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 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第137弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト137」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 You Tubeで邦画の『伊豆の踊子』(監督:五所平之助、松竹蒲田、1933年)を観た。正式なタイトルには、
「恋の花咲く」という言葉が頭に付くが、慣例に従い割愛した。これまで6回映画化されている作品である
が、その最初のものである。以下、年代順に全作品を示しておこう。

  『伊豆の踊子』、監督:五所平之助、松竹蒲田、1933年。薫:田中絹代/私:大日方傳
  『伊豆の踊子』、監督:野村芳太郎、松竹大船、1954年。薫:美空ひばり/私:石浜朗
   「日日是労働セレクト55」、参照。
  『伊豆の踊子』、監督:川頭義郎、松竹大船、1960年。薫:鰐淵晴子/私:津川雅彦(未見)
  『伊豆の踊子』、監督:西河克己、日活、1963年。薫:吉永小百合/私:高橋英樹
   「日日是労働セレクト59」、参照。
  『伊豆の踊子』、監督:恩地日出夫、東宝、1967年。薫:内藤洋子/私:黒沢年男(未見)
  『伊豆の踊子』、監督:西河克己、東宝=ホリプロ、1974年。薫:山口百恵/私:三浦友和
   「日日是労働セレクト60」、参照。
  
 小生としては、4本目の鑑賞ということになる。おそらく、今後60年版と67年版は観る機会が訪れる可能
性は低いので、これが最後の鑑賞ということになるだろう。踊子役の田中絹代は活気に溢れた少女を好演し
ており、小生の観たのはサイレント映画なのに、彼女の声が聞こえてくるようだった。
 作品の概要を確認しておこう。今回は、<ウィキペディア>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解題〕

 『恋の花咲く 伊豆の踊子』(こいのはなさく いずのおどりこ)は、1933年(昭和8年)2月2日公開の日
本映画である。松竹キネマ製作・配給。監督は五所平之助、主演は田中絹代。モノクロ、スタンダード、サ
ウンド版、124分。
 これまでに6度映画化された川端康成の小説『伊豆の踊子』の最初の映画化作品。当時は敬遠されていた
純文学の映画化だったが、五所の強い希望により映画化が実現した。伏見晁が原作にないエピソードを盛り
込んで大幅に脚色し、五所が情感豊かな作品に仕上げている。第10回キネマ旬報ベスト・テン第9位。

   〔スタッフ〕

  監督:五所平之助
  原作:川端康成
  増補・脚色:伏見晁
  撮影:小原譲治
  助監督:富岡敦雄、蛭川伊勢夫、小坂謙、永富映次郎
  主題歌「伊豆の踊子」
    作詞:西條八十
    作曲:佐々木俊一
    歌:四家文子、市丸

   〔キャスト〕

  踊子薫:田中絹代
  学生水原:大日方傳
  踊子の兄栄吉:小林十九二
  妻千代子:若水絹子
  母おたつ:高松栄子
  雇い女百合子:兵藤静江
  湯川楼の主人善兵衛:新井淳
  息子隆一:竹内良一
  鉱山技師久保田:河村黎吉
  村の巡査田村:水島亮太郎
  虚無僧:武田春郎
  遊客服部:坂本武
  芸妓:飯田蝶子、花岡菊子
  温泉宿の客:阿部正三郎
  湯川楼の爺喜作:青野清
  床屋の亭主:曽我修
  道路の工夫:長尾寛、松本十九
  町の巡査:桂木志郎
  村の巡査:吉田光
  薬売りの男:谷麗光
  村の男:仲英之助、柳田礼司
  船員:高山義郎
  宿の女中:京谷千恵子、明山静江
  波止場の女:小泉泰子

 以上である。印象的な事柄を以下で挙げておく。

  ○ 「黄金狂時代」という言葉が出てくる。チャップリンの映画から拝借されたのであろう。
  ○ 当時、小唄、清元は、まだまだ盛んだったようである。
  ○ 澤正の「近藤勇」が登場するが、澤田正二郎のことであろう。大正から昭和初期に活躍した大衆演
   劇の人気役者。劇団新国劇を創設して座長をつとめ、澤正(さわしょう)と呼ばれて広く親しまれた。
  ○ 「下田には活動の常設館がある」という台詞があった。
  ○ 飯田蝶子が芸妓の役で登場するが、まだまだ若く、晩年のおばあちゃん役で魅せた「可愛らしさ」
   があった。
  ○ 若水絹子や花岡菊子など和風の美人が登場するが、現代にはあまり見かけない顔のような気がする。
  ○ 田中絹代の相手役である大日方傳は、生真面目な学生役がよく似合っていた。
  ○ 河村黎吉や坂本武などの脇を固める俳優陣の味も格別であった。

 なお、筋書は割愛する。


 某月某日

 You Tubeで邦画の『わかれ雲』(監督:五所平之助、スタジオエイトプロ=新東宝、1951年)を観た。4
作続けてYou Tubeを利用させていただいたが、TSUTAYAにはなく、セルDVDも手に入らない作品を観ることが
できるので、たいへん重宝している。しかも、この作品は小生好みで、実に爽やかな気分になれた。とくに、
旅館の女中役を演じた川崎弘子は秀逸で、いっぺんで気に入ってしまった。一度引退した上でのカムバック
らしいが、その分深みのある人間を演じられるようになったのではないか。また、主演の沢村契恵子は難し
い役どころを軽快にこなしており、さすが澤村宗十郎の娘である。どこか顔立ちが高峰三枝子に似ていると
思ったが、1955年ころには引退してしまったらしい。惜しい女優だと思う。
 五所平之助の作品は、以下に挙げるように6本観ている。

  『マダムと女房』、監督:五所平之助、松竹蒲田、1931年。
  『花籠の歌』、監督:五所平之助、松竹大船、1937年。
  『わかれ雲』、監督:五所平之助、スタジオエイトプロ=新東宝、1951年。
  『煙突の見える場所』、監督:五所平之助、新東宝=スタジオエイトプロ、1953年。
  『大阪の宿』、監督:五所平之助、新東宝=スタジオ8プロ、1954年。
  『黄色いからす』、監督:五所平之助、歌舞伎座=松竹、1957年。

 いずれの作品においても複雑な人間関係を見事に捌いており、人間群像の作り手として傑出していたと言
えよう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  製作は平尾郁次。脚本は『面影』以来の五所平之助に、『めし』の田中澄江、『のど自慢三羽烏』
 の館岡謙之助が共同して書き、五所平之助久しぶりの監督である。撮影は五所監督となじみ深い三浦
 光雄(『宝塚夫人』)である。出演者は、澤村宗十郎の娘、沢村契恵子、『わが一高時代の犯罪』の
 沼田曜一、往年の松竹スター川崎弘子、文学座の三津田健と福田妙子それに中村是好、岡村文子、倉
 田文人の娘倉田マユミ、その他俳優座の若手女優など。

   〔あらすじ〕

  信州の小さな町へ農村の風俗研究の旅で立ち寄った女子大学生のグループの一人の藤村眞砂子(沢
 村契恵子)は、そこで突然発病してしまった。旅館山田館の女中おせん(川崎弘子)のはからいで、
 診療所の南猛医師(沼田曜一)の診察を受け、軽い肺炎だといわれた。眞砂子は一人静養のため山田
 館に残り、おせいの手厚い看病をうけ間もなく快方にむかった。間もなく東京から母の玉枝(福田妙
 子)が迎えに来た。姉のように若く美しい母であったが、眞砂子は冷く母をさけて、一緒に帰ろうと
 はしなかった。淋しく帰る玉枝を駅へ送ったおせんは、彼女が眞砂子の義母であることを打明けられ、
 眞砂子のかたくなな心を解きほぐしてやりたいと思うのだった。おせんは愛のない結婚をし、さらに、
 その夫も二人の間に出来た娘も失ってしまい、世の苦しみを味いつくした女だった。眞砂子はそのお
 せんに心温いものを感じ、また山の町で献身的に働く南医師の真剣な生活態度を見たり、さらに山奥
 の無医村である長澤集落に押しかけて、その村の文教場で土地の古い因習や偏見と戦いながら幼い者
 の教育に努力している岡先生(稲葉義男)の姿を見て、眞砂子は自分一人の利己のなかにとじこもっ
 て、周囲の人々、ことに父や母の愛情を傷けていたことの過ちを悟った。やがて出張の帰途、迎えに
 立ちよった父の良平(三津田健)とともに、見違えるほど明るくなった眞砂子がおせんや南医師に送
 られて、山の町・小渕澤を立ち去ったのだった。

 他に、大塚道子(澤タミ子=女子大生)、岩崎加根子(山下茂子=同)、宮崎恭子(仲田久子=同)、関
弘子(三木芳子=同)、中村是好(山田館の主人)、岡村文子(おとき=同じく女将)、倉田マユミ(とし
枝=同じく娘)、谷間小百合(お清=同じく女中)、深見泰三(相馬屋洋品店の主人)、柳谷寛(カメラ屋)、
田中筆子(おさすり様を信仰している老女)などが出演している。
 以下、印象的な事柄を記しておこう。

 ○ やきぐり、ゆでぐりが、それぞれ百匁(375グラム)35円だった。
 ○ 眞砂子の熱は39度8分まで上がっていた。なお、南医師の治療により、37度5分まで下がっている。
 ○ 女子大生の間で、「アルバイト」という言葉が遣われている。
 ○ 眞砂子は、6歳で実母を亡くしており、13歳のときに継母を得ている。
 ○ おせんの言葉「女はきれいな手をしていなくてはならないと思っていた時は幸せではなかった。今は
  静かな幸せを感じている」。
 ○ おせんの身の上話「昔、好きな人がいたが、その人は貧しかったので結婚できなかった。結局、豊か
  な家の男と見合結婚をしたが、夫は戦死し、娘は疎開先の当地で病死した」。
 ○ 眞砂子の実母の銀の匙は、おせんに与えられた。必要がなくなったからである。それと交換に眞砂子
  がおせんから貰ったのは、匙を入れる袋だった。
 ○ 当時は、一生のうちに一度も医者にかからないで死んでゆく人があった。
 ○ 眞砂子は、長澤部落にまで南を追いかけていったので、おときから「アプレ(戦後生じた奔放な娘の
  こと)」の烙印を押されている。ところが、そのおときの娘のとし枝の方がよほどアプレのように見え
  た。もっとも、実家が旅館業を営む手前、とし枝には男を見抜く目があったので、貞操は守られたので
  ある。
 ○ ヤマメやナマズが登場するが、山の重要な動物性の蛋白源だったのだろう。
 ○ 眞砂子が父の足袋を繕うシーンがあるが、11文あるのでずいぶん大きいと語っている。
 ○ 山村の集落は電気も引かれておらず、バスの終点まで2里の距離を歩かなければならない。

 祈祷師めいた女がいたりする一方、とし枝が片言の英語を口にしたりするので、混沌としたこの時代の風
俗がよく描かれていると思った。なお、冬の八ヶ岳に代表されるような、信州の景観を楽しむこともできた。
 なお、「日日是労働セレクト71」に、「雲」の文字が付く映画について言及しているブログがあるので、
興味のある人はご参照あれ。


 某月某日

 You Tubeで邦画の『蜂の巣の子供たち』(監督:清水宏、蜂の巣映画部、1948年)を観た。清水監督の作
品は、以下に挙げるように4本観ている。

  『有りがたうさん』、監督:清水宏、松竹大船、1936年。
  『風の中の子供』、監督:清水宏、松竹大船、1937年。
  『蜂の巣の子供たち』、監督:清水宏、蜂の巣映画部、1948年。
  『小原庄助さん』、監督:清水宏、新東宝、1949年。

 いずれも人情味に溢れる作品ばかりで、古き良き日本の情景がしっかりと描かれている。昨日観た『みん
なわが子』は「疎開」を描いている作品だったが、当該作品は「引揚者(復員者を含む)」や「戦災孤児」
を描いている作品である。「戦災孤児」と言えば、上野の地下道のそれを連想するが、地方都市にいても何
ら不思議ではない。この作品はそういった意味でも貴重だと思う。もっとも、ややきれいごとに傾いており、
現実はもっと厳しかったのではないだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  坪田譲治原作の『善太と三平物語 風の中の子供』、『子供の四季』と続いて児童物に成功した清
 水宏が独立して製作した作品で、脚本も演出も清水宏が当たっている。戦争初期の1942年度の松竹京
 都作品『みかへりの塔』以来の清水宏の作品である *。清水宏は、終戦以来浮浪児問題に大きな関心
 を寄せ、自らの手元に幾十人もの浮浪児を置き、現在も生活をともにしているが、この映画にもその
 子どもたちを選んで出演させたもので、一人の既成俳優も出ていない、全くの異色作というべき第一
 回作品である。撮影は長らく佐々木太郎の助手をしていた古山三郎が担当した。なお、これにはひと
 つのセットも使用せず、山陽道のオール・ロケである。

  * 別の資料によれば、『サヨンの鐘』(監督:清水宏、松竹京都、1943年)〔筆者、未見〕とい
   う作品があり、『みかへりの塔』以来という記述は誤りかもしれない。

   〔あらすじ〕

  復員して来たが、帰るべき家もなければ親兄弟もいない、何の当てもない島村修作(岩波大介)で
 あった。彼は下関駅構内にぼんやりとたたずんでいる。浮浪児たちが入って来る列車をめがけて何か
 にありつこうと、群狼のように襲いかかる。だがこれは復員列車で獲ものにならなかった。浮浪児た
 ちの失望した顔、その顔に並んで一人の若い女(夏木雅子)が、これもぼけたように立っている。行
 く当てを見失ってすっかり考え込んでいる引揚者の夏木弓子である。彼女も修作も浮浪児たちも皆同
 じような立場であった。だから気持にも互いに通じ合うものがあった。何となく話し合ってみた。弓
 子は最後の頼みの知人を訪ねて行くといって去った。修作と浮浪児たちはたちまち仲良くなった。普
 公(久保田晋一郎)、義坊(千葉義勝)、豊(岩本豊)、丹波(中村忠雄)、寛市(平良喜代志)、
 源之介(硲由夫)、弘之(三原弘之)、清(川西清)の八人組であった。ところが、この浮浪児たち
 を操っている男(御庄正一)があった。「図星の政」という一本足の暴れ者で、彼は浮浪児を手下に
 使い、コソ泥やかっ払いをやらせてそのピンをはねているのである。救われない環境に落ちている浮
 浪児たちであった。修作も何かして食わなければならないのだが、彼は別に当てもなく流浪を始める。
 荷役をやったり、薪を割ったり、塩焼に従事したり、木こりの真似事をしたり、それが浮浪児たちの
 放浪としばしば一緒になった。例の八人組の子どもたちに修作はとくに教えたわけじゃなかったが、
 子どもたちは「働かねば食えぬ」ということを覚えた。修作の実践が子どもごころにも影響を及ぼさ
 ぬはずはなかった。彼らは次第に修作と離れ難い親密の度を増して行く。彼らを支配する図星の政は、
 「ヘタなことをしやがる」と修作をつけねらうが、反って修作にのされる。彼も後で目覚めることに
 なる。今は楽しい修作たちの旅であった。山陽線を海岸沿いに、歩いたり汽車に乗ったり、野宿をし
 たりして広島の近くまで来たとき、義坊は母を恋いながら病気になって死んだ。修作は、広島で弓子
 に会った。彼女はもう少しのところでパンパンに転落するところであった。今ではすっかり心のつな
 がれた、修作と、子どもたちと、それから弓子であった。修作が育った感化院の「みかへりの塔」の
 人々が大勢で迎えに来た。改心した図星の政も含めて歓迎されたのである。

 他に、伊本紀洋史(医師)、多島元(工場主)、矢口渡(荷馬車屋)、植谷森太郎(トラックの運転手)
などが出演している。他の子どもは戦災孤児だが、義坊だけはサイパンからの引揚児である。航海の途中で  
母親が亡くなっており、そのために海が特別の意味をもっている。引揚児はたいがいが栄養障害を起こして
いると医者が語るが、それが死の原因の一つであることは間違いないだろう。なお、あまり知らなかった事
柄を以下に記しておこう。

 ○ 引揚臨時列車が走っており、復員(海軍は「解員」)の兵隊は運賃が無料だった。
 ○ 戦後を象徴するような「靴磨き」は率が悪いとの由。下駄履きの人が多かったせいである。
 ○ 闇屋の手伝いは金になるが、修作はそれを拒む。
 ○ 「盗む」という意味の「ぱくる」という言葉が遣われている。
 ○ サツマイモが美味しいのは働いた後だからで、働かないで食べればあまり美味しくない。
 ○ 人が塩田で働くシーンは始めて見た。
 ○ 「引揚援護会」という組織があったらしい。
 ○ 野球をしている子どもたちに彼らは敬遠されたが、「気持悪い」と思われたからである。
 ○ 「浮浪児」や「復員くずれ」と言われないようにしなければならない、と修作は思っている。
 ○ この頃の戦災孤児は煙草を吸うことに慣れていたはずだが、修作は自分も吸うことをやめて、そ
  の習慣ををやめさせている。少し道徳臭いシーンで、あまりリアリティを感じなかった。

 なお、『その後の蜂の巣の子供たち』(監督:清水宏、新東宝=蜂の巣プロ、1951年)〔筆者、未見〕と
いう続篇もある由だが、さすがにYou Tubeにはアップされていないようである。機会があれば、観てみたい
のだが……。


 某月某日

 You Tubeで邦画の『みんなわが子』(監督:家城巳代治、全国農村映画協会=ATG、1963年)を観た。家
城監督の作品の鑑賞は久し振りである。以下に挙げるように、彼の作品は6本観ているが、いずれもこころ
に沁みる作品ばかりである。

  『悲しき口笛』、監督:家城巳代治、松竹大船、1949年。
  『雲ながるる果てに』、監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、1953年。
  『ともしび』、監督:家城巳代治、新世紀プロ、1954年。
  『姉妹』、監督:家城巳代治、中央映画、1955年。
  『異母兄弟』、監督:家城巳代治、独立映画、1957年。
  『みんなわが子』、監督:家城巳代治、全国農村映画協会=ATG、1963年。

 冒頭に、「平成25年度 日本郵政の年賀寄附金の助成を受けて配信しています」という文字が現われるが、
日本郵政に深謝したい。こんな傑作が埋もれたままなんて、日本の損失だからである。とりわけ、戦時中の
疎開の様子が詳細に描かれており、その意味でも非常に貴重なフィルムだと思う。家城監督は、坦々と戦争
の現実を描きながら、観る者に深い感銘を与えることのできる稀有な監督だと思う。なお、この作品は『荷
車の歌』(監督:山本薩夫、全国農村映画協会、1959年)に続き、「全国農村映画協会(全農映」)が製作
に関わった第二回作品である。ただし、『乳房を抱く娘たち』(監督:山本薩夫、全国農村映画協会=大映、
1962年)〔筆者、未見〕という作品もあり、こちらの方が先行しているので、第三回作品ではないだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  未来社版『学童疎開の記録』を植草圭之助が脚本化し、『若者たちの夜と昼』の家城巳代治が監督
 した全農映の第二回作品。撮影は『サムライの子』の井上莞。

   〔あらすじ〕

  昭和20年の夏、6月から8月にかけての物語である。東京から国民学校(國民學校)の生徒たちが疎
 開してきている梨本市に突然空襲警報が鳴りわたった。そして避難する生徒たちのうえにB29はビラ
 (傳單)をまいていった。ビラは先生たちに回収されたが、もと旅館であった宿舎の梅村寮へ帰って
 きた第三分団の生徒たちは、馬場洋一(石坂博)がポケットへ隠しもってきたビラを読んで顔いろを
 変えた。ビラには米軍が沖縄を占領したと書いてあった。木谷先生(高津住男)は否定したが、ラジ
 オは玉砕を報道した。疎開学童はいつもおなかをすかしていた。母親の面会が待ち遠しかった。梅村
 寮へは三沢(上林詢)たち若い海軍少尉がよく菓子をもってやってきた。梅村の娘京子(眞山知子)
 はその三沢にひそかな愛情をいだいていた。許可書のない面会(もぐり面会)や、近くの浴場を利用
 して花柳病(=性病。おそらく淋病のこと)に感染した女生徒がでたりで、先生も生徒も、あわれな
 日々を送った。戦地へたつことになった三沢たちがお別れにやってきた。軍歌を歌い楽しく最後をす
 ごしたその後、三沢と京子は拳銃で心中した。翌朝、遺体は憲兵に付添われて運びだされたが、町の
 人はその亡骸を非国民だと罵った。空襲はますますはげしくなり、生徒たちは山奥の寺に再疎開した。
 医者のいないところなので、からだの弱い安本房吉(新井慶次)や木村秀代(萩原宣子)は残留する
 ことになったが、秀代は内気な妹の幸子(古屋美津代)と離れるのが心配だった。生徒たちは空腹に
 耐えかねて歯磨き粉や絵具をなめた。梨本市が空襲にあい残留組の生徒たちが寺へ避難してきた。だ
 が秀代と房吉の姿はみえなかった。二人の告別式がおこなわれた。房吉の母(北林谷栄)は泣き叫び、
 秀代の母(田湖章子)はちいさな骨箱を抱きしめ幸子を連れて東京へ帰った。主食の配給はおくれ、
 西野先生(中原ひとみ)は買出しに奔走したが、どの農家も疎開者には冷たかった。そして終戦。先
 生たちの気持は複雑だった。生徒たちは神輿をかつぎ出し明るい声でワッショイ、ワッショイと叫ぶ
 のだった。

 他に、桑山正一(沼田先生=疎開主任)、大町文夫(東京都東丘国民学校校長)、辻伊万里(谷口寮母)、
三崎千恵子(梅村寮〔元 割烹旅館「梅村」〕の女主人)、大森義夫(宇澤村村長)、富田仲次郎(住職)、
日野道夫(源作)、島田敬一(勘造)、日岸喜美子(勘造の女房)、加藤土代子(まり)、北邑長勤(内田
順一)、赤木蘭子(順一の母)、陶隆(房吉の父)、小柴廣吉(佐野邦雄=「学者」という綽名)、田上嘉
子(邦雄の母)、溝口幸二(大木=海軍少尉)、桝谷一政(木下=同)、小沢弘治(上林=同)、森坂秀樹
(時岡勝太)、石関元(北村亮平)、吉田守(吉川武夫)、高橋千恵子(細木道子)、松本美智子(大宮芳
子)、深沢裕子(上野妙子)などが出演している。
 やや図式的な描き方ではあるが、戦後18年も経過してからこれだけリアルな映画を撮ることはかなり困難
だったと思う。家城監督の作品としては、『雲ながるる果てに』が最高傑作だと思うが、この作品も別の意
味で貴重だと思う。印象的なアイテムを以下に箇条書きで書き出しておこう。

 ○ 木谷先生が飛行機の爆音が録音されているレコードをかけ、何の飛行機かを児童に当てさせる場面が
  ある。答えは「カーチス」だった。このような授業が行われていたとは、まったく知らなかった。ある
  いは知る機会がかつてあったとしても、まるで忘れていた。
 ○ 「若鷲の歌」(日本海軍・予科練)を皆で歌いながら児童たちが行進するシーンがある。その他、軍
  国的な歌がたびたび登場する。
 ○ 「出せ一億の底力」(大日本大政翼賛會)の標語が掲げられている。
 ○ 木谷先生の言葉「お前たちは、大日本帝国のために命を捧げる少年航空兵になるんだ。六年生にもな
  れば、それだけの覚悟がなければいけない。分ったな。日々心身の鍛錬を疎かにすると……」の途中で、
  空襲警報が鳴り響く。
 ○ ビラの文面に不安を感じる児童たちに向かって、木谷先生はこう叱咤激励をする。「いいか、日本の
  領土は、今まで外国の侮りを受けたことがないんだ。元寇の役のことを考えてみろ。あのときも、神風
  が一吹きで太陽が姿を隠し、二吹きで黒雲が現われ、三吹きでたちまちフビライの艦隊は海の底に沈ん
  だのだ。心配するな。日本は神国だ。必ず勝つ」、と。よほど変哲なこころをもっていない限り、この
  言葉を信じない学童は当時いなかったであろう。
 ○ 「絶食」という懲罰。
 ○ 空腹に耐えかねて、恩賜の乾パンの失敬や、炊事当番の「盗み食い」(今日では、「つまみ食い」か)
  が横行する。仕舞いには、先生公認で、農家から芋を断りもなく戴く(金銭的な代償は支払うが……)。
  そのときの女子児童の言葉は、「ひとつ、温めちゃおう」だった。
 ○ シラミ取りは日課になっている。男子が女子に対して、「シラミたかりは、坊主になれ」と囃し立て
  ている。
 ○ 「軍國の母」、「疎開病」、「ふらふら病」、「日本の小国民」、「日本男児」、「銀メシ泥棒」、
  「焼け米」、「大日本國防婦人會」、「宮城に対し奉り、最敬礼」、「松根油」、「臥薪嘗胆」、「手
  紙の検閲」、「現物支給」などの言葉や文字が飛び交っていた。
 ○ 母が子どものために持ってくる慰問の品の定番である「ぼた餅」がやはり登場した。
 ○ 海軍少尉たちが持ってきた慰問品は、「肉」、「バター」、「鮭缶」、「パイ缶(=パイナップルの
  缶詰)」、「キャラメル」、「羊羹」、「白米」だった。

 戦中、戦後を通して、一番の話題は「日本の戦況」ではなく、「食糧事情」であったことは疑いない。人
間、やはり食が基本であり、それに事欠くと人間性を失いかねないのである。


 某月某日

 You Tubeで邦画の『憂國』(監督:三島由紀夫、東宝=ATG、1966年)〔英語版〕を観た。一時は「幻の
映画」と言われていた作品で、三島由紀夫の自決以後、現存するフィルムは存在しないとされていた。とこ
ろが、ネガが亡くなった奥方の茶箱の中から発見され、日の目を見ることになったのである。小生自身、生
涯観られないと思っていたが、試しにYou Tubeに当ってみたところ、英語版が完全なかたちで流されている
ことが分った。早速鑑賞に及んだ次第である。なお、英語版のタイトルは《The Rite of Love and Death》
(愛と死の儀式)である。
 映画の背景を確認しておく。今回は、<ウィキペディア>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。


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   『憂國』(東宝+日本ATG) 1966年(昭和41年)4月12日封切。

   〔あらすじ〕

  昭和11年2月28日、二・二六事件で決起をした親友たちを叛乱軍として勅命によって討たざるをえ
 ない状況に立たされた近衛歩兵一聯隊勤務の武山信二中尉は懊悩の末、自死を選ぶことを新婚の妻・
 麗子に伝える。すでに、どんなことになろうと夫の跡を追う覚悟ができていた麗子はたじろがず、共
 に死を選ぶことを決意する。そして死までの短い間、夫と共に濃密な最期の営みの時を過ごす。そし
 て、2人で身支度を整え遺書を書いた後、夫の切腹に立会い、自らも咽喉を切り、後を追う。

   〔作品復活の背景〕

  ※ 1966年(昭和41年)1月、ツール国際短編映画祭出品。劇映画部門第2位受賞。
  ※ 東宝+日本ATG共同配給は6月15日より。
  ※ 写真集・撮影台本:『憂國 映画版』(新潮社、1966年4月10日)?古書値は非常に高価。

 2005年(平成17年)8月、それまで現存しないと言われた『憂国』のネガフィルムが、三島の自宅(現在
は長男平岡威一郎邸)で発見されたことが報じられ、話題を呼んだ。映画『憂国』は、後の三島事件の自決
を予感させるような切腹シーンがあるため、瑤子夫人が忌避し、三島の死の後の1971年(昭和46年)に、瑤
子夫人の要請により上映用フィルムは焼却処分された。しかし共同製作者・藤井浩明の「ネガフィルムだけ
はどうか残しておいてほしい」という要望で、瑤子夫人が密かに自宅に保存し、茶箱の中にネガフィルムの
ほか、映画『憂国』に関するすべての資料が数個のケースにきちんと分類され収められていた。
 ネガフィルムの存在を半ば諦めていた藤井浩明はそれを発見したときのことを、「そこには御主人(三島)
に対する愛情と尊敬がこめられていた。ふるえるほどの感動に私は立ちつくしていた」と語っている。これ
らネガフィルムや資料は1995年(平成7年)に夫人が死去した数年後に発見されていた。映画のDVDは2006年
(平成18年)4月に東宝で販売され、同時期に新潮社の『決定版 三島由紀夫全集別巻・映画「憂国」』にも、
DVDと写真解説が所収された。

   〔キャスト〕

  三島由紀夫:武山信二中尉
  鶴岡淑子:武山麗子(信二の妻)

   〔スタッフ〕

  製作:三島由紀夫
  製作並びにプロダクション・マネージャー:藤井浩明
  監督:三島由紀夫
  演出:堂本正樹
  脚色:三島由紀夫
  原作:三島由紀夫
  撮影:渡辺公夫
  美術:三島由紀夫
  メーキャップ・アーティスト:工藤貞夫

   〔映画評価〕

 『憂国』はツール国際短編映画祭劇映画部門第2位となった。ところが、その時の評価は賛否両論あり、
中には「ショックを与えることをねらった露出趣味」という映画評論家・ジョルジュ・サドゥールの辛口評
もあったが、『ヌーヴェル・レプブリック』紙のベルナアル・アーメルは、『憂国』を「真実な、短い、兇
暴な悲劇」とし、近代化された「能」の形式の中に「ギリシア悲劇の持つ或るものを、永遠の詩を、すなわ
ち愛と死をその中にはらんでいる」と評し、以下のように解説している。

  驚くべきことに、ワグナー(『トリスタンとイゾルデ』)はこの日本の影像(イメージ)に最も深
 く調和している。そしてこの日本の影像の持つ、肉惑的であると同時に宗教的なリズムは、西洋のこ
 れまでに創り得たもっとも美しい至福の歌の持つ旋律構成に、すこぶる密接に癒着しているのである。

                    ─ ベルナアル・アーメル「ヌーヴェル・レプブリック」紙

 また、フランスの一般の観客から、「良人が切腹している間、妻がいうにいわれない悲痛な表情でそれを
見守りながら、しかも、その良人のはげしい苦痛を自分がわかつことができないという悲しみにひしがれて
いる姿が最も感動的であった」と言われ、三島は感動したと述べている。
 澁澤龍彦は、「三島氏はこの映画で、日本人の集合的無意識の奥底によどんでいるどろどろした欲望に、
映像として明確な形をあたえ、人間の肉のけいれんとしてのオルガスムを、エロティシズムと死の両面から
二重写しに描き出した」と評価している。
 安部公房は、小説『憂国』を支えていた「精緻な均衡」とくらべ、映画の方は、「ひどく安定に欠けたと
ころ」があったが、むしろその不安定さのもつ「緊張感」にひきつけられたとし、次のように語っている。

  その不安定さは、もしかすると、作者が映画を完全には信じていないところからくるものだったか
 もしれない。信じていないからこそ作者があれほど前面に押し出されて来てしまったのだろう。作者
 が主役を演じているというようなことではなく、あの作品全体が、まさに作者自身の分身なのだ。自
 己の作品化をするのが、私小説作家だとすれば、三島由紀夫は逆に作品に、自己を転位させようとし
 たのかもしれない。むろんそんなことは不可能だ。作者と作品とは、もともとポジとネガの関係にあ
 り、両方を完全に一致させてしまえば、相互に打ち消しあって、無がのこるだけである。
  そんなことを三島由紀夫が知らないわけがない。知っていながらあえてその不可能に挑戦したのだ
 ろう。なんという傲慢な、そして逆説的な挑戦であることか。ぼくに、羨望に近い共感を感じさせた
 のも、恐らくその不敵な野望のせいだったに違いない。いずれにしても、単なる作品評などでは片付
 けてしまえない、大きな問題をはらんでいる。作家の姿勢として、ともかくぼくは脱帽を惜しまない。

           ─ 安部公房「“三島美学”の傲慢な挑戦 ─ 映画『憂国』のはらむ問題は何か」

   〔エピソード〕

 三島が有名な作家であることから、周りの映画評論家たちが賛辞ばかりを贈るなか、『薔薇族』の表紙絵
を描いていた大川辰次が率直な感想を雑誌に書いたところ、三島から面会を求められ、意気投合。付き合い
を重ねるうち、三島が大川のことを「親父」と呼ぶまでの仲になったと、伊藤文学は回顧している。

   〔映像ソフト〕

  2006年4月28日に東宝からDVDが発売された。
  2006年4月28日に新潮社から発売された『決定版 三島由紀夫全集 別巻 映画「憂国」』にも、DVD
 と写真解説が所収された。
  前述の事情から2006年のDVD化以前は一切映像ソフト化されていなかったが、海外には焼却処分を
 免れた本作の上映用プリントが残っており、そのフィルムを元にした海賊版ビデオが出回っていた。
 藤井浩明はDVD化の際に「海賊版がネットオークションなどで出回っていて粗悪な画面だったので、
 いずれ発表しなくてはいけないと思っていた」とコメントしている。

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 三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地で自決したとき、「青島幸男が鳩ヶ谷で自決した」というフェイク・
ニュースを先ず耳にしたことを覚えている。そのときの印象は、「なぜ、青島が?」というものだった。そ
の後、やや正確なニュースに接したとき、ずいぶん興奮したものである。そして、小生の記憶に誤りがなけ
れば、1970(昭和45)年11月25日付の朝日新聞「夕刊」の一面に、三島の生首が映っていたはずである。
 もちろん、高校1年生だった小生に、三島由紀夫の自決の意味など分かりはしない。ただただ驚いた記憶
がある。その当時、三島の作品をどのくらい読んでいたかは覚えていない。『仮面の告白』や『金閣寺』く
らいは読んでいただろうか。短篇だと、「煙草」や「牡丹」の印象が強いが、それも読んでいたかどうかは
分からない。この「憂国」も、忘れられない作品の一つである。たしか、三島自身が語っていたことだと思
うが、時間のない人から「あなたの作品の何か一つを推奨してください」と言われたら、「この『憂国』を
勧める」ということではなかったか。また、これも三島自身のことばだと思うが、「あるバーのマダムから、
『憂国』はとてもエロティックだったと誉められた」というエピソードもあったような気がする。いずれに
せよ、三島由紀夫という不世出の作家を、「憂国」抜きでは語れないだろう。
 映画の方にも、静謐な映像が幻の轟音ともに迫ってくるような恐ろしさを感じた。三島の演技は鬼気迫る
ものがあり、共演した鶴岡淑子も、はまり役ではなかったか。


 某月某日

 DVDで邦画の『任侠外伝 玄界灘』(監督:唐十郎、唐プロ=ATG、1976年)を観た。「くそリアリズム」
という言葉があるが、それを思い出した。この映画は紳士淑女の顰蹙を買うこと請け合いではあるが、こう
いう世界も確実にあったことを証言している点で貴重だと思う。唐十郎に関して言えば、例の「状況劇場」
も名前しか知らないし、著書も『幻のセールスマン』(角川書店、1974年)くらいしか読んでいないのでは
ないか。芥川賞受賞作である『佐川君からの手紙』も、途中で投げ出したような気がする。主演の安藤昇は
はまり役だと思うが、相手役の宍戸錠はどうだろうか。少しずれているような気がした。それでは誰がよか
ったかと考えたが、思い浮かばなかった。やはり、宍戸錠でいいのだろう。なお、題名であるが、小生とし
ては、ただの『玄界灘』の方がよかったのではないか。連想した他の映画は以下の通りである。それぞれ、
少しずつ似ている。

  『あれが港の灯だ』、監督:今井正、東映、1961年。
  『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
  『月はどっちに出ている』、監督:崔洋一、シネカノン、1993年。
  『三たびの海峡』、監督:神山征一郎、「三たびの海峡」製作委員会、1995年。
  『血と骨』、監督:崔洋一、ビーワイルド=アーティストフィルム=東芝エンタテインメント=
   衛星劇場=朝日放送=ザナドゥー、2004年。
  『サッド ヴァケイション』、監督:青山真治、間宮運送組合〔stylejam=Be-Wild=Geneon〕、2007年。

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  玄海灘に巣喰う一匹狼のヤクザを主人公に、ヤクザ同士の抗争と屈折した性との葛藤を描く。脚本
 は『哥』の石堂淑朗、脚本・監督はこれが第一回監督作品の唐十郎、撮影は瀬川浩がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  はるか朝鮮半島の黒い影が望める玄海灘。「一匹狼」を自認する近藤(安藤昇)と、その舎弟分の
 田口(根津甚八)は、東京に本拠を持つ沢木組の代貸・沢木(宍戸錠)の指令を受け、密航して来た
 韓国の女達を中央に売りさばく仕事を請け負った。沢木がこの儲けの多い仕事を組員でもない近藤に
 任せているのには理由があった。話は25年前に遡る。朝鮮戦争のさなかの昭和26年、当時学生だった
 沢木と近藤は、横浜で死体処理のアルバイトをしていたが、ふとしたきっかけで朝鮮へ行き、アメリ
 カの軍属として釜山で働く事になった。二人は、アメリカ軍属という特権で、米国兵や韓国兵の認識
 票を手に入れ、暴虐の限りをつくした。そんなある日、沢木が女〔李春仙〕(李礼仙〔麗仙〕)を締
 め殺し、死んだ女を近藤が犯した。怨みをこめた表情を残して横たわる女が、ぞっとする程美しかっ
 た。以来、近藤の脳裏にはその姿が焼きつき、女を抱く気になれなくなった。沢木と近藤は、そんな
 暗い秘密で結ばれていたのだった。仕事は順調に進んでいた。沢木組の組員たちは、密航して来たた
 女を廃工場に集め、乱交パーティを始めた。その中に李孝順(李礼仙/二役)という美しい女がいた。
 田口は彼女がヤクザに襲われそうになった時に何故か助けた。その行為は、自分が不能のための腹い
 せなのか田口自身にも解らなかった。以来、二人は急速に接近した。ある日、李孝順が田口のアパー
 トに訪れた。田口が部屋を留守にした時、近藤が戻って来た。近藤は李孝順が25年前の女と瓜二つな
 のに驚き、彼女に襲いかかった。一方、李孝順とともに密抗して来て、なにかと彼女につきまとう金
 田〔金春台〕(小松方正)という男がいた。金田は近藤に復讐するためにやって来たのだ。金田は25
 年前のあの女の愛人で、李孝順こそがあの時の近藤の娘なのだ。女は仮死状態から一日後に息をふき
 かえし、十カ月後に鬼の子を産んだのだった。……二度目の蜜航の仕事が韓国の警備船に発見され、
 失敗した。重傷を負った近藤の前に、金田が立ち塞がり、彼に全てを話した。青ざめる近簾……。一
 方、田口は今度の失敗で沢木の信用をすっかり落とした近藤を救おうと沢木の重要書類を奪うが、逆
 にますます沢木と近藤の罅を広げる結果となった。やがて浜辺で沢木と近藤が決闘し、ともに倒れた。
 これを崖の上から見ていた金田は、二人の死を見届け、自ら崖の上から飛び降りた。その頃、田口か
 ら重要書類を預っていたために殺され、ドブ川に浮かんでいた李孝順の屍を抱きしめながら、田口が
 慟哭していた……。

 他に、真山知子(いく子=沢木の愛人)、天竺五郎(天野=工場長・いく子の兄)、天津敏(久保田=沢
木組組員)、大前均(同じく村田)、篠原勝之(同じく熊野)、小林薫(同じく林)、金子研三(同じく貝
原)、花田達(同じく梅田)、大前田武(同じく松野=推定)、十貫寺梅軒(おかまの春ちゃん)、嵐山光
三郎(嵐=医者)、石橋蓮司(松井=刺青師)、唐十郎(謎の男=近藤と沢木を朝鮮半島に送った男)、奥
村公延(荷主)、常田富士男(国鉄労組委員長)、三好道明(国鉄労組・組合員)、都築三郎(同)、大久
保鷹(田原=殺し屋)、本間光琳(密航の女)、李銀子(同)、森秀子(同)、川崎容子(同)、佐々木る
り子(同)、加藤真知子(同)、龍のり子(同)、久邇あき子(同)、深雪けい子(同)、御旅屋暁美(釜
山の女)、森みつる(同)、日高久(刑事)、海江田譲二(同)、田村泰二郎(同)、丹古母鬼馬二(看守)
などが出演している。なお、一部の配役は推定である。さらに、南州太郎、不破万作、松田修がクレジット
されていたが、画面では確認できなかった。
 近藤が沢木を待つ間に口遊む言葉が面白かったので、以下に採録しよう。ただし、耳から拾ったので正確
ではない。

  おい、糸のないギターを弾いてくれ
  風に揺れてしだれ柳のようい切ないやつを
  とても濡れたいい音か
  よくよく聴きゃ涙でね
  誰かがさめざめと泣いてんのさぁ
  あの犬がやって来る前の束の間に
  早いとこ弾いておくれよ
  風があっちからこっちへ吹いて来るちょっとの間だよ
  黒いごわごわしたあの毛が
  風に運ばれてくるその前に
  骨もとろけるひと節を

 挿入歌の「黒犬」(作詞:唐十郎、作曲:田山雅充、編曲:高田弘、唄:安藤昇)が流れる直前の、近藤
の独り言である。


 某月某日

 DVDで邦画の『心』(監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1973年)を観た。夏目漱石の原作を現代に移
して描写した新藤兼人の中期の作品である。小生自身、漱石は日本の文学史上別格の存在だと思っているが、
この『こゝろ』に関していえば、あまり成功している作品だとはどうしても思えない。しかし、この作品の
インパクトはかなり強い。新藤監督は、原作からいろいろな枝葉を大胆に切り落として、すっきりとした静
的な作品に仕上げている。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  二人の若い男と一人の娘をめぐる愛の葛藤にスポットをあて、人間の生命の根元としての裏切りと
 性を凝視する。夏目漱石の『こころ』の映画化。監督・脚本は『讃歌』の新藤兼人、撮影も同作の黒
 田清巳がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  光に溶けた爽かな緑の流れ、蓼科の樹立するミズナラの林に背を向けて一人の男が立っている。十
 年前の初夏、彼、K(松橋登)は二十歳の学生だった。彼は古き東京の残りをとどめる本郷縁きり坂
 の古い家を訪れた。彼は和服を上手に着こなしたM夫人(乙羽信子)を前に、部屋を貸してくれるよ
 うに頼んだ。主人を戦争で失い、娘と二人で暮しているM夫人は、小遣いかせぎに部屋を貸そうとし
 ていた。真面目な方をという条件もさることながら、父親の遺産を受けついでいる、というKに夫人
 の心が動いた。この家に下宿してからKの生活は快適だった。美しい娘・I子(杏梨)の存在。Kに
 は夫人がI子を自分に接近させようと作為しているように思われた。Kは中学時代からの親友S(辻
 萬長)が生活に困っているのに同情し、自分の部屋の隣りに住まわせることにした。Sが引越してく
 ると間もなく夏休みになった。KはSの心をほぐすために一家で蓼科の山小屋に遊びに行くことを考
 えた。丸一日山小屋にいて、夫人は先に帰っていった。三人が白樺の林を散歩しているうちにKがと
 り残されてしまった。追いつこうと足を早めたKは、茂みの中からI子とSが出て来るのを見た。思
 いなしかSの表情は硬かった。翌朝、蓼科山に登れるか、というI子の問に、気負い立ったSは登り
 始めた。数時間たって、夕食の用意をしているKとI子の前に、よろめく足を引きずりながらSが帰
 って来た。「蓼科で何があったんですか」人が変ったように元気になったSのことを夫人はKに聞い
 た。ある日、Kを誘い出したSは、I子を愛してしまったことを告白した。まだI子には告白してい
 ない、というSの言葉にKは内心ほっとした。翌日、Kは夫人と二人きりになった時「お嬢さんを私
 にください」と切りだした。その瞬間、わが意を得たかのように夫人の表情が変った。このことをS
 に知らせなければならない、と思いながらも、Kには決心がつかなかった。数日が過ぎた。夫人がS
 にKとI子のことを話したようだった。「彼は何といいましたか」Kは息をつめて聞いた。「喜こん
 で下さったようですよ」夫人は明かるく言った。真夜中、うなされ、寝汗をかいたKは、隣室の異常
 さに気づき、Sに声をかけた。Sは、右手に剃刀を握ったまま血の中にうずくまって、息絶えていた。
 机の上にはKにあてた遺書が残されていた。この友人によって暗示された運命の恐ろしさに、Kはた
 だふるえていた……。

 他に、殿山泰司(Sの父)、荒川保男(アベックの男)、小竹外登美(アベックの女)が出演している。  
以前に、TVでドラマ化された映像を見た記憶があるが、たぶんそれは、1991年(平成3年)、毎日放送によ
り「東芝日曜劇場」の枠でテレビドラマ化された作品だと思う(配役/先生:イッセー尾形、K:平田満、
先生の妻:毬谷友子、私:別所哲也、佐々木愛など)。K役(当該映画では原作のKはSに相当し、映画の
Kは私に相当する。どうして、こんな紛らわしいことをしたのかは不明)の平田満が、数珠を一粒ずつ繰っ
ているシーンが印象的だったが、記憶違いかもしれない。TVドラマ化された『門』も観ていると思うが、い
つだったかは判然としない。もっとも、<ウィキペディア>の記述に以下のようなものがあったので、きっと
これではないかと思う。

  『門 -それから』というタイトルで1993年5月31日と6月7日の2回に渡って、テレビ東京系列の
 『日本名作ドラマ(第1期)』(月曜21:00 - 21:54)で放送された。出演者は、風間杜夫、有森
 也実、古尾谷雅人、泉本のり子。監督:大山勝美、脚本:早坂暁である。

 どちらの作品も面白く観た記憶がある。当該作品も、それなりに面白かった。おそらく、原作者である漱
石の力が働いているからだと思う。
 乙羽信子の運針のシーン、海軍の軍人夫人の挿話(夫の赴任先を追いかけて、日本中を駆け回ったという
昔話)、「山を少しずつ売って生活資金にしているので、臑かじりではなく、山かじりです」というKのこ
とば、「電話で死去を知らせるよりも電報の方がいい」というM夫人の台詞などが印象に残った。なお、K
が借りていた部屋は2階の八畳間と四畳半で、賄い付で月額3万5千円である。少々お高いとあるが、現在
だったらあり得ない金額である。そんなものだったか。なお、偶然ではあるが、当該作品は、一人の女と二
人の男の三角関係、登場人物の少なさ、死者が出るといった点で、昨日鑑賞した『怪異談 生きてゐる小平次』
に似ている。恋は、ときに、人を殺すのである。


 某月某日

 DVDで邦画の『怪異談 生きてゐる小平次』(監督:中川信夫、磯田事務所=ATG、1982年)を観た。この
映画も以前より観たかった作品であるが、キングレコードの「新・死ぬまでにこれは観ろ!」のラインナッ
プに乗ったので、観ることができた。期待したほどの出来ではなかったが、他にあまり類型を見ない三人劇
で、それなりの評価をしてもいいと思う。中川監督の作品は以下に挙げるように4本観ているが、どちらか
と言えば、怪談映画の名手らしい。なお、当該作品は彼が喜寿の頃のもので、遺作となっている。

  『湯の町夜曲 月の出の接吻』、監督:中川信夫、新東宝、1950年。
  『高原の駅よさようなら』、監督:中川信夫、新東宝、1951年。
  『憲兵と幽霊』、監督:中川信夫、新東宝、1958年。
  『怪異談 生きてゐる小平次』、監督:中川信夫、磯田事務所=ATG、1982年。

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  一組の夫婦と、その妻に想いを寄せるようになった男の三人の間で生じた三角関係から起きる怪事
 件を描く。鈴木泉三郎の同名の戯曲の映画化で、脚本・監督は『妖艶毒婦伝 お勝兇状旅』の中川信
 夫、撮影は桶口伊喜夫がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  役者の小幡小平次(藤間文彦)、囃子方の那古太九郎(石橋正次)の若い二人は、今はしがない緞
 帳芝居に身を任しているが志は大きい。小平次、太九郎とその女房のおちか(宮下順子)の三人は幼
 馴染の仲だが、以前から小平次はおちかに想いを寄せていた。そんなある日、小平次はおちかに「お
 れの女房になってくれ」とつめよる。すでに太九郎の妻であるおちかには答えようがない。旅芝居の
 暇に、沼で釣をする二人。小平次は太九郎に「おちかをくれ」と迫り、もみ合ううちに、舟から水に
 落ちた小平次を、太九郎は棹で打った。小平次を殺したと思った太九郎は、あわてて家に帰ると、何
 とそこに小平次がいる。小平次は再び「おちかをくれ」と迫り、太九郎は今度は三味線の撥で小平次
 を動かなくなるまで、滅多打ちにする。人目を恐れて江戸を逃れた太九郎とおちかの二人。そして、
 小平次の姿がこびりつき、怯えきる太九郎の様子におちかは愛想をつかし始めた。そして、太九郎は
 小平次との亡霊との戦いに死んでしまうのである。

 <ウィキペディア>にもっと詳しい記事があるので、それも引用してみよう。上同様、執筆者に感謝したい。
なお、少し加工したが、ご海容いただきたい。

   〔概要〕

  『怪異談 生きてゐる小平次』(かいいだん いきているこへいじ)は、1982年(昭和57年)公開の
 日本映画。中川信夫監督。日本アート・シアター・ギルド(ATG)の「1千万円映画」の1本として
 製作された。
  原作は鈴木泉三郎の同名戯曲である。この原作は、幽霊役で名を馳せた役者が殺されて幽霊となる
 小幡小平次の怪談話をアレンジし、「殺したと思ったのに何度でも生きて舞い戻ってくる」というシ
 ュールな味わいを持っている。歌舞伎では今もたびたび公演される定番の芝居のひとつであり、第二
 次世界大戦後の1957年(昭和32年)には、青柳信雄監督、二代目中村扇雀、芥川比呂志、八千草薫主
 演による『生きている小平次』がすでに東宝で映画化されている。本作は、2度目の映画化である。
  1980年(昭和55年)、磯田啓二率いる独立プロダクション・磯田事務所がATGと提携作品を作るこ
 とになり、当時怪談映画の名手として知られていたものの、すでに第一線を退いていた中川信夫に監
 督を依頼した。そうしたところ、中川が「やりたい」と出してきたのがこの原作だった。
  撮影は翌1981年(昭和56年)、京都の映像京都などの協力を得て、大映京都撮影所にメインのセッ
 トを組み、ロケーションを織り交ぜて行われた。製作期間は7日間であった。「1千万円」という限
 られた予算の中で、中川は旧映画版以上に俳優をしぼりこみ、主演の3人以外はいっさい登場しない
 三角関係の心理ドラマを作り上げた。鈴木泉三郎は生前「『小平次』は怪談ではない」と語っており、
 中川とスタッフは、「死んでいないかも知れないし、死んで幽霊になっているのかも知れない」とい
 う「幽明の境」を漂うような世界を描くために、軽量の16ミリカメラのアリフレックスを使用しなが
 らも一切動かさないフィックス・ショットで全編を撮影し、過去の怪談映画で見せた躍動感あふれる
 移動映像は一切排した。また、そこには「低予算という逆境に(中略)自らの気持ちを引き締めるた
 め」という中川の気概もこめられているという。
  本作は16mmフィルムで撮影し35mmフィルムにダイレクトにブローアップして劇場公開された。当時
 16ミリから35ミリへのブローアップをするには、いったん16ミリのネガフィルムを35ミリのネガフィ
 ルムにブローアップしなければならなかったが、本作ではその工程を省き、16ミリネガから直接35ミ
 リプリントを焼いている。これは発想的には、スーパー16(16mmフィルム#スペック#スーパー16)の
 さきがけを行ったともいえる。この工程省略によって、ネガ引き伸ばしの際にもたらされる画面が引
 き伸ばされたような不自然感や粒子の粗さなどが解消され、よりクリアな映像が得られることになっ
 た。カラー作品では初の試みとされている。
  撮影現場では、中川の方針により横文字の使用が禁止され、「テスト」、「OK・NG」などの用語を
 日本語に変えなければならずスタッフは苦労したという。
  映画が完成した1982年は、中川信夫が77歳の喜寿を迎えた年である。ATGから本作に企画で参加し
 た多賀祥介らが呼びかけ人となって、同年5月18日に「中川信夫の喜寿を祝う会」が東京の私学会館
 で開催された。所縁の映画人が多数参列し、中川には、生涯片時も離さなかった日本酒を1年分など
 が寄贈された。中川はこの作品を遺作として、2年後の1984年に死去した。

   〔あらすじ〕

  天保13年(西暦1842年)の夏。今はしがない緞帳芝居の役者にすぎない小幡小平次と囃子方の一人
 にすぎない太九郎だが、2人は一朝志を得たら七代目市川團十郎や近松門左衛門に匹敵するほどの存
 在になろうと野心を抱いていた。この2人に太九郎の連れ合いのおちかを入れた3人は幼なじみの仲
 良しだったが、おちかが小平次の気をひいたことから3人の仲に亀裂が入る。巡業先で太九郎と釣り
 に出かけた小平次は、思い切って太九郎におちかをくれと申し出るが怒った太九郎に沼に突き落とさ
 れ竿で殴られてしまう。
  太九郎は小平次を殺したと思い込んで江戸に帰ってくると、そこには死んだはずの小平次がいて、
 再び「おちかをくれ」と迫ってくる。恐怖し激怒した太九郎は三味線の撥で小平次を殴りつけて、今
 度こそ小平次を殺したと確信するが、江戸から逃げ出した太九郎とおちかの後を、さらに小平次が追
 いかけてくるのだった。

 3人のうち、誰が一番罪深いかと考えたが、その意思とは裏腹に、やはりおちかが一番罪深いという結論
に達した。女性は、女性というだけで罪深く感じるのである。もちろん、そんな解釈をすれば怒られるに決
まっているが、女の「性(さが)」の不思議を見る思いである。宮下順子は、日活ロマンポルノで鍛えただ
けあって、何とも言えない色気を醸し出している。なお、戸を開けるとそこが沼になっている映像を観て、
寺山修司の手法を思い出した。影響を受けているのかもしれない。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『ずべ公番長 はまぐれ数え唄』(監督:山口和彦、東映東
京、1971年)である。「ずべ公番長」シリーズの第3弾に当たる。主人公のはまぐれのおリカの故郷・横浜
が舞台の物語で、これまで数知れず観たことがあるような筋書であった。リカが仁義を切るシーンがあるが、
その口上を耳から拾ってみよう。

   あたいこと生れはご当地港横浜、ガキの頃からはねっ返りにて、グレ始めたのが運のつき。
  お天道様は寄場で眺め、お月様さえ旅の空。なんでこの身を恨むじゃないが、所詮人の子、
  情けの子。赤城暮らしの明け暮れで、思い出すのはハマの潮風。あの顔、この貌、ただ懐か
  しく、飛んで帰って来たのが三年ぶり。はまぐれのおリカ、お懐かしゅうござんす。

 仁義を切られた相手は、かつて「ハマのドス竜」と異名をとった早坂竜之助で、育ての親に当たる。もっ
とも、後で分かることであるが、リカの母の実兄に当り、リカにとっては血を分けた伯父ということになる。
このシリーズは歌謡映画でもあるが、「はまぐれ数え唄」(作詞:きたみきたお、作曲:津島利章、唄:大
信田礼子)が主題歌で、挿入曲として、「ビューティフル・ヨコハマ」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平、
唄:平山三紀)が用いられている。平山三紀本人も出演しており、久しぶりにこのヒット曲を聴くことにな
った。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  「ずべ公番長」シリーズ三作目。脚本は同シリーズ『東京流れ者』の宮下教雄と監督の山口和彦。
 撮影は『最後の特攻隊』の飯村雅彦がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  関東のズベ公仲間でその名を轟ろかせている影山リカ(大信田礼子)は、妹分のお雪(市地洋子)
 を連れて、三たび赤城女子学園に逆戻りした。ところが、学園内は関西ズベ公界の大物で手に負えな
 い暴れ者、河内のお紋(賀川雪絵)が幅をきかせて番長的存在になっていた。リカはお紋と、当然何
 度か激しく対立するが、決着がつかないまま、一年後、仮退園した。リカとお雪を出迎えたのは、横
 浜にいるツナオ(左とん平)の使いのヘンリー河村(由利徹)だった。ツナオは、新しい女房の安万
 寿(三原葉子)と組んでエロ写真を作って生活していたが、横浜を縄張りとする中尾組と、その手先
 の女愚連隊Z団のために、常にいためつけられていた。そこで、リカを用人棒に迎えたのだった。横
 浜は、リカの生まれ故郷であり、父親がわりにもなっていた早坂竜之助(曽我廼家明蝶)もスナック
 「MOROCCO」を経営して健在だった。早坂はドス竜と怖れられたかつてのヤクザ時代の面影はなく、
 柔和な初老のマスターであった。安万寿の店に落ちついたリカは、そこでズベ公仲間のセンミツ(集
 三枝子)、夏江(白石恵美子)と再会、Z団に荒らされているゴーゴークラブ「ビートハーバー」の
 縄張りを取り戻した。一方、中尾組の手先としてZ団なる不良少女グループのリーダーをしていたお
 紋は、リカの勢力に押され、その成績が落ちた罰として、香港に売りとばされそうになったが、反逆
 し、団員全員倉庫につながれてしまった。そして中尾が、早坂とリカに刺客を放ちリカをかばって胸
 に銃弾を受けた早坂は死んだ。Z団の団員を逃がし、その時の争いで自ら瀕死の重傷を負ったお紋は、
 安万寿の店にたどりつき、リカに後のことを託して息を引きとった。中尾の卑劣な手段に怒ったリカ
 を始めとするズベ公たちは中尾組へオートバイを走らせた。

 他に、谷隼人(トニー=リカの孤児院時代の仲間)、清川虹子(化け猫お米=ベトナム帰りの米兵相手の
街娼)、小池朝雄(中尾=中尾組の組長)、曽根晴美(倉田=中尾組の代貸)、佐野浅夫(村山=デカ長)、
トリオ・スカイライン〔東八郎/原田健二/小島三児〕(中国系の船員)、佐藤晟也(島田=中尾組の幹部)、
団巌(ゴーゴークラブ「ビートハーバー」のマスター)、小林稔侍(中尾組のオカマ)、トニー・リィ(脱
走兵)、平山三紀(ビートハーバーの歌手)などが出演している。なお、河内のお紋役で出演している賀川
雪絵は、前シリーズでは冬木マリ役を務めていたが、今回は別人の役が振られている。シリーズものではよ
くあることで、いろいろな都合があるのだろう。
 中尾組は、若い女性を騙して香港に売り飛ばしてるが、そのからくりはこうである。

   オー!! ショック!!
   ヤングレディー大歓迎
   ’71の新しい女性の職場 スペースレジャーセンター
   女性なら誰でもドバーと稼げる
   海外旅行も夢じゃない

                 月最低 15万円保証
                 寮設備完備、三食支給
                 衣服 貸与
                 ボーナス年2回支給

 以上である。当時の相場は知らないが、おそらく普通のOLの2倍から3倍の月給だと思うので、思慮の
足りない女の子だったら、簡単に引っかかったのではないかと推測される。なお、最後の決戦ではマシンガ
ンが登場するが、どこから仕入れたのだろう。いくら何でも無理っぽかった。
 2本目は、『ずべ公番長 ざんげの値打ちもない』(監督:山口和彦、東映東京、1971年)である。「ず
べ公番長」シリーズの第4弾で、完結篇でもある。もっとシリーズが続いてもいけそうだが、腹八分目で終
わるところがいいのかもしれない。梶芽衣子が主演の「さそり」シリーズも4本で終了したが、彼女が演じ
た松島ナミの消息は杳として知れずといった締め括り方だった。つまり、両シリーズともに余韻を残して終
了したというわけ。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  北原ミレイの同名曲の映画化。脚本は「ずべ公番長」シリーズの前作『ずべ公番長 はまぐれ数え
 唄』の宮下教雄と監督の山口和彦。撮影は『博徒外人部隊』の仲沢半次郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  一年振りで赤城女子学園から出所した影山リカ(大信田礼子)は、新宿に戻ってきた。リカは、学
 園で知りあった村木みどり(片山由美子)の父鉄五郎が経営する自動車修理工場で働くことになった。
 鉄五郎は、みどりと同棲している不良学生の浜田(滝俊介)の借金のために、村木自動車の土地と工
 場乗っ取りを狙う暴力団大矢興業から迫害を受けていた。一方、アルサロで働く八尾長子(橘ますみ)、
 千本ミツ子〔センミツ〕(集三枝子)、丸井綱夫〔ツナオ〕(左とん平)や、ラーメン屋の珍々軒で
 働くおゆき(市地洋子)ら昔の仲間と再会したりカは、冬木マリ(賀川雪絵)の消息も知った。マリ
 は、大矢興業の客分だった夫の荒井圭一(中谷一郎)が、病気になったにも拘らず、恩を売ったはず
 の大矢から冷たくあしらわれたために、金の工面の上で水商売では生きていけない不義理を働いてし
 まった。そのせいで、現在はヌード・スタジオで働いているという。一方、大矢松造(金子信雄)は、
 浜田に博奕の借金を背負わせ、その金を鉄五郎から出させるように仕向けた。彼の留守に家に忍びこ
 んで、金を持ち出そうとしたみどりをとがめたのはリカだった。リカは単身大矢興業に乗り込んだが、
 逆に囚われの身となってしまった。大矢は、さらにみどりを人質にして、土地の権利書との交換を要
 求してきたが、かって「剃刀の鉄」と異名をとった鉄五郎は、単身大矢組に乗り込み、リカやみどり
 を救出した。だが、大矢も黙ってはいなかった。大矢は、足を洗いたいと申し出た圭一に最後の仕事
 を命じた。マリのために、故郷に帰って出なおそうと考えていた圭一は、目先の金の30万円に目がく
 らみ鉄五郎を刺したが、その圭一も、大矢のために殺された。勘忍袋の緒が切れたリカ、みどり、マ
 リ、長子、センミツは、大矢興業のビルに殴り込んだ。さらに、兄を殺された圭一の弟竜二(渡瀬恒
 彦)も、助っ人に加わったのである。

 他に、永山一夫(青田=大矢興業の代貸)、南利明(尾仁屋=新宿で「ギンザムスメ」という名前のキャ
バレーを経営している名古屋出身の男)、円山理映子(ひろ子=大矢の愛人)、笠置シヅ子(トラ=珍々軒
の店主)、山田禅二(赤城女子学園の学園長)、東八郎(ヌード・スタジオの客)、北原ミレイ(ゴーゴー
クラブの歌手)、太古八郎(マカオ=村木自動車の従業員)、佐藤晟也(大矢興業の幹部)、沢田浩二(同
じく若い衆)などが出演している。
 「ラージ・ポンポン」(妊娠の隠語)という言葉を久しぶりに聞いた。ドヤ街の料金が一泊100円、高級
なシャケの切り身が250円、アルサロ〔=アルバイト・サロン〕の「ギンザムスメ」のセット料金が1セット
(ビール大+オードブル)で300円だった。


 某月某日

 DVDで邦画の『ずべ公番長 東京流れ者』(監督:山口和彦、東映東京、1970年)を観た。「ずべ公番長」
シリーズの第2弾である。第1弾の後日談となっており、以前のメンバーがかなり出演している。新しいキ
ャラとしては、宮城千賀子、渡瀬恒彦、南原宏治、人見明などが加わっている。宮園純子の役(善玉の親分
格)を宮城が、梅宮辰夫の役(善玉の侠客)を渡瀬が、金子信雄の役(悪玉の親分)を南原が、それぞれ継
いだかたちとなっている。大信田礼子はますます磨きがかかって、とてもいい女を演じている。
 なお、主題歌の「東京流れ者」(作詞・作曲:石坂まさを、唄:大信田礼子)は、いろいろな人が歌って
いる。小生が最初に覚えた歌詞は「東京流れもの」(作詞:永井ひろし、作曲:不祥、唄:竹越ひろ子)で
あり、渡哲也が歌った「東京流れ者」(作詞:川内和子、採譜・補作曲:叶弦大)も、映画『東京流れ者』
(監督:鈴木清順、日活、1966年)で馴染になった。さらに、大信田礼子が歌っている歌詞で、藤圭子も歌
っている。ただし、大信田版では「女」となっているところを、藤版では「男」となっている。それぞれ、
歌い出しは以下の通りである。ちなみに、渡哲也が歌った同楽曲は、歌い〆の曲調が他とはまったく異なる
ものである。おそらく、叶弦大がアレンジしたのであろう。さらに、当該映画では、作詞とともに作曲も石
坂まさをとなっているが、他の歌詞では、作曲者が曖昧である。

   石坂まさをの歌詞:風が吹いたら、吹かれます。
   永井ひろしの歌詞:流れ流れて、東京を。
   川内和子の歌詞:どこで生きても、流れ者。

 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  『ずべ公番長 夢は夜ひらく』に続く、シリーズ二作目。脚本は『ずべ公番長 夢は夜ひらく』の
 宮下教雄。監督は脚本にも参加している山口和彦。撮影は『経験』の中島芳男がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  2年前、新宿で大暴れして赤城学園に逆もどりした影山リカ(大信田礼子)は出所して、真面目に
 生活しようと小さな町工場で働いていたが、ミスが多すぎてクビにされてしまった。古巣新宿に戻っ
 たリカは学園の大先輩、ガセ寅一家の女親分お蘭(宮城千賀子)の身内になった。そこで学園を出所
 して間のないマリ(賀川雪絵)、長子(橘ますみ)、ツナオ(左とん平)らに再会する。一方新興ヤ
 クザでキャバレー・ブラックジャックの社長黒江(南原宏治)は、錦糸町を縄張りとする錦元組をバ
 ックに、ガセ寅一家の金看板の横取りをたくらんでいた。秋の神農祭が終った日、一人先祖の墓に参
 るお蘭に黒江の魔手がのび、お蘭は斬殺されてしまう。この知らせを聞いたリカ、長子、マリらはネ
 オンの消えた新宿を、ブラックジャックへと殴り込んでいった。

 他に、渡瀬恒彦(加瀬常次郎=蘭子の息子)、集三枝子(千本ミツ子=千ミツ)、六本木はるみ(はるみ)、
夏珠美(知床のおタマ)、人見明(チョボ松=ガセ寅一家の代貸)、藤山浩二(森=黒江組の幹部)、佐藤
晟也(滝=同)、沖田駿一(浜村=黒江組の若い衆、千ミツの彼氏)、上田吉二郎(錦元=錦糸町の親分)、
トリオ・スカイライン〔東八郎/原田健二/小島三児〕(花の咲太郎/花の団平/花の権八=錦元一家の子
分)、山田禅二(赤城女子学園の学園長)、南利明(高崎=国立性病センター主任医師)、白石恵美子(メ
ソ子)、児島春美(デカ子)、章文栄(チビ子)、堀としみ(ボイン)、土山登志幸(黒江組の子分)、小
林稔侍(同)、円山理映子(なおみ=キャバレー・ブラックジャックのホステス、おそらく黒江の女)、織
田英子(看守)、鈴木暁子(同)、須賀良(スリ)、由利徹(玩具メーカーの作業課長)、団巌(錦元一家
の子分)、太宰久雄(漢方薬店の店主=はるみの男)などが出演している。
 スモッグ、ヘドロ、権八(歌舞伎「傾情吾妻鑑」の中で、白井権八が、幡随院長兵衛の家で食客になって
いたところから、いそうろう、食客の意味の隠語)〔goo 辞書より〕、ゲソつける(=草鞋を脱ぐ)など、
昭和の言葉が頻出していた。なお、綿アメ50円、焼トウモロコシ100円、密輸品のブラジャー200円は安いと
思った。こんなものだったか。蛇足ながら、ツナオがジミーという源氏名で勤めているホストクラブの名前
が「美男舘」とあり、これには笑った。


 某月某日

 DVDで邦画の『ずべ公番長 夢は夜ひらく』(監督:山口和彦、東映東京、1970年)を観た。今年は「アク
ション映画」を邦画鑑賞のメイン・テーマにしているが、いわゆる「パンチラ」を売り物にする「お色気ア
クション映画」のひとつである「ずべ公番長」シリーズの第1作。『ぴあ シネマクラブ』に解説が掲載さ
れているので、引用してみよう。執筆者に感謝したい。

   「ずべ公番長」シリーズ

  日活の“野良猫ロック”シリーズに刺激されて、東映が大信田礼子主演で製作したアクション・シ
 リーズ。1970年の『ずべ公番長・夢は夜ひらく』から1971年の『同・ざんげの値打ちもない』まで、
 全4本が作られた。ずべ公たちが暴力団に圧迫された末に殴り込むというのがパターンで、殴り込み
 シーンのマンガチックな衣装が見もの。『Gメン’75』、『スクールウォーズ』シリーズなど、TV
 ものを数多く手がけた山口和彦がシリーズ全作を監督した。

 なお、「ずべ公」の語源については、「語源由来辞典」(ネット)によればこうである。

  ズベ公の「ズベ」は、「ずぼら」と同じ意味の「ずべら」の下略。「公」は、先生を「先公」、警
 察を「ポリ公」などと呼ぶのと同様で、相手をやや軽んじて言う接尾語である。第二次世界大戦後、
 巷には不良少女が目立つようになり、素行の悪い少女を罵っていう言葉として流行した。カードのス
 ペードが悪い札とされていたことから、スペードが転じたとする説もあるが、「ずべら」が「ずぼら」
 と同意語でありながら、「ずぼら」の語源がスペードと関係ないため、この説は誤りと考えられる。

 小生が高校生になったころのシリーズで、もちろん公開当時から知っているが、映画館で観たかどうかは
判然としない。まったく覚えていないので、たぶん初見だと思う。上記の「野良猫ロック」よりも泥臭く、
東映の任侠路線と日活の青春アクション映画を融合させたような味わいがあった。60年代でも80年代でもな
い、まさに70年代の映画で、その幕開けにふさわしい作品と言えよう。風俗や衣装なども見どころ満載で、
トンボメガネ、しぼりのTシャツ、手打ちの椅子なしパチンコ台、流しのギター、キャッチ・バー、ヒッピ
ー等々、懐かしいアイテムが多数登場している。キャバレーのセット料金も700円とあり、現代の感覚から
すれば激安である。なお、「たぎす」という隠語が登場するが、「泥棒」という意味との由。知らなかった。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  実力、人気最高の大型歌手藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」の主題曲をバックに“女番長”シリー
 ズ第一作。脚本は『あばれ丁半』の宮下教雄、監督は脚本にも参加している新人の山口和彦。撮影は
 『日本暴力団 組長くずれ』の仲沢半次郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  世間は女ネリカンと呼び、すべ公たちが泣いて震える不良少女の矯正機関である赤城女子学園を仮
 退学したばかりの影山リカ(大信田礼子)は、一度はまともな職についてみたものの周囲の風当たり
 が強く飛び出してしまう。あてもなく新宿をふらつくリカに、キャッチバーを紹介したのは丸井綱夫
 (左とん平)と名のる男だった。偶然にもこのキャッチバー“紫”のママ・渡辺梅子(宮園淳子)は、
 赤城女子学園の出身で、八尾長子(橘ますみ)、冬木マリ(賀川雪絵)、千本ミツ子(集三枝子)ら
 学園出身のずべ公をホステスとして使っていた。また綱夫の女房長子は、リカと学園で共に助けあっ
 てきた仲間だった。一方、この辺一帯をナワ張とする大羽興業は、LSDやマリファナを密輸してヒ
 ッピーに売りつけ、金が払えなくなると売春をさせていたが、最近は、梅子の店に目をつけ、ことあ
 るごとに目を光らせていた。ある日、マリの妹で、大羽興業から追われていた、麻薬中毒のヒッピー、
 バニー(五十嵐じゅん〔現 五十嵐淳子〕)をリカがかくまったことから、ことが荒だち、日増しに
 いやがらせがエスカレートしてきた。リカを救うため、梅子は三百万円の借金をしたものの、高利貸
 しが大羽金造(金子信雄)と結託していたことから梅子は窮地に追い込まれる。そんな梅子の姿を見
 たリカは、自から体を張って大羽興業にのり込んでいくが、逆にはずかしめられてほうり出されてし
 まう。その頃、マリはバニーを探し出すがバニーはすでに大羽の手によって殺されていた。梅子は、
 店の権利と引き換えにバニーの遺体を引き取る。バニーの通夜の日、一人日本刀を取り出し、大羽興
 業に向う梅子と肩を並べるのは出所して来た、恋人の朝日慎二郎(梅宮辰夫)だった。そして、リカ
 たちグループもその後を追った。

 赤城女子学園は実在しないが、女子の少年院に当たる、榛名女子学園(群馬県)や愛光女子学園(東京都)
は実在している。なお、名前の似ている赤城少年院(群馬県)も実在している。なお、上記の「ネリカン」
は「練馬鑑別所」の略称である。<ウィキペディア>によれば、東京少年鑑別所が東京都練馬区に存在する事
から、「練馬の少年鑑別所」が略されるようになり、映画/漫画/楽曲などで使用された、とある。
 他に、佐々木梨里(湯島つた)、六本木はるみ(はるみ)、夏純子(ジュクのお春)、藤圭子(キャバレ
ー歌手)、谷隼人(トニー=リカの幼馴染み)、曽根晴美(西本=大羽の子分)、佐藤晟也(市川=同)、
南利明(桂木=クリーニング店の店主)、園佳也子(鎌子=その女房)、鈴木やすし(リカにキャッチされ
そうになるサラリーマン)、坊屋三郎(紫の客)、左卜全(トトちゃん=ミツ子のダーリンの大金持ち)、
山田禅二(赤城女子学園の学園長)、ゴールデンハーフ(ダンサー)などが出演している。


 某月某日

 『動脈列島』(監督:増村保造、東京映画、1975年)に関する感想の積み残しを記そう。先ず、題材や結
構が似ている作品を挙げておこう。

  『黒の超特急』、監督:増村保造、大映東京、1964年(「日日是労セレクト25」、参照)。
  『新幹線大爆破』、監督:佐藤純彌、東映東京、1975年(「日日是労働セレクト」に記述なし)。
  『天空の蜂』、監督:堤幸彦、「天空の蜂」製作委員会〔松竹=木下グループ=講談社=ローソンHMV
   エンタテイメント=GYAO!〕、2015年(「日日是労セレクト126」、参照)。

 最初の作品は、同じ増村保造が監督しており、山陽新幹線をめぐる土地絡みの汚職を扱った映画である。
「日日是労セレクト25」に小生の感想が記されているので、以下にその一部を引用してみよう。


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 某月某日

 DVDで邦画の『黒の超特急』(監督:増村保造、大映東京、1964年)を観た。新機軸があるわけでもな
いし、扱われている金額(20億円)が高いのに全体として華やかさがないし、殺人事件に至る経緯にも説
得力があるわけではないので、どうにも中途半端な印象を受けた。「黒シリーズ」(全11作)の中では傑
作とされているそうだが、後に似たようなドラマが量産されているので、今では色褪せた作品となってい
る。ただし、出演している俳優はそれぞれの味を出し尽くしており、その点では面白かった。とくに、東
宝から助っ人に来た加東大介の演技は素晴らしく、さすがであった。物語の梗概は割愛するが、要するに
山陽新幹線敷設に際しての土地絡みの汚職を扱った映画で、当時としては新鮮な題材だったのであろう。
ある地主の台詞が面白かったので、下に記しておこう。

  わしらが売る土地は反当り2石しか取れぬ最低の土地じゃ。一年中あくせくと働いても、一町
 当り30-40万の収入しかない。坪7,000円、一町2,100万円に売れたら、そっくり銀行に預けて、
 利子が年に85万、座ってて倍の金が入る。中江様々じゃ。

 戦後、日本国中でこのような台詞が何万回も飛び交ったことは間違いない。日本人の金銭に対する感覚
が麻痺するのももっともなことであろう。農地の売買とその地方の精神的荒廃を扱った傑作映画に『さら
ば愛しき大地』(監督:柳町光男、プロダクション群狼=アトリエダンカン、1982年)があるが、あそこ
まで掘り下げているわけではないとしても、この『黒の超特急』でもいくらかそれに似た場面がある。大
金が転がり込んだために万事が派手になって、かえって生活が苦しくなったという話である。さもありな
ん、とかく大金は人間を狂わすのである。
 さて、この映画がつくられた1964年から8年後の1972年に、日本工業新聞社から『日本列島改造論』と
いう本が出版されている。この本は田中角栄の著作であるが、出版とほぼ同時に彼は内閣総理大臣になっ
ている。ポスト佐藤栄作の一番手で、当時は「三角大福(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赴夫)」
という言葉を新聞などでよく見かけたものである。この映画がつくられた頃からずっと田中角栄が総理大
臣になるまで(あるいは、それ以後も)、この調子で新幹線をめぐる利権は日本国中の拝金主義者を狂奔
させたことであろう。70年代から80年代にかけて、新幹線敷設予定地に相当する土地を細長く買って大儲
けをした奴がいる、という話はよく聞かされたものである。さて、上記の本であるが、父親が「読め」と
言って高校生だった小生に勧めてくれた本である。何に影響を受けたのか今となっては判然としないが、
即座に投げ捨てた記憶がある。こんな本なんか読めるかと。あとで思えば、読んでおけばよかったが……。

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 小生の記憶では、「プログラム・ピクチャーの域を出ない作品ではあるが、そこそこ面白かった映画」と
いう印象がある。いずれにせよ、「黒シリーズ」は11本中4本しか観ていないので正確な評価はできないが、
ある程度成功を収めている作品なのだろう。
 次の作品は当該映画と同年に製作された娯楽超大作で、<ウィキペディア>(『動脈列島』)に、以下のよ
うな記述(同題材の他作品)がある。

   『新幹線大爆破』(1975年、東映)

  本作と同年に東映が製作・公開した映画。「日本の大動脈である新幹線の設備を破壊しようとする
 者と捜査陣との対決」、というあらすじの根本が共通している。ただし本作は当時社会問題化してい
 た騒音公害を題材にした社会派作品であるのに対し、『新幹線大爆破』はエンタテインメント性を追
 求したパニックムービーという違いがある。また、本作に於ける犯行の手口は「要求を通す為の示威
 行動として新幹線を止める」というものだったのに対して、東映の『新幹線大爆破』は「新幹線を止
 められない状態にして要求を突き付け、その要求が通ったのと引き換えに止め方を教える」という相
 違点が見られる。
  本作にも出演している鈴木瑞穂が、こちらの作品では警察庁捜査第一課長役、渡辺文雄が国鉄鉄道
 公安本部長役、山本清が新幹線運転車輌部長役で出演している。

 小生はたぶん封切のとき映画館で観たきりで、高倉健が出ていたくらいしか覚えていない。たしか、最初
に主役として配役されたのは当時彼よりも勢いのあった菅原文太だったが、「この映画は新幹線が主役だ」
という理由で断った、という経緯があったのではなかったか。海外ではかなり人気が高いそうなので、機会
があれば、また観てみたい映画である。
 三番目は、ターゲットが原子力発電所である。これも、「日日是労働セレクト126」に小生の感想が記
されているので、以下に引用してみよう(一部、割愛)。


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 某月某日

 DVDで邦画の『天空の蜂』(監督:堤幸彦、「天空の蜂」製作委員会〔松竹=木下グループ=講談社=ロ
ーソンHMVエンタテイメント=GYAO!〕、2015年)を観た。合せたわけではないが、今日は3月11日なので、
東日本大震災と福島原発事故を考える上でも、この映画の鑑賞はタイムリーであった。原作の小説はすでに
読了しており、「驢鳴犬吠1602」に関連記事があるので、そちらも参照してほしい。原作が発表されて
からだいぶ経っているが、むしろこれだけの年月をおいた方が、この作品の意義がさらに増すような気がす
る。東野圭吾の先見の明が改めて確認されたというわけである。ただし、映画化された作品は原作と異なる
部分がけっこうある。映像的な効果を狙ったからであろう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  東野圭吾が1995年に発表し、ロングセラーとなっている同名小説を江口洋介、本木雅弘らの出演で
 映画化したサスペンス・アクション。日本全土の原発破棄を求め、超巨大ヘリを原子力発電所に墜落
 させようとするテロリストと、事件解決に挑む人々の戦いが描かれる。監督はコメディから人間ドラ
 マまで幅広いジャンルを手がける堤幸彦。

   〔あらすじ〕

  1995年8月8日、全長34メートル・総重量25トンを誇る自衛隊用超巨大ヘリ『ビッグB』が遠隔操縦
 によりハイジャックされ、原子力発電所『新陽』の上空で静止。『天空の蜂』を名乗る犯人は全ての
 原発の破棄を要求、さもなくば爆発物を大量に積んだヘリを『新陽』に墜落させると訴える。ヘリの
 燃料が尽きるまではわずか8時間しかない。『ビッグB』の機内には子どもが取り残されており、そ
 の父で『ビッグB』開発に携わったヘリ設計士・湯原(江口洋介)と原子力発電所設計士・三島(本
 木雅弘)は子どもの救出と日本が消滅しかねないこの恐るべき危機を打開するために奔走する。しか
 し、政府は原発破棄に難色を示していた。タイムリミットが迫る中、見えざる敵との攻防が始まる。

 「電気の方が人命よりも重い」、「本当のことは知りたくない」、「見たくないものは見ようとしない」、
「仮面の下の沈黙する群衆」などの言葉がキーワードである。日本の原発政策がどちらに向かうか、国民で
ある限り無関心ではいられないだろう。フィクションとはいえ、観る者に想像力をフルに発揮するように促
し、蜂に刺されたときの痛みを十分に実感させてくれる映画である。われわれはすでに蜂に刺されているの
に、実感しているようには見えない人があまりにも多いので、日本人ならば必見と言いたいくらいである。

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 新幹線や原発は国策(殖産興業)の象徴のような存在なので、国家に対して腹に一物ある人物からすれば、
格好のテロの対象になる。それを国家側がどう阻止するかが物語の成否を分けることになるが、当然のごと
く権力側が勝つことになっている。もちろん、テロが成功しては洒落にならないので、その結末はある程度
予測できる。だとすれば、テロリストが敗れるにしても、どう敗れるかが問題になる。主人公の秋山宏の思
いは、滝川保にも長田国鉄総裁にも届いているので、落としどころとしては、やはり納得のいく結末になっ
ている。ここで、唐突ではあるが、石川啄木の詩を掲げてみよう。

  ココアのひと匙      石川啄木

 われは知る、テロリストの
 かなしき心を──
 言葉とおこなひを分ちがたき
 ただひとつの心を、
 奪はれたる言葉のかはりに
 おこなひをもて語らんとする心を、
 われとわがからだを敵に擲げつくる心を──
 しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり。

 はてしなき議論の後の
 冷めたるココアのひと匙を啜りて、
 そのうすにがき舌触りに、
 われは知る、テロリストの
 かなしき、かなしき心を。

                『呼子と口笛』(1911年)より

 さて、落穂ひろいを企てよう。具体的には、目に留まった箇所を箇条書きにしてみよう。

 ○ 野上ヤスは、新幹線の騒音から、アジア・太平洋戦争時のアメリカの爆撃機B29の爆音を連想する
  が、『黒い雨』(監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年)に登場する廃兵も、自動車のエ
  ンジン音を、戦車が驀進してくる音と混同する。
 ○ 当時の新幹線の車輛は60トン、16輌連結で960トン。そんな重量の塊が、時速200キロで、5本毎に突
  っ走る。
 ○ ニトログリセリンは爆薬の一種であるが、狭心症の応急治療薬にもなる。したがって、病院等で、劇
  薬よりも厳重に管理されている。
 ○ 新幹線の騒音公害では、死者も少なからず出ている。
 ○ 滝川保は、全国20万人の警察官の中でも、この事件に対処できる唯一の人物である。
 ○ 警察庁犯罪科学研究所(実在するのは、「警察庁科学警察研究所」である)は、コンピュータを使っ
  て、全国的な広域犯罪を解決するためにつくられた。
 ○ 疾走する新幹線が脱線転覆すれば、少なくとも1,000人の死傷者が出る。
 ○ ATC(自動列車制御装置〔ATC : Automatic Train Control〕)とは、鉄道における信号保安装置の
  一種である。運転安全規範には「先行列車との間隔及び進路の条件に応じて、車内に列車の許容運転速
  度を示す信号を現示し、その信号の現示に従って、列車の速度を自動作用により低下する機能を持った
  装置をいう」と定義されている(ウィキペディアより)。
 ○ CTC(新幹線運行管理システム〔Computer Aided Traffic Control System〕、頭字語;COMTRAC〔コ
  ムトラック〕)とは列車の運行管理や制御機器の監視などを総合的に行う列車運行管理システム(PTC)
  の一種で、現在東海旅客鉄道(JR東海)と西日本旅客鉄道(JR西日本)が共同で東海道新幹線・山陽新
  幹線と博多南線で運用している、列車の運行に関する情報の管理、及び機器の制御を行うコンピュータ
  システムである(同)。
 ○ 線路に食用油を塗ると、ブレーキが利かない。
 ○ 警告状に使用された封筒は、富士市のメーカーが作り、名古屋の紙問屋が売っている製品である。
 ○ 70メートルに亙って線路に塗られた食用油は、千葉県のメーカーが作り、主に東京方面で売られてい
  る製品である。
 ○ 新幹線公害訴訟原告団は575名で構成されており、その内の51名が犯行可能であり、さらにその内の8
  名のアリバイが怪しい。
 ○ 『新幹線による生活妨害の実態』(名古屋大学医学部)は、騒音、振動、電波障害などに関して、科
  学的な観点から研究された結果の報告書である。
 ○ 秋山の実家は、300町歩の山林を所有する有名な旧家である。
 ○ 宏は三人きょうだいの二男。内一人は女子(姉か妹かは不詳)。長男は家業の林業を継いでおり、女
  子は銀行家の長男と結婚、子ども一人。
 ○ 秋山家の親戚としては、名古屋・大阪に、材木商が二人、紡績会社の部長が一人。東京に宏の従兄弟
  がおり、早稲田大学の電子工学を専攻している研究者である。「すえながたけお」といい、宏のヨーロ
  ッパ行きの替え玉を演じている。なお、秋山がレンタカーを借りるとき、この従兄弟の名前を用いてい
  る。
 ○ 君原知子は逮捕されるが、その際の容疑は、「爆発物取締法違反」(ニトログリセリンの持ち出し)
  である。
 ○ 実行5日前、マスコミ3社とNHKに犯行予告が届く。警察側は当初報道自粛を訴えるが、後に折れ
  て、秋山宏の全国指名手配に踏み切る。
 ○ 秋山は新幹線を予告通り止めるが、それは、163.07メガヘルツに合わせた「スピード0」の信号を並
  行して走行中の自動車から送った電波によってである。
 ○ 新幹線は、やろうと思えば、銅線1本、空き缶3本、濡れ雑巾3枚で止まる。
 ○ 秋山と長田国鉄総裁との対話(抜粋)
  秋山:開業半年後から、沿線住民の訴えはすでに始まっている。
  長田:新幹線を東京オリンピック開幕(1964年10月10日)までに開通させたかったので、突貫工事を敢
     行した。何とか10月1日開通には間に合ったが、公害を考慮する余裕はまったくなかった。
  秋山:しかし、それを十年以上も放っておいた。
  長田:国鉄の経営も大変である。1兆3千億円の累積赤字を抱え、借金は毎年1千億円くらい増えてい
     く。したがって、現実的には、公害問題まで手が回らない。
  秋山:新幹線は、昭和48年(1973年)までに、6千5百億円の黒字を出している。その利益で公害を解
     決できないか。
  長田:君の要求通り、新幹線のスピードを70キロにダウンさせれば、騒音は60ホーン、振動は0.6ミリに
     なるだろう。しかし、それじゃあ、1日35万人の乗客を運ぶことはできない。
  秋山:線路の両側に幅50メートルの緩衝地帯をつくることはどうか。
  長田:その土地を買収するだけでも、新幹線をもう1本つくるだけの金がかかる。ただしだ。少しずつ  
     買収することは可能だ。
  秋山:沿線住民を痛めつけて、逃げ出す人間から土地を安く手に入れる。悪徳の見本である。
  長田:理想というものは一気に実現できるものじゃない。時間をかけて一歩一歩進むしかない。数々の  
     矛盾に満ちた日本の諸問題を、君のような単純な理想主義だけでは解決できない。
  秋山:わたしは理想主義者ではない。人の命も救えない医者である。総裁は、100ホーンの騒音の中で
     生活したことがあるか。(ここで、録音テープを回す)わたしの患者は、この音のために死んだ。
     3日後の12時きっかりに計画を決行する。これが最後の通告である。
  長田:君の要求は正しいと思う。できれば自分もそうしたい。しかし、新幹線の破壊はあくまで犯罪だ。
     罪もない乗客を巻き込んでいいのか。
 ○ 坂野坂トンネル(豊橋市)が、犯行(ブルドーザーを突き落す)予定の現場。
 ○ 秋山と同行の芙美子はレンタカーを借りるが、品川56/わ/71-87だったので、確かにレンタ
  カーである。なぜなら、レンタカーのしるしである「わ」ナンバーだからである。
 ○ 実行1日前、8万人の警察官を動員。
 ○ 警察官にも優秀な者とぼんやりした者がいる。犯人を見逃さなければよいが……滝川の本音。
 ○ 秋山の実家に停車したパトカーのナンバーは、名古屋88/と/22-37であり、特殊車両のしる
  しである「8」ナンバーだった。

 現在、新幹線は国土を縦横に走っている。ある政治家が、「新幹線が通っていない地域は日本とは言えな
い」などと豪語していたことがあったが、その人は後に失脚している。やはり、長田国鉄総裁のように、と
りあえず、困っている人々の訴えを聞く姿勢が大事であろう。政治家は傲慢な人では務まらないからである。


 某月某日

 DVDで邦画の『動脈列島』(監督:増村保造、東京映画、1975年)を観た。監督は増村保造である。最近
観た『大地の子守歌』(監督:増村保造、行動社=木村プロ、1976年)のひとつ前に公開された映画である。
梶芽衣子が重要な役柄で出演しているせいか、文句なしにこちらの方が面白かった。ところで、「日日是労
働セレクト26」に彼についての記事があるので、それを以下に引用してみよう。


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 某月某日

 最近、増村保造監督の映画を見ることが多いので、彼の監督作品のフィルモグラフィー(全57作品)を
記してみよう。彼の作品(DVD)の特典に付いている資料からの引用である。関係者に感謝したい。

 1957年 『くちづけ』、『青空娘』、『暖流』
 1958年 『氷壁』、『巨人と玩具』、『不敵な男』、『親不孝通り』
 1959年 『最高殊勲夫人』、『氾濫』、『美貌に罪あり』、『闇を横切れ』
 1960年 『女経(オムニバス第一話:耳を噛みたがる女)』、『からっ風野郎』、『足にさわった女』、
     『偽大学生』
 1961年 『恋にいのちを』、『好色一代男』、『妻は告白する』、『うるさい妹たち』
 1962年 『爛(ただれ)』、『黒の試走車(テストカー)』、『女の一生』
 1963年 『黒の報告書』、『嘘(オムニバス第一話:プレイガール)』、『ぐれん隊純情派』
 1964年 『現代インチキ物語騙し屋』、『『女の小箱』より 夫が見た』、『卍(まんじ)』、
     『黒の超特急』
 1965年 『兵隊やくざ』、『清作の妻』
 1966年 『刺青(いれずみ)』、『陸軍中野学校』、『赤い天使』
 1967年 『妻二人』、『痴人の愛』、『華岡青洲の妻』
 1968年 『大悪党』、『セックス・チェック/第二の性』、『積木の箱』、『濡れた二人』
 1969年 『盲獣』、『千羽鶴』、『女体(じょたい)』
 1970年 『でんきくらげ』、『やくざ絶唱』、『しびれくらげ』
 1971年 『遊び』

     (以上、大映作品48本)

 1972年 『新兵隊やくざ・火線』(勝プロ)、『音楽』(行動社=ATG)
 1973年 『御用牙・かみそり半蔵地獄責め』(勝プロ)
 1974年 『悪名縄張荒らし』(勝プロ)
 1975年 『動脈列島』(東京映画)
 1976年 『大地の子守歌』(行動社=木村プロ)
 1978年 『曽根崎心中』(行動社=木村プロ=ATG)
 1980年 『エデンの園』(白信商事=オルソ・オリエンタル・コーポレーション)
 1982年 『この子の七つのお祝いに』(松竹=角川春樹事務所)

     (以上、大映以外の作品9本)

 このうち、小生が鑑賞済みの映画(本日現在)は、『くちづけ』、『青空娘』、『巨人と玩具』、『最
高殊勲夫人』、『妻は告白する』、『黒の試走車(テストカー)』、『黒の報告書』、『卍(まんじ)』、
『黒の超特急』、『兵隊やくざ』、『清作の妻』、『刺青(いれずみ)』、『陸軍中野学校』、『赤い天
使』、『痴人の愛』、『セックス・チェック/第二の性』、『でんきくらげ』、『しびれくらげ』、『音
楽』の19作品である。小生が始めて増村保造を意識したのは『音楽』(監督:増村保造、行動社=ATG、
1972年)で、三島由紀夫の原作を前衛作品として撮った野心作だった。封切の際も観たし、ヴィデオにな
ってからも観ている。とくに主人公の弓川麗子を演じた黒沢のり子と、麗子の兄を演じた高橋長英の絡み
が忘れられない。文字通りの「近親相姦」シーンなのであるが、『無常』(監督:実相寺昭雄、実相寺プ
ロ=ATG、1970年)における田村亮(弟)と司美智子(姉)の絡みに匹敵する迫力であった。映画は、日
常における禁忌をことさらに取り上げ、それを出来る限りリアルに描こうとする。鑑賞者は、一時的に日
常を逃れ、異常な時空間において禊を済まして、言い換えれば、日常生活において身についた穢れを洗い
流して、また日常に還ってくる。だから、優れた映画は単なる娯楽ではないのだ。増村保造は、われわれ
にそのような時空間を提供してくれる数少ない映画監督の一人なのである。

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 2007年11月に書いた記事なので、ざっと9年ちょっと前である。いま読み返してみたが、増村保造に対す
る評価はほとんど変わっていない。あれから、12本の作品を鑑賞しているが(現在、31本が鑑賞済み)、い
ずれにも人間の悲しい生態が描かれており、自らの境遇に抗ってもがく人間たちが前面に押し出されている。
彼の映画の主人公は総じて強い自我の持ち主であることが多いが、当該映画のふたりの主役(田宮二郎/近
藤正臣)が演じた登場人物もその例に漏れない。したがって、この作品は社会批判を目的として製作された
というよりも、むしろこのふたりの人物像を浮き彫りにすることが目的だったような気がする。「新幹線公
害」に対する強い憤りから犯人は犯行を計画するわけだが、現代の映画だったら、「原発問題」をモチーフ
にしているかもしれない。というのも、今や新幹線は存在することが当然のアイテムであり、それどころか
日本が誇る科学・技術の象徴の一つとも考えられうるからである。しかし、1964年に東海道新幹線が開業し
て以来、数々の問題があったことも事実である。その一つが沿線住民が被った、騒音、振動問題である。犯
人は、国鉄(現在のJR)に、警告状を送りつけている。その一部を、以下に模写してみよう。ただし、映
像の中の文字と音から拾ったので、正確ではないことを予め弁明しておく。

  珪藻土にニトログリセリンをまぜると、ダイナマイトになる。時限装置のコードを接続(警告状に
 は、「セット」と書かれている)すれば、簡単にこだま(同じく、「ひかり」と書かれている)を爆
 破できた。これは、国鉄当局に対する警告である。新幹線公害を解決するため、

  1.走行中の騒音を60ホーン以下に落とせ。
  2.振動を毎秒0.6ミリに抑えよ。
  3.市街地のスピードを時速70キロ以下にせよ。
  4.線路の両側に幅50メートルの緩衝地帯を設置せよ。

  以上の要求を直ちに実行しない場合は、十日後に新幹線を破壊し、最低二日間停止させ、一週間以
 上麻痺させてみせる。この警告状はイタズラではない。その証拠に、明日新幹線を脱線させる。

                                          実行者

 物語は名古屋市熱田区で始まる。新幹線の沿線に住む老婆がその騒音で精神に異常をきたし、後に犯人に
なる医師の秋山の目の前で息絶える。激しい怒りを覚えた彼は、国鉄に騒音・振動公害の改善を迫り、要求
が受け容れられなければ、新幹線を破壊するというのである。いわば、もって行き場のない怒りをテロリズ
ムの実行というかたちで示そうとするわけであるが、そんなことが許されるはずがない。公憤はいいが、し
かるべき手続を経ない抗議活動は単なる犯罪である。捜査の直接の指揮を執る滝川(司法試験や国家公務員
試験を楽々突破し、警察庁に入庁した秀才であり、それどころか、欧米で3年間に亙って犯罪学、とりわけ
犯罪心理学を学んでいるという設定)は犯人像を割り出そうとする。先ず、よほど頭がいいか、狂人かのど
ちらかである。知能程度は高いので、大学卒業者であろう。性格は無口で強情、思いつめるタイプである。
年齢は25歳から35歳くらいだろう。職業は、時間に縛られているサラリーマンではないだろう。過激派の学
生あるいは運動家も除外される。ある捜査官の「こいつらだったら、とっくに実行している」という台詞に
は説得力があった。そうすると、学者、弁護士、医者、芸術家などの自由業だろう。しかし、弁護士だった
ら法廷で争うだろうし、芸術家はマスコミを利用するだろう。残るは学者と医者だが、ニトログリセリンを
手に入れているだけに、医者が怪しい。こうして、段々と犯人像が絞られていゆく。要求が新幹線公害訴訟
原告団の訴えに似ているところから、その線で洗ってみたところ、『新幹線による生活妨害の実態』(名古
屋大学医学部)という研究報告書に行き着く。そして、その主要な執筆者が実は犯人であった。もっとも、
その人物は海外に観光旅行に出かけており、アリバイがある。そのアリバイを崩していくうちに、警察によ
って犯人は秋山宏と断定され、全国に指名手配されるという流れである。そこからの攻防も面白く、どのよ
うに収拾をつけるのかが、この映画の肝であった。
 物語を確認しておこう。先ず、<ウィキペディア>の記述を引用させていただく。執筆者に感謝したい。な
お、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『動脈列島』(どうみゃくれっとう)は、清水一行の小説、またそれを原作として東京映画が製作、
 東宝が配給し、1975年(昭和50年)9月6日に封切り公開された日本の社会派サスペンス映画。カラー、
 121分。以下映画について述べる。
  本作が製作された70年代当時は、公害に対する国民の意識が高まっていた時期だった。1974年には
 名古屋市の新幹線沿線住民が、名古屋地方裁判所に騒音公害に対する訴え(名古屋新幹線訴訟)を起
 こしている。そうした事情に加え、毎年の恒例行事同然になっていた、国鉄の順法闘争やストライキ
 (スト権ストなど)で、国鉄に対する国民の反感もまた大きくなっていた時期であった。そうした背
 景のなか『動脈列島』は製作された。製作スタッフには旧大映出身者が多く、出演者は旧大映、東宝、
 東映の出身者が混在する。
  原作は清水一行の同名小説で、第28回日本推理作家協会賞を受賞している。レンタカーを用い電波
 で列車を停止させるシーンは、劇中では静岡県内の東名高速という設定だが、実際の撮影地点は岐阜
 県内の名神高速である。

   〔あらすじ〕

  名古屋市熱田区。東海道新幹線が住宅密集地にもかかわらず時速200キロ近い高速で走り抜けてい
 く。そのすさまじい騒音ゆえに付近に住む老婆・野上ヤス(田中筆子)は、新幹線の音をB-29の音と
 間違えておびえだすほどに精神に異常をきたし、医師である秋山宏(近藤正臣)と、その恋人である
 薬剤師・君原知子(関根恵子)の懸命の介抱も空しく息絶えてしまった。老婆を死に至らしめた国鉄
 に怒りを覚えた秋山は復讐を誓った。秋山は恋人君原に、わけも話さずに病院からニトログリセリン
 を少し盗み出すように依頼し、それを持って君原にはヨーロッパに旅行すると伝えて行方をくらませ
 た。
  次の日、新幹線ひかり(こだまかもしれない)の車内のトイレがつまり、原因を探るとニトログリ
 セリンと脅迫状が入れられた茶筒が出てきた。脅迫状の趣旨は国鉄に対する騒音対策の実施要求と、
 要求を受け入れなければ10日以内に新幹線を破壊(=脱線転覆)させるというものだった。翌日には
 豊橋駅でこだま号が脱線させられた。一歩間違えば脱線したこだま号に後ろから来たひかり号が追突
 するほどの危険な状況であり、秋山はあえてそのタイミングをねらったのだった。
  警察庁は犯罪科学研究所所長の滝川保(田宮二郎)を捜査本部長に任命し、数人の新幹線の沿線の
 愛知県警や警視庁の幹部刑事と共に極秘捜査を開始する。滝川は脅迫状の内容が新幹線公害訴訟原告
 団の要求と同じであったことから、訴訟団が主張の根拠としていた論文を書いた秋山に注目する。し
 かし、当の秋山はヨーロッパ長期旅行中であった。だが秋山の指紋と脅迫状にあった指紋が一致した
 ことから捜査陣は(出国の偽装工作をしたとみて)秋山を犯人とほぼ断定し、極秘ながらも捜索を開
 始する。
  そのころ東京に潜入していた秋山は秋葉原の電気街にいた。音波発信機を製作した彼は国鉄に「も
 う一度新幹線をストップさせてみせる」とマスコミも含め予告した。国鉄・警察にはこの事を知った
 大手マスコミが駆けつけ、極秘にしていたことを非難し、公開捜査を要求した。そこで滝川は次のス
 トップ予告を阻止できなければ公開すると約束した。しかし、警察の検問をかいくぐった秋山は新幹
 線と並行する東名高速道路をレンタカーで列車と並走し、スピード・ゼロ(停車)の信号電波を発信、
 またも新幹線を止めてしまう。この手口を予想できなかった滝川ら捜査陣をマスコミは責め、滝川ら
 は公開捜査についに踏み切り、同時に(証拠が固まった)秋山宏を全国指名手配にした。
  一方、潜伏中の秋山は医学界に失望した元看護師の芙美子(梶芽衣子)のアパートにかくまわれた
 が、大胆にも国鉄総裁の長田(山村聰)宅に深夜出向き、直接要求をした上、その会話を録音したテ
 ープをテレビ局にリークした。
  秋山は予告当日に備え、坂野坂トンネル付近にブルドーザーを停車させた。一方捜査陣も、犯行は
 秋山の実家から近い静岡・愛知県内で行われる可能性が高いとして県内の新幹線線路に等間隔に警官
 を配置し厳重に警戒させた。
  犯行当日、当初はこの日の勤務を拒否していた国労・動労を説得した上で新幹線は平常どおり運転
 した。秋山は献血輸送車を盗んで検問を突破、坂野坂トンネルに向かい準備した。一方滝川らもヘリ
 コプターからブルドーザーを発見し、取り囲んだ。これで犯行は不可能に思われていたが突然無人の
 ブルドーザーが動き出した。リモコン操作されていたのだ。しかし、勇敢な一人の若い刑事である山
 口(藤村泰介)がブルドーザーに飛び乗りキーをはずしてストップさせ、秋山は手も足も出せなくな
 った。既に早期に身柄を確保されていた恋人の君原知子に説得され、付近のみかん畑から降伏した秋
 山が姿を現した。互いに抱き合う秋山と知子。その後ろを何事もなかったように新幹線は走り続けて
 いくのだった……。

 さらに、<Movie Walker>も引用してみよう。上同様、関係者に感謝。

   〔解説〕

  日本が誇る新幹線に妨害を加えようとする青年医師と捜査陣の対決を描いたサスペンス映画。原作
 は清水一行の同名推理小説。脚本は『女房を早死させる方法』の白坂依志夫、監督は脚本も執筆して
 いる『悪名 縄張り荒らし』の増村保造、撮影は『沖田総司』の原一民がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  新幹線ひかり号(近藤正臣の声は、明らかに「こだま」と発音している)にニトログリセリンを使
 用した爆発物と脅迫状が発見された。新幹線による騒音と振動を除去しなければ、10日後に列車を転
 覆させる、というのだ。つづいて翌日、豊橋駅構内で同一人物の犯行と思われる脱線事故が発生した。
 国松警察庁長官(小沢栄太郎)は、警察庁犯罪科学研究所所長の滝川保(田宮二郎)を、この事件の
 捜査本部長に任命した。犯人の要求が名古屋の新幹線公害訴訟原告団と類似しているのを知った滝川
 は、新幹線公害の科学的根拠をレポートした医師・秋山宏(近藤正臣)に目をつけた。名古屋中央病
 院臨床研究医(滝川の発音は、「なごやこうとうびょういんけんしゅうい」であった。漢字に直すと、
 「名古屋高等病院研修医」だろうか)の秋山は、恋人の薬剤師・君原知子(関根恵子〔現 高橋惠子〕)
 にニトログリセリンを持ち出させた後、ヨーロッパ旅行に出かけると告げ、姿を消していた。だが、
 ヨーロッパ旅行に行ったのは、秋山のイトコで、さらに秋山の指紋と脅迫状の指紋が一致したために、
 捜査陣は秋山を犯人と断定した。その頃、秋山は新幹線と平行した高速道路上にて、音波発信器によ
 って、走って来たこだま号にスピード零の音波を拾わせ、こだま号を停止させた。犯人の相次ぐ挑戦
 に、滝川はついに公開捜査に踏みきった。医師への不信感から看護婦〔現 看護師〕をやめスナック
 のホステスになっている芙美子(梶芽衣子)は、秋山を指命手配中と知りながら自分のアパートに誘
 った。彼女の挫折感が青年医師への共感となったのだ。一方、国労、動労から予告日の勤務を拒否さ
 れた長田国鉄総裁(山村聰)の自宅に秋山が現われ、公害の根源的な解決を迫った。このやりとりを
 盗みどりしたテープをテレビ局に持ち込んだ秋山は、芙美子の運転する車で、実行場所である坂野坂
 トンネルの下見をし、実家の秋山林業から拝借してきたブルドーザーを近くに停車させた。実行予告
 日、新幹線は走ることになった。厳重な警戒網を突破した秋山はトンネル近くに潜んだ。一方、ブル
 ドーザーは捜査陣に発見され包囲された。滝川と、連行されて来た知子は犯行が失敗したことを秋山
 に呼びかけた。その時、突然ブルドーザーが線路めがけて動き出した。無線操縦だったのだ。だがし
 かし、間一髪のところで、運転席に飛び込んだ山口刑事(藤村泰介)がキイを抜いた。姿を現わした
 秋山は、力を失い、よろめく足どりで滝川に向って近づいた。知子は秋山の胸にしがみつき泣きじゃ
 くるのだった……。

 他に、平田昭彦(種村=国鉄総裁秘書課長)、加藤和夫(真田=新幹線総合計画部長)、近藤洋介(相良=
警視庁公安一課長)、井川比佐志(明石=警視庁捜査一課長代理・特殊捜査班班長)、小池朝雄(山崎=警
察庁捜査一課長)、勝部演之〔のぶゆき〕(中野=愛知県警公安一課長)、渥美国泰(村田=愛知県警捜査
一課長)、灰地順(水野=警視庁捜査一課刑事)、守田比呂也(北川=警視庁科学検査所技官)、佐原健二
(桑田=秋山の勤務先の医師)、加藤嘉(新幹線公害訴訟原告団団長)、橋本功(田尻=同団員。水野刑事
と山口刑事は、この男から『新幹線による生活妨害の実態』を入手している)、中条静夫(猿渡=名古屋大
学医学部教授。同報告書の監修者)、中島久之(篠島=同大学病院研修医。秋山の補佐的役割を果たしてい
る)、久米明(秋山甲介=宏の父)、文野朋子(秋山勝代=同じく母)、田中筆子(野上ヤス=秋山の患者)、
渡辺文雄(野党の運輸委員会委員)、稲葉義男(動労委員長)、山本清(国労委員長)、芹明香(新幹線の
乗客=トイレの水が流れないことを車掌に訴える女性)、高橋昌也(TV局編成局長)、峰岸徹(伊藤=テレ
ビ東京の午後3時のワイド番組のディレクター。なお、ここで登場する「テレビ東京」は実在のそれではな
い。1975年当時、実在するテレビ東京は「東京12チャンネル」だったが、1981年にこの名前に変更している)、
成瀬昌彦(新聞記者)、神山繁(同)、鈴木瑞穂(同)、吉田良全(新幹線運転手)、伊藤正博(同車掌)、
遠藤征慈(新幹線車輛基地修理係員)、山本廉(飲み屋の客)、平松慎吾(同)、加藤茂雄(ブルドーザー
の付近にいた警察官)などが出演している。
 まだいろいろ書くことがあるが、今日は遅いので、これで店仕舞いとする。続きは、機会があれば後日に
書くことにしよう。


 某月某日

 DVDで邦画の『絞殺』(監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1979年)を観た。キングレコードが企画し
た、「新・死ぬまでにこれは観ろ!」のラインナップとしてDVD化されたので観ることができた。もちろん、
以前から既知の作品ではあるが、こんな内容だとは思わなかった。まさに家庭内の地獄絵である。新藤監督
の作品の鑑賞も久しぶりだった。以下に示すように、彼の作品は29本観ている。<ウィキペディア>によれば、
生涯に46本の作品を監督しているらしいので、小生の鑑賞率は約6割3分である。

  『愛妻物語』、監督:新藤兼人、大映京都、1951年。
  『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
  『縮図』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1953年。
  『どぶ』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1954年。
  『狼』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1955年。
  『第五福竜丸』、監督:新藤兼人、近代映画協会=新世紀映画、1959年。
  『裸の島』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1960年。
  『人間』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1962年。
  『母』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1963年。
  『鬼婆』、監督:新藤兼人、近代映画協会=東京映画、1964年。
  『悪党』、監督:新藤兼人、東京映画=近代映画協会、1965年。
  『藪の中の黒猫』、監督:新藤兼人、近代映画協会=日本映画新社、1968年。
  『裸の十九才』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1970年。
  『鉄輪(かなわ)』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1972年。
  『わが道』、監督:新藤兼人、「わが道」製作実行委員会=近代映画協会、1974年。
  『ある映画監督の生涯 ──溝口健二の記録』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1975年。
  『竹山ひとり旅』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ジャンジャン、1977年。
  『絞殺』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1979年。
  『北斎漫画』、監督:新藤兼人、松竹、1981年。
  『ブラックボード』、監督、新藤兼人、地域文化推進の会=電通=近代映画協会、1986年。
  『落葉樹』、監督:新藤兼人、丸井工文社、1986年。
  『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
  『ぼく(フォントなし:さんずいに墨)東綺譚』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1992年。
  『午後の遺言状』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1995年。
  『生きたい』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1999年。
  『三文役者』、監督:新藤兼人、近代映画協会、2000年。
  『ふくろう』、監督:新藤兼人、近代映画協会、2003年。
  『石内尋常高等小学校 花は散れども』、監督:新藤兼人、近代映画協会=バンダイビジュアル=
   テレビ東京=シネカノン、2008年。
  『一枚のハガキ』、監督:新藤兼人、近代映画協会=渡辺商事=プランダス、2011年。

 彼の作品の中では、『裸の十九才』が一番近いか。人間の三大タブー(人肉食、近親殺、近親相姦)のう
ち、人肉食を除いた二つが描かれている。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  突然暴力をふるいだした有名高校に通う息子を、生命の危険に脅やかされた父親が耐えかねて絞殺
 したという実際に起った事件をもとに映画化。脚本・監督は『竹山ひとり旅』の新藤兼人。撮影は、
 『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』の三宅義行がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  ある夜明け、狩場保三(西村晃)は、熟睡中の息子、勉(狩場勉)を絞殺した。妻の良子(乙羽信
 子)は、ふるえながら夫の顔を見つめていた。一瞬、良子の脳裡に、勉との楽しかった日々の数々が
 パノラマのように浮かんで消えた。夫婦は、息子を一流高校に入れるため、校区に家族で転居し、あ
 る駅前でスナックを経営していた。保三が勉に話すことは、東大へ入るんだ、エリートコースを踏み
 はずすなということのくり返しであった。勉はクラスメートの森川初子(会田初子)に好意を寄せて
 おり、ある日、デートに誘い、彼女を犯そうとするが、猛烈な抵抗にあって失敗する。初子は再婚の
 母の連れ子で、母の病死後、義父の義夫(岡田英次)に犯され、それ以来関係を続けていた。ある日、
 勉がその現場を目撃してしまった。勉にとってそれは地獄絵だった。暫くして、初子は蓼科から勉を
 誘った。彼女は義父を刺し殺して来たのだ。二人は静かに抱き合い、激しく燃えた。いっしょに自首
 しようとする勉を帰した初子は、投身自殺をする。しかし、「女子高校生情痴の果てに義父を刺し自
 殺」とマスコミの騒ぐなか、学校では、教師、生徒ともに自分たちには関係ないと全く無関心だ。こ
 の頃から勉の性格が一変し、両親に暴力をふるうようになり、さらに、母の身体を求めようともした。
 保三は精神病院に勉を連れていくが、反抗期の躁鬱症と診断される。しかし、勉の暴力はエスカレー
 トする一方で、良子と相談し息子を絞殺するのだった。保三は自分も自殺するつもりだったが果せず、
 死刑覚悟で自首するが、近所の人達の減刑嘆願の運動で裁判は情状酌量され、三年の刑と執行猶予四
 年が言い渡された。しかし、妻は夫に向かって「わたしの勉をかえせ」と言いだした。息子は、母に
 とってたったひとつの生き甲斐であったことが、息子の死によってうかびあがった。人目をさけ、ま
 るで夢遊病者のような行動をとりはじめた。妻は遂に首をくくって息子の後を追った。傍に良子が外
 出のときいつも持っていた不思議な風呂敷包みがあり、その中には円筒形の屑籠があった。良子は、
 自殺の場所を探していたのだ。自殺場所で有名な高層団地の屋上には柵があり、その踏台用に使うた
 めであった。そして良子の書置きには、「勉のやったことはよくわかります」と二行したためてあっ
 た……。

 他に、殿山泰司(近所の男A)、小松方正(同じくB)、草野大悟(同じくC)、渡辺とく子(近所の女
A)、根岸明美(同じくB)、初井言栄(近隣の主婦)、観世栄夫(裁判長)、戸浦六宏(教師)、森本レ
オ(精神科医)、横沢祐一(タクシーの運転手)、鈴木三博(山内=二浪のアルバイター)、春むつみ(道
江=山内の同僚)、木下政志(退学する高校生)、船木英治(警察官)、藤村義美(TVアナウンサー)、大
八木美恵子(喫茶店のウエイトレス)、原田さなえ(インタビューの高校生A)、岡本光夫(同じくB)、
佐久間啓嘉(同じくC)、山本哲也(同じくD)、大口浩世(女事務員)、小林優生(七歳の勉)などが出
演している。

                                                 
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