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日日是労働セレクト20
 以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第20弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セレク
ト20」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、いち
いち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日に加筆
することは御法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させました。
ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何かと読者の
お気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目的は一切あり
ませんので、どうぞご理解ください。


 某月某日

 『インストール』(綿矢りさ 著、河出文庫)を読んだ。『蹴りたい背中』は既読であるが、それよりも
以前に書かれた作品である。内容は高校生がつくった作品という以外とくに述べ立てることはないが、その
言葉遣いには少し驚いた。いくつか例を挙げてみよう。


  煮えたぎって揺れ落ちる地獄の洛陽

  またその照らされた部屋の汚さがホラーで

  この何者にもなれないという枯れた悟り

  沈、黙。

  私は悠然と背筋を伸ばし、気分は博打女郎で、かかってきなさい、楽しませてあげるわ。

  ギャンブラーな考え


 小生にはなかなか思いつかない言い回しである。よいかわるいかは問わずにおこう。日本語の乱れ……な
どと野暮なことも言うまい。新しい酒は新しい革袋に入れなければならないからである。


 某月某日

 『ロックンロールミシン』(監督:行定勲、SPACE SHOWER WORKS=ギャガ・コミュニケーションズ=東映
ビデオ、2002年)を観た。いわゆる「青春グラフィティ」といったジャンルの映画。日本には数少ないお洒
落な映画だと思う。行定勲監督の作品を観るのはこれが4本目だが、『きょうのできごと/a day on the
planet』(監督:行定勲、レントラックジャパン=讀賣テレビ放送=葵プロモーション=電通=シィー・ス
タイル=コムストック、2003年)の系列に属する作品。彼には、『GO』(監督:行定勲、「GO」製作委員会、
2001年)や『世界の中心で、愛をさけぶ』(監督:行定勲、東宝=TBS=博報堂DYメディアパートナーズ=
小学館=S・D・P=MBS、2004年)といった大ヒット作品があるが、それとは異なる路線の映画である。リー
マン(サラリーマンの短縮形)の近田賢司(加瀬亮)は、仕事にも恋にも行き詰っていた。会社の同僚の重
松(津田寛治)がいろいろと励ましてくれるが、どうにもやりきれない。そのような状況の中で、高校の同
窓生である中山凌一(池内博之)に出会う。彼はデザイナーズ・ブランド(ストロボラッシュ)を起業しよ
うとしていた。仲間は服飾専門学校の教師をしている椿めぐみ(りょう)とロンドン帰りのカツオ(水橋研
二)である。ほんのお手伝いのつもりで賢司も仲間に加わってみたのだが、やがて会社を辞めるに至るまで
のめり込んでしまう。会社の部長(松重豊)を殴ってしまったこともあるが、この仲間に自分の行き詰まり
を打破する突破口を見たからであろう。ところが、現実はそう甘くはない。「サークルのり」の企業がうま
くいくわけがないからである。しかし、賢司はたとえ一時期でもこのグループにいたことを後悔しないだろ
う。結末は割愛するが、賢司は何かを吹っ切ったのだと思う。もちろん、他のメンバーもそれぞれの道を歩
み始めることだろう。ところで、ストロボラッシュの事務所があるマンションは、さまざまな国々からやっ
て来た不法滞在中の外国人の巣窟になっている。彼らの逞しさが端的に描かれており、思わず「若者よ、が
んばれ! ついでに不法滞在の外国人もがんばれ!」という気になってしまう。他に、天才デザイナーで椿
のかつての恋人だった柘植(SUGIZO)、小暮(宮藤官九郎)、賢司の恋人由美子(粟田麗)などが出演して
いる。現代の若者を等身大で描いている佳品。


 某月某日

 実現、実現可能、希望、願望、夢、そして夢のまた夢……と現在の状況に至るまでの道筋をさかのぼって
みよう。しかし、そのような呼び掛けがとても耐えがたく聴こえる人々もいる。親兄弟を殺そうとしている
人々である。「うざいから殺した」という母親殺しの少年の胸に去来するものは何だったのだろう。あるこ
とが実現しているという自足の念は皆無に近かったのではないか。したがって、おそらく、夢のかたちだっ
たものも、跡形もなく消え去っているのだろう。あるいは、芽吹くこともなく固まった夢の残骸がこころの
しこりとして残っているのかもしれない。母親を殺すとはよほどのことである。自分の存在の源を殺すわけ
だから、自分をも葬り去りたいのかもしれない。戦争が起らないから、人を殺すことができない。だから、
いま人を殺すことにしてみた。世界の否定である。予め自分が世界から否定されたのだから、世界を否定す
ることは当然の帰結である。身近にうざい母親がいる。ええい、殺してしまえ……あまりにも幼稚な判断で
あるかに見える。しかし、自分の存在を肯定することのできない人にとっては、最終手段としての幕引を母
親殺しという所業に託すしかなかったのだろう。後はどうにでもしてくれと。幼い子どもに夢を見させるこ
とさえできない社会は、何年か後に必ずしっぺ返しを喰らう。たとえ、実現できなくても、夢さえ見ること
ができれば、人はそう簡単に人を殺せるものではないだろう。子どもよ、夢を見よ。大人から押し付けられ
たものではなくて、君たち自身の大いなる夢を!


 某月某日

 DVDで4本の邦画を観たので報告しよう。1本目は『遊びの時間は終わらない』(監督:萩庭貞明、にっか
つビジュアル・リンク=サントリー=日本テレビ放送網、1991年)である。本木雅弘が生真面目な警察官を
演じている。物語は、平田道夫巡査(本木雅弘)が無銭飲食をした中年男性の身柄を拘束するところから始
まる。3日後、防犯訓練として、平田巡査と中野巡査(今井雅之)が銀行強盗に扮して信用金庫に押し入る
が、リハーサル通り通報があって中野巡査は逮捕される。しかし、平田巡査は中の様子を探りに来た深川祐
介警部補(西川忠志)を射殺(もちろん、本当に射殺したわけではない)、信用組合に籠城するという流れ
となる。警察幹部の当初の目論見としては、平田巡査が深川警部補に逮捕されて無事訓練は終了という手筈
であったが、生真面目で、融通が利かなく、凝り性の平田が筋書のないドラマを本当に始めてしまったので
ある。つまり、この「筋書のない訓練」という企画の提案者である鳥飼圭介署長(石橋蓮司)の思惑を大き
く外れて、思わぬ方向に訓練は暴走し始めるのである。この後の展開は割愛するが、登場人物同士の台詞の
遣り取りが面白く、良質の喜劇として成功していると思う。なお、銀行強盗に使用される自動車のナンバー
は「いわき45 き ・510」(「ゴートー」と読める)であり、ゲイコマだと思った。味わいとしては、
『スペーストラベラーズ』(監督:本広克行、フジテレビ=東映=ROBOT、2000年)に少し似ているか。他
に、原田大二郎(深川巌福島県警本部次長)、草薙幸二郎(笠間毅福島県警本部長)、斎藤晴彦(警察官の
佐原)、松澤一之(警察官の松木)、萩原流行(柏崎プロデューサー)、赤塚真人(田代巡査)、伊藤真実
(信用組合の窓口係桑名ゆり子)、小河麻衣子(信用組合の桜田真知子)、あめくみちこ(同じく浅虫敬
子)、塚本信夫(平田の父)、岩本多代(平田の母)などが出演している。なお、モロ師岡、絵沢萌子、砂
塚秀夫も出ているはずだが、同定できなかった。
 2本目は『名刀美女丸』(監督:溝口健二、松竹京都、1945年)である。太平洋戦争末期の作品なので、
フィルムの配給制、上映時間の短縮、脚本の限定(精神の高揚をもたらすようなものに限る、という国策に
副う作品でなければならない)などの制約の中で製作されている。刀鍛冶の世界を描いており、仇討あり、
恋ありの時代活劇である。実際の仇討そのものは、1987(明治6)年、太政官布告によって禁止されてい
るが、物語としての「仇討」は国民の圧倒的な好みを反映しているようである。「曾我兄弟」や「忠臣蔵」
がその代表作と言えるだろう。花柳章太郎(清音[きよね])、柳永次郎(清秀[きよひで])、伊志井寛〔=
石井寛〕(清次[きよつぐ])」、大矢市次郎(小野田小左衛門)、山田五十鈴(小左衛門の娘)などが出演
している。
 3本目は『海軍』(監督:村山新治、東映、1963年)である。戦前の国策映画である『海軍』(監督:田
坂具隆、松竹大船 *、1943年)のリメイクだと思われる。題名に味も素っ気もないので、忘れられた映画か
もしれない。事実、『ぴあシネマクラブ』には掲載されていない。しかし、一頃の日本人の心情を叙情豊か
に描いているので好感がもてる作品に仕上がっている。新藤兼人が脚本を担当している。映画の画面にとき
どき現れる文字を適当に拾ってみよう。勝手に変えた部分もあるが、ご了承あれ。

 * 後日、「松竹大船」ではなく「松竹京都」であることが判明した。

 大正7年(1918年)、ドイツの降伏で第一次世界大戦は終結した。翌年8月、パリで平和会議が開かれ、
ヴェルサイユ条約が成立した。この日、日本の片隅(鹿児島)で一つの生命が誕生した。谷真人(北大路欣
也)である。大正12年9月1日、関東大震災がおこる。甘粕憲兵大尉、無政府主義者大杉栄夫妻らを虐殺す
る。昭和3年(1928年)6月4日、奉天において張作霖の特別列車が、関東軍高級参謀河本大佐の指令によ
って爆破される。昭和6年(1931年)9月18日、関東軍は柳条溝を爆破。北大営を攻撃し、満州事変の発火
点となった。昭和7年(1932年)1月28日、第一次上海事変おこる。2月22日、爆弾三勇士、廟行鎮に肉弾
と散る。3月1日、満州国建国宣言。5月15日、陸海軍青年将校のテロ。犬養首相を暗殺。いわゆる「5・
15事件」である。昭和8年(1933年)、ヒットラー内閣成立。この頃、主人公の谷真人は、鹿児島県立第
二鹿児島中学校(旧制)に通っている。あるとき、広島県呉市の西方、広島湾にある江田島の海軍兵学校に
見学に行っている。この学校は官費で通うことができる学校であった。沿革を簡単に記せば、明治2年東京
の築地に開所した海軍操練所がその濫觴である。その後兵学寮と改められた後、明治21年に兵学校に名称を
変更するとともに、江田島に移転したのである。原則として、海軍士官を養成する学校である。谷はこの時
点でまだ海軍兵学校を受験する気持はなかったが、友人の牟田口隆夫(千葉真一)の影響を受けて、受験を
決める。彼は無事に合格したが、牟田口は乱視のために不合格の憂き目に遭った。さらに、海軍経理学校へ
の道も肉体的な問題もあって断念、やがて画家を志すことになる。昭和11年(1936年)2月26日、帝都の雪
を血に染めて武装叛乱がおこった。世に言う「2・26事件」である。この日は、朝からラジオが聴こえな
いという椿事があったが、この事件が発生したからであった。昭和12年(1937年)7月7日、盧溝橋事件が
おこる。11月5日、日本軍杭州湾上陸。12月13日、南京完全占領。谷真人の兄真蔵(相馬剛三)や真二郎
(田川恒夫)が続々と召集される。さらに、真人が兵学校で厳しい訓練を受けているとき、真二郎は上海で
戦死している。昭和13年(1938年)10月27日、日本軍武漢三鎮占領。昭和14年(1939年)5月11日、ノモン
ハンで日ソ両軍衝突。7月26日、アメリカ合衆国は日米通商航海条約を破棄。9月3日、第二次欧州大戦勃
発。この頃、谷真人は、牟田口隆夫の妹エダ(三田佳子)と淡い恋心を通わせている。桜島の見える天保山
の浜辺で、エダは真人の妻にして欲しいと懇願するが、「自分は軍人であり、いつ死ぬか分らないから、結
婚することはできない」と応える。切ないが、どうしようもない場面である。やがて、昭和16年12月8日、
潜水艦イ-16から発進した特殊潜航艇とともに、谷真人は名誉の戦死を遂げるのである。しかし、この任務に
就く前、呉の下宿で、二人は接吻を交わしている。精一杯の青春であった。おそらく、この映画は、海軍軍
人の理想の姿を描いたものであろう。登場人物も皆心根が優しく、死ぬことへの悲しみこそ心の中一杯に湛
えるが、けっして怯むことはないのである。とくに、加藤嘉が演じた隆夫とエダの父は、物分りがよく立派
な父親であることを印象付けたが、戦前には本当にこういう人がいたのであろうと思わせた。他に、江原真
二郎(海軍兵学校の宿直教官)、梅宮辰夫(谷真人の上官)、北原しげみ(牟田口隆夫の恋人)、杉村春子
(谷真人の母ワカ)、荒木道子(隆夫とエダの母)、亀石征一郎(真人の中学時代の友人小森)、加藤武
(下畑兵曹)、東野英次郎(画家市来徳次郎)、風見章子(呉の下宿の夫人)などが出演している。
 4本目は『八月拾五日のラストダンス』(監督:井出良英、ブロードバンド・ピクチャーズ、2005年)で
ある。太平洋戦争末期の南洋における、敗走日本兵と従軍看護婦の物語。およそリアリティはないが、 お伽
噺として受け取れないこともない。出演者はいずれも未知の人物で、それなりに頑張っているが、いかんせ
ん言葉が軽いのである。たとえば、英霊、靖国、九段、神風、武運、武士の情、皇国、大日本帝国などの言
葉が飛び交うが、いずれも現実感がなかった。だいいち、軍服、飯盒、雑嚢なども身に馴染んではおらず、
60年の時間経過がつくる溝はいかんともしがたかった。少尉のことを「初年兵」として配属されたという奇
妙な表現(少尉は将校であって兵隊ではない)*をはじめ、多くの場面で違和感を覚えた。小生も戦争を知
っているわけではないが、これまで観たさまざまな映像などから推しても、直感的におかしいと感じてしま
うのである。まして、兵隊と従軍看護婦とがダンスを踊ることなどあり得なかっただろう。そもそも、この
時点で、従軍看護婦が南洋に居残っていただろうか。それも疑問であるし、服装もなんだかとても現代的な
感じだった。また、最後に看護婦が手榴弾で自爆するが、あんな派手な爆発にはならないはずである。腹に
爆発を受けて、身体が少し宙に浮く程度だろう。ともあれ、煽情的な場面も、度が過ぎると白けるだけであ
る。主人公の山瀬孝雄一等兵に山本康平、日赤の従軍看護婦である市川春香に稲田奈緒、柏田軍医に小田嶋
学が扮している。

 * 後で気付いたが、初年兵として召集された後に少尉に任官する場合も普通にあることを思い出した。
  だから、この表現はおかしくない。『新版 きけ わだつみのこえ』(日本戦没学生記念会 編、岩波文
  庫)、191頁、参照。


 某月某日

 人は自分の物差を絶対化したがる。言い換えれば、その物差を当てて自分の拵えた規格に合わないものを
排除したがるのである。したがって、客観的評価とされるものが、しばしば一部の者の恣意的基準に照らさ
れて成立していることが多い。人が権力を握りたがるのも、自分の物差の値段を吊り上げたいからである。
値段が上がれば、権威になる。しかし、その権威も本物かどうかは容易には分らない。最近、「サイバー・
カスケード(cyber cascade)」という現象(インターネット上で、ある一つの意見に多く人々の反感や賛
意が滝を形成して集中する現象)について書かれた論文を読んだが、久し振りに興味深い「概念」に出会っ
たような思いがした。小生はマジョリティの論理に巻き込まれないようにいつも警戒を怠らないつもりであ
るが、なかなかどうして、こいつは骨が折れるのである。


 某月某日

 『鬼龍院花子の生涯』(監督:五社英雄、東映=俳優座映画放送、1982年)を観た。初見かと思ったが、
歌(岩下志麻)が腸チフスに罹った辺りで「あ、観たことがある」と思った。しかし、その部分を除けば、
全篇を通してほとんど覚えていなかった。物語の流れに必然性がなく、細かいエピソードがばらばらに描か
れているので、印象が残らないのだろう。有名な松恵(夏目雅子)の台詞「なめたらいかんぜよ」も、今と
なっては色褪せていた。
 さて、物語であるが、題名にある鬼龍院花子(高杉かほり)が主人公の映画ではなく、その父親である鬼
龍院政五郎(仲代達矢)とその周囲の人々の物語である。映画では、大正7年の秋から始まり、昭和15年の夏
に終わっている。舞台は主として土佐の高知。九反田の侠客鬼政こと鬼龍院政五郎が松恵(仙道敦子=松恵
の少女時代)を養女に取る。自分の身の回りの世話をさせるためであるが、同時に二階に囲っている鬼政の
お妾との連絡係もやらせた。お妾は二人いて、牡丹(中村晃子)と笑若(進藤恵美)であり、どちらも気の
いい女たちであった。ある日、勉強好きの松恵を無理やり連れ出して、一家総出で闘犬を観戦に行った。そ
こで、漁師の兼松(夏木勲〔=夏八木勲〕)の育てあげた犬が横綱に勝つ。これに腹を立てた赤岡の顔役末
長平蔵(内田良平)が女房の秋尾(夏木マリ)と一緒にいちゃもんをつける。この場は鬼政のとりなしで治
まったが、兼松の愛犬が殺される。ここから、鬼政と末長の長い争いがつづくが、この後の物語は割愛しよ
う。上でも書いたが、目新しい筋もなく、個々の場面も通俗に流れ、登場人物のこころの動きもはっきりと
はしないので、記憶に残りにくい映画なのだろう。他に、鬼政が末長から強奪して来て花子を生ませたつる
(佳那晃子)、鬼政の片腕相良(室田日出男)、兼松の弟分六蔵(佐藤金造)、鬼政の子分の一人である丁
次(アゴいさむ)、同じく精(益岡徹)、花子の婚約者の権藤哲男(誠直也)、その親分の山根勝(梅宮辰
夫)、鬼政と山根の仲介者で、後につると駆け落ちする辻原徳平(成田三樹夫)、松恵の夫になる田辺恭介
(山本圭)、その父田辺源一郎(小沢栄太郎)、松恵の父白井善七(谷村昌彦)、鬼政と末長の両方を子飼
いにしていた須田宇市(丹波哲郎)、末長の刺客三日月次郎(綿引洪)、歌が腸チフスに罹った際の主治医
加藤(浜田寅彦)、土佐労組委員長の近藤(役所広司)などが出演している。


 某月某日

 今日は記憶に頼った話を書くので正確な記述はできないかと思う。予め、ご寛恕願いたい。話題としては、
「ハニカミ王子」から始めたい。もちろん、「ハンカチ王子」の二番煎じであることは明瞭であるが、マス
コミのネーミングの素早さにはいつもながら舌を巻く。話題性豊富な人物が出てくれば、必ずと言ってよい
ほどニックネームが付けられるが、そのわけは、これで「一商売」できるからだろう。思い起こせば、三沢
高校の太田幸司投手(後に、近鉄に入団)のときはすごかった。「殿下」というニックネームが付けられ、
随分と話題になったものである。高校野球嫌い(小生自身は軟式野球部に所属していたこともある)の小生
なのに、あの松山商業高校の井上明投手と延長18回を投げ合って0-0で引き分けた試合は忘れられない。
高校野球ならではの「明日を考えない純粋性」があったからだろう。さて、ハニカミ王子に戻るが、高校生
でありながらプロのゴルフ・ツアーに優勝することは慶賀なことであろう。本人も爽やかで、謙虚な感じを
受ける。プロ入り宣言もなく、どこまでも普通の高校生を通している。しかし、この話題からは、ゴルフ場
の生態系破壊問題や農薬撒布問題は完全に排除されているのである。彼には関係はないかもしれないが、小
生にはどうもゴルフは心に引っかかるスポーツなのだ。それでは、野球ならばよいのだろうか。そうは思わ
ない。レッドソックスに移籍した松坂投手の活躍が話題になっているが、人が所属を替える際に同時に何十
億円もの金銭が動くこと自体の「異常さ」にはあまり触れられることがないからである。小生などは、白け
て、大リーグに興味をなくしたけれども……。優勝の行方がお金の力で大きく左右されるならば、こんなつ
まらないシステムはない。いずれにせよ、日本のプロ野球もあまり面白くなくなった。優秀な選手が大リー
グに流出していくからだけの理由ではないだろう。ちょっとしたことでも人は楽しめるはずなのに、大掛か
りにされて「ビッグ・ビジネス」が目論まれるからである。つまり、何か圧倒的な力で無理やり「楽しめ」
と言われても、小生のようなひねくれ者はかえって白けてしまうのである。先日、オートバイのガソリン・
タンクに、赤色の面白いステッカーが貼られているのを発見した。それは、例の「ワレモノ注意!」ならぬ
「ワルモノ注意!」だった。おそらく、盗難避けのステッカーだろうが、これを考えた人のセンスに「座布
団3枚!」と叫びたい。松坂投手には悪いが、彼の活躍よりもずっと痛快であった。


 某月某日

 『青島(チンタオ)要塞爆撃命令』(監督:古澤憲吾、東宝、1963年)を観た。『ぴあシネマクラブ』に
掲載されていない映画であるが、「珍品」としてそれなりに楽しめる作品である。1914(大正3)年、世界
は戦争を始めていた。ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟と、イギリス・フランス・ロシアの三国
協商が、二手に分かれて戦ったのである。日本は、イギリスと同盟を結び、フランスやロシアと友好関係に
あったので、これらの国々の要請を受けて、ドイツによるアジア政策の拠点である青島(チンタオ)に派兵
し、攻撃しようとした。ところが、山東省膠州湾に位置する青島には、難攻不落のビスマルク砲台があり、
日本海海戦で活躍した日本の連合艦隊も容易に近付けない状況であった。一方、神奈川県にある追濱海軍航
空術研究所では、フランスから購入した複葉機であるファルマン機の操縦訓練に余念がなかった。そこには、
大杉少佐(池部良)を始めとして、国井中尉(加山雄三)、真木中尉(佐藤允)、二宮中尉(夏木陽介)、
庄司候補生(伊吹徹)の5人の飛行機乗りがいた。彼らは、村田参謀(田崎潤)が伝えた命令により、第一
次世界大戦に参加することになったのである。若宮丸という老朽化した輸送船を航空母艦に見立てて日本を
出発し、霊山島に陣地を敷き、そこから攻撃するというものである。しかし、大した戦果はあがらなかった。
そこで、ビスマルク砲台で用いる爆弾の格納庫を輸送列車もろとも爆発させる作戦に出て、最後は見事に成
功するのである。ところで、中国人の女スパイである揚白麗(浜美枝)と、その兄でこれもスパイの趙英俊
(成瀬昌彦)が登場するが、この挿話にはだいぶ無理がある。だいいち、揚白麗の行動がとても不可解だっ
た。逮捕されて入牢した真木や二宮を激しく罵倒したのに、彼らが脱走するとそれに協力したからである。
おそらく、自らの銃殺刑を赦免してもらったからだろうが、観ていてどうにも不自然だった。なお、彼らが
逮捕されるきっかけになった「日本兵を逮捕したら五万元を賞金として進呈する」という貼紙が映ったので、
下に書き写してみる。

  凡捉獲日本軍飛行士者
  賞金伍萬元 此告

       獨軍憲兵司令官

 劇中、日露戦争における日本海海戦のとき、東郷平八郎長官が打電した「天気晴朗なれども波高し」とい
う名文句が大杉少佐の口から出て来る。他に、加藤長官(藤田進)、吉川大尉(平田昭彦)、牛追いの親父
(左卜全)などが出演している。


 某月某日

 DVDで2本の邦画を観たのでご報告。1本目は『近松物語』(監督:溝口健二、大映京都、1954年)である。
近松門左衛門の「大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)」(浄瑠璃の一。近松門左衛門の世話物。1715
年(正徳5)初演。京都四条烏丸の大経師以春(いしゅん)の女房おさんが、誤って手代の茂兵衛と通じ、
処刑された事件を脚色。後に歌舞伎化。通称「おさん茂兵衛」。『広辞苑』より)を映画化したもので、溝
口監督戦後の傑作のひとつとされている作品である。たしかに完成度が高く、振り返って考えれば無理や矛
盾もあるのだが、観ているときには気にならない仕掛になっている。大経師(1.経巻・仏画などを表具し
た経師の長で、朝廷の御用をつとめたもの。奈良の幸徳井氏・賀茂氏より新暦を受けて大経師暦を発行する
権利を与えられた。2.後世、一般に表具師の称。『広辞苑』より)の以春を進藤英太郎が演じている。彼
は溝口映画の常連であるが、いかにも好色かつ吝嗇で、権力(公家や武家)に阿りながら、自分も権力の座
(使用人を頤使したり、出入りの商人や職人の足元を見ることのできる立場)にしがみついている人物を過
不足なく演じている。同じく彼が演じた『山椒大夫』(監督:溝口健二、大映京都、1954年)における「山
椒太夫」の役とは一味違うが、どちらも人の恨みややっかみを買って自滅する人物を実に上手に演じている。
 さて、おさんの役を香川京子、茂兵衛の役を長谷川一夫が演じているが、二人の大袈裟な演技もあまり鼻
につかず、さすがどちらも名優といったところか。もっとも、香川京子はともかく、小生は長谷川一夫とは
これまでとんと縁がなく、本格的演技を見たのは初めてと言ってもよいくらいである。ただ、小生はたしか
に『忠臣蔵』(監督:渡辺邦男、大映京都、1958年)を観ており、大石内蔵助役を長谷川一夫が演じていた
と記憶している(もしかすると、TV番組と取り違えているかもしれないし、別の『忠臣蔵』かもしれない)。
調べてみると、当該映画は市川雷蔵や勝新太郎なども出演している作品である。あれは、後にも先にも一回
きりだと思うが、母親と一緒にロードショーの封切館で観たはずである。もっとも、これは余談であるが、
小生が30代のとき、もしかしたらもう一回、母親と一緒に映画を観ているかもしれない(さらに、これも幼
いときであるが、洋画の『アンクル・トムズ・ケビン』〔そんな題名だったはず〕も観たような気がするが、
はっきりしない)。そのとき(小生30代のとき)は、どこかの階段で聖飢魔IIのデーモン小暮閣下と出くわ
し、ミーハーの母親が声をかけ、閣下はきちんと挨拶を返してくれたことを覚えている(あれは映画を観に
行こうとしたときだと思うのだが……)。さて、『忠臣蔵』に戻るが、招待券でももらったのであろう。し
かし、それだと4歳のときでなければならず、どうも曖昧である。母親が生きていれば尋ねてみることがで
きるのだが、それも今となっては不可能である。あの世で訊いてみようと思う(同じ話題が「日日是労働セ
レクト85」で触れられている。参照されたし)。他に、茂兵衛に恋心を抱く女中のお玉(南田洋子)、番
頭の助右衛門(小沢栄〔=栄太郎〕)、茂兵衛の父源兵衛(菅井一郎)、おさんの兄岐阜屋道喜(田中春男)、
院の経師以三(石黒達也)、鞠小路侍従(十朱久雄)、おさんの母おこう(浪花千栄子)、堅田の役人(伊
達三郎)などが出演している。最後に、いよいよおさんと茂兵衛の「不義密通」が表沙汰になろうとしたと
きの以三の台詞を引用しておこう。

  こういうときは町人の方が気楽や。禁裏様御用、諸役御免、名字帯刀お許し、侍同様の格式、みんな
 邪魔や。

 結局、おさんと茂兵衛は喜んで死罪となり、大経師以春は追放の上、闕所(2.江戸時代の刑罰の一。死
罪・遠島・追放などの付加刑として、田畑・家屋敷・家財のすべてまたはいずれかを罪の軽重などに応じて
官に没収すること。欠所。『広辞苑』より)とあいなる。なお、おさんと茂兵衛が関所から逃げるとき、大
樽群の隙間を通り抜ける場面があるが、とくに絵になっていたことを記録しておこう。
 2本目は『県警対組織暴力』(監督:深作欣二、東映、1975年)である。久し振りに東映の実録系ヤクザ
映画を観たことになる。深作映画と言えば、もちろん『仁義なき戦い』シリーズの『仁義なき戦い』(監督:
深作欣二、東映京都、1973年)、『仁義なき戦い・広島死闘編』(監督:深作欣二、東映京都、1973年)、
『仁義なき戦い・代理戦争』(監督:深作欣二、東映京都、1973年)、『仁義なき戦い・頂上作戦』(監督:
深作欣二、東映京都、1974年)、『仁義なき戦い・完結編』(監督:深作欣二、東映京都、1974年)が代表
作であるが、これらに見劣らない出来であった。もっとも、主演の菅原文太は、今回はヤクザではなく、警
察官の役(久能徳松)である。昭和21年、大原武男(遠藤太津朗〔=辰雄〕)が西日本の地方都市である倉
島市に大原組を旗揚げ。昭和31年、大原組分裂。三宅組長、独立宣言。同年、三宅組長が殺されるが、犯人
不明。昭和33年、大原組長逮捕。抗争終結。昭和35年、友安組(三宅派)組長友安政市(金子信雄)、解散
声明。昭和37年、友安政市、市議選挙に当選。昭和38年、大原組と川手組の抗争始まる。ここから物語は始
まるが、ヤクザと警察の癒着が一応のテーマではあるにしても、単なる娯楽映画には留まってはおらず、笠
原和夫会心の脚本が深作の名演出と相俟って「傑作」の域にまで達している作品だと思う。演技陣もお馴染
のメンバーで、この頃ピラニア軍団として売り出すことになる、川谷拓三(川手組の松井卓)や室田日出男
(広谷組の幹部柄原進吾)もしっかりと活躍している。他に、広谷賢次(大原組組長代理)役の松方弘樹、
川手勝美(川手組組長)役の成田三樹夫、県警のエリート警部補海田昭一役の梅宮辰夫、刑事吉浦通作役の
佐野浅夫、刑事河本靖男役の山城新伍、刑事塩田忠二郎役の汐路章、県議会議員で警察委員長の菊池東馬役
の安部徹、大原組長のアンコ(腰巾着)である小宮金八役の田中邦衛、広谷の情婦(後に、久能の情婦)麻
里子役の池玲子、日光石油倉島製油所の所長久保直登役の小松方正、久能の妻玲子役の中原早苗、倉島署の
池田刑事課長役の藤岡重慶、県警の三浦刑事二課長役の鈴木瑞穂、広谷の舎弟沖本九一役の曽根晴美、バー
「珊瑚」のママ役の弓恵子、広谷の鉄砲玉である庄司悟役の奈辺悟、派手に殺されるヤクザ平田芳彦役の片
桐竜次などが出演している。見所はたくさんあり、ヤクザ映画が嫌いではない人には一見の価値あり、とだ
け記しておこう。もっとも、小生自身は、傑作凡作を問わず、この手の映画を散々観ている。


 某月某日

 金曜日5限目に開講している「倫理思想史III」において、戦争と倫理について学生諸君と議論をしている。
一月以上経って、思いの外学生が戦争についてほとんど何も知らないということが分った。正直なところ、
暗澹たる気持になっている。『ローレライ』(監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=
キングレコード、2005年)などで描かれている戦争が彼らのリアリティだとすれば、ほとんどゲーム感覚で
戦争を捉えているとしか言いようがない。もっとも、小生も「戦無派」であることには変わりないが、それ
でも彼らよりは戦争に対する感受性は鋭いつもりである。その溝を埋めるのは容易ではないが、少なくとも
戦争に対して(あるいは国防に対して)もう少し意識を高めるように学生に説いてみるつもりである。果た
して、それが可能かどうか。口先だけの反戦や、戦争の実態を知らずに好戦的になることは、やはりどちら
も芳しくない。正しく戦争(国防)について議論できるような学生になってほしい。けっして、他人事では
ないのである。


 某月某日

 世の中には「読み物」というジャンルがあるが、なかなか良質の読み物に出会うことはない。ところが、
最近になって面白い書き手を見つけた。以前から名前だけは知っていたが、買うまでには至らなかった人で
ある。まだ読み始めて1冊しか読了していないが、しばらくははまりそうな気配のするライターである。そ
の人の名は、北尾トロ。小生より4歳年少の人であるが、同時代感覚がある。以前、宮崎学を面白がって読
んでいたことがあるが、あの人は年上(昭和20年生まれ)。したがって、年下の人でそのエッセイに魅せら
れたのは初めてかもしれない。小生も年を食ったというわけだ。この北尾トロ、しばらくは楽しめると思う。
さて、読んだ本は『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫)である。裁判の傍聴記録が核になっ
ているエッセイ集であるが、なかなか興味深い。15年以上前のことになるが、法律のおおよその枠組が知り
たくて和久俊三(この人は昭和5年生まれだから、小生の両親の世代)を100冊以上(ほとんど小説)読んだ
ことがあるが、そこまで書ける作家かどうかは分からない。まァ、「お手並み拝見」と洒落るつもりである。


 某月某日

 『月光の囁き』(監督:塩田明彦、日活、1999年)を観た。『害虫』(監督:塩田明彦、日活=TBS=ソ
ニーPCL、2002年)、あるいは、『青の炎』(監督:蜷川幸雄、角川書店=アスミック・エース エンタテイ
ンメント=ジェイ・ストーム=東宝=博報堂=東芝=アップフロントグループ、2003年)のような味のする
作品であるが、後二者ほど深刻ではない。これらの作品は家族の関係が希薄である点が共通しているが、後
二者は親兄弟の事情が描かれているのに対して、この作品ではそれもない。わずかに、拓也の母(真梨邑ケ
イ)がいくらか口煩い点と、紗月の姉静香(井上晴美)の物分りのよさが目立つ程度か。
 さて、物語であるが、普通に付き合い始めた高校生同士である、北原紗月(つぐみ)と日高拓也(水橋研
二)との関係が、妙な方向(主人と飼い犬との関係)に発展する様子を描いている。喜国雅彦の原作(漫画)
は未見であるが、少なくとも映画作品の方は、思春期の危機をヴィヴィッドに表現していると思う。ただ、
あまりリアリティは感じられない。フェティシズムやSMが登場するが、もっと派手でもよかったのではな
いか。少なくとも、平行して別のヘヴィーなキャラを出してもよかったと思う。少し演出に遠慮があったの
ではないか。他に、剣道部の先輩植松正一(草野康太)、拓也の友人マルケンこと丸山健吾(関野吉記)、
紗月の母親 (しみず霧子)などが出演している。


 某月某日

 『戦国野郎』(監督:岡本喜八、東宝、1963年)を観た。『ゼロ・ファイター 大空戦』、『刑務所の中』
と、2作続けて女性のまったく登場しない映画を鑑賞したので、この作品に登場する星由里子(さぎり)や
水野久美(滝姫)がとても新鮮に見えた。とくに星由里子は、『若大将』シリーズで加山雄三(田沼雄一)
の恋人役(澄子)を演じていたので、この顔合わせには懐かしさを感じた。ただし、現代劇の澄子とは違っ
て、こちらの作品では『隠し砦の三悪人』(監督:黒澤明、東宝、1958年)で上原美佐の演じた雪姫のよう
な「じゃじゃ馬」役である。とても似合っていた。加山雄三演じる越智吉丹に、「お嬢」と呼ばれるとむく
れるのに、「さぎり」と呼ばれると素直になる場面があるが、星由里子の魅力が全開という感じだった。一
方の滝姫役の水野久美も、妖艶な顔(かんばせ)もさりながら、中谷一郎扮する銅子播磨に惚れて以来表情
が柔らかくなるところがとてもよかった。この映画は男臭さが「売り」であるが、同時に女の匂いが強烈な
「スパイス」になっていることを忘れてはならないだろう。物語は、木下藤吉郎役の佐藤允が、坂本の馬借
や村上水軍を用いて、武田の忍者群と戦いながら「種子島(鉄砲)」を織田信長のもとに運搬する間に起こ
る出来事を描いている。他に、種子島と同時に吉丹を付け狙う雀の三郎左役の中丸忠雄、さぎりに横恋慕し
て惨めな死を迎える馬借の夏役の江原達怡、藤吉郎の子分である蜂須賀小六役の長谷川弘、さぎりの父で馬
借の首領である有吉宗介役の田崎潤、滝姫の忠実な部下である百蔵役の滝恵一、狂言回しの馬借の松役の砂
塚秀夫、弓の名人である馬借のじごく役の天本英世、馬借の竹役の二瓶正典〔=正也〕、馬借の梅役の小川
安三、藤吉郎の雑兵役の沢村いき雄、馬借の陸役の中山豊、鈴鹿の太郎役の田島義文、鈴鹿の次郎役の大木
正司などが出演している。


 某月某日

 DVDで邦画を4本観たので、ご報告。1本目は『殺人狂時代』(監督:岡本喜八、東宝、1967年)である。
傾向としては『ああ爆弾』(監督:岡本喜八、東宝、1964年)に似た作品。荒唐無稽の話を展開しながら、
さりげなく現代批判をしているといったところか。溝呂木省吾(天本英世)が運営する「大日本人口調節審
議会」なる団体と、城南大学講師(犯罪心理学専攻)の桔梗信治、あるいはその弟の信次(仲代達矢が二役)
が命の遣り取りをする物語で、全篇を通してさまざまな意匠が凝らされている。先ず、溝呂木の思想である
が、旧ナチスの優生思想に近く、「人口過剰の解消は、妊娠中絶によるよりも、役立たずに死んでもらう方
が合理的である」と考えるもので、そのために狂人を訓練して「殺人鬼」に仕立て上げ、実際の殺人を実行
しているのである。義眼から毒矢が放たれる仕掛けや、仕込み杖からナイフが飛び出す仕掛けなど、何度も
見掛けたようなおよそ古典的な手法ではあるが、時代が感じられていっそ面白い。同年に製作された『殺し
の烙印』(監督:鈴木清順、日活、1967年)などと影響関係があるのだろうか。ところで、溝呂木によれば、
狂人こそ真に偉大な人間であり、その証拠として、ドストエフスキー、ニーチェ、ゴッホ、ヒットラー、ネ
ロなど、皆狂人ではなかったか、という論法である。「殺人」は人間にとって最も贅沢な快楽であり、それ
ゆえ、人間にとってもっとも偉大なる行為は「戦争」である、という論法でもある。もちろん、これは岡本
喜八の反語であり、この思想をグロテスクに主張する天本英世は、まさに嵌り役であろう。なお、直接「殺
人」には関係しないが、この溝呂木は、自分の名前入りの煙草を吸い、「無駄遣いするときこそ、金(かね)
は光り輝く」と嘯く人物でもある。マルキ・ド・サドの影が岡本の念頭にあったのかもしれない。仲代と天
本とのスペイン式決闘(互いの左手を縛りあって、ナイフで戦う)にも見所があった。仲代の相棒として、
「週刊ミステリー」の記者である鶴巻啓子(団令子)、大友ビル(「オートモービル」のもじり)と名乗る
遊び人(砂塚秀夫)が配され、物語を盛り上げている。他に、日本スピリチュアリズム研究所主事の青地光
(江原達怡)、殺し屋の一人(沢村いき雄)、審議会のコマンドの一人(二瓶正也)、ビルの遊び人仲間
(樋浦勉)などが出演している。
 2本目は『お遊さま』(監督:溝口健二、大映京都、1951年)である。映画に登場して異彩を放つ人物は
世間と折り合えない「はぐれ者」に決まっているが、そのはぐれ方にもさまざまなバリエーションがある。
この物語に登場するお遊(田中絹代)、その妹のお静(乙羽信子)、その夫の慎之助(堀雄二)も、三人一
組ではぐれ者を演じている。慎之助はお見合いの席で、その相手を間違えてしまう。つまり、お静がその相
手なのに、その姉で寡婦のお遊を見初めてしまうのである。それには訳があった。慎之助は四つのときに母
親と死別しており、お遊に母親の面影を求めているのである。それが淡い思慕ならば問題はないが、自らの
恋の相手となると道を迷うことにつながる。一方、お遊の方でも、これまでお静の縁談をことごとく壊して
きたのに、今度ばかりは慎之助と一緒になれという。慎之助ならば、お静を取られたとは感じられず、むし
ろきょうだいが一人増えたと感じられるからであるという。結局、お静は、慎之助と所帯をもつが、それは
仮初の夫婦としてであった。つまり、妻としてではなく、妹として振舞ったのである。もちろん、お遊と慎
之助の二人が相思相愛だということを見抜いていたからである。以後の展開は割愛するが、もちろんそんな
関係が長続きするわけがない。最後には、苦い結末が用意されているのである。慎之助の後見人であるおす
み(平井岐代子)の台詞を引用しよう。

  女というものは、一旦片付いたら、先様のお言葉がない以上、帰るわけにはいきませんのや。

 これは、『東京物語』(監督:小津安二郎、松竹大船、1953年)において、平山周吉(笠智衆)が寡婦で
ある次男の嫁の紀子(原節子)にかける言葉とはだいぶ異なる。彼は、「いい人がいれば、そちらに嫁ぎな
さい」と言うのである。これは、「イエ」制度がゆっくりと崩壊してゆく過程を表現している言葉でもある。
それと比べると、たしかに溝口作品は古臭いが、それでも小津とは別の路線をたどって「封建制度」に果敢
に挑戦しているのである。なお、小生にとって堀雄二は渋い中年男のイメージだったが、こんな役もこなし
ていたことが分かった。他に、柳永二郎(お遊の父、栄太郎)、進藤英太郎(お遊の舅、久右衛門)、東良
之助(検校)、金剛麗子(おつぎ)、南部章三(医者)、小松みどり(宿の女中)などが出演している。
 3本目は『ゼロ・ファイター 大空戦』(監督:森谷司郎、東宝、1966年)である。東宝の秘蔵っ子である
加山雄三の独擅場ともいえる戦記もの。黒澤明の弟子である森谷司郎のデビュー作でもある。『燃ゆる大空』
(監督:阿部豊、東宝東京、1940年)に始まる十五年戦争時の戦闘機の物語で、『決戦の大空へ』(監督:
渡辺邦男、東宝映画、1943年)、『加藤隼戦闘隊』(監督:山本嘉次郎、東宝、1944年)、『雷撃隊出動』
(監督:山本嘉次郎、東宝、1944年)、『雲ながるる果てに』(監督:家城巳代治、重宗プロ=新世紀映画、
1953年)、『太平洋の鷲』(監督:本多猪四郎、東宝、1953年)、『さらばラバウル』(監督:本多猪四郎、
東宝、1954年)、『太平洋の翼』(監督:松林宗恵、東宝、1963年)などと同様、戦闘機乗り気質を描いて
いる。ただし、加山雄三扮する九段中尉(志津少佐の仮の姿)は合理主義者で、頭の固い参謀連中とは一線
を画している。そのせいで、軍法会議にかけられ、降等させられ、挙句の果てには生きながら戦死者名簿に
名前を載せられるのである。物語は平板であるが、古臭い浪花節タイプの飛行兵加賀谷飛曹長を演じる佐藤
允とのコンビもはまっており、それなりに退屈させないつくりであった。また、17,430機作られた「ゼロ戦」
の物語でもあり、整備班長役の谷幹一が腕によりをかけた「報国岡山号」のオンボロぶりも楽しかった。他
に、江原達怡(重政飛曹長)、土屋嘉男(菊村上飛曹)、中丸忠雄(草川参謀)、千秋実(ブイン基地航空
司令)、藤田進(神崎中将)、久保明(新谷中尉)、玉川伊佐男(武村飛行長)、小柳徹(前田二飛曹)、
大木正司(金友上飛曹)、東野孝彦〔=英心〕(滝一飛曹)、綾川香(竜田参謀)、太刀川寛(寺田暗号班
長)などが出演している。なお、東野英心を久し振りに見たが、彼こそ往時の飛行機乗りに見えた。典型的
な日本人顔をしているからかもしれない。さらに、これは余談であるが、ブーゲンビル島付近で息絶えた山
本五十六の遺体を発見した陸軍の兵隊は、海軍の階級章を知らなかったために、大将の星三つを大尉の星三
つと見間違えたらしい。当時の海軍と陸軍には、相当の懸隔があったのだろう。
 4本目は『刑務所の中』(監督:崔洋一、ビーワイルド=衛星劇場、2002年)である。『塀の中の懲りな
い面々』(監督:森崎東、松竹映像=磯田事務所、1987年)とは一味違う刑務所ものである。原作は花輪和
一のベストセラー漫画らしいが、小生は未見。「銃砲刀剣類所持等取締法違反」ならびに「火薬類取締法違
反」で服役しているハナワ(山崎努)とその周辺の物語である。要するに、ミリタリーごっこが高じて懲役
刑を喰らった男のまったりした物語である。というのも、どうにも全篇牧歌的で、殺人犯役の木下ほうかや
窪塚洋介なども、のんびりしたものである。さて、ハナワの相部屋は次の四人である。婦女暴行罪ならびに
未成年買春の伊笠(香川照之)、殺人罪の田辺(田口トモロヲ)、窃盗罪の小屋(松重豊)、覚醒剤取締法
違反の竹伏(村松利史)である。それぞれ個性的で、この映画の成功もキャスティングに負うところが大き
いと思う。話は刑務所生活同様単調で、食べ物の話ばかり出て来る。作業中の拘束も、禁止三原則として、
1.交談禁止、2.脇見禁止、3.無断離席禁止程度で、特段の厳しさは感じられないのである。もちろん、
一般人とは異なる生活を強いられるが(映画鑑賞なども一月に1回か二月に1回程度)、落ち着いた心を取
り戻すにはこのような施設がいいのだろう。もちろん、出所後の問題にはあまり触れてはいないので、そん
なに甘くはないのだろう。出所後は居場所も職もないので、直ぐに逆戻りする受刑者も多いと聞く。何とか
ならないのだろうか。パズルをして懲罰房に入れられる者がいる。効果があるのか。たとえば、ハナワ自身
も「不正連絡」で懲罰房に入れられるが、かえって相部屋よりも暮らし易い(例として、独りで一番風呂に
入れる)から呆れる。その他、パン食に舌鼓を打つ受刑者。おせち料理の豪華さを語り合う受刑者。免業日
(土・日・祝日)における2時間の昼寝の心地よさ。集会(映画鑑賞会)で「アマシャリ(お菓子のこと)」
を食べコーラを飲む喜び。どこまでも優雅な日々がつづくのである。他に、大杉漣(ティッシュマン高橋)、
椎名桔平(医官)、小木茂光(ミリタリー佐伯)、遠藤憲一(ミリタリー中田)、森下能幸(原山)、斎藤
歩(工場担当官の横山)などが出演している。なお、大杉漣の役は見栄っ張りの情けない男の役だが、その
感じがよく出ていると思った(とくにベンツについての台詞)。映画にリアリティを与えているのである。
ただし、「ご飯に醤油をかけて云々」のエピソードは芯を外していると思った。ちょっとしたことが瑕疵に
なるのでこわい。


 某月某日

 『決戦の大空へ』(監督:渡辺邦男、東宝映画、1943年)を観た。土浦海軍航空隊における海軍飛行予科
練習生(予科練)の徴募の促進を図ったと思われる宣伝映画。劈頭の「撃ちてし/止まむ」(撃の字は正字)
の文字が戦中色を鮮やかに表現している。寡婦の村松はる(英百合子)の家が飛行訓練生の倶楽部に指定さ
れ、公休日になると彼らがやって来る。娘の杉江(原節子)はバリバリの軍国婦人なので、身体の弱い弟の
克郎(小高まさる)を叱咤激励するための見本として、彼らは格好の存在であった。訓練生は予科練の話を
するが、観ていて背中がむずがゆくなるほど「ご立派」なところであることが分かる。教官の態度がほとん
ど偽善的としか考えられない場面も頻出する(徹夜の看病に代表される兄弟に擬した人間関係)。また、訓
練生の口から「靖国神社を参拝したとき、わたしたちは軍人になった名誉を心から感じました」という台詞
が飛び出して来るが、「敵とはいえ人を殺すために集結した集団が万歳で迎えられる異常」にはまったく誰
も気付いていない。それどころか、「軍人勅諭」や「若鷲の歌」などの催眠効果十分の言葉や歌によって、
「生死を超越した軍人」が促成されてゆくのである。インド洋方面の作戦で空母に体当たり攻撃を敢行して
戦死した先輩が称揚されれば、その死を悼む気持もさることながら、それ以上に尊敬の念を表明することを
惜しまない。学びの場では、「精神訓話」と称して、攻撃精神と犠牲的精神が何よりも尊ばれる。

 「お前たちの先輩は、常にこのような旺盛なる攻撃精神によって、数字上の優劣を超越して戦ってい
  るんである」。

 よほど「超越」がお好きなようだが、いくら超越して「滅私殉国」に徹しても、あふれ出る人間的感情が
あるはずだが、そのような私的感情は封殺されている。「皇國荒廃在此一戰」の標語が絶対的な支配力を有
していたからである。そして、多くの若者が従容として太平洋に散っていったのである。他に、高田稔、進
藤英太郎、河野武秋、木村功などが出演している。それにしても、原節子が演じた、予科練を志望し合格し
た弟を心から喜ぶ姉は、とても不気味な存在に見える。

 
 某月某日

 DVDで邦画を2本観たので感想を記そう。どちらの映画も、社会のルールを守りたくない人間を描いている。
かたや江戸時代、こなた現代。1本目は『無頼漢』(監督:篠田正浩、にんじんくらぶ=東宝、1970年)で
ある。不幸なことに、小生は篠田正浩と相性が悪い。何を観ても、どうも面白くないのだ。いろいろ原因を
考えているのであるが、はっきりとしたことは分からない。見かけは大胆そうでいて、実はとても保守的な
人ではないかと思ってしまうからだろうか。この作品も、河竹黙阿弥の歌舞伎『天衣粉上野初花(くもにま
ごううえのはつはな)』を映画化したもので、御数寄屋坊主の河内山宗俊(丹波哲郎)の松江藩に対する強
請騒動とその周囲の物語を描いているが、成功しているとは言い難い。思うに、役者の演技が中途半端に感
じられるのだ。ただ、水野忠邦役の芥川比呂志だけは嵌っていた。いやな役人にしか見えなかったからであ
る。主役級の仲代達矢(片岡直次郎)は熱演であったが、岩下志麻(花魁の三千歳)、小沢昭一(暗闇の丑
松)、渡辺文雄(森田屋清蔵)、米倉斉加年(金子市之丞)、山本圭(三文小僧)、浜村純(棺桶屋)、中
村敦夫(松江出雲守)などは、いつもの切れがないように見えた。他に、市川翠扇(直次郎の母おくま)、
蜷川幸雄(宮崎数馬)、垂水悟郎(北村大膳)、藤原釜足(上州屋)、山谷初男(葦市)、太地喜和子(浪
路)、小林昭二(呼び込み)、江幡高志(呼び込み)、蟹江敬二〔=敬三〕(傾き者)などが出演している。
寺山修司が脚本を担当しているそうであるが、随所にそれらしき台詞や場面があった。「理想をもった政治
は危険」、「悪に勝てるのは無頼漢ばかり」、「権力は倒れない。交代するのみ」などの言葉が印象的だっ
た。それにしても、どうして篠田作品は小生と合わないのだろう。もう少し観てみたい。
 2本目は『でらしね』(監督:中原俊、ライズピクチャーズ=ルートピクチャーズ、2002年)である。ホ
ームレスの画家を世に出すために、画廊の女が苦労するという物語。どちらかというと「好み」の映画。と
くに、奥田瑛二演じる水木譲司(1954-2002)の画伯振りがよかった。思うに、誕生年が小生と同じという設
定だから共感も倍増するのだろうか。ちなみに、奥田自身は小生よりも4歳くらい年上のはずである。本編
で使われている絵も全部奥田本人が書いたそうで、才人は違うと思った。堕落した中年の画家が河鍋暁斎の
「枯木寒鴉図」(明治14年作)を観て感動する辺りは通俗的だが、全体によくまとまっていると思う。これ
は中原監督も映像特典のインタヴューで述べていることだが、カット・バックが多用されているために少し
分かり辛いが、全体を観れば納得できる仕掛けになっている。配役も乙で、ホームレス仲間として三谷昇
(アカちゃん)と田鍋謙一郎(キイちゃん)を起用しているが、ベスト・キャストであると思う。とくに、
また田鍋が出て来たので嬉しくなった。彼はこういう使われ方が一番よいと思う。また、三谷昇の配役は妥
当であり、『どですかでん』(監督:黒澤明、四騎の会、1970年)を思い出す人も多いだろう。さらに、成
瀬労という俳優(顔は知っていた)もホームレスを演じているが、こちらの方は本物としか思えない。「す
ごい」と思った。画廊の女は黒沢あすか(橘今日子)。この人を見るのは3回目(『火火』、『嫌われ松子
の一生』)だが、独特の雰囲気をもった女優だと思う。飛躍して欲しい。もう一人の画廊岡本光太郎役は益
岡徹。この人は文句なし。さすが無名塾出身である。他に、掛田誠(青木鉱泉の主人)、篠原さとし(焼肉
屋の店員)、木下ほうか(医師)などが出演している。なお、映像特典のインタヴューで奥田瑛二が映画一
般についていろいろ語っているが、それを聴いてこの人をいっぺんに惚れ直した。中でも一番印象に残った
のは、「一本の映画を作り放しにしないで何年もかけて育てるべきだ」という発言である。小生のように、
旧作を渉猟している人間にとって、「言い得て妙」の発言であった。蛇足ながら記しておくと、中原俊監督
は同年に『富江・最終章/禁断の果実』(大映=アートポート、2002年)というまったく傾向の異なる映画
を作っている。こちらの方は依頼作品だろうか。ところで、このブログの読者ならばまさか知らない人は少
ないだろうが、「でらしね」はフランス語の受動分詞「根っこを引き抜かれた」から作られた名詞で、「故
郷喪失者/根なし草」の意味である。小生もデラシネなので、もちろんホームレスには関心がある。


 某月某日

 久し振りのブログである。連休中は風邪をひいて散々だったが、DVDで邦画を15本観たので簡単な報告をし
ておこう。1本目は『恐喝こそわが人生』(監督:深作欣二、松竹、1968年)である。元バーテンの村木駿
(松方弘樹)が、元ヤクザの関耕一(室田日出男)、元ボクサーの野口(城アキラ〔=ジョー山中〕)、元
フーテンのお時(佐藤友美)と組んで恐喝稼業をしていたが、大物を相手に恐喝を働いて失敗し自滅する様
子を描いている。カツアゲのコツと称して、1.仲間を増やさないこと、2.無理押しをしないこと、3.
一度カツアゲた獲物に二度と手を出さないこと、を挙げているが、失敗したのは2に抵触したからだろう。
他に、丹波哲郎、天知茂、江原真二郎、内田良平、石山健二郎、浜田寅彦、土方弘、川津祐介、梅津栄など
が出演している。
 2本目は『トカレフ』(監督:阪本順治、サントリー=バンダイビジュアル=荒戸源次郎事務所、1993年)
である。推理小説的要素もあってそこそこ面白いのだが、「トカレフ」という題名から入った映画のようで、
話の筋に説得力が足りないと思った。大和武士、西山由海、佐藤浩市、芹沢正和、國村準、山本竜二、近藤
芳正、菅原大吉、田中要次などが出演している。
 3本目は『化石の森』(監督:篠田正浩、東京映画、1973年)である。アイディアは面白いのであるが、
この作品も荒唐無稽の印象を受ける。ただ、杉村春子が一枚噛んでいるので、締まっていた。とくに、毒殺
の後でコップを洗うシーンがよい。他に、萩原健一、二宮さよ子、岩下志麻、八木昌子、岸田森、浜田寅彦、
日下武史、堀内正美などが出演している。
 4本目は『ローレライ』(監督:樋口真嗣、フジテレビジョン=東宝=関西テレビ放送=キングレコード、
2005年)である。おそらく、『潜水艦イ-57降伏せず』(監督:松林宗恵、東宝、1959年)を参考にしている
映画だと思う。登場する潜水艦もイ-507でイ-57に0を加えただけだし、艦内に場違いな女性が登場する点や、
容易に降伏しない点など類似性が高い、と思った。物語は、はっきり言って無理筋。SFと看做してもあまり
高く評価できない。東京に原爆が落とされるかもしれないという設定も、「焼け野原にわざわざ原爆を落と
すだろうか」という素朴な疑問だけが残った。この映画は流行ったらしいが、小生としては理解できない。
役所広司、妻夫木聡、柳葉敏郎、香椎由宇、石黒賢、小野武彦、ピエール瀧、鶴見辰吾、伊武雅刀、國村準、
橋爪功、堤真一などが出演している。
 5本目は『黒いドレスの女』(監督:崔洋一、角川春樹事務所、1987年)である。お洒落な感覚の映画を
作ろうとしたのだろうが、「成功には一歩届かなかった」といったところか。バブル時代の雰囲気は出てい
てそれなりに楽しめるが、主演が原田知世では背伸びしすぎか。また、藤真利子に拳銃をもたせているが、
あれは無理。他に、永島敏行、菅原文太、時任三郎、成田三樹夫、室田日出男、藤タカシ、橋爪功、中村嘉
葎雄などが出演している。
 6本目は『隣人13号』(監督:井上靖雄、「隣人13号」製作委員会、2004年)である。これは面白い。い
じめられっ子が切れたらどうなるか、という設定そのものはありふれているが、それに「ジキルとハイド」
の絡ませ方がうまくいったので、全体として成功している作品だと思う。中村獅童の13号もよかったが、や
られ役である赤井トールを演じた新井浩文が光っている。彼は、『ジョゼと虎と魚たち』(監督:犬童一心、
フィルムパートナーズ、2003年)において、施設育ちの乱暴な青年役で注目していた俳優だが、ますますそ
のキャラに磨きがかかってきたと思った。他の作品でも似たようなキャラの青年を演じているが、別の役柄
にも挑戦してほしいと思う。本人がその気ならば、必ず残る俳優である。他に、小栗旬、吉村由美、三池崇
史、松本実、石井智也などが出演している。
 7本目は『噂の女』(監督:溝口健二、大映京都、1954年)である。 題名は陳腐であるが、京都の遊郭で
ある島原を舞台にしているという点で貴重な作品である。田中絹代が島原の老舗「井筒屋」の女将である馬
渕初子を演じている。田中絹代は、色気とはあまり縁のない清潔さを感じさせる女優であるが、この作品で
はそのようなイメージが払拭されており、本人もどことなく楽しんで演じている節がある。娘の雪子は堅物
で、これは久我美子にぴったりか。的場謙三という、両人の間に漂うように存在する医者を大谷友右衛門が
演じているが、この俳優は知らなかった。歌舞伎の人か。溝口映画の常連である、進藤英太郎、浪花千栄子
が今回も脇をがっちり締めており、佳品といってよい出来に仕上がっている。他に、見明凡太郎、田中春男、
十朱久雄、大義輝子、橘公子、伊達三郎、石原須磨男などが出演している。伝統と因習に生きる母親と近代
的教養を身に着けた娘との間の葛藤を描いているが、こと「恋愛」となるとどちらも大差なしといったとこ
ろが面白さの正体か。なお、今は消えた公認の遊郭の感じがよく分かる。なお、ショー・ビジネスとしての
「花魁」は現在も存在するそうである。
 8本目は『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』(監督:松林宗恵、東宝、1960年)である。東
宝男優陣総出演の戦争映画であるが、夏木陽介(北見孝二中尉)主演では少し荷が重いか。物語も、真珠湾
の奇襲成功からミッドウェイの大敗北までを描く通り一遍の筋書だが、お金を使って丁寧に作っているので、
それなりに見応えがあった。主な出演者を書き留めておこう。三船敏郎(山口多聞)、田崎潤(空母飛龍の
艦長加来)、上原美佐(啓子=北見の妻)、志村喬(啓子の父藤作)、佐藤允(松浦中尉)、藤田進(山本
五十六)、鶴田浩二(友成大尉)、太刀川寛(梅崎軍医中尉)、河津清三郎(南雲忠一)、中丸忠雄(沢渡
大尉)、小泉博(深瀬大尉)、平田昭彦(飛行長)、上原謙(参謀長)、加東大介(作戦参謀)、三橋達也
(航空参謀)、池辺良(先任参謀)、小林桂樹(戦務参謀)、宝田明(通信参謀)、堺左千夫(整備参謀)、
三益愛子(北見孝二の母サト)、榎本健一(校長)などである。
 9本目は『不毛地帯』(監督:山本薩夫、芸苑社、1976年)である。これは力作。山崎豊子の原作といえ
ば『白い巨塔』(監督:山本薩夫、大映東京、1966年)が有名であるが、その十年後に同じ山本監督が作っ
た作品である。昭和34年の二次防をめぐって、国防会議(総理大臣、副総理、大蔵大臣、外務大臣、通産大
臣、経済企画庁長官、防衛庁長官などが列席)、防衛庁、アメリカ合衆国の各航空会社、日本の各商社、警
察、新聞社などが複雑に絡んで展開する様子をダイナミックに描いている。とくに、主人公のシベリア抑留
体験、商社マン同士の権謀術数、政治家や役人の生態、家族の思惑などを丁寧に撮っているので、説得力の
ある作品に仕上がっている。主な出演者を挙げておこう。仲代達矢(元陸軍参謀で、現在の近畿商事社員で
ある壱岐正)、小沢栄太郎(防衛庁貝塚官房長)、大滝秀治(久松清蔵経済企画庁長官)、山形勲(大門一
三近畿商事社長)、丹波哲郎(防衛庁川又伊佐雄防衛部長)、田宮二郎(鮫島辰三東京商事航空機部長)、
北大路欣也(近畿商事ニューヨーク支店穀物課勤務の海部要)、加藤嘉(原田勝自衛隊空幕長)、仲谷昇
(近畿商事外国部長)、青木義朗(陸軍の石原司令官)、中谷一郎(関東軍秦参謀長)、井川比佐志(田原
秀雄毎朝新聞政治部記者)、山本圭(近畿商事ロサンゼルス支店航機部勤務の塙四郎)、高橋悦史(警視庁
捜査二課長)、秋吉久美子(壱岐正の娘)、藤村志保(川又の妻)、八千草薫(壱岐の妻佳子)、神山繁
(近畿商事東京支社里井専務)、山口崇(近畿商事繊維課勤務の兵頭信一郎)、日下武史(近畿商事航機課
勤務の小出宏)、小松方正(防衛庁芦田国雄計画班長)、嵯峨善兵(大本営梅津参謀総長)、内田朝雄(防
衛庁山城防衛長官)、滝田裕介、石浜朗、久米明、神田隆、永井智雄などが出演している。
 10本目は『残菊物語』(監督:溝口健二、松竹京都、1939年)である。溝口監督戦前の傑作のひとつ。明
治初期の歌舞伎界を描いている。五代目尾上菊五郎(河原崎権十郎)の養子である尾上菊之介(花柳章太郎)
は、風呂吹きにしてもよいほどの「大根」と陰で悪口を言われているが、表向きはちやほやされていて、そ
れに満足していた。しかし、弟の乳母として雇われているお徳(森赫子)に本当のことをずばり言われて目
が覚める。それが嬉しくてお徳を憎からず思うようになるが、それは許されないことであった。やがて、駆
け落ちして散々苦労するが、あるとき、友人の中村福助(高田浩吉)に助けられてよい芝居をし、五代目の
お眼鏡にも適うが、東京に戻る条件として二人は縁を切らなければならないことが分かる。それを察してお
徳は菊之介の許を去る。それは新たな悲劇であったが、お徳は敢然とそれに堪えてみせるのである。現代で
は通用しない美意識ではあるが、この映画の中では見事に成立している。他に、梅村蓉子、志賀廼屋弁慶、
石原須磨男などが出演している。
 11本目は『配達されない三通の手紙』(監督:野村芳太郎、松竹、1979年)である。原作のエラリー・ク
ィーンを消化しているとは言えず、野村監督としては凡作に終わっている。歌舞伎界のプリンスのひとり片
岡孝夫(現・片岡仁左衛門)と、人気女優を組み合わせた一篇。山口県萩が舞台なので、小京都ブームに便
乗しているのかもしれない。他に、栗原小巻、小川真由美、神埼愛、佐分利信、乙羽信子、松坂慶子、渡瀬
恒彦、竹下景子、蟇目良、中谷一郎、米倉斉加年、小沢栄太郎、稲葉義男、蟹江敬三、滝田裕介、中村美代
子、北林谷栄などが出演している。
 12本目は『ドッペルゲンガー』(監督:黒沢清、東芝=ワーナー・ブラザーズ=日本テレビ放送網=アミ
ューズ ピクチャーズ=日本テレビ音楽=ツインズジャパン、2002年)である。上で感想を述べた『隣人13
号』と同じように、「ジキルとハイド」をアレンジした一篇。わりあい面白い。黒沢清としては、「ブラッ
ク・コメディ」を狙ったようだが、かなり成功してるのではないか。配役を絞ったことと余計な説明を省い
たことが成功につながったのではないかと思う。つまり、シンプル・イズ・ベストである。主役の役所広司
は、同一人物でありながら二つの違う人格が存在するという設定を楽しんでいたのではないか。他に、永作
博美、ユースケ・サンタマリア、柄本明、ダンカン、戸田昌宏、佐藤仁美、鈴木英介などが出演している。
 13本目は『夜の女たち』(監督:溝口健二、松竹京都、1948年)である。これは、戦後間もなくの作品で
あり、その意味でリアリティに富んだ作品である。街娼(いわゆる「パンパン」)の世界を描いており、そ
の意味でも貴重な作品である。大阪が舞台であるが、あまり空襲の焼け跡は見られず、その分戦争の影は息
を潜めているように見えるが、結核で赤子を失い同時に復員して来たはずの夫が死んでいたという設定は、
陳腐ではあるが本人には大きな不幸であろう。その余波で同じ男を実の妹と取り合う羽目に陥り、挙句の果
てに街娼に転落する女大和田房子(田中絹代)の物語である。田中絹代は、この数奇な運命に弄ばれる女を
堂々と演じている。他に、高杉早苗(君島夏子=房子の実の妹)、角田富江(大和田久美子=房子の義理の
妹)、永田光男(房子と夏子の姉妹を同時に愛人にする栗山謙三)、浦辺粂子(ポン引きのおばさん)、玉
島愛蔵(婦人ホームの寮長)、村田宏寿(病院の院長)、毛利菊枝(古着屋の女将)、青山宏(不良学生川
北清)、槙芙佐子(純潔協会の婦人)、岡田和子(アパートのおばさん)などが出演している。
 蛇足ながら、街に掲げられた掲示板を写し取っておこう。なお、正字を現行の文字に換えた。

   警告 

  日没後此の附近で
  停立又は徘徊する
  女性は闇の女と認め
  検挙する場合があり
  ますから善良な婦女
  は御注意願ひます

       西成警察署

 エンタ(煙草)やシャリ(ご飯)などの言葉、三畳間に四人で暮らすといった住宅事情など、戦後の実態
が現実味を帯びている。なお、「純潔協会」は映画では「純血協会」となっていたが、意味がおかしいので
直しておいた。「純血協会」のままでいいのかもしれない。
 14本目は『人間蒸発』(監督:今村昌平、今村プロ=ATG=日本映画新社、1967年)である。今村昌平と
ATGが中心になって企画した、ドキュメンタリーとフィクションが綯い交ぜとなった実験映画の佳作。大島
裁(ただし)という人が失踪し、その婚約者だった早川佳江(ねずみ)と、俳優の露口茂がその足取りを探
るうちに思わぬ方向に話は発展するというもの。佳江の実姉の早川サヨ(うさぎ)が登場してきてからが断
然面白い。若き今村昌平も出演している。
 15本目は『ひめゆりの塔』(監督:今井正、東映東京、1953年)である。沖縄決戦の悲劇を、沖縄県立第
一高等女学校や沖縄師範学校女子部の生徒を中心に描いている。日本人の従順さと忠実さの二面性(美徳か
もしれないが、悲劇を生みやすい)を、純真な女生徒を通して描き切っている。また、軍隊の非情さと教師
陣の温かさが対比的に描かれているが、軍隊だけを批判しても仕方がないだろう。時代性を読み取る必要が
あるのだ。防空壕の換気、青酸カリを欲しがる女生徒、手榴弾による自爆、「神経戦」という言葉など、時
代を大いに感じさせた。津島恵子、岡田英次、信欣三、石島房太郎、殿山泰司、香川京子、関千恵子、河野
秋武、神田隆、小田切みき、岩崎加根子、渡辺美佐子、藤田進、原保美、加藤嘉、原泉子〔=原泉〕、利根
はる恵、原緋紗子などが出演していた。なお、原泉子の厳格な婦長役が印象的であった。

                                                 
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