[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
思想系の学問に興味のある人へ
家族研究への布石(映像篇03)
家族研究への布石(映像篇04)
日日是労働セレクト22
日日是労働セレクト26
日日是労働セレクト1-3
家族研究への布石(文献篇01)
思想系の読書の勧め
日日是労働セレクト69
日日是労働セレクト71
家族研究への布石(映像篇10)
恣意的日本映画年間ベスト1
武藤ゼミとはどんなゼミ?
家族研究への布石(映像篇11)
日日是労働セレクト98
日日是労働セレクト106
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト112
日日是労働セレクト120
日日是労働セレクト121
家族研究への布石(映像篇14)
家族研究への布石(文献篇05)
花摘みの頁<02>
【新選】平成日本映画百選
「高知市民の大学」講演レジュメ集
驢鳴犬吠1803
驢鳴犬吠1804
日日是労働セレクト147
2018年度版「福島原発事故を考え ...
家族研究への布石(映像篇15)
驢鳴犬吠1805
日日是労働セレクト148
日日是労働セレクト149
驢鳴犬吠1806
日日是労働セレクト150
驢鳴犬吠1807
日日是労働セレクト151
驢鳴犬吠1808
日日是労働セレクト152
驢鳴犬吠1809
2018年度版「男女共同参画社会を ...
驢鳴犬吠1810
日日是労働セレクト153
驢鳴犬吠1811
日日是労働セレクト154
日日是労働セレクト155
驢鳴犬吠1812
日日是労働セレクト156
驢鳴犬吠1901
驢鳴犬吠1902
日日是労働セレクト157
日日是労働セレクト158
驢鳴犬吠1903
日日是労働セレクト112
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第112弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト112」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『プラチナデータ』(監督:大友啓史、「プラチナデータ」製作委員会〔東宝=電通=ジェイ・
ストーム=幻冬舎=ジェイアール東日本企画=日本出版販売=Yahoo! JAPANグループ〕、2013年)を観た。
TSUTAYAでやたらに宣伝していた時期があり、いつか観ようとは思っていた作品である。東野圭吾が原作の
人気作品であり、それなりの面白さを備えていると思う。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  東野圭吾の同名小説を、『るろうに剣心』の大友啓史監督が、二宮和也主演で映画化したSFサスペ
 ンス。日本国民全員のDNA情報が管理され、犯罪の検挙率100%、冤罪率が0%になった近未来で、警
 察庁でDNA捜査システムを作り出すも、連続殺人犯の嫌疑をかけられた天才科学者と、彼を追う捜査
 一課の刑事の姿をスリリングに描く。

   〔あらすじ〕

  それは明日かもしれない、近い将来の日本。国策として、極秘裏に収集した全国民のDNAデータ
 “プラチナデータ”を利用した高度なDNA捜査が導入され、検挙率100%、冤罪率0%の社会が完成し
 ていた。皮肉屋で自信家の天才科学者、神楽龍平(二宮和也)は、警察庁に新設された特殊捜査機
 関“特殊解析研究所”、通称“特解研”に所属する犯罪捜査の専門家。所長・志賀孝志(生瀬勝久)
 指揮の下で数々の難事件を解決してきた彼は、DNA 捜査が通用しない連続猟奇殺人事件“NF13(Not
 Found13)”を担当することになる。だが、同一犯人と思われる手口によって、DNA捜査システムを開
 発した天才数学者の蓼科早樹(水原希子)とその兄・耕作(和田聰宏)も殺されてしまう。遺伝子学
 教授の水上利江子(鈴木保奈美)が勤める新世紀大学病院から一歩も外に出なかった早樹。密室とも
 いえる状態で、犯行はどのように行われたのか? 現場に残されていたわずかな皮膚片からDNA デー
 タの抽出に成功した神楽は分析を開始するが、適合率99.99%で容疑者として特定されたのは自分自
 身だった。一切身に覚えのない神楽は逃亡を決意。“追う者”だった神楽は、自ら手がけたDNA捜査
 によって“追われる者”となる。この事件の捜査担当となった警視庁捜査一課の浅間玲司(豊川悦司)
 は、現場叩き上げで豊富な経験を持つ敏腕刑事。DNA 捜査システムを掻い潜って逃走する神楽を追い
 詰めた浅間は、神楽の中に、もう1つの人格“リュウ”が存在していることに気付く。多重人格者で
 あることを自覚していない神楽龍平とリュウ。永遠に出会うことのない2人にどんな秘密が隠されて
 いるのか? 特解研の同僚、白鳥里沙(杏)のサポートを得て逃走を続ける神楽は、事件の裏に何か
 が存在していることを知る。神楽は白か黒か? 真相は何なのか? 全ての鍵を握るのは“プラチナ
 データ”。信じられるのは科学か、自分自身か……?

 他に、中村育二(那須真之=警視庁捜査一課長)、遠藤要(戸倉稔=浅間の後輩刑事)、萩原聖人(神楽
昭吾=龍平の父・陶芸家)、小木茂光(宇山哲司)、菅原大吉(田所)などが出演している。交代人格は逆
だったという件があるが、その父の神楽昭吾とはいったいどんな存在なのだろう。この作品最大の矛盾であ
り、いっぺんに興醒めした。他にも、真犯人に関しては、やはりかなり無理があると思った。仕掛けが派手
だけに、この辺りの箇所はもっと慎重に描いてほしかった。なお、「対象に任同(任意同行)をかける」や
「公妨(公務執行妨害)逮捕」など、警察用語は面白かった。


 某月某日

 DVDで邦画の『そこのみにて光輝く』(監督:呉美保、「そこのみて光り輝く」製作委員会〔TCエンター
テインメント=スクラムトライ=函館シネマアイリス=TBSサービス=ひかりTV=ギャビット=TBSラジオ=
太秦=WIND〕、2014年)を観た。最近、この手の重たい映画が増えてきたような気がするが、錯覚だろうか。
もっとも、類似した映画は70年代にはすでに存在しており、そこで描かれている澱んだ家族風景は、これま
で見飽きるほど見てきている。少なくとも小生は、以下の映画には当該映画と同じようなにおいを感じる。

  『津軽じょんがら節』、監督:斎藤耕一、斎藤プロ=ATG、1973年。
  『祭りの準備』、監督:黒木和雄、綜映社=映画同人社=ATG、1975年。
  『青春の殺人者』、監督:長谷川和彦、今村プロ=綜映社=ATG、1976年。
  『赫い髪の女』、監督:神代辰巳、にっかつ、1979年。
  『遠雷』、監督:根岸吉太郎、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1981年。
  『泥の河』、監督:小栗康平、木村プロ、1981年。
  『さらば愛しき大地』、監督:柳町光男、プロダクション群狼=アトリエダンカン、1982年。
  『うなぎ』、監督:今村昌平、ケイエスエス=衛星劇場=グループコーポレーション、1997年。
  『愛を乞うひと』、監督:平山秀幸、東宝=角川書店=サンダンス・カンパニー、1998年。
  『月の砂漠』、監督:青山真治、WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ=ランブルフィッシュ=吉本
   興業=レントラックジャパン=サイバーエージェント、2001年。
  『蛇イチゴ』、監督:西川美和、「蛇イチゴ」製作委員会〔バンダイビジュアル=テレビマンユニオン=
   エンジンフイルム=シィースタイル=IMAJICA〕、2002年。
  『ゆれる』、監督:西川美和、「ゆれる」製作委員会〔エンジンフイルム=バンダイビジュアル=テレビ
   マンユニオン=衛星劇場〕、2006年。
  『松ヶ根乱射事件』、監督:山下敦弘、シグロ=ビターズ・エンド=バップ、2006年。
  『サッド ヴァケイション』、監督:青山真治、間宮運送組合〔stylejam=Be-Wild=Geneon〕、2007年。
  『悪人』、監督:李相日〔リ・サンイル〕、「悪人」製作委員会〔東宝=電通=朝日新聞社=ソニー・
   ミュージック エンタテインメント=日本出版販売=ホリプロ=アミューズ=KDDI=Yahoo! JAPAN=
   TSUTAYAグループ=朝日新聞出版〕、2010年。
  『海炭市叙景』、監督:熊切和嘉、「海炭市叙景」製作委員会〔アイリス=SCRUM TRY=日本スカイ
   ウェイ〕、2010年。
  『ヒミズ』、監督:園子温、「ヒミズ」フィルムパートナーズ〔ギャガ=講談社〕、2011年。
  『軽蔑』、監督:廣木隆一、「軽蔑」製作委員会〔角川映画=スチューディオ スリー〕、2011年。
  『海燕ホテル・ブルー』、監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2012年。
  『千年の愉楽』、監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2012年。
  『共喰い』、監督:青山真治、『共喰い』製作委員会〔スタイルジャム=ミッドシップ=ギークピク
   チュアズ=アミューズソフトエンタテインメント=TOKYO MX=ビターズ・エンド〕、2013年。
  『さよなら渓谷』、監督:大森立嗣、「さよなら渓谷」製作委員会〔スターダストピクチャーズ=キング
   レコード=ファントム・フィルム〕、2013年。

 以上の映画(もちろん、選から漏れた映画も多数存在するに違いない)に共通する要素を挙げてみよう。

  (1)都会が舞台ではなく、泥臭さが全体を覆っている。
  (2)家族を中心とした人間関係が複雑に絡んでいる。
  (3)殺人事件や近親相姦なども描かれてはいるが、それが主要なテーマではない。
  (4)病気、貧困、暴力、性、しがらみ、過去の事件、死などが登場人物を苦しめている。
  (5)オカルト現象などのリアリズムを超える要素は極力避けている。
  (6)全体的に、暗く湿っており、渇いた明るさはない。
  (7)希望は、ありそうでなく、なさそうである。

 まさに、日本文学の本流のような作品群である。人に言わせれば、このような題材は小説だけに留めてお
けばよく、わざわざ映像化する必要がどこにあるのだ、ということになる。たしかに、ただでさえ現実が真
っ暗なのに、わざわざフィクションでさえも黒く塗りつぶす必要はないではないか、と言えるかもしれない。
しかし、このような題材を扱うことで、越えられなかった柵を越え、破れなかった壁を破る契機を見出せる
かもしれない。いわば、人間の可能性を拡げる試みという風にも受け取れるのである。
 物語を確認しておく。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  41歳で自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志が遺した唯一の長編小説を綾野剛、池脇千鶴らの出演
 で映画化したヒューマンドラマ。佐藤の生まれ育った函館を舞台に、それぞれ事情を抱えた3人の男
 女が出会ったことから起きる出来事が描かれる。監督は『オカンの嫁入り』で新藤兼人賞に輝くなど、
 高い評価を得た呉美保。

   〔あらすじ〕

  ある出来事をきっかけに仕事を辞め、あてもなくただふらふらとしていた達夫(綾野剛)は、パチ
 ンコ屋で拓児という青年(菅田将暉)に使い捨てライターをあげたことをきっかけに知り合う。荒っ
 ぽいところがあるが人懐っこい拓児は、達夫を家に呼ぶ。拓児の家は、サムライ部落の中でも取り残
 されたようなかろうじて建っているバラックだった。そこには寝たきりの父親泰治(田村泰二郎)と、
 父親の世話をする母親かずこ(伊佐山ひろ子)、そして姉の千夏(池脇千鶴)がいた。達夫と千夏は
 それぞれの身の上を話すうちに、惹かれあっていく。一家を支えるために辛い仕事(=売春)もする
 千夏に、不器用ながら一途に愛を注ぐ達夫。そんな中、ある事件が起こる……。

 他に、高橋和也(中島=千夏と腐れ縁の男)、火野正平(松本=達夫の前の仕事の関係者)などが出演し
ている。出演者すべてがほとんど完璧の演技を披露しているが、小生がとりわけ感心したのは、拓児役の菅
田将暉である。拓児は、いわゆる「チャラ男」(しかも、前科あり)ではあるが、人間味に溢れており、少
し困ることがあるかもしれないが、友だちにだってなれそうな男である。また、どちらかというと弟分に向
いているキャラで、弁が立つタイプである。古くは田宮二郎、水谷豊、大森嘉之、最近では、新井浩文、波
岡一喜、田鍋謙一郎、北村有起哉、高良健吾などがデビューしたときの感じ(もちろん、それぞれの個性が
似ているという意味ではない)を連想した。菅田という苗字から菅田俊の息子かとも思ったが、関係はなさ
そうである。すでに、『共喰い』(監督:青山真治、『共喰い』製作委員会〔スタイルジャム=ミッドシッ
プ=ギークピクチュアズ=アミューズソフトエンタテインメント=TOKYO MX=ビターズ・エンド〕、2013年)
で主人公の遠馬役を演じているが、そのときはさほどのオーラは感じなかったので、やはりチャラいキャラ
の方が向いているのだと思う。同じ菅田つながり(俊と将暉)であるが、どちらも「仮面ライダー」が俳優
になるきっかけだったらしいので、面白い共通項と言えるだろう。蛇足ながら、火野正平の味は格別だった。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『ごろつき』(監督:マキノ雅弘、東映東京、1968年)で
ある。すでに「日本侠客伝」シリーズ(1964-71年、全11作)、「網走番外地」シリーズ(1965-72年、全18
作)、「昭和残侠伝」シリーズ(1965-72年、全9作)が始まっており、主演の高倉健がその間を縫って出
演した一篇である。なお、後に大きくブレイクする菅原文太が相棒を務めている。健さんが歌うシーンも多
く、それどころかキック・ボクシングをするシーンもあって、なかなかのレアな映像を観ることができる一
篇である。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『裏切りの暗黒街』の石松愛弘がシナリオを執筆し、『侠客列伝』のマキノ雅弘が監督したアクシ
 ョンもの。撮影は『喜劇 競馬必勝法 一発勝負』の飯村雅彦が担当した。

   〔あらすじ〕

  押し寄せる不況の波には勝てず大場勇(高倉健)の勤める北九州の炭鉱は廃鉱になった。母(三益
 愛子)と弟妹四人を抱える勇は、キックボクサーで活路をひらこうと友人の山川一郎(菅原文太)を
 誘って故郷を離れた。上京した勇は、早速澤田キックボクシングジムを訪れ、スパーリングを申し込
 んだが、相手がチャンピオンの西川純(本人)だったため、軽くあしらわれてしまった。このジムに
 は全盛期の沢村忠(本人)も登場し、本格的である。しかし、入門するには金が要ることもあり、澤
 田会長(大木実)の妹である友子(吉村実子)に頼んで、「益荒男派出夫」としてジムに置いてもら
 えることになった。一方、一郎は、大金持ちの未亡人(清川玉枝)に犬係として雇われた。二人は生
 活費をきりつめ、故郷へ仕送りを続けていたが、犬の食事の豪華さにキレた勇の巻き添えを喰って、
 一郎は解雇されてしまった。ある日、勇は、愚連隊にからまれていた流しを助けた。これがきっかけ
 となって勇と一郎は、流しの元締めである浅川正義(石山健二郎)の知遇を得ることになるが、この
 人こそ、東京に出てきたばかりの頃、飢えていた彼らにおでんを振る舞ってくれた恩人であった。か
 くして、彼らも流しとなり、ギターを抱えて盛り場を流して歩いた。歌の修業とボクシングの猛練習
 に明け暮れる勇に、チャンスが訪れた。澤田の口ききで、試合を組んでもらったのである。その試合
 で、勇は見事勝利を得たのであった。そんな折り、大空楽団を仕切る浅川が、暴力団の唐澤親分(渡
 辺文雄)に脅迫された。浅川はかつては名うての親分だったが、テキ屋の時代は去ったと考え、由緒
 ある看板を下して久しかった。唐澤はその看板と地所および家屋敷が欲しかったのだ。ある日勇は、
 唐澤の運転する乗用車が、新聞配達の少年である弘(吉井永二)をはねて重傷を負わせながら、見舞
 にも来ないことに不満をもった。やがて少年の容体は悪化し、例の試合の最中に息を引き取った。悲
 嘆に暮れる勇にさらに悲報が伝わった。楽団の家が唐澤の子分の手で放火され、それを怒って唐澤を
 襲った浅川が殺され、さらに重ねて唐澤を襲った一郎も逆に刺殺されたというものだった。子分に自
 首させて平然とする唐澤に、勇は復讐の炎を燃えあがらせた。もはや友子の涙も、澤田の諌めも、勇
 の心には届かなかった。やがて、唐澤の前に姿を現わした勇は、彼を刺し倒して、恩人や親友の怨念
 を晴らしたのだった。

 他に、金子信雄(須山=唐澤の顧問弁護士)、八名信夫(風間=唐澤の子分)、曽根晴美(澤田ジムのト
レーナー)、田中春男(浅川一家の番頭格)、佐藤晟也(浅川一家の構成員)、東竜子(一郎の母)、人見
きよし(おでん屋「ごろ八」の親爺)、藤山浩二(唐澤の子分)などが出演している。
 東京の当時の散髪代が400円。一郎の月給が住み込み食事つきで3万円。勇は1万5千円(後に、5千円
アップ)。流しの一日の稼ぎが約2,000円。交通事故、放火など、まるで大映TVみたいだった。勇は日本
刀を手に唐澤のところに殴り込むが、やはりヤクザではないのであまり迫力がなかった。なお、この頃まで
のこの手の映画は、実に家族的である。勇は、子どもの頃スッポンに指を噛まれているが、母親に滋養の豊
富なスッポンの生き血を飲ませたかったからである。刑務所に入った勇に代わって、友子が彼の母と一郎の
母らを東京に呼び寄せるという結末も、現在ではとうてい考えられないものだと思う。
 2本目は、『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』(監督:福田純、東宝、1972年)である。今年の鑑賞テ
ーマは「アニメ・SF・特撮」なので、怪獣映画をあらかた観るつもりだが、あまり収穫は期待できないよ
うである。当該映画も製作年が1972年ということもあり、映画産業自体が斜陽だったせいか、実にチープな
作りだし、出演者にも大物はいない。もっとも、この頃小生は高校生だったので、たとえ出来のよい映画だ
ったとしても、まずは観に行くことはなかったであろう。この手の映画に対して、まったく興味を失ってい
たからである。怪獣は都合4頭登場する。タイトルにある怪獣の他に、お馴染みのアンギラスとキングギド
ラである。挌闘そのものはプロレスの影響を受けているようだ。ゴジラとアンギラスの会話というのも、子
ども向けを強く意識した結果であろう。また、科学・技術の行き過ぎを諫め、平和を唱えるところなどは、
この頃の常套メッセージであろう。
 物語を確認しておこう。以下は、上に同じ。

   〔解説〕

  昭和二十九年『ゴジラ(1954年)』以来のシリーズ二十四本目。未来怪獣ガイガンは十八代目の新
 怪獣。脚本は『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』の関沢新一。監督は『西のペテン師・
 東のサギ師』の福田純。撮影は『愛ふたたび』の長谷川清がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  売れない新怪獣を描いていた小高源吾(石川博)の劇画も、彼のマネジャーを自称する友江トモ子
 (菱見百合子〔ひし美ゆり子〕)の紹介で、建設中の世界子供ランドに採用されることになった。さ
 っそく出向いた源吾は、追われて飛び出して来た若い女性が落していったテープを拾った。彼はひと
 きわ高くそびえ立つゴジラ塔へ入り想像もつかない特殊機械に驚かされた。事務局長と称するクボタ
 (西沢利明)に、最上部にあるコントロールタワーに案内されたが、機械を操作していたのは、見る
 からに少年といった感じの不気味な会長(藤田漸)であった。その夜、源吾のアパートへ、昼間、子
 供ランドから飛び出へて来た女、志摩マチコ(梅田智子)と、高杉正作(高島稔)がテープを取り戻
 しに来た。源吾は二人の話により、子供ランドは悪だくみの巣で、マチコの兄武士(村井国夫)が監
 禁されており、源吾の拾ったテープは秘密を握る二本のうちの一本であるということを知った。テー
 プを装填するとキイキイと電子音が流れ出すばかりだったが、それは遠く怪獣島に眠っているゴジラ
 やアンギラスたちの脳波を刺激していたのだ。もちろん源吾たちはこのことを知らない。翌日三人が、
 クボタと会長の身許を調査したところ、一年前に行方不明になっていたことが判明した。源吾はゴジ
 ラ塔へ潜入したが失敗し、その上、アパートをつきとめられテープを奪い返えされてしまった。さて、
 テープが戻ったゴジラ塔では会長とクボタ、実は二人はM宇宙ハンター星雲から来たインベーダーな
 のだが、地球侵略の計画を進めていた。二つのテープが装填され、怪電波が発せられた。その電波に
 乗せられ宇宙怪獣キングギドラ、一角一眼の未来怪獣ガイガンが金属音を上げながら地球へ飛来し、
 東京を襲撃、次々と破壊していった。一方、ゴジラは、地球を救助するためにアンギラスを従え、一
 路、東京へ。二対二の凄絶な決闘が、いつしか、レーザー殺獣光線を設置しているゴジラ塔へと近づ
 いていった。インベーダーたち(本体はゴキブリにそっくり)にとって思うつぼである。ゴジラ危う
 し! 源吾は、囚われていた友江と武士を救出するとともに、塔に火薬を仕掛け爆破した。指導者を
 失った、キングギドラとガイガンは一瞬たじろぎ、その隙をついたゴジラは反撃を開始、死力を尽く
 して闘うゴジラには、キングギドラとガイガンなど敵うはずがなかった。決闘は終った。一声高く勝
 利の勝鬨をあげたゴジラは、傷ついたアンギラスをいたわりつつ、怪獣島めざして帰っていった。

 他に、大前亘(配下の男)、葦原邦子(おばさん)、中村是好(和尚さん)、武藤章生(編集長)、清水
元(防衛本部の司令)などが出演している。なお、着ぐるみとしては、ゴジラ=中島春雄、アンギラス=大
宮幸悦、キングギドラ=伊奈貫太、ガイガン=中山剣吾の由。この頃、すでにコインロッカーあり。言葉と
しては、「ママゴン(=教育ママの怪獣)」や「内ゲバ(学生運動用語)」が時代を反映している。なお、
「内ゲバ」の「ゲバ」は、ドイツ語の《Gewalt》=「ゲバルト(暴力)」より。


 某月某日

 DVDで邦画の『WOOD JOB! 神去なあなあ日常』(監督:矢口史靖、「WOOD JOB! 神去なあなあ日常」製作
委員会〔TBSテレビ=博報堂DYメディアパートナーズ=日活=東宝=徳間書店=MBS=CBC=RKB=朝日新聞社=
HBC=TBC=SBS=RCC〕、2014年)を観た。小生待望の「林業」がモチーフとなっている映画で、さすが矢口
監督、実に切れ味鋭い映画を作ってくれたと思う。小生は『日本の美林』(井原俊一 著、岩波新書、1997
年)という本を高く評価しているが、観ている間中この本を頻りに連想した。『キツツキと雨』という映画
も林業に関係する映画らしいが、なぜかまだ観ていない。映画館で観ようかどうか迷った経緯があり、それ
が尾を引いているのだと思う。次の機会にTSUTAYAでその映画のDVDを借りてこようかと思う。矢口監督は、
「ミスマッチの美学」とでも呼ぶべき手法が得意で、これまでにも『ウォーターボーイズ』、『スウィング
ガールズ』、『ロボジー』などで十分にその手法が発揮されている。当該映画も、およそ「林業」とは縁の
薄そうな青年を、最後には立派な「杣人(そまびと)」に仕立て上げている。しかも、無理矢理にではなく、
実に自然にだから恐れ入る。人間の可能性を力強く肯定する監督の姿は、いろいろ問題の多い日本に活力と
勇気を与えてくれる。主人公の名前が「勇気」なのも、まんざら関係なしとは言えないだろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『ロボジー』の矢口史靖監督が、三浦しをんのベストセラー小説を映画化した青春コメディ。染谷
 将太扮するダメダメな都会育ちの青年が、田舎の町での林業研修プログラムに参加した事で、町の人
 人とのふれあいを通して、一人前の男に成長していく姿がつづられる。伊藤英明が厳しい先輩、長澤
 まさみがヒロインを演じる。

   〔あらすじ〕

  チャランポランな性格で毎日お気楽に過ごしていた平野勇気(染谷将太)は大学受験に失敗。彼女
 にもフラれ、進路も決まらないという散々な状態で高校の卒業式を迎える。そんな時、ふと目にした
 パンフレットの表紙で微笑む美女に釣られ、街から逃げ出すように1年間の林業研修プログラムに参
 加することを決意。だが、ローカル線を乗り継いで降り立った神去(=かむさり)村は、携帯電話の
 電波も届かない“超”が付くほどの田舎。鹿やら蛇やら虫だらけの山、同じ人間とは思えないほど凶
 暴で野生的な先輩のヨキ〔飯田与喜〕(伊藤英明)、命がいくつあっても足りない過酷な林業の現場……。
 耐えきれずに逃げ出そうとしていたところ、例の表紙の美女である石井直紀(長澤まさみ)が村に住
 んでいることが判明。留まる事を決意するが……。休む間もなく訪れる新体験、野趣溢れる田舎暮ら
 し、底なしに魅力的な村人に囲まれ、勇気は少しずつ変化してゆく。果たして、勇気と直紀の恋の行
 方は? そして、勇気は無事に生きて帰れるのか!?

 他に、優香(飯田みき=与喜の女房)、光石研(中村清一=勇気の研修先。中村林業を営む)、西田尚美
(中村祐子=清一の妻)、近藤芳正(林業組合の専務)、柄本明(山根利郎=村の長老)、マキタスポーツ
(田辺巌=中村林業の山仲間)、有福正志(小山三郎=同)、菅原大吉(勇気の父)、広岡由里子(同じく
母)、清野菜名(高橋玲奈=勇気の元彼女)、田中要次(増田=林業指導員)などが出演している。
 以前、京都の北山杉に関わる林業関係者と短い会話をもったことがあるが、この映画に出て来るように、
同じく「曽祖父(ひいじいさん)」の代に植えられた木がやっと商品化するという話だった。本人は、さし
ずめ、「曾孫」の代のために仕事をしているようなものである。自分の仕事の結果が死後判明することなど、
実業としては林業以外にはあまりないのではないか。100年単位の仕事の遠大さに頭が下がる思いがする。
間伐、もやい結び、チェーンソー、受け口、追い口、チャップス、キックバック、蛭、蝮、蜂の子、神隠し、
山留の日など、他の映画にはなかなか登場しないアイテムが多数登場し、その点でもわくわくさせられた。
直紀が「愛羅武勇」と染め抜かれた手拭いを拡げるシーンも、定番ながら素直に感動を呼んでいた。人間味
のたっぷり感じられる映画だと言えよう。


 某月某日

 DVDで昨年封切られた邦画を2本観たので、報告しよう。1本目は、『トーキョー・トライブ』(監督:
園子温、TOKYO TRIBE FILM PARTNERS〔フロム・ファーストプロダクション=日活〕、2014年)である。
連想したのは、いずれも以下に挙げる三池崇史の作品4本である。

  『殺し屋1』、監督:三池崇史、オメガ・プロジェクト=オメガ・ミコット=EMG=STARMAX=スパイク=
   アルファグループ=エクセレントフィルム、2001年。
  『クローズZERO』、監督:三池崇史、TBS=トライストーン・エンタテインメント=東宝=MBS=秋田
   書店=CBC=ハピネット、2007年。
  『クローズZERO II』、監督:三池崇史、「クローズZERO II」製作委員会〔TBS=トライストーン・エンタ
   テインメント=東宝=MBS=秋田書店=CBC=ハピネット=S・D・P〕、2009年。
  『愛と誠』、監督:三池崇史、「愛と誠」製作委員会〔角川書店=ハピネット=東映=テレビ朝日=
   OLM=NTTドコモ=木下工務店=エクセレントフィルムズ=コンセプトフィルム=ホリプロ〕、2012年。

 とくに『愛と誠』との類似は著しく、間違いなく影響を受けていると思う。日本初の「バトル・ラップ・
ミュージック・ムーヴィー」の由であるが、どうせならば『シェルブールの雨傘』のように、全台詞をラッ
プにしてほしかった。園子温の試みは楽しく、熱烈に支持したいのだが、いかんせん今回の作品は荒削りに
終わっていると思う。というのも、「突き抜ける」のと「やりすぎる」のとは違うからである。彼の悪乗り
はけっこう好みなのだが、原作(小生はほとんど知らない)を活かし切ったかどうかは分らない。もっとも、
前作の『地獄でなぜ悪い』(監督:園子温、「地獄でなぜ悪い」製作委員会〔キングレコード=ケー・エイ
チ・キャピタル=BizAsset=テイ・ジョイ=ガンジス〕、2012年)よりははるかにましで、それなりに楽し
く鑑賞できたことを記しておこう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉を活用しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  井上三太の人気コミックを異才・園子温監督が実写映画化したバイオレンス・アクション。近未来
 のトーキョーを舞台に、暴力で街を支配する者たちの壮絶な勢力争いが繰り広げられる。『HK 変態
 仮面』の鈴木亮平、ヒップホップミュージシャンのYOUNG DAISらが主演を務め、個性豊かなキャラク
 ターに扮している。

   〔あらすじ〕

  近未来の“トーキョー”。そこにはさまざまなトライブ(族)が存在し、若者たちは街を暴力で支
 配しながらお互いの縄張りを守っていた。トライブ間の暴動、乱闘は日々繰り広げられるも、互いの
 力関係は拮抗し絶妙なバランスで保たれていたが、ある事件をきっかけにその均衡はもろくも崩れ去
 る……。ブクロ(池袋)は、ブッバ〔仏波〕(竹内力)とその息子ンコイ(窪塚洋介)、さらに“ブ
 クロWU-RONZ”のボスであるメラ(鈴木亮平)が、政治家をも丸めこんで街を牛耳り勢力を拡大しつ
 つあった。そんなある日、メラはトライブの中でも異常なまでの敵対心を向ける“ムサシノSARU”の
 メンバー、キム(石田卓也)をおびき寄せ、罠を仕掛ける。キムを助けようと“ムサシノSARU”ヘッ
 ドのテラ(佐藤隆太)、金属バットを携える熱血漢・海(YOUNG DAIS)、そして海の親友であるハシ
 ーム(石井勇気)は、最危険区であるブクロに乗り込み、メラと対峙する。しかしそこには、キムと
 もうひとり謎の女スンミ(清野菜名)が囚われていた……。やがてメラが“ムサシノSARU”に仕掛け
 た戦争はトーキョー中に波及。巌(大東駿介)率いる“シンヂュクHANDS”やブッバ一家をも巻き込
 み、想像を絶する一大バトルが始まるのだった……。

 他に、市川由衣(のりちゃん)、ベルナール・アッカ(ジャダキンス)、丞威(亀吉)、井浦新(スカン
ク)、坂口栞琴(ヨン)、佐々木心音(新米婦警)、中野英雄(ベテラン警官)、叶美香(エレンディア)、
中川翔子(KESHA)、染谷将太(MC SHOW=物語の狂言回し)、でんでん(大司祭)、井上三太(レンコンシ
ェフ)などが出演している。
 2本目は、『超高速! 参勤交代』(監督:本木克英、「超高速! 参勤交代」製作委員会〔松竹=テレビ
東京=博報堂=ケイファクトリー=松竹ブロードキャスティング=講談社=キングレコード=福島民報社〕、
2014年)である。監督の本木克英といえば『釣りバカ日誌』シリーズを3本(イレブン、12、13)撮っ
ているので、手堅い手法の持ち主といえる。個人的には、『ドラッグストア・ガール』(監督:本木克英、
「ドラッグストア・ガール」製作委員会〔テンカラット=電通=衛星劇場=「ドラッグストア・ガール」制
作推進プロジェクト〕、2003年)で注目した監督である。いくつかの瑕瑾はあったが、喜劇仕立ての時代劇
としては大成功の部類であろう。
 この作品も、物語を確認しておこう。以下、上に同じ。

   〔解説〕

  優秀な映画向けの脚本に与えられる城戸賞に輝き、小説化されるやベストセラーとなった土橋章宏
 の同名作を映画化したコミカルな時代ドラマ。幕府から無理難題を押しつけられた小藩の藩主が藩と
 領民を守るため、知恵を絞って、逆境に立ち向かっていくさまが描かれる。藩主を佐々木蔵之介が務
 めるほか、個性派俳優が多数顔を揃えている。

   〔あらすじ〕

  享保二十年(1735年)、磐城国の湯長谷藩は徳川八代将軍吉宗(市川猿之助)の治める江戸幕府か
 ら、通常10日かかる道のりにも拘らず、突然5日以内に参勤交代をするよう命じられる。しかも、通
 常の参勤交代から国許に帰ったばかりのことであった。湯長谷の金山(実は、金は産出せず)を手中
 に入れようとする老中の松平信祝〔のぶとき〕(陣内孝則)の策略によるものだった。わずか1万5
 千石(1万石以上が大名)の小藩にとって、ただでさえ貯蓄も人手もない上に、あまりにも短い日程
 を強いられたこの参勤交代は、到底できそうもないものだった。あまりの無理難題に憤りながらも、
 藩主の内藤政醇〔まさあつ〕(佐々木蔵之介)は、家老の相馬兼嗣(西村雅彦)に対策を講じさせる。
 そして、藩の少人数のみで山中を近道して駆け抜けていき、道中の宿場役人のいる宿場では渡り中間
 を雇って大人数に見せかけるという作戦を立てる。さらに東国一の忍びと言われる戸隠流の抜け忍で
 ある雲隠段蔵(伊原剛志)を道案内役に任じるが、一方で幕府の老中らはこの参勤交代を阻もうと手
 をのばしてくる……。

 他に、深田恭子(お咲)、寺脇康文(荒木源八郎)、上地雄輔(秋山平吾)、知念侑李(鈴木吉之丞)、  
柄本時生(増田弘忠)、六角精児(今村清右衛門)、石橋蓮司(松平輝貞=老中首座)、近藤公園(瀬川安
右衛門=湯長谷藩江戸家老)、神戸浩(茂吉/ナレーション)、甲本雅裕(内藤政樹=磐城平藩主)、前田
旺志郎(徳川宗翰〔むねもと〕=水戸藩主)、舞羽美海(琴姫=政醇の妹)、忍成修吾(夜叉丸=公儀隠密
の頭)、冨浦智嗣(高坂小太郎=隠密)、和田聰宏(虎之助=同)などが出演している。
 いくつかの瑕瑾を指摘しておこう。面白い映画だけに、少し残念であった。

  (1)松平信祝が、「遠国」を「ゑ(え)んごく」と発音していたこと。小生は、「を(お)んごく」
     が正しいと思っていた。
     → 監督や脚本の土橋章宏を始めとするスタッフ、キャストらの誰もが違和感を感じなかったの
      か。もっとも、「ゑ(え)んごく」とも読むらしいので、間違いではないようだ。
  (2)高坂小太郎の台詞である「死して屍拾う者なし」はないだろう。
     → 『大江戸捜査網』(東京12チャンネル〔現 テレビ東京〕、1970年-1984年)の名台詞を拝借
      したのであろうが、若い人は見逃しても年配の者の耳は誤魔化せない。白けた。
  (3)政醇が吉宗と対峙する時、周りに警護の者はいないし、しかも将軍はともかく、政醇が帯刀して
     いたこと。
     → あのようなシーンは昔の時代劇では決してありえなかった思う。いくら喜劇とはいえ、もう
      少し気を遣ってほしかった。
  (4)信祝とお庭番の忍びが同じ座敷で対座しているシーンがあるが、あれも違和感を強く感じた。
     → 天井裏や床下、あるいは庭の木蔭に忍んでいるからこそ「忍び」もしくは「お庭番」なので
      あって、身分の大きく異なる老中と同席しているはずがない。
  (5)これも身分違いに関わることだが、町人や百姓ならばともかく、飯盛り女(=宿場女郎)が、い
     くら魅力的だからといって、大名の側室になれるわけがない。
     → 少なくとも、このような設定は始めて見たと思う。時代が変わった、つまり時代劇における
      時代考証がここまで蔑ろにされるようになった、ということであろう。それとも、そもそも時
      代劇を捉える感覚が、われわれの世代(60歳前後)と異なっているからだろうか。

 ともあれ、この映画は、福島原発事故への諷刺ともなっており(いわき市を選んだところがミソ)、吉宗
の「政(まつりごと)をおろそかにして、磐城の土を殺してはならぬ……この先、永遠(とこしえ)にな」
という台詞が効いていた。福島原発事故への政府の対応の稚拙さを見るにつけ、何ごとにも民意をきちんと
反映させてほしいと思った。当該映画は、「支配者側の吉宗と輝貞が優れていたからこそ、成立しているの
である」ということを忘れてはならない。これは余談だが、皐月賞(GI)2着馬のシャコーグレイド(26
歳)が元気な姿を見せており、その年の暮れに亡くなっている。映画出演は、最後の花道だったと言えよう。


 某月某日

 DVDで邦画の『博奕打ち 不死身の勝負』(監督:小沢茂弘、東映京都、1967年)を観た。「博奕打ち」シ
リーズの第3弾に当たる作品である。小生としては、全10本のうちの6本目の鑑賞である。昭和初期の筑豊
炭田を舞台にした物語で、新鮮味はないが、「たうさぎ博奕」という未知の賭博が登場するところがミソ。
主人公は熊本の「爆弾常」こと朝倉常次郎であるが、彼はこの賭博を得意としているという設定である。当
該の賭博はいわゆる「チンチロン」に似ているが、まったく別物で、ルールもよく分からない。何となく、
迫力はあったが……。その他、「投げ丁半博奕」も珍しいと思った。
 物語を確認しておく。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝。なお、一部改変した
が、お許しいただきたい。

   〔解説〕

  『博奕打ち 一匹竜』のコンビの小沢茂弘と高田宏治が共同でシナリオを執筆し、小沢茂弘が監督
 した“博奕打ち”シリーズ第三作目。撮影は『兄弟仁義 続・関東三兄弟』の山岸長樹。

   〔あらすじ〕

  かつては隆盛を誇った筑豊炭田も、昭和初期になると安価な撫順炭に押されて不景気に追い込まれ
 ていた。鉱主は賃下げや運賃の予算縮小でこの不況打開を計った。それに反発した若松の花村海運の
 女社長花村スギ(木暮実千代)は、鉱主の一人である石島嘉市(若山富三郎)の暴力を受けたが、ち
 ょうど居合せた朝倉常太郎(鶴田浩二)に助けられた。彼は“爆弾常”の異名をとる博奕打ちで、鉱
 主たちの開く賭場に来ていた。常太郎の気っぷに惚れたスギは、番頭格の宮田春次(待田京介)と義
 兄弟の盃を交させ、身内に加えた。しかし、博奕好きの常太郎は、鉱主の荒尾亀之助(石山健二郎)
 に大金を借りたため、金を返すまでという約束で荒尾の仕事をすることになった。常太郎の采配で荒
 尾炭坑の出炭量が増したが、それを快く思わない納屋頭谷口久五郎(関山耕司)に喧嘩を売られ、荒
 尾とその娘アヤ(橘ますみ)に止められた。これが原因で、谷口は石島の許に走った。これを見た石
 島は、荒尾が取引先の阪神製鉄の借金を即刻返済するか、アヤを阪神製鉄社長の息子の筧野義夫(藤
 山寛美)の嫁にするかどちらかを選べと、自から代理人となって膝詰談判をした。そんな時、突然宮
 田が常太郎を訪ねてきた。石島が運賃を払わないというのだ。その上、そこで博奕をやり、借金をし
 てしまったのだ。常太郎は謝りにいって悽惨な制裁を受けた。この場は荒尾が金でおさめてくれたが、
 石島と荒尾の間は険悪になってしまった。そこで、荒尾は阪神製鉄の借金を返すため、石島とさしで
 博奕の勝負を挑んだが、炭坑の発掘権まで失い、自らの手で命を断った。常太郎は荒尾の通夜の日、
 葬い合戦とばかり石島と向い、炭坑を賭けてサイコロをふった。勝負は常太郎の勝ちだったが、石島
 は子分とともに常太郎に斬りつけてきた。常太郎は乱闘の末、石島を斬り、駆けつけたアヤに炭坑の
 権利書を渡すと、警官にひかれていった。

 他に、小松方正(赤間虎吉=石島の子分。通称「赤虎」)、千葉蝶三郎(藤原正人=筧野義夫の後見人)、
植村謙二郎(野村竹二郎)、村居京之輔(小柳要一)、蓑和田良太(矢野国年)、汐路章(大星昇=石島の
子分)、結城哲也(玄海次郎)、江幡高志(塩屋弥七)、牧淳子(塩屋しず=弥七の女房)、丘路干(字佐
の赤鼻)、志賀勝(鮫辰=石島の子分)、野口泉(雁安)、平沢彰(多久平)、人見きよし(サイモン松=
荒尾の炭坑の坑夫)、阿波地大輔(忠孝政)、木谷邦臣(唐津の徳)、高並功(雷山光三)、西田良(相良
清松)、宮城幸生(河田実)、国一太郎(仙造)、小島慶四郎(金作=花村海運のゴンゾウ)、若水淳(坑
夫)、唐沢民賢(中田警部)などが出演している。荒尾亀之助役の石山健二郎が、いつもながら実にいい味
を出していた。昔はあんなタイプの親分が結構いたような気がする。


 某月某日

 DVDで邦画の『大空のサムライ』(監督:丸山誠治、東宝映画、1976年)を観た。久し振りのゼロ戦映画
である。主人公の坂井三郎といえば、アジア太平洋戦争の飛行機乗りとして、加藤建夫、源田実と並んで幼
少の頃に知り得た名前である。小生が小学生の頃は、いわゆる「戦記漫画」が全盛で、『0戦はやと』(辻
なおき)や『零戦レッド』(貝塚ひろし)に熱中した記憶がある。ゼロ戦ではないが、紫電改の活躍を描い
た『紫電改のタカ』(ちおばてつや)にも嵌った覚えがある。ゼロ戦などの戦闘機のプラモデルもずいぶん
作ったものである。自分が関わらなければ、戦争は「娯楽」として十分に通用する見本である。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したがご海容いただきたい。

   〔解説〕

  第二次大戦中、大空に自らの意地を燃やし、戦うために生きぬいた撃墜王を描いた戦争映画。原作
 は坂井三郎の同名の自伝。脚本は須崎勝弥、監督は『商魂一代 天下の暴れん坊』の丸山誠治、撮影
 は『東京湾炎上』の西垣六郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  坂井三郎一飛曹(藤岡弘〔現 藤岡弘、〕の所属する台南航空ゼロ戦隊は、太平洋戦争開戦から四
 カ月後、南太平洋のラバウルへ進出した。坂井はすぐれた視力(2.5という数値)で、常に敵より先
 に相手を発見し、ゼロ戦得意の格闘戦に巻き込み確実に敵機を撃堕した。着任したばかりの笹井中尉
 (志垣太郎)が第三中隊長として初出撃し、危くスピットファイヤーに撃堕されるところを坂井に救
 われた。以来、笹井は坂井から実戦の厳しさと空戦の技を教えられ、名指揮官となっていった。敵の
 爆撃は日増しに激しくなったある日、半田飛曹長(島田順司)が強行偵察に出撃したが、列機の本田
 二飛曹(伊藤敏孝)を失った。同じ戦地で従軍看護婦として働く本田の姉の幸子(大谷直子)は、坂
 井についていれば安全だ、と言っていた弟を思い出して泣いた。滝一飛曹(地井武男)を機長とする
 一式陸攻が、不時着して捕虜になったことを軍令部から追求されたため、自爆しようと出撃した。坂
 井、笹井らが追って護衛し、無事帰還したが、逃れようもない自分たちの運命に進んで殉じようとし
 たのか、翌朝、再び発って帰って来なかった。やがて、坂井、笹井の名コンビは、敵機を撃墜しつづ
 けていった。そんなある日、B17との戦闘中、野村機のミスで中川機が敵の銃弾を浴びて墜落した。
 戦友を死なせて責任を感じた野村一飛曹(島村美輝)は、B26に体当り、一挙に二機を墜落させた。
 司令部はこの戦果に喜んだが、戦果に目が眩んで下士官搭乗員の命を忘れている有川参謀(辻萬長)
 に坂井は怒りに燃えた。ガダルカナルに押し寄せた敵を爆撃に出た坂井は、途中、複座SBOドーン
 トレス爆撃機の八機編隊に出くわし、攻撃された。重傷を負ってやっと水平飛行を保っている坂井を
 睡魔が襲う。スコールに突入して視界ゼロの雨中突破行。やがて、スコールを抜けるとラバウルの遠
 景があった。

 他に、平泉征〔現 平泉成〕(中川一飛曹)、田辺靖雄(大野二飛曹)、福崎和宏(前田二飛曹)、麿の
ぼる(久保二飛曹)、下塚誠(辻井二飛曹)、山本廉(望月一整曹)、丹波哲郎(斉藤大佐)、平田昭彦
(大薗中佐)、地井武男(滝一飛曹)、根岸一正(木村二飛曹)、森川利一(清水二飛曹)、清水大敬(大
佐)、原田君事(要務士)、川上夏代(坂井の母)、福田豊土(日本赤十字飛行隊)などが出演している。
 なお、坂井三郎の自伝や経歴に問題ありとするネット記事は多く存在するが、本作をあくまでフィクショ
ンと看做せばよいと思う。戦争に行った人間が「サバを読む」ことくらい、当たり前と考えるからである。
多くの人間が亡くなっている事実を思えば、戦争の真実が闇に包まれていることくらい、大目に見なければ
ならないだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『爆心 長崎の空』(監督:日向寺太郎、パル企画=メディアファクトリー=日本スカイウェ
イ=長崎放送=長崎ケーブルメディア、2013年)を観た。1945年8月9日、長崎への原爆投下を背景にした人
間ドラマである。映画というよりも、TVドラマ仕立てで、筋書も実に平凡であった。何か捻りが欲しいが、
それではないものねだりになるだろう。それでも、作られたことに意味がある。むしろ、この手の映画は、
何度でも作られるべきだと思う。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  長崎原爆資料館の館長で芥川賞作家でもある青来有一の同名小説を、北乃きい&稲森いずみ主演で
 映画化したヒューマンドラマ。長崎を舞台に、母親と娘というそれぞれに大切な人を亡くし、心に傷
 を抱えた二人の女性が出会い、再生していく姿が描かれる。監督は実写版『火垂るの墓』で高い評価
 を得た日向寺太郎。

   〔あらすじ〕

  長崎大学3年生の門田清水(北乃きい)は、坂の上の団地で父母と3人暮らし。平凡だが幸福な毎
 日を過ごしている。陸上部で汗を流し、医学生の山口光太(北条隆博)とのデートを楽しむ清水は、
 将来のことは漠然としているが何の不安もない明るく純粋な女性だった。だがある日、母とケンカを
 したその夜、母が心臓発作で亡くなってしまう。あまりの突然の出来事に、清水はその死を受け入れ
 られず、母からの電話を無視した罪悪感に押しつぶされそうになっていた。一方、まもなく娘の一周
 忌をむかえる高森砂織(稲森いずみ)は、いまだに一人娘の沙耶香(山下采美)を失った悲しみを癒
 せないでいた。砂織の実家は300年続くカトリックの家で、母の瀧江(宮下順子)と父の良一(石橋
 蓮司)は、孫の死を“神の思し召し”と考え、試練を乗り越えようとしてきた。そんな中、砂織の妊
 娠が発覚。また子どもを失うのではないかという恐怖と、産みたいという思いで砂織は混乱する。夫
 の博好(杉本哲太)は、やり直そうと砂織を励ますが、砂織はなぜ沙耶香を失ったのかという思いに
 心を支配されていくのだった。やがて、砂織と清水は浦上天主堂近くで導かれるように出会い、二人
 はともに大切な人を亡くしたことを知り、互いに欠けたものを求めるように心を通わせていく……。

 他に、柳楽優弥(廣瀬勇一=清水〔きよみ〕のボーイフレンド)、渡辺美奈代(門田晶子=同じく母)、
佐野史郎(門田守和=同じく父)、池脇千鶴(高森美穂子=砂織の妹)、原田紗緒里(勇一の母)、芹川楓
(清水の友人)、川下祐司(バイク屋社長)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『ゴジラ対メカゴジラ』(監督:福田純、東宝、1974年)を観た。もちろん、メカゴジラの
存在は知っていたが、実際に映画の中で見るのは初めてである。人気キャラだそうだが、小生にはあまりピ
ンと来ない。だいいち、ロボットであれば、それは「怪獣」ではないだろう。沖縄返還や沖縄海洋博覧会を
絡ませているが、おざなりにすぎない。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  ゴジラ誕生20周年記念映画。地球侵略を企む宇宙人が、地球最強の怪獣ゴジラを徹底的に分析して
 造り上げたサイボーグ“メカゴジラ”を日本に出現させ、ゴジラをピンチに追いやる。他にアンギラ
 ス、新怪獣キングシーサーも登場。脚本は山浦弘靖、監督は脚本も執筆している『ゴジラ対メガロ』
 の福田純、撮影も同作の蓬沢譲がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  沖縄海洋博覧会の建築技師である清水敬介(大門正明)は、工事現場の洞穴から不思議な壁画と怪
 物の置物を発見した。壁画には偉大なる予言が刻まれていた。“大空に黒い山が現われる時、大いな
 る怪獣が現われこの世を滅ぼさんとする……しかし、赤い月が沈み西から陽が昇る時、二頭の怪獣が
 現われ人々を救う”。予言は的中した。ある日、真っ黒に見えた富士山が大爆発を起し、その火口か
 らゴジラが現われたのだ。そして、アンギラスを激退して暴れ回るゴジラの前に、突如、もう一頭の
 ゴジラが出現。すると、富士山から出てきたゴジラの肌が燃え上り、中からメカニックな姿が現われ
 た。それは宇宙金属(スペース・チタニウム)で造られたメカゴジラだった。闘いの途中で、計器が
 故障したメカゴジラは夜空に姿を消した。ゴジラも傷つき、血を流しながら海中に没した……。メカ
 ゴジラの体から飛び散った宇宙金属を調べた宮島秀人博士(平田昭彦)は、それが、敬介の弟の正彦
 (青山一也)が沖縄の玉泉洞で拾った金属と同じであることをつきとめた。玉泉洞奥には謎の秘密基
 地があると考えた博士は、娘の郁子(松下ひろみ)、正彦とともに玉泉洞へ向った。秘密基地はあっ
 た。しかし、メカゴジラを操るブラックホール第三惑星の地球征服司令官黒沼(睦五郎)が三人を待
 ち受けていた。博士は郁子の命とひきかえに、メカゴジラの修理を強制された。修理が終ると黒沼は
 三人を殺そうとするが、その時、敬介と恋人の金城〔かなぐすく〕冴子(田島令子)が、インタポー
 ルの捜査官であるの南原(岸田森)の力を借りて、秘密基地に乗り込んで来て、三人を救出した。怪
 物の置物を持って安豆味城跡に向った敬介は、西の空から昇る太陽を見た。それは蜃気楼であった。
 “西から陽が昇る時、この置物を安豆味城の石祠の上に置け”……敬介は置物に刻まれた言葉通りに
 実行した。すると置物の眼が太陽の光を浴びて弾き始め、その光線が突き当った海岸の絶壁が大音響
 とともに崩れ落ち、中から全身朱銅色の鱗に包まれた伝説怪獣であるキングシーサーが現われた。し
 かし、なぜかキングシーサーは眠っているだけだった。その時、メカゴジラが動き出しキングシーサ
 ーに迫ろうとした。キングシーサーを目覚めさせられるのは、安豆味王族の継承者の国頭那美(ベル
 ベラ・リーン)しかいない。那美は浜辺で全身全霊で祈祷を始めた。そして、ついにキングシーサー
 の瞼が開き、もうもうたる土煙の中から立ち上った! その時、沖の方で異様な海鳴りとともに、ゴ
 ジラが巨体を見せた! 人類を救う二頭の怪獣、ゴジラとキングシーサーは、見事にメカゴジラを壊
 滅させるのだった。

 他に、小泉博(和倉博士)、今福将雄(国頭天願=那美の祖父)、草野大悟(柳川=第三惑星人)、鳥居
功靖(田村=南原の同僚)、佐原健二(船長)、小川安三(現場監督)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『大巨獣ガッパ』(監督:野口晴康、日活、1967年)を観た。日活が初めて手掛け、そして
現在のところ唯一の「特撮怪獣映画」として認知されている作品である。つい最近観た『怪獣島の決闘 ゴ
ジラの息子』(監督:福田純、東宝、1967年)と同年の作品であり、なおかつ怪獣の子どもが出て来る点で
共通している。公開当時けっこう話題になったと思うが、小生としては今回が初めての鑑賞である。怪獣映
画にありがちな設定で、新味はないが、それなりに頑張って作っているとは思う。ただし、映画産業が斜陽
に傾きかけたころの悪あがきにも見える。東宝で当たったからといって、他社で成功するとは限らない。大
映のガメラ級の怪獣を出してきたらあるいはさらなる企画が持ちあがったかもしれないが、ガッパではそも
そも無理だったようである。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  渡辺明の原案を『放浪のうた』の山崎巌と『殺るかやられるか』の中西隆三がシナリオ化し、『日
 本仁侠伝 花の渡世人』の野口晴康が監督した怪獣特撮もの。撮影はコンビの上田宗男。

   〔あらすじ〕

  雑誌記者黒崎浩(川地民夫)はカメラマンの小柳糸子(山本陽子)とともに、船津社長(雪丘恵介)
 の命を受けて南太平洋のキャサリン諸島への探検に出かけた。二人には生物学専攻の助教授殿岡大造    
 (小高雄二)が同行したが、たまたま火山島であるオベリスク島に上陸した七人(他四人)は、薄気
 味悪い洞窟を見つける。その奥には巨大な卵があって、島民の話ではガッパの卵だという。ガッパと
 は身長七〇メートル以上(後述の資料では120メートル)、ワニのような鱗のある太い胴体と四本の
 足、そして前足から尾にかけて大きな羽根のある爬虫類(むしろ、鳥類に近いという見方もある)で
 ある。ちょうど卵が割れてガッパの子どもが現われたが、思わぬ獲物に喜んだ黒崎はガッパの怒りを
 恐れる島民の反対を押し切って、日本へ連れて行くことにした。三人が日本へ帰った後、子どもが連
 れ去られたことを知った親ガッパは、怒りに荒れ狂って島の集落を踏み潰した。一方、東京へ着いた
 黒崎たちは子ガッパの能力テストをしているうちに、この怪物が現在地を遠くにいる仲間に伝える能
 力があることを知り、不安そうに顔を見合わせた。その頃、二匹の親ガッパは凄まじいスピードで東
 京に向っていた。そしてある日、ガッパはその巨体を相模湾から富士五湖に現わしたのである。この
 ニュースで日本中が大騒ぎになり、対策本部がたてられ、自衛隊が出動したが、効果はなかった。ガ
 ッパは口から吐き出す熱光線でジェット機を落し、戦車を踏み潰して東京に向う。このままでは東京
 は全滅してしまうと頭をかかえた対策本部や黒崎たちは、島から来たサキ少年(町田政則)の「子ガ
 ッパを返せば親ガッパはおとなしく帰る」という言葉通り、子ガッパを羽田空港に放した。やがて現
 われた親ガッパは、嬉しそうに吼えまわり、親子3匹揃って南を目指して飛び去った。

 他に、桂小かん(林三郎=探検隊のひとり)、藤竜也(ジョージ・井上=同)、和田浩治(町田=同)、
大谷木洋子(相原=同)、弘松三郎(細田)、押見史郎(大山)、加原武門(島の長老)、山田禅二(かも
め丸船長)、河野弘(対策本部長)、長尾敏之助(司令)、神山勝(教授)、杉江弘(新聞記者1)、伊藤  
浩(同じく2)、小柴隆(同じく3)、峰三平(島民1)、松丘清司(同じく2)、玉井謙介(同じく3)
などが出演している。
 ここで、ガッパに関する基本資料を書き写しておこう。

   〔ガッパの超性能〕

  身長 120メートル
  体重 300トン
  頭から尾までの全長 180メートル
  最大飛行速度 マッハ6
  最大水中速力 150ノット
  放射熱光線 4,000度C
  破壊力 2百万馬力
  特徴 プルトニウムを食べて巨大化したドラゴン科の怪獣

 目が光ったり、熱光線を口から吐くなど、他の怪獣(たとえば、ゴジラ)と大差ない。瞼は下から上に上
がるタイプで、涙も流していた。身体中に鱗が生えているところなどがオリジナル。イメージとしては、烏
天狗に似ているのではないか。「びっくりしたナァ、もう!」(明らかに、初代三波伸介の当りギャグ)と
いう林隊員の台詞や、カメラマンの小柳が結局は平凡な主婦の道を選択するところなどは、時代を感じさせ
た。オベリスク島の長老は日本語を解するが、アジア・太平洋戦争時の日本軍の守備隊から教わったらしい。
それは「中隊長は誰か」という彼の台詞から窺える。孫のサキも片言の日本語を話すが、「長老から教わっ
た」という設定である。この手の映画での常套手段である。その他、島民を「人喰い人種」と看做したりす
るのも、よくある話である。なお、「食べ物を拒絶していた子ガッパがズンズンと成長を遂げるのは何故か」、
「イースター島のモアイ像が引き合いに出されるが、あまり似ていないのではないか」など、気になる点は
たくさんあった。なお、主題歌の「大巨獣ガッパ」(作詞:一条ひかり、作曲:米山正夫)を美樹克彦が歌
っており、懐かしかった。


 某月某日

 DVDで邦画の『森と湖のまつり』(監督:内田吐夢、東映東京、1958年)を観た。アイヌの風俗をふんだ
んに採り入れた武田泰淳の同名小説〔筆者、未読〕が原作の映画。アイヌ民族が登場する映画はさほど多く
はないが、珍しいといえるほどでもない。つい最近鑑賞した映画でも、『多羅尾伴内』(監督:鈴木則文、
東映東京、1978年)に登場している。小生にとって一番印象に強く残っているのは、『君の名は 第二部』
(監督:大庭秀雄、松竹大船、1953年)に登場するアイヌ娘のユミである。北原三枝が薄倖の少女を演じて
いるのだが、失恋を悲しんで摩周湖に身投げしている。激しい情熱に生きたアイヌ娘である。しかも、許婚
者のサムロもそのユミを助けようとして死んでいる。通俗メロドラマの一挿話とはいえ、妙に印象に残って
いるのだ。たぶん、何も死ぬことはないのに、と思ったからであろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。な
お、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  武田泰淳の同名小説の映画化で、阿寒地方を舞台に、アイヌ青年と女流画家の葛藤を中心に滅びゆ
 く民族の運命を描いたロマン。『曲馬団の娘』の植草圭之助が脚色、『大菩薩峠 第二部(1958年)』
 の内田吐夢が監督、『希望の乙女』の西川庄衛が撮影した。同じく『希望の乙女』の高倉健、『真夜
 中の顔』の三國連太郎、『赤い陣羽織』の香川京子と有馬稲子、その他、中原ひとみ、藤里まゆみ、
 薄田研二らが出演。

   〔あらすじ〕

  北海道 ── アイヌ研究家池博士(北沢彪)に案内された女流画家、佐伯雪子(香川京子)は、亡
 びゆく民族、アイヌのために悲憤の血涙をしぼる青年“ビヤッキー”風森一太郎(高倉健)の噂を耳
 にした。一太郎の闘いは悲痛なものであった。しかも原始の血の燃えるように激しいものであった。
 愛と憎しみがたぎりたつ闘いであった。雪子は、ふとしたことからミツ(藤里まゆみ)という女性を
 知った。彼女は一太郎の姉だった。かつての日、アイヌなるが故に恋に破れた彼女……。その日から
 一太郎はアイヌ民族のために闘う運命にあったのだ。深い感動につつまれた雪子は釧路に行った。一
 太郎を求めて酒場カバフト軒に行くため。カバフト軒には美しいアイヌ、千木鶴子(有馬稲子)がい
 た。愛する女の本能で、二人の女は対決した。折しも、一太郎は、アイヌでありながら日本人を粧っ
 てアイヌを近づけぬ、大漁場の持ち主大岩則之老(薄田研二)に反省を求める書状を持って来た。二
 人のうち一人が使者に選ばれる ── 二人の女は激しく対立し、賭けの結果雪子が勝った。しかし、
 大岩老に反省の色はなかった。突如として漁場を襲った一太郎の馬のあとには、いつしか雪子がしっ
 かりとしがみついていた。森深い小屋にたどりついた二人の間に激情の嵐がたぎった。その頃、大岩
 老の一子、猛(三國連太郎)から、決闘の意を表わす山刀がとどけられた。場所はノタップ岬のチャ
 ランケの丘。合図はベカンベ祭の鶴の踊。折しも、ミツの病室に、かつての恋人である杉田〔先生オ
 ド〕(加藤嘉)が悄然と現われ、アイヌの純血を守ると言うことがいかに無駄かと一太郎にさとす。
 しかし、彼は黙って去った。「ダーン」と一発、一太郎の顔は血に染った。しかし、ついに猛を組み
 敷いた。苦悶の下で猛が叫んだ。「お前も混血(マジリ)だ!」……何のために今日まで闘ったのか、
 一太郎はあてもなく丸木舟を漕ぎ出した。その後、一太郎の子を宿した雪子もまた、北海道を離れな
 かったという。

 他に、風見章子(大岩絹子=猛の妻)、佐々木孝丸(山城屋)、中原ひとみ(山城茂子=山城屋の娘)、
立花良文(小川青年=茂子の恋人)、花澤徳衛(川口館主人)、河野秋武(木村医師)、富田浩太郎(山田
医師)、浅岡すみ江(吉田=看護婦)、宇佐美淳也(花守翁)、戸田春子(花守の婆さん)、菅沼正(花守
与市)、山本緑(花守ヨシ子)、清水了太(達夫少年)、曽根秀介(塘路の男一)、大東良(同じく二)、
萩原正勝(同じく三)、今成平九郎(同じく四)、秋月竜(同じく五)、山本麟一(漁夫頭)、関山耕司
(漁夫一)、滝島孝二(同じく二)、最上逸馬(同じく三)、三重街竜(シベツの部落の男一)、鵜野竜太
郎(同じく二)、岡部正純(同じく三)などが出演している。シャモ(和人)、ピリカ(美人)、コタン
(集落)などのアイヌ語が若干登場している。


 某月某日

 DVDで邦画の『野獣死すべし』(監督:須川栄三、東宝、1959年)を観た。仲代達矢が主人公に扮するハ
ードボイルド・アクション映画である。大藪晴彦のピカレスク・ロマンに原作を仰いだ同名作品は他にもあ
り、それぞれ藤岡弘〔現 藤岡弘、〕、松田優作が主人公を務めている。作品情報は以下の通りである。

 『野獣死すべし』、監督:須川栄三、東宝、1959年。
 『野獣死すべし・復讐のメカニック』、監督:須川栄三、東宝映画、1974年〔筆者、未見〕。
 『野獣死すべし』、監督:村川透、東映=角川春樹事務所、1980年〔「日日是労働セレクト26」、参照〕。

 さらに、木村一八主演のオリジナル・ビデオ版として、以下の作品がある。

 『野獣死すべし』、監督:廣西眞人、大映、1997年〔筆者、未見〕。
 『野獣死すべし・復讐篇』、監督:廣西眞人、大映、1997年〔筆者、未見〕。

 小生にとって『野獣死すべし』といえば、大藪晴彦=村川透=松田優作のラインが強烈な印象を残してい
るが、当該映画の仲代版もなかなか捨て難い味である。松田版と比べるとはるかにリアリズムに近く、その
意味で貴重な作品といえよう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  大藪春彦の原作を、『氾濫』の白坂依志夫が脚色し、『大人には分らない・青春白書』の須川栄三
 が監督したスリラー。撮影は『奥様三羽烏』の小泉福造。パースペクタ立体音響。

   〔あらすじ〕

  「岡田さん」…… 深夜の住宅街を歩く警視庁捜査一課の岡田進刑事(瀬良明)は、車の中から呼
 びかける声に近づいた。すると、小さく鋭い銃声……岡田は歩道に倒れた。青年がその車から降りた
 った。伊達邦彦(仲代達矢)であった。岡田のリボルバー拳銃(Smith & Wesson)と警察手帳をポケ
 ットにつっ込み、死体を車の後部に押しこむと、シボレーはすごいスピードで走り出した。引金を引
 いてから一分とたっていない。伊達邦彦は関東大学大学院の学生だった。アメリカ・ハードボイルド
 文学の杉村幸八郎教授(中村伸郎)から依頼された翻訳のアルバイトをする傍ら、論文《Brutality
 in Modern Human Being》をアメリカのある財団の主催するコンクールに出して留学の機会を狙って
 いた。秀才、勤勉、誠実というのがもっぱらの評判だ。ボクシング、サッカー、水泳等々で鍛えた強
 靭な肉体、巧みな射撃術、冷徹無比な頭脳。その彼に完全犯罪の夢がくすぶり始めていた。明確な動
 機はない。殺す瞬間のスリルと殺人の英雄らしさを味わいたい、それだけだった。女にしてもそうだ。
 彼はけっして一人の女を三度以上愛さない。楠見妙子(団令子)もその例外ではなかった。乗り捨て
 られたシボレーから岡田の死体が発見された。捜査網がはられた。新米刑事真杉(小泉博)もその一
 人だった。伊達は岡田のリボルバーと警察手帳を巧みに使い、国際賭博団の根城「マンドリン」を襲
 って留学資金を稼いだ。数日後、伊達は血眼になって彼を捜している賭博団の用心棒、三田〔テツと
 も呼ばれている〕(佐藤允)とはじきの安(西村潔)に出会った。行きずりのゲイボーイ(役者、不
 詳)の手をつかむと、伊達は路上のキャデラックで逃げた。場末の川端で三田らに追いつめられた。
 一瞬ゲイの手が離された。悲鳴をあげて駈け出したゲイを追う三田は、伊達の射つレボルバーに倒れ
 た。捜査は進まなかった。当局は見当違いのヤクザ関係を洗っていた。一人真杉にはこれが意外な者
 の犯行と思えた。新聞でみた杉村教授の現代犯罪論(実際に記者に語ったのは伊達)が真杉の気をひ
 いた。教授を訪れた真杉は伊達を見てあっと叫んだ。この男だ。この男こそ教授のいう「時代が創造
 した新しい犯罪者」に他ならない。犯人は伊達だ、真杉は信じた。留学資金を稼ぐ伊達の最後の仕事
 は大学の入学金を奪うことだった。伊達は手塚(竹内亨)という男と知り合った。同じ大学の中退学
 生で結核を患っていた。二人は大学を襲った。筋書通りに運んだ。逃走する伊達には、超短波の警察
 無線の盗聴でパトカーの指令が手にとるように分った。帰途、もはや不要になった手塚は、あっさり
 射殺され、車もろとも海底にぶち込まれた。金は二千万円あった。下宿に帰るとアメリカに出した論
 文がパスして、ただで留学出来る旨の通知が来ていた。要らなくなった金は警察を誤魔化してくれた
 妙子にくれてやった。「嫁入りの持参金にしたらどうか」という言葉とともに。警察は真杉の先導で
 伊達や妙子の下宿を襲ったが無駄だった。翌日、伊達は空路アメリカに向った。茫然と見送る妙子を
 真杉らは追った。「完全犯罪なんて成立せんよ。電話一つであいつは死刑台さ」……真杉の先輩、桑
 島刑事(東野英治郎)がつぶやいた。

 他に、白坂依志夫(辻=学生)、白川由美(峯洋子=真杉刑事の恋人)、滝田裕介(遠藤=「中央タイム
ズ」の事件記者)、桐野洋雄(演説の学生)、清水一郎(警視庁捜査一課長)、中村哲(チャーリー陳=賭
博団の首領)、田武謙三(もぐりの医者薄田)、谷晃(アパートの管理人)、三好栄子(花売りの老婆)、
加藤春哉(背広の内定学生)、横山道代(中華屋の女店員)などが出演している。辻役の白坂依志夫が脚本
を担当しているが、なかなか鋭い感性の持ち主らしい。調べてみれば(ウィキペディア)、増村保造とコン
ビを組んでいた人(まんざら知らなかったわけではないが、あまり意識はしていなかった)で、経歴(父は
映画脚本界の大御所として知られた八住利雄。早稲田大学文学部在学中は、左幸子や新東宝の若手俳優と劇
団を結成し演劇活動に熱中していたらしい。その後、大映を経て、フリーの脚本家として一家をなしている)
や交流(大江健三郎、石原慎太郎、寺山修司、谷川俊太郎、武満徹、和田誠、伊丹十三、藤井浩明〔映画プ
ロデューサー〕ら)を考え併せると、相当の通人だったことが分かる。道理で面白いと思った。なお、偶然
ではあるが、今年の1月2日に亡くなっている。合掌。また、手塚(関東大学で西洋哲学を専攻)役の竹内亨
のニヒルな感じがよかった。
 拳銃は電着銃(テレビ、映画、舞台等で使用する電気着火式プロップガンの俗称。ウィキペディアより)
が用いられ、S&Wの他に、モーゼル、ルガーなどが登場している。射撃部のシーンでは、ライフルのスモ
ール・ボアが用いられている。
 なお、演説する学生が、「警職法(警察官職務執行法)」という言葉とともに、反動内閣の安保条約改悪
を指弾するシーンが出て来る。1959年という時代を反映しているのだが、伊達の生き方とは対蹠的だけに、
際立っていた。さらに、外国軍(もちろん、米軍)の駐留を許し、共同防衛を打ち出すのは、日本を第二の
満州国とし、アメリカの完全な支配下に置くことにつながる、とぶち上げている。今日の「集団的自衛権」
に通じ、興味深かった。
 その他、大学や大学の教職員を批判する言葉、当時の大卒の月給が1万2百円であること、警察の捜査は
科学派と勘派で二分されてはいるが、どちらも経験主義(帰納主義)に裏打ちされており、新しい発想法に
欠けているという指摘などが小生の関心を惹いた。
 そもそも、伊達の人物像が当時としては新鮮ではなかっただろうか。最近の映画では、『悪の教典』(監
督:三池崇史、「悪の教典」製作委員会〔東宝=電通=文藝春秋=OLM=エー・チーム=日本出版販売〕、20
12年)で描かれているような「反社会性人格障害(Anti-social Personality Disorder)」をもつ人物に該
当するのではないだろうか。明らかに伊達には「悪」に対する感性が欠如しているように思われるからであ
る。真杉刑事が調べあげた彼の経歴が桑島刑事に対して披瀝されるシーンがあるが、共産主義にもカトリッ
クにも絶望して、だんだんと現在のような人格が形成されていったと解釈されている。当らずとも遠からず
といったところか。もっとも、真杉にいわせれば、現代(1959年当時)は、庶民を形成するサラリーマン、
その予備軍の学生、学問にすら近づくことのできない労働者の中には、人を殺しかねない連中が犇めいてお
り、歪んだ社会への怒り、人間を信じられない苦しみ、自分の未来に予想される暗い影が、そのこころの中
に渦巻いている。……普段は、それらの感情は理性や常識によって抑えられているだけにすぎない、と。伊
達も論文の中で語っている。混乱と狂気と矛盾の時代に対抗するためには、野獣のようなエネルギーが必要
だ、と。もちろん、すべてに亙る隔絶した能力と強靱な意志が不可欠だが、伊達のような人物はそれほど珍
しいわけではないのかもしれない。
 作品としては、『現代人』(監督:渋谷実、松竹大船、1952年)を嚆矢とし、『黒い画集 あるサラリー
マンの証言』(監督:堀川弘通、東宝、1960年)、『黒い画集・寒流』(監督:鈴木英夫、東宝、1961年)、
『殺人狂時代』(監督:岡本喜八、東宝、1967年)、『狙撃』(監督:堀川弘通、東宝、1968年)、『弾痕』
(監督:森谷司郎、東宝、1969年)などの系譜に連なると思った。例外を除いてほとんどが東宝作品である
ことを考慮すれば、そのカラー(テイスト)が似ているように見える要因なのかもしれない。


 某月某日

 さて、恒例の2014年下半期(7月-12月)観賞映画(邦画、限定)ベスト10を発表しよう。昨年の上半期に
鑑賞した邦画は96本(一昨年65本、31本増)、下半期に鑑賞した邦画は106本(一昨年147本、41本減)だっ
た。年間通算では202本で、10本減となっている。一昨年同様、下半期に挽回して何とか年間目標の200本は
辛うじてクリアーしたのでよしとしておこう。

 1位 『凶悪』、監督:白石和彌、「凶悪」製作委員会〔日活=ハピネット〕、2013年。
 2位 『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』、監督:長谷川三郎、Documentary Japan.104 coltd、
   2012年。
 3位 『約束』、監督:斎藤耕一、斎藤プロ=松竹、1972年。
 4位 『大殺陣』、監督:工藤栄一、東映京都、1964年。
 5位 『処刑の部屋』、監督:市川崑、大映東京、1956年。
 6位 『ある殺し屋の鍵』、監督:森一生、大映京都、1967年。
 7位 『名もなく貧しく美しく』、監督:松山善三、東京映画、1961年。
 8位 『暖簾』、監督:川島雄三、宝塚映画、1958年。
 9位 『家路』、監督:久保田直、「家路」製作委員会〔WOWOW=ポニーキャニオン=ホリプロ=ビターズ・
   エンド=いまじん=ハートス=レスパスビジョン=ソリッドジャム〕、2014年。   
 10位 『神戸国際ギャング』、監督:田中登、東映京都、1975年。

 以上である。なお、『香華(前篇・後篇)』(監督:木下恵介、松竹大船、1964年)、『そして父になる』
(監督:是枝裕和、「そして父になる」製作委員会〔フジテレビジョン=アミューズ=ギャガ〕、2013年)、
『清須会議』(監督:三谷幸喜、フジテレビ=東宝、2013年)、『郡上一揆』(監督:神山征二郎、映画
「郡上一揆」製作委員会、2000年)、『草の乱』(監督:神山征二郎、映画「草の乱」製作委員会、2004年)、
『日本女侠伝 侠客芸者』(監督:山下耕作、東映京都、1969年)、『殺されたスチュワーデス 白か黒か』
(監督:猪俣勝人、大映東京、1959年)、『百万円と苦虫女』(監督:タナダユキ、「百万円と苦虫女」製
作委員会〔日活=ポニーキャニオン=イトーカンパニー=WOWOW=電通=幻冬舎=エキスプレス〕、2008年)、
『総長の首』(監督:中島貞夫、東映京都、1979年)などの作品も面白かったが、ベスト10にはやや及ばな
かった。もちろん、例によって小生の好みが100パーセント反映しているので、極めて恣意的なベスト10で
あることをお断りしておく。なお、昨年の映画鑑賞の中心ジャンルは「恋愛映画」だったが、文字通りの意
味でのその手の作品よりも、どちらかといえば人間ドラマに恋愛が絡む物語の方が、小生の関心の的になっ
たと思う。
 さて、DVDで邦画を2本観たので報告しよう。1本目は、『怪獣島の決闘 ゴジラの息子』(監督:福田純、
東宝、1967年)である。久し振りの怪獣映画である。1967(昭和42)年といえば、小生は中学校に進学した
年であり、怪獣映画への関心も衰えていた頃である。したがって、この映画の存在こそ十分に知ってはいた
が、今回が初めての鑑賞である。お馴染みのゴジラの他に、息子のミニラ(この名前は本作では使われてい
ない)が初登場し、カマキラスやクモンガがゴジラ親子の相手を務めている。作品としての新鮮さはほとん
どなく、特技監督デビューの有川貞昌も特段の新機軸を打ち出しているわけではない。南海の孤島ゾルゲル
島(Sollgel Island)に雪を降らしたところがミソだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『ウルトラマン(1967年)』の関沢新一と、『ゼロ・ファイター 大空戦』の斯波一絵が共同でシ
 ナリオを執筆し、『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』の福田純が監督した怪獣もの。特技監
 督には新人の有川貞昌があたり、撮影は『育ちざかり』の山田一夫が担当した。

   〔あらすじ〕

  南太平洋の無人島ゾルゲル島では、楠見博士(高島忠夫)らの手によって、ある実験が進められて
 いた。それは、人口増に伴う世界的な食糧難を解決するため人間の手で気象コントロールを行なおう
 というもので、「シャーベット計画(Sherbet Operation)」と名付けられたものだった。国連食糧
 計画機構が企てた秘密の計画であった。実験準備は終った。一行には飛び入り参加の記者の真城伍郎
 (久保明)も参加していた。伍郎はある日、無人のはずの島に少女の姿を見かけて驚いたが、誰もそ
 の話を信じなかった。実験が成功すればこの島は凍結するはずで、伍郎は少女の身を案じた。やがて
 実験が始った。ところが、不思議な妨害エネルギーにより実験は失敗、その反転現象で、島は一時、
 摂氏70度という異常高温に包まれてしまった。しかも、これが生物に作用して、カマキリが異常に成
 長して怪獣カマキラスに変貌し、実験本部を襲ってきた。一行を助け、安全な洞窟に導いたのは伍郎
 が見かけた少女だった。少女は松宮サエコ(前田美波里)といい、島で死んだ日本人考古学者の遺児
 だった。そうこうしているうちに、カマキラスは妨害エネルギーの出所、三角山を崩し始めた。そこ
 から現われたのは、ゴジラの卵で、カマキラスに割られた殻の中からはゴジラの子どもが姿を現わし
 た。ちょうど親ゴジラが島に来て子どもの危機を救ったが、ゾルゲル島は怪獣の棲家となってしまっ
 た。楠見や伍郎たちは、熱病を治す赤い沼の水を得るために、怪獣クモンガの隙をうかがわなければ
 ならなかったし、カマキラスは常に彼らを狙っていた。しかし、成長の早い子どもゴジラは、何故か
 サエコに好意を示し、カマキラスの巨大な鎌から彼女を救った。やがて、ゴジラ親子とカマキラス、
 クモンガとの間に壮絶な戦いが始った。習いたての放射能炎を武器に戦う子どもを助けながら、親ゴ
 ジラはカマキラスとクモンガを倒すと、楠見博士らが人工的に降らせた雪に埋もれながらも、親子で
 しっかりと抱き合っていた。三つ巴の死闘に茫然としていた実験隊一行は、やがて我にかえると、救
 助を求めて島の沖合にボートを漕ぎ出し、救援にやって来た潜水艦に乗り込むのであった。

 他に、平田昭彦(藤崎)、土屋嘉男(古川)、佐原健二(森尾)、丸山謙一郎(小沢)、久野征四郎(田
代)、西條康彦(鈴木)、黒部進(気象観測機機長)、鈴木和夫(同じく操縦士)、大前亘(同じく無線員)、
当銀長太郎(同じく計測員)、大仲清治(ゴジラの着ぐるみ)、中島春雄(同)、小人のマーチャン(ゴジ
ラの息子の着ぐるみ)らが出演している。
 2本目は、藤純子引退記念映画の『関東緋桜一家』(監督:マキノ雅弘、東映京都、1972年)である。オ
ールスター・キャストの割には散漫な作品で、興行的にはかなり当たったらしいが、出来のよい方ではない。
一種の「ご祝儀」映画とでも呼べようか。
 物語を確認しよう。以下、上と同じである。

   〔解説〕

  藤純子の引退への花道を飾る任侠オールスター大作。脚本は『任侠列伝 男』の笠原和夫。監督は
 『日本やくざ伝 総長への道』のマキノ雅弘。撮影も『任侠列伝 男』のわし尾元也がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  明治末頃 ── 柳橋一帯の町内頭で鳶「に組」の副組頭の河岸政(水島道太郎)の娘で芸者の鶴次
 (藤純子〔富司純子〕)はその美貌と男まさりの侠気と、幼い頃から北辰一刀流の達人で講釈師の東
 風斉呑竜(若山富三郎)から学んだ剣術で評判を呼んでいた。鶴次には「に組」の組頭吉五郎(片岡
 千恵蔵)の一人息子である倉元信三(高倉健)という末を誓い合った男がいたが、信三は彼女に酔っ
 てからんだヤクザ数人と乱闘し、その中の一人を殺めたことから旅に出てしまった。その頃、日本橋
 の博徒新堀一家の客分である、巡査くずれの博徒鬼鉄(遠藤辰雄)が、柳橋で賭場を開き、河岸政が
 世話になってる旦那衆から金や財産を捲き上げたことから、いざこざが起こるようになった。新堀一
 家の親分辰之助(嵐寛寿郎)と河岸政とは兄弟分であり、柳橋では賭場は開かないという約束が二人
 の間でかわされていたが、床に伏せている辰之肋をよいことに、代貸の中州の常吉(名和広〔宏〕)
 と鬼鉄は河岸政の縄張りに目をつけ、その拡張を計っていたのだ。一挙に勢力拡大を狙う鬼鉄は、そ
 の身内の大寅(天津敏)を使って、河岸政を大川端に襲って暗殺させた。鶴次の決意と「に組」小頭
 由次郎(菅原文太)の力添えによって、女であるからという頭取衆の反対を説き伏せて、鶴次が父の
 跡目をついだ。ある夜、独り大川河岸を歩く鶴次に大寅たちがまたも襲いかかった。数人を叩き伏せ
 たが、進退きわまった鶴次を渡世人風の男が救った。それは河岸政の悲報を開いて九州から帰った信
 三だった。一方、鶴次暗殺に失敗した鬼鉄は、富松(林彰太郎)に命じて、割烹旅館金柳館に火を放
 った。「に組」の消火作業で金柳館は一部を焼失しただけで済み、信三は富松を捕えた。鶴次は、鬼
 鉄に奪われた金柳館の権利証と富松を賭けた勝負を挑んだ。鬼鉄は、新堀一家に草鞋を脱いだばかり
 の客人旅清(鶴田浩二)をたて挑戦を受けた。鶴次の心意気を察した旅清は勝ちを譲った。それから
 しばらくして、辰之助が後事を義兄弟の旅清に託して息を引きとった。一方、銀次(待田京介)が、
 廓に売られ入水自殺を計ったお志乃(南田洋子)とその息子を救ったことから、お志乃は鬼鉄の内縁
 の妻であることが判明し、引き渡しを迫る鬼鉄と、母子をかばう銀次の対立は激しさを増した。だが、
 吉五郎の仲裁によって鬼鉄の野望は消えたかに見えたが、その吉五郎を襲わせ怪我を負わせた。その
 際、助っ人を買って出た呑竜は大寅と一線を交えたが、あえなく銃弾に倒れた。喧嘩仕度で湧き立つ
 鬼鉄一家。新堀一家を引き連れて助っ人に向おうとした常吉の前に立ち塞がった旅清は、常吉の白刃
 を腹に受けながらもこれを叩き斬った。鬼鉄の賭場に向う鶴次と信三、そして腹にサラシを巻いた旅
 清。三人を前に鬼鉄たちは倒れた。しかし、最後の力をふり絞った旅清は、鶴次と信三に見とられ息
 を引き取るのだった。

 他に、木暮実千代(お勢)、伊吹吾郎(秀吉)、楠本健二(出刃徳)、八名信夫(ドブ辰)、八汐路圭子 
(おせき)、藤山寛美(福太郎)、山城新伍(藤助)、長門裕之(新吉=人力俥夫)、金子信雄(警察署長)、
石山健二郎(大黒屋利兵衛)、東竜子(お貞)、笠置シズ子(肝っ玉母ちゃん)、潮健児(その息子=に組)、
川谷拓三(新堀一家の子分)、野口貴史(勘蔵=同)などが出演している。脚本の笠原和夫も、盛り込みす
ぎに気付いていただろうが、引退記念映画なので仕方がなかったのだろう。


 某月某日

 DVDで映画を8本(邦画は6本)観たので報告しよう。鶴田浩二主演の「極道」映画が4本、小林旭主演
の推理探偵ものが1本、スタジオジブリのアニメーション映画が1本、フランス映画が2本である。最後の
1本を除いて、いずれも典型的な娯楽映画であるが、それなりの出来であった。
 最初の3本は、「博奕打ち」シリーズの第2作、第4作、第5作に当たる。小生としてはこれで都合5本
観たことになる。シリーズは10本あるので、ちょうど半分は観た勘定になる。それぞれ鶴田浩二が博奕打ち
に扮している以外は共通項はなく、同一人物がまったく異なる役で出演しているので、この手のシリーズの
典型といえよう。
 最初は、『博奕打ち 一匹竜』(監督:小沢茂弘、東映京都、1967年)である。「刺青」がテーマの映画
で、おそらく本物の「倶利伽羅紋々」が多数登場している。彫師が主人公の映画は何本か観た覚えがあるが、
鶴田浩二が彫師を演じている作品の鑑賞は初めてだと思う。河野秋武が第1作の『博奕打ち』(監督:小沢
茂弘、東映京都、1967年)〔「日日是労働セレクト109」を参照〕と少し感じが似ている役(今回は、胴
師ではなく彫師)で出演しており、独特の味付けをしている。悪役もお馴染みの遠藤辰雄と天津敏、その他、
丹波哲郎、待田京介、山城新伍、藤山寛美、小松方正、中村竹弥など、かなりの豪華キャストである。しか
も、好きな女優の松尾嘉代が鶴田の相手役で出演しており、第1作と比べると小生にとってははるかに面白
い作品であった。なお、江幡高志が人のいい父親の役を好演しており、一度見たら忘れられないあの顔が懐
かしかった。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『お尋ね者七人』の小沢茂弘と、『男の勝負 仁王の刺青』の高田宏治がシナリオを執筆し、小沢
 茂弘が監督した渡世もの。撮影は『日本侠客伝 白刃の盃』のわし尾元也。

   〔あらすじ〕

  大正の初期、東京に出て刺青師としての修業を積んだ渡世人相生宇之吉(鶴田浩二)が五年ぶりに
 帰阪してみると、大阪の様子はガラリと変っていた。かつて彼の背に「一匹竜」の刺青を施し、一時
 は彫師としての盛名をほしいままにした彫安(河野秋武)も、新興の大勧進一家の鬼若組の組長鬼若
 五郎(天津敏)の非道な仕打ちにあえいでいた。兄彫久(遠藤辰雄)を日本一の刺青師に仕立てよう
 としていた五郎には、腕のたつ彫安の存在は目の上のコブであった。その五郎のため、彫安一家は娘
 お静〔源氏名 小雪〕(木村俊恵)を遊廓にまで出さなければならないほどの生活苦だった。落ちぶ
 れたとはいえ、今も彫安を師と迎ぐ宇之吉は、小雪を遊廓から引き戻すべく、女将お君(松尾嘉代)
 にかけあった。お君は大勧進一家の親分伊勢豊三郎(中村竹弥)の娘であったが、宇之吉の熱意に打
 たれ、小雪を遊廓から家に返すことを約束した。だがこれを立ち聞きした五郎は、小雪を強引な方法
 で誘拐し、今度は四国の琴平に売りとばした。驚いた宇之吉は五郎と対する暇もなく、急遽四国へ渡
 った。おりしも英国皇室から刺青の依頼があり、日本一の彫師の選抜も兼ねて大々的に刺青大会が催
 されることになった。五郎は兄彫久を日本一の彫師にするという長年の願望を今度こそ実現させよう
 とふるいたった。あれこれ策をめぐらした彼は、四国の大親分岩切寅松(丹波哲郎)のはからいで、
 無事小雪を連れ戻してきた宇之助を船着場で待ち伏せて刺そうと計画したが失敗。いよいよ刺青大会
 の日となった。多くの出場者の中から、彫久の「狼」(五郎が背負っている刺青)が優勝と決まりか
 けた時、突然会場に進み出た宇之吉は満場注視のうちに、彫安作「一匹竜」を披露した。万雷の相手
 のなか、みごと彫安の勝利が決った。自信を取り戻した彫安は再起を誓い、娘お静も自由の身となっ
 た。一部始終を初めて知った豊三郎は、直ちに五郎を破門し、ヤケになった五郎は宇之吉と大格闘を
 演じるがついに宇之吉に倒されてしまった。警察に向う宇之吉の顔には男の仁侠道を守った誇りが輝
 やいていた。

 その他、待田京介(立花清)、江幡高志(野田長之助)、藤山寛美(林源太郎)、山城新伍(でこ松)、
平参平(金丸新兵)、小松方正(蛇熊)、汐路章(鬼念仏の憲)、志賀勝(はげ牛)、国一太郎(こんこん
次郎)、鶴見久子(小芳)、日高綾子(お篠)、都賀静子(お竹)、唐沢民賢(南文次)、結城哲也(桜田
市三)、市川裕二(中沢治助)、相原昇(藤村兼七)、浪花五郎(中林喜平)、矢奈木邦二郎(浪花福)、
蓑和田良太(太田黒甚作)、高並功(船員)、那須伸太朗(医者)、西田良(若い衆)などが出演している。
 次は、『博奕打ち 総長賭博』(監督:山下耕作、東映京都、1968年)である。このシリーズの最高傑作
といわれている作品である。ずっと観たかったのであるが、最近になってTSUTAYAがレンタルを開始したの
で、早速鑑賞に及んだ次第である。たしかに、切れはあるし、シガラミの塩梅も胸を締め付けるような設定
でハラハラするが、少し無理筋(音吉の行動原理が今ひとつピンと来ない、など)もあるし、若山富三郎の
相手役が藤純子というのも違和感を感じざるを得なかった。ただし、これまであまりパッとしなかった桜町
弘子(この映画では鶴田浩二の妻役)が鬼気迫る演技を披露しており、極道の妻の最期を観た思いがした。
また、名和宏が難しい役どころをきちっとこなしており、東映ヤクザ映画の常連の底力を見た。
 物語を確認しておこう。以下、上に同じ。

   〔解説〕

  『日本侠客伝 斬り込み』の笠原和男がシナリオを執筆し、『男の勝負 関東嵐』の山下耕作が監督
 した“博奕打ち”シリーズ第四作目。撮影は『博奕打ち 不死身の勝負』の山岸長樹。

   〔あらすじ〕

  昭和九年。江東地区に縄張りを持つ天竜一家の総長荒川政吉(香川良介)が脳溢血で倒れ、跡目相
 続が問題になった。六人衆中井組組長の中井信次郎(鶴田浩二)は二代目を推挙されたが辞退、兄弟
 分の松田鉄男(若山富三郎)を推した。しかし、松田は服役中で、荒川の舎弟分の仙波多三郎(金子
 信雄)は荒川の娘婿の石戸孝平(名和宏)を指名し、信次郎の反対を押し切って、石戸が二代目を継
 ぐことを決定した。その二代目披露の大花会が行なわれる一ヵ月前、松田が出所した。ことの次第を
 聞いた松田は、兄貴分の自分をさしおいての石戸の二代目決定に怒り、信次郎の妹で松田の女房であ
 る弘江(藤純子)や、子分の小林音吉(三上真一郎)の制止もきかず、石戸に殴り込みをかけたのだ
 った。このため松田は謹慎に処せられてしまった。仙波は松田を失脚させ、石戸を抱き込んで荒川一
 家を乗っ取ろうという腹づもりだった。松田の気持を理解できる信次郎は花会を取仕切るという責任
 があり、女房のつや子(桜町弘子)が、松田と音吉が再度石戸組に殴り込むのを阻止できなかった責
 任を取って自害した時、ついに松田と兄弟分の緑を切らねばならなかった。だが、松田はそうした信
 次郎の気持を知りながらも、石戸の二代目披露を叩き潰すのが最後の意地だと言った。やがて花会の
 日。石戸は信次郎から、仙波が荒川一家を政界のボス河島義介(佐々木孝丸)の握る国志会に組込も
 うとしているのを知らされ、反対した。そのため、松田に襲われて傷を受けながらも跡目相続を済ま
 せた石戸は、その直後に仙波組代貸の野口進(沼田曜一)によって殺されてしまった。仙波を鋭く追
 及した信次郎は、逆に自分が松田と結託して石戸を殺したと濡れ衣を着せられ、荒川一家存続のため
 に松田を斬って身の証しを立てねばならなかった。松田を斬った信次郎は、その刀をひっさげて、荒
 川一家を売ろうとする張本人の仙波に迫った。信次郎が仙波を倒した時、彼の顔には満足気な笑みが
 浮んでいたのだった。

 他に、服部三千代(久美)、岡田千代(俊子)、大木勝(長尾清=音吉の相棒)、中村錦司(青木勇作)、
曽根晴美(水谷岩吉)、小田部通麿(北川常次)、曽我廼家明蝶(西尾宇一郎)、原健策(五井友次郎)、
高並功(沢田)、堀正夫(坂上貞蔵)、蓑和田良太(市川佐吉)、関根永二郎(竹下清之助)、国一太郎
(岩倉宗太郎)、那須伸太朗(芝田利助)、平沢彰(早川兵吉)、鈴木金哉(健二)、北川信夫(ジョー)、
野口泉(アキラ)、小島慶四郎(小西)、河村満和(若い衆A)、木谷邦臣(若い衆B)などが出演してい
る。
 最後は、『博奕打ち 殴り込み』(監督:山下耕作、東映京都、1968年)である。鶴田浩二・加東大介の
異色の組合せで、東宝の加東が東映の鶴田を喰う勢いである。少し図式的すぎたが、石田三兄弟(遠藤、山
本、待田)の雰囲気も出ていた。
 これも、物語を確認しておこう。以下、上に同じ。

   〔解説〕

  『博奕打ち 総長賭博』の笠原和夫がシナリオを執筆し、『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』の小沢
 茂弘が監督した“博奕打ち”シリーズ第五作目。撮影は『尼寺(秘)物語』の赤塚滋。

   〔あらすじ〕

  大正の末、巷では滝川組を壊滅させた矢島組の客分小嵐幸次郎(鶴田浩二)の噂でもちきりだった。
 しかし、この事件には陰の男が幸次郎に加勢していた。その男三浦吉五郎(加東大介)は、この殴り
 込みの際、目に傷を負って入院、幸次郎がすべての罪を負って自首したのだった。やがて幸次郎は木
 戸源一家の若衆である国分昭一(玉川良一)とともに出獄、すぐさま吉五郎を探すことになった。矢
 島一家の招きで金井長五郎〔金長〕(河津清三郎)を頭とする侠勇会の結成祝いに顔を出した幸次郎は、
 その席上で吉五郎の行方を尋ねたが誰一人知る者はなかった。幸次郎は、つづいて川崎の木戸源一家
 を尋ねた。この川崎では土建屋あがりの石田武市(遠藤辰雄)、勘次(山本麟一)、太三郎(待田京
 介)の三兄弟がひきいる石田組が、木戸源一家の縄張りを虎視耽々と狙っていた。そんなある日、両
 者は賭場争いから完全に対立した。石田組の汚い挑発行為がきっかけで木戸源一家に草鞋を脱いだ幸
 次郎は、ここで年老いて半盲になった吉五郎を見出した。吉五郎には昔の面影はなかったが、もう一
 度任侠道に死花を咲かそうとする男の意地といまだに親子の名乗りが出来ない娘を女郎から身を引か
 そうとする親心があった。そんなある日、木戸源一家に石田組がダイナマイトを投げ込んだ。その不
 意討ちに源太郎や江川益男(名和宏)、昭一らは殺気だったが、幸次郎は無益な殺傷を避けようと金
 井に仲裁を頼んだ。しかし金井は石田組に走り、暗黙のうちに盃ごとを進めた。裁定は石田組に一方
 的だった。そして手打式直後とはいえ、以前に増して両者が対立した。そんな不穏な空気が漂うなか、
 娘お珠(松尾嘉代)の身を引かそうと身請金を持って出た吉五郎が、石田組の太三郎の拳銃によって
 倒れた。やがてお珠を幸次郎に託すと、吉五郎は安堵の笑顔をみせて息をひきとった。悪辣な仕打ち
 に怒った幸次郎は木戸源一家を辞し、石田組に殴り込んだ。激闘数刻、幸次郎は、石田三兄弟を次々
 と倒し遂に、金井との勝負をも決した。

 他に、石山健二郎(木戸源太郎=木戸源一家の親分)、山岡徹也(矢島徳治)、丘路千(染井)、志賀勝
(為勝)、西田良(メリケンの六)、阿波地大輔(ハッパ松)、汐路章(タコ常)、夢路いとし(看守A)、
喜味こいし(看守B)、大木勝(鉄)、野口泉(梅吉)、川谷拓三(新八)、桑原幸子(春江)、山田桂子
(お佐久)、鶴久子(看護婦)、平参平(上島=相場師)、蓑和田良太(安蔵)、浪花五郎(滝川親分)、
楠本健二(杉山)、有川正治(木塚)、郡須伸太朗(藤野)、村居京之輔(青山)、唐沢民賢(警察署長)、
林彰太郎(川津)などが出演している。
 さて、もう1本の極道映画は、『戦後最大の賭場』(監督:山下耕作、東映京都、1969年)である。大阪
万博で日本中が湧きたっていた頃の作品で、単体ものながら、けっこうしっかり作ってある。
 この作品も物語を確認しておこう。以下、上に同じ。

   〔解説〕

  『現代やくざ 与太者の掟』の村尾昭がシナリオを執筆し、『待っていた極道』の山下耕作が監督
 した任侠もの。撮影は『極悪坊主 人斬り数え唄』の山岸長樹が担当。

   〔あらすじ〕

  昭和三十七年。群雄割拠の任侠団体が大同団結して「大日本同志会」を結成することになった。折
 りも折り、関西地区代表の神戸流山一家会長が脳溢血で急死した。葬儀は、組の二代目を継いだ本庄
 周三(高倉健)を喪主に、葬儀委員長には関西丸和会会長の岩佐国利(安部徹)が当って盛大をきわ
 めた。だが、流山一家会長の死は、勢力拡大を狙う岩佐にとって願ってもない好機だった。間もなく、
 関西地区の親分衆が集って理事選出が行なわれた。だが、話し合いは本庄と岩佐と真二つに割れ、騒
 然たるうちに流会となった。関西丸和会五木組組長の五木政治(鶴田浩二)は、日頃から陰険な野望
 を持つ親分岩佐の行動を心よしとしなかった。そんなある日、五木は義兄弟の本庄から今村由起(八
 代万智子)との結婚話を聞き、弟で流山一家の幹部の常男(山本麟一)とともに喜んだ。しかし、そ
 れも束の間、本庄は丸和会の吉岡組に襲われ、常男は足に重傷を負った。五木は小指をつめて本庄に
 詫びた。事態の紛糾を打開するため、関西地区の理事は投票によって決めることになった。一方、岩
 佐は五木に本庄が理事選から下りるよう命令した。本庄は五木の立場に同情し、身を引こうとしたが、
 常男が単身悪徳岩佐にたちむかい無残な最後をとげたため、風向きが変わった。この一件に責任を感
 じた本庄は、五木に義兄弟の盃を返し理事選に出馬、「大日本同志会」の理事になった。しかし、岩
 佐は関東菊東会会長の菊地儀一(金子信雄)に金品を贈り理事交代工作をはかっていた。菊地は、同
 志会を国家のための政治団体と標傍しながら、万国博や山陽新幹線の利権を独占しようと画策してい
 た。すべてのからくりを知った本庄は、菊地や岩佐と刺し違えようとしたが、護衛の銃弾に倒れてし
 まった。本庄の死を悲しむ五木は、関西博徒を裏切って後任理事になった岩佐に盃を返し、悪徳ヤク
 ザ一味に斬りこんでいった。

 他に、小山明子(五木早苗=政治の妻)、藤田佳子(石田美奈子=常男の内縁の妻)、清水元(大野木辰
雄=右翼の大物、政界の黒幕)、名和宏(吉岡勝=政治の兄弟分)、玉川良一(白鳥朝夫)、林彰太郎(増
島伸正)、川谷拓三(杉山輝明)、沼田曜一(島野久七)、沢彰謙(春日井徳行)、人見きよし(五木組の
組員)、上方柳次(サラリーマンA)、上方柳太(サラリーマンB)、唐沢民賢(秋山警部)などが出演し
ている。
 5本目は、『多羅尾伴内』(監督:鈴木則文、東映東京、1978年)である。作品の存在こそ知ってはいた
が、まさかDVD化されるとは思わなかった。いくら何でも「多羅尾伴内」はないだろうと思ったからである。
もっとも、比佐芳武の原作の映画化ではなく、当時『少年マガジン』で連載されていた同名の漫画(小池一
夫/石森章太郎)の映画化らしい。もちろん、かつては片岡千恵蔵の当り役であり(全11作)、小生も4本
くらいは観ている。小林版は2本作られたらしいが、少なくとも当該作品は独特の雰囲気をもっており、け
っこう捨て難い味を出している。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  七つの顔を巧妙に使い分け、悪を退治する私立探偵の姿を描く、比佐芳武原作の同題名小説の映画
 化。脚本は『日本の首領 野望篇』の高田宏治、監督は『トラック野郎 男一匹桃次郎』の鈴木則文、
 撮影は『発情痴帯』の出先哲也がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  超満員の観衆で湧き返る東京後楽園球場でペナントを決する試合が行なわれていた。得点は四対二。
 九回裏日報レッド・ソックス最後の攻撃で、3番バッター高塚(司千四郎)は逆転満塁サヨナラホー
 ムランを打つ。ゆっくり一塁ベースへ走り出した高塚は、突然倒れ、死んでしまう。検死の結果、ア
 イヌが熊狩りに用いる猛毒を使った針による他殺と判明する。翌朝、新聞社のカメラマンである川瀬
 東介(成瀬正)も同じ手口で殺された。川瀬の妹ゆう子(竹井みどり)は多羅尾伴内(小林旭)に真
 相究明を依頼する。一方、信愛医科大学の理事長木俣信之(池部良)あてに二度にわたり脅迫状が届
 く。これを知った伴内は白バイの警官に扮し、木俣の長男良教(江木俊夫)を捕え、誘拐に見せかけ、
 木俣から高塚、穂高ルミ(三崎奈美)、良教の関係を聞き出し、三人が去年の夏、北海道へ行き、ア
 イヌの若い男と幼児をひき殺した事を知る。北海道へ渡った伴内は、その若い男の妻であり幼児の母
 であったのが、木俣の秘書である新村真砂子(夏樹陽子)であることをつきとめた。すべての事件を
 真砂子が仕組み、木俣を繰っていることを知った伴内は、真砂子にこれ以上罪を重ねる事を避けさせ
 ようとするが、真砂子は固く説得を拒んだ。ある日、真砂子は狐男に襲われ、瀕死の重傷をおう。良
 教と木田幹事長(浜田寅彦)の娘である礼子(和田瑞穂)の結婚式場で騒ぎが起こった。ウェディン
 グケーキにナイフを入れた新郎新婦は驚ろきのあまり言葉を失なう。ケーキの切れ目から真赤な血が
 にじみ出て、ホールの照明が消え、どこからともなく女の呪うような声が聞こえてくる。天井に近い
 一角から、二つの灯りを持った男が現れた。男はおもむろに手を顔面にのばし、変装を解いていく。
 藤村大造と名のるその男は、今までの事件を全て解決し、闇の彼方へ消えていった。

 他に、財津一郎(宇田川警部)、天津敏(望月八郎=信愛医大事務長)、成田三樹夫(大嶋=暴力団組長)、
川口敦子(木俣ちか子=信之の妻)、安部徹(小泉登=代議士)、中田博久(石黒隆正=病院長)、佐藤京
一(楊伝明=大嶋が雇った殺し屋)、倉石功(山本刑事)、南利明(徳光明夫=カメラマン)、原泉(シム
カニ媼)、福田豊土(鑑識医)、日尾孝司(平田=大嶋組構成員)、高野真二(宮本球団社長)、八代亜紀
(歌手)、アン・ルイス(同)、キャッツ・アイ(同)などが出演している。辻褄が合わなかったり、矛盾
が露わになったり、この手の映画の常套場面が頻出したが、我慢すれば大きな傷ではなかった。小林旭の主
演作としては、「銀座旋風児(マイトガイ)」シリーズ(日活、1959-1963年、全6作)に少し似ていると
思った。
 6本目は、『耳をすませば』(監督:近藤喜文、徳間書店=日本テレビ放送網=博報堂=スタジオジブリ、
1995年)である。観ているような気もするが、あやふやなので「家族研究への布石(映像篇)」には登録し
ていなかった作品のひとつである。ほとんど覚えていなかったので、あるいは初見かもしれない。中学生の
将来への夢や初恋の甘酸っぱさが描かれている。オールド・ファッションそのものなので、現代の若者には
どう映るのだろうか。案外、このような「純愛」は歓迎されるのかもしれないけれども……。
 物語を確認しておこう。以下、上と同じ。

   〔解説〕

  少女期の恋と出会いの奇跡をテーマに描いたアニメーション。監督はこの作品がデビュー作となる
 近藤喜文。脚色・絵コンテ・製作プロデューサーには『紅の豚』の宮崎駿が名を連ねている。

   〔あらすじ〕

  月島雫(本名陽子)は、とにかく明るい読書好きの少女である。雫は学校の図書館、市立図書館と
 片っ端から物語を読みまくっていた。ある日、雫は貸出カードに“天沢聖司”という名前を発見し、
 それ以来、良く注意してみると、雫の読む本には必ず先にその名前があることに気付く。雫の心の中
 でその名前は、顔も年齢も知らぬまま次第に膨れ上がり、育っていった。この夏休みは雫にとって中
 学最後の夏休みであった。両親は雫にあまりに理解があり過ぎて、何も強制しようとはしない。雫は
 恋や進路を巡る友人たちの騒ぎにも付き合いながら、やがてひとりの少年(高橋一生)と出会う。少
 年は中学を卒業したらイタリアへ渡って、ヴァイオリン職人の修行をしようと決意していた。そのた
 めの準備を確かな足取りで進めている彼が、あの貸出カードの“天沢聖司”だったのだ。雫は聖司に
 心ひかれながら、進路も将来も自分の才能にも、全てが曖昧な自分へのコンプレックスと焦りに引き
 裂かれる思いがした。二人は幼くたどたどしいながらも、あくまで真摯に距離を近づけていく。雫は、
 二人は立ち止まり見つめ合うのではなく、並んで立って同じ遠い地平線を見つめるのだと決め、その
 時にそれまで抱いていた曖昧な不安から解放されたような気がしていた。出発を数日後に控えた聖司
 は早朝の丘に雫を誘い、朝焼けの中で「一人前の職人になったら、結婚してくれ」と告白する。雫は
 ゆっくりと頷いた。聖司は晴れやかな顔で、夢を果たすために旅立って行くのだった。春、高校の入
 学式に向かう新入生の中に月島雫の姿もあった。雫は相変わらず溌剌と元気だったが、以前とひとつ
 だけ違うのは、自分を賢く見つめる眼差しを胸にしっかりと抱いていることだった。

 他に、立花隆(雫の父)、室井滋(同じく母)、露口茂(バロン)、小林桂樹(西司朗=アトリエ地球屋
主人、聖司の祖父)などが声の出演をしている。蛇足ながら、クレジットに、江川卓や岸部シローの名前が
あった。
 なお、今年(2015年)の鑑賞テーマは「アニメ・SF・特撮」映画である。この試みは2007年から始めて
おり、今年で9年目を迎える。過去のテーマはこうであった。

  2007年 戦争映画
  2008年 性愛(成人)映画
  2009年 極道(任侠)映画
  2010年 喜劇映画
  2011年 時代劇映画
  2012年 ホラー映画
  2013年 犯罪映画
  2014年 恋愛映画

 今年は、上で述べたように「アニメ・SF・特撮」映画を中心に観ることに決めた。日本には、優れた当
該ジャンルの映画が目白押しだからである。その手始めに選んだのが『耳をすませば』だったというわけ。
 さて、洋画の方に移ろう。1本目は『O嬢の物語(Histoire d'O)』(監督:ジュスト・ジャカン、仏=
西独、1975年)である。ポーリーヌ・レアージュの原作とともに、日本での上映当時から当該映画の存在を
知ってはいたが、鑑賞に及んだのは初めてである。
 物語を確認しておく。この作品に関しては、〈ウィキペディア〉を参照する。執筆者に感謝。なお、一部
改変したが、ご海容されたし。

   〔解説〕

  ポーリーヌ・レアージュ原作のポルノグラフィー文学として名高い、SM文学小説の傑作『O嬢の物    
 語』をジュスト・ジャカン監督が映画化した作品。主演はヒロインの“O”嬢役にモデル出身のコリ
 ンヌ・クレリーが扮している。当時はまだ美青年俳優で売っていたウド・キアがO嬢の恋人役で共演
 し、城館での倒錯の世界に導くルネに扮している。なおこの映画の続編的映画に『O嬢の物語・第二
 章』があるが、スタッフ・キャストが総入れ替えであるのに加え、原作にないエピソードを中心とし
 た内容であり、関連性は極めて薄い。レズシーンや全裸の男女のセックスシーンもあるが、やはり、
 コリンヌ・クレリーが全裸になり、着衣の男とからむCMNFシーン(Clothed Male(s) and Naked
 Female(s))が目立つ。

   〔あらすじ〕

  ヒロインO(コリンヌ・クレリー)が、恋人のルネ(ウド・キア)と、ロワッシー館に入る。そこ
 で、O嬢は全裸になり皮手錠と首輪をはめられ、着衣の男の愛撫を受けて鞭打たれる。ルネはただ見
 守るだけだった。あるときはピエールという男(ジャン・ガバン)に鞭打たれる。全裸のままのO嬢
 が紅茶を飲んでいる最中に、ルネと一緒に見知らぬ男がやってきて3人でCMNF状態となりからみ合う。
 数週間が過ぎた。アパルトマンに戻り、新生活を始める。ある時は、ルネの命令で紅茶を用意して全
 裸で迎えることもあった。ステファン卿(アンソニー・スティール)に紹介されたその後のO嬢は、
 ルネの命令に従い、ステファン卿に身をゆだねることとなった。

 監督のジュスト・ジャカンは、話題作『エマニエル夫人(Emmanuelle)』 (監督:ジュスト・ジャカン、
仏国、1974年)で監督デビューを飾った人であるが、女性の絶大なる人気を呼んだ官能映画を撮ったのも、
一流のファッション・フォトグラファーとしての前歴が活かされたからであろう。ただし、作品そのものは
凡作の域を出ていない。
 2本目は『ゲンスブールと女たち』(監督:ジョアン・スファール、仏=米、2010年)である。これも、
『O嬢の物語』と同様スキャンダラスな内容ではあるが、はるかに深みがあった。佳作と看做してよいだろ
う。ゲンスブールに関しては昨年ぐらいまではよく知らなかったが、友人から紹介されて興味を抱いた人物
のひとりである。登場人物のそっくりさんを起用しての映画作りはキワモノ的だが、内容が面白ければそん
な背景は気にならなくなる。邦画の『アイデン&ティティ』(監督:田口トモロヲ、東北新社=アーティス
トフィルム=ビッグショット、2003年)にテイストが似ていると思った。とにかくオシャレで、なかでも鼻
や指先が極端に長いゲンスブールの分身が登場するが、狂言回しとして秀逸だった。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  ブリジット・バルドーを虜にした破天荒な作曲家セルジュ・ゲンスブールの伝説を描く伝記物語。
 スキャンダラスな作風でフレンチカルチャーに多大な影響を与え、女たちに愛されたゲンスブールの
 人生を辿る。彼を敬愛するフランスの漫画家ジョアン・スファールが監督し、アニメをまじえた独特
 な世界でゲンスブール像を映し出す。

   〔あらすじ〕

  1941年、ナチス支配下のフランス、パリ。暗い時代にユダヤ人の両親の元に生まれたリュシアン・
 ギンズブルグ(ケイシー・モッテ=クライン)は、ピアニストの父ジョセフ・ギンズブルグ(ラズヴ
 ァン・ヴァジルスキュ)から受ける厳しい音楽のレッスンに辟易し、煙草を吸い、大人とも渡り合う
 一風変わった少年だった。成長したリュシアンは、ピアノ弾きとして働きながら、美術学校に通う。
 そこでサルバトール・ダリの愛人と出逢い、一夜を共にする。その後、リュシアンは音楽の道で生き
 ていくことを決意。最初の妻エリザベット(デボラ・グレール)と結婚する。同時に作曲も始め、キ
 ャバレーでピアニスト兼歌手として働きはじめる。セルジュ・ゲンスブール(エリック・エルモスニ
 ーノ)と名乗るようになったのはその頃。人気作曲家となったゲンスブールに曲を提供してもらいた
 いという有名歌手は列をなした。その頃、人気絶頂のブリジット・バルドー(レティシア・カスタ)
 と恋に落ちるが、バルドーの夫の怒りを買って収束。傷心のゲンスブールを慰めたのは、映画『スロ
 ーガン』で共演した20歳の女優ジェーン・バーキン(ルーシー・ゴードン)だった。バーキンはゲン
 スブール3人目の妻となり、愛娘シャルロットも誕生。やがて2人はデュエット曲『ジュ・テーム・
 モワ・ノン・プリュ』を発表。この大ヒットでゲンスブールは世界的に知られるようになってゆく。
 その後も2人で多くの曲を世に送り出すが、ゲンスブールの心臓発作をきっかけに、夫婦の関係に亀
 裂が入り始める。バーキンの制止をよそに酒とタバコを辞めないゲンスブール。そして互いの溝を埋
 められないまま、ついに2人は離婚。その後も反体制的な作品の発表や言動を繰り返すゲンスブール
 は、フランス国家『ラ・マルセイエーズ』をレゲエ・ヴァージョンに編曲し、“売国奴”とマスコミ
 や右翼団体から標的にされてしまう。その頃、30歳年下のモデル・歌手バンブー(ミレーヌ・ジャン
 バノワ)と同棲。2人の間には息子も誕生し、彼女が最後のパートナーとなった。

 他に、アナ・ムグラリス(ジュリエット・グレコ)、サラ・フォレスティエ(フランス・ギャル)、フィ
リップ・カトリーヌ(ボリス・ヴィアン)、ヨランド・モロー(フレエル)などが出演している。ゲンスブ
ールといえば、エディット・ピアフ、カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・アルディなどとも映画や楽
曲を通じて交流があったとされている。それにしても、バルドーとの関係を父親が手放しで喜ぶシーンは傑
作だった。


 某月某日

 DVDで洋画の『タイタニック(TITANIC)』(監督:ジェームス・キャメロン〔JAMES CAMERON〕、米国、
1997年)を観た。封切されたときから観よう観ようと思いながらも、今まで鑑賞の機会を見出せなかった洋
画の一篇である。アメリカ合衆国の内外で大絶賛を浴びただけあって、一部の隙もない出来である。ただし、
壮大な娯楽映画の域を出ることはなく、ハリウッドの実力のほどに敬意を表しはするが、それ以上の褒め言
葉はない。文法通りの正統派映画といえよう。USAにとって、ハリウッド映画ほど国力を示しているもの
はそんなに多くはないだろう。アジア・太平洋戦争のさなか、シンガポールで小津安二郎が『風と共に去り
ぬ (Gone with the Wind)』(監督:ヴィクター・フレミング〔Victor Fleming〕、米国、1939年)を鑑
賞して、「こんな映画を作る国と戦争しても勝てない」と衝撃を受けたという話は有名である。さもありな
ん、まさにハリウッド映画、畏るべしではある。しかし、邦画がそれに追随しようとする必要はないだろう。
日本には日本独自のよき映画があるはずだから。
 さて、物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。な
お、一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  1912年4月、処女航海の途中で氷山に接触し沈んだ豪華客船タイタニック号。同船の乗客たちの知
 られざるエピソードを、レオナルド・ディカプリオ&ケイト・ウィンスレット主演で映画化し、多く
 の人々の涙を誘ったラブストーリーを3D化。実物大の模型を製作して撮影に挑んだリアリティへの
 追求が、3Dにさらなる臨場感を与えている。

   〔あらすじ〕

  現代。タイタニック号引揚げ作業の責任者ブロック・ラベット(ビル・パクストン)が、タイタニ
 ック最大の秘宝と伝えられるダイヤモンド“ハート・オブ・ジ・オーシャン”〔作品内では、仏語の
 le Coeur de la Mer が用いられている。なお、日本語訳は「碧洋のハート」〕を身につけた若い美
 女のスケッチ画を発見。そのニュースをテレビで見た101歳のローズ(グロリア・スチュアート)が、
 絵のモデルは自分だと名乗り出る。悲劇の航海の様子が、ローズの口から語られる……。1912年4月
 10日、世紀の豪華客船タイタニック号は、世界のVIPを乗せ出港した。17歳だったローズ(ケイト・
 ウィンスレット)は、母親ルース(フランシス・フィッシャー)が決めたフィアンセで大資産家キャ
 ル(ビリー・ゼーン)とともに乗船したが心はうつろだった。一方、タイタニック号の三等切符を賭
 けに勝って手に入れた画家志望のジャック・ドーソン(レオナルド・ディカプリオ)は、あこがれの
 アメリカへ渡れる喜びに酔っていた。ジャックは甲板でスケッチをしている時、ローズを見てその美
 しさに一目惚れしてしまう。その夜、海に身を投げようとするローズを、偶然ジャックが助ける。ジ
 ャックの感性に惹かれていったローズは、ジャックを部屋に呼び肖像画を描いてもらう。情熱を押さ
 えられないふたりは激しく求めあい、はじめて結ばれる。その頃、船上の見張り番が巨大な氷山を発
 見し連絡するがすでに遅く、タイタニック号の船首が氷山に接触、浸水が始まった。だが、ジャック
 はキャルによって宝石泥棒に仕立て上げられ、警備兵室のパイプに繋がれてしまう。一等船室の女性、
 子ども優先で救命ボートへの乗船が始まるが、ローズはジャックが気掛かりでボートから引き返す。
 なんとか警備兵室のジャックを助け出すのに成功、しかし嫉妬に狂ったキャルがどこまでも二人を追
 ってくる。船内では海水が滝のようになって流れ、海面では船の沈没とともに渦巻きが発生。1,000
 人を超える生存者が甲板にしがみついていたが、船は割れ大勢の人が人形のように海面へと落ちてい
 く。沈みゆく船とともに最後まで愛を貫こうとしたジャックとローズの運命は……。

 他に、キャシー・ベイツ(モリー・ブラウン)、バーナード・ヒル(スミス船長)、ヴィクター・ガーバ
ー(トーマス・アンドリュース)、デイヴィッド・ワーナー(スパイサー・ラブジョイ)、スージー・エイ
ミス(リジー・カルヴァート)などが出演している。「鋼鉄の船は、当然ながら沈む」という言葉が印象的
だった。なにごとも過信は禁物というよき例であろう。


 某月某日

 今年初めてのブログである。小生のブログの読者諸兄姉はごくわずかであるが、今年もよろしく。
 さて、年明け早々、3本の映画を観たので報告しよう。2本は洋画、1本は邦画である。洋画の方から簡
単に感想を述べておこう。
 1本目は『バニシング・ポイント(Vanishing Point)』(監督:リチャード・C・サラフィアン、米国、
1971年)である。記憶頼りであるが、当時東京の銀座に存在した「銀座文化」という小さな映画館で鑑賞し
たのが最初である。それから数えて5回目くらいの鑑賞である。「武藤ゼミとはどんなゼミ?」の〔武藤の
好み〕の頁に「好きな洋画」として挙げている作品である。何年かぶりで鑑賞したが、やはりこころの奥深
くを揺さぶってくれた。当時高校生だった小生のこころを鷲づかみにした映画である。あれから40年以上経
つが、その感動に翳りはない。どこがそれほど気に入ったのか、当時の心境にぴったりだったことは当然と
して、今は少しだけその気分を分析できるような気がする。自分自身のこころに沸き立つ苛立ちの正体が、
少しだけ分かったような気がしたのだろうと思う。この映画は、「人種差別」を始めとするさまざまな差別
を描いているが、当時はその点にあまり注意は向かなかったはずである。むしろ、何かに向かって突き抜け
ざるを得ない主人公の気持と当時の小生の気持がシンクロしたのだと思う。さすがにもう高校生ではないの
で、あの頃のこころは再現できないが、底流を流れる気分は40年経っても変わらないのではないだろうか。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  デンバー=カリフォルニア間を車で、平均時速200 キロという狂ったスピードでつっ走ろうとする
 男と、これを捕えんとする警察車、そしてファナティックなディスク・ジョッカーに現代アメリカの
 深い苦悩を投影してスリリングな場面が展開する。製作は『素晴らしきヒコーキ野郎』のノーマン・
 スペンサー、監督は『野にかける白い馬のように』のリチャード・C・サラフィアン、マルコム・ハ
 ートの原作をギラーモ・ケインが脚色、撮影はジョン・A・アロンゾ、音楽はデラニー&ボニー&フ
 レンズ、マウンテン、ジェリー・リード、ビグ・ママ・ソーントン、キム・アンド・デイブなどが演
 奏する。計16曲のニューロックやカントリーを、ジミー・ボーウェンが監修している。出演は新人バ
 リー・ニューマン、ディーン・ジャガー、ブロードウェイのミュージカル『パーリー』でトニー賞を
 受賞したクリーヴォン・リトル。他に、ビクトリア・メドリン、ティモシー・スコット、ギルダ・テ
 クスターなど。デラックスカラー、パナビジョン。1971年作品。

   〔あらすじ〕

  元海兵隊員、元警察官、元オートレースのドライバーで、今は車の陸送をやっているコワルスキー
 (バリー・ニューマン)は、デンバーからサンフランシスコまでの陸送を引受ける。覚醒剤を取りに
 “地獄の天使”というバーに立ち寄った彼は、店の主人とサンフランシスコまで15時間で行くという
 賭けをした。全速力で飛ばすコワルスキーの車を発見したオートバイ警官が追跡しだした。彼がとっ
 さに車を悪路に乗り入れると、オートバイ警官はひとたまりもなく転倒した。ユタ州に入ろうとする
 と、国境にバリケードが張られていた。彼はスピードを増すとバリケードを猛烈に突破した。このニ
 ュースを聞いた盲目のディスク・ジョッカー、スーパー・ソール(クリーヴォン・リトル)は興奮し
 て、コワルスキーに通信を行って誘導しだした。警察の通信を盗み取りして、情報をコワルスキーに
 流し始めたのだ。国境を越えネバダ州に入ると、今度はネバダ州の警官が追跡してきた。彼は自分が
 警察署に勤めていたときのことを思い出した。上官が少女を麻薬所持の疑いで取調べ中に、弱みにつ
 けこんで彼女を手ごめにしようとしたのをとめ、クビになってしまったことをだ。彼がさらに走って
 いると、スーパー・ソウルが再び通信してきた。警告通り追跡してきた数台のパトカーに追い詰めら
 れ、やむなく彼は車を砂漠に向けた。コワルスキーは警官時代、雪国で恋人のベラ(ビクトリア・メ
 ドリン)と遊んだり口論したりしたことを思い出した。また海兵隊員のころ、負傷兵を野戦病院へ運
 ぶ途中、ジープに砲弾が命中し、負傷したこと。そのとき大きな爆発音で回想が破られた。タイヤが
 パンクしたのだ。タイヤの交換中、彼はガラガラ蛇に襲われそうになるが、砂金取りの老人(ディー
 ン・ジャガー)に助けられる。老人は、砂漠を脱出する道を教えてくれ、ガソリンのある集落に案内
 してくれた。老人と別れて逃走を続けるコワルスキーに、スーパー・ソールの情報が入った。彼のニ
 ュースはいまや全世界に広がり、大変な話題となっていて、彼の向かう道という道には、警察当局の
 網が張られているらしい。途中彼はバイクに乗った男エンジェル(ティモシー・スコット)と出会い、
 荒野の中にある彼の家に連れていかれた。そこにはヌードでバイクに乗った娘(ギルダ・テクスター)
 がいて、彼に強壮剤や煙草をくれた。エンジェルのアイディアで車をパトカーに偽装して非常線を突
 破したコワルスキーのゆくてに、巨大なパワー・シャベルが立ちふさがっていた。コワルスキーの心
 に一瞬の戦慄が走った。が、コワルスキーの顔に笑みが浮かぶと、彼はアクセルを踏み込んだ。猛然
 と突っ込んだコワルスキーの車は、火柱をふき上げて空に舞い上がった。

 『激突!(Duel)』(監督:スティーヴン・スピルバーグ、米国、1973年)という名作(同じく、自動車
が重要な意味をもつ)があるが、小生には、当該映画と比べると単なる娯楽映画に見える。いつか『バニシ
ング・ポイント』の謎を探ってみたいが、いつになるだろうか。
 2本目は『カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest)』(監督:ミロス・フォアマン、
米国、1975年)である。おそらく2度目の鑑賞である。ほとんどの場面を覚えていなかったので、新鮮な感
覚で観ることができた。やはり名作は何度でも鑑賞すべきであろう。
 ジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)の代表作のひとつで、アメリカン・ニューシネマの傑作である。
この映画も「自由」の意味を問う点で『バニシング・ポイント』と通底するものがあると思う。物語を確認
しておこう。以下は、上と同じ。

   〔解説〕

  州立精神病院を舞台に管理体制に反撥する人間の尊厳と自由を描いたケン・ケーシーのベストセラ
 ー小説の映画化。製作はソウル・ゼインツとマイケル・ダグラス、監督は『パパ、ずれてるゥ!』の
 ミロシュ・フォアマン、脚本はローレンス・ホウベンとボー・ゴールドマンの共同、撮影はハスケル・
 ウェクスラー、音楽はジャック・ニッチェ、編集はリチャード・チュウが各々担当。出演はジャック・
 ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、ウィリアム・レッドフィリルズ、マイケル・ベリーマン、ピ
 ーター・ブロッコ、ディーン・R・ブルックス、アロンゾ・ブラウン、スキャットマン・クロザース、
 ウィル・サンプソン、ブラッド・ダリフなど。なおゴールデン・グローブ賞6部門、アカデミー賞5
 部門を受賞した。

   〔あらすじ〕

  1963年9月のある日、男が1人オレゴン州立精神病院の門をくぐった。その男ランドル・P・マク
 マーフィ(ジャック・ニコルソン)は刑務所の強制労働を逃れるために気狂いを装っていた。そんな
 彼を担当医のスパイビー(ディーン・R・ブルックス)は深い興味をもってながめていた。そのマク
 マーフィが初めてディスカッション療法に参加した。病院は絶対権をもって君臨する婦長ラチェッド
 (ルイーズ・フレッチャー)の専制のもとに運営されていた。インテリ患者ハーディンを始め、他の
 患者たちがまるで生気のない無気力人間になっている事実にマクマーフィは驚いた。翌朝のディスカ
 ッション療法の席上、マクマーフィはワールド・シリーズの実況をテレビで見れるよう日課の変更を
 要求した。ラチェッドは一蹴したが、病院の方針により評決は患者たちの投票に委ねられることにな
 った。しかし、賛成投票したのはチェズウィクとテーバーの僅か2人だった。患者たちの協力が必要
 と感じたマクマーフィは運動を開始した。再投票が行われた。「急性患者」9人全員の賛同を得た。
 しかし、ラチェッドらはこの病棟には他に9人の「慢性患者」がいるとの理由で却下した。完全痴呆
 の慢性患者、その1人1人を口説いてまわり、やっとチーフと呼ばれるインディアン患者(ウィル・
 サンプソン)の説得に成功するが要求は時間切れで冷たく拒絶された。ある日、マクマーフィは患者
 たちをレクリエーションに連れていく予定のバスを奪い、彼らを小さな港に連れていく。彼の女友達
 キャンディも一緒だ。船をたくみに借り出したマクマーフィらは一路外洋へと乗り出した。フレディ
 リクソン、マルティニ、セフェルト、ビリー……誰もの顔が小さな鳥籠から大空に放たれた小鳥のよ
 うに生き生きとしていた。それ以後も、マクマーフィは次々とラチェッドの専制的体制に反抗を続け
 た。次のディスカッション療法のとき、タバコの配給のことから看護人と争った彼は、罰としてチェ
 ズウィクやチーフとともに電気ショック療法に送られる。さすがに不安になったマクマーフィを勇気
 づけたのは今まで誰とも口をきいたことがなく口が不自由だと思われていたチーフダった。チーフが
 マクマーフィに対して初めて心の窓を開け始めた。2人は秘かに脱出計画を練った。決行日が近づい
 た。ある晩、マクマーフィは看護人を買収し、キャンディらを引き込み、お別れの乱痴気パーティを
 開いた。キャンディに恋したビリーの告白をきいたマクマーフィは、一夜の思い出にと2人を別室に
 送り込んだ。病院に朝日がさし込むと、看護人が現われ眼をまわした。室内は乱れに乱れ、患者たち
 が眠りこけているのだ。ラチェッドに、全裸でキャンディと寝ているところを目撃され攻められたビ
 リーが自殺する。平静さを装って勤務につく看護婦ラチェッドの冷酷さにマクマーフィの怒りが爆発
 した。あやうく彼女を締め殺しそうになった彼は病室から連れ去られた。数日後、1人ひそかにその
 帰りを待つチーフのもとへ、今や額にロボトミーの跡をつけ、植物人間と化したマクマーフィが戻っ
 てきた。怒りと悲しみ。マクマーフィをこのままここに置くにしのびないと感じたチーフは、枕を押
 しつけ彼を窒息死させた。チーフにとってそれが最後のマクマーフィに対する友情の証しだった。明
 け方、窓をぶち破り、祖先の愛した大地を求めて走り去るチーフの姿が、逆光の朝日の中にあった。

 配役を記述しておこう。ジャック・ニコルソン(R.P.McMurphy)、ルイーズ・フレッチャー(Nurse
Ratched)、ウィリアム・レッドフィールド(Harding)、マイケル・ベリマン(Ellis)、ピーター・ブ
ロッコ(Col_Matterson)、ディーン・R・ブルックス(Dr.Spivey)、アロンゾ・ブラウン(Miller)、
スキャットマン・クローザース(Turkle)、ウィル・サンプソン(Chief Bromden)、ブラッド・ドゥー
リフ(Billy Bibbit)、マーヤ・スモール(Candy)などである。原作の小説(Kenneth Elton Kesey 作、
1962年)では、チーフの視点で描かれているらしいが(ウィキペディア)、彼を演じたウィル・サンプソ
ンの存在感は主人公役のニコルソンと双璧をなしていると思う。
 邦画の方に移ろう。鑑賞したのは『テルマエ・ロマエ II』(監督:武内英樹、フジテレビ=東宝=電通=
KADOKAWA、2014年)である。もちろん、『テルマエ・ロマエ』(監督:武内英樹、フジテレビ=東宝=電通=
エンターブレイン、2012年)〔「日日是労働99」を参照〕の続篇である。最初に受けた新鮮さは感じなか
ったが、その分馴染み具合は抜群であった。
 物語を確認しておこう。この作品については<ウィキペディア>の記述に負う。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『テルマエ・ロマエ II』と題し、2014年4月26日(よい風呂の日)に公開された。2013年1月30日、
 映画第2作目の製作が正式に発表された。主要キャストは第1作を概ね継承し、ブルガリアのオープ
 ン・セットの ヌ・ボヤナ・フィルム・スタジオでエキストラ5,000人を動員して撮影が行われている。
 そのため琴欧洲も出演している。
  キャッチコピーは「また、来ちゃった。」/「世紀のSF(すごい風呂)超大作」。
  日本公開は434スクリーンで、初日2日間で動員36万5,356人、興収は4億9,134万2,950円を記録し
 て国内映画ランキング3位となった。観客の男女比は49対51で、30代以上が71.2%と多く、前作を評
 価していることを鑑賞動機に挙げた観客は92.7%だった。

   〔あらすじ〕

  前作同様、ルシウスはローマ帝国と現代日本を行ったり来たりしながら、グラディエーターのため
 の癒しの風呂、子供らのための風呂、北方で戦い疲れているケイオニウスのための風呂を造っていっ
 た。一方、真実は前作の結末で描いた漫画が「風呂が描けていない」という理由でボツをもらい、風
 呂の勉強がてら温泉紹介雑誌の記者として、前作同様、ルシウスとあちこちの温泉で出会う。
  ルシウスは、争いの無い平和路線を推し進めるハドリアヌス帝から、バイアエに温泉保養地の建設
 を命じられる。しかし、ハドリアヌス帝の平和路線を良しとしない元老院の一派が疫病に伏せるケイ
 オニウスの兄・ジェイオニオス(ケイオニウスの女好きとは反対にホモである)をその贋物に仕立て
 上げ旧来の「強きローマ」を目指す武闘派路線を推し進めるべく暗躍していた。
  ルシウスと真実はコロッセオで強きローマを説く贋ケイオニウスを糾弾するも、真実の持っていた
 学術書『ローマ帝国の繁栄と滅亡』(表紙にラテン語表記あり)を贋ケイオニウスに見とがめられ、
 真実は「ローマを滅亡に導く魔女」として捕えられてしまう。
  戦いの日々に嫌気がさしていた最強グラディエーター、アケボニウスの手助けもあり、ルシウスと
 真実は牢を逃げ出しバイアエに戻ってくる。2人を追い、贋ケイオニウスらは軍を率いてバイアエに
 攻め入ってくる。
  その時、掘削を続けていたバイアエの大量の温泉が噴き出し、病に伏せていた本物のケイオニウス、
 ハドリアヌス帝も現れ、争いは防がれた。
  完成したバイアエの温泉街「湯ートピア」を見届け、新たに北方にテルマエ建造を命じられたルシ
 ウスを、真実は書物の記述「北方のテルマエ建造中に落盤事故でルシウスが死亡する」と書かれてい
 たことを理由に留めるが、ルシウスは「ローマのために働き、テルマエに携わって死ねるなら本望」
 と決意を固くする。抱き合う2人の頬を涙が伝い、真実は現代日本へと戻って行く。
  現代日本では真実の漫画『テルマエ・ロマエ』の連載が決定。温泉街でのコミックス発売記念サイ
 ン会などを経て、ついには映画化。ロケ地に造られたコロッセオの見学にやってくる。ルシウス役の
 役者を紹介されるが、彼はイタリア人。気落ちする真実に「そいつは贋物だ」というラテン語の声と
 ともに、井戸の中から『ローマ帝国の繁栄と滅亡』を手にしたルシウス(本物・事故死していたと本
 にある)が現れる。

 主だった配役としては、阿部寛(ルシウス)、上戸彩(山越真実)、市村正親(ハドリアヌス帝)、北村
一輝(ケイオニウス)、宍戸開(アントニヌス)、勝矢(マルクス)、曙太郎(アケボニウス)、琴欧洲勝
紀(コトオウシュヌス)、笹野高史(山越修造=真実の父)、キムラ緑子(山越由美=同じく母)、竹内力
(館野)、外波山文明(岸本=棟梁)、岩手太郎(最上=教授)、木下貴夫(大西=グルメ)、松島トモ子
(峰子)、白木みのる(ラーメン屋店主)、菅登未男(浪越徳三郎=指圧の神様)、いか八朗(三郎)など
である。文句なしに面白い作品とだけ記述しておこう。
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=5105
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.