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日日是労働セレクト115
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第115弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト115」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『うさぎドロップ』(監督:SABU、「うさぎドロップ」製作委員会〔博報堂DYメディア  
パートナーズ=ハピネット=関西テレビ放送=東海テレビ放送=パルコ=スモーク=朝日新聞社=第一製販=
テレビ西日本=Yahoo! JAPAN=ショウゲート〕、2011年)を観た。この作品も『〈老いがい〉の時代 ──
日本映画に読む』(天野正子 著、岩波新書、2014年)で紹介されている、小生が未見だった映画である。
松山ケンイチが主役を演じているのでいつか観ようとは思っていたが、よい機会を得たと思う。当該作品の
ように「子育て奮戦記」がテーマの映画はいくつかあるが、独身男性のそれは珍しいのではないか。原作は
宇仁田ゆみの漫画だそうだが、小生は未見である。なお、題名になっている「うさぎドロップ」とは、うさ
ぎ型の女の子の髪型を指している言葉だろうか。調べてみたが、不明である。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  宇仁田ゆみの同名コミックを『蟹工船』のSABU監督が実写映画化。祖父の隠し子を引き取った独身
 イクメンの奮闘を描く。『マイ・バック・ページ』の松山ケンイチが、初の“父親”役に挑戦。史上
 最年少で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した芦田愛菜を相手に、家事と育児にてんてこ舞いの主
 人公を等身大で好演し感動を誘う。

   〔あらすじ〕

  27歳、彼女なし。ごくフツーのサラリーマンであるダイキチ〔河地大吉〕(松山ケンイチ)は、祖
 父の葬儀のために久しぶりに訪れた実家で、一人の不思議な6歳の少女と出会う。孤独で悲しげなそ
 の少女鹿賀りん(芦田愛菜)は、実は母方の祖父の鹿賀宗一(平井雅士)の隠し子だった。引き取り
 手がなく、りんを施設に入れようという親族たちの意見に反発したダイキチは、勢いで自分が引き取
 って育てると宣言してしまう。こうしてその日から、不器用な男としっかり者の少女とのちょっとち
 ぐはぐな共同生活がスタートする。慣れない子育てにアタフタしながらも、一生懸命にりんを育てよ
 うとするダイキチと、そんな彼に少しずつ心を開き始めるりん。ひょんなことから一緒に暮らすこと
 になった二人だったが、周りのみんなに支えられながら、次第に本当の家族のような愛情と絆で結ば
 れてゆく……。

 他に、香里奈(二谷ゆかり=コウキのママ)、佐藤瑠生亮〔るいき〕(二谷コウキ=リンのお友だち)、
桐谷美玲(河地カズミ=大吉の妹)、綾野剛(キョウイチ=カズミの恋人)、木村了(鈴木雄一=大吉の部
下)、風吹ジュン(河地幸子=大吉の母〔旧姓:鹿賀〕)、中村梅雀(河地健二=同じく父)、キタキマユ
(吉井正子=りんの母親。「西園寺まろん」というペンネームで漫画を描いている。かつて、お手伝いさん
として宗一の世話をしていた)、高畑淳子(杉山由美子=児童相談所の職員)、池脇千鶴(後藤さん〔後藤
由起〕=大吉の同僚)、吉田羊(前田春子=親戚)、長澤壮太郎(前田秀幸=春子の夫)、田辺まり(前田
麗奈=その6歳になる娘)、秋野大作(鹿賀憲一=宗一の長男。なお、苗字は推定)、池田成志(日高=大
吉の上司)、斎藤洋介(親戚)、根岸季衣(その妻)などが出演している。なお、配役に関しては〈ウィキ
ペディア〉を参照した。
 前半はいいが、後半はありきたりの筋になっており、その点が惜しまれる。おそらく、SABU(田中博
樹)が監督として成功したので、メジャー資本に組み込まれ、それなりの映画作りを余儀なくされたからで
あろう。松山ケンイチらの演技も定型を破ることはなかった。子どもの鑑賞者が勘定に入っていたからかも
しれない。なお、原作の最終回は、成長したりんとそれをサポートしてきた大吉の結婚を匂わしている点で
物議を醸している由。血縁関係(年下の叔母と年上の甥の関係になる)があるので、つまり近親相姦になる
ので、結婚はできないはずであるが……。


 某月某日

 DVDで邦画の『ナビィの恋』(監督:中江裕司、イエス・ビジョンズ=オフィス・シロウズ、1999年)を
観た。『〈老いがい〉の時代 ──日本映画に読む』(天野正子 著、岩波新書、2014年)で紹介されてい
る、小生が未見だった映画である。TSUTAYAに以前から配架されていることは知っていたが、これまで触手
が動かなかった。実際に鑑賞してみると、素朴な物語ながらけっこうこころに沁みた。沖縄の島嶼を舞台に
した映画は何本も観ているが、たぶん印象深い一篇になるだろう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  沖縄の小さな島を舞台に、60年前の恋に胸を焦がす老婆を巡る騒動を描いたコメディ。監督は『パ
 イパティローマ』の中江裕司。脚本は、中江監督と中江素子による原案を基に、ふたりが共同執筆。
 撮影を『ラヂオの時間』の高間賢治が担当している。主演は『秘密の花園』の西田尚美と『夢幻琉球
 つるヘンリー』の平良とみ。

   〔あらすじ〕

  都会の生活に疲れ、沖縄の小さな島・泡国島に里帰りした東金城〔あがりかなぐすく/あがりきん
 じょう〕奈々子(西田尚美)。陽気な島民や祖父母である恵達おじぃ(登川誠仁)、とナビィおばぁ
 (平良とみ)に温かく迎えられ、奈々子の心は次第に癒されていった。だがしばらくすると、奈々子
 はナビィの様子がおかしいことに気づく。実は、60年前に引き裂かれた大恋愛の相手・サンラー(平
 良進)が秘かに島に帰っていたのだ。それを知った島民は一大事とばかりに寄り集まり、占い師(ユ
 タ)のチルー〔つる〕(吉田妙子)を使って、今度こそ駆け落ちすれば東金城家は崩壊すると脅す始
 末。奈々子もナビィのことが心配でならない。しかし、その日はやってくる。おじぃと奈々子を残し、
 サンラーの操る舟に乗って島を出ていくナビィ。幸せそうな彼女を見送った奈々子は、おじぃの元で
 暮らすことを決意する。奈々子はおじぃの連れてきた風来坊の福之助(村上淳)と結婚して、末永く
 東金城家を発展させるのであった。

 他に、津波信一(ケンジ=菜々子の幼馴染み)、嘉手苅林昌(本家の長老)、大城美佐子(ミサコ=その
妻)、嘉手苅林次(長老の息子)、兼嶋麗子(麗子)、アシュレイ・マックアイザック(オコーナー=麗子
の夫)、山里勇作(アブジャーマー男=仮面の歌手)、島正廣(菜々子の父)、仲嶺眞永(親戚のおじさん)、
太田守邦(若き日のサンラー)、宇座里枝(若き日のナビィ)、ぴのっきお(牛祭りの司会者)などが出演
している。「泡国島」という設定であるが、実名は「粟国島」である。けっこうエロチックな会話や唄が飛
び出すが、とてもおおらかな感じで、沖縄ののんびりした雰囲気を楽しみたい人には打ってつけの「恋愛歌
謡映画」だと思った。


 某月某日

 DVDで邦画の『まむしの兄弟・傷害恐喝十八犯』(監督:中島貞夫、東映京都、1972年)を観た。題名だけ
見るとおぞましい限りであるが、喜劇タッチのお気楽映画なので、別段恐ろしい話ではない。しかも、脚本
もどこかで観たことのあるような話を接ぎ合わせただけなので、たいして面白くはないけれども安心して観
ていられるといった類の映画である。けっこう個性のある俳優が出演しているが、殿山泰司や北村英三を除
いて、これといったシーンはない。シリーズものの中弛みの典型といっては酷だろうか。ただし、70年代前
半の風俗はよく伝えており、その意味では貴重な一篇である。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔作品情報〕

  “まむしの兄弟”シリーズ四作目。義理にも人情にも縛られない二人の男が次々と引き起こす騒動
 を描く。脚本は佐治乾と蘇武道夫の共同執筆、監督は『木枯し紋次郎』の中島貞夫、撮影は『ゾロ目
 の三兄弟』の山岸長樹がそれぞれ担当。 十八回目の刑務所暮らしから釈放されたゴロ政(菅原文太)
 は、出迎えた不死身の勝(川地民夫)と神戸へ戻って来た。空っけつの二人は、バラック建ての歓楽
 街“おかめ横丁”にやって来た。そして売春バーの客となるが、女達に無一文がバレてしまい、用心
 棒のかなり年を取った鉄(殿山泰司)と辰(北村英三)の二人と大乱闘になる。ところがこの鉄と辰
 も、政らと同じ“まむしの兄弟”と名乗っていたので、またまた大騒動となった。翌日、刑務所で知
 り合った矢東会の山崎(待田京介)から政と勝は“おかめ横丁”の鉄らを痛めりけるようにと依頼さ
 れた。矢東会とつながりのある、東栄建設が“おかめ横丁”を立ちのかせ、跡にアミューズメント・
 センターを造るというのである。バキュームカーを持ち出した政と勝は“おかめ横丁”に乗り込み、
 鉄と辰と争っているときに、鉄の一人娘お藤(北林早苗)が仲裁にとび込んで来た。この美貌のお藤
 に一目惚れした政は勝を諫めて喧嘩を中断する。それからというものは、下僕然とお藤につきまとう。
 その頃、山崎に兄を殺されたという若者、リキ(渡瀬恒彦)が山崎を狙うが逆に捕われ、私刑を受け
 た。やがて、矢東会と山崎が強制執行と称し、やくざらを使って“おかめ横丁”を壊し始めた。対抗
 する住民と政と勝それに辰と鉄。ところが、駈けつけて来たパトカーに、政と勝が住居侵入罪などで
 逮捕されてしまったのである。その間、鉄が山崎は以下のチンピラに殺されてしまった。やがて、釈
 放された政と勝は“おかめ横丁”の壊滅と鉄の死を知る。激怒した政と勝は「おっさんの仇討ちや、
 兄弟死ぬときは一緒やでえ!」とバキュームカーを駆って東栄本社めざして突撃していくのだった。

 他に、遠藤辰雄(東=東栄建設社長)、天津敏(作田=東栄建設の幹部)、高宮敬二(白坂=山崎の舎弟)、
三島ゆり子(花江=政のお相手)、女屋実和子(洋子=勝のお相手)、誠直也(相川=山崎の配下)、菅貫
太郎(片岡=東栄建設の顧問弁護士)、志賀勝(大賀=東栄建設の幹部)、八木孝子(文麗=極楽浄土教の
巫女)、国一太郎(油大=東栄建設の下っ端)、西田良(丸目=同)、汐路章(ホルモン焼屋「喜楽亭」の
オヤジ)、丸平峰子(安子=その女房)、白川浩二郎(刑事)、川浪公次郎(警部補)、唐沢民賢(執行吏)、
村居京之輔(医者)、武智豊子(その道50年の老娼婦)、星野美恵子(レズショーの片割)、紅かほる(同)
などが出演している。
 劇中、「どうにもとまらない」(作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一、唄:山本リンダ、1972年)や、
「おふくろさん」(作詞:川内康範、作曲・編曲:猪又公章、唄:森進一、1971年)などがかかるが、時代
を感じさせた。なお、喜楽亭のメニューが見えたので、書き写しておこう。

 特・ロース 300円
 タン    150円
 ロース   250円
 特・ミノ  200円
 センマイ  150円(メニューには「ゼンマイ」となっていたが、一般的には濁らない)

 なお、お藤さんが「欠損家族」という言葉を遣っていたのが印象的であった。当時風俗産業で有名だった
大津が登場するが、「暴力追放宣言都市」の看板があった。今でもそうなのだろうか。さらに、東栄建設現
場事務所の所在地はやはり滋賀の膳所である。おかめ横丁の売春バーの名前は「姑娘(くーにゃん)」だっ
た。少し笑えた。さらに、極楽浄土教の看板もついでに書き写しておこう。

  悩める者よ来たれ!!
   失せ物・縁談・尋ね人
  
       極楽浄土教本部

   謝礼はお心もち

 小生が子どもの頃には、あちこちにこの手の看板がけっこうあった。今ではほとんど見かけなくなった街
のアクセントである。


 某月某日

 昨日は、『〈老いがい〉の時代 ──日本映画に読む』(天野正子 著、岩波新書、2014年)で紹介され
ている、小生が未見の映画を抜書したが、今日は鑑賞済みの映画を列挙してみよう。昨日同様、登場順に並
べ、監督、製作媒体、公開年(製作年)を記しておく。ただし、あまり正確ではないことをあらかじめ断っ
ておく。

  『破れ太鼓』、監督:木下恵介、松竹京都、1949年。
  『日本の悲劇』、監督:木下恵介、松竹大船、1953年。
  『夕やけ雲』、監督:木下恵介、松竹大船、1956年。
  『楢山節考』、監督:木下恵介、松竹大船、1958年。
  『晩春』、監督:小津安二郎、松竹大船、1949年。
  『麦秋』、監督:小津安二郎、松竹大船、1951年。
  『東京物語』、監督:小津安二郎、松竹大船、1953年。
  『秋日和』、監督:小津安二郎、松竹大船、1960年。
  『小早川家の秋』、監督:小津安二郎、宝塚映画、1961年。
  『生きる』、監督:黒澤明、東宝、1952年。
  『生きものの記録』、監督:黒澤明、東宝、1955年。
  『影武者』、監督:黒澤明、黒澤プロ=東宝映画、1980年。
  『乱』、監督:黒澤明、ヘラルド・エース=仏/グレニッチ・フィルム・プロダクション、1985年。
  『夢』、監督:黒澤明、黒澤プロ、1990年。
  『まあだだよ』、監督:黒澤明、大映=電通=黒澤プロ、1993年。
  『姿三四郎』、監督:黒澤明、東宝映画、1943年。
  『赤ひげ』、監督:黒澤明、東宝=黒澤プロ、1965年。
  『また逢う日まで』、監督:今井正、東宝、1950年。
  『ひめゆりの塔』、監督:今井正、東映東京、1953年。
  『ここに泉あり』、監督:今井正、中央映画=松竹、1955年。
  『真昼の暗黒』、監督:今井正、現代ぷろだくしょん、1956年。
  『キクとイサム』、監督:今井正、大東映画、1959年。
  『楢山節考』、監督:今村昌平、東映=今村プロ、1983年。
  『にあんちゃん』、監督:今村昌平、日活、1959年。
  『にっぽん昆虫記』、監督:今村昌平、日活、1963年。
  『赤い殺意』、監督:今村昌平、日活、1964年。
  『神々の深き欲望』、監督:今村昌平、今村プロ、1968年。
  『デンデラ』、監督:天願大介、「デンデラ」製作委員会〔電通=セディックインターナショナル=
   TOKYO FM=MEDIL=ザフール〕、2011年。
  『萌の朱雀』、監督:河瀬直美、WOWOW=バンダイビジュアル、1997年。
  『息子』、監督:山田洋次、松竹、1991年。
  『東京家族』、監督:山田洋次、「東京家族」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=
   博報堂DYメディアパートナーズ=講談社=日本出版販売=ヤフー=ぴあ=読売新聞東京本社=エフ
   エム東京=朝日放送=名古屋テレビ=中国放送=九州朝日放送=北海道テレビ放送〕、2013年。
  『あ、春』、監督:相米慎二、トラム=松竹=衛星劇場、1998年。
  『歩いても 歩いても』、監督:是枝裕和、「歩いても 歩いても」製作委員会〔エンジンフィルム=
   バンダイビジュアル=テレビマンユニオン=衛星劇場=シネカノン〕、2008年。
  『阿弥陀堂だより』、監督:小泉堯史、『阿弥陀堂だより』製作委員会、2002年。
  『雨あがる』、監督:小泉堯史、「雨あがる」製作委員会〔スタッフ東京=IMAGICA=博報堂=
   住友商事=日本カルミック=サミー=テレビ東京=角川書店=アスミック・エース〕、2000年。
  『男はつらいよ』シリーズ48篇(監督:山田洋次 他、松竹、1969-1995年)。
  『天国と地獄』、監督:黒澤明、東宝=黒澤プロ、1963年。
  『七人の侍』、監督:黒澤明、東宝、1954年。
  『釣りバカ日誌』シリーズ22篇(監督:栗山富夫 他、松竹、1988-2009年)。
  『ニッポン無責任時代』、監督:古沢憲吾、東宝、1962年。
  『一人息子』、監督:小津安二郎、松竹大船、1936年。  
  『父ありき』、監督:小津安二郎、松竹大船、1942年。
  『カルメン故郷に帰る』、監督:木下恵介、松竹大船、1951年。
  『好人好日』、監督:渋谷実、松竹大船、1961年。
  『酔いどれ天使』、監督:黒澤明、東宝、1948年。
  『雁の寺』、監督:川島雄三、大映京都、1962年。
  『居酒屋兆治』、監督:降旗康男、東宝=田中プロモーション、1983年。
  『家族』、監督:山田洋次、松竹、1970年。
  『西鶴一代女』、監督:溝口健二、新東宝=児井プロ、1952年。
  『秋刀魚の味』、監督:小津安二郎、松竹大船、1962年。
  『稲妻』、監督:成瀬巳喜男、大映東京、1952年。
  『醜聞』、監督:黒澤明、松竹大船、1950年。
  『ビルマの竪琴(総集版)』、監督:市川崑、日活、1956年。
  『鍵』、監督:市川崑、大映京都、1959年。
  『浮雲』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1955年。
  『遠い雲』、監督:木下恵介、松竹大船、1955年。
  『無法松の一生』、監督:稲垣浩、東宝、1958年。
  『華岡青洲の妻』、監督:増村保造、大映京都、1967年。
  『ラブレター』、監督:東陽一、にっかつ=幻燈社、1981年。
  『メゾン・ド・ヒミコ』、監督:犬童一心、アスミック・エース エンタテインメント=IMJエンタ
   テインメント=日本テレビ放送網=S・D・P=カルチュア・パブリッシャーズ、2005年。
  『死に花』、監督:犬童一心、東映=アミューズ=テレビ朝日=東映ビデオ=IMJエンタテインメント=
   毎日新聞社、2004年。
  『水の旅人 侍KIDS』、監督:大林宣彦、フジテレビジョン=オフィス・トゥー・ワン=東宝、1993年。
  『ションベン・ライダー』、監督:相米慎二、キティ・フィルム、1983年。
  『台風クラブ』、監督:相米慎二、ディレクターズ・カンパニー、1984年。
  『カナリア』、監督:塩田明彦、「カナリア」パートナーズ、2004年。
  『トイレット』、監督:荻上直子、“トイレット”フィルムパートナーズ〔ポニーキャニオン=
   スールキートス=パラダイス・カフェ=ショウゲート=博報堂DYメディアパートナーズ=パルコ=
   光文社=衛星劇場=Yahoo! JAPAN〕、2010年。
  『博士の愛した数式』、監督;小泉尭史、アスミック・エース エンタテインメント=博報堂DY メディア
   パートナーズ=IMAGICA=住友商事=東急レクリエーション=新潮社、2006年。
  『ウホッホ探検隊』、監督:根岸吉太郎、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ディレクターズ・
   カンパニー=日本テレビ、1986年。
  『恍惚の人』、監督:豊田四郎、芸苑社、1973年。
  『花いちもんめ。』、監督:伊藤俊也、東映京都、1985年。
   * 『花いちもんめ』ではない。
  『そうかもしれない』、監督:保坂延彦、「そうかもしれない」製作委員会、2005年。
  『折り梅』、監督:松井久子、エッセン・コミュニケーションズ、2002年。
  『たそがれ清兵衛』、監督:山田洋次、松竹、2002年。
  『人間の約束』、監督:吉田喜重、西部セゾングループ=テレビ朝日=キネマ東京、1986年。
  『お葬式』、監督:伊丹十三、伊丹プロダクション=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、1984年。
  『おくりびと』、監督:滝田洋二郎、「おくりびと」製作委員会〔TBS=セディックインターナショナル=
   松竹=電通=アミューズソフト エンタテインメント=小学館=毎日放送=朝日新聞社=テレビユー
   山形=TBSラジオ〕、2008年。
  『遺体 明日への十日間』、監督:君塚良一、フジテレビジョン、2013年。
  『○東綺譚』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1992年。
    * ○=「ぼく」(フォントなし):さんずいに墨。したがって、『墨東綺譚』ではない。
  『午後の遺言状』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1995年。
  『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
  『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
  『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
  『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
   メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
  『TOMORROW 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
  『美しい夏キリシマ』、監督:黒木和雄、ランブルフィッシュ、2002年。
  『ビルマの竪琴』、監督:市川崑、フジテレビジョン=博報堂=キネマ東京=東京国際映像文化振興会、
   1985年。
  
 以上、86篇である。いずれも高品質の映画であり、鑑賞者に何ごとかを考えさせてくれる作品ばかりであ
る。なお、今回の調査には副産物があり、『雨あがる』を「家族研究への布石(映像篇)」に登録していな
かったことが分かったばかりか、『居酒屋兆治』を『居酒屋兆次』と誤記していたことなどが判明した。も
っとも、当該新書にも間違いがいくつかあり、この手の本を作るときの煩雑さを改めて感じた。


 某月某日

 今年度の「現代思想論 II」でテキストとして使用している『〈老いがい〉の時代 ──日本映画に読む』
(天野正子 著、岩波新書、2014年)には、小生未見の映画が満載されている。それどころか、存在さえ知
らなかった映画もあるので、日本の映像文化の実力も相当に奥が深いと思う。覚書のつもりで、それらの作
品を以下に列挙しておこう。登場順に並べ、監督、製作媒体、公開年(製作年)を記しておく。ただし、あ
まり正確ではないことをあらかじめ断っておく。

  『先祖になる』、監督:池谷薫、蓮ユニバース、2013年。
  『太陽とバラ』、監督:木下恵介、松竹大船、1956年。
  『にっぽんのお婆あちゃん』、監督:今井正、M.I.I.プロ=松竹、1962年。
  『ニッポン国 古屋敷村』、監督:小川紳介、小川プロダクション、1982年。
  『杣人(そまうど)物語』、監督:河瀬直美、組画、1998年。
  『かたつもり』、監督・製作媒体:不詳、1994年。
   * ネットで調べても、発見できなかった作品。
  『水戸黄門漫遊記』、監督:伊賀山正徳、東映京都、1954年。
  『水戸黄門 助さん格さん大暴れ』、監督:沢島忠、東映京都、1961年。
  『水戸黄門 天下の副将軍』、監督:松田定次、東映京都、1959年。
  『伊能忠敬 子午線の夢』、監督:小野田嘉幹、「伊能忠敬」製作営業委員会、2001年。
  『風と女と旅鴉』、監督:加藤泰、東映京都、1958年。
   * 「烏」は誤植で、「鴉」が正しい。
  『会社物語 MEMORIES OF YOU』、監督:市川準、松竹=日本テレビ=SEDIC=坂本事務所、1988年。
  『日本一のショック男』、監督:坪島孝、渡辺プロ、1971年。
  『手をつなぐ子等』、監督:稲垣浩、大映京都、1948年。
  『嵐』、監督:稲垣浩、東宝、1956年。
  『怪談佐賀屋敷』、監督:荒井良平、大映京都、1953年。
  『浅草の灯』、監督、島津保次郎、松竹大船、1937年。
  『鶯』、監督:豊田四郎、東京発声、1938年。
  『奥村五百子』、監督・製作媒体:不詳、1940年。
   * ネットで調べても、発見できなかった作品。
  『小島の春』、監督:豊田四郎、東京発声、1940年。
  『見果てぬ夢』、監督:東坊城恭長、日活太秦、1930年。
  『白い野獣』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1950年。
  『破戒』、監督:木下恵介、松竹京都、1948年。
  『母』、監督:野村芳亭、松竹蒲田、1929年。
  『幸福への招待』、監督:千葉泰樹、新東宝、1947年。
  『ひき逃げ』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1966年。
  『女の歴史』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1963年。
  『あつもの 杢平の秋』、監督:池端俊策、シネカノン=日活=アンシャンテ、1999年。
  『百合祭』、監督:浜野佐知、百合祭上映委員会、2001年。
  『老人の恋 紙の力士』、監督:石川均、 レジェンド・ピクチャーズ、2010年。
  『ナビィの恋』、監督:中江裕司、イエス・ビジョンズ=オフィス・シロウズ、1999年。
  『ふるさと』、監督:神山征二郎、こぶしプロダクション、1983年。
  『あの、夏の日 とんでろ じいちゃん』、監督:大林宣彦、ブライド・ワン=ビー・エス・シー、1999年。
  『夏の庭 The Friends』、監督:相米慎二、讀賣テレビ放送、1994年。
  『翔んだカップル』、監督:相米慎二、キティ・フィルム、1980年。
   * 「跳」は誤植で、「翔」が正しい。
  『RAILWAYS 49歳で電車の運転手になった男の物語』、監督:錦織良成、ROBOT=博報堂DYメディア
   パートナーズ=松竹=テレビ朝日=小学館=日本海テレビ=衛星劇場=京王エージェンシー=読売
   新聞、2010年。
  『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』、監督:蔵方政俊、松竹=テレビ東京=ジェイアール東日本
   企画=小学館=ROBOT=北日本新聞社=KDDI=富山市=阿部秀司事務所=テレビ愛知=テレビ大阪=
   Yahoo! JAPAN=北日本放送、2011年。
  『旅の贈りもの 明日へ』、監督:前田哲、キノフィルムズ、2012年。
  『北のカナリアたち』、監督:阪本順治、「北のカナリアたち」製作委員会、2012年。
  『カラカラ』、監督:クロード・ガニオン、ククルビジョン=ビターズ・エンド(日本=カナダ)、
   2013年。
  『痴呆性老人の世界』、監督:羽田澄子、岩波映画、1986年。
  『安心して老いるために』、監督:羽田澄子、自由工房、1990年。
  『終わりよければすべてよし』、監督:羽田澄子、自由工房、2007年。
  『老親』、監督:槙坪夛鶴子、パオ=「老親」製作委員会、2000年。
  『母のいる場所』、監督:槙坪夛鶴子、企画制作パオ有限会社、2004年。
  『うまれる』、監督:豪田トモ、インディゴ・フィルムズ、2010年。
  『うさぎドロップ』、監督:SABU、「うさぎドロップ」製作委員会〔博報堂DYメディアパートナーズ=
   ハピネット=関西テレビ放送=東海テレビ放送=パルコ=スモーク=朝日新聞社=第一製版=テレビ
   西日本=Yahoo! JAPAN=ショウゲート〕、2011年。
  『ペコロスの母に会いに行く』、監督:森崎東、「ペコロスの母に会いに行く」製作委員会〔素浪人=
   TCエンタテインメント=フォーライフミュージックエンタテイメント=東風〕、2013年。
  『病院で死ぬということ』、監督:市川準、中高年雇用福祉事業団=オプトコミュニケーションズ=
   スペースムー=テレビ東京、1993年。
  『お日柄もよくご愁傷さま』、監督:和泉聖治、G・カンパニー=ホリプロ=東亜興業=エルセーヌ、
   1996年。
  『ヒロシマナガサキ』、監督:スティーヴン・オカザキ、米国、2007年。
  『Survivors』、監督:スティーヴン・オカザキ、米国、1985年。
  『The Mushroom Club』、監督:スティーヴン・オカザキ、米国、2006年。
  『夏の祈り』、監督:坂口香津美、スーパーサウルス、2012年。
  『ユキエ』、監督:松井久子、シネマクロッキオ=近代映画協会、1998年。
  『ミリキタニの猫』、監督:リンダ・ハッテンドーフ、米国、2007年。
  『花の夢 ある中国残留婦人』、監督:東志津、いせフィルム、2007年。
  『花と兵隊』、監督:松林要樹、安岡フィルムズ、2009年。
  『蟻の兵隊』、監督:池谷薫、蓮ユニバース、2006年。
  『ナヌムの家』、監督:ビョン・ヨンジュ、韓国、1996年。
  『ナヌムの家 II』、監督:ビョン・ヨンジュ、韓国、1998年。
  『在日朝鮮人「慰安婦」宋神道のたたかい オレの心は負けてない』、監督:安海龍、在日の慰安婦
   裁判を支える会、2007年。
  『従軍慰安婦』、監督:鷹森立一、東映東京、1974年。
  『沖縄のハルモニ』、監督:山谷哲夫、製作媒体は不詳、1979年。
  『夜の鼓』、監督:今井正、現代ぷろだくしょん、1958年。

 以上65篇である。今後、できる限り鑑賞しておきたいが、さてどうなるか。


 某月某日

 DVDで邦画を、自主上映会で洋画を、それぞれ1本ずつ観たのでご報告。邦画の方は、『しあわせ家族計
画』(監督:阿部勉、松竹、2000年)である。まさかTV番組がそのまま映画化されているとは思わなかった
ので、少し拍子抜けした。出来は予想通り。まさに典型的な予定調和の物語である。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したので、ご寛恕意を乞う。

   〔解説〕

  人気TV番組をモチーフにした心あたたまるファミリー・ドラマ。夢も希望も失った父親が家族のた
 めに奮闘し愛と絆をとりもどす姿を、涙と笑いをまじえ感動的に描く。

   〔あらすじ〕

  突然、会社をリストラされてしまったサラリーマン・川尻富士夫(三浦友和)。社宅を追い出され
 た彼の一家は、横浜で和菓子屋「うらしま」を営む妻・優子(渡辺えり子〔えり〕)の実家に転がり
 込むが、その店も時代の波に取り残されており、やむなく店をフランチャイズの弁当屋に改造。しか
 し、良かったのは最初のうちだけで、富士夫がかつての上司(元部長)の品川康晴(小林稔侍)に金
 を騙し取られたり、優子が心寄せていた菓子職人の長谷川哲男(阿部寛)に店の金を持ち逃げされた
 りと、散々なアクシデントに見舞われる。そんな折、長男の由太郎(佐々木和徳)が面白半分で応募
 したテレビ番組『しあわせ家族計画』への出演が決定した。富士夫は、家族の夢である300万円の商
 品(アメリカ旅行)をかけて、ピアノで『ホーム・スイート・ホーム(埴生の宿)』を演奏する「宿
 題」に挑戦することになる。しかし、生来不器用な富士夫にピアノなど弾けるわけもなく、家族の気
 持はバラバラに。だが、その危機に富士夫は奮起。家族再生を懸けてピアノを猛練習し、本番で見事
 完奏に成功するのであった。

 他に、いかりや長介(高田義造=富士夫の義父)、野際陽子(高田恒子=同じく義母)、平山綾〔あや〕
(川尻陽子=富士夫・優子の娘。不登校気味)、片岡鶴太郎(広瀬道男=富士夫の元同僚)、名取裕子(広
瀬喜美子=道男の妻、音大卒)、小栗旬(広瀬章太=道男・喜美子の息子。陽子の同級生)、徳井優(山形
繁男=富士夫の元同僚)、鶴田しのぶ(人事部長)、冨士眞奈美(バーのマダム)、大竹しのぶ(田口=富
士夫の営業先の売場主任)、柳沢慎吾(しあわせ配達人)、笹野高史(TV局の警備員)、吉村明宏(TVの司
会者)、向井亜紀(同)などが出演している。およそ15年前の映画であるが、その頃活躍していたタレント
が出演しているので、それほど前ではないが「時代」を感じた。とくに、小栗旬の高校生姿は何か面映い感
じがした。
 洋画の方は『地下水道(Kanal)』(監督:アンドルゼ・ワイダ、ポーランド、1956年)である。「小夏
の映画会」(代表:田辺浩三)主催の自主上映会である。先月退職された高知大学名誉教授の丸井一郎氏に
よる「ポーランドの国と人々」という講演も組み込まれており、とても充実した自主上映会だった思う。
 アンジェイ〔アンドルゼイ〕・ワイダ監督については、同映画会のパンフレットから引用させていただく。
田辺氏に感謝したい。なお、一部改変したが、ほぼ原文通りである。

   〔アンジェイ・ワイダ〕

  アンジェイ・ワイダ。彼は、1927年、スワウキに生まれ、13歳のとき、第二次世界大戦に出会い、
 18歳で解放の日を迎えた。彼は、言っている。
  「私は、“国内軍”の一員だったが、重要任務についたことはなく、ドイツ軍の報復がわたしの身
 近にまで来たことはなかった」。
  しかし、彼がワルシャワ蜂起をはじめとするさまざまな悲劇を体験したことは事実である。戦後彼
 は、ウージの国立映画学校監督科の第一回生となって、在学中にアレクサンデル・フォルドの『バル
 スカ街の五少年』に助監督としてつき、1954年に学校を卒業した。そして、自らの抵抗運動の体験に
 裏づけられた長編処女作『世代』(1954年)をつくった。ワイダは『世代』にはじまる彼の三部作に
 ていて、「他の人びとが先頭に立ったあの感動的な人生、私が幸運にもまぬがれた恐ろしくも痛まし
 い経験への、一種の償い」を意図した作品であると語っている。
  反ナチ抵抗運動を民族解放のストレートな讃歌としてうたいあげるには、ワイダたちの体験はあま
 りにも悲劇的であり、かつ重く心に沈み込むものであったにちがいない。ワイダがカワレロヴィッチ
 の指導する映画製作ユニット「カードル」に所属して製作した第二作目の『地下水道』(1957年、マ
 マ)、第三作目の『灰とダイヤモンド』(1958年)は、深く熱い思いをこめてそのことを語っている。
 これらの作品におけるカメラが長く長く主人公にへばりつき、彼に追いすがる“長回し”の手法も、
 ワイダの自分の作品の主人公たちに対する密着した感情移入の表現であるとしか、私には思えない。
 乾いた目でカットを分割し、それを再構成するといった知的処理を行うことすら、彼にはもどかしか
 ったかのようだ。
  『地下水道』は、ワルシャワ蜂起に敗れ、地下の下水道に追い込まれた抵抗運動の若者たちが、悪
 臭と泥土のなかで死んでいく悲劇を描いた映画である。恋人たち──ディジーとコラブが、やっとた
 どりついた明るい河への出口。その向こうに光り輝く水面。出口をさえぎる冷たい鉄格子。あのウィ
 スワ河の対岸にはソ連軍が来ていたのに……。ロンドンにある亡命政府の政治的意図によって行われ
 たワルシャワ蜂起の状況については、すでに書いた。ワルシャワ蜂起が、20万人の犠牲者を出したワ
 ルシャワ市民、ポーランド国民の心に残した傷痕、彼らの痛恨の思いはドあれほど深かったことか。

 田辺氏がどこから引用したのか、執筆者は誰なのか、それは不詳である。また、〈Movie Walker〉にも記
事があるので、それも引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  第二次大戦下のポーランドにおける対独ゲリラ戦の一挿話を描いた一篇。イェジー・ステファン・
 スタウィニュスキーの原作『下水渠』をスタウィンスキ自ら脚色、三十一歳の若手アンジェイ・ワイ
 ダが監督した。撮影はイェジー・リップマン、音楽はヤン・クレンズ。主演はタデウシュ・ヤンチャ
 ル、テレサ・イゼウスカ、ヴィンチェスワフ・グリンスキー、そのほかポーランド国立映画アカデミ
 ーの学生たち。一九五七年度カンヌ国際映画祭・審査員特別賞、一九五七年度モスクワ世界青年平和
 友好映画祭青年監督賞をそれぞれ受賞。

   〔あらすじ〕

  一九四四年九月末、爆撃と戦火で廃墟化したワルシャワの街。過去数年つづけられてきたパルチザ
 ン部隊による地下運動も悲惨な最終段階に達した。ザドラの率いるパルチザン中隊もドイツ軍に囲ま
 れ、もはや死を待つばかり。そこで彼らは地下水道を通り市の中央部に出て再び活動をつづけること
 にした。夜になって隊員は地下水道に入った。中は広いが汚水が五十センチから一メートル半にも達
 している地下水道は暗黒と悪臭の無気味な世界である。隊員はやがて離ればなれになり、ある者は発
 狂し、またある者は耐え切れずマンホールから表に出てはドイツ軍に発見され射殺された。地下水道
 へ入る日、負傷したコラブ(タデウシュ・ヤンチャル)と、彼を助けて道案内してきたディジー(テ
 レサ・イゼウスカ)の二人も、やっと出口を見つけたと思ったのも、そこは河へ注ぐ通路と知って、
 落胆の余りその場に坐りこんでしまった。そのころ、先を行くザドラと二人の隊員は遂に目的の出口
 を見つけた。が出口には頑丈な鉄柵が張られ、爆薬が仕かけられていた。一人の隊員の犠牲で爆薬が
 破裂、出口は開かれた。ザドラと残った一人の従兵は地上へ出た。がこのときザドラは他の隊員がつ
 いてこないのを不審に思い、従兵に尋ねた。従兵はザドラが隊員を連れてくるようにとの命に背き、
 彼らは後から来ると嘘を言い、自分だけが助かりたいばかりにザドラについてきたのだ。これを知っ
 たザドラは従兵を射殺。そして彼はこの安全な出ロまで地下水道をさまよう隊員を導くため再びマン
 ホールに身をひそませた。

 丸井氏の講演は当該映画に絡めて、ポーランドの歴史と当時の状況を語るもので、簡にして要を得た語り
ぶりはさすがであった。「スラブのイタリア人」と言われるポーランド人の国民性や、ポーランドの悲劇と
そこから得た国民的教訓に関しての、実に興味深い話だった。「国が消滅することもある」など、日本人に
は想像だにできない過酷な運命も、結局はポーランド人の現実的政治感覚を育てたことになり、「災い転じ
て福となす」の典型と看做すこともできるだろう。かの「連帯」が勝利を収めたのも故なしとは言えない。
暇ができたらポーランドのことをもっと調べてみよう……という気になったことを最後に付け加えておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『不良少年』(監督:羽仁進、岩波映画製作所、1961年)を観た。十代の頃からその存在を
知っていた映画であるが、今まで観る機会がなかった。最近になってDVD化されたので、やっと鑑賞するこ
とができたというわけ。ある程度予想された展開ではあるが、羽仁進監督が用いたドキュメンタリー・タッ
チの手法が成功している作品と言えるだろう。まずだいいちに、登場人物が全員役者顔をしていないところ
が刮目に値する。しかも、配役の塩梅も具合よく、とくに主人公を演じた山田幸男の初々しさが光っている。
その他の出演者も自分の役に徹しており、妙な色気をもっていないところが好印象を与えている。高い評価
を得た(キネマ旬報ベスト1)ことも不思議ではない出来であった。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  手記『とべない翼』(地主愛子 著)にもとづき、非行少年のシャバ(娑婆)での生活と少年院で
 の姿を、羽仁進が脚本・監督した記録映画的手法による劇映画。撮影したのは金宇満司。

   〔あらすじ〕

  銀座を走る一台の護送車。東京地検の一室。浅井の二週間にわたるネリカン(練馬鑑別所)生活が
 始まった。思いはシャバに馳せる。浅草は生きやすかった。安い飯や遊び、からかう女にもこと欠か
 ない。彼は親分や兄貴分の下につけない性分だった。ある日の夕方、不良仲間と三人で真珠店を襲っ
 た。上品なウインドーとお高い店員が虫がすかなかったからだ。二十万円の強盗を働いた。浅井は明
 治少年院に収容された。海に近い男性的な風物にとり囲まれた岬の一角にある。やがてクリーニング
 科に編入された。ここにはやくざ的組織ができており、空手をやる班長江上と下に中幹部がいる。浅
 井にはことごとにアタマにきた。浅井にみせしめの私刑が加えられた。浅井は仕返ししてやると心に
 誓った。数日後、班長等が反則のパンを自分たちだけで噛っているのを種に、浅井は喧嘩を売って出
 た。まもなく、浅井は教官会議で木工科に編入された。班長の藤川、副リーダー格の木下はともに不
 良の苦労が身にしみて温かささえあった。出張と語りあった。彼はシャバ時代藤川の仲間で、四人組
 で恐喝行脚を続けていた。毎日善良なサラリーマンやアルバイト学生を襲った。回想する出張は被害
 者のことをくわしく話した。後味の悪さのためだろう。浅井の耳にこびりついた。運動会は楽しい思
 い出となった。浅井に退院の日がきた。一年働いた金三百二十円を受取って門を出た。

 山田幸男(浅井少年)、吉武広和(出張少年)、山崎耕一郎(木工科の班長藤川)、黒川靖男(木工科の
副班長)、伊藤正幸(クリーニング科班長)、瀬川克弘(大野少年)、佐藤章(クリーニング科のボス)、
中野一夫(クリーニング科のボス)、和田知恵子(出張の女)などが出演している。
 少年たちは、「もたもたする」を「たもたもする」、「気分を壊す」を「ブンキを壊す」という風に、業
界用語めいた言葉を遣っていた。恐喝(カツアゲ)の手口として、まず通行人に「ここは何丁目か」と訊き、
たとえば「三丁目だ」と答えると、「今日から、ここは地獄の一丁目だ」とすごむ。そして、被害者に煙草
を吸わさせて、「煙草銭」と称して金銭を巻き上げていた。最近では、「ツッパリ」とか「ヤンキー」とか
言われる連中だが、それほど悪質ではないが、エスカレートすれば何をやらかすか知れたものではない……
という風にまとめることもできるが、そんなに単純ではないだろう。主人公の少年も父が戦死していなかっ
たならば、こうはならなかったかもしれない。短気なだけで、ものの道理が見えないわけではなさそうだか
らである。むしろ、一瞥して真面目そうな人物が働く悪事の方が、よほど悪質かもしれない。池田勇人や力
道山の名前が登場するが、時代を感じさせる人名であった。布団の綿を使ってフィルターを拵え、シケモク
を吸うシーンがあったが、まったく予想外であった。パンを寝押しして非常食にする手口も興味深かった。
石鹸が貴重品であったり、大きな釜で焚いた飯をスコップでバケツに放り込むことなどにも、深い味わいが
あった。主人公が少年院を退院するとき、係官から、彼の私物である領置金(受刑者や被告人が刑務所など
の刑事施設に収監される際に、刑事施設に預ける手持ちの金品のこと/マネー辞典より)225円、がま口、
櫛、パンツなどとともに、ナイフが渡されていたが、他のものはともかく、現在ではナイフは没収されるの
ではないだろうか。ともあれ、人間には、生まれながらの「不良」はいないと信じたい。この映画は、そう
訴えているように思えた。


 某月某日

 DVDで邦画の『つむじ風』(監督:中村登、松竹大船、1963年)を観た。いかにも松竹といった趣の映画
である。いまどき、徳川幕府第15代将軍徳川慶喜の曾孫だと名乗れば、先ず100%信用されないと思われる
が、この映画の主人公は平気でそれを口にしている。しかも、騙される人がいるのだから、不思議だ。現代
では「振り込め詐欺」が横行しているらしいが、まさかこの手の詐欺に引っかかる人はほとんどあるまい。
誰かに成りすまして人を誑かす話はいろいろあるだろうが、小生は『クヒオ大佐』(監督:吉田大八、「ク
ヒオ大佐」製作委員会〔モンスター☆ウルトラ=ショウゲート=ティー・ワイ・オー・アミューズソフトエ
ンタテインメント=メディアファクトリー=パルコ=日活・チャンネルNECO=アスミック・エース エンタ
テインメント〕、2009年)を直ぐに連想した。日本人なのに変装してアメリカ軍人に成りすまして女性を騙
す話である。たしか実話に基づいているはずなので、世の中は広いと思った。当該作品は過去に権勢を誇っ
た家柄の子孫に成りすます話だが、最後に結婚にまで至る相手に簡単に見破られている。あの手この手で金
銭を捲き上げる手腕は一流と言ってよいだろう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  東京新聞連載の梅崎春生原作を助監の宮崎守と企画部の清水俊男が共同で脚色、『古都(1963年)』
 の中村登が監督した喜劇。撮影もコンビの成島東一郎。

   〔あらすじ〕

  失業中の浅利圭介(桂小金治)が乗用車にはね飛ばされた田舎風の青年、松平〔陣内〕陣太郎(渥
 美清)を連れ帰ったのは、逃げた車の持主を探し出して賠償金をたんまりいただこうとの下心があっ
 たからである。車のナンバーから犯人は流行作家の加納明治(伊藤雄之助)と風呂屋の猿沢三吉(伴
 淳三郎)のどちらかであることが判り、浅利が加納に、青年が三吉に当ることになった。この青年松
 平陣太郎は自ら徳川将軍の末孫と称し、珍奇な風貌、頭の回転と行動力は恐るべきものがあった。彼
 の調べでは、三吉湯の商売仇に泉湯があり、三吉の娘一子(加賀まりこ)と泉湯の息子泉竜之助(川
 津祐介)がロメオとジュリエット的悲恋の運命にあることも知れた。一人ほくそえんだ陣太郎が両者
 をあおったからたまらない。風呂賃の値下げ競争で両家の食卓にはウメボシ、ニボシが並ぶだけとな
 り家族は栄養失調寸前、そんな時陣太郎は引き逃げ事件を三吉に切り出した。三吉のアリバイはアパ
 ートに囲っている女子大生のお妾さん、西尾真知子(冨士眞奈美)によって証明されたが、陣太郎は
 口止め料をせしめることが出来た。一方浅利は、加納の秘書塙女史(環三千世)を何としても攻略出
 来なかった。業を煮やしてこちらにも出馬した陣太郎は、たちまち引き逃げしたことを書いた加納の
 日記を手に入れ、まんまと多額の賠償金をせしめた。三吉に真知子の監視役を頼まれた陣太郎は彼女
 の隣室に移ったのだが、こともあろうに二人の間に愛情が芽生えていた。そうとは知らず三吉は陣太
 郎を松平家の御曹子と信じて一子と一緒にさせようと計ったので、一子は愛する竜之助と家出してし
 まった。三吉は真知子の浮気調査を陣太郎に委ねていたが、当の陣太郎自身がその相手役になったこ
 とに烈火の如く怒った三吉たちがアパートへ押しよせてみると二人の姿はなく、残されていたのは二
 組の挙式先である教会への案内図であった。その頃、陣太郎と真知子、竜之助と一子のカップルはま
 さに結婚式を挙行しようとしていたのである。

 他に、若水ヤエ子(猿沢ハナコ=三吉の女房)、辻さとみ(猿沢二美=一子の妹)、殿山泰司(泉恵之助=
竜之助の父親)、沢村貞子(浅利ランコ=圭介の女房)、新沢輝一(浅利圭一=圭介とランコの息子)、小
瀬朗(金治=三吉湯の三助)、青山宏(銭湯の客)、大泉滉(往診に来た医師)、藤田まこと(教会の牧師)
などが出演している。
 陣太郎は頭の回転の速い寅さんといった感じで、後の『男はつらいよ』の車寅次郎の原型とも言えるキャ
ラクターである。なお、役者が重要な言葉を発する際に顔にスポットライトを当てる演出は、なかなか新鮮
であった。お金の話がちょくちょく出てくるので、以下に記録しておこう。

  交通事故の賠償金の相場 死亡50万円 重症10万円
  失業中の圭介が妻のランコに払う朝飯代 50円
  陣太郎が加納に吹っかけた賠償金 治療代40万円+慰謝料20万円=合計60万円
  三吉湯一家が切り詰めた結果の一日の食費 60円
  三吉が真知子に渡すお妾代 月々、学費+部屋代+お小遣い1万円
  三吉がお妾代の支払いを遅らせた際の金額 5千円
  陣太郎がアパートを借りた際の貸布団代 1日60円
  第一三吉湯の風呂代の変遷 18円→15円→14円→11円→10円→9円→8円→7円→6円→5円

 陣太郎は真知子を口説き落とすが、そのときの小道具が花札。竜之助は小説家志望であるが、父親の恵之
助は捕物帖と競輪新聞しか読まないとの由。竜之助の愛読書はジェイクスピアと吉屋信子。どういう組み合
わせか。真知子の住んでいるアパートの名前が「来春荘」。その他、「素十六」(花札のカス札を全部集め
ること)のエピソードなど、いろいろ面白い挿話が満載であった。


 某月某日

 DVDと自主上映会で2本の邦画を観たので、報告しよう。1本目(DVD)は『暗殺』(監督:篠田正浩、松
竹京都、1964年)である。篠田監督は、小生の感覚ではあまり肌の合わない方だが、それでも優れていると
看做す作品はいくつかある。肝心の当該作品は、「佳品」と呼んでよい部類である。筋書の面白さもあるが、
カメラワークに新鮮さがあり、スピイディな展開が観る者を飽きさせない工夫に満ちていたと思う。以下に、
小生の鑑賞作品を年代順に挙げてみよう。

  『乾いた花』、監督:篠田正浩、松竹大船、1964年。
  『暗殺』、監督:篠田正浩、松竹京都、1964年。
  『処刑の島』、監督:篠田正浩、日生プロ、1966年。
  『心中天網島』、監督:篠田正浩、表現社=ATG、1969年。
  『無頼漢』、監督:篠田正浩、にんじんくらぶ=東宝、1970年。
  『化石の森』、監督:篠田正浩、東京映画、1973年。
  『桜の森の満開の下』、監督:篠田正浩、芸苑社、1975年。
  『はなれ瞽女おりん』、監督:篠田正浩、表現社、1977年。
  『悪霊島』、監督:篠田正浩、角川春樹事務所、1981年。
  『瀬戸内少年野球団』、監督:篠田正浩、YOUの会=ヘラルド・エース、1984年。
  『少年時代』、監督:篠田正浩、藤子スタジオ=テレビ朝日=小学館=中央公論社=旭通信社=シンエイ
   動画、1990年。

 以上、11篇である。篠田正浩は、1960年代初頭に、大島渚、吉田喜重とともに「松竹ヌーベルバーグの旗
手」と呼ばれたこともある(ウィキペディアより)。さて、この1960年前半(1960-1964年)には時代劇の
秀作が目白押しであるが、当該作品もその隊列に加わっていると思う。小生の鑑賞済み映画をいくつか挙げ
ておこう(シリーズものは、第1作のみ)。

  『笛吹川』、監督:木下恵介、松竹大船、1960年。
  『不知火検校』、監督:森一生、大映京都、1960年。
  『大菩薩峠』、監督:三隅研次、大映京都、1960年。
  『用心棒』、監督:黒澤明、東宝=黒澤プロ、1961年。
  『宮本武蔵』、監督:内田吐夢、東映京都、1961年。
  『椿三十郎』、監督:黒澤明、黒澤プロ=東宝、1962年。
  『切腹』、監督:小林正樹、松竹京都、1962年。
  『座頭市物語』、監督:三隅研次、大映京都、1962年。
  『忍びの者』、監督:山本薩夫、大映京都、1962年。
  『斬る』、監督:三隅研次、大映京都、1962年。
  『戦国野郎』、監督:岡本喜八、東宝、1963年。
  『武士道残酷物語』、監督:今井正、東映京都、1963年。
  『十三人の刺客』、監督:工藤栄一、東映京都、1963年。
  『眠狂四郎殺法帖』、監督:田中徳三、大映京都、1963年。
  『仇討』、監督:今井正、東映京都、1964年。
  『五瓣の椿』、監督:野村芳太郎、松竹大船、1964年。
  『大殺陣』、監督:工藤栄一、東映京都、1964年。
  『十兵衛暗殺剣』、監督:倉田準二、東映京都、1964年。
  『暗殺』、監督:篠田正浩、松竹京都、1964年。

 『暗殺』と毛色が似ているものとしては、『切腹』、『斬る』、『仇討』、『大殺陣』、『十兵衛暗殺剣』
などが挙げられると思う。丹波哲郎が清河八郎という奇妙な浪人役を演じているが、実在の人物である。彼
の手になる紀行文(『西遊草』、清河八郎 著、小山松勝一郎 校注、岩波文庫、1993年)が遺っているので、
いずれ読んでみようと思っている。
 物語を確認する前に、映画の冒頭の一文を引用しておこう(ほぼ、原文通り)。

  嘉永六年六月三日(1853年7月8日)、午后五時、四隻の黒船が浦賀沖に浮かんだ。三百年にわたる
 鎖国は、日本人をして、自国を神の国だという国民感情にまで高めてしまっていたために、外国の侵
 入は上下共に、大きな衝撃を与えた。その結果、外国討つべしという尊王攘夷の世論が一度に湧き上
 ることとなったが、徳川幕府は、この期にいたって、余りにも未開な日本の防備で、攘夷を決行する
 自信が、全くなかった。
  時の大老井伊直弼は、朝廷の許可も仰がず、世論の反対を押し切って開国に踏み切り、この政策に
 反対する尊王攘夷派の大名・公卿・志士たちを弾圧すべく安政の大獄を起こした。
  万延元年三月三日、雪降りしきる桜田門外で、登城の途にあった井伊大老は、水戸勤王浪人を主力
 とする集団に襲われ、暗殺された。この暗殺は、幕府の権威を大きく失墜せしめ、幕府そのものの存
 立を危うくさせるほどの力をもつものであり、その衝撃に驚いた幕府は、政権の強化をはかるために、
 将軍家茂の御台に孝明天皇皇女和宮をもらいうけ、京都朝廷と結ぶことによって、時局を乗り切ろう
 とはかった。これが公武合体策である。だが京都朝廷は、今や威信のおちた幕府に攘夷を強行するよ
 う迫った。
  こうした内外の波乱を抱えて、幕末は、文久三年の正月を迎えていたのである。

 日本の歴史の中で幕末ほど人々に好かれる時代はないが、変わり目として最も激動の時代だったからであ
ろう。主人公の清河八郎は、この映画の原作者である司馬遼太郎によって「奇妙なり八郎」という短篇にま
とめられているが、小生は寡聞にしてこれまで知らなかった人物である。「変節漢」として評判は悪いが、
榎本武揚のように時代の流れを見据えていたわけではなく、たんに身分上の不満が彼の性格を作ったように
見える。映画の中の清河も、そのように描かれている。「清河幕府」という言葉も登場するが、現代人にと
っては笑止としか言いようがない。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  司馬遼太郎原作『幕末』の一篇「奇妙なり八郎」より、『無頼無法の徒 さぶ』の山田信夫が脚色、
 『乾いた花』の篠田正浩が監督した時代劇。撮影もコンビの小杉正雄。

   〔あらすじ〕

  文久三年、浪士取扱松平主税介(岡田英次)は老中板倉周防守(小沢栄太郎)に手を回し、目明し
 嘉吉(山路義人)を斬った罪で追われていた出羽浪人清河八郎(丹波哲郎)を赦す一方、風心流の名
 人佐々木唯三郎(木村功)に清河を斬る準備を命じた。だが先廻りをした清河は、佐々木の前で北辰
 一刀流大目録皆伝の腕をいかんなく発揮し、佐々木をうちのめした。松平が清河を知ったのは八年前、
 清河が熱烈な尊攘論者であった頃であった。だがその清河は、勤王の志士への対策として、守護職に
 名をかりた浪士隊を組織することを、松平に献案して大赦を受けたのだった。かつて清河と同志であ
 った佐久間修二(穂高稔)たちは、彼の変節に激怒した。松平の命をうけて清河をつけ狙う佐々木も
 この話を興味深く聞いた。そして佐々木は清河が嘉吉を斬った夜、彼が妓楼からひいたお蓮(岩下志
 麻)にすがりついて錯乱の態であったことを知って、清河を斬ることができると思った。だが、お蓮
 も、捕吏の拷問にあい殺されていた。文武に秀れ天才と呼ばれた彼の言動には、奇怪なことが多かっ
 た。弟子の石坂周造(早川保)や、幕末の志士坂本竜馬(佐田啓二)も、清河の思い出について、薩
 摩藩士を煽動し寺田屋事件をひきおこしたのみで、倒幕に失敗した時の、一匹狼清河の姿は寂しいも
 のであったと語るのみで、清河の本当の姿を知るものはいなかった。さて、清河立案の浪士隊は結成
 され、清河は同志の批判の中、京へ向った。京へ入ると清河は、自分の野望を遂げんと、尊王攘夷の
 勅諚をもらい朝廷直轄の浪士隊を作ろうとした。計画通り勅諚をもらい「清河幕府」を樹立した清河
 に、幕府の面々はあわて、再び佐々木が使わされた。執念の鬼と化した佐々木は、一夜酔った清河の
 背後を襲い一匹狼清河の命を奪ったのである。

 他に、穂積隆信(山岡鉄太郎=清河の知友)、須賀不二男(鵜殿鳩翁=佐幕)、竹脇無我(宮川進吾=清
河を最後まで信じていたが、その清河に斬殺される)。水島真哉(相沢圭次郎=勤皇)、高津住男(河野音
次郎=同)、蜷川幸雄(伊牟田尚平=同)、清水元(石井重二郎=お蓮や石坂の取り調べを行った役人)、
城所英夫(稲葉=清河を激しく非難する松平家の客人)、立岡光(研芳=研ぎ師)、青山宏(三吉=嘉吉の
弟分)、葵京子(山岡の妻さわ)、織本順吉(芹沢鴨=浪士隊のひとり、後の新撰組初代筆頭局長)、武智
鉄二(島津久光)、日下武史(奈良原喜八郎=薩摩藩士)、水島弘(有馬新七=暴挙に出た薩摩藩士)など
が出演している。
 七星剣、剣相、瑞剣、初代兼光(刀工の備前長船兼光が鍛えた刀剣のこと)、眼福、佩刀、臨機に(島津
久光が放った「斬れ」の意味の言葉)、勅諚(天皇の命令)などの耳慣れない言葉が飛び交うが、流れから
何とか聞き取れた。なお、板倉周防守が葉巻を吸うシーンや洋服を着用するシーンがあったが、丁髷に洋服
というのはどこか滑稽である。
 2本目(自主上映会)は、『小さき声のカノン ── 選択する人々』(監督:鎌仲ひとみ、ぶんぶん フ
ィルムズ、2014年)である。ドキュメンタリー映画なので筋書はないが、主に佐々木るりさんを中心とする
福島県二本松市在住のお母さん方(ハハレンジャー)や、ベラルーシの小児科医スモルニコワ・バレンチー
ナさんを中心とする被曝と闘う人々が出演している。姉妹篇と言える『内部被ばくを生き抜く』(監督:鎌
仲ひとみ、環境テレビトラスト、2012年)にも出演していたおふたりである。現在は松本市長の菅野昭(す
げのやあきら)さんも少しだけ登場するが、その名前はベラルーシの人々から尊敬すべき日本人として挙げ
られている。もちろん、当地で甲状腺癌の研究や治療に献身的に当たられたからである。『内部被ばくを生
き抜く』では、むろん「内部被曝」が中心テーマであったが、今回の作品では、「子どもたちの保養」に焦
点が合わせられている。なお、「日日是労働スペシャル XLVI (東日本大震災をめぐって)」でも、当該映
画に言及している。「ハハレンジャー」の取り組みにも微笑ましいものを感じたが、各地から福島に送られ
てくる野菜を「手紙」と呼ぶ感覚は新鮮だった。全体を通して暗くならないように配慮して製作されている
が、小生は鑑賞中何度も泣いてしまった。ベラルーシの青年(少年の頃、日本に保養に来ている)の「自分
は骨が弱く5回も骨折した」という証言や、避難先で鼻血、痛みを伴わない黒い下痢、倦怠感、足の激痛な
どを訴える日本の少年の健康状態など、気が重くなる話もたくさんあった。おそらく、福島や関東圏を中心
に健康状態の悪化を訴える人々はこれからも増えつづけるだろうが、行政に携わる人々は、「それでも原発
事故とは関係ない」と言い募るのだろうか。「福島核災害(原発事故ではなく、そう呼ぶ人もいる)」がも
たらした災厄は、何も身体の健康だけに及んだのではない。われわれ日本人のこころをも病ませたのである。
しかし、希望を失ってはいけない。鎌仲監督は、トーク・ショーで、そう力強くお話を締め括っておられた
のである。


 某月某日

 小生は、日本映画を材料にして、「戦後の日本人の倫理観の変遷」を探るということを研究テーマの一つ
としている。「家族研究への布石(映像篇)01-12」には、2,279篇の分析対象の邦画が挙げられており
(2015年4月9日現在)、数量的にはだいぶ増えてきたとは思う。しかしながら、いまだに明確な仮説は立て
られず、したがって研究論文も依然として未発表である。もっとも、「日日是労働セレクト13」(2006年
10月リリース)と、「日日是労働セレクト70」(2011年7月リリース)には、ある程度の目安となる、1959
年以前と1960年以後の邦画の区別を試みているので、それに倣って、再び1929年-1959年において公開された
邦画の監督名と小生の鑑賞本数を挙げてみることにする。なお、その前に旧記事を再掲しておこう。


 *********************************************

 某月某日(「日日是労働セレクト13」より)

 本日現在、家族研究の一環で、1929-1959年において公開された邦画の分析候補に挙がっている作品は全
部で65篇あるが、監督の名前をすべて記せば以下のようになる。括弧内はその作品数を示す。小津安二郎
(11)、山中貞雄(1)、黒澤明(18)、山本薩夫(2)、木下恵介(6)、成瀬巳喜男(5)、新藤兼人(5)、
今井正(2)、亀井文夫(1)、家城巳代治(3)、溝口健二(1)、久松静児(2)、中平康(1)、川島雄三
(2)、野村芳太郎(1)、市川崑(1)、稲垣浩(1)、小林恒夫(1)、大島渚(1)の総勢19名である。予
想通り、黒澤明、小津安二郎、木下恵介、成瀬巳喜男、新藤兼人が上位を占め、この時代の代表的監督と言
えよう。これに溝口健二の名前を加えたいのであるが、彼の作品に触れる機会が極端に少ないので致し方な
い。なお、黒澤作品の半数以上が1950年代以前に属しており、小生が日本の大転換期に指定している1964年
前後よりも過去に属していることが分かる。作品で言えば『蜘蛛巣城』(監督:黒澤明、東宝、1957年)と
『悪い奴ほどよく眠る』(監督:黒澤明、黒澤プロ=東宝、1960年)との間に年代の切れ目が入る。この後、
『用心棒』(監督:黒澤明、東宝=黒澤プロ、1961年)を初めとする娯楽大作を次々と発表して円熟期に入
るので、黒澤作品を年代の切れ目(50年代以前と60年代以後)によって分けることは満更無謀なことではな
いだろう。60年安保も絡むので、それも重要なファクターになるだろう。このあたりを手掛かりにして邦画
の分析による家族研究を始めようかと思っている。『蜘蛛巣城』と『悪い奴ほどよく眠る』との間には、い
ったいどんな相違があるのだろうか。何も出なくともよい。とにかく、それが手始めの作業になる。


 某月某日(日日是労働セレクト70」より)

 「日日是労働セレクト13」(2006年10月)に、1929-1959年において公開された邦画のうち、小生の鑑賞
済みの作品が65篇あると記されており、同時に監督の名前が挙がっている。あれから5年近くが経過したの
で、今はどうなっているか比較してみよう。

 総数 65 → 196
 
 小津安二郎 11 → 17
 山中貞雄   1 →  3
 黒澤明   18 → 18
 山本薩夫   2 →  4
 木下恵介   6 → 14
 成瀬巳喜男  5 →  6
 新藤兼人   5 →  6
 今井正    2 →  8
 亀井文夫   1 →  1
 家城巳代治  3 →  3
 溝口健二   1 → 20
 久松静児   2 →  3
 中平康    1 →  1
 川島雄三   2 →  6
 野村芳太郎  1 →  2
 市川崑    1 →  6
 稲垣浩    1 →  3
 小林恒夫   1 →  1
 大島渚    1 →  1
 犬塚稔    0 →  1
 熊谷久虎   0 →  1
 田坂具隆   0 →  3
 阿部豊    0 →  2
 マキノ正博  0 →  2
  (雅弘)
 山本嘉次郎  0 →  3
 渡辺邦男   0 →  2
 古賀聖人   0 →  1
 丸根賛太郎  0 →  2
 松田定次   0 →  3
 谷口千吉   0 →  2
 吉村公三郎  0 →  3
 伊藤大輔   0 →  1
 清水宏    0 →  1
 ハヤブサ・  0 →  1
 ヒデト
 関川秀雄   0 →  1
 冬島泰三   0 →  1
 大曾根辰夫  0 →  1
 渋谷実    0 →  1
 木村恵吾   0 →  1
 本多猪四郎  0 →  5
 五所平之助  0 →  2
 衣笠貞之助  0 →  1
 山村聰    0 →  1
 大庭秀雄   0 →  4
 豊田四郎   0 →  3
 千葉泰樹   0 →  1
 増村保造   0 →  5
 井上梅次   0 →  2
 蔵原惟繕   0 →  2
 今村昌平   0 →  4
 舛田利雄   0 →  2
 松林宗恵   0 →  3
 小林正樹   0 →  2
 岡本喜八   0 →  1
 橋本忍    0 →  1

 監督数 19 → 55

 この期間に鑑賞映画の多かった順に並べると、溝口健二19本、木下恵介8本、小津安二郎6本、今井正6
本、市川崑5本、本多猪四郎5本、増村保造5本である。1960年の以前と以後では、日本と日本人の相違は
大きい。その意味で、1959年以前の鑑賞映画が200本に近付いたことは、それだけ比較の対象が増えたという
ことを意味している。また、監督の総数も増え多彩な顔ぶれとなった。これも5年に及ぶ歳月の成果である。
さらに、いわゆる戦前の映画のうちで観ておきたい作品もまだまだ多いので、これらの映画の鑑賞の機会が
増えることを祈っている。

 *********************************************


 さて、「日日是労働セレクト70」の様式を踏襲してみよう。

    総数 65 → 196 → 320
 
 小津安二郎 11 → 17 → 18
 山中貞雄   1 →  3 →  3
 黒澤明   18 → 18 → 18
 山本薩夫   2 →  4 →  6
 木下恵介   6 → 14 → 20
 成瀬巳喜男  5 →  6 →  7
 新藤兼人   5 →  6 →  6
 今井正    2 →  8 →  9
 亀井文夫   1 →  1 →  1
 家城巳代治  3 →  3 →  4
 溝口健二   1 → 20 → 20
 久松静児   2 →  3 →  3
 中平康    1 →  1 →  1
 川島雄三   2 →  6 →  9
 野村芳太郎  1 →  2 →  2
 市川崑    1 →  6 → 15
 稲垣浩    1 →  3 →  6
 小林恒夫   1 →  1 →  1
 大島渚    1 →  1 →  1
 犬塚稔    0 →  1 →  1
 熊谷久虎   0 →  1 →  1
 田坂具隆   0 →  3 →  5
 阿部豊    0 →  2 →  2
 マキノ正博  0 →  2 →  6
  (雅弘)
 山本嘉次郎  0 →  3 →  3
 渡辺邦男   0 →  2 → 11
 古賀聖人   0 →  1 →  1
 丸根賛太郎  0 →  2 →  2
 松田定次   0 →  3 →  5
 谷口千吉   0 →  2 →  2
 吉村公三郎  0 →  3 →  3
 伊藤大輔   0 →  1 →  3
 清水宏    0 →  1 →  1
 ハヤブサ・  0 →  1 →  1
 ヒデト
 関川秀雄   0 →  1 →  2
 冬島泰三   0 →  1 →  1 
 大曾根辰夫  0 →  1 →  1
 渋谷実    0 →  1 →  8
 木村恵吾   0 →  1 →  2
 本多猪四郎  0 →  5 →  7
 五所平之助  0 →  2 →  2
 衣笠貞之助  0 →  1 →  3
 山村聰    0 →  1 →  1
 大庭秀雄   0 →  4 →  4
 豊田四郎   0 →  3 →  3
 千葉泰樹   0 →  1 →  2
 増村保造   0 →  5 →  5
 井上梅次   0 →  2 →  4
 蔵原惟繕   0 →  2 →  2
 今村昌平   0 →  4 →  4
 舛田利雄   0 →  2 →  3
 松林宗恵   0 →  3 →  4
 小林正樹   0 →  2 →  3
 岡本喜八   0 →  1 →  2
 橋本忍    0 →  1 →  1
 井上莞    0 →  0 →  1
 中川順夫   0 →  0 →  1
 池田富安   0 →  0 →  1
 野村浩将   0 →  0 →  3
 島耕二    0 →  0 →  5
 斎藤寅次郎  0 →  0 →  5
 森一生    0 →  0 →  2
 並木鏡太郎  0 →  0 →  2
 毛利正樹   0 →  0 →  1
 志村敏夫   0 →  0 →  2
 中川信夫   0 →  0 →  2
 青柳信雄   0 →  0 →  1
 田坂勝彦   0 →  0 →  4
 仲木繁夫   0 →  0 →  1
 佐伯清    0 →  0 →  1
 佐伯幸三   0 →  0 →  2
 佐藤武    0 →  0 →  1
 小田基義   0 →  0 →  1
 弘津三男   0 →  0 →  1
 加戸敏    0 →  0 →  6
 三隅研次   0 →  0 →  1
 萩原章    0 →  0 →  1
 古川卓巳   0 →  0 →  2
 近江俊郎   0 →  0 →  2
 沢島忠    0 →  0 →  1
 小森白    0 →  0 →  1
 内田吐夢   0 →  0 →  1
 斎藤武市   0 →  0 →  1
 曲谷守平   0 →  0 →  1
 佐々木康   0 →  0 →  1
 野口博志   0 →  0 →  1
 村山三男   0 →  0 →  1
 猪俣勝人   0 →  0 →  1
 須川栄三   0 →  0 →  1

   監督数 19 → 55 → 89

 2回目の調査から3年9カ月が経過しているが、その間に1959年以前の邦画を124本観ている勘定になる。
月平均で約2.8本である。多いか少ないかは分からないが、コンスタントに観てきたとは言えるだろう。こ
の間、5本以上鑑賞した監督は、市川崑9本、渡辺邦男9本、渋谷実7本、木下恵介6本、加戸敏6本、島
耕二5本、斎藤寅次郎5本である。市川、渋谷、木下を除いた諸監督は通俗映画しか撮っていないが、それ
でも時代を知る上では貴重なフィルムを遺している。小生が観る価値ありと現在のところ看做している1959
年以前の映画は100本あまり存在しているが(「武藤ゼミとはどんなゼミ?」の「WANTED」のコーナーなど
を参照)、今後、鑑賞の機会がある限り観ていくつもりである。


 某月某日

 DVDで邦画の『崖の上のポニョ』(監督:宮崎駿、スタジオジブリ=日本テレビ=電通=博報堂DYMP=デ
ィズニー=三菱商事=東宝、2008年)を観た。これでほぼ「宮崎駿監督作品集」の全作品を鑑賞したことに
なる。好みからすれば、『となりのトトロ』(監督:宮崎駿、徳間書店、1988年)がナンバー1だろうか。
何といっても、あの「猫バス」に乗ってみたいからである。ちなみに、小生の寝室に置いてある二つの目覚
まし時計は、いずれも「となりのトトロ」をテーマにしたものである。当該作品は可もなし不可もなしとい
ったところか。映像の素晴らしさがあるものの、それを支え合う発想の裏付けが弱いからだろうと思う。つ
まり、一言でいえば陳腐なのだ。さらに付け加えれば、科学的根拠も脆弱で、大人の鑑賞眼には幼稚に見え
る。もっとも、少年少女が鑑賞すれば、やはりこころを奪われるのではないか。その点、宮崎監督は抜かり
ないだろう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉の助けを借りる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  宮崎駿監督の『ハウルの動く城』以来4年ぶりの最新作。人間になりたいと願うさかなの子ポニョ
 と5歳の少年・宗介との交流を感動的に描く。CGを使わず、手描きにこだわって作られた映像に注目。

   〔あらすじ〕

  海辺の町で暮らす宗介(声:土井洋輝)は、クラゲたちに乗って家出してきた魚の子であるポニョ
 (奈良柚莉愛)と出逢う。ジャムの瓶に身体を突っ込んでいたポニョを救った宗介は、瓶を割ること
 で指に傷を負うが、その血を舐めることでポニョは新たな生命力を得る。宗介は、崖の上にある一軒
 家に母のリサ(山口智子)と暮らしていた。父の耕一(長嶋一茂)は内航貨物船の船長であり、家を
 空けることが多かった。そんな船上の父とのコミュニケーションは、電灯信号で行われていた。5才
 の宗介は保育園に通い、リサは隣の老人介護院である「ひまわりの家」で働いていた。車椅子で生活
 するヨシエ(奈良岡朋子)や偏屈なトキ(吉行和子)も、宗介にとっては祖母のような存在だった。
 宗介のやさしさに触れたポニョは、彼のことが好きになる。しかし、父であるフジモト(所ジョージ)
 によって、ポニョは海の底へと連れ戻されてしまう。かつては人間だったフジモトも、いまでは海の
 住人として世界の均衡を守る立場にあった。人間になりたいと願うポニョは、妹たち(矢野顕子)の
 力も借りて魚から人間へと進化した。そして再び、宗介のいる人間の世界を目指す。そんなポニョの
 振る舞いから、危険な力を持つ生命の水が巻き散らされる。海は荒れて嵐が起こり、宗介の町も海中
 へ水没した。それは、月の接近による世界のバランス崩壊の危機でもあった。海中に沈みながらも結
 界に守られた「ひまわりの家」では、ヨシエさんたちが自力で走ることができる理想郷となっていた。
 それは、ポニョの母であり、海の神でもあるグランマンマーレ(天海祐希)の力だった。耕一もまた、
 海の異変の中を逞しく生きていた。宗介との再会を願うポニョは、いつしか少女の姿に変わる。そし
 て、ようやく巡りあった宗介に抱きつくポニョ。新しい世界が、ここから始まる。

 声の出演として、他に、左時枝(カヨ)、柊瑠美(船上の婦人)、羽鳥慎一(緊急の気象情報を伝えるア
ナウンサー)、平岡映美(クミコ=「ひまわり園」の園児で、宗介の女友達)、大橋のぞみ(カレン=同じ
く園児)などが参加している。なお、配役の追加を行う際に利用させていただいた〈ウィキペディア〉に、
「フジモト」に関する解説が載っているので、以下に転載させていただく。執筆者に感謝したい。簡にして
要を得た解説なので、当該作品を理解するために役立つと思う。なお、原文のままである。

  ポニョの父。嘗ては人間だったが、その破壊性に愛想を尽かし、現在は海の眷属(けんぞく)とし
 て生きる魔法使い。ポニョの人間界への興味に反対を示しており、ポニョ、およびポニョの妹には反
 抗心を持たれている。海中では自作の潜水艦「ウバザメ号」を駆り、水魚などの魔物を操る力や、水
 棲生物を除ける結界を張る能力を持つ。生物によって張る結界が異なり、作中ではカニ除けの結界が
 切れたことにより彼らの進入を許していた。海底にある珊瑚で出来た塔に住み、クラゲなど海棲生物
 の増殖を行っている。1907年前後から、魔法で海水を浄化・精製した「生命の水」の抽出を開始し、
 珊瑚の塔の内部にある井戸に貯蔵している。フジモトは「生命の水」の力を使ってカンブリア紀のよ
 うな「海の時代」の再来を夢見ていたが、ポニョにより「生命の水」をすべて奪われてしまった。ポ
 ニョの力により月と地球が接近し、人工衛星の落下や潮汐力増大に伴う津波が発生したことから、フ
 ジモトは混乱の解決に奔走することになった。
  鼻は高く、ポニョと同じく髪は赤毛であり、スマートな長躯の持ち主である。海中、陸上問わず、
 ストライプの入ったジャケットを着こなし、時に上着をマントのように羽織っている。珊瑚の塔の室
 内には複数のジャケットが吊るしてあり、本編内でも複数の柄のジャケットをそれぞれ着用している。
 皺が多く、珍妙な化粧をしているためか、実の娘のポニョから「悪い魔法使い」呼ばわりされること
 もあるが、「ひまわりの家」の老人たちからは悪い人ではないと評されている。元々は人間だったた
 め陸上でも活動出来るが、肌の乾燥を防ぐため海洋深層水を周囲に散布する。しかし、リサには庭に
 除草剤を蒔き散らす変人と思われるなど、時に不審者に間違えられることもある。海中では窒息を防
 ぐため、頭部をマスクのような泡で覆っている。
  グランマンマーレとの間にはポニョら娘達を多く設けた。しかし、「海なる母」としての存在であ
 るグランマンマーレをフジモト一人が独占することは許されないため、止むを得ずグランマンマーレ
 と離れ離れに暮らしており、ポニョら子供達を男手一つで育てている。
  若いころは『海底二万里』に登場する潜水艦「ノーチラス号」にて唯一の東洋人乗組員として働い
 ていたが、少年だったフジモトはグランマンマーレに出会い、恋に落ちて結ばれ、海棲生物を育てる
 魔法使いになったとされている。本編では、人間を辞める際の苦労を振り返るフジモトの発言がある
 が、魔法使いになる迄の前歴を示す描写は登場しない。

 顔のタッチが手塚治虫の描く男に似ていると思ったが、小生の錯覚かもしれない。いずれにせよ、狂言回
しとしての役柄は全うしていると思う。なお、「宗介」という名前は、夏目漱石の小説『門』の主人公「崖
の下の家にひっそりと暮らす野中宗助」から取られている由。二つの作品に共通する「崖」は、いったい何
を意味しているのであろうか。ゆっくり考えてみようと思っている。


 某月某日

 DVDで邦画の『大悪党』(監督:増村保造、大映東京、1968年)を観た。いわゆる「ピカレスク・ロマン」
というジャンルに属する映画で、別言すれば「フィルム・ノワール (film noir)」(虚無的・悲観的・退廃
的な指向性を持つ犯罪映画〔ウィキペディアより〕)の日本版でもある。1960年代に限れば、以下のような
邦画がテイストの似た作品と言えるだろう。ただし、小生が鑑賞済みの作品に限る。

  『悪い奴ほどよく眠る』、監督:黒澤明、黒澤プロ=東宝、1960年。
  『血は渇いてる』、監督:吉田喜重、松竹大船、1960年。
  『邪魔者は消せ』、監督:牛原陽一、日活、1960年。
  『甘い夜の果て』、監督:吉田喜重、松竹大船、1961年。
  『危(やば)いことなら銭になる』、監督:中平康、日活、1962年。
  『天国と地獄』、監督:黒澤明、東宝=黒澤プロ、1963年。
  『黒の報告書』、監督:増村保造、大映東京、1963年。
  『乾いた花』、監督:篠田正浩、松竹大船、1964年。
  『殺しの烙印』、監督:鈴木清順、日活、1967年。
  『ある殺し屋』、監督:森一生、大映京都、1967年。
  『ある殺し屋の鍵』、監督:森一生、大映京都、1967年。
  『拳銃(コルト)は俺のパスポート』、監督:野村孝、日活、1967年。
  『殺人狂時代』、監督:岡本喜八、東宝、1967年。
  『みな殺しの霊歌』、監督:加藤泰、松竹、1968年。
  『復讐の歌が聞こえる』、監督:貞永方久/山根成之、松竹=俳優座、1968年。
  『狙撃』、監督:堀川弘通、東宝、1968年。
  『弾痕』、監督:森谷司郎、東宝、1969年。

 小生は大映贔屓であるが、「大映カラー」とまでは言えないまでも、監督が増村保造なので以前から観た
かった映画の一篇である。衆目の見るところ、主演の田宮二郎が名実ともに脂の乗り切った時期の作品に当
る。円山雅也(タレント弁護士の草分け的存在)の『悪徳弁護士』が原作であるが、なかなかよくできた物
語である。弁護士兼作家と言えば、佐賀潜や和久峻三がすぐに思い浮かぶが、円山雅也が小説を書いていた
ことは知らなかった。『妻は告白する』(監督:増村保造、大映東京、1961年)の原作者でもある由(ウィ
キペディア)。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  円山雅也原作『悪徳弁護士』(自由国民社版)を、『残侠の盃』の石松愛弘と、『華岡青洲の妻』
 の増村保造が共同で脚色し、増村保造が監督した。撮影はコンビの小林節雄。

   〔あらすじ〕

  洋裁学校の生徒太田芳子(緑魔子)は、ボウリング場で安井一郎(佐藤慶)と知りあい、バーに誘
 われた。安井がやくざとは知らずに、勧められるままに酒を飲んだが、それは睡眠薬の入ったカクテ
 ルだった。習朝、芳子は安井のマンションで目を覚ましたが、すでに身体を奪われ、そのうえ、ヌー
 ド写真を撮られていたのだ。一度は安井の許を逃げ出した芳子も、つきまとう安井の手から逃がれら
 れず、マンションに監禁されてしまった。ある日、安井は人気歌手の島輝夫(倉石功)に芳子を抱か
 せ、それを十六ミリに収めた。それをネタに島を恐喝しようというのだ。島のマーネージャー(内田
 朝雄)は五百万円を要求されて驚き、一件を弁護士の得田仁平(田宮二郎)に任せた。得田が安井の
 マンションを訪ねたあと、芳子はその得田に救いを求めた。得田は芳子に、安井の手から逃れるため
 には彼を殺すほかはないと説得して、その善後策を練った。その夜芳子は、酔って眠り込んだ安井の
 首にネクタイを巻きつけ、締め殺してしまった。早速、連絡を受けた得田は現場に着くと手なれた行
 動で殺人現場の偽装工作を行ない、その上で芳子を自首させた。得田の策略は、法廷で芳子が殺人を
 自首したあと弁護に立ち、殺人現場に第三者が存在した物的証拠を提出して、芳子を無罪にしようと
 いうものだった。偽装工作は第三者の存在を示すためのものだった。裁判が始った。得田の鮮やかな
 弁論は、芳子の無罪を裁判官に納得させるに十分だった。芳子が釈放されると、得田は一変した。島
 のマネジャーに、安井が預けたコインロッカーから手に入れた十六ミリを見せ、五百万円をせしめた
 のだ。得田の努力はすべてこのためだったのだ。しかし、芳子も今はただの純情な女ではなかった。
 彼女は得田に偽装工作の一件を警察に密告すると脅し、金を手にすると呆然とした得田を残して去っ
 ていった。

 他に、北村和夫(岡野検事)、早川雄三(マスクの男=安井の兄貴分とされる男だが、実際には架空の人
物)、森矢雄二(大学生=芳子の元ボーイフレンド)、伊東光一(裁判長)、井上大吾(検察事務官)、三
夏伸(特製のカクテルをつくったバーテン)、谷謙一(安井のマンションの管理人)、小山内淳(刑事)、
中條静夫(監識主任)、西條美奈子(得田の事務所のアルバイト)、町田博子(緑魔子の母親)などが出演
している。
 石松愛弘と増村保造の共同脚本にはいろいろな工夫が凝らされており、台詞にも興味深いものがいくつか
あった。とくにヤクザの執念深さについてはよく研究されており、芳子に殺人を教唆した得田の台詞回しに
はかなりのリアリティがあった。とりわけ、「ヤクザは執念深い上に暇だ」には意表を突かれた。さらに、
「ヤクザの親分と政治家は人を殺しても刑務所には入らない」とか、「自白は証拠の王様だ」とか、「社会
や家庭なんてなくても人間は生きられる。俺なんかとっくに捨てている」とか、「現代は嘘の時代だよ。テ
レビのコマーシャルから政治家の発言まで、ひとつ残らず嘘なんだ。それに比べれば、われわれの嘘なんて
可愛いものだ」とか、「法廷は弁護士と検事の騙し合いだ」など、かなりペシミスティックな色相で彩られ
たものであった。また、増村の演出には独特の味があり、煙草を紙袋から出すシーン(内田朝雄)やウイス
キーをコップに注ぐシーン(緑魔子)などは、偶然かもしれないが一種の緊張緩和の効果があったと思う。
最後に、500万円を当然の「報酬」として持ち去った芳子の「私はもう純情な女じゃない。人を殺したから
には怖いものなしよ。これまで男の道具にされてきたんだから、今度は男を虐めることに生きがいを見出す
わ」と言ったニュアンスの捨て台詞を吐いている。残された得田も、「手許に残ったのはたった一枚の写真、
相手が女だから、負けてもいいか」と苦笑いするしかない。プログラム・ピクチャーなので予算も低額だっ
たと思われるが、展開がスピーディで分かりやすく、現代にもありそうな話なので十分に楽しめた。


 某月某日

 新たな年度になりました。2015年度もよろしく。
 さて、DVDで邦画の『地球防衛軍』(監督:本多猪四郎、東宝、1957年)を観た。本多・円谷ラインの本
格的SF特撮映画で、1957年の作品としてはよくできているとは思うが、アラも多いので今一つといったと
ころか。「ミステリアン」と呼ばれる宇宙人が登場するが、彼らは火星と木星との間の遊星群が本拠であっ
たが、核戦争のために住めなくなり、火星に居を移したという設定である。地球侵略の目的は健康な次世代
を産んで人口増加を図るためで、地球人の女性との結婚を望んでいる。ストロンチウム90の影響で誕生する
子どもの80%が異常児であるミステリアンにとって、それは悲願でもある。地球人が石器時代であった頃か
ら水爆を所有していたとあるように、ミステリアンの科学は著しく発達しており、彼らの侵略により地球の
危機を迎えたという流れである。最後に地球防衛軍は彼らを迎撃するが、彼らに同情したい気持も湧くので、
何とか共生の道はなかったのかと思う。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  『ゴジラ(1954年)』、『空の大怪獣ラドン』に続いて製作された空想科学映画である。製作スタ
 ッフの中心も、前二作と変らない。丘見丈二郎の原作を香山滋が潤色、更に『遥かなる男』の木村武
 が脚色し、『別れの茶摘み歌 お姉さんと呼んだ人』の本多猪四郎が監督した。撮影は『新しい背広』
 の小泉一が担当した。ほかに東宝特技班が参加している。主演は『遥かなる男』の平田昭彦、『脱獄
 囚』の河内桃子、『続々大番(怒涛篇)』の白川由美、それに佐原健二などで、ほかに志村喬、村上
 冬樹らが助演している。色彩はイーストマンカラー。Perspecta Stereophonic Sound。

   〔あらすじ〕

  富士山の麓、西湖のほとりの森で奇怪な山火事が起り、さらに山崩れが続発し、一集落が全滅した。
 調査団が調べていると、地中から怪獣モゲラ(手塚勝巳)が現れ、怪光線を発し、襲いかかった。発
 電所をたたきつぶし、街へむかって突進してきた。街の手前の橋に爆薬が仕掛けられ、モゲラは爆破
 された。それは特殊合金製の電波ロボットであることを調査に加わった渥美譲治(佐原健二)は発見
 した。天文台の安達博士(志村喬)は山崩れのとき姿を消した白石亮一(平田昭彦)のリポートで、
 10万年前、原水爆により自らの遊星を破滅させたミステリアンの侵入を知った。再び調査団が富士へ
 赴いた時、湖の中から球型のドームが浮び上り、博士ら五人を、内部に招じ入れ、このドームを中心
 に半径三キロの土地と白石江津子(白川由美=亮一の妹)、岩本広子(河内桃子)ら五人の女性の引
 渡しを要求した。事件の対策本部は防衛庁に移され、結局この侵略を防ぐため自衛行動に移ることに
 なった。科学研究のためドームにとどまっていた亮一は、人類の科学よりはるかに進歩したミステリ
 アンを相手に戦争を始めるのは無謀だと譲治に伝えてきた。しかし、自衛隊は攻撃を始めた。ロケッ
 ト砲も戦車砲もドームには効果がなかった。ドームから青緑の怪光線が発射されると、ロケット砲も
 戦車もたちまち溶けた。空飛ぶ円盤も滑空し、ジェット機を叩き落した。自衛隊は全滅に瀕し、全世
 界の科学を集めて抵抗することになった。熱線攻撃が計画され、電子砲を備えた航空艇アルファ号が
 攻撃したが、ドームはビクともしない。広子、江津子たちは警戒の裏をかいて拉し去られた。地球軍
 は新兵器マーカライトファープを完成した。ドームの怪光線に匹敵する熱線を放射でき、敵の光線を
 反射することができた。譲治はモゲラの出現した谷間がドームとつながっていると考え、広子らを救
 出しようと谷間へ赴いた。マーカライトは攻撃を開始し、ドームの外壁を真赤に変色させた。ドーム
 は報復に湖水の水をあふれさせ、マーカライトや市街を水底に沈めた。その時、譲治はドームの機関
 室に忍びこみ、機関を破壊したが、彼は捕えられ、江津子らの室へ連れて行かれる。ミステリアンの
 野望に絶望した亮一は譲治たちを逃がしてやり、機関室のスイッチを入れた。ドームは大爆発を起し、
 空飛ぶ円盤は逃げ去って行った。

 他に、村上冬樹(川波博士)、中村哲(幸田博士)、生方壮児(野田博士)、土屋嘉男(ミステリアン統
領)、今泉廉(早見技師)、佐田豊(宮本警部)、草間璋夫(戸川署長)、大友伸(川田巡査)、山田巳之
助(浜本国防庁長官)、藤田進(森田防衛軍司令)、熊谷二良(井藤一佐)、伊藤久哉(関隊長)、中丸忠
雄(山本二尉)、小杉義男(杉本航空司令)、大川平八郎(防衛司令部渉外局長)、加藤春哉(仙造=村人)、
大村千吉(健吉=同)、重信安宏(二郎=同)、笈川武夫(野沢三郎=TV解説者)、津田光男(代議士)、
三條利喜江(江津子の母)などが出演している。「高度に発達した科学は、その扱い方を誤ると破滅を招き
かねない」というお馴染みのフレーズは、今も厳然と生きている。川波博士が「原水爆の使用もやむなし」
と述べた時、安達博士は断固反対している。やはり「○○はやむなし」と唱える前に、どんな結末が待って
いるかをじっくり判断する必要がある。そうでなければ、「この地球を人類には任せておけない」とするミ
ステリアンの論理に一理も二理もあることになるだろう。

                                                  
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