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日日是労働セレクト62
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第62弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレ
クト62」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、い
ちいち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加
筆することはご法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。なお、ご感想は、muto@kochi-u.ac.jp までお寄せ下さい。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)における十月の詩には、いろいろな連想の種を胚胎し
ているものが多い。その中のひとつは、下に掲げる作品である。

 十月十六日

 シャツをうしろまえに着たのだが
 面倒だからそのままにしている
 と青木君が言ったら
 そういう行為はいくらでも深読みできる
 と沢田君が言った

 小生が連想したのは、『徒然草』の二百三十六段の件である。触りの部分だけ引用してみよう。

  御前なる獅子・狛犬、背きて、後さまに立ちたりければ、上人、いみじく感じて、「あなめで
 たや。この獅子の立ち様、いとめづらし。深き故あらん」と涙ぐみて、「いかに殿原、殊勝の事
 は御覧じ咎めずや。無下なり」と言へば、各々怪しみて、「まことに他に異なりけり」、「都の
 つとに語らん」など言ふに、上人、なほゆかしがりて、おとなしく、物知りぬべき顔したる神官
 を呼びて、「この御社の獅子の立てられ様、定めて習ひある事に侍らん。ちと承らばや」と言は
 れければ、「その事に候。さがなき童どもの仕りける、奇怪に候ふ事なり」とて、さし寄りて、
 据ゑ直して、往にければ、上人の感涙いたづらになりにけり。

 もはや説明は要らないと思うが、この段は小生の好む段のひとつである。とくに、「上人の感涙いたづら
になりにけり」の〆は秀逸である。いかにも皮肉が籠った話で、したり顔の権威者を扱き下ろす兼好の筆致
は鋭い刃となっている。思うに、何であれ邪推の咎は「恥」というかたちで罰せられる。だから、悪戯好き
の輩は、わざと変な恰好をして、杓子定規居士をからかうのである。迂闊にひっかかってはいけない。人間
のすることに、大して意味はないのである。


 某月某日

 DVDで邦画を4本観たので、簡単に報告してみよう。1本目は、『彩り河』(監督:三村晴彦、松竹=霧
プロ、1984年)である。松本清張原作(筆者、未読)の復讐劇であるが、TVドラマを少し派手にした程度の
物語なので、さして感心できる内容ではなかった。「相互銀行」に関しては興味深い歴史的背景があるが、
その点については割愛する。例によって、<goo 映画>の「あらすじ」が比較的まとまっているので、引用さ
せていただく。執筆者に感謝したい。なお、一部に筆を加えた。

  首都高速道路料金所職員の井川正治郎(平幹二朗)は、かつて東洋商産の取締役であったが、同期
 の高柳秀夫(夏木勲〔夏八木勲〕)との派閥争いに敗れ退職した。井川は霞ケ関料金所で、東洋商産
 時代の愛人山口和子(吉行和子)を見かける。和子は、いまは銀座のクラブ・ムアンのママで、高柳
 を助手席に乗せていた。和子と高柳が帰宅すると、中村と名乗る男(三國連太郎)が待っていた。本
 名は下田忠雄といい、実は昭明相互銀行社長で、和子は彼の愛人であった。下田は、「人類信愛」を
 モットーとする博愛主義者で通っていたが、その裏には「寿永開発」という名のトンネル会社が存在
 し、社長の立石恭輔(佐藤允)をダミーにしてあくどく儲けていた。さらに、その地位から政界の中
 枢との太いパイプも持っていた。井川はムアンを訪れるが、和子に冷たくあしらわれる。それを観て
 いた業界紙「フィナンシャル・プレス」の契約記者山越貞一(渡瀬恒彦)は井川に声をかけ、和子の
 本当のパトロンは高柳でないと告げる。山越は、社長の清水四郎太(米倉斉加年)の依頼を受け、業
 績の悪化を噂される東洋商産に深い探りを入れていた。その頃、下田の豪邸が放火された。犯人とし
 て、付近にたむろしていた、夜の銀座で車の誘導係をする通称ジョーこと田中譲二(真田広之)が連
 行されたが、放火が突然失火に変わり釈放された。犯人は和子であった。彼女は映画館で何者かの手
 によって殺された。その際、「ハロペリドール」という抗精神病剤が用いられており、この薬剤は後
 に復讐の道具として逆用される。ある夜、ジョーは休業中のムアンから流れてくる「佐渡おけさ」の
 メロディーに惹かれて中に入り、和服姿の女性増田ふみ子(名取裕子)と知り合った。彼女は「たま
 も」(店の名前が「ムアン」から変更される)のママで、新潟出身の女だった。つまり、和子に代わ
 る下田の新しい愛人というわけである。ある夜、下田とふみ子の情事の最中、黒装束の男が忍び込み
 下田を襲った。男がジョーであると気づいたふみ子は逃がしてやる。甲府の山林原野の中で、高柳の
 首吊り死体が見つかった。井川が自分宛の高柳の遺書を持って山越を訪ねた。それには和子の死の原
 因などが書かれてあり、井川は記事にしてくれと山越に頼む。欲に目がくらんだ山越は遺書をもとに
 下田をゆすり、それがきかっけで殺された。ふみ子と結ばれた夜、ジョーは自分の過去を話す。彼の
 父親は、下田に会社の公金横領の濡れ衣を着せられ自殺していた。その後、母親も無理がたたって病
 死したのだった。山越の死をきっかけにしてジョーと井川は互いに復讐を誓い、ふみ子の手を借りて、
 全日本相互銀行連合会館の落成祝賀パーティのさ中、秘密の催し物と称して関係者を集め、ブルーフ
 ィルムを見せて油断させた。ウイスキーに混入された薬剤のために硬直した井川を刺したジョーは、
 念願の復讐を遂げたのであった。

 この物語の中で一番納得がいかないのは、ジョーとふみ子が結ばれる件である。同じ新潟出身ではあまり
にも安易だし、ジョーの気持を酌んだとしても、協力する気持になるほどの強い動機がふみ子には窺われな
い。だいいち、パトロンの下田が死んでしまえば、ふみ子にとってメリットはないではないか。「愛」がそ
の動機だというならば、それなりの経緯を拵えてほしかった。他に、根上淳(佐相宗一郎=代議士)、石橋
蓮司(横内三郎=「ムアン」の支配人)、中野誠也(並木誠一郎)、金子研三(宮田利夫)、伊東達広(脇
坂編集長)、阿藤海〔阿藤快〕(芳野刑事)、石井富子(馬場荘の女中)、汐路章(西本=井川の同僚。元
厚生省薬事局の役人)、沖直美(梅野ヤス子=山越殺しの導入役)などが出演している。なお、配役等に関
しても、<goo 映画>のお世話になった。
 2本目は、『魍魎の匣』(監督:原田眞人、「魍魎の匣」製作委員会〔エムシーエフ・プランニング2=
ジェネオン エンタテインメント=ショウゲート=朝日放送=バンダイネットワークス=小椋事務所〕、2007
年)である。京極夏彦のベストセラー小説(筆者、未読)の映画化。『姑獲鳥の夏』(監督:実相寺昭雄、
ジェネオン エンタテインメント=電通=日本ヘラルド映画=東急レクリエーション=小椋事務所、2005年)
につづく第2弾であるが、前作同様どこか物足りない出来であった。物語は割愛するが、江戸川乱歩ばりの
猟奇趣味に浸かっており、VFX(Visual Effects)を駆使したつくりは、ある程度鑑賞者を楽しませてくれる。
しかし、鑑賞後は何も残らない。主な出演者を記しておこう。堤真一(中禅寺秋彦=古書店京極堂の店主、
神主、陰陽師)、阿部寛(榎木津礼二郎=探偵)、椎名桔平(関口巽=作家)、宮迫博之(木場修太郎=刑
事)、田中麗奈(中禅寺敦子=「稀譚月報」記者)、黒木瞳(柚木陽子=元女優の美波絹子)、マギー(鳥
口守彦=「月刊 實録犯罪」の編集者)、笹野高史(今出川所長)、荒川良々(安和和寅=榎木津の助手)、
大森博史(寺田兵衛=御筥様の教祖)、大沢樹生(増岡則之=弁護士)、堀部圭亮(青木文蔵=刑事。木場
の同僚)、右近健一(雨宮典匡)、寺島咲(柚木加菜子)、清水美砂(京極堂夫人千鶴子)、篠原涼子(関
口夫人雪絵)、宮藤官九郎(久保竣公=兵衛の息子)、柄本明(美馬坂幸四郎=天才外科医にして科学者)、
谷村美月(楠本頼子)、田村泰二郎(妹尾)、小松和重(山嵜)などである。なお、『姑獲鳥(うぶめ)の
夏』で関口を演じた永瀬正敏以外、同じ役には同じ俳優が起用されている。また、これは蛇足であるが、大
好きな女優である谷村美月が苛酷な役(乱歩の「芋虫」を思い出していただきたい)を振られており、彼女
の「役者魂」に改めて感じ入った。
 3本目は、『釣りバカ日誌3』(監督:栗山富夫、松竹、1990年)である。今回のスーさん(三國連太郎)
のマドンナは五月みどり(佐原雪子役)である。昔の恋人の娘であるが、実の娘とハマちゃん(西田敏行)
が勘違いするところが見所か。建設会社の開発と、自然の景観を残したい地元民との間にある軋轢を、スー
さんが「鶴の一声」で解決するお気楽物語。なお、浜崎家の子ども誕生の伏線ともなる筋書である。他に、
石田えり(浜崎みち子)、谷啓(佐々木課長)、戸川純(恵)、TARAKO(香織)、加藤武(秋山専務)、前
田武彦(堀田常務)、三谷昇(内野部長)、笹野高史(前原社長付運転手)、園田裕久(草森社長秘書)、
丹野由之(笹原)、佐々木勝彦(片山常務)、花澤徳衛(松造)、丹阿弥谷津子(鈴木久江)などが出演し
ている。なお、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。
 4本目は、『フィッシュストーリー』、監督:中村義洋、「フィッシュストーリー」製作委員会〔アミュ
ーズソフトエンタテインメント=博報堂DYメディアパートナーズ=テレビ東京=CJ Entertainment=衛生劇
場=パルコ=ショウゲート=スモーク=Yahoo! JAPAN〕、2009年)である。伊坂幸太郎の同名小説(筆者、
未読)の映画化。イギリスのパンク・バンド《Sex Pistols》がデビューする前年の1975年、日本の売れな
いロックバンド「逆鱗(げきりん)」が解散前の最後のレコーディングで演奏した<FISH STORY>という曲が、
時空を超えてその熱き思いが人々のもとに届き、奇跡を起こして地球を救うという物語。もともと、<FISH
STORY>とは「法螺話」という意味の俗語だが、これを翻訳者が誤って訳したところから物語が始まる。奇想
天外の筋書だが、観ている者に爽快感を与えるので、飽きることなく一気に結末まで運んでくれる佳作であ
る。まったくタイプの異なる映画ではあるが、その味わいは、『運命じゃない人』(監督:内田けんじ、PFF
パートナーズ=ぴあ=TBS=TOKYO FM=日活=IMAGICA、2004年)に似ていると思った。それぞれ関連性のな
いはずの物語が、触媒(この物語では、もちろん<FISH STORY>という楽曲)のおかげで鮮やかにつながると
いう点で、両者ともに成功しているからである。これもこの物語とはまったく関係はないが、出鱈目の訳で
連想したのは、古山高麗雄の「湯タンポにビールを入れて」という小説である。「湯たんぽにビールを入れ
る」行為が馬鹿げているのは、誰の目にも明らかだろう。誤訳が混乱を招くというのはよくある話だが、当
該作品のように面白いと陳腐ではなくなるから不思議である。さて、この作品は是非自分の目で観てほしい
ので、これくらいに留めておく。主な出演者を記しておこう。伊藤淳史(繁樹=逆鱗のベース)、高良健吾
(五郎=逆鱗のヴォーカル)、渋川清彦(逆鱗のドラム)、大川内利充(亮二=逆鱗のギター)、大森南朋
(レモンレコードの岡崎/レコード店の店長〔二役〕)、江口のりこ(波子=繁樹の彼女)、濱田学(雅史=
気弱な大学生)、山中崇(健太郎=雅史の友人)、浪岡一喜(悟=同)、眞島秀和(谷=レコード・プロデ
ューサー)、多部未華子(麻美=シージャックに巻き込まれる女子高生)、森山未來(正義の味方=雅史の
息子)、高橋真唯(予知をする女子大生)、石丸謙二郎(谷口=鼻持ちならないオヤジ)、大谷英子(運命
の女性=雅史と結ばれ正義の味方の母となる)、田村圭生(フェリー乗客の一見好青年)、上田耕一(フェ
リー乗客のひとり)、草村礼子(その妻)、芦川誠(スズキ)、野仲イサオ(タナカ)、岡崎の息子(原正
幸〔子役〕)、アナウンサー(金井淳郎)、出版社の社長(中村有志)、ハーフじゃなかった男(岡田眞善)、
渡辺海弓(その妻)、浅野麻衣子(岡崎の叔母)、山下敦弘(クラブのマスター)などである。なお、配役
等に関しては、<ウィキペディア>を参照した。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の九月の詩の中に、不思議な味わいの詩があった。
それは、下に掲げる作品である。

 九月二十二日

 実に無残な死体の頭のそばに
 ショートケーキがひときれころがっている
 その写真は報道写真部門で二位になった

 いわゆる「戦場カメラマン」(渡辺陽一や、故 鴨志田穣など)が話題になっているが、常に死と隣り合
わせだけに、その人から剥き身の刃物のような印象が与えられる。たとえば、『地雷を踏んだらサヨウナラ』
(監督:五十嵐匠、チームオクヤマ、1999年)という映画では、戦場カメラマンの一ノ瀬泰造(浅野忠信が
演じた)の生と死が描かれているが、どんな情熱が彼を支えているのだろうかと思う。ピューリッツァー賞
を取れば、報道写真家として一流の証となるが、そのためには戦場の報道写真は恰好のターゲットである。
しかし、そんな世俗的な理由は、それを否定できないとしても、本当の理由ではないような気がする。
 さて、上記の詩である。ショートケーキと無残な死体の対比が鮮やかだが、もしそのケーキが写真を撮っ
た当の本人が置いたものだとすれば、どうだろうか。そんな疑いを払拭できないために、報道写真部門で一
位になれなかったのかもしれない。もっとも、この写真は、戦場のワン・ショットではないのだろう。むし
ろ、一家団欒の最中、惨劇が行われたのである。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。両作品ともに「うそ」が物語の鍵となっており、物語の発端としては
定番と言ってもよいだろう。1本目は、『おっぱいバレー』(監督:羽住英一郎、「おっぱいバレー」製作
委員会〔日本テレビ放送網=エイベックス・エンタテインメント=ROBOT=ワーナー・ブラザーズ映画=東
映=ホリプロ=読売テレビ=バップ=札幌テレビ=ミヤギテレビ=静岡第一テレビ=中京テレビ=広島テレ
ビ=福岡放送〕、2009年)である。時代設定は1979年、場所は北九州市の公立中学校である戸畑第三中学校
(架空)である。新任の国語教師寺嶋美香子(綾瀬はるか)は、この学校に赴任する前の東小倉中学校でう
そを吐いたことから生徒の信頼を失い、教師としての自信も失いかけていた。教頭先生(光石研)の勧めも
あって、男子バレーボール部の顧問になる。しかし、部員たちはまるでやる気のない連中ばかりで、女の子
のことばかり気にかけていた。そんな事情であるから、周囲からは「バカ部」と罵られていた。そんな部員
のやる気を引き出すために、美香子は「もし君たちが頑張るならば、先生は何でもするよ」と宣言してしま
う。これは拙い発言だった。せめて、「先生にできることならば」という条件を入れておくべきであった。
それじゃあということで、「試合に勝ったら、先生のおっぱいを見せてください」と言い出す始末。もちろ
ん最初は断るが、前任校で「うそ」をきっかけに生徒の信頼を失った経緯があるだけに、結局約束させられ
てしまう。勝つ見込みがないと高をくくったのかもしれない。こうなると、俄然部員たちはやる気を見せ始
め、練習に励みだす。美香子は、「彼らに勝たせてやりたいが、かといって、おっぱいも見せたくない」と
いう複雑な感情に揺れ動くのである。なお、この物語は実話に基づいている由。
 ところで、小生の中学校時代も似たようなもので、女の子への憧れが妄想を呼び込み、いろいろバカなこ
とをしたものである。冒頭に出てきた「おっぱいの感触」の挿話(ある程度のスピードで走ると、つかんだ
空気の感触が女の子のおっぱいを連想させる。実際、100キロ以上のスピードで走る自動車の窓から手を出
して空気をつかむと、あたかも女の子のおっぱいに触れているような感触が得られる。なお、これは実証済
み)も、小生にとってはリアリティのある話であった。女の子のことばかり考えている中学生を主人公にし
た怪作『行け! 稲中卓球部』(古谷実 作)ほど過激ではないが、あのくらいの年齢の少年がよく描けてい
たと思う。結末の爽やかさもこの作品を盛り上げていると思った。他に、青木崇高(堀内健次=美香子の同
僚教師)、仲村トオル(城和樹=彼らのコーチを買って出る男。自らも実業団の選手だった経歴をもつ)、
木村遼希(平田育夫=キャプテン)、本庄正季(杉浦健吾=天然パーマ)、高橋賢人(楠木靖男)、恵隆一
郎(江口拓=肥満児。渾名は「江ブー」)、吉原拓弥(岩崎耕平)、橘義尋(城良樹=新入部員。小学校か
らのバレーボール経験者。和樹の息子)、石田卓也(中井=彼らの先輩)、田口浩正(竜王中学校男子バレ
ーボール部コーチ)、福士誠治(樋口=美香子の元彼)、大後寿々花(美香子の中学時代)、小林勝也(原
田先生=美香子が中学生のときの先生)、市毛良枝(原田静子=その妻)、小島藤子(草間理恵=平田の幼
馴染)などが出演している。なお、配役等に関しては、<ウィキペディア>を参照した。
 2本目は、『釣りバカ日誌2』(監督:栗山富夫、松竹、1989年)である。第1作(都会を離れるところ
で終わっていたはず)と話がつながっているわけではなく(シリーズ化されるかどうかは、第1作の時点で
は決まっていなかったのではないだろうか)、ハマちゃんこと浜崎伝助(西田敏行)は相変わらず営業三課
の平社員である。その他の点では続篇となっており、スーさんこと鈴木一之助(三國連太郎)とともに釣り
を楽しんでいた。しかし、鈴木建設社長という重責と後継者難という問題に頭を悩ませたスーさんは、勝手
に休暇を取って伊良湖岬(愛知県田原市にある渥美半島の先端)にでかけてしまう。ひょんなことからその
旅先で知り合った間宮弥生(原田美枝子=吉田建設社長秘書)にスーさんは惹かれてしまい、そこから珍騒
動が始まるといった物語。スーさんのうそ(弥生を実の娘と偽る)のせいで懲罰委員会や査問委員会にかけ
られるハマちゃんであったが、結局は元の鞘に納まる。ハマちゃんの喜びそうな品々(とくに、憧れの釣竿)
を用意して、それを餌にスーさんが平謝りに謝って仲直りを図る場面が面白い。なお、ハマちゃんの住居は、
京浜急行の金沢八景駅(神奈川県横浜市金沢区瀬戸)の付近ではないかと思われる。他に、石田えり(浜崎
みち子=ハマちゃんの妻)、谷啓(佐々木課長)、アパッチけん〔中本賢〕(太田八郎=ハマちゃんを伊良
湖岬まで連れてゆく友人。船宿の若旦那)、戸川純(恵=ハマちゃんの同僚)、野澤あや(香織=同)、園
田裕久(草森社長秘書)、内藤武敏(吉田建設社長)、久米明(スーさんの主治医の竹田)、丹阿弥谷津子
(鈴木久江=スーさんの妻)、庄司永建(秋山専務)、笹野高史(前原社長付運転手)などが出演している。
なお、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、ご報告。1本目は、『命果てる日まで』(監督:野村芳太郎、松竹、1966年)
である。野村監督なので期待したが、残念ながら凡庸な映画だった。TVドラマだったら、あるいは好評だっ
たかもしれないが、わざわざ映画にするほどの物語ではなかった。画家志望の青年が二人の女性に挟まれて
苦悩し、一方の女性が自殺して閉じる物語である。筋書は追わないが、伊藤和江(香山美子)の「ねぇ、死
んでくれないかしら。あたしと、ここで、一緒に」という台詞は、けっこう迫力があった。他に、山口崇
(岡田武)、生田悦子(高森綾子)、藤原釜足(寅夫=和江の父親)、尾崎奈々(高森みどり=綾子の妹)、
加藤嘉(高森仙造=綾子やみどりの父親)、楠田薫(高森しげ乃=同じく母親)、真山知子(まり子=和江
の親友)、渡辺文雄(川崎幸雄=綾子の叔父)、山岡久乃 (川崎夏代=同じく叔母)、岩下志麻(芳子=
綾子の従姉)、桑野みゆき(林京子=綾子の勤めているブテッィク・シャルムのマダム)、倍賞千恵子(啓
子=画商)、菅井きん(川崎家の女中)、高橋とよ(川崎家の別荘の隣人)などが出演している。
 2本目は、『クレージー黄金作戦』(監督:坪島孝、渡辺プロ=東宝、1967年)である。上記の作品とは
打って変わって、全篇明るい笑いに満ちている。東宝35周年記念映画なので、異例の157分の長尺作品でも
ある。浄土金宗円円寺大僧正を騙る町田心乱〔通称坊主〕(植木等)、はったり代議士の板垣重金〔通称せ
んべい屋〕(ハナ肇)、ただの医者なのに大病院の院長を詐称する梨本金男〔通称やぶ〕(谷啓)の三人組
に加えて、東西大学文学部哲学科の学生海野月子(浜美枝)などがラスベガスで大金をつかむ物語である。
筋は追わないが、この作品の買えるところは、駄洒落がけっこう面白かった点である。先ずは、「猫の手も
借りたい」を「キャッツ・ハンド」、「鼻が高い」を「ハイ・ノーズ」と表現したり、部下の「検討したい」
を受けて「拳闘(検討)も相撲もない」と撥ね返す金友商事の大浜部長(藤岡琢也)のオヤジ・ギャグ。次
いで、糞尿処理の改革をぶち上げた板垣代議士に抗議する団体の声明文(トイレット・ペーパーに書かれて
いる)を読む男たち(ザ・ドリフターズの面々である、いかりや長介、加藤茶、荒井注、高木ブー、中本工
事)のアジ演説「紙! 声明! 我々衛生処理船職員組合は、糞尿処理施設建設に名を借りて我々の生活権
を奪い、これによって利権を得ようとする政界の黒い雲(霧ではない)的陰謀に対し、運(ウン)命を懸け
て、断固これを粉(フン)砕し、この実情を深く<汲み取って>いただきたい。以上、<はばかり>ながら、組
合長に代わり代弁(ダイベン)致しました」という黄色い駄洒落。梨本が看護婦〔現 看護師〕の花園百合子
(園まり)に渡すラヴ・レターの文句である「僕はあなたを愛していることを告白しないでいることに耐え
られないことを、告白しないではいられません」という回りくどさ。それらが、物語の流れから浮くことな
く活きていた。また、板垣が自分の大臣就任を画策して先祖伝来の金の茶釜を持ち出そうとする際、母親の
かね(飯田蝶子)がそれを阻止しようとするが、そのときの台詞「偉い大臣は、<井戸塀>といって、井戸と
塀が残ればいいことになっている」や、梨本が勤めていた仁道病院の病院長である王仁口(藤木悠)の台詞
「交通事故の患者は、病院にとっちゃ疫病神だ」などは、際立った効果を上げていた。ただし、ハワイの人
気者の役で出演している加山雄三が、植木等のお株を奪うシーン(例の「お呼びでない」のギャグをかます
シーン)があるが、あれはいただけなかった。やはり、若大将には全然似合わないからである。
 結局、三人組はルーレットで3,600万ドル(当時のレートである1ドル=360円で換算すると、日本円にし
て130億円)を儲けるが、分け前に与れなかった海野月子の策略で、帰国早々「全日本慈善連合協会」に全
額寄付してしまうというお粗末。しかし、その寄付金で貧しい人でも無料で診療を受けられる病院が建った
のだから、よしとしなければならないだろう。その病院の庭に三人の銅像が建立されるが、ご愛嬌といった
ところか。他に、犬塚弘(インディアン)、石橋エータロー(メリーの子分)、安田伸(同)、桜井センリ
(中井=ロサンゼルス領事館の書記官)、有島一郎(北川=心乱が借金返済のために一時的に勤めていた金
友商事の常務)、石田茂樹(並川=金友商事社員)、石山健二郎(沢島=板垣が所属する派閥の首領)、十
朱久雄(衛生大臣)、豊浦美子(梅丸=芸者)、北川町子(松千代=同)、中真千子(竹也=同)、アンド
リュー・ヒューズ(キッド・ゴールド=親切にされた梨本に遺産を遺すアメリカ人)、向井淳一郎(金友商
事人事部長)、丸山謙一郎(松田=金友商事社員)、E.H.エリック(牧師)、塩沢とき(仁道病院の患者。
梨本の診断では「贅沢性ヒステリー」である)、藤田まこと(全日本慈善連合協会員)、人見明(関口=金
友商事ロサンゼルス支店長)、沢村いき雄(玩具製造業者)、ペギー・ニール(メリー)、ザ・ピーナッツ
(ラスベガスでのショーの出演者)、ジャニーズ(同)、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(同)、ザ・
シャンパーズ(同)、三遊亭歌奴(競馬の客)などが出演している。なお、劇中、園まりが「何も云わない
で」(作詞:安井かずみ、作曲:宮川泰、唄:園まり、1964年)と「つれてって」(作詞:岩谷時子、作曲:
宮川泰、唄:園まり、1967年)を歌うが、小生が小学生の頃彼女の大ファンだったので、とても懐かしかっ
た。とくに「何も云わないで」は一番好きな曲で、小生自身現在でもカラオケで歌うことがあるナンバーで
ある。なお、「ウナ・セラ・ディ東京」(作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、唄:ザ・ピーナッツ、1964年)
が、ザ・ピーナッツと彼女たち以外のバンドがメドレーするシーンもある。この楽曲も名曲だと思う。また、
例によって、ロサンゼルスの見所である、ラ・シェネガ油田地帯、フイゲロア中古車売場街、パラマウント
撮影所、センチュリー・シティ、ハリウッド通り、ファーマーズ・マーケット、ハリウッド・ボールや、ラ
スベガスのホテル・リヴィエラの映像が作品に花を添えている。
 なお、両作品ともに、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『花と嵐とギャング』(監督:石井輝男、ニュー東映東京、
1961年)である。「ギャング・シリーズ」(全11作)の第1弾で、小生としては2本目の鑑賞である。前回
観た『暗黒街の顔役 十一人のギャング』(監督:石井輝男、東映東京、1963年)よりも数段質が落ちるが、
鈴木清順のギャングものとはまた違った味わいがあり、それなりに面白かった。喜劇仕立てで、とくに犬猿
の仲(女の取り合いが原因)の楽隊(江原真二郎)とウイスパー(曽根晴美)の命の遣り取りが面白かった。
江原真二郎といえば、ニヒルな役柄が多いが、この作品では気持悪いくらいテンションの高い男を演じてい
る。さて、この作品に関しても、<goo 映画>の「あらすじ」がよくまとまっているので、ほぼそのまま引用
させていただく。執筆者に感謝したい。

  母親を始めとして子どもたち全員が悪の世界で暮らしている悪党一家があった。母親堂森マサ
 (清川虹子)は安宿を経営しているが、裏では凄腕の女傑で通っている。長男は香港ジョー(鶴
 田浩二)の異名をとる国際的大物。長女佐和(小宮光江)は女ながらも前科者、それにスマイリ
 ー健(高倉健)という河北組の兄貴株で刑務所帰りを亭主にしているこれまた大変な女。次男正
 夫(小川守)でさえいっぱしヤクザを気取っている。河北組のツンパこと山藤(沖竜次)は、健
 を蹴落そうとして銀行ギャングを計画、その指揮を健に指名した。健は厭がる正夫と、犬猿の仲
 の殺し屋である楽隊とウィスパー、それに権爺(打越正八)を加えて綿密な作戦をたてた。銀行
 ギャングは見事成功するが、そのドサクサに紛れてウイスパーは楽隊を撃って逃走した。楽隊は
 警察病院に収容され一命をとりとめるが、ウイスパーを狙って病院を脱走した。紙弊ナンバーが
 知られた札とあって、山藤は、略奪金をドルと交換に出かけるが香港ジョーに奪われてしまった。
 その頃、河北組組長(佐々木孝丸)の命令である山田(潮健児)殺しを正夫が拒否したため、佐
 和は正夫がもどってくるための人質となった。正夫は恋人の圭子(新井茂子)とある牧場に隠れ
 ていた。それを知った河北組は、山藤、ウイスパーが健を監視しつつ牧場に乗りこんだ。牧場に
 は正夫の身を案じた香港ジョーが、一足先に潜入していたが、佐和の身を思う健はジョーにまで
 拳銃を向けた。組長の秘密命令を持つウイスパーは、ジョー、正夫もろともに健まで葬り去ろう
 とした一瞬、突如、楽隊が出現、ウイスパーは倒された。そのすきをみて三兄弟は協力して射ち
 まくった。三人三様の見事なガンさばきは、山藤たちを圧倒、断崖に追いつめられた山藤は、ジ
 ョーから取り返した略奪金を手にしたまま谷底に滑り落ちていった。

 「ハクイスケ」(いい女)、「空気入れんじゃないよ」(おだてるなよ)を始め、与太言葉が頻出して品
がよいとはお世辞にもいえないが、威勢がよいのでその分楽しめる。また、母親のマサが次男の正夫を叱る
シーンが面白かった。いわく、「お前はギャング学校落第だ。グレた挙句が、堅気になるしかない」は秀逸
だった。一般に、グレて不良になるならば分るが、グレて堅気になるのは逆転の発想といえるだろう。なお、
ネットの「語源由来辞典」によれば、「グレる」とは、「少年や青年が、反社会的・反抗的な行動をとるよ
うになること。不良になること」とあり、さらに以下のような説明が付されている。

  グレるは、「ぐれはま」の「ぐれ」に活用語尾「る」を付け、動詞化したものである。「ぐれ
 はま」は、「蛤(はまぐり)」をひっくり返して成った語「ぐりはま」の転である。これらの言
 葉は、ハマグリの貝殻をひっくり返すと合わなくなることから、物事が食い違うことを意味して
 いた。江戸時代末期の歌舞伎『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』には、「それ
 から、島で窮屈な勤めが嫌さにぐれ始め」といった例が見られる。

 なお、冒頭に、ワルサーP38、ウエブリー・マーク1、モーゼル・ミニタミリイ、スーパー・モーゼル、
SWレボルバー32、ルガー・マーク1、コルト38(いずれも、銃の名前)が飛び出す映像は斬新だった。他
に、日尾孝司(唐島)、関山耕司(用心棒)、山本麟一(カポネ)、八名信夫(張本)、今井健二(タク
シーの運転手)などが出演している。
 2本目は、『釣りバカ日誌』(監督:栗山富夫、松竹映像、1988年)である。いよいよ、このシリーズを
観ることにしたが、実は何本かは映画館やTVで観ている。当該作品は第1作であるが、まったく覚えている
シーンがなかったので、おそらく初見だろう。やまさき十三 作/北見けんいち 画の人気漫画が原作で、小
学館の『ビックコミック・オリジナル』で1979年から連載が開始され、現在も進行中のロング・セラーでも
ある。一時は毎週読んでいたが、今はどうなっているのかは知らない。筋は追わないが、釣りバカの平サラ
リーマンが、自分の務めている会社の社長を釣りの弟子にして、面白おかしく描かれるホンワカ漫画である。
もっとも、この物語の主人公である浜崎伝助(西田敏行)は、仕事に関しても凄腕ではないだろうか。サラ
リーマン金太郎(矢島金太郎)とは一味も二味も違うが、どちらもヒーローだと思う。映画の方は全22作あ
るらしいので、これからずいぶん楽しめると思う。他に、石田えり(浜崎みち子=ハマちゃんの妻)、三國
連太郎(鈴木一之肋=通称、スーさん。鈴木建設社長でハマちゃんの釣りの弟子)、丹阿弥谷津子(鈴木久
江=スーさんの妻)、谷啓(佐々木和男=営業三課の課長。ハマちゃんの上司)、山瀬まみ(久美子=同じ
く営業三課のOL)、戸川純(恵=同)、園田裕久(草森社長秘書)、笹野高史(前原社長付運転手)、前田
武彦(秋山専務)、児玉謙次(小池常務)、大塚国夫(福間人事部長)、名古屋章(野口高松営業所所長)、
鈴木ヒロミツ(同じく柏木課長)、江戸家猫八(太田善吉=船宿の親爺)、アパッチけん〔中本賢〕(太田
八郎=善吉の息子)などが出演している。
 なお、両作品ともに、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画の『金環蝕』(監督:山本薩夫、大映、1975年)を観た。山本監督の作品はこれで17本目とい
うことになるが、多くは骨太の社会派作品で、いずれも期待を裏切らない出来である。当該作品もその例に
漏れず、見応えのある仕上がりになっている。ちなみに、小生の鑑賞した山本監督の作品を年代順に挙げて
みよう。

 『ペン偽らず 暴力の街』、監督:山本薩夫、日本映画演劇労働組合、1950年。
 『真空地帯』、監督:山本薩夫、新星映画、1952年。
 『太陽のない街』、監督:山本薩夫、新星映画=独立映画、1954年。
 『荷車の歌』、監督:山本薩夫、全国農村映画協会、1959年。
 『武器なき斗い』、監督:山本薩夫、大東映画、1960年。
 『松川事件』、監督:山本薩夫、松川事件劇映画製作委員会、1961年。
 『忍びの者』、監督:山本薩夫、大映京都、1962年。
 『続・忍びの者』、監督:山本薩夫、大映京都、1963年。
 『白い巨塔』、監督:山本薩夫、大映東京、1966年。
 『氷点』、監督:山本薩夫、大映東京、1966年。
 『戦争と人間 第一部 運命の序曲』、監督:山本薩夫、日活、1970年。
 『戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河』、監督:山本薩夫、日活、1971年。
 『戦争と人間 第三部 完結編』、監督:山本薩夫、日活、1973年。
 『華麗なる一族』、監督:山本薩夫、芸苑社、1974年。
 『不毛地帯』、監督:山本薩夫、芸苑社、1976年。
 『皇帝のいない八月』、監督:山本薩夫、松竹、1978年。

 大映、日活、松竹などの大手の作品もあるが、独立プロが土台になった作品も少なくなく、資金面でかな
り苦労したのではないかと思われる。しかも、社会派作品はとかく生真面目になりすぎるきらいがあるが、
娯楽的な要素もふんだんに取り入れられているので、観ていてまったく飽きが来なかった。その切り口やス
ピード感が抜群だからだろう。さて、物語であるが、例によって<goo 映画>の「あらすじ」がよくまとまっ
ているので、ほとんどそのまま引用しよう。ただし、一部事実誤認と思われる箇所やもう少し説明を要する
箇所に関しては、適宜筆を加えた。執筆者に感謝したい。

  昭和39年5月12日、第14回民政党大会で、現総裁の寺田政臣(久米明)は、同党最大の派閥酒井
 和明(神田隆)を破り総裁に就任した。この時、陣笠議員連中に、寺田は17億円、酒井は20億円を
 ばら撒いた。数日後、星野康雄内閣官房長官(仲代達矢)の官房秘書官である西尾貞一郎(山本学)
 が、金融王といわれる石原参吉(宇野重吉)の事務所を訪れ2億円の借金を申し入れたが、石原は
 即座に断った。総裁選にかかった費用の穴埋の金であることを察した石原は、星野の周辺を、部下
 の脇田(早川雄三)や荒井(矢野宣)と、業界紙の「日本政治新聞社」社長である古垣常太郎(高
 橋悦史)に調査させ始めた。政府資金95%、つまりほとんど国民の税金で賄っている電力開発会社財
 部〔たからべ〕賢三総裁(永井智雄)は、九州における福竜川ダム建設工事の入札を何かと世話に
 なっている青山組に請負わせるべく画策していた。一方、竹田建設は星野に手を廻して、財部追い
 落しを謀っていた。ある日、星野の秘書の西尾が財部を訪れた。彼は寺田峯子首相夫人(京マチ子)
 の名刺を手渡した。それには「今度の工事は、ぜひ竹田建設に」とあった。首相の意向でもあると
 いう。その夜、財部は古垣を相手にヤケ酒を飲んだ。星野のやり口に腹が立って仕方がなかったか
 らである。古垣は財部の隙を見て、首相夫人の名刺をカメラにおさめた。昭和39年8月25日、財部は
 任期を一カ月前にして、総裁を辞任した。彼の手許には、竹田建設から7,000万円の退職金が届けら
 れていた。新総裁には寺田首相とは同郷の松尾芳之助(内藤武敏)が就任し、工事入札は計画通り
 竹田建設が落札し、5億円の金が「政治献金」という名目で星野の手に渡された。そんな時、石原
 は星野へ会見を申し込んだ。すでに星野の行動全てが石原メモの中に綿密に記されていた。この会
 見で、星野は石原に危険を感じた。数日後、西尾秘書官は名刺の一件で首相夫人に問責され、その
 西尾は自宅の団地屋上から謎の墜落死を遂げた。警察は過失死と発表した。昭和39年10月6日、寺田
 首相が脳腫瘍で倒れ、後継首班に酒井和明が任命された。ある日石原はマッチ・ポンプと仇名され
 る神谷直吉代議士(三國連太郎)に呼び出された。神谷は、福竜川ダム工事の一件を、決算委員会
 で暴露するといきまいた。石原は神谷に賭けることにした。昭和40年2月23日、決算委員会が開かれ
 た。参考人として出席した松尾電力開発会社総裁らは神谷の追及にノラリクラリと答え、証人とし
 て喚問された財部前総裁は、古垣と面識があることは認めたが、名刺の一件を全て否定した。一部
 始終をテレビで見ていた石原は、古垣に首相夫人の名刺の写真(それ以前に、石原自身が古垣から
 買い取っていたもの)と、石原がこの汚職のカギを握っていることを古垣の日本政治新聞に載せる
 ように言った。彼は星野らが自分を逮捕するであろうことを予測したのだ。派手に新聞に書きたて
 れば、よもや彼らも自分と心中はすまいと睨んだのだった。だが、その夜、古垣は、腹違いの弟で
 ある古垣欣二郎(峰岸徹)に殺され、何者かに古垣の原稿と名刺写真のネガを持ち去られてしまっ
 た。翌朝の新聞には「三角関係のもつれ」とあった。その直後、石原参吉が脱税容疑でついに逮さ
 れた。「数億の脱税王」などと大手の新聞記事は大見出しをつけていた。民政党本部幹事長室で、
 斎藤荘造幹事長(中谷一郎)は、神谷代議士に2,000万円を渡し、三ヶ月ほど外遊するようにとの
 党の意向を伝えた。翌日の決算委員会に、すでに神谷の姿はなかった……。昭和40年3月21日、死
 去した寺田前総理の民政党葬が行なわれ、酒井総裁が、厳粛な表情で故・寺田政臣を讃える弔辞を
 読んでいた。

 筋書だけではその面白さは分らないと思うが、人間の業の深さがよく描かれており、とくに、石原参吉役
の宇野重吉の演技には魅せられた。一高、東大、大蔵省、政治家という典型的なエリート・コースを歩んで
きた星野に対抗心を燃やす彼自身は、貧しい漁師の小倅から叩き上げた金貸し(乱世の英雄でもあると同時
に、戦後のどさくさに紛れた火事場泥棒でもある)である。伸し上がるためには何度も泥水も飲み、おまけ
に前科四犯でもある。そんな石原の方が、星野よりも潔く見えるのは、小生の偏見であろうか。小生には因
業な金貸しの役で映画に出演したいという見果てぬ夢があるが、まさに小生の望んでいるキャラクターだっ
た。石原を贔屓したいのは、そのせいかもしれない。また、大手新聞の記者たちと、業界新聞の記者(社長)
との対照も鮮やかだった。酒井から高級品であるデュポンのライターを貰って喜んでいる大手新聞の記者が
互いに顔を見合わせて笑うシーンがあるが、政治の腐敗を知りながらそれを書かないことへの皮肉として描
きたかったのであろう。古垣もけっして清潔とはいえないが、はるかに骨があると思った。原作は石川達三
の九頭竜川ダム建設をめぐる黒い霧事件に取材した同名小説であるが、小生は未読。高校生の頃、石川達三
の小説を新潮文庫版でほとんど読んでいるが、この作品はなぜか題名しか知らなかった。機会があれば、読
んでみたいと思う。他に、中村玉緒(芸者荻乃=石原の妾)、西村晃(朝倉節三=竹田建設専務)、北村和
夫(大川吉太郎通産大臣)、原田清人(青山達之助=青山建設社長)、大滝秀治(神原孝法務大臣)、河村
弘二(広野大悟副総理)、外野村晋(黒尾重次郎=寺田派幹部)、山本武(平川光正=同)、嵯峨善兵(早
川義信決算委員長)、加藤嘉(滝井検事総長)、安田〔大楠〕道代(君千代=星野の妾。ただし、元は朝倉
の妾)、前田武彦(島田=政治部記者)、鈴木瑞穂(同)、根上淳(小泉=電力開発会社理事)、高城淳一
(正岡=同)、神山繁(若松圭吉=同副総裁)、夏純子(古垣兄弟の女)、吉田義夫(小坂老人=石原の情
報屋)、福田豊土(電力開発会社社員)、川崎あかね(若松の女)、原田あけみ(西尾悦子=貞一郎の妻)、
笠原玲子(星野の女)などが出演している。なお、配役等に関しても、<goo 映画>のお世話になった。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の八月の詩の中に、アッと言わせる作品があった。そ
れは以下の詩である。

 八月十四日

 女は口にパセリをくわえていた
 見えたのはほんの一瞬だったが
 そのときこの時代のカルメンが誕生したのだ

 メリメの『カルメン』を初めて読んだのはいつのことだったか。自分がドン・ホセとは違う道を選ぶ自信
はないと思ったものである。手元に当該作品がないので記憶に頼るしかないが、ホセがカルメンに初めてま
みえたとき、当のカルメンは「あたしに関わると、火傷するよ」といったニュアンスの台詞を吐いたのでは
なかったか。邦画の『河内カルメン』(監督:鈴木清順、日活、1966年)も素敵な作品である。主演の野川
由美子が薔薇の花を口に咥えて颯爽と自転車に乗って現われるシーンには不自然さがなかった。もっとも、
本家のカルメンの方は、薔薇ならぬアカシアの花を咥えているらしいが……。さて、パセリである。もし、
パセリを口に咥えている女が絵になるとすれば、どんな時代なのか。どこか滑稽であるが、同時に逞しい生
活感も伝わってくる。


 某月某日

 DVDで邦画の『波の塔』(監督:中村登、松竹大船、1960年)を観た。昼メロ・ドラマといった風情だが、
丁寧に作られているのでそこそこの見応えがあった。<goo 映画>の「あらすじ」がよくまとまっているので、
ほとんどそのまま引用させていただく。執筆者に感謝したい。

  某省局長の娘田沢輪香子(桑野みゆき)は、旅行先の上諏訪で一人の青年に知りあい、帰京して友
 人の佐々木和子(峯京子)と深大寺に出かけたとき、美しい女性と同伴の彼に再会した。青年は小野
 木喬夫(津川雅彦)という東京地検の新任検事だった。連れの女性は結城頼子(有馬稲子)といい、
 小野木とは一昨年劇場で知りあってから、逢瀬を重ねていた。小野木は頼子を輪香子たちに紹介しな
 かった。輪香子は二人の間になにか暗い秘密の影を感じた。頼子の夫の結城庸雄〔つねお〕(南原宏
 治)は政治ブローカーで、夫婦間は冷く、結城は家をあけることがしばしばだった。ある日、頼子と
 小野木は身延線の下部温泉へ旅行した。着くと間もなく台風に襲われ、帰りの中央線は不通、二人は
 東海道線に出るため山道を歩いた。二人は番小屋で一夜を明かした。そこで頼子は人妻であることを
 告白したが、喬夫の心は変らなかった。小野木は某官庁の汚職事件の担当になった。公務で新潟へ出
 張して帰京する小野木を頼子は駅で迎えた。それを結城の仲間である吉岡五郎(佐野浅夫)が目撃し、
 結城に告げた。結城は妻の情事を察し下部まで調べに出かけた。一方、汚職事件の捜査も着々と進ん
 でいた。輪香子は頼子のことが気になり、家に出入りする新聞記者辺見博(石浜朗)に調査を頼んだ。
 頼子は汚職事件の中心人物結城の妻で、父隆義(二本柳寛)も関係していると聞き呆然とした。結城
 は妾宅である西岡秀子(岸田今日子)の家で、横田検事(高野真二)たちに任意同行を求められた。
 家宅捜査のため小野木は結城邸へ向った。そこで頼子と小野木は対面した。二人の心は驚きと悲しみ
 で一杯になった。結城の弁護士林(西村晃)は小野木と頼子の情事を調べ、司法界の長老である元検
 事正(佐々木孝丸)を動かし事件の揉み消しにかかった。小野木は休職になった。彼は辞表を出し、
 頼子と二人だけの生活に入る決心をした。約束の夜、小野木が東京駅で待っている頃、頼子は新宿発
 の列車に乗っていた。結城と離婚して自由の身になることも頼子にはできた。が、それは破滅に通じ
 ることも知っていた。小野木との約束を破ることは彼女の最後の愛の表現だった。富士の裾野にある
 黒い樹海の中に、頼子の姿はしだいしだいに吸いこまれていった。

 松本清張の原作にしては湿っぽい物語であるが、昭和30年代にはこんな物語が受けたのであろう。それに
しても、死なねばならぬほどの罪だろうかと思った。また、美男美女の組み合わせであっても、あまり厭味
はなかった。有馬稲子といえば、小生には『東京暮色』(監督:小津安二郎、松竹大船、1957年)での妹役
が印象的だが、不幸が似合う顔立ちなのだろうか。死を決意したときの彼女の顔は、ただならぬ美しさを湛
えていた。他に、沢村貞子(輪香子の母加奈子)、深見泰三(土井俊介=結城の仲間)、石黒達也(石井検
事)、幾野道子(クラブのマダム)、関千恵子(てる子=土井の女であり、結城とも関係がある)、柴田葉
子(芸者蝶丸=結城の女)、平松淑美(結城家の女中)、高橋とよ(「津の川」のおかみ)、佐藤慶(柴木
一郎=小野木が取り調べるある事件の容疑者)、田村保(眼の鋭い男)、旅館の主人(竹田法一)、光村譲
(看守)などが出演している。配役等も、<goo 映画>のお世話になった。


 某月某日

 DVDで邦画の『日本一のゴリガン男』(監督:古沢憲吾、東宝=渡辺プロ、1966年)を観た。「ゴリガン」
は、「合理化案」の訛。笠原良三の脚本はなかなか快調であるが、省略が多すぎて少し物足りない展開にな
っている。鉄骨で頭部を強打して脳の手術を繰り返し、一年も入院して再生を果たした日本等〔ひのもとひ
とし〕(植木等)は、復帰するはずの西北商事が統南商事に身売りしていたことを知る。仕方がないので、
会社の名義だけを使わせてもらう契約を取り付け、電話帳で捜し出した業種に絡む商売を目論んだ。最初は
玩具業界で、町のおもちゃ屋の小熊(ルーキー新一)との遣り取りがおかしい。また、売りつけ先が国防隊
というのも奮っていた。国防隊司令官(佐々木孝丸)を始め、国防隊参謀(大友伸)や国防隊副官(岡部正)
たちが大真面目なので、よけいに日本等の軽薄ぶりが際立っている。次は霊園業界。富岳霊園の山北(田武
謙三)との契約が成立し、しかも道路公団の高井戸(石田茂樹)の出した難問(寺院を移転させること)も
解決して、日本等の株は鰻登りである。社長の左右山貫太郎(進藤英太郎)は徐々に日本等の実力を認め始
めるが、部長の浅利(藤村有弘)や課長の石亀(人見明)は面白くない。そこで、あまり儲かりそうもない
オルガモン商会(水の清浄化装置を商っている会社)の友永(桜井センリ)に日本等を引き合わせるが、鰻
屋の岡持(潮万太郎)やホテルのシェフの皿田(田中邦衛)相手に商売を成立させてしまう。さらには、社
長が代議士を務めている大衆党の市会議員である黒原伝平(藤田まこと)と交渉し、社長の故郷でもある海
無市に下水道工事の利権をつかみかけるが、こちらの方はあえなく失敗。しかし、ひょんなことからアラジ
ニア共和国のゴット大統領(中村哲)の命の恩人になり、一大プラントの契約に漕ぎ着ける。もっとも、こ
ちらの事業は大きすぎるので、業界最大手の丸菱商事が扱うことになる。その際、アラジニア共和国との契
約こみで統南商事を丸菱商事に吸収合併させる工作を日本等が果たして、万事めでたしとなる。まことに調
のいい話であるが、植木等が演じると、こんな人物がいてもいいような気がしてくるから不思議である。な
お、ことのついでに、日本等は左右山社長の愛娘(同時に秘書でもある)の百合子(浜美枝)のハートを射
止めて結婚するが、彼女の浪費癖は相当なもので、やれダイヤの指輪だの、やれミンクのコートだの、やれ
キャデラックだのと、次から次へと請求書を回されて、がっくりの巻である。天下のゴリガン男も、売るの
は満点だが、買うのは零点というお粗末で、一巻の幕を閉じている。日本等が「シェー」のポーズを取る珍
しいシーンや、彼が黒原伝平のご機嫌を取る際の「声千両、節万両」という台詞が面白かった。他に、柳谷
寛(黒山=海無市の衛生課の課員)、宮田洋容(黒田=同)、田中淳一(大黒=同)、沢村いき雄(熱水=
船橋ヘルスセンターの社員)、野川由美子(リリ子=バーのホステスからアラジニア大統領夫人になる玉の
輿の体現者)、芝木優子(えみ子)、清水元(日本等の主治医)、野村明司(通訳)、北龍二(中仏=丸菱
商事の社長)、吉頂寺晃(その秘書)、大前亘(葬式の受付係)、西条竜介(進行係)、左卜全(寺の住職)、
勝本圭一郎(檀家総代)、二瓶正也(暗殺団の一員)、荒木保夫(吉田=統南商事の社員)などが出演して
いる。なお、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画を4本観たので、簡単にご報告。1本目は、『ぼくらの七日間戦争』(監督:菅原比呂志、角
川春樹事務所、1988年)である。子どもの戦争ごっこは大目に見られるが、それが過激な反抗につながると
大人も黙ってはいられない。中学生11人が、廃工場に立て籠もって大人に宣戦布告をするこの映画は、荒唐
無稽ではあるが観念的には常にあり得る物語である。後年、『バトル・ロワイアル 特別篇』(監督:深作
欣二、「バトル・ロワイアル」製作委員会〔東映=アム アソシエイツ=広美=日本出版販売=MFピクチ
ャーズ=WOWOW=ギャガ・コミュニケーションズ〕、2001年)や、『バトル・ロワイアルII 【特別篇】
REVENGE』(監督:深作欣二/深作健太、東映=深作組=テレビ朝日=WOWOW=ギャガ・コミュニケーション
ズ=日本出版販売=TOKYO FM=セガ=東映ビデオ=東映エージェンシー、2003年)でその発展形を観ること
ができるが、まさかそこまで中学生が行動を起こすことはできまい、と考える大人は気をつける必要がある。
また、村上龍が『希望の国のエクソダス』(文藝春秋、2000年)で描いた世界も、単なるSFとは思えないの
である。しかし、この作品の結末は何とも微笑ましい。楽しいファンタジーに仕上がっている。宮沢りえ
(中山ひとみ)のデビュー作品でもある。他に、菊池健一郎(菊地英治)、鍋島利匡(安永宏)、金浜政武
(日比野朗)、大沢健(中尾和人)、田中基(柿沼直樹)、中野慎(字野秀明)、石川秀明(天野健二)、
工藤正貴(相原徹)、五十嵐美穂(橋口純子)、安孫子里香(堀場久実子)、金田龍之介(榎本校長)、笹
野高史(丹羽先生)、倉田保昭(酒井先生=体育教師)、大地康雄 (野沢先生=生活指導)、佐野史郎
(八代先生=1年A組の担任)、小柳みゆき(小柳先生)、賀来千香子(西脇先生=英語教師)、室田日出
男(瀬川)、出門英(菊地英介=英治の父)、浅茅陽子(菊地詩乃=同じく母)、粟津號(親のひとり)な
どが出演している。
 2本目は、『帰ってきた若大将』(監督:小谷承請、東宝=加山プロモーション、1981年)である。加山
雄三の芸能生活20周年を記念して製作された映画。りき役の飯田蝶子が1972年に亡くなっているので、この
作品でも「りきおばあちゃん」は鬼籍に入っているという設定。理想的平和国家をつくるために、サザンク
ロス諸島の自治政府顧問をしている若大将・田沼雄一(加山雄三)の活躍を描いた映画。パラシュートなし
でのスカイ・ダイヴィングのシーンで幕を開けるが、けっこうスリリングな気分を味わえた。助かったのは
皆川純子〔JBC・TVのプロデューサー〕(坂口良子)で、助けたのはもちろん若大将である。今回の青大将・
石山新二郎(田中邦衛)は、三丸商事副社長の役。相変わらず恋の鞘当をするが、最後には男らしく身を引
いている。若大将と青大将との友情は、恋を乗り越えたのである。ニューヨーク・シティ・マラソンのシー
ンも豪快で、楽しかった。サザンクロス大統領の姪フローラ役でアグネス・ラムが花を添えている。その他、
『ティファニーで朝食を(BREAKFAST AT TIFFANY'S)』(監督:ブレイク・エドワーズ、米国、1961年)や、
『カサブランカ(CASABLANCA)』(監督:マイケル・カーチス、米国、1942年)のパロディも組み込まれて
おり、記念映画らしい演出である。若大将が純子に贈った指輪も「珊瑚」でできており、「お嫁においで」
(作詞:岩谷時子、作曲:弾厚作、唄:加山雄三、1966年)を髣髴させた。他に、有島一郎(田沼久太郎)、
江原達怡(江口)、中真千子(照子)、賀原夏子(マリ)、樹木希林(大岩ともえ=副社長秘書)、田崎潤
(青大将の父)、松崎真(植松=運転手兼お付)、山本紀彦(桑田=純子の片腕のカメラマン)、藤木悠
(沖山=JBC・TVのデスク)、萬田久子(うらら=副社長秘書、後に社長秘書)、なべおさみ(郵便局員)
などが出演している。なお、この作品が事実上の最終作(ただし、草刈正雄版の若大将映画が2本ある)だ
が、後年、『社長になった若大将』(TBS系列、1992年4月16日‐7月30日)というテレヴィ・ドラマも存在
し、加山雄三が田沼雄一役、酒井和歌子が田沼近子役で出演している。しかしながら、視聴率はあまり伸び
なかったようである(ウィキペディアより)。
 3本目は、『赤毛』(監督:岡本喜八、三船プロダクション、1969)である。幕末期の勤皇の志士のひと
りを描いている。もっとも、本人は百姓上がりで、利用されるだけ利用されて殺されるのではあるが……。
中谷一郎のナレーションを引用してみよう。耳から拾ったので、正確ではない。寛恕を乞いたい。

  慶応三年のある夏の夜、空から突然「皇太神宮」のお札が舞い落ちてきた。世直しのお告げであ
 る。世をあげて、「ええじゃないか、ええじゃないか」……
  翌慶応四年春二月、王政復古の大号令のもと、有栖川宮熾仁(なるひと)親王を東夷大総督にい
 ただき、錦の御旗は東海、東山、北陸の三道を江戸へ進撃を始めた。その主力は、薩・長・土、総
 勢五万余。

 東山道軍は、岩倉具定(ともさだ)総督で、その参謀には荒垣弥一郎(神山繁)が当たっていた。彼自身
は「白毛」の被り物であったが、配下に「赤毛」の被り物をつけた「赤報隊」と称する響導先鋒隊を従えて
おり、その隊長は相良総三(田村高廣)であった。ある日、澤渡(さわんど)の宿を平らげることになった
が、その村の出身である権三(三船敏郎)が魁に選ばれた。隊長に懇願して「赤毛」の被り物を借り受けた
権三は、勇躍澤渡の宿に乗り込む。そこで、世直しを喧伝し、村の者を欣喜雀躍させた。それというのも、
天下が葵から菊に変われば、年貢半減になることを謳ったからである。また、借金も棒引きの「徳政令」で、
遊女たちを解放し、ついでに許嫁のトミ(岩下志麻)とも旧交を温めたのであった。もちろん、代官である
神尾金太夫(伊藤雄之助)や、二束の草鞋(ヤクザと警察を兼ねた役割)を履く駒ヶ根の虎三(花沢徳衛)、
それに、村の金貸し木曽屋喜兵衛(富田仲次郎)などは面白くないが、ご時世とあっては仕方がない。直ち
に権三のご機嫌を伺う始末である。なお、この時点で、権三は、赤報隊隊長「源ノ権三郎将満」を騙り、い
い気分である。さて、最初はうまくいっていたが、さてというところである。ここに、幕府側の遊撃一番隊
が絡み、壮絶な戦いが始まるのである。結局、権三は鉄砲の弾を受けて蜂の巣になるが、三日天下とはいえ
「百姓の天下」を勝ち取ったところに意味があったのである。権三のキャラクターは、まさに『七人の侍』
(監督:黒澤明、東宝、1954年)の菊千代そのものであった。他に、寺田農(錦布れ集めの三次)、高橋悦
史(一ノ瀬半蔵)、吉村実子(お葉=半蔵の妻)、岡田可愛(お袖=三次の恋人)、望月優子(権三の母)、
乙羽信子(お春=遊女)、天本英世(医者の玄斉)、岸田森(左右吉=木曽屋の番頭。しかしその実体は、
遊撃一番隊、旗本二千石の門奈兵庫)、砂塚秀夫(瓦版屋の雨ガエル。同じく、酒井頼母)、浜村純(甚兵
衛。同じく、山口彦太夫)、草野大悟(居酒屋の亭主。同じく、脇屋新六)、左ト全(伍平=お袖の祖父)、
睦五郎(荒垣の部下)、常田富士男(代官の手代)、堺左千夫(袈裟治=権三の幼馴染)などが出演してい
る。
 4本目は、『眼の壁』(監督:大庭秀雄、松竹大船、1958年)である。松本清張原作の推理劇。筋書は追
わないが、丁寧に作られているのでかなり面白かった。政治ゴロ絡みの手形のパクリ事件が発端で、昭和電
業の会計課長である関野(織田政雄)が自殺する。その後も、元刑事が射殺される事件、弁護士誘拐事件な
どが次々と起こり、事件は混迷の度合を深めてゆく。関野の実直な人柄を慕っていた部下の萩崎竜雄(佐田
啓二)が事件究明に乗り出し、新聞記者をしている友人の田村満吉(高野真二)と協力して難事件を解決す
るという物語である。鍵を握る人物に、政治ゴロの大物舟坂の番頭を務める山崎事務長(宇佐美淳也)、バ
ーテンの山本一夫(渡辺文雄)、山杉商事秘書の上崎絵津子(鳳八千代)を配し、複雑な人間模様を描いて
いる。クライマックス・シーンは圧巻で、江戸川乱歩の世界を髣髴させた。物語とは直接の関係はないが、
興味深い次のような挿話があった。田村が多忙の中で結婚するのであるが、その新婦である永井章子〔田村
と同じ東毎新聞広告部の社員〕(朝丘雪路)の早速の内助ぶり(新婚旅行を中止して、新郎の仕事を励まし
たこと)には驚いた。たしかに、この時代ではあり得たであろう設定である。他に、多々良純(田丸利市=
元刑事)、西村晃(瀬川弁護士)、山路義人(岩尾代議士と岩尾院長の二役)、永井智雄(昭和電業専務の
加賀)、永井達郎(渡辺)、三谷幸子(バー・レッド・ムーンのマダム淳子)、左ト全(加藤大六郎=山崎
をよく知る人物)、福岡正剛(記者の内野)、三津田健(昭和電業社長)、十朱久雄(同常務)、富田仲次
郎(捜査一課長)、鬼笑介(硫酸を運ぶ男)などが出演している。
 以上、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の七月の詩の中に、視覚的なイメージを喚起させる素
敵な詩があった。それは、以下の作品である。

 七月十八日

 仏陀はキャディラックの後席で
 かたわらの独裁者にむかって
 ほのかに微笑した

 「拈華微笑」という言葉がある。釈迦が蓮の花を捻ったとき、その意味を諒解した弟子の迦葉が微笑んだ、
という話である。なお、「四字熟語データバンク」というサイトを覗いたら、こんなふうに解説されていた。

  拈華微笑(ねんげみしょう)

 意味:言葉を使わずお互いが理解しあうこと。心から心へ伝わる微妙な境地・感覚のたとえ。
 解説:【故事】 釈迦が霊鷲山(りょうじゅうせん)で弟子たちに仏法を説いたとき黙って大
    梵天王から受けた金波羅華(こんぱらげ金色の蓮の花)をひねって見せると摩訶迦葉
    (まか かしょう)だけがその意味を悟って微笑んだので釈迦は彼だけに仏法の心理*
    を授けたと言う故事による。「拈華」は花をひねること。「花を捻りて微笑する」と
    訓読みする。

 * たぶん、「真理」もしくは「心髄(真髄、神髄)」とするところを「心理」とした間違いだと
  思う(引用者)。

 用例:亭主がお茶を飲みたいとき、何も言わないのに奥さんがお茶を持ってくる。あの夫婦は
    まさに、拈華微笑の仲だ。
 類義語:以心伝心(いしんでんしん) / 教華別伝(きょうげべつでん) / 維摩一黙(ゆいまい
     ちもく) / 拈華瞬目(ねんげしゅんもく) / 笑拈梅花(しょうねんばいか)/教外
     別伝(きょうげべつでん) / 感応道交(かんのうどうこう) / 神会黙契(しんかい
     もっけい) /不立文字(ふりゅうもんじ) / 黙契秘旨(もっけいひし)

 さて、乗っている車はアメ車のキャディラックである。そこで、ダブルの背広を着た天然パーマの仏陀が、
隣に座っている軍服着用のヒトラーに向かって微笑んだ。仏陀はでっぷりと太っており、葉巻をくゆらせて
いる。ヒトラーはなぜかかしこまって、痩せた身体を小刻みに震わせている。東洋の神秘に、さすがのヒト
ラーも返す言葉がなく、「ヤー(Ja)」と呟くだけだったのである……という情景が小生の脳裏に浮かんだ。
こんな視覚的イメージは、小生の大好物である。


 某月某日

 DVDで邦画の『若大将対青大将』(監督:岩内克己、東宝、1971年)を観た。もはや「出涸らし」といっ
た感じ。「若大将」のニックネームを田沼雄一(加山雄三)からバトンタッチされた太田茂夫(大矢茂)だ
ったが、彼我の違いは明らか。若大将のオーラは大矢茂には残念ながらなかった。おそらくシリーズの存続
を図ったのではないかと思われるが、これ一本で終わっている。ただし、まだまだ「若大将」シリーズは続
いており、加山自身の復活篇や、三代目を襲名した草刈正雄が主演の映画も2本あるらしいが、それらは筆
者未見である。今回の主人公はむしろ青大将こと石山新次郎〔字幕は新二郎になっていた〕(田中邦衛)で、
相変わらずの「駄々っ子」ぶりである。若大将のフィアンセである塚本節子(酒井和歌子)を襲ったり、新
若大将の恋人候補である森山圭子(吉沢京子)にちょっかいを出したり、全篇を通じて青大将の本領を発揮
している。父親の石山剛造(松村達雄)やばあやのきよ(千石規子)も手を焼くが、甘やかされて育ってい
るので、馬耳東風である。若大将と同じ会社に入社した(自分の父親が経営している会社でもある)青大将
の画策でニューヨークに転勤させられた若大将ではあるが、無事に節子と結ばれている。もちろん、新若大
将は、今回のスポーツであるオートレースに優勝し、圭子との仲もうまくいき、お約束の流れは踏襲されて
いる。他に、太田淑子(富士子=節子の同僚)、森るみ子(令子)、早坂八千代(悦子)、三條美紀(太田
春江=茂の母)、小林夕岐子(牧田昌子=青大将の見合い相手、実際には若大将と見合いしたかたち)、江
戸家猫八(交通警官)、南利明(高林教授)、人見明(平岡営業課長)、高松しげお(学生=オートレース
部のマネージャー)、高橋ひとみ(千代子)、スーザン・エバンズ(キャッシー=若大将が接待するバイヤ
ーの娘)などが出演している。お馴染みの有島一郎、飯田蝶子、中真千子、江原達怡などが出演していない
ので、ちょっと淋しかった。なお、配役等に関しては、<goo 映画>を参照した。これは蛇足であるが、「進
んでるぅ」などの当時の流行語が青大将の口から発せられるが、とても古く感じた。言葉にも賞味期限があ
るらしい。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の六月の詩にはあまり面白い作品がない。辛うじて少
しだけ「おやっ」と思ったのが以下の詩である。

 六月十九日

 胡桃割りと栓抜きと缶切りが
 それぞれにつつましく
 自己主張していると思ったら大間違いだ
 台所の引出しの中だって煉獄の一部だから

 人が二人寄れば仲違いの種はいくらでもある。動物や植物の世界でも、日々戦いが繰り広げられている。
しかし、われわれが「自然物」と呼んでいる水や石、「人工物」に分類している机や椅子にも、われわれの
窺い知れない戦争が存在するのである。いわく、「生物なおもて闘争せり、況や静物をや」。自力で動く生
物でさえ闘争しているのだから、他力をたのむだけの静物が闘争しているのは当然のことである。娑婆は闘
争の場、それを乗り越えてこそ救済がある。これを、人呼んで「静物正機説」という。

 * よもや真面目に受け取る人はいないと思いますが、これは「悪人正機説」にひっかけたジョーク
  です。念のため。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たのでご報告。1本目は、『風の外側』(監督:奥田瑛二、ゼロ・ピクチュアズ=
「風の外側」サポート・ファンド、2007年)である。奥田監督の4本目の作品である。残念ながら、一番訴
えてくるものが少ない映画だった。在日コリアンの苦悩を描いているが、中途半端に終わっている。それで
も、失敗作とは言いがたいが……。一番の欠点は、脚本であろう。話の運びが通俗的すぎて、次にどうなる
か分りすぎる点が淋しい。サスペンス映画とは異なるから、無理にそのような筋を設定する必要はないかも
しれないが、あまりにも平凡な物話であった。中途半端なチンピラが、自分の恋人の父親を殺めなければな
らない「鉄砲玉」にされるというのが話の肝だが、主人公の趙聖文を演じた佐々木崇雄はまだまだ未熟で、
ほとんどリアリティを感じることができなかった。また、演技力はともかくとして、劇場で人を刺すシーン
など、まるで無理な設定だと思った。相手役(岩田真理子)の安藤サクラも、上手なところと下手なところ
が混交していて、不安定だった。奥田瑛二の実の娘なので、やはり少し甘くなったのか。これからの精進次
第であろう。チンピラ仲間の梁秀一(石田卓也)と沢野良二(加納史敏)は可もなし不可もなし。もちろん、
光っている人はいた。聖文の母親役の夏木マリで、昔の恋人の岩田哲生(奥田瑛二)と久し振りに出会うシ
ーンを除いて実に活き活きしていたと思う。しかし、このシーンだけはいただけない。もしかすると、この
岩田が聖文の父親ではないかと思わせるように仕組んであるが(つまり、聖文は自分の恋人の父親どころか、
自分自身の父親を殺すように命じられたことになる)、そのような設定は人を驚かせることにはならず、む
しろ白けさせるのである。同じく、在日コリアン(梁民子=秀一の母)役の綾戸智絵もなかなか感じが出て
いた。聖文の兄貴分に当たる田丸修役の北村一輝はさすがに上手だったが、聖文と取引をする際にアイスク
リームを舐めるシーンは、一度でよかったのではないか。以前、奥田瑛二が探偵役を演じていたとき(何の
作品だったかは忘れた)、袋の中から豆菓子(だったような気がする)を出してポリポリかじりながら行動
するシーンがあったが、あれはよかった。なお、今回のアイスクリーム(ソフトクリームかもしれないが)
は、「高利貸し」(聖文のシノギ)と「氷菓子」(アイス)をかけていたのかもしれない。なお、名作『地
下室のメロディー(Melodie en Sous-sol)』(監督:アンリ・ベルヌイユ、仏国、1963年)で、ムショ帰り
の老いたギャングであるシャルル(ジャン・ギャバン)が、砂糖のたっぷり入ったカフェ・オ・レを啜るシ
ーンがあるが、ヤクザとアイスクリームという取り合わせは、案外こういったシーンにヒントを得ているの
かもしれない。もちろん、まったくの憶測ではあるが……。なお、物語とはほとんど関係ないが、フグの競
りのシーンは面白かった。はじめて見たからである。他に、かたせ梨乃(岩田智子=真理子の母)、久保京
子(秋川理沙子=音楽の先生)、江原啓之(杉森健吉=声楽教室の先生)、新井康弘(秀一の父)、浦里は
る美(聖文の祖母)、島田雅彦(英語教師)、岡本奈月(今川よしの)、三浦誠己(魚屋=聖文の友人)、
安藤和津(安藤百合子=学院長)、大友康平(刑事)などが出演している。配役等に関しては、<goo 映画>
を参照した。
 2本目は、『日劇「加山雄三ショー」より・歌う若大将』(監督:長野卓、東宝、1966年)である。かつ
て東京の有楽町にあった日劇(現 有楽町マリオン)での加山雄三のワンマンショーを中心に、『大学の若
大将』、『銀座の若大将』、『日本一の若大将』、『ハワイの若大将』の名場面集やタヒチで遊ぶ加山雄三
などのシーンを織り込んだ歌謡映画。たぶん、日劇に足を運べなかったファンのために作られた映画だと思
う。こんな映画が公開されるほど、当時の加山雄三は人気絶頂だった。海、愛、絆、夢などの言葉をテーマ
にする若大将・加山雄三の魅力にあふれている映画である。志摩夕起夫を司会とし、ザ・ランチャーズ、大
橋節夫とハニー・アイランダース、ストリング・ファンタジック・オーケストラ、日劇ダンシングチーム、
日劇オーケストラ(指揮:多忠修)などが出演している。もちろん、お馴染みの星由里子、田中邦衛、有島
一郎、飯田蝶子、中真千子などの顔を見ることができる。歌われた(演奏された)楽曲をその順番どおりに
記載しておこう。1.「君といつまでも」、2.「マイ・ジプシー・ダンス(MY Gypsy Dance)」、3.
「君の瞳の蒼空」、4.「蒼い星くず」、5.「白い浜」、6.「波乗り」、7.「お嫁においで」、8.
「砂と波」、9.「アロハ・レイ」、10.「夜空の星」(演奏だけ)、11.「夕陽は赤く」、12.「ブーメ
ラン・ベビー(Boomerang Baby)」、13.「ブラック・サンド・ビーチ(Black Sand Beach)」(演奏だけ)、
14.「恋は紅いばら」、15.「俺は海の児」(光進丸のテーマ・ソング)、16.(再び)「君といつまでも」
である。加山雄三の「含羞」は少し営業の匂いがするが、それでも当時の若い女性を魅了してやまなかった
のだろう。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の五月の詩の中で、何とか小生の気を惹いた詩を紹介
しよう。

 五月十六日

 高らかに李白を吟じながら
 冬の夜道を行く人が
 親友じゃない程度の友人だったらいいのに

 「高歌放吟」という言葉があるが、小生もその昔、夜中に酔っ払って大声で自作の詩もどきをがなりなが
ら京都の町を徘徊したことがある。そのときの連れは大迷惑だったと思う。

 白髪三千丈  白髪 三千丈
 縁愁似箇長  愁に縁りて箇(かく)の似(ごと)く長し
 不知明鏡裏  知らず 明鏡の裏
 何處得秋霜  何れの処にか秋霜を得たる

 私の白髪は三千丈
 憂愁の末にこんなにも長くなってしまった
 明るく澄んだ水鏡の中
 これほどに真っ白な秋の霜、一体どこから降ってきたのだろうか (ウィキペディアより)

 小生の場合、そんな名作ではなくして、たぶん失恋の歌だったと思う。そう言えば、平成の世に、旧制高
校生の格好(弊衣破帽、マントに高下駄)をして、高歌放吟しながら自転車を滑走させていた御仁がいた。
たぶん、京大生だったと思う。ちょっとした友だちになりたい気分だが、あまり深く付き合いたいとは思わ
ない。


 某月某日

 DVDで邦画の『俺の空だぜ!若大将』(監督:小谷承靖、東京映画、1970年)を観た。この映画はたぶん
観たことがあるが、ところどころ覚えているだけで、全体の筋はすっかり忘れていた。はっきりいって、駄
作。筋も無茶苦茶だし、カット割りもつながっていないし、観ていて情けなくなった。久太郎(有島一郎)
が相場に手を出す話や青大将・石山新次郎(田中邦衛)が蝮に咬まれる話など、まったくリアリティがなか
った。だいいち、なぜ、塚本節子(酒井和歌子)と青大将が二人きりで離れ小島に行かなければならないの
か、観る者を舐めている設定としか思えない。シリーズも頭打ちで、臨終が近付いてきたことを示している。
新味があるとすれば、若大将・田沼雄一(加山雄三)と二代目・若大将になる予定の太田茂夫(大矢茂)と
の殴り合いのシーンぐらいである。その他、スカイ・ダイヴィングの映像が辛うじて見所になっているとい
えようか。人物造形もいい加減で、やはり若大将は大学生でないと駄目だと思う。他に、飯田蝶子(りき)、
江原達怡(江口)、久慈あさみ(春江=茂の母)、應蘭芳(大林英子)、上田吉二郎(その父)、伴淳三郎
(常吉)、中真千子(照子)、北竜二(石山剛三=青大将の父)、藤木悠(立花)、左卜全(ご隠居)、菱
見百合子〔ひし美ゆりこ〕(由美)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『北辰斜にさすところ』(監督:神山征二郎、映画「北辰斜にさすところ」製作委員会=神
山プロダクション、2007年)を観た。旧制第七高等学校造士館(現 鹿児島大学)の同窓生の青春を、現代
に重ね合わせて描いた映画。細部を丁寧に描いており、楽しめる一篇となっている。旧制高校を描いた映画
としては『ダウンタウン・ヒーローズ』(監督:山田洋次、松竹、1988年)があるが(旧制愛媛高等学校=
現 愛媛大学)、それと劣らずリアリティがあると思った。むしろ、この作品の方が再現において優れてい
るような気がするのは、小生の偏見だろうか。『ダウンタウン・ヒーローズ』よりもさらに二十年近く経っ
ているのに、よくぞ描き切ったといってもよいほどである。もちろん、小生が生まれる4年前に旧制高校は
消滅しているので(昭和25年)、何を語っても想像の域を出ないが、旧制高校生の生態はあんなものではな
かったかと思わせるだけでも、十分に成功していると思う。伝説の投手上田勝弥の役を三國連太郎が演じて
いるが、彼の「怪物」ぶりを久々に堪能することができた。戦争で弟を亡くした無念がよく表現されていた
と思う。物語の筋は追わないが、久し振りに観る俳優も数多く出演しており、小生としては飽きずに全篇を
観終えることができた。上田の先輩に当たる草野役の緒方直人も健在で、この俳優も久し振りにお目にかか
った。また、上田の息子役の医者に林隆三が起用されているが、小生が若い頃好きだった俳優なので、それ
も楽しむことができた。上田の娘の富子役の佐々木愛、上田の親友西崎(織本順吉)の妻の役を演じた佐々
木スミ江も申し分なく、この二人のヴェテラン女優も映えていたと思う。バンカラ、ロウベン(蝋燭の火で
勉強すること)、西田幾多郎の『善の研究』、寮同士のストーム、アカフン、ツバイテ(鹿児島第二高等女
学校)、ドッペる(落第する)、繰上げ卒業、学徒出陣、等々、お馴染みの「小道具」もよく描かれていた
と思う。昭和11(1936)年、熊本県の人吉出身の上田勝弥が七校に入学したとき、人吉の先輩である草野か
ら「バカの天才になれ」と励まされるが、これはどの旧制高校にも通じる教育の理念でもあって、小賢しい
利口者がとことんバカにされたのも事実であろう。年を取った上田が、孫に対して「しかし、実人生ではと
ても難しいことですよ」と諭す場面は秀逸である。その孫が鹿児島大学に入学するという挿話はちょっとで
きすぎの感があったが……。また、七校最後の卒業生(高橋長英)が、鹿児島大学の学生に「先輩」と言わ
れて泣き出すシーンも面白かった。初めて後輩ができた気分だったのだろう。ともあれ、旧制高校出身者に
とって、まさに「感涙の映画」ではないだろうか。他に、和田光司(上田勝弥の青年時代)、北村和夫(七
校野球部OBの海路政夫)、神山繁(東京七校会事務局長の本田一)、坂上二郎(鹿児島七高同窓会幹事長の
真田喜信)、浪岡一喜(七校生のひとり)、永島敏行(七校と五高の仲裁役)、河原崎建三(上田の尊敬す
る数学教授)、犬塚弘(スペイン在の七校野球部OB)、滝田裕介(七校OB)、鈴木瑞穂(五高OB)、樋浦勉
(同)、金山一彦などが出演している。蛇足ながら、人吉に「川上哲治記念球場」があることを知った。現
役時代はほとんど知らないが、V9当時の巨人軍監督として、実に憎たらしい「爺さん」だったことを思い
出して懐かしかった。また、映画の題名が七校の寮歌から採られていることを記しておこう。なお、「北辰」
とは、北極星の異名である。


 某月某日

 谷川俊太郎の『詩めくり』(ちくま文庫、2009年)の四月の詩の中で、ちょっと気の利いた作品を紹介
しよう。

 四月二日

 とても退屈でとてもいい詩を書く人である
 白いミンクの帽子をかぶって
 黒い網靴下をはいて現れた
 その中間に何を着ていたかは忘れた

 この詩は、間違いなくエロチックな効果を狙った詩である。「人」とあるが、性別は女としか思えないし、
あたかも白いミンクの帽子と黒い網靴下しか身に纏っていないかのごとくである。白と黒のコントラスト、
ミンクの帽子と網靴下、男(この詩の話者は、どうあっても男に違いない)の視線はそこにしか向かなかっ
たのである。映像的な詩は、ときに読者をハッとさせるものだ。


 某月某日

 DVDで邦画を4本観たので、簡単にご報告。1本目は、『ニュージーランドの若大将』(監督:福田純、
東宝、1969年)である。今回の「若大将」は、日東自動車の海外普及部宣伝課におけるサラリーマン田沼雄
一の活躍を描いている。取り立てて新味はないが、サラリーマンになっても、若大将・田沼雄一(加山雄三)
は、相変わらず魅力的である。恋のお相手は森川節子(酒井和歌子)で、二ュージーランド産業振興会で働
く女性である。ひょんなことから知り合うが、いつもどおりの障礙(たいがいは誤解から来る節子の嫉妬)
を乗り越えて、マウント・クック(ニュージーランド)の雪原で気持を確かめ合うのである。若大将がシド
ニー(オーストラリアの大都市)の駐在員だった頃、日本から来豪する客人をもてなすことが多く、まるで
観光ガイドもひとつの仕事であったが、彼はこれが大の苦手だった。陣笠代議士の太田黒(コロムビア・ト
ップ)とその秘書松井(コロムビア・ライト)を接待したときも、適当にあしらっている。たとえば、「女
を世話しろ」という松井の要求に対して、「オーストラリアン・ハズバンド」という言葉を持ち出して、や
んわりと窘めている。件の言葉は、「世界一真面目で家庭を大事にするよき夫」という意味である。実際の
ところどうかは知らないが、日本とはだいぶ事情が違うようである。また、若大将の実家の田能久が支店を
出す挿話が重要である。牛肉のキロ当たりの仕入れ値は2,000円であるが(当時)、マトン(羊肉)は500円
なので、お昼の定食用には打ってつけである。焼肉定食を500円から200円に値下げできるからである(若い
人が来店しやすい)。妹の照子(中真千子)と結婚して田能久を継いだ格好の江口敏(江原達怡)は、若大
将の父親久太郎(有島一郎)を説得するが、「100年つづいた暖簾を傷つけるつもりか」の一点張りで、な
かなか承知しない。そのくせ、ジンギスカン料理には舌鼓を打っているのである。世代間の考え方の違いが
もろに出ていて、少し面白かった。また、若大将の部屋にヌード・ピンナップが飾ってあり、節子が訪問す
る際にあわてて外されるシーンがおかしかった。このような場面は今までなかったと思う。その他、オース
トラリアやニュージーランドの景色も楽しめる一篇である。なお、今回の青大将・石山新次郎(田中邦衛)
は、世界航空の社長という設定である。他に、飯田蝶子(田沼りき)、藤岡琢也(藤原課長)、小鹿敦(小
山)、佐野周二(牛丸)、岡田可愛 (大島昌子)、中山麻理(朝吹マリ=モデル)、ジェシカ・ピーター
ス(エリザベス)、うつみみどり〔宮土理〕(三橋冴子=久太郎の恋の相手)、浦山珠実(房子=田能久の
店員)、西条康彦 (八郎=同)、アンドリュー・ヒューズ(ジョン・オハラ)、メリー・ジャコブ(ジョン・
オハラ夫人)、なべおさみ(平山=冴子の恋人)などが出演している。なお、配役等に関しては、<goo 映
画>を参照した。これは蛇足だが、エリザベス役のピータースは流暢な日本語を喋っていたが(誰かのアテ
レコ)、あれは英語にして、字幕を入れた方がよかったのではないか。
 2本目は、『社長千一夜』(監督:松林宗恵、東宝、1967年)である。小生が通っているTSUTAYAに存在
する「社長」シリーズ最後の映画である。したがって、しばらくこのシリーズは見納めとなる。今回は、庄
司観光会社が舞台である。1967年は、ツィッギーが来日してミニスカートが一大流行した年であり、「ハプ
ニング」、「フーテン族」、「ボイン」などの言葉が流行った年でもある。天草パールラインが完成し、九
州の観光に力を入れようとする会社の成功譚が描かれている。木村開発部長(小林桂樹)による天草五橋の
説明がある。一橋(天門橋)、二橋(大矢野橋)、三橋(中の橋=最長)、四橋(前島橋)、五橋(松島橋)
の眺めは、どれも素晴らしい。また、九州横断道路も完成し、別府、阿蘇、熊本、島原、雲仙、長崎を結ぶ
線に、この天草の五橋が加わったのである。同社の観光開発は、東京オリンピック(1964年)以後頭打ちで、
しかも関東東海地区に限られている。1970年に開催される予定の大阪万博を睨んで、九州に独自の観光ルー
トを打ちたてようとするのが、木村開発部長の目論見である。常務の金井鉄之助(加東大介)はその案に消
極的であるが、社長の庄司(森繁久彌)は乗り気である。ここに、大阪のホテルの支配人である飛田(三木
のり平)が新情報を持ち込んだから、一気に火がつく。ブラジルから日系三世の大金持ちペケロ・ドス・荒
木(フランキー堺)が来日したというのである。何でも、祖父の遺言で、熊本に外国人目当ての超近代的ホ
テルを建築したいというのである。以下の物語は割愛するが、このペケロと新しく社長秘書になった小川次
郎(黒沢年男)とが意気投合し、商売もうまくいってめでたし、めでたしの物語である。今回の社長の浮気
候補は、大阪ミナミのクラブ「あかぷるこ」のマダム鈴子(新珠三千代)であるが、芸者はる美(藤あきみ)
の邪魔が入っておじゃん。なお、このはる美は実にドライな性格に設定されており、あんなに嫌がっていた
ペケロとあっさり結婚している。なお、庄司とその妻邦子(久慈あさみ)との遣り取りもなかなか面白い。
他に、司葉子(澄江=木村の妻)、英百合子(松子=木村の母)、原恵子(大野由紀子=秘書課員)、塩沢
とき(芸者)などが出演している。
 3本目は、『暗黒街の顔役 十一人のギャング』(監督:石井輝男、東映東京、1963年)である。久々に
石井輝男監督のギャングものを観たが、さすがのできである。筋も面白いし、役者も上手だった。物語は割
愛するが、浜松市にある東亜鋼管の社員の給料(5億円に達する)を狙って強盗を企む一味と、それを横取
りしようとする別のグループとの虚々実々の戦いがメインになっている。その他、仲間割れや、資金調達の
ための取引など、いかにもありそうな話であった。小生は、この手のギャングものをずいぶん観ているが、
かなり上質の仕上がりではないだろうか。最後に、全員撃たれて死ぬところなど、「犯罪は引き合わない」
という勧善懲悪のメッセージも籠められており、その点でも据わりがよかった。主な出演者を記しておこう。
鶴田浩二(権藤)、杉浦直樹(東野)、高倉健(沢上)、江原真二郎(海老名)、待田京介(葉室)、高英
男(広岡)、アイ・ジョージ(ジョージ片桐)、安部徹(黒川)、梅宮辰夫(金光=黒川の舎弟)、伊沢一
郎(重宗)、三原葉子(まゆみ)、瞳麗子(ユキ=権藤の女)、木暮実千代(山之内美和)、丹波哲郎(芳
賀邦光)、吉川満子(くめ=権藤の母)、本間千代子(路子=権藤の妹)などである。高倉健がずいぶん荒
んだ(「下卑た」といってもよいくらいである)男の役を演じていたが、最後に「勝って監獄、負けりゃ地
獄」と叫んでトラックを敵方の乗用車に突っ込むシーンは決まっていた。「網走番外地」シリーズ10作(監
督は全篇石井輝男)は1965年から始まるが、そのシーンだけは後のシリーズの橘真一その人であった。なお、
瞳麗子という女優は初見かもしれないが、鶴田浩二の相手役としてまったく遜色なかった。なお、配役等に
関しては<goo 映画>を参照したが、だいぶ間違えているところ(たとえば、杉浦直樹の役名が「別当」とあ
ったが「東野」が正しい)があったので、気がついたところは訂正しておいた。
 4本目は、『ブラボー!若大将』(監督:岩内克己、東京映画、1970年)である。多少とも毛色の変わっ
た「若大将」だった。その意味で、けっこう面白かった。三矢物産営業部の田沼雄一(加山雄三)は、会社
の非情な方針に怒って辞表を提出する。しばらく、グァム島で日本人相手の観光案内などをして暮らしてい
たが、そこで知り合った松井節子(酒井和歌子)と結ばれるまでの物語である。節子と知り合う前に、何と
若大将には恋人がいた。こんな展開は始めてである。浜田百合子(高橋紀子)という女性で、銀行家の息子
と結婚してしまう。若大将振られるの巻である。恋愛と結婚とは別物と語る百合子だったが、こころにわだ
かまりを抱いていた。しかし、その後融資の件で若大将は百合子に連絡し、そのわだかまりも解けるという
筋書である。青大将こと石山新次郎(田中邦衛)は例によって節子に横恋慕するが、口説き落とした別の女
がいた。たまみ(菱見百合子〔ひし美ゆりこ〕)である。青大将とたまみの遣り取りもこれまでのシリーズ
にはあり得ない場面である。肉体関係を思わせる台詞があるからだ。これも、少し驚いた。また、江口敏
(江原達怡)の失敗(インスタント・スキヤキ)と使い込み事件も、これまでにはない展開である。義兄の
若大将が事態を収拾するところも、なかなか面白かった。さらに、熊井鉄工の社長である熊井金太郎(熊倉
一雄)の登場も、異質な感じを受けた。しかも、彼は声優として有名であり、台詞も声優のようなつけ方だ
ったので、少し笑った。結局、熊井鉄工に入社後、若大将は三矢物産と熊井鉄工の合弁会社の社長に納まる
のである。お気楽な結末であった。若大将がテニスの名手というのも少し違和感をもった。なぜなら、プロ
デューサーの藤本真澄の方針で、若大将には小さいボールを扱う競技をさせなかったはずだからである。そ
の他、これまでの「若大将」シリーズとは異なり、どこか泥臭い一篇であった。若大将がダンプの運転手を
するシーンまであるからだろうか。なお、青大将は石山エンタープライズ専務という肩書であり、節子はそ
この店員である。だから青大将は若大将に対して強気に出るが、グァム島で殴りあうシーンまであるのにし
ょせん相手ではなかった。他に、有島一郎(田沼久太郎)、飯田蝶子(田沼りき)、中真千子(江口照子)、
藤岡琢也(西岡課長)、柏木由紀子(昌子=三矢物産時代の同僚)、小鹿敦(小山=同)、大矢茂(大木=
若大将の後輩)、松村達雄(岩崎営業部長)、田島義文(西川=京南大学テニス部の部長先生)などが出演
している。なお、配役等に関しては<goo 映画>を参照したが、間違いだらけだった。いつもながら、何とか
ならないものか、と思った。なお、DVDの映像特典で、弾厚作(加山雄三)作曲、岩谷時子作詞の小学校校
歌が紹介されていた。「小机小学校」という学校だそうだ。彼らが作った楽曲としては、「旅人よ」、「君
といつまでも」、「お嫁においで」、「夜空の星」などが有名であるが、小生もずいぶん歌ったものである。
一番好きなのは、「夜空の星」。以下にその歌詞を引用しよう。

  僕の行くところへ ついておいでよ
  夜空にはあんなに 星が光る
  どこまでも二人で 歩いて行こう
  恋人よその手を 引いてあげよう
  約束しよう つなぎ合った指は
  離さないと
  泣かないで 君には僕がいるぜ
  涙なんて拭いて わらってごらん

  僕の行くところへ ついておいでよ
  夜空にはあんなに 星がともる
  どこまでも二人で 歩いて行こう
  恋人よ幸せ 僕があげよう
  約束しよう 君と抱いた夢は
  忘れないと
  僕の行くところへ ついておいでよ
  夜空にはあんなに 星が歌う

                                                 
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