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日日是労働セレクト31
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第31弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレ
クト31」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、
いちいち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日
に加筆することは御法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させ
ました。ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何
かと読者のお気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目
的は一切ありませんので、どうぞご理解ください。


 某月某日

 DVDで邦画の『東京ゴミ女』(監督:廣木隆一、シネロケット=日本トラステック、2000年)を観た。以
前から観たいと思っていた作品で、期待以上の出来だった。『ヴァイブレータ』(監督:廣木隆一、シー・
アイ・エー=ハピネット・ピクチャーズ=日本出版販売=シネカノン=衛星劇場、2003年)でも感心したが、
この監督のハイセンスには脱帽せざるを得ない。喫茶店のウエイトレスをしている藤沢みゆき(中村麻美)
は、同じマンションに住むミュージシャンの朝本義則(鈴木一真)に思いを寄せているが、声すら掛けられ
ない。彼のすべてを知りたいと思いつめたみゆきは、ついに彼の捨てたゴミを漁りだす。マルボロの吸殻、
シリアル食品の箱、カップメンの容器、使用済みのコンドーム、自分のライヴを録画したヴィデオ・テープ、
各種の雑誌……およそ雑多なゴミを点検すれば、彼がどんな生活を送っているかが手に取るように分るとい
う趣向である。小生の記憶に間違いがなければ、だいぶ以前に当時人気絶頂だった竹下景子の捨てたゴミが
一部の心ないマスコミによって中身を漁られた事件があったが、それをヒントにして書かれた脚本かもしれ
ない。みゆきは自分に言い寄ってくる川島というサラリーマン(戸田昌宏)に気まぐれから身体を許したり
もするが、あくまで本命はヨシノリである。ある日、ヨシノリの元彼女である星野サヤカ(小山田サユリ)
からの手紙がゴミの中に紛れていた。封を切らずに捨ててあるので、ヨシノリにとっては終わった恋である
が、サヤカの方はそうではないようである。それどころか、中身を読んだみゆきは、サヤカが自分のライ
ヴァルであることに気付く。そして、サヤカにヨシノリを諦めさせるべく、ヨシノリのライヴにやって来た
サヤカを待ち伏せして連れ出し、自分がヨシノリと同棲していることを告げる。もちろん、真っ赤な嘘であ
るが、みゆきとしては譲れない線であった。その日、待望久しいヨシノリとの交流の機会が生まれ、一夜を
共にする。ところが、そのあくる朝、みゆきがヨシノリのゴミを漁っていたことを以前から知っていたとヨ
シノリ本人から告げられ、みゆきは大きな衝撃を受ける。百年の恋が冷めてしまう瞬間である。みゆきはサ
ヤカにヨシノリのゴミを託すべく彼女に逢いに出かけるが、もうヨシノリのことを整理したサヤカにとって、
それは無用のものであった。このシーンなどは、飼い猫が飼い主の許につかまえた鼠や蜥蜴を運んでくる様
子に似ているような気がする。自分にとって価値あるものが、相手にとってもそうである保証はない。その
典型的な事例がここにある。結局、ヨシノリのゴミはすべて処分されるが、一つだけ捨てられないものがあ
るという。それが何であるかは鑑賞者の想像に任せるという結末であった。この映画の筋は単純であるが、
細部に凝っているので、深い味わいを感じた。たとえば、みゆきがヨシノリの行きずりの女を呪って、「あ
の女は淋病、クラミジア、カンジタの三冠王であり、エイズにも罹っているに違いない。だから、直ちに別
れるべきだ」といったニュアンスの台詞が出てくるが、性病をダシにしてライヴァルを罵るやり方は相当下
品である。たしか、『空中庭園』(監督:豊田利晃、リトルモア=ポニーキャニオン=衛星劇場=カルチュ
ア・パブリッシャーズ=アスミック・エース エンタテインメント、2005年)でも、主人公役の小泉今日子
がその手を使っていたが、根拠薄弱の点から相手に対する明らかな名誉毀損である。性的な罵倒は度が過ぎ
ると周囲の人にも嫌悪感を催わせるので、誰もが気を付けなければならない事柄であろう。また、この映画
の面白い点は、同じウエイトレス仲間の京子(柴咲コウ)や喫茶店のマスター(田口トモロヲ)が実にいい
味を出していることである。京子は、それを演じた柴咲本人が舞台挨拶で語っているように、「ライトなビ
ッチ(bitch)」の本領を十分に発揮していると思う。とくに、アメリカン・ブラックとアフリカン・ブラッ
クの腰遣いのバネの違いを説明する際の彼女は、実に活き活きしている。しかも、アフリカ人と関係を持っ
たことで、五大陸制覇を成し遂げたと豪語する姿を観て、柴咲のその後の大物ぶりをすでにこの作品でも発
揮していると思った。その他、みゆきの住所を川島に3,000円で教えたり、本来はサーヴィスのはずの水を
客に100円で注いだりする場面など、思わず唸ってしまった。実に得難い女優である。また、田口トモロヲ
が自分はロリータ趣味であるということを告白する場面も、淡々とした味わいがあってよかった。その他、
奏谷ひろみ、吉岡睦高、伊藤裕作、山仲竜也などが出演している。ちなみに、この映画 は《lovecinema》
の vol.1に当る作品である。また、特典映像として、『甘い風景』(『東京ゴミ女』の主人公みゆきの5
年前を描いた作品)、『失敗・恋・永遠』(『東京ゴミ女』が公開されているシネ北で起こるある女の心
情を描いた作品)[いずれも監督は中村麻美]という短篇作品がDVDにはおまけとして付いており、これら
もなかなか面白かった。サブ・ストーリーを観ることによって、本編がより鮮明な輝きを放つと思った。
なお、配役等に関しては、《goo 映画》を参照した。


 某月某日

 土曜日の夜は《CHAOTIC NOISE》というライヴハウスでバンドの演奏に合わせて3時間ほど踊りまくった。
その店で小生の講義に出ている学生と出遭ったが、「意外である」と言われた。まさかパンク・バンドの
ライヴに小生のごときロートルが顔を出しているとは予想だにしなかったのだろう。友人がバンドとして
出演しているし、一緒に踊っている者の中にも友人が何人かいたので、小生にとっては不思議でもなんで
もないのだが……。もっとも、さすがに若い人が多く、小生のように五十代の人間は小生の友人の一人を
除いて皆無だったと思う。「年寄りの冷や水」には違いないが、ダイエットと精神のカタルシスを求めて、
これからも機会があれば踊りまくるつもりである。
 ところで、昨年一年を表現する漢字は「偽」であったが、偽装工作のような姑息な手段を戒めるために
この文字が選ばれたのだと思う。ただし、この文字は、よく見ると「ひとのため」と分解できる。つまり、
偽はすべからく糾弾すべきものではないのである。もちろん、悪意の籠ったいつわりは言語道断であるが、
少なくともまともな人間生活を送ろうとすれば、かならず必要になってくる潤滑油でもある。たとえば、
友人同士の間で、「本当のことを言おうか」という提案はご法度に近い。言い換えれば、思っていること
をすべてそのまま口にすれば、人間関係がぎくしゃくすること必至である。人は皆、真実を隠しながら、
当り障りのない言葉を交換し合っている。したがって、愛のあるいつわりは愛のない真実よりもはるかに
大切なのである。


 某月某日

 DVDで邦画の『緋牡丹博徒 仁義通します』(監督:斎藤武市、東映京都、1972年)を観た。シリーズ第
8作で、同時に最終作でもある。この作品を最後に藤純子〔現 富司純子〕が引退したからである。その後、
『あ・うん』(監督:降旗康男、東宝映画=フイルム フェイス、1989年)で映画に復活するまで、17年の
月日が流れている。小生はいわゆる「やくざ」映画を浴びるほど観ているが、この作品に関しては見覚え
のあるシーンがなかったので、多分初見だと思う。もっとも、すっかり観たことを忘れているだけかもし
れないが……。明治時代を背景にし、大阪の安治川附近を舞台にした、跡目争いと縄張り争いの物語でま
ったく新味はないが、登場人物が大物ばかりなので、藤純子(緋牡丹のお竜=矢野竜子)の引退を祝う映
画としては成功していると思う。最後に藤の背中が斬られてざっくり割れているところが痛々しい。「見
届け人」や「取り持ち人」などの言葉、お竜さんの肥後弁、北橋とお竜さんの会話など、何となく悠長で
よかった。他に、片岡千恵蔵(近松左兵衛)、清川虹子(お神楽のおたか)、松方弘樹(岩木誠一=堂萬
一家の三代目を継ぐ)、菅原文太(北橋周平=岩木の戦友)、長門裕之(朝汐藤吉=岩木の子分)、待田
京介(松川長次郎=堂萬一家の代貸にして岩木のライヴァル)、光川環世(芸者小袖=岩木の恋人)、三
島ゆり子(三律江=松川の妹にして藤吉の妻)、河津清三郎(嘉納竜三=伝法一家の惣領)、名和宏(千
羽初之助=伝法一家側の親分)、若山富三郎(道後の熊坂虎吉親分)、汐路章(猪又賢吾=千羽の子分)、
志賀勝(権)、川谷拓三(留)、中田ダイマル(大政)、中田ラケット(小政)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『貴婦人縛り壺』(監督:小沼勝、日活、1977年)を観た。小生には緊縛の趣味はないので
正確な評価はできないが、直観的に言わせて貰えば、正統派の作品なのではないだろうか。団鬼六の『黒
い鬼火』という作品が原作の由。昭和初期の農村を舞台にして、豪農の笠井(高木均)が金に飽かせて相
場で失敗した没落士族の娘である浪路(谷ナオミ)を嫁に娶り、夜毎甚振る様子が描かれている。もちろ
ん、それだけでは趣向として物足りないので、笠井の妹の秋子(渡辺とく子)、浪路が将来を誓った医者
の吉野(志賀圭二郎)、さらには使用人の信吉(滝沢淳)などが絡んで、それなりの物語が展開している。
近隣の農民たちが笠井の家で新婚の床入り(浪路と吉野の絡み)を覗こうとする場面などは、土俗性が十
分に表現されているのではないか。笠井役の高木均はテレヴィでもお馴染の顔だが、こういう役を与えれ
ば実に味のある演技を見せてくれるので、貴重なバイプレーヤーだと思う。また、谷ナオミの脇を固める
べく渡辺とく子が出演しているが、この映画の狂言回しとして十分に魅力的であった。他に、花上晃(韮
崎)、高橋明(作造)、田島はるか(フミエ)などが出演している。なお、配役等に関しては、インター
ネット上に公開されている《ロマンポルノ記念館》を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画の『ときめきに死す』(監督:森田芳光、ニュー・センチュリー・プロデューサーズ、1984年)
を観た。変わった映画という印象。台詞回しが不自然だし、ストーリーも平凡なのに不自然、結末も不自
然、つまり不自然な感じを終始保っている稀有な映画。もっとも、この頃の森田映画は、『家族ゲーム』
(監督:森田芳光、にっかつ=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ=ATG、1983年)にしても、『メ
イン・テーマ』(監督:森田芳光、角川春樹事務所、1984年)にしても、あるいは、『それから』(監督:
森田芳光、東映、1985年)にしても、十分に不自然な感じなので、驚くことではないのかもしれない。殺し
屋の工藤直也(沢田研二)が殺しに失敗するまでの顛末が描かれているが、歌舞伎町の元医者である大倉洋
介(杉浦直樹)や、彼ら二人と相性が合うと判定されたコンパニオン・ガールの梢ひろみ(樋口可南子)が
微妙に絡んで、あまりリアリティのないお話が展開している。卑猥な場面も不自然で、森田監督はそのちぐ
はぐさを描きたかったのだろうか。他に、日下武史(会長の側近の中山)、矢崎滋(スナイパーの新条)、
岡本真(谷川会長)、岸部一徳(海の中の男)、宮本信子(旅館の女将)、加藤治子(やり手婆のおたえさ
ん)などが出演している。なお、配役等に関しては、《goo 映画》を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画の『悲しくなるほど不実な夜空に』(監督:宇治田隆史、お茶の間クラッシックス、2000年)
を観た。題名に惹かれて一度観てみたいと思っていた映画であるが、残念ながらあまり面白くなかった。
というのも、インディーズ映画にありがちなことであるが、映像や音声の処理が上手ではなく、商業的な
レヴェルとしてはかなり低い段階と言わざるを得ないからである。また、主人公の心の内面解剖も十分で
はなく、監督の意図が空回りしているように感じられたから、という理由も付け加えておこう。もっとも、
主演の葉月蛍(加藤龍子)は魅力的な人で、肩の力の抜けた演技をしていたところがよい。この作品にお
ける彼女はAV女優の桃月カオリという別の顔をもっているが、とくにSMやスカトロなどの特殊な作品に出
演しているという設定で、常識的な生活をしている人からすれば、まさに「ドン引きキャラ」である。事
実、『奴隷市場4』という作品に出演しているのを見つけた父親の加藤松男(古河潤一)は激怒して、彼
女を同居しているアパートから追い出してしまう。もっとも、自堕落な生活を送っている弟の加藤秀和
(澤田俊輔)は姉の生き方に批判的ではなく、姉から下される恩恵に自分が与ることがあればそれでよい
と思っている。なお、父親も弟も無職で、娘(姉)の収入に頼っており、母親の気配はないという一家で
ある。何とも気の抜ける台詞であるが、龍子の「あんたら、私のウンコで食べてんじゃないの」は、家族
同士でなければ吐けないものであろう。特典映像における宇治田監督の「家族には、どんなに崩壊しても
元に戻るための糸口はある」という意見は、小生も同感できることである。なお、映画自身はマイナスの
状態からゼロに戻ったところで幕を閉じる。父親も弟も娘(姉)の切ない気持を確実に嗅ぎ取っているの
だと思う。他に、川島佳帆里(梅川お比奈)、小澤義明(夏目高仁)、前田博通(犬松作)、美口やよい
(女子高生)、尾上恵美(女子高生)、元木隆史(AV監督)、柴田剛(助手シマタ)、山下敦弘(山下先
生)、小川トト(将軍)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『エロスは甘き香り』(監督:藤田敏八、日活、1973年)を観た。カメラマンを志望してい
る浩一(高橋長英)は、服飾デザイナーの柳沢悦子(桃井かおり)の住処に言葉巧みに入り込み、強引に
肉体関係を結んで「ヒモ」になる。やがて、劇画作家志望の昭(谷本一)とそのパートナーであるホステ
ス稼業の雪絵(伊佐山ひろ子)が悦子の住処に転がり込んできて、4人の男女の同棲生活が始まる。ある
日、酔っ払って帰って来た雪絵を浩一が風呂場で無理矢理犯してしまう。それに激怒した昭が、今度は悦
子を手籠めにする。しかも、浩一が二人の濡れ場を小型カメラで写し捲るといったおまけまでついている。
政治の季節が終わった世界で、「青春の浪費」とも呼ぶべき痴態を繰り展げながら、どこか憎めない連中
である。子豚の首を斧で斬り落とす場面や、犬小屋が燃える場面があるが、あれはそれぞれ、官憲とアメ
リカ合衆国(あるいは、欧米諸国一般)を象徴しているのだろうか。70年代前半の閉塞状況が透けて見え
てくる作品である。藤田映画の多くは青春の空しさを巧みに描こうとしている点で秀逸である。しかし、
ロマンポルノという制約もあって仕方がないのかもしれないが、題名は内容と明らかに乖離していた。む
しろ、『ハチャメチャ四人同棲』とか『豚の首刎ね犬小屋燃える』とかの即物的な題名の方がこの作品に
は相応しい。他に、川村真樹(雀)、山谷初男(久生)、五条博(年男)などが出演している。なお、配
役等については《goo 映画》を参照したが、当該サイトの「あらすじ」は、残念ながら本映画と食い違う
部分が多い。


 某月某日

 小生は「携帯電話撲滅運動推進委員会委員長」を自認しているが、賛同者は皆無なので、たった一人で
委員会活動を行っている。……こう書くと、頭がおかしいのではないかと疑われること必至であるが、も
ちろん冗談半分である。ただ、まったくの「冗談」ではなく「冗談半分」であることを強調したい。つま
り、半分は真面目に携帯電話の負の側面を懸念しているのである。折に触れて、その懸念の気持を口にし
ているが、同調してくれる人がいても、その場で携帯電話を手放すことを宣言してくれる人はいない。ま
さに孤立無援であるが、最近になって嬉しい本を見つけた。『壊れる日本人 ーケータイ・ネット依存症
への告別ー』(柳田邦男 著、新潮文庫、2007年)という本である。コメントはつけないが、小生が日頃
考えていることと軌を一にする内容で、涙が出るほど感激しながら読んだ。興味のある人は、是非この本
を購入し、虚心坦懐に繙いてほしい。


 某月某日

 DVDで邦画の『なつかしい風来坊』(監督:山田洋次、松竹大船、1966年)を観た。山田流人情喜劇の定
番のような作品。「土方(現在では問題のある言葉かもしれないが、作品の中で使用されているので、そ
のまま表記させていただく)[=土木作業員]」の伴源五郎(ハナ肇)が、酔っ払って横須賀線の車内で
傍若無人な振る舞いをしている。乗客の一人であった民生省衛生局防疫課課長補佐民生技官(医師の免状
ももっている)の早乙女良吉(有島一郎)は茅ヶ崎の自宅に帰宅途中であったが、源五郎に絡まれて往生
している。そこへ鉄道公安官*(穂積隆信)がやって来て、源五郎を連行する。良吉はほっとしたものの、
何か心に引っ掛かるものがあった。2ヶ月が過ぎた。帰宅の遅れた良吉がタクシー乗り場に佇んでいると
き、例の酔っ払いと邂逅することになった。なぜか意気投合した二人は良吉の自宅に雪崩れ込み、風呂で
一緒に放歌高吟したりして、家族の顰蹙を買う。小生の父親も酔っ払って見知らぬ人を自宅に連れて帰っ
たことが何度もあるが、一番驚いたのは力士を連れ帰ったことである。朝起きると、浴衣を着た大きな大
人がご飯を食べている。父親は会社に出掛けたらしく、母親が一人で対応している。どうやら、父親が連
れ帰った客人であることは分ったが、それにしても法外である。饗応する母親も母親だが、昔の人はごく
当たり前にそれができたのだろうか。今の世の中では、あまり考えられないだろう。もっとも、小生も酔
っ払って大勢の学生を自宅に連れ帰ったことが何度かあるが、父親の影響かもしれない。しかし、今では
そんなこともしなくなった。そんな雰囲気にならないからである。さて、映画に戻るが、良吉は源五郎の
率直さがたまらなく嬉しかったのだと思う。陰険な役人同士の付き合いに辟易している良吉からすれば、
別世界の人物に見えるのも無理はない。もっとも、家族はいい顔をしない。妻の絹子(中北千枝子)も娘
の房子(真山知子)も、汚いものを見る目つきである。ただし、だんだんと源五郎が早乙女家に馴染んで
くる。最初のきっかけは隣家から押し売り(犬塚弘)を撃退したことであった。また、早乙女家のために
お土産を持参したり、息子の学(山尾哲彦)のために犬を連れてきたりして、ちょいちょい早乙女家に出
入りするようになる。さらに、隣家の奥さん(久里千春)とも親しくなる。なぜかと言うと、源五郎が器
用に大工仕事をこなし、早乙女家にも隣家にも実に重宝な存在となったからである。犬小屋をあっという
間に作ったのをはじめとして、ドアの立て付けを直したり、テレヴィのアンテナを調整したり、雨漏りを
塞いだり、大きな庭石を運んだりして、まさに八面六臂の活躍である。これを女性が評価しないわけがな
い。かくして、源五郎は周囲に認知されたのであるが、「どうせなら、無口で淑やかな美人を拾って来い」
という良吉の冗談が実現してしまうことから、また一騒動に発展するのである。この後の展開は割愛する
が、実際に源五郎が海から拾って来た風見愛子(倍賞千恵子)とその源五郎自身との不器用な恋が初々し
くてよい。その恋を成就させようと良吉は骨を折るが、それは源五郎の「騎士道精神」に敬意を表したか
らである。「愛する女をあらゆる敵と困難から守ってやりたいと思う心は男の本能である」と言い切る良
吉の面目にも躍如たるものがあった。源五郎が海に入水しようとしていた愛子を助けたのは偶然であるが、
不幸な生い立ちの愛子を大きな愛情で包み込もうと試みたのは偶然ではない。それは、源五郎の大いなる
意志の産物である。源五郎は教養のない乱暴者であるが、人間としての真心をもっている。林局長(松村
達雄)、防疫課長(鈴木瑞穂)、課員A(水科慶子)らには持ち合わせのないものである。それを見抜い
たからこそ、良吉は源五郎を高く評価するのである。さらに、源五郎が資材の横流しや傷害事件を起こし
ていたことが発覚するが、良吉は「そんなことで人間の価値が変わるか」と叫び、あくまで源五郎擁護の
立場を崩さない姿勢には見所があった。有島一郎は『愛の讃歌』(監督:山田洋次、松竹大船、1967年)
や『吹けば飛ぶよな男だが』(監督:山田洋次、松竹、1968年)でもいい味を出していたが、本作にはや
や及ばないと思う。よって、小生にとっては、この作品が、少なくとも山田映画における有島一郎の代表
作だと思う。というのも、ハナ肇が扮する源五郎のキャラクターも悪くはないが、有島一郎の演じる良吉
には限りない親しみを感じざるを得ないからである。なお、結末には相当に甘い味付けがなされているが、
その甘さがまた鑑賞者に夢と希望を与えてくれるのである。他に、山口崇(伊達一郎)、市村俊幸(吉川
課長補佐)、川村禾門(局長秘書)、武智豊子(横須賀線の女)、桜井センリ(警官)などが出演してい
る。なお、配役等に関しては、《goo 映画》を参照したが、明らかな間違いは直させていただいた。

 * 現在の「鉄道警察隊」に相当する組織の職員のこと。なお、鉄道警察隊(てつどうけいさつたい)
  とは、国鉄の分割民営化(JRへの移行)に伴い1987年(昭和62年)3月31日限り、廃止となった旧鉄
  道公安職員(鉄道公安官)の代わりに創設された、日本における鉄道専門の公安制度であり、その
  組織を指す。警視庁及び各道府県警察本部(鉄道の路線規模が設置に値するほどではない沖縄県を
  除く)に設置された「本部執行隊」である。各都道府県警察によって異なるが、生活安全部若しく
  は地域部に属している。主に「鉄警隊(てっけいたい)」と略される(フリー百科事典『ウィキペ
  ディア(Wikipedia)』より)。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。いずれも社会的には逸脱している人々を描いたもので、最近はこの手
の映画に食傷気味ではあるが、観れば観たでそれなりの収穫はある。1本目は『さらば愛しのやくざ』(監
督:和泉聖治、東映、1990年)である。やくざ者と学生が出会い、意気投合し、そして別れを迎える。物
語も平凡でさして語るべきものをもたないが、バブル期のお洒落な感じが出ていて、やくざ者の陣内孝則
(藤島悟郎)と学生の柳葉敏郎(中馬達也)のコンビも勢いがあってよい。その間に入る相楽晴子(高梨
季美子)もキュートな感じを醸している。また、悪党側の大竹まこと(坂田明二)や内藤剛志(工藤剛三)
もいい味を出している。他に、 室田日出男(村上健次組長)、内藤やす子(村上美恵子)、稲垣吾郎(高
梨隆)、片桐竜次(山下智之)、田中邦衛(唐沢忠志医師)などが出演している。なお、配役等について
は、《goo 映画》を参照した。
 2本目は『援助交際撲滅運動 地獄変』(監督:鈴木浩介、キングレコード、2003年)である。続編であ
るが、正編を観ていないので比較はできない。人には言えない欲望を叶えさせてくれる館でのお話。過去
に手酷く犯された経験をもつアオイ(蒼井そら)の、その相手であるクニ(遠藤憲一)への復讐譚でもあ
る。仕掛けられた多くのギャグが小生には滑って見え、成功作とはとても言えない。ただし、遠藤憲一の
「ぶち切れた姿」には、相変わらず度肝を抜かれる。他に、緋田康人(坂東)、大西武志(姫田)、諏訪
太朗(安岡)などが出演している。
 3本目は『緋牡丹博徒 花札勝負』(監督:加藤泰、東映京都、1969年)である。典型的な「東映やくざ
映画」である。過去に観ているかもしれないが、覚えている場面が一つもなかった。たぶん、初見だと思
う。藤純子[現 富司純子](緋牡丹のお竜=矢野竜子)の殺陣は颯爽としているが、あれでは人は切れな
いと思う。高倉健(花岡彰吾)もいつもながらおいしい役で、貫禄を見せていた。他に、嵐寛寿郎(杉山
貞次郎=西之丸一家の親分)、石山律(杉山次郎=貞次郎の息子)、山本麟一(北村兼造)、南利明(今
朝松)、小池朝雄(金原鉄之助)、 柴田美保子(金原八重子=鉄之助の義理の娘)、清川虹子(お神楽の
おたか)、若山富三郎(熊坂虎吉)、沢淑子(お時=偽のお竜)、古城門昌美(お君=お時の娘)、汐路
章(バケ安=お時の亭主)、藤山寛美(巡査)、 内田朝雄(古田頼輝国会議員)、待田京介(不死身の富
士松=熊坂一家の身内)などが出演している。なお、配役等については、《goo 映画》を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画の『赤いハンカチ』(監督:舛田利雄、日活、1964年)を観た。矛盾や無理も少なくないが、
歌謡映画、犯罪映画、推理映画、恋愛映画の側面が渾然一体となっており、おおむねまとまりのある映画
である。筋は追わないが、石原裕次郎(三上次郎)と二谷英明(石原武志)の関係が、間に入る浅丘ルリ
子(平岡玲子)によって鮮明になり、その分見応えのある流れになっている、と評しておこう。さらに、
金子信雄(神奈川県警の土屋警部補)が脇を固めており、物語に奥行を与えている。この映画を「恋愛も
の」としてみた場合、玲子が三上に気持を許すときにハイヒールを脱ぐ場面があるが、あれは秀逸。その
際の玲子の表情も抜群であった。他に、森川信(平岡=玲子の父)、芦田伸介(ヤクザの親分)、桂小金
治(寿司屋の親父)、川地民夫(清次)、笹森礼子(光子)、清水将夫(警察幹部)などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画の『HOUSE ハウス』(監督:大林宣彦、東宝映像、1977年)を観た。以前から気になっていた
映画であるが、これまで鑑賞する機会がなかった。当時は話題になった映画だが、「学芸会」という感じ
は拭えなかった。ただし、そこそこ面白い。女子中学生7人が家によって一人ずつ食べられてゆくという
斬新な設定は、映画ならではのものだろう。愛称オシャレ(池上季実子)が学校から帰ると、そこにイタ
リア帰りの父(笹沢左保)がいた。新しいママ候補の江馬涼子(鰐淵晴子)も一緒である。軽井沢の別荘
に3人で行こうという父親の提案をあっさり断る。母親(池上季実子=二役)のことが脳裏から離れない
からである。自室で悶々としていたが、やがて伯母(南田洋子)のことを思い出す。だいぶ以前に1度だ
け逢ったことがある相手だった。その伯母のところに手紙を出して夏休みに仲間と一緒に遊びに行かせて
ほしいというお願いをしたところ、あっさり承諾を得る。いよいよ待望の夏休みになる。オシャレは仲間
と伯母の住む羽臼邸へ向かって出発する。ファンタ(大場久美子)の憧れる東郷圭介先生(尾崎紀世彦)
も同伴するはずだったが、都合で遅れることになる。さて、羽臼邸に着いてからどうなったか。ある者は
井戸の底で生首になり、ある者はピアノに喰われ、ある者は大時計の中で死体と化す。実は、この邸は伯
母そのもので、戦時中に婚約者(三浦友和)が戦死したにも拘らず彼を待ち続けた挙句、ついには死んで
しまったのであるが、それでも執念深く邸そのものとなって、若い娘を食べ続けるのであった。食べれば
その分若返り、自分が着るはずだった花嫁衣裳を着ることができるからである。最後に、メッセージが流
れる。


  たとえ肉体が滅んでも/人はいつまでも誰かの心の中に/その人への思いとともに生き続
  けているだから、愛の物語は、いつまでも語りつがれていかなければならない/愛する人
  の命を永久(とわ)に生きながらえさせるために/永久の命、失われることのない人の思
  い/たった一つの約束/それは愛。


 当時としてはとてもお洒落な映画だったのだろう。他に、松原愛(ガリ)、神保美喜(クンフー)、佐
藤美恵子(マツク)、宮子昌代(スウィート)、田中エリ子(メロディー)、小林亜星(西瓜を売る農夫)、
石上三登志(写真屋さん)、壇ふみ(先生)、ゴダイゴなどが出演している。なお、配役等に関しては、
《goo 映画》を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画の『胎児が密猟する時』(監督:若松孝二、若松プロダクション、1966年)を観た。物語その
ものは単純で、加虐趣味のある中年男丸木戸定男〔マルキ・ド・サドのパロディ〕(山谷初男)が、自分
が専務をしているデパートの売り子江守ゆか(志摩みはる)を自室マンションに拉致監禁し、鞭で調教し
ようとするが、反撃を受けてついには殺されてしまう、という筋書である。彼は、この世の最大の不条理
として、「自分がこの世に生まれたこと」を挙げているが、それは旧約聖書の『ヨブ記』を踏まえてのこ
とである。映画の冒頭に、以下のような『ヨブ記』の文句が映し出される。

  我が生まれし日
  亡び失せよ
  何とて我は胎より
  死に出でざりしや
  何とて胎より
     出でし時に
  気息たえざりしや

 およそ「親不孝」の謗りを免れない行為の一つに、「なぜ、自分を産んだのか」という問いをまともに
親にぶつけることがある。親は言葉を失い、謝罪ならざる謝罪の気持を抱くに違いない。「産んで、すみ
ません」、と。人によっては、わが子に悪魔を見て驚愕するかもしれない。実は小生も母親に向けて発し
たことがある問いで、とても残酷なことをしたという自覚がある。しかし、その言葉を発した当時は大真
面目で、その攻撃性に気付かなかった。あるいは、気付いていても止められなかった。自分の都合しか見
えていなかったからである。この映画の主人公も屈折した精神をもてあましており、それはまず子どもを
生むことの拒否から始まる。妻(志摩みはる=二役)がありながら、精管切除(パイプカット)手術を自
らに施しており、子どもを欲しがる妻と自分との間に決定的な対立点を有していた。妻は人工授精で見知
らぬ男の子どもを身籠り家庭を捨てて出て行くが、それは定男にとってはかなりの屈辱であり、妻によく
似た女のゆかをその代替物として甚振ることによって相殺させようと試みるのである。自然と十分に折り
合っていける女を拒否しながら、その一方で慈愛の塊である母親を欲しがる男の身勝手さが、鞭を振るう
という行為に象徴的に現われている。したがって、女を犬や奴隷として扱うことを通して自己の不如意を
和らげ、自己の傷を癒そうとする男は、いずれその対象である女から復讐を遂げられる運命なのである。
もちろん、女の方にも自問がある。この監禁状態から抜け出してどうなるのか、逃げ出した先でまた別の
監禁状態に置かれるだけではないのか、と。ここからわずかに言えることは、たとえ「支配・被支配」の
関係が人間社会からなくならないものであるとしても、何とかしてそれを緩和し、すべての人々の心を解
放する努力が必要である、ということである。おそらく、支配を受ける者だけが不幸なわけではない。支
配する者もやはり不幸なのだ。なぜなら、「支配・被支配」の関係は、本質的に歪んだ構造をもっている
からである。……のようなことを考えさせてくれる映画であった。なお、若松監督の作品には、『完全な
る飼育 赤い殺意』(監督:若松孝二、セディックインターナショナル=アートポート、2004年)という
「監禁もの」があるが、40年の歳月を経てもあまりモチーフが変わっていないことが分る。男は死に(あ
るいは、それに近い状態に追いやられ)、女は解放される、という図式である。これは私見であるが、男
と女の新しい関係を模索する場合、まずは「所有」の観念を捨てることから始める必要があるのではない
か。つまり、関係性の平等や純粋さを保つためには、所有の観念は不平等や不純を生む大きな契機となる
のではないかという予測である。まずは、持ち物としての「ぼくの彼女」や「わたしの彼」という言い方
をやめることを提案したい。言い換えれば、「ぼくの?」や「わたしの?」は、そこに所有の意味を含ま
せれば、とても傲慢な言葉なのである。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので、以下に感想を記そう。1本目は『雪国』(監督:大庭秀雄、松竹大船、1965
年)である。ときは昭和10年、ところは越後湯村(越後湯沢がモデル)、東京在住の翻訳家島村(木村功)
は、旅の終りにこの地の温泉場を訪れ駒子(岩下志麻)と知り合った。彼女は芸者ではないが、大宴会に
は踊り手として駆り出されることもあった。いわば、素人と玄人の中間に位置する女だった。駒子は16歳
のときに東京の下谷に出てお酌(酌婦)をしていたが、直ぐに落籍されて、ゆくゆくは踊りの師匠で身を
立てようと思っていた矢先、旦那に急死されたために、この地に流れて来ていた。島村は駒子に芸者を斡
旋してくれるように頼んだが、肉欲の道具を調達するような役柄に駒子は不潔を感じた。島村も妙に潔癖
な駒子に何か感じるものがあった。いつしか島村の部屋を訪れるようになっていた駒子と島村は、彼が明
日東京に帰ると告げた晩、「友だちでいよう」という約束を反故にして結ばれた。半年の月日が流れた。
再び島村が越後湯村を訪れる日が来た。列車の中で、病気の青年行男(早川保)を熱心に看病している女
に出会う。葉子(加賀まりこ)であった。後で判明するが、行男は駒子の踊りの師匠(沢村貞子)の息子
で、葉子は駒子とともに師匠の養女であった。再会した島村と駒子は二人だけの濃密な時間を過ごしたが、
葉子は芸者という存在そのものを毛嫌いしていたので、二人の仲に冷ややかな視線を浴びせた。また、按
摩(浪花千栄子)の口から、駒子の周囲に関するさまざまな情報を仕入れることができた。駒子には旦那
(菅原通済)がおり、芸者になったのは病弱な行男の面倒を見るためであった。しかも、中風になった師
匠や葉子の面倒までみていたのである。また、駒子は行男の許婚者だが、駒子にその気がなく、さらにそ
の行男を葉子は愛しているが、行男自身は駒子が好きであるという悲しい構図まであるという。ただし、
行男が許婚者だったことを駒子は否定している。さて、三度目の来訪のとき、師匠やその息子はすでに鬼
籍に入っており、駒子も葉子と別れて暮らしていた。縮みの町を訪れた島村は、雪の上に布を晒している
女たちの姿に、駒子や葉子を重ね合わせていた。一年に一回気紛れにこの地を訪れて、気紛れに駒子を愛
する自分のあり方に疑問を抱き始めたのである。島村は雪国を去る決心をした。そのとき、半鐘が鳴った。
火事である。煙に捲かれそうになっている葉子を助けようとして、駒子は走りだした。島村には「もうお
帰りになって」と叫ぶばかりである。島村は自分がしょせんこの地ではエトランジェであることを悟り、
翌日雪国を去ったのである。予想通り、しっとりとした味わいの作品である。たまにはこういうのもよい。
ところで、川端康成の小説『雪国』(当該映画の原作)の冒頭、「国境の長いトンネルを抜けると雪国で
あった」について、小生には実体験がある。東京から新潟へ向かう列車に乗っていた小生は、トンネルに
入る前の群馬県側ではまったく雪を見ることがなかったのに、トンネルを抜けた途端、一面の雪景色に出
遭ったのである。あのとき、やはり川端康成の『雪国』を思い出して、しばし感慨に耽ったものである。
新潟には4年しか棲んでいないが、学生時代だったことも手伝って、今や小生にとってメルヘンのような
思い出になっている。他に、桜京美(芸者の金太郎)、柳沢真一(宿の番頭)、桜むつ子(女中)、岩崎
加根子(島村の妻)、萬代峰子(宿のお内儀)、清川虹子(置屋のお内儀)、千之赫子(芸者の菊勇)、
内藤武敏(島村の友人小泉)、明石潮(越後湯村駅の駅長)、穂積隆信(客のターさん)などが出演して
いる。なお、配役等は、《goo 映画》を参照した。
 2本目は『はみ出しスクール水着』(監督:滝田洋二郎、にっかつ、1986年)である。取り立てて新味
のないロマンポルノである。プールとシャワー室と銭湯が主な舞台で、少しだけスポ根(シンクロナイズ
ド・スイミング)が入っている青春ポルノである。清里めぐみ、森田水絵などが出演している。今年は性
愛映画を積極的に観ると宣言したが、どうも成果の方は期待できないかもしれない。総じて、軽すぎるか
らである。もっとも、中には佳品もあると信じて、淡々と観てゆきたい。


 某月某日

 DVDで邦画を3本観たのでご報告。1本目は『鏡の女たち』(監督:吉田喜重、グループコーポレーショ
ン=現代映画社=ルートピクチャーズ=グループキネマ東京、2002年)である。『人間の約束』(監督:
吉田喜重、西部セゾングループ=テレビ朝日=キネマ東京、1986年)とテーマは違うがタッチの似た佳品
であり、広島への「原爆投下」が重層低音として作品の底を流れている。東京の閑静な高級住宅街に住む
川瀬愛(岡田茉莉子)は、長年捜していた娘の川瀬美和らしき人物〔尾上正子と名乗っている〕(田中好
子)の消息を知る。それを知らせてきた市役所の役人(石丸謙二郎)によれば、幼児誘拐罪の被疑者とし
て警察に身柄があり、娘の川瀬夏来(一色紗英)との関係を示す母子手帳を所有しているという。美和は
20歳の時に家を出てその4年後に一時帰ってきたが、娘の夏来を産み落とすと再び姿を消してしまったの
である。それからさらに24年の月日が過ぎ去っている。なお、夏来は愛の孫に当るが、娘として育てられ
ている。もちろん、それは方便であり、実際には本当の母親がいることを知っている。さて、美和かと思
われる人物である尾上正子は、いわゆる「記憶喪失者」と成り果て、現在は、愛人と名乗る光岡(西岡徳
馬)の世話を受けつつ生活している。DNA鑑定を行なって親子かどうかを調べればよいが、なぜかそうしな
いまま、愛はアメリカ在住の夏来を呼び寄せる。愛は正子が美和であることを確信している。何かを飲んだ
際にカップの縁についた口紅を指で拭き取る癖が決め手であった。一方、夏来は元恋人の藤村純(北村有起
哉)と連絡を取り合いながら、自分の母親ではないかと思われる人物と対峙する。さらに、美和の本当の父
親は医師の川瀬ではなくて、敗戦当時通訳をしていた井沢であることが愛の口から発せられる。正子の記憶
を呼び戻すべく、愛が美和を生んだ土地である広島へと3人の女たちが向かう。さらに、正子には別の両親
(犬塚弘および三條美紀)から自分たちの娘ではないかという照会が来るが、こちらの方はDNA鑑定の結果、
そうではないという結論が出ている。この後の展開は割愛するが、最後まで緊張感を持続させることができ
た。上で挙げた『人間の約束』同様、その構造を熟知するまで何度か観てみたい作品である。他に、室田日
出男(戸籍係の郷田)、山本未来(テレヴィのプロデューサー)などが出演している。田中好子は、同じ広
島の被爆をテーマにした『黒い雨』(監督:今村昌平、今村プロ=林原グループ、1989年)にも重要な役で
出演しており、キャンディーズのメンバーだった頃からは想像できない演技派女優に育っている。また、当
該作品は名優室田日出男の遺作でもある。
 2本目は『いたずらロリータ 後からバージン』(監督:金子修介、にっかつ、1986年)である。ロマン
ポルノとして作られた作品であるが、ところどころに金子監督の才気が光る。石橋徹(阿部雅彦)がゴミ
捨て場から拾ってきたセルロイドの人形である「える」(水島裕子)と、彼とのラヴ・ロマンスが基調と
なって繰り広げられる物語。えるは昼間はほとんど人形のままであるが、夜になると可憐な乙女となって
徹に拾ってくれたことへの恩返しをするのであった。一頃の「メイド・ブーム」を先取りするようなノリ
で、ある種の人々の普遍的な願望(女性が心から自分に尽くしてくれること)を満たしてくれるのではな
いか。浪人生の插話(国立大学に入ってその後NTTに入社し、それなりの一生を送って、最後には寂しく死
ぬつまらない人生の話)や、オカマ役の河原さぶの佇まいが映画を引き締めていた。その他、中川みず穂、
小川美那子、三東ルシア、上田耕一などが出演している。
 3本目は『いぬのえいが』(監督:黒田昌郎/祢津哲久/黒田秀樹/犬童一心/佐藤信介/永井聡/真
田敦、Entertainment FARM=電通テック=IMJエンタテインメント=あおぞらインベストメント=オズ=角
川映画=ジェネオンエンタテインメント=日活=ザナドゥー、2004年)である。犬好きにはたまらない映
画ではないか。小生も嫌いではないが、それ以上に「犬好き」の妻と一緒に鑑賞した。彼女は多分とても
満足していたと思う。CMプランナーの山田賢太郎(中村獅童)は、現在ドッグフードのコマーシャルを
手がけているが、スポンサーサイドの煩い意向や、出演者である白鳥美咲(伊東美咲)のマネージャーの
林麗子(戸田恵子)の無理な注文を聞いているうちに、子どもの頃交流した野良犬のポチという犬を思い
出して、久し振りに当時住んでいた町を訪ねる。そこで、パン屋を継いでいる元同級生の香織(小西真奈
美)から、その後のポチの消息を聞く。病気の治療のために東京に移った彼を追いかけて旅立ち、その後
は杳として知れないということだった。実は、すでに賢太郎が退院していた病院に居つき、そのまま寿命
を全うしていたのである。その他、犬をめぐる11のエピソードがリレー形式で展開する作品である。中で
も、飼い主の「わが子自慢」をミュージカル仕立てにした短篇、「バウリンガル(犬語翻訳機)」誕生秘
話(フィクション)、飼い主と飼い犬との同時失恋の話などが面白かった。出演者のバラエティに加えて、
50種90匹もの犬が登場して、愛犬家を存分に楽しませてくれる作品に仕上がっている。他に、宮崎あおい
(美香)、高橋克実(小野田=山田の上司)、渡辺えり子(犬好きのおばさん)、佐野史郎(犬好きのお
じさん)、吉川ひなの(若奥さん)、北村総一朗(ドッグフード会社の山村)、モロ師岡(同じく笹松)、
川平慈英(舞台俳優の幸田正夫)、天海祐希(美春=幸田の恋人)、森下能幸(美春の隣人)、村松利史
(ラーメン屋店主)、田中要次(バウリンガル開発者の丸山健太郎)などが出演している。なお、以上、
配役などに関しては、《goo 映画》を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画を2本観た。両作に共通していることは、1970年代前後に作られた愛の物語という点である。
1本目は『高校生ブルース』(監督:帯盛迪彦、大映東京、1970年)である。小生が高校に入学した年に
封切されているから、まさに同時代の空気を感じることができた。なお、この作品の存在は知っていたが、
当時この手の映画を観る趣味はなく(もう少し正確に言えばその余裕がなく)、したがって初見である。
主演の関根恵子〔現 高橋恵子〕(北原美子役)は小生の文字通り同級生であるから、あの頃の平均的な女
の子の考えは少しは分るつもりである。好奇心から同級生の加藤昇(内田喜郎)と肉体関係を結んでしま
った美子は、妊娠という結果に愕然とした。性についての知識に欠けた結果と言えば身も蓋もないが、何
とかしなければならない。昇は断然堕すことを主張するが、愛の結晶を簡単に堕せばよいと考える昇に対
して、絶望的な気持になる。さらに、自分の母親(伊藤幸子)が、幼少から信頼してきた亡き父の親友で
ある佐伯(堀雄二)と男女の関係だったことを知り、たまらない嫌悪感を抱く。一方、昇の方は堕胎しか
頭になく、その費用を家族に黙って牛乳配達のアルバイトをすることによって得る。医者の言によれば、
妊娠3ヶ月以内だったら1万円ぐらいの由。あとは、何とか美子を説得しなければならない。しかし、美
子は、妊娠中絶手術は「殺人」に匹敵すると主張して、どうしても同意しない。二人の間には険悪な空気
が流れるが、美子はついに決心する。昇にお腹を踏みつけてもらって、流産する道を選んだのである。昇
は何かに取り憑かれたように美子のお腹を踏みつける。首尾よく流産した美子は、自分の心の中で何かが
変わったことを悟る。割合リアリティのある構成で、昇のエゴイズムと美子の真摯さが対蹠的に伝わって
くる。妊娠中絶の問題は小生の研究の範囲内であるが、さまざまな付随的要素が付き纏う事柄なので、小
生自身の立場を表明すれば、原則としては《pro-life》派(妊娠中絶に反対する立場)に組している。未
熟な者同士の性体験がいかに多くのしこりを残すかについて、もっと総合的に研究すべきであろう。性の
自由と、性から生まれる事柄への責任を両立させることは、人類の大問題だと思う。他に、篠田三郎(五
十嵐)、八並映子(トシ子)などが出演している。
 2本目は『狂走情死考』(監督:若松孝二、若松プロ、1869年)である。この映画は、ごく個人的な理
由でずっと観たかった映画である。実は、主演女優の名前が小生の母親と同姓同名だからである。それは
どうでもいいことであるが、彼女が出演しているのではないことだけは確認した。1968(昭和43)年10月
21日の国際反戦デーの深夜、新宿における全学連が引き起こした騒動が「騒乱罪」に当るとされ、翌朝に
催涙弾で制圧されているが、その闘争から逃げ出してきた藤原佐兵(吉沢健)が、兄の警察官である藤原
勲(戸浦六宏)と激しく口論している最中、義姉である袖里(武藤洋子)が誤って自分の夫を射殺してし
まったところから物語は始まる。実は、二人はもともと惹かれあう仲で、この事件をきっかけにして、義
理の姉弟を超えた関係に突入してしまう。その後は、北へ北へと向かう逃避行が展開するが、いつになっ
ても兄の死亡記事が新聞に出ない。そうこうしているうちに、故郷の小樽にたどりつく。途中、村の掟を
破って、よそ者の男と駈落ちした罰を受けなければならない娘(美湖ひろみ)〔=若林美宏〕が村人に折
檻されている現場に出くわすが、彼ら二人の境遇に重ねてみると、自分たちの行為がずいぶんと罪深いこ
とを自覚させられる。小樽に着くと、死んだと思われた勲が仁王立ちしていた。こうなると、夫の立場は
強い。二人は簡単に引き裂かれて、佐兵は去ってゆく兄と義姉を見送るしかないのである。政治的な立場
の違いから来る闘争、なさぬ仲の行く末、共同体の掟……人間社会の遣る瀬ない現実が、雪に覆われた冷
たい世界の中でむき出しにされる。それは誰もが経験する悪夢であるが、じっと堪えなければならないの
である。桎梏から逃れることは一場の夢であるが、一瞬でも実現した彼らはむしろ幸せかもしれない。他
に、山谷初男(長老)、押田推敲〔小水一男〕(白痴)、桜田洋助(医師)、若松虎(馬ぞりの男)、秋
山未知汚〔道男〕(東京の人)、吉屋あや子(女中)、佐藤重臣、足立正生、磯貝一、西村勝(以上、村
の男たち)が出演している。なお、配役等に関しては、DVDの付録である冊子を参照した。


 某月某日

 DVDで邦画の『閉じる日』(監督:行定勲、シネロケット=日本トラステック、2000年)を観た。こんな
重い題材(姉弟の父殺し、父娘相姦、姉弟相姦)をさらっと描いているつもりなのだろうが、役者の未熟
も手伝って、かなり後味の悪い作品である。永瀬正敏(編集者の川上役)が出演していなければ、もっと
悲惨な出来になったのではないだろうか。行定監督は売れっ子であるから敢えて苦言を呈するが、題材に
寄りかかりすぎると、たとえヒットしても作品としては低調に終わってしまうのではないだろうか。もっ
とも、たんに商売に徹しているのであれば、外野からとやかく言うべき筋合いではないのだが……。なお、
この映画は《lovecinema》のvol.3に当る作品である。他に、冨樫真(我妻名雪)、沢木哲(我妻拓海)、
綾花(悠里=拓海のガール・フレンド)、野村貴志(明=拓海や悠里の同級生)、筒井真理子(里美=悠
里の母)、大鷹明良(康男=名雪や拓海の父)などが出演している。なお、配役等に関しては、《goo 映
画》を参照した。

                                                 
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