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日日是労働スペシャル XL (東日本大震災をめぐって)
 月が替わりましたので、「日日是労働スペシャル」の続篇をお届けします。単純に、「日日是労働スペシ
ャル XL(東日本大震災をめぐって)」と命名しました。主として、今回の大災害に関係する記事を掲げます
が、特定の個人や団体を誹謗中傷する目的は一切ありません。どうぞ、ご理解ください。人によっては、多
少ともショッキングな記事があるかもしれませんので、その点もご了承ください。なお、読み進めるほど記
事が古くなります。日誌風に記述しますが、後日訂正を載せるかもしれません。あらかじめ、ご了解をいた
だきたいと存じます。また、ご質問、ご意見等のおありの方は、muto@kochi-u.ac.jp 宛にメールをいただけ
れば幸甚です。                                                
 2014年10月24日(金)

 本日は、「グリーン市民ネットワーク高知」からの配信記事を転載させていただきます。小生も10年以上
前から教えを受けている岡村眞先生のエッセイです。地震と教育を結びつけたもので、たいがいの自然科学
者はあまり書かないのではないかと思われるタイプの文章です。内容的には全面的に賛意を表したいもので、
このブログの読者にも是非読んでいただきたいと思います。ただし、本人から転載許可をいただいておりま
せん。岡村先生に甘えるかたちになりますので、問題があれば直ちに削除します。なお、ほぼ原文通りです。


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                           日本の科学者 Vol.49 No.11 November 2014

   「想定外」をなくすために      岡村眞

 1 「想定外」の言い訳

 「まさか、こんなところまで津波がくるとは思わなかった」、東北の被災地で繰り返し聞いた言葉である。
 私の住む高知県では、南海トラフ地震に備えて避難訓練が繰り返されている。しかし、東北地方太平洋沖
地震で多くの人命が失われた原因は、避難訓練が足りなかったからではない。特に今回の地震は昼間に発生
しており、揺れによる被害もそれほど大きくなく、また早いところでも津波到達まで約30分以上の時間の余
裕があった。亡くなった方の多くは逃げる時間が足りなかったわけではなく、逃げる必要がないと思ってい
た場所で津波に遭遇し、命を失った。
 2万人もの犠牲者を生んでしまった原因は、まさに想定外の高さの津波が襲来したことによる。では、あ
の津波は本当に「想定外」だったのか。
 わずか10年前の2004年スマトラ島沖地震では、より大きな津波がインドネシアのバンダアチェの周辺を襲
った。1993年の北海道南西沖地震では、マグニチュード7.8の地震にもかかわらず、最大約30mの津波が観察
されている。100年前の1896年の明治三陸地震津波では、岩手県沿岸などに30mを超すような津波が襲来して
いる。
 平野の海岸で10m以上、リアス式海岸で30m以上というのは、決して想定外の津波の高さではない。私た
ちはスマトラ島沖地震により、通常はマグニチュード8クラスの地震が発生している地域でも、数千年に一
回、それらが連動してマグニチュード9クラスの地震が発生することがある事実を知っていた。
 また、マグニチュード9という超大地震でなくとも、明治三陸地震津波のような津波は日本海沿いのどこ
でも発生する可能性があるという考えは、東北地方太平洋沖地震の発生前でもある程度受け入れられていた。
 最近、経験したことのない雨という言葉をよく耳にするが、私たちの一生はわずか80年程度であり、気象
観測を行っているのもわずか100年程度である。地球の営みを考えれば経験したことのないような雨に遭遇す
るのはごく自然なことである。
 まして毎年何回もやってくる台風とは異なり、数十年、数百年に一回という地震では、私たちの経験した
ことのない出来ごとが発生するのは必然だ。東北地方太平洋沖地震の津波は「想定外」だったのではなく、
「想定しなかった」だけだ。

 2 どのような社会をめざすのか

 東北地方太平洋沖地震によって2万人もの犠牲者を招いた原因は、科学的な言い方ではないかもしれない
が、私たちが自然に対して謙虚さを失っていたことにある。「私たち」には、もちろん東北で被災した方々
も含まれているのだが、社会全体としての問題であり、国や科学者の責任は大きい。
 科学が進歩しているから、堤防があるから、まさかこんなところまで津波はこないだろうという思いは、
被災地に限られたものではなく、社会全体に蔓延していた安全神話である。
 東北地方太平洋沖地震の16年前に発生した1995年の兵庫県南部地震でも、私たちは「想定外」の揺れを経
験し、破壊された街並みと横倒しになった高速道路に大きな衝撃を受けた。科学者も工学者も自分たちの驕
りに気付かされたが、結局、私たちは何も変わらなかったのかもしれない。
 兵庫県南部地震による阪神大震災と東北地方太平洋沖地震による東日本大震災の最も大きな違いは、その
規模ではなくフクシマの原発事故にあることは誰の目にも明らかである。原発の事故により、今回の震災は
私たちの社会の在り方を根底から問う災害となった。
 折しも、私たちの社会は、経済成長の限界や世界的な政治経済の枠組みの変化など大きな変動のなかにあ
り、私たちはどう生きるのか、どのような社会を目指すのか、問われていたのではなかったか。

 3 自然に謙虚な社会をめざして

 東北地方太平洋沖地震からわずか3年半、しかしながら、テレビは相変わらず地震に関する科学が大きく
進歩したような番組を流している。あの地震については非常に多くのことが明らかになったが、次に発生す
るだろう地震についての私たちの知識は、さほど進歩したわけではない。起こった出来事を冷静に検証し、
それに基づいて新しい未来を築くことには、私たちの社会はどうも不得手なようである。
 結局、私たちは立ち止まることも振り返ることもなく、元どおりの社会を、そして安全神話を再び築き上
げようとしている。
 阪神大震災、東日本大震災、そして次はどんな災害が発生するのかわからないが、再び「想定外」と言わ
ないために、私たちは科学者としてできることをするしかない。私たちには知らないことがたくさんある。
私たちには防げないことがたくさんある。科学者はそのことを素直に認め、正しく説明しなくてはならない。
 自然と謙虚に向き合う社会をめざすには、災害に対する避難「訓練」を進めるだけではなく、自然のなか
で生きていく「知恵」を身に着ける教育が必要だ。
 私たちが生きている日本列島は地震と火山噴火で、しかも長い歴史をもって創られた島である。自分がど
のような場所で生活しているのか、すばらしさも危険性も正しく理解できる教育が必要なのだと思う。

                    (おかむら・まこと:高知大学総合研究センター、地震地質学)

 ********************************************


 まことに分りやすい文章で、誰にでも理解できると思います。まさに、今は、「想定外」を理由にしてさ
まざまな工夫や努力を惜しんではならない時代だと思います。これほどの規模の地震と原発事故を経験した
私たちは、まさにもっと「大人」にならなければならないと思います。大人とは、あらゆる事態に備えを忘
れない人のことであり、起きたことには責任を取れる人のことでもあります。私たちは、今回の災害を奇貨
として、マッカーサーに言われた「日本人12歳説」を脱却しなければならないでしょう。小生のような教育
者のはしくれも、あらためて肝に銘じるべきだと思いました。最後に、岡村眞先生と、この文章を配信して
くださった外京ゆりさんに感謝したいと存じます。

                                                  
 2014年10月23日(木)

 今日は、「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長谷
川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを以下に掲げます。なお、ほぼ原文通りです。ただし、他の資料
からの抜粋も挿入しております。


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  第1章 なぜ原子力発電は止まらないのか(つづき)

 2 なぜ原発建設は続いてきたのか(つづき)

p.27 ・引用:日本の原子力行政の構造的な問題点は、原子力安全委員会や原子力安全・保安院が十分な独
       立性を持っておらず、安全規制が形骸化していたことである。

p.28 ・引用:NRCの強力な規制は、設計変更などを命じることによって、原発の建設・運転コストを高
       め、結果的に原子力離れを帰結した。


   NRC:アメリカ合衆国原子力規制委員会(英: Nuclear Regulatory Commission、略称:NRC)
       はアメリカ合衆国政府の独立機関の一つであり、合衆国内における原子力安全に関する
       監督業務(原子力規制)を担当する(ウィキペディアより。以下同じ。ほぼ原文通りで
       あるが、一部加筆改変した箇所がある)。

  NRC は原子炉の安全とセキュリティ、原子炉設置・運転免許の許認可と変更、放射性物質の安全と、
 セキュリティ、および使用済み核燃料の管理 (貯蔵、セキュリティ、再処理および廃棄)を監督する。
  NRC を規制の虜(regulatory capture)の一例として批判的に見る向きもあり、憂慮する科学者同
 盟(英語版) (Union of Concerned Scientists) からは十分な役割を果たしていないと糾弾されて
 いる。

   沿革

  NRCは、1974年に制定された「エネルギー再生法」 (Energy Reorganization Act of 1974) に基づ
 いて1975年1月19日に設立された。NRC はアメリカ合衆国原子力委員会 (United States Atomic Energy   
 Commission ; AEC) の業務のうち、原子力エネルギー問題および原子力安全に関する監督業務を引き
 継いだ。AEC が持っていた核兵器と原子力利用促進に関する監督業務は、アメリカ合衆国エネルギー
 研究開発管理部 (Energy Research and Development Administration ; ERDA) に引き継がれ、これ
 によって AEC は廃止された(なお、1977年に ERDA はアメリカ合衆国エネルギー省〔United States  
 Department of Energy ; DOE〕に改組されている)。

   任務

  前身であるAECと同様に、NRC は原子炉の安全、原子炉の設置許可およびその更新、放射性物質の保
 安および認可、放射性廃棄物管理(貯蔵と廃棄)について監督を行なう。
  NRC の任務は、公衆の健康と安全に対する適切な防護を担保し、一般的な防衛と安全保障を促進し、
 環境を保護するために、民生部門における原子力副産物、原料、特別核物質の利用を規制することで
 ある。

  NRCの規制業務は次の3つの主要な分野をカバーする。

   原子炉 - 発電用、研究用、開発のための試作用、試験用および訓練用の商用原子炉。
   核物質 - 医学、工業、学術のための各施設、および核燃料製造施設における核物質の利用。
   核廃棄物 - 核物質及び核廃棄物の輸送、貯蔵、廃棄および、核施設の廃止。

   委員

  NRC は、アメリカ合衆国大統領によって指名され、アメリカ合衆国上院の同意に基づいて5年の任
 期で任命される、5名の委員を長とする。5名のうち1名は大統領から委員長および委員会の公的ス
 ポークスマンとして任命を受ける。

  現在の委員長はアリソン・マクファーレン(英語版) (Allison Macfarlane)であり、2012年5月21
 日に退任した前委員長グレゴリー・ヤツコの後任として2012年7月9日に任命された。当初、彼女の任
 期はグレゴリー・ヤツコの残任期である2013年6月30日までとされたが、2013年7月1日から更に5年間
 の任期を与えられた。

   組織

  現在、本部はメリーランド州ロックヴィルにあり、全米を次の4つの地区に別けて管理している(以
 前は5つの地区があったのであるが、1990年代末にカリフォルニア州ウォールナットクリークに地方局
 が置かれていた第V地区は第IV地区に吸収され消滅した)。

    第I地区、地方局:ペンシルベニア州 King of Prussia 、合衆国北東部を管轄。
    第II地区、地方局:ジュージア州アトランタ 、合衆国南東部を管轄。
    第III地区、地方局:イリノイ州リール、合衆国北中西部を管轄。
    第IV地区、地方局:テキサス州アーリントン、合衆国南中西部および西部を管轄。

  これらの4つの地方局が、104基の発電用原子炉と36基の非発電用原子炉の運転を監督している。こ
 の監督は、次の例のように、いくつかのレベルで実行されている。

    1.各発電用原子炉には監督官が常駐し、毎日の運転をモニターする。
    2.さまざまなスペシャリストから構成される多数の特別監査チームが、各サイトの定期的な
      監査を行なう。
    3.内部情報通報者からの通報は本部規制局の申し立て調査部門により調査される。

   運転要員訓練などの監督

  NRC は、1993年に制定された「訓練規則」を通じて、産業界における訓練や資格認定制度を認可し
 ている。NRC は、アメリカ原子力資格認定委員会 (National Nuclear Accrediting Board) の会合を
 監視し、会計監査と訓練監査を実施している。さらに同委員会の委員の数人は NRC により推挙される。
 アメリカ原子力資格認定委員会は政府機関ではなく、アメリカ原子力訓練アカデミー (National
 Academy for Nuclear Training) の関連機関である。同アカデミーは、原子力運転研究所 (Institute
 of Nuclear Power Operations ; INPO) やその他の原子力発電所における訓練への取り組みを統合し
 標準化する目的で1985年に設立されたものである。

   テロの脅威

  アルカーイダによる2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件や2005年7月7日のロンドン同時爆破
 事件のようなテロリストの攻撃は、過激派グループが合衆国やその他の国における今後の攻撃において、
 放射性物質を使用した汚い爆弾を使用するのではないかという恐れを想起させた。

  2007年3月、アメリカ合衆国行政監査院(英語版) (Government Accountability Office : GAO 、
 前米国会計検査院) のアンダーカバーの調査官が偽装会社を用意し、NRC から汚い爆弾を製造するた
 めに必要な放射性物質の購入を許可するライセンスを取得した。GAOの報告書によれば、NRC の担当官
 は会社を訪問もせず、重役に面接審査を行なおうともしなかった。それなのに、28日以内に NRC は西
 ヴァージニアの私書箱にライセンスを郵送した。GAO の担当官たちは、取得したライセンスの条項を
 容易に改竄することができ、彼らが購入可能な放射性物質の量の制限を削除してしまった。NRC のス
 ポークスマンは、彼らはこれらの放射性物質を用いて作られた爆弾は市街の1ブロック長平方の地域
 を汚染できるが、即時の健康被害をもたらすものではないので、放射性爆発装置の脅威は低レベルで
 あると考えていたと語った。

   批判

  アメリカ原子力委員会が解体されたのは、それが監督する責任を負っていた原子力産業に対して、
 不適切に便宜を与えていたと認知されるに至ったからであるが、NRCが「同じ轍を踏もうとしているよ
 うに見える」という批判がある。

  1987年の「NRCと産業界の甘い関係」("NRC Coziness with Industry")と題された米国議会報告は、
 NRCは「原子力産業界の『利害に左右されない規制の姿勢』(arms length regulatory posture) の維
 持をおこたり……、いくつかの批判的であるべき分野で、完全なる規制者としての役割を放棄してい
 る」と結論付けている。 以下に3つの例を引用する:

  1986年の米国議会報告はNRCのスタッフが運用免許の取得を求めていた電力事業者に対して、重要な
 技術的援助を与えていたことを明らかにしている。1980年代の後半にはNRCは、運用免許所持者の状態
 に関して強制する立場を取らないという「非強制政策」を提唱して、1989年9月から1994年にかけて、
 「NRCは原子炉の規制強化を340回以上に渡って放棄または選択しなかった」。最後に批判者は、NRCは
 規制者としての重要な権能を、スリーマイル島原子力発電所事故を契機に事業者自身が創設した原子
 力発電運転協会(英語版) (Institute for Nuclear Power Operations : INPO)に明け渡してしまっ
 たと糾弾している。

  Byrne と Hoffman によれば、1980年代からNRCは概して原子力産業の利益に好意的であり、産業界
 の懸念に対して不適切に敏感であった。NRCはしばしば、強い規制を遂行することに失敗している。同
 時にNRCは規制プロセスへの公衆のアクセスを拒否または阻害し、公衆の参加に対する新たな障壁を設
 けている。

  Frank N. von Hippel によれば、1979年のスリーマイル島事故 (ペンシルベニア州)にもかかわらず、
 NRCは米国内の104の商業用原子炉が安全に運用されるよう保証する上では、しばしば過度に及び腰で
 あった:

  原子力は「規制の虜」の教科書的な実例である。この状態においては、産業界はそれを規制するは
 ずの規制機関をコントロール下に置いてしまう。規制の虜は公衆による旺盛な吟味と議会による監督
 においてのみ打破することが可能であるが、スリーマイル島事故から32年を経過して、原子力規制に
 対する関心は極めて急激に低下している。

  規制の失敗にはいろいろな形態があり得るが、これには規制者と産業界の共通認識による規制条項
 の死文化が含まれる:

  ミルストーン原子力発電所(英語版)(コネチカット州)のある職員(George Galatis)は管理者に
 対して、定期検査を早く終わらせる目的で使用済み核燃料を使用済み燃料プールに速く入れすぎる点
 と、プール内の使用済み核燃料の数が定格をオーバーしている点を常々警告してきた。管理者は彼を
 無視したので、彼は直接NRCを訪れた。NRCは最終的にはこの2つの違反行為について知っていたこと、
 同様の行為が他の多数のプラントでも行なわれていたこと、しかしその事実を無視することを選択し
 たことを認めた。この内部通報者(whistleblower)は解雇されブラックリストに載せられた(この事
 件はタイム誌が1996年3月に取り上げたことで明るみに出ることとなり、NRCは強い批判にさらされる
 こととなった)。

  2007年に選挙活動中であったバラク・オバマ大統領は、NRCの5名の委員は「それが規制すべき産
 業界の虜」に成り下がっていると語り、グリーンピース USA(英語版)の原子力政策アナリストはそ
 の許認可行政を「ラバー・スタンプ」と呼んでいた。

  バーモント州では、福島第一原子力発電所事故を引き起こした東北地方太平洋沖地震の前日、NRCは
 バーモントヤンキー原子力発電所(英語版)の運転免許の20年間の期間延長を許可したが、バーモン
 ト州の議会は圧倒的多数でこの延長を拒否する議決をした。このプラントでは地下埋設の配管を通し
 て放射性物質が漏れ出ていることが確認されていたが、運用者の Entergy 社は宣誓下でそれを否定し
 ていた。バーモント州議会天然資源およびエネルギー委員会の Tony Klein 委員長は、2009年の公聴
 会でNRCにその配管について質問したが、NRCはそれが存在することすら知らなかった。

  2011年3月17日、憂慮する科学者同盟 (UCS) は、2010年のNRCの規制者としての活動に対する批判的
 な研究を公表した。同連盟は、NRCの安全ルールについての強制措置は「タイムリーでも、首尾一貫し
 ても、効果的でも」ないことを見出したとして、2010年だけで米国内のプラントであった14件の「ニ
 アミス」を例示した。

  2011年4月に、ロイターは、NRCは国内産業界を振興するためではなく取り締まるために存在してい
 るはずであるが、外交電報(公電)は、「ウェスティングハウス社やその他の米国メーカーの製品の
 購入するようロビー活動を行う」際など、米国の技術を外国に売り込む際にNRCが道具として使われる
 場合があるとレポートした。これはまるで商人の立場で活動している規制者の姿を浮かび上がらせ、
 「潜在的な利益相反への懸念を引き起こす」 。

  San Clemente Green という環境団体は、NRCは監視者(watchdog)の立場にかかわらず、しばしば
 プラント運転者に都合が良いように規制していると述べて、サンオノフル原子力発電所(英語版)の
 継続運用に反対している。

  マサチューセッツ州選出の民主党の下院議員である Edward J. Markey は、NRCに対して長期に渡っ
 て批判を行ってきた。彼は、NRCのウェスティングハウス社製のAP1000型原子炉の(認可を)申請され
 た設計に対する裁定と、福島第一原子力発電所事故に対するNRCの対応に対して批判的である。

  2011年7月に、Mark Cooper は、NRCは「それが安全を確保する仕事を行っていることを立証する上
 で守勢に立っている」と述べている。

  2011年10月に、当時のグレゴリー・ヤツコ NRC委員長は「タイムリーな方法で規制上の問題に切り
 込みたいと考える者と、急速な動きを欲しない者との間の緊張関係 (がNRC内にある)」と述べている。

   福島以降

  米国内全域に渡る45の団体と個人は、NRCに対して、福島第一原子力発電所事故の完全なる検証を完
 了するまで、15の州に渡る21の申請中の原子炉建設プロジェクトの認可および他の処分を全て保留す
 るよう公式に申し入れている。

  陳情者たちは、6基の既存の原子炉 (コロンビア、デービス・ベッセ、ディアブロキャニオン、イ
 ンディアンポイント、ピルグリムおよびシーブルック) の運転免許の更新の裁定、13件の新規原子炉
 (ベルフォンテ3号機および4号機、ベルベンド、キャラウェイ、カルバートクリフ、コマンチピー
 ク、フェルミ、レビカウンティ、ノースアンナ、シアロン・ハリス、サウステキサス、ターキーポイ
 ント、ボグトルおよびウィリアム・ステーツ・リー) の建設許可と運転免許の認可、ベルフォンテ1
 号機および2号機の建設許可、およびワッツバーの運転免許の裁定について保留するよう求めている。
 さらに陳情者たちは、標準化されたAP1000型および ESBWR型原子炉の設計承認手続きの進行を休止す
 るよう求めている。

  陳情者たちは、NRCに対してさらに、NRC自身の調査報告を補完するため、1979年のやや深刻度の低
 かったスリーマイル島事故の余波の中で設置されたのと同様の独立委員会を設立するよう求めている。
 陳情者には Public Citizen、Southern Alliance for Clean Energy、およびサンルイスオビスポ
 Mothers for Peaceが含まれている。

  合衆国における安全規則は、最近日本で地震と津波が引き起こしたように、外部電源や非常用発電
 機からの電力を壊滅するかもしれない単一事象のリスクに対して、適切に重点を置いていないと、NRC
 当局者が2011年6月に述べている。

  2011年10月にNRCは事務局スタッフに対して、12の安全勧告の内の7つを7月の連邦タスクフォース
 までに前倒して実施するよう指示した。この勧告は「運転者の、電力の完全な喪失に対処する能力の
 増強、プラントが洪水と地震に耐えられる保証、および非常事態対処能力の向上を目指した新基準」
 を含んでいる。新安全基準の完全な実施には最大5年を要する見込みである。

  2011年11月にグレゴリー・ヤツコ NRC委員長(当時)は、電力事業者の自己満足に対して警告を発
 し、NRCは「日本の原子力災害をきっかけとした新規則を推し進め、さらに火災への防護と地震リスク
 に対する新しい分析を含む長年の懸案事項を解決」しなければならないと語った。

p.29 ・引用:原子力安全委員会、原子力安全・保安院という日本の規制当局とNRCとの予算・人員・
       権限などの差はきわめて大きい。日本の側は人員を比べると、安全委員会と保安院をあ
       わせても、アメリカ合衆国の約四分の一の規模だ。
  ・原子力安全委員会の「安全」という言葉は、シンボル的であり、お題目である。
  ・引用:フクシマ事故が起きるまで、原発推進に抑制的に機能するあらゆる改革を拒んできたのが、
      閉鎖的な原子力ムラであった。

p.31 ・総合資源エネルギー調査会は、環境NGOや環境政策に詳しい研究者などの批判的見解を積極的に
    集め検討する努力をしていない。官僚・官僚OBと業界の利益、既得権益を擁護するという点から
    既定路線の延長線上に政策形成がなされてきた。(中略)業界の希望的な数字と、経済成長への期
    待を前提とした右肩上がりのエネルギー消費見通しが作成され、需給ギャップは原発で埋めるとい
    う発想が基本的に貫かれてきた。

     → 要するに、業界の金儲けが優先され、国民の安全などほとんど考慮されてこなかった。

p.32 ・日本の政策転換の遅さ、政策決定過程の硬直性が、問題的である。
  ・引用:そうしたなかでも、既得権益の壁による問題解決の先送り、弥縫策的対応、政策当局者の危機
      意識の薄弱さという点で、原子力発電に関わる問題は突出していた。

     → どんな産業よりも安全面に配慮が必要な原子力発電に関わる人々が、己の利益優先ではお話
      にならないのではないだろうか。金儲けはけっして悪いことではない。しかし、「金儲け>安全」
      という図式は許されないだろう。

  ・引用:官僚制は全般に自己維持的な性質をもつものだが、原子力産業も軍事産業と同様に自己維持的
      性格が強い。軍事技術の民生転用からはじまった原子力産業は軍事産業と性格が似ており、他
      業種への転換が容易ではない。

p.33 ・引用:多くの幹部や幹部候補生がこのように行動しようとする結果、組織全体としては「累積され
       た事なかれ主義」が結果する。
  
       → 要するに、「緊急性圧力」(国際的な圧力や提訴、判決、災害、事故、政権党の有力政
        治家の介入など)がない限り、政策転換が内部から発議されることはまずないし、あった
        としても、組織内部の合意も得難い。

      浜岡原子力発電所:日本の静岡県御前崎市にある中部電力唯一の原子力発電所である。1号機
               から5号機まで5基の発電設備があるが、1号機と2号機は2009年1月に運
               転を終了した。敷地面積は160万平方メートル(東西1.5km、南北1km)で、
               PR施設である浜岡原子力館が併設されている。

   東海地震の予想震源域にあり、活断層が直下にあるという説まで発表されており、またトラブル
  が多発していることなどから耐震性の不足が懸念されている。また、今までは高さ10m - 15mの砂丘
  で高さ(斜面遡上高)8mの津波を防ぐ想定になっていたが、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地
  震における福島第一原子力発電所事故の教訓から、同年3月16日に2、3年以内に地上高4m(標高、
  海抜12m)ほどの防波壁を作る計画が発表された。翌4月に海抜15mへの変更が決定されたが、7月
  22日に発表された新策定では、地上高は海抜18mへとさらに引き上げられ、完成予定も2012年12月
  と大幅な前倒しとなった。
   2011年5月6日、内閣総理大臣の菅直人が全原子炉の運転停止を経済産業大臣の海江田万里を通じ
  て要請。これに対して中部電力は5月9日、「現在運転中の4号機、5号機を停止する決定をした」
  旨を発表した。また当時、定期検査から停止したままであった3号機についても「当面運転再開を
  見送る」と発表した(ウィキペディアより)。

   → なぜ、唐突に浜岡原発の運転が停止させられたのか。内田樹氏は、アメリカ合衆国政府からの
    要請があったのではないか、という見解を示している。「日日是労働スペシャル III (東日本
    大震災をめぐって)」を参照されたし。

  ・「全面波及論」に対する防衛的心理が働き、原発を1基でも停止したくないという政策当局の自己維
   持性が強く働く傾向あり。

p.34 ・「走れば走るほど道路が建設される仕組みだが、国民はほとんど認識していない」(道路財源のか
    らくり)……アンチ・モータリゼイションの立場に立たない限り、なかなか反対できない。

p.35 ・国民は知らぬ間に原子力発電の立地を促進してきたという事実。
  ・とても不思議な「迷惑料」という仕組み。

p.35-36 ・裁判所も国寄りの姿勢を保っている。

      → 福井地裁判決(2014年5月21日)に対する賛否両論を検討すべきである。内容、割愛。

p.38 ・引用:アメリカでは原子力発電の是非は長い間、経済政策や妊娠中絶などと並んで、支持的な共和
       党と否定的な民主党との政策的な立場を分岐させる典型的な争点だった。
        例外:民主党のオバマ政権は、原子力推進の立場である。
  ・日本の原子力行政は一元的「聖域」という特色をもっている。

p.39 ・引用:日本の場合には、結局、「原子力推進」は独立の立場から、原子力発電所がチェックをうけ
       る制度的機会が乏しかった。

      → 日本における社会的監視機構の脆弱さが浮き彫りにされる。原子力発電批判はタブーに
       なってしまう。マスメディアも、有力スポンサーのご意向を無視することはできない。

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 日本のシステムが根本から見直されない限り、各方面での慣習やしきたりはなくならないでしょう。言い
換えれば、それらを真面目に批判しようとする人々の志を挫き、「旧態依然」こそが正解と嘯いている人々
が多数を占めている限り、各方面での歪みや矛盾はけっして是正されないでしょう。原子力に関わる人々が
自らの既得権益をなくすことにそれほど恐怖を抱いているのならば、それを補うものを与えて既得権益その
ものの有効性を無にすればよいのですが、残念ながらその財源をどこからも導入できないようです。だとす
れば、上で挙げられた「緊急性圧力」を待ち望むしかないのですが、それが福島原発事故以上のシビア・ア
クシデントだとすれば、誰が何のために推進した原発なのか、さっぱり分からなくなります。今こそ、パス
カルが語った「繊細の精神」が要請されている時ではないでしょうか。「幾何学の精神」の行き詰まりを修
正する道は、案外そういうところにあるような気がする今日この頃です(小生のブログ「文理融合について」
を参照されたし)。
 さて、次回は、このつづきです。

                                                  
 2014年10月16日(木)

 今日は、「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長谷
川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを以下に掲げます。なお、ほぼ原文通りです。


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  第1章 なぜ原子力発電は止まらないのか(つづき)

 2 なぜ原発建設は続いてきたのか

p.19 ・地震大国と原子力大国は両立しない
    それなのに、アメリカ合衆国、フランスに次ぐ、世界第3位の原子力大国である。
    2010年度現在、電力量の3割は原子力発電による。
  ・石橋克彦氏の指摘によれば、地球は大地震活動期に入っており、地震活動の約1割が集中しているこ
   の日本に、商業原子炉の12%以上が立地している事実は重い。また、大きな地震の後では、日本列島
   が歪んでおり、その反動でさらに大地震が起こる可能性がある。
  ・その日本こそ、脱原子力を掲げ、電力のグリーン化を図るべきであろう。
  ・福島第一原発の事故後、ドイツやスイスは原子力の見直しを図った。

p.20 ・民主党の管首相(2011年当時)は、原発に依存しない社会を目指すと明言したが、政権が自民党に
    移ったので、そのような発言は有名無実になった。
  ・エネルギー問題は、にわかに国政のキー・イッシュー(重要課題)となった。
  ・引用:日本が原子力発電を推進する基本的な理由は、エネルギー自給率が四%と主要国の中で最も低
      いことにある。エネルギー基本計画にも記されているように、これまで原子力発電を推進する
      理由とされてきたのは「エネルギー安全保障(energy security)」、「環境への適合(environ-
      ment)」、「経済効率性(economic efficiency)」の3Eの実現である。
  ・福島の原発事故は、この3Eを根本的に損なう元凶となった。

p.20-21 ・原子力発電は、エネルギー安全保障に貢献したどころか、逆に危うくさせた。
     (1)原発のデータ隠し。
     (2)中越地震(2007年)によって、東電の柏崎刈羽原発7基が損傷を受ける。
     (3)2011年の福島第一原発の事故 → 計画停電。

p.21 ・経済的損失も計り知れない。
    (1)外国人観光客の日本離れ。
    (2)各国による日本の農産物や工業製品の輸入規制。
  ・ウルリッヒ・ベック(リスク社会論)の言葉「核兵器のまったく非人間性を倦むことなく告発し続け
   てきた国が、なぜ同時に(中略)原子力の開発をためらうことなく決断し得たのか」。

p.21-22 ・第一の答えは、まさしく被爆国だからこそ、アメリカ側が日本を原子力平和利用、原発技術売り
     込みの恰好のターゲットとしたから。

p.22 ・アメリカ合衆国にとって、原子力の平和利用が核兵器とは異なるものだということを世界にアピー
    ルする上で、被爆国日本はもっとも効果的な舞台だった。→ 正力松太郎の登場。
  ・第二に、日本側にも敗戦国ゆえの、また資源小国ゆえの科学技術立国への過剰な希求があった。アジ
   ア・太平洋戦争後資源小国となった(戦後、朝鮮半島、満州、台湾を失った)日本は、原子力という
   最新の技術に依拠して、経済成長によるゆたかさを追い求めたのである。

p.25 ・日本の原発は、「社会主義」的に、計画的に建設が進められてきた。道路建設との通底。

p.26 ・引用:エネルギーの安定供給をめざす通産省資源エネルギー庁の公益事業部の政策と各電力会社の
       電源開発政策との整合性はきわめて高い。
  ・道路建設は建設省(現在は国土交通省道路局)の所管(一元体制)に対して、2001年の省庁再編まで
   は、商業原子炉(通産省)、実用化途上段階のもの(科学技術庁)というように、原発は二元体制だ
   った。

p.27 ・引用:省庁再編で科学技術庁は解体され、原子力関係は経済産業省(旧 通産省)に大幅に移管され
       た。もんじゅ事故(1995年)、JOC事故(1999年)と、科学技術庁所管関連の事故が続いたこ
       とを契機として、経産省は長年の懸案だった原子力行政の一元化に成功した。
  ・原子力委員会の委員長は、省庁再編までは科学技術庁長官が務めたが、再編後、民間人となった。こ
   のことも、原子力委員会の地位の低下を示している。

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 中途半端ではありますが、今日は遅いので、この辺りで打ち切ります。次回は、このつづきです。

                                                 
 2014年10月9日(木)

 再び、「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力をグリーン化する』(長谷
川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを以下に掲げます。なお、ほぼ原文通りです。ただし、他の資料
からの抜粋も挿入しております。


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  第1章 なぜ原子力発電は止まらないのか

 1 福島第一原発事故の教訓

p.2 ・水素爆発によって吹き飛んだのは、原子炉建屋だけではない。国家、巨大電力会社、原子力発電とい
   うシステムへの国民の信頼感も吹き飛んだ。
  ・引用:最優先に被曝から国民を守る、福島の子どもたちを守る、という力強いメッセージがどうして
      官邸から、国会から、霞ヶ関から聞こえてこないのか。

   〔甲状腺がん、疑い含め104人 福島の子供30万人調査〕By 大岩ゆり 2014年8月24日07時04分
                                  〈朝日新聞 DISITAL〉より

  東京電力福島第一原発事故の被曝(ひばく)による子どもの甲状腺への影響を調べている福島県の
 検査で、受診した約30万人のうち104人が甲状腺がんやその疑いと判定されたことがわかった。県は
 「被曝の影響とは考えにくい」としている。この結果は24日に公表される。
  甲状腺検査は事故当時18歳以下だった県民を対象に実施。県内全域を一巡した今年6月30日現在の結
 果(暫定値)がまとめられた。
  甲状腺がんやその疑いとされた104人のうち、がんと確定したのは57人、良性が1人だった。104人
 の事故当時の平均年齢は14・81歳で、男性36人、女性68人。腫瘍(しゅよう)の大きさは約5?41ミ
 リで平均14ミリ。

p.3 ・放射能や放射線は五感では知覚できない。
  ・引用:本当の「津波」は、水素爆発のあとに来た。
  ・「被曝時代」の到来。

p.4 ・引用:最悪の事態はいつでも起こりうる。政府への不信、システムへの懐疑を前提に、健全に疑う、
      健全に用心する、新しい時代の始まりである。

   チェルノブイリ原子力発電所事故〈ウィキペディア〉:
     1986年4月26日1時23分(モスクワ時間)にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ
    原子力発電所4号炉で起きた原子力事故。後に決められた国際原子力事象評価尺度 (INES) にお
    いて最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される事故である。

   ペレストロイカ(立て直し)とグラスノスチ(情報公開)〈ウィキペディア〉:
     ペレストロイカ(ロシア語:перестройка、ラテン文字転写:Perestroika)とは、
    1980年代後半からソビエト連邦で進められた政治体制の改革運動。ロシア語で「再構築(改革)」
    を意味する(“пере”〔ペレ〕は「再び」を意味する接頭辞、“стройка”〔ストロ
    イカ〕は「構築」「建設」を意味する単語)。
     ソビエト連邦共産党による一党独裁制が60年以上も続いたことにより、硬直した政府を立て直
    すため、1985年に共産党書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフが提唱・実践した。あわせて
    進められたグラスノスチ(情報公開)とともに、ソビエト連邦の政治を民主的な方向に改良して
    いった。
     1987年のロシア革命70周年記念の軍事パレードの際、ロシア語で「民主主義、平和、ペレスト
    ロイカ、加速」と書かれた大きな立て看板がグムに立てかけられ、テレビ中継でアナウンサーが
    読み上げた。以降、ソ連国内に広く浸透していった。
     ゴルバチョフは、社会主義体制の枠内での改革を志向したが、高まる国民の不満を背景に、社
    会主義体制そのものの放棄と、連邦制の崩壊につながった。 現在では、共産圏の民主化を進める
    とともに冷戦を終結させた政策として、主に旧ソ連以外の各国で高く評価されている。
     英語圏の国では「リストラクチャリング」(restructuring)や「リコンストラクション」   
    (reconstruction)と訳され、1980年代後半のイギリスのサッチャー政権やアメリカ合衆国の
    レーガン政権で行われた行財政改革・産業構造の転換政策あるいは民間企業の組織再編成など
    を指して使われた。これは、日本で1990年代後半頃から使用されている「リストラ」の語源と
    なった単語である。
     コーカサスではカタストロイカと呼ばれる。民族意識が高揚し、この地域でも民族対立が表
    面化した。現在(2000年代初頭)でも完全な解決に至っていない。
     まず、1987年半ばからアゼルバイジャン内でナゴルノ・カラパフ紛争が起こっている。

p.5 ・引用:ソ連社会の崩壊は、ゴルバチョフ自身の予想と思惑を超えて、チェルノブイリ事故を契機に急
      加速した。
  ・福島の事故も、日本という国の大きな転機になるはずである。

p.6-9 ・事故の概要(割愛)

p.9-10 ・引用:仮に、地震動による重大な損傷が起きていたとすれば、日本の全ての原発の安全性が根底
        から揺らぐことになる。

    参考:映画『東京原発』、監督:山川元:グランプリ=オメガ・ピクチャーズ=日活=衛星劇場、
       2002年。

p.10 ・とかく事故の評価が過小になる傾向がある。「大したことはない」という風に。
  ・石橋克彦氏の「原発震災」がまさに出現した。

   参照:「日日是労働スペシャル I」……石橋克彦「原発震災──破滅を避けるために」(『科学』、
      岩波書店、1997年10月号)。
  ・引用:一つのサイトに何基もの原子炉をつくる集中立地政策が完全に裏目に出た。
  ・冷温停止状態に達したとしても、予断を許さない。

p.10-11 ・海洋汚染はさらに深刻。国内の漁業関係者、韓国、中国、ロシアから厳しい批難。今後は、環太
     平洋諸国から賠償金の要求があるだろう。

p.11 ・引用:(津波が)五・七メートルの想定で不十分であることは、近年何度も警告されていたが、東
       電と原子力安全・保安院、原子力安全員会はいずれも対応しなかった。
p.11-12 ・過小評価の数々。1.津波の大きさ、2.非常用発電機の配置場所(高台に設置すべきだった)、
     3.全電源喪失状態を想定する必要はないとしてきたこと、4.全電源喪失状態への対応マニュ
     アルを用意してこなかったこと、5.長く非常用ベント弁も備えて来なかったこと(福島第一原
     発では2001年までに設置)、6.避難範囲を10キロメートルまでしかそうていしてこなかったこ
     と、7.福島第一原発の事故の発生まで、原子力委員会は、そもそも津波についての安全審査の
     基準をつくってこなかったこと、など。

p.12 ・アメリカ合衆国モデル(竜巻やハリケーンを想定)が仇を招いた。

p.13 ・引用:東電や原子力安全委員会、原子力安全・保安院の安全意識はこの程度のこと(津波の危険性
       の高い日本では、非常用発電機を地下に置いていたのでは危険ではないか)も等閑視するレ
       ベルだった。事実上、津波については無防備に等しかったのである。

   2004年スマトラ島沖地震〈ウィキペディア〉:2004年12月26日、インドネシア西部時間07時58分53秒 
        (UTC00時58分)にインドネシア西部、スマトラ島北西沖のインド洋で発生したマグニチュ
        ード9.1の地震である。単に「スマトラ島沖地震」といった場合、この地震を指すことが
        多い。
            → 小生は、この地震が生じさせた津波をTVの映像で見て、驚くと同時に、日本
             でもいつかきっとこのレヴェルの津波が来るに違いない、と不安になった。

  ・お粗末なミスの連発。

p.14 ・原子力安全委員会の責任は極めて重い。
   ・引用:(全電源喪失は)想定しなくてよいとされてきたために、日本の原発には全電源喪失状態に
       対するマニュアルがなかった。フクシマ事故直後、ベントの遅れや海水注入の遅れが批判さ
       れたが、根本原因は、そもそも全電源喪失状態に対処するマニュアルがなかったことにある。

p.15 ・日本ではシビア・アクシデントは起きないとする、楽観論の蔓延。小生の父親(かつて、東電社員
    だった)は、「天下の東電が事故を起こすはずがない」と豪語していた。それは、根拠薄弱な自惚
    れにすぎない。
  ・首相、現地視察のミス。

p.16 ・原子力安全委員会は、国際原子力機関(IAEA)の提案を無視して、避難範囲を過小評価。
  ・政府は、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム〈SPEEDI〉」の予測結果の公開をためら
   うなどの失態を犯している。

p.17 ・避難民の苦悩。

p.18 ・引用:政府と東電は一〇〇〇億円規模の基金をつくり、全福島県民を対象に、今後三〇年間、被曝
       の影響調査を行うことになった。低線量被曝の「人体実験」が直期間進行する事態となった。

    参考:映画『USB』、監督:奥秀太郎、M6 TRANCE PICTURE WORKS、2009年。

  ・「お墓に避難します」という言葉。高齢者の自殺が目立っている。

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 今夜はもう遅いので、このくらいにしておきましょう。書けば書くほど、意気阻喪してきます。さて、次
回は、「第1章 なぜ原子力発電は止まらないのか」のつづきを転載しましょう。

                                                  
 2014年10月6日(月)

 昨日、学問基礎論(文理融合入門)の資料に参考文献として載せた10冊余の本(うち、コミック本のシリ
ーズ10冊を含む)を探していたのですが、いずれも見つかりませんでした。というのも、現在、研究室も自
宅も未整理の本が入り乱れており、目指す書籍を発見することすら非常に困難な状況だからです。以前でし
たら、「あの本ならばあそこに置いてあるはずだ」という見当がついたのですが、今ではそれもまったくで
きなくなりました。近いうちに、少なくとも研究室だけは整理したいのですが、やるべきことが山積してい
て、なかなか叶わないのが実情です。ところで、その作業の最中、思いがけず気になっていた本を発見しま
した。『所有のエチカ』(大庭健/鷲田清一 編、ナカニシヤ出版、2000年)という本で、読みかけのまま本
の山の中に紛れてしまった経緯があります。叢書【倫理学のフロンティア】III というシリーズの一冊で、
おそらく十年以上放置していたのではないでしょうか。何ごともアバウトな小生のことですから、こればか
りは仕方がないのですが、罪滅ぼしのために通して読むことに決めました。というのも、今回の地震や原発
事故のことを考察する上で、改めて「所有」の意味を考えることは、けっして等閑に付すことのできない事
柄であると考えたからです。早朝、編者のおひとりである鷲田さんの「所有と固有」を読んだのですが、さ
すがに「臨床哲学」の泰斗、読ませる内容でした。この本を読むことによって、できれば、「所有」につい
ての自分自身の思索を深めたいと考えております。

                                                  
 2014年10月3日(金)

 本日、共通教育科目の「核時代の倫理」を開講しました。主として、日本の現状とそこに至った経緯につ
いて話しました。いささかの楽観論を許さない状況というのが小生の認識ですが、あまり暗くなっても学生
諸君には辛いだろうから、なるべく希望のある話にもっていきたいとは思っています。小生にも確実に「正
常性バイアス」がかかっていると感じる今日この頃です。たぶん大丈夫と思っていないと、とても生きてい
けないからです。掛け値なく、悲しい世の中です。

                                                  
 2014年10月1日(水)

 明後日(10月3日)から開講される「(共)核時代の倫理」のテキストである『脱原子力社会へ ── 電力
をグリーン化する』(長谷川公一 著、岩波新書、2011年)の抜書メモを以下に掲げます。小生はエネルギー
問題に関してはまるっきりの素人ですので、見当違いの記述になるかもしれませんが、ご寛恕いただきたい
と思います。


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 はじめに

i頁 仙台空港を襲う津波……小生は、2013年12月6日に開講された、第74期高知市民の大学「災害を語る ─
             文学を中心に据えて ─」(金曜日・総合コース)の第9回講座である「四国に
             残る地震・津波碑文を最新地震学で読み解く─ 未来を予測する過去からのメッ
             セージ ─」(岡村眞、高知大学・総合研究センター・防災部門)で観た映像が  
             忘れられない。まさに、すべてを呑み込む凄まじさであった。
  ライフ・ラインの切断……水道、ガス、ガソリンとともに、電気のありがたみを痛感した。


  ライフライン (lifeline) :元は英語で「命綱」の意味だが、日本では主に、エネルギー施設、水供給
               施設、交通施設、情報施設などを指して、生活に必須なインフラ設備を表
               す語。

  現代社会においては、電気・ガス・水道等の公共公益設備や電話やインターネット等の通信設備、
 圏内外に各種物品を搬出入する運送や人の移動に用いる鉄道等の物流機関など、都市機能を維持し人
 人が日常生活を送る上で必須の諸設備のことを指す。
  災害援助用の給水車。牽引車両と切り離し、単独で給水できるようにバッテリー内蔵。病院等の人
 命に関わる施設内に圧送可能。
  1971年のサンフェルナンド地震をきっかけにして、UCLAのマーティン・デューク教授が切り開いた
 工学分野「ライフライン地震工学」の用語。しかし、一般的に英語の《lifeline》は、元来、救命胴
 衣や救命浮き輪などにつながれた紐や縄、船乗りと船をつなぐ紐や縄、潜水夫につながれた紐や縄な
 どの命綱のこと、または、ある物事が存続するための前提となるものを指すことから、日本国内にお
 いて当該用法にて使われる場合、和製英語であると考える向きが多い。これは、言葉の輸出地で一般
 的に用いられていない専門用語化している語が、輸入地である日本国内においてニュース等で用いら
 れることによって一般に浸透する、という経緯を辿ったために生じた混乱・捩れであると考えられる。
  阪神・淡路大震災以降、当該用法でこの言葉が多く使われるようになった。日本語では従来「生活
 線」または「生命線」と表現されてきた語の置換、現代社会における意味合いを付加した用語である
 と考えられる。
  「生命線」という語は以前からあり(1930年代の「満蒙は日本の生命線」など)、これの言い換え
 として定着したと思われる。「生活線」「生命線」や、「生活インフラ」ではなく、「ライフライン」
 に置換されていったいきさつについては、検証の余地があるとされる。
  以上、〈ウィキペディア〉より、一部改変。

ii頁 引用:東京電力・福島第一原子力発電所の事故という現実をふまえて、しかも日本列島のどこでいつ
      大きな地震が起きても不思議ではない地震活動期という事態をふまえて、今後の電力供給のあ
      り方をどうすべきか。日本社会にとっての喫緊の国民的課題である。

  ・スイス、ドイツ、イタリアは、脱原発へ。
  ・「電力のグリーン化」、「エネルギーシフト」、「エネルギー革命」などのキーワード。

iii頁 引用:東日本大震災からの復興、とくに福島第一原発の事故で大きな影響を受けた福島県の沿岸部の
      復興を重視しながらも、世界の無電力地帯の電化への貢献も意識したい。世界には約十四億人、
      まだ電気の恩恵を受けない人びとがいる。地球全体の人口の約二割である。

      → しかし、電気とは無縁の伝統的な生活をしている人びとに、扱いに厄介な「文明」という
       代物を持ち込むことが、果たして善なのだろうか。慎重に考えるべきである。

  ・「安定供給」という言葉。小生の父親が東京電力に勤めていたとき、何かというと口にしていた言葉
   である。
  ・エネルギーの選択は、いかに供給を確保するのかという量的な充足の観点だけから論じてはならず、
   未来の社会をどのように描かくのかという観点を取り込んで勘案しなければならない。

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 本日はもう遅いので、ここまでにしておきます。次回は、第1章「なぜ原子力発電は止まらないのか」に
言及する予定です。

                                                  
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