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日日是労働セレクト69
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第69弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト69」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。こ


 某月某日

 DVDで邦画の『眠狂四郎女地獄』(監督:田中徳三、大映京都、1968年)を観た。シリーズ第10作目であ
る。田村高廣(成瀬辰馬)や伊藤雄之助(野々宮甚内)といった大物俳優を相手役に起用しながら、物語そ
のものの輪郭がはっきりとせず、あまり成功した作品とは言えない。さまざまな意匠(たとえば、毒蛇や仕
掛の多い邸など)も、マンネリズムの域に入ってきたようである。さて、物語であるが、例によって、<goo
映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  旅の途中、眠狂四郎(市川雷蔵)は何者かに襲われて息を引きとった密使の田所源次郎(五味龍太
 郎)から、緋鹿の子しぼりの手絡(てがら=日本髪を結う際に、髷に巻きつけるなどして飾る布のこ
 と)を受取った。そのため、狂四郎は佐伯藩の国家老堀采女正(小沢栄太郎)と、城代家老稲田外記
 (安部徹)の権力争いの渦中に巻き込まれていった。采女正派からは外記派の一人と信じられ、外記
 派からは密書を奪い去ったと誤解され、両派の刺客が狂四郎の身辺に現われはじめた。だが、狂四郎
 は、密書とは知らずに、手絡を角兵衛獅子のおちか(織田利枝子)に与えていたのだった。道中、狂
 四郎はひと目で女と分る男装の旅人〔実は、小夜姫〕(高田美和)に道連れになってほしいと頼まれ
 たが断った。その直後、狂四郎は惨殺死体となったおちかを発見した。手絡は奪われていなかったが、
 それには「姫国表に向う」という隠し文字が谷川の水で浮び出ていたのである。城下に着くまでに、
 狂四郎は外記派の刺客辰馬、金と出世が目的で采女正にやとわれた甚内らと剣を交えたり、色仕掛け
 で狂四郎の命を狙う女たちの手を逃れたり、危ない目にあった。一方、権力の後楯として小夜姫を狙
 う二派のうち、ついに外記は、男装姿の旅人に化けて国に現われた小夜姫を捕え、幽閉してしまった。
 しかし、二派の抗争は、その外記が甚内の剣に倒されたことにより決着がついた。やがて、采女正が
 佐伯藩の実権を半ば手中にして登城する途中、辰馬が采女正の駕籠を襲った。だが中から現われたの
 は、狂四郎である。狂四郎は、辰馬がおちかの兄で、采女正の妾腹の子であるのを知り、父を討たせ
 まいとしたのだ。だが、辰馬は母子を捨てた采女正に復讐しようとしていたのである。采女正はそん
 な辰馬を実子と知りながら、卑怯にも短銃で射ち殺した。辰馬に自分と同じ宿命の重さを見る狂四郎
 は怒り、得意の円月殺法で采女正とその一派を倒していった。

 他に、水谷良重(お園=采女正の刺客)、渚まゆみ(しのぶ)、三木本賀代(杉江)、しめぎしがこ(盲
目の女)、草薙幸二郎(関口=采女正の配下)、北城寿太郎(渡辺)、近藤宏(遠藤)、小瀬格(矢部)、
藤山浩二(甚内に斬られる浪人)、南部彰三(采女正の用人)、寺島雄作(刀屋)、浜田雄史(小林)、水
町由香里(隠居所の女)、丘夏子(角兵衛獅子の娘)などが出演している。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画の『座頭市あばれ凧』(監督:池広一夫、大映京都、1964年)を観た。今回は殺陣に凝ってい
て、とくに水中での居合斬りは初めてであろう。また、実在した侠客の竹居の安五郎が登場する。ただし、
「竹居」を「竹屋」と言い換えている。いわゆる「ども安」(吃音だったので、「どもりの安五郎」をもじ
ってそう呼ばれていた。なお、「どもり」は現在では遣わない方がよいとされる言葉であるが、歴史上存在
した言葉なのであえて用いる。もちろん、差別しているわけでないことは言うまでもない)で知られた甲州
の侠客で、黒駒勝蔵の兄貴分でもある。これは記憶頼みなのではっきりしないが、何かの作品(TV時代劇か)
で上田吉二郎がこの「ども安」を好演していたと思う。本作品では、遠藤辰雄が扮しており、これもなかな
かの熱演。こんな役をやらせたら、この遠藤辰雄、天下一品である。さて、物語であるが、例によって、
<goo 映画>の「あらすじ」を引用しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容されたし。

  甲州の宿場外れで功名心に燃えた旅のやくざ清六(江田島隆)によって鉄砲で射たれた座頭市(勝
 新太郎)は、彼を救い治療費までおいていった名も知らぬ恩人を追って鰍沢へと旅発った。鰍沢は富
 士川を挟んで、津向の文吉(香川良介)と竹屋の安五郎が対立していた。文吉は、今年も河原で花火
 をあげて近在の人々を喜ばせようと、江戸の花火師久兵衛(左卜全)を招き、姉娘のお国(久保菜穂
 子)を迎えにやったのだが、市を救ったのはこのお国であった。鰍沢についてこれを知った市は、お
 国に厚く礼を言い、自分はしがない按摩として文吉の家の厄介になった。「吃安」と仇名される安五
 郎は、妹お仙(毛利郁子)が代官の妻という立場を利用して、文吉の縄張りを狙い、ことあるごとに
 文吉に因縁をつけていた。だが、柔和な文吉は取り合わず、血気にはやる乾分をなだめていた。そん
 なところに清六が文吉の家に帰って来た。実は、清六は文吉の息子で、親姉妹にさんざんの迷惑をか
 けて出奔していたのだった、清六は市をみてびっくりした。彼は渡世人の中で名高い座頭市を討って、
 男をあげようとしたのだ。だが、盲目の市は清六と会っても己を射った人間だとは、知る由もなかっ
 た。この清六が、吃安の罠にかかって捕えられた。縄張りをよこすか、清六の命かというかけあいに、
 市は密かに吃安宅に侵入し無事清六を救出した。吃安は、風のごとく清六を擢っていった按摩が、兇
 状持で有名な座頭市と知って、代官所に座頭市召捕りの願いを出した。それを知った文吉は、市の身
 辺を慮って、事情を明かさずに早立ちさせた。邪魔者の市が去ったとみるや、吃安一家は文吉宅に殴
 り込みをかけた。不意討ちをうけた清六、文吉は手もなく倒された。だが、戦勝に酔う吃安宅に疾風
 のごとく現われたのは、怒りに身をふるわせた座頭市の姿であった。用心棒の柴山天玄(五味龍太郎)
 らをすでに斬っていた市にとって、ども安や彼の乾分を斬ることなど大根を斬るようなものだった。

 他に、渚まゆみ(お志津=お国の妹)、中村豊(文吉の乾分目吉)、杉田康(竹屋の代貸松次)、水原浩
一(片瀬の代貸紋十)、南条新太郎(文吉の乾分仙三)、三角八郎(川越人足権平)、玉置一恵(浪人添田
源造)、舟木洋一(文吉の乾分辰平)、浜田雄史(竹屋の乾分竹松)、越川一(竹屋の乾分平太)、近江輝
子(下働きの女お峰)、小林加奈枝(市の世話をする老婆)、沖時男(竹屋の乾分)などが出演している。
本作は第7作目だが、ますます市の居合斬りは冴え渡っている。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画の『日本侠客伝 雷門の決斗』(監督:マキノ雅弘、東映京都、1966年)を観た。東映の任侠シ
リーズとして11本作られたうちの第五作目の作品である。以前から、「TSUTAYAが置いてくれないかな」と
思っていたシリーズで、これからちょっとした楽しみである。第一作目である『日本侠客伝』(監督:マキ
ノ雅弘、東映京都、1964年)〔たぶん、筆者未見〕では、高倉健と中村錦之助〔萬屋錦之介〕が競演してい
るらしい。内田吐夢の『宮本武蔵』シリーズの、佐々木小次郎と宮本武蔵とはどう違うのか、その辺りが興
味深い。いずれにしても、当該作品は、シリーズ半ばの作品なので、典型的な仁侠映画に仕上がっている。
物語に関しては、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

  華やかなジンタの流れる浅草の興行街、三年前までは、やくざの聖天一家と観音一家が対立して事
 件の絶え間がなかったが、今は聖天一家の平松源之助(内田朝雄)が、堅気となって平松興行をおこ
 し、朝日座を中心に芝居を打っていた。ところが観音一家が人気のある朝日座乗っとりを図って、源
 之助に横槍を入れてきた。そんな時、船乗りになっている源之助の息子、信太郎(高倉健)が久方ぶ
 りで帰って来た。信太郎には、楽屋番をしながら源之助の蔭の力となっている老侠の中川喜三郎(島
 田正吾)の娘千代(藤純子)という恋人がいた。その夜賑やかな酒宴が開かれたが、どうしたことか
 源之助は観音一家に朝日座を明け渡して自殺してしまった。金に困った芸人の手助けをしているうち
 に、自分自身も借金で首が回らなくなったからである。信太郎は平松興行の二代目を継いだが、観音
 一家の妨害は露骨になり、やっと大正館が初日にこぎつけたのを、あっさりつぶされてしまった。い
 きりたつ信太郎は喜三郎にさとされ、当時日本一の浪曲師と言われた桜井梅芳(村田英雄)を動かす
 ことに成功した。しかし大正館は観音一家の横槍が入り喧嘩沙汰となって、一カ月の営業停止を言い
 渡された。さらに、信太郎は梅芳の所属する大浜興行から違約金三千円を請求され、平松興行の正一
 (待田京介)、弁吉(藤山寛美)、栄作(井上昭文)らとともに奔走するが駄目であった。こんな時、
 亡き源之助の客分だった小見山銀次(長門裕之)が、観音一家の噂を聞いて旅から戻ってきた。銀次
 は彼に惚れ抜いていた女剣戟一座の座長一条歌江(ロミ山田)にさりげなく別れを告げると、喜三郎
 とともに観音一家に殴り込みをかけた。銀次はほろ酔い加減の代貸青木(天津敏)を路上で倒したが、
 その場で警察に捕えられた。単独で観音一家に乗り込んだ喜三郎は、何人かの子分を倒したが、親分
 風間東五郎(水島道太郎) の拳銃に倒れた。それまでじっと耐えていた信太郎は、最後の挑戦と、
 「大震災復興三周年記念興行」を開いたが、またもや観音一家に邪魔され、最早これまでと、父親の
 形見の拳銃をふところに、弁吉と出かけるのだった。もっとも、実際に拳銃を使ったのは弁吉の方で、
 信太郎自身は得意の日本刀で観音一家の連中を斬りまくるのであった。

 他に、宮城千賀子(大正館の館主)、沢彰謙(紅興行の水野)などが出演している。内田朝雄が高倉健の
父親役を演じているが、「善人」役の彼に始めてお目にかかった。また、島田正吾が老けた侠客喜三郎を演
じているが、最近観た国定忠治役よりもはるかによかった。とくに、さりげなくドスを懐から取り出すシー
ンは抜群であった。老侠と言えば、『網走番外地』シリーズの「鬼寅」役の嵐寛寿郎が有名だが、小生とし
ては伊井友三郎の渋い侠客が大好きである。「島田正吾は、それに匹敵する」と書けば、「新国劇」の贔屓
筋からお叱りを受けるだろうか。また、高倉健は、『昭和残侠伝』シリーズよりずっと甘ったるい感じで、
相手役の藤純子も弱い娘そのものであるのがちょっと新鮮だった。さらに、村田英雄の浪曲(忠治ものや忠
臣蔵など)も、文句なしによかった。もし無事に引退することができたら、確実に「浪曲」は小生の趣味に
なると思う。実は、広沢虎造の「清水次郎長伝」を聞くのが念願のひとつだからである。村田英雄やそのラ
イヴァルの三波春夫も、当然の如くそのラインナップに加わるだろう。
 なお、これは蛇足であるが、劇中、「船頭小唄」が流れている。<ウィキペディア>によれば、1921年(大
正10年)1月30日に民謡「枯れすすき」として野口雨情が作詞、同年に中山晋平が作曲した、とある。1922年
(大正11年)に神田春盛堂から詩集「新作小唄」の中で、「枯れ芒」を改題し「船頭小唄」として掲載され
た。1923年(大正12年)、ヒコーキレコードから女優中山歌子によって初めて吹き込まれ、その他オリエン
トレコードから演歌師の鳥取春陽、田辺正行、木津豆千代、ニットーレコードで高橋銀声などが歌った曲と
の由。昭和二年生まれの小生の父親が好んで歌った楽曲なので、どこか懐かしかった。
      
                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『眠狂四郎無頼控・魔性の肌』、監督:池広一夫、大映
京都、1967年)である。珍しく、眠狂四郎(市川雷蔵)が丁半博打に加わるという一篇。その他、マンネリ  
を防ぐための工夫も豊富で、前回に引き続いて面白かった。例によって、物語は<goo 映画>のお世話になろ
う。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  混血の宿命を呪う眠狂四郎は暫くの間、矢場の女おえん(久保菜穂子)と暮していたが、ある日、
 闕所物奉行朝比名修理亮(金子信雄)のたっての願いで、その娘ちさ(鰐淵晴子)の貞操を代償に、
 将軍からある公卿に贈る黄金のマリア像を京都まで護送する仕事を引き受けた。その黄金像は、かつ
 てポルトガルから天草四郎に贈られたもので、島原の乱の残党黒指党が狙っているということだった。
 翌日、修理亮の妻園枝(木村俊恵)が自害し、自分宛の遺書でそのわけを知った狂四郎は、それを一
 人胸に収め、ちさと共に京都に向った。途中、黒指党が隙を見ては襲ってきたが、狂四郎の無想正宗
 に倒されていった。だが、狂四郎を狙うのは侍ばかりではなく、哀れみを誘って近づく武家女の志乃
 (長谷川待子)、岩風呂で狂四郎に色仕掛けで迫る野性の女(渚まゆみ)、いずれも黒指党の息のか
 かった者だった。その度に虎口を脱して京都に着いた狂四郎をおえんが待っていた。後を追ってきた
 のだ。しかし、狂四郎はおえんもまた、黒指党の者だと知った。狂四郎に惚れているおえんは手を下
 すことができず、そのため黒指党の領袖三枝右近(成田三樹夫)の悽惨なリンチにあって死んだ。一
 方、右近と修理亮が狂四郎とちさを待ち受けていた。修理亮は突然ちさを斬り、黄金像を奪った。唖
 然とした狂四郎はこの修理亮が本物の双児の弟である偽物と知っていたが、偽物の実の娘がちさだっ
 たのだ。修理亮と入れ代った弟に犯され自害した園枝は、娘時代にもこの弟に犯され修理亮の承諾を
 得てちさを生んだのだった。狂四郎は茫然としているこの男を斬った。そして、右近も決闘のすえ、
 円月殺法に敗れ去った。しかし、狂四郎は、ちさも右近も、それぞれ自分と同じような宿命をもって
 死んでいったことを、暗澹たる気持で思うのだった。

 他に、三木本賀代(お千代)、稲葉義男(巴屋太郎兵衛)、遠藤辰雄(釜屋)、五味龍太郎(大沼伊織)、
上野山功一(釜屋の子分の半次郎)、木村玄(半次郎にイカサマ賽を奪われる男)、伊達三郎(神戸七郎太)、
黒木現(川南弥太七)、平泉征(権藤巳之助)、毛利郁子(お駒)、小柳圭子(おちか)、香山恵子(尼僧)
などが出演している。淫祀邪教を嫌う狂四郎は、世間のしきたりや肉親のしがらみをも遠ざけている。もと
より「無頼の徒」を標榜する所以である。その鮮烈な生き方が彼の圧倒的な魅力の源泉である。もちろん、
剣の腕前やきりりとした美貌もそれに与っていることは言うまでもない。
 2本目は、『アイノカラダ』(監督:村上なほ、SPACE SHOWER PICTURES、2003年)である。六人の女優
に取材した物語を、そのまま六人の女優に演じさせている五つの物語。それぞれが微妙に絡み合って、若い
女性の揺れるこころが描かれている。物語の構造としては、『運命じゃない人』(監督:内田けんじ、PFF
パートナーズ=ぴあ=TBS=TOKYO FM=日活=IMAGICA、2004年)に似ている。別々の物語が、思わぬところ
でリンクしているからである。もっとも、こちらの方があとで製作された作品なので、影響関係があるとす
れば、後者が前者をなぞったことになる。また、内容としては、『ストロベリーショートケイクス』(監督:
矢崎仁司、ストロベリーショートケイクス・パートナーズ〔アップリンク=エス・エス・エム=コムストッ
ク=TOKYO FM〕、2006年)に似ている。登場人物が、夢と現実の狭間で煩悶しているからである。カメラマ
ン(菅野美寿紀)、不動産業に従事するOL(宮前希依)、女優(きいちめぐみ)、ダンサー(北川さおり)、
看護師(小野香織)、アスリート(佐藤美乃利)と、それぞれ仕事は異なるが、いずれも順風満帆とは言い
がたい状況である。かと言って、絶望的な状況とも言えず、中途半端な日常が重苦しい。その辺りを、女性
監督らしい肌理の細やかな演出で描出している。小品ながら、なかなかよい出来映えであると言えよう。他
に、成宮寛貴、光石研、戸田昌宏、田中哲司、春海四方、小市慢太郎、水橋研二、鷲尾いさ子、夏八木勲な
どが出演している。蛇足ながら、鷲尾いさ子をしばらくぶりに見た。仲村トオルと結婚してから、あまり芸
能活動をしていなかったのか。なお、物語については割愛する。興味のある人には、実際に観て欲しいから
である。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『陽はまた昇る』(監督:佐々部清、「陽はまた昇る」製作委員会〔東映=JVCピクチャーズ=
東映ビデオ=シチエ=加賀電子=日本出版販売〕、2002年)を観た。『釣りバカ日誌』シリーズで、「趣味
人間」のヒラリーマンであるハマちゃんを演じている西田敏行が、ハマちゃんとは真逆である「会社人間」
の事業部長を好演している。日本ビクターが開発した「VHS(Video Home System)」の誕生秘話が物語
の縦糸をなしている。横糸は、事業部長である加賀谷静男の人間性とそれを取り巻く人々との絆が描かれて
いる。「企業もの」にはあまり真剣にはコミットできないが、そこそこ面白く仕上がっている。無難に作っ
た感は否めないが、この手の物語にはこの作り方が手堅くてよいのだろう。個人的には、ソニーの「ベータ
マックス(Betamax)」がなぜVHSに負けたのか不思議だったが、史実はともかくとして、やはり松下電
器の力が大きく作用したのではないのか。その他、三菱電機や日立製作所などの実名も出て来る。21世紀に
入ってから、正統派の「企業もの」と言えば『燃ゆるとき』(監督:細野辰興、フューチャー・プラネット=
東映=角川映画=テレビ朝日=エムシーエフ・プランニング、2006年)しか思い出せず、案外描かれること
の少ない世界なのかもしれない。もっとも、NHKの「プロジェクトX」などのドキュメンタリー番組は人
気があるようである。物語や配役に関しては、<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に
感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞いたい。

  70年代前半、それまで右肩上がりだった日本経済が初めてマイナス成長に陥った。そんな中、家電
 メーカー業界8位の日本ビクター本社開発部門に勤める開発技師である加賀谷に、事業部長として赤
 字続きの非採算部門である横浜工場ビデオ事業部への異動と大幅な人員整理の厳命が下る。だが、人
 材こそ何よりの財産と考える加賀谷は、ひとりの解雇も出さないために極秘のプロジェクト・チーム
 を結成。本社に悟られぬようにしながら、家庭用VTR「VHS」の開発に着手する。ところが数年後、
 家電メイカーの雄であるソニーがベータマックスを発表。足踏み状態の続くビデオ事業部は崖っぷち
 に立たされるが、それでも彼らはVHSに夢と希望を託し開発を続けた。そして、遂にベーターマッ
 クスを超える録画が可能な試作機が完成する。しかし、その時既にベータマックスは国内規格として
 採用されようとしていた。このままでは、自分たちの努力が水泡に帰してしまう。そこで加賀谷は大
 阪へ向かい、親会社である松下電器相談役の松下幸之助(仲代達矢)にVHS方式の採用を直訴。果
 たして、加賀谷の願いは聞き入れられ、その結果、ひとりの解雇者も出さずにVHS方式のプレイヤ
 ーの販売にこぎ着けることに成功するのだった。その後、加賀谷は脳梗塞で倒れた妻の圭子(真野響
 子)の世話のために、定年を前に退職を決めた。最後に彼が工場を訪れた時、従業員たちはVHSの
 人文字で彼を送った。

 他に、渡辺謙(大久保修=事業部次長)、緒形直人(江口涼平=システム開発課員、後に松下電器に移
籍)、夏八木勲(武田壮吉=日本ビクター社長)、井川比佐志(門脇光蔵=門脇工業社長)、石橋蓮司(金
沢紀之=日本ビクター副社長)、倍賞美津子(村上雅恵=居酒屋「きのや」の女将)、江守徹(寺山彰=ソ
ニー社長)、篠原涼子(柏木夏佳=ソニー研究員、江口の恋人)、中村育二(平井友輝=ビデオ開発課長)、
田山涼成(服部一義=システム開発課員)、蟹江一平(新田泰介=ビデオ開発課員)、樹音(加賀谷猛=加
賀谷夫婦の長男)、國村隼(小出収美=通産省電子機器課長)、津嘉山正種(渡会信一=日本ビクター専務)、
新克利(宮下茂夫)、石丸謙二郎(大野久志)、上田耕一(協力工場の社長)、石田法嗣(加賀谷勇次=加
賀谷夫婦の次男)が出演している。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画の『三萬両五十三次』(監督:木村恵吾、大映京都、1952年)を観た。いわゆる「道中もの」
といわれるジャンルの映画であり、時代劇らしい時代劇と言えよう。もちろん斬り合いもあるが、どちらか
と言えば喜劇の要素もある。大河内傳次郎が、飄々とした浪人馬場蔵人を演じている。どうやら、過去に、
同じ大河内傳次郎の主演で製作されたことがあるらしいので、リメイク作品でもある。瓢箪のエピソードも、
志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」を連想させた。原作は『銭形平次捕物控』で名を馳せた野村胡堂である。さて、
物語であるが、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

  黒船の相つぐ渡来に、国をあげて閉国か開港かの議論でわきかえっていたとき、堀田備中守(澤村
 國太郎)は、強行に開港を主張し、反対派たる京都の公家たちを懐柔する資金三万両の黄金を京都へ
 送ることになった。その大任が、人々の予想に反し、一介の浪人馬場蔵人に与えられ、蔵人は、京都
 の寺へ寄進する十六菩薩だと称する十六個の荷物を八頭の馬に積んで京都への旅に出発した。それと
 同時に、日本橋から京都へ向う花嫁行列が、江戸切っての目明かし、雁金の長兵衛(葉山富之輔)に
 守護されて出発した。三万両をねらう反幕派の浪士たち、欲にからんだ怪盗牛若小僧(加東大介)と
 女賊のお蓮(轟夕起子)の一味、大任を蔵人にさらわれた上、想いをかけた家老の娘小百合(折原啓
 子)の心まで蔵人に奪われた恨みを抱く山際三左衛門(河津清三郎)、蔵人の身を案じた小百合まで
 が、そのあとを追って同じ五十三次の旅へと続いた。こうして蔵人の行列は幾度か襲われ、その度に
 蔵人の奇策とあざやかな剣さばきとが危機をきり抜け、三左衛門のため追いつめられた小百合の危険
 をも救った。京都へ目と鼻の瀬田の唐橋では、京都からの反幕派の浪士も加わり、牛若小僧もこれに
 便乗、前後からのはさみうちで、堀田家の一行も危ないかに見えたが、これも蔵人の機智と剣とで見
 事に切り抜け、一行は無事京都へ到着したのだった。いつしか蔵人の人柄にひきつけられていたお蓮
 も、大任を果たして江戸へ引きかえす蔵人のあとを追う小百合の姿を、あきらめの瞳で見送るのだっ
 た。

 他に、菅井一郎(松居要三)、香川良介(植松求馬=家老)、寺島貢(南郷小彌太)、上田寛(三吉=牛
若小僧の弟分)、杉山昌三九(矢柄城之介)、南部彰三(相川惣八)、潮万太郎(三島の宿の亭主源兵衛)、
原聖四郎(大友兼松)、光岡龍三郎(水野二郎)などが出演している。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『座頭市千両首』(監督:池広一夫、大映京都、1964年)を観た。シリーズ第6作目である。
歴史上に実在した国定忠治を絡めた物語だが、あまり巧く連結していない。忠治と言えば、シリーズ第4作
目の『座頭市兇状旅』(監督:田中徳三、大映京都、1963年)にも登場し、名和宏が演じている。今回は新
国劇の大御所である島田正吾がその役を担ったが、さすがに古臭さでは負けていなかった。颯爽とした名和
の忠治よりも、年季が入っていると言えよう。さて、物語であるが、<ウィキペディア>の「あらすじ」から
引用しよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  三年前、心ならずも斬った吉蔵という男の墓参りに、座頭市(勝新太郎)は上州板倉村へとやって
 きた。祝いの真っ最中だった村人に聞くと、三年続きの凶作からやっとのことで捻出した上納金の千
 両が工面できたと言う。市も村人と共に宴に参加させてもらった。翌朝、上納金を護送する農民たち
 が峠に差し掛かった時、三人の浪人とやくざ者たちが前後から襲ってきた。乱闘の中、上納金の入っ
 た千両箱は崖を転げ落ち、たまたま通りかかった市が千両箱とは知らずに腰掛ける。崖を下ってきた
 やくざ者たちは市を襲うがすぐさま斬られ、何人かは逃げていった。事情を知らぬ市が去った後、千
 両箱は浪人たちが持ち去った。
  村に逃げ帰った農民たちは、襲ってきたやくざ者から国定忠治一家の仕業と疑い、市もその仲間と
 決め付け戻ってきた市を激しく詰った。忠治の無実を信じる市は農民たちを何とか説得し、忠治の籠
 る赤城山へと一人向かう。あちこちに張り巡らされた鳴子を避けて市がたどり着いた忠治一家はすで
 に追い詰められており、忠治自身も憔悴しきっている。農民たちを襲ったやくざ者はやはり忠治の子
 分であったが、忠治はあずかり知らぬ事であり子分たちが忠治の窮地を慮っての勝手の行動であった
 ことも分かった。しかしながら千両箱は持ち去っていないと泣きながら白状する子分たちを、忠治は
 縁を切ることで市に詫びる。捕吏の迫る赤城山から逃れることを決めた忠治一家から、少年である勘
 太郎を預かった市は、忠治と別れの水盃を交わし囮となって山を下った。勘太郎を預けるため伊勢崎
 の安右衛門のもとを訪れた市は、忠治を捕らえようとしていた役人の手先となっている百々村のやく
 ざの紋次(天王寺虎之助)の存在を知る。やくざ者でありながら十手を預かるという二束の草鞋を履
 く行為を嫌う市は紋次の賭場へと向かった。
  紋次の賭場で荒稼ぎする市の前に凄腕の浪人である仙場十四郎(城健三朗〔若山富三郎〕)が現れ、
 居合い斬りの勝負を挑んできた。宙に投げられた一文銭を斬る神業で勝負に勝った市は客人として迎
 えられる。紋次に雇われている二人の浪人は十四郎ばかりが厚遇を受けていることに不満を募らせて
 いたが、その愚痴を聞いていた市に全てを吐かされた。上納金強奪は代官の松井軍太夫(植村謙二郎)
 の指図であったことを知った市は翌朝代官所を訪れたが、十四郎によってその場は引き取らざるを得
 なかった。
  板倉村へ戻った市は、更なる上納金を納めるよう強要された農民たちを代表し強訴に及んだ庄屋の
 清右衛門(林寛)らが明朝処刑されることを聞く。翌未明、囚人籠に乗せられ護送される清右衛門を
 救い出した市はそのまま代官所へと向かう。代官所では代官の松井と紋次、十四郎が仲間割れをおこ
 し、紋次は代官に殺され代官は市に斬られた。奪われた千両箱を村へ持ち帰ろうとする市を呼び止め
 た十四郎は、金には興味はなくただ市を斬りたいだけと告げ勝負を約束して市を逃がした。取り返さ
 れた庄屋と千両箱に農民たちが沸き返る中、一人市は十四郎との勝負に向かう。

 他に、坪内ミキ子(馬子のお千代)、長谷川待子(お吟)、石黒達也(日光円蔵=忠治の一の子分)、北
条寿太郎(榛名の佐吉)、丹羽又三郎(板割の浅太郎)、片岡彦三郎(百姓の岩次郎)、伊達三郎(十四郎
の仲間の浪人岩瀬)などが出演している。最後の決戦で、実の兄弟同士が息の合った斬り合いを見せる。馬
を絡ませたシーンなので、西部劇を連想させた。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『疑惑』(監督:野村芳太郎、松竹=霧プロ、1982年)を観た。原作の松本清張と名コンビ
である野村芳太郎監督がものした一連の犯罪映画の一つ。同時に、二人のタイプの違う(自我が強いという
意味で)エゴイストである女性を描いている。ひとりは、鬼塚〔白河〕球磨子(桃井かおり)、男を食って
生きてきたしたたかな女。もうひとりは、佐原律子(岩下志麻)、辣腕弁護士であるが、どこか冷たい女。
その対決が見ものでもある。さて、物語であるが、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感
謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。
 
  富山県新港湾埠頭で車が海中に転落、乗っていた地元の富豪白河福太郎(仲谷昇)は死亡したが、
 後妻の球磨子はかすり傷ひとつ負わなかった。しかも、球磨子は過去に情夫の豊崎勝雄(鹿賀丈史)
 と共謀して数々の犯罪を起こしていたことが判明。彼女は夫に三億円を上回る保険金をかけており、
 この事故も、泳げない福太郎を殺すための擬装ではないかと誰もが疑った。北陸日報の秋谷記者(柄
 本明)が積極的に報道を始めた。物的証拠がないまま球磨子は逮捕された。強気の球磨子は弁護士の
 原山正雄(松村達雄)を通じて、東京の花形弁護士、岡村謙孝(丹波哲郎)に弁護を依頼するが、彼
 女が不利な立場ゆえに拒否され、原山も健康を理由に辞退。そして、女弁護士の佐原律子が国選弁護
 人として選ばれた。球磨子は同性でありながら自分とは違いすぎる立場にいる律子に反感を待った。
 律子も同じ気持だったが、ふとした偶然の事故から福太郎が自殺を企みようとしたことをつきとめた。
 球磨子は無罪となるが保険金は手に入らなかった。律子は真実をつきとめたが、球磨子を赦すことは
 出来なかった。

 他に、小沢栄太郎(北陸大学医学部教授安西鑑定人)、北林谷栄(福太郎の母はる江)、森田健作(目撃
証人の藤原好郎)、小林稔侍(検事)、小林昭二(警察幹部)、内藤武敏(矢沢正雄裁判長)、山田五十鈴
(堀内とき枝=クラブのママ)、三木のり平(福太郎の釣り仲間である木下保)、伊藤孝夫(律子の元夫の
片岡哲郎)、真野響子(咲江=片岡の現在の妻)、名古屋章(白河酒造の岩崎専務)、河原崎次郎(刑事)、
梅野泰靖(警察幹部)などが出演している。毒婦球磨子を桃井かおりが好演しているが、小生としては、鹿
賀丈史のチンピラぶりがグッと来た。このコンビは、まさに「破鍋に綴蓋」だと思った。岩下志麻もなかな
かの貫禄だった。この貫禄は、「極妻」シリーズへとつながってゆくのである。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『眠狂四郎無頼剣』(監督:三隅研次、大映京都、1966年)を観た。シリーズ第8作目であ
る。大御所である伊藤大輔の脚本に加えて、三隅監督の演出もさえ、今までの作品の中で一番締りがあった。
さらに、『座頭市物語』(監督:三隅研次、大映京都、1962年)で好演した天知茂(愛染)の起用が決定打
になっていると思う。何よりも、場面場面に無駄がなく、話の辻褄もきっちり合っていること、全体にスピ
ーディな展開で、切れ味がいいこと、これに尽きる。畳のからくりも面白く、本シリーズ3度目登板の藤村
志保(勝美太夫)の角兵衛獅子も新鮮でよかった。眠狂四郎(市川雷蔵)の小気味よさも絶好調であり、決
め台詞の「おふくろ様と同じ女性(にょしょう)に理不尽を働く輩は、理非曲直は問わんぞ」も、現代の脚
本家ではなかなか書けない台詞ではないだろうか。物語は、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執
筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  眠狂四郎は武部仙十郎(永田靖)から、大塩中斎の残党が不穏な動きを企てていると聞かされた。
 江戸一番の油問屋弥彦屋と一文字屋が押込み強盗にあい、町辻では角兵衛獅子兄妹、女芸人勝美太夫
 なるものが現われ、不思議な火焔芸を披露しているが、これは大塩一味と関係があるという仙十郎の
 狙いだった。というのは、越後の地下水から油精製(石油)を研究した大塩中斎・格之助父子が、そ
 の権利を一万両でゆずり貧民救済資金にしようと計画したが、義挙は商人の裏切りによって挫折し、
 大塩父子が処刑されていたからだ。その帰途、狂四郎は弥彦屋お抱えの用心棒である日下部玄心(遠
 藤辰雄)の一党に襲われた勝美を救った。勝美は狂四郎の顔を見て驚いた。狂四郎と格之助が似てい
 たためであった。勝美の口から、一文字屋と弥彦屋を襲ったのは愛染と名乗る浪人一味で、中斎の恨
 みを晴らさんため、老中水野忠邦をも狙っており、しかも、格之助から油精製の図録を盗んだのは、
 一文字屋巳之吉(上野山功一)に命じられた勝美であり、商人たちは図録を盗んでおいて大塩を幕府
 に売ったのだ。勝美はその後で自分の罪の深さを知って、巳之吉に恨みを返さんため動いていると聞
 かされた。勝美を銀杏長屋に送った狂四郎は、そこで愛染一味に襲われた。愛染一味は図録を盗んだ
 勝美を殺そうと狙っていたのだ。愛染と対決した狂四郎は驚いた。愛染は狂四郎と全く同じ円月殺法
 を遣ったからだ。それは狂四郎を鏡に写したごとく正確で、勝負は持ちこされた。亥の子祝いの日、
 愛染一味は弥彦屋と一文字屋を焼き払い、忠邦を襲った。そこには狂四郎が待ちうけていた。愛染と
 狂四郎の一騎打ち。同じ円月がゆっくり廻っていった。静かに倒れふしたのは愛染の方であった。

 他に、工藤堅太郎(小鉄)、島田竜三(伊佐)、香川良介(弥彦屋彦右衛門)、酒井修(志麻)、水原浩
一(多兵)、高杉玄(膳所)、山本一郎(室)、南條新太郎(久三)、原聖四郎(同心天城)、橘公子(弥
彦の女房のお菅)、三木本賀代(同じく娘のお曽代)などが出演している。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『愛と死をみつめて』(監督:斎藤武市、日活、1964年)を観た。公開当時から知ってはい
たが、鑑賞するのは始めてである。つまり、その間47年が経過していることになる。小生は、基本的に「闘
病もの」は避けて通りたい方で、こんな悲しい物語は敬遠したい気分なのだが、たまたま手に取って観る気
になった。主演の吉永小百合(小島道子)も人気がありすぎて、その点で引っかかる女優なのだが、この作
品の彼女は撥ね返ったところが少なく、ずいぶんと健気に見えた。真正のサユリストはどう評価しているの
だろうか。当時、「まこ/甘えてばかりで/ごめんね/みこはとっても/幸せなの/はかないいのちと/し
った日に/意地悪いって/泣いたとき/泪をふいて/くれた/まこ」という歌詞が印象深い『愛と死をみつ
めて』(作詞:大矢弘子、作曲:土田啓四郎、唄:青山和子、1964年)も大ヒットしたことが記憶に鮮明で
ある。劇中、他に、『寒い朝』(作詞:佐伯孝夫、作作・編曲:吉田正、唄:吉永小百合/和田弘とマヒナ
スターズ、1962年)、『川は流れる』(作詞:横井弘、作曲:桜田誠一、唄:中宗根美樹、1961年)なども
歌われている。また、『禁じられた遊び(Jeux interdits)』(監督:ルネ・クレマン、仏国、1952年)の
主題歌である「禁じられた遊び」(スペイン民謡)を主演の浜田光夫がギターで弾いている。小生は、以下
の歌詞(飯塚広:作詞、佐藤愛:編曲)で馴染の楽曲である。子どもの頃、よく歌ったものである。

 空は青く黙っている/雲は遠く流れていく
 行方知れぬ/波のままにさすらう乙女
 水車小屋の暗い影で/二人だけの十字架立て
 よろこびにふるえている/幼き心
 やさしかった名をば呼びて
 追えどむなし/霧のおもかげ
 ひきさかれし/愛の歌を/だれか歌わん

 さて、原作は、大学生の河野実(マコ、1941年8月8日 - )と、軟骨肉腫に冒され21年の生涯を閉じた大
島みち子(ミコ、1942年2月3日 - 1963年8月7日)との、3年間に及ぶ文通を書籍化(題名、同じ)したもの
である。1963年に出版され、160万部を売り上げる大ヒットを記録。関連本として、大島著の『若きいのち
の日記』や河野著の『佐智子の播州平野』も出版された。『世界の中心で、愛をさけぶ』や『いま、会いに
ゆきます』等の純愛小説の先駆けだったといえる。ラジオドラマ・テレビドラマ・レコード・映画化された
(ウィキペディアより)。さて、物語であるが、例によって、<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝
したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  高野誠(浜田光夫)が小島道子に会ったのは、誠が浪人中、阪大病院に入院したときであった。知
 的な美しい瞳と、清純な顔は、その日から誠の心の中に好感をもってむかえられた。一見健康そうに
 みえた道子は、誠が東京の大学に入って二年目に再会したときも、病院生活を送っていた。二人の文
 通は続けられた。入院生活を続ける道子の不安は、誠の手紙によって力づけられていた。高校をどう
 にか卒業した道子は、希望の大学に入学したが、軟骨肉腫の再発で四度目の入院をした。アルバイト
 で大阪に来た誠は、病院を訪れては、信州の山々の美しさや、野球の話に楽しい時間を過した。道子
 も、不安を抱きながらも、強いて明朗にふるまっていた。九月になって、誠は東京に帰ったが、道子
 は主治医(内藤武敏)のすすめで大学を退学すると、本格的な闘病生活に入った。日本には、まだデ
 ータの少ない不治の病と聞かされた道子は、誠に別れの手紙を出すと、淋しく、病室に横たわった。
 手紙を受け取った誠は、病院にかけつけるとくじける道子の気持を責めた。道子も誠の誠実な愛情に
 号泣するのだった。一方、主治医は、道子の生命を守るために、道子の顔半分がつぶれるという、大
 手術が必要だと言った。話を聞いた道子の動揺は激しかった。だが誠の愛情の大きさに、ついに道子
 は決意をきめて、手術を受けた。元気になって社会奉仕をしたい、道子の願いは、病床の中で強く燃
 えあがった。大手術のあと、容態は順調であった。道子の顔は左半分、白いガーゼで覆われたが、日
 増しに明るくなっていった。だがある日、道子は健康な右半分に、骨が出て来たのに気づき、愕然と
 した。「私がいま一番ほしいもの/それは密室/その中で/声の続く限り/泣いてみたい」という道
 子の思いは、不治の病を抱えた者に共通の思いだろう。再び、手術を試みたが、失敗に終わった。誠
 の誕生日である8月8日の前日、道子は帰らぬ人となったのである。

 他に、笠智衆(小島正次=道子の父)、原恵子(道子の母)、宇野重吉(中山仙十郎)、北林谷栄(吉川
ハナ)、ミヤコ蝶々(佐竹トシ)、笠置シヅ子(中井スマ)、杉山元(大久保=誠の友人)、木下雅弘(黒
木=同)、初井言栄(道子に難癖をつける女性)、山田禅二(入院患者の一人)、紀原土耕(寮の賄いのお
じさん)、河上信夫(病院の用務員)、鏑木はるな(中年の看護婦〔現 看護師〕)などが出演している。

 道子のものと思われる短歌が映し出される。

 白壁に/手術の様子/ききたれど/霧にかすんで/答え遠くに
 実験に/飼いおかれし/犬の声/病舎にひびきて/夜寒身にしむ

 また、ラ・ロシュフコー公爵(La Rochefoucauld, 1613-1680)の『箴言(Maximes)』から採ったと思わ
れる、

 じっと見つめておれぬものが二つある/太陽と/死と

 が予告篇の画面を飾っている。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『破れ太鼓』(監督:木下恵介、松竹京都、1949年)で
ある。叩き上げの土方(現在では土木作業員と表現されるが、時代性を考慮して、あえて使わせていただく。
もちろん、差別とは無関係なので、ご諒察いただきたい)が出世して、いまでは建設会社の社長である。子
どもも六人おり、その意味で順風満帆なのだが、そのワンマンぶりが周囲の非難を呼んでいる。最初に反旗
を翻したのは女中(この言葉も、上の「土方」と同然)のうめ(賀原夏子)である。朝の4時から用事を言
いつけられ、夜は12時過ぎまで仕事に追いまくられる。20時間労働じゃもたない、というわけである。「女
工哀史」顔負けの苛烈な労働条件であり、さすがにひどいと言わざるを得ない。邸を立ち去る際に出くわし
た洗濯屋のご用聞き(青山宏)との遣り取りが少し面白かった。うめの「私がいなくなれば、あんたに砂糖
を舐めさせてやれないし、おにぎりをやることもできないわよ」という台詞に注目しよう。おにぎりはとも
かく、砂糖がまだ貴重品だったことが伺われる。このことは、「サッカリンではなく、本物の砂糖が入った
紅茶」が登場するエピソードでも裏打ちされている。前年に製作された『酔いどれ天使』(監督:黒澤明、
東宝、1948年)でも、鶏卵や砂糖が貴重品である話が織り込まれていたと思う。さて、物語であるが、例に
よって、<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご寛恕を乞う。

  津田家の主人軍平(阪東妻三郎)は土建屋で、過去は腕と度胸で危い橋をわたってきた男で、無教
 育で傲慢で、そして暴君であった。家族に対してもおれのお蔭でみんなしあわせに暮せるんだと思っ
 ているから、妻の邦子(村瀬幸子)や六人の子どもたちは、皆みんな自分に感謝し尊敬していると思
 っている。だが、父の会社につとめている長男太郎(森雅之)は叔母素子(沢村貞子)と共同でオル
 ゴール製造会社をやろうとし、音楽家志望の二男平二(木下忠司)は親父を風刺した「破れ太鼓」と
 いう歌をつくって弟妹にきかせてる。三男又三郎(大泉滉)は医学生、四男四郎(大塚正義)は中学
 生、長女秋子(小林トシ子)は父の会社の出資主の息子花田輝夫(永田光男)のもとに嫁にいけとい
 われていて、相手に愛情もないのに交際していたが、ふとしたことから青年画家野中茂樹(宇野重吉)
 と愛し合うようになる。次女の春子(桂木洋子)は女学生。シュークスピア原作の演劇に凝っている。
 兄妹皆仲よく母を慕って楽しい家庭なのだが、軍平が帰ってくるとその団欒はこわれ、軍平の圧力の
 前に屈して去勢されたようになってしまうのだ。この二つの雰囲気はとうとう爆発するときがきた。
 太郎がオルゴール会社のことを父に説き、反対された上に殴られた。それを受けて、太郎は家を出て
 叔母素子のもとに走った。秋子は昨日までの秋子でなかった。恋に生きる強い女になっていた。輝夫
 との婚約のことでついに父の逆鱗に触れ、決然として家を出た。秋子をなぐる軍平に、今まで絶対服
 従だった妻邦子まで、今や軍平の前に立ちふさがり彼女もまた良人のもとを離れて家を出るに至る。
 そのころ軍平の会社は金づまりと、秋子と輝夫のことで資本主は手を引き、ついに暗礁にのりあげた。
 昨日と比べて激変した状況の中で、失意の軍平は今こそ孤独の自分を知り人生の悲哀を感じたのだ。
 叔母素子のもとでオルゴール製造に当って楽しい勤労を実践中の太郎や母邦子、秋子たちももともと
 自分たちの良人であり父である軍平を心から憎んでいるわけではなかった。皆は心よく失意の軍平を
 自分たちの温い雰囲気の中へ迎え入れてやるのだった。

 他に、村上記代(女中つわ)、滝沢修(茂樹の父直樹)、東山千栄子(茂樹の母伸子)、小沢栄〔栄太郎〕
(経理部長の木村)、桑原澄江(女中きみ)、中田耕二(洋服屋)、大川温子(女性事務員)、玉島愛造
(火見櫓の番人)、山崎敏夫(リーゼントの社員)などが出演している。それにしても、宇野重吉の父親役
を民藝の僚友である滝沢修が演じているところが面白かった。ブローニュの森で知り合ったという野中夫婦
の熱々ぶりも、とてもシュールだった。なお、この軍平氏の大好物はカレーライスであり、15銭のカレーラ
イスを食べたいがゆえに頑張ったというエピソードは、「立志伝」の売りとして典型的だと思った。その他、
虫下しの話、芋ばかり食っている話、田園調布駅の田舎ぶりなどが、目を惹いたことを記しておこう。最後
に、次男の平二がもらした台詞を書き留めておこう。「人間、一番惨めなときは、誰も愛せなくなったとき。
お父さんは六人も子どもがおられるのだから、一日一人ずつ愛しても、土曜日までかかる。日曜日には、お
母さんと二人で、人生をしみじみと振り返ったらどうか」……さりげないが、当を得た発言であった。
 2本目は、『釣りバカ日誌20 ファイナル』(監督:朝原雄三、松竹、2009年)である。相変わらず、山
田洋次の強い影響下にある家族譚でまとめており、それなりに面白いが、古い道徳観には心底うんざりする。
だいいち、二十歳を過ぎた男女が、どんな恋愛をしようと、それが本人の責任の下になされるものならば、
親などはまったく関係ないと思うがいかがなものか。前作でもそうだったが、結婚式も相変わらず「○○家」
同士の結びつきで、小生としては反吐が出る思いだ。この映画の監督は朝原雄三だが、脚本に山田洋次が加
わっているので、余計にそう感じるのかもしれない。なお、山田洋次が『男はつらいよ』シリーズを終えた
後、時代劇に手を染め始めたのは、さすがに彼の思想が現代とは合わなくなったからではないか、と睨んで
いる。もっとも、山田洋次の家族観が嫌いなわけではない。これは、企業観にも言えることである。最後に、
スーさん〔鈴木一之助〕(三國連太郎)に、「会社は社員のものだ」と言わせているが、こんな青臭い左翼
丸出しの口上を述べる創業者など誰一人としていないだろう。いつも鼻に付く演出である。さらに、北海道
における幻の淡水魚「イトウ」のエピソードも、環境オタクが騒ぐネタで、偽善の匂いがプンプンする。前
作でハマちゃん(西田敏行)が胃カメラを飲んでウンウン唸るシーンがあるが、いつも魚たちを酷い目にあ
わせているのだから、当然の報いだと思う。そういった点で、原作を含めてこのシリーズは、「反面教師」
にもなり得ると思った。つまり、<善人の悪行>を厭というほど見せてくれるシリーズである。しかし、それ
も終わってしまった。一つ言えることは、それでも悪人よりは善人の方がまし、という結論か。さて、物語
に関してであるが、これも<goo 映画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご
寛恕を乞いたい。

  リストラに倒産、不況の波は一流のゼネコンである鈴木建設にも押し寄せていた。近年の業績悪化
 の中で、スーさんこと鈴木一之助(三國連太郎)は会長としての責任を感じ、業績が回復するまで無
 期限で給料を全額返還すると申し出て、堀田社長(鶴田忍)や秋山専務(加藤武)ら役員たちを驚か
 せる。その噂は社内外に広まり大騒ぎ。常にマイペースの万年ヒラ社員であるハマちゃんこと浜崎伝
 助(西田敏行)も、妻のみち子(浅田美代子)からはっぱをかけられ、スーさんのために人肌脱ごう
 と奮起、得意の釣り人脈から思いがけない大型受注に見事成功する。ハマちゃんは会長賞を貰い、ス
 ーさんいきつけの小料理屋に招待される。そこの女将の沢村葉子(松坂慶子)は、スーさんの亡き親
 友の娘だという。会社の経営状況や自身の老後、財産分与問題など、悩み多きスーさんにとって、優
 しく労わってくれる葉子やその娘の裕美(吹石一恵)が、実の娘や孫以上に可愛く思えるのだった。
 そんな中、会長賞のご褒美“釣り休暇”によって堂々と会社を休めることになったハマちゃんは、ス
 ーさんと共に久々に釣り旅行に出かける。行き先は、裕美が獣医として働く北海道。道東の雄大な自
 然の中、久しぶりの渓流釣りを楽しむハマちゃんとスーさんだったが、旅館に戻ると、葉子から思い
 がけない相談を持ちかけられる。見知らぬ土地でひとり頑張っているとばかり思っていた裕美が、牧
 場の跡取り息子である久保俊介(塚本高史)と同棲しており、しかも突然結婚したいと申し出たとい
 うのだ。スーさんは混乱する葉子をなだめ、ハマちゃんに両家の仲介を頼む。翌朝、スーさんは葉子
 を伴い、亡き親友である沢村の墓参りに向かうが、それは北海道旅行のもうひとつの目的でもあった。
 経営者として、家庭人として人生の分岐点に立つスーさんは、亡き親友の墓前で、今までの自分の人
 生、そしてこれからに思いを馳せるのだった……。

 他に、笹野高史(前原元社長付運転手。今では個人タクシーの運転手)、奈良岡朋子(鈴木久江)、持丸
加賀(鯉太郎)、小野武彦(原口取締役)、中村梅雀(草森秘書課長)、中本賢(太田八郎)、益岡徹(舟
木営業三課課長)、岸部一徳(イマムラトレーディングスの原常務)、六平直政(旅館藤やの岩田益男)、
高畑淳子(紀子=スーさんの娘)、かとうかず子(恵=同)、平田満(俊介の父親克臣)、角替和枝(俊介
の母親弘恵)、谷啓(佐々木次長)などが出演している。

                                                 
 某月某日

 DVDで2本の邦画を観たのでご報告。1本目は、『眠狂四郎多情剣』(監督:井上昭、大映京都、1966年)
である。シリーズ、第7作目である。『眠狂四郎女妖剣』(監督:池広一夫、大映京都、1964年)で登場し
た菊姫(毛利郁子)が、再び眠狂四郎(市川雷蔵)に絡む。前回でも菊姫の配下である武部光源役を演じて
いた中谷一郎が、今回は下曽我典馬という別人の役で出演している。そうそう見栄えのする俳優はいないの
で、仕方のない配役か。物語は破綻がありすぎるし、編集もいい加減なので、あまり買える作品とは言えな
い。例によって、<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変
したが、ご寛恕を乞う。

  眠狂四郎は、ある日“菊"とだけ署名のある書状に呼ばれて、江戸の岡場所“井筒"という娼家へや
 って来た。そこで狂四郎はたまたま、はるという少女(田村寿子)の水揚げに出喰わした。はるは何
 故か恐怖と憎悪の眼で狂四郎を見た。その時、突然狂四郎は、下曽我典馬を始めとする、武州疾風組
 の一隊に襲われた。狂四郎は、冴えわたった剣さばきで、それらの敵をなぎ倒すと、その内の一人を
 つかまえ、敵の正体を証した。はたして、彼らをあやつる首領は、将軍家息女菊姫であった。狂四郎
 の脳裏に数年前の菊姫との出会いが甦えった。……淫虐な遊びに明け暮れ、遊びあきた男どもを次々
 と殺していた能面をつけた菊姫。狂四郎はその能面をひきさき、その下にかくされた、菊姫の醜貌を
 世間にさらしたのだ……。“井筒" での突然の襲撃は、その復讐の前ぶれであった。狂四郎は、難を
 のがれると、何かいわくありそうな少女はるを引きとり、住いの浄関寺へ連れもどった。はるは、父
 親を侍に殺されたため、侍すべてを憎むようになっていたのだ。狂四郎は、そんなはるの気持が不憫
 でならなかった。が、そんなうちにも菊姫の魔の手はのび、馬庭念流指南赤松勘兵衛(五味龍太郎)
 の妻志乃を殺し、その罪を狂四郎に着せた。狂四郎は仕方なく、菊姫におどらされて彼を襲ってきた
 勘兵衛を斬ってすてた。その間も、狂四郎の命を狙って、菊姫の息のかかったお酒落狂女(香山恵子)
 や、伝法な女おひさ(水谷良重)が、手をかえ品をかえ罠をはっていた。そして狂四郎が一筋縄では
 命を奪えぬとみるや、ついに狂四郎のもとに一緒に住むはるを奪い、狂四郎を菊姫屋敷におびき入れ、
 総攻撃をかけた。が、狂四郎の円月殺法は、そんな菊姫の執念を断ち切るかのように冴え、ついに菊
 姫が頼りとする、典馬をも斬った。今やこれまでと観念した菊姫は、狂四郎の剣をまたずに、自害し
 果てた。狂四郎は、はるを連れて風の鳴る武蔵野を後にした。

 他に、戸田皓久(檜喜平太)、水原浩一(岡っ引平八)、寺島雄作(居酒屋甚助)、木村玄(井筒屋の地
廻り)、藤春保(忍組十三番)、橘公子(中臈)、若杉曜子(娼家の女将)などが出演している。菊姫は顔
に痣があるが、前回登場のときとは違う痣だった。やはり、この辺りにも気を配って欲しいものだが……。
 2本目は、『釣りバカ日誌19 ようこそ!鈴木建設御一行様』(監督:朝原雄三、松竹、2008年)である。
こちらの方はシリーズ第22作目である。前回よりは多少練れていたが、それでも、スピーチで詰まってしま
うという前回と同じネタを使っており、いよいよマンネリの行き詰まりといった感じか。東宝の「若大将」
シリーズでも後半はガタガタだったが、このシリーズもだいぶ「勤続疲労」が出てきたと言う他はない。例
によって、<goo 映画>の「あらすじ」を引用してみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご
寛恕を乞う。

  会長になったものの、会社が心配で相変わらず多忙な毎日を送る“スーさん”こと鈴木一之助(三
 國連太郎)。一方、元気が取り柄の“ハマちゃん”こと浜崎伝助(西田敏行)は相変わらず会社より
 も釣りが命の日々を過ごしていた。ある日、そんなハマちゃんに思わぬ危機が訪れる。会社の健康診
 断で再検査の指示を受けてしまったのだ。胃カメラを飲む、飲まないで大騒ぎして、担当である総務
 部の派遣社員である河井波子(常盤貴子)を困らせる。そんな波子の窮地を助けたのが、ハマちゃん
 の新しい部下である高田大輔(山本太郎)だった。大輔は実は大企業の高田製薬の御曹司だったが、
 親の七光りを嫌う、生まじめな若者。スーさんも期待をかけている存在だった。何とか胃カメラを飲
 んでハマちゃんの再検査は無事に終了。結果は暴飲暴食によるもの、食生活を正すようにとの診断に
 終わる。ほっとして、晴れて大分県へ社員旅行に出発することになったハマちゃんたち鈴木建設一行。
 旅行の幹事を努めるのは大分県出身の波子。社員旅行でも釣りのことは絶対忘れないハマちゃんは、
 波子の兄の康平(竹内力)が漁師であると聞き、さっそく釣りの手配を頼む。翌日、佐伯湾での釣り
 を満喫するハマちゃんだったが、康平が思いがけない相談を持ちかけてくる。社員旅行で鈴木建設一
 行を待ち受けるものとは一体……?

 他に、浅田美代子(浜崎みち子)、北村総一朗(高田靖彦=大輔の父)、持丸加賀(浜崎鯉太郎)、中本
賢(太田八郎)、奈良岡朋子(鈴木久江)、笹野高史(前原社長付運転手)、鶴田忍(堀田社長)、益岡徹
(舟木課長)、高田敏江(河井悦子=波子の母)、佐藤浩市(本間清四郎総務部長)、中村梅雀(草森秘書
課長)、ふせえり(畑中)などが出演している。さりげなく、格差社会、派遣社員差別、コンピュータによ
る管理システムを批判しているが、取って付けたようである。「都会はダメで、田舎はイイ」という単純な
図式もどんなものか。ただし、このシリーズは、上映当時話題になっている事柄を早速取り込んでいるので、
その点では、ここ20年の会社史の一端を担っていると言えよう。蛇足ながら、三國連太郎の息子の佐藤浩市
の起用は成功だと思う。なお、このシリーズは、残すところあと2作である。しかし、小生の利用している
TSUTAYAには、『花のお江戸の釣りバカ日誌』(監督:栗山富夫、松竹、1998年)は置いていないので、こ
の作品を観ることができるかどうかは未定である。

                                                 
 某月某日

 内田樹氏が新しいブログを公開しているので、このサイトで引用しておこう。例によって、ほぼ原文通り
であるが、一部改変しているので、その点ご了承願いたい。

 
  小国寡民のエネルギー政策(2011.06.16)

  先週、中津川市加子母というところを訪れた。凱風館の工事をお任せしている木造建築専門の中島
 工務店の中島紀于社長にお招き頂いたのである。中島工務店は「知る人ぞ知る」木造建築技術のトッ
 プランナーであるが、私はもちろんそういうことをまるで「知らない人」なので、光嶋くんから「こ
 ういう業者もありますけど」と紹介してもらって知ったのである。そのとき、中島工務店がこれまで
 作ってきた建築物のカタログを見せてもらって、「おおお、ここだ」と内心勝手に決めてしまった。
 どこがどう「びびび」と来たかのかを言うのはむずかしい。あえて言えば中島工務店の作る建物には
 「もどかしさ」があったのである。何かひどく「言いたいこと」があるのだが、与えられた条件では
 それがうまく言えないので、じたばたと地団駄踏んでいる……というような感じがしたのである。わ
 れわれが外国語で話すときに、言いたいことがうまく言えないで、もどかしい思いをしているときの、
 あの「思い余って言葉足らず」感が中島工務店の作った建物に常ならぬ「生命感」を与えていた。こ
 れらの建物は「言葉」を必要としているように私には思われた。この場合の「言葉」とは、「そこに
 住む人間」のことである。そこに住む人間が「参加」して、家と対話を始め、家そのものがそれまで
 持っていなかった語彙や音韻をそこに響かせると、それに呼応してはじめて建物が生き始める。そう
 いう感じがしたのである。それは申し訳ないけれど、大手の住宅会社が作る既製品的な住宅には感じ
 ることのできないものだ。それらは人間が住み始める前に、商品としてすでに完結している。そこに
 リアルな身体をもつ人間が住み、手垢のついた家具が置かれることで、家はむしろその完成度を損な
 われる。だから、住宅雑誌のカメラマンが家の撮影をするときには、そこから住民の生活感を意識さ
 せるものは組織的に排除される。住宅雑誌のグラビアの中に「やきそばUFO」とか「ビッグコミッ
 ク」とか「さつま白波」とかが写り込んでいるのを見ることができないのはそのせいである。でも、
 中島工務店の建てる建物は逆に「そういうもの」が参加しないと成り立たないような「マイナスワン」
 感を私にもたらした。

  でも、そのことは今日の本題とは直接の関係がない。その中島工務店の中島紀于社長に招かれて加
 子母に行ったのである。加子母(「かしも」と読んでください)は人口3,300人。そのうち中島工務
 店の従業員が200以上。家族を含めると、たぶん人口の3分の1くらいが中島工務店の関係者である。
 社長が村の中のどこを歩いても知らない人がいない。それが私に老子の「小国寡民」の理想郷のこと
 を考えさせた。老子は「小国寡民」についてこう書いている。

   「其の食を甘しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しまん。隣国相望み、
    鶏犬の声相聞こえて、民は老死に至るまで、相往来せず」。

  「相往来せず」どころか、中島工務店は全国展開している。でも、それは資本主義企業の「右肩上
 がりの経済成長」とはめざすところが違うようである。どうやら、中島社長は加子母における「自給
 自足」的な共同体実践を全国に「布教」するためにその企業活動を行っているように私には見えた。
 加子母の奧の渡合温泉(「どあい」と読んでください)の宿のランプの灯りの下で、中島社長は岩魚
 の骨酒を呷りながら、「もう電気は要らない」と呟いたからである。私は岩魚の刺身と岩魚の煮付け
 と岩魚の塩焼きを貪り喰いながら、社長のその言葉を聞いて、半世紀ほど前に読んだフレドリック・
 ブラウンの『電獣ヴァベリ』を思い出した(『電獣ヴァヴェリ』は「SFマガジン」掲載時のタイト
 ルで、『天使と宇宙船』に収録されたタイトルは「ウァヴェリ地球を征服す」)。フレドリック・ブ
 ラウンは中学生の私にとってのアイドルであったが、今読み返してみても(昨夜読み返した)、すば
 らしく面白い。『ウァヴェリ』は宇宙から飛来した「電気を主食とする生物」のせいで地球上から電
 気がなくなってしまうという話である。ラジオのCM作家であった主人公のニューヨーカーは田舎の
 村に家を買い、19世紀の人々のように、蒸気機関で工作し、馬で移動し、牛で土地を耕し、活字を組
 んで印刷し、夜になると楽器を手に集まってきて室内楽を楽しむ生活をしている。それだけの話。で
 も、読んでから45年間、私はヴァヴェリのことを一度も忘れたことがない。フレドリック・ブラウン
 が描いた「電気のない生活」にはげしく惹きつけられたのである。私はある意味では「精神的なラダ
 イト」だったのかも知れない。だから、きっと中島社長の「もう電気は要らない」発言に「びびび」
 と来たのである。
  誤解を避けるためにあらかじめお断りしておくけれど、中島社長のいう「電気は要らない」は電力
 の大量生産・大量消費システムを廃し、生活に必要な電気は自給自足する方がよいという考え方のこ
 とであって、それほど過激なことを言われているわけではない(現に、工務店の工場には電動工具が
 ひしめいている)。それにしても、現役のビジネスマンの口から「もう電気は要らない」という言葉
 を聞いたのはショックであった。自分がいかにエネルギー政策について、既存の思考枠組みにとらえ
 られていたのかを思い知らされたからである。ことの当否や実現可能性や根拠の有無はわきへ置いて、
 「そういう発想」がなかったおのれの思考の不自由を恥じたのである。

  そのあと少し調べているうちに、現在のエネルギー政策がどれほど「時代遅れ」なものであるかが
 しだいにわかってきた。コンピュータの場合は、IBM的な中央集権型コンピュータシステムから、
 1970年代にアップルの離散型・ネットワーク型コンピュータ・システムへの「コペルニクス的転回」
 があった。あらゆる情報をいったん中枢的なコンピュータに集積し、それを管理者がオンデマンドで
 商品として配達して、独占的に設定された代価を徴収する。そういう情報処理モデルが時代遅れとな
 った。今、情報はネットワーク上に非中枢的に置かれて、誰でも「パーソナル」な端末から自由にア
 ップロード・ダウンロードできる。「中枢型・商品頒布型」モデルから「離散型・非所有型」モデル
 への移行、これはひろく私たちの世界の「基本モデル」そのものの転換を意味している。IBMモデ
 ルからアップルモデルへの移行は「情報」そのものの根本的な定義変更を含んでいたからだ。IBM
 モデルでは情報は「商品」だった。だから、退蔵し、欲望や欠乏を作り出し、価格を操作し、高額で
 売り抜けるべき「もの」としてやりとりされた。アップルモデルでは情報はもう商品ではない。それ
 は誰によっても占有されるべきものではなく、値札をつけて売り買いするものでもなくなった。情報
 はそれが世界の成り立ちと人間のありようについて有用な知見を含んだものである限り、無償で、無
 条件で、すべての人のアクセスに対して開かれているべきである。というのが離散型・非中枢型・ネ
 ットワーク型のコンピュータモデルの採用した新しい情報概念である。そうした方が、情報を商品と
 して市場で売り買いするよりも、人間たちの世界は住み易いものになる可能性が高いという見通しに
 イノベーターたちは同意したのである。この基本的趨勢はもう変えることができないだろうと私は思
 う。

  エネルギーもそうなるべきなのだ。それは本来は商品として売り買いされるべきものではなかった。
 「共同体の存立に不可欠のもの」である以上、電力もまた社会的共通資本として、道路や鉄道や上下
 水道や通信網と同じように、政治ともビジネスとも関係なく、専門家の専門的判断に基づいてクール
 にリアルに非情緒的に管理され、そのつどの最先端的なテクノロジーを取り込んで刷新されるべきも
 のだったのである。けれども、電力を管理したのは実質的には政治家と官僚とビジネスマンたちであ
 った。彼らは「共同体の存立と集団成員の幸福」というものを「自分たちの威信が高まり、権力が強
 化され、金が儲かる」という条件を満たす範囲内でしか認めなかった。テクノロジーの進化は、当然
 電力においても、パーソナルなパワープラントとその自由なネットワーキングを可能にした。環境
 荷の少ない、低コストの発電メカニズムの多様で自由なコンビネーションによって、「電気は自分が
 要るだけ、自分で調達する」という新しいエネルギーコンセプトが採用されるべき時期は熟していた
 のである。電力においてもIBMモデルからアップルモデルへの、中枢型から離散型へ、商品から非
 商品へのシフトが果たされたはずだったのである。それが果たされなかった。旧来のビジネスモデル
 から受益している人々が既得権益の逸失を嫌ったからである。
  原発は彼らの「切り札」であった。国家的なプロジェクトとして、膨大な資金と人員と設備がなけ
 れば開発し維持運営できないものに電力を依存するという選択は、コストの問題でも、安全性の問題
 でもなく、「そうしておけば、離散型・ネットワーク型のエネルギーシステムへのシフトが決して起
 こらない」から採用されたのである。もうこの先何も変わらない、変わらせないために、彼らは原発
 依存のエネルギー政策を採用したのである。人々は忘れているが、原発というのは「イノベーション
 がもう絶対に起こらないテクノロジー」なのである。原子炉の恐ろしいほどシンプルな設計図からも
 わかるように、あれは「もう原理的には完成していて、(老朽化と故障と人為的ミスと天変地異とテ
 ロが招来するカタストロフ以外には)改善の余地のないメカニズム」なのである。人々が原発に群が
 ったのは、それが最新のメカニズムだからではなく、「進化の袋小路に入り込んでしまった」メカニ
 ズムだったからである。私たちは原発事故でそのことを学んだ。私たちは「最新のテクノロジーの成
 果を享受している」という偽りのアナウンスメントを聞かされることで、「エネルギー・システムで
 もまた中枢型から離散型へのシフトがありうる」という(コンピュータを見れば誰でもわかるはずの)
 ことから眼をそらしてきたのである。今回の原発事故で「節電」ということを電力会社が言い出した
 ことで、多くの市民は「どうして発電送電を民間事業者が独占していなければいけないのか?」とい
 う当たり前の疑問を抱いた。どうして、自家発電してはいけないのか?サイズも、形式も多様なパワ
 ープラントがゆるやかに自由にネットワークしているシステムの方が、単独の事業者がすべてを抱え
 込んでいるよりも、リスクヘッジ面でもコスト面でもテクノロジーのイノベーション面でも有利では
 ないのか? そういう問いを発したときにはじめて、私たちがこの問題についてきわめて不自由な思
 考を強いられてきたことに気づいたのである。ツイッター上で紹介したように、すでにさまざまの離
 散型のパワープラントの開発は30年前から(つまりコンピュータにおけるアップル革命の時点から)
 始まって、技術的にはもう完成している。その実用化をきびしく阻害しているのは、端的には「古い
 ビジネスモデルから受益している人たち」である。原発事故はこの人々が退場すべきときが来たこと
 を意味している。

  原発については、さまざまな意見が語られているが、「モデルそのもの」の刷新についての吟味が
 必要だということを言い出す人はまだいない。私のような門外漢がこういうことを言わなければいけ
 ないという事実そのものが、この論点についての抑圧がどれほど強いものであるかをはしなくも露呈
 しているのではあるまいか。


 内田樹氏は、このブログの記事で、また新しい視点を提供してくれた。「日日是労働スペシャル」の方で
引用すべき内容かもしれないが、あえてこちらで言及した。これを読んだ学生諸君、諸君らの未来は諸君ら
によって握られていることを忘れないで欲しい。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『釣りバカ日誌18 ハマちゃんスーさん瀬戸の約束』(監督:朝原雄三、松竹、2007年)を観
た。スーさん(三國連太郎)が会長になって、堀田常務(鶴田忍)が社長に就任。会長になりたてのスーさ
んが失踪して、ハマちゃん(西田敏行)が探しに出るという物語。これに、岡山のリゾート開発が絡む。は
っきり言って、脚本がいい加減。三國連太郎の衰えも隠し切れない。その他、あまりにもご都合主義なので、
観ている途中から完全に白けてしまった。つまり、駄作。
 主な出演者だけでも記しておこう。浅田美代子(みち子)、星由里子(木山温子)、檀れい(木山珠恵)、
高嶋政伸(高原昌平)、加藤武(秋山専務)、小野武彦(原口人事担当取締役)、谷啓(佐々木次長)、中
村梅雀(草森秘書課長)、村野武範(川島営業本部長)、益岡徹(舟木課長)、中本賢(太田八郎)、笹野
高史(前原社長付運転手)、奈良岡朋子(鈴木久江)、小沢昭一(渋谷剛三)、桂小金治(林)、持丸加賀
(鯉太郎)、石田靖(木村)、安田大サーカスの面々(現場の作業員)などが出演している。商業主義を批
判する内容の映画を、商業主義丸出しで撮っているのだから、何をかいわんやである。こういうところに、
松竹や山田洋次一派の弱点がある。ただし、この作品の脚本は監督の朝原で、山田は噛んでいないようだ。
そのせいで面白くないのか。

                                                 
 某月某日

 内田樹氏がブログを発表しており、このサイトで引用すのがベストと判断した。なお、ほぼ原文通りであ
るが、マイナー・チェンジした箇所もある。もちろん、論旨に変更はない。ご了解をいただきたい。


  ポピュリズムについて(2011.6.11)

  『Sight』のために、平松邦夫大阪市長と市庁舎で対談。相愛大学での「おせっかい教育論」
 打ち上げ以来である。今回は「ポピュリズム」についての特集ということで、市長と「ポピュリズム
 政治」について、その構造と機能について論じることとなった。「ポピュリズム」というのは定義の
 むずかしい語である。私はアレクシス・ド・トクヴィルがアメリカ政治について語った分析がこの概
 念の理解に資するだろうと思う。トクヴィルはアメリカの有権者が二度にわたって大統領に選んだア
 ンドリュー・ジャクソンについて、その『アメリカのデモクラシーについて』でこう書いている。
  「ジャクソン将軍は、アメリカの人々が統領としていただくべく二度選んだ人物である。彼の全経
 歴には、自由な人民を治めるために必要な資質を証明するものは何もない」。
  トクヴィルは実際にワシントンでジャクソン大統領に会見した上でこの痛烈な評言を記した。そし
 て、この怜悧なフランスの青年貴族はアメリカの有権者がなぜ「誤った人物を選択する」のか、その
 合理的な理由について考察した。この点がトクヴィルの例外的に知的なところである。ふつうは、
 「資質を欠いた人物を大統領に選ぶのは、有権者がバカだからだ」と総括して終わりにするところだ
 が、トクヴィルはそうしなかった。
  ジャクソンは独立戦争に従軍した最後の大統領である(ほとんどの期間を捕虜として過ごしたが)。
 のちテネシー州市民軍の大佐となり、インディアンの虐殺によって軍歴を積み、クリーク族を虐殺し、
 その土地93,000平方kmの領土を合衆国政府に割譲させた功績で少将に昇進した。米英戦争のニューオ
 リンズの戦いでは、5,000名の兵士を率いて7,500名以上のイギリス軍と戦い、圧勝をおさめて、一躍
 国民的英雄となった。さらにセミノール族との戦いでも大量虐殺を行い、イギリス、スペインをフロ
 リダから追い出し、フロリダの割譲を果たした。「軍功」というよりはむしろ「戦争犯罪」に近いこ
 の経歴にアメリカの有権者たちは魅了された。建国間もないこの若い国は「伝説的武勲」の物語を飢
 えるように求めていたからである。ナポレオンを基準に「英雄」を考えるトクヴィルは、ジャクソン
 程度の軍人が「英雄」とみなされるアメリカの戦史の底の浅さに驚嘆し、そこにつよい不快を覚えた
 (それがジャクソンに対する無慈悲な評言に結びつく)。
  けれども、トクヴィルはそこから一歩踏み込んで、むしろアメリカの統治システムの卓越性はそこ
 にあるのではないかという洞察を語った。それはアメリカのシステムはうっかり間違った統治者が選
 出されても破局的な事態にならないように制度化されているということである。アメリカの建国の父
 たちは表面的なポピュラリティに惑わされて適性を欠いた統治者を選んでしまうアメリカ国民の「愚
 かさ」を勘定に入れてその統治システムを制度設計していたのである。不適切な統治者のもたらす災
 厄を最小化するために、一つ効果的な方法が存在する。それがポピュリズムである。統治者の選択し
 た政策が最適なものであるかどうかを判断することは困難である(少なくともその当否の検証にはか
 なりの時間がかかる)。けれども、それが「有権者の気に入る」政策であるかどうかはすぐに判断で
 きる。それゆえ、アメリカでは、被統治者の多数が支持する政策、「最大多数の福祉に奉仕する」も
 のが(政策そのものの本質的良否にかかわらず)採択されることが「政治的に正しい」とされること
 になったのである。
  「重要なのは、被支配者大衆に反する利害を支配者がもたぬことである。もし民衆と利害が相反し
 たら、支配者の徳はほとんど用がなく、才能は有害になるからである」。
  そうトクヴィルは書いている。統治者の才能や徳性は被統治者と同程度である方がデモクラシーは
 スムーズに機能する。なぜなら、徳や才があるけれど、大衆とは意見の合わない統治者をその権力の
 座から追い払うのは、そうでない場合よりもはるかに困難だからである。だから、あきらかに資質に
 欠けた統治者を選ぶアメリカの選挙民を「バカだ」と言うのは間違っている。統治者は選挙民と同程
 度の知性、同程度の徳性の持ち主で「なければならない」という縛りをかけている限り、その統治者
 がもたらす災厄は選挙民が「想定できる範囲」に収まるはずだからである。
  ポピュリズムは一つの政治的狡知である。そこまで見通したという点で、トクヴィルはまことに炯
 眼の人であったと思う。このポピュリズム理解はそのまま私たちが直面しているポピュリズム政治に
 も適用できる。ポピュリストを選ぶ有権者たちは、彼らよりも知的・道徳的に「すぐれた」統治者が
 もたらすかもしれない災厄に対して、無意識的につよい警戒心を持っているから、たぶんそうしてい
 るのである。知性徳性において有権者と同程度の政治家は、まさにその人間的未成熟ゆえに「ある程
 度以上の災厄をもたらすことができない」ものとみなされる。けれども、そのような「リアリスティ
 ックなポピュリズム」が私たちの国の政治風土をゆっくり、しかし確実に腐らせてきた。彼我の違い
 を形成するのは、アメリカのポピュリズムは“建国の父”たちのスーパークールな人間理解に基づく
 制度設計の産物であるのだが、日本のポピュリズムの場合には、それを設計し運営している人間がど
 こにもいないという点である。日本のポピュリズムは法律や政治システムという実定的なかたちをと
 ることなく、「空気」の中で醸成された。日本の政治家たちが急速に幼児化し、知的に劣化している
 のは、すべての生物の場合と同じく、その方がシステムの管理運営上有利だと政治家自身も有権者も
 判断しているからなのである。チープでシンプルな政治的信条を、怒声をはりあげて言い募るものが
 高いポピュラリティを獲得する。私たちの政治環境は現にそのようなものになりつつある。社会シス
 テムを作り上げるためには成熟した思慮深い人間が一定数必要である。けれども、社会システムを破
 壊するためには、そのような人間的条件は求められない。だから、全能感を求める人間は必ず「壊す」
 ということを政治綱領の筆頭に掲げることになるのである。そして、現に壊している。そんなふうに
 して、いま日本のシステムはあちこちでほころび始めている。


 小生自身は、政治的エリート待望論だが、内田氏はどのようなスタンスを取っているのだろうか。たしか
に、大衆がそっぽを向くような奇抜な政策は、それがどんなに優れたものであっても、おそらく受容されな
いだろう。大衆感覚を無視したアイディアは宙に浮く。しかし、いかにも大衆迎合型の政治も困る。何が一
番自分たちの共同体にとって大事なことなのか、大衆と専門家が常に連絡を取り合って、いろいろなことを
決定してゆく手続きが必要であろう。緻密な計算には無縁な、その場限りの朝令暮改はご免蒙りたい。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画を5本観たので、ご報告。1本目は、『UDON』(監督:本広克行、フジテレビジョン=ROBOT=
東宝、2006年)である。「讃岐うどん」ブームをコミカルにアレンジした作品。適度にシリアスな部分もあ
り、売れるにはどうしたらよいのかがよく分っているプロの作品である。本広監督の作品は当該のものを含
めて、以下のように6本観ている。なお、『踊る捜査線 THE MOVIE』シリーズは、「家族研究への布石(映
像篇)」に登録していなかったので、今回登録した。

 『踊る大捜査線 THE MOVIE』、監督:本広克行、フジテレビジョン、1998年。
 『スペーストラベラーズ』、監督:本広克行、フジテレビ=東映=ROBOT、2000年。
 『サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS』、監督:本広克行、「サトラレ」対策委員会、2001年。
 『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』、監督:本広克行、フジテレビジョン=
  アイ・エヌ・ビー、2003年。
 『交渉人 真下正義』、監督:本広克行、フジテレビジョン=ROBOT=東宝=スカパー!WT、2005年。
 『UDON』、監督:本広克行、フジテレビジョン=ROBOT=東宝、2006年。

 いずれも通俗的な商業作品ではあるが、勘所をよくつかんでおり、お金を払った分は楽しめるといった内
容である。当該映画も、やや冗漫で常套的な部分がなきにしもあらずであったが、讃岐うどんを盛り上げる
といった点では、十分に成功していると言えよう。十年位前だったか、香川県の善通寺にある四国学院大学
で「哲学」の非常勤講師を務めさせていただいたことがあったが、そのときお世話していただいたY教授の
案内で、毎日お昼には讃岐うどんをご馳走になった経験がある。それも、まさにこの映画にも登場するよう
な、看板の出ていないようなお店で……。「あつあつ(うどん、だし、ともに熱いもの。以下、それに準ず
る)」、「あつひや」「ひやあつ」、「ひやひや」……、各種の加薬など、いろいろ楽しんだ記憶がある。
さて、物語であるが、例によって、<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただこう。執筆者に感謝した
い。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  世界で通用するコメディアンを目指してニューヨークへ渡った松井香助(ユースケ・サンタマリア)
 は、自身の未熟さを思い知って挫折。多額の借金を背負い、行き場もなく帰国して故郷へと戻った。
 香助の実家は讃岐うどんの本場として知られる香川県にあり、父拓冨(木場勝己)は県内でも屈指の
 うどん職人だった。頑固一徹の父親から罵倒されながらも、姉の藤元万里(鈴木京香)の理解によっ
 て、この地でもう一度やり直すことを決意する香助。そして母親の墓参りに行く途中、香助の軽トラ
 ックはガス欠して、深い山奥で宮川恭子(小西真奈美)に出会う。地元の広告代理店に勤める幼なじ
 みの鈴木庄介(トータス松本)の紹介で、香助はタウン誌の編集部で働き始めた。そこで再会したの
 が、女性編集者の宮川恭子だった。彼女は、『タウン情報さぬき』で讃岐うどんに関するコラムの連
 載を提案する。ひとことで讃岐うどんといっても、多種多様な味付けがあると主張する恭子。アメリ
 カ帰りの香助も、讃岐うどんの魅力を再発見していた。恭子のコラムでは、地元の人でも知らない隠
 れた名店を次々と紹介していく。いつしか讃岐うどんは注目されて、次第にファンを増やしていった。
 そして遂に、東京のテレビの情報番組でも取り上げられて、讃岐うどんの大ブームがやって来る。本
 場の讃岐うどんを求めて、香川県を訪れる観光客たち。そんなブームの渦中で香助の父は倒れ、帰ら
 ぬ人となる。父の店である松井製麺所は、万里の夫である良一(小日向文世)が継ぐことに。一大イ
 ベントとして開催された『讃岐うどんフェスティバル』の終了後、潮を引くようにブームは去ってい
 った。「世の中、終わらないブームはないからな」フェスティバルを仕切った鈴木の言葉は、香助の
 胸中に新たな火をつける。CGキャラクター『キャプテンUDON』を引っさげて、再びニューヨークの地
 を踏む香助。彼の新たなる挑戦が始まったのだ。

 他に、升毅(大谷昌徳=編集長)、要潤(青木和哉=製作担当)、片桐仁(三島憲治郎=副編集長)、温
水洋一(本屋の店員)、大泉洋(うどん屋の客)、南原清隆(郵便配達員)、田中要次(白バイ警官)、寺
島進(麻薬のバイニン)、江守徹(綾部哲人=ブームの仕掛人)、二宮さよ子(馬渕嘉代)、嶋田久作(ラ
イダー)、明星真由美(淳子)、森崎博之(牧野)、中野英樹(中西)、永野宗典(水原保=タクシーの運
転手)、松本明子(近所のおばさん)などが出演している。なお、配役等に関しては、<ウィキペディア>を
参照したが、一部<goo 映画>の資料を取り込んだ。
 2本目は、定番の『釣りバカ日誌17 あとは能登となれ ハマとなれ!』(監督:朝原雄三、松竹、2006年)
である。相変わらず、ハマちゃん(西田敏行)がフーテンの寅さんばりの「恋の指南者」となる一篇である。
脚本に山田洋次が加わっているからか、その傾向はずっと続いている。しかも、その恋たるや、いつも野暮
ったい。善いか悪いかは別として、山田流の素朴な誠実さにあふれている恋愛沙汰である。さて、物語であ
るが、これも<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変した
が、ご寛恕を乞いたい。

  釣りが好きなハマちゃんこと浜崎伝助(西田敏行)。ある日、7年前に結婚退職した沢田〔旧姓 佐
 伯〕弓子(石田ゆり子)が職場復帰し、ハマちゃんのいる鈴木建設営業三課に配属された。時折寂し
 げな表情を見せる弓子を社長のスーさんこと鈴木一之助(三國連太郎)は心配し、ハマちゃんに様子
 を見るよう頼む。実は彼女は、2年前に離婚していた。弓子に一目惚れした船頭の太田八郎(中本賢)
 は、空回り気味なアプローチをし弓子を部屋まで送っていくと、彼女に声をかける美術教師の村井徹
 (大泉洋)と会う。数日後、石川県輪島にある実家に帰省した弓子は、出張で石川県に来ていたハマ
 ちゃんとばったり出会う。再婚話を持ちかけても断わる弓子がハマちゃんと楽しそうに歩く姿を見て、
 輪島塗の塗師屋(ぬしや)である弓子の兄の佐伯聖一(片岡鶴太郎)は二人の仲を疑う。ハマちゃん
 は弓子からお土産として託された輪島塗のカフスボタンを八郎に渡す。八郎は喜んでお礼を言いに弓
 子の部屋へ行くと、絵を飾りに来ていた村井と遭遇。二人が付き合っていると思った八郎は、がっく
 り肩を落として帰る。誤解されたかと心配する弓子に、村井は仙台に赴任先が見つかり、弓子の肖像
 画を描かせてほしいと恋心をのぞかせながら頼む。起工式のため、石川へ向かうハマちゃんとスーさ
 ん。ハマちゃんは弓子に電話し、能登へ来ないか誘う。それを聞いた村井は、自分も行くと言い、弓
 子にプロポーズする。翌日、村井は聖一に挨拶しようとするが、酒の酔いと極度の緊張で舞い上がっ
 てしまい、聖一は結婚を反対する。しかし朗らかな聖一の妻の加代子(宮崎美子)のとりなしにより、
 聖一は渋々承諾したのだった。

 他に、浅田美代子(浜崎みち子)、持丸加賀(浜崎鯉太郎)、海老瀬はな(佐伯千秋=弓子の姪)、谷啓
(佐々木次長)、奈良岡朋子(鈴木久江)、松原智恵子(ホテルの女将=スーさんの古い友人)、笹野高史
(前原社長付運転手)、加藤武(秋山専務)、鶴田忍(堀田常務)、小野武彦(原口人事担当取締役)、中
村梅雀(草森秘書課長)、益岡徹(舟木範夫営業第三課課長)、富士眞奈美(スーさんと弓子がお昼を食べ
に行った料亭の女将)、ヨネスケ(ヨネちゃん=釣具屋の店主)、ダンディ板野(市の職員)、道場六三郎
(釣り人)などが出演している。片岡鶴太郎は、小生と同い年なのでずっと応援している芸人である。東京
の下町育ち、卒業した高校(都立竹台高校)が小生の弟の母校というのも、何かの縁である。今回は最後ま
でシリアスな演技しか見せなかったが、ハマちゃんとのオフザケ・シーンがあったらもっとよかったのに、
と思った。まぁ、設定上、無理かな。
 3本目は、本シリーズ第5作目の『座頭市喧嘩旅』(監督:安田公義、大映京都、1963年)である。腕の
立つ剣客や渡世人との斬り合いがなかったので、少し地味目の作品であるが、小生としてはかなり好感触の
出来である。だいいち、座頭市に匹敵するほどの凄腕がそうそういるものでもあるまい。今回も、盲目を侮
る輩を殲滅し、こころやさしい乙女を救う物語に仕上がっている。物語は、これも<goo 映画>のお世話にな
ろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  今では、やくざ仲間に勇名をはせる座頭市(勝新太郎)は、一人旅の途中、堂山一家の喜助(越川
 一)という男に呼びとめられ、近く持ち上る下妻一家との喧嘩に手を貸してくれと懇願された。これ
 を見ていたのが、喧嘩相手の下妻一家の助っ人を探していた岬の甚五郎(島田竜三)という男であっ
 た。三人の浪人に、座頭市と喜助を斬るようにさしむけたが、喜助の惨殺に怒った市の居合斬りにあ
 い、あっさりと斬られた。これを見ていた甚五郎は、お久(藤原礼子)と共にその場を逃れた。再び
 あてのない旅に出た座頭市は、そこで、お屋敷勤めをするお美津(藤村志保)を、武士の手から救っ
 た。お美津は手籠にしようとした若殿に抵抗し怪我をさせたことで、追われていたのだ。が、仕込杖
 をもち無気味な按摩やくざの姿は、若いお美津にとって気味悪い存在であった。ある旅籠に泊った時
 のこと、今は夫婦同然の甚五郎とお久が、このお美津に目をつけ、実家に当る日本橋の蛎殻町にある
 鳴海屋に連れて行けば、かなりの金になると企んだが、勘の鋭い座頭市に気づかれ、結局は失敗に終
 った。お美津の心の中に、見た目は気味が悪いが誠意をつくしてくれる座頭市への信頼感が高まって
 いった。翌日、お美津を追う藩士を得意の居合い斬りで倒した座頭市は、追う者もいなくなったお美
 津を好人物の老人夫婦に託して別れをつげた。思慕を隠そうともせず、「一緒に連れていって」とた
 のむお美津を、片輪者の宿命を負った座頭市は、全て甘い夢とふりきって去っていった。跡をつけて
 いた甚五郎は時機到来とお美津をさらって藤兵衛の所へと連れこんだ。一方座頭市は、堂山一家に草
 鞋を脱ぎ、喧嘩の矢面に立つことになった。当日、静りかえった宿場に向いあった、下妻一家と堂山
 一家。とその一瞬、座頭市のすぐ側で「市さん」と呼ぶお美津の嘆声が! わが耳を疑う座頭市に、
 せせら笑いながら取引を持ちかける甚五郎の声が非情に響いた。

 他に、丹羽又三郎(山田)、吉田義夫(留五郎=駕留の棟梁。一時、お美津がこの駕留に拉致される)、
沢村宗之助(下妻の藤兵衛)、杉山昌三九(堂山の彦蔵)、水原浩一(鎌七)、東良之助(惣五郎)、中村
豊(お松)、寺島貢(紅屋)、沖時男(三造)、堀北幸夫(河七)、木村玄(清野)、千石泰三(住之江)、
細谷新吾(藤兵衛の子分)、志賀明(山三郎)などが出演している。
 4本目は、ドキュメンタリー・タッチの『ユンボギの日記』(監督:大島渚、創造社、1965年)である。
大島監督が韓国を旅行中に撮り貯めたスチール写真に、イ・ユンボギという少年の手記の朗読を被せた作品
である。ナレーションを俳優の小松方正が務めている。当時の韓国を知る上で貴重な映画と言えよう。母が
去り、妹が消えた10歳の少年ユンボギ、病気の父親と幼い弟を抱えて、ガムを売る。あるいは、靴を磨く。
何とも言えない悲しみに彩られた映像の「抒情詩」である。静止画でも、工夫次第で映画になるよい見本で
もある。
 5本目は、以前から鑑賞を待望していた『少年』(監督:大島渚、創造社=ATG、1969年)である。田村
孟が、実際に存在した家族をモデルにして脚本を書いた由。高知を振り出しに、尾道、小倉、松江、城崎、
敦賀、西舞鶴、金沢、富山、福井、高崎、山形、函館、小樽、岩見沢、帯広、釧路、網走、旭川、稚内とい
った具合に、全国を縦断するロード・ムーヴィである。家族構成は、大正11年生まれの傷痍軍人の父親。左
手が不自由な上に、糖尿病を患っている。母親は後妻の昭和14年生まれ。二人の間には、「チビ」と呼んで
いる腹違いの弟がいる。少年は10歳。彼の気持が手に取るように分る。彼らの「仕事」は「当たり屋」。交
通事故を装って、示談金をせしめる詐欺。記憶頼みなので当てにはならないが、同じ題材を、作家の大江健
三郎が、中編小説の「狩猟で暮らしたわれらの先祖」で作品化しているのではなかったか。さて、物語であ
るが、これも<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変した
が、ご寛恕いただきたい。

  秋風のたつ夕暮、無名地蔵のある広場で、ひとり「泣く」練習をしている少年(阿部哲夫)がいた。
 翌日、その少年の家族四人が街へ散歩に出た。やがて交差点に来ると、母親(小山明子)が一台の車
 をめがけて飛びだし、続いてチビ(木下剛志)を抱いた父親(渡辺文雄)が間髪を入れず、駈けつけ、
 叫んだ、「車のナンバーはな……」。傷夷軍人の父、義理の母と弟のチビ、少年の家族の仕事は、病
 院の診断をタテに示談金を脅しとる当り屋だった。二回目の仕事が成功した時、父の腹づもりが決ま
 った。少年を当り屋にしての全国行脚がそれだった。少年は、父母からかわるがわる説得され、家族
 とともに祖母の家を後にした。一家が北九州に来た時、母が父に妊娠したことを告げた。が、一家の
 生活は、彼女に子供を産ませるほどの余裕を与えなかった。父は母に堕胎を命じ、一家はその費用を
 稼ぐために松江に降りたった。その夜父は芸者を呼んで唄い騒いだ。少年は、土佐節を聞いているう
 ちに、高知の祖母に会いたくなった。が、高知に帰るには小遣が足りなかった。やがて、一家は福井
 に来た。そこで新しい運動帽をかぶり、なんのわだかまりもなく車に当る少年。その姿は、父母にす
 ら恐怖を覚えさせるほどだった。父は母が病院へ行くのに少年を監視役としてつけた。が、母は少年
 に腕時計を買い与え産婦人科へは行かなかった。仕事の旅は依然として続き、一家は北陸路を辿り、
 山形に着いた。この頃、母はつわりに襲われ、少年は母と二人で父に内緒の仕事をした。一家が小樽
 へ着いた時、父母が少年を奪い合って喧嘩をした。父はいつものように母を殴り、雪に母の血が散っ
 た。その時、少年は、時計のくさりで、手の甲を血がでるほど掻きむしった。その意味を悟った父は、
 時計を投げすてた。チビが、その時計を拾いに道へ出た瞬間、一台のジープが電柱に衝突。少年は、
 担架で運ばれる少女の顔に一筋の血を見た。雪の中には少女の赤い雨靴が、ひっそり残っていた。少
 年の一家が逮捕されたのは、春が芽ばえはじめたころだった。少年は、父母とともに犯行の一切を否
 認した。が、翌日護送される車中で、北海道の事件を思い浮かべて、涙をこぼした。あの少女の死は、
 少年たちの仕事が絶対的に悪であると啓示した。少年は、そのように生きなければならなかった自分
 の運命に涙を流した。

 母親の少年に対する台詞が響く。「タクシーはあかん。速い自動車もあかん。ライトバンに軽四輪。横に
何とか商店なんて書いてあるやつ。女の運転してるのが一番ええのや」。本来ならば、小学校に通っている
児童である。遊び盛りでもあろう。この少年を演じた阿部哲夫は絶賛された。なぜか。それについて、ヒン
トを与えてくれる文章がある。<ウィキペディア>の「解説」である。これも引用してみよう。少し書き換え
た部分があるが、ほぼ原文通りである。ご了承いただきたい。

  モデルとなっているのは、1966年に大阪西成警察署に逮捕された高知県出身の当たり屋夫婦の事件
 である。自動車の前に飛び出してわざと車にぶつかり、法外な治療費や示談金を取る当たり屋犯罪自
 体は当時既に珍しいことではなくなっていたが、この夫婦の場合、子供に当たり役をやらせていたこ
 とや、全国各地を転々とし、計47件、被害総額百数十万円(毎日新聞東京本社の独自調査に基づく数
 字)という極めて悪質な犯罪であったことから、新聞社会面は各紙とも連日このニュースの続報で騒
 ぎ立てた。
  デビュー作の『愛と希望の街』(1959年)以来常に犯罪を映画のテーマに据えてきた大島渚は、この
 事件に衝撃を受けて映画化を決意。脚本家の田村孟とともに綿密な調査を重ねてシナリオにまとめ上
 げた。『新宿泥棒日記』や『無理心中日本の夏』などで、全共闘時代の暴力性やアングラブームに支
 持を表明してきた大島だったが、全国縦断ロケの映像美や少年の繊細な心理描写が前面に押し出され
 る『少年』では映画づくりの原点に立ち戻り、少年の目を通して見た家族と民族の崩壊劇という自身
 の一貫したテーマを織り込みながらも、それを誇張のないドラマとして描いてみせて、自身や当時の
 映画の傾向とは一線を画した。
  大島はATG(アート・シアター・ギルド)の「1,000万円映画」路線の制約下で全国縦断ロケを敢行
 するにあたり、スタッフ・キャストを最小限に絞り込んだ。映画完成後は、大島と小山明子夫人をは
 じめとする創造社のスタッフが全国の映画館を回って映画の上映を依頼し、販路拡大キャンペーンを
 展開した。
  少年を演じる阿部哲夫、チビを演じる木下剛志の二人は、ともに養護施設に収容されていた孤児で
 ある。阿部哲夫には映画公開後養子の申し出があったが、本人はそれを断り施設に戻り映画界とも縁
 を切っている。木下剛志は1970年に山田洋次監督作品『家族』に出演している。

 「普通の子役ではないな」と思いながら観ていたが、やはりそうだった。渡辺や小山の高知弁もまったく
違和感がなかった。相当練習したのだと思う。当たり屋と言えば、ドストエフスキーの作品にも出てくる。
その箇所を引用してみよう。

  しかしラスコーリニコフがもう通りへ出ていた。ニコラエフスキー橋のたもとで、彼は、きわめて
 不愉快な事件のおかげで、もう一度、完全に正気に返った。ある箱馬車の馭者が、三、四度も大声で
 注意したのに、彼があやうく馬車にひかれそうになるので、その背中を思いきり鞭でどやしつけたの
 である。鞭の一撃にかっとなった彼は、さっと欄干のほうへ飛びすさり(なぜ彼が、歩道ではなく、
 車の通る橋のまんなかを歩いていたのかは、明らかでない)憎々しげにはげしく歯がみをした。当然
 のことだが、まわりでは笑い声が起こった。
  「いい気味だ!」
  「どこかのいかさま野郎さ!」
  「知れたことさ、酔っぱらったふりをして、わざと馬車にひかれて、さあ、どうしてくれる、とい
 うやつさ」
  「あれが商売なんですよ、ええ、商売なんです」

 『罪と罰(上)』(ドストエフスキー 作、江川卓 訳、岩波文庫、1999年)の第二部の二(229-230頁)
にある一節である。あのラスコーリニコフも、「当たり屋」(ただし、相手は馬車)に擬されたことがあ
るという挿話である。しかも、後にソーニャの父親が実際に酔っぱらって馬車に轢かれるが、その伏線と
なっているエピソードでもある。「貧は悪徳ならず」というロシアの諺には、「ただし悪徳より悪し」、
あるいは、「ただしたいそうな豚小屋生活なり」という言葉が続く由(同書の訳注、403頁、参照)。質素
なのはむしろいいことであろう。しかし、限度を超えた「貧困」は人心を荒廃ならせしめる。したがって、
どんな人であれ、経済的な困窮に追い込んではいけないのである。そんなことを、この映画を観ながら考え
ていた。終盤で描かれる少年の涙は、どんな悲しみにもまして「悲しい涙」であった。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画の『元禄快挙余譚 土屋主税 雪解篇』(監督:犬塚稔、松竹京都、1937年)を観た。1930年代
の映画は、この作品で10本目の鑑賞となった。「忠臣蔵」の番外編といった趣の映画で、吉良上野介の屋敷
の隣に居を構えていた直参旗本の土屋主税が主人公の映画である。DVDのパッケージにある解説を以下に引
用してみよう。

  日本人が最も好んだ物語「忠臣蔵」の番外編である。大石内蔵助を始めとする赤穂浪士や吉良上野
 介・小林平八郎・清水一学が登場する作品だが、主人公は、浅野でも吉良でも上杉でもない林長二郎
 (後に長谷川一夫に改名)演じる土屋主税である。土屋主税が赤穂浪士に協力して、主君浅野内匠頭
 の敵討ちをする話。直参旗本である土屋主税の屋敷が、吉良上野介の屋敷の隣で、討ち入りの際、吉
 良を助けることもなく、むしろ灯りをともして、邸内を見え易くしたりして助成したことで知られて
 いる。晩年「座頭市シリーズ」の脚本等、時代劇の脚本家として、活躍した犬塚稔の監督作品。

 小生が一番感じ入ったのは、赤穂浪士の一人である杉野十平次(林長二郎の二役)の妹お園(中村芳子)
の着付けや立ち居振る舞いである。おそらく、着物の生活から離れてしまった現代女性ではけっして演じら
れない佇まいを見せてくれる。作品自体はコンパクトで、土屋主税に宝井其角(市川箱登羅)を絡ませたと
ころが面白い。他に、林敏男(大石主税)、林成年(丁推の飛松)、高田浩吉(大高源吾)、上山草人(吉
良上野介)、中村正太郎(浅野内匠頭)、嵐徳三郎(大石内蔵助)、南光明(片岡源五右衛門)、関操(堀
部弥兵衛)、結城一郎(堀部安兵衛)、山路義人(毛利小平太)、中村吉松(小林平八郎)、和田宗右衛門
(原惣右衛門)、鹿島英二郎(清水一学)、高松錦之助(柳床の六兵衛)、三宅雄二郎(神崎与五郎)、尾
上栄二郎(熊吉)などが出演している。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『眠狂四郎魔性剣』(監督:安田公義、大映京都、1965年)を観た。相変わらず盛りだくさ
んの内容なのだが、ご都合主義の流れなので、ひとつひとつのエピソードが丈の短い蕎麦のように切れてい
て落ち着かない。ところどころで眠狂四郎(市川雷蔵)の台詞が観客をはっとさせるので、それが救いか。
物語は、岩代藩の世継騒動に絡めて、『眠狂四郎円月斬り』(監督:安田公義、大映京都、1964年)で狂四
郎が殺めたむささびの伴蔵(伊達三郎)の妹であるおりん(嵯峨三智子)との命の遣り取りが縦糸をなして
いる。嵯峨の他、何人かの女優が狂四郎に絡むが、いずれもパッとしない。大映の看板女優だった若尾文子
や安田道代(後の大楠道代)〔1965年入社なので、まだ無理か〕を使うほど予算がなかったのか。藤村志保
と中村玉緒はすでに二度づつ出演してしまっているので、嵯峨を起用したのだろう。
 武家の腰元の窮乏の末の身売り、転びバテレンが仕切る黒ミサ、蛇使いの女、徳川秀忠の血筋を引く風魔
一族の尼僧の色仕掛け……どぎつい演出だが、狂四郎にはよく似合う。ところで、転びバテレンで思い出し
たのだが、長與善郎の『青銅の基督』(1923年)という小説において、なぜバテレンは転んだかの理由が書
かれてあったと記憶している(調べたわけではないので、正確ではない)。その方法は、鉛を煮た湯気の立
つ壺にそのバテレンの顔を近付け、神を捨てさせるというものだったか。どんな拷問にも耐え抜いてて殉教
者になる者が実際にいるとしても、誰もがそうであるとは限らない。むしろ、転んでしまう方が人間的だろ
う。それにしても、この黒ミサ、噴飯ものであった。また、狂四郎がおりんの着物を例によって切り裂くの
に、中途半端だったので興醒めだった。なぜ、裸の背中くらい見せなかったのか。演じているのが嵯峨三智
子だったので、端から無理であったのか。なお、岩代藩は、「無嗣廃絶」というお沙汰であった。狂四郎が
説く「禄米に齧りつく武士の愚かさ」とか、「武士の意地や忠節の空しさ」とかは、「無頼」だからこそ言
える台詞であって、普通の「サラリーマン」武士には口が裂けても言えない台詞であろう。他に、長谷川待
子(お艶)、明星雅子(お糸)、穂高のり子(佐絵)、若松和子(青華院)、須賀不二男(菊村外記=岩代
藩江戸家老)、北条寿太郎(赤石群兵衛=岩代藩士)、五味龍太郎(紋部三郎太=同)、水原浩一(大工の
政五郎)、伊達三郎(安西小十郎=菊村の配下。今回は「むささびの伴蔵」役でない。)、浅野新治郎(中
森瀬左衛門)、稲葉義男(老中水野忠成)、小村雪子(綾路)、木村玄(陣馬玄之助)、荒木忍(高垣将監)、
藤川準(花火師)、橘公子(船宿の女将)、橋本力(津久間典馬)などが出演している。

                                                 
 某月某日
 
 DVDで邦画の『クヒオ大佐』(監督:吉田大八、「クヒオ大佐」製作委員会〔モンスター☆ウルトラ=シ
ョウゲート=ティー・ワイ・オー・アミューズソフトエンタテインメント=メディアファクトリー=パルコ=
日活・チャンネルNECO=アスミック・エース エンタテインメント〕、2009年)を観た。「実際にあった事
件をデフォルメしたハチャメチャ映画かな」と思って、観る前まではあまり期待していなかったのだが、ど
うしてどうして、細部にまで行き届いた演出が嬉しいウエルメイドな映画である。
 主人公の名前は<ジョナサン・エリザベス・クヒオ(JONATHAN ELIZABETH KUHIO>といい、堺雅人が演じて
いる。これまで、この人は名前ぐらいしか知らない(つまり、あまり印象がない)俳優だったが、この作品
で一気に脳裏に刻み付けられた。そのくらい印象的な演技(顔立ち)をしている。もっとも、アカサギ(結
婚詐欺師)のお仕事は演技が命なのだから、当然か。それにしても、父はカメハメハ大王の末裔、母はエリ
ザベス女王の妹の夫のいとこ、とは! どうせウソなら、派手なほど効くのかもしれない。なお、職業は、
アメリカ海軍第五空母航空団のパイロットという触れ込み。どこでも腕立て伏せを始める、胡散臭さ。
 クヒオ大佐は、三人の女をターゲットにし、そのうちの一人からわずかばかりのお金を巻き上げている。
しかも、直ぐにばれて、被害者の一人の弟永野達也(新井浩文)から逆に脅かされてしまう。騙そうとした
のは、弁当屋の女社長永野しのぶ(松雪泰子)であるが、クヒオ大佐と知り合った経緯は触れられていない。
そこがミステリアスだが、若い頃から働き詰めで男を知らない女という設定なので、仕方がないか。また、
小田山自然科学館の学芸員である浅岡春(満島ひかり)が騙されたのは、彼女のこころの隙間にクヒオ大佐
が上手に侵入したからだろう。少し春が自棄気味だったことも手伝った。もう一人の相手である須藤未知子
(中村優子)は、結局騙せなかった。さすが、銀座のナンバーワン・ホステス。一筋縄ではいかない。細部
が活きており、クヒオ大佐の立ち居振る舞いも魅力的である。クヒオ大佐がしのぶを騙す際の台詞を一つだ
け紹介しておこう。状況は、旅館の蒲団の上で、しのぶがクヒオ大佐の足のマッサージをしているときであ
る。

 「戦闘機のフライト・スーツはねぇ、Gがかかると自動的に腿を締め付けるようになってる。脳に血
  液がいかないと、ブラック・アウトを起こすからね。だから、パイロットの腿は普通の人よりどう
  しても硬くなるんだよ」。

 何となくもっともらしい。しかし、入籍すれば、軍から5,000万円の支度金が出るという話は、噴飯もの
である。しのぶはこの言葉を真に受けていたのだろうか。その他、キノコのクリタケとニガクリタケのエピ
ソード、骨董屋での未知子とクヒオ大佐との出会い、クヒオ大佐を脅迫する達也の表情、防波堤から海に落
ちる春が助かる過程、春と元彼の高橋幸一(児嶋一哉)との遣り取り、同じく春と同僚の木下理香(安藤サ
クラ)との遣り取り、怪人物の藤原(内野聖陽)の役割など、見所満載である。他に、大河内浩(官房長官)
などが出演している。

                                                
 某月某日

 若い人のアパシーについて同僚からその例を聞き及んだが、小生にもその傾向について覚えがないわけで
はない。とくに、ある種のコミュニケーション不全に出遭うと、「あぁ、これかぁ」と思うこともある。た
とえば、「これについてどう思うのか」と彼ら/彼女らに質問した場合、何も返事が返ってこないことがあ
る。こちらが、「何でもいいから答えてごらん」と促しても、何もない。かといって、何か逆らっているわ
けでもなさそうだ。文字通り、何もないのかもしれない。つまり、空っぽ。どうして、こんな若者が増えて
しまったのだろうか。たぶん、目標もないし、社会的な関心もない。与えられた仕事は何とかこなすが、そ
れ以上の意欲はない。追い込まれても、へたりこむだけかもしれない。「閉塞感」などいうものではないか
もしれない。大人から、「あぁしろ、こうしろ」や「あれするな、これするな」ばかりを耳にタコができる
まで聞かされて育ったので、自分で考える機会も与えられず、心が縮こまってしまったのかもしれない。そ
れでも、引籠もるよりはましなのかもしれない。世の中が感情をもたない人形ばかりになったら、空恐ろし
い気がするが、その兆候がもう現れ始めているのかもしれない。それでも、小生たちロートルは、彼ら/彼
女らに何かを伝えることができるのだろうか。もちろん、きっとできると信じたいのだが……。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった』(監督:朝
原雄三、松竹、2005年)である。副題は、「長崎は今日も雨だった」(作詞:永田貴子、作曲:彩木雅夫、
編曲:森岡賢一郎、唄:内山田洋とクールファイブ、1969年)を韻を踏んでもじっている。かなり悪乗りの
一篇だが、ハマちゃん(西田敏行)と迷コンビを組んだボビー・オロゴン(ロバート・グリーン〔愛称:ボ
ブ〕)の天然ボケもあって、なかなかの仕上がりだった。また、尾崎紀世彦(テリー河口)の朴訥さも光っ
ていたと思う。彼は、言わずと知れた「また逢う日まで」(作詞:阿久悠、作曲:筒美京平、唄:尾崎紀世
彦、1971年)の大ヒットで知られる歌手だが、久しぶりにお目にかかった。例によって、物語は、<goo 映
画>のお世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕いただきたい。

  第二西海橋の連結式出席のため、長崎県佐世保へ出張することになったハマちゃんとスーさん(三
 國連太郎)。しかし、ハマちゃんは長崎営業所に赴任中の“鈴建フィッシング・クラブ”の後輩で、
 大会社の久保田興業の御曹司でもある達也(金子昇)に船の手配をさせると、偶然知り合った米軍基
 地に勤めるアメリカの釣りバカ、ボブと、仕事そっちのけで釣りを楽しむのだった。長崎最後の晩、
 お酒を飲みに街へ繰り出したのを最後に、ハマちゃんは消息を絶ってしまう。実はハマちゃん、米軍
 のイージス艦に迷い込み、ハワイへ向かっていたのだ! そんなこととは露知らず、ハマちゃんと連
 絡の取れないまま帰京したスーさんは、ハマちゃん行方不明の一報にみち子さん(浅田美代子)と大
 騒ぎ。だが数日後、ふたりの心配をよそに、ハマちゃんはハワイからの帰国を果たすのであった。そ
 れから一ヵ月後、ハマちゃんとスーさんは再び佐世保を訪れていた。達也と恋人の河口美鈴(伊東美
 咲)の結婚式に参列するためである。そして、ハマちゃんの計らいで、ふたりの結婚に反対していた
 美鈴の頑固者の父輝男の出席も叶い、無事、式を終えた「釣りバカ」コンビは、佐世保の港で釣りを
 楽しむのだった。

 その他、岡本麗(澄子=テリーズ・バーの従業員。何かと河口親娘の面倒を見る)、さだまさし(刑事)、
谷啓(佐々木次長)、加藤武(秋山専務)、鶴田忍(堀田常務)、小野武彦(原口人事部長)、奈良岡朋子
(鈴木久江)、笹野高史(前原社長付運転手)、中本賢(太田八郎)、中村梅雀(草森秘書課長)、益岡徹
(舟木範夫課長)、濱口優(海老名)、平山あや(鯛子)、綾田俊樹(松浦鈴木建設長崎営業所長)、持丸
加賀(浜崎鯉太郎)、加藤満(蛸島係長)、鈴木美恵子(いずみ)などが出演している。
 2本目は、『少年期』(監督:木下恵介、松竹大船、1951年)である。心理学者波多野勤子とその息子と
の往復書簡をまとめた光文社の「カッパ・ブックス」シリーズの同名ベストセラーを映画化した作品である。
作品そのものは地味だが、実にしっとりとした味わいのある佳品である。木下恵介らしい平和を希求する色
調も鮮やかで、笠智衆が出演しているためか、小津安二郎の作品のような趣さえあった。物語は、昭和19年
の春から始まる。平和主義の父の気持が読めない軍国少年の葛藤を描いている。母はその中間にいて、二人
の感情の橋渡しの役目を果たしている。冒頭、次の文字が浮かぶ。

 此の映画は/苛烈なる戦争中を/よく生きようとした/母と子の/さゝやかな記録です

 さて、佐藤忠男が『日本映画300』(朝日文庫、1995年)において、当該映画を実によくまとめている
ので、それを引用してみよう。一部改変したが、ほぼ原文通りである。ご海容いただきたい。なお、佐藤忠
男自身、予科練出身者らしい。

  心理学者波多野勤子が、戦争中に中学生の息子と交換していた手紙をのちにまとめて出版して、そ
 れがベストセラーになり、木下恵介の脚色監督で映画化された。扱われているのは太平洋戦争末期、
 東京で暮らしていた一家が長野県の田舎に疎開したときのことである。主人公である旧制中学生の少
 年(石浜朗)は尊敬していた若い教師下村(三國連太郎)が戦争に行ってまもなく戦死したことなど
 もあってアメリカに対して敵愾心を燃やし、軍人に憧れている(彼は、予科練に入りたがっている)。
 しかし英文学者の父親(心理学者波多野完治がモデル)は戦争反対の思想を持っていて、少年の相手
 になってくれない。あの時代は、子どもに対してでも、戦争反対などということを言って、もしそれ
 が警察の耳にでも入ったりしたらどんなひどいことになるかもしれなかった時代である。だから笠智
 衆の演じている父親はひどく無口で暗い顔をしていつも本ばかり読んでいる。食うためには着物を売
 って農家から食糧を売ってもらい、その重い食糧を背負って遠い道を歩いたりなどしなければならな
 かったものだが、そういう苦労を母親(田村秋子)にまかせて自分は勉強だけつづけている父親に、
 少年は反感を持つ。そして国家の大事のときに、お国のためになることをしないで知らん顔をして、
 自分の好きなことだけをしているエゴイストだと思う。そう思って反発している息子に、父親はただ
 こう言う。 
  「自分が死ぬ前に、五時間でも六時間でもよけいに寝たほうがいいか。それとも生きている間、読
 めるだけの本を読んだほうがいいか」──と。
  これは日本映画で語られたセリフの中でもきわだって真情のあふれる、すぐれた人間の信条を吐露
 した美しい言葉だったと思う。まもなく敗戦になると、父親は急に活動的になり、粗末な家の修理な
 どをはじめる。そこで少年はやはり父親は正しかったのだと納得するのである。信念や信条をもつ人
 物をもっともらしく大げさに語る映画は多いが、それをこんなにさりげなく身についた言動でさらり
 と描いた映画は滅多にない。
  この映画は、戦争中にまじめな少年が学校や社会や家庭でさえも感じないではいられなかったさま
 ざまな矛盾を、稀にみる正直さ、真実さで描いた傑作である。どこに真実があるのか分らないことの
 悩み。誰を信じたていいのか分らないことの辛さ。それを純粋に悩む少年らしい生まじめさ。意地悪
 な人だと思っていた田舎の中学教師〔チャボ先生こと倉木先生〕(二本松嘉瑞)が意外に好人物だっ
 たことを知ったときの喜び。それらをじつにキメ細かく描いている。

 他に、野沢哲夫(次男の二郎)、木下武則(三男の三郎)、小林トシ子(とよさん)、紅沢葉子(隣組の
おばさん/あるいは、下村先生の母というデータもある)、三好榮子(雑貨屋のおばさん)、高松榮子(同
じくお婆さん)、桜むつ子(山崎夫人)、木下忍(その娘百合子)、増田順二(その夫)、坂本武(古河老
人)、北竜二(校長先生)、天野平八郎(中野=一郎の同級生)、加藤榮三(清川=同)などが出演してい
る。なお、配役で、珍しくも、佐藤忠男は三箇所で間違えている。「とよさん」を「そよさん」としている
点、「雑貨屋」を「煙草屋」(これは解釈の違いか。映画ではたしかに「雑貨屋」と言っている)としてい
る点、倉木先生を「チャボ」ではなく「ミクロン」としている点である。もっとも、小生の方こそ間違えて
いるのかもしれない。いずれにしても、大した問題ではないだろう。物語とは直接の関係はないかもしれな
いが、日本の陸軍の歩兵は何て悲しそうな行進をするのだろう、と思った。戦争が終わって未だ6年ほどし
か経過していないので、実にリアルである。その意味で、二度と撮れない貴重なフィルムとも言えよう。

 ところで、木下恵介の作品は、以下で記すように14本(13作品)観ているが、やはり一番優れていると思
われるのは『二十四の瞳』である。しかしながら、反戦映画としては、この『少年期』にも同作品に勝ると
も劣らずといった趣がある。なお、小生自身の好みとしては『野菊の如き君なりき』が一番か。
                                            
 『陸軍』、監督:木下恵介、松竹大船、1944年。
 『新釈 四谷怪談 前篇』、監督:木下恵介、松竹京都、1949年。
 『新釈 四谷怪談 後篇』、監督:木下恵介、松竹京都、1949年。
 『お嬢さん乾杯』、監督:木下恵介、松竹大船、1949年。
 『カルメン故郷に帰る』、監督:木下恵介、松竹大船、1951年。
 『善魔』、監督:木下恵介、松竹大船、1951年。
 『少年期』、監督:木下恵介、松竹大船、1951年。
 『日本の悲劇』、監督:木下恵介、松竹大船、1953年。
 『二十四の瞳』、監督:木下恵介、松竹大船、1954年。
 『女の園』、監督:木下恵介、松竹大船、1954年。
 『野菊の如き君なりき』、監督:木下恵介、松竹大船、1955年。
 『喜びも悲しみも幾年月』、監督:木下恵介、松竹大船、1957年。
 『楢山節考』、監督:木下恵介、松竹大船、1958年。
 『笛吹川』、監督:木下恵介、松竹大船、1960年。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『座頭市と用心棒』(監督:岡本喜八、大映京都=勝プ
ロダクション、1970年)である。この映画はたぶん観たことがあるはずだが、ほとんど覚えていなかった。
もしかすると、初見かもしれない。ただし、座頭市と用心棒が引き分けたのは覚えている。シリーズ第20作
目の記念映画ではあるが、出来が今ひとつなので、あまり記憶に残らなかったのだろう。物語はどうという
こともないので、割愛する。主な出演者だけは記しておこう。勝新太郎(座頭市)、三船敏郎(佐々大作)、
若尾文子(梅乃)、嵐寛寿郎(兵六爺さん)、岸田森(九頭竜こと跡部九内)、滝沢修(烏帽子屋弥助)、
米倉斉加年(小仏の政五郎=弥助の息子)、神山繁(脇屋陣三郎)、細川俊之(後藤三右衛門=政五郎の弟)、
寺田農(チンピラの余吾)、草野大悟(馬瀬の藤三)、常田富士男(鍛冶屋の留吉)、砂塚秀夫(按摩を装
う桑原湧之助)、五味龍太郎(小仏一家の常)、田中浩(同じく権)、木村博人(同じく松)、木村元(烏
帽子屋の番頭惣七)、熱田洋子(梅の屋の小女)、浜田雄史(烏帽子屋の若い衆)などが出演している。大
映なのに東宝のムードを持ち込んでおり、このような企画はたいがい成功しないというよい見本であろう。
ただし、興業的には大ヒットしたそうである。このあと大映が倒産するのも、まんざら故なきではない。
 2本目は、『眠狂四郎炎情剣』(監督:三隅研次、大映京都、1965年)である。女優の数が払底している
のか、藤村志保に次いで、中村玉緒が別人の役で再登場している。いわゆる「悪女」役だが、最後には狂四
郎に斬られるのに彼を慕ってしまう。あの魅力では、仕方がないか。物語は、例によって、<goo 映画>のお
世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  冬のある日、眠狂四郎(市川雷蔵)は、夫の仇討ちと称する武家の妻、檜垣ぬい(中村玉緒)に手
 を貸して貝塚紋之助という一人の浪人(伊達三郎)を斬った。浪人は今はの際「助太刀すればおぬし
 の恥」という謎の言葉を残して死んでいった。ぬいは代償にその白い身体を自ら狂四郎に与えた。翌
 日居酒屋で盃を傾ける狂四郎のもとに役人に追われる伝吉(守田学)と名乗る男が助けを求めにきた。
 だが狂四郎は自分に関りのないことと冷く突ぱねた。捕えられた伝吉は「鳴海屋」と口走って去って
 いった。そんなある日狂四郎のもとに鳴海屋太兵衛(西村晃)が訪ねてきた。豪家の子女という小笹
 (小桜純子)に色の道を教えて欲しいというのだ。狂四郎は、ただちに小笹が、生娘でない事を悟り、
 化けの皮をひんむいた。果して小笹の膚にはくまなく刺青がされてあった。問いつめる狂四郎の前に
 鳴海屋はことのすべてを白状した。鳴海屋は藤堂家の江戸家老である跡部将監(安部徹)に威かされ、
 幕府に献上すべき海賊の財宝を横領していた。そしてさらに将監は、財宝の秘密を握る海賊の末裔を
 一人残らず抹殺しようとしていた。その探索役がぬいであった。この冷酷さを恐れた鳴海屋は、将藍
 と手を切りたいと狂四郎に助けを求めた。そして鳴海屋は、鳥羽水車の総帥の娘で、今は将藍にねら
 われるおりょう(中原早苗)の身の上も話して聞かせた。狂四郎はおりょうを南の国へ逃がしてやっ
 た。さらに将藍の魔手は海賊の末裔の一人で、今は守田菊弥(高倉一郎)と名乗る人気役者をも殺し、
 鳴海屋で働くその娘かよ(姿美千子)をも狙っていた。狂四郎は、まだ世間のきたなさも知らぬ清純
 な少女までも狙う将藍に激しい憎しみを感じた。狂四郎は将藍が参列する菩提寺の法要の席に乗りこ
 み、将藍の罪状を素っ破抜いた。狂四郎は必死に縋り寄るぬいをも斬り捨て、墓場と化した菩提寺を
 去っていった。

 他に、島田竜三(藤堂高敦)、水原浩一(佐治兵衛=鳥羽水軍の生き残りのひとり)、上野山功一(加倉
井耀蔵=将監の配下)などが出演している。狂四郎のキャラクターはほぼ完成している。

                                                 
 某月某日

 DVDで邦画の『私は貝になりたい』(監督:福澤克雄、「私は貝になりたい」製作委員会〔TBS=東宝=ジ
ェイ・ドリーム=博報堂DYメディアパートナーズ=毎日放送=朝日新聞社=プロダクション尾木=中部日本
放送=TBSラジオ=TOKYO FM=RKB毎日放送=北海道放送=他 JNN全28局〕、2008年)を観た。フランキー堺
が主演を張った『私は貝になりたい』(監督:橋本忍、東宝、1959年)の49年ぶりのリメイク作品である。
原作は、加藤哲太郎の『狂える戦犯死刑囚』で、脚本は橋本忍である。この作品はTVドラマとして放映され
た(1958年)後、かなりの反響を呼び、映画化された由。さて、当該作品であるが、前作とほぼ同じと言っ
てよく、脚本に忠実であることが伺える。ただし、「助命嘆願書」の挿話に関しては、当該作品の方が充実
しており、いわばこの挿話がリメイク作品の方の売りであろう。なお、TV版(1958年)の方は「日日是労働
セレクト52」で、映画版(1959年)の方は「同54」で言及しているので、興味のある人は参照して欲し
い。物語に関しては、例によって、<goo 映画>お世話になろう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変した
が、ご海容いただきたい。

  戦火たけなわの昭和19年、理髪師の清水豊松(中居正広)は、高知の海沿いの町で小さな店を開業
 していた。家族は、妻の房江(仲間由紀恵)と息子の健一(加藤翼)。同業者の房江とは、駆け落ち
 同然で一緒になった仲だった。その町に二人でたどりつき、苦労を重ねて店を開いたのだ。そんな豊
 松にも召集令状が届いた。戦局は激しさを増して、豊松は本土防衛の中部隊に配属される。軍隊での
 日々の過酷さは想像を絶するものだった。矢野中将(石坂浩二)の指揮のもと、二等兵の豊松や滝田
 (荒川良々)たちは、上官からボロ雑巾のように扱われた。ある日、撃墜されたB29の米兵がパラシュ
 ートで領地内に降下してきた。矢野中将は「処刑せよ(正確には、「直ちに適切な処置を行え」)」
 と命じ、その任務は豊松と滝田に回ってくる。上官からの命令は、陛下の命令に等しい。やむなく豊
 松は、すでに虫の息の米兵へと銃刀を向けた……。終戦を迎えて、豊松は高知へと帰った。房江や健
 一と再会し、ふたたび理髪師として腕を振るおうと決意する豊松。房江の胎内には新たな生命も芽生
 えていた。ささやかな幸福と平和を噛み締める豊松の身に青天の霹靂が起こる。戦犯(B・C級)容
 疑で占領軍から逮捕されたのだ。軍事裁判を受けた豊松は、絞首刑という重い判決が下る。わけもわ
 からないまま、巣鴨プリズンに収容される豊松。そこで彼が出逢ったのは、いまも続く戦火のなごり
 の犠牲となる人々だった。同室になった大西三郎(草なぎ剛)〔なぎの字は、弓偏に旁は前の下に刀〕
 は、翌日に処刑される。次に同室となった西沢卓次(笑福亭鶴瓶)は、減刑に向けてアメリカ大統領
 に嘆願書を綴っていた。高知から3日がかりで訪れた房江と健一、産まれたばかりの直子(西乃ノ和)
 と面会した豊松は泣き崩れた。そして、房子は減刑の嘆願のため、知人の伝手を頼って雪の中を奔走
 する。しかし、その努力も報われることはなかった。豊松に処刑の日がやってきたのだ。最後に残し
 た彼の遺言は、「生まれ変わったら、私は貝になりたい」だった。

 他に、柴本幸(敏子=房江の妹)、西村雅彦(根本)、平田満(三宅郵便局長)、マギー(酒井正吉=出
征兵士のひとり)、武田鉄矢(竹内=赤紙を持ってきた男)、伊武雅刀(尾上大隊長)、片岡愛之助(日高
中隊長)、名高達男(足立小隊長)、武野功雄(木村班長)、六平直政(立石上等兵)、泉ピン子(折田の
母)、浅野和之(通訳)、金田明夫(豊松を逮捕しに来た背広の男)、梶原善(折田俊夫=助命嘆願書に署
名した200番目の男)、織本順吉(松田=近所の耳の遠い高齢者)、上川隆也(小宮教誨師)、樋浦勉(一
人息子を戦争で失った高齢者)などが出演している。中居正広は頑張っているが、やはり風化は否めず、あ
まり出征兵士には見えない。しかし、現代人が軍人に見えないことは、きっとよいことなのだろう。TBSが
肝煎りしているので、映画というよりも、特番のTVドラマのような雰囲気であった。その点が惜しまれる。
なお、この年には、同じく戦犯で死刑になった人物を扱う『明日への遺言』(監督:小泉尭史、アスミック・
エース エンタテインメント=住友商事=産経新聞社=WOWOW=テレビ東京=ティー ワイ リミテッド=シネ
マ・インヴェストメント=CBC=エース・プロダクション、2008年)が製作されている。こちらの方は、も
っと裁判にリアリテイィがあった。その点でも、当該作品は少し劣っている。

                                                  
 某月某日

 DVDで邦画の『釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?』(監督:朝原雄三、松竹、2004年)を観た。
このシリーズでは、上位に入る出来だと思う。よくまとまっていて、ご都合主義の展開も気にならなかった。
とくに、早川薫(江角マキコ)と福本哲夫(筧利夫)のコンビは、清々しくてよかった。ただし、携帯電話
に関するハマちゃん(西田敏行)のノーテンキぶりには辟易した。小生は大の携帯電話嫌いなので、余計に
そう感じるのかもしれないが……。例によって、物語は、<goo 映画>の「あらすじ」のお世話になろう。執
筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご寛恕を乞う。

  人事制度改革に着手することになった鈴木建設。しかし、経営コンサルタント会社“オメガ・コン
 サルティング”の合田(小木茂光)と薫の提案に、スーさん(三國連太郎)だけは早急な改革が安易
 なリストラに繋がらないか不安を覚えていた。一方その頃、スーさんの心配など露知らず、新課長の
 舟木(益岡徹)を丸め込み、まんまとリフレッシュ休暇をゲットして秋田へ釣り旅行に出かけたハマ
 ちゃんは、水産試験場で働く青年の哲夫と意気投合。新幹線の中で偶然知り合った薫が哲夫の同級生
 だったことから、彼の家で楽しい酒宴を繰り広げるのだが、その席でハマちゃんが鈴木建設の社員で
 あることを知った薫は、型破りな社員がいることが鈴木建設をここまで発展させて来たのだと悟る。
 そして帰京後、かねてより自分の仕事に懐疑的だったこともあって、会議の場で今回の提案は鈴木建
 設に適していないと意見を翻した彼女は、責任を取って辞職すると、故郷で哲夫との結婚を決意する
 のだった。そんなふたりの仲人に選ばれたのはハマちゃん夫婦。秋田の水族館の落成式に出席するこ
 とになっていたスーさんのお供という名目(ハマちゃんは「伝家の宝刀」という言葉を遣っていた)
 で秋田に向かったハマちゃんは、しかし結納そっちのけで釣りを楽しんでしまう。

 他に、浅田美代子(浜崎みち子)、持丸加賀(浜崎鯉太郎)、吉行和子(福本信子=哲夫の母)、浅利香
津代(春江=薫の祖母)、谷啓(佐々木次長)、奈良岡朋子(鈴木久江)、濱口優(海老名=営業三課員)、
さとう珠緒(鯛子=同)、加藤武(秋山専務)、鶴田忍(堀田常務)、小野武彦(原口人事担当取締役)、
笹野高史(前原社長付運転手/タクシー運転手の二役)、中本賢(太田八郎)、中村梅雀(草森秘書課長)
などが出演している。
 オメガ・コンサルティングのプレゼンテーションを下に紹介してみよう。耳から拾ったので正確ではない
が、ご海容いただきたい。

 早川:日本企業の一般的傾向として、上司とのコミュニケーションという場合、仕事とは別の個人的好悪、
    趣味の違いなどが部下の評価や処遇に影響を与えてしまうという問題があります。
 秋山:というと……?
 早川:たとえば、同じ大学の出身者を可愛がったり、お酒の飲めない部下を仲間外れにしたり、極端なケ
    ースでは、ゴルフや釣りなど、同じ趣味の人間をえこひいきしたり、ということがあります。
 合田:旧来の家族的つきあいの会社の弊害です。これからの人事制度は、もっとオープンかつフェアでな
    ければいけません。
 原口:同感だねぇ。鈴木建設が社会の変化に対応していくためには、創業以来のふるーい経営体質を、こ
    うドンドン変えていく必要がある……。

 よくある話である。同業他社も、この認識から、「成果主義」や「能力主義」を採り入れて、人事制度改
革に取り組んでいるという。しかし、秋山専務が言うように、給料や昇進に露骨に差をつけては、会社に居
辛くなる人も出て来るのではないかという心配もある。競争意識を煽って、「勝ち組」を拵えても、必ずし
も会社にとってはプラスにならないのではないか、という早川の本音も飛び出す。スーさんの決断は決まっ
ている。「人事制度改革=リストラ」という図式は、わが社には馴染まない、と。「企業が栄えても、働く
人の幸せにはつながらない……それではいけない」、と早川の口を借りて訴えている映画である。なお、ス
ーさんの妻である久江がDVDを鑑賞するシーンがある。『麦秋』(監督:小津安二郎、松竹大船、1951年)
である。その一場面を上手に本篇に組み込んでいた。もちろん、同時に、小津安二郎へのオマージュにもな
っている。たしかに、あのシーン(なかなか縁遠い子持ちの息子〔二本柳寛〕のために、母親〔杉村春子〕
が当時としては少し行き遅れた娘〔原節子〕にプロポースをするシーン)は名場面だと思う。今回は、二本
柳寛が筧利夫、杉村春子が吉行和子、原節子が江角マキコというわけである。その他、秋田三味線の『荷方
節』や『生保内(おぼない)節』を聴かせる場面や、ナマハゲ太鼓などのシーンは秋田色が出ていてよかっ
た。ハタハタ、マダイ、クロダイ、アイナメなど、お魚ももちろん多数出てくる。秋田名物のキリタンポも、
佐々木次長とハマちゃんとの遣り取りの中で登場していた。

                                       
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