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日日是労働セレクト102
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第102弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト102」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで2本の邦画を観たのでご報告。ある意味で両作品ともにきわめて現代的であると言える。ただし、作
風はまったく異なるし、モチーフやテーマにも関連性はほとんどない。一方はファンタジーの世界であり、
他方はリアリズムの世界だから、ここにも共通性はない。しかし、それでもどこかに通底するものはある。
小生に言わせれば、それは出口のない閉塞感であり、充実感のない生の虚しさである。しかも、何ものかに
対して致命的に飢えているわけでもなければ、まったくの孤立無援でもない。要するに、蛇の生殺しのよう
な世界が展開しているのである。どこかに突き抜けるわけでもないし、現状を終了させることすらできない
のである。いわば「中途半端な不快感」が全篇を覆っている。「これが現代だ」と、監督を始めスタッフや
キャスト全員が口を揃えて合唱しているのである。その意味で息苦しいが、直視しないわけにもいかない。
両作ともに、厄介な作品である。
 1本目は、『フィギュアなあなた』(監督:石井隆、「フィギュアなあなた」製作委員会〔角川書店=フ
ァムファタル〕、2013年)である。石井隆監督の作品の鑑賞は久し振りである。以下に、彼が監督した、小
生鑑賞済みの映画を年代順に掲げてみよう。

  『死んでもいい』、監督:石井隆、アルゴプロジェクト=サントリー、1992年。
  『ヌードの夜』、監督:石井隆、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=サントリー、1993年。
  『夜がまた来る』、監督:石井隆、ビデオチャンプ=キングレコード=テレビ東京、1994年。
  『GONIN』、監督:石井隆、ぶんか社=イメージファクトリー・アイエム、1995年。
  『GONIN2』、監督:石井隆、衛星劇場、1996年。
  『花と蛇』、監督:石井隆、東映ビデオ、2004年。
  『花と蛇2 パリ/静子』、監督:石井隆、東映ビデオ、2005年。
  『フィギュアなあなた』、監督:石井隆、「フィギュアなあなた」製作委員会〔角川書店=ファム
   ファタル〕、2013年。

 以上の8篇である。クエンティン・タランティーノが彼のディープなファンであることを公言しているが、
さもありなんである。というのも、いずれの作品も直視できない現実を描いており、その執拗さが半端では
ないからである。言い換えれば、石井隆監督は日本でも指折りの濃厚な演出をする監督であり、その作品に
ひとたび嵌ればディープにならざるを得ないだろう。小生はと言えば、それほどではないが、やはり彼に一
目置かざるを得ない。それくらい、気になる監督の一人である。
 さて、当該作品であるが、これが石井隆監督が作った作品かと思うほど、あっさりしている。ひとつには、
彼も老いてきたという事実。ふたつには、エグイ作品は巷間に溢れており、石井隆監督の専売特許ではなく
なっているという事実。みっつには、素材に寄りかかり過ぎており、構成上のしつこさに欠けているという
事実。これらが要因であると思われる。石井隆よ、こんな爽やかな作品を作ってどうするんだ、という感じ。
もっとも、個々の殺伐としたシーンや、美少女のヘア・ヌードを頻繁に露出させるところなどは、彼流のフ
ァンサーヴィスなのだろうが、どうにも締まりがない。彼のディープなファンはどう判断するのだろうか。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  フィギュア好きのオタク青年と美少女フィギュアとの奇妙な同居生活を描く、鬼才・石井隆監督に
 よる幻想的でポップなラブストーリー。個性派俳優、柄本佑がオタク青年に扮し、人気グラビアアイ
 ドルの佐々木心音が、普段はセーラー服姿のフィギュア少女役であるが、オールヌードも披露する熱
 演を見せる。

   〔あらすじ〕

  フィギュア愛好家・内山健太郎(柄本佑)は真面目に暮らしていたが、突如会社からリストラされ
 た上に恋人の細木(間宮夕貴)にも振られ、どん底に突き落とされる。新宿でヤケ酒をあおった勢い
 で奇妙な二人組のうちのひとりである“巨乳男”・ヨッちゃん(風間ルミ)に因縁をつけてしまい、
 ヨッちゃんに追い回される。息も絶え絶えに逃げる内山が歌舞伎町の廃墟ビルの一室に転がり込むと、
 そこには打ち捨てられたマネキンが山のように積み重なっていた。赤い灯りが点り異様な光景にたじ
 ろぐ内山だが、マネキンの中にセーラー服を着た美少女フィギュア(佐々木心音)があるのを見つけ
 る。恐る恐る手を伸ばすと、そのフィギュアは心臓の鼓動はないもののまるで生きているかのように
 ぬくもりもやわらかさもあった。精巧な作りに感心しながらフィギュアを触るうちに、内山は安らぎ
 を感じる。そんな至福のときも束の間、追ってきたヨッちゃんが廃墟ビルに潜んでいたハグレヤクザ
 三人組と衝突し射殺され、内山も狙われる。あわやというとき、フィギュアが動き出して内山を助け
 るかのように三人組に襲いかかり、ついには奪った拳銃で彼らを射殺する。地獄のような一夜が明け、
 目を覚ました内山の隣りには、件の美少女フィギュアが横たわっていた。昨夜の地獄のような出来事
 の痕跡はないが、戦っているときに美少女フィギュアが負った怪我を内山が手当てした跡が残ってい
 た。昨夜の地獄絵図は夢だったのか現実だったのか釈然としないながらも、フィギュアを自宅へ運び
 込む内山。フィギュアに心音(ここね)と名前をつけ、フィギュアとの奇妙な生活を始める。しかし、
 あの地獄はまだ終わっていなかった……。

 他に、桜木梨奈(宏美=よっちゃんの彼女)、壇蜜(ガラスバーの女)、伊藤洋三郎(ハグレヤクザのひ
とり)、山口祥行(同)、飯島大介(同)、竹中直人(株式会社GREENBASE出版社・編集局・第三出版部部長)
などが出演している。ジャンルで言えば、「エロティック・ラヴ・ファンタジー」の一篇ということになる。
心音の相手役である健太郎を演じている柄本佑は柄本明の長男であるが、だいぶ俳優らしくなってきた。彼
のデビュー作である『美しい夏キリシマ』(監督:黒木和雄、ランブルフィッシュ、2002年)では単なる子
役の域を出なかったことを思えば、だいぶ成長したのではないか。また、親父にも似てきたような気がする
のは小生だけではないだろう。とくに、エロティックな映画に絞れば、『ダブルベッド』(監督:藤田敏八、
にっかつ=ニューセンチュリープロデューサーズ、1983年)が真っ先に思い浮かぶ。30年の月日(ちょうど、
ワン・ジェネレーションだ!)がその間に横たわっているので、面白いものである。なお、筋書としては、
以下の映画を連想する。

  『いたずらロリータ 後からバージン』、監督:金子修介、にっかつ、1986年〔日日是労働セレクト31」、
   参照〕。ラヴ・ドールの名前:える。
  『空気人形』、監督:是枝裕和、「空気人形」製作委員会〔エンジンフイルム=バンダイビジュアル=
   テレビマンユニオン=衛生劇場=アスミック・エース エンタテインメント〕、2009年〔日日是労働セ
   レクト68」、参照〕。ラヴ・ドールの名前:のぞみ。

 なお、後者には、浪人生の役でまだ幼さの抜けない柄本佑が出演している。
 2本目は、『さよなら渓谷』(監督:大森立嗣、「さよなら渓谷」製作委員会〔スターダストピクチャー
ズ=キングレコード=ファントム・フィルム〕、2013年)である。吉田修一の原作(筆者、未読)を十分に
咀嚼して練り上げられた作品ではないだろうか。原作を読んでみたいと思わせる力量を感じた。男の方の主
人公である大西信満は、元は「大西滝次郎」という名前(特攻の創始者である大西瀧治郎を連想した)の俳
優だった。寺島しのぶ主演の『赤目四十八瀧心中未遂』(監督:荒戸源次郎、赤目製作所、2003年)〔生島
与一役〕で彼女の相手役を務めて注目した俳優であるが、しばらく忘れていた。その後、『キャタピラー
(CATERPILLAR)』(監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2010年)〔黒川久蔵役〕で再び寺島
の相手役を務めたので、また思い出した俳優である。この時にはすでに今の名前を名乗っていた。若松孝二
の気に入られていたみたいで、彼の他の作品である『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』(監督:
若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2007年)〔坂東國男役〕以下、『海燕ホテル・ブルー』(監督:
若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2012年)〔警官役〕、『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』
(監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2012年)〔倉持清役〕、『千年の愉楽』(監督:若松
孝二、若松プロダクション=スコーレ、2012年)に立て続けに出演している。「寡黙な青年」を演じればか
なりの迫力を出せる実力派俳優である。当該映画で起用された役も非常に難しい役で、彼にうってつけとも
言える。誰も、レイプ犯など演じたくないだろうから。
 レイプ(しかも集団による)の加害者と被害者が後に結ばれるというシチュエーションはレア・ケースで
あるが、実はテレビ・ドラマにあった(もっとも未遂の由)。それは、『寺内貫太郎一家2』(監督 : 久世
光彦 他、TBS、1975年)であり、その役を演じたのは、谷隼人(寺内大助)と池波志乃(多江)である。当
時、けっこうセンセーショナルなドラマではなかったか。小生の記憶に間違いがなければ、オープニング・
シーンで池波志乃は裸の胸を曝け出したはずである。もっとも、このお騒がせドラマも、結局はハッピー・
エンディングを目論んでいたので、当該映画とは一線を劃している。さらに、小生は、山田風太郎の「わが
愛しの妻よ」という短篇小説を連想した。たしか、妻が何度もレイプされる(すべて別の機会に、別の人間
によって)という話で、吉行淳之介が編集した『奇妙な味の小説』の一篇である。題材はフィクションその
ものであろうが、妙にリアリティがある短篇だったことを覚えている。なお、文字通り『ザ・レイプ』(監
督:東陽一、幻燈社=東映、1982年)という邦画も存在するが、残念ながら小生の未鑑賞作品である。
 レイプ事件は単なる傷害事件ではもちろんなく、とくに被害者の立場は微妙である。「セカンド・レイプ」
という言葉もあるくらいで、「PTSD=Posttraumatic stress disorder(心的外傷後ストレス障害)」(パニ
ック障害、フラッシュバック、広場恐怖、予期不安など)を引き起こす大きな要因のひとつでもある。ただ、
そういう観点から見て、当該映画の女の方の主人公(真木よう子)の心理状態の描写(もちろん、肉体の状
態も含む)も優れていると思うが、この映画の画期的なところは、むしろ男の主人公のこころの描き方であ
ろう。彼は、かつての被害者に、「どんな償いでもする」と断言している。しかも、その言葉を信じた彼女
は、このかつての加害者に「愛」のようなものを感じてしまうのである。言い換えれば、「一緒に不幸にな
る」という約束が成立するのである。この二人の演技は、単なる演技を超えて、人間の真実に迫っていると
思う。すなわち、この作品にも「傑作」の称号を与えてもいいと思うのだ。
 物語を確認しておこう。この作品も〈Movie Walker〉のお世話になる。以下、同じ。なお、それを補うた
めに、<ウィキペディア>の「あらすじ」も引用させていただく。

   〔解説〕

  芥川賞作家・吉田修一の同名長編小説を、『まほろ駅前多田便利軒』の大森立嗣監督が映画化した
 人間ドラマ。とある団地で起きた幼児殺害事件をきっかけに浮かび上がる、容疑者の隣人夫婦の意外
 な関係を官能的に描く。夫婦を演じるのは、『キャタピラー』の大西信満と、本作が7年ぶりの主演
 作となる真木よう子。

   〔あらすじ〕

  都会の喧騒から離れた緑が覆う渓谷で、幼児が殺害され実母が犯人として逮捕されるショッキング
 な事件が起こる。母親の逮捕により事件は解決したかに見えたが、一件の通報により、この渓谷に住
 む尾崎俊介(大西信満)がこの母親と不倫関係にあったことがわかり、俊介に共犯の疑いがかけられ
 る。通報したのは俊介の妻・かなこ(真木よう子)であった。取材に当たっていた週刊誌記者の渡辺
 一彦(大森南朋)は、かなこが俊介を告発したこと、二人が必要最低限の物しか持たず、まるで何か
 から隠れているかのような生活をしていることにひっかかりを感じる。調べていくうちに、渡辺は二
 人を結びつけている15年前の犯罪に行きつく……。

   〔ウィキペディアのあらすじ〕

  都心からほど近い山間の景勝地の渓流で幼い男児の遺体が見つかり、間もなく男児の母親・立花里
 美が殺害容疑で逮捕される。事情聴取で黙秘を続けていた里美が、隣人の尾崎俊介と肉体関係があっ
 たと供述を始め、俊介の妻・かなこもそれを裏付ける証言をする。記者の渡辺一彦は、事件を取材す
 るうちに尾崎夫妻の暗い過去にたどり着く。尾崎は大学時代、野球部のエースとして将来を嘱望され
 ていたが、夏休みのある日仲間らと共に集団レイプ事件を起こす。そんな過去を持つ尾崎に対し、な
 ぜか完全に否定的な気持ちを持つことができない渡辺は、同僚の小林と共に事件の周辺を洗いなおす。
 そこで明らかになったのは、事件の被害者である水谷夏美が自殺未遂のあと行方不明になっている、
 という残酷すぎる事実だった。すでに死亡しているのではないかという二人の予想とは裏腹に、男と
 歩いていたという目撃情報があがった。湧き上がる胸騒ぎを抑えることができない渡辺。二人が確認
 した事実はあまりにも衝撃的だった。

 他に、鈴木杏(小林杏奈=渡辺の同僚)、鶴田真由(渡辺の妻)、井浦新(青柳=かなこの元夫)、新井
浩文(藤本=尾崎の和東大学時代の野球部の仲間。集団レイプ犯のひとり)、木下ほうか(刑事)、三浦誠
己(同)、薬袋いづみ(立花美里=実子の殺害犯)、池内万作(大杉=尾崎の大学の先輩)、木野花(水谷
夏美〔かなこの本名〕の母)などが出演している。
 渡辺の同僚の小林が、「運動部ネタというと、爽やか選手の特集か、集団レイプ事件しかない。その中間
がない」と渡辺に語りかけるシーンがあるが、週刊誌の根本的な在り方が問われている。つまり、ひとびと
が聴きたがる話しか取り上げられないのである。そうなると、スキャンダルが一番となるのは世の常で、別
に不思議なことではない。ただ、そのありふれた物語の背景には、数えきれないほどの数の人間の、数えき
れないほどの数のさまざまな思いが存在している。一般人には、幸福になりそうになるとそこから逃げ出そ
うとする水谷夏美の気持はなかなか見えてこないが、かつて加害者だった尾崎には、その夏美の気持がよく
分かるのだ。そして、この映画を鑑賞している人間にも、その複雑な気持が伝わって来る。真木よう子と大
西信満が、全力でそれを表現しているからである。


 某月某日

 DVDで邦画の『怪談昇り竜』(監督:石井輝男、日活、1970年)を観た。以前からその存在は知っていたが、
かなりマイナーなのでDVD化はされないだろうと踏んでいた作品である。案の定、梶芽衣子主演という点くら
いしか持ち上げるところのない映画である。強いて挙げれば、ホキ・徳田や土方巽などのあまり見かけない
人物が出演しているくらいがそれに続くか。つまらないとは言わないが、何でこんな映画を作ったのだろう
としか言いようがない。もっとも、石井輝男独自のエログロ世界がお好きな人には面白いのかもしれない。
しかし、小生に言わせれば、エロもグロも中途半端で、当時の観客の我慢強さが際立つほどである。日活に
限らず、邦画衰退期のあがきすら感じられると言っては酷だろうか。ただし、やはり梶芽衣子は素晴らしい。
つまるところ、「好きな女優が出ているだけで、最後まで観てしまった」というわけ。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  「昇り竜」シリーズをモデルチェンジ、怪談と残酷を盛りこみ、エロチシズムを加え、新趣向で贈
 る第五作。脚本は曽根義忠と『監獄人別帳』の石井輝男の共作、石井輝男が監督。撮影は『昇り竜や
 わ肌開帳』の北泉成が担当。

   〔あらすじ〕

  関東立花一家二代目、立花明美(梶芽衣子)は渡世の義理により、郷田組組長(加原武門)を狙っ
 ていた。双肌に竜の刺青もあざやかな明美が、郷田にドスを振った時、組長の妹の藍子(ホキ・徳田)
 が間に入り、誤ってその目を切った。娘の目から鮮血が散る。その時、娘の可愛がっていた黒猫が明
 美に飛びかかってきた。猫は娘の血を舐めまわしていた。その後、喧嘩のかどで服役した明美は、夜
 毎黒猫に魘された。やがて三年の刑期を終え、明美は出所した。その頃、流れ者の谷正一(佐藤允)
 が立花組の客分となった。ある日、子分の信夫(晴海勇三)が、目から血を吹き出し、猫の形相に変
 わってドスで明美に向ってきた。明美は何かの因縁で呪われ始めていた。猫に祟られた信夫は死体と
 なって豚小屋で発見された。死体には竜の刺青を入れた子分を順番に呪い殺すと、印されていた。一
 方、浅草に廻ってきた芝居小屋では女手裏剣投げが人気を集めていた。立花組の庭場を狙う土橋(安
 部徹)は手裏剣女が明美を狙っていると聞き込み利用しようとしたが、逆に女が土橋の所へ転がり込
 み、自分を養ってくれと上り込んでいた。女は明美に対する復讐心を燃やしていた。卑劣な土橋組の
 やり方に怒りを爆発させた谷と明美は、土橋組に殴り込み、土橋を刺し殺した。邪魔者のいなくなっ
 た頃、盲目の手裏剣女は明美に向って「自分は郷田の妹」だと名乗り、兄の仇として明美に対決を迫
 ってきた。

 他に、内田良平(青空一家の兄貴格)、加藤嘉(三井丈太郎=福寿亭の主人)、高樹蓉子(三井千恵=丈
太郎の娘)、大辻伺郎(達=立花一家の代貸。ただし、土橋と内通している)、砂塚秀夫(寛太郎=立花一
家の幹部)、土方巽(丑松)、柳瀬志郎(川口)、久遠利三(丸山)、桂小かん(久夫=立花一家の刺客)、
水川国也(末吉=同)、大浜詩郎(真一)、高橋明(常)、北上忠行(サブ)、青木伸子(女囚A)、原田
千枝子(同じくB)、山辺信子(同じくC)、牧まさみ(同じくD)、大谷木陽子(同じくE)などが出演
している。


 某月某日

 DVDで邦画の『共喰い』(監督:青山真治、『共喰い』製作委員会〔スタイルジャム=ミッドシップ=ギー
クピクチュアズ=アミューズソフトエンタテインメント=TOKYO MX=ビターズ・エンド〕、2013年)を観た。
青山監督の作品は久し振りだが、その抑制の効いたつくりに円熟味を感じた。傑作である。とくに、父子関
係の話には強く反応せざるを得ない。小生の父親は、この物語の父親のような性癖を有する男ではなかった
が、50年近くその存在に悩まされつづけた人物である。もし、母親が超人的なリカヴァリーをしなかったな
ら、小生は今日まで生きて来られたかどうか。幸いなことに、小生が育った旧家族は徹底的な崩壊を迎える
ことなく解散したが、少なくとも10代の頃は、「いつこの家族は終りを告げるのだろうか」と、いつも怯え
ながら暮らしていたものである。小生が自分の子を持ちたいと思わないのも、ひとつには父親の血を引いて
いるという事実が暗澹たる気分にさせるからである。言い換えれば、親で苦労したのだから、子で苦労した
くないというのが、小生の偽らざる本音である。亡くなって8年以上経つが、いまだに父親のことを心配し
ている夢を見る。もっとも、不倶戴天の敵だったからこそ、亡くなってしまえばけっこう懐かしい存在にな
っているのかもしれない。
 さて、小生が鑑賞している青山監督の作品を年代順に下に掲げてみよう。

 『Helpless』、監督:青山真治、WOWOW=バンダイビジュアル、1996年〔「日日是労働セレクト28」、
  参照〕。
 『チンピラ』、監督:青山真治、タキコーポレーション=円谷映像、1996年〔「日日是労働セレクト
  49」、参照〕。
 『冷たい血』、監督:青山真治、BRANDISH=タキコーポレーション=東北新社、1997年〔「日日是労働
  セレクト61」、参照〕。
 『EUREKA〈ユリイカ〉』、監督:青山真治、電通=IMAGICA=サンセントシネマワークス=東京テアトル、
  2000年〔当ブログに該当記事なし〕。
 『月の砂漠』、監督:青山真治、WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ=ランブルフィッシュ=吉本興業=
  レントラックジャパン=サイバーエージェント、2001年〔「日日是労働セレクト16」、参照〕。
 『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』、監督:青山真治、TOKYO FM=バップ=ランブルフィッシュ、2005年
  〔「日日是労働セレクト11」、参照〕。
 『レイクサイド マーダーケース(THE LAKESIDE MURDER CASE)』、監督:青山真治、フジテレビジョン、
  2005年〔「日日是労働セレクト50」、参照〕。
 『サッド ヴァケイション』、監督:青山真治、間宮運送組合〔stylejam=Be-Wild=Geneon〕、2007年
  〔「日日是労働セレクト48」、参照〕。
 『共喰い』、監督:青山真治、『共喰い』製作委員会〔スタイルジャム=ミッドシップ=ギークピク
  チュアズ=アミューズソフトエンタテインメント=TOKYO MX=ビターズ・エンド〕、2013年〔当該
  ブログ〕。

 いずれも人間の暗部を写し取った作品ばかりで、とにかく重い。小生の好みからすれば、『サッド ヴァケ
イション』が一番の作品であったが(この作品でも、右腕のない男の話が出て来る)、この『共喰い』が抜
いたかもしれない。おそらく、登場人物を絞ったことと、余計な説明を極力避けたことが、この作品のキレ
を生んでいると思う。原作は田中慎弥の同名小説(読了済み)であり、物語の場所(九州)やシチュエーシ
ョン(複雑な家族関係)を考慮すると、「まるで青山監督自身が作った物語のようである」と言ってもそれ
ほど外れていないと思う。この原作は芥川賞を受賞したらしいが、青山監督は内容を知って直ぐに映画化す
る気になったのではないだろうか、と最初は思った。ところが、そうではなかった。この映画の存在を教え
てくれた友人によれば、脚本を書いた荒井晴彦が映画化を企画し、その流れで青山真治に監督を依頼したら
しい。鑑賞中、作風が『赫い髪の女』(監督:神代辰巳、にっかつ、1979年)に似ていると思ったが、こち
らの方の脚本も荒井晴彦であることが後で判明した。道理で……と思った。小生はあまり脚本には注目しな
い方だが、彼の脚本によって製作された映画の多くが、小生にとって十分に手応えのある作品が多いことが
今回図らずも分った。汗顔の至りである。いくつかの代表作を挙げておこう。

 『神様のくれた赤ん坊』、監督:前田陽一、松竹、1979年。
 『赫い髪の女』、監督:神代辰巳、にっかつ、1979年。
 『遠雷』、監督:根岸吉太郎、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1981年。
 『時代屋の女房』、監督:森崎東、松竹、1983年。
 『探偵物語』、監督:根岸吉太郎、角川春樹事務所、1983年。
 『ダブルベッド』、監督:藤田敏八、にっかつ=ニューセンチュリープロデューサーズ、1983年。
 『Wの悲劇』、監督:澤井信一郎、角川春樹事務所、1984年。
 『ひとひらの雪』、監督:根岸吉太郎、東映東京、1985年。
 『ありふれた愛に関する調査』、監督:榎戸耕史、メリエス=サントリー=日本テレビ、1992年。
 『眠らない街 新宿鮫』、監督:滝田洋二郎、フジテレビジョン、1993年。
 『KT』、監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカノン=デジタルサイト コリア=毎日放送〕、
  2002年。
 『ヴァイブレータ』、監督:廣木隆一、シー・アイ・エー=ハピネット・ピクチャーズ=日本出版販売=
  シネカノン=衛星劇場、2003年。
 『やわらかい生活』、監督:廣木隆一、「やわらかい生活」製作委員会〔ハピネット・ピクチャーズ=
  衛星劇場=住友商事=スカパー・ウェルシンク=ステューディオ スリー〕、2005年。
 『大鹿村騒動記』、監督:阪本順治、「大鹿村騒動記」製作委員会〔セディックインターナショナル=
  パパドゥ=関西テレビ放送=講談社=TOKYO FM=KИHO〕、2011年。
 『共喰い』、監督:青山真治、『共喰い』製作委員会〔スタイルジャム=ミッドシップ=ギークピク
  チュアズ=アミューズソフトエンタテインメント=TOKYO MX=ビターズ・エンド〕、2013年。

 いずれも話題作で、必ずしも小生の好みではない作品も含まれるが、たいがいは一目置くべき作品である。
「こういうこともあるのだな」と思った。
 さて、肝心の物語を確認しておこう。今回は<ウィキペディア>を中心に引用させていただく。執筆者に感
謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説:Movie Walker〕

  作家・田中慎弥の第146回芥川賞に輝いた同名小説を、『東京公園』の青山真治監督が映画化した
 人間ドラマ。山口県下関市を舞台に、行為の際に女性を殴る性癖を持つ父親と、そんな父親の血を持
 つ事にいらだちを募らせる高校生とのひと夏の物語が展開する。主人公の少年を「仮面ライダーW」の
 菅田将暉が繊細に演じる。

   〔ストーリー:Wikipedia〕

  昭和63年の夏のことである。篠垣遠馬(菅田将暉)は、17歳の男子高校生だ。父の円(光石研)と
 父の愛人の琴子(篠原友希子)と三人で、川辺の一軒家に暮らしている。円との性交のたびに殴られ
 たり首を絞められたりするせいで、琴子の顔には痣ができる。その現場を見ていた遠馬は、円の血を
 ひく自分も恋人の会田千種(木下美咲)に同じことをするのではないかと恐れている。
  母の仁子(田中裕子)は橋の反対側で魚屋を営んでいる。戦争で空襲に遭って左手首を失った(原
 作では、右腕の手首から先がないという設定)彼女は、特注の義手をつけて魚を下ろす。
  円が夏祭りの準備のため外出していたある日、琴子は自分が妊娠していることを遠馬に告げる。円
 の子だという。不機嫌になった遠馬は神社で千種を押し倒し、嫌がる彼女の首を絞めてしまう。それ
 以来、千種は遠馬と会おうとしなくなる。
  琴子は、近いうちに家を出ていくつもりだと遠馬に伝える。円にはまだ言わないでほしいという。
 遠馬は円が通っているアパートの女(宍倉暁子)と性交する。
  夏祭りの前々日、近所の子どもたちに連れられた千種が遠馬の家にやって来る。今度あんなことを
 したら殺す、明後日は神社で待っている、と言う。
  夏祭り当日、円が家に帰ってくる。円は、遠馬がアパートの女と性交するときに暴力をふるったこ
 とを喜んでいる。遠馬は、家を出て行った琴子がもう戻ってこないことを円に教える。雨の中、円は
 琴子を探しに行く。しばらくして、泣きじゃくった近所の子どもたちが遠馬を訪ねてくる。異変を感
 じた彼が神社へ向かうと、そこには、円に犯された千種が傷だらけで横たわっていた。魚屋に現れた
 二人の話を聞いて、仁子は包丁を持って円を探しに行く。遅れて駆けつけた遠馬の目の前で、仁子の
 義手に腹を刺された円が川に流されていく。翌朝、仁子は神社で逮捕された。
  拘置所の面会室。仁子は、自分の判決まで「あの人」(昭和天皇のこと)には生きていてほしい、
 恩赦があるから、と遠馬に言う。
  遠馬はフェリーに乗って琴子に会いに行く。ベッドの上の遠馬が自分の弟か妹を身ごもっている琴
 子と性交することに躊躇していると、琴子は自分の腹にいるのが本当は円の子ではないことを告げる。
 遠馬が琴子の首に手をかけると、彼女の子が腹のなかで動いて彼の興奮を冷ます。
  遠馬が魚屋に戻ると、そこには、魚を下ろす千種の姿があった。夜、寝ている千種の首元に遠馬が
 手を伸ばした瞬間、彼女は目を開けて、「あなたの手はわたしを痛めつけるためにあるのか、可愛が
 るためにあるのではないか」と問う。千種は遠馬の手を紐で縛り、仰向けの彼にまたがる。
  年が明けて、昭和が終わった。

 他に、岸部一徳(刑事)、淵上泰史(若い刑事)、鈴木将一朗(刑務官)、横川知宏(同)などが出演し
ている。遠馬が寝転がって読んでいた文庫本は、どうやら吉行淳之介の著作らしい。何か意味があるのか。
刑事が仁子を連行した覆面パトカーのナンバーは「山55/さ/41-22」であった。警察車輛は以前特
殊車扱いの「8ナンバー」だったはずだが、この辺りの配慮はあったのか。以上が少し気になったことを記
しておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『地獄でなぜ悪い』(監督:園子温、「地獄でなぜ悪い」製作委員会〔キングレコード=ケー・
エイチ・キャピタル=BizAsset=テイ・ジョイ=ガンジス〕、2012年)を観た。園監督の作品は久し振りで
あるが、期待していたほどの出来ではない。先ず、リアリズムとしては完全に破綻しているし、ファンタジ
ーとしては夢がない。かと言って、スプラッター映画でも、ホラー映画でもない。任侠映画でもないし、恋
愛映画でもない。頗る中途半端なのである。かつて北野武が駄作を撮っていた頃に似ているのではないか。
つまり迷っているのである。『アウトレイジ(OUTRAGE)』(監督:北野武、「アウトレイジ」製作委員会
〔バンダイビジュアル=テレビ東京=オムニバス・ジャパン=オフィス北野〕、2010年)を撮って吹っ切っ
たように、園監督も早く迷いから醒めてほしいものである。鈴木清順の作品を観た直ぐ後だからこそ感じる
のかもしれないが、明らかな影響の跡がある。それに、三池崇史が少し混じっているか。いずれにしても、
國村隼や堤真一などの大物を使った割には成功していない。まして、ミッキー・カーチスや江波杏子を呼ん
だ理由はさっぱり分からない。ただし、二階堂ふみは抜群だし、長谷川博己や星野源は掘り出し物に近いと
思うが……。あけすけに批判すれば、カネをかけた自主制作映画みたいなものである。さらに、劇中に日本
の映画監督をこき下ろしている部分があるので、あるいは園監督自身の自己批判の映画なのかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  鬼才・園子温監督が15年以上も前に執筆していたという脚本に加筆し、映画化したコミカルなアク
 ション。服役していた妻の出所祝いにと、彼女の夢だった、娘を主演にした映画の製作に挑む男と、
 その言動に巻き込まれていく人々の姿を描く。國村隼、堤真一のほか、園監督作『ヒミズ』で高い評
 価を浴びた二階堂ふみが娘役を演じる。

   〔あらすじ〕

  ヤクザの武藤組組長の武藤大三(國村隼)は、娘のミツコ(二階堂ふみ)を主演にした映画製作を
 決意する。娘を映画スターにするのは、武藤を守るため、刑務所に入った妻しずえ(友近)の夢でも
 あったからだ。映画の神様を信じるうだつのあがらない映画青年(長谷川博己)と、通りすがりの普
 通の青年(星野源)を監督に迎え、スタッフ&キャストは全員ヤクザで構成。さらに、ミツコに恋心
 を抱いていた武藤組と対立する北川会の組長、池上純(堤真一)と北川会全体を巻き込んで、事態は
 とんでもない方向に展開してゆく……。かくして、本物のヤクザ同士の抗争を舞台に、史上最も命が
 けの映画が電光石火のごとくクランクイン。狂おしいほどまっすぐな想いが叶うなら、そこが地獄で
 もかまわない……。

 他に、坂口拓(佐々木=平成のブルース・リー)、石井勇気(御木=移動カメラマン)、春木美香(谷川=
手持ちカメラマン)、板尾創路(増田=看板屋)、尾上寛之(田中刑事)、永岡佑(吉村みつお=ミツコの  
元彼)、北村昭博(ヒットマン)、神楽坂恵(ジュンコ=大三の愛人)、土平ドンペイ(吉田國広=武藤組
組員)、波岡一喜(役者)、ぼくもとさきこ(ウェイトレス)、深水元基(マスター)、諏訪太朗(住田=
北川会の前会長)、本城丸裕(真田龍太=武藤組の代貸)、山中アラタ(鈴木剛=武藤組組員)、市オオミ
ヤ(松野拓行)、つぐみ(和服の女)、石丸謙二郎(木下プロデューサー)、渡辺哲(木村刑事)、山本亨
(千葉義紀)、ペ・ジョンミョン(佐藤)、ミッキー・カーチス(映写技師の小野さん)、江波杏子(モギ
リの大谷さん)、成海璃子(ヨシコ)、でんでん(中華料理店の店主)、岩井志麻子(マサコ=大三の元愛
人)、水道橋博士(オマワリ)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『刺青一代』(監督:鈴木清順、日活、1965年)を観た。作品の存在すら最近知ったぐらいで、
鈴木清順監督にこんな作品があることに少し驚いている。高橋英樹と和泉雅子のコンビと言えば、「男の紋
章」シリーズ(1963年-1966年、全10作)が有名であるが、当該作品はもちろんその系列外である。小生もい
くつか観ているような気もするが、まったく覚えていない。ただし、『新・男の紋章 若親分誕生』(監督:
井田探、日活、1967年)〔「男の紋章」シリーズには属さないまったく新しい企画。シリーズ化を図ったが、
興行的に振るわず1作で終わっている作品/「日日是労働セレクト84」、参照〕や、『侠花列伝 襲名賭博』
(監督:小沢啓一、日活、1969年)〔「日日是労働セレクト101」、参照〕において、高橋英樹の侠客ぶ
りはすでに観ている。東映の鶴田浩二や高倉健と比べると、一本調子の感が否めず、「男の紋章」シリーズ
が残っただけでよしとした方がよさそうである。DVDのパッケージに詳しい解説が付録として入っているが、
今回はパスしよう。折を見て、触れることもあるだろう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『忍びの者 伊賀屋敷』でコンビの直居欽哉と服部佳がシナリオを執筆し、『悪太郎伝 悪い星の下
 でも』の鈴木清順が監督したやくざもの。撮影は『男の紋章 喧嘩街道』の高村倉太郎。

   〔あらすじ〕

  昭和初期、東京深川の木場で、一人の男が戸塚組の親分岩松(嵯峨善兵)を刺した。この白狐の刺
 青をした男こそ、“白狐の鉄”と異名をとる大和田組のヤクザ渡世、村上鉄太郎(高橋英樹)であっ
 た。鉄太郎は、堅気になることを条件に、大和田組組長の命令で岩松を刺したのだ。その足で鉄は、
 美術学校行きたさに仏具屋に修業にいっている弟健次(花ノ本寿)を訪ねた。弟は留守であった。帰
 途鉄は、大和田組の政吉(長弘)に銃口をつきつけられ、あわやという時、帰ってきた健次がかけつ
 け、政吉の挙銃を奪い、政吉を射ち殺してしまった。鉄はまだ堅気の弟に傷がつくのを恐れて、自首
 しようとする健次をともなって、満州へ逃げようとした。そしてたどりついた、ある港町で知り合っ
 た男山野千吉(小松方正)の紹介で、亜細亜丸の船長を知り、密航の手続きをした。だが、この船は
 ドック入り寸前の船であった。山野らにだまされて金をまきあげられた鉄と健次は、途方にくれて路
 頭をさまよった。そんなある日、その土地の港湾業者山下組組長勇造(山内明)の妹みどり(和泉雅
 子)が二人をみて同情し、山下組に入れてくれた。二人は慣れない仕事ながら精一杯がん張りとおし
 た。そんなうち健次は、みどりの義姉で勇造の女房雅代(伊藤弘子)を知り、しだいに恋心をよせる
 ようになった。一方のみどりは、労務主任江崎修(小高雄二)の求愛をよそに、いつしか鉄に惹かれ
 ていった。そのころトンネル工事を山下組にもっていかれた神戸組では、何とかして山下組をつぶそ
 うと、悪どいいやがらせで工事を妨害していた。山野もこれに加わり、江崎もみどりに結婚をことわ
 られた腹いせに山下組を裏切って勇造を狙った。そんな時、警察からの手配書で、勇造は鉄と健次が
 前科者なのを知り、二人に組を出ることを命じた。二人は勇造の計らいで、満州へ渡るべく船に向っ
 た。ところが雅代を忘れられない健次は、最後の別れをと、雅代のもとに引返した。が、そのころ雅
 代は神戸組に連れ去られていた。そんなときに帰ってきた健次は、単身神戸組になぐりこみ、逆に殺
 されてしまった。これを知った鉄は、燃える怒りを白刃にたくし、神戸組に乗りこみ斬りまくった。
 鉄の働きで神戸組は倒された。皆の感謝の眼を背に鉄は、みどりに別れを告げるのだった。

 他に、松尾嘉代(おゆき=バー「いかり亭」の女給)、高品格(常吉=山下組の人夫頭)、日野道夫(徳
平=八丁徳)、野呂圭介(発破の清公)、戸波志朗(留次=大和田組の身内)、本目雅昭(鶴松=同)、小
林亘(正吉=同)、千代田弘(早川善助=人夫)、河津清三郎(神戸重五郎=神戸組組長)、河野弘(黒川)、
柳瀬志郎(朝吉)、荒井岩衛(三平)、中平哲仟(権次)、高橋明(安蔵)、大庭喜儀(伊之助)、高緒弘
志(捨吉)、久松洪介(及川巡査)、高田栄子(やり手婆)、中庸子(女給A)、森みどり(女給B)、横
田楊子(おとせ)、山口吉弘(船員)、池沢竜(沖仲仕頭)などが出演している。
 時代は小生の父親が生れた頃(昭和二年)に設定されているが、こんな感じだったのだろうか。なお、筋
書に関しては平凡そのもの。典型的な「任侠映画」と言ってよいだろう。ただし、最後の殴り込みシーンは
明らかに東映のリアリズムとは異なり、鈴木清順の独擅場となっている。


 某月某日

 DVDで邦画の『宮本武蔵 二刀流開眼』、監督(演出):伊藤大輔、大映、1943年(戦後、『宮本武蔵 金剛
院の決闘(「二刀流開眼」改修版)』、監督(演出)伊藤大輔/田坂勝彦、大映、1953年として再上映され
ている)を観た。小生が観たのは、もちろん1953年版の方である。しかしながら、やはり戦前に製作された
時代劇はよい。よく分からない部分もたくさんあるが、妙に現代ずれしていないところがとくによい。その
台詞回しの流麗さなど、現代に復刻させることはほとんど不可能ではないか。以前、『元禄忠臣蔵・前編』
(監督:溝口健二、興亜映画、1941年)や『元禄忠臣蔵・後編』(監督:溝口健二、松竹京都、1942年)を
観たときにも感じたが(「日日是労働セレクト21」を参照されたし)、洗練された様式美が一糸乱れず展
開されるのである。これはすでに芸術の域に達しており、さすが伊藤大輔の演出であると思った。おそらく、
改修版から田坂勝彦が関わっているのだろうが、戦前の作品はやはり伊藤ひとりのものであると思う。主演
の片岡千恵蔵はすでに齢四十に達していたが、アクメーを迎え充実一途であった。しかも、この作品はそろ
そろ戦局の悪化が現実のものとなり始めていた昭和18年のものである。キャスト・スタッフともに、どんな
気持で撮ったいたのだろうか。
 物語を確認しておこう。最も、筋書にはあまり触れない。先ずは、ネット記事の「邦画備忘録」を引用し
てみよう。執筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文通りである。

  宮本武蔵 金剛院の決闘 みやもとむさしこんごういんのけっとう
  監督 伊藤大輔 公開年 1943年 評点 [A’]
  感想  今日も、片岡千恵蔵主演の『宮本武蔵 金剛院の決闘』を観た。監督は伊藤大輔で、昭和十八
     年(1943)の作品。原題は『二刀流開眼』で、戦後の公開時に『金剛院の決闘』に改められたら
     しい。
      沢庵和尚(香川良介)によって姫路城内に三年間閉じ込められていた最中に万巻の書を読んで
     人の道を知った武蔵(片岡千恵蔵)は剣の道に生きることを決意する。金剛院の山伏相手に試合
     の際に二刀流へのヒントを得、やがて柳生の里を訪れ、柳生石舟斎(高山徳右衛門)との面会を
     求める。
      これも吉川武蔵の一部の映画化(脚本:伊藤大輔)。監督が伊藤大輔になり、お通が宮城千賀
     子から相馬千恵子に交替し、沢庵などのキャストも変わっている。厳しさ・たくましさを感じさ
     せる香川良介の沢庵が特に良い。
      ズームやオーバーラップなどが多用され、かなり凝った絵作り。戦中の作品にしては画質も良
     いこともあって、現代的な印象さえ受ける。
      かなりオリジナルのエピソードが入っているようだが、全体に武蔵が圧倒的に強く見える。そ
     れがあるためか、柳生の城での石舟斎の言葉が印象に残る。飄々とした雰囲気もある“柳生四高
     弟”や老成した雰囲気を見せる石舟斎がいい感じ。(2003/06/06)

 失礼ながら、小生の印象だと、過不足のない感想文だと思う。おそらく、年配の方が書かれたのだろう。
とくに、高山徳右衛門が演じた柳生石舟斎の佇まいはずば抜けている。この高山徳右衛門は名優・薄田研二
の本名の由(ウィキペディアより)、道理でと思った。宮本武蔵と言えば、小生などは内田吐夢の作品が最
もこころに残っているが、中村錦之助(後の萬屋錦之介)と入江若葉が演じた武蔵・お通の恋は、「永遠」
さえ感じさせる恋だと思う。とくに、当該作品でもハイライトとなっている「花田橋の別離」は、日本映画
史上に残る名場面だと思う。片岡千恵蔵と相馬千恵子も、同じ「千恵」の文字が入っているので、お似合い
だと思った。もちろん、偶然ではあろうが……。
 なお、筋書として内田の作品に相当するものとしては、『宮本武蔵・般若坂の決斗』(監督:内田吐夢、
東映京都、1962年)〔「日日是労働セレクト48」、参照〕と、『宮本武蔵・二刀流開眼』(監督:内田吐
夢、東映京都、1963年)〔「日日是労働セレクト49」、参照〕ではないだろうか。なお、後者において、
柳生石舟斎を演じているのは薄田研二であった。実に、20年ぶりのことである。沢庵も香川良介が三國連太
郎とは異なる味を出しており、上記の感想子と同じ印象を持った。その沢庵が、武蔵に向かって語る。「剣
の道は、遠く、嶮しく、淋しい道である。もし、道連れが欲しくば、花田橋に行け」、と。この辺りの演出
も戦後の三國連太郎に継承されてはいるが、やはり戦前の香川良介の方が厳しい印象である。なんせ戦争中
である。当然であろう。なお、石舟斎の切っ先の挿話が出ているが、当該作品では対象が「梅」だが、内田
版では「芍薬」であった。さらに、武蔵が二刀流を編み出すヒントになったものとして、猿回しの技や、機
織りの技が登場している。日常には深い意味が籠められており、それを感じるか感じないかで雲泥の差が出
ることの証であろう。
 他に、月形龍之介(宍戸梅軒)、又八(原健作)、前川三之祐(日観和尚)、光岡龍三郎(木村助九郎)、
金子春吉(嘉門)、大國〔大邦〕一公(庄田喜左衛門)、原聖四郎(安宅)、春日清(出渕平兵衛)、横山
文彦(六峰)、浮田勝三郎(楞阿)、葉山富之輔(甲兵衛)、津島慶一郎(志田)、岬弦太郎(一雲)、多
岐征二(金剛優婆塞)、藤川準(槐圓〔円〕)、瀬戸一司(別宮)、市川左正(ガン鬼)、興津光(李十)、
駒井耀(岩テコ)、中根正治(天劫)、浪花五郎(村田與〔与〕三)、大倉多一郎(徳平)、澤勝彦(城太
郎)、ツネ公(八公)、上田玲子(小茶)、田中千代子(求女)、市川春代(朱實〔実〕)などが出演して
いる。


 某月某日

 DVDで邦画の『危(やば)いことなら銭になる』(監督:中平康、日活、1962年)を観た。同じ宍戸錠主演
の日活アクション映画ではあるが、『拳銃は俺のパスポート』とはだいぶ様相が異なり、喜劇タッチの演出
が楽しい一篇である。浅丘ルリ子もコメディエンヌとしての才能を発揮しており、強いて似たような役柄を
探せば、『銀座旋風児 黒幕は誰だ』(監督:野口博志、日活、1959年)の明子役が少し近いか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  都筑道夫原作『紙の罠』より『黒いダイス』のコンビ池田一朗と山崎忠昭が共同で脚色、『若くて、
 悪くて、凄いこいつら』の中平康が監督したアクション喜劇。撮影もコンビの姫田真佐久。

   〔あらすじ〕

  紙幣印刷用のスカシ入り和紙十億八千万円相当が強奪され運転手二人が殺された。臨時ニュースを
 聞いてニヤリと笑ったのは拳銃無敵の腕前ながらガラスを擦る音には全く弱い「ガラスのジョー」こ
 と近藤錠次、数字しか信用しない「計算尺の哲」こと沖田哲三(長門裕之)、怪力自慢の「ダンプの
 健」こと芹沢健(草薙幸二郎)。三人の目的は紙を盗んだ連中に贋幣の名人坂本雅章翁(左卜全)を
 高く売りこむことだ。ところが肝心の名人をさらったのは、ポーカーフェースの秀(平田大三郎)と
 ビッグの修(郷エイ〔金偏に英〕治)という二人の殺し屋、運転手を刺した連中の兄貴格である。ジ
 ョーが秀がいるはずの平和ビルに乗りこんでみると、意外にも秋山とも子という若い美人(浅丘ルリ
 子)が一人いるだけ。パリの柔道教師を夢みるとも子は、大学に通うかたわらアルバイトをしていた
 のだった。ここハマのキャバレー「アカプルコ」の地下室では、坂本名人がせっせと銅版をほってい
 た。アカプルコの周辺には、黒ずくめの殺し屋がそこかしこにひそんでいた。情報を聞きこんだジョ
 ーも強引についてきたとも子と様子をうかがっていた。そこへダンプの健がやって来て、子分の紺野
 (野呂圭介)を人質にして事務所に乗り込んだが、逆に捕まってしまった。隙をついて、とも子がダ
 ンブカーで店先に飛びこんだ。アカプルコは大騒ぎである。その夜、どさくさにまぎれて名人をかっ
 ぱらったのは計算尺の哲だった。初めはジョーが名人を奪ったが、ガラスの音にひるんだ隙に連れて
 いかれたのだ。その哲は得意の計算どおりと、警視庁のロビーで名人の引き渡しをボスに約束した。
 まさに引き渡しが行われようとしたとき、ジョーの妨害で計画は失敗に帰した。ところで和紙は駐車
 場の車(元々は紙幣印刷用の和紙を運んでいた中田運送の車だったが、ボコボコにされて様変わりし
 ていた車)に保管されていたが、ふとしたことからとも子がこれをかぎつけて、そのオンボロ車で逃
 げ出した。もっとも、最後には土方一味に捕まってしまったが……。一方、ジョーは計算尺、ダンプ
 の健と三人協同で平和ビルにのりこむと、ボスの一味と凄惨な拳銃戦を展開した。死闘のはて、何千
 枚と刷り出されたニセ札を発見して狂喜乱舞したジョーたちは、それを計画通り香港の王(藤村有弘)
 とドル交換した。しかし、そのドルも坂本名人の手になるニセ札だと分るのに時間はかからなかった。

 他に、武智豊子(坂本夫人)、浜田寅彦(土方=アカプルコの社長)、山田禅二(長井=平和ビルの管理
人)、榎木兵衛(ノッポ=土方の子分)、黒田剛(クロちゃん=同)、玉村駿太郎(ナキボクロ)、光沢で
んすけ(作業員)、井上昭文(政やん=拳銃密売人)、野村隆(木島=中田運送の運転手)、大路達三(武
井=その助手)、北出桂子(ミス・トルコ)、八代康二(哲のポーカーの相手A)、瀬山孝司(同じくB)、
小柴隆(同じくC)、玉井謙介(とも子が車を一時的に預けた交番の警官)、晴海勇三(トラックの運ちゃ
ん=柔道五段だが、結局とも子に投げ飛ばされる男)などが出演している。
 なお、この作品のDVDのパッケージにも佐藤利明による「解説」が付録として入っていたので、以下に引用
させていただく。ほぼ原文通りであるが、明らかな間違いは適宜変更させた。

   子曰く、君子危うきに近寄らず。 
   オレ曰く、“危いことなら銭になる”
   異才・中平康のポップでモダンな“日活アクション・コメディ”の快作!

   危いことなら銭になる               解説:佐藤利明(娯楽映画研究家)

  エースの錠こと宍戸錠は、小林旭の「渡り鳥」「流れ者」、赤木圭一郎の「拳銃無頼帖」シリーズ
 の好敵手役で、コミカルなテイストも適度に交えて、圧倒的な存在感をみせていた。昭和36(1961)
 年はじめ、そうした作品での活躍が観客に受けて、全国の映画館主たちの要望もあり、石原裕次郎・
 小林旭・赤木圭一郎・和田浩治の“日活ダイヤモンドライン”参加が内定していた。ところが裕次郎
 のスキーによる骨折事故、赤木圭一郎の夭折が重なり、そのタイミングで公開された錠の初主演作
 『ろくでなし稼業』(3月12日・斎藤武市)がスマッシュヒット。
  ここで日活は、裕次郎・赤木の穴を埋めるため、宍戸錠のアクション・コメディを大きな柱にしよ
 うと、すぐに姉妹篇『用心棒稼業』(4月23日・舛田利雄)を製作。「稼業」シリーズでは、相棒役
 に二谷英明が続演するも、二谷が錠とともに第二期ダイヤモンドラインに参加して主役に昇格したた
 め、第3作『助っ人稼業』(6月11日・斎藤武市)では、長門裕之が相棒役をつとめ、コミカルな味
 をみせた。
  この『危いことなら銭になる』が公開されたのは、それから一年半後の昭和37(1962)年12月1日。
 その間、アクション・コメディ路線は、次第にコミカルな味は抑えられ、普通の活劇に引き戻されて
 いた。宍戸錠は、この年9月30日公開の、蔵原惟繕監督、芦川いづみ共演の『硝子のジョニー 野獣の
 ように見えて』で寡黙で粗野な主人公を演じ、そのワイルドな演技で新境地を開拓した。
  錠にとっても『危いことなら銭になる』は、久々のアクション・コメディということになる。主人
 公・近藤錠次のあだ名が“ガラスのジョー”は、もちろん『硝子のジョニー 野獣のように見えて』
 のパロディ。相棒の“計算尺”こと沖田哲三には、『助っ人稼業』以来の長門裕之。それまで「稼業」
 シリーズのように“バディ(相棒)もの”が多かったアクション・コメディだが、ユニークなのは、
 草薙幸二郎扮する“ダンプの健”こと芹沢健が加わり、さらに浅丘ルリ子扮する元気いっぱいの女子
 大生・秋山とも子が、三人組と渡り合う“チームもの”になっていること。ルリ子のコメディエンヌ
 ぶりは特筆モノ。
  男三人組に、美貌のヒロインのチームといえば、モンキー・パンチの「ルパン三世」を連想させる
 が、ルパンが登場するのは、もう少し後の昭和42(1967)年になってから。しかし本作のテイストは
 実に「ルパン三世」っぽい。ベテラン池田一朗と共に、脚本を担当した山崎忠昭は、1971年「ルパン
 三世」第一話「ルパンは燃えているか…!?」から、アニメ版に参加することとなる。
  原作は都築道夫の「紙の罠」。日活では、本作を皮切りに宍戸錠の『怪盗X 首のない男』(65年・
 小杉勇)、小林旭の『俺にさわると危ないぜ』(66年・長谷部安春)と、都築原作の映画が三本作ら
 れている。東宝で脚本も手掛けた『100発100中』(65年・福田純)と『同 黄金の眼』(66年・福田
 純)もまた「ルパン三世」を思わせるテイストがあり、本作をはじめとする和製アクションが与えた
 影響を考えるのも、遅れた来た世代の楽しみの一つ。
  なんといっても、本作の痛快さはモダニスト・中平康監督のセンスによるところ大。巧みなカット
 割や編集によるテンポ、裕次郎の『あした晴れるか』(60年10月26日)でも試みていた速射砲のよう
 な会話で、歯切れ良く場面を進めていく。
  また、すべてをさらってしまうのが、贋札作りの名人・坂本雅章老人・左卜全と、その妻・武智豊
 子。新宿の“バーレスク劇場ムーランルージュ”出身の左卜全と、浅草の“エノケン一座”出身の武
 智豊子、この二人は、ある意味最強。拉致され、贋札作りを強いられても「ゴミゴミして、うるさく
 て、色っぽいところ」でないと仕事が出来ないと言い出す名人。意外や意外ガンマニアのお婆さん。
 主人公と悪の一味は、とことん二人に振り回される。
  主題歌「危いことなら銭になる」は、詩人・谷川俊太郎が作詞、日活映画を支えたギタリストで作
 曲家の伊部晴美が作曲、そしてマーサ三宅(三宅光子)が唄っている。また、キャバレー・アカプル
 コ近くの公衆電話で、“ポーカーフェースの秀”(平田大三郎)が電話をかけるシーンで街角に流れ
 ているのが、この年大ヒットした植木等の「ハイそれまでョ」。まさしく映画は時代を映す鏡でもあ
 る。
  この頃は、空前のガンブームで、マニアックな拳銃の話題や描写も多い。横浜中華街のとある中華
 料理店の地下が秘密拳銃市場というのは、これぞ日活アクション。密売人の政やん(井上昭文)とジ
 ョーの会話には“トカレフ・オートマチック”や“ラドムM30”といったキーワードが飛び交う。ガ
 ン=カッコいい。男の子の憧れだった時代でもある。
  カッコいいと言えば、ジョーが乗っている車。真っ赤なメッサーシュミットKR200は、ドイツのフリ
 ッツ・フェンドという技師と、第二次大戦で活躍した戦闘機を製作したメッサーシュミット社が産み
 出した、三輪自動車。当時、宍戸錠の愛車だったという。人目を引くユニークなデザインが印象的で、
 テリー・ギリアム監督の『未来世紀ブラジル』(85年)などにも登場する。
  宍戸錠×中平康による『危いことなら銭になる』は、観れば観るほど、楽しい発見がある“日活ア
 クション・コメディ”の快作である。

 以上である。そう言えば、「ルパン三世」そのものを実写映画化した作品に『ルパン三世 念力珍作戦』
(監督:坪島孝、東宝=国際放映、1974年)が存在するが、そのドタバタぶりは本作と何となく似ていない
こともない。したがって、佐藤利明の指摘には説得力がある。もっとも、宍戸錠はルパンのようなタイプで
はないが……。ところで、政やんが口にする拳銃の名前は、ブローニング・ハイパワー、ルガーP08、ル
ガー・オートマチック、モーゼル・ポケットタイプなどである。ちなみに、トカレフ・オートマチックは、
製造元がソヴィエト・ロシア、8連発、口径7.62……と、ジョーが説明していた。トカレフと言えば、その
ものズバリの『トカレフ』(監督:阪本順治、サントリー=バンダイビジュアル=荒戸源次郎事務所、1993
年)という邦画があるが、この拳銃の名前が有名になったのはそれほど昔ではないような気がする。しかし、
すでに60年代前半で、ガン・マニアの間ではレアものとはいえ知られていたことになる。なお、ラドムM30
は、ポーランド製の拳銃である。さらに、ダンプの健が所有していた拳銃は「コルト・パイソン・357マグナ
ム」であり、同系列の拳銃を小生が意識したのはだいぶ後になってからだから、この点についてもかなり早
い時期での登場ということになる。なお、拳銃についての蘊蓄に富んだ邦画はかなりあり、小生のイメージ
では、赤木圭一郎と松田優作が主演の映画にはディープな作品が存在すると思っている。1篇ずつ、以下に
挙げておこう。

  『紅の拳銃』、監督:牛原陽一、日活、1961年(「日日是労働セレクト67」、参照)。
  『蘇える金狼』、監督:村川透、東映=角川春樹事務所、1979年(日日是労働セレクト8」、参照)。

 最後に、蛇足ながら、時代を感じさせる看板があったので、掲載しておく。CABARET ACAPULCO の募集看板
である。

   近代的社交嬢大増員中!!
  連日満員盛況のため明るい近代女性を求めます。
  安心して女性最高の収入を得られる店
  衣服貸与、通勤・歩合制の他固定給制度
  希望者は事務所迄、即決、キャバレー 
                   アカプルコ

 そう言えば、小生は銀座の小学校に通っていたので、「麗人募集」などの貼紙は子どもの頃から見て育っ  
ていたはずである。毛皮屋や宝石屋のショー・ウインドーもよく覗いていたもので、そのような妖しい場所
が大好きだったことを覚えている。派手なものは、女性だけではなく、小学生の男子児童をも惹き付けるこ
との証左であろう。なお、人質受け渡しの場所に警視庁のフロアを指定するところなども、なかなか凝った
演出だった。後に、『女囚701号・さそり』(監督:伊藤俊也、東映東京、1972年)という邦画で、主人公の
松島ナミ(梶芽衣子)が警視庁の屋上で元恋人の杉見次雄(夏八木勲)を葬るシーンがあるが、もしかする
とこの映画がヒントになったのかもしれない。なお、「日日是労働セレクト30」を参照されたし。
 最後の最後に記しておくことではないかもしれないが、トルコ風呂(現 ソープランド)の「特別サーヴィ
ス」を意味する用語が出てきたり、おそらく足に関する「差別用語」が出てきたりした。ただし、前者は発
音されるが、後者は音声が消されている。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。最初の2本は、ともに今年のテーマの「恋愛」がモチーフとなっている
が、時代がだいぶ離れているので、印象は大いに異なる。残る1本は、ハードボイルド映画の傑作である。
 1本目は、『恋するマドリ』(監督:大九明子、『恋するマドリ』パートナーズ〔BALS=オフィス・シロ
ウズ=バンダイビジュアル=テレビ朝日=幻冬舎=サニーサイドアップ=レプロ エンタテインメント〕、
2007年)である。女性監督らしい時間の流れなので、せっかちの小生は、観始めた当初「早く進めんかい」
とか、「何とか返事したらどないねん」などと、大阪弁風の突っ込みを入れながら鑑賞していた。しかし、
慣れてくるにしたがってここちよい流れとなり、とくに菊地凜子が演じた女性の感性には共感するところも
多く、ほんわかした気分で観終えることができた。レスラー連中の下手な演技に目をつぶれば、かなり成功
している部類の作品ではないだろうか。それにしても、松田龍平はやはり「怪人」役がよく似合う。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  引っ越しをきっかけに偶然出会った3人の男女の交流を描く、せつないラブ・ストーリー。映画初
 主演となる新垣結衣が、キュートな魅力でヒロインを好演する。

   〔あらすじ〕

  姉のマイ(江口のりこ)との些細なけんかから、美大生のユイ(新垣結衣)は一人暮らしをするこ
 とになった。ユイにとっては期待と不安がいっぱいの新しい生活だったが、決して好調なスタートと
 はいかなかった。人はいいけど要領と人相の悪い引越業者、引越しそばも受け取ってくれない無愛想
 な隣人たち、元の部屋に忘れてしまった大切なものなど、最初から受難だらけだった。忘れ物を取り
 に行った元の部屋の新しい住人は、いかにも大人な感じのかっこいい女性であるアツコ〔順田温子〕
 (菊地凛子)だった。偶然にも、アツコの元いた部屋はユイが越してきた部屋だった。その頃バイト
 先で、ユイの部屋のすぐ上の住人で、物静かで一途な男性のタカシ〔大野隆〕(松田龍平)と出会う。
 最初は取っ付きにくいところもあったが、仕事に取り組む姿勢にユイは次第に惹かれていく。そんな
 出逢いの中で、ユイは次第にアツコには同性としての憧れ、タカシには異性への恋心を抱き始める。
 しかし、アツコとタカシにもそれぞれ悩みがあった。アツコには自分の夢のために別れようと思って
 いる恋人がおり、まだそのことを少し引きずっていた。タカシには失踪してしまった恋人がおり、未
 練が残っていた。しかもそれは、ユイの部屋の前の住人、すなわちアツコのことだった。運命的な出
 逢いは、奇妙な三角関係に一変する。ユイはアツコの居場所をタカシに伝えるべきかどうか悩む。大
 好きな二人には幸せになってほしいが、二人の幸せは自分の失恋も意味している。運命の決断を迫ら
 れたユイは、ある行動をとる……。

 他に、世良公則(アツコの父親)、中西学(サタン護国寺=プロレスラー兼引越し屋)、ピエール瀧(田
中=タカシの働いている「環境省応用森林資源開発研究分室」の主任)、矢部太郎(マイの結婚相手)、廣
田朋菜(サチ=美大の友人)、内海桂子(野田きつこ=マンションの隣人)、マリエ(ギャル=同)、アブ
ドーラ小林(ヘラクレス運輸のスタッフ)、関本大介(同)、マンモス佐々木(同)、KABA.ちゃん(ヘラク
レス・プロレス〔ヘラレス〕のレフリー)などが出演している。
 2本目は、『北上川悲歌(エレジー)』(監督:曲谷守平、新東宝、1961年)である。新東宝お得意の歌
謡映画。当時大流行した「北上夜曲」(作詞:菊地規、作曲:安藤睦夫、編曲:大久保徳三郎)を映画化し
た作品ではあるが、題名はおそらくこの楽曲に便乗して作られたたと思われる「北上川悲歌」(作詞:大高
ひさを、作曲:陸奥明、編曲:大久保徳三郎)の方を取っている。当該映画での歌唱はいずれも菅原都々子
(実名の歌手として出演している)である。この「北上夜曲」には誕生秘話があり、簡潔にまとめている文
章があるので、以下に引用させていただく(ネット記事「いわての川と暮らし」より)。

   岩手が生んだ流行歌「北上夜曲」誕生物語

  昭和36年に雑誌『サンデー毎日』に作者不明の愛唱歌として紹介されたことをきっかけに、作曲者
 の安藤睦夫氏が原作の名乗りをあげ、ビクター、キング、東芝など6社からレコード発売、日活など
 3社による映画競作など一大センセーションを巻き起こしました。水沢農学校に通う菊池規氏と八戸
 中学校の生徒だった安藤睦夫氏が水沢(現 奥州市)で偶然出会って意気投合、昭和16年2月に菊池少
 年の「北上川のささやき 今はなき可憐な乙女に捧げるうた」と題した歌詞に安藤少年が曲をつけて名
 曲「北上夜曲」が誕生しました。

 当該映画もこの誕生秘話からヒントを得たと思われる筋書(もっとも、だいぶ異なる)が展開している。
物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>を参照させていただく。以下、同じ。なお、新東宝や日
活の他に、「北上夜曲」をモチーフにして映画を製作したのは大映である。

   〔解説〕

  松浦健郎の原作を、今村文人が脚色し、『東京の夜は泣いている』の曲谷守平が監督した歌謡メロ
 ドラマ。撮影は『凸凹珍道中』の岩橋秀光。

   〔あらすじ〕

  作曲家の山口喜八(加藤嘉)は、楽符入りの鞄を列車の中で盗まれた。沢健次(田浦正巳)が、チ
 ンピラからこの鞄を奪い返した。作曲家と近づきになれたことは、健次にとって願ってもないことだ
 ったが、帰京すればナイトクラブ「新世紀」の用心棒であり、穴埋めに歌う歌手だった。三年前、健
 次は愛する道子(杉田弘子)と別れて、歌手になりたくて上京したのだが。健次と入れちがいにやっ
 てきた歌手を志す鈴村修(浅見比呂志)はテストを受けてはねられたが、海田組の子分にタンカを切
 ったことで社長の風間(石黒達也)に気に入られ、新世界に歌手兼用心棒で傭われた。健次は、梅田
 (秋月龍)の子分須藤(柳谷寛)に喉を撃たれた。やがて、修は「新世界」の顔役になった。健次は、
 修が両親が死んで家出した道子の弟であるのを知った。自分はヤクザから足を洗えなくても、素質の
 ある修を泥沼の世界から引上げようと、修を作曲家の山口の家に同居させた。いよいよ修のデビュー
 する日が来た。道子と修は再会を喜んだ。一方、風間が健次と修を殺せと子分に命じた。健次は、道
 子が自分を迎えに行ったまま帰らないと聞くと、風間の事務所へ急行した。風間と対決する健次は互
 いに拳銃で傷ついた。修と修の恋人である伸ちゃん〔土井伸子〕(藤乃高子)とが風間の事務所にや
 って来た。健次は道子を抱いた。さらに「北上夜曲」をピアノで弾き始めた。しかし、拳銃にやられ
 た傷が元で、その場に崩れ去ったのである。まもなくして道子は故郷に帰り、北上川の畔に健次のた
 めにささやかな卒塔婆を立てた。二人だけの思い出のためだった。

 他に、三宅邦子(山口多鶴子=喜八の妻)、三島謙(政)、明石竜二(竜)、中俊二郎(サブ)、加藤英
一(辰)、泉田洋志(竹本)、滝恵一(山岡)、ジェームス三木(矢月春也)、小野満(バンドマスター)、
三原葉子(明子=道子の友人)などが出演している。
 新東宝は当該映画が作られた年(1961年)に倒産しているが、こんな地味な作品ではやはり客は呼べない
と思う。筋書はともかくとして、俳優陣に華がないのだ。もっとも、この映画を日活が作り、健次の役を小
林旭(もしくは、赤木圭一郎)、道子の役を浅丘ルリ子(もしくは、笹森礼子)、修の役を浜田光夫(もし
くは、和田浩治)、風間の役を安部徹(もしくは、二本柳寛)あたりが演じていれば、あるいは成功したか
もしれない。しかし、それは叶わぬ夢であろう。なお、主演の田浦正巳は『東京暮色』(監督:小津安二郎、
松竹大船、1957年)において、有馬稲子(杉山明子)の相手役の学生である木村憲二を演じており、それで
知った俳優であるが、その後はあまりパッとしなかったらしい(「日日是労働セレクト13」、参照)。悪
役を演じた石黒達也も、時代劇ならば精彩を放ったかもしれないが、残念ながら現代劇では中小企業の親爺
にしか見えない。蛇足ながら、バンドとして、「小野満とスイングビーバース」や「チャーリー石黒と東京
パンチョス」が登場している。さらに、石川啄木の句碑「やはらかに/柳あをめる/北上の/岸邊目に見ゆ/
泣けとごとくに」(『一握の砂』〔1910年〕、所収)が冒頭を彩っている。最後に、「北上夜曲」の歌詞を
以下に掲げておく。

   「北上夜曲」、作詞:菊地規、作曲:安藤睦夫、編曲:大久保徳三郎、唄:和田弘とマヒナスターズ/
          多摩幸子。

  (男)匂い優しい 白百合の
  (男)濡れているよな あの瞳
  (男)想い出すのは 想い出すのは
  (男)北上河原の 月の夜

  (女)宵の灯 点すころ
  (女)心ほのかな 初恋を
  (女)想い出すのは 想い出すのは
  (女)北上河原の せせらぎよ

  (男)銀河の流れ 仰ぎつつ
  (男)星を数えた 君と僕
  (男)想い出すのは 想い出すのは
  (男)北上河原の 星の夜

  (男)僕は生きるぞ 生きるんだ
  (女)君の面影 胸に秘め
  (男女)想い出すのは 想い出すのは
  (男女)北上河原の 初恋よ

 実は、この楽曲は、小生のカラオケの定番でもあり、とくに4番の歌詞が好きである。
 3本目は、『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(監督:野村孝、日活、1967年)である。コミカルな演
技もできる宍戸錠が、徹底的にニヒルな殺し屋を演じている。原作は藤原審爾の『逃亡者』(筆者、未読)
であるが、映画の題名は少し洒落ている。しかし、「コルト」が活躍するわけではない。むしろ、ライフル
や散弾銃が幅を利かせているし、最後に出て来る拳銃もイタリア製のベレッタだったりする。したがって、
「コルト」はイメージであろう。ともあれ、この年、宍戸錠は殺し屋の役に嵌っており、以下の作品で貫録
を示している。当該作品は、その第一弾の由。ただし、清順の作品は当時の日活社長を激怒させたと言われ
る問題作である。

 『拳銃(コルト)は俺のパスポート』、監督:野村孝、日活、1967年。
 『殺しの烙印』、監督:鈴木清順、日活、1967年〔「日日是労働セレクト7」を参照されたし〕。
 『みな殺しの拳銃』、監督:長谷部安春、日活、1967年〔筆者、未見〕。

 物語を確認しておこう。この作品についても<Movie Walker>を参照する。以下、同じ。

   〔解説〕

  藤原審爾の原作『逃亡者』を、『帰らざる波止場』の山田信夫と永原秀一が共同で脚色し、『暗黒
 航路』の野村孝が監督したアクションもの。撮影はコンビの峰重義。

   〔あらすじ〕

  大田原組と島津組は横浜を根城に勢力を争っていた。殺し屋の上村周治(宍戸錠)が相棒の塩崎駿
 (ジェリー藤尾)とともに横浜に現われたのは、大田原(佐々木孝丸)から頼まれて島津(嵐寛寿郎)
 を暗殺するためである。綿密な計画と確かな腕を持つ上村は、ある日、マンションの4階からライフ
 ルで島津を射殺した。上村は直ちに凶器を始末し、塩崎と車に乗ると、羽田空港に向った。高飛びす
 るためである。しかし島津組も黙ってはいず、二人は脱出寸前のところで捕われてしまった。だが、
 塩崎の機転で逃亡に成功した上村は、大田原の秘書金子(本郷淳)の指示で、大田原組がその傘下に
 収まる津川組に逃げ込んだ。ところが、それと知った島津組二代目(杉良太郎)が上村たちのいるモ
 ーテル渚館を取り囲んだが、寸前で渚館を後にしていた。そんな時、上村は渚館のウェイトレスの美
 奈(小林千登勢)と知り合ったが、美奈は水上生活者からはいあがった薄幸の女で、上村は彼女の暗
 い面影に惹かれていった。美奈がダルマ船に食事の配達に行くことを知った上村は、ダルマ船で脱出
 することを計画し、船長(山田禅二)を口説き落した。しかし、その頃、塩崎は津川(内田朝雄)の
 子分によって監禁されていた。大田原は上村たちが厄介になり、島津組と手を組んだのだった。島津
 組はその代償に、マフィア団との密輸交渉権を大田原に譲った。塩崎の拘束と大田原の裏切りを知っ
 た上村は、塩崎の解放を条件に敵側と取引をした。塩崎と美奈を逃がした上村は、三組の待つ埋立地
 に向った。上村は前日用意した手製の時限爆弾を手に持っていた。午前7時ジャスト、殺し屋や大田
 原、島津組二代目、津川を乗せたベンツが、上村に向って疾走してきた。しかし、上村は銃で肩や足
 を射抜かれながらも、強磁力の時限爆弾を車の腹に引っ付けた。そして数秒後、ベンツはふっ飛んだ
 が、上村は、朝日が昇りはじめた埋立地を虚し気に去っていった。

 他に、武智豊子(お辰=渚館の女将)、江角英明(千崎=島津組の幹部、美奈の以前の男)、草薙幸二郎
(殺し屋)、宮部昭夫(三好)、深江章喜(船木=島津の用心棒)、高本均(雲州=美奈にぞっこんの男)、
長弘(津川組の幹部)、伊豆見雄(運転手A)、久遠利三(同じくB)、柴田新三(大型定期便の運転手A)、
晴海勇三(同じくB)、赤司健介(島津の子分A)、吉田毅(同じくB)、石火矢哲郎(同じくC)、木島
一郎(同じくD)、黒田剛(津川の子分A)、田畑善彦(同じくB)、高山千草(女中)、井田武(修理工)、
中村是好(マンションの管理人)、糸賀靖雄(スクラッブ工場の工員)、西原泰江(ドライブ・バンクの受
付嬢)、榎木兵衛(自動車修理工)、野呂圭介(渚館の客)などが出演している。
 なお、DVDのパッケージに佐藤利明による「解説」が付録として入っていたので、以下に引用させていただ
く。ほぼ原文通りである。

   拳銃(コルト)は俺のパスポート            解説:佐藤利明(娯楽映画研究家)

  日活アクション黄金時代を支えた“エースの錠”こと宍戸錠は、実に多彩な顔を持つ、正真正銘の
 アクションスターである。演じること=アクト、動くこと=アクション、コミカルな味=リアクショ
 ン。その肉体から発するすべてが、日活映画の魅力となっていた。第一期ニューフェースとして、再
 開したばかりの日活に入社。二枚目のルックスに豊頬手術施してまで、映画における個性を確立。日
 活アクションが動き出す昭和34(1959)年に、小林旭の『ギターを持った渡り鳥』(斎藤武市)の殺
 し屋ジョージや、赤木圭一郎の『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』(1960年・野口博志)のコルトの銀など、
 荒唐無稽な喜活劇で、さまざまな好敵手を好演した。
  昭和36(1961)年の石原裕次郎のスキー事故、赤木の急死で、日活ダイヤモンドラインのローテー
 ションが崩れたとき、『ろくでなし稼業』(1961年・斎藤武市)をはじめ、アクション・コメディで
 一人気を吐いたのも宍戸錠だった。そのガンプレイ、ユーモラスな仕草、そしてボディアクションは
 黄金時代を迎え、世界に類を見ないジャンルとなっていく。
  一方、鈴木清順の『野獣の青春』(1963年)あたりから、しだいにコメディや荒唐無稽の要素が排
 除された、ハードボイルド作品が登場する。同じ虚構の世界でも“プロフェッショナルの殺し屋”の
 仕事ぶりをディティール豊かに描いて、非常な世界に生きる男の孤独をテーマにした作品が、主流と
 なっていく。それが日活ニューアクション時代へとシフトしていくことになるのだが、エポックメイ
 キングとなったのが、昭和42(1967)年の傑作『拳銃は俺のパスポート』だ。原作は藤原審爾の「逃
 亡者」。古川卓巳監督、長門裕之主演の『逃亡者』(1959年)として一度映画化されているが、その
 印象は全く異なる。脚本は、本作がデビューとなる永原秀一と、日活アクションに質的な膨らみをも
 たらした名手・山田信夫。日大芸術学部在学中からシナリオを執筆していた永原は本作で抜擢され、
 その手腕を高く評価され、以後『野獣を消せ』(1969年・長谷部安春)、『斬り込み』(1970年・澤
 田幸弘)、「野良猫ロック」シリーズ(1970-71年)などで、日活ニューアクションを牽引していくこ    
 とになる。
  監督は叙情的なドラマや、青春映画を得意とした野村孝。宍戸錠との『早射ち野郎』(1961年)と
 いう大ヒット西部劇を手掛けた監督でもある。この作品の時に、日活宣伝部が「ジョーは世界早射ち
 3位、0.65秒」とコピーを打ち出し(1位がアラン・ラッド、2位がオーディ・マーフィ)と喧伝。
 野村監督は、叙情的な味を抑制しつつ、宍戸錠のハードボイルドを際立たせる演出で、本作を傑作に
 いた。ちなみに本作には助監督として長谷部安春も参加している。
  殺し屋・上村周治(宍戸錠)が、関西から進出してきた組織のボス、島津(嵐寛寿郎)の射殺を依
 頼されるところから物語が始まる。依頼側の金子(本郷淳)と上村のやりとりから、かれらの“仕事”
 が浮き彫りにされていく。上村は、金子のボスである大田原(佐々木孝丸)から島津射殺を命じられ
 ていることが明らかになる。まずは半金と二人分のパスポート、フランスへの航空券が手渡される。
 上村は金子に「なるべくあんたがたに判りやすいやりかたでやるさ」とクールに答える。
  ここでの宍戸錠はどこまでもクール、寡黙なプロフェッショナルとして上村を演じている。この頃、
 浅草国際劇場で、小林旭と東京ぼん太のショーに客演していた宍戸錠は、ステージでのコメディアン
 たちの狂躁に飽き飽きしていたという。アクション・コメディで饒舌な芝居を続けてきたことへの反
 動もあって、本作での寡黙な主人公は、本人にとっても新鮮だったようだ。
  上村のターゲットである、島津を演じたのは、“鞍馬天狗”こと嵐寛寿郎。宍戸にしてみれば、少
 年時代からの憧れのヒーローであるし、アクションスターの大先輩。そのアラカンさんも、一切セリ
 フがない。あくまでも標的に徹しているが、その風格が島津という人物を伝えてくれる。島津邸の庭
 が見渡せるマンションで、上村が賃貸契約の下見のフリをして、管理人に金をつかませる。この管理
 人を演じたのが、エノケン劇団で活躍したコメディアン、中村是好。このキャスティングもいい。バ
 ッグからライフルを取り出し組み立てて、火をつけた煙草で風向きを読み、島津を射殺、そしてライ
 フルを片付けるまでの一連の動き。一切セリフがなく、黙々と、淡々と仕事を遂行していく。
  殺しを終えた上村を待っていた、弟分・塩崎駿(ジェリー藤尾)とともに、カーベキュー工場で、
 先程のライフルを処分する。それを惜しがる塩崎に対して「俺の指紋は指じゃねぇ。俺は今、島津の
 腹の中にたんまり指紋を残してきた。その指紋を今、消した。それだけさ」とクールに言い放つ。
  上村と塩崎は、組織の用意した逃走ルートで海外逃亡をする筈だったのが、大田原の組の上部組織
 のボス津川(内田朝雄)が、島津組からの上村たちの捜索依頼受けてから、事態が思わぬ方向に向か
 ってゆく。逃亡者となった上村と塩崎の焦燥。彼らが潜伏するドライブイン(註:モーテル、もしく
 は、レストランの方が正確)“渚館”の美奈(小林千登勢)との交流。そして裏も表も飲み込んだ、
 女将のお辰(武智豊子)のユニークなキャラクター。武智豊子もまた、戦前エノケン一座に在籍して
 “女エノケン”の異名を持つコメディエンヌ。緊張のドラマに、こうした喜劇人を配しての緩和も巧
 み。
  追いつめられた上村が、反撃に出るクライマックスは、おそらくは宍戸錠主演作、いや日活アクシ
 ョン史上、最高のシーンの一つだろう。道具を揃え、時限爆弾を作り、一人、埋め立て地で、その時
 のための準備をする。綿密なプランとシミュレーションを重ねていく。スコップで人間が入れる穴を
 掘るが、それが墓穴を暗喩している。ここでハエが登場するが、これは宍戸錠の提案によるもの。ス
 タッフに「ハエを用意して欲しい」と頼んだところすぐに調達できた。「ごこから?」と問うと「撮
 影所の食堂のキッチンから」とは宍戸錠談。
  ともあれ、本作で確立させた宍戸錠のハードボイルドは、『殺しの烙印』(1967年・鈴木清順)、
 『みな殺しの拳銃』(同・長谷部安春)へと続いてゆく。日活アクション黄金時代の最終コーナーを
 彩り、日活ニューアクションへとバトンタッチされていく。まぎれもない傑作である。

 以上である。このような解説は作品への愛着がなければ書けないだろう。過不足のない解説だと思う。最
後にひとつだけこの映画の難点を挙げておこう。上村が午前6時半ごろ現場に着き、穴を掘り始めるのがその  
15分後、すなわち6時45分ごろである。約束の7時までには15分しかない。それであれだけの穴が掘れるだろ
うか。たぶん無理ではないかと思う。その点が妙に気にかかったことを記しておく。


 某月某日

 DVDで邦画の『新・喜びも悲しみも幾歳月』(監督:木下恵介、松竹=東京放送=博報堂、1986年)を観た。
市川崑が自ら『ビルマの竪琴(総集版)』(監督:市川崑、日活、1956年)のリメイク映画である『ビルマ
の竪琴』(監督:市川崑、フジテレビジョン=博報堂=キネマ東京=東京国際映像文化振興会、1985年)を
撮ったように、木下恵介も自ら『喜びも悲しみも幾歳月』(監督:木下恵介、松竹大船、1957年)のリメイ
ク映画である当該作品を撮ったということになる。最初の作品から29年が経過しているところも同じなので、
そこには何らかの関連性があるのかもしれない。ちなみに、当該作品は、「松竹大船撮影所50周年記念映画」
である。
 さて、その『喜びも悲しみも幾歳月』であるが、かつて「日日是労働セレクト6」にその感想文が載って
いた。しかし、今は消滅している。元の文章が残存しているので、以下に掲げてみよう。


 *****************************************
 
 某月某日

 『喜びも悲しみも幾歳月』(監督:木下恵介、松竹大船、1957年)を観た。同名の歌とともに物心ついた
ときからその存在を知ってはいたが、今まで鑑賞とは縁遠かった作品である。モノクロームとばかり思って
いたが、綺麗なカラー映画であった。物語は、灯台守の夫婦の半生を描いたものである。時代は昭和の激動
期(昭和7年から昭和32年まで)に当たり、場所は北海道から九州まで全国を縦断するという、スケールの大
きな年代記である。もっとも、描かれているテーマはありふれた夫婦愛や親子愛であり、しっとりとした味
わいの作品である。昭和7年(1932年)、有沢四郎(佐田啓二)が、妻のきよ子(高峰秀子)をともなって観
音崎灯台(三浦半島にある日本最古の洋式灯台)に赴任してくるところから始まる。彼らは新婚であるが、
これからの苦労を暗示するかのように、精神に異常をきたした女性がきよ子の目の前に現れる。先輩灯台守
金牧(三井弘次)の妻(桜むつ子)である。きよ子は少しショックを受けるが、気丈にも灯台守の妻となる
ことを改めて決意する。さて、灯台守には転勤がつきものであるが、観音崎のあと、翌年(昭和8年)には北
海道の石狩灯台、昭和12年には長崎県の西に位置する離れ小島女島の灯台、昭和15年には佐渡の弾崎灯台、
昭和20年には静岡県の御前崎灯台という順番で移り住む。いずれも辺鄙で不便なところである。女島灯台な
どは、本土(九州)に「玉の浦退息所」まで設けられている。ちなみに「退息(しりぞいて休息すること)」
という言葉には初めてお目にかかった。その後、志摩半島にある安乗灯台、瀬戸内海にある男木島灯台を経
て、最後に御前崎灯台に帰ってくるという流れである。詳しいことは分からないが、灯台は3人編制で運営
されているらしい。台長、次席、若手という組み合わせである。厳しい仕事である。とくに弾崎灯台におい
てだったと思うが、嵐の中に船を出して消えかかった小灯台の灯を点け直すシーンには心打たれる。ここに
は、一瞬たりとも灯を消させないという灯台守の心意気がある。ここで、今なお懐メロとして健在である
「喜びも悲しみも幾歳月」(作詞・作曲:木下忠司、唄:若山彰)の一節を記してみよう。ただし、うろ覚
えなので、正確ではない。

 おいら岬の灯台守は
 妻と二人で
 沖ゆく船の
 無事を祈って
 灯をかざす
 灯をかざす

 時代は戦渦の直中にあり、観音崎に赴任した年には上海事変、翌年(石狩灯台に転勤)には国際連盟脱退
とつづき、弾崎灯台に移った年の翌年には大東亜戦争が勃発している。さらに、御前崎灯台では空襲も受け
ている。これはまったく知らなかったことであるが、灯台守はこの間何人も殉職している。格好の攻撃目標
にされたからだと推察できる。幸い主人公の有沢四郎は戦死することもなく戦後を迎える。しかし、その間
には、きよ子とその同級生との諍い、娘や息子の誕生、同僚の灯台守の妻の病死、女島の台長の事故死、そ
の台長の娘と後輩の灯台守の恋、疎開してきた家族との交流(後にこの家族の息子と自分たちの娘が結婚す
る)なども盛り込まれ、灯台守とその家族の苦闘と誇りが見事に描かれている。たとえば、灯台守は徴兵免
除職であり、そのことで「非国民」扱いされる場面があるが、それは大いなる誤解であることが分かる。殉
職した灯台守が何人もいることがそのことの有無を言わさぬ証左である。さらに、戦後になってもこの夫婦
の苦労は尽きない。息子がつまらないことをきっかけにして殺されたり、娘が結婚した相手(仲谷昇)と一
緒にエジプトに赴任するなどである。しかし、この夫婦は少しもめげない。「偕老同穴」という言葉がある
が、まさにこの言葉にふさわしい夫婦像である。「行雲流水、去る人来る人」という灯台守の宿命にも感銘
を受けた。後輩の灯台守である野津役に田村高広、息子の光太郎役に中村賀津雄(後の中村嘉葎雄)が起用
されている。なお、これは蛇足であるが、娘の雪野役の有沢正子(この作品でしか知らない)は、どことな
く高峰秀子に似ている(似ている人を起用したのだろう)。一瞬ではあるが、自転車に乗っているシーンな
どは瓜二つに見えた。

 *****************************************


 さて、新しい方の作品の物語を確認しておこう。例によって、〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者
に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  転勤の多い燈台守一家の生活を13年にわたって描く。原作・脚本・監督は『この子を残して』の木
 下恵介、撮影は『泰造』の岡崎宏三がそれぞれ担当。主題歌は、加藤登紀子(「海辺の旅」)。

   〔あらすじ〕

  昭和48年春、丹後半島の若狭湾口にある経ケ岬灯台では、伊豆石廓崎灯台への転勤を控えた藤田芳
 明(加藤剛)の送別会が行なわれていた。妻の朝子(大原麗子)、子どもたち、部下の長尾猛(田中
 健)、海上保安学校を卒業したばかりの大門敬二郎(中井貴一)も揃い、和やかな集いだった。引越
 を教日後に控え慌しい一家のもとに、芳明の父である邦夫(植木等)が山梨から訪ねて来た。邦夫は
 芳明の赴任地へやって来ては、その地方の名所や寺院を見物し記念写真におさめるのを楽しみにして
 いる。邦夫は伊豆まで同行したいと言いだし、このため朝子と子どもたちは新幹線を利用し、芳明は
 邦夫と見物かたがた車で行くことになった。二人は小浜の明通寺で一人旅の若い娘である北見由起子
 (紺野美沙子)と知り合い、彼女も伊豆まで同行したいと告げる。2年後、石廓崎を邦夫とともに再
 訪した由起子は、一人旅の時、失恋し、両親にも裏切られ自殺を考えていたが、邦夫と芳明に出会い
 思いとどまったと告白した。そして、灯台で働く人と結婚したいと言いだした。芳明夫婦は長尾がお
 嫁さんを探していることを思い出した。四国と九州を分ける豊後水道の水ノ子島灯台で働く長尾を由
 起子が突然訪ねた。長尾は一目逢って由起子の美しさに魅かれるが、自分には不釣合いだと結婚は躊
 躇した。その秋、水ノ子島灯台は強烈な台風の直撃を受けた。生死を賭けた台風との闘いの真っ只中
 において、長尾は由起子との結婚を決意する。昭和55年夏、芳明は八丈島灯台に勤務。子どもたちも
 成長し、長女の雅子(篠山葉子)は東京の短大に入学、二人の息子も英輔16歳、健三11歳になってい
 た。帰省した雅子に訪ねて来た邦夫、海上保安庁の飛行士になった大門もやって来て、官舎は久しぶ
 りに賑やかだった。だが72歳になる邦夫は、高血圧のうえ長い船旅で疲れて寝込んでしまう。その夜、
 妻と離婚し、養子の身から杉本姓に戻った邦夫を引きとりたいと、芳明は朝子に打ちあけた。朝子は
 快くその提案をこころよく受け邦夫に伝えた。翌年、芳明は函館航路標識事務所の課長を命じられ、
 一家は転居した。八丈島に残してきた高校三年の英輔から手紙が来て、来春、呉の海上保安大学校を
 受験したいと言ってきた。翌年、函館の教会で雅子と大門が結婚式を挙げた。2年後、保安大学校に
 通う英輔(岡本早生)を由起子が訪ねた。由起子は長崎県福江島へ所長として栄転の決まった芳明と
 その家族、大門夫妻、英輔、自分たちが中継地である広島に集まって歓送会をしようと提案した。料
 理屋に集まった一同は、楽しい時を過ごし想い出を語り合った。翌朝、長尾と芳明は保安庁の見回り
 船に邦夫を乗せた。日本三景のうち安芸の宮島だけを見残している邦夫への一同の心のこもった計ら
 いである。それから2年後、邦夫は逝った。健三(小西邦夫)は邦夫の遺言どおり、彼のアルバムを
 燃やしはじめるが思いとどまった。昭和61年5月、東京湾で海上保安庁の観閲式が行なわれ、バンクー
 バーに出発する英輔の門出を見送る芳明と朝子の姿があった。「戦争に行く船じゃなくてよかった」、
 という朝子の呟きが聞こえてくる。

 他に、武内亨(経ヶ岬灯台の所長)、三崎千恵子(その妻)、小坂一也(佐伯航路標識事務所の小松次長)、
高山真樹(その妻)、小笠原良智(佐伯航路標識事務所の所長)、原田樹世士(八丈島灯台の所長)などが
出演している。生真面目に作った生真面目な映画であるが、しみじみとこころに沁みわたってきた。小生の
ように生真面目とは程遠い者でも、「生真面目さ」の値打ぐらいは分る。誰も悪人が出て来ないというのも、
たまにはいいものである。なお、あの有名な「喜びも悲しみも幾歳月」(作詞・作曲:木下忠司、唄:若山
彰、1957年)の作詞・作曲を担当した木下忠司は、木下恵介の実弟である。当該映画の音楽も彼が担当して
いる。


 某月某日

 DVDで邦画の『どぶ鼡作戦』(監督:岡本喜八、東宝、1962年)を観た。実際のタイトルが『どぶ鼡作戦』
なので、正字の「鼠」は用いないでおく。一言で片付ければ、「痛快戦争活劇」である。実際、1960年代の
戦争映画にはこのタイプが多い。以下に、小生が鑑賞済みの、60年代の戦争映画(ただし、アジア・太平洋
戦争に直接関わる作品だけに留める)を挙げておこう。

 『独立愚連隊西へ』、監督:岡本喜八、東宝、1960年。
 『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』、監督:松林宗恵、東宝、1960年。
 『あゝ特別攻撃隊』、監督:井上芳夫、大映東京、1960年。
 『人間の條件 第5部・死の脱出/第6部・曠野の彷徨』、監督:小林正樹、松竹大船=文芸プロにんじんくらぶ、1961年。
 『零戦黒雲一家』、監督:桝田利雄、日活、1962年。
 『どぶ鼠作戦』、監督:岡本喜八、東宝、1962年。
 『陸軍残虐物語』、監督:佐藤純彌、東映東京、1963年。
 『太平洋の翼』、監督:松林宗恵、東宝、1963年。
 『海軍』、監督:村山新治、東映、1963年。
 『兵隊やくざ』、監督:増村保造、大映京都、1965年。
 『続兵隊やくざ』、監督:田中徳三、大映京都、1965年。
 『血と砂』、監督:岡本喜八、東宝=三船プロ、1965年。
 『太平洋奇跡の作戦・キスカ』、監督:丸山誠治、東宝、1965年。
 『あゝ零戦』、監督:村山三男、大映東京、1965年。
 『陸軍中野学校』、監督:増村保造、大映京都、1966年。
 『陸軍中野学校・雲一号指令』、監督:森一生、大映京都、1966年。
 『ゼロ・ファイター 大空戦』、監督:森谷司郎、東宝、1966年。
 『新・兵隊やくざ』、監督:田中徳三、大映京都、1966年。
 『兵隊やくざ脱獄』、監督:森一生、大映京都、1966年。
 『兵隊やくざ大脱走』、監督:田中徳三、大映京都、1966年。
 『赤い天使』、監督:増村保造、大映東京、1966年。
 『兵隊やくざ俺にまかせろ』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
 『兵隊やくざ殴り込み』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
 『日本のいちばん長い日』、監督:岡本喜八、東宝、1967年。
 『あゝ同期の桜』、監督:中島貞夫、東映京都、1967年。
 『陸軍中野学校・竜三号指令』、監督:田中徳三、大映京都、1967年。
 『陸軍中野学校・密命』、監督:井上昭、大映京都、1967年。 
 『陸軍中野学校・開戦前夜』、監督:井上昭、大映京都、1968年。
 『兵隊やくざ・強奪』、監督:田中徳三、大映、1968年。
 『連合艦隊司令長官・山本五十六』、監督:丸山誠治、東宝、1968年。
 『肉弾』、監督:岡本喜八、「肉弾」をつくる会=ATG、1968年。
 『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』、監督:小沢茂弘、東映、1968年。
 『あゝ予科練』、監督:村山新治、東映、1968年。
 『あゝひめゆりの塔』、監督:舛田利雄、日活、1968年。
 『あゝ海軍』、監督:村山三男、大映東京、1969年。
 『あゝ陸軍 隼戦闘隊』、監督:村山三男、大映東京、1969年。

 すでに、1959年にも、これら一連の映画に続く先行作品も多い。それも一応あげておこう。

 『人間の條件 第1部・純愛篇/第2部・激怒篇』、監督:小林正樹、にんじんくらぶ=歌舞伎座映画、1959年。
 『人間の條件 第3部・望郷篇/第4部・戦雲篇』、監督:小林正樹、人間プロ、1959年。
 『独立愚連隊』、監督:岡本喜八、東宝、1959年。
 『野火』、監督:市川崑、大映東京、1959年。
 『潜水艦イ-57降伏せず』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。
 『私は貝になりたい』、監督:橋本忍、東宝、1959年。
 『海軍兵学校物語 あゝ江田島』、監督:村山三男、大映東京、1959年。

 当該作品は、もちろん『独立愚連隊』の流れを汲むもので、小生のまだ観ていない映画にも、以下の作品
がある。

 『やま猫作戦』、監督:谷口千吉、東宝、1962年〔シリーズ第3作〕。
 『独立機関銃隊未だ射撃中』、監督:谷口千吉、宝塚映画、1963年〔シリーズ第4作〕。
 『のら犬作戦』、監督:福田純、東宝、1963年〔シリーズ第5作〕。
 『蟻地獄作戦』、監督:坪島孝、東宝、1964年〔シリーズ第6作〕。

 上記の作品群を強引にカテゴライズしてみると、以下のようになる。

 独立愚連隊シリーズ(東宝)
 兵隊やくざシリーズ(大映)
 陸軍中野学校シリーズ(大映)
 人間の条件(松竹)
 東宝の戦争もの
 大映の戦争もの
 日活の戦争もの
 東映の戦争もの
 異色の作品(『陸軍残虐物語』、『赤い天使』、『日本のいちばん長い日』、『肉弾』、『野火』、『私は貝になりたい』など)

 1950年代の「反戦色」は薄れ、むしろドラマ性が高まっている。もちろん、『日本のいちばん長い日』や  
『肉弾』のような作品も製作している岡本喜八の功績は大きいだろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『地獄の饗宴』の岡本喜八が脚本・監督したアクションもの。撮影は『旅愁の都』の逢沢譲。

   〔あらすじ〕

  北支最前線の三元守備隊は完全に孤立の状態だった。師団司令部から派遣された新任の参謀関大尉
 (夏木陽介)は、三元より約二五粁西の元頭で作戦を指導中、八路の大軍に襲われて行方不明となっ
 た。師団長の関〔関大尉の実父〕(上原謙)は大尉救出隊の編成を急いだ。その隊長に、特務隊長の
 白虎(佐藤允)が選ばれた。そして白虎が選んだのは、脱走常習犯の林一等兵(加山雄三)、食事を
 盗んだ兵を撲殺した空手三段の三好炊事軍曹(中谷一郎)、その軍曹を仇と狙って炊事場へ手榴弾を
 投げこんだ穴山上等兵(田中邦衛)、忍術研究中の佐々木二等兵(砂塚秀夫)の四人だった。救出隊
 五騎は、関隊が全滅した老頭に行った。そこには敵の密偵隊長の無双(中丸忠雄)が白虎を待ちうけ
 ていた。白虎と無双は時々情報を交換してお互に利用しあっていたのである。無双は関大尉が師団長
 の息子で、百万元の身代金がかかっていることを知り、白虎は関大尉が捕えられて四風の野戦病院に
 いることを知った。白虎隊は、八路軍が散在している五十里向うの四風に、ある時は無双隊を名乗り、
 ある時は敵兵に変装してたどりついた。折しも、四風は陣中結婚式ににぎわっていた。一同はその中
 にまぎれこんだ。日本機の爆撃があり、三好軍曹は重傷をおった。その隙に無双は関大尉を奪って逃
 げたが、白虎に追われ、対決の末に射殺された。白虎隊は関大尉をつれて逃げる途中八路軍の追撃を
 うけ、どぶ鼠のように逃げた。重傷の三好軍曹は仲間を助けるために敵軍と単身戦って死んだ。一方、
 日本軍は作戦を変更し三元を撤退することになった。正規軍と認められない白虎の手兵は死守部隊と
 して三元に残された。やがて怒濤のようにおしよせて来た八路軍との間に激しい戦闘が始まった。一
 度捕虜になった身を今さら部隊に戻ることも出来ない関大尉を先頭とする六名はそれを知ると馬をと
 ばして戦闘の中に飛びこんでいった。撤退中の元三元守備隊長正宗中少尉(藤田進)も日本軍の非情
 に腹を立て、「軍人廃業」を宣言すると六名の後を追った。部隊の指揮を託された大森見習士官(ミ
 ッキー・カーチス)は落ち着きはらって部隊を戦闘隊形に直すと、軍の方針もあらばこそ、これもま
 た三元めがけて攻撃に向うのであった。

 他に、江原達怡(林〔リン〕軍医)、田崎潤(伊達新任師団長)、平田昭彦(杉山部隊長)、水野久美
(女兵)、田村奈己(少女)、 長谷川弘(王)、若松明(陳)、高木弘(無双隊員A)、権藤幸彦(無双隊
員B)、佐藤勝弘(無双隊員C)、利根司郎(老頭の長老)、沢村いき雄(小部落の村長)、岩本弘司(案
内の男)、小川安三(花婿)、瓜生登代子(花嫁)、天本英世(高級参謀A)、川村郁夫(高級参謀B)、
土屋詩朗(高級参謀C)、二瓶正典(中国兵)などが出演している。
 物語そのものは荒唐無稽であるが、豪快でテンポの速い流れは戦争を忘れさせるほどである。勝新太郎と
田村高廣がコンビを組んだ『兵隊やくざ』シリーズほどではないが、この『独立愚連隊』シリーズ(なぜか  
当該作品はこのシリーズに組み込まれておらず、姉妹篇の扱いである)もなかなかのものである。残り4作
品も機会があれば観てみたい。


 某月某日

 DVDで3本の邦画を鑑賞したのでご報告。1本目は、『この子を残して』(監督:木下恵介、松竹=ホリ企
画制作、1983年)である。実在した永井隆医師の随筆(原作)を実直に映画化した作品である。内容的には
長崎に投下された原爆絡みの映画であり、その意味で貴重な作品である。なお、同じ永井隆原作の『長崎の
鐘』(監督:大庭秀雄、松竹大船、1950年)という作品も存在するが、筆者は未見である。以下に、長崎の
原爆投下に絡む映画を掲げてみよう(ウィキペディアより)。

 『長崎の鐘』、監督:大庭秀雄、松竹大船、1950年〔筆者、未見〕。
 『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
 『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。 
 『八月の狂詩曲』、監督:黒澤明、黒澤プロダクション、1991年。
 『NAGASAKI 1945 アンゼラスの鐘』、監督:有原誠治、虫プロダクション、2005年〔筆者、未見〕。
 『二重被爆』、監督:青木亮/川崎亮輔、「二重被爆」製作委員会事務局、2006年〔筆者、未見〕。
 『ヒロシマナガサキ(White Light, Black Rain: The destruction of Hiroshima and Nagasaki)』、
  監督:スティーヴン・オカザキ〔Steven Okazaki〕、米国、2007年〔筆者、未見〕。
 『ウルヴァリン: SAMURAI(The Wolverine:SAMURAI) 』、監督:ジェームズ・マンゴールド、米国=
  オーストラリア、2013年〔筆者、未見〕。

 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  長崎の原爆で妻を失くし、自らも被爆した医学博士が、自分の体験を後世に残すため書き綴る姿を
 描く。永井隆原作のノンフィクションの映画化で、脚本は山田太一と『父よ母よ!』の木下恵介の共
 同執筆。監督も木下恵介、撮影は『南十字星』の岡崎宏三がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  昭和二十年八月七日、長崎医大放射線科の医師、永井隆(加藤剛)は日増しに激しさを増す空襲に、
 十歳の息子の誠一(中林正智)と五歳の娘の茅乃(西嶋真未)を、妻の緑(十朱幸代)の母であるツ
 モ(淡島千景)の居る木場に疎開させた。その夜、緑は、診察のため長時間放射線をあび、自ら命を
 縮めようとしている隆に休息するよう懇願するが、彼は患者が増えているからと聞き入れない。八月
 九日、午前十一時二分。川で泳いでいた誠一は、浦上の方で空がピカッと光るのを見た。そして突風
 が津波のように押しよせてきた。街の方で何かあったのかもしれないと様子を見に出かけたツモは、
 日が暮れてから漸く緑の骨を缶に拾って戻って来た。次の日、ツモが誠一を連れて焼跡を訪れると小
 さな十字架が立てられていた。ツモは隆がここに来たと言う。隆はその頃、被爆者の救護活動をして
 いた。ツモと骨を拾っていた誠一は焼け焦げた縁のクルスを拾う。八月十五日、日本は無条件降伏し
 戦争は終った。隆は放射線医として原爆の記録を綴っていたが、子どもたち二人のために、たった一
 人の母の思い出と、人間としての尊厳を守る強い愛を残そうと自分の体験を執筆し始めた。新学期か
 ら誠一が大村の学校に変わることになった頃、緑の妹の三岸昌子(大竹しのぶ)が訪ねて来た。彼女
 は修道院へ入ると言う。そして、昌子は原爆の落ちた日、生徒たちを置き去りにして防空壕へ逃げ、
 ついて来た一人の生徒が仲間を助けようとし眼の前で死んだこと、自分は何もせず怖くて茫然として
 いたことを告げる。隆は執筆のために建てた如己堂で何冊も脱稿するが、進駐軍の検閲が厳しく一冊
 も本にできなかった。そして、三年後の四月一日、「長崎の鐘」が発売された。一九五一年、隆は四
 十三歳で亡くなり、翌年、ツモが後を追った。誠一(山口崇)は成人し、今は世界の戦地を回る通信
 記者になっていたが、父の教えを立派に守っていた。

 他に、神崎愛(三岸静子)、麻丘めぐみ(山崎敏江=看護婦)、福田豊土(佐川先生)、加藤純平(松田
陽一)、今福将雄(平田重造=警防団員)、杉山とく子(平田マツ=その妻)、山本亘(山本卯太郎)、浜田  
寅彦(青木信太郎=鐘を焼け跡から掘り出した人)、野々村潔(国民学校老教師)などが出演している。
 劇中、いくつかの記録すべき事柄が出て来るので、以下に記しておこう。

 ○ 長崎の原爆による被害

   死者        73,884人
   負傷者       74,909人
   罹災者       120,820人
   全焼戸数      11,574戸
   半壊戸数       6,035戸
   焼失土地面積  6,699,000平方メートル(約203万坪)

 ○ 原爆が投下される以前に、米軍によって撒かれたビラの文字に注目してみよう。

   4月 長崎 花の町/8月 長崎 灰の町

  当時、米軍の爆弾予告は正確に実行されたらしい。しかし、そのことで騒ぐとスパイ扱いされた由。

 ○ 「75年は草も木も生えない、生物も住めない」と言われたが、投下後3週間目に永井は蟻の群れを観察
  している。

 ○ 爆心地から1キロメートル以内にいた人は、即死か数分後に死亡している。500m以内では、腹が裂け、
  腸が露出していた死体があった。700m以内では、首がちぎれ飛んでいた。目玉が飛び出していた例もあ
  る由(永井、談)。

 ○ 永井隆は、「昭和20年8月-10月 原子爆彈救護報告 長崎醫科大學」を執筆している。

 ○ その後、昭和21年8月、『長崎の鐘』、脱稿。同年11月、「原子病と原子醫學」(研究発表)。昭和22
  年11月、『世界・肉体とスミス神父』(ブルース・マーシャル 著、永井隆 訳)、脱稿。昭和23年1月、
  『亡びぬものを』、脱稿。同年春先、「如己堂」に籠り始める。同年3月、『ロザリオの鎖』、脱稿。
  同年4月、『この子を残して』、脱稿。昭和26年4月1日、『長崎の鐘 特別付録:マニラの悲劇』、出版。

 ○ 昭和26年5月1日朝、永井隆、入院。その日の夜9時50分、逝去。

 ○ 翌年7月、ツモも亡くなる。

 ○ 永井は再婚話を断る。子どもは、蟻のように、砂糖(実母)とサッカリンやズルチンなどの人工甘味料
  (継母)を見分けるからだ、という理由で。

 ○ どんなに罵られようが、「戦争絶対反対を叫べ!」が、隆から息子の誠一に託された言葉である。「剣
  を取る者は、剣に滅ぶ」や、「復讐は我にあり」などの『聖書』の言葉が生きていたと思う。これほど
  誠実に原爆後の世界を生きた医師はあまりいないのではないだろうか……率直にそう感じた。

 ○ 「過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです」という教皇ヨハネ・パウロ二世の言葉
  で、この映画は閉じられている。

 2本目は、『太陽の季節』(監督:古川卓巳、日活、1956年)である。長い間、観たのか観ていないのか
曖昧であった作品である(なお、そのために「家族研究への布石(映像篇)」には登録していなかった)。
鑑賞してみて、まったく記憶にないので、おそらく初見である。観たと勘違いしていたのは、『狂った果実』
(監督:中平康、日活、1956年)と混同していたためだと思う。
 この作品も〈Movie Walker〉のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  若い世代の異常な生態を描き反響を呼んだ石原慎太郎の同名の原作(芥川賞受賞)の映画化。『顔
 役(ボス)』の古川卓巳が脚色・監督し、『ただひとりの人』(二部作)の伊佐山三郎が撮影を担当
 した。主な出演者は『愛情』の長門裕之と坪内美詠子、『姉さんのお嫁入り』の三島耕、『東京バカ
 踊り』の南田洋子、『黒帯有情 花と嵐』の東谷暎子、他に河上敬子、中原早苗など。

   〔あらすじ〕

  ハイ・スクールの学生津川竜哉(長門裕之)は、拳闘に興味を持つタフな若者だった。ある日、彼
 は遊び仲間の佐原(市村博)や江田(佐野浅夫)たちと銀座に出た。持ち合せた金の不足から、彼ら
 は素人娘をさそって遊ぶことに決め、とある帽子屋から出て来た武田英子(南田洋子)ら三人に目を
 つけた。遊びまわる途中も、竜哉は英子を独占していた。やがて試合の日、竜哉はTKO勝ちしたが傷を
 負った。待ちかまえていた英子は自分の車で彼を病院に送り届け、次いで二人きりの夜を過した。夏
 に入る前、英子は逗子にある竜哉の家を訪れ二人は初めて肉体関係を結んだ。その後、ナイトクラブ
 で英子がバンド・マスター(岡田眞澄)と踊っているのを見た竜哉は、カッとして男を撲り倒した。
 八月のある日、海に漂うヨットの上で抱き合った二人は始めてお互いに愛情を感じ、英子も、自分が
 女であることに自信をもった。しかし竜哉は愛情を捧げる英子をうるさがり、英子の体を兄道久(三
 島耕)に五千円で売り渡してそのまま拳闘の合宿に入った。英子は竜哉と会って、自分の体が売物に
 なったことを知った。だが竜哉が本当は自分を愛していると知る英子は道久に五千円を払い戻した。
 十月になって、子どもが出来た英子に竜哉は始末しろとハッキリ言い渡した。英子は妊娠中絶手術の
 経過が悪く、ついに死亡した。葬式の日、竜哉は英子の家に突然、姿を見せた。列席者のとがめるよ
 うな視線をはね返した竜哉は祭壇に進み、彼に挑むような笑顔の英子の写真を見詰めた。突然、竜哉
 は香炉を英子の写真に叩きつけ、驚く人々に「あんたたちにゃ、何も判りゃしないんだ!」と叫んで
 広間を飛び出して行った。

 他に、清水将夫(洋一=竜哉の父)、坪内美詠子(稲代=同じく母)、石原裕次郎(伊豆=拳闘選手)、
東谷暎子(幸子=英子の友人)、小野三津枝(由紀=同)、野口一雄(西村=竜哉の遊び仲間)、澤井謙二
(田宮=同)、須藤孝(松野=同)、吉田光男(拳闘選手)、関弘子(エルザー=英文科の女学生)、中原
早苗(サリー=同)、久場礼子(マリー=同)、河上敬子(ミッチー=同)、紅澤葉子(英子の母)、三鈴
恵以子(女給)、松原京子(海水浴場の女)、阿部幸四郎(拳闘の審判)、福田トヨ(英子の家の女中)、
花村信輝(顔役)、八代康二(同)、石原慎太郎(サッカー選手)などが出演している。
 なお、以下の映画が、「太陽族映画」と看做されている由。

 『太陽の季節』、監督:古川卓巳、日活、1956年。
 『狂った果実』、監督:中平康、日活、1956年。
 『逆光線』、監督:古川卓巳、日活、1956年〔筆者、未見〕。
 『夏の嵐』、監督:中平康、日活、1956年〔筆者、未見〕。
 『処刑の部屋』、監督:市川崑、大映東京、1956年〔筆者、未見〕。
 『日蝕の夏』、監督:堀川弘通、東宝、1956年〔筆者、未見〕。

 原作者の石原慎太郎をどう捉えるかは微妙だが、作家としてはともかく、政治家としての彼は強引さが目
に付く程度か。弟の裕次郎の方がはるかにカッコイイので、どうも弟に対して嫉妬があるのではないか。も
ちろん、つまらない邪推ではあるが……。その裕次郎がチョイ役で顔を出している。あの堂々とした体型は、
やはり群を抜いて魅力的である。
 3本目は、『黒い画集・ある遭難』(監督:杉江敏男、東京映画、1961年)である。「黒い画集」シリー
ズの3本目である。少し筋書に無理を感じたが、さすが松本清張、抜群に面白い。
 この作品も〈Movie Walker〉のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  松本清張の原作を、『火線地帯』の石井輝男が脚色し、『七人の敵あり』の杉江敏男が監督した推
 理映画。『漫画横丁 アトミックのおぼん 女親分対決の巻』の黒田徳三が撮影した。

   〔あらすじ〕

  A銀行支店長代理江田昌利(伊藤久哉)をリーダーとする浦橋吾一(和田孝)、岩瀬秀雄(児玉清)
 の三人のパーティは、鹿島槍で遭難、岩瀬は黒部渓谷に落ち命を失った。浦橋は友の冥福を祈ってこ
 の悲しみを雑誌『岳人』に詳しく書いた。岩瀬の姉真佐子(香川京子)は、素人らしい素朴な疑問を
 抱いた。初心者の浦橋が無事で経験者の弟が倒れたということである。真佐子は従兄の槙田二郎(土
 屋嘉男)に雑誌『岳人』と自分の意見を書いて送った。槙田は山のエキスパートで、山に登りたいた
 めにわざわざ東北の電力会社を選んだほどの男である。真佐子の疑問を一笑に附したが、『岳人』を
 読んで顔色が変った。それから槙田の活躍が始った……。夏が過ぎて冬も近いある日、真佐子と槙田
 は江田を夕飯に招いた。そして、弟の遭難現場に花を捧げるため、従兄の槙田を現場まで案内してく
 れるよう頼むのだった。江田は承知した。だが出発からして江田は槙田という男に敵意をもった。槙
 田の慇懃にいう言葉の一つ一つが江田の胸を突き刺すからだ。行動はすべて浦橋の手記通りに進めら
 れた。槙田の疑問というのは、寝台車で来た岩瀬の疲労度がありすぎること、途中、何回もリュック
 を置いて休むのは疲労を増し足のペースが乱れることなどであった。その日は冷(つべた)小屋で一
 泊。翌朝二人は再び出発。高千穂平に出ると槙田は、浦橋の手記からここまで大町の鐘の音が聞えた
 のは、すでに天候が悪化する前兆だったと言い、気象台で一週間前に出す長期予報にも低気圧がここ
 を通ることが記されているのに……という槙田に江田はそっぽを向いていた。遭難は布引岳の頂上か
 ら北槍に向う途中に天候が激化、八峰キレットを目前に引き返したが、牛首山へ迷いこんだのが夕方
 の五時、疲労困憊の岩瀬を浦橋に頼んで江田は冷小屋に救援を頼みに出たのだ。冷小屋到着は七時、
 救援は翌朝になった。その間に岩瀬が恐怖に気が狂い崖下に転落したのであった。そういう江田に、
 山岳の専門誌に鹿島の北槍から冷小屋に向う時は、牛首山に迷いこむ危険性があるから注意するよう
 にと書いてあるのをあなたは知っていてやったのだ、と槙田はきめつけた。すべてが偶然の可能性に
 基いているが、そこに作為が動いている場合は犯罪である。ただその動機がわからないため、君を告
 発しないという槙田に、江田は冷小屋を抜けて帰るより、この崖を下りて帰ろうと挑戦するようにい
 った。冬山の崖を降りる槙田と江田。先に降りる江田は槙田の足下に亀裂の罠を作り、動機は妻と岩
 瀬の姦通にあったといった。だが、それを知った槙田は足下が崩れて崖下へ落ちていった。死体は来
 年でないとあがらない。にやりと笑う江田は上を見て息をのんだ。槙田の落ちる音に、雪崩が誘発さ
 れたのだ。江田の頭上に雪崩が……。

 他に、松下砂稚子(江田夫人)、天津敏(土岐真吉=槙田の登山仲間)、那智恵美子(秀雄の母)などが
出演している。岩瀬は寒さと恐怖で狂うが、「熱い、熱い」と叫んで服を脱ごうとする。これは、『八甲田
山』(監督:森谷司郎、橋本プロ=東宝=シナノ企画、1977年)でも描かれていたが、人間は極限の寒さに
遭遇すると、身体の芯から熱を発するという。だから、冬山において全裸で死んでいる例すらある。動機に
関しては観ている途中で気付いたが、もう少し凝ってもよかったのではないか。その点が惜しまれる。


 某月某日

 DVDで『サヨナライツカ』(監督:李宰漢〔イ・ジェハン〕、韓国=日本〔フジテレビジョン=アスミック・
エース エンタテインメント=関西テレビ放送=ソニー・ミュージックエンタテインメント〕、2009年)を観  
た。韓国が製作国だから、邦画専門の「家族研究への布石(映像篇)」には登録しなかった。今年の鑑賞映
画のテーマは恋愛映画なので、内容的にはまさにうってつけの作品ではあるが、小生にとっては相当苦手な
部類に入る映画であった。原作が辻仁成なので、主演が中山美穂なのだろうが、何か痛々しく感じた。お相
手の西島秀俊もこの映画に関してはどこか旬を外しており、映画としては成功していないと思う。往年の日
活映画ならば、浅丘ルリ子と石原裕次郎といったところだろうが、この二人ではそこまでの華がないのだ。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞いたい。

   〔解説〕

  辻仁成の同名小説を映画化したラブ・ストーリー。25年間にわたり、想いを募らせる男女の情熱的
 な愛を映し出す。12年ぶりにスクリーン復帰した中山美穂が主人公・沓子を熱演。

   〔あらすじ〕

  1975年、タイ、バンコク。イースタンエアラインズ社の若きエリート東垣内豊(西島秀俊)がバン
 コク支社に赴任してくる。彼は東京に残してきた美しく貞淑な婚約者、尋末光子(石田ゆり子)との
 結婚を控えていた。野心家の豊だったが、端正な容姿と優しい性格で職場での信頼も厚く、日本人会
 の女性の人気を独占。仕事も恋愛もすべて順調、前途洋々の日々。だが、彼の婚約を祝う祝宴に現れ
 た真中沓子(中山美穂)が、すべてを変える。艶やかな美貌と官能的な魅力を漂わせ、じっと豊を見
 つめる沓子。数日後、沓子は突然豊のアパートを訪れる。光子のことを思いながらも、沓子の魅力に
 抗えない豊。言葉を交わす時間すら惜しむように2人は体を重ねる。そして、沓子の暮らすオリエン
 タルホテルで、愛欲の日々が始まる。スイートルームに暮らす沓子の生活に、謎めいた魅力を感じな
 がら惹かれていく豊。ある時、光子が電話でふと尋ねる。“あなたは死ぬ前に、愛したことを思い出
 しますか、それとも愛されたことを思い出しますか。私は愛されたことを思い出すでしょう”。自分
 を信じている光子を思い、沓子との関係を断ち切ろうとする豊。だが、反対に想いは募るばかり。結
 婚式が近づき、別れなければならないと知りつつも、沓子への気持ちを抑えられない。一方、恋愛を
 遊びと割り切ってきた沓子は、豊への気持が本心であることに気付く。やがて、“愛すること”が愛
 だと気付いた沓子は、叶わないながらも豊を愛し続けると心に決めて、バンコクを去る。25年後、光
 子と結婚し、副社長に昇進した豊は商談で再びバンコクを訪れる。かつての想いを胸に、オリエンタ
 ルホテルに足を踏み入れた彼の前に現れたのは沓子。彼女は豊を待ち続け、ここで働いていたのだっ
 た。25年の時を越え、自分が深く沓子を愛していたことに気付く豊。その後、沓子に会うために再び
 バンコクを訪れた豊だったが、沓子はすぐには会おうとしなかった……。

 他に、加藤雅也(桜田善次郎=イースタンエアラインズの社長)、マギー(木下恒久=東垣内の同僚にし
て友人)、スパコン・ギッスワーン(ステイプ=東垣内のタイの友人)、川島なお美(山田夫人)、松原智
恵子(安西順子=光子の親戚)、須永慶(安西康道=その夫)、西島隆弘(東垣内健=豊の長男)、日高光
啓(東垣内剛=同じく次男)、平岳大(葛西)、伊藤ゆみ(健の彼女)、蒲生麻由(秘書)、岡田卓也(木
村)、ジャスミン(看護師)、中島陽子(お騒がせおばさん)、梅沢昌代(木下夫人)などが出演している。
なお、東垣内は「ひがしがいと」と読み、尋末は「ただすえ」と読む。両者ともに珍しい苗字である。


 某月某日

 ある回転寿司屋で「当たり皿」を続けて2皿出した。生れて初めての出来事である。最近、「銀のエンゼ
ル」も出しているので、この方面では大変な幸運である。しかし、こんなことで大事なツキを使っていいの
か、という疑問も湧いてくる。だが、これでいいのだ! ところで、高知に来てから「銀のエンゼル」を11
枚出している。来高して22年が経つから、2年に1回の割である。ついでに、この22年間の間に「金のエン
ゼル」も出した。こちらの方は、50年間でたった1回だ。だから価値がある……ということにしておこう。
今年に入ってからほとんど休みなく働いているので、☆労働の神様☆がご褒美をくれたのであろう。そうい
うことにしておこう。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。いずれも石原裕次郎が出演している戦争映画で、その意味で変わり種と
言ってもよい作品である。それなりに面白かったが、史実には遠いのではないかと思われる。
 1本目は、『零戦黒雲一家』(監督:桝田利雄、日活、1962年)である。南太平洋のソロモン諸島にある
孤島バルテ基地を舞台にした戦争活劇である。あり得ないシチュエーションとして女性が登場する。しかし、
まるっきりあり得ないとも言えないところが面白い。アナタハン島の例があるからだ。ウィキペディアの記
述を見てみよう。

   〔アナタハンの女王事件〕

  アナタハンの女王事件とは、1945年から1950年にかけて太平洋マリアナ諸島に位置する孤島アナタ
 ハン島で発生した、多くの謎が残る大量死亡事件。別名「アナタハン事件」「アナタハン島事件」。

   〔概要〕

  サイパン島から北方約117キロに位置するアナタハン島は、東西の長さ約9キロ・幅3.7キロの小島で、
 最高点は海抜788メートルというなだらかな小島であった。
  この太平洋の孤島アナタハン島で、1人の女「比嘉和子」と32人の男達が共同生活していくうちに、
 男性達がその女性を巡って争うようになり、男性が次々に行方不明になったり殺害されたりしたこと
 で島はサバイバルの様相を見せた事件である。
  南洋興発株式会社社員の妻、同社社員の男性上司、帝国陸海軍の軍人・軍属31人の計32人(日本人)
 は当初は全員で共同生活を送っていた。しかし、そのうち全員が1人の女性を巡って争うようになり、
 1945年8月の終戦までに行方不明者が2人出た。1945年8月の終戦で、米軍は拡声器で島の住人達に日
 本の敗戦を知らせたが、アナタハン島の日本人は誰も信じなかった。
  1946年8月、彼らはB-29の残骸を発見し、残骸の中から発見された4丁の拳銃を組み変え、2丁の拳
 銃が作られた。これ以降、銃の存在が権力の象徴となり、以来女性を巡って、男性達の間で公然と殺
 し合いが行われるようになった。
  この後、1950年6月、米国船の救出によって女性が脱出し、翌1951年6月には生き残った男性19人も
 救出された。この事件で死亡した男性は行方不明を含め13人にのぼった。
  アナタハン島の女を巡る一連の怪事件が戦後、大々的に報道され、日本国内で「アナタハンブーム」
 となり、女性のブロマイドがとても売れた。女は男を惑わす女として報道され、大衆の好奇の目に晒
 された。映画化もされた。
  終戦の混乱と米国信託統治の関係から権力空白地帯で発生した事件のため、現在でも死亡の原因に
 ついて不明な点がある。

   〔その他〕

  渡邉恒雄は当時週刊のタブロイド紙であった『読売ウイークリー』の若手記者時代に、アナタハン
 で暮らす日本人の情報をいち早くつかんでいた。当てもなく訪ねた三浦半島城ヶ島の漁師から偶然仕
 入れた話だったが、デスクが読売新聞に報告せず、ウイークリーの特ダネにしようとした結果、同紙
 が出る前日に毎日新聞が同じ話を社会面のトップで報じたため、特ダネを逃している。

   〔関連映画〕

   『アナタハン島の眞相はこれだ!!』(監督:吉田とし子、新大都映画、1953年)〔筆者、未見〕。
     事件を猟奇的に扱ったもので和子本人が出演。
   『アナタハン(The Saga Of Anatahan)』(監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ、東宝、1953年)
     〔筆者、未見〕。
   『グラマ島の誘惑』(監督:川島雄三、東京映画、1959年)。
     事件をモチーフとしたコメディ、飯沢匡の戯曲「ヤシと女」の映画化。
   『東京島』(監督:篠崎誠、「東京島」フィルムパートナーズ〔ユーズフィルム=ゼネラル・エンタ
     テインメント=ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント=融合事務所=ヤフー・ジャパン〕、
     2010年)。事件をモチーフに、時代を現在に置き換えている。

 以上である。ちなみに、「日日是労働セレクト28」ならびに「日日是労働セレクト78」に関連記事が
あるので、参照されたし。もっとも、鑑賞当時、『グラマ島の誘惑』が「アナタハンの女王事件」をモチー
フにしていることは知らなかった。さらに、事件そのものも、『東京島』を観るまで知らなかった。だいい
ち、「アナタハン」という言葉自体が関西弁の「貴方はん」に聞こえるので、どことなく滑稽感を覚えざる
を得ない。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『平凡』所載の萱沼洋の原作から『霧の夜の男』の星川清司と『上を向いて歩こう』の舛田利雄が
 共同で脚色、舛田利雄が監督したアクションもの。撮影もコンビの山崎善弘。

   〔あらすじ〕

  谷村雁海軍中尉(石原裕次郎)がソロモン諸島の一つ、バルテ島に分遣航空隊長として赴任したの
 は、日本軍がガダルカナル撤退の後で、米軍の攻撃は日増しに激烈を極めていた。着陸寸前、対空機
 関銃の一斉射撃を浴びて「歓迎花火ご苦労」と谷村は豪快に笑った。分遣隊の隊員たちは軍人という
 より「ならず者」と呼んだ方がふさわしく、上官暴行罪で少尉から上等飛行兵曹に降格された八雲甲
 三(二谷英明)が指揮をとっていた。ところで、島には二十六名の設営隊も同居していた。隊長は初
 老の海野貞平技術軍属〔将校待遇〕(大坂志郎)である。ある日、半裸の美女である平岩奈美(渡辺
 美佐子)が筏にのって流れ着いたため、谷村は直ちに営倉に入れた。折も折、操縦桿恐怖症の柴田忠
 一(近藤宏)が八雲の零戦に乗って飛び立ったが、エヤ・コブラの敵編隊の餌食になった。部下の弔
 合戦とばかり八雲機と出動した谷村は敵機をバタバタと射落し、残った一機を誘導着陸させて生け捕
 るという放れ業を見せた。しかし、谷村は無断で飛んだ八雲に営倉入りを命じた。四つの営倉は奈美、
 コブラのジョン・タワーズ中尉(ジャック・セラー)、設営隊の鉄砲勘太〔松木勘太〕(内田良平)、
 それに八雲とで満員だ。格子を挟んで見つめ合う八雲と奈美はかって恋仲だったのである。やがて物
 量を誇る米軍の空襲は一段と激しく、海坊主(役者、不詳)ら十三人が戦死した。そんなとき、空襲
 のどさくさ紛れにタワーズが格納庫に火を放った。駈けつけた谷村は咄嗟の機転で、谷村機と八雲機
 を安全地帯に誘導した。南洋ゴロの滝源治(井上昭文)は自らの命を捨ててガソリン缶の爆発を防い
 だ。ところが、再度の空襲で航空隊の施設は、その殆どが吹っ飛んだ。今は二十四人と、零戦が二機
 しかない。谷村が生き残りの部下を集めたとき、八雲は谷村と生死を共にすると誓った。「それでこ
 そ、黒雲一家だ」と、谷村は不敵に笑う。翌日、島の沖に味方の伊号潜水艦が浮上した。部下全員を
 乗せてから、谷村機と八雲機は敵の大編隊めがけて突入していった……。

 他に、草薙幸二郎(木津辰六=放れ駒)、浜田光夫(中北次郎=ヨカレン)、天王寺虎之助(亀田庄吉=
通信兵)、天坊準(赤井政春)、江角英明(遠藤西光)、郷エイ〔金偏に英〕治(崔文喜=整備兵)、衣笠
力矢(市原進一)、榎木兵衛(ラッパ吹き)、木島一郎(工作兵)、水木京一(岡崎義夫)、黒田剛(大島
兵助)、河野弘(倉田謙次)、高品格(高塚久=ドモ久〔従兵〕)、河上信夫(戸沢金助)、芦田伸介(加
藤=潜水艦艦長)、杉江弘(同じく副長)、小林志津雄(少年ロロ=バルテ島の原住民)などが出演してい
る。
 種子島(当時の日本の最南端)で2カ月間に及ぶロケを敢行した由であるが、空中戦を始めとする映像は
なかなか迫力があった。とくに特撮監督はいなかったようだが、東宝に負けないくらいの技術はあったよう
である。60年代の戦争映画らしく、荒唐無稽ではあるがドラマ性に富んでいると思った。景色も素晴らしく、
戦争さえなければまさにパラダイスに見える。手榴弾で漁るシーンは『兵隊やくざ』のシリーズでも出てき
た。また、「従軍慰安婦」という存在も、この頃の映画では当たり前で、現在のようにそれほどナーバスで
はなかったと思う。奈美に対する谷村中尉の態度は偽善の塊に見えるが、裕次郎だから当然なのだろう。ガ
ダルカナルの惨状も少し語られるが、当時はまだまだその生き残りが日本に住んでいたのではないか。小生
はあまり知らないが、半端ではない飢えとの戦いだったらしい。「ガ島」を「餓島」に擬えたように。
 2本目は、『人間魚雷出撃す』(監督:古川卓巳、日活、1956年)である。生真面目に作った「回天」映
画である。「人間魚雷」と言われた回天(開戦時の特殊潜航艇を含む)をモチーフとした映画はいくつかあ
る。以下に、並べてみよう。なお、回天こそ登場しないが、潜水艦が活躍する映画もそれに含ませてみよう。

 『潜水艦1号』、監督:伊賀山正徳、日活多摩川、1941年〔筆者、未見〕。
 『轟沈 印度洋潜水艦作戦記録』、監修:海軍報道部、1944年〔筆者、未見〕。
 『潜水艦ろ号未だ浮上せず』、監督:野村浩将、新東宝、1954年〔筆者、未見〕。
 『人間魚雷回天』、監督:松林宗恵、新東宝、1955年〔筆者、未見〕。
 『人間魚雷出撃す』、監督:古川卓巳、日活、1956年。
 『潜水艦イ-57降伏せず』、監督:松林宗恵、東宝、1959年。「日日是労働セレクト19」、参照。
 『海軍兵学校物語 あゝ江田島』、監督:村山三男、大映東京、1959年。「日日是労働セレクト92」、参照。
 『海軍』、監督:村山新治、東映、1963年。「日日是労働セレクト20」、参照。
 『太平洋の翼』、監督:松林宗恵、東宝、1963年。「日日是労働セレクト17」、参照。
 『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』、監督:小沢茂弘、東映、1968年。「日日是労働セレクト21」、参照。
 『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
  「日日是労働セレクト20」、参照。
 『出口のない海』、監督:佐々部清、「出口のない海」フィルムパートナーズ〔松竹=ポニーキャニオン=
  住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=スカパー・ウェルシンク=IMAGICA=講談社=メモリーテック=Yahoo!
  JAPAN=朝日新聞社=東京都ASA連合会=アドギア=メーテレ(音引は波線の代用)=山口放送=朝日放 
  送〕、2006年。「日日是労働セレクト37」、参照。

 まだまだあるかもしれないが、とりあえず挙げておく。さて、物語を確認しておこう。この作品も〈Movie
Walker〉のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  元艦長橋本以行『伊号58帰投せり』、元軍医長斎藤寛『鉄の棺』、元回天搭乗員横田実『人間魚
 雷生還す』らの手記を基にして、『沖繩の民』の古川卓巳が脚本・監督した戦記物。撮影は『愛は降
 る星のかなたに』の横山実。主な出演者は、『月蝕』の石原裕次郎、『沖繩の民』の左幸子、長門裕
 之、『乳母車』の芦川いづみ、『泣け、日本国民 最後の戦闘機』の葉山良二、『夏の嵐』の津川雅
 彦、『愛は降る星のかなたに』の森雅之、『隣の嫁』の三島耕、他に二本柳寛、内藤武敏など。

   〔あらすじ〕

  昭和二十年七月初旬、すでに敗戦の色濃い瀬戸内海では特攻兵器、人間魚雷回天の潜航訓練が続け
 られていた。柿田少尉(葉山良二)、黒崎中尉(石原裕次郎)、久波上曹(杉幸彦)、今西一曹(長
 門裕之)ら四人の回天搭乗員は、やがて訓練を終り、それぞれ自宅に別れを告げ、七月十八日、潜水
 艦伊号58に取付けられた回天とともに出撃の途についた。豊後水道から太平洋へ進み、沖縄、グァム、
 サイパン、レイテ、パラオの海域に入った二十八日、伊号58は大型油槽船を捉えた。直ちに回天戦用
 意の橋爪艦長(森雅之)の声がとび、柿田、黒崎、久波、今西の四人は、それぞれの艇に乗組んだ。
 ところが、出撃の命令にも黒崎の一号艇が突然の故障で動かず、久波の二号艇と柿田の三号艇が飛出
 した。二人は油槽船と護衛の駆逐艦を撃沈し目的を果した。黒崎は艇の故障に悄然、今西の四号艇で
 次の機会に出撃させてくれと橋爪艦長に頼んだが、なだめられた。翌日、月夜の洋上に伊号58は再び
 大型艦を捉えた。夜のため回天攻撃は不利と魚雷戦に切換えられ、大型艦を撃沈。沈んだ艦は広島、
 長崎へ落す原爆をテニヤンへ運んで帰途につく重巡洋艦インディアナポリスであった。沸返る艦内。
 しかし、黒崎と出撃をはやる今西の心は暗い。決死の覚悟で来た二人に生きて帰れることは心が許さ
 なかった。やがて伊号58は大船団を捉えた。今西は今度こそと回天に乗組んだが、故障事故のため艇
 を降りる。伊号58は急遽魚雷で空母と巡洋艦を撃沈した。だが猛烈な駆逐艦の爆雷攻撃が始まり、つ
 いに艦内に浸水、ほとんど絶望となった。これを見た黒崎と今西は、手動で回天を走らせ駆逐艦を攻
 撃、伊号58を救おうと決意した。二人の攻撃で間もなく駆逐艦を倒したが、彼らも同じく海底に沈ん
 だ。伊号58は浮上、艦橋には涙をたたえた橋爪艦長の姿があった。

 他に、津川雅彦(今西一曹の弟)、三島耕(軍医長)、西村晃(航海長)、安部徹(掌水雷長)、浜村純
(先任将校)、天草四郎(機関長)、河野弘(分隊士)、二本柳寛(指揮官)、内藤武敏(参謀)、神山勝
(聴音室長)、宮崎準(砲術長)、島村謙二(伝令A)、水谷謙之(伝令B)、里実(渡辺兵長)、古田祥
(杉本兵長)、芦川いづみ(黒崎洋子=黒崎中尉の妹)、左幸子(玲子=柿田の恋人)、木室郁子(滝先生)、
堀川京子(キヨ)、田中筆子(さと=今西の母)、河上信夫(同じく父)、新井麗子(同じく姉)、紅沢葉
子(下宿のおかみさん)、岡田眞澄(法廷の通訳)、榎木兵衛(伊号58の乗組員)などが出演している。
 『潜水艦イ-57降伏せず』(「日日是労働セレクト19」、参照)の感想文では、当時まともに残存してい
た伊号潜水艦は伊号57ぐらいだったと書いたが、伊号58も存在し、実際にインディアナポリス(当初、艦長
の橋本は、「アイダホ型戦艦撃沈確実」と報告している)を轟沈させている。詳しくは、ウィキペディアの
「橋本以行」の項目を参照されたし。


 某月某日

 停電のためSOULSが停止していたので、久しぶりのブログである。この間、DVDで邦画を3本観たので報告
しよう。1本目は、『大人の見る繪本 生まれてはみたけれど』(監督:小津安二郎、松竹蒲田、1932年)で
ある。以前からその存在は知っていたが、鑑賞は初めてである。『大学は出たけれど』(監督:小津安二郎、
松竹蒲田、1929年)や『淑女と髯』(監督:小津安二郎、松竹鎌田、1931年)以来のサイレント映画の鑑賞
である。評判の高い作品だけあって面白かったが、こんな単純な筋書で映画を作っていたのだから、暢気な
時代ではある。もっとも、その描写は非凡で、さすが小津安二郎である。なお、小生の母親の生まれた年の
映画でもある。
 物語を確認しておこう。<ウィキペディア>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

   〔概要〕

  当時、急激に増加した東京郊外に住むサラリーマンの生態を子どもの目から風刺した喜劇で、小津
 安二郎監督のサイレント時代を代表する傑作。撮影中に子役が怪我をしたため中断し、合間に『春は
 ご婦人から』を撮影している。小津作品の特徴である、フェードイン・フェードアウトを使わずに固
 定したカットをつなぐ場面展開は本作品によって決定付けられた。撮影に出てくる電車の路線は池上
 線であり、電車が通るころあいを見計らってカメラを回したという。
  1932年度のキネマ旬報ベストテンに第1位にランクインされた。1959年にキネマ旬報社が発表した
 「日本映画60年を代表する最高作品ベストテン」では第3位にランクインされた。1989年に文藝春秋
 発表の「大アンケートによる日本映画ベスト150」にはサイレント映画としてトップの31位にランクイ
 ンされた。

   〔あらすじ〕

  良一(菅原秀雄)、啓二(突貫小僧)のお父さん(斎藤達雄)は、重役の岩崎(坂本武)の近くに
 引っ越して出世のチャンスをうかがっている。だが、兄弟の前では厳格そのもの。引っ越しで転校し
 た兄弟は早速地元の悪ガキグループと喧嘩した揚句、鬱陶しくなって小学校をずる休みするも担任の
 教師(西村青児)の家庭訪問で知られ、二人は父さんから大目玉。そのうち悪ガキ仲間と友達になり
 一緒に遊ぶようになる。その中には岩崎の子ども(加藤清一)もいる。ある日、みんなで「うちの父
 ちゃんが一番えらい」と自慢する話が出る。兄弟も自分の父親が一番えらいと信じて疑わなかったが、
 ある日、岩崎の家へ行って見せてもらった十六ミリ映画の中で、父は岩崎の前でお世辞を言い、動物
 のまねまでしてご機嫌伺いをしていた。怒った二人は食事も取らず、またしても学校をサボって抗議
 する。しかし、その抗議も長続きせず母のとりなしで兄弟は夕食を食べて寝る。父も子どもの寝顔を
 見ながら、家族のためとは言いながら子どもを失望させたことを後悔する。翌朝、いつものように父
 と兄弟は一緒に家を出る。

 他に、吉川満子(母親)、小藤田正一(山田屋酒店の小僧)、早見照代(岩崎夫人)、飯島善太郎(遊び
仲間)、藤松正太郎(同)、葉山正雄(同)、笠智衆(映写機を回す部下〔ノンクレジット〕)などが出演
している。雀の卵(最初は、鶉の卵かと思った)を食べるシーン、シマウマに関して「ゲシュタルト」(白
地に黒の縞か、黒地に白の縞か)の話で湧くシーン、「爆彈三勇士」の額が教室に飾ってあるシーン、中指
と人差し指を立てて相手を威嚇すると、それだけで相手が倒れる遊びのシーン、箸がないので早弁を鉛筆で
食べるシーン……等々、なかなか凝ったアイディアに溢れており、小生の子どもの頃を思い出した。昔は、
暗くなるまで外で遊んだものである。今は部屋でTVゲームか。隔世の感あり、といったところである。なお、
主演の斎藤達雄は何度かお目にかかったことのある俳優であるが、ふと高田純次に似ていると思った。その
端正な顔立ちとギャグ場面での佇まいが似ているのだと思う。
 2本目は、『レンタネコ』(監督:荻上直子、レンタネコ製作委員会〔VAP=BS日本=Yahoo! JAPAN=パラ
ダイスカフェ=スールキートス〕、2012年)である。荻上監督と言えば、以下の作品で馴染みがある。

 『バーバー吉野』、監督:荻上直子、PFFパートナーズ〔ぴあ=TBS=TOKYO FM=日活=IMAGICA〕、2003年。
 『かもめ食堂』、監督:荻上直子、かもめ商会(日本テレビ=バップ=幻冬舎=シャシャ・コーポレー
  ション=パラダイス・カフェ=メディア・スーツ)、2006年。
 『めがね』、監督:荻上直子、めがね商会〔日本テレビ=バップ=シャシャ・コーポレイション=パラ
  ダイス・カフェ=日活〕、2007年。
 『トイレット』、監督:荻上直子、“トイレット”フィルムパートナーズ〔ポニーキャニオン=スール
  キートス=パラダイス・カフェ=ショウゲート=博報堂DYメディアパートナーズ=パルコ=光文社=
  衛星劇場=Yahoo! JAPAN〕、2010年。
 『レンタネコ』、監督:荻上直子、レンタネコ製作委員会〔VAP=BS日本=Yahoo! JAPAN=パラダイス
  カフェ=スールキートス〕、2012年。

 いずれも「脱力系」の作品で、そのオリジナリティは高い水準に達している。日常を描きながらファンタ
ジーにも通じ、観ている者のこころを確実に温めてくれる。だいいち、その流れる時間のゆったりさがいい。
万事世知辛い世の中にあって、ここには別の時間が流れているのだ。だから、おそらく彼女のファンは多い
と思う。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  大の猫好きだという荻上直子監督が、『めがね』など荻上作品の常連である市川実日子を主演に迎
 え、猫を通して結ばれる人間同士の絆を描いたハートウォーミング・ストーリー。どこか懐かしい家
 具や衣装、日だまりのような照明が織りなすスタイリッシュな映像の中、さまざまな猫たちが観る者
 の心を和ませる。

   〔あらすじ〕

  サヨコ(市川実日子)は、都会の一隅にある平屋の日本家屋でたくさんの猫と暮らしている。亡き
 祖母の仏壇を守りつつ、謎の隣人(小林克也)にからかわれながらも、心の寂しい人に猫を貸し出す
 レンタネコ屋を営んでいた。サヨコは猫たちをリヤカーに乗せて街へ出かけ、さまざまな人に出会う。
 猫たちを連れ川原を歩いていたサヨコは、上品な老婦人である吉岡寿子(草村礼子)に声をかけられ
 る。吉岡さんは14歳の茶トラ猫に興味を示し、サヨコは猫が住みやすい家か審査するため、彼女の暮
 らすマンションに向かう。彼女は、夫と飼い猫を亡くして独り住まい。子どもはとうに巣立ってしま
 ったという。息子が小さい頃好きだったというゼリーを食べながら、身の上話をする吉岡さん。サヨ
 コは、そんな彼女の姿を見て審査を合格とする。吉岡さんは借用書の期限の欄に“私が他界するまで”
 と書き記す。数日後、サヨコは寂しげな中年男・吉田五郎(光石研)の姿を発見する。寂しい時には
 猫がいちばんとサヨコに促され、吉田は審査のため自宅にサヨコを招き入れる。彼は単身赴任中のサ
 ラリーマン。離れて暮らすうちに一人娘はすっかり年頃になり、父親を避けるようになってしまった
 とうなだれる吉田の靴下の先には大きな穴が空いている。彼も審査に合格し“家族の元に帰るまで”
 と借用期限に書き込み、一匹の仔猫を借り受ける。「ハワイ旅行が当たる」というのぼりにつられて、
 レンタカー屋の中に入っていくサヨコ。そこには生真面目そうな女性店長・吉川恵(山田真歩)がい
 た。AからCランクまでの料金設定に対して喰ってかかるサヨコに問い詰められた吉川は、自分はCラン
 クだと漏らす。聞けば、吉川には話し相手がおらず、寂しい毎日を送っているという。サヨコは彼女
 に一匹の三毛猫を貸すことにする。借用期限は“待ち人現れるまで”。中学時代の同級生である吉沢
 茂(田中圭)とすれ違ったサヨコ。子どもの頃から嘘つきで有名だった吉沢をサヨコは避けるが、彼
 は明日インドに発つから最後の夜は女の子と一緒に過ごしたいとメス猫を貸してくれるようサヨコに
 せがむ。きっぱり断って 家に帰るサヨコだったが、吉沢はサヨコを追って家までやってくる。縁側で
 彼と話しながら、サヨコは中学時代を思い出す。学校に馴染めない二人は保健室の常連で、お互いを
 “ジャミコ”、“嘘つきはったりの吉沢”と呼び合っていた。吉沢は縁側で猫とたわむれ、結局、猫
 を借りずに去っていく……。

 他に、眞島秀和、児玉貴志、荒井春代、柴田龍一郎、恒松祐里、渡邉亜門、石井拓巳、鈴木孝正、たま、
ランチ、ミル、チョビ子、よい子、まいける、さくら、にゃん太、ヒマ、さすけ、にいに、とらお、みけこ、
ごま、ロック、ジャック、ライラなどが出演している。ところで、このサヨコ、株で儲けたり(億単位のお
金を動かしている)、占師で当てたり(「多摩川の母」〔「新宿の母」のもじりだろう〕と呼ばれている)、
TVコマーシャルの作曲をしたり(レンタネコのコマーシャルを作っていた)、とても忙しい。しかして、そ
の実態やいかに。なお、Aランクの車としては、ベンツ、BMW、アウディといった高級外車が挙がっていた。
同じくAランクの猫は、ペルシャ、メインクーン、スコティッシュ・フォールドなどのブランド猫の由。
 3本目は、『黒い画集・寒流』(監督:鈴木英夫、東宝、1961年)である。『黒い画集 あるサラリーマン
の証言』(監督:堀川弘通、東宝、1960年)に続く「第二話」となっている。松本清張の用意周到さが隅々
まで窺われる作品で、「第一話」同様頗る面白かった。白黒のモノトーンが物語とよく合致し、簡潔な筋書
の流れが心地よく頭に入ってくる。最近のこの手の作品は筋書が凝り過ぎていてかえって面白さを失ってい
るので、当該作品のような分かりやすさは貴重であると思う。なお、この作品もTSUTAYAの「昭和キネマ横丁」
のラインナップのひとつである。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  松本清張原作『黒い画集』から「続新入社員十番勝負 サラリーマン一刀流」の若尾徳平が脚色。
 「非情都市」の鈴木英夫が監督したサスペンスドラマ。撮影は「アワモリ君乾杯!」の逢沢譲。
                                            
   〔あらすじ〕

  安井銀行池袋支店の支店長沖野一郎(池部良)は、新任の挨拶廻りの時に料亭「比良野」の女主人
 前川奈美(新珠三千代)を知った。沖野は、常務取締役桑山英己(平田昭彦)とは学校の同窓で、桑
 山が強引に抜擢したのである。ある日、奈美が増築のため一千万円の融資を頼みに来た。沖野は彼女
 の店の経営状態からみてこの大口取引を承諾した。それから二人は親密の度を増していった。それか
 ら数日を経て奈美は沖野と体の関係を待った。結婚を口にする奈美に、病弱の妻をかかえる沖野の心
 は動いた。そんな時、桑山が池袋支店に沖野を訪ねて来た。沖野の部屋に遊びに来ていた奈美を見た
 桑山は翌日のゴルフに沖野と奈美を誘った。奈美に一目惚れした桑山は、追加融資を種に奈美を口説
 いた。そんな奈美に不安を抱いた沖野だったが、奈美を信じた。東京から帰って暫くして、沖野は宇
 都宮支店に転勤させられた。最後の別れに逢いに行った奈美の態度はよそよそしかった。桑山と奈美
 は沖野を除外して特殊な関係を持ったのだ。憎悪と嫉妬に燃える沖野は、宇都宮支店にあって仕事が
 手につかなかった。沖野は日東秘密探偵社に桑山の素行調査を依頼した。一カ月立って探偵社から伊
 牟田博助(宮口精二)がやって来た。奈美は五、六千万円はする加藤元子爵の邸宅を買い取っていた。
 その資金は、桑山が不正に貸付したのである。さらに、報告書には、写真とともに桑山との情事の日
 取りまでが詳細に記されてあった。沖野はこの資料を持って上京、総会屋のボス格である福光喜太郎
 (志村喬)に逢った。株主総会でスキャンダルと不正貸付を暴露、桑山を社会的に葬るためだ。だが、
 福光が桑山に買収されてしまった。沖野は再び上京した。伊牟田の協力を得て別の計画を建てたから
 だ。渋谷の「梅むら」で奈美と逢っていた桑山は、盗難車のダッジとは知らず奈美と乗った。自分の
 60年型ダッジと同じだからだ。二人は沖野の密告によってパトカーに捕まった。だが、銀行は世間態
 をはばかって事件のもみけしを図った。桑山は左遷されるだろうが、沖野の思う壺にはならなかった
 のだ。沖野は寒流の真中に自分が入ったことを知って愕然とした。

 他に、丹波哲郎(山本甚造=山本組社長)、中村伸郎(小西副頭取)、荒木道子(沖野淳子=一郎の妻)、
田島義文(久保田謙治)、小栗一也(田島=元池袋支店支店長)、浜村純(医師)、吉岡恵子(沖野美佐子=
娘)、多田道男(沖野明=息子)、小川虎之助(頭取)、松本染升(渡辺重役)、北川町子(喜太郎の情婦)、
中山豊(榎本正吉=山本組会計部長)、広瀬正一(鍛冶久一=同じく営業部長)、梅野公子(お時=比良野
の女中頭)、池田生二(宇都宮支店次長)、宇野晃司(山崎=池袋支店支店長代理)、西条康彦(日東秘密
探偵社の事務員)、堤康久(比良野の板前)、加代キミ子(桑山の情婦A)、飛鳥みさ子(同じくB)、上
村幸之(行員のひとり)などが出演している。
 銀行用語で言えば、料亭などは「不要不急業種」に分類され、いくら繁盛していても、確実な取引先とは
言えない。もちろん、担保を取っているので、多額の貸し付けをしていても、金銭的な損害は被らない構造
になっている。その他、沖野一郎が、自分は銀行員として実力を発揮できるタイプではあるが、職を離れれ
ば「潰しの効かない無能力者」であると自嘲している点、池袋は場所が悪い(当時はまだ東京の繁華街とは
言えなかった)とされる点、昼間から女一人を真ん中にして、さらに男二人、都合三つの床を取らせる(湯
河原温泉にゴルフに来ていたが、あいにく雨が降ったので)点、桑山が沖野を脅すために仕組んだ山本組と
の経緯の点、伊牟田が中古自動車のセールスマンに転身していたことを利用して、自動車を使った罠を沖野
が桑山に仕掛けた点などがとくに興味深かった。松本清張のアイディアは、警察関係の記録などから編み出
したものなのだろうか、とにかくリアリティがある。さて、そんな松本清張の創作の秘密に迫った文章があ
るので、以下に紹介しておこう。執筆者ご本人の承諾を得ていないので、問題があれば直ちに削除する。な
お、ほぼ原文通りである。


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  「文豪・松本清張の創作の秘密」(ネット記事「肴はとくにこだわらず 電脳山養心寺」より)

  清張の作家デビューは処女小説『西郷札』の入選した1951年、41歳の頃。芥川賞を受賞した『或る
 『小倉日記』伝』を執筆したのが42-43歳の頃なので、ちょうど42歳の厄年の時分から飛躍しはじめた
 人物と言っていいと思う。
  一般には長編の推理小説作家として知られていると思うけれど、作家デビュー直後は短編小説を熱
 心に手がけていて、「劣等感」や「社会的孤立」を主題とした作品を書いていた。
  これは劣等感や社会的孤立にさいなまれる30代を余儀なくされたものだから、それに決着をつける
 ための鎮魂歌みたいなものであったのかもしれない。この自身の苦悩克服の体験は鋭い人間洞察眼を
 生むことになり、「社会派推理小説」と呼ばれるような新たな地平を創造することになる。
  それまで推理小説といえば、トリックや本格推理に傾いたマニア向けのお遊びみたいなものだった
 ところに、人間の心理描写を持ち込んだのが清張なのだ。
  動機を大切に描くこと、これは人間が異常な出来事にぶつかった場合、 日ごろ心の奥深くひそんで、
 自分自身にもまったく分からなかったような意識が、 思いがけず飛び出してきて、われわれに思いが
 けないような行動をとらせる。 だから推理小説においては、この動機を重要に扱うことによって、人
 間の心理なり、性格なりを、引きだして描写することができるはずだ、と、私は考えたのであります。
 これは近代の小説が、すべて心理描写に力点をおいているのと、まったく同じ行き方であると思いま
 す(『推理小説作法』-「推理小説の発想」より)。
  清張の執筆活動は推理小説に留まらず、時代歴史小説や古代史研究にも及び、幅広いジャンルで活
 躍しただけでなく、非常に多作でもあった。
  そこで、その発想の源泉はどこにあるのかということが、せんさく好きなボクたち凡人の興味の対
 象となるわけだけれど、清張は『推理小説作法』の中にこんなことを書き残している。
  発想は机の前にすわってシンギンしても浮かぶものではない。むしろトリックとかアイデアという
 ものは風呂の中とか、夜、寝床にはいってボンヤリしているようなときに、ポツンと浮かんでくるも
 ので、こればかりはいくら考えてもそう理詰めに答の出てくるものではないのです(『推理小説作法』-
 「推理小説の発想」より)。
  たとえば、バスの中で電車に乗っていて、ちょっとした考えが頭の中に浮かぶことがあります。 こ
 れはヒント程度です。乗り物は込みあうほどよろしい。 真中に挟まれて無心になれます。この無心の
 状態が最良の条件です(『推理小説作法』-「推理小説の発想」より)。
  「幼いころから興味のあることならなんでも挑戦させてくれる両親だったから、その延長でいまで
 も多読なのでアイデアの源泉はそこにある」などの分かりやすいものではなく、ボンヤリと無心のと
 きにポツンと浮かぶと言う。どうやらボクら凡人の興味なんかまともに取り合ってはくれないらしい。
  処女小説『西郷札』を書いた経緯(いきさつ)についても、こんな感じである。
  文学とか小説とかいうことに下心のない私には無関係なことだったが、 ある日、必要があって百科
 辞典を繰っていると「西郷札(さいごうさつ)」という項目が目についた。 何気なく読んでいると、
 その解説から一つの空想が浮んだ。 私にはなんだかその空想が小説的のように思われた。つまり、小
 説になるように考えられた(『半生の記』-「あとがき」より)。
  清張の憎らしいところは作家になろうという魂胆のまったくなかったことにある。『西郷札』を懸
 賞小説に応募した理由も「生活費の足しが欲しかったから」なのだ。さすがは戦後日本を代表する文
 豪・松本清張である。“おちょくり”も半端ない。
  だから清張には「どうして世の中はオレのような天才を見抜けないんだ」なんて不満を抱きながら
 小説を書きなぐっていた習作時代というものはない。まるで小説家になるべくして小説家になったと
 言わんばかりの半生なのである。
  ただし、おそらく三十路の歩き方に清張の秘密があるというのがボクの見解だ。それではしばらく
 私小説『半生の記』から秘密を読み取ってみることにしたい(以下、割愛)。

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 全文を引用すると、興醒めな方がいるかもしれないので、この辺に留めておこう。興味のある方は、上記
のネット記事にアクセスすることをお勧めする。ともあれ、松本清張の扱う時代はもう古くなってきたかも
しれないが、人間の心理が簡単に変化するとも思えないので、まだまだ彼の作品から貴重な人間洞察の知見
が見出されるだろう。そこに、彼の作品の最大の魅力があることは言うまでもないだろう。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『ひとり狼』(監督:池広一夫、大映京都、1968年)である。
雷蔵晩年の代表作である。彼のイメージとしては、やはり眠狂四郎が強烈なので、股旅姿はけっこう珍しい
のではないか。それにしてもその凛とした姿……ほれぼれする。とくに鬼頭一角との勝負は絵になっていた。
なお、この映画もTSUTAYAの「昭和キネマ横丁」のラインナップである。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  村上元三の原作を、『若親分千両肌』のコンビ、直居欽哉が脚色し、池広一夫が監督した時代劇。
 撮影は『悪名十八番』の今井ひろし。

   〔あらすじ〕

  これは中年のヤクザ上松の孫八(長門勇)が語る話である。孫八はひょんなことから、追分の伊三
 蔵(市川雷蔵)と知り合った。同じヤクザだが、孫八は伊三蔵という人間に、一目会った時から興味
 を覚えた。「人斬り伊三」と呼ばれる兇状持ちの上、親分なしの子分なし、まったくの一匹狼である
 伊三蔵には、何か暗い影があるのだが、孫八の眼には“本もののヤクザ”に映った。旅から旅への渡
 り鳥である二人が、再び会ったのは上州の坂本宿だった。たまたま孫八はヤクザになりたての身延の
 半次(長谷川明男)とともにある一家に草鞋を脱いだが、そこに伊三蔵も客になっていたのだ。伊三
 蔵は博奕にも強く、剣の腕も確かで、追われる者特有の油断のない身構えが周囲の者を威圧していた。
 半次はそんな伊三蔵にすっかり魅せられてしまった。翌年の春、孫八は三州のある花会で伊三蔵と三
 度目の出合いをした。この土地の人間と伊三蔵は、何か因縁があるようだった。小料理屋の酌婦お沢
 (岩崎加根子)は伊三蔵のかつての女だったという。間もなく分ったことだが、伊三蔵は、郷士上田
 家の奉公人だった。それが跡取娘の由乃(小川真由美)と愛しあい、由乃が身篭るまでになったが、
 二人の関係が知れると、酷い別れ方をさせられたのだ。しかも、由乃の従兄平沢清市郎(小池朝雄)
 は、伊三蔵を斬ろうとさえしたのだ。こうなると、由乃もあえて駆落ちしようとはしなかった。それ
 以来、伊三蔵は剣の腕を磨き、女も信用しなくなり、兇状持ちのヤクザになっていった。伊三蔵が再
 びこの土地に姿を現わしたのは、由乃と子どもの由之助(斎藤信也)が幸福に暮しているかどうか見
 たいがためだった。今、由乃は仕立物をしながら、由之助を学者にするべく独り身を守っていた。だ
 が、平沢は、再び伊三蔵を斬ろうと計り、由乃と由之助を人質にして伊三蔵をおびき出した。悽惨な
 戦いだった。伊三蔵が平沢を斬ったとき、自分自身も重傷を負っていた。しかし、伊三蔵は誰の手も
 かりず、黙って歩き去っていった。それ以来、孫八は伊三蔵に会っていない。だが、孫八は、伊三蔵
 が生きていて、どこか旅の空を流れているに違いない、そう最後の言葉を結んだ。

 他に、内田朝雄(上田吉馬=由乃の父)、丹阿弥谷津子(秋尾=同じく母)、浜村純(新茶屋の吾六)、
行友圭子(お美代)、伊達三郎(多賀忠三郎)、新田昌玄(斉藤逸馬)、五味龍太郎(鬼頭一角)、遠藤辰
雄(荒神の岩松)、南部彰三(清滝徳兵衛)、原聖四郎(与左衛門=上州坂本宿の親分)、戸村昌子(お松)、
守田学(伝七)、黒木現(石太郎)、水原浩一(雲風の親分)などが出演している。
 親分、子分なし、塒も身寄りもなし、渡世の掟だけが頼りの「人斬り伊佐」にとって、人情などは邪魔も
のにすぎない。しかし、子煩悩だけはいかんともなし得なかった。この辺りは1960年代の限界か。少し事情
が似ている木枯し紋次郎となると、もっとクールに立ち回ったはずである。孫八が盛んに口にする、「漢気」
や「心意気」という言葉がキーワードであるが、大してリアリティを獲得しているわけではない。むしろ、
ドライな半次の方が、よほど理にかなった存在として描かれている。
 2本目は、『図書館戦争』(監督:佐藤信介、“Library Wars" Movie Project〔TBSテレビ=角川書店=
東宝=ジェイ・ストーム=セディックインターナショナル=CBC=MBS=WOWOW=毎日新聞社=HBC〕、2013年)
である。荒唐無稽な物語であるが、「言論の自由/表現の自由」が侵されるとすれば、このような世界が現
出しても不思議ではない。観ていて、限りなく不快だった。もちろん、映画製作者に対してではなく、「メ
ディア良化法」に対して。「公序良俗を乱す図書館は、罪深き存在である」という理由で、現代の「焚書坑
儒」が挙行されれば……そう考えただけで頭が割れそうになる。詳細に触れようかとも思ったが、そんな元
気がなくなったので、物語の概要を示すだけに留めよう。この作品も〈Movie Walker〉のお世話になる。以
下、同じ。なお、<ウィキぺディア>も理解の役に立った。併せて、感謝したい。

   〔解説〕

  武力による検閲から本を守る防衛組織、図書隊の活躍を描く、人気作家・有川浩のベストセラー小
 説を実写映画化。図書隊に入隊し、過酷な訓練に挑むヒロイン、郁を榮倉奈々、彼女を一人前の隊員
 にしようとする厳しい班長の堂上を岡田准一が演じる。監督は『GANTZ』シリーズを手がけた佐藤信介。

   〔あらすじ〕

  近未来の日本。各メディアにおける風紀を乱す表現を武力の行使をも厭わず取り締まる「メディア
 良化法」が施行された。それから30年後の正化31年、「メディア良化法」による検閲に対抗し読書の
 自由を守るために結成された図書館の自衛組織・図書隊に笠原郁(榮倉奈々)が入隊する。郁は高校
 生のときに図書隊隊員に読みたい本と彼女自身を助けてもらったことがあり、その隊員に憧れていた。
 郁の担当教官となった二等図書正・堂上篤(岡田准一)は非常に厳しく、郁を助けた隊員のことも愚
 かだと非難する一方、絶妙なタイミングでフォローを入れてくる。堂上の厳しい指導を経て、郁は女
 性としては初めて図書特殊部隊ライブラリー・タスクフォースに配属されるまでに成長。堂上や小牧
 幹久(田中圭)の下、エリートの手塚光(福士蒼汰)や業務部の柴崎麻子(栗山千明)といった同期
 の仲間に囲まれ過酷な訓練と図書館業務をこなしていく。そんな中、郁はなぜか優しく助けてくれた
 憧れの隊員とは真逆であるはずの堂上のことを意識しはじめる。ある日、小田原にある情報歴史図書
 館が閉館されることになる。情報歴史図書館が有するすべての資料は関東図書隊に移管されることに
 なったが、その中には「メディア良化法」に関する報道資料が含まれていた。それは「メディア良化
 法」成立の裏側に触れていると言われており、メディア良化委員会はその報道資料を狙っているため、
 移管の日には図書隊とメディア良化委員会との衝突が避けられないことが決定的だった。本来タスク
 フォースは危険な前線に立つべきであるものの、郁は図書基地司令の仁科巌(石坂浩二)の護衛にま
 わることになる。戦闘配備から外されたことにショックを隠せない郁に、堂上は何も言わないでいた。
 全面対決がはじまるそのとき、堂上の耳に、思いもよらぬ事件が起こったことが入ってくる……。

 他に、西田尚美(折口マキ=週刊『新世相』の記者)、児玉清(稲嶺和市=日野図書館館長)、浪岡一喜  
(新藤=図書隊のひとり)、嶋田久作(警察官)、草薙良一(野辺山宗八=小田原にある情報歴史図書館の
オーナー)、相島一之(尾井谷=良化隊の一員)、鈴木一真(武山健次=良化法の賛同団体の構成員)など
が出演している。「正論は正しい。だが、正論を武器にするのは正しくない」という堂上の台詞が決ってい
た。悪夢のような映画であるが、「言論の自由/表現の自由は守られた」と思いたい。


 某月某日

 月が替わった。高知はだいぶ春めいてきたが、花粉症がひどいので、痛し痒しである。さて、DVDで邦画の  
『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(監督:堀川弘通、東宝、1960年)を観た。以前から存在は知ってい
たが、観るのは初めてである。さすがに評判をとった映画だけあって、かなり面白かった。松本清張原作の
映画には外れが少ないので、結果は見えていたが……。前回観た『夜明けの街で』と同じ「不倫劇」+「推
理劇」であるが、リアリティといい、物語の展開といい、意外性といい、役者の演技といい、どれを取って
も当該作品の方が数段出来がいい。後のTVの刑事ドラマのお手本のような作品であり、不倫劇としても凝っ
ていると思う。配役も適切で、昔の俳優のキャラの濃さが心地よい。今の俳優は何でもこなすが、その分濃
い演技ができない。したがって、決まらない場面があったり、以前のイメージが払拭されなかったりして、
その分マイナスに働くことも多い。昔のように、個性派を目指して、役柄を固定する俳優が出て来ないだろ
うか。そうすれば、この役はあの人で決まり、となるのだが……。
 物語を確認しおこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『週刊朝日』に連載中の松本清張『黒い画集』の中の一編「証言」の映画化。『空港の魔女』の橋
 本忍が脚色し、『裸の大将』の堀川弘通が監督した。撮影は『新・三等重役』の中井朝一。

   〔あらすじ〕

  東和毛織の管財課長・石野貞一郎(小林桂樹)は、妻邦子(中北千枝子)と子ども二人の家庭生活
 も円満でありながら、同じ課の事務員梅谷千恵子(原知佐子)との情事を楽しんでいた。七月十六日
 の木曜日も、いつものように石野は、会社が終ると新大久保のアパートに梅谷を訪ねた。その帰途、
 駅の近くで近所に住む保険外交員の杉山孝三(織田政雄)とすれちがい挨拶をかわしてしまった。妻
 には、遅くなった理由を渋谷で映画を観て来たからだと言った。三日後、石野は刑事の訪問を受けた。
 十六日の午後九時三十分頃、新大久保で杉山に会ったかどうかと質問された。会ったと言えば、梅谷
 との関係を洗いざらいにしなければならない。破滅を意味した。石野は、会った覚えはないと答えた。
 その夜、杉山が向島の若妻殺しの容疑者として逮捕された。転ばぬ先の杖と、石野は梅谷を品川のア
 パートへ移転させた。彼は杉山が犯人でないことを知った。犯行は、杉山と会った時間に、向島で起
 っていたのだ。が、石野は証言台でも「会った事実はない」と証言した。杉山の「どうして嘘を言う
 のですか」という絶叫を聞き流しながら。部長の甥の小松(八色賢典)が、梅谷と結婚したいと言い
 出した。梅谷もすべてを清算する機会だという。石野も、波風の立たぬ生活に戻ろうと決心した。ア
 パートに行くと、梅谷が学生の松崎(江原達怡)と只ならぬ関係を結んでいた。梅谷は、松崎が石野
 と彼女の間柄をネタに脅迫したのだという。松崎は社に現われ、石野に五万円を要求した。松崎は与
 太者の早川(小池朝雄)に対して未払いだった麻雀の負け金に苦しんでいたのだ。石野は三万円で手
 をうつことにした。約束の日、約束の時間には間があるので、映画を観てからアパートへ行った。が、
 石野を待っていたのは松崎の死体だった。暗がりのため、石野の上着、指の先まで被害者の血がつい
 た。石野は逮捕された。弁解は信用されなかった。刑事は前も映画、今度も映画と言って笑った。七
 月十六日の夜、杉山に会ったことを石野は語った。石野は釈放された。しかし、これから一体彼は何
 をしたらいいというのだろう。

 他に、平山瑛子(石野君子=娘)、依田宣(石野忠夫=息子)、菅井きん(杉山ミサエ=孝三の妻)、西
村晃(奥平為雄=捜査一課の警部補)、平田昭彦(岸本=検事)、児玉清(森下=松崎の友人)、中村伸郎
(竹田=管財部長)、三津田健(岡崎=杉山の弁護士)、小栗一也(田辺=株式課長)、佐々木孝丸(裁判
長)、小西瑠美(岩本夏江=千恵子の同僚)、佐田豊(古川=石野の部下)、一の宮あつ子(食料品店の女
将)、中丸忠雄(戸山正太郎=殺された戸山道代の夫)、家田佳子(ハイティーン)、西条康彦(果物屋の
店員)などが出演している。江原達怡が不良大学生を演じているが、東宝の『若大将』シリーズでは、加山
雄三の友人の江口役を演じており、清潔感ある都会派の好青年(ウィキペディアより)そのものであった。
 石野の月給は、家族手当を含めて75,000円、手取りは57,740円、年に二度のボーナスは約40万円である。
年齢は42歳、定年まで13年ある(すなわち、55歳)。ヘソクリは、田辺株式課長のお蔭で、株で捻り出して
いる。向島の若妻殺しがあった日(7月16日)、石野は50円の資本で、味の素とピースを3個パチンコで稼い
でいる。当時のタクシーの初乗り料金は70円である。ペギー葉山の「南国土佐を後にして」(作詞・作曲:
武政英策、唄:ペギー葉山、1959年)と、水原弘の「黒い花びら」(作詞:永六輔、作曲:中村八大、唄:
水原弘、1959年)が流れている。NHKのバラエティ番組「お笑い三人組」(落語家の三遊亭小金馬、講談師の  
一龍齋貞鳳、ものまね芸人の江戸家猫八)が話題に上っている。観てもいない映画の粗筋を知るために、千
恵子は古本屋で『キネマ旬報』の6月号を探している。1960年、東京の人口は900万人である。たしか、1962
年に1,000万人を超えたはずである。その他、当時の雰囲気が満載で、小生にとってはかなり懐かしかった。
後に、同じような筋書の刑事ドラマを散々観ているが、松本清張の伏線の敷き方は抜群で、今観ても新鮮だ
ったことを記しておこう。

                                                 
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