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日日是労働セレクト133
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第133弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト133」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『太平洋戦争 謎の戦艦陸奥』(監督:小森白、新東宝、1960年)を観た。謎の爆沈を遂げた
帝国海軍の戦艦陸奥の物語である。小生も、子どものころから陸奥の謎の沈没については知っていたが、そ
の真相は未だに分からないままだそうである。劈頭、次の文字が現われる。

     此の映画は
     昭和十八年六月八日瀬戸内海
     柱島沖に謎の大爆発を遂げた
     戦艦陸奥の悲劇的な終焉
     を劇的に構成したもので
     登場人物を始め創作された
     ものであります
     こゝに不遇にして陸奥と共に
     戦没された乗組員将兵に対し
     謹んでこの一篇を捧げ
     今も尚、海底に眠る英霊の
     冥福を祈ります

 この手の映画のお決まりの儀式と言ってよいだろう。背筋が少し伸びる。
 さて、とりあえず、陸奥についての概要を<ウィキペディア>で確認しておこう。


 *********************************************

  陸奥(むつ)は、大日本帝国海軍の戦艦。艦名は青森県から福島県にかけての旧国名・陸奥国を名
 前の由来に持つ。帝国海軍の象徴として日本国民から親しまれたものの、1943年(昭和18年)6月に
 主砲火薬庫から爆発を起こして沈没した。

   概要

  軍艦「陸奥」は長門型戦艦の2番艦。八八艦隊計画二番手である。1番艦「長門」と共に、日本の
 力の象徴として日本国民に長く愛された。 また竣工当時は世界に7隻しか存在しなかった40cm砲搭
 載戦艦として『世界七大戦艦』と呼ばれた。長門型戦艦2隻(陸奥、長門)は交互に連合艦隊旗艦の
 任にあったため、知名度は高かった。戦前の学校の教科書に描かれたり、男子がイメージする軍艦と
 いえば、当時の連合艦隊旗艦である長門、陸奥であった。 『陸奥と長門は日本のほこり』というい
 ろはがるたも作られている。海軍兵学校でも「陸奥、長門の四〇センチ砲が太平洋を睨んでいればア
 メリカは攻めてこない」と語り継がれた程である。陸奥湾に入泊した際には多くの青森県民が見学に
 訪れた。陸奥艦内神社は岩木山神社の御分神を祀っていたため、乗組員も岩木山神社に参拝した。
  第二次世界大戦中には他の戦艦部隊(大和、長門、伊勢、日向、山城、扶桑)等とともに温存され
 ていたものの、1943年(昭和18年)6月8日、原因不明の爆発事故を起こし柱島沖で沈没した。戦後に
 浮揚作業が行われ、1970年(昭和45年)には艦体の一部や菊の御紋章、主砲身や主砲塔などが回収さ
 れ、日本各地で陸奥の装備が展示された。大戦末期にアメリカ軍の攻撃で沈没し、終戦後に浮揚され
 解体処分された他の日本軍艦と異なり、艦体の一部が2011年現在も沈没場所に残っている。

    (中略)

    太平洋戦争

   待機と前線

  太平洋戦争(大東亜戦争)序盤は広島湾周辺で他の戦艦ともども温存された。真珠湾攻撃の際、山
 本五十六連合艦隊司令長官は戦艦部隊(長門、陸奥、日向、伊勢、扶桑、山城)、空母(鳳翔、瑞鳳)、
 第一水雷戦隊(時雨、白露、有明、夕暮)などを率いて出撃、小笠原諸島近海まで進出した。1941年
 (昭和16年)12月11日、陸奥は舵故障を起こして旋回しつつ艦隊から落伍、約15分後に復旧したが宇
 垣纏連合艦隊参謀長は『敵潜あらば絶對の襲撃機會なり』と懸念している。
  本格的な作戦参加は1942年(昭和17年)6月上旬のミッドウェー海戦であった。だが、第一戦隊(大
 和、長門、陸奥)は南雲機動部隊後方を航海していたため、戦局への寄与はなかった。機動部隊壊滅
 後に主隊は反転、本艦には第4駆逐隊(嵐、野分)から空母赤城の生存者が移乗した。6月14日に呉
 へ帰投した。
  その後、アメリカ軍がガダルカナル島に上陸したことから迎撃のため8月9日に近藤信竹中将指揮下
 の前進部隊(第二艦隊:旗艦愛宕)に編入される。乗組員達は久しぶりの出撃に喜び、前祝いをした
 という。陸奥は旗艦愛宕や軽巡由良(第四水雷戦隊)各艦とともに8月11日に日本を出港、8月17日に
 トラック泊地に進出した。8月21日、前進部隊の一員としてトラック泊地を出港、24日-25日の第二次
 ソロモン海戦に参加したがアメリカ軍と交戦することはなかった。高雄型重巡洋艦(第四戦隊)、妙
 高型重巡洋艦(第五戦隊)、最上型重巡洋艦(第七戦隊)、利根型重巡洋艦(第八戦隊)、金剛型戦
 艦(第十一戦隊)等から編成される高速艦艇がアメリカ軍機動部隊を追撃するにあたって、最大速
 25-6ノットの陸奥は第2駆逐隊の白露型3隻(村雨、五月雨、春雨)とともに艦隊から分離されてし
 まったのである。27日、艦隊に接触するアメリカ軍飛行艇に対し陸奥は主砲を発射、アメリカ軍機は
 爆弾を投棄して退避した。
  9月2日、トラック帰還。宇垣纏連合艦隊参謀長は陣中日記戦藻録に『二艦隊は三戦隊の代りに同艦
 の同行を要望せるも果して其結果や如何に』と記したが、その後も本艦が最前線でアメリカ軍と交戦
 することはなかった。前進部隊から除かれた後、主力部隊・第一戦隊二番艦となる。10月中旬の南太
 平洋海戦、11月の第三次ソロモン海戦のいずれにも参加せず、戦艦大和とともに後方で待機した。こ
 のため「燃料タンク」や「艦隊旅館」と呼ばれることもあった。第三次ソロモン海戦では、事前に大
 和、陸奥から出動艦艇に食糧を補充した。また陸奥航海長が近藤中将指揮する第二艦隊旗艦・重巡愛
 宕の臨時航海長を務めてアメリカ軍の新型戦艦2隻(サウスダコタ、ワシントン)と交戦している。
 同海戦で金剛型戦艦2隻(比叡、霧島)、重巡衣笠、駆逐艦3隻(暁、夕立、綾波)が沈没、輸送船
 団も壊滅した。第十一戦隊司令官阿部弘毅少将は駆逐艦雪風に座乗したのち、18日トラック泊地にて
 陸奥に移動し同戦隊解隊手続きにはいった。

   陸奥爆沈

  1943年(昭和18年)1月7日、陸奥は空母瑞鶴、重巡鈴谷、駆逐艦5隻(有明、夕暮、磯波、電、天
 霧)とともにトラックを出発、内地へ回航される。瑞鶴隊は呉へ向かい、陸奥隊は12日に横須賀に到
 着した後、陸奥は内地待機が続いた。2月15日、駆逐艦3隻(山雲、旗風、野風)に護衛されて横須
 賀を出発、呉へ回航された。
  5月12日、アメリカ軍がアッツ島に上陸を開始(アッツ島の戦い)。第二戦隊は出撃準備をしたが
 出撃することはなかった。5月29日、山崎保代陸軍大佐以下アッツ島の日本軍守備隊は玉砕した。
  6月8日、陸奥は広島湾沖柱島泊地に停泊していた。早朝から降っていた霧雨がやみ、無風で霧が泊
 地を覆っていたという。周囲には姉妹艦の長門、戦艦扶桑、重巡洋艦最上、軽巡洋艦大淀、龍田、駆
 逐艦若月、玉波等が停泊していた。 この日、陸奥は柱島泊地に向かう長門に旗艦ブイを譲るため午後
 1時から繋留替えをする予定になっていた。陸奥艦長三好輝彦は、前日に着任したばかりの扶桑艦長
 鶴岡(三好とは海軍兵学校同期)を訪ねて扶桑で歓談し、正午前には陸奥に戻った。陸奥では昼食が
 終わり「煙草盆出せ」の命令があって休憩時間だった。 一方、長門は陸奥の右舷前方で一旦停止し
 た。ところが、航海科員が錨地変更作業の準備をしていた12時10分ごろ、陸奥は三番砲塔-四番砲塔
 付近から突然に煙を噴きあげて爆発を起こし、船体は四番砲塔後部甲板部から2つに折れた。艦前部
 は右舷に傾斜すると、爆発後すぐに沈没した。この時、360トンもの重量がある三番砲塔が艦橋とほ
 ぼ同じ高さまで吹き飛んだという目撃証言もある。
  長門は陸奥の轟沈を米潜水艦の雷撃によるものと判断し、増速して現場を離れると、救助艇を発進
 させた。爆発を目撃した扶桑も救助艇を派遣する。同じく呉鎮守府も潜水艦の襲撃と判断し、対潜水
 艦配備を行う。陸奥艦後部は爆発後しばらく艦尾部分を上にして浮いており、長門短艇が接舷して救
 助作業を行っている。艦尾部分は午後5時ごろまで浮いていたが、約4時間後(日没後)に沈没した。
 乗員1,474人(定員1,343名、予科練甲飛第十一期練習生と教官134名が艦務実習で午前11時から乗艦)
 のうち助かったのは353人で、死者のほとんどは溺死でなく爆死だった。三好艦長の遺体は艦長室で
 発見された。大野小郎大佐(陸奥副長)は戦艦比叡沈没時の副長だったが、今度は陸奥とともに殉職
 した。他に機関長、砲術長、主計長、軍医長、運用長(福井周夫と交替したばかりの末武政治中佐)
 など、艦主要幹部も軒並み殉職している。沖原秀也中佐(陸奥航海長)は南太平洋海戦で大破した重
 巡筑摩航海長からの転任だったが、陸奥爆沈時の負傷が元でのちに病死した。
  陸奥の生存者約350名の大部分は下士官兵で、昼食後に甲板で食器を洗っていた新兵が多かったとい
 う。多くは南洋諸島に送られて戦死したという。また特技章を持っていた者はそのまま長門に配属さ
 れた。陸奥衛兵司令だった中村乾一大尉は呉鎮守府での打ち合わせのため陸奥を離れていて無事であ
 り、のちに長門高射指揮官としてレイテ沖海戦等を戦った。陸奥とともに戦死した予科練練習生たち
 の葬式も、所属していた土浦海軍航空隊で行われることはなかった。同航空隊においても、陸奥から
 生還した者や、扶桑に乗艦して助かった者に対して厳重な箝口令がしかれている。陸奥爆沈時の第一
 艦隊司令長官であった清水光美中将は責任をとらされる形で予備役に編入された。沈没地点には赤浮
 標が設置されており、1944年にこれを見た宇垣纏第一戦隊司令官が陸奥爆沈を回想している。
  陸奥の南南西約1,000m(扶桑艦長の回想では2,000m)に停泊していた扶桑は「陸奥爆沈ス。一二
 一五」と発信、以後陸奥に関する一切の発信は禁止され、付近の航行は禁止された。死亡した乗員の
 家族には給料の送金を続けるなど、陸奥爆沈は一般には秘匿され、国民は戦後になるまでこの事件を
 知らされなかった。1943年(昭和18年)は山本五十六連合艦隊司令長官が戦死(6月5日に日比谷公園
 で国葬)、アッツ島玉砕など暗いニュースが連続しており、国民に親しまれた陸奥が戦わずして爆沈
 という最悪のニュースを内外に報道することができなかったという事情もある。もっとも連合艦隊各
 艦にはニュースが通達されており、陸奥爆沈直前に病気療養のため退艦・転勤した福地周夫は、着任
 先の海軍兵学校教官たちから「君は幽霊ではないか」と驚かれたという。さらに休暇上陸後に国民か
 ら「陸奥が爆沈した」と教えられたと証言する戦艦武蔵の乗組員もいる。呉でも陸奥爆沈の情報は確
 証を持って語られていたという。 終戦後の1945年(昭和20年)12月9日、GHQはNHKラジオ第1放送・
 第2放送を通じて『眞相はかうだ』の放送を開始、この中で陸奥沈没を『航空母艦信濃、雲龍、瑞鶴、
 千代田、及び戦艦奥陸(陸奥)は何時、何處で撃沈されましたかお知らせ下さい』という題で放送し
 た。

   爆発の原因

  日本海軍は、陸奥の他にも戦艦三笠、筑波、河内、防護巡洋艦松島等を火薬庫の爆発によって喪失
 している。他にも戦艦日向や榛名も主砲爆発事故を起こしている。春日型装甲巡洋艦日進で起きた火
 薬庫爆発事故は、不満を持っていた乗組員の放火によるものだった。陸奥爆沈の場合も爆発事故直後
 に査問委員会(委員長塩沢幸一海軍大将)が編成され、事故原因の調査が行われた。検討の結果、自
 然発火とは考えにくく、直前に陸奥で窃盗事件が頻発しており、その容疑者に対する査問が行われる
 寸前であったことから、人為的な爆発である可能性が高いとされる。1970年(昭和45年)9月13日発
 行の朝日新聞は四番砲塔内より犯人と推定される遺骨が発見されたと報じ、この説は一般にも知られ
 るようになった。この時、窃盗の容疑を掛けられていた人物と同じ姓名が刻まれた印鑑が同時に発見
 されている。だが、真相は未だに明確になっていない。謎めいた陸奥の最期はフィクションの題材に
 もなった。この他、爆発の原因はスパイの破壊工作、三式弾の自然発火による暴発、また、上記の人
 為的爆発の背景としては、乗員のいじめによる自殺や一下士官による放火などが挙げられている。た
 とえば作家の梶山季之によれば週刊文春1959年(昭和34年)6月1日号で「陸奥爆沈は共産主義者(コ
 ミンテルン)の工作」という説を唱え、日本共産党から抗議された。
  三式弾の自然発火は原因調査前に最も疑われた事故原因のひとつだった。だが、扶桑艦長鶴岡信道
 大佐以下、陸奥爆沈目撃者は爆発直後に発生した爆発煙を、ニトログリセリンと綿火薬が主成分の主
 砲弾用九三式一号装薬によるものだったと述べ、原因調査の際に行われた目撃者に対する火薬煙の比
 較確認実験でも、同様の証言が残されている。査問委員会が実施したこの実験は、約300万円を計上
 して呉工廠亀ヶ首砲熕実験場内に陸奥の第三砲塔弾薬庫と全く同じ構造の模型を建造し、陸奥生存者
 立ち会いのもとで各種の実験を行うという本格的なものだった。この実験でも、三式弾の劣化等によ
 る自然発火は発生しないことが確認された。
  また異説として、大高勇治(第七駆逐隊司令部付通信兵)による爆雷誤爆説がある。陸奥爆沈の約
 1年半前の1941年(昭和16年)12月30日、対潜水艦哨戒出撃準備中の駆逐艦潮は起爆点を水深25メー
 トルにセットしたままの爆雷1個を陸奥爆沈地点に落としたとされる。その際は爆発せず、引き上げ
 られもせず放置された。落とした事実は上級士官に報告されなかった。この付近は水深25メートル前
 後であり、陸奥移動時のスクリューの回転により何らかの波動が発生して爆雷が爆発したのが陸奥沈
 没の原因であると結論づけている。大高は人為説に対して、戦艦の弾薬庫管理は厳重であること、鍵
 は当直将校が首にかけていること、弾薬庫には不寝番衛兵がいることなどを指摘し、仮に陸奥艦長が
 敵国のスパイであったとしても、火薬庫に侵入・放火することは不可能だとして否定的である。長門
 副砲手として陸奥爆沈を目撃した田代軍寿郎(海軍一等兵曹)も、弾火薬庫常備鍵を持った陸奥副直
 将校が鍵箱ごと遺体で回収されたこと、予備鍵は艦長室にあることを理由に挙げ、弾薬庫不審者侵入
 説を強く否定している。しかし警備が厳重な弾火薬庫扉を経由せず、昼間は無施錠となっていた砲塔
 から換装室を経由し火薬庫へ侵入するルートがある事を指摘する声もある。空母「千歳、瑞鳳、瑞鶴」
 の艦長を勤めた野元為輝(少将)も「そんなのすぐ鍵やってる。砲術が悪い」と海軍反省会で証言し
 ている。

    (後略)

 *********************************************


 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご海容願いたい。

   〔解説〕

  瀬戸内海沖に碇泊中の戦鑑陸奥が謎の爆沈を遂げた事実にもとづいて書かれた葉山浩三・七条門の
 脚本を、『大虐殺』の小森白が監督した。撮影は『女死刑囚の脱獄』の吉田重業。

   〔あらすじ〕

  一九四二年六月、日本の連合艦隊はミッドウェイに進攻したが、暗号無電を米諜報機関に解読され
 ていたため機動部隊は全滅した。戦艦陸奥を始めとする戦闘部隊も撤退することになった。陸奥の副
 長伏見少佐(天知茂)、神近兵曹長(中岡弘)らは撤退すべきでないと艦長に進言したがいれられな
 かった。陸奥は瀬戸内海柱島沖の秘密碇泊地に戻った。伏見少佐は伯父池上中将(細川俊夫)の紹介
 で、将校倶楽部のマダム明石美佐子(小畑絹子〔後、小畠〕)、ドイツ大使館付武官アルマー・ルー
 ドリッヒ(ウィリアム・ロス)、その秘書アンナ(カーラー・リクター)を知った。陸奥では、出陣
 の命が出ないので不満が昂じていた。呉鎮守府の物資調達係、実はスパイの手先き三原友造(岬洋二)
 は、状況を連絡機関に報告に行った。そこには、ルードリッヒ、アンナ、美佐子がいて、一刻も早く
 睦奥を沈めるよう指令した。そんな時、陸奥乗員の一部に前線転属の命が下った。なぜ陸奥は前線に
 出ない。美佐子は、自分の父が陸奥の造船技師であり、ある事情から銃殺されてしまい、それ故に陸
 奥を憎んでいることを伏見に対して告白した。彼女は伏見を愛してしまったのだ。三原は陸奥の砲弾
 積みこみの機を利用し、ルードリッヒから渡された四本(実際には、三本)の時限爆弾を仕かけた。
 ルードリッヒとアンナは、美佐子が伏見を愛しているのに気づき二人を殺そうと図った。実際に美佐
 子のところにやって来たのは、松本中尉(菅原文太)だった。伏見の気持を伝えるためだった。松本
 をかばった美佐子は殺された。息を引取る間際、美佐子は何か言いたそうだった。それは、陸奥に時
 限爆弾が仕かけられていることだった。しかし、そのことは松本には伝わらなかった。やがて帰艦し
 た松本は美佐子の死を伏見に告げた。そのとき、陸奥に爆弾が仕掛けられていることが発覚した。三
 本の時限爆弾のうち、二本は回収されたが、すでに時遅し、陸奥は千数百名の乗員をのんだまま爆沈
 した。

 他に、沼田曜一(平野艦長)、和田桂之助(五来兵曹長=思想的に問題のある兵だったが、陸奥に時限爆
弾が仕掛けられていることを報告している)、北沢典子(五来由起江=その妹)、御木本伸介(勝沼少尉=
熱血漢)、西一樹(枝村兵曹長)、菊川大二郎(水谷一等水兵=三原に利用されて陸奥が沈没する前に爆死
している)、嵐寛寿郎(嶋田繁太郎=平野に陸奥の艦長着任を命じる上官)、宇津井健(金田中尉=参謀)、
九重京司(古賀峯一=長官)、菊地双三郎(豊田副武)、若宮竜二(黒沢中将)、瀬戸麗子(明子)などが
出演している。
 新東宝の戦争映画は独特の味があって面白い。陸奥爆沈の真相は永遠に分からないだろうが、いろいろな
解釈を許すので、今後も映画化される可能性はある。
 最後に、次の文字が現われる。

     時に昭和十八年
     六月八日十二時六分
     戦艦陸奥は艦長
     以下千三百余名の
     尊い人命と共に
     瀬戸内海柱島沖に
     其の勇姿を没し去った

 亡くなった陸奥の乗組員のために、合掌。


 某月某日

 DVDで邦画の『死の街を脱れて』(監督:小石榮一、大映、1952年)を観た。その存在すら知らなかった
作品であるが、アジア・太平洋戦争が終わりを告げてから後、中国から命からがら引き揚げてきた人々の苦
労話なので、史実から離れている度合こそ明確ではないが、貴重なフィルムだと思う。また、大映にとって
後に弗箱女優になる若尾文子(当時、有望新人と目された)のデビュー作でもある。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご海容願いたい。

   〔解説〕

  五島田鶴子の原作から、『朝の波紋』の館岡謙之助が脚色し、『群狼の街』の小石栄一が監督に当
 たっている。撮影は同じく姫田真佐久である。主演は『雪崩(1952年)』の水戸光子で、根上淳、三
 橋達也、菅原謙二、細川ちか子、荒川さつき、滝沢修などが助演している。本作で若尾文子がスクリ
 ーンデビューを飾った。

   〔あらすじ〕

  昭和二十年、日本軍敗退の日、大陸のそこここにとり残された日本婦女子の上に、悲惨な混乱の日
 が訪れた。ここラマ廟の見える高原の日本人集落では、恋人を殺され、辱めを受けた東英子(若杉紀
 英子)の哀れな姿を見て婦人会長の中沢俊子(細川ちか子)が、日本人として清く自決しようと提言
 した。しかし、島村朝子(水戸光子)は三人の子どもの頑是ない姿を見て、「子どもを殺すことはで
 きません。たとえ自分の身体は引き裂かれても、子どものために最後まで生き抜く努力をしましょう」
 と叫んだ。それから女七人子ども七人の苦難の脱出行がはじまった。途中で軍人の妻などが一行に加
 わり、広野の駅で、温情のある駅長(齊藤紫香)の計らいによって、ようやくひそかに新京行の貨物
 車にもぐり込んだ。しかしそれも、日本敗残兵の列車襲撃の巻きぞえを喰って、一行は公安隊員に発
 見され、銃殺されようとしたとき、徴用日本人八田進(菅原謙二)の決死的な擁護で危く生命は助け
 られた。しかしその後は列車に乗ることを許されず、人肉をねらう山犬の群れる広野をさまよわなけ
 ればならなかった。ところが、偶然八田の運転する列車に再び遭遇して、ようやく日本人の集結する
 新京へ到達することができた。そこには朝子の夫も待っていたのだった。

 他に、千石規子(柏木てい子)、若尾文子(南節子)、浦辺粂子(野村の祖母)、岡村文子(佐藤つね)、
鳩えり子(石渡サダ)、荒川さつき(山崎みよ子)、三橋達也(杉与三郎=一行を馬車で助けようとしたが
失敗する男)、根上淳(野村史郎=節子の恋人)、滝沢修(公安隊長)、左卜全(助役)などが出演してい
る。憲兵を含む軍人や軍属は家族とともに逸早く汽車で逃亡し、中国各地に点在する民間の日本人は逃げ遅
れることになった。満洲国の首都だった新京に行けば日本人が20万人いるので、とりあえず新京(現在の長
春)を目指すといった物語である。同じ大映の「兵隊やくざ」シリーズでこのモチーフは何度も映画化され
ているので、小生にとっては馴染である。もっとも、その実態は謎に包まれているので、経験した人にしか
分らないだろう。毎日新聞の記者の聞き書きで構成されている、『泣くのはあした 従軍看護婦、九十五歳
の歩跡』(大沢重人 著、冨山房インターナショナル、2015年)に、当該作品と似たような引き上げの様子
が詳しく書かれているので、興味のある向きは参照されたし。
 子どもを亡くして正気を失ったてい子の様子は尋常ではなく、死んだ子どもの埋葬を拒絶するシーンがあ
る。かつてTVで、子どもを亡くした母猿がミイラ化した子猿を手放さないまま暮らしているシーンを観たこ
とがあるが、それを連想した。なお、このてい子を演じた千石規子の狂気はかなり迫力があった。思うに、
このような状況に陥った母親を演じさせると、多くの女優が様になるようだ。本能の赴くままの演技だから
だろうか。また、若尾文子が戦場における勝気な若い女性を演じているが、従軍看護婦に扮した『赤い天使』
(監督:増村保造、大映東京、1966年)〔「日日是労働セレクト25」、参照〕では、さらに豪胆な女性で
ある西さくらになり切っている。日本ではあまり評価されなかったが、フランスでは高い評価を受けている
ので、その点で彼我の女性観の相違が窺えよう。なお、蛇足であるが、当該作品には、その『赤い天使』を
監督した増村保造が助監督として参加している。


 某月某日

 You Tubeで邦画の『像を喰った連中』(監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年)を観た。昭和22年の作品
で戦争は終わったばかりだが、その痛手も大して感じられないユーモアに満ちている。像を食べるという発
想は普通の人には浮かばないだろうが、食糧難のこの時代ならばこんな豪傑がいても不思議ではないかもし
れない。小生も、機会があればそれこそ喰ってもよい気がするのだが……。なお、作中では、「象テキ」あ
るいは「エレテキ」と呼ばれていた。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  戦前『暖流』、『花』などを発表、昨年復員した吉村公三郎の帰還第一回監督作品。『人生画帖』、
 『金ちやんのマラソン選手』の斎藤良輔と『お光の縁談』で監督に転向した池田忠雄の共同脚本。撮
 影は『女性の勝利』、『愛の先駆者』、『お光の縁談』などの生方敏夫。なお植田曜子は本映画が初
 出演である。

   〔あらすじ〕

  東京動物園の象が死んだ。ところがこの象の治療に当った小島細菌研究所の馬場(原保美)と和田
 (日守新一)の発案で同じ所員の渡辺(神田隆)、野村(安部徹)、それから象使いの山下(笠智衆)
 まで象とは知らず、この象の肉を食ってしまった。山下の妻君千代子(文谷千代子)はシヤムで象を
 食った夫婦が三十時間後にポックリ死んだ事実を知っていたので、山下は早速馬場のところへかけつ
 け注進に及ぶ。馬場は研究所へ行き象の死因を調べてみると、これが恐るべきバビソ菌によって倒れ
 たという。早速象を食った連中が評定をするが、この注射液が東京にないため、いまは二十四時間後
 に迫り来る死を待つのみとなった。野村は新妻の静江(朝霧鏡子)に告白し、馬場は両親(奈良真養/
 岡村文子)に別れを告げ、渡辺は後事を妻しげ子(村田知栄子)に頼み、和田はとみ江(空あけみ)
 と恋人になる約束をする。その頃一縷の望みをかけていた仙台の研究所からようやく注射液が到着す
 るが、五人に対して一本不足しており、くじ引の結果、和田が一人死なねばならない運命となった。
 午後六時、それはちょうど象を食ってから二十四時間目だ。その後、所長小島博士(横尾泥海男)か
 ら電話がかかり「バビソ菌は摂氏七十度で完全に死滅するから煮たり焼いたりすれば安全だ」という
 ことが知らされる。

 他に、植田曜子(小島博士の新妻)、高松栄子(おかね=とみ江の母親)、若水絹子(おでん屋の女将)、
志賀美禰子(同じくお運びさん)、西村青児(駅長)、中川健三(技師A)、遠山文雄(同じくB)、池真
理子(歌手)などが出演している。神田隆は東京帝大の文学部仏文科を卒業しているが、医学書を読み上げ
る時のドイツ語もなかなか上手な発音だった。ともあれ、変わった味つけの作品であった。


 某月某日

 DVDで邦画の『バンクーバーの朝日』(監督:石井裕也、「バンクーバーの朝日」製作委員会〔フジテレ
ビ=東宝=FNS27社〕、2014年)を観た。移民先のカナダで日本人が苦労する話である。他に類似の邦画は
少ないが、挙げるとすれば、『山河あり』(監督:松山善三、松竹、1962年)〔「日日是労働セレクト
117」、参照〕あたりだろうか。この作品は大正から昭和にかけてのハワイ移民を描いている。その他、
『サンダカン八番娼館 望郷』(監督:熊井啓、東宝=俳優座、1974年)〔「日日是労働セレクト16」、
参照〕[ボルネオ島]や『赤い月』(監督:降旗康男、東宝=日本テレビ=電通=読売テレビ=読売新聞社=
日本出版販売=SDP、2003年)〔「日日是労働セレクト21」、参照〕[満州]などで、異国における日本
人がテーマとなっている。本作は、野球を通して明るい部分を中心に描いているので、戦時中の暗さはあま
り表現されていない。その意味では、「これは本当に史実なのだろうか」という疑問が残る。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  差別や貧困をものともせず、フェアプレーの精神で戦い、03年にカナダ野球殿堂入りした実在の野
 球チーム、バンクーバー朝日軍の知られざる姿を描く人間ドラマ。その戦いぶりで人々に勇気を与え
 ていく野球チームのメンバーを妻夫木聡、勝地涼のほか、亀梨和也、上地雄輔といった野球経験者が
 演じる。監督は『舟を編む』の石井裕也。

   〔あらすじ〕

  20世紀初頭、多くの日本人が胸をふくらませ新天地カナダを目指し海を越えていった。しかし彼ら
 に対する風当たりは厳しく、差別や辛い肉体労働、貧困を耐え忍んでいた。そんな中、日系二世が中
 心となりバンクーバーを拠点にした野球チーム「バンクーバー朝日」が結成される。フェアプレー精
 神を貫き巧みな戦術を用いてひたむきに戦う彼らは、やがて日系移民の希望となり、白人社会からも
 賞賛を得、激動の時代を照らす光となっていく……。

 主な出演者としては、妻夫木聡(レジー笠原〔礼治〕=ショート)、亀梨和也(ロイ永西=ピッチャー)、
勝地涼(ケイ北本=セカンド)、上地雄輔(トム三宅=キャッチャー)、池松壮亮(フランク野島=サード)、
佐藤浩市(笠原清二=レジーの父親)、石田えり(笠原和子=同じく母親)、高畑充希(エミー笠原=同じ
く妹)、宮崎あおい(笹谷トヨ子=日本語学校教師)、貫地谷しほり(ベティ三宅=トム三宅の妻)、岩松
了(三宅忠蔵=同じく父親)、ユースケ・サンタマリア(堀口虎夫=タクシー業者)、鶴見辰吾(トニー宍
戸=バンクーバー朝日監督)、本上まなみ(杉山せい=娼婦)、光石研(井上安五郎=笠原清二の親友)、
田口トモロヲ(松田忠昭=「ニューピアカフェ」店主)、徳井優(前原勝男=写真館店主)、大鷹明良(河
野義一=理髪店店主)、大杉漣(江畑善吉=カナダ日本人会会長)、田島令子(ロイ永西の母)、螢雪次朗
(井川有三)、たかお鷹(望月亀吉)、高泉淳子(青木良子)、藤村周平(ジョー岡崎)、芹澤興人(ケン
早坂)、阿部亮平(エディ緑川)、鏑木海智(テリー小林)、武子太郎(ボブ白石)、南好洋(ムーニー丸)、
伊藤克信(理髪店の客)などが挙げられる。配役については、<ウィキペディア>も参考にした。なお、カナ
ダは「加奈陀」と表記されている。出稼ぎの日給は、当時1ドル20セントから30セントが相場だったらしい。


 某月某日

 DVDで邦画の『白夜行』(監督:深川栄洋、映画「白夜行」製作委員会〔WOWOW=ギャガ=ポニーキャニオ
ン=トイズファクトリー=ホリプロ=イメージフィールド=集英社=朝日新聞社〕、2011年)を観た。東野
圭吾原作のミステリー映画である。彼が原作の映画は十数本あるが、小生が鑑賞済みの作品は以下の通り8
本である。

  『g@me.(ゲーム)』、監督:井坂聡、フジテレビジョン=東宝=電通=ポニーキャニオン、2003年。
  『レイクサイド マーダーケース(THE LAKESIDE MURDER CASE)』、監督:青山真治、フジテレビジョン、
   2005年。
  『手紙』、監督:生野慈朗、映画『手紙』製作委員会〔ギャガ・コミュニケーションズ=日活=葵プロ
   モーション=毎日新聞社=S・D・P=レントラックジャパン〕、2006年。
  『さまよう刃』、監督:益子昌一、「さまよう刃」製作委員会〔東映=テレビ朝日=オニオン=東映
   ビデオ=エイベックス・エンタテインメント=木下工務店=読売新聞=角川書店=ViViA=メーテレ=
   北海道テレビ=広島ホームテレビ=九州朝日放送=愛媛朝日テレビ=テレビ朝日サービス〕、2009年。
  『白夜行』、監督:深川栄洋、映画「白夜行」製作委員会〔WOWOW=ギャガ=ポニーキャニオン=
   トイズファクトリー=ホリプロ=イメージフィールド=集英社=朝日新聞社〕、2011年。
  『夜明けの街で』、監督:若松節朗、「夜明けの街で」製作委員会〔角川映画=NTTドコモ〕、2011年。
  『プラチナデータ』、監督:大友啓史、「プラチナデータ」製作委員会〔東宝=電通=ジェイ・
   ストーム=幻冬舎=ジェイアール東日本企画=日本出版販売=Yahoo! JAPANグループ〕、2013年。
  『天空の蜂』、監督:堤幸彦、「天空の蜂」製作委員会〔松竹=木下グループ=講談社=ローソンHMV
   エンタテイメント=GYAO!〕、2015年。

 いずれも水準を超えた佳作揃いで、人間社会の闇を巧みに描いている。本作は、とくに子役の扱いが難し
く、小説ならばただの描写で済むが、映画だと子役が実際に演技をしなければならず、その点で苦労したの
ではないだろうか。ネタバレになるが、ある種のシーンだと、そのシーンの意味を子役に呑み込ませること
ははなはだ困難だったのではないだろうか。もっとも、決定的なシーンは存在しないので、うまく処理した
のであろう。二人の子役も無難にこなしていたと思う。作風はまったく異なるが、松本清張が原作の『影の
車』(監督:野村芳太郎、松竹、1970年)を連想したことをここに記しておこう。なお、『白夜行』は、2009
年に韓国で『白夜行 白い闇の中を歩く』として映画化されている(日本公開は2012年)。日本の作品に先
行しているので、機会があれば観比べてみたい。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  ベストセラーとなった、東野圭吾の同名ミステリー小説を映画化。ある殺人事件に翻弄される男女
 の悲劇的な運命を映し出す。堀北真希が主演を張り、自分の手は汚さず、虎視眈々と自分の地位を確
 立していく“悪女”に挑戦。また、共演の高良健吾も、女への愛ゆえに次々と犯罪に手を染めていく
 “闇”を抱えた青年を迫真の演技で見せる。

   〔あらすじ〕

  昭和55年。とある廃ビルの密室で、質屋の店主の桐原洋介(吉満涼太)が殺された。すぐに妻の桐
 原弥生子(戸田恵子)と従業員で弥生子の愛人、松浦勇(田中哲司)に嫌疑がかかるが、所轄の担当
 刑事である笹垣潤三(船越英一郎)に10歳になる息子の桐原亮司(今井悠貴)が母親のアリバイを証
 言する。一方、捜査本部は、被害者が事件の直前、西本文代(山下容莉枝)という女の家を訪ねてい
 たことを突き止める。だが、笹垣の職務質問に嘘で答えようとした文代を制したのは、10歳の少女・
 西本雪穂(福本史織)だった。その後、文代の若い恋人の寺島忠夫(宮川一朗太)が事故死、質屋殺
 しの決定的証拠品も発見され、その後を追うかのように文代がガス中毒死、事件は被疑者死亡のまま
 解決を見る。だが、笹垣はどうしても腑に落ちない。被疑者の息子と容疑者の娘の姿が、いつまでも
 ちらついて去らないのであった……。数年後(昭和61年)。遠戚である唐沢礼子(中村久美)の養女
 となった唐沢雪穂(堀北真希)は、著名なお嬢様学校、清華女子学園に通う美しく聡明な女子高生に
 なっていた。入学当初は「昔は貧乏で、実の母親が殺人犯」という噂もあって学内でも浮いた存在だ
 ったが、噂はすぐに消え、やがて名実ともに学園のスターになっていく。大学に進学してからは、親
 友の川島江利子(緑友利恵)と社交ダンス部に入部、まもなく周囲を魅了する存在となる。一方、桐
 原亮司(高良健吾)は、事件後実家を離れ、自活するようになっていた。以前は欲求不満のオバサン
 相手に性を売ることで収入を得ていたが、とある乱交パーティーで20歳も年上の栗原典子(粟田麗)
 と出会い、心通うものを感じて同棲するようになる。不倫に傷つき自暴自棄になっていた典子と亮司
 は、互いの心の傷をそっと癒し合うようにささやかな生活を営んでいた。そんな中、笹垣は未だ質屋
 殺しの一件に囚われていた。やがて、自らの命までも狙われるようになった時、遂に笹垣は19年前に
 結ばれた確かな絆の存在に思い至るのであった……。

 他に、姜暢雄(篠塚一成=雪穂の夫)、諏訪太朗(西本文代と雪穂が住んでいたアパートの管理人)、日
向明子(篠塚雅子=一成の母親)、篠田三郎(篠塚義明=同じく父親)、小池彩夢(篠塚美佳=同じく妹)、
遠藤由実(美佳の幼女時代)、黒部進(三枝徳行会長)、斎藤歩(古賀久志=事件当時の笹垣の同僚刑事)、
川村亮介(菊池文彦=事件の通報者、後に高校生として登場)、長谷川愛(藤村都子=雪穂の同級生)、佐
藤寛子(笹垣克子=潤三の妻)、斎藤嘉樹(秋吉雄一=亮司の同級生)、並木史朗(事件当時の刑事係長=
笹垣の上司)、宮本大誠(事件当時の刑事部長)、森永健司(刑事)などが出演している。
 最初の殺人事件はともかく、雪穂が一成に接近するシーンや、笹垣がシアン化カリウム(青酸カリ)入り
のコーヒーに気づくシーンは、相当に無理があると思った。その他、不可解なシーンが少なからず存在し、
ミステリーの限界を見る思いである。ただし、場面場面の描き方が悪いわけではない。辻褄が合わないので、
「これは無理だ」と鑑賞者に思わせてしまうのである。また、レイプの実行犯の背後に女性が存在する物語
としては、横溝正史の『悪魔の寵児』を思い出した。ただし、横溝作品ほどえげつなくないが……。映画全
体の色調はリアリズムであるが、設定そのものはかなりファンタスティックなので、あまり怖ろしいとは思
わなかった。悲しい物語であるが、二重三重の贖罪に生きる亮司の葛藤と、亮司の支えを受けてのし上がっ
ていく雪穂の葛藤とを天秤にかけた場合、どちらの葛藤がより辛いかは判断がつかない。亮司の存在を「知
らない」と答えた雪穂は、この後どうなったのか、その後日譚が知りたい。まるで、ペテロがイエスを知ら
ないと答えたときのように、相当の葛藤があったはずだからである。なお、原作は200万部を超える大ベスト
セラーなので、読んでみたい気持が少しある。


 某月某日

 You Tubeで、邦画の『綴方教室』(監督〔演出〕、山本嘉次郎、東宝東京、1938年)を観た。 戦前の名
作で、似ている作品を挙げれば、『はたらく一家』(監督〔脚色・演出〕:成瀬巳喜男、東宝東京、1939年)
辺りだろうか。公開年の昭和13年と言えば、アジア・太平洋戦争が始まる3年前であるが、戦時色はほとん
どない。戦意高揚映画の巨匠とも言える山本嘉次郎の本意は、案外こういった映画を作るところにあったの
かもしれない。
 概要を確認しておこう。今回は、<ウィキペディア>を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。


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 『綴方教室』(つづりかたきょうしつ)は、1930年代に、鈴木三重吉の影響下で教育運動として盛んにな
りつつあった生活綴方運動の中で、東京・下町の小学校教師、大木顕一郎の指導・編集・解説で出版された
当時、本田小学校4年の豊田正子の26篇の「綴方」(雑誌『赤い鳥』掲載)を収め、1937年に出版された本
の題名。
 現在の岩波文庫版(山住正巳編、1995年)には、続編『続綴方教室』、『粘土のお面』に収録された文章
も10編合わせて収録されている。
 出版されるや否や、当時の大衆の生活を素直な子供らしい視点で描いたことが話題になり、大ベストセラ
ーとなる。戦後にも無着成恭らの「綴り方教育」に多大な影響を与えた。
 翌1938年3月6日から3月20日まで新築地劇団が舞台化し、8月には東宝で山本嘉次郎監督によって映画化さ
れて評判になった。
 映画『綴方教室』(監督〔演出〕:山本嘉次郎、脚本:木村千依男、原作:豊田正子、製作:森田信義、  
製作主任:黒澤明、音楽:太田忠、美術:松山崇、撮影:三村明、編集:岩下広一、東宝東京、1938年)。
 山本嘉次郎監督は、ドキュメンタリー風な造りを意識し、ドラマ的要素を出来る限り排して、「ロケーシ
ョン」を多用し、良質な佳作に仕上げている。
 なお、映画化の際撮影所を訪れた豊田に高峰が女工を見下した発言をしたと豊田が書いて高峰が内容証明
でそれに反論する騒ぎもあった。
 主な出演者は、高峰秀子(正子)、清川虹子(お雪=母)、徳川夢声(由五郎=父)、小高まさる(稔=  
正子の弟)、水谷史郎(光男=同)、滝沢修(大木先生)、赤木蘭子(大木先生の奥さん)、三島雅夫(丹
野さん)、本間敦子(丹野のおばさん)、宮川あき子(おりえちゃん)、音羽久米子(丹野さんの後妻)、
平田久米子(後妻の妹)、山形天洋(梅本さん)、伊藤智子(梅本のおばさん)、小柳久子(八百屋の小母
さん)などである。

   (以下、割愛)

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 ところで、佐藤忠男が、その著書の『日本映画300』(朝日文庫、1995年)に当該映画を採り上げてい
るので、それも以下に引用しよう。

  一九三七年、東京の下町の小学校の教師大木顕一郎の編集と解説で、その教え子の小学生豊田正子
 の綴方二十六編が「綴方教室」と題して出版されてベストセラーになった。下層の貧しく無知な労働
 者の家庭や近隣の人々の、子どもの眼に対しては無防備な生態が、なんでも正直に書けという教師の
 指導あるいは煽動によってあけすけに描き出され、そこに一種の恐るべきイノセントなリアリズムが
 成り立っていて、読者を驚かしたのである。
  生活綴方の理念は、子どもの正直な眼で見たままの生活をありのままに書くということである。そ
 れは映画のドキュメンタリーの理念と通じるものがある。これを劇映画にするに当って、山本嘉次郎
 監督をはじめとするスタッフは、極力つくりものにすることを避け、現地の実情を忠実にドラマに持
 ち込むことにつとめ、極力ロケーション本位に撮影をすすめた。すなわち、実話と現地ロケを重んじ
 るセミ・ドキュメンタリーのハシリであり、しかもそれにりっぱに成功した作品である。
  メロドラマ的な要素はほとんどまったくない。美男美女も出てこなければ、階級闘争的なドラマが
 発生するわけでもない。まったく平凡な日常生活のスケッチだけで、それなりにユーモアもあれば教
 育問題や人生について考えさせる要素も含んでおり、若干の深刻さを感じながら、かなり楽しく、こ
 ころよい感銘も受ける。こういう映画が、当時、商業映画の枠の中でつくられ得たというのは、世界
 の映画史のレベルで見ても、そうザラにはなかったことだと思われるのである。
  正子を演じたのは幼い日の高峰秀子。元気で可愛いということで人気のあった子役であり、彼女の
 くったくのなさがこの貧しい生活を描いた映画の救いになっている。
  徳川夢声が、仕事にありつけないとすぐふてくされてセンベイ布団にくるまって寝てしまう無学の
 ブリキ工に扮しているが、これは彼の生涯の最良の映画演技であろう。なにか新興宗教みたいなもの
 に凝って夫婦別れし、あとで、再婚している前の夫の家をそっとのぞきに来て、そこに入ることもで
 きず、正子の家に上がりこんでしまって、正子と弟を気味悪がらせる近所のおばさんなど、ちょっと
 した寸景のような人物の描き方に、下層の庶民生活の濃密なリアリティがあって、子どもの眼から見
 た大人の世界のとらえがたい不可解さがよく描き出されている。

 小生も佐藤忠男とさして違わない感慨を抱きながらこの映画を観たと思う。自転車が盗まれる挿話がある
が、イタリアの「ネオリアリズモ(Neorealismo)」の名作『自転車泥棒(伊:Ladri di Biciclette, 英:
The Bicycle Thief,1948)』(監督:ヴィットリオ・デ・シーカ〔Vittorio De Sica〕、伊国、1948年〔日
本公開は1950年〕)の魁とも言えよう。安普請の長屋、共同の井戸、一銭の団子屋、でんでん虫の童謡、お
手玉、鶏を潰す風景、うさぎ(仔が生れれば一羽二十銭)、「赤い鳥」、米の配給札、家事で働き尽くめの
母親……毎度おなじみのシーンであったが、戦前の都会の一般庶民は皆こんなものだったのだろう。貧しい
が、逞しさがあり、「明日は明日の風が吹く」を地で行ったような、肚の据わった根性がある。これはこれ
で、戦前の日本の一側面を活写して、貴重な映像を提供していると思う。


 某月某日

 DVDで邦画の『ひばり十八番 弁天小僧』(監督:佐々木康、東映京都、1960年)を観た。ひばりが男装す
る映画は『ひばりの森の石松』(監督:沢島忠〔後、正継〕、東映京都、1960年)ですでに鑑賞済みだが、
石松と菊之助を比べてみた場合、甲乙つけがたい。石松が浪花節、菊之助が歌舞伎と相場は決まっているが、
これが映画化されるとなると、だいぶ様相を異にする。ここで、弁天小僧菊之助に関しての簡単な記述(ウ
ィキペディア)を引用してみよう。


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  『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ):文久2年3月(1862年3月)に江戸市村座
 で初演された歌舞伎の演目。通称は「白浪五人男」(しらなみ ごにんおとこ)。世話物(白浪物)、
 二代目河竹新七(黙阿弥)作、全三幕九場。
  弁天小僧の出がある場のみを上演する際には『弁天娘女男白浪』(べんてんむすめ めおの しらな
 み)と外題が替わり、さらにそれを尾上菊五郎がつとめる舞台に限っては特に『音菊弁天小僧』(お
 とにきく べんてんこぞう)と外題が替わることもある。
  何度も映画になり、名科白「知らざあ言って聞かせやしょう」があることから大衆演劇、素人芝居
 でよく演じられた。

   概要

  石川五右衛門、鼠小僧と並ぶ日本屈指の盗賊「白浪五人男」の活躍を描く。
  明治の名優五代目尾上菊五郎の出世芸となった作品。17歳の時から生涯6度演じており、最後の舞
 台も弁天小僧だった。菊五郎の自伝によれば芝居の関係者の直助と言う男が三代目歌川豊国画の錦絵
 を見せに来たら、自分自身が弁天小僧の扮装で抜き身の刀を床に突き刺して酒を飲む絵柄だったので
 早速河竹新七に脚色を依頼したとある。
  別の説ではある日新七が両国橋で女物の着物を着た美青年を見かけてみてふと思いつき、そのこと
 を豊国に話すと豊国はそれを錦絵にしてさらに新七がそれをもとに劇化したという。劇の宣伝文であ
 る「語り」には「豐國漫畫姿其儘歌舞伎仕組義賊傳」(大意:豊国の下絵に描かれた姿をそのまま歌
 舞伎に仕立て上げた義賊伝である)とあり、いずれにせよ豊国の作品からヒントを得て作られたこと
 は間違いない。
  弁天小僧は戦前は五代目の実子の六代目尾上菊五郎、十五代目市村羽左衛門、戦後は十七代目中村
 勘三郎、七代目尾上梅幸、そして現在は五代目の曾孫の七代目尾上菊五郎、さらにその子の五代目尾
 上菊之助、ほかに十八代目中村勘三郎らに受け継がれている。
  「白浪物」は盗賊が活躍する歌舞伎狂言を総称する名前である。二幕目第一場(雪の下浜松屋の場)
 での女装の美男子・弁天小僧菊之助の名乗り(男であることを明かして彫り物を見せつける)や、二
 幕目第三場「稲瀬川勢揃いの場」では「志らなみ」の字を染め抜いた番傘を差して男伊達の扮装に身
 を包んだ五人男の名乗りが名高い。花道を堂々と登場後、舞台に来て捕り手を前に五人組が勢揃い。
 一人ずつ「渡り台詞」で見得を切り、縁語や掛詞を駆使した七五調のリズミカルな「連ね」で名乗る
 姿には歌舞伎の様式美が凝縮されている。この様式ははるか後世の『秘密戦隊ゴレンジャー』を初め
 とする子供向け「戦隊もの」のヒーロー番組にまで受け継がれている。大詰第一場(極楽寺屋根立腹
 の場)の弁天小僧切腹から第二場(極楽寺山門の場)の駄右衛門登場に至る「がんどう返し」も目を
 惹く。
  「青砥」は追っ手の名前青砥藤綱に因む。歌舞伎の人気狂言『雁金五人男』『新薄雪物語』『楼門
 五三桐』などの有名な場面を「本歌取り」した場面も見られ、それをまったく新しい作品に作り変え
 た作者黙阿弥の機知に富む傑作。

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 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  瀬戸口寅雄の原作を、『緋鯉大名』の中田竜雄が脚色、『旗本退屈男 謎の幽霊島』の佐々木康が
 監督した娯楽時代劇。撮影は『百万両五十三次』の松井鴻。

   〔あらすじ〕

  江の島、弁財天御開帳の当日、寺小姓の菊之助(美空ひばり)は、院主玄照和尚(柳永二郎)が私
 腹を肥やすための犠牲となり、人殺しの汚名をきせられ役人に追われる身になった。菊之助は江戸へ
 逃げ帰って、生みの母のおふじ(三浦光子)を頼った。しかし、おふじは菊之助にかけられた懸賞金
 ほしさにわが子菊之助を密告したのだ。ただ一人の肉親、それも実の母親に裏切られた菊之助は、世
 を呪い人を呪った。名を「弁天小僧」と改め、人生の裏街道を歩くことに決めた。さて、江戸の街で
 は塩が不足し庶民は生活苦の中にあった。この塩不足は、呉服問屋浜松屋幸兵衛(山形勲)と、貸元
 安五郎(阿部九州男)、それに江戸入りした玄照和尚の三人の塩の買占めによるものだった。時に、
 この貧しい町人に小判をばらまく義賊の一団があった。日本左衛門(黒川弥太郎)を頭とする、忠信
 利平(里見浩太郎〔後に、浩太朗〕)・南郷力丸(若山富三郎)・赤星十三(花房錦一〔後に、香山
 武彦〕)の四人組だ。弁天小僧菊之助は、彼らに拾われ、ご存知「白浪五人男」の誕生となった。浜
 松屋の用心棒として住みこんでいた利平の手引きで、弁天小僧を娘に仕立て、浜松屋へ乗りこんだの
 であった。「知らざあ言って聞かせやしょう……」弁天小僧の大芝居となった。五人組は浜松屋から
 奪った壱萬両を、町民にばらまいた。捕方に追われた五人組は、芝居小屋に逃げこみ、「白浪五人男」
 の一幕を披露、捕方をまいて逃げのびたのだった。

 他に、花園ひろみ(加代)、中里阿津子(お鶴=浜松屋の一人娘)、松風利栄子(お園=玄照和尚の奥方)、
水木淳子(おゆき)、若杉恵之介(戸沢平馬)、明石潮(柴田左門)、日高澄子(お縫さま)、星十郎(与
九郎)、尾上華丈(長松=浜松屋番頭)、冨久井一朗(久助)、大丸巌(半次)、清川荘司(デカ松)、楠
本健二(天堂権之進)、尾形伸之介(坂部伝蔵)、浜田伸一(仙松)、香住佐久良夫(五郎造)、霧島八千
代(お清)、金森あさの(お栄)、月形哲之介(用人)、津村礼司(島村主水)、中村時之介(捕手頭)、
鈴木金哉(同)、香月凉二(久六)、望月健佐(佐吉)、泉春子(老婆)、玉喜うた子(およし)などが出
演している。
 もう1本、You Tubeで『狂った一頁』(監督:衣笠貞之助、新感覚派映画聯盟、1926年)を観た。失われ
たと看做されていたフィルムで、1971年に発見された1920年代の作品である。「モノクローム/無声/79分」
がスタンダードであるが、小生が観たのは、「サウンド版/59分」である。<ウィキペディア>に関連記事が
あるので、引用しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。


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  『狂つた一頁』は、1926年(大正15年)に製作・公開された日本映画である。衣笠貞之助監督、井
 上正夫主演。
  衣笠が横光利一、川端康成ら新感覚派の作家と結成した新感覚派映画聯盟と、衣笠映画聯盟で製作
 した作品で、無字幕のサイレント映画として公開された。激しいフラッシュバックや多重露光などの
 技法を駆使して斬新な映像表現を試み、日本初のアヴァンギャルド映画で、大正モダニズムの成果で
 ある『狂つた一頁』は、ドイツ映画『カリガリ博士』に触発されたものであるが、そこに日本人固有
 の家族観が入れられているところに独自の工夫がある。

   あらすじ

  元船員の男(井上正夫)は、自分の虐待のせいで精神に異常をきたした妻(中川芳江)を見守るた
 めに、妻が入院している精神病院に小間使いとして働いている。ある日、男の娘(飯島綾子)が結婚
 の報告を母にするために病院を訪れ、父親が小間使いをしていることを知る。娘の結婚を知った男は、
 縁日の福引きで一等賞の箪笥を引き当てる幻想を見る。男は妻を病院から逃がさせようとするが、錯
 乱した男は病院の医師(関操)や狂人(高勢実/高松恭助/坪井哲)を殺す幻想を見る。今度は男は
 狂人の顔に次々と能面を被せていく幻想を見る。

   製作・公開の背景

  1925年(大正14年)、マキノ省三の元で映画製作を行っていた衣笠貞之助は、マキノプロ傘下の聯
 合映画芸術家協会で『月形半平太』を製作して大ヒットさせた。次に衣笠は同協会で横光利一原作の
 『日輪』を製作したが、完成後に右翼団体が衣笠と内務省の検閲担当者らを不敬罪で告訴するという
 騒動が起き、上映も中止されてしまった。
  翌1926年(大正15年)、満30歳を迎えた衣笠は、誰からも掣肘を受けず、自由に思いのままの映画
 を作ろうと決意し、『日輪』の製作で知り合った横光利一に映画製作の相談をするべく、葉山森戸海
 岸の横光邸を訪ねた。4月2日、「営利を度外視して良き芸術映画を製作したい」という衣笠の相談に
 応じた横光は、『文藝時代』の同人である新感覚派の川端康成、片岡鉄兵、岸田国士、池谷信三郎に
 声をかけ、ここに新感覚派映画聯盟が結成された。
  衣笠が始め構想していたストーリーは、老人とサーカス一座の話で、ファーストシーンは「雨風の
 はげしい夜、一人の老人がサーカス小屋にたどりつく、天幕が、嵐ではためいて音をたてる。はげし
 い雨音がする。そして、老人は、人影のない小屋の中へ入ってゆく…」というものだった。衣笠は自
 宅の地下室に現像場を作り、近所の茶畑を借りて、そこに1か月間借り切りにした巡業のサーカス一
 座の天幕を張って、それをステージ代わりにして撮影をしようと計画していたが、川端、片岡の2人
 と烏森の旅館で話し合う内、松沢病院を実際に見学してきた衣笠の見聞を基に、精神病院を舞台とし
 たプロットが構想された。
  また衣笠は独立プロダクションの衣笠映画聯盟を設立して本作の製作を行い、犬塚稔の紹介で会っ
 た松竹キネマの白井信太郎から、松竹下加茂撮影所の使用許可と資金援助をとりつけ、同年5月5日か
 ら同撮影所で撮影を開始した。シナリオは撮影開始当日までに完成せず、撮影と同時進行で、川端、
 衣笠、犬塚、沢田晩紅の4人がメモ書きでアイデアを出し合いながら撮影された。シナリオは5月末
 の撮影終了後に4人がメモを持ち寄って川端がこれを脚本としてまとめ、6月15日の締切日ぎりぎり
 に入稿させ、翌7月創刊の『映画時代』にシナリオが掲載された。
  主演の井上正夫は衣笠の映画製作に共鳴して、本郷座での公演を断って無償で出演した。また、老
 け役を演じるために自ら額の毛を抜いて演じたという。ほかに中川芳江、高勢実、関操、高松恭助ら
 が出演し、以上の4人は後の衣笠映画聯盟の時代劇映画で活躍することとなる。スタッフには、助監
 督に小石栄一が就き、後に特撮監督として名を馳せる円谷英二(当時:円谷英一)が助手(チーフキ
 ャメラマン)として参加している。
  完成後、衣笠は封切り交渉のため単身上京するが、料金の点で引き受ける映画館が現れず、完成か
 ら4か月後にようやく1週間1,500円の料金で洋画専門の武蔵野館(現在の新宿武蔵野館)が引き受
 け、9月24日に同館の主任弁士である徳川夢声の解説で封切られた。評価はさまざまだが、岩崎昶は
 「日本で生まれた最初の素晴らしい映画だ、と私は確信を持って断言する。そしてまた、日本で作ら
 れた、最初の世界的映画だ」と絶賛し、同年度のキネマ旬報ベストテンでも第4位にランクインされ
 ている。しかし、興行的には惨敗し、衣笠は多額の借金を返済するため松竹で時代劇映画を製作する
 こととなった。
  川端は本作撮影時のことを題材にした掌編小説『笑はぬ男』を1928年(昭和3年)に発表した。こ
 の作品は掌の小説集『僕の標本室』(新潮社、1930年4月)に収録され、のちの1971年(昭和46年)
 の掌編小説集『掌の小説』(新潮文庫)にも収録された。

   フィルムの発見と復元

  1950年(昭和25年)、松竹下加茂撮影所のフィルム倉庫で発生した火災で多くの貴重なフィルムが
 焼失、『狂つた一頁』のフィルムもその犠牲となり、プリント・ネガフィルムともに現存しない作品
 とされていた。しかし、それから21年後の1971年(昭和46年)、衣笠の自宅の蔵にしまってあった米
 櫃の中から偶然ネガフィルムが発見され、衣笠自ら再編集したニュー・サウンド版(59分に短縮)を
 作り、1975年(昭和50年)1月にアメリカでニュー・ライン・シネマの配給で公開された。同年には
 日本の岩波ホールで49年ぶりに再公開された。
  2001年(平成13年)、ポルデノーネ無声映画祭の日本映画特集で上映された。

   スタッフ

  製作・監督:衣笠貞之助
  原作:川端康成
  脚色:川端康成、衣笠貞之助、犬塚稔、沢田晩紅
  撮影:杉山公平
  撮影補助:円谷英一
  配光(照明):内田昌夫
  舞台装置(美術):林華作、尾崎千葉
  タイトル(字幕):武田清
  監督補助:小石栄一、大杉正巳
  現像主任:阿部茂正
  音楽:村田実、倉島陽(サウンド版から参加)

   キャスト

  小使:井上正夫
  妻:中川芳江
  娘:飯島綾子
  青年:根本弘
  医師:関操
  狂人A:高勢実
  狂人B:高松恭助
  狂人C:坪井哲
  踊り子:南栄子
  少年:滝口新太郎 ※非クレジット。

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 以上である。小生としては、「不思議な映画」としか言いようがない。


 某月某日

 DVDで、「執事」つながりの邦画を3本(うち2本は、インターミッション)観たので、報告しよう。両
者ともにチープなミステリーであるが、それなりにお金をかけているのでそこそこ面白かった。
 1本目は、『ナゾトキネマ マダム・マーマレードの異常な謎 出題編』(監督:上田大樹/鶴田法男/中
村義洋、ナゾトキネマ「マダム・マーマレードの異常な謎」製作委員会〔TV TOKYO=SCRAP〕、2013年)で
ある。ある高名な映画監督が遺した謎を鑑賞者とともに解いていくというスタイルの新機軸で、アイディア  
としては面白いと思った。結末もそこそこの仕掛けで感心したが、「謎」というよりも「ダイイング・メッ
セージ」といった趣で、その点に違和感を覚えた。十五文字を埋めるパズルは解けたし、そのメッセージか
ら引き出される謎もほぼ解けたが、それはDVDを何回か繰り返し観たからであって、映画館で謎解きを完了
することができたとは思えない。もっとも、もっと時間をかければ分ったかもしれないが、最後の謎は面倒
になったので、解かずに解答編に移ってしまった。若い頃のように、辛抱強くなくなっているからであろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  さまざまなヒントを頼りに、制限時間内に謎を解き、部屋から脱出する“リアル脱出ゲーム”。そ
 んな脱出ゲームを映画で楽しむ“ナゾトキネマ”の第1弾。3本の短編映画を残し、30年前に亡くな
 った映画界の巨匠監督が妻と家族に残した謎を、川口春奈扮するマダム・マーマレードとともに解い
 ていく。

   〔あらすじ〕

  解けない謎はない女マダム・マーマレード(川口春奈)のもとに、死期が迫った女性から依頼が舞
 い込む。それは、30年前に逝去した彼女の夫で映画監督の藤堂俊之介(若松武史)が、死の間際に家
 族に向けて残した「短編映画3本に秘密がある。ナゾを解く鍵は最初の台詞」という言葉の意味を解
 明してほしいというものだった。3本の短編映画とは、女学生の淡い初恋を綴った「つむじ風」、鏡
 の世界の女性を連れ出そうとする「鏡」、時を超えた家族愛を描いた「やまわろわ」のことだった。
 公開されずに残ったこの3作品には暗号が仕込まれており、藤堂監督の残した謎が少しずつ明らかに
 される……。

 他に、本編には、高畑淳子(マダム・バルサミコ=マダム・マーマレードの助手)、山崎一(田中=藤堂
家の執事)、井口恭子(藤堂良枝=俊之介の妻)、池田成志(藤堂俊一=長男)、オクイシュージ(藤堂俊
二=次男)、並樹史朗(斉藤=藤堂家の顧問弁護士)、加藤隆生(医師)、柚木彩見(看護師一)、中村香
月(同じく二)が出演している。第一の短編映画「つむじ風」(監督:上田大樹)には、杉咲花(筒井佐智
子=主人公の少女)、山本舞香(静恵=佐智子の親友)、広山詞葉(山下陽子=ふたりの担任の先生)、池
谷のぶえ(新出医院の看護師)、安藤玉恵(佐智子の母)、加藤和樹(浜慎太郎=若い医師)などが出演し
ている。第二の短編映画(監督:鶴田法男)「鏡」には、中越典子(まりえ)、須賀貴匡(堺克彦)、野中
隆光(佐伯=堺の友人)が出演している。第三の短編映画「やまわろわ」(監督:中村義洋)には、江口の
りこ(シノ)、柳町夏花(現代の少女/60年前のウメ)、原舞歌(フク=ウメの姉)、蟹江一平(清吉=シ
ノの夫)、中村隆天(ウメの叔父)、森康子(現代のウメ)などが出演している。
 ミステリーとしては平均点を超えており、よくここまで練ったと思う。ただし、演技は通り一遍で、劇中
劇の短編映画も巨匠の作品とは言い難く、その点が減点対象になるだろう。マダム・マーマレードの素性も
明らかではなく、彼女のキャラは説得力を欠く。それは、『万能鑑定士Q モナ・リザの瞳』(監督:佐藤
信介、「万能鑑定士Q」製作委員会〔TBS=KADOKAWA=東宝=ホリプロ=電通=ツインズジャパン=MBS=
CBCテレビ、WOWOW=RKB=HBC=GyaO!〕、2014年)の主人公である、凜田莉子(綾瀬はるか)にも感じたこ
とである。若い女性をスーパーウーマンに設定するのは構わないが、それなりの裏付を施してほしい。それ
は、鑑賞者に対する礼儀だと思う。さらに、推理劇としての難点もある。その最たるものは、第1作が35歳、
第2作が43歳、第3作が49歳のときの作品という点である。50歳で亡くなっているから、その15年前から遺
言を構想していたことになる。これは明らかに無理である。むしろ、死を目前にして、慌ただしく短編映画
3本を仕上げたとする方が、はるかに説得力があっただろう。
 2本目は、『ナゾトキネマ マダム・マーマレードの異常な謎 解答編』(監督:上田大樹/鶴田法男/中
村義洋、ナゾトキネマ「マダム・マーマレードの異常な謎」製作委員会〔TV TOKYO=SCRAP〕、2013年)で
ある。これも、以下、上と同様。

   〔解説〕

  さまざまなヒントを頼りに、制限時間内に謎を解き、部屋から脱出する“リアル脱出ゲーム”。そ
 んな脱出ゲームを映画で楽しむ“ナゾトキネマ”の第1弾。「出題編」で提示された、3本の短編映
 画を残し、30年前に亡くなった映画界の巨匠監督が妻と家族に残した謎。川口春奈扮するマダム・マ
 ーマレードとともにその謎の解明に挑む。

   〔あらすじ〕

  30年前に死亡した映画界の巨匠・藤堂俊之介(若松武史)が遺した言葉の謎解きを藤堂の妻・良枝
 (井口恭子)から依頼されたマダム・マーマレード(川口春奈)。淡い初恋の物語『つむじ風』、叶
 わぬ愛の物語『鏡』、時を超えて描かれる家族の愛の物語『やまわろわ』という3本の短編映画の中
 に隠された秘密とは。カタカタと回る映写機とライトの光の下、長きにわたって解けなかった謎が今、
 少しずつ明らかにされる……。

 「解答編」も過不足なく仕上がっていると思う。ただし、しつこいようだが、「謎」という言葉は当該作
品にふさわしくないと思う。『秘められた巨匠の遺言』ぐらいが、この作品にふさわしい題名だと思う。
 3本目は、『黒執事』(監督:大谷健太郎/さとうけいいち、映画「黒執事」製作委員会〔ワーナー・ブ  
ラザーズ映画=エイベックス・エンタテインメント=スクウェア・エニックス=A stAtion=GyaO!=ジェイ
アール東日本企画=東急レクリエーション=ロックワークス〕、2014年)である。『マダム・マーマレード
の異常な謎』においても「田中」という執事が登場するが、どちらかといえば朴訥な青年で、控えめを旨と
しなければならない執事にふさわしい。しかし、当該作品の「黒執事」セバスチャンは、およそこの田中と
はかけ離れた存在で、演じた水嶋ヒロは、好むと好まざるとに拘らずこの役を当たり役にしたと思う。相手
役の剛力彩芽も売れっ子になったが、演技としてはまだまだか。
 物語を確認しておこう。この作品に関しては、<Movie Walker>および<ウィキペディア>の両方の情報を引
用させていただく。それぞれの執筆者に感謝したい。なお、一部改変したがご寛恕を乞う。

   〔解説〕<Movie Walker>

  テレビアニメや舞台にもなった、枢やな(とぼそ やな)の人気コミックを水嶋ヒロ主演で実写映
 画化したダーク・アクション・ミステリー。名門貴族の末裔である主人と特別な契約を交わした執事
 の活躍がスタイリッシュなアクションとともに描かれる。剛力彩芽が執事の主人であるオリジナル・
 キャラクターで男装の令嬢・幻蜂清玄(げんぽう きよはる)に扮し、新境地を見せる。

   〔あらすじ〕<Movie Walker>

  巨大企業の若き総帥にして、女王の密命を帯びる名門貴族の末裔である幻蜂清玄伯爵(剛力彩芽)
 は、過去の壮絶な傷を抱え、わけあって女であることを隠して生きる男装の令嬢だ。執事のセバスチ
 ャン(水嶋ヒロ)とは絶対的な主従関係にあるが、その関係は主の魂で契約された究極のものだった。
 そんな中、街で“連続ミイラ化怪死事件”が頻発。警察保安省外事局局長・猫磨実篤(岸谷五朗)は、
 部下の鴇沢一三(安田顕)、松宮高明(大野拓朗)に捜査命令を下す。やがて鴇沢は、幻蜂伯爵とそ
 の執事が事件の周辺にいることに気づき、疑いの目を向け始める……。

   〔解説〕<ウィキペディア>

  2014年1月18日公開の日本映画。原作者・枢やな承認のもと、原作から約130年が経過した2020年の
 アジア某国で繰り広げられる映画完全オリジナルストーリーとなっている。主演の水嶋ヒロは3年ぶ
 りの映画出演で、俳優復帰作となった。また、本名(齋藤智裕)名義で本作の共同プロデューサーも
 務めている。

   〔ストーリー〕<ウィキペディア>

  犯罪組織が若い女性を多数さらい監禁する倉庫内で、その組織を探る一人の少女が構成員に追及さ
 れる。そこへ現れた彼女の執事は、十数名の敵を一人であっさりと殺害して彼女を救いだす。銃で撃
 たれても全く傷つかないこの男・セバスチャン(水嶋ヒロ)の正体は悪魔で、彼の主人である幻蜂伯
 爵家の若き当主・清玄〔きよはる〕(剛力彩芽)こと男装した少女の汐璃〔しおり〕が幼い頃両親を
 目の前で殺害されたとき以来、死の際にその魂を食らうことと引き換えに契約を結び仕えている。映
 画の舞台となる2020年では、世界は西側と東側に別れ、西側を治める女王は東側某国の幻蜂家に命じ
 て公にできないさまざまな事件を「処理」しており、彼らは当局に正体不明の「女王の番犬」として
 警戒されている。清玄は女王の命により、セバスチャンとともに大使館員が次々にミイラ化した遺体
 で発見されるという怪事件を追いつつ、いつか両親の敵を討つことを願っている。
  警察の捜査資料を手に入れ、裏のルートでミイラ遺体を調べた二人は、被害者が死の前に製薬会社
 社長・九条新兵(伊武雅刀)主催のドラッグパーティーに出席していた事実をつかむ。清玄は叔母・
 若槻華恵(優香)の伝手を頼り、メイドのリン(山本美月)とそのパーティーに潜入するが、九条に
 目的を見抜かれ捕らえられる。清玄はその場で、ドラッグを求める客たちにミイラ化して死に至る毒
 物「ネクローシス」を吸入させ、その解毒剤に群がるさまを楽しむ九条の姿を見る。だが九条は殺さ
 れ、清玄たちはその場から逃げだす。清玄たちはミイラ事件の目的がこのネクローシスを使って権力
 を支配するテロの前哨戦であることを確信する。ミイラ化事件は世間で悪魔の仕業と恐れられており、
 予定される大規模な悪魔払いのミサでテロが行われる可能性があった。二人は犯人と目される武器商
 人・篠崎洋造(宮川一朗太)を追う。しかし篠崎が殺害されスケープゴートに過ぎないことを知った
 清玄はその刺客たちに襲われる。
  自分を守って傷を負ったリンをセバスチャンに託した清玄は、華恵とミサの会場へ向かう。華恵は
 突然豹変して清玄を脅し、会場近くで大量のネクローシスを拡散させる時限爆破装置を仕掛ける。清
 玄を救いに現れたセバスチャンは華恵が九条に不老不死の薬を生産させ、その副産物として出来たネ
 クローシスをテロに利用していることを指摘し、華恵の執事・明石(丸山智己)と対決する。清玄は
 ネクローシスのカプセルを一粒割り華恵とともに毒に蝕まれるが、その行動と連携するセバスチャン
 に明石を倒させることに成功する。逆上した華恵は、自分が清玄の父・有人(海東健)の前妻だった
 が、幻蜂家の生業に関連して襲撃され流産し不妊となったために、後継ぎを求める父が華恵と別れ姉
 の絵利香〔清玄の母〕(ホラン千秋)と結婚したこと、それを恨んで反西側の犯罪組織による清玄の
 両親殺害を手引きし、不死の肉体を得て生き続けることで清玄から幻蜂家を奪おうとしていたことを
 暴露する。そして黒幕犯罪組織の正体を知らないと言い、清玄はショックを受ける。セバスチャンに
 欺かれさらにネクローシスを服用した華恵は、急激にミイラ化し肉体を消滅させ死ぬ。
  その後、爆破を防ぎ人々を救うため命がけで装置を運び出す清玄をセバスチャンは冷ややかに見つ
 めるが、彼女が自力で装置を解除し倒れたあと、解毒剤を口移しで飲ませて救う。一連の事件を追う
 警察外事局には問題のネクローシスが「悪魔の正体」として届けられ、それを前にした局長の猫磨実
 篤(岸谷五朗)は、黒幕組織の紋章で手紙を封印する。屋敷に戻った清玄は、自分も含めた人間に対
 する失望を語る。セバスチャンは眠る彼女にその命が尽きるまで側にいることを誓い、映画は終わる。

 他に、城田優(チャールズ・B・サトウ=清玄と女王をつなぐパイプ役)、橋本さとし(青木宗光=少女
の失踪事件に関わる男)、志垣太郎(タナカ=幻峰家のハウス・スチュワード〔家令〕)、栗原類(葬儀屋
ジェイ)などが出演している。
 『NANA』(監督:大谷健太郎、TBS=東宝=セディックインターナショナル=集英社=トゥループロジェ
クト=IMJエンタテインメント=MBS=アニプレックス、2005年)やその続篇で、高木泰士(ヤス) 役を演
じていた丸山智己が明石役で出演している。だいぶ感じが違うので、「10年も経つと変わるなぁ」と思って
観ていた。ヤスというキャラが好ましかったので、健在だったことが嬉しい。大谷監督との関係で、当該映
画の比較的重要な役柄に抜擢されたのかもしれない。
 また、悪の巣窟は製薬会社だったというオチは、『ミッション:インポッシブル2(Mission:Impossible
II, M:I-2)』(監督:ジョン・ウー〔呉宇森/John Woo〕、米国、2000年)で使われており、この作品に  
登場する感染すれば20時間で治癒不可能となり死亡するキメラと、その治療薬であるベレロフォンとの組み
合せ(ウィキペディアより)は、当該作品におけるネクローシスとその解毒剤との組み合せと相似形をなし
ている。あるいは、ヒントになったのかもしれない。なお、一般名詞としての「ネクローシス(Necrosis)」
は、壊死(えし)のことを指し、生物の組織の一部分が死んでいく様子、または死んだ細胞の痕跡のことで
ある(ウィキペディアより)。


 某月某日

 DVDで東映の娯楽時代劇を2本観たので報告しよう。ともに清水次郎長が登場するが、だいぶ様相が異な
るのは当然か。
 1本目は、『てなもんや三度笠』(監督:内出好吉、東映京都、1963年)である。人気TV番組の映画化で
ある。シリーズ化もされて、一世を風靡した。『ぴあ シネマクラブ』の記述を引用してみよう。

  「てなもんや」シリーズ

  1962年に始まった香川登志緒原作・沢田隆治演出によるTV番組『てなもんや三度笠』は、大阪はも
 ちろん東京でも高視聴率をマークし、その余勢を駆って映画化されることになった。主演はTVと同じ
 藤田まこと・白木みのるの凸凹コンビで、1963-67年まで全5本が製作された。喧嘩は弱いがハッタリ
 は人一倍というヤクザのあんかけの時次郎と、口八丁手八丁の小坊主・珍念が、毎回多彩なゲストを
 迎えて大騒動を巻き起こす。東映で製作された第1作、第2作はTV版の延長線上にある関西喜劇人の
 大挙出演によるバラエティーショウ的な色彩が濃かったが、宝塚映画製作・東宝配給による第3作か
 ら第5作までは、コメディアンの個人芸よりもスピーディーなストーリー展開に重点を置き、アイド
 ル歌手出演などで、若者層の獲得を狙った。

 TV番組としての当該作品に関して言えば、小生も微かに記憶している。熱心に観た覚えはないが、藤田ま
ことや白木みのるはしっかりと認識した。後に、藤田が「必殺」シリーズに中村主水役で登場したとき、コ
メディアンに腕の立つ同心役が務まるだろうかと危ぶんだが、見事嵌ったのを感心して観ていたものである。
1980年代の中頃、小生は藤田まことを新潟のどこかの駅で見たことがあるが、かなり派手な格好しており、
さすが芸能人だと思ったことがある。背も高く、周囲にオーラを放っていた。白木みのるに関しては、最近
になって、『テルマエ・ロマエ II』(監督:武内英樹、フジテレビ=東宝=電通=KADOKAWA、2014年)に
ラーメン屋の親爺の役で出演しており、懐かしかったことを覚えている。いずれにせよ、この頃のお気楽喜
劇映画は文句なしによい。時代が良かったためであろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  テレビの連続コメディ、香川登志緒原作を『いれずみ半太郎』の野上龍雄が脚色、『夜霧の上州路』
 の内出好吉が監督した時代喜劇。撮影は『唄祭り赤城山』の羽田辰治。

   〔あらすじ〕

  ヤクザあんかけの時次郎(藤田まこと)は、喧嘩は弱いが、ハッタリをきかすのはうまい、大阪生
 れの浪花っ子。ひょんなことから口八丁・手八丁の小坊主珍念(白木みのる)と知り合い二人の道中
 が始まった。その頃、殺し屋仲間では誰もが清水次郎長(花菱アチャコ)を斬って、日本一になろう
 と清水を目ざしていた。時次郎たちも清水へ向った。途中例のハッタリで殺し屋仲間のリーダーとな
 った二人だったが、だんだん恐しくなってきた。殺し屋どもの金を持って逃げようとしたが発見され、
 殺し屋・早斬りの馬吉(星十郎)を斬ってうまく逃れた時次郎は、すっかり自信を持った。彼は珍念
 のとめるのもきかず次郎長の首をとろうと出発した。二人は、清水港で次郎長一家に草鞋をぬいだ。
 ちょうどそこへ浪人黒手一角(堺駿二)から果し状がきた。ところが次郎長一家は食当りで苦しんで
 いた。時次郎が次郎長一家にかわって一角に立ち向わなければならなくなった。時次郎と珍念は奇策
 を用いて一角を倒した。一角の子分たち(元は、時次郎の子分たち)に囲まれ危くなった時、次郎長
 たちがかけつけ、二人は無事に助けられた。

 他に、大泉滉(大泉興左衛門=大坂東町奉行所奉行)、平参平(三平=岡っ引き)、秋田Aスケ(松)、
秋田Bスケ(竹)、夢路いとし(暗闇糸四郎=素浪人)、喜味こいし(人斬りの鯉四郎=同)、大村崑(崑
左衛門=忍者修行の男)、芦屋小雁(雁太郎=同)、芦屋雁之助(雁兵衛=崑左衛門や雁太郎の師匠)、赤
木春恵(お春=雁太郎の母親)、トニー谷(メリケン屋谷吉=地回りのヤクザ)、若水ヤエ子(カラミ屋お
八重=同)、鉄砲光三郎(魚屋光三郎=お八重と結ばれる)、茶川一郎(チャカ奴=時次郎に言い寄る芸者)、
坂本スミ子(スミ奴=歌う芸者)、熊谷武(市親分)、市川裕二(仁親分)、木島修次郎(ズンバラの鹿八=
馬吉に斬られる)、五里兵太郎(角親分)、阿部九洲男(丸親分)、伊吹幾太郎(ズブ源=時次郎の子分に
なる男)、高根利夫(バラ吉=同)、結城哲也(ハゲ六=同)、加藤浩(巨大漢=同)、時田一男(居酒屋
の亭主)、香山武彦(岩松=次郎長の子分)、汐路章(八百長)、西崎みち子(おみつ=八百長の娘)、東
竜子(おしの=チャカ奴に忠告する宿屋の女)、中村錦司(大政)、大井田健太(小政)、若井緑郎(殺し
屋)、松森幹治(同)、大東俊治(同)、西田良明(同)、畑中伶一(同)、土佐憲司(同)、田代進(同)、
智村清(同)、山下義明(同)、佐々木松之亟(同)などが出演している。
 蛇足ながら、「あんかけの時次郎」は、長谷川伸が1928年に発表した戯曲『沓掛時次郎』(くつかけとき
じろう)のパロディである。
 2本目は、『ひばりの森の石松』(監督:沢島忠〔後、正継〕、東映京都、1960年)である。ひばりは石
松のような飛び切り威勢のいい男をやらせたら、男性以上に張り切ってその役になり切るようだ。まさに、
はまり役のような大活躍である。
 物語を確認しよう。以下、上と同様である。

   〔解説〕

  『右門捕物帖 地獄の風車』のコンビ鷹沢和善の脚本を、沢島忠が監督した娯楽時代劇。撮影も同
 じく『右門捕物帖 地獄の風車』の伊藤武夫。

   〔あらすじ〕

  縞の合羽を海風になびかせて、三度笠、長脇差一本腰にぶちこんだ石松(美空ひばり)。逃げまど
 う旅鴉を追っかけて三人の渡世人が斬りつけるのを見て助太刀におよんだ。石松は大暴れの末、旅鴉
 を逃がしてやったが後が大変。三人の渡世人は清水一家の大政(加賀邦男)、小政(長島隆一)に、
 増川の仙右衛門(尾上鯉之助)で、逃げた旅鴉が仙右衛門の親の仇神沢の小五郎(徳大寺伸)だとい
 うのだ。石松は小五郎をさがしに船着場に日参した。ある日、船着場で盲人がフクロ叩きにあってい
 るのを目撃、石松はその盲人を救けたが、これが牛若の三次(里見浩太郎〔後、浩太朗〕)という盗
 人。しかし、三次から小五郎がドモ安一家に潜んでいることを聞き出した。石松は単身ドモ安一家に
 なぐりこみをかけた。これを聞いた次郎長一家も助太刀に出た。仙右衛門は親の仇を討った。石松は
 奉納金五十両を持って四国の金比羅さんに出発した。清水を出た途端、丸亀藩の千恵姫(植木千恵)
 と家老の田宮鉄斎(大河内伝次郎)が悪家臣の安藤伊十郎(沢村宗之助)に追われて逃げて来た。石
 松は千恵姫を救ったが、家老の田宮鉄斎は殺された。そこで三次に会い、三次は丸亀藩に注進のため
 一足先に出発、石松と千恵姫の二人旅が始まった。船中ではやくざ通の町人である久六(堺駿二)に
 おだてられいい気分だったが、讃岐の船着楊には、千恵姫の命を狙う安藤伊十郎らの悪家臣がずらり
 待ちぶせしていた。石松は千恵姫をかばって大活躍したが多勢に無勢、次第に追いつめられた。と、
 そこへ三次が案内する丸亀藩の忠臣が駈けつけ、無事千恵姫を救った。

 他に、美空ひばり(お君=茶摘み女/二役)、若山富三郎(清水の次郎長)、花房錦一〔後、香山武彦〕
(三保の豚松)、春海洋子(お弓=豚松の恋人)、松風利栄子(稲妻のおとし=盗人)、高島新太郎(田宮
鉄之助=鉄斎の息子)、阿部九州男(武居のドモ安)、吉田義夫(黒岩典膳=安藤伊十郎の配下)、高松錦
之助(大和田の友造=次郎長とドモ安の喧嘩を調停した親分)、中村時之介(津向の文吉=同)、中村幸吉
(中田格之進)、月形哲之介(虎)、古石孝明(熊)、尾形伸之介(佐川)、長田健(潮右衛門)、浜恵子
(お哥代)、月笛好子(お清)、舟橋圭子(お春)、紫ひづる(おたか)、島田秀雄(源助)、関根永二郎
(留七)、香月凉二(佐七)、杉狂児(安三)、冨久井一朗(長左衛門)、小田真士(信吉)、大丸巌(岩
太郎)、遠山恭二(池田又兵衛)、近江雄二郎(卜部新次郎)、大城泰(法印大五郎)、倉丘伸太郎(玉造
=三次の友人)などが出演している。
 美空ひばりの歯切れのいい啖呵を聞くための映画ではあるが、唄もけっこう歌っている。ついでに、里見
浩太郎の子守歌も聞ける。


 某月某日

 DVDで邦画の『赤い季節』(監督:能野哲彦、「赤い季節」製作委員会〔日活=ユニバーサルミュージッ
ク=バッド・ミュージック・グループ音楽出版=ベイス〕、2012年)を観た。監督の思い入れの強さを感じ
取ることはできたが、残念ながらその意図は明確には伝わってこなかった。個々のシーンには採るべきカッ
トもあるにはあったが、全体としてはバラバラで、中途半端な出来に終始している。新井浩文が主演なので
期待したが、どうしたことだろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  人気ロックバンド、The Birthdayのフロントマンを務めるチバユウスケのソロプロジェクト、SNAKE
 ON THE BEACHの楽曲を基に生まれたロックムービー。平穏を求め、一度は殺し屋稼業から足を洗った
 男を新井浩文が演じる。ロックバンド、爆弾ジョニーの新居延遼明が映画初出演するほか、村上淳、
 田口トモロヲら個性派が多数共演。

   〔あらすじ〕

  殺し屋家業から足を洗い、バイク屋で働く健(新井浩文)は、同じ世界にいた母のような陽子(風
 吹ジュン)とともに、平穏とはいえないまでもまっとうに暮らそうとしていた。しかし、忌まわしい
 過去はそう容易く健を自由にしてくれない。昔の先輩であり、今も殺し屋を続けるアキラ(村上淳)
 が再び健を仲間に入れようとバイク屋に足を運ぶようになったのだ。健を元の世界に戻したくない陽
 子、どうしても健が必要なアキラ。だが、そんな彼らの思惑をよそに、健はある決意をしていた。10
 年前、刑事だった健の父(永瀬正敏)は、何者かの手によって殺害された。あのとき、父を殺したの
 は一体誰だったのか。最後に父がやり残したことは果たして何だったのか。拳銃を手にした健は、両
 親を事故で失った傷心の剛(新居延遼明)とともに、真実を求めてバイクで走り出す……。

 他に、中村達也、チバユウスケ、イマイアキノブ、泉谷しげる、渡辺真起子、戌井昭人、柳俊太郎、辻本
一樹、Min、朝香賢徹、瀬戸垣内樹、久保健斗、坂田かよ、奥村勲などが出演している。なお、配役の詳細
は不詳である。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。両者ともに一世を風靡した女性が主演の映画なので、時代の象徴と
も言える「女」に出会うことができる。もっとも、従来の女性像を破っているところが見所か。
 1本目は、『豪姫』(監督:勅使河原宏、松竹=勅使河原プロ=テレビ朝日=博報堂、1992年)である。
主演の宮沢りえは前年の1991年に写真集『Santa Fe』で話題を攫っており、人気絶頂時と言ってよい。もち
ろん、当該作品が公開されたことは知っていたが、監督が勅使河原宏であるにも拘らず、とくに劇場で観た
いとも思わなかった。『利休』(監督:勅使河原宏、勅使河原プロ=松竹映像=伊藤忠商事=博報堂、1989
年)の続篇に当たるが、そちらの方の興味もあまり湧かなかった。その後、DVD化されたことはもちろん知
ってはいたが、なぜか触手が動かなかった。今回観ようと思ったのは、何となくである。なお、宮沢りえの
声のトーンが高かったので、その点が惜しまれた。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  秀吉の養女にして奔放な豪姫と、利久亡き後の猛将かつ反骨の茶人・織部。権力者・家康になびく
 ことなく自由を貫いた2人の生き様を重厚なタッチで描く、脚本・監督は『利休』の勅使河原宏。共
 同脚本は同作の赤瀬川原平。撮影は『陽炎』の森田富士郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  天正十九年、時の権力者・豊臣秀吉(笈田勝弘)の命により、茶頭・千利休は自刃。山城の大名で
 あり、利休の高弟でもあった古田織部(仲代達矢)が、その後釜として秀吉の茶頭を命ぜられる。そ
 んな織部を“オジイ”と言い慕う男まさりの豪姫(宮沢りえ)は、加賀の大名・前田利家の四女だっ
 たが、生まれてすぐに秀吉の養女となった。そんな折り、京都の二条河原に自刃した利休の生首が晒
 されていた。それも利休の木像に踏み付けられる形で。一代の茶人であった人物を愚弄する卑劣な所
 業に憤りを覚えた豪姫は、織部の屋敷に仕える庭番・ウス(永澤俊矢)とともに利休の首を奪い去る。
 ウスは奪った首を利休の娘・お吟(真野響子)に届けるが、首を見たお吟は突然自刃。実はお吟は利
 休の妾だった。それに動揺したウスはひとり都を離れた。その後、彼は山中で喜多淳斎と名乗る老人
 (三國連太郎)とともに暮らす。淳斎は高山右近(松本幸四郎)の家臣であったが、キリシタンであ
 った右近が秀吉の禁圧に抗して大名をやめてしまったため、落武者の身となっていた。慶長三年、秀
 吉死去。同じく五年、関ヶ原の戦いによって徳川家康(井川比佐志)が天下を治める。淳斎は右近に
 徳川討伐の決起を促すが、その申し出を断られた彼は失意のうちに非業な最期を遂げる。慶長八年、
 江戸幕府が開かれ、ウスが山に消えて以来、20余年が経った。織部は、関ヶ原で徳川側についた功で、
 二代目将軍・秀忠の茶頭に任命されるが、自由な芸術活動を続ける彼と、権力者然と振る舞う家康と
 の間には次第に深い溝ができる。豪姫は宇喜多秀家に嫁いだが、関ヶ原で豊臣側についた秀家は、息
 子たちとともに八丈島へ流刑されてしまう。そんなある日、ウスと運命的な再会をした豪姫は、ウス
 を自分の屋敷に客人として住まわせる。徳川監視下で何もできず、気力が失せかけていた豪姫は、利
 休の命日に織部、右近、細川忠興(山本圭)を招いて茶会を開くが、徳川の圧力により、結局、訪れ
 たのは織部ひとりだけだった。そのころ、織部の重臣・木村宗喜(高城淳一)と息子が、徳川への謀
 反を謀った嫌疑で逮捕され、織部にも閉門命令が下った。そして豪姫の屋敷の周囲は徳川の兵士によ
 って埋め尽くされて、やがて織部は切腹、非業な最期を遂げるのだった。

 他に、江波杏子(とわ)、すまけい(蒲生氏郷)、別所哲也(前田利常=豪姫の弟)、花澤徳衛(老僕)、
名古屋章(鳥居)、川津祐介(板倉勝重=京都所司代)、森山潤久(寺崎義道=板倉の配下)、大川ひろし
(内藤)、伊藤高(覆面の首領)。丹野由之(右近の側近)、藤波晴康(同)、山本昌平(豪姫に狼藉をは
たらこうとする浪人)、新海丈夫(同)、戸塚孝(同)、植野葉子(遊女)、吹田明日香(侍女)、長嶺尚
子(同)、永井三希子(同)などが出演している。
 なお、実在の人物としての豪姫や古田織部(重然)は、当該映画の原作(富士正晴)に描かれている人物
とはもちろん異なるのだろう(さらに、映画も原作とは異なるのだろう)。それゆえ、実在の人物としての
豪姫や織部についての簡単な記述を、以下に<ウィキペディア>から引用しておこう。


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 豪姫(1574年〔天正二年〕-1634年〔寛永十一年〕)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての女性。
宇喜多秀家の正室。前田利家の四女。豊臣秀吉の養女。羽柴氏。南の御方、備前の方、京。樹正院。洗礼名
「マリア」。
 天正二年(1574年)、織田氏家臣・前田利家の四女として尾張国荒子(愛知県名古屋市)に生まれる。生
母はまつ(芳春院)。
 数え二歳の時(『川角太閤記』)、父の利家が羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)との仲を深めるため、子のなかっ
た秀吉夫婦の養女として出された。豪姫は秀吉や正室の寧々に太閤秘蔵の子として寵愛されたといわれる。
わずか数え二歳の時点で養子に出したことから利家と秀吉の間柄には信頼関係が醸成されていたことが窺え
る。その後、一時播磨姫路城にいたらしい。
 天正十六年(1588年)以前に秀吉の猶子であった備前国(現・岡山県)の戦国大名で岡山城主・宇喜多秀
家の妻として嫁ぎ、「備前御方」と呼ばれ、文禄二年には「南御方」と改称した。また、両者の婚姻は天正十四
年(1586年)とする説もある。秀規・秀高・秀継・理松院(山崎長卿・富田重家室)・先勝院(伏見宮貞清
親王・善福寺住職宣勝室)を産む。ところが、慶長五年(1600年)、秀家が関ヶ原の戦いで石田三成ら西軍
方に属していたため、戦後に宇喜多氏は改易。秀家は薩摩に潜伏し島津氏に匿われる。しかし慶長七年(16
02年)、島津氏が徳川家康に降ったため、秀家は助命を条件に引き渡され、息子二人とともに慶長11年(16
06年)に八丈島に流罪とされた。
 宇喜多家が没落後、北政所に仕えていたが、洗礼を受けたのち、慶長十二年(1607年)頃、金沢に引取ら
れた。その際、中村刑部と一色主膳が供として従い、豪は化粧料として1,500石を受け、金沢西町に居住し
た。これに伴い一族の宇喜多久閑も来沢して前田家から1,500石を与えられた。ロドリゲス・ジラン神父は
豪姫が洗礼を受けたことをローマに報告しており(『一六〇六の年報』)、その信仰の先達を勤めたのは
内藤ジュリアであったともいわれている。
 寛永十一年(1634年)5月、死去。享年61歳。法名は、樹正院殿命室寿晃大禅定尼。葬儀は宇喜多氏の菩
提寺、家臣であった中村刑部・一色主膳ら多くの有縁の方によって浄土宗大蓮寺で行われた。

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 次いで、古田織部についても引用しよう。


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  古田 重然(ふるた しげなり、ふるた しげてる/1543年〔天文十二年〕-1615年〔慶長二十年〕)は、
戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。一般的には茶人・古田織部(ふるた おりべ)として知
られる。「織部」の名は、壮年期に従五位下織部正(織部助)の官位に叙任されたことに由来している。千
利休が大成させた茶道を継承しつつ大胆かつ自由な気風を好み、茶器製作・建築・庭園作庭などにわたって
「織部好み」と呼ばれる一大流行を安土桃山時代にもたらした。

 武将・重然

 天文十二年(1543年)、美濃国本巣郡の山口城主・古田重安の弟・古田重定(勘阿弥、還俗し主膳重正と
改名したという)の子として生まれ、後に伯父・重安の養子となったという。家紋は三引両。『古田家系図』
に重定は「茶道の達人也」と記されていることから、重然も父の薫陶を受け武将としての経歴を歩みつつ、
茶人としての強い嗜好性を持って成長したと推測される。しかし、松屋久重編の「茶道四祖伝書」では佐久
間不干斎(信栄)からの伝聞として「織部は初めは茶の湯が大嫌いであったが、中川清秀にそそのかされて
上々の数寄者になった」と記されていることや、重然の名が茶会記に初めて記録されるのが天正十一年(15
83年)の重然40歳のときとかなり遅いことから、若い頃は茶の湯に興味がなかったとする研究者もおり、事
実ははっきりしない。
 古田氏は元々美濃国の守護大名土岐氏に仕えていたが、永禄九年(1567年)、織田信長の美濃進駐ととも
にその家臣として仕え、重然は使番を務めた。翌年の信長の上洛に従軍し、摂津攻略に参加したことが記録
に残っている。永禄十一年(1569年)に摂津茨木城主・中川清秀の妹・せんと結婚。
 天正四年(1576年)には山城国乙訓郡上久世荘(現在の京都市南区)の代官となった。天正六年(1578年)
7月、織田信忠の播磨神谷城攻めに使番として手柄を立て、同年11月に荒木村重が謀反(有岡城の戦い)を
起こした際には、義兄の清秀を織田方に引き戻すのに成功する。 その後も羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の播
磨攻めや、明智光秀の丹波攻め(黒井城の戦いなど)、甲州征伐に清秀とともに従軍し、禄高は300貫と少
ないながらも武将として活動している。
 信長死後は秀吉に仕え、山崎の戦いの前に中川清秀に秀吉へ人質を出すことを認めさせたという逸話[が
残る。天正十一年(1583年)正月に伊勢亀山城の滝川一益を攻め、同年4月の賤ヶ岳の戦いでも軍功をあげ
る。この時、清秀が戦死したため重然は清秀の長男・秀政の後見役となり、翌年の小牧・長久手の戦いや
天正十三年(1585年)の紀州征伐、四国平定にも秀政と共に出陣している。
 同年7月、秀吉が関白になると、重然は年来の功績を賞され従五位下織部助に任ぜられた。このとき、義
父・重安の実子で義弟に当たる重続を美濃から呼び寄せ、長女・せんを中川秀政の養女とした上で配偶し中
川家の家臣としたという。この重続の子孫は、重然の正系が絶えた後も中川氏の家老として存続した。同年
9月、秀政の後見を免ぜられる。その後、九州平定、小田原征伐に参加し、文禄の役では秀吉の後備衆の一
人として150人の兵士を引き連れ名護屋城東二の丸に在番衆として留まり、朝鮮には渡らなかったとみられ
る。

 茶人・織部とその友誼

 天正十年(1582年)から千利休の書簡に重然の名前(左介)が見える。この間に利休と知り合い弟子入り
したものと考えられ、のちに利休七哲のひとりとされる。天正十九年(1591年)に秀吉によって利休の追放
が決まると利休と親交のあった諸将が秀吉を憚って現れない中、重然と細川忠興のみが堂々と利休の見送り
を行った。利休死後は、天下一の茶人となった。慶長三年(1598年)には子の重広に家督を譲ったとされる
が、史料に確認できない。
 慶長五年(1600年)9月の関ヶ原の戦いでは東軍に与した。
 この時期の重然は茶の湯を通じて朝廷・貴族・寺社・経済界とさまざまなつながりを持ち、全国の大名に
多大な影響を与える存在であり、太閤秀吉の数寄の和尚(筆頭茶堂)、次いで二代将軍・徳川秀忠の茶の湯
の指南役にも抜擢されている。

 最期

 慶長二十年(1615年)、大坂夏の陣の折りに重然の重臣である木村宗喜が豊臣氏に内通して京への放火を
企んだとされる疑いで京都所司代の板倉勝重に捕らえられた。重然も冬の陣の頃から豊臣氏と内通しており、
徳川方の軍議の秘密を大坂城内へ矢文で知らせたなどの嫌疑をかけられ、大坂落城後の6月11日(7月6日)
に切腹を命じられた。重然はこれに対し、一言も釈明せずに自害したといわれる。享年73歳。宗喜も処刑さ
れている。12月に後嗣で長男の重広も江戸で斬首され(『断家譜』)、ついに古田家は断絶した。
 茶の湯の師である千利休同様に反骨精神が旺盛で、江戸幕府の意向を無視することが少なくなく、その影
響力を幕府から危険視されていたことが背景にあったと考えられている。
 なお、次男・重尚(前田利常家臣)、三男・重広(小三郎、池田利隆家臣)、四男・重行(九八郎、豊臣
秀頼家臣)、五男・重久(左近、徳川秀忠家臣)がいたとされるが、史料で確認できない。重然の妻の隠居
所が興聖寺の塔頭にあったといい、そこには重然の墓の左右に墓石が並んでいる。

 織部の茶の湯

 織部は千利休の「人と違うことをせよ」という教えを忠実に実行し、利休の静謐さと対照的な動的で破調
の美を確立させ、それを一つの流派に育て上げた。職人や陶工らを多数抱え創作活動を競わせ、自らはいわ
ば茶の湯のコーディネーターとして指導にあたった。茶の湯の弟子とされる人物には小堀遠州、上田宗箇、
徳川秀忠、金森可重、本阿弥光悦、毛利秀元らがいる。
 織部好みの代表的な茶室に、藪内流の「燕庵(えんなん)」がある。しかし、織部から譲り受けた当時の
建物は1864年の蛤御門の変で焼失し、現存の「燕庵」は見舞いとして有馬郡結場村の武田儀右衛門邸から移
築された写しのものである。茶書としては『織部百ヶ条』などを残したが、百ヶ条で伝存しているもののほ
とんどは写しである。なお、書家として織部の書は左へ斜めにずれるのが特徴で、本阿弥光悦に影響を与え
たとする説もある。
 博多の豪商、神谷宗湛は、織部の茶碗を見た時、その斬新さに驚き、「セト茶碗ヒツミ候也。ヘウゲモノ
也」と、『宗湛日記』に書いている。なお、織部が用いた「破調の美」の表現法に器をわざと壊して継ぎ合
わせ、そこに生じる美を楽しむという方法があり、その実例として、大きさを縮めるために茶碗を十字に断
ち切って漆で再接着した「大井戸茶碗 銘須弥 別銘十文字」や、墨跡を2つに断ち切った「流れ圜悟」があ
げられる。
 織部について加藤唐九郎は「利休は自然の中から美を見いだした人だが作り出した人ではない。織部は美
を作り出した人で、芸術としての陶器は織部から始まっている」と述べた。司馬遼太郎は「おそらく世界の
造形芸術史のなかで、こんにちでいう前衛精神をもった最初の人物ではないかとおもう」とその芸術志向を
評している。なお、織部が利休死後、他の名だたる茶人たちを抑えて「天下一の茶の湯名人」と謳われたの
は、織部のもつ大名という高い身分の力もあるという見方がある。

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 以上である。
 2本目は、『べらんめえ芸者』(監督:小石榮一、東映東京、1959年)である。ひばりが22歳の絶頂期で、
この年には当該作品を含めて14本の映画に出演している。なお、「べらんめえ芸者」はシリーズ化されてい
る。『ぴあ シネマクラブ』の記述を引用してみよう。

  「べらんめえ芸者」シリーズ

  美空ひばりを下町のイキな鉄火芸者に仕立てたコメディー・タッチのシリーズ。1959年の第1作     
 『べらんめえ芸者』から、1963年の『べらんめえ芸者と丁稚社長』まで、全8本が作られた。美空
 ひばりがイキなタンカを切るのが見せ場の一つで、新人時代の高倉健や梅宮辰夫が、相手役で名を
 連ねている。

 なお、小生はすでに、第7作に当たる『べらんめえ藝者と大阪娘』(監督:渡辺邦男、ニュー東映、1962
年)〔「日日是労働セレクト116」、参照〕を観ている。この頃の作品の面白さのひとつは、今でも残っ
ている習慣と、今では廃れてしまった習慣が混淆していることである。花占い(花びらを一枚ずつ抜いてい
き、その度に、好き、嫌い、を繰り返し、最後に残った花びらが「好き」だったら、その恋は成就するとい
った類のもの)など、今どきの人がやるだろうか。さらに、「商業道徳」という言葉も久しぶりに耳にした。
いちばん傑作だと思った台詞は、小春(ひばりの役)の「これからは何でもスピード時代よ」という言葉を
受けて父親の大工の棟梁が放ったそれで、「スピードなんていう道具はうちにはねぇや」である。いかにも
江戸っ子気質の大工(「でぇく」と発音する)が言いそうな台詞である。
 さて、物語を確認してみよう。以下、これも上と同様である。

   〔解説〕

  美空ひばりのべらんめえシリーズの第三作。『いろは若衆 花駕篭峠』のコンビ笠原良三と笠原和
 夫の脚本を、『ふたりの休日』の小石榮一が監督し、『べらんめえ探偵娘』の西川庄衛が撮影した。
 
  註:ここで「第三作」とあるのは、同年の作品『東京べらんめえ娘』、『べらんめえ探偵娘』に続く
    作品だからである。

   〔あらすじ〕

  小春姐さん(美空ひばり)の親父・小杉政五郎(志村喬)は大工の棟梁で昔気質の頑固者である。
 その政五郎に弟子入りしたいというのが大学出のインテリ竹田健一(江原真二郎)だ。平和建設社長
 竹田熊吉(殿山泰司)の一人息子だが、国際建築博覧会に出品する茶室の設計図の件で、親父と衝突
 し家を飛出したのである。健一と小春は宴会の席での顔なじみだった。ところが、政五郎と熊吉はか
 つての大工仲間だったのだ。政五郎は健一の弟子入りをはねつけた。というのは、以前、小春が呉服
 商小松屋の勝本太市郎(十朱久雄)の息子正雄(小野透)を預るという条件で、政五郎を平和建設に
 太市郎を通して就職の依頼をしたのだ。社長風を吹かせる熊吉の態度に政五郎はカンカンだった。し
 かし、健一はかまわず政五郎の家に居すわった。健一はよく働き、政五郎に気に入られるようになっ
 た。小春は健一が好きになったようだ。が、熊吉は小春に健一には関係のあった女がいると言った。
 小春はうっかりそれを信じ、健一を家から追い出した。折も折、政五郎の作った茶室の雛型が評判に
 なり、ニューヨークの展示会に本建築で出すことに決まった。しかし、設計図を政五郎が宝建設の請
 負土建業者白木(沢彰謙)に貸してしまい、その上何者かの手によって雛型が壊されるという事態が
 持上った。平和建設の競争相手の宝建設があやしい。小春、健一、政五郎らが社長の千田(佐々木孝
 丸)に詰めよっているところへ、刑事が踏みこんだ。破壊作業を宝建設から強制された一人が、自首
 したのである。これを機に、熊吉と政五郎の仲も円満におさまった。小春と健一の新婚家庭が見られ
 るのも間近いようだ。

 他に、清川虹子(竹田清子=熊吉の妻、健一の母)、岡村文子(勝本すみ=太市郎の妻、正雄の母)、三
浦光子(浜竜)、星美智子(桃千代)、藤井薫子(ぶん子=正雄と仲のよい芸者)、阿久津克子(まり子=
ぶん子の相棒)、光岡早苗(のぶ江)、桂京子(芳江)、花房千晴(玉乃)、田中和子(小鈴)、田中恵美
子(初栄)、白河道子(染菊)、不忍郷子(しげ)、吉川満子(秋山さと=「若波」の女将)、八代万智子
(片桐多恵子=宝建設の秘書)、増田順司(島岡=同じく秘書課長)、山本緑(京子)、大東良(増田)、
悠玄亭玉介(音八=幇間)、花澤徳衛(為造=政五郎が一人前にした左官)、岡部正純(光一)、曽根秀介
(常三)、桧有子(ひさ)、伊藤敏孝(昇)、須藤健(浦島=桃代の旦那)、北川恵一(桑原)、石森武雄
(高木)、滝川潤(吉村)、植松鉄男(重さん)、曽根晴美(チンピラ)などが出演している。
 千田が、「ビジネスマンシップ」という言葉を、女をあきらめずに口説くことの意味で使った際、すかさ
ず小春が返した言葉が決っていた。いわく、「ヒジテツマンシップ」。思わず笑った。なお、この頃の小型
タクシーの初乗り料金は80円だった。ラーメンの値段が30円くらいの頃だったので、けっこう高かったと思
うが、どうだろうか。


 某月某日

 久々に10月10日が体育の日となった。調べてみたら、2011年以来らしい。次の予定は2022年。その日も今
日同様、日本晴れだろうか。やはり、10月10日はスカッと晴れる確率が高い。やっと本物の秋を感じること
ができた。
 さて、DVDで邦画を4本観たので報告しよう。いずれも日常をちょっとずらした話で、それなりによくで
きた映画であった。1本目は、『ジャンプ』(監督:竹下昌男、「ジャンプ」パートナーズ〔エンジンネッ
トワーク=バンダイビジュアル=IMAGICA〕、2003年)である。正直に書くが、この映画は少し応えた。と
いうのも、この映画の主人公と同様、小生は大切な人に失踪された経験をもっているからである。その後、
その人と再会することは叶ったのだが、いまだに失踪の真相は分からないままである。もう40年以上も前の
ことなので、いまさらどうこうするつもりはまったくない。しかし、やはり一連の出来事が小生に及ぼした
影響は大きく、小生の人生を彩る重要なファクターになっている。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  佐藤正午の同名小説を映画化した恋愛ミステリー。お笑いトリオ、ネプチューンの原田泰造がシリ
 アスな主人公を好演し、恋人に去られた男の優柔不断さを繊細に体現する。

   〔あらすじ〕

  「リンゴを買って来る」。そう言い残して、半年付き合った恋人・南雲みはる(笛木優子)が姿を
 消した。わずかな手がかりを頼りに、彼女の行方を捜し始める三谷純之輔(原田泰造)。やがて彼は、
 幾つもの偶然が重なって、彼女が静岡へ向かったことを突き止める。だが、その後の足取りは杳とし
 てつかめず、知らぬ間に部屋も引き払われてしまった。何故、彼女は失踪したのか? 何故、自分は
 一番大切な人のこころの変化に気づかなかったのか? 失意のまま、半年の時が流れた。ある日、三
 谷はみはるの生き別れた父・江ノ旗耕一(伊武雅刀)が福岡の能古島にいることを知り、彼を訪ねる。
 果たして半年前、みはるは父に会いに来ていた! しかし結局、その父も彼女のそれからの消息を知
 らず、それを機に三谷はみはるのことを諦める決意をするのであった。ところが5年後、同僚の鈴乃
 木早苗(牧瀬里穂)と結婚し一児を儲けた彼は、出張先の福岡で思いがけずみはるの行方を知ること
 となる。彼女は、伊万里で陶芸をしているらしい。そこで、伊万里に向かった三谷はみはると再会、
 失踪のわけを聞き出した。失踪の原因 ── それは、あの日に配達された早苗からの手紙にあった。
 そこには、早苗の三谷に対する愛が綿々と綴られており、みはるはその想いの深さに負けて彼の前か
 ら姿を消したのだ。では、もしあの時別の選択をしていたとしたら? それでも、今と結果は同じに
 なっていたに違いない。そう確信した三谷は、みはると別れ、妻子の待つ東京へ帰って行くのだった。

 他に、光石研(松永=三谷の上司)、鈴木砂羽(天笠みゆき=みはるの姉)、金久美子(バーのママ=な
ぜか、酒のあまり強くない三谷にアブジンスキー〔アブサン+ドライジン+ウイスキーのカクテル。強い酒
の代表格〕を勧めた)、唯野未歩子(濱口瑠美子=みはるの友人)、菅原大吉(派出所の警官)、秋山菜津
子(看護師)、寺島進(コンビニ店の店長)、平泉成(企画部部長)、上田耕一(寮の管理人)、中井貴一
(営業課長)、松下恵(上山悦子=みはるが病院まで付き添った大学生)、佐藤隆太(コンビニ店の店員)、
青木さやか(TVリポーター=江ノ旗耕一の流木芸術をTVで紹介)などが出演している。
 細部を丁寧に描いており、「こんな偶然があるのだろうか」という鑑賞者の疑問を上手に解消している。
日本における失踪者は年間10万人だそうだから、こんな物語があっても不思議ではないという風に……。以
前は、「人間蒸発」という表現も使われていたが(実際、今村昌平の作品リストに存在する)、今はあまり
聞かない。詳細は省くが、みはるの父の言葉である「核心は靴にある」(人の思惑を超えた出来事、ここで
の例は靴を欲しがったこと、それが人の運命を簡単に変えてしまうということ)は、小生には納得のできる
言葉であった。ほんのちょっとした行き違いが、ときには大きな溝を生む契機となるのである。この竹下昌
男監督、以後監督した作品はないらしいが、その才能からして、新作を期待したい。
 2本目は、『偉大なる、しゅららぼん』(監督・水落豊、「偉大なる、しゅららぼん」製作委員会〔アス
ミック・エース=東映=キングレコード=木下グループ=ティー ワイ リミテッド=集英社=東映ビデオ=
博報堂=KDDI=Gyao!〕、2014年)である。これは不思議な物語。以前、琵琶湖周辺の一族が登場する『十
兵衛暗殺剣』(監督:倉田準二、東映京都、1964年)〔「日日是労働セレクト114」、参照〕という作品
を観たことがあるが、それを思い出した。竹生島を根城にする盗賊「湖賊」と手を組んだ幕屋大休(大友柳
太朗)と、柳生十兵衛(近衛十四郎)との一騎打ちが見ものの時代劇の佳作である。また、雄琴の風俗嬢が
主人公である不思議な作品『幻の湖』(監督:橋本忍、橋本プロダクション、1982年)〔「日日是労働セレ
クト121」、参照〕も連想した。琵琶湖ぐらいの大きな湖となると、いろいろな幻想を醸しても不思議で
はないかもしれない。小生も琵琶湖の北に位置する余呉湖には思容れがあり、どんな作品かはすっかり忘れ
たが、誰か芭蕉の弟子の有名な俳句があったはずである。
 物語を確認しておこう。以下、上と同様。

   〔解説〕

  映画化された『鴨川ホルモー』などマキメワールドと称される独特の世界観で知られる万城目学の
 同名小説を映画化したアドベンチャー。琵琶湖のほとりに住み、不思議な力を備えた高校生の青年と
 彼のもとにやってきた青年が繰り広げる騒動が描かれる。濱田岳、岡田将生らが、赤い制服に身を包
 んだ高校生に扮し、笑いを誘う。

   〔あらすじ〕

  琵琶湖畔の街、石走(いわばしり)〔=琵琶湖の湖東にある架空の城下町。地名は近江の枕詞「石
 走る」に由来する〕に住む本家の元へやってきた日出涼介(岡田将生)。本家の日出家は1,300年来
 代々琵琶湖から不思議な力を授かる一族で、涼介は高校への進学を期に修行するために本家で居候を
 始める。日出家は江戸時代に建てられた石走城に住み、石走の街を牛耳っていた。本家の跡取り息子・
 淡十郎(濱田岳)は最強の力の持ち主とされ、人々から崇め奉られていた。その姉・清子(深田恭子)
 は「グレート清子」と呼ばれるほどあまりに強大な力を持つため社会に馴染めず、城に引きこもって
 いた。城での暮らし、白馬を乗りこなす清子、本家の船頭である源治郎(笹野高史)が漕ぐ船での登
 校など、涼介にとっては本家での生活は戸惑うことだらけだった。さらに生まれながらにして殿であ
 る淡十郎と接するうちに供の者として扱われ、自ずと主従関係ができてしまう。ある日、淡十郎は彼
 らが通う石走学園の校長・速水義治(村上弘明)の娘・沙月(大野いと)に恋をする。しかし、沙月
 が思いを寄せるのは同じクラスの棗広海(渡辺大)であることを知り、尋常ではないほど取り乱す淡
 十郎。広海のいる棗家もやはり力を持っており、1,300年に亙り日出家とライバル関係にある一族だ
 った。元々いがみあっていた両家は淡十郎の小さな失恋をきっかけにさらに対立を深め、やがて世界
 を滅ぼしかねない大騒動を巻き起こす……。

 他に、貫地谷しほり(藤宮濤子=日出家六代目師範)、佐野史郎(日出淡九郎=淡十郎・清子の父親)、
高田延彦(棗永海=棗家の当主、広海の父親)、森若香織(棗の母=広海の母)、田口浩正(日出洋介=涼
介の父親)、柏木ひなた(棗潮音=広海の妹)、小柳友(葛西=淡十郎によって成敗された同級生)、津川
雅彦(日出淡八郎=淡九郎の父、淡十郎の祖父)、渡辺哲(林=淡九郎の取引相手)、浜村淳(「ありがと
う」の小父さん)などが出演している。
 「しゅらら」は龍のゲップの音。「ぼん」は同じく龍の屁の音。大きな龍が物語を締め括る不思議な物語
としては、『インスタント沼』(監督:三木聡、「インスタント沼」フィルムパートナーズ〔アンプラグド
フィルム=角川映画=ポニーキャニオン=シネマ・インヴェストメント〕、2009年)〔「日日是労働セレク
ト66」、参照〕がある。
 3本目は、『アフロ田中』(監督:松居大悟、「アフロ田中」製作委員会〔ハピネット=ショウゲート=
小学館=日本出版販売=スモーク=Yahoo! JAPAN=ソニーPCL〕、2012年)である。松田翔太が出ているの
でいずれ観ようとは思っていたが、何となく面白くなさそうなので敬遠していた作品である。単純な青春映
画ではあるが、勘所は押さえていると思う。
 これも、以下、同様。

   〔解説〕

  のりつけ雅春の人気コミック『上京アフロ田中』を実写化。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』
 で演技力を高く評価された松田翔太が、彼女いない歴24年、妄想だらけのむっつりスケベな主人公・
 田中広を嬉々として好演。ヒロイン役の佐々木希のほか、辺見えみりなど脇を固める個性派キャスト
 の豪華顔ぶれも見逃せない。

   〔あらすじ〕

  強烈な天然パーマでこの世に産まれ落ちた田中広(松田翔太)。幼い頃からその髪質ゆえ理不尽な
 イジメを受け、不遇の少年時代を過ごしてきた。成長し高校生となった田中はノープランのままその
 場のノリで学校を中退。その後、さらなる自由を求めて埼玉から上京する。肉体労働で日々汗を流し
 ながら、田中は24歳を迎えるが、いまだ、彼女も出来ない寂しい生活を送っていた。そんな時、高校
 時代からつるんできた地元の仲間たちの1人、井上真也(駒木根隆介)が、結婚するという知らせが
 舞い込む。高校時代の約束を思い出し、真っ青になる田中。その約束とは“仲間5人のうち誰かが結
 婚する日には、その時の彼女を連れてくる”というものだった。焦る田中の前に、隣に引っ越してき
 た加藤亜矢(佐々木希)が現れる。そのあまりの可愛さに激しくこころをときめかす田中だったが、
 「あんなのどうこうできるはずないだろ」と、瞬時に諦めてしまう。そんな中、田中は彼女がいない
 ことを仲間たちに告白しようと決め、帰郷。だが半年ぶりに再会した仲間たちは、それぞれ適度に生
 活に疲れながらも、身の丈にあった彼女をしっかり作っており、結局、田中は彼女がいる振りを続け
 るしかなかった。東京に戻った田中は、精力的に合コンに参加する日々をスタート。だが頭でっかち
 で、ことごとくズレている田中を相手にする女子がいるはずもない。合コンで出会ったユミ(原幹恵)
 となんとか連絡先を交換し、ホテルまで行くはめになるものの、やはり肝心なところでうまくいかな
 い。もはや悟りの境地まで達した田中は、すべてを諦めようとするが、そんな時、隣室から悲鳴が。
 「ゴキブリが出た」とかわいく騒ぐ亜矢を助けたことがきっかけで、2人の仲はまさかの急接近。煩
 悩を捨てようと一人戦う田中だが、亜矢の魅力の前にあふれ出る好意(と性欲)を抑えられない。そ
 して遂に運命のクリスマスが訪れる。友達との約束が急遽なくなってしまったと言いながら「もしよ
 ろしければ、お食事でも」と頬を赤らめながら、健気に田中を誘う亜矢。一気に幸せの絶頂まで駆け
 上る田中をもう誰も止められない。まるで恋人同士のようにクリスマスデートを楽しむ田中と亜矢だ
 ったが、そこには大きな落とし穴が待ち受けていた……。

 他に、堤下敦(大沢みきお=五人組のひとり)、田中圭(岡本一=同)、遠藤要(村田大介)、美波(吉
岡幸子〔さっちゃん〕=みきおの彼女、元AV嬢)、リリー・フランキー(田中広の勤める旭工務店の社長)、
吹越満(鈴木シンジ=同じく同僚)、皆川猿時(西田シンジ=同)、辺見えみり(田中広の母)、武田修宏
(妄想サッカー・シーンの登場人物)、佐藤二朗(結婚式の司会者)、山田真歩(二階堂麗子〔ロボ〕=真
也の彼女)、長塚圭史(高校の担任)などが出演している。
 4本目は、『僕達急行 A列車で行こう』(監督:森田芳光、「僕達急行」製作委員会〔東映=木下工務
店=バンダイビジュアル=東映ビデオ=フィールズ=WOWOW=アサツー デイ・ケイ=東映アニメーション=
テレビ朝日=朝日放送=イノベーションデザイン=メーテレ=北海道放送=九州朝日放送=読売新聞社=長
崎文化放送=熊本朝日放送=大分朝日放送=鹿児島放送〕、2012年)〔「メーテレ」の「ー」は、波線。フ
ォントがないので、音引で代用〕である。「鉄オタ」(「鉄道ファン」もしくは「鉄道マニア」)のロード・
ムーヴィーである。なお、森田芳光監督の遺作でもある。彼の作品は、以下に記すように18本観ている。さ
すがというか、これもどこか不思議な物語である。

  『の・ようなもの』、監督:森田芳光、N.E.W.S.CORPORATION、1981年。
  『家族ゲーム』、監督:森田芳光、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1983年。
  『ピンクカット 太く愛して深く愛して』、監督:森田芳光、にっかつ、1983年。
  『メイン・テーマ』、監督:森田芳光、角川春樹事務所、1984年。
  『ときめきに死す』、監督:森田芳光、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、1984年。
  『それから』、監督:森田芳光、東映、1985年。
  『キッチン』、監督:森田芳光、光和インターナショナル、1989年。
  『(ハル)』、監督:森田芳光、光和インターナショナル、1995年。
  『失楽園』、監督:森田芳光、角川書店=東映=日本出版販売=三井物産=エースピクチャーズ、1997年。
  『黒い家』、監督:森田芳光、『黒い家』製作委員会=松竹、1999年。
  『39 ー刑法第三十九条ー』、監督:森田芳光、光和インターナショナル、1999年。
  『模倣犯』、監督:森田芳光、東宝=小学館=博報堂=日本出版販売=毎日新聞=スポーツニッポン
   新聞社=TOKYO FM=日本テレビ放送網、2002年。
  『阿修羅のごとく』、監督:森田芳光、東宝、2003年。
  『海猫』、監督:森田芳光、東映=東映ビデオ=テレビ朝日=カルチュア・パブリッシャーズ=
   S・D・P=朝日放送=ギャガ・コミュニケーションズ=北海道新聞社=東京都ASA連合会=朝日
   マリオン21、2004年。
  『間宮兄弟』、監督:森田芳光、『間宮兄弟』製作委員会〔アスミック・エース エンタテインメント=
   小学館=テレビ東京=WOWOW〕、2006年。
  『わたし出すわ』、監督:森田芳光、アスミック・エース エンタテインメント、2009年。
  『武士の家計簿』、監督:森田芳光、「武士の家計簿」製作委員会〔アスミック・エース エンタテイン
   メント=松竹=北國新聞社=電通=ティー ワイ リミテッド=テレビ朝日=衛星劇場=ヤフー・
   ジャパン=住友商事=金沢経済同友会=エース・プロダクション〕、2010年。
  『僕達急行 A列車で行こう』、監督:森田芳光、「僕達急行」製作委員会〔東映=木下工務店=バンダイ
   ビジュアル=東映ビデオ=フィールズ=WOWOW=アサツー デイ・ケイ=東映アニメーション=テレビ
   朝日=朝日放送=イノベーションデザイン=メーテレ=北海道放送=九州朝日放送=読売新聞社=長崎
   文化放送=熊本朝日放送=大分朝日放送=鹿児島放送〕、2012年〔「メーテレ」の「ー」は、波線。
   フォントがないので、音引で代用〕。

 小生にとっては、『それから』を映画館で観たときの印象が忘れられない監督である。ともあれ、駄作が
1本もないところが凄いと思う。当該作品も「遊びごころ」満載で、筋書には一切関係のない場面で妙な映
像を挟み込んでいるところなど、若い監督にはなかなか真似ができないだろうと思った。もし真似たとして
も、たぶん反感を買うだけだろう。さらに、予定調和そのものの映画ながら、山田洋次だと許せないところ
を、森田芳光ならば許せるのはどうしたことか。この物語のように万事うまく行くならば、世の中世話がな
いが、映画の中では、強烈なリアリティを放っている。とくに、瑛太はいままで一番のはまり役ではないの
か。こんな青年ならば、松山ケンイチ(彼の友人役)ならずとも、友人になってほしいものだ。
 この作品も、上と同様。

   〔解説〕

  鉄道マニアの青年2人が恋に仕事に奮闘する様子を、ほがらかなユーモアに包んで描く。コメディ
 の名手・森田芳光監督の下、振り幅の広さに定評のある松山ケンイチと瑛太が、不器用だがまっすぐ
 な現代の日本男児を好演。全20路線80モデルに及ぶ電車がもうひとつの主人公。九州各地で撮影され
 たロケ映像も見どころだ。

   〔あらすじ〕

  のぞみ地所の社員、小町圭(松山ケンイチ)とコダマ鉄工所の二代目、小玉健太(瑛太)は、とも
 に鉄道を愛する者同士。ふとしたきっかけで出会った2人は、すぐに仲良くなる。住まいにも、鉄道
 が見える景色“トレインビュー”を追求する小町は、コダマ鉄工所の寮に入居したものの、やがて九
 州支社に転勤することに。転勤先の九州では、大手企業「ソニックフーズ」の社長・筑後雅也(ピエ
 ール瀧)をなかなか口説き落とせず、のぞみ地所は苦戦していた。ところが、社長も鉄道ファンだっ
 たことから、小町や小玉と意気投合。事態は一気に好転する。仕事も趣味も順調そのもの。これに対
 して、恋の方は思ったように進展せず、2人は途方に暮れていたが……。

 他に、笹野高史(児玉哲夫=コダマ鉄工所の社長、健太の父)、貫地谷しほり(相馬あずさ=小町といい
関係であったが、結局サンダーバード・ジュニアと婚約する)、村川絵梨(日向みどり=北斗社長の秘書。
小町のことが「少し好き」)、星野知子(日向いなほ=みどりの母)、松平千里(大空あやめ=健太の見合
相手)、伊東ゆかり(大空ふらの=あやめの母)、松坂慶子(北斗みのり=のぞみ地所の社長)、西岡徳馬
(天城勇智=同じく重役)、菅原大吉(谷川信二=同じく部長)、三上市朗(湯布院文悟=同じく九州支社
長)、戸谷公人(日輪=同じく支社の社員)、伊武雅刀(早登野庄一=のぞみ地所が欲しがっている土地の
地主、実はあやめの父)、副島ジュン(アクティ=コダマ鉄工所の工員)、デイビット矢野(ユーカリ=同)、
スティーブ・ワイリー〔Steve Wiley〕(サンダーバード・ジュニア)、山本浩司(不動産屋)、中村靖日
(北品川信用金庫の職員。駅弁派鉄オタ)、伊藤克信(小町の住んでいたマンションの管理人)、近野成美
(小町と鉄道デートをしたが、性に合わず小町を振る女性)などが出演している。
 コンセプトは「料金も安くて時間もかかるモノがこころを癒してくれる、なんて素敵だね」である。この
作品は森田監督が30年以上前から温めてきた構想に基づき、折からの鉄道趣味とリンクして企画が起こされ
た由(ウィキペディアより)だが、完成してから亡くなるんて、ある程度予感があったのだろうか。脚本も
素晴らしく、そのギャグの繊細さはだれにも真似ができないだろう。なお、森田芳光は、2011年12月20日に
急性肝不全で永眠した(享年、61歳)。合掌。


 某月某日

 DVDで邦画の『パズル』(監督:内藤瑛亮、「パズル」製作委員会〔KADOKAWA=ポニーキャニオン=電通〕、
2014年)を観た。一言でいえば、悪趣味、それに尽きる。公序良俗に拘るつもりは毛頭ないが、ここまで人
間の尊厳を踏みにじる映像を拵えて、何を訴えているのか。親殺しや近親相姦をまるでゲームのように玩ぶ
感覚を正常と看做すならば、道徳も法律も要らないだろう。内藤監督の作品は『先生を流産させる会』(監
督:内藤瑛亮、内藤組、2011年)〔「日日是労働セレクト99」、参照〕ですでに経験済みだが、その「お
ぞましさ」は半端ではない。もっとも、あくまでフィクションであるから、彼には彼の美学があるのだろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『リアル鬼ごっこ』をはじめ、その著作の数々が映画化されている人気作家・山田悠介。そんな彼
 の代表作を夏帆&野村周平という若手実力派キャストによって映画化したサスペンス。自殺を図った
 少女とミステリアスな同級生が学校で起きた不可解な事件の真相に迫っていく。監督は『先生を流産
 させる会』で物議を醸した内藤瑛亮。

   〔あらすじ〕

  郊外にある徳明館高校で、女生徒の飛び降り事件が発生。事件を起こした中村梓(夏帆)は、辛う
 じて一命を取り留める。さらに1ヶ月後、奇怪なマスクをつけた集団が徳明館高校を占拠。妊娠中の
 女教師・安田(佐々木心音)が監禁暴行され、理事長の高井(大和田獏)と男子生徒3人が忽然と姿
 を消す。不可解な事件に街中が騒然とする中、梓の元に同級生の湯浅茂央(野村周平)が訪れ、謎の
 封筒を置いて行く。その直後、失踪した生徒が異様な姿で発見される。その出来事に不審を抱いた梓
 は、湯浅が持ってきた封筒の中身を見て驚愕する。そこに入っていたのは、すべての事件の鍵を握る
 “パズル”のピースだった。湯浅は何者なのか? 導かれるようにその後を追った梓を待ち受けてい
 たのは、想像を絶する光景だった……。

 他に、高橋和也(三留刑事)、八木さおり(湯浅茂央の母親)、田中隆三(黒沼=刑事)、渡辺凱(三留
直弥)、冨田佳輔(神谷健太郎)、佐伯亮(小松義寛〔原作では、立花姓〕)、馬場ふみか(高井サヤカ)、
吉満涼太〔現 吉満寛人〕(関=先生)などが出演している。

                                                 
 2016年10月4日(火)

 DVDで邦画の『青天の霹靂』(監督:劇団ひとり、「青天の霹靂」製作委員会〔東宝=電通=アミューズ= 
幻冬舎=太田プロダクション=クリエイティブオフィスキュー=日本出版販売=KDDI=Gyao!〕、2014年)  
を観た。2010年、劇団ひとりが書き上げた小説を幻冬舎が出版し、2014年、東宝が映画化を名乗り出て実現
した作品である。原作者の劇団ひとりが、監督と主人公の父親役を務めている。実は、観終わるまで誰が監
督した作品かを知らなかったばかりか、原作者が劇団ひとり自身であることも知らなかった。初監督作品と
はとても思えないほどの完成度で、まるでヴェテラン監督が撮ったような力作である。大泉洋、柴咲コウ、
風間杜夫の起用も決まって、劇団ひとりの面目躍如といったところである。もっとも、物語自体は平凡なタ
イムスリップもので、よくあるタイプの作品であるが、役者の演技の質が高く、あり得ない話にリアリティ
を与えている。偶然であるが、『喰女』に続けて大好きな柴咲コウが出演しているので、それで好印象をも
つのかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  お笑いだけでなく、俳優、作家としてマルチな活躍を見せる劇団ひとりが映画監督に初挑戦したヒ
 ューマンコメディ。大泉洋演じる売れないマジシャンがひょんな事から40年前にタイムスリップし、
 若き日の両親と出会い、自らの出生の秘密を知る。劇団ひとり本人も、主人公の父親の若き日を演じ、
 大泉とコミカルなやりとりを見せる。

   〔あらすじ〕

  薄汚れたマジックバーで日々働く39歳の売れないマジシャン轟晴夫(大泉洋)は、幼い頃、母に捨
 てられ、父とは10年以上絶縁状態が続いていた。そんなある日、晴夫のもとに警察から電話が入り、
 父の死を知らされる。遺骨を抱え、ホームレス生活だった父の住み家のダンボールハウスに来た晴夫
 は自らの未来を重ね、「なんで俺、生まれてきたんだろう」と絶望に暮れるのだった……。そこに青
 天の霹靂 ── 青空に一閃の雷が光り、晴夫を直撃する。気付けば晴夫は、40年前の浅草にタイムス
 リップしていた。あさくさ雷門ホールを訪ねた晴夫は、スプーン曲げを披露して一躍人気マジシャン
 となっていく。そんな中、同じくマジシャンをやっていた若き日の父・正太郎(劇団ひとり)と、彼
 のアシスタントである母・花村悦子(柴咲コウ)と出会った晴夫は、ひょんなことから正太郎とコン
 ビを組むことになる。やがて、悦子の妊娠が発覚、晴夫の出生の秘密が次第に明らかになっていく……。

 他に、風間杜夫(丸山=雷門ホールの支配人)、笹野高史(村上=悦子の主治医)、中村育二(矢部=刑  
事)、黒田大輔(市川=荒川東署の警察官)、小石至誠(中村信吉=マジックバーの店長)、柄本佑(林=
轟晴夫の同僚)、高橋周平(沢田=オカマ・マジシャンで売出し中の男)、須田琉雅(信吉=幼少の頃)な
どが出演している。
 500円玉が使えない、テトラ・パックの牛乳30円、タイヤキ50円……これらはよしとしよう。しかし、言
葉使いに関して若干の疑問を抱いた。それは、会話の相手の言葉を受けて、「ですよね」と応じる台詞(柴
咲コウ)がひとつ。もうひとつは、「どうなのよ」の短縮形と思われる「どうよ」(風間杜夫)である。い
ずれも、平成になってから頻発され始めた表現ではないのか。少なくとも、昭和48年当時関東で暮らしてい
た小生としては、そのような言い回しは聞いたことがない。また、芸人仲間同士野外で宴会を催しているシ
ーンがあるが、先輩と後輩の序列がかなり乱れている。この時代において、芸人仲間における「長幼の序」
は、まだ崩れていなかったのではないか。その点が気になったことを記しておこう。

                                                 
 2016年10月3日(月)

 DVDで邦画の『喰女』(監督:三池崇史、「喰女 -クイメ-」製作委員会〔幸助=セディックインターナシ
ョナル=電通=東映=木下グループ=CELLULOID DREAM=オー・エル・エム=上海鵬錦影視文化〕、2014年)
を観た。ホラー映画に分類されるが、お馴染みの話なので、それほど怖くない。しかし、さすが三池監督、
勘所はしっかり押さえていると思う。彼の作品は、以下のように22本観ているが、当該作品の質はかなり上
位に位置づけすることができると思う。なお、原作は、山岸きくみの『誰にもあげない』である。さらに、
脚本も担当している(ウィキペディアより)。

  『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』、監督:三池崇史、大映、1995年。
  『中国の鳥人』、監督:三池崇史、ホネ・フィルム=丸紅、1998年。
  『ビジターQ』、監督:三池崇史、シネロケット=日本トラステック、2000年。
  『カタクリ家の幸福』、監督:三池崇史、『カタクリ家の幸福』製作委員会、2001年。
  『殺し屋1』、監督:三池崇史、オメガ・プロジェクト=オメガ・ミコット=EMG=STARMAX=スパイク=
   アルファグループ=エクセレントフィルム、2001年。
  『新・仁義の墓場』、監督:三池崇史、東映ビデオ=大映、2002年。
  『IZO(イゾー)』、監督:三池崇史、ケイエスエス=オフィスハタノ=エクセレントフィルム、2004年。
  『着信アリ』、監督:三池崇史、「着信アリ」製作委員会〔角川大映映画=日本テレビ放送網=電通=
   S・D・P〕、2004年。
  『太陽の傷』、監督:三池崇史、シネマパラダイス、2006年。
  『クローズZERO』、監督:三池崇史、TBS=トライストーン・エンタテインメント=東宝=MBS=
   秋田書店=CBC=ハピネット、2007年。
  『探偵物語』、監督:三池崇史、真樹プロダクション、2007年。
  『神様のパズル』、監督:三池崇史、「神様のパズル」製作委員会〔角川春樹事務所=フィールズ=
   東映=東映ビデオ=クオラス=文化放送=ハルキエンターテインメント〕、2008年。
  『クローズZERO II』、監督:三池崇史、「クローズZERO ?U」製作委員会〔TBS=トライストーン・
   エンタテインメント=東宝=MBS=秋田書店=CBC=ハピネット=S・D・P〕、2009年。
  『ヤッターマン』、監督:三池崇史、「ヤッターマン」製作委員会〔日活=日本テレビ放送網=タカラ
   トミー=松竹=バップ=讀賣テレビ放送=文化放送=ジェイ・ストーム=ホリプロ=オー・エル・
   エム=竜の子プロダクション〕、2009年。
  『十三人の刺客』、監督:三池崇史、「十三人の刺客」製作委員会〔テレビ朝日=東宝=セディック
   インターナショナル=電通=小学館=Recorded Picture Company=朝日新聞社=朝日放送=メーテレ=
   九州朝日放送=北海道テレビ=Yohoo! JAPAN=TSUTAYAグループ=東日本放送=静岡朝日テレビ=広島
   ホームテレビ〕、2010年。
  『一命』、監督:三池崇史、「一命」製作委員会〔セディックインターナショナル=電通=松竹=
   講談社=Recorded Picture Company=オー・エル・エム=山梨日日新聞社=山梨放送=アミューズ
   メントソフトエンタテインメント=朝日新聞社=ヤフー〕、2011年。
  『逆転裁判』、監督:三池崇史、「逆転裁判」製作委員会〔日本テレビ放送網=東宝=カプン=OLM=
   D.N.ドリームパートナーズ=読売テレビ放送=バップ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=
   札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2012年。
  『悪の教典』、監督:三池崇史、「悪の教典」製作委員会〔東宝=電通=文藝春秋=OLM=エー・
   チーム=日本出版販売〕、2012年。
  『愛と誠』、監督:三池崇史、「愛と誠」製作委員会〔角川書店=ハピネット=東映=テレビ朝日=
   OLM=NTTドコモ=木下工務店=エクセレントフィルムズ=コンセプトフィルム=ホリプロ〕、2012年。
  『藁の楯』、監督:三池崇史、「藁の楯」製作委員会〔日本テレビ放送網=ワーナー・ブラザーズ
   映画=OLM=講談社=Yahoo! JAPAN=ジェイアール東日本企画=読売テレビ放送=札幌テレビ=ミヤギ
   テレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2013年。
  『神さまの言うとおり』、監督:三池崇史、映画「神さまの言うとおり」製作委員会〔東宝=電通=
   講談社=OLM=ジェイアール東日本企画=日本出版販売=Gyao!〕、2014年。
  『喰女』、監督:三池崇史、「喰女 -クイメ-」製作委員会〔幸助=セディックインターナショナル=
   電通=東映=木下グループ=CELLULOID DREAM=オー・エル・エム=上海鵬錦影視文化〕、2014年。

 『嗤う伊右衛門』(監督:蜷川幸雄、「嗤う伊右衛門」製作委員会、2003年)を連想したが、当該作品に
はさらに幻想的な美しさがあると思う。物理的にはあり得ない場面の連続だが、三池監督が演出すると、不
思議に説得力がある。あらゆるジャンルを手掛けた彼ならではの捌きが効いているのだろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  市川海老蔵が企画から携わり、日本三大怪談のひとつにも挙げられる「四谷怪談」をモチーフにし
 たサスペンス・ホラー。「四谷怪談」の劇中の物語とそれを演じる女優と俳優との関係がオーバーラ
 ップしていく物語を手がけたのは、『一命』でも海老蔵とコンビを組んだ三池崇史。柴咲コウが特殊
 メイクで恐ろしい形相のお岩を演じる。

   〔あらすじ〕

  舞台「真四谷怪談」で、お岩役を演じるスター女優・後藤美雪(柴咲コウ)。美雪の強い推挙によ
 り、恋人である俳優・長谷川浩介(市川海老蔵)が伊右衛門役に大抜擢される。さらに、鈴木順(伊
 藤英明)と、朝比奈莉緒(中西美帆)がキャストとして決定する。伊右衛門のエゴや非道さに傷つく
 お岩の怨みと恐ろしさを舞台上にうつし出す四谷怪談の世界と、それを演じる男女の愛と欲が渦巻く
 現実世界。舞台に集った俳優陣が、稽古と日常のはざまで、それぞれの想いが募っていく。二つの世
 界で裏切りを知った“叶わぬ想い”は現実と舞台をオーバーラップし、やがて一つの怨念となり、膨
 れ上げる。彼らを待ち受けるのは愛の成就か、それとも残酷な闇か。

 他に、マイコ(倉田加代子=美雪の付き人)、根岸季衣(乳母・槙/堀内みすづ)、勝野洋(民谷又左エ  
門/尾形道三郎)、古谷一行(伊藤喜兵衛/島田寛二)などが出演している。美雪がパスタを大量に煮るシ
ーンがあるが、『ツィゴイネルワイゼン』(監督:鈴木清順、シネマ・プラセット、1980年)で中砂園(大
谷直子)が大量の蒟蒻を千切るシーンを連想した。放心した女の不可解な行動は、何よりも凝視している者
に恐怖を与えるのではないのか。

                                                 
 2016年10月2日(日)

 さて、TOHOシネマズ高知で邦画の『怒り』(監督:李相日、「怒り」製作委員会〔東宝=電通=ジェイア
ール東日本企画=ケイダッシュ=KDDI=読売新聞社=中央公論新社=日本出版販売=ソニー・ミュージック
エンタテインメント=GYAO=中日新聞社〕、2016年)を観た。今年2本目の映画館での鑑賞である。評判の
映画だったが、お馴染みの役者のお馴染みの演技の連続で、少し食傷気味である。もっとも、李相日監督の
作品は以下のように4本観ているが、さすがに外れはない。

  『69 sixty nine』、監督:李相日〈リ・サンイル〉、「69 sixty nine」製作委員会、2004年。
  『フラガール』、監督:李相日(リ・サンイル)、シネカノン=ハピネット=S・D・P、2006年。
  『悪人』、監督:李相日〔リ・サンイル〕、「悪人」製作委員会〔東宝=電通=朝日新聞社=ソニー・
   ミュージック エンタテインメント=日本出版販売=ホリプロ=アミューズ=KDDI=Yahoo!     
   JAPAN=TSUTAYAグループ=朝日新聞出版〕、2010年。
  『怒り』、監督:李相日、「怒り」製作委員会〔東宝=電通=ジェイアール東日本企画=ケイダッシュ=
   KDDI=読売新聞社=中央公論新社=日本出版販売=ソニー・ミュージックエンタテインメント=GYAO=
   中日新聞社〕、2016年。

 映画の傾向としては『悪人』と似ているが、「推理もの」の体裁を取っているので、あちこちで無理が生
じている。とくに、泉が米兵に犯されるまでの経緯は観ていて腹が立つくらい不自然だったし、洋平と愛子
親子の演技も鑑賞者を騙すための仕掛けに満ちており、それがとても鬱陶しかった。李監督は、そんなあり
ふれた仕掛けでは鑑賞者を騙せはしないことを肝に銘じるべきだろう。むしろ、優馬と直人の物語の方がな
さそうでありそうに見えた。ただし、母親の扱いにはリアリティがなかった。総括すれば、平均点の作品と
言ってよいだろう。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。また、現在上映中なので、ネタバレに注意!

   〔解説〕

   原作・吉田修一、監督・李相日という『悪人』のコンビによるミステリアスなドラマ。顔を整形
 し、社会に紛れ込んだ殺人犯らしき人物と出会った、千葉、東京、沖縄の人々の身に起きる出来事を
 描き、人を“信じる”とは? ……という根源的な問いを投げかける。渡辺謙、森山未來、松山ケン
 イチら日本映画界を代表する実力派が多数出演する。

   〔あらすじ〕

  八王子の閑静な住宅地で、惨たらしく殺された夫婦の遺体が見つかる。室内には、被害者の血で書
 かれたと思われる『怒』の文字が残されていた。犯人逮捕に結びつく有力な情報が得られないまま、
 事件から1年が経ってしまう。千葉の漁港で働く槙洋平(渡辺謙)は、家出していた娘・愛子(宮崎
 あおい)を連れて帰ってくる。愛子は漁港で働き始めた田代哲也という男(松山ケンイチ)と親密に
 なっていき、洋平に彼と一緒に住みたいと告げる。しかしその直前に愛子のために田代に正社員登用
 を勧めて断られていた洋平の胸の内は複雑だった。二人のアパートの下見の際、田代が前歴を偽って
 いることが判明。さらに田代という名すら偽名だった。疑念を強める洋平が愛子を問いただすと、彼
 は借金で追われていると告げられる。そんな中、テレビで整形して逃亡を続ける八王子殺人事件の犯
 人の似顔絵が公開された。手配書を見つめ、警察に電話をかける愛子。時を同じくして田代は行方を
 くらます。東京にある大手広告代理店に勤める藤田優馬(妻夫木聡)は、たまたま知り合った大西直
 人(綾野剛)と親密になり、住所不定の彼を家に招き入れる。直人は末期癌を患う優馬の母親・貴子
 (原日出子)や友人とも親しくなっていく。しかし日中の彼の行動が分らない上に、仲間内で空き巣
 事件が連続していること、見知らぬ女性と一緒にいたことが重なり、ニュースで報じられた事件の犯
 人の特徴を知った優馬の脳裏に直人の姿が浮かぶ。ふと、冗談めかして殺人犯かと口に出してしまう
 優馬。後日、直人は優馬の前から姿を消す。母と沖縄に引っ越してきた小宮山泉(広瀬すず)は、離
 島を散策中、一人でサバイバル生活をしている田中信吾(森山未來)と出会う。泉は気兼ねなく話せ
 る田中に心を開いていく。ある日、同い年の知念辰哉(佐久本宝)と訪れた那覇で事件に遭遇。彼女
 がショックを受け立ち直れないのも自分のせいだと自責の念にかられる辰哉は、田中に悩みを打ち明
 ける。自分は味方だとの田中の言葉に救われる辰哉だったが、彼の隠された事実を知り、やりきれな
 い思いが胸中に広がっていく。

 他に、ピエール瀧(南條邦久=刑事)、三浦貴大(北見壮介=その相棒)、高畑充希(薫=直人の過去を
知る人物)、池脇千鶴(明日香=洋平の姪)、水澤紳吾(警察で証言する人物)などが出演している。
 小生は、人を信じるということは、「裏切られること」を予め含んだ上でなされる行為だと思う。つまり、
極端な喩えを挙げれば、「その相手に殺されても悔いがない」と思わない限り、信じることなどできはしな
い。愛と信頼ではなく、経済と世間的信用が幅を利かせている世の中なので、それは仕方がないことである。
裏切られて掌を返すような関係は、所詮表面的な関係に過ぎない。ほとんどの人間関係はそのような様相を
示していると思われるが、中にはそうではない関係も存在する。だから、世の中は厄介なのであろう。

                                                 
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