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日日是労働スペシャル XI (東日本大震災をめぐって)
 月が替わりましたので、「日日是労働スペシャル」の続篇をお届けします。単純に、「日日是労働スペシ
ャル XI(東日本大震災をめぐって)」と命名しました。主として、今回の大災害に関係する記事を掲げま
すが、特定の個人や団体を誹謗中傷する目的は一切ありません。どうぞ、ご理解ください。人によっては、
多少ともショッキングな記事があるかもしれませんので、その点もご了承ください。なお、読み進めるほど
記事が古くなります。日誌風に記述しますが、後日訂正を載せるかもしれません。あらかじめ、ご了解をい
ただきたいと存じます。また、ご質問、ご意見等のおありの方は、muto@kochi-u.ac.jp 宛にメールをいただ
ければ幸甚です。

                                                 
 2012年5月31日(木)

 本日は、趣を変えて、福島から高知に避難してきた方のメッセージをお届けしたいと思います。今朝、出
勤した際、研究室の扉に設置してあるリポート等提出ボックスに届けられていたフライヤーからの抜粋です。
執筆された方は三児の母の由。イニシャルを示せば、H.H.さんです。なお、ほぼ原文通りです。


   福島の女たち・エッセイ

  何が起こってしまったのか・・・
  避難先の西日本では共有できないこの思い・・・
  あの日から・・・私たちは出口の見えない別の世界へ放り込まれてしまったような気がする・・・

  あの日、私たち家族は、福島第一原発から約80キロ離れた福島県南部の矢祭町から、3月末には約
 30キロほどの場所へ、親との同居を決め購入したばかりの新たな土地へ、転居の予定で荷造りをして
 いるところでした。

  新天地での新たな暮らしに胸ふくらませていたあの頃。娘は新たな学校生活を楽しみにしていまし
 た。私たちが引越してくることを楽しみに待っていてくれた大家さん・・・様々なことの相談にのり、
 助けてくれた土地仲介業の社長さん・・・近くに暮らして、これからはたくさん行き来し、楽しいこ
 ともいっぱいできるね!!と話していた友人たち・・・そんな方向へのベクトルが、あの日あの瞬間
 を境に、引き裂かれてしまいました。

  原発が爆発。逃げなければならないと思いました。すぐに逃げなければ、私たちやこの子たちはこ
 の先どうなってしまうのか・・・? ここへは戻れるのか? 福島は戻ってきてもよい場でいてくれ
 るのだろうか・・・チェルノブイリのようになってしまうのだろうか・・・? 何も分からなかった
 けれど、まずは逃げるしかないと思いました。

  今までの暮らしのベクトルは崩れ去りました。どこで暮らしていけばいい? 不安な中、古い縁や
 持てる知恵、新たな出会いの糸をたぐり寄せ、私たち家族は、何とか、高知の四万十町へ避難して来
 ました。今日の、この暮らしにまで、やっとたどり着いた気がします。慣れない土地での暮らし。1
 年以上経つ今でも、毎日がまるで追いかけっこでもしているようで、日々落ち着かない気持ちです。

  安全な場所へ、遠くへ、遠くへ・・・福島から離れれば離れるほど、逃げれば逃げるほどに、現地
 との温度差は広がり、現状は見えず、乖離されたまるで別の世界の現実に生きているようで・・・。
 これも現実なのだけれど、まるで別世界・・・まさにそのような感覚。今、二つの別世界が併存して
 いるようで・・・。私の中で。そしてこの日本で。この、今、日々、私の見ている世界は、生身の人
 人や自然が生き交う(ママ)世界であるにもかかわらず、何だか虚構の世界に放り込まれていまって
 いる感覚を常に抱えながら、生きています。どんなに私が訴えようと、泣こうとわめこうと、それは
 通じない気がして・・・。どこまで行っても交わることのない世界・・・それは、実体験の有無とい
 うことになるのでしょう・・・未体験のことを知識や想像だけから体感することはできないから、そ
 れは仕方のないことと、あきらめる他はないと、最近思うようになりました。

  高知に避難してからの暮らしの中で、我が子の学芸会や入園式、卒園式などで、子どもたちの成長
 に目を細める親たちの姿に出会いました。だけど、この狭い日本の中で、我が子の成長の行く末、未
 来に不安を抱きながら、未だに、今、この瞬間、この時にも、福島に暮らさざるを得ない方々がいら
 っしゃることを重ね合せると、いつも涙が止まらなくなります。春の訪れを告げる鶯のさえずりを聞
 いても、「あぁ、毎年福島で、冬から春へのこの頃をどんなに待ちわびて暮らしてきたことか・・・」
 そう思うと、高知での鶯のさえずり、春の訪れさえも、素直に喜べない自分がいます。

  目の前の現実を素直に受け入れ、これからの未来に邁進したい思いの一方で、今なお放射能の被害
 に不安を抱き、苦しんでいる福島の方々のことを思うと、福島を置き去りにはできないという思いが
 あり、福島のためにできることは・・・? と、日々思いながら暮らしています。そして、大飯や伊
 方、玄海や川内など、西日本の原発の再稼働が危ぶまれる中においては、やはり、私たちはどこへ行
 こうと、私たちの暮らしはその問題とつながっています。見て見ぬふりはできません。震災の記憶が
 過去のものとなりつつある現在の西日本においては特に、脱原発の声を上げ、他人事ではないという
 意識を周囲と共有していけるよう、働きかけ続けていくしかないと、決めています。

  この、福島からの体験を、どう受け留め、どう活かしていくのか・・・それが、これからの人生の
 課題であり、目標となってしまった気がしています。私たち家族の暮らし、子どもたちの未来、これ
 からの日本、地(球)上の人間の在り方・・・今までのベクトルの延長線上に、もう私たちの暮らし
 は無いのだから、本当に今、ここから、納得のいく生き方をしていかなければ、死にきれないような
 気がしています。

  視たくないもの、知りたくない事、暗い暗い闇の世界、一体そこに何があるのか? これからどん
 なことが起ころうとしているのか? 目をつぶり、耳をふさいでやり過ごせば、今この瞬間くらいは
 乗り切れるかも知れません。だけど、私はどうして逃げたのか? それは、幼子三人の、我が子のた
 め。この子たちがいなければ、私の中に、避難という選択があったかどうか・・・

  未来をつなぎたい・・・生きることは苦しくても、原発が爆発して、放射能が降ろうとも、私たち
 は生きています。今朝も目覚め、天から受けた命は、今日も生かされているという表現がある以上、
 どんな世界であろうと、生きていく他はない・・・きっとそれしかないのだと・・・

  何だかポツンと放り込まれたように、心のどこかで感じている、今この場所での暮らしを、日々、
 乗り切りながら、避難してから今日まで、どれだけ多くの方々のご縁をいただき、助けられ、親切し
 ていただいたことかと感謝しながら・・・ 一方で、自分の中にある心の乖離、被災地とそれ以外の
 場所との現実の乖離に悩み、心を痛め、半ば絶望を感じ、途方に暮れながらも、前を向いて歩いてい
 こうと思います。

  これからの私たちの未来のため、そして何より、未来をつなぐ子どもたちのために、人とのつなが
 りを新たに紡ぎ直しながら、私にできることを積み重ねていこうと思います。それは、今、この時代、
 この世に生を受けたものの責任ではないかと思っています。福島から避難した私たちの暮らしが、そ
 して、避難した全てのみなさんの暮らしが、“避難生活”ではなく、“生活”そのものに変わる日が、
 一日も早く来る日を願いながら・・・

  まずは、日本全国の原発を止め、廃炉にすることで、スタートラインに立てると思っています。福
 島と同じ痛みを、決してもう二度と、だれも味わう必要は、どこにもありません。もうこれ以上、人
 間の愚かさを見たくはありません。
  福島で今も暮らす方々の心の痛みを、どうか忘れないで、みなさんの心を傾け続けていてください。
 福島から高知に避難した、一人の母からの切なる願いです。


 以上です。コメントをつける必要がないほど素直な気持が表れたメッセージですね。小生には、いわゆる
「避難生活」を味わった経験がありません。仮にそのような状況に陥ったときには、最初の一週間くらいは
必死で生きようとするでしょうが、おそらく日が経つにつれて辛さが増してくるでしょうね。まして、引っ
越そうとしていたまさにその直前に災害に遭われた人の気持を正確に理解することなどできないでしょう。
想像力を目一杯発揮したとしても、細々とした日常の苦労の数々は、やはり経験した人にしか分からないで
しょう。それでも、H.H.さんの切ない思いを少しでも汲み取ることは何にも増して大事なことでしょう。
どんな人であれ、災厄は平等に降りかかります。カントによれば、困っている人に対して親切を施すことは、
「不完全義務」(果たさなくても罰せられることはないが、果せば誉められるかもしれない行為)に当たり
ます。しかし、今回のような未曽有の大震災ならびに原発事故を経験した日本人にとっては、そのような行
為は限りなく完全義務に近づいたのではないでしょうか。まだまだ多くの人々が苦しんでいます。無理せず
自分にできることは何なのか、今こそ真剣に考えるときではないでしょうか。そして、一人でも多くの困っ
ている人を助けるべきではないでしょうか。
 なお、来月からは、「日日是労働スペシャル XII(東日本大震災をめぐって)」をお届けする予定です。
                                        
                                                  
 2012年5月30日(水)

 本日は、再び、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集英社新
書、2012年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  三章 廃炉と放射性廃棄物処理(つづき)

 p.80-81 日本が直面している課題を解決するテクノロジーは、まだ存在しません。格納容器へ入り、核燃
     料を適切に処理するロボットは、まだ設計すらされていないのです。放射線量が高いうえ、核燃料
     は冷却のために水没させていなければなりません。単純に考えれば、コンクリートと結合した核燃
     料を引き剥がす水中ロボットが必要となりますが、困難を極めます。

 p.81 溶融した核燃料は圧力容器と格納容器それぞれの底に張り付いていると思います。すべてが格納容
   器の床へ届いていればまだ楽なのですが、原子炉にも残っていると考えられます。そのため圧力容器
   の底よりも高く水位を維持しなければならないわけです。ただ、その水位より低い位置に穴が空いて
   います。それに、圧力容器の内壁に沿って燃料棒が残っているかもしれません。それらを冠水させて
   おくと、建物全体が重すぎて地震に耐えられません。震度六でも倒壊する可能性があります。ギャン
   ブルでもあり、技術的にも複雑な問題です。先に少し触れましたが、耐震性の高い新たな建造物で外
   から補強せざるを得ないのではないでしょうか。

    一〇〇トンのキャスクを動かすだけでなく、一-三号機では原子炉の蓋を外さなければなりません。
   定期点検中だった四号機で外してあるのが見える、黄色い蓋です。格納容器の蓋の開閉は、通常なら
   ば人間が行います。手動で外さなければならないボルトで留められているのです。圧力容器の蓋は、
   さらに厳重に封じられています。

 p.82 核燃料を取り出すためには、必要な技術を開発して作業に着手するまでに一〇年、実行するのに一
   〇年ほどかかるのではないでしょうか。三基に溶け落ちた核燃料の塊が二つずつ、そして使用済み核
   燃料プールが四つあります。放射線量が非常に高い溶融した核燃料が少なくとも二〇年間も建物に残
   っているのです。取り出しが成功するまで、放射性物質の放出は続きます。その間、作業員を絶やさ
   ぬよう次々と訓練しなければならず、個人の被曝量は累積し、まさに大問題です。スリーマイル島事
   故では、メルトダウンが起きたものの核燃料は圧力容器を貫通せず底に残っていました。それでも蓋
   を開けて核燃料を取り出す技術を開発するのに一〇年かかりました。一九八年代の物価で一六〇〇億
   円が必要だったのです。

 p.83 廃炉に関するここまでの話は、格納容器だけのことです。では、たとえば大量の汚染水を処理した
   特大フィルターはどうするのでしょうか。この種の汚染物には、巨大な処分場が必要となります。日
   本政府は、ある特定の地域をこれに充てるほかないでしょう。様々な地域で受け入れることではなく、
   広く分散させるべきでもないのです。放射能に汚染されたものは隔離して管理し、人々の安全と健康
   を守ることが大切です。しかし、憂慮すべきことに、現実には日本政府はそのような対応をとってい
   ません。瓦礫などを分散させ、むしろ危険を広げています。廃炉とは厳密には敷地だけを指しますが、
   放射能汚染の大部分は住宅地や森林などに広がっており、ある意味では原発そのものより悩ましい課
   題です。

 p.83-84 敷地内に話を戻すと、順序としては、とにかく核燃料を取り出さねばなりません。そうすればフ
     ィルターがもう増えません。使用済みのフィルターは核燃料と同じくらい危険です。核燃料が溶け
     たことで、セシウムやストロンチウムだけでなくプルトニウムが汚染水に含まれているからです。
     汚染されたフィルターの保管は、汚染されたコンクリートよりも厄介なのです。単に線量が高いと
     いうことだけでなく、危険な同位体を大量に捕えています。

 p.84 廃炉における通常の手順では、コンクリートの表面を削り取りさえすれば、残りは一般の産業廃棄
   物です。しかし今回は汚染水と長時間接しているため、放射性物質が奥まで染みこんでいる可能性が
   あります。
    核燃料と汚染されたフィルターやコンクリートに加え、線源となった鋼鉄、配管、機器などもあり
   ます。一般的には、汚染が表面に留まっている金属は、磨いて再利用することもあるのですが、福島
   原発ではスクラップとして売れるものではないでしょう。
    これは天文学的な量の廃棄物です。処理費用二〇兆円という私の試算さえ過小評価かもしれません。
   日本とアメリカを含む八七ヵ国が、放射性廃棄物の海洋投棄を禁ずるロンドン条約を締結しています。
   したがって、東京湾の埋め立て地に持ち込まれれば条約違反といえるかもしれません。

 p.84-85 セシウムを吸着する性質を持つゼオライト(沸石)という鉱物があります。それを詰めた遮水壁  
     で囲んだ巨大な処分場を敷地内に建設する手もあります。廃棄物を保管するだけの目的で建てると
     意味では石棺と似ていますが、チェルノブイリと違って核燃料は運び出さなければなりません。海
     辺なので、再び津波が来る可能性があるからです。
      福島第一原発では核燃料を移動させるのに二〇年、仕上げに一〇年を要するでしょう。普通なら
     燃料を運び出せば放射能汚染の九九パーセント以上が片付きます。しかし福島第一の各号機では核 
     燃料の所在と状況さえ不明で、はるかに時間がかかります。
      通常の廃炉手順では、核燃料を搬出した後すぐには施設を解体できません。作業員の被曝を抑え
     るために、放射性核種の崩壊を待つのです。しかし、今回は放射性物質が隔離されておらず、全体
     が汚染されています。数十年も待っていれば風雨で広がってしまいますから、早めに取り掛かる必
     要があります。

 p.85 アメリカでは、汚染が比較的軽い原発の廃炉費用が約八〇〇億円です。仮に福島第一原発の一-四号
   機の汚染が比較的軽かったとしても三二〇〇億円かかる計算ですが、今回の事故を踏まえればその一
   〇倍は必要でしょう。各号機の廃炉だけで三-四兆円はかかることになります。

 p.85-86 さらに、核燃料を取り出せたところで、それをどのように処理し、どこへ保管するのかもわかり
     ません。日本ではプルサーマル(再処理)の計画があったためか、スウェーデンやフィンランドの
     ように長期保存について具体的な場所が決まっていません。もっとも、地層処分の安全性はまった
     く未知数です。たとえプルサーマルに成功したとしても(成功の可能性は限りなく低いですが)、
     放射性廃棄物は最大で三〇パーセントしか減りませんし、いずれにせよ避けて通れない問題なので
     す。


 今日は、ここまでに留めておきましょう。これを書いていて、気持ち悪くなってきたからです。現実を直
視することの辛さが身に染みます。原発事故の被害の大きさは、どんな喩えを用いても正確に表現すること
はできないでしょう。原発関係者は、今こそ勇気をもって、一番よい道を発見してほしいものです。そのた
めには、小生も微力ながらどんなことでも協力するつもりです。「脱・原発」を唱えている人も、原発関係
者同士の責任のなすり合いや、推進派との間の確執に拘っている場合ではないと思います。国民のひとりひ
とりが、問題の重大さと深刻さに目覚めて、自分にできることをなすべきでしょう。
 次回は、このつづきに言及する予定です。

                                                 
 2012年5月28日(月)

 本日は、久しぶりに、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集
英社新書、2012年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  三章 廃炉と放射性廃棄物処理

 p.79 原発の廃炉はただでさえ大変な作業です。福島第一原発では、どのような方法が考えられるでしょ
   うか。一機で成功すれば、少なくとも一-三号機の間では応用が利きますが、大きな問題が二つありま
   す。核燃料そのもの、そして核燃料が触れた高濃度汚染物のそれぞれをいかに処理するのか。突き詰
   めれば長寿命核種のプルトニウムを含んだものをどうするのかということです。

 p.79-80 今の状況下で圧力容器や格納容器から核燃料を取り出す技術は存在しません。もちろん、人間は
     入れず、すべてを遠隔操作せざるを得ませんが、あれほどの放射能のもとで、長時間にわたって正
     常に動作してくれるカメラが必要となります。宇宙では放射線が機器に影響を及ぼしますが、月面
     を撮影するよりもひどいかもしれません。さらに、一度使用すると機器自体が汚染されて線源とな
     り、メンテナンスさえ危険になります。使い捨てにせざるを得ないでしょう。

 p.80 直径一〇メートルもある格納容器の床から溶融した核燃料を剥がす方法は、誰も思いついていませ
   ん。一本の燃料集合体には約一七二キロのウランが含まれていますから、一-三号機の原子炉だけでも
   約二五七トンのウランを回収しなければなりません。格納容器の蓋から底までの高さは三五メートル
   もあります。その距離から遠隔操作のクレーンを用いて、熔融し金属と混じった燃料を探し出すので
   す。


 今日は、体調不良ゆえに、ここで打ち切りにします。次回は、このつづきに言及します。

                                                  
 2012年5月23日(水)

 本日も、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集英社新書、20
12年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  二章 福島第一原発の各号機の状況(つづき)

 p.71 四号機は二つの深刻な問題を抱えていました。まず、プールにあった炉心のうちの一つは定期点検
   のために一一月に原子炉から取り出されたばかりでした。四ヵ月しか冷やされていないため、何メガ
   ワットもの熱を発していました。そもそもマーク I 型の使用済み核燃料プールは遮蔽されていませ
   ん。つまり、四号機は“格納されていない炉心”を冷却する機能を失っていたのです。

    さらに、NRCは、地震によって四号機のプールにひびが入ったと聞いていました。真偽のほどは
   不明ですが、仮に水漏れがあるとすれば冷却が一段と困難になります。少なくとも揺れによって水が
   溢れ出したことは事実であり、恐らく水位は一メートルほど下がったでしょう。そのうえで、まだ
   “完全に近い”炉心が冷却を失いました。すぐにプールんお水は沸騰し、蒸気が敷地外へと流れ出し
   たのです。

 p.71-72 NRCは使用済み核燃料プールが乾ききり、発火することを非常に心配していました。あまりに
     も熱くなって金属が燃える現象です。水では消火できません。そのような状態になると、水をかけ
     れば事態は悪化します。自ら発生した酸素がジルコニウムを酸化させるうえに、水素が発生して爆
     発します。最悪の事態です。そのため、私は「四号機の使用済み核燃料プールが煮詰まれば、(ス
     テロイド剤で)強化されたチェルノブイリになる」という表現を用いたのです。一〇-一五年分の
     核燃料が大気中で燃えるという世にも恐ろしい状況です。

 p.72 四号機の建屋は、構造が弱体化し、傾いています。事故後、東電は作業員の健康をリスクにさらし
   ながらプールを補強しました。それだけ損傷が激しかったのです。うまく下に支柱を並べましたから、
   危機的な状況に陥ることは考えにくくなりました。それでも不安定には変わりがありません。事実、
   二〇一二年一月一日午後に地震が起きた際には、その影響で四号機の使用済み核燃料プールに隣接し
   たタンクの水位が急激に低下するという現象が見られました。大きな地震に襲われた場合に倒壊する
   可能性が、四つのなかでは最も高いといえるでしょう。
    耐震性を高めるために打つ手はあまりありません。再び震度七が来ないことを祈るだけです。七は
   稀なので、確率は低いですが、東京の友人には四号機が崩れれば即座に逃げるよう助言しています。

 p.72-73 それは科学にとって未知の世界です。取り出して間もない、完全に近い炉心が入った使用済み核
     燃料プールで起きる火災を消し止める方法など、誰も研究すらしたことがないのです。事実上燃え
     るがままに任せるしかないのだとすれば、それは解決策などとは呼べません。

 p.73 大気圏内で行われた歴代の核実験で放出された量を合わせたほどの放射性セシウムが、四号機のプ
   ールには眠っています。原子炉は原子爆弾よりはるかにたくさんの放射能を抱えているのです。四号
   機の使用済み核燃料プールは、今でも日本列島を物理的に分断する力を秘めています。

 p.77 四号機では上部のクレーンが破壊されました。クレーンは二つあります。小さな緑色の方は燃料集
   合体を動かすなど、一-二トンにしか使えません。まずは使用済み核燃料をキャスク(使用済み核燃料  
   輸送容器)へ移さなければならないでしょう。通常の形で水に浸かっている燃料集合体は三-四年も経
   てば空気中で保管できるほどにまで冷めます。そこで直径三メートル、厚さ七・五センチもある鋼鉄
   製のドラム缶に入れるのです。核燃料を詰めた状態で重さは約一〇〇トンです。それを地面へ降ろし、
   横に向けて運び去らなければなりません。

 p.77-78 四号機ではとりわけ重要になりますが、最終的には四基すべてで求められる作業です。それなの
     に、必要なクレーンがないのです。万一落した場合の被害を考えると、普通のクレーンは使えませ
     ん。ケーブルが一本切れてもスペアがあるというように、不具合が生じてもバックアップがある設
     計のものが必要です。もしドラム缶を落としてしまえば、プールから水が抜け、東京を壊滅させる
     火災を引き起こす可能性があります。つまり、建物全体が損傷を受けてぐらついている状況で、ど
     うやって使用済み核燃料プールの燃料をキャスクへ移すのかという、深刻な問いが待っています。

 p.78 東電は、コンクリートを用いたコンテナで一-三号機を覆う案を発表しています。おもちゃの繭でし
   かない建屋カバーではなく、クレーンを設置できるほど構造的に安定した建造物が求められます。地
   上のキャスクを三〇-四〇メートル持ち上げ、プール内に置き、キャスクの中に核燃料を並べ、蓋を閉
   め、再び持ち上げ、地面に降ろし、運び去るという作業を、五〇回もこなすことが必要です。一回だ
   けならばリスクを冒せるかもしれませんが、五〇回すべてに成功しなければならないとなると、オッ
   ズは大きく変わります。

    四号機は傾いていますから真っ先に核燃料をプールから取り出すべきですが、これまで述べたよう
   に簡単にはいかないのです。一号機と三号機でもクレーンが壊れていますが、建屋のダメージが比較
   的軽いので時間はあります。新たな使用済み核燃料を地上に建設し、二〇トンほどの小さなキャスク
   を造り、少しずつ運び出すという手があるかもしれません。自分の専門分野とはいえ、どこから手を
   つけていいものか途方に暮れるような状況です。


 ガンダーセンの記述が本当ならば、福島第一原発は相変わらず極めて危険な存在であることになります。
しかも、そのような危険が回避されたとしても、これまでに外界へ放出された放射能の量は半端ではないの
で、そちらの方の影響もこれから深刻化するでしょう。さらに核廃棄物の処理問題が控えています。わたし
たちは何かそれに匹敵する罪を犯したのでしょうか。ここまでひどい惨状を目の当たりにして、なお原発を
再稼働させようと企てている人たちは、どういう料簡を抱いているのでしょうか、小生には不思議で仕方が
ありません。やはり、危険に対する感受性が磨滅しているとしか思えません。少しでも多くの人が原発の恐
ろしさを根底から認識し、こころある科学者は、それに代わるエネルギー源を速やかに開発すべきでしょう。
 さて、次回は、「三章 廃炉と放射性廃棄物処理」に言及する予定です。

                                                 
 2012年5月22日(火)

 本日は、再び、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集英社新
書、2012年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  二章 福島第一原発の各号機の状況(つづき)

 p.59 科学者の観点から最も興味深いのが三号機です。格納容器のどこかに漏れがあるのは確実で、今な
   お蒸気は逃げています。何年にもわたって放出が続くでしょう。やはり核燃料の大部分はメルトダウ
   ンし、さらにメルトスルーしています。建屋地下には膨大な量の汚染水が溜まっています。二〇一一
   年一一月には毎時一六〇〇ミリシーベルトという高い放射線量計測されています。爆発の規模を除け
   ば、ここまでの状況は一号機と似ています。

 p.60 格納容器の破損が最も深刻なのは二号機ですが、ベントが行われた三号機でも遮蔽が機能していま
   せん。強い爆発で配管にひびが入るか、開けっぱなしになったベントのバルブから放射性物質が漏れ
   ているかもしれません。ベントを行った後にバルブを閉じることができませんでしたから、酸素が入
   り込む恐れがあり、それは水素爆発の誘因になります。

    建屋カバーを設置することはなかなかできないでしょう。瓦礫を取り除く作業には着手しています
   が、まだ一日当たり数十億ベクレルの放射性物質が炉心やプールなどから立ち上っています。二〇一
   一年秋に公表された東電のビデオでも、二号機と三号機からガスが発生しているのが見えました。夏
   にはわかりにくかったのですが、気温が下がったために見えるようになったのです。

 p.66 向こう一〇年にわたって海中で核燃料の破片が見つかると思います。セシウムやストロンチウムだ
   けでなく、プルトニウムも含んでいます。放射能が一〇〇〇の一になるまで二五万年も付き合わなけ
   ればならないのです。これらは徐々に海中に溶け出します。セシウムやプルトニウムは水溶性なので、
   生物濃縮のプロセスに取り込まれやすいのです。すでにそれは始まっているでしょう。除染の一環と
   して、たとえば海岸から三キロの距離まで、使用済み核燃料の破片を探すべきなのです。

 p.67 即発臨界(これについての本書の記述は割愛しました。一応、解説を〈ウキペディア〉から引用し
   ておきますので、参考にしてください。なお、ほぼ原文のままです*)を水素爆発から区別するのは、
   音速を超える衝撃波です。なぜ業界がこの話を避けるかというと、格納容器の設計が一因です。爆発
   には“デトネーション(detonation)”(爆轟〔ばくごう〕:化学反応を伴う爆発のうち音速以上の
   速さで伝わる現象)と、“デフラグレーション(deflagration)”(爆然)があります。水素爆発は
   後者で、音速未満つまり比較的遅い衝撃波です。非情に強力であることに違いありませんが、デトネ
   ーションほどではありません。爆発というよりも燃えるのです。ヒンデンブルグ号は空中で爆発した
   のではなく燃焼しました。
    とはいえ、もし建屋ではなく格納容器でデフラグレーションが起きれば、現状より大きな穴から放
   射性物質が逃げ出すわけで、深刻であることに変わりはありません。言うまでもなく、建屋もカバー
   も吹き飛びます。今なお起き得ることです。二号機では水素が検出されていますし、三号機だって近
   寄ることができれば、同じ状態であることがわかるでしょう。これが現状で、大きく改善しません。
   スリーマイルでは格納容器に穴が空き(ママ、普通は「開き」か)、放射性物質がが漏れだしました。
   デフレグレーションであり、破壊はされませんでした。

   * 「臨界状態」とは原子炉で、原子核分裂の連鎖反応が一定の割合で継続している状態のことをいう。

    未臨界、臨界超過

    連鎖反応の量が反応を持続できるほどの規模に達しておらず時間とともに減少する場合、この
   状態を臨界未満または未臨界と呼ぶ。 一方で、連鎖反応の量が時間とともに増加していく場合は
   臨界超過(俗に超臨界)と言い、原子炉の出力を引き上げている時点ではこの状態にある。言う
   までもなく幾多の安全装置が組み込まれているが、この時に想定されていない違法な操作を行う
   と暴走による臨界事故等を引き起こす可能性が出てくる。
    尚、通常の原子炉ではウランの核反応により240Puをはじめとする自発核分裂を起こす物質が生
   成する。従って原子炉においてウランに着目し狭義の臨界状態か否か厳密に言えば、未臨界状態
   にある(外部から中性子線の供給がある状態で釣り合う=ウランの反応だけでは釣り合わない)。
   商用炉では、停止状態から出力を引き上げ(この時臨界を超過した状態)定格に達し、その状態に
   必要な核分裂連鎖反応を維持できる状態に到達したときに臨界達成としている

    即発臨界と遅発臨界

    原子核分裂の反応によって生成される中性子は、ウラン、プルトニウム等の核燃料物質が核分
   裂反応を起こしたときに発生する即発中性子と、その際の核種がさらに放射性崩壊を起こすとき
   に核種の存在分布により一定割合で放出される遅発中性子とに分けられる。臨界状態に達するの
   に遅発中性子が必要ならば遅発臨界、即発中性子のみで臨界状態に達するならばこれを即発臨界
   と呼んで区別することがある。
    連鎖反応で遅発臨界が支配的な場合には臨界状態制御が可能となる、という重要な性質がある。
   これは、通常、即発中性子は高エネルギー(=高速)で放出されるため、原子核に衝突しても散
   乱を起こして捕獲されず従って連鎖反応が発生せず、遅発中性子は比較的エネルギーが低いため、
   減速材を用いることで熱中性子とすることができるからである。
    原子炉に利用される核燃料物質は、物質中の原子核に熱中性子が捕獲されることで核分裂を起
   こす。また即発中性子に比べて遅発中性子の発生は時間的な差すなわち余裕がある。このことは、
   制御棒などの人間活動的尺度で時間のかかる機械的操作をおこなうことで遅発中性子つまり熱中
   性子の“濃度”を制御できることを意味し、すなわち臨界状態に至る条件を人工的に制御できる
   ことになる。原子力発電所の炉心は、すべてこの状態で運転できるように設計される。
    一方、連鎖反応に即発臨界が支配的となった場合は、システム内の中性子数が短時間(例えば
   反応度が2倍になるまでにかかる時間がピコ秒のオーダー)で急激に上昇する。この状態が原子
   炉で起きた場合、もはや制御する手段はない暴走状態となる。プルトニウムを含む核燃料を利用
   するプルサーマル型原子炉では、その制御がより難しく、さらに発生する同位体240Puは自発核分
   裂というやっかいな性質をもつため、制御をさらに難しくする。

 p.67-68 一方、臨界でデトネーションが起きれば天文学的な被害をもたらします。業界は、そのような事
     態に備えて設計を変更したくないのです。というのも、遮蔽が破られることを前提とすると、電力
     会社は、たとえば半径一キロではなく一〇キロまで土地を所有しなければならなくなるでしょう。
     そんなコストを被りたくはありません。

 p.68 福島第一原発事故の汚染状況を示す地図では、北西方向へ赤色が延びています。もし格納容器がデ
   トネーションで破壊されていれば、さらに目を被うような状況だったはずです。日本列島がほとんど
   分断されていたでしょう。何世紀にもわたって居住には適さず、高濃度汚染を前提とした特別な車両
   でしか移動できないような土地が、広範囲に広がるということです。

 p.70 三号機の爆発はたしかに凄絶でしたが、一番の懸念材料は四号機であり続けてきました。NRCが
   当時の日本政府の勧告よりも広い八〇キロまでの避難を提言した理由でもあります。一九九七年に行
   われたブルックヘヴン国立研究所に研究によれば、四号機の使用済み核燃料プールで火災が起きれば、
   事故から比較的早い段階からがんによる死亡件数が最大で一三万八〇〇〇件も増える可能性があるの
   です。

    四号機のプールには炉心数個分もの使用済み核燃料が入っています。これは、一三ヵ月に一度点検
   のために停止する日本では一〇-一五年分、アメリカの原発では三五年分に相当します。逆にいえば、
   一、二号機の使用済み核燃料プールに取り出されたばかりの核燃料が入っていなかったのは幸いでし
   た。たまたま新しいものではなかったため、冷却が滞って水位が下がったとはいえ、露出するには一
   〇-一五日ほどかかったでしょう。崩壊熱が少なかった分だけ危険性が軽減されたのです。


 本日はここまでにしておきましょう。四号機の問題はかなり深刻で、ここに書き写すためには、今日はも
う気力も体力も使い果たしているからです。さて、科学者の責任について考えた場合、危険と名誉を天秤に
かけることはもはや許されない時代であることを、人類全体が認識する必要があるのではないでしょうか。
ロバート・オッペンハイマー(原爆の父)も、「ヒロシマ以後、科学者は罪を知った」と発言しています。
「原子力発電所を造ってみましたけれども、想定外のことが起こりまして、制御不可能になりました。つき
ましては、その実験施設は、向こう2万5千年ほど使えなくなります。その点をどうぞお含みおきください」
と言われて、「はい、そうですか」と頷く人は誰もいないでしょう。せめて、そういうことが再び起こらな
いように、しばらくは原子力と手を切るくらいの覚悟が要るのではないでしょうか。そんなに理不尽な要求
をしているつもりはないのですが、理解していただけない人もまたたくさんいそうです。どうしてことここ
に至って、原発を再稼働させたがる人がいるのか、小生の低劣な頭では理解できそうもありません。
 さて、次回も、「二章 福島第一原発の格号機の状況」のつづきに言及したいと思います。

                                                 
 2012年5月21日(月)

 本日は趣向を変えて、ネット記事〈ゴルゴ13総合研究所『俺の背後に立つな!』〉からの引用を試みた
いと思います。主宰者の許可は取っておりませんが、きっと許諾していただけると思います。ほぼ、原文通
りです。


 ゴルゴ13第64巻-3 2万5千年の荒野

 ■2万5千年の荒野(第223話) 発表1984年7月

 評価   ★★★★★

 依頼人  1.不明 2.ヤーマス発電所安全課長コモン・バリー技師

 ターゲット 1.G&E社会長 兼 NRC(原子力規制委員会)理事長リーバマン 2.原子炉内パイプ

 報酬    1.不明 2.$500,000

 今回弾丸発射数 2/ 通算弾丸発射数 1,313

 今回殺害人数  1/ 通算殺害人数   1,390

 今回まぐわい回数 0/ 通算まぐわい回数 79

  <ストーリー>
  ロス北方80キロ-南カリフォルニアの原子力発電所でメルトダウン事故の危機。放射能漏れが危惧さ
 れ一刻の猶予もない状況の中、ゴルゴが取った行動は・・・

  <この一言>
  なら・・・俺の仕事は終了だ・・・

  <解説>
  ロサンゼルス北方80キロの南カリフォルニアのG&E社のヤーマス原子力発電所。安全課長コモン・バ
 リー技師は再三に渡り工事期間の延期を提言したが、政治的思惑が優先し期間延長は認められず、運
 転が開始された。運転開始直後から原子炉内の温度と圧力が異常上昇、原子炉は制御不能の状態に陥
 り、メルトダウン(燃料棒溶融)事故発生の危機を迎えた。メルトダウン発生の暁には、広島型原爆
 の200倍から400倍の放射能が放出され地表・川・海・大気を汚染、生物の住めない環境をもたらす。
 タイトル『2万5千年の荒野』は原子炉から排出されるプルトニウム239の半減期が2万5千年であること
 に由来している。

  ゴルゴの神業的な狙撃を目撃したバリーは、メルトダウンを防ぐにため原子炉内のパイプを狙撃し
 て詰まった蒸気を逃がすことを思いつき、ゴルゴへ原子炉内での狙撃を依頼する。依頼内容・環境条
 件は下記の通り。

  ・放射能のもれた原子炉の中で、厚さ40ミリのパイプの1点を撃ち抜く
  ・蒸気がたち込めていて、的がよく見えない
  ・被爆〔被曝〕の可能性あり
  ・原子炉内の状況によっては1週間後に死ぬ確率は50%
  ・軽い被爆〔被曝〕でもガンや白血病にかかる可能性大
  ・子孫にまで影響を及ぼす

  ゴルゴは淡々と仕事を引き受け、バリーの仲間達が原子炉内で足場を作る作業を黙々と見守る。図
 面を頭に刻み込み、バリーとともに原子炉内に飛び込んだゴルゴは蒸気で視界が遮られたまま、記憶
 を頼りに見えないパイプを撃つ。狙撃の成功とメルトダウンの阻止を確信したバリーは、原子炉と共
 に命を投げ出すことを伝えると、ゴルゴは黙ってバリーのタバコに火をつける。ガイガーカウンター
 が鳴っているにも関わらず、命を賭した男に対し弔いを捧げるゴルゴの男気が熱い。

  原発と政治利権の絡み、原発メーカーと原発規制組織が表裏一体であることの弊害、エネルギー政
 策・原発政策の在り方、ヒューマン・エラーへの警鐘など、今日もなお解決されていない問題が本作
 では提示されている。本作は1984年7月の発表であるが、1986年4月にチェルノブイリ原発事故が発生。
 あたかもチェルノブイリを予言しているかのような内容に驚かずにはいられない。ズキューン


 以上です。小生がチェルノブイリ事故直後に、京都中をこの作品を求めて探し回った理由がよく分かると
思います。したがって、余計なコメントは省いた方がよいでしょう。なお、本作は、現在のところ簡単に入
手できるはずです。是非一読をお薦めします。

                                                  
2012年5月19日(土)

 本日は、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集英社新書、20
12年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  二章 福島第一原発の各号機の状況

 p.51-52 今回の事故では、通常および非常用の冷却システムが機能しませんでした。溶融した核燃料は、
     圧力容器の底を通り抜けて格納容器の底へ到達しています。冷やし続けるしかないのですが、格納
     容器ごと水で満たすにしても破損した個所から水が漏れ出してしまいます。そこで、格納容器の底
     から浄化装置に繋げています。仮にそのまま循環させてしまえば配管やポンプに誰も近づけなくな
     るほど、放射性が強いのです。誰も想定していなかった事態です。
      一号機では底のどこかから水が漏れているだけでなく、側面にも穴が開いています。ですから格
     納容器を水で満たすことはできません。しかも炉心は穴より高い位置にあり、冷却は非常に困難で
     す。
      格納容器が破損しているということは、水が圧力容器から流出しているだけでなく、格納容器か
     ら外へ漏れているわけです。この状態が何年も続きます。建屋地下の放射線量が高すぎて誰も近づ
     けず、解決できないのです。
      冷却の問題は長期に及びます。三-四年が経ってようやく、空気中で冷ませる水準まで核燃料の
     温度が下がるでしょう。そpれまでは水で冷やすほかに方法がなく、それは汚染水が漏れ続けるこ
     とを意味します。格納容器が破損し、建物の割れ目から汚染水が地下水へ流れ込んでおり、止める
     ことができません。いったん地下水に入ってしまった放射性物質を完全に取り出す術はなく、他の
     号機でも共通の問題です。

 p.53 一号機は地震そのものから構造的なダメージを被った可能性が高いようです。津波が到達する前か
   ら圧力や温度の異常があり、その理由は誰にもわかりません。中に入って確認できないのですから。
   つまり、一号機から学ぶべき事柄の一つは、地震がいかにして被害を引き起こしたかという点なので
   す。津波に目を奪われがちですが、地震からの直接的な損傷について、分析を進める必要があります。
   
    一号機は福島原発でもっとも古いわけですが、老朽化をめぐっては、バーモント・ヤンキーで驚い
   たことがあります。配管の摩耗についてです。タービン建屋にはクロスオーバー管という木の幹のよ
   うに太いパイプがあります。中心の穴は人が通れるほどで、バルブが付いています。元の厚みは六セ
   ンチあったのに、使い古された四十年後には二・五センチしか残っていませんでした。内側から摩耗
   していったのです。

 p.53-54 これに関しては、二〇〇〇年代に入ってから日本でも事故がありましたし、アメリカでもサリー
     原発で、内側からすり減った配管が爆発しました。このとき、放射能ではなく熱によって死者が出
     ています。

 p.54 人間の知る限り最も腐食性の高い物質は、実は純水です。金属から成分を補足する性質があるので
   す。通常の状態の使用済み核燃料プールの写真を見ると綺麗に透き通っているのがわかるでしょう。
   原子炉では不純物が混入せぬよう、そんな浸食性の高い純水を高温で使っています。

    疲労や腐食で壊れる前に配管を取り換えるという計画があります。年々改善していますが、完璧で
   はありません。たとえばパイプではまっすぐな部分よりも、曲がる箇所の方が早く傷みます。構造的
   な弱点で、バーモント・ヤンキーでもそこで破損が起き、トリチウムが漏れました。老朽化管理計画
   (AMP:Ageing Management Program)と呼ばれますが、同種のものは日本にもあるはずです。

    前述のように、原発には抜本的な改善が求められていません。建設当時の、四〇年前の水準を下回
   らなければ充分なのです。大きすぎる危険性を考慮すれば正しいとは思えませんが、それがルールに
   なってしまっています。

 p.54-55 地震だけでも多くのパイプが壊れたという証拠は充分にあります。それらの中には安全上不可欠
     ではないとされ、揺れに耐えることを求められていないものもあるでしょう。しかし、そうした非
     安全系の配管だとしても、原発では問題になり得るのです。まず、状況によっては、消火用ホース
     のように動き回って、他の機器にぶつかる恐れがあります。また、制御室や電気系統に近ければ、
     放射能を帯びていない蒸気だけでも危険です。いずれにせよ、一号機を事例とする耐震性の真相究
     明は、今後のリスク管理にとって欠かせません。

 p.55-56 二号機は見た目こそ一番ましですが、格納容器の破損が最も深刻です。東電によると八センチの
     亀裂が入っています。格納容器の内部で爆発が起きたようです。水素爆発との関連で考えると、ベ
     ントに失敗したにもかかわらず酸素がどこから入ってきたのかが不明です。窒素で満たされていた
     ため爆発しないはずでしたが、構造的に弱い部分が圧力に負けたのでしょうベントが行われた一号
     機と三号機では、格納容器の外側にある建屋が爆発しました。

 p.56 二号機は爆発しなかったとのちに訂正されましたが(二〇一一年一〇月二日)、格納容器の損傷は
   明らかで、何らかの爆発はあったものの、認めたくないのでしょう。私は東電や原子力安全・保安院
   の発表を追ってはいますが。鵜呑みにしてはいません。二号機で格納容器の圧力が失われ、放射能の
   外部への放出量が急激に増加した事実をデータが示しています。私が意見交換している他の技術者も、
   脚の部分で爆発があったのではないかと考えています。格納容器と圧力抑制室を繋げるパイプで、マ
   ーク I 型の弱点の一つです。
    二号機でも核燃料の大部分は格納容器の底まで溶け落ちています。二〇一一年初秋に東電が公表し
   たビデオによると、蒸気は制御室のある階に到達しています。格納容器が破損していなければ、メル
   トスルーがあったとしても見られない現象です。

 p.56-57 格納容器が破損している一、二号機からは、何年にもわたって大気と地下水に放射能汚染が広が
     り続けます。二〇一一年八月には一号機と二号機の間で毎時一万ミリシーベルトを超える放射線量
     が記録されました。やがてパイプを繋いで放射性物質をフィルターにかけながら排気筒から蒸気を
     逃がせるようになるでしょう。もちろん深刻ではありますが、一、二号機は、残りの二基よりはま
     だ扱いやすいといえます。

 p.57 水位計や中性子線測定器が壊れているため、原子炉の様子は温度計や圧力計の数値をもとに推測す
   るしかありません。一、三号機と比べて線量の低い二号機では、格納容器内の気体の放射性物質の外
   部放出を防ぐ装置が一〇月二八日に始動しました。これによってガス成分調査が可能になり、キセノ
   ンが検出されました。再臨界の可能性が示唆されたのです。

 p.57-58 燃料と水が一定の条件で配置されると生じる核分裂の連鎖反応を「臨界」と呼びます。通常の運
     転時はこれを制御しながら発電します。燃料の形状と水温が条件を満たしていれば、今でも居所的
     に起きる可能性を否定できません。ウラン235の核分裂生成物。ヨウ素131(半減期八日)、
     133(同二〇・八時間)、135(同六・六時間)がそれぞれキセノン131(同一一・八日)、
     133(同五・二日)、135(同九・一時間)に崩壊したということになります。

 p.58 水素濃度の上昇とキセノンの検出を受けて東電は、ホウ酸水を注入して核分裂反応を抑えたうえで、
   臨界はなかったと言い換えました。制御棒は跡形もありません。原子炉が熱すぎてウランより先に溶
   けてしまいました。そこで、冷却水にはホウ酸が加えられています。制御棒は連鎖反応を止めるため
   に中性子を吸収するホウ素を含んでいるのです。キセノンが微量だった事実を根拠に、次にような説
   明がなされました。中性子を吸収したウラン238などがキュリウム242(同一六三日)と化し、
   自発核分裂を起こしたのではないか。これは中性子がなくても原子炉内で常に見られる現象で、連鎖
   的ではなく一時的なものである。

 p.58 福島原発のような低濃縮の燃料では、ウラン原子の間に水の流路がなければ核分裂が続きません。
   溶融した燃料から発せられているのは核分裂生成物の崩壊熱で、新たな分裂が起きているわけではな
   いのです。基本的には核燃料が崩れてしまえば再臨界は起きにくくなります。しかし、燃料集合体が
   一つでも原形をとどめているならば危険せいがあります。

 p.58-59 燃料棒は水で囲まれていますから、流路が確保されています。通常、炉心は中心部が最も熱くな
     っています。新しい燃料棒を外側に入れ、古いものを順次内側に押し込むためです。暖炉でも真ん
     中の薪が燃えるに従って周りから足していきますね。一-三号機では圧力容器の内壁に沿って核燃
     料が一部残っている可能性があります。つまり容器を水で満たすにあたっては、溶け落ちていない
     側面の核燃料が反応しないように気を配らなくてはなりません。


 今日はここまでにしておきましょう。福島第一原発が制御不可能になったことにいまさら何を言っても始
まりませんが、そのような状態になる可能性を徹底的にシミュレートして、どんな手を打ったらよいのか予
め考えておくことは、原発のようなきわめて危険な施設においては不可欠なことではないのでしょうか。に
もかかわらず、事故が起こって以降、分からないことだらけとはいったいどういうことでしょうか。小生の
ような素人には、そんな危ないものをよく平気で運行していたものだ、と溜息を漏らすしかありません。一
部の科学者には、恐怖を感じる神経がないのではないかと訝りたくもなります。もはや言い訳はいりません。
最大の努力を払って、少しでも安全な状態を取り戻してほしいものです。
 次回は、「二章 福島第一原発の格号機の状況」のつづきに言及したいと思います。

                                                  
 2012年5月18日(金)

 ずっと探していた『ゴルゴ13』(さいとう・たかを)の「2万5千年の荒野」(1984年7月作品)を入手し
ました。チェルノブイリの原発事故の直後、京都の本屋を探し回っても手に入れられなかった作品です。まだ
読んでいませんが、じっくりと味わってみたいと思っています。さらに、『日本原発小説集』(柿谷浩一 編、
井上光晴/清水義範/豊田有恒/野坂昭如/平石貴樹 著、水声社、2011年)も手に入れました。こちらの方も
暇をみつけて繙いてみたいと思います。

                                                
2012年5月17日(木)

 本日も、昨日同様、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集英
社新書、2012年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  一章 事故の真相とマーク I 型のリスク

 p.28 事故原因を“前代未聞”の自然現象に帰してしまえば、東電は責任を逃れることができます。しか
   し、過去に今回のレベルを超えるマグニチュードの地震は環太平洋上で起きており、そのような地震
   によって生じる津波が想定できなかったとはいえません。二〇〇七年に地震で損傷して停止した柏崎
   刈羽原発でも、対策の甘さが露見していました。

 p.28-29 また、想定するしないにかかわらず、常にリスクを抑える努力をするのが当然です。福島第一原
     発各号機に二つずつ備えつけられていた非常用ディーゼル発電機は、海に近い地下階に並んでいま
     した。元来の配置から外れたこの設計変更は、経済産業省の認可を受けています。矛盾を指摘する
     声が技術者から寄せられていたそうです。安全であるためには、ディーゼル発電機は海側ではなく、
     陸側の高い位置に、それぞれ異なる高さで置かなければなりません。リスクを分散し、一方がやら
     れても片方が生き残るようにするわけです。特別なディーゼルなので安くはありません。一台当た
     り一〇〇〇万ドル(八億円)というところでしょうか。ですが、丘の上へ移動し、配管や電線で繋
     ぐだけです。建物は耐震性の基準をクリアしなければなりませんが、それでも八〇億円ほどで解決
     できた問題です。

 p.29 地下を選んだ理由の一つはディーゼル発電機が非常に重いためでしょう。地震の揺れに備えて重心
   を下げたかったのかもしれません。しかし海側で浸水の危険性があるわけですから、少なくとも一台
   は高台へ動かすべきでした。

 p.29-30 確実にいえるのは、空冷ディーゼル発電機と防水性の高い海水ポンプさえあれば、福島第一原発  
     一-四号機もここまでひどい状況には陥らなかった可能性があるということです。いずれも第二に
     は採用されていました。

 p.30 ところが、原子力業界では安全基準に遡及効が働かないのです。奇妙な話ですが、よくある現実で
   す。たとえば、自動車を例にとって考えてみましょう。一九六〇年代の車はブレーキライトが一つし
   か付いていないかもしれません。しかし当時の認可を受けているため、走らせることができます。一
   九七〇年代以降の車にはブレーキライトが二つ必要です。六〇年代のモデルには求められなかったか
   らといって言い訳にはなりません。技術が進化しても、昔の基準を満たしていれば運用を続けられる
   ことがあるのです。
    しかし、こうした慣例は、原発のように巨大な潜在リスクを抱えた施設には、あてはめるべきでは
   ありません。少なくとも、耐用年数に達して二〇年の延長を申請する際には考え直されるべきです。
   自分たちが承認し、四〇年間も運転してきた設計なのだからどうしようもないとNRCは言いますが、
   できることはあります。設計変更を義務づけるのです。

 p.31 福島第一で使われているGE社のマーク I 型の格納容器は改修できるものではありません。容積が
   小さすぎるという根本的な問題の解決策は心臓切開手術のようなもので、試みられないでしょう。し
   かし事故の直接の引き金となった二つの要因は調整できました。空冷ディーゼルも防水性の高いポン
   プも業界では使われていました。出費を惜しんだだけです。

 p.31-32 私がかつて働いていたコネチカット州ロングアイランド湾のミルストーン原発では、次第に細く
     なる海峡をめがけて進むハリケーンが、ブルドーザーのように水位を押し上げます。次の点で、ミ
     ルストーン I は福島第一とそっくりです。この原発は、一定の高潮を前提に建てられていました。
     隣には五年後に完成し、より高い波を想定したミルストーン II。その隣には、さらに強化された
     ミルストーン III。しかしNRCは、リスク計算の結果が変わったのだから古い原発の設計を変更
     せよとは命じませんでした。一度設計されてしまうと、デザインがタイムカプセルに閉じ込められ
     てしまうかのようです。
      なぜでしょうか。業界の圧力に屈したNRCは“back-fit rule”(当時の基準を満たしていれ
     ばよい)という規則を適用しています。最新の安全基準を反映した設計変更を行う場合、便益が費
     用を上回らなければならない、というのです。損益計算の概念そのものが悪いわけではありません。
     ただ、リスクの算出方法まで自分たちの都合で決定する裁量が業界側に事実上与えられているので、
     対策費用が被害予想額を上回るとして改善を避けることが容易になっています。コストがとても高
     い割に恩恵が少ないので採算が合わない、というように、結論から逆算するのです。

 p.32 これは、大津波が起きる可能性が非常に低いとし、ポンプやディーゼル発電機はそのままで構わな
   いと言い放つことに繋がります。実際に警告を発していた科学者がいるにもかかわらず、確率を自ら
   の都合で解釈してきた東電や経産省は、結論ありきのコスト優先の計画に津波の予測を合わせたよう
   にみえます。「これだけの津波が来る恐れがあるから、対策を講じよう」という姿勢とは、順序が逆
   です。

 p.33 福島第一原発事故の三週間前に、妻のマギーと交わした会話を公にしなかったのは、とても残念な
   ことです。スリーマイルのような原発事故が再び起きることはあるだろうか、とマギーに尋ねられ、
   私は答えました。「どこかはわからないが、GE社のマーク I で起きるだろう」と。

 p.33-34 アメリカに二十数基、日本に十基あるマーク I 型BWRは、設計上の問題が致命的です。バー
     モント・ヤンキー原発ではここ何年もマーク I 型の格納容器が槍玉に挙がっています。明らかな
     弱点を抱えているからです。

 p.39 四半世紀も前から危険性が指摘されていた格納容器のサイズは、事故が深刻化した根本原因の一つ
   です。福島第二原発はマーク II 型の格納容器で乗り切りました。

 p.39-40 核燃料が圧力容器の底へ溶け落ちる現象が“メルトダウン”です。炉心損傷が発生しても隠蔽さ
     れてきたこれまでは、専門家にも理論上のものだと考えられてきました。そして圧力容器の底から
     漏れ出すのが“メルトスルー”だと、冒頭で触れたように用語として定着したのです。一ヵ所だけ
     とは限りませんが、ソフトクリームのように搾り出されたのではないかと私は考えています。一度
     に落下していれば水蒸気爆発が起こって建物はもっと被害を受けていたでしょう。水と接触して派
     手な化学反応が起きていたことは確かですが、爆発を起こすほどの大量のウランが一気に出てきた
     わけではなかったと思います。

 p.42-43 三号機が爆発したとき、三つの爆発音が響くビデオがユーチューブにアップされました。それを
     初めて聞いたとき、違和感がありました。あまりにもはっきりしていたのです。あの距離ならば、
     もっと音がこもっているはずでした。そこで、米科学者団体「憂慮する科学者連盟」に所属するデ
     ーヴ・ロックバウムにリンクを送ってみました。彼はGEの技術を用いた原発で働いた経験があり、
     二〇〇九-二〇一〇年にNRCに勤めていました。そして、「関わらない方が良い」という彼の助
     言を参考にしたのです。結局、専門家の解析によって、爆発音は後から追加されたものだと判明し
     ました。ネット上で拡散し、今でも「三つの爆発音」に言及する人は多いですが、偽物でした。


 何度も指摘されていることですが、コストのことが優先されるならば、そもそも原発には手を出すべきで
はないし、コストから推し量って地震や津波に対する備えを考えるとすれば、本末転倒です。『実際に警告
を発していた科学者がいるにもかかわらず、確率を自らの都合で解釈してきた東電や経産省は、結論ありき
のコスト優先の計画に津波の予測を合わせたようにみえます。「これだけの津波が来る恐れがあるから、対
策を講じよう」という姿勢とは、順序が逆です』という文に触れて、嘆いても嘆き足りない気分に襲われま
す。ともすれば、「小生のようなロートルは、どうせこの先長くないし、目くじら立てて原発問題に関わら
なくても構わないだろう」と言い訳して、すたこらさっさと逃げ出したくなります。この無力感が大敵だと
知りながら……。とはいうものの、無駄かもしれませんが、何度でも書きます。「原発を金儲けの手段から
外してくれ!」、と。あまりにもリスクが大きいので、経済的にも儲かるとはとても思えないからです。
 さて、次回は、「二章 福島第一原発の格号機の状況」に言及する予定です。

                                                 
 2012年5月16日(水)

 本日は、久しぶりに、『福島第一原発 ──真相と展望』(アーニー・ガンダーセン 著、岡崎玲子 訳、集
英社新書、2012年)に言及しましょう。例によって、ほぼ原文通りです。


  一章 事故の真相とマーク I 型のリスク

 p.21 福島第一原発で起きたのは、チェルノブイリのような原子炉の暴走ではなく、スリーマイルと同様
   の冷却材喪失事故でした。一-四号機は地震で外部電源を失ったうえに、非常用ディーゼル発電機を含
   む電源設備が津波の被害に遭い、全交流電源喪失に至りました。さらに、三号機以外は非常用直流電
   源(バッテリー)が冠水しました。しかし、重大な要因はそれだけではありません。東電や日本政府
   は真の事故原因をきちんと公表していません。防波堤さえ強化すれば原発の安全性が確保されるわけ
   ではないのです。

 p.22 日本の原発が海沿いに建てられていることには理由があります。原発は、最終的に海水を使って徐
   熱しているのです。津波ではディーゼル発電機だけでなく、海岸沿いの冷却用海水ポンプも壊滅しま
   した。燃料の崩壊熱を運ぶ汚染された冷却水の循環系統と、そこから熱を除去する海水の系統は分か
   れており、後者はこのポンプに頼っています。両者は熱交換器を通じて熱の受け渡しを行います。つ
   まり、海水ポンプ設備が壊れてしまえば、最終放出先である海へ熱を逃がすことができないのです。
   この手段を失うことは、最終的な冷却機能(UHS:Ultimate Heat Sink)の喪失と呼ばれます。

 p.23 緊急炉心冷却が機能しなかったもう一つの理由は、バッテリー切れで制御不能となったことです。

 p.24 また、使用済み核燃料プールの冷却にも電源が欠かせません。蒸気を駆動源とするHPCI、RC
   ICは一定の原子炉圧力がないと運転できない構造なのです。
    冷却用海水ポンプが破壊されてUHSを喪失した一-四号機では、交流電源に依存しない冷却系の機
   能喪失が長引き、一-三号機はメルトダウンに至りました。もしディーゼル発電機が無事だったとして
   も、防げなかったのです。なぜなら、海水ポンプが流されたり、取水口が砂で埋まったりして海水取
   水系の設備は壊滅しており、仮に電気が通じたとしても全く使えない状況でした。代替する設備は用
   意されていませんでした。海水を利用できなければ、原発内の冷却水を最終的に徐熱できないのです。

    福島第二が同じ波を耐え抜いた一つの理由は、新しいポンプにあります。第一のものより防水対策
   が厳重だったのです。熱交換器建屋に設置されていたため、浸水したもののポンプ本体が津波に直接
   襲われずに損傷を免れました。モーターの交換によって冷却機能が回復できたのです。第二も停電寸
   前でしたが、海水取水系設備の違いによって冷却ができる状況でした。

 p.25 結局のところ一-三号機は、冷却用海水ポンプが原因でメルトダウンが運命づけられていたのです。
   もし仮に、丘の上に空冷ディーゼルを設置していても、海水を循環させて冷却水の温度を低く保てな
   ければ、長時間燃料を冷やすことはできませんでした。逆にポンプさえ防護されていれば、バッテリ
   ーや電源車で動かして熱を逃がせたでしょう。なぜ東電はこの話を避けるのでしょうか。

 p.26-27 地震や高潮を差し置いても、原発を狙ったテロリストにとって冷却用海水ポンプは恰好のターゲ
     ットになり得ます。アメリカでは取水設備の構造物が警備の対象になっていませんから、爆発物を
     積んだ船を海から乗り入れて衝突させるだけです。広くは報道されなかった一件ですが、マサチュ
     ーセッツのピルグリム原発で二〇一一年七月一二日に騒ぎがありました。ある晩、動力を失ったノ
     ルウェーの帆船がケープコッド湾に迷い込みました。明かりが灯された大規模な工業施設が見えた
     ので、近づいて錨を下ろし、朝を待つことにしました。陽が上り、原発の守衛が外に目をやると、
     その船は警備ラインのはるか内側まで侵入していたのです。取水設備まで一〇メートルの距離へ迫
     っていましたから、冷却機能を麻痺させようと思えば、ポンプを爆破できました。ごく簡単なこと
     なのです。

 p.27 アメリカの原子力潜水艦の周りにはジャージーバリア(コンクリートの保護壁)が浮かんでいます。
   基地に停泊中、破壊行為から守るためです。核施設にも必要だとNRCに訴えているのですが、コス
   トがかさむので業界は抵抗しています。

    福島第一の五号機が無事だったのは、設計変更が一因です。教訓の一つは、古い原発でシビアアク
   シデントが起き、新しいものが切り抜けた点です。設計はどのように改善されていたのでしょうか?
   これは、責任問題にも発展します。新たな技術上の発見があったのに、なぜ旧型には適用しなかった
   のか? 答えは“採算”です。初期投資の上に支出を重ねたくなかった。また、リスクの存在を認め
   ること自体、好ましくありません。「旧型も十分に安全だが、こちらは特別に安全だ」というわけで
   す。


 今日はこれくらいにしておきましょう。安全より採算を考える経営者は、利潤に対する意識は高いのでし
ょうが、人命を尊重するこころには欠けているようです。これこそまさに本末転倒でしょう。原子力施設の
極めて高い危険性について、改めて認識し直していただきたいものです。次回は、「一章 事故の真相とマ
ーク I 型のリスク」の後半に言及する予定です。

                                                 
 2012年5月12日(土)

 片付けておきたい仕事があったので、大学に来ています。ほんの少しだけ片付きました。今日は、それで
満足しましょう。このコーナーへ書込みをする時間が少しでも増えればいいのですが……。
 ところで、共通教育の「倫理を考える」と同じ内容の資料ですが、「現代思想論 I」で学生に配布した資
料を以下に掲げます。なお、実際に配布した資料に追加した作品(最後の二つの漫画がそれに当たる)があ
ります。

  【現代思想論 I 】資料01

  ○ 観ておきたい原爆・原発・災害などを背景にした邦画

 『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
 『ひろしま』、監督:関川秀雄、日教組プロ、1953年。
 『ゴジラ』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
 『生きものの記録』、監督:黒澤明、東宝、1955年。
 『純愛物語』、監督:今井正、東映東京、1957年。
 『美女と液体人間』、監督:本多猪四郎、東宝、1958年。
 『第五福竜丸』、監督:新藤兼人、近代映画協会=新世紀映画、1959年。
 『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
 『日本沈没』、監督:森谷司郎、東宝=東宝映像、1973年。
 『愛と死の記録』、監督:蔵原惟繕、日活、1966年。
 『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
 『ふたりのイーダ』、監督:松山善三、映画「ふたりのイーダ」プロ、1976年。
 『原子力戦争 LOST LOVE』、監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年。
 『太陽を盗んだ男』、監督:長谷川和彦、キティフィルム、1979年。
 『復活の日』、監督:深作欣二、角川春樹事務所=東京放送、1980年。
 『地震列島』、監督:大森健次郎、東宝映画、1980年。
 『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
 『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
 『夢千代日記』、監督:浦山桐郎、東映京都、1985年。
 『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
 『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
 『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
 『夢』、監督:黒澤明、黒澤プロ、1990年。
 『ビキニの海は忘れない』、監督:森康行、映画「ビキニの海は忘れない」制作実行委員会、1990年。
 『八月の狂詩曲』、監督:黒澤明、黒澤プロダクション、1991年。
 『罵詈雑言』、監督:渡辺文樹、BARI・ZOGONオフィス、1996年。
 『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
 『東京原発』、監督:山川元:グランプリ=オメガ・ピクチャーズ=日活=衛星劇場、2002年。
 『昭和歌謡大全集』、監督:篠原哲雄、光和インターナショナル=バンダイビジュアル、2002年。
 『鏡の女たち』、監督:吉田喜重、グループコーポレーション=現代映画社=ルートピクチャーズ=
  グループキネマ東京、2002年。
 『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
  メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
 『夕凪の街 桜の国』、監督:佐々部清、アートポート、2007年。
 『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
 『日本沈没』、監督:樋口真嗣、TBS=東宝=セディックインターナショナル=電通=J-dream=
  S・D・P=MBS=小学館=毎日新聞社、2006年。
 『日本以外全部沈没』、監督:川崎実、クロックワークス=トルネード・フィルム=ウェッジホール
  ディングズ=角川ヘラルド映画=ジャパン・デジタル・コンテンツ信託=リバートップ、2006年。
 『感染列島』、監督:瀬々敬久、「感染列島」製作委員会〔TBS=東宝=電通=MBS=ホリプロ=CBC=
  ツインズジャパン=小学館=RKB=朝日新聞社=HBC=RCC=SBS=TBC=Yahoo! Japan〕、2009年。
 『USB』、監督:奥秀太郎、NEGA、2009年。

  ○ 読んでおきたい原爆関連文集

 『原爆の子 -広島の少年少女のうったえ-』、長田新 編、岩波文庫。

  ○ 読んでおきたい原爆・原発関連小説
 
 『夏の花』、原民喜、1947年(原題は『原子爆弾』)。
 『復活の日』、小松左京、1964年。
 『黒い雨』、井伏鱒二、1966年。
 『霊長類南へ』、筒井康隆、1969年。
 『祭りの場』、林京子、1975年。
 『ピンチランナー調書』、大江健三郎、1976年。
 『方舟さくら丸』、安部公房、1984年。
 『愛と幻想のファシズム』、村上龍、1987年。
 『日本原発小説集』、井上光晴 他、2011年。

  ○ 読んでおきたい原爆・原発関連漫画

 『はだしのゲン』、中沢啓治、1973‐1985年。
 『ゴルゴ13』、「2万5千年の荒野(第223話)」、さいとう・たかを、1984年。
 『夕凪の街 桜の国』、こうの史代、2004年。

                                                
 2012年5月9日(水)

 まだ公表していない5月のブログ(「日日是労働セレクト80」の一部として公表する予定)を、先行的
に掲げます。最近観た『原子力戦争 Lost Love』(監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年)に関する
感想文です。


 今日は、『原子力戦争 LOST LOVE』(監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年)の感想を記そう。現
在、原爆や原発に関係する邦画はけっこうな数に上っており、それだけのドラマがあることは明白である。
簡単に、主な作品を記してみよう。なお、「小夏の映画会」代表の田辺浩三氏に貴重な示唆を授かった。記
して、感謝したい。
 
 『原爆の子』、監督:新藤兼人、近代映画協会=劇団民芸、1952年。
 『ひろしま』、監督:関川秀雄、日教組プロ、1953年。
 『ゴジラ』、監督:本多猪四郎、東宝、1954年。
 『生きものの記録』、監督:黒澤明、東宝、1955年。
 『純愛物語』、監督:今井正、東映東京、1957年。
 『美女と液体人間』、監督:本多猪四郎、東宝、1958年。
 『第五福竜丸』、監督:新藤兼人、近代映画協会=新世紀映画、1959年。
 『世界大戦争』、監督:松林宗恵、東宝、1961年。
 『愛と死の記録』、監督:蔵原惟繕、日活、1966年。
 『地の群れ』、監督:熊井啓、えるふプロ=ATG、1970年。
 『ふたりのイーダ』、監督:松山善三、映画「ふたりのイーダ」プロ、1976年。
 『原子力戦争 LOST LOVE』、監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年。
 『太陽を盗んだ男』、監督:長谷川和彦、キティフィルム、1979年。
 『復活の日』、監督:深作欣二、角川春樹事務所=東京放送、1980年。
 『この子を残して』、監督:木下恵介、松竹=ホリ企画制作、1983年。
 『人魚伝説』、監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年。
 『生きているうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』、監督:森崎東、キノシタ映画、1985年。
 『夢千代日記』、監督:浦山桐郎、東映京都、1985年。
 『さくら隊散る』、監督:新藤兼人、近代映画協会=天恩山五百羅漢寺、1988年。
 『Tomorrow 明日』、監督:黒木和雄、ライトヴィジョン=沢井プロダクション=創映新社、1988年。
 『黒い雨』、監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年。
 『夢』、監督:黒澤明、黒澤プロ、1990年。
 『ビキニの海は忘れない』、監督:森康行、映画「ビキニの海は忘れない」制作実行委員会、1990年。
 『八月の狂詩曲』、監督:黒澤明、黒澤プロダクション、1991年。
 『罵詈雑言』、監督:渡辺文樹、BARI・ZOGONオフィス、1996年。
 『カンゾー先生』、監督:今村昌平、今村プロダクション=東映=東北新社、1998年。
 『東京原発』、監督:山川元:グランプリ=オメガ・ピクチャーズ=日活=衛星劇場、2002年。
 『昭和歌謡大全集』、監督:篠原哲雄、光和インターナショナル=バンダイ
  ビジュアル、2002年。
 『鏡の女たち』、監督:吉田喜重、グループコーポレーション=現代映画社=ルートピクチャーズ=
  グループキネマ東京、2002年。
 『父と暮らせば』、監督:黒木和雄、衛星劇場=バンダイビジュアル=日本スカイウエイ=テレビ東京
  メディアネット=葵プロモーション=パル企画、2004年。
 『夕凪の街 桜の国』、監督:佐々部清、アートポート、2007年。
 『ローレライ』、監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、2005年。
 『USB』、監督:奥秀太郎、NEGA、2009年。

 『純愛物語』、『愛と死の記録』、『地の群れ』、『ふたりのイーダ』、『この子を残して』、『夢千代
日記』、『ビキニの海は忘れない』、『罵詈雑言』、『夕凪の街 桜の国』、『USB』を除いて(筆者未見ゆ
え)いずれも力作で、いろいろ考えさせてくれる。思うに、原発の推進派にせよ、阻止派にせよ、もっと多
角的に事柄を研究し、感情論からの脱却を図らなければならないと思う。
 さて、物語であるが、例によって、〈goo 映画〉のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改
変したが、ご海容いただきたい。

  東北のある港町の駅に坂田正首(原田芳雄)が降りたった。坂田はこの町へ帰ったきり戻って来な
 い青葉望(能登智子)を連れ戻しにやって来たのである。望の実家を訪ねた坂田は、望の父である繁
 (浜村純)に彼女は帰っていないと冷たく追い帰されるが、玄関に望の傘があるのを見逃さなかった。
 その夜、坂田は地元の新聞記者である野上(佐藤慶)と知り合い、バーに誘われる。野上はそのバー
 のマダムの夢子(磯村みどり)と同棲していた。彼は、原子力発電所で最近何かあったらしいことを
 かぎつけ、スクープしようとしていたのだった。野上は坂田に、十日程前、近くの海岸に若い男女の
 心中死体が上り、男は山崎という新婚の原子力発電所の技師であるのに、女はその妻でないことが不
 思議だと話す。坂田は心中した女が望ではないかと町の人を訪ね歩き、ついに望の妹の翼(風吹ジュ
 ン)から彼女の死を聞き出した。しかし、望が心中する理由が思い当らない坂田は、山崎の妻の明日
 香(山口小夜子)を訪ねた。坂田は、自分のために身体まで売って稼いでくれた望が心中するわけが
 ないことや、殺される理由があった山崎と心中に見せかけるために望は殺されたに違いないと、明日
 香に話す。明日香が坂田に、山崎のいなくなった夜のことを話し始めた時、警察官が踏み込んで来て
 坂田は逮捕されてしまった。しかし、坂田はすぐ自由の身となる。町で若い男たちに札束を渡された
 坂田は、町から引き上げてほしいと言われ、駅まで見送られる。坂田は秘かに町に戻ると、山崎の失
 踪した夜、彼を迎えに来た電力会社の組合員の小林(和田周)と、約束した場所に行くが、数人の男
 に襲われ、重傷を負う。その頃、原子力研究の権威者である神山教授(岡田英次)が、何故か秘かに
 原子力発電所を訪れていた。小林の首吊り死体が松林で発見されたことから、野上は坂田にこれ以上
 深追いしないように注意する。しかし、坂田は明日香の不可思議な行動を追い始める。それが、自分
 の死を招く結果になるとは、坂田には知るよしもなかった。原子力発電所という、この町にはあまり
 に大きな影響をあたえた怪物が、静かに身体を動かし始めていると、坂田は確信した。

 他に、石山雄大(青葉守=翼の兄)、草薙幸二郎(柴田)、西山嘉孝(西村)、戸浦六宏(宮内支局長)、
鮎川賢(三郎)、早野寿郎(高木)、糸賀靖雄(田丸)、阿藤快(ヤクザ)、海原俊介(同)、湯沢勉(警
官)、榎木兵衛(漁師)、酒井三郎(船具屋)などが出演している。
 大東新聞の記者である野上が追ったスクープの材料(原発事故関連の資料とネガ・フィルム)は、坂田が
明日香から入手したものであったが、そんな重要なものをいきなり当の原発関係者に見せつけたってトボけ
られるに決まっているが、野上はあえてその愚を犯している。思うに、どうせ潰されるに決まっているのだ
から、ちょっとからかうつもりがあったのかもしれない。実際、野上は上司に当たる宮内に取材中止を命じ
られると、あっさりこの件から降りている。その後、スナック荒らしの取材をする野上の顔に、陰りは微塵
も見えない。あたかも、原発のことなどすっかり忘れたかのようである。波打ち際を漂う坂田の屍体。そし
て、神山教授と仲睦まじそうに大型車に乗り込んだ明日香。そもそも明日香が山崎と結婚したのも、一種の
任務を帯びていたのかもしれない。そうでなけば、仮にも自分の夫と見も知らぬ女が心中を遂げたのに、あ
の落ち着きようはあり得ないだろう。行きずりの坂田と寝たのも、懐柔策や陽動作戦の類だったのかもしれ
ない。明日香を演じた山口小夜子は2007年に57歳で亡くなっているが、世界的なファッション・モデルだっ
ただけに、この映画でも不思議な雰囲気を漂わせていた。
 ちなみに、原発関連の情報に耳新しさはなかったが、実際の原発(小名浜付近。福島第一原発のことか)
でゲリラ撮影しており、その辺りの映像には迫力があった。

                                                  
 2012年5月8日(火)

 今日は、グリーン市民ネットワーク高知の成川順さんの文章を以下に引用させていただきます。


  原発推進派から見れば、稼働原発ゼロという「凶事」を、東京スカイツリー開業という「慶事」で、
 目立たなくしたのだろうと推測しているわけです。たとえば、最高裁は、国民の反発の予想される判
 決を出すときは、大事件の起こったタイミングを利用します。目立たなくなるからです。それと同様
 の作為的な世論操作が、原発推進派によって今回なされたのではないか、と推測しているわけです。
  人類に巨大科学技術を使いこなす能力がないことは、核兵器と原発の存在が証明しています。大地
 震の発生を考慮すれば、砂防ダムは、巨大土石流を準備しているし、水利ダムは巨大水害を準備して
 います。本末転倒です。山の自然破壊をやったのは、営林署の拡大造林です。海や川の自然破壊をや
 ったのは、国土交通省(建設省)の巨大コンクリート工事です。巨大災害が起こる準備は調ったかに
 見えます。積年の利権構造が、今、この国を生物の存在しえない場所に変えつつあります。それと同
 様に、私には、東京スカイツリーは巨大災害を準備しているようにしか見えないのです。ですから、
 「凶事」と「慶事」は、私の中では原発推進派と逆転しています。東京スカイツリーに列をなす日本
 人に、アラブの石油成金並みのセンスしかないことを深く憂えているわけです。


 細部はともかく、骨子は小生が考えている絵柄にかなり似ています。ただ、環境問題を考えた場合、小生
はとくに「荷担構造」(つまり、自分自身が片棒を担いでいることを否定できない構造になっている)を強
調したいので、必ずしも「自分はアラブの石油成金ではない」と断言できないところが残念です。ともあれ、
成川さんの記事には、これからも注目したいと思います。なお、この引用はご本人から許可をいただいてお
ります。

                                                 
 2012年5月7日(月)

 『原子力戦争 Lost Love』(監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年)を観ました。原発の「事故隠
し」が発端となって、東京の「ヒモ」稼業の男と、数人の関係者が死ぬだけの物語ですが、70年代特有の雰
囲気と、主演の原田芳雄らの熱演もあって、そこそこの社会派作品として仕上がっています。最近になって
DVD化されたのは、明らかに福島第一原発の事故がその引鉄となったと思われます。できれば、『人魚伝説』
(監督:池田敏春、ディレクターズ・カンパニー=ATG、1984年)も再リリースしてほしいのですが、さてど
うなりますか。なお、両作品ともにATGが関わりますが、それなりの社会的役割を果たしていたことが、如実
に分かります。ATGの復活は無理としても、それに近い媒体(歯に衣着せぬ芸術作品を作ろうという意欲のあ
る人々が集う集団)があってもよいと考えている者は、何も小生だけではないと思います。
 さて、この映画でも原発停止がもたらす負の要素(日本が立ち行かなくなる、など)が重く鑑賞者の耳目
に伝わりますが、現実の日本でも現存する原発50基の全停止が実現しました。つまり、北海道電力の泊原子
力発電所が定期検査に入ったので、現在日本で稼働している原発はなくなりました。再稼働を阻止しようと
する人びとがいる一方で、原発が停止したままでは電力の安定供給ができなくなり、ひいては日本経済の衰
退を招くと警告する人びともいます。おそらく、どちらも間違っていはいないでしょうが、両者ともに幾分
かの誤謬を含んでいるのではないかという疑念も去りません。「命あっての物種」と「地獄の沙汰も金次第」
との駆け引きということになりますが、ことがことなので、黒白をつけることはたいへん難しいと思われま
す。かと言って、いつまでも中途半端ではさすがにまずいでしょう。いかなる立場を採るにしても、自分自
身の意見をまとめておく必要がある所以です。

                                                 
 2012年5月1日(火)

 現在、京都の某ネカフェにいます。連休中の隠れ家です。最近になって、かなり以前から観たいと思って
いた『原子力戦争 Lost Love』(監督:黒木和雄、ATG=文化企画プロ、1978年)のDVD(「Lost Love」と
いう副題は公開時にはなかった由)を手に入れました。おそらく、昨年の福島第一原発の事故がDVD発売を
促進したのだと思います。もちろん、近日中に鑑賞する予定です。したがって、いずれこのコーナーでも紹
介したいと思っています。
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