泊500円であった。
  ○ ラムネやカルピスは10円である。
  ○ 助蔵は徴用で樺太に引っ張られており、引き揚げるまで8年間抑留されている。
  ○ ことぶき屋で高見や木島が女を呼んだとき、取られた料金は3,500円だった。うち、ビール2本とつ
   まみが500円の由。高見たちにしてみれば孝子が相手をしてくれると思い込んでいたので、いちゃもん
   をつけるが、反対に叩き出されてしまう。
  ○ 富坂が孝子を口説いたとき、孝子が吹っかけた金額は「処女だから100万円」との由。もちろん、金
   でこころが動くわけがなく、断りの啖呵である。しかし、富坂はいくらでも出すと言い放っている。
   その富坂に対して、孝子は「底抜け喇叭」という言葉で罵倒している。
  ○ ことぶき屋は、元々せつの金で建てた宿屋だが、いつのまにか山田が暴君と化している。助蔵も引揚
   が遅れた上に家が火事で焼けたりして、挙句の果てにせつを山田に取られる仕儀となったのである。

   * なお、カストリ雑誌については、<ウィキペディア>に次のような記事がある。

  カストリ雑誌(カストリざっし)は、太平洋戦争終結直後の日本で、出版自由化(但し検閲あり、
 詳細は下段参照)を機に発行された大衆向け娯楽雑誌をさす。
  これらは粗悪な用紙に印刷された安価な雑誌で、内容は安直で興味本位なものが多く、エロ(性・
 性風俗)・グロ(猟奇・犯罪)で特徴付けられる。具体的には、赤線などの色街探訪記事、猟奇事件
 記事、性生活告白記事、ポルノ小説などのほか、性的興奮を煽る女性の写真や挿絵が掲載された。

  語源

  語源には複数の説がある。

  こうした娯楽雑誌の多くが粗悪で、たいてい3号で休廃刊(=3号雑誌)したことから、「3合飲
 むとつぶれる」といわれたカストリ酒(粗悪な酒)にかけた名称である。カストリ酒とは、本来、酒
 粕から取った焼酎のことであるが、当時は粗悪な密造酒のこともこう呼んだ。中には工業用アルコー
 ルを酒の中に混ぜたものが出回り、それを飲んだ人が失明する事件も多発したという。
  仙花紙(屑紙を漉き返した質の悪い紙)で作られていたことから「紙のカスをとって作られた→カ
 ス・トリ」雑誌

  検閲

  出版自由化と言っても、実態はGHQによりプレスコードに従い検閲が行われていた。カストリ雑誌
 に対して行われた検閲の記録は米国メリーランド大学のプランゲ文庫に保管されている。

  用紙

  当時は戦後統制により、物資不足であったため、印刷用紙は当局に申請し配給してもらわなければ
 ならなかった。しかし、この種の娯楽用出版物は用紙の確保ができず、統制外の仙花紙を用いること
 になった。仙花紙は古紙などを漉き直した再生紙で、紙質は良いものではなく劣化しやすいため、現
 存しているものは保存状態が劣悪であることが多い。
  ちなみに同音の「泉貨紙」とは別のもの。泉貨紙は高級和紙である。

  主な雑誌

  カストリ雑誌のブームは1946-1949年頃と言われる。昭和初期に刊行されていたエロ・グロ雑誌
 『グロテスク』(1928-1931年、梅原北明)などのスタイルを継承している面がある。

  『赤と黒』(1946年9月創刊)。
  『猟奇』(1946年10月-1947年)は、第2号に「H大佐夫人」を掲載し、1947年にわいせつ物頒布
 罪で戦後第一号といわれる摘発を受けた。
  今日よく知られる『りべらる』(創刊号は1945年12月発売の1946年1月号。1953年まで刊行)は20
 万部を売り上げ、これに触発されて雑誌創刊が相次いだといわれる。数年続いたため、語源(3号で
 つぶれる)からすればカストリ雑誌とは言えないが、戦後まもなく創刊され、当時の世相をよく表し
 ているため、カストリ雑誌と同様のものとして論じることが多い。後にSM雑誌に転向した『奇譚ク
 ラブ』(1947-1975年)、『夫婦生活』(1949-1955年)、吉行淳之介が編集者を務めていた『別冊モ
 ダン日本』(1950-1951年)なども同様である。
  さらに後の『あまとりあ』(1951-1955年)、『裏窓』(1956-1965年)なども、その内容から代表
 的なカストリ雑誌のひとつと言われている。
  『千一夜』、『ロマンス』、『犯罪読物』、『だんらん』など。

 小生が生れた1954年頃も、当該映画と似たような様相を呈していたのではないか。ここで描かれている猥
雑さも、微かに記憶に残っている。したがって、このような風俗は大阪のこの地区に限定されていたわけで
はなく、東京の一部や他の大都市にもさほど変わらない情景があったのではないのか。ただし、これらの街
を、必ずしも否定的な眼で見るべきではないと思う。一種の逞しさがあるし、孝子のような気概に満ちた女
もいたのだから……。結果的に孝子は養父を刺殺した殺人者になってしまったわけだが、同情こそすれ、非
難の感情は湧いてこないのである。

                                                 
 某月某日

 You Tubeで邦画の『螢川』(監督:須川栄三、キネマ東京=日映、1987年)を観た。宮本輝の原作は知っ
ていたが、映画化されていることは知らなかった。名作『泥の河』(監督:小栗康平、木村プロ、1981年)
があまりに際立っているので、並べると見劣らざるを得ないが、それでも上質の叙情性に富み、しっとりと
した味わいに仕上がっている。日本のどこにでもありそうな話であり、描き方もしごく通俗的なので、その
分誰にでも分りやすいと思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  昭和三十年代の富山県を舞台に少年の性の目ざめと人間的成長を描く。宮本輝の芥川賞を受賞した
 同名小説を須川栄三と『チェッカーズ SONG FOR U・S・A』の中岡京平が共同で脚本化、
 監督は『日本人のへそ』の須川栄三、撮影は『海に降る雪』の姫田真佐久がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  和三十七年、真冬の富山。水島竜夫(板詰貴之)はクラスのマドンナで幼馴染の辻沢英子(沢田玉
 恵)への恋の悩みと、高校受験をひかえて悶々とする毎日を送っていた。その頃、竜夫の家には借金
 取りが押しかけていた。傾いた玄関から男たちを乱暴に押し出す父・水島重竜(三國連太郎)。重竜
 は終戦後、手広く事業をやり、町の人から「仁王竜」と呼ばれるほど羽振りをきかせていたが、豪放
 な性格ゆえ失敗、今はその頃の威勢は既になく借金取りに追われる日々である。妻の千代(十朱幸代)
 はかつて売れっ子の芸者で、重竜がまだ羽振りのいい頃結ばれ、竜夫を身篭もった。初めて自分の子
 を待った重竜は何の罪もない女房の春枝(奈良岡朋子)を棄て、千代と結婚したのだった。その一粒
 種、竜夫はもう14歳だった。幼い頃、竜夫と英子はそんな重竜から聞かされた、4月に大雪の降った
 年は川の上流で信じられないような螢の大群が発生し、その光景を一緒に見た男女は結婚しなければ
 ならない運命にあるという伝承をよく覚えていた。重竜が脳血栓で倒れた。父の入院による新たなる
 借金、看病、そしてつのってくる英子への思い。竜夫は少しずつ大人の世界へ足を踏み入れつつある
 のを感じる。4月に大雪が降り、春がやってくる。満開の桜が咲き散る頃、竜夫はふたつの死と遭遇
 しなければならなかった。英子に思いを寄せている親友の関根圭太(役者、不詳)が川で水死、病床
 の父も死んだ。一人息子を失った圭太の父(川谷拓三)は気が狂い入院した。そして千代の大阪に住
 む兄の辰己喜三郎(河原崎長一郎)は執拗に上阪して自分の事業を手伝うように勧めた。重竜の供養
 には先妻の春枝もやってきて、竜夫への助力を申し出た。やがて初夏、竜夫は父の遺言に従って、重
 竜の旧友だった大森亀太郎(大滝秀治)を訪ね、何の効力もない手形を割る代わりに、ある時払いの
 催促なしで大金(父の借金返しおよび竜夫の教育資金)を借りた。初夏は螢の季節でもある。重竜の
 知り合いの銀蔵(殿山泰司)は今年こそ螢の大群が見られると張り切り、竜夫、英子、千代を連れて、
 いたち川の上流に向かった。夕暮れ、目的の土地に辿り着くと、信じられないような数百万匹の螢が、
 川を埋めつくしていた。その螢の光の中で、竜夫と英子はいつまでもはしゃぎ続けるのだった。

 他に、寺泉憲(松崎先生)、粟津號(水島商店の従業員)、江幡高志(重竜の羽振りのよい頃の宴の客)
などが出演している。
 わずかではあるが、<ウィキペディア>にも関連記事が載っているので、それを引用しておこう。執筆者に
感謝したい。


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  『螢川』(ほたるがわ)は、宮本輝の小説。1978年に第78回芥川賞を受賞した作品である。『文芸
 展望』1977年10月号初出、『泥の河』を併録して1978年に筑摩書房より刊行された。
  『泥の河』、『道頓堀川』とともに「川三部作」をなす作品である。富山県を舞台にしており、螢
 川はいたち川を指す。1987年に映画化された。
  映画は、1987年2月21日に公開。螢の飛び交う場面を大規模な特殊撮影で表現し、それまでの抑制
 のきいた演出から一転、大量の螢が舞うクライマックスシーンを描き高い評価を受けた。ちなみにそ
 のクライマックスシーンで特殊効果を担当したのが、円谷英二の最後の弟子で光学合成の匠、川北紘
 一である。文部省選定作品。

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 なお、小生は、『道頓堀川』(監督:深作欣二、松竹、1982年)もすでに観ているので、これで宮本輝の
「川三部作」の映画化作品はすべて観たことになる。

                                                  
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