[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
思想系の学問に興味のある人へ
家族研究への布石(映像篇01)
日日是労働セレクト7
日日是労働セレクト9
日日是労働セレクト10
日日是労働セレクト8
日日是労働セレクト11
家族研究への布石(映像篇03)
日日是労働セレクト12
日日是労働セレクト13
日日是労働セレクト14
日日是労働セレクト15
日日是労働セレクト16
日日是労働セレクト17
家族研究への布石(映像篇04)
日日是労働セレクト18
日日是労働セレクト19
日日是労働セレクト20
日日是労働セレクト21
日日是労働セレクト22
日日是労働セレクト23
日日是労働セレクト24
日日是労働セレクト25
家族研究への布石(映像篇05)
日日是労働セレクト26
日日是労働セレクト27
日日是労働セレクト28
日日是労働セレクト29
日日是労働セレクト30
日日是労働セレクト1-3
日日是労働セレクト31
日日是労働セレクト32
日日是労働セレクト33
日日是労働セレクト34
日日是労働セレクト35
日日是労働セレクト36
日日是労働セレクト37
家族研究への布石(映像篇06)
日日是労働セレクト38
日日是労働セレクト39
日日是労働セレクト40
日日是労働セレクト41
日日是労働セレクト42
日日是労働セレクト43
日日是労働セレクト44
日日是労働セレクト45
日日是労働セレクト4-6
日日是労働セレクト46
日日是労働セレクト47
日日是労働セレクト48
日日是労働セレクト49
日日是労働セレクト50
日日是労働セレクト51
日日是労働セレクト52
日日是労働セレクト53
家族研究への布石(文献篇01)
家族研究への布石(映像篇02)
日日是労働セレクト54
家族研究への布石(映像篇07)
日日是労働セレクト55
思想系の読書の勧め
オール岩波文庫文学選
日日是労働セレクト56
日日是労働セレクト57
日日是労働セレクト58
日日是労働セレクト59
家族研究への布石(文献篇02)
日日是労働セレクト60
日日是労働セレクト61
日日是労働セレクト62
日日是労働セレクト63
日日是労働セレクト64
日日是労働セレクト65
日日是労働スペシャル I (東日 ...
日日是労働セレクト66
日日是労働スペシャル II (東日 ...
家族研究への布石(映像篇08)
日日是労働セレクト67
日日是労働スペシャル III (東日 ...
日日是労働セレクト68
日日是労働スペシャル IV(東日本...
日日是労働スペシャル V (東日 ...
日日是労働セレクト69
日日是労働セレクト70
日日是労働セレクト71
日日是労働スペシャル VI (東日 ...
日日是労働セレクト72
日日是労働スペシャル VII (東日 ...
日日是労働セレクト73
日日是労働セレクト74
日日是労働スペシャル VIII (東日...
日日是労働セレクト75
家族研究への布石(映像篇09)
家族研究への布石(文献篇03)
日日是労働セレクト76
日日是労働スペシャル IX (東日 ...
平成日本映画百選
日日是労働セレクト77
日日是労働スペシャルX(東日本...
日日是労働セレクト78
日日是労働セレクト79
日日是労働スペシャル XI (東 ...
日日是労働セレクト80
日日是労働スペシャル XII (東日 ...
火曜日の詩歌01 - Anthologica Poet...
日日是労働スペシャル XIII (東日...
日日是労働セレクト81
日日是労働セレクト82
日日是労働スペシャル XIV (東日 ...
日日是労働セレクト83
日日是労働スペシャル XV (東日 ...
日日是労働セレクト84
日日是労働スペシャル XVI (東 ...
日日是労働セレクト85
日日是労働スペシャル XVII (東日...
日日是労働セレクト86
日日是労働スペシャル XVIII (東 ...
家族研究への布石(映像篇10)
日日是労働セレクト87
日日是労働スペシャル XIX (東日 ...
火曜日の詩歌02 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト88
日日是労働スペシャル XX (東日 ...
恣意的日本映画年間ベスト1
日日是労働セレクト89
日日是労働スペシャル XXI (東日 ...
日日是労働セレクト90
日日是労働スペシャル XXII (東日...
日日是労働セレクト91
日日是労働スペシャル XXIII (東 ...
日日是労働セレクト92
日日是労働スペシャル XXIV ( ...
日日是労働セレクト93
日日是労働スペシャル XXV (東 ...
火曜日の詩歌03 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト94
日日是労働スペシャル XXVI (東 ...
日日是労働セレクト95
日日是労働スペシャル XXVII ( ...
日日是労働セレクト96
日日是労働スペシャル XXVIII (...
武藤ゼミとはどんなゼミ?
日日是労働セレクト97
日日是労働スペシャル XXIX ( ...
家族研究への布石(映像篇11)
日日是労働スペシャル XXX(東日 ...
日日是労働セレクト98
日日是労働セレクト99
火曜日の詩歌04 -Anthologica Poetica-
日日是労働スペシャル XXXI (東日...
日日是労働セレクト100
日日是労働スペシャル XXXII (東 ...
日日是労働セレクト101
日日是労働スペシャル XXXIII (東 ...
家族研究への布石(文献篇04)
日日是労働セレクト102
日日是労働スペシャル XXXIV (東 ...
日日是労働セレクト103
日日是労働スペシャル XXXV (東日...
日日是労働セレクト104
日日是労働スペシャル XXXVI (東...
日日是労働セレクト105
日日是労働スペシャル XXXVII ( ...
火曜日の詩歌05 -Anthologica Poetica-
日日是労働セレクト106
日日是労働スペシャル XXXVIII ( ...
日日是労働セレクト107
日日是労働スペシャル XXXIX (東...
日日是労働セレクト108
日日是労働スペシャル XL (東日 ...
文理融合について
日日是労働セレクト109
日日是労働スペシャル XLI (東日 ...
日日是労働セレクト110
日日是労働スペシャル XLII (東日...
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト111
日日是労働スペシャル XLIII (東 ...
日日是労働セレクト112
日日是労働スペシャル XLIV (東日...
日日是労働セレクト113
昭和日本映画百選
日日是労働スペシャル XLV (東日 ...
花摘みの頁<01>
日日是労働セレクト114
日日是労働スペシャル XLVI (東日...
日日是労働セレクト115
驢鳴犬吠1505
日日是労働セレクト116
驢鳴犬吠1506
日日是労働セレクト117
驢鳴犬吠1507
日日是労働セレクト118
驢鳴犬吠1508
日日是労働セレクト119
驢鳴犬吠1509
日日是労働セレクト120
驢鳴犬吠1510
日日是労働セレクト121
驢鳴犬吠1511
家族研究への布石(映像篇13)
驢鳴犬吠1512
日日是労働セレクト122
日日是労働セレクト123
驢鳴犬吠1601
花摘みの頁オルドゥーヴル
日日是労働セレクト124
驢鳴犬吠1602
驢鳴犬吠1603
日日是労働セレクト125
日日是労働セレクト126
驢鳴犬吠1604
日日是労働セレクト127
驢鳴犬吠1605
日日是労働セレクト128
驢鳴犬吠1606
日日是労働セレクト129
驢鳴犬吠1607
日日是労働セレクト130
驢鳴犬吠1608
日日是労働セレクト131
驢鳴犬吠1609
日日是労働セレクト132
驢鳴犬吠1610
家族研究への布石(映像篇14)
日日是労働セレクト133
驢鳴犬吠1611
家族研究への布石(文献篇05)
驢鳴犬吠1612
日日是労働セレクト134
日日是労働セレクト135
驢鳴犬吠1701
日日是労働セレクト136
驢鳴犬吠1702
ATG映画のページ
驢鳴犬吠1703
日日是労働セレクト137
日日是労働セレクト138
驢鳴犬吠1706
驢鳴犬吠1707
日日是労働(臨時版)1703- ...
驢鳴犬吠1708
日日是労働セレクト139
日日是労働セレクト140
驢鳴犬吠1709
花摘みの頁<02>
【新選】昭和日本映画百選
【新選】平成日本映画百選
日日是労働セレクト141
驢鳴犬吠1710
驢鳴犬吠1711
日日是労働セレクト142
日日是労働セレクト143
驢鳴犬吠1712
日日是労働セレクト144
驢鳴犬吠1801
高知文学学校などのレジュメ集
日日是労働セレクト145
驢鳴犬吠1802
「高知市民の大学」講演レジュメ集
日日是労働セレクト146
驢鳴犬吠1803
驢鳴犬吠1804
日日是労働セレクト147
2018年度版「福島原発事故を考え ...
家族研究への布石(映像篇15)
驢鳴犬吠1805
日日是労働セレクト148
日日是労働セレクト149
驢鳴犬吠1806
日日是労働セレクト150
驢鳴犬吠1807
日日是労働セレクト88
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第88弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト88」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日
 
 DVDで邦画の『腰抜け二刀流』(監督:並木鏡太郎、佐藤プロ=新東宝、1950年)を観た。「ミュージカル
時代劇・喜劇仕立て」といったジャンルの作品である。戦争が終わって5年ほど経っているが、当時はアメ
リカ合衆国の占領下にあったので、時代劇はかなりの制約を受けていたと考えられる。つまり、1952年4月28
日に日本が主権を回復するまではいろいろ大変だったのではないかと推測される。とくに「仇討」ものは駄
目(NG)だったと仄聞するので、こんな時代劇が生れたのであろう。おそらく、『腰抜け二挺拳銃(The
Paleface, 1948)』(監督:ノーマン・Z・マクロード〔Norman Zenos McLEOD〕、米国、1948年)の翻案
もので、ボブ・ホープ〔Bob Hope〕の演じたベインレス・ピーター・ポッター〔Painless Peter Potter〕に
相当する役を森繁久彌が、ジェーン・ラッセル〔Jane Russell〕が演じたカラミティ・ジェーン〔Calamity
Jane〕に相当する役を轟夕起子が演じている。森繁はだいぶ痩せており、戦後の食糧事情を物語っているの
かもしれないが、轟の方はふっくらしているので、それは僻目だろうか。いずれにしても、このコンビ、な
かなかのものである。
 さて、物語を確認しておこう。新宿の盛り場「紅葉屋」の女将である「つぶてのおろく」(轟夕起子)は、
器量よしで歌がうまく、しかも胆の据わった女丈夫である。そこに、某藩の家老である田村伸佐衛門(江川
宇礼雄)が訪ねて来て、切餅を二つ(50両)渡してある依頼をする。三味線片手に甲州街道を西へ流れてほ
しいというのだ。鳥追い女に扮して子どもをひとり守ってほしいというのがその依頼の真の狙いであるが、
果してその目的の子どもらしき小太郎(松本武司)を連れた浅次郎(田中春男)に遭遇する。彼はおろくに
対して警戒心を解かず、そそくさと立ち去ろうとする。そこに、浅次郎を追って来た二人の武士がおろくに
「子ども連れの男を見かけなかったか」と尋ねる。宇坂半兵衛(鳥羽陽之助)、矢尻源兵衛(清川荘司)で
ある。すべてを察したおろくは、反対の方向に二人を追いやり、再び浅次郎に接近する。場面は変わって、
「宮本武蔵之助二刀流居合抜元祖」と書かれた幟を掲げて、薬の口上に余念のない男が画面に現れる。森繁
演じる「ニセ武蔵」である。おろくはこの頼りないが人の好さそうな浪人者を利用しようと考え、浅次郎と
ふたりの追跡者との間に割って入る。実は、この小太郎こそ殿様(花菱アチャコ)の落し胤で、浅次郎の妹
であるおとせ(清川虹子)の産んだ息子でもあった。浅次郎は、殿様の「お墨付き」を所持しており、追跡
者に斬られたおとせの無念を晴らすべく、小太郎を殿様の許に届けようと目論んでいたのである。この後、
サイド・ストーリーがいくつか入るが、それは割愛しよう。ともあれ、おろくの活躍で一件落着となり、お
ろくとニセ武蔵は晴れて恋に落ちるという結末である。他に、香川京子(おこと)、岸井明(与茂作=おこ
との恋人)、永井柳筰(かつらぎ屋の亭主)、左卜全(中村屋権八)、谷三平(三平=権八の乾分)、大谷
友彦(友三=同)、杉寛(仙右衛門=百姓)、石川冷(久太=同)、堀越節子(おくめ=女中)、花岡菊子
(お種=同)、伊達里子(おまき)、菊地双三郎(鷲尾荒熊)、築地博(福田屋の亭主)、尾上桃華(船中
の客甲)、大友伸(同じく乙)、高松政雄(覆面の武士)などが出演している。


 某月某日

 <TOHO CINEMAS>で、『東京家族』(監督:山田洋次、「東京家族」製作委員会〔松竹=住友商事=テレビ
朝日=衛星劇場=博報堂DYメディアパートナーズ=講談社=日本出版販売=ヤフー=ぴあ=読売新聞東京本
社=エフエム東京=朝日放送=名古屋テレビ=中国放送=九州朝日放送=北海道テレビ放送〕、2013年)を
観た。約一年ぶりの映画館での映画鑑賞である。忙しいこともあるが、どうしても映画館で観たいと思う作
品が少なく(ないわけではない)、そういう次第になった。当該映画に関しては、東日本大震災が絡んでい
ると聞いたので観てみる気持になったのだが、肝心の震災絡みの話は付け焼刃みたいな扱いだったので、そ
の点ではがっかりした。観始めて直ぐに気付いたのであるが、「何だ、小津安二郎の『東京物語』のリメイ
クじゃないか」というわけで、その点でも期待外れであった。「山田洋次よ、お前もか」と思った。気を取
り直して観つづけたが、さすがに大ヴェテランだけあって、この名作を上手に現代化していた。しかし、や
はりこの物語は1953年に公開されたからこそ意味が深いのであって、異なる部分(つまり、現代的アレンジ
の部分)には、破綻や辻褄合わせが散見し、山田洋次一流のご都合主義が見え隠れしている。『男はつらい
よ』シリーズ(1969-1995年)でもしばしば感じたことであるが、物語を継続させるための工夫がさほど練れ
ていないので、何か取って付けたような印象を受ける場面がままあった。当該映画における最大の欠点は、
紀子役の設定の仕方であろう。『東京物語』では原節子が演じて、あの難しい役どころを違和感なく乗り切
っているが、『東京家族』の(間宮)紀子役である蒼井優の存在は、どこかイミテーションの微香がしてお
り、山田洋次が製造したロボットの域を出ていない。最後の形見分けの場面も、「物を大切にした時代」で
こそ濃厚な意味合いが生れるが、「物があふれている時代」に生きる現代人にはさほどの感慨を呼ばないで
あろう。無難な出来ではあるが、不満もずいぶん残った作品と言ってよいだろう。
 物語を確認しておく。松竹株式会社事業部が製作した「パンフレット」から引用させていただく。執筆者
に感謝したい。なお、現在上映中なので、物語の細部についての言及は割愛させていただく。

  2012年5月、瀬戸内海の小島に暮らす平山周吉(橋爪功)と妻のとみこ(吉行和子)は、子供たちに
 会うために東京へやって来た。品川駅に迎えに来るはずの次男の昌次(妻夫木聡)は、間違って東京
 駅へ行ってしまう。せっかちな周吉はタクシーを拾い、郊外で開業医を営む長男の幸一(西村雅彦)
 の家へと向かう。
  「全く役に立たないんだから」と、不注意な弟に呆れる長女の滋子(中嶋朋子)。掃除に夕食の準
 備にと歓迎の支度に余念のない幸一の妻、文子(夏川結衣)。やがて周吉ととみこが到着し、大きく
 なったふたりの孫に驚く。ようやく昌次も現れ、家族全員が久しぶりに顔を合わせ、夕食のすき焼き
 を囲んだ。

 他に、林家正蔵(金井庫造=滋子の夫)、蒼井優(間宮紀子=昌次の恋人)、小林稔侍(沼田三平=周吉
の旧友)、風吹ジュン(かよ=周吉と沼田が訪れた居酒屋の女将)、茅島成美(服部京子=周吉と沼田の共
通の友人の妻)、柴田龍一郎(平山実=幸一・文子夫妻の息子)、丸山歩夢(平山勇=同)、荒川ちか(ユ
キ=周吉の隣家の娘)などが出演している。なお、『東京物語』(監督:小津安二郎、松竹大船、1953年)
のリメイク作品としては、TV版『東京物語』(制作:フジテレビ、2002年7月6、7日、放送)がある。


 某月某日
 
 DVDで邦画の『いちげんさん ICHIGENSAN』(監督:森本功、スカイプランニング=ホリプロ、1999年)を
観た。以前より、ある理由から観たいと思っていた映画であるが、やっとそれが実現した。その理由という
のは、劇中に登場するカラオケ・バー「シックスティーズ」が、京都にいた頃の小生がよく通っていたバー
「ゲリラ」を使って撮影された店だったからである。実在した「ゲリラ」(今はもうない)にはカラオケは
なく、古風なジュークボックスがあったが、それは画面にも映っていた。店のママさんが、後日「その席に
鈴木保奈美が座ったのよ」と言っていたのを覚えている。観たかった理由がそういう些細なことだったので、
作品自体には期待していなかったが、どうしてどうしてしっとりとした佳品であった。とくに、映像の処理
が素晴らしく、森本監督の力量を感じた。主演の鈴木保奈美も、当時はヌードばかりが話題になっていたが、
「好奇心の旺盛な盲目の若い女性」を好演しており、演技者として優れていると思った。盲目の若い女性と
いえば、『暗いところで待ち合わせ』(監督:天願大介、ジェネオン エンタテインメント=テレビ朝日=ア
ドギア=シィー・スタイル=セップ=フィルム・ファントム、2006年)を連想するが、田中麗奈が演じた役
柄とはだいぶ異なるキャラクターであった。なお、原作はデビット・ゾペティ(David Zoppetti)の同名の
小説〔筆者、未読〕である。また、健常者と障害者の恋愛を扱った邦画には、『息子』(監督:山田洋次、
松竹、1991年)や『ジョゼと虎と魚たち』(監督:犬童一心、フィルムパートナーズ、2003年)がある。前
者では「聴覚障害者」(配役:和久井映見)、後者では「足の不自由な女性」(配役:池脇千鶴)が登場す
るが、盲目の障害とは異なる様相を観ることができる。さて、物語を確認しておこう。例によって<goo 映
画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  1989年、古都・京都。(同志社)大学で日本文学を学ぶスイス出身の留学生「僕」〔ロバート・D・
 ニコラス〕(エドワード・アタートン)は、町で「ガイジン」扱いされることにうんざりしていた。
 ある日、彼は盲目の女性・中村京子(鈴木保奈美)に本を読んで聞かせる「対面朗読」なる仕事を引
 き受ける。対面朗読は森鴎外の『舞姫』から始まった。朗読の合間、ふたりはさまざまな会話を楽し
 み、町へ出ていくことも多くなった。やがて、深く心を通わせるようになったふたりは恋に落ち、結
 ばれる。季節は巡り、卒論(志賀直哉の『暗夜行路』がその対象)を仕上げた僕に、フランスのテレ
 ビ局の通訳の仕事が舞い込んだ。その仕事の成功により、パリで就職先を紹介して貰った彼は日本を
 離れることを決める。一方、独立心の強い京子もまた就職を決めていた。春。それぞれの人生の転機
 を迎えたふたりは、桜の花びらが舞う夜の円山公園で別れた。白い杖を手にひとりで歩いていく京子
 の後ろ姿を、僕はいつまでも見送った……。

 他に、中田喜子(中村百合子=京子の母)、塩屋俊(助教授)、蟹江敬三(貝塚商事社長〔貝塚組組長〕=
極道)、鴨鈴女(中山さん=僕に京子を紹介する人物)、渡辺哲(銭湯で携帯ラジオを聴く男)、藤田宗久
(指導教授)、吉家昭仁(山本君=卒業式の総代)、ダユヤム(ジャン・サリスラック=仏TVの関係者。
僕に仕事を世話してくれた人)、路井恵美子(中村家の隣人)、嶋田豪(「シックスティーズ」のマスター)、
遠山二郎(食堂のオヤジ)、堀奈津夫(太った中年の男性客)、南条好輝(中華料理店で僕に話しかけるサ
ラリーマン)、岡田善恵(カラオケ店の客)、寺下貞信(学長)、福重友(トラックの運転手)、荒谷清水
(彫り師)、河合純(口頭試問の副査の教授)、勝野賢三(貝塚組の組員)、中山元仁(同)などが出演し
ていた。互いに外国人同士の関係、健常者と障害者の関係、指導する立場と指導される立場の関係など、典
型的な人間関係がいくつか描かれているが、作り物めいた箇所はほとんどなく、退屈するシーンもなかった。
卒論の口頭試問の場面が出てくるが、デフォルメが効いていて苦笑した。とくに、嫌味な助教授が主人公の
手書きの漢字にいちゃもんをつける辺りは、ほとんどアカデミック・ハラスメントすれすれだと思った。愛
がなければ教育ではない。この助教授には愛が感じられなかった。日本人に西洋人(当該映画ではスイス人)
が絡む映画はいくらでもあるだろうが、このような設定は珍しいと思う。朗読に、ドゥフォルジュの『背徳
の手帖』や安部公房の『砂の女』が選ばれていたが、原作に出てくるのだろうか。なお、小生が小学校3年
生のとき、親元を離れて全寮制の小学校に所属していたのだが、ひとりの先生に就寝のとき何かの物語を読
んでもらった。真っ暗な中で、放送マイクを通して聴いた物語は幻想的でよかった記憶がある。盲目の人や
高齢者に本を読んであげるヴォランティア活動があるが、あれはよい試みだと思う。小生も朗読のヴォラン
ティアをしたことがあるので、何となく懐かしい。ちなみに小生が読んだ本は「福音書」だった。


 某月某日

 DVDで邦画の『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(監督:瀬田なつき、「嘘つきみーくんと壊れたまー
ちゃん」製作委員会〔角川映画=NTTドコモ=アスキー・メディアワークス=スターダスト音楽出版〕、2010
年)を観た。この作品も「略取・誘拐」を扱った映画で、ある誘拐・監禁事件と10年後の生き残った関係者
の物語が併行して描かれている。何とも不思議な印象を与える映画で、テイストが近い作品を挙げるとすれ
ば、『カミュなんて知らない』(監督:柳町光男、プロダクション群狼=ワコー=Bugs film、2006年)がそ
れに該当するだろうか。原作(筆者、未読)は入間人間(いるまひとま)で、<ウィキペディア>では「ミス
テリーホラー/サイコパス・猟奇作品」に分類されている。主演のひとり染谷将太の力量は分かっているが、
もうひとりの大政絢は初見の女優である。魅力的な女性で、難しい役どころを難なくこなしている。物語を
確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご
寛恕を乞う。

  〔あらすじ・解説〕

  入間人間原作の人気ライトノベルを映画化した本作。幼少時の過酷な体験からトラウマを抱えた少
 女が懸命に生きようとする物語を、ポップでファンタジックに描いている。まーちゃんこと御園マユ
 を演じたのは、大きな瞳が印象的な大政絢。精神のバランスを崩している女子高生という難しい役柄
 を、危うさと愛らしさのバランスをうまく取りながら魅力的に演じている。みーくんを演じたのは、
 『東京島』でも印象的な演技を見せた染谷将太。感情を見せない捉えどころのない役柄に、見事に息
 を吹き込んで見せた。監督を務めたのは、本作がメジャー映画デビューとなる瀬田なつき。リアルと
 ファンタジーの狭間を浮遊するような、独特の映像世界を作り出した。

  〔あらすじ〕

  一人暮らしの女子高生、御園マユ(大政絢)のマンションに、あやしい男(染谷将太)が訪ねて来
 た。最初はいぶかるマユだったが、彼に「まーちゃん」と呼び掛けられた途端「みーくん!」と喜ん
 で男に抱きついた。マユは10年前に少年少女監禁事件の被害者となったことがあり、その時一緒に監
 禁されていたのがみーくんだったのだ。マユのマンションの部屋で、みーくんはマユが誘拐した小学
 生の姉弟を見つける。その日から、4人は同居生活を始めることになる。

 他に、鈴木卓爾(過去の誘拐犯)、山田キヌヲ(その妻)、田畑智子(上社奈月=刑事)、三浦誠己(藤
田=奈月の同僚)、鈴木京香(坂下恋日=精神科医)、宇治清高(菅原道真)、原舞歌(池田杏子)、石川
樹(池田浩太)、スズキジュンペイ(御園創平=マユの父親)、三村恭代(御園陽子=同じく母)などが出
演している。一種のPTSD(Posttraumatic stress disorder=心的外傷後ストレス障害)を扱った映画
なのかもしれないが、それを主題にしているわけではなさそうである。むしろ、人間存在の不可思議さを描
きたかったのではないか。ともあれ、原作者、監督、両者ともに新しい才能を感じる。


 某月某日

 DVDで邦画の『完全なる飼育 メイド、for you』(監督:深作健太、「完全なる飼育 メイド、for you」製  
作委員会、2010年)を観た。同シリーズ第7弾である。メイド喫茶、漫画喫茶、コスプレ・パブ、ネット・
カフェ難民、ストーカー、リストラ、就職難……現代的な視点を入れた新作ではあるが、平板で捻りがない。
単純な「純愛映画」と言った方がいいかもしれない。監督は名匠深作欣二の息子だが、まだまだといったと
ころか。最近になって「略取・誘拐」に関わる作品を5本観ているが、最もリアリティがなかった。どこに
焦点を合せたかったのか、監督の意図が見えてこないからだろう。約10分間の「パート3D映画」がウリだ
が、どの部分が3Dかは分からない。物語を確認しておこう。例によって、<goo 映画>のお世話になる。執
筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  椛島亘(柳浩太郎)は秋葉原にあるマンガ喫茶「ランラン」の住み込み店長である。山形から上京
 した26歳になる青年だが、人付き合いが大の苦手。彼の楽しみは、メイド・カフェ「ほーむぱーてぃ」
 の苺ちゃん〔二宮直子〕(亜矢乃)に会いに行くこと。苺の誕生日(実は偽の誕生日)、手作りクッ
 キーを持って店を訪れたが、苺の熱烈なファンの大竹正作(前田健)に彼女を独占され近づくチャン
 スを失い、裏口で彼女を待っていた。やがて現れた苺は、挙動不審な椛島から逃げようとし、頭を壁
 に打ちつけ気を失ってしまう。思わず彼女を連れ帰り、ランランの個室に監禁する。暴力をふるった
 ことを謝り、献身的に尽くす椛島に、苺は少しずつ心を開くようになっていった。密やかに始まった
 二人の暮らしの先に待っている運命は……。

 他に、久野雅弘(立石=ランランの店員)、黒川芽以(水原ゆかり=同)、竹中直人(平良=ランランの
オーナー)、西村雅彦(望月=同店の客)、滝藤賢一(長谷川恵介=同)、星奈々(朱実=同、コスプレ・
パブのママ)などが出演している。ライカ犬を乗せたソ連の宇宙船の挿話が出て来るが、本筋に絡んでいる
とは思えなかった。伝統あるシリーズなので、脚本の厨子健介はもう少し頑張ってほしかった。蛇足ながら、
「ランラン」の料金表を以下に写しておこう。「¥」は通貨の「円」を表現する記号であるが、この店はこ
の記号に加えて、さらに「円」の文字を入れている。いわゆる「重言」(例:馬から落馬)の一種だろう。
少し笑った。

  営業時間
  AM10:00-AM5:00
  まんが喫茶 
  ランラン
   料金プラン

    基本料金 1時間   ¥380円
    3時間パック      ¥980円
    ナイトパック      ¥1280円
    延長料金 15分    ¥105円
     全席完全個室

 おそらく、ナイトパック(1,280円)をしばしば利用する客は、半ば「ネット・カフェ難民」と呼んでよい
のかもしれない。最近では、もっと安く上がる「マクドナルド難民」なる人々もいるらしい。何とかならな
いのだろうか。


 某月某日
 
 DVDで邦画の『銀座旋風児 黒幕は誰だ』(監督:野口博志、日活、1959年)を観た。「二階堂卓也・銀座
無頼帖」シリーズの第2弾である。日活「ダイヤモンド・ライン」(石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、和
田浩治)の一翼を担うマイトガイ旭の痛快アクション映画で、『ぴあシネマクラブ(日本映画、2005-2006年
版)』に関係記事があるので、以下に転載してみよう。なお、ほぼ原文通りである。

  〔銀座旋風児シリーズ〕

  石原裕次郎=タフガイ、小林旭=マイトガイ(マイトはダイナマイトの意)、赤木圭一郎=トニー、
 これに和田浩治を加えた4人を、日活アクション映画の第一次“ダイヤモンド・ライン”と言う(赤
 木の死により、のちに宍戸錠と二谷英明が加わる)。この中の旭のニックネーム“マイドガイ”をそ
 のまま題名にすえたのがこのシリーズ(旋風児=マイトガイと読ませている)。原作は「月光仮面」
 の川内康範で、銀座を根城とする正体不明の正義感・二階堂卓也の活躍を描いたもの。助手の明子に
 扮するのは“渡り鳥”とはまた違った明るいキャラクターで登場する浅丘ルリ子(のちに松原智恵子)、
 これに荒木記者(青山恭二)、とぼけ相棒の情報屋の政(宍戸錠、小沢昭一、近藤宏、藤村有弘と作
 品によって役者が異なる)。この3人がレギュラー陣。シリーズは、「銀座旋風児」を第1作とし、
 1959-63年の間に6本が作られた。監督はすべて野口博志。

 ご都合主義の展開、整合性のなさ、主人公のスーパーマンぶり、どれを取っても情けないほどお手軽では
あるが、この手の物語は散々観ているので、安心して観ていられるという点では「定食」のようなものか。
旭はそれなりにカッコよく、豊頬で明るいルリ子や、剽軽な錠も悪くないと思った。
 物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>を参照しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変した
が、ご寛恕を乞う。

  「銀座旋風児」の異名をとる二階堂卓也(小林旭)は、日本開拓公団汚職の核心であるニセ札事件
 を探知した。神戸で殺し屋の手から印刷工の加川恭助(雪丘恵介)を救った時、ニセ札の首謀者であ
 る公団理事長の腰林陣吉(安部徹)の名を聞いたのだ。このネタを東都タイムズの荒木和夫記者(青
 山恭二)に知らせ、腰林の家を襲ってニセ札をつきつけた。腰林はあわててボスの新日本生産促進連
 盟会長の黒川壮介(植村謙二郎)に知らせた。彼の命令で加川が殺し屋の鉄〔武田鉄平〕(高田保)
 と池谷源一(宇部信吉)に狙われた。これを旋風児が救い出し、加川の身柄は東京地検に保護された。
 卓也は一味の動きを情報屋の政(宍戸錠)から仕入れ、居酒屋「お春」の女将であるお春(南風夕子)
 を、一味の本拠地である割烹「きらく」に住みこませた。お春は黒川に一度捕りかけ、卓也がそれを
 救ったのだが、さらに逃げる途中で黒川の手の者に襲われ、肩に重傷を負って警察病院に収容された。
 鉄は毒入り弁当を地検に拘留されている加川に差し入れ、その悶絶を目撃した。しかし、それは変装
 した卓也の演じた芝居だった。卓也の助手である明子(浅丘ルリ子)は、促進連盟の地下室に潜入し
 たが、あえなく捕まってしまった。鉄の兄貴分である高見沢十郎(内田良平)と腰林が仲間割れし、
 腰林は射殺された。その地下室では、卓也が明子と、連れ去れていた加川の妻子(木城ゆかり/島津
 雅彦)を救い出していた。東都タイムズに汚職とニセ札事件を結びつける記事が出た。地下工場へ向
 う黒川の女である「きらく」の女将たき(山田美智子)のあとを卓也はつけた。しかし、黒川は卓也
 を罠にかけ、鉄格子の中へ押しこめた。その後、ダイナマイトを仕掛け、捨台詞を残して去った。明
 子と政が「きらく」に駈けつけた時、眼前で割烹の建物は吹き飛んだ。黒川らが有楽町で一味の車に
 乗りこんだ時、運転手に化けていたのは卓也だった。お春の持っていた鍵が役立ち、地下室を抜け出
 したのだ。黒川はニセ札の入ったボストンを持って逃げだしたが、卓也の鉄拳には無駄だった。黒川
 は汚職官吏の弱味につけこみ、資金を出させ、ニセ札を十億円分作った。香港でドルに換えるつもり
 だったのだ。明子や政の待つ病院のお春の病室に、花束が届いた。「雲の如く、又、旅に出る/銀座
 旋風児」と書かれた紙片がその花束から舞い落ちた。

 他に、菅井一郎(斉土則武=東京地検の検事)、木浦佑三(万吉=一味のひとり)、高野誠二郎(警察医)、
木崎順(秋山=越村の秘書)、清水千代子(「お春」の店員)、速水脩二(鉄道公安官)、山口吉弘(車掌)、
志方稔(パトカーの警官)、余川久幸(東都タイムズの記者)などが出演している。ウナ電(至急電報)や
炭俵など、今の若い人にはあまり馴染のないものが登場し、言葉遣いもかなり古臭くて、面白かった。以下
に、卓也の伝達メモ(変装して、明子に渡した紙片)を記してみよう。

 「小生の命令なしに動く不可(べからず)/当分、事務所の清掃にのみ御留意ありたし/銀座旋風児」。

 また、腰村は黒川の躍進に「大慶至極」などの言葉を吐いていた。旋風児の正体は明らかにはされないま
ま幕を閉じるが、どこから活動資金を得ているのだろう。どうみても儲かりそうにない「二階堂卓也・装飾
美術研究所」が隠れ蓑となっているが、まさか東京地検から資金が出ているのではないだろう。どうやら、
資産家の息子の「道楽」と看做しておいた方がよさそうである。なお、今後、他の5作品を観る機会はあま
りなさそうである。似たような作品を探すとすれば、変装がウリの「多羅尾伴内」シリーズ(主演:片岡千
恵蔵)がそれに当たるだろうか。小生は未見であるが、小林旭自身も東映に移籍した際に多羅尾伴内に扮し
て2本撮っている由。ちなみに、当該映画でも「略取・誘拐」が出てくるが(加川の妻子が黒川の手の者に
連れ去られている/加川に口を割らせないための工作と思われる)、あまりリアリティはない。


 某月某日
 
 今日は、2本の映画の感想を記すことにする。1本目は、『ありがとう』(監督:万田邦敏、「ありがと
う」製作委員会〔ランブルフィッシュ=バップ=TOKYO FM=NHKエンタープライズ=日本デジタル・コンバー
ジェンス〕、2006年)である。神戸・淡路大震災絡みの映画で、小生の鑑賞済みのものでは、当該作品の他
に次のような作品が思い出される。もっとも、本格的に震災が絡むのは『男はつらいよ・寅次郎 紅の花』だ
けである(「日日是労働セレクト13」、参照)。

 『男はつらいよ・寅次郎 紅の花』、監督:山田洋次、松竹、1995年。
 『ISOLA 多重人格少女』、監督:水谷俊之、「ISOLA 多重人格少女」製作委員会〔角川書店=アスミック・
  エース エンタテインメント=東宝=イマジカ=日本出版販売=住友商事〕、2000年。
 『水の女』、監督:杉本秀則、アーティスト・フィルム=日活、2002年。

 他に、未見の作品としては、以下の作品がある。

 『マグニチュード 明日への架け橋』、監督:菅原浩志、日本防火教会、1997年。
 『地球が動いた日』、監督:後藤俊夫、「地球が動いた日」製作委員会、1997年。
  * 同名童話を長編アニメーション映画化された作品。
 『その街のこども 劇場版』、監督:井上剛、NHK、2010年。
  * 同名テレビドラマを再編集した劇場公開版。

 意外に少ない。あまりに凄惨なので、関係者が映画化するのをためらったのであろう。あるいは、早く忘
れたかったからかもしれない。それでも、『ありがとう』は、震災から10年余り経ってから製作された。一
被災者の実話が人々を励ます内容だったからだろう。実際、悲惨な状況から力強く立ち上がろうとする主人
公は、とても魅力的な人物である。演じた赤井英和もまさに「はまり役」だと思う。なお、地震の映像はか
なりリアルで、不謹慎ながらどうやって撮ったのかと思った。CGには見えないからである。
 物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお。一部改変し
たが、ご寛容いただきたい。

  〔あらすじ・解説〕

  阪神淡路大震災を経験し、町の復興に貢献しながら、ゴルファーを目指した古市忠夫プロの実話に
 基づいた物語。古市は、2000年秋、日本プロゴルフ協会(PGA)資格認定プロテストに、59歳11カ
 月という史上最年長で合格した。震度7の大地震の後、ゴルフバックだけが無傷で残っていたことか
 ら、還暦目前にして人生を賭けたのである。古市のチャレンジを応援する街の人々、そして、プロテ
 ストの最終審査で、「あなたと一緒に回れて楽しい」とキャディに言われる古市の人間力に感動。監
 督は、『新人刑事まつり』の万田邦敏。主演は、赤井英和、田中好子、他。賛同出演として、豊川悦
 司、永瀬正敏ら、人気俳優が名前を連ねているのが嬉しい。

  〔解説〕

  シニアツアーで活躍するプロゴルファー・古市忠夫氏を主人公にした感動のノンフィクション・ド
 ラマ。1995年の阪神大震災で被災し、街の復興に奔走する一方で還暦を目前にしてプロテスト合格を
 目指す古市氏の姿を描く。監督は『UNloved』の万田邦敏。出演は『新・日本の首領』の赤井英和、
 『深紅』の田中好子。

  〔あらすじ〕

  1995年1月17日未明、神戸市を突然の激しい揺れが襲った。地響きとともに家々は倒壊し、ビルは崩
 れ落ち、高速道路はなぎ倒されていった。やがて火災が発生し、火は三日三晩燃え続け、鷹取商店街
 では995棟が全焼、105名が命を落とした。神戸市鷹取商店街でカメラ店を営んでいた古市忠夫(赤井
 英和)は、街の復興に向けてボランティア活動に取り組む。もともと地元消防団のボランティア活動
 をしていた忠夫は、苦しい日々を、励まし励まされながら奔走する。そんなある日、忠夫は自分の車
 が無事だと知らされる。車のトランクを開けると、忠夫は愕然となった。そこには震災の業火を免れ
 た、無傷のゴルフバッグが横たわっていた。街が徐々に復興へと向かう中、忠夫は焼け残ったゴルフ
 バッグの衝撃に突き動かされるかのように、ゴルフのプロテストへ挑戦することを決意する。

 他に、田中好子(古市千賀代=忠夫の妻)、尾野真千子(古市千栄子=忠夫の娘)、前田綾花(古市洋子=
同)、光石研(中山清=商店街の仲間)、尾美としのり(有野健太=同)、柏原収史(中岡史郎=忠夫と一
緒にプロテストを受験した男)、高橋和也(竹村博=忠夫と同じ消防団員だが、震災で亡くなる)、江口の
りこ(博の娘)、今福將雄(中山保繁=清の父)、薬師丸ひろ子(飯田美子=忠夫のプロテストの際のキャ
ディー)、永瀬正敏(プロテストの係員のひとり)、仲村トオル(同)、でんでん(同)、正司照枝(被災
者のひとり)、豊川悦司(同)、佐野史郎(太田=消防士)、鶴見辰吾(大西=北海道の奥尻島からやって
来たヴォランティア)、島木譲二(工事現場の男)、桂きん枝(釣り客)、Mr.オクレ(散歩の男)など
が出演している。プロテストは毎年2,000人近くが受験し、50人余りが合格という難関である。実に40人に
ひとりという壁を破ったわけである。しかも還暦近くなってからの合格なので、まさに「快挙」といってよ
いだろう。忠夫はしきりに「奇跡」という言葉を遣うが、さまざまな困難を乗り越えてきた彼にとっては奇
跡でも何でもない。努力は必ず報われる証左なのである。忠夫が妻の千賀代に語る「三つの顔」が印象的で
ある。それはこうだ。「呆然となって動かんようになってしまった人の顔、他人のことなんかどうでもええ
自分のことしか考えん人の顔、ただただ人のためだけに動く人の顔……どれも人間や。どの顔も自然な顔や」
という台詞。人間認識の確かさが、彼を救ったのかもしれない。小生も「アラカン」なので、少しだけ身に
つまされる思いがしたことを白状しておこう。
 2本目は、洋画のアニメーションの『風が吹くとき(When the Wind Blows,1986)』(監督:ジミー・T・
ムラカミ〔Jimmy T.Murakami〕、英国、1987年)である。10年以上前に一度観ているが、細部はほとんど覚
えていなかった。たぶん、TVでだったと思う。昨日亡くなった大島渚が日本語版監督を務めている。これ
も何かの縁であろう。なお、「小夏の映画会」の田辺浩三氏によれば、主題歌を歌ったデヴィッド・ボウイ
から依頼を受けた由。合掌。
 さて、<ウィキペディア>の記事を引用してみよう。少し改変したが、ご海容いただきたい。


 *********************************************

  『風が吹くとき』(かぜがふくとき、When the Wind Blows)は、イギリスの作家、レイモンド・ブ
 リッグズが1982年に発表したグラフィックノベル。アニメーション映画化もされた。

  〔概要〕
 
  核戦争に際した初老の夫婦を主人公にした作品であり、彼らの若い時に遡った作品には『ジェント
 ルマン・ジム』がある。題名は『マザーグース』の同名の詩から。
  1986年にアニメーション映画化、日本では1987年に公開された。日本語版は監修を大島渚、主人公
 の声を森繁久彌と加藤治子が吹き替えている。音楽をピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ、
 主題歌をデヴィッド・ボウイが担当している。
  日本での劇場公開に際しては、配給はミニシアター系のヘラルド・エースが行い、興行は首都圏で
 はセゾン系映画館及び、国内の作品提供に朝日新聞社が加わっていた事から有楽町朝日ホールでも行
 われた。また、全国では各地のミニシアターで展開されていた。作品の特性から、非商業上映が全国
 の教育会館ホールなどの公共の施設での上映が多数行われた。

  〔あらすじ〕

  主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦のジム(ジェームズ)とヒル
 ダ。しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する。ふたりは政
 府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意しシェルターを作るなどの準備を始める。
  そして突然、ラジオから3分後に核ミサイルが飛来すると告げられる。命からがらシェルターに逃
 げ込んだふたりはなんとか難を逃れるが、放射線が徐々にふたりを蝕んでいく。救援がくると信じて
 やまない彼らは、互いを励ましながらも次第に衰弱していく。

  〔映画版スタッフ〕

 原作・脚本:レイモンド・ブリッグズ
 監督:ジミー・T・ムラカミ
 音楽:ロジャー・ウォーターズ
 主題歌:デヴィッド・ボウイ

  〔日本語版〕

 日本語版監修:大島渚
 声の出演 
   ジム:森繁久彌
   ヒルダ:加藤治子
   ロン:田中秀幸
   アナウンサー:高井正憲

                                        以下、割愛。

 *********************************************


 最初観たときも衝撃を受けたが、今回もこころが痛んだ。一番印象的なのは、政府の指示通りに行動し、
最後まで救援が来ることを信じている夫婦の姿である。放射能に関して無知であることを論うことはやさし
いが、われわれ日本人も似たようなものなので、安易に批判することはできない。むしろ、麗しい夫婦愛を
鑑賞すべき作品なのかもしれない。小生も、彼らの立場であったなら、静かに死を待つことであろう。モン
テーニュが記述した農民(ペストに罹患した後、自分で穴を掘って静かに横たわる農民)を連想した。人は
死を恐れる。しかし、いざ死ぬときは、従容として死に就くべきなのかもしれない。良寛さんもそんなこと
を語っていたはずである。


 某月某日
 
 連休中に、洋画(アニメーション)を1本、邦画を1本鑑賞したので報告したい。洋画の方は「核戦争」
を扱った作品の『風が吹くとき(When the Wind Blows,1986)』(監督:ジミー・T・ムラカミ〔Jimmy T.
Murakami〕、英国、1987年)であり、邦画の方は「誘拐事件」がテーマの作品である『八日目の蝉』(監督:
成島出、「八日目の蝉」製作委員会〔日活=松竹=アミューズソフトエンタテインメント=博報堂DYメディ
アパートナーズ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=Yahoo! JAPAN=読売新聞=中央公論新社〕、
2011年)である。ただし、まださほど言及していない邦画3本を含む全5本についてまとめて感想等を記す
つもりなので、鑑賞した順番通りの記述ではないことを予めお断りしておく。
 最初の3本はずばり「誘拐」がテーマの作品群である。今年のテーマが「犯罪映画」ということもあり、
まとめて観ることにした。まず、誘拐事件を扱った邦画で思い出す限りの作品を下に挙げてみよう。なお、
小生が観た洋画として印象深い作品には、『コレクター(The Collector, 1965)』(監督:ウィリアム・ワ
イラー〔William Wyler〕、英・米、1965年)や『ダーティハリー(Dirty Harry, 1971)』(監督:ドン・
シーゲル〔Don Siegel〕、米国、1972年)などがある。ちなみに、ネット記事の<誘拐斜視学(Kidnapping
Squintology)>という頁に、「全誘拐映画 List」があるので、関心のある人はそちらにアクセスしてみる
とよいだろう。

 『天国と地獄』、監督:黒澤明、東宝=黒澤プロ、1963年。
 『脅迫(おどし)』、監督:深作欣二、東映東京、1966年。
 『盲獣』、監督:増村保造、大映東京、1969年。
 『最も危険な遊戯』、監督:村川透、東映セントラルフィルム=東映芸能ビデオ、1978年。   
 『誘拐報道』、監督:伊藤俊也、東映=日本テレビ、1982年。
 『大誘拐 Rainbow Kids』、監督:岡本喜八、喜八プロ=ニチメン=フジエイト、1991年。
 『踊る大捜査線 THE MOVIE』、監督:本広克行、フジテレビジョン、1998年。
 『完全なる飼育』、監督:和田勉、東京テアトル=丸紅、1998年。
 『Chaos カオス』、監督:中田秀夫、タキ・コーポレーション、1999年。
 『完全なる飼育 愛の40日』、監督:西山洋市、キネマ旬報社=アートポート、2001年。
 『完全なる飼育・香港情夜』、監督:サム・レオン、アートポート、2002年。
 『KT』、監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカノン=デジタルサイト コリア=毎日放送〕、
  2002年。
 『完全なる飼育 秘密の地下室』、監督:水谷俊之、セディックインターナショナル、2003年。
 『完全なる飼育 女理髪師の恋』、監督:小林政広、SEDIC INTERNATIONAL、2003年。
 『g@me.(ゲーム)』、監督:井坂聡、フジテレビジョン=東宝=電通=ポニーキャニオン、2003年。
 『完全なる飼育 赤い殺意』、監督:若松孝二、セディックインターナショナル=アートポート、2004年。
 『レディ・ジョーカー』、監督:平山秀幸、日活=東映=毎日新聞社=テレビ朝日=葵プロモーション=
  スポーツニッポン=日本出版販売、2004年。
 『長い散歩』、監督:奥田瑛二、「長い散歩」製作委員会〔ゼロ・ピクチュアズ=大喜=朝日放送〕、
  2006年。
 『犯人に告ぐ』、監督:瀧本智行、WOWOW=ショウゲート、2007年。
 『誘拐ラプソディー』、監督:榊英雄、角川映画=NTTドコモ、2009年。
 『八日目の蝉』、監督:成島出、「八日目の蝉」製作委員会〔日活=松竹=アミューズソフトエンタ
  テインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=Yahoo!  
  JAPAN=読売新聞=中央公論新社〕、2011年。

 この他にも、筆者未見の作品として、次のような邦画がある。なお、全面的に上記の<誘拐斜視学>の個別
サイトである「全誘拐映画 List」のお世話になった。主宰者(管理人)に深甚の感謝を捧げたい。また、一
部に事実誤認と思われる個所があったので、修正しておいた。

 『誘拐魔』、監督:水野治、大映東京、1955年。
 『危険な英雄』、監督:鈴木英夫、東宝、1957年。
 『これが最後だ』、監督;斎藤武市、日活、1958年。
 『特ダネ三十時間 曲がり角の女』、監督:若林栄二郎、東映、1960年。
 『真昼の誘拐』、監督:若杉光夫、日活、1961年。
 『ファンキーハットの快男児』、監督:深作欣二、ニュー東映、1961年。
 『警視庁物語 謎の赤電話』、監督:島津昇一、東映、1962年。
 『誘拐』、監督:田中徳三、大映、1962年。
 『黒蜥蜴』、監督:井上梅次、大映京都、1962年。
 『一万三千人の容疑者』、監督:関川秀雄、東映、1966年。
  * なお、この映画は、「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を扱った映画である。
 『黒蜥蜴』、監督:深作欣二、松竹、1968年。
 『野獣狩り』、監督:須川栄三、東宝、1973年。
 『喜劇・大誘拐』、監督:前田陽一、松竹、1976年。
 『錆びた炎』、監督:貞永方久、松竹、1977年。
 『迅雷 組長の身代金』、監督:高橋伴明、東映ビデオ=テレビ東京、1996年。
 『誘拐』、監督:大川孝夫、東宝、1997年。
 『アナーキー・イン・じゃぱんすけ』、監督:瀬々敬久、国映、1999年。
 『流★星』、監督:山中浩光、リトル・モア、1999年。
 『降霊』、監督:黒沢清、関西テレビ=ツインズジャパン、1999年。
 『ソウル(SEOUL)』、監督:長澤雅彦、「ソウル」プロデューサーズ・リレーションズ=フジテレビ=東宝=
  電通=ジャニーズ出版=ポニーキャニオン=デスティニー=エンジンネットワーク、2002年。
 『恋人はスナイパー』、監督:六車俊治、「恋人はスナイパー 劇場版」製作委員会、2004年。
 『コンクリート』、監督:中村拓、アムモ=ベンテンエンタテインメント、2004年。
 『プレイ/Pray』、監督:佐藤祐市、日本出版販売=ポニーキャニオン、2005年。
 『アマルフィ 女神の報酬』、監督:西谷弘、フジテレビジョン=東宝=電通=ポニーキャニオン=日本映画
  衛星放送=アイ・エヌ・ビー=FNS27社、2009年。* 後に、鑑賞。
 『完全なる飼育 メイド、for you』、監督:深作健太、「完全なる飼育 メイド、for you」製作委員会、
  2010年。* 後に、鑑賞。
 『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』、監督:瀬田なつき、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」製作
  委員会〔角川映画=NTTドコモ=アスキー・メディアワークス=スターダスト音楽出版〕、2010年。
  * 後に、鑑賞。

 * 後日鑑賞した映画として、『夢みるように眠りたい』(監督:林海象、映像探偵社、1986年)にお
  いても「誘拐」を扱っている。「日日是労働セレクト96」を参照されたし。

 さて、そもそも「誘拐」とはどんな事態なのか。<ウィキペディア>の記述を引用してみよう。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。


 *********************************************

  誘拐(ゆうかい、英語:kidnapping)とは、他人を騙したり誘い出して連れ去ること。暴行脅迫を
 用いた連れ去りを「誘拐」と呼ぶのは本来誤りであり、広辞苑をはじめあらゆる辞書でも「誘拐」に
 強制的なニュアンスは見られない(法律上は「略取」とされている)。しかし、マスコミにおいては、
 意思に反して無理矢理連れ去ること(拉致)に関しても「誘拐」という言葉が用いられ、日常用語で
 もそのような傾向が見られる。

  〔法律用語としての誘拐〕 詳細は「略取・誘拐罪」を参照。

  法律用語としての「誘拐」とは、欺く行為や誘惑を手段として、他人の身柄を自己の実力的支配内
 に移すことを言う。暴行・脅迫を手段として、強制的に身体を拘束する行為は「略取」として、誘拐
 とは別個に定義されている点が、マスコミ・日常用語の誘拐とは異なっている。刑法学上、偽計によ
 るものと暴行脅迫によるものを総合した概念は、「拐取」である。
  日本語の文学上も辞書的な意味でも「誘拐」と「略取」の意味と使い分けは、法律用語とほぼ同様
 である。

  〔誘拐事件〕

   世界における誘拐

  1924年 - シカゴ富豪子息偽装誘拐殺人事件(レオポルドとローブ事件)
  1932年 - リンドバーグ愛児誘拐事件
  1983年 - イギリスの名馬シャーガーが身代金目的で誘拐される。
  1986年 - 三井物産マニラ支店長誘拐事件
  1997年 - 梶原一騎愛娘誘拐殺人事件
  1999年 - キルギス日本人誘拐事件
  2004年 - イラク日本人人質事件
  2008年 - イエメン日本人観光客誘拐事件
  2008年 - エチオピア医師誘拐事件

   日本における誘拐

  警察庁によると、第二次世界大戦後に起きた身代金目的誘拐事件は、2006年(平成18年)6月時点で
 288件。このうち、被害者が殺害された事件は34件。被疑者(容疑者)が逮捕されず未解決となってい
 るのは8件で、それ以外はすべて解決している。また、未解決の8件でも犯人が身代金搾取に成功した
 例は1件もない。うち58件は、捜査当局と報道機関の間で報道協定が締結されていた。

  1946年(昭和21年)3月14日 - 日本帝国工業専務令嬢誘拐事件 - 戦後初の誘拐となった事件
  1946年(昭和21年)8月23日 - 盛岡市中学生誘拐殺人事件
  1946年(昭和21年)9月17日 - 住友家令嬢誘拐事件 - 戦後初の公開捜査となった事件。なお、犯人
                は上記帝国工業専務令嬢誘拐事件と同一犯である。
  1955年(昭和30年) - トニー谷長男誘拐事件
  1957年(昭和32年) - 少年誘拐ホルマリン漬け事件
  1960年(昭和35年) - 雅樹ちゃん誘拐殺人事件
  1962年(昭和37年) - 北海道洋裁学校女子生徒誘拐殺人事件
  1963年(昭和38年) - 吉展ちゃん誘拐殺人事件
  1963年(昭和38年) - 狭山事件 - 冤罪の疑いが指摘されている。
  1964年(昭和39年) - 仙台幼児誘拐殺人事件
  1965年(昭和40年) - 新潟デザイナー誘拐殺人事件
  1969年(昭和44年) - 江東区小5女児誘拐殺人事件
  1973年(昭和48年) - 金大中事件
  1974年(昭和49年) - 津川雅彦長女誘拐事件
  1978年(昭和53年) - アベック失踪事件
  1978年(昭和53年) - 日立女子中学生誘拐殺人事件
  1979年(昭和54年) - 札幌オンライン身代金誘拐事件
  1979年(昭和54年)以降 - 北関東連続幼女誘拐殺人事件
  1980年(昭和55年) - 宝塚市学童誘拐事件
  1980年(昭和55年) - 富山・長野連続女性誘拐殺人事件
  1980年(昭和55年) - 山梨幼児誘拐殺人事件
  1980年(昭和55年) - 名古屋女子大生誘拐殺人事件
  1981年(昭和56年) - 山梨主婦誘拐殺人事件
  1984年(昭和59年) - 泰州くん誘拐殺人事件
  1984年(昭和59年) - 江崎グリコ社長誘拐事件 - 未解決となった身代金目的の誘拐事件
  1984年(昭和59年) - 佐賀相互銀行社長誘拐事件
  1985年(昭和60年) - 芦屋市幼児誘拐事件
  1986年(昭和61年) - 裕士ちゃん誘拐殺人事件
  1987年(昭和62年) - 熊本大学生誘拐殺人事件
  1987年(昭和62年) - 高崎市男児誘拐殺人事件 - 戦後唯一未解決となった身代金目的の誘拐殺人事件。
  1989年(昭和64年、平成元年) - 豊橋小2女児誘拐殺人事件
  1988年(昭和63年)-1989年(昭和64年、平成元年) - 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件
  1993年(平成5年) - 埼玉大学学長誘拐事件
  1993年(平成5年) - 甲府信金OL誘拐殺人事件
  1999年(平成11年) - 摂津小2女児誘拐事件
  2000年(平成12年) - 横浜小2男児誘拐事件
  2000年(平成12年) - 新潟少女監禁事件
  2002年(平成14年) - 群馬女子高生誘拐殺人事件
  2003年(平成15年) - 長崎男児誘拐殺人事件
  2003年(平成15年) - 新城市会社役員誘拐殺人事件
  2006年(平成18年) - 渋谷女子大生誘拐事件

                                 以下、割愛。

 *********************************************


 念のために、「略取・誘拐罪」に関しても<ウィキペディア>の記述を引用しておこう。同じく、一部改変
させていただいた。


 *********************************************

  略取・誘拐罪(りゃくしゅ・ゆうかいざい)とは、人を略取若しくは誘拐する行為のうち、未成年
 者に対するもの、又は身代金、国外移送、営利、わいせつ、結婚若しくは生命身体への加害の目的で
 行うもののことであり、刑法ではこれを犯罪としている(同法224条 から 229条)。
  日常用語・マスコミ用語としての誘拐については「誘拐」を参照。

  〔保護法益〕

  被拐取者の身体の自由である。間接的に生命も保護法益となっている。被拐取者が未成年や制限能
 力者など保護を受けた者である場合は、親権者や後見人等の監護権も保護法益とされる。

  〔行為〕

  略取(りゃくしゅ)とは、暴行、脅迫その他強制的手段を用いて、相手方を、その意思に反して従
 前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くことをいう。誘拐(ゆうかい)とは偽計・
 誘惑などの間接的な手段を用いて、相手方を従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下
 に置くことをいう。略取と誘拐とを併せて講学上「拐取」(かいしゅ)と呼ぶ。

  〔処罰類型〕

  ・未成年者略取及び誘拐罪(刑法224条)
   拐取の対象が未成年であることが要件である。法定刑は3月以上7年以下の懲役。
  ・営利目的等略取及び誘拐罪(刑法225条)
   営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的があることが要件である。法定刑
   は1年以上10年以下の懲役。
  ・身の代金目的略取等の罪(刑法225条の2)
   身代金要求目的がある拐取。あるいは拐取者の身代金を要求すること。法定刑は無期又は3年以上
   の懲役。
  ・所在国外目的略取及び誘拐罪(刑法226条)
   所在を国外に移送する目的があることが要件である。法定刑は2年以上の有期懲役。
  ・被略取者等所在国外移送罪(刑法226条の3)
   法定刑は2年以上の有期懲役。

  〔営利目的〕

  225条に言う営利は、判例によれば、営業で用いられる概念とは異なる。すなわち、反復継続して利
 益を得る目的は必要ではなく(大判大正9年3月31日刑録26輯223頁)、拐取行為によって財産上の利益
 を得ることを動機とすることをいう。典型的には、被拐取者を強制的に労働させる目的などがこれに
 あたる。

  〔安否を憂慮する者〕

  225条の2では「近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者」の憂慮に乗じる目的
 で人を略取、誘拐したり、また憂慮に乗じて財物を交付させ、又はこれを要求する行為を罰している
 が、「その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者」とは誰のことか、その範囲が問題にな
 るが、社会通念上親身になって憂慮するのが当然の立場の者がこれに含まれるとされる。判例では被
 拐取者の勤める会社の役員がこれにあたるとされた(最決昭和62年3月24日刑集41巻2号173頁)こと
 もある。

  〔解放による刑の減軽・罪数に関する判例・他罪との関係・その他〕

 ・略取・誘拐罪同士
  225条に規定される目的で未成年者を誘拐したときは、225条の単純一罪である(大判明治44年12月8    
  日刑録17輯2168頁)。
 ・わいせつ目的で女性を誘拐し、更に営利目的で別の場所に誘拐したときは、225条の包括的一罪であ    
  る(大決大正13年12月12日刑集3巻872頁)。
 ・営利目的で人を誘拐した者が、身の代金を要求した場合、両罪は併合罪の関係に立つ(最決昭和57
  年11月29日刑集36巻11号988頁)。
 ・監禁を手段として営利目的略取が行われた場合、両罪は観念的競合の関係に立つとされる(大阪高
  判昭和53年7月28日高刑31巻2号118頁)。
 ・人を略取した者がその者を監禁し、その後身の代金を要求した場合、監禁罪と身の代金要求罪は併
  合罪の関係に立つ(最決昭和58年9月27日刑集37巻7号1078頁)。
 ・本罪が継続犯であるか状態犯であるかについては争いがある。多くの類型については未遂も罰せら
  れ(刑法228条)、また一部については親告罪となる(刑法229条)。一部の幇助行為は227条で独立    
  して処罰される。225条の2第1項については予備も罰せられるが、225条の2又は227条2項又は4項の
  罪を犯した者が、公訴が提起される前に、略取され又は誘拐された者を安全な場所に解放したとき
  は、その刑を減軽する(228条の2)。

 *********************************************


 まず、『完全なる飼育 愛の40日』(監督:西山洋市、キネマ旬報社=アートポート、2001年)から始めて
みよう。この作品はシリーズ第2作目に当たり、小生の鑑賞した順番としては6番目に当たる。原作である
松田美智子の『女子高校生誘拐飼育事件』(筆者、未読)の線に沿った作品で、誘拐というよりも略取が妥
当か。犯人の住川達明は当初「猥褻」が目的であったと推察されるが、抵抗されたため断念している。ふた
りはやがて結ばれるが、被拐取者である津村晴香が主体的にその行為を選択しており、ふたりはいわば「愛
の行為」として結ばれている。その点で、原作にある「監禁された女子高生と犯人の間に愛が芽生える」と
いうプロットを踏襲した翻案・再映画化(ウィキペディア)といえよう。小生の印象では、一連の流れに不
自然さはなく、結末も受け容れやすい。さらに、第1作で主演を張った竹中直人が心理カウンセラーを演じ
ており、いわゆる「入れ子構造」(物語の中で、別の物語が語られる)に関してもおおむね成功していると
思う。
 物語等を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

  〔あらすじ・解説〕

  実在の事件を基にした松田美智子原作の『女子高校生誘拐飼育事件』を竹中直人、小島聖出演で映
 画化され話題となった『完全なる飼育』の、より過激な第2弾。主役の晴香を演じるのは、数百名の
 中からオーディションで選ばれた、18歳の新人・深海理絵。CMや、TVドラマなどには出演してい
 たが、本作が彼女の映画デビュー作となる。過激な濡れ場にも体当たりで挑戦し、今後が期待される。
 彼女を誘拐し、飼育する住川に、元ビシバシステムの緋田が怪演している。前作に出演していた竹中
 が、晴香を診察する心理カウンセラーとして出演してる。監督は『ぬるぬる燗燗』の西山洋市。原作
 者が脚本を監修し、物語に深みを与えた。R-15作品。

  〔解説〕

  実際に起こった事件を基に、見知らぬ男によって40日間に渡って監禁された女子高生の姿を描く性
 愛ドラマ。監督は『Бондарь 桶屋』の西山洋市。松田美智子による原作を基に、『ぬるぬる
 燗燗』の島田元が脚色。撮影を『修羅がゆく10 北陸代理戦争』の丸池納が担当している。主演は、
 『ろくでなしBLUES'98』の深海理絵と『三文役者』の緋田康人。スーパー16ミリからのブローアップ。

  〔あらすじ〕

  ある日、心理カウンセラーの赤井誠一(竹中直人)は、女子大を卒業したばかりのフリーターの津
 村晴香(深海理絵)から援助交際を申し込まれる。毎日、UFOを待っているという彼女に興味を持
 った彼は、数日後、彼女の同意の下、催眠療法を試みることにした。すると、彼女は高校2年の時に
 起こった異常な体験を語り始めた。幼い頃に父親を亡くし、仕事の忙しい母と遊んでばかりいる中学
 2年の弟と平凡な生活を送っていた晴香。UFOに別の世界へ連れて行って欲しいと願っていた彼女
 は、その年の秋、見知らぬ男である住川達明(緋田康人)に誘拐、監禁されてしまった。狂気と優し
 さの二面を持つ住川もまた、5年前にたったひとりの肉親である母親を亡くした孤独な男であった。
 そんな彼に裸にされ、手錠をはめられ、猿ぐつわをかまされ、日記のように毎日写真を撮られる生活。
 だが、やがて彼女の心の中に彼に対する恋愛にも似た奇妙な感情が芽生え始め、遂に女の悦びすら知
 るようになっていく。しかし、次第に警察の捜査の手が住川に及び、40日目を迎えた日、彼は逮捕さ
 れてしまうのだった。それから数年後、晴香はテレビのニュースで住川が事故死したことを知った。
 今もその体験にあらゆる意味で縛られ続けている晴香。だが、赤井のカウンセリングを終えた彼女は、
 心の解放に向けて一歩前進した。

 他に、徳井優(不動産業者)、野田よし子(田島典子=緋田の職場の事務員)、ユキオヤマト(刑事)、
鈴木規依示(同)、石原誠(新婚カップルの男)、藤本佐織(同じく女)、中川哲(茂みのカップルの男)、
西田ももこ(同じく女)などが出演している。
 異常体験が後に「解離性健忘」(赤井の用いた言葉)を引き起こしたわけであるが、緋田はそれを晴香の
「運命」だと断定している。人生経験が浅い晴香にしてみれば、自分が置かれている「監禁」の絶望的状況
を受容する他はなく、緋田の優しい側面にも触れて、徐々にこころを開いていったと推測される。緋田のこ
ころからの「愛している」という言葉に鋭く反応するシーン(晴香のつぶっていた目が大きく見開かれるシ
ーン)が印象的である。なお、小生はこの映画から「ストックホルム症候群」を連想した。以下で、再び
<ウィキペディア>のお世話になろう。一部改変したが、ご海容いただきたい。


 *********************************************

  ストックホルム症候群(ストックホルムしょうこうぐん、Stockholm syndrome)は、精神医学用語
 の一つで、犯罪被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには
 好意等の特別な依存感情を抱くことをいう。

  〔概要〕

  犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の
 心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情したりして、人質が犯人に信頼や愛情を感
 じるようになる。また「警察が突入すれば人質は全員殺害する」となれば、人質は警察が突入すると
 身の危険が生じるので突入を望まない。ゆえに人質を保護する側にある警察を敵視する心理に陥る。
 このような恐怖で支配された状況においては、犯人に対して反抗や嫌悪で対応するより、協力・信頼・
 好意で対応するほうが生存確率が高くなるため起こる心理的反応が原因と説明される。
  上述のように、ストックホルム症候群は恐怖と生存本能に基づく自己欺瞞的心理操作(セルフ・マ
 インドコントロール)であるため、通常は人質解放後、犯人に対する好意は憎悪へと変化する。
  1973年8月に発生したストックホルムでの銀行強盗人質立てこもり事件において、人質解放後の捜査    
 で犯人が寝ている間に人質が警察に銃を向けるなど、人質が犯人に協力して警察に敵対する行動を取
 っていたことが判明。また、解放後も人質が犯人をかばい警察に非協力的な証言を行ったほか、ひと
 りの人質が犯人に愛の告白をし結婚する事態になったことなどから名付けられた。

  〔関連事件〕

  ○ パトリシア・ハースト事件
   1974年に、犯行グループによって誘拐された女性が、後にその犯行グループと共に銀行強盗の
   一味に加わっていたという事件。
  ○ エリザベス・スマート誘拐事件
  ○ オーストリア少女監禁事件
  ○ 三菱銀行人質事件

  〔リマ症候群〕

  リマ症候群は、ストックホルム症候群とは逆に、監禁者が被監禁者に親近感を持って攻撃的態度が
 和らぐ現象のこと。
  1996年から1997年にかけて発生した在ペルー日本大使公邸占拠事件では、教育も十分に受けずに育
 った若いゲリラ達は人質と生活を共にするにつれ、室内にあった本などを通じて異国の文化や環境に
 興味を示すようになり、日本語の勉強を始めた者が出てきた。ペルー軍特殊部隊が強行突入をする中、
 人質部屋で管理を任されていたひとりの若いゲリラ兵は軽機関銃の引き金に指をかけていたが、人質
 への親近感から引き金を引くことができずに部屋を飛び出し、直後にペルー軍特殊部隊に射殺された。

                                        以下、割愛。

 *********************************************


 人間を略取・誘拐し、その自由を奪うことは、理由のいかんを問わず「犯罪」であることは間違いがない
が、この「完全なる飼育」シリーズを観ていると、その兇悪性に対する憎しみがあまり湧いてこないから不
思議である。もっとも、それはフィクションがなせる業であって、実際にあった事件にはおぞましさだけが
残るのかもしれない。たとえば、「女子高生コンクリート詰め殺人事件」(1988年)などに至っては、まさ
に「鬼畜」の仕業としか思えない。「運命」などという言葉では慰めにもならないだろう。晴香は暗い過去
を背負っているが、同時にそれは消し難い「愛の40日」でもあった。しかし、その記憶を乗り越えなければ、
新しい人生を構築することはできない。人にはそれぞれ、乗り越えなければならない重要な課題があるとい
うわけだ。そう考えると、晴香の人生はまだまだ十分にやり直せるのである。
 次の作品である『誘拐ラプソディー』(監督:榊英雄、角川映画=NTTドコモ、2009年)は、同じ「誘拐」
でも、深刻度の方はだいぶ軽減されている。むしろ、「コメディ」といってもよいくらいである。その製作
動機もたぶんその辺りにあるのだろう。原作は荻原浩の同名の小説(筆者、未読)である。ざっと、物語を
確認しておこう。
 伊達秀吉という38歳になるしがない男(高橋克典)がいる。死のうと思って首を吊るが、あえなく失敗。
死ぬことさえうまくいかない「ダメンズ」の仲間である。320万円の借金を抱え、前科もある。勤め先の斉藤
工務店の親方(ベンガル)に対しても、恩を仇で返している。そんな八方ふさがりの秀吉ではあるが、刑務
所で知り合ったシゲさん(笹野高史)の言葉にこころが動かされている。それはこうだ。世間では「誘拐」
は引き合わない犯罪とされているが、そうではない。完全無欠の法則に従えば、成功間違いなしというわけ
だ。そこに、お誂え向きの子どもが登場する。篠原伝助という名前のもう直ぐ小学生になる男の子(林遼威)
である。しかも、どうやら金持の息子らしい。「一か八かやってみるか、誘拐を……」というわけで、伝助
の「家出」を助けるというかたちで逃亡劇が始まった。ところで、シゲさんの「完全無欠の法則」とは何か。
以下に記してみよう。

 1.まず、携帯電話を用意せよ。 ⇒ 伝助が所有していたそれを借り受ける。
 2.顔見知りじゃない子どもを誘拐せよ。 ⇒ 伝助とは、まったくの初対面である。
 3.地元ではないこと。 ⇒ それもクリアー。
 4.誘拐したガキは、直ぐに始末すること(仏心は失敗の元)。 ⇒ 秀吉にはまず無理難題である。
 5.身代金を要求する相手をじらして、いらいらさせること。 ⇒ ある程度成功する。

 しかし、大誤算があった。伝助の父親は暴力団の親分だったのである。成功するどころか、自分の命まで
危ない。しかも、黒崎保警部補(船越英一郎)の子どもまで絡んできて、警察にもマークされる。絶体絶命
である。結末は伏せるが、秀吉の性格のよいところが幸いして、落ち着くところに落ち着く。伝助の家出の
原因も解消されそうである。他に、YOU(篠宮多香子=伝助の母)、哀川翔(篠宮智彦=同じく父、篠原
組の組長)、角替和枝(斉藤工務店の女将さん)、美穂純(黒崎康代=保の妻)、菅田俊(桜田=智彦の配
下、桜田組組長)、木下ほうか(遠藤=同、遠藤組組長)、寺島進(回転寿司の板前)、品川徹(公園の男)、
山本浩司(栗林刑事=黒崎の相棒)、渡来敏之(キン=組員)、日向丈(タカ=同)、榊英雄(岸田〔押尾
学の代役〕=篠宮を裏切る男)、森本のぶ(組員)、小野寺慶之/文哉(黒崎哲夫=保の息子)などが出演
している。伝助役を演じた林遼威が抜群にうまい。小生には、神木隆之介以来の神童と思われた。主演の高
橋克典もいい味を出しており、この伊達秀吉のキャラは一回こっきりではもったいないと思った。
 3本目は『八日目の蝉』(監督:成島出、「八日目の蝉」製作委員会〔日活=松竹=アミューズソフトエ
ンタテインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=ソニー・ミュージックエンタテインメント=Yahoo!
JAPAN=読売新聞=中央公論新社〕、2011年)である。この作品での誘拐の対象は赤ん坊であり、三作品の中
では一番リアリズムの色合が濃い。原作は角田光代の同名小説(筆者、未読)で、小生は冷静に観ていられ
たが、子どもをもつ親(とくに、母親)にはかなり重たい作品ではないだろうか。カルト集団の挿話も絡み、
カットバックも有効に働いている佳作だと思う。題名の「八日目の蝉」とは、たいがいの蝉の地上での寿命
が七日間ということから、「もし八日目も命があったら、その生き残った蝉はどんな風景を見ているのだろ
うか」という問いから命名されたらしい。物語を確認しておこう。この作品に関しては、<goo 映画>の「あ
らすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞いたい。

  不実な男である秋山丈博(田中哲司)を愛し、子どもを身ごもった女、野々宮希和子(永作博美)。
 母となることが叶わない絶望の中、同時期に男の妻である恵津子(森口瑤子)が女の子を出産したこ
 とを知る。「赤ちゃんを一目見たい、見たらけじめがつけられる」……夫婦の留守宅に忍び込み、ベ
 ビーベッドで泣いている赤ん坊を見た瞬間、希和子は思わず子どもを抱えて家を飛び出していた。刹
 那的な逃亡を繰り返し、絶望と幸福感の中で疑似親子となった二人。しかし逃亡生活は、4年で終止
 符が打たれる。……優しい母親だと思っていた人は、誘拐犯だった。4歳の少女の、血のつながった
 両親との普通の生活はこの事件によって破壊される。誰にも心を許せず、両親とわだかまりを抱いた
 まま大学生になった秋山恵理菜〔誘拐時は、「薫」と呼ばれていた〕(井上真央)は、ある日、自分
 が妊娠したことに気づく。相手は、希和子と同じように、家庭を持つ男の岸田孝史(劇団ひとり)だ
 った。幼い頃一緒にいた女友だちの安藤千草(小池栄子)に励まされ、自分の過去と向き合うために、
 かつて母と慕った人との逃亡生活を辿る恵理菜。最後の地、小豆島で恵理菜が見つけた衝撃の真実と
 は?

 他に、市川美和子(沢田久美=エステル)、余貴美子(エンゼル)、平田満(沢田雄三=久美の父)、風
吹ジュン(沢田昌江=同じく母)、渡邉このみ(薫/恵理菜の幼少期)、田中泯(滝=タキ写真館の館主)、
徳井優(タクシーの運転手)などが出演している。特異な人生を歩んでいる恵理菜は、自分の子どもに対し
て強い愛情を感じ始めるが、その愛は父親である岸田に対する愛とは無関係である。親友となりつつある千
草と、「ふたり母親」が実現するかもしれない。千草も、暗い過去を背負っている(恵理菜〔薫〕と同じカ
ルト集団に属していた過去があり、男性に対して極度の拒否反応を示している)が、子育てに自信のなかっ
た恵理菜にしてみれば、心強い味方であることは間違いない。「胎児を含めて、三人に幸あれ」と祈らざる
を得ない。
 さて、もう2本の映画の感想を記したいところだが、今日はこれで終わりにしよう。それらの作品につい
ては、明日以降に言及したいと思う。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。3本のうち2本はともに「誘拐」を扱っているので、今年のテーマであ
る「犯罪映画」に該当するが、リアリズムの映画というよりはむしろファンタジーに近い作品といえよう。
「誘拐事件」といえば、小生は「吉展ちゃん誘拐殺人事件」(1963年)、「グリコ・森永事件」(1984‐85
年)、「女子高生コンクリート詰め殺人事件」(1988年)などを思い出すが、いずれのケースにも当たらな
いと思う。一方は女子高生、他方は小学生が誘拐のターゲットになっているが、犯人側の行動や心理の描写
が中心に描かれており、誘拐された当の本人が誘拐犯に親しんでいるという点で、実際に起こった一般的な
誘拐事件とは一線を画していると思われる。
 さて、1本目は『完全なる飼育 愛の40日』(監督:西山洋市、キネマ旬報社=アートポート、2001年)、
2本目は『誘拐ラプソディー』(監督:榊英雄、角川映画=NTTドコモ、2009年)である。なお、もう1本の
鑑賞映画は『ありがとう』(監督:万田邦敏、「ありがとう」製作委員会〔ランブルフィッシュ=バップ=
TOKYO FM=NHKエンタープライズ=日本デジタル・コンバージェンス〕、2006年)である。こちらの方は心温
まる「感動もの」で、いずれもそれなりによくできた映画であった。感想を一気に記したいところであるが、
時間切れなので今日は店仕舞する。後日、改めて言及したい。


 某月某日

 DVDで邦画の『動乱』(監督:森谷司郎、東映=シナノ企画、1980年)を観た。二・二六事件を背景に、軍
人とその妻の夫婦愛を描いている映画である。この事件を扱った映画に関しては以前にまとめたことがある
ので、以下にそれを転載してみよう。「日日是労働セレクト81」に載っている記事である。


 *********************************************

 某月某日

 DVDで邦画の『226』(監督:五社英雄、フィーチャーフィルムエンタープライズ、1989年)を観た。昭  
和11(1936)年2月26日に起こった、いわゆる「二・二六事件」(12月29日、鎮圧)を扱った映画である。英
題は《The Four Days of Snow and Blood》。冒頭にナレーションが入るので、それを記しておこう。なお、
耳から拾った文章なので正確ではない。

  昭和の初め、日本は満州で武力侵出をめぐって国際聯盟を脱退、国際的に孤立し、国内でも血盟団、
 五・一五事件、相沢中佐による永田軍務局長刺殺事件が相次いで起こり、経済不況と東北地方の凶作
 による農村恐慌とが相重なって、国民の不安と不満は絶頂に達していた。

 併せて、以下のような貼紙が人目を惹く。

     娘身賣の場合は當相談所へ御出下さい

              伊佐澤村相談所

 二・二六事件を扱った映画は、この他に以下のような作品がある。

 『叛乱』、監督:佐分利信/阿部豊、新東宝、1954年〔筆者、未見〕。
 『銃殺 2・26の叛乱』、監督:小林恒夫、東映東京、1964年〔筆者、未見扱い〕。
 『憂国』、監督:三島由紀夫、東宝=ATG、1966年〔筆者、未見〕。
 『動乱』、監督:森谷司郎、東映=シナノ企画、1980年〔筆者、未見扱い〕。

 上記の作品のうち、『銃殺 2・26の叛乱』はたぶん封切時に映画館で観ていると思うが、記憶が曖昧なの
で未見扱いにしている作品である。また、『動乱』もTVで観た気がするが、これも記憶が曖昧なので未見扱
い。残る2作品は観ていない。
 さて、当該作品であるが、丁寧に作ってはいるものの、総花的描写は否定しがたく、焦点がぼやけてしま
っている。また、萩原健一の華は買うけれども滑舌が悪く、三浦友和も柔和すぎて軍人の気骨があまり伝わ
ってこなかった。軍服が似合っていたのは、川谷拓三、高松英郎、大和田伸也あたりか。松方弘樹や渡瀬恒
彦らの大物も、あまり軍人には見えなかった。少し残念である。その他、オールスター・キャストといって
よいほどの豪華配役であるが、それぞれが殺し合ってひとりひとりの個性があまり生かされていなかった。
この手の作品の陥りやすい欠点である。ともあれ、『日本のいちばん長い日』(監督:岡本喜八、東宝、19
67年)のように仕上げていたら、もっと優れた作品になっていただろう。
 物語を確認しておく。例によって、〈goo 映画〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

  昭和8(1933)年、満州への武力進出が問題となり日本は国際連盟を脱退し、国際的に孤立してい
 った。国内でも経済不況と農村恐慌が重なって国民の不満と怒りは頂点に達していた。その頃、陸軍
 の若手将校たちが集まって昭和維新の計画を立てていた。それはこのような窮状を打開するために天
 皇を取り巻く元老や重臣を排除し、陛下の「大御心(おおみごころ)」を直接国政に反映させるしか
 ないというものだった。野中四郎大尉(萩原健一)、安藤輝三大尉(三浦友和)、河野寿大尉(本木
 雅弘)、香田清貞大尉(勝野洋)、栗原安秀中尉(佐野史郎)、中橋基明中尉(うじきつよし)、磯
 部浅一元陸軍一等主計(竹中直人)、村中孝次元陸軍大尉(隆大介)の8人は、昭和11年2月26日未
 明、雪の降る中昭和維新を決行。22名の青年将校に率いられた1,500名にも及ぶ決起部隊はそれぞれ
 連隊の営門を出発した。栗原隊は首相官邸を襲撃し、岡田啓介総理(役者、不詳)を殺害したとも思
 われたが、実は身代わりの松尾伝蔵秘書〔陸軍予備役大佐〕(田中浩)だった。坂井隊は斉藤実内大
 臣(役者、不詳)、渡辺錠太郎教育監督(役者、不詳)を射殺。中橋隊は高橋是清蔵相(役者、不詳)
 を射殺。安藤隊は鈴木貫太郎侍従長〔海軍大将〕(芦田伸介)を襲撃したが、結果的に命はとりとめ
 ることとなった。丹生隊は陸相官邸を占拠し、野中隊は警視庁を占拠。河野隊は湯河原で牧野伸顕伯
 爵〔元内大臣〕(役者、不詳)を襲撃するが、河野は被弾し牧野に逃げられてしまう。河野はそのま
 ま陸軍病院に収容された。陸相官邸では香田と磯部が、川島義之陸軍大臣(金子信雄)や真崎甚三郎
 大将(丹波哲郎)ら高級将校に決起趣旨を述べ今回の行動について陛下の御聖断を要求した。皇居で
 は緊急の軍事参議会議が開かれ、決起を認めるかのような陸軍大臣告示が発表された。しかし、宮中
 では、湯浅倉平宮内大臣(田村高廣)を始め、木戸幸一内大臣秘書館長(長門裕之)、広幡忠隆侍従
 次長(小野寺昭)らの会合の結果、「戒厳令」の御裁可が杉山参謀本部次長(仲代達矢)に下され、
 決起部隊も戒厳部隊に編入された。翌27日には香椎浩平戒厳令司令官〔陸軍中将〕(加藤武)から奉
 勅命令が発表され、決起部隊に原隊への復帰が勧告された。当初決起部隊へ同調していた真崎らの力
 も及ばず事態は次第に皇道派青年将校達の不利な方向へ傾いていった。原隊からは食料の供給を絶た
 れ兵たちは疲れを見せ始めていた。安藤隊は赤坂の山王ホテルに立て籠もるが、ラジオやビラを使っ
 ての原隊復帰の勧告も始まった。青年将校たちの脳裏にも残してきた妻子の顔が浮かぶようになった。
 一方、陸軍第一衛戊病院熱海分院に入院中の河野の元へは兄の河野司(根津甚八)が見舞いに来てい
 たが、腹を切りたいので果物ナイフを用意してくれ、という弟の言葉に愕然としたのだった。陸相官
 邸では一早く坂井直中尉(加藤昌也〔現 雅也〕)が隊員たちに原隊復帰を促していた。山王ホテルで
 は村中らが兵を帰して軍法会義で戦おうと提案するが、安藤はあくまで抵抗した。野中は安藤に兵た
 ちの命と名誉を守ってやろうと説得。初め決起に乗り気でなかった自分を促したのは野中だっただけ
 に、安藤には無念だった。そしてホテルから青年将校一人一人が野中と安藤に敬礼しながら出ていっ
 た。安藤も野中に別れを告げ、兵たちには自分たちのやったことは正しいのだから胸を張って行けと、
 言葉を残した。安藤は拳銃で自決を図るが未遂に終わった。陸相官邸で野中は安藤から返された決起
 を謳ったハンカチを燃やし、拳銃で自決。また、河野も熱海の岸壁で自決していた。29日宮中では事
 変の鎮圧が上奏された。捕らえられた決起部隊の青年将校ら19人は特別軍法会議にかけられ、7月12日、
 全員が銃殺刑に処せられた。弁護人なし、上告なしの裁断であった。

 他に、渡瀬恒彦(石原莞爾大佐)、梅宮辰夫(山王ホテル支配人)、川谷拓三(永田露曹長)、鶴見辰吾
(高橋太郎少尉)、宅麻伸(丹生誠忠中尉)、石橋保(林八郎少尉)、松方弘樹(伊集院兼信少佐)、高松
英郎(山下奉文少将)、新克利(武藤章中佐)、大和田伸也(小野木伍長)、鈴木瑞穂(阿部信行大将)、
藤岡重慶(寺内寿一大将)、ガッツ石松(陸相官邸憲兵曹長)、三上寛(堂込喜市曹長)、日下武史(荒木
貞夫大将)、坂田明(大木伍長)、三遊亭小遊三(三浦作次上等兵)、関口誠人(田中勝中尉)、沖田さと
し(対馬勝雄)、高峰三枝子(斉藤春子)、久我美子(渡辺すず子)、八千草薫(鈴木たか)、藤谷美和子
(坂井孝子)、名取裕子(野中美保子)、有森也実(丹生すみ子)、賀来千香子(香田富美子)、高部知子
(府川きぬえ)、南果歩(安藤房子)、もたいまさこ(秋本サク)、安田成美(田中久子)などが出演して
いる。なお、以下に、戒厳司令部の分断工作としての「勧告ビラ」を記しておく。

    下士官兵ニ告グ

  一、今カラデモ遅クナイカラ原隊ヘ歸レ
  二、抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ射殺スル
  三、オ前達ノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ

           二月二十九日  戒嚴司令部

 *********************************************


 この記述によれば、『動乱』はもしかしたら観たことがあるとなっているが、覚えている個所がひとつも
ないので、初見だと思う。題名は知っていたので、観たような気がしていたのであろう。もっとも、観たは
ずなのに、2度目に観たときにまったく忘れていることもあるので、鑑賞済みか否かは定かでない。ともあ
れ、2時間半に及ぶ長尺の割には内容が希薄で、あまり優れた作品とは思えない。だから、たとえ観ていた
としても、記憶に残らなかったのであろう。高倉健と吉永小百合のコンビでなければ、もっとひどい結果に
終っていたのではないか。小生が鑑賞済みの『226』とどうしても比較してしまうが、こちらがどちらか
というと史実に忠実なのに対して、当該作品はだいぶフィクションが混入されているらしく、その点でも迫
力不足は否めない。二・二六事件も、決起した青年将校の夫婦愛も、中途半端なかたちでしか描くことがで
きなかったことになる。残念である。
 物語を確認しておこう。例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

  第一部「海峡を渡る愛」:昭和七年四月、仙台連隊。宮城啓介大尉(高倉健)が隊長をつとめる中
 隊の初年兵、溝口英雄(永島敏行)が脱走した。姉の薫(吉永小百合)が貧しさから千円で芸者に売
 られようとしていたからだ。溝口は捜索隊の上官(内務班班長)である原田軍曹(小林稔侍)を誤殺
 してしまい、宮城は弁護を申し出るが聞き入れられず、結局溝口は銃殺刑に処せられた。宮城は父の
 広介(志村喬)に用立ててもらった千円を香典として渡す。当時、日本は厳しい経済恐慌に襲われ、
 これを改革すべく、一部の海軍将校と陸軍士官候補生らが決起した。五・一五事件である。クーデタ
 ーは失敗に終り、陸軍内部の皇道派と統制派の対立を激化させた。この影響は仙台にいる宮城にまで
 及び、部下から脱走兵を出した責任で朝鮮の国境守備隊へ転任を命じられる。そこは、朝鮮匪賊へ軍
 需物資の横流しが平然と行なわれる腐敗したところだった。宮城は将校をねぎらう宴に招待され、そ
 こで芸者になった薫と再会する。薫を責める宮城。数日後、薫が自殺を図った。宮城は軍の不正を不
 問に付すことで、薬を入手し薫の命を救う。その頃、国内では統制派によって戦争準備が押し進めら
 れていた。
  第二部「雪降り止まず」:昭和十年十月、東京。宮城は第一連隊に配属になり、薫とともに居をか
 まえた。しかし、二人の間にはまだ男と女の関係はなかった。宮城の家には多くの青年将校が訪れ、
 「建設か破壊か」と熱っぽく語り合っていく。憲兵隊の島謙太郎曹長(米倉斉加年)はそんな宮城家
 の向いに往みこんで、四六時中、見張りを続けていた。ある日、宮城は恩師であり皇道派の長老格で
 もある神崎中佐(田村高廣)を薫と伴に訪れた。神崎の家庭の幸せを見て、薫は「私の身体は汚れて
 いるから抱けないんですか」と宮城につめよる。数日後、宮城が決行を決意していた水沼鉄太郎軍務
 局長(天津敏)暗殺を神崎が単身で陸軍省におもむき果してしまった。この事件は青年将校たちに、
 「時、至れり」の感を持たせ、昭和維新への機運が一気に高まった。宮城たちの行動に、心情的には
 同調しながらも、憲兵という職務からことを事前に防ごうと島は苦悩する。決行の日が決まり、宮城
 は実家に帰り父に薫のことを頼むと、はじめて彼女を抱くのだった。決行の日が来た。時に昭和十一
 年二月二十五日。夜半から降りはじめた雪は、男たちの熱い思いと、女たちの哀しい宿命をつつみこ
 んで、熄むことなく降り続いていた……。

 他に、佐藤慶(広津美次中将/ナレーター)、田中邦衛(小松少尉)、新田昌玄(安井大尉)、桜田淳子
(高見葉子)、にしきのあきら(野上光晴=葉子の夫、青年将校のひとり)、左とん平(朴烈全=軍需物資
の横流しをする男)、日色ともゑ(神崎昌子=神崎中佐の妻)、金田龍之介(三田村利政大将)、小池朝雄
(三角連隊長)、川津祐介(陸軍刑務所の看守)、久米明(薫の父)、中田博久(本間大尉)、小堀阿吉雄
(鹿島義一郎大将)、森下哲夫(牧野憲兵上等兵)、青木卓司(折口二等兵)、織田あきら(永井上等兵)、
近藤宏(柴田大佐)、岸田森(小林少佐)、田中浩(立石少佐)、三重衛恒二(朴の配下のひとり)、団巌
(将校のひとり)、名和宏(少佐A)、嵯峨善兵(笹井田巌)、瀬良明(犬養首相)、野口元夫(蔵相)、
浜田晃(小森少尉)、相馬剛三(裁判長)、佐川二郎(女衒)、高野高志(医師)などが出演している。
 高倉健と吉永小百合の濡れ場があるが、やはり建さんには似合わない。芸者になった吉永小百合もどこか
不自然である。元々脚本が練れていないのではないか。溝口の脱走の動機も首を傾げたくなる。挙げ出すと
切りがないので、この辺でやめておこう。


 某月某日
 
 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『愛と死の記録』(監督:蔵原惟繕、日活、1966年)であ
る。2年前に製作された『愛と死をみつめて』(監督:斎藤武市、日活、1964年)の逆バージョンともいえ
る作品である。つまり、主演のひとりである吉永小百合が、前作では不治の病である軟骨肉腫によって身罷
るが、今度は逆に恋の相手を白血病で喪うという作品。広島の原爆絡みだけに、ずいぶんと重たい作品であ
る。相手役が浜田光夫から渡哲也に変わっているので、作品の色調が異なることはいうまでもない。ひとつ
残念なのは、『愛と死をみつめて』が大ヒットしたためだと思うが、題名がその主要部分を継承している点
である。しかも、何とも凡庸な題名ではなかろうか。前作にあやかりたいのは分かるが、監督の蔵原は嫌が
ったのではないかと思う。物語を確認しておく。例によって、<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝し
たい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  ある朝、松井和江(吉永小百合)は勤め先の十字屋楽器店の前で、危うくオートバイにはねられそ
 うになり、持っているレコードを割ってしまった。そのオートバイに乗っていたのが印刷会社に勤め
 る三原幸雄(渡哲也)であった。その事件を機にふたりは急速に近づいていった。ギタリストのナル
 シソ・イエペスが民謡から採譜した「愛のロマンス」(映画『禁じられた遊び』のテーマ曲)やチャ
 イコフスキーの「悲愴」が二人の間で話題にされるが、これはあたかも後の不幸を先取りしているか
 のようにも見える。ともあれ、自分たちの行末を知らぬまま、彼らは毎日のように会った。しかし、
 幸雄の親代わりになっている製版班長の岩井(佐野浅夫)は幸雄の恋を知って深刻な表情になった。
 幸雄は4歳の時被爆し、両親を喪った。苛酷な運命を忘れかけた頃、突然幸雄は発病して原爆病院へ
 入院したが、4カ月で回復、それを機会に岩井の世話で中本印刷に入ったのだった。しかし、いつま
 た発病するかわからなかった。ある日、幸雄が作業中に貧血で倒れた。ついに来るものが来たという
 感じであった。その夜の幸雄は和江にはまるで別人のように見えた。幸雄は放心したように別れを告
 げると走り去ってしまった。数日後、幸雄は平和公園で和江に自分の運命を語った。しかし、和江は
 熱愛の眼差しで励ますのだった。幸雄の入院中も和江は幸雄の回復を信じて毎日看病に通った。全快
 を祈って黙々と千羽鶴を折る和江をよそに、幸雄の病状は悪化するばかりであった。そして、八月末
 幸雄は死んだ。悲しみにくれる和江は、彼自身被爆者の病院長(滝沢修)や、母親(三崎千恵子)な
 らびに兄(垂水吾郎)から早く幸雄を忘れて新しい幸福を見つけるように慰められた。和江は数日す
 ると、なぜか見違えるように明るくなった。和江は幸雄とはじめて会った日に行った喫茶店「ばんび」
 で置物のばんびを貰うと、それを病院へ贈った。二つあるその人形の底には、幸雄と和江の名前がそ
 れぞれ書かれてあった。和江が幸雄の後を追って服毒自殺を遂げたのは、それから間もなくのことで
 あった。

 他に、芦川いづみ(近所の娘=被爆者)、中尾彬(藤井=幸雄の親友)、浜川智子(ふみ子=藤井の彼女)、
鏑木はるな(和江の義姉)、漆沢政子(看護婦長)、日野道夫(患者A)、河瀬正敏(患者B)、萩原光子
(看護婦)などが出演している。
 平和公園のシーンで、峠三吉の詩碑が垣間見える。『原爆詩集』の「序」である。

  ちちをかえせ ははをかえせ 
  としよりをかえせ 
  こどもをかえせ

  わたしをかえせ わたしにつながる 
  にんげんをかえせ

  にんげんの にんげんのよのあるかぎり 
  くずれぬへいわを 
  へいわをかえせ

 本篇では強調されていないが、明らかに原爆投下に対する強い抗議の色調が見え隠れしている場面である。
なぜ、若い身空で死ななければならないのか。「一緒に暮らし始めたら、菫色のカーテンで部屋を彩りまし
ょう」と提案する和江の声が空しい。4,000度の熱線は、20年後の恋人たちを生木を裂くように引き離してし
まった。それに対抗する手段はただ一つ、天国で一緒になることだけである。自分自身被爆者でもある病院
長の苦悩も、ばんび人形を手にして凝固する相貌に現われている。人形の底に松井和江(二十才)と書かれ
たその年令こそ、自ら定めた「享年」を表現していると悟ったからである。300レントゲンの被爆は、ふたり
の地上での愛を破壊した。しかし、「天国での愛は誰にも邪魔されない」と確信したのである。
 蛇足ながら、二組の恋人たちの好きな食べものを掲げておこう。

  幸雄:ビフテキ、チーズ、コンビーフ。
  和江:イカ、タコ、酢の物全般。
  藤井:ラーメン、ギョウザ、肉マン。
  ふみ子:海苔茶漬、ウニ、煎餅。

 2本目は、『ちゃんと伝える』(監督:園子温、「ちゃんと伝える」製作委員会〔ユーズフィルム=CIRCUS=
ネイション=グランマーブル=マイサイド〕、2009年)である。園監督の映画とはとても思えない内容で、
少しがっかりした。もっとも、「わが父/園音己に/捧ぐ」の文字がエンディングに現われたので、ごく私
的な作品と捉えれば腹も立たない。凡庸な「家族映画」として、記憶の片隅に残ることであろう。
 物語を確認しておこう。この作品も<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変し
たが、ご寛恕いただきたい。

  〔あらすじ・解説〕

  『自殺サークル』、『愛のむきだし』など、産み出す作品はどれも過激で異色……そんなイメージ
 のある園子温監督の新作は、一人の若いサラリーマンの心の葛藤を描いた感動ドラマだ。園監督が、
 実父との関係をもとに執筆したオリジナル・ストーリーだという。余命わずかな父と向き合うことを
 決めた息子が、皮肉にももっと短い余命を宣告され……それでも父との約束を果たそうと奮闘する姿
 が感動を呼ぶ。人気グループEXILEのパフォーマーとして活躍中のAKIRAが過酷な運命を受け入れる青
 年を堂々と好演。ささやかな日常を描きながら、家族や恋人など大切な人々との心を触れ合わせる中
 で、“ちゃんと伝える”とは何かを教えてくれる秀作だ。

  〔あらすじ〕

  北史郎(AKIRA)は、とある地方都市で発行されている『東三河タウンマガジン』というタウン誌の    
 編集をしている。高校のサッカー部の鬼コーチで知られる父の徹二(奥田瑛二)が突然倒れ入院し、
 癌を宣告されてから、毎日1時間だけ父親が入院している病院へ通っていた。そんなある日、自らの
 身体も病に冒されていたことを父の担当医である渡辺先生(吹越満)から知らされる。父親より病状
 は悪く、余命が短い可能性が高いと言われた史郎は、家族や恋人のことを思い、誰にも言えずにいた。

 他に、伊藤歩(中川陽子=史郎のフィアンセ)、高橋恵子(北いずみ=史郎の母)、高岡蒼甫(田村圭太=
史郎の友人)、でんでん(田中=国語の先生)、綾田俊樹(釣堀のオヤジ)、諏訪太朗(釣具店店員)、満
島ひかり(女高生)、佐藤二朗(葬儀屋)などが出演している。晩年の父親が息子と釣りをしに行きたかっ
た紅名湖に、父親の遺体を乗せた霊柩車で向かうシーンだけが少し面白かったが、その他は取り立てて話題
にできるような挿話はなく、細部の描写も陳腐そのものであった。園監督も人の子、たまにはこういう凡作
があってもよいだろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『ロック わんこの島』(監督:中江功、フジテレビジョン=東宝=FNS27社、2011年)を観た。
他愛のない人間と動物との交流映画であるが、三宅島の噴火に引っ掛けたところに新味がある。「犬」関連
(題名に「犬」の文字があるだけの作品は省いた)の邦画で、小生が鑑賞済みの作品を下に挙げてみよう。

 『彼女と彼』、監督:羽仁進、岩波映画、1963年。
 『南極物語』、監督:蔵原惟繕、南極物語製作委員会〔フジテレビジョン=学習研究社=蔵原プロ〕、
  1983年。
 『ハチ公物語』、監督:神山征一郎、東急グループ=三井物産=松竹、1987年。
 『マリリンに逢いたい』、監督:すずきじゅんいち、三菱商事=第一企画=東北新社=松竹富士、1988年。
 『いぬのえいが』、監督:黒田昌郎/祢津哲久/黒田秀樹/犬童一心/佐藤信介/永井聡/真田敦、 
  Entertainment FARM=電通テック=IMJエンタテインメント=あおぞらインベストメント=オズ=角川
  映画=ジェネオンエンタテインメント=日活=ザナドゥー、2004年。

 その他にもたくさんあるが、いわゆる「動物もの」はすぐれた作品が少ないのであまり観ていない。偏見
かもしれないが、どうしても子ども向けになってしまうからであろう。当該映画もまさに「子ども向け」で、
冗漫で紋切型の映画だった。物語を確認しておこう。例によって、<goo 映画>を参照しよう。執筆者に感謝
したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  〔あらすじ・解説〕

  2000年8月三宅島大噴火で引き離された一匹の犬と飼い主。「めざましテレビ」の“きょうのわんこ”
 が取材した、犬のロックと飼い主の実話を題材に、犬との交流を通じて家族の絆を描いた奇跡と感動
 の物語。監督は、映画『冷静と情熱のあいだ』など、感動ドラマの名匠・中江功。主人公の父・松男
 には、『海猿』シリーズや『ROOKIES -卒業-』など大ヒット映画への出演が続き、大きな存在感を魅    
 せる佐藤隆太。さらに、麻生久美子や倍賞美津子といった映画界を代表する実力派俳優陣が、ロック
 と芯の温かくもたくましい家族を演じる。

  〔解説〕

  2000年8月に起きた大噴火により全島民が避難することになった伊豆諸島の三宅島で、逃げ遅れはぐ
 れてしまった1匹の子犬を巡る実話を『シュガー&スパイス 風味絶佳』の中江功監督が映画化。出演
 は『漫才ギャング』の佐藤隆太、『シーサイドモーテル』の麻生久美子、『太平洋の奇跡 フォックス
 と呼ばれた男』の岡田義徳、『忍邪』の柏原収史、『レオニー』の原田美枝子、『あしたのジョー』
 の倍賞美津子。

  〔あらすじ〕

  太平洋の小さな島、三宅島で民宿「たいよう」を営む野山一家。小学生の芯(土師野隆之介)は、
 ここで父・松男(佐藤隆太)、母・貴子(麻生久美子)と共に暮らしている。祖母・房子(倍賞美津
 子)の家で生まれたばかりの子犬に“ロック”と名付け、愛情を注ぐ芯。だが2000年8月、三宅島・雄
 山が大噴火。島外避難をすることになった野山一家だが、その矢先、ロックがいなくなってしまう。
 慣れない東京での避難生活が始まり、必ず島に帰る、ロックは生きている、という希望を胸に一家は
 毎日を懸命に生きていくのだった。そんなある日、芯たちは噴火災害動物救護センターでロックと奇
 跡の再会を果たす。しかし、避難住宅では犬は飼えない。次第に体調を崩し弱っていくロック。島に
 はいつ帰れるかもわからない。さまざまな不安と葛藤の中、芯はある決意をする……。

 他に、原田美枝子(真希佐代子=獣医)、岡田義徳(鶴屋肇)、柏原収史(福田喜一)、光石研(タクシ
ーの運転手)、松金よね子(隣人)、佐原弘起(成長した野山芯)などが出演している。4年5カ月に及ぶ
避難生活は苛酷であるが、その間芯とロックの友情の絆が切れなかったところにこの映画の眼目がある。も
っとも、ロックの里子先のご夫婦だって、ロック(ただし、別の名前の筈)と別れる辛さがあっただろう。
仮の飼い主から犬を取り返す行為は、見ようによっては芯のわがままと言えないこともない。「シン(sin)
という名前は、英語では<罪>を意味する」といった台詞が出てくるが、人間本位の動物の飼育には、たしか
に<罪>のにおいがする。蛇足ながら、小生も(自宅のTVが生きていた頃は)、「めざましテレビ」の“きょ
うのわんこ”を楽しみにしていた口である。ただし、この逸話は覚えていない。


 某月某日

 新年初めてのブログである。今年もあまり変わらないスタイルで生きていきたいと思う。本ブログの数少
ない読者諸兄姉よ、今年もどうぞよろしく。
 さて、DVDで3本の映画を観たのでご報告。1本目は洋画の『バグダッド・カフェ(BAGDAD CAFE,1987)』
(監督:パーシー・アドロン〔Percy Adolon〕、西独、1989年)である。以前から観たいと思っていたので、
念願が叶ったわけ。観た人の誰もが「面白い」と語っており、その評価は当然だと思った。「癒し」系の映
画はともすれば臭くなりがちだが、この映画には味を損なうような臭みはない。しかも、物語は単純なので、
こんな平凡な筋書でもよい映画は作れるということを改めて確認させてくれた。舞台はアメリカ合衆国であ
るが、アメリカ映画とは一味違い、人間の素朴な風貌が丹念に描かれていると思った。
 さて、物語を確認しておこう。例によって<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご寛恕を乞う。

  〔あらすじ・解説〕

  うら寂れた砂漠のモーテル“バグダッド・カフェ”にやって来た一人の女性と、彼女をめぐる人々
 との交流を細やかに描いてゆく。製作・脚本はパーシー&エレオノーレ・アドロン、監督は『シュガ
 ー・ベイビー』のパーシー・アドロン、撮影はベルント・ハインル、音楽はボブ・テルソンが担当。
 出演は『シュガー・ベイビー』のマリアンネ・ゼーゲブレヒト、CCH・パウンダー、ジャック・パ
 ランスほか。なお本作品のオリジナル・タイトルは“Out of Rosenteim”。1994年には17分長いヨー
 ロッパ・ヴァージョンが<完全版>(小生は、この完全版のDVDを鑑賞した)として公開されている。

  〔あらすじ〕

  ミュンヘン郊外の田舎町、ローゼンハイムから観光旅行にやってきたミュンヒグシュテットナー夫
 妻は、ディズニーランドからラスヴェガスの道中で夫婦喧嘩になってしまい、夫(ハンス・シュター
 ドルバウアー)と別れ車を降りたジャスミン(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)は、重いトランクを提
 げてあてどもなく歩き出した。やっとの思いでたどりついた、さびれたモーテル兼カフェ兼ガソリン
 スタンド“バグダッド・カフェ”で部屋を借りようとするジャスミンに、女主人のブレンダ(CCH・
 パウンダー)は不機嫌な迷惑そうな表情を隠そうとしない。いつも昼寝ばかりしているバーテン(ジ
 ョージ・アキラー)、自分の赤ん坊の面倒も見ずに一日中ピアノばかり弾いているサルJr.(ダロン・
 フラッグ)、ハネッカエリ娘のフィリス(モニカ・カローン)達に始終腹を立てているブレンダは、
 たった今ノロマな亭主サル(G・スモーキー・キャンベル)を追い出したばかりだったのだ。トラッ
 ク野郎相手の女刺青師デビー(クリスティーネ・カウフマン)、ハリウッドから流れてきたカウボー
 イ気取りの画家ルーディ(ジャック・パランス)、そしてヒッチハイカーのエリック(アラン・S・
 クレイグ)と、客も奇妙なのばかり……。やがてブレンダは、この薄気味悪い大女ジャスミンを追い
 だそうと躍起になるが、彼女の怒りが爆発するのは、ブレンダの留守中にジャスミンがモーテルの大
 掃除をしてしまったこと。しかしその頃から、サルJr.とフィリスがいつしか失くしていた包容力を
 求め、ジャスミンの部屋をしばしば訪ね、また彼女の柔和な人柄と笑顔に魅かれたルーディは、絵の
 モデルに、とジャスミンを口説き始める。そしてブレンダは、ある朝カフェの客相手に手品を披露し
 始めたジャスミン目当てに客が“バグダッド・カフェ”にやって来るのに、次第に表情をやわらげて
 ゆくのだった。しかし、すっかりカフェの一員となったジャスミンに、保安官(アペサナクワット)
 は、ビザの期限切れと、労働許可証の不所持を理由に、西ドイツへの帰国を命じるのだった。数カ月
 後、ジャスミンは“バグダッド・カフェ”に戻ってきた。歓喜で彼女を温かく迎えるブレンダたち。
 そしてそんなジャスミンに、ルーディはプロポーズする。そして勿論、ジャスミンはそれを受諾する
 のだった。

 「カット割りの妙」と言えようか、「編集の勝利」と言えようか、とにかく物語の進行に滑らかさがあり、
時間の経過がそのときどきの映像によって上手に描かれており、ひとつひとつのシーンがとても活き活きし
ている。「映画はこうでなければいけない」のお手本と言ってもよいくらいである。また、一人も既知の俳
優が登場せず、その点でも新鮮だった。昨今の日本映画では同じ俳優の使い回しが目立っているので、よけ
いにそう感じたのであろうが、これはかなり大事な要素であると思う。俳優業は不安定な職業だから文句は
言えないが、少し食傷ぎみの俳優もいるので、ここに書いておく。ただし、現役の俳優諸氏には済まないと
思う。邦画ファンの贅沢な望みと聞き流してほしい。
 2本目は、『HAZARD/ハザード』(監督:園子温、「HAZARD Project」〔エレン=MOTHER ARK=フィルム
トラスト〕、2006年)である。2002年の秋にニューヨーク・ロケを行っているから、公開まで4年を要して
いることになる。公開時の舞台挨拶も観たが、主演のオダギリジョーも「やっと日の目を見たか」という感
じで臨んでいるように見えた。園監督によれば、アメリカン・ニューシネマ * 風の作品にしたかった由で
あるが、英語が飛び交うわりにはどこまでも「日本映画」であると思った。ただ、『時計じかけのオレンジ
(A Clockwork Orange, 1971)』(監督:スタンリー・キューブリック〔Stanley Kubrick〕、英・米、1972
年)のようなテイストも感じられ、彼の持ち味が発揮されていると言うよりも、彼の好みの映画群に対する
オマージュの映画と言った方が正確かもしれない。なお、今年の邦画鑑賞のテーマは「犯罪映画(フィルム・
ノワール」なので、その意味でもトップバッターに相応しい映画だと思う。

 * 「アメリカン・ニューシネマ」に関しては、「日日是労働セレクト71」に関連記事があったので、以
  下に転載しよう。

 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……

 ところで、洋画の方だが、観たのは『俺たちに明日はない(Bonnie and Cryde)』(監督:アーサー・ペ
ン、米国、1967年)である。たぶん、40年ぶりぐらいで再び出遭ったことになる。「大恐慌時代の実在の銀
行強盗であるボニーとクライドの、出会いと死に至るまでを描いた犯罪映画。アメリカン・ニューシネマの
先駆的存在として有名」(ウィキペディアより)という風にまとめれば実に他愛はないが、小生が10代で鑑
賞したころはけっこう胸に響いた映画である。10代のころ(一部、例外)に、似たような衝撃を受けた作品
(アメリカン・ニューシネマ)を下に記してみよう。


 『卒業(The Graduate)』(監督:マイク・ニコルズ、米国、1967年)。
 『イージー・ライダー(Easy Rider)』(監督:デニス・ホッパー、米国、1969年)。
 『明日に向かって撃て!(Butch Cassidy and the Sundance Kid)』(監督:ジョージ・ロイ・ヒル、
  米国、1969年)。
 『真夜中のカーボーイ(Midnight Cowboy)』(監督ジョン・シュレシンジャー、米国、1969年)。
 『いちご白書(The Strawberry Statement)』(監督:スチュワート・ハグマン、米国、1970年)。
 『バニシング・ポイント(Vanishing Point)』(監督:リチャード・C・サラフィアン、米国、1971年)。
 『ダーティハリー(Dirty Harry) 』(監督:ドン・シーゲル、米国、1971年)。
 『フレンチ・コネクション(The French Connection)』(監督:ウィリアム・フリードキン、米国、
  1971年)。 
 『スケアクロウ(Scarecrow)』(監督:ジェリー・シャッツバーグ、米国、1973年)。
 『カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest)』(監督:ミロス・フォアマン、米国、
  1975年)。
 『タクシードライバー(Taxi Driver)』 (監督:マーティン・スコセッシ、米国、1976年)。


 なお、一番好きな作品は、『バニシング・ポイント(Vanishing Point)』である。
 小生の若いころは、映画を始めとして、さまざまな事柄に興味を示したが、とにかくこころを高揚させて
くれるものを求めていたような気がする。もちろん、文学や哲学は必須のアイテムだった。しかし、政治的
には完全なノンポリで、むしろ政治活動を嫌悪していた。政治的にラディカルな人々を信用していなかった
からだろう。実際の暴力も苦手で、人に殴られたことは何度かあるが、人を殴ったことは一度もない。ただ
し、フィクションにおける暴力にはどこまでも耐えられるタイプである。それよりも、社会の実相を知りた
くてたまらなかった。そんなとき、小生の好奇心に満ち満ちた目に、上で挙げたアメリカ映画はとても素敵
に映った。今でも新鮮に観ることができる。もちろん、『俺たちに明日はない』も、その例外ではない。最
後にマシンガンで穴だらけにされるボニーとクライドにはなれそうもない人生であるが、地球上の誰の口か
らも貧困や屈辱や屈託に対する苦悶の声が漏れなくなる日まで、彼らの生と死にはそれなりの意味があるの
だとは思う。


 ──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……──……

 物語を確認しておこう。例によって、<goo 映画>のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

  〔あらすじ・解説〕

  『紀子の食卓』で現代の家族の姿を鮮烈に撮りあげた鬼才・園子温監督が、NYを舞台に、2002年に
 撮影した作品。日本の生活に退屈した若者がNYへと渡り、危険と隣り合わせの生活の中で、もがき、
 生きていく姿を描く。主演のオダギリジョーはどこか若々しさの残る演技で、日本から来た若者・シ
 ンを熱演。彼を先導するギャング、リーを演じたジェイ・ウエストの怒涛のような存在感は、観るも
 のを圧倒する。そんな彼らを映し出す映像は、ハンディカメラによって撮影された。ドキュメンタリ
 ーのようなタッチで、街のざらついた空気感、そしてそこで走り続ける若者たちの疾走感を荒々しく
 切り取っている。

  〔解説〕

  退屈な学生生活を送っていた若者がぬるい日常を捨て、ニューヨークへ旅立つ若者の姿を描く。監
 督は『紀子の食卓』の園子温。主演は『メゾン・ド・ヒミコ』、『ゆれる』のオダギリジョー。共演
 は『気球クラブ、その後』にて主演を務める深水元基、『SURVIVE STYLE 5+』のジェイ・ウエスト。

  〔あらすじ〕

  1991年、日本。「退屈なだけの日曜日、どこへ行こうか」……シン(オダギリジョー)は平凡な学
 生生活を送っていた。恋人(萩原明子)との冷めた関係、退屈なクラスメート、希薄なリアル。何も
 ない日常から一刻も早く抜け出したかった。そんなある日、大学の図書館で彼は『地球の危険な歩き
 方』という1冊の本に出会う。そこでNYの犯罪都市「HAZARD」について書かれたページを目
 にする。眠たい日本を飛び出す覚悟を決めたシンは、その本を手に握りしめ、走り出す。NYへ渡っ
 たシンは、自ら危険を求め、さまよい歩く。生きて行くことさえ難しくなったある日、万引きをしよ
 うとした店で、彼は仲間たちと出会う。リー(ジェイ・ウエスト)とタケダ(深水元基)はNYでも
 名の知れたギャングスターだった。彼らとの日々は、刺激的で危険に満ちていた。シンは見えないコ
 インを取り出し、彼らと誓い合う。「俺達はこの1セントを1億ドルと交換するんだ」憧れていた狂
 気と隣り合わせの世界。だが、現実はそう簡単に彼を受け入れてはくれないのだった。HAZARD
 をさまよい、もがき、やがて走り出す。世界を手に入れることを夢見て。そしてシンが行き着いた先
 は……。

 他に、池内博之(ウォン)、椋名凛(ミサ)、Garth Barton(マイク=刑事)、石丸謙二郎(空港の検査
官)などが出演している。舌足らずの子どもの声で時折ナレーションが入るが、その一部を以下に書き出し
てみよう。耳から得た言葉なので正確ではないが、その点はお赦しいただこう。

  東京、東京、今頃東京はどうだろう。
  シンは思った。幸せで安全なニッポン。
  退屈で、しみったれたニッポン。
  足の踵がむず痒いニッポン。
  ニッポンにはバカな要素がすべて揃っている。
  眠い国、ニッポン。でも眠れない国、ニッポン。
  いつもシンは夢を見ていた。
  シンはときどき滑走路が遠のく気がする。
  彼はずっと飛び立とうとしている。
  だが彼には翼がない。
  ずっと滑走路を走っている。
  そんな夢だ。
  でもシンは思った。
  三人ならできる。
  仲間たちと飛ぶんだ。

 発展する途上の園子温映画というのが、小生の評価である。少なくとも、同監督の『うつせみ』(監督:
園子温、アンカーズプロダクション、1999年)よりは商業映画らしく撮れていると思う。
 3本目は、『性戯の達人 女体壺さぐり』(監督:園子温、大蔵映画、2000年)である。昨年の収穫は原
発関連映画と園子温監督の映画だったので、その余韻から選択した。彼の映画は大胆に「性」を扱うことが
多いが、この映画は文字通り「ピンク映画(ポルノ映画ではない)」で、配給元も老舗の大蔵映画である。
久しぶりにピンク映画を観たが、コメディタッチのお気楽映画で、絡みも過不足なく、ピンク映画としては
水準程度か。<excite ニュース>の記事を以下に転載させていただく。執筆者に感謝したい。一部改変したが、
ご海容いただきたい。

  『紀子の食卓』、『愛のむきだし』、『冷たい熱帯魚』と、近年精力的に力作を発表し続け、最新
 作『恋の罪』と『ヒミズ』もカンヌ国際映画祭やヴェネチア国際映画祭を賑わせるなど、作品を発表
 するごとに国内外から高い評価を得ている園子温監督。そんな彼が、自身のフィルモグラフィから抹
 消している“幻のピンク映画”が発売されることになった。
  タイトルは『性戯の達人 女体壺さぐり』で、製作は業界最大手の大蔵映画。2000年に劇場公開さ
 れた。主人公は、人気女流陶芸家のナミエ。人里離れたアトリエに暮らす彼女は、師匠にして夫でも
 あるテツヤの厳しくもいやらしい指導のもと、弟子たちと壺づくりに励む毎日だ。今年も開催された
 女流陶芸家フェスティバル。大賞間違いなしと思われたが、ナミエの前に強力なライバルが出現する。
 新人陶芸家ヒカルである。ヒカルはなんと、見事な巨乳で壺を作っていた! 巨乳ではないナミエは
 悩むが、舌技を駆使する方法を思いつく。ろくろを回しながら粘土をムシャブり、舐め上げ、壺を作
 るナミエ。さて品評会当日、大賞にはどちらが選ばれるのか!?
  「性戯と女体で壺を作る」というくだらなさ。「昼は土を、夜は肉を愛せ!」といった馬鹿すぎる
 台詞をはじめ、次々と繰り出される思いもよらない展開はまるでコメディなのだが、不思議と見入っ
 てしまう魅力がなくもない!? もちろん濡れ場満載で、ナミエ役に夢乃、ヒカル役に神崎優。ほか、
 鈴木敦子、桐生アゲハ、ささだるみ、石川雄也、サンダー杉山らが出演。ナミエの病身の夫テツヤは、
 トレードマークの帽子を被ったままの園監督が怪演しているのでお見逃しなく。
  園監督の公式サイトを見ても、この作品だけはすっかり“なかったこと”になっているレアな1本。
 ピンク映画ファンならずとも見逃せないはずだ。

 現在活躍している多くの監督が、若い頃ピンク映画(ポルノ映画)の製作に手を染めている事実を鑑みれ
ば、園監督にもその手の作品があることは恥でも何でもない。もし、自身のフィルモグラフィから排除して
いるとすれば、それは改めた方がよいのではないか。もっとも、そんなファンの感慨など、園監督にとって
はどうでもよいことなのであろう。

                                                  
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=4629
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.