[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
思想系の学問に興味のある人へ
家族研究への布石(映像篇01)
日日是労働セレクト7
日日是労働セレクト9
日日是労働セレクト10
日日是労働セレクト8
日日是労働セレクト11
家族研究への布石(映像篇03)
日日是労働セレクト12
日日是労働セレクト13
日日是労働セレクト14
日日是労働セレクト15
日日是労働セレクト16
日日是労働セレクト17
家族研究への布石(映像篇04)
日日是労働セレクト18
日日是労働セレクト19
日日是労働セレクト20
日日是労働セレクト21
日日是労働セレクト22
日日是労働セレクト23
日日是労働セレクト24
日日是労働セレクト25
家族研究への布石(映像篇05)
日日是労働セレクト26
日日是労働セレクト27
日日是労働セレクト28
日日是労働セレクト29
日日是労働セレクト30
日日是労働セレクト1-3
日日是労働セレクト31
日日是労働セレクト32
日日是労働セレクト33
日日是労働セレクト34
日日是労働セレクト35
日日是労働セレクト36
日日是労働セレクト37
家族研究への布石(映像篇06)
日日是労働セレクト38
日日是労働セレクト39
日日是労働セレクト40
日日是労働セレクト41
日日是労働セレクト42
日日是労働セレクト43
日日是労働セレクト44
日日是労働セレクト45
日日是労働セレクト4-6
日日是労働セレクト46
日日是労働セレクト47
日日是労働セレクト48
日日是労働セレクト49
日日是労働セレクト50
日日是労働セレクト51
日日是労働セレクト52
日日是労働セレクト53
家族研究への布石(文献篇01)
家族研究への布石(映像篇02)
日日是労働セレクト54
家族研究への布石(映像篇07)
日日是労働セレクト55
思想系の読書の勧め
オール岩波文庫文学選
日日是労働セレクト56
日日是労働セレクト57
日日是労働セレクト58
日日是労働セレクト59
家族研究への布石(文献篇02)
日日是労働セレクト60
日日是労働セレクト61
日日是労働セレクト62
日日是労働セレクト63
日日是労働セレクト64
日日是労働セレクト65
日日是労働スペシャル I (東日 ...
日日是労働セレクト66
日日是労働スペシャル II (東日 ...
家族研究への布石(映像篇08)
日日是労働セレクト67
日日是労働スペシャル III (東日 ...
日日是労働セレクト68
日日是労働スペシャル IV(東日本...
日日是労働スペシャル V (東日 ...
日日是労働セレクト69
日日是労働セレクト70
日日是労働セレクト71
日日是労働スペシャル VI (東日 ...
日日是労働セレクト72
日日是労働スペシャル VII (東日 ...
日日是労働セレクト73
日日是労働セレクト74
日日是労働スペシャル VIII (東日...
日日是労働セレクト75
家族研究への布石(映像篇09)
家族研究への布石(文献篇03)
日日是労働セレクト76
日日是労働スペシャル IX (東日 ...
平成日本映画百選
日日是労働セレクト77
日日是労働スペシャルX(東日本...
日日是労働セレクト78
日日是労働セレクト79
日日是労働スペシャル XI (東 ...
日日是労働セレクト80
日日是労働スペシャル XII (東日 ...
火曜日の詩歌01 - Anthologica Poet...
日日是労働スペシャル XIII (東日...
日日是労働セレクト81
日日是労働セレクト82
日日是労働スペシャル XIV (東日 ...
日日是労働セレクト83
日日是労働スペシャル XV (東日 ...
日日是労働セレクト84
日日是労働スペシャル XVI (東 ...
日日是労働セレクト85
日日是労働スペシャル XVII (東日...
日日是労働セレクト86
日日是労働スペシャル XVIII (東 ...
家族研究への布石(映像篇10)
日日是労働セレクト87
日日是労働スペシャル XIX (東日 ...
火曜日の詩歌02 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト88
日日是労働スペシャル XX (東日 ...
恣意的日本映画年間ベスト1
日日是労働セレクト89
日日是労働スペシャル XXI (東日 ...
日日是労働セレクト90
日日是労働スペシャル XXII (東日...
日日是労働セレクト91
日日是労働スペシャル XXIII (東 ...
日日是労働セレクト92
日日是労働スペシャル XXIV ( ...
日日是労働セレクト93
日日是労働スペシャル XXV (東 ...
火曜日の詩歌03 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト94
日日是労働スペシャル XXVI (東 ...
日日是労働セレクト95
日日是労働スペシャル XXVII ( ...
日日是労働セレクト96
日日是労働スペシャル XXVIII (...
武藤ゼミとはどんなゼミ?
日日是労働セレクト97
日日是労働スペシャル XXIX ( ...
家族研究への布石(映像篇11)
日日是労働スペシャル XXX(東日 ...
日日是労働セレクト98
日日是労働セレクト99
火曜日の詩歌04 -Anthologica Poetica-
日日是労働スペシャル XXXI (東日...
日日是労働セレクト100
日日是労働スペシャル XXXII (東 ...
日日是労働セレクト101
日日是労働スペシャル XXXIII (東 ...
家族研究への布石(文献篇04)
日日是労働セレクト102
日日是労働スペシャル XXXIV (東 ...
日日是労働セレクト103
日日是労働スペシャル XXXV (東日...
日日是労働セレクト104
日日是労働スペシャル XXXVI (東...
日日是労働セレクト105
日日是労働スペシャル XXXVII ( ...
火曜日の詩歌05 -Anthologica Poetica-
日日是労働セレクト106
日日是労働スペシャル XXXVIII ( ...
日日是労働セレクト107
日日是労働スペシャル XXXIX (東...
日日是労働セレクト108
日日是労働スペシャル XL (東日 ...
文理融合について
日日是労働セレクト109
日日是労働スペシャル XLI (東日 ...
日日是労働セレクト110
日日是労働スペシャル XLII (東日...
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト111
日日是労働スペシャル XLIII (東 ...
日日是労働セレクト112
日日是労働スペシャル XLIV (東日...
日日是労働セレクト113
昭和日本映画百選
日日是労働スペシャル XLV (東日 ...
花摘みの頁<01>
日日是労働セレクト114
日日是労働スペシャル XLVI (東日...
日日是労働セレクト115
驢鳴犬吠1505
日日是労働セレクト116
驢鳴犬吠1506
日日是労働セレクト117
驢鳴犬吠1507
日日是労働セレクト118
驢鳴犬吠1508
日日是労働セレクト119
驢鳴犬吠1509
日日是労働セレクト120
驢鳴犬吠1510
日日是労働セレクト121
驢鳴犬吠1511
家族研究への布石(映像篇13)
驢鳴犬吠1512
日日是労働セレクト122
日日是労働セレクト123
驢鳴犬吠1601
花摘みの頁オルドゥーヴル
日日是労働セレクト124
驢鳴犬吠1602
驢鳴犬吠1603
日日是労働セレクト125
日日是労働セレクト126
驢鳴犬吠1604
日日是労働セレクト127
驢鳴犬吠1605
日日是労働セレクト128
驢鳴犬吠1606
日日是労働セレクト129
驢鳴犬吠1607
日日是労働セレクト130
驢鳴犬吠1608
日日是労働セレクト131
驢鳴犬吠1609
日日是労働セレクト132
驢鳴犬吠1610
家族研究への布石(映像篇14)
日日是労働セレクト133
驢鳴犬吠1611
家族研究への布石(文献篇05)
驢鳴犬吠1612
日日是労働セレクト134
日日是労働セレクト135
驢鳴犬吠1701
日日是労働セレクト136
驢鳴犬吠1702
ATG映画のページ
驢鳴犬吠1703
日日是労働セレクト137
日日是労働セレクト138
驢鳴犬吠1706
驢鳴犬吠1707
日日是労働(臨時版)1703- ...
驢鳴犬吠1708
日日是労働セレクト139
日日是労働セレクト140
驢鳴犬吠1709
花摘みの頁<02>
【新選】昭和日本映画百選
【新選】平成日本映画百選
日日是労働セレクト141
驢鳴犬吠1710
驢鳴犬吠1711
日日是労働セレクト142
日日是労働セレクト143
驢鳴犬吠1712
ATG映画のページ
 新しい頁を立ち上げます。「ATG映画のページ」としました。日本アート・シアター・ギルド関連の話題
を掲載する予定です。ただし、原則として、ATGが配給した年代順ラインナップを除いて、洋画には言及し
ません。

                                                
 まずは、<ウィキペディア>のお世話になります。そっくり引用させていただきます。執筆者に感謝します。
なお、一部改変しますが、ご寛恕を乞います。なお、問題がある場合は、直ぐに削除しますので、以下にご
連絡ください。

   muto@kochi-u.ac.jp


 ******************************************

   〔ウィキペディアより〕

  日本アート・シアター・ギルド(にほんアート・シアター・ギルド)は、1961年から1980年代にか
 けて活動した日本の映画会社。ATG(エーティージー)の略称で示されることも多い。
  他の映画会社とは一線を画す非商業主義的な芸術作品を製作・配給し、日本の映画史に多大な影響
 を与えた。また、後期には若手監督を積極的に採用し、後の日本映画界を担う人物を育成した。
  また、ATGは公開作品ごとに映画雑誌『アートシアター』を発行した。本誌は映画の完全シナリオ
 と映画評論などから構成され、上映館のみで販売された。

   歴史と背景

  ATGは良質のアート系映画をより多くの人々に届けるという趣旨のもとに設立された。年会費を払
 うと他では見られない映画を割安で観ることが出来たため、若者たちの支持を得た。1960年代から
 1970年代初めの学生運動、ベトナム反戦運動、自主演劇などの盛り上がりの中で、シリアスな、ある
 いはオルタナティブな映画に対する関心は高かった。当時は御茶ノ水近辺に主要な大学が集中してお
 り、新宿が若者文化の中心となっていて、ATGの最も重要な上映館であった新宿文化は、話題の映画
 の上映となると満員の盛況であった。このような状況と会員制度に支えられて、大島渚『新宿泥棒日
 記』、羽仁進『初恋・地獄篇』、松本俊夫『薔薇の葬列』など、当時の若者たちに大きな影響を与え
 た話題作の製作が可能になった。
  ATGの活動は、主に外国映画の配給を行っていた第1期、低予算での映画製作を行った第2期、若手
 監督を積極的に採用した第3期に大別することができる。

   設立まで

  1950年代のアジア映画やポーランド派、フランス・ヌーヴェルヴァーグの影響によって、日本にお
 いても芸術映画への志向が高まった。1957年には勅使河原宏や羽仁進などの若手映画人らがグループ
 「シネマ57」を結成し、実験映画の製作などを行っていた。
  当時東和映画副社長であった川喜多かしこ(川喜多長政の妻)は当時欧米に存在していた芸術映画
 を専門に上映する映画館(アート・シアター)をつくることを目指して「日本アート・シアター運動
 の会」を設立(川喜多はこの頃、高野悦子の岩波ホールの活動を支援するのと並行して、フィルム・
 ライブラリー(現在の川喜多記念財団)の基盤作り、国際映画祭の審査委員として活動。まさに映画
 の母と呼ぶに相応しい)。
  会の趣旨に賛同した当時東宝副社長の森岩雄は、知人である三和興行社長の井関種雄にアート・シ
 アターの設立を持ちかけ、井関もこれを了承した。森は東宝の傘下にあった5つの映画館(東京日劇
 文化、名古屋名宝文化、大阪北野シネマ、福岡東宝名画座、札幌公楽文化)と資本金600万円を提供
 し、他に5館(新宿文化、横浜相鉄文化、東京後楽園アート・シアター、京都朝日会館、神戸スカイ・
 シネマ)と東宝、三和興行、江東楽天地、テアトル興行、OS興行からの計1,000万円の資本金を元に、
 1961年11月15日にATGが発足した。当時は社長の井関種雄のほか、スタッフに『映画の友』編集長で
 あった多賀祥介、アートシアター新宿文化(1962年創立)の支配人であり製作者としても活躍した葛
 井欣士郎などがいた。

   第1期(1961 - 1967年)

  初期のATGの活動は主に日本国外の芸術映画の配給・上映であった。上映する映画は批評家によっ
 て構成される作品選定委員会によって審査、決定するシステムをとった。当時の映画の輸入は政府に
 よって割り当て制(クオータ制)となっていたため、会社ごとに輸入本数制限があったが、東和映画
 をはじめ他の映画会社が協力して自社の割り当て分を積極的に提供したため、ATGはフェリーニ、ゴ
 ダール、サタジット・レイなど、良質の外国映画を豊富に配給することができた。第1回配給作品は
 『尼僧ヨアンナ』で、1962年4月20日に封切られた。
  初期のATGは日本国内外の芸術映画の配給のみを行っていたが、三島由紀夫の実験的短編室内劇
 『憂国』がヒットしたことや、今村昌平が『人間蒸発』の企画をATGへ持ち込んだことをきっかけに、
 独立プロと費用を折半する形で、1,000万円クラスの低予算実験映画の製作に参加することになった。
 1967年に公開された本作品の配給権は日活に委譲したものの、この後ATGは積極的に映画製作に乗り
 出すようになる。

   第2期(1967 - 1979年)

  テレビが一般に普及するにつれて、大手の映画会社は興行を成功させるために、動員数が期待でき
 る娯楽作品を中心に手がけるようになった。このため、松竹ヌーヴェルヴァーグの中心であった大島
 渚や吉田喜重のように、芸術映画を製作したい監督は大手映画会社から去り、独立プロを立ち上げて
 活動するようになった。
  ATGはこれらの独立プロを積極的に支援し、独立プロと半分ずつ予算を供出することで、「一千万
 円映画」と呼ばれる低予算の映画製作を行った。1,000万円という予算は当時の一般的な映画製作費
 用の数分の1であるため製作には困難も伴ったが、多くの作品がキネマ旬報ベストテンに選定される
 など高い評価を受けた。
  一方、これらの映画の中には興行的に失敗するものもあり、ATGの経営は徐々に困難になり、加盟
 映画館も減っていった。このような状況を受け、1979年には初代社長の井関が退任、佐々木史朗が
 社長となる。

   第3期(1979 - 1992年)

  佐々木体制のATGでは、それまで中心的に活躍していた大物監督ではなく、学生映研やポルノ映画
 出身の若手監督を積極的に採用するようになった。この結果、ATGの作品は初期のような解釈の難し
 い芸術映画ではなく、むしろ青春映画・娯楽映画が多くなった。これら若手監督からは森田芳光『家
 族ゲーム』などのヒットも生まれ、また後の日本映画を担う多くの人材が育っていったが、ATG自体
 は徐々に弱体化し1992年の新藤兼人『○東綺譚』(○=さんずいに墨)を最後に活動を停止した。

   関連項目

  日本アート・シアター・ギルド公開作品の一覧

   映画会社の商業主義を離れて(概ね登場順)

    大島渚(松竹)
    吉田喜重(松竹)
    篠田正浩(松竹)
    新藤兼人
    今村昌平(松竹大船、日活)
    岡本喜八(東宝)
    熊井啓(日活)
    増村保造(大映)
    市川崑(色々)
    斎藤耕一(日活専属スチール写真家。代表作『旅の重さ』、1972年は松竹映画)
    中川信夫(色々)
    中島丈博(日活ロマンポルノ、「郷愁」はATGのシナリオ一般公募から映画化につなげた)
    中島貞夫(東映ヤクザ映画・時代劇)
    中平康(松竹、のち日活)
    須川栄三(東宝)
    曽根中生(日活ロマンポルノ。代表作『博多っ子純情』、1978年は松竹映画)
    森崎東(松竹京都)
    神代辰巳(日活ロマンポルノ)
    鈴木清順(日活)
    根岸吉太郎(日活)

   ドキュメンタリー製作の現場から

    黒木和雄(岩波映画製作所)
    羽仁進(岩波映画製作所)
    松本俊夫
    龍村仁(NHK)
    東陽一(岩波映画製作所)

   テレビ制作の現場から

    実相寺昭雄(TBS)
    田原総一朗(東京12チャンネル)
    龍村仁(NHK)

   実験演劇の現場から

    勅使河原宏
    寺山修司
    唐十郎

   アンダーグラウンド映画・学生映画・インディペンデント映画・ピンク映画から

    若松孝二
    足立正生(若松プロ)
    高林陽一
    長谷川和彦(今村昌平プロ)
    大森一樹
    井筒和幸
    高橋伴明
    森田芳光
    金秀吉

   その他

    三島由紀夫
    宮城まり子
    浅井慎平

 ******************************************


 小生がATG関連の映画を初めて観たのは、たぶん、『日本の悪霊』(監督:黒木和雄、中島正幸プロ=  
ATG、1970年)だったと思う。どこの映画館で観たかはまったく覚えていないが、当時いちばん親しくして
いた高校の友人に誘われて観に行った記憶がある。彼の影響は大きく、ミッシェル・フーコーやレヴィ=ス
トロースなどを読み始めたのも、彼との交流がきっかけだった。当時の小生は日本の小説ばかり読んでいた
ので、彼が取り上げる話題は頗る新鮮だった。後にある国立大学の医学部に進学した彼にとっては、小生の
ように「万事抜かりのある」同級生が恰好の話し相手だったのかもしれない。なにしろ、彼が面白いと思っ
たことは、小生にとっても直ぐに興味深いものになったから、その点では「直弟子」と言ってもよかった。
小生自身は大学にすんなり進学することにかなりの抵抗感を持っていたので、浮世の約束事に関しては彼と
はまったく別の道を歩んでいたが、こと趣味に関しては通底することが多かった、という按配である。その
後、『音楽』(監督:増村保造、行動社=ATG、1972年)なども、一緒に鑑賞したのではなかったか。
 さて、『日本の悪霊』であるが、何か不思議なものを観たという感想だった。だいいち、一般の娯楽映画
のような、観客に媚を売るための面白さは欠片もない作品だった。かと言って、つまらないわけでもなく、
ヤクザと警察官が入れ替わるという筋書は案外新鮮だった。佐藤慶の苦み走った相貌も印象深く、いっぺん
でATG映画に興味を抱くようになった。『音楽』はさらに面白かった。エロティックなシーンもあり、未
読だった三島由紀夫の原作(新潮文庫)を早速読んでみたのではなかったか。前者の原作者である高橋和巳
の文体にはついていけないものがあったので、実は読了していない。縁があれば、いつか読んでみたい気が
する。

                                                 
日本アート・シアター・ギルド公開作品の一覧〔邦画のみ〕 (ウィキペディアなどより作成)
                                                 
   鑑賞済みATG関連映画(年代順) * 新たに鑑賞次第、追加します。

  『みんなわが子』、監督:家城巳代治、全国農村映画協会=ATG、1963年。
  『憂國』、監督:三島由紀夫、東宝=ATG、1966年。
  『人間蒸発』、監督:今村昌平、今村プロ=ATG=日本映画新社、1967年。
  『絞死刑』、監督:大島渚、創造社=ATG、1968年。
  『初恋・地獄篇』、監督:羽仁進、羽仁プロ=ATG、1968年。
  『肉弾』、監督:岡本喜八、「肉弾」をつくる会=ATG、1968年。
  『心中天網島』、監督:篠田正浩、表現社=ATG、1969年。
  『少年』、監督:大島渚、創造社=ATG、1969年。
  『薔薇の葬列』、監督:松本俊夫、松本プロ=ATG、1969年。
  『日本の悪霊』、監督:黒木和雄、中島正幸プロ=ATG、1970年。
  『無常』、監督:実相寺昭雄、実相寺プロ=ATG、1970年。
  『煉獄エロイカ』、監督:吉田喜重、現代映画社=ATG、1970年。
  『東京◯争戦後秘話』、監督:大島渚、創造社=ATG、1970年。◯=占+戈(「戦」の略字)
  『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
  『曼陀羅』、監督:実相寺昭雄、実相寺プロ=ATG、1971年。
  『書を捨てよ町へ出よう』、監督:寺山修司、人力飛行機舎=ATG、1971年。
  『儀式』、監督:大島渚、創造社=ATG、1971年。
  『修羅』、監督:松本俊夫、松本プロ=ATG、1971年。
  『音楽』、監督:増村保造、行動社=ATG、1972年。
  『天使の恍惚』、監督:若松孝二、若松プロダクション=ATG、1972年。
  『讃歌』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1972年。
  『午前中の時間割り』、監督:羽仁進、羽仁プロ=ATG、1972年。
  『夏の妹』、監督:大島渚、創造社=ATG、1972年。
  『股旅』、監督:市川崑、崑プロ=ATG、1973年。
  『津軽じょんがら節』、監督:斎藤耕一、斎藤プロ=ATG、1973年。
  『戒厳令』、監督:吉田喜重、現代映画社=ATG、1973年。
  『心』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1973年。
  『鉄砲玉の美学』、監督:中島貞夫、白楊社=ATG、1973年。
  『田園に死す』、監督:寺山修司、人力飛行機舎=ATG、1974年。
  『竜馬暗殺』、監督:黒木和雄、映画同人社=ATG、1974年。
  『あさき夢みし』、監督:実相寺昭雄、中世プロ=ATG、1974年。
  『卑弥呼』、監督:篠田正浩、表現社=ATG、1974年。
  『祭りの準備』、監督:黒木和雄、綜映社=映画同人社=ATG、1975年。
  『鬼の詩』、監督:村野鐡太郎、鐡プロダクション=ATG、1975年。
  『吶喊』、監督:岡本喜八、喜八プロ=ATG、1975年。
  『鴎よ、きらめく海を見たか めぐり逢い』、監督:吉田憲二、綜映社=ATG、1975年。
  『本陣殺人事件』、監督:高林陽一、たかばやしよういちプロ=京都映像=ATG、1975年。
  『青春の殺人者』、監督:長谷川和彦、今村プロ=綜映社=ATG、1976年。
  『任侠外伝 玄界灘』、監督:唐十郎、唐プロ=ATG、1976年。
  『金閣寺』、監督:高林陽一、たかばやしよういちプロ=京都映像=ATG、1976年。
  『北村透谷 わが冬の歌』、監督:山口清一郎、三映社=ATG、1977年。
  『不連続殺人事件』、監督:曾根中生、タツミキカク=ATG、1977年。
  『聖母観音大菩薩』、監督:若松孝二、若松プロ=ATG、1977年。
  『西陣心中』、監督:高林陽一、ATG=たかばやしよういちプロ、1977年。
  『黒木太郎の愛と冒険』、監督:森崎東、馬道プロ=ATG、1977年。
  『サード』、監督:東陽一、幻燈社=ATG、1978年。
  『曽根崎心中』、監督:増村保造、行動社=木村プロダクション=ATG、1978年。
  『原子力戦争 LOST LOVE』、監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年。
  『正午(まひる)なり』、監督:後藤幸一、人間プロ=プロダクション12=ATG、1978年。
  『もう頬づえはつかない』、監督:東陽一、あんぐる=ATG、1979年。
  『絞殺』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1979年。
  『青春 PART II』、監督:小笠原裕、ATG=キャン・えんたあぷらいず、1979年。
  『ヒポクラテスたち』、監督:大森一樹、シネマハウト=ATG、1980年。
  『海潮音』、監督:橋浦方人、シネマハウト=ATG、1980年。
  『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』、監督:神代辰巳、市川パースル=ATG、1980年。
  『ガキ帝国』、監督:井筒和幸、プレイガイド・ジャーナル社=ATG、1981年。
  『遠雷』、監督:根岸吉太郎、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1981年。
  『風の歌を聴け』、監督:大森一樹、シネマハウト=ATG、1981年。
  『近頃なぜかチャールストン』、監督:岡本喜八、喜八プロ=ATG、1981年。
  『TATOO〔刺青〕あり』、監督:高橋伴明、国際放映=高橋プロ=ATG、1982年。
  『さらば箱船』、監督:寺山修司、劇団ひまわり=人力飛行機舎=ATG、1982年。
  『転校生』、監督:大林宣彦、日本テレビ=ATG、1982年。
  『怪異談 生きてゐる小平次』、監督:中川信夫、磯田事務所=ATG、1982年。
  『九月の冗談クラブバンド』、監督:長崎俊一、シネマハウト=プロダクション爆=ATG、1982年。
  『家族ゲーム』、監督:森田芳光、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1983年。
  『廃市』、監督:大林宣彦、PSC=新日本制作=ATG、1984年。
  『逆噴射家族』、監督:石井聰亙、ディレクターズ・カンパニー=国際放映=ATG、1984年。
  『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
  『蜜月』、監督:橋浦方人、シネマハウト=ATG、1984年。
  『君は裸足の神を見たか』、監督:金秀吉、日本映画学校=ATG、1986年。
  『○東綺譚』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1992年。○=さんずいに墨

                                                
   鑑賞済みATG関連映画(年代順)〔ATGは配給のみ〕 * 新たに鑑賞次第、追加します。

  『人間』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1962年。
  『おとし穴』、監督:勅使河原宏、勅使河原プロ、1962年。
  『彼女と彼』、監督:羽仁進、岩波映画、1963年。
  『忍者武芸帳』、監督:大島渚、創造社、1967年。
  『さらば夏の光』、監督:吉田喜重、現代映画社、1968年。
  『新宿泥棒日記』、監督:大島渚、創造社、1969年。
  『エロス+虐殺<ロング・バージョン>』、監督:吉田喜重、現代映画社、1969年。
  『あらかじめ失われた恋人たちよ』、監督:田原総一朗/清水邦夫、ポール・ヴォールト・プロ、1971年。
  『告白的女優論』、監督:吉田喜重、現代映画社、1971年。
  『鉄輪(かなわ)』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1972年。
  『哥(うた)』、監督:実相寺昭雄、実相寺プロ、1972年。
  『ある映画監督の生涯 ──溝口健二の記録』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1975年。
  『赫い髪の女』、監督:神代辰巳、にっかつ、1979年。
  『ツィゴイネルワイゼン』、監督:鈴木清順、シネマ・プラセット、1980年。
  『お葬式』、監督:伊丹十三、伊丹プロダクション=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、1984年。
  『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
  『台風クラブ』、監督:相米慎二、ディレクターズ・カンパニー、1984年。
  『郷愁』、監督:中島丈博、プロジェクト・エー=アクターズ・プロモーション=中島丈博、1988年。

                                                 
   未鑑賞のATG関連映画(年代順) * 新たに鑑賞次第、削除します。

  『キャロル』、監督:瀧村仁、怪人二十面相プロ=ATG、1974年。
  『変奏曲』、監督:中平康、中平プロ=ATG、1976年。
  『日本人のへそ』、監督:須川栄三、須川栄三プロ=ATG、1977年。
  『星空のマリオネット』、監督:橋浦方人、東京ビデオセンター=ATG、1978年。
  『キッドナップ・ブルース』、監督:浅井慎平、バーズスタジオ=ATG、1982年。
  『野ゆき山ゆき海べゆき』、監督:大林宣彦、日本テレビ=ATG=バップ、1986年。

                                                  
   未鑑賞のATG関連映画(年代順)〔ATGは配給のみ〕 * 新たに鑑賞次第、削除します。

  『とべない沈黙』、監督:黒木和雄、日映、1966年。
  『河 あの裏切りが重く』、監督:森弘太、自主製作、1967年。
  『荒野のダッチワイフ』、監督:大和屋竺、大和屋プロ、1967年。
  『秘花』、監督:若松孝二、若松プロ、1971年。
  『ねむの木の詩』、監督:宮城まり子、自主製作、1974年。
  『新・人間失格』、監督:吉留鉱平、吉留事務所、1978年。
  『君はいま光のなかに』、監督:吉田憲二、製作媒体・不詳、1978年。
  『OUR SONG and all of you』、監督:瀧村仁、製作媒体・不詳、1978年。
  『Keiko』、監督:クロード・ガニオン、ヨシムラ・ガニオン・プロダクション、1979年。
  『砂の上のロビンソン』、監督:すずきじゅんいち、ビッグバン=ウルトラ企画=ジャパンホームビデオ、1989年。

                                                 
日本アート・シアター・ギルド公開作品の一覧〔洋画のみ〕 (ウィキペディアなどより作成)
                                                  
 以下、公開順(年代順)に、ATGが配給した洋画を掲げます。なお、知らない映画ばかりで、観たことの
ある映画は3、4作といったところです。

   1962年

  『尼僧ヨアンナ(Mother Joanna of the Angels, 1960)』、監督: イエジー・カワレロウィッチ(Jerzy
   Kawalerowicz)、ポーランド、1962年4月封切。
  『オルフェの遺言 私に何故と問い給うな(Le Testament d'Orphee -ou ne me demandez pas     
   pourquoi-, 1960)』、監督:ジャン・コクトー(Jean Cocteau)、仏、1962年6月封切。
  『2ペンスの希望(Due Soldi Di Speranza, 1952)』、監督:レナート・カステッラーニ(Renato  
   Castellani)、伊、1962年8月封切。
  『もだえ(Hets, 1944)』、監督:アルフ・シェーベルイ、スウェーデン、1962年9月封切。
  『ウンベルトD(Umberto D, 1951)』、監督:ヴィットリオ・デ・シーカ(Vittorio De Sica)、伊、
   1962年10月封切。
  『野いちご(Wild Strawberries, 1957)』、監督:イングマール・ベルイマン(Ingmar Bergman)、
   スウェーデン、1962年11月封切。
  『アレクサンドル・ネフスキー(Alexander Nevsky, 1938)』、監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン、
   ソ連、1962年12月封切。

   1963年

  『夜行列車(The Night Train, 1959)』、監督:イエジー・カワレロウィッチ(Jerzy Kawalerowicz)、
   ポーランド、1963年3月封切。
  『二十歳の恋(L'Amour a 20 ans, 1962)』、監督:フランソワ・トリュフォー(F.Truffaut)/
   レンツォ・ロッセリーニ(Renzo Rossellini)/石原慎太郎/マルセル・オフュール(Marcel  
   Ophuls)/アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda)、仏=伊=日=独=波、1963年4月封切。
  『5時から7時までのクレオ(1962)』、監督:アニエス・ヴァルダ(A.Varda)、仏、1963年5月封切。
  『夜の終りに(Niewinni Czarodzieje, 1960)』、監督:アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda)、波、
   1963年6月封切。
  『ピアニストを撃て(Tirez sur le pianiste, 1959)』、監督:フランソワ・トリュフォー(F.
   Truffaut)、仏、1963年7月封切。
  『僕の村は戦場だった(1962)』、監督:アンドレイ・タルコフスキー、ソ連、1963年8月封切。
  『第七の封印(Det sjunde inseglet, 1957)』、監督:イングマール・ベルイマン(Ingmar Bergman)、
   瑞、1963年11月封切。
  『エレクトラ(Electra, 1963)』、監督: ミカエル・カコヤニス、希、1963年12月封切。

   1964年

  『女ともだち(Le Amiche, 1956)』、監督:ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo
   Antonioni)、伊、1964年1月封切。
  『イワン雷帝(1946)』、監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン、ソ連、1964年2月封切。
  『私はそんな女(That Kind of Woman, 1959)』、監督:シドニー・ルメット(Sidney Lumet)、米、
   1964年4月封切。
  『去年マリエンバートで(1961)』、監督:アラン・レネ(Alain Resnais)、仏、1964年5月封切。
  『鏡の中にある如く(Sasom i en Spegel, 1961)』、監督: イングマール・ベルイマン(Ingmar
   Bergman)、瑞、 1964年7月封切。
  『かくも長き不在(Une aussi longue absence, 1960)』、監督:アンリ・コルピ(Henri Colpi)、
   仏、1964年8月封切。
  『ビリディアナ(Viridiana, 1961)』、監督:ルイス・ブニュエル、西、1964年10月封切。
  『パサジェルカ(1963)』、監督:アンジェイ・ムンク(Andrzej Munk)、波、1964年11月封切。
  『送られなかった手紙(The Unsent Letter, 1960)』、監督:ミハイル・カラトーゾフ、ソ連、
   1964年12月封切。

   1965年

  『アメリカの影(Shadows, 1959)』、監督:ジョン・カサヴェテス(John Cassavetes)米、
   1965年2月封切。
  『復活(1962)』、監督:ミハイル・シバイツェル、ソ連、1965年3月封切。
  『野望の系列(Advise & Consent, 1961)』、監督:オットー・プレミンジャー(Otto Preminger)、
   米、1965年4月封切。
  『孤独の報酬(This Sporting Life, 1962)』、監督:リンゼイ・アンダースン(Lindsay Anderson)、
   英、1965年5月封切。
  『道化師の夜(The Clowns' Evening, 1953)』、監督:イングマール・ベルイマン(Ingmar Bergman)、
   瑞、1965年6月封切。
  『小犬をつれた貴婦人(The Lady with the Dog Dama s Sobachkoy, 1960)』、監督:リンゼイ・
   アンダースン(Lindsay Anderson)、ソ連、1965年7月封切。
  『戦争の真の終り(Praudziwy Koniec Wielkiej Wojny, 1957)』、監督:イエジー・カワレロウィッチ
   (Jerzy Kawalerowicz)、波、1965年8月封切。
  『8 1/2(Otto e mezzo, 1963)』、監督:フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)、伊、
   1965年9月封切。
  『明日に生きる(I Compagni, 1963)』、監督:マリオ・モニツェッリ(Mario Monicelli)、伊、
   1965年11月封切。
  『八月の砲声(The Guns of August, 1964)』、監督:ネイザン・クロール(Nathan Kroll)、米、
   1965年12月封切。

   1966年

  『太陽は光り輝く(The Sun Shines Bright, 1953)』、監督:ジョン・フォード(John Ford)、米、
    1966年3月封切。
  『小間使の日記(Le Journal D'une Femme De Chambre, 1964)』、監督:ルイス・ブニュエル、仏=伊、
   1966年4月封切。
  『市民ケーン(Citizen Kane, 1941)』、監督: オーソン・ウェルズ(George Orson Welles)、米、
   1966年6月封切。
  『銃殺(King and Country, 1964)』、監督:ジョゼフ・ロージー(Joseph Losey)、英、1966年7月封切。
  『愛のレッスン(En Lektion I Karlek, 1954)』、監督:イングマール・ベルイマン(Ingmar Bergman)、
   瑞、1966年8月封切。
  『アルトナ(The Condemned of Altona, 1962)』、監督:ヴィットリオ・デ・シーカ(Vittorio De
   Sica)、米、1966年9月封切。
  『大地のうた(Pather Panchali, 1955)』、監督:サタジット・ライ(Satajit Ray)、印、1966年
   10月封切。
  『魂のジュリエッタ(Giulietta Degli Spiriti, 1964)』、監督: フェデリコ・フェリーニ(Federico
   Fellini、1966年11月封切。
  『汚れなき抱擁(Il Bell Antonio, 1960)』、監督:マウロ・ボロニーニ(Mauro Bolognini)、伊、
   1966年12月封切。

   1967年

  『真実の瞬間(Il Momento Della Verita, 1964)』、監督:フランチェスコ・ロージ(Francesco Rosi)、
   伊、1967年4月封切。
  『ラブド・ワン(The Loved One, 1965)』、監督:トニー・リチャードスン(Tony Richardson)、
   米、1967年4月封切。
  『気狂いピエロ(Pierrot Le Fou, 1965)』、監督:ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)、
   仏、1967年7月封切。
  『戦艦ポチョムキン(1925)』、監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン、ソ連、1967年10月封切。
  『戦争は終った(La Guerre est Finie, 1966)』、監督:アラン・レネ(Alain Resnais)、仏=瑞、
   1967年11月封切。
  『華氏451(Fahrenheit 451, 1966)』、監督:フランソワ・トリュフォー(F. Truffaut)、仏、1967年。

   1968年

  『召使(The Servant, 1963)』、監督:ジョゼフ・ロージー(Joseph Losey)、英、1968年3月封切。
  『ベトナムから遠く離れて(Loin du Vietnam, 1967)』、監督:アラン・レネ(Alain Resnais)/
   ウィリアム・クライン(William Klein)/ヨリス・イヴェンス(Joris Ivens)/アニエス・
   ヴァルダ(A.Varda)/クロード・ルルーシュ(Claude Barruck Joseph Lelouch)/ジャン=
   リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)、仏、1968年4月封切。
  『男性・女性(1966)』、監督:ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)、仏=瑞、
   1968年7月封切。
  『ヒットラーなんて知らないよ(Hitler...Connais pas, 1963)』、監督:ベルトラン・ブリエ(Bertrand
   Blier)、仏、1968年8月封切。
  『夜のダイヤモンド(Demanty Noci, 1964)』、監督:ヤン・ニェメツ、チェコスロバキア、
   1968年9月封切。
  『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・
   マラーの迫害と暗殺(The Persecution and Assassination of Jean-Paul Marat as Performed by the
   Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis de Sade, 1964)』、
   監督:ピーター・ブルック(Peter Stephen Paul Brook)、英、1968年11月封切。
  『小さな兵隊(Le Petit Soldat, 1960)』、監督:ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)、
   仏、1968年12月封切。

   1969年

  『火の馬(1964)』、監督:セルゲイ・パラジャーノフ、ソ連、1969年3月封切。
  『ポリー・マグーお前は誰だ(Qui etes-vous, Polly Maggoo, 1966)』、監督:ウィリアム・クライン  
   (William Klein)、仏、1969年4月封切。
  『ウイークエンド(Week-end)』、監督:ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)、仏=伊、
   1969年10月封切。
  『ジャンヌ・ダルク裁判(LE PROCES DE JEANNE D'ARC, 1962)』、監督:ロベール・ブレッソン(Robert
   Bresson)、仏、1969年11月封切。
  『十月(1928)』、監督: セルゲイ・エイゼンシュテイン、ソ連、1969年12月封切。

   1970年

  『バルタザールどこへ行く(Au Hasard Balthazar, 1964)』、監督:ロベール・ブレッソン(Robert
   Bresson)、仏=瑞、1970年5月封切。
  『アルファヴィル(Alphaville, 1965)』、監督: ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)、
   仏=伊、1970年5月封切。
  『アントニオ・ダス・モルテス(ANTONIO DAS MORTES, 1969)』、監督:グラウベル・ローシャ(Glauber
   Rocha)、ブラジル、1970年10月封切。
  『大河のうた(Aparajito, 1956)』、監督:サタジット・ライ(Satajit Ray)、印、1970年11月封切。


   1971年

  『袋小路(Cul-De-Sac)』、監督:ロマン・ポランスキー(Roman Polanski)、英、1971年3月封切。

   1972年

  『真夜中のパーティ(The Boys in the Band, 1970)』、監督:ウィリアム・フリードキン(William
   Friedkin)、米、1972年2月封切。
  『エゴール・ブルイチョフ(YEGOR BURYCHEV I DRUGIE, 1971)』、監督:セルゲイ・ソロビヨフ、ソ連、
   1972年9月封切。
  『ワーニャ伯父さん(1971)』、監督:アンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー、ソ連、
   1972年9月封切。

   1973年

  『ボギー! 俺も男だ(Play it Again, Sam, 1973)』、監督:ハーバート・ロス(Herbert Ross)、米、
   1973年8月封切。
  『L・B・ジョーンズの解放(The Liberation of L.B. Jones, 1970)』、監督:ウィリアム・ワイラー
   (William Wyler)、米、1973年9月封切。

   1974年

  『ミュリエル(Muriel, 1963)』、監督:アラン・レネ(Alain Resnais)、仏=伊、1974年2月封切。
  『ブルジョワジーの秘かな愉しみ(Le Charme discret de la bourgeoisie, 1972)』、監督:ルイス・
   ブニュエル、仏、1974年5月封切。
  『アンドレイ・ルブリョフ(1971)』、監督:アンドレイ・タルコフスキー、ソ連、1974年12月封切。

                                                  
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=5497
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.