[SSLの使用について]    ID:  Password: 
ホーム
人間文化学科
国際社会コミュニケーション学科
社会経済学科
人文社会科学科
▼教員一覧
思想系の学問に興味のある人へ
家族研究への布石(映像篇01)
日日是労働セレクト7
日日是労働セレクト9
日日是労働セレクト10
日日是労働セレクト8
日日是労働セレクト11
家族研究への布石(映像篇03)
日日是労働セレクト12
日日是労働セレクト13
日日是労働セレクト14
日日是労働セレクト15
日日是労働セレクト16
日日是労働セレクト17
家族研究への布石(映像篇04)
日日是労働セレクト18
日日是労働セレクト19
日日是労働セレクト20
日日是労働セレクト21
日日是労働セレクト22
日日是労働セレクト23
日日是労働セレクト24
日日是労働セレクト25
家族研究への布石(映像篇05)
日日是労働セレクト26
日日是労働セレクト27
日日是労働セレクト28
日日是労働セレクト29
日日是労働セレクト30
日日是労働セレクト1-3
日日是労働セレクト31
日日是労働セレクト32
日日是労働セレクト33
日日是労働セレクト34
日日是労働セレクト35
日日是労働セレクト36
日日是労働セレクト37
家族研究への布石(映像篇06)
日日是労働セレクト38
日日是労働セレクト39
日日是労働セレクト40
日日是労働セレクト41
日日是労働セレクト42
日日是労働セレクト43
日日是労働セレクト44
日日是労働セレクト45
日日是労働セレクト4-6
日日是労働セレクト46
日日是労働セレクト47
日日是労働セレクト48
日日是労働セレクト49
日日是労働セレクト50
日日是労働セレクト51
日日是労働セレクト52
日日是労働セレクト53
家族研究への布石(文献篇01)
家族研究への布石(映像篇02)
日日是労働セレクト54
家族研究への布石(映像篇07)
日日是労働セレクト55
思想系の読書の勧め
オール岩波文庫文学選
日日是労働セレクト56
日日是労働セレクト57
日日是労働セレクト58
日日是労働セレクト59
家族研究への布石(文献篇02)
日日是労働セレクト60
日日是労働セレクト61
日日是労働セレクト62
日日是労働セレクト63
日日是労働セレクト64
日日是労働セレクト65
日日是労働スペシャル I (東日 ...
日日是労働セレクト66
日日是労働スペシャル II (東日 ...
家族研究への布石(映像篇08)
日日是労働セレクト67
日日是労働スペシャル III (東日 ...
日日是労働セレクト68
日日是労働スペシャル IV(東日本...
日日是労働スペシャル V (東日 ...
日日是労働セレクト69
日日是労働セレクト70
日日是労働セレクト71
日日是労働スペシャル VI (東日 ...
日日是労働セレクト72
日日是労働スペシャル VII (東日 ...
日日是労働セレクト73
日日是労働セレクト74
日日是労働スペシャル VIII (東日...
日日是労働セレクト75
家族研究への布石(映像篇09)
家族研究への布石(文献篇03)
日日是労働セレクト76
日日是労働スペシャル IX (東日 ...
平成日本映画百選
日日是労働セレクト77
日日是労働スペシャルX(東日本...
日日是労働セレクト78
日日是労働セレクト79
日日是労働スペシャル XI (東 ...
日日是労働セレクト80
日日是労働スペシャル XII (東日 ...
火曜日の詩歌01 - Anthologica Poet...
日日是労働スペシャル XIII (東日...
日日是労働セレクト81
日日是労働セレクト82
日日是労働スペシャル XIV (東日 ...
日日是労働セレクト83
日日是労働スペシャル XV (東日 ...
日日是労働セレクト84
日日是労働スペシャル XVI (東 ...
日日是労働セレクト85
日日是労働スペシャル XVII (東日...
日日是労働セレクト86
日日是労働スペシャル XVIII (東 ...
家族研究への布石(映像篇10)
日日是労働セレクト87
日日是労働スペシャル XIX (東日 ...
火曜日の詩歌02 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト88
日日是労働スペシャル XX (東日 ...
恣意的日本映画年間ベスト1
日日是労働セレクト89
日日是労働スペシャル XXI (東日 ...
日日是労働セレクト90
日日是労働スペシャル XXII (東日...
日日是労働セレクト91
日日是労働スペシャル XXIII (東 ...
日日是労働セレクト92
日日是労働スペシャル XXIV ( ...
日日是労働セレクト93
日日是労働スペシャル XXV (東 ...
火曜日の詩歌03 - Anthologica Poet...
日日是労働セレクト94
日日是労働スペシャル XXVI (東 ...
日日是労働セレクト95
日日是労働スペシャル XXVII ( ...
日日是労働セレクト96
日日是労働スペシャル XXVIII (...
武藤ゼミとはどんなゼミ?
日日是労働セレクト97
日日是労働スペシャル XXIX ( ...
家族研究への布石(映像篇11)
日日是労働スペシャル XXX(東日 ...
日日是労働セレクト98
日日是労働セレクト99
火曜日の詩歌04 -Anthologica Poetica-
日日是労働スペシャル XXXI (東日...
日日是労働セレクト100
日日是労働スペシャル XXXII (東 ...
日日是労働セレクト101
日日是労働スペシャル XXXIII (東 ...
家族研究への布石(文献篇04)
日日是労働セレクト102
日日是労働スペシャル XXXIV (東 ...
日日是労働セレクト103
日日是労働スペシャル XXXV (東日...
日日是労働セレクト104
日日是労働スペシャル XXXVI (東...
日日是労働セレクト105
日日是労働スペシャル XXXVII ( ...
火曜日の詩歌05 -Anthologica Poetica-
日日是労働セレクト106
日日是労働スペシャル XXXVIII ( ...
日日是労働セレクト107
日日是労働スペシャル XXXIX (東...
日日是労働セレクト108
日日是労働スペシャル XL (東日 ...
文理融合について
日日是労働セレクト109
日日是労働スペシャル XLI (東日 ...
日日是労働セレクト110
日日是労働スペシャル XLII (東日...
家族研究への布石(映像篇12)
日日是労働セレクト111
日日是労働スペシャル XLIII (東 ...
日日是労働セレクト112
日日是労働スペシャル XLIV (東日...
日日是労働セレクト113
昭和日本映画百選
日日是労働スペシャル XLV (東日 ...
花摘みの頁<01>
日日是労働セレクト114
日日是労働スペシャル XLVI (東日...
日日是労働セレクト115
驢鳴犬吠1505
日日是労働セレクト116
驢鳴犬吠1506
日日是労働セレクト117
驢鳴犬吠1507
日日是労働セレクト118
驢鳴犬吠1508
日日是労働セレクト119
驢鳴犬吠1509
日日是労働セレクト120
驢鳴犬吠1510
日日是労働セレクト121
驢鳴犬吠1511
家族研究への布石(映像篇13)
驢鳴犬吠1512
日日是労働セレクト122
日日是労働セレクト123
驢鳴犬吠1601
花摘みの頁オルドゥーヴル
日日是労働セレクト124
驢鳴犬吠1602
驢鳴犬吠1603
日日是労働セレクト125
日日是労働セレクト126
驢鳴犬吠1604
日日是労働セレクト127
驢鳴犬吠1605
日日是労働セレクト128
驢鳴犬吠1606
日日是労働セレクト129
驢鳴犬吠1607
日日是労働セレクト130
驢鳴犬吠1608
日日是労働セレクト131
驢鳴犬吠1609
日日是労働セレクト132
驢鳴犬吠1610
家族研究への布石(映像篇14)
日日是労働セレクト133
驢鳴犬吠1611
家族研究への布石(文献篇05)
驢鳴犬吠1612
日日是労働セレクト134
日日是労働セレクト135
驢鳴犬吠1701
日日是労働セレクト136
驢鳴犬吠1702
ATG映画のページ
驢鳴犬吠1703
日日是労働セレクト137
日日是労働セレクト138
驢鳴犬吠1706
驢鳴犬吠1707
日日是労働(臨時版)1703- ...
驢鳴犬吠1708
日日是労働セレクト139
日日是労働セレクト140
驢鳴犬吠1709
花摘みの頁<02>
【新選】昭和日本映画百選
【新選】平成日本映画百選
日日是労働セレクト141
驢鳴犬吠1710
驢鳴犬吠1711
日日是労働セレクト142
日日是労働セレクト143
驢鳴犬吠1712
日日是労働セレクト144
驢鳴犬吠1801
高知文学学校などのレジュメ集
日日是労働セレクト145
驢鳴犬吠1802
「高知市民の大学」講演レジュメ集
日日是労働セレクト146
驢鳴犬吠1803
驢鳴犬吠1804
日日是労働セレクト147
2018年度版「福島原発事故を考え ...
家族研究への布石(映像篇15)
驢鳴犬吠1805
日日是労働セレクト148
日日是労働セレクト149
驢鳴犬吠1806
日日是労働セレクト63
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第63弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレ
クト63」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、い
ちいち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加
筆することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 今、京都にある某インターネット・カフェでこれを書いている。最近、休みになるとここに来て、キーを
叩くのが恒例となった。とりあえず、不思議な時空を体感しているというわけだ。
 さて、DVDで邦画の『安城家の舞踏会』(監督:吉村公三郎、松竹大船、1947年)を観た。おそらく、今
年最後の観賞作品になるだろう。京都でセルDVDを見つけたので、さっそく購入して観賞に及んだのである。
吉村公三郎の名前は、新藤兼人の僚友ということでだいぶ以前から知ってはいたが、その作品を鑑賞するの
は初めてである。なお、脚本はその新藤兼人である。いわゆる「没落華族」を描いている作品で、小生の思
い出す限りでは、他に、『お嬢さん乾杯』(監督:木下恵介、松竹大船、1949年)、『雪夫人絵図』(監督:
溝口健二、新東宝、1950年)、『悪魔が来りて笛を吹く』(監督:斎藤光正、東映東京、1979年)などの邦
画で、その没落振りがテーマになっている。昭和22年といえば、まだ戦争の傷跡も回復してはおらず、世相
も混乱の様相を呈していたと思われるが、最後は希望すら垣間見え、主演の原節子(安城敦子)〔『お嬢さ
ん乾杯』でも主演を張っている〕の美貌も映えて、まさに日本版『桜の園』(アントン・チェーホフ 作)
となっている。父親の安城忠彦には滝沢修(1906-2000)が扮している。彼は、1947年に宇野重吉らと「民
衆芸術劇場(現在の劇団民藝)」を結成し、1950年からは同劇団代表となる演劇界の重鎮であるが(ウィキ
ペディアより)、宇野がその容貌から庶民しか演じられなかったのに対して、滝沢はその所属する階層を問
わず演じ分けられたので、当該作品においても、かつては43万石のお殿様の末裔である安城伯爵に見事にな
り切っていると思った。滝沢といえば、『野火』(監督:市川崑、大映東京、1959年)におけるギラギラし
た兵隊役が忘れられないが、この安城伯爵はその男の卑しさとはおよそ懸け離れており、同一人物が演じて
いるとはとても思えない。宇野も凄いが、滝沢も負けず劣らずといったところか。なお、滝沢の映画出演に
関しては、『霧の旗』(監督:山田洋次、松竹大船、1965年)における弁護士の大塚欽三役が印象的である。
さて、物語に関しては、例によって<goo 映画>の「あらすじ」に頼ろう。執筆者に感謝したい。一部改変し
たが、寛恕を乞いたい。

  皇族までが漬物屋を始めるというご時世に華族の没落はいうまでもない。華族の中で名門を謳われ
 た安城家もその例にもれず、今まで通りの生活をするために全てのものを手放し、今や抵当に入れた
 家屋敷まで手放す時が来た。彼らの言葉を借りていえば「まるで嘘のように無くなり、夢のように消
 えて行く」のである。その夢のように消えて行く華族安城家の最後を記念するために舞踏会を催した
 が、その舞踏会の裏には安城家最後のさまざまなあがきがあった。安城家の当主忠彦は家を抵当にイ
 ンチキ闇会社の社長新川龍三郎(清水将夫)から金を借りていたが、華族生活から脱け切れないまま
 に、今やギリギリのところまで来ていた。しかし、やはり家を手放すことが惜しく新川を招いて最後
 の哀願をするが新川は肯じないだけでなく、自分の娘曜子(津島恵子)と安城家の長男正彦(森雅之)
 との婚約も解消すると言い出した。それを立聞きした正彦は、新川を憎むあまりに、何も知らずに正
 彦を慕う曜子に残忍な復讐をする。やがて夜が更けて客も帰り安城家は無気味なまでに静まり返った。
 今日を限りに伯爵安城家のすべてが夢のごとく消えて行くという寂しさは、年老いた忠彦には堪える
 ことが出来ず、彼は自分の側頭部にピストルの銃口を当てるのだった。しかし、それを救ったのは、
 次女の敦子だった。敦子の懸命の説得に、忠彦も生きていこうと思うのだった。

 その他、長女昭子(逢初夢子)と、安城家の元運転手で、今や運送会社を切り盛りしてひと財産を築いた
遠山庫吉(神田隆)との関係、正彦と小間使いの菊(空あけみ)との関係、忠彦とそのお妾である石川千代
(村田知英子)との関係などが複雑に絡んでいる。さらに、忠彦の姉の春小路正子(田村文子)や弟の由利
武彦(日守新一)、家令の吉田(殿山泰司)などが物語に陰影をつけている。農地改革や財産税によって華
族は滅びたが、民主主義の世の中になって、身分の隔てもかたちの上ではなくなるあらましが、「滅びの美
学」として描かれている映画といえようか。吉村公三郎の作品としては、この他、『夜明け前』(監督:吉
村公三郎、近代映画協会=劇団民芸、1953年)、『足摺岬』(監督:吉村公三郎、近代映画協会、1954年)、
『夜の河』(監督:吉村公三郎、大映京都、1956年)を観たいと思っているが、それらの作品との出会いを
楽しみにしている。なお、配役等に関しては、やはり<goo 映画>のお世話になった。

 さて、恒例の2010年下半期(7月-12月)観賞映画ベスト10を発表しよう。今年の上半期に鑑賞し た邦画
は63本(昨年の上半期は61本)、下半期のそれは109本(昨年の下半期は100本)だった。わずかに昨年を上
回ったが、目標の年間200本には及ばなかった。

 1位 『接吻』、監督:万田邦敏、ランブルフィッシュ、2006年。
 2位 『歩いても 歩いても』、監督:是枝裕和、「歩いても 歩いても」製作員会〔エンジンフィルム=
   バンダイビジュアル=テレビマンユニオン=衛星劇場=シネカノン〕、2008年。
 3位 『喜劇・女は度胸』、監督:森崎東、松竹、1969年。〔「崎」の字は、立サキ〕
 4位 『そうかもしれない』、監督:保坂延彦、「そうかもしれない」製作委員会、2005年。
 5位 『フィッシュストーリー』、監督:中村義洋、「フィッシュストーリー」製作委員会〔アミューズ
   ソフトエンタテインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=テレビ東京=CJ Entertainment=衛生
   劇場=パルコ=ショウゲート=スモーク=Yahoo! JAPAN〕、2009年。
 6位 『リリイ・シュシュのすべて』、監督:岩井俊二、Lily Chou-Chou Partners、2001年。
 7位 『少年メリケンサック』、監督:宮藤官九郎、「少年メリケンサック」製作委員会〔東映=テレビ
   東京=小学館=バップ=木下工務店=東映ビデオ=大人計画=吉本興業=ミュージック・オン・
   ティーヴィ=ViViA=ディーライツ=テレビ大坂=ヒラタオフィス〕、2009年。
 8位 『金環蝕』、監督:山本薩夫、大映、1975年。
 9位 『冷たい血』、監督:青山真治、BRANDISH=タキコーポレーション=東北新社、1997年。
 10位 『KT』、監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカノン=デジタルサイト コリア=毎日
   放送〕、 2002年。

 以上である。その他、『釣りバカ日誌S<スペシャル>』(監督:森崎東、松竹、1994年)〔「崎」の字
は、立サキ〕を次点としたい。「社長」シリーズ、「若大将」シリーズ、植木等主演の映画なども面白かっ
たが、上記作品よりは少し劣るようである。もちろん、例によって小生の好みが100パーセント反映してい
るので、極めて恣意的なベ ストテンであることをお断りしておく。


 某月某日

 DVDで邦画の『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』(監督:野口博士、日活、1960年)を観た。この手のハード・
ボイルド映画は食傷気味で、ほとんど語るべきものはない。麻薬の取引が芝浦の岸壁で行われるというのも
何度観たことか。ただ、この物語では、麻薬捜査官が厚生省(現 厚生労働省)の役人ではなく、「麻薬司
法警察」の人間だったが、そんな部署が現実に存在するのだろうか。ネット(ウィキペディア)で調べたら、
「特別司法警察職員」というのは実在するらしい。赤木圭一郎の「拳銃無頼帖」シリーズは4作あるとの由。
他に、小林旭主演の映画があるが、小生はいずれも未見。せっかくなので、<goo 映画>の「あらすじ」を引
用しておく。執筆者に感謝したい。なお、だいぶ事実誤認があるので、その部分は修正しておくが、寛恕を
乞いたい。

  銀座の裏通りにある病院から、一人の麻薬患者が退院した。「抜き射ちの竜」こと剣崎竜二(赤木
 圭一郎)だ。彼は相手の肩を射抜く、殺さぬ殺し屋として怖れられていた。竜二は宮地組組長の宮地
 (山之辺潤一)と幹部の三田(川辺健三)を射った後、麻薬の禁断症状で気を失ったのだが、助けら
 れて病院へかつぎこまれた。救った男はコルトの銀(宍戸錠)だった。竜二は入院費を出してくれた
 楊三元(西村晃)という男の用心棒になった。楊は麻薬密輸団のボスで、その売りさばきは堀組の手
 を通していたが、最近堀組に当局の手が廻りはじめたので、堀組と手を切ろうと決心していた。竜二
 は洋装店のマダム真木房江(香月美奈子)の部屋で、思いがけぬ男を見た。三島圭吉(沢本忠雄)だ
 った。彼は元プロ・ボクサーで、竜二の弟分だったが、今は廃人同様の麻薬患者になっていた。ある
 夜、竜二が初めて楊のために仕事をした帰途、警官によって車に隠したとされる麻薬を捜索された。
 楊の一味で、密告した裏切り者がいるらしい。竜二が行くところへ、いつも姿を現わす女がいた。同
 じアパートにいる石井みどり(浅丘ルリ子)という女だった。竜二は詰問したが、誤解だった。大き
 な麻薬取引が近づいた。楊は堀組の堀重三郎(二本柳寛)の口をふさぐことを竜二に命じた。竜二は
 コルトの銀とともに堀の事務所に乗りこんだ。わめく堀を銀が射殺した。顔を見られた人間を、銀は
 皆殺しにしたが、それを竜二が咎めた。しかし、それは二人のスタイルの違いだった。裏切り者は、
 トランペット吹きの石井五郎(草薙幸二郎)だった。彼はみどりの兄で、麻薬取締官だったのだ。み
 どりをどこかへ連れて行こうとする楊を竜二が止めた。恋人という理由で。しかし、それは咄嗟の方
 便だった。それでも、それがきっかけでやがて二人は愛し合うようになった。麻薬の取引が行われた
 芝浦の岸壁で、激しい射撃戦が起こった。その際、楊一味はことごとく倒れた。竜二は司直のお縄を
 頂戴するためにみどりと別れなければならなかった。しかし、彼女はいつまでも待っていると言った。

 日活アクション映画のほとんどの要素が詰まった映画といえよう。他に、菅井一郎(志津医師)、高品格
(両刃の源=宮地の子分)、天草四郎(馬場=堀の子分)、藤村有弘(張=楊の配下)、黒田剛(宝=同)、
長弘(朱=同)、小泉郁之助(神戸麻薬取締官)、長尾敏之助(庄田麻薬取締官)、花村典克(吉村刑事)、
緑川宏 (佐々木刑事)、雨宮節子(高田看護婦)、柴田新(運転手)、柳田妙子(堀の情婦)などが出演
している。なお、配役等に関しても、<goo 映画>のお世話になった。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。映画の世界は現実の世界の投影だが、もちろん同一ではない。した
がって、現実にはあり得ない映像や人間群像が描かれているが、そこには自ずと「文法」のようなものが存
在する。いわば、映画の「お約束」に当たるもので、傑作はその枠組を食み出すところから生まれるが、あ
えて「破格」に挑戦して失敗する作品もまた多い。だから、商売になる無難な作品を目指すならば、鑑賞者
の期待や予想をあまり裏切るわけにはいかないのである。たとえば、『水戸黄門』には葵のご紋の入った印
籠が付物であるが、マンネリを避けるためにそれを登場させない場合、多くの鑑賞者から「なぜ、印籠のシ
ーンを組み込まなかったのか」と文句を言われかねないのである。今回観た二つの作品も文法通りの仕上が
りで、それなりの面白さを備えてはいるが、突き抜ける面白さがあるかと言えば、答えは否である。行き着
く先が、ある程度読めるからである。そういう意味では物足りないが、映画は商売でもあるから、仕方がな
いのであろう。しかも、両作ともに「勧善懲悪」が基調となっており、そのせいか、人物を描いているよう
で、その実、登場人物の内面はステレオ・タイプばかりなのである。つまり、厳しいことを言えば、描いて
いるのは「人形」(物語を動かす駒)であって「人間」ではないのである。
 1本目は、『重力ピエロ』(監督:森淳一、「重力ピエロ」製作委員会〔アスミック・エース エンタテ
インメント=ROBOT=テレビ朝日=朝日放送=東日本放送=九州朝日放送=Yahoo! JAPAN=河北新報社=住
友商事〕、2009年)である。井坂幸太郎のベストセラー小説〔筆者、未読〕が原作の由。ミステリーなので
筋書は追わないが、どうせマッチ・ポンプ(自作自演)だろうと思って観ていたら、案の定そうだった。連
続レイプ事件と連続放火事件のシンクロ、弟の出生の秘密、事件が起こる場所の意味、少年犯罪にまつわる
不条理、グラフィティ・アートと遺伝子配列の関係、売春組織、インターネットの「殺人サイト」、DNAに
よる親子鑑定、ストーカーなど、どこかで観たような話がつなぎ合わされており、新鮮なシチュエーション
や観念描写はほとんどなかった。しかも、夫婦の出会い、母親の交通事故死、殺される者の受動性など、安
直な設定に終始しているので、まさに文法通りの手堅さであった。しかも、この父親〔奥野正志〕(小日向
文世)にしろ、次男〔奥野春〕(岡田将生)にしろ、その他の登場人物にしろ、人物造形がこの手の物語の
常套を踏襲しているので、その内面に迫ることはなかった。例外としては、長男〔奥野泉水〕(加瀬亮)と
葛城由紀夫(渡部篤郎)とのレイプをめぐる対話が少し面白く、わずかではあるが緊張を強いられた点であ
る。総じて言えば、「最強の家族」という言種は堅固な土台に基づいて発せられた言葉ではなく、単なる強
がりにしか聞こえなかった。他に、鈴木京香(奥野梨江子=正志の夫、泉水と春の母)、吉高由里子(夏子)、
岡田義徳(泉水の友人)などが出演している。なお、ストーカー(写真など)を描写する際に少し悪乗りし
ており、不自然さは拭えなかった。重い話を少しばかり軽くする目的だったのかもしれない。父親が打ち込
む養蜂も、何を意味していたのだろうか。
 2本目は、『ギャング同盟』(監督:深作欣二、東映東京、1963年)である。この作品もプログラム・ピ
クチャーの域を超えているとは言い難い作品である。刑務所を出所した男がいる。娑婆の空気を吸うのは10
年ぶりで、仲間のひとりが出迎える。10年も経てば世の中は大きく変わっており、焼跡闇市派の付け込む隙
はとうに失われている。そこで、ヤクザ組織の頂点に君臨する会長を誘拐して一旗挙げようとするが、結局
は元の木阿弥に落ち着くという物語である。最後に生き残って、会長の娘が仲間になるという、一種のハッ
ピー・エンディングではあるが、荒唐無稽以外の何ものでもない。出演者を記しておこう。内田良平(風間)、
三田佳子(秋子=会長の娘)、佐藤慶(高本=風間の古い仲間)、アイ・ジョージ(流しのジョー=同)、
曽根晴美(「坊や」と呼ばれている志賀=同)、山本麟一(楠=同)、戸浦六宏(尾形=同)、楠侑子(柾
江=楠の妻、この人も昔の仲間)、平幹二朗(宮島=大同不動産社長)、薄田研二(岸田会長)、八名信夫
(近藤=宮島の部下)、沢彰謙(組織の幹部)などが出演している。薄田研二の大物振りと最後の自殺との
ギャップが少し面白かった。また、その娘秋子役の三田佳子がなかなか魅力的であった。その点が見所であ
る。銃撃戦は後の『仁義なき戦い』シリーズには遠く及ばない。つまり、ピストルごっこにすぎないのであ
る。ちなみに、この映画は、「ギャング」シリーズの第7作に当たる由。なお、配役等に関しては、<goo
映画>を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。両方とも現実にはあり得ないシーンが続出する映画であるが、両者
の間には46年のもの歳月が存在するので、映像処理における技術が長足の進歩を遂げたことが分る。かたや、
昔ながらの特撮技術。こなた、CGを駆使した映像作り。もちろん、前者の方がはるかに劣っていることは
否めないが、それでも過去の東宝の特撮技術にはある種の味わいがあるので、それもまた捨て難いのである。
 1本目は、『ネガティブハッピー・チェーンソーエッジ』(監督:北村拓司、「ネガティブハッピー・チ
ェーンソーエッジ」製作委員会〔デジタル・フロンティア=日活=インデックス・ホールディングス=ユニ
バーサルミュージック=ティー・ワイ・オー=モンスターフィルム〕、2008年)である。家族を交通事故で
失った女子高生が、どんな理由かは分らないが、チェーンソー男とたびたび闘わなければならないシチュエ
ーションが描かれており、それに助太刀する男子高生が絡むといった筋書である。闘いは壮絶を極め、二人
に命の危険も訪れるが、互いに惹かれ合う恋情がそれに打ち勝ち、ついにチェーンソー男を退治するに至る
結末を迎える。主人公の少女は雪崎絵理(関めぐみ)、少年は山本陽介(市原隼人)という。これに、同級
生の能登(三浦春馬)、渡辺(浅利陽介)、陽介の住んでいる学生寮「七光荘」の寮母(野波麻帆)、加藤
先生(板尾創治)などが彩りを添えている。いわば、定番の青春ものである。素材はさまざまな物語から借
りて来たものばかりで新鮮さはなく、結末も実に平凡だけれども、料理の仕方が上手なので、最後まで飽き
ずに観ることができた。大人に対して真正面から反抗することもなく、若さに任せてバカなことにも走らず、
本気で何かに取り組んだりもしない、いまどきのどこにでもいる若者だけれども、どこか可能性を感じさせ
る少年の、少女に対する思いは本物だったのである。その気持をきっちり汲み取る少女の方も、もちろん魅
力的であった。全篇を通してユーモアも適度に組み込まれており、楽しい一篇であった。何よりも、護衛役
の陽介が、絵理の誕生日のプレゼントに、忍者の護身服である「鎖帷子(くさりかたびら)」を贈るという
アイディアが面白かった。防御力1.65倍UPというのも、微妙な数字である。その他、細かい設定がいちいち
凝っているので、かなり楽しめた。他に、佐藤佐吉(市場の肉屋の店長)、新上博巳(チェーンソー男)な
どが出演している。
 2本目は、『キングコング対ゴジラ』(監督:本多猪四郎、東宝、1962年)である。これは以前にもこの
ブログに書いたことであるが、小生が小学校2年生のときに見損なった映画である。実は、この映画と、デ
ィズニーの長篇アニメーション映画(第17作目)である『101匹わんちゃん大行進(One Hundred and One
Dalmatians)』(監督:ウルフガング・ライザーマン、米国、1961年)〔日本公開は1962年〕のどちらかを
観ることになり、小生と弟で意見が分かれたのである。二つとも観ることができなかったのは、家の経済が
許さなかったからであろう。結局、当時、怪獣映画よりも調和的なファンタジーが大好きだった小生が譲ら
ず、兄の特権を利用して後者を観たのである。別々に観ることが叶わなかったのは、弟が就学前の低年齢だ
ったからであろう。したがって、因縁の鑑賞というわけである。この一事はけっこう記憶に鮮明で、恐らく、
かなり後ろめたい思いが残ったからであろう。
 さて、物語であるが、南氷洋に幽閉されていたゴジラが復活し、帰巣本能から日本に向かい、他方、ソロ
モン群島の東方に位置するファロ島に「魔神」として君臨していたキングコング(眠り薬で眠らされていた)
を、製薬会社とタイアップしたテレヴィ局の人間が見世物として日本に連れてこようとした矢先、目覚めて
これも日本に向かったのである。二頭は北関東の那須付近で激突し、ほぼ互角の戦い。さらに、東京を荒ら
し回った後、富士山の裾野で再戦。結局、両者ともに海に転落し、キングコングは泳いでファロ島に帰ろう
とするところで幕を閉じている。ゴジラの消息は不明のまま。人間たちの思惑も描かれているが、それは付
け足しで、東宝創立30周年記念映画にしては少しばかり安直な脚本だった。高島忠夫(桜井修=TTVの社員)、
浜美枝(その妹のふみ子)、佐原健二(藤田一雄=ふみ子の恋人)、藤木悠(古江金三郎=桜井の同僚)、
有島一郎(パシフィック製薬の多胡部長)、若林映子(たみ江=ふみ子の友人)、平田昭彦(重沢博士)、
田崎潤(東部方面隊総督)、根岸明美(チキロの母=ファロ島の住人)、小杉義男(ファロ島の酋長〔現在
では不適切な言葉とされ、字幕では「族長」となっていた〕、田島義文(第二新盛丸船長)、沢村いき雄
(ファロ島の祈祷師)、堺左千夫(大林=パシフィック製薬社員)、松村達雄(牧岡博士)、加藤春哉(パ
シフィック製薬の宣伝部員B)、大村千吉(通訳のコンノ)、桐野洋雄(東部軍陸上二部長)、東郷晴子
(アパートの住人)、田武謙三(TVの解説者)などが出演している。蛇足ながら、現在では「視聴率」とい
うところを、ラジオと同じ「聴取率」という言葉を用いていた。その他、「ビフテキ」や「土人(これも、
不適切な言葉)」などのほとんど死語である言葉も遣われていた。さらに、「チェレンコフ光(原子炉で発
する光)」という言葉が飛び出し、ゴジラの咆哮に少しはリアリティを与えていた。


 某月某日

 DVDで邦画の『波の数だけ抱きしめて』(監督:馬場康夫、フジテレビジョン=小学館、1991年)を観た。
「ホイチョイ・ムービー」3部作の第3弾である。他二つは、『私をスキーに連れてって』(監督:馬場康
夫、フジテレビジョン=小学館、1987年)と『彼女が水着にきがえたら』(監督:馬場康夫、フジテレビジ
ョン=小学館、1989年)で、あの時代を颯爽と駆け抜けたシリーズと言えよう。原作はホイチョイ・プロダ
クションズで、音楽は松任谷由実が担当している。1991年の製作とはいえ、まだまだ十分にバブル時代の雰
囲気を残している「お気楽映画」で、それなりの甘酸っぱい味を持っている恋愛映画でもある。舞台は湘南、
時代は1982年で、学生時代最後の夏休みを本格的なFM局開設という夢に賭けた5人の男女の物語が描かれて
いる。例によって、<goo 映画>の「あらすじ」に頼ってみよう。執筆者に感謝したい。なお、一部改変した
が、ご寛恕を乞う。

  1991年11月、東京の教会で行われた田中真理子(中山美穂)の結婚式に、旧友の小杉正明(織田裕
 二)、芹沢良明(阪田マサノブ)、高橋裕子(松下由樹)、吉岡拓也(別所哲也)の4人が集まった。
 式の帰り、小杉と芹沢はクルマを飛ばして横浜経由で長柄のトンネルを抜け、134号線を茅ヶ崎に向
 かう。小杉は淋しそうな表情を浮かべている。話は1982年5月の湘南に遡る。大学4年生の小杉、芹
 沢、裕子、真理子の4人は、真理子のバイト先のサーフショップ<SUNDAY BEACH>を拠点にノンストッ
 プ・ミュージックのミニFM局<Kiwi>を運営していた。彼らは学生生活最後の夏休みに何か大きなこと
 をやりたいと無線マニアの芹沢の発案でFM局を始めたのだった。自分たちの放送が湘南中の海岸で聞
 けるようになることを夢見る彼らにとって、真理子のDJとしての才能は不可欠だったが、その真理子
 はロサンゼルスにいる両親から航空券を送りつけられており、7月にはロスの大学に編入しなければ
 ならない。真理子は小杉に引きとめてほしいのだが、シャイな小杉は「好きだ」の一言が言えない。
 そんなある日、彼らの前に若い広告マンの吉岡が現れる。真理子に一目惚れした吉岡は、FM放送局の
 計画を知り、真理子のこころをつかむために中継局作りに積極的に協力しはじめる。そして<Kiwi>は
 二人の男の真理子への思いをエネルギーにして、国道134号線沿いに江ノ島方向へ急速に伸び始める。
 そんなとき、吉岡は会社の上司から専売公社(現 JT)が森戸にひと夏オープンするアンテナショッ
 プで行うイベントの企画を命じられ、茅ヶ崎から森戸まで湘南の海辺をカバーするFM放送局「FM湘
 南」の設立を提案。<Kiwi>は森戸を目指してさらに伸びていく。同時に吉岡は真理子に9月までアメ
 リカ行きを延ばすよう頼み込み、真理子もそれを了承するのだった。7月、中継局が葉山まで伸び、
 いよいよ明日はスポンサーが試験放送を聞きにくるという晩、小杉は真理子に気持を打ち明けようと
 決心し、真理子を呼び出すが、ふとした行き違いから真理子の気持が完全に吉岡に移ったものと誤解
 してしまう。一方、真理子もかつて小杉に思いを寄せていた裕子が小杉と抱き合っているのを目撃し
 て、深く傷つきアメリカへの旅立ちを決心する。吉岡は、真理子と小杉の仲を取り持つため、試験放
 送を犠牲にして、小杉の「愛してる」という言葉を電波に乗せさせようとする。だが、この放送が失
 敗すれば吉岡は会社をクビになるのだ。それどころか、開設準備のために会社の資金を注ぎ込んでい
 たので、背任横領になるかもしれない瀬戸際である。悩んだ末、小杉はマイクに向かうが、間一髪で
 真理子が運転するクルマは長柄のトンネルに入り、その思いは伝えられなかったのだった。

 何とも生温い「恋愛映画」だが、青春の淡き夢を上手にアレンジしており、小生としては3部作のうちで
一番面白かった。真理子役の中山美穂の魅力はもちろんだが、裕子役の松下由樹が何ともいじらしくて、彼
女の当たり役ではないかと思う。今、ネット(ウィキペディア)で調べたら、「1992年には映画『新・同棲
時代』(筆者、未見)と『波の数だけ抱きしめて』で、第15回日本アカデミー賞助演女優賞を受賞」とあり、
さもありなんと思った。小生にとって、青春映画はあまりに面映いが、ときどき観ると若返ることができる
ので、こんなお洒落な映画をまた観てみたいと思った。なお、吉岡の勤めている広告会社は「博放堂」で博
報堂と一字違いの会社であったが、真理子の通う大学は上智大学(小杉も同じ大学に通っているらしい)で、
その父親の勤務する会社は住友商事だった。その他、<POPEYE(ポパイ)>などの若者向け雑誌も実名のまま
だったのに、どうして博報堂だけ名前を変えたのだろうか。思うに、「吉岡のような<尻軽男>がうじゃうじ
ゃいるように思われては困る」という風に抗議されることを懼れたのであろうか。他に、勝村政信(池本=
吉岡の同僚)が出演している。


 某月某日

 DVDで邦画を4本観たのでご報告。1本目は、『KT』(監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカ
ノン=デジタルサイト コリア=毎日放送〕、2002年)である。原作は中薗英助の『拉致 ー知られざる金
大中事件』(新潮文庫刊)〔筆者、未読〕である。1971年の大韓民国(以下、韓国と表記)の大統領選挙で
新民党の大統領候補(後に、第15代大統領に就任している。1998-2003年、在任)になった金大中(キム・
デジュン)は、1973年8月8日、東京に滞在中のところ何者かによって拉致され行方不明になった。この事件
を中心に物語は展開するが、阪本順治らしい骨太の作風で、実際にあった事件を扱いながらも、歴史を描く
というよりも人間の内面を描こうとしている。とくに、金大中拉致事件の実行犯のリーダーである金車雲役
の金甲洙(キム・ガプス)や、それを補佐した現役自衛官の富田満州男を演じた佐藤浩市の存在感がこの映
画を支えていると思う。その他、KCIA(韓国中央情報局)のメンバー、北朝鮮民主主義人民共和国(以下、
北朝鮮と表記)の工作員、在日コリア、日本の公安警察、夕刊紙の記者などが複雑に絡み、エンタテインメ
ントとしても十分に楽しめる内容になっている。ただし、富田とヤン・ウニョンが演じた李政美の恋愛関係
にはあまりリアリティが感じられなかった。その点が少し惜しいと思った。例によって、<goo 映画>の「あ
らすじ」がよくまとまっているので、引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、
ご海容いただきたい。

  1973年6月、第6代韓国大統領の朴正煕(パク・チョンヒ、キム・ミョンジュンが演じている)軍
 事政権下の韓国から亡命し、日本で故国の民主化のために精力的な活動をしていた金大中(チェ・イ
 ルファが演じている)を拉致暗殺せよとの至上命令を受けた駐日韓国大使館一等書記官である金車雲
 らは、いよいよそれを実行に移そうとしていた。名付けてKT作戦。その作戦に、朴大統領と陸軍士官
 学校時代から繋がりを持つ自衛隊陸上幕僚二部部長の塚田昭一陸将補(大口ひろし)によって、民間
 興信所(大和リサーチ)を開設しKCIAをサポートするよう命じられた陸幕二部所属の富田満州男三佐
 は、さまざまな手を使って金大中の行方を追うが、その度に、大使館内部の密通者に偽の情報をつか
 まされてしまう。そんな中、彼は金大中の取材に成功していた「夕刊トーキョー」の記者である神川
 昭和(原田芳雄)に接近し、遂に金大中が8月9日に自民党で講演を行うとの情報を入手。報を受けた
 金車雲は、それを機に作戦を実行しようとする。ところが、またしてもその計画が漏洩し、神川を通
 して週刊誌にスクープされてしまった。この事態に、KCIAは金大中が講演の前日に日本滞在中の民主
 統一党党首の梁宇東(ユ・イルファンが演じている)を訪ねる機会を狙って、強行手段に打って出る
 ことに。そしてそこには、自衛隊関与の疑惑を恐れた上官から一切手を引くように言い渡されながら、
 想いを寄せる韓国人女性の李政美の手術費用(彼女はKCIAに拷問を受け、身体中に傷を負っている)
 を協力費として金車雲から受け取った富田の姿があった。予想外の展開があったものの、金大中拉致
 に成功する金車雲たち。彼らは、用意してあった船で故国へと走り出すが、アメリカの要請を受けた
 自衛隊によって計画は阻止されてしまうのだった。その後、上官から退官を命じられた富田は、金車
 雲を心配してすべてを神川に告白。李政美と田舎で暮らすそうとするが、一発の銃弾によって命を奪
 われる。

 日本と韓国との関係は、歴史上の遺恨もあって相当複雑に入り組んでおり、小生のような戦後生まれの者
には想像もつかない様相を呈している。金大中のボディ・ガードを務める在日コリアの金甲寿(筒井道隆)
の母親(江波杏子)が、甲寿と日本人との結婚を絶対に許さない姿勢も分らないではない。しかし、「日帝
36年の恨(ハン)」(拉致事件に関わった女性の言葉)があるにしても、「何とか変えられないか」という
思いもある。今後、日本と韓国との関係は迷走をつづけていくのかもしれないが、隣国ということもあり、
朝鮮半島の統一問題も絡めて、よくよく考慮していかなければならないだろう。他に、キム・ビョンセ(金
俊権=駐日韓国大使館公使、金大中拉致事件の陰の指揮者)、香川照之(佐竹春男二尉=富田の部下)、柄
本明(内山洋二佐=陸幕二部別班班長)、光石研(柳春成=駐日韓国大使館二等書記官)、利重剛(洪性震=
拉致事件に途中から参加)、ユ・ジェミョン(白哲現=同)、麿赤兒(川原進=「夕刊トーキョー」のデス
ク)、中本奈奈(高島俊子=甲寿の恋人)、平田満(趙勇俊=民主・統一事務所のメンバー)、木下ほうか
(金君雄=同)、白竜(柳沢三郎=ヤクザの親分)、浜田晃(高井警察庁長官)、佐原健二(内閣官房長官)、
山田辰夫(小松外事課警部補)、康すおん(尹英学=駐日韓国大使館参事官)、金廣照(金銅忠)、中沢青
六(和田博)、水上竜士(内閣官房長官秘書)、田中要次(塩田=駐車場の管理人)、甲本雅裕(五木寛)、
真鍋尚晃(東豊)、井川修司(菊村透)、笠松伴助(上野光)、蜷川みほ (村田輝子)、宇口得治(料金
所係)、キム・デソン(金敬一)、チェ・ジョンウ(李厚成)、チョン・ジョンフン(劉永善=横浜領事館
副領事)、パク・ソンウン(韓尚石=駐日韓国大使館二等書記官)、チョ・ムニ(李台建=神戸領事館副領
事)、ナ・ジェギュン(朴相夏)、木村慶太(朴星一)、松原末成(金命基)、奥原邦彦(金起国)、キム・
ソヌァ(金鳳美)、イ・ヨング(宗成民)、イ・ソンホ(李奉周)、ハン・デグァン(朴秀烈)、ヤン・チ
ャンワン(鄭万吉)、ノ・スンジン(李輝潤)、チャン・ドゥイ(姜済宣)、城尚輝(張正男)、川屋せっ
ちん(申明哲)、博通哲平(北朝鮮工作員)、藏大貴(同)、七世一樹(KCIAのメンバー)、越康広(KCIA
のメンバー)、下原浩二(自衛隊員)、小田嶋学(同)、金子政(若い記者)、平沼紀久(新聞記者)、吉
田悟(同)、井上和浩(甲寿に絡む学生)、光宣(同)、瀬戸佐知子(大和リサーチの女事務員)、パク・
チョンホ(通信員)、ソク・ジョンマン(金大中の秘書)、亜南博士(警察庁の係官)、井上浩郷(タクシ
ーの乗客)、李相日(トラック運転手)、今川誠(柳沢の子分)、脇本カオル(ウエイトレス)、宇賀神明
広(刑事)、渡辺熱(同)などが出演している。
 2本目は、『釣りバカ日誌S<スペシャル>』(監督:森崎東、松竹、1994年)〔森崎のサキの字は、
「大サキ」ではなく、「立サキ」であるが、フォントがないので、大サキとしておく。以下、同じ〕である。
この作品は、今まで観た同シリーズの中でもとくに優れている。これまでの『男はつらいよ』シリーズの併
映作品と異なり、お盆休み一本立て興業として森崎東を起用した松竹の思惑が成功したと言えよう。もっと
も、プログラム・ピクチャー(そう言っては失礼か)としての栗山富夫の演出が劣っているというわけでは
なく、あくまで<スペシャル>なので、キャストやスタッフも気合が入ったのであろう。筋は追わないが、
今回は、スーさん(三國連太郎)とハマちゃん(西田敏行)の妻であるみち子(石田えり)の「不倫疑惑」、
さらには、佐々木課長(谷啓)の娘の志野(富田靖子)と、スーさんの友人(西村晃)の息子の健吾(加勢
大周)との「お見合い話」などがメインとなっているが、細かい演出が実に嵌っており、さすが森崎東だと
思った。他に、田中邦衛(田宮自転車店主)、清川虹子(その母)、加藤武(秋山専務)、戸川純(恵)、
山瀬まみ(久美子)、松尾嘉代(バーのマダム)、前田武彦(堀田常務)、中本賢(太田八郎)、竜雷太
(原口=鈴木建設社員)、ケーシー高峰(帝國秘密探偵社調査員)、八木昌子(佐々木課長の妻)、笹野高
史(前原社長付運転手)、石丸謙二郎(草森秘書室長)、大森嘉之(酒屋のタケちゃん=志野の幼馴染)、
河原サブ(みち子の兄)などが出演している。
 3本目は、『霧笛が俺を呼んでいる』(監督:山崎徳次郎、日活、1960年)である。主演の赤木圭一郎は、
2年弱の間に24本の映画に出演し、1961年2月21日、21歳の若さで亡くなっている、当時日活期待のホープ
だった俳優である。石原裕次郎や小林旭ともに売り出されたわけだが、その甘いマスクやサッパリした性格
から、生きていれば相当な存在になったと思われる。例によって、<goo 映画>の「あらすじ」がよくまとま
っているので、引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、寛恕を乞う。

  すずらん丸はエンジンの故障で出航を延期し、船員は陸に上った。二等航海士の杉敬一(赤木圭一
 郎)は便乗した車の運転手とともにバー「35ノット」に行った。船員が女給のサリー(天路圭子)に
 からんだことから、乱闘になった。杉も警官に連行された。翌日杉は友人の浜崎守雄(葉山良二)に
 会いに出かけた。しかし、浜崎は二週間前に突堤で溺死体になって発見されたのだという。当局は自
 殺と断定していた。しかし、浜崎の妹ゆき子(吉永小百合)は殺されたのだと思うと言った。森本刑
 事(西村晃)は浜崎がペイ(麻薬)の売人であったと教えた。杉が留守の間にサリーから電話がかか
 ってきたが、杉がアパートへ行った時には、彼女は殺されていた。杉は浜崎の恋人美也子(芦川いづ
 み)と浜崎の溺死現場に行った。ロープは刃物で切られていたことを知り、杉は他殺だと判断した。
 その後、杉と美也子は「35ノット」の支配人渡辺(内田良平)の配下に襲われたが、杉はそれを撃退
 した。渡辺一味はサリーの友人和子(堀恭子)の命を狙っていた。杉は和子をすずらん丸にかくまっ
 た。和子はサリーの恋人が浜崎溺死事件の日から行方不明になっていると言った。杉は浜崎が生きて
 いると考えた。浜崎に会わせろと渡辺につめよった。浜崎が姿を現わした。彼は杉に事件から手を引
 けと迫った。杉がすずらん丸に帰ると森本刑事から封書が届いていた。浜崎が犯している麻薬密売の
 証拠写真で、浜崎の住所を教えるようにと書いてあった。杉は浜崎を自首させようと思った。一方浜
 崎は、ペイをもち出して逃亡の準備をした。感づいた渡辺一味は浜崎を殺そうとした。浜崎が隠れ家
 のホテルに帰ると杉と美也子が待っていた。二人は自首をすすめた。しかし、浜崎は拳銃を抜いた。
 そのとき、森本刑事がドアを叩いた。浜崎は逮捕された。だが、エレベーターに殺し屋がいた。殺し
 屋は森本刑事に射たれたが、その隙に浜崎は逃げ出した。しかし、浜崎は肩を射たれ、やがてホテル
 の非常階段から墜落して死んだ。翌朝、出航したすずらん丸のデッキで、杉は去り行く横浜の街をい
 つまでも見つめていた。美也子が霧の中に佇んでいた。

 日活アクション全盛期の作品としてそれなりに面白かったが、圭一郎には裕次郎のような翳りがあまりな
いので、少し平板な感じがした。筋書も平凡で、この手の映画の常套に終始していたことが惜しまれる。そ
の他の出演者としては、二本柳寛(柳田)、野呂圭介(35ノットでの乱闘に加わった男)以外には知ってい
る俳優がいなかった。
 4本目は、『新・仁義なき戦い』(監督:阪本順治、東映京都、2000年)である。同監督の作品としては、
当該作品を含めてこれまで12本鑑賞している。年代順に挙げれば、次の通りである。

 『どついたるねん』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所、1989年。
 『鉄〈TEKKEN〉拳』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所、1990年。
 『王手』、監督:阪本順治、荒戸源次郎事務所=アポロン=毎日放送、1991年。
 『トカレフ』、監督:阪本順治、サントリー=バンダイビジュアル=荒戸源次郎事務所、1993年)。
 『顔』(監督:阪本順治、松竹=衛星劇場=毎日放送=セディックインターナショナル=КИНО、
  1999年。
 『ぼくんち』、監督:阪本順治、「ぼくんち」フィルムパートナーズ、2002年。
 『KT』、監督:阪本順治、「KT]製作委員会〔シネカノン=デジタルサイト コリア=毎日放送〕、
  2002年。
 『この世の外へ/クラブ進駐軍』、監督:阪本順治、松竹=衛星劇場=角川大映映画=朝日放送=エフ・  
  シー・ビー・ワールドワイド=セディックインターナショナル=システムデ=КИНО、2003年。
 『亡国のイージス』、監督:阪本順治、日本ヘラルド映画=松竹=電通=バンダイビジュアル=ジェネ
  オン エンタテインメント=IMAGICA=TOKYO FM=産経新聞社=デスティニー、2005年。
 『カメレオン』、監督:阪本順治、「カメレオン」製作委員会〔セントラル・アーツ=東映ビデオ=バッ
  プ=テレビ東京=EPICレコードジャパン=東映エージェンシー=アークエンタテインメント〕、2008年。
 『闇の子供たち』、監督:阪本順治、「闇の子供たち」製作委員会〔セディックインターナショナル=
  ジェネオン エンタテインメント=アミューズ〕、2008年。

 阪本監督にはキナ臭い作品も多く、暴力描写にも独自性があって、かなり個性的な監督だと思う。その
監督が、何故、深作欣二の代表作である『仁義なき戦い』シリーズに挑戦したのだろうか。少し疑問である。
しかも、完全なリメイク作品ではない。同じく深作作品である『仁義の墓場』(監督:深作欣二、東映京都、
1975年)のリメイクである『新・仁義の墓場』(監督:三池崇史、東映ビデオ=大映、2002年)を三池崇史
が撮っているが、それと比べるとどうも違和感が伴うのである。ただし、物語自体はけっこう練られていて、
飽きずに観ることができた。この作品も<goo 映画>の「あらすじ」を引用させていただこう。執筆者に感謝
したい。なお、例によって一部改変したが、ご海容願いたい。

  舞台は大阪。跡目争いで揺れる左橋組では、四代目候補として若頭補佐の粟野和市(岸部一徳)と
 世代交代を訴える中平淳史(佐藤浩市)の名前が挙がっていた。粟野組の幹部である門谷甲子男(豊
 川悦司)は、粟野を組長に押し上げるべく奔走。一方の中平側は、コリアン実業家として手広くビジ
 ネスを張る栃野昌龍〔洪昌龍〕(布袋寅泰)の地下銀行に目をつけ、彼を取り込もうと躍起になって
 いた。しかし、昌龍は徹底したヤクザ嫌いで、中平の誘いには乗ろうとしない。そんな昌龍の動向を、
 門谷は注視していた。実は、ふたりは貧民街で育ち、なんでも分け合った幼なじみだったのだ。さて
 その後、跡目争いは中平に有利に動いていった。中平の策略で孤立を深めていく粟野。彼は、遂に門
 谷に中平撃ちを命じるが、居合わせた昌龍によって計画は失敗。粟野は失脚し、四代目は中平が継ぐ
 こととなる。ところが、昌龍の店で開かれた襲名パーティに再び門谷が乗り込んで銃を乱射した。し
 かし、またしても致命傷を与えることの出来ない門谷。そんな彼の代わりに命を落としてまで中平を
 撃ったのは、栃野だった。この事態に、大慌ての組の幹部は粟野を担ぎ出すことを決意。そんな組織
 に嫌気がさした門谷は、傷ついた身体を引きずって実家へ帰るのだった。

 飯干晃一の原作を読んでいないので何とも言えないが、深作作品にあった敗戦後の泥臭さや広島弁独特の
遣り取りがないので、どうも『仁義なき戦い』とは思えないのである。音楽も布袋寅泰がアレンジしている
ので別のものだし、「実録調」もやめているので何か張り合いがなかった。やはり、題名を別のものにした
方がよかったのではないかと思う。また、布袋を役者としても起用しているが、あの顔と存在感は抜群なの
にやはり演技に難があった。もっとも、『赤い月』(監督:降旗康男、東宝=日本テレビ=電通=読売テレ
ビ=読売新聞社=日本出版販売=SDP、2003年)での将校役よりもずっとましであったが……。『からっ風
野郎』(監督:増村保造、大映東京、1960年)における三島由紀夫や、『冬の華』(監督:降旗康男、東映
京都、1978年)における小林亜星にも注文をつけたが、動き出すシーンでタイミングを計っているのが見え
見えで、いかにも演技をしているという感じになってしまうのだ。しかし、繰り返すが、布袋の個性は群を
抜いているので、いつかまた挑戦して欲しいと思う。他に、村上淳(山下鉄雄)、小沢仁志(斎木保)、松
重豊(松田安蔵)、大和武士(遠山鯛一郎)、哀川翔(韓秀国)、早乙女愛(登美子=粟野の妻)、余貴美
子(椿=昌龍の妻)、織本順吉(溝口武雄=若頭)、曽根晴美(宮松司郎=舎弟頭)、志賀勝(篠崎正彦)、
佐川満男(梶原治=丸暴の警察官)、川上泳(三つ馬浩)、水上竜士(伊田泰治)、中本奈奈(君子)、俊
藤光利(韓建基)、康すおん(友田三郎)、衣笠友章(高石晋)、浜田学(杉孝夫)、平井賢治(千藤芳彦)、
井川修司(小石彰一)、大地義行(粟野幹二)、寺尾繁輝(村田)、久保田直樹(東)、山田武(佐藤)、
千田孝康(店員)、武田一度(不動産業者)、山之内幸夫(教師)、岩尾正隆(池田順次)、谷口高史(黒
岩)、伊吹友木子(松井友木子)、村木勲(田丸厳)、野口貴史(島津猛)、下祢秀平(門谷の少年時代)、
梅林亮太(栃野の少年時代)、榎田貴斗(虎水)、武井三二(国松愛二)、福本清三(戸田孝夫)、森保郁
夫(佐伯)、森下桂子(一美)、春藤真澄(門谷の母親)、細川純一(栃野の父)、鈴川法(栃野の母)、
本山力 モトヤマ (中川)、芳野史郎(山本)、秋谷まり子(ヤクザの女)、大林菜穂子(同)、宇口徳治
(老父)、うわぎ喜代子(老婦)、壬生新太郎(新聞配達所の主人)、浅田祐二(職員)、小峰隆司(マス
ター)、杉山幸晴(斎木のボディガード)などが出演している。阪本映画の常連である大和武士が睡眠薬ジ
ャンキーの役を好演している。この人はプロのボクサー(元日本ミドル級チャンピオン)だった人だが、ボ
クサーの役よりも似合っていた。なお、2008年に傷害罪で逮捕されているらしい(懲役1年6月、執行猶予
4年の有罪判決を受けた由)〔ウィキペディアより〕。もう立ち直ったのだろうか。
 なお、以上4本の映画の配役等に関しては、同じく<goo 映画>のお世話になった。


 某月某日

 DVDで邦画の『ノン子36歳(家事手伝い)』(監督:熊切和嘉、日本出版販売=東映ビデオ=ゼアリズエ
ンタープライズ、2008年)を観た。熊切監督の作品を鑑賞するのは2本目だが、以前に観た『アンテナ』
(監督:熊切和嘉、オフィス・シロウズ=グルーヴコーポレーション、2003年)よりはずっと上手になって
いると思った。デビュー作の『鬼畜大宴会』(1998年、大阪芸術大学卒業制作)は未見だが、話題になった
ことは覚えている。物語は、タレント活動に芽が出ず、結婚にも失敗して実家に戻っている36歳の女性の内
面を描くもので、主人公の坂東ノブ子(タレント名は飯島ノン子)を坂井真紀が好演している。この映画の
登場人物は皆どこか箍が外れている感じのする人たちで、奇妙なリアリティに満ちている。換言すれば、現
代人における人間関係の曖昧さがよく表現されていると思った。ノブ子の、元亭主の宇田川(鶴見辰吾)や、
坂東家に居候する藤巻マサル(星野源)に対する思いは、期待と幻滅のカクテルとなっており、その複雑な
感情がノブ子のやるせない顔からあふれ出ていた。しかし、最後のシーンでノブ子は鶏を捕まえることに成
功し(この物語のトリック・スターであるヒヨコが成長した鶏)、そのときに浮かべた笑顔がすべてを救済
している。おそらく、日本国中で、こんな境遇にいる女性はたくさんいるだろうが、「めげずに生きていこ
う」というメッセージは、きちんと伝わっていると思った。他に、津田寛治(安田時生=縁日の手配師)、
新田恵利(富士子=ノブ子の同級生、和風スナック藤のママ)、斉木しげる(ノブ子の父親)、宇津宮雅代
(ノブ子の母親)、佐藤仁美(ノブ子の妹)、舘昌美(和人)などが出演している。なお、配役等に関して
は、<goo 映画>を参照した。これは蛇足であるが、母親役の宇津宮雅代を何十年かぶりで見た(1983年-2000
年、休業)。TV番組の『大岡越前』(第1部-第6部、1970年-1982年、TBS)で、大岡越前守忠相(加藤剛)
の妻の雪絵(初代)役での印象が強い。最初は誰か分からなかったが、健在だったというわけである。


 某月某日

 DVDで邦画の『釣りバカ日誌6』(監督:栗山富夫、松竹、1993年)を観た。かなり無理のある筋書で、
この手の喜劇によくある「人違いが一騒動を起こす」といった類の物語。スーさん(三國連太郎)のマドン
ナとして、釜石の旅館の仲居をしている本間澄子(久野綾希子)が登場している。二人の、遠野や鎌倉での
デートが微笑ましい。しかし、澄子の娘の佳奈(喜多嶋舞)の結婚式における披露宴のシーンは、類似のシ
ーンを何度も観ているので本当にうんざりした。実際の冠婚葬祭が苦手な小生は、映画におけるこの手のシ
ーンにも嫌悪感が湧くので少し厄介である。なお、釜石での釣りのターゲットはアイナメ。スーさんは遠野
でも岩魚を釣っている。妻のみち子(石田えり)に怒られっ放しのハマちゃん(西田敏行)の今回のハイラ
イトは、スーさんと間違われて出た宴会での奇妙な裸踊りであるが、あれが面白いのだろうか。「社長」シ
リーズでも、初期の頃は、社長役の森繁久彌の「泥鰌掬い」が見られたが、あの手の宴会芸は今日では廃れ
てきたのではないだろうか。また、三木のり平が演じたような宴会部長も今の会社には要らなくなってきた
のではないか。要するに、日本人の定番も少しずつ変わってきているのである。他に、豊川悦司(新聞記者)、
谷啓(佐々木課長)、中本賢(太田八郎)、戸川純(恵)、笹野高史(前原社長付運転手)、加藤武(秋山
専務)、前田武彦(堀田常務)、織本順吉(釜石市助役)、塩見三省(同市職員)、園田裕久(草森秘書室
長)、丹阿弥谷津子(鈴木久江)、上野友(鯉太郎)などが出演している。


 某月某日

 また、開戦の日がやってきた。もはや取り返せない歴史の重みを感じる日。戦後の日本は、どう変わった
のか、今日もまたしばし考えてしまった。
 ところで、詩人吉岡実は、「静物」とか「僧侶」とか「サフラン摘み」とかで有名だが、小生としては、
初期の作品である「過去」(詩集『静物』に所収)が一番好きである。この詩に初めて触れたときの、背中
に走った戦慄が忘れられない。

  過去

 その男はまずほそいくびから料理衣を垂らす
 その男には意志がないように過去もない
 鋭利な刃物を片手にさげて歩き出す
 その男のみひらかれた眼の隅へ走りすぎる蟻の一列
 刃物の両面で照らされては床の塵の類はざわざわしはじめる
 もし料理されるものが
 一個の便器であっても恐らく
 その物体は絶叫するだろう
 ただちに窓から太陽へ血をながすだろう
 いまその男をしずかに待受けるもの
 その男に欠けた
 過去を与えるもの
 台のうえにうごかぬ赤えいが置かれて在る
 斑のある大きなぬるぬるの背中
 尾は深く地階へまで垂れているようだ
 その向こうは冬の雨の屋根ばかり
 その男はすばやく料理衣のうでをまくり
 赤えいの生身の腹へ刃物を突き入れる
 手応えがない
 殺戮において
 反応のないことは
 手がよごれないということは恐ろしいことなのだ
 だがその男は少しずつ力を入れて膜のような空間をひき裂いてゆく
 吐きだされるもののない暗い深度
 ときどき現われてはうすれてゆく星
 仕事が終わるとその男はかべから帽子をはずし
 戸口から出る
 今まで帽子でかくされた部分
 恐怖からまもられた釘の個所
 そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす

 生きるということは素晴らしいことなのだろうか。生き残るということは慶ばしいことなのか。過去のな
い男に幸いあれ。すべての行為が悪に染まり、その罪状に慄くとき、人は生という営みの恐ろしさに気付く。
せめて過去を抹殺することが可能ならば、また生きてゆける。平気で「赤えいの生身の腹へ刃物を突き入れ
る」ことができるというわけだ。日本も、過去をすっかり忘れて、何処へ行こうとしているのか。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の十二月の詩の中に、永い年月が感慨深い思いを醸成
することがあることを伝える詩がある。

 十二月十七日

 どれが好きと少女は少年に訊ね
 これと少年は少女に答えた
 彼は四十年前その少年だった
 少女の消息をたずねたことは一度もない

 50年あまり前のある人の初恋の話である。その人とうどん屋でうどんを食べている女の子がその人の初恋
の人である。当時、二人とも四歳ぐらいで、お河童に花飾りの髪型が忘れられないという。思春期の頃、二
人は大人の恋に陥ったが、やがて破れて離れ離れになった。四半世紀ほど前に一度だけ逢っているが、その
後互いに音信不通である。ある日(その日は女の子の誕生日だったが)、その人は女の子に電話しようとチ
ラッと思ったという。でも、やめた。古き恋にもはや一頁も後日談を付け加えたくなかったからである。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。1本目は、『釣りバカ日誌5』(監督:栗山富夫、松竹、1992年)で
ある。ハマちゃん〔浜崎伝助〕(西田敏行)とみち子さん(石田えり)の愛(合体)の結晶である鯉太郎君
(上野友)の物語。赤ちゃんをめぐって騒動が持ち上がるという筋書は他の映画などを通して見飽きている
ので、さして新味はなかった。しかもこの作品はすでに鑑賞済みであった。スッポンの場面で思い出したの
である。ただし、他の部分はほとんど忘れていた。例によって、<goo 映画>の「すじがき」がよくまとまっ
ているので、引用させていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部改変したが、ご海容いただきたい。

  浜崎家の長男の鯉太郎もそろそろ満1歳、ヨチヨチ歩きを始め、みち子さんは目を離すひまもない。
 ハマちゃんこと伝助も今や釣りよりも鯉太郎というほどで、スーさんこと鈴木一之助(三國連太郎)
 も困惑気味。おまけにハマちゃんの母親たき(乙羽信子)が上京して来て、しばらく滞在することに
 なった。数日後、みち子さんはたきに鯉太郎を預け、同窓会に出かけたが、たきがぎっくり腰で動け
 なくなり、ハマちゃんが鯉太郎を背負って会社へ行くはめになる。だがふとした隙に鯉太郎がいなく
 なってしまい、会社内は上を下への大騒ぎ。ようやく鯉太郎はスーさんのいる社長室で無事見つかる
 が、ハマちゃんはこの責任をとって左遷され、丹後半島でひとり「スッポン養殖場」を担当すること
 に。ひとりきりになり意気消沈するハマちゃんだが、スーさんに連れられてみち子さんと鯉太郎がや
 って来るとたちまち元気になり、早速スーさんとブリ釣りに夢中になる。そしてみち子さんと鯉太郎
 も呼んで3人で暮らすことにする。今度はスーさんが意気消沈するが、まさに引っ越しという日、養
 殖していたスッポンが全部死んでしまったとハマちゃんが戻って来た。こうしてまたハマちゃんは本
 社に戻ることになり、釣りバカ・コンビは復活するのだった。

 自分の子どものことになるとむきになる人は多いが、ハマちゃんもその例に漏れない。しかし、世の中に
は子どもの苦手な人もいることを忘れないでほしい。いざ子どものことになると、誰もが親身になってお世
話してくれると思ったら大間違いだからである。しかし、少子化が問題になっている昨今、やはり誰の子ど
もであれ、子どもには気を遣うべきなんだろう。他に、中本賢(太田八郎)、戸川純(恵)、笹野高史(前
原社長付運転手)、谷啓(佐々木課長)、加藤武(秋山専務)、園田裕久(草森秘書室長)、前田武彦(堀
田常務)、神戸浩(スッポン養殖場におけるハマちゃんの前任者)、佐々木勝彦(鈴木建設社員)などが出
演している。ところで、スッポンは共喰いするのだろうか。養殖場でスッポンが全滅した原因が、まさにそ
の共喰いだったので、少し気になった。
 2本目は、『そうかもしれない』(監督:保坂延彦、「そうかもしれない」製作委員会、2005年)である。
老老介護の問題を真正面から扱っている映画。これまでにも、いわゆる「高齢社会」問題に取材した映画は
けっこうあり、『恍惚の人』(監督:豊田四郎、芸苑社、1973年)を嚆矢として、『人間の約束』(監督:
吉田喜重、西部セゾングループ=テレビ朝日=キネマ東京、1986年)、『老人Z』(監督:北久保弘之、東
京テアトル=ザ・テレビジョン=ムービック=テレビ朝日=ソニーミュージックエンタテインメント、1991
年)、『阿弥陀堂だより』(監督:小泉堯史、『阿弥陀堂だより』製作委員会、2002年)、『折り梅』(監
督:松井久子、エッセン・コミュニケーションズ、2002年)、『ホーム・スイートホーム 誰にでも帰りた
い家がある』(監督:栗山富夫、アークビジョン、2004年)、『死に花』(監督:犬童一心、東映=アミュ
ーズ=テレビ朝日=東映ビデオ=IMJエンタテインメント=毎日新聞社、2004年)、『メゾン・ド・ヒミコ』
(監督:犬童一心、アスミック・エース エンタテインメント=IMJエンタテインメント=日本テレビ放網=
S・D・P=カルチュア・パブリッシャーズ、2005年)などが直ぐに思い出されるだろう。そういう意味では、
屋上屋を架すことになるかもしれないが、出演者の桂春團治(作家の高山治役)と雪村いづみ(その妻ヨシ
子役)のコンビネーションが抜群なので、ささやかな題材ながら人のこころを打つ作品となっている。また、
本格的な「老老介護」を描いている作品は他にあまりないのではないか。夫婦二人だけの世界なので、惚け
た方も、惚けられた方も、互いに労わり合わなければならないことがよく伝わってくる。小生にも子どもが
いないので、妻と二人でこの夫婦のようになるのかもしれない。少しだけ、覚悟はできている。耕治人原作
(筆者、未読)の「天井から降る哀しい音」、「どんなご縁で」、「そうかもしれない」、「一条の光」が
アレンジされているという。機会があれば、読んでみたい。他に、阿藤快(甥の武=ヨシ子の姉の子。森田
石油というガソリン・スタンドを経営している)、下條アトム(神田書房の編集者である時岡)、烏丸せつ
こ(ヨシ子を世話するヘルパー)、夏木陽介(医師)、柳家小三治(花屋)などが出演している。
 3本目は、『ギャング対Gメン』(監督:深作欣二、東映東京、1962年)である。「ギャング」シリーズ
の第4作の由。更生していたはずの元ヤクザが、警察の下請けとしてGメンを引き受け、以前のライヴァル
のギャングと戦うという物語。『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵は手下に狗(いぬ)〔盗人稼業から足を洗い、
役所のために働く密偵の事を盗賊たちが蔑んでいう言葉。ウィキペディアより〕を用いるが、まさにその役
柄である。荒唐無稽であるが、60年代だとあるいはそんな人間がいたかもしれないと思わせるところがミソ。
例によって、<goo 映画>の「あらすじ」がよくまとまっているので、引用させていただく。執筆者に感謝し
たい。一部改変したが、ご海容を乞う。

  暴力組織に内偵中のGメン三人が殺された。辰村重吾(丹波哲郎)を社長とする三立興業のしわざ
 と分ってはいても確証がない。そこで警察では組織入りするためにゲリラ作戦を計画して、大将格の
 元三立興行幹部で拳銃の名手である東島量次(鶴田浩二)以下、元ボクシング・チャンピオンの前田
 丈治(富田仲次郎)、自動車泥棒が専門の松島守(砂塚秀夫)、鍵師の石原五郎(曽根晴美)、現役
 刑事で食み出し者の野口雄一(織本順吉)らが選ばれると、東島の腹違いの弟である梶修(千葉真一
 〔JJサニー千葉〕)が強引に仲間入りし、東島を兄貴の仇と狙う殺し屋の黒木雅夫(梅宮辰夫)が東
 島の護衛として離れない。東島が他の奴に殺されれば、仇が討てないからである。こうして七人の無
 頼漢は辰村の眼を惹くために三立興業の縄張りを荒して回った。そのころ、三立興業に潜入した修か
 ら情報が入り、奴らの資金源が「密造酒」であることが判明した。しかし、密造酒運搬車が分らない。
 松島と丈治が運搬車の尾行に成功したが、護衛車に銃撃を浴びまかれてしまった。辰村は自分の車が
 つけられたと知ると、罠を仕掛けて東島らを殺そうとし、失敗すると東島の恋人水野明子(佐久間良
 子)を人質に取り、東島に手を引かせようとした。さらに修がスパイと分ると東島の目の前で射殺し
 た。そこで東島は辰村の眼を幻惑するためにグループ解散のかたちをとった。ある夜、ついに野口と
 松島が運搬車を見つけ尾行することに成功し倉庫街へきた。野口は小躍りし東島に連絡した。急拠東
 島らは倉庫へ駈けつけると、拳銃を手にした辰村の子分たちに囲まれ、爆薬を仕掛けた倉庫に閉じ込
 められた。呆然とする東島らの足もとに射たれた五郎が倒れこんだ。金に眼のくらんだ五郎が東島を
 裏切ったのだ。しかし、五郎は、せめてもの罪滅ぼしにと、手が火傷で爛れることを厭わずに縛られ
 ていた自らの縄を解き、倉庫の鍵を開けるとガックリ息絶えた。東島らは武器がないためピンチだっ
 たが、ウィスキーとボロ布を使って火炎ビンを作り反撃に出た。激烈な射撃戦が続いた。東島を庇っ
 た黒木が射たれた。また野口が散弾銃に体当りした。警察隊が近づくと、辰村は逃げようとした。怒
 りに燃えた東島は辰村を射った。そのとき、凄まじい爆発音とともに倉庫が吹っ飛んだ。すべてが終
 った。東島は四つの墓標をつくり、明子らとともに家路についた。

 後の深作欣二の作品とは異なるつくりで、拳銃の撃ち合いはむしろ「漫画チック」であるが、それでも鶴
田と丹波が共演しているので、ふたりが作品の重石となってけっこう成功していると思った。見ヶ〆料は暴
力団の資金源のひとつだが、この作品では「保護強請(ほごゆすり)」という言葉が遣われている。なお、
密造酒がボロイ商売になる時代はいつ頃までだったのか、現代ではちょっとピンと来ない。他に、沢たまき
(ナオミ)、小林重四郎(佐倉佐一=三立興業会長)、沢彰謙(島津政治=辰村の子分)、春日俊二(村上
善男=佐倉側の人間だったが、辰村に寝返る)、山口勇(鈴本組親分)、加藤嘉(尾形刑事=東島をGメン
に仕立てる役目を果たす)、神田隆(藤川警部=尾形刑事の上司)、安藤三男(谷本寅彦)、有島新二(た
ばこ屋のおやじ)、片山滉(マスター)、相原昇三郎(鈴本組幹部)、八名信夫(殺し屋)、潮健児(ドラ
マー)、日尾孝司(辰村の子分)などが出演している。なお、配役等に関しても、<goo 映画>のお世話にな
った。


 某月某日

 詩人の高村光太郎は『道程』や『智恵子抄』で有名だが、下で採り上げた詩は、小生が小学校の頃国語の
教科書に載っていた詩である。おそらく、本格的な詩を味わったのはこの詩が生まれて初めてで、教室で朗
読した記憶もある。「あぁ、こういう言葉の世界があるのだ」と、しきりに感激したものである。

  ぼろぼろな駝鳥

 何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
 動物園の四坪半のぬかるみの中では、
 脚が大股過ぎるぢやないか。
 頸があんまり長過ぎるぢやないか。
 雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
 腹がへるから堅パンも食ふだらうが、
 駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
 身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
 瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢやないか。
 あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。
 これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
 人間よ、
 もう止せ、こんな事は。

 小生にはとくに動物愛護の精神はないが、それでもあまりに残酷な場面は見たくない。自動車に轢かれて
動かなくなった牝犬を、連れの牡犬がなす術なくその周りをグルグル回っている光景をTVで見たことがある
が、あのときは胸がつぶれるような悲しみに襲われた。動物園に行くこともあるが、飼われている動物は皆
淋しそうだ。「猛獣」とか「猛禽」とかいう言葉も、人間の都合でできた言葉で、あいつらはけっして猛々
しくはない。むしろ、この世で最も残酷な動物は人間だろう。これは動かない事実だ。
 もう一篇、詩を掲げてみよう。村野四郎の詩だ。彼の詩集では『体操詩集』が有名だが、小生が気に入っ
た詩はこの「さんたんたる鮟鱇」で、詩集『抽象の城』に収められている。

  さんたんたる鮟鱇
   ー へんな運命が私をみつめている リルケ

 顎を むざんに引っかけられ
 逆さに吊りさげられた
 うすい膜の中の
 くったりした死
 これは いかなるもののなれの果だ
 見なれない手が寄ってきて
 切りさいなみ 削りとり
 だんだん希薄になっていく この実在

 しまいには うすい膜も切りさられ
 もう 鮟鱇はどこにも無い
 惨劇は終っている

 なんにも残らない廂から
 まだ ぶら下がっているのは
 大きく曲った鉄の鉤だけだ

 小生が詩に親しむとき、きっとこころが病んでいるときである。駝鳥や鮟鱇の気持が分るときである。師
走はとりわけ焦燥感に駆られる。「俺は何をしているのだ!」と思わず声に出してしまう。蛇足ながら、漱
石に、「あんこうや孕み女の釣るし斬り」(明治28年)という句がある由。


 某月某日

 DVDで邦画の『オリヲン座からの招待状』(監督:三枝健起、「オリヲン座からの招待状」製作委員会
〔ウィルコ=テレビ東京=東映=東映ビデオ=集英社=モブキャスト=TVQ九州放送=テレビ大阪=テレビ
愛知=テレビ北海道〕、2007年)を観た。浅田次郎原作(筆者、未読)の大人のファンタジー。映画(活
動写真)や映画館をテーマにした映画はいくつかあるが、とりあえず思い出したのは、『キネマの天地』
(監督:山田洋次、松竹、1986年)と『カーテンコール』(監督:佐々部清、シネムーブ=コムストック=
日本テレビ=衛星劇場=ジャパンホームビデオ=マックス・エー=バップ=カルチュア・パブリッシャーズ=
山口放送=コード、2005年)である。それぞれそこそこの作品に仕上がっているとは思うが、どこか物足り
ない。映画が「映画」自身を描くことが難しいからだろうか。物語自体は単純で、映画全盛時代にオリヲン
座という映画館を経営する夫婦のところに転がり込んできた食い詰め者を置いてやり、亭主の方が死んでか
らも、残された二人で貧乏しながらも映画館を守ってゆくという話である。たしかに、小生自身、町から次
次と映画館が消えてゆく寂しさを味わった経験こそあれ、どうしても守り通す必要があるとも思わなかった。
しょせん大衆の娯楽なのだから、人気のなくなった場所は消えてゆくしかないのである。また、不自然な台
詞が多く、あの芸達者の田口トモロヲ(三好祐次)が大根役者にしか見えなかった。この手の映画をリアリ
ズムで撮ったら現代には合わない貧乏臭い物語になるしかなく、この映画のようにファンタジーで撮っても、
洒落た物語は生まれてこない。祐次(子ども時代の役は小清水一輝)と良枝(工藤あかりと樋口可南子のダ
ブル・キャスト)の結びつきも「不幸」が媒介になったと説明されていたが、あの程度のこと(父親が酒乱
気味で働かないことから、夫婦の間がギクシャクしている)で不幸ならば、本当に不幸な境涯の人が鼻で笑
うと思う。また、肝心の豊田トヨ(宮沢りえと中原ひとみのダブル・キャスト)と仙波留吉(同じく、加瀬
亮と原田芳雄のダブル・キャスト)の関係も、「純情」といった言葉では表現できない。周囲の中傷など無
視して、男と女になればいいのにと思った。つまり、あり得ない関係なのである。なお、オリヲン座にかけ
られた映画(劇中で、上映される映画)は、『二十四の瞳』(監督・脚本:木下恵介、原作:壺井栄、松竹
大船、1954年)、『君の名は』(監督:大庭秀雄、原作:菊田一夫、脚本:柳井隆雄、松竹大船、1953年)、
『丹下左膳 妖刀濡れ燕』〔筆者、未見〕(監督:松田定次、原作:林不忘、脚本:小園英雄、東映京都、
1960年)、『幕末太陽傳』(監督・脚本:川島雄三、脚本:田中啓一/今村昌平、日活、1957年)、『無法
松の一生』(監督:稲垣浩、原作:岩下俊作、脚本:伊丹万作、大映京都、1943年)、『乳母車』(監督:
田坂具隆、原作:石坂洋次郎、脚本:沢村勉、日活、1956年)、『隠密剣士』〔筆者、未見〕(監督:船床
定男、原作:小林利雄/西村俊一、脚本:伊上勝、東映京都、1964年)の7本である。ちなみに、昭和32年
当時の映画鑑賞の料金は、大人70円、小人(子ども)35円だった。ついでに書けば、ピーナッツ(南京豆)
は10円だった。なお、加瀬亮が自分の力量のなさを嘆いて「役不足」という言葉を漏らすが、あれは「力不
足」の間違いだろう。関係者は誰も気付かなかったのだろうか。他に、宇崎竜童(松蔵=トヨの夫)、豊原
功補(竹雄=うどん屋のオヤジ)、鈴木砂羽(綾子=その妻)、諏訪太朗(安江)、石橋蓮司(写真屋)な
どが出演している。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の十一月の詩の中で、その情景から物語が増幅してゆ
く作品があった。それは以下の詩である。

 十一月二十八日

 既にのべ数百人のマサイ族の男たちが
 背筋をまっすぐに伸ばし槍を手に
 足音も立てずかたわらを通り過ぎていった
 彼女に一顧だに与えずに

 あの戦いと狩りだけをおのれの本分とし、武器以外の道具を手にすることすら恥とするマサイ族の男たち
が、厳粛な面持で槍を持って出かけたからには、相手が戦車だろうが巨大ロボットだろうが、そんなことは
お構いなしである。彼らの関心は、あの世界的に有名な美女にすら、小指の先ほども向かわない。いまだか
つて、男に無視された経験のないこの美女は、生まれてから一度も感じたことのない恍惚感に襲われたので
ある。恐るべし、マサイ族の男たち。


 某月某日

 さて、DVDで邦画の『釣りバカ日誌4』(監督:栗山富夫、松竹映像、1991年)を観た。例によって、<goo
映画>の「あらすじ」がよくまとまっているので、そのまま引用させていただく。執筆者に感謝したい。一部
筆を入れたが、ご海容を乞う。

  仕事よりも釣りが大好きという気楽なサラリーマン、ハマちゃんこと浜崎伝助(西田敏行)。子宝
 に恵まれないのが唯一の悩みだったが、愛妻のみち子(石田えり)が待望の懐妊を果たして大喜び。
 一方、ハマちゃんと釣り仲間でもあるスーさんこと社長の鈴木一之助(三國連太郎)は、甥の宇佐美
 和彦(尾美としのり)〔ハマちゃんと同じ営業三課に勤務〕の積極性のなさに頭を悩ませていた。そ
 んなある日、ハマちゃんの家に招待された和彦は、そこで釣り船屋の太田八郎(中本賢)の妹、町子
 (佐野量子)と出会い、彼女に一目惚れ。何とか町子のハートをつかむものの、周囲は二人の結婚に
 大反対。遂に二人は和歌山のとある漁師町に駆け落ちした。ハマちゃんは、これはチャンスとばかり
 に二人を連れ戻すという口実で会社から特別休暇をもらい、釣りを楽しむ始末。しかしそれを見越し
 ていたスーさんも和歌山へ。そこで和彦と町子の堅い決意に脱帽してしまう。数日後、二人の結婚式
 が盛大に開かれた。そんな時、ハマちゃんのもとへみち子出産の知らせが届き、式をほっぽりだして
 病院に駆け込む。そして、みち子は元気な男の子(鯉太郎)を産んだのだった。

 脚本に山田洋次が参加している(堀本卓、関根俊夫との共同執筆)ためか、マンネリを防ぐための方策が
『男はつらいよ』シリーズに似ている。というのも、当該映画は『男はつらいよ・寅次郎の告白』(監督:
山田洋次、松竹、1991年)と併映公開されているが、この映画はフーテンの寅こと車寅次郎(渥美清)の甥
の満男(吉岡秀隆)と恋人候補の及川泉(後藤久美子)との恋愛模様が核となっているので、『釣りバカ日
誌4』におけるスーさんの甥っ子登場とその恋愛沙汰という点で、似通っているというわけである。かなり
安易な設定だが、その分親しみやすいともいえる。その他、「蘭の栽培においては、水をやりすぎてはいけ
ない」という挿話、「鈴木建設の現場で働くイスラム教徒が、豚肉は食べられないと語る」挿話、「二千万
円もする仏壇を購入する余裕があるのに、建築費をケチる年配女性」の挿話、「お見合いの席で、トーマス・
マンの小説『魔の山』を山岳小説の類と勘違いするスーさんの妹浪子」の挿話、「三年三割問題(新入社員
が直ぐに退社してしまう昨今の若者気質)〔すでに20年前からその傾向があったことが分る〕」に絡む挿話、
「ラマーズ法(出産の際、夫も臨席する方法)」をめぐる微笑ましい挿話など、盛りだくさんの工夫が凝ら
されており、4作目にしてかなりの梃入れがあったことが窺える。他に、谷啓(佐々木和男=営業三課の課
長)、丹阿弥谷津子(鈴木久江=一之助の妻)、加藤武(秋山専務)、久里千春(字佐美浪子=和彦の母)、
戸川純(恵)、内海和子(香織)、笹野高史(前原社長付運転手)、沼田爆(社長秘書)などが出演してい
る。なお、配役等に関しても、<goo 映画>のお世話になった。

                                                  
***このページは一般に公開されています。リンクアドレスには下記をご利用ください。***
http://souls.cc.kochi-u.ac.jp/?&rf=4079
 Copyright (C) 2005, Kochi University Faculty of Humanities and Economics All Rights Reserved.