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日日是労働セレクト72
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第72弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト72」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 突然、松田優作が観たくなったので、TSUTAYAで『最も危険な遊戯』(監督:村川透、東映セントラルフィ
ルム=東映芸能ビデオ、1978年)のDVDを借りて観た。たぶん映画館で観ているとは思うものの、内容はまっ
たく記憶に残っていなかった*。今は亡き松田優作のアクション全盛時代ともいえる時期の映画で、そのと
ぼけた味付と相俟って、久しぶりに松田優作を堪能できた。物語と配役に関しては、例によって<goo 映画>
の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  日本の財界の大物達が相次いで誘拐されるという事件が起こるが、犯人が複数であること以外、手
 がかりは一切つかめない。東日電気社長の南条信隆(入江正徳)も強引に誘拐された。東日電気会長
 の小日向兵衛(内田朝雄)は鳴海昌平(松田優作)を呼び、誘拐された南条社長の救出を依頼する。
 南条は小日向の娘婿でもあり、謝礼は五千万円ということだった。小日向の話によれば、南条誘拐は
 単なる身代金めあての事件ではなく、ある巨大なプロジェクトによる東日グループ壊滅の陰謀である
 という。折から、国防省の第五次国防計画の最新防空警戒システム導入問題で、東日グループと五代
 コンツェルンが激しく競い合い、東日グループに受注を要請することに決定したため、五代側は政界
 の黒幕である足立精四郎(見明凡太朗)を抱き込んで反撃に出た。鳴海は誘拐団の首魁である居郷忠
 司(名和宏)の愛人の杏子(田坂圭子)の居所をつきとめ、彼女を連れ出す。杏子から南条が監禁さ
 れている精神病院を聞き出し、完全武装して潜入した鳴海は、凄まじい銃撃戦の末、居郷を射殺し、
 南条を救出しかけたが、桂木彰(荒木一郎)という射撃の名手に腹を射たれた上、南条を射ち殺され
 てしまった。鳴海は再び、小日向から足立精四郎を射殺するよう要請を受ける。足立追跡を始めた鳴
 海の前に、警視庁特捜部の桂木が立ちはだかった。鳴海は五代側の背後に思いもよらぬ巨大な敵のい
 ることを知る。鳴海は銀座の高級クラブのママである綾乃(市地洋子)から足立の潜む寺を聞き出し、
 彼の射殺に成功する。警察に包囲されながらも、逃げ切った鳴海がマンションに戻ると、桂木が杏子
 を人質にして車で逃亡する。いつしか杏子を愛し始めていた鳴海は追撃のすえ、桂木に憎しみの銃弾
 を浴びせ、杏子を無事に救出した。数日後、射殺したはずの足立が生存していることを知った鳴海は、
 再び足立の命を狙って、行動を開始する。足立は替玉を使っていたのだった。綾乃の行動を不審に思
 った鳴海は、彼女に銃口をつきつけ、想像を絶する敵の勢力に、狐独な挑戦を試みるのだった。

 他に、草野大悟(土橋卓=小日向の秘書兼護衛)、片桐竜次(植田=誘拐団の一人)、山西道広(梶井=
同)、榎木兵衛(麻雀屋の男A)、石橋蓮司(麻雀屋の男B)、苅谷俊介(石崎=特捜班の刑事)、大前均
(同)、阿藤海〔現 阿藤快〕(同)、団巌(南条のガードマンA)、原田力(南条のガードマンB)、岡
本麗(ストリッパー)などが出演している。蛇足ながら、柴田恭平の名前がクレジットされていたが、特定
できなかった。なお、作品の流れから、1976年に発覚したロッキード事件や、1984年から1985年にかけて世
間を騒がせたグリコ・森永事件を連想した。その点で、この時代をよく表現していると思った。松田優作の
ドテラに下駄というスタイルも、懐かしく感じた。彼は、コミカルな演技をさせると、とても嵌る俳優であ
った。いわんや、アクションにおいてをやである。

 * 実は、2008年3月にDVDでも鑑賞している。すっかり忘れていたので、その点が面白い。わずか3年半
  しか経っていないからである。なお、「日日是労働セレクト30」を参照されたし。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『続丹下左膳』(監督:マキノ雅弘、大映京都、1953年)を観た。2本続けて大河内伝次郎が
主演の映画を観たことになるが、さすがに十八番の丹下左膳役だけあって、すっきりと決まっていた。今回
は大岡越前守の役も兼ねており、彼のファンには堪えられない作品だろう。戦前に製作された伊藤大輔監督
とのコンビは一代の当り役の由だが、小生は1本も観ていない。むしろ、『丹下左膳餘話 百万両の壺』(監
督:山中貞雄、日活京都、1935年)での印象が、大河内版左膳のイメージを決定している。マキノ監督の描
く左膳は、山中監督の暢気な左膳と違って、相手構わず斬り捨て御免の左膳であって、あまり味がない。し
かも、主君への複雑な思いを抱えており、左膳に似合う陽気なニヒリズムの影はない。そういった意味で、
作品としては平板だったか。なお、一連の話の発端が描かれている『丹下左膳』(監督:マキノ雅弘、大映
京都、1953年)という作品があるが、それは未見である。例によって、物語に関しては<goo 映画>のお世話
になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕いただきたい。

  妖刀乾雲と坤龍をめぐる江戸市内の擾乱にこころ悩ました南町奉行大岡越前守(大河内傳次郎)は、
 将軍家を動かして饗庭主水正(市川小太夫)を出府せしめ、擾乱の元凶丹下左膳(大河内傳次郎)が
 饗庭藩士なりや否やを糾すが、累の及ぶことを怖れた主水正は、これを否む。ばかりか、主君懐しさ
 に訪れた左膳を冷めたく追い払い、月輪軍之助(光岡龍三郎)の統べる月輪剣団に彼を斬り、刀を奪
 うべく命じる。激怒した左膳は群がる剣士らを斬り立て、越前の配下の捕方の波を蹴やぶって姿をく
 らます。今は持ってすべない乾雲を元の持主に返そうにも彌生(沢村昌子)は行方不明。左膳を愛す
 る櫛巻お藤(水戸光子)は、彼が彌生に刀を返すまでは危険な江戸市中を離れる意志のないことを知
 り、必死に彌生を探しまわる。そのあとをつけて左膳の所在をうかがうものに月輪剣団、無頼の旗本
 鈴川源十郎(澤村國太郎)一味、そして遊び人鼓の与吉(田中春男)がある。鈴川はかねて拐わかした
 お艶(山本富士子)が左膳の手から乾雲を奪いかえすことを条件に、彼になびくという言葉に駆られ
 て左膳を狙い、与吉は刀をもとに大金もうけの算段である。お藤の探ねる彌生は、じつは大岡越前邸
 にかくまわれていた。一方、坤龍をたずさえる諏訪栄三郎(三田隆)もまた、左膳をもとめて市内を
 彷徨する。互いに呼びあう妖刀の呪いは彼の身うちにも移り、しだいに殺伐な気分にかりたてられて
 ゆく。大江戸の闇はまだ深かった。

 他に、南条新太郎(伊吹大作)、羅門光三郎(蒲生泰軒)、葛木香一(家老)、水原洋一(土生仙之助)、
原聖四郎(諏訪藤次郎)、武田竜(将軍吉宗)、浪花千栄子(婆やおさよ)、寺嶋勇作(居酒屋の親爺)な
どが出演している。丹下左膳と言えば、最近では豊川悦司や中村獅童(TV)が左膳に扮しているが(いずれ
も、筆者未見)、過去には、大河内伝次郎の他に、阪東妻三郎、水島道太郎、大友柳太朗、中村錦之助など
が演じている由。なお、小生は、中村版の『丹下左膳 飛燕居合斬り』(監督:五社英雄、東映東京、1966
年)しか観ていない。


 某月某日

 DVDで邦画の『ごろつき船』(監督:森一生、大映京都、1950年)を観た。大河内伝次郎が土屋主水正とい  
う名前の江戸幕府の巡検使に扮して活躍する物語。当時は「蝦夷」と呼ばれた北海道(松前藩)を舞台にし
て、悪徳商人や悪家老を懲らしめるお馴染みの痛快時代劇である。物語はかなり破綻している。ただし、大
佛次郎の原作を読んでいないので、素材の良し悪しがどこまでそれに反映しているかは分からない。アイヌ
の血を引く娘と妾腹の武士との悲しい関係が、新鮮な切り口だったか。当時のアイヌ民族への距離感も、こ
の映画には色濃く現われている。ただし、差別表現というよりも、むしろ敬意をもってアイヌの文化に触れ
ていると思った。
 さて、物語に関しては、例によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、かなり変
更を加えたが、ご寛恕を乞う。

  幕末の頃、北海道が蝦夷と呼ばれて松前藩の支配下にあったとき、国禁の密貿易船が、この近海に
 出没するので、これに手入れを行うことになった。藩の横目付三木原伊織(本間謙太郎)は、廻船問
 屋赤崎屋吾兵衛(香川良介)をその首魁と見たが、家老蠣崎頼母〔かきざきたのも〕(東良之助)は、
 八幡屋六右衛門(葛木香一)が犯人だと主張して、自分の腹心の部下を使って八幡屋を斬って捨てさ
 せ、その屋敷を焼き払った。その上自分と赤崎屋の正体を見抜いた伊織を殺そうとした。しかし伊織
 は一人のアイヌに助けられ危地を脱した。八幡屋の一人娘いと(若杉紀英子)も、うさぎの惣吉(加
 東大介)という元の使用人に救われ、伊織とともにアイヌに導かれて原始林の中の洞窟へ向かった。
 そこで、伊織たちは、そのアイヌが土屋主水正という幕府の巡検使副使で、一年前に松前へ来て、蠣
 崎一味の悪事を知って、その確証を持って江戸へ急ぐ途中、蠣崎の手先に使われたアイヌの混血芸者
 おみつ(相馬千恵子)のために毒殺されかけ、また当のおみつに執心している流山桐太郎(月形龍之
 介)に斬り殺されそうになったことを知った。しかし、危く難を逃れ、アイヌに変装して松前藩に潜
 伏した事情を聞かされた。彼は伊織といとと惣吉という証人を、江戸へ連れて行けることを喜んだが、
 蠣崎の手下に伊織といととを奪い返されてしまった。主水正はまた伊織たちを救いに蠣崎邸へ忍び込
 み、そこでおみつや桐太郎に行き合った。桐太郎は死んだと思った主水正の生きていることを怒り、
 おみつは内々心を寄せていた主水正の生きていることを喜んだ。主水正と伊織は逃れて万昌院という
 寺に隠れた。惣吉はいとを救い出そうとして重傷を受け、万昌院まで辿り着いて死んだ。その夜主水
 正は再び単身蠣崎邸へ乗り込んでいとを救おうとしたが、いとは裏切りを知られたおみつと一緒に邸
 外に移され無頼の徒の自由にされようとしていた。主水正は二人を危機寸前に救い出した。いとはお
 みつが自分をかばってくれるために傷を負ったことや、おみつの主水正に対する真情などを語った。
 この時津軽へ渡る船便のあるのを知って、主水正一行はおみつも加えて途中の警戒を突破し、船へ乗
 り込もうとして、番屋で待機していた。しかし、それは蠣崎一味の罠だった。桐太郎を首領とする武
 士の一団が番屋を取り囲み、斬り合いが始まった。最後はアイヌの人々の手を借りて桐太郎一味を倒
 した主水正一行は、便船のいろは丸で無事に津軽へ渡り、江戸へ向って出発したのであった。

 他に、上田吉二郎(万昌院覚円)、阿部修(波多野平馬)、寺島貢(根本仙次郎)、羽白修(山崎計助)、
玉置一恵(アイヌの首領)、堀北幸夫(大館広之進)、岩田正(松前藩藩主)、片岡好右衛門(念仏の老爺)、
滝のぼる(松前の芸者)、小松みどり(おたに)などが出演している。松前藩の宴会でアイヌの踊りが披露
されるが、あれは事実に近いのか少し疑問だった。最後に桐太郎は「おみつ」と叫んで爆死するが、その執
心には少し哀れを感じた。妾腹(頼母が腹違いの兄)ゆえに「除け者にされるのが、俺の務め」という台詞
もあり、同じくアイヌの血を引く(母がアイヌ民族)ために虐待されてきたおみつに惹かれるのも無理がな
いと思うからだ。月形龍之介は、その辺りの事情を実に上手に演じていたと思う。また、おみつを演じた相
馬千恵子は、おそらくこの映画でしかお目にかかったことはないが(現代劇も含め、かなり多数の映画出演
がある由)、複雑な感情を十分に表現していたと思う。なお、大河内伝次郎は相変わらず貫録十分だった。


 某月某日

 久し振りに内田樹氏のブログの記事を引用してみよう。以下、ほぼ原文通りである。

  
   多数派であることのリスクについて(2011.09.20)

  神戸新聞に隔週で「随想」というコラムを書いている(これが二回目)。神戸新聞を読んでいない方
 のために再録しておく。

  これは先週書いたもの。

  橋下大阪府知事は、持論である大阪都構想に賛成の市職員を抜擢し、反対する市職員を降格するた
 めのリスト作りを維新の会所属の大阪市議に指示した。首長選の候補者が選挙に先立って公約への賛
 否を自治体職員の「踏み絵」にするというのは異例の事態である。公務員が遵守義務を負うのは、憲
 法と法律・条例と就業規則だけのはずである。「大阪都」構想は、その当否は措いて、今のところ一
 政治家の私念に過ぎない。それへ賛否が公務員の将来的な考課事由になるということは法理的にあり
 えまい。まだ市長になっていない人物が市職員に要求している以上、これは彼に対する「私的な忠誠」
 と言う他ない。彼はそれを「処罰されるリスクへの恐怖」によって手に入れようとしている。
  私はこの手法に反対である。脅迫や利益誘導によって政治的意見を操作してはならない。私はそう
 信じている。それは強制された政治的意見は必ず間違っていると思うからではない。暴力的に強制さ
 れたのだが「内容的には正しい政策」というものは論理的には存在しうる。
  私は政策の当否について論じているのではない。「強いられた政治的意見」は「自発的な政治的意
 見」より歯止めを失って暴走する傾向が強いことを案じているのである。歴史を振り返るとわかるが、
 「強制された政治的意見」を人々は状況が変わるといとも簡単に捨て去る。後になって「ほんとうは
 反対だったのだが、あのときは反対できる空気ではなかった」という言い訳が通ると思えば、人はど
 れほど過激な政策にも同調する。私が恐れるのはそのことである。あからさまな強制は、それに屈服
 した人たちに「説得力のある言い訳」を用意してくれる。その「安心」が人を蝕む。

  (ここまで)

  私たちは「圧倒的多数が支持する政治的意見」は穏健で、「少数の支持者しかいない政治的意見」
 は過激であると考えがちだが、経験的にはそうではない。私の知る限りでは、「圧倒的多数が支持す
 る政治的意見」はしばしば実現不可能な空論を選好する。それは「数を恃む」ということが、個人の
 責任を解除してしまうことによって起きる。ある意見を掲げているのが自分ひとりである場合、自分
 がその意見を口にするのを止めてしまえば、もうその意見はこの世界に存在しなくなる。私が語るの
 を止めたら、この世にそれを語る人が誰もいなくなる意見、私の説得が功を奏さなければ、そのまま
 宙に消えてしまう意見については、私たちは情理を尽くして語る。逆説的に聞こえるだろうが、少数
 意見であればあるほど、そして、自分がその意見が「他の人たちに聞き届けられる必要がある」と信
 じていればいるほど、語り口は丁寧で穏やかなものになる。うかつに断定的に語り出したり、聴き手
 を見下したり、恫喝したりして、「気分の悪い野郎だな」とふっと横を向かれ、耳をふさがれてしま
 っては、それで「おしまい」だからである。それで「おしまい」にされないためには、とにかく一秒
 でも長く自分の話を聞いてもらわなければならない。すがりつき、かきくどき、「とにかく話を聞い
 てくれ」という懇請によって相手の足を止め、しばらくの間「耳を貸して」もらわなくてはならない。
 そのような語り手の言葉が威圧的であったり、断定的であったり、冷笑的であったりするはずがない。
 逆に言えば、その人の言葉が威圧的であったり、断定的であったり、冷笑的であったり「できる」の
 は、そのような不愉快な語り口に苛立った聴き手が聴く気を失っても「少しも困らない」からである。
 聴き手が聴く気を失っても少しも困らない語り口を採用できる理由は二つある。一つは「聴き手はい
 くらでも替えが効く」と思っているからである。「私の話を聴いて支持してくれる人間はいくらでも
 いるから、お前は消えてよし」と思っているからである。もう一つは「語り手はいくらでも替えが効
 く」と思っているからである。たとえ、私の話が耳障りで、「いい加減にしろ」と語るのを制止され
 ても、「私が言いそうなこと」を私に代わって言う人が「いくらでもいる」と思えば、私たちは語り
 口を限りなく粗雑なものにできる。語る言葉に論理性がない人、挙証を怠る人、情理を尽くして説得
 する気のない人は、実は「理論上無限の聴き手に向かって、理論上無限の語り手が語っている」とい
 う状況を想定して語っているのである。
  自分と同じ意見を述べる人が何十万、何百万人いると思えば、私たちは「説得する」意欲を殺がれ
 る。私に代わって論理的に語ってくれる人がいるだろう、私に代わって挙証責任を果たしてくれる人
 がいるだろう、私に代わって聴き手への気遣いを果たしてくれる人がいるだろうと思えば、私たちは
 自分が語るときにはいくらでも手を抜くことができる。ネット上の罵詈雑言を見ればわかるが、威圧
 的であったり、断定的であったり、冷笑的であったりする人たちは「自分と意見を同じくする数十万
 の同意者」の存在を(無根拠に)前提にして、そうしているのである。
  どのような意見であれ、それが「圧倒的多数の支持」を勘定に入れたときに、言葉は粗暴になり、
 空疎になる。もうその言葉を「それは私の言葉です」といって引き受ける「生身の個人」が存在しなく
 なるからである。「私が語るのを止めたときに、その言葉も私とともに失われる。だから私は語り止
 めることができない」と思っている個人がどこにもいないからである。
  20世紀の政治史を振り返るとわかることだが、スターリンも、ヒトラーも、毛沢東も、ポルポトも、
 フセインも、カダフィも、「国民の圧倒的多数の支持を得ていた政治的意見」の上に立っていた。だ
 が、ある日ことが終わってみると、「その言葉は私自身の言葉です」として引き受ける個人はどこに
 もいなかった。「支持者の多い意見は現実的で、支持者の少ない意見は空論的である」という命題は
 論理的にも、実践的にも正しくない。支持者が増えるほど「それは私の個人的知見であり、最後のひ
 とりになっても私はその意見を言い続けるつもりである」と言う人の数は減り、言葉の責任をとる気
 のある人が減るほど、政治的意見は過激で、粗雑で、空疎になる。民主主義のルールには「少数意見
 の尊重」というものがある。私はこれはむしろ「多数派が空洞化することのリスク」として理解すべ
 きことではないかと思っている。


 上記の内田氏の主張に賛意を表するにしても、簡単に、手放しで、賛成してはならないだろう。しかし、
多数派が空洞化する場面を懼れている向きには、まさに百年の知己を得た気分ではないだろうか。もちろん、
小生もしかり。現在、「脱・原発への道」を摸索している毎日だが、安易に「同志」とやらを作りたくはな
い。自分の牙城を守りたいからである。その点、内田氏の主張は、小生のこころに百万の味方を送ってくれ
るのである。


 某月某日

 DVDで邦画の『伊賀の水月(剣雲三十六騎)』(監督:池田富安、大映京都、1942年)を観た。荒木又右衛
門の「伊賀越の敵討」を映画化した本格的時代劇である。アジア・太平洋戦争の真っ只中において(昭和17
年)、これだけの時代劇がまだ作れたのか、というのが正直なところの感想。なお、『剣雲三十六騎』は、
戦後になって再び封切られた際の別名である。役者、場面、台詞回し、小道具、殺陣……いずれも高水準の
出来である。寛永11(1634)年11月7日、岡山藩士渡辺数馬が、姉である谷〔たに〕の夫荒木又右衛門らとと
もに、弟(一説には父)〔本作では父という設定〕の敵〔かたき〕である河合又五郎を、伊賀の上野城下、
鍵屋の辻で討ち取った史実に基づいている。この敵討は、赤穂浪士や曽我兄弟の仇討と合わせて、天下三大
仇討と称されている由。
 河合又五郎(戸上城太郎)は、渡辺数馬(滝口新太郎)の父である靱負〔ゆきえ〕(葛木香一)に痛罵さ
れたのをきっかけに、その相手を斬り殺してしまった。又五郎は靱負に助けられて育てられた経緯があり、
かくして、恩を仇で返したかたちとなったのである。その知らせが、大和郡山藩の剣術指南である荒木又右
衛門(阪東妻三郎)の妻お谷(高山広子)のもとに届く。お谷は数馬の姉であった。又右衛門は、親友の桜
井甚左衛門(羅門光三郎)を相手にした囲碁の最中であった。凶報に接した二人は、驚愕とともに、互いの
立場を意識せずにはいられなかった。なぜなら、又五郎は、甚左衛門の甥だったからである。屋敷に取って
返した甚左衛門は、又五郎が、己が弟の桜井半兵衛(尾上華丈)によって逃げ延びたことを知った。大名憎
しの旗本連中が、又五郎を匿うことに決めたからである。阿部四郎五郎(原聖四郎)の屋敷に匿われた又五
郎は、馳せ参じた叔父の甚左衛門の「腹を斬れ」の勧告を柳に風と受け流した。旗本八万騎が後ろ盾になれ
ば、怖いものなどないからである。しかし、老中からの上意は、江戸処払いであった。又五郎は、旗本三十
六騎に守られて、東海道を下り、伊賀路を抜けようとしていた。伊賀荒木村生まれの又右衛門としては、庭
先同然の地、鍵屋の辻で待ち伏せし、義弟数馬とともに、又五郎を討ち取ったのである。
 他に、沢村国太郎(本田大内記=又右衛門の主君、大和郡山藩藩主)、香住佐代子(その奥方お貞の方)、
原健作(池田忠雄=姫路藩藩主)、香川良介(柳生但馬守)、葉山富之輔(鍵屋の亭主)、小松美登里(鍵
屋の女房)、小林叶江(お筆=荒木家の女中)、兼松又四郎(春日清=旗本の一人)、福井松太郎(孫右衛
門=荒木家の郎党)などが出演している。直参旗本と大名との確執が背景にあるらしいが、その辺りのこと
はよく分からない。「二股膏薬の大名ども」という台詞があるが、三河以来直参の旗本の立場に立てば、そ
んな台詞が出てくるのも無理はないか。又五郎一味と追っ手の又右衛門一行が別の道を行き違うところを一
望できる映像があるが、あの場面は秀逸である。鍵屋の辻での待ち伏せの伏線になっているからである。な
お、この物語は戦後もリメイクされ、長谷川一夫が又右衛門を演じた『伊賀の水月』(監督:渡辺邦男、大
映京都、1958年)に結実しているらしいが、小生は未見である。さらに、三船敏郎が又右衛門に扮する『荒
木又右衛門 決闘鍵屋の辻』(監督:森一生、東宝、1952年)〔筆者、未見〕など、戦前からこの素材は芝
居や映画に取り込まれており、さまざまに描かれている由。なお、「水月」という言葉は耳慣れないが、軍
陣の用語で、「双方接近してにらみあう状況」のことだという。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『座頭市果し状』(監督:安田公義、大映京都、1968年)で
ある。出演している待田京介、小松方正、土方弘といった面々は、どちらかというと現代劇で活躍した俳優
であり、その意味で新鮮だった。とくに、待田京介は、小生の子どものころ怖いと感じた俳優の一人だった
ので、感慨深い。凶状持ちが集団を形成して登場するが、そんなシチュエーションはこの『座頭市』シリー
ズ(当該作品は、第18作目)では初めてではないか。それも新鮮だった。さて、物語であるが、例によって
<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  秩父街道を旅する座頭市(勝新太郎)は、とある宿場町に着いた。たまたま浪人者の小鹿野弦八郎
 (待田京介)や松五郎一家に斬られた百姓を医者の順庵(志村喬)にかつぎ込んだことから順庵と親
 しくなった。順庵は何故か、娘お志律(三木本賀代)の心配をよそに酒びたりだった。間もなく、順
 庵の家に世話になった市のところへ、大宮の松五郎(土方弘)から迎えが来た。用心棒になってほし
 いというのだった。断った市をヤクザどもは斬りつけたものの、市の居合いの妙技には息をのむばか
 りだった。そんな市に、凶状持ちの一味(密かに松五郎一家に草鞋を脱いでいた)の紅一点であるお
 秋(野川由美子)は、「命を大切にするように」と警告した。その直後、弦八郎らは、松五郎の依頼
 で庄屋の徳左衛門(南部彰三)一家を斬殺した。この暴挙に、市は一味の逃亡を妨げようとしたが、
 弦八郎と対峙したとき、源太(北城寿太郎)の短銃で射たれ肩先に重傷を負った。市の手当てをした
 のはもちろん順庵父娘だが、松五郎たちはすぐさま追ってきた。しかし、市の姿は順庵の家から消え
 ていた。順庵とお志津は松五郎の機織場に連れこまれ、拷問を受けた。一方、姿を隠していた市は知
 らせを受けて松五郎一家に乗り込んだ。傷口から血を流し、よろめきながらだったが、市の闘いぶり
 はすさまじかった。順庵とお志津を安全な場所に逃がすと、仕込杖を握り斬って斬って斬りまくった。
 やがて阿修羅のように斬りまくるその市の前に、弦八郎が現われた。間合いを計った弦八郎は大刀を
 一閃、とび違った市の仕込杖がキラリと光った。倒れたのは弦八郎だった。そのとき、様子を見に来
 たお志律は、倒れた弦八郎にすがりついた。弦八郎は順庵の息子、すなわちお志津の兄だったのであ
 る。やむを得ない仕儀とはいえ、またしても人を斬り、順庵父娘を悲しみに追いやった市は自分がい
 やにならざるを得なかった。宿場町を黙って去っていく市の肩は重い。

 他に、井上昭文(手裏剣使いの粂次=凶状持ちの一人)、小松方正(勘造=同)、山本一郎(伊助=同)、
舟橋竜次(丑松=同)、水原浩一(仙之助=松五郎一家の代貸)、千波丈太郎(巳之吉=松五郎の子分)な
どが出演している。
 2本目は、『現金(げんなま)と美女と三悪人』(〔原題「熱泥地」縮尺版〕、監督:市川崑、新東宝、
1950年)である。市川崑監督の初期作品の一篇。はっきり言って、復刻させるほど質の高い作品ではない。
原題の『熱泥地』はもちろん未見だが、出演者として山本礼三郎や田中春男の名前が挙がっているので、彼
らはカットされた部分に出演しているのだろう。その出演者であるが、けっこうビッグ・ネームが並んでい
るので、当時はそこそこ評価された作品かもしれないが、あまりリアリティを感じることはなかった。
 物語を簡単に記しておこう。日電という会社に強盗が入り、百万円が盗まれた。実行犯の栗田(藤田進)
は、カモフラージュのために酒場の女カツミ(利根はる恵)を一月15万円の契約で雇って北海道に向かった。
警察は単独行と睨んでいるはずなので、夫婦を装えば足取りを晦ますことができると踏んだのである。果し
て、船上で元医者の千葉(東野英治郎)にその身の上を見抜かれ、同行することになった。室蘭、静内を経
て、廣尾というところで落ち着き、牧場を買い取って萬屋を兼ねた酒場を経営し始めた。ひと月が経った。
カツミは、約束の金を貰って東京に帰ろうとしたが、栗田の返事はその期待を裏切るものだった。金も渡し
てくれないし、この土地を離れることも認めなかった。さて、この三人の関係はどうなるのか。その後、北
海道に向かう船の中で知り合った御子柴(堀雄二)というボーイが絡んでくるが、いかにも無理がある。最
後に、千葉が札束の入ったボストンバックとともに熱泥地に転落するが、こんな設定のギャング映画を山ほ
ど観たことがあるような気がした。あまりの結末に、笑うしかなかったのである。他に、新藤英太郎や伊藤
雄之助が出演している。ところで、タイトルに「三悪人」とあるが、ボーイの御子柴も悪人なのだろうか。
山本礼三郎は悪役で鳴らした俳優なので、もしかするとカットされた部分で彼が悪役ぶりを発揮しているの
かもしれない。しかし、改題した時点で「おかしい」と感じなかったのだろうか。もっとも、「二悪人」で
は締まりがないので、適当に「三悪人」としたのかもしれない。なお、利根はる恵が美女かどうかも微妙で
ある。


 某月某日

 DVDで邦画の『DOOR III』(監督:黒沢清、彩プロ、1996年)を観た。傑作ともいえる『DOOR』(監督:高
橋伴明、エイジェント21=ディレクターズ・カンパニー、1988年)のシリーズ第3作に当たるが、相互に関
係はない。また、『DOOR II TOKYO DIARY』(1990年)という作品も存在するらしいが、オリジナル・ヴィデ
オ・ドラマ(いわゆるVシネマ=廃盤)で、劇場未公開である(筆者、未見)。黒沢清監督の作品なので期
待したが、第1作(高橋伴明監督)と比べるべくもない凡作だった。真ん中辺りまではけっこう面白かった
が(諏訪太朗が演じた阿部雅夫が亡くなるまで)、それ以後はさっぱりであった。だいいち、小生はゾンビ
物が大の苦手で、ゾンビ(のようなもの)が登場すると、途端につまらなくなる。しかも、結末はまったく
説得力がなく、それまでの努力を無駄にしていると思った。結論として、ホラー映画は難しいのである。さ
て、物語と配役であるが、例によって<goo 映画>に頼ろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

  大手保険会社の外交員の佐々木京〔みやこ〕(田中美奈子)は、昇進まで後一歩というところで営
 業成績が伸び悩んでいた。ある日、新規の契約開拓のために飛び込んだビルで、京は美貌の青年と出
 会う。若くして外資系企業の上級管理職の座にある藤原美鶴(中沢昭泰)というその青年は、不思議
 なオーラと怪しい香りを身にまとっていた。謎の多い美鶴に、京は警戒しつつも魅了されていく。美
 鶴と出会った日から、京の周りには奇怪な出来事が起きるようになっていた。いつも正体不明の女の
 影がつきまとい、無言電話もひっきりなしにかかってきていた。美鶴とたびたび会うようになった京
 は、怪しい言葉の誘惑に怯えながらも、次第に逆らえなくなっていく自分に気づいていた。どうやら
 美鶴に近づく女たちはみんな彼を愛し、かしづかずにはいられなくなるらしい。京の友人でライバル
 会社の外交員の井岡礼子(真弓倫子)も、美鶴に出会った日から彼の奴隷のようになっていた。美鶴
 のデータを調べた京は、彼が妻の死によって多額の保険金を受け取っていたことを知る。京はかつて
 営業部に所属し、現在は調査部にいる阿部雅夫(諏訪太朗)に当時のことを尋ねるが、阿部も美鶴の
 名前を記憶しているだけで詳しいことは覚えていなかった。美鶴の身辺調査を始めた阿部は報告書だ
 けを残して、京の目の前で謎の死を遂げた。調査を引き継いだ京は、あるフェロモンを分泌する寄生
 虫が美鶴の秘密にかかわっているらしいことを知る。美鶴の家に侵入した京は、彼と彼に寄生してい
 た謎の生物を焼き殺し、元の日常へ戻っていった。それからしばらくして、男性社員をはべらせたオ
 フィスの奥に、かつての美鶴のようにオーラをふりまく京の姿があった。

 他に、長谷川初範(吉川=寄生虫の研究者)、天宮良(京の元恋人で、現在は彼女の相談役)、山本紀彦
(京の上司)、大杉漣(京の顧客)などが出演している。細部の見所もけっこうあったが、やはりもう少し
丁寧に作ってほしかった。残念なネタである。


 某月某日

 DVDで邦画の『大菩薩峠 完結篇』(監督:森一生、大映京都、1961年)を観た。3部作の完結篇である。
しかしながら、何か腑に落ちない終わり方で、欲求不満が残った。筋書も行き当たりばったりで、机竜之助
が笛吹川の濁流に呑まれるところで終わっている。元々、中里介山の原作が未完だったので、これでいいの
かもしれないが……。例によって、物語と配役に関しては<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝した
い。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  竜神の滝の断崖から落ちた盲目の机竜之助(市川雷蔵)はお豊(中村玉緒/二役目)の助けで伊勢
 大湊の与兵衛(酒井三郎)宅にかくまわれていた。お豊は古市の廓に身を沈めたが、病に犯され自害
 した。竜之助あての書置(遺言状)と二〇両の金子(なぜか、裏宿の七兵衛が渡した金である)は流
 しのお玉(近藤美恵子)に手渡された。挙動不審を咎められたお玉は役人に追われ金は落してしまう
 が、手紙だけは竜之助に渡すことができた。裏宿の七兵衛(見明凡太朗)はやっとのことで竜之助を
 探し出すが、竜之助は生花の師匠お絹(阿井美千子)と発った後であった。お絹の色香を狙うがんり
 きの百(小林勝彦)は山中で二人の駕籠を別々に引き離してしまった。怒った竜之助は百の片腕を切
 り落すが、谷底に落ちてしまう。それを救ったのはお徳(矢島ひろ子)であった。竜之助はお徳の子
 の蔵太郎(武智雅文)に接してわが子郁太郎(島一男)の身に思いを馳せるのだった。甲府勤番とな
 って湯元にやって来ていた旗本の神尾主膳(島田竜三)は、土豪望月家から金を捻出しようと画策、
 婿の清一郎(大丸智太郎)を召捕った。お徳からこれを聞かされた竜之助は清一郎を救い出すが、自
 分は主膳の家に捕われた。主膳は竜之助の腕を見込んで、甲府勤番頭駒井能登守(三田村元)の暗殺
 を条件に屋敷へかくまった。その頃宇津木兵馬(本郷功次郎)と七兵衛の二人は竜之助の足取りをつ
 かみ、確実に迫っていた。主膳は有野村の馬大尽の一人娘との縁組を強制していた。一夜、その娘お
 銀(中村玉緒/三役目)を屋敷に連れこむが、お銀は竜之助によって救われた。お銀は顔半面にむご
 たらしいヤケドの跡をもっているため、盲目の竜之助にかえって愛情を持った。竜之助もお銀の声に、
 お豊、お浜の面影を思いだしていた。竜之助はある夜、駒井能登守を襲うがその人格にうたれて討つ
 ことができなかった。お銀とともに大菩薩に舞い戻った竜之助は、お浜(中村玉緒/最初の役)の墓
 石をみつけて愕然とした。彼女の戒名は、「悪女大姉」だったのである。それからというものは、竜
 之助の辻斬りが毎夜のように続いた。辻斬りの噂を聞いて兵馬も大菩薩に帰って来た。折柄の豪雨に
 笛吹川は氾濫、村人は恐怖に包まれ続々と退避していた。与八(真塩洋一)の世話で立派に成長して
 いる郁太郎を求めて竜之助は雨中をさまよっていた。そこへかけつけた兵馬。竜之助との宿命の対決
 となった。だが、足元からくずれだす笛吹川の濁流のため、竜之助は濁流の中に押し流されていった。

 他に、荒木忍(慢心和尚)、玉置一恵(坂田)、木村玄(篠塚)、愛原光一(栗林)、南里金春(米友)、
丹羽又三郎(宇津木文之丞)、井手野憲治(江藤)、神脇絵須子(おまん)、橘公子(おろく)などが出演
している。「位が欲しくて生きる奴がいる。金を貯めたくて生きる奴がいる。俺は人の命を奪って生きる」
という竜之助がお銀に向けていう台詞は、さすがに迫力があった。そのくせ、息子の郁太郎への気持を吹っ
切ることはできない。「業」と言えよう。


 某月某日

 DVDで邦画の『その後の仁義なき戦い』(監督:工藤栄一、東映京都、1979年)を観た。一連の「仁義なき
戦い」シリーズの第9作目に当たるが、いわば「番外編」で、話の筋がつながっているわけではない。監督
も深作欣二から工藤栄一に交代している。この時代の雰囲気は伝わっているが、ややムラがあり、よいとこ
ろと少しどうかと思われるところの混淆である。よいところは、東映ヤクザ映画の定番を踏襲しているとこ
ろで、どうかと思われるところは、一工夫を加えたところである。また、本職の俳優以外のタレントが大挙
して出演しているので、演技力の点で残念な個所も散見された。血縁(あるいは、その擬似的関係)に対す
る信頼と、血縁ゆえの葛藤が交互に垣間見え、その点では面白い流れになっている。主人公の相場年男(根
津甚八)は典型的なチンピラで、今だったら「KY]と言われるかもしれない。「銭なし、コネなし、中学
中退、おまけに前科者」だった自分を拾ってくれた親分の津川武志(成田三樹夫)〔浅倉組若頭・津川組組
長〕に逆らえず、その甘言(成功したら、野球賭博の胴元にさせてやるという約束)を真に受けて、友だち
を裏切ってしまう。その後もババばかりつかんで目が出ず、挙句の果てに26歳の若い身空で射殺されて果て
る。友だちの妹を恋人にするが、幸せの香りすら味わうことはなかった。境遇が彼をヤクザ(極道)にした
というわけで、観ていてとても痛々しい。70年代のヤクザ映画はこんな物語に溢れているが、その後はもっ
と殺伐としてくるので、まだましだった時代かもしれない。そこには、血縁者同士が感じ合う情愛がまだ存
在するから……。
 さて、物語と配役に関しては、例によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一
部改変したが、ご寛恕を乞う。

  大阪に本家を置き、全国に配下六〇〇の団体を持つ大組織石黒組の若頭山崎新一郎(鈴木康弘)が
 突然交通事故で死亡した。石黒組若頭の地位は次期石黒組組長の椅子が約束されているだけに、石黒
 組系浅倉組組長の浅倉広吉(金子信雄)と、同じく花村組組長の花村秀夫(藤村富美男)の二人は互
 いに若頭の椅子を狙って目を光らせていた。その浅倉組と北九州竜野組とは親子の盃を交し、頻繁に
 行き来していた。九州には、血縁で結ばれていたもう一つの組、大場三兄弟という兇暴な兄弟を中心
 にした藤岡組があった。藤岡組は大組織の傘下に入っておらず、そのため竜野組に押され、かろうじ
 て土木業で凌いでいる。竜野組若衆、根岸昇治(宇崎竜童)と水沼啓一(松崎しげる)は、行儀見習
 のため浅倉組に預けられていたとき、朝倉組系津川組の若衆、相羽年男と意気投合、それ以来三人は、
 いつも一緒だった。ある日、啓一がカラオケで唄ったプロ顔負けの唄が元で三人はその場に居合せた
 大場兄弟と喧嘩となってしまった。その時、年男はその場にいた昇治の妹、明子(原田美枝子)と知
 り合い、その後すぐに竜野組組長の竜野忠(小松方正)の仲介で婚約する。数日後、昇治、啓一ら竜
 野組若衆が大場三兄弟を襲う事件が発生した。一方、石黒組は空席となっている若頭の席を、当分の
 間、浅倉と花村の二人に預けると発表。不満でならない浅倉は、花村を蹴落すための行動を開始した。
 まず傘下の竜野組を破門し、竜野組と以前から小ぜり合いを繰り返している藤岡組を抱き込んで竜野
 を殺させる。そうすれば、親分を殺された竜野組の若頭である池永安春(松方弘樹)はムショ兄弟で
 ある花村組若頭の高木進吾(山崎努)に泣きつき、もし高木が乗り出してくれば、縄張り荒しをする
 ことになると浅倉組若頭津川は計算したのだ。津川は年男に竜野殺しの手引きを命ずる。年男は友を
 裏切ることに動揺するが、弾かれたように行動してしまう。竜野組がじゃまでならない藤岡も津川の
 取り引きに乗った。そして大場兄弟の末弟である登(立川光貴)が竜野を殺害、その場にいた年男を
 見た昇治と啓一は不信に思い、年男をリンチにするが、明子と池永の口利きで命だけは助けられる。
 池永はムショ兄弟高木から武器を仕入れ、藤岡組に殴り込みをかけ、大場兄弟を仕止めたものの、組
 長の藤岡英信(小池朝雄)の首を取ることはできなかった。気の弱い池永の弟の誠三(花紀京)は警
 察の取り調べに対して、武器の入手先などをぶちまけてしまい、池永は組の再建を約しながらも逃亡
 生活を余儀なくされた。こうして明治以来三代続いた竜野組は潰れた。浅倉は計画通り石黒組若頭に
 なったが、就任直後、逃亡していた昇治に射殺され、昇治も惨殺されてしまう。しかし、浅倉組は、
 びくともせず、津川と藤岡は血縁の盃を交す。明子とともに大阪に逃げた年男は、麻薬の虜になって
 いた。そこへ、逃亡に疲れた池永がやってきて、麻薬の売買をして竜野組の再建をもちかける。年男
 は資金集めのため、「水島圭」という芸名のスター歌手になった啓一から三百万円を強請取るが、浅
 倉組の釜本博(山城新伍)に横取りされてしまった。二人は釜本、津川を殺して金を取り戻すが、池
 永は射殺され、辛うじて逃げた年男は、その金の一部を啓一や母親のしず(絵沢萠子)〔母親から、
 七十万円を無理やり借り出していた〕に送り返し、あてどもなく雑踏を歩き廻った。そして、相羽年
 男二十六歳は、昭和五十四年五月七日、大阪市大正区の路上にて、津川組組員により射殺された……。
 身には、拳銃の密売人(泉谷しげる)から買った拳銃を五、六丁帯びていた。

 他に、松尾嘉代(池永里子=安春の妻)、ガッツ石松(和田元司=竜野組組員)、小峰隆司(石田伝一=
同)、片桐竜次(大場建)、松林龍蒼(大場淳)、佐々木孝丸(石黒光喜=石黒組組長)、曽根晴美(小西
則夫=浅倉組組員)、吉岡靖彦(中学時代の年男)、白井滋郎(年男の母の情夫)、萩原健一(飯屋の奇妙
な客)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『花いちもんめ。』(監督:伊藤俊也、東映京都、1985年)を観た。長い間探していた作品
で、最近になって京都で発見して購入した。80年代は、家族の在り方を真正面から問う作品がけっこうあり、
この作品の他にも以下のようなものがある。なお、山田洋次監督が撮った一連の『男はつらいよ』シリーズ
は、数が多いので割愛させていただいた。

 『遙かなる山の呼び声』(監督:山田洋次、松竹、1980年)。
 『遠雷』(監督:根岸吉太郎、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1981年)。
 『泥の河』(監督:小栗康平、木村プロ、1981年)。
 『さらば愛しき大地』(監督:柳町光男、プロダクション群狼=アトリエダンカン、1982年)。
 『積木くずし』(監督:斎藤光正、東宝企画、1983年)。
 『家族ゲーム』(監督:森田芳光、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1983年)。
 『楢山節考』(監督:今村昌平、東映=今村プロ、1983年)。
 『魚影の群れ』(監督:相米慎二、松竹、1983年)。
 『細雪』(監督:市川崑、東宝、1983年)。
 『十階のモスキート』(監督:崔洋一、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、1983年)。
 『お葬式』(監督:伊丹十三、伊丹プロダクション=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、1984年)。
 『逆噴射家族』(監督:石井聰亙、ディレクターズ・カンパニー=国際放映=ATG、1984年)。
 『それから』(監督:森田芳光、東映、1985年)。
 『ウホッホ探検隊』(監督:根岸吉太郎、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ディレクターズ・
  カンパニー=日本テレビ、1986年)。
 『落葉樹』(監督:新藤兼人、丸井工文社、1986年)。
 『火宅の人』(監督:深作欣二、東映京都、1986年)。
 『人間の約束』(監督:吉田喜重、西部セゾングループ=テレビ朝日=キネマ東京、1986年)。
 『異人たちとの夏』(監督:大林宣彦、松竹、1988年)。
 『木村家の人々』(監督:滝田洋二郎、フジテレビジョン、1988年)。
 『郷愁』(監督:中島丈博、プロジェクト・エー=アクターズ・プロモーション、1988年)。
 『キッチン』(監督:森田芳光、光和インターナショナル、1989年)。
 『スウィートホーム』(監督:黒沢清、伊丹プロダクション、1989年)。
 『出張』(監督:沖島勲、アーバン21、1989年)。
 『あ・うん』(監督:降旗康男、東宝映画=フイルム フェイス、1989年)。

 いずれも変容してゆく日本の家族を描いている。小生の印象でも、80年代は家族の転換期とも呼べる時期
で、明らかに戦前の典型的家族とは一線を画していると思われる。とくに『家族ゲーム』が画期的な描き方
をしていたが、当該作品もそれに劣らない冴えを見せている。まさに、傑作だと思う。いわゆる「認知症」
(過去においては、「老人性痴呆症」と言われた)がテーマであるが、主演の千秋実の迫真の演技が光って
いる。高齢者の介護問題は大家族制が崩れたあたりから始まっているはずだが、「嫁福祉」がそれを目立た
なくさせてきた。世間的に注目を集めたのは、『恍惚の人』(監督:豊田四郎、芸苑社、1973年)が最初だ
ろうが、その他にもこのテーマを扱う映画はけっこうある。『想文』の感想を記したとき(『日日是労働セ
レクト70』、参照のこと)に羅列してみたが、年代の古い順にもう一度掲載してみよう。なお、ちょっと
色合が違うが、深沢七郎原作の『楢山節考』が2度映画化されている。『楢山節考』(監督:木下恵介、松
竹大船、1958年)と、『楢山節考』(監督:今村昌平、東映=今村プロ、1983年)である。これはリストか
ら外した。

 『恍惚の人』(監督:豊田四郎、芸苑社、1973年)。
 『人間の約束』(監督:吉田喜重、西部セゾングループ=テレビ朝日=キネマ東京、1986年)。
 『息子』(監督:山田洋次、松竹、1991年)。
 『老人Z』(監督:北久保弘之、東京テアトル=ザ・テレビジョン=ムービック=テレビ朝日=ソニー
  ミュージックエンタテインメント、1991年)。
 『大病人』(監督:伊丹十三、伊丹フィルムズ、1993年)。
 『まあだだよ』(監督:黒澤明、大映=電通=黒澤プロ、1993年)。
 『午後の遺言状』(監督:新藤兼人、近代映画協会、1995年)。
 『生きたい』(監督:新藤兼人、近代映画協会、1999年)。
 『阿弥陀堂だより』(監督:小泉堯史、『阿弥陀堂だより』製作委員会、2002年)。
 『折り梅』(監督:松井久子、エッセン・コミュニケーションズ、2002年)。
 『わたしのグランパ』(監督:東陽一、『わたしのグランパ』製作委員会=テレビ朝日=ホリプロ=
  シグロ=東映ビデオ、2003年)。
 『ミラーを拭く男』(監督:梶田征則、「ミラーを拭く男」パートナーズ〔ヴィジョン・ファクトリー=
  NHKエンタープライズ21=イエス・ビジョンズ=日本スカイウェイ=パル企画〕、2003年)。
 『ホーム・スイートホーム 誰にでも帰りたい家がある』(監督:栗山富夫、アークビジョン、2004年)。
 『死に花』(監督:犬童一心、東映=アミューズ=テレビ朝日=東映ビデオ=IMJエンタテインメント=
  毎日新聞社、2004年)。
 『いつか読書する日』(監督:緒方明、パラダイス・カフェ=バグポイント・ジャパン、2005年)。
 『メゾン・ド・ヒミコ』(監督:犬童一心、アスミック・エース エンタテインメント=IMJエンタテイン
  メント=日本テレビ放送網=S・D・P=カルチュア・パブリッシャーズ、2005年)。
 『そうかもしれない』(監督:保坂延彦、「そうかもしれない」製作委員会、2005年)。
 『想文(おもひぶみ)』(監督:伊藤秀裕、翔年社、2005年)。
 『長い散歩』(監督:奥田瑛二、「長い散歩」製作委員会〔ゼロ・ピクチュアズ=大喜=朝日放送〕、
  2006年)。

 この他、筆者未見の映画もまだまだあるはずなので、「高齢者問題」はずいぶんと根が深いのである。比
較的初期の頃に製作された当該作品は、『恍惚の人』(1973年)や『人間の約束』(1986年)と並んで、こ
の社会問題を実に粘り強く描いていると思う。さて、物語や配役に関しては、例によって<goo 映画>のお世
話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  元大学教授の鷹野冬吉(千秋実)は、めまいがもとで、勤務先の松江郷土歴史史料館で大事な縄文
 土器を床に落として破損してしまい、やがて勇退を勧告された。そのことを老妻の菊代(加藤治子)
 に言いそびれたまま、毎朝弁当を手にあてのない出勤を繰り返している。冬吉には三人の子供がいた。
 奥出雲に嫁いだ長女の(金子)信恵(野川由美子)。大手スーパーストアの店長となった長男の治雄
 (西郷輝彦)。彼には同じ店に勤める飯塚友子(中田喜子)という愛人がおり、彼女に限らず以前か
 らの浮気癖で妻の桂子(十朱幸代)とは喧嘩が絶えず仲は冷えきっていた。そして、独身で温泉町に
 バーを営む次女の光恵(二宮さよ子)。ある日、夏休みで遊びに来ていた孫の豊(岩渕健)を連れて、
 山陰の洞穴遺跡を訪れた冬吉は、帰り道を失念してしまう。彼は大学病院で「アルツハイマー型老年
 痴呆症」と診断された。ある夜、冬吉は日本海へ身を躍らせる。その後姿を追った菊代は、心臓発作
 で倒れ入院した。病院に付き添った桂子は、ドア越しに自分がアルツハイマーだと聞いてしまった冬
 吉の、自らの無残な老後を引き受けようとする姿に感勤。桂子の希望で、冬吉は大阪の治雄一家に引
 き取られることになった。冬吉の痴呆は、徘徊、幻覚と進行していく。自分が義母になりかわるしか
 ないと覚悟を決めた桂子の顔は生き生きとしてきた。かつてのアルコール依存症も消えた。治雄も単
 身赴任先の神戸からよく顔を見せるようになり、孫の里美(長谷川真弓)も豊も冬吉の徘徊に同行す
 る。冬吉のボケがこの家族の亀裂を埋めていった。すっかり桂子を妻と思い込む冬吉は、散歩に出た
 公園でキスをねだる。そして、お礼にと預金通帳を桂子に無理やり手渡す。退院した菊代が冬吉を引
 き取りに来たが、冬吉は菊代の顔を見ても誰なのかわからない。衝撃を受けた菊代は、再度発作を起
 こし亡くなってしまう。苦悩の末、治雄は冬吉を精神病院に入院させることを決心する。数日後、そ
 こを見舞った時、彼が目にしたのはベッドに縛りつけられた冬吉の無惨な姿だった。治雄は車で冬吉
 を家に連れ戻す。今度こそ、皆で冬吉を守ろうと堅い絆で結ばれたこの家族がやがて見たものは、壊
 れたゆきひらを土器の修復でも試みようとするようにさまざまに重ね合わす冬吉の無心な姿だった。
 彼の口から呟きがもれる。それはかつて菊代が口ずさんでいた「花いちもんめ」のメロディだった。

 他に、岸部一徳(石本義和=光恵の愛人)、内藤武敏(松江郷土歴史史料館館長)、三浦真弓(看護婦)、
神山繁(神経内科医師)、河野美地子(女子研究員)、末広真季子(児島洋子=桂子が勤めている花屋のオ
ーナー)、田山涼成(米屋)、林彰太郎(金子精一)、成瀬正(セールスマン風の男)、久米明(ビデオの
ナレーター)などが出演している。役者は皆達者で、演技臭を感じることはなかった。また、子役の岩渕健
と長谷川真弓がかなり上手だった。その点でも優れている。往々にして、子役がへたくそなために、リアリ
ティを欠いてしまうことがよくあるからだ。ちなみに、小生の亡くなった父親も、脳梗塞で倒れた直後、病
院で暴れてベッドに拘束されたことがある。小生が見舞ったとき、「どこのどなたか存じませんが、この縛
り布を解いてください」と言われた。物心がついた頃以来、父親は不倶戴天の敵だったので、複雑な気持に
なったことを覚えている。惚けてしまっては、敵とは言えなくなったからである。その2年後に永眠したが、
父親の救いはどこにあったのか、今でもときどき考えることがある。          


 某月某日

 DVDで邦画の『母(かあ)べえ』(監督:山田洋次、「母べえ」製作委員会〔松竹=テレビ朝日=衛星劇
場=エフエム東京=読売新聞東京本社=名古屋テレビ放送=住友商事=博報堂DYメディアパートナーズ=日
本出版販売=ヤフー=朝日放送〕、2007年)を観た。山田洋次らしいヒューマン・ドラマである。しかしな
がら、60年の風化は避けられず、やはり戦前・戦中・戦後はこんなものではなかったはずだ、という思いが
強い。小生自身、戦争の「せ」の字も知らないくせに、やはり違うと感じてしまうのである。もっとも、こ
の映画は戦争を描きたかったのではないだろう。過去には、いくらでもいたと思われる無名の女性の生き方
がテーマなのである。それを、「メルヘン」として描いているのだ。エンディングで、詩のような言葉が朗
読される。下に書き写してみよう。ナレーションは、この女性の夫役を演じた坂東三津五郎である。なお、
適当に節を分かった。


  朝 五時半/君は決まって目を覚ます/君はガスコンロに火をつける/釜の飯が炊け始める
  やがて/学校に通っている/子どもたちを起こし/みんなの弁当を作る

  君は薄給の/小学校の代用教員/やせっぽちの君なのに/子どもたち相手に/飛んだり跳ねたりも
  せねばならぬ/大きな声で/唱歌も歌わねばならぬ
  
  いったい 一日 何時間の/勤務だというのだろう/みんな不平をもちながら/みんなクビを恐れている
  いったん失ったら/二度とありつけない/職なのだ

  君は ぼくのこと/こどもたちのことが/あるから/歯を食いしばって頑張る
  君の十二貫足らずの/痛々しい身体/それは まるで/ひびのいった/瀬戸物みたいだ

  いったい誰だ/君の身体を/それほどまでに/痛めつけるのは
  何者だ/ぼくたちに このような/苦しみを強いるのは

  君の顔は/もう美しくない/若々しくもない
  しかし ぼくは今/君を見直す思いに/打たれている

  君の内に輝く一筋の力よ!/それは いまの弱い僕に/なお 生きる力を与え
  そして/ぼくが人間であることを/思い出させてくれるのだ


 長々と引用したが、素直でよい言葉だと思う。「詩」と言ってもよい。さて、物語や配役に関しては、例
によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  昭和15年の東京。家族とともに倹しくも幸せに暮らしていた野上佳代(吉永小百合)だが、反戦思
 想をもったドイツ文学者の夫である滋(坂東三津五郎)が治安維持法違反で検挙されてから、その暮
 らしは一変する。不安と悲しみを募らせる野上家に、一筋の光として現れたのが、滋のかつての教え
 子である山崎徹(浅野忠信)だった。小さな出版社に勤める彼は、不器用だが優しい性格で長女の初
 子(志田未来)と次女の照美(佐藤未来)に親しまれ、「山ちゃん」の愛称で野上家に欠かせない存
 在となる。まもなく、滋がいつ帰れるか全く見通しが立たないため、佳代は小学校の代用教員として
 一家の家計を支え始める。帰宅すれば深夜まで家の雑事に追われる毎日の中、滋の妹の久子(檀れい)
 が時折手伝いにきてくれた。そして夏休みの間だけ、叔父の仙吉(笑福亭鶴瓶)が奈良から上京して
 くる。変わり者の仙吉は、デリカシーのない発言をして思春期を迎えた初子に嫌われてしまうが、そ
 の自由奔放な姿は佳代の心を癒した。昭和16年に入り、佳代の故郷の山口から、警察署長をしていた
 父の久太郎(中村梅之助)が上京してくる。思想犯となった滋との離婚を命じるためだが、佳代の心
 は少しも揺るがなかった。そしてその年の12月8日、ついに太平洋戦争が勃発。昭和17年に入り、滋が
 獄死。その悲しみに追い打ちをかけるように、山崎に赤紙が届く。3年後、ようやく終戦となるが、
 山崎は戦死していた。久子は故郷の広島で原爆に被爆して亡くなっていた。そして現在。美術教師と
 なった照美(戸田恵子)は、初子(倍賞千恵子)が医師として勤める病院に入院している佳代の容態
 が悪化したと聞き、病院に駆けつける。そして病床の佳代は、「死んでからじゃなく、生きている父
 (とう)べえに会いたい」と悲痛な言葉を呟くのだった。

 他に、笹野高史(小菅=特高警察の刑事)、でんでん(隣組組長の福田)、神戸浩(その息子の健一)、
近藤公園(小宮山=山ちゃんの戦友)、茅島成美(渡辺夫人)、松田洋治(島崎)、赤塚真人(交番の巡査)、
吹越満(杉本検事)、左時枝(藤岡ふみ=久太郎の後妻)、鈴木瑞穂(二階堂肇=滋の師匠)、大滝秀治
(野村医師)などが出演している。中村梅之助、笹野高史、でんでん、鈴木瑞穂、大滝秀治、左時枝などの
大ヴェテランが脇を支えているので、ずっしりとした重みになっている。とくに、中村梅之助と鈴木瑞穂は
格別であった。なお、滋の皮膚病は三木清を連想させた。三木は獄中でわざと疥癬をうつされたらしい。ま
た、仙吉が「ぜいたくは敵だ!」の有名なパロディである「ぜいたくは素敵だ!」を口にするが、ちょっと
外していると思った。当時は、そんな言葉を用いれば、はるかにスリリングだったはずだから(つまり、た
だでは済まない)。さらに、山ちゃんが巡査の誰何に対して、「私のような者(兵隊検査において丙種合格)
でも、赤紙が来れば滅私奉公、護国の鬼になって散華する覚悟はできています」という台詞を吐くが、やは
り牧歌的な感じを拭えなかった。それは、滋と、小菅刑事や杉本検事との遣り取りにも窺えた。もっとはる
かに厳しかったのではないかと思うからである。つまり、思想犯は彼らの目の敵だったのだから。


 某月某日

 DVDで邦画の『大菩薩峠 竜神の巻』(監督:三隅研次、大映京都、1960年)を観た。前作の続篇である。机
竜之助はますますニヒリズムの虜になり、おのれの業の火が導く地獄に落ちてゆく。まさに、「通俗時代劇」
の典型ともいうべきで流れで、それなりに楽しめた。机竜之介役の市川雷蔵の厳しい横顔が今に蘇っている。
物語や配役に関しては、例によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。一部改変したが、ご
寛恕をいただきたい。

  京の島原で狂乱の机竜之助と宇津木兵馬(本郷功次郎)との対決は、お互いを霧の中に見失ってし
 まった。裏宿の七兵衛(見明凡太朗)はお松(山本富士子)を島原より身請けし、彼女を部屋に閉じ
 こめた浪人者こそ、お松の爺さんを斬った机竜之助であると初めて語った。兵馬は竜之助を求めて新
 選組を脱け、お松、七兵衛とともに竜之助の後を追うことにした。竜之助は八木の街道で、浪人酒井
 新兵衛(小堀阿吉雄)に兵法試合を望まれるが、仲裁に入った植田丹後守(石黒達也)の人柄に引か
 れて彼の屋敷にしばらく逗留することとなった。そこで竜之助は過日助けたことのある女、お豊(中
 村玉緒)と再会した。お豊は心中の生き残りとして屋敷の手伝いをしていたが、土地の庄屋の息子金
 蔵(片山明彦)に言い寄られて困っていた。ために竜之助が江戸へ発つ時、同行を申し出た。しかし、
 金蔵は土地の猟師鍛冶倉(須賀不二男)と語らいお豊を奪って去った。上野の旅籠についた竜之助は
 いつかの浪人酒井新兵衛と会い、天誅組の総裁松本奎堂(羅門光三郎)に引き合わされた。そして遊
 山がてら彼らと行動をともにすることになった。しかし大敗を喫した天誅組の背後には、藤堂藩、彦
 根藩などの追手がかかっていた。天誅組と木樵小屋に潜んでいた竜之助は、追手の投げ込む爆薬のた
 め盲目となったが、血路を開いて竜神の森へと逃れた。竜神の籠堂で休み、滝にあたって目を洗う竜
 之助はお豊と再会した。お豊は金蔵にむりやり夫婦にさせられ金蔵の叔父がいとなむ旅籠の夫婦養子
 となっていた。一方、兵馬も七兵衛の働きによって竜之助の後を確実に追っていた。だが、お松は天
 誅組騒動の際に巻き添えをくい、藤堂藩の下働きをしていた黒滝の鬼蔵(寺島貢)にさらわれたが、
 お玉(近藤美恵子)、米友(南里金春)によって救われていた。そんな頃、金蔵夫婦の旅籠に兵馬が
 草鞋を脱いだ。お豊は竜之助の身に危険が迫ったことをさとり、旅支度を整えて籠堂に登った。兵馬
 もその後を追ったが、この際は竜之助と出遭うまでには至らなかった。二人はそれぞれの思惑を抱き
 つつ、いったん下の村に帰ったが、金蔵がお豊と兵馬が通じたと勘違いして狂乱する。そのさ中、火
 事騒ぎが起こって、逃げたお豊を金蔵が追いかける。さらに、兵馬もそれを追う。竜之助の許に辿り
 着いたお豊は、自分を追いかけて来た金蔵が竜之助に斬られるのを目の当たりにする。その後、竜神
 の森で追手を平らげた盲目の竜之助は、兵馬との間の宿命の対決を迎えた。兵馬の捨て身の突きをか
 わした竜之助は断崖から滝壺へ姿を消した。さて、兵馬、竜之助が再び会い見える日はいつのことか。

 他に、三田登喜子(お杉)、藤原礼子(御雪太夫)、中村豊(印篭鞘の浪士=天誅組のひとり)、真塩洋
一(与八)、嵐三右衛門(修験者)、寺島雄作(東妙和尚)、尾上栄五郎(藤井新八郎)などが出演してい
る。盲目の身で竜神の森に迷い込んだ竜之助が、爆薬で焦げた服を脱ぎ棄て、白い着流し姿になっているの
はいかなる流れか。また、お松が攫われるのもきわめて唐突。だいいち、心中の片割れのお豊が竜之助を慕
い始めるのはなぜか。お玉はなぜお松を助けたのか。その他、何とも説明のつかないシーンの連続で笑った。
通俗時代劇のお約束といったところか。つまり、面白い展開ならば、辻褄を合わすことなど物の数ではない
のである。


 某月某日

 DVDで邦画の『叫』(監督:黒沢清、TBS=Entertainment FARM=エイベックス エンタテインメント=オ
ズ=日活、2007年)を観た。Jホラーの雄、黒沢清監督の作品である。彼の作品を鑑賞したのは『トウキョ
ウソナタ』以来であるが、そこそこ面白かった。相変わらず意味不明の不気味さが売りだが、作風としては
『CURE』に似ているか。たとえ彼の名前を隠して鑑賞したとしても、直ぐに黒沢清の作品だと分かるぐらい
彼の色が出ていた。ちなみに、黒沢清監督の鑑賞済み映画は以下の通り10本である。『神田川淫乱戦争』
(1983年)や『回路』(2000年)は未見だが、その他の主要な作品はだいたい鑑賞している。

 『ドレミファ娘の血は騒ぐ』、監督:黒沢清、EPiCソニー=ディレクターズ・カンパニー1985年。
 『スウィートホーム』、監督:黒沢清、伊丹プロダクション、1989年。
 『地獄の警備員』、監督:黒沢清、アテネ・フランセ文化センター、1992年。
 『CURE』、監督:黒沢清、大映、1997年。
 『カリスマ』、監督:黒沢清、日活=キングレコード=東京テアトル、1999年。
 『アカルイミライ』、監督:黒沢清、アップリンク=クロックワークス=デンタルサイト、2002年。
 『ドッペルゲンガー』、監督:黒沢清、東芝=ワーナー・ブラザーズ=日本テレビ放送網=アミューズ
  ピクチャーズ=日本テレビ音楽=ツインズジャパン、2002年。
 『LOFT(ロフト)』、監督:黒沢清、「LOFT」製作委員会〔日本テレビ放送網=Mirovision=SDP=
  ジェネオン エンタテインメント=ツインズジャパン=日活=C&S International〕、2005年。
 『叫』、監督:黒沢清、TBS=Entertainment FARM=エイベックス エンタテインメント=オズ=日活、
  2007年。
 『トウキョウソナタ』、監督:黒沢清、Fortissimo Films=「TOKYO SONATA」製作委員会〔博報堂DY
  メディアパートナーズ=ピックス=Entertainment Farm〕、2008年。

 いずれも現代社会の裂け目を描いているが、ほとんどいつも暗い。今回もその例外ではなく、孤独に死ん
でいった人の叫び声が聞こえてくるような映画であった。彼の特徴は「撲殺」であるが、一部にそれらしき
シーンがあるものの、今回の売りは「海水による溺死」である。あり得ない映像も、リアリズムを探求する
映画ではないので、それなりに楽しめた。とくに洗面器のような器に人間が吸い込まれるシーンには、さす
がに驚いた。結末を知りたくない向きには、以下の物語は読まない方がいいだろう。例によって、<goo 映
画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  東京湾岸地帯で「赤い服」を着た女の殺人死体が発見され、捜査に当たることになったヴェテラン
 刑事の吉岡登(役所広司)は、同僚の宮路徹(伊原剛志)とともに犯人を追い始めた。同様の手口に
 よる殺人事件が相次ぎ、「連続殺人事件」として捜査が進められる中、吉岡はそれぞれの事件の被害
 者の周辺に「自分の痕跡」を見つけ、「自分が犯人ではないか……」という思いに苛まれ始める。自
 分の身の潔白を自分自身に示すために単独行動を始め、発端である最初の事件現場を訪れる吉岡。そ
 の目の前に突然、赤い服の女の幽霊が現れた。怨めしく彼を見つめる女の幽霊(葉月里緒菜)。いく
 ら記憶を探っても吉岡には恨みを受けるような覚えがなかったが、幽霊はその後も断続的に出現して
 は吉岡を脅かす。引き続き繰り返される同一手口による殺人事件。やがて捜査は進展し、最初の殺人
 の犯人である男が逮捕される。しかしこの男は他の殺人には関係がなかった。次々と逮捕される一連
 の事件の犯人たち。彼らには相互に関連は認められない。同一手口の殺人が互いに無関係に犯された
 というこの偶然。しかし彼らの内の数人が、吉岡に向かって「全部なしにしようと思った」という言
 葉をそれぞれに口にする。殺人捜査をそっちのけで彼らの共通点を探る吉岡。同僚の宮路は心配と疑
 惑を織り交ぜつつもそんな吉岡の身辺を探り始める。やがて吉岡は犯人たちの共通点に行き当たった。
 彼らは皆、今は運行停止になった湾岸フェリーの利用者だったのだ。そして吉岡自身もまた、かつて
 そのフェリーの利用者だった。作業船に乗ってフェリーの運行ルートを探索する吉岡。開発の進んだ
 湾岸一帯の片隅に取り残されたように立っている廃墟を発見し、彼の記憶が不意に蘇る。かつてその
 建物の一つの窓辺に、赤い服を着た女の姿があったはずだ……。今は廃墟になっているその建物に侵
 入し、女が居たとおぼしき部屋を探し当てた吉岡。そこには壁に焼き付いた女の影と、白骨があった。
 女はここで死んだのだった、誰にも顧みられることもなく……。女の幽霊は再び吉岡の目の前に現れ、
 「あなただけは赦します」と言って消え失せた。幽霊の呪縛から解かれたかに思われた吉岡だが……。

 他に、小西真奈美(二村春江=吉岡の恋人)、オダギリジョー(精神科医・高木)、加瀬亮(作業員の船
員)、平山広行(若い刑事・桜井)、奥貫薫(矢部美由紀)、中村育二(佐久間昇一)、野村宏伸(小野田
誠二)、佐藤貴広(佐久間の息子・勇介)、村木仁(検視官・古屋)、渡辺憲吉(資料係)、田中良(市川
信也)、秋吉砂喜子(柴田礼子)、水木薫(柴田礼子の母)、坂本一敏(交通課の若い巡査)などが出演し
ている。廃墟や吉岡の住んでいる団地の部屋など、『CURE』に登場する部屋の雰囲気に酷似していた。カウ
ンセリングや幽霊の出現、自分自身が犯人ではないかという強迫観念、黒沢清監督自身は、いつもこんな妄
念に悩まされているのか、それとも、ホラーの勘所を程よくつかんでおり、あくまでフィクションとして描
いているのか、時々分からなくなるから一層不気味である。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観た。およそ傾向の異なる映画なので、そのギャップが面白い。1本目は、『日本侠客伝
絶縁状』(監督:マキノ雅弘、東映京都、1968年)である。典型的な任侠映画。思えば、このような典型は
マキノ監督が先鞭をつけたのだろう。面白いほど教科書的であった。おそらく、この『日本侠客伝』シリー
ズは、そのうち何本かはすでに観ているのだろうが、少しも覚えていない。そのくせ、場面場面では既視感
を覚えずにはいられない。何度も観たような錯覚に陥るのである。その特徴を思いつく限り挙げてみよう。

 1.主人公はヤクザかそれに近い人物である。昔気質で、義理人情に厚く、いなせで、喧嘩に強く、男前
   で、女にもてる。そのくせ、妙なこだわりがあって、好きな女とはなかなか結ばれない。
 2.敵役(かたきやく)は主人公よりもあらゆる点で劣るが、商売上手で、女に手が早い点では腕が勝る。
   考え方はおおむね合理的で、古臭い任侠道など本当はどうでもいいと思っている。たいがいは卑怯者
   で、闇討ちなど何とも思ってはいない。もちろん、金や女や博打においては、頗る汚い。
 3.主人公の舎弟や子分は気のいい輩が多く、兄貴分や親分のためには命を張ることも辞さない。そのく
   せ、勇み足を踏んで敵の奴らの騙し討ちに遭い、親分や兄弟分らを泣かせる。
 4.賭場におけるいざこざ、縄張り争い、利権絡みの闘争、恋の鞘当、その他きっかけは何でもいいが、
   両者の間で紛争が起こる。たいがいの主人公は旧勢力の中心人物で、敵役は新興ヤクザか暴力団とい
   った手合いが相場。金融業、土建業、芸能興業、風俗産業、香具師、港湾労働斡旋業などが表向きの
   仕事であることが多い。
 5.我慢に我慢を重ねた主人公が、親分やその兄弟分、自分の兄貴分や舎弟、子分や実の親兄弟、あるい
   は妻や恋人らが大怪我を負わされるか殺されることによって堪忍袋の緒が切れ、敵の許に単身殴り込
   みに出向く。たまさかの相棒は殺されることが多いが、主人公はけっして死なない。

 以上、こんな風にまとめてみた。今回の主人公は博打一本で渡世を送っている浜田勇吉(高倉健)で、任
侠道を貫く天盟会の大幹部である。上で挙げた特徴のほとんどに当て嵌まっている。親分の橋爪(伊井友三
郎)は、賭博罪で懲役5年の刑を喰らっている。親分には五人ほどの兄弟分があり、その筆頭は赤堀(遠藤
辰雄)である。子分衆は十人ほどおり、浜田の他の有力者としては、浜田の義理の兄である平井(菅原謙二)、
商売に長けた上野(渡辺文雄)などがいる。世間がヤクザの存在を許さないようになりつつある時代で、警
察もヤクザ排除に本気で取り組もうとしている。しかし、当のヤクザ連中は、賭博こそ生業として営むけれ
ども、いわゆる「暴力団」とは一線を画したいと本気で思っている。だから、ヤクザ風を吹かして素人衆か
らいわれのない金品を取り上げることを厳しく戒めている。しかし、ヤクザも人間、霞を食って生きてゆく
わけにはいかない。浜田の兄弟分の上野などは、金融業を営んで派手に儲けている。浜田は博打一本なので
賭場の上りがすべてだが、だんだんと寂れてきている上に、警察の取り締まりも厳しくなっている。そんな
折、親分が逮捕された。しかも、自分(=浜田)は泳がされているという。警察は天盟会を潰しにかかって
いるのだ。一方、上野の方は、叔父貴の赤堀を頼んで、天盟会の二代目を狙っている。何かと浜田を挑発す
る上野。挙句、組を解散して堅気になる浜田。しかし、上野の嫌がらせは執拗である。かつての子分だった
村越(藤山寛美)が殺され、兄貴の平井までも喪ったからには、もう我慢ができない。親分の出所を潮に、
殴り込みをかける浜田の男っぷりやいかん、といったところか。もう一度、物語をお浚いしてみよう。例に
よって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  東京で大きな努力をもつ天盟会会長橋爪は、警視庁の暴力団取締り頂上作戦で逮捕された。天盟会
 傘下の浜田組、平井組、伊坂組は、それ以来、橋爪の帰りをおとなしく待っていた。それから三年、
 いまは上野組だけが橋爪の留守に悪どく縄張りを広げていた。上野は天盟会会長の座を狙っていたの
 だ。一方、浜田は次期会長として他の組の親分に声望が高かったから、上野はなにかと浜田組の縄張
 り内でいざこさを起した。ある日、浜田組の唯一の資金源である賭場を上野は警察に密告、そのため
 浜田は苦境に立った。新年の事始め式で、浜田は天盟会の乱れを全員に諌めたが、同意したのは平井
 だけで、上野はそんな浜田をせせら笑っていた。また、妹を浜田に嫁がせている平井は、追いつめら
 れた浜田の子分が、イカサマ賭博をしていると、浜田に忠告した。ある日、刑務所に橋爪を訪ねた浜
 田は、乱れた会の現状を述べ、会を解散してほしいと訴えた。だが、橋爪は反対した。浜田は、橋爪
 の健康が刑務所に無理なのを知り、警察から会を解散すれば会長を釈放する、との内示があったのを
 機会に浜田組の単独解散を強行した。上野はそれをみてほくそ笑んでいた。浜田は組員をそれぞれ正
 業につかせ、自らも浜田建設を設立した。しかし、上野は次々と旧浜田組組員に迫害を加え始めた。
 それから間もなく、橋爪は釈放されてきたが、上野の悪どいやり方に愛想をつかし、平井に浜田を呼
 びにやらせた。上野はその平井を襲い、深手を負わせたのだ。瀕死の平井は、浜田にすべてを話し、
 息を引き取った。義兄の死に怒った浜田は、白鞘の長脇差を手に、上野組に殴り込んだ。浜田が、任
 侠道をふみにじった上野一派を倒したことは、いうまでもなかった。

 他に、待田京介(根本=浜田組幹部)、曽根晴美(丸山=同)、小島慶四郎(戸山=浜田組組員、後に洗
濯屋に鞍替え)、松尾嘉代(寿賀子=浜田の妻)、国一太郎(田所)、五十嵐義弘(久保)、桑原幸子(照
子=村越の恋人)、東龍子(幾代=橋爪の妻)、原健策(伊坂馬之助)、宇佐美淳也(三輪社長)、唐沢民
賢(仲木捜査一課長)などが出演している。手本引きのシーンもお馴染みで味があったが、それ以上に浜田
が語る会長の昔話の方が興味深かった。二合三勺の米の配給さえ十日も欠配となり、飢え死に寸前の人間が
敗戦直後の日本には溢れていた。着るものもろくになく寒さに震える人も大勢いた。そんな折、橋爪はあり
とあらゆる手段を用いて裕福な人を口説き落として困った人を救った。たしかに、ときには脅しまがいのこ
ともしただろう。しかし、あの当時の日本を思えば、やむにやまれぬ任侠道の発露だったのである。そんな
流れで天盟会ができたのだから、大事な代紋が暴力団に成り下がる前に、逆縁の盃を返したい、そんな経緯
である。浜田は孤児の身の上でグレにグレていたのだが、橋爪が拾って根性を叩き直してくれたのだという。
浜田にしてみれば、涙を呑んでの決断だったのである。しかし、その思いは最後の最後で親分の橋爪に伝わ
るのである。任侠の人橋爪を演じるは、小生の大好きな俳優伊井友三郎、浜田に扮するは、高倉健をおいて
他に誰がいるだろう。
 2本目は、『人間模様』(監督:市川崑、新東宝、1949年)である。これも市川監督の初期作品として扱
われている。前回観た『果てしなき情熱』(監督:市川崑、新東宝=新世紀プロ、1949年)よりもはるかに
練られており、敗戦後の日本の様相がくっきりと描かれている。佳品と言ってよいだろう。例によって、こ
の物語も、<goo 映画>に頼ってみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  禁制のキャバレーに女秘書の吉野吟子(山口淑子)を連れて行った七曜デパートの青年社長、小松
 原厚〔小松原は「兒松原」と表記されていた〕(青山五郎)は警官につかまって警察に連行された。
 彼は一番確実な身許引受人として、学友だった大輪高等女学校長の息子大輪絹彦(上原謙)を夜中に
 呼び出した。善良そのものの絹彦のおかげで二人は直ぐ釈放されたが、小松原は別に礼も言わない。
 だが絹彦も何んでもないような顔をしている。吉野吟子にはそんな絹彦が何となく好ましく思えた。
 ある日、吟子のアパートに絹彦が訪れた。彼は吟子が好きだったと言ったので、レンブラント(ドガ
 かもしれない)の額を持ってきたのである。吟子は絹彦の純情にホロリとした。彼女は上海からの引
 揚者だった。そして悪い情夫の狩野龍馬(伊藤雄之助)につけ回されている境遇の女だった。小松原
 は吟子を愛している。狩野には金をやり手を切らせて、彼は求婚したが、吟子は承服せず肉体を求め
 る小松原の腕を脱れた。彼女は絹彦を懐しく思うようになっていた。一方絹彦と許婚のような関係に
 ある新井沙丘子(月丘千秋)は生ぬるく生活力のか細い絹彦が心から好きになり切れない。沙丘子は
 小松原の話を聞くと、新興成金で活動力のある彼のような男こそ理想的な男性だと思って、自分から
 小松原の秘書を志願した。だが、吟子がいる限り小松原は秘書を替えない(実際には、吟子はすでに
 レジ係に回っており、別の女性が秘書をしていた)。沙丘子はヤミ会社の木下正朔(江見渉)の秘書
 になってしまった。絹彦は幼馴染みの沙丘子のそんな態度をさびしく思ったが、どうしようもない感
 じなのだ。吟子は小松原の申し出を拒んだ翌日から盲腸で寝込んでしまった。絹彦は早速吟子を見舞
 い、徹夜して看護した。報酬も何も考えない無我の献身である。吟子はまくらを涙でぬらし彼への慕
 情を胸に秘めていた。小松原から手術代を借りるのがいやだと吟子がいうので絹彦は持物を売り病院
 の交渉を始めている。折も折、大輪高女校長である絹彦の母の藤代(東山千栄子)が脳溢血で死んで
 しまった。絹彦が校長になることが決定した。こんな騒ぎになったので、彼は小松原に吟子のことを
 託した。小松原は早速、吟子を訪れ、病後の保養に彼女を熱海につれて行った。小松原は再び求婚し
 た。気の弱くなっている吟子は、ドン・ファンだと思っていた彼にも信実のあること、本当に自分を
 愛していることを知りその抱擁に浸った。小松原と吟子の結婚式の日、招かれた絹彦は花嫁姿の吟子
 を心から美しいと賛美した。それと同時に何かさびしさを感じたが、人の善い彼は二人を祝福しその
 多幸を祈るのだった。ふと、絹彦は沙丘子のことを思い出した。近代的な娘、自由を求める女性、そ
 の沙丘子は人生の階段をふみはずそうとしている。絹彦は急に心配になった。木下の奸策にひっかか
 っている沙丘子を救おう、彼女が何処にいるにせよ、必ず見つけ出して新らしき生活を切り拓かせよ
 う。絹彦はそう思って胸を張った。

 他に、斎藤達雄(新井寛政=沙丘子の父)が出演している。クレジットに石井ふく子の名前が見える。彼
女はTBSの敏腕プロデューサーで有名だが、新東宝の女優だったことは知らなかった。当該作品で何の役を
演じているのかも分からない。なお、原作は丹羽文雄、当時の世相がよく現れており、そこが面白い。舞台
劇のような台詞回しも面白かった。もっとも、「考えないことが女の特質」などは、多くの人から反撥を喰
らうかもしれない。上原謙の演じた絹彦は、沙丘子から「あなたは人間じゃない、神様よ」と言われてしま
うが、彼の惚けた風貌によくマッチしていた。女は聖人君子を求めやしない。生活力のある色好みに靡くの
である。当然といえば当然の結末だった。
 盲腸の手術代は一万円(当時としてはかなり高額。しかも、健康保険も存在しなかったから、盲腸で亡く
なった人も結構いたという)だった。それを書籍、レコード、蓄音機を売って金に換え、惜しげもなく手術
代に注ぎ込む絹彦は、やはり「神様」と言われても仕方がないだろう。絹彦は吟子の愛を得たいのではなく、
まったくの隣人愛からの行為だったのだから。それに比べると、小松原や木下は人間臭い。沙丘子が妥協す
るのももっともである。しかし、どこか空しい。沙丘子は、「絹彦さんのバカ、沙丘子のバカ」と叫ばずに
はおれないのだから。吟子も小松原の愛を受け容れるけれども、新婚旅行の列車内では、どこか淋しげであ
る。その胸に絹彦が棲んでいるのかもしれない。吟子は、大陸では有名な「あばずれ」、幾人もの男がひど
い目に遭い、高級パンパンの真似事までした、と言われるが、話半分としても、ずいぶん苦労をしたのは間
違いない。「狩野にも三年尽くしたけれども、内地に妻子がいたことが分かったので、冷めた」という台詞
もある。父は大陸で斃れ、母は引揚船の中で死んだという悲しみも背負っている。そんな吟子であるから、
小松原の愛を受け入れるためには、絹彦という「解毒剤」が是非とも必要だったのである。


 某月某日

 DVDで邦画の『大菩薩峠』(監督:三隅研次、大映京都、1960年)を観た。中里介山の未完の大作が原作で
あるが、小生は子どもの頃よりその存在を知ってはいるが、一度も繙いたことはない。主人公の机竜之助と
いう名前も印象深いが、時代劇であること以外まったく基礎知識はない。東映が片岡千恵蔵主演で三部作を
2度製作しているが(1回目は1953年〔監督:渡辺邦男〕、2回目は1957-1959年〔監督:内田吐夢〕)、い
ずれも筆者未見である。また、当該作品の後で、仲代達矢主演の『大菩薩峠』(監督:岡本喜八、宝塚映画=
東宝、1966年)が公開されているが、こちらも未見である。
 市川雷蔵主演の時代劇と言えば、『忍びの者』シリーズと『眠狂四郎』シリーズを直ちに連想するが、こ
の机竜之助、タイプとしては眠狂四郎に近いか。今回観ていても、竜之助と狂四郎とがダブって見えること
しばしばであった。話の展開が分かりにくい個所が数か所あり、編集にやや難ありとみた。しかし、この頃
の大映京都の時代劇作りは半端ではなく、時代劇らしい場面設定や本格的な殺陣を十二分に楽しめる。物語
に関しては、例によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛
恕を乞う。

  秀麗富士を遠望する大菩薩峠の頂上。黒紋付着流しの机竜之助(市川雷蔵)は、一刀のもとに居合
 わせた老巡礼(役者、不詳)を斬り捨てた。この祖父の死に驚くお松(山本富士子)を、通り合わせ
 た怪盗裏宿の七兵衛(見明凡太朗)が助けて江戸へ向った。一方、机道場に帰った竜之助を待ってい
 たのは、字津木文之丞(丹羽又三郎)の妹と偽るその妻お浜(中村玉緒)だった。御嶽山奉納試合の
 勝ちを譲れというお浜の言葉を冷くはねつけ、その帰途を水車番の与八(真塩洋一)に襲わせた竜之
 助は、その小屋でお浜を犯すのだった。それから数日、奉納試合は文之丞の意趣で殺気をはらんだが、
 竜之助の音無しの構えは一撃にして文之丞を倒し、竜之助はお浜を伴って江戸へ。この兇報に馳せ戻
 った文之丞の弟兵馬(本郷功次郎)は、竜之助の父弾正(笠智衆)から、魔剣音無しの構えを破るに
 は並大抵の修行ではだめだと教えられ、剣聖島田虎之助(島田正吾)に正剣を学ぶため江戸へ向った。
 江戸に出た竜之助は新撰組に出入りし、近藤勇(菅原謙二)、芦沢鴨(根上淳)、土方歳三(千葉敏
 郎)らと知り合うが、ある夜、誤って島田虎之助に斬りかかった土方らが、虎之助の絶妙な剣の冴え
 に一蹴されたのを見て動揺する。また七兵衛に救われたお松は、生花の師匠お絹(阿井美千子)の家
 で行儀見習いをするうちに、亀田道場へ通う兵馬と知り合い、恋し合うようになる。ところで兵馬は、
 遂に竜之助を探し出し果し状を送ったが、竜之助はこれを知って兵馬に討たれてくれとたのむお浜を
 斬り、お浜との間に出来た一子の郁太郎を残して江戸を去った。京都に入った竜之助は芦沢をたよっ
 て新撰組に入り、これを追うようにして現われた兵馬は近藤の世話で新撰組入りとなる。ここでも宿
 命の対立を見せた。一夜、島原で近藤暗殺の計画を聞かされた竜之助は、図らずもこの密議を聞いて
 しまったお松を、御簾の間に連れこんだ。お松は、おばのお滝と情夫の清吉(ともに、役者不詳)に
 売り飛ばされて京都に来ていたのだった。竜之助の蒼白の顔面から漂う妖気。それが突如として狂気
 に変った。無気味な竜之助の哄笑。この時、近藤に後楯された兵馬らが御簾の外にひしひしと迫って
 いた。

 他に、中村玉緒(お豊=二役)、島田竜三(神屋主膳)、藤原礼子(御雪太夫)、舟木洋一(真三郎)、
山路義人(小野川)、荒木忍(中村一心斎)、花布辰男(逸見利泰)、南部彰三(片柳伴次郎)、葛木香一  
(藤作)、伊達三郎(平間重助)、市川謹也(安藤)、光岡龍三郎(黒坂)、水原浩一(赤目)、石原須磨
男(一膳飯屋の亭主)、浅尾奥山(茶屋の老爺)、藤川準(雲助の六造)、岩田正(太田)、清水明(雲助
の三造)、大林一夫(逸見の門弟)、安田洋郎(旅の武芸者)、浜田雄史(芳村)、木村玄(岡田弥市)、
森田健二(加藤主税)などが出演している。
 竜之助とお浜の遣り取りは実に迫力があり、竜之助による「男の武道と女の操」の謎かけが出てくるが、
ここでも狂四郎を彷彿とさせた。お浜を演じた中村玉緒は、小生の知っている限り最高の演技であった。当
時21歳で、勝新太郎と華燭の典を挙げる2年前である。


 某月某日

 本日は重陽の節句である。節句は年に五回あり、人日(1月7日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、七
夕(7月7日)、そして、重陽(9月9日)となっている。七草粥を啜る日、桃の節句(女の子のお祭り)、子
どもの日(男の子のお祭り)、七夕と、他の四つはけっこう民間行事がありそうだが、この重陽の節句は地
味である。菊を鑑賞する人にとっては重要な日かもしれないが、小生には無縁である。お祝いをした記憶が
ないから、今後もその日が来たと気づくことぐらいが関の山か。
 さて、DVDで邦画の『魂萌え!』(監督:阪本順治、シネカノン=ハピネット=朝日放送、2007年)を観た。
阪本順治監督作品は、以下のように、

 『どついたるねん』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所、1989年。
 『鉄〈TEKKEN〉拳』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所、1990年。
 『王手』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所=アポロン=毎日放送、1991年。
 『トカレフ』、監督:阪本順治、サントリー=バンダイビジュアル=荒戸源次郎事務所、1993年。
 『顔』、監督:阪本順治、松竹=衛星劇場=毎日放送=セディックインターナショナル=КИНО、1999年。
 『新・仁義なき戦い』、監督:阪本順治、東映京都、2000年。
 『ぼくんち』、監督:阪本順治、「ぼくんち」フィルムパートナーズ、2002年。
 『KT』、監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカノン=デジタルサイト コリア=毎日放送〕、
  2002年。
 『この世の外へ/クラブ進駐軍』、監督:阪本順治、松竹=衛星劇場=角川大映映画=朝日放送=エフ・ 
  シー・ビー・ワールドワイド=セディックインターナショナル=システム デ=КИНО、2003年。
 『亡国のイージス』、監督:阪本順治、日本ヘラルド映画=松竹=電通=バンダイビジュアル=ジェネオン
  エンタテインメント=IMAGICA=TOKYO FM=産経新聞社=デスティニー、2005年。
 『魂萌え!』、監督:阪本順治、シネカノン=ハピネット=朝日放送、2007年。
 『カメレオン』、監督:阪本順治、「カメレオン」製作委員会〔セントラル・アーツ=東映ビデオ=バップ=
  テレビ東京=EPICレコードジャパン=東映エージェンシー=アークエンタテインメント〕、2008年。
 『闇の子供たち』、監督:阪本順治、「闇の子供たち」製作委員会〔セディックインターナショナル=
  ジェネオン エンタテインメント=アミューズ〕、2008年。
 
都合13本観ているが、当該作品と『ぼくんち』を除いて、男臭い映画か暴力描写に満ちた映画が多い。とこ
ろが、今回観た『魂萌え!』は珍しく生温い家族映画だった。もちろん、それなりに成果を上げているけれ
ども。ただし、注文を付ければ、けっこう改善できそうな箇所が散見できる。たとえば、全体に演技がオー
ヴァーである。人物像をデフォルメさせることによって滑稽さを出したいのだろうが、トーンを抑えたリア
リズムで描いた方が重たくてよかったのではないか。もっとも、阪本監督の狙いが主人公の不幸にあるので
はなく、家族や夫婦のあり方のそれこそ「滑稽さ」を抉り出したかったのであれば、ある程度成功している
のかもしれない。また、配役にひと工夫があって、その点では買えるのだが、何かちぐはぐな感じも拭えな
い。それでも、往年の人気歌手や、最近ではあまり見かけなくなった俳優を絡めているのは、かえってよか
ったと思う。息の長い芸能人の底力と言えようか。たとえば、由紀さおり(ただし、『家族ゲーム』では好
演している)、今陽子(ピンキーとキラーズが懐かしい)、林隆三(『妹』で秋吉久美子の兄の役を演じて
いる)、左右田一平(小生にとっては、時代劇の傘張り浪人のイメージが強い)、なぎら健壱(彼の当り役
は、『嗚呼!!花の応援団』の薬痴寺先輩)などである。もちろん、主人公役の風吹ジュンもかつてはアイド
ルであった。映画としては、『蘇える金狼』(監督:村川透、東映=角川春樹事務所、1979年)で松田優作
と共演したときの印象が強い。あれから32年も経っているが……。なお、細部に見所が満載で、その点では
さすがヴェテラン監督、よく練り上げられていると思った。女にとって、「中年をすぎてからどう過ごすの
か」(とくに、夫に先立たれてから)という問いは、極めて大事な問いである。この映画はその問いに対す
る一つの答えである。
 さて、物語に関しては、例によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

  関口隆之(寺尾聰)が定年退職を迎えた夜、妻の敏子(風吹ジュン)が祝宴の後片付けをしている
 と、隆之が手を差し出す。二人はぎこちなく握手をした。その三年後の二月。隆之が突然の心臓発作
 で帰らぬ人になる。葬儀から帰宅するや、息子の彰之(田中哲司)が、日本に戻ってこの家で同居し
 たいと言い出し、長女の美保(常盤貴子)は兄の勝手さに憤慨。その時、隆之の携帯電話が鳴る。隆
 之の死を知らなかった伊藤昭子という女性(三田佳子)からで、その動転ぶりに敏子は胸騒ぎを覚え
 る。隆之は蕎麦打ちが趣味で、亡くなった日も「杉並そばの会」に行ったと敏子は思っていた。だが、
 高校時代からの親友、西崎美奈子(藤田弓子)、江守和世(由紀さおり)、山田栄子(今陽子)と家
 で食事をしている時に線香を上げに訪れた「杉並そばの会」の今井(左右田一平)によると、今年は
 1回も来なかったという。夫の嘘は伊藤という女性に関係があると直感し、敏子は伊藤を呼び出す。
 翌日、線香を上げにきた伊藤昭子は、明らかに敏子より年上だ。隆之とは会社の同期で、10年も交際
 してきたという。和世の喫茶店の開店1周年に、再び親友たちが集まる。敏子を励ますように思い出
 の曲『こげよマイケル』を楽しく歌っていると、不意に栄子が泣き出し、癇癪を起こし、和世と口論
 を始め、栄子は出て行ってしまう。四十九日の納骨の日。彰之は家に帰るなり同居の部屋割り案を説
 明しはじめ、敏子の年金から隆之の生命保険額まで皮算用する。やりきれなくなった敏子は家を飛び
 出し、駅前のカプセルホテルに入る。ホテルの風呂場で一緒になった老女、宮里しげ子(加藤治子)
 が、おもむろに身の上話を語りだす。甥の保証人になったおかげで山のような借金を抱え、自殺しか
 けた話だ。彼女はここの常宿者だった。だが翌日の夜、その宮里が倒れているのを敏子が見つける。
 カプセルホテルの支配人、野田(豊川悦司)も病院に駆けつけるが、彼こそが、宮里を借金地獄に追
 いやった甥だった。翌日、敏子は帰宅し、長男長女の甘えを一喝し、蕎麦打ち仲間の「関口君を偲ぶ
 会」に誘われて、出かけるのだった……。

 原作は桐野夏生の同名小説(2005年)だが、小生は未読。同じく『OUT』(1997年)〔筆者、未読〕が、
『OUT』(監督:平山秀幸、「OUT」製作委員会[ムービーテレビジョン=テレビ東京メディアネット=衛星
劇場=毎日放送=エムズ・シンジケーション]=サンダンス・カンパニー、2002年)として映画化されている。
両者ともにしたたかな女性群像が描かれており、小生としては好感がもてる物語である。敏子がカプセルホ
テルで出遭ったしげ子との絡みがもう少しあった方がよかったか。この人物は興味深い。演じている加藤治
子は、大楠道代とともに小生の母親を連想する女優なので(実はこの二人、小生の亡くなった母親と何とな
く似ているような気がするのだ)、登場するだけで嬉しい。しかも、このしげ子、性格も小生の母親に似て
いるのではないかと思った。他に、林隆三(塚本=「杉並そばの会」のメンバー)、なぎら健壱(小久保=
同)、中沢清六(辻=同)、根岸季衣(大島法子)、麿赤兒(映写技師の先生)、中村優子(昭子の娘)、
渡辺真起子(関口由佳里=彰之の妻)などが出演している。本職の俳優の評を少し。大好きな豊川悦司は、
難しい役どころであった。ちょっと無難にこなしすぎたか、あまり面白くない。三田佳子は相変わらず。彼
女が出演している映画としては、『ギャング同盟』(監督:深作欣二、東映東京、1963年)、『冷飯とおさ
んとちゃん』(監督:田坂具隆、東映京都、1965年)、『Wの悲劇』(監督:澤井信一郎、角川春樹事務所、
1984年)、『春の鐘』(監督:蔵原惟繕、東宝映画、1985年)、『男はつらいよ・寅次郎サラダ記念日』
(監督:山田洋次、松竹映像、1988年)、『極道の妻たち 三代目姐』(監督:降旗康男、東映、1989年)
などの印象が強い。デビュー当時は佐久間良子に次ぐ東映の看板女優だったらしいが、当該作品に出演した
当時の年齢(66歳)で愛人の役ができるのだから、それだけでも素晴らしい。他に探せば、浅丘ルリ子ぐら
いか。息子で苦労したが、「芸の肥やしになった」と思っているのかもしれない。藤田弓子に関しても少し。
彼女は、NHKの朝の連続テレビ小説の『あしたこそ』(1968年)でヒロインを演じて注目を浴びた。小生も
観ていたが、あっけらかんとした感じが印象深い。映画としては、『泥の河』(監督:小栗康平、木村プロ、
1981年)、『水のないプール』(監督:若松孝二、若松プロ、1982年)、『さびしんぼう』(監督:大林宣
彦、東宝映画=アミューズ・シネマ・シティ、1985年)、『瀬降り物語』(監督:中島貞夫、東映京都、19
85年)などを思い出す。とくに、『泥の河』で田村高廣の妻の役を演じているが、あれはいい。気遣いのあ
る中年の女を演じたら、右に出る者はそうはいないだろう。 


 某月某日

 DVDで邦画の『座頭市血煙り街道』(監督:三隅研次、大映京都、1967年)を観た。シリーズ第17作である。
本来ならば、シリーズ第16作目の『座頭市牢破り』(監督:山本薩夫、勝プロ=大映京都、1967年)を鑑賞
する順番だったが、TSUTAYAに見当たらないので一作飛ばして観ることにした。大好きな笠原良三が脚本を書
いているということで期待したが、平均的な出来の作品だった。ただ、座頭市(勝新太郎)の相手役の赤塚
多十郎に扮しているのが近衛十四郎だったので、その点では楽しめた。彼は松方弘樹や目黒祐樹の父親で、
往年の剣豪スターである。さすがの殺陣であった。小生の世代では、TVの『素浪人月影兵庫』や『素浪人花
山大吉』で馴染が深く、焼津の半次役の品川隆二との名コンビが忘れられない。座頭市と互角の勝負をし、
かつ怪我をしながらも斬り殺されなかった相手役はさほどいないのではないか。物語や配役に関しては、例
によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  市が最初に多十郎と会ったのは、五人のヤクザに襲われた時だ。一瞬の居合斬りでヤクザを倒した
 市を、多十郎が見ていたのだ。ある旅篭で、市は病死したおみね(磯村みどり)から、良太(斎藤信
 也)を預かった。おみねは夫庄吉(伊藤孝雄)を尋ねての旅の途中、病で倒れてしまったのだった。
 市は良太とともに前原にいるという庄吉を尋ねて、再び旅をつづけた。途中、旅芸人一座のともえ太
 夫(朝丘雪路)と知り合った市は、一座が金井の万造(田武謙三)の子分衆に無理難題をふっかけら
 れた時、再び多十郎と会った。多十郎は万造一家に峰打ちをくらわせ、ともえ太夫の難儀を救ったの
 だった。やがて前原に着いた市は、庄吉が働いていたという窯焼きの太兵衛(松村達雄)を訪ねたが、
 庄吉の行方は知れなかった。太兵衛の娘おみつ(高田美和)は、そんな市をいたわり、良太の面倒を
 見てくれた。ある日、代官手附の鳥越(小沢栄太郎)の肩をもんだ市は、鳥越の口から庄吉の名を聞
 いた。鳥越は土地のヤクザである前原の権造(小池朝雄)と組んで、御禁制の金粉、銀粉を使った絵
 皿を、腕のいい下絵描きの庄吉を軟禁して描かせていたのだった。鳥越の帰りを待伏せた市は、庄吉
 の居所を聞き出そうとしたが、その時現われた多十郎が鳥越を斬った。多十郎は、鳥越たちの悪事を
 探るため、前原に来た公儀隠密だったのだ。一方、万事が公儀に露見したと悟った権造は、良太とお
 みつを人質にして高飛びの仕度にかかった。市は、権造一家に乗り込み、得意の居合いで、彼ら一味
 を倒した。しかし、市が庄吉や良太、おみつを救い出した時、多十郎が現われ、役目として、悪事を
 手伝った庄吉を斬ると言った。市は良太のために庄吉を斬らせたくはなく、多十郎と剣を交えた。そ
 の時、多十郎の同僚である江見真之介(戸田皓久)が庄吉を斬ろうとし、それを市は刀を横手に投げ
 て倒した。素手になった市を多十郎は斬れなかった。多十郎はただ一言、負けたと言い残すと、折り
 から降り出した雪の中を足早に去っていった。

 他に、中尾ミエ(みゆき)、坪内ミキ子(お仙=権三の女房)、千波丈太郎(長吉=権三の子分)、藤山
浩二(五吉=同)、草薙幸二郎(権三一家の用心棒栗栖)、なべおさみ(大工)、水原浩一(箕輪の惣兵衛)、
杉山昌三九(成山)、毛利郁子(ふくべの仲居)、寺島雄作(飯屋の親爺)などが出演している。おみねを
演じた磯村みどりは、TV番組の『次郎長三国志』(NET〔現 テレビ朝日〕、1968年)で、「お蝶」の役をし
ていたのを覚えている。次郎長役は中野誠也で、お蝶はどことなく陰のある役柄だった。映画で磯村みどり
を見かけたのは初めてか。今調べたら、小生が鑑賞済みの映画の中では、『駅前旅館』(監督:豊田四郎、
東京映画=東宝、1958年)に出演している由。しかし、記憶がない。仲居などの端役で出演しているのかも
しれない。なぜ、磯村みどりにこだわるのかと言うと、あのお蝶が小生の「健気な女性好き」の性癖を大い
に刺激したからである。なお、市の上下(かみしも)の按摩代が四十八文、握り飯と童の草鞋二束で三十六
文だった。そんなものか。なお、劇中で中尾ミエが現代風の歌(聞いたことはあるが、題名不詳)を歌って
いたのと、なべおさみが「ボイン」(朝丘雪路の代名詞)という言葉を遣っていたのが気になった。あれは
やめた方がいい。せっかくの「座頭市」が何か安っぽくなった。また、例の「座頭市」(作詞:川内康範、
作曲:曽根幸明、唄:勝新太郎、1967年)が冒頭に流れる。「俺たちゃな、ご法度の裏街道を歩く渡世なん
だぞ。いわば、天下の嫌われもんだぁ」の台詞で始まる例の唄である(後に、「座頭市の唄」で再リリース)。
こちらはよい。勝新は歌手としてもなかなかイケテル口だと思う。蛇足ながら、「耳覚えがよい」という表
現も独特だったことを記しておこう。万造の眉毛を斬り落としたり、駕篭をバラバラにしたり、うるさい蜂
を真っ二つにしたり、新しい仕込杖の遣い方にも工夫があったことを付け加えておきたい。


 某月某日

 今日は亡くなった親友の祥月命日である。早8年も経つ。彼は小生よりも6歳年長だったが、昨年追い越
した。京都に帰ると、ときどき横町からひょっこり現れるような気がする。墓がないので墓参りはしないが、
今日一日ぐらいはしばし彼を偲んで暮らしたい。どこかの地獄で、元気にやっているのだろう。
 さて、DVDで邦画の『ひばり捕物帖 かんざし小判』(監督:沢島忠、東映京都、1958年)を観た。彼女は、
先日鑑賞した『果てしなき情熱』(監督:市川崑、新東宝=新世紀プロ、1949年)に出演していた笠置シヅ
子の物真似でデビューして、「セコハン娘」を歌ったらしい(ウィキペディアより)。当該映画は「歌謡時
代劇」というジャンルに属する映画で、最近鑑賞した映画では、『十六文からす堂 千人悲願』(監督:萩原
章、新東宝=宝プロダクション、1951年)がそれに当たる。TVも普及しておらず、娯楽がまだまだ少なかっ
た50年代では、映画館に出かけて行ってひばりや千代之介にあうことを楽しみにしていたファンも多かった
のではないか。小生の親の世代では、何と言っても、美空ひばりはスーパースターだったのだから。もっと
も、若い人の中には、その名も知らない人が増えてきた。時の流れを感じざるをえない。さて、物語である
が、例によって<goo 映画>の「あらすじ」を引用してみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご海容いただきたい。

  老中阿部伊予守(尾上鯉之助)の妹妙姫(美空ひばり)は姫様暮しをきらって、十手をあずかりの
 「阿部川町のお七」と名乗った。彼女が横綱に選ばれた江戸美人番附の花籠行列の最中、その一人で
 あるお小夜(中島栄子)が殺され、かんざしが盗まれた。お七は手下の早耳の五郎八(堺駿二)を連
 れて、方々を調べ、それが桜と彫られた古渡りの品と知った。その途中、佐々木兵馬(東千代之介)
 という酔っぱらいの喧嘩屋の浪人と知合った。次いで、新橋の芸者清葉(北村曙美)が殺され、これ
 もかんざしを盗られていた。今度は、梅のかんざしだった。彼の兄は伊賀の源次(沢村宗之助)とい
 い、大泥棒稲妻小僧の一味だった。彼らが松永藩邸から盗みだしたのが例のかんざしだ。三本一組。
 それで、松永藩の財宝のありかが判る。もう一本は稲妻小僧の娘お菊(七條友里子)が所在を知って
 いる。お七はご赦免で釈放された源次が連れさられた那須刑部(阿部九洲男)の町道場へ忍びこみ、
 これだけを知った。那須は松永藩江戸留守居役筆頭家老志垣主水正(薄田研二)の手下だ。志垣の娘
 澄江(円山栄子)が好きな田宮大介(里見浩太郎〔現 浩太朗〕)は、お家のためと志垣に協力して
 いる。その実、志垣は私服を肥すためにやっている。宝が手に入る目鼻がつくと、田宮は那須によっ
 て斬られかけたが、兵馬が救った。お七は兄の助けを借り、将軍家御内室の使いになり澄し、捕えら
 れていたお菊を助け出した。もう一本のかんざしは女歌舞伎の小春太夫(若水美子)が……。志垣一
 味が襲ってきたとき、お七が小春の身代りに舞っていた。乱闘。兵馬も駈けつけた。捕手もかけつけ、
 遂に伊予守も乗り込んできた。志垣一味は縛につき、事は決着した。松永家の財宝は貧民に分け与え
 ることになった。兵馬は兄の伊予守が妹の妙姫のために遣わせた目付だったのだ。また昔の町娘姿に
 返ったお七と兵馬が寄りそいながら、初めて逢った土手を遠くなって行った。唄いながら、笑いなが
 ら。

 他に、松風利栄子(喜代文)、星十郎(宅悦)、杉狂児(寺尾十内)、山口勇(猫目の権八)、富久井一
朗(虎)、熊谷武(筑紫屋伝兵衛=お小夜の父親)、岡島艶子(お民)、中村時之介(青山与平次)、遠山
恭二(大木孫四郎)、中野文男(竹内一角)、東日出男(瓦版屋)、伊東亮英(大島屋主人=かんざしの出
所を知る商人)、竹原秀子(お駒)、藤木錦之助(松永家家臣)、吉本清子(義経)、石井麗子(富樫)な
どが出演している。瓦版屋の口上がちょっと面白かったので、下に記してみよう。正確ではないので、ご寛
恕あれ。

  さぁさぁ、見たか聞いたか、昨日、浅草寺境内で、奉納の美人番附の一件。江戸中選りすぐりの美
 人が十人。その筆頭が阿部川町、小町捕物のお七さん。いずれも二八(十六歳の娘盛りのこと)や憎
 からず。花も蕾の江戸桜、ずらりと並んだ花籠に、無慚や落花狼藉だよ。札差小町のお小夜さんが、
 こともあろうにたった一突き。さぁさぁ、その点……先ずはこの瓦版にて……。

 兵馬が男勝りのお七に対して、「女は女らしく」という言葉をかけるが、お七は「時代遅れ」と返してい
る。昭和33年、そろそろ「良妻賢母」の<美風>が崩れ始めている。なお、やたらに「慌てると、早死にする
ぞ」という台詞が出てくるが、当時の流行だったのか。また、兵馬の商売の「喧嘩仲裁一手引受業」の代金
を以下に記しておこう。

 一人一分(一分は、一両の四分の一)
 小さい喧嘩は五分
 十人以上は一両
 一人増えるたびに五分という規定の由

 勘定が合っているのだろうか。また、瓦版屋は「境内」を「けいない」と発音し、お七は「小春太夫」を
「こはるだいゆう」と発音していた。誰かが注意すべきだったであろう。もちろん、「けいだい」、「たゆ
う(だゆう)/たいふ」が正確な読み方である。もっとも、そんな些細なことなどどうでもいいほどテンポ
よく物語は進み、勧善懲悪の心地よさもほどほどで、東映時代劇全盛時代の一典型として優れた作品だと思
う。お姫様、男勝りの十手持ち、芸者、女歌舞伎の弁慶……さまざまな役を使い分けて、ひばりの面目躍如
といったところか。


 某月某日

 DVDで邦画の『果てしなき情熱』(監督:市川崑、新東宝=新世紀プロ、1949年)を観た。巨匠の初期作品
だそうだが、最近になってTSUTAYAのラインナップに入ったので借りてみた。『天狗飛脚』(監督:丸根賛太
郎、大映京都、1949年)以来の1940年代の映画を鑑賞したことになる。現代劇に限定すれば、『破れ太鼓』
(監督:木下恵介、松竹京都、1949年)以来ということになり、いずれも1949年の映画である。その後の和
田夏十の活躍を思えば、まだまだ稚拙な脚本と言わざるをえない。もっとも、服部良一の作曲した歌謡曲を
全面に押し出す「歌謡映画」だから、こんな筋書で構わないのだろう。苦悩する作曲家三木龍太郎(堀雄二)
の苦悩は小田切優子(折原啓子)への思慕の念にあるわけだが、「いい気なもんだ」としか思えない。さら
に付け加えれば、三木と小田切の出会いとその後の展開は、いかにも説得力がない。むしろ、この映画は、
三木の幼馴染の雨宮福子(笠置シヅ子)のさばさばした気質を楽しめばよいのだろう。三木を慕う石狩しん
(月丘千秋)があまりに古臭い女なので、福子との対照が際立っている。冒頭に次の文字が見える。

  この物語は服部良一作曲の
  いくつかの唄で構成されてゐる
  然し服部良一の半生記ではない
  ある男の運命を描いた創作である

 服部良一と言えば、小生の親の世代にとってはリアルタイムで親しんだ人と思われるが、小生の世代にな
ると、TVの歌謡番組の審査員などで馴染んだ人である。もっとも、彼の作曲した唄はけっこう知っており、
当該映画では以下の楽曲が流される。

 『雨のブルース』(作詞:野川香文、作曲:服部良一、唄:淡谷のり子、1940年)。
 『蘇州夜曲』(作詞:西條八十、作曲:服部良一、唄:李香蘭〔山口淑子〕、1940年)。
 『私のトランペット』(作詞・作曲:服部良一、唄:淡谷のり子、1937年)。
 『湖畔の宿』(作詞:佐藤惣之助、作曲:服部良一、唄:高峰三枝子、1940年)。
 『夜のプラットフォーム』(作詞:奥野椰子夫、作曲:服部良一、唄:二葉あき子、1947年)。
 『セコハン娘』(作詞:結城雄次郎、作曲:服部良一、唄:笠置シヅ子、1946年)。
 『ブギウギ娘』(たぶん、作曲:服部良一、唄:笠置シヅ子。その他の事柄は不詳)。

 とくに、『雨のブルース』、『蘇州夜曲』、『湖畔の宿』の3曲は有名であろう。さて、物語は、例によっ
て、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  引揚者の一人作曲家三木龍太郎は天涯孤独、薄汚いアパートの部屋と三文キャバレーだけが彼の世
 界である。三文キャバレーの歌手福子と給仕のしんは三木に対してひそかな愛情を抱いていた。だが、
 三木は恋を語る事が出来ない。彼には忘れられない人があった。小田切優子という名前の女性だった。
 その優子とは信州の片田舎でふと言葉をかわしただけであった。そして名前も知らず住所も知らず別
 れたのである。消す事の出来ない想いが唄になる。「湖畔の宿」もその一つだった。そして、こころ
 の憂さの捨てどころは酒に求める他はない。夜更けの舗道で酔払った三木の耳に、女の悲鳴、乱れる
 足音、男の鋭い声が流れる。短刀を手にした暴漢が女に迫っている。三木はビックリした。その女こ
 そは忘られぬ優子ではないか。男の肉体がもつれあって暴漢は倒れた。誤って、三木がその男を刺し
 てしまったのである。刑は一年、三木は刑務所を出て来た。彼の留守を待っていたのはしんである。
 しんの真心を知った三木はしんとの結婚を約束した。だが、本当にしんを幸福にする事が出来るだろ
 うか、三木は酒にひたりながら考えるのだ。夜のプラットホームで優子との三度目の邂逅、だが優子
 は既に人の妻であった。しかし、忘れる事が出来ない。「夜のプラットホーム」のメロディーがキャ
 バレーから流れてくる。それは優子忘れじの三木の魂の叫びに他ならない。しんの真心からの愛情が
 判れば判る程三木の心は苦しい。だが、優子は既にこの世の人ではなかった。三木が訪れたフランス
 風の窓からのぞいたベッドには、肺を患って死んで行った優子の死顔が見られたのである。雨の銀座
 裏、「雨のブルース」のメロディーが流れて、アパートの一部屋で三木は服毒自殺を図ろうとしたが、
 しんにとめられた。そしてしんは言うのだ。「私も可哀想だけど、貴方も可愛想なのね、二人とも片
 想いだったんですもの」と……。「いつまでも待ってますわ」というしんの声を思い出しながら、三
 木は海辺に倒れたまま打ち寄せる波にその身が洗われているのである。

 他に、服部富子(夏目鳥子=「夜のプラットフォーム」を歌う歌手)、清川虹子(しんの養母)、江見渉
(千光〔せんみつ〕=しんに恋をしている男)、斎藤達雄(砂堂=コック)、伊藤雄之助(栄アパートの大
家)、山口淑子(「蘇州夜曲」を歌う歌手)、淡谷のり子(「雨のブルース」を歌う歌手)などが出演して
いる。山口と淡谷の両人は、特別出演である。蛇足ながら、大久保駅が「おほくぼ」と書かれていた。


 某月某日

 DVDで邦画の『風林火山』(監督:稲垣浩、東宝=三船プロ、1969年)を観た。この映画も、封切当時ずい
ぶん話題になった作品である。ただし、小生は初見である。井上靖の同名の原作の映画化で、武田信玄の軍
師山本勘助の波乱に富んだ生涯を描いている。たくさんの騎馬を用いた合戦絵巻は壮大で、CGが存在しなか
った時代としては精一杯の映像であろう。途中に休憩を挟むいささか長尺(166分)の映画であるが、難解な
箇所もなく、NHKの大河ドラマの総集編を観ているような感じか。もっとも、当該映画は、さまざまな合戦よ
りも、山本勘助の人間関係に主眼を置いている。主君である武田信玄(晴信)はもとより、自分を取り立て
て武田に仲介した恩人板垣信方、その子息信里、晴信の側室となった諏訪の由布姫、その和子の勝頼、従者
の荻原弥右衛門や畑中武平など、相手に応じて関わる山本勘助の策士ぶりが見所であろう。だいいち、板垣
の知遇を得るために、物語の冒頭で兵法者の青木大膳を騙し討ちにしている。非情にして沈着、冷静にして
夢多き男勘助のこころは、一体何を求めていたのか。
 物語に関しては、例によって<goo 映画>のお世話になるが、配役に関しては、<ウィキペディア>の情報を
採る。それぞれの執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  群雄割拠の戦国時代。一介の軍師に過ぎない山本勘助(三船敏郎)にはしかし、壮大な野望があっ
 た。名君武田晴信(中村錦之助)に仕官して、天下を平定しようというものだった。勘助は暗殺劇を
 仕組んで武田の家老板垣信方(中村翫右衛門)に恩を売り、計略通り晴信の家臣になったのだった。
 天文十三年三月、晴信は勘助の進言で信濃の諏訪頼茂(平田昭彦)を攻めた。やがて機を見た勘助は
 和議を唱えた。諏訪方が従属を誓うなら戦わない方が得だからだ。新参者勘助の進言に諸侯は激昂し
 たが、晴信は勘助の言を入れ、和議の役目を勘助に任したのだった。無事に和議を整えた勘助は、三
 度目に頼茂が来城したさい部下に命じて頼茂を斬った。目的のためには冷酷非情な手段をいとわぬ勘
 助を、晴信は頼もしく思うと同時に、底知れぬ恐しさを感ずるのだった。主を失った諏訪高島城は難
 なく武田の手におちた。勘助は全滅の城内で自害を図る由布姫(佐久間良子)を救った。父を欺し討
 ちにした人でなしと罵られながらも、勘助は類いまれな美貌の由布姫を、秘かに愛し始めていたのだ。
 だが、由布姫は晴信の側室に迎えられたのだった。武田勢は破竹の勢いで周辺を勢力下において行っ
 た。残る当面の敵は更級郡を支配する村上義清(戸上城太郎)のみとなった。天文十五年武田勢は勘
 助の奇略で、戦わずして義清の属城信州戸石城を手中に収めた。その年、由布姫は父の仇晴信の子を
 生んだ。天文二十年二月、晴信は出家し、名を信玄と改めた。その頃、同じく天下平定の野望を持つ
 越後の長尾景虎(石原裕次郎)も名を上杉謙信と改め、入道になった。天下を目指す二人は、相戦う
 宿命を自覚しながら、その機をうかがっていた。四年後、由布姫は二十七歳で世を去った。慟哭する
 勘助の生甲斐は、母由布姫の子勝頼(中村勘九郎)の元服とその後の初陣を見ることだった。永禄四
 年八月十五日、上杉謙信は一万三千の大軍を率いて川中島に戦陣を布いた。一方の武田信玄は一万八
 千の軍勢を指揮して川中島の海津城に進出した。やがて戦いの火蓋が切って落とされた。勘助は謙信
 の背後の妻女山から攻撃し、敵を追い落とすという作戦をとったが、謙信はこの作戦を事前に察知し、
 前夜のうちに軍勢を移動し、一気に武田の本営に攻め込んできた。このため武田勢は防戦一方に追い
 込まれた。勘助はこの危機に、自ら決死隊を率いて敵の本営を目がけて突撃した。決死の奮戦で敵の
 一陣を突破した時、雑兵の槍が勘助の脇腹に突きささった。鐙を踏張って立ち上る勘肋の目に、妻女
 山の背後に回っていた坂垣信里(中村賀津雄)の軍勢がようやく到着、その一大集団がうつった。安
 心した勘助だったが、右から左から無数の刃が勘助を襲いつづけていた……。

 他に、大空真弓(於琴姫=晴信の側室の一人)、田村正和(武田信繁=晴信の弟)、中村梅之助(荻原弥
右衛門)、緒形拳(畑中武平)、志村喬(飯富虎昌)、中谷一郎(内藤修理)、瑳川哲朗(秋山伯耆守)、
香川良介(長坂頼弘)、清水将夫(横田高松)、久保明(馬場美濃守)、土屋嘉男(土屋右衛門尉)、堺左
千夫(山県三郎兵衛)、向井淳一郎(荻原常陸介)、村田吉次郎(戸田淡路)、山崎竜之介(甘利備前守)、
春川ますみ(武平の妻)、久我美子(三条=晴信の正室)、南原宏治(青木大膳)、東郷晴子(岩根=由布
姫の侍女)、沢井桂子(茅野=同)、月形龍之介(笠原清重)、富田仲次郎(高田節頼)などが出演してい
る。「戦国時代」という魅惑の時代に生きた一人の男とその周辺の物語である。なお、風林火山とは、「疾
(はや)きこと風の如く/徐(しず)かなること林の如く/侵略すること火の如く/動かざること山の如し」
から採られた四文字である。


 某月某日

 台風が接近している。あまり被害が出ないといいが……。さて、DVDで、邦画の『魔界転生』(監督:深
作欣二、東映京都、1981年)を観た。封切当時、けっこう話題になった作品である。小生は初見。深作監督
の時代劇と言えば、『柳生一族の陰謀』(監督:深作欣二、東映京都、1978年)があまりにも有名であるが、
それと比べるとだいぶ質が落ちる。個々の俳優が今一つ配役とマッチしていないからだと思う。だいいち、
脚本が奔放すぎた。原作が山田風太郎だから仕方がないのかもしれないが、観ていてついてゆくのに骨が折
れる。リアリティを感じられないからであろう。大阪新聞に連載された当初(1964-65年)は『おぼろ忍法
帖』という題名だったそうだが、映画化の際に改題された由(ウィキペディアより)。総じて、山田作品は
活字の上での荒唐無稽さを楽しむのが精一杯で、映像化は困難ではなかろうか。つまり、大人の鑑賞に堪え
られるような物語にはならないからである。しかし、あらゆるジャンルのエンタテインメント小説をものし
た山田風太郎の名が、それによって下落するわけではもちろんない。なお、窪塚洋介が天草四郎に扮した、
リメイク版の『魔界転生』(監督:平山秀幸、「魔界転生」製作委員会、2003年)も存在するが、小生は未
見である。
 物語は、肥前の国の島原から始まる。「地獄篇第一歌」と題されている。ご禁制のキリシタン一党の首魁
である天草四郎時貞〔別称は益田時貞〕(沢田研二)は、島原の乱(1637‐8年)で90日余の死闘の末討ち死
にした。しょせん、一揆を企てた3万7千人の反乱軍は、松平伊豆守(成田三樹夫)率いる12万の幕府軍の敵
ではなかった。惨殺された反乱軍は、首を縦に割られて4万5千個のさらし首にされた。その中の一つ、時貞
の首が蘇ったのである。幕府に対する激しい恨みを抱く時貞は、現世に未練を残して亡くなった人々を一人
一人蘇らせ、魔界衆に仕立て上げてゆく。最初は、肥後の国の熊本における細川ガラシャ夫人(佳那晃子)
だった。次は、同じく肥後の国の阿蘇における宮本武蔵(緒形拳)、その次は、大和の国の奈良宝蔵院にお
ける胤舜(室田日出男)、最後は、伊賀の国の鈴鹿(伊賀衆の隠れ里)における霧丸(真田広之)である。
もっとも、胤舜が滅んだ後、柳生但馬守宗矩(若山富三郎)が新たに魔界衆に加わっている。その後、上野
国の日光東照宮、下総国佐倉、江戸城などを舞台にして、物語が展開してゆく。時貞率いる魔界衆と戦う幕
府側の侍は、ほとんど柳生十兵衛三厳(千葉真一〔現 JJサニー千葉〕)ただ一人である。
 他に、丹波哲郎(刀匠村正)、神崎愛(おつう)、松橋登(四代将軍徳川家綱/細川忠興の二役)、鈴木
瑞穂(小笠原少斉)、大場順(柳生左門友矩)、島英津夫(柳生又十郎宗冬)、久保菜穂子(矢島の局)、
成瀬正(甲賀玄十郎)、内田朝雄(酒井雅楽頭)、飛鳥裕子(甲質のくの一)、浜村純(茂左衛門)、東龍
子(茂左衛門の妻女)、犬塚弘(宗五郎)、秋山勝俊(与平)、野口貴史(彦作)、白川浩二郎(米十)、
三谷昇(旅僧)、菊地優子(お光)、白井滋郎(佐々木小次郎)などが出演している。なお、佳那晃子は、
家綱を籠絡するお玉の方(細川ガラシャ夫人が化けている)にも扮している。なお、衣裳アドヴァイザーと
して、人形操作師の辻村ジュサブロー〔現 辻村寿三郎〕が関わっている。
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