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日日是労働スペシャル XLII (東日本大震災をめぐって)
 月が替わりましたので、「日日是労働スペシャル」の続篇をお届けします。単純に、「日日是労働スペシ
ャル XLII (東日本大震災をめぐって)」と命名しました。主として、今回の大災害に関係する記事を掲げ
ますが、特定の個人や団体を誹謗中傷する目的は一切ありません。どうぞ、ご理解ください。人によっては、
多少ともショッキングな記事があるかもしれませんので、その点もご了承ください。なお、読み進めるほど
記事が古くなります。日誌風に記述しますが、後日訂正を載せるかもしれません。あらかじめ、ご了解をい
ただきたいと存じます。また、ご質問、ご意見等のおありの方は、muto@kochi-u.ac.jp 宛にメールをいただ
ければ幸甚です。

                               
 2014年12月31日(水)

 昨日仕事を終えようと思ったのですが、まだ少し残っておりましたので、二日連続でいつものネカフェに
来ています。今度こそ本当の仕事納めです。読者の皆さん、来年もよろしく!

                                                 
 2014年12月30日(火)

 今日で仕事納めです。今、京都のネカフェにいます。最後のブログ(「日日是労働1412」)を書いて
時間切れとなりました。2014年よ、さようなら。

                                                 
 2014年12月25日(木)

 本日は、久しぶりに内田樹氏のブログを転載しましょう。ほぼ原文通りです。ただし、明らかな誤字は訂
正しました。あしからず。


 ******************************************

   内田樹の研究室 

   川内原発再稼働について             2014.11.15

  13日の朝日新聞に掲載された「川内原発再稼働について」の寄稿のロングヴァージョンです(紙面
 では行数が少し減りました)。
  九州電力川内原発の再稼働に同意した鹿児島県の伊藤祐一郎知事は7日の記者会見で自信ありげに
 再稼働の必要性を論じていました。
  私は「事態は『3・11』以前より悪くなってしまった」と感じました。
  原発で万が一の事故があれば、電力会社も国の原子力行政も根底から崩れてしまう。「福島以前」
 には原子力を推進している当の政府と電力会社の側にもそのような一抹の「おびえ」がありました。
 でも、東京電力福島第一原発の事故は、その「おびえ」が不要だったということを彼らに教えました。
  これまでのところ、原発事故について関係者の誰ひとり刑事責任を問われていません。事故処理に
 要する天文学的コストは一民間企業が負担するには大きすぎるという理由で税金でまかなわれている。
 政府と東電が事故がもたらした損失や健康被害や汚染状況をどれほど過小評価しても、それに反証で
 きるだけのエビデンスを国民の側には示すことができない。
  彼らは原発事故でそのことを「学習」しました。
  鹿児島県知事は「たとえこのあと川内原発で事故が起きても、前例にかんがみて、「何が起きても
 自分が政治責任を問われることはない」ということを確信した上で政治決定を下したのです。
  僕も彼らが利己心や邪悪な念によって原発再稼働を進めているとは思いません。彼らは彼らなりに
 「善意」で行動している。主観的には首尾一貫しているんです。それは、せいぜい五年程度のスパン
 の中での経済的利益を確かなものにすることです。経営者としては当然のことです。しかし、1億人
 以上の人が、限られた国土で、限られた国民資源を分かち合いながら暮らし続けることを運命づけら
 れた国民国家を運営するには、百年単位でものごとを考えなければならない。株式会社なら、四半期
 の収支が悪化すれば、株価が下がり、倒産のリスクに瀕します。だから、「百年先」のことなんか考
 えていられないし、考えることを求められてもいない。目先の利益確保があらゆることに最優先する。
 でも、国民国家の最優先課題は「いま」収益を上げることじゃない。これから何百年も安定的に継続
 することです。株式会社の経営と国家経営はまったく別のことです。原発推進派はそれを混同してし
 まっている。
  社会が成熟すれば経済活動は必ず停滞する。生身の身体の欲求に基づいて経済活動がある限り、
 「衣食足り」れば消費は頭打ちになる。成熟社会では人口が減り、消費活動は不活発になる。成長し
 ない社会において、どうやって国民資源をフェアに分配するか、この問いに答えるためにはそのため
 の知恵が要ります。でも、わが国の政治家も官僚も財界人も学者もメディアも、誰一人「経済成長が
 終ったあとに健康で文化的な国民生活を維持する戦略」については考えてこなかった。
  「パイ」が増え続けている限り、分配の不公平に人はあまり文句を言いません。でも、「パイ」が
 縮み出すと、人々は分配が公正かどうか血眼になる。そういうものです。資源の公正な再分配にはそ
 のための知恵が要ります。しかし、今の日本にはその知恵を持っている人も、そのような知恵が必要
 だと思っている人もいない。相変わらず「パイが膨らんでいる限り、パイの分配方法に国民は文句を
 つけない」という経験則にしがみついている。
  原発再稼働は「パイのフェアな分配」については何のアイディアもなく、ただ「パイを増やすこと」
 以外に国家戦略を持たない人たちの必至の結論です。
  福島の事故は、放射能汚染で国土の一部を半永久的に失う事態を招きました。でも、尖閣諸島では
 「国土を守れ!」と熱する人々も原発事故で国土が失われるリスクにまったく関心を示さない。それ
 はナショナリストたちも「パイが大きくなる」こと以外に何の目標も持っていないからです。領土問
 題で隣国と競り合うのは、彼らの眼には領土もまた「パイ」に見えているからです。中国や韓国の
 「取り分」が増える分だけ、日本の「割り前」は減る。そういうゼロサムゲームで彼らは国際関係を
 捉えている。だから、国内における国土の喪失には特段の意味を感じないのです。
  原発を稼働すれば経済戦争で隣国に対するアドバンテージが得られると訊けば、この「ナショナリ
 スト」たちは国土の汚染や国民の健康被害など「無視していい」と平然と結論するでしょうし、現に
 そうしている。
  日本が誇れる国民資源は何よりも豊かなこの「山河」です。国破れて山河あり。戦争に負けても、
 恐慌が来ても、天変地異やパンデミックで傷ついても、この山河がある限り、国民は再生できます。
 日本の森林率は67%で世界トップクラス。温帯モンスーンの肥沃な土壌のおかげで主食のコメはな
 んとか自給できます。豊富な水、清浄な大気。これらがほとんど無償で享受できる。こんな豊かな山
 河に恵まれた国は世界でも例外的です。国民が知恵を出し合ってフェアに分配し、活用すれば何世紀
 も生きているだけの「ストック」がある。なぜ、国土を汚染し、人間が住めない土地を作るリスクを
 冒してまで目先の金を欲しがるのか。それは原発推進派の人たちには「長いスパンで国益を考える」
 という習慣がないということでしか説明できません。
  原子力発電から手を引くのは文明の退化だ。そんな主張をなす人もいます。でも、原子力発電と人
 類の文明の成熟の間に相関はありません。
  20世紀初頭に米・テキサスで大油田が見つかり、「ただ同然」のエネルギー源を利用した内燃機
 関文明と今日に至るアメリカの覇権体制が基礎づけられました。でももしあのときテキサスで油田が
 見つかっていなければ、20世紀のテクノロジーはおそらくまったく別のかたちを取っていたでしょ
 う。石油エネルギーは人類がある時点で「たまたま」選んだ選択肢の一つに過ぎません。
  原子力もそれと同じです。原子力がなければ、それに代わる何かを私たちは見出す。文明というの
 は人間の知性のそのような可塑性と自由度のことです。原子力がなければ滅んでしまうような文明は
 文明の名に値しません。
  多くの国民は国土の汚染や健康被害のリスクを受け入れてまでけ経済成長することよりも、あるい
 はテクノロジーの劇的な進化よりも、日本列島が長期的に居住可能であり、安定した生活ができるこ
 とを望んでいます。成長なき社会では、「顔の見える共同体」が基礎単位となることでしょう。地域
 に根を下ろした中間共同体、目的も機能もサイズも異なるさまざまな集団が幾重にも重なり合い、市
 民たちは複数の共同体に同時に帰属する。生きてゆくためにほんとうに必要なもの(医療や教育や介
 護やモラルサポート)は市場で商品として購入するのではなく、むしろ共同体内部で貨幣を媒介させ
 ずに交換される。そのような相互支援・相互扶助の共同体がポスト・グローバル資本主義の基本的な
 集団のかたちになるだろうと私は予測しています。百年単位の経済合理性を考えれば、それが最も賢
 いソリューションだからです。

 ******************************************


 何かが違うと感じながら、どうしたらよいのかなかなか分からないもどかしさがあります。原発に関して  
は、「再稼働やむなし」と叫ぶ人々の気心が分かりません。双葉町とか大熊町とかは、今のところ人が住め
ない土地と化しています。原発推進派の人々は、自分の生れ育った町が人の住めない土地になっても、なお
「やむなし」と叫ぶのでしょうか。「責任の取れないことはするべきではない」という判断は、大人であれ
ば誰でも知っている社会の常識ではないでしょうか。お金で解決できるような問題ならば、何も言いますま
い。しかし、ことはお金で解決できるような類ではないのです。もう一度よく考えてほしいものです。本当
に「原発」が必要なのかと。自分たちの生存を賭けて推進すべきものなのかと。内田さんと同じように、
「事態は『3・11』以前より悪くなってしまった」と感じざるを得ない今日この頃です。

                                                 
 2014年12月18日(木)

 本日も「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長谷
川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを記します。なお、ほぼ原文通りです。ただし、他の資料から
の抜粋も挿入しております。


 ********************************************

  第4章 脱原子力社会に向けて(つづき)

 2 ドイツはなぜ脱原子力に転換できたのか

p.194-195 ・各国の事情

    ドイツ:1980年以前に建設された原発7基およびトラブル続きの1基の運転停止を決定。
    スイス:原発の新設禁止。稼働開始後50年を目処にして順次閉鎖。2034年までに、現在稼働中の原
        発5基を全基閉鎖する。
    イタリア:国民投票を実施した(投票率54.79%)。原発凍結に94.05%が賛成。反対が5.95%。
         これを受けて、首相は投票結果を受け入れることを宣言。
    イスラエル:2010年3月に民生用の原子力開発を進める意向だったが、2011年3月13日計画の見直し
          が表明され、同3月16日建設中止を決定。
    タイ:2011年3月16日、「国民を危険にさらしたくない」ということで、原発導入を断念。

p.196 ・管首相の「原発に依存しない社会を目指す」は唐突(目標年次不明確、閣内の意思統一なし)。

p.197 ・ヴィール原発(ドイツ)建設反対運動は画期的な勝利を得て、国際的にも大きな影響を与えた。
  ・引用:第一の影響は、フライブルクが環境運動・環境行政の世界的な拠点となったことであり、第
      二は、「緑の党」の創設である。

      緑の党:環境主義、多文化主義、反戦などを主な主義、信条とする政党・政治勢力
          (ウィキペディアより。一部改変)。

   世界のグリーン勢力

  1970年代から世界各国で台頭してきた、エコロジー、反原発、反核、軍縮、反戦、人種差別撤廃、
 脱物質主義、多文化主義、消費者保護、参加型民主主義(草の根民主主義も参照)、フェミニズム、
 社会的弱者の人権などをテーマにした「新しい社会運動」の流れで結成が進んだ政治勢力。出身者の
 多くが市民運動家や一般の市民であり、既成政党の政治家出身者、労働運動や民主化運動の出身者な
 どがそれに加わっている傾向がある。
  世界的な「緑の党」の歴史は、1972年3月に同年のオーストラリア・タスマニア州選挙に向けて結
 成された自然保護政治運動グループである《United Tasmania Group》に端を発する。(なお、同グ
 ループは同選挙において、3.9%の得票をおさめ、1議席を確保した。同グループはその後、オース
 トラリア緑の党に発展的に解消され、連邦、州、地方議会に多数のメンバーを送り出している。)ま
 た、ヨーロッパでは1980年の旧西ドイツにおける「緑の党」(直訳では「緑の人々」)結成(政治的
 組織化の動きは1970年代後半から)であり、その後フィンランド、ベルギー、オランダ、フランスな
 ど欧州各地で次々と結成されていった。
  緑の党は、環境保護だけでなく平和外交・人権・産業構造・教育・社会保障・労働・食料など幅広
 い政策をもつオールラウンドな政党であり、平和で持続可能で社会正義のある新しいエコロジー社会
 を目指す。営利企業の自由を最優先する新自由主義的改革(およびそのグローバル化)、国民国家、
 ナショナリズム、軍事・治安国家化には批判的である。こうした政治理念を緑の政治という。
  現在ではアメリカやアジアを含む多くの国々に緑の党が存在するが、最も強い政治基盤を確立して
 いるのはヨーロッパにおいてである。政権参加の最初のケースは1995年のフィンランド緑の同盟であ
 り、最も長期のケースはドイツ緑の党の社会民主党との連立政権(1998年-2005年)である。2012年
 現在EU議会に55議席(保守勢力、社民勢力、自由主義勢力に次ぐ)を持つ第四勢力となっている。
  他方で、アメリカなどの選挙制度が小選挙区制の国では、緑の党は国政レベルにほとんど影響力を
 もてないでいる。そのためこれらの国の緑の党は、選挙制度の民主化に焦点を当てている。なおアメ
 リカにおいてもカリフォルニア州など市町村議会のレベルでは議席を確保している。
  また環境問題やグローバル経済、南北問題などに対応するため、グリーン勢力は国際連帯にも熱心
 である。2001年4月16日にオーストラリアのキャンベラで、緑の党の国際組織であるグローバルグリ
 ーンズ(Global Greens,「緑の地球同盟」)が結成された。ここでは、「グローバルグリーン憲章」
 が採択され、その後世界の緑の党の指針となっている。 「グローバルグリーン憲章」では、 諸原則
 (理念)として、エコロジーの知識、社会的公正、参加民主主義、非暴力、持続可能性、多様性の尊
 重の6つを掲げる。また、政治的行動(政策・行動)として、 1.民主主義 2.公正さ 3.気候変
 動とエネルギー 4.生物多様性 5.持続可能性の諸原則にもとづく経済的グローバリゼーションの
 抑制 6.人権 7.食糧と水 8.持続可能な計画 9.平和と安全保障 10.グローバルに行動する
 ことの行動指針を掲げている。また2004年には、欧州連合規模の欧州緑の党 (European Green Party)、
 および北欧グリーンレフト同盟 (Nordic Green Left Alliance) が結成されるなど、世界の各地域で
 緑の党のネットワークが存在する。
  なお、緑の党の組織名称は英語で「Green Party」と「Greens」という二通りのパターンがあるが、
 これは、緑の党の活動が必ずしも政党だけのものでなく、市民運動をも含んでいるからである。アメ
 リカの組織「Greens/Green Party USA」は両方の名称を党名に併記している。米国で別個に活動して
 いる「Green Party」と混同されることが多い。

   日本での試み

  1983年、河西善治が西ドイツ(当時)緑の党をモデルとした「東京緑派」(DIE GRUENEN) を結成し、
 参院選に東京選挙区より出馬した。河西は人智学(シュタイナー思想)の研究家であり、西ドイツ緑
 の党がミヒャエル・エンデなど多くの人智学者によってできた経緯から、緑の党の思想を日本に広め
 ることに注力していた。比例区ではMPD・平和と民主運動(後の市民の党)への投票を呼び掛けた。
 また、重松九州男の日本世直し党も「日本版緑の党」を名乗っていた。
  1986年、元第四インターナショナル活動家太田竜らが「日本みどりの党」を結成。太田はその後、
 「みどりの党」離党、「日本みどりの連合」結党を経て、「みどりといのちのネットワーク」への再
 統合を行った。「みどりといのちのネットワーク」は大石武一の推薦を受けた。同年、水の浄化を主
 な政策とする環境党が結成される。
  1989年、山本コウタロー、北沢杏子、門野晴子、円より子、田嶋陽子らを中心に環境保護とフェミ
 ニズムを掲げる「ちきゅうクラブ」が、また、作家の今野敏や元三重大学教員の坂下栄、反原発運動・
 環境保護運動の活動家らを中心に「原発いらない人びと」が結成された。第四インターナショナル系
 や共産主義労働者党(後の自治・連帯・エコロジーをめざす政治グループ・蒼生)など一部の新左翼
 勢力は「原発いらない人びと」を支援した。この年の参議院選挙では、3派の統合を試みるも、名簿
 順序をめぐって折り合いがつかず、分裂選挙に。結果3派合わせて60万票を獲得するも、議席の獲得
 はならなかった。
  1992年の参院選では、「みどりといのちのネットワーク」「ちきゅうクラブ」「原発いらない人び
 と」を統合した環境政党「希望」(代表は藤本敏夫)が立候補した。
  1995年、農業問題を中心とするみどりといのちの市民・農民連合と、平和・市民から路線対立で分
 裂した憲法みどり農の連帯が結成される。「希望」党員は農民連合と連帯に分裂。
  その後、地方政治においては市民運動出身の無所属地方議員の連絡組織「虹と緑の500人リスト運
 動」、新潟県の地域政党「緑・にいがた」(旧「市民新党にいがた」)などが結成される。
  1997年、荒岱介らの「戦旗・共産主義者同盟」が「BUND」と改称。共産主義路線を放棄し、環境保
 護路線への転換を表明する。2008年には「アクティオ・ネットワーク」と改称。
  1998年頃より保守リベラル政党であった新党さきがけが環境政党として再出発を表明。後に代表と
 なった中村敦夫は黒岩秩子と共に院内会派「さきがけ環境会議」結成。2002年、「みどりの会議」に
 改称。三木武夫・三木睦子夫妻の長女で無所属の参院議員だった高橋紀世子と中村が所属。2004年の
 解散後は「みどりのテーブル」に活動を引き継ぐ。
  2007年、みどりのテーブルが中心となって参院東京選挙区に「無所属共同候補」として川田龍平を
 擁立し、当選する。また、司法書士の黒田恒一が環境社会主義党を結成して参院選に出馬することを
 表明したが、直前で出馬を辞退した。
  2008年、川田龍平は、みどりのテーブルから離脱した(その後、2009年にみんなの党に入党)。み
 どりのテーブル・虹と緑が合流してみどりの未来を結成し、「みどり」系の地域政党・地域政治団体
 との連携を進めながら、地方政治および国政において「みどりの政治」の実現を目指すことを表明し
 た。
  2009年5月、元自民党員の長友清冨がNPO「森と海の恋人」を母体に「森海党」を結成。同年の衆院
 選で熊本県第5区から出馬するも落選。のち森海党は「日本森海党」に改名し、長友は2011年の人吉
 市長選や錦町議会議員選に出馬したが、いずれも落選している。
  2012年2月には前述のみどりの未来が「緑の党」を結成することを発表する一方で、思想家中沢新
 一・宮台真司らが「グリーンアクティブ」を立ち上げた。グリーンアクティブの政治部門は「日本独
 自のエコロジー政党」である「緑の日本」を名乗り、マエキタミヤコらが所属する。
  2012年7月28日、みどりの未来を母体とした「緑の党」の結成総会が開かれた。2013年参議院選挙
 の比例区、次期衆議院選挙の比例東京ブロックに候補者を擁立する方針を発表した。
  また同年7月18日に参院会派としてみどりの風が結成され、12月28日に政党化したが、この党は緑
 風会をモデルとしており、本稿の緑の党とは関係ない。ただし谷岡郁子代表は緑の党との連携も示唆
 していた。
  2013年1月、渋谷誠が新たに「環境党」を結党。2015年統一地方選挙での候補者擁立を目指している。
  2013年7月の参院選において、緑の党とみどりの風は候補者を擁立したが、両党とも全員落選した。
 両党では選挙協力について話し合いが行われたが、緑の党の吸収合併を主張するみどりの風側と、両
 党の名称を残した上での統一名簿作成を主張する緑の党側で対立し、交渉は決裂した。緑の党が支援
 した山本太郎(無所属)は当選した。
  なお、日本で「緑の党」を名乗る団体は他にも存在し、地方議員もいるが、これは軍人出身で毛沢
 東主義とナショナリズムに傾倒していた三橋辰雄が設立した党派であり、「日本ボランティア会」な
 どと称する募金詐欺などで問題を起こしている。本項の「緑の党」と理念的にも組織的にもまったく
 関係ない。創設者(三橋辰雄)の姓から、「三橋派」として区別される。

   緑の党一覧

   ヨーロッパ

  同盟90/緑の党 (ドイツ)
  緑の党 (スウェーデン)
  緑の同盟(フィンランド)
  ヨーロッパ・エコロジー=緑の党 (フランス)
  スイス緑の党
  緑の連盟 (イタリア)
  緑の党 (オーストリア)
  緑の党 2004 (ポーランド)
  緑の党 (チェコ)
  緑の党 (ロシア)
  緑のオルタナティヴ (ロシア)
  エコロ - ベルギーのワロン地域の環境政党
  フルン! - ベルギーのフランデレン地域の環境政党
  フルンリンクス(オランダ)
  グリーンレフト (アイスランド)
  イングランド・ウェールズ緑の党
  スコットランド緑の党
  北アイルランド緑の党
  緑の党 (アイルランド)
  社会主義人民党 - デンマークの市民運動・環境政党

   デンマークには赤緑連合 (デンマーク)と名乗る政党があるが、国際的に緑の党との連携はない。

  社会党 (ノルウェー) - ノルウェーの市民運動・環境政党
  緑の党 (イスラエル)

   南北アメリカ

  アメリカ緑の党(アメリカ合衆国)
  カナダ緑の党
  緑の党 (メキシコ)
  緑の党 (ブラジル)
  環境党 (チリ)
  緑の党 (コロンビア)
  ニカラグア環境緑の党

   オセアニア

  オーストラリア緑の党
  緑の党 (ニュージーランド)

   アフリカ

  ケニア・マジンジラ緑の党
  緑の党 (ウガンダ)
  エジプト緑の党
  南アフリカ緑の党
  コンゴ環境主義者同盟グリーン(コンゴ民主共和国)

   アジア

  緑の党グリーンズジャパン(日本)
  モンゴル緑の党
  フィリピン緑の党
  台湾緑党
  草緑政治連帯(韓国)
  国際緑色党(韓国)
  緑色党(韓国)

p.197-211 ・ドイツでの反原発の展開

p.203 ・引用:改正された原子力法では、同法の目的は、従来の「原子力推進」から「原子力発電の計画
       的な終焉と安全規制」に改められた。

p.205 ・引用:フクシマ事故によってメルケル首相は、三月一四日、老朽化した原発など八基の運転停止
       を命令、脱原子力に軌道修正した。事故前までは原発推進の立場だったが、そもそも物理
       学者だったメルケルは全電源喪失、冷却材喪失、メルトダウン、水素爆発というフクシマ
       事故をとおして原発の危険性を再認識したのである。
  ・「安全なエネルギーの供給のための倫理委員会」(ドイツ、2011年3月22日、設置)には17名の委員
   がいるが、研究者、カトリック司祭、財界人、電力企業、消費者団体などから構成されている。なお、
   そこには原子力の研究者は含まれていない。なぜなら、「どのようなエネルギー政策を求めるかは、
   社会、消費者が決めるべき」だからである。

p.207 ・引用:政府内の合意形成のプロセスを軽視し、「場当たり的で、思いつき的だ」と批判されがち
       な管首相と、四ヶ月弱の間に与野党を超えた、基本的な合意をつくりあげたメルケル首相の
       対応には大きな相違がある。

p.211 ・引用:日本にたとえれば、高木仁三郎氏や宇井純氏(いずれも故人)が原子力安全委員会委員長
       に就任したようなものである。

        → 日本ではこのような事態は「夢物語」であろう。

 3 日本の選択

p.212 ・筆者が提唱してきた「基本原則」(1996年以来)
     (1)「社会的合意」の原則。
     (2)社会的合意にもとづく「非原子力化」の原則。
     (3)真夏の電力ピークカットを最優先する、「ピーク需要のゼロ成長」の原則。
     (4)「再生可能エネルギー最優先」の原則。
  ・社会的な合意の基礎
   (1)経済性が高い
   (2)環境への負荷が少ないこと
   (3)安定的な供給

p.212-213 ・「討議デモクラシー(deliberative democracy)」の考え方の特長
       従来の代議制民主主義の限界をふまえて、
       (1)多元的な価値観の尊重
       (2)透明性の尊重
       (3)理性的
       (4)既存の権威に依拠しない
       (5)時間をかけてコンセンサスをつくる

p.213 ・引用:温暖化対策を口実に、原子力発電を肯定化してはならない。

p.214 ・引用:原発のないデンマークや、脱原子力政策を段階的に実施してきたドイツ、原発の閉鎖をす
       すめてきたイギリスが温暖化対策をリードしてきたことは、温暖化対策と脱原子力政策が矛
       盾しないことの何よりの証左である。温暖化対策を口実に、原子力推進を主張するのはまや
       かしか知的怠惰である。

p.215-216 ・引用:若狭湾周辺には高速増殖炉もんじゅを含む一四基の原子炉があるが、万一過酷事故が
         起きた際には、近畿地方の水源地であり、四方を山に囲まれた琵琶湖が、福島県飯舘
         村が高濃度に汚染されたように、ホットスポット的に放射能によって汚染されること
         が危惧されている。

p.216 ・引用:原子力発電は安全で、安く、クリーンな発電であるという「神話」は、第2章で詳述した
       ように国際的には一九七〇年代半ばには既に破綻していた。

p.216-217 ・引用:原子力発電は、そもそもが発電用に開発された技術ではない。軍事技術の転用である。
         このことを、私たちは忘れてはならない。しかも。私たちは、さまざまな代替的な発電
         の手段を既にもっている。

p.218 ・引用:しかも、日本、フランス、韓国、ロシア、中国などが、途上国への原発輸出に力を入れて
       いる。

p.220 ・引用:第三者的な視点から公平にみたとき、原子力発電にはたして「明るい」未来があるのだろ
       うか。原子力発電を追求していくときその延長線上にあるのは、過酷事故におびえるリスク
       への不安であり、累積する放射性廃棄物の悪夢であり、核拡散の危険性であり、周辺的な地
       域へのリスクのしわ寄せであり、秘密主義であり、技術的な停滞と閉塞状況ではないのか。

p.223-236 ・原発のなくし方(三つのオプション)
       オプション1 原発分を全面的に火力発電に置き換える。
       オプション2 天然ガス火力の利用率引き上げと7.5%の節電で、原発を直ちに置き換える。
       オプション3 5%の節電(7基分)、天然ガス火力の利用率の引き上げ(26基分)、残り
              の13基分をグリーン化する。太陽光発電、風力・小水力、地熱などによって、
              少しずつ置き換えていく。

p.232 ・政府のアナウンス効果(たとえば、2020年までに原子力発電所を全廃する、など)は極めて高い。

p.235 ・引用:「停電か、原子力か」「温暖化か、原子力か」と国民を脅すのは、きわめて後ろ向きの選
       択である。
  ・引用:電力の自由化、発電と送・配電の分離を含む電力政策の根本的な転換、電力供給システムの再
      編成も重要な課題である。
  ・引用:フクシマ事故からの日本社会の再生の道は、このような「脱原子力社会」に向かう具体的な宣
      言以外にはありえないのではないか。

p.236 ・「ステータス・シンボル」としての原発。
  ・引用:一〇年後、二〇年後にふりかえってみたとき、二〇一一年三月一一日が、日本社会および人類
      全体にとって、正しい選択の転換点となることを願ってやまない。

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 非常な駆足でしたが、何とか終りにまで辿り着けました。長谷川公一の語っていることが絵空事でなけれ
ば、小生自身どんな協力も惜しまないつもりです。現代は、「被曝時代」と言ってもよい様相を呈してきま
した。冷静に考え、落ち着いて語り合えば、推進派も反対派も手を握ることのできるポイントがあるはずで
す。諦めてはいけません。いがみ合ってもいけません。坦々と、今何をすべきなのか、それぞれの立場で徹
底的に考え抜く時です。

                                                
 2014年12月17日(水)

 本日は再び「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』
(長谷川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを記してゆきましょう。なお、ほぼ原文通りです。ただ
し、他の資料からの抜粋も挿入しております。


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  第4章 脱原子力社会に向けて

 1 エネルギーとデモクラシー

p.178 ・引用:原発推進的な政策を採っている代表的な国は日本、フランス、韓国、中国などである。こ
       れらの国に共通するのは、政治的には中央主権的で、経済的にも社会的にも文化的にも一極
       集中的な性格強いことである。

p.179 ・引用:一方、デンマーク、ドイツやスウェーデンなど分権的な社会が、再生可能エネルギーのよ
       うな分散型の電力供給、エネルギーを育ててきた。いずれも伝統的に社会福祉に力を入れて
       きた成熟した社会である。

p.180 ・アメリカ合衆国では、東西の海岸部がリベラルで原発に対して批判的。ミッドウエストと呼ばれ
    るシカゴ以西の中西部や南部は相対的に保守的で、原発に対して許容的。
  ・引用:どのような電力供給を好むかは、社会の側の選択の問題である。エネルギー自給率などによっ
      て機械的に規定されているのではない。
  ・引用:反原子力運動は、一九七〇年代から八〇年代にかけて、先進諸国のいずれにおいても国家の基
      本政策を批判し、技術力万能主義的で資源浪費的な現代文明のあり方を鋭く問う代表的な「新
      しい社会運動」の一つであり、社会紛争だった。

p.181-182 ・日本の反原子力運動の特色
       (1)全国的・国際的な組織中心ではない。立地点の地権者・漁業権者中心。
       (2)自然科学者や社会科学者の批判的な運動への組織的な関わりがない。在野の研究者が
          中心。
       (3)一般市民があまり関わらず、八〇年代後半の一時期を除いては全国的にならない。
       (4)対決・阻止型の運動に留まる。ただし、九〇年代後半以降、選択の余地のある(とく
          に、再生可能エネルギーの普及が目玉)政策提案型の運動が生れてきた。
       (5)核兵器廃絶運動や平和運動との結びつきが弱い。

p.182 ・立地予定地点を白紙にした地域の存在。

      高知県窪川町(Gさんの政経問答ブログより。一部改変)

     窪川町=反原発「10年戦争」に勝った高知県の町 ─ 猪瀬浩平論文から(2012年12月10日)

   吉川:窪川というところに原発の話を持ってきたこと自体が、まず大きな失策であった。住民自
      身がその時その時の肝心な問題には大きな力を発揮して地域を守ろうとしたという歴史性
      を持っている。
   島岡:『原発』というものに対するその人その人のとらえ方が、結局、その人自身の“生きざま”
      というもんまで問われちゅうわけよ」……「今年は『反原発ポテト』という事で、無農薬・
      無照射のじゃが芋を高知市内で売った。そうすると『食』の安全という問題を真剣に考え
      ている消費者の人たちが結構沢山おって。
   市川:地域内の自給流通機構の確立。農・林・漁業・商工業の提携のシステムを作っていくとい
      う事が、やはりこの地域を見た場合は、21世紀へ向けて展望できる。

    おそらく半日をかけたこの座談会に集まったのは、闘いに勝利した窪川町の住民たち10名だ。
   その町は、いまは地図の上にない。2006年3月、農業・畜産業・漁業を営む窪川町、林業を主体
   とした大正町・十和村が合併、四万十町となった。だが窪川町の名は反原発闘争の歴史のなかで
   輝いている。

     ○ 3つの窪川方式 ─ 「自主的」な誘致VS住民投票条例と「保守」中心の運動

    残念ながら窪川町の反原発闘争については、容易に入手できるまとまった公刊物はなさそうだ。
   そこで以下、猪瀬浩平の論文「原子力帝国への対抗政治に向かって ─ 窪川原発反対運動を手掛
   かりに」を中心に、その闘いを振り返ってみよう。
    四国電力は、伊方原発につづく原発立地を高知県、最初は窪川町の南西に位置する佐賀町(現・
   黒潮町)に求めた。1974年のことだ。町は60haの土地の買収に着手、商工会も誘致に動いたが、
   漁協や農家を中心に「反対町民会議」が結成、全県的な反対運動によって翌年、計画は断念され
   る。そこで四国電力は窪川町にターゲットを変更、猪瀬が言う原発立地の「窪川方式」を採用す
   る。すなわち、「計画が明らかにならない段階で、住民自ら誘致につながる請願を議会に提出し、
   議会が採択するという手続きを踏み、まず立地調査から始める」──という方式だ。これが「民
   主的」なやり方だと電力会社などから評価されたらしい。計画発表が先行し、大闘争がおこった
   60年代の三重県・芦浜や和歌山県・日高の例とは異なる。もちろん「民主的」というのは欺瞞で、
   四国電力は住民に「自ら誘致につながる請願を議会に提出」させるため、当時の人口18,000人に
   対し、8,500人を原発立地地域への「大名旅行」に無料招待したのである。
    これに対し、もう2つの「窪川方式」が起こったと猪瀬は言う。1つは1982年の全国初の住民
   投票条例の制定。もう1つは「『保守系』とされる住民や、地元の商店主などが運動の中心を担
   い、新住民や『革新派』とされてきた住民など、あらゆる住民を巻き込みながら草の根の運動を
   展開した」という運動の特質だ。小倉文三は、運動の中心に立った島岡幹夫(元・公安刑事、自
   民党員)が共産党の反対集会にのりこんだエピソードを紹介している。彼は言った。「この町の
   有権者は13,000人、革新は3,000人、保守は10,000人。革新が運動を主導したら、原発は建設さ
   れてしまいます。この反対運動は、私のような保守系の人間が中心にならなければ、大きな力に
   なりません。私を反対運動の代表にしてください」、と。そして実際、彼は「原発反対町民会議」
   の代表となり、それを基盤に1980年8月に原発設置反対連絡会議が結成される。街頭宣伝や130ほ
   どの集落を網羅する学習会のうえ、まず半年ほどで小学区単位の11支部ができ、それを母体に官
   公労5労組と2派の部落解放運動団体の結集が進むのである。

     ○ 一時の原発景気のために、2,000年も続いてきた農業を犠牲にしない

    これに先行し、1979年に町長となった藤戸進は原発の誘致をしないと公約しながら、翌年、原
   発誘致もあり得るというスタンスに変節した。9,557名の誘致請願がだされ、採択をうけて町長
   は四国電力に調査を依頼する。それは50億円にのぼる立地交付金と固定資産税に目がくらんだの
   だった。これに関しても島岡は語っていた。「窪川町には当時、農業と畜産業で80億、林業で30
   億、縫製工場などの加工産業をあわせると、150億近い収入があったのです。四国有数の食糧生
   産地なのに、たかだか20億や30億の税収に目がくらみ、耐用年数30年程度の原発のために、2,000
   年続いてきた農業を犠牲にするのは、愚の骨頂であります」、と。7,013筆を集めた反対請願が
   不採択となり、町長が独断で四国電力と立地調査条件について交渉を始めるにおよんで、闘いは
   町長リコールの段階に入る。
    島岡幹夫は酪農会議40戸を核に「農民会議」をつくった。つれあいの島岡和子は、高南酪農協
   同組合婦人部400名を中心に「原発反対婦人会議」を結成した。また30歳以下の労働者・農民は
   「青年会議」に組織された。こうして元・窪川農協組合長を会長に、11地区支部と23団体をあつ
   めた「故郷(ふるさと)をよくする会」が設立、リコールに臨む。「署名の受任者300名を募集し、
   530名もの女が受任者として手を挙げた。「『原発設置反対請願』までは、運動の中心は男によ
   って担われていたが、このころから、女たちの活躍がはじまる」と猪瀬は書いている。また島岡
   和子は、「女性たちが立ち上がることで、戦いの潮目が変わった」、と振り返っている。1981年
   3月の投票結果は、賛成6,332票、反対5,848票(投票率92%)でリコールが成立した。リコール
   にともなう町長選では、反対派の住民投票条例制定という主張を前町長も公約に掲げたため、争
   点がぼけ、藤戸が再選されることになる。藤戸は1982年に条例は制定したが、1984年に11対10の
   僅差で促進決議を採択、立地調査の協定を締結して四国電力に窪川原子力調査所を設置させる。
    だが、1986年のチェルノブイリ原発事故が流れを大きく転換させた。「(1987年)12月には原
   発建設予定地の興津漁協が海洋調査の拒否を表明する。そして島岡らの働きかけで推進派の中心
   となる議員が原発反対に転身し、議会の勢力が逆転する」。町長は1988年1月、原発問題の棚上
   げ、1988年度予算に関連予算を計上しないことを表明、辞表を提出せざるを得なかった。3月の
   選挙では反対派町長が誕生、議会は原発問題の議論の終結を宣言、町は原発対策室を廃止する。
   こうして「10年戦争」、実際には足かけ13年の闘いは全面勝利したのだ。

     ○ 原発を阻止する根源的な問い ─ 「経済成長」は必要なのか?

    猪瀬は、「<原発なるもの>による管理が全面化する事態のなかで、私たちに如何なる政治が可
   能か」と、本論文の課題を提起している。「管理」とは「情報の受け手ばかりではなく、情報の
   出し手も、暴走する原発によって行動を規制される」、「政治」とは「食であれ、エネルギーで
   あれ、人々が如何に『共同体自治』を生みだすのか」、といったことのようだ。キーワードは、
   「学習」だ。それは、「対話を経ながら、個人はその生き方を不断に問い直し、彼が属する集団
   も編み直し続けられる」折衝の過程とされる。この立論は、「暴走する原発」を自立化させ、そ
   の前では受け手(住民)も出し手(政府・東電)も同じく規制される「受動的な存在」とするこ
   とは、事実にそぐわない。弁証法的なダイナミズムを失って、「学習」概念も有効性をなくして
   いるかもしれない。だが、そこで抽出・整理された窪川の闘いの歴史は貴重な成果となっている。
    とくに「10年戦争の前奏を奏でた」と言われる、「窪川町農村開発整備協議会」の紹介は興味
   深かった。それは1967年からの助走の後、農協の合併にともない1972年に発足、規約に活動の目
   的を以下のように書き込んだという。「農村に於ける住民主体的地域づくりに置き、協議会の性
   格は、地域自治機能を発展させ、自然と調和した定住社会の建設を図るための審議機関」、と。
   その一貫した理念は、「地域とは生物体であり、我々の農村地域とは、自然と人間のよりよい関
   係が創造されるべき生活空間」だったという。このような目的や理念は、なぜ、どのように産み
   出されたのか。「どのように」は、まさに長年の対話と折衝によるのだろう。「なぜ」について
   は、猪瀬は「郷土をよくする会」会長・野坂静雄の言葉を引用している。「農村とは人間と自然
   の調和する中に築きあげられた生命を培う食糧生産の場で、生命を産み守り育む健全な生の文化
   が花開かなければなりません」、と。この言葉は労働と生産によって結び付けられた人々、人間
   と自然の調和した地域社会というトータルな生産関係を示唆している。学習や対話のプロセスも、
   実際には生産関係を軸にした人々の社会的関係のありかたを問わないでは、ダイナミックな運動
   たりえないと思う。
    反原発闘争とは、一面で人間と自然の調和した生産関係を壊すのか否か、という形で地域に押
   し付けられる。また原発は人々を賛成派と反対派に分断し、人間関係を壊すことによって立地し、
   事故をおこせば社会と自然に壊滅的な打撃を与える。窪川町民は「原発なしでもやっていける」
   と、それらを拒否したのだ。そのことは何を意味するのか。高知県の2010年代のGDP成長率は秋
   田県とならび全国の最下位で、平均「0%」と推定されている。富が東京に一極集中する社会の
   批判も重要だ。だが他方、成長率「0%」であっても原発を拒否するという選択、「0%」である
   ことがなぜ悪いのかという反問が、すべての原発をなくそうとする私たちに必要なのではないだ
   ろうか。なぜなら原発は、「成長」への脅迫観念と、地域社会やその自然との有機的な結びつき
   の解体のうえに立脚するのだから。


      和歌山県日置川町・日高町(ウィキペディアより。一部改変)

    日高原子力発電所:和歌山県日高郡日高町に関西電力により計画されていた原子力発電所である。
             2005年に、国による開発促進重要地点の指定が解除され、計画は中止となった。

     経緯

    1967年、町長は日高町阿尾地区に原子力発電所の誘致を表明、町議会は誘致議案を可決した。
   翌年、阿尾区と比井崎漁協が反対決議。これを受け、町長は原発誘致の白紙撤回を表明した。19
   75年、関西電力は日高町に対し、120万Kw級原子力発電所2基を建設すべく、小浦地区での環境
   調査を申し入れた。小浦区と比井崎漁協は、1978年に環境調査受け入れを決議。1979年のスリー
   マイル島原子力発電所事故により一旦は環境調査が凍結となったものの、1981年には関西電力に
   よる環境アセスメントの陸上調査が開始した。1984年からの海上調査に際しては、漁協や住民は
   推進派と反対派に二分して紛糾し、結論は出なかった。1986年にはチェルノブイリ原子力発電所
   事故が発生、周辺市町村を含んだ反対運動が活発になった。1990年には反対派の町長が当選、3
   期12年務めた。2002年の町長選挙でも、反対派の中善夫候補が当選した。中町長は当選直後と20
   04年に、関電に対し原発建設の中止を申し入れた。2005年に、国による開発促進重要地点の指定
   が解除され、計画は中止となった。
    2013年には、日高原子力発電所と、紀伊水道を挟んだ対岸の徳島県阿南市の四国電力蒲生田原
   子力発電所の反対運動を描いたドキュメンタリー映画が製作された。
    和歌山県内には日高町のほか日置川町(現 白浜町)、那智勝浦町、古座町(現 串本町)に原
   子力発電所の建設計画があったが、いずれも建設は具体化していない。

    参考文献:『紀伊半島にはなぜ原発がないのか 日置川原発反対運動の記録』、原日出夫 編、
         紀伊民報社、2012年。

p.183 ・引用:土地と漁業権の問題が片づけば、建設の既成事実が漸次進行していくことになる。

p.185 ・反原子力運動に積極的に参加してきた原子力分野の研究者は少数派である。身分も推進派と比べ
    ると低く抑えられてきた。
  ・引用:これらは日本の自然科学の研究者、とくに原子力のような巨大先端科学の研究者が、政府や産
      業界と癒着し、研究費や弟子の就職口などを確保していること、また日本の大学や学界が内部
      批判者や内部告発者に非寛容であることを示している。

p.186 ・引用:人びとはわが身に直接の火の粉が降りかからない限り、批判の声をあげようとはしない。

p.188 ・引用:チェルノブイリ事故は、日本でも食卓と放射能汚染の恐怖とをストレートに結びつける最
       初の契機となった。

p.189 ・アイデンティティ志向型の運動のあり方は、運動自身の戦略的な有効性や持続的な展開という点
    で限界があった。

p.190 ・政策提案型の運動の事例。

p.192 ・引用:(フクシマ事故後の「祝祭的抗議デモ」の特徴)自己表出性が突出し、祝祭的なパフォー
        マンス志向と統制的なあり方をラディカルに否定している点で、チェルノブイリ原発事故
        直後、八七-八八年頃に高揚した反原発ニューウェーブとスタイルは似ているが、政治的
        メッセージはさらに脱色されている。

       〈中東のジャスミン革命〉(ウィキペディア。一部のみ)

     ジャスミン革命:2010年から2011年にかけてチュニジアで起こった革命(民主化運動)。

      概要

     一青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモが国内全土に拡大し、軍部の離反によりザイ
    ン・アル=アービディーン・ベン=アリー大統領がサウジアラビアに亡命し、23年間続いた政
    権が崩壊した事件である。ジャスミンがチュニジアを代表する花であることから、このような
    名前がネットを中心に命名された。
     この民主化運動はチュニジアにとどまらず、エジプトなど他のアラブ諸国へも広がり、各国
    で長期独裁政権に対する国民の不満と結びつき、数々の政変や政治改革を引き起こした。こう
    した一連の動きは「アラブの春」と呼ばれた。
     一連の暴動では情報共有のため、Facebookなどを通じたインターネットによる情報交換が力
    を発揮したほか、YoutubeやTwitter、WikiLeaksといったネットメディアも重要な役割を果た
    したという意見がある一方、GoogleやFacebookなどのネットメディアがアメリカ政府の戦略に
    加担し、アラブの春を裏側で支援していたとの意見もある。

p.193 ・脱原発法の挫折

      脱原発法制定運動:原子力発電をおこなっている国において、これをとりやめる法律を制定す
               ることを求める市民運動・社会運動(ウィキペディアより)。

     日本(1980年代)

  1986年4月にソビエト連邦で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故を受け、日本社会では被災者
 救援活動、事故による食品汚染の懸念、ノンフィクション作家広瀬隆による『東京に原発を』『危険
 な話』のベストセラー、テレビ朝日系の深夜討論番組『朝まで生テレビ!』の2度にわたる原発特集
 など、原発の危険性に対する関心がかつてなく高まった。
  この時期、1960年代に始まった日本の原発反対運動は新たな高揚を迎え、1988年4月の「原発とめ
 よう! 1万人行動」がその頂点を成した。4月23日、原発立地の住民だけでなく食品汚染を心配する
 主婦ら3,000人が集まり、分散会と政府交渉が行われた。翌24日、東京・日比谷公園での集会に全国
 の反原発グループ、社会党、総評、原水禁など243団体約2万人が参加し、銀座パレードを繰り広げ
 た。集会では高木仁三郎ら主催した実行委員会が中心となって「脱原発法制定運動」が提案され、国
 民投票制度のない日本で、憲法の請願権を足がかりにして、請願署名と超党派の議員立法で可決を目
 指すとされた。
  10月23日、「反原子力の日」とされ東京で集会、脱原発法制定にむけて100万人署名運動が提起さ
 れた。1989年12月、「脱原発法ネットワーク」が結成された。
  350万筆の署名が国会に提出され、日本社会党衆議院議員小沢克介・五島正規らの脱原発法私案な
 どが公表されたものの国会提出に至らず、結局政治は動かず脱原発法制定は果たされなかった。

  法案骨子は以下のとおりであった。

(1)建設中、計画中の原発については、建設、計画の続行を認めずただちに廃止とする。
(2)現在運転中の原発については、法案成立後一定の期間内(たとえば1年)に順次運転を停止させ
     廃炉とする。危険の少ない廃炉措置のための研究は認める。
(3)ウラン濃縮工場、核燃料加工工場、再処理工場等核燃料サイクル施設は、運転中のものはただち
     に停止しその後廃止することとし、建設・計画中のものは中止とする。
(4)原子力船の開発も中止とする。
(5)放射性廃棄物については、地下処分、海洋投棄など管理不可能な状態に置くことは絶対に認めず、
     管理可能な状態で発生者の責任において管理するものとする。
(6)政府は原発に依存せず、環境を破壊しないエネルギー政策を責任もって立案する。

     日本(2010年代)

  2011年3月の福島第一原子力発電所事故以降、原子力発電の危険性についての懸念が高まり、集会や街
 頭デモを含む反対運動は立地地域から大都市部まで新たな広がりを見せている。
  2012年8月、弁護士や作家らのグループが、20年ぶりとなる脱原発を実現するための「脱原発基本法」
 制定に向けた取り組みを開始。廃炉の目標を「遅くとも2025年度までのできる限り早い時期」などとする
 要綱案を策定、超党派による議員立法をめざしている。

P.193-194 ・もの申す知事や市町村長と、抗議デモに結集する若者や市民との間に、どんな連帯やコラボ
      レーションが成立するかによって、原子力反対運動の趨勢は決まる。

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 今日はここまでに留めておきましょう。次回は「第4章 脱原子力社会に向けて」(つづき)に言及する
予定です。

                                                 
 2014年12月11日(木)

 今日は、「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長
谷川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを記しましょう。なお、ほぼ原文通りです。ただし、他の資
料からの抜粋も挿入しております。


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  第3章 地域からの新しい声

 1 巻原発住民投票の背景と帰結

p.134 ・引用:平成になって以降日本社会にも大きな変化があったが、この二三年間の歩みは、政治・経
       済・社会いずれの分野でも混乱が続き、スキャンダルが多発し、下り坂をゆっくりころげ落
       ちるような変化だった印象が強い。

     「さとり世代」(ウィキペディアより。一部改変)

    さとり世代とは世代の一つ。欲がないと言われている世代を指す。2013年の新語・流行語大賞
   にノミネートされた言葉である。

     定義

    これは現代の若者気質から作られた言葉であり、最近の若者が現実を悟っているように見えた
   ところから生まれた言葉。また「ゆとり世代」は差別用語と看做されるため、「さとり世代」と
   言葉を変えている。
    世代の範囲はゆとり世代とほぼ同じで、概ね1990年代に生まれた世代とされる。このさとり世
   代という言葉は2013年の「新語・流行語大賞」にノミネートされていた。これは博報堂若者研究
   所リーダーである原田曜平氏が角川書店から『さとり世代』(2013年10月)というタイトルの本
   を発売し、メディアで広めたことも後押しされたことが1つの理由と言える。

     特徴

    「さとり世代」の特徴としては「欲がない」や「恋愛に興味がない」や「旅行に行かない」な
   どといった事柄が存在する。休日は自宅で過ごしていることが多く、「無駄遣いをしない」し、
   「気の合わない人とは付き合わない」傾向が強い。さとり世代は物心ついたころには既にバブル
   が崩壊しており不況しか知らないし、インターネットを利用して育ってきていることから現実も
   よく知っており、無駄な努力や衝突は避け、大きな夢や高望みもなく、合理的な行動を心がけて
   いると言われている。
    しかし、さとり世代の対象者である2013年度現在の大学生に調査を行ったところ、「さとり世
   代」という言葉の認知度は25.3%しかなく、さとり世代の意味をよく理解している者に関しては
   5%に満たないという結果となっている。また、彼らの自意識としては、海外旅行に興味がある
   と答えた者や浪費しがちと自覚している者も多く、彼らが格別に消費をしない、物欲がない世代
   というわけではない。
    さらに、「さとり世代」と近い言葉は、「さとり世代」が登場する前から存在しており、「ミ
   ニマムライフ世代(1980年から1988年生まれ)、「嫌消費世代」(1980年代前半生まれ)などと
   いう言葉があり、「さとり世代」という言葉は、これらの言葉の言い換えに過ぎない。

p.135 ・今の若者は大人しいと言われ、こじんまりとまとまっている印象があるが、それでもヴォランテ
    ィア活動などにも興味を示す若者も少なからず現われはじめている。
  ・いろいろな分野での実践
    (1)市民活動
    (2)男女共同参画
    (3)障害者福祉
    (4)高齢者福祉
    (5)環境問題

p.136 ・巻町の住民投票

      参考映画:『渡されたバトン さよなら原発』、監督:池田博穂、「日本の青空 III」製作
           委員会、2013年。


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      「日日是労働セレクト99」より

      2本目は、『渡されたバトン さよなら原発』(監督:池田博穂、「日本の青空 III」製作
     委員会、2013年)である。完成披露有料試写会(於 高知市立自由民権記念館)で観た。左翼
     陣営が映画を作るとこうなるといった見本のような映画で、合唱したり、手をつないだり、と
     ても苦手なシーンが続出した。原発反対の立場は小生と軌を一にするが、方法論的には同意で
     きないものを多数含んでいる。だいいち、原発推進派の人々は皆「悪者」然として描かれてお
     り、これに対して、慎重派や反対派の人々はあたかもより人間的であるかのように描出されて
     いる。これでは不公平ではないのか。金儲けに翻弄されているのは誰しも同じで、むしろ丸ご
     と「滑稽譚」にしてしまえばいいのに、巻町の「原発NO!」が正義そのものだと主張してい
     るように見える。福島第一原発の事故を奇貨として、いわば勢いで作られた映画であろうが、
     あまりにも図式的で、その意味で笑ってしまった。もっとも、このような映画はやはり貴重な
     ので、大いに作ってもらいたい(この箇所は掛詞にしてみたが、何を掛けているのか、勘のい
     い読者ならば直ぐに分かるだろう)。さて、あらすじを書いておこう。上映前なので、パンフ
     レットの内容をそのまま転載させていただく。関係者に感謝したい。なお、一部改変したが、
     ご寛恕を乞う。

       〔あらすじ〕

      1966年春、過疎化の進む巻町(新潟県)に異変が起きた。出稼ぎ大工と行商で細々と食いつ
     ないできた角海浜地区の地価が、なぜか値上がりしはじめたのだ。老舗割烹旅館「珊瑚屋」を
     経営していて情報源に事欠かない五十嵐家に、どこかの企業が角海浜にレジャーランドを開発
     するらしいという朗報が舞い込み、みな期待に夢をふくらませる。ところが6月、北東電力が
     巻町に原発建設を計画していると「新潟日報」がスクープ。膨大な補助金でさびれた町が息を
     吹き返すと力説する議員や町職員もいたが、卷町民の多くは戸惑った。原発そのものをよく理
     解していなかったからだ。
      北東電力は巻原発計画を発表。何十億円もの協力金や補償金に群がる人々は、あの手この手
     で計画を推進しはじめる。町が、人が、家族が変わっていった……。

      主な出演者を記しておこう。赤塚真人(五十嵐常夫=珊瑚屋三代目)、高林由紀子(五十嵐
     節子=その妻)、渡部梓(五十嵐千草=娘のひとり)、中原果南(五十嵐早苗=同)、松山愛
     佳(五十嵐双葉=同)、反田孝幸(五十嵐洋一=息子)、宍戸開(越田豊=原発反対派の巻町
     長)、小林さやか(斉田道子)、藤本喜久子(池永洋子)、山下規介(橋口明)、鈴木正幸
     (砂原雄造)、小林尚臣(杉山)、山下洵一郎(高原)、ケーシー高峰(曽根=元・巻町長)、
     苅谷俊介(青田)、渡辺寛二(前・巻町長)などが出演している。

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p.138 ・引用:有権者全員に平等に開かれた住民投票は、もっとも徹底した「住民参加」の機会でもある。
  ・日本の住民投票は「諮問型」。法的拘束力を持たないが、政治的拘束力は持ちうる。
  ・引用:住民投票の背景には、第一に、地域の命運を自分たちで決めたい、という自己決定性の希求の
      増大がある。

p.140 ・住民投票による行政批判は、「地域エゴ」や「ニンビー(NIMBY=Not In MY Back Yard)」的な拒
    否だと言われることがあるが、「危険施設」が押しつけられようとしているとき、自分の地域の利
    害を守ることは住民の当然の権利であり、住民自治の出発点である。

p.141 ・引用:むしろ大規模公共事業を建設する側の隠れた動機は、しばしば企業利益や関係省庁の「省
       益」の追求であり、政財官の鉄のピラミッドの利益防衛である。

p.142 ・地域権力構造の拮抗がポイント。約2,000票程度の票を持つ原発建設反対派が、町長選挙のキャス
    ティングボードを握っていたのである。

p.146-147 ・引用:社会運動の参加者に共有される運動のシンボルがフレームである。運動目標は何か、
         自分たちは何者か、自分たちはなぜ正しいのか等々への問いへの答えがフレームであり、
         フレームづくりのための意識的・動的なプロセスがフレーミングである。

p.148 ・引用:住民投票は、匿名で反対の意思表示をすることができ、反対者のひろがりをこのように定
       量的に顕示することができる。

 2 再生可能エネルギーによる地域おこし

p.149 ・風力発電による地域おこしに成功した日本で最初の町は、山形県立川町である。

p.150 ・1994年8月には、第一回全国風サミットが実施されている。

p.152 ・節電は発電であるいう考え方。⇒ 市民節電所
  ・引用:原子力発電による地域づくりの成功例が世界中を見渡しても皆無に近いのに対して、再生可能
      エネルギーによる地域づくりの成功例は少なくない。山形県立川町をはじめ、北海道苫前町、
      岩手県葛巻町、福島県天栄村など、東北・北海道地方に多く、鳥取県北栄町なども名高い。

p.153 ・引用:原発による地域づくりが、電力会社など外部資本に依存する外発型の「開発」を志向して
       きたのに対し、再生可能エネルギーによる地域づくりは、地元民主導で地元の資源を重視す
       るより内発的な取り組みである。

p.154 ・葛巻町(酪農と林業の町)を一躍有名にしたのは、風力発電と木質バイオマスの再生可能エネル
    ギーである。海抜1,000メートルの山間高冷地での日本初の商業用発電を成功させた。

p.155 ・大規模な風力発電には、風況データと高圧送電線とアクセス道路が必要。
  ・引用:家畜の糞尿から電気と熱を取り出す畜ふんバイオマス・システム、木質バイオマスガス化発電
      設備、ペレットボイラー、冷暖房を地中熱で賄うゼロエネルギー住宅など、町に設置された再
      生可能エネルギー施設の種類は多い。

p.156 ・「北緯四〇度 ミルクとワインとクリーンエネルギーの町」がキャッチフレーズ。

 3 市民風車と市民共同発電

p.160 ・風力発電の発祥地で、当時、世界の風力発電機の五〇%以上を輸出していたデンマークと、北海
    道は地域特性がよく似ている。地域の悪条件(強風)を逆手に取った地域おこしである。

p.162-163 ・引用:市民共同発電所としては、九四年に太陽光発電の場合には、日本の当時の現状では、
         収益性や事業性は期待できなかった。これに対して風力発電事業は、国際的には既に営
         利ビジネスとして成立していた。日本国内でも、風に恵まれ、電力会社の購入条件さえ
         よければ、北海道や東北などで営利ビジネスとして成立した。

p.164 ・巻原発建設反対から住民投票による地域の運命の自己決定への運動のフレーミングが転換……建
    設反対を掲げるだけでは、運動は支持のひろがりを生み出しにくい。

p.165 ・引用:フレーミングの転換は、原発建設反対に代わる新しい価値の提案を意味している。節電に
       よって生活のムダを見直し、ライフスタイルの変革を図り、さらには地域の強風を活かして  
       コミュニティ・ビジネスとしての事業化をめざすメッセージ性とビジョンをもつ提案型の例
       示的実践である。「電力をグリーン化しよう」というフレーミングの新しさは、メディアの
       関心を喚起し、社会的な受け容れやすさを高めた。職業上の理由などから、建設反対運動は
       明示的に支持できないという人も、新しい価値の提案は支持することができる。
  ・引用:北海道グリーンファンドの主要メンバーは、環境とエネルギー・電力をめぐる世界的な動きや
      先進的な取り組みを自分たちで勉強し、「持続可能性」「小規模分散」「地方分権」「市民の
      イニシアティブ」が現代の政治や環境問題のキーワードである。

p.166 ・引用:〈地域性+運動性+事業性〉こそは、再生可能エネルギーや環境問題に限らず、現代の社
        会運動の成功の方程式といえるだろう。

p.167 ・アメリカ、スペイン、オランダのウィンドファームは大。デンマーク、ドイツのそれは小。

p.168 ・引用:この違いは、後発の企業風車中心の国と、先発の地域ベースの風車中心の国の相違でもある。
  ・デンマークの初期の風車は、「農民風車」もしくは「住民風車」だった。

p.172 ・引用:このプロジェクトも、「はまかぜ」ちゃんと同様に、脱原子力を強く意識したプロジェクト
       である。

p.175 ・引用:アメリカの環境運動が、運動の既得利益・特殊利益を守ろうとする近視眼的なものになっ
       ている、運動の政治戦略に長期的な展望がない、温暖化の影響が大変だという悪夢警鐘型の
       キャンペーンでは、ひろい支持を得られないなどと、現状を舌鋒鋭く批判した。

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 重要な点は書き写したと思われます。次回は、「第4章 脱原子力社会に向けて」に言及する予定です。

                                                 
 2014年12月8日(月)

 本日、福島第一原発事故関連の映画を観て、その感想を「日日是労働1412」(「日日是労働セレクト
111」として公開予定)に記したので、先行してここに掲げることにしました。ご笑覧ください。なお、
一部省略しました。


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 さて、DVDで邦画の『家路』(監督:久保田直、「家路」製作委員会〔WOWOW=ポニーキャニオン=ホりプ
ロ=ビターズ・エンド=いまじん=ハートス=レスパスビジョン=ソリッドジャム〕、2014年)を観た。福
島第一原子力発電所の爆発後の物語である。避難生活を余儀なくされている一家の葛藤を描いているが、希
望らしきものがないわけではない。しかし、それが「ゆっくりとした自殺」に等しいとすれば、明日につな
がることではない。東日本大震災以後の関連映画を掲げれば、当該映画以外に小生の鑑賞済み映画は5篇あ
った。以下の通りである。

 『ヒミズ』、監督:園子温、「ヒミズ」フィルムパートナーズ〔ギャガ=講談社〕、2011年。
 『希望の国』、監督:園子温、「希望の国」製作委員会〔キングレコード=鈍牛倶楽部=ビターズ・
  エンド=RIKI プロジェクト=グランマーブル=ピクチャーズデプト=マーブルフィルム〕、2012年。
 『おだやかな日常』、監督:内田伸輝、和エンタテインメント=CINERIC=映像工房NOBU、2012年。
 『遺体 明日への十日間』、監督:君塚良一、フジテレビジョン、2013年。
 『渡されたバトン さよなら原発』、監督:池田博穂、「日本の青空 III」製作委員会、2013年。

 いずれも力作であるが、フィクションだけに、生の迫力はない。『日本と原発』(監督:河合弘之、Kプ
ロジェクト、2014年)〔筆者、未見〕というドキュメンタリー映画があるらしいので、フィクションの壁を
破ってくれるかもしれない。なお、ドキュメンタリーとしては、さらに以下のものがある(7本)。すべて、
小生が鑑賞済みの映画である。

 『内部被ばくを生き抜く』、監督:鎌仲ひとみ、環境テレビトラスト、2012年。
 『未来への決断 -ノーモア 原発-』、監督:島田陽磨、日本電波ニュース社、2012年。
 『放射線を浴びたX年後』、監督:伊東英朗、南海放送、2012年。
 『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』、監督:長谷川三郎、Documentary Japan.104 co ltd、
  2012年。
 『OUR FRIENDS IN FUKUSHIMA』、監督:Yushin Toda(戸田有信)、Japan Desk Scotland、2013年。
 『核のゴミどうすんの!? 山本太郎と広瀬隆のドイツ取材3000kmの旅』、プロダクションマネージャー:
  斎藤幸平、新党今はひとり、2013年。
 『2013/07/20 バンダジェフスキー博士東京講演 with 木下黄太 at 新宿文化センター』、バンダジェフ
  スキー講演プロジェクト、2013年。

 最大限に譲歩したとして、原発に関してまだ再稼働の余地があるのかと思っていたが、12月6日に小出裕
章さんの講演を聴いて、腹を決めた。もはや、原発にはデメリットしかないと。当該映画を観ていると、自
らの命を削ってでもしなければいけないことがあるという思いが湧いてくる。原発の建設と稼働と事故を許
したわれわれの世代は、次世代に対して返すことのできない負債を背負ってしまった。せめて、少しでも警
鐘を鳴らして、原発をストップさせなければならない。そうでなければ、当該映画のような悲劇が、日本国
中に蔓延することになりかねないのである。
 物語を確認しよう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  東日本大震災の影響で故郷を失いバラバラになってしまった家族が、20年近く音信不通だった弟の
 帰郷をきっかけに、再び絆を深めていく姿をオール福島ロケで撮影した人間ドラマ。鬱々とした毎日
 を過ごす兄を内野聖陽、その弟を松山ケンイチが演じる。メガホンを握るのはドキュメンタリー作品
 で数々の受賞歴を持つ久保田直。

   〔あらすじ〕

  震災後の福島。澤田次郎(松山ケンイチ)は、立ち入り禁止区域となった故郷に帰ってくる。そこ
 に現れた同級生の北村忠司(山中崇)とともに思い出の地を巡るうち、次郎は自らのことを話し始め
 る。必死に働く母・登美子(田中裕子)と、地域の実力者だった父・千蔵(石橋蓮司)、腹違いの兄・
 総一(内野聖陽)という家族のなかで複雑な少年時代を過ごした彼は、ある「事件」(父親の政敵で
 ある関川の家の田んぼの水を抜いたこと。総一が父親に気に入られたいがための蛮行であった)の罪
 をかぶって故郷を出た。もう二度と帰らないことを決意していたが、無人になった今だからこそ戻っ
 てきたのだ。一方、震災の影響によって、先祖代々受け継いだ土地から離れることを余儀なくされた
 次郎の母と、前妻の子である兄は、狭い仮設住宅で一緒に暮らしている。農家の長男として生まれ育
 った総一にとって、厳格だった父から受け継いだ田畑を失うことは、故郷とともに自尊心を失うこと
 でもあった。不条理な現実に希望を見出すことのできない彼は、心身ともに疲れ果てていた。総一の
 妻・美佐(安藤サクラ)は仮設住宅での生活から逃れるように、娘・菜穂(志村美空)を登美子に預
 け、昔のようにデリヘルで働いていた。総一は、やり場のない思いをぶつけられる数少ない相手であ
 る妻さえも失いかけていた。登美子は、総一と美佐に遠慮しながら、狭い仮設住宅で血のつながらな
 い家族との同居を続けている。現実を受け入れているように見えながら、心の中には、地域の権力者
 であり亭主関白だった夫の下で小作人のように働いていた過去と、夫に言われるがまま自分の血を分
 けた息子を出て行かせたことへの後悔があった。やがて、次郎の帰還を知った総一は、警戒区域に次
 郎を迎えに行く。田畑を耕す次郎を見つけた総一は、抱え込んでいた複雑な思いを次郎にぶつける。
 次郎は、ここでやり直したいと告げる。次郎が仮設住宅に来ると、「みんなそろったね」と登美子は
 静かに喜ぶ。何事もなかったかのように、米の話をする登美子と次郎。翌日、母子はかつての家への
 道をたどり始める。一方、総一は、別の土地で生きることを模索し始める。

 他に、光石研(飯島伸明=総一の同級生、自殺)、田中要次(昭太郎=総一の友人)、大河内浩(山辺=
福島県警署員)などが出演している。「放射能焼け」、「緑の導火線(アスファルト道路が割れて、草が顔
を出している様子をこう呼んでいる)」、「陸の孤島」など、独特の言葉が飛び交うが、これが福島の避難
区域の現実に近いのだろう。チェルノブイリを撮影したフィルムでも、立ち入り禁止区域で生活している老
婆を観たことがあるが、かたちとしては次郎や登美子はこの老婆と同じような条件で暮らすことになる。最
後の方に、田植えの最中周りがあまりに静かなことに気付いた母の登美子が、「何かあったのか」と次郎に
訊ねる場面がある。次郎は答える。「何にもねぇ」。生きる年数よりも、その時間の使い方が問題なのであ
る。次郎の決意は固い。なお、セネカの『人生の短さについて(De Brevitate Vitae)』を思い出した。

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 小生は、立ち入り禁止区域で生活することをけっして肯定するつもりはないのですが、次郎の決意そのも
のに値打がないとも思えません。たとえ周囲には奇異に見えても、人には断行しなければならないことがあ
るのかもしれません。小生にとってそれは何なのか、そんなことを漠然と考えさせてくれる映画でした。

                                                 
 2014年12月7日(日)

 昨日は、小出裕章さんの講演会『福島でおきていることと、これから』を聴講するために、高知新聞ビル
6階のRKCホールを訪れました。素晴らしい講演でした。「希望の星」という表現がありますが、小生には  
小出さんこそ、まさに現在の日本における希望の星に思えました。専門的な事柄を分りやすく解説されなが
ら、原発の危険性と今後の日本のあり方について、時にはユーモアを交えながら熱く語っておられました。
内容的にはそれほど新しい知見はありませんでしたが、いくつか新鮮な視点を提供していただきました。
それを以下に掲げてみましょう。

 (1)事故は収束していない
    2011年3月11日に運転中だった1号機から3号機
    すでに溶け落ちた炉心、それが今どこにあるかすら分からない
    ひたすら水を注入してきたが、放射能汚染が溢れている
    果てしない放射能の封じ込め作業と労働者の被曝
    すでに大量に放出された放射性物質
    今現在、そして今後も続く住民の被曝
    2011年3月11日に定期検査中に運転していなかった4号機
    その使用済み燃料プールの底には広島原爆1万4千発を
    超えるセシウム137があった。2014年11月初めに、ようやく
    共用燃料プールに移送を終えた。

     → 最近になってようやくセシウム137の移送が完了したという件は少しほっとします。

 (2)福島県の東半分を中心にして、宮城県と茨城県の南部・北部、さらに、栃木県、群馬県の北半分、
    千葉県の北部、岩手県、新潟県、埼玉県と東京都の一部地域が、放射線管理区域にしなければな
    らないほど汚染を受けた。

     → 本来ならば「放射線管理区域」にしなければならない地域が無策のまま放置されている現
      実を、やはり何とかしなければならないでしょう。

 (3)除染とはまやかしで、「移染」がその実態である。厖大に発生する除(移)染廃物の存在。しか
    も、それらの廃物を容れたフレコンバックは、どんどん破れている。

     → 除染は無駄という声も聞き及んでいます。しかし、そのような努力を怠って、人びとがす
      べてを諦めてしまうことの方が怖いです。

 (4)食べ物への向き合い方
    食品の汚染を徹底的に調べる。
    猛烈な汚染食品は、原子力を進めてきた人たちに食べさせる。
    残りは、汚染の度合ごとに「60禁(60歳未満の人は食べてはいけない)」「50禁」「40禁」……
    という具合に仕分する。
    子どもには汚染の低い食べ物を食べさせる。
    汚染の高いものは大人が食べる。

     → 小出さんの言説には「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」が少し入っていますね。小生はこ
      の点で小出さんと意見を異にします。原発推進者だからといって、猛烈な汚染食品を食
      べさせてはいけません。それでは、彼らと同じ穴の貉になってしまいます。誰であれ、
      命は大切だからです。

 (5)歴史の巨大な流れと個人の責任
    かつての戦争の時、大多数の日本人は戦争に協力した。大本営発表しか流されなかったし、戦争を
    止めることは誰にもできなかった。
    多くの人は騙されたからだと言い訳をした。
    でも戦争に反対し、国家によって殺された人もいた。その上、ごく普通の人々が、戦争に反対する
    人を非国民と呼び、村八分にし、殺していった。
    福島原発事故が起きた今、私たちがどのように生きるか、未来の子どもたちから必ず問われる。

     → 戦いはまだ始まったばかりです。わたしたちは、いつ果てるとも分らない戦いに臨み、未
      曽有の「被曝時代」を生き抜かなければならないのです。

 このブログでは、小出さんが提供された多くの話題を割愛しましたが、ざっとこんな話をされました。小
生は、大学の教員として、何をしたらよいのか、いろいろ迷ってきた部分もありますが、これからはそのよ
うな態度を反省して、もっともっとこれからの世界について、思索を深めなければならないとつくづく思い
ました。もちろん、小出さんの言説すべてが無謬であるとは思えません。しかし、ことが生命に関わること
であれば、小出さんの訴えにはかなりの説得力がありました。素晴らしい講演をされた小出裕章さん、本当
にありがとうございました。

                                                 
 2014年12月5日(金)

 さて、「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長谷
川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを再開します。なお、ほぼ原文通りです。ただし、他の資料か  
らの抜粋も挿入しております。


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  第2章 「グリーン化」は二一世紀の合い言葉

 2 サクラメント電力会社の再生が意味するもの

p.82 ・サクラメント電力公社は、住民投票を経て原発を閉鎖し、その後、短期間で経営再建を果たした。
     → どうしてか?

p.83 ・引用:日本の政治や行政のあり方は企業の活力や自主的なアイデア、創見を削ぎがちである。
     → サクラメント電力公社は違っていた。何が再建を可能にしたのか?

p.84 ・引用:原発の閉鎖が経営再建をもたらしえた第一の理由は、経営リスクの大幅低下である。
     → 原発は安上がりどころか、「金喰い虫」そのものである。事故つづきのために、稼働率が上
       がらないから。日本の「もんじゅ」も信じられないほどの「金喰い虫」である。
  ・引用:第二のカギは、「公営電力会社」という独特の経営形態と同公社の歴史にある。

p.85 ・引用:アメリカは確かに寡占的な巨大企業が政治的・社会的に大きな支配力を発揮してきた国では
       あるが、他方で巨大企業をチェックし、これに対抗しようとする社会運動や消費者運動など
       が活発な国でもある。
  ・サクラメント電力公社(四国電力の半分程度と考えればよい)の経営のしくみは、民意を経営に直接
   反映させるという意味で徹底して民主的である。
     → 住民の声を無視しがちな日本の電力会社とは大違いである。

p.86 ・引用:原発の閉鎖は完全に当該地域の有権者の自律的な意思によってなされたのである。
     → 安価で質のいい電力サービスを住民自らの手でコントロールすることのできるシステム。
  ・「原発は危ない」という視点ではなく、経済的視点から原発を見直した住民。
     → まるで、ギャングの親分であるアル・カポネを葬った策(警察力を対抗させるのではなく、
      脱税という観点から迫った)のようである。「急がば回れ」ということか。

p.86-87 ・引用:原発の閉鎖が、サクラメント電力公社にもたらした第三の成果は、同原発推進派と閉鎖
        派との論争が事実上決着し、ランチョ・セコ原発の運転の是非をめぐる積年の政治的対立
        が終焉し、電力公社内部および地域社会内部で、経営再建の基本方針に関する合意が確立
        したことにある。

p.87 ・なぜ、サクラメント電力公社は、21世紀の電気事業者のモデル(「グリーン化」という電力サービ
    スの未来像)たり得るのか?
     (1)環境被害を最小にした。
     (2)電力サービスのコストを切り下げた。
     (3)顧客には最大のエネルギー・サービスを提供した。
     (4)顧客との間にコミュニティ意識を作り出すことに成功した。

p.88 ・「省電力=発電」という発想。
  ・「需要が伸びれば、利潤も増える」という幻想を払拭する必要。
  ・引用:これに対してむしろ需要を抑制し、電力設備は増やさずに、稼働率を高めて経営効率の改善に  
      務める方が合理的で賢明であるという考え方が一九八〇年代半ばにあらわれてきた。ディマ
      ンド・サイド・マネージメント(DSM:Demand Side Management)やコスト最小化アプローチ
      と呼ばれる。
  ・「省電力は発電である(Conservation is Power)」というスローガンの卓抜さ。

p.89 ・省電力発電のメリット
    (1)環境への新たな負荷は全くない。
    (2)二酸化炭素の排出量も増えない。
    (3)放射性廃棄物の処理や事故の心配もない。
    (4)発電所を増やすことは一時しのぎでしかないのに対して、省電力の効果は長期的で持続的で
       ある。
    (5)需要家・消費者の協力が不可欠であり、省電力に向けて消費者の意識を高めることができる。
  ・引用:原子力発電は、需要に応じて出力調整を行う弾力的な運転がしにくく、一〇〇%近い高出力で
      運転するほどメリットが発揮される。したがって原子力発電への依存度が高い状態では、電力
      需要の抑制やDSMは動機づけられがたい。実際、フランスや日本の電力事業者は、これまで
      DSMに消極的だった。

p.90 ・引用:発電への投資よりも、省電力への投資の方が経営的にも合理的だ、というのが、サクラメン
       ト電力公社の新しい発想である。
  ・主なプログラム
   (1)省電力製品の普及・開発キャンペーン。消費者に報奨金を提供し、エネルギー効率の高い製品
      (たとえば、冷蔵庫など)への買い替えを勧めた。
   (2)特別契約をした家庭や大口顧客の電源を強制切断する代わりに、その顧客の電気料金を割り引
      くサービスを実施した。
   (3)相談や検査などを通して、一般住宅その他の断熱対策を推進した。
   (4)遮熱対策として、2000年までに50万本の植樹を無償でした。いわゆる、「緑のエアコン」計画
      の実施である。
   (5)太陽熱温水器を奨励するとともに、太陽光パネル設置に協力を呼びかけた。

p.91 ・引用:「電力の大量消費が豊かさであり、進歩である」という神話に代わって、合理的なエネルギ
       ーの使用こそが未来への選択であることをサクラメント電力公社は示した。
  ・「原発、トラブル、秘密主義」→「緑、エコロジー、太陽光発電」というイメージ転換に成功した。

p.92 ・はたしてわが国の「東京電力」は、どう変身するのだろうか?

p.93 ・スマート・メーター(手作業依存からの脱却)による、電力需要の「見える化」を促進した。
  ・引用:時間帯別などの料金体系と組み合わせれば、消費者は、電気代の安いオフピーク時に洗濯機を
      使うなどして、効果的な節電と電気代の節約が可能になる。

p.94 ・引用:東京電力は、一〇年計画で全戸にスマート・メーターは配備する予定だったが、巨額の補償
       金の支払いによって実現は先延ばしせざるをえなくなるだろう。フクシマ事故によって、日
       本の電力サービスの質は、世界標準から大きく遅れをとる危険性がある。

 3 地球温暖化と「原子力ルネサンス」

p.95 ・2001年の「原子力ルネサンス」のかけ声のかまびすしさ。
  ・世界の原子力産業は、(1)東芝=ウエスチング・ハウス、(2)日立=ゼネラル・エレクトリック、
   (3)三菱=アレバという三大グループ大別された。

p.96 ・東芝、日立、三菱は、ジョーカーを引いたのではないのか?
  ・引用:八〇年代から風力発電に熱心な三菱重工をのぞくと、東芝も日立も、太陽光発電や風力発電、
      再生可能エネルギーへの関心が乏しかった。原発一辺倒の両社は、フクシマ事故後にどのよう
      に軌道修正をはかるのだろうか。

p.97-98 ・アジアにおける原発の急増と、ヨーロッパにおける減少。

p.99 ・引用:フクシマ事故によって、原子力ルネサンスは一夜で消し飛んだと言われている。

p.100 ・環境立国オランダの原子力ルネサンス。環境大臣の環境庁長官への格下げ策(日本とは逆)。

p.102 ・引用:日本のメディアは触れないが、イギリスでは、実質的に原子力離れが進行している。既に
       京都議定書の削減目標九〇年比一二・五%減をクリアーしており、温暖化対策の優等生でも
       ある。イギリスはドイツとともに、原子力離れと温暖化対策とを両立させてきたのである。

p.103-104 ・フィンランドの状況も原子力ルネサンスはうまくいっていない。

p.104-105 ・USAでは、オバマ大統領の推進策にも拘らず、フクシマ事故によって、原子力ルネサンス
      は消し飛んだと言える。

p.106 ・引用:日本の原子力ムラにあたる原子力関係のインサイダーたちの濃密なネットワークは、韓国
       では「原子力マフィア」と呼ばれている。
  ・引用:日本の原発推進政策は、韓国や中国の原発推進政策を加速させ、さらには途上国への原発輸出
      競争へとエスカレートさせてきた。

p.107 ・中国の原発増設計画。早晩、世界第二位に。

p.108 ・引用:原子力産業側の一つの狙いは、二〇一三年以降のポスト京都の温暖化対策の枠組みの中に、
       京都メカニズムの技術として原子力発電を公認させることにあった。

p.109 ・引用:東欧や中国、途上国などで、原子力発電の建設がすすまない一因は建設資金不足にある。

p.110 ・引用:日本政府はとりわけ熱心に、京都メカニズムの対象技術として原子力を公認せよ、と主張
       してきた。
  ・引用・日本政府の狙いは、政府がODAとして資金を提供し、電力会社が技術援助するような形でベ
      トナムやインドあるいは中国に原発を建てて、それによる温室効果ガスの削減量を日本の削減
      分にカウントすることにあった。
  ・引用:フクシマ事故によって、原子力発電が、京都メカニズムの対象技術として公認される可能性も、
      一夜にして消し飛んだ可能性が高い。

 4 電力をグリーン化するために

p.111 ・「グリーン電力(green electricity)」(風力、太陽光など、再生可能エネルギーによる電力)
    と、その他の電力(火力発電、大規模水力発電、原子力発電)との差別化。

p.112 ・「グリーン電力」という言葉のイメージ喚起力に期待。
  ・電力会社の地域独占は、さまざま弊害を生んできた。
  ・引用:電気は現代生活に不可欠なライフラインであり、電力会社の公益性は明らかだが、発電事業は
      環境負荷の大きなビジネスの代表でもある。

p.113 ・日本でもっとも株主総会の時間が長い業種はここ数年来一貫して電力会社の株主総会である。
  ・「グリーン電力」が概念上の区別であることを忘れてはならない。発電方法が異なっても、電気自体
   は差異化されない。

p.113-114 ・引用:再生可能エネルギー(renewable energy)は、原理的に枯渇せず、無尽蔵に利用可能
         なエネルギー源という意味である。石炭・石油・天然ガス・メタンハイドレードなどの  
         化石燃料やウランという枯渇性のエネルギー源と対比した概念である。

p.114 ・再生可能エネルギーには、既に実用化され普及しているものとして、風力、太陽光、太陽熱、小
    規模水力、木質バイオマス、家畜などの糞尿によるメタンガス、地熱などがある。発電に利用する
    場合と、熱源として利用する場合がある。

p.114-116 ・再生可能エネルギーの一般的な社会的特性
       (1)二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量が少ない。
       (2)枯渇性エネルギーに比べ、有害物質の排出量が少ない(ただし、地熱の場合には硫黄
          分による環境への影響が指摘されている)。
       (3)環境への影響が少ない(ただし、風力発電の場合には、低周波騒音、猛禽類などの鳥
          類への影響、景観への影響などが指摘されている)。
       (4)放射性廃棄物を出さない。

          註:「グリーンなエネルギー」とされるのは、この(1)から(4)までの特性による。

       (5)小規模分散型で、立地条件に応じて、柔軟に施設を建設できる。ただし最近は、洋上
          風力発電所など大型の設備が増える傾向にある。
       (6)比較的小規模なため移設・廃棄・リサイクルなどが比較的容易である。
       (7)エネルギーを需要地近くで調達しやすい。エネルギーの「地産地消」に向いている。
       (8)強風、日照時間の長さ、森林など、地域の気象条件や地域資源を有効に活用できる。
       (9)農業との共存にすぐれ、地域の活性化と親和的である。
       (10)電力だけでなく、熱など廃棄されがちなエネルギーも有効に利用でき、全体的なエネ
          ルギー効率を高めることができる。
       (11)設備が比較的単純で、修理などが容易である。オールターナティブ・テクノロジー
          (AT)* 、「等身大の技術」の代表が再生可能エネルギーである。

          * オルターナティブ‐テクノロジー 【alternative technology】
           1960?70年の公害問題やオイルショックを契機に、これまでの科学技術に代わるも
           のとして考えられた技術。石油・原子力エネルギーに対する太陽熱・水力エネルギ
           ーなどがこれにあたる(コトバンクより)。

       (12)送電網に接続する系統連結でも、接続しない独立型でも利用できる。
       (13)相対的に小規模なため、中間搾取が少ない。
       (14)災害やテロなど有事に強い。供給停止の範囲や期間を抑制できる。
       (15)安全性が高い。
       (16)兵器などへの転用可能性が少ない。
       (17)立地条件から発電、廃棄に至るまで、差別的な要素が少ない。
       (18)途上国への技術移転にふさわしい。先進国での普及は、設備単価を下げることにより、
          間接的に途上国への導入を助けることになる。

          註:(13)から(18)までは、これまであまり指摘されてこなかったが、重要な社会
            的特性である。環境に親和的なだけでなく、きわめて平和的でもある。

p.116 ・世界全体で約14億人、全人口の20%が電力の恩恵に浴しない人びとである。
      → しかし、電力なしで生活できるとすれば、それはそれで素晴らしいことではないだろうか。
       近代文明の利器だけが人々に幸せを与えるわけではないのである。

p.117 ・再生可能エネルギーの弱点
    (1)気象条件などに左右され、発電量が不安定である。出力の変動や電力の需給ギャップが生じ
       やすい。
    (2)エネルギー密度が低いため、相対的に大きな面積が必要である。
    (3)発電コストが相対的に高い。
    (4)資源が相対的に遍在的で、立地条適性が限られる。
    
p.117-118 ・さらに、とうもろこしなどからエタノールを取り出すバイオ燃料の場合には、穀物価格の高
      騰をもたらす。

p.118 ・エネルギー密度の低さは、そのまま安全性の高さとも対応。

p.121-127 ・電力グリーン化の諸方式(名称のみ)
      (1)寄付金方式
      (2)出資金方式
      (3)商品方式
      (4)グリーン電力証書方式
      (5)電気料金転嫁方式

p.128 ・引用:コラボレーションは英語では「協働、共同作業、共著」などを意味する日常語だが、『オ
       ックスフォード英語辞典(OED)』によれば「直接的な結びつきをもたない者と特定の目
       的のために協力する」というニュアンスが強い。

       コラボレーション(英: collaboration)は、共に働く、協力するの意味で、共演、合作、
      共同作業、利的協力を指す言葉。しばしばコラボと略される。かつては「初共演」などとす
      るのが一般的だったが、2000年以降に「初コラボ」「異色のコラボ」「夢のコラボ」「最強
      のコラボ」などの形でPR(宣伝)の際に頻繁に用いられるようになった。今日では、音楽や
      漫画などの著作物に限らず、企業同士、ブランドと雑誌、ショップの共同企画など、あらゆ
      る分野で「コラボレーション」の語が使われている。さらに、テレビ番組やCM、映画とアー
      ティストとの共同企画にまで用いられるなど、用例が曖昧になっている(〈ウィキペディア〉
      より)。

p.129 ・電力のグリーン化以外の多様な試み
     (1)天然ガス車、ハイブリット車、電気自動車など低公害車への転換
     (2)燃料電池車の開発
     (3)自動車から、LRT(低床型路面電車)などの公共機関網へのモーダルシフト
        (輸送方式の変更)

p.131 ・政府や企業の外から対抗的な理念を突きつけるのではなく、内から現実化していく「卵を内側か
    ら割る」時代の到来である。

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 本日はこれくらいに留めておきましょう。次回は、「第3章 地域からの新しい声」に言及する予定です。

                                                 
 2014年12月4日(木)

 本日、「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長谷
川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを再開します。なお、ほぼ原文通りです。ただし、他の資料か  
らの抜粋も挿入しております。


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  第2章 「グリーン化」は二一世紀の合い言葉

 1 原子力離れと電力のグリーン化

p.76 ・引用:原子力発電は「安くて、クリーンで安全な(cheap, clean and safe)」発電であるという
       「神話」は、アメリカやドイツなどでは一九七〇年代半ばには既に破綻していた。
  ・アメリカ合衆国の「原子力ルネサンス」(2001年)をめぐるネットの記事を見つけたので、以下に引
   用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文通りである。


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   「おとぎ話だった原子力ルネサンス」         ピーター・ ブラッドフォード
                                 
                                      (2013年07月22日)

  原子力に必要なのは透明性ではなく、服従である。原子力をとりまく言説と現実の間の溝は、すで
 に半世紀にわたって賢明なエネルギー政策の決断への根本的な障害であり続けている。
  さまざまな理由から、多くの国で、原子力産業は原子力の進歩、約束、あるいは危険について真実
 を語ることができない。政府や学会に存在する原子力推進派も同様である。
  原子力の反対派から発せられる過剰な言説は、現状を曖昧にする一因である。しかし賛成派の方が
 はるかに強力な武器を装備している。アメリカでは、かつて「原子力ルネサンス」として知られたバ
 ブル期が隆盛し衰退していく中、賛成派の持つ手段の多くが明らかになった。
  学会や政府による10年前の研究では、新しい原子炉の予想費用は過小評価され、気候変動との闘い
 への貢献は過剰に評価されていた。2006年時点で、数州のアメリカ州議会は、電気利用者を新しい原
 子炉建設に伴う全てのリスクにさらす気にさせられていた。産業がスポンサーとなった会議は経済界
 や新聞各紙に、雇用創出の大幸運がすぐそこまで来ていると説き伏せる一方で、高い電気料金率によ
 って生じる雇用喪失を無視し、より安価で労働集約的な選択肢を切り捨てた。こうした地域的組織が、
 連邦議会にさらなる助成金を求める圧力を増大させた。
  フランスと日本は、アメリカで原子力発電所の建設を遅らせていた弱気と過剰規制を避けた国の例
 として提示された。実際、この二国は使用済み燃料の再処理を約束することによって、廃棄物の問題
 まで解決したと論じられた。
  つじつまの合わない物語が同時に語られることもあった。そこでアメリカ連邦議会に伝えられたの
 は、新しい認可プロセスと新しい包括的設計は全く検証されていない上に、環境保護の反対勢力が非
 常に強いため、リスクを納税者に負わせないために融資保証が必要だということだった。それと同時
 に、ウォール街と州議会に対しては、こうした新機能が市民の反対をマヒさせ、あるいは原子力産業
 の恐ろしい幽霊たちを退散させたのだから大丈夫だと請け合った。幽霊たちとは、数億ドルの損失を
 生んだショーラム、シーブルック、ワシントン公共電力供給システム社(WPPSS)、ミッドランドと
 いった原子力発電所だ。それらの地名は、南北戦争の戦場名のようにアメリカの原子力の伝説の中で
 響いている。
  原子力ルネサンスという物語は抗しがたいものだった。2009年初頭までに、31基の新しい原子炉の
 申請がアメリカ原子力規制委員会で保留となっていた。その約束は、しばしば不可解な原子力への転
 向者たちによる悔恨の心変わりという物語で飾られていた。ほぼ例外なく、ニュースメディア(とり
 わけ、短くてシンプルなニュースを渇望するテレビ)は、その言説に乗せられた。
  今では全て廃虚と化した。申請された31基の原子炉のうち、実際に建設されているのは4基となり、
 その他の数件は相変わらず20年間有効の認可を求めている。建設中の4基は絶望的に不経済だが、州
 議会が電気利用者の懐から1ドルでも取れる限りは建設をやめないことを約束してしまっているため、
 建設は続行される。この15年間で初めて、運転中の原子炉は不経済だとして閉鎖されている。
  それでも楽隊は演奏し続ける。オバマ大統領は最近、エネルギーに関する自身の「all-of-the-
 above(利用し得る全ての資源を使う)」戦略の一部として、新しい原子炉を褒めちぎった。しかし
 「利用し得る全ての資源を使うこと」は本当に政策なのか? 住宅難を防ぐために宮殿を建設するの
 か? アメリカのエネルギー省長官らは、建設中の新たな原子炉4基は「予定どおり、予算内で」完
 成するだろうと熱狂している。しかし予定はすでに遅れ、予算オーバーであり、「予算内で」の意味
 するところが「同等の低炭素エネルギーをより賢く作り出す費用よりもずっと高い」であってもお構
 いなしだ。
  失敗に直面した時の常として、産業は新しいデザインを新たな約束の基盤として提示する。今度は
 小型モジュール炉を、10年前に大型の部分的にモジュール化された原子炉を褒めちぎった時と同じ白
 熱ぶりで褒めちぎっている。連邦議会はこうした夢を失わないようにするために、予算削減が多くの
 人々を痛めつけるとしても、数億ドルの財源を見つけ出す。
  新作映画「Pandora’s Promise(パンドラの約束)」(原子力の歴史をよく知る映画製作者なら、
 原子力を肯定する意味でタイトルに「約束」という言葉を入れることは決してなかっただろう)が、
 サンダンス映画祭で最近上映された。
  ありがちな反核からの転向者たちと詭弁を操る人々が登場するこの作品は、数週間前に映画館で公
 開されたが、動員数は少なく、おおむね冷ややかな反響だった。特に原子力に精通する人々からの反
 応は冷めていた。
  世界が原子力の偽りの約束を驚くほど執ように渇望している中だからこそ、7月11日に発表された
 世界原子力現状報告は非常に重要である。
  この報告書は、世界の原子力エネルギーに関する実情と成果を綿密な詳細にわたって提示している。
 大部分は一般的に受け入れられたデータに基づいており、より理解しやすいようにはっきりとグラフ
 で示されている。執筆者たちが批判を述べた箇所では、何を、なぜ行ったのか説明している。この報
 告書は何年も前から実績を積み続けている。あまりに多くて当惑させられる国際原子力機関や世界原
 子力協会や多くの政府見解の情報よりも、ずっとマシである。
  うわさの原子力ルネサンスを支えていた神話のほとんどが、ここに提示された情報によって崩され
 る。
  新しい原子力は、エネルギー需要を満たす他の方法よりも安上がりか? もちろんそうではない。
 低炭素「ベース負荷」の方法はどうか? その答えは報告書の71ページをご覧いただきたい。原子炉
 の建設によって国は経済を成長させられるのか? 産業や企業に電気料金の高騰を課した結果、雇用
 が被る影響について考えてみたらどうか。福島でのメルトダウンの影響は、本当に反核活動家たちの
 誇張なのか? そうかもしれないが、福島の現状に関する一章をお読みいただきたい。
  要するに、原子力ルネサンス(それが世界のどこで何と呼ばれていようとも)は、常に原子炉の数
 だけで作り上げられていた。その過剰なコストを、政府は顧客か納税者のいずれかに義務づける気で
 いたのだ。投資家の資本は徴用できない。原子力が引きつけるようなタイプの投資家たちは、リスク
 を慎重に検討する。彼らはこの報告書の情報を知っている。そして、原子力のリスクを配分するエネ
 ルギー関連の決断を下す責任を有する人物なら誰でも、この情報を知っているべきなのだ。

                本稿は2013年7月11日、guardian.co.ukで発表されたものです。

                                     翻訳:高崎文子

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


   → どこまで信用してよいのか分からないが、雰囲気はよく分かる。

p.77 ・1970年代初めころの状況。当時のニクソン大統領の発言「2000年までに全米1,000基の原発建設」。

p.77-79 ・引用:(1979年の)スリーマイル島事故をきっかけにアメリカでは原子力離れが始まったとい
        う趣旨の記述をしている文献が多いが、それは正確ではない。アメリカの場合、原発離れ
        は七〇年代半ばにすでに始まっていたのである。七九年のスリーマイル島事故はそれを決
        定的に加速したというのが正確な理解である。経済的リスクの大きさという問題はそれ以
        前に顕在化していたからである。日本で流布している理解には、スリーマイル島事故の特
        殊性を強調し、経済的リスクの大きさというもう一つの問題から目を逸らさせる効果があ
        る。

p.79 ・小生も騙された原子炉内蔵の「鉄腕アトム」。小学生の頃、ある種の熱中をもって接していた。な
    お、平井和正原作、桑田次郎(現 桑田二郎)作画の「8マン」も、体内に超小型原子炉を搭載し
    ている。この8マン(エイトマン)にも、けっこう嵌っていた。
     → 子どもは、放射性廃棄物の処理などに興味を示さない。
  ・原子力は、進歩と豊かさの象徴であった。

p.80 ・西堀栄三郎の発言「原子力アレルギー患者は、火を恐れる野獣の類である」は、青森県の下北半島
    を「原子力半島」化する最初の契機となった。
  ・引用:原子力発電は冷戦と高度経済成長の時代が要請した技術であり、冷戦と高度経済成長の終焉と
      ともに後退しつつある。本書で見ていくように、成長志向の社会からの転換が世界的課題とな
      るなかで、後退を余儀なくされている。

p.81 ・「グリーン化(greening)」は、1990年代以降の世界的なキーワードの一つ。どんな対象にでも使
    われ始め、文字通りの「緑化」の意味で使われることはむしろ稀である。
     例:経済をグリーン化する。

p.82 ・「環境価値主導型のものに転換する(改革)する」「環境的な視点を加える」という意味で使われ
    ている場合が多いことがタイトルを並べただけでもわかるだろう。「持続可能なものにする」とほ
    ぼ同義といってよいかもしれない。しかし、より直感的でイメージ喚起的である。

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 今日は、ここで一旦閉じます。23時を回ったからです。明日(実は数十分後)、再開します。

                                                 
 2014年12月3日(水)
 
 去る11月28日、俳優の菅原文太が亡くなりました(享年81歳)。最近では、日本の将来を憂えて、農業問
題や原発問題などに積極的な発言をしていた由。映画人としても偉大な人で、小生もたくさん観ています。
以下に小生が鑑賞済みの映画をざっと挙げてみましょう。

  『死闘の伝説』、監督:木下恵介、松竹大船、1963年。
  『香華(前篇・後篇)』、監督:木下恵介、松竹大船、1964年。
  『紀ノ川(前編・後編)』、監督:中村登、松竹大船、1966年。
  『網走番外地・吹雪の斗争』、監督:石井輝男、東映東京、1967年。
  『緋牡丹博徒・一宿一飯』、監督:鈴木則文、東映京都、1968年。
  『日本暗殺秘録』、監督:中島貞夫、東映京都、1969年。
  『最後の特攻隊』、監督:佐藤純彌、東映東京、1970年。
  『血染の代紋』、監督:深作欣二、東映東京、1970年。
  『日本女侠伝 鉄火芸者』、監督:山下耕作、東映京都、1970年。
  『緋牡丹博徒・お竜参上』、監督:加藤泰、東映京都、1970年。
  『日本女侠伝 激斗ひめゆり岬』、監督:小沢茂弘、東映京都、1971年。
  『緋牡丹博徒 仁義通します』、監督:斎藤武市、東映京都、1972年。
  『海軍横須賀刑務所』、監督:山下耕作、東映、1973年。
  『仁義なき戦い』、監督:深作欣二、東映京都、1973年。
  『仁義なき戦い・広島死闘編』、監督:深作欣二、東映京都、1973年。
  『仁義なき戦い・代理戦争』、監督:深作欣二、東映京都、1973年。
  『仁義なき戦い・頂上作戦』、監督:深作欣二、東映京都、1974年。
  『仁義なき戦い・完結編』、監督:深作欣二、東映京都、1974年。
  『新・仁義なき戦い』、監督:深作欣二、東映京都、1974年。
  『あゝ決戦航空隊』、監督:山下耕作、東映、1974年。
  『県警対組織暴力』、監督:深作欣二、東映、1975年。
  『新・仁義なき戦い 組長の首』、監督:深作欣二、東映京都、1975年。
  『大脱獄』、監督:石井輝男、東映東京、1975年。
  『トラック野郎・御意見無用』、監督:鈴木則文、東映東京、1975年。
  『トラック野郎・爆走一番星』、監督:鈴木則文、東映東京、1975年。
  『新・仁義なき戦い 組長最後の日』、監督:深作欣二、東映京都、1976年。
  『トラック野郎・望郷一番星』、監督:鈴木則文、東映東京、1976年。
  『トラック野郎・天下御免』、監督:鈴木則文、東映東京、1976年。
  『トラック野郎・度胸一番星』、監督:鈴木則文、東映東京、1977年。
  『トラック野郎・男一匹桃次郎』、監督:鈴木則文、東映東京、1977年。
  『やくざ戦争 日本の首領(ドン)』、監督:中島貞夫、東映京都、1977年。
  『日本の首領(ドン)・野望篇』、監督:中島貞夫、東映京都、1977年。
  『ダイナマイトどんどん』、監督:岡本喜八、大映、1978年。
  『トラック野郎・突撃一番星』、監督:鈴木則文、東映東京、1978年。
  『トラック野郎・一番星北へ帰る』、監督:鈴木則文、東映東京、1978年。
  『日本の首領(ドン)・完結篇』、監督:中島貞夫、東映京都、1978年。
  『太陽を盗んだ男』、監督:長谷川和彦、キティフィルム、1979年。
  『トラック野郎・熱風5000キロ』、監督:鈴木則文、東映東京、1979年。
  『トラック野郎・故郷特急便』、監督:鈴木則文、東映東京、1979年。
  『黄金の犬』、監督:山根成之、大映、1979年。
  『誘拐報道』、監督:伊藤俊也、東映=日本テレビ、1982年。
  『修羅の群れ』、監督:山下耕作、東映京都、1984年。
  『ビルマの竪琴』、監督:市川崑、フジテレビジョン=博報堂=キネマ東京=東京国際映像文化振興会、1985年。
  『黒いドレスの女』、監督:崔洋一、角川春樹事務所、1987年。
  『つる -鶴-』、監督:市川崑、東宝、1988年。
  『鉄〈TEKKEN〉拳』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所、1990年。
  『首領(ドン)を殺(と)った男』、監督:中島貞夫、東映=東映ビデオ、1994年。
  『どら平太』、監督:市川崑、日活=毎日放送=読売広告社、1999年。
  『千と千尋の神隠し』、監督:宮崎駿、スタジオジブリ=日本テレビ=電通=徳間書店=ブエナビスタジャパン=東北新社=三菱商事、2001年。
  『わたしのグランパ』、監督:東陽一、『わたしのグランパ』製作委員会=テレビ朝日=ホリプロ=シグロ=東映ビデオ、2003年。

 以上です。全部で50篇ありました。今後もまた観ることがあるでしょう。やはり『仁義なき戦い』や『ト
ラック野郎』の印象が強いです。鶴田浩二や高倉健とは一味違うヤクザ像を創出した人です。個人的には、
『県警対組織暴力』の久能徳松刑事役と『太陽を盗んだ男』の山下満州男警部役が忘れられません。冥福
を祈ります。

                                                  
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