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日日是労働セレクト98
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第98弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト98」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『零<ゼロ>』(監督:井出良英、「零<ゼロ>」製作委員会〔ケイエスエス=プログレッシブピ
クチャーズ〕、2003年)を観た。久々の特攻映画であるが、だいぶ違和感を感じた。もっとも、小生も「特
攻」の何たるかを知っているわけではないので、あまり大きな顔はできない。しかし、これまで鑑賞してき
た特攻映画と比べてみても、それはないだろうと思われるところが多々あった。もっとも、監督の意図とし
て、史実を描くのではないとすれば、これもまた一つの特攻映画であろうが……。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  太平洋戦争末期を舞台に、特攻隊として戦火に散った、若きパイロットたちの運命を描いた戦争ド
 ラマ。主演は特撮ドラマ「ウルトラマンコスモス」で人気を博した杉浦太陽。

   〔あらすじ〕

  大検を受ける若者たちが通う“久我自由学校”の教師・久我松男(犬塚弘)は、夢を持てないでい
 る少年たちに自身の青春時代の話をする──。九州南部。部下から“撃墜王”と尊敬を集め慕われな
 がら、その反骨精神から上官には“分隊士殺し”と渾名され疎んじられている海軍のエース・パイロ
 ット、長谷川龍太郎上飛曹(杉浦太陽)の所属する小隊に久我松男少尉(高野八誠)が隊長として着
 任したのは、太平洋戦争末期のことだった。ウマが合わず、初めは何かと衝突するふたりだが、互い
 に“一視同仁”という考え方を持つことを知り、次第に心を通わせるようになっていく。しかしそん
 な矢先、久我に特攻志願兵を出すよう指令が下った。もとより「俺は飛行機の上では死なない。パイ
 ロットたる者、爆弾を落としてこそ仕事、爆弾ごと死んでどうする」と言って憚らない長谷川はそれ
 を拒否するも、3人の部下が散ったと知らされたとき、彼の心は激しく揺らいだ。そして、久我から
 教師になることが夢だったと聞かされた長谷川は、彼に夢を叶えろと言い残すと、馴染みの芸者・ゆ
 かり(辺見えみり)とも別れ、久我を殴り彼が気絶している間に彼に代わって出撃。部下の大西喜平
 (矢部太郎)とともに、見事、敵艦を撃沈させるのであった……。終戦。生き残った久我は、長谷川
 との約束を果たし教師となった。それから約50年、今、彼はあの頃の自分と同じ年頃の生徒たちを前
 にして言う。「未来を描け!」と。

 他に、杉浦太陽(篠原/二役)、松田賢二(井上少尉)、井坂俊哉(横山一飛曹)、大塚朝之(伴二飛曹)、
小林大介(中崎二飛曹)、我宮大凱(大森中尉)、菅野美寿紀(ハル)、寺泉憲(岡田分隊長)、千葉哲也
(櫛田先生)、林田直樹(島田)、関野昌也(室井)、平尾仁(龍太郎の父親)、藤井佳代子(同じく母親)、
高原里佳(芸者)、尾崎恵(同)、森田亜紀(同)、杉田浩子(同)などが出演している。 
 冒頭の文字を記しておこう。

  太平洋戦争終戦間際、日本軍司令部は 
  玉砕戦法といわれる『神風特別攻撃隊』を編成

    戦闘機 2,393機
    陸軍  1,386名
    海軍  2,524名

  若い命が散っていった


 某月某日

 DVDで新旧の青春もの(邦画)をそれぞれ1本ずつ都合2本観た。小生にも高校時代があるが、身に覚えの
あるシーンも多く、誰もが避けられない通過儀礼がここにはある。1本目は、お馴染みの『ビー・バップ・
ハイスクール 高校与太郎狂騒曲』(監督:那須博之、東映、1987年)である。とくに目新しい話ではないが、
ヒロシに女子美大生の恋人ができそうになるところが目玉か。たしかに、そろそろマンネリ化してきたきら
いがある。しかしながら、相変わらずの出来栄えで、きちんとしたカタルシスがある。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  ツッパリの高校生コンビ、トオルとヒロシが敵対するツッパリ相手に大喧嘩する「ビー・バップ・
 ハイスクール」シリーズの第四作。『ヤングマガジン』連載中のきうちかずひろ原作の同名漫画の映
 画化で、脚本は「別れぬ理由」の那須真知子が執筆。監督は「新宿純愛物語」の那須博之、撮影は
 「シャコタン・ブギ」の森勝がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  愛徳高校のトオル〔中間徹〕(仲村トオル)とヒロシ〔加藤浩志〕(清水宏次朗)は停学があけて
 一週間ぶりに登校してきた。教室では強面の教師・戸塚(大地康雄)が待っていた。デパートの屋上
 で二人は中学生のマサオ(坂田崇悟)から喧嘩の助っ人を頼まれた。お礼は女子中学生、百合(少女
 隊・レイコ)・エミ(少女隊・ミホ)・里子(少女隊・トモ)の乳と聞いて目の色を変えるトオルと
 ヒロシ。そこへ立花商業の菊永淳一(石井博泰)、同じくミノル(土岐光明)、北高の前川新吾(小
 沢仁志)も加わった。番長クラスがそろい喧嘩は圧勝。皆、百合たちに迫ったが、待っていたのは股
 間へのケリだった。ある日トオルは水崎(福井秀明)のペンフレンドとダブルデートすることになっ
 た。ツッパリではまずいのでマジメ学生に変身。しかし、遊園地でのデートは、嫉妬に狂ったヒロシ
 や如月翔子(五十嵐いづみ)、その他のツッパリ連中の邪魔が入り、メチャクチャになった。「なん
 で俺だけモテないんだ」と悩んでいたヒロシも美人女子大生である浅野まゆみ(柏原芳恵)と知り合
 い、付き合うことになった。彼女は男と別れたばかりだった。「自分を好きにして」と言うまゆみだ
 が、いざとなるとヒロシは何もできなかった。そこへ城東高校を退学したソリコミの柴田(小椋正)、
 赤毛の西(永田博康)らが通りかかった。以前ヒロシがまゆみと一緒のところを袋叩きにした奴らだ。
 トオルとヒロシは仕返しに城東勢を叩きのめした。放課後になるとまゆみのマンションを訪ねるヒロ
 シ。缶ビールを買いに出たところをトラックにはねられ病院に運ばれた。まゆみに連絡がとれないの
 で、トオルらに「柴田にやられた」と嘘をつき車を回してもらった。ヒロシはギプスの足を引きずり
 ながらマンションへ行くが、力尽きて失神してしまう。「なんて奴だ」と怒るトオルは柴田らに八つ
 当りするが、逆にスナックに連れ込まれてやられてしまった。翔子の機転で助けられたが、城東勢は
 病院からヒロシを拉致。トオルはヒロシを助けるために出かけていくが、ヒロシは丘の上で車イスの
 まま縛りつけられていた。柴田らはヒロシに暴行を加え、トオルに「助けたかったらオカマの格好を
 して来い」と言う。トオルは一度街へ戻ってチンドン屋から衣装を借り、戦国武将のような格好で馬
 に乗って駆け付け、結局のところ城東勢をやっつけたのであった。

 他に、宮崎萬純(三原山順子)、前田裕二郎(ケン坊)、古川勉(兼子信雄)、上野隆彦(大前均太郎)、
一条寺美奈(宣美)、高橋理絵(智香子)、重野正義(タケシ)、柄沢次郎(藤沢)、志賀勝(元村=ヤク
ザのスカウト)、志水季里子(看護婦A)、小川亜佐美(看護婦B)、地井武男(鬼島=少年課の刑事)、
小林啓志(赤城山忠治)、八巻保幸(横浜銀一)などが出演している。元村がトオルをヤクザにしようとス
カウトに来たとき、持ってきたお土産はなぜかバウムクーヘンだった。また、柴田がトオルをトラックに乗
せてヒロシを拉致している現場に運ぶとき、浅田飴クールを与えるシーンがある。両者ともに、食べ物に関
する不思議なシーンだった。なお、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌』(監督:那須博之、東
映、1986年)で「シャバ僧」という軽蔑語が登場するが、今回は「七夕(たなばた)野郎」という言葉が出
てくる。解説が冒頭で紹介されるので、それを以下に引用してみよう。

  七夕野郎とは
  女にかまけている男
  という意味であり
  それが転じて
  女にうつつをぬかし
  男との大事な事を忘れる
  マヌケを言う

 もちろん、「彦星」あるいは「牽牛星」から来た命名法であろう。
 新しい方の2本目は、『俺たちに明日はないッス』(監督:タナダユキ、「俺たちに明日はないッス」製
作委員会〔エキスプレス=竹書房=スローラーナー=ジェネオン エンタテインメント=朋友デジタルメデ
ィアサービス〕、2008年)である。小生が鑑賞済みのタナダユキの作品は、当該作品の他に、以下に記すよ
うに2本あるが、それぞれ印象的な作品だと思う。

 『月とチェリー』、監督:タナダユキ、「ラブコレクション」製作委員会〔ヒューマックスコミュニケー
  ションズ=ジャム・ティービー=カルチュア・パブリッシャーズ〕、2004年。
 『赤い文化住宅の初子』、監督:タナダユキ、「赤い文化住宅の初子」フィルムパートナーズ〔トライ
  ネットエンタテインメント=ビクターエンタテインメント=スローラーナー〕、2007年。

 当該作品は、もちろん『俺たちに明日はない(Bonnie and Clyde)』(監督:アーサー・ペン、米国、19
67年)のもじりだが、とくに取り上げるほどの物語があるわけではない。ごく普通の高校生の生態が描かれ
ており、その意味でまさに「明日がないッス」という感じである。最後のシーンで、主人公のひとりである
比留間が「初めて明日のことを考えた」と語るが、いやでも明日は来る。みな、そうやって大人になってゆ
くのだ。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>を引用しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  さそうあきらの同名青春漫画を「百万円と苦虫女」のタナダユキ監督が映画化。やり場のない倦怠
 感を抱えている童貞少年の“性”を、コミカルかつ切なく描き出す。

   〔あらすじ〕

  高校3年生の童貞3人組・比留間(柄本時生)、峯(遠藤雄弥)、安藤(草野イニ)は、虚しい気
 持ちを抱え無為な毎日を過ごしていた。友野夏子(三輪子〔現 我妻三輪子〕)とヤリたいと思ってい
 る比留間は、ある日、友野と担任教師の吉田(田口トモロヲ)がラブホテルから出てきたり、保健室
 でいちゃついていたりするところを見てしまう。苛立ちを爆発させた比留間は、吉田を殴る。授業を
 さぼっていた峯は、同級生のちづ(安藤サクラ)が生理による貧血で倒れているところを助ける。ち
 づは金魚屋を営む父(ダンカン)と二人暮らしで、生理のことも何も知らないし、セックスに関する
 知識は間違いだらけだった。セックスが見たいと峯にせがむちづと、ピンク映画を観に行く峯。峯は
 結局、セックスしてみようと明るく言うちづに押し切られるかたちでヤッてしまう。経験のない同士
 のセックスは頼りなくてぎこちなかったものの、二人とも初々しいくらいにお互いを抱きしめていた。
 安藤は、子守りのバイト先である酒屋で偶然出会った巨乳の秋恵(水崎綾女)に告白される。自分が
 巨乳であることに小さい頃からコンプレックスを持っていた秋恵。安藤は秋恵のためにダイエットし
 ようとするが、秋恵は、安心するからとそのままでいることを望む。ラブラブな二人だが、秋恵は比
 留間たちと同じように太っている安藤の胸を揉む。おかげで安藤の胸は赤く腫れ上がってしまう。比
 留間は友野に相手にされないでいたが、吉田との関係を引き合いに出し誘う。そして吉田との関係が
 親にもばれて自暴自棄になった友野は、比留間の脅しを受け入れる。海辺のホテルに行こうとするも
 お金がなく入れず、友野はピクニックにでも来たみたいに波打ち際で無邪気にはしゃぎ、比留間は萎
 えたままだった。今日絶対にやるんだと自らを鼓舞する比留間は……。

 他に出演している役者は全て未知の人だったので、割愛する。冒頭の言葉を以下に掲げておこう。

  あの夏
  若いますらおの欲情は
  乾いた空気の中に
  みなぎっていた
  
 おそらく、青春なんてそんなものなのだろう。それにしても、相撲フェチの美少女なんて、本当に存在す
るのだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『家族X』(監督:吉田光希、PFFパートナーズ〔ぴあ=TBS=IMAGICA=エイベックス・エン
タテインメント=USEN〕/リトルモア、2010年)を観た。崩壊寸前の家族を描いているが、誰も殺されない
し、死ぬことすらない。それでいて、全篇を覆っているこの重たさは何だろうか。言うまでもなく、人間関
係において、コミュニケーションの大切さ、食事(会食)の重要さ、基本的な生活リズムのかけがえのなさ
を否定する人はいないだろう。それでも、理屈では分かっているが、実行困難な時もある。たとえば、小生
が育った旧家族において、父親の「家庭力(今作った造語)」はゼロというよりもむしろマイナスだったの
で、母親の八面六臂の働きがなければ、いつでも空中分解していただろう。また、曲がりなりにも両親が亡
くなるまで保ったのは、家族全員の性格がどちらかというと明るい方だったからだと思う。しかも、気が付
いたことはとりあえず口にする習慣があり、遠慮会釈のない会話が交わされていた。後々になって、小生自
身が「批判家族」あるいは「罵倒家族」と名付けた旧家族は、その点に崩壊回避機能があったのだと思う。
さて、本篇の主人公であるが、とにかく暗い。徹底的に暗い。これでは、他の家族も気を遣って話すらでき
ないようになるだろう。また、コミュニケーションも不全と言ってよく、これでは家庭にいるだけで息苦し
くなるだろう。家族問題は根が深い。深いゆえに簡単に片づけることはできない。したがって、それを描い
た作品は、必然的に煮え切らない味に留まるしかないのである。似たようなテイストの作品を挙げるとすれ
ば、派手な事件を伴うものを含めると、連想したのは以下の作品である。

 『家族ゲーム』、監督:森田芳光、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1983年。
 『逆噴射家族』、監督:石井聰亙、ディレクターズ・カンパニー=国際放映=ATG、1984年。
 『GONIN』、監督:石井隆、ぶんか社=イメージファクトリー・アイエム、1995年。
 『GONIN2』、監督:石井隆、衛星劇場、1996年。
 『ビジターQ』、監督:三池崇史、シネロケット=日本トラステック、2000年。
 『アカルイミライ』、監督:黒沢清、アップリンク=クロックワークス=デンタルサイト、2002年。
 『蛇イチゴ』、監督:西川美和、「蛇イチゴ」製作委員会〔バンダイビジュアル=テレビマンユニオン=
  エンジンフイルム=シィースタイル=IMAJICA〕、2002年。
 『空中庭園』、監督:豊田利晃、リトルモア=ポニーキャニオン=衛星劇場=カルチュア・パブリッシャー
  ズ=アスミック・エース エンタテインメント、2005年。
 『ゆれる』、監督:西川美和、「ゆれる」製作委員会〔エンジンフイルム=バンダイビジュアル=テレビマン
  ユニオン=衛星劇場〕、2006年。
 『酒井家のしあわせ』、監督:呉美保、「酒井家のしあわせ」フィルムパートナーズ〔ビーワイルド=
  スタイルジャム=テレビ大阪=テイクイット・エージェンシー〕、2006年。
 『松ヶ根乱射事件』、監督:山下敦弘、シグロ=ビターズ・エンド=バップ、2006年。
 『紀子の食卓』、監督:園子温、マザーアーク、2006年。
 『サッド ヴァケイション』、監督:青山真治、間宮運送組合〔stylejam=Be-Wild=Geneon〕、2007年。
 『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』、監督:吉田大八、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」製作委員会
  〔モンスター・フィルムス=ティー・ワイ・オー=アミューズソフトエンタテインメント=ファントム・
  フィルム=ソニー・ミュージックエンタテインメント〕、2007年。
 『ぐるりのこと。』、監督:橋口亮輔、「ぐるりのこと。」プロデューサーズ〔シグロ=ビターズ・エンド=
  衛星劇場=アミューズソフトエンタテインメント=博報堂DYメディアパートナーズ〕、2008年。
 『トウキョウソナタ』、監督:黒沢清、Fortissimo Films=「TOKYO SONATA」製作委員会〔博報堂DYメディア
  パートナーズ=ピックス=Entertainment Farm〕、2008年。
 『歩いても 歩いても』、監督:是枝裕和、「歩いても 歩いても」製作委員会〔エンジンフィルム=バンダイ
  ビジュアル=テレビマンユニオン=衛星劇場=シネカノン〕、2008年。
 『大阪ハムレット』、監督:光石富士朗、「大阪ハムレット」製作委員会〔アートポート=関西テレビ=BLD
  オリエンタル=双葉社〕、2008年。
 『愛のむきだし』、監督:園子温、オメガ・プロジェクト、2008年。
 『ちゃんと伝える』、監督:園子温、「ちゃんと伝える」製作委員会〔ユーズフィルム=CIRCUS=ネイショ
  ン=グランマーブル=マイサイド〕、2009年。
 『冷たい熱帯魚』、監督:園子温、日活、2010年。

 ある意味で封建的な雰囲気が残っていた昭和30年代くらいまでの映画では、家族問題で悩んでいるとして
も、家族そのものを否定したりすることはなかった。ところが、昭和60年代くらいになると、家族そのもの
が懐疑の対象になった。つまり、家族は何のために必要なのか、と。さらに、家族の形態が多様化して、典
型的なロール・プレイング・ゲームが崩れていったのである。俺は、なぜ息子を演じる必要があるのか。わ
たしは、なぜ母親の役割を担わなければならないのか、と。当該作品の主人公である専業主婦も、家族のた
めに食事を提供しようと努力しているが、その努力はまったく報われることがなく、自分自身の役割が見え
なくなっていったのである。夫も息子もそれなりに彼女に気を遣っている様子は窺えるが、いかんせん表現
が稚拙なので、ちっとも伝わらない。だんだんと精神が病んでくるのである。しかし、最後のシーンには、
いくぶんか改善の兆しが見え、決定的なカタストロフは回避されたようである。もっとも、それも束の間の
ことなのかもしれないが……。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>を参照しよう。なお、一部改変したが、ご寛恕
を乞う。

   〔解説〕

  塚本晋也監督の現場で助監督などを務め、第30回ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞に輝
 いた新鋭・吉田光希の劇場用映画監督デビュー作。コミュニケーション不全の家庭で少しずつ壊れて
 いく専業主婦の姿を、最小限のセリフと心理的象徴を散りばめた映像で淡々と描き出す。主演の南果
 歩が、全編ほぼ一人芝居で新境地を見せる。

   〔あらすじ〕

  東京郊外の新興住宅地に素敵なマイホームを手に入れた橋本家。幸せも手に入れたと信じていた妻・
 路子(南果歩)だが、失職の危機にある夫・健一(田口トモロヲ)とは会話もなくなり、就職浪人の
 息子・宏明(郭智博)はアルバイトと自室の往復ばかり。いつのまにか家族で食卓を囲むことのなく
 なったダイニングで、毎日孤独に料理をつくる路子は少しずつ追い詰められていく……。

 他に、筒井真理子(相田暁美=近所の主婦)、村上淳(野崎=明和運輸の運転手)、森下能幸(小林=健
一の同僚)、田村泰二郎、大久保桂輔、杉内貴、松澤仁晶、成田瑛其、宮重キヨ子などが出演している。
 「家族間空洞」や「家族内行方不明者」という言葉が出てくるが、以前あった「離島家族」のようなもの
だと思う。象徴的な場面として、妻(息子にとっては母)が在宅しているのにも拘らず、自分の鍵で解錠し
てから家に入ったり、自ら施錠してから外出する場面があった。妻(母)が、これまで世話をしていたもの
を構わなくなるのも痛いシーンである。飲料水の清浄機は汚れ、プランターに植わった栽培植物は枯れてし
まう。そして、全篇を通してときどき聞こえてくる金属音などの人工的でノイズィーな音。料理を作ること
を断念して、出来合いのものを買ってくるシーンもあった。『冷たい熱帯魚』においても、食事のシーンが
寒々しい光景として描かれていたが、あれを連想した。やはり、家族団欒は楽しい会食と親しげな会話が不
可欠であろう。そんなことを考えさせてくれる映画であった。


 某月某日

 DVDで邦画の『海猿』(監督:羽住英一郎、「海猿」製作委員会〔フジテレビ=ROBOT=ポニーキャニオン=
東宝〕、2004年)を観た。今まで何度も観ようかと思ったのだが、何となく敬遠していた作品である。今回
は伊藤英明つながりで観てみた。予想通りの作品で、「潜水士」という仕事を除いて新鮮な刺激はなかった
が、丁寧に作ってあるのでそれなりに楽しめた。小生は、高校3年生のとき、千葉の銚子で波に攫われかけ
たことがあるので、海にはとても怖いイメージがある。また、これは20年以上前のことであるが、徳島県の
宍喰(現在の海陽町)の海岸で、広島大学の大学院生が溺死した様子を目撃しており、その意を強くしたこ
とがある。べた凪の海岸でも、人は溺れて死ぬのである。さらに、『万葉集』研究の大家である中西進(小
生は彼の謦咳に接している)の娘さんがスキューバダイビングの事故で亡くなっているので、やはり海は怖
いという思いが強い。さて、潜水と映画であるが、『無宿(やどなし)』(監督:斎藤耕一、勝プロダクシ
ョン、1974年)〔「日日是労働セレクト30」を参照されたし〕という映画で、勝新太郎と高倉健がそれぞ
れ潜水服を着るシーンがあったはずである。さらに、『ニワトリはハダシだ』(監督:森崎東、シマフイル
ム=ビーワイルド=衛星劇場、2003年)〔「日日是労働セレクト9」を参照されたし〕という映画で、原田
芳雄が潜水夫の役を演じていた。その他、いくつか潜水シーンが登場する映画を観ているが、今回ほど潜水
が重要なモチーフとなっている映画は観たことはないと思う。その意味で貴重な映画と言えるだろう。「海
上保安庁」という、一般人には馴染の薄い省庁も深く関っており、その点でも勉強になるだろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  佐藤秀峰の同名人気コミックを人気俳優・伊藤英明主演で映画化。潜水士を目指し、過酷な訓練に
 励む若き海上保安官たちの挫折と成長をつづる熱いドラマだ。

   〔あらすじ〕

  広島県呉市、海上保安大学校。ここに、潜水士を目指す14名の若きエリート海上保安官たちが、主
 任教官・源太郎(藤竜也)の指導の下、50日間に及ぶ潜水技術課程研修に挑むべくやって来た。ダイ
 ヴマスターの資格を持つルーキーの仙崎大輔(伊藤英明)は、仲間たちと絆を深めながら、やや実力
 の劣る“バディ”(相棒)の工藤始(伊藤敦史)とともに厳しい訓練をこなす一方、街で知り合った
 東京のファッション誌の編集者である伊沢環菜(加藤あい)とも不器用ながらも愛を育んでいく。と
 ころがある休日、人命救助に向かった工藤が還らぬ人となった。ショックから立ち直れない仙崎。支
 えであった環菜も仕事を解雇され、失意のまま彼の許を去った。しかし、訓練は容赦なく続き、最終
 実習。仙崎は、それまでライヴァル関係にあった三島優二(海東健)と組み40mの潜行に成功するが、
 その時、ふたりは突然変化した潮流に流され、三島が岩に挟まれてしまう。残されたボンベはひとつ。
 しかも、片道分しかない。だが、仙崎はバディである三島をけっして見捨てなかった。もちろん、源
 も、仲間の訓練生たちも……。50日間の研修が終了した。仙崎をはじめとする13名の訓練生は、晴れ
 て潜水士となった。そしてその後、東京へ戻った仙崎は、専門学校へ通い始めた環菜との交際を再ス
 タートさせると、潜水士として新たな最前線の舞台へと向かって行くのだった。

 他に、香里奈(松原エリカ=看護師、工藤が一目惚れした相手、環菜の友人)、村田充(川口淳=三島
のバディ)、深水元基(土屋誠=訓練生のひとり)、 田中聡元(野村栄司=同)、古畑勝隆(八重樫裕太= 
同)、飯沼誠司(林光平)、恵秀(堺和樹=同)、佐野進也(中原響=同)、青木崇高(渡辺マサヤ=同)、
大口兼悟(郡司謙介)、田所慎二(斎藤工=同)、青木忠宏(武藤忠宏=同)、 田中哲司(板東茂=教官)、
中根徹(大友信士=同)、國村隼(五十嵐正樹=一等海上保安監・海上保安庁主席監察官)、杏子(中迫夏
子=調理・給仕員)、朝加真由美(伊沢歌子=環菜の母)、渡辺典子(園部美由紀=ファッション雑誌の編
集長)、佐藤浩(堀田三郎)、水城なおき(五十嵐の部下)、宮田圭子(婦長)、阿部蒼輝(村上大地)、
ふくまつみ(永島美子)などが出演している。源太郎は潜水士の現役時代、10年間で26名の海難事故の遭難
者を引き上げたが、生存者はわずか1名だったと述べている。なお、潜水士になるのは、全国の海上保安官
のわずか1%の由。エリートにしかなれないというわけ。したがって、源の「私の仕事は潜水士を育てるこ
とではない。向いていないヤツをふるい落すことである」という言葉は、まんざらはったりではない。なお、
水面休憩、減圧症、残圧、特殊救難隊、ダイブマスター……など、特殊な用語が飛び交っていた。「水面よ
し! テ!」という掛け声もあったが、その「テ!」が何なのか、よく分からなかった。当該作品は、TVド
ラマにもなっており、この他3篇の劇場公開映画の続篇がある由。機会があれば観てみたい。


 某月某日

 DVDで邦画の『悪の教典』(監督:三池崇史、「悪の教典」製作委員会〔東宝=電通=文藝春秋=OLM=エ
ー・チーム=日本出版販売〕、2012年)を観た。実は、三池崇史監督ということもあって、封切中に映画館
で観ようと思った映画であるが、あいにくそのときの連れがこの手の映画を好まない人だったので、断念し
たという経緯がある。正直言って、観ないでよかったと思う。もちろん、作品の出来が悪かったという意味
ではない。あまりに生々しいので、かなり意気阻喪したのではないかと思われるからである。DVDで観ても
気持悪いのに、映画館の大きなスクリーンで観たとすれば、厭な感じを後々まで残したのではないか。それ
くらい主人公の人間性におぞましさを感じざるを得ない。この手の映画としては、以下に挙げる映画(邦画
限定)がそれに近いか。平成以後の作品から挙げてみよう。

  『黒い家』、監督:森田芳光、『黒い家』製作委員会=松竹、1999年。
  『殺し屋1』、監督:三池崇史、オメガ・プロジェクト=オメガ・ミコット=EMG=STARMAX=スパイク=
   アルファグループ=エクセレントフィルム、2001年。
  『バトル・ロワイアル 特別篇』、監督:深作欣二、「バトル・ロワイアル」製作委員会〔東映=アム
   アソシエイツ=広美=日本出版販売=MFピクチャーズ=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ〕、
   2001年。
  『自殺サークル』、監督:園子温、「自殺サークル」製作委員会〔オメガ・プロジェクト=ビッグビート=
   フォーピース=フューズ〕、2002年。
  『バトル・ロワイアルII 【特別篇】REVENGE』、監督:深作欣二/深作健太、東映=深作組=テレビ朝日=
   WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ=日本出版販売=TOKYO FM=セガ=東映ビデオ=東映エージェン
   シー、2003年。
  『冷たい熱帯魚』、監督:園子温、日活、2010年。
  『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』、監督:瀬田なつき、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」
   製作委員会〔角川映画=NTTドコモ=アスキー・メディアワークス=スターダスト音楽出版〕、2010年。 

 いわゆる「サイコパス(psychopath)」を描いたものに限定すると少ないが、大量殺人や集団自殺を描い  
たものまで含めると、以上の作品が挙げられるだろう。漫画では、『寄生獣』(岩明均 作、講談社・モーニ
ングオープン増刊にF号(1988年)からH号(1989年)、月刊アフタヌーンに1990年1月号から1995年2月号に
かけて連載された)を真っ先に連想したが、あれはサイコパスではなくて、謎の寄生生物が引き起こす大量
殺人なので、当該作品とは異なる。なお、この『寄生獣』は、2014年12月にPART1が、2015年にPART2が山崎
貴監督により、実写映画化される由(ウィキペディアより)。
 さて、そもそも「サイコパス」、あるいは、「反社会性人格障害(antisocial personality disorder)」
とは何であるかについて、<ウィキペディア>を参照してみよう。なお、ほぼ原文通りである。今年の主題は
「犯罪映画」なので、この種の人々が起こす犯罪は見過ごしにできないだろう。


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 精神病質(英:Psychopathy、サイコパシー)とは、反社会的人格の一種を意味する心理学用語であり、主
に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使わている。その精神病質者を英語でサイコパス(Psycho-
path)と呼ぶ。

 概要

 三省堂の大辞林では「精神病質(その人格のために本人や社会が悩む、正常とされる人格から逸脱したも
の)である人」と記載されている。
 サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結
果至上主義が主な特徴で、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会
の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。その大部分は殺
人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。北米には少なくとも200万人、ニューヨークだけ
でも10万人のサイコパスがいると、犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは統計的に見積っている。
 先天的な原因があるとされ、ほとんどが男性である。脳の働きを計測すると、共感性を司る部分の働きが
弱い場合が多いという。
 日本の法律「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の第5条では精神障害者と定義している。

 特徴

 ヘアは以下のように定義している。

  良心の異常な欠如
  他者に対する冷淡さや共感のなさ
  慢性的に平然と嘘をつく
  行動に対する責任が全く取れない
  罪悪感が全く無い
  過大な自尊心で自己中心的
  口の達者さと表面的な魅力

 現在は20項目(『HARE PCL-R第2版テクニカルマニュアル』)が新たに定められ、それを用いて個別診断
で半構造面接を行い2時間半-3時間かけて評定をする。
 サイコパスは異常であるが病気(いわゆる精神病)ではなく、ほとんどの人々が通常の社会生活を営んで
いる。そのため、現在では精神異常という位置づけではなく、パーソナリティ障害とされている。そのため、
日本では反社会性パーソナリティ障害と名称されている。しかし、以前は精神病質の定義についてはっきり
とした概念がなかったことから、家庭内暴力を起こしたりする者に対して、精神病質であると一概にまとめ
られ精神科病院への収容がされてしまい、これらの人々に対するロボトミー手術などの不用意な脳外科手術
が行われ、手術をされた患者の人格や精神上不安定になるなどが起こるなど、医療上の人権侵害が行われた。
 実際、精神病質と社会病質が混合されているが、ヘアによると精神病質と反社会病質は似て非なるもので
あると記している。精神病質の原因と考えられているのは前頭葉の障害であるとされ、健常者の脳波とはま
るで違う脳波を見せる。精神病質は遺伝病だとされる意見が主とされている。逆に、家庭・周囲環境や障害
に因る心身の衰弱によるものなどによる、精神病質に似た性格異常は仮精神病質(偽精神病質)とされ、精
神病質とは識別されている。
 エミール・クレペリンによるとサイコパスのひとつに「空想虚言者」という類型がある。

【想像力が異常に旺盛で、空想を現実よりも優先する】

 一見才能があり博学で、地理・歴史・技術・医学など、何くれとなく通じていて話題が豊富であるが、よ
く調べるとその知識は他人の話からの寄せ集めである。

【弁舌が淀みなく、当意即妙の応答がうまい】

 好んで難解な外来語や人を脅かす言説をなす。

【人の心を操り、人気を集め、注目を浴びることに長けている】

 自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。

 自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまうのである。

 存在

 マーサ・スタウト著書によれば、アメリカでは25人に1人(約4%)とされる。ただし、東アジアの国々では
反社会性人格障害者の割合は極めて低くおよそ0.1%前後としている。 また、ロバート・D・ヘアの著書では
金融関係者(Stock Promoter)、政治家、警察関係者、中古車営業、傭兵(mercenary)、弁護士などに多いと推  
測しているほか、連続殺人犯、レイプ犯、泥棒、詐欺師、暴力亭主、ホワイトカラー犯罪者、株の悪徳ブロ
ーカー、幼児虐待者、非行少年グループ、資格を剥奪された弁護士や医師、麻薬王、プロギャンブラー、犯
罪組織構成員、テロリスト、カルト教祖、金のためならなんでもやる人たちにも多いとされる。組織内では
彼らの特性から組織下層部より上層部に多いと考えられており、とりわけ企業に存在するサイコパスはコー
ポレート・サイコパス(Corporate Psycopath)と呼ばれ、長年安定して営まれてきた企業をときに破滅へと導
く原因になり得ると考えられはじめている。

 サイコパスチェックリスト

 「サイコパスチェックリスト」は専門家が使う場合でも相当に複雑な臨床診断の道具であり、自分自身や
そばにいる人をこれを使って診断してはいけない。この診断にはしっかりした訓練と、正式な採点方法が必
要である。
 DSM-IVでの行為障害や反社会性パーソナリティ障害の診断とPCL-Rで示されるサイコパス概念の違いは、人  
格というより、情動に着目することによってDSM-IVの診断を発展させたところにある。DSM-IVの診断では、
単に反社会的行動をとる人たちという幅広い、それに至る多くの道があるという集団が同定されてしまう。

 Psychopathy Checklist (PCL)

 1. 口達者/表面的な魅力         
 2. 過去におけるサイコパスあるいは類似の診断
 3. 自己中心性/自己価値の誇大的な感覚
 4. 退屈しやすさ/欲求不満耐性の低さ   
 5. 病的に嘘をついたり人を騙す     
 6. 狡猾さ/正直さの欠如         
 7. 良心の呵責あるいは罪悪感の欠如     
 8. 情緒の深みや感情の欠如         
 9. 無神経/共感の欠如         
 10. 寄生虫的な生活様式         
 11. 短気/行動のコントロールの欠如     
 12. 乱交的な性関係                          
 13. 幼少期からの行動上の問題
 14. 現実的で長期的な計画の欠如
 15. 衝動性
 16. 親として無責任な行動
 17. 数多くの結婚・離婚歴
 18. 少年時代の非行
 19. 保護観察あるいは執行猶予期間の再犯の危険が高い
 20. 自分の行動に対する責任を受け入れることができない
 21. 多種類の犯罪行為
 22. 薬物やアルコールの乱用が反社会的行動の直接の原因ではない

 各項目は、「0,1,2」の3点法で採点し、臨床的には合計点で評価する。点数が高いほどサイコパスの特質
を多く持っていることになる。

 (改訂版)The Psychopathy Checklist-Revised (PCL-R)

 1. 口達者/表面的な魅力
 2. 誇大的な自己価値観
 3. 刺激を求める/退屈しやすい
 4. 病的な虚言
 5. 偽り騙す傾向/操作的(人を操る)
 6. 良心の呵責・罪悪感の欠如
 7. 浅薄な感情
 8. 冷淡で共感性の欠如
 9. 寄生的生活様式
 10. 行動のコントロールができない
 11. 放逸な性行動
 12. 幼少期の問題行動
 13. 現実的・長期的な目標の欠如
 14. 衝動的
 15. 無責任
 16. 自分の行動に対して責任が取れない
 17. 数多くの婚姻関係
 18. 少年非行
 19. 仮釈放の取消
 20. 多種多様な犯罪歴

 それぞれの項目は、0-2点で評定、総計で0-40点に分布する。成人で30点を超えるとサイコパスとされ、
20点未満であるとサイコパスではないとみなされる。子供のサイコパス傾向についての基準はあまり確立し
ていないが、27点がカットオフ値。

 サイコパスの2因子モデル

 因子1:対人/情動面

 1.口達者/表面的な魅力
 2.誇大的な自己価値観
 4.病的な虚言
 5.偽り騙す傾向/操作的(人を操る)
 6.良心の呵責・罪悪感の欠如
 7.浅薄な感情
 8.冷淡で共感性の欠如
 16.自分の行動に対して責任が取れない

 因子2:衝動的/反社会的行動面

 3.刺激を求める/退屈しやすい
 9.寄生的生活様式
 10.行動のコントロールができない
 12.幼少期の問題行動
 13.現実的・長期的な目標の欠如
 14.衝動的
 15.無責任
 18.少年非行
 19.仮釈放の取消

 因子3:どちらにも含まれない項目

 11.放逸な性行動
 17.数多くの婚姻関係
 20.多種多様な犯罪歴

 サイコパスの3因子モデル

 尊大で虚偽的な対人関係

 1.口達者/表面的な魅力
 2.誇大的な自己価値観
 4.病的な虚言
 5.偽り騙す傾向/操作的(人を操る)

 感情の欠落

 6.良心の呵責・罪悪感の欠如
 7.浅薄な感情
 8.冷淡で共感性の欠如
 16.自分の行動に対して責任が取れない

 衝動的/無責任

 3.刺激を求める/退屈しやすい
 9.寄生的生活様式
 13.現実的・長期的な目標の欠如
 14.衝動的
 15.無責任

 どの因子にも含まれない項目

 10.行動のコントロールができない
 11.放逸な性行動
 12.幼少期の問題行動
 17.数多くの婚姻関係
 18.少年非行
 19.仮釈放の取消
 20.多種多様な犯罪歴

 サイコパシー・チェックリスト(PCL-R)をめぐる論争

 サイコパシーの尺度の一つとして、PCL-Rは確かに有用ではあるが、PCL-R が「サイコパスの定義」と誤解
されることが危惧されており、特に犯罪歴に関する項目が含まれている点に関しては強い批判がある。これ
に対して、ロバート・ヘアらは、「サイコパスであるためには、広義の意味で反社会的 (英:antisocial)
であることは必須であるが、犯罪的 (英:criminal) であることは必ずしも必須ではない」と認めている。
これにより、かつてハーヴェイ・クレックレーがその著書「The Mask of Sanity (正気の仮面)」で示唆した、
非犯罪的サイコパスないし“成功した”サイコパスの存在が再認識された。

 類似する用語

 類似する用語として、社会病質(英:ソシオパシー、Sociopathy)、社会病質者(英:ソシオパス、Socio-
path)がある。 行動遺伝学者デヴィッド・リッケン(David・T・Lykken)は反社会的人格をソシオパス的
人格、サイコパス的人格、性格神経症の三つに大別し、ソシオパス的人格は、親の育て方などによる後天的
なもの、サイコパス的人格は元来の性格、気質などの先天的なものとして位置付けている。 しかし一般に
は、ソシオパスとサイコパスはほぼ同義なものとして扱われることが多い。
 注意点として、たとえばアスペルガー症候群が自閉的精神病質と呼ばれていたように、「精神病質(サイ
コパシー)」という言葉はかつては(主にヨーロッパにおいて)精神医学用語の1つとして、比較的広い意
味で用いられていた。現在ではそうした用法は廃れているが、今日の用法と混同しないよう注意が必要であ
る。またサイコパスは俗にサイコと略されることがあるが、この言葉には“精神病的(英:サイコチック、
Psychotic)”という意味も含まれることもあるので、“サイコパス的(英:サイコパシック、Psycho-
pathic)”というとは必ずしも同義ではない。

 『診断名サイコパス』によるサイコパスの概要
 
 同書の原題は「WITHOUT CONSCIENCE」(良心の呵責を覚えず)である。 現在のサイコパスとは日本で言
われていたロボトミー時代の精神病質とは定義が異なる。
 本書のヘア曰く、サイコパスは他者に愛着を持ち辛く、良心(不安感)に乏しく、加えて攻撃的(反社会
的)な人物であるとされる。 これは先天(器質)的な脳障害により、異常なほど強力な防衛機制(不安に
対処する能力)が働くため、罰に対するリアリティーが乏しくなり、反社会性を示し易いということである。
ただし反社会性は後天的な要素であるため、対処の仕方によっては矯正可能と見ている。
 一方、ソシオパスは後天的要因(反社会性)のみが濃いとされ、サイコパスと混同するのは誤りであると
している。 サイコパスは愛着が無いかわりに特定の人物に執着せず、裏切られたとしても相手を恨んだり
することはないが、 ソシオパスは執着もすれば、恨むこともある。 例えば「ストーカー」という犯罪行為
にしても、サイコパスの場合は愛着を持たない性格のため、長期間(一ヶ月等)の継続的なストーキングは
ありえず、1日か2日で終わるという。

 サイコパスとフィクション

 犯罪(少年犯罪)を題材にしたフィクションの作品においてもサイコパス(またはソシオパス、反社会性
パーソナリティ障害)の要素があるキャラクターが登場している。大抵はモラルが欠落した者(反社会性を
持つ者)・犯罪者・サイコキラーとして登場させることが多い。
 サイコパスを持つキャラクターの大半はミステリー・ホラー(サイコホラー)・スリラー(サイコスリラ
ー)・アクションに当てはまる作品(あるいは猟奇殺人をテーマにした作品)に登場する。一方で、発達障
害や精神疾患に対するステレオタイプな誤解をもたらす可能性もある。
 (以下、割愛)。

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 以上である。物語を確認してみよう。例によって<Movie Walker>および<ウィキペディア>を参照する。執
筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『黒い家』など社会に潜む悪意をつづった作品で知られる貴志祐介の同名小説を、伊藤英明主演、
 三池崇史監督で映画化したサイコ・ホラー。生徒はもちろん、PTAや同僚の教師からも評判のいい英語
 科教師・蓮実聖司。その本当の顔と、彼が引き起こす事件の一部始終が描かれる。主人公に扮した伊
 藤英明のダークな演技に注目だ。

   〔あらすじ〕

  蓮実聖司(伊藤英明)は、生徒から“ハスミン”という愛称で呼ばれ、絶大な人気を誇る高校教師。
 学校やPTAの評価も高く、いわば「教師の鑑」とも呼べる存在だったが、それはすべて仮面に過ぎなか
 った。彼は他人への共感能力をまったく持ち合わせていない生まれながらのサイコパス(反社会性人格
 障害)だったのだ。蓮実は自らの目的のためには、たとえ殺人でも厭わない。学校が抱える様々なトラ
 ブルや、自分の目的の妨げになる障害を取り除くために、いとも簡単に人を殺していく。やがていつ
 しか周囲の人間を自由に操り、学校中を支配する存在になっていく蓮実。だがすべてが順調に進んで
 いた矢先、小さなほころびから自らの失敗が露呈し、それを隠蔽するために蓮実はクラスの生徒全員
 を惨殺することを決意する……。

 他に、二階堂ふみ(片桐怜花=晨光学院高校の生徒)、染谷将太(早水圭介=同)、浅香航大(夏越雄一  
郎=同)、林遣都(前島雅彦=同)、水野絵梨奈(安原美彌=同)、KENTA(蓼沼将大=同)、山田孝之(柴
原徹朗=教諭)、平岳大(久米剛毅=同)、吹越満(釣井正信=同)、山中崇(真田=同)、小島聖(田浦  
潤子=養護教諭)、滝藤賢一(清田勝史=モンスター・ペアレント)、矢島健一(下鴨=所轄の生活安全課
の刑事)、橋本一郎(宇田川刑事=下鴨の部下)、山口馬木也(蓮実芳夫=内科医、聖司の父)、眞野裕子
(佳子=同じく母)、池谷のぶえ(堂島智津子=国語の教師)、岩原明生(高塚陽二=英語の教師)などが
出演している。《good》から始まって《great》、《excellent》、そして《magnificent》と発展していく評
価のグレイド、東大と《to die》をかけたところ、《United we stand, divided we fall.》(団結すれば助
かる。分裂すれば、倒れる)を教えてなかったなと蓮実が呟くシーンなど、英語が生きていた。また、蓮実
の凶行を暴く意外な器具など、随所に工夫が凝らされていた。なお、戯曲『三文オペラ』(ベルトルト・ブ
レヒト 作)の「モリタート」のメロディ(作曲:クルト・ヴァイル)、あるいは《MACK THE KNIFE》(劇中
歌「メッキー・メッサーのモリタート」は「マック・ザ・ナイフ」というタイトルで大ヒットし、スタンダ
ード・ナンバーとなった由〔ウィキペディアより〕)は、軽快であるだけに、惨劇に妙にマッチしている。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『ダブルベッド』(監督:藤田敏八、にっかつ=ニューセン
チュリープロデューサーズ、1983年)である。封切当時から知っていたが、小生は初見である。この当時の
藤田監督らしい作品で、もう若いとは言えなくなってきた男女の生態が描かれている。なお、藤田監督の鑑
賞作品は以下の通り17本である。

  『野良猫ロック ワイルド・ジャンボ』、監督:藤田敏八、ホリプロ=日活、1970年。
  『八月の濡れた砂』、監督:藤田敏八、日活、1971年。
  『野良猫ロック 暴走集団'71』、監督:藤田敏八、ホリプロ=日活、1971年。
  『修羅雪姫』、監督:藤田敏八、東京映画、1973年。
  『エロスは甘き香り』、監督:藤田敏八、日活、1973年。
  『修羅雪姫 怨み恋歌』、監督:藤田敏八、東京映画、1974年。
  『妹』、監督:藤田敏八、日活、1974年。
  『赤ちょうちん』、監督:藤田敏八、日活、1974年。
  『バージンブルース』、監督:藤田敏八、日活、1974年。
  『帰らざる日々』、監督:藤田敏八、日活、1978年。
  『もっとしなやかに もっとしたたかに』、監督:藤田敏八、にっかつ、1979年。
  『十八歳、海へ』、監督:藤田敏八、にっかつ、1979年。
  『天使を誘惑』、監督:藤田敏八、東宝=ホリプロ=ホリ企画制作、1979年。
  『スローなブギにしてくれ』、監督:藤田敏八、角川春樹事務所、1981年。
  『ダイアモンドは傷つかない』、監督:藤田敏八、東映東京、1982年。
  『ダブルベッド』、監督:藤田敏八、にっかつ=ニューセンチュリープロデューサーズ、1983年。
  『海燕ジョーの奇跡』、監督:藤田敏八、三船プロ=松竹富士、1984年。

 いずれも青春の「出口なし」を描いており、その荒削りな描写が魅力的である。彼は俳優業もしていたが、
とくに『ツィゴイネルワイゼン』(監督:鈴木清順、シネマ・プラセット、1980年)におけるドイツ語教師
役が印象深い。当該作品は、一応「ロマンポルノ」なのだろうが、一般映画とさして変わらない。濡れ場の
分量が多いのがメルクマール。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  中年を迎えつつある夫婦と、夫の友人とその若い愛人たちの性的な日々を描く。中山千夏の同名の
 小説を映画化したもので、脚本は「時代屋の女房」の荒井晴彦、監督は「ダイアモンドは傷つかない」
 の藤田敏八、撮影は「人生劇場(1983)」の安藤庄平がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  昔の仲間の葬儀に出席した敏之(岸部一徳)と雅子(大谷直子)の加藤夫妻は、その帰路、かつて
 よく顔を出した飲み屋「五十鈴」に寄った。二人はそこで、やはり昔の仲間で作詞家をしている山崎
 徹(柄本明)とその女、三浦理子(石田えり)に出会う。店を出ると、理子は帰り、三人は加藤のマ
 ンションで飲み続ける。徹の詞はラブホテルでの男と女を描くのが多く、そのレコードをバックに流
 した。敏之が眠ってしまうと、徹は雅子の体に手をはわせ、乳房をつかむ。徹はそこでやめてしまい、
 おさまらない雅子は敏之とセックスする。徹は加藤のマンションを後にすると、理子のアパートに向
 うが彼女はおらず妹の由子(高橋ひとみ)がいた。由子は大学の映研に所属しており、セックスの経
 験はまだない。数日後、徹は雅子と外で飲み、そのままラブホテルに入り、体を重ねた。一方、図書
 館に勤める理子も、若い男(趙方豪)に声をかけられ、関係を持った。理子はセックスの欲望に体が
 うずくが、精神的な愛に飢えており、徹にあきたらないのだ。ある日、TVドラマを製作する敏之が
 家を空け、雅子は徹を呼び込み、ダブルベッドで激しいセックスに溺れた。翌朝、セックスの余韻が
 さめない二人のところに、ロケが中止になったと敏之が帰って来た。妻の浮気に愕然とする敏之だが、
 自分も浮気しており、離婚はしたくないという。暫くして、雅子は徹の部屋に転り込み、妻のように
 ふるまう。その頃、生理もなく、理子は暗く落ち込んでおり、彼女のアパートを訪ねた徹は、明るい
 雅子とは対象的な理子の姿に一緒に住む決意をする。その頃、主の帰らない徹の部屋で雅子は鮨屋の
 店員とセックスをしていた。彼女は浮気心にとりつかれているようだ……。

 他に、緋多景子(五十鈴の女将)、石岡啓一郎(太郎=加藤夫妻の子ども)、中村れい子(正子=敏之の  
浮気相手)、赤座美代子(中学教師の上野の妻)、鈴木清順(飲み屋の男)、吉行和子(飲み屋の女)、野
上祐二(男イ)、中川明(男ロ)、藤木悠(TV番組「家庭の治療室」の出演者)、北詰友樹(TVドラマの中
年男)などが出演している。シーソー人形、理子の足にまとわりつく新聞紙、その新聞紙をちぎって男に渡す
理子、理子と由子の文字を組み合わせると「理由」になるという駄洒落、風呂桶の中の陰毛、雨中のキャッ
チボール、落ちて割れる卵、由子の肩で殺される蚊、「生理が来た」、群れる鯉、飛び立つ飛行機、開かれ
る日傘……何気ない映像が映画の流れを支えていた。なお、鮨屋の店員のモーターバイクの後部座席に乗っ
た雅子に店員が訊ねる。「奥さん、どこまで?」……それに対して、雅子は「今から考えるわ」と答える。
なかなかオシャレなエンディングであった。
 2本目は、『雷桜』(監督:廣木隆一、「雷桜」製作委員会〔TBS=電通=MBS=東宝=CBC=IMJエンタテ
インメント=TCエンタテインメント=RKB=WOWOW=TBS R&C=朝日新聞社=日本出版販売=角川書店=
Jahoo! JAPAN=HBC=TBC=BSN=SBS=RSK=RCC=TOKYO FM〕、2010年)である。2010年に封切られた5本の
「サムライ・シネマ」のうち、一番現代ぽかった。岡田将生と蒼井優のコンビは初々しく、物語の荒唐無稽
さを救っている。それにしても、恰好だけ時代劇というのも、まだまだ流行りそうである。
 この作品も<Movie Walker>のお世話になろう。さらに、配役に関しては、<ウィキペディア>が役に立った。
いずれも、執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  宇江佐真理の同名時代小説を岡田将生と蒼井優のダブル主演で映画化したラブストーリー。徳川将
 軍家に生まれながらも心に闇を抱えた青年と、人里離れた山奥で20年間過ごした野生的な女性との恋
 模様をつづる。繊細な心理描写を得意とする廣木隆一がメガホンを握り、身分違いの恋と知りながら
 も求め合う男女の姿を丁寧に映し出す。

   〔あらすじ〕

  徳川家に生まれた斉道(岡田将生)は、孤独で退屈な日々を送っていた。ある晩、家臣の瀬田助次
 郎(小出恵介)が語った「私の故郷・瀬田村には天狗がいる」という話に興味を持った斉道は、瀬田
 村へと向かう。一方、瀬田村で生まれ育った雷〔らい〕(蒼井優)は、父・理右衛門(時任三郎)と
 二人きりで自由奔放に暮らしていた。山が乱されないよう、雷は山に入った村人を脅して追い払う。
 やがて村人の間では、瀬田山には天狗がいるという噂が広がっていった……。斉道は瀬田村に向かう
 途中、御用人の榎戸角之進(柄本明)らが止めるのも聞かず、一人“天狗の棲む山”へ馬を走らせ、
 そこで斉道は雷に出会う。村に戻った斉道が助次郎に、女の天狗に出会った話をすると、助次郎はそ
 の天狗は20年前に誘拐された自分の妹・遊に違いないと告げる。そんな中、斉道と遊は美しくも奇妙
 な巨木“雷桜”の下で再会。山の外を知らない遊は身分の違いなど意識せず、まっすぐな気持ちで斉
 道に向き合う。そして斉道にとって遊は、初めて“殿”という立場抜きに話せる存在となっていった。
 互いに惹かれあう二人。だが、周囲がそれを許すはずはなかった……。

 他に、宮崎美子(たえ=遊の母)、和田聰宏(助太郎=助次郎や遊の兄)、須藤理彩(お初=助太郎の妻)、
若葉竜也(榊原秀太郎)、忍成修吾(今泉鉄之助)、村上淳(鹿内六郎太=島中藩馬廻役)、高良健吾(瀬
田村の百姓)、柄本佑(同)、大杉漣(高山仙之介=大老)、ベンガル(早坂門之助=老中)、池畑慎之介
〔ピーター〕(田所文之進=岩本藩間者)、坂東三津五郎(徳川家斉=第十一代将軍)、山本浩司(茂吉)、
安藤玉恵(お捨)などが出演している。時代劇版「ロミオとジュリエット」であるが、最後のシーンに救い
がある。


 某月某日

 DVDで邦画の『生きてるものはいないのか』(監督:石井岳龍〔聰亙〕、ドラゴンマウンテン、2012年)を
観た。石井聰亙(岳龍)監督の映画は、当該作品を含めて以下のように9本観ているが、さすが「ぶっ飛び
センス」全開で、ある意味楽しく鑑賞させていただいた。しかし、何ともうそ寒い世界ではある。似たよう
なテイストの映画としては、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(監督:青山真治、TOKYO FM=バップ=ラン
ブルフィッシュ、2005年)か、『カミュなんて知らない』(監督:柳町光男、プロダクション群狼=ワコー=
Bugs film、2006年)辺りか。

 『突撃! 博多愚連隊』、監督:石井聰亙、狂映舎、1978年。
 『狂い咲きサンダーロード』、監督:石井聰亙、狂映舎=ダイナマイトプロ、1980年。
 『爆裂都市 Burst City』、監督:石井聰亙、ダイナマイトプロ、1982年。
 『逆噴射家族』、監督:石井聰亙、ディレクターズ・カンパニー=国際放映=ATG、1984年。
 『ユメノ銀河』、監督:石井聰亙、ケイエスエス、1997年。
 『五条霊戦記//GOJOE』、監督:石井聰亙、サンセットシネマワークス、2000年。
 『ELECTRIC DRAGON 80000V』、監督:石井聰亙、サンセットシネマワークス=タキコーポレーション、
  2000年。
 『DEAD END RUN』、監督:石井聰亙、ナル=パイオニアLDC、2003年。
 『生きてるものはいないのか』、監督:石井岳龍(聰亙)、ドラゴンマウンテン、2012年。

 かのクエンティン・タランティーノは、この石井岳龍監督を始め、石井輝男、石井隆、石井克人……とい
う具合に、好きな日本人監督は「石井」ばかりだと語っているらしいが(ウィキペディアより)、分かるよ
うな気がする。梶芽衣子が好きな彼と、同じく大好きな小生も、どこかで通じ合っていると思う。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>を参照しよう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  『狂い咲きサンダーロード』の石井聰亙監督が石井岳龍と名を変え、10年ぶりに放つ衝撃作。『ヒ
 ミズ』でベネチア国際映画祭最優秀新人賞を受賞した染谷将太を主演に迎え、怪しげな大学を舞台に、
 毒気に満ちたシュールな群像劇が展開する。原作は人気劇団・五反田団を主宰する前田司郎の、岸田
 國士戯曲賞を受賞した同名舞台劇。

   〔あらすじ〕

  病院に併設された大学キャンパスでは、学生たちがいつもの午後を過ごしていた。病室を抜け出す
 娘、妹を探す怪しい男、都市伝説を語る学生たち、三角関係の学生と喫茶店員、大事故を目撃した男
 たち、踊りを練習する学生たち、医療事務員に片思いの耳鼻科医、アイドル大学生、子どもを捜す母
 親……。そんなありふれた日常に、突然、最期の瞬間が近づいてくる。それはこの世の終末なのか……。

 出演者は、以下の18人である。染谷将太(ケイスケ=喫茶店のウェイター)、高梨臨(リョウコ=カツフ
ミの恋人)、白石廿日(カオリ=カツフミとの間に子どもを宿している女)、飯田あさと(カツフミ=三角
関係の要の男)、高橋真唯(ナナ=都市伝説を卒論のテーマにしている学生)、田島ゆみか(エナリ=リョ
ウコの結婚式のために踊りを練習する女)、池永亜美(エイコ=同)、札内幸太(アンドレ=同)、長谷部
恵介(マッチ=ナナの彼氏)、師岡広明(カツオ=マッチの仲間)、羽染達也(ジョージ=アイドル・グル
ープのメンバー)、青木英李(マキ=医療事務員)、田中こなつ(ミキ=患者)、渋川清彦(コウイチ=マ
キの異母兄)、津田翔志朗(サカナ博士=大事故の目撃者の一人)、芹澤興人(ナイトウ=耳鼻科医)、杉
浦千鶴子(サチエ=カツオの母)、村上淳(ヤマさん=サカナ博士の連れ)。染谷将太、渋川清彦、村上淳
以外は、ほとんど初見の俳優陣であったが、皆けっこう上手であった。とくに、学生同士の掛け合いが面白
く、現代の若者事情が垣間見える。もっとも、ストーリーはありきたりで、大したインパクトはなかった。
石井監督も年を取ったということか。


 某月某日

 最近上梓された合同詩集『詩よ 遠くまで行きなさい』(高知詩の会、2013年)の中に素敵な文章を見つけ
たので、以下に引用してみよう。執筆者の了解を取ってはいないが、たぶん許していただけるだろう。なお、
ほぼ原文通りである。


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   ことば、そして詩                   林嗣夫


         1

  『徒然草』(吉田兼好)の中に次のような一文がある。
  「名を聞くより、やがておもかげはおしはかるるここちするを、見る時は、またかねて思ひつるままの  
 顔したる人こそなけれ。」(人の名前を聞くと、すぐに、その人の顔つきが推測されるような気がするの
 だが、実際に会って見ると、その推測どおりの顔をしている人はいないものである。)
  まことに、うまいところに目をつけたものである。兼好法師は、だれもが覚えのある人の顔の意外性に
 ついて書いているけれど、このようなことは万事にあてはまる。例えば旅に出て、現地の風物に感動する
 のも、前もって頭の中で思い描いていたのとは違うからこそ、新鮮に感じるのである。
  これを一般的に言い直してみると、次のようになろうか。生きて動いている現実というものは、よく見
 ると、あらかじめ与えられている言葉(名)、イメージ、先入観を、どこかはみ出している、予想を越え
 て生き生きしている、ということである。詩人はこの、はみ出しているところ、予想を越えた意外な側面
 を、新しい言葉(言葉の新しい組み合わせ)によってとらえようとするのである。
  日ごろ見なれているもの、目の前の風景、友だちや家族、いま握っている箸なら箸を、じっと見直して
 みて下さい。これまでとは違った、得体の知れない不思議な側面をちらっと見せるかもしれない。そのよ
 うな新鮮な出会いを経験したいというのが、わたしたちの願いである。


         2

  再び、『徒然草』の中の一節を引用してみよう。
  「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向ひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬ
 も、なほあはれに情深し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所おほけれ。」
  (桜の花はまっ盛り、月はまん丸、かげりのないものだけを見るものだろうか。そうではあるまい。雨
 の日に月を慕い、部屋の中に閉じこもっていてつい春の過ぎ行くのを知らないのも、やはりしみじみと趣
 が深いものである。まっ盛りではなく、まもなく咲きそうな梢や、すっかり花の散ってしまった庭などは、
 かえって見どころが多いのである。)
  ここには、世間一般のものの見方とは違う見方、違う価値観が示されている。桜という、変化していく
 いのちの刻々が、よく見るとすばらしいというわけである。
  ふつう人間は、権威権力の方へ、お金(有用性)の方へ、小さなものより大きなものへ、田舎よりも都
 市へ、「美しい」「おいしい」と相場がきまったものの方へ……視線が向かいがちである。ところが兼好
 法師のものの見方をおしひろげると、このような世間一般の視線とは逆方向にも、よく見るとすばらしい
 「真」が発見できるということである。
  先に引用した文章のすこしあとに、「すべて月花をば、さのみ目にて見るものかは。」という一文もみ
 える。肉眼だけではなく、心や想像力の大切さも強調している。
  世間から見捨てられがちなものへ、あたたかい視線を向ける。これは詩を書くものの大事なつとめであ
 る。


         3

  岡井隆の短歌に次のような作品がある。
   ・捨てられし物象としも思はれぬ美しき缶雨うけ初めぬ
  ここに詠まれた題材は、捨てられた空缶である。庭先だろうか、道路わきだろうか。すでに無用となっ
 たもの。もう返り見られることのないもの。ちっぽけな不燃ごみ。このようなものに目をとめ、新しいい
 のちを見出すのが詩精神というものだろう。
  「物象」とは、生命のない「物」のさまざまな姿をいう。「しも」は、短歌の文法における強意のこと
 ば。捨てられたものの姿とはまさか思われない、ということだろう。その缶が、まるでいのちあるものの
 ように、美しく息づきながら雨を受けはじめた、というのである。
  この作品は、短歌という定型(五七五七七)に守られてすばらしい作品に仕上がっているが、定型を持
 たないわたしたちの自由詩にとっても、学ぶべきところが示されている。それは、もの(対象)をじっと
 見つめること。「缶」だとか、「ごみ」だとかいった言葉(先入観)が自然に消えてしまうまで、赤ちゃ
 んの目にかえって、見つめること。そうすると、そのものはいのちを宿し輝きはじめる。つまり、「詩」
 が立ち上がってくるということである。


         4

  伊藤一彦の歌集『月の夜声』に、次のような作品がある。
   ・風ふけば風になりゆく空見れば空になりゆく子どものからだ
  風が吹くと、もう心がさわぎ、自分が風そのものになってしまう。空を見れば、青々と広がる空そのも
 のに溶け込んでゆく。心だけでなく、からだまでも対象と一体化してしまうという、子どもの世界を生き
 生きと描いたものである。
  この作品の短歌としてのすばらしさはもちろんだが、ここでは、人間と対象(目の前に見えるもの)と
 の一体感という、新鮮な「経験」に注目したいと思う。これを「純粋経験」という。大人にもこのような
 ことはよく起こる。帰宅の路上で見る冬の夕焼け雲の美しさ! 私(主体)が雲(客体・対象)を見てい
 るという、主体と客体が分離した冷めた状態ではなく、ただもう私がいまどこにいるのかもわからず、我
 を忘れて夕焼け雲に見入り、立ちつくす、といった経験である。
  ふつう私たちの日常生活においては、このような「純粋経験」も、なんとなく通り過ぎ、あるいは繰り
 返すことによって、初めての「経験」ではなく、ありふれた「習慣」になってしまうことが多い。詩とは、
 このようなその時その時の初めての「経験」を、初めてのままに(一体感をできるだけこわさないように)、
 言葉で表現しようとする試みである。
  からだごと風や空になってしまう子どもたちは、いちばん詩人に近い存在だといえるだろう。


         5

   この 豚だって
   かわいいよ
   こんな 春だもの
   いいけしきをすって
   むちゅうで あるいてきたんだもの
  八木重吉の「豚」と題する詩である。たわいのない作品のようだが、ゆっくり読んでみると、いわく言
 いがたいユーモアや不思議を宿している。確かに「詩」がある。
  豚が「かわいい」という。今でこそペットにもなるが、どちらかといえば「かわいい」部類には入らな
 かった。だからこそ、「豚だって」といったのだろう。また「けしきをすって」も、普通とははずれた新
 鮮な表現だ。さらに「かわいい」理由が、「春だもの」といい、「むちゅうであるいてきたんだもの」と
 いう。ここにも楽しい飛躍がある。
  「この豚」、「こんな春」と直結しないで、「この 豚」というふうに、一呼吸あけている。だから
 「この」は直接「豚」だけを指しているのではなく、言葉にはならない何かをも抱え込んだ表現となって
 いる。そして、「豚」と「春」だけを漢字にして強調しているのも見逃せない。
  この作品は、宇宙感覚とでも言っていいような、大きなやさしさが感じられる。直感(感受性)と飛躍
 という、詩にとって大事な要素が、巧まずして効果を上げている。なんでもないことが、言葉の使い方ひ
 とつでこんないい作品になる。そのためには、書く人の心がゆったりと自由になっていることが大切だろ
 う。

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 コメントの必要はないだろう。学生諸君も、詩を読んだり、詩を書いたりして、自分のこころを遊ばせて
みよう。そうすれば、日常生活の中で嫌でも沈殿してくる滓や澱なども、どこかに消えてなくなるだろう。
詩はわれわれのからだを解し、こころを宥め、安上がりの娯楽を提供してくれる。そんな有難いものを、黙
って放っておく手はないだろう。


 某月某日

 DVDでスピンオフドラマの『悪の経典 -序章-』(監督:野本史生、東宝=東宝映画=OLM、2012年)を
観た。劇場公開映画ではないようなので、「家族研究への布石(映像篇)」には正式登録しなかった。『悪
の経典』(監督:三池崇史、「悪の経典」製作委員会〔東宝=電通=文藝春秋=OLM=エー・チーム=日
本出版販売〕、2012年)〔筆者、未見〕に先駆けて、2012年10月15日よりBeeTVとdマーケット VIDEOストア
にて配信された全4話からなるスピンオフドラマである。 また、10月19日にはDVDがリリースされた。三池
崇史が監修、野本史生が監督を務めた。この作品では映画版の約3ヶ月前を描き、小説に収録されているス
トーリーを基に構成したオリジナルストーリーである。映画公開と配信が重なっていた時期には「特別授業」
と題し、DVD未収録のプロモーション映像が公開されていた由(ウィキペディアより)。
 当該作品は本編とは異なるが、劇場公開映画に見劣らない面白さであった。〈Movie Walker〉の記事があ
るので、それを以下に引用してみよう。執筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文通りである。

  貴志祐介の同名サイコホラー小説を伊藤英明主演で映画化した『悪の教典』(11月10日公開)。本作
 で描き切れなかった原作ストーリー部分を映像化したドラマ「悪の教典 序章」が携帯専用放送局Bee
 TVで配信されることがわかった。
  原作は、高度なIQを持つ高校の人気英語教師が、学校の生徒たちを大殺戮する異色の物語だ。一つ
 の原作を基に、映画とBeeTVがそれぞれの視点でアプローチ、日常の崩壊を描く映画に対して、ドラマ
 では日常に潜む見えざる恐怖を描き出す。映画、ドラマでサイコパス(反社会性人格障害)でありなが
 ら、高度なIQを持つという主人公・蓮実聖司を演じた伊藤は、「蓮実は、なかなか共感が得られるよ
 うな役ではないですけど、映画とドラマを合わせて見てもらえると、蓮実という人間がわかってくる
 んじゃないかと思うので、やっぱり両方見てもらいたいですね。どちらもうまく伏線が張ってあるの
 で、ドラマを見て、映画館に行っていただいても良いですし、映画を見てからドラマに戻っていただ
 いても楽しめる作りになっていると思います」とアピールする。
  ドラマロケは6月11日から6月30日まで神奈川で、8月2日から5日までニューヨークで行われた。ニュ
 ーヨークでは伊藤演じる蓮実の人物背景を描く、ドラマの中でも重要なシークエンスとなる回想シー
 ンの撮影を行った。伊藤と監督、撮影監督以外は、米国現地スタッフおよそ40人と俳優組合に所属す
 る外国人キャストのエキストラ含め30人が撮影に参加した。主にウォール街やマンハッタンを背景に
 望むブルックリン橋公園など、ニューヨークの街を象徴するロケーションで撮影。伊藤が外国人スタ
 ッフや外国人キャストに囲まれながら、全編英語での演技に挑戦している。蓮実はアメリカに留学経
 験もあって、ネイティブの英語を生徒たちに教えているという役柄のため、伊藤は「英語に関しては
 プロのダイアローグコーチに現場についてもらい、常にコミュニケーションを取りながらやっていま
 した」と振り返る。本作で役者として新たな魅力を見せている伊藤は、今後の俳優活動について、
 「経験としては(ハリウッドで)やってみたいと思いますが、俳優として仕事をしていくという意味
 では、日本でもハリウッドでも、どこへ行っても変わりはないと思いますし、僕が一番望んでいるの
 は、いろんな世界の人たちに、(日本が発信する)作品を見てもらいたいということです。日本が発
 信していくものが世界で認められたら良いですね」と語り、「今回、ニューヨークに来て撮影ができ
 て、(外国人の)俳優さんたちと共演できて、ものすごく刺激になりましたし、ありがたいなと思い
 ました。今回のドラマはとても良い作品になったんじゃないかと思います!」と自信を見せた。
  BeeTVドラマ「悪の教典 序章」は10月15日(日)より配信を開始し、10月19日(金)にはDVDが発売され
 ることが決定している。【Movie Walker】

 物語については割愛するが、主人公の蓮実聖司を演じた伊藤英明はもちろんのこと、中越典子(水落聡子/
釣井景子)、吹越満(釣井正信)、岩松了(灘森正男)、高岡早紀(田浦潤子)、高杉亘(園田勲)などの
主要な役を演じた俳優は、皆持ち味を生かしていたと思う。これまで伊藤英明はあまり好きな俳優ではなか
ったが、この一篇で考えが変わった。「実力派」の称号を贈ろうと思う。また、吹越の凝った演技はまさに
「キモイ男」そのものであった。人間として同情を惜しむつもりはないが、付きあいたいタイプでは断じて
ない。俳優・吹越満について言及すれば、傑作『冷たい熱帯魚』(監督:園子温、日活、2010年)で小心者
の主人公を演じており、その作品で認知した俳優であるが、平凡さの中に潜む狂気を演じられる得難い俳優
だと思う。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので報告しよう。両者ともに「優等生的作品」で小生の好みではないのだが、丁寧に  
作ってある分かなり楽しめた。筋書こそ予定調和もいいどころだが、映像美は秀逸で、とくに前者はイタリ
アを舞台に設定した映画として、かなり成功しているのではないか。日本映画の実力もだんだんと上がって
きた証拠である。
 さて、1本目は、『冷静と情熱のあいだ』(監督:中江功、フジテレビジョン=角川書店=東宝、2001年)
である。いかにも若い女性が好みそうな筋書だが、それなりに人物造形もしっかりしており、さすがベスト・
セラー小説の映像化作品だと思った。しかし、なぜ今まで観なかったのか、という疑問が残る。先ず、題名。
ベタすぎて、触手が動かない。次に、主演が竹野内豊。おそらく、TVのトレンディ・ドラマの域を出ないの
ではないか、という懸念があった。さらに、恋愛映画は観るときを間違えると、とても陳腐な印象しか残ら
ないから、という理由もあった。しかし、グッド・タイミングで観たと思う。とてもこころに滲みたからで
ある。だいたい、外国を舞台にした映画はえてして「観光映画」に堕してしまうものだが、この映画は違っ
た。イタリア人以外の登場人物たちが、さほど浮いていなかったからである。それにしても、映像は素晴ら
しかった。もともとイタリアそのもの(たとえば、フィレンツェ)の実力がなせる業だが、どの場面も美し
く、何でもない光景がすべて絵になっていた。しかも、家屋(とくに、古い家屋)の外観や室内が素晴らし
く、古いものと新しいものの調和が取れていると思った。とりわけ、主人公の住まいは、イタリアの部屋も
日本の部屋(祖父がアトリエに使っていた空間)も、ともに高感度の佇まいを見せており、一年程度でいい
から是非住んでみたいと思った。とにかく、映像から人間を捨象したいくらい美しかったことを強調してお
こう。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  江國香織&辻仁成によるベストセラー小説を映画化した感動のラブ・ストーリー。10年の歳月が生
 み出す“運命の愛”を、芸術性香る映像の中にロマンティックにつづる。

   〔あらすじ〕

  美術絵画の修復士を志し、フィレンツェの工房で修業を積んだ阿形順正(竹野内豊)。晴れて修復
 士となった彼は、工房の先生であるジョバンナ(ヴァレリア・カヴァーリ)からチーゴリの絵の修復
 という大役を任される。ところが、今はマーヴ(マイケル・ウォン)という男性と何不自由ない生活
 を送っているかつての恋人・あおい(ケリー・チャン)との再会と、修復中の絵を何者かに切り裂か
 れるという事件によって順正の心は深く傷つき、失意のうちに日本に帰ることになる。だが帰国した
 彼は、あおいとの別れの裏に、家の財産を守ろうとする父・清雅(大和田伸也)の企みがあったこと
 を聞かされ、あおいへの想いを募らせていくのであった。そして同じ頃、あおいもまた忘れられない
 順正への想いと、マーヴとの愛の間で心揺れていた。そんなふたりは、10年前に約束したフィレンツ
 ェのドゥオモのクーポラで会うという何気なく交わした約束を果たし、そこで永遠の愛を誓い合うの
 であった。

 他に、ユースケ・サンタマリア(崇=順正の友人)、篠原涼子(芽実=順正の恋人)、椎名桔平(高梨=  
修復師)、松村達雄(阿形清治=順正の祖父の画家)、広田レオナ(麻美=清雅の彼女)、塩見三省(弁護
士)、シルヴィア・フレリ(ダニエラ=あおいのルーム・メイト)、ロベルト・ブルネッティ(ルカ=ダニ
エラの恋人)、ルチアーノ・フェデリコ(アンジェロ=順正の修復師仲間)、マリサ・メルニーニ(ジーナ)、
柏木広樹(チェリスト)、安斎肇(中古レコード店の店員)などが出演している。崇の台詞「一番好きな人
とは一緒になれない」は、案外正鵠を射ていると思う。
 2本目は、『最後の忠臣蔵』(監督:杉田成道、「最後の忠臣蔵」製作委員会〔ワーナー・ブラザース映
画=電通=角川映画=日本映画衛星放送=レッド・エンタテインメント=角川書店=Yahoo! JAPAN=メモリ
ーテック=読売新聞〕、2010年)である。「忠臣蔵」に関しては、食傷気味になるほどいろいろな作品を通
して触れているが、重要な登場人物の一人である寺坂吉右衛門の名前は知っていたが、当該映画の主人公の
瀬尾孫左衛門は初めて知る名前だったし、内蔵助の囲い者である可留の名前は知っていたが、両者の間にで
きた可音はまったく知らなかった。そういうわけであるから、池宮彰一郎のフィクションとはいえ、この物
語は大変興味深い。難を挙げれば切りがないが、役所広司の抑えた演技はなかなかよかった。難しい役どこ
ろだと思うが、よく耐えたと思う。佐藤浩市はいつもの通り、安田成美もまあまあか。むしろ、茶屋四郎次
郎を演じた笈田ヨシが抜群によかった。『たそがれ清兵衛』(監督:山田洋次、松竹、2002年)の田中泯と
の出会いのときと同質のものを感じたからである。別の分野(田中は舞踏、笈田は舞台)で活躍している人
が映画に出演すると、素晴らしい存在感を発揮することがあるというわけ。
 この作品も〈Movie Walker〉の「あらすじ」を引用しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  池宮彰一郎の同名小説をテレビドラマ「北の国から」の杉田成道が映像化した時代劇。“忠臣蔵”
 として有名な赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件で生き残っていた男2人の物語を追う。事件前夜に逃亡
 した瀬尾孫左衛門に役所広司、大石内蔵助よりとある命を受けた寺坂吉右衛門役に佐藤浩市。男たち
 に課せられた宿命を生々しく映し出す。

   〔あらすじ〕

  赤穂浪士の中に、討入り後の使命を与えられた二人の生き残りがいた。一人は討入り後、切腹の列
 に加わることを許されず、大石内蔵助(片岡仁左衛門)から「真実を後世に伝え、浪士の遺族を援助
 せよ」との密命を受けた寺坂吉右衛門(佐藤浩市)。そしてもう一人は、討入り前夜に忽然と姿を消
 した瀬尾孫左衛門(役所広司)である。孫左衛門は、まもなく生まれてくる内蔵助の隠し子を守り抜
 くという極秘の使命を内蔵助本人から直々に受けていた……。討入りから16年間、名誉の死を許され
 なかった二人は、それぞれの使命を果たすためだけに懸命に生きてきた。吉右衛門は赤穂浪士の遺族
 を捜して全国を渡り歩き、遂に最後の一人にたどり着く。一方、孫左衛門は武士の身分までも捨て素
 性を隠し、可音と名付けた内蔵助の忘れ形見(桜庭ななみ/〔幼少時〕北村沙羅)を密かに育てあげ
 る。やがて凛とした気品を備えた美しい娘に成長した可音は、天下の豪商・茶屋四郎次郎(笈田ヨシ)
 の嫡男・修一郎(山本耕史)に見初められる。可音を名家に嫁がせれば、孫左衛門の使命もまた終わ
 るのだった。そんな中、かつては厚い友情で結ばれ、主君のために命を捧げようと誓い合った二人が
 再会する。かたや命惜しさに逃げた裏切り者、かたや英雄になれなかった死に損ないとして。だが、
 孫左衛門の口から真実が明かされることはなかった。そしてとうとう可音の嫁ぐ日がやってくる。世
 は移り変わり、今では内蔵助の名誉は回復していたが、その存在すら隠してきた可音のお供は、孫左
 衛門ただ一人。ところが夕暮れを行く寂しい輿入れに、最初に吉右衛門が、続いて元赤穂の家臣たち
 が続々と現れ、お供を申し入れる。いつしか行列は、忠義の炎を松明にして掲げる男たちの大行列へ
 と変わっていく。それはたった一人で背負ってきた重き使命が、全ての家臣の喜びの使命へと変わる
 瞬間であった。だが遂に使命を果たした孫左衛門だったが、彼にはまだなすべきことが残っていた……。

 他に、伊武雅刀(進藤長保)、安田成美(ゆう/島原の夕霧太夫)、風吹ジュン(茅野きわ)、田中邦衛
(奥野将監)、福本清三(吉良上野介)、柴俊夫(月岡治右衛門)などが出演している。なお、この作品は、
「サムライ・シネマ」のうちの1本である。劇中、近松門左衛門の人形浄瑠璃「曽根崎心中」が、物語に色
を添えていたことを付け加えておこう。さらに、これは蛇足であるが、茶屋のような豪商に嫁ぐに値する姫
御料は、茶伎、香合せ、立花、書の道を一通り身につけ、気品と器量を備えていなければならないとの由。


 某月某日

 DVDで邦画の『侠客列伝』(監督:マキノ雅弘、東映京都、1968年)を観た。何度観たか分からないほど数
多く観た任侠映画の典型的作品である。新機軸があるとすれば、明治の世にあって、任侠道が至誠愛国に化
ける際のゴタゴタを描いた点である。高倉健と鶴田浩二の鍔迫り合いもけっこう珍しいのではないか。相変
わらずの筋書だが、あまり決まっているとは思えない。中程度の作品か。
 物語を確認しておこう。例によって〈Movie Walker〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。また、人名(役名および俳優名)など、クレジットや音声と異なる部分が多く、
小生の独断で修正しておいた。

   〔解説〕

  『代貸』の棚田吾郎がシナリオを執筆し、『日本侠客伝 絶縁状』のマキノ雅弘が監督した任侠もの。
 撮影は『前科者』の鈴木重平。

   〔あらすじ〕

  明治四十年の春、賭博行為禁止条項を含む新刑法が帝国議会を通過した。困惑した関西、関東の親
 分衆は「至誠愛国」を旗じるしに日本大同会を結成しようと動き出した。会長には天神一家〔丸高組〕
 の清水竹蔵〔「丸高竹蔵」と発音するシーンもある〕(河津清三郎)の口ききで柳瀬義則子爵(志摩
 靖彦)を担ぎ出した。そして、結成式の世話人に小田原酒勾(さこう)一家〔袢纏には「木戸組」と
 書かれていた〕の円谷半次郎(菅原謙二〔謙次〕)が指命されたのだが、関東筑波一家の坂上千代松
 (中村竹弥)は、この世話人選定に疑問を持った。というのは、清水の娘婿の三島の山形一家が、東
 海道線開通でさびれた三島のかわりに、地の利のよい小田原を狙っていたからだ。これは、坂上の娘
 浪江(宮園純子)と結婚することになっている半次郎の子分大倉伊之助(高倉健)の心配することで
 もあった。やがて結成式の日。案の定、半次郎は、清水一派に難癖をつけられ、自ら刃物を抜いてし
 まいなぶり殺しにされてしまった。その上、酒勾一家は一年間の謹慎を、日本大同会の総会で言い渡
 されたのである。ひっそりと半次郎の通夜をすませた伊之助たち三十人は、仇討ちの準備を進めたが、
 坂上に止められ、全員涙をのんだ。そしてその日から酒勾一家の苦難の毎日が始まった。夏が過ぎそ
 の年も終った。そして再び春が来て、一年の謹慎期間が解けようとしていた。しかし、その頃酒勾一
 家は一人去り二人去り、数人を残すのみとなっていた。そんなとき、人斬りの異名を持つ直木浅次郎
 (鶴田浩二)が姿を見せ、山形一家に草鞋をぬいだ。浅次郎はかつて愛した加代(藤純子〔富司純子〕)
 が芸者にたっていると聞いて、この町にやって来たのだ。清水と山形米松(遠藤辰雄〔太津朗〕)は
 その浅次郎に伊之助を殺すよう命じた。この事情をよく承知している浅次郎は一宿一飯の恩義のため、
 伊之助と対峙したが、その伊之助をかばって、山形の子分である八木沢万五郎(楠本健二)の撃った
 銃弾を受けて死んだ。満身に怒りをこめて、半次郎の子分である、早川安五郎(大木実)、河野忠七
 (若山富三郎)、千田与八(関山耕司)とともに伊之助が殴り込んだのは、その直後である。清水、
 山形はその伊之助の刃に、朱に染って倒れていった。

 他に、長門裕之(中原源六=加代に惚れていたが、兄貴分の伊之助に諭されて旅に出る)、藤山寛美(寛
太=駕籠かき)、小島慶四郎(良太=その相棒。〈Movie Walker〉には良助とあるが、「良太」と発音して
いた)、里見浩太郎〔浩太朗〕(松原喜平=酒匂一家の身内)、橘ますみ(小春=松原と惚れ合っている女
郎)、桜木健一(平吉=加代の弟)、桜町弘子(お仙=半次郎の女房)、須賀不二夫〔不二男〕(石田馬之
助。〈Movie Walker〉には古川馬之助とあるが、「石田」と発音していた)、中村錦司(吉田仙吉)、沢彰
謙(呑み屋の親爺)、曾我廼家明蝶(近藤市兵衛)などが出演している。伊之助のフィアンセである波江の
台詞「(伊之助に対して)弱い侠客でいてほしい」と、浅次郎の死ぬ間際の台詞「(伊之助に対して)どっ
ちが死のうと、後か先じゃねぇか」が印象に残った。男と女の本音と建前が錯綜するからだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『ダメおやじ』(監督:野村芳太郎、松竹、1973年)を観た。『週刊少年サンデー』(小学館)
において、1970年43号から1982年30号まで連載された人気漫画の映画化である。連載初期の頃と比べると後
半の内容はだいぶ変わっているが、どちらかというと激しいDVが描かれた初期のスタイルの方の印象が強
い。当該映画も初期のスタイルに則っているが、だいぶ原作とは異なる。したがって、こんな生温い『ダメ
おやじ』では満足できない。天下の野村芳太郎が監督をしているかと思うと、何となく気が抜ける。主演に
抜擢されたのはてんぷくトリオの三波伸介だが、『どですかでん』(監督:黒澤明、四騎の会、1970年)に
おける気のいい父親役が評価されたのかもしれない。相棒の伊東四朗は出演しているが、もう一人の戸塚睦
夫は出ていない。それもそのはず、彼はこの年に肝硬変により亡くなっている(享年42歳)。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したがご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  何をやってもダメな万年平サラリーマン、通称ダメおやじと、夫の出世を願いダメおやじをシゴく
 妻、通称オニババとその子どもが捲き起す喜劇。古谷三敏の同名漫画の映画化。脚本は『赤い鳥逃げ
 た?』のジェームス三木。監督は脚本も執筆している『しなの川』の野村芳太郎、撮影は『新・同棲
 時代 -愛のくらし-』の川又昂がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  桃栗不動産の若きホープ雨野大助(三波伸介)と短大出の才媛本田冬子(倍賞美津子)がめでたく
 結婚した。それから十年。万年平社員の大助は今だに2DKの団地住いだが、冬子と七歳になるタコ
 坊(佐野伸寿)との三人暮しに満足していた。そんなある日、冬子は大学時代の後輩・由美子(吉田
 日出子)の夫・南村不二夫(小山田宗徳)が課長に昇進したためショックを受けた。大助と南村は、
 同じ会社の同期だったのである。冬子は、母の豊子(浅香光代)と二人で大助をなじり、課長になる
 ように、とハッパをかける。しかし、大助は相変わらずマイペース。そんなある日、大助はひょんな
 事から、同じ課の美人社員・瀬戸すみれ(新藤恵美)のマンションを南村が訪ねるのに出会った。数
 日後、大助は夜遅く、南村に呼びだされた。南村はすみれのマンションにいて帰りが遅くなったので、
 大助と飲んでいたことにしてくれ、と頼んだ。承知した大助は、由美子の前で酒に酔った演技をする
 が、演技過剰すぎて由美子はあきれ顔。翌日、由美子は冬子を呼び出し、大助のことを報告し、大助
 を係長に推薦するのは無理、と冷たく言いはなつ。オニババと化した冬子は、大助に対して猛烈な特
 訓を展開した。今のままでも楽しければいいと思う大助だったが、妻や子どものために“宅地建物取
 引主任者試験”を受けると宣言。だが、毎日の特訓に大助は疲労困憊、ダウンしてしまった。そんな
 大助をすみれは優しく労わり、彼女のマンションに招待した。その時、突然由美子が部屋に入って来
 た。彼女は夫の浮気に感づき、押し入ったのだったが、大助を見て困惑顔。いよいよ試験日。奮闘努
 力のかいもなく、大助は試験監督がオニババに見え、試験場を逃げ出してしまった。一方、由美子か
 ら大助のことを聞いて、すみれのマンションへやって来た冬子は、そこですみれと南村の濡れ場を見
 てしまった。由美子に内緒にしてくれ、と冬子に頭を下げる南村を、すみれは軽蔑の目で見ていた。
 やがて、大助は南村の推薦で北海道の稚内へ係長として転勤することになり、すみれは南村との仲を
 清算して故郷へ帰っていった。大助が係長になったことを喜ぶ冬子とタコ坊だが、なぜか大助の心は
 淋しかった。

 他に、大宮敏充(銀平=冬子の父)、伊東四朗(中華店の給仕)、三遊亭円楽(葬儀屋)、穂積隆信(神
武建設の社員)、田武謙三(桃栗不動産の部長)、豊島泰三(同じく社長)、武藤章生(神父)、高松しげ
お(魚屋)、有崎由見子(二号さん)、井手瑞恵(主婦)などが出演している。娘の雪子が登場しないので、
その点でも原作から離れている。それも残念なことのひとつである。


 某月某日

 SOULSのメンテナンスのため、しばらく書き込めなかった。したがって、今月は5日からの再開である。
 さて、DVDで邦画を5本観たのでご報告。1本目は、『陸軍登戸研究所』(監督:楠山忠之、アジアディス
パッチ、2012年)である。「さきの戦争を裏で支えた秘密戦・謀略戦の兵器開発基地。極秘だったため「消
された研究所」とも──。いま、関係者がカメラの前に立って証言する」というキャッチフレーズだったの
で、かなり期待して観た。240分の長尺版があるらしいが、小生の鑑賞したのは180分の縮尺版である。去る
2013年11月2日(土)、高知市立自由民権記念館での上映会においてである。アンケートにも書いたが、やは
り素人臭の残るドキュメンタリーで、何か特別新しい観点をもたらしてくれたわけではなかった。しかし、
若い人も製作に絡んでおり、その意味では貴重なフィルムだと思う。とくに、「風船爆弾」に関する情報は
知らなかった事柄も多く、勉強になった。たとえば、土佐和紙が大量に使われたこと。その和紙を貼り合わ
したのは蒟蒻糊だったこと。その糊には色がついており、毒が混入されているから食べないようにというお
触れが出ていたこと。当時は食糧難だったこともあり、腹を空かせた女学生がその糊を食べないようにする
ための方策だった由。風船爆弾の計画・実行は「ふ」号作戦と呼ばれ、当時の金額で2億5千万円の巨費(今
日の1兆円に当たる)が計上されたこと。9,000個の風船爆弾が打ち上げられ、そのうちの1割程度が偏西風
に乗ってアメリカ合衆国本土に届いたらしい。確認されているのは300余個。オレゴン州に落ちた爆弾で6名
が爆死しており、大きな被害はそれくらいだと言われている。亡くなった人はとても運の悪い人である。原
子爆弾の実験も三日ほど遅らせたと言われているが、どうせならば完全に中止へと追い込んで欲しかった。
ある勤労女学生の一団が「ご免あそばせ」という言葉を遣ったらしいが、軍部はそれを嫌悪しやめさせたら
しい。そうすると、「ご免はたらけ」と言って応酬し、これには軍部も困惑したらしい。以上、不正確では
あるが、そんな挿話が印象に残った。中国本土にインフレを起こさせるための偽札製造作戦も興味深かった。
まさか、「壹佰萬圓(百万円)」札の偽札まであったとは……まさに唖然であった。
 上映会で販売されていたパンフレットがあるので、その解説を以下に引用させていただく。ほぼ原文通り
である。


 *******************************************

  第一次世界大戦はそれまでの武力戦だけという戦争のかたちを変えた。空中から爆撃できる飛行機。
 塹壕を突破し構築物を破壊して突き進む戦車。押し寄せる敵兵を瞬時に多数殺傷できる機関銃。さら
 に生物化学兵器の禁断の扉を開けた毒ガス兵器の使用。こうした新兵器の登場により、非戦斗員も巻
 き込む無差別大量殺りく時代となったのだ。
  1919年、大戦終結直後、日本は遅れまいと直ちに毒ガス兵器の研究を開始。東京新宿戸山ヶ原に陸
 軍科学研究所を発足。8年後には「秘密戦資材研究室」を置き、諜報、防諜、謀略、宣伝的行為およ
 び措置に対応できる資材・兵器の発案に励んだ。1937年にはこれを担当する陸軍参謀本部第八課第二
 部が生まれ、初代課長に影佐禎昭が任命された。
  この年の7月、中国では北京郊外の盧溝橋で“発砲事件”が起き、これを機に日本軍は戦線を広げ
 12月13日には南京を攻略し占領。相俟つかのように神奈川県川崎市生田の丘陵地に陸軍の「実験場」
 が設立された。電波兵器の開発が目的だった。中国侵攻から太平洋戦争に突入した戦乱は拡大へ。資
 源なきニッポンに勝利をもたらすには独自の資材と戦術が求められた。この「実験場」は、正式名称
 が隠され「登戸研究所」と呼ばれるようになる。やがて次ぎ次ぎに研究棟を増やし所員も一千名に及
 んだ。
  殺人光線(註:当時のアニメーションでは「怪力光線」と呼ばれていた)、毒物や爆薬の開発、渡
 洋爆撃の代案としての風船爆弾、中野学校(スパイ養成所)と手を組んでの偽札製造など、多種多様
 な秘密兵器、謀略兵器が発案された。実験中の所員の事故死。中国に出張しての生体実験による「殺
 りく」。──「登研」は戦場から遠く離れながら、その歴史に血の汚点を残した。
  国体維持、秘密厳守。研究所内外での言動は憲兵の監視下にあったが、将校以外は平服でサラリー
 マン生活と変わらなかった。加えて篠田鐐所長の指示により、勉学や専門技術の修得が(ママ……の)
 それぞれに時間を与えられ、戦後はその蓄積で専門職に就いた者は多い。
  近隣の貧しい農村の人々にとって「登研」は憧れだった。就職できれば現金が入るからだ。中には
 徴用逃れのため入所した者もいた。一方、「登研」の傘下には多くの下請けが置かれブローカー的側
 面もあった。大学も命じられた国策研究を拒めば、一切の研究費も資材も与えられなかった。「自由
 で楽しかった」と懐かしむ所員は多いが、水面下では右向け右、の時代の風はここにも吹いていた。
  戦後、仇花のように消された「登研」。歴史の闇に葬ってはならないとして2006年からすでに生存
 者の少ない中、糸をたどるようにして証言者を訪ね歩いた。本作は、40数名の関係者と出会いその重
 い口からの証言を拾い集めて完成した。
               
                『消された秘密研究所』木下健蔵 著(信濃毎日新聞社)から作成

 *******************************************


 以上である。この映画を知る以前には、そもそも「陸軍登戸研究所」の存在すら知らなかったのだから、
まさに貴重な映画鑑賞であった。しかし、ことはほとんど暗闇の彼方に消えていった。陸軍の「証拠湮滅」
が徹底していたからであろう。偽札にしても、最初は埋めようとしたらしいが、その後発覚を懼れて焼却
処分にした由。もっとも、札束としてまとまっていると、なかなか燃えなかったようだ。
 2本目は、『名探偵アジャパー氏』(監督:佐伯幸三、新東宝、1953年)である。1959年に『死刑囚とへ
ぼ探偵』と改題して上映したらしい。巻末のクレジットにそう書いてあった。あるいは、『アジャパー天国』
(監督:斎藤寅次郎、新東宝、1953年)〔筆者、未見〕の続篇かも知れない。伴淳が二役を演じているが、
それほど面白い演出ではない。物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆
者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  雑誌『平凡』に所載のあおいきくらぶの原作を笠原良三、淀橋太郎、中田竜雄の三人が協力して脚
 色、「春雪の門」の佐伯幸三が監督した。撮影は「薔薇と拳銃」の平野好美、音楽は「春雪の門」の
 服部正。伴淳、緑波以下のコメディアンや「続々魚河岸の石松」の星美智子、「残侠の港」の関千恵
 子、「明日はどっちだ」の三井弘次などの他、貝谷八百子バレー団、與田輝夫とシックス・レモンズ
 が特別出演している。

   〔あらすじ〕

  かつての仲間を裏切った山並卓造(柳家金語楼)へ復讐するため脱獄した死刑囚ダバオの狼(伴淳
 三郎)は、整形医科の大家荘田博士(古川緑波)を誘拐、じぶんの顔を変形させる。今は改心し平和
 な生活を送る山並を救おうと私立探偵阿地彌八(伴淳三郎の二役)は、助手の五味章太(益田キート
 ン)と一緒に大活躍の途中、山並の娘、バレリイナの洋子(星美智子)に恋してしまう。変形した狼
 の顔貌は阿地とそっくり、おかげで阿地は狼を装い、彼らの巣窟から荘田博士を救出するが、逆に狼
 は探偵を装って山並邸へ乗りこむ。阿地の働きと警官隊の出動で、激しい追跡の末、狼は洋子を引き
 ずったまま崖縁に追いつめられるが、彼女が実はおのれの子と知って入水する。その後、阿地は洋子
 にプロポーズしようとするが、結局振られてしまう。

 他に、清川虹子(工藤常子=女流探偵)、横山エンタツ(大五郎=その助手)、宮川玲子(荘田博士の妻
の民江)、関千恵子(その娘)、三井弘次(疵健=ダバオの狼の子分)、野上千鶴子(ナオミ=同じく情婦)、
神楽坂はん子(かん子=芸者)、藤間紫(別の芸者)、トニー谷(古着屋の番頭)、内海突破(質屋の番頭)
などが出演している。なお、與田輝夫とシックス・レモンズのドラマーはフランキー堺であった。新聞には、
「整形手術」ならぬ「変貌手術」とあった。
 3本目は、『霧子のタンゴ』(監督:滝沢英輔、日活、1963年)である。日活の歌謡映画。フランク永井
のヒット曲「霧子のタンゴ」(作詞・作曲:吉田正、唄:フランク永井、1962年)に因んで製作されたらし
いが、おそらく歌は添え物で、当のフランク永井も歌手役で登場するだけで台詞すらない。昔はそんな便乗
映画がたくさんあったのだろう。内容は恋愛ものだが、松原智恵子と山内賢のコンビは初々しく、この時代
の一般的な恋愛事情はよく伝えていると思う。
 この作品も〈Movie Walker〉のあらすじを引用させていただこう。執筆者には感謝。なお、一部改変した
が、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  沢野久雄原作“河の涯”より「妻という名の女たち」の沢村勉が脚色、「しろばんば」の滝沢英輔
 が監督した純愛ドラマ。撮影は「若い東京の屋根の下」の横山実。

   〔あらすじ〕

  待井千代(松原智恵子)はナイト・クラブ“トレド”のクローク係であった。ある日“トレド”の
 お得意さんである大矢木亮三(清水将夫)の息子俊一(小杉勇二)の現金二十万円が紛失した。立場
 上千代はその疑いを受けるはめになった。疑いのまなざしを投げる同僚の中にあって、気の重い千代
 を慰めるのは、千代に好意を寄せるコックの菊川明(山内賢)だけであった。“トレド”をやめる決
 心をした千代をみかねた明は、かねてよりの友人であった俊一に信疑をたずねた。しかし、俊一自身
 二十万をどこで失くしたか見当がつかないのだった。明の努力もむなしく、千代は事件の責任を取っ
 て解雇された。しかし皮肉にもその翌日、二十万は、俊一のゆきつけのバーからみつかった。自責の
 念にかられる亮三親子の世話で、千代は亮三の経営する靴店に勤めることになった。千代に好意を寄
 せる亮三は、千代を俊一の嫁にしたいと考えていた。また千代も、暗い出生の秘密をもつ俊一に同情
 した。俊一の心はやさしい千代に急速に傾いていった。噂を聞いた明は、千代に確かめるため、川端
 の路を急いだ……がそこでみたのは俊一が千代に接吻している姿であった。ののしる声を聞いた千代
 は、自分が本当に愛しているのは明であったことに気づいた。今は中華店で料理人をしている明を前
 に千代は「明さんが好き」とうち明けた。その夜愛の歓喜の中で、二人は俊一の寂しい後姿を忘れる
 ことが出来なかった。その頃俊一は、実の母を訪ねて信州の温泉旅館“鶴の湯”に来ていた。女将の
 染井鶴(奈良岡朋子)を母だと信じる俊一に鶴は強く否定した。しかし、鶴はやっぱり俊一の母だっ
 た。翌日、国道で事故死を遂げた俊一が発見された。霊前にむせぶ明と千代。その後、外国船のコッ
 クとして旅立つことを決めた明。それを快く見送る千代。二人が直ぐに結ばれることは俊一に対して
 よくないことだ、と二人は判断したのだった。

 他に、南田洋子(多恵=千代の姉)、松本克平(六平=同じく祖父)、内藤武敏(永田三郎=トレドのバ
ーテン)、弘松三郎(同じく支配人)、野村隆(桧竜司=多恵の恋人)、水木英二(栗田啓介)、早川由記
(シゲ=大矢木家の女中)、葵真木子(三輪京子)、南寿美子(雨宮ふみ)、紀原土耕(浅井久造)、青木
富夫(佐山清次)、榎木兵衛(馬場=トレドのコック仲間)、近江大介(沖野)、糸賀靖雄(平松)、芹沢
辰夫(西原)、進千賀子(靴屋の女店員A)、水森久美子(同じくB)、林浩子(同じくC)、小泉郁之助
(寿司屋の親爺)、伊豆見雄(同じく職人)、重盛輝子(ホステスA)、千代侑子(同じくB)、谷川玲子
(バーのマダム)、衣笠真寿男(「太陽」の主人)、雨宮節子(「鶴の湯」の女中)、小柴隆(「トレド」
の事務員)、島村謙次(バーの客)、森みどり(同)、武内悦子(若い女)、二木草之助(ロマンスグレー
の紳士)、フランク永井(フランク)などが出演している。
 4本目は、『ハワイ珍道中』(監督:斎藤寅次郎、新東宝、1954年)である。この映画も、似たような作
品がたくさんありそうな映画である。つまり、お気楽な「ハワイもの」。ただし、小生のエイジ映画である
から、それなりに真面目に観たが、苦笑せざるを得ない内容であった。
 同じく、〈Movie Walker〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞
う。

   〔解説〕

  イーストマン・カラーによる新東宝最初の色彩映画でハワイにロケした。「月よりの使者(1954)」
 の八住利雄の脚本を「腰抜け狂騒曲」の斎藤寅次郎が演出。「宝さがし百万両」の友成達雄が撮影に
 当った。「宝さがし百万両」の花菱アチャコ、歌手の江利チエミと田端義夫、「腰抜け狂騒曲」の伴
 淳三郎、益田キートン、堺駿二、「愛と死の谷間」の安西郷子らが出演する。

   〔あらすじ〕

  十五年ぶりに帰国したハワイの長者花村丈吉(花菱アチャコ)は、死んだ女房の妹山田八千代(坪
 内美子)に預けてある娘マチコを引取ろうとしたが、八千代はマチコを渡したくないので、娘は死ん
 だと嘘をつく。丈吉は落胆してハワイへ去った。その頃、ハワイの芸能ブローカー半田(伴淳三郎)
 は、御園チエミ(=マチコ)とハワイ公演の契約を結び、彼女のマネージャー東(益田キートン)、
 音楽教師酒井(堺駿二)も同行して出発した。一行は、同地のノド自慢コンクールで連続優勝の川端
 (田端義夫)を加えて公演は大成功を収めた。金持と名乗った丈吉は、実は白河邸の門衛だったので、
 チエミに逢っても父親であると名乗れない。川端は白河氏(斎藤達雄)の美しい令嬢アンナ(安西郷
 子)と知りあい、金が欲しくなって半田と手に入れた秘密の地図で宝の隠してある島へ行く陰謀を企
 む。ところが、半田は契約金を持ち逃げして一人で島へ渡ったので、丈吉、川端、東、酒井もその後
 を追った。行ってみるとこの島には人喰い人種が住んでおり、半田は捕えられていた。しかも原住民
 の王様は丈吉と瓜二つの男で、すったもんだの末、皆捕えられてしまった。この島では秘密の地図を
 印刷して各地にまき、欲につられて来た人間を喰ったり、奴隷にしたりするのである。一同は危なく
 虎口を脱してハワイに帰った。翌日、一行は日本へ帰る船に乗る。丈吉も正直に告白してチエミと父
 子の対面をとげ、船員にもどった川端もアンナに送られ、アロハ・オエの流れる中に船は出港した。

 他に、潮万太郎(千三=果物屋「辰巳屋」の主人)、宮川玲子(お京=その女房)、神楽坂はん子(芸者
はん子)、清川虹子(清子)、星十郎(島の大臣)などが出演している。三原葉子や久保菜穂子がクレジッ
トに載っていたが、判然としなかった。
 5本目は、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎行進曲』(監督:那須博之、東映、1987年)である。 
このシリーズは文句なしに面白いが、この作品もグーであった。もっとも、中山美穂がわずかしか登場しな
いので、少し淋しい。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。以下、同じ。

   〔解説〕

  トオルとヒロシのツッパリコンビが敵対する番長、無期停学組を相手に大暴れする「ビー・バップ・
 ハイスクール」の第三作目。『ヤングマガジン』に連載中のきうちかずひろ原作の同名漫画の映画化
 で、脚本は「化身(1986)」の那須真知子、監督は「紳士同盟」の那須博之、撮影は同作の森勝がそれ
 ぞれ迫当。


   〔あらすじ〕

  憧れのマドンナ、泉今日子(中山美穂)がアメリカ留学してしまい、茫然とした日々を送るトオル
 〔中間徹〕(仲村トオル)とヒロシ〔加藤浩志〕(清水宏次朗)の前に進学校、桜ケ丘の連中が喧嘩
 を売ってきた。学校創立以来のワルだと自慢する腹巻鉄也(高瀬将嗣)をおちょくった彼らは、立花
 商業のナンバー2郷ミノル(土岐光明)に向かわせる。どうしてもトオルとヒロシをやっつけないと
 気のすまない腹巻は、自分の女、裕美(小泉亜紗香)を使っておびきたすことに成功、だが、裕美を
 めぐって敵味方入り乱れての乱闘騒ぎとなる。トオルに夢中の五中の鬼姫こと如月翔子(五十嵐いづ
 み)が授業中の教室に飛び込んで来た。「こんなガキ」とつらくあたるトオルだが、翔子は友だちの
 沙貴(小沢なつき)をヒロシに紹介しようとする。ヒロシは沙貴を気に入るが、沙貴は居合わせた舎
 弟の兼子信雄(古川勉)がタイプだと言いだす。その日、ヒロシは淋しい夜を迎えたのだった。皆が
 もてない悲惨な青春を送っているなか、北高番長の前川新吾(小沢仁志)だけはモテモテ。前川に女
 を寝とられたと迫る飯田(土屋佳之)と川津(矢部和典)に「お詫びに俺の女を世話する」と聞いて、
 トオルとヒロシは自分たちもと頼み込む。そこに立花商業の菊永淳一(石井博泰)も加わった。その
 時、怖くなった飯田と川津が逃げ出し、ゲームセンターから出て来た無期停学の須賀良治(長谷川悟)
 たちのグループと激突してしまった。追いかけてきたトオルたちは良治たちと喧嘩になるが、その場
 は少年課の刑事の鬼島(地井武男)に収められる。狂暴な良治は前川、菊永を闇打ちで病院送りにし
 てしまった。不意の襲撃を恐れて緊張する愛徳一家。翔子はトオルのために良治たちのたまり場のゲ
 ームセンターへ探りにいくが、人質として捕われてしまう。それを追った信雄も捕まってしまった。
 トオルとヒロシは翔子と信雄を救うため、良治たちが隠れている工場に乗り込んだ。そして、激戦の
 末、ひとりまたひとりと無期停学組をやっつけていくのだった。

 他に、宮崎萬純(三原山順子)、八巻保幸(横浜銀一)、小林啓志(赤城山忠治)、上野隆彦(大前均太
郎)、岡田東二(黒田晋平)、百々英二(川端純)、峰松毅(巻田)、金本正繁(稲谷)、山田義浩(大平)、
木下秀樹(中島)、小瀬沢雄一(光崎)、高山瑛光(寺田)、鳥浜清(上田)、榎木兵衛(山陽食堂のおや
じ)、星美智子(福引き屋のおばさん)、竹越義明(茶本)、小瀬沢健治(小野)、茂木正行(太井)、竹
越晶(細田)、花澤徳衛(待合室のおじさん)、草薙幸二郎(山本=世界史の教師)などが出演している。
 『名探偵アジャパー氏』で、山並洋子役を演じていた星美智子(1927〔昭和2〕年生まれ)が出演している  
ので驚いた。1935(昭和10)年、八歳のときにデビューしたそうだから、相当な芸歴である。しかも、まだ
現役らしい(ウィキペディアより)。なお、トオルたちの行きつけの店である山陽食堂の暖簾の文字を下に
記しておこう。

    山陽食堂

     洋食、中華、和食

          御食事処

     おでん
     カレーライス
     豚汁
     ラーメン
     カツ丼
     ハンバーグ定食
     オムライス
     天ぷら定食
     おかず各種

      やすい
      うまい
      早い

 ちょっと汚いが、何となく行ってみたい店である。大将は榎木兵衛、『霧子のタンゴ』でもコック役で出
演している。彼はこのブログでも言及したことがあるが(「日日是労働セレクト76」を参照されたし)、
息の長い役者のひとりである。

                                                    
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