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 月が替わりましたので、「日日是労働スペシャル」の続篇をお届けします。単純に、「日日是労働スペシ
ャル XXVI (東日本大震災をめぐって)」と命名しました。主として、今回の大災害に関係する記事を掲げ
ますが、特定の個人や団体を誹謗中傷する目的は一切ありません。どうぞ、ご理解ください。人によっては、
多少ともショッキングな記事があるかもしれませんので、その点もご了承ください。なお、読み進めるほど
記事が古くなります。日誌風に記述しますが、後日訂正を載せるかもしれません。あらかじめ、ご了解をい
ただきたいと存じます。また、ご質問、ご意見等のおありの方は、muto@kochi-u.ac.jp 宛にメールをいただ
ければ幸甚です。

                                                  
 2013年8月28日(水)

 今日は、お馴染みの内田樹氏のブログから興味深い記事を転載させていただきましょう。例によってご本
人の許可を得ていませんが、たぶん快諾してくださるでしょう。なお、ほとんど原文通りです。

 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……

  日本のシンガポール化について            内田樹(2013.8.20)

  「シンガポールに学べ」という論調をよく見かける。
  今朝の毎日新聞にもそういう記事が出ていた。
  こんな記事である。

  シンガポールの高級住宅街に一人の米国人移民が暮らす。ジム・ロジャーズ氏(70)。かつてジョ
 ージ・ソロス氏と共にヘッジファンドを設立。10年間で4,200%の運用成績を上げたとされる伝説的投
 資家だ。市場は今もその言動を追う。
  「シンガポールは移民国家だからこそ、この40年、世界で最も成功した国となった。移民は国家に
 活力や知恵、資本をもたらす」。プールサイドで日課のフィットネスバイクをこぎながら熱弁をふる
 う。シンガポールの人口531万人のうち4割弱が外国人。超富裕層から肉体労働者までさまざまな移民
 を積極的に受け入れる。少子化にもかかわらず人口は過去10年で100万人以上増えた。1人あたり国内
 総生産(GDP)は2012年は世界10位。5万ドルを超え、日本をしのぐ経済成長を遂げる。「外国人
 嫌いなのは分かるが、日本もシンガポールを見習うべきだ」と話す。
  (……)
  シンガポールは人口の75%を中国系が占める華人国家だ。10年の経済成長率は14.7%と1965年の建
 国以来、最高を記録し、ロジャーズ氏の見立て通りに発展しているかに見える。国別対外投資額で中
 国はトップ。人民元決済を始め、対中貿易・投資の拠点として足場を固める。移民受け入れを拡大し、  
 2030年に人口690万人を目指す」。

  連載記事であるから、明日以降シンガポールの「とてつもない欠陥」に論及されて「やっぱりシン
 ガポールはダメだよね」という結論になるのかも知れないが、今のところある種の人々(超富裕層)
 からは「世界で最も成功した国」とみなされていて、他の国も競って「シンガポールみたいになるよ
 うに」というアピールだけが紹介されている。
  実際に日本人でも「シンガポールに学べ」ということを言う人たちはけっこう多い。
  そういう人たちの中で「シンガポールは経済的な活力を得る代価としてこれだけのものを『失って
 いる』」という損益対照表を作成して、その上で「それでも、差し引き勘定すると、日本のシステム
 よりシンガポールのシステムの方がすぐれている」と論じた人がいるだろうか。私は寡聞にして知ら
 ない。ロジャースさんのような人たちは別に「他の国の人たち」の幸福を切望して「シンガポール化」
 を促しているわけではない。
  そう思っている人がいたら、よほど善良な魂の持ち主である。
  こういう人がある政策を薦めるのは「そうしてくれると、オレが儲かるから」である。それ以外の
 理由はない。日本メディアのシンガポール関連記事はその経済的な成功や、英語教育のすばらしさや、
 激烈な成果主義・実力主義や、都市の清潔さについて報告するけれど、シンガポールがどういう政治
 体制の国であるかについては情報の開示を惜しむ傾向にある。
  だから、平均的日本人はほとんどシンガポールの「実情」を知らない。
  シンガポールの「唯一最高の国家目標」は「経済発展」である。
  平たく言えば「金儲け」である。
  これが国是なのである。それがthe only and supreme objective of the State なのである。
  政治過程や文化活動などはすべて「経済発展」の手段とみなされている。
  だから、この国には政府批判というものが存在しない。
  国会はあるが、ほぼ全議席を与党の人民行動党が占有している。1968年から81年までは全議席占有、
 81年にはじめて野党が1議席を得た。2011年の総選挙で人民行動党81に対し野党が6議席を取った。
 この数字は人民行動党にとっては「歴史的敗北」とみなされ、リー・クアンユーはこの責任を取って
 院政から退いた。
  労働組合は事実上活動存在しない(政府公認の組合のみスト権をもち、全労働者の賃金は政府が決
 定する)。大学入学希望者は政府から「危険思想の持ち主でない」という証明書の交付を受けなけれ
 ばならないので、学生運動も事実上存在しない。「国内治安法」があって逮捕令状なしに逮捕し、ほ
 ぼ無期限に拘留することができるので、政府批判勢力は組織的に排除される。えげつないことに野党
 候補者を当選させた選挙区に対しては徴税面や公共投資で「罰」が加えられる。新聞テレビラジオな
 どメディアはほぼすべてが政府系持ち株会社の支配下にある。リー・クアンユーの長男のシェンロン
 が今の首相、父とともにシンガポール政府投資公社を管理している。次男のリー・シェンヤンはシン
 ガポール最大の通信企業シングテルのCEO。シンガポール航空やDBS銀行を傘下に収めるテマセク・ホ
 ールディングスはシェンロンの妻が社長。
  李さん一族が政治権力も国富も独占的に私有しているという点では北朝鮮の金王朝のありかたと酷
 似している。たしかにこんな国であれば、経済活動はきわめて効率的であるだろう。外交についても
 内政についても、社会福祉や医療や教育についても、政府の方針に反対する勢力がほとんど存在しな
 いのだから。
  李さん一家が決めたことがそのまま遅滞なく実施される。
  上記のロジャースさんはきっと李さんファミリーの「ゲスト」くらいの格でシンガポールに滞在し
 ておられるのだろうから、彼がシンガポールの政治経済のかたちが「オレ的には最高」と評価したと
 しても何の不思議もない。
  日本を「シンガポール化する」というのは、端的には日本の政治制度を根本から革命して、この独
 裁的な統治形態(平たく言えば「王制」)を導入するということである。
  シンガポールだって、中国だって、サウジアラビアだって、アラブ首長国連邦だって、60-70年代の
 アジア・アフリカの開発独裁だって、遠くは第三帝国だって、独裁制がしばしば劇的な経済成長をも
 たらすことは周知の事実である。
  日本を「シンガポール化」したいと言っている人たちにしても、経済システムだけを「いいとこど
 り」して真似ることは難しいということは先刻ご存じなのである。
  労働運動、学生運動はじめとするすべての反政府運動の抑圧とマスメディアの政府管理も併せて実
 現しなければ、効率的な経済発展は難しいことは彼らだってわかっているのである。
  でも、それを口に出して言うと、さすがに角が立つので、今は口を噤んでいる。
  そして、「日本のシンガポール化」について総論的に国民的合意がとりつけられたら、その後にな
 ってから「あ、『シンガポール化』という場合には、治安維持法の発令と、反政府運動の全面禁止は
 もちろんセットになっているわけですよ。何言ってるんですか。知らなかった? 金もらうだけもら
 っておいて、いまさら『知らなかった』じゃ通らないですよ」と凄むつもりなのである。
  実際に今の日本ではひそかに「シンガポール化」のための伏線設定が進行しているように私には見
 える。
  最も顕著なのは「唯一最大の国家目標は経済発展であり、国家システムはそれに奉仕する限りにお
 いて有用である」という国家概念の転倒を模倣しようとしていることである。
  シンガポールの場合は、民主主義や基本的人権の尊重といった国家の根幹にかかわるシステムに重
 大な瑕疵があることを官民ともに知りつつ「でも、経済発展しているんだから、まあいいか」とシニ
 カルに言いつくろっている。
  ある意味では合理的だし、ある意味では「官民共犯的」とも言える。
  だが、日本の場合はそうではない。
  「経済発展するために」という名目で統治システム上の矛盾や不合理をこれから作り出そうとして
 いるのである。
  憲法を改定し、国民主権を制限し、基本的人権を制約し、メディアを抑え込み、労働組合をつぶし、
 「危険思想」の持ち主をあらゆるセクターから閉め出し、「超富裕層」が権力も財貨も情報も文化資
 本も排他的に独占するシステムを、これから作為的に作り出そう賭しているのである。
  「そうしないと、経済発展しないのですよ」というのが彼らの切り札である。
  今日本のマスメディアはほとんどがこのコーラスに参加して、音域は違うけれど、同じ歌を歌って
 いる。
  いずれ日本人は「経済発展できるなら、統治のかたちなんかどうでもいい」と言い出すようになる
 だろう。
  「金がなければ、人権なんかあっても仕方がない」、「金がなければ、平和であっても仕方がない」
 というような言葉を吐き散らす人々がこれからぞろぞろと出てくるだろう。
  いや、すでに出てきているか。

 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……

 「水清ければ魚棲まず」、「清濁併せ呑む」といった大人の判断はだんだんと斥けられ、白でなければす
なわち黒というような硬直した思想が罷り通り、やがては為政者の思うままに操られる国民だらけになる日
本。考えただけでもおぞましいのですが、内田樹氏が淡々と語るように、日本のシンガポール化が進行すれ
ば、遠からずしてそのような悪夢が実現してしまうかもしれません。何ごともにも軽々な判断を避け、じっ
くりと独自の答えを出すようにしなければならないと思います。つまり、わたしたちは、自分自身の「是々
非々の鏡」を常に磨きつづけなければならないというわけです。

                                                 
 2013年8月27日(火)

 「グリーン市民ネットワーク高知」の会員の方から得た情報です。新聞の掲載記事です。以下に、そのま
ま掲げてみました。ほぼ、原文通りです。


 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……

  風知草:小泉純一郎の「原発ゼロ」=山田孝男      毎日新聞 2013年08月26日 東京朝刊


  脱原発、行って納得、見て確信──。今月中旬、脱原発のドイツと原発推進のフィンランドを視察
 した小泉純一郎元首相(71)の感想はそれに尽きる。

  三菱重工業、東芝、日立製作所の原発担当幹部とゼネコン幹部、計5人が同行した。道中、ある社
 の幹部が小泉にささやいた。「あなたは影響力がある。考えを変えて我々の味方になってくれません
 か」。
  
  小泉が答えた。

  「オレの今までの人生経験から言うとね、重要な問題ってのは、10人いて3人が賛成すれば、2人
 は反対で、後の5人は『どっちでもいい』というようなケースが多いんだよ」。
  「いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、『原発は必要』という線
 でまとめる自信はない。今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。ま
 すますその自信が深まったよ」。

  3・11以来、折に触れて脱原発を発信してきた自民党の元首相と、原発護持を求める産業界主流
 の、さりげなく見えて真剣な探り合いの一幕だった。
  呉越同舟の旅の伏線は4月、経団連企業トップと小泉が参加したシンポジウムにあった。経営者が
 口々に原発維持を求めた後、小泉が「ダメだ」と一喝、一座がシュンとなった。
  その直後、小泉はフィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」見学を思い立つ。自然エネルギ
 ーの地産地消が進むドイツも見る旅程。原発関連企業に声をかけると反応がよく、原発に対する賛否
 を超えた視察団が編成された。
  原発は「トイレなきマンション」である。どの国も核廃棄物最終処分場(=トイレ)を造りたいが、
 危険施設だから引き受け手がない。「オンカロ」は世界で唯一、着工された最終処分場だ。2020年か
 ら一部で利用が始まる。
  原発の使用済み核燃料を10万年、「オンカロ」の地中深く保管して毒性を抜くという。人類史上、
 それほどの歳月に耐えた構造物は存在しない。10万年どころか、100年後の地球と人類のありようさえ
 想像を超えるのに、現在の知識と技術で超危険物を埋めることが許されるのか。
  帰国した小泉に感想を聞く機会があった。

  ── どう見ました?

 「10万年だよ。300年後に考える(見直す)っていうんだけど、みんな死んでるよ。日本の場合、そも
 そも捨て場所がない。原発ゼロしかないよ」。

  ── 今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが。

  「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみん
 な原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。あとは知恵者が知恵を出す」。

  「戦はシンガリ(退却軍の最後尾で敵の追撃を防ぐ部隊)がいちばん難しいんだよ。撤退が」。

  ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……


 小泉純一郎元首相の本音がどこにあるのかは分かりませんが、現今の自民党の主流とは一線を画する発言
を繰り返していることはたしかのようです。小泉元首相が行った「構造改革」についての歴史的評価はまだ
下せないでしょうが、いまさら「脱原発」を唱えるぐらいだったら、その影響力が抜群の域に達していた現
役バリバリのときに唱えてほしかったと思います。「郵政民営化」よりもずっと実現困難だったと思います
が、すくなくとも「脱原発」に向けての足掛かりになっていたのではないでしょうか。それにしても、この
発言、どう受け取ればいいのでしょうか。

                                                  
 2013年8月2日(金)

 今日は、久しぶりに内田樹氏のブログを引用したいと思います。相変わらず、ぶれない論評が爽快です。
なお、ほぼ原文通りです。


 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……

   参院選の総括               内田樹    2013.07.23


  朝日新聞の本日のオピニオン欄に参院選の総括を寄稿した。
  日曜の夜の開票速報を見てから、月曜の朝起きて必死に4,000字。時間がなかったので、掘り下げが
 浅いけれど、それはご容赦頂きたい。もう朝日のウェブでも公開されているので、ブログでも公開。

  参院選の結果をどう解釈するか、テレビで選挙速報を見ながらずっと考えていた。
  最近の選挙速報は午後8時ぴったりに、開票率0%ではやばやと当確が打たれてしまう。角を曲が
 ったところで出合い頭に選挙結果と正面衝突したような感じで、一瞬面食らう。日曜の夜もそんな気
 分だった。
  とりあえず私たちの前には二つの選択肢がある。「簡単な解釈」(これまで起きたことが今度もま
 た起きた)と「複雑な解釈」(前代未聞のことが起きた)の二つである。メディアは「こうなること
 は想定内だった」「既知のことがまた繰り返された」という解釈を採りたがる。それを聴いて、人々
 はすこし安心する。「明日も『昨日の続き』なのだ」と思えるからである。「うんざりだ」とか「や
 れやれ」という言葉は表面上の不機嫌とは裏腹に、内心にひそやかな安心を蔵している。「何も新し
 いことは起きていない」という認知は生物にとっては十分に喜ばしいことだからだ。
  だが、システマティックに「やれやれ」的対応を採り続けた場合、私たちは「安心」の代価として、
 「想定外の事態」に対応できないというリスクを抱え込むことになる。そういう場合に備えて、「私
 たちは今想定外の局面に突入しており、日本人は(政治家も学者もメディアも含めて)今何が起きつ
 つあるのかをあまりよく理解していない」という仮説を立てる人間が少数ではあれ必要だろうと思う。
 別に全員が「複雑な解釈」にかまける必要はない。だが、リスクヘッジのためには、少人数でも「み
 んなが見張っていない方向」に歩哨に立てておく方がいい(それに、どうせボランティアだ)。

  今回の参院選の結果の際立った特徴は「自民党の大勝」と「共産党の躍進」である(それに「公明
 党の堅調」を加えてもいい)。
  この3党には共通点がある。
  いずれも「綱領的・組織的に統一性の高い政党」だということである。「あるべき国のかたち、と
 るべき政策」についての揺るがぬ信念(のようなもの)によって政治組織が統御されていて、党内で
 の異論や分裂が抑制されている政党を今回有権者たちは選んだ。私はそう見る。
  それは民主党と維新の会を支持しがたい理由としてかつての支持者たちが挙げた言葉が「党内が分
 裂気味で、綱領的・組織的統一性がない」ことであったこととも平仄が合っている。つまり、今回の
 参院選について、有権者は「一枚岩」政党を選好したのである。
  「当然ではないか」と言う人がいるかもしれないが、これは決して当然の話ではない。議会制民主
 主義というのは、さまざまな政党政治勢力がそれぞれ異なる主義主張を訴え合い、それをすり合わせ
 て、「落としどころ」に収めるという調整システムのことである。「落としどころ」というのは、言
 い換えると、全員が同じように不満であるソリューション(結論)のことである。誰も満足しない解
 を得るためにながながと議論する政体、それが民主制である。
  そのような非効率的な政体が歴史の風雪を経て、さしあたり「よりましなもの」とされるにはそれ
 なりの理由がある。近代の歴史は「単一政党の政策を100%実現した政権」よりも「さまざまな政党が
 いずれも不満顔であるような妥協案を採択してきた政権」の方が大きな災厄をもたらさなかったと教
 えているからである。知られる限りの粛清や強制収容所はすべて「ある政党の綱領が100%実現された」
 場合に現実化した。
  チャーチルの「民主制は最悪の政治形態である。これまでに試みられてきた他のあらゆる政治形態
 を除けば」という皮肉な言明を私は「民主制は国を滅ぼす場合でも効率が悪い(それゆえ、効率よく
 国を滅ぼすことができる他の政体より望ましい)」と控えめに解釈する。政治システムは「よいこと」
 をてきぱきと進めるためにではなく、むしろ「悪いこと」が手際よく行われないように設計されるべ
 きだという先人の知恵を私は重んじる。だが、この意見に同意してくれる人は現代日本ではきわめて
 少数であろう。
  現に、今回の参院選では「ねじれの解消」という言葉がメディアで執拗に繰り返された。それは
 「ねじれ」が異常事態であり、それはただちに「解消されるべきである」という予断なしでは成り立
 たない言葉である。だが、そもそもなぜ衆参二院が存在するかと言えば、それは一度の選挙で「風に
 乗って」多数派を形成した政党の「暴走」を抑制するためなのである。選挙制度の違う二院が併存し、
 それぞれが法律の適否について下す判断に「ずれ」があるようにわざわざ仕立てたのは、一党の一時
 的な決定で国のかたちが大きく変わらないようにするための備えである。言うならば、「ねじれ」は
 二院制の本質であり、ものごとが簡単に決まらないことこそが二院制の「手柄」なのである。
  その法律が国民生活を守るために絶対に必要なものだと信じているなら、発議した政党は情理を尽
 くして野党を説き、できる限りの譲歩を行い、取引材料を駆使して、それを可決しようとするだろう。
 その冗長な合意形成プロセスの過程で、「ほんとうに必要な法律」と「それほどでもない法律」がふ
 るいにかけられる。二院制はそのためのシステムである。だからもし二院間に「ねじれ」があるせい
 で、与党発議の法律の採決が効率よく進まないことを端的に「よくないことだ」と言う人は二院制そ
 のものが不要だと言っているに等しい。「参院廃止」という、政体の根本にかかわる主張を「ねじれ
 の解消」という価値中立的(に見える)言葉で言い換えるのは、あまり誠実な態度ではあるまい。
  この「ねじれの解消」という文言もまた先の「綱領的・組織的に統一性の高い政党」への有権者の
 選好と同根のものだと私は思う。現在の自民党は派閥が弱体化し、長老の介入が制度的に阻止され、
 党内闘争が抑圧された「ねじれのない政党」になっている。公明党、共産党が鉄壁の「一枚岩」の政
 党であるのはご案内の通りである。おそらく日本人は今「そういうもの」を求めているのである。そ
 して、「百家争鳴」型政党(かつての自民党や、しばらく前の民主党)から「均質的政党」へのこの
 選好の変化を私は「新しい傾向」だとみなすのである。
  では、なぜ日本人はそのような統一性の高い組織体に魅力を感じるようになったのか。それは人々
 が「スピード」と「効率」と「コストパフォーマンス」を政治に過剰に求めるようになったからだ、
 というのが私の仮説である。
  採択された政策が適切であったかどうかはかなり時間が経たないとわからないが、法律が採決され
 るまでの時間は今ここで数値的に計測可能である。だから、人々は未来における国益の達成を待つよ
 りも、今ここで可視化された「決断の速さ」の方に高い政治的価値を置くようになったのである。
 「決められる政治」とか「スピード感」とか「効率化」という、政策の内容と無関係の語が政治過程
 でのメリットとして語られるようになったのは私の知る限りこの数年のことである。そして、今回の
 参院選の結果は、このような有権者の時間意識の変化をはっきりと映し出している。
  私はこの時間意識の変化を経済のグローバル化が政治過程に浸入してきたことの必然的帰結だと考
 えている。政治過程に企業経営と同じ感覚が持ち込まれたのである。
  国民国家はおよそ孫子までの3代、「寿命百年」の生物を基準としておのれのふるまいの適否を判
 断する。「国家百年の計」とはそのことである。一方、株式会社の平均寿命ははるかに短い。今ある
 会社で20年後に存在するものがいくつあるかは、すでに私たちの想像の埒外である。だが、経営者は
 その短命生物の寿命を基準にして企業活動の適否を判断する。
  「短期的には持ち出しだが、長期的に見れば孫子の代に見返りがある」という政策は、国民国家に
 とっては十分な適切性を持っているが、株式会社にとってはそうではない。企業活動は今期赤字を出
 せば、株価が下がって、資金繰りに窮して、倒産のリスクに直面するという持ち時間制限のきびしい
 ゲームである。「100年後には大きな利益をもたらす可能性があるが、それまでは持ち出し」というプ
 ロジェクトに投資するビジネスマンはどこにもいない。
  学術研究でも話は変わらない。「すぐには結果を出せないが、長期的には『大化け』する可能性が
 あるプロジェクト」には今は科学研究費補助金もおりないし、外部資金も手当てがつかない。研究へ
 の投資を回収するまでのデッドラインが民間企業並みに短くなったのである。
  その「短期決戦」「短命生物」型の時間感覚が政治過程にも入り込んできたというのが私の見立て
 である。
  短期的には持ち出しだが100年後にその成果を孫子が享受できる(かも知れない)というような政
 策には今政治家は誰も興味を示さない。
  原発の放射性廃棄物の処理コストがどれくらいかかるか試算は不能だが、それを支払うのは「孫子
 の代」なので、それについては考えない。年金制度は遠からず破綻するが、それで困るのは「孫子の
 代」なので、それについては考えない。TPPで農業が壊滅すると食糧調達と食文化の維持は困難に
 なるが、それで苦しむのは「孫子の代」なので、それについては考えない。
  目先の金がなにより大事なのだ。
  「経済最優先」と参院選では候補者たちは誰もがそう言い立てたが、それは平たく言えば「未来の
 豊かさより、今の金」ということである。今ここで干上がったら、未来もくそもないというやぶれか
 ぶれの本音である。
  だが、日本人が未来の見通しについてここまでシニカルになったのは歴史上はじめてのことである。
 それがグローバル化して、過剰に流動的になった世界がその住人に求める適応の形態である以上、日
 本人だけが未来に対してシニカルになっているわけではないにしても、その「病識」があまりに足り
 ないことに私は懸念を抱くのである。
  古人はこのような未来を軽んじる時間意識のありようを「朝三暮四」と呼んだ。
  私たちが忘れてはならないのは、「朝三暮四」の決定に際して、猿たちは一斉に、即答した、とい
 うことである。
  政策決定プロセスがスピーディーで一枚岩であることは、それが正しい解を導くことと論理的につ
 ながりがないということを荘子は教えている。

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 小生は、何よりも先ず、「チャーチルの「民主制は最悪の政治形態である。これまでに試みられてきた他
のあらゆる政治形態を除けば」という皮肉な言明を私は「民主制は国を滅ぼす場合でも効率が悪い(それゆ
え、効率よく国を滅ぼすことができる他の政体より望ましい)」と控えめに解釈する。政治システムは「よ
いこと」をてきぱきと進めるためにではなく、むしろ「悪いこと」が手際よく行われないように設計される
べきだという先人の知恵を私は重んじる。だが、この意見に同意してくれる人は現代日本ではきわめて少数
であろう」という文章に鋭く反応しました。また、「ねじれ国会の解消」云々に関するご意見にも、まった
くの賛同を示したいと思います。しかしながら、内面(=本音)はもちろん分かりませんが、内田樹氏が案
外楽観的な記述をしているところに、むしろ氏の深い絶望を感じます。小生もまた然り。日本と日本人は、
果たして再生可能なのでしょうか。

                                                  
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