[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
思想系の学問に興味のある人へ
家族研究への布石(映像篇01)
日日是労働セレクト7
日日是労働セレクト9
日日是労働セレクト10
日日是労働セレクト8
日日是労働セレクト11
家族研究への布石(映像篇03)
日日是労働セレクト12
日日是労働セレクト13
日日是労働セレクト14
日日是労働セレクト15
日日是労働セレクト16
日日是労働セレクト17
家族研究への布石(映像篇04)
日日是労働セレクト18
日日是労働セレクト19
日日是労働セレクト20
日日是労働セレクト21
日日是労働セレクト22
日日是労働セレクト23
日日是労働セレクト24
日日是労働セレクト25
家族研究への布石(映像篇05)
日日是労働セレクト26
日日是労働セレクト27
日日是労働セレクト28
日日是労働セレクト29
日日是労働セレクト30
日日是労働セレクト1-3
日日是労働セレクト31
日日是労働セレクト32
日日是労働セレクト33
日日是労働セレクト34
日日是労働セレクト35
日日是労働セレクト36
日日是労働セレクト37
家族研究への布石(映像篇06)
日日是労働セレクト38
日日是労働セレクト39
日日是労働セレクト40
日日是労働セレクト41
日日是労働セレクト42
日日是労働セレクト43
日日是労働セレクト44
日日是労働セレクト45
日日是労働セレクト4-6
日日是労働セレクト46
日日是労働セレクト47
日日是労働セレクト48
日日是労働セレクト49
日日是労働セレクト50
日日是労働セレクト51
日日是労働セレクト52
日日是労働セレクト53
家族研究への布石(文献篇01)
家族研究への布石(映像篇02)
日日是労働セレクト54
家族研究への布石(映像篇07)
日日是労働セレクト55
思想系の読書の勧め
オール岩波文庫文学選
日日是労働セレクト56
日日是労働セレクト57
日日是労働セレクト58
日日是労働セレクト59
家族研究への布石(文献篇02)
日日是労働セレクト60
日日是労働セレクト61
日日是労働セレクト62
日日是労働セレクト63
日日是労働セレクト64
日日是労働セレクト65
日日是労働スペシャル I (東日 ...
日日是労働セレクト66
日日是労働スペシャル II (東日 ...
家族研究への布石(映像篇08)
日日是労働セレクト67
日日是労働スペシャル III (東日 ...
日日是労働セレクト68
日日是労働スペシャル IV(東日本...
日日是労働スペシャル V (東日 ...
日日是労働セレクト69
日日是労働セレクト70
日日是労働セレクト71
日日是労働スペシャル VI (東日 ...
日日是労働セレクト72
日日是労働スペシャル VII (東日 ...
日日是労働セレクト73
日日是労働セレクト74
日日是労働スペシャル VIII (東日...
日日是労働セレクト75
家族研究への布石(映像篇09)
家族研究への布石(文献篇03)
日日是労働セレクト76
日日是労働スペシャル IX (東日 ...
平成日本映画百選
日日是労働セレクト77
日日是労働スペシャルX(東日本...
日日是労働セレクト78
日日是労働セレクト79
日日是労働スペシャル XI (東 ...
日日是労働セレクト80
日日是労働スペシャル XII (東日 ...
火曜日の詩歌01 - Anthologica Poet...
日日是労働スペシャル XIII (東日...
日日是労働セレクト81
日日是労働セレクト82
日日是労働スペシャル XIV (東日 ...
日日是労働セレクト83
日日是労働スペシャル XV (東日 ...
日日是労働セレクト84
日日是労働スペシャル XVI (東 ...
日日是労働セレクト85
日日是労働スペシャル XVII (東日...
日日是労働セレクト86
日日是労働スペシャル XVIII (東 ...
家族研究への布石(映像篇10)
日日是労働セレクト87
日日是労働スペシャル XIX (東日 ...
火曜日の詩歌02 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト88
日日是労働スペシャル XX (東日 ...
恣意的日本映画年間ベスト1
日日是労働セレクト89
日日是労働スペシャル XXI (東日 ...
日日是労働セレクト90
日日是労働スペシャル XXII (東日...
日日是労働セレクト91
日日是労働スペシャル XXIII (東 ...
日日是労働セレクト92
日日是労働スペシャル XXIV ( ...
日日是労働セレクト93
日日是労働スペシャル XXV (東 ...
火曜日の詩歌03 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト94
日日是労働スペシャル XXVI (東 ...
日日是労働セレクト95
日日是労働スペシャル XXVII ( ...
日日是労働セレクト96
日日是労働スペシャル XXVIII (...
武藤ゼミとはどんなゼミ?
日日是労働セレクト97
日日是労働スペシャル XXIX ( ...
家族研究への布石(映像篇11)
日日是労働スペシャル XXX(東日 ...
日日是労働セレクト98
日日是労働セレクト99
火曜日の詩歌04 -Anthologica Poetica-
日日是労働スペシャル XXXI (東日...
日日是労働セレクト100
日日是労働スペシャル XXXII (東 ...
日日是労働セレクト101
日日是労働スペシャル XXXIII (東 ...
家族研究への布石(文献篇04)
日日是労働セレクト102
日日是労働スペシャル XXXIV (東 ...
日日是労働セレクト103
日日是労働スペシャル XXXV (東日...
日日是労働セレクト104
日日是労働スペシャル XXXVI (東...
日日是労働セレクト105
日日是労働スペシャル XXXVII ( ...
火曜日の詩歌05 -Anthologica Poetica-
日日是労働セレクト106
日日是労働スペシャル XXXVIII ( ...
日日是労働セレクト107
日日是労働スペシャル XXXIX (東...
日日是労働セレクト108
日日是労働スペシャル XL (東日 ...
文理融合について
日日是労働セレクト109
日日是労働スペシャル XLI (東日 ...
日日是労働セレクト110
日日是労働スペシャル XLII (東日...
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト111
日日是労働スペシャル XLIII (東 ...
日日是労働セレクト112
日日是労働スペシャル XLIV (東日...
日日是労働セレクト113
昭和日本映画百選
日日是労働スペシャル XLV (東日 ...
花摘みの頁<01>
日日是労働セレクト114
日日是労働スペシャル XLVI (東日...
日日是労働セレクト115
驢鳴犬吠1505
日日是労働セレクト116
驢鳴犬吠1506
日日是労働セレクト117
驢鳴犬吠1507
日日是労働セレクト118
驢鳴犬吠1508
日日是労働セレクト119
驢鳴犬吠1509
日日是労働セレクト120
驢鳴犬吠1510
日日是労働セレクト121
驢鳴犬吠1511
家族研究への布石(映像篇13)
驢鳴犬吠1512
日日是労働セレクト122
日日是労働セレクト123
驢鳴犬吠1601
花摘みの頁オルドゥーヴル
日日是労働セレクト124
驢鳴犬吠1602
驢鳴犬吠1603
日日是労働セレクト125
日日是労働セレクト126
驢鳴犬吠1604
日日是労働セレクト127
驢鳴犬吠1605
日日是労働セレクト128
驢鳴犬吠1606
日日是労働セレクト129
驢鳴犬吠1607
日日是労働セレクト130
驢鳴犬吠1608
日日是労働セレクト131
驢鳴犬吠1609
日日是労働セレクト132
驢鳴犬吠1610
家族研究への布石(映像篇14)
日日是労働セレクト133
驢鳴犬吠1611
家族研究への布石(文献篇05)
驢鳴犬吠1612
日日是労働セレクト134
日日是労働セレクト135
驢鳴犬吠1701
日日是労働セレクト136
驢鳴犬吠1702
ATG映画のページ
驢鳴犬吠1703
日日是労働セレクト137
日日是労働セレクト138
驢鳴犬吠1706
驢鳴犬吠1707
日日是労働(臨時版)1703- ...
驢鳴犬吠1708
日日是労働セレクト139
日日是労働セレクト140
驢鳴犬吠1709
花摘みの頁<02>
【新選】昭和日本映画百選
【新選】平成日本映画百選
日日是労働セレクト141
驢鳴犬吠1710
驢鳴犬吠1711
日日是労働セレクト142
日日是労働セレクト143
驢鳴犬吠1712
日日是労働セレクト144
驢鳴犬吠1801
高知文学学校などのレジュメ集
日日是労働セレクト145
驢鳴犬吠1802
「高知市民の大学」講演レジュメ集
日日是労働セレクト146
驢鳴犬吠1803
驢鳴犬吠1804
日日是労働セレクト147
2018年度版「福島原発事故を考え ...
家族研究への布石(映像篇15)
驢鳴犬吠1805
日日是労働セレクト148
日日是労働セレクト149
驢鳴犬吠1806
日日是労働セレクト89
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第89弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト89」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『女賭博師尼寺開帳』(監督:田中重雄、大映東京、1968年)を観た。無理矢理こじつけたよ
うな話の連続で、どうにも脚本が練れていないと思った。東映の「緋牡丹博徒」シリーズ(主演:藤純子。
「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子が主人公)がある程度つながりのある作品(全8作)であったのに対して、
大映の「女賭博師」シリーズは、主人公の「昇り竜のお銀」こと大滝銀子は名前だけが同じで(別の名前の
作品もある)、物語はまったくつながっていない。その点で観る者に新たな人物造形を強い、彼女の人生の
背景が一定しないのである。今回はヤクザな父親を抱えて苦労する女賭博師を演じているが、加藤嘉が父親
役を演じた作品と比べると、どうも血が通っている気配が感じられない。父親役の大坂志郎は名優であるが、
「ツボ振り」のイメージが湧かないからかもしれない。もっとも、お銀役の江波杏子は胴を取ったらもはや
隙はなく、冷たく静かな貫録が備わっている。
 物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝する。なお、一部改変した
が、ご寛容いただきたい。

  大滝銀子(江波杏子)と父の辰造(大坂志郎)が深見源次(夏木章)の賭場のツボ振りになってか
 ら、その賭場ははやる一方だった。深見に対抗する川井仙之助(北条寿太郎)が、「緋桜の梨江」こ
 と沢田梨江(三条魔子)を銀子に挑戦させたのは、その巻き返しを図ってのことだった。しかし、梨
 江は鮮やかな銀子のテクニックに敗れた。ある日、銀子は自動車事故(実は、川井が子分を使って仕
 掛けた事故)で頭部に重傷を負った。同乗していた深見は即死だった。廃人になるおそれがあるとい
 うほどの重態だった銀子だが、辰造の看護のお蔭で元通りに回復した。しかし、入院費を川井に支払
 って貰ったために、銀子は彼の賭場でツボを振らざるを得なくなった。その頃、梨江は川井に追われ
 て川井の元子分の久保田(千波丈太郎)とともに行方をくらましていた。銀子はある日、イカサマ賽
 に凝っている辰造のたっての頼みで、やむなくそれを使った(もっとも、使ったイカサマは手本引き
 の紙下を用いてのもの)。しかし、そのために川井の盆を追われる破目になったのだった。しかも、
 その時の手入れで辰造はイカサマを見破った山村留吉(川津祐介)を刺して警察に逮捕されてしまっ
 た。実は、この留吉、家出した辰造の実の息子で、銀子の腹違いの兄であった。それ以来、川井に回
 状を回されたのでドサ回りを余儀なくされていた銀子は、やがて伊豆の下田にやって来た。下田には
 かつて大滝の父娘が世話になった岡崎大五郎(志村喬)がいた。ちょうど大五郎が経営する丸岡スー
 パーマーケットが、ヤクザの三宅雄作(早川雄三)と、その後ろで糸を引く川井のために倒産寸前に
 追いこまれている時だった。銀子は大五郎の借財返済の猶予を賭けて、五番勝負を申し出た。場所は
 尼寺浄閑寺である。川井側の胴師は尼僧になっていた梨江だった。その頃、刑を終えて出所した辰
 造は巧妙なイカサマ賽を作ったが、それをかぎつけた川井の配下に殺され、賽を奪われてしまった。
 梨江の手にはそのイカサマ賽が握られていたのだ。銀子は皮肉にも辰造の作ったイカサマ賽と戦わね
 ばならなかった。やがて五番勝負が行なわれた。勝負は梨江の優勢のうちに決着をつける一番を迎え
 た。だが、銀子の高度のテクニックは、梨江のイカサマをわずかに上回っていた。その差が最後の勝
 負を決めたのだった。

 他に、水原浩一(かつて辰造がイカサマを働いた賭場の胴元)、京唄子(矢部秋子=自称「やさぐれのお
秋」という女ツボ振り)、鳳啓助(下田ホテルの支配人)、萩本欽一(サブ=胴師のスカウト業)、坂上二
郎(ケン=同)、蛍雪太朗(常松=辰造の親友。お銀のマネージャー役)、三夏伸(武)、中田勉(庄八)、
谷謙一(飲み屋の亭主)、小山内淳(熊)、喜多大八(下田の胴元)、南洲太郎(流しのギター弾き)など
が出演している。常吉を演じた蛍雪太朗は、螢雪次朗の師匠である。なかなか味のある演技をしていた。し
かし、コメディ・リリーフを務めた京唄子・鳳啓助やコント55号(萩本欽一・坂上二郎)のコンビはいた
だけなかった。物語を盛り立てるどころか、賭場の緊張感に水をさしていた。どういう料簡で起用したのだ
ろうか、理解に苦しむ。「拝み屋(どうやら、手本引きの手の内を覗く手合いらしい)」や「分銅落し(手
本引きの札の数字が切り替わる仕掛け札を用いるイカサマ技のことか)」などの言葉が出て来たが、その意
味や形態に関しては憶測の域を出ない。


 某月某日

 昨日鑑賞した『喜劇・女は男のふるさとョ』(監督:森崎東、松竹、1971年)に、追加のコメントを記し
ておこう。笠子は炭焼で生計を立てている寒村から、わずか6万円のお金で東京に売られ、3年間はただ働
き同然の辛い青春時代を送っている。だから、人をなかなか信用できないのである。星子は親戚筋を盥回し
にされた子ども時代を送っており、そのせいか人の言いなりに甘んじる癖がある。どちらもこころに深い傷
を負っているが、それにもめげず頑張って生きている。こころから拍手を送りたいし、彼女らの人生を応援
したくなる。「地縁」や「血縁」ではなく、「心縁」(小生の造語)とも言うべき麗しい人間関係が確かに
存在する映画だったからである。なお、高知ロケがあり、照夫がカツオを捌くシーンもある。


 某月某日

 DVDと自主上映会で都合3本の邦画を観たのでご報告。1本目は、『女賭博師乗り込む』(監督:田中重雄、
大映東京、1968年)である。「女賭博師」シリーズの第6弾で、この作品から本格的にシリーズ化された由。
江波杏子の貫録も備わって胴師も板についてきたが、それに加えて艶やかな芸者姿も披露し、なかなか凝っ
た演出になっている。
 物語を確認しよう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

  深川芸者小志乃〔大滝志乃〕(耕田久鯉子)の娘銀子(江波杏子)は、一人前の芸を身につけなが
 らも、「昇り竜のお銀」と名乗り、横井興業の社長である横井庫吉(山茶花究)のお抱えツボ振りだ
 った。名人といわれるほどの銀子だったが、横井の賭場には嫌気がさしていた。社長の情婦でストリ
 ッパーの三枝ユカリ(三條魔子)が、座興にストリップをやって賭場の空気を乱していたからだ。し
 かもユカリがツボを振りたい、という野心をもっているのを知ってからはなおさらである。そんな時、
 銀子の妹昌代(安田道代)が横井の部下の青木政次(上野山功一)に身体を奪われそうになったが、
 そこへ来合せた銀子によってことなきを得た。その後、ツボ振り名人の奈良井辰造〔疾風の辰〕(滝
 田裕介)が、横井の計略にかかって銀子とユカリの三番勝負に立合うはめになった。奈良井はやむな
 くイカサマをやり、ユカリに勝たしたが、おかげでユカリは華々しくツボ振りとしてデビューするこ
 とになった。素人同然のユカリに破れた銀子は、ちょうど母の死という出来事もあって、ツボ振りを
 やめて二代目小志乃の名を継ぐ決心をしたのである。そのためにかかる莫大な費用(箔をつけるため
 に「深川踊り」に出演しようとするが、そのためには最低200万円を用意しなければならなかった)は、
 かつての芸者で今は寺尾商事の社長として関西の賭場を牛耳っている寺尾きく(浪花千栄子)が出し
 てくれた。しかし、銀子の名声を知る横井はそれを喜ばず、ツボ振りに戻すため東海道一帯の縄張り
 をかけて、きくに勝負を挑んだのだ。きくは銀子に内証で、自らツボを振る決心をした。ちょうどそ
 の日、芸者には最高の名誉と言われる深川踊りの舞台に立っていた銀子は、このことを聞いて急ぎ賭
 場に走った。自分を盛り立ててくれたきくに恩返しをするため再びツボを振る決心をしたのだ。銀子
 の相手はユカリだった。だが、名人と言われた銀子の腕に、素人にも等しいユカリがかなうはずもな
 かった。しかし、今度はイカサマを拒んだ辰造は横井の子分に刺され、銀子の腕の中でその一生を終
 えたのであった。銀子は再び昇り竜のお銀に復帰し、小志乃の名は妹の昌代が継いだのである。

 他に、長谷川待子(芸者のりん哉=横井の女)、早川雄三(山形年夫=寺尾商事の専務)、水戸光子(中
田伸江=亀清の女将)、水原浩一(下田)、甲千鶴(芸者の〆奴)、小山内淳(私服刑事)、谷謙一(組合
長)、伊達正(箱屋)、梅津栄(北京亭のオヤジ)、津田駿(横井組の幹部)、豪健司(同)、三夏伸(同)、
森一夫(出方)、中田勉(バーテン)、石田俊介(ヒッピー青年)、志保京助(中盆)、森田健二(同)、
荒木康夫(同)、井上大悟(同)、九段吾郎(同)、後藤武彦(ボーイ)、佐伯勇(同)、須藤道子(女中)、
ピンキーチックス(女性GSの面々)などが出演している。最後の勝負が賽本引きで行われるが、1の目は
骰子二つでどうやって出したことにするのだろうか。ピンゾロ(1の目が二つ揃うこと)は「2」の目に当
たるので、もしかすると1と6の目が出たときに6を差し引いて、「1」と看做すのだろうか。たぶんそう
だと思う。つまり、目が「7」だったとき、手本引きの「1」に当たるわけである。安田道代〔現 大楠道代〕 
がグループ・サウンズのメンバーでヴォーカルを担当しているが、三味線が上手な芸者(お銀に替わって小
志乃の三代目を継いでいる)とのギャップが面白かった。山茶花究と浪花千栄子はさすがの演技で、映画に
勁い芯が入っていたと思う。
 2本目は、シリーズ第7弾の『女賭博師鉄火場破り』(監督:井上芳夫、大映東京、1968年)である。こ
れもなかなか凝った筋書で、前々作の『関東女賭博師』(監督:井上芳夫、大映東京、1968年)で胴師滝川
虎三を演じていた内藤武敏が再び昇り竜のお銀のライヴァル胴師である矢ノ上常男に扮している。新機軸と
して、お銀のマネージャー役(元胴師)が付くこと、お銀の元職がマッサージ師(当時は、「按摩」と呼ば
れていた)であること(劇中、鍼も打てる鍼灸師の技も披露している)、ガン札(イカサマに用いる手本引
きのカルタ)を作る名人が登場すること、鉄板と磁石を使ったイカサマの仕掛けがお銀によって暴かれるこ
となど、盛り沢山の内容であった。博奕開帳の闇の権利(しき)をめぐって差しの勝負がなされることは前
作など(他にも、第3作の『女賭場荒し』がそういう設定であった)と同じであるが、その際に交わされた
誓約書の文面が登場したのは初めてである。画面に映ったそれを下に引き写しておこう。一部を変えたが、
ほとんどそのままである。

        誓約書

               黒川政吉  朱印
               前島大五郎 朱印

    今般来る五月八日於玄法寺(げんぽうじにおいて)
    左記に連名せる組長各位の
    御列席の場に於て両者勝負
    を相交える事と相成りその結果
    敗れたる者は左記条件に何等
    異議なく服する所存此の旨書面を
    以て誓約致します

        左記

      陸中一円の賭博権(「しき」と発音していた)及び附随する一切の
      権利を委譲する

     昭和四十三年四月二十日

                        立会人

                    東京 島田達夫 朱印
                    東京 高橋栄吉 朱印
                    秋田 五坂昇  朱印
                    青森 前島吉次 朱印
                    宮城 赤木龍  朱印
                    石巻 大塚権造 朱印

 さて、物語を確認しておこう。この作品も<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感
謝したい。おな、一部改変したが、ご海容されたし。

  賭博師日本一を目指す大滝銀子〔昇り竜のお銀〕(江波杏子)は、師の五木伸江(原知佐子)とと
 もに賭場から賭場へと渡り歩いていた。銀子の正確な読みと、伸江の鋭い啖呵は二人の名をたちまち
 全国の賭場に広めた。ある日、東京に勢力を持つ黒川政吉(成田三樹夫)から二人に誘いがかかった。
 伸江は、イカサマで指を折られたので、自分が望めなかった日本一のツボ振りに銀子を仕上げるチャ
 ンスとばかり、イカサマ(ただし、胴のイカサマではなく、桜張り)も承知で引受けた。銀子はため
 らいながらも、見事に胴師をつとめた。しかし、黒川は銀子の「女」に惚れ込み、伸江に仲をとりも
 つように要求した。銀子がそれを受けるはずがないことを知った伸江は一計を案じ、全国の親分衆の
 集った花会で、矢ノ上常男(内藤武敏)と対決させたのだ。勝負は矢ノ上が勝ったが、実は彼の使っ
 たカルタは、名人の作ったイカサマカルタ(陸中手本引き)だったのだ。それとは知らない銀子は、
 伸江がこの勝負に銀子の身体を賭けていたのを知り、怒って伸江と別れることにした。それからの銀
 子は小さな賭場へと流れていったが、黒川の廻状がついて回り、元職のマッサージ師として生計を立
 てねばならなかった。そんなある日、郡山にシマを持つ一匹狼の前島大五郎(大友柳太朗)が銀子を
 救った。前島は銀子が矢ノ上と勝負したのを見ていて、それがイカサマだったことも知っていた。そ
 れを聞いた銀子は、矢ノ上への復讐のために、懸命にツボを振った。一方、前島の賭場でツボを振っ
 ている銀子のことは、黒川にも伝わり、面子を潰された黒川は前島にシマを賭けた勝負を挑んだ。黒
 川の代理人矢ノ上と銀子は、親分衆立合いのもとに、ツボの五番勝負をすることになったのだ。勝負
 は進み、最後の五番目の勝負に、銀子の鋭敏な指先は盆のかすかな変化を見逃さず、矢ノ上のイカサ
 マを鍼を使って見破ったのだった。

 他に、垂水悟郎(山本留造=蒔絵師。手遊びに「陸中手本引き」のイカサマ札を作る)、水原浩一(石坂
辰吉=疾風の辰の異名をもつ胴師)、大信田礼子(石坂恵美子=その娘。お銀と勝負するが、しょせん彼女
の敵ではなかった)、上野山功一(佐々原玄=黒川の子分)、千波丈太郎(外山=黒川商事の専務)、仲村
隆(高井信夫=前島の代貸)、佐伯勇(恩田)、井上大吾(中盆)、豪健司(代貸)、花布洋(若者)、三
笠すみれ(女の子A)、横江弘子(女の子B)、甲斐弘子(女の子C)、志保京助(中盆)、阿部脩(ダン
プに細工する男A)、中原健(同じくB)、北城寿太郎(立会人の大立者)、高村栄一(別の立会人)、獅
子てんや(マッサージ治療院主人)、瀬戸わんや(その従業員)などが出演している。山本の留造が作った
イカサマ札は精巧で、カルタの位置、光の当たり具合、それを見る者の目の位置によって、何の札か分かる
ようになっている。実際にそんなカルタが存在するかどうかは不明であるが、筋書としては面白いと思った。
また、このシリーズを通してのことであるが、「名人」と言われる胴師は、イカサマ抜きで自由自在に思い
の通りの賽の目を出せることになっているが、本当にそんなことが可能なのだろうか。カジノのルーレット
で思い通りの目が出せるディーラーが存在するらしいが、目に見える盤面とは異なり、ツボの中の骰子の目
を思い通りに出せるというのは、不可能な気がするのだが……。もっとも、麻雀で牌を自由に操れるように
なるための練習技として、卵を十四個並べてそれらを割らずに持ち上げるという妙技があるらしいが、それ
が可能ならば、人間技を超えるツボの妙技も存在するのかもしれない。人間の技の可能性の話としては、実
に興味深い話ではある。
 3本目は、『喜劇・女は男のふるさとョ』(監督:森崎東、松竹、1971年)である。「龍馬の生まれたま
ち記念館」で開催された「小夏の映画会」(代表:田辺浩三)の企画上映会において鑑賞した。実は、代表
の田辺氏と雑談をしている折り、監督の森崎東のことが話題になり、「喜劇・女」シリーズが面白いけれど、
世間的には忘れ去られており、惜しい作品群であるという話になった。そこで、「じゃあ、上映の企画をし
てほしい」ということになり、今日実現したというわけである。『ぴあシネマクラブ 日本映画編』に関連記
事があるので、それを以下に転載させていただく。

   〔喜劇・女シリーズ〕

  『問題小説』誌に連載された藤原審爾の原作『わが国おんな三割安』を映画化。ストリッパー斡旋
 所“新宿芸能社”を舞台に、そこに働く貧しいながらもバイタリティーにあふれるストリッパーたち
 の日常を描いた人情喜劇。斡旋所の夫婦(第1作は森繁久彌と中村メイコ、以後かあさん役は左幸子、
 市原悦子、再び中村メイコと代わる)を軸に、様々な過去や現在を引きずったストリッパーたちが出
 入りする。監督の森崎東は、かつて自分の喜劇を“怒劇”と称したように、いたずらに情に流される
 のではなく、たまらない憤りや、どうしようもない辛さから庶民のパワーが、瞬間的にはじけて笑い
 に転化する様を、独特の演出によって描出した。シリーズは1971年の「喜劇・女は男のふるさとョ」
 を皮切りに、1972年まで4本が作られている。第1作に出演した倍賞美津子は、森崎東によってバイ
 タリティーあふれる女というキャラクターを与えられ、女優として開花した。

 この解説文は過不足なくシリーズの全容を簡潔にまとめており、小生もまったく同感である。執筆者に深
く感謝したい。なお、「小夏の映画会」が作成した当該映画のパンフレットも存在するので、以下にそれを
適宜転載させていただく。それぞれの執筆者に感謝したい。なお、ほぼ原文通りであるが、一部改変したの
で、その点もご寛恕いただきたい。

  森崎東監督の第五作「喜劇・女は男のふるさとョ」がクランク・アップを目前に控えて、最後の追
 い込みに入っている。この号が読者の手もとに届く頃には、作品も完成していることだろう。
  この新作は、藤原審爾原作の「わが国おんな三割安」から、いくつかのエピソードを選び、山田洋
 次と森崎東が共同でシナリオ化したもの(映画のクレジットでは、もう一名連名で名前が載っていた
 ような気がする。誰かは不詳)。赤坂の旅館に籠って執筆に励んでいた森崎監督は、「なかなか進ま
 なくて困ります」と言いながらも、自分の希望していた素材に取り組む表情は心なしか嬉しそうであ
 った。
  物語は、ストリッパーの斡旋所「新宿芸能社」を舞台に、そこの主人夫婦(森繁久彌・中村メイコ)
 と、そこに集まってくるストリップ・ガールたち(倍賞美津子・緑魔子など)の生活からにじみ出る
 喜怒哀楽をコミカルに描いたもの。共演は河原崎長一郎、犬塚弘、伴淳三郎、園佳也子など。
  森崎監督はこの作品について、次にように語る。
  「この映画のストリップ・ガールたちは、愛すべき親兄弟からはなれ、肌をすりあわすように無縁
 の人を頼り、信じ、無償の愛を捧げて、小さな、しかし、豊かな共同体をつくりあげてゆく。世間の
 偏見やさげすみに怒り、抵抗し、あふれるような知恵やユーモアでノーを叫ぶ彼女らの姿に、私は人
 間の真の連帯の根っこを発見できるように思われる」(掲載誌、執筆者、ともに不詳)。

  藤原審爾原作「わが国おんな三割安」の映画化。ストリッパーのあっ旋をやっている夫婦と、虚飾
 のない世界に住む愛すべきストリップ嬢たちの“ハダカのつき合い”を描いたいわば「男はつらいよ」
 の“女性版”である。
  「この企画。会社からの天下りなんですが、私がやりたいとねらっていたものとドンぴしゃでした」
 という森崎東監督。
  四十五年度芸術選奨新人賞のこの監督「ワイ雑な世界の中にこそある純な美しいもの。人間の真の
 連帯感を洋ちゃん(山田監督)のように巧くないですからシロウトの迫力で描いてみようと思うんで
 す。このハナシも喜劇というより哀しいハナシです。昔ならシリアスに成瀬巳喜男さんあたりがとっ
 たんじゃないですか」。
  土地成金のむすこと、“股旅笠子”のどんでん返しの結婚話、泣く子にガムをやるように受験失敗
 の高校生にからだをプレゼントして励ます“青カン星子”……。シナリオはキワドイところもあって
 抜群におもしろい。
  「ホンがおもしろすぎるんで、かえって辛いです」と森崎監督はヒゲをなでる。これは謙遜のポー
 ズ。
  松竹の製作本部では、映画が完成しないうちから「二本目の映画化料は原作どおり、“三割安”に
 してくださいと藤原さんに話しているんですよ」
  すでに、“シリーズ”化を考えている。               〔石坂昌三〕

 なお、「略筋」等に関しては、<goo 映画>とほぼ同じなので、そちらの方を引用させていただく。執筆者
に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  〔解説〕

  藤原審爾原作の「わが国おんな三割安」の映画化。脚本は「男はつらいよ 奮闘篇」の山田洋次。
 監督は脚本も執筆している「高校さすらい派」の森崎東。撮影も同作の吉川憲一がそれぞれ担当。

  〔あらすじ〕

  ストリッパーの斡旋所「新宿芸能社」を経営する金沢夫婦(森繁久彌・中村メイコ)の前に、笠子
 (倍賞美津子)が姿を見せたのは七年振りのことだった。笠子は、旅先から送金した金が五百万にな
 ったので、そろそろ身を固めるつもりで帰ってきたのだが、帰るそうそう昔のヒモに、暴力バー「コ
 スモス」に連れ去られるという事件に巻き込まれてしまった。金沢は、笠子を取戻しに、単身「コス
 モス」に乗り込み、傷だらけになって帰ってきた。怒った竜子(上記の中村メイコ)は汚物の入った
 肥桶を時夫(山本紀彦)とともに店内に蹴り込んだため、翌日お礼参りにあったが、徳田刑事(花沢
 徳衛)が駆けつけたので、大事に至らず落着した。笠子は、この事件に責任を感じ、また旅に出た。
 そして、九州で照夫(河原崎長一郎)という貧相な自動車修理工と知り合い、相手が妻子持ちとも知
 らず、結婚するために急ぎ上京した。しかし、真相がわかるとたちまち大喧嘩となり、また一人旅に
 出た。「コスモス」事件の一ヵ月後、旅に出ている笠子の書状をもって星子(緑魔子)という少女が
 「新宿芸能社」に現われた。星子は、竜子の世話で料亭で女中をするが、トイレで酔客と性交してク
 ビになってしまい、金沢たちに連れ戻された。そして、村枝(園佳也子)の指導でストリッパーの道
 を歩きだした。ある日、受験に失敗して自殺を図ろうとしていた高校生を目撃した星子は、セックス
 の楽しさを覚えれば思いとどまるかもしれないと思い身体を与えたところ、売春の嫌疑で、警察に捕
 えられた。そんな星子にも幸福の星が輝いた。ケチで有名なケチ権(伴淳三郎)が、星子をほしいと
 言い出したのだ。星子も承諾し、結婚式は賑やかに行われた。

 他に、犬塚弘(菊さん)、山本麟一(山部刑事)、佐藤蛾次郎(車中で笠子のお尻を触る大学生)、名古
屋章(星子の兄の一郎)、立原博(田坂)、左卜全(島さん)、中村是好(大工の棟梁)、笠原光子(コス
モスの女)などが出演している。それぞれの俳優が絶妙の味を出しているが、中でも中村メイコの女将さん
ぶりがよかったと思う。緑魔子も、一重瞼から二重瞼に変えたときの激変ぶりが印象深い。少しだけ難癖を
付ければ、ストリッパー役の倍賞美津子が肝心のヌードを披露していない点である。どうでもいいが、そう
いう半端なところが惜しい。この後、森崎監督は、『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣
言』(監督:森崎東、キノシタ映画、1985年)で倍賞美津子を再びストリッパー役に起用しているが、その
ときとは背景が異なるのでよけいにそう思った。なお、この映画でも、現在小生が犯罪として注目している
ところの「拐取」が扱われていたことを記しておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『関東女賭博師』(監督:井上芳夫、大映東京、1968年)を観た。「女賭博師」シリーズの第
5弾である。これもありがちなストーリーではあったが、随所に工夫が凝らされていたので、最後まで面白
く鑑賞することができた。思うに、前作で話題にした『関東無宿』(監督:鈴木清順、日活、1963年)にお
いて「おかる八」を演じた伊藤雄之助が出演しているおり、その圧倒的な存在感がこの作品を支えているの
だろう。もしかすると、「おかる」というイカサマが縁で伊藤雄之助に白羽の矢が立ったのかもしれない。
また、主演の江波杏子の目が病気になり、盲目に近い状態で勝負をするという設定が組まれているが、それ
は「座頭市」シリーズの大ヒットと関係するのかもしれない。いずれにせよ、相乗効果を生むからである。
悪役に内藤武敏が起用されているところも新鮮であった。彼は、どちらかと言えば善人のインテリ役がふさ
わしいからである。さらに、名優の志村喬や田中邦衛も登場し、いよいよ大映がこのシリーズに本腰を入れ
始めた気配がある。次回作(第6弾)から本格的にシリーズ化された由であるが、すでに「昇り竜のお銀」
は当時の大映の看板のひとつになりつつある。ほぼ全作品が「女の成長譚」といった様相を帯びており、そ
の意味でも重要なシリーズであると言えよう。ただ、恋愛絡みの作品が少なく、その辺りに物語の幅の狭さ
を感じるが、それは映画ファンの切ないないものねだりであろう。
 さて、物語を覗いてみよう。例によって<goo 映画>のご厄介になる。執筆者に感謝したい。なお一部改変
したが、ご寛恕を乞おう。
 
  ツボ振りの名人奈良井辰吉(伊藤雄之助)は、イカサマをあばいたことから逆恨みを買って殴られ、
 片方の耳がきかなくなった時、手と目と耳のうち、どれひとつが欠けても勝目がないといわれている
 手本引きの名人戦を諦らめざるを得なかった。腕のいい女スリの大滝銀子(江波杏子)が、そんな辰
 吉に見込まれて、みっちりと博奕の修業に打込んだのも、辰に代って名人位を獲得するためだった。
 しかし、一年の間、辰が驚くほどの腕を持つようになった銀子は、かつてのスリ仲間に激しく殴打さ
 れ、目を痛めてしまった。しかも、仲間から五十万円という多額の手切れ金を要求され、困り抜いた
 銀子は、ふと若い男から三十万の公金が入っている封筒をスッてしまった。銀子は、公金をスラれた
 眼科医の乾道彦(伊藤孝雄)が、そのために大病院をやめさせられたことなど知る由もなかった。彼
 女は残りの二十万を賭場とツボ振りの支度金で稼いだが、視力にすっかり異常をきたしていた。ある
 日、銀子は屋台で偶然に乾にあい、目の異常(後に、正式に「緑内障」と診断された)を教えられて
 治療を受けることになったが、自分のために場末の診療所の医者になり下った乾を見て、動揺するの
 だった。銀子は乾に三十万は返そうとひそかに決心し、切羽つまってイカサマをやった。それを名人
 位を持つ滝川虎三(内藤武敏)に見破られ、辰吉に危うい所を救ってもらったが、卑怯な滝川に辰は
 殺されてしまったのである。そんな時、手本引きの名人戦が行なわれることになった。銀子は亡き辰
 吉の遺志を果すべく、大会に出た。銀子の腕は確かだった。ところが、いよいよ名人を決めるため滝
 川と勝負することになった時、彼女の目は失明寸前だった。銀子は蒼白になりながらも、必死に聴力
 に頼り、滝川の繰るカルタの音に耳をすました。その銀子の耳が、見事滝川のイカサマを見破り、銀
 子を晴れて名人位に就かせたのだった。

 他に、丹阿弥谷津子(中田志乃=小料理屋「お志乃」の女将)、田中邦衛(青木弘=同店の板前)、姿美
千子(その妻悦子)、志村喬(横尾玄造=横尾組組長)、水原浩一(山形重五郎=横尾の弟分)、星ひかる
(酒巻政治)、小山内淳(金原年男)、花布洋(横尾組の中盆)、南方伸夫(屋台のオヤジ)、阿部脩(警
官)、三夏仲(郵便局員)、守田学(立会人頭)、山根圭一郎(医師)などが出演している。この作品でも、
イカサマザイ(骰子)がいくつか紹介されている。「座頭市」の時代よりははるかに工夫が凝らされており、
人間の欲望の象徴として実に興味深いものがある。勝負事には「腕」と「勘」と「度胸」が必要だ、と辰吉
は語るが、まさにその通りである。なお、これは蛇足であるが、銀子が乾の所持していた公金をスル場所は
バスの中であったが、まだ女性の車掌がいた。小生の記憶では当時すでに「ワンマンカー」が出回っていた
はずなので、少し懐かしかった。また、銀子がスッた財布から現金を抜き取り、財布自体はトイレの便器に
流すシーンがあったが、あれは流れないだろう。もう少し現実に配慮してほしかった。


 某月某日

 DVDで邦画の『三匹の女賭博師』(監督:田中重雄、大映東京、1967年)を観た。「女賭博師」シリーズの
第4弾である。ありがちのストーリーだが、これまでの作品で一番面白かった。脚本は下飯坂菊馬で、後半
やや乱れたけれども、なかなかの筋書だった。演出においても、弓削太郎よりも田中重雄の方が数段上で、
江波杏子の切れ味を十分に引き出していたと思う。共演者も皆達者で、とくに三條魔子の妖しい魅力は捨て
難い。なお、小生の大好きな安田道代も出演していたので、堪えられない手応えであった。
 物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変し
たが、ご寛恕を乞う。

  女の胴師として優れた腕を持つ西沢千加(江波杏子)は、陣馬組二代目の陣馬祐一(滝田裕介)の
 婚約者だったが、祐一が女をつくって家を出て以来、病床に伏している祐一の父惣介(見明凡太朗)
 の看病をしながら、一家の家計をも支えていたのである。惣介の娘で大学生の夏子(安田道代)は、
 親ゆずりの血のせいか賭けごとが好きだったが、千加のそんな苦労は知らなかった。組が落ち目にな
 ってからただひとりとどまり、千加の手助けをしてくれるのは横山鉄雄(長谷川明男)だった。千加
 は陣馬組の最後の財産であるくらぶ「しど」のマダムもしていたが、マネージャーの鏑木(上野山功
 一)が店を手に入れようと狙っているのを知らなかった。鏑木はまず夏子に近づき、一方、情婦で女
 賭博師の井上かおる(三條魔子)を祐一にあてがって機会をうかがっていたのである。祐一は麻薬常
 習者になりながらこの町に舞い戻っていたのだ。一方、千加は、家計が逼迫し、借金のあてもなくな
 ると、しばらくやめていた胴師を始めた。同じく渡世人の佐伯康造(五味龍太郎)の計らいであった。
 そんな千加に、鉄はいつもつき添っていたが、それが夏子の疑惑を招くようになった。そこに目をつ
 けた鏑木は、奸計を用いて千加と鉄雄をホテルに誘い出し、その現場を祐一に見せたのである。祐一
 はかおるにそそのかされて千加を刺そうとしたが、逆に鉄雄に傷を負わされた。しかし、このことで
 千加は陣馬の家を追われてしまった。鏑木は「しど」のマダムにかおるを送り込んだ。だが、夏子は
 彼女が気に入らず、何かと対立するのだった。立場の危うくなったかおるは、祐一との間を夏子にぶ
 ちまけ、慰藉料の代りにと「しど」を賭けて博奕を挑んだのである。ようやく鏑木の計略と知った夏
 子だったが、ゆきがかり上、かおるの排戦を受けた。しかし、プロの博奕打ちであるかおるに、素人
 の夏子がかなうはずもなかった。一方、千加は、居酒屋の女将の南原たみ(沢村貞子)の温かい思い
 やりから、店の仕事を手伝うようになっていたが、夏子とかおるのことを知って慌てて賭場に駆けつ
 けた。案の定かおるはイカサマで夏子をさんざんもてあそんでいた。イカサマを見破った千加は、夏
 子に代ってかおるに対したが、かおるはしょせん千加の敵ではなかった。その上、その辺一帯を縄張
 りにしている佐伯組の賭場を荒らしたことから、鏑木もこの町にはいられない身となった。すべてが
 終った時、夏子は千加に謝った。だが、千加はこの町を去る決心をしていた。去っていく千加を、夏
 子が必死に引き止める場面で幕が下りた。

 他に、千波丈太郎(阿久津=佐伯組の幹部)、早川雄三(中島医師)、水原浩一(助川組組長)、角梨枝
子(ユカ=女賭博師)、甲千鶴(時子=夏子の友人)、横江弘子(和子=おたみの従業員)などが出演して
いる。夏子の台詞に面白いのがあった。一つは「お寺の引っ越し」である。「墓が行かない」に引っ掛けて、
「ハカが行かない=捗らない」という意味である。もう一つは、「博奕の快感は勝っているときばかりじゃ
ない。負けているときのささくれ立った気持も快感である」といったニュアンスの台詞である。また、「お
かる」というイカサマが出てくるが、これは『関東無宿』(監督:鈴木清順、日活、1963年)で、おかる八
(伊藤雄之助)という渡世人が使った手である。寿司を食べるための醤油の受け皿を使ったイカサマで、水
面に花札の模様が映るので、何の札かが見える仕組である。詳しくは、「日日是労働セレクト37」を参照
してほしい。念のために、その件を以下に引用しておこう。

  さて、この映画の最大の見所は、イカサマ博徒のおかる八(伊藤雄之助)と鶴田との差しの勝負で
 ある。「おかる」は、『仮名手本忠臣蔵』に由来する名前である。つまり、この有名な作品には、離
 れの二階から遊女になったおかるが、手鏡を使って由良之助が読んでいる密書を盗み読む場面がある
 が、そこから採っているのである。おかる八は、銀の煙草ケースや、皿の醤油を鏡に見立てて花札の
 柄を盗み見て、勝利を引き寄せるのである。もちろん、インチキではあるが、その手捌きは見事であ
 る。以前、テレヴィで、プロの雀士である小島武夫の詰め込み技を見たことがあるが、ことの善悪を
 超えた見事さだった。おかる八の技には、それに似た感慨をもった。なお、醤油皿を利用する際、お
 かる八の女房である岩田辰子(伊藤弘子)が、そろそろ「やすけでもいかが」と問うが、そのタイミ
 ングにも不自然さはない。だから、鶴田はおかる八に負けるのである。ちなみに、「やすけ」は寿司
 の別称である。

 ちなみに、おかるを使うユカ役の角梨枝子の手捌きは、伊藤雄之助のそれには遠く及ばなかったことを申
し添えておこう。それくらい「おかる八」という人物の印象は深かったのである。なお、三條魔子が演じた
「かおる」は、偶然か作為か「おかる」のアナグラムである。もし作為的な名前だとすれば、なかなかのセ
ンスと言えよう。


 某月某日

 DVDで邦画の『女賭場荒し』(監督:弓削太郎、大映東京、1967年)を観た。いよいよ「昇り竜のお銀」こ
と大滝銀子の登場である。第6作の『女賭博師乗り込む』(監督:田中重雄、大映東京、1968年)〔筆者、
未見〕から本格的にシリーズ化された由であるが、名前だけは先行して披露したことになる。もちろん、東
映の「緋牡丹のお竜」(藤純子)を意識しているはずだが、第1作の『緋牡丹博徒』(監督:山下耕作、東
映京都、1968年)よりも製作年が先なので、こちらの方が「本家」かもしれない。「いずれ菖蒲か杜若」と
いうわけで、どちらを好むかはそれぞれの人が決めることであろう。
 物語を確認しておく。例によって<goo 映画>を参照させていただいた。執筆者に感謝する。なお、大幅に
改変・追加したが、ご寛容のほどよろしく。

  「ディスクサービス」という名前の有線放送会社に勤務している大滝銀子(江波杏子)は、得意の
 ダイス捌きで馴染みのバーの客たちをカモるのが唯一の楽しみだった。たまたま個人タクシーの営業
 を望む父の辰吉(加藤嘉)が五十万円の金策に苦労しているのを知った銀子は、バーで知り合った小
 出鉄五郎(成田三樹夫)に誘われるまま、ある賭場で丁半博奕をやった。素人ばなれしたその腕で、
 銀子は大金を得て辰吉に見せたが、辰吉はいつになく激しく怒った。彼はもと日本一といわれたツボ
 振りで、やくざな稼業を嫌って堅気になった男だったのだ。通り名を「昇り竜の辰」といい、後に銀
 子が名乗ることになる「昇り竜のお銀」は、父親の名跡を受け継いだというわけである。その後、辰
 吉は銀子が稼いだ金をもって同じ組織の人間が仕切る賭場に出向いた。そこでは、「疾風の鉄」の異
 名をもつ鉄五郎がツボを振っていた。それはイカサマ博奕で、仕掛け骰子を用いていたのだ。一目で
 それを見破った辰吉は、銀子が稼いだ金を叩き返して、渡世の筋を通した。しかし、その帰り道、逆
 恨みした組織の人間によって激しい暴行を受け、病院に担ぎ込まれた。隣に住む佐々木米次(桂米丸)
 とその妻たね(都家かつ江)が同行して銀子は病院に駆けつけたが、かなりの重傷を負っているのが
 分かった。その後、勤務中の銀子の許に電話がかかってきて、辰吉の危篤を知らされた。虫の息の辰
 吉は、銀子を前にして「ツボ振りになるんだったら、日本一になれ」と言ってこと切れたのであった。
 霊前に鉄五郎がやって来た。銀子は彼に弟子入りを望んだが、軽くいなされた。それもそのはず、後
 に告白するが、鉄五郎はいわば銀子にとっての親の仇だったからである。
  その後、ツボ振りの修行を積んだ銀子は、望み通りの目が出せるまで腕を上げた。いよいよ旅打ち
 に出かけるときが来たのである。行く先々の賭場でイカサマを見破った銀子は、ある賭場を仕切って
 いた山上(北条寿太郎)に見込まれて、ツボ振りにならないかと誘われた。しかし、それは色絡みの
 話で、銀子は山上に犯されそうになる。そこに登場したのが鉄五郎、彼女をあっさりと救い出し、し
 かも神崎武一(小池朝雄)という有力者まで紹介したのである。銀子は神崎の仕切る賭場でツボを振
 ることになるが、そこに現われたのが「緋牡丹のお秋」こと中西秋子(高千穂ひづる)だった。まだ
 修行中であった手本引き勝負でお秋に負けた銀子は、神崎のところを去り、田島組に草鞋を脱ぐこと
 になる。この田島組は落ち目で、会長の田島一策(水原浩一)も病床に就いていた。田島組の縄張り
 を狙う蒲池組の組長である蒲池源蔵(待田京介)と対決することになった銀子は、蒲池の代人として
 立ったお秋と再度勝負することになった。今度は銀子が勝った。しかし、その後のいざこざでお秋は
 殺され、鉄五郎も警察の厄介になる破目に陥った。しかも、お秋は死ぬ前に、自分が銀子の実の姉で
 あることを告白した。昇り竜の辰の血を分けた二人の姉妹の死に別れである。一策は鉄五郎が自首す
 る前に、銀子の気持を確かめた。鉄五郎の出所を待つのか、と。鉄五郎に惚れていた銀子は一も二も
 なく承諾したが、話はアンチ・クライマックスを迎えた。お秋は鉄五郎の恋女房で、偕老同穴の決意
 が固かったのである。その後、田島組の跡目を継いだ一策の息子の啓次(青山良彦)の盆で、胴師を
 務める銀子の姿で物語は幕を閉じる。

 他に、千波丈太郎(尾形健=神崎の代貸)、甲千鶴(芸者テン子=神崎の女)、飛田喜佐夫(友成庄助)、
橋本力(山川孝一)、津山由起子(ホステス)、南堂正樹(バーテン)、関幸四郎(ディスクサービスのア
ルバイト学生)、竹内哲郎(救急病院の医師)などが出演している。「がり」、「なりいり」、「つつみざ
い」、「だるまざい」、「のりひき」、「ひきづな」、「のぞきつぼ」など、聞いたことのない博奕用語が
出て来たが、それらしい雰囲気だけは分かった。なお、本作では、手本引きのことを「カルタ」と呼んでい
るが、それも初めて耳にした。作品の構成がだいぶ崩れており、とくに神崎絡みの話と田島絡みの話がつな
がらない。それでも、不思議な味わいがあった。小生の大好きな成田三樹夫がいなせな役を演じていたから
だろう。また、高千穂ひづるの女賭博師もなかなかよかった。日活でデビューし、東映や大映で活躍した待
田京介は国際的空手家である大山倍達の一番弟子であるが、今は俳優を引退している由。小生が子どもの頃、
その風貌の印象が強烈だったことを記憶している。


 某月某日

 DVDで邦画の『女賭博師』(監督:弓削太郎、大映東京、1967年)を観た。今年は「犯罪映画」を材料にし
て人間の罪について考えてみようと思っているが、この作品における主たる罪は「賭博」である。ここで、
賭博および賭博罪について確認しておこう。例によって<ウィキペディア>の記事を転載させていただく。一
部編集したが、内容はほぼ原文通りである。


 **********************************************

   賭博

  賭博(とばく)、博打(ばくち)、博奕(ばくえき)、賭け事(かけごと)、ギャンブル(Gamble)
 は、金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって賭
 けた財物のやりとりをおこなう行為の総称。日常的に賭博(ギャンブル)を行う者をギャンブラーと
 呼称される。
  また技術や道具や錯誤などを用い、見掛けの確率、期待値を変えることなく、相手に気付かれぬよ
 う有利に実際の確率、期待値を変えて行う賭け事、勝負事をいかさま賭博といい、それらを行う者を
 いかさま師、ゴト師と呼ぶ。
  賭博は「賭事」と「博技」の合成語である。「賭事」とは、(賭ける人間が介入し得ない)偶然に
 賭ける種類のギャンブルで、公営競技、サイコロ、札、野球賭博、富くじなどが挙げられる。「博技」
 とは、賭ける人間の技量が勝敗を決する種類のギャンブルで、賭け麻雀、賭けゴルフなどが挙げられ
 る。「博打」(ばくち)という語は博(ばく)と呼ばれたボードゲームのことで、それに金をなげう
 つこと、「博を打つ」から「博打」と言う語ができた。そのため「博打うち」という語は「博打打」
 となり二重表現である。
  また、各種商品相場の先物取引や株式の購入など、通常であれば商品取引(「相場」)あるいは株
 式など投資の範疇に含まれる行為のうち、手持ちの現金以上の金額を投じることのできる信用取引や、
 投機と呼ばれるハイリスク・ハイリターンな取引(当たれば巨額の利益が得られるが、相場の値下が
 りなどによる投資額の損失リスクが高いもの)については、広い意味での「ギャンブル」に含むこと
 がある。しかし、金融商品の中でもギャンブル的なのは保険である。保険の歴史は賭博から生まれた
 物であり、事故に遭遇するギャンブルに金銭を賭けるのが保険であるからである。
  世界的には歴史上、手品のはじまりといわれるCap and Ball(カップアンドボール)が賭け事の対
 象としてヨーロッパ、中東、地中海地方、遠くは中国まで広がったが、行う者が手品師と同義である
 ことから、いわゆるいかさま賭博ともいえる。
  ギャンブルは人の射倖心をくすぐり、時に中毒的な依存状態から破産や人格崩壊に至り、果てには
 自殺、殺人に及ぶ場合もある。また、違法賭博が暴力団の資金源になるなど社会問題も多く内包する。

   賭博及び富くじに関する罪

  賭博及び富くじに関する罪とは、刑法に規定された犯罪類型の一つ。社会的法益に対する罪に分類
 される。判例・通説は、公序良俗、すなわち健全な経済活動及び勤労と、副次的犯罪の防止であると
 している(最大判昭和25年11月22日刑集4巻11号2380頁)。具体的には国民の射幸心を煽り、勤労の
 美風を損い、国民経済の影響を及ぼすからと説明される。他人の財産を保護法益とする説もある。
  一般に、法令に基づいて行われる行為や社会通念上正当な業務による行為は、刑法第35条の「法令
 又は正当な業務による行為」として、刑法に規定された罰条に該当しても犯罪は成立しない。したが
 って、賭博及び富くじに関する罪に該当する行為について、他の法律においてこれが行われることを
 許容したり、これが行われることを前提として規制を行ってたりしている場合は、特別にこれを合法
 化する趣旨か、又は社会通念上正当な業務による行為であることを前提として規制する趣旨であり、
 いずれにせよその限りにおいては合法性が確保されているといえる。その例として挙げられることが
 あるものは以下のとおり。

  金融商品取引法(デリバティブ取引)
  商品先物取引法(商品先物取引)
  保険法(保険契約)
  商法(海上保険契約)
  当せん金付証票法(宝くじ)
  競馬法(競馬)
  自転車競技法(競輪)
  モーターボート競走法(競艇)
  小型自動車競走法(オートレース)
  お年玉付郵便葉書等に関する法律(お年玉付郵便はがき、夏のおたより郵便葉書)
  スポーツ振興投票の実施等に関する法律(スポーツ振興くじ)
  不当景品類及び不当表示防止法(懸賞・景品)

   賭博罪

  賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処せられる(刑法185条本文)。ただし、一時の娯楽
 に供する物を賭けたにとどまるときは不処罰とされている(刑法185条但書)。常習賭博罪と区別する
 目的で、単純賭博罪とも呼ばれる。
  賭博罪が成立するためには、当事者双方が危険を負担すること、つまり、当事者双方が損をするリ
 スクを負うものであることを要する。従って、パーティーなどでよく行われるビンゴゲームのような、
 当事者の一方が景品を用意するだけで片方は負けても損をしない場合には賭博には当たらない。
  判例・通説によれば、勝敗が一方当事者によって全面的に支配されている詐欺賭博は詐欺罪を構成
 し、賭博罪は成立しない(最判昭和26年5月8日刑集5巻6号1004頁)。
  判例によれば、賭博罪は挙動犯であり、財物を賭けて勝者に交付することを予約するだけで既遂に
 達する。具体的には、賭銭を場に出し、花札を配布すれば、たとえそれが親を決めるためであっても
 既遂となる(最判昭和23年7月8日刑集2巻8号822頁)。
  判例・通説によれば、関係者が一時娯楽のために消費する物をいう(大判昭和4年2月18日法律新聞
 2970号9頁)。具体的には、缶ジュースや食事などが挙げられる。また、これらの物を費用を負担させ
 るために金銭を支出させた場合、賭博罪を構成しない(大判大正2年11月19日刑録19輯1253頁)。
  一方、金銭そのものは、一時の娯楽に供するものとはいえない(最判昭和23年10月7日刑集2巻11号
 1289頁)が、後藤田正晴が法務大臣を務めていた当時に国会で「娯楽の程度、社交儀礼の範囲内であ
 れば私は賭博にはならないのではないか」と個人的な見解を語った上で、法務大臣としては「賭け麻
 雀自体が良くない」と答弁している。即ち、最高裁の判例では「たとえ1円であっても、金銭そのも
 のを賭けることは違法である」という結論となるが、現実的な解釈は前述の国会答弁にもあるように
 かなり揺らいでおり、どこから摘発されるかは事実上警察側の裁量に委ねられているのが現実である。
  常習性のない、極めて少額を賭けることまで禁止するのは、パターナリズムの行き過ぎであり、多
 少の自己決定権は認められるべきであるとする考え方が有力である。この考え方は、保護法益を他人
 の財産とする説と結びつきやすい。

   常習賭博罪

  常習として賭博をした者は3年以下の懲役に処せられる(刑法186条1項)。判例・通説によれば、
 賭博を反復累行する習癖ある者を指し、必ずしも博徒又は遊人に限られない(最判昭和23年7月29日刑
 集2巻6号1067頁)。常習かどうかは賭博行為の内容、賭けた金額、賭博行為の回数、前科の有無など
 を総合的に判断して決せられる。
  判例・通説によれば、常習賭博罪は不真正身分犯(加減的身分犯)である(大判大正2年3月18日刑
 集19巻353頁)。よって、刑法65条2項により、常習者と非常習者が賭博をしても、非常習者には単純
 賭博罪が成立するに過ぎない。
  判例・通説によれば、常習賭博罪は集合犯であるから、賭博行為を数回しても、常習賭博罪の包括
 的一罪である(最判昭和26年4月10日刑集5巻5号825頁)。刑法56条に規定される条件を満たせば、常
 習賭博罪にも累犯加重は適用できるとされている。

   賭博場開張図利罪・博徒結合図利罪

  賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処せられる
 (刑法186条2項)。

   賭博場開張図利罪

  開張と言っても人を集める必要はない。つまり開帳とは宣伝の意味である。電話による野球賭博が
 具体例である(最決昭和48年2月28日刑集27巻1号68頁)。また、賭博場開張行為は賭博罪の幇助行為
 にもあたるが、開張罪が規定されている以上、賭博幇助罪とはなりえない。

 **********************************************


 要するに、国の管理の届かない賭博は違法であり、そうでないもの(代表例として、競馬、競輪、競艇、
オートレース、サッカーくじなどが挙げられる)はお目こぼしの対象になるということだろう。パチンコも
立派なギャンブルと看做されるが、法の網の目をかいくぐっているので、罪の意識を感じながらパチンコを
弾いている人など皆無に近いだろう。もちろんギャンブル嫌いの人も世間には大勢いるので、そういう人は
一切の賭け事を忌み嫌って断罪する気持を抱いているのかもしれない。もっとも、表立って賭博を糾弾する
人はそんなにいないだろう。なぜだろうか。一説には、賭博や売春などは関係者の納得づくで行われる行為
なので、いわゆる「被害者なき犯罪(Victimless crime or Crime without victim)」に分類されるからだ
という。同じく、<Wikipedia>の関連記事(英文)の一部を引用してみよう。

   《Victimless crime》From Wikipedia, the free encyclopedia

  A victimless crime is a term used to refer to actions that have been ruled illegal but do
 not directly violate or threaten the rights of any other individual. It often involves con-
 sensual acts in which two or more persons agree to commit a criminal offence in which no
 other person is involved. For example, in the United States current victimless crimes include
 prostitution, gambling, and illicit drug use.

  (拙訳:「被害者のいない犯罪」という言葉は、違法ではあるけれども、関係者以外の個々人の権利
      に直接的に危害を加えたり、それを脅かしたりすることのないものと規定されてきた行為に
      言及する際に用いられる言葉である。それはしばしば、二人以上の人間が、互いに違法性の
      ある罪を犯し合うことに同意する行為を意味し、関係者以外の他者は関与しない。たとえば、
      最近のアメリカ合衆国における風潮によれば、被害者のいない犯罪には、売春や賭博や違法
      な薬物使用が含まれる)。

 つまり、互いに同意し合ってなしている行為なので、誰も被害者はいないというわけである。もっとも、
上記の「ギャンブルは人の射倖心をくすぐり、時に中毒的な依存状態から破産や人格崩壊に至り、果てには
自殺、殺人に及ぶ場合もある。また、違法賭博が暴力団の資金源になるなど社会問題も多く内包する」とい
う実情を勘案すれば、やはり「罪」であることに変わりはないだろう。要するに、ほどほどであれば大目に
見られるが、それが度を越せば当局の取締りの対象になると理解すればよいだろう。
 さて、当該作品に戻るが、「女賭博師」という題名から明白なように、『土佐日記』をもじれば「をとこ
もすなる賭博といふものを、をむなもしてみんとて、するなり」というわけである。つい先日、『女の賭場』
(監督:田中重雄、大映東京、1966年)に言及したが、その続篇である。もっとも、話の筋がつながってい
るのではなく、当時の大映が主演の江波杏子を売り出すために手探りでリリースした作品らしい。シリーズ
化は第6作からなので、まだまだ定番といったものはない。一世を風靡した「入ります」という台詞こそ頻
出するが、後年の江波の貫録はあまり感じられない。前作においても指摘したが、東映の「任侠映画」とは
異なり、生活臭が全体に漂っている。しかも、少し考えれば辻褄の合わない部分も多く、TV時代に突入し
た頃の「大映テレビ」のテイストに似ていないこともない。要するに、花を捨てて実を取ったということだ
ろう。最近亡くなった本郷功次郎も出演しており、これも何かの縁である。合掌。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

  六本木でピアノバーを経営している絵森夏江(江波杏子)の本職は、女賭博師だった。幼い頃から
 胴師の父源造(加藤嘉)から仕込まれた腕前は名人芸と言われている。その夏江の身を守るように松
 吉(山田吾一)は、片時も彼女の傍を離れることはなかった。裏はやくざの親分で、表向きグローバ
 ル工業の社長である磯部達雄(内田良平)はそんな夏江に、時をみては求婚していた。ある日、夏江
 は温泉町の賭場で、たてつづけに自分の手の中を読んだ元女子大生の浅川滝子(川口小枝)に会って
 茫然とした。滝子は公金横領を犯した恋人を助けるため賭場に来たのだが、結局、夏江に敗れ、恋人
 と心中を計った。夏江は、素人をこの道に引き込むのは良くないと考え、滝子の裏をかいたのだが、
 滝子が生き残ったと聞いた時はさすがに良心がとがめた。夏江は写真家である自分の恋人の田上雄二
 (本郷功次郎)を売り出すため、化粧品会社の砂橋宣伝部長(早川雄三)に身体を提供するほど田上
 を愛していた。しかし、磯部に唆された滝子は田上に近づき、夏江と田上の間を裂いてしまった。そ
 んなある日、磯部は全国の親分衆を集めて賭場を開帳し、それを警察に密告して、責任を名古屋の菊
 田五平親分(内田朝雄)にかぶせた。勢力拡張が目的だった。この事件で、胴師をつとめた源造は自
 殺した。夏江は菊田に会い、密告者を質したところ磯部のたくらみが明るみに出た。そこで偶然会っ
 た滝子と夏江は、田上を賭けて花札を握ったが、田上はやはり滝子とともに夏江から離れていった。
 一方、源造の仇と磯部を刺し殺した松吉も磯部の子分に殺され、夏江の生きがいは、いまは花札(手
 本引き)を握る時だけであった。

 他に、仲村隆(毛馬)、高村栄一(寺内小吉)などが出演している。しがない胴師の娘がたかだか24歳で
ビルを所有していたり、いくら花道を飾れなかったとはいえ数々の修羅場を踏んできたはずの源造が簡単に
自殺したり、蓮っ葉だったはずの滝子がしおらしい人妻に変身したり、用心深いはずの磯部が松吉に簡単に
刺されたり、「あれあれ」と思わせる場面満載なのだが、なぜか「まぁいいか」と納得してしまうところが
大映映画の凄いところである。東映の美学に見飽きた人にはかえってお勧めかもしれない。博徒を「日陰の
商売人」と看做しているところは、もちろん共通しているのだが……。もっとも、胴師は自ら金品を賭けて
いるわけではないので、「賭博師(ギャンブラー)」と言えるのだろうか。ともあれ、他に類を見ない奇妙
な映画であった。助演の川口小枝は、『白昼の通り魔』(監督:大島渚、創造社、1966年)〔「家族研究へ
の布石(映像篇)」に未登録だったので、これを機に登録しておいた〕で、主演の篠崎シノを演じた女優で
あるが、そのグラマラスな肢体もさることながら、奇妙な雰囲気を持っており、江波と遜色のない「女」を
演じ切ったと言えよう。川口は『白昼の通り魔』で二度も心中で生き残る役を演じただけに、その点を買わ
れてこの滝子という役を与えられたのかもしれない。なお、彼女は幻の作品『黒い雪』(監督:武智鉄二、
第三プロ、1965年)〔筆者、未見〕の武智監督の実の娘らしい。どおりで腹が据わっていると思った。また、
弓削監督の作品は、他に『スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねえ』(監督:弓削太郎、大映、1962
年)を観ているが、泥臭さがウリの監督だったのだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『高校三年生』(監督:井上芳夫、大映東京、1963年)を観た。富島健夫の『明日への握手』
を原作に仰いで、池田一朗が脚色した作品である。同名の大ヒット歌謡曲である「高校三年生」(作詞:丘
灯至夫、作曲:遠藤実、唄:舟木一夫、1963年)が主題歌として用いられている。小生はまだ小学校に通っ
ていた時分であるが、ちょうど三年生だったのでよく替歌の「小学三年生」を歌った覚えがある。観ている
こちらが恥ずかしくなるほど青春真っ只中の映画であるが、当時の世相をよく反映しており、その意味で貴
重な映画である。製作会社は異なるが、テイストが似ている作品としては『花咲く乙女たち』(監督:柳瀬
観、日活、1965年)〔「日日是労働セレクト84」、参照〕が挙げられるだろう。同じ舟木一夫のヒット曲
がきっかけとなって作られている点、その舟木一夫自身も出演している点、一宮市や尾西市(木曽川町とと
もに一宮市に編入合併された)などの中京地区が両者の舞台になっている点(舟木一夫の出身地が一宮市だ
からであろう)、産業構造の転換や家族構成の変容がテーマとなっている点、堺正章がコメディ・リリーフ
として出演している点、まだまだ女の幸せが結婚にあった点などが共通要素である。伝統と新興のせめぎ合
い、儒教道徳と民主主義の綱引き、まだまだ玄人と素人とが峻別されていたことなどが、この時代の様相と
して描かれている。物語を確認しておこう。例によって、<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  朝の風を切って、桜ケ丘高校自転車通学の一群が、ペタルを踏みながら、軽やかに走る。小杉知子
 (姿美千子)もこの一群に交じる高校三年生だ。知子はクラスきっての人気者だ。老舗である織物問
 屋の知子の家は、のれんと同じく考え方も古く、長女の澄子(浜田ゆう子)が恋人瀬本登(仲村隆)
 の許へ家出したことが一家の大問題となっていた。とくに祖母の梅乃(細川ちか子)の権幕は強く、
 両親の太蔵(見明凡太朗)、律子(村田知栄子)のうろたえようもひとかたではなかった。こんな時、
 平気で権力の座に坐る祖母に刃向うのは知子だけであった。そして、姉の味方になって励ますのも、
 知子であった。クラスメートの本多宏(倉石功)の家に下宿している姉夫婦を知った知子は、宏の家
 を訪れ、宏の父がなきあと、母の静子(坪内美詠子)が寿司屋で動きながら、宏の大学入学だけを楽
 しみにしていること、そして宏は一日も早く社会に出て、母の手助けをしたいと思っていることなど
 を聞かされ、知子は宏に好意をもった。一方学校では、島津小路(高田美和)と担任の原先生(高橋
 昌也)との間が噂となっていた。恋の告白を受けてドギマギする原先生も、二人の将来を約束するの
 だった。澄子と瀬本の間に祖母梅乃の横槍が入り、気の弱い瀬本は澄子を残して姿をくらましてしま
 った。澄子のショックは大きく、やけ酒をあおる日が続いた。また、梅乃の無粋な邪魔立ては、知子
 と宏の間にまで及んだが、宏の母静子の弁説にやりこめられ、家でも商品改善間題で太蔵にやられ、
 梅乃の威厳は失墜した。そんな時、ひょっこり帰って来た澄子に、酒に酔った拍子に宏に接吻したこ
 とを聞かされた知子は、カーッとして宏を探しにとび出していった。悄然とする宏を前に、若い知子
 の胸を情熱がよぎっていった。

 他に、舟木一夫(船田一夫)、高野通子(高丘みつ子)、渚まゆみ(坂本けい子)、堺正章(安井)、中
條静夫(太蔵の部下)などが出演している。姿美知子と高田美和は当時の大映の若手女優として人気を二分
していたらしいが、たしかにそれだけの魅力があると思う。ただし、小生としては、チョイ役の渚まゆみの
方が好みである。それぞれ、倉田誠(プロ野球選手)、片岡秀太郎(歌舞伎役者)〔後、離婚〕、浜口庫之
助(作曲家)〔後、死別〕と結婚したが、いずれも一時代を築いた女優と言えるだろう。姿美知子の相手役
を務めた倉石功は誠実なイメージがウリであったが、彼を有名にしたのは映画というよりは、大映テレビ室
製作のテレビドラマ『東京警備指令 ザ・ガードマン』にメンバー最年少の杉井隊員役でレギュラー出演した
ことであろう。上で挙げた中條(中条)静夫もメンバーの一人だった。ついでに、このTVドラマのレギュ
ラーメンバーも記しておこう。宇津井健(高倉隊長、通称キャップ)、藤巻潤(清水隊員)、神山繁(榊隊
員)、川津祐介(荒木隊員)、稲葉義男(吉田隊員)、中条静夫(小森隊員)、倉石功(杉井隊員)の7人
である。このTVドラマは、小生も夢中になって観ていた作品であることを付言しておこう。


 某月某日

 DVDで邦画の『執炎』(監督:蔵原惟繕、日活、1964年)を観た。以前から観たいと思っていた作品の一つ
で、最近になってDVD化されたので観ることができた。浅丘ルリ子の主演100本目(厳密には104本目の出演)
の記念作品である。当時、ルリ子は24歳。それで100本だから、いかに彼女が十代のころから日活全盛期(同
時に、邦画全盛期)を支えて来たかが分かるだろう。蔵原監督の最高傑作とする批評もあるが、果てしてど
うか。小生には中の上ぐらいにしか思えないが……。思うに、陰りを見せ始めた邦画界の挽回を願って、多
少の粉飾がなされたのであろう。もっとも、浅丘ルリ子の魅力に抗うつもりは毛頭ない。「演技開眼」も大
袈裟であろう。彼女はずっと安定した存在であるし、その資質が彼女の魅力そのものなのだから。
 さて、出征する夫に愛着する女の物語としては、『清作の妻』(監督:増村保造、大映東京、1965年)
〔「日日是労働23」、参照〕があるが、翌年に製作されただけに当該作品の影響があるのかもしれない。
もっとも、この『清作の妻』はリメイク作品で、村田実監督版(1924年)〔筆者、未見〕があるらしい。な
お、この『執炎』にもリメイク作品が存在し、百恵・友和コンビの『炎の舞』(監督:河崎義祐、東宝=ホ
リプロ=ホリ企画制作、1978年)がそれに当たる〔「日日是労働セレクト80」、参照〕。当該作品を観始
めて「あれ、どこかで観たことがあるな」と思ったのだが、直ぐに『炎の舞』というリメイク作品があるこ
とを思い出した。テーマとしては古臭いが、男と女の物語として捉えれば普遍的であろう。物語を確認する
前に、『清作の妻』、および、『炎の舞』に対する小生の鑑賞当時のコメントを再録しておこう。


 **********************************************
 
 「日日是労働セレクト23」より

 2本目は『清作の妻』(監督:増村保造、大映東京、1965年)である。主演の若尾文子自身が代表作の
一つと看做している作品であるが、その通りの佳品である。徴兵拒否に絡んだ女の執念を描いており、新
藤兼人の脚本も冴えている。明治の頃の物語で、日露戦争が絡んでいる。山田兼(若尾文子)とその夫清
作(田村高廣)の愛情譚とも受け取れるが、その愛はやはり尋常ではない。お兼は好色な隠居(殿山泰司)
の妾奉公までして一家を支えたことがある女だが、そのせいか徴兵を回避させるためにあえて夫を失明さ
せることさえ辞さない情念過多の女である。そのために懲役2年の刑を受けるが、刑を終えて帰って来た
お兼を、事件当時は凄まじい憎悪で身を焦がしたにも拘らず、清作は深い愛で赦すのであった。なお、憲
兵曹長役で成田三樹夫が出演しているが、相変わらず存在感抜群であった。他に、早川雄三、杉田康、潮
万太郎、佐々木孝丸などが出演している。

 「日日是労働セレクト80」より

 某月某日

 DVDで邦画の『炎の舞』(監督:河崎義祐、東宝=ホリプロ=ホリ企画制作、1978年)を観た。百恵=友和
コンビの第9弾である。原作は加茂菖子の同名作品(筆者、未読)である。一度映画化されており、名作の
誉れ高い『執炎』(監督:蔵原惟繕、日活、1964年)〔筆者、未見〕として結実している由。本作はそのリ
メイクであるが、残念ながら凡作の域を出ていない。一つ一つの場面に緊張感がなく、そのために成功に至
ることがなかったのであろう。とりあえず、物語を追ってみよう。例によって、〈goo 映画〉のお世話にな
る。執筆者に感謝したい。一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  水産学校を無事卒業した吉井拓治(三浦友和)は、山の奥に住む平家の落人村の娘である久坂きよ
 の(山口百恵)と古い因習を破って結ばれた。しかし、二人の新婚生活は、戦争のために中断をよぎ
 なくされた。戦局は激しくなり、拓治も負傷して送還されてきた。右足の損傷により、生命の危険に
 さらされた拓治は、きよのの看護で奇蹟的に回復した。水入らずで闘病生活をする二人に笑顔が戻っ
 てきた。拓治は昔ながらの体力を取り戻し、二人は狂ったように愛を確かめあっていた。そんな時、
 またしても拓治に赤紙が舞いこんだ。拓治を送りだす日が来た。愛蔵の能面をつけて舞うきよのの姿
 は、きよのの執念の叫びであった。拓治は出征した。きよのは拓治の思い出を抱いて、凍てついた山
 道にお百度を踏んだ。疲労から倒れたきよのは、こんこんと眠りつづけた。しかし、拓治は南の海に
 散華した。やがて意識を回復したきよのは、仏壇の拓治の写真を見て全てをさとり、黒髪を切り仏壇
 に供えて、拓治の命を奪った海に静かに身を沈めるのだった。

 他に、小暮実千代(久坂玉乃=きよのの母)、細川俊夫(久坂宗道=同じく父)、有島一郎(赤紙の配達
人)、荒木道子(吉井ちか=拓治の母)、能勢慶子(あやの=きよのの妹)、岡本達哉(吉井秀治=拓治の  
弟)、金沢碧(野原泰子=拓治の従妹)、佐藤仁哉(野原則義=その夫)、浜村純(村の衆のひとり)、粟
津號(落伍する兵隊)などが出演している。『清作の妻』(監督:増村保造、大映東京、1965年)に少し似
ているが、その迫力には遠く及ばない。わずかに吊り橋のシーンが見所だが、公開当時、まだあんなSLが
走っていたのだろうか。

 **********************************************


 『執炎』と上記再録作品と見比べればすぐに分かることだが、『清作の妻』との相違は一目瞭然である。
1.日露戦争ではなく、アジア・太平洋戦争がその背景にあるということ。2.清作の妻の兼は妾奉公まで
経験した猛者であるが、当該作品のきよのは奔放ではあるもののあくまで良家のお嬢さんであるということ。
3.兼は夫の清作の目を潰してまでその徴兵を回避したが、きよのは夫の拓治の脚を宣言通り切断するまで
には至らなかったということ。4.兼と清作はその後生き永らえたが、きよのは戦死した拓治の後を追って
海に身を投げてしまったということ。以上である。なお、『炎の舞』は比較的忠実なリメイク作品なので、
細部を除き両者の間にあまり異同はない。
 さて、当該映画の物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  日本海の波が打ち寄せる山陰の浜辺で、一人の女が命を断った。七年前種々にとりざたされた噂も、
 今では人々がその青春を讃え、美しい供養をいとなんでいる。浜の男吉井拓治(伊丹一三〔十三〕)
 が初めて久坂きよの(浅丘ルリ子)に会ったのは、十三の時であった。やがて水産学校を卒業した拓
 治は山で再びめぐり会ったきよのに、神秘的な美しさを感じた。きよのは、山奥の一角にある平家集
 落の娘であったが、二人の愛情は古い因習を破って結ばれた。しかし、二人の結婚生活は、戦争のた
 め中断をよぎなくされた。召集された拓治を送ったきよのの節操ある生活は、村人の賞讃の的であっ
 たがきよのの胸中は、空しいものがあった。戦局の激しさにつれて、戦死者もふえ、拓治も佐世保病
 院で傷病生活を送っていた。右脚の損傷(大腿部盲管銃創)により生命の危険にさらされた拓治は、
 きよのの看病で奇蹟的に回復した。水入らずで闘病生活をするため建てられた山小屋で、日増に笑い
 声が聞こえるようになった。そして漁師として逞しく働きだした拓治ときよのは、戦争の恐怖におの
 のきながら、狂ったように愛を確かめあっていた。そんな時きよのは親友の野原泰子〔拓治の従妹に
 当たる〕(芦川いづみ)の夫である則善(上野山功一)が戦死したのを聞き、恐怖から拓治への独占
 欲は深まっていった。ついに、拓治のもとに赤紙が舞いこんだ。しかし、一途なきよのの姿に拓治は、
 言葉をのんだ。愛蔵の能面をつけて舞うきよのの姿は、きよのの執念の叫びであった。拓治は出征し
 た。きよのは、拓治の思い出を抱いてさまよい、凍てついた山道にお百度を踏んだ。思いつめた疲労
 から倒れたきよのは、こんこんと眠りつづけた。六月の初め拓治は南の海に散華した。事実を知らさ
 れず、やがて意識を回復したきよのは、仏壇の拓治の写真を見て全てをさとり、黒髪を切り仏壇に供
 えて、拓治の命を奪った海に静かに身を沈めた。

 他に、松尾嘉代(久坂あやの=きよのの妹)、細川ちか子(久坂玉乃=同じく母)、信欣三(久坂宗道=
同じく父)、平田大三郎(吉井秀治=拓治の弟)、奈良岡朋子(吉井ちか=同じく母)、河上信夫(同じく
父)、宇野重吉(小島=村役場の戸籍係。赤紙の配達人)、山田禅二(村の衆)、桐生かほる(少女時代の
きよの)などが出演している。
 モノクロームの映像は美しかった。今はなき餘部鉄橋の壮観も映画にアクセントをつけているが、何とい
っても裸身を晒す浅丘ルリ子の肢体も印象に残った。また、その嬌声には驚いた。拓治との愛の世界が醸す
小鳥の歌声のようだったからである。拓治出征後の蒼白の顔貌もメイクのなせる技だろう。あえて、ルリ子
でなくても、あれぐらいの表情はつくれるはずだから。泰子に印象的な台詞があった。戦死した職業軍人の
夫に関することである。いわく「足の裏にほくろがあったの。それしか覚えていない」……戦中・戦後を通
じて、多くの女性たちが経験したことに違いない。戦争は人々からその幸せを根こそぎ奪うものであること
が、よく分かる台詞であった。きよのが新聞報道に懼れる場面も興味深かった。見出しの一部を抜書しよう。
なお、若干の正字を現行のものに入れ替えた。

 正面突っ込む早業に/奇蹟 三番機も追突/壯烈 三機屠って玉碎

 神鷲/體當り戰記/敵機に肉彈を抛つ

 勇ましいと思う人がいるかもしれないが、小生はきよのと同様、おぞましい情景しか思い浮かべることが
できない。拓治は「充員召集令状」で舞鶴に呼び寄せられた。赤紙一枚の暴力である。まるで死ににいくた
めの出征であった。きよのは海が大好きだった。その海で死後再び結ばれることを信じたのだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『女の賭場』(監督:田中重雄、大映東京、1966年)を観た。江波杏子主演の「女賭博師」シ
リーズの魁となった作品である。当初、若尾文子が演じるはずだった役だが、若尾が事故で降板したため、
急遽江波に白羽の矢が立てられたのである。実に出演作58本目にして初めての主演である〔ウィキペディア
より〕。その経緯が「ぴあシネマクラブ」に載っているので、それを転載させていただこう。

   女賭博師 シリーズ

  大映が女賭博師を主人公に江波杏子主演で製作した、“座頭市”シリーズに次ぐ大ヒット・シリー
 ズで、1966-71年にかけて全17本が連作された。第1作「女の賭場」は若尾文子が主役の女賭博師を
 演じる予定であったが事故で降板し、急きょ代役として江波杏子が主演し予想外の大ヒットを記録し
 た。しかし当初シリーズ化の予定はなく、前哨的な作品が数本作られいずれも大ヒットしたことから、
 東映・藤純子の“緋牡丹博徒”シリーズに対抗して、1968年の第6作「女賭博師・乗り込む」から大
 滝銀子こと“昇り竜のお銀”を主人公にして本格的なシリーズとなり“入ります!”という名セリフ
 が一世を風靡。江波杏子はその日本人離れしたクールな美貌から役に恵まれず長い間不遇をかこって
 いただけに、本シリーズは彼女にとって起死回生の大ホームランであった。シリーズの生みの親とも
 いうべき田中重雄と井上芳夫両監督がシリーズの大半を演出したが、作品的にはこれといったものが
 1本もなかったことが惜しまれる。

 たしかに、大映映画は地味で、東映の任侠映画が大輪の牡丹だとすれば、霞草のような存在かもしれない。
しかし、その深い味わいは捨てたものではなく、小生は東宝、松竹、日活、新東宝、東映、大映の大手映画
会社のそれぞれのカラーの中で一番好きである。思うに、脇役が渋く、脚本の肌理が細かいからではないか。
当該作品は直居欽哉と服部佳の共同脚本であるが、台詞回しといい、物語の展開といい、実に無理がなくて
面白い。監督の田中重雄の作品としては、当該作以外には『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(監督:田中重
雄、大映、1966年)しか観ていないが、派手ではないが堅実な演出で、すんなりとこころに入ってくる。つ
まり、妙な癖がないのである。これは大切なことで、同性の田中徳三監督などにも通じるところであろう。
説明的な描写があまりないのに、観ている人間に不明な場面を押し付けない。娯楽映画作りの職人として名
人芸に達していると思う。まだまだ素人と玄人が峻別されていた時代だったと思うので、物語の設定も無理
なく入っていけた。主演の江波杏子はもちろん素晴らしい。この映画がヒットして本当によかったと思う。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

  関東一円の親分衆を集めた盛大な手本引き花会で、名人と言われる沢井辰造(水原浩一)が胴師を
 つとめたが、香取組代貸立花鉄次(渡辺文雄)にイカサマを見破られ、自殺した。辰造の娘アキ(江
 波杏子)は、自分も父の血を引いて胴師としては一人前の腕を持っていたのだが、すでに引退して堅
 気の道を歩んでいた。アキには造船会社に勤める恋人の守屋俊夫(南広)がいたし、父の後ろ盾であ
 った兼松万之助(見明凡太朗)が肝入りした小料理屋「たつのや」があった。一方、立花は押しの強
 い性格もあって、次第に頭角を現わし、立花組を組織し、勢力範囲も広がる一方だったが、彼はアキ
 の美しさに惹かれて、自分の賭場の胴師になるように誘った。アキは、勿論、きっぱりと拒絶した。
 だが、アキのそんな心を知らないかのように弟の広志(酒井修)はやくざの世界に憧れ、毎日のよう
 に立花組に出入りしている。ところが、広志はそのうちに、父辰造のイカサマは、立花が辰造の相棒
 塚田(夏木章)に仕組ませた罠だったことを知った。立花は金をたかりに来た塚田を殺し、広志をも
 狙ったが、広志はようやくのことで逃げ帰るとアキにそのことを知らせた。しかし、すでに辰造の身
 内とも言える政吉(川津祐介)のところに逃げ込んだ塚田によって、そのからくりは聞き及んでいた
 のである。その日から、アキは政吉を相手に厳しい花札の稽古を始めた。父辰造の仇は賭場で討とう
 というのである。折りも折り、鎌倉の寺で関東侠勇会初代追善法要の花会で、アキが胴師をつとめる
 ことになった。やがて、その花会の日、多勢の親分衆の前で勝負が進んでいく。アキの指の動きを立
 花が食い入るように見つめている。アキの目が誘うようにきらりと光った時、“待った!”の声が立
 花からかかった。しかし、改められた札には何のイカサマもなかった。アキは立花に“父と同じよう
 に責任をとって頂きましょう”と言い放つと、山門を出た。

 他に、角梨枝子(かね=万之助の妻)、高村栄一(仙波竜蔵=関東侠勇会の大立者)、藤山浩二(権藤=
立花の子分)、若松和子(まゆみ=立花の女)、三夏伸(留吉=たつのやの板前)、桜京美(おとよ=留吉
の女房)、北原義郎(刑事)、谷謙一(貸元のひとり)、小山内淳(同)などが出演している。手本引きの
シーンは他の映画で何度も観ているが、江波杏子は第1作だったせいか、まだ堂に入っていない。また、造
船会社に勤める守屋が夢の話をするシーンが印象に残った。日本で原子力船を造るのが夢だというのである。
それに対してアキは「素敵だわ」と単純に感激しているが、時代を感じざるを得ない。3・11後の現代だった
ら、果して素直に「素敵だわ」と言えるだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『はだしのゲン』(監督:山田典吾、現代ぷろだくしょん、1976年)を観た。中沢啓治原作の
同名漫画を去年読んでいるが、その初期の作品を映画化したものである。エンディングに「第一部・戦中篇」
とあるので、当然続篇もあるのだろうと思って調べたら、実際にあった。『はだしのゲン 涙の爆発』(監督:
山田典吾、現代ぷろだくしょん、1977年)、および、『はだしのゲン PART3 ヒロシマのたたかい』(監督:
山田典吾、現代ぷろだくしょん、1980年)がそれだが、小生は両者ともに未見である。物語は1945(昭和20)
年の春から始まる。周囲から「非国民」扱いされている男を父に持つ兄弟の精一杯の生き方が素直な感動を
呼ぶ作品である。以前にも同様のことを書いたが、「原爆映画」は何度作られてもよいと思う。戦争を描く
最近の映画はだいぶ風化しているが、それでも作られないよりは作られた方がよい。素直にそう思う。
 さて、物語であるが、例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変した
が、ご寛恕をいただきたい。

  昭和20年4月、太平洋戦争も終わりの頃の広島。国民学校(小学校)2年の中岡ゲン(佐藤健太)は、
 今がわんぱく盛りの男の子。ゲンの父の大吉(三国連太郎)は、日頃から戦争に批判的だったが、あ
 る日、町内会の竹槍訓練の時「この戦争は間違ってる」と言ったために「非国民」とののしられ、特
 高警察に逮捕されて拷問を受けた。そのため大吉の家族に米を売ってくれなくなり、「非国民の子」
 として、長男の浩二(小松陽太郎)、姉の英子(岩原千寿子)、ゲン、進次(石松宏和)も周囲から
 いじめられるようになった。しかし家族は、警察の拷問にも屈せず自説を曲げずに帰った父を暖かく
 迎えるのだった。そんな彼らを朝鮮人の朴(島田順司)は、大吉を正しいとして何かと一家の力にな
 るのだった。しかし、浩二は「非国民」の重みをはね返すために予科練に志願、両親の反対を押し切
 って海軍航空隊に身を投じていった。やがて、8月6日朝8時15分、運命の原子爆弾が広島に投下された。
 父、姉、弟を失ったゲンは、その悲しみに浸る間もなく、全力で生きようとする。おりしも産気づい
 た母の君江(左幸子)は妹を産んだ。戦争は終わった。しかし、これからどうなるかは分からない。
 三つの骸骨を母とともにリヤカーで運びながら、ゲンの胸にはさまざまな思いが去来していた。

 他に、曾我廼家一二三(鮫島伝次郎=町内会長)、箕島雪弥(昭三=ゲンの次兄)、草薙幸二郎(特高の
刑事)、江角英明(同)、大泉滉(沼田先生)、梅津栄(広瀬先生)、坂本新兵(岸先生)、大関優子(大
里先生)、牧伸二(堀川=傷痍軍人のガラス屋主人)、吉田義夫(鯉のいる家の主人)などが出演している。
なお、配役に関しては<ウィキペディア>を参照した。
 「活かせ故資材/得難い資源」、「一億一心/火の玉だ」、「前線に飛行機を」、「一億玉砕/本土決戦」、
「戦地を偲べ/銃後を守れ」、「鬼畜米英/撃ちてし止まむ」などの標語が目についたが、そんなファッシ
ョ的な社会はさすがに住みにくそうに見える。空襲警報が鳴って、大吉たち家族が「中岡家退避所」に隠れ
たときの夫婦の会話を以下に記しておこう。

 大吉:戦争は国が犯した犯罪じゃ。
 君江:あんた、そんなこと言うちゃいけんよ。
 大吉:分っとるよ。……今の日本にはのう、真理とか善とか正義なんちゅう言葉は、何の意味も持っちゃ
    おらんのじゃ。

 当時、戦争批判はご法度だった。それを頑張ってやり遂げるところに大吉の性根がある。朴が彼を尊敬し
たのも、子どもたちが父を慕ったのも、大吉の性根が据わっていたからである。ところで、英子が予科練に
志願した浩二のために街頭に立って千人針を求めたが、その際の二つのエピソードが印象に残った。一つは
布に五銭銅貨を縫い付けるというもの。五銭は四銭(死線)を越えるから縁起がよいというわけ。もう一つ
は寅年の女性に千人針を指してもらうというもの。「虎は千里を往って千里還る」ことから、これも縁起が
よいというわけ。どちらも気休めにすぎないが、当時の人々(とくに女性)の切ない気持がひしひしと伝わ
ってくる。君江は叫ぶ。「戦争を止める力が天皇陛下におありなら、なぜ戦争を始める前にその力を発揮な
されなかったのか」、と。問答無用の暴力は醜い。戦争はもちろん醜い。昨今の日本は右傾化が進んでいる
と言われるが、このような反戦映画は、まるで無力なのだろうか。そうでないことを祈りたい。


 某月某日

 DVDで邦画の『抜き射ちの竜 拳銃の歌』(監督:野口晴康、日活、1964年)を観た。東京オリンピックが
開催された年に製作された映画ではあるが、どこにもそれらしき様相は描かれていなかった。相も変わらず
荒唐無稽な日活アクション映画である。主演の高橋英樹は、この映画の2年後に『けんかえれじい』(監督:
鈴木清順、日活、1966年)に主演して新境地を開いているが、それ以前の『男の紋章』シリーズ(1963-66年、
全10作品)で人気を決定づけた日活アクション・スターである。このシリーズは小生もいくつか観ていると
思うが、「家族研究への布石(映像篇)」には登録していない。どの作品を観たのか弁別できないからであ
る。さて、当該映画であるが、すでに『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』(監督:野口博士、日活、1960年)とい  
う先行作品があり、リメイクではないが似たような物語である。このときの主演は赤木圭一郎であるが、相
手役は同じ宍戸錠である。不良っぽい赤木に拳銃はよく似合うが、生真面目なイメージの高橋にはあまり似
合わない。愛用のオートマティック・ルガーも銃身の長い分どこかマンガチックで、冴えない銃撃戦もとも
なって、赤木版の前作よりもだいぶ劣る作品であることは否めない。ただし、新人だった山本陽子は初々し
く、同じく新人の岩谷肇(谷隼人の旧芸名)のエキゾチックな顔立ちも新鮮である。
 物語を確認しておこう。例によって、<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご海容いただきたい。

  抜き射ちの竜〔「だんりゅうしろう」と名乗っていたので、仮に「団竜四郎」としておく〕(高橋
 英樹)は、恋人房江(山本陽子の顔写真のみ)を殺した黒木一味に復讐をすると、姿を消していたが、
 暗黒街のとりことなった義弟の岡本健次(岩谷肇〔=谷隼人〕)を救うため舞い戻って来た。しかし、
 健次のアパートで待伏せていた黒木一味に脅迫され、コルトのジョー(宍戸錠)に救けられたものの、
 高級アパートの一室に監禁されてしまった。その部屋の中には、今、世間を騒然とさせている水原興
 業幹部の死体があった。犯人と誤解された彼は、竜と旧知の間柄である前田刑事(菅井一郎)の計い
 で釈放された。そんな竜に、水原興業は用心棒になるよう説得した。それを固く辞退した竜は、健次
 の恋人で、黒木(金子信雄)の娘梨江(山本陽子)が、借金の肩代りとして水原興業の本拠地クリス
 タルで歌うのを聞き、二人の生活の崩れに心を痛めた。健次は、いかさま博打で大金をすられ、三津
 田組を追われていた。三津田組のりゃんこの銀(小高雄二)を始めとする一味は、竜をつけ狙ってい
 た。ところが、ついに竜は、義弟の博打の後始末のため、水原興業の用心棒となった。ある日、三津
 田(垂水悟郎)の人質となった、ジョーの情婦で大沼(天坊準)の秘書であるみどり(香月美奈子)
 から、ジョーが紙片を受け取った。それには大沼と三津田が麻薬を取引する場所が示してあった。指
 定の場所で密かにに待ぶせた竜は、大沼とジョーの罠を見破り、三千万の札束の入ったバッグを奪う
 と水原(藤村有弘)に手渡した。札束を奪われて怒り狂った三津田は、健次とみどりに拳銃をむけた
 が、駈けつけた竜とジョーが一瞬早く三津田を撃った。翌朝、前田刑事の前で「殺ったのは俺だ、竜
 は関係ない」と自首するジョーを残して、竜はまたこの街を去っていった。

 他に、郷えい〔金偏に英〕治(両刃の源)、河野弘(警部)、宮島準(主任)などが出演している。暗黒
街の通り名はこの手の映画につきものだが、「抜き射ちの竜」は原作者である城戸礼の命名である。なお、
物語は別物だが、赤木版でも、みどり(浅丘ルリ子)、房江(香月美奈子)という名前や、両刃の源(高品
格)が登場している。ちなみに、この映画でも三津田が拐取に等しい振舞に及んでいるが、一方(健次)は
借金のかた、他方は取引上の人質(みどり)であるから、三津田にとっては正当な行為なのだろう。


 某月某日

 学生のリポートや試験答案を読んでいると、強烈な違和感に襲われる時がある。どうしてそういう発想を
するのだろうと。もちろん、その発想が間違っていると言うつもりはない。しかし、悲しいような恐ろしい
ような気分になる。たとえば、尊厳死や脳死のようなデリケートな問題に対して、簡単に答え(たいていの
場合、それらを認めるという答え)を出していささかも疑問に感じないといった文面に出遭ったときなどが
そうである。命はいつからそんなに安くなったのだろうか。また、自分が被害者になることだけを想定して、
けっして加害者になることを夢にも思わない論考もある。われわれ人間に取り得があるとすれば、「われわ
れ人間は直ぐに傲慢になるということを知っている」ということだ。それを忘れて論を運べば、必ずや我田
引水の様相を示す。自戒しなければならない。モンテーニュのように、《Que sais-je?》と呟きながら。


 某月某日

 早いもので2月に突入した。遅ればせながら、以下に本ブログの昨年の月間アクセス数(外部)が多かっ
たものを挙げる。最多アクセス数は、1月の「武藤整司」の190アクセスである。相変わらず、不人気ブログ
であることは去年も変わりはなかった。したがって、このブログをご覧になっている方は、非常に奇特な方
ということになり、小生としては深く感謝している。


 1月 武藤整司 …………………………… 190
    武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 185
    日日是労働スペシャルVIII …………  94
    日日是労働セレクト30 ………………  42
 2月 武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 149
    武藤整司 …………………………… 136
    日日是労働スペシャルIX ……………  93
    日日是労働セレクト30 ………………  59
 3月 武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 135
    日日是労働スペシャル X …………… 101
    武藤整司 ……………………………  86
    日日是労働セレクト17 ………………  42
 4月 武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 137
    武藤整司 ……………………………  86
    日日是労働スペシャル X ……………  72
    日日是労働セレクト17 ………………  34
 5月 武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 115
    日日是労働スペシャル XI  ………… 108
    武藤整司 ……………………………  75
    日日是労働セレクト49 ………………  43
 6月 武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 125
    日日是労働スペシャル XII ………… 110
    武藤整司 ……………………………  92
    日日是労働セレクト80 ………………  23
 7月 日日是労働スペシャル XIII ………… 146
    武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 102    
    武藤整司 …………………………… 102
    日日是労働セレクト81 ………………  22
 8月 日日是労働スペシャル XIV …………  63
    武藤整司 ……………………………  55
    武藤ゼミとはどんなゼミ? …………  51
    日日是労働セレクト82 ………………  19
 9月 武藤ゼミとはどんなゼミ? …………  57
    武藤整司 ……………………………  56
    日日是労働スペシャル XV ……………  39    
    日日是労働セレクト83 ………………  12
 10月 日日是労働スペシャル XVI …………  91
    武藤ゼミとはどんなゼミ? …………  65
    武藤整司 ……………………………  64
    日日是労働セレクト84 ………………  22
 11月 日日是労働スペシャル XVII …………  94
    武藤ゼミとはどんなゼミ? …………  81
    武藤整司 ……………………………  60
    日日是労働セレクト85 ………………  39
 12月 武藤ゼミとはどんなゼミ? ………… 147
    武藤整司 ……………………………  89
    日日是労働スペシャル XVIII ………  74
    日日是労働セレクト86 ………………  35


 8月、9月の夏場にアクセス数が落ち込んでいるが、バリアーが強くかかっており、アクセスしにくかっ
たことが原因である。管理者に抗議したら、速やかに改善していただいた。したがって、10月以降、アクセ
ス数は回復したと言えよう。なお、本日、「日日是労働セレクト88」をリリースした。これからも、「日
日是労働セレクト100」を目指して頑張りたいと思う。ご愛顧を乞いたい。

                                                  
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=4646
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.