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日日是労働セレクト80
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第80弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト80」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画の『群青の夜の羽毛布』(監督:磯村一路、「群青の夜の羽毛布」製作委員会〔近代映画協会=
ギャガ・コミュニケーションズ=日活=衛星劇場=広美〕、2001年)を観た。「母源病」を描いた家族映画。
結構シチュエーションは深刻だが、希望のある幕切れである。ともすれば取って付けたようなストーリーに
なりそうだが、丁寧な演出のおかげで最後まで飽きさせない手腕は磯村流か。原作は、山本文緒の同名小説
(筆者、未読)。ちなみに、彼女自身もゲスト出演している。
 物語を確認しておこう。例によって、〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご寛恕を乞う。

  大学生の伊東鉄男(玉木宏)は、年上の女性毬谷さとる(本上まなみ)と付き合うようになる。聡
 明でもの静か、時に病的なほど人前に出ることを恐れるさとるは、反面、ホテルへ積極的に自分から
 誘うなどミステリアス魅力を持つ。さとるは厳しい母親(藤茉利子)の監視の下に暮らしていた。彼
 女の不安の原因が家庭にあると気づき、鉄男は家から連れ出そうとするのだが、さとるは家から出る
 ことができない。2人の関係を知ったさとるの母は、鉄男にさとるとの結婚まで強要するようになる。
 そんな母に、さとるは初めて反抗する。しかし母の干渉はさとるをさらに追い詰めていく……。

 他に、野波麻帆(毬谷みつる=さとるの妹)、小日向文世(さとるの父親)、角替和枝(鉄男の母)、山
本文緒(図書館員)などが出演している。ムンクの「思春期」が本作の鍵を握っており、このような女性は
今の日本にはどこにでもいるような気がする。事実、小生は、姉の方が社会的な対応が苦手という姉妹を二
組も知っている。なお、本作の主人公のさとるは、『ベロニカは死ぬことにした』(監督:堀江慶、フィル
ム・コミッティ・ベロニカ、2005年)の主人公であるトワ(真木よう子)に少し似ていると思った。


 某月某日

 DVDで邦画の『炎の舞』(監督:河崎義祐、東宝=ホリプロ=ホリ企画制作、1978年)を観た。百恵=友和  
コンビの第9弾である。原作は加茂菖子の同名作品(筆者、未読)である。一度映画化されており、名作の
誉れ高い『執炎』(監督:蔵原惟繕、日活、1964年)〔筆者、未見〕として結実している由。本作はそのリ
メイクであるが、残念ながら凡作の域を出ていない。一つ一つの場面に緊張感がなく、そのために成功に至
ることがなかったのであろう。とりあえず、物語を追ってみよう。例によって、〈goo 映画〉のお世話にな
る。執筆者に感謝したい。一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  水産学校を無事卒業した吉井拓治(三浦友和)は、山の奥に住む平家の落人村の娘である久坂きよ
 の(山口百恵)と古い因習を破って結ばれた。しかし、二人の新婚生活は、戦争のために中断をよぎ
 なくされた。戦局は激しくなり、拓治も負傷して送還されてきた。右足の損傷により、生命の危険に
 さらされた拓治は、きよのの看護で奇蹟的に回復した。水入らずで闘病生活をする二人に笑顔が戻っ
 てきた。拓治は昔ながらの体力を取り戻し、二人は狂ったように愛を確かめあっていた。そんな時、
 またしても拓治に赤紙が舞いこんだ。拓治を送りだす日が来た。愛蔵の能面をつけて舞うきよのの姿
 は、きよのの執念の叫びであった。拓治は出征した。きよのは拓治の思い出を抱いて、凍てついた山
 道にお百度を踏んだ。疲労から倒れたきよのは、こんこんと眠りつづけた。しかし、拓治は南の海に
 散華した。やがて意識を回復したきよのは、仏壇の拓治の写真を見て全てをさとり、黒髪を切り仏壇
 に供えて、拓治の命を奪った海に静かに身を沈めるのだった。

 他に、小暮実千代(久坂玉乃=きよのの母)、細川俊夫(久坂宗道=同じく父)、有島一郎(赤紙の配達
人)、荒木道子(吉井ちか=拓治の母)、能勢慶子(あやの=きよのの妹)、岡本達哉(吉井秀治=拓治の  
弟)、金沢碧(野原泰子=拓治の従妹)、佐藤仁哉(野原則義=その夫)、浜村純(村の衆のひとり)、粟
津號(落伍する兵隊)などが出演している。『清作の妻』(監督:増村保造、大映東京、1965年)に少し似
ているが、その迫力には遠く及ばない。わずかに吊り橋のシーンが見所だが、公開当時、まだあんなSLが
走っていたのだろうか。


 某月某日

 DVDで邦画の『友情』(監督:宮崎晃、松竹、1975年)を観た。松竹八十年記念作品である。どこにでも転
がっていそうな話ではあるが、丁寧につくっているので飽きずに観ることができた。やはり、渥美清の味は
格別である。また、相手役の中村勘三郎(当時は勘九郎)も若々しく、松坂慶子も初々しい。37年も経てば
変わるのは当たり前であるが……。もう鬼籍に入った役者も一杯いるので、その点でも懐かしかった。
 物語を記しておこう。例によって〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変し
たが、ご海容いただきたい。

  三浦宏、22歳、学生(中村勘九郎〔勘三郎〕)。友部紀子、24歳、OL(松坂慶子)。二人は小さな
 アパートで同棲しているが、宏は昨年父を亡くし仕送りのない現在、紀子の給料と宏のアルバイトで
 学生生活を送っている。そして、宏は同棲生活に疲れを感じ始めていた。宏は、二カ月の約束でダム
 工事現場で働くことになった。宏が矢沢源太郎(渥美清)と会ったのは、工事現場に行く途中だった。
 源太郎は工事現場で働いているが、昨夜、町で遊びすぎ、朝帰りするところだった。宏は懸命に働い
 た。「そんなやり方じゃ、すぐばてるぜ」……源太郎の言った通り、初日の夜から、宏は足腰が痛く
 て源太郎に揉んでもらった。二週間が過ぎた頃、東京の紀子のもとに、彼女の父親がわりの叔父、友
 部順吉(有島一郎)が、宏と別れさせようとやって来たが、紀子はきっぱりと断った。その頃、工事
 現場で、宏の乗ったトラックが横転、宏は左腕を骨折した。駆けつけた紀子は、意外に元気な宏を見
 て思わず涙を流した。やがて、退院した宏は東京へ戻った。数カ月後、源太郎が上野で喧嘩に巻き込
 まれて留置場で一夜を明かし、宏が身元引受人になった。出所した夜、二人だけの宴が宏のアパート
 で始った。しばらくして帰って来た紀子を交えて三人は乾杯した。翌朝、宏と源太郎が食中毒をおこ
 し、紀子は会社を休み看病した。そんな時、順吉がやって来て、ふたたび別れ話を持ち出した。痛む
 腹をおさえながら三人の話を聞いていた源太郎だが、順吉のしつっこさに、ついに怒りが爆発した。
 「いいかげんにしろ、ジジィ!」。元気になった源太郎が、瀬戸内海の工事現場に行くというので、 
 宏も一緒に着いて行った。この旅で源太郎は、瀬戸内海の故郷である真鍋島のことを話した。島を出
 て5年(本当は6年だった)、一度も帰らず、今では送金もしていないので、帰りたくても帰れない、
 と言う。そして、女房、子供に会いたい一心から、宏をともなって帰る決心をした源太郎だが、出航
 寸前に船を降りた。一人で真鍋島に行った宏は、島の旅館の主人である友吉(加藤嘉)から、源太郎
 一家の現状を聞いた。源太郎の仕送りが切れて生活に困った妻の加代(佐々木愛)は二人の子供と、
 源太郎の父、松吉(笠智衆)を連れて、源太郎の幼な友達である河内健太(米倉斉加年)と再婚し、
 今では幸せに暮しているという。源太郎も島へやって来た。宏はすぐに島を出て行くように言うが、
 源太郎は家へ行った。子供たちは源太郎の顔をはっきりとは覚えていなかった。すべてを察した源太
 郎は、無理に作った笑顔を残して去った。すべてを失った源太郎は、広島の工事現場へ行き、宏は東
 京に戻った。宏は源太郎との出会いと別れまでを思い出しながら、紀子とやり直す決心をしていた……。

 他に、名古屋章(川辺建設社長)、谷村昌彦(安岡=川辺建設社員)、中原早苗(しげ=居酒屋の女将)
などが出演している。土建業界では、ズル休みのことを「へいくろう」と言うらしい。勘九郎に少し似てい
るので、何となく面白かった。題名があまりにも捻りがないし、善人しか出て来ない映画ではあるが、久し
ぶりにしみじみとした気分になれたので、よかったと思う。なお、宮崎晃監督は山田洋次の弟子筋に当たる
人で、松竹の正統派である。


 某月某日

 DVDで邦画の『呪怨 白い老女』(監督:三宅隆太、東映ビデオ=CELL、2009年)を観た。『呪怨 黒い少女』
(監督:安里麻里、東映ビデオ=CELL、2009年)の姉妹篇である。それほど期待していたわけではないが、
なかなかの佳品であった。少なくとも、ホラー映画として不可欠の要素である「怖さ」において不足はない。
今年は「ホラー映画」を年間のテーマとして掲げているが、残念ながら質の点で劣る作品が多い。したがっ
て、テーマとして掲げている割には、あまり観ていない。触手が動かないのである。しかし、この作品は十
分に期待に答えてくれた。知っている役者も、みひろ、鈴木卓爾、宮川一朗太くらいしか出ていなかったが、
子役を始めその他の知名度の低い俳優連もなかなかの演技を披露してくれた。ホラー映画は、たとえチープ
であっても、スタッフとキャストが一体となって頑張れば、けっこういい作品が作れるはずである。もっと
も、この『呪怨』は、いわばホラー映画の「ブランド品」であるから、その点では作りやすかったのかもし
れないが……。さて、物語を確認しておこう。例によって、〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝し
たい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  ある家で、司法試験に落ちた息子が家族5人を次々と惨殺。自らも首を吊って死んだ。死ぬ間際に
 彼が録音したカセットテープには、「行きます。すぐ行きます……」という彼の声とともに、少女の
 不気味な声が残されていた。それは、今は高校に通うあかねが小学生の頃に親友だった未来という少
 女の声だった。未来は一家惨殺の被害者だったのだ。そして、幼い頃から霊感が強かったあかねの前
 に、黄色い帽子をかぶり赤いランドセルを背負った未来が姿を現す……。

 主な出演者を記しておこう。南明奈(柏木あかね=この物語の主人公)、鈴木裕樹(萩本文哉=宅配ケー
キ屋の配達員)、みひろ(文哉の恋人)、宮川一朗太(柏木一=あかねの父、タクシー運転手)、福永マリ
カ(金原由佳=あかねの同級生)、雨宮チエ(吉川真弓=同)、星野晶子(磯部ハル=磯部家のお祖母ちゃ
ん)、鈴木卓爾(刑事)、ムロツヨシ(磯部篤=磯部家の長男)、中村愛美(磯部淳子=磯部家の娘)、笠
菜月(小学生のあかね)、大久保英一(磯部健太郎=磯部家の当主)、あらいすみれ(磯部美帆=健太郎の
後添え)、岩本千恵(磯部未来)、後藤康夫(平田修一=不動産屋)、枝川吉範(川端啓介=刑事)、宇都
秀星(佐伯俊雄=カメオ出演)などが出演している。
 惨殺事件の他に、さまざまなかたちで巻き込まれる人々もいて、それぞれが十分に怖い。金属バットによ
る撲殺、ロープの切れ端による絞殺、万能包丁による刺殺、ガソリンによる焼死、鋸による頭部切断、その
他、死因不明など、場面場面に応じた設定が観る者の恐怖心を煽っていた。バスケットボールを抱いて現れ
る老女も、それだけで十分に怖い。手法として「カットバック(cutback)」が多用されているが、最初は
つながらなかった各挿話が一つに収斂していく演出としてかなり成功していると思う。ホラー映画の常套に
なりつつある手法でもある。


 某月某日

 今日は、新藤凉子の詩を味わってみよう。


   ない

  陽が沈むことを 太陽が寝に行く
  と いいます
  フランス婦人がいった
  わたしの日没には
  このような やさしいひびきがない
  今日の 昨日の 一年前の
  生れてからこのかたの
  経験の体積が私を押しつぶし
  闇のなかで 歯ぎしりしてねむれない
  夜を待つだけである
  すがすがしい朝はこない
  こんどから と いつも思い
  心に決めても
  危険から逃れることができない
  本当のことをいっちゃいけない
  友達が教えてくれたことなのだが
  うまくきりぬけることができたら
  ああよかった と 安心する
  朝がくる?
  そんなことはない
  心は たちまち破裂するだろう
  その音を予感するほうがおそろしい
  ねむたくなるおだやかな夜がこない

  友達のいうことはよくわかる
  考えぶかくなれ ということなのだ
  考えがあとからやってくる人間は
  やすらかになれない
  たとえ 一から千まで数えて
  時を待ったとしても
  結果は熟慮のかいもない
  記憶は人間の味方ではない
  やすらかになりようがない
  
  失敗はどこから始まるのか……
  生きているせいにするのは簡単だ
  ひとは恥や悔しさだけでは死ねない
  決心すればこそ
  それを破りたくなろうというものだ
  おろかなことを 生きがいのように
  くりかえすことしかできない
  死ぬのに決断はいらない
  死ぬのに経験はいらない
  だから わたしは死なない

  そんなことと意味がちがうわ
  と 言い訳に行かない
  正しい答はどこにもない
  意味は一つではない
  わたしの成績のなかに単位の修得がない
  わたしはあらゆるものから卒業できない
  わたしには権威がない
  何かを望もうにも 欲しいものがない
  燃えたつよろこびに心が躍る昼がこない

  失われて惜しいほどの華奢な肉体がない
  節操を守るほどの思想がない
  恨み通すほどの若さがない
  ひとを赦すほどの年でもない
  死んだひとが忘れられない
  死んだひとは年をとらない
  寂しい日暮れがせまっている
  後仕末をしたいと思っても
  死にかけているときには動けない
  あきらめない
  こんどからは と考えている
  今日の終りがわからない
  永遠とまじりあってしまって
  失われる時を おそれない
  おそれない耳に
  やさしい言葉は敵だ
  警戒したほうが 心のためだ
  (とっても欲しい)
  やさしい言葉は味方だ
  死んで行くときに
  (役に立たない)

  どんなひとでも 二度は死ねないので
  (たった一つの平等だ)
  やさしい言葉は
  この世の中にはない
  だから わたしのなかの太陽は寝に行くことがない

       『現代詩文庫95 新藤凉子詩集』、真藤凉子 著、思潮社、33-35ページより。


 「死ぬのに決断はいらない/死ぬのに経験はいらない/だから わたしは死なない」という三行が効いて
いる。「陽が沈むことを 太陽が寝に行く/と いいます」から始まり、「だから わたしのなかの太陽は
寝に行くことがない」で終わっているが、それは〈わたし〉が「死なない」ことを結論づける。なぜなら、
〈わたし〉は優柔不断の権化であり、海に浮かぶ海月のように意志もなく経験もないからである。あるいは、
仮に何らかの経験があったとしても、無自覚であることを表明している。死への意識がなければ、必然的に
死ぬことはないのである。以前、作家の宇野千代が「わたし、死なないかもしれない」とTVのCMで語ってい
たが、肉体的な死が訪れたとしても、それは宇野千代にとって死ではなく、日常のちょっとした躓きに過ぎ
ないのである。たぶん、この詩の〈わたし〉も、「わたし、死なないかもしれない」と呟いているのだ。あ
たかも、沈まない太陽のように。


 某月某日

 DVDで邦画の『ふりむけば愛』(監督:大林宣彦、東宝=ホリプロ=ホリ企画制作、1978年)を観た。百恵=
友和主演の第8作目である。ジュームス三木の原案・脚本による初のオリジナル作品である。そのせいか、
映画を観ているというよりも、TVドラマを観ているような印象を受ける。とりわけ優れた場面もなく、凡作
と言っては二人に失礼だろうか。恋愛事情も現代とは懸け離れているのではないか。その意味で時代を知る
には恰好の作品ではあるが、若い人が観たら、「ダサい」と思うかもしれない。
 とりあえず、物語を記しておこう。例によって〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

  石黒杏子(山口百恵)は、変化に乏しい毎日を送るピアノ調律師だった。もっと自由な新しい女に
 生まれ変わるために、サンフランシスコにやってきた杏子は、そこで、田丸哲夫(三浦友和)に出逢
 った。再会を約束して別れる二人。しかし、当日、哲也は現れなかった。やってきたのは友人の松下
 幸平(名倉良)である。自分の浮かれ気分が滑稽に思えてならなかった彼女は、松下には、自殺する
 ためにシスコに来たのだと嘘をついて早々と別れた。その夜一人ホテルにいると、哲夫が自殺を思い
 とどまらせようと飛んできた。哲夫の優しさに杏子の心も和んだ。杏子を元気づけるために開いたパ
 ーティの晩、二人は結ばれる。帰国が迫った彼女は、哲夫に結婚を申し込むのだった。しかし、放浪
 の身の彼には嘘をつくしかなかった。東京での再会を約束して日本に戻る杏子。約束の日、哲夫は現
 れなかった。絶望に包まれた毎日を送っていた彼女は、ある日、交通事故にあう。運転していたのは、
 青年実業家の大河内修(森次晃嗣)である。修は杏子を見舞ううちにいつしか魅かれ、結婚を申し込
 むのだった。しかし、修の申し出を受ける前に、彼女は哲夫の気持を確めておきたかった。再びシス
 コに渡った彼女が哲夫の部屋で見たのはヒッピー娘といる彼だった。ひきとめる哲夫の言葉に耳も貸
 さず部屋を出た杏子は修と結婚しようと決心した。悔恨が哲夫の胸を刺し貫いた。彼女を追って東京
 にやってきた哲夫に、杏子の態度は冷たかった。せつない愛の願いを無残にも踏みにじった哲夫を赦
 せなかった。しかし哲夫は、ハネムーンに出かけた杏子を追って、再びシスコに飛んだ。ヒッピーの
 溜り場に迷い込んだ修と杏子の二人、哲夫の歌が聞こえる。杏子の胸は騒いだ。修は、「実は哲夫を
 ずっと愛していた」と告白する杏子をなじり、ついに哲夫と殴り合いになった。彼女は店を飛びだし
 た。ゴールデンゲートに佇む杏子の目に涙が光っていた。素直になろう、苦しいかもしれないが哲夫
 との愛を貫こう、そう思った。「杏子」の名前が空に浮かんでいた。哲夫が杏子と出遭うきっかけと
 なった凧をあげていたのだ。その凧が、二人を再び結びつけたのである。

 他に、奈良岡朋子(石黒松子=杏子の母)、玉川伊佐男(石黒信太郎=同じく父)、黒部幸英(石黒保=
同じく弟)、神谷政浩(石黒誠=同)、南田洋子(大河内トミ=修の母)、高橋昌也(新井教授)、岡田英
次(哲夫の父)、藤木敬士(ピアニスト)、三波豊和(歌手)などが出演している。百恵が煙草を吸ったり、
友和が歌を歌ったりする。あまり似合わない。二人のベッド・シーンもあるが、こんな映像ならば要らない
と思った。ともあれ、新婚旅行先で花嫁の昔の男が現れ、その花嫁を攫われたとしたら、たいていの男は激
怒するのではないか。杏子の取った行動は、やはり無分別だと思う。もっとも、だからこそドラマになるの
だろう。


 某月某日

 DVDで邦画の『時代屋の女房』(監督:森崎東、松竹、1983年)を観た。どういうわけか、今まで鑑賞する  
機会がなかった映画である。夏目雅子が出演していたことは知っていたが、監督が森崎東だとは知らなかっ
た。ところどころご都合主義に流れているが、総じて彼の意図する世界は描けているのではないか。原作は
村松友○(○は、示偏に見。「視」の正字)の第87回直木賞受賞作(筆者、未読)。映像を始めとして、台
詞回し、人間同士の絡み、さまざまな設定等、森崎人情喜劇の面目をいかんなく発揮している。物語に触れ
ておこう。例によって〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕
を乞う。

  東京の大井町で、三十五歳でまだ独り者の安さん(渡瀬恒彦)と呼ばれている男が「時代屋」とい
 う骨董屋を営んでいる。夏のある日、野良猫をかかえ、銀色の日傘をさした、真弓という、なかなか
 いい女(夏目雅子)がやって来ると、そのまま店に居ついてしまう。この店は、品物じゃなくて時代
 を売るから時代屋というので、安物ばかりだが、思い出と歴史の滲み込んだ、古くさいミシンや扇風
 機が並べられている。一緒に暮すようになっても、安さんは、真弓がどういう過去を持っているか訊
 こうともしない。もっとも、初めて出遭った日、「どこから来たの?」、「苗字は何?」、「歳はい
 くつ?」などのありきたりの質問はしている。しかし、それらの質問は「訊いてはいけないこと」、
 「踏み込んではいけないこと」になり、そのこと自体が「都会の流儀」と表現された。したがって、
 素性を訊ねないことを提案したのはむしろ真弓の方である。そんな真弓がひょいと家を出ていくと、
 暫く戻ってこない。喫茶店サンライズの独り者のマスター(津川雅彦)やクリニーング屋の今井さん
 夫婦(大坂志郎と初井言榮)、飲み屋「トン吉」の夫婦(藤木悠と藤田弓子)などが親身になって心
 配していると、真弓は何事もなかったかのように帰って来る。闇屋育ちのマスターは、カレーライス
 屋、洋品店、レコード屋などをやったあげく、今の店を開き、別れた女房と年頃の娘に毎月仕送りを
 しながらも、店の女の子に次々と手をつけ、今はユキちゃん(中山貴美子)とデキているが、その彼
 女は、同じ店のバーテンの渡辺(趙方豪)とも愛し合っている。今井さんの奥さんが売りにきた古い
 トランクから昭和十一年二月二十六日(「226事件」当日)の日付の上野-東京間の古切符が出てきた。
 四十七年前、ニキビ面だった今井さんが近所の人妻と駆け落ちしようとして連れ戻され、使わなかっ
 た切符で、青春の思い出を蘇らせる今井さん。真弓がいない間に、安さんは、どこか真弓に似ている
 佐々木美郷という女(夏目雅子の二役)と知り合い、関係を結ぶ。東京の孤独で華やいだ暮しを畳ん
 で、彼女は東北は盛岡の郷里に戻って結婚しようとしており、その寂しさの中で、安さんと出会った
 のだ。マスターは遊びが過ぎて店を閉める羽目となり、ユキちゃんと渡辺クンに店を引き取ってもら
 い、小樽の旧い友人を訪ねて旅に出ることにする。安さんも、岩手でのぞきからくりの売り物がある
 と聞き、一緒に車で旅に出る。道中、しみじみと人と人との絆や傷について考える安さん。そんなこ
 とを考えていた安さんが店に戻った翌日、真弓が初めて現れたときと同じように、冬にもかかわらず
 日傘をさして帰ってきた。ペコリと頭を下げる真弓だが、もちろん安さんは何も言わず何も訊かない。

 他に、平田満(鈴木健一=美郷の婚約者)、沖田浩之(若者)、朝丘雪路(菊池松江=安さんの父親であ
る安井義兵衛の愛人) 、名古屋章(旅館平野屋の主人)、村瀬幸子(その母親)、板野比呂志(のぞきから
くりの所有者だった親爺=本職は香具師)などが出演している。
 松江がガラス工芸家だった義兵衛の手伝いをしていた頃、悪戯に作った「涙壺」(ペルシアだかトルコだ
かの古美術品ということになっている)の来歴(もちろん、フィクション)が面白い。ペルシアの兵士が戦
争に出かけた後、銃後の女房が涙を溜めたと言われる壺という設定である。映像特典としてDVDに収録され
ている「シネマ紀行」(出演:及森玲子)によれば、2口作られたそうだが、双方とも行方不明の由。その
松江の台詞も面白かった。いわく、「女は男と別れるとき、その男が自分のために傷ついたら万歳なんだよ」。
爪痕を残すことによって、関係が存在したことの証となるのだろう。また、安さんの台詞「真面目になるの
は人の衰え」も言い得て妙である。真弓が4度目の蒸発をして落ち込んでいる安さんが美郷と出遭ったのは
「トン吉」だが、そのとき、美郷が口にする女房に逃げられる亭主のパターンを記しておこう。

 1.暴力
 2.変態
 3.仕事嫌い
 4.サラ金からの逃避行
 5.真面目

 さらに、蒸発する女房のパターンも述べている。

 1.異常なセックス好きで、たまたま元気ないい男に出遭ったとき蒸発
 2.亭主に内緒でサラ金借りて、バレたら殺されるってんで子どもを置いて蒸発

 しかも、女の蒸発はたいがい連れがあるそうだ。ロマンチックだからか。1のケースに関しては、小生の
女友だちがその事例を挙げていたのを覚えている。彼女の友人の話なのだが、その女性は自分で認める「セ
ックス好き」で、亭主がいるにも拘らずその気になったら止められないそうである。それが原因で2回離婚
しているが、今は3回目の結婚が結構うまくいっている由。また、真弓が若者に対して主婦売春の真似事を
したという挿話(実際、三千円の金銭授受があった)があるが、主婦売春は「セックス好き」の趣味と実益
を兼ねた副業なのかもしれない。実際、ある団地が主婦売春の巣窟となっており、そのことが元で四六時中
喧嘩をしている夫婦をかつて知っていた。もっとも、三十年以上も前の話であるが……。いずにせよ、男女
の関係が一筋縄でいくわけがない。安さんのように、かなり傷つきながらも、黙って見守るくらいの余裕が
必要なようだ。たとえ「余裕」は贅沢だとしても、「痩せ我慢」くらいは要求されるだろう。もちろん、戻
って来るかどうかは、相手の女性次第なのだが……。なお、これは蛇足であるが、美郷(24歳、化粧品会社
勤務、一般事務、社歴6年、高卒。給料手取り9万円、1Kバス付一人暮らし、家賃4万3千円。趣味は旅
行と映画鑑賞。恋愛経験は……)が安さんと結ばれたとき、どうも初めてだった様子である。美郷が汚した
シーツをコインランドリーに洗いに行くと主張したとき、そういうことかと思った。耳年増には、意外に恋
愛経験の浅い女性がいるということなのだろう。同時に、美郷の寂しいこころが、じわっと伝わって来た。


 某月某日

 今日は、谷川雁の詩を味わってみよう。


   自我処刑

  地獄につづく まっしろな道
  狂気と静寂の最大の範疇をつらぬいて
  光もなく影もなく
  おいつめられた時間の遺跡は
  きらめきのぼる
  それはゆるやかに深淵にめぐられた
  石胎の台
  その上にかれは立ち
  皇帝のようにオリオンを呼んだ

  仄あかい死の松明にてらされた
  村よ 寡婦たちよ
  識られざる命の水を汲んで
  おれの頂きのかすかな懊悩をさませ
  孤独と恥辱と二つの光に曲げられた肉の
  かがやく渇きを去れ
  まだ何ひとつ始まらぬうちに
 
  われわれは暗いところから飛んできた
  符号にすぎぬ
  あわれな偶然が片隅でもえる世界の
  無数の柱のうちのひとつにすぎぬ
  そしていまおれが待っているものは
  「薄明の力学」にすぎぬというのか

  消えろ 塔も王国も
  忘却の足跡をつなぐ長い鎖も
  弱々しい胞子の願いの言葉は
  かれと地球のなかを裂き
  かれの足はすばやく
  灰いろの骰子をふんでいた
  旅行はすぐに終った
  自我は振子の大いなる錘となって縊れ……

              『現代詩文庫2 谷川雁詩集』、谷川雁 著、思潮社、36-37ページより。


 サルバドール・ダリの絵画である「茹でた隠元豆のある柔らかい構造〈SOFT CONSTRUCTION WITH BOILED
BEANS〉(内乱の予感)、1936年」を見たときと似たような印象を受ける詩である。奇妙な言葉の配列。自我  
そのものから溢れてくる苦汁。谷川雁の詩は、死のイメージに苛まれている。それも捻じ曲げられて殺され
るといった特異な状況さえ連想させる。「自我処刑」という題名も外連味たっぷりで、その点でもダリに通
底する。だから、現代詩は、毀誉褒貶相半ばするのであるが、小生としてはそのこと自体が面白い。


 某月某日

 DVDで邦画の『夜來香(いえらいしゃん)』(監督:市川崑、新東宝=昭映プロ、1951年)を観た。ヒット  
曲「夜来香」(作詞:佐伯孝夫、作曲:李錦光、編曲:服部良一、唄:山口淑子、1950年)は、当初(1944
年)、黎錦光(=李錦光)作詞・作曲の純然たる中国歌謡(唄:李香蘭)であったが、戦後、佐伯孝夫が作
詞し、服部良一が編曲して、山口淑子(=李香蘭)が歌った。他にも、○麗君(テレサ・テン)〔○=「登」
+旁の「おおざと」〕、渡辺はま子、胡美芳なども歌っている由(ウィキペディアより)。
 物語を確認しておこう。例によって、〈goo 映画〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部
改変したが、ご海容いただきたい。

  関三郎中尉(上原謙)と矢吹秋子(久慈あさみ)とは、華北の戦線で、日本軍の敗退のどさくさ時
 に初めて逢ったのであった。関は軍医として、秋子は従軍慰安婦としてであった。二人は夜来香の強
 い香りにつつまれて、夢のような二夜を共に過ごした。やがて終戦となり、五年の月日が流れた。関
 は神戸の製薬会社に働いていたが、何故か秋子のことが忘れられなかった。旧部下の小田切利夫〔衛
 生一等兵〕(川喜多小六)の家が町の医院であったので、関はよくその家を訪ねたが、当の利夫は、
 看護婦の亀山千代(月丘千秋)の兄で闇ブローカーをしている連吉(河村黎吉)の手伝いをしていて
 家へはほとんど寄りつかなかった。しかも千代は、利夫を愛し、その子どもを妊ごもっていた。連吉
 は、関をも自分の一味へ引き入れようとしたが、戦地で負った傷が原因で、関の眼は次第に失明しか
 けていた。そうしたある夜、あるレストランで関は秋子と再会したが、精神的な疲労とショックが激
 しかったため、関はその場に倒れ、秋子のアパートへ運ばれ、彼女の看護を受ける身となった。しか
 し、秋子が関の治療費を捻出するため身を売ろうとしていることを知ると、彼は秋子の許を去って行
 方不明になった。一方、利夫は闇売買で警察に留置されたが、関はそれを知って連吉を訪ね、彼の仕
 事を手伝う条件で利夫の保釈金十万円を出させた。しかも亀山はその金を自分の好意で出したと見せ
 かけ計画した兵庫駅の抜荷に利夫をも引き込んだ。それを知った関は利夫を引きとめようとして兵庫
 駅構内へ駆けつけ、失眼の身を突進して来た列車に轢かれて死んだ。そのあとに、押し花にした夜来
 香の花が落ちていた。朝になったら帰ってくると信じた秋子は、関がこの世の人ではなくなっている
 ことを知らずに、晴れ晴れとした表情であった。

 他に、利根はる恵(ぎん=秋子の親友)、伊志井寛(小田切曠介=利夫の父)、本間文子(その妻の多見
江)、伊藤雄之助(防犯課の刑事の野呂)、三原純(住吉=関の同僚のひとり)、清川玉枝(娼館「麗美書
館」の女将)、菅井一郎(医師)などが出演している。久慈あさみは、同年の『ブンガワンソロ』(監督:
市川崑、新東宝、1951年)にも出演していが、両作において意志のはっきりとした女性を好演している。後
に、東宝の「社長」シリーズで森繁久彌の女房役を務めているが、睨みの利いた少しきつい感じがこの頃か
ら発揮されていることが分かる。なお、作品としては、同じ上原謙が出演している『人間模様』(監督:市
川崑、新東宝、1949年)に少し近いか。いずれにせよ、戦争の傷跡が登場人物たちに深い影を落としている。


 某月某日

 DVDで邦画の『関の弥太っぺ』(監督:加戸敏、大映京都、1959年)を観た。長谷川一夫が貫録を存分に示
す股旅物で、あの勝新を子ども扱いにしている。筋書に新鮮味はないが、道中の風景を始め、茶店や旅籠の
調度などが素晴らしく、「もう二度と作れない時代劇」と誉める言葉がもどかしい。役者も鬘が似合う人ば
かりで、着物の着こなしも馬子に至るまで自然である。思うに、この頃の時代劇を楽しむための一つのコツ
は、もはや失われたものを懐かしむことにあるのではないか思う。もちろん、人情の機微も現代とは雲泥の
差があり、その味に触れるだけでも一見の価値があると思う。「恋は切なく、情は厚く、ドスの中行くやく
ざの命、惚れちゃいけない三度笠!」という惹句も、決して伊達ではなかったのである。お馴染み長谷川伸
の原作を得て、古臭いが大映時代劇の真骨頂と言える作品に仕上がっている。
 物語を確認しておこう。例によって〈goo 映画〉の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝し
たい。なお、一部改変したが、ご海容のほど。

  関の弥太郎(長谷川一夫)は、甲州街道鶴川宿で、一宿一飯の恩を受けた土地の顔役辰五郎に対す
 る仁義から、辰五郎には邪魔者となった乾分の原の徳造(田崎潤)を斬った。義理の弟である箱田の
 森介(勝新太郎)が駈けつけたとき、すでに徳造は虫の息だった。徳造はかえって弥太郎を賞めて死
 んだ。弥太郎は吉野宿近くの旅籠で、女の子を連れた男に五十両を盗まれた。追い着いた弥太郎は、
 この男を連れ出した。男は斬りかかり、力余って自分の首を突き刺した。娘はお小夜(奥村敦子)と
 いい、堺の和吉(本郷秀雄)というこの男は、死んだ女房の縁につながる家へ娘を預けに行く途中だ
 った。弥太郎は和吉の遺言通り、お小夜を沢井屋という旅籠へ連れて行った。弥太郎は吉野宿の外れ
 で森介に出会った。森介は乾分にしてくれと頼んだが、断わられて斬りかかった。もちろん弥太郎の
 敵ではなかった。それから十年の月日が流れた。弥太郎は下総の勢力富五郎(小堀阿吉雄〔明男〕)
 のところへ草鞋を脱いだ。大前田英五郎の娘お駒(中田康子)に出会った。森介は富五郎の弟分の清
 滝の佐吉(沖時男)の身内になっており、相当の腕利きに成長したと聞いた。弥太郎と森介は味方同
 士として飯岡一家と闘った。その夜、二人は対決した。そこへ、お駒が姿を見せ、二人の決闘はやが
 て清滝と勢力両家の争いにまで及ぶから刀を引くようにと仲裁に入った。弥太郎はお駒と再会を約し
 て別れた。弥太郎は勢力一家から草鞋を履き、沢井屋へ向った。森介も清滝に盃を返し、沢井屋へ先
 廻りした。森介はお小夜(中村玉緒)の美しさに目を瞠った。十年前の恩人が自分であるような顔を
 し執拗に迫った。弥太郎が現われた。二人はお小夜の前で十年来の勝負をつけることになった。二人
 は激しく斬り結んだ。お小夜が飛び出し森介をかばった。しかし、弥太郎の顔を見つめていたお小夜
 は、十年前の記憶が蘇った。森介は非を悔いた。弥太郎は引止めるお小夜に、人違いだと言って吉野
 宿を後にした。あてもない旅路であった。

 他に、三田登喜子(おすみ)、島田竜三(留三)、阿井美千子(おぬい=徳造の女房、森介の姉)、中田
ダイマル(暦売りの与助)、中田ラケット(暦売りの喜七)、千葉敏郎(平手造酒)、浜世津子(お霜)、
緑美千代(おつた)、井沢一郎(沢井屋銀太郎)、嵐三右衛門(沢井屋金兵衛)、寺島雄作(仙兵衛=茶店
の主人)、光岡龍三郎(押月の山吉)、寺島貢(飯岡助五郎)、原聖四郎(笹川繁造)、羅門光三郎(鹿島
の延造)、近江輝子(酌女お千代)、金剛麗子(おかね)、市川謹也(中戸の百助)、浅尾奥山(九郎兵衛)、
石原須磨男(吉野宿の老爺)、天野一郎(乗合の客)、片岡半蔵(新助)、玉置一恵(角力の大六)、堀北
幸夫(田川の黒助)、横山文彦(相撲場の若衆)、桜井勇(小桜の新八)、春日清(春都の三吉)、遠山金
四郎(苫居の半太郎)、結城伸太郎(勘太)、小柳圭子(酌婦お雪)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『姐御』(監督:斎藤武市、日活、1969年)を観た。扇ひろ子主演の任侠映画で、その古めか
しいイメージが懐かしかった。嵐寛寿郎、小林旭の二大スターも出演し、江原真二郎、内田良平、葉山良二、
岡崎二朗、清水将夫、近藤宏、榎木兵衛などのお馴染みも顔を出している正統派の任侠映画である。しかし、
東映任侠映画の鶴田浩二や高倉健、あるいは藤純子、池部良といった面々が魅せる「華」において劣るので、
比較されると苦しい台所が見えてくる。脇を固める悪役も内田良平ひとりでは寂しい限りであろう。小林旭
もカッコイイが、任侠映画としてはリアリティに欠ける。あるいは、鶴田や高倉のストイシズムには及ばな
いので、その点でも残念である。もっとも、扇ひろ子は、東映の藤純子、大映の江波杏子に迫る日活の「女
侠客」として、なかなかの貫録であった。小生における彼女のイメージとしては、何と言っても大ヒット曲
「新宿ブルース」(作詞:滝口暉子、作曲:和田香苗、唄:扇ひろ子、1967年)の印象が圧倒的だが、『女
囚701号・さそり』(監督:伊藤俊也、東映東京、1972年)にも進藤梨恵という女囚役で出演しており、主人
公の松島ナミ(梶芽衣子)を助けるいなせな女を演じている。そちらの方の印象も強い。
 物語をお浚いしよう。例によって〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変し
たが、ご寛恕を乞う。

  磯島組大幹部紺野淳一(江原真二郎)は、親分の磯島宇太郎(清水将夫)に跡目相続を頼まれたこ
 とから、同格幹部の影山正義(内田良平)にねたまれた。だが、淳一は影山を兄貴とたて、二代目正
 輝(葉山良二)が刑務所から帰るのを待った。ある晩、淳一、愛(扇ひろ子)の夫婦が刺客(榎木兵
 衛ら)に襲われた。暗殺を命じたのは影山。ようやくことの重大さを知った磯島は、後見人の花村豊
 蔵(嵐寛寿郎)を仲介に、二人に和解の盃を交させた。だが、影山のいやがらせはとどまらず、淳一
 の縄張りは次々に影山の手中に落ちていった。やがて、二代目が出所、淳一は彼のために無法な影山
 の騙し討ちに会い、短かい生涯を閉じた。翌日、淳一の葬儀がしめやかに行われた。淳一の弟の信次
 (岡崎二朗)や子分たちは、平然と焼香に現われた影山を襲った。が、間髪を入れず加納〔〈goo 映
 画〉のキャスト欄では「藤川五郎」となっているが、音声としては「かのう」と聞こえるので、仮に
 「加納」としておいた〕(小林旭)が両者の間に割って入った。彼は影山の仕返しを心配して、かつ
 ての兄弟分だった淳一の妻愛や弟信次をなだめたのだ。それから数カ月、愛はお茶漬屋さくらを開業、
 影山の縄張荒しで衰弱の一途を辿る磯島組二代目を励ました。その姿は、義理人情に生きた夫淳一の
 魂が彼女に乗り移ったと思えるほどだった。淳一の弟信次が、影山のトルコ風呂〔現 ソープランド〕
 で働く光子(青木伸子)と駆け落ちをしたのはそんな折、この一件により影山の愛に対する仕打ちは
 一段と悪辣になった。一方、愛と加納は、淳一の墓標の前で男女の間柄を越えた兄弟分の盃を交わす
 と非道な影山興業に怨念を晴らした。

 他に、近藤宏(森口=磯島一家の幹部)などが出演している。桜の花びらとともに「不惜身命」と背中に
彫った刺青は、あまり派手でないだけにかえって紺野愛の心持が活かされていると思った。なお、原作は藤
田五郎の小説『姐御』(秋田書店、1968年)の由(筆者、未読)。
 ところで、『勲章』(監督:渋谷実、俳優座、1954年)の解説(執筆者、不詳)をもう一つ引用しておこ
う。この解説および略筋は、「小夏の映画会」発行のパンフレットから転載させていただいた。

  【解説】佐藤正之の企画による俳優座映画。「花と龍」の橋本忍と「若い人」の内村直也、渋谷実
      の協同脚本を「やっさもっさ」の渋谷実が監督している。撮影は「乙女のめざめ」の長岡
      博之、音楽は「若き日の誘惑」の奥村一。出演者は「慶安水滸伝」の小沢栄、「女の園」
      の東山千栄子、「どくろ屋敷」の東野英治郎、「花と龍」の永田靖など俳優座の面々のほ
      か、「山椒大夫」の香川京子、「お嬢さん社長」の佐田啓二、文学座の杉村春子(にごり
      え)、青俳の岡田英次(放浪記)などが参加している。
  【略筋】元陸軍中将岡部は、その子ちか子、憲治と三人で義弟西野の家に居候している。保安隊に
      いる知人の黒住から、彼は元副官寺位がマヌス島の戦犯から帰ったことを聞く。寺位は上
      官三島の身代りに戦犯となったのだが、その恨みを晴らそうと企てていると聞き岡部は落
      ちぶれた三島を訪ねる。この噂はデマだったが、寺位は再軍備促進団体あけぼの会を作り
      岡部を会長にする。憲治はアルバイトに落語家をしていたが、久美子の結婚式の夜、お妾
      稼業の浅子に誘惑される。岡部は南方で旧知の島村よねが金貸しをしているのを聞き、故
      郷の山林を抵当に三百万円を借りて運動の資金とした。この運動は順調に進み、岡部は昔
      の暴君ぶりを発揮する。そんな父をちか子は心配していたが、父が寺位との結婚を押しつ
      けようとするので、愛する宗行の許へ家でしようと決心する。憲治は父の勲章を持出して
      浅子に与えてしまう。しかも岡部の夢は一朝にして破れた。寺位がやっていた密輸がバレ
      て新聞に書き立てられ、再軍備運動の計画も目茶目茶になった。よねを訪ねると、かつて
      は体まで許した彼女でさえ冷たい態度であしらった上、憲治と浅子の仲を聞き、行って見
      ると勲章は犬の首にぶら下がっている有様だった。ちか子は手紙を残して家出し、すべて
      を失った岡部は憲治をつれて、今は自分のものでなくなった故郷の山に行き、勲章を過去
      の遺物と嘲ける憲治を射殺し、自らも死地を求めて林の中に消えて行った。

 以上である。未だ旧帝国陸軍の亡霊が跋扈していた時代の物語である。実際のところ、旧軍人の多くは自
衛隊(この作品ではまだ保安隊)に活路を求めたと言われる。警察予備隊として発足した組織は保安隊を経
て自衛隊へと生まれ変わる。その間、どんな物語があったのか、国民にはあまり知らされてこなかった事柄
の最たるものではないのか。国防についてはいろいろの議論がある。どんなかたちであれ、闇雲に好戦的な
態度も、現実を顧みない反戦運動も、事態を見誤ることにつながりかねない。「非武装中立」という理想を
捨ててはいけないと思うが、国際社会の現実に無関心でいることも、もはや許されない状況ではないだろう
か。言い換えれば、渋谷実は旧軍人と周囲の人々を戯画化したが、それを懐手をして嗤ってばかりいては済
まされない時代が直ぐそこにやって来ているのである。

 * これは後で分かったことであるが、上記の略筋は、〈goo 映画〉の「あらすじ」と同文であった。執筆
  者に感謝したい。


 某月某日

 DVD並びに映画館で邦画を3本観た。うち1本はすでにこのブログで紹介済みなので割愛し、他の2本につ
いて感想を記そう。そのうちの1本は、『誰よりも金を愛す』(監督:齋藤寅次郎、新東宝、1961年)であ
る。三木のり平が伝説の破産者である「小原庄助」を演じ、当時の喜劇人も総出演しており、かなり賑やか
な映画に仕上がっている。後の植木等が演じそうな役柄を三木のり平が担っており、キャラクターの違いか
らこちらの方はペーソスが売りといった感じか。物語については、例によって〈goo 映画〉の「あらすじ」
に頼ってみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  唄で有名な「小原庄助さん」の十八代目小原庄助(三木のり平)は、億万長者の夢実現に会津磐梯
 山を後にして兜町の「野良証券」に就職した。しかし、あえなく馘。めげずに「億万証券」に移った。
 庄助は、早寝・早起・貰い湯・貰い酒と初代庄助(トニー谷)の助言を実行したが、十年たっても一
 向に芽が出なかった。庄助の血と涙の苦闘を天上からみていた初代庄助は、下界に姿を現わして株の
 相談にのりだした。かくて庄助の投資相談は百発百中。彼は営業部長に栄進した。一方、顧客はとら
 れ恋も忘れ去られたかつての恋人のミツ子〔野良証券外交員〕(浜野桂子)は庄助に仕返しすべくそ
 の時期を持っていた。折も折、庄助は車にはねられて長期間の入院と決定。顧客はミツ子に奪われて
 しまった。ある日、看護婦から「キ印」呼ばわりされているハーフのロバート・キューリ〔発明狂の
 混血青年〕(ウィリアム・ロス)が救いを求めて来た。キューリは交通地獄を解消するための脳波ブ
 レーキを研究していたため、精神病患者と間違えられている身だった。庄助はキューリが大いに気に
 入り全財産を研究に投げ出した。キューリが酒飲みで好色な男であることを知っている初代庄助は、
 怒って天上へ戻ってしまった。しかし、それを知った二代目から十七代目の庄助の幽霊は、十八代目
 を助けようと一斉に立ち上った。そして、研究費をガブ飲みして女と遊び廻っているキューリを研究
 室に追いやり自分達がその酒を飲んでいた。初代庄助も力を貸すことになった。初代庄助は軍需株の
 買いを庄助にすすめた。億万証券は大きくなるが、売りに廻ったミツ子は破産してしまった。庄助の
 喜びも束の間、東西両巨頭会談は円満に話し合いがついたため億万証券は破産してしまった。元のモ
 クアミになった庄助は、初めてミツ子の愛情に眼ざめるのだった。その頃、キューリの世紀の大発明
 「脳波ブレーキ」が完成した。庄助は一躍念願の億万長者に出世した。そしてミツ子とともに会津へ
 と錦を飾るのであった。

 他に、花岡菊子(お鉄=庄助の母)、市川寿美礼(初代庄助の女房の幽霊)、並木一路(千成=億万証券
社長)、水原爆(真田=億万証券社員)、原田一雄(明智=億万証券社員)、新宮寺寛(由井=億万証券社
員)、三宅実(楠=億万証券社員)、香山光子(巴=億万証券秘書)、谷幹一(大岡=警官)、関敬六(遠
山=同)、佐山俊二(石川=泥棒)、海野かつを(熊坂=同)、鮎川浩(山之内豊一=団地の住人)、小桜
京子(山之内夫人=同)、川部修詩(坂崎=同)、梶文子(坂崎夫人=同)、築地博(石田=同)、朝雲照
代(石田夫人=同)、鈴木信二(毛利=同)、美舟洋子(毛利夫人=同)、草間喜代四(織田=同)、華村
明子(織田夫人=同)、近松良枝(巫女)、清川虹子(妖艶なマダム)、山田五十鈴(株を買いに来た有閑
マダム)、花菱アチャコ(小原家二代目庄助の幽霊)、堺駿二(同14代目)、由利徹(同16代目)、南利明
(同3代目)、大宮敏充(同9代目)、田端義夫(同8代目)、柳沢真一(同10代目)、田崎潤(同5代目)、
八波むと志(代数不明の幽霊)、益田喜頓(同)、石井均(同)、千葉信男(同)、榎本健一(キャンディ・
アメリス大統領)、柳家金語楼(ブルチョフ・敵対国首相)、扇町京子(ダンサー)、ユセフ・トルコ(外
人商社員A)、宇津井健(医者)などが出演している。
 ノー天気なお気楽映画ではあるが、さまざまな喜劇のアイディアが盛り込んであり、さすが笠原良三が脚
本に参加しているだけのことはある。とくに、冒頭のシーンが面白い。満員電車の中で、「空席50円で買い
ます」の札を下げている庄助。さっそく、売手が現れる。やれ座ったと思うや否や、今度は「この席100円で
売ります」の札にチェンジ。直ぐに買手も現れる。わずかの間に差引50円の儲けというわけ。その他、蒸気
機関車など懐かしいアイテムが目白押しの作品であり、その手のノスタルジーが満載の映画でもある。
 2本目は、『勲章』(監督:渋谷実、俳優座、1954年)である。今年の2月中旬から下旬にかけて渋谷実
の作品を数篇観ていずれにも感心したが、それらに劣らぬ力作であった。題材としては終始喜劇仕立てにし
てもよかったのだろうが、全体的にシニシズムの香り漂う重厚な作品に仕上がっている。脚本に橋本忍が参
加しているので、推して知るべしである。蛇足ながら、この映画は、小生にとって久々の「エイジ・シネマ」
(1954年)である。双葉十三郎の解説(『日本映画ぼくの300本』、文春新書より)があるので、それを引用
してみよう(「小夏の映画会」のパンフレットから転載した)。

  かなり荒々しい話(脚本橋本忍)である。元陸軍中将小沢栄(後の栄太郎)は戦後再軍備推進団体
 あけぼの会を設立、順調に成功しかけるが、かねての暴君ぶりがもどり仲間割れも生じて、運動は瓦
 解する。一方息子の佐田啓二は父を激しく憎んでおり、父の大切な勲章を盗み出して愛人に与えてし
 まう。愛人はそれを犬の首にかけて遊ぶ。失意の小沢はそれを見て痛憤きわまり、息子を射ち殺して
 自らも死ぬ。渋谷監督のシニシズム(皮肉と意地悪)が、すこし露骨だが実にうまく出た一篇。彼は
 これを思想的にではなく人間のドラマとして撮っている。だから印象も深くなった。東山千栄子、東
 野英治郎、千田是也ら俳優座総出演。

 さらに、同パンフレットには登川直樹氏の文書も載っているので、それも引用しよう。

  作者は気に入らないかも知れないが、私に言わせれば、これは堂堂たる風俗戯画である。渋谷実は
 その作品歴から接しても、かなりヴァリエイションに富んだ弾力的なスタイルの持主だが、このとこ
 ろ獅子文六ものつづきで戯画の筆法に手馴れたせいか、オリジナルの今回も、自然とその筆法で仕上
 げたという感じの映画になっている。
  この主人公は、皇軍再建の白日夢にかられる元中将だが、この亡霊には少しも深刻さがない。それ
 を信じる小沢栄が力めば力むほどリアリティをはなれて戯画になる。最初から作者がそれを狙ってい
 たことは、周囲の人物の扱いをみればよくわかる。この亡霊に白日夢をたきつける寺位新平(東野英
 治郎)にしても、大向うの笑いをあて込んだことは歴然たるもので、戯画のための大まじめな芝居が
 仕組んである。さらに元中将の息子憲治は落語アルバイトをつとめる大学生である。渋谷実がこうし
 た風俗戯画をどれほど興味をもって描いているかは、あの幇間じみた相棒大学生をみれば明白だ。さ
 らに、落語大学生をつまみ喰いするお妾あさ子にしても、往時南方で幅を利かした女将だという金貸
 業の島村よねにしても、元女中を女房にして落莫に甘んじている元中将三島にしても、すべて戯画の
 ための登場人物である。脚本は橋本忍と内村直也だが渋谷実の好みで統一されている。こういう、そ
 れぞれにいささかピントの狂った人物は、所詮「自由学校」の級友であり、「てんやわんや」の同族
 である。
  もっともこれだけなら話は簡単である。寺位新平にかつぎ出されて、岡部元中将は新軍備の夢に躍
 るが、三島元中将の方は結構世捨人をたのしんでいる。落語アルバイトはあさ子に真剣なあかしをた
 てるため親爺の勲章を持ち出す。勲章は犬の首飾りになったりする。
  しかしこんな話だけならアブクの様な戯画で面白可笑しく描けても底は浅かろう。作者がもっと欲
 張ったのも当然である。で岡部元中将には、娘ちか子がいて、これだけはまともでまじめな青年技師
 と切実な恋愛もしている。さらに岡部元中将には郷里に預けたままになっている隠し子がある。自分
 の財産に山林を分けてくれと父に談じ込むつもりであり、それを知った寺位が一芝居打とうとして失
 敗する話がある。一方また岡部中将は義弟の家に居候していて、老母がいやがらせの年齢をふり廻す
 話もある。
  登場人物が多く、その幾組ものからみ合いでいろいろな挿話をつめ込んでいるのはこの映画の特色
 だ。それを二時間で捌ききるために、前半はもっぱら風俗戯画で押し、後半は主人公の白日夢を崩し
 ながらそれぞれの人物に運命の解決を与えている。脚本は数多い人物のからみ合いを並列描写する構
 成をとっているし、演出もそれを大胆なきり返しで綴っている。つまり作者は多数人物による複雑な
 ストーリイを錯綜描写することと人物の風変りを戯画的に描写することと、二つの狙いを定めた様で
 ある。どちらも成功している。けれどもその二つの狙いのために、テーマの方は犠牲になった。前半
 の風俗戯画は結構面白いが、話が軍国主義の亡霊に集約されてくる後半は、もう大向うを笑わせてく
 れる余裕はない。戯画で通すつもりかと思っていると、ちか子が恋人と駈落する話しがあったり、終
 わりには岡部が息子と射しちがえたりして、無理に結末をとってつけた感じさえする。作者が政治批
 判や社会諷刺にそれほど積極的な狙いをもっていなかったことは想像される。もちろんそれは構わな
 いが戯画の終始末にしては、これは少し真顔になりすぎた。最後まで風俗戯画の図太さで貫いた方が
 はるかに面白く印象も深かったろう。
  小沢栄は一本調子に力みすぎたが筋は通っている。東野英治郎も同じ意味で好演、ただ岸輝子の婆
 さんが舞台臭くミスキャストでもあった。俳優座映画だから舞台臭く多少オーヴァー・アクトでもそ
 れなりの面白さはあるが、前半戯画の好調に比べて後半もたれるところをみると、やはり脚本でもう
 一ひねりほしかったところである。しいて風俗戯画といわずともごった煮の面白さは十分。ただそれ
 だけに題材に欲張ってテーマが弱くなったのは惜しい。

 主な配役を確認しておこう。小沢栄〔栄太郎〕(岡部雄作元陸軍中将)、香川京子(ちか子=雄作の娘)、
佐田啓二(憲治=同じく息子)、西野梅吉(雄作の義弟)、東山千栄子(辰子=その妻、雄作の妹)、岩崎
加根子(久美子=辰子の娘、憲治の従妹)、岸輝子(菊子=雄作の母)、東野英治郎(寺位新平=岡部元中
将の副官だった男)、松本克平(黒住康三=保安隊幹部)、千田是也(三島善五郎=元中将、岡部の戦友)、
菅井きん(お葉=三島の女房)、岡田英次(宗行治郎=ちか子の恋人、技師)、三戸部スエ(兼尾)、杉村
春子(島村よね=雄作の馴染の女将)、小松浅子(東恵美子=お妾稼業、憲治の愛人)、鶴丸睦彦(松本太
左衛門)、永井智子(森島)、小沢昭一(金子=憲治の学友)などである。
 さらに別の角度からの解説もあるが、もう遅いのでそれは明日以降に記すことにしよう。なお、割愛した
映画は『少年』(監督:大島渚、創造社=ATG、1969年)である。物語の発端である高知(於 あたご劇場)
で再び出遭ったことになるが、ほとんどすべてのシーンを覚えていた。「日日是労働セレクト69」で言及
しているので、そちらの方を参照されたし。


 某月某日

 今日は、『原子力戦争 LOST LOVE』(監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年)の感想を記そう。現
在、原爆や原発に関係する邦画はけっこうな数に上っており、それだけのドラマがあることは明白である。
簡単に、主な作品を記してみよう。なお、「小夏の映画会」代表の田辺浩三氏に貴重な示唆を授かった。記
して、感謝したい。
 
 『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
 『ひろしま』、監督:関川秀雄、日教組プロ、1953年。
 『ゴジラ』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
 『生きものの記録』、監督:黒澤明、東宝、1955年。
 『純愛物語』、監督:今井正、東映東京、1957年。
 『美女と液体人間』、監督:本多猪四郎、東宝、1958年。
 『第五福竜丸』、監督:新藤兼人、近代映画協会=新世紀映画、1959年。
 『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
 『愛と死の記録』、監督:蔵原惟繕、日活、1966年。
 『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
 『ふたりのイーダ』、監督:松山善三、映画「ふたりのイーダ」プロ、1976年。
 『原子力戦争 LOST LOVE』、監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年。
 『太陽を盗んだ男』、監督:長谷川和彦、キティフィルム、1979年。
 『復活の日』、監督:深作欣二、角川春樹事務所=東京放送、1980年。
 『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
 『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
 『夢千代日記』、監督:浦山桐郎、東映京都、1985年。
 『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
 『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
 『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
 『夢』、監督:黒澤明、黒澤プロ、1990年。
 『ビキニの海は忘れない』、監督:森康行、映画「ビキニの海は忘れない」制作実行委員会、1990年。
 『八月の狂詩曲』、監督:黒澤明、黒澤プロダクション、1991年。
 『罵詈雑言』、監督:渡辺文樹、BARI・ZOGONオフィス、1996年。
 『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
 『東京原発』、監督:山川元:グランプリ=オメガ・ピクチャーズ=日活=衛星劇場、2002年。
 『昭和歌謡大全集』、監督:篠原哲雄、光和インターナショナル=バンダイ
  ビジュアル、2002年。
 『鏡の女たち』、監督:吉田喜重、グループコーポレーション=現代映画社=ルートピクチャーズ=
  グループキネマ東京、2002年。
 『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
  メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
 『夕凪の街 桜の国』、監督:佐々部清、アートポート、2007年。
 『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
 『USB』、監督:奥秀太郎、NEGA、2009年。

 『純愛物語』、『愛と死の記録』、『地の群れ』、『ふたりのイーダ』、『この子を残して』、『夢千代
日記』、『ビキニの海は忘れない』、『罵詈雑言』、『夕凪の街 桜の国』、『USB』を除いて(筆者未見ゆ
え)いずれも力作で、いろいろ考えさせてくれる。思うに、原発の推進派にせよ、阻止派にせよ、もっと多
角的に事柄を研究し、感情論からの脱却を図らなければならないと思う。
 さて、物語であるが、例によって、〈goo 映画〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

  東北のある港町の駅に坂田正首(原田芳雄)が降りたった。坂田はこの町へ帰ったきり戻って来な
 い青葉望(能登智子)を連れ戻しにやって来たのである。望の実家を訪ねた坂田は、望の父である繁
 (浜村純)に彼女は帰っていないと冷たく追い帰されるが、玄関に望の傘があるのを見逃さなかった。
 その夜、坂田は地元の新聞記者である野上(佐藤慶)と知り合い、バーに誘われる。野上はそのバー
 のマダムの夢子(磯村みどり)と同棲していた。彼は、原子力発電所で最近何かあったらしいことを
 かぎつけ、スクープしようとしていたのだった。野上は坂田に、十日程前、近くの海岸に若い男女の
 心中死体が上り、男は山崎という新婚の原子力発電所の技師であるのに、女はその妻でないことが不
 思議だと話す。坂田は心中した女が望ではないかと町の人を訪ね歩き、ついに望の妹の翼(風吹ジュ
 ン)から彼女の死を聞き出した。しかし、望が心中する理由が思い当らない坂田は、山崎の妻の明日
 香(山口小夜子)を訪ねた。坂田は、自分のために身体まで売って稼いでくれた望が心中するわけが
 ないことや、殺される理由があった山崎と心中に見せかけるために望は殺されたに違いないと、明日
 香に話す。明日香が坂田に、山崎のいなくなった夜のことを話し始めた時、警察官が踏み込んで来て
 坂田は逮捕されてしまった。しかし、坂田はすぐ自由の身となる。町で若い男たちに札束を渡された
 坂田は、町から引き上げてほしいと言われ、駅まで見送られる。坂田は秘かに町に戻ると、山崎の失
 踪した夜、彼を迎えに来た電力会社の組合員の小林(和田周)と、約束した場所に行くが、数人の男
 に襲われ、重傷を負う。その頃、原子力研究の権威者である神山教授(岡田英次)が、何故か秘かに
 原子力発電所を訪れていた。小林の首吊り死体が松林で発見されたことから、野上は坂田にこれ以上
 深追いしないように注意する。しかし、坂田は明日香の不可思議な行動を追い始める。それが、自分
 の死を招く結果になるとは、坂田には知るよしもなかった。原子力発電所という、この町にはあまり
 に大きな影響をあたえた怪物が、静かに身体を動かし始めていると、坂田は確信した。

 他に、石山雄大(青葉守=翼の兄)、草薙幸二郎(柴田)、西山嘉孝(西村)、戸浦六宏(宮内支局長)、
鮎川賢(三郎)、早野寿郎(高木)、糸賀靖雄(田丸)、阿藤快(ヤクザ)、海原俊介(同)、湯沢勉(警
官)、榎木兵衛(漁師)、酒井三郎(船具屋)などが出演している。
 大東新聞の記者である野上が追ったスクープの材料(原発事故関連の資料とネガ・フィルム)は、坂田が
明日香から入手したものであったが、そんな重要なものをいきなり当の原発関係者に見せつけたってトボけ
られるに決まっているが、野上はあえてその愚を犯している。思うに、どうせ潰されるに決まっているのだ
から、ちょっとからかうつもりがあったのかもしれない。実際、野上は上司に当たる宮内に取材中止を命じ
られると、あっさりこの件から降りている。その後、スナック荒らしの取材をする野上には、陰りは微塵も
見えない。あたかも、原発のことなどすっかり忘れたかのようである。波打ち際を漂う坂田の屍体。そして、
神山教授と仲睦まじそうに大型車に乗り込んだ明日香。そもそも明日香が山崎と結婚したのも、一種の任務
を帯びていたのかもしれない。そうでなけば、仮にも自分の夫と見も知らぬ女が心中を遂げたのに、あの落
ち着きはあり得ないだろう。行きずりの坂田と寝たのも、懐柔策や陽動作戦の類だったのかもしれない。明
日香を演じた山口小夜子は2007年に57歳で亡くなっているが、世界的なファッション・モデルだっただけに、
この映画でも不思議な雰囲気を漂わせていた。
 原発関連の情報に耳新しさはなかったが、実際の原発(小名浜付近。福島第一原発のことか)でゲリラ撮
影しており、その辺りの映像には迫力があった。


 某月某日

 連休中に何本かのDVDを観た。そのうち、劇場公開映画は以下の4本である。Vシネマも観たが、とくに記
録しておく必要があるほどの作品ではなかったので、その方は割愛しよう。さて、1本目は『鴨川ホルモー』
(監督:本木克英、「鴨川ホルモー」フィルムパートナーズ、2009年)である。以前よりTSUTAYAのレンタル・
コーナーで幅を利かしていた作品なのでいつか観ようと思っていたが、期待外れ。万城目学の原作を読んで
いないのでそちらの方の評価はできないが、少なくとも、映画で描かれているギャグは小生にはギャグにな
らず、しかも古臭い筋書なので、かなり退屈した。CGによるホルモー(鬼の一種)の描き方も型通りで、と
くに素晴らしいとも思わなかった。もっとも白けたのは、神々に捧げる裸踊のバック・コーラスである「ワ
ンサカ娘」(作詞・作曲:小林亜星)で、1960年代から存在するレナウンのCMソングを知っている中年にと
っては懐かしいと言えないこともないが、総じて悪ふざけとしても芸がないと思った。山田孝之、栗山千明、
濱田岳、石田卓也、芦名星、斉藤祥太、斉藤慶太、荒川良々、石橋蓮司などが出演している。
 2本目は、『殺人ネット』(監督:川野浩司、GPミュージアムソフト、2004年)である。この作品は、さ
らに質的にどうかと思う。だいいち、まったく怖くない。つまり、リアリティが不足しているのである。題
材は悪くないので、練り直せばよくなる作品だと思うが……。井村空美(夏川藍)、神崎詩織(杉山千春)、
亜沙里(竹中亜希子)、川崎真央(篠崎冬実)、大久保綾乃(倉本陽子)、岡元あつ子(夏川さくら=藍の
母親)、工藤俊作(海野先生)、菅田俊(川嶺先生)などが出演している。
 3本目は、『高原の駅よさようなら』(監督:中川信夫、新東宝、1951年)である。新東宝の歌謡映画。
つまり、歌謡曲のヒットに便乗して製作されたお手軽映画。もちろん、「高原の駅よさようなら」(作詞:
佐伯孝夫、作曲:佐々木俊一、唄:小畑実、1951年)が下敷になっている。しかし、当時の恋愛や結婚に対
する一般的な考え方がよく現れており、その点では貴重な作品であるとも言える。物語を確認しておこう。
例によって〈goo 映画〉のお世話になる。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  若き植物学者の野村俊雄(水島道太郎)は、病の床にある恩師伊福部教授の、自分を娘啓子(南條
 秋子)の婿養子にしたいという願いを振り切って、先輩に当たる池島良寛(柳永二郎)の働く光ヶ丘
 高原療養所に逃避した。俊雄はそこで、看護婦の泉ユキ(香川京子)と知り合い、一緒に植物採集に
 出かけたりしているうちに、二人の間には恋心が芽生えた。ある日、彼は崖から転落し大怪我をした。
 その時彼を救ってくれたのは、秘かにユキを愛している彼女の幼馴染の戸田直吉(田崎潤)であった。
 ユキをめぐる愛情の波乱は、冷静な女医である三神梢(風見章子)の知るところとなり、梢は俊雄に
 病院から立去るよう要求した。そこへ俊雄の奇禍を知って啓子が駆けつけ父の病状が悪化したことを
 告げ、彼に一緒に東京へ帰るよう勤めるが、俊雄と啓子の間柄を知ったユキは、絶望して姿をかくし
 てしまった。俊雄、直吉を始め一同は、ユキを探し求め、救い出すことが出来たが、ユキの俊雄への
 慕情は、依然断ち難いものがあった。しかし俊雄の理性は恩師を見捨てることが出来ず、啓子ととも
 に高原を立去って行くのだった。俊雄とユキの間に芽生えた愛は、高原のはかない思い出となってし
 まったかに見えるが、俊雄はユキに「必ず迎えに来る」と言い残しており、ユキの思いは保留された
 ままに終わっている。タケさん(岡村文子)の、「東京者の言うことを信用するな」は、果たして本
 当なのか否か、それは誰にも予想できない。

 なお、俊雄が啓子を伴って列車に乗った駅の名前は「信濃追分」であった。香川京子の純情ぶりは相変わ
らずであるが、後になってヤクザ映画に頻出している水島道太郎が相手役なので、少し違和感があった。柳
永二郎の医者役は嵌っていた。『本日休診』(監督:渋谷実、松竹大船、1952年)でも主人公の医者役を務
めているが、案外本篇の演技が買われたのかもしれない。さらに、粋な計らいをする直吉役の田崎潤もだい
ぶ若かったし、医者役の風見章子もなかなかの女史ぶりであった。ロレンスの小説である『チャタレイ夫人
の恋人』(伊藤整 訳、小山書店)を取り上げ、「安静時間にこんな本を読んでいるから熱が下がらないのよ」
とのたまう辺りは真骨頂と言えよう。
 4本目は、『原子力戦争 LOST LOVE』(監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年)である。以前より  
観たいと思っていた作品である。少し長めの感想を記したいので、明日以降に触れたいと思う。


 某月某日

 休暇をいただいて、上洛している。例によって、今現在、某ネット・カフェのコンピュータの前に座って
いる。比較的長い休暇を取ったときの恒例行事である。今年の黄金週間は、一週間を上回る九日間となった。
心身ともにだいぶ疲れているので、とてもありがたい。あと六日間あるので、のんびりしたい。
 さて、DVDで邦画の『続・東京流れ者 海は真赤な恋の色』(監督:森永健次郎、日活、1966年)を観た。  
もちろん、『東京流れ者』(監督:鈴木清順、日活、1966年)〔「日日是労働セレクト13」を参照〕の続
篇ではあるが、だいぶ様相が異なる。主演が渡哲也であることや、その役名が「不死鳥(フェニックス)の
哲」であることには変わりないが、似て非なる作品といってもよい。面白くないこともないが、凡作の域を
越えていない。もっとも、森永監督が清順の作風を真似ても仕方がないので、これはこれでよいのだろう。
高知が舞台なので、その点では楽しめた。物語を確認しておこう。恒例に従い、<goo 映画>の「あらすじ」
を拝借する。執筆された方に敬意を表したい。なお、一部改変させていただいたが、ご海容のほど。

  高知行きの連絡船の中で、「不死鳥の哲」こと本堂哲也(渡哲也)は、殺し屋の「二段撃ちの健」
 こと郷田健次(吉田輝雄)と知り合っが、いつかはこの健と対決せねばならないことを予感した。哲
 は友人の秀と高知で再会する約束をしていたのだが、キャバレーLILAで乱闘を仲裁した翌日、健に銃
 撃され、危うく難を逃れた。健は、かつて哲が兄貴分の秀(垂水悟郎)とともに潰した甲田組の残党
 に「殺し」を頼まれていたのである。哲を救ったのは酒店を営む杉安太郎(嵯峨善兵)で、哲は彼の
 計らいで酒瓶を運搬する作業員として働くことになった。安太郎はある日家出した息子の浩司(杉良
 太郎)を見かけて追いかけたが、クレーンの荷箱が崩れて下敷になった。哲は責任者の南国海運を営
 む瀬川一家に乗り込むと、瀬川本人(金子信雄)に慰謝料の50万円を請求し、安太郎の入院費などに
 あてた。哲はその頃、戸田節子(橘和子)という美しい娘と知り合ったが、節子の兄信次の写真を見
 て、それが秀であることを知った。また、浩司は踊り子サリイ〔香山〕(松原智恵子)に惚れて、サ
 リイを好きな瀬川一家の浅吉(平田大三郎)と争っていた。そして、今では賭博で二百万円以上の借
 金をこしらえて瀬川に縛られていた。哲はサリイとわざと仲良くして見せて、浩司をあきらめさせ、
 また、瀬川に身売りをして浩司の借金を払い、安太郎の許に帰した。哲が瀬川に身売りしたのは彼が
 秀を知っているからだが、秀は今では麻薬の密輸団のボスになっていた。瀬川が秀と取引をすること
 になった時、サリイは瀬川が皆殺しを謀んでいることを知って哲を激しく止めた。それを振り切って
 取引き現場に現われた哲は、秀がすっかり悪党が板についていることに驚いた。そして、瀬川の謀み
 をかわして銃撃戦となったが、秀と哲は瀬川一家を皆殺しにした。しかし、秀はそこに居合わせた健
 の拳銃に倒れ、健も哲に撃たれて倒れた。すべてが終った後、哲は堅気になれなかったことを節子に
 謝りながら、旅に出た。

 他に、井上昭文(鬼島=南国丸の船長)、白木マリ(ひろみ=瀬川の囲い者、キャバレーLILAのマダム)、
玉村駿太郎(加藤=瀬川一家の子分)、野呂圭介(松=同)、青木富夫(勝=同)などが出演している。清
順監督作品では、二谷英明(相沢健次=流れ星の健)、川地民夫(辰造=蝮の辰)、郷えい(金偏に英)治
(田中)などの大物が不死鳥の哲の相手役だったが、当該作品における相手役が垂水吾郎や吉田輝雄(彼ら
はそこそこ売れた役者ではあるけれども)では、しょせん結果は見えていた。金子信雄が出演しているが、
別に彼でなくてもよかったので(たとえば、安部徹)、その点でも助けにならなかった。なお、若い頃の杉
良太郎が出演しているが、まだまだ未熟である。松原智恵子は前作(歌手の千春という別人の役)同様、花
を添えていた。なお、橘和子という新人女優はこの映画でしか知らないが、けっこういい味を出していたと
思う。はりまや橋、よさこい踊り、清酒「司牡丹」などは定番。安太郎が入院した病院は日赤病院で、現在
も存在している。大阪から高知空港(現 高知龍馬空港)に飛んできた全日空機は、プロペラ機(YS-11〔ワ
イエスいちいち〕だろうか)であった。なお、主題歌の「東京流れ者」(作詞:高月ことば、作曲:不詳、
編曲:山倉たかし、唄:渡哲也、1965年)は大ヒットし、小生も高校生の頃よく歌った唄である。歌謡映画
らしく、もう一曲「海は真赤な恋の色」(本篇の副題になっている)がエンディング・テーマとして流れて
いる。残念ながら、こちらの方は、「東京流れ者」に比べるべくもない凡作である。映画同様なので、少し
淋しい。

                                                  
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