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日日是労働セレクト94
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第94弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト94」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 サンプルDVDで邦画の『おだやかな日常』(監督:内田伸輝、和エンタテインメント=CINERIC=映像工房
NOBU、2012年)を観た。「虹色くじら」からお借りしたDVDである。普通の人々の、東日本大震災や福島原発
事故に対する率直な反応を映像化しており、ドキュメンタリー・タッチを意識するあまりに演技過剰のきら
いが窺えるが、出演者はそれぞれの役を真摯にこなしており、その誠実な姿勢には頭が下がる。復興への歩
みは遅々としているにも拘らず、一部の人びとは震災や原発事故はもはや収束したと思いたいようである。
しかし、収束どころか、もっと深刻な事態を迎えるかもしれない現在、この映画の訴えかけているメッセー
ジを精確に受容しなければならないだろう。それが、日本に住む者の義務ではないだろうか。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛容いただきたい。

   〔解説〕

  東日本大震災後の東京郊外を舞台に、放射能の不安にさらされる2人の女性を描くヒューマンドラ
 マ。監督は、「ふゆの獣」の内田伸輝。プロデューサー・主演は、「歓待」の杉野希妃。その他の出
 演は、「終わってる」の篠原友希子。第42回ロッテルダム国際映画祭、第17回釜山国際映画祭、第13
 回東京フィルメックス出品作品。

   〔あらすじ〕

  2011年3月11日の午後、東京郊外のマンション。ユカコ(篠原友希子)は、凄まじい揺れを必死に耐
 える。サエコ(杉野希妃)は、5歳の娘・清美(渡辺杏実)を迎えに幼稚園へ走る。地震と津波の被
 害が報道される中、福島原発は未曾有の被害を受けた。政府が「直ちに放射能の影響は無い」と繰り
 返す一方、ネットには正反対の言葉があふれていた。ユカコは錯綜する情報の中で、徐々に放射能へ
 の不安を抑えられなくなっていく。そんなユカコの様子に、夫タツヤ(山本剛史)は戸惑う。一方、
 震災直後に別の女性の元に夫ノボル(小柳友)が去っていたサエコも、不安に駆られていた。両親の
 無事を確認するが、実家は被災していた。清美を守るために幼稚園で放射能の危険性を訴えるが、周
 囲の不安を煽り、母子は孤立していく。離婚届を置き、荷物を取りに来たノボルが去ったあと、清美
 が鼻血を出す。サエコは清美とガスで無理心中を図る。隣家の異臭に気付いたユカコは、ベランダ伝
 いにサエコの部屋に入り、ガス栓を締める。サエコが病室で目を覚ますと、両親が被災地から駆け付
 けていた。清美はノボルの両親が自宅に連れ帰っていた。避難所暮らしのサエコの両親には、それを
 止めることはできなかった。マンションに戻ったサエコは、なぜ死なせてくれなかったのかとユカコ
 を責める。ユカコは、なぜ娘まで殺そうとしたのかと反論する。子どもを守りたいけど守れないと泣
 きじゃくるサエコを、ユカコは抱きしめ、励ます。ユカコには子どもにまつわる重い過去があったが、
 2人は固い絆で結ばれる。サエコはユカコとともにノボルの実家へ行き、清美を取り戻す。ユカコの
 想いを受け入れたタツヤは、大きな決断をする。それぞれが、大きな一歩を踏み出そうとしていた……。

 他に、渡辺真起子(典子)、山田真歩(美加)、西山真来(洋子)、志賀廣太郎(シンジ)、寺島進(自
動車で被災地から避難してきた男)、古舘寛治(電気屋店員)、木引優子(マリ先生)、松浦祐也(森田先
生)、高嶋寛(和久井=タツヤの上司)、芦川誠(警察官)、小枝(婦人警察官)、小龍万梨子(同)など
が出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『ゼウスの法廷(Court of Zeus)』(監督:高橋玄、GRAND KAFE PICTURES=エフティー企画、
2013年)を観た。同じく「法廷劇」ではあるが、先日観た『のんき裁判』(監督:渡辺邦男、新東宝、1955
年)とはおよそ対蹠的な映画である。なお、当該映画は2014年2月に公開予定の映画であるから、ネタバレと
なるようなことは書くことを慎まなければならないかもしれない。もっとも、このDVDを貸してくれた本人
(「小夏の映画会」代表の田辺浩三氏)に確認を取ったので、当ブログに先行的に簡単な感想を記すことに
する。さらに、監督の高橋玄氏にも面識があるので(彼は小生のことを覚えてはいないだろうが)、大いに
宣伝したいと思っている。
 さて、高橋玄監督の映画であるが、『ポチの告白』(監督:高橋玄、グランカフェピクチャーズ、2009年)
に次いで2本目の鑑賞である。ある程度期待していたが、かなりよくできた「法廷劇」だと思う。もっとも、
非現実の度合が弱いわけではない。やはり、現実の日本ではこんな裁判は期待できないとは思う。法廷劇は
けっこう数が多く、21世紀に入ってから小生の観たものに限定しても以下の作品がある。

 『半落ち』、監督:佐々部清、東映=TBS=住友商事=東京都ASA連合会、2004年。
 『ゆれる』、監督:西川美和、「ゆれる」製作委員会〔エンジンフイルム=バンダイビジュアル=テレビマン
  ユニオン=衛星劇場〕、2006年。
 『それでもボクはやってない』、監督:周防正行、フジテレビジョン=アルタミラピクチャーズ=東宝、
  2007年。
 『明日への遺言』、監督:小泉尭史、アスミック・エース エンタテインメント=住友商事=産経新聞社=
  WOWOW=テレビ東京=ティー ワイリミテッド=シネマ・インヴェストメント=CBC=エース・プロダク
  ション、2008年。
 『私は貝になりたい』、監督:福澤克雄、「私は貝になりたい」製作委員会〔TBS=東宝=ジェイ・ドリーム=
  博報堂DYメディアパートナーズ=毎日放送=朝日新聞社=プロダクション尾木=中部日本放送=TBSラジオ=
  TOKYO FM=RKB毎日放送=北海道放送=他 JNN全28局〕、2008年。
 『ポチの告白』、監督:高橋玄、グランカフェピクチャーズ、2009年。
 『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』、監督:豊島圭介、「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」製作
  委員会〔ダブ=ソニーミュージックエンタテインメント=ゼアリズエンタープライズ=角川コンテンツ
  ゲート=マコトヤ〕、2010年。
 『BOX 袴田事件 命とは』、監督:高橋伴明、BOX製作プロジェクト、2010年。
 『終の信託』、監督:周防正行、フジテレビ=東宝=アルタミラピクチャーズ、2012年。

 なお、小生は未見であるが、『逆転裁判』(監督:三池崇史、東宝配給、2011年)という法廷劇がある由。

 さて、高橋玄監督から提供された資料があるので、それを引用させていただこう。なお、一部改変したが、
ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  日本の司法機関の執行人・裁判官の日常は、ほとんど国民に知らされていない。一般社会から隔離
 されるように生きる判事は、常時ひとりで300件もの訴訟を抱える激務に追われる一方、司法における
 絶対的な存在という意味で、全能の神「ゼウス」でもある。だが、裁判官も人間である。そこには個
 人の生活があり恋愛があり家庭、そして最高裁判所からの支配の重圧に疲弊する役人としてストレス
 がある。私たちが人としての裁判官を知るときに、果たしてなにが見えてくるのか? この映画は、
 ある裁判官とその元婚約者の愛憎劇を通して日本の司法の盲点を浮き彫りにするサスペンスであり、
 心揺さぶる究極のラブストーリーである。ラスト1分では衝撃的な結末が描かれる。

   〔ストーリー〕

  地方の市役所職員・中村恵(小島聖)は若きエリート判事・加納清明(塩谷瞬・椙山滋)と婚約し
 たが、一般社会とかけ離れた裁判官の生活に不安を抱いた恵は、同窓会で再会した大学時代の恋人・
 山岡勇次(川本淳市)と密会を重ねるようになる。しかし、ある日、事故で山岡を死なせてしまった
 恵が重過失致死罪で起訴される。加納は裁判所の反対を押し切り、自らの元婚約者を裁く裁判の担当
 判事を志願し、日本の司法を揺るがす前代未聞の裁判が開廷された。果して判決は……?!

 他に、野村宏伸(内田弁護士)、出光元(飯塚判事)、風祭ゆき(加納由紀子=清明の母)、吉野紗香
(鈴本)、黒部進(大野・東京地方裁判所所長)、宮本大誠(土岐判事)、伊藤秀裕(凶悪犯被告人)など
が出演している。司法の「要件事実至上主義」や「判例絶対主義」に一石を投じた法廷劇である。


 某月某日

 DVDで邦画の『のんき裁判』(監督:渡辺邦男、新東宝、1955年)を観た。「ミュージカル喜劇」といった
分野に属する作品である。出演者の顔触れは豪華そのもので、大物俳優があるいはコミカルな役、あるいは
カメオ出演で頑張っている。当時の人気者は誰だったのか、一般的夫婦事情、一般的恋愛観などが垣間見え
る。なにしろ、あの大河内伝次郎がドタバタ喜劇に一枚噛むのだから、それだけでも「一見の価値あり」で
はなかろうか。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  ラジオ東京の連続番組を基とした森山喬の原案から、「森繁の新入社員」と同じく渡辺邦男と川内
 康範が脚本を書き、渡辺邦男が監督する。撮影も同じく「森繁の新入社員」の渡辺孝で、音楽は「雪
 の炎」の松井八郎が担当する。出演者は新東室の八周年記念として「緋牡丹記」の藤田進、角梨枝子、
 「右門捕物帖 献上博多人形」の大河内傳次郎、「皇太子の花嫁」の島崎雪子、高島忠夫、「大利根
 の対決」の花柳小菊、「青春怪談(1955 阿部豊)」の安西郷子、筑紫あけみ、宇建井健、「春色大盗
 伝」の南風洋子、「暁の合唱(1955)」の香川京子に、田崎潤、笠置シヅ子、暁テル子、小林桂樹、
 長谷川裕見子、関千恵子、花井蘭子、三浦光子などオール・スター・キャストである。

   〔あらすじ〕

  人気スター小林桂樹(被告)と高島忠夫(被告)は、裁判所の前で車を下りた途端にファンのサイ
 ン攻めにあって中に入れず、藤田裁判長(藤田進)は欠席裁判を始めたが、証人台に立ったウェイト
 レスの安西郷子(証人)も、舞妓の長谷川裕見子(証人)も二人の被告に首ったけである。田崎検事
 (田崎潤)はその影響を憂慮しハート窃盗罪で死刑を求刑したが、暁弁護人(暁テル子)の歌まじり
 の弁護よろしく刑を懲役九十八年六ヵ月と二時間にまけ、結局裁判長は端数を切捨て懲役二時間と判
 決を下した。次の被告は人気女優の丹下キヨ子(被告)で、世の女性が丹下の真似をして気が強くな
 るため、恐妻病禁止法十五条により告訴されたのである。笠置弁護人(笠置シヅ子)と丹下被告のブ
 ギ調よるしき応答に藤田裁判長は大河内裁判長(大河内傳次郎)と交代歌刑という新しい刑を下すこ
 とになった。撮影所に移動裁判に来た大河内裁判長と田中(田中春男)、堺(堺駿二)の両検事は折
 から撮影中の荒神山のセットを見て、時代逆行罪並びに不道徳行為罪にて告訴したが、三浦監督(三
 浦光子)にピシャリと叱られて終る。その時花柳小菊(被告)、と宇津井健(俳優)のキッスシーン
 が展開され、堺検事はこれを完全な悩殺罪の現行犯だと二人を起訴した。証人席にズラリと並んだの
 は島崎雪子、角梨枝子、南風洋子、関千恵子等々。坊屋弁護人(坊屋三郎)の無罪の主張に満場は湧
 いた。その翌日は森繁久彌(被告)の笑殺罪に対する世紀の公判で、禿柳弁護人(柳家金語楼)と検
 事との激しい応酬の後、森繁の相棒香川京子(俳優)の出現宜ろしく、大河内裁判長は被告も原告も
 全員新東宝撮影所に終身刑を命ずという判決を下したのである。

 他に、上原謙(新聞記者)、榎本健一(本人役)、若山富三郎(仁吉役者)、花井蘭子(お菊役者)、小
笠原弘(長吉役者)、清川玉枝(藤田裁判長の妻)、久保菜穂子(同じく娘)、花岡菊子(田崎検事の妻)、
中村彰(書記)、筑紫あけみ(証人)、野上千鶴子(同)、江川宇礼雄(助監督)、鳥羽陽之助(清水次郎
長役)、阿部九洲男(俳優)、美雪節子(裁判所の給仕)、加藤欣子(長屋のおかみ)、横山運平(守衛)、
冬木京三(同)、永井柳太郎(同)、小高まさる(ダフ屋)、原文雄(同)、鮎川浩(同)、岬洋二(バー
テン)、山室耕(ギャング)、池内淳子(舞妓)、沢井一郎(予想屋)、天知茂(助監督)などが出演して
いる。「八千万同胞」という言葉より、この当時の日本の人口が八千万人だったらしいことが分る。さまざ
まなギャグらしい台詞や動きが披露されるが、今一つ面白くない。ただ、一流の役者だけに、かたちは決ま
っていたと思う。たとえば、森繁やエノケンなど。


 某月某日

 DVDで邦画の『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』(監督:渡辺邦男、新東宝、1952年)を観た。<ウィキペ
ディア>に詳しい情報があるので、それを先ず引用させていただこう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

  『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』(チャッカリふじんとウッカリふじん)は、1951年(昭和26年)
 12月25日から1964年(昭和39年)10月3日まで、ラジオ東京(現在のTBSラジオ)が放送した日本のラ
 ジオドラマであり、それを原作とした日本の映画群、および1965年(昭和40年)と1983年(昭和58年)
 に放送されたテレビドラマである。通称『チャカ・ウカ』。
  タイトルについては、ラジオドラマは1961年(昭和36年)5月1日以降、映画は東京映画製作のうち
 2作が、『ウッカリ夫人とチャッカリ夫人』となっている。

   〔略歴・概要〕

  茶刈夫妻と宇刈夫妻が主人公である。毎回一話完結の15分間ドラマである。
  第1回放送日は、ラジオ東京の開局日の1951年(昭和26年)12月25日であった。3回のリニューアル
 を繰り返し、1958年(昭和33年)には、放送2,000回を迎え、初期の長寿番組となる。1964年(昭和39
 年)10月に、13年間続いた放送に終止符を打つ。
  スポンサーは、当初の企業が降板した後、1952年(昭和27年)10月から朝日麦酒(現在のアサヒビ
 ール)が一社提供する。バャリース・オレンジや同社のビールを番組内で大いにフィーチャーし、同
 番組をフィーチャーした新聞広告を打った。1958年(昭和33年)7月には、降板した。

   〔映画〕

  『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』は、1952年(昭和27年)製作、同年4月24日公開の日本映画。製
 作・配給は新東宝。
  ラジオドラマの「茶刈家と宇刈家」が「茶刈家と迂刈家」となっている。本作製作当時のラジオの
 チャッカリ夫人は南美江、ウッカリ夫人は北原文枝であった。翌1953年(昭和28年)5月、本作でチャ
 ッカリ夫人を演じた久慈あさみが、ラジオの三代目ウッカリ夫人となる。
  ウッカリ夫人の夫・良夫を演じた田中春男の実の娘・山中美佐(のちの宇治みさ子)が、本作でデ
 ビューしている。
  プロデューサーの佐藤一郎は、この後、東京映画に移籍するが、本シリーズは手がけていない。

  スタッフ

 製作 : 佐藤一郎
 企画 : 柴田万三
 監督 : 渡辺邦男
 脚本 : 神谷量平
 原作 : 梅田晴夫、市川三郎、佐々木惠美子
 撮影 : 渡辺孝
 美術 : 梶由造
 音楽 : 服部良一

  キャスト

 久慈あさみ - 茶刈里子
 香川京子 - 妹洋子
 田崎潤 - 夫順助
 折原啓子 - 迂刈幸子
 田中春男 - 夫良夫
 島かづ子(クレジットでは、「和子」になっている) - 良夫の子タア坊
 江川宇禮雄 - 鴨の池新左衛門
 三條利喜江 - 妻よし子
 片山明彦 - その孫の正彦
 柳家金語楼 - 洗濯屋主人
 清川虹子(註:彼女は出演していない) → 一の宮あつ子(?) - その女房
 森繁久彌 - 弟茂さん
 横山エンタツ - 八百屋主人
 伊達里子 - その女房
 山中美佐 - 娘のお八
 大泉滉 - 安治川安太郎
 星ひかる - 安治川家の執事
 山室耕 - 押売

  ストーリー

  東京郊外。茶刈家と迂刈家、茶刈夫人・里子(久慈あさみ)はチャッカリ屋で、迂刈夫人・幸子
 (折原啓子)はウッカリ屋であるが、両家をめぐる町内がややこしい。八百屋(横山エンタツ、伊達
 里子)は茶刈家ひいき、洗濯屋(柳家金語楼、清川虹子)は迂刈家ひいきである。八百屋の娘お八
 (山中美佐)は、洗濯屋の弟・茂さん(森繁久彌)に思いを寄せている。町内の鴨の池家(江川宇禮
 雄、三條利喜江)の孫・正彦(片山明彦)は、大卒のニートである。
  茶刈家に、里子の妹・洋子(香川京子)が、婚約者に決められた安治川安太郎(大泉滉)から逃げ
 て、大阪から東京へ現れた。追いかけてきた安太郎に、たまたまそこにいただけの正彦を恋人だと言
 って逃れようとする。このことをきっかけに、正彦は、迂刈家の空き巣を投げ飛ばし、アメリカ勤務
 の就職も決まり、人生が好転する。お八と茂さんもいい雰囲気になる。

 その他、関連映画として、『続チャッカリ夫人とウッカリ夫人 底抜けアベック三段とび』(監督:渡辺邦
男、新東宝、1952年)、『ウッカリ夫人とチャッカリ夫人 やりくり算段の巻』(監督:渡辺邦男、東京映画、
1954年)、 『その後のウッカリ夫人とチャッカリ夫人』(監督:春原政久、東京映画、1954年)、『お景ち
ゃんのチャッカリ夫人』(監督:瑞穂春海、松竹大船、1954年)、『チャッカリ夫人とウッカリ夫人 夫婦御
円満の巻』(監督:青柳信雄、東京映画、1956年)がある〔いずれも筆者未見〕。
 また、TVドラマとして2本製作されている。

   1965年版『チャッカリ夫人とウッカリ夫人』

  放送期間 : 1965年10月4日 - 1966年9月30日
  放送時間 : 月 - 金 21:30 - 21:45 ⇒ 14:15 - 14:30
  出演 : 佐伯徹、姫ゆり子、藤田佳子
  製作・キー局 : TBS
  提供 : 和光堂

   1983年版・月曜ドラマランド『うっかり夫人ちゃっかり夫人』

  1983年6月20日、脚本竹山洋、演出中村金太
  1983年9月5日、脚本窪田篤人、演出中村金太
  出演 : 丘みつ子、沢田亜矢子、秋野太作、岸部シロー
  製作 : テレキャスト、フジテレビ

 小生の記憶では、1965年版のTVドラマを観ているはずである。したがって、『チャッカリ夫人とウッカ
リ夫人』という題名は小学校の頃から知っていた。
 さて、物語等をもう一度確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝した
い。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  製作は「ブンガワンソロ」の佐藤一郎。原作はラジオ東京の放送劇で、柴田万三が企画を立てて、
 神谷量平が脚色し、「水戸黄門漫遊記 伏魔殿の妖賊」の渡辺邦男が監督、「極楽六花撰」の渡辺孝
 が撮影に当たっている。主な出演者は、「女王蜂(1952)」の久慈あさみ、「上海帰りのリル」の香川
 京子、「栄冠涙あり」の折原啓子、「浮雲日記」の田崎潤、田中春男のほか、片山明彦、柳家金語楼、
 清川虹子(註:彼女は出演していない)、森繁久彌、ニュー・フェイスの山中美佐などである。

   〔あらすじ〕

  東京郊外のある小市民住宅地に住む茶刈家と迂刈家。主人は二人ともある会社の平凡なサラリーマ
 ン。茶刈夫人里子(久慈あさみ)は大変なチャッカリ屋で、迂刈夫人幸子(折原啓子)は大変なウッ
 カリ屋。そのため、とんだ悲喜劇がかもし出される。この町の八百屋(横山エンタツ)は茶刈家ひい
 き、洗濯屋(柳家金語楼)は迂刈家ひいきで、それぞれ張り合っているが、八百屋の娘お八(山中美
 佐)は洗濯屋の茂さん(森繁久彌)にまいっている。鴨の池家の孫息子正彦君(片山明彦)は、大学
 を卒業したのに、相変らずお祖父さんのすねをかじってぶらぶらしている呑気者。茶刈家へは里子夫
 人の妹洋子(香川京子)が、家事見習として称して大阪からやって来る。婚約者安治川安太郎(大泉
 滉)をきらっての逃避行である。すると安太郎が四ッ橋権左衛門(星ひかる)につれられて洋子のあ
 とを追って来ての強談判に、洋子はちょうど来会わせた正彦を自分の恋人だと紹介する。正彦は面く
 らったが、うれしくないこともない。ぐうたらに思われていた正彦が、迂刈家へはいった空巣(山室
 耕)を、見事になげとばしたり、急に就職がきまり、それも外国勤務で、米国留学というので、みん
 な驚いてしまう。今日は大掃除。茂さんがお八と仲よく掃除をしている姿も見える。

 他に、田中春男(幸子の夫の良夫)、田崎潤(里子の夫の順助)、江川宇礼雄(鴨の池新左衛門)、三條
利喜江(その妻よし子)、一の宮あつ子(おそらく、洗濯屋の妻)、島和子(良夫と幸子の子タア坊)、伊
達里子(八百屋の女房)などが出演している。大根の値段は1本20円である。正彦の茶刈家での家事手伝い
のバイト代が日給50円である。ずいぶんと安い。それに比べると、洋子のフィアンセの安治川安太郎の月給
は5万円で、かなりの高額である。里子は洋子に「5万円なんて月給取りはなかなかいない。そいつで手を
打てば」と誘い水を差すが、洋子はきっぱりと断っている。本物の「チャッカリ屋」は下手を打たないとい
うわけである。干し柿のことを「あんぽんたん」と呼ぶ場面があるが、福島弁らしい。干し柿は甘いから転
じて、「愚か者」の意味もある。なお、里子役の久慈あさみは、東宝の「社長シリーズ」で森繁久彌の女房
役を務めていたが、案外当該作品においてその下地ができたのではないだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『芸者ワルツ』(監督:渡辺邦男、新東宝、1952年)を観た。新東宝の「歌謡映画」である。  
同年、大ヒットした「ゲイシャ・ワルツ」(作詞:西條八十、作曲:古賀政男、唄:神楽坂はん子、1952年)
の映画化である。はん子自身も芸者の役で出演しており、そのさばさばした様子を披露している。華族の没
落を絡めて恋愛映画に仕上げているが、ありきたりながらなかなか面白かった。脚本が笠原良三なので、さ
もありなんである。とくに、田崎潤が演じた楠田という「豪放磊落」を絵に画いたような男が印象的であっ
た。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  大林清の原作から、「チョイト姐さん思い出柳」の笠原良三が脚本を書き、「決戦高田の馬場」の
 渡辺邦男が監督し、「はだか大名(前篇)」、「はだか大名(後篇)」の渡辺孝が撮影している。出
 演者の主なものは、「若き日のあやまち」の相馬千恵子、「遊侠一代」の田崎潤と野上千鶴子、「娘
 十九はまだ純情よ」の高田稔と柳家金語楼、「ボート8人娘」の龍崎一郎などに、神楽坂はん子、ニュ
 ー・フェイスの久保菜穂子と藤京子などである。

   〔あらすじ〕

  朝吹千枝子(相馬千恵子)は旧華族の娘だったが、戦後すっかり財産を失った一家を支えるために、
 病床の父には女事務員をしているといつわって実は芸者になっていた。ある日、六郷商事の社長就任
 披露の宴会に招ばれて、栄龍(宮川玲子)、はん子(神楽坂はん子)、つばめ(野上千鶴子)、照代
 (旭輝子)などの朋輩と一緒に箱根の「青嵐荘」へ行った。この家こそは、千枝子の父が戦前に持っ
 ていた別荘だった。しかも当日就任の社長、六郷恭造(柳家金語楼)は、その昔朝吹家へ出入りの車
 曳きであった。息子信太郎(龍崎一郎)は戦後の新興実業家で、親孝行のため恭造を社長につかせた
 のだった。千枝子はこの時信太郎と親しくなり、その後恭造が悪辣な同業の山崎(役者、不詳)の口
 車に乗せられそうになったとき、千枝子がそれを救ったことから信太郎と千枝子の間柄は急速に親密
 の度を加えた。恭造は信太郎が千枝子との結婚を希望していると知ったとき、旧主家への礼儀を慮っ
 て、昔の車曳きの姿になり、その上六郷商事の全財産にも相当する金をひき出して、「金一封」とし
 て朝吹誠通〔旧 伯爵〕(高田稔)の病床に贈った。六郷商事では財産紛失事件で大さわぎとなるが、
 千枝子が小切手を返しに来た上、一時は恭造の行為を誤解した誠通も千枝子と信太郎の愛情を理解し、
 朝吹一家に久しぶりの春が訪れた。

 他に、田崎潤(楠田)、久保菜穂子(朝吹美津子=千枝子の妹)、花岡菊子(六郷とし=恭造の妻)、清
川玉枝(吉田富枝=芸者置屋の女将)、藤京子(花丸)などが出演している。虎屋の羊羹が贅沢品として語
られており、時代を感じた。また、「お里がわかる」、「アプレ(・ゲール)」、「御待合」などが画面に
似合っていた。楠田が華族出身の芸者染千代(=千枝子)を評して、「お前は芸がないから、者(しゃ)だ」
という台詞が面白かった。負けてばかりいる勝負師を「負師(ぶし)」と呼ぶようなものである。
 さて、「ゲイシャ・ワルツ」の歌詞を下に掲げておこう。<魔鏡歌詞網>から引用させていただいた。関係
者に感謝したい。

   「ゲイシャ・ワルツ」
 
                     作詞:西条八十
                     作曲:古賀政男
                     唄:神楽坂はん子

   あなたのリードで 島田もゆれる
   チークダンスの なやましさ
   みだれる裾も はずかしうれし
   ゲイシャ・ワルツは 思い出ワルツ

   空には三日月 お座敷帰り
   恋に重たい 舞扇
   逢わなきゃよかった 今夜のあなた
   これが苦労の はじめでしょうか

   あなたのお顔を 見たうれしさに
   呑んだら酔ったわ 踊ったわ
   今夜はせめて 介抱してね
   どうせ一緒にゃ くらせぬ身体

   気強くあきらめ 帰した夜は
   更けて涙の 通り雨
   遠く泣いてる 新内流し
   恋の辛さが 身にしみるのよ

 「日日是労働セレクト4-6」に「神楽坂はん子の『芸者ワルツ』が大晦日の紅白歌合戦の演目だったの
はいつのことだろうか。おそらく、昭和30年代の前半だったのではないか。40年代に入っても、小生にとっ
て、「芸者」という存在は身近なものだった。もちろん、鑑賞の対象だったにすぎないが……」という文章
が見出されるが、調べてみると(ウィキペディア)、彼女のNHK紅白歌合戦出場歴としては、

   第4回(1953年12月31日、日本劇場)「こんな私ぢゃなかったのに」
   第5回(1954年12月31日、日比谷公会堂)「みないで頂戴お月さん」

とあり、「ゲイシャ・ワルツ」(題名も「芸者ワルツ」ではない)は歌っていない。意外であった。


 某月某日

 DVDで邦画の『銀座カンカン娘』(監督:島耕二、新東宝、1949年)を観た。新東宝の「歌謡映画」である  
が、主演のひとりである高峰秀子のコメディエンヌぶりが楽しい。歌手の笠置シズ子や灰田勝彦も無難に演
技をこなしており、明るいミュージカル映画に仕上がっている。筋書も平凡ながら当時の様子をよく伝えて
おり、落語家夫婦役の五代目古今亭志ん生と浦辺粂子の息もぴったりと合っている。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  製作は「流星」、「グッドバイ(1949)」の青柳信雄、脚本は「春の戯れ」につぐ山本嘉次郎と元日
 活協同プロダクション、プロデューサー、朝鮮映画製作部長をしていた中田晴康が戦後初の協同執筆、
 監督は「今日われ恋愛す」、「グッドバイ(1949)」の島耕二、キャメラは「グッドバイ(1949)」の三
 村明がそれぞれ担当する。出演は「花くらべ狸御殿」、「我輩は探偵でアル」につぐ灰田勝彦。「グ
 ッドバイ(1949)」の高峰秀子のほか、岸井明、「結婚三銃士」の笠置シヅ子らが共演している。

   〔あらすじ〕

  落語家の新笑(五代目古今亭志ん生)は、いまは引退して妻のおだい(浦辺粂子)と、子どもとさ
 さやかな生活を営んでいた。そこへ居候として入ってきたのが、新笑が昔世話になったという恩人の
 娘お秋(高峰秀子)と、お秋の友人のお春(笠置シズ子)だった。二人の明朗な娘たちは朝から歌を
 うたって、おだいをイライラさせる。新笑の甥の武助(灰田勝彦)は、会社の合唱隊を組織して歌に
 精進しているし、お春は声楽家、お秋は画家と、いずれも芸術家としての意欲にもえていた。しかし、
 一文なしの娘たちには、絵の具もピアノも買うことは出来ず、そうかといってブラブラといつまでも
 遊んでいるわけにもいかなかった。お秋が職さがしに出かけようとすると、おだいにポチを捨ててき
 てくれと頼まれてしまった。ポチをつれたお秋が捨場に迷っていると、ある映画会社のロケ隊に出会
 った。しかもその撮影に是非ポチと一しょに出てくれという話になり、一日だけエキストラとしてキ
 ャメラの前に立つことになった。撮影は進行して、女優の山田美恵(水原久美子)が池の中に放り込
 まれることになって、ハタと困ってしまった。というのは山田嬢が、ガンとして承知しないのである。
 そこで代役を使うことになったので、お秋は早速お春をよんできて、代行させた。おかげで二人は千
 円という大金を手にすることが出来たのだった。そのエキストラで知り合った白井哲夫(岸井明)の
 世話で二人はバーで歌をうたうことになった。バーからバーへ毎夜銀座の裏から裏へ、白井の伴奏で
 三人は働いた。おかげでお秋もお春も、小ざっぱりした洋服と、いくらかの貯金も出来た。新笑の家
 では、生活も苦しく、しかも月一杯に十万円払い込まないと家を追いたてられると聞いて、恩返しは
 この時とばかり、三人で十万円を送って新笑の苦境を救ったのだった。そのころから武助も会社をク
 ビになったので三人の中に加って、武助とお秋、白井とお春の青春コンビは、カンカンブギウギのリ
 ズムとともに、親密さを増していった。新笑も引退しているような時代ではないと、再び落語家とし
 て第一線で活躍することになった。その高座復帰のおひろめの夜は、急テンポで結ばれた、武助とお
 秋の婚礼披露の晩でもあったのだ。

 他に、服部早苗(ヒヨ子)、山室耕(映画監督)、松尾文人(助監督)、中原謙二(男優の上原)などが
出演している。なお、「銀座カンカン娘」(作詞:佐伯孝夫、作曲:服部良一、唄:高峰秀子、1949年)の
歌詞を以下に掲げておこう。

       1.あの娘 可愛や カンカン娘
         赤いブラウス サンダルはいて
         誰を待つやら 銀座の街角
         時計ながめて そわそわ にやにや
         これが銀座の カンカン娘

       2.雨に降られて カンカン娘
         傘もささずに 靴までぬいで
         ままよ銀座は 私のジャングル
         虎や狼 恐くはないのよ
         これが銀座の カンカン娘

       3.指をさされて カンカン娘
         ちょいと啖呵も 切りたくなるわ
         家はなくても お金がなくても
         男なんかにゃ だまされないぞえ
         これが銀座の カンカン娘

       4.カルピス飲んで カンカン娘
         一つグラスに ストローが二本
         初恋の味 忘れちゃいやよ
         顔を見合わせ チュウチュウチュウチュウ
         これが銀座の カンカン娘

 なお、<ウィキペディア>に以下のような記事がある。

  「カンカン」の意味

  「カンカン」とは山本嘉次郎の造語であり、当時の売春婦の別称「パンパンガール」に対して「カ
 ンカンに怒っている」という意味が込められている。これは1947年に発売された『星の流れに』と同
 じ意味合いであり、戦後の暗い世相を嘆いた山本の心の叫びであった(CD集「懐古・昭和歌謡」曲目
 解説書(解説:森島みちお)より)。
  高峰秀子が「カンカン娘ってどういう意味なんですか?」と作曲の服部と作詞の佐伯に尋ねたとこ
 ろ、二人とも知らなかったという逸話がある。

 これは蛇足であるが、新笑が「パンパン娘」と発音し、それを娘のヒナ子が「カンカン娘」と訂正するシ
ーンがある。けっこうきわどいが、この時代ならばあり得るか。なお、味噌汁のことを「おつけ」とおだい
は呼んでいた。また、そのおだいは煙管を上手に扱っていた。担ぎ屋、輪タク、十銭の価値など、興味深い
逸話もあった。


 某月某日

 DVDで邦画の『異国の丘』(監督:渡辺邦男、新東宝=渡辺プロ、1949年)を観たのでご報告。これまでの
人生で、小生の周囲にも引揚者の話をする人がいたが、実際のところ近親者に引揚者は存在しない。したが
って、「シベリア抑留」という言葉も、ただの知識でしかない。ただし、『極光のかげに ─ シベリア俘虜
記』(高杉一郎 著、岩波文庫)は、感動しながら読んだ記憶がある。小生の亡くなった友人の父親もシベリ
ア帰りであると漏れ聞いたが、詳しいことは知らない。その彼がときたま歌っていたのが「異国の丘」であ
る。きっと、父親から教わったに違いない。その「異国の丘」(作詞:増田幸治、補作詞:佐伯孝夫、作曲:
吉田正、編曲:清水保雄、唄:竹山逸郎/中村耕造、1948年)の歌詞を以下に記してみよう(「二木紘三の
うた物語」より)。

    1 今日も暮れゆく 異国の丘に
      友よ辛かろ 切なかろ
      我慢だ待ってろ 嵐が過ぎりゃ
      帰る日も来る 春が来る

    2 今日も更けゆく 異国の丘に
      夢も寒かろ 冷たかろ
      泣いて笑うて 歌って耐えりゃ
      望む日が来る 朝が来る

    3 今日も昨日も 異国の丘に
      重い雪空 日が薄い
      倒れちゃならない 祖国の土に
      たどりつくまで その日まで

 さて、この歌詞を引用させていただいた「二木紘三のうた物語」に解説が載っているので、それも引用さ
せていただく。ほぼ原文通りである。

  《蛇足》

  第二次大戦の最末期、日ソ中立条約を破棄して満州に侵攻したソ連軍に日本軍は降伏しました。武
 装解除された日本軍将兵は、在満の民間人や当時日本国籍だった朝鮮人とともに、ソ連領内の収容所
 に送り込まれました。一般にこれを「シベリア抑留」と呼んでいます。
  シベリア抑留というものの、収容先はシベリアだけでなく、モンゴルや北朝鮮、中央アジア、ヨー
 ロッパロシアの各地に及んでいました。
  収容者数は、約65万人というのがいちおうの定説になっていますが、実際には約107万人だったと見
 られています。
  収容された日本人たちは、劣悪な居住環境と粗悪な食事のもと、過酷な強制労働に従事させられま
 した。作業は建築や土木建設、木材伐採などでしたが、ノルマが課せられ、ノルマが達成できないと、
 減食されたり、欠食とされたりしました。
  また、定期的に共産主義教育が行われ、反・非共産主義的と見なされると、共産主義に感化された
 同胞からつるし上げや人民裁判、ときにはリンチを受けました。
  連日の過酷な作業のため、収容期間中の死者は、収容人数の1割近い約6万人に達したとされてい
 ます。ただし、アメリカの研究者ウイリアム・ニンモの調査では、実際の死者は約34万人とされてお
 り、また約37万5,000人とする調査結果もあります。収容者数を約107万人とすると、犠牲者はその3
 分の1以上にも達したことになります。
  収容者の帰還は昭和22年(1947)から、ソ連との国交が回復する昭和31年(1956)にかけて逐次行
 われました。共産主義教育に反抗的だった者ほど、帰還を遅らされたと伝えられます。
  抑留からの帰還者によって日本にもたらされたものがいくつもあります。前述したノルマという言
 葉や歌声運動などがその例ですが、『異国の丘』もその1つです。
  昭和23年(1948)8月1日(8日説あり)、NHKの人気番組「のど自慢素人演芸会」に1人の復員兵
 が出演、みごとに鐘を打ち鳴らしました。シベリアから復員した中村耕造という人物で、歌ったのは
 作詞・作曲者不明の『昨日も今日も』という歌でした。
  望郷の思いを切々と歌い上げるその歌にビクターが着目、佐伯孝夫の補作詞と清水保男の編曲を施
 したうえで、中村耕造と当時の人気歌手・竹山逸郎に歌わせてレコード化しました。
  同年9月、『異国の丘』と改題されたそのレコードが発売されるや、たちまち全国に大流行、大人
 から子どもまで口ずさみ、NHKや各地ののど自慢大会でこれを歌う者が続出しました。
  はじめはだれが作った歌か不明でしたが、やがて吉田正が名乗り出て、作詞は増田幸治、作曲は吉
 田正と判明しました。
  吉田は昭和23年8月にはシベリアから帰還していましたが、大流行している歌が自分の歌だという
 実感が湧かなかったので、名乗り出るのが遅れたそうです。
  昭和25年(1950)4月には増田幸治も帰還して、歌のできた経緯がさらに明らかになりました。
  吉田正と増田幸治は、シベリア・ウラジオストク郊外アルチョム収容所にいっしょに収容されてい
 ました。中村耕造も同じ収容所にいたはずですが、2人の名前は記憶していなかったのでしょう。
  あるとき、吉田が戦時中に作った『大興安嶺突破演習の歌』という軍歌を紹介したところ、増田が
 それに『俘虜(ふりょ)の歌える』という歌詞をつけ、副題を『異国の丘』としました。
  後年、増田はそれを発表したときのようすを、次のように語っています。
  「初めて異国の丘を発表したのは収容所の演芸会だった。合唱していると胸が詰まり、歌いながら
 みんな泣いた。これ以降、作業の行き帰りや夕方の人員点呼時に、皆が口ずさんだ。お互いをいたわ
 り、励まし合うようになり、自分さえよければといった殺伐とした雰囲気は次第に薄れていった。シ
 ベリア最初の冬がようやく終わる昭和21年(1946)の3月ごろだった」。
  歌が単なる娯楽以上の力をもちうるという顕著な証拠がここにあります。
  吉田はビクターから専属作曲家として迎えられ、以後数々のヒット曲を連発したことはよく知られ
 ているとおりです。

                                (二木紘三)2007年10月 2日 (火)

 さて、物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  渡辺邦男プロダクション第一回作品である。製作は「拳闘狂一代記」につぐ渡辺邦男に佐藤一郎が
 協同し、『主婦と生活』連載の芹沢光治良原作『夜毎の夢に』より渡辺邦男、北沢誠が協同で脚色。
 監督は渡辺邦男である。撮影は「馬車物語」以来の平野好美が担当。主演は「斬られの仙太」の花井
 蘭子、「結婚三銃士」の上原謙で、それに「検事と女看守」の大日方伝や浦辺粂子らが出演する。

   〔あらすじ〕

  久米子(花井蘭子)は何んの苦労もなく娘となり、そして岩崎家の長男清(上原謙)と結婚し、清
 の愛情の中で幸福であった。やがて久米子は母となる日が来た。国雄(渡邉茂夫)が生れた。そして
 月日が流れ、時子(島和子)が生れ出る直前清は召集され出征した。この日から久米子は歯をくいし
 ばるようなつらい日がはじまったのだ。女学校時代の親友伊藤文子(宮川玲子)はそんなときただ一
 人久米子の力になってくれた。文子の夫(大日向伝)も同じように出征していたのだ、久米子は夫が
 子どもたちを音楽家としてたたせたいと常にいっていたことを思い、夫の清自身音楽家を望んで果さ
 れず、一技師としてただ余暇にヴァイオリンをなぐさんでいただけだったので、夫のいない間に何ん
 とかして二人の子どもに音楽を身につけさそうと思い切って貯蓄のすべてをピアノに変え子どもにあ
 たえた。だが烈しい戦いはか細い久米子一人の腕でどうにも支えきれなくなってきた。やがてながい
 戦いは終り、夫の消息は判らなかった。そんなとき友人文子の夫に戦死の公報が来た。だが文子は久
 米子にすがっていうのだ。「きっと生きている! あのひとは」と。その文子の思いが夫に通じるよ
 うに死んだはずの文子の夫は帰ってきた。だが、運命は久米子にもめぐって来た。終戦後三年もたっ
 た今、久米子のもとへ夫清の戦病死が知らされたのだ。久米子はヘタヘタとなってしまった。しかし、
 文子は久米子をはげまして、きっと生きているという確信をあたえてくれた。もう経済的にも苦しく、
 家を売り、物を売り、でもピアノだけははなさなかった。ただ夫の生きていることを信じて……。そ
 して、ああ、久米子のはげしい夫への愛情は本当に夫を生きて帰してくれたのだった。

 他に、浦辺粂子(久米子の姑いく)、坂内永三郎(長二=次男)、田中春男(三男〔みつお〕=三男)、
水原久美子(津山洋子=長二のかつてのフィアンセ)、清川玉枝(麻布の叔母すみ)、岬洋二(道具屋)、
吉田正〔作曲者〕(戦病兵)、清川荘司(久米子の父)、三條利喜江(同じく母)、山室耕(泥棒)、有馬
和枝(ポン子〔ハルコ〕=長二の妻)、鳥羽恵美子(媒酌人)、武村新(同)、原文雄(運転手)、信夫英
一(その助手)、大国一公(東京都民生局世話課の役人)などが出演している。
 冒頭の文章などを以下に書き記しておこう。ほぼ原文通りである。

  この映画を通じて引揚促進に対する全国民の輿論を喚起し、その熱願達成に邁進を誓ひましよう。
  そして、連合国の御厚意に感謝を捧げ、謹んで今は亡きアヂソン対日理事会初代議長の霊に応へ
  ましよう。

   指導

    同胞救援議員連盟帰還促進部長
    参議院議員 淺岡信夫

   後援   厚生省
        同胞救援議員連盟

   推薦   引揚援護廳

  連合国最高司令長官は、ソ連当局に対して日本人を一ヶ月十六万人引揚さすため、それに相当する
 配船を行うことを繰り返して申出ている。
  更に、冬期間中引揚を継續するために碎氷船及び他の便宜を提供することも申出ている。之に対し
 て、ソ連当局からは何等の回答がない。
  他の抑留地の引揚問題は諸外国の援助によって全部完了した。

  昭和21年11月10日、舞鶴を発ったシベリア引揚特別列車は、「しながは」(品川)駅8番ホームに
 入ろうとしています。約720名の引揚者を乗せた列車は、ただいま8番ホームに入りました。

  二人以上の復員者が死亡と証言した場合、80%はお気の毒ながら……。また、三人以上いる場合は、
 「戦死の公報」(正式には「死亡告知書(公報)」)を出します。

 戦後わずか4年ほどしか経っていない時代の映画であるから、当時の日本人の心情をよく伝えていると思
う。新東宝得意の「歌謡映画」であるが、さらに第一級の「反戦映画」でもあった。夫の帰還を信じて待つ
久米子の心意気が素晴らしいからである。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は『泣くな小鳩よ』(監督:毛利正樹、新東宝=青柳プロ、1950  
年)である。主演の岡晴夫(愛称:「岡ッ晴(オカッパル)」)のヒット曲「啼くな小鳩よ」(作詞:高橋
掬太郎、作曲:飯田三郎、唄:岡晴夫、1947年)の映画化。「啼く」の文字が「泣く」に替わっており、よ
り親しみやすくなっている。映画自体はどうということのない恋愛もの。ただし、戦争が恋する者たちに色
濃く陰影を与えている。この時代、この手の映画は量産されており、戦争で傷ついた国民のこころをずいぶ
んと慰めたのではないか。とりあえず、歌詞を掲げておこう(「二木紘三のうた物語」より)。


    1 啼くな小鳩よ 心の妻よ
      なまじ啼かれりゃ 未練がからむ
      たとえ別りょうと 互いの胸に
      抱いていようよ おもかげを

    2 旅ははるばる 涯(はて)ないとても
      呼べば届くよ 夜毎の夢に
      思い出したら 祈ろじゃないか
      つきぬえにしを 身の幸を

    3 さらば小鳩よ 心の妻よ
      瞳曇るな また逢う日まで
      帽子振り振り あとふり向けば
      暁(あけ)の野風が ただ寒い


 さて、物語を確認しておこう。生島圭一(岡晴夫)という大学生がいる。孤児なので、香取太一(柳家金
語楼)の世話になっている。歌が上手で、仲間と青空楽団を結成し、アルバイトで歌手活動をしている。香
取の娘である洋子(野上千鶴子)は、そんな圭一のことが好きである。できれば結婚したいと思っている。
しかし、彼には戦前から意中の人がいた。ユサエミ〔どんな文字かは不明〕(高杉妙子)という女性である。
戦争のどさくさで離ればなれになっている。互いに探しあっているが、邂逅には至らない。さらに、エミは
空襲の際眼を痛め、失明していた。洋子からの求愛を重荷に感じた圭一は香取の家を出る。父親の太一は娘
の気持を察して圭一の説得に当たるが、圭一は応じない。偶然の切っ掛けから、太一はエミの実情を知り、
娘に圭一を譲ってくれと頼む。エミは自分の境遇を察してお芝居を打つが、圭一に盲目であることや、お芝
居で別れを告げたことが分かってしまう。二人は再び気持を確認し合い、一緒に暮らすことを誓う。洋子も
そんな二人を祝福し、圭一も新人歌手コンクールで優勝し、ハッピー・エンディングを迎える。他に、宮川
玲子、清川荘司、若月輝夫、江戸川蘭子、一の宮あつ子、岡龍三、千葉徹、花島三郎、一藤月子、木田愛子、
水戸良子などが出演している。コロッケやサイダーがこの時代の雰囲気を伝えている。
 2本目は『女囚さそり・701号怨み節』(監督:長谷部安春、東映東京、1973年)である。5、6回目の鑑
賞だろうか。やはり主演の梶芽衣子のエナジーが欲しくて観た。シリーズ第4弾にして最終作である。監督
が伊藤俊也から代わっているので若干の相違があるが、概してさそりの鋭さはまったく変わらない。初めて
恋人らしき男(田村正和)ができるが、それも刺し殺してしまう。ことを了えて立ち去るさそり。その後の
足取は杳として知れず。完璧なエンディングである。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>を参照しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  “さそり”シリーズ四作目。元過激派学生運動家に一度は犯罪者的意識で心を許したさそりが、そ
 の男に裏切られた怨念に燃え、刑務所を脱走して復讐を果すまでを描く。脚本は「前科おんな 殺し
 節」の松田寛夫と神波史男、監督は脚本も執筆している「戦国ロック 疾風の女たち」の長谷部安春、
 撮影は「実録・私設銀座警察」の仲沢半次郎がそれぞれ担当。

   〔あらすじ〕

  刑務所を脱走したさそりこと松島ナミ(梶芽衣子)は、児玉武志警部(細川俊之)の執拗な捜査に
 より逮捕された。だが、ナミは護送される途中、車を電柱に激突させ、ふたたび脱走した。傷を負っ
 たナミは、ヌード劇場の便所に潜んだ。そのナミを見つけた、照明係をしている工藤安男(田村正和)
 は、人目のつかない舞台の下へナミを抱きかかえ傷の手当てをした。元過激派の学生運動家だった工
 藤は、公安警察の凄絶なリンチにより片足を不自由にさせられてしまっていた。そして、その時の刑
 事が児玉だった。二人はいつしか、犯罪者意識で通じ合い、安心感を覚えていた。しかし、そんな二
 人に嫉妬した工藤に好意を寄せているストリッパーのみどり(渡辺やよい)は警察へ通報した。児玉
 は工藤を逮捕し、リンチを加え、ナミの居所を白状させようとするが、工藤は頑なに拒否するのだっ
 た。釈放された工藤は、ナミと二人で児玉の家を襲った。しかし、児玉は留守で、妻の君代(金井由
 美)だけだった。その君代は逃げようとして、窓から落ちて死んでしまった。怒った児玉は大捜査網
 を張り、工藤を逮捕。そして、工藤の母のトメ(初井言栄)をだしに使い、ナミの居所を白状させて
 しまった……。ナミは再び女子刑務所へ送られ、死刑囚専用の第四独居房に入れられた。ナミは刑務
 所長の中曽根(楠田薫)たちにリンチを加えられた後、処刑されることになった。児玉たち刑事や法
 務省役人の立ち合いで処刑の準備はできた。だが、ナミは看守に連れられて行く途中、逃亡し、児玉
 の車のトランクに忍び込んだ。所内がナミの脱走で騒然としている時、児玉は刑務所を出て、人気の
 ない埋立地に着く。児玉は自らの手でナミを処刑すべく、看守を使ってナミを脱走させたのである。
 児玉はナミを引きずり出し、自分で作った絞首刑台に乗せた。しかし、ナミは逆に、ふいをついて児
 玉にロープをかけ、殺してしまった。ナミは、その足で、工藤のいるヌード劇場へと向った。死んだ
 と思ったナミを見た工藤は、ナミに抱きつくが、ナミは手に待った短剣で工藤の胸を突き刺す。やが
 て、ナミは工藤に心を許したことを後悔し、人間不信の逃亡生活を始めるのだった。

 他に、土方弘(広瀬刑事)、大下哲矢(高井刑事)、中原早苗(稲垣明子=死刑囚)、森秋子(大門看守
長)、根岸明美(南村看守)、安藤純子(真崎看守)、伊達弘(支配人)、土山登士幸(刑事)、佐藤晟也
(同)、大泉公孝(同)、久迩あき子(看守)、吉田りえ(同)、巳聖子(同)、名達ますみ(女囚)、小
甲登志枝(同)、竹村清女(同)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。両作品ともに時代劇として水準を超えており、さすが嵐寛寿郎と長谷川
一夫だなと思った。筋書そのものはお馴染みであるが、まるで落語の名人芸を堪能しているときのように、
いちいちの場面が活き活きとしているのである。とくに、前者は小品ながらコンパクトにまとめられており、
殺陣の立ち回り、台詞回し、役者の立居振舞、カメラの角度、場面展開の端々に至るまで、とても優れてい
ると思った。こんな作品は他にもたくさんあるのだろうが、埋もれているのだろう。若い人はこんな時代劇
に興味が湧かないかと思うが、是非観ていただきたいと思う。過去の日本人がどんな暮らしを営み、どんな
思いを抱いていたのか、よく分かるのではないか。現代でも時代劇は製作されているが、やはり過去のそれ
と比べるとだいぶ様相が異なる。かたちは似ているが、そのかたちに籠められている魂が違うのである。最
近の戦争映画に登場する軍人役には違和感を感じざるを得ないが、それと似たような感覚に襲われるのであ
る。役者の顔も、そのような違和感を感じることに与っているのではないのか。現代人ののっぺりとした顔
は、軍人や武士には似合わないのである。ともあれ、時代劇のお手本のような両作品について、それぞれの
物語を確認しておこう。
 1本目は、『初祝二刀流』(原題「高田馬場前後」)(監督:松田定次、大映京都、1953年)である。嵐
寛寿郎と片岡千恵蔵が興味深い対峙を行なっており、定番ながら重厚な作品に仕上がっている。戦前の作品
を戦後に再編集して、改題公開された作品の由。<一般社団法人日本映画製作者連盟>によれば、「高田馬場
に旋風一陣・二刀流の剣が唸る御馴染みの喧嘩安兵衛が花のお江戸を驚倒させた剣と人情の痛快篇」とある。
おっとり刀で高田馬場に駆けつける安兵衛の物語はかなり有名であるが、若い人にはなじみが薄いと思われ
るので、<ウィキペディア>の記述を引用してみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕
を乞う。

   高田馬場の決闘(たかたのばばのけっとう)

  元禄7年2月11日(グレゴリオ暦1694年3月6日)に江戸郊外の高田馬場で起きた伊予国西条藩松平頼
 純の家臣たちによる決闘。中山安兵衛こと堀部武庸がこの決闘に助太刀して名を挙げた。
  講談・逸話・芝居が多いので諸説が入り乱れているが、ここでは作家で義士研究家の佐々木杜太郎
 が調査し発見された『細川侯爵家文庫』に所蔵されている「二月二十一日高田馬場喧嘩之事」(中山
 安兵衛が死亡した菅野六郎左衛門にかわって西条松平家の組頭丹羽弥二郎に提出した始末報告書)を
 最も史実に近い文書としてその内容を記述する。

   経緯

  元禄7年2月7日、伊予西条藩の組頭の下で同藩藩士の菅野六郎左衛門と村上庄左衛門が相番していた
 ときのこと、年始振舞に村上が菅野を疎言したことについて二人は口論になった。このときは他の藩
 士たちがすぐに止めに入ったため、二人は盃を交わして仲直りしたのだが、その後また口論となって
 しまう。ついに二人は高田馬場で決闘をすることと決める。
  しかし、菅野は菅野家で若党と草履取りをしていた2人しか集められなかった。一方村上家は三兄弟
 であり、しかも家来も含めてすでに6・7人は集めたと聞き及ぶ。そこで菅野は同じ堀内道場の門弟で
 叔父・甥の契りを交わしていた剣客中山安兵衛(堀部武庸)のもとへ行き、「草履取りと若党しかお
 らず、決闘で役に立つ連中とも思えない。万が一自分が討たれた時は自分の妻子を引き受け、また代
 わりに村上を討ってほしい」と申し出てきた。これに対して安兵衛は「事情は承知した。しかし後の
 仇討は受けがたい。今こそお供させていただきたい。貴公よりは手足も達者ですから、敵が何人いて
 も駆け回りひとりで討ち倒し、貴公には手を煩わせません」と応え、菅野はこれを聞いて同道を許可
 したので一緒に決闘場高田馬場へいくこととなった。
  元禄7年2月11日、四つ半頃(午前11時過ぎ頃)、菅野・安兵衛・若党・草履取りは高田馬場へ入っ
 た。安兵衛が馬場を見回すと、南之方馬場末から村上庄左衛門がやってきた。しかし一人だけとは思
 えぬと若党に見回りさせると木の蔭に村上の弟中津川祐見(文書の中に「此れは針医者にて御座候」
 とある)と村上三郎右衛門(「此れは浪人。庄左衛門にかかり罷在候」とある。すなわち村上庄左衛
 門の家にいる居候の弟のようである)がいた。挟み打つ手だてとみて菅野は安兵衛らに護衛されなが
 ら村上に歩み寄った。村上も近づいてきて十間まで迫ったところで二人は言葉を交わした。菅野が
 「これは珍しいところにて見参致し候」と皮肉を言うと、村上も「まことに珍しいと存じ候」と応じ
 た。
  そこへ村上の弟村上三郎右衛門が兄庄左衛門の後ろから回って斬りかかろうとしたので安兵衛が三
 郎右衛門の眉間を切り上げた。三郎右衛門はひるんで左の手を刀から離したが、なおも右の手で刀を
 振り下ろし安兵衛はこれを鍔で受けた。三郎右衛門は一度離れ、再度斬りかかったが、また鍔で受け
 とめられ、三郎右衛門の刀が引かれたところを踏み込んで三郎右衛門を正面から真っ二つにした。
  十間ばかり向こうでは菅野と村上が切りあっていた。しかし村上の剣で菅野が眉間を切られたので、
 安兵衛がはっとして駆け付けようとしたが、菅野も村上の左右の手を討ち落とした。村上は「ならぬ、
 ならぬ」と悲鳴をあげて引き下がったが、ならぬと言いながらもなおも眉間に打ち込もうとしてきた
 (手が落ちていては刀を握れないようにも思えるが原文はこうなっている。骨で止まり完全には落ち
 なかったか)ので安兵衛が西の方の上手で村上を斬り伏せた。さらに今一人(中津川祐見)が切りか
 かってきたのでこれも打ち倒した。
  この決闘で中山安兵衛が斬った数は諸説あるが、この文書が安兵衛の書いた本物であるとすれば、
 少なくとも安兵衛が自認しているのは3人(村上庄左衛門、村上三郎右衛門、中津川祐見)というこ
 とになる。
  なお、決闘の舞台となった高田馬場は、現在の住所表記である新宿区高田馬場ではなく新宿区西早
 稲田にある。

   逸話

  こののち江戸市中の瓦版では「18人斬り」と数を増して紹介され、さらに講談や芝居とするため劇
 化がなされた結果、この決闘にはさまざまな逸話が誕生することになる。
  その代表的なものが「菅野が安兵衛の家に別れを告げに行ったとき、安兵衛は前夜他所で飲んで酔
 いつぶれていた為留守だった。菅野はやむなく文を書き残して高田馬場へ行く。昼近く、酔いから醒
 め家に戻った安兵衛は、菅野の文を読むや「すわ一大事」と慌てて高田馬場へと駆け出す」という安
 兵衛が後から走って駆け付けて来たという逸話と「堀部ほりがこの決闘を見ていて安兵衛に扱帯を貸
 す」という将来の結婚相手と運命的な出会いが決闘の時にあったという逸話である。

   後日談

  助太刀をした安兵衛の評判を聞きつけた赤穂藩士の堀部金丸が、安兵衛を娘婿に迎えることになる。
 赤穂藩主浅野長矩の刃傷事件はこの7年後の(1701年)元禄14年。翌年、安兵衛も参加した赤穂浪士
 による吉良邸討ち入り事件(元禄赤穂事件)が起きる。

 当該作品は講談の語り口に似ており、チャンバラが最初の見せ場となっている。後半はわけあって家臣に
扮した浅野内匠頭(片岡千恵蔵)を、安兵衛(嵐寛寿郎)が叱りつける段が秀逸である。他に、高山徳右衛
門(堀部弥兵衛)、常盤操子(わか=弥兵衛の妻)、江原良子(幸=その娘)、嵐徳三郎(吉良上野介)、
荒木忍(堀内源左衛門)、葛木香一(菅野六郎左衛門)、光岡龍三郎(中津川祐見)、津島慶一郎(片岡源
五衛門)、春日清(村上庄左衛門)、横山文彦(藤川左門)、葉山富之輔(高橋金右衛門)、石山秀道(瓦
版売り)、志茂山剛(喜助=下僕)、若松文男(藤川又左衛門)、藤川準(安井彦右衛門)、若原龍児(村
上次郎右衛門)、渡草二(源三=堀部の若党)などが出演している。途中で、大名行列のシーンがあるが、
奴さん(中間〔ちゅうげん〕が務めた)独特の動きも決まっていたと思う。
 2本目は、『一本刀土俵入』(監督:安田公義、大映京都、1960年)である。長谷川一夫が「取的」(下
級力士、別名「褌担ぎ」)を演じるが、妙に似合っているから不思議である。最後のシーンで、同じ取的役
の林成年(長谷川一夫の実子)を労うが、親子の情が籠っていて麗しい。こういうシーンは本来嫌いなはず
なのだが、これもなぜか許せた。時代劇だからであろう。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。

   〔解説〕

  おなじみ長谷川伸の原作を「不知火検校」の犬塚稔が脚色し、「元禄女大名」の安田公義が監督し
 た股旅映画。撮影は「疵千両」の本多省三。

   〔あらすじ〕

  利根川べりの茶屋・安孫子屋の表では、土地の顔役波一里儀十(山路義人)の身内船戸の弥八(沢
 村宗之助)が暴れていた。興行先でお払い箱になり仕方なく江戸へ向う駒形茂兵衛(長谷川一夫)は
 この弥八にからまれてしまった。この様子を二階からみていた安孫子屋の酌婦お蔦(月丘夢路)は、
 上から弥八を牽制、茂兵衛に声援をおくった。それに力を得た茂兵衛は弥八の胸に頭突きを入れて倒
 すが自分も座りこんでしまった。お蔦は彼が腹を空かしていると聞くと巾着に櫛カンザシまで投げ出
 し心から彼を激励するのだった。茂兵衛はこの親切に涙を浮かべ、“横綱になって今日の恩返しに土
 俵入りを見てもらいす”と誓って再会を約した。……それから七年、お蔦は一人娘のお君と二人で船
 印彫師の夫辰三郎(菅原謙二)の帰りを待ちながら飴売りをして細々と暮していた。三年以上も家に
 よりつかなかった辰三郎も無性に家に帰りたい時が来た。長い間苦労をかけた妻子にせめて多少の貯
 えぐらいと思った辰三郎は、波一里儀十の鉄火場でいかさま賭博をしかけ、バレるや金をつかんで逃
 げ出した。そんな時、辰三郎と相前後して安孫子屋界隈を人を尋ね歩いている渡世人があった。追わ
 れる辰三郎はやっとの思いでわが家に帰りつくがすでに儀十の手は廻っていた。そこへ飛びこんでき
 た茂兵衛は、審しげにみるお葛に金包みを渡しこの場はワッシにお任せ下さいと儀十一味を迎え撃っ
 た。親子三人が裏から落ちて行くのをみながら茂兵衛は叫んだ。“お蔦さん、七年前に櫛とカンザシ、
 巾着ぐるみ御好意をいただいた姐さんにせめて見てもらう、これが駒形茂兵衛の一本刀の土俵入りで
 ござんす”……その言葉でお蔦は七年前の安孫子屋の店先きをはっきりと思い出した。“そうだ、あ
 の時の取的さんだ"。

 他に、宮川和子(子守お菊)、藤原礼子(酌婦お吉)、山本弘子(一膳めし屋の娘お千代)、光岡龍三郎
(留造)、千葉敏郎(博労の久太郎)、水原浩一(おぶの甚太)、市川謹也(籠彦)、伊達三郎(堀下げの
根吉)、近江輝子(酌婦お松)、木村玄(波一里儀十一家の子分)などが出演している。当時の現役力士で
ある栃錦、栃光、栃ノ海も特別出演している。


 某月某日

 DVDと上映会で都合3本の邦画を観たのでご報告。1本目(DVD)は、『不知火奉行』(監督:三隅研次、
大映京都、1956年)である。勝新太郎がブレイクするきっかけとなった映画が『不知火検校』(監督:森一
生、大映京都、1960年)であることはよく知られているが、題名が似ている当該作品との関連はほとんどな
い。むしろ、TV時代劇のようなつくりで、可もなし不可もなしといったところか。それなりに面白いが、
それなりにつまらない。しかし、後のTV時代劇のお手本のような作品である点は高く買えるだろう。表の
顔と裏の顔、横恋慕、役人の不正、それを糺す正義の使者、配下の小粋な曲者、権力者に利用されて挙句の
果てに始末される小悪党、狂言回しの子役まで登場して賑やかな限りである。山茶花究が俳諧師を演じてい
るが、それに伴って二つの歌が物語に花を添えている。

  呉竹や/根岸の里の/しぐれ堂/黄金埋めて/たれを待つらん
  めでたさも/上々吉の/萩と菊

 また、芸者の小雪の啖呵もいい。「芸者が男に惚れるのは、身分やお金ではない」ことを、はっきりと言
い放っている。容姿のみならず、その男ぶりに惚れるのであって、儚い名声や富ではないというわけ。
 さて、物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  快盗不知火をめぐる恋と剣の復讐時代篇。“小説倶楽部”連載の横溝正史の原作から「逢いぞめ笠」
 の比佐芳武が脚色、「花の兄弟(1956)」の三隅研次が監督、「あなたも私もお年頃」の本多省三が撮
 影を担当する。主な出演は「折鶴七変化(前後編)」の勝新太郎、「弥次喜多道中」の林成年、「怪
 猫五十三次」の三田登喜子、新人浦路洋子、その他、進藤英太郎、浜世津子、伊沢一郎、市川小太夫
 など。

   〔あらすじ〕

  日本橋金座の御金改め役後藤庄三郎は、地位乗取りを狙う弟三右衛門(進藤英太郎)の奸計で死罪、
 息子菊若(林成年)も所払いになる。数年後、菊若は父の無実を証拠立てようと江戸へ潜入。だが三
 兵衛門の手代五兵衛(横山文彦)が惨殺された現場に居たため、捕吏に追われ、隅田川で危地に陥る。
 彼を救ったのは町奉行の御曹子筑紫源三郎(勝新太郎)。俳諧師の春秋庵十風(山茶花究)や馴染芸
 者の小雪(三田登喜子)と風流に日を送る身の上だが、曰くありげな菊若に助力を決意。一方三右衛
 門は一味の悪旗本吉岡大膳(市川小太夫)や配下の内藤伝内(原聖四郎)と対策を協議、兄の手代宗
 右衛門の娘萩絵(浦路洋子)を座敷牢に入れる。萩絵の母お松は夫が島送りの後、無理強いに三右衛
 門の妾にされたのだが彼の悪事を知って香合へその秘密を記し、蓋を菊若へ、実を萩絵へ託して死ん
 だ。菊若が江戸へ来たのも、萩絵に連絡するためだったのだ。萩絵の座敷牢を訪れた三右衛門の前に
 現われたのは、当時江戸を騒がす義侠の怪人“不知火”。彼は萩絵を激励し姿を消す。その後、小雪
 を狙う大膳が酒宴する大栄楼で一味の板倉九郎次(玉置一恵)が不知火の手にかかる。盗んだ鑑札で
 後藤屋敷の様子を探ろうとした十風は、一味の同心若江平馬(伊沢一郎)の注進で捕まる。だが彼の
 正体は盗人かまいたち、改心して源三郎に仕える身。深夜縄抜けで萩絵から香合の実を受取り、源三
 郎に持参。一つになった香合の歌から、三右衛門の横領した黄金は根岸の寮にと判明。萩絵を救おう
 とした不知火は三右衛門の計りで火中に姿を没し、悪人一味は萩絵と小雪に迫る。間一髪、現われた
 不知火、覆面をとれば源三郎の姿。三右衛門が悪事の証拠消滅のため大膳にとり入り、発覚を恐れて
 殺した五兵衛の許に菊若を誘い出し、罪を被せようとした次第を暴露。九郎次殺しも不知火に扮した
 伝内の仕業。捕手の乱入で一味は滅び、江戸を去る菊若と萩絵を見送る源三郎、小雪は満足気に微笑
 んでいた。

 他に、立花宮子(おみつ=源三郎の家の行儀見習い)、舟木洋一(大場銀之助)、浜世津子(小春=芸者)、
鳥居香月子(〆香=同)、若杉曜子(光駒=同)、橘公子(お紋=萩絵の腰元)、天野一郎(大西嘉平太=
毒殺される三右衛門一味)、藤川準(沢田金助)、堀北幸夫(田川伝吉=伝内の配下)、清水明(中越甚三=
同)、福井隆次(田中春作)、森キクオ(ゝ丸=岡っ引き志願の少年)、葉山富之輔(隠居)、金剛麗子
(お軽)、菊野昌代士(三次=金座の職人)、大国八郎(門太)、越川一(伴造)、小柳圭子(おさん)、
三上哲(蛸丸=幇間)、愛原光一(金太)、清水浩(紋太)、由利道夫(猪之松=船頭)、沖時男(宗助)、
前田和子(おきん)、君島鶴代(お君)、戸村昌子(お蝶)、本間瑛子(お梅)などが出演している。
 2本目(上映会)は、『この空の花 長岡花火物語』(監督:大林宣彦、「長岡映画」製作委員会〔長岡商
工会議所=(社)長岡青年会議所=(社)長岡観光コンペンション協会=長岡まつり協議会=NPO法人復
興支援ネットワーク・フェニックス=長岡ロケナビ=市民映画館をつくる会=新潟県フィルムコミッション
協議会=長岡都市ホテル資産保有株式会社=新潟綜合警備保障株式会社〕、2011年)である。大林流の反戦
映画であるが、ファンタジーが勝ちすぎており、小生には「大林臭」が鼻についた。もし、本気で反戦を貫
くつもりならば、鑑賞者にこれでもかというほど徹底的に戦争に対する嫌悪感をもたらす映像を設えなけれ
ばならないと思う。これでは、戦争に対する生温い記憶を提示しているにすぎないことになるのではないか。
もっとも、作品そのものは悪くない。プロの作った映画だと思う。それだけに、惜しいというのだ。出演者
は皆余所行きの演技を強いられており、誰ひとり自然体の構えではなかった。それも大林流か。結局、『さ
びしんぼう』(監督:大林宣彦、東宝映画=アミューズ・シネマ・シティ、1985年)や『ふたり』(監督:
大林宣彦、ギャラック=ピー・エス・シー=NHKエンタープライズ、1991年)の大枠は残されており、三つ子  
の魂百までを地で行っている。テイストとしては、『父と暮らせば』(監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダ
イビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年)な
どにも似ており、所詮戦争に対する激しい憎悪とは無縁のノスタルジー映画に留まっているのである。
 物語を確認しておこう。この作品も<Movie Walker>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  新潟県長岡市で毎年、8月1日から3日にかけて行われる長岡花火。第2次大戦時の空襲で亡くなった
 人々への追悼の思いから打ち上げられる花火大会を舞台に、2004年の中越地震、2011年の東日本大震
 災の追悼の思いも込められたドラマ。長岡を訪れた主人公が出会う人々との交流を通し、同地で起き
 た出来事がつづられる語り口が斬新だ。

   〔あらすじ〕

  天草の地方紙記者・遠藤玲子(松雪泰子)が長岡を訪れたことには幾つかの理由があった。ひとつは
 中越地震の体験を経て、2011年3月11日に起きた東日本大震災においていち早く被災者を受け入れた長
 岡市を新聞記者として見詰めること。そしてもうひとつは、何年も音信が途絶えていたかつての恋人・
 片山健一(高嶋政宏)からふいに届いた手紙に心惹かれたこと。山古志から届いた片山の手紙には、自
 分が教師を勤める高校で女子学生・元木花(猪股南)が書いた『まだ戦争には間に合う』という舞台
 を上演するので玲子に観て欲しいと書いてあり、更にはなによりも「長岡の花火を見て欲しい、長岡
 の花火はお祭りじゃない、空襲や地震で亡くなった人たちへの追悼の花火、復興への祈りの花火なん
 だ」という結びの言葉が強く胸に染み、導かれるように訪れたのだ。こうして2011年夏。長岡を旅す
 る玲子は行く先々で出逢う人々と、数々の不思議な体験を重ねてゆく。そしてその不思議な体験のほ
 とんどが、実際に起きた長岡の歴史と織り合わさっているのだと理解したとき、物語は過去、現在、
 未来へと時をまたぎ、誰も体験したことのない世界へと紡がれてゆく。

 他に、原田夏希(井上和歌子=新潟日報記者)、寺島咲(戦時中の元木リリ子)、筧利夫(松下吾郎)、
森田直幸(高橋良)、池内万作(三島貴)、笹野高史(村岡秋義=タクシーの運転手)、石川浩司(山下清=
放浪の天才画家)、犬塚弘(野瀬鶴吉)、油井昌由樹(羽生善治郎)、片岡鶴太郎(野瀬真)、藤村志保
(遠藤薫=玲子の母)、尾美としのり(高山忠彦)、草刈正雄(花形十三朗)、柄本明(野瀬清治郎=花火
師)、富司純子(現在の元木リリ子)などが出演している。
 3本目(DVD)は、『柳生連也斎 秘伝月影抄』(監督:田坂勝彦、大映京都、1956年)である。本格的な
ブレイク以前の市川雷蔵と勝新太郎が、ライヴァル関係の武士を演じて戦う映画。平凡な時代劇である。一
応、物語を確認しておこう。この作品も、<Movie Walker >のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  雑誌「オール読物」所載の五味康祐の小説を「大当り男一代」の鈴木兵吾が脚色、「花の渡り鳥」
 の田坂勝彦が監督、「新・平家物語 義仲をめぐる三人の女」の杉山公平が撮影を担当した。主なる
 出演者は、「又四郎喧嘩旅」の市川雷蔵、「まらそん侍」の勝新太郎、夏目俊二、「虚無僧変化」の
 林成年、黒川弥太郎、角梨枝子、「銭形平次捕物控 死美人風呂」の市川小太夫など。

   〔あらすじ〕

  宮本武蔵(黒川弥太郎)が尾州藩に仕官できずに名古屋を去ったのは、同藩の指南役である柳生兵
 庫介(佐々木孝丸)が反対したからで、武蔵に不敗の剣理「見切り」の秘太刀を授けられた藩主義直
 (三津田健)の近習鈴木綱四郎(勝新太郎)はそれ以来、兵庫介と息子兵介(市川雷蔵)を憎んだ。
 兵介は綱四郎とならび称される剣士で、二人は幼友達である。折から、綱四郎は重臣の推挙で江戸表
 にいる若殿光義(林成年)の師範役に内定したが、兵介贔屓の光義の希望で、それを兵介に譲らなけ
 ればならなかった。しかも、かねて想いをよせている料亭喜仙の女美和(角梨枝子)のこころが兵介
 に傾いたことを知るに及んで、綱四郎の兵介に対する敵意と闘志は一層激しく燃え上った。美和もま
 た、兵介が若殿付きの侍女になったさん(立花宮子)と陸じく江戸に向う姿を垣間見て悲しむのだっ
 た。だが、江戸で光義に下情の勉強をすすめたことから、兵介は罷免となり名古屋へ呼び戻された。
 ある日、綱四郎は兵介を誘って町はずれの飲み屋へ行き、今は変り果てた美和の狂態を見せた。綱四
 郎を拒み続けてきた美和は恋敵さんの噂を聞くと、「兵介を斬ってくれたらあなたのものになる」と
 綱四郎に囁いた。そんな折、城内で催された吉例の総調練で、義直の座所に飛んだ外れ矢のことから
 藩内の議論が沸騰し、ひいては綱四郎と兵介のいずれが勝つかの問題にまで発展した。さんとの縁談
 が決った日、兵介に綱四郎から果し状が届いた。兵庫介は兵介に「影を斬れ」と謎の言葉を授け、綱
 四郎を気づかう武蔵も天白ケ原に駈けつけた。朝日を背に受けて綱四郎は八隻、兵介は青眼の構えの
 まま動かない。僅かに動いているのは太陽のみだ。雲が太陽を覆おうとした一瞬、勝敗が決定した。

 他に、夏目俊二(柳生茂右衛門)、香川良介(渡辺守綱)、南部彰三(美倉好意)、光岡龍三郎(馬喰熊
五郎)、伊達三郎(泉田修)、市川小太夫(清州十右衛門)、水野浩(直平)、堀北幸夫(高田三之丞)、
藤川準(馬方助六)、横山文彦(藩士)、玉置一恵(同)、武田龍(同)、大林一夫(同)、浜田雄史(同)、
清水明(虎吉)、安田祥郎(若党源蔵)、仲上小夜子(お安)、小柳圭子(酌婦おけい)、高原朝子(女中
まさ)、種井信子(腰元)、里中位子(腰元)、小林加奈枝(おせん=婆や)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『口笛が流れる港町』(監督:斎藤武市、日活、1960年)を観た。久し振りの日活アクション
映画である。旭と錠の一騎打ちや旭とルリ子の恋が目玉であるが、いまひとつすっきりとしない内容で、不
完全燃焼に終わった感が強い。一応、「渡り鳥シリーズ」(全9作)の第2弾であるが、小生の鑑賞は3本
目である。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  山崎巌の原作を、「波止場の無法者」のコンビ松浦健郎が脚色し、斎藤武市が監督した小林旭のア
 クション・ドラマ。撮影も「波止場の無法者」の高村倉太郎。

   〔あらすじ〕

  渡り鳥の滝伸次(小林旭)は、殺し屋の太刀岡(宍戸錠)に出あった。互いの拳銃の腕前を知った。
 伸次は相良鉱山事務所についた。今はさびれていた。若旦那の相良信夫(木浦佑三)は酒におぼれ、
 的場組のボスである的場(山内明)の経営するキャバレーで、その妹君江(渡辺美佐子)にうつつを
 ぬかしていた。賭博の借金をネタに、的場は鉱山を乗っとろうとしていた。ホテルにするためだ。的
 場組の乾分が測量にやって来て、管理人の杉山(清水将夫)と息子の三郎を殴った。伸次は軽くそれ
 を助け、その夜、的場の賭場へ行く。太刀岡がいた。ゲームでは勝った。相良の妹の杏子(浅丘ルリ
 子)が知らせで帰省した。的場の求婚をさけて東京の女子大に通っていたのだが。的場はそれを知る
 と相良をおどし始めた。君江の忠告もきかなかった。的場は伸次を見こんで雇い入れ、自分からシボ
 リとる太刀岡を殺せと命じた。太刀岡は三年前、的場に頼まれ、相良の先代の五平(松本染升)を殺
 した。実際には、的場の乾分の石松(近藤宏)が殺したのである。その時、何者か(石松のこと)が
 太刀岡を狙った。太刀岡は真相を探るために、信夫から牧場の権利書を奪った。伸次が待ち伏せて、
 奪い返した。殺せという的場の命令は実行しなかった。伸次は多勢に無勢で捕えられ、地下室へほう
 りこまれた。そこに太刀岡もいた。かれらを踊り子のユリ(白木マリ)が助けた。伸次に惚れていた
 からである。杏子は的場に一人で鉱山の交渉にきた。的場は彼女に襲いかかった。伸次がかけつけ、
 助けた。が、乾分の石松につかまり、的場から太刀岡との対決をさせられる。二挺の拳銃を置いた机
 をはさんで、二人は立った。互いにやる気はなかった。的場の奸計だ。外を取り囲んだ乾分達が一斉
 に銃撃した。このやり方は三年前、狙った男が石松であることを示していた。伸次と太刀岡は力を合
 せて、的場に迫った。警官隊も到着した。的場も太刀岡も逮捕された。草原で伸次は杏子らに黙って
 別れを告げ、ギターを担いで去った。行く先は決まっていなかった。

 他に、小高雄二(瀬川=相良鉱山の使用人)、田中筆子(相良家の婆や)、神戸瓢介(小政)、河上信夫
(刑事)などが出演している。この手の映画は飽きるほど観ているが、この程度の物語で観客が満足してい
たのかと思うと、ずいぶんと牧歌的な時代であったことが分かる。ロケは宮崎らしいが、「港町」などまっ
たく出てこない。どうしてこういう題名がついたのであろうか、謎である。


 某月某日

 DVDで邦画の『次男坊鴉』(監督:弘津三男、大映京都、1955年)を観た。市川雷蔵の股旅物は初めての鑑
賞である。旅鴉の髷が似合っているとは言えないので、あまり面白くなかった。もっとも、勘当された旗本
の次男坊が主人公で、ヤクザに身を落としてもこころは汚れないといった筋書は、何度も繰り返されてきた
パターンであろう。したがって、新鮮味のない映画ではあるが、その分安心して観ることができた。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  「千姫(1954)」の八尋不二の脚本を「銭形平次捕物控 幽霊大名」の弘津三男が監督、「近松物語」
 の宮川一夫が撮影する。「美男剣法」と同じく、市川雷蔵と瑳峨三智子が共演し、「地獄谷の花嫁」
 の香川良介と南條新太郎、「密輸船」の富田仲次郎、「伊太郎獅子」の上田寛に新派の伊井友三郎等
 が助演する。

   〔あらすじ〕

  古河宿の親分七五郎(荒木忍)の家へ草鞋を脱いだ旅鴉の礼三(市川雷蔵)は、七五郎の一人娘お
 静(瑳峨三智子)に慕われたが、彼女には巳之助(南條新太郎)という許婚がある上に、礼三が三千
 石の旗本・柳沢家の次男であるため、父は娘の恋を諦めさせようとした。礼三も巳之助への義理をた
 てて旅に出た。三年後、七五郎は中風を痛み、縄張りは土手の甚三(富田仲次郎)に荒され、無力な
 巳之助と、たった一人になった子分の友市(上田寛)を尻目に甚三は父娘に立退きを迫った。たまり
 かねて手向った巳之助は甚三に斬られた。そこへ不意に礼三が現れ、忽ち甚三一家を追払い、単身で
 次々と賭場を取戻した。甚三は十手を預かる関宿の仁右衛門(大邦一公)の力を借りて礼三の兇状を
 探ったが、旗本の息子と分って手も足も出ない。お静は巳之助の亡き今、晴れて礼三と夫婦になる日
 を待ったが、そこへ礼三の伯父六郷内膳正(香川良介)が訪れ、父と兄が急死のため礼三が後を継が
 ねば家は断絶すると告げた。礼三は決心して、お静という女房があるから家へは帰れないと返事する。
 その一言を心にいだきしめ、お静は礼三を実家に戻した。江戸で柳沢豊後守を襲名した礼三は、日光
 営繕奉行の大任をうけ、一年間は日光を離れることができない。甚三はこれさいわいと再び縄ばりを
 荒し、遂に七五郎を殺した。家もないお静は友市一人をつれ、流しの芸人としてやっと生きていた。
 一年たって大任を終えた礼三は、伯父に邪魔されて何も知らなかったが、初めてこれを知ると一夜や
 くざに身を変え、甚三の家にのりこんで彼と仁右衛門を斬り、侍をすてる気で、行列の後にお静と友
 市を従えて江戸へ向った。

 他に、伊井友三郎(松平信濃守)、大美輝子(甚三の女房お勝)、光岡龍三郎(熊造=甚三の子分)、水
原洋一(ブキ竹=同)、原聖四郎(進藤五左衛門=柳沢家家臣)、水野浩(村神〔クレジットでは、村山。
発音上はムラカミ〕弥左衛門)、藤川準(秋山=番人)、玉置一恵(幸手の嘉十)、福井隆次(寺田=用心
棒)、玉村俊太郎(石田=用心棒)、金剛麗子(安泊りのお六)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『鳴門秘帖』(監督:衣笠貞之助、大映京都、1957年)を観た。痛快娯楽時代劇の定番のよう
な作品である。原作は吉川英治。取り立てて書き残すこともないが、古き良き時代の時代劇を鑑賞する醍醐
味を味わえることは請け合いである。
 物語を確認しておこう。例によって、<Movie Walker>を参照する。執筆者に感謝。なお、一部改変したが、
ご海容いただきたい。

   〔解説〕

  大正十五年、大阪毎日新聞に連載された吉川英治の原作『鳴門秘帖』はこれまで度々映画化され、
 戦後も同じ大映が「甲賀屋敷」として長谷川一夫、山田五十鈴主演、衣笠貞之助監督で撮っているが
 今回も同じ衣笠貞之助が監督している。脚本は「稲妻街道」でコンビの衣笠と犬塚稔が書き、「大阪
 物語」の杉山公平が撮影した。主演は「銭形平次捕物控 女狐屋敷」の長谷川一夫。「稲妻街道」の市
 川雷蔵、「真昼の対決」の山本富士子、「夕凪」の淡島千景、「赤銅鈴之助 新月塔の妖鬼」の林成年。
 色彩は大映カラー。

   〔あらすじ〕

  徳川十代将軍家治の頃……全国外様大名の間には反幕の動きがあるとの風聞に幕府は監視を怠らな
 かった。法月弦之亟〔のりづきげんのじょう〕(長谷川一夫)は虚無僧姿に身を装う幕府の隠密で無
 双流の使 い手。阿波藩の動静をさぐるため身を寄せた寺で、山牢に幽閉された同じ幕府の隠密甲賀世
 阿弥〔こうがよあみ〕(石黒達也)の娘である見返りお綱(淡島千景)に会い、世阿弥の生死の確認
 に協力を誓った。この弦之亟を追うのが、極心一刀流の剣士で無双流に勝負をいどむ戌亥竜太郎(市
 川雷蔵)と、弦之亟を父の仇と狙う猪谷よね(山本富士子)の二人。お綱は山奉行の道場に忍んで山
 絵図を盗み、それを頼 に父が幽閉されているという剣山に登った。急を知った弦之亟は後を追ったが、
 警固の一群に囲まれ目つぶしをくって谷間に転落した。そのため、お綱に救われたが目が見えなくな
 ってしまった。閻魔堂で静養中の弦之亟のもとに竜太郎がやって来たが、目の見えぬことを知り後日
 に試合を約した。一方よねは、腕自慢の父が酒に酔って自分から弦之亟に仕向けた果し合いに敗れた
 のではないかと思うようになっていた。そのよねが阿波侍に追われ危険が迫った時、縁の下から彼女
 を呼んでかくまってくれたのが脱牢していた世阿弥だった。世阿弥は血書をよねに託し、よねと入れ
 違いに駈けつけたお綱をひと目みて息絶えた。よねが捕って詮議の最中、目の回復した弦之亟が現れ
 て一大乱闘となった。しかし肩口を斬られたよねは血書のありかを弦之亟に告げて絶命した。よねを
 探し求めていたお綱が弦之亟から血書を受け取ることができ喜んだのも束の間、そこへ竜太郎が現わ
 れ弦之亟に試合を挑んだ。激しい剣の応酬の後、竜太郎の元結、弦之亟の袈裟が破れて勝負は終った。
 「鳴門を越せば徒らに天下を騒がす因となる。どうも気違い殿が描いた昔の夢……」。弦之亟は血書
 を破りつづけるのだった。

 他に、林成年(森平=猪谷家の若党)、千葉登四男〔敏郎〕(内裏大五郎=阿波藩士)、南左斗子(巫女
のお福=竜太郎の従妹)、中村伸郎(阿波守重喜=徳島城城主)、清水将夫(竹屋三位有村=公卿)、松本
克平(関屋孫兵衛=阿波藩山奉行)、信欣三(酒井三右衛門=阿波藩江戸詰藩士)、滝沢修(脇伊豆=阿波
藩城代家老)、杉山昌三九(天堂一角=阿波藩士)、伊沢一郎(大沢兵部=幕府の隠密)、細川俊夫(山添
東十郎=阿波藩士)、三條雅也(森啓之助=同)、沢村宗之助(武知宗五郎=竜耳軒配下)、香川良介(戌
亥竜耳軒=竜太郎の父)、荒木忍(松見武右衛門=阿波藩勘定役)、南條新太郎(九鬼弥助=阿波藩士)、
原聖四郎(須賀市蔵=同)、伊達三郎(津坂重郎=同)、高倉一郎(大村長年=同)、春本富士夫(右流=
神官)、横山文彦(野上左内=阿波藩重臣)、玉置一恵(鯔木三郎次=阿波藩納戸役)、阪東寿之助(大谷
俊作=阿波藩士)、石原須磨男(仲間権六)、藤川準(土門哲也=阿波藩士)、堀北幸夫(依宮惣吾=同)、
菊野昌代士(石部郷右衛門=同)、越川一(仲間久七)、大国八郎(仲間藤八)、沖時男(村上=山役人)、
郷登志彦(磯野玄蕃=阿波藩士)、清水こう〔糸偏に宏〕治(喜丸=重喜の嫡子)、市川恵美(鶴姫=重喜
の息女)などが出演している。
 虚無僧姿の僧侶を「普化僧」と呼んでいたが、もちろん「普化宗」からきている。普化は人名で、臨済と
同時代の人。逸話も多い。前田利鎌の『臨済・荘子』(岩波文庫)にその逸話が載っており、小生が憧れて
いる人物のひとりである。


 某月某日

 さて、恒例の2013年上半期(1月-6月)観賞映画(邦画、限定)ベスト10を発表しよう。今年の上半期に鑑
賞した映画は65本(昨年101本、36本減)である。大幅に減ったのは、それだけ忙しかった証拠である。年間
通算で200本が目標であるが、果して下半期に挽回できるのだろうか。


 1位 『あなた買います』、監督:小林正樹、松竹大船、1956年。
 2位 『未来への決断 -ノーモア 原発-』、監督:島田陽磨、日本電波ニュース社、2012年。 
 3位 『サイドウエイズ(SIDEWAYS)』、監督:チェリン・グラック(Cellin Gluck)、20世紀フォックス=
     フジテレビジョン、2009年。
 4位 『喜劇・女は男のふるさとョ』、監督:森崎東、松竹、1971年。
 5位 『希望の国』、監督:園子温、「希望の国」製作委員会〔キングレコード=鈍牛倶楽部=ビターズ・
     エンド=RIKI プロジェクト=グランマーブル=ピクチャーズデプト=マーブルフィルム〕、2012年。
 6位 『おかあさん』、監督:成瀬巳喜男、新東宝、1952年。
 7位 『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』、監督:瀬田なつき、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」
     製作委員会〔角川映画=NTTドコモ=アスキー・メディアワークス=スターダスト音楽出版〕、
     2010年。
 8位 『探偵はBARにいる』、監督:橋本一、「探偵はBARにいる」製作委員会〔東映=テレビ朝日=
     木下工務店=東映ビデオ=アミューズ=クリエイティブオフィスキュー=東映チャンネル=北海道
     新聞社=北海道テレビ=メ?テレ=朝日放送=広島ホームテレビ=九州朝日放送〕、2011年。
 9位 『完全なる飼育 愛の40日』、監督:西山洋市、キネマ旬報社=アートポート、2001年。
 10位 『気違い部落』、監督:渋谷実、松竹大船、1957年。


 以上である。なお、『誘拐ラプソディー』(監督:榊英雄、角川映画=NTTドコモ、2009年)、『いちげん
さん ICHIGENSAN』(監督:森本功、スカイプランニング=ホリプロ、1999年)、『東京家族』(監督:山田
洋次、「東京家族」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ朝日=衛星劇場=博報堂DYメディアパートナーズ=
講談社=日本出版販売=ヤフー=ぴあ=読売新聞東京本社=エフエム東京=朝日放送=名古屋テレビ=中国
放送=九州朝日放送=北海道テレビ放送〕、2013年)、『女の賭場』(監督:田中重雄、大映東京、1966年)、
『東京博徒』(監督:安田公義、大映、1967年)、『幸福』(監督:市川崑、フォーライフ=東宝映画、19
81年)、『桐島、部活やめるってよ』、監督:吉田大八、「桐島、部活やめるってよ」製作委員会〔日本テ
レビ放送網=集英社=読売テレビ放送=バップ=DNドリームパートナーズ=アミューズ=WOWOW〕、2012年)、
『あなたへ』(監督:降旗康男、『あなたへ』製作委員会〔東宝=テレビ朝日=電通=日本経済新聞社=幻
冬舎=朝日放送=メーテレ=TOKYO FM=Yahoo! JAPAN=日本出版販売=九州朝日放送=北海道テレビ=静岡
朝日放送〕、2012年〔メーテレの「ー」は、波線。文字化けするので音引で代用した〕)、『終の信託』
(監督:周防正行、フジテレビ=東宝=アルタミラピクチャーズ、2012年)などの作品もそこそこ面白かっ
たけれども、ベスト10にはやや及ばなかったようである。もちろん、例によって小生の好みが100パーセント
反映しているので、極めて恣意的なベスト10であることをお断りしておく。なお、今年の映画鑑賞の中心ジ
ャンルは「犯罪映画」であったが、文字通りの意味でその手の作品の傑作はあまりなかった。
 ところで、2007年以来、その年の鑑賞映画のテーマを決めている。過去のテーマはこうであった。

  2007年 戦争映画
  2008年 性愛(成人)映画
  2009年 極道(任侠)映画
  2010年 喜劇映画
  2011年 時代劇映画
  2012年 ホラー映画
  2013年 犯罪映画

 今年は、人間の「罪(crime, sin)」について改めて考えてみたいのであるが、単なる「犯罪」を扱った
映画というよりも、人間のさまざまな行為を「罪」の側面から捉えている映画を中心に観たいと思っている。
そういう意味で、2位に原発関連のドキュメンタリーが入ったことは、いくらか象徴的であろうか。


 某月某日

 月が替わった。2013年も下半期に突入したことになる。DVDと映画館で合計3本の邦画を観た。それぞれ人
間のどうしようもない性(さが)を描いている点で共通していると思う。
 1本目(DVD)は、『苦役列車』(監督:山下敦弘、「苦役列車」製作委員会〔東映=木下工務店=キング
レコード=東映ビデオ=東映チャンネル=Yahoo! Japan=日本コロンビア=マッチポイント=ビターズ・エ
ンド=東京スポーツ新聞社=ソニーPCL=niconico=CGCGスタジオ〕、2012年)である。全篇、品のない
こと夥しいが、そもそも「品」など問題にしないところにこの映画の真骨頂があるのではないか。最近、文
学の世界には疎いので、原作者の西村賢太はまったく知らなかった。中上健次のようなイメージを連想する
が、見当違いかもしれない。
 物語を確認しておこう。例によって<Movie Walker>と<ウィキペディア>のお世話になる。執筆者に感謝し
たい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

   〔解説〕

  自身の不遇な青春時代をつづり、芥川賞に輝いた西村賢太の私的小説を、『マイ・バック・ページ』
 の山下敦弘監督が映画化したほろ苦い青春ストーリー。友も金も女もない鬱屈とした日々を過ごす少
 年の身に起きる出来事がつづられる。主人公役の森山未來をはじめ、高良健吾、AKB48の前田敦子ら注
 目のキャストが顔をそろえた。

   〔あらすじ1〕

  1986年。中学校を卒業して以来、孤独な日々を過ごしていた北町貫多(森山未來)は、19歳の今、
 日雇い労働で稼いだ金をあっという間に酒と風俗に費やすようなその日暮らしをしていた。ある日、
 職場に専門学校生の日下部正二(高良健吾)が入ってくる。一緒に過ごすうちに、貫多にとって日下
 部は初めて友達といえるかもしれない存在になる。そんな中、古本屋に立ち寄った貫多は店番をして
 いた桜井康子(前田敦子)に一目惚れをする。日下部の後押しにより貫多はどうにか康子と友達にな
 る。しかし友達という存在に慣れていない不器用で屈折した貫多の態度により、3人の間に亀裂が生
 じる……。

   〔あらすじ2〕

  時代は昭和後期(主人公の生年から計算すれば、1986年)。19歳の北町貫多は、日雇い労働で生計
 を立てている。貫多が幼少の折、彼の父親が性犯罪を犯したことで家庭は崩壊した。両親の離婚、数
 度の転校を繰り返すなかで鬱々とした青春時代を過ごす彼は将来への希望を失った。やがて中学校を
 卒業した彼は、母親からむしり取った金を手に家を飛び出し、港湾での荷役労働に従事することで一
 人暮らしを始める。日当の5,500円は即座に酒代とソープランド代に消えていく。将来のために貯金す
 るでもなく、月の家賃のため金を取り置くわけでもなく、部屋の追い立てを食らうことも一度や二度
 ではない。こうして貫多は、義務教育後の4年間を無為に過ごしていたのだった。
  そんなある日、港湾の仕事現場にアルバイトの専門学校生・日下部正二が現れる。スポーツで鍛え
 た肉体と人懐っこい笑顔を持つ日下部に、貫多は好意を抱き始めるのだが……。

 他に、マキタスポーツ(高橋岩男=日雇い労働者の仲間)、田口トモロヲ(志賀=古本屋の店長)、藤井
京子(大家)、佐藤宏(熟年の日雇い労働者)、橘屋二三蔵(寝たきりのおじいちゃん)、伊藤麻実子(寿
美代=寛多の元彼女)、古澤裕介(大家の息子)、中村朝佳(鵜沢美奈子=日下部の彼女)、柳光石(寺田=
寿美代の彼氏)、野嵜好美(古本屋の振り向き女)、辻本耕志(イカ天風番組の司会)、我妻三輪子(同)、
高橋努(前野健次=日雇い労働者を束ねる男)、宇野祥平(風俗の呼び込み)、松浦祐也(日雇い労働者)、
二宮弘子(3年後の大家)などが出演している。
 2本目(映画館)は、『月の下まで』(監督:奥村盛人、シネフォリア、2013年)である。高知大学人文
学部の卒業生が監督した作品である。イオンにある東宝シネマズで観た。高知県幡多郡黒潮町という漁港を
舞台にした骨太のヒューマン・ドラマである。この作品に関しても、<Movie Walker>のお世話になる。執筆
者に感謝したい。なお、一部改変したがご海容いただきたい。

   〔解説〕

  高知県を舞台に、知的障害を持つ息子を育てる漁師の姿を描く人間ドラマ。監督・脚本は、本作が
 初監督作品となる奥村盛人。出演は、「癒しの遊女 濡れ舌の蜜(墨東綺譚)」の那波隆史、「恋の
 渦」の松澤匠。2012年SKIPシティ国際Dシネマ映画祭ノミネート、TAMA NEW WAVE最優秀男優賞受賞
 (那波)。

   〔あらすじ〕

  高知県西部の港町、黒潮町のカツオ一本釣り漁師の明神勝雄(那波隆史)は、気の置けない仲間た
 ちと海に向かっていた。シングルファーザーとして、知的障害を抱える一人息子の雄介(松澤匠)を
 育てていたが、世話は母のセツ(高山真樹)にすべて任せている。勝雄は雄介とどう接していいか分
 からず、心の内では疎ましくさえ思っていた。しかしある日、セツが姿を消し、息子と向き合うこと
 になる。漁に出るたび雄介はトラブルを呼び込み、折からの不漁や新造船の支払いで経済的にも精神
 的にも窮地に追いやられた勝雄は、生き方の選択を迫られる。自らの奥底に潜む狂気と、かつて感じ
 たことのない父性の狭間で揺れ動く勝雄は、自分にとって一番大切な愛へとたどり着く……。

 他に、富田理生(矢野恵理)、荻野みどり(矢野多恵)、下尾仁(矢野毅)、真賀田サヤ(五十嵐美砂子)、
竹下かおり(山下志津江)、鈴木ただし(奥本竹次郎)、平井千尋(アカネ)、川村慎二(正一)、はかた
さき(ママ)、大谷美香(女教師)、千頭司(健太)、中山遥(健太の彼女)、酒井勲(古老)、土居重野
(商店の老婆)、生田和恵(町の女)、黒田チョル真(親族)、林建紀(組合長)などが出演している。
 3本目(DVD)は、『女囚さそり・けもの部屋』(監督:伊藤俊也、東映東京、1973年)である。おそらく、 
4回目くらいの鑑賞である。ほとんどの場面を覚えていた。主演の梶芽衣子(松島ナミ役)からエナジーを
貰おうと思って鑑賞した。物語等に関しては、<『シネマ de もんど』 ももじろう2号のブログ>と<キネマ
旬報社「映画情報」>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  映画の冒頭は、刑務所を脱獄した「さそり」こと松島ナミ(梶芽衣子)が地下鉄で二人の刑事に発
 見される場面。手錠をかけた権藤徹刑事(成田三樹夫)の腕を、隠し持っていたドスで斬り落とす。
 手錠でつながった刑事の腕をぶら下げたまま、新宿の街を疾走するナミを追うカメラ。
  都会の片隅に倒れているナミを助けるのは中川ユキ(渡辺やよい)。知的障害者の兄を養うため、
 自分の身を売って生計を立てていた。やがて、洋裁の針子として働き、一人暮らしを始めるナミ。し
 かし、同じアパートに女を囲う土地のヤクザ・鮫島興業の幹部・谷田(藤木孝)に目をつけられるの
 だ。
  谷田の殺人をきっかけに鮫島剛次(南原宏治)に捕えられるナミ。鮫島の女房カツ(李礼仙)はナ
 ミの刑務所時代を知っているので、壮絶なリンチを加え、彼女を檻に閉じ込めてしまう。無理な堕胎
 で死んでいった女が手にメスを持っていたことから、反撃と復讐に出るナミ。
  悪徳医師の山下(関山耕司)や鮫島の子分を次々に殺していく。ナミが恐ろしくなったカツは自ら
 刑務所の中に逃げ込む。権藤刑事らの厳重な警戒網をかいくぐり、鮫島を仕留めるナミ。しかし、執
 拗にナミを追跡する権藤は、地下道に逃げ込んだナミをそこに封じ込めるのだ。
  ナミにより片腕を失った権藤の彼女に対する恨みは強く、ユキを囮に使い、最後は地下道に油を注
 ぎ、火を放つ。しかし、「さそり」は死なず、自ら刑務所に入り、カツと権藤を仕留めるのだ。
  自分の素性を隠したまま松島ナミが再び女子刑務所に入れるのか、ツッコミを入れたくなる面はあ
 るが、この映画のナミはまさに現代版「必殺仕置人」だ。ユキを始めとした社会の底辺で生きる女た
 ちの怨みを、彼女たちに成り代わって次々と果たしているという印象だ。
  第1作の「さそり」が恋人に裏切られ、冤罪によって収監された個人の怨みだったのに対し、第2
 作の女囚の集団での逃走劇後、この作品では、より大きな怨みを背負った存在としてのナミがいる。
  シリーズ作品といっても、伊藤俊也の第1作から第3作まで、物語の枠組みや狙いは大きく異なり、
 安易なパターン化をしていない。変わらないのは寡黙な松島ナミの姿だけ。ただ、3作目のこの作品
 を見ると、彼女の背負うものがより重くなった。そんな印象を受けるのだ。

 他に、真山知子(安江=谷田の女)、森みつる(しのぶ)、藤山浩二(山崎刑事)、佐藤晟也(高橋=鮫
島の子分)、八名信夫(安達=同)、土山登志幸(八木=同)、伊達弘(同)、沢田浩二(同)、太古八郎
〔タコ八郎〕(酔客)、植田灯孝(刑事)、山田甲一(刑事)、高野隆志(看守)、小林千枝(ヌードスタ
ジオの女)、宗田政美(同)、亀井和子(同)、城恵美(同)、章文栄(同)、木村修(警官)などが出演
している。相変わらず、ミシン仕事をする梶芽衣子がたまらなく健気に見える。寡黙で芯の強い女はなぜ魅
力的なのか、松島ナミの魅力でもある。

                                                  
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