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日日是労働セレクト104
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第104弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト104」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『銀座の恋の物語』(監督:蔵原惟繕、日活、1962年)を観た。「ムード・アクション」とい
うジャンルに属する通俗ドラマ。同時に歌謡映画でもある。今でもカラオケの定番として年配のカップルに
よって歌われることの多い「銀座の恋の物語」(作詞:大高ひさを、作曲:鏑木創、唄:石原裕次郎/牧村
旬子、1961年)は「銀恋(ぎんこい)」と略称されて親しまれているが、当時335万枚のレコード売り上げが
あった由(ウィキペディアより)。数々のヒット曲に恵まれた裕次郎ではあるが、販売実績の点では、この
楽曲がナンバー・ワンである。ちなみに、次点は「二人の世界」(作詞:池田充男、作曲:鶴岡雅義、唄:
石原裕次郎、1965年)の285万枚である。
 さて、当該映画であるが、TVドラマのような展開で、映画として成功しているとは言い難い。主演の石
原裕次郎は画家というタイプではないし、記憶喪失をモチーフに使った筋書も興醒めである。同じ蔵原監督
の通俗ドラマならば、先日観た『夜明けのうた』の方がずっと斬新であった。もっとも、裕次郎の相手役は
華のある浅丘ルリ子のなので、それなりの手応えはある。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、大幅に
改変したが、ご寛恕を乞う。事実誤認の箇所がたくさんあったからである。

   〔解説〕

  『アラブの嵐』の山田信夫と、『男と男の生きる街』の熊井啓が共同で脚本を執筆、『メキシコ無
 宿』の蔵原惟繕が監督した歌謡メロドラマ。撮影もコンビの間宮義雄。

   〔あらすじ〕

  伴次郎(石原裕次郎)はジャズ喫茶のピアノひきの宮本修二(ジェリー藤尾)と一つ部屋を仕切っ
 て同居する絵かきで、「みどり屋」のお針子秋山久子(浅丘ルリ子)を愛していた。そして二人は一
 緒に考えた「銀座の恋の物語」を大事に胸に秘めていた。次郎と宮本は苦しい生活の中で助けあった。
 次郎は久子の肖像画作成に没頭した。一方、宮本は、不人気のせいで、クラブを馘になってしまった。
 次郎は久子との結婚を報告するために信州の母のところへと久子を連れて行くことになった。田舎行
 の費用や約束のハンドバッグを購入するため、次郎は今まで売ろうとしなかった久子の肖像画を春山
 堂に売り払った。出発の日新宿へ急いだ久子は、横からとびだしたトラックにはねられてしまった。
 久子は事故現場から姿を消したままになっていた。次郎は、久子の面影を求めて街を彷徨う日々を繰
 り返した。ある日、宮本のピアノをひきあげにきた月賦屋の手先を次郎と宮本は殴り、それを契機と
 して、宮本は次郎のとめるのもきかず、何処かへきえ去った。幾週かがすぎ、次郎は久し振りで宮本
 にあった。宮本は豪華なアパートに住み、次郎の描いた久子の肖像画をもっていた。悪事の染まり、
 羽振りがよくなっていたのである。さらにある日、次郎は松屋デパートの店内に流れる久子の声を耳
 にした。久子は記憶喪失症になっていた。次郎は久子の記憶回復につとめ、二人の記憶がつながる肖
 像画を買いとりに、宮本の所へ行ったが、彼は警察の手入れを受け、それを辛うじて逃れた後であっ
 た。彼は、偽スコッチ製造の仲間入りをしていたのである。ところが、観念した宮本は、自首する前
 にひそかに久子をおとずれ、例の肖像画をおいて、そそくさと出ていった。しかし、その絵を見ても、
 久子の記憶は回復しなかった。その後、記憶は回復するが、それは不図した切っ掛けからであった。

 他に、江利チエミ(関口典子=婦人警官)、清水将夫(春山=春山堂主人)、深江章喜(沢村史郎=詐欺
師)、清川虹子(お松=石焼き芋屋、久子の親代わり)、高品格(武さん=たこ焼き屋台「蛸八」の経営者)、
牧村旬子(柳井樹理=宮本の恋人)、河上信夫(源六=伴次郎の叔父、人力車夫)、三崎千恵子(秀子=ク
ラブのママ)、和泉雅子(キン子=久子のお針子仲間)、南風洋子(銀座屋のマダム)、新井麗子(須藤女
史)、守屋徹(橋本)、織田俊彦(尾形)、千代侑子(弘美)、金井克子(千枝)、星ナオミ(芸者)、小
島忠夫(トランペットの青年)、木浦佑三(佐藤)、下條正巳(精神科医)、山之辺潤一(刑事)、峰三平
(月賦屋のひとり)、松下達夫(清水部長=現代美術社社員)、花村典昌(吉本=清水の部下)、井上昭文
(東北弁の巡査)などが出演している。
 1962(昭和37)年といえば、小生は小学校の2年生である。銀座にある泰明小学校に通っていたので、ロ
ケに使われた銀座界隈の風景は懐かしい。日劇もまだ残っているし、もちろん服部時計店(和光)はその威
容を誇っている。時代が違うので、興味深い映像や当時の風俗習慣が面白い。まず、午前6時頃、裕次郎が  
人力車を曳くシーンから映画は始まる。叔父の代役で車夫を務めているのである。小生は、泰明小学校を卒
業した後、現在「銀座中学校」という名称に変更された中学校(明石中学校、後に第一中学校)に通ってい
たが、学校の近くに新橋演舞場があった。その傍らに人力車がよく屯していた。需要は主として新橋芸者の
お姐さん方で、当該映画でも裕次郎は朝帰りの芸者さんを乗せている。
 屋台の石焼き芋屋は珍しくなかったと思うが、たこ焼き屋はあまりなかったと思う。小生が小学生以来関
西に憧れた切っ掛けの一つは他ならぬこの「たこ焼き」であるが、「関西名物」と銘打った屋台のたこ焼き
屋で買い食いしたのが未知なる「たこ焼き」との遭遇であった。小生の通っていた泰明小学校には、「買い
食い禁止」などという野暮な規則は(たぶん)なかったので、堂々と買い食いしたのである。この世のもの
とは思えない美味しさであった。それ以来、小生のこころは関西に飛んでいった。もっとも、もっと憧れた
対象もある。京都である。京都という街そのものにである。その点には、また別の機会に触れてみよう。と
もあれ、たこ焼きの屋台には何とも言えない感慨がある。ただ、この頃はおでんのように串に刺して売って
いたらしく、現在のように舟に入れて楊枝で食べる形式とは異なるようである。このたこ焼きの値段は出て
来ないが、当時石焼き芋は「50円」で2、3個買えたと思う。なお、タクシーの初乗り料金は80円、次郎が
購入したハンドバッグの値段が5,400円であった。タクシーと言えば、当時実在した「グリーンキャブ」や
「ツバメタクシー」が登場するが、両者ともに観音開きのクラウンで、これも懐かしかった。なお、「観音
開き」と呼ばれる理由は、自動車の前後のドアが仏壇の扉のように開閉するからである。宮本が、「俺は合
いの子(現在は使用を控えるように勧告されている言葉=混血児、ハーフ)だから、日本人の言うことは通
用しない」という台詞を吐く場面がある。さらに、「港のパン助(=娼婦)でも、合いの子を産む」という
台詞も登場する。彼の屈折はこの辺りに蟠っているが、この手の話は当時いくらでもあったようである。最
後に、蛇足であるが、次郎が喫っていた煙草は「いこい」である。


 某月某日

 DVDで邦画の『夜明けのうた』(監督:蔵原惟繕、日活、1965年)を観た。前年に大ヒットした「夜明けの
うた」(作詞:岩谷時子、作曲:いづみたく、唄:岸洋子、1964年)を下敷にした歌謡映画。たとえば、西
田左知子のヒット曲をベースにした『アカシアの雨がやむとき』(監督:吉村廉、日活、1963年)などの系
譜に属する。主演の浅丘ルリ子と蔵原監督と言えば、『執炎』(監督:蔵原惟繕、日活、1964年)や『愛の
渇き』(監督:蔵原惟繕、日活、1967年)が有名であるが、当該作品にもそこそこの魅力がある。脚本が少
し捻ってあって、一人の成熟した女の迷いとそこからの脱出が描かれている。刺激剤として、若い男女が絡
むが、浜田=松原コンビで、いかにも日活色が出ていた。相手役の岡田真澄は魅力的だが、完全に刺身のツ
マにされていた。少し気の毒であった。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる、執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『執炎』の山田信夫がシナリオを執筆。『執炎』以来コンビの蔵原惟繕が監督したメロドラマ。撮
 影もコンビの間宮義雄。

   〔あらすじ〕

  華やかなミュージカル公演の千秋楽の夜、打ちあげ祝いを終った主演の緑川典子(浅丘ルリ子)は、
 純白のスカイラークを駆って、愛人で作曲家の野上(岡田真澄)が待つホテルへ向った。その夜、典
 子は自らすすんで野上の前に身体を委ねた。しかし野上はそんな典子の肌に触れようともせず、何か
 に追われるようにホテルを出ていった。妻を持つ、気弱な野上は、極度に二人の情事を世間に知られ
 るのを恐れていたのだ。満たされぬ気持の典子は再び車に乗り、あてもなくハイウェイを突走った。
 そうして来た小田原のドライヴ・インで、極度の疲労と睡魔に襲われた典子は、居合わせた青年・利
 夫(浜田光夫)に運転を頼んだ。利夫は眼病の少女・千加子(松原智恵子)を連れていた。これを知
 った典子は、千加子のために車を医大病院へつけさせ、千加子を知り合いの医師(小高雄二)に頼む
 と、自分も病院のベッドで眠りこけてしまった。翌朝、典子がアパートへ帰ってみると、つき人・房
 江(加藤ヒロ美)と運転手・富夫(杉山元)が宝石や金を持ち出し駆け落ちしていた。そんなところ
 に、脚本家・真木(小松方正)とプロデューサー・神山(戸浦六宏)が新作「夜明けのうた」の出演
 交渉にやってきた。脚本はすでに渡されていたが、典子はまだそれに目を通していなかった。さて、
 この脚本の内容が、典子と野上との情事に酷似していた。怒った典子は出演を断り、乗って出た自動
 車で事故を起し病院にかつぎこまれた。やがて傷もなおり、典子は孤独にうちひしがれて野上に電話
 をした。しかし、野上の返事は相変わらず、曖昧でつかみどころがなかった。その夜ナイト・クラブ
 で踊り明した典子は、帰途、利夫と千加子に会った。千加子は利夫を愛しながら自分の眼の不自由さ
 を思って、利夫の愛をかたくなに否んでいた。典子はそんな千加子を励ました。その夜二人は将来を
 誓いあった。典子はそんな二人の純粋な愛にめざめ、野上と別れることに決め、「夜明けのうた」へ
 の出演を決意した。真木は、そんな典子を暖かく迎えるのだった。

 他に、藤木孝(藤木=舞台俳優)、雪丘恵介(八木)、江角英明(中原)、野村隆(外車のセールスマン)、
亀山靖博(印刷屋の小僧)、糸賀靖雄(ドライブインのバーテン)、玉井謙介(ドライブインのマスター)、 
横田楊子(マンションの奥さん)、英原穣二(救急病院の院長)、浜川智子(ハイティーンの人気歌手)、
東郷秀美(芸能記者A)、林晴生(芸能記者B)、藤村有弘(ナイトクラブの司会者)、岸洋子(本人)な
どが出演している。真木に、「三年前の君(=典子)は僕をときめかしてくれたが、今の君は50円のブロマ
イドに等しい」といったニュアンスの台詞があったが、なかなかのインパクトだった。倦怠と惰性の人生に
は、何の価値もないのである。なお、千加子の病気は「視神経孤立結核(ゼーネルヘン・ツベルケルン)」
(医師の台詞から採取した言葉なので正確ではない)だそうだが、ネットで調べたけれども、不詳のままで
ある。


 某月某日

 DVDで邦画の『東京の暴れん坊』(監督:斎藤武市、日活、1960年)を観た。小林旭全盛期のコメディ・ア
クション映画。日活が創業100周年を記念してリリースした「邦画クラッシックス GREAT20」の一篇である。
もっとも、なぜこの作品がこの「GREAT20」に加わることになったのかは分からない。とういのも、けっして
すぐれた作品とは言えず、他にも傑作が目白押しのはずの日活が、どうしてこの比較的地味な作品を選んだ
のかが疑問だからである。思うに、小林旭と浅丘ルリ子が共演するコメディタッチの映画(他にもいくつか
ある)の代表として選ばれたのかもしれない。まるで、東宝の加山雄三と星由里子のコンビのようであった。
なお、以下にその「GREAT20」を掲げるが、小生は当該作品を観たことによって、全作鑑賞済みとなった。

 『狂った果実』、監督:中平康、日活、1956年。
  主なキャスト:石原裕次郎、津川雅彦、北原三枝、岡田真澄
  寸評:時代の雰囲気を活写しており、裕次郎と三枝のコンビも鮮烈である。
 『赤い波止場』、監督:舛田利雄、日活、1958年。
  主なキャスト:石原裕次郎、北原三枝、中原早苗、大坂志郎
  寸評:ジャン・ギャバン主演の『望郷』を下敷に製作した異国風活劇。
 『伊豆の踊子』、監督:西河克己、日活、1963年。
  主なキャスト:吉永小百合、高橋英樹、大坂志郎、十朱幸代、宇野重吉
  寸評:田中絹代(監督:五所平之助、松竹蒲田、1933年)、美空ひばり(監督:野村芳太郎、松竹大船、
     1954年)、鰐淵晴子(監督:川頭義郎、松竹大船、1960年)、吉永小百合(監督:西河克己、日
     活、1963年)、内藤洋子(監督:恩地日出夫、東宝、1967年)、山口百恵(監督:西河克己、東
     宝=ホリプロ、1974年)と6回映画化されているが、小生は、そのうちの、ひばり版、小百合版、
     百恵版を観ている。甲乙つけがたいが、「薄倖」のイメージをいちばん引き出していると感じた
     のは、百恵版である。
 『愛と死をみつめて』、監督:斎藤武市、日活、1964年。
  主なキャスト:吉永小百合、浜田光夫、笠智衆、内藤武敏、宇野重吉
  寸評:吉永=浜田コンビとしては、いちばんの傑作だろうか。
 『東京の暴れん坊』、監督:斎藤武市、日活、1960年。
  主なキャスト:小林旭、浅丘ルリ子、中原早苗、藤村有弘、近藤宏
  寸評:旭=ルリ子の軽快コメディ。
 『黒い賭博師』、監督:中平康、日活、1965年。
  主なキャスト:小林旭、冨士真奈美、小池朝雄、益田喜頓、横山道代
  寸評:だいぶ貫禄のついた旭の痛快ギャンブラー・アクション。
 『危(やば)いことなら銭になる』、監督:中平康、日活、1962年。
  主なキャスト:宍戸錠、長門裕之、草薙幸二郎、浅丘ルリ子、左卜全
  寸評:エースのジョーの痛快コメディ。ルリ子のコメディエンヌぶりも必見。
 『殺しの烙印』、監督:鈴木清順、日活、1967年。
  主なキャスト:宍戸錠、真理アンヌ、小川万里子、南原宏治、玉川伊佐夫
  寸評:宍戸錠と南原宏治の二人の殺し屋の静かな対決がオシャレ。もっとも、鈴木清順監督が、この
     映画を引鉄に日活を馘首されている「いわく」付の作品。「GREAT20」に加えるとは商売上手。
 『ビルマの竪琴(総集版)』、監督:市川崑、日活、1956年。
  主なキャスト:三國連太郎、安井昌二、浜村純、西村晃、北林谷栄、三橋達也
  寸評:後に、中井貴一を主演に据えてリメイクしている作品。市川崑の思い入れが強いのだろう。
 『月曜日のユカ』、監督・中平康、日活、1964年。
  主なキャスト:加賀まりこ、中尾彬、加藤武、北林谷栄、波多野憲
  寸評:日本には珍しいフランス映画風の女性映画。加賀まりこでなければ成立しないだろう。
 『嵐を呼ぶ男』、監督:井上梅次、日活、1957年。
  主なキャスト:石原裕次郎、北原三枝、青山恭二、芦川いづみ
  寸評:ドラマー裕次郎の面目躍如。後に、渡哲也や近藤真彦を主演に据えてリメイクされている。
 『憎いあンちくしょう』、監督:蔵原惟繕、日活、1962年。
  主なキャスト:石原裕次郎、浅丘ルリ子、芦川いづみ、長門裕之、川地民夫
  寸評:裕次郎とルリ子の大人の恋をスピーディに描いた佳作。
 『青い山脈』、監督:西河克己、日活、1963年。
  主なキャスト:吉永小百合、浜田光夫、高橋英樹、芦川いづみ
  寸評:石坂洋次郎の傑作を吉永=浜田のコンビで練り上げている。高橋英樹のとぼけた役柄が印象的。
 『あゝひめゆりの塔』、監督:舛田利雄、日活、1968年。
  主なキャスト:吉永小百合、浜田光夫、和泉雅子、二谷英明、乙羽信子、渡哲也
  寸評:今井正監督の『ひめゆりの塔』(東映東京、1953年)よりも迫力はないが、それなりに当時の
     様子は伝わって来る。個人的には太田雅子(後の梶芽衣子)が出演しているので、それだけで
     嬉しい作品である。
 『ギターを持った渡り鳥』、監督:斎藤武市、日活、1959年。
  主なキャスト:小林旭、浅丘ルリ子、中原早苗、渡辺美佐子、金子信雄
  寸評:ご存知旭の「渡り鳥」シリーズの第1作。荒唐無稽の筋書ながら、なぜかうきうきさせる映画。
     牧歌的な舞台を背景に旭の鉄拳がうなる。
 『紅の拳銃』、監督:牛原陽一、日活、1961年。
  主なキャスト:赤木圭一郎、笹森礼子、白木マリ、垂水悟郎
  寸評:石原裕次郎、小林旭、和田浩治とともに、「日活ダイヤモンド・ライン」を形成したトニー。早
     世は本当に惜しまれる。実は、この4人の中でいちばん好きな俳優。本作は拳銃の蘊蓄満載の佳作。
 『野獣の青春』、監督:鈴木清順、日活、1963年。
  主なキャスト:宍戸錠、渡辺美佐子、川地民夫、香月美奈子
  寸評:不思議な味わいの映画。渡辺美佐子の悪女ぶりが忘れられない。宍戸=郷の兄弟対決も見逃せない。
 『洲崎パラダイス 赤信号』、監督:川島雄三、日活、1956年。
  主なキャスト:新珠三千代、三橋達也、轟夕起子、芦川いづみ
  寸評:川島監督ならではの傑作。個人的には、河津清三郎の粋な男ぶりの方が三橋達也のダメ男ぶりより
     もよい。添え物として、小沢昭一が演じたそば屋の出前が面白い。
 『太陽の季節』、監督:古川卓巳、日活、1956年。
  主なキャスト:長門裕之、南田洋子、石原裕次郎、岡田真澄
  寸評:石原慎太郎の原作が当時の世相を上手に伝えている。裕次郎は脇役だが、早くも主役を食っている。
 『八月の濡れた砂』、監督:藤田敏八、日活、1971年。
  主なキャスト:村野武範、テレサ野田、広瀬昌助、地井武男、原田芳雄
  寸評:藤田監督お得意の青春映画。未完成なところがよい。テレサ野田が鮮烈な印象を与えてくれる。
     なお、石川セリが歌った主題歌の「八月の濡れた砂」は抜群の出来。

 以上である。日本最古の映画会社「日活」の実力のほどがある程度分かるだろう。東宝、松竹、大映、東映、
日活、新東宝、等々と、映画製作会社は数々あるが、小生の一番好きなのは泥臭い大映。日活は少し面はゆい。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  松浦健郎の原作を、石郷岡豪が脚色し、『赤い夕陽の渡り鳥』の斎藤武市が監督した小林旭のアク
 ションもの。撮影も『赤い夕陽の渡り鳥』の高村倉太郎。

   〔あらすじ〕

  銀座のキッチン「ジロウ」の若旦那である清水次郎(小林旭)は、パリ帰りのフランス料理のコッ
 クで、元レスリング選手の美男子である。銭湯松の湯で彼が鼻うたを歌うと、女湯ではバーのマダム
 のリラ子(中原早苗)や他の女たちが大騒ぎである。松の湯の娘松田秀子(浅丘ルリ子)は次郎の大
 学の後輩である。彼女の一家は、銭湯を改造して大ソープランド(当時はトルコ風呂)を作ろうとす
 る実業家の浅井(三島雅夫)の誘惑をうけていた。浅井の息子隆三(相原巨典)は秀子に求婚してい
 た。キッチン「ジロウ」に、元総理大臣で政界の黒幕である一本槍鬼左衛門(小川虎之助)の自家用
 車が、運転を誤って突っ込んでしまった。新聞記者やお供などが彼を追いかけてきて大騒ぎである。
 次郎は厳然として彼の非礼をたしなめた。この事件で鬼左衛門はすっかり次郎が気に入ってしまった。
 翌日、銀座を根城にする愚連隊の「台風くらぶ」の幹部千吉(近藤宏)らが、このことをネタに鬼左
 衛門をユスリに出かけたが、やってきた次郎に撃退された。キッチン「ジロウ」は鬼左衛門のきもい
 りで日本一の料理店「フランス料理/レストラン ジロウ」に改装された。開店祝いの日、リラ子が店
 にかけこんできた。次郎は彼女をめぐる三人の男たちの争いをおさめてやった。愚連隊の千吉は次郎
 の部下になった。ある日、女給のトシ子(千代侑子)が中村清〔実は、浅井隆三〕という男にすてら
 れて自殺を計った。次郎はトシ子をなぐさめ、相手の男を探しに行った。ところが意外に中村は子も
 ちで、女房(福田トヨ)のいる男(野呂圭介)だった。だが次郎は、中村が実は身代りの男で、実際
 のトシ子の相手は浅井隆三なのを見破った。次郎は策を用いて、秀子と隆三の結婚式に身代り花嫁と
 してトシ子を送りこんだ。一本槍老の計いでトシ子は隆三と結ばれた。浅井は台風くらぶの連中を使
 って「ジロウ」をこわしたが、一本槍老は、再び丈夫な建物を作ってやると笑うのだった。

 他に、森川信(長五郎=次郎の父親)、田中筆子(チヨ=同じく母親)、十朱久雄(今村=土建屋の社長。
一本槍の子飼)、藤村有弘(金田=高利貸し)、小沢昭一(浜川=弁護士)、小園蓉子(道子=一本槍の秘
書)、原恵子(ツル=秀子の母親か?)、弘松三郎(風巻鉄兵=台風くらぶの会長)、堺美紀子(倶梨伽羅
紋々の女)、光沢でんすけ(一本槍の運転手)、河上信夫(警官)、神戸瓢介(自動車修理工)などが出演
している。
 浅井隆三とトシ子は結婚するが、はたして互いに幸せなのだろうか。リラ子は、妊娠したトシ子に向かっ
て、「恋愛はもっと上手にしなくちゃ」と能書を垂れているが、いかにも中原早苗に相応しい役柄であった。
月木が金田、火金が浜川、水土が今村と、3人の男をパトロンにしているのだから、それは逞しい女ではあ
る。小生の好きな俳優のひとりである近藤宏も、いつになく軽快な役を演じている。次郎の子分がけっこう
似合っていた。なお、東京の上空からヘリコプターで宣伝ビラを撒くシーンや、旭のレスリング姿、ルリ子
のフェンシング姿も、なかなかお目に掛かれないシーンではなかろうか。さらに、旭が昆布の佃煮で茶漬け
を食べるシーンまである。フランス料理と対蹠的なので面白かった。欲を言えば、旭のフランス語の発音が
もう少し上手で、さらにその料理の腕前を披露するシーンがあればもっとよかったと思う。


 某月某日

 DVDで邦画の『黒い賭博師』(監督:中平康、日活、1965年)を観た。小林旭を主演に据えた「ギャンブラ
ー」シリーズの第6弾である。『ぴあ シネマクラブ 日本映画編』に解説が載っているので引用しよう。執
筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文通りである。

  「ギャンブラー」シリーズ(日活、1964-1966年、全8作)

  “渡り鳥”シリーズに続く小林旭の最大最長のヒットシリーズの一つである。1964-66年の間に8本
 製作された。前半の5本には共通するタイトルはないが、後半の3本には“黒い賭博師”の名が冠さ
 れ、内容的にもかなり色あいの違うものとなっている。基本フォーマットは天才的なさすらいのギャ
 ンブラー・氷室浩次が腕一本を頼りに数々の敵を打ち破っていくというもの。前半5本は“渡り鳥”
 シリーズを継承し、兄と恋人を賭博がもとで死なせたという十字架を背負いつつ、行く先々で人々を
 助けるというセンチメンタリズム漬けのものだが、後半3本は国際的賭博師と荒唐無稽なテクニック
 で対決するドライかつコミカルなもので、こちらの方に本シリーズの独自性と真髄がある。

 小生が観たのは、その後半のシリーズの1本目(全体では6本目)で、上記の解説通りである。ただし、
出演している外国人の質がだいぶ劣るので、何か安物のTVドラマを観ているのと同等の気分を味わわされ
た。もっとも、その他の共演者の質は高く、その点で埋め合わせはなされていると思う。とくに、冨士眞奈
美は映画で観た記憶はあまりない。後年、TVドラマでよく見かけたような気がするが、当時はすでに中年
に差しかかっていたと思う。久しぶりにお目にかかったが、個性的な女優であることは間違いない。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  野村敏雄の原作を、『意気に感ず』の小川英と『あばれ騎士道』の中西隆三が共同で脚色、『現代
 悪党仁義』の中平康が監督した“ギャンブラー”シリーズの第六作目。撮影は、『河内ぞろ あばれ
 凧』の山崎善弘。

   〔あらすじ〕

  東京に舞いもどった氷室浩次(小林旭)は、以前、氷室がいろいろ世話になったバー“トト”のマ
 マ時子(横山道代)のところに身を奇せていた。そんな時、スベニア王国大使館でレセプションが開
 かれ、氷室も招待客の一人として参加した。ところがこの催しは、レセプションとは名だけで、高倉
 商事社長、高倉(玉川伊佐男)やその子分で「カード師」の異名をもつ犬丸(小池朝雄)、その愛人
 玲子(冨士眞奈美)らが加わった大賭博会であった。氷室と犬丸の勝負は氷室の一方的な勝利に終っ
 た。その後、氷室の後を玲子が影のようにつきまとうようになった。そんなある日氷室は、賭けに負
 け国際賭博団マルコムの団員であるモノクルの楊(高橋昌也)に狙われている女ニーナ(シェーリー・
 ヘレン)を助け、その場で楊に復讐戦を挑んだ。しかし氷室は楊のイカサマを見破れず敗れた。それ
 以来氷室は、楊との再戦を誓って資金集めに賭場を渡り歩く一方、相棒一六(榎木兵衛)に楊の身辺
 を洗わせた。だが数日後、昔なじみの花田刑事(谷村昌彦)が一六の死を知らせてきた。その夜氷室
 は再び楊と対決し、見事にイカサマを見破ったその足で氷室はニーナのホテルに向い、楊からとりか
 えした金を渡した。が、意外にも氷室はニーナがマルコム(ペドロ・フェルナンデス)の情婦であり、
 さらに横浜に着く国際観光団にマルコムの団員がまぎれこみホテルで大賭博が催されることを知った。
 だが、氷室を恐れる犬丸は氷室を襲い、彼の左手を痛めつけた。当日氷室は傷ついた左手をかかえて
 賭場にのりこみ、見事な腕の冴えを見せた。マルコムは氷室たちを始末しようとするが、そこに花田
 が乗り込んできたことによりなんとかマルコムたちを撃退する。警察に連行されるマルコムたち。が、
 その警察は実はマルコム団の変装だったのだ。氷室は東京を離れ、またあてどない旅に出ていくのだ
 った。

 他に、益田喜頓(姉小路元子爵、玲子の実父)、野呂圭介(チョンボ=氷室の仲間)、天坊準(北川=高
倉の子分だったが、犬丸の配下に鞍替えした男)、深江章喜(中折帽の男=楊の子分)、晴海勇三(刺青の
男=同)、ゴードン・ジョンソン(プロレスラーみたいな男=マルコム団員)、吉野久子(モデル風の女 )、
瀬山孝司(船員A)、木島一郎(同じくB)、黒田剛(同じくC)、柳瀬志郎(代貸)、桂小かん(高速道
路係員)、ザイ・ノウラー(口髯の賭博師)、A・モロウス/S・モロウス(外国人老夫婦)などが出演し
ている。
 劇中、革製のダイス・ケースを振ってサイコロを直列に立たせる技であるダイス・スタッキングが登場す
るが、たしか小生の弟も身につけている技なので、それほどの技術ではないのかもしれない。それよりも、
4,000円つく馬券(1-3)に5万円を張り込んで、素一で200万円を獲得するシーンがあるが、そのからく
りを教えてほしい。当時の5万円は今の30万円くらいか。だとすると、1,200万円ほどをわずか1レースで得
たことになる。なお、氷室がニーナと入ったホテルの値段が目に入った。以下に記しておこう。

   各室 バス・トイレ付
   御休憩(2時間まで)   ¥1,000
   御宿泊(御1人様)    ¥1,800
   ホテル 開花


 某月某日

 DVDで宝塚歌劇団の『Me and My Girl』(脚色・演出:小原弘稔/三木章雄、月組公演、1995年8月11日-9
月25日、宝塚大劇場)を観た。天海祐希が最後の舞台を踏んでいる。小生が宝塚歌劇を観るのは初めてのこ
とである。きっかけはゼミ生の勧めによる。永らくDVDを借りていたのであるが、機会がなくて観ることがで
きなかったが、連休中に鑑賞に及んだ次第である。とても楽しく、面白かった……と書いておこう。喜劇タ
ッチで人間の愚かさと素晴らしさを描いているが、病みつきになるファンが大勢いることも理解できる。一
度ライヴで観てみたいものである。なお、けっこう笑いを狙ったシーンが多かったが、外した場面もまた多
かったのではないか。たとえば、風花舞が演じたソフィア・ブライトンが登場したとき、天海祐希扮するビ
ルがその名前に引っ掛けて「ブライトン=無頼の徒」という駄洒落を遣っていたが、観客の反応はあまり芳
しくなかったのではないか。戯曲を読むのと舞台を観るのとの間にはだいぶ隔たりがあり、音声だけでは伝
わらない類の駄洒落だったからだと思う。
 さて、本篇の解説を覗いてみよう。DVD本体およびそのDVDの付録である冊子の記述による。なお、ほぼ原
文通りである。

   〔解説〕

  イギリスの人気ミュージカルのひとつ。ロンドンで初演されたのは1937年。以来1,646回のロングラ
 ンを記録するヒット作品である。
  タカラヅカで初演は1987年。今回は8年ぶりの再演になる。

   〔あらすじ〕

  1930年代のイギリス・ロンドンが舞台である。メイフェアのヘアフォード伯爵家では、なき当主の
 後継者問題が浮上していた。当主には非嫡出子がおり、遺書には、その人物が伯爵家にふさわしい人
 格を有していれば爵位と財産を相続させるとあった。遺言執行人になった故ヘアフォード伯爵の妹・
 マリア(邦なつき)侯爵夫人と友人のジョン卿(久世星佳)は、行方がわからなくなっているこの男
 を弁護士に探させたところ、ロンドンの下町ランベスに暮らすビルという男(天海祐希)が、一家の
 世継ぎ候補であることが判明した。ところが、そのビルの言動は、いかにも下町育ちで型破り。格式
 高いヘアフォード家の理想からはほど遠いものであった。
  マリアはそれでもビルに貴族教育をしようとするが、ジョンはこれに否定的。遺産目当てに婚約者
 のジェラルド(姿月あさと)を振って、ビルにモーションをかけるマリアの姪ジャッキー(真琴つば
 さ)もいる。だが、ビルには同じ下町育ちの恋人サリー(麻乃佳世)がいた。一家は彼女にも冷たか
 ったが、ビルはサリーと結婚できないなら伯爵家を出ると言い出す。サリーは自分の存在がビルの爵
 位継承を危うくすることを察知し身を引こうとする。そんな状況のの中、初めはビルの粗野なふるま
 いにあきれていたジョンも、やがてビルの天真爛漫な人柄に好感を抱くようになり、彼とサリーのた
 めにと、ある計画を思いつくのだった──。

 他に、汐風幸(パーチェスター=ヘアフォード家の弁護士)、葵美哉(バターズビー卿)、夏妃真美(そ
の夫人)、梨花ますみ(ワーシントン夫人)、大峯麻友(ジャスパー卿)、夏河ゆら(ブラウン夫人)、真
山葉瑠(ヘザーセット=ヘアフォード家の執事)、美原志帆(ディス夫人)、鷹悠貴(ランベス・キング)、
山吹紗世(ランベス・クイーン)、那津乃咲(ヘアフォード家のチーフ・メイド)、風花舞(ソフィア・ブ
ライトン)、樹里咲穂(ポップ・パーキング)、干ほさち(メイ・マイルズ)などが出演している。個人的
には、ジェラルド役の姿月あさとがいちばん宝塚のイメージに近かった。もちろん、天海祐希は頗る魅力的
な演技をしていたし、他のメンバーも一糸乱れぬチームワークぶりを発揮していた。別の作品も機会があれ
ば観てみたいと思った。


 某月某日

 今日は国民の祝日の一つである「こどもの日」である。5月5日は、古来から「端午の節句」として男子の
健やかな成長を願う日として祝われてきた。「おとなの日」は存在しないが、「成人の日」がそれに相当す
る祝日として挙げられるのだろうか。ちなみに、7月の第3月曜日は「海の日」であるが、それに相当する祝
日として、2016年から8月11日が「山の日」になる運びである。できれば、6月に何か祝日を作ってほしいが、
たぶんそうはいかないのだろう。ともあれ、8月11日では、あまり有難くない。ついでに書いておくが、3月
3日(雛祭り)を「女の子の日」にして、5月5日は「男の子の日」に変更する案は存在しないのだろうか。


 某月某日

 月が替わった。もう五月である。学期が始まって早くも一月経つが、まだまだ自転車操業は続く。早く余
裕を作りたいが、いつになるだろうか。
 さて、DVDで邦画の『バッシング』(監督:小林政広、モンキータウンプロダクション、2005年)を観た。
例の「イラク邦人人質事件」をヒントにして製作された作品である。解放後帰国できたことは慶賀であるが、
実は拉致と変わらぬほどの辛い目に遭うことになる。人々の元人質に対するバッシングである。本人だけで
はなく、周囲の人々も巻き込んで、さまざまな波紋を呼んだ。主人公の女性はめげないが、何が彼女を突き
動かしているのだろうか。
 今年度の1学期に開講した「現代思想論 I」のテクストとして選んだ本は『安心のファシズム ─ 支配さ
れたがる人びと ─』(斎藤貴男 著、岩波新書、初版2004年)であるが、この本の第一章はまさしくこの事
件に焦点が合せられている。「自己責任」という言葉がキーワードであるが、果たして、「自己責任」の名
の許に、これほど責められねばならないことなのだろうか。講義の準備を進めている最中、この映画の存在
を初めて知った。当然、未見であった。ある受講生がTSUTAYAでレンタルされているという情報を伝えてくれ
たので、早速借りて来て鑑賞に及んだ次第である。
 当該映画の主人公は、自分のような万事ダメな人間でも、彼の地に行けばさまざまな人から感謝されて、
「役に立っている」ことを実感できると呟く。この事件をきっかけとして自殺に追い込まれる父親も、そん
な娘の気持に理解を示している。同じく辛い目に遭わされた父親の配偶者(主人公の継母に当たる)も、最
後にはこの義理の娘を応援する気持になる。観ていて、ある程度の必然性を感じるが、もう少しこの主人公
の女性のここに至った経緯を描いてほしかった。そうすれば、もっと説得力のある作品になったであろう。
また、バッシングの方法も、もっとえげつないものを見せてほしかった。実際には、この程度では済まない
だろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  2004年にイラクで起きた日本人人質事件を題材にしたドラマ。中東で武装集団に拉致された女性と、
 解放された彼女を非難する周囲の人々の姿を通し、社会のゆがみに鋭く迫る。

   〔あらすじ〕

  北海道のとある海辺の町で暮らす高井有子(占部房子)は、突然、アルバイト先のホテルをクビに
 された。有子は中東の戦時国でボランティア活動をしている最中、武装グループに拉致・監禁されて、
 人質となった。無事に解放されて帰国したものの、自己責任を問われ、世間から激しいバッシングを
 受けていた。ホテルの支配人・井出(香川照之)いわく、そんな有子の存在が職場の雰囲気を悪くし
 ているという。その頃、有子の父・孝司(田中隆三)もまた、30年間勤めた工場から退職を強いられ
 た。有子の行動を非難するメールや電話が工場にまで寄せられ、業務に支障をきたしているという。
 辞表を提出した孝司は家に籠もり、昼間から酒を煽るようになった。そしてある日、マンションのベ
 ランダから飛び降り自殺した。葬儀後、それまで有子を見守っていたはずの継母・典子(大塚寧々)
 は、ついに抑えていた感情を有子にぶつけた。帰国してから会話の途絶えていた有子と典子だったが、
 その夜、初めて互いの心情を吐露する。有子は泣きながら、再び中東へ戻ることを典子に告げる。有
 子は、戦火の中で生きる子どもたちへの駄菓子をスーツケースに詰め込むと、家を出た。それは、有
 子の日本との決別だった。

 他に、加藤隆之、本多菊次朗、板橋和士などが出演している。
 以下に、同じような体験をもつ人物(今井紀明氏)のその後についての雑誌記事があるので、それを引用
しておこう。ほぼ原文に忠実である。


 ******************************************

   人を追いつめない社会に        通信制高校生をサポートするNPO法人D×P

  いま、日本の通信制高校生は19万人。うち7割が学校をやめたことがあり、その4割は中学で不登
 校を経験、卒業後も半数が就職も進学もしないという。人と関わるきっかけをつかめないまま、引き
 こもってしまう人も少なくない。そんな高校生の支援に取り組むNPOを大阪市に訪ね、今井紀明さん
 (共同代表)に話を聞いた。

   「自己責任」のバッシングを越えて

  2004年春、戦闘の続くイラクで、武装勢力の人質になった3人の日本人がいた。劣化ウラン弾の危
 険性を訴えたいと入国した今井紀明さんも、そのひとり。当時18歳だった。
  武装勢力はサマワに駐留していた自衛隊の撤退を求めたが、日本政府は拒否。それでも無事に解放
 されて帰国すると、激しいバッシングに遭った。「危険承知で行ったのだから自己責任だ」「事件は
 自作自演だろう」等々、匿名のメールや手紙、FAX……。無責任な報道も、批判や中傷に油を注い
 だ。歩いていると突然、殴りかかってくる人までいて、外に出られなくなった。家族ともうまくいか
 なくなり、対人恐怖症追い込まれていったという。
  それから9年……。苦しんだ日々の中、大学で出会った朴基浩(パクキホ)さんと、さまざまな年
 代の人が関わり合い、互いに学び合う場を提供する任意団体「Dream × Possibility」を設立。それ
 を、通信制高校生を支援するNPO法人D×P(ディーピー)に発展させ1年がたつ。つらかった時期
 の自分と、生きることぶ自信がもてない高校生の姿が重なるのだ。

   (中略)

   自分が自分であっていい

  イラクから帰国しての激しいバッシング。
  そのとき18歳だった今井さんは、いま27歳。
  どうそれを乗り越えたのでしょう。

  僕の帰国直後の記憶は、ところどころ抜けているところがあって、事件の9日間のことの方がよく
 覚えているのです。事件後、兄は仕事を失い、その鬱憤もあってか一度、僕に殴りかかったことがあ
 ったそうです。家族みんながそのことを覚えているのに、僕だけはまったく思い出せないんですね。
 「ああ、自分もいっぱいいっぱいだったんだなぁ」と、記憶が飛ぶほど追いつめられていたことが、
 最近ようやくわかってきました。
  驚いたのは、帰ってきたら、突然有名になっていたこと。それまで情報のないところに監禁されて
 いたので、いざ戻っても現実感がなくて……。外に出ると罵声を浴び、たまらなくなってイギリスに
 逃げたけれど、そこにも日本人がいますし。励まされるのも嫌で、これじゃあ回復しないぞと思い、
 帰国したのです。
  そのあたりから、逃げてばかりではなく、少しずつ問題と向き合っていこう、という気持ちになっ
 てきました。

   一人ひとりとの対話を通して

  批判は最初、手紙が多かったのが、その後インターネット上で炎上しました。僕が思いを記したブ
 ログに、毎日30万件くらいのアクセスがあり、そのうち批判のコメントは6,000件余ありました。
  「人質事件は自作自演だった」という話まで、テレビや新聞などに出て、まことしやかに言われて
 いました。あまりの誤報の多さに、インターネット上で情報を整理していったのです。そういう誤解
 をといて、やはり皆さんに本当に起こったことを知ってほしかった。
  自分の電話番号も公開して、批判する人とも、一人ひとり話していきました。すると面白いことに、
 9割くらいが味方になってくれたのです。そこで、何か区切りがつけられた。
  事件の2年後、2006年から大分の大学で。3年生くらいまでは、精神的にしんどかったですが……。
 2007年末に、いまこの仕事を一緒にしている朴くんと知り合い、彼や大学の友人たちと話しているう
 ちに、当時のことも話せるようになってきた。そこから、海外などに、もう一度自分で行くようにな
 りました。そして、どんどん自信をつけて、回復していった感じです。それまでは本当に「暗かった」
 らしい。いまは、まるで大阪の人みたいで、「うるさい」と言われます。
  実は当時、批判の手紙と同じくらい、応援の手紙もいただいていました。でも、正直そちらの方が
 きつかった……。何ができたわけでもないのに、ヒーローのように扱われている気がして。
  最近、ようやく読めるようになりました。考えてみると、当時応援してくれていたのは、僕と同じ
 高校生や年配の方が多かった。すっかり遅くなりましたが、「元気にやってます」と、現状をお伝え
 したいです。
  
   自分を受け入れる期間

  これからの社会に求めるのは、「出る杭は打たない」こと。半数以上の子どもたちが不安から、敷
 かれたレールにそのまま乗ってしまっているような気がします。「失敗したくない」なんて風潮はど
 うなんだろうと思う。
  「あ、面白そう!」と飛び出して、失敗して学ぶことはたくさんある。「失敗を認める」というこ
 とが、若い人たちが外へ向かうエネルギーとなる。とても大切だと思います。
  僕自身、一時は対人恐怖症でひきこもった時期もあったので、内にこもる気持ちはよくわかります。
 それは特別なことではなく、誰にでも起こりうること。自分が自分であっていいと受け入れる時期な
 のかなと思っています。

   (以下、割愛)

                               シリーズ わかちあう Sharing
                               2013年『婦人之友』7月号より

 ******************************************


 具体的な活動は割愛させていただくが、そのヴィジョンとミッションを簡単に挙げておこう。

   D×Pの Vision ひとりひとりが自分をあきらめず、希望あふれる社会に

   D×Pの Mission 若者が自律する機会を創造し、社会的弱者を生み出すことを予防する

   D×Pの 三つの姿勢 

    1.否定しない 
    2.年上、年下から学ぶ 
    3.さまざまなバックグラウンドの人から学ぶ

 今井氏が今後どんな取組を展開してゆくかは誰にも分からないが、当該映画の主人公同様、前向きに自分
の信じた道を歩んで行くのだろう。人は自分とは異なる他者を簡単に非難するが、その人の事情を知れば、
見方を変える場合がほとんどである。人は、とことん話し合って、互いに理解し合わうべきだろう。今井氏
も、この映画の主人公の有子も、きっとそんな思いを訴えたいのであろう。

                                                  
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