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日日是労働セレクト96
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第96弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト96」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『ザ・中学教師』(監督:平山秀幸、メリエス=サントリー、1992年)を観た。以前からマー  
クしていたが、観る機会がなかった作品である。けっこう他界した俳優が出演していて(谷啓、范文雀、藤
田敏八、奥村公延ら)、時代を感じさせる。期待以上の出来で、いろいろ考えさせられた。とくに、現代の
日本で比較的ストレスの多い職業と言われている「中学教師」を描いた作品はそう多くはなく、自分の中学
校時代を思い出しながら鑑賞した。中学校を舞台にした映画としては、何と言っても『台風クラブ』(監督:
相米慎二、ディレクターズ・カンパニー、1984年)を連想せざるを得ないが、その他にも、『ブラックボー
ド』(監督、新藤兼人、地域文化推進の会=電通=近代映画協会、1986年)、『問題のない私たち』(監督:
森岡利行、インターヴォーグ=コンセプト、2004年)、『告白』(監督:中島哲也、「告白」製作委員会〔東
宝=博報堂DYメディアパートナーズ=フェイス・ワンダーワークス=リクリ=双葉社=日本出版販売=ソニ
ー・ミュージック エンタテインメント=Yahoo! JAPAN=TSUTAYAグループ〕、2010年)などがある。今後は、
生徒よりもむしろ教師に焦点を合せた作品として、当該作品を引き合いに出すことになるだろう。ちなみに、
「いじめ問題」絡みでは、『問題のない私たち』に近い作風である。中学教師は、「教師」と言っても「調
教師」であって、生徒は「動物以上、人間未満」であるという言説を聞いたことがあるが、中学生の頃の自
分を思い出してみれば、あながちただの比喩とも思えない。つまり、とても扱いが難しい年頃というわけ。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  生徒との間に一線を引き、徹底した自治とルールによる教育に挑む教師の姿を描く社会派ドラマ。
 脚本は「Aサインデイズ」の斎藤博が執筆。監督は「マリアの胃袋」の平山秀幸。撮影は柴崎幸三が
 それぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  桜中学2年1組の担任教師である三上周平(長塚京三)は、生徒たちをいくつかの班に分け、班単
 位での生徒たちの自治を促し、指導を進めている。感情に流されることなく、徹底的に社会のルール
 を教え込む三上。しかし、生徒たちは教師の思惑をよそに次々と問題を起こしていく。職員会議の席
 で、厳しい処置を提案する三上に真っ向から反発する美術教師の長内純子(藤田朋子)。一方、三上
 の家庭でも長女の祐子(脇田麻衣子)が学校でいじめに会い、不登校となっていた。三上は父親では
 なく教師として祐子を厳しく追及する。同じころ、三上のクラスの足立明(西村政貴)も不登校にな
 り、明の母の常子(風吹ジュン)に相談を持ちかけられた三上は、常子に家出でもして明を突き放す
 ように勧めた。そしてようやく明が登校してきたかと思えば、今度は生徒の事故死という大事件が。
 教師たちが動揺している中、冷静を保つ三上。さらに追い打ちをかけるかのように、今度は純子が美
 術の授業中、生徒の原健太(藤本俊和)に殴られてしまう。事情を聞いた英語教師の春山幾夫(谷啓)
 は美術室へと向かうが、生徒たちの激しい抵抗にあい、逆上した春山は健太を追及するが、逆に健太
 にナイフで足を刺されてしまう。そんな事件が相次ぐ桜中学で、数日後、クラス対抗駅伝大会が行わ
 れる。三上は2年1組の生徒たちを挑発して、彼ら自身で大会を運営させようと考えていた。三上に
 反発する生徒たちは、彼を見返そうと初めて一致団結で行動し、駅伝大会で勝利を獲得するのだった。

 他に、金山一彦(米倉達=教師)、范文雀(三上清子=周平の妻)、樹木希林(竹田安子=祐子の担任教  
師)、川名浩介(上島昇=足立明や原健太の不良仲間)、島田敦子(中村今日子=2年1組の生徒のひとり。
少し問題を起こす)、渡辺美恵(井出町子=その友人)、松金よね子(今日子の母)、笹野高史(同じく父)、
でんでん(川崎=教師のひとり)、酒井敏也(与田=同)、広岡由里子(文子=同)、田根楽子(和江=同)、
奥村公延(校長)、藤田敏八(教頭)、綾田俊樹(おでん屋の嫌味な客)、飯島大介(生徒が溺れたことを
三上に知らせに来た男)などが出演している。
 中学生が煙草を吸ってはいけない理由が問われるが、「身体に悪いから」ではなく「法律で禁止されてい
るから」を正解にする三上。小生だったら、文句なしに「嫌な教師だ」と思ったことであろう。「法律で禁
止されるから悪い」という言説は、事柄の本質を見誤る本末転倒であるから。つまり、「さまざまな悪い点
があるから、法律で禁止される」のである。しかし、中学生に対してはこのような教育方針が正しいのかも
しれない。また、役割分担こそ大事で、生徒は「制服という衣装を着て、生徒という役を演じる」のが学校
のルールという三上の教えにもむっとくる。これも、中学生の頃の小生だったら、確実に反撥を感じていた
言い方である。つまり、『けんかえれじい』(監督:鈴木清順、日活、1966年)にも描かれていた「生徒は
生徒らしく」といった「らしく教育」が耐え難かったからである。しかし、これもまた、自分が教師の端く
れになってみると、有効な教育方法であることを認めないわけにはいかない。立場が違えば、考え方も異な
るというわけである。「世間が怖くて/教師ができるか」がこの映画のキャッチフレーズであるが、まさに
そのくらいの気構えがなければ、中学教師は務まらないのであろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『浮草日記』(監督:山本薩夫、山本プロダクション=俳優座、1955年)を観た。山本監督の
作品は久し振りに観たが、45歳という脂の乗り切った頃の作品なので、素晴らしい出来だと思った。彼のフ
ィルモグラフィーを下に掲げてみよう<ウィキペディアより>。なお、『市川馬五郎一座顛末記 浮草日記』と
いう題名を採用しようかと思ったが、下でも触れるように、映画そのもののクレジットがそうなっていない
ので、真山美保の原作名である『市川馬五郎一座顛末記』の看板は外すことにした。

  『お嬢さん』(1937年、P.C.L.)〔筆者、未見〕。
  『母の曲 前・後篇』(1937年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『田園交響楽』(1938年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『家庭日記 前・後篇』(1938年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『新篇 丹下左膳 隻手篇』(1939年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『美はしき出発』(1939年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『街』(1939年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『リボンを結ぶ夫人』(1939年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『そよ風父と共に』(1940年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『姉妹の約束』(1940年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『歌へば天国』(1941年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『翼の凱歌』(1942年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『熱風』(1943年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『戦争と平和』(1947年、東宝)〔筆者、未見〕。
  『こんな女に誰がした』(1949年)〔筆者、未見〕。
  『ペン偽らず 暴力の街』(1950年、大映)。
  『箱根風雲録』(1952年、新星映画=前進座)〔筆者、未見〕。
  『真空地帯』(1952年、新星映画)。
  『日の果て』(1954年、松竹)〔筆者、未見〕。
  『太陽のない街』(1954年、新星映画)。
  『愛すればこそ』(1955年)〔筆者、未見〕。
  『市川馬五郎一座顛末記 浮草日記』(1955年、俳優座)。
   * 実際の映画のクレジットには、『浮草日記』としか記されていなかった。
  『雪崩』(1956年、東映)〔筆者、未見〕。
  『台風騒動記』(1956年)〔筆者、未見〕。
  『赤い陣羽織』(1958年)〔筆者、未見〕。
  『荷車の歌』(1959年、全国農村映画協会、全国の農協のカンパで制作)。
  『人間の壁』(1959年、新東宝)。
  『武器なき斗い』(1960年、大東映画)。
  『松川事件』(1961年、松川事件映画製作委員会)。
  『乳房を抱く娘たち』(1962年)〔筆者、未見〕。
  『忍びの者』(1962年、大映)。
  『赤い水』 (1963年、大映)〔筆者、未見〕。
  『続・忍びの者』(1963年、大映)。
  『傷だらけの山河』(1964年、大映)〔筆者、未見〕。
  『にっぽん泥棒物語』(1965年、東映)。
  『証人の椅子』(1965年)〔筆者、未見〕。
  『スパイ』(1965年)〔筆者、未見〕。
  『氷点』(1966年、大映)。
  『白い巨塔』(1966年、大映)。
  『にせ刑事』(1967年、大映)〔筆者、未見〕。
  『座頭市牢破り』(1967年、大映)〔筆者、未見〕。
  『牡丹燈籠』(1968年、大映)〔筆者、未見〕。
  『ベトナム』(1969年)〔筆者、未見〕。
  『天狗党』(1969年、大映)〔筆者、未見〕。
  『戦争と人間 第一部 運命の序曲』(1970年、日活)。
  『戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河』(1971年、日活)。
  『戦争と人間 第三部 完結篇』(1973年、日活)。
  『華麗なる一族』(1974年、芸苑社)。
  『金環蝕』(1975年、大映)。
  『不毛地帯』(1976年、芸苑社)。
  『天保水滸伝 大原幽学』(1976年)〔筆者、未見〕。
  『トンニャット・ベトナム』(1977年)〔筆者、未見〕。
  『皇帝のいない八』月(1978年、松竹)。
  『あゝ野麦峠』(1979年、新日本映画)〔筆者、未見〕。
  『アッシイたちの街(』1981年、大映)〔筆者、未見〕。
  『あゝ野麦峠 新緑篇』(1982年、東宝)〔筆者、未見〕。

 生涯50余本の作品のうち、小生は20本ほど鑑賞しているので、四割弱は押さえていることになる。傑作も
多いが、最高峰と思われる作品としては、『真空地帯』(監督:山本薩夫、新星映画、1952年)を挙げたい。
次点は『白い巨塔』(監督:山本薩夫、大映東京、1966年)辺りか。いずれにせよ、当該作品もかなりの域
に達していると思われる。ただ、少し左翼の宣伝臭がするところが玉に瑕か。題名から、『浮草物語』(監
督:小津安二郎、松竹蒲田、1934年)〔筆者、未見〕や、そのリメイク作品である『浮草』(監督:小津安
二郎、大映東京、1959年)を連想するが、当然のごとくだいぶ様相は違う。小津作品が「艶っぽさ」を売り
にしているとすれば、山本作品は「野暮ったさ」が見所なのだろう。ともあれ、『男はつらいよ』シリーズ
などにもときどき登場する、旅回りの芝居一座を取り上げた映画はいくつかあるだろうが、その中でもかな
り水準が高い方だと思う。とりわけ、津島恵子のお転婆ぶり、花澤徳衛の口上などが強く印象に残った。主
役格の東野英治郎、菅原謙二、小沢榮〔栄太郎〕などの演技も一級品であった。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したがご海容いただきたい。

   〔解説〕

  真山美保の原作を「夫婦善哉」の八住利雄が脚色し「愛すればこそ」第三話の山本薩夫が監督、
 「太陽のない街」の前田実が撮影を担当した。主なる出演者は「名月佐太郎笠」の津島恵子、「珠は
 くだけず」の菅原謙二、「獅子丸一平」の小沢栄、「幼きものは訴える」の東野英治郎など。

   〔あらすじ〕

  旅廻りの市川馬五郎一座。馬五郎(東野英治郎)には、おきゃんだが心の優しいおけい(津島恵子)
 という養女がいた。おけいと一座の市川吉次(菅原謙二)とはお互いに惚れているが、口にはしかっ
 た。一座は玉木屋(小沢榮〔栄太郎〕)という悪興行師にあって、出演料も貰えず、貧乏のどん底に
 おちてしまった。解散の一歩手前、炭鉱町に乗り込み座員の必死の呼込が効を奏して小屋は久々に満
 員となった。しかし幕を開けたとたんに炭鉱町はストに入り、そのどさくさに玉木屋の子分である朝
 田(仲谷一郎)が売上げの金を持ち逃げしてしまった。一座はストに入った組合と対立するが、組合
 員の温かい思いやりに心をうたれた。今まで古い義理人情の芝居の世界にのみ生きて来た一座の人々
 には、すべてが新しい人間愛をよびおこす交流であった。一座の者は、興行師の手を離れて、自分達
 だけの新しい出発に向うのだった。

 他に、松本克平(中村扇蔵)、高橋昌也(中村新之助=一座の看板役者。ただし、女癖が悪い)、福原秀
雄(中村音蔵)、花澤徳衛(市川弥太)、上田茂太郎(坂東月太郎=女形)、江幡高志(市川伝助)、加代
キミ子(美佐子=伝助の妻、新之助の誘惑に惑わされる女)、佐藤茂美(大空ひばり)、中村美代子(お民)、
岸輝子(太田の婆さん)、東山千栄子(楽屋番の女)、岩崎加根子(田舎娘=新之助に騙されて親元から家
出しきた娘)、島田屯(小屋主)、田中筆子(おかみさん)、浜田寅彦(沢田=労働組合の文化部長)、永
田靖(平野=組合委員長)、井上昭文(組合員)、小沢昭一(同)、仲代達矢(同)などが出演している。
 もはや死語と思われる言葉がいくつか出てきた。身上(しんしょう)=ギャランティ、時計を曲げる=時
計を質入れする(「質」と同音の「七」の字の第二画を曲げるところから)、お直り料=入場料などである。
馬五郎は、労働組合の脚本通りの芝居をして、50年の役者人生で一番の喝采を浴びる。「これこそ檜舞台だ」
と叫ぶが、本心からそう叫ぶだろうか。この辺りが、役者たちに「赤嫌い」という言葉を連発させながら、
映画全体に漂う左翼臭を消せない要因となっている。もちろん、貧しい者たちの団結にいちゃもんをつける
つもりで言っているのではない。人間の真実として、馬五郎は本当に喜んでいたのだろうか、という疑問を
抱いたのである。言い換えれば、歌舞伎の末席に連なる役者が、左翼の新劇をこころから受け容れるだろう
か、という疑問である。しかしながら、作品そのものには活気があった。また、貧しい者たちの真の意味で
の助け合いがここにはあると思った。新之助役の高橋昌也がだいぶお年を召してからこの映画に関してイン
タビューに応えているが、最後に「娯楽作品の中で、人間同士が助け合うという、一番大切なものを照らし
出しているのではないか。時代的なものではあるが、食うや食わずの役者であっても、そういう大事なもの
を伝えるという使命感みたいなものがあったのではないか」と結んでいる。「芸とは何か」についても、し
ばし考えさせてくれる映画でもあった。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『不貞の季節』(監督:廣木隆一、Y・F・C=大洋図書=シ
ネマジック、1999年)である。大杉漣の初主演作ということで観たいと思っていた映画である。団鬼六が原
作のわりには穏やかな作りで、緊縛もソフトといったところか。彼が原作の映画はたくさん作られているら
しいが(55本。Movie Walkerより)、実際に観たことがあるのは、以下に挙げる作品ぐらいか。

 『団鬼六 縄化粧』、監督:西村昭五郎、日活、1978年。
 『団鬼六 蒼い女』、監督:藤井克彦、にっかつ、1982年。
 『不貞の季節』、監督:廣木隆一、Y・F・C=大洋図書=シネマジック、1999年。
 『花と蛇』、監督:石井隆、東映ビデオ、2004年。
 『花と蛇2 パリ/静子』、監督:石井隆、東映ビデオ、2005年。

 西洋鞭打ち、日本緊縛がSMプレイの基本的なスタイルらしいが、文化的な背景がきっとあるに違いない。
この映画ではその点には触れていないが、言葉のプレイはかなり重要な要素として取り上げられている。と
くに、出演者の一人である村上淳の関西弁が効果を上げていると思う。大杉漣のうろたえぶりも面白く、相
手役の星遙子の妖艶さもよかった。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。

   〔解説〕

  団鬼六の原作を、名脇役・大杉漣主演で映画化。SM小説家とその妻との奇妙な恋愛関係を、乾いた
 タッチで描く。

   〔あらすじ〕

  20年ばかり前の話。SM作家の黒崎悌造(大杉漣)は、取材と称して自室にモデルの女である京子
 (山崎絵里)を連れ込んでは、編集者の川田五郎(村上淳)に緊縛させセックスを楽しんでいた。あ
 る日、その様子を目撃した妻の静子(星遙子)が、黒崎との夜の交渉を絶つと言い出した。だが、実
 は彼女は川田と密通していたのだ。そのことを川田から聞き出した黒崎は、嫉妬に震えながらもふた
 りの淫らなセックスに創作意欲を掻き立てられてしまう。「興味があるなら言えばよかったんだッ、
 私が縛ってあげたのに!」……それから暫くして小説の目途が立った日、黒崎は静子にこう言った。
 しかし、そんな夫に静子は冷たくも穏やかに言い放つ。「だめよ。あなたは川田のように上手に縛る
 ことは出来ないでしょ? あなたは文章だけの、観念だけの男よ」 やがて、黒崎と静子に別れの時
 が来る。それから20年後、黒崎は発表を差し控えていた小説を世に送り出す。

 他に、しみず霧子(トメ=お手伝いさん)、チャールズ・ウィリアム・ブライアン(マック)、伊藤裕作  
(編集者)などが出演している。「縛ることによって、女に言い訳を与えているんや」という川田の言葉は、
説得力があった。縛られていれば、抵抗しようがないからである。
 2本目は、『ノラ』(監督:大庭功睦、T.O Entertainment、2009年)である。自主制作映画であるが、な
かなかよくできている。とくに主演の染谷将太は、『パンドラの匣』(監督:冨永昌敬、「パンドラの匣」
製作委員会〔東京テアトル=ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント=シネグリーオ=パレード=
GIP=河北新報社〕、2009年)で注目し、『ヒミズ』(監督:園子温、「ヒミズ」フィルムパートナーズ
〔ギャガ=講談社〕、2011年)で彼の演技力の確かさを確認した俳優であるが、当該作品ですでにその実力
は示されていると言ってよいだろう。共演の三原康可(やすのり)の味も捨てがたく、この人も人間の複雑
なこころを表現できる人だと思った。音楽畑出身者らしく、勘がいいのだろう。
 さて、筋書であるが、電車の中で人を刺して(正確に言えば、切って)逃げた少年がいる。葛西幸雄(染
谷将太)という名前の若者である。山道で車にぶつかるが、大した怪我はせず、失神しただけで済んだ。ぶ
つけてしまったのは野見山繁(三原康可)である。困った繁は、知り合いのアキラ(外間勝)の働いている
ドライブインに幸雄を運ぶ。「警察に届けろ」と勧告するアキラに対して、過去のアキラの失敗の数々を持
出して、口止めをする。そのうち、幸雄は目覚め、繁は自分の家に連れて行く。「お前は俺が助けたのだか
ら、船の修理の手伝いをしろ」というわけで、幸雄は繁の家に泊まることになる。あかね(高野七聖)とい
う名前の女の子と暮らしている繁は、数年前に妻を亡くしている。あかねはその亡妻の連れ子だった。幸雄
は足を引きずるが、それは父親に虐待を受けた結果であった。復讐を目論む幸雄は夢に魘されて、その勢い
から繁をナイフで刺そうとする。掌でそれを受けた繁は、幸雄の事情を訊く。「父親を殺しても何の解決に
もならないぞ。お前の足が治るわけでもないし、もっと重いものを背負い込むことになるからだ」と諭すが、
幸雄の気持は頑ななままである。やがて、繁の船の修理も終わり、海で亡くなった妻の弔いをする。あかね
が船から花を撒いたのである。繁の許を立ち去る幸雄。繁が預かっていたナイフを返してもらった幸雄は、
父親を探しに電車に乗ったのである。首尾よく父親(諏訪太朗)を見つけた幸雄は、彼を刺そうとする……。
 他に、安保由夫(馬場=幸雄のことを問い合わせに来た巡査)、岸本貴久(幸雄が父親の居所を訊ねた男)、
大澤典子、西山繭子などが出演している。一度でも父親に殺意を感じた経験のある人であれば、かなり緊張
を強いられる映像かもしれない。父親役の諏訪太朗も、自暴自棄になった中年男を巧みに演じていると思う。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『行きずりの街』(監督:阪本順治、「行きずりの街」製作
委員会〔セントラル・アーツ=東映=木下工務店=東映ビデオ=カートプロモーション〕、2010年)である。
原発関連の映像を除き、2本続けて締まりのない映画を観た後なので、安心してその世界に入っていけた。
さすが、バイオレンスの阪本である。ただし、抜群の出来というわけでもない。何か不思議な味わいで、狐
に騙されたような後味である。以前から不思議に思っているのだが、なぜ阪本監督はここまで暴力に拘るの
か。彼の描く暴力は、嫌悪感をもたらすので、三流の極道映画よりもよほど怖い。だいいち、小生は現実の
フィジカルな暴力にはとても無力で、ひたすらおぞましさしか感じないのだが、彼の描く世界はフィクショ
ンなのにそれに近い感覚を呼び起こすので、やはり一級の腕前なのだろう。仲村トオルはこんなものか。そ
れにしても塾講師がこんな活躍をする物語は存在しただろうか。小西真奈美、菅田俊、石橋蓮司、杉本哲太
は期待通り。佐藤江梨子と谷村美月も同様。作品そのものを締まらせたのは、むしろ窪塚洋介と江波杏子か。
とくに、窪塚の演じた中込という男はとても興味深い。なお、井浦新〔ARATA〕が演じた神山文彦の位置づけ
がよく分からなかった。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  92年度版の「このミステリーがすごい!」の第1位にランクインした、志水辰夫の同名小説を映画
 化したサスペンス。教え子との結婚がスキャンダルを呼び、学校を追放された元教師が、過去を清算
 する闘いに挑んでいく。これまで、骨太な社会派ドラマを数多く生み出してきた阪本順治監督による
 重厚で人間くさい語り口も見どころだ。

   〔あらすじ〕

  郷里の丹波篠山で塾講師として働く波多野和郎(仲村トオル)は、元教え子の広瀬ゆかり(南沢奈
 央)の行方を追って12年ぶりに東京を訪れる。彼女の祖母が危篤に陥ったにもかかわらず、連絡が取
 れなくなっていたのだ。名門の敬愛女学園でかつて教師をしていた波多野には、生徒の手塚雅子(小
 西真奈美)との恋愛スキャンダルが原因で、教職を追われた過去があった。ゆかりが暮らす麻布の高
 級マンションを訪れた波多野は、何者かが室内を物色した形跡を発見。彼女の失踪が何らかの事件に
 関わっていることを直感する。さらに、中込〔安弘〕(窪塚洋介)と名乗る怪しい男やその仲間が、
 ゆかりの行方を追って目の前に現れる。得体の知れない危険が彼女に迫っていた。ゆかりが立ち寄っ
 たという六本木のサパークラブを訪れた波多野は、敬愛女学園理事の池辺忠賢(石橋蓮司)と遭遇。
 池辺は、波多野を学園から追放した張本人だった。12年前に雅子と結婚した波多野だったが、その後
 離婚。逃げるように東京を後にしていた。ゆかりを探す途中、よろよろと体を引きずりながら、雅子
 が切り盛りしているバーへ辿り着く波多野。長い年月を経て再会する2人。その一方で、ゆかりの失
 踪に学園が関与していることを知った波多野は、その奥深い闇へと足を踏み入れることになる……。

 他に、菅田俊(大森幸生=池部の忠犬)、佐藤江梨子(木村美紀=敬愛女学園の事務員)、谷村美月(藤
本江理=ゆかりの友人)、杉本哲太(園部行雄=敬愛女学園の元英語教師)、井浦新〔ARATA〕(神山文彦)、
江波杏子(手塚映子=正子の母)、でんでん(マンションの管理人)、うじきつよし(角田=ゆかりのスポ
ンサー)などが出演している。台詞回しやアクションシーンに妙味があり、意味不明のシーンも何かいわく
ありげでよかった。阪本監督のまさに実力である。
 2本目は、『ALWAYS 三丁目の夕日‘64』(監督:山崎貴、「ALWAYS 三丁目の夕日‘64」製作委員会〔日
本テレビ=ROBOT=小学館=バップ=東宝=電通=読売テレビ=阿部秀司事務所=読売新聞=白組=STV=
MMT=SDT=CTV=HTV=FBS〕、2012年)である。「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズの第3弾である。このと
ころダークな作品ばかり観ていたので、久しぶりにほっこりする物語である。観る前から予想されるような
筋書でまったく新鮮さはないが、それなりに楽しませてくれる。家族連れで観に行ける映画として、たまに
はこの手の作品もよい。ちなみに、第1弾の『ALWAYS 三丁目の夕日』(監督:山崎貴、「ALWAYS 三丁目
の夕日」製作委員会〔日本テレビ放送網=ROBOT=小学館=東宝=バップ=電通=読売テレビ=読売新聞社=
白組=IMAGICA=札幌テレビ=ミヤギテレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2005年)に関しては、
「日日是労働セレクト41」を、第2弾の『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(監督:山崎貴、「ALWAYS 続・三
丁目の夕日」製作委員会〔日本テレビ放送網=ROBOT=小学館=東宝=バップ=電通=読売テレビ=読売新聞
社=白組=IMAGICA=札幌テレビ=ミヤギテレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2007年)に関して
は、「日日是労働セレクト46」を参照されたし。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  西岸良平の漫画を原作とした『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ第3弾。大ヒットした1作目から監
 督・脚本・VFXを手がける山崎貴が、東京オリンピックに象徴される昭和39年の空気感を最新CGで再現。
 吉岡秀隆、堤真一、小雪など、おなじみのキャストが集結。森山未來、大森南朋など演技派ゲストを迎
 え、下町人情ドラマを展開する。

   〔あらすじ〕

  昭和39年(1964年)。オリンピック開催を控えた東京は、ビルや高速道路の建築ラッシュとなり、
 熱気に満ち溢れていた。そんな中、東京下町の夕日町三丁目では、5年前と変わらず、個性豊かな住
 民たちが元気に暮らしていた。小説家の茶川竜之介(吉岡秀隆)は、ヒロミ(小雪)と結婚し、高校
 生になった古行淳之介(須賀健太)と3人で仲良く生活している。茶川商店の一角は改装され、ヒロ
 ミがおかみを務める居酒屋「新山藤」となった。ヒロミは身重で、もうすぐ家族が一人増える様子。
 だが茶川は『冒険少年ブック』の看板作家として連載を続けているが、新人小説家・緑沼アキラの作
 品に人気を奪われつつあった。創進画報社の編集者である富岡(大森南朋)から「もっと新しい雰囲
 気で」と言われ、茶川はますますスランプに陥っていく。一方、鈴木則文(堤真一)とその妻・トモ
 エ(薬師丸ひろ子)、一人息子の一平(小清水一揮)、住み込みで働く星野六子(堀北真希)が暮ら
 す鈴木オートは、順調に事業を拡大し、店構えも立派になった。六子にも後輩の従業員ができ、厳し
 く指導をする姿はすっかり一人前。彼女なしでは鈴木オートの仕事は回らないほどであった。そんな
 六子は、毎朝おめかしをして家を出て行く。それは、通勤途中の医者・菊池孝太郎(森山未來)とす
 れ違い、朝の挨拶をかわすためだった。六子のほのかな恋心を温かく見守るのは、煙草屋を営んでい
 る大田キン(もたいまさこ)。そして小児科医・宅間史郎(三浦友和)は、今日も町の人のために診
 療を続けている。そんな折、茶川が隠していた、とある電報をヒロミが見つけてしまう……。

 他に、マギー(丸山=精肉店経営)、温水洋一(吉田=自転車屋経営)、神戸浩(電報配達員)、飯田基
祐(中島巡査)、ピエール瀧(水野=氷屋経営)、蛭子能収(電気屋経営)、正司照枝(産婆〔現 助産師〕)、
米倉斉加年(茶川林太郎=竜之介の父)、高畑淳子(奈津子=同じく叔母)、染谷将太(ケンジ=鈴木オー
トの従業員)などが出演している。「無料診療」の挿話が登場するが、なかなか難しい問題らしい。


 某月某日

 DVDで原発関連のドキュメンタリー映像を観た。一般に映画の範疇には入らないが、メッセージ性が高いの
で、小生の鑑賞済み映画のリストに加えることにした。題名は、『2013/07/20 バンダジェフスキー博士東京
講演 with 木下黄太 at 新宿文化センター』(バンダジェフスキー講演プロジェクト、2013年)である。参
議院選挙の前日という日に、候補者だった(結局、当選した)山本太郎も駆けつけて、だいぶ盛況だったよ
うである。さて、このユーリ・バンダジェフスキーという人の名前を知ったのは最近で、彼の岡山講演を聴
いてきた人から教わった。1957年、ベラルーシのフロドナ州生まれ。医師・病理解剖学者。ゴメリ医科大学
初代学長。チェルノブイリ原発事故の影響を調べるために、被曝した人体や動物の病理解剖を行い、体内臓
器のセシウム137などの放射性同位元素を測定する研究を行っている(ウィキペディアより)。かなり重大な
彼についてのその他の履歴をここで記すことは控えておこう。興味のある人はウィキペディア等を参照され
たし。
 「体内に取り込まれたセシウム137の医学的生物学的影響」と題された講演の内容は、主としてセシウム
137に関する疫学的データをどう捉えるかに終始しており、内部被曝の危険性について医学的な見解を述べ
ている。福島の原発事故以来、日本政府の対応は十分ではなく、環境(外部)ならびに体内(内部)被曝に
関する情報も少ない。食物連鎖によって人間の体内に放射性セシウムはどんどん蓄積されている。それは、
福島との距離に関係なく起こっている。生命維持にとって重大な悪影響を与えるセシウムに関して、注意を
払うべき機関さえ無視していることもある。汚染食品がこのまま流通し続ければ、確実に健康被害が蔓延す
ることになる。甲状腺、腎臓、心臓などの臓器を傷つけ、感染症や物理的負荷に対しても抵抗力を弱める。
また、ベラルーシでは奇形児の誕生も増えており、それを防ぐためには、妊婦の食事にはとくに注意を払わ
なければならない。最後に、人々の健康を守るためには、内部被曝のきちんとしたモニタリング・システム
を構築しなければならない、と結んでいる。なお、詳細に関して知りたい人は、実際に当該DVDをご覧になっ
ていただきたい。
 バンダジェフスキー博士は、淡々とデータの提示とその説明をなされていたが、「憶測でものを言っては
いけない」という、メタ・メッセージがひしひしと伝わってきた。小生も然り。これからも、これらの問題
に関して、冷静に粘り強く考え行動していきたいと思った。
 さて、もう1本DVDで邦画を観た。『まだ、人間』(監督:松本准平、「まだ、人間」フィルムパートナー
ズ、2011年)である。新人監督の作品らしく、かなり荒削りで独りよがりな映画。小生には、退屈な時間で
あった。2作目、3作目と腕を磨いてほしいものである。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  「エデン」などの自主制作作品で注目を集めた松本准平監督の劇場デビュー作。金に憑かれたエリ
 ート、恋人の死の謎を追う女、キリストに縋る同性愛の青年を通して、迷い、漂い、苦しみもがく若
 者たちのリアルな姿を描く。出演は「名前のない女たち」の辻岡正人、「片腕マシンガール」の穂花、
 「ヒミズ」のでんでん、「RIVER」の根岸季衣。

   〔あらすじ〕

  2012年・TOKYO。ある日、一人の男が殺され、そして金が消えた。男に金を不正流用して儲けようと
 していた大手企業のエリートサラリーマン達也(辻岡正人)は、男の婚約者であったルカ(穂花)と
 出会う。金を探せば犯人も見つかると考え、動き出す二人。一方、達也はその捜索の途中で、大学の
 後輩であるリョウ(上山学)と出会い、金のない彼を自宅に住まわせていた。同性愛者のリョウは密
 かに達也への想いを胸に抱くが、彼には知られざる過去があった……。乱れ、足掻き、もがいて、交
 錯していくそれぞれの想いや言動は、やがて魂の絶叫へと変わり、三人は思いも寄らない展開へと吸
 い込まれてゆく……。

 他に、でんでん(リョウの父親)、根岸季衣(同じく母親)、大澤真一郎、増田俊樹、三坂知絵子、柴や
すよ、加藤亮佑、矢崎隆司、吉田レイ、谷中栄介(声のみ)、酒井天馬(同)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『いつかA列車<トレイン>に乗って』(監督:荒木とよひさ、「いつかA列車<トレイン>に乗
って」製作委員会〔トーシン=N.O.B=広美=イング=菱和ライフクリエイト〕、2003年)を観た。作
詞家の荒木とよひさが往年の佳作『たそがれ酒場』(監督:内田吐夢、新東宝、1955年)〔筆者、未見〕の
リメイクに挑戦した結果生まれた作品。にわか監督が作った道楽の作品だけあって、TVドラマに毛の生え
た程度の出来。主演の津川雅彦が舞台挨拶などで盛んに宣伝していたが、本当に優れた映画と思っていたか
どうか。自分に配された役柄が気に入っていただけではないのか。筋書も単純、すべての場面が緩い、緊張
感がない、演出も平凡、演技も大根の役者が何人もいる、津川を始め、小林桂樹、峰岸徹、愛川欽也、小倉
一郎、栗山千明など、ビッグネームも名前だけ……これだけ貶せば内容は推して知るべしだろう。ただし、
演奏されたジャズのナンバーはなかなかよかった。それだけの映画。似ている作品を挙げれば、『THE 有頂
天ホテル』(監督:三谷幸喜、フジテレビ=東宝、2006年)辺りだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  テレサ・テンの「つぐない」などで知られる作詞家・荒木とよひさが、名匠・内田吐夢の「たそが
 れ酒場」をリメイク。ジャズ・バーに集う人々の人生を情感豊かに描き出す。

   〔あらすじ〕

  ジャズBAR“A-TRAIN”。昭和の面影を残すその店に、今宵も梅田茂一郎(津川雅彦)が現れた。店
 には、サックスとピアノのリハーサルの音色が流れている。丸山健一(加藤大治郎〔夏原遼〕)とピ
 アノに向かう江藤欽也(渡辺匡〔三木たかし〕)の気をそらさないように、そっとカウンターに歩み
 寄り“指定席”につく梅田。彼は開店前から座る常連客のひとりだ。ジャズ・クラブの演奏に魅了さ
 れた客が、ひとり、またひとりと訪れる。志賀(愛川欽也)の恋人・洋子(神野美伽)は、ある決意
 をもって店にやってくる。元検事の平松(小林桂樹)は現役を引退し、人生の忘れ物を探すために大
 好きなジャズを聴き、酒を飲みにくる。客だけでなく、店に務める野口ユキ(栗山千明)は、恋人の
 鱒見(俊藤光利)と駆け落ちしようかどうか迷っている。専属歌手のアンナ(真矢みき)は、幼い娘
 を抱えたシングルマザー。健一は楽屋に住み込み作曲の勉強をしながら店で働くが、このまま夢を追
 いつづけていくべきか思い悩んでいる。ここ“A-TRAIN”では、そんなそれぞれの人生が結びつき、ま
 たほどけていくような人間模様を生み出す場所である。そしてまた今宵もここで、さまざまな人生の
 ドラマが始まる……。

 他に、峰岸徹(中小路一夫=音楽プロデューサー)、真由子(知恵=従業員のひとり)、穂積ペペ(波島=
若旦那と呼ばれている人物。知恵が目当て)、小倉一郎(小倉=客のひとり)、中村育二(谷口=マネージ
ャー)、春日純一(岐部=銀行員)、石田太郎(山口=毎朝新聞の部長)などが出演している。ちなみに、
加藤大治郎改め夏原遼は加藤剛の息子。神野美伽は荒木とよひさの妻。渡辺匡は作曲家・三木たかしの本名。
 なお、「ブルースは貧乏と差別から誕生した」や「裕福な黒人たちが住んでいたシュガーヒルに向かう列
車がA-trainである」など、正しいのかもしれないが、だいぶ軽い言い回しではないだろうか。少なくとも、
おなじブルース(ジャズの先駆的形態)を扱っている傑作『ブルース・ブラザース(The Blues Brothers)』
(監督:ジョン・ランディス、米国、1980年)にははるかに及ばない。
 ところで、もう1本DVDを観た。3時間を超す長尺のドキュメンタリーである。正確に言えば映画ではない
かもしれないが、小生の判断で鑑賞映画のリストに入れることにした。作品名は『核のゴミどうすんの!? 山
本太郎と広瀬隆のドイツ取材3000kmの旅』(プロダクションマネージャー:斎藤幸平、新党今はひとり、2013
年)である。現在のところ多忙なので、このDVDに関する感想は後日に回す。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。両者ともに以前から何度も小生の鑑賞映画候補に挙がっていたのだが、
なぜか縁がなくてこれまで観たことのなかった邦画である。なぜ今まで縁がなかったのかと思わせるほどの
出来であった。とくに、両者ともに松尾スズキが関わっており、彼の才能が炸裂していると思った。彼を知
ったのはいつ頃だっただろうか。おそらく、『殺し屋1』(監督:三池崇史、オメガ・プロジェクト=オメ
ガ・ミコット=EMG=STARMAX=スパイク=アルファグループ=エクセレントフィルム、2001年)の二郎、三
郎(二役)を演じたことを契機にはっきり認識したのだと思う。ともあれ、遅まきながら、松尾スズキの真
の実力を知った次第である。
 1本目は、『female 【フィーメイル】』(監督:篠原哲雄/廣木隆一/松尾スズキ/西川美和/塚本晋也/ 
夏まゆみ、female Film Partners〔セガ=アミューズ=ミコット・エンド・バサラ=ジャパン・デジタル・
コンテンツ=モブキャスト〕、2005年)である。とてもオシャレでかつ下品なオムニバス映画。最近観たオ
ムニバス映画の『人の砂漠』(監督:後閑広/ヤングポール/栗本慎介/長谷部大輔、「人の砂漠」製作委
員会〔東京藝術大学大学院映像研究科=衛星劇場=トランスフォーマー=電通キャスティングアンドエンタ
テインメント〕、2010年)の記事においてもその名前を取り上げたが、鑑賞するのは初めてである。オープ
ニング(opening “CALIENTE”)、インタールード(interlude “Ex-tasy”)、エンディング(ending
“f-MALE”)においてダンス・パフォーマンスが挿入されており(夏の演出)、肉体の躍動美がとても素敵
である。五つの物語も「female=をんな」の生態を赤裸々に描いており、性的な意味で上品とは言えないが、
それでもある程度抑制が効いていて、もちろん安直なAV作品とは一線を画している。「桃」(篠原)、「太
陽のみえる場所まで」(廣木)、「夜の舌先」(松尾)、「女神のかかと」(西川美和)、「玉虫」(塚本)
はそれぞれ個性的であるが、小生の好みから言えば、もっともセクシーな作品である「夜の舌先」が秀逸。
高岡早紀の魅力が爆裂していると思う。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  人気女性作家5人の書き下ろし小説に基づく「Jam Films」シリーズ最新作。長谷川京子主演の
 「桃」など、女性のセクシャルな本質に迫るオムニバス・ムービーだ。

   〔あらすじ〕

  久しぶりに訪れた故郷で、中学時代の教師との情事を振り返る29歳のOL・淳子……『桃』(原作:
 姫野カオルコ)。深夜のタクシーに乗り合わせた3人の女。脅迫、乱闘、大暴走の果てに彼女たちが
 見たものは……『太陽の見える場所まで』(原作:室井佑月)。旅先で手に入れた香炉と、会社の同
 僚の髪の毛で、夜毎淫らな夢にのめり込んで行く正子……『夜の舌先』(原作:唯川恵)。ガールフ
 レンドの美しい母親にときめく小学6年生の真吾……『女神のかかと』(原作:乃南アサ)。野中の
 一軒家に住む女の許に愛人のじじいが若い男を連れて来る……『玉虫』(原作:小池真理子)。

 それぞれのおもな配役を以下に挙げる。

 「桃」……長谷川京子(森岡淳子)、池内博之(矢崎=桃農家を経営)、野村恵里(中学生の淳子)。
 「太」……大塚ちひろ(日出美=強盗)、石井苗子(マチコ=ホステス)、片桐はいり(佳代=タクシー
      運転手)。
 「夜」……高岡早紀(木原正子=検査技師)、近藤公園(浅山=正子の同僚)、ルビー・モレノ(雑貨商)。
 「女」……大塚寧々(森島梗子=ナツキの母)、森田直幸(水沼真吾)、藤原希(ナツキ=真吾のガール
      フレンド)。
 「玉」……石田えり(女)、加瀬亮(男)、小林薫(じじい)。
  
 これが『female』ではなくて『male』だったら、果たして映画になったであろうか。この辺りに男女の違
いに関わる秘密がありそうである。
 2本目は、『クワイエットルームにようこそ』(監督:松尾スズキ、「クワイエットルームにようこそ」
フィルムパートナーズ〔アスミック・エース エンタテインメント=スプーン=大人計画=ソニー・ミュージ
ックエンタテインメント=住友商事〕、2007年)である。最近、ある人と酒場で飲んでいるとき、はからず
も映画談議になった。その際、その人の口から出た映画が当該作品である。小生が「まだ観ていない」と答
えると、「ぜひ、観てください」との一言。それで観ることになった。この手の作品はただのドタバタ喜劇
で終わりがちだが、当該作品はそれにとどまらない。それどころか、人間の微妙なこころの襞を抉るように
描いており、松尾スズキの才能を感じた。少なくとも、彼が初めて監督した『恋の門』(監督:松尾スズキ、
「恋の門」製作委員会〔アスミック・エース エンタテインメント=テレビ東京=カルチュア・パブリッシャ
ーズ=大人計画=シネバザール=IMJエンタテインメント〕、2004年)よりも、はるかに腕が上がっていると
思う。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変しが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  幅広く活躍する松尾スズキが、芥川賞の候補になった自身の小説を映画化。内田有紀、蒼井優、妻
 夫木聡ら豪華キャストを迎え、ある女性の再生までの14日間を描く人間ドラマ。

   〔あらすじ〕

  28歳のライター佐倉明日香(内田有紀)は見知らぬ白い部屋で、拘束された状態で目を覚ます。現
 れたナースの江口(りょう)から「アルコールと睡眠薬の過剰摂取で運ばれ、2日間昏睡していた」
 と聞かされる。仕事の締め切りを気にして退院したいと訴えるが、担当医と保護者の同意がなければ
 許されないと冷たく返されてしまう。同棲相手で放送作家の焼畑鉄雄(宮藤官九郎)が見舞いに来て
 「胃洗浄をしたら薬の量が多すぎたせいで、内科から精神科に運ばれた」と告げる。こうして明日香
 の女性だけの閉鎖病棟生活が幕を開ける。「食べたくても食べられない」入院患者のミキ(蒼井優)、
 元AV女優で過食症の西野(大竹しのぶ)など、個性的過ぎる患者たちに戸惑う明日香だったが、病院
 内のルールにも慣れ、患者それぞれの過去や性格を知るうちに、少しずつ馴染みはじめていく。患者
 たちは、簡単な買い物も電話も面倒な手続きが多いなど、何かと規則で縛ろうとする冷酷ナースの江
 口たちに不満を募らせていた。そんな折、鉄雄の子分のコモノ(妻夫木聡)が面会にやってくる。明
 日香が開けた原稿の穴はコモノが埋めたらしいが、その出来は最悪で、明日香は持病の蕁麻疹を発症
 させてしまう。江口たちは閉鎖病室<クワイエットルーム>の手配をはじめるが、毅然と江口たちの
 ルール至上主義を論破し、勝利する。この一件で人気者となった明日香。しかし、信頼していたミキ
 の悲しい秘密を知ってしまう。ショックを受けた明日香が病室に戻ると、西野がコモノからの差し入
 れをベッドにぶちまけていた。しかも、鉄雄から明日香に宛てられた真剣な手紙を、西野が勝手に朗
 読し始める。明日香は西野を罵倒するが逆に追い込まれ、その騒ぎを聞きつけた患者やナースたちが
 集まりだす。その手紙で全ての記憶が蘇り、明日香がここにきた本当の理由が明らかになる……。

 他に、塚本晋也(柄名一郎=明日香の元旦那)、中村優子(栗田=比較的軽症の患者)、高橋真唯(サエ=
ブルジョワのお嬢さんの患者)、馬渕英俚可(頭をチリチリに燃やす患者)、筒井真理子(金原=直ぐに逃
亡したがる患者)、宍戸美和公(水原=激痩せの患者)、平岩紙(山岸香織=ナース)、徳井優(白井医師)、
峯村リエ(ナース長)、箕輪はるか(患者のひとり)、近藤春菜(明日香の友達)、庵野秀明(松原医師)、
河井克夫(明日香の胃洗浄を担当した内科医)、俵万智(旅館の女将)、しりあがり寿(旅館の番頭)、川
勝正幸(旅館の板前)、しまおまほ(旅館の仲居)、平田満(時代劇の扮装をした俳優)、伊勢志摩(白井
医師の声)などが出演している。
 小生の知っている人でも、オーヴァードース(overdose)〔OD〕で亡くなっている人はいる。リストカッ
トや薬の過剰摂取は、その人の精神の不安定状態を示すバロメーターであろう。死への衝動である「タナト
ス」(フロイト)の証左となっているが、「どうせ人間一度は死ぬのだから、死に急ぐこともないのに」と
思うのは、とりあえず死の誘惑から免れているにすぎない者の無責任な感想なのかもしれない。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『問題のない私たち』(監督:森岡利行、インターヴォーグ= 
コンセプト、2004年)である。中高生のいじめ問題などを描いた作品で、手放しで褒めるわけにはいかない
が、なかなかよくできていると思った。同級生同士の関係、あるいは、先生や親との関係において、いろい
ろ難しい年頃でもあるが、少なくとも苦しんだ代償として主人公は大きく成長している。現実にはこんなに
うまくいくとは思えないが、いじめ問題のひとつの解決法がここにはきちんと示されていると思う。いじめ
を扱った作品としては、『ブラックボード』(監督、新藤兼人、地域文化推進の会=電通=近代映画協会、
1986年)を真っ先に連想したが、当該作品よりももっと深刻に描いていた。なお、女子生徒や女子大生のヴ
ィヴィッドな生態を中心に描いた作品(小生が鑑賞済みの作品)としては、当該作品の他に次のようなもの
がある。

  『女の園』、監督:木下恵介、松竹大船、1954年。
  『姉妹』、監督:家城巳代治、中央映画、1955年。
  『聖獣学園』、監督:鈴木則文、東映東京、1974年。
  『櫻の園』、監督:中原俊、ニューセンチュリー・プロデューサーズ=サントリー、1990年。
  『がんばっていきまっしょい』、監督:磯村一路、フジテレビジョン=ポニーキャニオン=
   アルタミラピクチャーズ、1998年。
  『blue』、監督:安藤尋、blue PRODUCTION PARTNERSHIP〔オメガ・ミコット=広美=衛星劇場〕、2001年。
  『自殺サークル』、監督:園子温、「自殺サークル」製作委員会〔オメガ・プロジェクト=ビッグ
   ビート=フォーピース=フューズ〕、2002年。
  『スウィングガールズ』、監督:矢口史靖、フジテレビジョン=アルタミラピクチャーズ=東宝=電通、2004年。
  『花とアリス』、監督:岩井俊二、Rockwell Eyes-H&A Project、2004年。
  『笑う大天使(ミカエル)』、監督:小田一生、ミコット・エンド・バサラ=ジェネオン エンタテイン
   メント=ナイス・デー=日活=日本テレビ音楽=S・D・P=エコーセレクト、2005年。
  『ユビサキから世界を』、監督:行定勲、フォーライフミュージックエンタテインメント=ランブル
   フィッシュ=ケーブルテレビ山形、2006年。

 さて、物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になった。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  “イジメ”を題材に、女子中学生の赤裸々な心情を映し出した学園ドラマ。執筆当時中学生だった
 牛田麻希原作の同名コミックをもとに、学校という小さな社会の現状を浮き彫りにする。

   〔あらすじ〕

  15歳の笹岡澪(黒川芽以)は、いじめを苦にして自殺した中学生のニュースを聞いて、こう思って
 いた。「死ぬ勇気があるくらいなら、歯向かっていけばいいのに……」。澪は学校でリーダー的存在
 であり、いじめの中心人物だ。今のターゲットは、地味で行動がとろい潮崎真莉愛(美波)。髪が臭
 いからとプールに突き落としたり、手伝ってあげると言って真莉愛のノートに落書きをしたり……。
 そんな行為を「潮崎真莉愛に対する不快感への正当防衛」と称して、悪びれる様子もなく、当然のよ
 うにいじめていた。周りには澪のグループを止めるクラスメートは誰一人もいない。ある日、新谷麻
 綺(沢尻エリカ)が転校して来る。気さくで明るい麻綺は、あっという間にクラスに打ち解けていっ
 た。しかし、そんな麻綺が気に入らない澪は、クラスメイトに全員で麻綺を無視するように命令し、
 麻綺を孤立させることに成功。いじめのターゲットは真莉愛から麻綺に変わった。その夜、澪は家に
 帰ると父親(勝村政信)が、見知らぬ女性(大塚寧々)を家に連れて来ていた。幼い頃に母親を亡く
 し、父親との二人暮らしの生活に慣れていた澪。「同僚の松下桃花さんだ」。突然紹介してきた父親
 の行動はあまりに唐突で、笑顔を作る澪だったが、心の中はむしゃくしゃしていた。翌日、いつもの
 ように学校へ行く澪。だが、何故かクラス全員から無視され、自分の席には画鋲が置いてあった。そ
 こに現れた麻綺が言う。「置いたのは私」。麻綺は澪の知らないうちに、クラス全員を味方につけて
 いたのだ。この日から立場は逆転し、澪はいじめる側からいじめられる側となる。皆から無視され、
 暴力を受け、酷いイタズラをされ続ける日々。自分がやってきたことがいかに残酷なことだったかを
 知ると同時に、今まで親友と思っていたクラスメイトたちに裏切られた衝撃が澪を打ちのめす。しか
 し、父親は娘のことには全く無関心で、先生に相談すれば必ず今まで以上のいじめの制裁が待ってい
 るのは分かっていた。澪はついに、死ぬことを決意する。だが、それを止めたのは、今まで澪がいじ
 め続けてきた真莉愛だった。「どんなに辛くても、がんばろうよ」。彼女の励ましで、澪は勇気づけ
 られる。やがて、麻綺のいじめのターゲットは変わり、澪はいじめられなくなった。おとなしくして
 いれば、いじめられることはない。だが、もう澪は我慢できなかった。澪はいじめを続ける麻綺を思
 いっきりひっぱたいた。その日から、麻綺はいじめられる側、澪はいじめる側に逆転する。ふたたび
 澪にすり寄ってくるクラスメイトたち。これじゃ、同じことの繰り返し……。澪はクラスメイトのほ
 ぼ全員を学校の屋上に集めた。そして宣言した。「私はいじめゲームから抜ける」。屋上での一件か
 ら、クラスのいじめはなくなった。麻綺も真莉愛も今では澪にとって大事な友達となった。そんな中、
 澪の父親が桃花と再婚した。まさに公私ともに良いことが続き、ようやくこれから澪の学校生活も楽
 しくなろうとしていた……はずだった。そんなある日。澪は偶然コンビニで担任の教師の加藤茜(野
 波麻帆)が万引きするのを目撃してしまう。目が合い、思わず走り去る澪。その日から、加藤の澪に
 対する態度は厳しく冷たくなっていく。そう、これは新たな“いじめ”の始まりだった。教師から生
 徒へのいじめ。立場の強い者から弱い者への“いじめ”。澪の戦いはまだ終わっていない。

 他に、森絵梨佳(施川瑞希)、小松愛(松野綾)、浜田晃(平和女子中学校の校長)、安間里恵(葉月)、
小松愛唯(紀子)、小貫華子(美佐)、森田亜紀(西山ルリ子)、迫英雄(新藤先生)などが出演している。
 2本目は、『夢みるように眠りたい』(監督:林海象、映像探偵社、1986年)である。全篇モノクローム
の懐古調作品である。佐野史郎の映画デビュー作でもある。筋書は単純であるが、正統派の探偵譚で、乙女
趣味の結末も悪くない。昭和の活動弁士である松田春翠の歯切れのよさも心地よかった。戦前の日活京都の
時代劇スター女優であった深水藤子の起用も手伝って、「活動時代」の香りを昭和晩期に見事に伝えている。
少しテイストが似ている作品としては、『天井桟敷の人々(Les enfants du Paradis)』(監督:マルセル・
カルネ、仏国、1945年)が挙げられるか。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  誘拐された娘を追う私立探偵が、映画史から消えている大正時代に作られた一本の映画の謎を解明
 するまでを描く。脚本、著者はこの作品がデビュー作となる林海象、撮影は「TATOO<刺青>あ
 り」の長田勇市がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  大正七年、初めての女優の主演による映画と言われる帰山教正監督による「生の輝き」という映画
 があったが、実はその前に、月島桜(深水藤子)主演による「永遠の謎」という映画があった。しか
 し、この「永遠の謎」は、警視庁の映画検閲によって妨害され、ラスト・シーンの撮影が出来ず、映
 画史から消えてしまった。昭和のはじめの東京。私立探偵、魚塚甚(佐野史郎)のもとに、月島桜と
 名のる老婆から、誘拐された娘、桔梗(佳村萠)を探してほしいとの依頼がくる。調査を進める魚塚
 は、依頼主、月島桜が主演してラスト・シーンを残して未完に終った無声映画「永遠の謎」がこの事
 件の鍵となっていることを知る。事件はその映画のストーリーにそって展開し、魚塚は、娘を探して
 いるのではなく「永遠の謎」のラスト・シーンを追っていることに気づく。そして、魚塚が月島桜の
 家を訪ねると、そこには若い頃の彼女がおり、彼も参加して失われたラスト・シーンの撮影が行なわ
 れた。撮影を終えた月島桜はこれで安心して眠れると、永遠の眠りにつくのだった。

 他に、大竹浩二(小林=魚塚の助手)、吉田義夫(松之助=桜の執事)、大泉滉(紙芝居屋/手品師A)、
あがた森魚(同じくB)、小篠一成(同じくC)、中本龍夫(片岡兄弟A=妖剣遣い)、中本恒夫(同じく  
B)、十貫寺梅軒(回転屋)、遠藤賢司(駄菓子屋)、草島競子(櫛屋)、松田春翠(赤柿独楽天)などが
出演している。聖徳太子の肖像が懐かしい千円札、仁丹塔、花やしき、地球ゴマ、「笛吹童子」の唄がラヂ
オから流れてきたこと、「阪妻、千恵蔵、嵐寛、大河内……みんな娘たちの憧れ」という櫛屋の老婆の台詞
などが印象的だった。監督の林海象は1957年生れだから、小生より三つ年下である。ほぼ同世代なので、彼
の思いはけっこうストレートに伝わって来る。なお、この映画も「誘拐」を扱っているが、そこに力点があ
るわけではない。したがって、あまり犯罪の臭いがしない。ちなみに、「誘拐映画」の詳細な資料に関して
は、「日日是労働88」を参照のこと。


 某月某日

 DVDで邦画の『黄金を抱いて翔べ』(監督:井筒和幸、「黄金を抱いて翔べ」製作委員会〔エイベックス・
エンタテインメント=nktエンターテイメント=ハピネット=衛星劇場=メモリーテック=電通=Yahoo!
JAPANグループ=ぴあ〕、2012年)を観た。派手な銀行強盗の物語である。しかも、狙いは札束ではなく、金
塊。どう見ても勝算のないゲームであるが、あたかも成功したかに見える。銀行強盗を描いた映画としては、
古くは『俺たちに明日はない(Bonnie and Clyde)』(監督:アーサー・ペン、米国、1967年)、『明日に
向って撃て!(Butch Cassidy and the Sundance Kid)』(監督:ジョージ・ロイ・ヒル、米国、1969年)、
『ゲッタウェイ(The Getaway)』(監督:サム・ペキンパー、米国、1972年)などを思い出すが、邦画にも
いくつかある。たとえば、『野獣死すべし』(監督:村川透、東映=角川春樹事務所、1980年)、『鮫肌男
と桃尻女』(監督:石井克人、東北新社、1998年)、『死に花』(監督:犬童一心、東映=アミューズ=テ
レビ朝日=東映ビデオ=IMJエンタテインメント=毎日新聞社、2004年)などである。実際にあった銀行強盗
事件としては、「福徳銀行5億円強奪事件」が有名である(1994年に発生)。金融機関における1回での現
金強奪金額としては最高金額であり、史上最大の銀行強盗事件と言われている(ウィキペディアより)。な
お、1979年に起きた「三菱銀行人質事件」を題材にして、『TATOO〔刺青〕あり』(監督:高橋伴明、国際放
映=高橋プロ=ATG、1982年)が製作されている。他にも銀行強盗に関わる映画はけっこうあるのだろうが、
この辺りで打ち切っておく。なお、金塊というと、「江崎グリコ社長誘拐事件」(1984年、発生)が連想さ
れる。というのも、「大阪府高槻市の江崎グリコ取締役宅に犯人の男から指定の場所に来るよう電話がかか
り、取締役が指定場所に向かうと、社長の身代金として現金10億円と金塊100kgを要求する脅迫状があった」
とされているからである(ウィキペディアより)。小生は、当時住んでいた下宿の近所にある食堂のTVで
このニュースを知った。その際、下宿先の先輩も同席しており、その先輩に対して「この金塊100kgというの  
はおかしいですよね。だって、運搬するのに骨が折れるし、売り飛ばすにしてもそんなルートがあるのかし
ら……」といったニュアンスの発言をした記憶がある。ついでに、この事件には裏があり、単なる誘拐事件
ではないのではないか、とも発言したと思う。もちろん、「金塊」というところに引っかかったからである。
いずれにせよ、この事件は未解決のままで終わっている。また、高知県高岡郡中土佐町の「純金のカツオ像」
(1億円相当)を思い出した。当時の竹下登首相が推し進めた「ふるさと創生事業」の一環で作成されたも
ので、後に県に売却後、盗まれて溶かされた由(ウィキペディアより)。小生の記憶では、800万円で投げ売
りされたはずである。
 さて、当該映画であるが、ターゲットが金塊なのに、キャッチフレーズは「札束より欲しいもの、おまえ
にあるか?」である。やはり、金塊というのがミソで、その「あり得なさ」にどうやってリアリティを吹き
込むかが、この映画のキモである。しかも、荒唐無稽でもギャグでもない大真面目な作りで、朝鮮半島の事
情や全学連クズレや労組クズレなども絡ませている。これも、井筒流か。細かい台詞回しに妙があるのもや
はり井筒流。さまざまなストーリー展開上の挿話もなかなかのものである。ただし、アラも多く、突っ込も
うと思えば、かなり無理のある想定も存在する。とくに、西田敏行の演じた人物の過去にまつわる話は余計
であると思った。なお、原作は高村薫の同名小説(筆者、未読)。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  人気作家・高村薫のデビュー作で、日本推理サスペンス大賞に輝いた同名作を映画化。大阪の銀行
 の地下に眠る240億の金塊強奪を企む6人の男たちの姿を描く。物語が進むにつれ、秘められた過去や、
 命をかけてまで危険な計画に挑む理由が明らかになっていく過程がスリリングに展開。妻夫木聡、浅
 野忠信ら魅力的な顔あわせにも注目だ。

   〔あらすじ〕

  過激派や犯罪者を相手に調達屋をしていた幸田弘之(妻夫木聡)。幸田は二十数年ぶりに訪れた故
 郷の大阪で、大学時代の友人・北川浩二(浅野忠信)からある計画を持ちかけられる。大手銀行本店
 の地下にある240億円相当の金塊を強奪するというのだ。銀行担当のシステムエンジニアである野田
 (桐谷健太)とともに計画を練る中で、さらに、元エレベーター技師で銀行の内部にも詳しい“ジイ
 ちゃん”こと斉藤順三(西田敏行)と、爆弾に精通している元・北朝鮮のスパイの青年“モモ”こと
 チョウ・リョファン(チャンミン)を仲間に引き入れる。計画を知ってしまった北川の弟・春樹(溝
 端淳平)もメンバーに加わって、いよいよ6人の男たちによる計画が始動する。目標の金塊は銀行の
 地下3階にある。地下2階の駐車場から侵入すると同時に、中之島変電所を爆破し、銀行だけでなく
 辺り全域を停電にする作戦だ。その準備のため、幸田は野田とともに群馬・高崎の工場の輸送車を襲
 撃し、ダイナマイトの強奪に成功する。が、思わぬ障壁が彼らを待ちうけていた……。

 他に、青木崇高(キング)、中村ゆり(北川圭子=浩二の妻)、田口トモロヲ(山岸=活動家)、鶴見辰
吾(末永=二重スパイ)、徳井優(配送センターの上司)、石倉三郎(輸送車の助手)、でんでん(駐車場
の管理人)などが出演している。浅野忠信が久しぶりに「キレタ人物の役」を演じており、なかなかよかっ
た。妻夫木聡も壮年の領域に入り、別の味が出てきたように思う。なお、その妻夫木によって、携帯電話が
投げ捨てられるシーンがある。ちゃんと回収したのだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『坊っちゃん』(監督:前田陽一、松竹=文学座、1977年)を観た。夏目漱石が原作の映画は、
『虞美人草』(監督:溝口健二、第一映画、1935年)を嚆矢として、以下のような作品がある。なお、各種
のネット情報を参照した。それぞれの情報提供者に感謝したい。

  『虞美人草』、監督:溝口健二、第一映画、1935年〔筆者未見〕。
  『坊っちゃん』、監督:山本嘉次郎、P・C・L、1935年〔筆者未見〕。
  『吾輩ハ猫デアル』、監督:山本嘉次郎、P・C・L、1936年〔筆者未見〕。
  『虞美人草』、監督:中川信夫、東宝東京、1941年〔筆者未見〕。
  『坊っちゃん』、監督:丸山誠治、東京映画、1953年〔筆者、未見〕。
  『夏目漱石のこころ』、監督:市川崑、日活、1955年。
  『夏目漱石の三四郎』、監督:中川信夫、東宝、1955年〔筆者、未見〕。
  『坊っちゃん』、監督:番匠義彰、松竹、1958年〔筆者、未見〕。
  『坊っちゃん』、監督:市村泰一、松竹、1966年〔筆者、未見〕。
  『幻日』、監督:武智鉄二、製作媒体不詳、1966年〔筆者、未見〕。原作は『夢十夜』。
  『心』、監督:新藤兼人、近代映画協会=ATG、1973年〔筆者、未見〕。
  『吾輩は猫である』、監督:市川崑、芸苑社、1975年。
  『坊っちゃん』、監督:前田陽一、松竹=文学座、1977年。
  『それから』、監督:森田芳光、東映、1985年。
  『ユメ十夜』、監督:実相寺昭雄/市川崑/清水崇/清水厚/豊島圭介/松尾スズキ/天野善孝・
   河原真明/山下敦弘/西川美和/山口雄大、「ユメ十夜」制作委員会〔日活=IMAGICA=I&S BBDO=
   ダイコク電機〕、2006年。
  『蒼箏曲』、監督:天野裕充、BANANAFISH、2012年〔筆者、未見〕。原作は『こころ』。

 以上16本あるうち(もちろん、見逃している作品も存在しているかもしれない)、『坊っちゃん』は最多
の5回映画化されていることになる。前田陽一版しか観ていないので比較の余地はないが、小生の実感とし
ては、けっこうよく描けていると思う。ただし、「天麩羅蕎麦四杯」の件や、山嵐との間の「一銭五厘の氷
水代」の件などの挿話を入れてほしかった。旧制の中学校を舞台にした映画には、『けんかえれじい』(監
督:鈴木清順、日活、1966年)があるが、だいぶ様相が異なる。小生の父親は旧制の群馬県立沼田中学校を
卒業しているはずだが、生前にもう少しその頃の様子を訊いておけばよかったと思う。それでも、わずかで
はあるが、父親の中学校時代の話を耳にしている。たとえば、彼はどちらかの耳がやや難聴だったが、中学
時代に先輩に殴られて鼓膜が破れたせいであると言っていたことがある。また、雪深き季節には、スキーで
通っていたとも聞いている。彼は小生と異なりスポーツ万能だったので、スキーもかなり上手だったはずで
ある。たぶん、中学校時代に鍛えたのであろう。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  戦前・戦後を通じて、五度目の映画化。夏目漱石の原作をもとに、明治の若者の姿を描く。脚本は
 「喜劇 大誘拐」の前田陽一と「少林寺拳法 ムサシ香港に現わる」の南部英夫の共同、監督は前田
 陽一、撮影は「恋人岬」の竹村博がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  明治三十九年。ご存知坊っちゃんこと近藤大助(中村雅俊)は、東京の物理学校を卒業、中学の数
 学の教師として勇んで四国の松山にやって来た。幼い頃から、無鉄砲で負けず嫌いの大助だったが、
 ばあやの清(荒木道子)だけが「坊っちゃんはまっすぐで気性の良い方だ」とかわいがった。大助は
 四国に、その清と別れて来たのが少々気がかりだった。愛媛県立松山中学校。ここが大助を待ちうけ
 る学校だ。この学校の校長は狸のような顔をしているので狸(大滝秀治)、教頭の安西は赤シャツの
 見るからにキザな奴なので赤シャツ(米倉斉加年)、教頭のたいこ持ちのような吉川は野ダイコ(湯
 原昌幸)と大助は綽名をつけたが、それぞれひとくせもふたくせもある奴らであった。教員室では精
 気のないうらなりみたいな古賀(岡本信人)と、これも大助が山嵐と名付けた、逞しい堀田(地井武
 男)に挨拶。翌日から大助の授業が始まった。東京から来て、初めて教壇に立つ大助は、ここの生徒
 たちにずいぶんと手こずった。ある日、大助はひょんな事からビックリするような美女と知り合った。
 彼女こそ、町中で美人で才女と噂の高いマドンナ〔遠山美弥〕(松坂慶子)であった。数日がすぎ、
 赤シャツが大助に話があるという。後日親友となった山嵐が町の芸者の〆香(宇津宮雅代)といい仲
 で教育者としてあるまじきこと、生徒たちのいたずらも実は彼が裏で糸を引いているなどと吹き込ん
 だ。大助はすぐに山嵐とかけ合い、それがデマであることを知る。さらにマドンナの許婚者のうらな
 りを自分が横恋慕するため、他の学校へ彼を転校させようとたくらんでいる赤シャツのことを知り、
 山嵐とともに正義の鉄鎚を下すことにした。うらなりの送別会の日。芸者といちゃつく赤シャツに二
 人は鉄鎚を下した。しかし、この事件は、生徒たちによからぬ影響を与えてしまった。日頃から挑発
 をうけている師範学校との喧嘩にまで発展してしまったのだ。しかも、止めるはずの大助や山嵐もい
 っしょになって大暴れしてしまうのであった。翌日、さっぱりした表情で狸に辞表を提出する大助。
 東京へ帰る日、船上の大助は、いたずらだった生徒たちが岩場から手を振って見送ってくれるのを見
 て思わず目頭が熱くなり、袴を脱ぎ、いつまでもそれを振るのであった。

 他に、五十嵐めぐみ(加藤小夜=大助の下宿先の質屋の娘)、今福正雄(中学校の小使=喇叭を吹く)、
大泉滉(音楽の先生)、粟津號(汽車の専務車掌)などが出演している。最初に泊まった旅館の女中に大助
が五円の祝儀をはずむシーンがあるが、原作では一枚の五円札を渡すところを五枚の一円札を渡すことに替
えられていた。おそらくその方が大金(ちなみに、県知事は二円、松山聯隊の聯隊長は一円の祝儀だった)
を渡した感じが出るからだろう。マドンナの口から、ヴェルレーヌ(Paul Verlaine)の有名な詩である「秋
の歌(Chanson d'automne)」の一節(秋の日の/ヰ゛オロンの/ためいきの/ひたぶるに/身にしみて/う
ら悲し。上田敏『海潮音』より)や、「こころ自由(まま)なる人間は/とわに賞(め)づらん大海(おお
うみ)を/海こそ人の鏡なれ」(出所、不詳)などの言葉が発せられるが、時代を髣髴させた。芸者買いを
した後、その芸者と同じ布団でぐっすり眠りこんでいる赤シャツと野ダイコの枕元に、生卵を飲んだ後の殻
が転がっているシーンには笑った。精力をつけるための生卵であろう。また、彼らの寝込みを襲うことを潔
しとしない大助に、山嵐は「赤穂浪士も吉良の寝込みを襲ったではないか」と切り返して、大助は納得する。
このシーンもなかなか効果的だったと思った。


 某月某日

 DVDで邦画の『あぜ道のダンディ』(監督:石井裕也、「あぜ道のダンディ」製作委員会〔ブレス=アミュ
ーズソフト=テレビ大阪=ビターズ・エンド=ショウゲート=スモーク〕、2010年)を観た。他にも似たよ
うな作品がありそうなのだが、実際にはない作品と言ったらよいだろうか。光石研と田口トモロヲのコンビ
が、なんとも不器用な中年男を演じている。光石にとって、デビュー作の『博多っ子純情』(監督:曾根中
生、エル・アイ・エル、1978年)〔筆者、未見〕以来の主演作だそうだが、ちょっと嬉しい役だったかもし
れない。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  光石研がデビュー作以来、33年ぶりに主演を務める家族ドラマ。妻に先立たれた中年男・淳一と受
 験を控えた2人の子どもが織り成す父子愛、さらに淳一の親友・真田との友情をコミカルにつづる。
 素直に優しさを表現できない不器用な男のダンディズムを、オフビートに描きながら、誰もが共感で
 きるドラマに仕上がっている。

   〔あらすじ〕

  北関東の地方都市。50歳になった配送業の宮田淳一(光石研)には、大学浪人中の俊也(森岡龍)
 と高校3年生の桃子(吉永淳)という子どもがいる。妻(西田尚美)は39歳で他界、子どもたちは父
 親とはほとんど口をきかず、いつも会話はかみ合わない。職場では同僚(藤原竜也)に話しかけられ
 てもめったに返事をしないほど無愛想な宮田は、仕事を終えると毎日のように友人の真田(田口トモ
 ロヲ)と居酒屋で酒を酌み交わす。飲みながら思い出される妻との思い出、子どもたちと笑いあった
 時間……。ある日、宮田は胃に不調を覚え、亡き妻と同じく、自分も胃癌なのだと思い悩むが、子ど
 もたちに弱みを見せずに生きてきた宮田は真田にしか相談できなかった。そんな中、俊也と桃子が東
 京の私立大学に合格。4月には家を出て、東京で新生活を始めることになった。せめて子どもたちと
 思い出を残したいと、宮田は学校帰りの桃子を真田とともに待ち伏せる。だが、女子高の校門前でキ
 ョロキョロする中年男たちは、見た目にはほぼ変質者であった。桃子たちを尾行するものの「一緒に
 プリクラを撮ろう」とは言い出せない宮田。今度は俊也とゲームで対戦しようと携帯ゲームを購入す
 る。だが適当に買ってしまったゲーム機は俊也の持っている機種には対応していなかった。見かねた
 真田は俊也を遊園地に誘い、二人きりで話をする。「君のお父さんはダンディだよ。見た目はかっこ
 よくないけど、心は渋いんだ。君も男ならわかってやってほしい」……もっともそうに話すが、子ど
 もがいない真田はちょっとした「親子ごっこ」を楽しんでいるのだった。真田に言われるまでもなく、
 子どもたちも父親の気持は分かっていた。それでも、うまくコミュニケーションをとれないのは子ど
 もだって同じなのだ。そんなまま、俊也と桃子が東京へ旅立つ日が近づいてくる。宮田は子どもたち
 と最後の思い出を作ることができるのだろうか……。

 他に、山本ひかる(優子=桃子の友人、援交中)、染谷将大(耕太=俊也の友人)、綾野剛(写真屋の店
員)、螢雪次朗(サラリーマン風の男。優子の援交相手)、岩松了(医師)、西田尚美(二役/美穂=耕太
の母親)などが出演している。
 「地位も金もないから、せめてダンディでいたい」……切ない中年男のこころの叫びであるが、おそらく
日本中の多くの中年男性が共感する台詞であろう。もっとも、ジェンダー批判の立場からすれば、「そんな
に男を気取らなくてもいいのでは……」と言われるかもしれない。また、うっかり若者に説教でもしようも
のなら、いまどきの彼(女)らは直ぐに切れてしまうだろう。その辺りの兼ね合いが大変だが、子どもたち
は親が考えている以上に成長している。黙って様子を見ることもときには必要なのだろう。ある僧侶が語っ
ていたことであるが、まさに現代は「五陰盛苦」(盛んであるがゆえの苦しみ)の時代なのかもしれない。
渇望に慣れていないから、目標が見つからないのだ。だから、「ダンディ」……ひとつの答えではある。


 某月某日

 DVDで邦画の『逆転裁判』(監督:三池崇史、「逆転裁判」製作委員会〔日本テレビ放送網=東宝=カプコ
ン=OLM=D.N.ドリームパートナーズ=読売テレビ放送=バップ=ソニー・ミュージックエンタテインメント= 
札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2012年)を観た。三
池監督は、ありとあらゆるジャンルの映画を撮ることを生き甲斐にしている節があるが、この作品もかなり
実験的要素に満ちている。筋書はまったく大したことはないが、その描き方が異様である。もちろん、さま
ざまな映画から失敬してきたと思われる箇所も散見されるが、それでいて三池色が出ているから不思議であ
る。何とも評価のし難い映画である。
 とりあえず、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  シリーズ売上げ累計410万本を超える人気の法廷バトル・ゲームを『十三人の刺客』の三池崇史監督
 で映画 化。主人公の新米弁護士・成歩堂に扮した成宮寛貴のメイクをはじめ、大きな字幕やVFXなど
 を駆使して、ゲームのビジュアルを遊び心たっぷりに再現。謎が謎を呼ぶ弁護士殺害事件をめぐって
 激しいバトルが展開する。

   〔あらすじ〕

  20XX年、凶悪犯罪の増加に対応して、政府は新たな司法システム“序審裁判”を導入した。序審裁
 判とは、弁護士と検事の直接対決で、わずか3日で判決を下す制度である。ある日、新米弁護士・成
 歩堂龍一(成宮寛貴)の良き理解者であり優秀な上司・綾里千尋(檀れい)が、長年追いかけていた
 事件に関する新たな証拠を見つけたというメッセージを残し、事務所で何者かに殺害される。逮捕さ
 れたのは千尋の妹で、霊媒師の卵・綾里真宵(桐谷美玲)。成歩堂は真宵の無実を信じ、弁護を引き
 受ける。対するは,冷徹な天才検事と評判の幼なじみの御剣怜侍(斎藤工)。二人は多くの証言、証
 拠をもとに激しい法廷バトルを繰り広げるが、その裁判の後、御剣が殺人容疑で逮捕される。成歩堂
 は自ら御剣の弁護を名乗り出る。御剣を起訴したのは彼の師匠である40年間無敗を誇る伝説の検事・
 狩魔豪(石橋凌)。審理を重ねていくうちに、15年前、御剣の父・御剣信弁護士(平岳大)が裁判所
 の証拠品倉庫で射殺された“DL6号事件”という事件が深く関係していることが浮き彫りになってい
 く……。

 他に、中尾明慶(矢張政志=成歩堂や御剣の幼馴染)、大東駿介(糸鋸圭介=刑事)、柄本明(裁判長)、
谷村美月(大沢木ナツミ=カメラマン)、篠井英介(篠井英介=弁護士)、鮎川誠(小中大=フリーの雑誌
記者)、余貴美子(綾里舞子=千尋と真宵の母、霊媒師)、小日向文世(ボート小屋の管理人)などが出演
している。


 某月某日

 DVDで邦画の『イキガミ』(監督:瀧本智行、映画「イキガミ」製作委員会〔TBS=小学館=東宝=テレパ
ック=IMJエンタテインメント=MBS=CBC=WOWOW=RKB〕、2008年)を観た。3作続けてやりきれない作品を
観たことになるが、さすがに気が滅入る。『デンデラ』の逆バージョン(高齢者ではなく、若者が淘汰のタ
ーゲット)とも言える発想から成った作品で、荒唐無稽であるが奇妙なリアリティがある。イキガミは「逝
紙」とも書くので、現代版「アカガミ(赤紙)」と言える。間瀬元朗の原作に触れたことはないが、どうや
らそうらしい(ウィキペディアに詳細な記事があるので、そちらを参照されたし)。ところで、この作品の
主題歌がなかなか聞かせる歌である。「みちしるべ」(作詞・作曲:五郎川陸快、編曲:PhilHarmoUniQue
& 小林武史、唄:PhilHarmoUniQue、2008年)という楽曲だが、流行ったのだろうか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  “逝紙(イキガミ)”と呼ばれる政府から発行される死亡予告証を受け取った人々を巡るドラマを
 描き、人気のコミックを映画化。松田翔太がイキガミを配達する国家公務員(原作では、武蔵川区役
 所戸籍課勤務となっているが)役を演じる。

   〔あらすじ〕

  厚生保健省に勤める藤本賢吾(松田翔太)の仕事は、政府から発行された死亡予告証を本人に届け
 ることだった。「国家繁栄維持法」が施行されたその世界では、国民に生命の価値と死の恐怖を植え
 付けるために、小学校入学以前のすべての児童が「国繁予防接種」を受けることが義務づけられてい
 た。そして、1,000人にひとりの確率で、18歳から24歳に成長した時期、死を迎える。その24時間前
 に、通称「逝紙(イキガミ)」を配達して、死亡宣告を下すのが藤本の役目だった。かつてはストリ
 ートミュージシャンとして森尾秀和(塚本高史)とコンビを組みながらも、音楽事務所からスカウト
 されてメジャーデビューを果たした田辺翼(金井勇太)。「国家繁栄維持法」を支持する女性議員の
 滝沢和子(風吹ジュン)の息子であり、ひきこもりの直樹(佐野和真)。幼い頃に交通事故で両親を
 亡くし、その事故で視力を失った妹のさくら(成海璃子)を守ろうとする兄のさとし(山田孝之)。
 そんな若者たちに、藤本は「逝紙」を届ける。田辺は、初のテレビ出演で自作の曲を歌いながら倒れ
 た。警官の銃を奪って、選挙演説中の母を撃とうとした直樹は、その計画に失敗して果てる。そして、
 自分の生命の終わりを知ったさとしは、さくらに角膜移植することを決意する。翼の歌は、彼の死後
 に大ヒットする。選挙戦では敗れた和子だが、夫の信利(塩見三省)が新たに出馬を決意した。兄か
 らの角膜移植を拒否したさくらも、医師の近藤(井川遥)をはじめとする病院中での応援で、視力を
 取り戻す。さとしの命と引き換えに……。厚生保健省の参事官(柄本明)や、上司の石井誠一郎課長
 (笹野高史)から意義を説かれながらも、藤本は自分の仕事に葛藤と疑問を感じ続ける。「国家繁栄
 維持法」は、本当に正しいのか? しかし、この政策に反対する者は退廃思想者として国家から厳正
 な処置を受ける。そして、今日も藤本は、「逝紙」を配達するのだった。

 他に、劇団ひとり(島田=恋人が国繁の犠牲になる)、リリィ(田辺美奈枝=翼の母)、諏訪太朗(西野=
さとしの上司)、でんでん(不動産屋)、伊津野亮(Music Bomb の司会者)、江口のり子(看護師)、浅
利陽介(鴨井洋介=いじめられっ子。国繁の犠牲者)、鈴之助(下山徹=いじめっ子)、山崎裕太(荒井達
彦=T-BIRDS における翼の相棒)、北見敏之(佐竹=オメガミュージックのスカウトマン)、徳井優(神波=
秀和の仕事上の相棒)、ヒロシ(高級レストランのウエイター)などが出演している。主演の松田翔太は、
父(優作)とも兄(龍平)とも異なる雰囲気をもっている。今後、主演作も増えるのだろう。小生の見立て
では、リリィ(最近、数々の映画に出演している)、塩見三省(もはや、大ヴェテラン)、山田孝之(人気
若手俳優)の演技が優れていると思った。とくに、山田の演技は抜群であった。あんな難しい役どころなの
に、細かい顔の表情まで完璧であった。この作品における評価は高いのだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『心中エレジー』(監督:亀井亨、FULLMEDIA=BIO-TIDE、
2005年)である。いまどき、「心中」とか、「エレジー」とか、ほとんど色褪せたような題名を選んだセン
スにかえって興味が湧き、観てみた。最初はあらあらと思っていたが、何とか収拾をつけたので安堵した。
亀井監督の劇映画第一作だそうだが、かなり好意的に迎えられたらしい。その後、映画を量産しているらし
いが、小生とはなぜか縁がなかった。今後、彼の作品に出会うこともあるだろう。アイディア倒れになって
いる個所もあるが、けっこう注目すべき場面もあったからである。ところで、題名に「エレジー」(あるい
は、それとほぼ同等の言葉)のついた映画(小生の鑑賞済み)は、当該作品を含めて以下の通り5本あった。

  『浪華悲歌(なにわエレジー)』、監督:溝口健二、第一映画、1936年。
  『湯の町悲歌(エレジー)』、監督:野村浩将、新東宝、1949年。
  『けんかえれじい』、監督:鈴木清順、日活、1966年。
  『樹氷悲歌(エレジー)』、監督:湯浅憲明、大映京都、1971年。
  『心中エレジー』、監督:亀井亨、FULLMEDIA=BIO-TIDE、2005年。

 * 後に、『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌(エレジー)』という作品があることを発見した。

 同じく、題名に「心中」の文字が入っている映画(小生の鑑賞済み)は、当該作品を含めて以下の通り6
本あった。

  『無理心中 日本の夏』、監督:大島渚、創造社、1967年。
  『心中天網島』、監督:篠田正浩、表現社=ATG、1969年。
  『高校生心中 純愛』、監督:帯盛迪彦、大映東京、1971年。
  『曽根崎心中』、監督:増村保造、行動社=木村プロダクション=ATG、1978年。
  『赤目四十八瀧心中未遂』、監督:荒戸源次郎、赤目製作所、2003年。
  『心中エレジー』、監督:亀井亨、FULLMEDIA=BIO-TIDE、2005年。

 当該映画は、「エレジー」としては『樹氷悲歌(エレジー)』に、「心中」としては『赤目四十八瀧心中
未遂』にやや近いか。いずれにせよ、古風な題材を現代風に描いたところに、この作品の真骨頂があるのだ
ろう。なお、『桐島、部活やめるってよ』(監督:吉田大八、「桐島、部活やめるってよ」製作委員会〔日
本テレビ放送網=集英社=読売テレビ放送=バップ=DNドリームパートナーズ=アミューズ=WOWOW〕、2012
年)〔「日日是労働セレクト93」、参照〕でも指摘したが、『運命じゃない人』(監督:内田けんじ、PFF
パートナーズ=ぴあ=TBS=TOKYO FM=日活=IMAGICA、2004年)〔「日日是労働セレクト45」、参照〕の
手法に影響を受けているのだろうか。同じ場面を角度を変えて再び描いており、時間軸が錯綜する割には、
けっこう効果的に演出していると思った。亀井監督の力量であろう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  東京近郊の田園風景をバックに、若いW不倫カップルとその配偶者たちの愛の姿を描くラブ・スト
 ーリー。主演は「カナリア」の眞島秀和と「アカルイミライ」の小山田サユリ。

   〔あらすじ〕

  その男の誘いに応じたのにさして深い理由はない……と、彼女は思う。溝口京子(小山田サユリ)。
 毎日片道2時間半電車に揺られ、有楽町の不動産屋に通勤している。お客と触れ合うカウンター業務
 をとくに負担と感じてはいないが、さりとてやり甲斐など毛頭感じていない。仕事を終えまた電車に
 揺られ家に帰れば、夫とふたりのいつもの生活が待っている。その女に出会って確かに救われた……
 と、彼は思う。自分と同じ癖を持つその女に。田中万代(眞島秀和)、弁護士。毎日片道2時間の通
 勤で、神楽坂の弁護士事務所に通勤している。猛勉強の末に司法試験に合格した彼は、六法全書を生
 き方のマニュアルだと信じていた。ある日、京子の案内で西新宿のアパート物件を訪れた万代はそこ
 で彼女にある提案をした。「平日の夕方から夜の2時間、ここで一緒にいないか?」、と。夫との結
 婚生活はなにがなんでも守り抜く。だってそれは当たり前のことだから……と、妻は固く信じていた。
 田中麻美(中村優子)。弁護士である夫と郊外の小綺麗な一戸建てに住み、地元の町役場に勤務して
 いる。変化には乏しいが安定した日々の暮らし、それは彼女が望んで手に入れたものだった。妻の秘
 密にはずっと以前から気づいていた。だがそれをけっして口にしないこと、封印することがやさしさ
 だ……と、夫は考えた。溝口勉(豊原功補)。10歳年下の妻・京子と東京都下の田舎町に暮らしてい
 る。田園風景広がるのどかな町でトマトなどの温室野菜を栽培している彼には、自然食レストランを
 開業するという夢があった。外で働く妻を気遣い、夫は夕食の準備をすることもしばしばだった。パ
 ソコンも置いたし、暗号も考えた。何もない部屋にパソコンモニターだけが青く光っている。あの日
 を境に西新宿のアパートで逢い引きを繰り返す万代と京子。限られた時間の中でお互いを求め合うふ
 たり。ある時、京子が言った。「なんか私ね、心に<膿>が溜まっているみたいなのね」。万代が答え
 た。「……じゃ、その<膿>を出しちゃおうよ」。それはふたりがいっしょに死ぬこと。つまり「心中」
 を意味した。

 他に、嶋田久作(弁護士事務所の所長)、並樹史朗(不動産屋)、三浦誠己(チンピラ)、播田美保(麻
美の同僚)、松尾崇、奈良坂篤などが出演している。
 京子の台詞に、「死にたい……んじゃなくて、死のうとしていたい」というのがあった。万代の肩に残る
「ためらい傷」も、その類であろう。まさに、この映画のメッセージではないか。同時首吊りシーン、ヨー
グルトに混ぜた睡眠薬などは、新鮮な映像だった。麻美の嫌がらせは、中村優子が演じると怖いが、少し平
凡。勉の対応もあまりリアリティはない。まして、「京子の父は厳格な教育者だった」とか、万代は「子ど
ものころ、ひきこもりだった」とかは、陳腐。そんな説明は要らない。冒頭の京子の兇暴性も、あまりにも
唐突。「撲殺」を描くことを好む黒沢清を連想したが……。温室での性行為は『遠雷』(監督:根岸吉太郎、
にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1981年)で描き済みだが、遠く及ばない。つま  
り必要のないシーンだと思う。それを傍観している勉。演じた豊原功補は、この人物の造形に苦心したので
はないか。彼のキャラに全然似合わないから……。なお、その勉が不動産屋の携帯電話を折るシーンがある。
 2本目は、『デンデラ』(監督:天願大介、「デンデラ」製作委員会〔電通=セディックインターナショ
ナル=TOKYO FM=MEDIL=ザフール〕、2011年)である。天願監督の父親の作品『楢山節考』(監督:今村昌  
平、東映=今村プロ、1983年)のその後の世界を描いている。ギリギリの領域における生死の遣り取りだか
ら、「心中ごっこ」とは大違いだが、いかんせんリアリティに乏しい。しかも、結末は無理矢理のこじつけ。
これでは、親父殿にはまだまだ追いつけそうもない。もっとも、父親の今村昌平が小生のいちばん好きな監
督だからと言って、その息子の作品もきっとよいに違いないと思うのは、こちらの勝手である。親父殿とは
一線を画した路線で頑張ってほしい。『楢山節考』との違いは、あくまでリアリティの差、脚本の差、演出
の差である。ただし、出来合いの作品をアレンジするよりも、その後の世界を描く方がよほど骨が折れるの
だから、やはり五分と五分と見る方が公平か。「負のファンタジー」として、印象に残るのは間違いないの
だから。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお一部改変
したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  姥捨て山伝説を題材に、老女たちのサバイバルを描いた佐藤友哉の同名小説を『世界で一番美しい
 夜』の天願大介監督が映画化。主演の浅丘ルリ子をはじめ総勢50人の大物女優が過酷な雪山ロケに大
 集合し、壮絶なアクションを展開する。天願監督の父・今村昌平監督の名作『楢山節考』から28年後
 のアンサー作品とも言えよう。

   〔あらすじ〕

  雪が積もった貧しい山村。70歳を迎えた斎藤カユ(浅丘ルリ子)は村の掟に従って息子に背負われ、
 姥捨ての場所であるお参り場へと向う。一人お参り場に残された彼女は、極楽浄土へ行けると信じな
 がら体力が尽きて倒れる……。カユが見知らぬ建物の中で目を覚ますと、周りにはカユよりも前にお
 参り場へ捨てられた老女たちがいた。すでに亡くなったと思っていた彼女らはデンデラという共同体
 を作って今も生きていたのだ。カユはデンデラを作った三ツ屋メイ〔100歳〕(草笛光子)の元へと
 連れて行かれる。メイは30年前に山へ捨てられたが生き残り、この場所を作り始めた。そして自分た
 ちを捨てた村人に復讐するため、村を襲撃できるだけの老女が集まるのを待っていたのだ。カユは丁
 度50人目のデンデラ入居者。時が満ちたと感じたメイは計画の実行を宣言する。だが一刻も早く極楽
 浄土へ行きたいと願っていたカユは、その考えに賛成できなかった。椎名マサリ〔89歳〕(倍賞美津
 子)も復讐には反対で、それより自分たちが冬を生き延びるための食糧を蓄えるべきだと主張した。
 すでに生きる望みを持たないカユは、マサリの意見にも同調できなかった。そんな中、カユはデンデ
 ラで、自分の唯一の親友だった黒井クラ〔71歳〕(赤座美代子)と再会。元々体が不自由だったクラ
 は、早く姥捨てされて神に召されたいと願っていたが、その彼女までもが死ぬのを怖がって生き続け
 る姿にカユの心は揺らぐ。狩猟のエキスパートで、現実的に物事を見つめて行動する浅見ヒカリ〔85
 歳〕(山本陽子)らと触れ合いながら、ここで暮らし始めたカユだが、これからどう生きていけばい
 いのか気持は定まらなかった。やがてメイの計画が機を熟し始めた頃、カユの気持ちを変える衝撃の
 事件が持ち上がる。再び生きる気力を取り戻したカユが向かう先に待っていたものとは……。

 他に、山口果林(小渕イツル・99歳)、白川和子(石塚ホノ・86歳)、山口美也子(保科キュウ・87歳)、
角替和枝(桂川マクラ・88歳)、田根楽子(福沢ハツ・74歳)、石橋凌(村の男衆)などが出演している。
 なお、「デンデラ」に関しては、次の文章を引用してみよう。執筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文通り
である。


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  デンデラ野の語源(不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!- より)

  デンデラ野は、漢字で蓮台野とも表記するが、蓮台野は「れんだいの」と読む。これを遠野では
 「デンデラノ」と転訛したのだと伝えられているが、蓮台野とは墓地であり、地名にもなり、特に京
 都市北区船岡山の西麓にあった火葬場が有名だ。

  元々蓮台野とは、野辺送りの地だった。野辺送りとは葬列をなして、埋葬地まで死者を送る習俗の
 事。昔は、故人と親しい人達が棺をかつぎ悲しみの行列をつくって火葬場や埋葬地まで送ったものだ
 が、それが野辺のような場所であったところから野辺送りといわれたようである。野辺送りは、遺体
 と同時に霊魂も送る儀式なので、魂が家に戻ってくるのを防ぐ為に、さまざまな送り方をしたようで
 ある。

  昔は60歳を超えた老人は、すべてこの地へ追い遣るのが習わしだった。老人達は、ここで自給自足
 の共同生活を送り、自然な死を待ったという。やがて死が訪れると、遺体もこの地に埋葬した。村を
 去った老人達が、静かに最期の時を待ったというデンデラ野。目の前が真っ暗になるような話だが、
 同時に遠野に生きる厳しさも物語っている。ここはまさに、この世とあの世の狭間の世界だったのだ。

  老人たちは、徒らに死んでしまう事もならぬ故に日中は里へ下り農作して口を糊したり。老人たち
 は、村の農作業が忙しい時には丘から下りてきて自分の家を手伝ったという。今でも土淵村の辺りで
 は、朝、野に出ることをハカダチと呼び、夕方、野から帰ることをハカアガリという。

  また、青笹のデンデラ野の場合、村に死人が出るときはデンデラ野に前兆があるという。死ぬのが
 男なら夜中にデンデラ野で馬を引く音がする。女なら歌声や話し声、臼を搗く音がするという。この
 声が聞こえるというのも、魂の通る道と考えてよい。

  元々霊魂を葬る蓮台野=デンデラ野という意識は、生きながらにして“あの世”に住む人々の魂を
 置いた地のようであった。“ハカアガリ”と“ハカダチ”という語には諸説あるようだが、やはり、
 「墓(ハカ)」=「あの世」という意識が働いて付けられた呼び名だという。実際、山口のデンデラ
 野に立つと、デンデラ野と里の間に川が流れ”あの世”と”この世”を分け隔てる三途の川としての
 川が流れている。

  「爪の皮 むいたところや 蓮台野 」 芭蕉

  ところで、松尾芭蕉の俳句に蓮台野が記されたものがある。「爪の皮をむいた」とあるが、元々死
 と再生は一体の考えは、日本だけではなく世界中に蔓延していた。古代の日本でも蛇の脱皮する姿に
 再生を見出したように、太陽は東から生まれ西に死に、再び東から再生すると信じられていた。

  実は、古代エジプトにも「デンデラ」という再生の信仰が存在した……。エジプトのナイル川の流
 域にあるルクソールから北にデンデラ(Dendera)があり、そこにあるハトホル神殿は女神の母といわ
 れるハルホトを祭った神殿であった。

  世界創生の時にナイル川が大洪水を起こし、大洪水が収まり最初に水面上に現れた丘がデンデラの
 地であり、古代エジプトの人々はハトホル神殿がその位置に当たると信じていた。そして、暗黒の世
 界を照らし出す最初の太陽が、その地から昇ったと考えていたという。その地下室には、太陽が西の
 空に沈むと、夜の間に地下の世界(冥界)を通って西から東に太陽と朝の空を運び、再び朝日が昇る
 過程が絵物語と象形文字で語られている。

  蛇は脱皮する事から暗黒の夜から脱皮して、新しい朝を迎える日の出を象徴している。蛇はエジプ
 ト神話では女神の母ハトホルの息子であるハルソムタスを現していて、朝日の象徴としての役割を持
 っている。ハルソムタスは、生まれたばかりの太陽であり常にデンデラから空に昇ると云う。

  松尾芭蕉の俳句に記されている「爪のかわむいた…。」もまた、蛇を象徴する再生への意識であり、
 それと蓮台野を結び付けている俳句である。

  またデンデラという音は、後から「伝寺(デンデラ)」という意識を盛り込み伝えられたと聞くが、
 あくまで根底には埋葬と魂の昇華に加えて、再生があるものと考える。遠野市の小友町では、死者は
 デンデラ野に安置された後に回向されたという。

  回向とは浄土真宗で、阿弥陀仏の本願の力によって浄土に往生し、またこの世に戻って人々を救済
 する事なのだという。つまり回向とは、デンデラ野における“ハカダチ”と“ハカアガリ”と同じも
 のではないのだろうか? 生きながらにして、デンデラ野というあの世に行った老人達が、再び現世
 に舞い戻り畑仕事を手伝うというものは、回向の教義そのものである。

  この事からデンデラという語源を遡ると、同意義として古代エジプトでの信仰に近いものが存在す
 る。果たして蓮台野からの転訛なのか、もしかしてデンデラという魂の再生を現す言葉が日本に伝わ
 り行き続けた結果なのか、まだまだ結論は先送りとなる……。

  ところで、デンデラ野とセットにあるのがダンノハナである。このダンノハナの「ダン」をサンス
 クリット語に訳すと「dana」と読み「布施」という意味になる。この「dana」に漢字をあてると「陀
 那」と書くのだと。

  いつしか「ダンノハナ」の「ダン」に、漢字の「檀」があてられ、「檀」は「布施」という意味で
 あり、布施をする者の名義である「旦那・檀那」の名が起こったのだという。 修験道で山伏が布施を
 受ける区域を「檀那場」というのも、ここから出た言葉だ。

  北インドの太子が布施の行を修行した有名な壇特山(ダントクセン)というのがあり、壇特山はサ
 ンスクリット語で「Dandaloka(ダンダラ・カ)」と読むのだといい、日本語に訳すと「陰山・陰野」
 になる。そしてこれに漢字をあてると「伝泥落迦」になった。これがデンデラ野の語源になったので
 はという説もある。また布施の行法を「壇波羅密(ダンハラミツ)」といい、「壇波羅」だけを取り
 出せば布施の行の護摩焚であり、これかダンノハナの語源になったという。

  こうして考えると、デンデラ野もダンノハナまた、修験道が盛んな遠野において、密かに広がった
 言葉だったのかもしれない。ただ、昔であるから、文字を読めない人々が殆どだったために、漢字と
 いう文書で広まったわけではなく、あくまで“音"で伝わったため「遠野物語」では「デンデラ野」と
 「ダンノハナ」という表記になったのだろう。

 *******************************************


 以上である。佐藤友哉の原作がこの言葉から採られたのかどうかは知らないが、たぶん関係があるだろう。
小生は寡聞にして初めて聞く言葉であった。


 某月某日

 DVDでTV番組の『金融腐蝕列島 [再生]』(監督、佐藤純彌、トスカドメイン=BS-i、2002年)を観
た。『金融腐蝕列島・呪縛』(監督:原田眞人、東映=角川書店=産経新聞社、1999年)〔筆者、未見〕の
続篇と呼んでもよい作品の由。実際のところ、劇場版の「呪縛」の方を観たかったのだが、とりあえずこち
らを観てみた。なかなか面白かったが、しょせんTV、それなりの話にはなっているが、いかにも軽かった。
だが、ある程度成功している作品だとは思う。村上弘明、益岡徹、小野武彦、細川俊之、伊武雅刀、中川安
奈、宇津宮雅代、渡辺文雄、鈴木瑞穂、清水こう〔糸+宏〕治、モロ師岡、鶴田忍などが出演している。
 さて、もう1本DVDを鑑賞したので、ご報告。『初笑い びっくり武士道』(監督:野村芳太郎、松竹、19
72年)である。後に、同じ山本周五郎の原作を仰いで製作された『ひとごろし』(監督:大洲齊、永田プロ=
大映=映像京都、1976年)〔「日日是労働セレクト48」、参照〕よりも、さらに滑稽味を重視した作品で
ある。コント55号の人気に追うところが大きい作品であろうが、なかなかよくできている。さすが野村監
督である。味わいとしては、『国士無双』(監督:保坂延彦、サンレニティ、1986年)にやや似ているか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛容のほど。

   〔解説〕

  上意討ちの討手を買ってでた臆病な武士が、武芸の達人に立ち向かうというストーリーの中で、武
 士道の窮窟な枠を皮肉りながら、人間心理の機微をユーモアに描いた山本周五郎の時代小説の映画化。
 脚本は松竹助監督でもある三村晴彦と「緋牡丹博徒 お命戴きます」の加藤泰。監督は脚本も執筆し
 ている「コント55号とミーコの絶対絶命」の野村芳太郎。撮影も同作の川又昂が、それぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  双子六兵衛(萩本欽一)は、福井藩内に知れ渡った臆病者だった。殿中で、便所に行く白装束の殿
 様を幽霊と見間違え、仲間たちの蔑みと嘲笑を浴びる始末だ。ある日、六兵衛にとって、汚名をそそ
 ぐ絶好の機会が到来した。というのは、藩お抱えの武芸指南仁藤五郎太夫昂軒(坂上二郎)が、狩場
 で殿ご寵愛の小姓加納平兵衛(ピーター)を斬り逃亡したのだ。殿は烈火のごとく怒り討手を出すこ
 とになった。その討手に妹のかね(岡崎友紀)が泣いてとめるのも聞かず、六兵衛は志願した。九頭
 竜川沿いの街道を早籠でとばした六兵衛は、大聖寺川の渡し場で、昂軒に追いついた。だが六兵衛は、
 昂軒が十数人の荒くれ人足を蹴散らして、若い武家娘(榊原るみ)を救っている光景を目撃して、今
 さらながら昂軒の強さを思い知らされた。山中温泉を過ぎ、安宅ノ関を通っても屁ッピリ腰の六兵衛
 にチャンスはこない。尋常な手段では、到底成功はおぼつかないと悟った六兵衛は、心理作戦をたて
 る。昂軒の後を執拗につきまとって四六時中「ヒトゴロシー」と怒鳴り続けるのだ。最初は豪快に笑
 い飛ばしていた昂軒もメシは食えず、夜もろくろく眠れない。やがて越後高岡の松葉屋で二人は同宿
 した。昂軒の部屋を見張っている六兵衛から、宿の女将およう(光本幸子)は、事の始終を聞かされ
 て感動する。翌日から二人で昂軒の後を追った。富山の城下町では与力猪戸団右衛門(宍戸錠)の力
 もあり、諏訪を過ぎたあたりで昂軒はついにダウンしてしまう。昂軒は切腹しようとするが、六兵衛
 は上意討ちは、髻(もとどり)だけで目的が果たせるからと止める。やがて六兵衛は、おようととも
 に故郷に錦を飾ったが、その後も六兵衛の臆病は一向に治る様子はなかった。

 他に、田中邦衛(穴ドロの半次)、森田健作(中野大八郎=後のかねの婿)、嵐寛寿郎(松平宗矩)、穂
積隆信(中野=中老、大八郎の父)、南利明(南田利兵衛=福井藩士の一人)、野呂圭介(同)、吉田義夫
(大熊典膳=仇討娘の相手)、武智豊子(おくま=旅篭「河鹿の湯」の湯女)、石井富子(おしか=同)、
たんくだん吉(番頭)、いわたがん太(同)、フォーリーブス(早駕篭の若者)、松原直(蟹屋の番頭)、
米倉斉加年(ナレーター)などが出演している。
 一応、主要な役を対応させておこう。

          『初笑い びっくり武士道』        『ひとごろし』

 双子六兵衛      萩本欽一              松田優作
 仁藤昂軒       坂上二郎              丹波哲郎
 双子かね       岡崎友紀              五十嵐淳子
 松葉屋およう     光本幸子              高橋洋子
 加納平兵衛      ピーター(お小姓)         岸田森(藩の重臣)

 なお、加納平兵衛は、氏名は同じであるが、まったく異なる役柄である。また、当該作品において、宍戸
錠が演じた富山藩の与力・猪戸団右衛門に当たる役は、『ひとごろし』では桑山正一が扮した宗方善兵衛で
ある。


 某月某日

 DVDで2本の邦画を観たのでご報告。両作品(双方、漢字二文字という点で揃っている)ともに「きょうだ
い」を描いており、56年間の隔たりを忘れさせるような爽やかな映画である。ただし、後者は現代文明に毒
されている点で大幅に減点したい気分だが……。
 1本目は、『姉妹』(監督:家城巳代治、中央映画、1955年)である。現代の若者が観たら、相当のずれ
を感じると思う。もちろん小生には理解可能な範疇の映画であるが、それでもかなり古臭く感じられる。つ
まり、分かるけれど、このような世界には一度も足を踏み入れたことがないと言うしかない。もしかすると、
「しまい」と呼ばせるのではなく、『祇園の姉妹(きょうだい)』(監督:溝口健二、第一映画、1936年)
がそうであるように、「きょうだい」と呼ばせるのかもしれない。日本人のきょうだいの数が多かった時代
の話である。小生の父親は五人きょうだい(男三、女二)、母親は八人きょうだい(男四、女四)だったは
ずだが、ここで描かれる一家は小生の父親と同様に五人きょうだい(男三、女二)である。ただし、中心は
上の姉二人で、三人の弟たちはいわばおまけみたいなものである。さまざまなエピソードで綴られているが、
さすが家城監督、素晴らしい演出である。妹の俊子役を演じた中原ひとみ(すでに中年を過ぎていた)がイ
ンタビューに答えているが、この役を貰うまでは引っ込み思案の少女だったが、正反対の役を演じたせいで、
その後自分自身の性格まで変わってしまったと語っている。凄い話ではないか。ともあれ、もう一度観てみ
たいと思わせるほど切ない映画である。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  毎日出版文化賞を受けた畔柳二美の小説を、「愛すればこそ」の新藤兼人と「ともしび」の家城巳
 代治が脚色し、家城巳代治が監督する。撮影は木塚誠一、音楽は大木正夫の担当。出演者は「おとこ
 大学 新婚教室」の野添ひとみ、「潮来情話 流れ星三度笠」の中原ひとみ、「天下泰平」の川崎弘
 子、「愛すればこそ」の内藤武敏などである。

   〔あらすじ〕

  近藤圭子(野添ひとみ)と俊子(中原ひとみ)の姉妹は、山の中の発電所の社宅に住む両親のもと
 をはなれ、学校に通うために、都会の伯母の家に厄介になっていた。姉の圭子は十七歳、五人姉弟の
 長女のせいか家庭的な大人しい性質だが、妹の俊子は三つ年下の天真爛漫型。年の割に背が低いので、
 「近藤のちび」すなわち「こんち」という渾名で呼ばれていた。姉妹の伯母である石田民(望月優子)
 の連れ合いの銀三郎(多々良純)は大工の棟梁で大の酒好きである。時にはいさかいもあるとはいえ、
 夫婦は至って好人物で、姉妹はこの庶民的な伯母夫婦に愛されながらすくすくと成長していた。俊子
 はある日、同級生の落合としみ(野口綾子)の家へ遊びに行き、としみの姉(田中稲子)と弟(画面
 には登場せず)が二人とも障害者なのを知って、幸福は金で求められるものでないと思った。冬休み
 が来て、二人の姉妹は山の中の父母のところへ帰り、久し振りで戻ったわが家で近所の青年男女とと
 もにつつましく楽しい正月をすごした。新学期が来て、姉妹は伯母の家の近所に住む貧しいはっちゃ
 ん〔はつえ〕(城久美子)一家と知り合ったり、花札賭博で伯父が警察へ連れて行かれたりするよう
 な経験にめぐり合った。やがて圭子は松林学園女子高等学校を卒業し、俊子は寄宿舎へ入った。山の
 発電所にも人員整理の波が押し寄せ、真面目な父親の健作(河野秋武)は、周囲の人たちの苦しい生
 活をはばかって、俊子の修学旅行をも控えさせたが、俊子はそうした悲しみにも耐えた。やがて圭子
 の嫁ぐ日が来る。俊子は姉が正月のかるた会で一緒だった岡青年(内藤武敏)と好き合っていたもの
 と思い、ひそかに気をもむのだった。

 他に、川崎弘子(近藤りえ=母)、杉山英太郎(近藤弘=長兄)、中村直太郎(近藤満=次兄)、西沢ナ
ポリ(近藤正=末子)、田村保(石田三成=石田家の親戚)、加藤嘉(徳次=はつえの父)、北林谷栄(し
げ=同じく母)、忍節子(落合夫人)、殿山泰司(三造)、倉田マユミ(その妻)、織田政雄(田村=水槽
で溺れる社員)などが出演している。
 実は小生の父方の祖父は、父同様東京電力(それ以前の東京電燈だったかもしれない)の社員で、群馬の
水力発電所に勤務していたことがあったかもしれない(そんなことを聞いたような気がする)。よく分から
ないが、父親は群馬県生まれで、上越線の上牧(かみもく)駅付近に住んでいたことがある点は確かである。
だから、この映画は、小生に何か不思議な感慨をもたらした。貧困、首切り、結核、人身売買……切ない話
ばかりだが、けっして真っ暗というわけではない。俊子のキャラクターが、この映画全体を救っているから
だろう。さまざまな不幸を、姉の圭子は「神様の試練」と看做すが、俊子はそれを批判して「政治の貧困」
だと切り返す。実に対照的なきょうだいであった。台詞や挿話にもさまざまな意匠が凝らされており、傑作
と言ってもよい出来である。
 2本目は、『奇跡』(監督:是枝裕和、映画「奇跡」製作委員会〔ジェイアール東日本企画=バンダイビ
ジュアル=ギャガ=白組=衛星劇場=毎日放送=RKB毎日放送=Yahoo! JAPAN=ジェイアール西日本コミュニ  
ケーションズ=ディーライツ=西日本新聞社=エフエム福岡=中国放送=熊本放送=南日本放送=J-WAVE=
ジェイアール九州エージェンシー〕、2011年)である。『姉妹』を観た直後なので、いかに現代という時代
が以前と変わったかがよく分かる。あちこちで書いているが、子どもに携帯電話を使わせてはいけない。こ
れは、声を大にして言いたい。「別れて暮らす兄弟だからいいじゃないか」という意見が大半を占めるかも
しれないが、脳の発達途上の小学生に、マイクロ波を浴びせ続けるのはよくないと思う。もちろん、その他
の弊害もたくさんあるが、ここでは割愛する。また、「是枝裕和よ、お前もか」という気分。こんなJRの
宣伝映画に手を染めてという意味で。なるほど、九州新幹線の開通は九州人全体の悲願だったのかもしれな
いし、小生自身新幹線に平気で乗るくせに、それでも「慶賀」とは思えないのである。「あぁ、また一歩、
人類滅亡への道を進んでしまった」という感慨。しかも、相も変わらない「血縁信仰」の嵐。家城の『姉妹』
ではけっして感じることのない嫌悪感。つまり、小生は「血縁信仰」一般が嫌いなのではなくて、現代のそ
れが苦手なのだろう。どうしてだろうか。一度徹底的に考えなければいけないが、やはり現代の家族はおか
しい。家城の描いた家族はまったくおかしくないのに。挿話や台詞にも、以前の是枝の切れがない。そのせ
いかもしれない。けっこう芸達者が出演しているが、全員生温い演技に終始している。これも、あまり評価
できない理由なのだろう。いわゆる「お子ちゃま向け」映画と割り切れば、別にこれ以上のコメントもない
が……。ちょっとだけ、『スタンド・バイ・ミー(Stand by Me)』(監督:ロブ・ライナー、米国、1986年)
を連想したが、あの名作には遠く及ばない出来である。
 ともあれ、物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>に頼ろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  『誰も知らない』の是枝裕和監督が家族の温かさを描いた感動ドラマ。お笑いコンビ、まえだまえ
 だの2人が鹿児島と福岡に離れて暮らす兄弟役に扮し、奇跡を起こして家族4人が再び一緒に暮らせ
 るように願う姿をピュアな魅力で好演。これまで生きる悲しみ、痛みをつづってきた是枝監督が希望
 と子どもの輝きを観る者に伝える。

   〔あらすじ〕

  九州新幹線が全線開業の朝、博多から南下する“つばめ”と、鹿児島から北上する“さくら”、二
 つの新幹線の一番列車がすれ違う瞬間に奇跡が起きて願いが叶う……。そんな噂を耳にした小学6年
 生の大迫航一(前田航基)は、離れて暮らす4年生の弟・木南龍之介(前田旺志郎)と共に奇跡を起
 こし、家族4人の絆を取り戻したいと願う。二人の両親は離婚し、航一は母・のぞみ(大塚寧々)と
 祖父・周吉(橋爪功)、祖母・秀子(樹木希林)と鹿児島で、龍之介は父・健次(オダギリジョー)
 と福岡で暮らしているのだ。兄弟は、友達や両親、周りの大人たちを巻き込んで、壮大で無謀な計画
 を立て始める。そしてその計画は、さまざまな人々に奇跡を起こしていくのだった……。

 他に、夏川結依(有吉恭子=スナックLUNAを経営。元女優)、内田伽羅(有吉恵美=その娘。女優志望)、
林凌雅(福元佑)、永吉星之介(太田真)、橋本環奈(早見かんな)、磯邊蓮登(同名の役)、阿部寛(坂
上守=先生)、長澤まさみ(三村幸知=先生)、原田芳雄(山本亘=周吉の同僚)、高橋長英(好人物のお
じいさん)、リリィ(その妻)、田村涼成(周吉や亘の友人)などが出演している。


 某月某日

 年を取ると、煩わしい人付き合いもだんだんと間遠になるので、青年時代の純粋な気持を取り戻すことが
できるのかもしれない。そうだとすれば、小生のように誰ともそりの合わないタイプは、穏やかな晩年が待
ち遠しくなってくる。たぶん、日常のふるまいの純度が増して、余計なことを考えなくなるだろう。つまり、
何か目的のある行為は激減するという寸法である。せいぜい腹が減れば何かを食し、眠たくなれば眠るとい
ったような、きわめて単純な行為を除いて……。ほとんどの人は、本音を隠して自分の密かに目論んでいる
ことを実現すべく日夜努力しているようである。それ自体、非難するつもりは毛頭ないが、ときどき、そん
な駆け引きがとても不純に見えてきて厭になることがある。そのような嫌悪感が生じるともう駄目で、拒絶
反応へとまっしぐらである。世のもっともらしい主張の数々に、透けて見える不純な動機。もちろん、自分
自身の腹の中でとぐろを巻いている邪悪な思いが、そういった悪臭を敏感に嗅ぎ分けるのだが……。
 齢九十五の詩人が、マチネ・ポエティク最後の詩人が、そんな感慨をもたらしてくれた。こんな詩がある。
第二詩集の劈頭詩である。


   きみよ なぜと我に問うなかれ           山崎剛太郎

             コクトオのパロディー

  いちどだけのキスをしよう
  それは愛の証のためではない
  恋心のためでもない
  男と女の情念のせいでもない
  純粋な遊びを昇華させるため
  いちどだけのキス
  お前こっちをお向き
  ぼくをみつめて
  くちびるをお出し
  触れるか触れないキス
  なんの約束でもないキス
  すべてから解放されたキス
  こんにちは と さよなら が一緒になったキス
  生と死
  いちどだけのキスをしよう
  振り向くな オルフェ

               『詩集 薔薇の柩 付・異国拾遺』(山崎剛太郎、水声社、2013年)より


 災いとは、他者(自己の不純な意識)のことだったのである。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『人の砂漠』(監督:後閑広/ヤングポール/栗本慎介/長
谷部大輔、「人の砂漠」製作委員会〔東京藝術大学大学院映像研究科=衛星劇場=トランスフォーマー=電
通キャスティングアンドエンタテインメント〕、2010年)である。小生が探索中の『人間の砂漠』(監督:
斎藤耕一、コアメイト=青山アーツプロ=キネマ東京、1990年)〔筆者、未見〕という映画に題名が酷似し
ているが、内容は当然ながら異なっている。それでも、人間の営みのダークな部分を描いている点でどこか
似ているのかもしれない。当該作品は、東京藝大の大学院生が製作した映画らしく、若人の感性が捉えた人
間像がヴィヴィッドに描出されている。いわゆる「オムニバス映画」であるが、思い出す限りのオムニバス
映画(邦画)を下に掲げてみよう。なお、洋画では、『トワイライトゾーン/超次元の体験(Twilight Zone:
The Movie)』(監督:ジョン・ランディス/スティーヴン・スピルバーグ/ジョー・ダンテ/ジョージ・ミ
ラー、米国、1983年)が印象深い。

  『にごりえ』、監督:今井正、文学座=新世紀映画、1953年。
  『冷飯とおさんとちゃん』、監督:田坂具隆、東映京都、1965年。
  『バカヤロー! 私怒ってます』、監督:渡辺えり子/中島哲也/原隆仁/堤幸彦、光和インター
   ナショナル、1988年。
  『バカヤロー!2 幸せになりたい』、監督:本田昌広/鈴木元/岩松了/成田裕介、光和インター
   ナショナル、1989年。
  『夢』、監督:黒澤明、黒澤プロ、1990年。
  『バカヤロー!3 へんな奴ら』、監督:鹿島勤/長谷川康夫/黒田秀樹/山川直人、光和インター
   ナショナル、1990年。
  『バカヤロー!4 YOU!お前のことだよ』、監督:太田光/加藤良一/明石知幸、光和インター
   ナショナル、1991年。
  『つげ義春ワールド ゲンセンカン主人』、監督:石井輝男、キノシタ映画、1993年。
  『アイノカラダ』、監督:村上なほ、SPACE SHOWER PICTURES、2003年。
  『いぬのえいが』、監督:黒田昌郎/祢津哲久/黒田秀樹/犬童一心/佐藤信介/永井聡/真田敦、 
   Entertainment FARM=電通テック=IMJエンタテインメント=あおぞらインベストメント=オズ=
   角川映画=ジェネオンエンタテインメント=日活=ザナドゥー、2004年。
  『乱歩地獄』、監督:竹内スグル/実相寺昭雄/佐藤寿保/カネコアツシ、「乱歩地獄」製作委員会、
   2005年。
  『ナイスの森』、監督:石井克人/三木俊一郎/ANIKI、葵プロモーション=レントラックジャパン=
   Yahoo! JAPAN=有限会社ナイスの森、2005年。
  『female 【フィーメイル】』、監督:篠原哲雄/廣木隆一/松尾スズキ/西川美和/塚本晋也/ 
   夏まゆみ、female Film Partners〔セガ=アミューズ=ミコット・エンド・バサラ=ジャパン・
   デジタル・コンテンツ=モブキャスト〕、2005年〔筆者、未見〕。
  『ユメ十夜』、監督:実相寺昭雄/市川崑/清水崇/清水厚/豊島圭介/松尾スズキ/天野善孝・河原
   真明/山下敦弘/西川美和/山口雄大、「ユメ十夜」制作委員会〔日活=IMAGICA=I&S BBDO=ダイコ
   ク電機〕、2006年。
  『歌謡曲だよ、人生は』、監督:磯村一路/七字幸久/タナカ・T/片岡英子/三原光尋/水谷俊之/
   蛭子能収/宮島竜治/矢口史靖/おさだたつや、アルタミヤピクチャーズ=ポニーキャニオン=ザナ
   ドゥー、2007年。
  『人の砂漠』、監督:後閑広/ヤングポール/栗本慎介/長谷部大輔、「人の砂漠」製作委員会〔東京
   藝術大学大学院映像研究科=衛星劇場=トランスフォーマー=電通キャスティングアンドエンタ
   テインメント〕、2010年。

 さて、当該映画であるが、4篇の短篇映画から成っている。それぞれ完全に独立しており、強いて共通項
を挙げれば、原作が沢木耕太郎の『人の砂漠』というルポだという点である(筆者、未読)。昭和40年代あ
たりの出来事が中心となっている由。なお、この本の出版は1977(昭和52)年である(Only Favorite より)。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  ノンフィクション作家・沢木耕太郎の著書を東京藝術大学の学生が映画化したオムニバス・ドラマ。
 さまざまな問題を抱え、“現代”に生きる人々の姿を若い感性と鋭い視点で描き出す。

   〔あらすじ〕

  「屑の世界」……山義秀(石橋蓮司)は閑静な住宅街の一角で、屑鉄の仕切り場を営んでいる。屑
 を集めて生活する“曳き子”たちは山を慕い、彼らにとって不可欠な存在となっていた。しかし静か
 な町づくりを推進する区議会は、仕切り場の強制移転を言い渡す。立ち退きを断固拒否する山は、仕
 事を失う屑集めの人たちへ、退職金代わりの餞別を用立てることを思いつき、盗みを始める。「鏡の
 調書」……70歳の天才詐欺師・笠原きよら(夏木マリ)が、突然田舎町にやってくる。町民たちは集
 団催眠にかかったように、次々ときよらに騙されていく。「おばあさんが死んだ」……ゴミ屋敷の主・
 野口郁子(室井滋)は、近隣住民と関わろうとせず、生活保護も頑なに拒んでいた。そんな彼女の謎
 に包まれた半生が、1冊の日記によって明かされていく。「棄てられた女たちのユートピア」……家
 族や男に棄てられた元売春婦たちが集まる施設がある。そこで、篠原いちこ(小池栄子)が暴れ出す。

 主な出演者を記しておこう。「屑の世界」……黒木辰哉(沢口登)、有福正志(オザワ)、日野陽仁(ゴ
トー)、筒井真理子(東みのり)、横森文(オハツ)、勇人(カリウ)、牧野由加里(君江)、磯見俊裕
(中島寛治)、堤橋典子(中島優子)、小川尊(刑事)、渡辺幸作(警察官)、芹澤豊秀(職員)、谷口和
成(店員)、「鏡の調書」……綱島郷太郎(矢沢民生)、西方凌(矢沢早苗)、樋浦勉(山崎次郎)、黒沢
あすか(白石繭子)、上原剛史(岡野亮太)、青木鉄仁(金物屋)、若林久弥(布団屋)、嶋崎伸夫(八百
屋)、名取幸政(和菓子屋)、なかみつせいじ(県知事)、加瀬友貴(県庁職員)、後河大貴(店員)、酒
井耕(警察官)、瀬口友里奈(アイドル)、「おばあさんが死んだ」……忍成修吾(野口孝敏=郁子の息子)、
金井勇太(蛭間=大野市役所福祉課職員)、竹嶋康成(金子=蛭間の上司)、MEGUMI(歯科医受付)、藤井
美菜(葉月)、伊藤初雄(歯科医院院長)、小泉修平(男性患者)、比嘉玲子(女性患者)、三遊亭園龍
(大家)、「棄てられた女たちのユートピア」……佐野和宏(村上伸一=はらいそ婦人の会の代表)、りり
ィ(香川チュン子)、中川梨絵(香織)、野嵜好美(千恵)、久遠さやか(今日子)、西木竜樹(大前)、
井上夏葉(夕子)、山野史人(忠雄)、仲村瑠璃亜(香代)、梶田豊土(警察官)、小野洋子(女たちのひ
とり)、矢島康美(同)、小田部充代(同)、原田樹理、白浜哲、眞田康平などが出演している。それぞれ
甲乙つけがたいが、小生の好みからあえて一番を選べば、「棄てられた女たちのユートピア」だろうか。
 2本目は、『ラブファイト』(監督:成島出、『ラブファイト』フィルムパートナーズ〔ミコット・エン
ド・バサラ=テレビ東京=ジェネオン エンタテインメント=コアプロジェクト=東映ビデオ=東映チャンネ
ル=大広=テレビ大阪〕、2008年)である。題名から判断して、「大した映画ではないだろう」という偏見
から入ったので、鑑賞後の感慨は非常に爽やかだった。「傑作」に近い佳品と言ってよいだろう。成島監督
の作品は以下のように5本目の鑑賞だが、いずれもエンタテインメントとして一級品である。

  『フライ,ダディ,フライ』、監督:成島出、「フライ,ダディ,フライ」製作委員会、2005年。
  『ラブファイト』、監督:成島出、『ラブファイト』フィルムパートナーズ〔ミコット・エンド・
   バサラ=テレビ東京=ジェネオン エンタテインメント=コアプロジェクト=東映ビデオ=東映
   チャンネル=大広=テレビ大阪〕、2008年。
  『孤高のメス』、監督:成島出、「孤高のメス」製作委員会〔東映=テレビ朝日=木下工務店=
   アミューズソフトエンタテインメント=東映ビデオ=読売新聞=幻冬舎=博報堂DYメディア
   パートナーズ=朝日放送=メ?テレ=東映チャンネル=北海道テレビ放送=九州朝日放送〕、
   2010年。
  『聯合艦隊司令長官 山本五十六』、監督:成島出、「聯合艦隊司令長官 山本五十六」製作委員会、
   2011年。
  『八日目の蝉』、監督:成島出、「八日目の蝉」製作委員会〔日活=松竹=アミューズソフトエンタ
   テインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=Yahoo!
   JAPAN=読売新聞=中央公論新社〕、2011年。

 当該作品はボクシング映画でもあるが、男性はもちろんであるが、女性がボクシングに挑戦するという所
がミソである。『ウォーターボーイズ』(監督:矢口史靖、フジテレビジョン=アルタミラピクチャーズ=
東宝=電通、2001年)や、『スウィングガールズ』(監督:矢口史靖、フジテレビジョン=アルタミラピク
チャーズ=東宝=電通、2004年)のノリに近いかもしれない。なお、女性ボクサー(ボクシング・シーンは
なかったと思う)が登場する映画としては、『ナチュラル・ウーマン』(監督:佐々木浩久、ケイエスエス、
1994年)が挙げられる。なお、ボクシング映画全般に関しては、『打倒(KNOCK DOWN)』(監督:松尾昭典、
日活、1960年)という邦画に関する記事(「日日是労働セレクト83」、参照)の中で、比較的詳しく言及
している。
 主人公の立花稔を演じた林遺都は、『パレード』(監督:行定勲、「パレード」製作委員会〔WOWOW=ショ
ウゲート=キングレコード=ハピネット〕、2010年)で意識した俳優だが、染谷将太同様、イケメンではな
いが演技力は抜群である。もう一人の主人公である西村亜紀に扮した北乃きいは、『ユビサキから世界を』
(監督:行定勲、フォーライフミュージックエンタテインメント=ランブルフィッシュ=ケーブルテレビ山
形、2006年)や、『幸福な食卓』(監督:小松隆志、ジュネオン エンタテインメント=松竹=電通=テレビ
朝日=IMAGICA=LDH=アドギア=デスティニー、2006年)などを通してその存在を知ってはいたが、それほ
ど注目していたわけではない。むしろ、「変わった名前だな」といった程度の認識だった。しかし、当該作
品を切っ掛けにいっぺんでファンになってしまった。それほど、この西村亜紀はいい! 脇を固めた大沢た
かおや桜井幸子もなかなかで、とくに大沢のボクサーぶりは際立っていた。浪岡一喜も、いつものいい味を
出していた。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  パワフルな美少女とヘタレな男子の関係をつづる青春ラブ・ストーリー。林遣都、北乃きいの若手
 俳優2人が、ティーンの真っすぐな恋模様をみずみずしく演じる。

   〔あらすじ〕

  立花稔(林遣都)と西村亜紀(北乃きい)は、高校までずっと一緒の幼なじみ。いじめられっ子の
 稔は、幼い頃からいつも亜紀に助けられてばかりのヘタレ男子。一方、亜紀は成績優秀で容姿端麗、
 学校のアイドル的存在。だが、一見おとなしくかしこまっているように見える亜紀は、実はケンカが
 滅法強いパワフルな女子。中でも得意技は廻し蹴り。高校生になっても、二人がいつも一緒にいるお
 かげで、稔は亜紀に憧れる不良連中から追い回されていた。ある日、いつものようにいじめられる稔
 を助けてくれたのがジョー大木(大沢たかお)。大木はボクシングの元日本チャンピオンで、現在は
 ジムの経営者だった。その姿に憧れた稔は、大木のもとでボクシングを習い、密かに亜紀よりも強く
 なろうとする。ジムを閉めようと考えていた大木は稔の入会を断るが、網膜はく離で引退したジム生
 タケ(浪岡一喜)の説得もあり、ジムを再開。自分自身もいじめられっ子だった過去を持つ大木は、
 稔の指導に熱を入れていく。ある日、練習に明け暮れる稔の前に中学時代の同級生、奥村恭子(藤村
 聖子)が姿を現し、大木のジムでボクシングを始める。彼女は稔に思いを寄せていたのだ。一方、カ
 ンの鋭い亜紀も稔のジム通いに気付き、同じジムに通うこととなる。持ち前の運動神経を発揮して、
 ぐんぐん上達していく亜紀。一方、稔は亜紀へのコンプレックスと恐怖心にとらわれ、リング上でも
 なかなかパンチを繰り出すことができない。やがて、大木のかつての恋人でもあった女優の三杉順子
 (桜井幸子)らも絡み、ボクシングを通したさまざまな人たちとの交流を経て、稔と亜紀はお互いを
 意識し始める。本当はお互いに好きなはずなのに、その感情に戸惑う稔と、彼をケンカで守り続ける
 ことでしかそばにいられなかった亜紀。そんな二人が、お互いを想う気持ちを込めて、ボクシングの
 真剣勝負に挑む……。

 他に、鳥羽潤(芹沢学)、建蔵(瀬戸)、三田村周三(八幡)、ツナミ(ハザード・瑞樹)、Fジャパン
(大垣)、植田紗帆(幼少時代の亜紀)、大八木凱人(幼少時代の稔)などが出演している。
 駅のシャボン玉のシーン、稔の口元についていた青海苔を恭子が食べるシーン、シーソーのシーン、恭子
が稔に迫るシーン、稔と亜紀をジョーが30円のソーダ・アイスに喩えるシーン、「わしらは練習生から夢と
いう酒をもらっている。その酒は泥水で割って飲むもんやでぇ」という八幡の台詞。「ボクシングは喧嘩や
スポーツではない。この世で一番美しい会話だ」という、ジョーが関わった伝説のトレーナーの台詞などが、
深く印象に残った。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。両者は、およそ対蹠的な作品であるが、そのギャップがまた面白い。人
間の営みの不可思議な味わいにこそ幸いあれ、といったところである。
 1本目は、『スワロウテイル』(監督:岩井俊二、SWALLOW PRODUCTION COMMITTEE〔烏龍舎=ポニーキャ  
ニオン=日本ヘラルド=エースピクチャーズ=フジテレビジョン〕、1996年)である。似たような作品は山
ほどありそうだが、それらとは一線を画するバイオレンス映画である。観ている間中ずっと嫌悪感に襲われ
たが、それを受け容れている自分がいることに気付き、さらに自己嫌悪を感じるという悪循環に苛まれた。
ずばり、傑作である。これが現実とは認めたくないが、ある種のデフォルメされた日本がここに存在するの
は確かである。この世界を描き切る岩井監督の手腕は既に他の作品で証明済みだが、とくに『PiCNiC』(監
督:岩井俊二、フジテレビジョン・ネットワーク=ポニーキャニオン、1995年)で見せた強烈な衝撃に匹敵
する出来であった。1996年と言えば、これまで『キッズ・リターン』(監督:北野武、オフィス北野=バン
ダイビジュアル、1996年)が年間ナンバーワンであったが(「恣意的日本映画年間ベスト1」を参照のこと)、
当該作品がそれを凌駕したと思う。
 物語を確認しよう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変し
たが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  過去とも未来ともつかない、“円”が世界で一番強かったころを背景に、夢を求めて日本に渡って
 来た移民たちから“円都(イェンタウン)”と呼ばれる架空の街を舞台とした、無国籍感覚の物語。
 “円都”という名前を忌み嫌った日本人から逆に“円盗(イェンタウン)”と呼ばれて蔑まれる移民
 たちを主人公に、彼らの成功と挫折を斬新な映像とスリリングな演出とで描いていく。監督・脚本は
 「FRIED DRAGON FISH」の岩井俊二。撮影を「PiCNiC」の篠田昇が担当して
 いる。主演は「屋根裏の散歩者」の三上博史と「PiCNiC」のChara、「女ざかり」の伊藤歩。
 これに「ACRI」の江口洋介、「静かな生活」の渡部篤郎、「トキワ荘の青春」の桃井かおり、
 「罠(1996)」の山口智子、「走らなあかん 夜明けまで」の大塚寧々、「勝手にしやがれ!! 成金
 計画」の洞口依子、「KAMIKAZE TAXI」のミッキー・カーチスらを加えた豪華なキャス
 トが集っている。小学生が偽札取引にかかわるシーンの描写等により映倫からR指定を受けたことも
 話題となった。R指定。

   〔あらすじ〕

  娼婦だった母を亡くして知り合いをたらい回しにされた少女(伊藤歩)は、胸にアゲハ蝶のタトゥ
 ーを入れた娼婦のグリコ(CHARA)に引き取られた。グリコは歌手を夢見て“円都”にやって来た“円
 盗”で、2人の兄と生き別れになってからは娼婦を生業として生きてきた。グリコからアゲハという
 名前を貰った少女は、同じ“円盗”のヒオ・フェイホン(三上博史)やラン(渡部篤郎)たちが経営
 するなんでも屋“青空”で働き始める。ある夜、グリコの客の須藤寛治(塩見三省)に襲われたアゲ
 ハは隣室の元ボクサーのアーロウ(シーク・マホメッド・ベイ)に助けられ、運悪く死んでしまった
 須藤の腹の中から、『マイ・ウェイ』が録音されたカセットテープを発見した。同じころ、中国マフ
 ィア(上海流氓=シャンハイリウマン)のリーダーであるリョウ・リャンキ(江口洋介)は行方不明
 の須藤が持ち逃げした偽造一万円札のデータが入ったカセットテープを探していた。実は腕利きの殺
 し屋でもあるランは仲間のシェンメイ(山口智子)からリャンキの情報をつかむと、テープの正体を
 つきとめた。大金をつかんだフェイホンたちは、グリコの夢を叶えてやろうとライヴハウス“イェン
 タウンクラブ”をオープンさせる。グリコの歌は評判を呼び、たちまち彼女は大スターとなった。そ
 んなある日、アゲハは仲間のホァン(小橋賢児)たちと試した覚醒剤で意識不明になり、偶然通りか
 かったリャンキに助けられる。阿片街の医院で一命をとりとめたアゲハは、リャンキがグリコの生き
 別れの兄であることを知った。フェイホンとグリコの関係を引き裂こうとしたマネージャー(ポップ
 ランドミュージック)の星野(洞口依子)は、フェイホンの密入国を入国管理局に密告する。なんと
 か街に戻ってこれたフェイホンはグリコのために身を引いて、手切れ金を受け取った。これにバンド
 のメンバーは激怒し、イェンタウンクラブは閉鎖に追い込まれてしまった。阿片街の医院でアゲハ蝶
 のタトゥーを入れたアゲハは再び偽札を使って、店の権利とバラバラになった仲間の気持を取り戻そ
 うとする。一方、グリコの娼婦仲間であるレイコ(大塚寧々)から須藤が死んだいきさつをつかんだ
 リャンキの手下のマオフウ(許志安=アンディ・ホイ)は、執拗にグリコを追いつめていた。連絡を
 受けたフェイホンは彼女の救出に向かうが、その途中で偽札作りの犯人と間違われ逮捕されてしまう。
 青空に逃げ込んだグリコはマオフウらによって絶体絶命のピンチを迎えるが、ランがマオフウたちを
 一撃で全滅させたのだった。留置所で命を落としたフェイホンの遺体を荼毘に付したグリコとアゲハ
 は、手に入れた大金もすべて灰にして、一から出直そうとしていた。

 他に、桃井かおり(鈴木野=パパラッチ)、ミッキー・カーチス(医者+刺青師)、渡辺哲(葛飾=須藤
の親分)、武発史郎(浅川=ライブハウスのダミー・オーナー)、翁華栄(ワン・シャンシェン=リャンキ
の子分)、藤井かほり(ユリコ=アゲハの母)、ケント・フリック(デイヴ=外タレ売り込み屋)、ローリ
ー寺西(金髪男)、田口トモロヲ(本田=グリコの仲介者)、鈴木慶一(楠木=マッシュレコードの重役)、
山崎一(監査官)、北見敏之(亀和田=刑事)、光石研(カモの男)、酒井敏也(ロリータ店長)、クリス・
ペプラー(インタビュアー)、陰山泰(藤田)、顧暁東(ツェン)、アブラハム・レビン(ニハット=アー
ロウの仲間)、楊錠宇(チュンオン)、浅野忠信(クラブの客)、鴨川寿枝(少女時代のアゲハ)、ブライ
アン・バートンルイス(YEN TOWN BANDのメンバー)、カーク・D・ハバード(同)、カレブ・ジェイムズ
(同)、アリ・モリズミ・MTV(同)、C.J.(同)、ダニエル・グルーンバウム(同)などが出演して
いる。
 「胡蝶の夢」のような幻想的な挿話が回想として織り込まれる、アゲハが胸に刺青を入れるシーンがある
が、岩井俊二の最も得意とする場面設定ではなかろうか。刺青師(本来は医者)役のミッキー・カーチスが
実にいい味を出している。なお、スワロウテイル(swallowtail)は、揚羽蝶(アゲハチョウ)のこと。「燕
尾蝶」とも書くらしい。
 さて、殺人や不法薬物使用などの犯罪が頻繁に登場するが、この作品で最も重要な犯罪は「紙幣偽造」で
ある。<ウィキペディア>に「通貨偽造の罪」という項目があるので、それを引用してみよう。ほぼ原文通り
である。


 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……
  通貨偽造の罪(つうかぎぞうのつみ)とは、通貨を発行する権限の無い者が通貨、もしくはそれに
 類似する物体を偽造、変造などにより作成することを内容とする犯罪類型。刑法の第16章に定められ
 ている。通貨偽造罪(148条)、外国通貨偽造及び行使等罪(149条)・偽造通貨等収得罪(150条)お
 よび収得後知情行使等罪(152条)、通貨偽造等準備罪(153条)が含まれる。
  偽造通貨の流通はその国の信用を揺るがし、最悪の場合、国家の転覆をも生じかねない性質を持つ
 ため、どの国においても金額の多少に関わらず重罰が適用される。

   〔保護法益〕

  通貨に対する社会の信用であるという説と、通貨を発行する者の発行権であるという説がある。判
 例は明確ではないが、前者に傾いている(最判昭和22年12月17日刑集1巻94頁)。

   〔犯罪類型〕

  通貨偽造罪:通貨偽造罪とは、行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造又は変造する
        ことを内容とする罪(148条1項)。日本国外において犯したすべての者にも適用され
        る(2条4号、講学上のいわゆる保護主義)。
  行使の目的:流通におく目的が必要というのが判例・通説である(有価証券偽造罪の場合は、行使
        する目的で足りる)。他人をして流通におかせる目的でもよい(最判昭和34年6月30
        日刑集13巻6号985頁)。
  偽造通貨行使等罪:偽造通貨行使等罪は、偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行
           使の目的で人に交付し、若しくは輸入する行為を内容とする(148条2項)。
  行使:判例により、両替(最決昭和32年4月25日)、他人に贈与(大判明治35年4月7日)、自動販売
     機への投入(東京高判昭和53年3月22日)の各行為は行使にあたるとされている。一方、偽造
     した通貨を自己の信用を示す為に見せることは、行使にあたらないというのが通説である。
     また、犯罪の身代金等に偽造した通貨を渡す行為も本罪の行使にはあたらないとされる。
  交付:判例・通説によれば、行使の目的で、偽貨であると告げて相手に渡すか、偽貨であると知っ
     ている相手に渡す場合である(大判明治43年3月10日刑録16輯402頁)。偽貨であることを知
     らない相手に渡すのは行使罪を構成する。
  外国通貨偽造罪・偽造外国通貨行使等罪:
     行使の目的で、日本国内に流通している外国の通貨、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造
     する行為は、外国通貨偽造罪(149条1項)に該当し、偽造又は変造の外国の貨幣、紙幣又
     は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入する行為は、偽造外国通
     貨行使等罪(149条2項)に該当する。
      客体が異なる点を除けば、前述の通貨偽造罪や偽造通貨行使等罪の解釈がこれらの犯罪
     にも当てはまる。
  通貨偽造等準備罪:通貨偽造罪の予備行為のうち、貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供
           する目的で、器械又は原料を準備する行為に関しては、独立した犯罪類型(準
           備罪)が規定されている(153条)。
   〔未遂罪〕

  通貨偽造等準備罪以外の犯罪類型に関しては、未遂も処罰される(151条)。
  
   〔罪数〕

  通貨偽造罪と偽造通貨行使罪は牽連犯の関係に立つ。
  偽造通貨を行使して財物を得た場合、有価証券の場合と異なり、詐欺罪は不可罰的事後行為として
 (争いあり)行使罪に吸収される(大判明治45年6月30日)。
 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……


 以上である。いずれにせよ、通貨偽造は重罪である。千円札の札束が燃やされるシーンがあるが、『ヒッ
チハイク/溺れる箱舟』(監督:横井健司、フルメディア=クリエイティブアクザ=バイオタイド、2004年)
に近いシーンがあった(「日日是労働セレクト14」を参照されたし)。また、『男はつらいよ・知床慕情』
(監督:山田洋次、松竹、1987年)において、タコ社長〔桂梅太郎〕(太宰久雄)の娘のあけみ(美保純)
が、「そんなにお金に困っているのなら、うちは印刷屋なんだから、偽札を作ればいいじゃないか」といっ
たニュアンスの言葉を父親に投げつけ、それを受けたタコ社長が激怒するシーンがあったはず(「日日是労
働セレクト11」を参照されたし。もっとも、この件に関する記述はない)。ともあれ、映像の魔術師であ
る岩井俊二は、平凡な光景をワンダーランドに変える天才である。このような作品を今まで未見だったのが
不思議なくらいであるが(名前だけは知っていた)、それは最近になってやっとDVD化されて、それをTSUTAYA
がレンタルし始めたからである。
 2本目は、『ここに、幸あり Be In Happiness』(監督:けんもち聡、「ここに、幸あり」製作委員会、
2003年)である。物語の筋はまったく異なるが、最近観た映画では『月の下まで』(監督:奥村盛人、シネ
フォリア、2013年)に味わいが似ている。おそらく、両者ともに、エンタテインメントを前面に押し出した
商業映画とは一線を画するからだろう。また、有名俳優が田中要次を除いて登場しておらず、予算もかけて
いないからだろう。さらに、海が背景のひとつになっているからだろう。いわゆる「癒し系」の映画でもあ
る。おそらくその点で、俳優の竹中直人や映画監督の山田洋次が推奨している。当該映画のように、離島を
舞台にした映画はこれまでにたくさん作られたと思うが、洋画では、ブルック・シールズが主演した『青い
珊瑚礁(The Blue Lagoon)』(監督:ランダル・クレイザー、米国、1980年)が懐かしい。昭和の作品とし
ては、次のようなものが挙げられるだろう。

  『二十四の瞳』、監督:木下恵介、松竹大船、1954年。
  『さらばラバウル』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
  『グラマ島の誘惑』、監督:川島雄三、東京映画、1959年。
  『裸の島』、監督:新藤兼人、近代映画協会、1960年。
  『マタンゴ』、監督:本多猪四郎、東宝、1963年。
  『太平洋奇跡の作戦・キスカ』、監督:丸山誠治、東宝、1965年。
  『処刑の島』、監督:篠田正浩、日生プロ、1966年。
  『神々の深き欲望』、監督:今村昌平、今村プロ、1968年。
  『昆虫大戦争』、監督:二本松嘉瑞、松竹、1968年。
  『故郷』、監督:山田洋次、松竹、1972年。
  『マリリンに逢いたい』、監督:すずきじゅんいち、三菱商事=第一企画=東北新社=松竹富士、1988年。

 また、平成以後のものでは、次の作品が挙げられる。

  『マリアの胃袋』、監督:平山秀幸、ディレクターズ・カンパニー=サントリー、1990年。
  『十五少女漂流記』、監督:吉田健、松竹=アミューズ=TBS、1992年。
  『船を降りたら彼女の島』、監督:磯村一路、えひめ映画製作員会、2002年。
  『八月拾五日のラストダンス』、監督:井出良英、ブロードバンド・ピクチャーズ、2005年。
  『るにん』、監督:奥田瑛二、ゼロ・ピクチュアズ、2006年。
  『サイレン』、監督:堤幸彦、映画「サイレン」製作委員会〔東宝=テレビ朝日=小学館=博報堂DY
   メディアパートナーズ=TOKYO FM=日本出版販売=ローソンチケット=朝日放送=メーテレ〕、
   2006年〔メーテレの「ー」は波線。文字化けするので、音引で代用〕。
  『めがね』、監督:荻上直子、めがね商会〔日本テレビ=バップ=シャシャ・コ ーポレイション=
   パラダイス・カフェ=日活〕、2007年。
  『彼岸島』、監督:金泰均(キム・テギュン)、「彼岸島」フイルムパートナーズ〔ミコット・エンド・
   バサラ 他〕、2010年。
  『東京島』、監督:篠崎誠、「東京島」フィルムパートナーズ〔ユーズフィルム=ゼネラル・エンタ
   テインメント=ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント=融合事務所=ヤフー・ジャパン〕、
   2010年。
  『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』、監督:平山秀幸、「太平洋の奇跡」製作委員会〔日本テレビ
   放送網=バップ=東宝=DNドリームパートナーズ=読売放送=電通=読売新聞社=札幌テレビ=ミヤギ
   テレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレビ=福岡放送〕、2011年。
  『ロック わんこの島』、監督:中江功、フジテレビジョン=東宝=FNS27社、2011年。
  『八日目の蝉』、監督:成島出、「八日目の蝉」製作委員会〔日活=松竹=アミューズソフトエンタ
   テインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=Yahoo!   
   JAPAN=読売新聞=中央公論新社〕、2011年。

 いずれにせよ、離島という閉鎖空間が舞台なので、物語が展開しやすい環境なのかもしれない。さて、そ
の物語を確認しておこう。この映画に関しても、<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  青春ドラマ「いつものように」が各国の映画祭で好評を得たけんもち聡監督が、福岡県の小さな島
 (志摩町姫島)を舞台に描く心温まるドラマ。夢を追う若者たちと島の人々の交流をつづる。

   〔あらすじ〕

  売れない役者、加藤幸(高瀬アラタ)は、ある日マネージャー(田中要次)の命令で、田舎の浪人
 生・吉田邦(須田邦祐)にヴォランティア(ただし、アゴアシはあり)で演技を教えに行く羽目にな
 る。九州の小さな離島に暮らす邦は、死んだ母に代わって民宿の切り盛りもする“勤労受験生”。こ
 の島は老若男女、みんな相撲が大好きで、邦もそんな島民の一人なのだが、性格ばかりは滅法シャイ。
 演技科志望の動機を恥ずかしそうにつぶやく邦に、幸はすっかり困惑気味。そんな夜、季節外れの水
 着撮影にこの島を訪れたモデルの渋谷成美(竹谷佳織)が、二人きりの民宿へふらっと泊まりにやっ
 てきた。翌日から演技トレーニングが始まるが、初めてだらけのことに戸惑う邦に、幸はまったく容
 赦なし。幸にとって演技は闘い、ついてこれないヤツは負けだ。いっぽう成美も、予想外の出来事で
 撮影がうまくいかなくなっていた。思わぬ島民の反応にイラつくカメラマンの上野(役者、不詳)、
 その間にはさまれた成美は、どうしていいか分からなくなる。分からないのは幸も同じ。一向にラチ
 が明かない邦にイライラが募っていく幸だったが、実直な邦から思わぬ抵抗が返ってきた時、幸の思
 いが微妙に揺れ始めていく……。

 他に、河上多恵子(真弓先生)、菊池かほり、渋谷拓生、眞島秀和、下垣内努、西川方啓などが出演して
いる。劇中に、こんな貼紙が出てくる。トイレの人生訓だ。なお、少し改変した。

   人の世は山坂多い旅の道 
          年令の六十に迎えがきたら

  還暦 六十才   とんでもないよと追い返せ
  古希 七十才   まだまだ早いとつっぱなせ
  喜寿 七十七才  せくな老楽(「老いらく」の当て字か)これからよ
  傘寿 八十才   なんのまだまだ役に立つ
  米寿 八十八才  もう少しお米を食べてから
  卒寿 九十才   年令に卒業はない筈よ
  白寿 九十九才  百才のお祝いが済むまでは
  茶寿 百八才   まだまだお茶が飲み足らん
  皇寿 百十一才  そろそろゆずろうか日本一

   念ずれば花ひらく

 百八才を「茶寿」としたのは、「茶」の文字を分解して、「くさかんむり」(二十)と「その下の部分」
(八十八)に分け、それらの数字を足せば百八になるからだろう。百十一才を「皇寿」としたのは、「皇」
の上の部分が「白」で、「百」から一を引いて「九十九」」、それに「王」の文字は「十」と「二」に分解
できるから、併せて「十二」、先の「九十九」にそれを足して、めでたく「百十一」になるという寸法であ
る。率直に言って、面白い言葉遊びと言えよう。また、この姫島において、一番大事な言葉は「一堂平和」
であるが、この言葉が癒しにつながっているのだろう。なお、題名は、「ここに幸あり」(作詞:高橋掬太
郎、作曲:飯田三郎、唄:大津美子、1956年)というヒット曲に因んでいるのだろう。劇中でも、幸がバイク
に乗りながらこの唄をがなるシーンがある。


 某月某日

 DVDで邦画の『秋深き』(監督:池田敏春、「秋深き」製作委員会〔ビーワイルド=ビーワイルドエンタテ
インメントグループ=トゥモロー〕、2008年)を観た。奇しくも、3作連続で遺作を観ることになった。池
田監督の作品は当該作を含めて、以下のように3篇しか観ていないが、いずれも作風はまったく異なるのに、
それぞれ印象はかなり深い。とくに、『人魚伝説』の強烈な印象は、生涯忘れないと思う。

 『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
 『ハサミ男』、監督:池田敏春、「ハサミ男」製作委員会〔東宝=東北新社=広美〕、2004年。
 『秋深き』、監督:池田敏春、「秋深き」製作委員会〔ビーワイルド=ビーワイルドエンタテインメント
  グループ=トゥモロー〕、2008年。

 さて、当該作品であるが、戦後の無頼派として有名な織田作之助の「秋深き」と「競馬」を原作に仰いで
おり、現代風にアレンジした作品である。「競馬」は読んだ記憶があるが、「秋深き」は覚えていない。あ
るいは未読か。常套的な物語だが、大阪テイストが味わい深く、矢嶋智人と佐藤江梨子の異色コンビに加え
て、佐藤浩市や赤井英和といった芸達者が脇を固めているので、安心して観ていられる。ただし、脚本は穴
だらけで、かなり無理がある。しかし、園田競馬で1-4(一代=カズヨ)、1-4と絶叫するシーンはと
ても面白い。たしか、織田作の「競馬」でも、「白い帽子」(1枠の馬)が来て、ハッピー・エンディング
になった記憶がある。位牌でプロポーズの挿話、ガソリンの挿話、万病完治「黄金の壺」の挿話も、それな
りに効いていると思った。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  映画初主演の八嶋智人が佐藤江梨子と夫婦を演じるせつないラブ・ストーリー。大阪の街を舞台に、
 大人の男女の純情を人情味豊かなユーモアにくるんで映し出す。

   〔あらすじ〕

  大阪。中学校教師の寺田悟(八嶋智人)は、仏具屋を営む実家で父・倫太郎(渋谷天外)と母・雅
 江(山田スミ子)と暮らしている。見合い話には目もくれず、今夜も北新地のクラブへ出かけていっ
 た彼は、店のホステス・川尻一代(佐藤江梨子)に思いを寄せているのだ。一代の方も、酒も飲めな
 いのに足しげく通っている寺田にまんざらでもない様子だった。ある晩、寺田は重大な決意を胸に秘
 め、店を終えて帰る一代を待ち伏せる。帰り際、客の男に執拗に迫られている一代を助けることすら
 できず、彼女に責められる寺田だったが、意を決して一代にプロポーズ。一代は寺田の申し出を受け
 入れる。無理やり見合いをさせられたことで家を飛び出した寺田と、孤独を恐れ幸せを夢見る一代の
 新婚生活が始まった。しかし、日を追うごとに見えてくる一代の過去の男性遍歴に、寺田の嫉妬は次
 第にエスカレートしていくのだった。そんなある日、一代は乳房が痛いと言って病院へ行く。彼女の
 留守中、寺田は一代に届いた葉書を何気なく見てしまう。それは、見知らぬ男からの逢引の誘いをに
 おわせる文面だった。その葉書に記された場所の園田競馬場へ一人で向かった寺田は、レース中に、
 「1-4、カズヨ、来い」と叫ぶ“インケツの松”こと松山隆三(佐藤浩市)に出会い、彼を尾行する。
 しかし、尾行していることがばれ、松と話をするとどうやら一代とは無関係だとわかる。ほっと胸を
 撫で下ろした寺田が家に帰ると、一代が乳癌になったと告白。一代は、寺田のために乳房を切らずに
 治すことを決意する。寺田はなんとか一代の病気を治そうと、怪しい加持祈祷にまで頼りだし、さら
 には120万円の壺を手に入れようとするがもうすでに金が底をついていた。そんな中、寺田は生徒から
 徴収した修学旅行費を手に園田競馬場へと向かう……。

 他に、赤井英和(小谷治)、和泉妃夏(小谷糸子=治の妻。魔性の女)、鍋島浩(長渕裕次=寺田の同僚)、
別府あゆみ(見合い相手の女)、要冷蔵〔かなめれいぞう〕(五十嵐=一代の担当医師)、芝本正(校長)、
轟太郎(同僚教師)、橋野香菜(女教師)、海原はるか(競馬場の中年の男)、海原かなた(やくざ風の中
年男=実際には売れない漫才師)、青郷花香(女生徒)、大本翔也(男子生徒)、十六針刃太郎(見合い相
手の父親)、米沢文子(同じく母親)、福祉家たろう(八百屋「上野商店」の店員)、郷亮祐(花屋の男)、
明希(看護師A)、東海林りん(同じくB)、山本喜美恵(同じくC)、村田彦二(ホテルマン)、TOMMY
(クラブの客)、すぎもとみさき(ホステスA)、飛鳥ゆう(同じくB)、秋本きょうこ(同じくC)、亀
山つとむ(体育教師)、吉田勝彦(園田競馬の実況アナウンサー)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『一枚のハガキ』(監督:新藤兼人、近代映画協会=渡辺商事=プランダス、2011年)を観た。
ある人から「それほどの映画ではない」と漏れ聞いたので、上映中映画館には行かなかった作品である。と
ころが、いざ鑑賞してみると、どうしてどうしてなかなかの力作であった。リアリズムという観点からする
と、むしろ大人の童話のような作品であり、彼の他の作品で少しばかり似ているのではないかと思われるの
は、『生きたい』(監督:新藤兼人、近代映画協会、1999年)か『ふくろう』(監督:新藤兼人、近代映画協
会、2003年)ではなかろうか。他の監督が撮った作品で似ているものを挙げれば、『あゝ声なき友』(監督:
今井正、松竹=渥美清プロダクション、1972年)が味わいにおいて少し近いと思う。なお、黒木和雄の『紙
屋悦子の青春』と同じく、彼の遺作となった。
 物語を確認しよう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  日本最高齢の現役映画監督・新藤兼人が、“映画人生最後の作品”として放つ人間ドラマ。監督自
 身の実体験に基づき、戦争で家族を失った男女の姿を映し出す。豊川悦司、大竹しのぶといった歴代
 の新藤作品に出演した豪華俳優陣が集結。国内外の映画祭でも高い評価を受けてきた巨匠が作品に込
 めた、反戦への強い思いに胸を打たれる。

   〔あらすじ〕

  戦争末期に召集された100人の中年兵は、上官がくじを引いて決めた戦地にそれぞれ赴任することに
 なっていた。クジ引きが行われた夜、松山啓太(豊川悦司)は仲間の兵士、森川定造(六平直政)か
 ら妻・友子(大竹しのぶ)より送られてきたという一枚のハガキを手渡される。「今日はお祭りです
 があなたがいらっしゃらないので何の風情もありません。友子」検閲が厳しくハガキの返事が出せな
 い定造は、フィリピンへの赴任が決まり、生きて帰って来られないことを覚悟し、宝塚へ赴任する啓
 太にもし生き残ったらハガキを持って定造の家を訪ね、そのハガキを読んだことを伝えてくれと依頼
 する。戦争が終わり100人いた兵士のうち6人が生き残った。その中の一人、啓太が故郷に帰ると、待
 っている者は誰もおらず、家の中は空っぽだった。啓太が戦死したという噂が流れ、恋人同士になっ
 てしまった妻と啓太の父親は、啓太が生きて帰ってくるとわかり二人で出奔したのだった。生きる気
 力を失い、毎日を無為に過していた啓太はある日、荷物の中に定造から託されたハガキを見つける。
 一方、夫を亡くした友子は悲しみに浸る間もなく、舅姑から自分たちは年老いて働けないのでこのま
 ま一緒に暮らしてほしいと頼まれる。その上、村の習わしで長男が死んだら次男が後継ぎとなること
 が決められており、友子には次男の三平(大地泰仁)と結婚をしてほしいという。他に身寄りのない
 友子は、愛する夫との幸せな人生を奪った戦争を恨みながらも、定造の家族と生きていくことを承諾
 する。ささやかな儀式で夫婦となった友子と三平だったが、しばらくすると三平も戦争に招集され戦
 死。その後、舅と姑が立て続けに死に、ひとり残された友子は定造の家族が唯一残した古い家屋とと
 もに朽ち果てようとしていた。そんなある日、ハガキを持った啓太が訪ねてくる。クジ運だけで自分
 が生き残ったことに罪悪感を感じる啓太と、家族も、女としての幸せな人生も、何もかも失ってしま
 った友子。戦争に翻弄されたすべてを奪われた二人が選んだ再生への道とは……。

 他に、大杉漣(泉屋吉五郎=警防団長。友子に気がある)、柄本明(森川勇吉=友子の舅)、倍賞美津子
(森川チヨ=同じく姑)、津川雅彦(利ヱ門=啓太の伯父)、絵沢萠子(利ヱ門の女房)、川上麻衣子(松
山美江=啓太の妻)、麿赤兒(和尚)、渡辺大(下士官)、木下ほうか(兵事係A)、大原康裕(同じくB)、
渡辺督子(愛国婦人会)、橋本朋香(同)、TAMAYO(ヌードダンサー)、鈴木大介(ギター奏者)、川口安
次(花嫁の父)、石井香帆(漁村の子ども)、古舘寛太(同)、松本聖海(同)、山瀬翔太(同)、矢部光
祐(同)、赤池高行(啓太の吹き替え)、近藤大我(吉五郎の吹き替え)などが出演している。
 ところで、登録漏れしていた『岸和田少年愚連隊』(監督:井筒和幸、松竹=吉本興業、1996年)を「家
族研究への布石(映像篇10)」に組み入れた(1919)。


 某月某日

 DVDで邦画の『紙屋悦子の青春』(監督:黒木和雄、バンダイビジュアル=アドギア=テレビ朝日=ワコー= 
パル企画、2006年)を観た。アジア・太平洋戦争末期の日本と日本人の一断面を切り取った映画である。黒
木監督は戦争をテーマにすることが多いが、この作品は『父と暮らせば』(監督:黒木和雄、衛星劇場=バ
ンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年)
以来の戦争映画である。ただし、両作ともに激しい戦闘シーンがあるわけではなく、最後まで静かに物語は
進行する。黒木監督の意図は判然としないが、ここで描かれている戦争は明らかに風化した戦争で、小生に
はまことに物足りない。特攻で散った青年の苦悩も伝わって来ないし、それを見送らざるを得なかった人び
との悲しみも通り一遍のものである。仕方がないと思うが、鎮魂歌にはなっても、反戦映画にはならない。
小生の待ち望んでいる戦争映画は、戦争に対して激しい嫌悪感をもたらしてくれる作品以外の何ものでもな
い。いつまでもこのような作品が作られつづければ、戦争の実態は遠い日の花火のようなものになり、戦争
を甘く考えてしまう人が増えるばかりである。エラスムスの「戦争は体験しない者にこそ快し(Dulce bellum
inexperitis)」という言葉を思い出した。もっとも、それも歴史の必然なのだろうが……。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。ちなみに、この作品は黒木監督の遺作である。

   〔解説〕

  「父と暮せば」などの名匠、黒木和雄の遺作となった人間ドラマ。敗色濃厚な第2次大戦末期を背
 景に、男女3人の出会いと痛切な別れの物語を情感豊かに描き出す。

   〔あらすじ〕

  敗戦の色濃い昭和二十年・春。紙屋悦子(原田知世)は、鹿児島の田舎町で兄・安忠(小林薫)、
 その妻・ふさ(本上まなみ)と暮らしていた。そんな彼女は密かに兄の後輩、明石少尉(松岡俊介)
 に想いを寄せていた。ところがある日、兄は別の男性との見合いを悦子に勧めてきた。相手は明石の
 親友・永与〔永與〕長政少尉(永瀬正敏)で、明石自身も縁談成立を望んでいるらしい。当日、永与
 は、悦子に真摯な愛情を示した。永与の優しさに少しずつ悦子も心を開いていく。必死で搾り出す永
 与の求婚の言葉に対し、「はい」と答える悦子。だが、悦子は衝撃的な事実を知らされた。明石が特
 攻隊に志願し、間もなく出撃するというのだ。死を目前にし、明石は最愛の人を親友に託そうとした
 のだろう。数日後、悲痛な面持ちで明石の死を告げに来た永与。明石が書き残したという手紙を永与
 から受け取る悦子。そして、勤務地が変わることになったという永与が去ろうとした時、彼女は今度
 こそ胸の中に秘めた想いを口に出した。「ここで待っちょいますから……きっと迎えに来て下さい」
 これからともに長い人生を生きる二人の、結婚を決意した最初の一歩がはじまるのだった。

 他に、和田周(渋谷)、門田一雄(配達人)、西山麻矢(看護師)が出演している(クレジットによる)。
しっとりとした映画だが、インパクトは弱い。むしろ、夫婦の会話や、若者同士の会話の妙を楽しむしかな
いか。おはぎ、パイカン(パイナップルの罐詰)、配給、赤紙、徴用、散る桜など、この時代のお約束のも
のが登場した。安易な設定である。ただし、「赤飯とラッキョウを食べれば爆弾に当たらない」という俗説
は初耳であった。


 某月某日

 DVDで時代劇を2本観たのでご報告。両者ともに長谷川一夫主演の股旅物である。題名は酷似しているが、
両者に話の上のつながりはない。長谷川自身は後者がお気に入りの1本らしいが、物語としては前者の方が
起伏がってよい。いずれにせよ、何度観たか分からないほど観ている筋書で、呆れるほどのマンネリズムで
ある。前者が川口松太郎、後者が長谷川伸の原作を仰いでいる。
 1本目は、『花の渡り鳥』(監督:田坂勝彦、大映京都、1956年)である。「お城の鳶」という言葉が出
てくるが、そのこころは「お高くとまっている」という意味。登場人物の一人のおぎんさんが、主人公の榛
名の清太郎を評して遣った言葉である。ただし、その直後に「二人といない気風のいい男だ」と誉めている。
そんな清太郎は島帰り。御赦免によるものだが、島抜けではないかと疑われている。股旅物の典型的な主人
公像といったところか。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  川口松太郎の戯曲「帰って来た男」を「踊り子行状記」の共同脚色者の一人、犬塚稔が脚色、「銭
 形平次捕物控 どくろ駕籠」の田坂勝彦が監督、「長崎の夜」の牧田行正が撮影を担当した。主なる
 出演者は「俺は藤吉郎」の長谷川一夫、夏目俊二、「怪盗と判官」の市川雷蔵、勝新太郎、清水谷薫、
 阿井美千子、「次郎物語(1955)」の木暮実千代など。

   〔あらすじ〕

  下野と下総の境、権現山の崖下で、瀕死の鹿島の七兵衛(香川良介)から岩井屋音蔵(柳永二郎)
 に預けた娘おみね(阿井美千子)への伝言を頼まれた島帰りの旅鴉榛名の清太郎(長谷川一夫)は、
 佐原にいそぐ道中で女道中師の見返りのおぎん(木暮実千代)と知り合った。男らしい清太郎にひと
 目惚れのおぎんは、相棒である蜩の半次(勝新太郎)をせき立てて清太郎の後を追った。やくざと十
 手の二足の草鞋を履く、佐原の悪親分岩井屋音蔵は縄張ぐるみの預りもの、おみねに邪恋を燃やした
 が、もと七兵衛の乾分だった櫓の惣吉(夏目俊二)がおみねをつれて逃げたので、乾分どもに追わせ
 た。追手にかこまれてすでに危い二人を助けた清太郎は、単身岩井屋に乗り込んだ。音蔵の耳に清太
 郎が島破りの重罪人だと囁いたのは乾分の丹後の甚七(寺島貢)で、音蔵は自分の旧悪を知られた以
 上、清太郎を生かしておけないと肚を据えるのだった。一方、音蔵の厳しい手配に逃げ場を失ったお
 みねと惣吉は利根川に身を投げようとしたが、船宿蔦屋の主人佐吉(市川雷蔵)に助けられた。佐吉
 も以前はやくざで清太郎の弟分だが、今は堅気になっている男だ。あくる日、佐原神社の祭礼の人ご
 みで図らずも逢った清太郎の無事な姿に、なぜか佐吉の顔色が変った。それもその筈、清太郎が探す
 いとしい女おしの(清水谷薫)こそ、今は佐吉の恋女房になっているのである。それを知った清太郎
 はおしのを諦め、二人の幸せを祈るが、佐吉は清太郎への義理立てから甚七を叩ッ斬って再びやくざ
 に戻ろうと決心するのだった。おぎんと半次の働きで音蔵、甚七を斬り伏せるや、清太郎は合羽と笠
 をとって佐吉やおしのたちに別れを告げ、鹿島街道をあてのない旅に出た。あとからおぎんと半次が
 追って行く。

 他に、天野一郎(雷神の竹)、水原浩一(半鍋の栗造)、石原須磨男(甘酒屋の親爺)、上久保毅(稲妻  
の勘八)、千葉登四男〔敏郎〕(庚申の虎)、玉置一恵(辰巳屋の番頭与吉)、堀北幸夫(猿屋の辰吉)、
武田龍(八田の常)、浜田雄史(妙見の権次)、高原朝子(辰巳屋の女中)、石井富子(一膳飯屋の小女)、
小林加奈枝(荒物屋の女房おつね)、横山文彦(牧の屋駒吉)、藤川準(与兵衛)、岩田正(毛利美平)、
由利道夫(己之吉)、堀佐和子(おたか)、仲上小夜子(おはる)、前田和子(おちよ)、松岡信江(芸者
の菊千代)、小柳圭子(お仲)などが出演している。
 清太郎に惚れるおぎんの役を演じている小暮実千代は、小生の父親の好きだった女優である。おそらく、
婀娜っぽい器量や仕草に惹かれたのであろう。小生の好みではないが、たしかにいい女ではある。なお、清
太郎の愛しい女であるおしのを演じた清水谷薫という女優は初見であるが、かなりのダイコンだった。その
せいか、天下の長谷川一夫と、まだ若いとはいえ後の大スター市川雷蔵が奪い合うほどの女には到底見えな
い。以下で紹介する『雪の渡り鳥』の山本富士子とは比べものにならないのである。この点が、この作品の
最大の弱点であろう。ちなみに、勝新も登場するが、まだまだ未熟といってよいだろう。
 2本目は、『雪の渡り鳥』(監督:加戸敏、大映京都、1957年)である。今度は、「達磨の山登り」とい
う言葉が出てくる。そのこころは、「オアシ(遊興費)がなくて登れない(登楼できない)」という意味で
ある。夜鷹が主人公を詰って遣った言葉だが、いかにも常套句といったところか。そんな彼女に主人公の鯉
名の銀平は一両をくれてやる。「その代り、せめて今夜は客を取るな」と言い残して。実は、この夜鷹、銀
平の惚れた女にそっくりだったのである。おきくという夜鷹は、「二朱でいいんだよ」と呟くが、銀平は笑
って立ち去る。さて、この二朱であるが、現代ではいくらくらいか。あるサイト(Yahoo! 知恵袋)のQ&A
を引用してみよう。ほぼ、原文通りである。

  Q 昔のお金、1両って今のお金でいくらですか?

  A ベストアンサーに選ばれた回答

    江戸時代250年の間に米の相場や金銀の相場が大幅に上下していたり、当時と現代とでは物の価
   値の違いや、税金・福祉その他公共事業の違いもありますので一概にいくらとは換算できません。
    ……と、いっていたら面白くありませんので、仮定で計算してみましょう。
    「二八そば」ご存知ですか? 一般的には、うどん粉二分、そば粉八分の割合で作ったそばを
   言いますが、二八を洒落で一杯16文(2×8=16)のそばという意味で使われていたようです。
    現在の立ち食いそばのかけそばで300円くらいでしょうか。

    16文=300円とした場合
    一両は4000文ですので
    300×4000÷16=75000
    一両は75,000円ということになります。

 つまり、銀平はおきくに75,000円を黙って渡したという勘定になる。さて、二朱は一両の八分の一である
から、9,375円ということになる。夜鷹の相場だろうか。
 さて、物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  長谷川伸の同名戯曲の映画化で、いわゆる鯉名の銀平を主人公とした股旅時代劇。同じ原作からこ
 れまで衣笠貞之助によって「鯉名の銀平」(昭和八年)、「月の渡り鳥」(昭和二十六年)と二度も
 映画化されている。今回は「鳴門秘帖(1957)」の共同脚色者の一人、犬塚稔が脚色、「赤胴鈴之助
 新月塔の妖鬼」の加戸敏が監督した。撮影は「三日月秘文」の竹村康和。主演は「鳴門秘帖(1957)」
 の長谷川一夫(前作「月の渡り鳥」と同じ銀平の役)、同じく山本富士子、「森の石松(1957)」の
 黒川弥太郎と阿井美千子、そのほか志村喬、小堀明男、清水元など。色彩は大映カラーで、大映初の
 「大映スコープ」版。

   〔あらすじ〕

  秋祭の宵宮で賑わう下田港に隣の網元帆立の丑松一家が乗りこんできた。下田の漁場を手に入れよ
 うと、やくざの足を洗って今は堅気の網元大鍋の島太郎(清水元)に無理難題を吹きかけた。島太郎
 は相手にしないが、かつての身内、駄菓子屋の五兵衛(志村喬)はこの掛合いを買って出た。その時、
 鯉名の銀平(長谷川一夫)が兄弟分の爪木の卯之吉(黒川弥太郎)とともに、船大工の出稼ぎの旅か
 ら帰ってきた。彼ら二人はかつての大鍋一家で鳴らした男たちだった。二人とも五兵衛の娘お市(山
 本富士子)に想いをかけている。銀平は五兵衛に無断で帆立の丑松(香川良介)のところへ談判に出
 向いた。五兵衛は生きて返らぬ覚悟をし、お市と卯之吉と夫婦約束させた。お市の心も確めずに……。
 銀平はおだやかに話がつかぬと見て一人でこの喧嘩を買うつもりになり、その前お市に会い彼女の本
 心を確めようとした。銀平のせきこんだ質問にお市は返事をためらった。誤解した銀平はそのまま駈
 け去り、帆立一家へ乗りこんだ。助人にきた卯之吉から夫婦約束の話をきいた銀平は絶望した。凄絶
 な乱闘の末、丑松一家を追っ払った彼は、そのまま下田から消え去った。それから三年。旅を続けて
 いた銀平はお市と瓜二つの夜鷹の女おきく(山本富士子/二役)に逢い望郷の念に駆られた。下田で
 は島太郎は病死し、五兵衛は病に倒れ、丑松が良民たちをいためつけていた。卯之吉は酒屋をやって
 いたが、丑松から立退きを迫られた。夫の不甲斐なさにお市は口惜しがる。突然、現れた銀平にお市
 は三年前の怨みごとを言った。お市は最初から銀平一人を愛していた。今は、それもかなわぬ。卯之
 吉は嫉妬に逆上し、丑松に銀平の到着を密告した。彼の不在を怪しむお市の代りに銀平は帆立一家へ
 向った。彼らは矢庭に切りかかった。雪の中を乱闘が始る。逃げかける丑松に追いすがった銀平は苦
 戦した。助けられた卯之吉が銛で丑松にぶつかって行った。彼は本心に帰ったのだ。銀平は彼の身代
 りに雪の中を捕方に引かれて行った。泣いてとりすがるお市、卯之吉、五兵衛を残して……。

 他に、阿井美千子(酌婦お梅)、潮万太郎(小間物屋徳三郎=お梅の亭主)、石黒達也(同心の江添太十
郎)、沢村宗之助(黒目の又五郎)、小堀明男(岩角の多治郎)、上田寛(勘三)、水原浩一(渋谷の百助)、
伊達三郎(熊の九郎蔵)、堀北幸夫(洞穴の作蔵)、市川勤也(三五郎)、菊野昌代士(篠崎)、小松みど
り(おまつ)、小林加奈子(おかよ)、小柳圭子(おたか)、前田和子(おしん)、仲上小夜子(おちよ)、
滝のぼる(おつや)などが出演している。
 恋の鞘当、横恋慕、好き合った男女の気持の行き違い、義理と人情、阿漕な奴と鯔背な奴、縄張り争い、
過去の因縁、チャンチャンバラバラ、ことが終われば再び旅烏……まさにVSOP(ヴェリー・スペシャル・ワ
ン・パターン)である。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。双方ともに時代劇であるが、両者に50年近い隔たりがあるので、だいぶ
様相を異にしている。1本目は、『新選組始末記』(監督:三隅研次、大映京都、1963年)である。大映時
代劇の平均的な作品だろうか。まったくその名を知らなかった、新選組平隊士の山崎烝(すすむ)が主人公
である。武士の生きる道を真正面から描いているが、あまり説得力はない。初代局長の芹澤鴨を称して「盡
忠報告の士」という言葉が出てくるが、ただの言葉だけである。また、剣を取るか恋を取るかは普遍的なテ
ーマであるが、武蔵とお通ほどの切迫性はない。物語は、「壬生狼」と恐れられた新選組がまだ威勢のよか
った時代で終わっている。その点でも少し物足りなさを感じさせるのだろう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  子母沢寛原作から、「星の瞳をもつ男」の星川清司が脚色、「青葉城の鬼」の三隅研次が監督。撮
 影もコンビの本多省三。

   〔あらすじ〕

  浪人山崎烝(市川雷蔵)は恋人の毛利志満(藤村志保)の反対にも拘らず、当時京都で活動を起し
 はじめていた壬生の新選組へ入った。そこには彼が惚れ込んだ武士らしい男、近藤勇(城健三朗〔若
 山富三郎〕)がいたからである。だが局長の芹澤鴨(田崎潤)はとかく粗暴の振舞いが多く、苦言す
 る近藤らは無視されがちだった。土方歳三(天知茂)は、ある夜芹澤の寝込みを襲って惨殺した。そ
 して、近藤が局長、土方が副長におさまった。烝は土方の陰険な策謀に反発した。烝のそのような純
 粋さを危険視していた土方は罠をかけた。そのため烝は公儀役人の与力・内田正次郎(南条新太郎)
 を斬ってしまった。土方はそれを口実に切腹を主張したが、近藤は逃亡の形で烝に勤皇方の探索を命
 じた。母方に帰った烝は志満と結ばれた。烝は百姓上りの少年隊士である大津彦平(高見国一)を助
 手に勤皇浪士の動静を探った。そして勤王方の黒幕古高俊太郎(島田竜三)の隠れ家をみつけた。新
 選組に捕えられた古高は、土方の残酷な拷問にあい、同志の集合場所を四国屋と白状した。時を同じ
 くして、烝の情報は池田屋と知らせてきた。土方は烝の情報に疑いを抱き、全員の四国屋襲撃を主張
 したが、近藤は烝に賭け、斬込み隊を二手にわけた。そんな頃、挙動を怪しまれた彦平は人斬り久蔵
 〔岡本久蔵=土佐藩士〕(丹羽又三郎)に池田屋に引きずりこまれ、烝が池田屋に飛びこんだ時は、
 彦平は斬殺されたところだった。烝と久蔵の激しい斬りあいがはじまった。そこへ新選組がかけつけ
 て来た。三十余各の浪士たちと新選組の凄烈な血戦がはじまった。一時は苦戦におちいった新選組で
 あったが、誰もいない四国屋から引返して来た土方隊の応援に勝利は新選組に帰した。かくて土方は
 烝の功労に潔よくカブトをぬいだ。近藤と烝の信義が美を結んだのであった。

 他に、松本錦四郎(沖田総司)、小林勝彦(谷三十郎)、成田純一郎(楠小十郎)、藤原礼子(お梅)、  
毛利郁子(桔梗屋小栄)、近藤美恵子(深雪太夫)、中村豊(杉山松助)、矢島陽太郎(佐伯亦三郎)、千
葉敏郎(平山五郎)、伊達三郎(山南敬助=新選組幹部)、堂本寛(原田左之助)、香川良介(広沢富次郎=
会津藩の重臣)、荒木忍(正木道順)、石黒達也(宮部鼎蔵=池田屋に集まった浪士のリーダー格)、須賀
不二男(新見錦=芹澤鴨局長の腹心)、嵐三右衛門(会津隊の指揮官)、舟木洋一(北添佶麿)、水原浩一
(吉由稔麿)、千石泰三(藤堂平助)、寺島雄作(池田屋惣兵衛)、玉置一恵(角屋徳衛門)、石原須磨男
(居酒屋幸助)、木村玄(永倉新八)、志賀明(松原忠司)、浜田雄史(森平八)、大林一夫(佐伯鞆彦)、
山岡鋭二郎(写真師)、薮内武司(大石鍬次郎)、谷口昇(角力)、佐山竜一郎(六部)、高森チズ子(絵
草紙屋の娘)、三星富美子(茶屋の女中)、小柳圭子(柏屋の女中)、小松みどり(婆や)、堀北幸夫(相
手の武士)、岩田正(浪人A)、沖時男(浪人B)、越川一(浪人C)、小南明(浪人D)などが出演して
いる。
 2本目は、『大奥 <男女逆転>』(監督:金子文紀、男女逆転『大奥』製作委員会〔アスミック・エース
エンタテインメント=TBSテレビ=ジェイ・ストーム=松竹=毎日放送=白泉社=電通=中部日本放送=RKB
毎日放送=Yahoo! JAPAN〕、2010年)である。よしながふみの同名のコミックが原作らしいが、小生は未読。
50年前の大映でこの作品が製作されるとはとても思えないので、その意味で時代は大きく変わったと言って
よい。以前、TVの『西遊記』で、三蔵法師の役を夏目雅子に振って成功させていたが、それとも大きく違う。
文字通り、徳川吉宗は女性だったという設定である。少し近い作品を挙げれば、『幕末純情伝』(監督:薬
師寺光幸、「幕末純情伝」製作委員会〔松竹=東急エージェンシー=日本衛星放送=ニッポン放送出版=パ
イオニアLDC=IMAGICA=江崎グリコ=北斗塾=角川書店〕、1991年)あたりだろうか。この作品では、沖田
総司は女だったという想定で、牧瀬里穂が演じていた(「日日是労働セレクト75」を参照のこと)。当該
映画は「男女逆転」がテーマであるが、主人公(柴咲コウ)が「女尊男卑」を貫くわけではないので、まだ
まだ逆転には至っていないと感じる。ジェンダーを考える上で参考になる作品とも言える。
 この映画も<Movie Walker>の力を借りて、その一端を覗いてみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  1人の女将軍に3,000人の美しき男たちが仕える大奥。男女の役割が逆転したユニークな世界を描き、
 人気を博した同名コミックを実写映画化。嵐の二宮和也が大奥で力をつけていく主人公を演じる。

   〔あらすじ〕

  江戸時代、第七代将軍徳川家継(朝比奈京香)の治世。男だけを襲う謎の疫病「赤面疱瘡」により、
 男性の人口が激減した日本では、全ての要職を女性が担い、数少ない男の価値は子種を残すことのみ
 であった。そんな男女逆転した世にあって、水野祐之進(二宮和也)はもはや芸事と化した剣術に打
 ち込み、武士としての道を追い求めていた。だが彼は、困窮した旗本である家を救うため、大奥にあ
 がることを決意。それは互いに恋心を抱きながらも、身分違いの叶わぬ恋の相手である薬種問屋・田
 嶋屋の跡取り娘、お信(堀北真希)への想いを断ち切るためでもあった。意気揚々と月代を剃り上げ、
 髷を結い大奥にあがった水野は、これまで見たこともない程の数多の美男が集められている大奥に驚
 愕する。徳川の血を絶やさぬため一人の女将軍のもと、3,000人の美男が集められたといわれる女人禁
 制の男の園。そこでは将軍の寵愛を求めて、日夜、才色兼ね備えた男たちの熾烈な競争が繰り広げら
 れていた。不条理な世界で、容赦なくさまざまな嫌がらせの洗礼を浴びせられる新入りの水野であっ
 たが、持ち前の度胸と、良き理解者である古参の先輩格、杉下(阿部サダヲ)の助言で窮地を切り抜
 けていく。冬、幼少で逝去した家継に代わり、紀州より第八代将軍徳川吉宗(柴咲コウ)が迎えられ
 た。策謀の果てに将軍の座をつかんだ吉宗は、武芸を好み、一人で馬を走らせるような男勝りな面も
 ありながら、不況の世を憂い、質素倹約を旨に果敢に政治の、そして大奥の抜本的改革に挑む知性に
 富んだ女性であった。吉宗初の大奥へのお目見えとなる「総触れ」を控えたある日、水野は大奥総取
 締、藤波(佐々木蔵之介)から、将軍の「お手つき」として寵愛を受ける可能性のある御中臈の位へ
 の昇進を告げられる。「総触れ」の日、美男揃いの大奥の中から、更に選ばれし者たちが色とりどり
 の裃で着飾り、御鈴廊下を埋め尽くす中、水野もそこに加わった。そして鈴の音が鳴り、今まさに将
 軍吉宗が姿を現そうとしていた……。

 他に、玉木宏(松島=御中臈)、大倉忠義(鶴岡)、中村蒼(垣添)、倍賞美津子(水野頼宣=祐之進の
母)、竹脇無我(同じく父)、白羽ゆり(志乃=同じく姉)、和久井映見(加納久通=後の御側御用取次)、
細田よしひこ(瀬川)、竹財輝之助(白河)、松島庄汰(柏木)、ムロツヨシ(副島)、崎本大海(山元)、
三上真史(石塚)、金子ノブアキ(三郎左)、田上晃吉(三田村)、宍戸美和公(八重)、浅野和之(御伽
坊主)、板谷由夏(大岡忠相=後の江戸南町奉行)、菊川怜(間部詮房=将軍側用人)、齊藤秀翼(花房)、
日和佑貴(真行寺)、中岡優介(太夫)、浜村淳(吉原のやり手親父)、大滝秀治(村瀬の声)などが出演
している。実際の大奥制度を参考にしていると思うが、けっこうかたちになっていたので、面白いと思った。
とくに、「ご内証の方」(上様に初めて夜伽を手ほどきする重大なお役目。しかし、おぼこである上様を破
瓜し、その体に傷を付ける大罪人でもあるので、このお役目が済んだ後は打ち首になるという、三代家光公
以来のご定法)という設定は傑作だと思う。最後に、吉宗役の柴咲コウは大好きな女優なので、その点でも
楽しめたことを記しておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『草を刈る娘』(監督:西河克己、日活、1961年)を観た。再びリメイクの西河作品である。
はっきりとした情報はないが、どうやら1953年に中川信夫監督が『思春の泉』(新東宝=俳優座)という題
名で撮った映画が、後に短縮改題版の『女体の泉』として公開され、さらに短縮改題されて『草を刈る娘』
になったらしい。モヨ子を左幸子が、時造を宇津井健が演じている。その他、そで子に岸輝子が、ため子に
高橋豊子が扮している由(niftyより)。まだ日本の農村が十分に機能してい時代の話で、とても懐かしい。
石坂洋次郎の原作は中学生か高校生の頃読んでおり、佐五治とヤス子の逸話(若い夫婦が朝方寝乱れた姿を
晒したこと)ははっきりと覚えていた。産児制限、機械化、食生活の西洋化(肉、卵、牛乳の摂取)、多角
経営など、農村にもさまざまな波が押し寄せてきているが、まだまだ結婚制度は安泰で、嫁不足は生じてい
ないようである。年寄りの楽しみとして、若い者同士をくっつけるという「月下氷人」が生きていた時代で
もある。「たくさん纏めれば、それだけ極楽に行ける助けになる」という言葉が印象深い。「本当は男より
も女の方が強いのだけれども、それを口に出してはいけない」というそで子の言葉も力強かった。「インス
タント裕次郎」の渾名をもらった時造が、モヨ子に贈ったエンゲージリング代わりのガスライターが3,000円。
「ガールハント」という言葉とともに、「三国一の花婿」という言葉もまだ生きていた。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。

   〔解説〕

  石坂洋次郎の同名小説を「大出世物語」の三木克巳が脚色、「闘いつづける男」の西河克己が監督
 した青春篇。撮影は「拳銃横丁」の岩佐一泉。

   〔あらすじ〕

  津軽平野に秋がくると、この地方では草刈り隊ができて二週間ほど馬草を刈る。近くには温泉もあ
 り、若者たちには楽しい年中行事だ。十八才のモヨ子(吉永小百合)は草刈り隊のリーダーそで子婆
 さん(望月優子)に連れられて、初めてこの草原に来た。同じころ、近くの草原に富田集落の草刈り
 隊が来た。そのリーダーため子婆さん(清川虹子)とそで子婆さんは大の仲よしで、毎年この草刈り
 で結婚話をまとめるのが楽しみ。こんどもそで子婆さんが連れて来た真面目な若者時造(浜田光夫)
 が、モヨ子に似合いのお婿さんだと結論が一致した。翌日、モヨ子は一人で山奥の草刈り場にやられ、
 そこで一生懸命刈っている時造に会った。二人きりで草を刈ったというので、両方の草刈り部隊は話
 の種ができて大喜び、当の二人の心も知らず知らず結ばれていったが、ある日時造がモヨ子を抱きし
 めようとしたので、モヨ子は時造の腕に噛みついて逃げた。この事件で草刈り場は大騒ぎ、しかも東
 京から帰ってきた青年一郎(平田大三郎)がモヨ子にモーションをかけたりする。だが、心の底では
 モヨ子はやはり時造が好きだ。ある夜、時造は一郎にケンカを売られる。体力的にとてもかなわぬ時
 造はあっさり負けを認めるが、モヨ子はそれが歯がゆい。ところが、そのとき、村娘のはま子(小園
 蓉子)が林で殺されるという事件が起こった。「亭主があればこんなことにならねえのによ」という
 そで子のつぶやきに、モヨ子は夢中で時造のところへとんでいった。「おら、お前の嫁になりてえや」。
 翌日、幸福に包まれた二人は、秋の日ざしの強い草の上に寝ていた。

 他に、大坂志郎(金作)、菅井きん(その妻ちえ)、山田吾一(佐五治)、安田千永子(その妻ヤス子)、
三戸部スエ(加代=一郎の母)、近藤宏(善太)、高島稔(庄吉=時造の友人)、小沢直好(光夫)、葵真
木子(ユリノ)、金子克予(カズミ)、千代侑子(トシ子)、益田喜頓(小林巡査)、佐野浅夫(ゴンパチ=
物売りの小父さん)、榎木兵衛(草刈り隊のひとり)などが出演している。津軽地方の方言が出てくるが、
やや近い秋田県能代市出身の大坂志郎の言葉遣いが一番それらしく聞こえた。


 某月某日

 月が替わった。暑かった夏もだんだん涼しくなるだろう。それに合わせて、小生も調子を上げていきたい。 
さて、DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『陽のあたる坂道』(監督:西河克己、日活、1967年)
である。『陽のあたる坂道』(監督:田坂具隆、日活、1958年)(「日日是労働セレクト39」を参照)の
リメイクであるが、さすが「リメイクの西河」の異名を取るだけあって、前作よりもだいぶあっさりとした
作品ではあるが、それなりにうまく纏めていると思う。実は、石坂洋二郎が原作のこの作品にはもう1本リ
メイクがあって、『陽のあたる坂道』(監督:吉松安弘、東宝映画、1975年)に結実している(筆者、未見)。
とりあえず、3作品の主要配役を比較してみよう。

             1958年版        1967年版         1975年版
 
 田代信次      石原裕次郎       渡哲也          三浦友和 
 倉本たか子    北原三枝        十朱幸代         壇ふみ
 田代玉吉      千田是也        宇野重吉         池部良
 田代みどり     轟夕起子        三益愛子         新珠三千代
 田代雄吉      小高雄二        早川保           松橋登
 田代くみ子     芦川いづみ       恵とも子          浅田美代子
 高木トミ子      山根寿子        桜むつ子〔高木とみ〕  山岡久乃
 高木民夫      川地民夫        山本圭           山本伸吾
 川上ゆり子     渡辺美佐子       斎藤チヤ子        本田みちこ

 田坂版を思い出しながら観ていたが、やはり渡哲也の「ぼく」や「ママ」という言い回しには歯が浮く。
日活も彼の起用法に困っていたのではないか。とりあえず裕次郎のリメイクを作っておけば無難だったのか
もしれない。映画界も斜陽化したきてので、お手軽路線を敷くしかなかったのか。もっとも、けっこうこの
時代の雰囲気は出ており、それなりに楽しめる。しかし、母親のピアノの伴奏に合わせて、家族全員で童謡
の「この道」(作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰)を合唱するシーンがあるが、あれはないだろう。少なく
とも、小生が育った家族においては絶対にあり得ない構図である。もっとも、家族全員が楽器を弾く一家と
いうのは多少とも許容できるが……。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>を参照しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  石坂洋次郎の同名原作を「おゆきさん」の倉本聰と、「雌が雄を喰い殺す かまきり」の池田一朗
 が共同で脚色し、「白鳥」の西河克己が監督した文芸もの。撮影はコンビの高村倉太郎。

   〔あらすじ〕

  坂道を上ると田代家がある。女子大生倉本たか子(十朱幸代)はそこの娘で足の悪いくみ子(恵と
 も子)の家庭教師をすることになった。日本美術出版の社長をしている玉吉(宇野重吉)、その妻み
 どり(三益愛子)の夫妻に、雄吉(早川保)、信次(渡哲也)、くみ子という家族構成だったが、秀
 才で紳士の兄雄吉に比べ、信次は少しひねくれた性格の青年だった。たか子は何か恐いものを信次に
 感じたが、また彼女の関心を惹く男でもあった。信次は一目でたか子が気にいったが、逆の言動でた
 か子を怒らせた。アパート住いのたか子は隣室の高木とみ(桜むつ子)、民夫(山本圭)の母子と親
 しい。とみは染六という名の元芸者で、今は料理屋で女中をして働いていた。ある日、たか子は、く
 み子に連れられて入ったジャズ喫茶で、くみ子が熱を上げているアイドル歌手のジミー小池というの
 が民夫その人なので驚いた。信次は自分が染六という芸者の子であることを知ってはいたが、とみが
 実母の名だとは知らなかった。しかしたか子の話からそれと知った信次はとみを訪ねたが、一度は民
 夫に追い返されたものの、とみと会った時に自分の母が気さくな女なので安心して帰ってきた。民夫
 は裕福な信次に対して反撥心を感じたが、くみ子が妹だと知って面くらった。民夫とくみ子はお互い
 に惹かれていたからである。田代家の家族会議で実母と会った信次はこの家に残ると言って、みんな
 に暖かく迎えられた。たか子はそんな出来事の中で雄吉に求婚されたが、自分との間に距離を感じて
 断った。それに信次がますます彼女の関心の対象になっていたからだった。そんな時、雄吉は自分の
 女のことで愚連隊と係りあい、それを信次のせいにして母親から手切れ金に必要な金を引き出したが、
 母のみどりは自分の腹を痛めた雄吉が卑劣なことをする人間なのを見抜いていたのだ。昔、くみ子の
 足の責任を信次にかぶせたのも雄吉だった。春の午後の河原で、信次と民夫はくみ子とたか子の見守
 る中で殴りあいを始めた。そして疲れ果てた二人は手を握りあったのである。その帰り、ナイトクラ
 ブに寄った信次は満場注視の中でたか子に接吻した。たか子は信次の頬を思い切り打ったが、すでに
 信次の情熱の前に恋の虜になっていた。民夫とくみ子も互いの感情を大事に思い始め、信次とたか子、
 そして田代家の前の坂道に春の陽がさんさんと当っていた。

 他に、斎藤チヤ子(川上ゆり子=ファッションモデル。雄吉の子どもを二度堕している)、谷村昌彦(弥
五郎=正月にとみの部屋で宴席の客をしている中年男)、井東柳晴(清吉=同じく宴会のメンバー)、小桜
京子(竹子=同)、三船好江(花子=同)などが出演している。
 これは蛇足であるが、以下に示すように、最近観た映画に山本圭が続けて出演していたので、少し感慨深
いものがあった。彼は兄・山本學、弟・山本亘に挟まれた俳優兄弟の真ん中の男である。山本薩夫監督は叔
父にあたり、その縁で映画デビューを果たしたらしい(ウィキペディアより)。地味な存在であるが、堅実
な演技派である。

 『アフタースクール』、監督:内田けんじ、「アフタースクール」製作委員会〔クロックワークス=TBS=
  アミューズ=PARCO=ぴあ=IMAGICA=メディアファクトリー=博報堂DYメディアパートナーズ〕、2008年。

   → 郷田捜査官役。

 『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』、監督:熊井啓、俳優座映画放送、1981年。

   → 大島刑事(警視庁捜査二課二係)役。

 『陽のあたる坂道』、監督:西河克己、日活、1967年。

   → 高木民夫役。

 鑑賞した順番に若返ってゆくので、50年以上に及ぶ芸歴を誇る息の長い俳優(1962年デビューの現役俳優。
73歳)の一生に思いを馳せざるを得ない。
 2本目は、『いつでも夢を』(監督:野村孝、日活、1963年)である。大昔に映画館で観たことがあり、
たぶん2度目の鑑賞である。1962年度のレコード大賞を受賞した「いつでも夢を」(作詞:佐伯孝夫、作曲:
吉田正、唄:橋幸夫/吉永小百合、1962年)の映画化である。橋幸夫(岩下留次=大型トラックの運転手)、
吉永小百合(三原ひかる=三原病院の准看護婦)、浜田光夫(木村勝利=定時制高校に通う工員)の三角関
係が清々しい。筋書などは省略するが、一所懸命に生きていこうとする若者の青春を素直に描き切った作品
である。ビクターの弗箱であった橋幸夫は演技も上手で、こんな「アンちゃん」が昔はいっぱいいたような
気がする。時代はずいぶんと変わったというわけである。つまり、現代ではけっして作られることなどない
映画である。他に、信欣三(三原泰山=三原病院の医師。ひかるの育ての親)、初井言栄(木村あい=勝利
の母親)、野呂圭介(金造=留次の相棒)、松原智恵子(松本秋子=勝利やひかるの同級生。肺結核で療養
することになるが、とても元気になる)、織田政雄(木村長太郎=勝利の父親)、市川好朗(木村和平=同
じく弟)、飯田蝶子(岩下花子=留次の母親)、内藤武敏(黒木先生)、中村是好(玄海=孤児のひかるを
拾って泰山に託した僧侶。泰山の碁敵)、木島一郎(飯田=工員のリーダー格)、谷川玲子(ひさご亭の女
将)などが出演している。「夜学」、「ホルモン注射」、「女工哀史」、「職工」などの言葉が懐かしく響
いた。劇中、主題歌の他に、両者のデビュー・シングルである「潮来笠」(作詞:佐伯孝夫、作曲・編曲:
吉田正、唄:橋幸夫、1960年)や、「寒い朝」(作詞:佐伯孝夫、作曲・編曲:吉田正、唄:吉永小百合/
和田弘とマヒナスターズ、1962年)なども流れている。

                                                  
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