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日日是労働セレクト100
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第100弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト100」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『プリンセス トヨトミ』(監督:鈴木雅之、フジテレビジョン=関西テレビ放送=東宝、20
11年)を観た。万城目学の原作(『プリンセス・トヨトミ』、筆者未読)の映画化であるが、原作とは異な
るところもある由。一種のSF、あるいはファンタジーか。突っ込めば矛盾だらけの荒唐無稽の物語である
が、その中に入ればけっこう面白い。大阪のバイタリティがいっそ気持がよいからだ。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。さらに、配役については<ウィキペディア>を援用した。

   〔解説〕

  『鴨川ホルモー』の人気作家・万城目学の同名作を映画化した奇想天外な物語。国家予算の使途を
 調査するために大阪を訪れた会計検査院の3人の調査官が、大阪にまつわる底知れぬ謎に巻き込まれ
 ていく姿を描く。同じく万城目原作のテレビドラマ『鹿男あをによし』でコミカルな演技を披露した
 綾瀬はるかが女性調査官を好演。

   〔あらすじ〕

  7月8日金曜日、午後4時──大阪が全停止した。遡ること4日前の月曜日。東京から大阪に3人の会計
 検査院調査官がやって来た。税金の無駄遣いを許さず、調査対象を徹底的に追い詰め“鬼の松平”と
 して怖れられている松平元(堤真一)。その部下で、天性の勘で大きな仕事をやってのけ“ミラクル
 鳥居”と呼ばれている鳥居忠子(綾瀬はるか)、日仏のハーフでクールな新人エリート調査官、旭ゲ
 ーンズブール(岡田将生)。彼らは順調に大阪での実地調査を進め、次の調査団体のある空堀商店街
 を訪れる。その商店街には、ちょっと変わった少年少女がいた。お好み焼き屋「太閤」を営む真田幸
 一(中井貴一)と竹子(和久井映見)夫婦の一人息子・真田大輔(森永悠希)は、女の子になりたい
 という悩みを抱えていた。その幼馴染・橋場茶子(沢木ルカ)は、大輔とは対照的に男勝りでいつも
 大輔を守っていた。そんな商店街を訪れた調査員一行は、財団法人「OJO(大阪城跡整備機構)」に不
 信な点を感じる。だが、徹底的な調査を重ねるも、経理担当の長曽我部(笹野高史)にのらりくらり
 とかわされ、諦め始めた鳥居も「これでOJOが嘘をついているとしたら、大阪中が口裏を合わせている
 ことになりますよ」と不満をもらす。そのとき、松平の脳裏にある考えが閃いた。「そうだ、大阪の
 全ての人間が口裏を合わせている……」、と。意を決して再びOJOを訪れた松平の前に現れたのは、お
 好み焼き屋「太閤」の主人・真田幸一。そして「私は大阪国総理大臣、真田幸一です」と発せられた
 その言葉に松平は耳を疑った……。

 他に、宇梶剛士(空堀中学校校長)、甲本雅裕(大阪府庁幹部職員)、合田雅吏(国会議員秘書)、村松
利史(大阪城趾歴史研究所所長)、おかやまはじめ(大輔をを取り調べる警察官)、川井つと(イベントサ
ポート会社の責任者)、河原健二(大阪某事業団体職員)、ト字たかお(蜂須賀組組長=勝の父)、菊池桃
子(伊茶=国松の母)、平田満(松平康=元の父)、江守徹(漆原修三=『大坂夏の陣の真実』の著者であ
る歴史学者)、加賀瀬翔(国松=豊臣秀頼の子)、いわすとおる(大阪府庁職員)、社城貴司(大阪府庁先
輩職員)、須田邦裕(大阪府庁新人職員)、上村響(蜂須賀勝)、駿河太郎(蜂須賀組組員)、田中尚輝/
中西一志/岸川拓也(不良)、窪田弘和(町人)、中喜多眞代(空堀ぃーずレディス・たこやき屋のおばち
ゃん)、宅間孝行(南場勇三)、玉木宏(たこ焼き屋のあんちゃん)などが出演している。蛇足ながら、茶
子役の沢木ルカが抜群によい。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。両作品ともに恋愛映画である。
 1本目は、『恋空』(監督:今井夏木、映画「恋空」製作委員会〔TBS=魔法のiランド=レプロエンタテ
インメント=東宝=MBS=TCエンタテインメント=ファインエンターテイメント〕、2007年)である。いわゆ
る「ケータイ小説」が原作で、「1,200万人が涙したケータイ小説の最高傑作」と謳われている。以前、同じ
くケータイ小説が原作の『Deep Love アユの物語』(監督:Yoshi、スターツ出版=ZAVN=オリコン、2004
年)を観ているが、当該作品の方がはるかに洗練されている。本田透は、リアル系ケータイ小説において頻
出するイベントは、売春・レイプ・妊娠・薬物・不治の病・自殺・真実の愛の7つであると指摘し、「ケー
タイ小説七つの大罪」と呼んでいる(ウィキペディアより)〔「日日是労働セレクト61」、参照〕。当該
作品では、売春と薬物はまったく登場しないが、他の5つの要素はかたちを変えて現れている。その意味で、
典型的なケータイ小説であると言えよう。ただし、純愛度が高いので、思春期の女子(中学生や高校生)の
こころはしっかりとつかんでいると推測される。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  出版後1ヶ月で100万部を突破した、美嘉の人気ケータイ小説を映画化。原作者がモデルのヒロイン
 を新垣結衣が演じ、せつない恋と、その衝撃的な結末を描くラブ・ストーリーだ。

   〔あらすじ〕

  校舎の窓から海が見える、のどかな地方都市の高校に通う田原美嘉(新垣結衣)。ある日、彼女は
 愛用の携帯電話を落としてしまうが、図書室の本棚に置かれていた。その晩から発信人不明のメール
 が届き、返信を打ち続けるうちに美嘉は相手に興味を抱く。メール相手は、金髪の同級生ヒロ〔桜井
 弘樹〕(三浦春馬)だった。二人はつきあうようになるが、ヒロの元彼女だった咲(臼田あさ美)は
 激しく嫉妬して男子生徒たちに美嘉を襲わせる。さらには、校内中の教室の黒板に美嘉への中傷を書
 いて追いつめた。しかし、美嘉とヒロの絆は逆に深まっていった。そして、美嘉はヒロの子どもを身
 ごもる。父親となることを決意したヒロは、美嘉の両親に結婚を申し込むが、またも咲の暴行で美嘉
 は流産してしまう。やがてヒロは、美嘉に唐突な別れの言葉を告げる。傷心の美嘉が出会ったのは、
 大学生の福原優(小出恵介)だった。包み込むような優の愛情で安らぎを得る美嘉。同じ大学に進学
 した美嘉は、優と迎える初めてのクリスマスイブの夜、ヒロと再会する。ヒロは、ガンで闘病生活を
 送っていた。美嘉への別れの言葉は、死を意識して自身から身を引こうとした結果だったのだ。真実
 を知った美嘉は、残されたヒロの僅かな時間をともに過ごそうと決意した。ふたりだけの木陰で挙げ
 た結婚式。そのとき、初めてヒロは美嘉にすがって泣いた。やがて、悲しい運命の日が訪れた。ヒロ
 との永遠の別れに、思わず橋から身を投げようとする美嘉だが、なんとか思いとどまる。自分には、
 まだ家族がいることに気がついたのだ。自身と、ヒロの家族が……。ヒロの思い出を抱いて生きてい
 くことを選択する美嘉は、またひとつ成長していた。

 他に、香里奈(桜井ミナコ=ヒロの姉)、中村蒼(ノゾム=ヒロの親友)、波瑠(亜矢=ノゾムの彼女)、
深田あき(田原さおり=美嘉の姉)、高橋ジョージ(田原勝治=同じく父)、浅野ゆう子(田原安江=同じ
く母)、山本龍二(桜井博一=ヒロの父)、麻生祐未(桜井明美=同じく母)などが出演している。
 2本目は、『恋愛戯曲 私と恋におちてください。』(監督:鴻上尚史、「恋愛戯曲」製作委員会〔博報堂
DYメディアパートナーズ=キングレコード=Entertainment Farm=POOL inc.=ソニー・ミュージックエンタ
テインメント=第一製販=アートプリント=ショウゲート〕、2010年)である。『恋空』が思春期の恋なら
ば、こちらは青年期の恋である。TVドラマのような作りではあるが、さすがに勘所を押さえた作品で、け
っこう面白かった。フカキョンと桔平の組み合わせも新鮮でよい。
 物語を確認しておこう。この作品も〈Movie Walker〉に頼ろう。以下、同じ。

   〔解説〕

  劇作家の鴻上尚史が人気舞台をみずから監督し映画化したラブ・コメディ。テレビ局の社運をかけ
 たスペシャルドラマ制作に携わるハメになったダメプロデューサーが、恋をしないと脚本が書けない
 という落ち目の女性脚本家と騒動を巻き起こす。深田恭子と椎名桔平が周囲のさまざまな思惑に翻弄
 される主人公に扮する。

   〔あらすじ〕

  脚本家の谷山真由美(深田恭子)は、スランプに陥っていた。テレビ局から依頼されたスペシャル
 ドラマの脚本が、締め切りを過ぎても全く書けないのだ。テレビ局では緊急対策会議が開かれ、制作
 局ドラマ部長の中川康博(井上順)は、あるプロデューサーを谷山のもとへ送り込む。そのプロデュ
 ーサーとは、ドラマ部に配属されたばかりで、それまでは資料の整理などの雑用ばかりで冴えない毎
 日を送っていた向井正也(椎名桔平)。言われるがままに一流ホテルでカンヅメになっている谷山を
 訪ねる向井。だが、彼女は向井をお供に夜の遊園地に繰り出してしまう。意を決した向井は観覧車の
 中で“シナリオを書いてもらうためなら、なんでもしますから”と宣言。すかさず、谷山のつぶらな
 瞳がキラリと輝く。“じゃあ、私と恋に落ちて。私は恋をしないと書けないの”。唖然とする向井。
 谷山はようやく書き出すが、向井が受け取った一枚目の原稿は、予定していた“人気女流作家の華麗
 な恋物語”ではなく、“生活に疲れた主婦”が主人公に……。書き直しを求めた向井に、谷山は“あ
 たしを誰だと思ってるのよ!”と逆ギレ。スポンサーと視聴者を気にした向井は、無難なラブストー
 リーを提案するが、再び谷山に怒鳴られてしまう。落ち込む向井。そんな中、業を煮やしたテレビ局
 の編成部が動き出す。部長の矢島昭子(清水美沙)は、谷山が恋に落ちることを見越して、二枚目で
 口も上手い部下の柳原恭一郎(塚本高史)を送り込む。それと同時に、新人脚本家の加藤ミチコ(佐
 藤千亜紀)にも代筆を依頼。さらに、営業局長の蒲生利夫(西村雅彦)も、スポンサー企業の宣伝部
 長、中村敏正(中村雅俊)からプレッシャーをかけられ、暗躍を始める。さまざまな思惑が交錯する
 中、遂にギリギリのタイムリミットまで、残り一日。今や自分を信じてくれるのは、向井だけだと気
 づく谷山。果たして、彼女の恋と脚本の行方は……?

 他に、鈴木一真(姫岡政雄=谷山の性格を心得ているTVマン)、大林丈史(安西義人=制作局長)、入
江雅人(高橋真司=制作局ドラマ部課長)、野間口徹(小沢徹=編成局編成部課長)、ムロツヨシ(田淵=
制作局ドラマ部プロデューサー)、渡辺芳博(営業局員)、顔田顔彦(平山=主演女優のマネージャー)、
赤堀雅秋(向井の過去を知る男)、小林高鹿(劇中劇の吉澤良子の夫)、花王おさむ(吉澤良子の書いた脚
本の中の人気女流作家の執事)、中山卓也(吉澤良子の書いた脚本の中の強盗)、葵(その彼女)などが出
演している。なお、配役の一部は推定である。ひょっとすれば、脚本をどんどん書き直していくという設定
は、『ラヂオの時間』(監督:三谷幸喜、フジテレビジョン=東宝、1997年)の影響を受けているのかもし
れない。


 某月某日

 DVDで邦画の『1リットルの涙』(監督:岡村力、「1リットルの涙」上映委員会〔オールアウト=東映=
東映ビデオ=フジテレビ〕、2004年)を観た。小説や映画などにおいて、貧困、動物、子ども、病気が人の
涙を誘いやすい四大要素であるが、当該映画もその例に漏れない。小生は、鑑賞中、何度も泣けて仕方がな
かった。ひとつには、実話に基づいているからだろうし、ひとつには、懸命に生きようとする主人公の姿勢
にこころを打たれるからだろう。最近観た映画では、『おにいちゃんのハナビ』(監督:国本雅弘、「おに
いちゃんのハナビ」製作委員会〔ミコット・エンド・バサラ=ケイファクトリー=バンダイビジュアル=ポ
ニーキャニオン=アプレ=ホリ・エージェンシー=ビーグル〕、2010年)が当該作品に近いだろうか〔「日
日是労働セレクト97」、参照〕。小生も「筋萎縮症」(正確な病名は覚えていない)で車椅子生活を余儀
なくされている学生を指導したことがあるが、外見上4年間まったく変化がなかったので、病状が進んだの
かどうかも分からなかった。卒業して10年以上経過しているが、その後の消息も知らないままである。彼女
はいまどうしているのだろうか、とふと思った。ちなみに、主人公の亜也の病名は「脊髄小脳変性症」であ
る。最初の段階では、小脳に軽い萎縮が見られる。反射的に身体のバランスを取ったり、素早く滑らかな運
動を司るのがこの小脳・脳幹・脊髄の神経細胞であるが、ここが変化して、やがて消滅していまうという病
気である。初期症状として、ふらついたり、めまいを感じたりするうちに、そのふらつきなどが激しくなり、
直立や歩行が困難になっていく難病である。しまいには、しゃべることや手を動かすことも自分の思いのま
まにならなくなり、最後には寝たきりとなってしまう。原因不明で、当然のごとく今の医学では治す方法が
ない。確実に病状は進行し、発見から10数年後には死に至る。実際、亜也は、14歳で発症し25歳10か月で亡
くなっている。病気の問題もあるが、病気からくる「差別」(に近い待遇)の問題も深刻である。この映画
では、ほとんど善意の人ばかり登場するので明確ではないが、病者や身障者はさまざまなかたちで健常者か
ら引き離される。亜也も普通の高校から養護学校に転校している。もっとも、健気に生きる亜也は、誰から
も好かれる性格なので、病気は仕方がないとしても、けっして不幸ではない。ただ不便なだけである。それ
にしても、主治医に「私は結婚できるのか」と訊ねるシーンはきつかった。医師の一番しんどいところであ
ろう。この主治医は、はっきり「できない」と答えている。誤魔化さないのである。養護学校の寮母も、身
障者に対して厳しく(「普通に」の方が正確か)対応している。一種の「ノーマライゼーション」であるが、
職業とはいえ大変だなぁと思った。病気は仕方がない。しかし、その病気に甘えてはいけない。日本人はと
かく甘くなりがちなので、この映画は、多くの人々の教訓になっているのかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  脊髄小脳変性症に冒され、25歳で世を去った木藤亜也の闘病日記をまとめた同名エッセイを映画化。
 故郷の愛知県豊橋市を舞台に、決して治ることのない病に日々体の自由を奪われながらも、前向きに
 生き抜いた彼女の生き様が描かれる。

   〔あらすじ〕

  亜也(大西麻恵)を襲った病気は「反射的に体のバランスをとり、素早いなめらかな運動に必要な
 小脳・脳幹・脊髄の神経細胞が変化、ついには消えてしまう」脊髄小脳変性症という難病。亜也は中
 学3年生のときに発病するが、難関の県立東高校に入学する。症状の進行と共にやがて動作が鈍くな
 り、学校内の移動ですら友人らの手助けがなくては困難な状況になり、学校から転校を迫られる。亜
 也は友人らの負担の限界を知り、養護学校への転校を決断する。亜也はそのとき、日記にこう記した。
 「私は東高を去ります。身障者という重い荷物をひとりで背負って生きてゆきます。なぁんてかっこ
 いいことが言えるようになるには1リットルの涙が必要だった」。こうして亜也は養護学校での寮生
 活に入った。養護学校に入っても、亜也は社会へ出て役に立つ仕事がしたいと大学進学への勉強に励
 むのだが、やがてそれも叶わないこととなる。養護学校で演劇の発表会が催されることとなり、亜也
 も裏方として参加する。発表会は大成功だった。亜也たちの感動もひとしおだった。養護学校を卒業
 し、亜也は自宅療養と入院を繰り返すようになる。それでも亜也は社会へ出て働く希望を捨てない。
 病院での生活はリハビリの毎日。悪くなっても決して良くはならない病気の進行を少しでも食い止め
 るために、リハビリは不可欠だった。ひたむきにリハビリを続ける亜也に、いつしか病院の患者たち
 も声援を送るようになっていった。そんなある日、亜也は意を決して山本ひろ〔糸偏に廣〕子医師
 (鳥居かほり)に聞いた。「先生…私…結婚できる?」……山本医師は言葉に詰まるが言う。「出来
 ないと思う」、と。すると亜也はこう返した「先生ありがとう…、本当のことを言ってくれて」。亜
 也の症状はさらに悪化していく。自宅の介護ベッドの上で生活することとなり、文字も書くのも困難
 になっていった。ある日、亜也は今まで書き溜めた日記を母・潮香(かとうかずこ)に託す。潮香は
 その日記を夜を徹して読んだ。亜也の苦労を想い、あふれる涙を止めることができなかった。病床の
 亜也を静かに見守る潮香。亜也は渾身の力を注いで母に言う。「まだ生きたい」。亜也は20歳になっ
 ていた。それから亜也は5年余を生き抜き、25年と10ヶ月の人生に幕を閉じた。

 他に、浜田光夫(木藤瑞生=亜也の父)、岩井てっ〔吉の字を横に二つ重ねた文字〕聖(弘樹=同じく弟)、
村川敦子(亜湖=同じく妹)、芦川よしみ(寮母のさと)、松金よね子(パン屋のハル)、森山周一郎(患
者)、速水亮(同)、浜田麻希(純=養護学校の友人)、作間唯(温子=同)、齋藤里奈(絵美=同)、な
どが出演している。


 某月某日

 7日に帰高してから今日で20日間連続で出勤している。1月21日などは年休を取ったのに、結局大学に来て
しまった。やらねばならないことが山積しているからで、仕方がない。ただし、しんどいわけではない。
今日みたいに休日出勤の日などは、けっこう楽しんで仕事をしている。今日は卒論生の論文を4本読んだ。
それぞれ力作で、ひとりひとりの顔が浮かんだ。小生は、リポートなり、試験答案なり、卒論なり、書いた
本人の息遣いが伝わらないものをあまり認めたくない。つまり、小手先で書いている文章など読みたくない
のだ。とくに「優等生」的答案には厳しく当たることにしている。ほんとうに、自分でそう思って書いてい
るのか疑わしいからである。それと比較すれば、稚拙でも自分の言葉で書いている文章は光っている。その
人間のこころが開いているからだ。幸いなことに、小生のゼミ生は皆こころが開いている。小生が学生に一
番求めていることなので、まんざらでもないと思っている。もちろん、油断は大敵である。そう思っている
小生が単にお人好しなだけで、実際には学生諸君の反感を買っているのかもしれないのだから……。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。新旧の喜劇の競演と言ったところか。60年経つと、これだけ違うという
ことが分る。1本目は、『ユリ子のアロマ』(監督:吉田浩太、シャイカー=エースデュース=ゼアリズエ
ンタープライズ=マコトヤ=ワコー、2010年)である。江口のり子の主演映画は、『月とチェリー』(監督:
タナダユキ、「ラブコレクション」製作委員会〔ヒューマックスコミュニケーションズ=ジャム・ティービ
ー=カルチュア・パブリッシャーズ〕、2004年)以来だろうか。好きな女優なのでいつも注目しているが、
この作品もけっこうぶっ飛んでいるので面白かった。染谷将太との絡みなど、いったい誰が考えたのか。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  男子高校生の汗の匂いに悶える三十路のアロマセラピストを主人公に、彼女が巻き起こすちょっと
 エロチックな騒動を描く。出演は『フィッシュストーリー』の江口のり子、『パンドラの匣』の染谷
 将太、『ソラニン』の美保純。監督・脚本は、自らの経験をベースに性にまつわる物語をユーモラス
 なタッチで描き続ける吉田浩太。

   〔あらすじ〕

  素敵な香りとやさしい手指の技で疲れた身体を癒す、アロマセラピストのアラサー女である花村ユ
 リ子(江口のりこ)。彼女は誰にも言えない秘密を持つことになる。きっかけは、やりたい盛りの17
 歳、男子高校生の土井徹也(染谷将太)との出会いだった。職業柄、匂いに敏感な彼女は剣道に打ち
 込む彼のすえた汗の匂いに、どうしようもなく惹かれていく。だが徹也はよりによってアロマサロン・
 リーフのオーナー(美保純)の甥っ子だった。その一方で指名客のアヤメ(原紗央莉)が、アロマの
 レッスンをしてほしいと、大きな胸をユリ子に押しつけてくる……。これらの出来事をきっかけに、
 エッチでかわいくて爽やかな三十路女の青春の旅立ちが始まる。

 他に、木嶋のりこ(ミホ)、笠井しげ(イッチー)などが出演している。
 2本目は、『黄門と弥次喜多 からす組異変』(監督:並木鏡太郎、新東宝、1951年)である。今から60年
以上も前の作品なので、さすがに古臭い。しかし、昔ながらの殺陣や、「トンコ節」などの流行歌が懐かし
く、それなりに楽しく鑑賞できた。古き良き時代のドタバタ時代劇である。
 この作品も<Movie Walker>のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  『又四郎笠』などと同じく高村將嗣が製作した宝プロ作品で、脚本は木下藤吉、監督は『腰抜け二
 刀流』の並木鏡太郎、撮影は『若様侍捕物帳 呪いの人形師』の平野好美、出演者は『無宿猫』の古
 川緑波、『神変美女峠』の尾上菊太郎と澤村國太郎、『又四郎笠』の市川春代などである。

   〔あらすじ〕

  お春(市川春代)の借金催促にいたたまれず、江戸を逃げ出した彌次さん(キドシン〔木戸新太郎〕)
 と喜多さん(〔横山〕エンタツ)は、年頃の娘を続々と誘拐する「からす組」という一団が横行して
 いる月賀出羽守(渡辺篤)の城下にたどりつき、そこで不幸なおみっちゃん(星美千子)と知合った。
 二人はおみっちゃんの身の上に同情して、何とか彼女の江戸行きの路銀を作ってやろうとするが、丁
 度一等十両という美人コンクールが催され、二人は女装して出場、ところが後を追って来たお春に見
 破られて、慌てて逃げ出し幽霊屋敷に隠れた。一方、おみちもコンクールに出場して一等に当選した
 が、「からす組」に誘拐された。驚いた二人は、二人の連れを従えた髭の老人(古川ロッパ〔緑波〕)
 を水戸黄門にしたてて城中に乗り込み、偽物だと大騒ぎになるところ、実は偽に仕立てた黄門は本物
 だということが解り、駈けつけた助さん(沢村国太郎)と格さん(尾上菊太郎)の大奮闘で、悪人は
 召捕られたのである。

 他に、美ち奴(お歌の方=出羽守の側室)、村田宏(諏訪市大次=家老)、凰衣子(梨江=市大次の娘)、
高松錦之助(吉良仁左衛門=からす組の黒幕)、菊地双三郎(烏勘五郎=仁左衛門の家来)、水野浩(とん  
助)、椿三四郎(升六)、梅村美智子(お梅ちゃん)、山辺志賀子(踊る幽霊)、紅花つどひ(紅屋の娘)、
津路清子(流しのおせん)、天中軒雲月(本人の役)、久保幸江(同)、小西潤(同)、宮本澄子(ミス・
京都)などが出演している。後半、「惚れ薬」ならぬ「ホレラレル薬」と強精剤の「体力の素」が登場する
が、ベタなウケ狙いで面白かった。「諏訪市大次」という名前もなかなかこじゃれている。蛇足ながら、渡
辺篤が演じた月賀出羽守は、志村けんの「バカ殿」の原型を見るようである。さらに、これは以前にも言及
したことであるが、星美千子(現 星美智子)はまだ現役の女優である。驚くことに、小生の亡くなった父親
と同じ年の生まれ(1927年1月20日生れ、87歳)でもある。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。どちらも俳優業をメインに活動している中堅が監督をしている映画で、
さらに共通点を見出すとすれば、「映像詩」とも呼ぶべき作風である。人間の根源的な悲しみを詩的に表現
している作品と言ってもよいだろう。
 1本目は、『コトバのない冬』(監督:渡部篤郎、Laetitia FILM、2008年)である。落ち着いた雰囲気の
映画で、寒い北海道の温かさが伝わってきた。声の出ない人物(耳は聞こえる)を監督の渡部自身が演じて
いるが、まぁ、あんなものか。「悲恋」とも呼べない恋の予感で終わった物語である。フランス映画の『シ
ベールの日曜日(Cybele ou les Dimanches de Ville d'Avray)』(監督:セルジュ・ブールギニョン、仏国、 
1962年)〔筆者、未見〕を重ねている。声の出ない人物を描いた作品としては『息子』(監督:山田洋次、
松竹、1991年)を連想するが、そこで川島征子(耳も聞こえない)を演じた和久井映見の無言の演技はなか
なかのものだったと思う。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  個性派俳優・渡部篤郎の初監督作となる人間ドラマ。北海道の広大な自然をバックに、そこで暮ら
 す人々の日常を映しとる。渡部とヒロイン役の高岡早紀の自然な演技が新鮮だ。

   〔あらすじ〕

  北海道の小さな町、由仁町。黒川冬沙子(高岡早紀)は、この町で父の遼一(北見敏之)と単調な
 毎日を送っていた。それでも彼女は、それなりに幸せな生活に、おおむね満足していた。ある日、夕
 張まで買い物に出かけた冬沙子は、偶然に門倉渉(渡部篤郎)という男性に出会う。言葉を話すこと
 ができない渉だったが、自分の勤め先である遊園地へ冬沙子を案内する。この出会いは、2人のこれ
 までの日常に心地よい変化をもたらす。単調な毎日の中に生まれた暖かな感情。そんなある日、冬沙
 子は仕事先の牧場で落馬事故に遭ってしまう。幸い大きな怪我もなく、彼女の生活はすぐにいつもの
 日常に戻る。何一つ変わらず、周りには愛する家族や友人がいた。そして、赤いジープで走り慣れた
 美しい道を走る。こうして彼女は、雪の町でまた平凡な毎日を過ごしていた。そうして、いつものよ
 うに車を走らせる冬沙子。その時突然、心の片隅に何かを感じる。それが何なのか、彼女にはわから
 なかった。だが、事故の時、医者にこう言われたことを思い出す。“ほんの少しの時間だけ、あなた
 は記憶を失っています。”雪の小さな町で、失われた小さな記憶の行方は果たしてどこに……?

 他に、広田レオナ(田所啓子=スノーモービルを通して渉とつながっている女性)、未希(早知=冬沙子
の妹)、鈴木一真(水田繁=冬沙子の恋人)、渡辺えり(みどり=まるやま食堂の女将)、堤邦彦(冬沙子
の担当医)、屋敷豪太(冬沙子の友人)、原健(牧場主)などが出演している。なお、堤邦彦は本物の精神
科医、原健の役名は推定である。
 2本目は、『セイジ -陸の魚-』(監督:伊勢谷友介、キノフィルムズ、2011年)である。抑制の効いた
演出を心掛けているらしいが、やや分かりにくいか。とくに、セイジと翔子の関係にリアリティがあまりな
い。これは致命的だと思う。セイジの思想に動物愛護を対峙させているが、この辺りの流れもあまりこなれ
ていない。また、セイジは、なぜ「僕」に過去の秘密を洩らしたのか。それもよく分からない。『コトバの
ない冬』の門倉渉のように、こころの湖に深い悲しみを湛えていることは窺えるが……。小生の名前(整司)
と音が一緒なので何となく親しみを感じるが、こんな重い過去を抱えているとは……といった感じ。
 この作品も〈Movie Walker〉の記述に頼ろう。以下、同じ。

   〔解説〕

  俳優の伊勢谷友介が8年ぶりにメガホンを握った監督第2作。太宰治賞受賞作家・辻内智貴のベス
 トセラー小説をもとに、不器用な若者たちの絶望と再生を透明感あふれる映像で描く。W主演を務め
 る『CUT』の西島秀俊と『モテキ』の森山未來はもちろん、アメリカに活動拠点を移して以来、久々の
 邦画出演となる裕木奈江にも注目。

   〔あらすじ〕

  広告代理店で仕事に追われる日々を送る“僕”(二階堂智)のもとに、ある一通の企画書が届く。
 それは、忘れていた20年前の夏を思い出させるものだった。何かに突き動かされるように、その送り
 主に会いに行く。20年前。バブルの熱気冷めやらぬ頃。適当に就職先を決めた“僕”(森山未來)は、
 学生最後の夏休みに1人で当てのない自転車旅行に出かけた。いくつも街を越え、気ままにペダルを
 漕ぎ続けていると、山道でカズオ(新井浩文)が運転する軽トラックに衝突してしまう。幸い大した
 怪我ではなかったものの、手当てのためにと、旧道沿いの寂れたドライブイン“HOUSE475”に連れて
 行かれる。そこで出会ったのは、雇われ店長のセイジ(西島秀俊)。自由に生きているように見える
 セイジは、普段は寡黙だがこころを捉える言葉をもち、夜な夜な集まる個性溢れる常連客たちからも
 慕われていた。そんな彼らに強く惹かれた“僕”は、いつのまにか住み込みで働き始める。深い哀し
 みや不完全さを抱えながらも、必死に生きる店のオーナー翔子(裕木奈江)や常連客たちとの触れ合
 いの中で、少しずつ“僕”は自分の居場所を見つけ出してゆく。ある時、セイジが常連客の一人、ゲ
 ン爺(津川雅彦)の幼い孫娘りつ子(坂東晴/庵原涼香)に対して特別に心を許していることを知っ
 た“僕”の中に、もっとセイジを知りたいという欲求が生まれてくる。ある晩、こっそりセイジの部
 屋に忍び込んだ“僕”は、古い8ミリのテープを発見。そこには、唯一セイジの過去が垣間見える映
 像が残されていた。やがて、夏が過ぎて秋の気配が近付いてきた頃。それは、“僕”が現実へ戻る日
 が近付いて来たということでもあったが、その時、突然事件が起こる。無差別殺人の被害者となった
 りつ子は左腕を失う大怪我を追い、両親の命も奪われてしまったのだ。心を閉ざしたりつ子。必死に
 看病をする翔子たち。しかし、りつ子のもとを訪れずにセイジが取った行動とは……。

 他に、滝藤賢一(マコト)、渋川清彦(タツヤ)、亀石征一郎(ツノ=医師)、奥貫薫(動物愛護団体の
職員)、宮川一朗太(同)、信太真妃(絵美=セイジの妹)などが出演している。


 某月某日

 今日は、母親の祥月命日である。2004年に亡くなっているから、ちょうど10年経過したことになる。以下
で紹介する映画も、10年が一区切りの意味をもつ意匠が凝らされている。偶然ではあるが、それを契機に母
親の冥福を祈りたい。合掌。
 さて、DVDで邦画の『エノケンの天國と地獄』(監督:佐藤武、新東宝、1954年)を観た。役者の冠つきエ
イジ・ムーヴィーである(1954年の映画としては22本目)。『高島忠夫の坊ぼん罷り通る』(監督:近江俊
郎、新東宝=富士映画、1958年)の記事を書いた際、少しだけその名前に言及した「エノケン(榎本健一)」
の映画である。小生にとって、エノケンと言えばむしろTVで馴染んだ日本の「喜劇王」であるが、映画で初
めて意識したのは、たぶん『虎の尾を踏む男達』(監督:黒澤明、東宝、1945年)の狂言回し役だった。義
経と弁慶に富樫が絡む、能の「安宅」と歌舞伎の「勧進帳」が下敷になっている映画であるが、エノケンは
この映画だけの存在(強力役)として登場している。あのクシャクシャした顔立ちが印象深い。C・チャッ
プリン(世界の喜劇王)とエノケンに共通した印象であるが、どちらも「喜劇王」ということになっている
が、ペーソスが勝ちすぎて笑えない場面が多い。小生は、どちらかと言うと、カラッとして底の抜けた喜劇
が好み(その意味で、ナンバー1はレスリー・ニールセン)なので、チャップリンやエノケンはそれほど好
みではない。しかし、やはり当代一流の役者として、絵になることは間違いないが……。
 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。な
お、一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  故永見隆二の原案から山下与志一が脚本を書き、『芸者秀駒』の佐藤武が監督する。撮影は『乾杯!
 女学生』の岡戸嘉外、音楽は『新鞍馬天狗 第一話 天狗出現』の三木鶏郎の担当。出演者は『落語
 長屋お化け騒動』の榎本健一、丹下キヨ子、三木のり平、『君死に給うことなかれ』の若山セツ子、
 『東尋坊の鬼』の鮎川浩、鳥羽陽之助、『土曜日の天使』の清川虹子などである。

   〔あらすじ〕

  倉本圭太(榎本健一)はキラメク星群の中をさまよっている間に、下にぐるぐる廻っている地球を
 見て、自分が死んだことを知った。やがて彼は、天国の裁判所ヘ、被告一三六〇一号として連れ出さ
 れ、そこで彼の過去が映写されることになった。圭太は以前柿沼サーカス一座の人気者で、団長の露
 原メリー(清川虹子)は絶えず彼にウィンクを送るので、圭太は内心弱っていた。ある日、圭太は幕
 のハネた後の小屋の片隅で、ハンドバッグを抱えた女がたゝずんでいるのを見た。一時は邪慳に追い
 払おうとしたが、その身の上話にほだされ、圭太はメリーに頼みこんで、その女ユキ(若山セツ子)
 を小間使いとして雇ってもらうことにした。それから暫くして、花札をやってオケラになった圭太は、
 舞台衣裳を持ち出して金に替えたが、それから調子が出始め威勢よく一座のものに酒をふるまって酔
 いつぶれてしまった。翌日衣裳の紛失したことを知ったメリーはそれがユキの仕業と思いこんで、彼
 女を責めたてたが、ユキは圭太の身を思い口を割ろうとしなかった。圭太は、ユキが馘になったこと
 を知ったとき、憤慨してメリーにつめ寄り、媚態を示してひきとめるのを振り切ってサーカスを去っ
 た。だが、こうしてユキと世帯を持った圭太は、どうしてもまともな職につけず、酒を飲んでは喧嘩
 ばかりしていた。ユキはしかしグチ一つこぼさずよく面倒をみた。ある時、ユキに赤ん坊のできたこ
 とを知った圭太は、今後一心に働こうと誓ったが、仙吉(鮎川浩)の誘惑に乗り、工場の事務所を襲
 って殺人(実際には、軽い怪我を負わせただけ)まで犯してしまった。警察の追跡に行きづまった彼
 は、自ら手にしたナイフで命を絶った。この長い映写を終った天国の裁判所では、彼に十年間の地獄
 行きを命じたが、無事に刑期を終った時は1時間の下界行きを認めるというのだった。それから十年
 後、圭太は昔ながらのユキと十才になった息子の圭一(小池浩)にそれとなく再会し、再び昇天して
 行くのだった。

 他に、市川俊幸(王さん=中華店の経営者)、光岡早苗(マサ子=王さんの女房)、鳥羽陽之助(刑事)、
益田キートン〔喜頓〕(天国の裁判所長)、丹下キヨ子(天国の女検事)、三木のり平(天国の裁判所の書
記)、丘寵児(天国の巡査)、旭輝子(飲み屋の女)などが出演している。
 サーカスの入場料は、大人100円、小人(=子ども)50円だった。サーカスを馘になった後の圭太は、カツ
アゲ(路上でいちゃもんをつけた後、金品を要求すること)、捕まり屋(賭博場で、支配人の代わりに官憲
に逮捕される仕事)、大道香具師(整理会社の投げ売り)、鋳掛屋(ほぼインチキ)などを試みるが、ほと
んど成功していない。それに対して、ユキは地道に内職(造花の作成)を行なったり、和洋の仕立て全般を
引き受けたりして、糊口を凌いでいる。まさに「健気」を絵に画いたような女性である。圭太の死後も孤閨
を託って忘れ形見の圭一を育てている。1時間だけ下界に降りることを許された圭太は、10歳になる息子を
相撲にかこつけて抱きしめる。ハイライト・シーンだ。その「小父さん」が落し物をして去る。ユキと赤ん
坊の圭一が写っている写真である。天国に召される父を見送る母子、しばしのお別れである。ところで、造
花づくりの内職と言えば、映画の『どですかでん』(監督:黒澤明、四騎の会、1970年)や、漫画の『自虐
の詩』(業田良家 作、『週刊宝石』連載、1985-1990年)を連想する。どうにももの悲しいイメージがつき
まとわざるを得ない。


 某月某日

 DVDで邦画の『その夜の侍』(監督:赤堀雅秋、「その夜の侍」製作委員会〔ファントム・フィルム=キン
グレコード=テレビマンユニオン=IMAGICA=コムレイド〕、2012年)を観た。この映画も知人の推奨がきっ
かけとなってみた映画であるが、小生には少し物足りなかった。堺雅人や山田孝之など、芸達者で固めた映
画なのでもちろん面白かったが、脚本(監督と同じ赤堀雅秋)が凝り過ぎており、今一つ響いてこなかった。
もっとさらっと描いてもよかったのではないかとさえ思った。とくに、女性陣にリアリティがなく、演技が
下手なわけではないが、何か戸惑いながら演技している節が窺えた。堺雅人が演じた主人公のキャラクター
も、どこにでもいそうな割には説得力が不足しているように見えた。むしろ、山田孝之が演じた下衆野郎の
方が潜在的にはどこにでもいそうだ。最近鑑賞した映画としては、『乱暴と待機』(監督:冨永昌敬、「乱
暴と待機」製作委員会〔メディアファクトリー=キングレコード=ショウゲート=ソニー・ミュージックコ
ミュニケーションズ〕、2010年)に少し似ているような気がする。もっとも、あちらの方はファンタジーめ
いているのでかえって映画としてのリアリティを獲得しているが、当該映画はリアリズムを目論んでいるの
で、かえって細かい描写が徒になっているきらいがある。たとえば、健一がプリンを頭の上に載せたり、顔
面に塗りたくったりするシーンがあるが、小生は江口寿史が描出したトーマス兄弟の兄クリスの趣味を連想
してしまった。彼は、月に一度「プリン風呂」に入るのが密かな楽しみなのである。脚本を書いているとき
の赤堀監督の脳裏にクリスの影はなかったのだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>を参照しよう。執筆者に感謝。なお、一部改変したが、
ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  劇団「THE SHAMPOO HAT」を率い、人気の劇作家・赤堀雅秋が、自身の戯曲を映画化したサスペンス
 タッチの人間ドラマ。ひき逃げ事故で妻を失った男と、ひき逃げ犯との物語が、それぞれが抱える孤
 独や葛藤とともに描かれる。今回が初共演となる、堺雅人と山田孝之という日本映画界きっての演技
 派たちの熱演に注目だ。

   〔あらすじ〕

  東京のはずれで小さな鉄工所を営む中村健一(堺雅人)は、5年前、トラック運転手に最愛の妻久
 子(坂井真紀)を轢き逃げされた。死んだ妻の思い出から抜け出せず、留守番電話に遺された妻の声
 を延々再生しながら糖尿病気味にも拘らず、甘いプリンを食べ続けている。喪失感を抱え絶望的な毎
 日を過ごす中村に、従業員の久保浩平(高橋努)や佐藤進(でんでん)たちは、腫れ物に触るように
 接するしかない。久子の兄で中学校教員の青木順一(新井浩文)は、中村を早く立ち直らせようと、
 同僚の川村幸子(山田キヌヲ)と見合いをさせるが、中村は「僕なんかあなたにふさわしくない」と
 新しい人生に向かうことを拒絶する。一方、久子を轢き逃げした犯人、木島宏(山田孝之)は、2年
 間の服役後、轢き逃げトラックに同乗していた腐れ縁の友人小林英明(綾野剛)の家に転がり込んで
 いる。そんな木島のもとに、1ヶ月前から「お前を殺して、俺は死ぬ。決行まで、あと○○日」とい
 う無記名の脅迫状が連日執拗に送られてきていた。決行日は木島が中村の妻を轢いた日(8月10日)
 で、もう数日後に迫っている。木島から脅迫状のことを知らされた青木は、脅迫状を送っているのは
 中村と察し、復讐の決行をやめさせようとするが、中村を前にすると何も言えなくなってしまう。そ
 んな中、中村は鉄工所の仕事の合間、包丁をしのばせた袋を手に毎日のように木島をストーキングし
 続けていた。決行前夜。ラブホテルでホテトル嬢のミカ(安藤サクラ)と過ごし、虚しさをさらに募
 らせる中村。一方、木島は復讐を思い留めさせられない青木に腹を立て、生き埋めにすると脅すのだ
 った。そして決行日の夜。台風の激しい雨が町を覆っている。歩き回ったあげく、人気の無いグラウ
 ンドまでやってきた木島は、闇の中、後を追いかけてきた中村と遂に対峙する……。

 他に、谷村美月(関由美子=警備員のバイト、不図したことから木島と関係をもつ)、田口トモロヲ(星
信夫=「木島の過去を言いふらした」という嫌疑をかけられた男)、木南晴夏(昭子=小林の妻、居酒屋で
バイト)、峯村リエ(スナックのママ)、黒田大輔(谷稔=中村製作所の従業員)、小林勝也(スナックの
老人客)、三谷昇(街頭で詩集を売る老人)などが出演している。
 復讐劇は数多いが、たいていの作品が凄惨な描き方をしているのに対して、当該作品では惨劇が起こりそ
うで起こらないところに新機軸があると思う。念のために、比較的最近の作品を以下に挙げておこう。

  『誰がために』、監督:日向寺太郎、ジャパンケーブルキャスト=バンダイビジュアル=ワコー=
   メリオル=パル企画、2004年。
  『太陽の傷』、監督:三池崇史、シネマパラダイス、2006年。
  『さまよう刃』、監督:益子昌一、「さまよう刃」製作委員会〔東映=テレビ朝日=オニオン=東映
   ビデオ=エイベックス・エンタテインメント=木下工務店=読売新聞=角川書店=ViViA=メ?テレ=
   北海道テレビ=広島ホームテレビ=九州朝日放送=愛媛朝日テレビ=テレビ朝日サービス〕、2009年。

 「ルサンチマンは何も生まない」というのが小生の認識だが、世の中の人はそうはいかないようだ。たし
かに、小生には凄惨な事件の当事者になった経験がないので、そう思うだけかもしれない。「罪を憎んで人
を憎まず」……言うは易く行うは難しなのである。


 某月某日

 DVDで邦画の『俗物図鑑』(監督:内藤誠、自主映画〔DIGレーベル〕、1982年)を観た。原作は筒井康隆
の同名小説である。小生は1980年ごろ新潮文庫で読んだ記憶がある。たぶん、新潟から東京に帰る途中の特
急「とき」(当時、上越新幹線はまだ開通していなかった)の車内においてである。とても面白く、何度も
声を出さずに笑ったのではなかったか。その10年後ぐらい(1990年代前半)に、当時のレンタル・ヴィデオ
屋で同作品のヴィデオを発見して早速借りた記憶がある。まさか映画化されていたとは思わなかったのであ
る。しかし、途中で投げ出してしまった、と思っていた。したがって、5分ぐらいで観ることを放棄してし
まったと記憶していたのである。しかし、今回鑑賞してみて、ところどころ観た記憶があり、あるいはアバ
ウトに観終わっている作品なのかもしれない。実は、映画館においても、その他の媒体においても、そのよ
うないい加減な鑑賞をした映画はたくさんある。この映画もそれに該当していたので、鑑賞済みの登録をし
ていなかった映画の1本である。そういった特殊な事情の絡んだ映画であるが、今回観てみたけれども、や
はりDVDで復刻するほどの意味があるかどうかは微妙な作品であった。たしかに、コンセプトは面白いので
あるが、いかんせん役者が下手を通り越している。プロもたくさん出演しているだけに、惜しい映画の1本
であると言えよう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  “出歯亀評論家”、“横領評論家”、“性病評論家”など奇妙な評論家が集まり、世の良識を向う
 にまわしてマスコミで活躍する姿を描く。筒井康隆の同名の小説を映画化したもので、脚本は『団鬼
 六 蒼い女』の桂千穂、監督は『時の娘』の内藤誠、撮影は『転校生』の阪本善尚がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  古色蒼然たる二階建てモルタルアパートに「梁山泊プロダクション」はある。梁山泊プロは、同プ
 ロ代表兼接待評論家の雷門享介(平岡正明)、贈答評論家の平松礼子(入江若葉)、横領評論家の本
 橋浪夫(上杉清文)、万引評論家の沼田峰子(栗林由美子)、火事評論家の杉沢亜香(伊藤幸子)な
 ど、奇妙な分野の評論家の集団で、一般人の良識を逆撫でしながらテレビ、出版などで活躍している。
 ある日、享介、礼子、浪夫、峰子などが一室にいると、天井裏から一人の男が落ちてきた。城亀吉と
 いうその男(山本晋也)は覗き見のあらゆる装備を持っており、その日から、出歯亀評論家として、
 そこへ所属することになった。さらに、全身皮膚病だらけの老人である芥山虫右衛門(牧口元美)が
 現れ、みなは腰を抜かすほど驚くが、なんとか一室に隔離して、皮膚病評論家として登録された。数
 日後、午後のテレビショーで、峰子と反吐評論家の片桐考太郎(山城新伍)が文芸評論家の隻眼(四
 方田犬彦)と論争していた。そして片桐は、持ち運ばれた反吐から、それを吐いた人を、スタジオの
 見物人から見つけだすというハナレワザを披露して、会場の主婦からヒンシュクを買っていた。文芸
 評論家はタジタジとなり、反吐の主であるマスコミ界の黒幕大屋壮海(竹中労)は、梁山泊の活動を
 励ますのだった。その頃、事務所には峰子が万引した八百万円のダイヤモンドの件で刑事が来ていた。
 その時、亜香が火を放ち、アパートはまたたく間に焼失してしまった。暫くして、財力を貯えた梁山
 泊プロは、中層の酒落れたビルを新築した。その頃には、性病評論家の歌川華子(朝比奈順子)、墜
 落評論家の羽根田俊也(土方聡司)、自殺評論家の九十九八十八(大林宣彦)、パーティ評論家の西
 条圭一(安岡力也)、麻薬評論家の平戸源五郎(海琳正道)が参加し、梁山泊プロはますます充実、
 主婦連、俗悪番組追放同盟、全国PTA協議会などからヤリ玉にあげられていた。ついに各団体がビ
 ルに乗り込んで来た。そこで、享介たちは三人の代表を人質にするとビルを閉鎖する。機動隊が動員
 され、各マスコミ、ヤジ馬が集まり、ビルの周囲は大変な騒ぎだ。三人の人質は麻薬に酔わされ、抑
 圧されていた意識が一気に爆発、裸になってワイセツな言葉をまきちらしている。評論家集団と機動
 隊の睨み合いは一週間ほど続き、ニュースを求めるマスコミ代表として壮海がやってくると、膠着状
 態を打破する事件を起して欲しいと申し出る。そこでメロメロになった人質を入口から解放し、テレ
 ビの晒しものにすることになった。機動隊の射撃が始まった。一人また一人と倒れいく評論家。脱出
 に成功した華子、礼子、峰子たちが遠くの丘から梁山泊のビルを見つめていた……。

 他に、巻上公一(小口昭之助=口臭評論家)、南伸坊(風巻扇太郎=盗聴評論家)、黒岩秀行(雷門豪介=
享介の息子、カンニング評論家)、珠瑠美(雷門比呂子=豪介の母)、春田逸美(バーのママ)、北川れい
子(瀬戸子)、村川英(風巻夫人)、飯田孝男(航空会社職員)、末井昭(平松景太)、吉田京子(主婦連
代表)、興石悦子(俗悪番組追放同盟代表)、小野靖子(全国PTA協議会代表)、沢木慶端(テレビ司会
者)、手塚眞(Xマン)、奥山京子(猿子)、松田政男(機動隊々長)、石上三登志(映画評論家)などが
出演している。ところどころに観るべき場面もないことはないが、生理的に受け付けない箇所は、やはり嫌
悪感をもたらすだけであった。活字と映像の大いなる相違点であろう。とくに吐瀉物や皮膚病のくだりは、
けっこう耐え難かった。


 某月某日

 DVDで邦画の『高島忠夫の坊ぼん罷り通る』(監督:近江俊郎、新東宝=富士映画、1958年)を観た。俳優
名がタイトルの一部を形成している映画はそこそこ珍しいが、小生が鑑賞済みの邦画をざっと挙げると次の
ような作品がある。

 『ひばりの子守唄』、監督:島耕二、大映、1951年。⇒ 美空ひばり
 『アチャコ青春手帖 東京篇』、監督:野村浩将、新東宝、1952年。⇒ 花菱アチャコ
 『森繁の新入社員』、監督:渡辺邦男、新東宝、1955年。⇒ 森繁久彌 
 『森繁のデマカセ紳士』、監督:渡辺邦男、新東宝、1955年。 ⇒ 森繁久彌
 『森繁のやりくり社員』、監督:渡辺邦男、新東宝、1955年。⇒ 森繁久彌
 『森繁の新婚旅行』、監督:渡辺邦男、新東宝、1956年。⇒ 森繁久彌
 『高島忠夫の坊ぼん罷り通る』、監督:近江俊郎、新東宝=富士映画、1958年。⇒ 高島忠夫
 『ひばり捕物帖 かんざし小判』、監督:沢島忠、東映京都、1958年。⇒ 美空ひばり
 『金語楼の三等兵』、監督:曲谷守平、新東宝、1959年。⇒ 柳家金語楼
 『九ちゃんのでっかい夢』、監督:山田洋次、松竹、1967年。⇒ 坂本九
 『赤木圭一郎は生きている 激流に生きる男』、監修:吉田憲二、日活、1967年。⇒ 赤木圭一郎
 『ハナ肇の一発大冒険』、監督:山田洋次、松竹、1968年。⇒ ハナ肇

 けっこうあるところをみると、この他にもありそうなものだが(たとえば、エノケンなど)、そんなには
多くないようだ。だいいち、『ハナ肇の一発大冒険』(1968年)以降に製作された、この種のタイトルのつ
いた映画は観ていない。つまり、最近の映画のタイトルとしては流行らない命名法なのである。なお、当該
映画は、近江俊郎=高島忠夫コンビの「坊っちゃん」シリーズ第6弾だそうである。歌手の近江俊郎が映画
を撮っていたことは知っていたが、観るのは初めてである。おそらく、新東宝の社長を務めた兄の大蔵貢の
影響だろうと思う。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  近江俊郎・高島忠夫のコンビで放つ坊ちゃんシリーズの第六篇。高島が初めて得意の大阪弁を使う
 というのがミソ。杉本彰・松井稔の脚本を、『坊ちゃんの野球王』のコンビ近江俊郎が監督、杉本正
 二郎が撮影した。『新日本珍道中 (西日本の巻)』の高島忠夫をはじめ、『不如帰』の高倉みゆき、
 『薔薇と女拳銃王』の高橋伸・大空真弓・由利徹などが出演。

   〔あらすじ〕

  行動的正義派のぼんぼん水島光一(高島忠夫)は、東京の就職先に向かう車中で、前に坐った大友
 みゆき(高倉みゆき)の危難を救ってやった。光一は田園調布の大友家をたずねた。そこに帰って来
 たみゆきは大友家の令嬢で、二人はおもわずビックリ。大友(由利徹)の碁敵古山(古川ロッパ〔緑
 波〕)の息子進(高橋伸)は、みゆきの妹マリ(大空真弓)に夢中だが、彼女はそっけない。光一は
 化粧品会社美宝堂に入社し、古株のセールスマン大宅曽次(坊屋三郎)に紹介され、早速大宅の身だ
 しなみを改めるように注意する。社員一同は大変な奴が入って来たと目を白黒させる。美宝堂の社長
 室では、新製品クロピカールの売込みに思案顔。光一はそれを紫外線除け白色美顔料「シロクナール」
 として発売したらと提案する。これで万事解決、売行きは上々と、光一の存在はにわかにクローズア
 ップされてきた。光一と大宅が小島商事に注文を取りにいった。美宝堂には在庫もないのにここでは
 ダンピングの大安売りをしている。何かあると感づく光一は、倉庫主任の田村老人(天知茂)を疑る
 が彼は実直そうな人間だった。ある晩光一は、キャバレーで販売課長の佐々木(並木一路)とボスの
 増田〔変装して田村に化けることあり〕(天知茂)が飲んでいるのをみつけ、販売課長の豪遊ぶりも
 耳にする。倉庫を調べると、事務員の話では田村老人は他人に帳簿や現品に手を触れさせない、とい
 うことが分った。光一が販売課長らの重要なメモを手に入れた。課長や増田の乾分たちに襲われた光
 一は、何んなくやっつけて、課長から重大なことを聞いた。その晩、倉庫の前に数台のトラックが止
 った。扉を開けて出て来たのは田村老人だった。単身飛び込んだ光一は、田村老人の変装をはがし、
 彼等の悪事をあばき、会社の危機を救った。光一とみゆきの晴れやかな表情、マリと進、大友と菊子
 (花岡菊子)と今日は三組の結婚式が挙行された。

 他に、白鳥みづえ(マリの同級生)、白川晶雄(辰=増田の子分)、南利明(教授)、八波むと志(按摩)、
藤村有弘(美宝堂経理課長)、大原栄子(お玉=大友家の女中)、平凡太郎(凡太郎=マリの同級生)、谷
村昌彦(露天商=定価700円のシロクナールを300円で売っていた)、真山くるみ(眞野郷子美容院のマダム)
などが出演している。大友の名前はどうやら「雪乃丞(漢字は推測)」というらしい。この人物はかなり封
建的で、「女房は不経済な存在である。子どもを生んだらバイバイがよろしい。なんせ、年は食うし、飯は
食うし、ロクなことはないから」といったニュアンスの考えを披瀝しており、現在ならば総スカンを食うか
もしれない。また、次女の部屋を本人と相談もせずに他人(恩人の子息ではあるが)に貸してしまうところ
なども、現在では考えられないシチュエーションではないか。もっとも、「ならぬ堪忍するが堪忍」に引っ
掛けて作ったと思われる、「(経費を)かけぬ宣伝、するが宣伝」という、大友流新格言は傑作だと思った。
寿司一桶(4-5人前)2,000円、ポークライス200円、按摩の代金300円。また、東郷青児の絵(たぶん、レプ
リカ)が飾ってあったのも、どこか古臭く感じた。「お茶を汲む」という表現も久しぶりに聞いた。「ばく
ゆう」(そういう風に聞こえた)という言葉も登場したが、「莫逆の友」の短縮形だろうか。


 某月某日

 DVDで新旧2本の邦画を観たのでご報告。ともに芸能界を舞台にした映画であるが、一方が露悪的な色合を
見せ、他方が綺麗事で固めている作柄である。しかし、それぞれの個性は十分に発揮しており、ともに楽し
い映画であると言えよう。
 1本目は、『ヘルタースケルター』(監督:蜷川実花、映画「ヘルタースケルター」製作委員会〔WOWOW=
アスミック・エース=パル=ハピネット=Yahoo! JAPAN=祥伝社=ラッキースター〕、2012年)である。奇
妙な題名の映画があるな……という認識だけが先行していて、どんな映画かはまったく知らなかった。岡崎
京子の漫画が原作を提供し、蜷川実花が監督を務め、沢尻エリカが主演を張った映画との由。これらの情報
は、今回初めて知った。なお、「ヘルタースケルター」とは、日本語に訳せば「シッチャカメッチャカ」の
意味。主要な出演者のひとりである大森南朋がそう言っている。正確を期すと、《Helter Skelter》と綴り、
英語で「狼狽」や「混乱」などを意味する言葉であり、原義は「螺旋状の滑り台」だそうである(ウィキペ
ディアより)。とかくお騒がせの沢尻エリカの魅力が全開の映画で、しかもその露悪趣味的なアレンジが嬉
しい1本である。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  少女漫画界のカリスマ、岡崎京子の同名コミックを映画化。『さくらん』の蜷川実花監督による極
 彩色の映像の中、約5年ぶりの本格復帰を果たした沢尻エリカが、過度の整形で心を病んだヒロイン
 を過激に熱演。妖艶な下着姿も披露する。大森南朋、寺島しのぶ、桃井かおりなど世界的に有名な豪
 華スターの共演にも注目が集まる。

   〔あらすじ〕

  トップモデルとして芸能界の頂点に君臨し、人々を魅了するりりこ(沢尻エリカ)には、その美貌
 は全身整形によってもたらされたものという、究極の秘密があった。誰にも言えないその秘密を抱え
 ながら、底なしの欲望渦巻く世界を疾走するりりこと、彼女が巻き起こす世間をひっくり返すような
 事件の真相とは……。

 他に、大森南朋(麻田誠=検事)、桃井かおり(多田寛子=りりこが所属する事務所の社長)、寺島しの
ぶ(羽田美知子=りりこのマネージャー)、綾野剛(奥村伸一=美知子の彼氏)、水原希子(吉川こずえ=
りりこと同じ事務所のタレント)、新井浩文(沢鍋錦二=りりこのメイク担当)、鈴木杏(保須田久美=検
察庁事務官)、寺島進(塚原慶太=刑事)、哀川翔(浜口幹男=プロデューサー)、窪塚洋介(南部貴男=
りりこの恋人、南部デパートの御曹司)、原田美枝子(和智久子=整形科医)、住吉真理子(比留駒千加子=
りりこの妹)などが出演している。一般大衆の「欲望処理装置」にすぎないタレントの虚飾の世界を華麗に
描く痛快作である。鑑賞中、「過剰性」という言葉がしきりに脳裏をよぎった。百田尚樹の小説『モンスタ
ー』を連想したのは言うまでもないが、こちらの方も高岡早紀主演で映画化されたようなので、少し楽しみ
である。なお、整形手術が主要モチーフであるが、臓器移植(売買や搾取を含む)も重要なコンセプトとし
て当該映画を支えている。さらに、作風はまったく違うが、女優という仕事の苛酷さの観点から、『告白的
女優論』(監督:吉田喜重、現代映画社、1971年)という邦画を思い出したことを付け加えておこう。
 2本目は、『青春ジャズ娘』(監督:松林宗恵、新東宝、1953年)である。最近観た『娘十六ジャズ祭り』
(監督:井上梅次、新東宝、1954年)の先行作品で、新東宝お得意の歌謡映画でもある。当時の人気バンド
であるジョージ川口とビッグ・フォアー、与田輝雄とシックス・レモンズ、東京キューバンボーイズ、原孝
太郎と東京六重奏団、クール・ノーツ、ウィリー・ジェームスとチャック・ワゴン、リリオ・ハワイアンズ
などが登場している。歌手も、江利チエミ(本人役)を始め、笈田敏夫、ナンシー梅木などが唄っている。
 この作品も物語を確認しておこう。再び<Movie Walker>のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  北田一郎と『アチャコ青春手帳第四話 めでたく結婚の巻』の蓮池義雄が脚本を書き、同上の松林宗
 恵が監督にあたった。撮影は新人西垣六郎、音楽は『半処女』の大森盛太郎。同じく、片山明彦、安
 西郷子、『戦艦大和』の高島忠夫、『暁の市街戦』の三島雅夫、『残侠の港』の関千恵子などに、柳
 屋金語楼、古川緑波、大泉滉などのコメディアンや、『薔薇と拳銃』に出演したジャズ・シンガーの
 新倉美子、シックス・レモンズのドラマーであるフランキー堺、その他、伴淳三郎、益田キートンや
 江利チエミをはじめとする歌手たちが司会・歌手の役で出演する。登場するバンドはシックス・レモ
 ンズ、ビッグ・フォア、ブルー・コーツ、チャック・ワゴン、東京キューバン・ボーイズ、クール・
 ノーツ(慶応)、東京六重奏団など。

   〔あらすじ〕

  都下大学対抗のジャズ合戦に優勝した城南大学のシックス・メロディアンズのメンバーは、卒業後
 もプロ楽団としてデビューすべく団結を誓いあったが、仲間の一人である青木正一(フランキー堺)
 が、悪徳ブローカー〔大世界藝能社社長〕の山崎権平(三島雅夫)の引抜きに応じたため、止むなく
 解散する。リーダー格の後藤春彦(片山明彦)も、頑固な父親である金兵衛(柳家金語楼)の反対や
 友人の離反、生活苦などのためにいつかこの道に自信を失いかける。彼の恋人浅井俊子(新倉美子)
 はジャズ・シンガーを志し、卒業後も研讃を怠らない。女学校の先輩であり、キャバレー赤馬車のマ
 ダムを勤める由紀子(関千恵子)の手引きでそのキャバレーで歌手として働くようになった。彼女や
 その父の良策(古川ロッパ〔緑波〕)の激励で、春彦も漸く自信と情熱をとりもどす。やがて父も息
 子の希望をゆるした。先輩、友人の努力が実をむすび、再びシックス・メロディアンズは編成され、
 中央劇場で一流楽団と共演する機会まで与えられる。デビューを祝して、江利チエミも特別出演の要
 請に応じてくれる。しかし、その当日、ドル箱の青木を放すまいとする山崎は、彼を一室に監禁し、
 チエミは映画撮影が遅れて、出演時間にま間に合わなくなる。しかし、出演者たちの熱演で時間をか
 せいでいるうち、彼らの先輩で、夕刊スポーツの芸能記者である三上(水島道太郎)が青木を救出し、
 チエミもまた際どいところに駆けつけて、彼らのデビューは上々となった。俊子と春彦、下宿の娘皆
 川京子(安西郷子)と青木の二組の恋人はこれでめでたく結ばれた。

 他に、高島忠夫(田原=シックス・メロディアンズのコントラバス担当)、天知茂(石川=同じくピアノ
担当)、小笠原弘(野村=同じくサックス担当)、君島靖二(杉本=同)、トニー谷(「ジャズ祭り」の司
会者兼ボードビリアン)、南道郎(漫才の片割)、伴淳三郎(ミスター・パー・アジャ)、大泉滉(安木=
山崎の手先)、清川虹子(皆川夫人=京子の母)、田中春男(森田=中央劇場支配人)、益田キートン(酔
っ払い)などが出演している。なお、俊子役を演じた新倉美子(しんくらよしこ)が辰巳柳太郎の娘である
ことが初めて分った。さらに、石川役の天知茂がストリップ劇場のピアノ弾きを演じているが、その演目が
傑作である。いわく「脱衣革命(ストリップ・クーデター)」の由。蛇足ながら、トニー谷の軽妙さも、50
年ぶりぐらいに味わうことができたことを付け加えておこう。


 某月某日

 また、DVDで恋愛映画を観た。『8月のクリスマス』(監督:長崎俊一、「8月のクリスマス」製作委員会
〔ミコット・エンド・バサラ=オフィス オーガスタ=キングレコード=S・D・P=TOKYO FM=WOWOW〕、2005
年)という作品である。封切された頃から知ってはいたが、観なくても分るような気がして、これまで鑑賞
とは無縁の映画だった。小生の今年の鑑賞テーマが「恋愛映画」なので、観るタイミングとしては適切だっ
たと思う。死が間近に迫っている人の恋愛というモチーフは、あまりに平凡かつ退屈だが、その平凡さと退
屈さがかえって温かさを生むのだろう。主人公は死んでしまうが、この恋はある意味で成就していると思っ
た。勝手な解釈だろうか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  韓国の珠玉のラブ・ストーリーを、人気ミュージシャン、山崎まさよし主演でリメイク。余命わず
 かな男性の、結ばれることのない人生最後の恋を静かに見つめる。

   〔あらすじ〕

  父から譲り受けた写真館で鈴木寿俊(山崎まさよし)は、訪れる人々の幸せな瞬間を写真に刻み付
 ける、そんな仕事を楽しんでいた。ある日、友人の葬式に参列した寿俊は、店主の帰りを待ちわびて
 写真館の前に佇んでいる高橋由紀子(関めぐみ)と出会う。近所の小学校の臨時教員である由紀子は、
 急ぎで写真の現像を頼みにきたのだった。それから由紀子はたびたび写真館を訪れ、寿俊との他愛の
 ない会話を楽しむようになる。嫁いだ妹の純子(西田尚美)は、父・雅俊(井川比佐志)と兄とのふ
 たり暮らしを心配して、時折家事を手伝いにやって来る。縁側に座り西瓜を食べる純子と寿俊。ふと、
 地元に帰ってきた純子の友達、佳苗(戸田菜穂)のことが話題に上る。佳苗は、寿俊のかつての恋人
 だった。その佳苗が写真館を訪れ、思い出話をしていると由紀子がやって来る。佳苗の存在に驚いた
 由紀子は、慌てて写真館を立ち去る。小学校へ写真を届けに行った寿俊がふと体育館を覗くと、バス
 ケットボールの指導をしている由紀子がいた。ふたりはバスケットを始め、ボールを取ろうとする寿
 俊の足を引っ掛けて、意地悪をする由紀子。翌日、寿敏の筋肉痛を心配した由紀子は、アイスクリー
 ムを持ってお見舞いにやって来る。ひとつのアイスを分け合って食べるふたり。学生時代からの親友、
 宮田亮二(大倉孝二)を誘って、居酒屋へ出かける寿俊。すっかり酔った寿俊は、冗談に見せかけて
 自分が病気でじきに死ぬと口にする。ある日、バイクショップの軒先で寿俊が雨宿りをしていると、
 傘をさして由紀子が通りかかる。相合い傘で送るお礼に、由紀子はお酒をおごってほしいと頼む。し
 かし、約束の時間が来ても由紀子は現れない。不意に写真館のドアが開く音がして振り返ると、そこ
 には昼間、喜寿のお祝いの記念写真を撮ったおばあさん(草村礼子)が立っていた。お気に入りの着
 物を着て、お葬式に使う写真を撮り直しにやって来たのだ。その優しい笑顔を撮影する寿俊。寿俊と
 由紀子は遊園地へ出かけ、帰り道、寿俊はお気に入りの場所に由紀子を案内する。高台の石階段に腰
 掛けて、広がる街並を見るふたり。母を亡くした子どもの頃から、寿俊はここで物思いにふけるのが
 好きだった。「雪が降ると静かでいい」と言う寿俊に、「今度の冬にまたここに来よう」と答える由
 紀子。だが寿俊はふざけることしかできない。夜、様態が急変して寿俊は病院へ運び込まれる。入院
 をしたことも知らずに、毎日写真館を訪れる由紀子。いつまで経っても戻らない寿俊に宛てて、手紙
 を扉に挟み込む。やがて置き去りの手紙を持ち帰ろうとするが、誤って手紙は写真館の中へ。新しい
 小学校へ新任教師として赴任することを決心した夜、由紀子は写真館の窓に向けて小石を思いっきり
 投げつけた。そして、夏が終わりを告げる頃、寿俊は退院した。由紀子からの手紙の束を見つけ、寿
 俊は彼女が赴任した海沿いの小学校を訪れる。

 他に、大倉孝二(宮田亮二=寿俊の友人)、大寳智子(由紀子の同僚)、野口雅弘(警察官)、諏訪太朗
(亮二と喧嘩した相手)、山本浩司(寿俊らの同級生)などが出演している。主演の山崎まさよしについて
はよく知らないが、カラオケ・バーで彼の「中華料理」(1996年)とか「セロリ」(同年)とかをよく歌う
青年を知っており、そのお陰で辛うじて認識している人である。いかにもの人で、この作品の主人公にはぴ
ったりだと思った。相手役の関めぐみは存在を知っている程度の女優だったが、彼女も活き活きとした演技
をしているのではないか。とくに、バスケットボールのシーンはよかった。つまるところ、物語があまりに
平凡なので、その意味でリアリティがあったと思う。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。いずれも当時人気劇画として一世を風靡した『愛と誠』(梶原一騎 作/
ながやす巧 画)の実写版である。西城秀樹主演の第1作が大ヒットしたので、第2作(南条弘二)、第3作  
(加納竜)が作られた。相手役はいずれも役名と同じ早乙女愛である。つい最近、三池崇史版(2012年)の
『愛と誠』を鑑賞したが、旧作3本の圧縮版であることがよく分かった。
 1本目は、『愛と誠』(監督:山根成之、松竹=芸映プロ、1974年)である。満を持して公開しただけあ
って、この熱血メロドラマを過不足なく映像化していると思った。早乙女愛役は全国の39,027人から選ばれ
たわりには地味な15歳の子であったが、演技を重ねていくうちにその味を出し始めていったと思う。個人的
には、森田健作が黛ジュンの相手役に抜擢されたのに似ていると思う。ちなみに、その映画は『夕月』(監
督:田中康義、松竹、1969年)〔筆者、未見〕で、早乙女愛同様、森田健作という役名をそのまま芸名にし
ている。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  少年雑誌に連載中の梶原一騎・作、ながやす巧・画の同名劇画の映画化で、不良学生と純真な少女
 の熱烈な愛を描く青春映画。脚本は「しあわせの一番星」の石森史郎、監督は脚本も執筆している同
 作の山根成之、撮影は「ムツゴロウの結婚記」の竹村博がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  信州蓼科高原スキー場。スキー遊びに興じていた少女が、危険な斜面を滑り出し、あわや谷へ落ち
 ようとする瞬間突然飛び出して来て少女を救ったのは、蓼科に住む少年だった。その日から少女の心
 には“白馬の騎士”への思慕が芽ばえ、少年の顔には醜い傷が残った。少年の名は「太賀誠」(西城
 秀樹)、少女の名は「早乙女愛」(早乙女愛)。九年が過ぎた。白樺の森に夏が息づき、青春が躍っ
 ている。東京の青葉台高校のキャンプに殴り込みをかけた不良グループがあった。さらにそのグルー
 プの無法を暴力でさえぎったもう一つの不良たちがいた。そのリーダーは誠だった。青葉台高校の理
 事長のひとり娘として美しく成長し、“学園の女神”と全校のアイドルとなっている愛との、それは
 運命の再会だった。愛はこの事件のために少年院に送られようとしていた誠を、自分と同じ学校に転
 校させ、父に月謝とアパート代をもたせることによって昔の償いをしようとした。だがその愛の好意
 に対する誠の言葉は冷たかった。「あんたは俺を東京に呼んで、危険な斜面にまた飛び出したんたぜ」。
 誠は入校一日目にして早くも教師を殴り倒すという事件を起こした。そんな誠を見込んだ学園のボス
 的存在であるラグビー部とボクシング部の主将が入部を勧誘したが、誠がこれを無視したことによっ
 て学生たちの誠への敵意は高まった。かねてから愛に想いを寄せている全校きっての秀才・岩清水弘
 (仲雅美)は、愛の心が誠に傾いていくのを知り、愛に宣言した。「愛よ、君のためなら僕は死ねる」
 と。愛はあらゆる犠牲と恥を忍んで誠につくすが、誠はその献身をせせら笑った。九年前、あの事件
 の後、半死半生で家に辿りついた彼は破傷風にかかり半年は立ち上れなかった。彼の大病は貧しい一
 家の生活を破壊し、誠は少年期を悲惨のドン底で送った。「この傷はどうしようもねえ、ばかたれの
 紋章。だがこれからは他人を踏み台にして、テメエだけ強くのし上る、力の紋章にしてみせるぜ」。
 学園は今や、誠という名の嵐に吹きとばされそうに、すさんでいった。学業に専心してほしいと思う
 愛の気持に反して、誠は学園の暴力革命を狙って行動しつづけた。ラグビーで暴力的にプレイし、ボ
 クシングでは相手選手を反則スレスレで倒した。誠の悪名はいやが上にも高まった。ラグビー部の城
 山郷介(高岡健二)と、ボクシング部の火野将平(織田あきら)の両キャプテンは誠に決闘状をたた
 きつけた。誠は愛の必死の制止にもかかわらず、深夜の河原へと単身乗り込んだ。凄惨、狂乱としか
 言いようのない石つぶての死闘の中で、身をもって止めに入った愛の額が割られた。失神する愛。 
  「愛!」……誠は初めて愛の名を叫んだ。誠が愛をしっかりと抱いて薄明の道を行く。朝の光がそ
 の後姿を照らしている……。

 他に、鈴木瑞穂(早乙女毅一郎=愛の父)、有沢正子(早乙女寿美=同じく母)、坂上大樹(白川三平=
誠の信奉者)、穂積隆信(小橋教頭)、北浦昭義(久松先生)、中川三穂子(真弓)、南陽子(前川紀世子=
愛の先輩)、進千賀子(前川加恵=その姉)、三角八郎(西田運転手)などが出演している。誠が、若山牧
水の短歌(「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにもそまずただようふ」と「幾山川越えさり行かば寂しさ
の果てなむ国ぞ今日も旅ゆく」)を節をつけて歌うシーンがあるが、随分と古風なので面白いと思った。誰
の趣味なのか。それとも、原作にあったのか。なお、愛が純喫茶「窓」でアルバイトをするが(三池版でも
かなりアレンジされて採用されている挿話)、募集時の時間給は300円である。
 2本目は、『続・愛と誠』(監督:山根成之、松竹、1975年)である。三池版では大野いとが演じた高原
由紀役には、多岐川裕美が扮している。甲乙つけがたいが、妖しさでは多岐川が一枚上手を行くだろう。な
かなかの味であった。肝心の太賀誠役には新人の南条弘二が抜擢されている。あまり印象がないが、この作
品においてはけっこう頑張っている。
 この作品も物語を確認しておこう。以下、同じ。

   〔解説〕

  「愛と誠」第二作目。不良校・花園実業高校に転校した太賀誠、彼を追って来た早乙女愛、そして
 大番長の高原由紀の三人が展開する青春の愛と憎しみを描いた青春映画。原作は梶原一騎・作、なが
 やす巧・画の同名劇画。脚本は「ふれあい」の石森史郎、監督は脚本も執筆している「あした輝く」
 の山根成之、撮影も同作の竹村博がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  青葉高校を退学となった太賀誠(南条弘二)は、不良校として勇名な花園実業高校へ転校した。ス
 ケバンやチンピラ生徒のたむろする中を誠は無関心を装っていた。こんな誠の態度がスケバン・グル
 ープには面白くなく、一人が誠に襲いかかった。しかし誠は、反対にそのスケバンを3階の教室の窓
 から逆さ吊りにした。それは誠のスケバンたちに対する宣戦布吉でもあった。一方、早乙女愛(早乙
 女愛)は、書き置きを残して家出、誠の後を追って花園実業へ転校して来た。だが誠は、愛のそうし
 た行動よりも、影の大番長を探し出すことで頭の中がいっぱいであった。そんなある日、花園実業に
 体育教師として天地大介(森次晃嗣)が赴任して来た。柔道四段、空手三段、アマチュア・ボクシン
 グのチャンピオンという彼は、学校の正常化を高らかに宣言した。だが数日後、十数本のナイフが天
 地の上衣、ズボン、肩に突き刺さった。このナイフを投げた女こそ、影の大番長高原由紀(多岐川裕
 美)であった。彼女はツルゲーネフの『初恋』を愛読し、いつも肌身はなさず持っていた。愛は由紀
 が影の大番長とも知らずに、彼女から大番長が誰かを聞き出そうとしたが無駄だった。誠は愛が止め
 れば止めるほど大番長への挑戦の気持は高まり、一方由紀は、愛の献身的な誠への愛を知るにつれ、
 誠を殺す決心をした。いよいよ対決する時が来た。由紀は『初恋』の本の中に隠したナイフを次々と
 誠の腕や腿をめがけて投げた。血しぶきをあげる誠だが、よろけながら由紀に迫った。その時野獣の
 ような唸り声とともに、誠の体は宙を舞い、川に投げ飛ばされた。この男が由紀の影の用心棒、座王
 権太(千田孝之)であった。遂に力尽きた誠は病院に運び込まれ、愛は一睡もせず看病した。数日後、
 傷も癒えぬのに、誠は由紀に再挑戦を申し入れた。「やめて! 誠さん、私を身代りにして! お願
 い!」……この時、由紀は一途な愛の誠への「愛」を知った。「私は負けた、太賀誠に負けた。早乙
 女愛に負けた。いつか私も彼を愛してしまうだろう、そして早乙女愛と争うに違いない」……由紀は
 そんな遺書を残し、月光に輝く美しい波の間に消えた。

 他に、大泉滉(青田先生)、坊屋三郎(大下先生)、中川加奈(ガムコ)、高城淳一(教頭)、鈴木瑞穂
(愛の父)、有沢正子(同じく母)、北沢彪(校長)、粟津號(花園実業の生徒のひとり)などが出演して
いる。
 3本目(最終作)は、『愛と誠 完結篇』(監督:南部英夫、松竹=三協映画、1976年)である。太賀誠に  
は加納竜が扮している。監督が変わっているので、若干色合が変化したと思う。出演者に大物も多く、かな
り力が入っていると思った。続篇では岩清水弘が登場しないので少し淋しかったが、今回は登場しているの
で、その点でも楽しめた。配役は内田喜郎で、かつては関根恵子とともに青春映画の主演を張っている俳優
である。柴俊夫が隻眼の不良を演じているが、なかなか似合っている。
 完結篇も物語を確認しておこう。以下、同じ。

   〔解説〕

  少年マガジン連載の人気劇画の三度目の映画化で、今回が完結篇。悪の温床花園実業高校を舞台に、
 一匹狼の誠と、彼に心を寄せる愛のロマンス、ヤングマフィアの団長峻と誠の対決を描く。脚本は前
 二作の監督をした山根成之と長尾啓司・南部英夫の合作。監督はこの映画がデビュー作になる南部英
 夫。撮影は「忍術猿飛佐肋」の竹村博がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  東京新宿にある花園実業高校は、全国でもその名を知られた不良学校だった。この悪の温床を牛耳
 っていた陰の大番長、高原由紀が、一匹狼の太賀誠との戦いに敗れて死を選んでからは、学園にしば
 し平和が訪れたかのように見えた(以上第二部)。そんなある夜、太賀誠(加納竜)を愛している早
 乙女愛(早乙女愛)のところに、怪電話がかかった。電話の声は、「お前と太賀誠は、即刻転校しろ。
 無駄な血を流したくないなら」と言って切れた。それは、明らかに誠への挑戦状だった。愛から忠告
 された誠は、強敵の出現に、またしても闘志を燃やすのであった。電話の主は、二人の精神主義を軽
 蔑しているヤングマフィア“緋桜団”の団長を名のる砂土谷峻(柴俊夫)だった。翌朝、誠が登校す
 ると、彼の教室は緋桜団に占拠されていた。緊迫した空気が一瞬流れたが、そこへ割って入ったのが、
 花園実業の理事長座王与平(大滝秀治)だった。彼は、政財界の黒幕といわれ、時の政権をも動かす
 ことのできる大物だった。しかし、峻は座王の出現にもおじけることはなかった。座王与平は、実は
 峻の父親だったのである。彼が女中に手をつけた時にできた子が、峻であった。峻は幼少の頃、座王
 の苛酷な仕打ちに合って目を傷つけた。それ以来、家を飛び出して、父を憎んでいたのだ。この出会
 いは、そんな峻と、負い目を背負った父親との何年ぶりかの邂逅だった。誠の身を案じる愛の不安は、
 つのる一方だった。数日後、愛の不安が現実となった。緋桜団と誠が朝礼の時に対立したのである。
 多勢に無勢で危ない誠は、爆弾をふりかざした。誠の捨て身の戦いに、さすがの峻も驚いた。峻は、
 誠が通うスナックの美しいハーフの娘アリス(スーザン)を監禁した。彼女を助けたければ、爆弾を
 捨てて勝負しろと、誠に迫るのだった。誠は、人質がアリスと知って安堵した。スナックに誠が通っ
 ていたのは、実は、そのスナックの向いのオデン屋で働く、アル中の母を、スナックのドア越しに見
 るためだったのである。10歳の時に、誠を捨てた母のトヨ(根岸明美)ではあったが、やはり誠には
 恋しい母だった。少女を人質に、誠と峻は向い合った。ムチを使う峻。それをかわす誠。勝負は、誠
 が蹴り上げたナイフが、俊の右手の親指を切断して、峻の負けとなった。この一件で、峻はこれまで
 の横暴な行動が警察にバレて、取り調べを受けることになった。そんな時、早乙女家に思わぬ事件が
 持ち上った。それは、早乙女家を没落させる大事件でもあった。早乙女財閥のトップの座にある愛の
 父将吾(根上淳)と、座王が、国有地不正払い下げ事件の渦中の人物となったのである。愛の両親は、
 こんなことから冷たくなって、母の美也子(白木万理)は家を出た。そして、窮地に立たされた座王
 は、切腹するという思わぬ事態を迎えた。座王の死で、将吾は全真相を発表しようと決心した。しか
 しその時、将吾のところに、「お前の妻の身体は預かっている」という恐迫電話がかかってきた。国
 会での証人喚問の日。将吾は、全国民の前で何も言えなかった。そんな彼を、皆は批難した。その夜、
 愛の母親が黒幕の手先きにおくり返された。愛は、母親に痛烈な言葉を浴びせた。「苦境に立ったお
 父さんを駄目にしたのは、お母さんよ」。彼は、この言葉を聞いて、愛も大人になったことを知った。
 そして、今まで遠ざけてきた愛への思いをつのらせるのだった。誠は、権力の手先である黒幕の正体
 がわかっていた。数日後、誠は愛の一家を不幸にした宿命のライバル峻との闘いに挑んだ。親に裏切
 られた不幸な若者同志の闘いだった。

 他に、十朱久雄(秋山=花園実業校長)、 大泉滉(青田=国語教師)、阿部昇二(岡島=修理工場経営者)、
橋本功(梶本=湊川会大幹部)、汐路章(鬼頭=湊川会会長)、東八郎(スナック・オスカーのマスター)、
佐藤蛾次郎(オデン屋の親爺)、藤村有弘(座生与平の顧問弁護士)、山本幸栄(ヤキトリ屋の親爺)、梶
原一騎(刑事)、高城淳一(大臣)などが出演している。


 某月某日

 昨夜記述できなかった2本の映画の感想を記そう。1本目は、『愛してよ』(監督:福岡芳穂、「愛して
よ」製作委員会、2005年)である。公開年よりも15年ほど前のバブル崩壊期のような雰囲気を備えた作品で
ある。本格的にステージママを扱った映画はこれが初めてかもしれない。その意味で新鮮だった。ただ、父
親の自殺のリアリティがあまりない。女絡みにするか、ヤクザを付き纏わせて、もう少し追い詰めてもよか
ったのではないか。ともあれ、不思議な雰囲気に包まれた映画である。
 物語を確認しよう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  愛し方を模索するシングルマザーの母と息子の絆を、いじめや自殺といった社会問題を織り交ぜな
 がら描く人間ドラマ。子育て、仕事、そして恋愛と、ひとりの女性として不器用にも懸命に生きる母
 親を、西田尚美が好演する。

   〔あらすじ〕

  息子をキッズモデルとして成功させようと忙しい日々を送るシングルマザーの中山美由紀(西田尚
 美)。そんな母を冷静に見つめつつも、期待に応えようと健気に振舞う息子のケイジ(塩顕治)。す
 れ違う母子の関係は、美由紀に恋人が出現したことで、さらに溝が深まっていく。

 他に、松岡俊介(沢木亘=ケイジの父親)、野村祐人(青山匠=美由紀の恋人)、鈴木砂羽(江田島周=
服飾デザイナー)、伊山伸洋(山本アキラ=オーデション仲間)、荘司アレク(高原タカシ)、泉綾香(島
田シオリ)、牧野有紗(エリカ)、菅田俊(高原征雄=アレクの父と思しき人)、筒井真理子(高原真樹=
同じく母と思しき人)、マギー(ヤクザ)、鷲尾真知子(管財人の弁護士)、本田博太郎(債権者のひとり)、
大河内浩(太田=UNICOSS専務)、正名僕蔵(プロジェクト・プロデュサー)、あがた森魚(モデルプロ社
長)、古井榮一(佐藤=売り場主任)、ナガセケイ(江田島のアシスタント)、日笠宣子(ゲスト審査委員)、
林海象(同)などが出演している。
 2本目は、『オカンの嫁入り』(監督:呉美保、「オカンの嫁入り」製作委員会〔角川映画=東映ビデオ=
NTTドコモ=キュー・テック〕、2010年)である。『酒井家のしあわせ』(監督:呉美保、「酒井家のしあわ
せ」フィルムパートナーズ〔ビーワイルド=スタイルジャム=テレビ大阪=テイクイット・エージェンシー〕、
2006年)でもなかなかいい味を出していたが、当該作品で呉監督の才能が一気に花開いた感じである。似た
ようなテイストの作品を挙げるとすれば、

  『東京夜曲』、監督:市川準、衛星劇場=近代映画協会、1996年。
  『大阪ハムレット』、監督:光石富士朗、「大阪ハムレット」製作委員会〔アートポート=関西テレビ=
   BLDオリエンタル=双葉社〕、2008年。
  『秋深き』、監督:池田敏春、「秋深き」製作委員会〔ビーワイルド=ビーワイルドエンタテインメント
   グループ=トゥモロー〕、2008年。

あたりか。いずれにしても、無駄なシーンがなく、ともすればリアリティが崩れそうな場面も、ぐっと堪え
て絵になっていたと思う。女性監督らしい肌理の細かい演出が心地よく、これからも高水準の映画を作って
ほしいと思う。
 この作品も物語を確認しておこう。再び、<Movie Walker>のあらすじを引用する。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  大竹しのぶと宮崎あおいが母娘に扮した家族ドラマ。母親の突然の再婚宣言によって平凡な日常が
 変化していくさまを描く。全編関西弁による、2人のテンポのよい会話も楽しい。

   〔あらすじ〕

  大阪。森井月子(宮崎あおい)と森井陽子(大竹しのぶ)は、母ひとり子ひとりで仲良く暮らして
 きた親子。ある日の深夜、陽子が酔っ払って若い金髪の男・服部研二(桐谷健太)を連れて帰ってく
 る。何の説明もないまま玄関で眠りこける二人。月子は陽子を引きずり、居間のこたつに寝かせ、玄
 関で倒れている研二にはコートをかけてやる。翌朝、ケロッとした顔で陽子が言う。「おかあさん、
 この人と結婚することにしたから」……あまりに突然のことにとまどう月子は、とっさに家を飛び出
 し、隣の大家・上野サク(絵沢萠子)のもとへ向かった。月子が生まれる前に、陽子は夫・薫と死に
 別れており、ずっと「薫さんが、最初で最後の人」と言っていた。しかも、研二は30歳。態度もヘラ
 ヘラしていて、元板前だというが、今は働いていないらしい。納得がいかない、というよりも母の行
 動が理解できない月子は、サクの家に居座り続ける。「月ちゃんがいない家に同居はできない」と研
 二は庭の縁側の下で寝泊りする。そんな中、陽子に対しても、研二に対しても頑なに心を閉ざし続け
 る月子に、陽子の勤め先、村上医院の村上章先生(國村隼)は、これまで誰にも話すことのなかった
 陽子との秘密を告白、月子を驚愕させる。それを聞いて渋々だが、陽子の結婚を了承することにした
 月子。ところがある朝、陽子と研二が二人で衣裳合わせに出かける間際、陽子が倒れてしまう。緊急
 搬送され、診断結果は軽い貧血。ホッとする月子であったが、次の瞬間、医師の猪瀬亮二(綾田俊樹)
 から受け止めがたい現実を突き付けられる。月子は、陽子を白無垢の衣裳合わせに連れて行くことを
 決意。由緒ある神社の静かな衣裳部屋で、白無垢に身を包んだ陽子が三つ指をついて月子の前に座る。
 涙をこらえ、ゆっくりと絞り出すように、これまで決して話すことのなかった本音を、陽子が月子に
 語り始めた……。

 他に、林泰文(本橋信也=月子の元同僚にしてストーカー)、斎藤洋介(佐々木義男=月子の元上司)、
春やすこ(小谷聖子=上野家の常連の主婦)、友近(島村幸=同)、たくませいこ(和田真=獣医)、吉見  
由香(ラジオのDJ)、岡部がんも/山名ゴロー(ハチ=黒のバグ犬)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。いずれの映画も人間の切ない思いに満ちている。人生が夢だとすれば、
悪夢ばかりが永遠と続くのである。
 1本目は、『千年の愉楽』(監督:若松孝二、若松プロダクション=スコーレ、2012年)である。交通事
故で急死したので、はからずも若松監督の遺作となった。彼の作風はあまり細かいことを気にせず自分の表
現に徹することだと思っているが、それにしても荒っぽい作りである。猥雑な感じは伝わってくるが、生活
臭があまりしない。山仕事などのシーンもまるでリアリティがない。時代考証や人物造形も中途半端で、主
演の寺島しのぶも何かいまひとつであった。わずかに、高岡蒼佑〔現 高岡奏輔〕のチンピラぶりに関心が湧
いた程度である。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  映像化が困難だと言われていた中上健次の代表作でもある短編集を映像化した、若松孝二監督の遺
 作。紀州の地を舞台に、産婆として人々の命の始まりを見届けてきたオリュウノオバと、彼女に取り
 上げられてきた人々の物語がつづられる。高良健吾、染谷将太ら、日本映画界を代表する若手俳優た
 ちが多数顔を揃えた。

   〔あらすじ〕

  紀州のとある路地。ここで産婆をしてきたオリュウノオバ(寺島しのぶ)は最期の時を迎えている。
 オバの脳裏には、オバが誕生から死まで見つめ続けた男たちの姿が浮かんでいた。美貌を持ちながら
 もその美貌を呪うかのように女たちに身を沈めていった中本半蔵(高良健吾)。刹那に生き、自らの
 命を焼き尽くした田口三好(高岡蒼佑)。路地を離れ北の大地で一旗揚げようとするも夢破れた中本
 達男(染谷将太)。オバは自らの手で取り上げた彼らを見つめながら、あるがままに生きよと切に祈
 り続けた。オバの祈りは時空を超え、路地を流れていく……。

 他に、佐野史郎(礼如=毛坊主、オリュウノオバの亭主)、山本太郎(一杯飲屋の客)、井浦新(中本彦
之助=半蔵の父親)、原田麻由(ミツ=カネの仲間)、増田恵美(トミ=半蔵の母親)、並木愛枝(カネ=
半蔵の色)、地曵豪(清二)、安部智凛(初枝)、石橋杏奈(ユキノ=半蔵の女房)、水上竜士(桑原=三
好のワル仲間)、岩間天嗣(直一郎=同)、片山瞳(蘭子=娼婦)、月船さらら(芳子=三好がモノにした
他人の女房)、渋川清彦(芳子の亭主)などが出演している。
 2本目は『愛してよ』(監督:福岡芳穂、「愛してよ」製作委員会、2005年)、3本目は『オカンの嫁入
り』(監督:呉美保、「オカンの嫁入り」製作委員会〔角川映画=東映ビデオ=NTTドコモ=キュー・テック〕、
2010年)であるが、今日はもう遅くなったので、後日に回そう。


 某月某日

 DVDで邦画の『おおかみこどもの雨と雪』(監督:細田守、「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会〔日
本テレビ放送網=スタジオ地図=マッドハウス=角川書店=バップ=D.N.ドリームパートナーズ=読売テレ
ビ放送=東宝=電通=デジタル・フロンティア=札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=
広島テレビ=福岡放送〕、2012年)を観た。アニメーション作品の鑑賞はひさしぶりである。たまにはいい。
物語は平凡であるが、丁寧に作っているので結構楽しめた。昨今では、本職が声優ではない人(多くは有名
俳優)が声の吹込みを入れていることが多くなったが、声優専門の人々の職場を荒らしていることにはなら
ないのか。どうも安直な気がしてならない。もっとも、業界筋の話だから、小生のような素人がとやかく言
うことではないのかもしれないが……。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『サマーウォーズ』の細田守監督が自ら立ち上げたアニメーションスタジオ、スタジオ地図で製作。
 2人の子どもと母親の姿を描くファンタジーアニメ。“おおかみおとこ”と恋に落ち、“おおかみこ
 ども”の姉弟を授かった女性の奮闘と、子供たちの成長という13年の物語が繰り広げられる。脚本を
 担当するのは『八月の蝉』の奥寺佐渡子。

   〔あらすじ〕

  人間の姿をしていながらもおおかみおとこ〔100年前に絶滅したニホンオオカミの末裔〕という正体
 を持つ男(声:大沢たかお)と出会った大学生の花(声:宮崎あおい)。二人は惹かれあい、やがて
 子どもを授かる。姉の雪と弟の雨は、人間とおおかみのふたつの顔を持つ、おおかみこどもだった。
 都会の片隅で正体を隠しながらつつましやかに暮らす4人は、幸せそのものだった。しかしある日、
 父が死んでしまい、幸せな日々に終止符が打たれた。おおかみこどものきょうだいを抱えた花は、豊
 かな自然の残る田舎に移住することを決意する。

 他に、大野百花(雪=幼年期)、黒木華(同=少女期)、加部亜門(雨=幼年期)、西井幸人(同=少年
期)、菅原文太(韮崎の爺さん)、片岡富枝(韮崎の奥さん)、小林隆(韮崎の旦那さん)、平岡拓真(藤
井草平)、林原めぐみ(草平の母)、染谷将太(田辺先生)、中村正(細川)、大木民夫(山岡)、麻生久
美子(堀田の奥さん)、谷村美月(土肥の奥さん)、井上肇(天童=「新川自然観察の森」の自然観察員)、
桝太一(ラジオ・アナウンサー)などが声の出演をしている。
 花は自然観察員のアシスタントをすることになるが、その仕事とは、「自然を守る」ことを前提として、
環境教育、フィールド調査、動植物の保全が三本柱となる。スペシャリストであると同時に、何でも屋も務
めなければならない。花の実際の働きぶりがあまり描かれていなかったのが玉に瑕であるが、彼女に相応し
い仕事と言えよう。もっとも、報酬は高校生のバイト以下のようだから、「職業」とまでは言えないようだ。
これは、かなり以前から考えていることであるが、国か地方自治体に「森林保安官」みたいな職種を置き、
日本の自然を守ってほしいと思う。要らない組織(団体)の無駄な公務員(団体職員)よりも、ずっと有意
義な仕事だと思うのだが……。


 某月某日

 DVDで邦画の『クローズド・ノート(Closed Note)』(監督:行定勲、「クローズド・ノート」製作委員
会〔東宝=博報堂DYメディアパートナーズ=S・D・P=ソニー・ミュージックエンタテインメント=角川書
店〕、2007年)を観た。TSUTAYAで何度も手に取りながら、これまで借りて観ることのなかった作品のひと
つである。観なくても分ると言っては失礼だが、恋愛映画なんてそんなものであるという偏見が小生の頭を
支配しており、鑑賞を躊躇していたのである。正直言って観てよかったと思う。行定監督の長所は、こんな
ベタな題材を照れもせずまともに造形する力量を持っている点であろう。鑑賞済みの彼の作品(全11作品)
を下に挙げてみよう。

  『閉じる日』、監督:行定勲、シネロケット=日本トラステック、2000年。
  『ひまわり』、監督:行定勲、ケイエスエス、2000年。
  『GO』、監督:行定勲、「GO」製作委員会、2001年。
  『贅沢な骨』、監督:行定勲、mouchette、2001年。
  『ロックンロールミシン』、監督:行定勲、SPACE SHOWER WORKS=ギャガ・コミュニケーションズ=
   東映ビデオ、2002年。
  『きょうのできごと/a day on the planet』、監督:行定勲、レントラックジャパン=讀賣テレビ放送=
   葵プロモーション=電通=シィー・スタイル=コムストック、2003年。
  『世界の中心で、愛をさけぶ』、監督:行定勲、東宝=TBS=博報堂DYメディアパートナーズ=小学館=
   S・D・P=MBS、2004年。
  『北の零年』、監督:行定勲、「北の零年」製作委員会、2005年。
  『ユビサキから世界を』、監督:行定勲、フォーライフミュージックエンタテインメント=ランブル
   フィッシュ=ケーブルテレビ山形、2006年。
  『クローズド・ノート(Closed Note)』、監督:行定勲、「クローズド・ノート」製作委員会〔東宝=
   博報堂DYメディアパートナーズ=S・D・P=ソニー・ミュージックエンタテインメント=角川書店〕、
   2007年。
  『パレード』、監督:行定勲、「パレード」製作委員会〔WOWOW=ショウゲート=キングレコード=
   ハピネット〕、2010年。

 とくに有名なのは『世界の中心で、愛をさけぶ』だろうが、恋愛ファンタジーとしては、当該作品の方が
優れているような気がする。もちろん、その通俗性は否めないが、撮り慣れているので、どうすればお金を
取れる作品が作れるかについて、熟知していると思う。「映画は娯楽である」という観点に立てば、まさに
「恋愛娯楽映画」と言えよう。今年の鑑賞映画のテーマが「恋愛映画」なので、典型的なそれを鑑賞した気
分である。
 先ず、スタンダールの指摘した「結晶化」であるが、花束のエピソードにおける可奈子との遣り取りに見
て取れる。主人公の香恵の恋の予感が弾ける箇所である。さらに、亀井勝一郎の「恋愛は美しき誤解である」
という言葉を考慮に入れれば、「パワーボール(鶉の卵入りのミートボールのこと)」のエピソードが典型
だろう。しかも、香恵は二重に誤解している。香恵の最後の方の台詞である「この絵の人、けっこう私に似
ていると思いますよ」にも笑った。リュウとの恋はまだ始まっていないのである。さて、どうなるのか、神
のみぞ知る……といったところで幕を閉じる。ところで、伊吹のような人は早く身罷る。一所懸命すぎるか
らだ。だから、ほどほどに力を抜いた方が生きる上ではうまくいくのではないか。もちろん、恋愛も……。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  雫井脩介の人気小説を、『世界の中心で、愛をさけぶ』の行定勲監督が映画化。沢尻エリカ演じる
 女子大生の日常が、竹内結子演じる教師の日記と重なっていくラブ・ストーリー。

   〔あらすじ〕

  時修館教育大学に通う堀井香恵(沢尻エリカ)は、アパートでひとり暮らしを始めることになった。
 その部屋で、彼女は前の住人が残したノートの存在に気がつく。どうやら日記帳らしい。そんな香恵
 の部屋を、自転車に乗った白いシャツの男が見上げていた。ある日、香恵のアルバイト先である万年
 筆の専門店に、その男がふたたび現れる。彼はイラストレーターであり、理想の書き味の万年筆を探
 しているという。その男の名前が、石飛リュウ(伊勢谷友介)であることを知る香恵。いつしかリュ
 ウに思いを寄せはじめた香恵は、ふと前の住人の残した日記帳を開く。その日記は、真野伊吹(竹内
 結子)という小学校の新任教師がつけていたものであり、子どもたちに囲まれて微笑む彼女の写真に
 香恵のこころは和む。教師を目指す香恵は、伊吹の過ごす日々に共感を覚えながら日記を読み進めて
 いく。そこには新米教師として奮戦しながらも、隆という名の男性との交流が淡々と綴られていた。
 隆とはどんな男性なのか、香恵は妄想を膨らませていく。伊吹に影響されるかのようにリュウへの思
 いを深めていく香恵だが、その前に山崎星美(板谷由夏)という女性が現れる。リュウにとってマネ
 ージャー的な役割を果たす彼女は、いまもリュウはひとりの女性を愛し続けていると告げる。やがて
 香恵は、伊吹の相手である隆とリュウが同一人物であることに気がつく。伊吹と隆の恋は実らぬまま、
 不意の交通事故で伊吹はこの世を去っていた。日記の最後のページには、隆への真摯な思いが綴られ
 ていたが、その部分を伊吹は破って、紙飛行機にして教室の窓から飛ばした。伊吹が勤務していた小
 学校を訪れる香恵。振り返ると、リュウこと隆もそこにいた。二人の新たなスタートを祝福するかの
 ように、伊吹の元教え子たちは教室の窓から紙飛行機をいっせいに飛ばす。

 他に、サエコ〔現 紗栄子〕(池内ハナ=香恵の親友)、田中哲司(鹿島=ハナの彼氏)、黄川田将也(夏
目涼=「殺し屋は天使の匂い」の主人公役の俳優/想像上の隆)、永作博美(可奈子=イマヰ萬年筆の売り
子、この店の娘でもある)、石橋蓮司(中沢正道=リュウがイラストを担当した新聞連載小説の作者)、篠
井英介(瀬川=マンドリンクラブの指揮者)、山口愛(水原君代=伊吹先生の教え子のひとり、かつて不登
校児だった)、粟田麗(その母親)、中村嘉葎雄(喜一郎=イマヰ萬年筆の主人)、中山祐一朗(イマヰ萬
年筆の客)などが出演している。
 ロシア民謡の「ともしび」がマンドリンで演奏されていたが、小生もよく歌う楽曲なので、親近感を寄せ
ることができた。ちなみに、香恵をモデルに息吹を描いた絵の題名も「ともしび」である。もちろん、マン
ドリン曲がその下地になっている。ところで、主演の伊勢谷友介は東京藝術大学の美術学部デザイン科を卒
業後、同大学院美術研究科修士課程を修了しているので、作品に使われた絵画は彼自身が画いたものなのだ
ろうかとも思ったが、実際には下田昌克という画家の作品らしい(ウィキペディアより)。


 某月某日

 DVDで邦画の『愛と誠』(監督:三池崇史、「愛と誠」製作委員会〔角川書店=ハピネット=東映=テレビ
朝日=OLM=NTTドコモ=木下工務店=エクセレントフィルムズ=コンセプトフィルム=ホリプロ〕、2012年)
を観た。1970年代、松竹で映画化されているが(3本)、小生はいずれも未見である。当時人気絶頂の西城
秀樹が主人公の太賀誠を演じていることや、早乙女愛の役にはこの作品でデビューを飾った同名の新人が扮
していることは、さすがに覚えている。原作(梶原一騎 作/ながやす巧 画)もけっこう読んでいたので、
馴染だけはある。三池監督にはリメイク作品も多いが、これまでそれほど成功しているとは思わなかった。
しかし、当該作品はある程度うまくいったのではないかと思う。ミュージカル仕立てにしたことと、あまり
決っていないギャグで全篇を覆ったことが成功の要因だと思う。とにかく、吹き出したくなるシーン満載で、
どうみても喜劇映画としか思えない。最近の三池監督の作品の中に似たようなテイストのものを探せば、
『逆転裁判』(監督:三池崇史、「逆転裁判」製作委員会〔日本テレビ放送網=東宝=カプコン=OLM=D.N.
ドリームパートナーズ=読売テレビ放送=バップ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=札幌テレビ=
ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2012年)がそれに当たるか。同じ
ツッパリ映画でも、『クローズZERO』(監督:三池崇史、TBS=トライストーン・エンタテインメント=東宝=
MBS=秋田書店=CBC=ハピネット、2007年)や、その続篇の『クローズZERO II』、監督:三池崇史、「クロ
ーズZERO II」製作委員会〔TBS=トライストーン・エンタテインメント=東宝=MBS=秋田書店=CBC=ハピ
ネット=S・D・P〕、2009年)とは一線を画していると思う。劇中、アニメや安っぽい書割を用いているが、
黒澤明や鈴木清順、あるいは石井克人あたりの影響を受けているのだろうか、かなり決まっていた。「激し
い恋」(西城秀樹)、「空に太陽がある限り」(にしきのあきら)、「あの素晴しい愛をもう一度」(北山
修/加藤和彦)、「夢は夜ひらく」(藤圭子)、「酒と泪と男と女」(河島英五)、「また逢う日まで」
(尾崎紀世彦)などの楽曲も、けっこう面白い選択だったと思う。権太が「狼少年ケンのテーマ」を披露す
る場面も、意外性があってよかった。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  70年代に繰り返し映像化され、大ブームを巻き起こした壮大なスケールの純愛漫画「愛と誠」。鬼
 才・三池崇史監督が同作の4度目の映像化に挑戦。派手さと暗さの混沌とした色彩が当時のアングラ
 な雰囲気を濃厚に漂わせる中、数々のファイト・シーンがたたみかける。妻夫木聡の学ラン姿、武井
 咲のセーラー服姿も見どころだ。

   〔あらすじ〕

  富豪のひとり娘で天使のように純真無垢なお嬢様・早乙女愛(武井咲)は、復讐を誓い単身上京し
 た、額に一文字の傷がある不良の太賀誠(妻夫木聡)の鋭い眼差しを一目見たときから恋に落ちる。
 身の上も性格も何もかも違う二人。境遇の違いをまざまざと感じさせるような出来事や命を賭して彼
 女を愛するという岩清水弘(斎藤工)の存在もあるが、愛は決して一途な心を曲げない。己の拳以外
 誰も信じない頑なな誠に、全身全霊をかけて愛する愛の心は通じるのか?

 他に、大野いと(高原由紀)、安藤サクラ(ガムコ)、前田健(誠を刺す先生)、加藤清史郎(誠の幼少
時代)、余貴美子(太賀トヨ=誠の母)、伊原剛志(座王権太)、市村正親(早乙女将吾=愛の父)、一青
窈(早乙女美也子=同じく母)などが出演している。なお、松竹版の『愛と誠』もTSUTAYAでレンタルされて
いるので、いずれ近いうちに借りて鑑賞するつもりである。


 某月某日

 DVDで邦画の『娘十六ジャズ祭り』(監督:井上梅次、新東宝、1954年)を観た。新東宝の歌謡映画である
が、まだ少女時代を迎えたばかりの雪村いづみが、美空ひばりに負けず劣らずの歌唱力を披露している。ひ
ばりが和風だとすれば、いづみは洋風といったところか。ミュージカル映画とまではいかないが、随所でジ
ャズの演奏や歌声が混じり、楽しい映画になっている。まだまだ貧しく暗い世相ではあったが、立ち直りか
けた日本と日本人の希望に満ちた映画とも言える。ちなみに、小生が鑑賞した21本目のエイジ・シネマでも
あり(1954年)、その意味でも興味深かった。なお、雪村いづみの娘である朝比奈マリアがデビューしたと
き、とても愛らしい印象を受けたことを覚えている。彼女はどうしているのだろうか。さらに、いづみ本人
に言及すれば、痴呆老人を熱演した『そうかもしれない』(監督:保坂延彦、「そうかもしれない」製作委
員会、2005年)が圧巻だったことを記しておこう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  「青春ジャズ娘」につづく新東宝のジャズ物第二作。「半処女」の赤坂長義と「若さま侍捕物帳 
 恐怖の折り鶴」の京中太郎の脚本によって、「わが恋はリラの木蔭に」の井上梅次が監督した。撮影
 は「一等女房と三等亭主」の岩左一泉、音楽は「にっぽん製」の大森盛太郎である。ジャズの少女歌
 手雪村いづみ(ビクター)を中心に、「青春ジャズ娘」の片山明彦、高島忠夫、フランキー堺(シッ
 クス・シモンズ)、新倉美子、「憧れの星座」の高田稔、「北海の虎」の植村謙二郎、「一等女房と
 三等亭主」の大谷伶子、「東京マダムと大阪夫人」の丹下キヨ子、「女の一生(1953)」の清川玉枝な
 どの他、古川緑波、清水金一(シミキン)、柳家金語楼等ショウ・マンが協力している。出演バンド
 は、多忠修とビクター・オールスターズ、與田輝雄とシックス・レモンズなど。

   〔あらすじ〕

  あるキャバレーのジャズ・バンドのメンバー三田啓介(片山明彦)、新井謙一(高島忠夫)、松本
 大助(フランキー堺)と歌手の羽根美智子(新倉美子)の四人組は、一人の浮浪少年を拾う。埃と垢
 にまみれた少年と思ったのは、じつは青木みゆきという身寄りのない少女(雪村いづみ)、かつてじ
 ぶんたちも浮浪児(戦災孤児)だった四人は、他人事に思えず、彼らの育ての親、一つのアパートに
 水入らずで住む二宮正太郎(古川緑波)に引取ってもらう。昔鳴らしたオペラの指揮者、いまは落ち
 ぶれても心暖い二宮は、彼女を養女にし女学校に入れてやる。ジャズ好きの彼女は音楽の時間にジャ
 ズを歌って、二宮の実弟である校長(柳家金語楼)や古典派の三宅先生(丹下キヨ子)を驚かせた。
 受持の岸君子先生(大谷伶子)の弁護はあったものの、それは問題化した。学校から呼び出しをうけ
 た二宮に叱られ、みゆきは再び街にさまよい出る。一方、美智子をめぐる与太者との対立、大乱闘か
 らキャバレーを首切られた四人組は、悄然と帰るその途次、みゆきを発見して連れて帰る。二宮は大
 喜びで迎えた。失業した四人組は自分たちの新バンド「サンズ・アンド・ドウターズ」を結成して売
 りだそうとするが、それには有力なプロデューサーが必要だった。そこで、みゆきがかつてスリの盗
 難を教えてやった縁で知り合った芸能界の大プロデューサー大川真平(高田稔)に頼みにゆく。みゆ
 きの天分を見抜いていた大川は、彼女の参加を条件にバンドと契約を承諾する。そうこうするうち、
 みゆきが大川の実の娘であることが判明した。若い者たちのハツラツさにひきかえ、我が身の老いを
 嘆いていた矢先き、今は実の娘同様に愛しているみゆきをも大川に奪われて、二宮はすっかり落胆し
 てしまった。教職を退いて参加した岸先生(ピアノ)を加えた四人組は、必死の練習をはじめる。仕
 事に追われる大川宅で孤独を感じたみゆきは、ある夜二宮のアパートに帰ってくるが、彼は留守だっ
 た。寂しさに耐えかねて、ひとり街に酒を酌みにでかけたのである。そんな老音楽家の姿を探しだし
 た若い仲間は、彼らがよいよデビューする新春ジャズ祭のステージにいざなう。しかし、彼は若い教
 え子と可愛いいみゆきの前途を祝して、さびしく微笑して身を引こうとした。しかし、どんでん返し
 が待っていたのである。

 他に、宮川玲子(らん子=大川の妻、みゆきの母)、植村謙二郎(金沢吾郎)、清水金一(ユサブリの鉄)、
清川玉枝(清子小母さん)、熱海幸子(トミちゃん=その娘)、有木山太(マネージャー吉川)、小倉繁
(アパートの管理人)、黒田美治(歌手)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『穴』(監督:佐々木浩久/本田隆一/麻生学/山口雄大、ケイエスエス、2004年)を観た。
4人の監督によるショート・ストーリーのオムニバス映画である。テーマはずばり「穴」である。とりわけ  
映画にするほどの題材とは思えないが、奇妙な味わいもあり、観ていて少し楽しかった。ちなみに、同名の
『穴』(監督:市川崑、大映東京、1957年)という作品があることを記しておく。
 それぞれの物語を確認しておこう。いずれも<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  第1作「胸に開いた底なしの穴」

  〔解説〕

  4人の個性派監督が<穴>をテーマに描く4つのショート・ストーリー「穴」。「発狂する唇」以来、  
 何度となく映画、ドラマなどで良質のホラー作品を生み出してきた佐々木浩久監督×三輪ひとみ主演
 の組合せの<胸に開いた底なしの穴>。

  〔あらすじ〕

  冷たい秋の夕暮れの日、ミサト(三輪ひとみ)は空き地で地上から突き出す腕を発見する。恐怖に
 脅えながら近づいたミサトは、その手の平に開いた穴を見つめている内に意識を失い、気付くと自分
 の部屋で眠り込んでいた。夢かと思い、安心したミサトの周りで、奇妙な出来事が起こりだす。耳を
 つんざく音、うめき声。「あの音は何、お母さん! イヤァー」そしてミサトが見たものは、昔の自分
 が姉である悦子(白川沙良)に、折檻されている光景だった。無我夢中で姉に襲いかかるミサト。そ
 して事態は思わぬ方向へと進んでいく。

 他に、滝本ゆに、諏訪太朗、タチアナ コマロワが出演している。

  第2作「青春の穴」

   〔解説〕

  4人の個性派監督が<穴>をテーマに描く4つのショート・ストーリー「穴」。「東京ハレンチ天国/
 さよならのブルース」が2001年ゆうばりファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリを
 受賞した若き天才・本田隆一が、元チェッカーズの藤井尚之主演で放つ<青春の穴>。藤井は楽曲も
 提供し、若き天才監督の作品をバックアップしている。

   〔あらすじ〕

  朱角(藤井尚之)率いるギャングは、殺害した敵の香成を山奥に埋めようとする。しかし、その山
 奥で仲間の白尾が何者かに襲われる。たった一言「黒い悪魔」という言葉を残して。朱角たちは、殺
 された白尾を香成と同じ穴に放り投げると、その白尾が何食わぬ顔で再び朱角たちの前に現れる。
 「お前死んだんじゃなかったっけ?」。白尾に問い詰める朱角たちの前に黒い悪魔が現れて、今度は
 朱角たちを襲い始める。執拗に襲いかかる黒い悪魔の正体は? そしてなぜ白尾は生き返ってきたの
 か?

 他に、山本康平、山本浩司、飯島壮、松本未来、山浦栄、ジャマール アブバカリ、安藤彰則などが出演し
ている。

  第3作「夢穴」

   〔解説〕

  4人の個性派監督が<穴>をテーマに描く4つのショート・ストーリー「穴」。「千里眼」の麻生学
 監督が、TBSドラマ『マンハッタンラブストーリー』にて、新境地を拓いた尾美としのり主演で贈る
 <夢穴>。

   〔あらすじ〕

  康介(尾美としのり)には、高校野球部時代の忘れられない思い出があった。好きだったマネージ
 ャーのすみれ(吉村美紀)を、同じ野球部の野村に奪われたことだ。10年以上経った今でもその想い
 が忘れられずに、夢を見ることさえもあった。そんな折、高校の同窓会ですみれに再会した康介は、
 すみれとの不思議な夢・物語を見るようになる。

 他に、北島義明、藤真美穂、松本梨菜、三浦秀甫、小島由利絵、横堀亮太、村山紀子などが出演している。

  第4作「怪奇穴人間」

   〔解説〕

  4人の個性派監督が<穴>をテーマに描<4つのショート・ストーリー「穴」。劇場長編デビュー
 「地獄甲子園」が、2003年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ヤングコンペティションのグラン
 プリを受賞した山口雄大が、お笑い芸人で「ナインソウルズ」、「月の砂漠」でも光る演技を見せて
 いた130Rの板尾創路と組んだ<怪奇穴人間>。

   〔あらすじ〕

  化学薬品会社勤務の宍戸(板尾創路)は、うだつのあがらない性格の暗い人間だった。ある日、研
 究室で起きた事故に巻き込まれて、宍戸は大量のガンマ線を浴びてしまう。すると宍戸の身に不思議
 なことが起こる。さまざまな穴を見つめていくと、違う穴へ移動できる「穴人間」に変身してしまっ
 たのだ。宍戸がその能力を身に着けたその頃、会社が負債から倒産の危機に陥りそうだという噂を耳
 にする。会社が潰れてしまったら、宍戸の唯一の楽しみだった憧れの同僚・花恵(中村ゆり)に会え
 なくなってしまう。考えあぐねた末に宍戸は、倒産を防ぐべく銀行強盗を行うのだった。

 他に、増本庄一郎、西川弘志、池田真一、宮川大輔、結城貴史、NIHEI、猫ひろし、浅野麻衣子、川口敦史、 
植野裕一、勝俣喜章、温水洋一、愛川大地、斉藤陽介、米山穂高、米山勇貴、東雲聡太郎、小川晋、澁沢久
美、森久絵里子、松浦太志、石塚賢、岩田弘、津田寛治、坂口拓などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『かぞくのくに』(監督:ヤン・ヨンヒ、『かぞくのくに』製作委員会=スターサンズ=角川
書店、2011年)を観た。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)系の在日コリアンが絡む邦画は珍しく、本格的
に描かれたのは初めてのことではないのか。以下で、在日コリアンが登場する主な映画を挙げてみよう。小
生の知る限りでの作品を挙げるが、援軍としてのニュースソースは、門間貴志「在日コリアンと日本映画」
(ネット情報)である。門間貴志氏に感謝の意を捧げたい。

  『この母を見よ』、監督:田坂具隆、未詳、1930年(筆者、未見)。
  『有りがたうさん』、監督:清水宏、松竹大船、1936年(筆者、未見)。
  『花籠の歌』、監督:五所平之助、松竹大船、1937年(筆者、未見)。
  『煉瓦女工』、監督:千葉泰樹、南旺映画、1940年(筆者、未見)。
  『彦六大いに笑う』、監督:木村十二、不詳、1940年(筆者、未見)。
  『望楼の決死隊』、監督:今井正、東宝映画、1943年(筆者、未見)。
  『壁あつき部屋』、監督:小林正樹、新鋭プロ、1956年(筆者、未見)。
  『どたんば』、監督:内田吐夢、東映東京、1957年(筆者、未見)。
  『オモニと少年』、監督:森園忠、不詳、1958年(筆者、未見)。
  『にあんちゃん』、監督:今村昌平、日活、1959年。
  『あれが港の灯だ』、監督:今井正、東映、1961年。
  『キューポラのある街』、監督:浦山桐郎、日活、1962年。
  『未成年・続キューポラのある街』、監督:野村孝、日活、1965年(筆者、未見)。
  『ユンボギの日記』、監督:大島渚、創造社、1965年。
  『絞死刑』、監督:大島渚、創造社=ATG、1968年。
  『黒部の太陽』、監督:熊井啓、三船プロダクション=石原プロモーション、1968年。
  『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年(筆者、未見)。
  『戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河』、監督:山本薩夫、日活、1971年。
  『わが青春のとき』、監督:森川時久、大映=俳優座映画放送、1975年(筆者、未見)。
  『ガキ帝国』、監督:井筒和幸、プレイガイド・ジャーナル社=ATG、1981年。
  『伽耶子のために(耶の字には、人偏が付く)』、監督:小栗康平、劇団ひまわり映画製作事務所、
   1984年。
  『月はどっちに出ている』、監督:崔洋一、シネカノン、1993年。
  『学校』、監督:山田洋次、松竹=日本テレビ=住友商事、1993年。
  『三たびの海峡』、監督:神山征一郎、「三たびの海峡」製作委員会、1995年(筆者、未見)。
  『眠る男』、監督:小栗康平、「眠る男」製作委員会、1996年(筆者、未見)。
  『GO』、監督:行定勲、「GO」製作委員会、2001年。
  『ホタル』、監督:降旗康男、東映=テレビ朝日=住友商事=角川書店=東北新社=日本出版販売=
   TOKYO FM=朝日新聞社=高倉プロモーション、2001年。
  『KT』、監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカノン=デジタルサイト コリア=毎日放送〕、
   2002年。
  『偶然にも最悪な少年』、監督:グ・スーヨン、東映=日本出版販売=ピラミッドフィルム=ケイ
   ダッシュ=トゥループロジェクト=東京映像工房、2003年。
  『血と骨』、監督:崔洋一、ビーワイルド=アーティストフィルム=東芝エンタテインメント=衛星劇場=
   朝日放送=ザナドゥー、2004年。
  『パッチギ!』、監督:井筒和幸、シネカノン=ハピネット・ピクチャーズ=衛星劇場=メモリー
   テック=S・D・P、2004年。
  『亡国のイージス』、監督:阪本順治、日本ヘラルド映画=松竹=電通=バンダイビジュアル=ジェネオン
   エンタテインメント=IMAGICA=TOKYO FM=産経新聞社=デスティニー、2005年。
  『パッチギ LOVE & PEACE』、監督:井筒和幸、「パッチギ LOVE & PEACE」パートナーズ〔シネカノン=
   ハピネット=SHOW BOX=読売テレビ=メモリーテック=エイベックス・エンタテインメント〕、2007年。
  『風の外側』、監督:奥田瑛二、ゼロ・ピクチュアズ=「風の外側」サポート・ファンド、2007年。

 他にもまだまだあるだろうが、このくらいにしておく。さて、内容であるが、知人が推奨していただけの
ことはあった。力作と言えよう。ただ、キネマ旬報の第1位に選ばれたそうであるが、それほどの映画だろ
うか、という思いもある。結末は拍子抜けで、「大山鳴動して鼠一匹」という感なきにしもあらずと言った
ところか。おそらく、現在のところ、これが限界なのであろう。北朝鮮の「帰国事業」を描いた映画を観た
記憶はあるが、何の映画だったか覚えていない。列車での見送りシーンがあったような気がするのだが……。
 物語を確認しておく。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『ディア・ピョンヤン』のヤン・ヨンヒ監督が自身の体験を基に描く、初のフィクション作となる
 ヒューマンドラマ。病気の治療のために25年ぶりに日本に帰ってきた兄と、妹や家族、そして昔の仲
 間たちとの再会を通し、それぞれの思想や価値観の違いなどが描かれる。ARATAから本名に改名した
 井浦新が複雑な境遇に苦悩する兄役を好演する。

   〔あらすじ〕

  1970年代に帰国事業により北朝鮮へと渡った兄。日本との国交が樹立されていないため、ずっと別
 れ別れになっていた兄。そんな兄・ソンホ(井浦新)が病気(脳腫瘍)治療のために、監視役のヤン
 同志(ヤン・イクチュン)を同行させての3ヶ月間だけの日本帰国が許された。25年ぶりに帰ってき
 た兄と生まれたときから自由に育ったリエ(安藤サクラ)、兄を送った両親との家族だんらんは、微
 妙な空気に包まれていた。兄のかつての級友たちは、奇跡的な再会を喜んでいた。その一方、検査結
 果はあまり芳しいものではなく、医者から3ヶ月という限られた期間では責任をもって治療すること
 はできないと告げられる。なんとか手立てはないかと奔走するリエたち。そんな中、本国から兄に、
 明日帰還するよう電話がかかってくる……。

 他に、津嘉山正種(父=朝鮮総連の東京都本部副委員長)、宮崎美子(母=珈琲アイビィの経営)、諏訪
太朗(叔父)、京野ことみ(スニ)、大森立嗣(ホンギ)、村上淳(ジュノ)、省吾(チョリ)、塩田貞治
(テジョ)、吉岡睦雄(担当医)、玄覺悠子(看護師)、鈴木晋介、山田真歩、井村空美、金守珍などが出
演している。ソンホの自嘲気味の台詞である「思考停止は楽でいいよ」は、人間の尊厳に関わることなので、
思考停止を余儀なくされる国家体制にはやはり首肯することができない。もっとも、リエが砂糖とミルクを
たっぷり入れたコーヒーを飲むヤンを馬鹿にする仕草を見せるが、習慣の違いなので、やはり嗤うべきこと
ではないだろう、と思った。


 某月某日

 今年初めてのブログである。まだ休暇中なので、京都での打ち込みである。今年もよろしく!

 さて、DVDで邦画を3本観たのでご報告。3本とも木下恵介監督の作品で、最近TSUTAYAでレンタルし始め  
た作品の一部である。1本を除いて既知の映画であったが、いずれも初見である。それなりに時代を伝えて
おり、小生にとっては結構面白かった。とくに、今年の鑑賞テーマが「恋愛映画」なので、それに因んで借
りたことをお断りしておく。
 1本目は、『わが恋せし乙女』(監督:木下恵介、松竹大船、1946年)である。最近鑑賞した『はじまり
のみち』(監督:原恵一、「はじまりのみち」製作委員会〔松竹=衛星劇場=サン ライズ=静岡新聞社〕、
2013年)において言及されていた作品で、『大曾根家の朝(おおそねけのあした)』(監督:木下恵介、松
竹大船、1946年)〔筆者、未見〕に続く、戦後第2作目の作品である。ありていに言えば「青春恋愛映画」
で、いかにもの筋書ではあるが、暗い世相を少しでも明るくしようとした木下監督の意図は実現していると
思う。主演の原保美は、『雲ながるる果てに』(監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、1953年)にお
ける村山飛行隊長役で初めて認識した俳優であるが、相手役の井川邦子は他の木下作品に多数出演している
にも拘らず覚えていなかった。たぶん、次回からは意識することができるだろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したがご寛恕いただきたい。

   〔解説〕

  「大曽根家の朝」に次ぐ木下恵介の演出作品。

   〔あらすじ〕

  美しい牧場の夜明けのこと、薄闇の中をあわただしく走って行く人影、それはこの牧場に働く喜造
 老人(山路義人)である。彼は怒鳴るように叫ぶと主屋の表戸を叩いた。平和な牧場にとって喜造老
 人をこんなに周章てさせたことは一度もなかった。それから四年──牧場主草二郎(勝見庸太郎)の
 妻おきん(東山千栄子)の手で育てられた捨児も無事に成長していた。美しく生い立てと身投げした
 亡き母親の願いであろうか「美子」という名であることが、後に遺言によって解った。おきんは一人
 息子の甚吾(原保美/大塚正義〔少年時代〕)と美子(井川邦子/河野正昭〔少女時代〕)を変わり
 なく愛育した。そして二人は忘れ難い思い出の幼年時代を共に過ごした。いつしか牧場にも深い秋が
 訪れた。甚吾と美子は牧場の青春を謳歌するかのように二十七と二十一の若人として甲斐々々しく働
 いていた。「兄さんとこうして仕事をしていると五年間も兵隊へ行っていたのが夢みたいな気がする
 わ」……無邪気に言う美子を凝視めて甚吾はうっとりと妹の姿を見とれたりした。そんな時、甚吾の
 夢には完全に一人の女として成長した美子への魅力に対する歓喜が、はげしく奔ってくるのだった。
 幸福なこの生活も、美子にとって亡き母の面影を抱くことはたまらなく傷ましいことであった。また
 幾日かの日々が流れた。村への街道はどこまでも続いている。若い二人は右と左とに山を背にして駈
 け下りて行く馬車のように運命の岐路へとさしかかって行った。「そうだよ、お前と美子が一緒にな
 りゃ気心も解って良いからな」……甚吾にも美子にも待ちこがれた約束の夜、おきんの言葉に、甚吾
 はどんなにか勇気づけられたことであろう。それは豊年祭の夜のことであった。だが、美子には兄な
 らぬ恋人の野田(増田順二)がいたのだ。甚吾もそれを知って愕然とした。沈黙の二人を乗せた馬車
 は運命の糸に操られながら静かに帰途への道を揺れて行った。「ねえ、兄さん、兄さんから話して」
 ……甚吾は行手の山向こうからぽっかり浮かぶ月に心奪われながら人知れずわが心に問うていた。甚
 吾は鞭を鳴らした。甚吾と美子を乗せた馬車は月光の道を突風の様に何処かへ走って行った。

 他に、大塚紀男(次郎)、小泉光弥(牧童)などが出演している。血がつながっていない兄妹は結ばれて
もよい。小生の知る限りでは、たしか青島幸男がそうではなかったか(もし、間違っていれば、謝罪する)。
したがって、この二人を添わせたい気持は誰にもあると思うが、そうは問屋が卸さないのが現実の世界であ
る。よく踏み止まった甚吾に拍手を送りたい。ところで、美子の少女時代を演じているのは河野正昭という
子役であるが、どう見ても男子の名前なので、顔立ちの女の子めいた子どもを起用したのであろう。全篇を
鑑賞した後見直してみたが、男の子には見えなかった……。
 2本目は、『今年の恋』(監督:木下恵介、松竹大船、1962年)である。この作品は存在すら知らなかっ
たが、小品としてよくまとまっており、後味は爽やかである。岡田茉莉子(当時、29歳)の魅力全開と言え
ばある程度この作品を伝えることになるだろう。相手役の吉田輝雄は新東宝(倒産)からの移籍第1作で、
その苦みばしったオーラを発散させている。美男美女のカップル誕生というわけで、安心して観ていられる
恋愛映画である。この作品も〈Movie Walker〉のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  『笛吹川』の木下恵介が脚本・監督した明朗喜劇。撮影もコンビの楠田浩之。

   〔あらすじ〕

  高校生の山田光(田村正和)と相川一郎(石川竜二)は仲が良い。そして成績も二人とも仲良く同
 じ位によくない。一郎の家は銀座の“愛川”という料理屋である。父の一作(三遊亭円遊)は職人気
 質でお人好しであり、母のお紋(浪花千栄子)も亭主と同じ。だから一郎の監督は姉の美加子(岡田
 茉莉子)だ。彼女は“愛川”の看板娘。ふるほどの縁談に耳もかさず、一郎の監督に一所懸命だ。美
 加子は成績不良の原因は友達が悪いんだと思いこんでいる。横浜にある光の家でも同様だ。秀才でハ
 ンサムな大学院生の兄正(吉田輝雄)と、婆やのもと子(東山千栄子)が口うるさく友達が悪いと説
 教している。父の良平(野々村潔)はヤモメで、ある会社の専務をしている。すべてに鷹揚で話がわ
 かる人物だ。兄の正は、ある日、友人の広瀬道子(峯京子)に一方的に求婚され、彼女の一人合点を
 納得させようと愛川ののれんをくぐった。一つには弟の友達の家を偵察する目的もあった。ところが、
 美人の美加子を見た途端に一目惚れして道子を怒らせ、彼女にビールを浴びせられる醜態をみせてし
 まった。数日後、一郎の成績不良のことで、美加子が学校へ呼び出された時、同じく呼びだされた正
 とバッタリ、一郎の友達の兄だと知らされて益々心証を悪くしてしまった。正は愛川を訪れて美加子
 と話し合おうとしたが、遇々父の良平が愛人の清子(高森和子)をつれてきていて、よくよく親子揃
 ってろくでなしだと美加子に思われてしまった。その後間もなく、光が一郎の家に泊まると家へ電話
 してきた時、美加子に対する意地から、正は「絶対に帰れ」と厳命した。ところが一郎の家を出た光
 は、翌日になっても家に帰らず大騒ぎとなった。美加子も一郎と一緒に初めて横浜へやって来た。そ
 んな騒ぎの最中に熱海の旅館にいた清子から、光がこららに来ていると電話がかかって来た。良平は
 ちょうど学校が休みだという一郎を連れて熱海へ。正は美加子を送って銀座へ出るつもりだったが、
 熱海に行こうと言い出してそちらに向かった。しかし、到着寸前で美加子が一郎たちに逢うことをた
 めらい、東京に引き返す。車中、正の人柄に少しずつ惹かれ始めた彼女は、家へたどり着くと照れ臭
 いのか、父の一作が正をまるで婿みたいに歓待するのを突ッけんどにあしらうのだった。しかし、心
 の中では、正にだんだん惹かれてゆく自分を一所懸命おさえているのだ。そこへ熱海の良平から皆で
 これから京都へ遊びに行くという電話があった。正も後を追って出かけた。美加子は正が忘れていっ
 たライターを届けることを理由に京都に向った。一作やお紋は年末の多忙さにもかまわず、そんな娘
 を喜んで出してやった。大晦日の夜。智恩院の境内を肩を寄せあって歩く正と美加子の心からは、反
 撥も誤解も除夜の鐘と共に消え、優しい恋のムードの中に新しい年を迎えるのだった。

 他に、三木のり平(杉本先生=光や一郎の担任)、若水ヤエ子(茂子=相川家の女中)、菅原通済(林=  
愛川の客)、堀真奈美(葉子=山田家の女中)、町田祥子(菊ちゃん=愛川の仲居)などが出演している。
個性的な俳優(とくに、若水ヤエ子の味は格別)が脇を固めているので、その点で贅沢な作品である。三遊
亭円遊〔圓遊〕(四代目)ののらりくらりした味もたまらなくよかったことを付言しておく。
 3本目は、『死闘の伝説』(監督:木下恵介、松竹大船、1963年)である。『今年の恋』の翌年に製作さ  
れた映画であるが、およそ対蹠的な物語で、かなりの力作、いや「傑作」と呼んでも差し支えはない。別言
すれば、邪恋が生んだ悲劇とも言えよう。木下作品は仄暗さに留まるものが多いが、『日本の悲劇』(監督:
木下恵介、松竹大船、1953年)のような真っ暗な作品もあり、当該映画はそれに匹敵すると思う。実は、友
人から鑑賞を薦められていた映画で、その推薦は当を得ていたと思う。小生としても、念願叶ったという次
第。松竹とTSUTAYAに感謝したい。菅原文太が登場しているが、上記の吉田輝雄(ともに、「ハンサムタワー
ズ」の一員)同様、新東宝から松竹に移籍しての出演である。
 この物語も〈Movie Walker〉の力を借りよう。以下、同じ。

   〔解説〕

  「歌え若人達」を監督した木下恵介が脚本・監督する社会ドラマ。撮影もコンビの楠田浩之。

   〔あらすじ〕

  太平洋戦争の末期、北海道の寒村に疎開してきた園部家の娘黄枝子(岩下志麻)に、部落会長の息
 子である鷹森剛一(菅原文太)との縁談がおきた。黄枝子は気が進まぬが、一家がよそ者としてこの
 村で暮すには、断りきれぬと思う。祖母梅乃(毛利菊枝)と母静子(田中絹代)もそんな娘の心を察
 して返事をためらっている。弟の範雄(松川勉)は若い潔癖感からこの縁談に反対だ。そこへ、長男
 秀行(加藤剛)が病気のため戦場から帰還した。剛一が大陸の戦線で破廉恥行為を犯しているのを目
 撃していた秀行は、早速この縁談を断った。村中の園部家迫害が始まった。ただ猟師の信太郎(加藤
 嘉)とその娘百合(加賀まりこ)だけは別だった。戦友のいる仙台へ向う秀行は、村境まで送ってく
 れた百合にほのかな恋情を感じるのだった。ある日、買出し帰りの黄枝子は林の中で剛一におそわれ
 た。黄枝子を迎えにきた百合が剛一にむしゃぶりついた。百合は石で剛一をなぐりつけ、それが元で
 剛一は絶命した。二人は必死で逃げ出した。剛一の死が村に伝えられ、林巡査(野々村潔)らが黄枝
 子を引渡せと信太郎の家に向うが、百合が猟銃をかまえて近づけない。黄枝子は警察へ行くというが、
 信太郎は彼女を百合と共に山奥の白雪小屋に逃がす。ここに至り、村人は暴徒と化し、範雄、梅乃、
 信太郎らが次々と殺された。折しも帰郷した秀行は、争いをやめさせようと小屋へ急行したが、その
 とき百合の胸は兇弾につらぬかれた。必死で訴える黄枝子の言葉で、村人たちはやっと平静にもどっ
 た。争いは終ったが、百合を呼びつづける秀行の声が悲しい。日本降伏の二日前の出来事であった。

 他に、朝田由紀子(園部篝=黄枝子の妹)、石黒達也(鷹森金兵衛=剛一の父)、坂本武(源さん=園部
家のシンパ)、明石潮(校長)、浜村純(息子のすべてを戦争で失っておかしくなっている親爺)、大塚君
代(その女房)、花澤徳衛(山ノ助=村の反園部の急先鋒)、青木猛(熊吉=同)、小瀬朗(正太)、竹田
法一(助役)、中田耕二(警部補)、青山宏(巡査A)、川村禾門(男C)、小林十九二(年寄り)、水木
涼子(中国人老婆)、江美しのぶ(同じく娘)などが出演している。
 「ダツドンデンディン」と響く音楽の効果がすばらしく、緊張感漂う映画であった。とくに、浜村純が演
じた親爺の狂気が凄まじく、『野火』(監督:市川崑、大映東京、1959年)における敗残兵、『神々の深き
欲望』(監督:今村昌平、今村プロ、1968年)における蛇皮線弾き、『祭りの準備』(監督:黒木和雄、綜
映社=映画同人社=ATG、1975年)における色狂いの老人などを連想した。もちろん、加藤嘉や花澤徳衛や
坂本武などのヴェテランの味は捨てがたかった。人間の底の底を見せる映画として、かなりの成功を収めて
いるのではないだろうか。

                                                  
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