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花摘みの頁オルドゥーヴル
 本日(2016.1.14)、「花摘みの頁オルドゥーヴル」をリリースします。現在連載している「花摘みの頁
<01>」の番外篇に当ります。「花摘みの頁<01>」同様、小生の気に入っている詩歌をここに掲げようと
思います。実は、過去のブログ「日日是労働セレクト」から抜粋したアンソロジーで、アット・ランダムに
掲載されているものを纏めたブログです。その意味で「オルドゥーヴル(Hors d'Oeuvres)」と言えるでし
ょう。過去のブログから採ったので、原則として追加の作品を載せる予定はありません。小生が詩歌への関
心を高めるとき、きまってこころは病んでいます。いわば、癒しの頁。慰めの場。現実逃避の手段です。な
お、題名の「花摘み」は、《anthology》の原義(ギリシア語:anthologia)から採りました。

                                                                                                 
 《花摘みの頁オルドゥーヴル》


 某月某日(セレクト4-6より)

 有名な漢詩を以下に掲げてみよう。

  勧 酒           于 武 陵(うぶりょう)

  勧君金屈巵     君に勧む 金屈巵
  満酌不須辞     満酌 辞するを須いず
  花発多風雨     花発けば風雨多く
  人生足別離     人生 別離足し

 君にすすめる黄金のさかずき、なみなみとついだこの酒を、辞退などするものではないよ。この世の中は、
花が咲けば、とかく風雨が多いもの、人が生きて行くうちには、別離ばかりが多いものだ(さあ、くよくよ
せずに飲みほしたまえ)。

                         『唐詩選(下)』、前野直彬 注解、岩波文庫より

  勧 酒           于 武 陵

  勧君金屈巵     コノサカヅキヲ受ケテクレ
  満酌不須辞     ドウゾナミナミツガシテオクレ
  花発多風雨     ハナニアラシノタトヘモアルゾ
  人生足別離     「サヨナラ」ダケガ人生ダ

                        『厄除け詩集』、井伏鱒二 作、講談社文芸文庫より

 鱒二の訳が自由闊達であることは、直ぐに首肯できるだろう。太宰治の絶筆「グッド・バイ」の「作者
の言葉」にも見える。引用してみよう。

  唐詩選の五言絶句の中に、人生足別離の一句があり、私の或る先輩はこれを「サヨナラ」ダケガ人
 生ダ、と訳した。まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷
 心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。題して「グッド・
 バイ」、現代の紳士淑女の別離百態と言っては大袈裟だけれども、さまざまの別離の様相を写し得た
 ら、さいわい。

                    『人間失格 グッド・バイ 他一篇』、太宰治 作、岩波文庫より

 治は、この作を完成させることなく入水した。まさに「サヨナラ」ダケガ人生ダ、を実践したのである。
それにしても、死の悲しみを越えたユーモアを感じるのは小生だけではあるまい。さて、自身を顧みれば、
詩興と縁遠くなって15年にもなる。つまらない言葉遊びはできても、詩作は夢のまた夢。鱒二の心境は一種
の奇跡と言ってもよいだろう。最後に、何となく可笑しみのある鱒二の訳詩をもう一篇だけ挙げておく。味
わってみよう。

  田家春望          高 適(こうせき)

  出門何所見     ウチヲデテミリヤアテドモナイガ
  春色満平蕪     正月キブンガドコニモミエタ
  可歎無知己     トコロガ会ヒタイヒトモナク
  高陽一酒徒     アサガヤアタリデ大ザケノンダ

                        『厄除け詩集』、井伏鱒二 作、講談社文芸文庫より


 某月某日(セレクト17より)

 和田杳子詩集に、こんな詩がある。


   びんた


        われわれの「万葉を読む会」はもう十年もつづいている。講師は山岡令澄先生。戦争
        中三回も召集を受け、危険な戦地にも赴いたが奇跡のように生還された。その人生談
        は、たとえ極限状況にあっても、人間は各自生きる姿を偽わり得ない、ということを
        いつも考えさせる。


  軍隊はとぼけたところもありましてな
  と八十四歳の「万葉」の先生は前置きして

  部隊に長原という男がいましてな
  皆から嫌われてよったが
  わしは好きやった かわいがった
  背中一ぱいに
  南無妙法蓮華経の入れ墨
  足にはつけ根から美女の彫り物
  膝のあたりに紅い唇が動いていた
  風呂場では皆が避けた

  わしはどこへ行くにもこの男を連れた
  部隊の穹窖*が山麓にあり
  水が溜まると交代で汲み出し役をした
  なにしろ部隊が隠れる穴やから
  汲み出すのもたやすうない
  ある日 わしがすっかり疲れたとき
  「ちょっとやりまひょか」
  その男は浪花節が好きだと言って
  一節うなってくれたのだ

  夜になって長原は部隊長に呼び出され
  「お前 昼間どこへ行った」
  「はい 穹窖に汲み出しに行きました」
  「お前、水を汲まずに浪花節うなってたな」

  穹窖から山上の要塞へと空気抜きの穴が抜け
  その穴が細いゆえ要塞に浪花節が響き
  上官達が聞いたのだ
  「バカめっ」
  部隊長ははげしいびんたを飛ばした
  びんたを飛ばしながらも
  ふるさとに、じんと泣いたに違いない
  じんと泣いたに違いない

            *穹窖=敵の弾丸をさけ、身をかくすために掘るあな。

 軍隊の一情景である。最近観ている映画でも、びんたのシーンには度々お目にかかれる。それだけ、旧軍
隊では、びんたは当り前の行為だったのだろう。「足を開け、歯を食いしばれ」などの言葉も常套句と言っ
てよい。小生の父親は、旧制中学校のとき上級生にびんたをされて(鉄拳制裁)鼓膜が破れた由であるが、
そのせいか人の話が聞こえ難かったのかもしれない。そして、彼がふるった半端じゃない暴力の数々も、や
はり連鎖したものだったのだろう。少なくとも、今となってはそう思いたい。


 某月某日(セレクト61より)

 今日は文庫本の話。生協で何気なく手に取った本は、谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)
だった。作者とその題名に惹かれたからである。俊太郎の詩と言えば、『二十億光年の孤独』や『ことばあ
そびうた』を思い出すが、すっとぼけた顔をしながら、けっこう卑猥で残酷な詩を書くので、好きな詩人の
ひとりである。たとえば、こんな詩がある。

  壁画

 公衆便所の壁画に
 天才はいないか
 新しい原始人はいないか
 すれつからしの刑事すら涙を流す
 そんな苦しい欲望の表現はないか
 そんな自由な線の動きはないか
 ボールペンで画くな
 爪で彫れ
 燃えさかる太陽に似たあのかたち
 公衆便所の壁画に
 優しさはないか
 気づかれず塗りつぶされた
 美はないか
 生命はないか

 明らかに小生の好みではないが、自分が落書をしているところを見つかったような気分にさせられるとこ
ろは秀逸である。あるいは、こんな詩がある。

  ワイセツについて

 どんなエロ映画も
 愛しあう夫婦ほどワイセツにはなり得ない
 愛が人間のものならば
 ワイセツもまた人間のものだ
 ロレンスが ミラーが ロダンが
 ピカソが 歌麿が 万葉の歌人たちが
 ワイセツを恐れたことがあつたろうか
 映画がワイセツなのではない
 私たちがもともとワイセツなのだ
 あたたかく やさしく たくましく
 そしてこんなにみにくく 恥ずかしく
 私たちはワイセツだ
 夜毎夜毎ワイセツだ
 何はなくともワイセツだ

 たしかに、最後の一行は身も蓋もない。しかし、わざと素人臭い筆致を装って、われわれ人間の痛い所を
突いていると思う。だから、「猥褻」は取締の対象になるのだ。
 さて、『詩めくり』であるが、366篇の詩で埋まっている。それぞれに日付があり、先ず一月の詩を味わっ
てみた。いちばん手応えのあった詩を下に掲げておこう。

  一月二十日

 ハマグリノムキミメロウ
 カゼヒキノナマコヤロウ
 竜宮城での悪口にはどうも精彩がない
 浦島太郎と乙姫は水深三百米の水圧によって
 永久に抑圧されている

 われわれ人間にも、軟体動物や棘皮動物を思わせる局部がある。エロースは抑圧によってさらに磨きがか
かるはずなのだが、あにはからんや、酒池肉林の果てに玉手箱の煙が晴れて現われ出でたのは、すっかり窶
れ果てた老爺だった。
 二月以降の詩は、またの機会に。


  某月某日(セレクト61より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の「二月の詩」の中で、小生にとって、一番奇妙な味
わいだった詩を掲げておこう。

 二月二十三日

 風呂に入っている若い中国人の男にむかって
 <これ何?>と大声で訊ねたのは
 ラジオの前にいるイギリス人の女である
 男がきれいな英語で
 <G線上のアリア>と答えたので
 女の八歳になる息子は首筋に微風を感じた

 いったい、どんな情景を詩に詠み込んだのだろう。かなり風変わりな情景である。これは、1930年代、香
港での一齣で、若い中国人の男はイギリス人の女(おそらく、アラフォー)のツバメ。女の八歳になる息子
はこのツバメを嫌っていたが、きれいな英語を使ったので、少しだけ気を許した……そんな無茶苦茶な解釈
を施してみた。もちろん、俊太郎は出鱈目な詩を書いただけであろうが、そんな風に読めたのだから仕方が
ない。三月以降の詩は、またの機会に。


  某月某日(セレクト61より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の三月の詩の中で、もっとも小生の気を惹いた作品を
紹介しよう。

 三月十二日

 失礼じゃないか
 蛇に立てと言うのは
 蛇は這うことで直立している
 蛇に問うてみるまでもない
 と蛙が主張しているということだ

 この詩を目にしたとき、真っ先に心に浮かんだのは、ルナールの以下の短詩である。

 蛇、長すぎる(Serpent trop long.)〔セルパン・トゥロ・ロンと読む〕

 俊太郎には悪いが、文句なしにルナールの方が秀逸。

                                       〔以下、省略〕


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の四月の詩の中で、ちょっと気の利いた作品を紹介
しよう。

 四月二日

 とても退屈でとてもいい詩を書く人である
 白いミンクの帽子をかぶって
 黒い網靴下をはいて現れた
 その中間に何を着ていたかは忘れた

 この詩は、間違いなくエロチックな効果を狙った詩である。「人」とあるが、性別は女としか思えないし、
あたかも白いミンクの帽子と黒い網靴下しか身に纏っていないかのごとくである。白と黒のコントラスト、
ミンクの帽子と網靴下、男(この詩の話者は、どうあっても男に違いない)の視線はそこにしか向かなかっ
たのである。映像的な詩は、ときに読者をハッとさせるものだ。


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の五月の詩の中で、何とか小生の気を惹いた詩を紹介
しよう。

 五月十六日

 高らかに李白を吟じながら
 冬の夜道を行く人が
 親友じゃない程度の友人だったらいいのに

 「高歌放吟」という言葉があるが、小生もその昔、夜中に酔っ払って大声で自作の詩もどきをがなりなが
ら京都の町を徘徊したことがある。そのときの連れは大迷惑だったと思う。

 白髪三千丈  白髪 三千丈
 縁愁似箇長  愁に縁りて箇(かく)の似(ごと)く長し
 不知明鏡裏  知らず 明鏡の裏
 何處得秋霜  何れの処にか秋霜を得たる

 私の白髪は三千丈
 憂愁の末にこんなにも長くなってしまった
 明るく澄んだ水鏡の中
 これほどに真っ白な秋の霜、一体どこから降ってきたのだろうか (ウィキペディアより)

 小生の場合、そんな名作ではなくして、たぶん失恋の歌だったと思う。そう言えば、平成の世に、旧制高
校生の格好(弊衣破帽、マントに高下駄)をして、高歌放吟しながら自転車を滑走させていた御仁がいた。
たぶん、京大生だったと思う。ちょっとした友だちになりたい気分だが、あまり深く付き合いたいとは思わ
ない。


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の六月の詩にはあまり面白い作品がない。辛うじて少
しだけ「おやっ」と思ったのが以下の詩である。

 六月十九日

 胡桃割りと栓抜きと缶切りが
 それぞれにつつましく
 自己主張していると思ったら大間違いだ
 台所の引出しの中だって煉獄の一部だから

 人が二人寄れば仲違いの種はいくらでもある。動物や植物の世界でも、日々戦いが繰り広げられている。
しかし、われわれが「自然物」と呼んでいる水や石、「人工物」に分類している机や椅子にも、われわれの
窺い知れない戦争が存在するのである。いわく、「生物なおもて闘争せり、況や静物をや」。自力で動く生
物でさえ闘争しているのだから、他力をたのむだけの静物が闘争しているのは当然のことである。娑婆は闘
争の場、それを乗り越えてこそ救済がある。これを、人呼んで「静物正機説」という。

 * よもや真面目に受け取る人はいないと思いますが、これは「悪人正機説」にひっかけたジョーク
  です。念のため。


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の七月の詩の中に、視覚的なイメージを喚起させる素
敵な詩があった。それは、以下の作品である。

 七月十八日

 仏陀はキャディラックの後席で
 かたわらの独裁者にむかって
 ほのかに微笑した

 「拈華微笑」という言葉がある。釈迦が蓮の花を捻ったとき、その意味を諒解した弟子の迦葉が微笑んだ、
という話である。なお、「四字熟語データバンク」というサイトを覗いたら、こんなふうに解説されていた。

  拈華微笑(ねんげみしょう)

 意味:言葉を使わずお互いが理解しあうこと。心から心へ伝わる微妙な境地・感覚のたとえ。
 解説:【故事】 釈迦が霊鷲山(りょうじゅうせん)で弟子たちに仏法を説いたとき黙って大
    梵天王から受けた金波羅華(こんぱらげ金色の蓮の花)をひねって見せると摩訶迦葉
    (まか かしょう)だけがその意味を悟って微笑んだので釈迦は彼だけに仏法の心理*
    を授けたと言う故事による。「拈華」は花をひねること。「花を捻りて微笑する」と
    訓読みする。

 * たぶん、「真理」もしくは「心髄(真髄、神髄)」とするところを「心理」とした間違いだと
  思う(引用者)。

 用例:亭主がお茶を飲みたいとき、何も言わないのに奥さんがお茶を持ってくる。あの夫婦は
    まさに、拈華微笑の仲だ。
 類義語:以心伝心(いしんでんしん) / 教華別伝(きょうげべつでん) / 維摩一黙(ゆいまい
     ちもく) / 拈華瞬目(ねんげしゅんもく) / 笑拈梅花(しょうねんばいか)/教外
     別伝(きょうげべつでん) / 感応道交(かんのうどうこう) / 神会黙契(しんかい
     もっけい) /不立文字(ふりゅうもんじ) / 黙契秘旨(もっけいひし)

 さて、乗っている車はアメ車のキャディラックである。そこで、ダブルの背広を着た天然パーマの仏陀が、
隣に座っている軍服着用のヒトラーに向かって微笑んだ。仏陀はでっぷりと太っており、葉巻をくゆらせて
いる。ヒトラーはなぜかかしこまって、痩せた身体を小刻みに震わせている。東洋の神秘に、さすがのヒト
ラーも返す言葉がなく、「ヤー(Ja)」と呟くだけだったのである……という情景が小生の脳裏に浮かんだ。
こんな視覚的イメージは、小生の大好物である。


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の八月の詩の中に、アッと言わせる作品があった。そ
れは以下の詩である。

 八月十四日

 女は口にパセリをくわえていた
 見えたのはほんの一瞬だったが
 そのときこの時代のカルメンが誕生したのだ

 メリメの『カルメン』を初めて読んだのはいつのことだったか。自分がドン・ホセとは違う道を選ぶ自信
はないと思ったものである。手元に当該作品がないので記憶に頼るしかないが、ホセがカルメンに初めてま
みえたとき、当のカルメンは「あたしに関わると、火傷するよ」といったニュアンスの台詞を吐いたのでは
なかったか。邦画の『河内カルメン』(監督:鈴木清順、日活、1966年)も素敵な作品である。主演の野川
由美子が薔薇の花を口に咥えて颯爽と自転車に乗って現われるシーンには不自然さがなかった。もっとも、
本家のカルメンの方は、薔薇ならぬアカシアの花を咥えているらしいが……。さて、パセリである。もし、
パセリを口に咥えている女が絵になるとすれば、どんな時代なのか。どこか滑稽であるが、同時に逞しい生
活感も伝わってくる。


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の九月の詩の中に、不思議な味わいの詩があった。
それは、下に掲げる作品である。

 九月二十二日

 実に無残な死体の頭のそばに
 ショートケーキがひときれころがっている
 その写真は報道写真部門で二位になった

 いわゆる「戦場カメラマン」(渡辺陽一や、故 鴨志田穣など)が話題になっているが、常に死と隣り合
わせだけに、その人から剥き身の刃物のような印象が与えられる。たとえば、『地雷を踏んだらサヨウナラ』
(監督:五十嵐匠、チームオクヤマ、1999年)という映画では、戦場カメラマンの一ノ瀬泰造(浅野忠信が
演じた)の生と死が描かれているが、どんな情熱が彼を支えているのだろうかと思う。ピューリッツァー賞
を取れば、報道写真家として一流の証となるが、そのためには戦場の報道写真は恰好のターゲットである。
しかし、そんな世俗的な理由は、それを否定できないとしても、本当の理由ではないような気がする。
 さて、上記の詩である。ショートケーキと無残な死体の対比が鮮やかだが、もしそのケーキが写真を撮っ
た当の本人が置いたものだとすれば、どうだろうか。そんな疑いを払拭できないために、報道写真部門で一
位になれなかったのかもしれない。もっとも、この写真は、戦場のワン・ショットではないのだろう。むし
ろ、一家団欒の最中、惨劇が行われたのである。


 某月某日(セレクト62より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)における十月の詩には、いろいろな連想の種を胚胎し
ているものが多い。その中のひとつは、下に掲げる作品である。

 十月十六日

 シャツをうしろまえに着たのだが
 面倒だからそのままにしている
 と青木君が言ったら
 そういう行為はいくらでも深読みできる
 と沢田君が言った

 小生が連想したのは、『徒然草』の二百三十六段の件である。触りの部分だけ引用してみよう。

  御前なる獅子・狛犬、背きて、後さまに立ちたりければ、上人、いみじく感じて、「あなめで
 たや。この獅子の立ち様、いとめづらし。深き故あらん」と涙ぐみて、「いかに殿原、殊勝の事
 は御覧じ咎めずや。無下なり」と言へば、各々怪しみて、「まことに他に異なりけり」、「都の
 つとに語らん」など言ふに、上人、なほゆかしがりて、おとなしく、物知りぬべき顔したる神官
 を呼びて、「この御社の獅子の立てられ様、定めて習ひある事に侍らん。ちと承らばや」と言は
 れければ、「その事に候。さがなき童どもの仕りける、奇怪に候ふ事なり」とて、さし寄りて、
 据ゑ直して、往にければ、上人の感涙いたづらになりにけり。

 もはや説明は要らないと思うが、この段は小生の好む段のひとつである。とくに、「上人の感涙いたづら
になりにけり」の〆は秀逸である。いかにも皮肉が籠った話で、したり顔の権威者を扱き下ろす兼好の筆致
は鋭い刃となっている。思うに、何であれ邪推の咎は「恥」というかたちで罰せられる。だから、悪戯好き
の輩は、わざと変な恰好をして、杓子定規居士をからかうのである。迂闊にひっかかってはいけない。人間
のすることに、大して意味はないのである。


 某月某日(セレクト63より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の十一月の詩の中で、その情景から物語が増幅してゆ
く作品があった。それは以下の詩である。

 十一月二十八日

 既にのべ数百人のマサイ族の男たちが
 背筋をまっすぐに伸ばし槍を手に
 足音も立てずかたわらを通り過ぎていった
 彼女に一顧だに与えずに

 あの戦いと狩りだけをおのれの本分とし、武器以外の道具を手にすることすら恥とするマサイ族の男たち
が、厳粛な面持で槍を持って出かけたからには、相手が戦車だろうが巨大ロボットだろうが、そんなことは
お構いなしである。彼らの関心は、あの世界的に有名な美女にすら、小指の先ほども向かわない。いまだか
つて、男に無視された経験のないこの美女は、生まれてから一度も感じたことのない恍惚感に襲われたので
ある。恐るべし、マサイ族の男たち。


 某月某日(セレクト63より)

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の十二月の詩の中に、永い年月が感慨深い思いを醸成
することがあることを伝える詩がある。

 十二月十七日

 どれが好きと少女は少年に訊ね
 これと少年は少女に答えた
 彼は四十年前その少年だった
 少女の消息をたずねたことは一度もない

 50年あまり前のある人の初恋の話である。その人とうどん屋でうどんを食べている女の子がその人の初恋
の人である。当時、二人とも四歳ぐらいで、お河童に花飾りの髪型が忘れられないという。思春期の頃、二
人は大人の恋に陥ったが、やがて破れて離れ離れになった。四半世紀ほど前に一度だけ逢っているが、その
後互いに音信不通である。ある日(その日は女の子の誕生日だったが)、その人は女の子に電話しようとチ
ラッと思ったという。でも、やめた。古き恋にもはや一頁も後日談を付け加えたくなかったからである。


 某月某日(セレクト63より)

 詩人の高村光太郎は『道程』や『智恵子抄』で有名だが、下で採り上げた詩は、小生が小学校の頃国語の
教科書に載っていた詩である。おそらく、本格的な詩を味わったのはこの詩が生まれて初めてで、教室で朗
読した記憶もある。「あぁ、こういう言葉の世界があるのだ」と、しきりに感激したものである。

  ぼろぼろな駝鳥

 何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
 動物園の四坪半のぬかるみの中では、
 脚が大股過ぎるぢやないか。
 頸があんまり長過ぎるぢやないか。
 雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
 腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
 駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
 身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
 瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。
 あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。
 これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
 人間よ、
 もう止せ、こんな事は。

 小生にはとくに動物愛護の精神はないが、それでもあまりに残酷な場面は見たくない。自動車に轢かれて
動かなくなった牝犬を、連れの牡犬がなす術なくその周りをグルグル回っている光景をTVで見たことがある
が、あのときは胸がつぶれるような悲しみに襲われた。動物園に行くこともあるが、飼われている動物は皆
淋しそうだ。「猛獣」とか「猛禽」とかいう言葉も、人間の都合でできた言葉で、あいつらはけっして猛々
しくはない。むしろ、この世で最も残酷な動物は人間だろう。これは動かない事実だ。
 もう一篇、詩を掲げてみよう。村野四郎の詩だ。彼の詩集では『体操詩集』が有名だが、小生が気に入っ
た詩はこの「さんたんたる鮟鱇」で、詩集『抽象の城』に収められている。

  さんたんたる鮟鱇
   ー へんな運命が私をみつめている リルケ

 顎を むざんに引っかけられ
 逆さに吊りさげられた
 うすい膜の中の
 くったりした死
 これは いかなるもののなれの果だ
 見なれない手が寄ってきて
 切りさいなみ 削りとり
 だんだん希薄になっていく この実在

 しまいには うすい膜も切りさられ
 もう 鮟鱇はどこにも無い
 惨劇は終っている

 なんにも残らない廂から
 まだ ぶら下がっているのは
 大きく曲った鉄の鉤だけだ

 小生が詩に親しむとき、きっとこころが病んでいるときである。駝鳥や鮟鱇の気持が分るときである。師
走はとりわけ焦燥感に駆られる。「俺は何をしているのだ!」と思わず声に出してしまう。蛇足ながら、漱
石に、「あんこうや孕み女の釣るし斬り」(明治28年)という句がある由。


 某月某日(セレクト63より)

 また、開戦の日がやってきた。もはや取り返せない歴史の重みを感じる日。戦後の日本は、どう変わった
のか、今日もまたしばし考えてしまった。
 ところで、詩人吉岡実は、「静物」とか「僧侶」とか「サフラン摘み」とかで有名だが、小生としては、
初期の作品である「過去」(詩集『静物』に所収)が一番好きである。この詩に初めて触れたときの、背中
に走った戦慄が忘れられない。

  過去

 その男はまずほそいくびから料理衣を垂らす
 その男には意志がないように過去もない
 鋭利な刃物を片手にさげて歩き出す
 その男のみひらかれた眼の隅へ走りすぎる蟻の一列
 刃物の両面で照らされては床の塵の類はざわざわしはじめる
 もし料理されるものが
 一個の便器であっても恐らく
 その物体は絶叫するだろう
 ただちに窓から太陽へ血をながすだろう
 いまその男をしずかに待受けるもの
 その男に欠けた
 過去を与えるもの
 台のうえにうごかぬ赤えいが置かれて在る
 斑のある大きなぬるぬるの背中
 尾は深く地階へまで垂れているようだ
 その向こうは冬の雨の屋根ばかり
 その男はすばやく料理衣のうでをまくり
 赤えいの生身の腹へ刃物を突き入れる
 手応えがない
 殺戮において
 反応のないことは
 手がよごれないということは恐ろしいことなのだ
 だがその男は少しずつ力を入れて膜のような空間をひき裂いてゆく
 吐きだされるもののない暗い深度
 ときどき現われてはうすれてゆく星
 仕事が終わるとその男はかべから帽子をはずし
 戸口から出る
 今まで帽子でかくされた部分
 恐怖からまもられた釘の個所
 そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす

 生きるということは素晴らしいことなのだろうか。生き残るということは慶ばしいことなのか。過去のな
い男に幸いあれ。すべての行為が悪に染まり、その罪状に慄くとき、人は生という営みの恐ろしさに気付く。
せめて過去を抹殺することが可能ならば、また生きてゆける。平気で「赤えいの生身の腹へ刃物を突き入れ
る」ことができるというわけだ。日本も、過去をすっかり忘れて、何処へ行こうとしているのか。


 某月某日(セレクト64より)

 萩原朔太郎は日本で最も有名な近代詩人の一人である。『月に吠える』、『青猫』、『氷島』などの詩集
を思い浮かべる人も少なからずいると思う。さて、下に掲げる「無用の書物」は、『氷島』に収録されてい
る詩で、小生が若い頃、「いいなぁ」と思った詩である。苦学生か売れない作家の侘しき姿を前にして、小
生はきっとその書物をありったけの代価で求めるだろう、と。……しかし、それは観念だけのお話。現実に
は手を拱いて見ているだけかもしれない。

  無用の書物

 蒼白の人
 路上に書物を売れるを見たり。
 肋骨みな瘠せ
 軍鶏の如くに叫べるを聴く。
 われはもと無用の人
 これはもと無用の書物
 一銭にて人に売るべし。
 冬近き日に袷をきて
 非有の窮乏は酢えはてたり。
 いかなれば涙を流して
 かくも黄色く古びたる紙頁の上に
 わが情熱するものを情熱しつつ
 寂しき人生を語り続けん。
 われの認識は空無にして
 われの所有は無価値に尽きたり。
 買ふものはこれを買ふべし。
 路上に行人は散らばり去り
 烈風は砂を巻けども
 わが古き感情は叫びて止まず。
 見よ! これは無用の書物
 一銭にて人に売るべし。

 実は、ある知人のサイトを覗いたら、だいぶ精神的に弱っている様子が書き込まれていた。たぶん、幾許
かの金銭があれば一時凌ぎになるかとは思うが、しばらく静観することにした。それというのも、「布施波
羅密」は最も苛酷な修行であるから、小生のような半端者が関われるはずがないと思いなしたのである。


 某月某日(セレクト64より)

 詩人の清水昶が同じく詩人の黒田三郎に言及する文章(1972年1月)の中で、次のような一節に出遭った。

  国家的殺人行為が日常であった日々、そのなかでみずからの青春を潰してしまった人々の心の
 中なぞ、わたしにわかるはずもないのだ。ただし、理解と納得が違うように、わたしは黒田三郎
 の詩の心を納得できないまでも理解することはできる。そして、ぞっとするような孤独に衝きあ
 たるのだ。

                    『清水昶詩集(現代詩文庫54)』、思潮社、115頁より。

 この言葉を、小生はそっくり清水昶自身に返そうと思う。以下に、彼の詩を掲げてみる。

  地下室の党

 党を失って以後百夜
 男色(だんじき)にちかく髪をふれあう兄たちの珈琲店の
 奇妙に濃い闇中に
 見張りの男はたちつづけ
 地下室の党よりもなおも告ぐ
 青草を家禽のように噛みしだき
 炎天の泥田にくずれおれた母の子よ
 荒れ土に這った膝を洗って
 群衆にまぎれて生える父の脚を狩れ
 父となる日に恋ざめる暴民の末裔(すえ)たちよ
 土砂降りの人道で追いつめられ
 追いつめていた論理をひたと止めてふりかえり
 石のようにはねたその自由!
 ふいに駈けだす妹の髪鳴る刻(とき)に息をつめ
 あばきつくされぬ愛憎のうえ(傍点付き)をとじ
 長くにがい煙草をじりじりと吸いつくしてのち
 青年の四肢は唾液のように垂れ
 地下室の党よりなおも告ぐ
 性愛の花群る週末に斃れ
 盲いながらも青草をひきちぎる同志たち
 あなたの百夜神棲まぬ地下室で
 神父のような見張りの男は
 塩ににる麻薬(こな)をなめ
 わなわなと口をゆがめて
 だれでもないあなたの中心に向かって
 するどい指を刺しつづける

 「時代の空気」という表現があるが、小生のような「遅れてきた青年」からすれば、非合法な党やセクト
に対する共感はない。つまり、その時代の空気を吸ったわけではない。しかし、理解することはできる。し
たがって、『突入せよ! 『あさま山荘』事件』(監督:原田眞人、あさま山荘事件製作委員会=東映=東
京放送=アスミック・エンタテインメント=産経新聞社、2002年)の描き方よりも、『光の雨』(監督:高
橋伴明、シー・アイ・エー=エルクインフィニティ=衛星劇場、2001年)や『実録・連合赤軍 あさま山荘
への道程(みち)』(監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2007年)の描き方に与したい気持
である。現代の若者は、自らの命を賭して、社会を目覚めさせようなどと思い立つのだろうか。むろん、小
生も思わない。その点では、まったく変わるところはない。しかし、たとえ想像でも、国家のために、ある
いは民衆のために、自らを犠牲にしてもよい、と考えることはあるのだろうか。「あり得ない」という結論
に至るとしても、一度でも考えてみたことがあるのだろうか。命の燃やし方はさまざまだったはずだが、そ
の選択肢が狭まってはいないだろうか。生温い時代の空気ばかりを吸っていると、鮮烈な生き方は忘却のか
なたに追いやられるようだ。小生は、黒田三郎にも、清水昶にも、けっして追いつくはずのない存在者であ
る。しかし、想像の翼を拡げることはできる。その先に何があるのかは分らない。しかし、分らないからこ
そ面白い、と思いたいのだ。


 某月某日(セレクト64より)

 現代詩を読む愉しみの一つは、意外な言葉の組み合わせとの出遭いと、そこから喚起されるイメージ群と
の挌闘にある。詩人が吐き出した言葉は、ときには毒物そのものとなり、読む者の頭を麻痺させる。日常の
約束事がはるか彼方に押しやられ、その世界のエトランジェとして小突き回され、揉みくちゃにされ、切り
刻まれる。それは、ジェットコースターで振り回されるときの恐怖とそれに伴う快感に似ており、死に近付
くための余技でもある。だから、意味を穿鑿してはならない。むしろ、意味の呪縛を解かなければならない。
 吉岡実に、「仕事」という作品がある。引用してみよう。

  仕事

 荷揚地は
 玉葱と真昼のなかで
 その男はいつも重い袋の下にいた
 仲間は盲目の者ばかり
 船からおろす荷の類
 すべて形が女にちかいので
 愉快にかついでゆく
 ありあまる植物の力
 はげしい空腹と渇き
 やみから抽き出された
 一つの長い管を通りぬけ
 坐りこんだ臓物
 その男は完全に馴致された
 だが習性の眼は観察をあやまたぬ
 見えていた百本の煙突が陸地から姿を消す
 その男はいそぎ足で家路へ向う
 独りの食事を摂り
 卑猥な天体を寝床に持ちこむため
 臭いシャツの背中を星が裂く
 その男は川に平行された

 この作品の意味を求めても、おそらく無駄だろう。たとえば、「坐りこんだ臓物」とは何の謂いか。答え
られる人は稀だろうし、またその答えは確実に間違っているだろう。それでは、この詩から何を引き出せば
よいのか。それは、読む者の自由だ。自由な解釈だ。自由な解釈から生まれる日常からの逃避だ。「卑猥な
天体」とは、異性の肉体のことか。それとも……と思い巡らすことのできる遊戯だ。これはもう、安上がり
の時間潰しであり、同時に、芳醇な、それはそれは芳醇な、人間の時間だ。


 某月某日(セレクト64より)

 吉岡実に「サフラン摘み」という、白く乾いた詩がある。引用してみよう。

   サフラン摘み

  クレタの或る王宮の壁に
  「サフラン摘み」と
  呼ばれる華麗な壁画があるそうだ
  そこでは 少年が四つんばいになって
  サフランを摘んでいる
  岩の間には碧い波がうずまき模様をくりかえす日々
  だがわれわれにはうしろ姿しか見えない
  少年の額に もしも太陽が差したら
  星形の塩が浮かんでくる
  割れた少年の尻が夕暮れの岬で
  突き出されるとき
  われわれは 一茎のサフランの花の香液のしたたりを認
   める
  波が来る 白い三角波
  次に斬首された
  美しい猿の首が飾られるであろう
  目をとじた少年の闇深く入りこんだ
  石英のような顔の上に
  春の果実と魚で構成された
  アルチンボルドの肖像画のように
  腐敗してゆく すべては
  表面から
  処女の肌もあらがいがたき夜の
  エーゲ海の下の信仰と呪詛に
  なめされた猿のトルソ
  そよぐ死せる青い毛
  ぬれた少年の肩が支えるものは
  乳母の太股であるのか
  猿のかくされた陰茎であるのか
  大鏡のなかにそれはうつる
  表意文字のように
  夕焼は遠い円柱から染めてくる
  消える波
  褐色の巻貝の内部をめぐりめぐり
  『歌』はうまれる
  サフランの花の淡い紫
  招く者があるとしたら
  少年は岩棚をかけおりて
  数ある仮死のなかから溺死の姿を藉りる
  われわれは今しばらく 語らず
  語るべからず
  泳ぐ猿の迷信を──
  天蓋を波が越える日までは

                                 
 植物のサフランについては、<ウィキペディア>の記述を援用してみよう。一部改変したが、寛恕を乞う。

 「サフラン」(学名〔羅〕:Crocus sativus 英: saffron crocus(植物) 英: saffron(香辛料)
仏:safran)は、地中海沿岸を原産とするアヤメ科の多年草。およびそのめしべを乾燥させた香辛料。別名
薬用サフランと呼んで、同属植物で観賞用の花サフラン(クロッカス)と区別する。名称はアラビア語で
「黄色」を意味する「アスファル」を語源とする「ザアファラーン」に由来する。日本では、(口に自)夫
藍の漢字を宛てる。(さんずいに自)夫藍、(同)夫蘭、泊夫藍などの表記も見られるが、いずれも字音が
合わず、誤字である。成分は、α、β、γ‐カロテン。他に色素配糖体であるクロシン(crocin)、無色の
苦味配糖体ピクロクロシン(picrocrocin)、精油(8-10%、テルペン、テルペンアルコール、エステル)、
クロセチン(crocetin)などを含む。クロシンは水溶性で油には溶けない。香りの主成分はサフラナールで
ある。
 紀元前からヨーロッパでめしべが香料・染料として利用されていた。古代ギリシアではサフランの黄色が
珍重され、王族だけが使うことを許されるというロイヤルカラーとされた時代もある。日本へは江戸時代に
薬として伝わった。国内での栽培は、1886年(明治19年)、神奈川県大磯町(旧国府村)の添田辰五郎が病
気の母親のため、球根の輸入と栽培を試みたのが始まり。1897年(明治30年)に内務省横浜衛生試験所の認
定を受け、商品化・輸出されるようになった。1903年(明治36年)には、辰五郎から球根を譲り受けた吉良
文平によって大分県竹田市へ伝わり、同地は名産地になった。現在、日本国内の約8-9割が竹田市で生産
されている。他には、宮城県塩竈市などで生産されている。
 めしべを乾燥させて、香辛料や生薬として用いる。乾燥の際には、風通しのよい室内で陰干しにする。収
率が低いため貴重で、1gあたり500円から1,000円程度と高価である。めしべは、独特の香りを持ち、水に
溶かすと鮮やかな黄色を呈するため、南ヨーロッパ、南アジア北部、中央アジア、西アジア、北アフリカに
かけて料理の色付けや風味付けのための香辛料として使用される。プロヴァンス地方の名物料理ブイヤベー
スやスペイン料理のパエリア、ミラノ風リゾット、モロッコ料理のクスクス、インド料理のサフランライス
には欠かせない。トルコのサフランボルでは、お湯に入れた「サフランティー」として飲まれている。生薬
としては番紅花(ばんこうか、蕃紅花とも書く)と呼ばれ、鎮静、鎮痛、通経作用がある(日本薬局方第二
部に「サフラン」の名で収録されている)。中国では西紅花、藏紅花の名で生薬として流通している。着色
や風味付けなどの通常の用途で、食事から経口で摂取する量では安全と思われるとされている。しかし、以
下の場合には注意が必要である。1.堕胎作用、子宮収縮作用、通経作用に注意が必要である。「授乳中の
安全性については充分な情報がないため、避けたほうがよい」、「妊婦には禁忌である」との記述もみられ
る。2.大量摂取は危険と言われており、5g以上摂取すると重篤な副作用が出る。致死量は12-20gであ
る。3.オリーブ属、オカヒジキ属、ドクムギ属の植物に過敏症がある人はアレルギー症状に注意が必要で
ある。

 これによると、香料および染料として用いられてきたサフランは、実は「毒物」でもあり、摂取量を誤る
と死に至るとある。また、堕胎作用があるため、「堕胎剤」として使用されたことがあるのではないか、と
いう疑いが残る。サフランライスを提供するカレー屋は、そのことを知っているのだろうか。もっとも、タ
ーメリックライスも黄色なので、小生には見分けがつかないが。
 さて、その危険な植物を摘む四つんばいになった少年たち。この詩は、そんな基礎知識なしに読めば、牧
歌的ですらあるが、「次に斬首された/美しい猿の首が飾られるであろう」とか、「数ある仮死のなかから
溺死の姿を藉りる」辺りには、死の気配が濃厚である。また、「割れた少年の尻が夕暮れの岬で/突き出さ
れるとき」から、パゾリーニ監督の『ソドムの市(Salo o le 120 giornate di Sodoma)』(監督:ピエル・
パオロ・パゾリーニ〔Pier Paolo Pasolini〕、伊・仏合作、1975年)〔Salo の o は、開口音の o 、すな
わち、固有名詞に見られる語尾切断形なので、フランス語のアクサン・グラーヴに当たるものがつくが、フ
ォントがないので省略〕をいやでも連想するが、「少年愛」に対して実践的な関心のない小生からすれば、
どこか滑稽な光景ではある。さらに、この詩は、西脇順三郎の「皿」を思い起こさせる。引用してみよう。

   皿

  黄色い董が咲く頃の昔、
  海豚は天にも海にも頭をもたげ、
  尖つた船に花が飾られ
  ディオニソスは夢みつゝ航海する
  模様のある皿の中で顔を洗つて
  宝石商人と一緒に地中海を渡つた
  その少年の名は忘れられた。
  麓な忘却の朝。

 実は、大学生の頃、ある人のノートの中に見出した詩である。それを読んだとき、「あんた、凄い才能あ
るじゃん」と言ったら、「西脇順三郎の詩です」という答えが返ってきた。ちょっと、安堵したような記憶
がある。思うに、素敵な詩に出遭ったとき、最初に湧く感情は「嫉妬」ではないだろうか。自分には、こん
な素敵な言葉は紡ぎ出せない、という嫉妬である。しかし、小生は同時に深い「歓び」を感じる。自作の詩
がいくら下手でも、すぐれた詩に出遭う機会はいくらでも転がっているのだから。


 某月某日(セレクト65より)

 大岡信といえば、「折々のうた」を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、小生は嵌るのを懼れて、敬し
て遠ざけていた。そのうち、ゆっくりと繙いてみたい。彼の詩集も、『春 少女に』(書肆山田、1978年)
しか読んでいない。『詩への架橋』(岩波新書、1977年)は名著だと思うが、学者や評論家としての大岡信
は端正すぎて、どちらかというと苦手なタイプである。ところで、彼を初めて知ったのは、『文學界』(19
74年3月号)の対談時評においてであり、川村二郎と対談していたことを覚えている。宮原昭夫の「どっこ
いしょ・えいじゃー」、富岡多恵子の「冥途の家族」、高橋昌男の「道化の背景」が取り上げられていた由
(CiNiiより)。「えいじゃー」(=ageから作られた言葉だと推測される。「世代」という意味か)という
言葉が、「どっこいしょ」と同じような「掛け声」のことだと勘違いした大岡が、川村に対して自らの「教
養のなさ」(彼は旧制一高から東大の国文科に進んだ秀才)を自嘲していた(もちろん、冗談半分として)
のを面白く思ったものである。さて、彼の詩であるが、こんな作品がある。


  さわる

 さわる。
 木目の汁にさわる。
 女のはるかな曲線にさわる。
 ビルディングの砂に住む渇きにさわる。
 色情的な音楽ののどもとにさわる。
 さわる。
 さわることは見ることか おとこよ。

 さわる。
 咽喉の乾きにさわるレモンの汁。
 デモンの咽喉にさわって動かぬ憂欝な智恵
 熱い女の厚い部分にさわる冷えた指。
 花 このわめいている 花。
 さわる。

 さわることは知ることか おとこよ。

 青年の初夏の夜の
 星を破裂させる性欲。
 窓辺に消えぬあの幻影。
 遠い浜の濡れた新聞 それを
 やわらかく踏んで通るやわらかい足。
 その足に眼のなかでさわる。

 さわることは存在を認めることか。

 名前にさわる。
 名前ともののばかばかしい隙間にさわる。
 さわることの不安にさわる。
 さわることの不安からくる興奮にさわる。
 興奮がけっして知覚のたしかさを
 保証しない不安にさわる。

 さわることはさわることの確かさをたしかめることか。

 さわることでは保証されない
 さわることの確かさはどこにあるのか。
 さわることをおぼえたとき
 いのちにめざめたことを知った。
 めざめなんて自然にすぎぬと知ったとき
 自然から落っこちたのだ。

 さわる。
 時のなかで現象はすべて虚構。
 そのときさわる。すべてにさわる。
 そのときさわることだけに確かさをさぐり
 そのときさわるものは虚構。
 さわることはさらに虚構。

 どこへゆく。
 さわることの不安にさわる。
 不安が震えるとがった爪で
 心臓をつかむ。
 だがさわる。触ることからやり直す。
 飛躍はない。


 「さわる」(=触覚)という行為の不可思議について思いをめぐらし、存在の曖昧さを描いているのだろ
う。それでも、触れば、そこに虚構ではあっても手ごたえはある。だから、「飛躍はない」のである。なお、
この作品は、「転調するラヴ・ソング」(『大岡信詩集』〔今日の詩人叢書7〕、書肆ユリイカ、1960年)
に収められている。


 某月某日(セレクト66より)

 西脇順三郎の詩に「山○(さんざし)の実」という作品がある。引用してみよう。○の部分の偏は「木」、
旁は「虍」と「且」の字を組み合わせたもの。フォントがないので、○にしておいた。


  山○の実    

 なぜ私はダンテを読みながら
 深沢に住む人々の生垣を
 徘徊しなければならないのか
 追放された魂のように
 青黒い尖った葉と猪の牙のような
 とげのある山○の藪になっている
 十月の末のマジェンタ色の実のあの
 山○の実を摘みとって
 蒼白い恋人と秋の夜に捧げる
 だけのことだ
 なぜ生垣の樹々になる実が
 あれ程心をひくものか神々を貫通
 する光線のようなものだ
 心を分解すればする程心は寂光
 の無にむいてしまうのだ
 梨色になるイバラの実も
 山○の実もあれ程 Romantique なものはない
 これほど夢のような現実はない
 これほど人間から遠いものはない
 人間でないものを愛する人間の
 秋の髪をかすかに吹きあげる風は
 音もなく流れ去ってしまう


  註1:サンザシ(山査子、学名:Crataegus cuneata)は、バラ科サンザシ属の落葉低木。中国産で、
     日本にも古くに持ち込まれた。果実は生薬、果実酒、ドライフルーツなどの用途があり、盆栽の
     素材としても好まれる。サンザシや近縁のオオミサンザシの果実の干したものは、生薬名で山査
     子(さんざし)といい、消化吸収を助ける作用がある。加味平胃散(かみへいいさん)、啓脾湯
     (けいひとう)などの漢方方剤に使われる。セイヨウサンザシの果実や葉は、心悸亢進、心筋衰
     弱などの心臓病に使われる(ヨーロッパでのハーブとしての使い方)。サンザシ酒の味は甘酸っ
     ぱく、一部の中華料理店などでは、中国酒として供されている。果実を潰して、砂糖や寒天など
     と混ぜ、棒状に成形して乾燥させたものが多い。中国では、「山査子餅」(シャンジャーズビン)
     という円柱状に成形した後、薄くスライスして10円玉のような形状にしたものも多く、酢豚のよ
     うな料理に入れる場合もある。他にも、果実をそのまま種子抜きして乾燥させ麦芽糖などでコー
     ティングしたものもあり、この場合に限り含有成分から厚生省認可基準「ビタミンC含有栄養機
     能食品」にあたり表記ができる。中国では「山査子餅」の他、「山査子●」(シャンジャーズガ
     オ)という平たい羊羹状の菓子も作られている。中国ではこの菓子を酢豚の酸味付けに使うこと
     もある。また竹串などに刺して、飴をかけた「冰糖葫芦」(ビンタンフール)という、りんご飴
     の様な駄菓子も街角で売られている。●の部分の偏は「米」、旁は「羔」である。フォントがな
     いので、●にしておいた。
  註2:マジェンタ(マゼンタ、magenta)は色の一つで、明るい赤紫色。紅紫色(こうししょく)とも
     呼ばれる。色の三原色のひとつにもマジェンタがある。色のマジェンタは、染料の唐紅(とうべ
     に。マジェンタ、フクシン)にちなんでマジェンタと名付けられた。
 
     以上の二つの註は、<ウィキペディア>より抜粋したものである。一部改変した。

 さて、この詩である。厄介な人間関係に疲れて、散歩に出た「私」が、サンザシの藪に遭遇する。沙漠を
彷徨った果てのオアシスだ。実をもいでみる。赤紫色の実は、「私」のこころを慰める。秋のやわらかい光
が、サンザシの実の赤紫に艶をもたらす。口に含んでみてもよい。サンザシの実は、あらかじめ「私」を待
っていたかのように静かに佇んでいたのである。果実を愛でる人は、果実からも愛される。そっと秋風が髪
を撫であげて、「私」の屈託をどこかに運んでくれたようだ。……などと解釈してみたが、出鱈目かもしれ
ない。しかし、こころ惹かれる詩であることに変わりはない。


 某月某日(セレクト66より)

 花粉症がさらに悪化して、安眠まで妨げられるようになっている。目はショボショボ、鼻はグズグズ、さ
らに、あちこちが痒くなって、本当に嫌になる。こういうときは、爽やかな詩に触れるに限る。以下に、立
原道造の一篇を掲げる。ただし、この「初冬」と題された詩が爽やかかどうかは疑問ではあるが……。とも
あれ、25歳で夭折した抒情詩人の繊細なソネットの世界である。なお、比較的長い行の行替(出典では行替
が行われている)は行わなかった。


  初 冬

 けふ 私のなかで
 ひとつの意志が死に絶えた……
 孤独な大きい風景が
 弱々しい陽ざしにあたためられようとする

 しかし寂寥が風のやうに
 私の眼の裏にうづたかく灰色の雲を積んで行く
 やがてすべては諦めといふ絵のなかで
 私を拒み 私の魂はひびわれるであらう

 すべては 今 真昼に住む
 薄明(うすあかり)の時間のなかでまどろんだ人びとが見るものを
 私の眼のまへに 粗々しく 投げ出して

 ……煙よりもかすかな雲が煙つた空を過ぎるときに
 嗄れた鳥の声がくりかへされるときに
 私のなかで けふ 遠く帰つて行くものがあるだろう


 この詩は、とくに小生の好むところで、彼の代表的なソネット(十四行詩)だと思う。10代から30代にか
けて、小生もエチュードとしてソネットの詩作を試みていたが、シュークスピアの影響というよりも、立原
道造の影響の方がはるかに甚大だった。言葉の花束のようなソネットは、その美しさゆえにかえって危うい
が、その危うさが最大の魅力であろう。


 某月某日(セレクト66より)  

 井上靖といえば「小説家」としての顔が知られているだろうが、旺盛に小説を発表する傍ら、絶えず詩作
を続けていた人でもある。しかも、散文詩に拘って、詩集『北国』、『地中海』、『運河』等を刊行したが、
その作品形式はすべて散文詩である。下に掲げる作品も散文詩であり、不思議な味わいがある。


  ホタル

 ドイツ語のロイヒト・ケーファーは光を灯した兜虫。英語のファイアフライは火を背負った蠅、フラ
 ンス語のヴェール・ルュイザンは輝く昆虫です。日本の言葉では螢は火を戴いた虫とでも言うのでし
 ょうか。
 東洋のいまは亡んでしまった民族の、いまは死んでしまった言葉では、ホタルを消える消える火と呼
 んでいます。私は小さい生きものの生命を、点滅する須臾の光の中に見ないで、その暗黒の中に見つ
 めたこうした民族のあったことに打たれます。罪業とか前生とかいった思いは、この民族と共に亡ん
 でしまったのです。


 もう15年以上も前のことであるが、ある島嶼出身の学生が言っていたことを思い出す。「私が生まれた島
では、夜になると真っ暗で、星がよく見えました」、と。われわれはこの「暗さ」の文化を喪っていると思
う。ホタルを「消える火」と看做すのも、漆黒の闇が基本だからであろう。われわれはこの「闇」を追放す
ることによって、はたして何を得たのだろうか。


 某月某日(セレクト67より)

 辺見庸の『詩文集 生首』(毎日新聞社、2010年)には、「生首」と題された詩篇はないが、いくつか単
語としての「生首」が出て来る。たとえば、次の詩「下駄箱」を引用してみよう。一部(倦怠の「倦」)、
フォントがないので、代用した文字がある。


  下駄箱

 下駄箱の闇 古びた革と黴のにおいにまみれて
 端然としていならぶものたちの
 心象を知っているか
 音なく燻ゆりたつ
 モスグリーンの闇に
 列なし いつづけるものらは
 じっと待っているようでいて
 じつはもはや
 なにものも待ってさえいない
 悔いているようでいて
 もはや悔いてさえいない
 やつらは ただ
 耽っているのだ
 湿気ったそこに ひたすら在ることに

 仕切りのこちらがわから
 閉じられた闇を想定して
 履かれなかったパンプスの無聊だの
 すりへった短靴の倦怠だの
 桐下駄の性的郷愁だの
 いろいろと
 きいたふうな講釈をするのは
 おまえらの勝手だ

 だが 知るまい
 燻ゆりたつ モスグリーンの闇に 燻ゆられ
 いならぶ履き物たちが
 じつのところ
 手に負えないほどに充足していることを
 そして 足垢で黒ずんだ
 革サンダルと臭いゴム長にはさまれて
 俺の生首がひとつ
 こっちをむき
 緑がかった闇を吸いつつ
 鼻歌うたいつ
 うすくまなこをあけて にやけているのを


 辺見庸と言えば、1991年、『自動起床装置』(筆者、未読)で第105回芥川賞を受賞した作家であり、元
は共同通信社の外信部の敏腕記者であり、北京の特派員時代に中国のトップ・シークレットを暴露して、当
局から国外退去処分を受けている剛の者でもある。小生は、彼が芥川賞を受賞したことは知っていたが、実
際に注目したのは『もの食う人びと』(1994年)においてである。この本は、不謹慎な言い方をさせていた
だければ、たいへん面白かった。他に類を見ない作品だった。その後、『永遠の不服従のために』(2002年)
という著作や、原作(筆者、未読)が彼である今村昌平監督の映画『赤い橋の下のぬるい水』に反応したぐ
らいか。最近になって大病を患ったことも知っていたが、この『詩文集 生首』に出遭うまで、「即かず離
れず」を維持してきた人である。それは、感性が合わないからではない。むしろ、彼の影響を受けすぎるこ
とを警戒したからである。しかし、その戒めも解いてみようと思う。案の定、この詩文集は小生の気に入る
ものだったから。つまり、彼の古い著作をぼちぼち読んでみる気になったのは、この詩文集のおかげである。


 某月某日(セレクト78より)

 石垣りんの詩に、こんな作品がある。『現代詩文庫46 石垣りん』(思潮社、1971年初版、25-26頁)より。


   私の前にある鍋とお釜と燃える火と

  それは長い間
  私たち女のまえに
  いつも置かれてあったもの、

  自分の力にかなう
  ほどよい大きさの鍋や
  お米がぷつぷつとふくらんで
  光り出すに都合のいい釜や
  劫初からうけつがれた火のほてりの前には
  母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。

  その人たちは
  どれほどの愛や誠実の分量を
  これらの器物にそそぎ入れたことだろう、
  ある時はそれが赤いにんじんだったり
  くろい昆布だったり
  たたきつぶされた魚だったり

  台所では
  いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
  用意のまえにはいつも幾たりかの
  あたたかい膝や手が並んでいた。

  ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて
  どうして女がいそいそと炊事など
  繰り返せたろう?
  それはたゆみないいつくしみ
  無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

  炊事が奇しくも分けられた
  女の役目であったのは
  不幸なこととは思われない、
  そのために知識や、世間での地位が
  たちおくれたとしても
  おそくはない
  私たちの前にあるものは
  鍋とお釜と、燃える火と

  それらなつかしい器物の前で
  お芋や、肉を料理するように
  深い思いをこめて
  政治や経済や文学も勉強しよう、

  それはおごりや栄達のためでなく
  全部が
  人間のために供されるように
  全部が愛情の対象あって励むように。

     詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』(石垣りん 著、書肆ユリイカ、1959年)に所収。


 この詩に解説は要らないだろう。現代の女性はそれほど感じないかもしれないが、家庭用電化製品のなか
った時代には、炊事を含む家事の大変さは凄まじかったと思う。いまどき、電気釜ではない昔のお釜でご飯
を炊く人は皆無に等しいのではないか。まして、ガスではなく、その火を熾すところから始めるとすれば、
かなり大変だったはずである。もっとも、当時の女たち(もちろん、一部の男たち、たとえば僧侶とか兵隊
とかは炊事を行っていただろう)は、それが当たり前だったので、大変とは思わなかったかもしれない。小
生も、電気釜ではなくて、普通のお釜や飯盒などでご飯を炊いたことはあるが、それは非日常的な営みだっ
たので、その行為に一種の楽しさが伴っていた。「はじめチョロチョロ、中パッパッ、赤子泣いても蓋とる
な」といった口伝も、しっかり守っていたと思う。しかし、毎食ごとに家族などのご飯を炊かなければなら
ないとすれば、それは憂鬱な仕事と成り果てたであろう。
 近年になって、「ジェンダー役割」の見直しが始まっており、「男子厨房に入らず」は葬り去られつつあ
る慣用語句となった。この詩において、「女も炊事の合間にさまざまな事柄を勉強をしよう」という提言が
なされているが、今は老若男女を問わず活用できる言葉に出世したと思う。とくに、最後の連の「それはお
ごりや栄達のためでなく/全部が/人間のために供されるように/全部が愛情の対象あって励むように。」
は、素直に身に染みる言葉であろう。


 某月某日(セレクト79より)

 本日は、井上光晴の詩「頽廃前」を鑑賞してみよう。


   頽廃前

  私の傷痕(いたで)ははげしくうずき
  すべなく私はひょうひょうと歩きまわり
  焼けあとの枯木をならして
  こおりょうと吹く風に
  こころをさらしている

  風に焦れたままいやされぬ
  ビルディングの砂をこぼし
  ぬりかけたチョコレートにぶちあたり
  ぶるん、ぶるん
  星の旗をいっぱいはらませ
  そのまま夕焼けたなびく雲に消える
  雲はただれて海をまっかに染め
  したたるような血潮は
  どすぐろくとぐろをまき
  小蒸気のらんぷとともに
  暗い海面にただよっている
 
  ああ
  私の心にも陽は落ち
  街にはオレンジの灯がともったのに
  こころにはうすいらんぷもつかぬ

  こころよなぜに灯をともさぬのか
  私は防波堤にうずくまり
  かぎりなき絶望にじっと海面(うみも)をみつめているが
  波は足下(あしした)に波をうち
  波はまたうちかえす

  若者よ、ぼくとは、なるな
  この救われようなのないいらだたしさは
  どこからくるのか
  私はまなこのやりばにこまり
  大きく哀しい息をはいて
  天にぽろぽろ涙をこぼすのだ

  若者よ、ぼくとは、なるな
  あおじろいコンクリートの岸壁にならぶ
  さびついた繋柱に腰をおろし
  こころを冷めたい風にさらして
  せいこんよみがえり
  いきかえろうとするが
  頽廃はついに月光(つきかげ)とともに深くやみつき
  魂を捕えても
  もはや一片(ひとかけら)も残っていないのだ

  ああ、ふたたび、ひゅんひゅん
  夜帆(やほ)はらむ海風に
  いっぱいこころをそそがせて
  なにも考えず死んでしまったなら
  ゆたかな感激はすでにわが心をはなれ

  うすっぺらな月給袋も、もはや詩(うた)えぬ
  電車は夜半(よなか)までごうごうと走り
  赤旗は大地に斃れたけれども

  ああ、私は私の昔が恋しい
  かげのない少年のまなこが恋しい

  若者よ、ぼくとは、なるな
  ひねくれず臆せず
  だいたんに自分の思うところに
  ばくしんせよ

  みあげるがいい
  私の心の傷痕(いたで)の上に
  星は無数ににじいろにきらめき
  お前のすすもうとする道を照らしている
  私は私の傷痕(きず)をあばき
  お前がふたたび私とならぬよう
  しんからねがっている
  ひねくれることがいけないのだ
  うたがうこともあるときは
  さびしい害悪となりはてる

  若者よ、決してぼくとは、なるな
  しんじつの恋もなんべんかは重ねれば
  しんじつ、人を愛するということを忘れてしまう
  若者よ、ゆめゆめこころをうつさずに
  一人のまつげの長い少女だけを

  ああ傷痕(きずあと)おおきゆがんだ私の顔よ
  ついに私のうたはリズムをこえて
  狂ったようにとびあがり
  私はとほうにくれ
  とほうにくれてふたたび
  ひょうひょうと繋柱から腰をあげる

  波はいぜん足下(あしした)の岸壁をうち
  うちかえし、またうちかえし
  五島航路の汽船のかじば(「かじば」に傍点あり)の
  青いらんぷがきえ
  桟橋の手すりに酔っぱらっている水夫に
  けん、けん、運送屋の犬が吠えている

  若者よ、ぼくとは、なるな
  私は十五の年 尼ケ崎にゆき
  そこの書生がつらくて
  いつも暇さえあれば三十分はなれた山陽の鉄路に
  ぽつんとたたずみ
  下関行きの汽車が通るのをみて
  涙をこぼしていた
  その山のむこうが六甲ともしらずに
  なぜかあの山を越えると九州のような気がして
  本気に逃げてかえろうかとも
  しあんのあげく思いつめていた

  ああ、あのころの私が恋しい
  どんなにつらくとも、苦しくとも
  まだ私の胸にはほのぼのとした故郷(ふるさと)があり
  ときたまもらう小使銭で
  大きないも(「いも」に傍点あり)パンにかじりつくとき
  私はいつも無邪気に決意した
  ──えらい人になろう
     えらい人になろう、と

  ああ私はいま傷痕(きずあと)おおきこころを抱いて
  すべてを軽蔑し
  しんじつをあざけって
  百円あれば悪友と焼酎を汲んでいる
  焼酎がまわればむしょうにせつなくなり
  せつなくなればまたぐいとあおり
  プロレタリアよ、くそくらえ、俺はエゴイスト
  私はよっぱらったいきおいで
  こころにもないことにくだをまき
  しんじつひとり泣いてかえる

  若者よ、ぼくとは、なるな
  しかし私を憎むなよ

  ああ、私の昔がなつかしい
  ひからびた青年、詩(うた)えぬ詩人
  馬鹿者がひとりここにいる
  若者よ、ぼくとは、なるな
  前衛、ぼくをせめるなよ
  いよいよぼくのヴァイオリンは
  どこかのふるさとを哀しがり
  ぎいろん、ぎいろんと泣きつづける
  まるでイタリアをさまよう
  乞食音楽師のように
  私はふるさとを求めている
  海につづく魚市場の、段々に
  だまって白い軍艦のラジオを聞いている

  くされたようなジャズソング
  私のこころもくされかか(「かか」に傍点あり)っているが
  ああ、たまらない、たまらない
  ビールのバラバッタも私には
  うめいたようにきこえ
  頭をかかえてぺっとつばをはく
  つばは海面にばらの如く
  ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ
  ぺっ、ぺっ、ぺっ
  月の光に照らされた
  きいろい花びらがむしょうにおかしくなり
  わが意を得たように私はへどをはく
  ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ
  ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ
  私はげらげらわらいながらへどをはく
  頽廃なんぞおそるべき
  ふそんなるかな
  私は下宿にかえろうともせず
  ひとり、げらげらへどをはく
  へどよ、時には空中に鷲のごとく
  舞いあがれ、乱舞せよ、鷲のごとく
  ああ、私は頽廃を謳歌するのか、たたえるのか
  私のからだはすでにへどとともに
  私の病まない片一方の肺だけが
  びく、びく、わずかによびかける

  若者よ、若者よ、
  よも、私とはなるでないぞ
  ああ、お前の童貞にさいわいあれ
  すぐ目の前に居ねむりしている
  ふみきり番の赤いほっぺたに
  さいわいあれ
  みたび、ひゅんひゅんと風はとどろき
  おでんやののれん(「のれん」に傍点あり)がひらひらひらひら
  あついこんにゃくが煮えている
  ああ、あついこんにゃくよ
  お前のにおいにさいわいあれ

  嵐をはらんで月はぶきみに湾をよぎり
  おわお、おう、おわお
  犬が遠くに鳴いている
 
  ああ、私の傷痕はついにいえず
  ついにいえず
  私はどろぬまにかえっていく


 井上光晴(1926-1992年)は『虚構のクレーン』や『地の群れ』などで知られる小説家であるが、同時にま
た優れた詩人でもある。高野斗志美は、「井上光晴をかりたてているのは、人間が人間をはずかしめている
状況にたいする、おさえがたい憤怒である。そのむごたらしさを、おのれに加えられる理不じんな力として
受けとめるがゆえに、かれは、憤怒せざるをえない」と書いている(『現代詩文庫59 井上光晴詩集』、思潮
社、初版1975年、160頁)。彼は、おそらくプロレタリア文学の系譜に属する作家なのだろうが、左翼になっ
た(一時期、共産党に入党している)のはたまたまで、むしろ、虐げられた人々に対する限りなき共感と、
そのような虐待を看過できない潔癖さが、彼をして創作へと向かわせるのであろう。小生は彼の名前こそ以
前から知っていたが、実はあまり読んだことのない作家だった。これから、ぽつぽつ読んでみたいと思って
いる。上の作品はやや自嘲的な風貌を持っているが、中原中也の「汚れちまった悲しみに」と同様、実はか
なり自負に塗れた作品ではないかと思う。もし「詩人」であることをこころから厭うならば、筆を折るはず
だから……。
 ところで、ドキュメンタリー映画の傑作に、『ゆきゆきて、神軍』(監督:原一男、疾走プロダクション、
1987年)という作品があるが、その同じ原監督が撮った映画に『全身小説家』(監督:原一男、疾走プロ、
1994年)〔筆者、未見〕がある。このドキュメンタリー映画は、まさに井上光晴の「生」を描いたものだそ
うだが、機会があれば観てみたいと思っている *。

  * 後日、鑑賞した(「日日是労働セレクト129」、参照)。


 某月某日(セレクト79より)

 今日は、田村隆一の詩を味わってみよう。


   立棺

  I

  わたしの屍体に手を触れるな
  おまえたちの手は
  「死」に触れることができない
  わたしの屍体は
  群衆のなかにまじえて
  雨にうたせよ

    われわれには手がない
    われわれには死に触れるべき手がない

  わたしは都会の窓を知っている
  わたしはあの誰もいない窓を知っている
  どの都市へ行ってみても
  おまえたちは部屋にいたためしがない
  結婚も仕事も
  情熱も眠りも そして死でさえも
  おまえたちの部屋から追い出されて
  おまえたちのように失業者になるのだ

    われわれには職がない
    われわれには死に触れるべき職がない

  わたしは都会の雨を知っている
  わたしはあの蝙蝠傘の群れを知っている
  どの都市へ行ってみても
  おまえたちは屋根の下にいたためしがない
  価値も信仰も
  革命も希望も また生でさえも
  おまえたちの屋根の下から追い出されて
  おまえたちのように失業者になるのだ

    われわれには職がない
    われわれには死に触れるべき職がない

  II

  わたしの屍体を地に寝かすな
  おまえたちの死は
  地に休むことができない
  わたしの屍体は
  立棺のなかにおさめて
  直立させよ

    地上にはわれわれの墓がない
    地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない

  わたしは地上の死を知っている
  わたしは地上の死の意味を知っている
  どこの国へ行ってみても
  おまえたちの死が墓にいれられたためしがない
  河を流れ行く小娘の屍骸
  射殺された小鳥の血 そして虐殺された多くの声が
  おまえたちの地上から追い出されて
  おまえたちのように亡命者になるのだ

    地上にはわれわれの国がない
    地上にはわれわれの死に値いする国がない

  わたしは地上の価値を知っている
  わたしは地上の失われた価値を知っている
  どこの国へ行ってみても
  おまえたちの生が大いなるものに満たされたためしがな
   い
  未来の時まで刈りとられた麦
  罠にかけられた獣たち またちいさな姉妹が
  おまえたちの生から追い出されて
  おまえたちのように亡命者になるのだ

    地上にはわれわれの国がない
    地上にはわれわれの生に値する国がない

  III

  わたしの屍体を火で焼くな
  おまえたちの死は
  火で焼くことができない
  わたしの屍体は
  文明のなかに吊るして
  腐らせよ

   われわれには火がない
   われわれには屍体を焼くべき火がない

  わたしはおまえたちの文明を知っている
  わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている
  どの家へ行ってみても
  おまえたちは家族とともにいたためしがない
  父の一滴の涙も
  母の子を産む痛ましい歓びも そして心の問題さえも
  おまえたちの家から追い出されて
  おまえたちのように病める者になるのだ

    われわれには愛がない
    われわれには病める者の愛だけしかない

  わたしはおまえたちの病室を知っている
  わたしはベッドからベッドへつづくおまえたちの夢を知
   っている
  どの病室へ行ってみても
  おまえたちはほんとうに眠っていたためしがない
  ベッドから垂れさがる手
  大いなるものに見ひらかれた眼 また渇いた心が
  おまえたちの病室から追い出されて
  おまえたちのように病める者になるのだ

    われわれには毒がない
    われわれにはわれわれを癒すべき毒がない

              『現代詩文庫1 田村隆一詩集』(思潮社、初版1968年)、25-28頁より。


 この作品は、詩集『四千の日と夜 1945-1955』(田村隆一 著、東京創元社、1956年)に収められており、
この詩集の全篇のなかで、小生のこころに一番滲みた作品である。とくに、「○○には△△がない」という
フレーズが効いており、繰り返されつつ少しずつ言葉が交替してゆく手法が心地よい。それは声に出して見
れば明らかで、この詩に出遭った人は、皆声に出して読んでみるべきである。書かれた年は判然としないが、
小生が生まれた頃(1954年)かもしれない。そうだとすれば、すでにその時から、今日の日本を予感してし
ているような詩である。とりわけ、

  わたしはおまえたちの文明を知っている
  わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている

の二行には、現代人の喉元に匕首を突きつけているような鋭さがある。
 最近になって、映画『恋の罪』(監督:園子温、「恋の罪」製作委員会=日活=キングレコード、2011年)
のなかに田村隆一の詩が登場した。


   帰途

  言葉なんかおぼえるんじゃなかった
  言葉のない世界
  意味が意味にならない世界に生きてたら
  どんなによかったか

  あなたが美しい言葉に復讐されても
  そいつは ぼくとは無関係だ
  きみが静かな意味に血を流したところで
  そいつも無関係だ

  あなたのやさしい眼のなかにある涙
  きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
  ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
  ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

  あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるのか
  きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
  ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

  言葉なんかおぼえるんじゃなかった
  日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
  ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
  ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる

              『現代詩文庫1 田村隆一詩集』(思潮社、初版1968年)、32頁より。


 園子温もまた詩人なので、この詩に魅せられて、自分の映画のなかに織り込みたくなったのであろう。危
うい言葉の遣り取りのなかに、常人では思いつかない〈時空間〉が垣間見えるのである。


 某月某日(セレクト80より)

 今日は、谷川雁の詩を味わってみよう。


   自我処刑

  地獄につづく まっしろな道
  狂気と静寂の最大の範疇をつらぬいて
  光もなく影もなく
  おいつめられた時間の遺跡は
  きらめきのぼる
  それはゆるやかに深淵にめぐられた
  石胎の台
  その上にかれは立ち
  皇帝のようにオリオンを呼んだ

  仄あかい死の松明にてらされた
  村よ 寡婦たちよ
  識られざる命の水を汲んで
  おれの頂きのかすかな懊悩をさませ
  孤独と恥辱と二つの光に曲げられた肉の
  かがやく渇きを去れ
  まだ何ひとつ始まらぬうちに
 
  われわれは暗いところから飛んできた
  符号にすぎぬ
  あわれな偶然が片隅でもえる世界の
  無数の柱のうちのひとつにすぎぬ
  そしていまおれが待っているものは
  「薄明の力学」にすぎぬというのか

  消えろ 塔も王国も
  忘却の足跡をつなぐ長い鎖も
  弱々しい胞子の願いの言葉は
  かれと地球のなかを裂き
  かれの足はすばやく
  灰いろの骰子をふんでいた
  旅行はすぐに終った
  自我は振子の大いなる錘となって縊れ……

              『現代詩文庫2 谷川雁詩集』、谷川雁 著、思潮社、36-37ページより。


 サルバドール・ダリの絵画である「茹でた隠元豆のある柔らかい構造〈SOFT CONSTRUCTION WITH BOILED
BEANS〉(内乱の予感)、1936年」を見たときと似たような印象を受ける詩である。奇妙な言葉の配列。自我
そのものから溢れてくる苦汁。谷川雁の詩は、死のイメージに苛まれている。それも捻じ曲げられて殺され
るといった特異な状況さえ連想させる。「自我処刑」という題名も外連味たっぷりで、その点でもダリに通
底する。だから、現代詩は、毀誉褒貶相半ばするのであるが、小生としてはそのこと自体が面白い。


 某月某日(セレクト80より)

 今日は、新藤凉子の詩を味わってみよう。


   ない

  陽が沈むことを 太陽が寝に行く
  と いいます
  フランス婦人がいった
  わたしの日没には
  このような やさしいひびきがない
  今日の 昨日の 一年前の
  生れてからこのかたの
  経験の体積が私を押しつぶし
  闇のなかで 歯ぎしりしてねむれない
  夜を待つだけである
  すがすがしい朝はこない
  こんどから と いつも思い
  心に決めても
  危険から逃れることができない
  本当のことをいっちゃいけない
  友達が教えてくれたことなのだが
  うまくきりぬけることができたら
  ああよかった と 安心する
  朝がくる?
  そんなことはない
  心は たちまち破裂するだろう
  その音を予感するほうがおそろしい
  ねむたくなるおだやかな夜がこない

  友達のいうことはよくわかる
  考えぶかくなれ ということなのだ
  考えがあとからやってくる人間は
  やすらかになれない
  たとえ 一から千まで数えて
  時を待ったとしても
  結果は熟慮のかいもない
  記憶は人間の味方ではない
  やすらかになりようがない
  
  失敗はどこから始まるのか……
  生きているせいにするのは簡単だ
  ひとは恥や悔しさだけでは死ねない
  決心すればこそ
  それを破りたくなろうというものだ
  おろかなことを 生きがいのように
  くりかえすことしかできない
  死ぬのに決断はいらない
  死ぬのに経験はいらない
  だから わたしは死なない

  そんなことと意味がちがうわ
  と 言い訳に行かない
  正しい答はどこにもない
  意味は一つではない
  わたしの成績のなかに単位の修得がない
  わたしはあらゆるものから卒業できない
  わたしには権威がない
  何かを望もうにも 欲しいものがない
  燃えたつよろこびに心が躍る昼がこない

  失われて惜しいほどの華奢な肉体がない
  節操を守るほどの思想がない
  恨み通すほどの若さがない
  ひとを赦すほどの年でもない
  死んだひとが忘れられない
  死んだひとは年をとらない
  寂しい日暮れがせまっている
  後仕末をしたいと思っても
  死にかけているときには動けない
  あきらめない
  こんどからは と考えている
  今日の終りがわからない
  永遠とまじりあってしまって
  失われる時を おそれない
  おそれない耳に
  やさしい言葉は敵だ
  警戒したほうが 心のためだ
  (とっても欲しい)
  やさしい言葉は味方だ
  死んで行くときに
  (役に立たない)

  どんなひとでも 二度は死ねないので
  (たった一つの平等だ)
  やさしい言葉は
  この世の中にはない
  だから わたしのなかの太陽は寝に行くことがない

       『現代詩文庫95 新藤凉子詩集』、真藤凉子 著、思潮社、33-35ページより。


 「死ぬのに決断はいらない/死ぬのに経験はいらない/だから わたしは死なない」という三行が効いて
いる。「陽が沈むことを 太陽が寝に行く/と いいます」から始まり、「だから わたしのなかの太陽は
寝に行くことがない」で終わっているが、それは〈わたし〉が「死なない」ことを結論づける。なぜなら、
〈わたし〉は優柔不断の権化であり、海に浮かぶ海月のように意志もなく経験もないからである。あるいは、
仮に何らかの経験があったとしても、無自覚であることを表明している。死への意識がなければ、必然的に
死ぬことはないのである。以前、作家の宇野千代が「わたし、死なないかもしれない」とTVのCMで語ってい
たが、肉体的な死が訪れたとしても、それは宇野千代にとって死ではなく、日常のちょっとした躓きに過ぎ
ないのである。たぶん、この詩の〈わたし〉も、「わたし、死なないかもしれない」と呟いているのだ。あ
たかも、沈まない太陽のように。


 某月某日(セレクト96より)

 年を取ると、煩わしい人付き合いもだんだんと間遠になるので、青年時代の純粋な気持を取り戻すことが
できるのかもしれない。そうだとすれば、小生のように誰ともそりの合わないタイプは、穏やかな晩年が待
ち遠しくなってくる。たぶん、日常のふるまいの純度が増して、余計なことを考えなくなるだろう。つまり、
何か目的のある行為は激減するという寸法である。せいぜい腹が減れば何かを食し、眠たくなれば眠るとい
ったような、きわめて単純な行為を除いて……。ほとんどの人は、本音を隠して自分の密かに目論んでいる
ことを実現すべく日夜努力しているようである。それ自体、非難するつもりは毛頭ないが、ときどき、そん
な駆け引きがとても不純に見えてきて厭になることがある。そのような嫌悪感が生じるともう駄目で、拒絶
反応へとまっしぐらである。世のもっともらしい主張の数々に、透けて見える不純な動機。もちろん、自分
自身の腹の中でとぐろを巻いている邪悪な思いが、そういった悪臭を敏感に嗅ぎ分けるのだが……。
 齢九十五の詩人が、マチネ・ポエティク最後の詩人が、そんな感慨をもたらしてくれた。こんな詩がある。
第二詩集の劈頭詩である。


   きみよ なぜと我に問うなかれ           山崎剛太郎

             コクトオのパロディー

  いちどだけのキスをしよう
  それは愛の証のためではない
  恋心のためでもない
  男と女の情念のせいでもない
  純粋な遊びを昇華させるため
  いちどだけのキス
  お前こっちをお向き
  ぼくをみつめて
  くちびるをお出し
  触れるか触れないキス
  なんの約束でもないキス
  すべてから解放されたキス
  こんにちは と さよなら が一緒になったキス
  生と死
  いちどだけのキスをしよう
  振り向くな オルフェ

               『詩集 薔薇の柩 付・異国拾遺』(山崎剛太郎、水声社、2013年)より


 災いとは、他者(自己の不純な意識)のことだったのである。

                                                
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