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 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第71弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト71」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たので、ご報告。1本目は、『悪徳の栄え』(監督:実相寺昭雄、にっかつ、1988年)
である。つい先日にも書いたように、実相寺監督の作品は面白かった例がない。そのくせ、妙に惹きつけら
れるところがあるので、不思議な監督である。彼の映画を解説する人は、「エロース」に言及することが多
いが、小生としては、彼の映画に「エロース」を感じたことはあまりない。むしろ、彼の描きたかったテー
マは「逸脱」ではなかっただろうか。なお、この映画は、数少ない<ROPPONICA> * の一篇ということで、あ
る意味で貴重なフィルムである。

 * ロッポニカというのは、1988年、にっかつが成人映画(ロマンポルノ)を軌道修正して一般映画の製作・
  配給を6月に開始したときの名称である。このロッポニカ<ROPPONICA>という路線名は、当時、にっかつ
  の本社ビルがあった「六本木」と「にっかつ」を合成した名称。ロマンポルノが始まって17年目ぶりの
  衣替えだった。しかし、早くも4ヶ月でロッポニカの一般映画路線は興行的に失敗し製作中止されてし
  まった。なお、この記事は、<Watch Your Step !>より一部改変しつつ引用させていただいた。執筆者に
  感謝したい。

 物語は、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛
恕を乞う。

  昭和10年の秋。不知火侯爵の家では宴が開かれていた。不知火鬼一侯爵(清水紘治)、珠江夫人
 (李星蘭)、財閥の首魁である花輪相平(石橋蓮司)、大審院の裁判長である湯神首男(寺田農)、
 女伯爵の玉伏森子(米沢美知子)らは皆犯罪者であり、白縫劇場の劇団員なのだ。そして今はマルキ・
 ド・サド原作の『悪徳の栄え』の稽古に励んでいた。劇中、悪徳の女であるジュリエットに扮した珠
 江がサンファン大公役の花輪を鞭打つ。泥棒ドルヴァル役の新人である犯(牧野公昭)は侯爵の命令
 で珠江を犯し、喫茶店で小学校校長を毒殺した。劇中、侯爵扮するノアルスイコはジュリエットの父
 親を破産させて死に追いやるが、現実には両親を失くして娼婦となった珠江を侯爵が妻にしたのだ。
 白縫劇場でシモン夫人役の女優が射殺された。侯爵は珠江と犯が情を通じ合っているのを知って嫉妬
 するが、珠江が台本にない芝居をして侯爵を狼狽させる。犯が殺人犯として逮捕され、珠江は侯爵に
 助けを求め、悪徳の女のジュスティーヌと二役をすることになった。居間で抱き合う全裸の犯と珠江
 を侯爵の刃が貫く。2・26事件が起こり、白縫劇場の舞台では侯爵が一人でピエロ=マルキ・ド・サド
 を演じていた。

 他に、橘玖海子(はる)、木築沙絵子(なつ)、前原祐子(ふゆ)、杉下なおみ(モヨ)、日野利彦(料
理長)、河辺かすみ(知奈美)、山梨ハナ(娼館の女主人)、吉原正皓(珠江の客の老商人)、中島葵(園
田るい子)、東丘出陽(白崎麻子)、佐野史郎(磯辺浅)、原保美(男)などが出演している。マルキ・ド・
サドの世界が展開されているとは言い難いが、主演の清水紘治の演劇人としての貫録は十分に示されていた
と思う。
 2本目は、『續 宮本武蔵 一乘寺の決斗』(監督:稲垣浩、東宝、1955年)である。稲垣版「宮本武蔵」
の続篇である。この作品における目玉の「一乗寺の決斗」も、内田版の『宮本武蔵・一乗寺の決斗』(監督:
内田吐夢、東映京都、1964年)に及ぶべくもなく、かなり損をしている。つまり、もし内田版が存在しなけ
ればそこそこの評価を受けていたであろうが、内田版があるばかりに、それよりもかなり劣る作品として記
憶されることになったからである。物語は、例によって、<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。
執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  黎明の広野に、鎖鎌の達人宍戸梅軒(東野英治郎)と戦って勝った宮本武蔵(三船敏郎)は、その
 まま京への道を歩んで行く。その彼を追い求めているのはお通(八千草薫)と朱実(岡田茉莉子)で
 あった。やがて京の三条大橋に現われた武蔵は、そこで待ちわびて居たお通に逢った。そこへ吉岡道
 場の一味が現われ、武蔵はお通をかばいながら激しく斬り合ったが、それを橋上から眺めているのは
 物干竿と呼ばれる大刀を持った佐々木小次郎(鶴田浩二)である。武蔵を見失ったお通は、吉岡清十
 郎(平田昭彦)に辱められた朱実に出会ったが、二人とも求める男が武蔵であることを知ると、朱実
 は嫉妬心をあからさまに示した。その頃、修行の旅から帰って来た吉岡傳七郎(藤木悠)は、兄清十
 郎の不甲斐なさに武蔵を討つ決心をしたが、逆に斬られてしまった。雪の夜、傳七郎を討ち、そっと
 廓に戻った武蔵の袖の血を、吉野大夫(小暮実千代)が懐紙で拭った。やがて武蔵と清十郎の対決す
 る時が来た。一乗寺下り松では、門弟等大勢が武蔵をだまし討ちにしようと待ち構えていた。小次郎
 が立合いに来たが、その他お通と朱実もかけつけ、お杉(三好栄子)とその息子の本位田又八(堺左
 千夫)もそれを追った。やがて武蔵が現われ鉄砲が火を吹いた。いつしか二つの剣を持って戦う武蔵
 は手傷を負っていた。やがて門弟に謀られて遅れた清十郎もやって来て武蔵と対決した。武蔵の勝ち
 であった。谷川のほとりで傷を癒やす武蔵とお通。心を掻き乱された武蔵はお通を枯草の上に倒した。
 驚き身を退けるお通、ハッと我に返った武蔵は起き上って姿を消し去った。

 他に、尾上九朗右衛門(宗彰沢庵)、飯田健人(城太郎)、水戸光子(お甲)、加東大介(祇園藤次)、
谷晃(権六)、北川町子(小菩薩太夫)、御橋公(本阿弥光悦)、高堂国典(老僧日観)、近藤圭子(禿り
ん弥)、滝花久子(光悦の母である妙秀尼)、田島義文(太田黒兵助)、浜田寅彦(御池十郎左衛門)、稲
葉義男(植田良平)、田武謙三(光悦の弟子である刀研師の耕介)などが出演している。
 最近、鑑賞した『夕やけ雲』(監督:木下恵介、松竹大船、1956年)で魚屋を演じていた東野英治郎が、
当該作品では鎖鎌の使い手である宍戸梅軒を演じている。小生には、魚屋が宍戸梅軒に扮しているように見
えたので、何となく可笑しかった。また、吉野太夫の「傾城一匹抱く(いだく)こともできないで、強い武
士とは申せませぬ」という台詞が面白かった。野暮天の武蔵にそんなことを言っても通じないだろうに……。
 3本目は、『宮本武蔵・完結篇 決闘巌流島』(監督:稲垣浩、東宝、1956)である。稲垣版「宮本武蔵」
の文字通り完結篇である。前二篇と比べると、格段の出来で、これならば内田版にかなり迫ることができる
と思った。とくに、豊前小倉藩の船島(巌流島)付近の風景が素晴らしい。この作品も吉川英治の原作を活
かしており、一時剣を捨てて、下総の法典ヶ原で百姓をする武蔵の描写もなかなか面白い。武蔵の「鍬も剣
なり。剣も鍬なり」も名文句であろう。また、武蔵をめぐって、お通と朱実が恋の鞘当をするが、最後には
和解をする流れが自然である。武蔵と小次郎の果し合いに劣らない女の戦いであった。
 物語は、例によって、<goo 映画>に頼ろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただ
きたい。

  旅僧日観(高堂国典)から将軍家師範柳生但馬守に仕官するように勧められ、城太郎(桜井将紀)
 を伴って江戸へ出た宮本武蔵(三船敏郎)は馬喰町の旅篭で、来る日も来る日も観音像を彫っていた。
 その頃、佐々木小次郎(鶴田浩二)も細川候へ仕官のため、これも江戸に来ていた。お目見得の御前
 試合で、心ならずも相手を不具にした小次郎を慰めたのは、家老岩間角兵衛(佐々木孝丸)の娘お光
 (瑳峨三智子)であった。ある日、武蔵と出逢った小次郎は対決を迫り、明日の再会を約して別れる
 が、翌日、果し合いの場所に城太郎が手紙を持って来た。試合を一年後に延期してくれというのであ
 る。城太郎と博労をしていた秩父の熊五郎(田中春男)をつれて旅に出た武蔵は、法典ヵ原に小屋を
 つくり、剣も鍬、鍬も剣なりと畑を耕すのだった。そんなある日、匪賊に襲われた男装の女を城太郎
 と熊五郎が救ったが、それはお通(八千草薫)だった。その頃、江戸吉原の遊廓に「花桐」という源
 氏名で身を沈めていた朱実(岡田茉莉子)は、細川藩に仕官した小次郎から武蔵の消息を聞き、法典
 ヵ原に向かったが、野武士に囲まれた。首領は辻風典馬の兄黄平(富田仲次郎)、手下としては祇園
 藤次(加東大介)の一味だった。黄平は朱実を囮にして武蔵を討とうと図るが、却って武蔵に斬られ、
 朱実は藤次の刃にかかって死んだ。朱実を葬った武蔵に、豊前小倉へ赴任した小次郎から、船島で試
 合をしたいと手紙が届いた。その当日、武蔵が舟から浅瀬におりると、小次郎が迫った。東の空が紅
 く染まり武蔵の背後に朝日が輝いた。小次郎の剣が円を描いて武蔵の鉢巻を斬った瞬間、武蔵の木刀
 が打ちおろされた。砂上に倒れた小次郎の顔には、「勝った」という微笑がうかんでいた。船頭佐助
 (千秋実)の漕ぐ舟の上で、武蔵の眼から涙が流れ落ちていた。櫂の木刀が朝日に輝く浪に乗って流
 れて行く。

 他に、上田吉二郎(阿巌法師)、岡豊(細川忠利)、志村喬(長岡佐渡=細川家の家老)、清川荘司(岡
谷五郎次=小次郎が重傷を負わせた相手)、音羽久米子(角兵衛の妻)、沢村いき雄(博労宿の亭主)、葉
山富之輔(小幡勘兵衛=小次郎が斬り捨てた数名の武士が所属する軍学所の棟梁)、山田巳之助(村の老爺
源造)、本間文子(村の老婆おせき)、出雲八重子(廓「角屋」のヤリ手のお直)、勝本圭一郎(角屋の亭
主甚内)、登山晴子(居酒屋の女房)、沢村宗之助(小林太郎左衛門=武蔵の支援者)、杉本昭(小次郎の
小姓辰之助)などが出演している。気障な小次郎を鶴田浩二が思い切り気障に演じている。野暮な、三船敏
郎の武蔵と好対照であった。しかし、両者ともに健気な美女には弱い。結局、天下無双の剣豪と雖も、女性
(にょしょう)には勝てないのである。
                              

 某月某日

 さて、『遠い雲』(監督:木下恵介、松竹大船、1955年)と『夕やけ雲』(監督:木下恵介、松竹大船、
1956年)の感想を記そう。先ずは前者から。高峰秀子(寺田冬子、旧姓は野島)が未亡人(この言葉はあま
り遣いたくないのだが、他に代わる言葉もないので、遣わせていただく)役を演じており、そこに初恋の人
が現れてちょっとこころが揺らぐといった他愛のない物語である。初恋の人は石津圭三(田村高廣)といい、
造り酒屋の息子で、今は林野庁に勤めている。北海道の留辺蘂(るべしべ)に転勤することが決まっており、
今回は休暇で故郷の飛騨高山に帰って来たという設定である。果して、初恋の人は未亡人となっており、女
の子が一人いる。絹子(植木マリ子)といい、まだ幼い。冬子の実家は酒屋を営んでいたが、金銭的な不如
意もあって、市会議員を務める寺田惣之助(柳永二郎)の息子の寺田敏彦(実際には登場しない故人)と結
婚していた。嫁ぎ先が裕福なこともあって、夫に先立たれてからも、寺田家で毎日を送っていた。圭三は、
昔のことを懐かしんだが、帰京した時点ではこころは動いていない。しかし、冬子の妹の野島時子(小林ト
シ子)と出会ったことから、だんだんと冬子に傾倒し出す。彼女の夫は亡くなっているのだ。たまたま、帰
京した翌日が冬子の夫だった敏彦の命日だった。墓参した圭三の前に、絹子を伴った冬子が現れた。旧交を
温める機会を得たわけだが、そこに冬子の義弟の寺田俊介(佐田啓二)が現われたので、言葉少く別れざる
を得なかったのである。この二人の仲を邪魔する要素はいくらでもあった。物語に関しては、これ以降割愛
するが、総じて圭三の独りよがりな求愛が鬱陶しく感じられ、煮え切らない冬子に同情したい気持である。
冬子を想う俊介の行動は理に適っているし、父親の惣之助の態度も立派である。問題を複雑にしているのは、
むしろ冬子の妹の時子がかつて(今でもか)圭三に想いを寄せていたこと(ここから嫉妬心が生まれる)と、
圭三の妹の貴恵子(中川弘子)の無責任な使嗾にある。いずれにしても、タイミングの問題で、二人は結ば
れることはなかったという結末。町の噂や、恐喝めいた中傷もあって、当時の恋愛事情を映し出している。
現代ならば、人のすることにいちいち介入するだろうか。しがらみを断ち切れない地方では、今でも世間の
口は五月蠅いのだろうか。ともあれ、本作品では、戦前の道徳観が勝利を収めたといったところか。アンド
レ・ジイドの『狭き門』が小道具に使われているが、宗教的な背景が皆無なので、取って付けたような印象
を受ける。「アリサ、君はどうして自分の翼をもぎ取ろうとするんだ」という文句も、圭三が勝手に曲解し
て引用している。小生に言わせれば、噴飯ものの臭い場面である。冬子の「世間が怖いの……」という返事
も、あまりにありきたりすぎて涙が出てくる。高峰秀子が未亡人を演じ、加山雄三が彼女を慕う義弟に扮す
る『乱れる』(監督:成瀬巳喜男、東宝、1964年)という映画があるが、それと比べると、圭三と冬子の恋
愛は邪恋にしか見えない。『乱れる』の二人には、心底同情する気持が湧いたのに対して、『遠い雲』の二
人には、壊れて当たり前と思ったからであろう。
 他に、高橋貞二(石津幸二郎=圭三の兄)、岡田和子(幸二郎、圭三らの母)、市川春代(お次=石津家
の使用人)、石浜朗(良一=お次の息子)、桂木洋子(芸者千成=かつて敏彦の二号だった女)、井川邦子
(冬子の姉)、坂本武(冬子らの父の弥吉、野島酒店店主)、夏川静江(冬子らの母)、明石潮(寺田屋の
番頭)、三木隆(北村)、田浦正巳(松本=駅の弁当売り)などが出演している。なお、配役や筋書に関し
ては、<Movie Walker>を参照した。
 次は、『夕やけ雲』の感想を記そう。この映画は傑作である。だいいち、魚屋を営んでいる夫婦の健気さ
がひしひしと伝わって来る点がよい。亭主の源吉を東野英治郎が、女房のお新を望月優子が演じるのだから、
これだけで絵になる。戦前までは表通りで魚を商っていたのに、戦争のせいで横町の魚屋に格落ちして、働
いても働いてもうだつが上がらない体たらくである。それでも、めげずに頑張っている。長女の豊子(久我
美子)は現金な女で、とにかく貧乏が嫌い。裕福な五十男の後添えに収まっているが、かつての恋人の須藤
(田村高廣)とも浮気をしている。須藤と結婚すればいいのにしないのは、あくまで貧乏が嫌だからである。
長男の洋一(田中晋二)は、これまた家業の魚屋が嫌で船乗りになることに憧れているのだが、父親が倒れ
てからは、むしろ魚屋を継いで大いに繁盛させたいと思うようになる。田中晋二という俳優は、『野菊の如
き君なりき』(監督:木下恵介、松竹大船、1955年)で主人公の一人である政夫を演じているときに知った
が、素朴な容貌がこの洋一によくマッチしている。久我美子と姉弟というところも何となく面白い。父親の
弟幸造(日守新一)、洋一の友人の父親の春夫(中村伸郎)、同じく母親の喜代(山田五十鈴)なども、実
にこの頃の温和で善良な人間像を伝えていると思う。また、当時の東京の下町の風景も懐かしい感じがした。
国民皆保険が成立していなかった時期なので、この魚屋夫婦は、健康保険にも入っていない。昭和20年代で
は、盲腸炎で亡くなった人がかなりいたそうであるが、お金がなくてお医者にかかれなかったからである。
今では隔世の感があるが、実は、現代の問題でもある。つまり、お金がなくて健康保険に入っていない人は
少なからず存在するからである。小生は、この物語で描かれているような魚屋さんを熱烈に応援したいのだ
が、今では個人商店が成立することさえ難しく、どこか淋しい気がするのである。さて、物語であるが、例
によって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  秋本洋一の家は、ある下町の隅で魚屋をやっており、父源吉、母お新、姉豊子、妹和枝等の弟妹と
 七人家族で細々と暮していた。洋一は魚屋が嫌いで船乗りに憧れ叔父から貰った双眼鏡を手に毎日二
 階から遠くを眺めていた。姉の豊子は貧乏が嫌いで、恋人の須藤と結婚の約束をしていたが、彼の父
 が事業に失敗したと聞くと彼から離れた。次いで豊子は新たに、金持の五十男との話を家族の反対を
 よそに一人で進めていた。こうした時、源吉は心臓病で倒れた。洋一は父と母の言葉に、魚屋になる
 決心をした。こうした洋一を慰めてくれるのは、双眼鏡に写る少女の姿であった。ある日、洋一と友
 人の原田は双眼鏡の少女の家を探し当てたが、その少女は、いたいたしい病身の身で嫁いで行くとこ
 ろだった。洋一の姉豊子は、勤務先の課長に親代りになってもらい、五十男の後妻になったが、別れ
 た筈の須藤と箱根で遊んだりする無軌道ぶりを示していた。こうした彼女を探す夫の電話に、病をお
 して出た父源吉は、くずれるように倒れた。源吉の死後、妹の和枝は大阪の叔父幸造に引き取られて
 いった。原田の母喜代からは、親友の一家が北海道に転任することを知らされ、若い洋一の上には、
 次から次へと厳しい現実の波が打ち寄せてきた。それから四年、洋一は茨の道を雄々しく切り開き、
 今は小ぎれいな店で母と共に、あざやかな手つきで刺身を切っていた。夕やけ雲の下、細々と立つ夕
 げの煙を前に崖に立つ洋一は、「さようなら、俺の愛していたみんな、遠メガネの女も、妹も、友達
 も、船乗りに憧れた青春の夢も」と呟いた。

 他に、菊沖典子(妹和枝)、大野良平(原田誠二=洋一の友人)、野辺かほる(雑貨屋のお神さん)、岸
輝子(菓子屋のお神さん)、有田紀子(遠メガネの少女文子)、高木信夫(遠メガネの少女の父)、鈴木康
之(若い男)、手代木国男(土谷)、春日千里(奥さん)、土紀就一(医者)、棚橋マリ(久子)、本橋和
子(魚源の客A)、井上正彦(魚源の客B)、松野日出夫(魚源の客C)などが出演している。
 両作ともに田村高廣が出演しているが、何となく弟の田村亮がよく演じるタイプのキャラクターだった。
その点が面白い。また、望月優子に関しては、当然のごとく、『日本の悲劇』(監督:木下恵介、松竹大船、
1953年)を連想せざるを得ない。そこで演じた母親よりも、この『夕やけ雲』のお新の方がどれだけ幸せか。
その点で、少しだけ清々しい気持に浸ることができたことを最後に記しておこう。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。いずれも同じ監督の、同じ頃に製作された、題名に同じ「雲」の文字
が付く映画である。1本目が『遠い雲』(監督:木下恵介、松竹大船、1955年)で、2本目が『夕やけ雲』
(監督:木下恵介、松竹大船、1956年)である。ちなみに、題名に「雲」の文字が付く邦画で、小生が鑑賞
済みの作品を掲げてみよう。全部で9本ある。以下、年代順に列挙してみる。

 『風雲児信長(織田信長)』、監督:マキノ正博、日活京都、1940年。
 『雲ながるる果てに』、監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、1953年。
 『浮雲』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1955年。
 『遠い雲』、監督:木下恵介、松竹大船、1955年。
 『夕やけ雲』、監督:木下恵介、松竹大船、1956年。
 『人間の條件 第3部・望郷篇/第4部・戦雲篇』、監督:小林正樹、人間プロ、1959年。
 『陸軍中野学校・雲一号指令』、監督:森一生、大映京都、1966年。
 『乱れ雲』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1967年。
 『雲霧仁左衛門』、監督:五社英雄、松竹=俳優座、1978年。

 なお、小生未見の作品でとりあえず見出し得たのは、

 『剣雲三十六騎』(『伊賀の水月』改題)、監督:池田富保、大映京都、1942年。
 『わかれ雲』、監督:五所平之助、スタジオ8プロダクション=新東宝、1951年。
 『浮雲日記』、監督:マキノ雅弘、東宝、1952年。
 『箱根風雲録』、監督:山本薩夫、前進座=新星映画、1952年。
 『風雲千両船』、監督:稲垣浩、東宝映画、1952年。
 『若き日の啄木 雲は天才である』、監督:中川信夫、新東宝、1954年。
 『ノンちゃん雲に乗る』、監督:倉田文人、芸研プロ=新東宝、1955年。
 『丹下左膳・乾雲の巻』、監督:マキノ雅弘、日活、1956年。
 『風雲天満動乱』、監督:山田達雄、新東宝、1957年。
 『鰯雲』、監督:成瀬巳喜男、東宝、1958年。
 『風雲児 織田信長』、監督:河野寿一、東映京都、1959年。
 『山と谷と雲』、監督:牛原陽一、日活、1959年。
 『雲がちぎれる時』、監督:五所平之助、松竹京都、1961年。
 『零戦黒雲一家』、監督:舛田利雄、日活、1962年。
 『雲の上団五郎一座』、監督:青柳信雄、宝塚映画、1962年。
 『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』、監督:加藤泰、東映京都、1962年。
 『真田風雲録』、監督:加藤泰、東映京都、1963年。
 『あかね雲』、監督:篠田正浩、表現社、1967年。
 『浮浪雲』、監督:真崎守、東映、1982年。
 『開港・風雲録 YOUNG JAPAN』、監督:大山勝美、砂工房、1989年。
 『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』、監督:本郷みつる、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日、1995年。
 『ちぎれ雲 ーいつか老人介護ー』、監督:山口巧、あすなろ映画=フィルム・クレッセント、1998年。
  (「ー」の部分は、波線。文字化けするので、代用した)
 『雲のむこう、約束の場所』、監督:新海誠、コミックス・ウェーブ、2004年。

 以上、23作品である(『ぴあシネマクラブ・日本映画編 2005‐2006年版』、参照)。上の鑑賞済み作品と
併せても32本であり、さほど多くはない。しかも、『雲霧仁左衛門』、『浮浪雲』、『開港・風雲録 YOUNG
JAPAN』、『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』、『ちぎれ雲 ーいつか老人介護ー』、『雲のむこう、約束
の場所』を除いて、すべて60年代以前の作品だし、『浮浪雲』(原作:ジョージ秋山。TVでは、実写版があ
った)と『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』はアニメーションである。また、雲霧仁左衛門や浮浪雲、お
よび雲黒斎は人名であるから、本来的な「雲」の意味として用いられているわけではないだろう。なお、人
名に「雲」の文字があるもので直ぐに思い浮かぶのは、「北条早雲」や「小泉八雲」(ラフカディオ・ハー
ン)ぐらいだろうか。さらに、『開港・風雲録 YOUNG JAPAN』は、直接「雲」に関係するわけではない。こ
こで小生が何を言いたいのかというと、「雲」(文字や観念やイメージ)は現代人の意識から遠く離れてし
まった(例外は、『ちぎれ雲 ーいつか老人介護ー』と『雲のむこう、約束の場所』)ということである。
本来的な意味での「雲」の文字の据わりがよい作品としては、

 『わかれ雲』(五所平之助)
 『浮雲』(成瀬巳喜男)
 『遠い雲』(木下恵介)
 『夕やけ雲』(木下恵介)
 『乱れ雲』(成瀬巳喜男)
 『鰯雲』(成瀬巳喜男)
 『あかね雲』(篠田正浩)
 『ちぎれ雲 ーいつか老人介護ー』(山口巧)

の8作品に限られるだろう。さらに、これらの作品を製作した監督としては、五所平之助を嚆矢として、成
瀬巳喜男と木下恵介、それに篠田正浩と山口巧しかいない。もし、題名として本来的な意味で「雲」の文字
が付く映画あるとすれば、この他に、

 『青雲(あおくも)』
 『秋の雲』
 『雨雲』/『乱層雲』
 『暗雲』
 『鱗雲(うろこぐも)』
 『朧雲(おぼろぐも)』/『高層雲』
 『片雲(かたくも)』
 『霧雲』/『層雲』
 『黒雲(くろくも)』
 『鯖雲(さばぐも)』
 『白雲(しらくも)』
 『入道雲』/『雷雲(らいうん・かみなりぐも)』/『金床雲(かなとこぐも)』/『積乱雲』
 『羊雲(ひつじぐも)』/『高積雲』
 『巻雲(けんうん・まきぐも)』/『筋雲(すじぐも)』/『絹雲(きぬぐも)』
 『叢雲(むらくも)』
 『紫の雲』
 『八重雲』/『八雲』
 『綿雲(わたぐも)』/『対流雲』

などが考えられるが、今後現れるかどうか。もっとも、『茸雲(きのこぐも)』なんていう題名の映画が、
いずれ作られるかもしれないが……。ともあれ、現代人は雲のゆくえやかたちを楽しむことを忘れてしまっ
た。したがって、その「雲」の文字の付いた映画は何となく古臭いのである。
 さて、今日はもう遅いので、鑑賞した2作品の感想は明日以降ということにしよう。

 * その後、『おゝい、雲!』(監督:瀬川昌治、東映、1965年)という作品を見つけた(筆者、未見)。
  この映画も、60年代の映画である。なお、原作は石原慎太郎の同名小説(筆者、未読)。
 ** さらに、後日、『風と雲と砦』(監督:森一生、大映京都、1961年)という邦画を発見し、鑑賞した。
  興味深いことに、この映画も60年代の映画である。

                                                 
 某月某日

 高知に帰って来た。京都駅で久し振りに小生の好きな弁当を購入したので、そのことを話題にしよう。以
下に記す記事は、「日日是労働セレクト42」の一記事であるが、本日言及する弁当は、この記事に書かれ
ているものとほぼ同じものである。


  高知を少し離れていたので、このブログへの書き込みも久しぶりである。今、晦日の真夜中である
 が、もう少しで今年度も終る。来年度は仕事の内容が少し変わるので、改めて気を引き締めたい。
  ところで、京都駅で買い求めた「幕之内弁当」がとても素晴らしかったので、その「おしながき」
 を以下に記しておこう。どこの仕事かは伏せておくが、とにかく秀逸だった。

  おしながき

  飯 俵物相
     黒米飯
     白飯
      白黒炒り胡麻
      桜の葉 桜花
  香物 甘塩梅干し(紀州南高梅)
     割り干し大根
     味付けこごみ
     桜大根しそ漬け
  口取 厚焼き玉子
     白胡麻みるく豆腐
     富士宮鱒塩焼
     裏白椎茸
     たらの芽うす衣揚げ
     お多福豆甘露煮
     青唐辛子
  炊合 季節野菜旨煮
      里芋、竹の子、春大根、蓮根、
      割り人参、結びわらび、ふき、
      うぐいす信田巻き、さくら蒟蒻、
      岩蛸旨煮、パプリカ(黄)

  以上である。これぞ「幕之内弁当」と言える逸品で、しかも値段も安かった。小生はたくさんの食
 材を使って作ったいろいろのおかずを少量ずつ食べるのが大好きなので、本当に満足した。ひとつひ
 とつの食材も素晴らしく、美味しいの一言。しかも、その扱いが丁寧で、野菜の切り口一つにも作っ
 た人の優しい気持があふれていた。食べ物には心遣いがとても大事である。この幕之内弁当からは、
 それがひしひしと伝わって来た。こういうお弁当を食べると、日本に生まれて本当によかったと思う。


 さて、今日いただいた弁当の「おしながき」を下に記してみよう。

  おしながき

  飯 俵物相
     赤米飯
     白飯 黒胡麻
  香物 紀州南高梅
     わさび昆布
     生姜酢漬け
  口取 厚焼き玉子
     ひたし豆
     赤魚粕漬け
     みょうが甘酢漬け
     とうもろこし寄せ
     紅白重ね蒲鉾
  炊合 季節野菜旨煮
      なす、かぼちゃ、里芋、
      割り人参、椎茸、れんこん、
      パプリカ、きぬさや、
      青もみじ麩、牛蒡胡麻和え

 前回記した「おしながき」と比べると、若干手間がかかっていないのと、種類が減ったことが指摘できる
が、それでも抜群に美味しかった。今回は夏場なので、前回(たぶん2009年3月)の春先と比較すれば、素材
の点で恵まれていない季節なので、それは仕方がないのだろう。ちなみに、この間、この弁当を3回ほど購
入しているのではないか。なお、この弁当は、「健康弁当宣言」を表示しており(以前にはなかったと思う)、

 ・品目数は20品目以上
 ・野菜は120g以上使用
 ・使用する油はコレステロール「0」
 ・合成着色料は一切不使用

……とある。実にすばらしいこころがけである。よほど、この「幕之内弁当」の製造元を明かしたいと思っ
たが、今回もやめておこう。しかしながら、少なくとも京都駅の構内で売っていることだけは記しておこう。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画を4本観たので、ご報告。それぞれ趣の異なる時代劇である。1本目は、吉川英治の大ベスト
セラーを原作に仰いだ『宮本武蔵』(監督:稲垣浩、東宝、1954年)である。久々のエイジ映画でもある。
どうしても、中村錦之助(後の萬屋錦之介)主演の『宮本武蔵』(監督:内田吐夢、東映京都、1961年)と
比較してしまうが、ずばり、内田版の「武蔵」の方が出来は上である(「日日是労働セレクト48」、参照)。
もちろん、好みがあるので、稲垣版の方こそ上だと仰る方もいるだろう。したがって、「この手の判定はあ
くまで好みの違いで異なる場合もある」ということでお茶を濁しておこう。さて、主要な配役を以下に示し
てみよう。

 配役名         稲垣版         内田版

 新免武蔵       三船敏郎        中村錦之助
 お通         八千草薫        入江若葉
 本位田又八      三國連太郎       木村功
 朱実         岡田茉莉子       丘さとみ
 宗彰沢庵       尾上九朗右衛門     三國連太郎
 お甲         水戸光子        小暮実千代 
 お杉婆        三好栄子        浪花千栄子
 青木丹左衛門     小杉義男        花澤徳衛
 池田輝政       小澤栄(栄太郎)     坂東蓑助
 辻風典馬       阿部九洲男        加賀邦男

 寸評を付して、小生の判定を示しておこう。

 武蔵 × 三船  対 ○ 中村  中村の方により多くの突き抜けた若々しさがある。
 お通 △ 八千草 対 △ 入江  小生の好みからすれば入江だが、甲乙つけがたい。
 又八 × 三國  対 ○ 木村  情けなさを醸し出しているのは、断然、木村の方である。
 朱実 △ 岡田  対 △ 丘   蓮っ葉な感じは丘の方が上だが、岡田の美貌は捨てがたい。
 沢庵 × 尾上  対 ○ 三國  これはもう三國でなければ駄目。又八では木村に惨敗だったが……。
 お甲 × 水戸  対 ○ 小暮  小暮の方が若干したたかに見える。
 お杉 × 三好  対 ○ 浪花  三好もなかなかのものだが、浪花では相手が悪かった。
 青木 × 小杉  対 ○ 花澤  花澤の個性がこの役に活かされている。
 池田 ○ 小澤  対 × 坂東  戦国時代の殿様の厳しさが小澤にはある。
 辻風 ○ 阿部  対 × 加賀  阿部の方が野武士の野蛮さが出ている。

 配役の点から見ても、6勝2敗2分で内田版の圧勝である。しかも、重要な役は、ことごとく内田版が優
っている。物語の展開も間も、ほとんどすべてに亙って内田版の方が上回っている。稲垣版が3部作である
のに対して、内田版は5部作なので、その分丁寧に描けることができたという利点がある。また、内田版の
方が後で作られたので、その分稲垣版を参照できたという点も見逃せないだろう。一応、物語を以下に示し
ておこう。例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛
恕を乞う。ちなみに、武蔵は、はじめ「たけぞう」と読んでいたが、後に、「むさし」と読むようになる。

  新免武蔵と本位田又八は出世を夢みて関ヶ原の戦さに参加して敗れ、伊吹山中をさ迷い歩くうち、
 お甲と朱実の母娘に救われた。又八は朱実に惹かれるが、彼女は男らしい武蔵に心を寄せる。ある夜、
 野武士の辻風典馬一味がこの家を襲うが、武蔵は木剣で多くを倒した。お甲が彼に言い寄るが、武蔵
 はそれをはねのける。お甲は腹いせに又八と夫婦になり、朱実をつれて三人で出奔する。武蔵は故郷
 宮本村に帰るが、又八の母お杉婆は息子が帰らないのを武蔵のせいにして恨んで、関所破りとして役
 人に追わせる。沢庵和尚は山中に逃げた武蔵の心が荒むのを憂え、又八の許婚お通と二人で武蔵を連
 れ出し、沢庵は武蔵を杉の大木に吊りさげて武道一点ばりの彼を戒める。その夜、お通は彼を救い、
 二人は助け合って逃げた。お通は追手に捕えられ、武蔵は彼女を救うため姫路域に忍びこもうとする。
 彼の人物を惜しむ沢庵は、お通の無事を告げ、彼を天守閣にとじこめ文を学んで道を開けと教える。
 その頃、お甲と朱実は京都で料亭を営み、剣の名門吉岡清十郎(平田昭彦)は朱実に恋したが、彼女
 は今も武蔵を思っていた。城内で三年の修業をつんだ武蔵は見違えるような人物となり、その年月城
 下で武蔵を待っていたお通と、心を鬼にして別れ、修行の旅に立った。

 他に、加東大介(祇園藤次)、谷晃(河原の権六)などが出演している。
 2本目は、『あさき夢みし』(監督:実相寺昭雄、中世プロ=ATG、1974年)である。詩人の大岡信が脚
本を書いている。実相寺監督の作品は面白かった例しがあまりないが、独特の様式美が確立しているので、
捨てがたい味わいに富んでいる。もっとも、彼の「ウルトラマン」ものには手を出したことがないので、そ
ちらの方は娯楽性に満ちているのかもしれないが……。この作品も、<goo 映画>の「あらすじ」を引用して
みよう。難解な作品を見事に纏めている執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  十三世紀後半、都は後嵯峨法皇院政の時代。法皇の皇子後深草天皇(花ノ本寿)は、既に帝位を弟
 の亀山天皇にゆずり、富小路殿に仙洞御所をいとなんでいた。二十歳半ばにして世捨人に等しかった
 わけである。この院には四条(ジャネット八田)という寵愛する一人の女房がいた。四条はある貴族
 の家に生まれたが、四歳の時から上皇のもとで育てられ、十代半ばになった時、自らの愛人として仙
 洞御所に迎え入れた。しかし四条には愛人ができる。かねてから四条を愛している霧の暁〔西園寺大
 納言〕(寺田農)、執拗に迫ってついには四条を我ものとする真言密教の高徳の僧阿闍梨〔上皇の異
 腹の弟〕(岸田森)である。四条はこれらの男たちの愛を受け、それぞれの子供を生むが、全て彼女
 の手から奪い取られてしまう。彼女は宮廷社会の美しいもてあそびものとしての、自らのはかない存
 在を自覚せざるを得なかった。ただ一人、始めは四条を恐怖させ、次第にその荒々しい情熱が彼女の
 心をとらえるに至ったのは阿闍梨だが、彼は流行病であっけなく死んでしまった。やがて、幼い頃か
 ら西行絵巻を好んで眺め、西行のように生きたいと願っていた四条は、自由を求めて出家した。天台、
 真言の貴族的仏教の世界ではなく、遊行放浪していく踊念仏の世界に対する憧れを持つ四条は、みご
 とな腕前の画や書、また連歌などを道中の資として、待女目井(原知佐子)とともに諸国をめぐって
 歩いた。数奇を日々の糧とし、真実の愛の荒々しい爆発を抑え、風雅の、あるいはまた政治の世界に
 没頭している男たちから身をふりほどいて、四条は厳島、熊野、その他日本各地を歩きまわった。王
 朝の幻影がくずれ去った後の、武士が支配する新しい社会の中で、彼女は目井とも別れて、一人の尼
 絵師として闊達に生きてゆく。彼女の生んだ娘は、今の帝の娘で高名な歌人となっているらしい。し
 かし、四条はただ一人、今日も街道の砂埃をまきあげながら歩いている。

 他に、丹阿弥谷津子(大宮院)、高橋みどり(和歌)、三条泰子(前斉官)、東野孝彦(近衛大殿)、
村松克巳(僧)、広瀬昌助(家司)、樋浦勉(武士)、平泉征(武士)、大木正司(庶民男)、篠田三郎
(庶民男)、小松方正(善勝寺大納言)、古今亭志ん朝(為家)、天田俊明(万里小路)、奥村公延(三条
坊門)、殿岡ハツエ(遊女)、観世栄夫(客)、渡辺文雄(富豪)、堀井永子(富豪の妻)、松下照夫(下
男)、毒蝮三太夫(平二郎左衛門)、古川義範(家来)、白石奈緒美(庵主)、金内喜久夫(男)、高野浩
幸(稚児)、柴俊夫(警護の武士)、香川麻巳(斉宮の女官)などが出演している。ATGが絡んでいる作品
なので、以前から観たかったのだが、これでひとつ念願が叶ったことになる。もしかすると、実相寺監督が、
ATGに最もふさわしい監督のひとりかもしれない。それも含んだ意味で、機会があればもう一度鑑賞してみ
たい。とくに、シルエットによる映像は印象深い。また、「妬みごころは雅ではない」は、この作品にふさ
わしい言葉のひとつであろう。
 3本目は、定番の『座頭市鉄火旅』(監督:安田公義、大映京都、1967年)である。シリーズ第15作に当
たる。これは、完全な娯楽映画。樽の中で仕込みを使うシーンなど、新奇な映像もあり、それを愉しむ映画。
大好きな笠原良三が脚色しているので、その点でも味わい深い。これも、物語は<goo 映画>のお世話になろ
う。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕願いたい。

  行方定めぬ旅の途中、座頭市(勝新太郎)は、偶然何者かに斬られた足利の親分庄太郎の最期を看
 取り、旅芸人の一行と共に足利にやってきた。庄太郎亡きあと、県の岩五郎(遠藤辰雄)の暴虐に足
 利の人は難渋していたが、市は岩五郎の賭場に現われ、イカサマの裏をかいて大金をせしめた。ただ
 では帰さぬと追う子分を見事な居合で斬った市は、居合わせた鍛冶屋の仙造(東野英治郎)の世話に
 なることにした。元刀工の仙造は市の刀が師匠の作であること、そして刀の寿命が尽きていることを
 告げた。市は愕然とした。自分の命を守ってきた仕込みが、すでに折れかかっているというからだ。
 これを機会に堅気になれという仙造の勧めどおり、市は旅篭下野屋で働くことになった。そこには庄
 太郎の息子清吉(青山良彦)と姉のお志津(藤村志保)がいたが、実はお志津は仙造の実の娘で、庄
 太郎の養女だったのである。そのお志津に好色な関八州見廻役桑山盛助(須賀不二男) が目をつけ、
 お志津の望みである庄太郎一家の再興を餌に近づいてきた。一方、仙造は一世一代の名刀を作ること
 を悲願に、二十年ぶりに鋼を鍛えていたが、桑山はそれにも目をつけ、岩五郎に密かに狙わせていた。
 ある日、岩五郎の子分は仙造を殺し刀を奪っていってしまった。そのうえ、庄太郎一家を再興されて
 は困る岩五郎は、清吉をも殺してしまった。しかも、お志津は桑山の許に連れていかれた。市は仙造
 の家に預けてあった仕込みを手にすると、桑山の屋敷に駈けつけ、桑山を斬ってお志津を救い出した
 が、その時、仙造が殺される前に、新刀を市の仕込みにすり替えていたのを知った。市は亡き仙造の
 心に感謝し、待ち受けるやくざ共を斬りまくり、岩五郎をも斬った。翌朝、誰にも告げずに、再び旅
 に発った市の手には、新刀の仕込みが握られていたのである。

 他に、藤田まこと(馬造)、水前寺清子(お春)、春川ますみ(お柳)、明星雅子(女中お松)、山下洵
一郎(真之助)、五味龍太郎(浪人A)、北龍二(下野屋源兵衛)、伊達三郎(代貸の勘太)、 水原浩一
(相沢忠左衛門)、高杉玄(岩五郎の子分の紋次)、尾上栄五郎(座頭)、寺島雄作(うどん屋の親爺)、
木村玄(壺振の半三)、堀北幸夫(茂助)、橘公子(妻おたね)などが出演している。馬造が「晦日の女郎」
という言葉を遣っているが、意味不明。多分、「無礙に客を断ること」だと思うが……。また、市がうどん
を喰らうシーンがあるが、あれは面白かった。「座頭市」シリーズにリアリティを与えている事柄のひとつ
として、市が丼飯を掻き込んだり握り飯を頬張ったりするシーンがあるが、握り飯より食いづらい上に、う
どんを啜りながら刺客を斬るので、その辺りが映像的に決まるのだろう。また、樽に潜んだ市の目を回そう
と敵方は企むが、「回す目は元々ない」と凄む市の台詞は微妙である。公開当時はさほど問題にはならなか
った「差別」の色合が滲んでいるからである。 
 4本目は、『助太刀屋助六』(監督:岡本喜八、日活=フジテレビジョン、2001年)である。この作品は、
上記3作品(50年代、60年代、70年代が一本ずつ)とは異なり、比較的最近の作品である。いかにも岡本監
督が作った映画らしく、奇妙なユーモアに満ちている。幼馴染の二人が、「ヤクザ」と「番太」* に分かれ
て絡み合うところがミソ。仲代達矢が演じた片倉梅太郎というキャラクターも、あまり見たことのないタイ
プである。まさか、簡単に斬られるとは思わなかった。また、ヤクザの帯刀は認められていたが、その長さ
は一尺八寸(60cm弱)以下と定められていたとあるが、本当だろうか。ずいぶん、短いからである。

 * 番太(ばんた)とは、江戸時代に、都市に置ける夜警、浮浪者の取り締まりや拘引、牢獄・刑場など
  の雑用、処刑などに携わっていた人たちのことである。都市に設けられていた木戸に接した番小屋と呼
  ばれる粗末な家に住み、非常に身分の低いものとされていた。番太郎(ばんたろう)ともいう。明治時
  代以降そうした制度は廃止されたが、それに代わった警察官のうち、最も階級の低い邏卒(らそつ。現
  在の警察制度では巡査)に当たる人たちは、薩摩藩など遠い地方から出てきた下級武士が多く、ことば
  もわかりづらく、行いも粗暴なところがあり、人民からは怖れられながらも田舎っぺと軽蔑されていた。
  気位ばかりが高くて何の役にも立たない吏員を、「番太みたいな奴」などと言うこともあった。戦後、
  番太の太の字の点が右肩に移動した「番犬」が、全学連や全共闘に代表される学生運動が盛んだった19
  60年代に「ポリ公」とともによく用いられていた。平成前後から「警察機構の高圧的な態度」に対する
  内外からの意見を受けて、警官の対応をソフトに変えたこともあり、警察や警官に対する蔑称はあまり
  聞かれないようになる(ウィキペディアより、一部改変)。

 この作品の物語も、<goo 映画>に頼ることにしよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛
恕を乞いたい。

  十七歳で江戸へ出ようと故郷の上州を飛び出した助六(真田広之)は、その途中、ひょんなことか
 ら仇討ちに巻き込まれ助太刀を買って出たことが病みつきとなり、以来、江戸へ行くのも忘れて助太
 刀屋稼業に精を出し、全国を流れ流れて七年が過ぎようとしていた。久しぶりに故郷の宿場町へ戻り、
 母の墓に詣でた助六。だが、町の様子がどうもおかしい。幼なじみで小役人になっていた太郎(村田
 雄浩)によると、もうすぐ仇討ちがあるという。兄の仇を討とうとしているのは脇屋新九郎(鶴見辰
 吾)と妻木涌之助(風間トオル)だった。だが、助六の助太刀は必要としていないらしい。自分の出
 番がないと知り、昔なじみの棺桶屋に向かった助六は、そこで元八州廻りの役人だった片倉梅太郎と
 いう侍、すなわち新九郎と涌之助の仇と出会う。すでに戒名も貰い、泰然自若としたこの侍は、どう
 も敵面には見えない。暫くして、仇討ちの検分役、関八州取締出役の榊原織部(岸部一徳)が到着し、
 いよいよ仇討ちが始まった。果たして、片倉は斬られ仇討ちは終わる。ところがこの侍、実は助六の
 父親だったのである。そのことを棺桶屋から聞かされた助六は、父親の仇討ちをと思うのであったが、
 「又敵(またかたぎ)」は御法度。そこで、父親の位牌に助太刀を頼まれたということにして、織部
 たちを斬っていく助六。そうして、見事位牌の助太刀に成功した彼だったが、織部の供揃えによって
 射殺されてしまう。助六の遺体は、彼と秘かな想いを通わせていた太郎の妹のお仙(鈴木京香)ひと
 りで弔われる……筈が、実は生きていた助六。予め、火縄銃から弾を抜いておいたのである。かくし
 て、お仙と一緒に暮らすべく、ふたりして江戸へ向かうのであった。

 他に、小林桂樹(棺桶屋「桶甚」の親爺) 、山本菜々(タケノコ)、岸田今日子(オトメ)、本田博太
郎(堀田某)、友居達彦(倉田某)、竹中直人(カタキのひとり)、嶋田久作(同)、佐藤允(同)、天本
英世(カタキウチのひとり) 宇仁貫三(同)、田村奈巳(同)、伊佐山ひろ子(同)、岡本真実(同)、
長森雅人(小者)、岩田智行(同)、水口てつ(足軽)、大石昭弘(同)、平井靖(道案内)、根本一也
(同)、 東田達夫(猟師)、山崎貴司(同)、城戸光晴(手の者たち)、鎌倉太郎(同)、福沢賢(同)、
進藤健太郎(同)、羽原伸太郎(同)、滝藤賢一(同)、 足立龍弥(同)、せきよしあき(同)、左藤慶
(同)、大沢恵介(同)、高東楓(同)、井上唯我(同)、田中宏明(同) などが出演している。カメオ
出演している竹中直人によれば、「鬼の黒澤、仏の岡本」と言い習わされているそうだが、それぞれの作
品にもその傾向が現れているのではないだろうか。
 上の「座頭市」と「助太刀屋」では、ほとんど共通点がないと思われるが、「樽」と「桶」、寿命が尽き
た「仕込み刀」と「日本刀」において通じていた。樽と桶の違いについては、何かの本で詳しく教えてもら
ったことがあるが、ほとんど忘れてしまった。また、何かの機会に学んでみたい。また、錆びた刀を「赤鰯」
というが、この言葉も久々に耳にしたことを記しておこう。なお、「座頭市」の1960年代と「助太刀屋」の
2000年代とでは、はっきりした違いがある。それは、役者の顔立ちである。もちろん、前者の方が髷が似合
う。これは致し方がないことなのであろう。

                                                 
 某月某日

 今日も、京都の某ネカフェに来ている。朝から猛暑であるが、夏だから仕方がない。本来ならスッキリし
ているはずなのだが、どうも調子が悪い。軽い腰痛も気になる。眠りが浅いからだろうか。しかし、そんな
泣き言を漏らしている場合ではない。やらなければならないことが、相変わらず山積しているのだ。
 さて、DVDで邦画と洋画を1本ずつ観た。邦画の方から感想を記そう。『カルメン純情す』(監督:木下
恵介、松竹大船、1952年)である。『カルメン故郷に帰る』(監督:木下恵介、松竹大船、1951年)の後日
譚であり、ストリッパーのリリィ・カルメン(高峰秀子)とマヤ朱實(小林トシ子)のコンビが登場するこ
とを除いて、前作とはほとんどつながりはない。また、前作が日本初の「総天然色」だったのに対して、こ
ちらは白黒の、当時としては当たり前の映画である。カラー・フィルムが貴重品だった時代なので、違和感
はない。だいいち、小生の世代では、映像に親しみ始めたころはすべてモノクロームがお約束だった。カラ
ー・テレヴィもまだ普及していなかったし、映画も白黒が一般的で、色付の画像が当たり前になったのは、
中学生になってから以降(1967年以降)のことだったのではないか。物語は、前作以上に面白く、昭和20年
代後半の混沌の時代をよく表現していると思った。朱實がアカ(左翼)の男(磯野秋雄)に騙されて、「ス
トリップ」を捨ててしまう。九州くんだり(映画の中の表現)まで流れていって、「女剣戟」に活路を見出
そうとするが、見事に失敗。彼氏が芝居よりも政治演説に現を抜かすようでは、生活できるわけがない。お
まけに子どもまで拵えてにっちもさっちもいかなくなって、カルメンの許に逃げ帰ったという始末である。
カルメンは相変わらず「藝術」としてのストリップに精を出しているが、どう見ても場末の田舎芝居であり、
あれで客が入る方が不思議なくらいである。日本では「額縁ショー」がストリップの草分けと仄聞するが、
昭和20年代ではまだまだ「お上品」だったのであろう。そう言えば、同じ年に製作された『生きる』(監督:
黒澤明、東宝、1952年)でも、ストリップティーズのシーンがある。主人公の渡邊勘治(志村喬)が、『フ
ァウスト』のメフィストフェレスに相当する小説家(伊藤雄之助)に唆されて夜の街を徘徊し、ストリップ・
ショーを覗くという設定だったはずである。女性の裸体が人前で晒されること(映像的には存在しない)に
彼は大いに驚くが、これも時代を窺わせる。現代では、女性のヌードなど珍しくも何ともない時代だからで
ある。
 さて、カルメンの住んでいるアパート「キャメル」(アメリカ煙草の名前を転用したのではないか)に転
がり込んだ朱實であるが、「うらら」と名付けた子どもが泣き止まない。お隣さんから文句をつけられるが、
カルメンはその部屋に鶏を放り込んで報復する。また、カルメンが朱實にラーメンを振舞うが、朱實はほと
んど喜ばない。九州にいたころは、お金がなくて、来る日も来る日もラーメンばかり食べていたからである。
なお、即席麺(インスタント・ラーメン)はまだ存在しない(事実上、昭和33年に初登場)。したがって、
店屋物のラーメンであるから、結構美味そうに見えるのだが……。カルメンも裕福なわけではないから、し
ばらくは朱實の面倒をみることができても、そうそう長くは続かない。かといって、子持ちの女では、パン
パンすらできない。さて、どうするか。カルメンの提案で、子どもを捨てることに決めた。現代ならば、さ
しずめ「赤ちゃんポスト」を利用するといったところか。彼女たちは、国会議事堂の近くを歩きながら煩悶
する。議事堂を背景にしたのは、政治の貧困を皮肉っているのだろう。結局、《ATELIER SUDO》という看板
が掲げられている瀟洒な家の傍に捨てるが、直後に火事騒ぎがあり、捨てたことを後悔した朱實が取り返し
に行く。子どもを拾った須藤家では、若旦那の一〔はじめ〕(若原雅夫)が、自分の捨てた女である細井レ
イ子(北原三枝)との間でにできた子どもと勘違いして、レイ子に電話をかけ、「嫌がらせをするな」と抗
議するが、これは一の明らかな勘違いである。実は、一には縁談が持ち上がっており、そちらの方は金にあ
りつける可能性があったので、レイ子は邪魔なのである。さて、この須藤家では、一が芸術家を気取ってい
るものだから、父親(斎藤達雄)も、母親(村瀬幸子)も、果ては女中のきく(東山千栄子)までも、モダ
ンな服装を強制されている。一の部屋は自作のオブジェ(芸術品)で埋まっており、ひところのフランス映
画の一場面のようである。実務家ならば顔を顰めるかもしれない趣味であるが、朱實に伴って須藤家を訪問
したカルメンは感激してしまう。自称「藝術家」の血が共感するのであろう。一もカルメンを見逃すわけが
なく、「モデルになってくれないか」と誘いをかける。彼女は一も二もなく承諾し、ここから物語が活性化
し始める。なお、ここで、例によって、<goo 映画>の「あらすじ」を引用してみよう。執筆者に感謝したい。
なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  浅草のストリッパー、カルメンのもとに男に捨てられた旧友朱實が赤ん坊を抱いて舞込んできた。
 善処のめどもつかないまま、二人は泣きの涙で赤ん坊を捨てたが、折からの火事騒ぎで急に心配にな
 り、引返してくる。ちょうどパリ帰り(実は、監督の木下恵介もフランスから帰国したばかりだった)
 の芸術家須藤一が家の前の捨て子を元の情婦レイ子の仕業と思いこみ、カンカンになって電話で相手
 を難詰している最中だった。須藤と知合ったカルメンはその不可解な様式の作品に大感激し、やがて
 尊敬がほのかな慕情に変わる。当初は裸も辞さずの構えだったが、恋をすれば不思議なもので、須藤
 の前では裸になれない彼女だった。須藤は代議士候補の佐竹熊子女史(三好栄子)の娘、アプレ派の
 千鳥(淡島千景)と三百万円の持参金目当に婚約しているが、ある日「下情視察」と称する熊子女史
 を案内してストリップ小屋に現れた。客席に恋しい人を見出したカルメンは、どうしても裸になれず、
 ついに劇場のマネージャー(多々良純)から馘を言渡された。朱實とともに日雇仕事(ヨイトマケ、
 ネズミの着ぐるみを着用して殺鼠剤のコマーシャルに一役買っている、など)を転々して今はラッキ
 ー食堂に勤めているカルメンの所へ、千鳥、須藤の結婚を呪う手紙の主(実は、レイ子)と誤解した
 熊子女史が怒鳴りこんでくる。あまりにも真剣なその様子を須藤が自分を愛しているためと勘違いし
 た彼女は、千鳥に恋を譲り、幸福に微笑みながら迫る生活苦と闘うのだった。

 面白い台詞回しを幾つか拾ってみよう。

 「女に子どもがあると重い」(朱實がカルメンに対して思わず漏らした言葉のひとつ)
 「何でも原爆のおかげでそうなった」(女中きくの語る言葉のエッセンス)
 「日本ってお金がないのねぇ」(たぶん、カルメンの台詞のひとつ)
 「女子のくせにいつまで寝てる」(熊子が千鳥に対して吐く悪態のひとつ)
 「パンパンは日本の不名誉」(熊子の持論)
 「衣装の魅力は裸を空想するから」(一の言葉のひとつ)
 「労働は神聖よ。笑う奴がバカよ」(朱實の言葉)
 「人民が喜ぶ言葉は、『何でも安くする』だ」(一の言葉のひとつ)
 「浮気はいいけど、お金のことは別」(千鳥の一に対する言葉のひとつ)
 「本物だったら、アカだってシロだって、弱いモン騙したりするもんかい」(カルメンの捨て台詞)

 また、大衆食堂「なんでもラッキー」(これも、アメリカ煙草の「ラッキーストライク」から拝借した名
前ではないのか)のメニューを記してみよう。

  天丼 並80円 上100円(なお、熊子がこの天丼の上を注文している)
  親子丼 並80円 上100円
  ラッキーカツレツ 100円
  ラッキー定食(コーヒー付) 80円
  カレーライス 60円
  ラッキー丼 50円
  カツ丼 80円
  玉子丼 70円
  ハヤシライス 70円

 天丼と親子丼が同じ値段であるが、小生が知る限り、そういう店に入ったことはない。たぶん、この当時
は、鶏卵や鶏肉が高価だったからだろう。もちろん、現代では、ほとんどの場合、天丼の方が親子丼よりも
高価である。ちなみに、「輪タク」は150円だった。
 後に(1960年)石原裕次郎と結婚することになる北原三枝が、千鳥同様のアプレゲール * の女を演じて
いる。当時19歳ながら、あの堂々とした雰囲気をすでに醸し出しているから驚きである。

 * アプレゲール(apres-guerre〔apres の e はアクサン・グラーヴ。文字化けするので、e で代用した〕、
  仏:戦後)とは戦後派を意味する語である。対義語はアヴァンゲール。
   元は、第一次世界大戦後のフランスで、既成の道徳・規範に囚われない文学・芸術運動が勃興したこ
  とをさした。他のヨーロッパやアメリカ合衆国などでもこの運動は飛び火している。
   日本でも第一次世界大戦後の1920年代に大正デモクラシーと戦後恐慌の風潮の中で享楽的な都市文化
  が発達し、「エロ・グロ・ナンセンス」と呼ばれる風俗も見られた。しかし治安維持法が布かれた後は
  世界恐慌や第二次世界大戦へと至る流れの中で、こうした動きは徐々に圧殺されていった。
   日本で省略形の「アプレ」という言葉が流行したのは、第二次世界大戦後である。戦前の価値観・権
  威が完全に崩壊した時期であり既存の道徳観を缺いた無軌道な若者による犯罪が頻発し、彼らが起こし
  た犯罪は「アプレゲール犯罪」と呼ばれた。また徒党を組んで愚連隊を作り、治安を悪化させた。この
  ような暗黒面も含めて、「アプレ」と呼ばれるようになった。
   一方で、彼らの様な思想の持ち主に対して古来からの価値観を守ろうと主張する勢力をアヴァンゲー
  ル(avant-guerre、戦前)と呼んだ(ウィキペディアより)。

 他に、日守新一(アパート「キャメル」の管理人の野村)、坂本武(なんでもラッキーの親爺。野村の従
兄弟)、堺駿二(カルメンの舞台の相手役)、望月優子(朱實を勧誘するポン引の女)、増田順二(一の友
人の牛島)、須賀不二夫〔不二男〕(同じく新島)、高松栄子(ラッキーの親爺の女房)、竹田法一(熊子
の忠僕の山下)などが出演している。猥雑な内容ではあるが、当時のことが一目瞭然と分かる貴重な作品だ
と思う。また、「再軍備」が話題になっているが(1951年、かつての日本社会党〔現 社会民主党〕は党議
によって再軍備反対を決議している)、日の丸のマークをさりげなく胸に掲げ、「日本精神党」の党員であ
る佐竹熊子という人物を描くことを通して、木下監督自身の態度、すなわち反対の態度を表明している。熊
子は、亡き陸軍中将を夫に持ち、健気に政治活動をしているが、「大和撫子」を称揚しながら、わが娘の千
鳥(これは、「千鳥足」をイメージさせた名前ではないのか)はきわめて奔放という有様。こういうブラッ
ク・ユーモアが活きているのである。同じ高峰秀子を起用した『二十四の瞳』(監督:木下恵介、松竹大船、
1954年)も一種の「反戦映画」であると思うが、およそ対蹠的な描き方をしている。ともあれ、当該映画に
おいて、木下恵介の「厭戦」や「反権力」、あるいは「偽のアカ嫌い」が徹底して現れていると思った。そ
の意味でも、得難い作品である。
 ところで、洋画の方だが、観たのは『俺たちに明日はない(Bonnie and Cryde)』(監督:アーサー・ペ
ン、米国、1967年)である。たぶん、40年ぶりぐらいで再び出遭ったことになる。「大恐慌時代の実在の銀
行強盗であるボニーとクライドの、出会いと死に至るまでを描いた犯罪映画。アメリカン・ニューシネマの
先駆的存在として有名」(ウィキペディアより)という風にまとめれば実に他愛はないが、小生が10代で鑑
賞したころはけっこう胸に響いた映画である。10代のころ(一部、例外)に、似たような衝撃を受けた作品
(アメリカン・ニューシネマ)を下に記してみよう。


 『卒業(The Graduate)』(監督:マイク・ニコルズ、米国、1967年)。
 『イージー・ライダー(Easy Rider)』(監督:デニス・ホッパー、米国、1969年)。
 『明日に向かって撃て!(Butch Cassidy and the Sundance Kid)』(監督:ジョージ・ロイ・ヒル、
  米国、1969年)。
 『真夜中のカーボーイ(Midnight Cowboy)』(監督ジョン・シュレシンジャー、米国、1969年)。
 『いちご白書(The Strawberry Statement)』(監督:スチュワート・ハグマン、米国、1970年)。
 『バニシング・ポイント(Vanishing Point)』(監督:リチャード・C・サラフィアン、米国、1971年)。
 『ダーティハリー(Dirty Harry) 』(監督:ドン・シーゲル、米国、1971年)。
 『フレンチ・コネクション(The French Connection)』(監督:ウィリアム・フリードキン、米国、
  1971年)。 
 『スケアクロウ(Scarecrow)』(監督:ジェリー・シャッツバーグ、米国、1973年)。
 『カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest)』(監督:ミロス・フォアマン、米国、
  1975年)。
 『タクシードライバー(Taxi Driver)』 (監督:マーティン・スコセッシ、米国、1976年)。


 なお、一番好きな作品は、『バニシング・ポイント(Vanishing Point)』である。
 小生の若いころは、映画を始めとして、さまざまな事柄に興味を示したが、とにかくこころを高揚させて
くれるものを求めていたような気がする。もちろん、文学や哲学は必須のアイテムだった。しかし、政治的
には完全なノンポリで、むしろ政治活動を嫌悪していた。政治的にラディカルな人々を信用していなかった
からだろう。実際の暴力も苦手で、人に殴られたことは何度かあるが、人を殴ったことは一度もない。ただ
し、フィクションにおける暴力にはどこまでも耐えられるタイプである。それよりも、社会の実相を知りた
くてたまらなかった。そんなとき、小生の好奇心に満ち満ちた目に、上で挙げたアメリカ映画はとても素敵
に映った。今でも新鮮に観ることができる。もちろん、『俺たちに明日はない』も、その例外ではない。最
後にマシンガンで穴だらけにされるボニーとクライドにはなれそうもない人生であるが、地球上の誰の口か
らも貧困や屈辱や屈託に対する苦悶の声が漏れなくなる日まで、彼らの生と死にはそれなりの意味があるの
だとは思う。

                                                
 某月某日

 例によって、京都の某ネカフェでこれを書いている。こちらに滞在している間、あと2回ぐらいはお世話
になるつもりである。やらなければならないことの計画を立てながら、貴重な2週間をすごす予定である。
 さて、前回の『十六文からす堂 千人悲願』に続いて1950年代前半の映画を2本観たので、ご報告。1本目
は、『殺陣師段平』(監督:マキノ雅弘、東横映画、1950年)である。長谷川幸延の原作を黒澤明が脚色し
た作品で、いわゆる「芸道もの」の佳作である。惹句は、「藝道一路! 眞剣悲壯の凡夫像!」であり、月
形龍之介が、芸道驀らである殺陣師段平に扮している。なお、監督のマキノ雅弘は、雅博からの改名第一作
である。リメイク版の『殺陣師段平』(監督:瑞穂春海、大映京都、1962年)も存在するが、これは筆者未
見である。さて、「殺陣」とは何か、これについては、ウィキペディアのお世話になろう。以下に概要を引
用させていただく。執筆者に感謝したい。多少とも改変したが、内容に変化はない。ご寛恕を乞う。

  殺陣(たて)または擬闘は、舞台、映画、テレビドラマなどで披露される、俳優の肉体または武器
 を用いた格闘場面ならびに一連の動作のことである。広義に解釈すると現代劇、時代劇の区別や使用
 される道具に指定はないが、一般的には時代劇において日本刀を用いた剣戟場面を表すときに用いら
 れる用語である。これに関連して、その振り付けや指導を行う人を「殺陣師(たてし)」または「擬
 闘スタッフ」とも呼ぶ。
  新国劇の座長だった沢田正二郎が公演の演目を決める際に冗談で「殺人」として座付きの作家だっ
 た行友李風に相談したところ、穏やかでない言葉なので「陣」という字を当てることを提案したこと
 が「殺陣」の語源と言われている。この演目は1921年に初めて演じられたが、このときの読みは「さ
 つじん」であった。その後、1936年、沢田の七回忌記念公演にて「殺陣田村」として演じられた時か
 ら「たて」と読まれるようになった。
  十分な鍛錬が行われていない俳優による殺陣を観ると「機械的に武器を振り回している」ように、
 また「殴られ倒れる様子が大袈裟」に見えることさえあるが、優れた殺陣には、演者自身の肉体を含
 めた武器の動かし方はもちろんのこと姿勢(構え)・足運びなどの立ち居振る舞い・演技としての流
 れの美しさが要求されている。
  殺陣はあくまでも演技であり、用いる武器(とくに、本物の素材を用いた剣、刀)によっては本当
 に当たっている(当てられている)「ように見せる」配慮や、怪我をしない、させない配慮が不可欠
 である。これを怠ると殺陣の場面を軸とした作品全体の評価の低下を招いたり、傷害および死亡事故
 に発展する場合もある。演じるに際し、俳優は居合道、なぎなた、空手といった武道および武術を習
 得していることが望ましいが、殺陣においては劇的な「見栄え」などの効果を考慮する(武道や武術
 と対照的に作為的に予備動作を大きくするなど)必要があり、一概に習得した技術がそのまま殺陣の
 実力と比例するとは言い切れない。そのため、劇団付属の研究所をはじめとして、殺陣を正式科目と
 して採用している俳優養成機関は数多く存在する。なお、実際に学ぶ武道としては、抜刀・納刀など
 の刀自体の取り扱い方から、袴などの着装、刀の帯への差し方(帯刀)、歩法、膝行などの立ち居振
 る舞いを学べるという点で、居合道の習得が推奨され、同様に素手武道では合気道が推奨される。
 (以下、割愛)。

 さて、物語であるが、大正10年の大阪に始まる。髪結いの亭主である市川段平(月形龍之介)は、今でこ
そ劇団の頭取をしているが、昔は役者でもちょっと鳴らした口であって、今では「殺陣師(たてし)」が本
業だと自認している。澤田正二郎(市川右太衛門)が率いる「新国劇」で、「髷物」を演ることになったが、
どうにも「剣戟」の感じがつかめない。「俺にやらせろ」と名乗り出た段平の殺陣は即座に斥けられる。澤
田に言わせれば、それは歌舞伎の「型」であって、写実やリアリズムを目指しているわれわれには用はない。
しかし、無学な段平には、大学出の澤田の言わんとすることが理解できない。苦悩の末に、写実の何たるか
を理解した段平は、新国劇のためにリアリズムに満ちた殺陣を考案する。たとえば、「国定忠治」などの演
目には立ち回りは不可欠であって、段平のつけた殺陣は評判になる。しかし、芝居は水物なので、東京で受
けるとは限らない。事実、当ったり当らなかったりで、立ち回りのない演目、たとえば「白野辨十郎」など
がかかると、段平はむくれた。自分の出番がないからである。しかし、これは澤田やその僚友である倉橋仙
太郎(新藤英太郎)らの段平に対する配慮でもあった。というのも、恋女房のお春(山田五十鈴)の具合が
悪いので、暇になった段平に大阪に帰る機会を与えたのであった。しかし、「立ち回りのための立ち回りは
やれんのだ。それは時代の要請なのだ」という澤田の言葉を撥ね付けた段平は、劇団の金である80円を懐に
して、そこを飛び出すのである。
 お春が死して、五年後、段平は中風で寝たきりの身になっている。養女のおきく(月丘千秋)が甲斐甲斐
しく彼の世話をしているが、積年の悔恨が胸に痞えている。持ち逃げしたような格好の80円を劇団に返した
いのである。そんな折、以前の道具方であった兵庫市(杉狂児)を媒介にして、澤田の依頼が舞い込む。中
風になった忠治の殺陣を工夫していほしいというのだ。30円を「殺陣代」としていただきたいと応える。お
きくから貰った50円と併せて、80円になるからである。それを劇団に返すことが段平の生きる望みなのであ
る。「赤城颪」という演目がかかっている。中風で寝ている忠治が捕り方に囲まれる芝居である。澤田本人
も不本意な芝居を自覚している。ここに、おきくがやってくる。段平の一世一代の殺陣を伝授しに来たので
ある。澤田はこれを授けられ、見事拍手喝采を得て、幕を閉じる。段平の殺陣が間に合ったのである。殺陣
師の市川段平は、『王将』の坂田三吉や『無法松の一生』の富島松五郎などに匹敵するキャラクターで、無
学ではあるが一途な性格が爽やかな人物像である。いわゆる「○○バカ」であるが、小利口な人間ばかりの
世の中に、一輪の野花が咲いている風情と言えようか。他に、加藤嘉(引抜き男)、原健作(太田)、赤木
春生(浜の家のお房)、横山エンタツ(医者)、島津勝二(艶歌師)などが出演している。
 2本目は、『海の花火』(監督:木下恵介、松竹大船、1951年)である。錯綜したストーリーと、独特の
人間模様という点では買えるのであるが、木下の意図は必ずしも成功しているとは言えず、泥臭い作品とな
った。たぶん、いかにもいそうな人物と、こんな人間果たしているのかしらという人物とが、入り組んで登
場するために、何かまとまりにかけた印象を受けるのである。たとえば、神谷太郎衛(笠智衆)や相川仁吉
(坂本武)、あるいは、鯨井この(杉村春子)や高橋勇五郎(北龍二)といった人物は、どこにでもいそう
である。しかし、魚住薫(山田五十鈴)や野村由起子(津島恵子)、みどり(小林トシ子)や魚住省吾(三
木隆)には、リアリティを感じなかった。また、神谷美衛(小暮実千代)と矢吹毅(三國連太郎)の恋も不
可解だし、まさか省吾と美衛が最後の最後で結ばれるとは思わなかった。また、一連のみどりの絡む話も説
得力がないし、銃で撃たれて最期を遂げるという筋書もどうかと思う。さらに、矢吹を兄と慕う渚一平(石
浜朗)の存在も、どこか気味が悪かった。
 物語は、次のような文字で始まる。

 九州佐賀県の一隅

 凡そ千四百年の昔/勅令を拝して/新羅の國に赴く/大伴狭平彦を/慕ひ
 その愛人/左用姫が長き別れを/歎き名を呼びつ/その姿つひに/石と化す
 人呼んで/望夫石といひ/その地を呼子と/いひ傳へしと

 昭和24年の佐賀が舞台である。ここから後は、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝
したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  北九州の一隅、呼子港の遠洋漁業組合長である神谷太郎衛は、組合の赤字の原因が、持船第一徳廣
 丸と第二徳廣丸の船長である唐澤源六(永田靖)と石黒軍造(宮口精二)の不正にあるとにらんで、
 二人を馘にした。折よく戦時中船舶兵としてこの土地にいた魚住省吾が訪ねて来て、後任の船長を世
 話する約束をした。省吾の紹介の新船長矢吹毅と渡(向坂渡)の兄弟の指揮で久しぶりに第一、第二
 徳廣丸は出航、首尾は大漁であったが、市価の暴落で組合の頽勢を挽回することは出来なかった。そ
 の上、唐澤と石黒はいろいろな妨害をしかけて来た。さらに、太郎衛の持船が減船令にひっかかり、
 彼はそのため陳情に上京、幸い願いは聞き届けられたが病床に倒れた。驚いて駆けつけた姉娘美衛は、
 かえってこのために永い間の省吾との恋が実を結び結婚を許されることになった。一方呼子港でも唐
 澤らの悪事がばれ、一味は警察隊に捕えられた。その際、町へ流れて来ていた踊子みどりは、恋心を
 打ち明けてはいたものの、拒絶されていた毅の身代りになって兇弾に倒れた。第一、第二徳廣丸が日
 進水産へ引渡しのため呼子港を出て行く日、毅と渡は甲板に立って見送る太郎衛に手を振っていた。
 毅は省吾と結婚した美衛よりも今は自分のために死んだみどりの姿を胸に、渡は妹娘美輪(桂木洋子)
 から贈られたロザリオをその手に持って……。

 他に、岸輝子(神谷さみ=太郎衛の妻)、佐田啓二(鯨井民彦=このの息子)、三井弘次(森山)、細川
俊夫(魚住英明=薫の夫)、東山千栄子(薫の母みつ)、十朱久雄(水産庁の役人)、小林十九二(犬上)、
矢吹寿子(鯨井梅子)、稲葉義男(漁業組合唐津支部長)、信欣三(水産庁博多出張所長)などが出演して
いる。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画の『十六文からす堂 千人悲願』(監督:萩原章、新東宝=宝プロダクション、1951年)を観た。
昭和26年製作の映画であるから、さすがに古臭い。殺陣も型通りで、プロレスの技の掛け合いを観ているよ
うな錯覚に陥る。つまり、斬る方も斬られる方も協力し合っているのだ。さらに、当時の流行歌が歌われ、
和風のミュージカルのような場面もある。それは、「トンコ節」(作詞:西条八十、作曲:古賀政雄、唄:
久保幸江、1949年)、「ああそれなのに」(作詞:星野貞志、作曲:古賀政男、唄:美ち奴、1936年)、
「ヤットン節」(俗曲、補作詞:野村俊夫、編曲:服部逸郎、唄:久保幸江、1952年)などであり、小生も
子どものころさんざん聴かされた流行歌である。なお、「トンコ節」は、『山びこ学校』(監督:今井正、
八木プロ=日本教職員組合、1952年)でも話題になっており、教育上よろしくないのかどうか、大真面目に
論じられているところがおかしい。小学生だって、いかがわしい歌は歌うし、それでどうにかなるものでも
ない。実にばかばかしい教育論争である。ところで、これらの歌を歌った久保幸江や美ち奴も出演している
らしいが、誰が誰やら特定できない。原作は山手樹一郎の時代小説。彼の作品の中では、『桃太郎侍』が一
番人気か。実は、小生の父親が愛読していたらしいが、小生自身は一冊も読んだことがない。物語は、例に
よって<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  「からす堂」と称する若い浪人の易者(黒川弥太郎)は薬研堀の安五郎親分の娘お柳(春日あけみ)
 を危難から救ったことから、お柳とその子分たちが安五郎を殺した犯人を探していることを知った。
 「からす堂」に心を寄せている小料理「たつみ」の女将お紺(市川春代)の許へ足繁く通う黒覆面の
 武士〔三つ目御前〕(大友柳太朗)の悪相に、「からす堂」はそれとなくその身許をさぐると、彼こ
 そ安五郎に命じて南部藩の重宝を盗み出させた上その命を奪った犯人と知った。黒覆面はその重宝を
 南部藩の仇敵津軽藩に売り渡そうとしていた。「からす堂」は、実はその重宝奪還の使命を帯びた南
 部藩士で、ここで黒覆面と対持することになった。「からす堂」の放った密偵七五郎(小林重四郎)
 は捕われ、彼はお柳と共に槍鉄砲で包囲され、お柳はついにつれ去られた。七五郎はようやくに虎口
 を脱して「からす堂」に黒覆面の本拠古寺を知らせたので、彼は勇躍のり込んで、お柳を救い出すと
 同時に、断崖上の決闘で重宝を奪いかえすことも出来た。

  注:「あらすじ」では「白覆面」とあるが、どう見ても「黒覆面」なので、そう直しておく。

 他に、桂春團治(七百の松)、横山エンタツ(ちょび髭の辰)、澤村國太郎(お旦那半次)、尾上菊太郎
(利三郎)、寺島貢(塚原外記)、葛木香一(津軽三左衛門)、市川男女之助(霞の新助)、ハヤブサ・ヒ
デト(沖津藤内)、美ち奴(おしも)、小西潤(多吉)、久保幸江(お民)、香取春樹(松平伊豆守)など
が出演している。
 なお、三つ目御前の正体は「公儀隠密」というオチであるが、将軍直属のお庭番を幕府の犬(=悪者)と
考えているところが、この映画のミソか。つまり、隠密とは、隙を見ては大名のお家取り潰しを窺ういやら
しい存在なのである。もっとも、かつて『隠密剣士』というTVドラマがあった(1962年から1965年までTBS
系タケダアワー枠で放映された連続テレビ時代劇。忍者ブームの火付け役ともなった。ウィキペディアより)
が、主演の大瀬康一が演じた人物は第11代将軍家斉の腹違いの兄である松平信千代であり、「秋草新太郎」
と名乗って公儀隠密として日本各地を旅する、という設定であった(これも、ウィキペディアより)。つま
り、乱暴な言い方をすれば、水戸黄門のようなものである。小生もこの時期は小学校の2年生から5年生に
当たり、熱心にこの番組を観ていたわけではないが、出演者の一人である、伊賀忍者の霧の遁兵衛(牧冬吉)
をかっこいいと感じたことははっきりと覚えている。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『笑う警官』(監督:角川春樹、「笑う警官」フィルムパ
ートナーズ〔ハルキエンタテインメント=角川春樹事務所=東映=東映ビデオ=よしもとクリエイティブ・
エージェンシー=讀賣新聞=ディー・エヌ・エーサンブック=報知新聞社=クオラス〕、2009年)である。
北海道警察本部を舞台にした、警察官の不正がテーマの作品である。原作は、佐々木譲の警察小説『うたう
警官』(単行本刊行時のタイトル。2004年12月発行、角川春樹事務所。「うたう」とは、自白することを意
味する隠語で警察官の場合には内部の不正などを外部に漏らすことを意味するが、当時から「意味が分かり
にくい」という意見があった。映画化決定の際、出版元の角川春樹事務所から改題を打診され、文庫化に伴
い『笑う警官』に改題された。ウィキペディアより)〔筆者、未読〕。プロットはかなり面白く、映画向き
のストーリーでもある。しかし、どこか物足りない出来だった。その原因として第一に挙げられるのは、肝
心要の部分で誤魔化しているので、リアリティが欠けてしまったことである。たとえば、佐伯宏一〔大通署
刑事課の警部補〕(大森南朋)と、津久井卓〔道警本部生活安全部巡査部長〕(宮迫裕之)が、タイ人娼婦
の人身売買事件でおとり捜査員を拝命している過去が伏線になっているが、おざなりの経緯が示されるだけ
で、その経験の重さが伝わってこない。つまり、佐伯にも津久井にも苦悩の跡が見えないのである。これは
致命的だと思った。また、Jazz & Bar<Black Bird>のマスター安田(大友康平)が狂言回しの役を演じてい
るが、この人もあまりリアリティがない。役者が悪いわけではなく、設定に無理がある。さらに、誰が味方
で誰が敵か、誰が忠実で誰が裏切るのか、誰が黒幕で誰がその扈従かなどに関して、けっこうサスペンスは
あるのだが、「あっ」と言わせるほどではない。かつて、『座頭市』(監督:北野武、バンダイビジュアル=
TOKYO FM=電通=テレビ朝日=齋藤エンタテインメント=オフィス北野、2003年)を観たとき、どんでん返
しに固執するあまり、ストーリーに破綻が生じていると感じたが、それと同じ印象をもった。端的に言えば、
作りすぎは失敗の元なのである。また、警察幹部である浅野貴彦〔道警本部生活安全部の警視長〕(矢島健
一)や石岡正純〔道警本部の刑事部長。階級は警視長〕(鹿賀丈史)も「こんなものか」と思ったけれども、
もっと内面を描いてほしかった。その他、いくらでも改善できる部分があったので、ちょっともったいない
気がした。角川春樹監督の評判はもう一つであるが、初めてその作品に接して「なるほど」と思った。まだ、
素人ぽさが抜けていないのである。螢雪次朗が演じた植村辰男は注目すべき人物だが、この人の最終的な位
置づけもあまり納得のいくものではない。要するに、面白いんだけれど、ちょっと無理がありすぎる、とい
うのがこの映画に対する感想である。なお、推理的な要素もあるので、物語に関しては割愛する。興味のあ
る人は、小生も参考にした<ウィキペディア>をご覧になっていただきたい。他に、松雪泰子(小島百合)、
忍足修吾(新宮昌樹)、伊藤明賢(岩井隆)、野村祐人(町田光芳)、松山ケンイチ(足の悪いチンピラ)、
大和田伸也(ニュース・キャスターの藤原)、平泉成(百条委員会のメンバー)、中川礼二(谷川五郎)、
乙黒えり(水村朝美=元ミス道警)、諏訪太朗(質屋の親父)などが出演している。
 2本目は、『座頭市海を渡る』(監督:池広一夫、大映京都、1966年)である。ちょっと畑違いではない
かと思われる新藤兼人が脚本を担当しており、そのせいか斬新な内容になっている。共演の女優も小生の大
好きな安田道代(現 大楠道代)なので、その点でも楽しく観ることができた。例によって、物語や配役に関
しては、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  これまで斬った人々の菩提をとむらうため、座頭市(勝新太郎)は四国の札所めぐりを続けていた。
 船の中で暴力スリ(千波丈太郎)を懲らしめたりした市だが、ある日、馬に乗って追ってきた栄五郎
 (井川比佐志)という男に斬りつけられ、止むなく彼を斬った。止むを得ないとはいえ、またも人を
 斬った市の心は沈んだ。だから、栄五郎の家を訪ね、妹のお吉(安田道代)に腕を斬られた時、お吉
 の短刀をよけようともしなかったのだ。お吉は、実は優しい娘で、兄が殺されたと悟って咄嗟に市を
 斬ったのだが、今度はその市をかいがいしく介抱するのだった。お吉の話では、栄五郎が三十両の借
 金のために、土地の馬喰藤八(山形勲)から命じられて市を襲ったのだった。そして市を弟の仇と狙
 う新造(守田学)が藤八にそれを頼んだことが分った。また村の暴力一家の頭でもある藤八は、芹ケ
 沢の支配権を一手に握ろうと画策してもいた。だが、そこはお吉の土地だったから、藤八は邪魔なお
 吉に、女房になれと言ってきた。それを知った市はお吉の後見人となり真っ向うから藤八と対立した
 のだ。そんな二人を、名主の権兵衛(三島雅夫)は狡猾な計算で見守っていた。先ず市は栄五郎の香
 奠として、藤八に三十両を要求した。結局競技で藤八の弓に居合で勝った市は三十両をせしめた。し
 かし、その帰途を藤八の子分が襲ったのだが、所詮市の居合抜に敵うはずもなかった。市とお吉は栄
 五郎の墓を建てて、しばらくの間楽しい日々を過ごした。そんなお吉に、幼馴染の安造(東野孝彦)
 が土地を捨てようと誘った。しかし、お吉は市を信じていた。やがて藤八は市に最後通牒をつきつけ
 てきた。そしてその日、市はたった一人で藤八一家と対峙した。孤立無援の市を、村の人は助けよう
 ともしなかった。市は闘った、斬った、市は村人がきっと助けにくると信じて危機を切り抜けていた。
 やがて、安造が刀を手に現われた。そして安造が藤八の弓矢の餌食なって斃れたとき、ついに、村人
 も市に加勢してきた。勇躍した市は一刀の下に藤八を斬った。そして市は、馬上から見送るお吉に別
 れを告げ夕焼空の彼方へと去って行った。

 他に、五味龍太郎(常念坊)、田中邦衛(船上のよく喋る男)、伊達三郎(カギ松)、杉山昌三九(五郎
兵衛)、寺島雄作(旦那衆C)、原聖四郎(与左衛門)、勝村淳(トラ鮫)、荒木忍(金右衛門)、堀北幸
夫(平太)、東良之助(和尚)、沖時男(旦那衆A)、越川一(旦那衆B)、小林加奈枝(安造の母)など
が出演している。この作品は、百姓の平和主義の裏に見え隠れする狡猾さが浮き彫りになる点で、『七人の
侍』(監督:黒澤明、東宝、1954年)にわずかながら似ている。つまり、市が村に雇われた七人の侍に当た
る役回りを演じるのである。金毘羅参り、沈下橋、四国の山道など、絵になる場面も多かった。藤八のアジ
トにおける猪肉(?)のバーベキューも豪快だった。市の台詞である「人間には、いい奴と悪い奴がいる。
悪い奴は堂々と悪いことをするが、いい奴はあまりいいことをしないようだ」には、少し苦笑した。また、
最後の最後になって市に加勢して落命した安造に対して、市は「死んで生きた」と誉めあげている。
   
                                                
 某月某日

 DVDで邦画の『日本侠客伝 関東篇』(監督:マキノ雅弘、東映京都、1965年)を観た。教科書通りの任侠
映画で、新味は全くないが、それなりに見所もあった。物語は例によって<goo 映画>の世話になろう。執筆
者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  風来坊の船乗り緒方勇(高倉健)は、ふとしたことから知り会った小揚の磯村松夫(長門裕之)の
 紹介で築地魚市場で老舗を誇る間屋「江戸一」で働くことになった。「江戸一」は父なきあと男勝り
 の長女市川栄(南田洋子)が切り盛りしていたが、商売は思わしくなかった。それは、東京魚市場協
 同組合理事長郷田勢之助(天津敏)が石津組のヤクザを使って魚市場を牛耳っていたからだ。彼らは
 小売商人を脅かして、「江戸一」との取引きを妨害していたので、「江戸一」派の商人たちは、仕方
 なく高値の魚を郷田から買っていた。それでも栄に力を貸す人はいた。小揚組合長の三谷加平(大木
 実)、栄の妹光子(藤純子)と恋仲の松夫、勇ら郷田のやり方に反抗する人々であった。その頃、日
 南物産の森田(原健策)が耳よりな話を持って来た。香港帰りのカナダ船が大量の鮪を売りたがって
 いるというのだ。初の外国との取引きに栄は希望をもったが、郷田の指し金で水揚は禁止された。こ
 の仕打ちに怒った松夫は、石津組の親分石津利三郎(遠藤辰雄)をピストルで撃つが、怪我をさせた
 に留まった。石津組のヤクザに追われる羽目となった松夫は通りがかった「佃勝」こと江島勝治(鶴
 田浩二)に助けられた。勝治はかつて栄の亡父の世話になり五年振りに朝鮮から帰って来たのだった。
 「江戸一」の恩に報いるために勝治は石津親分襲撃事件の責を負った。郷田らのやり方はあくどさを
 増していった。見兼ねた三谷は小揚組合の公金を栄に渡し、網元との直接取引をすすめた。やがて、
 勇の尽力で焼津の網元頭八十川波右衛門(丹波哲郎)との取引が成立した。だがまたも郷田の手で陸
 揚げが妨害された。勇、栄らは怒りにふるえた。三谷ら小揚組合員も栄らに加勢して魚河岸は大乱闘
 となった。その頃、松夫と勝治は郷田の事務所に殴り込んだ。勝治の制止も聞かず血気にはやる松夫
 はヤクザの群れの中で鮮血にまみれた。これをみかねた勝治は郷田に体ごとぶつかっていった。魚河
 岸も勇の奮闘で静かになった。勝治は松夫の亡骸から離れると官憲の縛についた。逮捕された勝治は、
 同じく捕縛された勇に「お前はすぐに出所するだろうから、栄をよろしく」と声をかけた。栄も、気
 丈に「江戸一」を守ろうと決意する。

 他に、待田京介(東吉)、北島三郎(すっぽんのサブ)、丹羽又三郎(新太郎)、加賀邦男(寺岡善次郎)、
山城新伍(ぼうだら)、曽根晴美(赤目)、田中春男(太平洋)、加藤浩(海坊主)、汐路章(アンコ辰)、
阿部九洲男(伊勢定)、山本麟一(宮下)、関山耕司(安田)、潮健児(メリケンの哲)、佐藤晟也(ハリ
ケーンの襄)、浪花五郎(おでんや亭主)、川谷拓三(チンピラ)などが出演している。長門裕之と南田洋
子が夫婦で共演しているが、二人とも鬼籍に入った。一つの時代が終わったような気がする。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『座頭市の歌が聞こえる』(監督:田中徳三、大映京都、1966年)を観た。シリーズ第13作目
である。この作品はおそらく過去に鑑賞済みである。ほとんどの場面を覚えていなかったが、一箇所だけ鮮
明に記憶している個所があるからだ。それは、ヤクザの親分が、座頭市を混乱させるために太鼓を乱打する
シーンである。目の不自由な市にとって、聴覚は大事な感覚である。それを攪乱させれば市を倒せると踏ん
だが、返り討ちにあうという流れである。なお、第1作で平手造酒を演じた名優天知茂が、別人の役で出演
している。さて、物語であるが、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、
一部改変したが、ご海容いただきたい。

  座頭市(勝新太郎)は高崎で殺気を漂わせた浪人黒部玄八郎(天知茂)とすれ違った。市はその日、
 宿外れでやくざに襲われた為吉(木村玄)を救ったが、すでに深手を負っていて、市に財布を託すと
 事切れた。市は盲目の琵琶法師(浜村純)と道連れになった。一の宮は祭礼なのに門前の店はほとん
 ど閉じていた。おかん婆さん(吉川満子)の茶店に入った市は、おかんが為吉の母だと知った。市は
 為吉の息子太一(町田政則)に託された財布をその祖母であるおかんに渡した。町の人は板鼻権造一
 家の暴力に悩んでいた。権造一家は市にいやがらせをした。市はやむを得ず居合の妙技を見せた。太
 一はそんな市に憧れた。市は宿場女郎のお蝶(小川真由美)にあんまを頼まれた。二人は心の触れあ
 うのを感じた。弥平爺さん(水原浩一)の上洲屋で、市は再び法師に会った。法師は太一がヤクザに
 憧れるのは市のせいだと批判した。権造一家が押しかけてきた時、市は抵抗しなかった。だが、一家
 が上洲屋の娘お露(小村雪子)をさらおうとするのに怒って居合で斬った。それを太一は見ていた。
 お蝶の亭主は黒部玄八郎だった。玄八郎はお蝶を身受けするため、権造(佐藤慶)に五十両で市を斬
 ると約束した。一家は上洲屋に乱入し、おかんを人質にした。権造は市に仕込杖を捨てるように迫っ
 たが、それを撥ね退け、子分どもを次々に斬った。だが、権造の作戦で八方から太鼓が乱打され、市
 は聴覚を封じられた。市は法師の、「仕込杖だけに頼ってはいけない」という言葉を思い出した。市
 の心の眼は澄みきった。そして必死に斬りまくり、最後に玄八郎と対決した。一瞬の後、玄八郎は倒
 れた。市は権造が町の人から無理に奪い取った金を取返し、お蝶の身受けの金も取った。そして隙を
 みて斬り込んだ権造を斬った。市はお蝶の家に五十両を届けて去った。

 他に、東三千(お春=お蝶の妹分)、伊達三郎(半次=権造一家の代貸)、堀北幸夫(虎松)、玉置一恵
(金兵衛)、藤川準(亀五郎)、西岡弘善(伝八)、石原須磨男(一膳飯屋の爺さん)などが出演している。
浜村純が琵琶法師の役を演じているが、宮本武蔵に対する沢庵和尚のように、市の精神面を鍛えている。浜
村純は、『狼』(監督:新藤兼人、近代映画協会、1955年)における「銀行強盗を敢行する保険外交員」、
『野火』(監督:市川崑、大映東京、1959年)における「狂気の将校」、『神々の深き欲望』(監督:今村
昌平、今村プロ、1968年)における「里徳里」、『祭りの準備』(監督:黒木和雄、綜映社=映画同人社=
ATG、1975年)における「沖茂義」など、とても印象的な人物を演じているが、この作品における琵琶法師役
もなかなかの名演技であった。脚本(高岩肇)も悪くないが、今回は中岡源権の照明がよかった。陰影の感
じが物語にマッチしていたからである。なお、この人は、晩年(2009年没)、名作『たそがれ清兵衛』(監
督:山田洋次、松竹、2002年)の照明も担当している由。

                                                  
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