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日日是労働セレクト15
  以下に、「日日是労働」のダイジェスト版・第15弾を掲げます。直ぐ下の記事がこの「日日是労働セ
レクト15」の中では最も新しい日付のものです。つまり、読み進めるほど、古い記事になります。ただし、
いちいち明示しませんが、後日に行った加筆訂正を含んだ日があります。日誌ですから、少なくとも後日
に加筆することは御法度であるはずですが、「某月某日」ということもあり、記事内容の充実を優先させ
ました。ご了承ください。また、頑張って「辛口」の批評を展開しようと務めておりますので、本文に何
かと読者のお気に召さない表現等が散見されるやもしれませんが、特定の個人、団体等を誹謗中傷する目
的は一切ありませんので、どうぞご理解ください。


 某月某日

 『花と蛇2 パリ/静子』(監督:石井隆、東映ビデオ、2005年)を観た。いわゆる「緊縛もの」で、
団鬼六の代表作の映画化である。谷ナオミの主演で以前に映画化されているが、当該作品の主人公静子を
演じているのは杉本彩である。石井隆調が随所で出ており、官能映画として成功しているのではないか。
ただし、小生には残念ながら「緊縛」の趣味は皆無なので、その辺りの評価はできない。相手役の画家池
上亮輔を遠藤憲一が好演している。また、静子の夫遠山隆義を演じている宍戸錠が、頬の手術後の作品な
ので、別人を見ているようで新鮮だった。他に、不二子、荒井美恵子、伊藤洋三郎などが出演している。
なお、この作品には前作があり、機会があれば観てみたい。


 某月某日

 デカルトのテクスト(ラテン語)に現れる単語の一つに《eminenter》がある。小生は「卓越的」と訳し
ていたと思うが、他にもいろいろな訳があり、「卓絶的」、「優勝的」、「超絶的」などがある。さて、
現在の小生の精神的な圧迫感は《eminenter》である。「超絶的」と訳したい気分である。仕事の傾向の都
合でラテン語を目にすることは稀になっているが、来年はひょっとするとローマの歴史家のアンミアヌスを
院生とともに読まなければならないかもしれない。これも「超絶的」な話ではある。卒論生の動向も「超絶
的」なので、どこかで「普通」になってほしいものである。


 某月某日

 『ナチュラル・ウーマン』(監督:佐々木浩久、ケイエスエス、1994年)を観た。若い女性同士の恋愛
感情をヴィヴィッドに描いた作品である。マイナー志向の漫画を描く25歳の村田容子(嶋村かおり)は、
食べてゆくために清掃のアルバイトをしている。そこで知り合った同僚の由梨子(中島ひろ子)に恋愛対
象として興味をもたれるが、過去を引き摺っているために受け容れることができない。忘れられないので
はなくて、忘れないように努力している相手がいるからである。その人とは、諸凪花世(緒川たまき)で
ある。彼女も漫画を描いていたが、若くして自死している。独善から生まれる自己矛盾に悩んだ末の死で
あると思われるが、容子は自分のせいではないかと少し疑っている。容子は「たまたま女に生まれてきち
ゃったから、ついでに女をやっているだけだもの」という台詞を吐く女であるが、花世の精神世界とは所
詮無縁の人なのである。それが見えないところに、容子の迂闊さがある。登場人物の一人(女性)が、同
性愛の相手に振られて(男と結婚するため)、「女ってどうしてこう平凡に成り下がるのかしら」とこぼ
しているが、危うい時空に生きているかぎり、花世のように死ななければならないからである。一方、容
子に惹かれる由梨子は、女子プロボクサーを目指しているしっかり者である。容子が由梨子の愛を受け容
れるとは思えないが、それでも由梨子は平気でやってゆけるだろう。花世を大胆に演じた緒川たまきの存
在感が光る映画であるが、漫画家が登場人物なのに、その肝心の漫画が画面のどこにも披露されないとこ
ろや、三ヶ月で付き合っている男を替えると言われている花世の男がまったく登場しないところに、映画
としての致命的な欠陥を感じた。これでは、観念のドラマに終わってしまうからである。素材(原作:松
浦理英子)が素敵なだけに、惜しかったと思う。なお、他に本田博太郎や石橋凌が出演していた。


 某月某日

 邦画を2本観たので、その感想を記そう。1本目は『宗方姉妹』(監督:小津安二郎、新東宝、1950年)
である。「むなかたきょうだい」と読む。大佛二郎の新聞連載小説が原作の作品なので、いつもの小津の
オリジナル脚本による映画とは一味違っている。京都で病気療養中(実は胃癌で余命幾許もない)の宗方
忠親(笠智衆)には、二人の娘がいる。上が節子(田中絹代)で、下が満里子(高峰秀子)である。節子
には夫の三村亮介(山村聰)がいる。満里子は独身で、姉夫婦と一緒に大森の家に住んでいる。亮介は失
業中で、周囲の心配の種になっている。姉妹は生活のためにバー「アカシア」を経営しているが、どうも
芳しくない。一方、節子には昔思いを寄せた人がいるが、その人がフランスに渡ったこともあって、つい
に結ばれることはなかった。現在は神戸で家具店を営んでいる独身の田代宏(上原謙)である。節子の日
記を盗み読んで過去を知っている妹の満里子は、姉と宏の関係が進展してもいいと思っている。むしろ、
夫の亮介(満里子から見れば義兄)とは別れて、節子が宏と結ばれることを願っている。したがって、宏
のパリ以来の女友達である真下頼子(高杉早苗)を嫌っている。しかも、姉と結ばれないのならば、いっ
そ自分と結婚してほしいとまで口走っている。そんな状況の中で、節子は宏から店の運転資金を借りるが、
それを夫の亮介に黙っていたことから、二人の間に決定的な蟠りができる。亮介にとっては甚だ面白から
ざる事態だからである。結局、節子は亮介と別れて宏と結ばれる決意をするが、その決意も束の間、夫の
亮介が心臓麻痺で亡くなってしまうのである。こうなると、節子は亮介の暗い影を一生背負わないではい
られないことになり、ひいては二人が結ばれるわけにはいかないことになる。何とも古風な物語であるが、
戦後間もなくの時期を思えば、さして無理のない流れになっている。節子が語る「新しいこととは、古く
ならないことである」という言葉は、意外な盲点であった。なお、他に、堀雄二(バーテンダー前島五郎
七の役)、藤原釜足(居酒屋三銀の亭主の役)、千石規子(三銀の女中の役)などが出演している。
 2本目は『はなれ瞽女おりん』(監督:篠田正浩、表現社、1977年)である。『竹山ひとり旅』(監督:
新藤兼人、近代映画協会=ジャンジャン、1977年)と製作年が同じであり、何か相関関係があるのだろう
か。物語は単純で、瞽女仲間の掟破り(男と同衾すること)のせいで仲間から落とされた「はなれ瞽女」
の生態を哀感たっぷりに描いている作品である。小生はこれまで観た篠田作品をあまり買っていないが、
この映画は佳品と呼んでよいと思う。話は戦前にさかのぼる。若狭の小浜の在に、りんという盲目の少女
がいる。6歳のときに里見の親方(奈良岡朋子)の許に連れて来られ、そこで修行して瞽女になる。とこ
ろが、一晩ある男(西田敏之)に抱かれたせいで、仲間から追い出されて「はなれ瞽女」になる。あると
き、陸軍を脱走した男である岩淵平太郎(原田芳雄)と知り合い、彼を「手引き男」にして門付けの旅を
続ける。すでに何人もの男を知っているおりん(岩下志麻)はこの男の肌を恋しがるが、男はそれを拒み、
兄妹の関係で旅をしようと提案する。やがて、男の職である下駄作りが軌道に乗り、おりんはもう門付け
をしないで済むようになる。この頃が幸せの絶頂であるが、それも長続きはしない。ふとした喧嘩が元で
警察に拘留された男の留守中、薬売りの中年男(安部徹)に迫られたおりんは、ついつい身体を許してし
まう。それを知った男が薬売りを刺殺し、さらにそのことが元で男は憲兵(小林薫)に捕まってしまう。
おりんには、最後に野垂れ死にが待っているという話である。どこにも救いはないが、男と兄妹の関係を
解消し、一晩だけ二人は結ばれるが、まさにそのときこそおりんの至福の瞬間だったと言えるだろう。篠
田映画の長所である景色の素晴らしさとともに、底辺に生きる者たちの必死の姿が、人の心を動かす作品
に仕上がっている。他に、山谷初男、樹木希林、浜村純、加藤嘉、殿山泰司、桑山正一、不破万作、原泉、
初井言栄、横山リエ、草野大悟などが出演している。


 某月某日

 人生の片々たる記憶の中に、ときどき不可思議な人物が去来することがある。その人たちは一見して小
生とは無縁でありながら、何か人生の大事をわざわざ小生に伝えに来た使者に思えることもある。そのよ
うな人物について、少しばかり書いてみよう。もちろん、いずれも記憶に頼った話なので、事実とは異な
っているかもしれない。読者の諒察を乞いたい。
 あれは、西武多摩湖線という、全路線に4つしか駅のないローカル線(国分寺と萩山を結ぶ線)に乗っ
たときのことである。小生はある省庁絡みの公務で駒場に出向いた帰りであり、疲れた身体を車内のソフ
ァに深々と沈ませていた。するとそこへ、リュックを背負った無精髭の青年が、目をギョロつかせながら
駆け込んで来たのである。よく見かける光景ではあるが、ただ一点大きく異なることがあった。その推定
年齢30歳前後の青年が、次のような言葉を発したのである。「おぅい、やばいぜ、おおくぼぉー」。当然、
「大久保ないしは大窪」なる人物が傍らにいて、その人物に話しかけているのだと思った。しかし、予想
に反して、彼の周りには誰も「オオクボ」はいなかったのである。そして、5秒おき毎に「やばいぜ、お
おくぼぉー」と叫ぶのであった。咄嗟に小生以外の周囲の人々の反応を探ったが、誰も彼の言葉に耳を藉
す者とてなく、皆が皆彼を無視している。あるいは、それとなく警戒しながら、関わり合いになることを
極力避けているようにも見えた。彼は、相変わらず「やばいぜ、おおくぼぉー」を連発している。この人
は、精神的に問題のある人なのだろうか。あるいは、何かの薬物中毒なのか。それとも、ある種のストリ
ート・パフォーマーなのだろうか。もしかしたら、度胸を付けるためにわざとしているのか。さらに、演
劇の練習をしているのか、どっきりカメラか、等々、刹那にさまざまな可能性を探ったが、いずれもそう
判断するにはデータが足りない状況であった。小生は、以上のことを数十秒間思い巡らし、ついに決断を
下したのである。「三十六計逃げるに如かず」、と。それとなく立ち上がると、その車両を離れ、最も離
れた別の車両に移ることにしたのである。移ってしばらくすると電車は動き出し、やがて小生の降りる駅
が近づいて来た。すると、どうだろう。あの青年が、こちらの車両目掛けて走ってくる姿が目に映ったの
である。小生は、その瞬間、筒井康隆の「走る取的」(力士を些細なことから怒らしてしまい、追いかけ
られる恐怖を描いた傑作短篇小説。取的は下っ端力士の別名)を連想し恐怖した。にわかに身構える小生、
迫り来る「やばいぜ、おおくぼぉー」青年。絶体絶命、刃物で刺されるかもしれない。しかし、アンチ・
クライマックスがあっさりやって来た。駅に着くと、その青年はたちまち電車を飛び出して、駅の階段を
駆け上がって行ったのである。「やばいぜ、おおくぼぉー」青年よ、あのときの恐怖の落とし前をつけて
くれぇー!
 あれは、京都の叡電出町柳駅でのことだった。小生は駅に隣接する売店で売り子のアルバイトをしてい
た。その売店はJRのキオスクのような店で、煙草や菓子類、新聞・雑誌やさまざまな雑貨類などを商っ
ている店であった。一日中小さな空間に閉じ込められるので、なかなか大変な仕事であった。さて、あれ
は午後のひと時だったと思うが、30歳台だと思われる女性がこっちの方を見ている。ずっと見ているので、
何かを買おうか買うまいか迷っているのかと思った。やがて、意を決したのか、こちらに近づいて来た。
小生は応接の準備を始めた。しかし、近づいて来た目的は買い物ではなかった。小生がガラス製の小窓を
空けると、彼女は開口一番こう言ったのである。「なぜ、あなたはずっとわたしのことをみつめているの
ですか?」、と。「ああ、まずい」と思った。目の光が乱反射している。小生は冷静を装って、「いいえ、
あなたのことをみつめているわけではありませんよ。商売柄、表を眺めているだけですよ」、と答えた。
彼女は疑い深い表情を顔中に浮かべながら去っていった。一瞬ではあるが、ヒヤッとしたものを感じたも
のである。あの女性は、今でもときどき、あんな問答を誰かと交わしているのだろうか。
 あれは、京都の京阪四条駅でのことだった。プラットホームが地下にあるので、地下鉄の駅のような雰
囲気をもっている場所である。さて、そのプラットホームのベンチに、初老の男が横たわっていた。最初、
酔っ払いかと思ったが、そうでもないらしい。小生は電車が来るのを待っていたのであるが、やがてその
男がぶつぶつ呟き出したのである。何を言っているのかほとんど聴き取れなかったが、一通りの話が終わ
る間際、必ず「……カイカイです」という言葉を付け加えるのである。呪文のようにも聞こえたが、どこ
かが「痒い」と言っているようにも思えた。その口調は哀愁を帯びていたが、それでいてすべてを放棄し
た人間だけが味わうことのできるような開放感も含まれているような気がした。この「カイカイおじさん」
は、今頃どこでどうしているのだろう。ちなみに、京阪四条駅でこの初老の男を見掛けたのは、このとき
が最初で最後だと思う。


 某月某日

 『狂い咲きサンダーロード』(監督:石井聰亙、狂映舎=ダイナマイトプロ、1980年)を観た。暴走族
と右翼と、それらの組織になじめない若者との対立抗争を描いた作品である。1970年代の雰囲気を残して
おり、行き場のない若者のエネルギーが炸裂している。とくに、主演の山田辰夫のツッパリ振りには掛値
がなく、文字通り命懸けの暴れ方であった。まだ石井監督は若く、物語の進め方も紋切り型ではあるが、
すでに聰亙的バイオレンスは出ており、どこか滑稽な味もあった。他に、小林稔侍が右翼青年の役で出演
している。また、泉谷しげるが音楽の一翼を担っている。


 某月某日

 本日は火曜日なのに金曜日である。この摩訶不思議、誰が考えたんだろう? ともあれ、1週間に金曜
日が2日あるので、大変である。なにしろ、火曜日は一番拘束の少ない日、金曜日は一番忙しい日だから
である。まあ、仕方がない。ところで、ジョン・スチュアート・ミルは、本当にいい言葉を遣う。最近も、
彼の文章(『自由論』)の中に、気に入った言葉を見つけた。《nonconfomity》である。「(習慣)など
に従わないこと」、「不調和」などの訳語が当てられる。小生自身、幼稚園児だった頃以来、自分で納得
できないことには、たとえ親や先生であっても、隷属的に従うことを拒んできたが(もっとも、暴力に対
しては無力だったが)、あれは《nonconformity》だったんだ、と改めて思った。意見(異見)の言えない
世の中の愚劣さを人々は心底思い知らなければならない。だから、たとえ自分にとって不愉快な考えでも、
耳を貸す努力は必要なのである。最も避けたいことは、「問答無用」の一声とともに、人を斬って捨てる
ことである。一瞥して「不服従」は謙虚な態度ではないが、意に染まぬ事柄に尻尾を振ることは「謙虚」
でも何でもなく、ただの「卑屈」である。デカルトは卑屈と忘恩を嫌っていた。小生も嫌いたいと思う。
もっとも、「面従腹背」すら厭わないモンテーニュの狡猾さ(ここではいい意味にとって欲しい)こそ、
観念的には小生の好むところではあるが……。


 某月某日

 「詩的生活」と「散文的生活」という二分法で遊んでみよう。残念ながら、小生は後者の生活を送って
いるが、できれば前者の生活を送りたいと思う。それでは、二つのライフ・スタイルの相違はどこにある
のだろうか。少し分析してみよう。もっとも、単なる連想にすぎないが……。


           詩的生活           散文的生活

 時間        流れない          管理された流れ
 空間      宇宙に開かれている     厳重に線引きされている
 衣食住       必要原理           欲望原理
 言語        象徴作用           説明機能
 未来       ないようである        あるようでない
 人間同士      信頼重視           信用重視
 金銭         不浄             崇拝
 仕事        手仕事            ボタン操作
 愛情         融解             警戒
 自然        包まれる           追い込む
 世界観        楽観             悲観
 浪費         悪徳             美徳
 芸術         血肉             贅沢
 文明         愚行             礼賛
 政治         不要            アリバイ
 星          華燭             天の穴
 恋愛         至上             誤解


 やはり、散文的生活は味気ないものとなった。腹は満たされるが、心が空虚なままだからである。思い
切って詩人になって、世界を丸ごと感じてみたいものである。


 某月某日

 ついに休日に大学に来なければ仕事がこなせない事態になってきた。それは仕方がないが、齷齪と働く
ことで、何が見えて来るのだろうか。このブログの「日日是労働」というタイトルも皮肉で命名したので
あるが、本当に「日日是労働」を甘受したいわけではない。休日もストレス発散に努めているので(つま
り、すべての行動は労働につながっている)、こころを休める暇がない。何も心配せずに魂の救いを求め
るわけにはいかないのだろうか。『ビルマの竪琴』に「軍服を着る生活」と「袈裟を着る生活」の対比が
描かれているが、今の日本人には、むしろ「袈裟を着る生活」の導入が必要ではないかと思う。言い換え
れば、なくても済ますことができるはずの贅沢品(パソコン、自家用車、携帯電話など)に翻弄されて生
きることがいかに愚かなことであるか、もう少し考えてみる必要があるのではないか。J.S.Millが語った
「より劣った模倣(inferior imitation)」が大手を振ってのし歩く社会など、人類の目指すべき方向で
はないと思う。「人並み」を求めることが、時には悪につながることを忘れてはならないのである。もっ
とも、こんなふうに考えて弱音を吐くこと自体、小生が心身ともに病んでいる証拠かもしれない。


                                                   
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