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 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第108弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト108」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『日本暗殺秘録』(監督:中島貞夫、東映京都、1969年)を観た。何とも中途半端な描き方で、
物足りなさが残ったが、こんなスタイルの作品はそう多くはないと思うので、「異色作」の部類であること
は間違いない。幕末以降、二・二六事件までの9つの「暗殺事件」を扱っており、中でも「血盟団事件」に
焦点を合わせて、井上準之助を暗殺した小沼正の人となりを中心に描いている。採り上げられた暗殺事件は
以下の通りである。

 1.桜田門外ノ変
 2.大久保利通暗殺事件
 3.大隈重信暗殺事件
 4.星亨暗殺事件
 5.安田暗殺事件
 6.ギロチン社事件
 7.血盟団事件
 8.相沢事件
 9.二・二六事件

 冒頭を飾るのは「桜田門外ノ変」であるが、安政七年三月三日(1860年3月24日)に水戸浪士他十八名が大
老・伊井直弼を暗殺する事件である。明治維新後、あまりに暗殺が多発するので(75件、100余名)、「暗殺
禁止令」が布告され、併せて、明治天皇が前代未聞の詔勅を下している。関連した文字が画面に登場するの
で、それを写し取ってみよう。

  抑(ソモソ)モ維新ヨリ以来大臣ノ害ニ罹(カカ)ルモノ三人ニ及ベリ
  是レ朕ガ不逮(不行届)ニシテ
  朝憲ノ立タズ 綱紀ノ粛ナラザル
  ノ致ス所 
  朕甚ダ焉(コレ)ヲ憾(ウラ)ム

 当該作品は、「現代(1969年当時)のゲバルト時代に敢えて問う。暗殺、是か非か、と」……というコン
セプトで製作されたらしい。問答無用の暗殺は、今日では「テロ(リズム)」と総称されるのだろうが、テ
ロは何も生み出さないというのが、小生の基本的スタンスである。しかし、テロをまったく理解できないわ
けではない。おそらく、止むに止まれずに暗殺を実行する人々の胸に去来するものは、抑えきれない義憤な
のであろう。当該作品の登場人物も、追いつめられた野獣のように、目指す敵を葬り去ろうとするのである。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉の助けを借りよう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  鈴木正の原作(原書房刊)を『緋牡丹博徒 鉄火場列伝』の笠原和夫と『おんな刺客卍』の中島貞夫    
 が共同で脚色し、中島が監督した明治・大正・昭和の暗殺ドラマ、撮影は『温泉ポン引女中』の吉田
 貞次。

   〔あらすじ〕

  ○桜田門外の変 安政七年三月三日、薩摩浪士有村次左衛門(若山富三郎)ら十八名が江戸城桜田
 門外に大老井伊直弼(那須伸太朗)を襲い暗殺。○大久保暗殺事件 明治十一年五月十四日東京麹町
 にて、島田一郎(唐十郎)他五名が参議内務卿大久保利通(堀正夫)を暗殺。○大隈暗殺事件 明治
 二十二年十月十八日、外務省正門前にて、玄洋社社員来島恒喜(吉田輝雄)が投弾、外務大臣大隈重
 信(矢奈木邦二郎)は右脚爆砕後切断、来島は自殺。○星亨暗殺事件 明治三十四年六月二十一日、
 東京市役所にて心形刀流師範伊庭想太郎が東京市会参事星亨(千葉敏郎)を暗殺。○安田暗殺事件 
 大正十年九月二十八日大磯にて神州義団主幹朝日平吾(菅原文太)が安田財閥当主安田善次郎(志摩
 靖彦)を暗殺。○ギロチン社事件 大正十二年九月十日、テロリスト集団のギロチン社社員古田大次
 郎(高橋長英)が摂政官暗殺を計画、資金獲得のため銀行員を殺し死刑。○血盟団事件 日蓮宗行者
 井上日召(片岡千恵蔵)を中心として結集した一団の民間青年と大学生たちは、国政改革を叫んで一
 人一殺のテロを計画、革命を志して上京した小沼正(千葉真一)は日召に従い、昭和七年二月九日本
 郷駒込小学校演説会場で井上準之助(野村鬼笑)前蔵相を暗殺、同年三月五日三井銀行本店正面玄関
 で団琢磨三井合名理事長が菱沼五郎(八尋洋)により暗殺された。○二・二六事件 昭和十一年二月
 二十六日早朝、一部青年将校を先頭に兵員民間人あわせて千四百八十三名が首相官邸をはじめとした
 重臣たちの私邸を襲撃した。が、数日を待たず鎮圧された。襲撃を受けて死んだ者九名。決死部隊死
 刑十七名、自決した者二名だった。

 他に、土方巽(看守)、高津住男(古内栄司)、高橋昌也(小沼新吉=正の兄)、三益愛子(小沼たつ=
正の母)、小池朝雄(落合初太郎=落合製菓店店主)、桜町弘子(落合清子=その妻)、藤純子〔富司純子〕
(たか子=正のこころの恋人)、南都雄二(西村=高利貸)、田中春男(職人B)、汐路章(巡査A)、賀
川雪絵(民子=正の恋人)、市川裕二(民子の父)、岡島艶子(民子の母)、橘ますみ(友子=正の恋人)、
村井国夫(桧山誠次)、田宮二郎(藤井斉=海軍将校)、林彰太郎(鈴木四郎)、 近藤正臣(大庭春雄)、
砂塚秀夫(新聞記者)、鶴田浩二(磯部浅一=二・二六事件の首謀者のひとり)、里見浩太朗(村中孝次)、
神田隆(山下少将)、高倉健(相沢三郎中佐)、天津敏(井上日召の高弟)、北竜二(裁判長)、小田部通
麿(巡査)、芥川比呂志(ナレーター)などが出演している。暗殺者はたくさん登場したが、何と言っても
高倉健が演じた相沢三郎がいちばん颯爽としていた。


 某月某日

 DVDで邦画の『少年H』(監督:降旗康男、「少年H」製作委員会〔テレビ朝日=トライサム=博報堂DYメ
ディアパートナーズ=朝日放送=クリーク・アンド・リバー社=メーテレ=北海道テレビ=九州朝日放送=
朝日新聞社=神戸新聞社=講談社=GyaO!〕[「メーテレ」の「ー」は、音引ではなく波線。文字化けするの
で、音引で代替した]、2013年)を観た。空襲の様子や、焼跡のリアルさは買えるとしても、やはり戦記物
としては物足りなさを感じた。ほとんど新鮮な個所がなく、いつもの定番映画だったからである。テイスト
としては、以下の作品に似ていると思う。

  『はだしのゲン』、監督:山田典吾、現代ぷろだくしょん、1976年(「日日是労働セレクト89」、
   参照)。   
  『紙屋悦子の青春』、監督:黒木和雄、バンダイビジュアル=アドギア=テレビ朝日=ワコー=パル
   企画、2006年(「日日是労働セレクト96」、参照)。
  『母(かあ)べえ』、監督:山田洋次、「母べえ」製作委員会〔松竹=テレビ朝日=衛星劇場=エフ
   エム東京=読売新聞東京本社=名古屋テレビ放送=住友商事=博報堂DYメディアパートナーズ=日本
   出版販売=ヤフー=朝日放送〕、2007年(「日日是労働セレクト72」、参照)。
 
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  妹尾河童が自身の少年時代を描き、国民的ベストセラーとなった同名小説を、『鉄道員』など数々
 の名作を送り出す巨匠・降旗康男監督が映画化した家族ドラマ。激動の時代を必死に生きるとある家
 族の物語がつづられる。一家の両親役として、実際の夫婦である水谷豊と伊藤蘭が28年ぶりに共演を
 果たした。

   〔あらすじ〕

  昭和初期の神戸。Hこと妹尾肇(吉岡竜輝)は、好奇心に満ちた少年だった。洋服の仕立屋を営む父・
 盛夫(水谷豊)、優しい母・敏子(伊藤蘭)に温かく見守られながら、妹の好子(花田優里音)とと
 もにのびのびと育った。幸せいっぱいに過ごす妹尾一家だったが、近所のうどん屋の兄ちゃん(小栗
 旬)が政治犯として逮捕されたり、召集されたおとこ姉ちゃん(早乙女太一)が脱走したりと、一家
 の周囲にも次第に戦争の足音が忍び寄ってきた。いよいよ開戦し、軍事統制が一層厳しくなる。自由
 に物を言うこともできにくい空気が漂う中、自分が疑問に思ったりおかしいと感じたりしたことを素
 直に口にするHに、盛夫はしっかりと現実に目を向けるよう教える。やがてHは中学へ進学。明けても
 暮れても軍事教練ばかり続く。盛夫は消防署へ勤め、敏子は隣組の班長になり、好子は田舎へ疎開し
 ていた。敗戦の色が濃くなり、神戸の街も空襲により一面焼け野原となる。そして迎えた終戦。少年
 Hたちは、新たなスタートを切るために一歩踏み出す……。

 他に、原田泰造(田森教官)、佐々木蔵之介(久角教官)、國村隼(吉村さん=上等兵の在郷軍人)、岸
部一徳(柴田さん=大学出の銀行員)、瀬川菊之丞(沖野消防署長)、山中崇史(刑事)、濱田岳(看板屋)、
山谷初男(うどん屋の主人)、でんでん(校長先生)、井上肇(憲兵)、吉田翔(吉田)、石川大樹(横田)、
西森駿(イッチャン)、上原伸之介(杉田先輩)などが出演している。
 原作は読んでいないが、ベストセラーになったらしい。しかし、以下のような批判もある(ウィキペディ
ア)より。

   〔作品に対する批判〕

  同世代で児童文学作家の山中恒は、「作中に夥しい数の事実誤認や歴史的齟齬がみられること」や、
 「主人公やその家族の視点が当時の一般的な日本人の感覚から大きく乖離していること」、「戦後に
 なるまで誰も知らなかったはずの事実をまるで未来からでも来たかのように予言していること」、さ
 らに「自身が編纂に関わった書物の記述がその誤りの部分も含めてまるごと引用されている点」など
 を自著『間違いだらけの少年H』で指摘し、『少年H』は妹尾の自伝でもなんでもなく、戦後的な価値
 観や思想に基づいて初めから結論ありきで描かれた作品であると看破し、「年表と新聞の縮刷版をふ
 くらませて作り上げたような作品」「戦争体験者の酒の席での与太話を小説風にまとめただけのもの」
 と酷評した。さらに、2001年(平成13年)に山中は『「少年H」の盲点』という批判書を出版した。
  妹尾はあくまでも「自らの記憶と体験を元に書いた作品である」との主張を撤回してはいないが、
 山中の挙げた具体的な誤りや欺瞞の指摘に対しては口を閉ざし、一切の反論を行っていない。ただし
 『少年H』の文庫化に際しては、山中に指摘された部分を中心に何箇所もの訂正や変更、削除などが行
 われている。
  2013年に映画化された際に監督の降旗康男は、他の資料とともに山中の『間違いだらけの少年H』も
 参照し、直すべき個所は直したという。

 小生としては、やはりリアリティの薄い作品としか思えない。人間の醜さをきちんと描いていないので、
「子ども向け映画」なのかと思う。その意味では、家族で鑑賞できる映画なのだろう。しかし、これでは、
戦争は分らない。


 某月某日

 DVDで邦画の『そして父になる』(監督:是枝裕和、「そして父になる」製作委員会〔フジテレビジョン=
アミューズ=ギャガ〕、2013年)を観た。どちらかというと苦手なタイプの映画ではあるが、是枝監督とい
うこともあり、無難に観終えることができた。「子どもを取り違える」という話はたまに聞くし、それだけ
では物語にはならないだろうが、細部にいろいろな工夫がしてあり、それなりに成功している映画だとは思
う。もっとも、このようなケースは、経験しなければ絶対に分らない要素があるだろうから、外野から感想
を述べても、的外れになるかもしれない。小生自身は、「血縁」というものに過剰な信を置く人々に共感す
ることができないので、人間関係はこころが通い合えるかどうかの方が大事だろう、と観ている間中ずっと
そう思っていた。ともあれ、家族のあり方を考える上で、ひとつのかたちを提供する映画ではあった。なお、
途中で「未成年者略取罪」が関係してくるが、時効が5年とは短いのではないかと思った。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  6年間愛情を注ぎ、育ててきたわが子が、もし他人の子だったら? 突然、過酷な現実にさらされ
 た2組の夫婦の姿を映し出すヒューマンドラマ。『誰も知らない』の是枝裕和監督が、福山雅治を主
 演に迎えた深遠なドラマは、第66回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されるや、審査
 員賞に輝いた。

   〔あらすじ〕

  学歴、仕事、家庭といった自分の望むものを自分の手でつかみ取ってきたエリート会社員・野々宮
 良多(福山雅治)。自分は成功者だと思っていた彼のもとに、病院から連絡が入る。それは、良多と
 みどり(尾野真千子)との間の子が取り違えられていたというものだった。6年間愛情を注いできた
 息子が他人の子だったと知り、愕然とする良多とみどり。取り違えられた先の斎木雄大(リリー・フ
 ランキー)とゆかり(真木よう子)ら一家と会うようになる。血のつながりか、愛情をかけ一緒に過
 ごしてきた時間か。良多らの心は揺らぐ……。

 他に、二宮慶多(野々宮慶多)、黄升げん〔火偏に玄〕(斎木琉晴)、中村ゆり(宮崎祥子=看護師)、
夏八木勲(野々宮良輔=良多の父)、風吹ジュン(野々宮のぶ子=良多の義理の母)、樹木希林(石関里子=
みどりの母)、高橋和也(野々宮大輔)、ピエール瀧(宮崎看護師の夫)、小倉一郎(秋山=病院側の交渉
者)、大河内浩(織間忠治=同じく弁護士)、田中哲司(鈴本悟=良多の側の弁護士、良多の友人)、井浦
新(山辺真一=良多の同僚)、國村隼(上山一至=良多の上司)、吉田羊(波留菜=良多の部下)、木野花
(小学校の校長、良多の面接をする役目)、清水一彰(同じく教頭)などが出演している。主演の福山は、
複雑なこころの動きを十分に表現していたと思う。この映画のキャスティングはおおむね成功しており、子
役も上手だった。昔の映画では、子役が足を引っ張ってリアリティを失っていたが、最近はどの子役も上手
である。とくに、是枝作品には不可欠で、『誰も知らない』(監督:是枝裕和、『誰も知らない』製作委員
会、2004年)以来、是枝の得意技と言ってよいのかもしれない。もちろん、他の役者も自分の役割を全うし
ていたと思う。ちなみに、赤ん坊の取り違え事故は、そのほとんどが昭和40年代に起きた由であるが、赤ん
坊の名前を足の裏にマジックで書く習慣があまりよくなかったらしい。この物語の舞台である前橋中央総合
病院も、その習慣を昭和44年(1969年)に廃止していると秋山が述べているシーンがある。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。1本目は『ルームメイト』(監督:古澤健、「ルームメイト」製作委員
会〔TOKYO MX=木下グループ=東映=ポニーキャニオン=東映ビデオ=ぴあ=讀賣新聞社=GyaO!=中央公論
新社=WARNER MUSIC JAPAN=niconico〕、2013年)である。「解離性同一性障害(Dissociative Identity
Disorder)」を病んでいる人物が主人公である。その人物自身がパソコンを眺めている場面があり、その中
の記事が見えたので、以下に書き写してみよう。

   〔解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder)〕

  自分にいくつもの人格が現れ、自分が自分であるという感覚が失われている状態。アイデンティテ
 ィ・記憶・意識の統合がうまくいかず、複数の人格が個人の中に生じます。それぞれの人格は、独立
 した自分史・自己イメージ・アイデンティティ・名前を持った状態で、環境や自己を認識し、それら
 が個人の行動を繰り返し支配するようになります。

   〔症状〕

  自分の中にいくつもの人格が現れるが、別の人格のときの記憶がないことが多く、ある出来事の記
 憶がすっぽり抜け落ちていたり、まるでカプセルの中にいるような感覚がして現実感がない、いつの
 間にか自分の知らない場所にいる、自分の知らない行動をしているなど、症状は様々な形であらわれ、
 それによって生活に支障をきたすようになります。

   〔原因〕

  小児期の重篤な身体的および性的虐待と関係があると考えられる場合がほとんどです。原因となる
 できごとは様々で、大きくは家庭内と家庭外で受けたものに分けることができますが、本人が傷を自
 覚しない場合もあります(以下、省略)。

 この病気が絡む邦画としては、『ISOLA 多重人格少女』(監督:水谷俊之、「ISOLA 多重人格少女」製作
委員会〔角川書店=アスミック・エース エンタテインメント=東宝=イマジカ=日本出版販売=住友商事〕、
2000年)がある。興味のある向きは、「日日是労働セレクト79」を参照してほしい。実際、幼児期に酷い
虐待を受けて「多重人格」に追い込まれてしまった人の映像をTVで観たことがあるが、「自己防衛の働きと
しては、けっこう効果的ではないか」といった感想をもったことを記憶している。当該映画はこの病気をテ
ーマとして描きたかったわけではないだろう。むしろ、それを活かしてサスペンスを作り上げた(原案は、
今邑彩による同名の推理小説。筆者、未読)と言ってもよいのではないか。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になろう。さらに、〈ウィキペディア〉も
参照した。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  見ず知らずの他人が同居生活を営む新しいライフスタイル「ルームシェア」。北川景子&深田恭子
 主演で、ルームシェアした相手の恐ろしい素顔を知ってしまったヒロインが体験する恐怖を描くサス
 ペンス・スリラー。監督は『アナザー Another』、『今日、恋をはじめます』など幅広いジャンルを
 手がける古澤健。

   〔あらすじ1〕〈Movie Walker〉

  派遣社員として働く23歳の萩尾春海(北川景子)はある日、交通事故に遭って昏睡状態に陥ってし
 まう。命に別状はなかったものの、頭を強く打ち、片足は骨折。しばらく入院することになる。そん
 な春海を気遣い、優しく支えてくれたのが看護師の西村麗子(深田恭子)だった。患者と看護師とし
 て病院で知り合った春海と麗子の2人は、なぜか互いに親近感を覚えて意気投合。春海の退院をきっ
 かけに麗子がルームシェアを提案し、一緒に暮らし始める。「麗子みたいな人だったら、ずっと一緒
 にいたい」、「私もだよ、春海」。2人の共同生活は順調に見えた。麗子の奇妙な言動を目にするま
 では……。徐々に春海の周りで起こり始める不可解な事件。そして、殺人事件までもが発生。やがて
 春海の前に、麗子と見た目が瓜二つのマリが現れる……。

   〔あらすじ2〕〈ウィキペディア〉

  工藤謙介(高良健吾)が乗る車に轢かれた派遣社員の萩尾春海(北川恵子)は、入院した病院で看
 護師である西村麗子(深田恭子)と出会う。1人で入院生活をおくり、工藤の友人兼代理人で事故の
 保険会社社員の長谷川伸一(尾上寛之)ともやりとりをしなければならない春海に親身になってくれ
 た麗子は、春海がお金に困って母親に電話で相談する姿を見て、ルームシェアをしないかともちかけ
 る。出会った当初から気が合った麗子からの申し出で、家賃も半分になるということで春海も喜び、
 春海の部屋でルームシェア生活を始めた2人。互いに干渉しすぎないというルールは決めたものの、
 まだ怪我が治りきらずリハビリを続けなければならない春海をさりげなく気遣って支えてくれる麗子
 との生活はとても楽しく、これ以上の友達はできないと思うほど喜んでいた春海だったが、1か月が
 過ぎた頃から麗子は春海を束縛するような物言いや、夜中に誰かと言い争うなど奇怪な行動をとりは
 じめる。さらには、どう考えても麗子がやったとしか思えない状況で犬を鍋で煮ていたにも拘らず、
 「自分ではない」と否定したり、同僚だった看護師が殺された事件の証拠物を部屋に残していたりと、
 次第に見えてくる麗子の別の顔を知り、春海はパニックに陥っていく。

 他に、高良健吾(工藤謙介)、尾上寛之(長谷川伸一=いざなみ保険の外交員。謙介の友人)、大塚千弘
(安藤リカ=看護師)、筒井真理子(喜恵=晴海の母)、螢雪次朗(松井刑事)、田口トモロヲ(山崎徹=
すみれ愛育園理事長)、吉田里琴(少女時代の晴海)、萩原みのり(小川絵里)などが出演している。
 2本目は、『獄中の顔役』(監督:降旗康男、東映、1968年)である。「昭和残侠伝」シリーズ(1965-
1972年、全9作)の名コンビである、高倉健と池部良が、昔馴染の誼と渡世の義理との板挟みにあう物語。け
っこう凝っているにはいるが、やや地味な作品か。
 これも物語を確認しておこう。以下、同様。

   〔解説〕

  『博奕打ち 総長賭博』の笠原和夫、『侠客の掟』の鳥井元宏 、『男の勝負 白虎の鉄』の高田宏治
 の三人が共同でシナリオを執筆し、『懲役十八年 仮出獄』の降旗康男が監督したやくざもの。撮影は
 『博徒解散式』の星島一郎。

   〔あらすじ〕

  網走刑務所で刑を終えて出所した速水恭(高倉健)は、世話になった田島組に戻ってきたが、田島
 組は市議の徳丸(山岡徹也)と手を結んだ本間組と、激しい対立を繰り返していた。速水はそんなと
 きに、田島組の代貸・南靖男(室田日出男)が本間組の闇討ちに合って死んだことから、単身殴込み
 をかけ、再び刑務所に戻らねばならなかった。もちろん、速水が逮捕されても、双方の対立が収まる
 はずもなく、獄中の速水の耳にもそれが届いていた。ある日、速水は東房にいるかつての仲間黒崎勉
 (池部良)が、いまは本間組の世話になっていることを知った。速水は黒崎に「田島組のシマである
 競輪場から本間に手を引いてほしい」と伝えてもらったが、田島組の子分が服役中である組長の本間
 猛(遠藤辰雄)を襲ったことから、依然、双方の対立は解けなかった。黒崎は、田島殺害の命を本間
 の弟の勇(天津敏)から受け、出所しようとしていたが、たまたま、ダイナマイト自殺を図った刑期
 満了近いガクタイ(藤木孝)を、速水とともに救ったことから、彼との昔の友情を取戻した。やがて
 黒崎は出所していったが、すでに田島殺害の意思はなく、勇の罠で田島を刺したものの、自らも勇の
 手下に殺されてしまった。田島が死んで、町は完全に本間の手に握られてしまった。競輪場のシマも
 本間が握り、横暴をきわめる本間組のために町民は恐怖の中で生活しなければならなかった。一方、
 速水は出所の日を迎え、すべての事情を知って本間兄弟を刺そうとの決心を固めていた。しかし、田
 島の娘敏子(藤純子)は、そんな速水を愛していたので、必死になってそれを止めようとした。しか
 し、敏子の腕を振り切った速水は、短刀を手に群衆の真っただ中で本間兄弟、徳丸市議を刺し、この
 抗争にピリオドをうった。

 他に、竜崎一郎(田島大三郎=田島組組長)、曽根晴美(和崎隆=田島組組員)、小林稔侍(正一=同じ
く若い衆)、安城由貴子(黒崎亜矢子=勉の女房)、潮健児(馬淵=本間組の幹部)、土山登士幸(滝本=
本間組組員)、島田正吾(菩薩=速水が入所した部屋の囚人)、佐藤京一(仁王の三吉=同)、由利徹(ゴ
エモン=同)、山城新伍(マイク=同)、左とん平(バリカン=同)、佐藤晟也(モタ公=同)、日尾孝司
(倉持=本間組側の囚人)、宇佐美淳也(鳥越=松崎市市長、田島組側)、左卜全(吾助=だるま家のおや
じ)、八名信夫(本間組組員)などが出演している。
 ところで、刑務所の中は何度も映像化されているが、今回も面白いネタを拾った。たとえば、速水が新入
りとして入所してきたとき、西房の房長である仁王の三吉らと「固めの盃」ならぬ「固めのヅケモク(皆で
煙草を回し喫いすること)」を敢行している。さらに、ゴエモンが「今朝の味噌汁の実は旅役者か田舎娘だ
な」という台詞を吐くが、前者は大根で、後者は里芋のこと。言われれば分るだろう。さらに、喧嘩の際の
速水の啖呵を以下に記しておこう。

  「ムショ(刑務所)の中の喧嘩は静かにやるもんだぜ(騒ぐと、看守に止められる)。なんだいそ
   の面(ツラ)。ムショの貫録はツラじゃねェぞ。モッソウ飯(ムショの食事のこと)の数だよ。
   てめェらみたいなテンプラ(囚人服を着ているだけで、少しも貫禄のない存在)に話したって始
   まらねェや。もうちょっとペテンの(はったりの利いた)ハクイ(かっこいい)のいねェのかい。
   モタ公やったのはどいつだ。言えよ」。

 また、鎮静房(=懲罰房)に入れられている速水のために、菩薩が「アマシャリ(=甘い菓子)」を差し
入れるシーンがあるが、『刑務所の中』(監督:崔洋一、ビーワイルド=衛星劇場、2002年)にも登場した
言葉である(「日日是労働セレクト20」、参照)。あるいは、「アオテン(=青い囚人服のこと)」とい
う言葉も出て来るが、これはたしか『女囚701号・さそり』(監督:伊藤俊也、東映東京、1972年)にも登場  
する言葉である。ムショ用語としてはポピュラーなのだろう。さらに、囚人のための映画鑑賞の場面がある
が、女子プロレスや女子風呂のシーンなので、これは現実にはないだろうと思った。囚人には刺激が強すぎ
るはずだからである。なお、蛇足であるが、藤純子のセーラー服姿が拝める貴重な映画でもある。
 3本目は、『日本女侠伝 激斗ひめゆり岬』(監督:小沢茂弘、東映京都、1971年)である。「日本女侠伝」
シリーズ(1969-1971年、全5作)は、「緋牡丹博徒」シリーズ(1968-1972年、全8作)とは異なる趣向で、
主演の藤純子を盛り立てている。当該作品はその最終作の第5作である。沖縄の「ひめゆり部隊」を少しだ
け絡めており、その点ではけっこう新鮮な味がする。
 物語を確認しておこう。以下、同様。

   〔解説〕

  復興途上の沖縄を舞台に、悪徳ヤクザ対主人公与那嶺〔與那嶺〕ゆりの活躍を描く。脚本は『女渡
 世人 おたの申します』の笠原和夫。監督は『傷だらけの人生』の小沢茂弘。撮影も同作の吉田貞次が
 それぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  与那嶺ゆり(藤純子)は、戦死した両親の意志をつぎ、運送会社を経営していた。ある夜、暴力団
 岩松組にからかわれていた花売娘を助けたことから、ゆりの母親の郷里新城(アラグスク)集落の悲
 惨な現状を知る。しかし、集落をたて直すためには岩松組のルートを通さねばならない。だが岩松組
 はスクラップの中に日本軍の九六式榴弾が混っていることを知ると横取りを計画した。そんな時東京
 の中上組組長の中上鉄(菅原文太)が岩松組の客分として迎えられたが、岩松の卑劣な手段に反撥し
 ていつしかゆりの作業に協力をするようになった。一方、ゆり、中上殺害に失敗した岩松軍司(天津
 敏)は、中上がパスポート偽造入国であることをMPに密告し、再び新城集落を襲い厳重な強制労働
 を強いた。中上は、東京から迎えにやってきた子分のバタフライの秀(南利明)に東京へは戻らぬ決
 意を告げ、ドスをふころに単身新城集落へ向う。ゆりは、中上の制止も聞かず彼の後を追う。新城集
 落では岩松組との凄惨な死闘が展開する。包囲網を突破した二人は死にもの狂いで岩松を追いつめ、
 刺した。米軍憲兵隊に連行された二人だが、事件の一切の罪を被った中上はMPによって銃殺された。
 悲しみにうちしおれたゆりは、沖縄の別れの曲「花風」を愛をこめて無心に舞いつづけた。

 他に、水島道太郎(当間豪志郎=先代からの社員)、大木実(八代健作=熊本出身の社員、周囲からは
「軍曹」と呼ばれている)、潮健児(金丸勇=与那嶺運送の若い衆)、北村英三(安里景介=グシガミ・ア
ラグスク地区の区長。中上の沖縄戦における命の恩人)、待田京介(伊波大助=岩松組の若い衆だが、最後
には与那嶺側に就く)、林彰太郎(台外精治=岩松の片腕)などが出演している。さして目新しさはなかっ
たが、異色作のひとつではある。なお、沖縄を舞台にしたヤクザ映画に、『沖縄やくざ戦争』(監督:中島
貞夫、東映京都、1976年)〔「日日是労働セレクト45」、参照〕があるが、当該作品よりもずっと迫力が
あったと思う。また、「ひめゆり部隊」に関しては、何度か映画化されているが、小生としては以下の作品
を鑑賞している。

  『ひめゆりの塔』、監督:今井正、東映東京、1953年〔「日日是労働セレクト20」、参照〕。
  『あゝひめゆりの塔』、監督:舛田利雄、日活、1968年〔「日日是労働セレクト77」、参照〕。

 いずれも優れていると思う。


 某月某日

 DVDで邦画の『日本橋』(監督:市川崑、大映京都、1956年)を観た。不思議な味わいの映画で、原作者で
ある泉鏡花の意図がどの程度活かされているのかは判然としないが(筆者、未読)、少なくとも芸者の世界
は描かれていると思う。小生の見立てでは、芸者が登場する映画の最高峰は『流れる』(監督:成瀬巳喜男、
東宝、1956年)であるが、奇しくも当該映画と同じ年の製作である。昔馴染の芸者に執着する男が登場する
映画(ただし、オムニバス映画なので、その一部)としては『にごりえ』(監督:今井正、文学座=新世紀
映画、1953年)が挙げられるが、監督こそ違えども、三者にはどこか共通した雰囲気がある。いずれも50年
代の映画なので、まだまだ芸者に本格的なリアリティが存在したからだと思う。もちろん、小生は芸者を自
分のお座敷に呼んだことなどないので(宴席で、芸者を見たことはある)、そんな判断は推測にすぎないが、
それほど間違ってはいないと思う。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  妖しくも美しい女の恋の執念を描いた泉鏡花の名作を大映カラーにより再映画化。脚色は、『処刑
 の部屋』の和田夏十、監督も同じく市川崑、撮影は『魔の花嫁衣裳(前後篇)』の渡辺公夫。主な出
 演は『鶴八鶴次郎』の淡島千景、『夜の河』の山本富士子、『涙』の若尾文子、『惚れるな弥ン八』
 の船越英二、『鶴八鶴次郎』の柳永二郎、『スタジオは大騒ぎ』の品川隆二、その他、岸輝子、浦辺
 粂子、潮万太郎など。

   〔あらすじ〕

  日本橋元大工町、幽霊が出るという噂のある露地の細道に稲葉家は移転。女あるじお孝(淡島千景)
 は雛妓お千世(若尾文子)を始め抱妓九人を持つ日本橋の芸者、意地と張りが身上で界隈切っての美
 人芸者清葉(山本富士子)と張合い、清葉に振られたためお孝と出来た客も一人、二人でない。赤熊
 こと五十嵐伝吉(柳永二郎)もその一人。もとは海産物問屋だが、清葉に振られたところをお孝に拾
 われ夢中になったのも束の間、やがてお孝にも追い出され、問屋はつぶれ女房も死ぬ。今は可愛い子
 どもも棄て、お孝を求めてさまようばかり。行方知れぬ姉を探す医学士、葛木晋三(品川隆二)は姉
 に瓜二つの清葉を知り、ある夜、待合お鹿で自らの心情を打明ける。だが清葉は旦那(高村栄一)も
 子どももある身、乱れる心を押え冷たく別れの盃を交す。その夜更け、一石橋の上で姉のかたみの一
 文雛(サザエやハマグリでできている)を川へ放した葛木は、通り掛った笠原信八郎巡査(船越英二)
 に不審尋問。困っているところを、ほろ酔い加減のお孝の気転で救われる。二人はその夜、結ばれた。
 清葉の家の露地板に、ある夜捨て子があった。赤熊こと伝吉の子どもとも知らず、清葉は養い親とな
 る。初夏の頃、もうお孝にとって葛木は無二の人。短刀で凄んで居直ろうとした伝吉もお孝の真剣さ
 に圧倒され、一石橋で葛木を待伏せ、お孝と切れてくれと嘆願。葛木は彼の執念に動揺し、世を捨て
 て巡礼に出る。翌年の夏、恋しさのあまり狂人となったお孝は、叔母と名乗る性悪婆〔蒟蒻島の阿婆〕
 (岸輝子)に一人残った抱妓お千世と三人の佗住い。日の暮れる頃、清葉の家の近くに火の手が上る。
 清葉の母(浦辺粂子)と養いの赤児を救った伝吉は、その勢いで恨みの稲葉家につっ走る。伝吉は婆
 とお千世を一突き、だがお孝は彼の手から刀を奪い彼を刺す。その瞬間「しまった」と駈込む旅僧姿
 の葛木。お孝の瞳に正気が甦った。だが生涯に唯一度、誠の夫と誓う人への再会の喜びも束の間、正
 気を取戻したお孝は台所で静かに毒をあおいだ。数日後、旅立姿の葛木が清葉を訪れ、仏門に余生を
 送る覚悟を述べた。お孝こそ自分の妻と語る彼は、忍び泣く清葉を後に日本橋を去って行く。

 他に、杉寛(植木屋甚平=お千世の祖父)、川口浩(腕白大将)、沢村貞子(お鹿)、平井岐代子(塩瀬
の女将)、潮万太郎(お鹿の客)、伊東光一(橘博士)、小原利之(箱屋)、伊達正(飴屋のおやじ)、杉
田康(医学士のひとり)、早川雄二〔雄三〕(同)などが出演している。品川隆二の二枚目は始めて観たの
ではないだろうか。なかなかの色男ぶりであった。なお、「色彩指導」として挿絵画家の岩田専太郎が参画
している。「助監督」として増村保造の名前も見える。つまり、贅沢な作品なのである。とにかく、着物姿
が粋でよかった。それだけでも観る価値がある。これほどに着こなせる女優が現代にはいるだろうか、とも
思った。おそらく、普段から着慣れていないと、こうは行かないと思う。晋三が清葉に身の上を明かす際、
彼女に対する気持を打ち明けるシーンがある。「かわいい/ゆかしい/いたわしい」だった。現代の若者に
は、「かわいい」はともかく、他の二つの形容詞を用いる男などいないだろう。また、清葉が、芸者として
の手練手管として「いじ、はり、かけひき」を挙げていた。花柳界に身を置くうちに自然に身につくものな
のか、それとも女の天性なのか、それは永遠の謎である。


 某月某日

 DVDで邦画の『凶悪』(監督:白石和彌、「凶悪」製作委員会〔日活=ハピネット〕、2013年)を観た。白
石監督は若松孝二門下の俊英で、長篇第一作とは思えない力量を発揮している。原作は『凶悪 ─ 或る死刑
囚の告発 ─』(『新潮45』編集部 編、新潮文庫、2009年)〔筆者、未読〕である。テイストが似ている作
品としては、以下のものが挙げられよう。

  『その男、凶暴につき』、監督:北野武、松竹富士、1989年。
  『ソナチネ』、監督:北野武、バンダイビジュアル=松竹第一興業、1993年。
  『GONIN』、監督:石井隆、ぶんか社=イメージファクトリー・アイエム、1995年。
  『GONIN2』、監督:石井隆、衛星劇場、1996年。
  『殺し屋1』、監督:三池崇史、オメガ・プロジェクト=オメガ・ミコット=EMG=STARMAX=スパイク=
   アルファグループ=エクセレントフィルム、2001年。
  『接吻』、監督:万田邦敏、ランブルフィッシュ、2006年。
  『冷たい熱帯魚』、監督:園子温、日活、2010年。
  『アウトレイジ(OUTRAGE)』、監督:北野武、「アウトレイジ」製作委員会〔バンダイビジュアル=
   テレビ東京=オムニバス・ジャパン=オフィス北野〕、2010年。
  『アウトレイジ ビヨンド』、監督:北野武、「アウトレイジ ビヨンド」製作委員会〔バンダイ
   ビジュアル=テレビ東京=オムニバス・ジャパン=ワーナー・ブラザーズ映画=オフィス北野〕、
   2012年。

 上記の作品群の共通項目としては、暴力シーンに満ち、場合によっては人間の尊厳をなみする殺伐とした 
光景が拡がっているという点が挙げられよう。もちろん、「暴力(バイオレンス)」は映画のモチーフとし
ては平凡な要素であるし、実際に暴力が全篇を彩る映画は掃いて捨てるほどある。たとえば、『復讐するは
我にあり』(監督:今村昌平、松竹=今村プロ、1979年)などにおいても、何人もの人間が無惨にも殺され
るが、当該映画とは根本的に違う匂いがするのだ。それが何なのかは判然としないが、少なくとも、登場人
物の感情の動きの周波数が彼我で異なるような気がする。あるいはバブル経済崩壊が関係しているような気
がするが、それ以降の日本の様相が一変したのかもしれない。換言すれば、偽善的なタテマエが遠く背景へ
と退き、邪悪なホンネがむき出しとなって前面に現われた、と言えるかもしれない。歯止めの利かなくなっ
た暴力はどこまでもエスカレートしていき、惰性のようにいつまでもつづく。もはや、暴力は人間の手を離
れ、あたかも必然の様相を帯びる。殺す側と殺される側の領分がはっきりと分かれ、悪人はどこまでも悪人
で、その被害者と入れ替わることはない。もちろん、この物語の中では、自らも暴力を振いながら、その暴
力によって滅んでいく人間が登場するが、彼らは元々被害者の位置に立っていたのである。つまり、殺され
る側の人間なのだ。殺す側の人間とはどういう人間か、それを描こうとしているのがこの映画の眼目ではな
いだろうか。もっとも、それは真のテーマではなくて、このブログの終りで再論するが、実はそのとりあえ
ずの結論も、最後のシーンで覆されるのである。誤解かも知れないが、小生にはそう見えた。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  死刑囚の告発が未解決事件の真犯人逮捕につながった、衝撃のベストセラー・ノンフィクションを、
 山田孝之主演で映画化した人間ドラマ。殺人事件を犯しながら、裁きも受けずに生きながらえる悪人。
 そんな悪人を幅広いジャンルで活躍するリリー・フランキーが狂気を携えた演技で見せる。監督は若
 松プロダクション出身の白石和彌。

   〔あらすじ〕

  ある日、雑誌『明朝24』の編集部に一通の手紙が届いた。それは獄中の死刑囚・須藤純次(ピエー
 ル瀧)から届いた、まだ白日のもとにさらされていない殺人事件についての告発だった。彼は判決を
 受けた事件とはまた別に3件の殺人事件に関与しており、その事件の首謀者は「先生」と呼ばれる人
 物・木村孝雄(リリー・フランキー)であること、「先生」はまだ捕まっていないことを訴える死刑
 囚。闇に隠れている凶悪事件の告発に慄いた『明朝24』の記者・藤井修一(山田孝之)は、彼の証言
 の裏付けを取るうちに事件にのめり込んでいく……。

 他に、池脇千鶴(藤井洋子=修一の妻)、吉村実子(藤井和子=同じく母)、ジジ・ぶぅ(牛場悟=第三
の事件の被害者)、白川和子(牛場百合枝=悟の妻。夫の殺害を木村に依頼した女)、原扶貴子(牛場恵美
子=悟の娘)、廣末哲万(牛場利明=恵美子の夫)、小林且弥(五十嵐邦之=須藤の信奉者だが、その須藤
に裏切の疑いをかけられて殺される)、斉藤悠(日野佳政=木村から須藤に託された舎弟。須藤らに焼き殺
されそうになる)、米村亮太朗(佐々木賢一=須藤のムショ仲間。出所後、須藤らに殺される)、松岡依都
美(遠野静江=須藤の内縁の妻)、村岡希美(芝川理恵=『明朝24』 の編集長)、外波山文明(森田幸司=
森田土建の社長。木村の共犯だが、不審な事故で植物状態になる)、九十九一(福森孝=木村の共犯。身寄
りのない老人を探して木村に紹介。逃亡しようとして交通事故死)、範田紗々(田中順子=須藤に覚醒剤を
打たれて焼き殺される女)などが出演している。
 実話に基づいているせいか、リアルな恐ろしさに満ちている。人間のこころの闇はどこまでも深い。木村
や須藤が極悪人であることは一目瞭然であるが(そうなった経緯は一切省略されている)、自分の夫(父)
を間接的に殺すことを選んだ牛場の家族の思いはどういった類のものだろうか。木村や須藤のこころとはど
う違うのだろうか。また、彼らがたどった軌跡は、どのように狂っているのか。平凡な人間は、たとえ木村
や須藤にはなり得ないとしても、牛場の家族のひとりにはなり得るかもしれない。そうだとすれば、何がそ
れを選択させるのだろうか。また、終幕間際、面会室で、木村が藤井に対して「ひとつ教えてやる。うん。
私を殺したいと一番強く願っているのは、被害者でも、おそらく須藤でもない」と語りかけ、木村の顔に向
けて強化プラスティックの窓越しに人差し指を2度突く場面があるが、あれは鑑賞者に対する宿題ではない
だろうか。小生の解釈は単純である。木村の言いたいことはこうだ。「俺はたしかに人殺しかもしれない。
しかし、その俺に凄まじい殺意を抱いているお前とどう違うのだ。塀の内と外に別れているだけで、所詮同
じ穴の貉じゃないか」、と。もちろん、誤解かもしれない。しかし、その言動の直後、顔に浮かべた木村の
奇妙な優越感と、それを受けて能面のように動かなくなった藤井の表情を考え併せると、そんな解釈も可能
だとは思う。そして、さらに穿ってみれば、われわれ人間は、木村の位置にも、藤井の位置にも立てるとい
うことだ。はたしてわれわれは、「そんなことは絶対ない」と言い切れるのだろうか。また、藤井の位置の
背景には、強大な「権力」が控えているとも考えられる。すなわち、「正義」という名前の権力が。ともあ
れ、いろいろ考えさせてくれる映画であった。


 某月某日

 DVDで邦画の『暗黒街の弾痕』(監督:岡本喜八、東宝、1961年)を観た。まさに岡本ワールド全開の映画
で、エンタメ度はかなり高い。全篇至る所で工夫が凝らされており、脚本(関沢新一)の冴えも窺える。当
時、岡本監督が「男性活劇」路線のホープと言われただけのことはある。物語は産業スパイが絡むので、
『黒の試走車(テストカー)』(監督:増村保造、大映東京、1962年)〔「日日是労働セレクト24」、参
照〕を連想した。あるいは、両者に影響関係があるのかもしれない。また、岡本監督本人の作品としては、
『殺人狂時代』(監督:岡本喜八、東宝、1967年)〔「日日是労働セレクト20」、参照〕などにつながっ
ていると思う。
 物語を確認しておく。例によって〈Movie Walker〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  『独立愚連隊西へ』のコンビ関沢新一の脚本を、岡本喜八が監督したアクションもの。撮影は『花
 のセールスマン 背広三四郎』の小泉福造。

   〔あらすじ〕

  山間の峠道「三角峠」で高性能エンジンをテストしていた草鹿一郎(三島耕)は、飛びだしたダン
 プカーに邪魔されて、崖下に転落していった。技師小松静夫(中谷一郎)の知らせで兄の急死を知っ
 た捕鯨砲練習所の指導員草鹿次郎(加山雄三)は、小松モーター研究所で兄の死が産業スパイの犠牲
 になったのではないかと聞かされた。産業スパイ(=S活動)とは産業界の新しいアイディアを盗み
 それによって莫大な利益を得んとするニュータイプの悪の組織だ。その晩次郎は盛り場の飲み屋「桃
 の木」で大学時代の親友須藤健(佐藤允)に再会した。健はインチキ週刊誌の『実話世界』の社長と
 悪質なトップ屋を兼業している男だ。その健が狙っているのは、あらゆる悪事に手を染めてる互栄経
 済興信所の所長である大鳥勇策(河津清三郎)と、マルサンビル工事に関する暴力団能中組の不正だ
 った。もう一つの狙いは、トラックの運転手「房州」こと中江房吉(堺左千夫)の持っている秘密だ。
 しかし、その晩房州は何者かのために殺されていた。健は房州の死が三角峠の事件に関係ありとみて、
 大鳥をゆするが大鳥は平然としていた。一方、次郎は小松モーター研究所で設計図を買収しようとし
 た会社の中に互栄経済興信所の名を見出して訪ねるが、大鳥の経済顧問前川(草川直也)に軽く追い
 払われた。その次郎の後をつける黒い服の男〔=殺し屋〕(天本英世)を絞め上げた次郎は、大鳥が
 秘密裡に経営するナイトクラブ「パロゾン」に乗り込んだ。支配人志満明(中丸忠雄)、能中(大木
 正司)などのためにあわやという瞬間、東刑事(三橋達也)と健が割って入った。不可解な事件の連
 続に兄の死が他殺であることを知った次郎は、再びパロゾンに乗り込んで志満と対決するが、その時
 クラブの女歌手(島崎雪子)からボスが大鳥であると聞かされた。健の行動に釈然としない次郎は思
 い出の球場に健を伴い彼の態度をせめた。その時、突然殺し屋が二人に襲いかかるが、二人は協力し
 て殺し屋を捕え、彼の口から前川と志満によって一郎が殺されたことを知った。房州は問題のトラッ
 クを運転していたのだった。前川と志満を追った二人は、逆に捕えられてしまった。ただし、健は志
 満によって大鳥と一緒に、そして、次郎は前川によって健の恋人であるトミ(水野久美)と一緒に。
 国際的な産業スパイ団は、遂にエンジン設計図をどんなことをしても奪えと香港から指令して来た。
 日本でのボスはパロゾンの女歌手だった。志満は、小松モーター研究所の金庫から設計図を取り出す
 や、香港に飛ぶべく羽田へ急行した。その頃、健はかつての弟分である三木(ミッキー・カーチス)
 の助けをかりて地下室を脱出し、その足で次郎とトミが監禁されているガレージへ急行し彼らを救っ
 た。前川によってガス中毒寸前のところだった。小松の急報で、東刑事の一隊も出動した。これを知
 った前川一派はマルサン工事現場へ逃げ込んだ。間もなくして、銃撃戦が始まった。次郎も健も重傷
 を負ったが、周りはすでに警察によって堅められていた。二人が逮捕されるのはもう時間の問題であ
 った。

 他に、浜美枝(小松杏子=静夫の妹)、横山道代(ナオミ=実話世界社の社員)、塩沢とき(桃の木の女
将)、丘照美(ホステス)、鈴木治夫(警察官)、山田彰(チンピラ)、平田昭彦(捜査主任)、桐野洋雄
(殺し屋A)、二瓶正典〔正也〕(同B)、白木茂(ABC工業社員)、中山豊(ヴィナス石油社員)、沢村い
き雄(製本屋)、林幹(鞄の男=五千円札の束を大鳥に渡す。なお、すでに聖徳太子の透かしの入った一万
円札は発行されていた〔1958年〕)、若松明(黒いコーラスA)、高木弘(同B)、万谷治夫(同C)など
が出演している。
 今ではほとんど耳にしなくなった言葉が飛び出した。その例を以下に挙げよう。

  「アベック族」→「女性を伴った暴走族のこと」 草鹿一郎と小松静夫の前を横切る。
  「オールチョン」→「全部終了」 草鹿一郎の台詞。
  「BGは裸で勝負する」 『実話世界』の記事名。BGは、現在のOLのこと。ビジネス・ガールの略。
  「国民所得倍増の世の中じゃない」 池田勇人首相の内閣の策定(1960年)より。 
   パロゾンの女歌手の台詞。
  「デカチョロ」→「刑事が近くをうろうろしていること」 三木の台詞。
  「サツ(=警察)はアメ玉じゃないぞ」→「なめるなよ」の意味。 東刑事の台詞。
  「空気を入れる」→「誰かに何かを吹込み、その気にさせること」 健の台詞。
  「これは立派な商取引。キャラメルを買うのと同じですよ」 健の台詞。

 ちなみに、「空気入れんなよ」といった感じで、高倉健が何かの作品で口にしたのを覚えている。なお、
次郎と健が能中らと桃の木で乱闘になった際の、そこの女将が要求した損害賠償の金額が面白かった。以下
に記しておこう。

  器の損害     1,400円
  ミスの修繕    5,000円
  今夜のお勘定    960円
  健ちゃんの借金  2,880円

 また、産業スパイが暗躍する産業の名前も出て来る。自動車、カメラ、繊維、鉄鋼、製薬、化粧品、ファ
ッションモードなどである。本作では自動車であるが、20万円台の国民車の生産へとつながるエンジンの設
計図がターゲットになっている。最近鑑賞した『天下を取る』(監督:牛島陽一、日活、1960年)でも、25
万円の国民車が物語の焦点となっていた(「日日是労働セレクト107」、参照)が、この頃の重要な話題
だったのであろう。なお、産業スパイがなかなか表沙汰にならないのは、被害者が起訴に持ち込んでも、研
究内容の秘密を全部法廷で公開しなければならないからである。なお、石油会社もエンジンの設計図を狙っ
ているが、手に入れた設計図でエンジンを作るのではなく、権利を買ってその設計図を握り潰すためである。
燃費のよい車(1リッターで30キロ走行できる)を生産されては、儲けが薄くなるからの由。一理あると思
った。前川から健が金を受け取る場面があるが、35円引かれており、健が前川に借りたラーメン代に当たる
金額だった。ゲイコマと言ったところか。さらに、志満が奪った設計図は偽物で、あわてて包みを開けてみ
たら、「謹賀新年」と書いてあったのも面白かった。「おめでたい奴だ!」という意味だろう。


 某月某日

 今日は、DVDで観た『香華(前篇・後篇)』(監督:木下恵介、松竹大船、1964年)の感想を記そう。原作
は有吉佐和子のベストセラー小説である(筆者、未読)。「女の一生」型の物語で、田中絹代、乙羽信子、
岡田茉莉子が、祖母、母、娘を演じている。木下恵介お得意の女性映画だが、しっかりとした手応えがあり、
200分を超える長尺の作品(前篇・後篇に分割されている)ながら、まったく退屈な場面はなかった。当然、
男は添え物の存在で、自我の強い女の自我が、ことさら強調されている。とくに乙羽信子の郁代は難物で、
田中絹代が演じた母親のつな、岡田茉莉子が扮した娘の朋子は、彼女にこれでもかといった具合に翻弄され
る。郁代が交通事故で突然亡くなったとき、「お母さんは上手に帳尻を合せましたね」と朋子は呟くが、ま
さに波乱万丈の生涯であった。一応、朋子が本作の主人公なのだろうが、強烈な印象を残したのはむしろ郁
代の方ではないだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  有吉佐和子の同名小説を『死闘の伝説』の木下恵介が脚色、監督した文芸もの。撮影もコンビの楠
 田浩之。

   〔あらすじ〕

  〈第一部/吾亦紅の章〉明治三十七年紀州の片田舎で須永朋子は父を亡くした。三歳の時のことだ。
 母の郁代(乙羽信子)は小地主須永つな(田中絹代)の一人娘であったが、大地主田沢の一人息子と、
 須永家を継ぐことを条件に結婚したのだった。郁代は二十歳で後家になると、その美貌を見込まれて
 朋子をつなの手に残すと、高坂敬助(北村和夫)の後妻となった。母のつなは、そんな娘を身勝手な
 親不孝とののしった。もっとも、幼い朋子には、母の花嫁姿が美しくうつった。朋子が母郁代のもと
 にひきとられたのは、祖母つなが亡くなった後のことであった。敬助の親と合わない郁代が、二人の
 間に出来た安子を連れて、貧しい生活に口喧嘩の絶えない頃だった。そのため小学生の朋子は静岡の
 遊廓叶楼に半玉として売られた。悧発で負けず嫌いをかわれた朋子は、芸事にめきめき腕をあげた。
 朋子が十三歳になったある日、郁代が敬助に捨てられ、九重花魁として叶楼に現れた。朋子は「お母
 さん」と呼ぶことも口止めされ、美貌や衣裳道楽やらで男を享楽する母をみつめて暮した。十七歳に
 なった朋子(岡田茉莉子)は、赤坂で神波伯爵(宇佐美淳也)に水揚げされ、養女先の津川家の肩入
 れもあって「小牡丹」という名で一本立ちとなった。朋子が、士官学校の生徒江崎文武(加藤剛)を
 知ったのは、丁度この頃のことだった。一本気で真面目な朋子と江崎の恋は、許されぬ環境の中で激
 しく燃えた。朋子は、江崎の「芸者をやめて欲しい」という言葉に自分を賭けて、やがて神波伯爵の
 世話で「花津川」という芸者の置屋を始め独立した。
  〈第二部/三椏の章〉関東大震災を経て、年号も昭和と変わった頃、朋子は二五歳で、築地に旅館
 「波奈家」を開業していた。朋子の頭の中には、江崎と結婚する夢だけがあった。母の郁代は、そん
 な朋子の真意も知らぬ気に、昔の家の下男八郎〔八らん〕(三木のり平)との年がいもない恋に身を
 やつしていた。そんな時、神波伯爵の訃報が知らされた。悲しみに沈む朋子に、おいうちをかけるよ
 うに、突然訪れた江崎は、結婚出来ぬ旨を告げて去った。郁代が花魁であったことが原因していた。
 朋子のすべての希望は崩れ去った。この頃四十四歳になった母郁代は、年下の八らんと結婚したいと
 朋子に告げた。多くの男性遍歴をして、今また、結婚するという母にひきかえ、この母のため、女の
 幸せをつかめぬ自分に、朋子はひしひしと狐独を感じた。終戦を迎えた昭和二十年、廃虚の中で、八
 らんと別れて帰って来た郁代にとまどいながらも、必死に生きようとする朋子は「花の家」を再建し
 た。それから三年、新聞の片隅に江崎の絞首刑の記事を見つけた朋子は、一目会いたいと、巣鴨通い
 を始めた。復員局法務調査部の事務官である村田(内藤武敏)の好意で金網越しにあった江崎は、三
 椏の咲く二月、十三階段に消えていった。病気で入院中の朋子を訪ねる郁代が、交通事故で死んだの
 は朋子の五十二歳の時だった。波乱に富んだ人生に、死に顔もみせず終止符をうった母を朋子は、何
 か懐しさをもって思い出した。母の死後、息子の常治をつれて花の家に種違いの妹の安子(岩崎加根
 子)が帰って来た。朋子は幼い常治の成長に唯一の楽しみをもとめた。昭和三十九年、六十三歳の朋
 子は、常治を連れて郁代のかつての願いであった田沢の墓に骨を納めに帰った。しかし、そこで待っ
 ていたのは親戚の冷たい目であった。怒りにふるえながらも朋子は、郁代と自分の墓をつくるを考え
 ながら、和歌の浦の波の音を聞くのだった。

 他に、杉村春子(津川家の太郎丸)、岡田英次(野沢=朋子の二度目の旦那)、村上冬樹(大叔父)、桂
小金治(呉服屋の番頭)、柳永二郎(「叶楼」楼主)、市川翠扇(同じく女将)、菅原文太(杉浦=陸軍士
官学校での江崎の同窓)、新克利(同)、奈良岡朋子(江崎の妻)、草野大悟(須永家の近隣の農民)、野
村昭子(つなの葬式に列席している近所の女)などが出演している。
 現代ではあまり口にしなくなった言葉や事柄が登場する。以下に列挙してみよう。

  ○ 未亡人(郁代)の前で、「二百三高地」陥落の報を受けて万歳三唱をする葬式の列席者。
  ○ 綿帽子を被らないのは、二度目の嫁入りだから。
  ○ 喪服の白(以前は、黒ではなく白だった)は、二度と夫を持たないという覚悟の現われの筈。
  ○ いとさん(長女)、こいさん(末の娘)…… 本作では、ときどき「いとうさん」と聞こえた。
  ○ 「庄屋の子どもでも、学校へは木綿の筒袖が決り」(つなの台詞)。
  ○ 「女子(おなご)はなんで子を産まんならんのやろか、つくづくそんなんやと思いますわ」
   (郁代の台詞)。cf. 酒井順子の『少子』(講談社文庫、2003年)。
  ○ 芸者と花魁(女郎)が同じ所帯に同居する叶楼。
  ○ 蜜豆屋の二階で芸者と書生が逢引することが流行。
  ○ 「軍人は傘に入らない(以前にも別の映画でそんな場面があった)」(江崎の台詞)。
  ○ 「陸軍さんに血道を上げるんなら、せめて少将から上にしてほしいよ」(太郎丸の台詞)。
  ○ 「旦那もちの芸者にちょっかい出すなんざぁ、新派悲劇みたいだ」(野沢の台詞)。
  ○ 活動を観てきた郁代の口から「栗島すみ子」(戦前の大女優)の名前が登場。「まむし」(うな
   ぎのこと)という言葉も。
  ○ 「糟糠の妻は堂より下さず(そうこうのつまはどうよりくださず)」(野沢の台詞)……貧乏の
   ときから辛苦を共にしてきた妻は、成功を収めて富貴の地位に至ったとしても大切にするべきで
   あるということ。人としてのあり方の清らかさ、誠実さを例えた言葉。糟糠は、酒かすと米ぬか
   のことで粗末な食物の喩え。光武帝が宋弘に「富みては妻を易えるというが、人情であろうか」
   と尋ねたところ、宋弘は「苦労を共にした妻を追い出さぬことこそが人情です」と答えた故事か
   ら(「ことわざ図書館」より)。
  ○ 戦犯収容所への面会は、月に一度、家族だけ五名の決まり。
  ○ 戦犯で処刑された人は、その遺体も遺骨も遺族には渡されない。
  ○ 戒名なしの位牌。
  ○ 「常治」を「ジョージ」と発音した甥に、「なんや、アメリカ人みたいやな」(朋子の台詞)。
  ○ 最後は、朋子が和歌山の片男波で海を見る場面で終わるが、奔放な母親とは異なり、好きな男と
   添い遂げられなかった朋子の一生を暗示している。「かたおなみ、かえすなみなし」というわけ。
    ちなみに、片男波は、奈良・平安の昔から多くの歌人に愛された景勝の地で、万葉人が幾多の
   歌を詠んでいる。名前の由来が万葉集の、「若の浦に/潮満ち来れば/潟を無み/葦辺をさして/
   鶴鳴き渡る」(山部赤人)の「潟を無み」にちなんでいると言われている(和歌山市の公式ウェブ・
   サイトより)。


 某月某日

 DVDで邦画の『天河伝説殺人事件』(監督:市川崑、「天河伝説殺人事件」製作委員会〔日本テレビ放送網= 
讀賣テレビ放送=近畿日本鉄道=近鉄百貨店=奈良交通=電通=IMAGICA=東京佐川急便=バンダイ=北斗塾=
角川書店〕、1991年)を観た。久々の角川ミステリーの鑑賞である。主演は榎木孝明で、彼と言えば前年に
公開された『天と地と』(監督:角川春樹、「天と地と」委員会、1990年)における上杉謙信役を連想する
(「日日是労働セレクト73」、参照)。当初の配役は渡辺謙であったが、急性骨髄性白血病で降板。角川
側が代役にと望んだ松田優作も都合がつかず、オーデションで選ばれたのが榎木であった由(ウィキペディ
アより)。したがって、角川とは縁が深いことになる。主人公(ルポライター)の名前は浅見光彦、原作者
の内田康夫が創作した人物である。榎木はこの役を無難にこなしている。さて内容であるが、横溝正史原作
の「金田一耕助」シリーズを思わせるようなタッチである。しかも、映画化に当たって、監督が同じ市川崑
であるのと同時に、石坂浩二、加藤武、大滝秀治、岸恵子などの常連組が出演しているので、仮にこの映画
の原作は横溝正史だと偽っても、そのままで通用しそうである。とくに、『悪魔の手毬唄』(監督:市川崑、
東宝、1977年)に、当該作品と相似する挿話がある。
 さて、薪能(たきぎのう)をめぐる伝説がこの物語の核心をなしているが、小生としては、立原正秋の中
編小説「薪能」を真っ先に連想した。ずいぶん若い頃に読んだのであまり覚えていないが、従姉弟同士の悲
恋物語で、かたや英文学者の妻、こなた若き能面打ちで、時代に合わないふたりが祖父の遺した能楽堂で心
中するといった話である。立原文学に深入りしたことはないが、この小説の読後感はとても芳しかった。心
中話なのに陰惨ではなく、それどころか純粋な愛の昇華を感じた覚えがあるからだ。したがって、実際に見
物したことなど皆無なのに、薪能にはちょっとした思い入れがある。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  奈良県天川村を舞台に巻き起こる連続殺人事件を描くミステリー。内田康夫原作の同名小説の映画
 化で、脚本は久里子亭(市川崑)と日高真也と冠木新市の共同執筆。監督は『つる 鶴』の市川崑。撮
 影は同作の五十畑幸勇がそれぞれ担当。なお、天川、天河、ともに「てんかわ」と読む。

   〔あらすじ〕

  新宿の高層ビル街で一人のサラリーマン(京都滝本織物株式会社営業社員)が急死、その男・川島
 孝司(井上博一)の手には芸能神を奉る天河神社の御守り「五十鈴(いすず)」が握られていた。男
 の死をアルカロイド系の酸性毒物による中毒死(毒殺)と断定した角筈署の仙波警部補(加藤武)は
 天川村へ向かった。その天川村に近い吉野の町はずれで、都会風の男が駐在の中村巡査(常田富士男)
 から野鳥密猟の疑いをかけられる。その男はルポライターの浅見光彦(榎木孝明)であった。浅見は
 そこに通りすがった「天河館」という旅館の女将である長原敏子(岸恵子)に助けられる。東京へ帰
 った浅見は、先輩に当たる剣持譲介(伊東四朗)の依頼で「能」についての旅情ルポを手掛けること
 になり、再び天川村へ車を走らせる。ところが、途中、林道で出会った老人が亡くなった(事故、自
 殺、あるいは他殺)ことによって、容疑をかけられ留置場にぶちこまれてしまう。その老人・高崎義
 則(神山繁)は、東京に宗家をもつ高名な能楽・水上流(すいじょうりゅう)の分家筋の長老だった。
 知らせを受けて駆けつけた水上和鷹(山口粧太)・秀美(財前直見)兄妹はその後継者候補として注
 目されている。水上流宗家・和憲(日下武史)は二人の祖父にあたり、父である和春は12年前に他界。
 71歳の和憲は来るべく和春の追善能を機に引退を決意していた。本来なら長子継続の能の世界だが、
 二人の母・奈津〔DVDのキャスト紹介による。原作では「菜津美」、別の資料では「菜津」になってい
 る〕(岸田今日子)は、秀美を宗家にと推す。和鷹は腹違いの子だったからだ。一方、やっとのこと
 でアリバイが成立し、釈放された浅見は、天河館で秀美から高崎の死の真相を一緒に探ってくれと頼
 まれる。そして浅見の推理によって、新宿のサラリーマン毒殺事件と高崎の死が水上家(みずかみけ)
 と深く関わり合っていることが明らかになっていく。そんな時、能楽堂で和憲が演じるはずの舞台を
 踏んでいた和鷹が、その舞台上で毒殺されてしまう。それは『道成寺』の見せ場「釣鐘落とし」での
 一瞬の出来事だった。浅見は毒殺の小道具に忌まわしい「雨降らしの面(蛇の面)」が使われたこと
 を直感するが、その直後から面は消えてしまっていた。その後、聞き込みを続け、数々のヒントを聞
 き出した浅見は、そこで意外な犯人像が浮かんでくる。それは天河館の敏子だった。その哀しみやや
 りきれなさに苦しみながらも、敏子や秀美の前で事件の謎を解明する浅見。敏子は和鷹の実母だった
 のだ。生後間もない和鷹を宗家にするという約束で水上家に奪われた敏子は、その証しにと「五十鈴」
 をもらうが、そのことを中学時代の同級生だった川島に知られ、脅された敏子は、和鷹を思うあまり、
 ヤマトリカブトの根を精製した毒物で殺してしまったのだ。さらにそのことによって「人殺しの母を
 もつ和鷹を宗家にはできない」と言い放った高崎をも殺してしまい、その殺意はさらに和憲へと向か
 っていく。ところが、和憲の踏むはずだった舞台を和鷹が踏んだことによって、実の子を殺してしま
 うことになった敏子は、天河神社で行われる薪能の夜、自殺してしまうのだった。

 他に、岸部一徳(道伝正一=水上流の一番弟子)、大滝秀治(天河神社の仁礼神官)、酒井敏也(石渡五
郎=天河館の番頭兼板前)、岡本麗(石渡ユリ=同じく女中、五郎の女房)、出光元(福本幸吉=天河神社
の社務所の管理人)、横山道代(福本くめ=幸吉の女房)、木原三貴(福本千代栄=幸吉・くめの娘、和鷹
の恋人)、斉藤洋介(倉田刑事=仙波警部補の相棒)、小林昭二(吉野町署の橘署長)、貞永敏(気賀沢刑
事)、奈良岡朋子(権藤綾=長浜敏子と川島孝司の担任の先生)、石坂浩二(浅見陽一郎=警察庁刑事局局
長、光彦の兄)、立原麻衣(川島妙子=孝司の娘)、松木康夫(松山=和鷹の臨終を宣言する医師)などが
出演している。配役に関しては、〈ウィキペディア〉も参照した。
 ところで、薪能の伝説とは「薪能の晩に知り合った男と女は必ず不幸になる」というもので、いかにも迷
信めいている。科学万能の現代に至っても、この手の信仰は根強い。京都で言えば、「八坂神社でデートし
たカップルは別れる」という噂があるが、あれは「縁切り石」のなせる業だそうだ。小生は「お遊び」とし
てその手の話を楽しむのはよいが、のめり込んで盲信するのはどうかと思う。もっとも、信じることそのも
のの本質は、そんなものかもしれないと思っている。


 某月某日

 DVDで邦画の『暗黒街の対決』(監督:岡本喜八、東宝、1960年)を観た。岡本監督の「暗黒街」シリーズ
第2弾である。前作よりも岡本色が強く、それなりの作品であった。三船敏郎が潜入刑事を演じているが、
彼独特のユーモアがあってよかった。鶴田浩二はいつもの通り。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『青春を賭けろ』の関沢新一のオリジナル・シナリオ(大藪晴彦の『血の罠』をアレンジしたもの
 らしい)を、『独立愚連隊』の岡本喜八が監督したアクション・ドラマ。『日本誕生』の山田一夫が
 撮影した。

   〔あらすじ〕

  荒神市は暴力都市だ。暴力団大岡組と「荒神川砂利採取権」を持つ小塚組が争っていた。東京から
 刑事藤丘三郎(三船敏郎)が市警察に汚職警官として左遷されてきた。着任早々、大岡組のキャバレ
 ー「青い猫」で乱闘騒ぎを起した。小塚組の刺客と勘繰られたからだ。正義派の望月次席(中谷一郎)
 と警官の三宅(夏木陽介)を憤慨させた。藤丘はかつて小塚組の幹部だった村山鉄雄(鶴田浩二)を
 訪ねた。鉄雄の妻は大岡組の仁木(本人は登場しない)に轢き殺されたという噂だ。鉄雄が大岡と争
 って得た女だ。彼は復讐の機会を狙っていた。藤丘は仁木を探しにサリーのアパートへ行った。仁木
 がサリーの亭主だと聞いたからだ。しかし、仁木はサリーの亭主ではなく実の兄であった。大岡久三
 郎(河津清三郎)が待っていて、協力を求めた。藤丘は応じ、暴力行為で留置中の大岡の子分を釈放
 した。大岡は市会を動かし、小塚組から砂利採取権を奪い、親分の小塚音吉(田崎潤)をも殺し屋に
 射殺させた。鉄雄の弟分弥太(佐藤允)を中心に、小塚組は砂利場に集結した。そこを大岡組がなぐ
 りこんだ。弥太は駆けつけた鉄雄をかばって死んだ。全滅だった。乗りこんできた藤丘に鉄雄だけが
 救われた。翌朝、弁護士の天堂進(平田昭彦)につきそわれて自首してきたのは浮浪者ばかりだ。望
 月次席は怒りを藤丘にたたきつけた。藤丘は笑うばかりだった。彼こそ、暴力団狩りに警視庁から派
 遣された野口警部と誰が知ろうか。鉄雄は大岡の命を狙ったが、殺し屋に襲われ、仁木の死を知った
 サリーの裏切りで逃げられた。藤丘は大岡に疑われ、鉄雄の隠れ家を教えた。殺し屋がそこを襲った
 とき、待ち構えた鉄雄が皆殺しにした。彼はすぐ天堂らの手から藤丘を救った。望月次席は警視庁の
 指令で藤丘救出に行き、そこで鉄雄を捕えようとした。大岡は監禁していたサリーを殺すため車を走
 らせ、追った三宅を射殺し、サリーを捨てた。大岡邸を警官隊が包囲した。鉄雄は奪った車で飛びこ
 み、藤丘が止めたが、大岡を射殺した。藤丘は彼と向いあった。藤丘の説得で拳銃を捨てた。藤丘が
 背広のポケットに手を入れようとしたとき、倒れ込んで拳銃を拾った鉄雄が撃った。それに応じて藤
 丘も撃った。鉄雄が倒れた。しかし、鉄雄の的は藤丘の背後で彼を狙っていた天堂だった。鉄雄は図
 らずも藤丘の銃弾で死んだのだった。

 他に、中丸忠雄(柴田=大岡組の幹部)、堺左千夫(お不動吉=大岡組の組員)、牧野児朗(タンバ=同)、
岩本弘司(富田=同)、直木明(松尾=同)、中山豊(ター公=小塚組の組員)、天本英世(市野=殺し屋)、
若松明(二川=同)、高木弘(三田=同)、小杉義男(荒神署の大久保署長)、堤康久(警視庁の課長)、
山本廉(岩井村=東朝新聞の記者)、ミッキー・カーチス(杉野=殺し屋)、北あけみ(マリ=大京ホテル
の電話交換手、夜はアルバイトで春を売っている)、村松恵子(紅千代=柴田の情婦)、浜かほる(ヒロミ=
ストリッパー)、沢村いき雄(矢田=芸能ブローカー)、林幹(沼田=市会議員)、土屋詩朗(荒神市の有
力者)、谷晃(ボヤキ上戸)、瀬良明(泣き上戸)、佐田豊(みよし乃の店主)などが出演している。
 原作が大藪晴彦だからか、それとも脚本の関沢新一が考えたのか、はたまた岡本喜八のアイディアか、と
ころどころで気の利いた台詞があった。たとえば、こんな塩梅だ。

  「ここの警察はいつも収まった頃出てくるんで」……藤丘が乗ったタクシーの運転手の台詞
  「(怖いのは)一に大岡、二に女房、三、四がなくて、五に警察」……ボヤキ上戸の台詞
  「(藤丘が)ハジキのんでやがるそうだ」……柴田の台詞
  「欲でつながる鎖は切れやすい」……小塚音吉の台詞
  「夜のコンツェルンという壁さ」……鉄雄が荒神市のことを藤丘に伝えているときの台詞

 ちなみに、大岡組は、キャバレー、白線(パイセン=赤線〔公認の売春街〕、青線〔非公認の売春街〕に
対して、私娼が個人的に客を取る私娼街をこう呼んだ〔Invisible Circusより〕)、パチンコの景品買い、
露店のピンハネ、ペイ(=麻薬)の密売などを生業にしている暴力団である。大岡は、小塚の浪花節を嫌っ
て、「現代は人情よりもビジネスの時代だ」と嘯いている。藤丘がそこにつけ込んで、鉄雄の居場所を教え
た際の謝礼が百万円の小切手だったが、もちろん汚職警官という触れ込みが下敷になっている。なお、大岡
が天堂に契約金として渡したのは五千円札の束である(この当時、一万円札はすでに発行されていた筈〔19
58年〕)。ちなみに、タクシーの初乗り料金が80円の時代である。その他、大京ホテルのエレベーターにエ
レベーターボーイがいたり、小塚の台詞である「小塚音吉は大カス(=大岡のこと)の振る舞い酒を頂くほ
ど落ちぶれちゃいねえんだ」などは、時代を感じさせた。司葉子の役は前作の草笛光子の役に相当し、ヤク
ザの情婦が裏切るときの典型的な行動をしている。彼女が部屋に監禁されたとき、なぜかベートーヴェンの
「月光」(ピアノソナタ第14番)の第三楽章が流れるが、あれにはどんな意味があったのだろうか。また、
藤丘が煙草を口に咥えた際、紙が唇につくが、次のカットでそれがなくなっていた。映画ではよくある話で
ある。なお、派手な銃撃戦があるが、一般的な解釈では、岡本監督の西部劇へのオマージュだそうである。


 某月某日

 DVDで邦画の『暗黒街の顔役』(監督:岡本喜八、東宝、1959年)を観た。まだ岡本喜八らしいタッチは見
受けられないが(ただし、殺し屋の五郎にその片鱗はある)、そこそこ面白い作品ではある。昨日感想を記
した『暗黒街最後の日』(監督:井上梅次、東映東京、1962年)とは直接的な関係はないが、題名に共通の
「暗黒街」の文字がついていること、同じ鶴田浩二が主演であること、主人公がいわゆる「インテリ・ヤク
ザ」であること、ヤクザ者であるにも拘らずヤクザ社会に嫌気がさしていること、敵対する側に主人公の子
どもが誘拐されることなど、少し似通った部分がある。もしかすると、当該作品は後者に影響を与えている
のかもしれない。50年代後半の映画なので、儒教的な思想の色も窺える。この手の物語は、後のTVの刑事ド
ラマなどで散々繰り返され、ほとんど新味はない。東宝所属の俳優がたくさん出ているので、やはり東宝色
に染まっているが、平田昭彦や田中春男がヤクザの役を演じているところなどは珍しいのではないか。鶴田
浩二は松竹で頭角を現した俳優であるが、その後フリーになって、松竹、新東宝、大映、東宝の各映画会社
で主演した由。もっとも、小生にとっては、むしろ東映の任侠映画出演のイメージが強い(1960年、東宝専
属から東映に移籍)。当該映画では、上述したインテリ・ヤクザを演じているが、それならばむしろ、東京
陸軍幼年学校、陸軍士官学校(60期)、旧制第一高等学校を経て、東京大学法学部政治学科卒の平田昭彦こ
そそれにふさわしいが……。事実、主人公の兄貴分を演じた彼は、実にスマートなヤクザ像を造形している。
なお、以上はウィキペディアに基づく。
 物語を確認しよう。例によって〈Movie Walker〉の助けを借りよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『若旦那は三代目』の関沢新一と西亀元貞の脚本を、『若い娘たち(1958)』の岡本喜八が監督し
 た男性活劇篇。撮影は『裸の大将』の中井朝一、音楽は『東洋の怪物 大怪獣バラン』の伊福部昭。
 『弥次喜多道中双六』の鶴田浩二、『隠し砦の三悪人』の三船敏郎、『大学の人気者』の宝田明に、
 白川由美らが出演。パースペクタ立体音響。

   〔あらすじ〕

  「西脇金融社長射殺! 犯人は自動車で逃走、食堂勤めの少女が目撃」── 新聞が大きく報道した
 この事件が迷宮に入ろうとする頃、小松竜太(鶴田浩二)は、横光商事の社長である横光(河津清三
 郎)に弟の峰夫(宝田明)が歌手としてジャズ喫茶に出演しているのを止めさせろと命じられた。竜
 太は暴力で飯を食う横光商事の部長で、弟の峰夫もその社員だったが、堅気の娘である陽子(柳川慶
 子)に恋してからは足を洗って歌手として身を立てようと考えるに至った。しかし、西脇社長殺しが
 横光商事の仕業であり、その手先となって働いた峰夫が人目に立つことは許されなかったのだ。竜太
 は峰夫に歌手をやめるよう頼んだが峰夫の決心は固かった。かねてから竜太に対抗意識を燃やしてい
 た同じ幹部の黒崎(田中春男)は、横光にたきつけて竜太を蹴落そうとし自ら峰夫の消し役を買って
 出た。黒崎は峰夫をいつもの殺し場、樫村自動車修理工場に誘い出すが、峰夫は難を逃れた。工場の
 主である樫村大介(三船敏郎)は、横光にかつて金を融通してもらったばかりに常に利用されていた。
 一方、竜太は再び峰夫に歌手を断念するよう頼んだが峰夫の心は変らない。竜太にも、かつては愛人
 があり、その女が残した息子の真一(市川かつじ)は小児マヒで愛光園に入院しているだけに弟の気
 持がよく分った。彼は大幹部の須藤(平田昭彦)に、いざという場合は弟を救ってくれるよう頼んだ。
 やがて峰夫は歌っているうちに西脇事件の目撃者であるかな子(笹るみ子)に発見された。これを知
 った黒崎は、まず、かな子を殺し、再び峰夫を狙い出した。警察も峰夫に目星をつけた。竜太は峰夫
 を連れ出し、陽子と一緒に逃した。危険は竜太の上に回ってきた。黒崎は真一を愛光園から誘拐、息
 子をたてに峰夫の連れ出しを迫った。竜太は止むなく従った。峰夫の殺し場は樫村の自動車工場と決
 った。竜太は頼みの綱を須藤にかけたが、彼は前に襲った外国人の仕返しに倒れたと横光の情婦であ
 るリエ(草笛光子)が知らせにきた。竜太は峰夫をかばって黒崎と対峙した。絶望的な状況だったが、
 このとき横光の雇った殺し屋である五郎(佐藤允)が竜太のために寝返りをうち、これをきっかけに
 工場は修羅場と化した。竜太はいよいよ窮地へ。そこへ樫村が、今までの怒りを一身にこめ、電気ド
 リルを片手に横光らに挑んだ。彼らがひるんだすきに彼は一一〇番へ電話した。驚いた横光と黒崎は
 自動車で逃走するうち、非常警戒を突破して暴走、自ら墓穴を掘った。だが竜太も黒崎の弾丸に当り
 息を引取っていた。

 他に、白川由美(菊村純子=愛光園で慎一を預かっている女性)、中山豊(ユタ公=横光商事の下級社員)、
桐野洋雄(バタ公=同)、山本廉(健=同)、岩本弘司(政=同)、ミッキー・カーチス(辰=同)、広瀬
正一(鳴海=同)、高木弘(平野=同)、夏木陽介(清=樫村の監視役)、堺左千夫(市村=かな子が働い
ている食堂「ミドリ」のコック、黒崎の手先)、瀬良明(村上刑事)、中丸忠雄(下松刑事)、沢村いき雄
(天岸=約束手形を割り引いてもらいに横光商事を訪れた男)、高堂國典(石山〔横光を裏切った男〕の父
親)、天本英世(小山=かな子を轢き殺した男)、中島そのみ(青柳春美=峰夫〔エディ・ミネオ〕の歌手
仲間)、横山道代(トミ江=かな子の同僚)、本間文子(小松兄弟の伯母)、加藤春哉(竹坊=トミ江のボ
ーイフレンド)、大友伸(西脇金融社長)、宇野晃司(跛足〔現代では問題のある言葉であるが、作品の歴
史的な背景を損なわないためにそのまま記述する〕の三吉=横光を裏切った男)、林幹(板金工業社長)、
今泉廉(同社秘書)などが出演している。なお、配役に関しては〈allcinema〉も参照した。蛇足ながら、併
映は『グラマ島の誘惑』(監督:川島雄三、東京映画、1959年)だった由。
 食堂「ミドリ」のメニューが見えるので、それを以下に写そう。

   カレーライス 50円
   ハヤシライス 50円
   オムライス  60円
   肉まん    40円
   中華そば   40円(ただし、竹坊が口にした値段は35円だった)

 エディ・ミネオらが歌っているジャズ喫茶「ハイティーン」のコーヒー代は100円であるが、竹坊はそれを
高いと看做している。そんな竹坊に対して、トミ江は「リキ(=力)なし」とバカにしている。黒崎の脅し
文句である「サツ(警察)の保護はたかだか24時間ってことを忘れるな」が印象に残った。登場するウィス
キーはジョニー・ウォーカー(Johnnie Walker)の赤ならびに黒ラヴェル。峰夫が竜太にねだる煙草がマル
ボロ(Marlboro)。「鍋底景気」(景気が底をついたまま、長く回復しない状態。とくに、昭和32年〔1957
年〕から翌年にかけての不況をいった語 ── kotobankより)という表現が、天岸の口から飛び出す。服毒
自殺した石山の残した遺書に「大笑い三十年の馬鹿騒ぎ」(実際には、「大笑い三十年のバカさわぎか」と
書いてある)という言葉が出てくるが、これは実在した人物石川力夫の辞世の句と同じである。興味のある
人は、『仁義の墓場』(監督:深作欣二、東映京都、1975年)や、『新・仁義の墓場』(監督:三池崇史、
東映ビデオ=大映、2002年)〔「日日是労働セレクト33」を参照〕を鑑賞されたし。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。ジャンルは時代劇とギャング映画で、両作品ともにバイオレンスに満ち
ている。現実にこんなことがあったならばおぞましい限りだが、映画となると不思議に爽快感すら感じるこ
とができる。そこが映画の最大の利点であろう。
 1本目は、『薄桜記』(監督:森一生、大映京都、1959年)である。市川雷蔵主演の時代劇である。五味
康祐の産経新聞連載小説の映画化であるが、その通俗性は否めないとしても、雷蔵の代表作の一つとされて
いる。「丹下左膳」(原作:林不忘)(物語はまったく異なるが、その姓名と隻腕を拝借している)と「忠
臣蔵」とを合体させたような物語で、雷蔵は丹下典膳という架空の旗本を演じ、助演の勝新太郎が実在した
赤穂浪士四十七士のひとり(高田馬場の決闘が有名)である中山安兵衛(堀部安兵衛=堀部武庸)に扮して
いる。「忠臣蔵」と他の物語を合体させた作品としては、『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(監督:深作欣二、松
竹、1994年)があるが、どこかまとまりのなさを感じさせ、虻蜂取らずに終っている。語り尽くされた物語
に新風を吹き込む狙いは分らないでもないが、奇妙なハイブリッド・ムーヴィーとうわけだ。終盤の雪の中
の剣劇が評判だが、小生としては安っぽい形式時代劇の域を出ていないと思う。典膳の醸し出す悲壮感も、
眠狂四郎のふてぶてしさには遠く及ばない。50年代の時代劇の限界であろう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉を参照する。執筆者に感謝。なお、一部改変したが、
ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  五味康祐の産経新聞連載小説の映画化で、赤穂浪士の仇討を背景とした時代劇。『ジャン・有馬の
 襲撃』の伊藤大輔が脚色し、『次郎長富士』の森一生が監督した。撮影も『次郎長富士』の本多省三。

   〔あらすじ〕

  中山安兵衛(勝新太郎)が高田の馬場へ伯父の菅野六郎左衛門(葛木香一)の決闘の助勢に駆けつ
 ける途中、すれちがった旗本丹下典膳(市川雷蔵)は安兵衛の襷の結び目が解けかけているのに気づ
 いた。かけつけたが、安兵衛の決闘の相手が同門知心流であることを知ると、典膳はその場を離れた。
 堀部弥兵衛(荒木忍)とその娘の助けを得た安兵衛は仇を倒した。一方、同門を見棄てた典膳は「堀
 内一刀流の安兵衛と決闘すべし」と門弟たちから迫られたが、拒絶した典膳を師匠の知心斎は破門し
 た。安兵衛も師匠堀内源太左衛門(嵐三右衛門)の心を察して道場から遠のいた。源太左衛門の紹介
 で上杉家江戸家老千坂兵部(香川良介)の名代長尾竜之進(北原義郎)が安兵衛に仕官の口を持って
 来た。安兵衛はその妹千春(真城千都世)に心をひかれた。谷中へ墓参の途中、野犬に襲われた千春
 は典膳に救われる。その際犬を殺めた典膳だが安兵衛の機転で救われる。「生類憐れみの令」が発布
 され、これが役人に知られたら死罪となる世であった。その日の夕方、知心流の門下が安兵衛を襲う
 が、典膳が助太刀をしこれを退ける。千春が典膳と恋仲であり祝言も近いことを知った安兵衛は上杉
 家への仕官を断り、堀部弥兵衛の幼い娘お幸(浅野寿々子)の婿になって播州浅野家に仕える運命に
 なった。典膳が公用で旅立った後の一夜、典膳に恨みをもつ知心流の門弟五人が丹下邸に乱入し、思
 うさま千春を凌辱して引揚げた。間もなく千春が安兵衛と密通しているという噂が伝えられた。旅先
 より戻った典膳は事の真相をつかみ、親戚一同を集めて妻の無罪を訴えた。浪人となって五人組に復
 讐する決意をした典膳は、長尾家を訪れ千春を離別する旨を伝えた。怒った竜之進は抜討に典膳の片
 腕を斬り落した。しかしこれは典膳の意図するところだった。同じ日、安兵衛の主人浅野内匠頭は上
 杉家当主の実父吉良上野介を、江戸城松の廊下で刃傷に及んだが、その日を限りに典膳は消息を絶っ
 た。一年たった。同志とともに吉良襲撃を志して辛苦する浪人安兵衛は、或る日、吉良の茶の相手を
 つとめる女を尾行して、それが千春であることを知って驚いた。典膳と別れた千春は千坂兵部の世話
 で自活していた。典膳も兵部の好意で米沢で療養していたが、兵部の手引きで吉良家に迎えられるこ
 とになった。二人が江戸に戻ると同時に兵部の死が伝えられた。知心流五人組を斬った後、典膳は吉
 良の附人となり、赤穂浪士と戦う決意をした。一方安兵衛らの計画も進み、吉良が催す茶会の日取り
 を確かめるだけになった。この頃、典膳が江戸にいることを知った五人組のうち三人が典膳を襲った。
 二人を撲殺するが(剣を用いるのは穢れと称して控えた)、もう一人の仲間である戸谷兵馬(伊沢一
 郎)に短筒で足を撃たれた典膳は来合せた千春に救われ、七面山のかくれ家に運ばれる。五人組の残
 り三人は吉良邸から加勢を得て七面山に向った。一行は同門典膳の知心流の妙技に倒れたが、千春も
 戸谷の放つ銃弾に倒れた。折しも、千春を尋ねて安兵衛が七面山にたどり着いた。斬りまくる安兵衛
 に千春は吉良家の茶会は明十四日夜と告げると、典膳と相寄ってともに果てた。

 他に、三田登喜子(浪乃)、大和七海路(三重)、島田竜三(大高源吾=浪士のひとり)、舟木洋一(神
崎与五郎=同)、南部彰三(吉田忠左衛門=同)、千葉敏郎(友成造酒之助=知心流の五人組のひとり)、
伊達三郎(三田四郎五郎=同)、清水元(長尾権兵衛=竜之進や千春の父)、寺島雄作(嘉次平=丹下家の
家人)、須賀不二夫〔=不二男〕(村上庄左衛門=知心流の門弟のひとり)、加茂良子(お志津)、浜世津
子(田鶴)、東良之助(吉良上野介の酒宴の客)、志摩靖彦(大迫源内)、光岡龍三郎(中津川祐見)、浜
田雄史(壱岐練太郎)、横山文彦(酒宴の客一)、菊野昌代士(同じく二)、藤川準(馬淵=与力 )、玉置  
一恵(梶川与惣兵衛〔梶川頼照〕=殿中松の廊下の刃傷事件について書いた『梶川与惣兵衛日記』の著者)、
旗孝思(田頭=役人)、沖時男(物部=武家の使者)、大杉潤(野母清十郎=堀内一刀流道場の門下)、木
村玄(同)などが出演している。
 森一生監督と言えば早撮りで有名だったことをどこかで見聞きしたことがある。これは重要なことで、映
画会社としては経費節減につながるからである。黒澤明のような芸術家肌の人間とは異なり、いわば重宝な
職人気質を備えていたのであろう。永田雅一とともに映画会社を渡り歩いた経験もあり、その際の苦労が後
の役に立っているのかもしれない。現代で言えば、多産のヒット・メーカーである三池崇史監督につながる
系譜である。大映作品として市川雷蔵や勝新太郎と一緒に仕事をしたことが多く、小生も本作を含めて以
下に掲げるように17本の作品を鑑賞している。

   『ごろつき船』、監督:森一生、大映京都、1950年。
   『薄桜記』、監督:森一生、大映京都、1959年。
   『不知火検校』、監督:森一生、大映京都、1960年。
   『大菩薩峠 完結篇』、監督:森一生、大映京都、1961年。
   『風と雲と砦』、監督:森一生、大映京都、1961年。
   『新・悪名』、監督:森一生、大映京都、1962年。
   『続・座頭市物語』、監督:森一生、大映京都、1962年。
   『悪名市場』、監督:森一生、大映京都、1963年。
   『悪名波止場』、監督:森一生、大映京都、1963年。
   『破れ傘 * 長庵』、監督:森一生、大映、1963年。
    * 実際には、「人」の下の部分が「十」となっている略字を用いている。
   『悪名太鼓』、監督:森一生、大映京都、1964年。
   『座頭市逆手斬り』、監督:森一生、大映京都、1965年。
   『大魔神逆襲』、監督:森一生、大映京都、1966年。
   『陸軍中野学校・雲一号指令』、監督:森一生、大映京都、1966年。
   『兵隊やくざ脱獄』、監督:森一生、大映京都、1966年。
   『ある殺し屋』、監督:森一生、大映京都、1967年。
   『悪名十八番』、監督:森一生、大映京都、1968年。

 雷蔵との映画では『ある殺し屋』、勝新との映画では『不知火検校』が印象深い。
 2本目は、『暗黒街最後の日』(監督:井上梅次、東映東京、1962年)である。『昭和残侠伝』や『日本
侠客伝』のようなスタイルの映画でもないし、『仁義なき戦い』のような実録ものでもない。東映の「ギャ
ング」シリーズ(全11本)に通じる作品である。都会的な雰囲気の日活とは違って、まだまだ泥臭いところ
が東映の売りであろう。鶴田浩二をはじめ、丹波哲郎や三國連太郎、若き日の高倉健や梅宮辰夫が出演して
いる。女優陣は佐久間良子と久保菜穂子が花を添えている。井上監督と大賀義文の共同脚本であるが、後の
ギャング映画のお手本と言ってもよいような出来である。1962年と言えば、小生は小学校2年生。もしかす
ると、両親とともに、月島東映辺りですでに観ているかもしれない。小生の両親には「子どもにこんな映画
を観せてはいけない」という配慮はまったくなかったので、幼い頃からけっこうこの手の作品を観ているか
らである。
 物語を覗いてみよう。恒例の〈Movie Walker〉を参照する。執筆者に感謝。なお、一部改変したが、お許
し願いたい。

   〔解説〕

  『宝石泥棒』の井上梅次が脚本・監督したアクションもの。撮影は『地獄の裁きは俺がする』の西
 川庄衛。

   〔あらすじ〕

  マル和産業は、関東犯罪シンジケートのボス、中部恭介前社長(鶴田浩二)が創立したが、現在は
 彼の弟分の星野弦一郎(安部徹)が社長である。ところが、仙台刑務所から中部が出所したため、星
 野は子分に中部襲撃を命じたが失敗、そのため自らも中部の子分である白川元(梅宮辰夫)にピスト
 ルの狙撃を受けた。一方、星野の子分であるジョージ(日尾孝司)とサブ(八名信夫)は、関西犯罪
 シンジケートのボス三鬼徹(丹波哲郎)の命を狙ったが、これも失敗に終わった。中部は単身星野の
 本拠ナイトクラブ「モナコ」で星野と会い、社長の椅子を元通り返せと迫った。いずれ、星野に譲る
 つもりであるが、今は筋を通せというわけである。ところが、「社長の椅子は株主総会の決議による」
 と主張する星野のために両者は訣別した。そんな中部派と星野派の対立を知った三鬼は、漁夫の利を
 得ようとして子分を連れ大挙上京した。そんな暗黒街の不穏な動きを察知した警視庁と検察は、鬼検
 事の異名を取る芥川太郎検事(三國連太郎)を主任として、マル和の内偵を進める事にした。使命を
 受けた真木鉄雄警部補(高倉健)は朴と名を変えて潜入し、拳銃さばきの腕を買われ星野の子分にな
 った。しかも真木には芥川検事の妹ひとみ(佐久間良子)という恋人があった。マル和の社長の椅子
 を決定する定期株主総会の日がきた。席上星野は中部と芥川検事が昔から親友であることをばらした。
 また中部は、星野こそ関西の三鬼と結託し縄張りを売ったと暴露した。満場騒然たるうちに総会は流
 会となった。狡猾な星野は、中部と今やモナコのマダムに納まっている峰村洋子(久保菜穂子)の間
 に出来た一人息子正樹をさらい、さらに三鬼派の殺し屋を買収し、三鬼暗殺を計画した。折も折潜入
 中の真木警部補の身元がばれ、星野派により檻禁された。ヤクザ世界の醜さをいやというほど味わっ
 た中部は、星野との手打式にのぞんだ。無気味に静まりかえる深夜の暗黒街。その中央「モナコ」に
 は、星野、中部、三鬼各派のヤクザが拳銃や機関銃を手ににらみあった。星野が三鬼の奸計に落ちた。
 その騒ぎに乗じ白川は檻禁中の真木警部補と正樹を救出した。芥川検事の指揮で警官隊も到着した。
 星野、中部、三鬼派三つ巴の壮絶な銃撃戦が展開された。硝煙うず巻く射撃戦は深夜の暗黒街で限り
 なく続く……。

 他に、伊沢一郎(舟木勝三=中部の腹心)、木川哲也(その息子隆=中部の楯と死亡)、藤里まゆみ(隆
の母すみ)、植村謙二郎(笠原松男=マル和産業の専務)、曽根晴美(浅香=星野の子分)、春日俊二(田
奈本=星野側のヤクザ)、関山耕司(大茂=同)、 沖竜次(佐々木隆男=三鬼の子分)、安藤三男(若松=
同)、潮健児(山田=同)、神田隆(山形=中部側のヤクザ)、滝謙太郎(伊勢十=同)、永島朗(小笠原)、
曽根秀介(渋本=同)、丸山茂(吉野=同)、沢彰謙(山源会長=調停派)、滝恵一(郷田=山源の子分)、
内藤勝次郎(吉松=調停派のヤクザ)、志摩栄(片桐=同)、大村文武(橋爪)、水城昌人(別当)、南廣
(黒沢警部)、仲原新二(立花警部補)、久保比佐志(石川検事)、中山昭二(升田検事)、菅沼正(藤田
警視)、宇佐美淳也(水上敏夫刑事部長)、河合絃司(三島警部)、大木史朗(榊警部)、近衛秀子(洋子
の婆や)、岡村文子(芥川の婆や)、坂本武(栄屋主人)、不忍郷子(その女房)などが出演している。
 芥川検事の「犯人を挙げることよりも、未然に防ぐ方が大事」という台詞があるが、実際にはヤクザ連中
のほとんどが銃撃戦の果てに死亡している。暗黒街の大掃除が図らずも完了したというわけ。銀行の地下金
庫に保管されたヤクザ同士の秘密定款の件、防弾チョッキの逸話、ブルドーザーによる酒屋の襲撃、豊洲の
ダルマ船を仮の宿にする関西一派の話、中部が襲われたのは列車の一等車だったことなどが印象深い。ギャ
ング同士の仁義などまったくなく、裏切が裏切を呼ぶ世界。まさに下剋上そのものであった。中部はそれを
嫌うが、ニヒルな三鬼と最後に相対して互いに果てる姿を見ると、心意気がどうであれ、所詮「世に悪の栄
えた試しなし」と言ったところか。なお、星野が「コピー」という言葉を遣っているので、すでに複写機は
存在していたのだろう。タクシーの初乗り料金が80円の時代である。


 某月某日

 DVDで邦画の『兄貴の恋人』(監督:森谷司郎、東宝、1968年〉を観た。加山雄三主演の明朗青春恋愛映画
である。内藤洋子が妹役なので、先日鑑賞した『お嫁においで』(監督:本多猪四郎、東宝、1966年)と似
たような路線の作品である。ただし、後者では失恋の憂き目に遭ったが、本作では恋の花を咲かせている。
2年経過しているので、内藤洋子もだいぶ大人びて来ている。ピアノの先生に同性愛の誘惑を受けるシーン
などもあって、当時人気絶頂の彼女の微妙な内面が表情に現われるようになったと思う。そう考えると、こ
の映画の主人公は、加山雄三でもその相手役の酒井和歌子でもなくて、内藤洋子ということになる。題名か
ら推し測っても、そう言えるかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  『女と味噌汁』の井手俊郎がシナリオを執筆し、『首』の森谷司郎が監督した青春もの。撮影は
 『ゴー!ゴー!若大将』の斎藤孝雄。

   〔あらすじ〕

  女子大生の北川節子(内藤洋子)は、兄の鉄平(加山雄三)のことになると箸の上げ下しにまで口
 を出す。だから、鉄平に縁談がおきると、本人よりも目の色を変え、結局、相手に散々ケチをつけて
 ぶちこわしてしまうのだった。そんなある日、商事会社に勤める鉄平は、辞職する女子社員の野村和
 子(酒井和歌子)の送別会に、プレゼントのブローチを買ったのだが、麻雀に誘われて和子に手渡す
 のを忘れてしまった。和子の代りに転属されてきた小畑久美(岡田可愛)は節子の友だちで、節子は
 鉄平の動静を逐一知ることができた。酔っばらいにからまれていたのを鉄平が救った美人、西田京子
 (豊浦美子)のことも、鉄平を好いているバー「むさしの」のマダム玲子(白川由美)のことも、節
 子には筒抜けだった。しかし、彼女は兄との仲が急速に進んでいる女性、中井緑(中山麻理)のこと
 は知らなかった。偶然、プールで仲良く泳ぐ鉄平と緑を見た節子は、緑に対して初めて女の嫉妬を感
 じた。一方、鉄平の方は金持で美人の緑を結婚の対象に考え始めていたが、急に和子のことを思い出
 した。そして、月並みなブローチを高価なハンドバッグに代えて、和子に贈った。そのころ、彼にア
 メリカ行きの話が持ち上った。その時になって、鉄平は和子に求婚したが和子はそれを断った。母の
 加代(沢村貞子)も、もちろん節子もこの結婚に反対だったので、鉄平は一応は諦めはしたものの、
 やはり和子のことが心に残る。そうこうするうちに、和子の兄の弘吉(江原達怡)絡みの騒動に巻き
 込まれて、鉄平は大怪我をする。アメリカ行きもご破算で、その代わりに福岡転勤となった。それで
 も諦めきれなくて、彼は再び求婚したが、和子はかたくなに鉄平の申し出を断るのだった。そんな鉄
 平を見ていた節子は、鉄平が真剣になっていることを知った。そして妹として初めて兄のために尽く
 そうと決心したのだ。鉄平が福岡に出発する直前に節子は和子に会い、鉄平と結婚するよう説得し、
 とうとう承諾させたのだった。

 他に、宮口精二(銀作=鉄平・節子の父)、東郷晴子(千枝=和子の母)、清水こう〔糸偏に宏〕治(矢
代健一=和子の幼馴染)、東山敬司(水谷敏夫=節子のボーイフレンド)、ロミ山田(藍子=節子のピアノ
の先生)、小鹿敦(大森史郎=鉄平の同僚)、悠木千帆〔現 樹木希林〕(早苗=大森の妻)、人見明(坂口
文太=和子の叔父、スナック「ピーコック」の店主)、風見章子(春子=北川家の隣人)、清水元(山岸専
務)、北竜二(中井=服部工業の専務、緑の父)、小林夕岐子(鉄平の6度目の見合いの相手)などが出演
している。白川由美(1936年生れ)が年上の女性めいた雰囲気で加山雄三(1937年生れ)に迫っているが、
実際の年齢差はわずか1歳である。それにしてもあのマダム玲子の貫録はどうだ。玲子の「あんた(=鉄平)
は目障りなのよ」という台詞には、微妙な女心が籠っていた。和子役を務めた酒井和歌子は、この後、星由
里子の後を継いで「若大将」シリーズの二代目マドンナ役(全5作、1969-71年)を演じることになるが、も
しかすると、この作品がそのきっかけになったのかもしれない。


 某月某日

 DVDで邦画の『歌行燈』(監督:衣笠貞之助、大映東京、1960年)を観た。泉鏡花原作の同作品(1910年)
を見事に映像化した秀作。まさに美男美女の物語である。芸道の厳しさはつとに聞くところであるが、まし
て封建的な世の中にあっは、その厳しさは格段のものがあっただろうことは想像に難くない。小生は「能」
についてまったくの門外漢であるが、伝統に則ったかたちはすでに完成されたものであり、その継承こそが
いのちと知れる。勘当した息子との再会は、辛うじてつながった命脈とも言えるだろう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  泉鏡花の同名小説を映画化したもので、衣笠貞之助・相良準が脚色、『かげろう絵図』の衣笠貞之
 助が監督した。撮影は『嫌い嫌い嫌い』の渡辺公夫。

   〔あらすじ〕

  ときは明治三十年代、ところは伊勢の山田に東京から観世流家元恩地源三郎(柳永二郎)の嫡子喜
 多八(市川雷蔵)を迎えて家元連中の奉納能が華やかに行われた。盲目の謡曲指南宗山(荒木忍)は、
 その昔、娘のお袖と二人町を歩いた按摩だったが、今は妾を二人もつ町一番の師匠だった。恩地親子
 の権勢を面白からず思う宗山を、旅姿に扮した喜多八が訪ね、田舎天狗の鼻をへし折って立ち去った。
 自分の芸に自信を失った宗山は竹林に迷い込み、誤って古井戸にはまり命を落とした。源三郎は喜多
 八を謡曲界から破門して宗山に詑びた。焼香に来た喜多八は、美しく気性の勝ったお袖(山本富士子)
 を一目で愛したが、その日より諸国を門付して歩く身となった。芸妓に身をおとしたお袖は、父を思
 うと一切芸事には身が入らなかった。芸の出来ない芸者は惨めだった。桑名の島屋に抱えられた或る
 夜、門付して地廻りに叩きつけられる喜多八に邂逅した。安宿で介抱するお袖は父の仇も忘れて喜多
 八を愛した。お袖が仕舞の稽古を頼むと、以来父より謡を禁じられた喜多八は喜んで引受けた。早暁
 の裏山で二人のきびしい稽古は続いた。そして、お袖の舞う「玉之段」が仕上る時、それは二人の新
 しい生活の始まる日だった。お袖に睦屋宗平(花布辰男)の身請け話が起った。地廻りと喧嘩して留
 置された喜多八は、約束の朝、現われなかった。絶望したお袖は覚悟の殺鼠剤を帯にはさむと睦屋の
 座敷に出向いた。ところが、睦屋は急用で出かけた後だった。お袖が別の座敷に出たのは、能に関係
 ある客と聞いたからだった。客は恩地源三郎と小鼓の師匠辺見雪叟(信欣三)の二人だった。喜多八
 の父と知らず、お袖が「玉之段」を舞い始めたとき、その見事さに源三郎は地の謡を、雪叟は鼓をつ
 とめることを申し出た。鼓の音に魅入られたように、喜多八の姿が近づいた。かたくだき合ったお袖
 と喜多八の身体に傍の白梅が散った。

 他に、小野道子(おけい=お袖の味方)、小澤榮太郎(今村屋彦七=睦屋の相棒、おけいの旦那)、上田
吉二郎(倉吉=置屋「島屋」の亭主)、賀原夏子(お幸=その女房)、中条静夫(笹野=源三郎の弟子)、
武江義雄(箕部=同)、倉田マユミ(おます)、角梨枝子(おこい)、町田博子(おしも)、早川雄三(草
野=宗山の弟子)、春本富士夫(米倉=同)、丸山修(望月=同)、竹里光子(おもん)、中田勉(源次)、
星ひかる(志賀蔵=周旋屋)、目黒幸子(おきみ)、加治夏子(千代丸)、八木沢敏(海軍大尉)、入江洋
佑(海軍中尉)、若松和子(おはん)、南左斗子(おそめ)、水木麗子(おなつ)、村田扶実子(おろく=
島屋の下働き)、見明凡太朗(鉄砲松=桑名新地の地廻り)、守田学(銀次=その子分)、浦辺粂子(お秀=
安宿「両口屋」の女中)、佐野浅夫(本田三造=薬売り)、近江輝子(お千)、大塚弘(弥市)、耕田久鯉
子(お芳)、穂高のり子(島屋の芸者ともよ)、花村泰子(はぎえ)、三保まりこ(ぼたん)、奈良ひろみ
(おいな)、磯奈美枝(小梅)、村井千恵子(おとみ)、立花宮子(こはま)、白井玲子(水月の芸者友好)、
小泉順子(花竜)、楠よし子(一二三)、半谷光子(染治)、新宮信子(紅葉)、三角八郎(安宿「両口屋」
の客一)、丸井太郎(同二)、伊達正(行商人)、此木透(巡査一)、小山内淳(同二)、宮島健一(見知
らぬ男)、宮島城司(子ども連れの按摩)などが出演している。
 謡と仕舞について、ネット情報を引用しておこう。〈ウィキペディア〉のお世話になる。ほぼ原文通りで
ある。

   謡(うたい)

  謡とは能の声楽に当たる部分のこと。またそれのみを謡うこともいう。大和田建樹によると、「う
 たう」という動詞の名詞形であるが、詠歌や小唄などと区別するため「うた」でなくて「うたい」と
 読ませたという。江戸時代までは「謡」とだけ言い、謡曲という言葉が使われ始めたのはそれ以降で
 ある。
  能は本来、舞・謡・囃子の三要素から成り立っている。謡は登場人物の台詞と地謡(じうたい)と
 よばれるコーラス部分を含めた、能において言語で表現される部分の総称ともいえるが、能の場合に
 はこれに特殊な台詞回しや節が付加されており、独立した芸能として鑑賞することが充分に可能であ
 るために、室町末期ごろから能の舞台以外の場所で主に素人の習い事、娯楽として謡が盛んに行われ
 た。これを「素謡」(すうたい)とも称する。
  能および謡は身分の別無く愛好され、この風潮は町人に猿楽が禁じられた江戸時代中期以降になっ
 てもまったく衰えることなく、実際の能としては上演されない素謡専用の曲が新作されるほどであっ
 た。愛好家たちは謡の師匠について稽古し、謡宿(うたいやど)と呼ばれる会場で謡うことを楽しみ
 (町人でも謡だけなら大目に見られた)、能役者の側も積極的に謡の師匠としての活動を行うように
 なる。江戸中期ごろまで地謡がワキ方の所管であったために、当初各地の謡の師匠はワキ方の役者で
 あることが多かったが、徐々にこれはシテ方に移行した。
  明治以降も能楽や謡を好む人口の盛衰はあるにしろ、基本的にこうした状況は変わっておらず、今
 なお謡における素人弟子は能役者の重要な収入源となっている。

   仕舞(しまい)

  仕舞とは能の一部を面・装束をつけず、紋服・袴のまま素で舞うこと。能における略式上演形態の
 一種。
  広義にはいわゆる仕舞と舞囃子を含めたものを指すが、地謡と囃子とともに舞う舞囃子とは異り、
 一般的には囃子を伴わず、舞事・働事などの部分を略した短い素舞を仕舞という。舞囃子が一曲のう
 ちシテの舞がかかわる部分の大半を上演するのに対して、仕舞においては謡のあるシテの舞を抜きだ
 したもので、場合によっては一曲の能から数番の仕舞が掲出されていることもある。たいていはクセ
 (舞グセ)およびこれに準ずるもの、キリ、段物などで、型は能のそれを基本とするが、始曲部分や
 終曲部分は収まりのよいように仕舞独自の型が付され、そのほかの部分でもあて振り的な要素のつよ
 い型はこれを改めて全体的に象徴性をより高くする方向で型付が行われている。
  伴奏は地謡のみによって行われ、装束・面は用いず、紋付袴か裃などで演ずる。演者は、本来の指
 定にかかわらず最初の一句を坐ったまま謡い、次に立ち上って舞い、最後に打ち込みと呼ばれる型を
 行って坐って一曲を終える。謡はほとんどを地謡が取るが、なかには演者との掛け合いになっている
 ものもある。上演にあたっての時間はきわめて短く、平均で十分程度、長くても二十分ほどのもので
 ある。主としてシテ方が一人で行うが、なかには「小袖曾我」や「二人静」のように両ジテ的な相舞
 のもの、「龍虎」や「舎利」のようにシテとツレが異なった舞をひとつの舞台で見せるものがあり、
 このような場合には演者が二人となる(「大蛇」のようにシテとワキの二人で舞う仕舞もある)。ま
 た、「張良」や「羅生門」のようにワキ方の仕舞もあり、狂言方においても小舞として仕舞に似た上
 演形態がある。
  仕舞は鑑賞用としても上演されているが、能を演ずるための稽古の段階としても利用されている。
  仕舞の基本は摺り足であるが、足裏を舞台面につけて踵をあげることなくすべるように歩む独特の
 運歩法で(特にこれをハコビと称する)、これを円滑に行うためには膝を曲げ腰を入れて重心を落と
 した体勢をとる必要がある。すなわちこれが「構え」である。また能は、歌舞伎やそこから発生した
 日本舞踏が横長の舞台において正面の客に向って舞踏を見せることを前提とするのに対して、正方形
 の舞台の上で三方からの観客を意識しながら、円を描くようにして動く点にも特徴がある。能舞台は
 音がよく反響するように作られており、演者が足で舞台を踏む(足拍子)ことも重要な表現要素であ
 る。
  以下に主な仕舞の型の例を示す。

  シカケ(サシコミ):すっと立ち、扇を持った右手をやや高く正面にだす。
  ヒラキ:左足、右足、左足と三足(さんぞく)後退しながら、両腕を横に広げる。シカケとヒラキ
      を連続させる型をシカケヒラキ(サシコミヒラキ)と呼ぶ。
  左右(さゆう):左手を掲げて左に一足ないし数足出た後、右手を掲げて右に一足ないし数足出る型。
  サシ:右手の扇を横から上げて正面高くに掲げる型。
  シオリ:目の前に手を差し出す。泣くことを示す。
  枕扇:左手で扇を持って顔を隠し、寝ていることを示す。

  これら種々の型の連続によって仕舞が構成される。柳田國男の論を受けた渡辺保によれば、「踊り」
 が飛躍や跳躍を含む語であるのに対し、「舞」は「まわる」つまり円運動を意味する語である。能の
 舞の特徴は、極端な摺り足と独特の身体の構え、そして円運動である。
  能の舞はきわめて静的であるという印象が一般的だが、序破急と呼ばれる緩急があり、ハコビにお
 いてもゆっくりと動き出して、徐々にテンポを早くし、ぴたっと止まるように演じられる。稀に激し
 い曲ではアクロバテックな演技(飛び返りや仏倒れなど)もある。しかし止まっている場合でもじっ
 と休んでいるわけでなく、いろいろな力がつりあったために静止しているだけにすぎず、身体に極度
 の緊張を強いることで、内面から湧き上がる迫力や気合を表出させようとする特色も持っている。

 以上である。なお、〈kotobank〉によれば、「玉之段(玉ノ段)」とは、「能《海人(あま)》の部
分の名。海人の女が、むかし名玉を竜宮から奪い返したことを仕方話で物語る場面をいう。この部分を
独立させて、仕舞または独吟、一調として演じることも多い」との由。お袖は十日ほどでこの仕舞を修
得したことになるが、はたしてそれは可能なのか、小生には皆目分からない。なお、当該映画は原作と
はかなり異なるようだ(たとえば、原作では源三郎と喜多八は伯父と甥の関係である。ウィキペディア
より)。さらに、先行作品の『歌行燈』(監督:成瀬巳喜男、東宝、1943年)〔筆者、未見〕が存在し、
花柳章太郎、山田五十鈴が主演していることを付け加えておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『濡れ髪剣法』(監督・加戸敏、大映京都、1958年)を観た。お手本のような時代劇で、新鮮
味はまったくないが、ぴたり決まった佳品である。主演は市川雷蔵であるが、眠狂四郎のようなニヒルな剣
豪ではなく、どちらかと言えば剽軽な役どころであった。こちらは現代劇ではあるが、『ぼんち』(監督:
市川崑、大映京都、1960年)で演じた「とぼけた男」に通じるものがあった。やんごとなきお方が身分を隠
して市中に繰り出し、庶民と交わることによってそこに可笑しさを生む物語は数多いが、これもその類であ
る。しかも、遠州佐伯藩の嫡男(若君)でありながら、その同じ佐伯藩の江戸屋敷に若党として仕えるとい
う設定である。最後に正体を現して悪漢を退治するところなどは、水戸のご老公(水戸光圀)や遠山の金さ
ん(遠山金四郎景元)、あるいは、徳田新之助(徳川吉宗)などと同じである。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  市川雷蔵の若様もので、『人肌孔雀』の松村正温の脚本を、『銭形平次捕物控 鬼火燈篭』の加戸敏
 が監督した明朗時代劇。撮影は『東海道の野郎ども』の武田千吉郎。『日蓮と蒙古大襲来』の市川雷蔵、
 『喧嘩太平記』の八千草薫をはじめ、中村玉緒・阿井美千子・島田竜三などが出演。

   〔あらすじ〕

  遠州佐伯藩松平家の若殿源之助(市川雷蔵)は剣をとっては家中第一とうぬぼれていた。が、許婚
 の隣藩小田切家の息女・鶴姫(八千草薫)の前で、その近習・林主水(小堀明男)にさんざんにイタ
 めつけられた。彼は自分の本当の力をためそうと、お城を飛びだし、江戸へ向う。若殿生活しか知ら
 ぬ源之助は人々には精神障害者のようにしか見えぬ。駿府はずれの茶店で、パクついた団子の代金を
 請求されると、「お城へ参って受けとれ」。鷹揚なものである。居合せた江戸柳橋の芸者・蔦葉(阿
 井美千子)が助けてくれると、彼は印籠を与え、再会を約した。彼が馬子に応対しているのを見て、
 面白い奴と彼を拾ったのは、江戸の人入れ稼業・大和屋弥七(荒木忍)である。弥七の娘であるおみ
 ね(中村玉緒)は彼に好意を抱く。佐伯藩では、次席家老・芝田孫太夫(南部彰三)が息子の敬四郎
 (島田竜三)に若殿のあとを追わせ、顔中包帯だらけの身代りをつくり、疱瘡で寝こんだことにして、
 鶴姫たちの眼を誤魔化した。江戸家老・安藤将監(香川良介)は若殿重態の知らせに喜んだ。彼は江
 戸藩邸で病床にある老君の松平信濃守(葛木香一)が亡くなれば、息子の采女(本郷秀雄)に跡目を
 継がせ、鶴姫と祝言をあげさせて、お家乗っとりをたくらんでいるのだ。源之助(=平源平と名乗る)
 は、弥七のもとで、道楽の剣と捨身の剣法との違いを会得した。ちょうど安藤の供人足に雇われ、行
 列をさえぎる悪旗本をやっつけ、何も知らぬ安藤に三両二人扶ちの若党として召しかかえられた。仲
 間の与平次(潮万太郎)から安藤の家中での勢力とその陰謀を知らされる。鶴姫が江戸へ現れ、縁談
 を断りに藩邸へやってきた。源之助が主水の相手を命ぜられ、今度は彼が勝ち、50石の士分に取立て
 られた。安藤は敬四郎を待ち伏せて捕えることを部下に命じた。源之助は白頭巾をかぶって彼を救っ
 た。おみねが彼らの話を立聞き、助力を申し出て、安藤邸に腰元として住みこんだ。源之助は安藤の
 使者として小田切但馬守(小川虎之助)に鶴姫を妥女の妻にと申しいれた。但馬守は若殿と気づいた
 が、源之助は鶴姫の助力で最後までトボけ通した。おみねは妥女の口ぶりから病気の老君の薬に、安
 藤の細工があると気づいた。源之助は父におみねを通じて手紙を渡し、発狂を装わせた。安藤は老君
 を釣天井つきの離れに閉じこめた。祝宴に、芸者・蔦葉が現れた。源之助に印籠を返すつもりだ。印
 籠の紋を見て、安藤はすべてを悟った。源之助が父を離れから救い出そうとしたとき、安藤たちが襲
 ってきた。釣天井が下ってきた。危機一髪。しかし、源之助はあらかじめ与平次に頼んで脱出用の穴
 を掘っておいたので、難を逃れたのである。息子の妥女を松平家の養子にしてお家乗っ取りを図った
 将監は、死んだはずの源之助が現われて驚愕したが、潔く腹を切ることを拒んで部下に源之助を斬れ
 と命じた。しかし、彼らは源之助の敵ではなかった。一件落着した後、馬上で仲睦ましく語らう源之
 助と鶴姫の姿があった。

 他に、大和七海路(千浪=鶴姫の腰元)、羅門光三郎(室井久馬=将監側の隻眼の侍)、和泉千太郎(若
林伊織=久馬に斬られる侍)、光岡龍三郎(結城甚兵衛=将監側の家臣)、上田寛(佐吉=弥七の子分)、
東良之助(安斎=御典医)、志摩靖彦(黒木三之亟=将監の腰巾着)、原聖四郎(大原十内=刺客)、高倉
一郎(村岡一平=敬四郎の使者、十内に斬られる)、石原須磨男(兵助)、五代千太郎(吉岡新吾=使者)、
沖時男(同)、大美輝子(おとく)、金剛麗子(おたつ)、堀北幸夫(貉の権三=馬子)、浜田雅史(伝三=
弥七の子分)、岩田正(岸上与次郎=国表よりの使者)、福井隆次(土門兵助)、安田祥郎(蛯名八郎)、
菊野昌代士(池上門三)、大杉潤(畠中佐内)、武田竜(太田兵馬)、遠山金四郎(山鹿十郎)、高田信二
(信吉)、神田耕(茂十)、高原朝子(八千代)、谷口和子(福奴)などが出演している。
 源之助がまだ自惚れていた頃、自らの剣を「斬人斬馬の剣」と呼んでいる。ところが、弥七のところで、
道楽の剣と必死の剣は異なることを悟り、開眼する件がある。この辺りがお気楽時代劇のご都合主義ではあ
るが、鑑賞者が共犯者となれば、別に差し障りはない。いわば時代劇の「お約束」なのである。それにして
も、いつも思うが、この手の時代劇は二度と作れないと思う。松方弘樹がある雑誌で語っていたが、本格的
な時代劇には、偏にお金がかかる由。したがって、映画全盛期の時代劇は贅沢な作りなので、それを鑑賞す
るだけでも値打がある。景観、衣裳、道具、台詞回し、殺陣、時代考証、脚本、俳優、演出、撮影……どれ
を取っても一流である。雷蔵はその頂点に上り詰めた一人であるから、これは面白くない筈がないのである。
もっとも、ひとつ瑕瑾があった。将監の台詞に、「堂に入る」を「どうにはいる」と発音する個所があるが、
あれは「どうにいる」であろう。スタッフは気付かなかったのだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『ダイナマイトどんどん』(監督:岡本喜八、大映、1978年)を観た。久し振りに岡本監督の
個性溢れる作品に接して、彼の独創性を改めて確認することができた。物語自体はあり得ない話であるが、
それでも観ている間はその世界に浸ることができる。まさに「大人のファンタジー」と言ったところか。菅
原文太と北大路欣也の決闘シーンもあって、大映と言うよりも東映カラーの映画だった。当該映画の存在は
もとより知っていたが、こんな筋書とは思わなかった。東映の任侠映画を逆手にとりつつ、しかも反戦色が
隠し味としてまぶしてある。まさに「岡本ワールド」である。配役も多彩で、トリックスターを演じたフラ
ンキー堺の演技がとくに光っていたと思う。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  昭和二十五年、北九州一円でエスカレートしたヤクザの抗争を民主的に解決しようと開かれたヤク
 ザ組織の野球大会を描く。脚本は『アラスカ物語』の井手雅人と古田求の共同執筆、監督は『姿三四
 郎(1977年)』の岡本喜八、撮影は『青春の門 自立篇(1977年)』の村井博がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  昭和二十五年、北九州一円ではヤクザ組織の抗争がエスカレートして、まさに一触即発の状態であ
 った。とくに小倉では昔かたぎの岡源組と新興ヤクザの橋伝組がしのぎを削っていた。この事態に小
 倉警察署長(藤岡琢也)は、ヤクザ抗争を民主的に解決するために野球大会を提案した。岡源組の斬
 り込み隊長の遠賀川の加助(菅原文太)は「タマ遊び」でカタをつけることにのれず、割烹「川太郎」
 で飲んだくれていた。加助は店の女将であるお仙(宮下順子)にゾッコンまいっていた。岡源組のシ
 マを狙う橋伝組は、一気に決着をつけようと、札束にものをいわせ、全国から野球上手な渡世人を集
 めた。一方、岡源組はドシロウトばかり、わずかに戦争で片足を失った五味徳右衛門(フランキー堺)
 を監督に迎えただけだった。立花港運ジョーカーズとの一回戦、あわや敗退かという時、途中から出
 場した加助の劇的な長打で逆転した。勝利に酔う岡源組の前に、岩国の貸元から送られてきた、助っ
 人、橘銀次(北大路欣也)が現われた。銀次の投げる魔球で二回戦は楽勝だった。しかし、加助は銀
 次がお仙の惚れている男とわかって身を引く。橋伝組は、岩国に手を延ばして銀次を寝返えらせてし
 まった。このことが加助の怒りを一層あおり、岡源組は一人一殺の殺人野球に活路を求め、スパイク
 を尖らせ、バットに鉛を埋めた。双方の応援団も盛り上がり、岡源組ダイナマイツには小倉の芸者衆
 が、赤いけだしをまくってカンカン踊り、橋伝組カンニバルスには地元のストリッパーのラインダン
 スとボルテージは最高頂に達した。サイレンの音とともに試合は始まった。次々と負傷する両軍選手、
 審判も例外ではない。二転、三転する血みどろの試合展開。六対三で迎えた九回裏、岡源組の攻撃、
 二死満塁で加助がバッターボックスに入った、そして加助の打った打球は……。

 他に、嵐寛寿郎(岡谷源蔵)、金子信雄(橋本伝次郎)、中谷一郎(香取祐一=岡源組の代貸)、岸田森
(花巻修=橋伝組の代貸)、小島秀哉(留吉=岡源組の組員)、石橋正次(吹原=同)、丹古母鬼馬二(鬼
熊=同)、福崎和宏(一六同)、下馬二五七(百武=同)、鳥巣哲生(牧瀬=同)、兼松隆(陣内=同)、
志賀勝(南里=同)、吉中正一(辻=同)、田中邦衛(芦刈の作蔵=橋伝組の助っ人投手)、赤穂善計(合
田)、尼子狂児(津上)、妹尾琢磨(血桜=橋伝組の助っ人)、鴨てんし(相馬)、二瓶正也(犬飼=橋伝
組の組員)、伊吹新太郎(真崎=同)、大木正司(猿渡)、大前均(中谷巡査部長=最初のアンパイヤー)、
草野大悟(藤崎=交代したアンパイヤー)、長谷川弘(小林部長)、伊佐山ひろ子(岡源の女房きん子)、
桜町弘子(芸者千代竜)、小林真美(同じく君春)、立枝歩(のり子)、岡本麗(特飲街の女郎)、ケーシ
ー高峰(和田山の繁蔵)、ジャック・デービス(米軍司令官)、岡部耕太(決勝戦の賭博屋)などが出演し
ている。物語とは関係が薄いが、新生マーケット(闇市)の洋服店の看板に「軍隊服仕立直し致します」と
書かれていた。軍服は上等な生地で作られていたらしいので、当時は貴重品だったのだろう。

                                                  
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